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第一外典:魔法少女管理都市『瀬平戸』

17名無しさん:2018/07/12(木) 15:48:25
第五話 DIAMOND BLADE 第五節 終

18名無しさん:2018/10/08(月) 20:03:02

「何度、何度……何人犠牲を強いたら!!!」

人柱。その言葉を聞いた時、あまりにも切り捨てるような一言に怒りに駆られ、拳を握りしめて、踏み出そうとした。
コノハナ少佐を犠牲にし、ミヅハノメノカミを犠牲にし、数多の魔法少女を犠牲にし、あまつさえ目の前の親友すらも犠牲にしようとする。
怒り。今、目の前のこの魔法少女にどんな事情があろうとも。どうしても、それに身を任せなければ気が済まない。そう思って、然しそれは止められた。
他ならぬ、雛菊ひより本人によって、制された。

「……続けてください」

両者ともにそこにある覚悟を読み取ることはできていた。そうしなければならなかったということは分かっていた。
天王寺ヨツバが義憤に駆られたのは、彼女が全うな精神を持っているからだ。分かっていても怒りに駆られる。そんな健全な心の動きが働いている。
ならば、雛菊ひよりはどうか。


「それが私にしかできないことなんでしょう。なら、私がやります。話を、続けてください」


――――その少女は、機構だ。

正義の味方の魔法少女機構。手段があると知ったのならば、それを実行するのに、自身を犠牲にするのに何の躊躇いもない。
故にこその雛菊ひより。故にこその魔法少女オーネストハート。だからこそ。レギナは彼女を選択した。
一呼吸の沈黙――――その後に、レギナ・ルシフェルは、無限とも思える一瞬の沈黙を破った。


「第一位は……“魔法少女への憧憬”そのもの。故に、支配者たる藤宮明花には扱えなかった。
 ですが、貴女ならば。これを使えば、或いは……明花すら上回る力を得られるかもしれない」


憧憬。魔法少女への憧れ。その骸姫第一位という存在が、どんなものだったか、思わず思いを馳せてしまった。
まるで導かれるように……或いは、“その世界の自分だったのではないか”というくらいに。音を立てて、胸の内にその事実が入り込む。
その石は、まるで最初から自分の一部であったかのように。吸い付くように、その手の中に納まっている。

19名無しさん:2018/10/08(月) 20:04:03


「リスクが伴います。呑み込まれる危険性、人間に戻れなくなる可能性。適合できず――――死亡する可能性。
 何が起こるか、分かりません。選択肢は、貴女に……」


「――――――――そんなの、決まってます」


最初から、そうなることをレギナは知っていた。
どこかで、断って欲しいと思っていたかもしれない。否定して欲しいと、思っていたかもしれない……だが。
期待通りだった。予想通りだった。この少女は、仮にその先に悲劇が待っていようとも。魔法少女として、邁進を続けるのみなのだ。
それは、余りにも残酷な存在だった。魔法少女の、きっと誰よりも。

「私は、魔法少女になりたいから。ここで諦めたら、私は魔法少女じゃなくなってしまいます。
 私にできることならば、なんでも。それが、魔法少女だから」

その残酷に、本人が気づいていないことが、何よりの残酷であった。
ヨツバは、目を逸らさなかった。本当は全霊で彼女を止めるべきだったのだろうが、然し……それが、ひよりにとっての幸福であることも知っている。
故に友にせめて寄り添うことくらいはしなければならないという責務に掻き立てられている。



「―――――――それでは」


その瞬間。急速に膨大な魔力が迫ってきているのを、ひよりとヨツバは察知した。
ただ只管に魔力を放出する……無尽蔵に、今まで感じたこともない強力が過ぎる魔力量。
レギナ・ルシフェルだけはそれが何なのか。それが何者なのか、理解していた。例え狂わされようとも、分からないはずがない。

次の瞬間。とれみぃの壁面が粉砕され、そこから……鮮やかな月光と共に、黄金の魔力が差し込んでくる。

「……試練です。これを乗り越えるには……」


そこに現れたのは、見知った顔の少女だった。
……戦乙女。異形の外骨格と、黒と白の翼を羽撃かせ、頭髪には白銀と黄金が入り交じらせ――――その姿は、正しくワルキューレの如くあった。
黄金の殺意に染まった瞳が、そこにいる三人の魔法少女を見据えた。両手に握る黄金の槍は、彼女達を撃ち貫かんと狙いを定められる。



「……その力を手にする以外に、方法はありませんよ?」


そして、それをすらもレギナ・ルシフェルは利用する。それこそが魔法少女としての、少女の咎であった。
対峙するは、兇暴の戦乙女。相対するは――――魔法少女であることを、宿命付けられたもの。

20名無しさん:2018/10/08(月) 20:04:54
第六話 DIAMOND BLADE 第二節 終

21名無しさん:2018/11/11(日) 20:51:05


私はここで終わるだろうけど、貴女はこれからも辛い思いをしながら歩くのだろう。ほんの少しか、或いはずっとなのだろうか。全く、分からないけれど。



「"来栖宮紗夜子"。貴女に遭えて、本当に良かった」



――――矢は、放たれる。




戦う以外に才が無く。戦う以外に道がない。ただ剣閃を研ぎ澄まし、立ち塞がる全てを斬り伏せる。

その再演は、此花立花にとっては余りにも劇的であった。
既に終えた命。殺し合いを重ねて、重ねて、重ねて。その中で、此花立花という少女は余りにも救われていたと、確信していた。
だから、仮に最愛の小夜啼鳥が、魔法少女ロワイヤルの再演を望まず、その願いを自身の欲望のままに使おうとも、文句なんて欠片も抱かなかった。
その胸にコノハナという刃が確かに息づいている、それだけで十分だった。彼女を射抜いた、そして彼女に射抜かれた自分は、決して嘘ではなかったのだから。


だから、そこにもう一度立った時。


これは寄り道なのだと直感的に思った。本来の正しい歴史に向かうまでの、終末にすら至るであろう間隙。それが、この瀬平戸という都市なのであると理解した。
解決方法など分からなかった。だが、一つだけ正しいと思えるのは、嘗て戦った正道であらんとした魔法少女と……もう一度、相見えることが出来た小夜啼鳥。
きっと今度の自分の役割は、徹頭徹尾彼女のために在ることなのだろう。その右手に握った刃を、自らの満足のためにではなく。彼女のために振るえるのであれば。
ああ、何とも。何とも甘美なことであろうか――――例えそれが彼女を切り捨てることになろうとも。彼女が望むのであれば、何人だって斬り伏せる。

22名無しさん:2018/11/11(日) 20:51:28




変わり果てた姿を見上げて、オーネストハートは戦慄した。
あの少女は――――コノハナ少佐と言う魔法少女のことが。雛菊ひよりは、憎い。憎くて、悪くて、仕方がない相手だった。
積極的に殺し合いに身を投じて、アースフラワーを。先輩を斬り伏せられた。最後には殺すつもりですらあった。
理解できなかった。殺し合いが楽しいだなんて、間違っていると思っている。それは今でも変わらない。変わらない、けれど……それでも。

「それでも、そんな風になってほしいなんて、思ったことはありませんでした」

けれど心の何処かで、理解していたのだろう。
あの少女は鏡写しだ。魔法少女という存在がなければ、永遠に満たされない存在。そうでなければ、きっと一生死に続けている。
生きていないだけの命。そこだけは共通していて、そこだけはやっぱり、どうしても、どうしようもなく、自分と同じだったから。

だからそこに、此花立花という少女がいないことが、嫌でも理解できてしまったのだ。

一息に、ラッキークローバー・インバースが放った分身と射撃が、その両手の槍の一薙ぎを以て突き崩されて、崩壊していった。
オーネストハートの前に立ちはだかった、盾を構えるレギナ・ルシフェルへと一撃を加えたのであれば、その盾を通じた衝撃のみで軽々と後方へと弾き飛ばした。
獣の如く、凶暴の戦乙女が振るう刃は、然しながら咆哮一つとして見せることはなかった。徹底的に無言、無音を貫いて、ただ破壊音だけを撒き散らしていく。
遂にオーネストハートへと辿り着いたそれは、両の槍を受け止めるべく、双剣を振るったのであれば。その力の差は圧倒的で、そのままとれみぃの床へと叩き付けられる。


「――――ぐぅ、はァッ!!」

「ひよりちゃん!!」

まだ、先の傷も癒えていない間のこの交戦。戦闘は一方的であった。
元より存在していたコノハナ少佐の戦闘技術など何処にもない。直近で言うならば、橋上で出会った時にすら、冴え渡る武技が確かにあったというのに。
今はただ、その身に宿る暴威をただ叩き付けているのみ。これは違う、これは、彼女がやっていた戦い方ではない。そう直感できる。それならば。
……ルスキニアならば、それをより深く理解しているはずだ。
その背後から、ラッキークローバーの銃撃が叩き込まれる。ダメージを受けている様子はないが、反射的にそちら側へと引き寄せられた戦乙女が身を躍らせる。

23名無しさん:2018/11/11(日) 20:51:48


「……ルスキニアさん! あの人は、何をされたんですか!!」


オーネストハートは叫んだ。こんなものは、彼女ではないと。
ラッキークローバーに叩き付けられんとする槍を、盾を用いた突撃によって弾き飛ばしたならば、その身体が思い切り弾き飛ばされた。
それでもダメージにはならず。残骸の中から、ゆっくりとそれが身体を上げる。


「あれは……姫獣の身体に、指輪の力を適応した姿。系統の違う二つの強力な力をああして併用したのであれば。
 その肉体と精神は……耐えられず。膨大な力を産み出しながら、暴走する……単純な力だけでみれば。藤宮明花をすら、上回る。

 あれを下すには、その力を……貴女の物にするしかない。姫獣としての――――」

「――――分かりきったことを言わないでください」

その手の中には、既にその力が握られていた――――姫獣という、存在の塊。嘗て存在していた、第一位の力。
使えば、きっといつか人間に戻ることができなくなる。けれど、そんな覚悟は、とっくの昔に出来ていた。指輪を握ったときか、それとも。


――――――――魔法少女に、なった時か。


「人間じゃなくなったっていい。魔法少女になるためなら、魔法少女じゃなくなったっていい」


滂沱の如く魔力が流れ出る。握り締めた宝石から流れ出た魔力は、やがてオーネストハートの姿を覆って。その形を、書き換えていく。
桃色が、紅色に。白色は、黒く染め抜かれていく。その力の本質は、正しくたった今目の前に存在する。戦乙女のそれと同一のものであった。
その力に誘き寄せられた、戦乙女が駆け出した――――両手に握る戦槍を振り下ろしたのであれば――――衝突音すらもなく。然し、血飛沫が巻き上がるでもなく。
二本の槍を、黒いオーネストハートが受け止めていた。力の拮抗、踏み込んだ両足が床を粉砕してめり込んだ。そして、その刃の向こう側に居るコノハナ少佐へと視線が射抜く。

24名無しさん:2018/11/11(日) 20:52:05

「私はッ!!!! 魔法少女に、なるんだッ!!!!」



どこまでも果てしなく続いていく自己矛盾。けれど、それでも、自分は魔法少女になりたいから。
自分の大好きな魔法少女を冒涜する、彼女達を許す訳にはいかないから。そのためならば、魔法少女を捨てて、怪物に身を落として果てたとしても。
……似ているのだ。どこまでもコノハナ少佐とオーネストハートは。レギナ・ルシフェルには、そうとしか思えなかった。そして、だからこそ、彼女もまた。
どんな手を使ってでも、折れない、曲げられない意思がある。たとえそれが、歪んでいようとも。
叩き付けられるのは、頭突きだった。その戦乙女の額に思い切りそれを叩き付けたのであれば、凄まじい力と勢いで、後方へとその身体が弾け飛んでいく。


「コノハナさん、約束を果たしましょう。





 ――――――――今度は、満足させてあげますから」


立ち上がる戦乙女。立ちはだかるは魔法少女。


オーネストハート・メイガスは、因縁の宿敵であり、そして最後の戦友である彼女と対峙する。

25名無しさん:2018/11/11(日) 20:52:22
第六話 DIAMOND BLADE 第三節 終

26名無しさん:2018/12/02(日) 23:00:13


――――月明かりに照らされて。その少女は、その戦いを見下ろしていた。
見下ろした先にある戦いは、最早彼女の知る戦いとはあまりにも掛け離れている進化を遂げていた。
姫獣、複合魔法、二重強化――――いずれも、魔法少女ロワイヤルには存在しない要素。いずれも、本来の魔法少女というシステムを改竄した結果生まれたもの。
以前の世界には、そこまで強力にシステムに干渉することが可能な者はいなかった。ゲームマスターの力は絶対で、参加者という立場にある以上、盤上の駒であるしかなかった。
それを覆したのは、一重に藤宮明花という少女だった。無論魔法少女に相対する魔獣や姫獣という存在はあるものの、それらを取り込んでまで世界に抗おうとする姿は間違いなく。
彼女もまた、その少女が語る"魔法少女"という存在を、一部とは言え体現している……と言ったらならば、彼女ならばどんな顔をするだろうか。

「……何方にしろ、ここでオーネストハートが脱落するなら、それまで。藤宮明花の求めるままの閉鎖世界が完成してしまう」

だが、それに手を貸すことは出来ない。静かに、然し確かに少女は歯噛みする。
ここで彼女があの力を自らのものに出来ないのならば、最早藤宮明花に対しての勝ちの目は途絶える。自分が出たところで、それで終わりだ。
追い立てられ、追い詰められて、殺される。猟兵女王の魔弾からは決して逃げることは出来ない、自身の振るう特権も、"彼女"がいればあってないようなもの。

――――そう、彼女は……彼女は、どうなのだろう。


「貴女は。どういう気分で、隣に立つの。"ゲームマスター"」


強く風が吹き付けて、それは少女を覆うフードを拐っていった。
その下に収められていた、純白の髪がはらりと舞うように風に靡いた。無色透明の瞳は――――変わらず、その戦いを見つめている。



――――残された魔法少女は後“五”人。

27名無しさん:2018/12/02(日) 23:00:35





「……始まった」

暴風の如き力に、静かに湧き出るように、相対するは漆黒の魔力。
力の質は全くと言っていいほどに互角。何方もまた、荒れ狂う魔力の暴走に他ならない――――否、出力で言えばコノハナ少佐の有するそれが大きいか。
それも当然の話だろう、今のコノハナの身体には姫獣のそれに加えて、指輪という新たな要素が加えられている。
強大すぎる力は自我をも破壊し凶悪極まりない破壊衝動の塊へと少女を変形させて、今正しくそこに在る姿を完成させる……戦乙女、或いはベルセルク。

「何しとんのや、ウチらも加勢に行かんと――――んがっ」

「それではいけないのです、ラッキークローバー」

立ち上がり、加勢に向かおうとするラッキークローバーをレギナ・ルシフェルは剣の峰による一撃で気絶させる。
ここで手を貸して、彼女を打倒したところで意味はない。それでは此花立夏という少女の犠牲に何の意味もない、この戦いのほんとうの意味は。
オーネストハートという魔法少女に、戦える力を授けることにある。今この場を乗り越えたところで……次に立ちはだかる壁は、付け焼き刃では乗り越えられない。

「……全ての罪を、私が背負うと決めました。だというのに、いまさら、貴女に頼らざるを得ないとは……なんという皮肉なのでしょう。

 ねぇ、立夏。そうは、思いませんか」


――――衝突音。オーネストハートの双剣と、コノハナ少佐の両手の槍がぶつかり合った。

単純な力のぶつかり合いに持ち込んだのならば、如何に骸姫の核と同調したオーネストハートであろうとも、その差は如実に現れてくる。
その槍撃を何度も何度も捌き続けていたが、それでも徐々に徐々に、追い込まれていく。
その上、強力な力は気を抜けばその意識を奪い去ろうとすらしていく――――もしも手放したならば、最後。目の前の彼女と同様になるだろう。
ヘレネ・ザルヴァートル・ノイスシュタインと相対したその時と同様に。
だが、決して絶望的とは思っていなかった。むしろ、今まで相対してきたコノハナ少佐という魔法少女と比べれば――――容易である、とすら思えるくらいだった。

28名無しさん:2018/12/02(日) 23:00:55

「――――――――はァッ!!!」


力任せに叩き付けるような一撃を、全力の一撃を以て迎撃する。
両手の双剣を繋ぎ合わせて剣弓を作れば、腰の長剣――――黒百合の魔法少女部隊から回収したそれを引き抜いて。

「コノハナさん……私にはやっぱり、戦ったり殺したりっていうのは、間違っていて悲しいことにしか思えません」

それを何度も何度も繰り返す。本体は狙わない、或いは狙っている余裕がない、とも。だが、それでいい。
それしか出来ないのならば、それを何度も何度も。気が遠くなるまで積み重ねれば、そこに必ず、突破口は見つかる筈。

「でも、間違っているからこそ、私が引き受けなきゃいけないんだって信じてます」

細かく、短く、然し鋭く大きく響き渡る衝突音の中に微かに混じる、異音。
それに気付くこと無く、戦乙女は槍を振るい続ける。再度捌いて、捌いて――――そしてとうとう、その一撃に耐え切れずに両の得物が弾け飛んだ
ならばと、その拳を握り締めた。振るわれた槍撃、それを迎え撃つには、余りにも脆いかもしれないが――――――――


「地花先輩のことも許していません。正直に言うと、あなたのことが本当に憎いです」
 こんなに事件がこじれなければ、ただの敵同士になってたかもしれません。……けれど一つだけ、共感してることがあります」


――――――――迎え撃ったその拳が、両手の槍を粉砕した。

バラバラと破片に還っていく槍達、そしてそれに困惑した一瞬を見逃すこと無く、一歩オーネストハートは踏み込んだ。
その拳を二度、三度。高速、且つ一瞬で叩き込んだのであれば、その身体ゆらりと蠢いて、後方へと後退ったのならば、そこで片足をついた。

29名無しさん:2018/12/02(日) 23:01:09

「私たちは魔法少女になれなかったら、生きている実感にすらたどり着けない人間なんです。
本当に満足できるときは、どれだけ長い人生を過ごしても、一度として来なかったでしょう」


――――そう考えると、段々とコノハナさんのことがもう一人の自分みたいに気になってきて。


それが、オーネストハートの本来のバトルスタイルだ。
魔法に直接的な攻撃性能がなく、その戦闘能力は本人の戦闘センスにのみ一任される。無論それも戦闘を本職とする相手には敵わない。
だが、それでも――――何度だって、何度だって、それで切り抜けてきたのがオーネストハートだ。

そして、コノハナ少佐という魔法少女もまた同様に。

剣戟だけではない。その特異極まりない、武芸の天才と言って差し支えない戦いの才能は、古今東西の戦闘技術を自らのものとする……それは無論。
体術や拳術とて例外ではない。その身体に刻み込まれた戦いへの衝動が、理性を失ったたった今であろうとも、その拳を握り込ませて、オーネストハートへと狙いを定める。





「気持ちを受け止めなきゃって、心の底から思いました。
 コノハナさん――――今度こそ。貴女を、止めてみせます」

30名無しさん:2018/12/02(日) 23:01:33
第六話 DIAMOND BLADE 第四節 終

31名無しさん:2018/12/09(日) 22:59:14

――――震脚と同時に打ち込まれる一撃は、正しく一撃必殺。二の打ち要らずに他ならない。
ビリビリと、避けた拳が顔の横を通るそれだけで、凄まじい拳圧に気を遣ってしまいそうなほど、紙一重で避けるのが精一杯であるほどだったが。
然し、だからとてオーネストハートがそれで戦意を失うまでもない。一つ決めた目的に対して、どれだけ自身を削り取ろうとも邁進するのがその魔法少女だ。

「――――見える!!!!」

突き出された拳、踏み込みに合わせてその拳を握り込んで、胸部へと向けてその拳を叩き込んだ。
コノハナ少佐という魔法少女の剣戟、拳撃、共に驚異極まりなく、近接という範囲内であれば魔法少女最強クラスと言っても過言ではないほどであろう。
だが、それは研ぎ澄まされた彼女の技巧があってこそ。戦闘思考があってこそ。故に――――この現状。彼女は、身体に刻み込まれたものだけで戦っている彼女は。

――――実質的に弱体化している、と言っても過言ではない。


「■■、ぅう、ッ……!!!」


事実として、たった今オーネストハートの放った拳は欠片の妨害もなく叩き込まれた。
歩法、体術、防御はせずとも彼女であればダメージを軽減する手段はいくらでも有しているだろうにそれをしなかった、否、出来なかった。
呻き声を挙げて、身体をフラつかせながらも立ち上がるのは、暴走する破壊装置として故。であるならば、決して――――

「いつつつ……あれ、オネ子ちゃんが勝っとるんかこれ」

「……早いですね、目覚めるの」

頭を摩りながら立ち上がるラッキークローバーを横目に、レギナ・ルシフェルはその戦いを見据える。

32名無しさん:2018/12/09(日) 22:59:38

「……これが、紗夜子ちゃんの望んだことなんか」

「ええ――――姫獣との融合の他の選択肢。和解、同調……取り込むでなく、お互いに並行して存在する形。
 オーネストハート・メイガス……理論上でのみ存在した、魔法少女の新たな形。彼女はそれを再現してくれた。彼女にだけ、可能性があった」

レギナ・ルシフェルの目から見ても、その姿は既に完成されていた。
オーネストハートは完全に骸姫第一位との同調を果たし、『魔法少女にして骸姫』という唯一無二――――藤宮明花やコノハナ少佐のそれとは全く形を別とする。
藤宮明花に対抗できる、唯一の手段。余りにも細く、脆い糸であったが。岩畔朝雨が。刀坂結希奈が。此花立夏が。命を賭して繋ぎ切った、最後の希望。
それは今此処に結実した。数多の犠牲を払い、命を捧げたその姿は――――禍々しくも、力強い。

「コノハナさん……今度は私が、貴女を連れ戻す番です。あの時のように。既に手遅れであろうとも」

裡門頂肘――――鋭い肘打ちに対して、勝ち上げるようなアッパーで迎え撃つ。
攻撃は届くことなく、そして同時に腕を大きく打ち上げられることによって発生する大きな隙を、オーネストハートは決して逃すことはない。
形は違えども、戦闘センスに関して言えば、オーネストハートもまた他の追随を許さない。その一撃一撃は、荒削りであろうとも、確実に相手を仕留めるへと至り。


「――――――――さぁ。フィナーレです」


右足に魔力が集中していく――――それは黒く可視化されるほどに強力に濃縮され、その右足を覆い尽くしたのであれば。
放たれた前蹴りが、コノハナ少佐の胸へと突き刺さった。それと同時に、黒い魔力は巨大な『矢』の形を形成して突き刺さり、コノハナ少佐をその出力のまま押し退けた。
『聖なる弓の魔法』……本来オーネストハート・エースに搭載される第二の魔法の変形。弓矢や双剣の形ではなく、自身にそれを纏うことによって攻撃の威力を飛躍的に上昇させ。
地面を刳りながら。その矢に抗おうとして、引き摺られ続けたコノハナ少佐は――――やがて、そこに膝をついて。

33名無しさん:2018/12/09(日) 22:59:57

「ォォォォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!」


絶叫とともに。魔力の爆風が、その身体を包み込み。オーネストハートは、それに背を向けた。
黒く染まったフリルのスカートがその風に揺れた。

「オネ子ちゃん!!!」

「立夏……!!」

ラッキークローバーはオーネストハートに、そしてレギナ・ルシフェルは爆風の中心へと駆け出した。
四葉の魔法少女は、すっかりとその姿は正道の魔法少女のそれから外れてしまった。魔力の質もまた、姫獣の物と混じり合って大きく変化しているが。
先ずは彼女が生きていることに安堵したのならば……まともな魔法少女との戦いであれば。あれだけの爆発が起きたならば、中心にいる人物は生きてはいない、が。


「コノハナさんの暴走する魔力の中心点。それが何かはすぐに分かりました……『指輪』。それだけを砕きました」


背を向けたまま、オーネストハートはそういった。
晴れた爆煙の向こう側で、白い天使は――――変身の解除された、黒百合学院の制服を身に纏う少女……此花立夏の身体を、抱き締めているのだった。
きっと死んではいないだろう。何より、彼女も丈夫な魔法少女なのだから……それよりも。もっともっと、二人には聞きたいことが山程残っている。
振り返り、ゆっくりとその歩を進めて――――――――

34名無しさん:2018/12/09(日) 23:02:15
「――――――――実に、実に下らない」



空間が凍結する。

膨大な魔力の放出がまともな時間の流れをすら、捻じ曲げて停止させる。
止まりきった空間に甲高く鳴り響く足音。音もなく舞い降りる透明な気配。荘厳と威厳に支配された黒百合。無垢なる盤上管理機構。
ゲームマスター。そしてグランド・フィナーレの名を冠する魔法少女……藤宮明花は、冷たい瞳を彼女達に向けながら、ゆっくりとそこに歩み入る。

「"貴族には貴方達が思う以上に負うべき責任とそれに付随する執務"がある。私が動かず終わるならば、それで良かったのですが……。
 ねぇ、ゲームマスター。これは一体どういうことでしょう? 私は下手なオペラを見たかったわけではないのですけれど」

「……ごめんなさい、明花。こんなつもりじゃ、なかったのだけれど」

咎める藤宮に、無表情でありながら……素直に謝る姿に、ラッキークローバーも、オーネストハートも、驚愕しながら。
凄まじい魔力の渦の中を、オーネストハートは"踏み出した"。唯一、この場の魔法少女の中で……充満する魔力の重圧を振り切って、動き出すことが出来るのは。
オーネストハートただ一人であり、故にこその最後の希望――――だが。この現状。彼女は、余りにも"消耗しすぎている"ことは、誰の目から見ても明らかだった。


「まあ、いいでしょう。私の時間に踏み入ることが出来たとしても、ただ、それだけ。
 早急に……今この場で、葬って差し上げましょう。この私こそが――――――――」


その姿が、魔法少女と同じく変わる。機械仕掛けのドレス姿に、長大な狙撃銃を右手に握り、そして左手には――――三つのプレートが握られていた。
魔法少女の力を封じ込めたそれに刻まれるのは。

≪FORTUNE≫

≪FENRIR≫


「――――――――黒百合の、支配者です」



≪BURNING HANS≫

35名無しさん:2018/12/09(日) 23:02:40
第六話 DIAMOND BLADE 第五節 終

36名無しさん:2018/12/24(月) 23:33:20


魔法少女の聖弓、オーネストアローをその手の中に呼び寄せられる。
狩人の魔銃、デア・フライシュッツがその手の中で黒く輝いている。

交差する魔力。優美なる殺意、埃に塗れた決意。止まった世界で、お互いの意思が静かに向かい合う。

(――――不味い……!!)

こうして、オーネストハートは一応の完成を見た。これで藤宮明花の時間停止を無効化し、真っ向からの戦闘を行うことが可能になるまで仕上げることが出来た。
勝ち目は確かに手に入れることが出来た。だが、この現状。散々に消耗した今現在のオーネストハートをぶつけて勝利することが出来るほど、藤宮明花は甘い相手ではない。
万全の状態であったとしても、零を壱に変えることが出来た、程度なのだ――――まともにやって勝てるはずがない、だというのに。
オーネストハートは、立ち塞がる。逃げろ、と叫ぼうにも、声をだすこともままならない。そんな焦燥を、オーネストハートは知る由もなく。

「初めて会ったときから。少し気にはなっていたのですが……成程、私の感覚は正しかったようで」

才能に恵まれ。力に恵まれ。まるで平凡に生きていた、雛菊ひよりとは正反対の世界に、藤宮明花は生きていた。
その少女は、まるで取るに足らない凡人だ。だと言うのに。一目見たときからなぜだか気になった。故にここまで足を運んできた。その一端を知った気分だった。
この魔力の重圧の中に踏み込むことが出来るほどの成長。あろうことか骸姫との同調をすら果たした魔法少女。
謀略家たる来栖宮紗夜子がそれに全てを賭けることも理解できる――――目の前に入る魔法少女は。自身の計画を崩しかねない者だと、藤宮明花は理解する。故に。

37名無しさん:2018/12/24(月) 23:33:41

「……藤宮明花さん。私は貴女を許せません」

「へぇ――――私と貴女、まともに話すのは、今が初めての筈ですが。そこまでとは。それは何故でしょう?
 多くの魔法少女をこの手で刈り取ったこと? 貴女の仲間を殺めたこと? はてさて――――心当たりが、多すぎて」

オーネストアローの鏃を握り締める。光の矢が装填されて、照準を合わせる。
明確に向けられた、敵意と殺意に対して、藤宮明花は麻痺しているかのように笑っていた。そこにある魔力の刃を、物とも思っていなかった。
オーネストハートは、ただ静かにそれを突きつけていた。それを以て、彼女の意思を決定づけていた――――お互いに、思うことは同じだった。


「――――貴女は、魔法少女を貶めた」


藤宮本人、その本体ではなく。発射の直前、照準をその頭上へと向けて、光の矢が放たれた。銃弾の速度など遥かに超える速度を以て突き進むそれは。
頭上で炸裂したならば、無数の小さな矢となってその頭上へと降り注いだ。その一つ一つが、必殺の一撃とすら謳っても過言ではない威力を誇る。
そして、その矢の雨霰の中を、オーネストハートは駆け抜けていく。勿論、それに触れれば自分もまた唯では済まないことは承知の上で――――疾走する。

(接近と一撃――――叩き込めるならば、勝機は、有……)

――――踏み込んだ先、それは迎えたのは、矢の嵐でもなければ、拳を叩き込む感触でもなく。
冷たく、硬いものが顔面に叩き込まれることによる鈍痛だった。藤宮明花が握る小銃の銃床が、確かにオーネストハートへと叩き込まれていた。
大きく動いた形跡もなければ、矢を叩き落とした動きすらも見えなかった……確かに。無防備に、降り注ぐ矢の中に藤宮はいたはずだというのに。
掠り傷の一つすらも、受けてはいない。それどころか、冷静に的確に、オーネストハートへとカウンターを叩き込めんだ――――理解が、全く及ばなかった。

38名無しさん:2018/12/24(月) 23:34:03

「そうですか。それは申し訳ありません」

不遜に嗤う藤宮の手の中で、『FORTUNE』のプレートが光り輝いていた。そしてそれを含めた、三枚のプレートを空中に放り投げたのであれば。
長い右脚が、叩き込まれようとしていた。動き自体は、オーネストハートも見切れない程ではなかった。達人とまで言えるほどに習熟してはいない練度だった。
咄嗟に回避行動を取ろうとして、両足が動かないことに気付いた。そこには――――日本の鎖が、絡みついていて。


「――――――――ご、はっ」


腹部に勢いよく突き刺さる右脚。その勢いに、両足を縛る鎖すらも砕かれて、後方へと弾けるように飛んでいった。
空気を求めて喘ぐ身体だが、その身体が無理矢理に空中に縫い留められた。急制動に身体が追い付かず、それだけで意識を奪い取られそうになる。
今度は両手足を強力に縛り付けられている。オーネストアローも取り落とし、正に空中に張り付けられるかのように――――見せつけるかのように。

「ですが、仕方ありません。高貴なる者には義務がある――――下々の者達の為に、果たすべき義務が」

高らかに足音を響かせて、藤宮明花のその手には炎が舞い上がった。
それが磔にされたオーネストハートへと打ち上げられるような形で叩き付けられたならば、打撃に加えて、その身体を火炎が焼き尽くしていった。
数多の魔法を、藤宮明花は十全に使い熟していた。お前達の出来ることなど、思い至ることなど、私にはこうも簡単に出来るのだと謳うかのように。

39名無しさん:2018/12/24(月) 23:34:37

「貴方達魔法少女を殲滅する。それこそが、私の――――"高貴なる義務"ですから。

 ……終わりにしましょう。すぐに楽にして差し上げます」


落下するオーネストハートの身体。その右手が赤熱し、熱量は光を捻じ曲げるほどにまで。
そこにいる、全ての魔法少女が終焉を悟った。
ゲームマスターは、冷たくその行く末を見据え。レギナ・ルシフェルは、自身の詰めの甘さを呪い。藤宮明花は、勝利を確信し。ラッキークローバーは――――


(――――またか。またなんか。また、見逃すんか。また、みすみす殺すんか!!
 梨花ちゃんの時みたいに!! そしてまた、ひよりちゃんを見殺しにするんか、そうじゃないやろ、ウチの願いは、願いは――――)


思い返すのは、魔法少女ロワイヤルでの戦い。弟を守ると決意したその時。咲本梨花という少女との出会いと別れ。
それから――――その結末に後悔はなかったが。それをもう一度繰り返すかと問われれば、そんなことは、耐えられない。

もう二度と。例え、手遅れだったとしても。今、目の前にある命だけは。


(絶対、生き残って誰も、不幸にせず。この、殺し合いを――――終わらせる!
 力を貸してくれ――――梨花ちゃん、紅葉ぃ!!!!!)


――――叩き込まれようとする、赤熱した藤宮明花の拳が、一際強い光を放った。

40名無しさん:2018/12/24(月) 23:35:03

「……私の支配に、魔法自体が、抗っている?」


瞬間。その手から吹き上がった炎が、藤宮自身を襲う。その出力は、決して彼女へと致命傷を与えるものではないが、少なくとも。
オーネストハートへの攻撃を遅らせる一端にはなった。どさりと地上に崩れ落ちるオーネストハートの身体、そしてその熱量は、やがて藤宮自身からすらも離れ。
まるで生きているかのように、それはラッキークローバー――――天王寺ヨツバの下へと向かい。その姿を、包み込んだ。


「――――ウチの炎が燃え滾るッ!!!!!!」


そのシャムロックは。剣技も、謀略も、折れない心も持ち合わせないが。


「――――ウチの心が燃え盛るッッッ!!!」


それでも尚、今此処に、煌々と燃え盛り、燃え滾り、輝いて、立ち上がった。
紅に染まるワンピース。右肩から左腰にかけられた黒いベルト。そして何よりその両腕は、巨大なガントレットに包まれている。


「ラッキークローバー・バーニングインバースッ!!!!
 ウチは、もう二度と――――悲劇には屈せん。目の前に在る命を絶対に――――救ってみせる。ウチは一人じゃ、無いんやァ!!!」


凍結した時間の中。燃え盛る炎は、優しくその瞬間を、藤宮の手の中から、攫い、奪い、融かしていく。

41名無しさん:2018/12/24(月) 23:35:41
第六話 BURNING CLOVER 第一節 終

42名無しさん:2019/01/01(火) 23:25:51

――――地方都市、瀬平戸の裏側で起きた異変。魔法少女の出現から暫く――――さらなる変化が、街を襲った。
此処とは違う、存在しない街から来たと、示し合わせたように語る異世界からの魔法少女。
まるで魔法少女を模倣するかのように、少女の形を取り繕い、魔法少女を凌駕するほどの力を振るう知性ある魔獣、姫獣。
そして組織だって行動し、世界を喰らい尽くそうとする魔銃、姫獣の頂点、骸姫。

魔法少女を上回る新たな力、そして人類の危機に対して魔法少女藤宮明花は世界、勢力の枠組みを超えて、黒百合学院を主導とした魔法少女連合を形成。
魔法少女を組織的戦力として運用し、絶対的だった姫獣との戦力差を覆し、苛烈な戦争状態へとシフトさせることに成功していた――――――――

43名無しさん:2019/01/01(火) 23:26:12


元旦。



「羽根突きをしましょう!」


黒百合学院生徒会室には、既に何人かの生徒会メンバーが待機していた。
そしてそこにいる全員が、少し不審に思っていた。いつもそこにいるはずの、藤宮明花の姿が見えない。
生徒会長は、毎朝毎日役員の誰よりも早く登校し、生徒会室に向かい、山のように積まれた書類を処理しながら魔法少女として、骸姫達への対策を練り、各部隊と情報を共有し……と。
過労死すら疑う人外じみた仕事量を、誰よりも早く、誰よりも遅くまで、朝から晩まで続けるのが日課であった。

そして、透明な少女、ゲームマスターと呼ばれる盤面の支配者と共に本振袖姿で、藤宮は現れた。
その手の中には紙袋。既に羽子板の取っ手がはみ出ており、傍らではゲームマスターが海苔を巻いた餅に齧りついている。上手く噛み切れず、びよんと伸びているが。

――――最初に嫌な予感を抱いていたのは、ヘレネ・ザルヴァートル・ノイスシュタインだった。

「嫌だ……」

こういう時、集中して被害に遭うのは大体ヘレネだった。
詳細は省くが、藤宮明花に対して一度完全敗北を喫し、以降忠誠を誓う代わりに"生かされている"状態である以上、彼女に対しては強く抵抗できない身であった。
思わずぽろりと出た拒絶の意思は、ほんの些細な抵抗だった。

44名無しさん:2019/01/01(火) 23:26:31

「此花さん、今現在手の空いている生徒会役員は?」

ヘレネの言葉を意にも介さず、もうひとりの生徒会役員へと視線を向ける。
正確には、二人。此花立夏と、来栖宮紗夜子――――両者ともに黒百合学院の制服を身に纏っている。
此花は眼鏡を掛けた完全オフモード、来栖宮に関しても、此花の押す車椅子に乗り、膝に毛布をかけて、すっかりと油断しきった様子で備え付けのテレビを見ていたところだった。

「え、あ、えっと、今は……」

「如月さんはばーちゃるゆーちゅーばー用の動画撮影、高辻先生は多分泥酔して寝ているのでしょう。
 岩畔さんと刀坂さんは二人で山階宮さんはその付添、待機状態になっているのはここにいる私達のみ、ですが……」

狼狽える此花に変わって、来栖宮がその質問に答え、それを聞いた藤宮が暫し考える様子を見せる。
その隙に、ヘレネがそろり、そろり、と背後から抜け出ようとしていたが。その襟首を、逃すまいと藤宮が手を伸ばし、容赦なく捕まえる。

「まあいいでしょう。それではヘレネさん、行きましょう。藤宮流羽子板術の妙技、お見せしましょう!」

「待て待て待て待て待てなんで私だけなんだふざけんな!!! せめて、せめてそいつらも連れて行けって!!!」

ならばと必死の抗議である。道連れは多いほうが良いし、藤宮の欲望の発散にしても対象が拡散していたほうが負担も減るだろうと。

「いえ、私は身体が弱いので……ごほっ、ごほっ」

「私は紗夜子のお世話をしなきゃいけないから……」

「お餅」

然しそれも虚しく、一人を除いて尤もらしい理由をつけて、それを回避するのであった。
わざとらしい病弱アピール、その咳に凄まじくイラつきながらも、ただ餅を食っているだけの少女に理不尽を感じながらも、引き摺られていくヘレネ。
実に軽やかな足取りで、ゲームマスターがその後ろを追い掛けていく。餅を頬張りながら。

45名無しさん:2019/01/01(火) 23:26:49

「――――明花、とっても楽しそう」


中庭に行くまでの道の中で、その顔を見上げながらそうゲームマスターは呟いた。
藤宮明花の表情には、自然な笑顔が浮かんでいた。作ったものでも、貼り付けるものでもない……少女が有する、ごくごく平凡な笑いであった。
その指摘に対して、ほんの少しだけ驚いたように眉を顰ませながらも。すぐに、また透明な少女へと藤宮は笑顔を返す。


「ええ、とっても楽しいです。見てください、山本さんに作らせた墨汁です。水では絶対落ちない特別性ですよ」




「――――――――ふ、巫山戯んなぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」



ヘレネの絶叫は虚しく、静かな黒百合の校舎へと響き渡るのであった。

46名無しさん:2019/01/01(火) 23:27:02

外伝 魔法少女鏖殺都市『瀬平戸』 特別編 終

47名無しさん:2019/01/09(水) 21:28:07

「……これで三つ。土壇場で新たな魔法との融合を果たすとは、成程……才能かもしれませんね」

燃え盛る炎のラッキークローバー・バーニングインバース。それを前にして、尚も藤宮明花は笑っていた。
その程度を未知とは言わない。その程度を驚異とは呼ばない。自身が支配する凍結した時の空間を打ち破られて尚、藤宮明花という魔法少女の絶対は揺るがない。
ただ、傍らに歩み寄ろうとした無色透明の少女――――ゲームマスターと、ゆりかごの魔法少女達が呼ぶ彼女が駆け寄るのを、ただ片手を上げて静止した。

「必要ありません。貴女はとても、とても重要な一欠片――――先に帰還しなさい。私もすぐに行きますから」

「……分かった。でも、気を付けて」

それと共に、少女の姿がふわりと揺れた。時間が歪んだかのように、その空間が捻れ曲がって、瞬きをもう一度して見る頃にはその姿は消えていた。
……それを追いかける余裕はラッキークローバーには無かった。言うなれば、寧ろ好都合とでも言うべきか……不幸中の幸いとでも言うべきか。
ともあれ、これで相手をするべき魔法少女が一人に絞られた。どれほど多彩な能力を持っていようとも、相手はただ一人、ならば三人である自分が負けるはずがないのだと。

「……ウチに聞かせてくれ。あんたは、なんでこんな酷いことが出来るんや」

口から溢れたのは、純粋な疑問だった。
大きな力を得て。燃え滾る心と、それとは真逆に冷静な空白ができたが故の思考の果て、思わず零れ落ちたシンプルな、たった一つの疑問。
きっとこの藤宮という少女の所業を垣間見た時、誰もが真っ先にそれを思ったことだろう。
ラッキークローバーとて、また同じだった。いや、ある意味では、平凡たる彼女が放ったたった一言は、他の誰が放つよりも、鋭く重たいものだった。

48名無しさん:2019/01/09(水) 21:28:23

「何度も、何度も、同じことを……」

聞き飽きた問いかけだった。疲れと言えるものすら、僅かに垣間見せるほどに……それが何を意味するのか、ラッキークローバーが理解するには平常が過ぎた。
その立ち居振る舞いに、ほんの僅かな綻びがあったことすらも思わせないほどの藤宮明花という存在の重さもあったのだろう。
その両手が、優美に広げられる――――その手の中には、空白が広がるのみ。

「総ての魔法少女は私が管理する。ただ、それのみ」

そしてそのために、魔法少女を鏖殺しなければならない。その宣言は、何一つとして変わらない。
握り締められたラッキークローバーの拳が、熱く燃え盛る。散っていった命一つ一つに、怒れるように。

「――――分からん。やっぱりさっぱり、うちには、全然全く、何一つとして分からん」

ただ、それでも。何をすべきかを、ラッキークローバーは理解していた。
駆け出した。その拳と命、それだけを燃え滾らせて、絶大極まりない力の奔流へと立ち向かう。

49名無しさん:2019/01/09(水) 21:28:39



「……身体が、動く……」

凍結していた時間が動き出す。オーネストハートはそれを確認すると、ゆっくりと立ち上がった。
身体中が痛む。無抵抗な身体に散々に攻撃を叩き込まれた状況、こうして立っているのもやっとだが……然し、自分が立ち止まるわけにも行かないと。
ふと視線をやれば、そこではレギナ・ルシフェルと――――そして、確かに。軍服の魔法少女……コノハナ少佐が、ゆっくりとその瞳を開けた。

「立夏……!」

「……コノハナさん」

その双眸が、先ずはゆっくりとその天翼の魔法少女を見据えると、小さく微笑んでその右手がゆっくりと持ち上がり、その頬を撫でていった。
それから、その視線はオーネストハートへと向かうと共に、支えられていた身体を起き上がらせる。ズレた軍帽を被り直しながら。
ダメージのほどで言えば、オーネストハートのそれと大差はない。だが彼女もまた、そこに立った……立つ理由が、立たなければならない理由がそこにあった。

「……許せとは言わん。だが、今は――――」

「――――そう、ですね」

オーネストアローを握り直して、たった今最前線に立っている親友の下へ……彼女を独りで戦わせるわけには、いかない。
それに何より、今此処には確かに……全員が揃って、なんて上手くは行かないが、それでも、今ならば、共に並び立つことも出来るはず。

50名無しさん:2019/01/09(水) 21:29:04



炎を纏った拳が、藤宮明花の拳と衝突する。魔力によって硬質にコーティングされたその右手を砕くことは出来ないまでも……"まともに打ち合えている"。
そして、藤宮の動きに対抗できている。ただそれだけで大きな進歩のようにすら感じられる、漸く同じ土俵に立つことが出来たとすら思っていた。
左の拳が握り締められて、赤熱しながら叩き込まれようとする。それを藤宮の右手が受け止める――――だが。

「――――――――ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」

咆哮と共に、受け止められた右の拳がそのまま藤宮へと叩き付けられようとしていた。
魔法少女フォーチュンが有していたのは未来視の魔法。三秒先の未来を視る事ができるというもの。
本来であれば、強力な代わりに失明の危険をすら伴うものであったが、藤宮はその無尽蔵の魔力を利用して常にそれを使用している。
然し、未来が視えようが対応できなければ意味がない――――見誤れば意味がない。その拳の威力は、藤宮の想定を遥かに超えて、その身体が大きく衝撃に襲われて後方へ飛ばざるを得ない。


「まだやァァ!!!!!」


そして、そこに右の拳を振り上げると、湧き上がる火炎が弾丸と化して飛んでいく。それは着弾と同時に、天まで届くかのごとく火炎の渦へと変化。
藤宮の姿すらも飲み込んでしまいながら、唸りを上げる――――――――

「どうや!!! ウチの炎は!!! 参ったかぁ!!!」

三つの魔法を並行させた、その出力は通常のラッキークローバーとは比較にならない――――通常の魔法少女であれば、一溜まりもなかっただろう。
だが、彼女が相手をしているのは、通常どころか、異常、例外すらも圧殺する……それは、黒百合の女王。魔法少女の、管理者をすら名乗る者。
吹き荒れる炎の渦が、一息に消し飛んでいった。膨大な、単純極まりない魔力放出によって……そしてそこには、確かに。無傷の女王の姿があった。

51名無しさん:2019/01/09(水) 21:29:38

「全く、無駄な抵抗を」

その手を掲げると、無数の鎖がラッキークローバーへと向かい、その姿を絡め取った。
魔法少女フェンリルが行使する、縛狼の魔法は――――絡め取った存在の、魔法の出力を抑制し、魔法の類で破壊することを不可能とさせる効果を有している。


「――――その意気は認めますが。終わりにしましょう」


その手の中に、再度狩人の銃、デア・フライシュッツが握り締められる。
こうまでして、まだ届かないか。ラッキークローバーは、黒々と開いた銃口。魔法少女というには、余りにも現実味があって、冷たいそれを見据える。
ぐっ、と奥歯を噛み締めて。それでも尚、諦めまいと、その女王を睨み付けて――――――――


「――――――――いいえ、終わりになんてしない!!」


放たれる無数の矢が、藤宮へと襲いかかった。魔力の矢の雨霰、それはラッキークローバーにも無論見覚えがあるものだった。
最も信頼していた親友の矢が……通じないまでも、確かに藤宮の射撃体勢を崩して、迎撃させるという隙を作り出すにまで至っていた。


「立夏! これを!!」


「――――ああ、これだ。ありがとう、紗夜子。やっぱり、これが一番しっくり来る」


縛狼の魔法によって生み出された鎖が、"断ち切られ"ていく。
そこに立っているのは、マントを翻して、輝かしい軍刀の白刃を煌めかせる剛剣の魔法少女と、剣と盾を携えた、六枚羽の天翼の魔法少女。

52名無しさん:2019/01/09(水) 21:29:50

「……ひよりちゃん、皆……」


解放され、立ち上がり、その三者に一様に視線を送る。皆、それぞれ思うところがあるのだろうが、そこにいる魔法少女達、彼女達は確かに。
一つの大きな脅威へと向けて。今漸く、一丸となって、刃を突き付けている。

「……なんとも小賢しい。群れたところで、何か出来るとでも」

それでも、やはり藤宮明花という女王は、絶対の自信を崩さない。此処にいる総ての人間の、立ち上がる心をすら圧し折りかねないほどに。
だが、ここには確かに折れない心の魔法少女がいる。ただそれだけで、他の魔法少女の心を支え、そして立ち上がらせるにまで至らせる。
その在り方こそ、歪んでいようとも。たった今、その魔法少女が齎す結果は――――きっと、"魔法少女"のそれと相違無いものなのだろう。


「私達は、魔法少女――――貴女を倒すくらいなら、きっと出来るはずです」


背筋を伸ばして、目線を上げて、胸を張って。凛々しく、君臨する女王へと言い放った。

53名無しさん:2019/01/09(水) 21:30:09
第六話 BURNING CLOVER 第ニ節 終

54名無しさん:2019/01/14(月) 03:31:46

「ふぅ――――全く、馬鹿馬鹿しい」

四人の強大な力を身に纏う魔法少女と相対して、それでも藤宮明花という少女は、欠片もその余裕を崩さなかった。
どころか、その光景に呆れていた。その手を頬に当てて、ゆっくりと首を横に振って、何とも愚かだと、そこに並ぶ少女達をまとめて、切り捨ててすらいたのだ。
女王にとって、それらは全て、ただ少しばかり手間が増えるだけだ。両腕に籠める力を少し増やす程度の、あまりにも容易い――余りにも愚かな、案山子でしかないのだ。

「いいでしょう。相手をしてあげます。かかってきなさい」

そしてその両手を広げて、どうしてもと言うならば、と彼女等の力を敢えて、受け止めると宣言する。
空間が張り裂けるかと錯覚するほどに、その場に膨大な緊張が走る――――今までの戦いは、藤宮にとっては遊び程度でしかないのだろう。その場にいる全員がそれを理解している。
だが同時に、決して負けるつもりはなかった。たった一人では敵わない相手でも、今ならば、今ならば倒せる――――根拠のない、確信ですらない、ただの自信ではあったが。
それでも、その胸には。希望が秘められている。


「行きます――――貴女を、止める」

「うっしゃ……やったるかい」

オーネストアローの鏃が引き絞られる。強力な魔力が矢を生成する。
ラッキークローバーの両手を覆うガントレット、造られた拳がガチンとぶつかって硬質な音を響かせる――――そして吹き荒れる熱風。

「行きましょう、立夏」

「言われずとも――――何処へでも」

レギナ・ルシフェルがその両手に、盾と剣を構える。
コノハナ少佐がその隣に並び立ち、静かに、しかし鋭く軍刀の切っ先を女王へと向ける。

55名無しさん:2019/01/14(月) 03:33:48

再開は一矢を以て――――空を斬り裂いて放たれた矢が、女王へと飛来する。
放たれた矢は無数に分裂し、その空間を埋め尽くすかのように分裂するが、女王がその右手を翳したのならば、ただそれだけでその空間に『静止』する。
膨大な魔力量による、障壁によって固定された魔力の矢は、そこから動くことはなかったが――――意識を僅かに向ける、という点に於いては達成されたと言ってもいい。

「――――――――せぇやァァアアアア!!!!!!!!!」

「――――――――はぁッ!!!」

それは、一対一の戦いでは"機会"にはならなかったかもしれないが、この戦いは、一人を相手にしているものではない。
天翼の魔法少女と、剛剣の魔法少女が、一息に距離を詰めて追撃を行う。左右から挟み込むように、その手に握りしめる剣を、寸分違わず同時に振るっていた。
その何方もが、如何に女王といえども無視をすることが出来る威力ではない――――その両手にバヨネットが握り締められると、その挟?を、左右の片手で受け止める。

「くッ……!!」

「残念ながら、そう容易く私に傷をつけられるとは思わないことですね――――!!!」

そして、剰えその両手は"前線戦闘を得意とする二人の魔法少女"を相手取って、尚も片手で押し返すだけの力があった。
僅かにその刃が外されると、二人の刃を弾くようにそれを振るったのならば、その衝撃で後方へと飛ばされる――――天翼、剛剣、共に体勢を立て直しながら着地する。

「おおおぉぉぉぉぉぉぉっしゃああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

だが、そこから更に間髪入れずに、四葉の魔法少女が飛び出してくる。両手に炎を滾らせて、真正面から女王の前に繰り出し、正面から拳を叩きつける。
一発で駄目なら二発、二発で駄目なら四発、四発で駄目ならば八発、一撃一撃が必殺に相応しい威力の一撃を、何度も何度も振るい続ける。

「ただの力押しで、私に勝てるとでも!!!」

爆炎の最中にありながら、それでも女王はその一撃を一発一発、或いは回避し、或いは受け流す。全く以て、涼しい顔をして。
それどころか、放たれた拳、伸び切った腕を取ったのであれば、そのまま足を払い――――柔術の動きを以て、彼女の身体を投げ飛ばした。

56名無しさん:2019/01/14(月) 03:35:02

「うわっ、とぉ!!!」

「代わります!! 」

「退いていろ!!!」

地面へと叩き付けられ、転がっていく四葉に代わり、剛剣と正道の魔法少女が攻撃を仕掛ける。
オーネストアローの斬撃形態による振り下ろし、そして一撃後の隙を遮るかのように軍刀が振るわれることによる、息を尽かさぬ連続攻撃。
一拍の空白も許さぬそれは、然しそれでも尚。女王に、届くことはなく。


「まぁ、こんなものでしょうね――――所詮は」


両手に握る銃剣に魔力を纏わせて薙げば、それはその連撃をごと呑み込んで、彼女達二人を弾き飛ばすだけの威力を以て、食いつく二人を暴力的に引き剥がす。

「ぐぅ……!! 質問します、貴女のその魔力の原動力は!!!」

「さぁ、貴女と同じではなくて? 後は――――才能、と言ったところでしょうか。無駄な問答は好きではないのです」

三人、四葉、剛剣、正道の魔法少女が、地に伏せられた。最後の最後に悪足掻きとして放たれた質問もまた、女王の核心を突くには至ることはなく。
ただ、その手には再度猟銃が握られる。女王にとって、魔法少女は、ただただ――――狐狩りの狐と、何一つ変わることはないのだと、それは謳い上げる。
絶対的な支配者。そしてそれは、小手先の連携や――――策謀を。余りにも容易く、真正面から、打ち砕く。

「……終わりにしましょう。もう、こんなことは」

――――寸断された、フェンリルの縛鎖の魔法の鎖、その幾つかが、女王の腕を絡め取った。
天翼の魔法少女は、確かにそこに手応えを感じた。女王自身が生み出した魔法の鎖、それならばその効果も女王の魔力に比例する――――そしてその仮設は正しいと証明された。
確かに、魔力が抑え込まれたのを感じたが。それでも女王の力を完全に抑え切るには至らなかった。



「ええ。終わりにしましょう。たった一発、この魔弾が――――貴女達を、射貫く」

その手の中に、女王の魔弾が握られて――――



ただ、それでも十分だった。役目は、果たされた。

57名無しさん:2019/01/14(月) 03:35:21








「――――――――それや、それを待ってた」









          .

58名無しさん:2019/01/14(月) 03:35:43

四葉の魔法少女の手の中には、藤宮明花が握る魔弾と同じものが乗っていた。
訝しげに、その様を見て――――彼女がその身に宿す、2つ目の魔法を思い出し。然しそれでも尚、女王はその笑みを崩すことはなかった。

「銃には弾丸が必要やろ、だからこの時を待ってたんや。同じ道具さえあれば、こっちにも勝ち目はあるはずやって」

「そうですか――――それで、贋作を作り出した程度で、私に敵うとでも?」

勿論、四葉とてそうは思っていない。ただそれを撃ち出した程度では、その扱いに長ける女王に対して、一切の勝ち目はありはしない――――それ故に。
猟銃のボルトが引かれた。そこに魔弾が一発、装填される――――勝負は零秒を争う。それは、自らの銃で撃ち出すではなく……


「えーと、コノハナちゃん!!!」


隣のコノハナへと投げ渡される――――軍刀の弾倉へとそれが、そのまま直接叩き込まれたのであれば、その意思を読み取って。


「オーネストハート!!!」


それを軍刀ごと、投げ渡す――――正道もまた、その意を汲み取って、片膝をついて、オーネストアローへと軍刀を装填し、射撃体勢に入る。
鏃を引き絞れば、魔力で作られた弦が、強く強く張り詰める。その照準は勿論、目の前にいる、女王へと向けられていて――――だが、それでも、遅い。
その引き金は、矢を解き放つよりも、早く、疾く――――

59名無しさん:2019/01/14(月) 03:35:57

「考えた、とは思いますが――――やはり、遅い」


弾丸は、疾走する。複雑極まりない、予測など不可能な軌道を描いて、正道の魔法少女を貫いて、沈黙させんとし。
装填され、引き絞られた、弾丸とその弓は――――――――


「――――――――"ルスキニアさん"!!!!!」


女王の背後の、天翼の魔法少女へと投擲される。
放たれた弾丸は、正しく正道の魔法少女を貫かんとして、白き盾がそれを遮った。そこに施された、防御破壊の概念が盾を粉砕しながらも、その少女を"守り"。
そして、託された聖弓は、正しくその天翼の魔法少女の手に渡り。




「ええ――――扱い方は、よく分かっておりますので。必殺技の名は、必要ですか?」



ぎりぎりと引き絞られる弦を取る、指は震えることはなく、血を流すことはなかった。
そこに在るのは、確かに嘗ての仲間だった。巡り巡って、それでもこうなるとは、思ってもいなかったが、それでも天翼の魔法少女の心は、少しだけ救われていた。



「――――“Sagitta Akelarre”」



放たれたそれは光の尾を引いて飛翔する。一条の光は光の帯となり、光の帯は柱の太さとなり、光の柱はやがて光の奔流となった。
これだけの力と、魔力と、想いを乘せて。そして最後に天翼の魔法少女は、過去の……黒百合学院生徒会長の姿に、思いを馳せて、それでもこれで終わりにすると。
そうであってほしいと、願いを捧げる――――――――“彼女の地獄を、此処に終わらせて欲しい”、と。

60名無しさん:2019/01/14(月) 03:36:13












「――――――――ああ、くだらない」







.

61名無しさん:2019/01/14(月) 03:36:44
第六話 BURNING CLOVER 第三節 終

62名無しさん:2019/01/30(水) 23:02:17
至高。

栄光。

優雅。

華美。

権威。

才能。


あの少女は全てを持っている。あの少女は全てに勝る。我々には至らぬ世界に在り続ける。生まれながらの女王。
望まれるままに生まれて、望まれるままに振る舞う。私は全ての民草の庇護者。私は全ての頂点に立ち、彼女達の手綱を取り、導いていく役目がある。
そういう風に、望まれました。そういう風に、振る舞ってきました。そういう風に、遂行してきました――――――――それなのに、手に入れたものは。


恐怖。

嫌悪。

罵倒。

畏怖。

拒絶。

離反。


ノブレス・オブリージュ。高貴なるものには義務があります。
民草に、支配者の気持ちは分からない。大抵の場合、そういうものなのです。だから私は、同意も、同情も、並び立つ者も、求めてなどいなかった。
ただただ、最善を尽くすだけ。最小を切り捨てて、それ以外の全てを救う。きっとこの選択は、正しいはず――――――――ええ、だから、何も求めてなどいなかった。

63名無しさん:2019/01/30(水) 23:02:38




「――――――――終わっ、た……?」


少女達は並び、光り輝くその魔力の渦の向こう側へと目を凝らした。
この戦いが、ようやく終わる……瀬平戸にやってきてからの、長い長い戦いが。そう思っていた……そう思いたかった、と言い換えることも出来るだろう。
残る魔法少女が、もう自分達しかいないのならば、皮肉ながら……後は、藤宮明花ただ一人を打倒すれば、それで終わり。目標は、至って単純なものであり。


それがどれだけ巨大なものであるか、ここにいる全員が理解を拒んでいた。


――――世界が止まる。


膨大な魔力が、周囲の時間を歪ませる。それは、コノハナ少佐やレギナ・ルシフェルはおろか、一度はそれを超えたラッキークローバーとオーネストハートすらも"留めた"。
女王の時間。支配の時間。それは今、膨大に強化され――――否。


「ここまでやれるとは、流石に思っていませんでした――褒めて差し上げます」


止まった時間。表情一つ動かすことすら叶わず、ただ、女王の拍手の音だけが響いていた。
不味い、不味い、不味い――――――――その場の誰もがそう思い、然し思考を空転させ続けている。
オーネストハートは、未だ諦めてはいなかった。だがどれだけ努力しようと、これ以上の力を放つことが出来なかった。
ラッキークローバーもまた同様だった。内に在る仲間達へと問いかけ、そして彼女らがどれだけ魔力を滾らせても、身動ぎ一つ届かない。
コノハナ少佐はこの力の源が何処にあるかを探した。どう探したとしても、目の前に在る女王単独の物で、ギミックが何処かにあるようには見えなかった。
レギナ・ルシフェルは策を巡らせる。この状況をリカバリーするための策謀を。最早手遅れであることなど分かっていながら、常に思考を続ける。

64名無しさん:2019/01/30(水) 23:02:51

目前にあるのは、顕在の女王の姿。


後光の如く、その背にはズラリと“巨砲”が並んでいた。
その一つ一つが、必殺と称して余りある。正しく必滅、グランド・フィナーレの名に相応しい――藤宮明花は、ここに至るまで、全て。
自身の能力のみを駆使し――――骸姫としての力を振るわなかった。全て、時間を止めることも、銃弾を操作したことも、魔法を自在に操ったことも、全て。
藤宮明花という、一人の少女の才能のみを以て、行使されていた。


「ですが……それでもやはり、私には届かない。私は女王であり、貴女達は、何処まで言っても、凡百でしか無い。
 私は支配者。私には支配する義務がある。私には、市井の人々の為に、全てを導き、整え、創り上げる義務がある―――――」



絶望を。絶対的な権威と、支配と、それを実行する力が足り得てこそ、女王の称号は成立する。



「私だけが女王として。私だけが――――――――魔法少女であればいい」



――――――――砲火が輝いた。一切を灰燼へと還す。グランド・フィナーレに、相応しい。

65名無しさん:2019/01/30(水) 23:03:11




魔法という奇跡を束ねた魔法少女であるとも、そこに横たわる膨大な現実には抗えなかった。
ただその中で、オーネストハートだけが、顔を上げていた。最後まで抗い続けようとしていた。立ち上がり、そこにある現実を見届ける……そんな思考にすら至らなかった。
まだ方法がある。まだどうにかなる。まだ何処かに、何かがある。願うではなく、自らの手で、それを切り拓くことが出来る……魔法少女の軌跡を、信じていた。


戦って、戦って、戦って。戦い続けた。


友人が死んでしまったとしても、仲間だった人間に裏切られたとしても、絶対的な過ちを犯してしまったとしても、最期までオーネストハートは抗い続けた。
託した心は、その剣に乗って翼と結実した。きっとオーネストハートという少女の軌跡はそういうもの――――諦めなかった。
だからこそ、だからこそ、多くの魔法少女に、彼女は――――――――彼女を信じる者が、何人も現れて。彼女に、託すものがいた――――そう、確かに。


そこには、救われる者がいたのだから。


(――――あなたは)


迫る絶対殲滅の砲撃の寸前に。たしかにそこに誰かがいたのを見た。
被っていたフードを脱ぎ捨てたならば、純白の髪が――――解けるように、そこに広がっていった。
透明な瞳が、確かにオーネストハートへと向けられた。それは確かに見覚えのあるもので、それは確かに――――知っている、姿だった。

66名無しさん:2019/01/30(水) 23:03:30

幾度の悲劇を作った。決して許せない、絶対に倒さなければならない敵だと思っていた。それを理解するには、余りにも遅すぎた。
それはきっと、最初の“敗北者”だった。酷く、無垢だった。純粋で、美しく、だからこそ残酷で――――哀れだった。



「――――――――私にも、叶えたい願いがあるのなら」



告げる、あのときと同じ声で。私達に魔法を手渡した時と同じ声、だけど少しだけ違う色を含ませている。
そこにいる皆が驚愕した。そうとも、それが“魔法少女であることを知っているのは、この場にたった一人しかいないのだから”。
その姿に納得できるのは。そして、その姿に頷けるのは。その存在が、“彼女とは違う”と理解できるのは、オーネストハートという魔法少女ただ一人。



「ワタシは今こそ。ワタシの役目を――――――――いいえ」



その右手を、そこにいる魔法少女達へと差し出した。
オーネストハートは、その手を取ろうと、その手を伸ばして――――――――



「想いを、果たしたい」

67名無しさん:2019/01/30(水) 23:03:46




――――――――その魔法少女の名は、“ゲームルーザー”。

68名無しさん:2019/01/30(水) 23:04:07
第六話 BURNING CLOVER 第四節 終

69名無しさん:2019/02/11(月) 23:27:15

――――――――魔法少女ロワイヤルには管理者が存在する。

必ずそれは設定される。“開催される度に、それは設定される”のだ。
それはシステムにすら等しい。魔法少女ロワイヤルが開催される場所にゲームマスターが存在し、ゲームマスターが存在するからこそゲームは成立する。
そしてゲームマスターは、あくまでも魔法少女である。そしてこの瀬平戸には全ての魔法少女が流れ着く――――では仮に、過去に。
“ただの魔法少女であるゲームマスター”が存在していたとしたら――――正確には。“魔法少女ゲームルーザー”として“死んだ”何者かが、居たとするならば。


「――――いや、違う」


眼の前に居る少女は、黒百合学院生徒会のメンバーとして、そして藤宮明花が“パーツ”として利用している少女のそれと酷似している。
否、同様の存在であると言っていいだろう。だが、そこには決定的な違いが存在し、それを即座に理解することが出来た――――そこにある感情の起伏は、確かに“違うもの”だ。
自身が知るゲームマスターのそれとは違う。即座に見抜くことが出来たのは、藤宮明花という存在が“極端なまでに慎重且つ徹底的”であるが故か。


「ええ、その通り。ワタシはアナタの知るゲームマスターとは違う。ゲームルーザー――――嘗て。敗北したもの」


藤宮明花の表情から笑みが剥がれる。その双眸は明確に敵意と、そして困惑を孕んで、無色透明の魔法少女へと向けられている。
計算が合わない。ゲームマスターの観測した魔法少女は、自身を除いたのならば“四人”だ。これでは、“五人”になる……観測できなかったイレギュラー。
突如として出現したブラックボックス。未知なる要素。討ち果すとするには、些か――――藤宮明花は、慎重が過ぎた。

70名無しさん:2019/02/11(月) 23:27:42


「ええ、その通り。ワタシはアナタの知るゲームマスターとは違う。ゲームルーザー――――嘗て。敗北したもの」


藤宮明花の表情から笑みが剥がれる。その双眸は明確に敵意と、そして困惑を孕んで、無色透明の魔法少女へと向けられている。
計算が合わない。ゲームマスターの観測した魔法少女は、自身を除いたのならば“四人”だ。これでは、“五人”になる……観測できなかったイレギュラー。
突如として出現したブラックボックス。未知なる要素。討ち果すとするには、些か――――藤宮明花は、慎重が過ぎた。

「何時から、この瀬平戸に」

「最初から。ワタシが“外”からやってきたはじめての魔法少女」

「何故、今の今まで姿を眩ませていたのか」

「見届けるために。アナタは確かに、“途中までは”完璧だった」

「なら何故、今、こうしてここに現れた」

――――無色と言うには、余りにも“色”が乗っていた。
何色と言うにも表現しきれないが、然し、誰かに与えられた、人間としての色だった。それは藤宮明花を苛むように、見据え……哀れんでいるようにすら見えた。


「――――――――アナタを、救うために」


――――瞬間、止まった世界の中で、虹色の光が輝いて……四人の魔法少女達を、包み込んでいく。
ゲームマスターとしてに権能――――然し絶対的ではない。藤宮であれば、女王であれば、容易く妨害できるほどのものであったが、然しながら。
動かなかった。動けなかった、と言っていいだろう。過度なまでの“女王”としての立場が、役割が、義務が遮って、彼女たちをここで留めることを躊躇させた。


「……意味が不明ですが。まあいいでしょう。何方にせよ、貴女方は死に絶える運命――――――――然し次会う時には。

 ほんの僅かな遅れをすらも、取ることはないと断言しましょう。……最後に嘆くだけの時間は、差し上げます」


そして同様に、藤宮の姿が魔力の渦に包まれ、そして掻き消える――――その姿を見届けたゲームルーザーは。
同じく、虹色の光の中へと舞い戻ろうとして、振り返ることもなく、ただ静かに……然し確かに、呟いた。


「……嫌いなわけじゃない。感謝しているの。“ワタシ”は、“アナタ”に」

71名無しさん:2019/02/11(月) 23:27:57





「あいたっ!」

「うぇっ!!」

「うげぇ……わぁっ!?」

「あら、ごめんなさい、立花」

まず最初に、べちゃりと床へと叩き付けられたのが天王寺ヨツバだった。
その上に雛菊ひよりが落ち、更にそこに重なって此花立花が、最後に来栖宮紗夜子が落下するのを必死で受け止める――何とも惨事という他無い状況だった。
全員が満身創痍の状態の中……のそのそと人の山が崩れていく。そして床の上に座り込んだヨツバが、周囲をくるくると見回した。

「えーっと……どこ、ここ?」

「ここは、ホテル『グランドクルス』――――瀬平戸支店のロビーです」

「……ほ、ホテル? 嘘ぉ……」

急転直下、何も出来ない状態から見たこともない場所――――への説明を、来栖宮紗夜子が立ち上がってそういった。
ひよりと、ヨツバの頭の上には?マークが浮かんで……そして紗夜子の横では、此花立花が小さく縮こまっていた。

72名無しさん:2019/02/11(月) 23:28:10

「え、君誰?」

「……あ、えっと、私は、あのぉ……」

「ヨツバさん、その人はですね」

そしてその姿を見たヨツバは、お下げ姿に眼鏡の少女と、コノハナ少佐と、結びつけるどころか同一人物とすら思っていなかった。
説明するにもしどろもどろな立花に、ひよりがフォローに入ろうとして。


「自己紹介の前に、先ずは――――」


紗夜子が三人にそういった後、その視線を移した。その先にいるのは――――



「説明をしていただきましょうか。“ゲームマスター”」



無色透明の。“盤上の管理者”

73名無しさん:2019/02/11(月) 23:28:23
第六話 BURNING CLOVER 第五節 終

74名無しさん:2019/03/24(日) 23:52:56


「そもそもの話。私達が認識していたゲームマスターはただ一人だった」

謀略と策謀に生きる来栖宮にとって、情報は場合によっては戦闘能力を優先するほどに重要である。
潜伏している間とてそれを欠かしたことはない。そして、その間、確認することが出来たゲームマスターは、当然の話であるが、たった一人だけ。
それが複数偏在するというのであれば、してやられたというほかあるまい。存在しないと思いこんでいた、存在しないはずのそれを調査など、考えようも無い。
その場にいる全員が、この謎が解き明かされることを望んでいる――――

「立夏。貴女が生徒会にいる間、ゲームマスターがそういう素振りを見せたことは?」

「え、いや、そういうのは……あったら、報告する、し……」

話を振られた此花は、首を振って否定する。
その言葉に嘘偽りはない。此花立夏はこの中の誰よりも内部事情に詳しく、そして本来観測されていたゲームマスターに詳しい者である。
裏切り――――は、少なくとも、二人に間柄では有り得ないと仮定して。来栖宮は、話を続けることになる。

「私達のロワイヤルに、ゲームマスターはたった一人しかいない。それに――――私達にとっては、こういってはなんですが、“向こう側”のほうが馴染み深い。
 機械的にすら見える、魔法少女の、ロワイヤルの運営機構。それがゲームマスター、それでは、貴女は、何者ですか。

 突如として、私達の前に現れてみせた。貴女は、一体」

その視線が、鋭く彼女を射抜いた。いくら先の状況を助けられたとは言え、眼の前の相手は到底信頼できるものではない。
魔法少女ロワイヤルを開催し、殺し合いを誘い、致命的な後遺症を与えるアイテムを配布し、最後の一人になるまで殺し合いを続けさせた。
特にこの、来栖宮という少女にとっては――――それを受けたゲームマスターと呼ばれた少女は、その唇をわずかに開いて、言葉を紡ごうとして。

75名無しさん:2019/03/24(日) 23:53:16

「待ってください。私はこの人を知ってます」


その間に立ち塞がるようにそこに割り込んだのは、雛菊ひよりであった。
そう、唯一。少女は彼女の最期を知っている。最期の少女を知っている……この場には、ただ一人。
魔法少女ロワイヤルの最果てにすら辿り着いた、来栖宮という少女すらも知り得ない、たった一人の少女について知る、魔法少女だ。

「……この人は、確かに私達の知っているゲームマスターです。……信用、出来るって、言っていいのかはわからないけど。
 でも、先ずはお話を聞いてあげてください。きっと、それだけの価値はありますから」

「……」

此花立夏と天王寺ヨツバが疑問符を浮かべながらその光景を見届ける中。
その沈黙を破ったのは、他ならぬ、ゲームマスター本人だった。


「――――ええ、そう。あの子は確かに、他ならない、ワタシ」


正しくその口調は、ひより以外からの人間から見れば、かつて出会ったその人物と変わらないものであった。
そこにはほんの僅かな、暖かさがあった。人間、としての存在が垣間見えた。システムとしてのゲームマスターが、正しく欠陥品である証拠だった。

76名無しさん:2019/03/24(日) 23:53:36

「ワタシは“ゲームルーザー”。あの子は“ゲームマスター”。無数に偏在する魔法少女の物語、それを紡ぐための“ワタシのひとり”。
 アナタ達の知らない、魔法少女ロワイヤルの“ワタシ”――――この瀬平戸の魔法少女ロワイヤルを、運営するために当て嵌められた」

来栖宮紗夜子は、かつて数多の魔法少女の記憶に触れた。
そうでなかったとしても、少女達は“別の世界の魔法少女”に今まで幾度出会い、そして今正しく、“平行世界”の大地に立っている。
ならばその中に、“パラレル・ガーデン”――――同じように、魔法少女ロワイヤルが行われている世界があるとしたら。そこにまた、同じように、魔法少女がいるとしたら


「ワタシは“ゲームルーザー”。ただの魔法少女。“……そして、ゲームを終わらせるもの”」


少女の名は敗北者。その命散ることを運命づけられたもの。盤上を管理し、その役目を果たしたとき、完全に散ることを約束されている。
然し、これはどうか。今この状況は……“円滑にロワイヤルは、終わらせることが出来ているか”。
果たして、勝ち残った者の願いは叶えられたか。

77名無しさん:2019/03/24(日) 23:53:56

「ワタシは、魔法少女ロワイヤルを円滑に完結させ――――そして――――」


答えは否。否。否である。
今目の前には、約束を履行されない者がいる。“やり直す”という願いを果たされぬまま、ここに魔法少女として立つ者がいる。
脱落者としての役目をすら果たすこと無く、未だ魔法少女として戦うことを強制される者達が居る。ならば、その状況を正すのも、盤上の管理者の役目であり。



「――――――――“みんなに、たのしんでもらいたい”から」


それは、たった一人の少女の、叶えたい願いであった。
それが例え、自身にとっては見に覚えのないものであったとしても。無関係の同一個体に生じた、バグのようなものであったとしても。
魔法少女ロワイヤルに於いて、最大の障害であるものであったとしても……その願いは。変わることはなかった。

78名無しさん:2019/03/24(日) 23:54:08

第七話 重なる想い 第一節 終

79名無しさん:2019/04/12(金) 00:35:42

「ワタシは盤上の支配者。けれどゲームのシナリオを、自由自在に書き換えられる程、万能じゃない」

ゲームルーザーの右手が、雛菊ひよりへと差し出される。そしてそれと同時に、その胸元が光を放つ――――正道の少女のものとは違う。
禍々しく、荒れ狂うような魔力の輝きがその場を満たす。やがてそれは、ゆっくりと浮かび上がるように……その胸を離れて、ゲームルーザーの元へ。
その輝きの中心には、血のように朱く煌めく宝玉が浮かぶ。

「……骸姫の核」

来栖宮紗夜子が呟いた。藤宮明花と戦場を共にした者にとっては、見覚えのあるものであった。
そしてそれは、此花立夏の身体の中にも――――驚愕に歪むその表情を置き去りにした後、同様に胸元で輝いたそれが、ルーザーの元へと向かっていく。
その両手の中で光を放つ宝石へと視線を落とす、透明な瞳に映るそれは、やはり朱く輝いているように見えて。

「けれど、変化を与えることはできる。大きすぎる力の差は"公平じゃない"――――もっともっと、面白い形に」

そして、その腕の中で、輝きはより強くましていく――――――――否、変質していくと言っていいだろう。
暴力的な魔力の輝きが、ゲームルーザーの魔力によって上書きされていく……汚染されていくとも、漂白されていくともとれるかもしれないような光景。
二つだった宝石は、眩い光に変換され、一つの大きな光へと重なった。それを掲げたのならば……その身体、その存在自身が、同様に白い光へと変換されていく。
全てが重なり、一つになった光が、ゆっくりとひよりの元へと漂っていく……目の前のその光へと向けて、ひよりがその手を差し出したのならば、その上に光は動いて。

80名無しさん:2019/04/12(金) 00:35:53

「だから、その切っ掛けをあげる。それは確実じゃない、指輪みたいに、便利じゃないけれど」

そうして、その光が弾け飛ぶ。ひよりのその手の中に残されているのは――――透き通った光を放つ、宝石の嵌め込まれたブローチだった。
まるで、ゲームルーザー、その少女自体が"そうなった"かのような。そして何より不思議なのは、そこには欠片の魔力も存在しないように見えることだろうか。
荒れ狂うような骸姫のそれも。ゲームルーザーが有していたものも。まるで、雲散霧消したように。

「……待ってください、どういうことですか。どういう意図で……」

その手にブローチを握り込みながら、ひよりは周囲を見渡した。何処に声をかければいいのかが分からず、混乱を垣間見せる。
然しその声は、そのフロア全体に響き渡り、拡散して、消えていくようであった。既にそこには……その手の中にすらも、存在していないかのように振る舞う。
ただ、あの時のように、押し付けていく。魔法少女の力を手に入れた、あの時のように。



「――――――――アナタなら、アナタ"達"なら、きっと、だいじょうぶ」



それを最後に、ゲームルーザーが沈黙することは、その場にいる四人全員が手に取るように分かった。
その手の中のブローチに、ひよりは手を落とす……それは、覗き込むその瞳をすら反射すること無く、ただそこに佇むのみであった。

81名無しさん:2019/04/12(金) 00:36:10





「ほーん、で。これからどないするんや」

どっかりと、そこに胡座をかいて、天王寺ヨツバがそこに座り込んだ。
無論、やるべきことなど一つしか無いことは、彼女自身もわかっている。ここにいる四人によって、藤宮明花を打倒すること、それこそが最優先だ。
だが、どうしても、納得のいかないことがある……ジトッ、とした瞳が、そこに立つ……此花立夏と、来栖宮紗夜子へと向けられる。

「……理屈は分かる。ウチは馬鹿やけど、今やらなあかんことくらいは。でもな、それとこれとはちゃうんや。
 ウチは……ひよりちゃんを傷付けて、ミヅハさんと刀坂さん達を……殺したアンタら二人を、そう簡単に許すわけにはいかんのや」

「それは――――」

天王寺ヨツバの正直な気持ちだった。そこにどんな事情があれ、そのせいで、ミヅハノメノカミとヴォーパルアリスの二人は命を落とした。
それに対しての弁明を考えていなかったわけではない。今更、嘘と恥を重ねたとて……そう思う紗夜子が踏み出そうとして。
その身体を、此花立夏が緩く片手で留めて、静止させることだろう。
軍靴を鳴らして、その目前に此花立夏――――コノハナ少佐は立った。鋭く、射止めるような眼光が、ヨツバのことを見下ろした。

82名無しさん:2019/04/12(金) 00:36:28

「な、なんやねん。いきなり変身して……」

「天王寺ヨツバ。……以前の戦いで、私自身が対面することはなかったな」

その指先が、軍帽の鍔に振れたかと思えば、するりとそれが脱ぎ捨てられる。
黒い髪が解けるように広がったならば、その顔貌が顕になる……彼女へとその姿を晒したのであれば、その腰元に納められた軍刀を、引き抜いた。
鏡の如く磨き抜かれた刃には。ヨツバの姿が、映し出される。

「うぉわぁ!? なんや、やんのか、そのつもりならやったるで!?」

「……此花さん。あなたになにか意図があるのは分かります。ただ、できれば先に話してから行動したほうが……」

「むっ……すまん」

ややこしくなりそうなその状況に、ひよりがたまらず助け舟を出した。
彼女にとっても、この状況……一触即発、となるのは避けたいところだった。ただ、その思考は別として、その感情はまた別となる。
彼女に抱く感情は、様々であった。感謝していること、許せないこと。そんな感情が渦巻いて、今はただ、そうすることが限界だった。

83名無しさん:2019/04/12(金) 00:37:00

「軍刀孫六。数多の魔法少女の血を吸った、この私の愛刀だ。"対面した記憶はあろう"」

「……あっ」

それは正しく。多くの魔法少女と斬り結び、斬り刻んできたもの。それはその死後も……"とある魔法少女の手に渡り、矢として多くを貫いた"。
天王寺ヨツバ、ラッキークローバーにも覚えがあった。それは、忘れることの出来ない光景の、一部分として記憶の中に刻まれている。
それは、構えられることはなく。その手から離れたならば、緩やかな放物線を描いて、天王寺ヨツバの前に突き刺さり、そしてその場に。
正座を作り、坐したのならば。その瞳を、彼女へと向けたのならば。


「その刃を以て証明とする。此の私の首を、お前に差し出そう。その代わり――――――――


 ――――――――魔法少女、"レギナ・ルシフェル"を。どうか、一時でもいい……信頼して欲しい」


そう言って、深く頭を下げた。額を地面に擦り付け、無防備に捧げるかの如く。

84名無しさん:2019/05/03(金) 03:12:50
第七話 重なる想い 第二節 終

85名無しさん:2019/05/03(金) 03:13:13

「……やめてください、コノハナさん。自己満足のために戦力を削ぐ気ですか?」

その言葉を聞いて、真っ先に反応したのは雛菊ひよりだった。
彼女はあくまで合理的だった。その行動によって起こる結果を判断して、それを行使させないつもりであった。
お互いの軋轢など、数が減るよりも優先することではないのだ――――――“彼女”と相対するに際して、僅かな甘えも許されないことはここまでで痛感している。

「応とも。私はそれが、正しい道であると信じている」

対して、此花立夏もまた、感情のまま動いているわけではない。
雛菊ひよりと来栖宮紗夜子と肩を並べられるほどに自身は影響力のある存在ではなく、大きく盤上を引っ掻き回すことのできる駒ではないと認識している。
故に、彼女たちがそう在れる状況を作り出すことが最優先であると判断する。

「待ちなさい、立夏。私は貴女に、そんな風にしろ、なんて言った覚えはありません……!!」

然し、それに対して来栖宮紗夜子が異を唱える。
常に罪悪感に苛まれ続けて、それでも歩みを止めることがなかったのが彼女だった。そしてだからこそ、如何なる結末を受け入れるつもりであったが。
今この場で、そうすることによって自身の生み出したシナリオが破綻すれば、それこそ僅かな希望すらも途切れてしまう。
何より、その罪の所在は自身にある。もしも裁かれるとしたら、それは自分であるのだと。

その場は膠着状態に陥った。重く、昏い帳が降りたかのように。

86名無しさん:2019/05/03(金) 03:13:30


「――――いや、重たい!!!」


堰を切ったのは、正しくその口火を切ったヨツバであった。
その独特の訛りを隠そうともせず、破裂するようにそういったのならば、胡座から跳ねるように立ち上がる。
突然の大声であるのだが、そこにいる全員はただすいと視線をそちらへと移動するだけだった。形は違えども、重く刺さる視線に晒されながら。

「ちゃうねん! ウチが求めてたんはそういうんやなくて!! あんたら女の子やろ、魔法少女とかそういうのの前に、"少女"やろ!?
 だったら、生きるとか死ぬとかじゃなくて!! もっと先に、言うことがあるやろ、ほら!!」

「……?」

その場にいる全員が、彼女の真意を思い至るに足らなかった。果たしてこの場にいる誰が異常なのか、誰が正常なのか、知る由もなかった。
ただ、それは天王寺ヨツバにとっては、何も特別ではない一言だった。


「ごめんなさい、やろ! 悪いことしたら!」

87名無しさん:2019/05/03(金) 03:15:37

そして少なくとも、この場にいた全ての人間にとって、かつて当たり前であったものだ。
大きすぎる力を背負って、日常を置き去りにしてきた少女にとって、そんなものが今更なんのためになるのだと、忘れてしまっていた。
その言葉を口にだすときは、大抵は悔恨の念を孕み、取り戻すことのできない彼方に思いを馳せる。そういうものだった。
そして置き去りにしていった当たり前は、今漸く、彼女達の前に立ち塞がる。

「……そんな一言で」

「そんな、やない! 許せなくても、その一言だけでいくらかはマシになる。そういうこともある。
 少なくとも、ウチはそう思っとる。だからはよせえ! 死ぬよりよっぽど簡単やろ!!」

戸惑いが広がっていくが、それに対してもヨツバは訂正するつもりもなかった。
如何なる相手にも、恐れること無く斬り込む剣の鬼たるコノハナ少佐すらも、そこに戸惑いを隠せず、二の句を次ぐことも許されなかった。
紗夜子に視線を送り、次にひよりにも送った。両者共に、その瞳が『分からない』と応える。それから、もう一度ヨツバへと視線を向けて。
その場にゆっくりと跪く姿勢を取った。正座の形から、両の手を地面に付き。その頭を、ゆっくりと地面につけようとして。

「そこまでせんくてもええ!」

「むっ……」

そこで動きを止められたのであれば、致し方なく顔を上げて、彼女を見上げる。
意を決したかのように、僅かな沈黙を挟んだ後。


「済まなかった」


ぽつりと、置いていくようにそう言った。
それから、それからほんの少しだけ間を置いて。


「……彼女だけの責任ではありません。私からも。申し訳ありませんでした」


紗夜子もまた、それに次いで、彼女達へと向けた簡潔な謝罪を口にする。

88名無しさん:2019/05/03(金) 03:15:48

「よろしい。これで一切、そういうのはナシ。ウチも割り切る。だから……」

それが本心からのものであるかどうかなど、ヨツバにとってはどうでも良いものであった。
ここにいる誰も彼もが忘れていた、割り切るための儀式。例え形式的なものであろうとも、やっておくことが重要なのだということを。
誰も彼もが忘れていた。……そのやり取りを終えたコノハナ少佐は、変身を解いた。


「そんじゃあ!! ここからはウチらみんなは仲間ってことで、ええな!」


仕切り直しとばかりに、パチリと両手を叩いて、よく通る声でヨツバが皆にそう告げる。
張り詰めていた空気が、弛緩していくのが手に取るように分かる。皆が抱えるものが、少なくとも緩和されて。

(……オーネストハート)

その手管……というには、いささか乱暴な。おそらく自然体のものなのだろう、それを見届けた此花立夏は。
自分にはないものを、ここにいる彼女以外の全員に無いものを、そして必要だったものを、正しく見せつけられたと思った。

(あなたは、とても素敵な人に出会えていたんだね)

――――――――その出会いは、少しばかり遅すぎたかもしれない。
けれどもし、その先にある『やり直し』があるとするならば。もう少しだけ早く、出会えていたのならば……紗夜子へと視線をやったのならば。
彼女もまた、同じことを考えていたのだろう。口元を緩ませて、目を細めるその姿が証拠だ。



「さぁっ!! 作戦会議、行くで!!!」

89名無しさん:2019/05/03(金) 03:16:06
第七話 重なる想い 第三節 終

90名無しさん:2019/06/02(日) 22:41:31

「――――――――終わりにしましょう」

藤宮明花は、ゲームマスターを伴い、黒百合学園の地下に立っていた。
そこは、“墓場”だった。これまで藤宮明花が殺害してきた魔法少女達の墓場――――足を一歩踏み出す度に、そこにある者達が通りすがっていく。
嘗て敵対していた者。味方であった者。そのどちらでもなかったもの。その死体で道を作り、そしてその上を踏み締めていく。
最後に藤宮明花は、その最奥に立ち、それを振り返った。その何れもが、最早……幾つもの“無数の魔法少女”であり、“個人”を認識することをすっかりと拒んでいた。
女王とは、まことそういうものであるのだった。

「この茶番を終わりにしましょう。グランド・フィナーレを。一心不乱の大団円を」

懺悔。後悔。否、それはようやくの遂行を報告するようであった。ただ、それだけの意味しかないと、少なくとも藤宮明花は思っている。
何者かに演説するかのように。聴くものなど居ないと藤宮は思うが、それでも謳うのは、恐らくは自分の為なのだろう。
自分を奮い立たせるべく、最後の戦いに赴くべく。


――――――――瞬間、そこに眠る無数の魔法達が“起動した”。


主は最早存在しない。だがそれでも従属を強いられ、その力は全て藤宮の下へと収束していく。
今まで存在していた魔法少女の力を一手に引き受ける。人の身であれば、如何に藤宮明花であろうともそれに耐え切ることなど出来はしなかっただろうが。
姫獣の身体は、今この瞬間のためにあったのだ――――運命をすら感じながら、やがてそれは完全なる支配。女王の国を作り出す。



「――――――――雑多な策など、私にとっては無いも同然。『最高』の私でお相手しましょう」



その姿を、ゲームマスターの透明な瞳は見届けるばかりだった。

91名無しさん:2019/06/02(日) 22:41:53




魔法少女達の戦いは、基本的に夜間に行われる。そのために次の決行は次の夜……そうなれば、身体を休めることが重要だ。
少女達はそのままホテルを借り受けて体を休めることにした。来栖宮紗夜子の名を出せば金も掛からず一人一室を用意することも出来て、食事はルームサービスで賄える。
雛菊ひよりも同様だった。備え付けのテーブルの上に広げるのは、一冊の新品のノート。外に出ることは危険が過ぎる為に、ホテルマンに頼んで手に入れたものだった。

「……」

一言と言葉を発すること無く、ノートへと書き込みを続けていく。
それは現在の戦力の整理、藤宮達の能力のおさらい、ゲームマスターの特性等々……既に一度は全員でお互い確認を終えているものであったが。
今一度、それを個人で行っている。そうしなければ気が済まない性格であった。ただ休んでいることなど、考えることも出来なかった。

不意に扉をコンコンと叩く音がした。ワンテンポ遅れて、そちら側へと顔を向ける。

「あのっ……私、此花だよ」

気弱そうな声は確かに変身前の彼女のものである。とは言え、その目的が雛菊ひよりには思い当たらなかったために、少しの沈黙をそこに挟んだ。

「……どうぞ」

断る理由は幾つもあったが、特にそこにメリットを感じられなかった。それよりも無意味に、これ以上和を乱すことのほうが問題であるように思えた。
一度手を止めて立ち上がると、部屋の鍵を開けて開いた。
そこに立っているのは、気弱そうな姿に、備え付けのバスローブを羽織って、何故か枕を抱えている此花立夏の姿であった。

92名無しさん:2019/06/02(日) 22:42:11

「お、お邪魔しますっ!」

どうにも目的はよくわからないが、一先ずは部屋の中に招き入れる。
ひよりが椅子に座ると、少しだけキョロキョロと伺った後、立夏はベッドの端に腰を下ろした。その姿を見て、ペンを取ってノートへと再度向かう。
なにか言いたげに、居心地悪そうにしているのだが……。

「……何の用ですか?」

そう問われれば、抱えていた枕に顔の半分を埋めてこちらを伺うのであった。変身時と打って変わってというか、この変わりようはまるで別人だった。

「えっと……寝ないのかな、って」

首を傾げる。用を聞いているというのに、それは全く要領を得ない答えだった。
ひよりには、立夏の言葉を……即ち、“休まないで起き続けるのか”という問いかけ、ひいては彼女に休息を取らせるためということに思い至ることは出来なかった。
その態度の煮え切らなさを見れば、仕方のない話ではあったが……またバツが悪そうに、備え付けのテレビへと目をやって。

「あの……テレビ、見てもいいかな?」

「……まぁ、いいですけど」

部屋で見ればいいのに。そう言いたかったが、邪魔をしないのであればそれでよかった。
テレビの電源を入れる。地上波の放送と、ホテルが配信しているチャンネル、ケーブル等のチャンネルを送り、最後に彼女が留めたのはアニメのチャンネルだった。
魔法少女が戦う番組で、それは今正しくその話の見所であるバトルシーンの最中だった。三人の魔法少女が、男装の敵幹部に追い詰められている様子だった。

93名無しさん:2019/06/02(日) 22:42:30

「……?」

よく分からないバラエティやニュースを見る気も起きず、アニメだからと此花立夏は選択したわけではあるが、やはり途中からとなると話も理解できず。
とりあえず見ている、という事になってしまうのだが……そこで雛菊ひよりは、一度ペンを置いた。

「そのシーンは、プリズムハーが単独で敵の幹部に挑んだシーンです」

魔法少女プリズムハート。雛菊ひよりが好む――――その魔法少女としての姿にも影響を与えている作品だった。
何度も何度も繰り返して見た。そのワンシーンを切り取っただけでも、詳細にその過程を語ることなど、最早朝飯前。

「敵に囚われたダイヤ、クローバー、セイバーを助けるために一人で戦いを挑んだが、敵わず……然し。
 その思いに応えた三人の仲間が目覚め、そして……」

画面の中では、眠らされていた三人の魔法少女達が立ち上がり、プリズムハートの前に立っている。

「四人の力が合わさった新魔法少女、フォー・オブ・ア・カインドに変身します。合わさったと言うか、合体ですけど……」

「へぇ……」

四人の魔法少女達は、不思議な力で四人合体し、新たなデザインの一人の魔法少女になった。
立夏は、その説明を受けてもいまいち理解していないようだったが、とにかくそれに対して結構面白いという感情を抱いているようで、画面から目を離さなかった。
反応は大きくなかったが、それを良いことに、ひよりは次々に解説を続けていく。気づけばノートを置いて、自分も見易い位置に移動するために彼女の横に腰を下ろしていた。

94名無しさん:2019/06/02(日) 22:43:20

「……この形態はどれが最強かと言われると必ず話題に出て、実際公式の扱いとしては中間なんですけど、スペック的には……」

「ほぇー……あ、終わった」

「終わってませんよ、EDと次回予告も見てください」

流れるエンディング・テーマ。どうやらこれは一挙放送の類であるようで、画面の端に次の話がやるとテロップが出ている。
そんな中、インターホンが部屋に再度鳴り響く。
立夏もひよりも、これには流石に反応せざるを得ず、見届けることが出来ないのを惜しみながらひよりが扉へと向かい、その後ろを立夏が着いていく。

「……ああ、立夏。良かった、ここにいたのですね」

「あ、紗夜子……」

「なんや、ひよりちゃん。こっそり集まって。仲間外れは寂しいなー」

「あ、ちょ、ちょっと……!!」

そこには二人の少女が立っていた。
来栖宮紗夜子は、此花立夏と同じバスローブを、彼女とは違ってきっちりと着こなして纏い、天王寺ヨツバは芋っぽいジャージに身を包んで。
ヨツバが遠慮無しにひよりの部屋に入っていくと、立夏もまた紗夜子の手を引いて乗り込んでく。

「なんや、アニメ見とったん? ええなー、お菓子持ってきたからウチも見せてー」

「アニメ……ですか。あら、これは……“プリズムハート”、というものでしたか。私もご同席させて頂いても?」

一気に賑やかになった部屋の中。立夏は嬉しそうに微笑んでいて、ひよりは……暫し困惑の表情を見せていた。それは結局、完全に消え去ることはなかったが。
気づけばAパートが終わり、オープニングテーマが流れている。映像は最初から数えて二つ目のバージョンだった。ここから見るには、解説が不可欠だろう。
肩をがっくりと落としてから。思い思いにベッドの上に座る彼女達の傍に、自身も寄り添う。



「できれば一話から見て欲しいんですけど……とりあえずあらすじを説明すると――――」





深まり、そして明けていく。それは今までよりも、随分とかしましく。

95名無しさん:2019/06/02(日) 22:43:35
第七話 重なる想い 第四節 終

96名無しさん:2019/07/06(土) 17:21:02

柔らかな、朝の光が差し込んでくる。
死屍累々、皆思い思いのまま一つのベッドの中で折り重なって力尽きるように、泥のように眠りこけていた。
皆、ここに来てこうまで油断しきっていたのは初めてだった。曲がりなりにも、仲間とともに在る、という事実が人間らしい欲求を思い起こさせたのであろう。

――――――――最初に目を覚ましたのは、此花立夏であった。

戦闘に特化している以上、中でも特に変化というものに鋭敏であったのは、ここに居る皆が知るところであった。
つられて隣に眠る来栖宮紗夜子が目を覚まし、連鎖して残る二人が目を覚ました頃には既に、立夏は締め切られたカーテンを開いて、外の景色を映し出していた。
雛菊ひよりと天王寺ヨツバは、この光景を理解できなかったが、立夏と紗夜子にとっては鮮明とは言わずとも、思い出させる物があった。

「――――――――まさか、結界!?」

紗夜子がそういうのに、立夏は頷いた。
二人にとっては預かり知らぬものであった。魔法少女として、魔法少女ロワイヤルには存在しなかった……少なくともここにいる四人はそれを持たなかった。

「……瀬平戸出身の魔法少女だけが持つ、謂わば専用のバトルフィールド……でも、今は使えないはずじゃ……」

二人への説明も兼ねて、それを立夏が補足する。
そも、この現在の瀬平戸には汎ゆる平行世界の魔法少女と呼ばれた存在が集結している。本来であればひより達はこの世界にとって異常な魔法少女ということになる。
故に、預かり知らぬ魔法、或いは基本能力というものがあったとしても不思議ではない……事情を知らぬ以上は、そう認識する他になかった。

97名無しさん:2019/07/06(土) 17:21:17

「それだけ藤宮明花の力が強大だった、ということでしょうか。ともあれ……こうなれば、最早時刻は関係ありません」

魔法少女達の戦いは基本的に深夜に行われていた。
被害を出さないように、誰かを巻き込まないように、何より大半が学生である以上は昼間の日常というものが存在するからだ……それはここに来ても変わらなかった。
だが、今度は違う。結界を張れば、いつ何処であろうとも、周りに被害を出すことなく存分に戦闘を行える。いつでも仕掛けることが出来る。

「眠っている時間は無い、ということですね」

ひよりの言葉を皮切りに、そこにいる少女達が魔法少女へと変身する。
眼下には――――魔法少女兵と、それに混じったMG-AIE……それらが、ホテルの周囲をぐるりと取り囲んでいる。
既に場所は特定されている。直ぐにでも総攻撃は始まるのだろう。ならば先手必勝だと、オーネストハートはホテルの窓の縁へとその右足を掛けた。


「良いですか、目標は藤宮明花ただ一人。それ以外を相手する必要はありません――――作戦も変わらず


 行きましょう。我々アケラーレが、勝利する瞬間を!」


翻って、少女達は空を駆け出した。
異界の空を駆けていく。右とも左ともつかぬ空の下、少女達の心の内は、迷いなく、不思議と今までの何時よりも軽いものとなっていた。

98名無しさん:2019/07/06(土) 17:21:50

ドレスを着込んだ、歯車の女王。
規則的に動き続ける、正しく機械の如く、彼女は其処に在り続けた。今がその頂点であった。
黒百合学院……藤宮明花にとって、全てが始まった場で、全てを終わらせるべき場だった。その屋上に、坐していた。
だからこそ、魔法少女兵達を放ち、追い立てて、ここまで追い詰めるつもりだったが、少々予想外だったのは獲物の方から、こちらへとやってきたことだろうか。

「……御足労頂き感謝します、魔法少女の皆様方」

スカートの端を摘みながら、カーテシーを振る舞った。そこに漲り、そして迸る力に、魔法少女の四人は背筋を冷たいものが這い上がっていった。
感情や、恐怖心とはまた別の方向から来る本能を揺さぶるもの……目の前に在るのは絶対的な支配者だ、逆らってはいけない、自然の摂理として上に立っている存在であると。
だがそれでも、立ち止まろうとは考えなかった。その中でもオーネストハートは、自身を律し、貫き、一歩前に踏み出して、目の前の女王を睨みつけるのだ。

「今度こそ。貴女を倒します。これ以上、貴女に魔法少女を、貶めさせない」

その言葉に、くっ、と……女王の口元が綻んだ。傍らに立っている、無色透明の少女、ゲームマスターのそれとは比べ物にならないほどに表情は豊かだった。
或いは、わざとらしいほどに、とでも言うべきか。口元に片手を添えながら、然し嘲笑するような笑いを隠しきれていない様子であった。

99名無しさん:2019/07/06(土) 17:22:06

「魔法少女を、貶める? 貴女が一体、何を言っているのか……全く分かりません」

「理解なんて求めてません。ただ、私達は貴女を打倒します」

オーネストハートが、双剣を構える。それと同時に、各々また同様に得物を構えた。
刀、槍、剣と盾……何れも、今正しく彼女へと斬りかからんとするような意思を見せていたが、然し女王は銃を構える素振りすらも見せることはなかった。

「そうですか、ですが……私には、その前に少しやることがあるのです」

どうでもいいと、切り捨てるかのようにそう言った。
傍らのゲームマスターへと、女王が視線をやると、それを受けた彼女が小さく頷いて、一歩近付き、そしてその右手を差し出した。
眼の前の光景に気圧されているかのように、四人は動かなかった、或いは動けなかった。何が起こるのか、その場にいる誰もが、理解していなかった



「――――――――さぁ、私に、この魔法少女ロワイヤルの"ゲームマスター権限を譲渡しなさい"」



全員が驚愕した。
ゲームマスター権限の譲渡。この戦いが魔法少女ロワイヤルであると仮定するのであれば、それは絶対的な、正しく神の如き力を手に入れるに等しい。
それはゲームを平等に運営するというゲームマスターの力があってこそ成り立つもの。もしも明確に、意思があり、目的が在る存在に譲り渡されたと為れば。
何も考えなくとも、何が起こることは、分かるだろう。

100名無しさん:2019/07/06(土) 17:22:30


「――――させるものか!!!」

「……貴女達に、届くとでも?」


縮地。真っ先に駆け出したのはコノハナ少佐であり、握り締めたその刃を振り下ろし、その手首ごとを断ち切らんと試みていた。
瞬間、女王が片手を掲げれば、命じた通りに時は静かに動きを止める。然しその中でも動くことが出来る魔法少女が存在していることを、女王もまた知っている。
連結したオーネストアローから、何度も矢が放たれた。エネルギーの塊を……防いだのは、"ティーテーブル"だった。

「――――アール、グレ……」

紗夜子の絶叫は、止められた時間の中では届かない。
放たれた魔法に意識を取られた一瞬、その手足を絡め取るのは鎖だ。先にも見覚えのあるそれが手足を絡め取り、何重にも拘束を仕掛けている。
この時間停止を打破するための要は、他でもないオーネストハート自身だ……その動きを、封じられてしまったのならば。


「――――――――さぁ、"ゲームマスター"」


差し出されたその右手を、女王が手に取った。これで最早、誰も、邪魔をする者は居ない。
白く、何者にも染まらない光が、ゲームマスターの片目に奔った。

「……魔法少女ロワイヤル、権限申請を許諾。再起動の後、ゲームマスター権限は藤宮明花へと権限委譲します。さん、に、いち……」

静かなカウントダウン。派手なエフェクトが迸るでもなく、静かにそれは実行されようとしていた。
機械的、機構的、設定された通りに……ゲームマスターという無色透明の存在は、その意義を失って、ゆっくりとその輝きを失いつつあり、それは全て。
女王、藤宮明花の元へと収束しようとして――――

101名無しさん:2019/07/06(土) 17:22:42

唐突に、繋がれた手の間に白く光が迸った。

それは痛みを生じさせ、女王は反射的に手を引いた。火傷に似た痕がそこには残っていた。
ゲームマスターの表情に薄っすらと困惑にも似たものが浮かんでいた。それから視線は……拘束された、オーネストハートへと向けられ、確信したように頷いた。

「権限委譲は却下された。ワタシと同等の権限が……申請を、拒否して」

「……"ゲーム、マスター"……」

雛菊ひよりの知る、オーネストハートの知る、ゲームマスター。たった一度、この瀬平戸で、自分達を助けたあのゲームマスターの力が……却下した。
この場には、二人のゲームマスターが存在することになる、そうなればその神の如き力も、お互いの権限が打ち消し合って、無意味なものになってしまう。
ならば……暫くの間、女王はゲームマスターを見下ろしていた。自身に寄り添った、その少女をだ。それから、一度だけ瞳を閉じて――――――――



「――――――――であれば、貴女は"不要"ですね」



――――――――乾いた炸裂音が響いた。


発砲煙が銃口から薄く立ち昇っている。
無色透明を赤色が染め上げていた。その腹部を、確かに女王が放った鉛玉が、無残に引き裂いていったのだ。口元には、何でもないかのように笑みを浮かべながら。
ゲームマスターの表情は、驚きのものではなかった。ただ、藤宮明花という少女に対する……罪の意識、"申し訳ない"という感情で、頭の中は一杯になって。

止まった時間の中、小さな身体が倒れ込むその音を背にして、女王は再度、魔法少女達へと向き直る。

102名無しさん:2019/07/06(土) 17:23:05











「――――さ、続けましょうか」














.

103名無しさん:2019/07/06(土) 17:23:23
第七話 重なる想い 第五節 終

104名無しさん:2019/07/24(水) 01:16:50

――――――――光差す。


「貴女が、ゲームマスターですね」

少女にとって、唯一人。彼女は光であった。
例えパラレルの箱庭の中に、他の輝きを見たとしても、彼女にとって、瀬平戸に立つゲームマスターにとって。藤宮明花だけが、唯一つの輝きであった。
深い闇の底、奥底深く、其処に少女は手を差し伸べた。ただ彼女にとっては、主導権を握るための手であったのかもしれない。 それでも、だ。

「今から貴女は、私の友人になるのです」

「……友人?」

たしかにその言葉に心を揺さぶられたし、無色透明の世界が、色付いていくのを感じた。
彼女は、名前を聞くことはなかった。ただ、ただ手を差し伸べて、友だちになると言った、ありのままの自分を受け入れて、それでいいのだと言ってくれた。
自分を気にかけて、隣りにいることを……無理矢理に許してくれた。

「ええ、友人です。光栄に思いなさい――――――――私の友人であることを、唯一人、貴女にのみ許すのですから」

唯一人、初めて出来た、私にとっての友だち。
欲が出来たのかもしれない。ゲームシステムであった"ワタシ"がただ一人の味方をするなんて許されなかった。ましてや、願い事を持つなんて。
……それでも、一つだけ。一つだけ、言えるとしたら。あの時、"彼女がそうしてくれたかのように"。


「――――――――さぁ。少しくらい、笑ってみたらどうでしょう?」


作りものであったとしても。偽りであったとしても。あの時の女王が、ワタシだけに見せてくれた、あの笑顔のように。

105名無しさん:2019/07/24(水) 01:17:02

「……ごめん、な、さい……明花。ワタシ、上手に……笑えなく、って」



銃を向ける彼女へと笑い掛ける。歪でぎこちなく、形の悪いものであった。
これから先、藤宮明花という少女はきっと独り歩き続けることだろう、それは疑う余地のないものであった、きっと彼女ならば、達成してくれる。そう信じて、送り出す。
その隣に、自分が居られなかったことは、とても、とても……悲しいけれど。


「――――――――がんばって。応援、してるから」


その身体が、光となって消えていくのを、ゲームマスターは留める術を知らなかった。
ただ、その言葉が、届いてくれているように――――――――魔女にすら願いながら、"無色透明に、消えていくばかりであった"。

106名無しさん:2019/07/24(水) 01:17:18




皆、一様にその姿を見届けた。
見慣れた姿が容易く引き裂かれ、剰え藤宮明花へと感情らしきものを見せて消えていったことに驚く人間も居たのであれば。
彼女はそうであると納得した者、こうなることを予見していた者、そして――――――――その非道に対して、怒り狂う者もまた一人、其処に居る。

「――――――――それは」

歪んだ世界に檻から、解き放たれた者が居る。
燃え盛る焔は、正しくその感情と連動していた。静止した世界に罅を入れるようにその指先が動き、唇が開いて、貫くように其処に言葉が響いたのであった。
もう一人、その静止世界に手を掛けたものが居た。不安定故にメインのプランから外れていた……冷却された世界を焼き尽くすかのように。


「――――――――ちゃうやろうがッッッ!!」


炎に包まれたラッキークローバーの姿が変化する。
ラッキークローバー・バーニングインバースは、咆哮とともに解放されると、真っ直ぐに女王へと駆け出した。
正しく一息。"三人分の魔法少女"の力を、単身に納めたその力は伊達ではなかった。一歩踏み出せば、音速を超えて女王との間を一瞬で縮め、その勢いの儘。
握り締めた拳が女王へと叩きつけられようとする――――――――それは容易く、女王が握る猟銃に受け止められるが。

107名無しさん:2019/07/24(水) 01:17:33

「……違う? 何の話でしょうか?」

何を言っているか。嘲笑うかのようにそう言いながら、二枚のプレートが宙に放り投げられ、そして起動する。
《炎神熾天》-FULL THROTTLE〝SERAPHIML〟- ――――――――嘗て黒百合学院に通っていた一人の魔法少女が有していた、強力極まりない炎熱の魔法である。
そして更に、『HIEROPHANT』……その、『剛斧の魔法』を同時に起動したのであれば、その巨大な斧が、女王の手元の中に出現、爆炎と共に叩きつけられる。
ガントレットを交差し、防御態勢を取る。然し、その威力は凄まじいもので、ラッキークローバーを高熱と衝撃が同時に遅い、その両足が地面に沈み込む。

「あの娘は……あの娘は!! アンタの味方やった!! そんなん、傍から見てたウチらでも分かった! だって言うのに、そんな、そんな……!!!!!」

だが、それでも倒れることはなかった。歯を食い縛って、睨み付けて、咆哮とともに噛み付いていく。
その様を、女王は冷めた瞳で見下ろし……ラッキークローバーの両手のガントレットが作動、自動銃じみた構造から、無数の薬莢が排出されたのを見た。
構造としては、コノハナ少佐の軍刀と同様のものであった。拳銃弾型のカートリッジを爆発させることによって、一時的に……


「  そ  ん  な  話  が  あ  る  か  ァ  !  !  !」


――――炸裂する。

「ヨツバさん……!!!」

全弾を開放した右ストレートが、大爆発と共に叩きつけられる。たった今起こした焔をすらも上回る爆炎が女王を包み込み、その身体を思い切り吹き飛ばした。
それと同時、全員の身体が解放される……思わずオーネストハートが、その姿に声を漏らすと同時、コノハナ少佐が飛び出していく。

108名無しさん:2019/07/24(水) 01:17:49

「オーネストハート!!!!」

その刀が振るわれると、彼女を拘束する鎖が断ち切られる。
レギナ・ルシフェルも加わったのであれば、ラッキークローバーを戦闘として並び立つ。盛る火炎の向こう側に、仕留めたと確信したものは誰一人として居なかった。

燃え盛る焔を、純粋な魔力の渦が吹き飛ばす。

そこには、"骸姫"としての力を開放した女王の姿がいる……大団円の機械仕掛けは、正しくそうであるかのように、表情を崩すこと無くゆらりと、立ち竦む。

「くだらない……余りにも」

冷静に吐き捨てるかのような台詞。或いは、嫌悪感をすらも滲ませる。

「感情などという不安定なもので、人は……少女は容易く"乱反射"する。やはり、魔法少女などというものは、災いを成すのみで、少女には過ぎたる力。
 私のような支配者が、それを制御しなければいけない。彼女はその役に立てなかった。だから始末した。ただそれだけです」

人間的な感情など、持ち得ぬかのように振る舞う。
ノブレス・オブリージュの機構として、女王は振る舞い続ける。そこには友への感傷など、生命の尊重など存在せず、ただ、ただ、過ぎた力を処分する機構となっている。
役に立たないのであれば、手に負えなくなる前に処分する。ただ、それだけだと、女王は言い切った。

109名無しさん:2019/07/24(水) 01:18:07

「……違う……!!!」


それが、ラッキークローバーには我慢ならなかった。

「ちょっとは正しいことかと、ウチは思った。確かにウチらは……不安定かもしれん。感情で動くし、簡単に騙されるし、魔法少女の力は危険や。
 でも! そこに在る気持ちを、全部上から踏み潰して、皆殺しにするなんて……こんなん、間違っとる!! そんなん、自分でも分かっとるやろ!」

――――――――その言葉は、女王の心には届かずとも、その背後に立つ人間にはよく響いた。

魔法少女ロワイヤルは凄惨な殺し合いになった。多数の犠牲者が出たし、中には一般人にもあった。
少女のエゴに圧倒的な力を委ねることは、確かに危険なことで……だが、その中には願いがあった。無数の願いがあった。
誰かを踏み躙ってでも叶えたい願いが。踏み躙られてでも叶えたい願いが。踏み躙られること自体を止めたいという願いが。様々に輝いて、瞬いて消えていった。
女王の手段は、全体を俯瞰する神の視点になったのであれば、正しいのかもしれないし、そう在りたいのかもしれないが。


「偉い人の言うことは分からんけど。ウチは頭良くないけど……それでも、それでもウチは」


その拳を、突きつける。
この場で、誰よりも声高に、そう叫ぶことができるのは。他ならぬ、天王寺ヨツバ、或いは、ラッキークローバーである、彼女のみだった。


「ウチは――――――――アンタを、赦せん!!!!」

110名無しさん:2019/07/24(水) 01:18:17

その願いに。この場に立つ者達は、賛同しないか、或いは出来ないかもしれない。ただ、それでもだ。
今、隣に並んでいる人々は、並び立つことができる。願い事は、人それぞれ。余りにも疎らで、皆一様に、歪んでいる瞳はあったけれども。
……その肩を、通りすがり様に軽く叩いた者が居た。外套を翻し、軍帽の鍔を片手で抑えながら、その隣に。

「……そういうことだ、藤宮明花。私達はお前の言う通り、危険分子であるが」

白翼を揺らめかしながら、その横に。

「皆、一様に譲れぬ願いを持っていますので。それこそ、貴女では抑え切れないくらいに」

そして最後に、フリルのスカートを靡かせながら、正道の魔法少女が、ラッキークローバーの隣へと並び立つ。


「受け入れてください、藤宮明花さん。貴女を、今度こそ、仕留めます」


――――――――女王の表情に罅が入ることはなかった。
ただ、ただ嫌悪が襲う。一息で潰すことできる相手であるのは間違いないというのに、こうもまた何度も立ち上がり、あまつさえ。
自身の欲望が、正当性をすら凌駕すると主張されていることがあまりにも。耐え難かった。



「……俗物は、どこまで行っても俗物でしか無いのでしょうね」



それはきっと、藤宮明花という少女が、ここまで生きてきて知ったことなのだろう。

111名無しさん:2019/07/24(水) 01:18:59
第八話 MAGICAL GIRL ROYAL 第一節 終

112名無しさん:2019/08/09(金) 00:36:56


「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!!!」

――――ラッキークローバーが爆炎とともに疾走し、その拳を女王へと叩きつける。
慈悲深き禍いの剣《misericorde・Lavateinn》――――真紅色の剣を振るった藤宮が、それを弾き飛ばすと、ラッキークローバーが頭を低く下げる。

「避けてください!!」

「了解や、任せた!!」

追撃の間すらも許さぬと、飛び出てくるのはオーネストハートであった。連結し、弓の形状となったそれを発射、すかさずそれを二つに分解し、上段から同時に振り下ろす。

「行きますよ、立夏!」

「うん、任せて!!!」

それを真紅色の剣で受け止めたのであれば、次に来るのは左右からの挟撃である。
オーネストハートの攻撃を無理矢理に、二つの刃を巻き込みながら力任せに押し下げると、長い右足がオーネストハートの胸を撃ち抜いて吹き飛ばさせる。
『一郎』と呼ばれるバッドを右手に出現させると、それを両刃の剣へと変化させ、左右からの挟撃を受け止める。

「くぅ……!!」

両者の攻撃を受け止めた事自体は何の問題もない。女王の積み上げてきた物は、この程度はものともしなかった……だが、問題はその後に続く攻撃だった。
女王の予測通り、体勢を立て直したオーネストハートとラッキークローバーが、既に攻撃を仕掛けんと駆け出している。
だが、それでも女王はこの状況を容易に突破できる手段を豊富に持ち合わせている――――――――その背後に、また一つ、一枚のプレートが浮かび上がる。
『ARMY GIRL』、内包するのは武器庫の魔法。武器を取り出す魔法であり、それを頭上に展開しようとして――――――――

113名無しさん:2019/08/09(金) 00:37:13

「――――――――そこ!!」

「なっ!!!」

駆け出したオーネストハートは、そこで右足を無理矢理止めて、地面を刳りながらオーネストアローを展開、その照準をプレートへと合わせて弓を引き絞った。
放たれた矢は真っ直ぐにプレートを撃ち落として、その瞬間魔法の発動もキャンセルされる。そうなれば、迎撃の心配も、また左右の二人への対応も遅れる。

「やれ、ラッキークローバー!!!」

「応さ、ウチにぃ、任しとけやぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

爆炎を纏った拳が着弾する瞬間、同時にコノハナ少佐とレギナ・ルシフェルが離れる。真っ直ぐに放たれた拳が叩き込まれ、両の武器を捨てた女王は。
咄嗟に両腕でその直撃をガードする、が……それでもその衝撃は抑えきることが出来ず、身体が宙に浮く感覚に見舞われる。
すぐさま体制を立て直して、倒れることはなかったが……着地の瞬間という、致命的な隙を曝け出すことになる。


「――――――――終わりです」


その瞬間を、オーネストハートは見逃すことはなかった。
視線が定まった瞬間、眼前にその少女は居た。女王は――――――――藤宮明花は、この瞬間、初めてこのオーネストハートという少女に恐怖した。
攻撃を受けること? そんな物ではない。女王は聡明であるからこそ、少女の根底を理解できた。そしてその性質は、正しく女王とは近しくも相反するものであった。

114名無しさん:2019/08/09(金) 00:37:37

故に、この場に於いて再度確信するのだ。魔法少女は、必ず滅び尽くさなければならないと。

オーネストハートの刃が、駆け抜けるように女王を斬り裂かんとした。
その出力は、正しく姫獣……否、それは本来の姫獣そのものの能力を超えて、相乗し、魔法少女としてそのままに、その能力を底上げしている。
当てることさえ出来たのであれば――――――――女王すらも、刻むことが出来た。然しその胴部から両断せんとした刃は……女王の右腕のみを、斬り落とすに留まった。


「……貴女達は愚かです」


静かに、女王は……藤宮明花は語り出した。
一撃が失敗したことを見て、次を繰り出さんとオーネストハートがオーネストアローを構える。それを見て、他の三人も彼女達を取り囲み、武器を構える。
俯いて、血をとめどなく噴き出す右腕を気にする様子すらも見えなかった。ただ長い髪が、一枚、二枚、はらりと落ちる。
すぐさま、攻撃を加えても良かったが、彼女達の戦士としての直感がそれを押し留めた……少なくとも、今の藤宮明花の姿は、今までとは様子が違うと。

115名無しさん:2019/08/09(金) 00:37:52

「だから私が、管理しなければならない、確信しました。貴女達は滅ぶべきだ。この世界を、この街を、問題なく続けていくために。
 愚かな貴女達という不確定要素を潰し、恒久的な平和を……続く世界を……約束しなければならない……」

「……それで。そんな事は、何度も聞いたことです」

そうして、漸く顔を上げた。その視線は、オーネストハートへと向けられる。
それは高潔なる意思を以て、自我を完全に殺した"管理者"の表情をしていた。魔法少女を完全に排除し、恒久的な平和を齎す機構、ここに来て藤宮明花は。
確信と共に完成に至った。女王として……機構として。歯車として。その残された片手の中に握り締めるのは……『VALKYRIE LILLY』と刻まれたプレート。

内包される魔法は、『想いを力にかえる魔法』。

「なぁ、ヤバイんちゃうか!!」

「不味い……!!」

コノハナ少佐がいち早く、その剣に魔力の刃を纏い、発動を防ごうとするが――――――――噴出する魔力によって、それは余りにも容易く防がれた。
それを皮切りに、周囲を膨大な魔力が満たしていく。今までのそれよりも遥かに大きく、それこそ……正しく、"世界を覆い尽くしかねない程に膨大であった"。
暗く、黒く、空を染め上げていく。辺りを漆黒が包み込み、天上には無数の輝きが星の如く瞬いている。それら一つ一つが、藤宮明花という少女が刈り取ってきた命であり、"魔法"であった。
それら全てと、膨れ上がった女王の魔力が結実し、昇華される――――――――もはや人の殻をすらも捨てて、その身体はより膨大に、肥大化し、世界を満たすかのように。



「だから私は、絶対に負けるわけにはいかないのです! この私に課せられた――――――――ノブレス・オブリージュの為に!!!!!」



――――――――そこに現れたのは、天を衝くかの巨躯。歪な、様々な色の歯車によって構成される"女王"の姿。
魔法少女であることをすら棄てて、少女は"女王"であることを選択した。

116名無しさん:2019/08/10(土) 02:41:29
第八話 MAGICAL GIRL ROYAL 第二節 終

117名無しさん:2019/08/10(土) 02:41:45


「うわっ、一体何……?」

黒百合の魔法少女兵達の変身が、次々と解除されていく。
少女達の力の源であった星のかけら達は、全て……世界を包み込まんとする闇の中、魔力の渦へと呑み込まれて消えていく。
全て、力と化して一点へと集中する。そうなればもはや、元々はただの一般人であった魔法少女兵の少女達には、何が起こっているか、朧気にすら汲み取ることが出来なかった。

「落ち着いてくださいまし、皆様。遂に、遂に果たされるのです」

然し、混乱は直ぐに収束に向かっていく。
品行方正を重んじる、大和撫子達の集いこそが黒百合学院である。であれば、惑うこそあれども、取り乱すことはないように。収まらぬのであれば、年長者から諌めるように。
そして、それは正しくそのように成立する。最上級生である少女は、陶酔しきった様子で語りだす。

「私達の幸福を永劫まで果たす、生徒会長、藤宮明花お姉様の悲願が今こそ……であれば、私達黒百合の生徒達がすることと言えば」

然し、陶酔しながらも、その立ち居振る舞いは正しく黒百合学院の生徒の理想像であり、上級生として下級生達を導く姉の立ち居振る舞いであった。
少女達を団結させるのは、藤宮明花という少女への信奉、否、信頼であった。自分達の頂点に立つ、生徒会長への……多大なる信頼の心である。


「皆、帰りましょう。お姉様を信じ、私達は清く正しく明日を待つのですわ」


――――――――少女達の信頼は、女王へと至った少女には、終ぞ届くことはなかったが。
それでも、少女達は待ち続ける。他の誰でもない、生徒会長に教えられたとおりに、忠実に黒百合学院生としての務めを果たすべく、各々の日常へと帰るのだった。

118名無しさん:2019/08/10(土) 02:42:00





「……デカいな……」

「……せやな」

魔法少女ロワイヤルは凄絶な戦いであったが。果たしてこんな怪物が出現したことがあったかと言えば、答えは否になる。
あくまでもゲームマスターのルール上であったこともまた理由の一つだろうが。そうだとしても、こうまで法を逸脱した怪物が現れるなど、この場にいる誰もが思ってもいなかった。
加えて、その魔力量にも絶句する。こんな物が存在しても良いのかと思わせるくらいに、狂気的な魔力を、ただ存在しているだけで撒き散らしている。
歯車は常にカチカチと動き続ける。その頭部であろう物が、こちらを見下ろしている。

「私は、魔法少女を完全に駆逐し、この街に永遠の平穏を齎します。この世界の日常を永劫に守るために。
 その中に貴女達魔法少女は不要です。私の管理の下に置かれないのであれば――――――――」

その右の五指が開かれた。その一つ一つがグランド・フィナーレの砲口と化していて、その絶大な火力は先に知った通り……否、それ以上だろう。

「飛びます、皆さん、いいですね!!」

「ええ……!!」

レギナ・ルシフェルの掛け声に合わせて、全員が空中へと飛び上がる。その瞬間、足元の……黒百合学院の学舎の一つが、文字通り爆砕される。
その女王の大団円の砲火が牙を向いたのであろう。空中にまでその衝撃が襲い、自由を奪い取らんとすらする。

119名無しさん:2019/08/10(土) 02:42:36

「うわっ、ととと……!!」

「落ち着け、ラッキークローバー! 足を止めたら死ぬぞ!!!」

バランスを崩しかけたラッキークローバーをコノハナ少佐が支えつつ、各々が別方向から機を伺う。
出来るだけ固まらないように、誰かの隙を誰かがカバーするように動き、波状攻撃によって仕留める……先の話し合いで決めた、即席の戦闘手段であったが。
その完成度は、レギナ・ルシフェルすら驚くほどに高かった。実戦を一度も経験していないというのに、だ。
それだけアケラーレに所属する魔法少女の練度が高いということだろう――――――――故に、これだけ巨大な相手を前にしても、きっと果たせると、信じていた。


「皆さん、落ち着いて、取り乱すことのないよう……未知の相手でも、生物なら、必ず隙は……」


――――――――空へと、光り輝く『字』が描き出される。
それは失われたプレートの代替のように、主張するように。覆い尽くすように現れる。描き出されるのは……『FREESIA』『EULENSPIEGEL』の二つ。
歯車が激しく輝くと同時、周囲の温度が、魔法少女の肌にすらも感じられ……そう気付いた時にはもう遅い。

「……!? 翼が……!!」

レギナ・ルシフェルの羽が凍り付きはじめていた。それは彼女だけの話ではない。

「……不味い、この低温は……!!」

「あかん……こんなすぐ、眠くなることあるんか……」

コノハナ少佐の戦意も、ラッキークローバーの勇気をすらも凍て付かせて、ただ意識を保つことのみで精一杯にさせた。
そしてそれすらも、女王は許すことはなかった。

120名無しさん:2019/08/10(土) 02:42:57

「これで終わりにしましょう――――――――消えなさい、魔法少女!!!」

「くっ……!!」

――――――――放たれるのは、増幅された"音"による衝撃波。音の魔法によって、歯車が放つ軋みが無限に増幅されて、周囲に音響兵器として叩きつけられる。
レギナ・ルシフェルは考えた。これを叩きつけられて、生存する方法は、反撃する方法は、敗北に甘んじる事はできない、どうにかして勝たなければ、ならないのだと。
出された結論は――――――――最適解は、言葉にすること無く、ただ彼女の意思に反して、実行されることになった。

――――――――黒百合学院校舎の瓦礫へと叩きつけられる、三人の魔法少女。然しその中に、一人の魔法少女の姿がなかった。



「――――――――藤宮明花さん。貴女の行いは立派だと、私は思います」



その衝撃波の全てを、オーネストハートが受け切っていた。
その手に握るオーネストアロー、そこに集中する魔力が、その衝撃波と拮抗し、そしてそれすらも巻き込んで一部として、引き絞られているのだ。
無論、彼女自身の体もおおよそまともな状態ではない。既に寒波の影響を受けて身体は凍結し、その上衝撃波を一手に引き受けた――――その全てを吸収できてはいない。
パキ、パキ、という音と共にその身体は崩壊しようとするが、その体内に埋め込まれた『骸姫一位・魔法少女』の力が、そこで砕け散ることを許さず。そこに立たせる。

121名無しさん:2019/08/10(土) 02:43:15

「けれど、それがどれだけ切実で、代わりの利かない望みでも――そのために誰かを一人でも殺めてしまったなら。
どうしようもないくらいに捻れて、壊れて、めちゃくちゃになってしまう。そうでしょう」

生命力を魔力へと変換し、身体の維持と攻撃に回す。この大いなる女王に対抗するには、最初からこうするしか無かったのだろう。
女王が背負う罪は、命は、オーネストハートの物どころか。此処に居る全ての人間のものを束ねたとしても、叶うものではないだろう。
きっと彼女は、真っ直ぐだったのだろう。そして何より真っ直ぐすぎた――――――――何処か親近感をすら抱きながら、苦痛に苛まれつつ、照準を合わせている。

「何を分かったような口を……私には、誰の理解も必要無い!!」

「ええ、そうでしょう、ですからこれは、私の勝手な……押し付けです」

怒りを顕にする女王に、これはあくまでエゴイズムであると口にする。
目の前にいる女王が何を求めているかはわからない。ただその根底に、自身と同じものが流れているのだとしたら、彼女が今、求めているものについて。
オーネストハートは、雛菊ひよりは、それを手にとるように分かる。


「貴女の罪は、私が裁きます。私と一緒に――――消えましょう」


「させるものですか、そんなことを!!!」


収束した魔力が膨張していく。今この瞬間、オーネストハートは"魔法少女爆弾"と言える物になった。
命と引換えに……恐らく仕留めきることは出来ないだろう。だが、それでも突破口の一つは空けられると確信していた。そして、その後に続く彼女達であれば、きっとそれを果たせる。
そう確信していた。女王の、歪な機械の両腕が、自身を抑え込もうとするが……その両手を吹き飛ばせただけでも御の字だと、そう考えて……その生命を明け渡し、未来へ繋げんと。

122名無しさん:2019/08/10(土) 02:43:38


「――――――――巫山戯るなァ!!!!!!!!!」



槍と、軍刀と、両刃剣。その3つが、女王の腕に突き刺さった。
その叫びは、コノハナ少佐のものであった。凍てついた身体を無理矢理に引きずり起こして、三者の武器を投擲し、僅かながらもそれは女王の動きを封じるまでは行かなかったが。
オーネストハートの気を引くにはそれでも十分であった。

「オーネストハート、貴様! この期に及んでまだそんな戯言をほざくか!! そんな結論に至るのか!!」

怒号にすらも近い絶叫が響き渡る。
魔力が篭もっているわけでもなく、ただただ声を張り上げただけのそれは、僅かながら場を支配に至った。その声を通すだけの、無理を突き通していた。


「お前が、最期になんと言ったか、私は覚えているぞ!!! 言ってみろ、もう一度……お前がまだ、腐り切っていないなら!!!!!」


「……コノハナ、さん」


それに応じるように、ラッキークローバーが顔を上げた。


「……ひよりちゃん。ウチは……最後の最後まで、絶対、ひよりちゃんのこと、諦めんって決めた……。
 それは今でもそうや……ウチは、ひよりちゃんの幸せを。諦めとらん、から……」


凍てつく世界にたとうとするのを、コノハナ少佐が手を伸ばして支える。
それは最後に――――――――あの魔法少女ロワイヤルの最後に、雛菊ひよりへと叫んだその声は……届かなかった、叶わなかった。それどころか、拒絶すらされた。
だが、それでも、今、こうしているこの瞬間まで……それが死ぬ直前に見る走馬灯のようなものだったとしても、その中だけでも、彼女へと声が届くのであれば。

123名無しさん:2019/08/10(土) 02:44:02


「……願いを」


コノハナ少佐とラッキークローバー、二人に支えられながら、レギナ・ルシフェルは立ち上がった。
見上げ、そして彼女へと願う。彼女をああまで壊してしまったのは、他ならぬ来栖宮紗夜子であっただろう。それを許されようとは思わないだが、それでも。
贅沢を言えるのならば、このイレギュラーの、異端の世界の中に……一言だけ、雛菊ひよりに向ける言葉があるとしたら。


「貴女の願いを、此処で、もう一度、言ってください」


雛菊ひよりという少女の願いは。何だっただろうか。それは随分と昔に於いてきてしまった気がする。
最初から叶えられていたようで、終ぞ叶えられることはなかった。届くことはなく、その身体は願いを抱えたまま、朽ちていった。終わっていった。それが何だったか。
思い出せない。否、分かっている。知っている。覚えている。この街の中にだって、今までだって何回もそう思ってきた。それでも、直視するには、余りにも眩しい。


「私はッ……」


言ってどうする。それはきっと、自分の願いを汚すことにすらなるだろう。
血塗れて、罪に塗れたその手で、その口で、それを連ねたのであれば、それはきっと。ああでも、だと言うのに、今、この状況は。
何度も見たことがあるような気がする。何度も憧れたような気がする。何度も恋い焦がれた気がする。ピンチの時に、個性的な仲間が激励してくれる。

124名無しさん:2019/08/10(土) 02:44:34

この光景は――――――――






「言え、魔法少女!!! オーネストハートでなく、今、此処で、"雛菊ひより"として!!!」






――――――――これではまるで。








「私は――――――――魔法少女に、なりたい」
















――――――――まるで、魔法少女みたいだ。

125名無しさん:2019/08/10(土) 02:45:04




――――――――空を覆い尽くす闇が、一息に晴れていく。暗雲を晴らしたのは、オーネストハートの胸元から伸びる光であった。
そこには一人の少女が居た。宙に浮いてその手を差し出していた。
雛菊ひよりという少女と瓜二つの姿形をした少女は、オーネストハートの目を覗き込むと、その顔に小さな笑みを浮かべた後、光となって消えていった。
拡散した光は、女王、それから――――――――三人の魔法少女たちにも、降り注ぐ。

「なっ、なんやこれ、うわぁ、なんやなんや!!」

「待て、本当に何だこれは!! 紗夜子、何か知らないか!?」

「いえ、ちょっとこれは私にも……きゃっ」

降り注いだ光は、魔法少女達を包み込み、三つの光へとその身を変じさせる。
それらは螺旋を描くように空へと舞い上がり、女王の五指を擦り抜けてその中に在るオーネストハートを包み込む。
そしてその光はオーネストハートすらも巻き込んで、四つの違う色の輝きを放ち――――――――女王の腕をすらも擦り抜けて、舞い上がっていく。


「何が起こっているかは分かりませんが――――――――させません」


空中に浮かび上がるのは、『LOVER LOVER』の文字と、内包する『糸の魔法』によって無数の属性を纏った糸がその光へと向けて放たれる。
その一つ一つが魔法少女一人を仕留めるに余りある威力を秘めたそれは、然し――――光へと達すること無く、空中でその動きをピタリと止めることになる。


「……私の『黒百合の支配』に……抗っている……!?」


――――――――光はやがて収束し、形を成していく。空中を、歩むように進んでいくたびに、纏う光を払って、その姿が顕になっていく。

126名無しさん:2019/08/10(土) 02:45:22

それは、あどけなさと成熟が同居した絶世の美少女であった。左肩を覆うように黒いマントを、右の背には三枚の白い翼を揺らめかせている。
髪色は緑色と、黒色と、桃色と、瑠璃色が入り混じった美しい長髪で、そこに星のバレッタが一つ輝いている。
白と、薄いピンクとエメラルド色を基調としたドレスは、フリルやリボンで彩られる他にも、デフォルメされた蝙蝠や、刀剣のマスコットが取り付けられている。

「うわわわわわ、えらいこっちゃ、これバインバインや、バインバイン!!!」

「はしたないぞ、ラッキークローバー! 紗夜子、狭くはないか?」

「狭いと言うか……なんというか……ちょっとよく分かりませんが、ええ、大丈夫です」

「ああ、もう、皆さん!!」

そして現れるなり、自身の胸を右手が掴んだり、そうする手を左手が掴んだり、一人で会話をし始めたり……たった一人で、やり取りを繰り広げる。
そしてそれは最後に雛菊ひよりの声とともに諌められたのであれば、一つ咳払いをして。



「今、新たに名乗りましょう……私は、『私達』は!!!!」


高らかに挙げられる声は、一つのものではなかった。
四つの、性質の違う――――――――生まれも、育ちも、抱えた願いも、何もかもが違う魔法少女達の声が、一つに混ざり合って、不思議な音色を紡ぎ出す。



「魔法少女――――――――"アケラーレ"!!!」



勇ましく、強く、少女らしく、そして何より、可愛らしく――――――――その魔法少女は、誕生ととともに高らかに名乗りを上げる。

127名無しさん:2019/08/10(土) 02:45:45
第八話 MAGICAL GIRL ROYAL 第三節 終

128名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/16(金) 02:32:31 ID:KBQq0rw.00

「……新たな……魔法少女……ですか……」

――――魔法少女が生まれ続ける限り、際限はない。
故に此処に於いて、全ての魔法少女を処分し、ゲームマスターの力を用いて今後永劫に魔法少女を途絶えさせる。それが不可能なのであれば、星のかけらを用いて同様のことを願う。
藤宮明花の目的と計画は、際限なく生まれ続ける魔法少女にピリオドを打つ事に全霊が注がれている、故に目前で魔法少女が生まれることというのは。
如何な屈辱よりも耐え難いものであった。


「――――――――そんなことは認めない、私の許可無く、新たな魔法少女などと!!!」


激情に駆られながら、その巨大な右手が目前の新たな魔法少女、アケラーレへと迫っていく。
握り固められた拳が、彼女をそのままに打ち砕かんとした。ただの魔法少女であれば、幾つを相手にしても打ち砕こう、それほどの力を持つ怪力を持ちながら。
アケラーレの中の四人は分かっているかのように、それを真正面から見据えて――――その右手が、ゆっくりと掲げられる。


「それはあなたの力じゃない」


――――――――停止していた糸の魔法によって生み出された、無数の魔力を籠めた糸が動き出す。
それらは無数に伸び、絡み、その巨体を這い回って絡め取っていく。唯一つの魔法の行使では、動きを封じることなど、到底ありえない巨大な力を、その糸はたった一つで抑え込む。

「この期に及んで、まだ抵抗を……!!!」

最もそれに驚愕しているのは、女王そのものであった。
絶対的な支配権、圧倒的な戦力、重ねてきた罪そのものが力であり、少女の心を支えてきたものだ。絶対的な自信であった。それが今、脅かされようとしていること。
それは如何な暴力よりも恐怖に苛むのに最適なものであった。絶望を齎すのに十二分であった。

129名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/16(金) 02:32:58 ID:KBQq0rw.00

「貴女達は、貴女達は、何もかも勝手です、誰も、何も、理解しようとはしないくせに! そうして自由だけを主張して、後先なんて何も考えないで!」

空に浮かぶは魔法少女の名、動きを拘束されようが黒百合の支配者たる、魔法の支配権は未だ健在であった。
その名は『NANAKAMADO』、有する魔法は焔の魔法――――青白い焔がその全身を包み込んで、拘束する糸全てを焼き尽くし、焼き払っていく。
その熱量は無論、目前に立つアケラーレもまた感じ取っている。だがやはり、新たな魔法少女にとって、その叫びは脅威には至らない。


「返してもらいます、魔法少女の力を」


空に浮かぶ無数の魔法、そのうちの一つが輝いた。
そして"雨"が降り出した――――――――結界の中では、女王の支配の中では、決して降ることのない雨が……否、それは雨ではない。
水が降り頻っていることに変わりはない。但しそれは、"大きな水流の一端でしかなかった"。


――――――――『水竜』が、焔に包まれた女王へと食らいついた。


「ぐぅ、くっ!?」


身体を包む焔を、水流の魔法が鎮め、収めていく。更に水自体の膨大な質量によって発生した質量によって、その巨体が大きく揺らいだ。
それと同時に、女王を構成する"魔法"が消滅する。空に浮かぶ星々が一つ、また一つと明滅して、消え去っていくのだ。

130名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/16(金) 02:33:09 ID:KBQq0rw.00

「何故、何故ですか――――貴女達魔法少女全てを消して。未来からも、過去からも、魔法少女を抹殺する! そのために、
 私はここまで積み重ねたというのに!! 貴女達と違って、私は……!!」


「それこそが、お前の思い違いだ、藤宮明花」


もう一度、魔法が空に瞬いた。
白銀の輝きが、その手の中に納められる。"剣の魔法"。ヴォーパルアリスの振るう刃が、アケラーレの右手に握られている。
それはあくまで、剣であった。例えば、時間を斬り裂いたり、その身に炎をまとったりはしない。質実剛健で、常識的な範囲で鋭いというだけの、ただ剣であったが。
それで十分だった。握り締められた刃の切っ先が、女王へと向けられて。




「――――――――重ねてきたのは、お前だけじゃない」




閃いた刃は、音を置き去りに動き出して、その胴部からを二つに切り分けた。
無数に瞬いていた魔法が、また一つ、二つ、と消えていく。やがてその身体を構成している無数の魔法が消えていくことで、耐え切れなくなった女王の身体が崩れていく。
訳が分からないと、その姿を女王は追いながら……然し、未だ、立ち上がることは止めなかった。

131名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/16(金) 02:33:29 ID:KBQq0rw.00






藤宮明花を構成していた"虚像の身体"が崩壊し、等身大の少女の姿へと戻った藤宮は……落下する身体を、空中で立て直して、黒百合学院の屋上へと着地する。
その右手を魔力の残滓で構築し直す――――歯車が歪に重なり合った五指、人のテクスチャをすら張ることも許されないほど、藤宮は追い詰められていることを自覚する。
長らく戦闘に於いて感じたことのなかった焦燥と恐怖。万能感を奪われたことによって、極限状態のおける妙な精神の平衡と冷静を手に入れることとなった。

「……私の知らない未知の魔法少女。それが、一体何だというのです」

極彩色の魔法少女は、数瞬遅れて悠然と藤宮の前に立つ。
正しく、相手は藤宮明花の知らない未知の少女であったが。魔法少女と相対するということは、未知の脅威と相対するということになる、それが絶対的な基本であった。
それは嘗ての藤宮とて変わらない。それならば、目の前に在るこれは、その通りにやるのみなのだ――――――――その右手に握られるのは、長大な対物ライフルであった。
その銃身の先端には長い銃剣が取り付けられている。藤宮が操る本来の武器は、正しく大槍の如く構えられる。


「私ならばやれる。それが私に課せられた使命である以上は――――果たせないはずがない」


その上で、未だ抱えるのはノブレス・オブリージュであった。
それが何処までも歪に変形して壊れていることは、本人以外ならば誰にでも分かることだった。此処に対峙している魔法少女にさえ。分かっていないのは本人だけだった。
だが、その誰もがそれを口にしようとはしなかった。そうしたところで折れるほどに、彼女の心はもはや弱くはなかった。故にこそ、やはり、打ち倒さねばならなかった。


「……終わりにしましょう、明花。お互いに、罪を重ね過ぎましたね」


アケラーレの手に、二本の剣が握られる。
コノハナ少佐が有する軍刀と、レギナ・ルシフェルが操る剣の二つを握り締めると、ゆっくりとその腕を広げるように構えながら、歩み寄り……。

132名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/16(金) 02:33:48 ID:KBQq0rw.00

「ええ、終わりです。この私の……黒百合に、瀬平戸に、勝利を!!!」


それに呼応するように藤宮は駆け出すと、アケラーレもまた同様に……跳ねるように、風のように跳ねたのであれば、彼我の距離を一息に詰めた。
――――インパクトの直前、アケラーレに糸が絡みつく。それは藤宮が発動した、『スプリングシュピニン』の『蜘蛛の魔法』によって生み出された蜘蛛糸であった。
真正面から戦うことが、藤宮の本質ではない。それは藤宮とともにいるものであれば理解していた。
正々堂々であるようで、謀略を添えることによって、僅かだが致命的な損失を生み出し、そして――――崩壊に向かわせることこそが、その戦闘の本質であり。
そして、アケラーレの内の一人、その中には稀代の謀略家が居るからこそ、それを"成らせない"。

「そうくると思っていました。ええ、私も同類ですから」

「――――くぅ!!!」

その糸を留めたのは、ラヴァエル・ラヴァーの糸だ。お互いに絡み合い、もつれ合い、遂にはお互いに消え去って。空の星が二つ、そこから消えていった。
そのままの勢いでインパクトする両者の得物。その力は拮抗……否。
藤宮の額に冷や汗が伝う。そのただ一度の交錯だけで理解することが出来た。今目の前の魔法少女を相手するには、僅かながら、自分が力負けしているのだと。
二撃目……振り下ろす形で銃剣を。然しそれが右手に握る両刃の剣によって受け流されると、その心臓に向けて、左手の軍刀から突きが放たれる。
身を翻しながら回避し、その刃を銃身を用いて弾いた。勢いに乗せたその反撃は、大凡アケラーレの身体を後方へと後退させることには成功させていた。

「ならば、これでどうでしょう――――!!」

右手を掲げ、発動するのはフォーチュンが有する『未来視の魔法』。
三秒後の未来を視認することによって、その攻撃を完全に予測し回避する――――それが見たのは、上空へと跳ねると同時に、自身へと両の得物を頭上から振るうアケラーレの姿。
長大なライフル銃を横に、銃身と銃把によって受け止めると、そのまま叩きつけるように振り下ろせば、無理な力がかかったアケラーレの身体が体制を崩される。

133名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/16(金) 02:34:08 ID:KBQq0rw.00

「……ホント、頭の良い人らの言うことはぜーんぜん分からん」


しかしそれはダメージになることもなく、そのまま膝をついて着地する。
その手に握っている得物は、ラッキークローバー有する固有武器、アームズ・オブ・ラッキークローバーへと変化している。
槍の形へと変形状態のそれを、片手で回転させながら立ち上がり、その切っ先を藤宮へと向ける。……しかし、そこから一人、立ち向かうということはなかった。


「でも。アンタがウチの大事な人達を傷付けて、この先もそうするって言うなら。ウチはアンタを止めなあかん」


その石突が、コツンと床を叩いた――――それと同時に、アケラーレの背後に二つの影が現れる。
燃え上がるような焔の拳を持った少女に、落ち着いた姿の、拳銃と短剣を武器とする……インバースが有する鏡の魔法と、バーニングハンズが有する熱拳の魔法。
それが形を成した、正しく"影"と称することが出来る……そこに特別な意思が籠められているかどうかは、定かではないとして。

「どれだけ数を増やそうとも、先読みさえ出来るなら……!!」

「さぁー、それはどうかな!!」

その言葉と同時に、二つの影が動き出す。熱拳の影が燃え盛る拳を撃ち出すと、それと同時に鏡の影が銃弾を撃ち込む……更にその攻撃の影を掻い潜りながら。
アケラーレが接近すると、その槍による突きを繰り出した。藤宮は振るわれる熱拳を未来視によって回避し、更に撃ち込まれた弾丸を槍によって叩き落とすが。
最後に繰り出された突きに対して、紙一重で受け止めると……そこから更に三秒後の未来を予測して、それを確信する。

「……避け切れ、ない……!!」

「そういうことや、よっしゃ皆、行くでー!!」

未来視が意味を成さないほどに、分かっていたとしても避けられない量の攻撃を絶え間なく押し付け続けること――――それは何より力押しであるが。
正に彼女らしく、そして有効にそれは働いている。熱拳を撃ち落とすと、それをコピーした銃弾によって更にもう一つの熱拳が放たれ、それを往なしても……。
それを繰り返すうちに、疲弊しきったところに。

134名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/16(金) 02:34:33 ID:KBQq0rw.00

「そこやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


飛び出したアケラーレが、落下の速度を乗せて、勢いよくその槍を振り下ろした。


「っ、ぁぁぁぁああああッ――――――――!!!」


藤宮の身体へと、縦に一閃が奔った――――それは、血液と共に……いや、それすらも覆い尽くすかのようにその代わりとして膨大な魔力を流出させる。
光とともに流れ出た膨大な魔力は、藤宮が有する『黒百合の支配者』という固有魔法を維持するリソースである……それが流れ出るということは、すなわち、天空にて輝ける幾つもの星が。
"落ちていく"。そして落ちた星々へと、アケラーレはその手を掲げた。


――――落ちていく魂達が、放出された魔力と結実し、そこに幾つも姿を表した。



それらは全て影であった。魔法少女の有する、魔法が形を成した、魔法少女達の影――――そして、何より彼女達は。
映し身であった。それが影であるならば、魔法少女達が抱えた、夢、希望、野望、絶望、その全てを、最も近く見つめ続けてきた。最も、魔法少女達に近い"影"なのだ。
悪をその身に宿す魔法少女。善をその身に宿す魔法少女。無数の魔法少女達がそこに居ただろう。だが、今は、この瞬間だけは――――魔法少女達、それぞれが抱えた、希望も絶望も。
全てが無駄にならないように。無に還らないように。ただそれだけを願って。此処に、立っている。


「……貴女は正しかった、その全てではないけれど」


その右手には、真実を射貫く弓が握られている。
藤宮へと向ける感情は様々であった。一概に定義することすら出来ない、後悔や憤怒に近いものから、同情すらそこには存在していたのだから……ただ、一つだけ言えるとすれば。
彼女には正しさがあった、彼女が掲げる正しさは、きっと魔法少女ではない全ての人々が望む正しさだ。だが……それは魔法少女達にとっては、受け入れがたい正しさだった。

135名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/16(金) 02:34:57 ID:KBQq0rw.00

「ただ、私達には。魔法少女に願いを賭けて、希望を持った人、絶望した人、救われた人、救われなかった人、沢山の人が居た……それを……それは」


無数の魔法が溢れ出していく。
武器を召喚する魔法、ギャンブルの魔法、手品の魔法、農耕具の魔法、札を操る魔法、灼熱を操る魔法、水流を操る魔法、剣を操る魔法、怨霊を操る魔法。
多種多様に溢れ出した魔法達が、その弓という一点に収束していく――――それは一つの矢となって、もはや画一的な物理現象では表現できぬ程の魔法を内包した究極の一矢となって。

その矢に、番えられる。


「無かったことになんて、ならない。出来ない。させる訳にはいかないから」


声が重なっていく。
そこにある、たった四人の魔法少女達。ただそれだけでも、絶望し、希望し、救われて、救われず。何れもバラバラで、一つにまとまることは終ぞ出来なかったが、それこそが。
魔法少女であり、人間であり、何より少女であり、起こした過ちも、後悔の慟哭も――――そう、全て無かったことになんて出来ない。
誰かが覚えている。だから終わらない。例えやり直しを選択したって、誰かがそれを。そこで戦っていた皆を、覚えている。
だから、たった一人の手によって、その全てを焼き尽くそうとしたとしても。無かったことにしようとしても。





「だから、藤宮明花、貴女を倒す。この矢は、ただ、そのためだけにある。この一矢の名は――――――――」

136名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/16(金) 02:35:20 ID:KBQq0rw.00



きっと何処かで、誰かが抗おうと戦うのだろう。
番えた矢を引き絞っていく。虹色の光が輝いて、世界を満たしていく――――――――黒百合学院の結界は、それによって満たされていく。



「―――――――― Walpurgis nacht」



……背負うのは、"総て"だ。
魔法少女という歴史の総て。藤宮明花が重ねてきた罪の総て。魔法少女達が抱いた、感情の総て。そのどれもがきっと、合理的だとか、正しさからは、掛け離れている。
それで良かった。不揃いで歪な少女達の戦いや日常。その中には、藤宮という少女が、嘗て夢を見て、そして廃棄したものすらも含まれている。

放たれた矢は、藤宮という一人の少女へと向けて放たれる。


完全存在を目指した少女、完全終焉を目指した少女、完全管理を目指した少女にとって。それは何よりも耐え難く。それは何よりも。

137名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/16(金) 02:35:37 ID:KBQq0rw.00






















































――――――――ええ、それは、とてもとても、眩しくって。

138名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 01:33:30 ID:9DnBN41U00
第八話 MAGICAL GIRL ROYAL 第四節 終

146名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 02:19:05 ID:9DnBN41U00


――――――――魔法少女達の魂が解放されていく。

堕ち星は歴史の奔流とともに解放され、新たな旅路へと向かっていく。この魔法少女管理都市の檻足る女王の力が失われて、それを留める物はもはや何もない。
極彩色の魔法少女はそれを咎めること無く空を見上げ、昇っていく色とりどりの魂を見送っていく。藤宮明花が女王であり、管理者であるのならば、彼女は送り手であった。
その野望は最早瓦解し尽くした。内側から破壊された藤宮は、最早女王ではなく、ただ一人の魔法少女へと代わっていた。
身体は朽ち果てている。人の身に於いて骸姫と共にあり、本来少女のために設定されていない力を存分に振るったことによる当然の崩壊であった。

「……っ、とと」

「うわっ、もう終わりか!」

崩壊していく結界は、破片すら一つ残らず消え失せて残滓すらも残さなかった。まるで魔法少女という事実すら夢であるかのように。
極彩色の魔法少女もまた、光に包まれた後、それぞれの色に解きほぐされていく……オーネストハート、レギナ・ルシフェル、コノハナ少佐、ラッキークローバー。
その何れもが変身を解除されて、そこに立たされることになる。奇跡によって成立した極彩色の魔法少女は、同様の奇跡が起こるその時まで、訪れることはないだろう。
そして、奇跡は二度は続かない。何のリスクを負わない膨大な力もなく、寧ろ、変身を解除される程度で済んだことが奇跡であると、皆、思わずとも認識はしていただろう。
故に、誰一人不思議に思うことはなかった。一人を除いて、戦いが終わったとも、思っていた。



「……まだ立ち上がりますか」



雛菊ひよりは、尚、立ち上がる藤宮明花に最初に気付いていた。分かっていた、というべきだったかもしれない。
……止めを刺すべきか。あくまでも、生身の人間の姿をしている少女に。それぞれの脳裏にそれが過ぎった時、最初に動き出したのは、此花立夏でもなければ、来栖宮紗夜子でもなかった。
雛菊ひよりが片手を上げて、皆を制した。

「ひ、ひよりちゃん……ひよりちゃんがそこまで背負う必要は……」

「……いいえ。これは、そういうものじゃない。後は……」



――――これより先、行われるのは凄惨な殺し合いなどではない。

147名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 02:19:40 ID:9DnBN41U00

「意地の張り合いでしょう。私には、分かります」



……超常の力も、余計な祈りも介在しない。そこに残っているのは、少女の"意地"……ただ一つだけ。
後は消えていくばかりであるとか、全身を貫く痛みだとか、そういうものは、藤宮明花にとってどうでも良い要素だった、ただ、ただ、最後の最後まで、立ち塞がる。
結果が決まっていたとしても。敗北で終わったのだとしても。最後の最後まで、ただただ、綺麗に終わることは許せない――――――――その意地、それだけが。
藤宮を、立ち上がらせた。


「……雛菊、ひより」


拳を握り固める。それに応じるように、ひよりもまた同様に拳を握り締めた。
普段の藤宮が有していた、銃弾のような鋭さも、頂点に立つカリスマも最早削ぎ落とされている。此処に居るのは、ただの、裸の一人の少女であった。

「あなたは私の鏡です。いつかどこかの世界では、私だったのかもしれません」

――――それと共に、藤宮は駆け出し、その拳が振るわれた。
冷静さも無ければ、鋭さもない、ただ本能のままに振るわれる一撃だった――――瞬間。ひよりは、オーネストハートへと変じて、その拳を左手が受け止めた。
一瞬の硬直。その至近距離で、二人の視線が交錯した。全てを剥奪された女王は、闘志とは最早程遠いそれを宿しながら、その瞳を大きく見開いた。

「貴女に何が分かるというのですか。貴女のような……ただの、一人の魔法少女に、一体何が!!」

誰に理解されることもなく。誰に理解されることも拒んだ。
それが今、誰かに理解されることなど有り得ない。許さない。そんなことが有り得てほしくなかった。そんな可能性は、一つだってこの世界にあって欲しくなかった。
それは、藤宮にとって切り捨てたものだった。心に壁を作り、誰にも理解されないと決めて、だからこそ此処まで進むことが出来た。それを今更、引っ繰り返されたくなどなかった。
次に、右膝をひよりの腹へと思い切り叩きつけようと右足を振るった。それもまた左手によって抑えられ、封じられる形となる。

148名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 02:20:23 ID:9DnBN41U00

「いいえ、分かります。あなたは――――」

そしてそのままオーネストハートは両手に力を加えれば、押し退けられる形で藤宮の身体が後方へとよろめいた。


「――――あなたは大きな力を持ち過ぎた。才能を持ち過ぎた。全てを実行できるだけの力がありながら、あなたは何よりも、少女だった」


「何を――――――――!!!」


体勢を立て直した藤宮が、より洗練された右の拳を振り抜いた。それがオーネストハートの頬を殴打したと同時、藤宮の頬を同様にオーネストハートの拳が打ち抜いた。
お互いに身体がフラフラと揺らめいた。揺れる視界を、敵を視界に収めることで無理矢理定めさせようとしていた。
再度、藤宮から振るわれる拳を、オーネストハートが受け止めた。オーネストハートから振るわれる拳を、藤宮が受け止めて、睨み合いの形になる。

「あなたは魔法少女が怖かった。だけど人を殺すことだって出来なかった。だからあなたは心を閉ざした、だからあなたは血も涙もない女王になった!
 機械は痛みを感じない、感じられない。裏切られたって、見限られたって、なんとも思わないようになる……そうでしょう」

「分かったような口を……聞くな!!!」

その状態から、放った頭突き。お互いの額が叩きつけられて、皮膚が裂けて血が流れる。
藤宮明花の瞳には、確かな激情を。オーネストハートの瞳には、確かな既視感を映し出しながら……お互いの意思は、これを以て、漸く交錯したと言えるのだろう。
お互いに、反転した自らを見ているようであった。僅かでも違えていたのならば、行く末を同じくしていただろう。そういう自覚を、藤宮は抱えてしまったのだ。
そして目前の彼女が理解者足りうるのであれば――――


「分かるんですよ。私だって、同じだから」

「……やめろ」


――――――――それは、押し潰した後悔が。


「私は魔法少女になりたかった。私は魔法少女である以外の全てを棄ててここまでやってきた。それ以外に価値がないと思ってた」

「……やめろ」


――――――――濁流のように押し寄せることに他ならない。

149名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 02:20:54 ID:9DnBN41U00

それでも、目前に映る鏡は紡ぐのを止めなかった。
どうしても叫んで、留めることが出来たなかったのは。きっと何処かで求めていたからなのだろう。藤宮明花という少女自身を、断罪してくれる何者かを求めていたのだろう。
だから止めることが出来なかった。壊れかけている身体以上に、その心が。その腕が、彼女の胸倉を掴んで、額を離して、俯いて。ただそれだけだった


「違うものがあった。魔法少女ではなくて、私を信じてくれる人達が居た。居たんです。それは死ぬまで……いいえ、たった今、気付いたこと。
 私が見返した、魔法少女達の歴史と、願いと、この街での戦いの中で。何人も……何人も」


――――――――オーネストハート、雛菊ひよりの一生は、きっと悲惨なものだっただろう。
魔法少女であることを望んで、それに自分の魂をすら捧げた。その最果てに、魔法少女でありたかったと望んで、死んでいった。
……きっとそれは、魔法少女という存在を間違えていたのだろう。死ぬまで気付くことが出来なかったけれど、そう、プリズムハートだってそうだった。
隣に、誰かが居た。支えてくれる誰かが居て、それに応えようとする。魔法少女は、決して――――"独り"では成立しない。自分と、誰かが居て、成立するものだったのだと。

最後まで、気付くことが出来なかった。

「今更気付いたって遅いと思います。取り返しなんてつかない。終わったことは、もう戻らない。けれど……気付くことが出来て、良かった」

自嘲気味に、少女は笑う。
あれだけ魔法少女というものに固執して、結局それ以外の何もかもが見えていなかったのは自分だ。こんなのは、何も分かっていない面倒な視聴者と何が違うというのか。
だからせめて、其処に居る鏡写しの彼女には、それを知っていてもらうべきだった。伝えるべきだったと思った。だからこそ、この役目を買って出た。
魔法少女とは、最後の最後まで……希望を与えて、去っていくものだろう。


「……藤宮明花さん。あなたは、どうでしたか。あなたの今までには……何が、ありましたか」

150名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 02:21:16 ID:9DnBN41U00

――――藤宮明花は、顔を上げた。
記憶を遡ることはしなかった。そうすればきっと、後悔してしまう。そうすればきっと、ああすればよかった、こうすればよかった、と……届かない想いが溢れてしまう。
そんな後悔は自分には許されない。最善だと信じていた。そうして執行していた。だからそれを、今更後悔するなど、許されるはずがない。

「……分かっています、そんなことは。言われなくたって、反芻しなくたって」

小さく微笑んで、その手を離した。一歩、二歩、と。崩れ落ちそうな足取りで、その身体が後退っていく。
身体からは光が浮かんでいた。白い光、純粋な魔力だ。最早何になることもないだろう――――空気中に消えて、無へと還っていくばかりの、ただの光たちになって、終わっていく。


「魔法少女という脅威に怯えて、私は全ての魔法少女を管理する道を走った。裏切りに怯えて、全ての魔法少女を殺戮する道を選んだ。
 それでいいと思った。正しいと思った。ええ、きっと違うのでしょう。これは私の弱さが選んだ選択肢で、何処かに……誰かを信じることさえ出来たのなら。

 私は、きっと……いいえ。そんな理想を語ることも、私には赦されないでしょう。許しては、くれない」


藤宮明花は、恵まれ過ぎていたのかもしれない。
財力も、権力も、自身の才能も、そのどれもが誰とは一線を画するものであった。だからこそ、一人で全てを背負う覚悟を決めた。
その覚悟は暴走し、最後には自分以外の誰をも信じることのない機械になった。きっとそれは――――後悔することすらも、許されない罪なのだろう。だからせめて。


「だからせめて、私は……惨めに、独りで」


その身体が崩れ落ちた――――その身体を、抱き止める白い影があった。

151名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 02:21:30 ID:9DnBN41U00

「ゲームマスター……!!」


その場に居た全員が驚いて、けれども動き出すことはなかった。その場にいる、魔法少女ロワイヤルの参加者達が知らない、別のロワイヤルの"ゲームマスター"。
藤宮明花の傍に仕えて、正しく藤宮に撃ち抜かれた彼女は、その腸からしとどに生血を吐き出しながら、無色透明を血の色に染め上げながらも、崩れ落ちる少女の身体を抱きとめて。
その場に座り込む。膝の上に彼女の頭を乗せて、相変わらず表情変化の少ないその顔で、藤宮のことを見下ろしていた。


「……死にたかったのに、貴女は……また、余計なことをして……」


明花の顔は、慈しむような微笑みとともに彼女を見上げていた。伸ばされた右手が、透明な髪を掻き分けて、そっとその頬に触れた。
その言葉に、ゲームマスターの少女は……その顔を綻ばせた。何処か儚げな色を持ちながらも、きっと純粋な、嬉しいという感情の表現であったのだろう。


「……明花は、ワタシの友達。最初に言ったのは、明花だから……ワタシは最後まで、明花の友達」


藤宮明花は、呆れすらもそこに抱いた。同時にそこに、愛おしさを覚えた。
彼女を助けた時、藤宮明花は洗脳するようにそういった。「貴女は私の友達だ」と。それは全て、彼女を利用するためだった……自らの目的のために、そのパーツにするために。
それを律儀に、最後まで彼女が守り通したのは、何も知らない愚かさからか……自分だから、なんて都合のいい現実を、抱えて死んでしまいたくはなかった。

152名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 02:21:58 ID:9DnBN41U00



「上手く、笑えたかな」



ただ、それにはきっと、答えなければならないと思った。
女王としてでも。ノブレス・オブリージュでもない。自分のことを最後まで友達だと言い切ってくれた……彼女へと。ただ、一言だけでも。



「ええ、とっても……素敵な笑顔ですね、■■■」



誰も知らない、彼女の名を告げて。貴女の笑顔は、誰よりも素敵だと頷いて。
二人の魂が消えていく。身体はゆっくりと崩壊して、光は空へと昇っていく。本当に微かで些細な魔力の光、片方は無色透明、片方は黒い百合のように輝いていた。
何度も何度も交差して、何度も何度も離れては消えていく。

153名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 02:22:20 ID:9DnBN41U00


















――――――――無色透明の空。悪い夢だって、薄らいでいくように。














                                   .

154名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 02:22:40 ID:9DnBN41U00
第八話 MAGICAL GIRL ROYAL 第五節 終

155名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 03:51:05 ID:9DnBN41U00

「……親玉を倒したら、全部解決やと、勝手に思っとったけども……別にそんなことなかったわ」

瀬平戸ショッピングモール。その中のフードコートで、雛菊ひよりと天王寺ヨツバの二人は気を抜いていた。
藤宮明花との最終決戦を終えてから三日――――魔法少女としての脅威を排除した今、目下の目的は元の世界……ゆりかご市の在る世界への帰還こそが最重要となってくる。
正確には、来栖宮紗夜子一人を送り返せばそれでいい……というのは暗黙の了解であるが。ともあれ、その手掛かりは、これっぽっちも掴めていないという有様であった。

「それはそうでしょう。……あの人は、寧ろ対応する側でしたから」

藤宮明花は、魔法少女達の鏖殺を目的としていたが、魔法少女を呼び寄せたわけではない。
寧ろ、呼び寄せられた魔法少女達への対応に追われていた側と言った方が正しいだろう。彼女の目的も併せて考えると、その気苦労自体は途方も無いものだろうとは思える。
ともあれ戦い自体が終わっている以上、多少気を抜いているというのが現状であった。

「そういえば、あの二人は何時くらいに来るん?」

「遅いと思いますよ。なにせ二人で生徒会の仕事してますし」

瀬平戸での住居は来栖宮紗夜子が有するホテルを使用するということで現状は賄っている。仕方ないこととは言えお小遣いまで貰っている。
本来であれば学生である二人、学校に通えるのが一番なのだが、立夏と紗夜子が滞りなく黒百合学院に通えたのは最大の権力者である藤宮が居たからこその話。
現在、生徒会長代行として紗夜子が仕事を請け負っている状態だが、その量は脅威的……というか、生徒会長の仕事だけでも何故一人でやれていたのか分からないレベルだとか。

「さて、今日もゲームセンター行きましょう! プリズムハートのプラチナレジェンドレアを出すまで引き続けるんです!」

「ま、またぁ!? 前出したのとは違うん?」

「違うんですよ、プラチナレジェンドレアはワンカートンに一枚しか入ってない特別仕様で……あれ」

156名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 03:51:26 ID:9DnBN41U00

――――突如として、静まり返るフードコート。
先程まで、平日とは言えそれなりの人数が居たそこが静まり返っている。客どころか、店員の姿すらも見えない――――大凡ショッピングモールに有り得ない、異様な沈黙だ。
すぐさま変身できる準備をしながら、周囲を見渡すが、そこに人の気配はない……だというのに。かつ、かつ、と。甲高い足音が、静まり返ったショッピングモールに響いている。

意識を張り巡らせていたというのに、まるでそこに現れたことに気付かなかった。気が付いたら居た、とすら言いようがないほどに。

傍らのフードコートの椅子に腰を掛けていた。


「これにて、瀬平戸の物語は一度の終りを迎え、魔法少女達の物語にはピリオドが打たれる……おめでとうございます」


……"魔法少女ではない"。スーツ姿の男だった。黒い髪に青い瞳の男は、一冊の本へと目を通しているようであった。
彼女達には、全く未知の存在であった。超常の存在と言えば、魔法少女以外にほかならない……そういう世界に居た以上、"成人男性"が超常的であるように振る舞うというのは。
それだけでイレギュラー中のイレギュラーであった。


「な、な、なんやあんたは……いったいなにもんや……!?」


警戒しながらも、ヨツバが男へと声をかける。ページを開いたまま、その視線がヨツバへと投げかけられると、微笑みをその顔に湛えて立ち上がる。


「申し遅れました、私の名はリチャード・ロウ……ヘレネ・ザルヴァートル・ノイスシュタイン卿に代わって、と言えば伝わるでしょうか?」

「……ヘレネって、あの」


ヘレネ・ザルヴァートル・ノイスシュタイン。黒百合学院生徒会に所属していた魔法少女の一人……その戦いの過程を覚えては居なかったが、最後は覚えている。
光りに包まれて、消えた……それからどうなったのか分からなかった。生徒会の中にも何処にもその姿がなかった以上、それで消滅したのだと思っていたが。

157名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 03:51:53 ID:9DnBN41U00

「ええ、"あの"です。少しばかり、彼女は他の方とは様子が違ったでしょう」

「……確かに、そうでしたけど。あなたは……一体?」

名を問うのとは違う。本質的な、その詳細に迫る。
必要であれば、オーネストハートとして質問の魔法を振るうことも辞さない――――だが、その前に、リチャード・ロウはその問いかけに対して口を開く。


「宜しい。折角達成したのです、その戦いに免じてお答えしましょう。

 我々は、この世界を編纂し、再生する――――"再生者"、と括られるものです」


何一つとして理解は及ばなかった。だが、一つ察することが出来るものが在る。
世界の編纂。そんなものが可能であるとしたのならば――――瀬平戸、天海、かごめ、ゆりかご、記憶にある五つの都市の名前。それらが全て、他の世界の存在だと考えると。
魔法少女達が――――パラレルワールドに偏在する魔法少女達を、彼らの思うがままに"一つの世界にまとめ上げたのだとしたら"。

「り、りぇね……」

「……なら、"この世界"は、あなた達が……」

「察しが早くて助かります。そういうことになりますね。最もこの世界は私の担当ではありませんが、まあ、兎も角……」

それは、凄まじい規模の存在だということになる。
魔法少女という枠にも収まらない、新たな超常の存在。それ自体にまだ、理解が及んでいないが、彼らという存在が何かを起こそうとしていることは分かる。


「おめでとう。貴女達には、束の間の平穏を味わう権利が与えられた」


――――新たな敵なのか、どうかすらも分からない。


ただ、脅威的な力を持っていることは分かる。そうでなければ、世界の編纂などという大言壮語も、事実として世界を融合することも出来はしないだろう。
束の間の平穏。では、その先に何があるのか。新たな戦いなのか、それとも……

158名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 03:52:04 ID:9DnBN41U00

「それでは、皆々様方。やがて来る滅びの時まで――――幾久しくお健やかに」


パタン、と片手に開いていた本が閉じられる。天王寺ヨツバは、思わず……そこに刻まれた、本のタイトルを読み上げた、



「外典、英雄異端録」



本が閉じるとともに、その男はいつの間にか姿を消していた。フードコートは人で賑わっていて、不気味な静寂など嘘のように消えている。
雛菊ひよりは、天王寺ヨツバと顔を見合わせた。何が出来るのかは分からない。分からないが――――――――"きっとここから先には、新たな戦いが控えている"。
向こうから、車椅子を押してやってくる二人の少女の姿があった。この事は、先ず真っ先に二人へと話さなければならないだろう。



――――――――戦いは、まだ終わらない。

159名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 03:54:30 ID:9DnBN41U00



第一外典 魔法少女管理都市『瀬平戸』 終幕



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160名無しさん (ワッチョイ 1698-bc14):2019/08/19(月) 03:55:50 ID:9DnBN41U00











for the next Apocrypha――――――――











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