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変身ロワイアルその6

1名無しさん:2014/08/07(木) 11:23:31 ID:V1L9C12Q0
この企画は、変身能力を持ったキャラ達を集めてバトルロワイアルを行おうというものです
企画の性質上、キャラの死亡や残酷な描写といった過激な要素も多く含まれます
また、原作のエピソードに関するネタバレが発生することもあります
あらかじめご了承ください

書き手はいつでも大歓迎です
基本的なルールはまとめwikiのほうに載せてありますが、わからないことがあった場合は遠慮せずしたらばの雑談スレまでおこしください
いつでもお待ちしております


したらば
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/15067/

まとめwiki
ttp://www10.atwiki.jp/henroy/

252 ◆gry038wOvE:2014/11/03(月) 14:33:51 ID:3afmAm6s0
以上で投下を終了します。

253名無しさん:2014/11/03(月) 17:18:00 ID:jxHkQGOM0
投下乙です

いやあ、本当の最後の戦いの前のひと時というかお互いの確かめ合いというか
二人の探偵がコメディしつつもヒーローしてるのもいい
ヒーロー組も魔法少女組もそれぞれの心理描写が本当にらしいわあ

254名無しさん:2014/11/03(月) 17:31:39 ID:AmLOij0c0
投下乙です!
おお、いよいよ暗号の答えも見つけましたか! 
でもこれから向かう所にはレーテというヤバい物があるんですよね……

255名無しさん:2014/11/03(月) 18:17:32 ID:552Ynb5c0
投下乙です

暁ww
ほむらに守護霊として憑かれてるな

256名無しさん:2014/11/04(火) 01:18:49 ID:ECMQAqBI0
投下乙です。
まさに涼村一青年の事件簿。

そうか、あの暗号は暁がバカな思考で解き明かす事前提の暗号だったのか、暁がやって来た事はゴバットにも影響を与えてゴバットの思考にも変化を与えていたのか。
暗号の答えは出てきた時点で予想出来たけど、まさにそれがそのまま正解だったとは……未だかつてアレな暗号の答えで主催ルートが示された事があっただろうか。

再び仲間が集結して決戦突入……だがもうそろそろ石堀が仕事を始める頃か……暁、暗号解いて浮かれている所悪いけど暁に与えられた仕事はまだ残っているぞ。
まぁ石堀が本気出してヒャッハーしても、今回の主催を出し抜けるかどうかは……

で、もう既に上でも触れられているけどほむほむ本当に何度目の登場だろう。退場してからの方が活躍している気がする。こんなある意味活き活きしたほむほむ他所では絶対に見られない気がする。

257名無しさん:2014/11/04(火) 15:19:52 ID:qf6dxKUM0
石堀がいつ裏切るかずーっとそわそわしてたんだが、ここまでくるとラスボスポジションになるやもしれんな

258名無しさん:2014/11/04(火) 22:15:33 ID:XI5ppeEs0
投下乙です
小さなおっぱいにれっつごーです

ツッコミスリッパは不法投棄されていた覚えがあります

259名無しさん:2014/11/04(火) 22:21:38 ID:XI5ppeEs0
すみません
スリッパの件は記憶違い でした

260名無しさん:2014/12/10(水) 14:14:35 ID:25B6iFPsO
予約キタ

261名無しさん:2014/12/10(水) 23:59:44 ID:T/L8BbNEO
楽しみにしております

262 ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:50:15 ID:ezDSmj8g0
年末なので、折角だから、前回投下予定だった話の前半部を投下します。
後半部はまだ40KBくらいしか完成してないので、また来年という事で。

263崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:51:22 ID:ezDSmj8g0


 そこは、島の地下施設の一角であった。
 数百台のモニターから来る光源だけで綺麗に白みがかった部屋には、横並びに幾つもの椅子が佇んでいる。加頭順はその一つに座って、前方のモニターから、通称“ガイアセイバーズ”の様子を観察していた。彼の座っている以外の椅子は全て、既に空席である。

 このゲームの仕掛け人としては、本来なら至極緊張する場面まで話は進んでいた。だが、彼は、身体が緊張するような精神状態になる事がなかった。──加頭は、「NEVER」であり、その副作用として、死への恐怖が欠如している。
 “ガイアセイバーズ”はもう間もなく加頭たちの居所まで来ようとしている。F-5の山が基地の入り口となっているのは事実であり、順調に彼らは加頭の頭上で距離を縮めているらしい。
 尚更問題となるのは、加頭の所属する財団Xのメンバーやその他の主催陣は全員撤退を済ませ、もうここに残っている支援者は加頭を含めた数名のみであるという事だ。この部屋で閑古鳥が鳴いているのもそうした事情がある。残りの数名も、もしかすれば加頭以外、既に離脱しているかもしれない。
 少なくともこの一室は加頭以外誰もいなかった。このモニターも一時間後には映像を停止するので、そう時間を減る事なく、この一室は永久的な暗闇に飲まれるだろう。
 そこから見えている最後の映像に、何かしら反応するような感情がその面持ちから見て取れる事はなかった。

 加頭も死への恐怖を忘れたとはいえ、まだ生きている間しか果たしえない野望がある身である。それゆえ、本来ならば離脱すべき局面であり、引き際を弁える程度には頭も働くはずだが、今はここにしばらく留まる事にしていた。
 彼らの最後の絶望を見届け、このゲームに最後の仕上げを行うのは、ゲームのオープニングを務めた加頭の仕事である。放送機能も整えてあるし、彼らに残りの全てを伝える役目は存分に果たす事ができるだろう。

 そして、何より、加頭自身の願いは、この島で過ごす事だ。彼らが残り十人まで人数を減らすのに失敗した場合は、こちらで処刑を済ませねばならない。──その対策も、もはや整っていると言っていいが。
 加頭が願いを乞わねばならぬ相手がいるのも、元の世界ではなかった。たとえ誰が離脱したとしても、加頭だけはこの島を離れない。

 何としても……。

「……ゲームオーバー」

 おそらく、この殺し合いゲーム『変身ロワイアル』は終了(ゲームオーバー)だ。既にこのルールの枠組みからすれば、現状はれっきとした失敗である。ゲームそのものが加頭たちの目的であったならばこちらの敗北は確定に違いない。
 加頭は、全く悲観的ではなかった。こんなゲームは所詮、彼にとっては道楽だ。結局は参加者全員を拷問で殺し、それを中継した方がリスクもコストも時間もかからなかったくらいである。加頭以外の誰かがそれだけでは納得しなかったというだけの話である。
 加頭にとっては、この殺し合いの意味そのものは、「支配・管理の副産物として、せいぜい数日楽しませてもらえれば御の字というイベント」以上の何者でもない。

 それに、このゲームが終了したところで物語はまだ終わらない。
 ベリアルが作る全パラレルワールドの管理を以て、全ては「始まる」のだ。
 所詮、殺し合いなどその為の実験であり、この段階で既に「成功」といえるだけのデータは取れてしまっている。殺し合いの中に閉じ込められた者たちは外世界について何も知らないが、既に外世界は管理され、幸福なき世が完成しつつあった。
 いわば、その点においては、ヒーローたちの敗北である。「苦境の脱出」という栄光でさえ、結局は掌の上の出来事だ。

 さて、これから加頭はあの左翔太郎やその仲間たちが最後のダンスを踊るのを見届ける事になるが、彼はここで脱落するのだろうか──あるいは、「生きて帰って絶望する」事になるのだろうか。

「──」

 ダークザギや血祭ドウコクが快進撃を始めるのには、あと十分程度時間を要するだろう。この二名が、これからおそらく参加者を十名まで減らす要である。このエリアの頭上にレーテを配置したのも、石堀の野望と絡めた問題だ。

「おや……」

 残り五十八分を切った時、加頭はあるモニターを目にする事になった。
 それは、そのモニターが、この数時間の傾向通りの不動の景色ではなく、ある動きを見せたからである。加頭は一見すると参加者の集うモニターばかり見ているようでありながら、全てのモニターを視界に入れ、頭の中で無意識に整理していたのだ。微妙な違いにもすぐに気づける。

264崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:51:40 ID:ezDSmj8g0

「これは……」

 それは、既に死亡したはずであるゴ・ガドル・バ──改め、ン・ガドル・ゼバの遺体が移されている映像である。

 ──今、ガドルは……動かなかったか?

 いや、それは疑問形では済まされない。
 確かに、ガドルは動いた。手を震わせ、何やら起き上がろうとしている。現在進行形で、まるでコマ送りのように、僅かずつ生体を取り戻している。
 心臓がまだ生きているのか? あれだけの攻撃を受けても尚──。

「……どういう事だ」

 慌てて、加頭はコンピュータに指をやり、映像を拡大する。頭の中では、それまでの出来事を振り返った。グロンギの大凡のデータで測れるだろうか。──自分の持ちうるグロンギに関する記憶を整理し、ガドルの死について思い出す。
 首輪による認証が行われていないので、生存・死亡のデータは視認によって確認するほかなく、ラ・バルバ・デ、ラ・ドルド・グのようにグロンギの生態について詳しい意見を聴ける相手も既にこの世にいない為、これまで正確な生死確認はできなかった。
 ベルトの破壊も相まって、死んだ物として通していたが、どうやら、これは簡単には行かぬ話のようだ。試しに、五代の死地やダグバの遺体を探ってみるが、映像上では現状、映っている物は死体である。
 一度は焦ったが、ガドルが生存している事は別に加頭にとって不都合な事象ではなかった。

「……もう一人伏兵がいたとは、──これは面白い」

 ン・ガドル・ゼバは、加頭が余裕を取り戻して微笑を浮かべた頃には、両足で立って歩いていた。もはや彼が再誕した事は疑う余地もない。
 ぼろぼろの軍服を纏った男の姿。それは、夢幻ではなく、現実の出来事としてモニターにははっきりと刻まれていた。
 こちらの死亡者情報は改めなければならないようだが、結局、もはやこの段階ではどうでもいい。参加者たちに全て明かす必要もないだろう。

 その後、ぼろぼろの軍服を纏ったガドルの姿に、あのン・ダグバ・ゼバの異形が重なった。

 それもまた、夢でも幻でもなかった。
 今、ガドルが、ダグバに──グロンギの王と同じ姿に成ったという事。
 加頭の持つ限りの情報で推察すると、ダグバのベルトを取りこんだがゆえに、「ベルトを一つ破壊されても尚、ガドルは生きていた」と考えられる。二つのベルトの内、生きていた方のベルトがガドルの命を繋げているのである。
 そして、仮面ライダーダブルに破壊されたのは、ガドルのベルトだった──なるほど、それならば説明はつく。

「これは本当に、面白い物が見られそうだ……」

 彼はすぐにレーテまで来るだろう。
 ガドルは本能的に戦いの嗅覚を作動させているらしく、──もはや加頭が促すまでもなく、彼はレーテの方へと歩いて向かっていった。
 自分をここまで追い込んだ強敵たちを見つけ出そうとしているのだろうか。







 涼村暁は、他の生存者とともに山林を歩いていた。計十五名。暗いピクニックである。
 周囲を見回してみても、全員、暁の数倍は気合いが入っているようだ。

 先ほど、今後必要そうな装備となる道具は全てデイパックから出し、使えそうにない物は一つのデイパックに纏めて、念のために完備している。水、食料は、必要分だけ口に含んだ。それでも少し余った。お腹いっぱいにパンを食べる者はここにはいなかったのだ。
 杏子や暁は、パンではなくお菓子を食べて少し落ち着いた。甘いものもまた、脳を活性化させ、体の疲れを外に出せる。特に、暁は長期間ガムを噛み続ける事によって、この状況のストレスを発散させていた。

 結局、それから数分間、誰も一言も口を開く事はなかった。戦場に向かうという意識が高く、普段もう少し柔らかそうな女子中学生たちも、まるで別人のように張りつめた顔をしている。

265崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:51:59 ID:ezDSmj8g0

 ……暁はこの空気が苦手であった。元々、ダークザイドとの戦いも一度きりだった、完全なる戦場初体験お気楽野郎である。
 空気が重すぎる。冗談の一つも通りそうにない。それどころか、暁が何か一言でも何か口にすれば、それだけで罵声が飛んできそうだ。
 ともすれば、暁が溜息をつく暇もなさそうだ。音声一つが喝の種であるようにさえ思う。
 誰も、何も言わない。
 ……黙ってばかりで苦しくないか?

 ……まあ、暁としても、死ぬのが怖い気持ちはわかる。敵を倒さなければならないのはわかる。しかし、それでも暁は、もう少しふんわかいく感じでも良いのではないかと思うのだ。
 厳めしい顔をして全員で山林を歩いていても士気が上がる事はないだろう。変身の時の最初の第一声、「燦然!」を口にする前に口が塞がってしまいそうである。シャンゼリオン、あるいはガイアポロンとして戦う前に、枯死してしまってもおかしくない。

「……なんだ、人間ってぇのは、随分つまらねえな」

 暁の願い通り、その静寂を切り裂いたのは、血祭ドウコクだった。
 全員が血祭ドウコクの方を見た。ドウコクがその時に足を止めていたせいか、全員がその時、ぴたりと足を止めた。おそらく、ドウコクにもそうして全員の足を止めさせ、こちらに注意を向けさせる意図があったのだろう。ドウコクの姿は太陽のほぼ真下にあるようで、微かに真っ直ぐではない木漏れ日がドウコクの頭上に差していた。
 野太く、どこか冷たい声でドウコクは続けた。

「こういう時は、ふつう戦意を奮い起こすもんだ。これじゃあ、まるでコソ泥じゃねえか。……俺たちはこれから敵の大将を叩くんだぜ?」

 暁としても引っかかる所はあったが、概ね思った通りの考えには近づいている。この沈黙の行列には殆ど、意味はない。他にも、ドウコクに寄った意見の者はいたかもしれない。しかし、奮起するのが嫌いなナイーブな者も同時に存在したので、反対派もいるだろう。
 ドウコク自身、それがストレスでもあったらしい。ドウコクはもう少しばかり豪快な気質の持ち主で、敵陣を責める時はもっと全員の士気を高めてから向かうタイプである。
 酒を飲み、火を放ち、叫びながら志葉家を責めている姿などからも想像がつく通り、そうしなければ戦意が高まらないのである。

「奴らはもう俺たちに気づいているはずだ。どういう方法かわからねえが、俺たちを見ているからな」
「……」
「だとすると、こそこそ動いても仕方がねえ。意気を高めてかかった方が怪我しねえで済むかもな」

 夜襲の軍隊であり、隠密が基本のナイトレイダー隊員──孤門一輝はこれまで隊長命令に従って戦ってきたので、その感覚が掴めていなかった。最近までレスキュー隊にいたので、人間を相手にした兵法など殆ど知らないのだ。
 歴戦の勇士であるドウコクの言う事も一理あると思えた。

「みんな、どう思う? 声を出した方がいいかな?」
「……餓鬼か、てめえは」

 そうドウコクに言われると、どうも孤門としては黙らずにはいられない。まさか、こんな厄介な人間まで束ねる事になるとは思わなかったのだ。ひよっこリーダーにはまだまだ自分一人の判断ではできない事が多い。こんな運動部のような提案が出てきてしまう。
 しかし、ドウコクの言う通り、やはり戦闘の前に、ある程度、感覚を麻痺させるのも必要な作戦なのは確かだ。冷静でいるからこそ、妙に恐れが募り、戦いの中で硬直してしまう。もっと感覚が麻痺しているからこそ、軍勢は強い。勢い──それも、この時はおそらく大事な要素の一つだろう。
 一方、暁は先ほど言った通り、ドウコクの意見に、必ずしも賛同するわけではない。中立というか、また別の考えがある。

「……なぁ、俺もずっと思ってたんだけど」

 暁が、見かねて挙手した。
 こうして誰かが空気を変えてくれれば、暁にも発言をする勇気が出るのだろう。その隙間を作ったのはドウコクだった。一斉に全員が暁の方を見た時は、やはり少し後悔したが、こうなれば自分の意見を言ってしまうしかないだろう。

「黙るのも、わざわざ騒ぐのも、何か違くない? ……いつも通り、ふんわか行けばいいんじゃないの?」
「は? 何言ってんだテメェ」
「え……あ、いや、何か悪い事言ったかな俺……」

266崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:52:17 ID:ezDSmj8g0

 ドウコクからの威圧に思わず声を小さくする暁である。仕方のない話だった。このバケモノを相手に平常でいられる方がどうかしているくらいである。ともあれ、ドウコクに意見するのはなるべく止した方がいいのを忘れていたので、考えをひっこめる。タイミングがタイミングなだけに、難しい。

「でも、それも一つの意見だ。それによって落ち着く人だっていると思う」
「纏まりのねえ集まりだぜ……」
「……それはまあ、寄せ集めだから」

 孤門は、ほとんど無意識に、乞うように沖一也に目をやった。一瞬だけ目が合い、少し気まずくなる。彼としては、こういう時は専門家の一也を頼りたい物だと思ったが、一也も一也で、敵陣に向かう際にどうすべきか思案しているようだ。
 この男こそ、こういう時の攻め方を熟知していそうなものだが、所詮は一人の格闘家であり科学者──兵隊ではない。集団戦のやり方を知るところではない。確かに、雑学や予備知識的に知ってはいるのだが……。
 そんな期待を概ね全員から寄せられたのに気づいたか、一也は思案顔をやめて、現状の自分の意見を口に出す事にした。

「……確かにドウコクの言う事も一理あるな。しかし、残念だが、わかっているのは山頂に向かうのが鍵という事だけだ。そこにわかりやすく出入り口があるわけでもあるまい。山頂で俺たちは一度立ち止まる事になるだろう」
「今のうちから意気を高揚させても仕方ねえって事か?」
「ああ。それに、お前は敵が俺たちの行動に気づいていると言ったが、それならば山頂に何らかの罠が張ってある可能性は高い。冷静な判断ができない状態で向かっても、罠にかかるだけだぞ」

 ふぅ、とドウコクが溜息をついた。
 ドウコクの言わんとしている作戦では、既に数名の犠牲は想定内である。だが、それでも彼はその作戦を決行するのが最良だと思っていた。

「そのための盾が何人も俺の前を歩いてるんじゃねえか。一人や二人脱落したところで痛手でも何でもねえだろう?」

 佐倉杏子が、思わず目を見開き、ドウコクに掴みかかろうとした。

「──何だと!?」

 勇気があるというよりは、ほぼ脊髄反射での行動である。現に、掴みかかろうと指を曲げているが、その指は裸のドウコクの胸倉をつかめようはずもない。そんな杏子の体を止めるのは、左翔太郎であった。彼も同じく鉄砲玉のように飛び込んでいこうとした部分があり、杏子以上に苛立ちを感じた事と思うが、こうして杏子を俯瞰で見た時に、こうして彼女を止める「大人」としての役割を意識したのだろう。
 一也が横から割り込むようにして、ドウコクを説得した。

「ドウコク。人間は、お前の思っている以上に強い。一人の人間が他の誰かの心の支えになる事もあるし、数が揃う事で思わぬ力を発揮する事もあるんだ」
「……くだらねえ」
「それに、お前のやり方の結果として戦力を喪っても、お前にとって意味はないだろう。仮に俺たちが命を賭けるなら、もっと別の局面で使った方がいいはずだ」

 あまり適切な言い方ではないかもしれないが、一也は、ドウコクを納得させるためにそう言ったのだった。
 この「命を賭ける」という言葉に怯える者もいるかもしれない。しかし、一也としては、真っ先に命を賭けるのは一也自身であるという事を他の全員にわかってほしかった。
 勿論、出来る事ならば命を持って帰りたいが。

 やがて、ここでの対立の無意味さに折れたのはドウコクの方だった。
 一也の言わんとしている事がわかったのかもしれない。

「そうか。そいつは、確かにな。てめえらは、俺たち以上に自分の命を大切にしねぇって事を忘れてたぜ。命を賭けて戦うってのは、てめえらの専売特許だ。無駄死にさせるよりは、意味のある死をしてもらった方が、俺にとっても得があるってわけだな」

 一也の意図の通りだ。要は、ドウコクにとっては、「死に時」に死んでもらうのが一番効率的であると言いたかったのだ。無論、一也からすれば、あくまでドウコクを納得させるための詭弁に過ぎないが、それでもこの場を凌ぐには十分である。
 ここにいる他の者には、そのその場しのぎの一言としての意味も伝わっただろうか。

「わかってもらえてうれしいぜ、バケモノ野郎」

 翔太郎が皮肉っぽく横から言った。

267崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:52:34 ID:ezDSmj8g0

「……要するに、このまま行けばいいって事だ。もう間もなく到着する。今の提案通りに行くぞ」

 そして、石堀光彦が、やけに冷たい声で纏めて、横から口を挟んだ。
 彼は、ドウコクらが話している最中も、苛立った様子で体を山頂の方に向けて、顔だけを向けていた。まるで一刻も早く山頂に辿り着こうと、必死の様子である。
 なんだか奇妙な心持がした。

「あの……石堀さん……?」

 それは、まるで彼ら全員の議論を拒絶しているようにも思えた。普段ならば、もう少し会話に参加するはずである。要は、普段の石堀の口調とはまるで別物だと、孤門にさえ違和感を持たせる物だった。
 孤門以上に、暁が怪訝そうに石堀を見た。

「……おい、石堀。この際だから言わせてもらうが、お前はお前で、最近様子が変じゃないか?」

 暁がカマをかける。真横で、ラブが眉を潜めた。全員、今度は、暁と石堀の方に目をやった。
 特に、ラブは以前、暁に貰ったラブレターの事を思い出したのだろう。あのラブレターにおいて、暁が本当に伝えたかったのは、おそらく石堀が危険であるという事実である。
 それは、何故だかラブにもごく最近わかってきたような気がした。女の勘である。
 そう、最近とはいっても、この数十分からだ。──暁のお陰で、ゴハットの例の暗号が解けてから。

(石堀さんは、確かに何かおかしい……)

 ラブの胸中で、何か言い知れぬ不安が強まっていく感覚がする。無数の蜘蛛が内臓で這い回っているように気持ちが悪い。当に、ラブの知らぬところでその不安は糸を張っていたのだろう。
 それは、主催の穴倉にいるであろう無数の敵の存在よりも、ラブを怯えさせる。
 強烈な悪意、強大な憎悪だ──。石堀から溢れだすそんな邪悪な意志を、ラブは本能的に察していたのかもしれない。

「……何故そう思う」
「何となくだ」
「何となく、か。お前と会ったのもごく最近、数日も経っていないはずだが、何故最近の俺の様子がおかしいと思ったんだ?」

 暁は、真剣なまなざしで石堀を見据え、ただ黙っていた。
 石堀の様子がおかしい事に、普段は鈍感な孤門でさえ気づいた。暁やラブだけではなく、左翔太郎も、蒼乃美希も、涼邑零も、何となくはその溢れ出す石堀の妖しさを察知し始めたかもしれない。
 とはいえ、孤門にとって石堀は、ナイトレイダーとして何か月もともに戦ってきた友人であり、仲間だ。彼を簡単に疑うほど、孤門はクールな性格にはなりきれなかった。多少様子がおかしくとも、それは何の意図もなく、ただ偶然、この状況下で気分を害しただけとか、そんな風に捉えたかもしれない。
 暁だけは、やはり石堀があまりに露骨に態度を異にしているように思えてならなかった。

「なぁ、アクセルドライバー、持ってるだろ。貸してみろよ」
「何……?」
「いいから貸せって。武器も全部だ」

 暁が提案する。周囲がざわめいた。
 多少の挙動不審で、ここまで疑心暗鬼に駆られるとは、妙だと思ったのだ。
 翔太郎が代表して、暁の肩をポンと叩く。

「おい、暁。お前、何言ってんだ急に。……いいじゃねえか、こいつは今まで照井のドライバーをちゃんとみんなの為に使って──」
「いーや、俺はしっかり見てたぜ。ちょっと前、冴島邸を出る時の荷物の準備で、こいつアクセルドライバーに仕掛けをしてたんだ。今思えば、こいつも何か企んでいるに違いない」

 仕掛け、と言うのは少々苦しいように思えた。
 暁はこう言うが、ドライバーの事情は翔太郎もよく知っている。あれは風都の持つオーバーテクノロジー以外では、まず理解に手間取るような仕組みでできている。素人がいきなり妙な細工をできるような代物ではない。いくら石堀が別世界において科学に強いプロフェッショナルだからとはいって、簡単に調整できよう物ではないだろう。
 翔太郎が、呆れて口を出そうとしたが、先に反論したのは石堀であった。

「何を言いだすかと思えば……俺は別にそんな事はしていない。せいぜい、これから使う道具の調子を確認していただけだぜ」
「そうか……なら、貸して見せてくれ」

268崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:52:52 ID:ezDSmj8g0

 暁が言うと、石堀は大人しくそれを渡した。翔太郎は、肩を竦めて言いかけた言葉をしまう。

(そろそろこいつらも感づき始めたか……)

 石堀には全く、このアクセルドライバーに対して怪しまれる事をした心当たりはない。だから、それを渡す事そのものには何の躊躇もない。問題は、何故暁が突然こんな事を言いだしたのかという事だ。
 おそらくは、既に別の要因で石堀への警戒体制が高まっており、それが原因で全く関係のない些細な行動まで怪しく見えてしまうところまで来ているという事だ。しかし、石堀にとっては、もう怪しまれようが警戒されようが関係のない状態だった。あと数分だけ騙し続けられれば問題はない。
 暁は、受け取ったアクセルドライバーを覗きこむ。

「このハンドルの部分だ。お前はここを念入りに弄っていた」
「そんな事はないと思うが」
「いや、そんな事はあるね。見ろ、このハンドルの部分と、それからメモリのスロットだ。いかにも怪しい。この要になる部分に何かの細工を施したはずだ。ここを弄れば何かあるんだろ? なぁ、もう一人の探偵」

 暁は、翔太郎の方を向いて訊いた。こちらに同意を求められても困る。
 だらしなく口を開けて、同意を求めるかのようなニヤケ顔で、そんな言葉が出てくるのを、翔太郎は呆れ顔で見ていた。口の中からはみ出しているガムをどうにかしてほしいと思うだけだ。

「……残念だが、素人が弄ったところで、このドライバーは強くもならないし、ビームが出るようにもならねえな。何を疑ってるのかわからねえが、あんたの推理は多分ハズレだ。いや、推理というよりかは、この状況で疑心暗鬼か──目を覚ませよ」

 結局、翔太郎の返事はそんなところだった。
 暁も疲れているのだろう。確かに石堀の態度も変だったが、こうなると暁も同じである。
 翔太郎も石堀を疑いかけたが「この二人が疲れているだけ」と判断した。
 結局、怪しいだけで断罪できる状況ではない。

「おい、何全員でくだらねえ事で立ち止まってやがるんだ。どうでもいい、俺の士気まで下がる……さっさと行くぞ!!」

 その時、ドウコクの堪忍袋の緒が切れたようだった。最初にこの場にいる全員を立ち止まらせたのは他ならぬドウコクだが、自分の用が終わればもう関係ないらしい。
 暁は背筋を凍らせる。さっきから、一番怒らせてはならぬ相手を怒らせっぱなしである。
 それどころか、全員にどんくさい人間だと思われているのではなかろうか。
 仕方がなく、暁はアクセルドライバーを石堀に大人しく返す事にした。頭を掻きむしりながら、申し訳ないとさえ思わずに石堀に片手で手渡す姿は、到底、大人らしい誠意が見られない。

「……おかしいな。俺の勘違いなのか?」
「随分、お前の方こそ姑息な仕掛けをしたんじゃないのか。たとえば、噛んでいたガムを引っ付けるとか、爆弾をしかけるとか」

 石堀が口にすると、暁の顔色が変わった。
 そのため、不審に思い、慌てて石堀はアクセルドライバーを調べる。しかし、元のままだった。ガムが引っ付いているわけでもなく、爆弾が取り付けられたわけでもなさそうだ。顔色を変えたのは、こちらをからかう為だったらしい。
 あてつけのように、暁はぺっとガムを吐き出して紙に包んだ。ゴミをその辺に捨てると怒られるので、躊躇いつつもポケットの中にしまう。

「…………ふっ。冗談だ。仲良くしようぜ、暁。こんなところで機嫌を損ねても何のメリットもない」

 暁は何も言い返せなかったが、こうして周囲に警戒を促していた。──特に、桃園ラブに対しては。

 何故だかわからないが、このタイミングで妙に石堀は、おそらく嬉々としている。もしかすると、石堀こそが主催側の人間なのだろうか。主催側の秘策でも持っているのかもしれない。
 しかし、黒岩の情報を打ち明けるにはまだ早い。
 なんだか胸騒ぎがするのだ。
 あの情報は、限界まで悟られてはならない。……そう、石堀が本性を現し、掌を返すその時まで。その時まで、彼を見張るのは暁の務めである。

269崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:53:12 ID:ezDSmj8g0

「そうだな。……悪いな、俺の勘違いだったよ」

 しかし、暁はひとまず、素直に石堀に謝った。今度は妙に素直になったが、それはそれで、この石堀光彦でも理解不能な涼村暁らしく思えた。
 孤門が横から石堀に訊く。

「あの、石堀隊員。何か気分でも悪いんですか? 考え事があるとか……」
「そんな事はない」
「本当に大丈夫ですか?」
「……俺を誰だと思ってる」

 それでも、何となく腑に落ちないまま、孤門は先に上っていく石堀の後を追った。石堀の歪んだ笑顔は、誰も目にする事はできなかった。

 山頂は近い。
 孤門一輝たちの目の前には、忘却の海レーテがその巨大なシルエットを露わにし始めている。
 これが主催者の居所に繋がる存在。

 人々の絶望の記憶を超えた先に、敵はいる──。
 誰もが、そう思っていた。







 花咲つぼみは、山の途中で、思わず真後ろを見返した。

(……来たんですね、遂に、終わりの時が)

 山頂に近いここからは、あまりにも綺麗に、あらゆる景色が目に入った。少し煙たくもあるが、それでも思ったよりは澄み渡った綺麗な景色が広がっている。
 木々を巻き込んだ戦闘によって禿げた大地が見えた。木々も生きている。この殺し合いで命を絶ったのは、人間だけではない。つぼみは戦闘に巻き込まれた木々に心で謝罪した。決して、殺し合いに乗った者だけが破壊したわけではない物である。

 それから、おそらく自分がダークプリキュアと戦った場所があのあたり、とか……。
 さやかと別れたのがあの川のあたり、とか……。
 村雨良と大道克己の戦いを見届けたのはあそこ、とか……。
 あの山では、あの向こうにある呪泉郷では、そしてその向こうにある三人の友の墓では────。

 この殺し合いに巻き込まれてからのあらゆる記憶が蘇った。
 長い一日半であった。
 しかし、それももう終わる。

 つぼみは、再び前を見た。
 彼女たち、十五人の前には、もう決戦の舞台があった。

『死人の箱にゃあ15人
 よいこらさあ、それからラムが一びんと
 残りのやつらは酒と悪魔がかたづけた
 よいこらさあ、それからラムが一びんと』

 それから、つぼみがむかし図書館で読んだスティーブンソンの『宝島』の海賊の歌が自然と思い出された。十五、という数字は、ジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』も思い出される。
 十五人は宝の地図に示された、宝の在りかを見つけたのだ。

 それしか残らなかった事は、つぼみにとって最も胸が痛い事実だった。





270崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:53:48 ID:ezDSmj8g0



 ……それから、驚くほどにあっさりと、山頂に辿り着いた。

 ここまで来るのに、何の妨害工作もなかったのは意外というべきか。
 あまりにも不自然に思えた。ゴハットが正しければ、本拠地であるはずのこの山頂。あまりにもノーガードである。
 決戦の地と呼ぶには、殺風景であった。本当に殺し合いが行われているとは思えなかった。
 木々もあらかた撤去され、クリーンな大地に、到底自然から生まれたとは思えない電子の海が乗っかっているのである。

 青く、或は黒く光る幾何学的な光が、その山の上で蠢いていた。
 欠陥のような赤い糸が青黒い海を駆け巡っている。
 臓器──その中でもとりわけ、心臓のようにも見える巨大な物体が、文字通り鼓音を鳴らしていた。
 これが、忘却の海レーテである。
 孤門一輝と石堀光彦だけが、それを知っていた。この間近で見たのは、彼らと血祭ドウコクだけであった。







「……これから、最後の戦いが始まるのね」

 蒼乃美希が、緊張の面持ちで言った。ここまで自分が来ている事が不思議だった。
 何か口に出して、その言葉を誰かが拾ってくれて、そうして少しでも誰かと繋がらなければ耐えられないような状態だった。
 かつて、管理国家ラビリンスと戦った時よりも、今の美希は恐怖を胸に抱いている。吐き気さえ催されているが、それを必死に飲み込んでいた。この緊張さえ、死ぬほどつらい。何か言葉にして口に出さなければやっていられない。
 そうして無意識に出た美希の言葉を拾ったのは、孤門であった。

「ああ。この無意味な殺し合いを終わらせる──完璧にね」

 孤門は、美希の口癖で返した。
 少しでも緊張を和らがせようとしているようだが、孤門とて命が惜しくないわけがない。──いや、美希以上に、孤門の方がこれからの戦いを恐れているかもしれないほどだ。
 年を経るごとにだんだんと受け入れ、諦められていくような死への恐怖が、再び十代の頃のように強くなっていた。

 彼には変身する為の道具もなく、最悪の緊急時の為に、パペティアーメモリとアイスエイジメモリが渡されている。片方は、以前使用して暴走しなかったものである。使用が安全な範囲であるとされたのだろうが、それでもやはり極力使いたくはない。パペティアーはその戦闘利用が難しい為か、更に最悪の場合に備えてアイスエイジも支給されている。
 同じように、マミにもウェザーメモリが渡されていた。こちらは完全に適合するか否かは、完全に行き当たりばったりの運任せである。一歩間違えばマミの暴走につながりかねない。
 とはいえ、それらも所詮は気休めにしかならなそうだった。勿論、恐怖の方が上回っている。

「……孤門さん、ありがとうございます」
「え?」
「一日中、ずっと私に付き添ってくれて」

 思えば、孤門と美希とは、この殺し合い始まって以来、殆ど共に行動していた。
 強いて言えば、二度ほど美希は単独で行動する羽目になったが、それも結局、美希は深手を負う事もなく孤門のところに帰る事ができている。
 そして、今もこうして二人で、忘却の海を前に言葉を交わす事もできるのだ。
 決戦の入り口は目の前である。

「私、ウルトラマンっていうのになっちゃったけど……まあ、この力をくれた杏子には悪いけど、本当に私が持つべき力なのかなって今も思うんです」

 美希は突然、孤門にそんな事を言った。
 もしかすると、これが最後かもしれないと思ったのかもしれない。
 孤門が周りを見ると、誰もが、これまで付き添ってきた誰かに言葉をかけている。
 それが、孤門にとっては美希だったという事であろうか。

「……だって、孤門さんって、ずっと姫矢さんや千樹憐さんや杏子、色んなデュナミストを支えてきたんですよね」
「いや。支えてなんかいないよ。……僕が支えられてきたんだ。だから、僕が次のウルトラマンっていう事はないと思うし、今は君が持っているべきだと思う」

271崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:54:29 ID:ezDSmj8g0

 美希がクスリと笑った。

「孤門さんがみんなを支えて、みんなが孤門さんを支えてきた。……それじゃあ、支え合ってきたっていう事ですね」

 孤門が頭を掻いた。
 どうも、この子には自分の上を行かれているような気がする。とはいっても、孤門は別段、この子ならば不快感はない。憐を見た後では、自分より頭の良く大人びた年下にプライドを傷つけられる事は、もう当分なさそうである。

 彼が情けないと思うのは、こんな女の子をこれから戦力としてここから先に行かせなければならない事だ。
 年齢は、十四歳と言っただろうか。
 十四歳といえば、孤門はまだ高校の受験の話さえろくに考えておらず、ただレスキュー隊に入ろうという夢だけが頭の中に入っていた頃だ。それからレスキュー隊に入るまでには、五年以上の歳月があった。
 夢を叶えるにも、まだ足りない年齢である。

「……ねえ、美希ちゃん。これからやりたい事はある?」
「これから?」
「将来の夢だよ。僕は、昔から誰かを守る仕事につきたかった。……確かにレスキュー隊になれて、ナイトレイダーにもなれた。でも、守れなかった物もたくさんあるから、僕はまだ、全然夢を叶えていないんだ。今はもっとたくさんの人を守りたいと思ってる」

 孤門は、これからも生きていく覚悟を確かに持っている。
 こんなところで終わるまいと、ここから脱出した後の事まで考えていたのだ。
 そんな孤門の前向きさを、美希は受け止めた。

「モデルになるのが私の昔の夢でした。そして、私はそれを叶えたから、次のステップに進みたいと思っています。……今度は、世界に名を轟かすトップモデルになりたいんです」

 ……結局、美希は孤門の上を行く回答を示してしまった。
 彼女も既に一つの夢を叶え、次の夢を追っている。どうやら孤門と同じ場所に立っているようである。
 だが、それに関心しつつも、孤門は、そんな美希の夢を守る想いだけは強くした。

「そうか、素敵な夢だね」
「孤門さんも」
「これまで、この殺し合いでそんな夢がいくつも壊されてきたかもしれない。でも、僕は、ここに残っている分は全員守りたいんだ」

 美希は、そんな孤門の考えに頷いた。
 その時の孤門の表情は、嘘偽りのない精悍さに満ちていた。
 孤門が美希を大人びた少女だと認めた以上に、美希は孤門を素直で優しい兄のような人と思っている。

 ──次に、美希が誰にウルトラマンの光を送るのか、この時に確定した。







「ぶきっ……」

 良牙が連れていた子豚が突然、鳴いた。またデイパックから出てきたらしい。
 空気穴代わりにデイパックには微弱な隙間を作っているのだが、いつもそこから這い出してしまう。あのあかねとの戦闘を含めて、二回目だ。

「お……?」

 良牙は、それに気づいた。
 すっかり忘れていたが、こいつも一応、立派な仲間だ。この子豚の健闘がなければ、あかねは元のあかねに戻れなかったかもしれない。
 彼女は、この良牙によく似た子豚にPちゃんを重ね、だからこそ正気に戻れたのだ。

「そういえば、お前には前に世話になったな。……そうだ、何かやろう」

272崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:54:56 ID:ezDSmj8g0

 そうだ、せめて何か、あのあかねの時の褒美をこの豚にもやろうと──良牙は、自分の頭のバンダナを外し、その豚の首に巻いた。
 ……とはいえ、良牙の額には、まだバンダナがある。二重、三重……いや、もう多重に巻いていたようである。良牙にとっては武器になるからだろう。
 このバンダナは、良牙が気を注入して硬直させればブーメランにもなるしナイフにもなる。彼には布きれでさえ立派な武器だ。特に、山林でサバイバルする羽目になるのが珍しくない彼は、刃物の周りとして手頃なのだろう。

「良牙さん、そのバンダナ、何枚巻いてるんですか?」

 不意に、つぼみが訊いた。
 今の様子を隣で見ていたのだろう。

「……いっぱいだな。数えた事はない」
「どうしていっぱい買っていっぱい巻く必要があるんですか?」

 武器だから、とは答えづらい相手だ。つぼみは優しく、戦いが嫌いな性格である。
 正直にこのバンダナを武器のつもりで巻いていると言えば、あんまり良い顔をしないかもしれない。
 良牙は誤魔化す事にした。

「そうだな、これは………………気に入ってたから」
「そうなんですか……。それでたくさん持っているんですね」
「あ、ああ……」

 全くの嘘であるだけに、どうにも後ろめたさが拭い去れない。
 ただ、つぼみも次の一句を切りだしにくいかのように、もじもじとした。
 少し躊躇してから、何かを口に出すのはつぼみの方だった。

「あの、良牙さん、もしよろしければ、そのバンダナ、一つ私にもいただけませんか?」
「え?」
「せめて、良牙さんとのお近づきの印です。私たち、お互いに大事な友達を失いましたけど、それでも、良牙さんという大事なお友達ができました。だから……」

 つぼみの言っている事は、良牙にもよくわかった。
 良牙も、今ではつぼみたちの事を大事な友人の一人に数えている。これまで、友と呼べるような人間が殆どおらず、それが悩みの種でもあった良牙には、ある面では良い一日半になっただろう。大事な武器とは言っても、良牙はまだいくらでもバンダナを所持している。一枚くらいはつぼみに渡そう。全員に配っても足りるかもしれない。

「……まあ、いいぜ。減るもんじゃないしな」
「いや、それ減ると思いますけど……」

 つぼみが的確に突っ込んだ。
 それから受け取ったバンダナは、本来なら汗がにじんでいてもおかしくないというのに、殆ど埃も汗もなく、新品同様であった。本当にどれだけ巻いているのだろう。幾つも重なっているので、汗がそこまで染みていないようである。
 見たところ厚みはないが、こればかりは科学では解明できそうにない。永遠の謎である。
 良牙は、少し会話に間が開いてから、つぼみに訊いた。

「で、つぼみは俺に何をくれるんだ?」
「え?」
「元の世界に帰った時に、俺へのお土産として、……まあ、なんだ。記念に少し、残しておこうと思って」

 良牙には普段、旅先で土産を買う習慣がある。全国各地、全ての土産をコンプリートしている自信はある。何度も道に迷い、いつの間にか四十七都道府県を全て回るほど──下手をすれば日本の隅から隅まで嘗め尽くすほどにお土産屋を回っている。
 しかし、殺し合いの会場に来るのも、そこで異世界の少女と出会うのも、彼にとっては生まれて初めてだ。
 つぼみは、自分の体を一通り眺めて、それでも何も気づかなかったようだが、少し経ってから何か閃いたようだった。何か贈れる物に気づいたのだろう。

「……そうですね。じゃあ、このヘアゴムを差し上げます」

 髪を二つ束ねたつぼみは、片方の髪を解いた。
 つぼみは、黄色い花形の特徴的なヘアゴムをつけていた。正直言えば興味がなかったので、良牙がそのユニークな形に気づくのは今が初めてだ。
 つぼみにとっては、お気に入りだが、予備もあるし、それでも足りなければまた買えばいい。──そう、亡き友が住んでいた、あのお隣の家で。
 そして、片方だけ縛るのも変なので、つぼみはもう片方のヘアゴムも外した。

273崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:55:15 ID:ezDSmj8g0

「じゃあ、こっちは、こっちの子豚ちゃんに」

 そうして、子豚のしっぽには黄色い花が咲いた。バンダナとヘアゴムを巻きつかれて、まるで飼い主に恵まれなかったペットのようである。しかし、どうやらペット本人もまんざらではないらしい。良牙を父、つぼみを母のように思っているかもしれない。
 ……これから、この子豚は危ない目に遭うかもしれない。デイパックの中に避難してもらいたいと思っていた。

「あっ……ヘアゴムなんて、男の人にあげても仕方がないですか?」
「いや。お土産なんてそんなもんさ。行きたいところへ行くためのお守りになればそれでいい。ありがとう、つぼみ」

 お守り。
 もし、良牙がそんな物をこの最終決戦の場に持って行けるとしたら、それは本来、天道あかねと雲竜あかりの写真であるべきだっただろう。その写真は、良牙の励ましになる。
 しかし、やはり今はそれはいらないと思った。
 あかねの姿を見るのは、しばらく勘弁願いたいし、仮に見てしまえば、悲しさと共に殺し合いの主催者への憎しみも湧いてしまうかもしれない。この黄色い花のヘアゴムを、良牙は左手首に通した。
 武骨な良牙の手首には、そのファンシーなヘアゴムは不釣合いであった。
 しかし、それを見て、つぼみもバンダナを腕に巻いた。

「……良牙さん。実は、私、年上の男の人と友達になるのは初めてかもしれません」
「そうだったのか。……俺なんて、いつも登下校でさえ道に迷って学校にもろくに行けなかったから、友達すら数えるほどしかいないぜ。それに男子校だったからな……こんなに年下の女の子と友達になるのは……ああ、たぶん初めてだ」
「あの、良牙さん、実は────」

 つぼみは、少し勇気を絞り出して何かを言おうとした。

「いえ、何でもありません。……それに、やっぱり、これ以上言っても仕方ない事ですから」

 そして、やはり結局それだけ言って、良牙が一瞬だけ可愛いと思うくらいに、細やかに笑った。







 左翔太郎は、佐倉杏子の方に目をやった。
 そういえば、この少女とは、殺し合いが始まってからそうそう時間も経ってない内に遭遇し、それ以来、何度か離れたりまた会ったりして、今また隣にいる。
 その度に、杏子の目は変わっていた。
 最初に会った時は、彼女は翔太郎を殺すつもりだったのだろう。だが、この杏子は、フェイト・テスタロッサや東せつな、蒼乃美希のように、色んな同性から影響を受けて変わっていった。
 最大の功労者は彼女らに譲るが、男性の中で最も彼女を変えられたのは自分であると、翔太郎は自負する。
 そんな彼女に、この場を借りて何かを言ってやる必要もあるだろうか。

「杏子、折角だから、戦いの前に一つ願いを聞いてやる。俺が叶えてやるよ」

 翔太郎が、ぽんと杏子の頭に手を乗せた。いかにも保護者らしい手つきである。それだけの身長差が二人にはあった。

「は?」
「あらかじめ言っておくが、悪魔の契約じゃないぜ。これは優しいナイトからプリンセスへのプレゼントだ。何がいい? どんな願いでも、俺が体を張って叶えてやる」

 翔太郎は気障に言うが、ナイトとプリンセスという設定からするとこんな喋り方は破綻している。
 本人がそれに気づいて、わざとお道化ているのか、それとも、全くの天然なのかはわからない。ただ、もしこの場に彼の最大の理解者フィリップの意見を挙げておくなら、「ただの恰好つけ」と答えてくれるだろう。
 ふと、翔太郎は暁を思い出して、彼のように下世話な事を言って女心を掴んでみようと思った。

「キスでもいいぜ」
「無理」
「ハグもOKだ」
「最低。大人として恥ずかしくないのか?」

274崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:55:35 ID:ezDSmj8g0

 効果なしだったようである。
 やはり、暁式ナンパ法は使えそうにない。悔しいが、ナンパに関しては暁の方が一枚上手であろう。既に翔太郎はこの場でナンパに失敗している。逆に、暁が実質成功して守護霊まで獲得している事など翔太郎は知る由もない。
 翔太郎らしく言おう。

「そうか。……なら、お前を魔法少女じゃなくしてやるよ」
「……」

 その一言に、杏子は翔太郎の方を見た。それから、マミの姿を探した。さやかの事も思い出しただろう。そう、魔法少女の運命から解放される術が、今ならこの場に転がっている。
 それは、まぎれもないチャンスだ。
 彼はおそらく、それを本命の願いとしている。杏子の身を案じて、その術を力ずくで探すと声をかけてくれているのだ。
 しかし、杏子は言葉を返せずに、少し悩んだ。

「……なあ、本当にそんな大それた願いでも、何でもいいのか?」

 杏子は、僅かな沈黙の後で訊き返した。これは重要な問題である。
 本当に実現するのかはともかく、翔太郎の覚悟は本物だ。彼はきっと、実現の為の自分の力を最大限使う事に躊躇しないだろう。杏子は甘言に騙される事はないだろうと思っていたが、彼になら騙されても良いと思った。
 どんな願いでもいいというのなら……。

「ああ。何でも訊いてやる」

 翔太郎は迷いなく答えた。
 それならば、杏子ももう迷う事はあるまい。

「……じゃあ、あんたが気に入っていて、今被っている、その帽子が欲しい」
「は? 帽子? これが?」
「被り心地が良かったんだ。何より私に似合うんだろ?」

 ある戦いを、翔太郎と杏子は絆の証として覚えている。
 杏子がウルトラマンとして血祭ドウコクと戦った、昨日の午後の出来事。
 この場で今は同盟を組んでいる強敵に一矢報いる為に──いや、もしかすれば杏子自身が変われる為に、翔太郎はこの杏子を一度だけ杏子に預けたのだ。

「……ああ、……ったく、仕方ねえな……こいつは風都でしか手に入らねえWind Scaleっていうブランド物だ。もし、もっと欲しくなったら、今度風都に遊びに来い。街中の人にお前を紹介してやる」

 翔太郎は、お気に入りのソフト帽を手放して杏子に渡した。
 帽子を被っていないと落ち着かないが、仕方がない。杏子が欲しいと言っているのだ。

 やはり、Wind Scaleの帽子をそこまで気に入ってくれたのなら翔太郎も嬉しい。風都特性ブランドの帽子はやはりデザインが一線を画していると言えるだろう。ファッションモデルの美希も興味津々だったほどの帽子である。
 そういえば、翔太郎には、(少し変わっているが)異世界を自由に渡れる友人がいる。あいつがまた来てくれれば、きっとここにいる仲間とは生還後もまた会えるだろうし、杏子もWind Scaleの帽子を買いに来る事ができるだろう。その時には一応プレゼントしてやろう。
 そう考えていた時、杏子はがさごそとデイパックを漁っていた。
 見ると、杏子はデイパックの中から、何やら翔太郎にとって見覚えのある帽子を大量に取り出しているではないか。

「そうか。いつか行くよ。……じゃあ、その代わり、ほら、あんたの事務所でちゃんと拝借しといた帽子がこれだけあるから、こっちを被ってな、ほら」

 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ……それだけの数の帽子が次々翔太郎に手渡される。
 翔太郎は、一瞬唖然とした様子である。

「って、オイ、帽子あんじゃねえか!! ていうか、それ俺の帽子!! 勝手に!!」
「いや、その帽子は別にいらないよ。……こっちの帽子がいいんだ」

 と、杏子が懐かしむようにあの帽子を見た。
 その横顔は、まるで生まれたばかりの赤子を見る母のようでもある。と、なると翔太郎はその赤ん坊の祖父か、まあせいぜい年齢的に考えて叔父にでもあたるだろうか。

(そうか、やっぱり……あの時の事が心に残っているのか)

275崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:55:54 ID:ezDSmj8g0

「わかった。そいつはお前にプレゼントする。似合ってるぜ、レディ?」

 翔太郎は、杏子が事務所から大量にかっぱらっていたという帽子の山をデイパックに詰め込んで、その中から今の服装に最も似合いそうな黒い帽子を頭に乗せた。
 少し調節して、最も良い角度で被る。
 杏子も同じく、帽子を被っていた。殆どお揃いである。

「……杏子。本当に、魔法少女をやめるよりもそっちのが大事なのかよ」
「ああ、今はね。それに、さ」
「何だよ」
「……仮面ライダーなら、頼まなくたって、そっちの願いは叶えてくれるんだろ?」

 何故か新鮮なその言葉に、翔太郎はどきりとした。
 確かに、翔太郎はこのまま杏子を放ってはおく気はない。たとえ、自分がどんな目に遭おうとも彼女を魔法少女のまま放っておくつもりはないし、それまで絶対に魔女にはさせない。彼女だけではなく、泣いている魔法少女たちは全員助けてやりたいと思っている。

「……ったく、がめつい奴だなぁ、お前も。この俺に二つも願いを叶えてもらうってのか」
「あんまり欲張りすぎるとしっぺ返しが来るって、痛いほどわかってるつもりだったんだけど、……でも、これは悪魔の契約じゃないんだろ?」
「……まあ、構わねえぜ。いくらでも聞いてやる。しっぺ返しなんてさせねえよ」

 我ながらかっこいい文句が言えた物だ。
 翔太郎としても、これは惚れられても文句が言えないレベルである。久々にカッコいい台詞が言えた手ごたえを感じて、自分で自分に惚れそうになったほどである。

 しかし、やはりこの年で女子中学生に惚れられるというのは困る。
 そういえば、翔太郎は前に銭湯で杏子たち女湯の話題が聞こえた事を思い出した。杏子が魔法少女であるがゆえに恋ひとつできないコンプレックスみたいなものを、翔太郎はそこで耳にしている。

「あ。一応言っとくが、杏子。……魔法少女じゃなくなったからって、俺に惚れるなよ?」

 ふざけているのか、本気なのか、翔太郎はすぐに、フォローするようにそう言った。
 それを聞いた時、杏子もまた銭湯の一連の会話を思い出したらしい。
 その会話に行きつくような手がかりなしに、女の勘が次の一句を発させた。

「────なあ、翔太郎。あんた、まさか、あの銭湯覗いて……」
「は? 人聞きの悪い事言うな! 覗いてねえ、聞こえただけだ!! ……あっ」
「ボロを出したな! 女湯の会話聞くなんて見損なったぞ、翔太郎!!」
「そういうお前だって、ボロを出してるじゃねえか!」

 その後、翔太郎は、杏子の呼称が「兄ちゃん」から「翔太郎」になっている事を告げた。
 彼女は、今の翔太郎にとってかけがえのない相棒だ。







 涼邑零は、一人で思案していた。
 これから向かう場には、当然ホラーたちも現れるだろうと推測している。
 鋼牙曰く、ホラーであるというガルムやコダマがこの先にいるとなると、やはりソウルメタルを持つ零の存在はこれからの戦いでは必要不可欠だ。
 ガルムやコダマの強さは破格だという。零一人で戦う事自体が非常に危険だ。

「いよいよですね、零」

 零に声をかけた美女の名はレイジングハート・エクセリオンである。
 ……どうも、零は人間以外の美女に縁が深いらしい。シルヴァに感じた運命と同種だろうか、このレイジングハートにも何処か惹かれるものがある。
 本来の造形を詳しくは知らないが、今も実のところは人間らしい姿には感じない。
 人間の形をしたところで、やはり本当の人間に比べると一枚壁を隔てているような違和感はあった。

「ああ。そうだな。このゲームは終わらせる」
「ええ。……しかし、今日までの犠牲も計り知れない物でした。敵を倒したからといって、悲しみや痛みが消えるわけではありません。本当に戦いの傷に終わりは来るのでしょうか」

276崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:56:13 ID:ezDSmj8g0

 零は、そんなレイジングハートの言葉に、少し俯いて黙り込んだ。
 確かに、御月カオルや倉橋ゴンザに何と言えば良いやら、零にも決心はつかない。
 零一人では、彼の家族たちをどれだけ支える事ができようか。
 魔戒騎士の力は、その程度の物であった。いくら戦いで勝ったとしても、その後にはしばらく尾を引く傷跡が残る。
 世界が経験した幾つもの戦争も、魔戒騎士たちとホラーの古よりの戦いも、全て、簡単には癒えぬ痛みが残り続けている。
 魔導輪ザルバが零の指先で言った。

『残念だが、もしかしたら消えないかもしれないな』
「……だな」

 零も全くの同感である。
 戦いを経験した者、その大事な家族や仲間が生きている限り、悲しみや憎しみ、痛みは消えない。それに、この戦いに限らず、零は元の世界に帰ってからも、また魔戒騎士としての戦いの日々と、──それから、番犬所からの罰が待つだろう。
 魔戒騎士同士の争いは掟で禁じられているが、零はそれを元の世界で何度となく破っている。特に零の居所の戒律は厳しい。

「……でも、レイジングハート。誰より悲しみや痛みに震えているのって、実はお前なんじゃないか」
「──」
「……やっぱりな。高町なのはや、その周囲の人間たち……元の世界の知り合いや未来の仲間になるはずだった人が、みんないなくなっちまったっていうんだろ」

 冷たいが、それが現実だ。
 勿論、元の世界にはそれ以外の仲間もいるが、レイジングハートは既になのはの能力に合わせて最適化されている。しばらくは、レイジングハートを使いこなせる魔導師は現れる事はないだろうし、これから帰っていける場所はない。
 零は、そんなレイジングハートに自分を重ねた。

「なあ、レイジングハート。俺も実は、帰ったらしばらく一人なんだ。……一緒に、俺の世界で、ホラーを倒す旅をしないか?」
「一人? それでは、ザルバは?」
『俺様は、次の黄金騎士が現れるまで、しばらくは冴島家で眠りにつくつもりだ。零と一緒にはいられない。次代の黄金騎士が現れるのは、明日か、それとも百年後かもわからないな』
「……」

 初めは敵であったが、零は今やレイジングハートの立派な仲間である。
 零の提案も、決して悪い申し出だとは思わなかった。
 むしろ、レイジングハートにしてみれば、ここにいる人間たちの住む管理外世界は興味深い場所でもあるだろう。

『俺からも言っておくが、零の話は別に悪い提案じゃないと思うぜ? あんたのいた場所では、異世界同士を繋ぐ船があるんだろ? 戻りたい時に元の世界の仲間に会う事だってできるはずだ』
「……」
『零の奴もすっかりあんたに惚れこんでいるみたいだぜ、行くあてがない同士なら丁度良い』

 惚れこんでいる、という意味は文字通り恋愛感情があるというわけではないが、ある意味ではそれに近くもある。彼女の美を知り、共に旅をしながら、バラゴの事や魔戒騎士の事を知ってもらおうという計らいもあるのだろう。

「……わかりました。では、その時までに考えておきます」

 時間は刻一刻と近づいている。
 誰もが、おそらくお互いの別れをどこかで惜しんでいるのだろう。
 だから、こうして誰かを自分の世界につなげておきたいと、本気で思っている。
 いつかまた会えるかもしれないとは言えど、それがどんなに遠くになるかわからない不安を抱え込んでいるのだ。

「シルヴァが修復されたら、嫉妬するかな」

 零は、苦笑した。





277崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:56:34 ID:ezDSmj8g0



 巴マミと桃園ラブは、周囲を見て肩を竦めた。
 どうやら、周りの女性という女性は須らく男性パートナーのような物がいるらしい。
 ラブにもいないわけではないが、その涼村暁は今、到底話しかけられるような状態ではなかった。ラブも、今の彼が石堀光彦の危険性を察知して気にかけている事はよく理解していた。今は話しかけない方が良いだろう。
 自分たちだけ、女子二人で肩を寄せている。

「本当にこれで殺し合いは終わるのかしら?」

 マミは、ラブに堪えられない疑問と不安を打ち明けた。
 彼女だけが抱いている心配ではないようだが、それをはっきり漏らしたのはマミだけである。このゲーム、もしかしたら果てのない物かもしれないと思えたのだ。

「どういう事ですか?」
「これだけの規模の殺し合いを開く相手が、どうして私たちの目と鼻の先で全て見るような真似をしているのか、気になったの」
「それは……」
「変だと思わない? 囮っていう事はないかしら……。この先に爆弾がしかけられているとか、そういう事は考えられない?」

 やはり、不安は尽きないようだ。勿論、心配性はこの場においては悪い事ではない。
 いくつもの危険な可能性を挙げていき、それを疑い続け、修繕した結果、あらゆる問題は未然に防がれていく。

「爆弾なんかが仕掛けられている可能性は、おそらく低いよ」

 横から口を挟んだのは、沖一也である。彼は、ここで二人の会話を聞いていたらしい。
 しかし、一也はこういう時は最も役立つエキスパートである。悪の組織の基地に侵入した回数ならば、この中の残りメンバーの中ではトップであろう。爆弾で基地ごと吹き飛ばされかける事もある。

「何故ですか?」
「この基地がおそらく……囮だからだ」

 その返答に、ラブが首をかしげていた。
 囮、と言われてもピンと来るところがなかったのだ。だいたい、何故囮だとわかっているのならそれを教えず、そこに向かおうとするのかもわからない。

「ゲームメーカーが地下施設を作ってまでやりたい事がわかったんだ。地下には、おそらく加頭や放送担当者をはじめとする、ゲームに直接関係のない幹部はいるかもしれないが、首領はいない」
「え?」
「かつて、本郷さんと一文字さんがゲルショッカーを滅ぼした時の事だ──。その首領を倒した事で、ゲルショッカーは滅んだ。しかし、実はそれ自体は、次に生まれる新たな組織を目下で再編する為の囮、影武者だった」

 かなり昔の話に遡るが、一也は自分の知るダブルライダーの武勇伝をデータの一つとして引きだしていた。
 その話は、二名にとっては少し理解し難い物だったかもしれない。

「確かにその直後、爆弾で基地が吹き飛ばされたものの、ダブルライダーは脱出した。しかし、今回の基地はおそらく、そういった爆弾は設置されてはいないだろう。俺たちを爆弾で吹き飛ばしてしまえば、ダブルライダーのように『この事件が無事に解決した』と考えて証明する証人はいなくなってしまう」
「……でも、沖さん。このゲームの主催者が、ゲルショッカー? と同じ事を考えているという考えは一体どこから出てきたんですか?」
「この島の外に、別の存在がいるのをバットショットで確認したんだ。この地下施設そのものは、おそらく捨て駒や囮だろう。『ベリアル帝国』の首領がいるのは、ここじゃないはずだ。何故、正体を現さずに島の外で見張る必要があるのかを考えたが、やはり……この殺し合いを捨てて、次の野望を考えている可能性が高い。俺たちには、脱出の為の希望は残されているが、諸悪を叩くのはもっと小さな希望かもしれない……」

 一也は、もはやそれを仲間に伝えてもいい段階だと理解していた。
 しかし、どうやら伝えられるのはこの二名だけである。
 今は、全員が取り込んでいる。こういう休息も必要である。

「倒しているようで、それは本当に諸悪の根源を倒した事になっていないっていう事ですね?」

 たとえば、ここで戦いを終えて安心して帰って、まだ敵が生きていようものならば、その存在はまた悪事を繰り返すに違いない。
 そう簡単に懲りるような相手ではなさそうである。
 これからしばらく悪事を侵さないとしても、時空管理局らが必ず見つけ出すであろう。

278崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:56:53 ID:ezDSmj8g0

「……でも、マミさん、沖さん。もし……もし、これから先の世界でも悪いやつが残っていて、またこんな事を繰り返そうって思っていたら、一体どうするんですか?」
「どうするって……それは……」

 ラブに訊かれてうろたえるのはマミだった。
 一也は既に覚悟を固めているらしい。

「……私はわかってますよ。二人は、正義の味方だから、きっとここにいる一緒に立ち向かってくれるって」

 そうラブが言った時、マミの胸を何かが直撃する感覚がした。
 マミにとって、懐かしい一言である。
 正義の味方。──この場では、あまりに臭すぎて誰もそんな言葉を使っていなかったのである。その曖昧な定義の言葉は誰も率先して使おうとしなかったのだろう。
 この中にいる、「正義の味方」と認定できるであろう仲間は、みな、自分を正義と思うよりもまず、目の前で困っている者を見捨てられない人間というだけであった。正義というより、己の主義に従順なのである。「正義の是非を問う」というテーマは流行るが、やはりそれは答えのない話題であって、続けるだけナンセンスなのかもしれない。
 だからこそ、マミはこの頃、それをあまり連呼するのを耐えかねたのかもしれない。

「……そうね。でも、桃園さん、やっぱり一つ訂正があるわ。ここにいる私たちは、正義の味方じゃなくて、巴マミと、沖一也と、桃園ラブよ」
「え?」
「困っている人を放っておけない人、誰かを守りたいと思う人、希望を捨てない人、諦めない人……そして、誰かを幸せにしようとする人。ここにいたら、それを、『正義の味方』なんていう一言で片づけちゃいけないと思ったの」

 これまでのマミの生活で、「正義の味方」というのは、テレビ番組や自伝小説の中で映っている存在であった。そこからの影響が大きく、生の目で正義の味方を見た事はない。
 だが、マミはおそらく、天然で、何も意識せずに「正義の味方」であれる桃園ラブと出会った。おそらく、マミが己の命を賭けてでもラブを守りたいと願ったのは、そんなラブを助けたいと思ったからだろう。
 マミは、これまで正義の味方であろうとしてきた。自分の中にそれだけの器があるのか、何度悩んだ事だろう。
 ラブや一也は、ただマミの理想通りの正義の味方だった。何も意識する事なく、ただ脊髄がそのように彼女を動かしていた。いや、彼女だけではなく、ここにいるたくさんの人が同じく、ただ生きていく事が「正義の味方」のようだったのだ。

「『正義の味方』なんて言葉に従わずに……自分が自分であるままに、誰かの支えになる生き方がしたい。そして、きっと、いずれ会った時も、私は巴マミのままでいるわ。だから、そんな私を信じてくれる……?」
「……はい! 本当はずっと、正義の味方っていう言葉よりも、……私はマミさんの事を信じていましたから。だって、マミさんはマミさんのままで、カッコいいんですもん」

 二人は、それから笑った。
 仮にもし、この先でゲームの主催者を倒した時、そこからまた逃げている者がいたとしても、絶対に過ちは繰り返させない。
 二人ならできる。
 巴マミと、桃園ラブならば──。

「そうか。君たちは頼もしいな」

 一也が、そんな二人の様子を見て微笑んだ。
 それは、これまでにない笑顔であった。誰よりも戦いに年期のある仮面ライダーとして、彼女たちの考えを認めてあげなければならないと思ったのだろう。
 過ちを正すのも仕事だが、彼の思想上は、彼女たちの気づいた事は誇っていい考え方である。

「ある人が言っていた。仮面ライダーは、正義の為に戦うんじゃない。人間の自由と平和の為に戦うんだと」

 正義という言葉は、あまり使わない方が良い、と。
 それならば、人間の自由と平和の為に戦う方が、ずっとヒーローである、と。
 そんな言葉をかけられた記憶がある。
 その「ある人」が誰なのか──沖一也の物語を追っても明かされる事はないだろう。
 しかし、仮面ライダーと呼ばれた者たちには、おそらく、いつかその格言を聞き、心に留める日が来る事になる運命にあった。

「……あ。『天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ! 俺は正義の戦士!』なんて名乗る仮面ライダーもいるけど、あの人は特別だから」

279崩壊─ゲームオーバー─(2) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:57:14 ID:ezDSmj8g0

 正義。その言葉は曖昧であるが、おおよその形式は固まっている。
 誰かを助ける事や、人を殺し合わせる蛮行を食い止める姿勢は、現代の社会では間違いなく正義に近い行いであると思われるだろう。
 しかし、その手段の是非は明確には、それらの言葉では測れない。悪事を行う根源を、武力によって鎮静し、その脅威の命を絶つ所まで正義とは言えないのである。
 あくまで、「正義」と「悪」が存在するのは限られた状況であり、「食い止める」というところまでは正義であっても、「倒す」ところまでは正義とは言えない。その仮面ライダーは、きっと、「倒す」ではなく、「悪を止め、人々を救う」ところまでを正義と定義して叫んでいるのだろう。
 悪を食い止め、脅かされる人々を助ける為に、天と地と人が呼んだ、「正義」。
 しかし、そこから先、敵を倒すのは、正義ではなく、彼が判断した「最後の手段」なのである。この部分は、「正義」と「悪」の二極で測った場合、おそらくはどちらの理屈も破綻するので、これらの言葉でカバーできる範囲ではない。
 殺人は犯罪だが、彼らの「正当防衛」、「過剰防衛」を図れるはずはないのである。

「……はぁ」

 その仮面ライダーに全く心当たりはないラブたちは額に汗を浮かべる。
 ともかく、一也は「正義の味方」という言葉で定義される範囲が、この殺し合いの最中でも有効とは思えない状況に気づいた彼女を優秀な相手だと思った。
 これから先、誰かを守ったり、悪徳を犯したりする相手を、「殺す」という形で果たさなければならないが、そこには「正義」はない。しかし、間違った行いではないのである。
 ゆえに、時に「正義」であり、普段は「正義」ではない一也が、彼女たちにかける言葉は、ただ一つ。

「君たちは君たちでいい。間違った事なんて何もしていないんだから。それは、俺たちが保障する。俺は人間の自由と平和の為に戦う。だから、君たちも、自分の信じる大切なものの為に戦ってくれ」







「……辞世の句、みてえなもんか」

 血祭ドウコクは、外道シンケンレッドを横に携えて、レーテの前に群がる人間の兵士たちの様子を、一見すると興味なさそうに眺めていた。
 彼からすれば、一人一人の行動は少々理解し難い。戦いの前に誰かとくだらない世間話をしているようである。ただ、それがおそらく、人間たちの中では意味のある行動であろうとドウコクも薄々感じる事ができた。
 だからこそ、彼は、この時ばかりは水を差す事なく、その光景を静観していたのだろう。

「てめえも、少しは何か感じるか? 志葉の──」

 外道シンケンレッドは、そう言われてドウコクの方に体を向けた。
 だが、そのゆっくりとしたモーションからは、およそ人気味を感じられなかった。
 ドウコクの一生で見てきた人間の所作とは、やはり違った。

「……感じねえか。無理もねえ。感情らしいモンが抜け落ちてるからな」

 言葉に反応する事はあるが、それはおよそ人の要素を感じさせない抜け殻のような物だった。仮にもし、志葉丈瑠の魂であるなら、せめて思案する様子は見せるだろう。
 しかし、丈瑠は死に、外道として魂もない存在がここに在る。
 殺し合いに乗り、三途の川にさえ見初められた怪物。
 はぐれ外道の中のはぐれ外道。その魂は、今どこにあるのだろうか。
 あるとすれば、どこかでこのはぐれ外道の姿を欲するのだろうか。

「まあいい。これが奴らにとっての盃だ。あまり長引くようなら叩き斬るが、どうやらもうそろそろ、幕を引いてくれるらしい」

 ドウコクが、そう言うと同時に、ある男が、一言口を開いた。





280崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 17:59:35 ID:ezDSmj8g0



 石堀光彦は、誰にも顔を向けられなかった。
 誰かに語るべき事は、彼にはない。
 他の全員がくだらない話をしている間中、石堀は俯いて、堪えきれない達成感に浸っていたのだ。

(待ち続けた甲斐があったようだ……)

 あの西条凪が死亡し、十年以上の歳月をかけた計画は幕を閉じたはずだった。
 しかし、彼のもとに代理として降りかかった新たな計画は、石堀の心を擽る。
 光は、別のルートをたどって、ある者の元へと回った。

 それでいい。

 ウルトラマンの光を奪うのが目的であったが、今はもはやウルトラマンだけではない。プリキュア、シャンゼリオン……あらゆる戦士の持つ光の力を実感している。ならば、凪よりむしろ、彼らの方が役に立つ。
 中でも、とりわけ蒼乃美希である。ウルトラマンであり、プリキュアにも覚醒した彼女の光は他とは一線を画す物があるだろう。
 彼女には、“奪われるだけの資質”がある。それを認めよう。



「──────遂に来たか」



 石堀が、突如、そう口にした。
 その時、ほぼ全員が会話を同時にやめていたので、彼の言葉だけが虚空に放たれた。
 その一言だけならば、一日半をかけて殺し合いの主催者の元へとやって来た対主催陣営の一人としての、自然にこぼれてしまう徒労の漏洩だったかもしれない。
 しかし、言葉と同時に浮かんだ邪悪な笑みを、暁は、ラブは、孤門は、──ここにいるあらゆる参加者は見逃さなかった。
 その意味がわからず──怪しいと思いつつも、結局それがどういう事なのか理解する術はなく──、ただ立ちすくむ。警戒心よりも前に、一体彼が何をしているのかという疑問が浮かぶ。答えが出ない限り、次の行動に移る事ができる者はいなかった。

「遂に……遂にだ!」

 石堀にとっての一日半。
 何も感慨深い事はない。それは、ドウコク以上に無感情で無機質に日々が過ぎただけであった。何万年と生きてきたダークザギという怪物にとって、一日半など大した物ではない。
 強いて言えば、彼の「予知」では測れない出来事が起こったというだけである。

「石堀、さん……?」

 さて、……ここまで来たら、やる事は一つ。
 孤門が心配そうに声をかけても、今の石堀の耳には通らなかった。
 通っていたかもしれないが、その名前の人物として返す物は何もない。

「変……身」

 石堀は、口元を更に大きく歪ませると、アクセルドライバーを腹部に装着した。
 石堀の腹の周りを一周するアクセルドライバーのコネクションベルトリング。それが、アクセルドライバーをベルトとして己の身体と一体化させる。
 もはや、彼にとってはこの仮面ライダーアクセルの力も最後の出番である。
 ダークザギの力が蘇ればこんな人間の技術の産物は必要ない。

「お前……!」

 全員が、石堀の突然の行動が、何を示しているのかわからずに硬直する。
 これから戦闘準備に入ろうとしていた全員が、動きを止めた。
 戦いの前の微かな平穏を打ち砕いて、──全く別の戦いが始まる予感がしたのだ。
 ドウコクでさえ、動きはしなかった。



 その時────

281崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:00:24 ID:ezDSmj8g0











「燦然…………ハァぁぁぁぁぁぁッ!!」






 暁だけは、咄嗟に超光戦士シャンゼリオンに変身し、シャイニングブレードを構えて駆けだした。
 これが、胸騒ぎの根源であった。この瞬間に、あの時の言葉の謎が解けたような気がした。
 やはり、訝しんだ通りである。



────暁、聞け。俺を、ダークメフィストにしたのは、あいつだ……。



────……石堀光彦だ。奴に気を付けろ……。



 ──黒岩省吾の言葉だ。それは即ち、石堀が自分たちを欺いている、という事であった。
 この時まで暁たちにその事を一切言わず、参加者にダークメフィストへと変身させる力を授けた──これまでのデータから推察するに、明らかに危険な敵である。気を付けろ、という言葉通り、暁は石堀に警戒を続けていた。
 そして、警戒をやめて、確実に動きをやめなければならない時が来たのだった。

「ハァァァァッ!!! 一振りッッ!!!」

 ……誰も動けないなら、自分が動く。そのつもりで、シャンゼリオンはシャイニングブレードの刃を石堀に向けて振るっていた。
 この場にいる誰も理解していないとしても、シャンゼリオンは石堀に致命傷を与える。たとえ、次の瞬間に己が、突然“胡乱な態度を見せただけ”の石堀を殺害した殺人鬼と呼ばれようとも、そんな先の事は全く考えていなかった。
 単純に、もう耐えきれなかったのかもしれない。これ以上、近くにある脅威を「監視」し続けるのを──。

「フンッッッッッ!!!!!」

 しかし、次の瞬間に飛んだのは、石堀の意識ではなく、シャンゼリオンのシャイニングブレードであった。シャイニンブレードは、シャンゼリオンの握力の支配を逃れ、宙を舞ったのだ。
 シャンゼリオンにも、その場にいる誰にも、その瞬間に何が起きたのかはわからなかった。

「グァッッ!!!」

 ただ、シャイニングブレードが地面にざっくり刺さり、シャンゼリオンが見えない一撃に吹き飛ばされて先ほどより数メートル後ろで背中をついた時──、何かが起こったのだと全員が認識した。
 何かを起こしたのが石堀であるのは、そのすぐ後にわかる事になった。

「フッ……」

 石堀はニヤリと笑った。
 彼が、“黒いオーラを発動させ、衝撃波をシャンゼリオンに向けて放った”のを捉えた者は、涼邑零と沖一也と血祭ドウコクの三人だけである。
 その他の者も、もう少し遅れて、石堀の身体から自ずと滲み出てきたそれを目の当りにする事になった。

「何だあいつ……一体、何がどうなってるんだ……?」

 黒い蜃気楼……。

「石堀……こいつがお前の正体か……」

 それは、明らかに石堀が意識的に発動した物であった。世界の裏側にでも存在するかのような紫炎の闇を、石堀の体が自ずと纏う。
 石堀の瞳孔がそれと同じ、奇妙な紫を映していた。それは文字通り、彼が見ている物ではなく、瞳そのものが本来の色に変色した物であった。
 それが、彼が非人である事を示す確証だった。

「……残念だな、暁。お前はあまりにも露骨に俺が疑いすぎた。……もしかすると、黒岩にでも聞いたのか? 俺が“アンノウンハンド”だってな」
「くっ……」

282崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:00:46 ID:ezDSmj8g0

 “アンノウンハンド”。

 こうして、この場でこれ以上出てくるとは思いもしなかったその言葉に、孤門一輝と左翔太郎が戦慄する。桃園ラブや沖一也も知る言葉だ。
 孤門の住む世界を裏で暗躍する存在だと言われていたのがアンノウンハンドである。
 ダークメフィストの再来を考えれば、勿論、どこかにいるのは確実だが、それは主催者側である可能性も否めなかったし、味方内にそれらしい者は全く見かけられなかった。
 いや、しかし──石堀こそが、そうだったのだ。

「──石堀さん!? それは一体、どういう……」
「残念だが、ここはお前たちの墓場にさせてもらう。主催陣の打倒なんかに俺はハナから興味はなかったんでね。俺がやりたいのは、今から行う“復活の儀”の方さ」

 そう言うと、石堀は懐を弄った。
 そして、彼は薄く笑った。

「“復活の儀”……? 一体、何を言って……」
「フッ。──孤門」

 次の瞬間、石堀の懐から現れたコルト・パイソンの銃身。狙いを定める様子もなく、ただ感覚で、その銃口が孤門の顔面に弾丸を撃ち込むに最適な場所まで腕を置いたのだ。
 孤門は、同僚の突然の裏切りに、もはや冷静な判断力を失っていた。その口径が己を殺す為の兵器が射出される筒であると忘れていたかもしれない。

「……おつかれさん」

 右手を伸ばし、照準を合わせる事もなく、──通常なら絶対に命中がありえないそんな状態で、石堀は躊躇なく、その引き金に指をかけた。ここまで、銃を取りだしてから二分の一秒。
 一欠片の躊躇もなく引かれた引き金は、孤門の眉間を目掛け、発砲を開始する。

「危ないっ!!」

 孤門の体が大きく傾く。真横から体重をかけて抱きついた者がいたのだ。
 涼邑零である。零が真横から孤門の体を押し倒し、辛うじて弾丸は彼らの背後を抜けていく形になった。孤門の全身が覆い尽くされ、地面に激突する。
 弾丸は零のタックルよりもずっと凶悪だが、当たらなければ効力を発揮しない。
 これで本来ならば安心であるはずだった。



 しかし、見ればその弾道の先にいるのは、────蒼乃美希であった。

「ああっ!!」
「……!!」

 孤門、零、美希。三人の時間が止まる。

 孤門は、己がそこに留まっていれば良かったと思っただろう。

 零は、自分の不覚を呪っただろう。

 美希は、神にでも祈っただろうか。

 銃声が、運命を分ける。次の一瞬が全てを審判する。──はずであった。

「!!」

 美希の視界はブラックアウトしない。
 弾丸が体のどこかに当たったという事もなく、弾丸が辿り着く前にしては妙に時間がかかったような気がした。
 零も、疑問に思った。
 今、もしや弾丸など飛んでいなかったのではないか……零も、石堀の手の動きで判断していたが、弾丸らしき物は目で捉えていないし、銃声を耳で聞いていないのである。

「……妙に銃身が軽いと思えば……予め弾丸を抜いておいたのか。やるじゃないか、暁」

 脇目で起き上がろうとしていたシャンゼリオンを、石堀が一瞥した。
 石堀が危険だとわかっている時分、暁も一応、荷物の確認の際に石堀が確認を済ませた装備をこっそりスッて、弾丸を抜いておく対策は行ったのだ。コルト・パイソンもKar98kも、石堀の装備していた銃器の中身は全て空である。

283崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:01:48 ID:ezDSmj8g0
 探偵より泥棒に向いているのではないか、と思われるこの行動。
 もし、石堀の裏切りが勘違いだったならば、石堀の装備を軒並み利用不能にし、仲間を死に追いやるかもしれないこの行動。
 しかし、美希たちはそれに救われた。

 美希たちは、ほっと胸をなで下ろした。一度冷えた肝が急に温まったので、ふと石堀を注視するのを忘れてしまうほどだった。
 だが、やはりすぐに自分たちの置かれている状況を再認識して、石堀の方を辛い目線で見据える。そこには、もはや石堀とは到底思えない邪悪な気配に包まれた怪人が立っていた。彼は、コルト・パイソンを見放して、野に捨てている真っ最中である。
 彼はこの空の銃と同じく、目の前の仲間たちを不要と判断して、棄却し始めたのだ。

「……クソッ。あいつ、本当に俺たちを騙してたんだ。暁の言う事が正しかったんだ……。本気で殺す気だったみたいだぜ」
「石堀さん……そんな……嘘だ!」

 そう言いつつも、孤門は確かに自分を目掛けて発射された「見えない弾丸」の事を確かに、現実に起きた出来事の一つとして認識していたはずだ。
 あの弾丸が形を持っていれば、自分か美希かは、確実に死んでいたであろう。
 目線の先に、ぴったりと張り付いた銃口の映像。確実に目と目の間に食い込ませる算段だったはずだ。

 ……だが、あの石堀光彦が?
 張りつめたナイトレイダーの中でも、時折冗談を言って和ませるあの兄貴分の石堀が──平木詩織隊員と仲が良く、付き合っているのではないかと噂されていた、あの石堀光彦が、アンノウンハンド……?
 孤門にはいつまでも信じられない。

 嘘だ。
 斎田リコの仇……、あらゆる人々をビーストやダークウルトラマンを使って殺した諸悪の根源……それが、あの石堀光彦だったという事なのか。
 彼の中の純粋や情は、この場でいとも簡単に裏切られたのだ。斎田リコの時と似通った気持ちだった。

 孤門が絶望を抱えている時、誰よりも激昂する者がいた。

「アンノウンハンド……お前があかねさんを!!」

 ──響良牙である。
 良牙の中から探りだされる、ダークファウスト、そしてダークメフィストの記憶たち──。それは、良牙にとって最も苦い思い出だ。
 そこには、当然、天道あかねとの深い結びつきがあった。

 孤門に聞いた話によれば、孤門の世界においては、アンノウンハンドなる者がダークメフィストを生みだしたらしい。そして、これまでの暁の話を聞くと、黒岩によってあかねがファウストにさせられた可能性が高いようだが、黒岩が何故メフィストであったのかは明かされなかった。

 ……いや、どれだけ考えても明かされる由はなかったのである。
 以前、孤門や石堀に、「では何故黒岩がメフィストになったのか」とも訊いたが、その時の返答は二人とも口を揃えてこうだったからである。

『姫矢から憐や杏子に光が受け継がれるように、闇の巨人の力もまた受け継がれていくのかもしれない』

 溝呂木に闇を与えたらしきアンノウンハンドがこの会場内にいるとは限らないし、実際そうではないだろうと考えていたに違いない。ウルトラマンの力を与えた者がこの場にいないのと同じように……。
 孤門は石堀に、同僚としての一定の信頼感を持っていた為、同世界の人間がアンノウンハンドである可能性を突き詰めても、石堀をその対象から当然除外したのである。石堀が何度もビーストに襲われてピンチになった事も、ビーストを倒すのに貢献した事も孤門は全く忘れていない。

 しかし、ウルトラマンとダークウルトラマンは本質的にその構造が異なっていた。闇の力は一度、「持ち主」の手に返る。
 少なくとも、この場において、黒岩に闇を与えたのは、溝呂木眞也ではない。石堀光彦であった。認識そのものに、壁があったのである。今悔いたとしてもどうしようもない話であった。

「ゆるさんっ!!」

──Eternal!!──

 エターナルのガイダンスボイスが良牙の掌中で鳴り始めた。
 今の自分がエターナルメモリを持つ意味を、良牙はこの時、忘れかけていたかもしれない。
 しかし、誰も良牙に再び沸き起こった憎しみを止める事はできなかった。ここにいる誰も、その憎しみに共感せざるを得なかったからである。

284崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:02:11 ID:ezDSmj8g0

「変身!!」

 エターナルメモリが装填される。

──Eternal!!──

 白い外殻が響良牙の体を包み、その姿を仮面ライダーエターナルへと変身させる。
 青い炎が両手で燃え、黒いマントが背中に出現し、風に棚引く。
 これで何度目の変身になるだろう。
 前の装着者を含めれば相当数、このエターナルも変身された事になるだろうが、今また戦いの為に拳を固めるのであった。
 エターナルは、憎しみによる戦鬼のままなのだろうか。

「ふん……」

 それを見て、石堀は次の行動に移ろうとしていた。
 忘却の海レーテの、半ば美しいとさえ思える光景を背に、石堀は悪魔と成る事を決める。
 裏切りに躊躇などない。最初から、こう決めていたのだ。
 この良牙の憎しみに、石堀も作戦成功を核心していたようである。

「……さて、俺も変身させてもらいますか。最後のアクセルにね」

 石堀は、どこかからアクセルメモリを取りだした。先ほどは変身妨害をされたが、もう問題はあるまい。
 すぐに手を出せる者は周囲にはいない。仮に邪魔をされたとしても、この中で最強の敵を片手で跳ね返すのも難しい話ではないのである。

──Accel!!──

「じゃあ改めて……変、身」

 まるで叩きこまれるかのように、アクセルメモリはアクセルドライバーに装填される。
 メモリスロットとガイアメモリが結合し、化学反応を起こした。

──Accel!!──

 石堀の体を包み込んでいく仮面ライダーアクセルの装甲。
 赤い装甲がすぐさま石堀の全身を包んで、全く別の物へと変貌させた。
 しかし、それだけでは終わらなかった。

「────ガァァァァァァァッッッ……」

 自分の外見が、「人」でなくなると共に、石堀光彦は──ダークザギは、己の中の本能を引きだした。この姿では、雄叫びを抑える必要はない。何十年もの禁酒を終え、盛大に酒を煽った気分である。獣のような唸り声でアクセルが吠える。
 すると、アクセルの特徴ともいえる全身の派手な赤が、そして、その瞳の青が、すぐにはじけ飛んだ。まるで、己の体から色を追い出すかのように、石堀は、ダークザギとして吠えたのである。
 本来の色が逃げ去ると、そこには、アクセルではなく、石堀本来の色が再反転した。

「ウガァァァァァァァァァァァァァッッッ……!!!!!!!」

 ……まるで、地球の記憶そのものが、彼自身の圧倒的な魔力に圧倒されているとでもいうべきだろうか。
 その体は、──アクセルの赤でも、トアイアルの青でも、ブースターの黄色でもない。

「ウグァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!! ……」

 紫のような、黒のような、深い闇色に──機能を停止した信号機の装甲に変わっていた。ダークザギとしての彼の姿が、そのまま仮面ライダーアクセルの体色さえも捻じ曲げたのである。
 ……いや、仮面ライダースーパー1も、仮面ライダージョーカーも、この場にいるこの敵を仮面ライダーと呼びはしないだろう。
 もはや、その装着者自身があり余るエネルギーと咆哮で、仮面ライダーとしての元の性質を消し飛ばしてしまったのだ。

「黒い……アクセル……!」

 そう、強いて呼ぶならば、──ダークアクセルという名が相応しい。

 仮面ライダーアクセルの装甲が……戦友が変身した誇りの仮面ライダーの姿が凌辱されている。──見かねて、翔太郎が前に出た。

285崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:02:47 ID:ezDSmj8g0

「……石堀。信じたくねえが、あんたが……俺たちをずっと騙してたのか」
「ハッハッハッ……。さっきからそう言っているだろう? フィリップ・マーロウくん」

 煽るように、アクセル──いや、ダークアクセルが言った。
 その表情は伺い知ることができないが、きっと嗤っている。
 左翔太郎は、その姿を想像して奥歯を噛みしめた。

「……ッ!! じゃあ、あんたにその力を使う資格はねえ。アクセルは、誰かの事を守れる奴の──あの照井竜みたいな奴の為だけの物だ、返してもらうぜ!」

 ──Joker!!──

 こちらも、ガイアメモリの音声が響く。
 左翔太郎が左腕でロストドライバーを腹部に掲げた。彼の体にも、コネクションベルトリングが一周する。ジョーカーの記憶が翔太郎の前で呼応され、黒色の波を発する。
 その最中で、翔太郎はまるで勝利への核心を掴みとるように、体の前で右腕を握った。

「変身……!」

 ──Joker!!──

 翔太郎がそう掛け声を放つとともに、ジョーカーの記憶は翔太郎の体面上に仮面ライダーの鎧を構築していく。大気中に溶け込んだばらばらのピースが一つ一つ体の上で組み上げられていくように、翔太郎は仮面ライダージョーカーへと変身した。
 彼の「切札」の名に相応しい、翔太郎と驚異的なシンクロを示す運命のガイアメモリ。今また、翔太郎に力を貸している。
 翔太郎にも、最早この暫くのキャリアで、“ダブル”以上に馴染み深い姿だろう。

「仮面ライダー……ジョーカー!」

 その指先は、いつもの如く、罪を犯した敵に向けられる。
 そして、この時まで、潜む怪物の脅威を淡々と見過ごしていた自分の失態も胸に秘める。

「さあ、──お前の罪を数えろ!!」

 そのお決まりの言葉を投げてしまえば、後は体が勝手に動いた。
 倒すべき許されざる敵は目の前にいる。
 もはや、無我夢中に戦う術を磨いて敵を倒すのみであった。

「ハァッ!!」
「オォリャァッ!!」

 仮面ライダージョーカー、仮面ライダーエターナルの二人の仮面ライダーがダークアクセルの体に向けて、何発ものパンチを放つ。
 それぞれの全身全霊を握りこんだ拳がダークアクセルの胸で弾んだ。
 しかし、当のジョーカーとエターナルとしては、十五発も殴ったあたりで、一切、そこに手ごたえを感じない事に気が付く。敵の装甲から聞こえるのは、風邪を受け手窓が揺れたような音。それだけがこの場で何度も空しく響いたような気がした。

「くそっ……エターナル、コイツ……今まで出会った事がねえ強敵だぜ……!」

 ジョーカーは、この時、咄嗟に今まで感じた事のないような──ガイアメモリや血祭ドウコクをも超越する危険性に巡り合ったような気がした。
 本来、ガイアメモリの使用者は普通の人間の肉体を強化し、人ならざる能力を付与する。ドーパントや仮面ライダーは、そこからガイアメモリの力と人間自体の素養やメモリとの適合率とが掛け合わされて強化されるはずだが、今回の場合、使用する人間の素養ありきで、ガイアメモリは彼の能力を引き立てるオマケに過ぎなかった。
 仮に石堀とアクセルとの適合率が絶望的な数値を示したとしても、その不適合を上回る石堀本来の能力が、アクセルの能力を手玉に取ってしまう。
 まるで、メモリそのものの力を飲み込んでいるかのようである。

「知らん! 貴様が神様だろーが、悪魔だろーが、俺はコイツを倒す!」

──Unicorn Maximum Drvie!!──

 T2ユニコーンメモリをスロットに装填したエターナルは、次の瞬間に右腕に鋭角な竜巻を重ねた。竜巻は一角獣の角を形作っている。

286崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:03:08 ID:ezDSmj8g0
 エターナルの右拳は、握りしめられるだけの力を籠めて、アクセルの顔面目掛けて突き刺さる。一撃に全身全霊を込め、次の一撃にまた、全身から湧き出てくる憎しみのような精魂を込めた。
 三発ほどマキシマムドライブの力を帯びたまま突き刺すが、思った以上に手ごたえがない。マキシマムドライブのエネルギーが自然消滅する。
 ダークアクセルは憮然として立っていた。

「邪魔だ!」

 胸から紫と黒の波動が放たれる。それは、すぐにジョーカーとエターナルの体をダークアクセルの元から引き離した。圧倒的なエネルギーに、誰もが耐え切れずに屈む。風がばっと二人の体を飲み込み、激しく後方へと吹き飛ばした。
 ジョーカーとエターナルは、次の一瞬で地に落ちる。

「グァッ……!!」
「ヌァッ……!!」

 地面にバウンドした直後には、両名とも、すぐには起き上がれないだけのダメージが体を襲った。ドウコクやガドルにも匹敵する、……いや、あるいはそれ以上であるとジョーカーは思う。

(桁違いだ……!)

 エターナルも、それがかつて出会ったどんな敵にさえ敵わぬであろう強敵であると長い戦闘経験が察する。
 一撃のダメージとは到底思えない。シャンゼリオンも、あれで実質、ほぼ戦闘不能状態だというのか?

「そんな……あの二人が一撃で!!」

 孤門たちは固唾を飲んだ。
 アクセルの力がそこまで絶大だと感じた事は今までにない。
 せいぜい、ダブルと対等程度であって、エターナルが一撃で倒されるほどの仮面ライダーではないはずだ。しかし、石堀はアクセルを蹂躙し、使いこなしていた。
 己の戦闘力でメモリそのものの能力を上回る「補填」を行って。

「随分とおちょくってくれたな……」

 ダークアクセルを許せないと思うのは、何も善良なヒーローだけではなかった。
 血祭ドウコクと外道シンケンレッドが前に出る。彼らとしても、アクセルの側につく気は毛頭ない。主催陣を潰す目的を妨害する壁である、というのがドウコクのこの男への認識であった。
 他の連中ほど、ドウコクが石堀の謀反に驚愕する事がなかったのは、本能的にその性質が共通している事を悟っていたからなのだろうか。

「猛牛バズーカ!!」

 ジョーカーやエターナルが巻き込まれるかもしれない危険性など度外視して、外道シンケンレッドが猛牛バズーカを構えた。
 牛折神の力が砲身に集中する。それは、次の瞬間、ダークアクセルに向けて一気に放出された。
 次の瞬間には、莫大なエネルギーがダークアクセルに向けて叩きつけられるだろう。

「フン……」

 しかし、ダークアクセルはエンジンブレードを構え、その砲撃に込められた力を一刀両断する。真っ二つに叩ききられたエネルギーは、丁度ダークアクセルの両脇を通って、背後のレーテの海の中へ溶け込んでいった。

 驚くべきは、エンジンブレードにはガイアメモリを装填しておらず、ダークアクセルは自身の能力を併用して、それを弾き返したという事である。
 これが、ダークアクセルとあらゆる戦士たちの力の差であった。

「はあああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!」

 血祭ドウコクも、捨て駒の外道シンケンレッドの攻撃が通用しなかった事には目もくれず、すぐさま駆ける。彼はせいぜい十秒その場をもたせる囮程度に役立てるつもりだったのだろうが、十秒も間を持たせる事はできなかった。
 ドウコクの手には、昇龍抜山刀が握られていた。自分ならば互角に戦える自負があるのだろうか。その刀を構えて現れてから、ダークアクセルに肉薄するまで一秒とかからない。

「はぁッ!!」

287崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:03:29 ID:ezDSmj8g0

 昇龍抜山刀を構えたまま、ダークアクセルの脇を過るドウコク。
 しかし、その腕に、敵の体を抉った感覚はなかった。

「何!?」

 ドウコクが斬り抜けて真っ直ぐ伸びた己の腕に目をやる。
 既にそこに昇龍抜山刀の姿はなかった。握りしめていた感覚がいつ消えたのかはドウコクにさえわからない。
 咄嗟にドウコクが振り向く。

「──ッ!!」

 首を回すと同時に、左目に電流が走る。
 ──己が握りしめていたはずの愛刀は、そこにあった。
 しかし、その姿は今のドウコクの左目では見えない。
 昇龍抜山刀が突き刺さっていたのは、他でもないドウコクの左目なのだから。

「ぐああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!! てめええええええええええええええええェェェェェッッッッ!!!!!!!!!」

 ドウコクはもはや自分の目では見えない「それ」を感覚で引き抜いた。左目から膨大な何かが噴き出るような感覚。
 血も涙もない外道であるがゆえ、目から何かしらの液体が零れる事はなかったが、彼にも痛覚だけはある。噴き出ていったのは、左目の痛みなのだろうか。外からも内からも響く電流のような激しい痛みに、悲鳴は止まなかった。

「ガァァァァァァツッッッ!!!」

 ドウコクが放つ悲鳴は、周囲に振動する性質を持っている。
 彼は周囲の犠牲をやむなしと考え、その雄叫びで周囲全体を無差別に攻撃したのである。
 ドウコクを中心に、波紋状に広がる「声」の衝撃は、大気を揺らして周囲であらゆる破壊と障害を呼ぶ。科学の装甲に響いて中の装着者を傷つけ、改造人間の人体に向けて放たれれば機械の音波を乱す。
 敵味方問わず全員、ドウコクの悲鳴の餌食となった。

「くっ……!!」
「ぐあっ……!!」

 もはや、それは機械の暴走と言っても良い。
 外道シンケンレッドまでが、耳朶を抑えて体の節節に火花を散らせた。
 しかし、ドウコクが味方を巻き込んでまで放った一撃は、ダークアクセルの前方で発動した紫色のバリアが阻む。
 独眼のドウコクにそれは見えているのか、見えていないのかはわからない。

「くっ……変身!!」

 たまらず、沖一也こと仮面ライダースーパー1と涼邑零こと銀牙騎士ゼロがその身を変身させる。
 銀色のボディに火花を散らせながら、ドウコクの元へと飛びかかったスーパー1。魔戒の鎧で何とかドウコクの衝撃波を回避するゼロ。咄嗟に対応できたのは彼らだった。
 残念だが、今はダークアクセルよりもこちらの暴走を止めなければならない。

「何しやがるっ!!」
「こちらのセリフだ! 今の攻撃は敵に効いていない! 味方を巻き込むだけだ!」
「冷静になれ、ドウコク!」

 スーパー1とゼロの一喝がドウコクの耳を通したかはわからない。
 いや、おそらくは他人の言葉を聞けるほど、彼が冷静でいられる事はないだろう。
 これは好機と見たか、ダークアクセルはほくそ笑み、ドウコクに向けて煽るような一言を発した。

「おやおや……仲間割れか? いかし、そいつは賢明だな」

 獣のような力を解放した一方で、彼は愉快犯としての側面も消えてはいない。
 ドウコクこそがこの集団の綻びである。この場を宴にするには、このドウコクに揺さぶりをかけるのが最善だと彼も重々承知である。
 直後にダークアクセルが語りかけるのがドウコクであるのは必然であった。

「血祭ドウコク。俺の目的は、主催の打倒でも貴様を殺す事でもない。俺の本来の力を取り戻し、元の世界に帰る事だ。ここにいる人間が何人生き残ろうが構いやしない。──その場合、お前にとって、最も効率的な方法は何かな?」

288崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:03:51 ID:ezDSmj8g0
「何だとォッ…………!?」
「この俺を倒して主催陣に乗りこみ、勝利する……そんな希望の薄い展開に賭けるか。それとも、俺を無視して参加者を十人まで減らして、確実な帰還を得るか」

 彼は、やはりドウコクの性格を見抜いて煽っているのだ。スーパー1とゼロが、本能的に不味いと察する。最も痛い所を突かれている確信がある。

「賭けに巻ければ、残りの右目だけではなく命も失う事になるだろう。その左目は、“警告”だ。その様子では、二の目に変化しても、まだ及ばない。──この俺の本当の力は、こんな物じゃないんだぜ?」

 ダークアクセルがドウコクでさえ及ばない脅威であるのは、既にドウコクにもわかっている事実である。それに加え、更にその一段上を行く真の姿なるものがあるというのが本当だとすれば、最早勝機はゼロに等しいだろう。
 そして、ドウコクが最優先に生き残りを選択するのはもはや周知だ。

「バカな事を言うな! ドウコク、奴の言う事に耳を貸すんじゃない!」

 スーパー1が必死に止めようとしていた。説得の他に対処法はない。目の前の手練れだけでも対処が大変だというのに、このドウコクまでも敵に願えれば、こちらの勝率がどこまで引き下がるか。
 ドウコクは、幸い、僅かに悩んだ。

「フンッ────」

 そして、微かに悩んだ後、その右目が捉えた敵に、昇龍抜山刀を振るう事になった。
 真一文字、対象の肉を抉る。
 迷いはわずか一瞬であった。

「くっ……!」

 対象は、スーパー1である──。人工の胸筋が引き裂かれて、血しぶきのように火花が散り、血液のようにオイルが垂れる。銀色の体を伝って、それは地面に染みを作った。
 これはドウコクとしても、これは苦渋の決断であっただろう。相応にプライドを持つ大将としては、格差を理解して相手の意のままというのは、僅かでも心に来る物がある。

「悪いな。……コイツぁいけすかねえが、帰らなきゃならねえ理由がある」

 ──しかし、やはり生還こそが彼の目標である。
 ここは大人しく、石堀光彦に従うほかない。

「烈火大斬刀!」

 続くは、外道シンケンレッドであった。ドウコクと彼は一蓮托生である。主従の関係である以上は当然だ。
 彼も、ダークアクセルの前を横切り、ゼロを標的に大剣を構え向かう。

「一也さん! 零さん!」

 孤門が呼びかけた。

「来るな!」
「俺たちだけで十分だ!」

 ゼロは銀狼剣を構え、それを二本で交差させて大剣を防ぐ。三つの刃が一点で重なり合い、そこから火の粉が漏れた。
 辛うじて、剣豪と剣豪の戦いであった。刀に来る圧力を通して、相手の熱気も力も技量も伝わっている。見ているだけの者にはわからない、敵の強さへの脅威と信頼が刃を通して、感じられたようだった。

「やるね、あんた……これだけでわかる……」

 零が外道シンケンレッドの斬刀を防ぎながら、冷や汗を浮かべ苦笑した。
 戦士としては、相手にとって不足なしである。
 が、当然、これから先、生き延びねば対主催の勝機が奪われる立場としては、命を賭した戦いにそう喜んでもいられない。

「ドウコク……鼻から貴様に信頼が芽生えるなど期待してはいなかったが、己の威厳も失ったか! お前の目をやった者の言う事を聞くのか!」
「煩わしい口を利くんじゃねえ……癪だが、これが大将の務めって奴だ」

 スーパー1とドウコクが、構え、対峙した。
 願わくば、主催戦までこうした余計な衝突はしたくはなかったが、もはや仕方のない話かもしれない。四人は、そのまま互いを見合い、敵の出方を伺いながら、その場から少しずつ距離を取り始めた。
 スーパー1とゼロが、なるべく遠い場所に戦闘場所を変える事を願ったのだろう。
 四人は、スーパー1とゼロの扇動で森の奥へと消えていく。





289崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:04:18 ID:ezDSmj8g0



「……そんな」

 巴マミが落胆する。
 新しい戦いの前に、一つの地獄が待っていた事など、彼女たちはつい先ほどまで全く知る由もなかった。この戦いに対する覚悟は殆ど備わっていなかったのである。
 ゆえに、全く想定外に心を痛め、全く無意味に体力を擦り減らすこの争いに、飲み込みがたい恐怖と絶望を感じた。

「……」

 桃園ラブも同じように辛い事だろう。仮にも、同行者であった石堀の裏切りである。前に暁に警鐘を鳴らされていたとはいえ、信じたくはなかった。

「……二人に任せよう。こっちも、みんなで食い止めるよ」

 しかし、今は、あらかじめそれを飲み込む事ができた人間の一人として、勇敢に呼びかけた。
 ラブがそう言って向いたのは、蒼乃美希、花咲つぼみ、佐倉杏子、レイジングハート・エクセリオンら、女性陣の方である。自分たちよりも強かった男性たちの戦力で敵わない以上、勝てる見込みはないかもしれない。

 ……だが、だからといって、全く何もしないわけにはいかない。
 かつて、仲間の“石堀光彦”だったあの敵を、食い止めて先に進まなければならないのだ。
 主催の基地は目の前に迫っている。その前にあるトラップが、まさか味方だとは思ってもみなかったが──それでも、やるしかない。

「わかってるわ、ラブ」
「……私も、堪忍袋の緒が切れました!」
「私もだ。あいつ、気に入らねえ。絶対、私たちで倒すぞ!」
「……やりましょう。──私たちも、変身です!」

 女性陣は、それぞれの想いを公に出す事で、少し心を安らげた。それから、息を合わせて変身道具を掴んだ。
 真っ直ぐに敵を見据える。レーテが青黒い光を放つ前に、一層歪んだ黒が、まるで番人のようにこちらを静観していた。
 あれがとてつもなく強大な敵であるのは、その場にいる彼女らにとって一目瞭然であった。
 しかし、“あれ”を倒さなければ──。ダークアクセルは、そんな彼女たちを目の当りにしながら、変身を妨害する真似は一切しなかった。おそらく、捻じ伏せる自信と実力があるのだろう。
 彼女たちは、殆ど、同時に叫んだ。

「「チェインジ・プリキュア──ビィィィィィトアァァァァァップ!!!!」」
「プリキュア・オープンマイハート!!!!」

 彼女たちの恰好を、普段は着ないであろう豪奢な着衣が包んでいく。
 まさしく、その姿は全女子の憧れの綺麗で、“可愛い”容姿。
 魔法少女、の見本であった。

 あの極悪な敵は、彼女らが相手にするには、ある意味ではグロテスクな悪意に満ちていた。
 どんな手段を使おうとも敵を陥れ、「殺戮」という言葉こそが適切な嗜虐の限りを尽くす。そんな怪物──。
 それを承知で、それぞれは姿を変える。

「ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたてフレッシュ! キュアピーチ!」

 桃園ラブは、キュアピーチに。

「ブルーのハートは希望のしるし! つみたてフレッシュ! キュアベリー!」

 蒼乃美希は、キュアベリーに。

290崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:04:45 ID:ezDSmj8g0

「大地に咲く、一輪の花! キュアブロッサム!」

 花咲つぼみは、キュアブロッサムに。

 そして、佐倉杏子は、魔法少女に。
 レイジングハート・エクセリオンは、高町なのはの姿に。
 それぞれ、もう一人の自分になった。普段の彼女たちの比べて、僅かに成熟した大人っぽくもあった。

「いきますっ!」
「おう!」

 最初に戦場に飛び込んだのはキュアブロッサムと杏子であった。

「ロッソ・ファンタズマ!」

 たった二人で飛び込むと思わせながら、直後には杏子の姿は四人に分裂する。いきなり大盤振る舞いしなければならないような相手であった。一撃で倒れれば元も子もない。
 一時は封印した技であったが、これまで何度か使ったように、今は使用する事ができる。──それもまた、ここでの戦いの結果である。
 幻惑の力を前にしながらも、ダークアクセルは全く動じず、せいぜい、エンジンブレードを少し持ち上げて威圧する程度の動きで待ち構えた。

「「「「はあああああああっっ!!!」」」」

 次の瞬間、杏子たちはキュアブロッサムより疾く駆け、不規則なスピードで前に出ると、ダークアクセルを四方から囲むに至った。
 気づけば、長槍が四本、ダークアクセルの周囲を固めて身動きを取れなくしていた。ダークアクセルと杏子の距離は、その長槍の先端から杏子の右親指の先まで、五十センチもなかった。直後には、槍頭が突き刺さり、それより短くなっても全くおかしくはなかった。
 杏子にもその覚悟はあった。
 だが、相変わらずダークアクセルはそこで佇んでいる。

「フンッ……」

 ダークアクセルは、臆する事なく、エンジンブレードを頭上で振り上げた。
 頭の上で、まるで竜巻でも起こすかのようにエンジンブレードを回転させる。……いや、実際に、竜巻と見紛うだけのエネルギーが彼を中心に発生していた。
 ガイアメモリではなく、ダークザギの力を伴ったエンジンブレードが、彼の周囲を囲んでいた四つの長槍を切り裂いている。
 刃渡りは届いていないが、真空から鎌鼬を発して、長槍をばらばらに刻んでいるのだ。

「何ッ……!」

 杏子とて、驚いただろう。
 まるでイリュージョンだ。彼女の方が幻影に惑わされている心持だった。しかし、己の手で軽くなっていく槍身は、確かにそれが錯覚でない事を実感させている。
 槍身が軽くなるのを感じても、エンジンブレードの刃の先が槍を刻む衝撃は一切感じないというのだから恐ろしい。

「花よ輝け!! プリキュア・ピンクフォルテウェイブ!!」

 杏子が恐怖を抱いている間にも、上空から、キュアブロッサムがブロッサムタクトを構えて現る。彼女自身も恐怖はあるだろうが、押し殺していた。
 それは既に、己の必殺技の準備を整えた後だった。
 杏子が先だって戦いに向かったのは、ブロッサムが必殺技の準備をする程度の時間稼ぎにはなったらしい。
 バトンタッチだ。

(石堀さん……!)

 ──この殺し合いで、つぼみに最初に声をかけたのは石堀である。
 彼が、冗談の混じった一言でつぼみを安心させ、行動を共にしてくれた事は忘れない。
 まるで別人のように豹変している。
 あるいは、ラダムに突如寄生されたのか、あかねのようにあらゆる不幸が変えてしまったと推測されてもおかしくはない。
 しかし、だとするのなら、尚更。──プリキュアの力がここに要るだろう。

291崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:05:05 ID:ezDSmj8g0

「はあああああああああああああああああああああっっ!!!!」

 ブロッサムから放たれた花のエネルギーは、すぐにダークアクセルを上空から補足し、まるで叩きつけられるようにその周囲を囲った。
 巻き起こる愛の力は、恐ろしきダークザギさえも包み込む。
 石堀をどうにかしてあげたい、と。

 ──しかし。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーッッッッ!!!!!!」

 次の瞬間、雄叫びとともに、ダークアクセルの周囲に放たれた花のエネルギーが決壊する。
 愛は彼の憎悪に飲み込まれ、瞬く間に反転し、崩壊する。
 それが、彼女らが何気なく接していた石堀光彦の真実だった。
 彼の中の憎悪を誰かが弄る事はできないのかもしれない。少なくとも、プリキュアの力は彼にとって無力であった。

「……フンッ」

 ────彼の自意識は、最初から歪んでいる。

 ウルトラマンノアの代替として作られ、ビーストを倒す為の生命だった彼。
 しかし、悪である事が唯一、ノアに勝る為の武器であった。
 人質を取ればノアはザギに手を出さない。周囲の被害を考慮せずに戦えば、ノアは反撃ができない。──それがザギの強みである。
 彼にしてみれば、悪でなければ、生きている意味がないのだ。そして、その愉悦を知り、いつの間にやら彼の感情は全て、悪事への快楽に浸っていったのだ。

「そんな……っ!!」

 キュアブロッサムが、かつてないほど早くに必殺が破られた事に驚愕する。
 目の前の敵は一瞬の迷いもなく、誰かの愛を拒んだのだ。
 その中にある想いそのものを知りながら、受け取らず、憎悪で返した。
 それは、大道克己のような意地から来る物ではなく、石堀光彦本来の冷淡さによる物であるように感じられた。

 ──俺から、憎しみを奪うなッ!

 その時、キュアブロッサムは悟った。
 もしかすると……この人は、初めからそうなのだ、と。

「ハァッ!!」

 そんな現実を飲み込み切れないキュアブロッサムに向けて、何かが投げられた。
 何か──いや、そういう言い方は相応しくない。
 今、投げられていたのは、「人」である。
 キュアブロッサムが、今、ダークアクセルの手から放たれたのは「佐倉杏子」なのだと気づいたのは、頭と頭が激突したその瞬間だった。

「────!?」

 杏子の頭部が、キュアブロッサムの視界に近づいていく映像を、彼女が後に現実の出来事と思い出すのにどれだけかかるだろう。
 彼女の脳は、それだけ強い衝撃を受けて、既に一時、機能を停止したのだ。空中のある一点から、花火の煙のように落ちていった。
 杏子もキュアブロッサムと殆ど同時に、脳震盪を起こしたらしい。彼女に至っては、今、この時、“自分の頭が彼の左腕に掴まれ、空中のキュアブロッサムへと投擲され、僅かな間だけ空を飛んでいた”事など、全く理解できていなかったかもしれない。
 ダークアクセルは、この僅かな時間で二人も片づけていた。

「はあああああああああああああっっっ!!!!!」

 次なるダークアクセルの敵はキュアピーチだった。
 腰まである金髪が身体の速度に遅れる。目の前でキュアブロッサムや杏子が倒れた事は、決して彼女にとっても無視できない事象だろう。しかし、そこには既に助けが入っている。
 まるで、屍を踏み越えていくような後ろめたさが彼女の中にある。
 だから、彼女の叫びからは、やり場のない激しい怒りのニュアンスが聞いて取れただろう。目の前の敵以上に、己が辛い。
 キュアピーチは、今までのどんな戦いよりも強く拳を握りしめた。

292崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:05:27 ID:ezDSmj8g0

(大丈夫、一緒にいた時間は本物だった……)

 裏切りと聞くと、東せつなの事を思い出す。
 最初は敵が近づけた潜入者であり、一度は敵として戦った。
 しかし、それが決して幸せな事ではなかったから、こうしてラブとせつなは永遠の友達としてあり続けるのだ。
 それなら──。

(それなら────石堀さんだって、)

 ダークアクセルは、────石堀光彦は、その時に、ニヤリと嗤った。












「────────俺が待っていたのは、貴様だァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!!」

 この瞬間を待ちわびていた男の歓喜の雄叫び。ダークアクセルは、キュアピーチの拳を胸のあたりで受け止めた。まるで、それは引き寄せたかのようにさえ思える。──キュアピーチは、自分がネズミ取りにかかっている事に気づく事があっただろうか。

「────!?」

 ダークアクセルは、接近したキュアピーチの腕を乱暴に掴む。キュアピーチは、その時に手首の骨が軋むような強い痛みを感じた。
 しかし、それだけなら全く痛みの内に入らないくらいである。

「喰らえーーーーーーーッッッッ!!!!!!!」

 ダークアクセルは、キュアピーチの胸を目掛けて何かを叩きこんだ。
 ずっしりと重い一撃を想定したが、キュアピーチの胸には殴打は来なかった。
 それどころか、まるで痛みはなかった。──それは、まるで、指先を翳したという程度でしかない衝撃である。

「えっ……?」

 キュアピーチも、一瞬何が起きたのかわからなかった。
 ……殺されたわけではない。
 ……痛みを受けたわけでもない。
 だが、それよりもむしろ、気持ちの悪い感覚が全身をむず痒く走った。
 その違和感。

「何……」

 ピーチはその瞬間、何か自分の中が細工されたかのような感覚に陥った。
 感情が消えていくというか、自分が塗り替えられていくような……。
 自分とは違う何かが、自分の体を使って暴れるような……。
 それを感じるとともに、キュアピーチの意識は蕩けていく。

「ウッ……」

 突如、キュアピーチの体の中で、“何か”が這い回る。

「……!!」

 それは、一口に言えば、憎悪だった。憎悪が駆け巡っているのだ。
 ラブとて、それを一切感じた事がないわけではない。しかし、これほどの憎悪が全身を襲う事はこれまでなかった。
 胸元を見れば、その胸には飾った事もないようなブローチが飾られている。

「クックックッ……」

293崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:05:55 ID:ezDSmj8g0

 石堀光彦は、ある支給品を隠して所持していた。

 反転宝珠。──中国の女傑族に伝わる、怪しい呪具の一つである。ブローチの形をしているが、それを安易にドレスに着ければ、場合によっては悲劇を引き起こす可能性も否めない。
 この反転宝珠は、「正位置でつければ愛情は豊かになるが、逆位置で取り付ければ、愛情は憎悪へと転じる」という性質を持っている。
 当然、ダークアクセルはこの宝具を逆の位置に取りつけた。キュアピーチの中にあった、「愛情」は、その瞬間より、「憎悪」になったのだ。

 これまで愛していた物──それは、もう桃園ラブにとっては、世界中の全てだろう──が急に、全く逆転して、「憎悪」へと変じたのである。
 花も、木も、人も、世界も、何もかもがラブの中に不快を齎す。
 それは、即ち──。

「ピーチ……? ────」

 後ろから呼びかけるキュアベリーが、底知れぬ憎悪の対象となる事であり、これまでの仲間全てに対する憎しみが湧きあがるという事であった。
 キュアピーチは、キュアベリーの方を向く事になった。その顔を見るなり、その声を聞くなり、その脳裏に、脂ぎった怒りを覚え、拳はすぐに硬く握られる。

「人の名前を……気安く呼ぶな!」
「!」

 キュアピーチと目が合い、その言葉が聞こえた瞬間、キュアベリーの背筋が凍る。
 そこには、長き苦難と幸福とを分かち合った幼馴染が、いまだかつて見せた事のない冷たい目と言葉があったのだ。たとえ、二人の間に喧嘩が起きても、桃園ラブはこんな目はしなかったし、こんな言葉を口にする事もなかった。
 キュアベリーは、その姿を見て、蛇に睨まれた蛙の心境を、生まれて初めて故事の通りに理解した。
 次の瞬間、キュアピーチが自分を襲いに来るのが手に取るようにわかった。しかし、キュアベリーは動く事はおろか、声を出す事もできなかった。

「──はぁっ!!」

 キュアベリーの予想通りであった。
 しかし、キュアベリーは、落下したキュアブロッサムを抱えていて、正しい反応──即ち、キュアピーチの打点に己の両腕で防御壁を作る事──はできない。
 またもや自分の身に命の危険が迫っている。まるで図ったかのようである。

「……やめろっ、ラブちゃん!」

 体の痛みと疲労を押し殺して起き上がったシャンゼリオンが、キュアピーチとキュアベリーの間を阻む。
 キュアベリーの視界から、あのキュアピーチの姿が覆われて消えた。それが、彼女に一抹の安心を与え、体を動かす気力を与えたが、結果的には現状は変わらない。
 キュアピーチは、憎悪に蝕まれたのだ。

「邪魔だっ!!」

 シャンゼリオンの左肩のクリスタルにキュアピーチの拳が幾つも映り、大きくなると、やがて全て交わった。肩部クリスタルはその衝撃に、陶器のように儚く割れた。

「いてっ!」

 キュアピーチの拳もまた、相当の痛みが伝った事だろう。彼女も、今まではそれだけの勢いを乗せて人を殴った事はなかったはずだ。今の彼女は、たとえ拳の骨が砕け、血に染まったとしても、おそらくは憎しみに任せてシャンゼリオンやキュアベリーを殴るのをやめない。
 それだけの抑制できない憎悪があったのだ。その分量は、かつて愛情だった物と同じだけである。
 何が何でも守りたい、と感じてきた物は、全て、何が何でも破壊したい物、消し去りたい物になったのである。おそらくは、目の前に存在するだけで耐え難い物へと……。

「くそっ……まさか、これは……反転宝珠」

 シャンゼリオンは、即座に理解した。
 なるほど。暁もあの説明書を読んでいる。その道具を知っているのは、暁と、零と、ラブと、石堀だけだ。そして、唯一、理性を持ってこの場にいるのは暁だけである。
 石堀の荷物の中では、鉄砲玉を拝借するのが精一杯であった。暁もこの場に存在する大量の武器全てを暗記していたわけではないし、全ての荷物を奪うほどの時間と余裕はなかった。
 それに、この反転宝珠自体は対策の難しい武器ではないのである。
 暁──シャンゼリオンは、すぐさまその胸に手を伸ばす。……が。

294崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:06:14 ID:ezDSmj8g0

「触れるなっ!!」

 キュアピーチの腕は、シャンゼリオンの指先を再び殴打する。
 どっしりと重い衝撃は、シャンゼリオンの指先を逆側から押し込み、指の骨を折るような痛みを与えた。

「くっ──いってええ!!」

 右手の指を抑えて狼狽するシャンゼリオン。
 そこに、更に次なるキュアピーチの拳が叩きつけられる。胸を、腹を、顔を……打撃は、躊躇をその拳に包み込んでいなかった。シャンゼリオンが反撃できるだけの体制を整えられないまま──。キュアピーチから、止まらない連撃。
 暁は、自分が女子中学生を思った以上に嘗めていたらしい事を悟る。
 反撃もできないままに凄まじい速度で打力の雨を甘んじて受け続ける事は悔しいが、もはや反射的な防御体制が反撃の機会を消し潰している。
 全身のクリスタルに幾多の罅が生まれる。それは、暁の生身では血が噴き出すのと同義だ。
 自ずと意識が遠のきかけている。

「ピーチ!」

 そのキュアピーチの快進撃を止めようとするのは、幼馴染であるキュアベリーの仕事であった。抱きかかえていたキュアブロッサムをもう少し安全な草木の影に置いて、キュアピーチへと距離を縮める。
 残念だが、打開策が見つかるまではキュアピーチの体を傷つける必要があるようだ。目の前でキュアピーチの犠牲になろうとしている人がいる。
 勿論、幼少期から知る友人を仇にしなければならない現状は、到底割り切れる物ではない。内心では噛み殺しきれない感情もある。

 しかし──

「目を覚ましなさい!」

 キュアベリーの拳はキュアピーチの赤頬を狙う。
 そこが、今最もキュアベリーが崩したい一点であった。
 顔が命であるモデルの身としては、こうして女性の顔面を殴打しようとするのは、本来何かの躊躇が生まれるだろう。しかし、おそらくは、キュアベリーは今回ばかりは、ほとんど無意識に顔を狙っていた。躊躇は生まれなかった。
 ラブでありながら、ラブの人となりと相反するその瞳と唇が、憎かったのだ。

 だが、そんなキュアベリーの怒りを飲み込む事なく、キュアピーチはシャンゼリオンへの攻撃の手を止め、その一撃が激突する直前に腕をキュアベリーに向けた。

 ──次の瞬間であった。

 キュアベリーの拳に手ごたえが残るとともに、頬に衝撃を受けたのは。
 クロスカウンターパンチ。
 キュアピーチは、避ける事さえも忘れて、敵への憎しみに力を傾けたのである。

「──!?」

 キュアベリーにとっては、味わった事のない衝撃であった。
 十四年間、物心ついた時からの友人でありながら、その少女の拳を頬に受けた事はない。
 それがただの一喝ならば、諦めもついたという物だったが、今キュアベリーの奥歯を暖かくしているのは、憎悪に凍った拳である。柔らかなる頬を隔てて拳骨と奥歯とがぶつかり合う感触であった。
 自ずとキュアベリーの目頭も熱くなった。
 この瞬間、何かが壊れた気がした。──それはもはや、反射的に漏れていく物であった。涙と嗚咽が止まらなくなるのは、おそらくは拳の痛みのせいじゃない。

「美希ちゃん!」

 ショックに呆然とするキュアベリーの元に、孤門が駆けた。
 生身を晒してそこまで駆けだす事は、当然ながら危険行為である。しかし、咄嗟であったのでそれもまた仕方がない。
 孤門はキュアベリーの肩を抱くと、彼女の均衡を保たせるのに力を貸した。

「石堀さん……いや、アンノウンハンド! ラブちゃんに何をした!? まさか、溝呂木やリコにやったみたいに──」
「クックックッ……残念、ハズレだ。別に恐怖や絶望でファウストやメフィストにしたわけじゃない。逆に、その娘の愛情って奴を利用させてもらったのさ」
「愛情を……!?」

295崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:06:35 ID:ezDSmj8g0

 言うなり、孤門のところにも、キュアピーチが駆けだしてきた。
 詳しい事情を聞くよりも前に、孤門たちのところに危機が迫った。

「貴様ァッ……!!」

 頬が赤く腫れている。顔面を傷物にして、受けた左頬の上では涙が流れている。おそらく、痛みの分だけ自然と目に溜まったのだろう。
 どうやらキュアピーチの方は回復してしまったようだが、キュアベリーは身体的ダメージではなく、精神的ショックで戦意を喪失している。
 孤門がここから離れるわけにもいかない。
 キュアピーチの攻撃を生身で受ければ、まず孤門も危険な状態になるだろう──。キュアベリーの体を庇うように、孤門はその身を抱いた。次の瞬間に背中にぶつけられるのは、キュアピーチの殴打かもしれない。
 目を瞑り、衝撃に備える。あるいは、その衝撃が来た瞬間が死かもしれない。

 数秒。──キュアピーチの攻撃が押し寄せてもおかしくない時間が経過する。
 しかし、孤門に向けられたのは一人の少女の言葉であった。

「──おい、リーダー。大丈夫だぜ」

 そんな言葉が背中に聞こえて、孤門は後ろを振り向く。
 孤門の前にある一人の魔法少女が立っていた。先ほど、ダークアクセルの一撃を前に倒れたはずの佐倉杏子であった。孤門とキュアベリーにはその背面しか見えなかったが、実際は額が赤色で覆い尽くされるほどに、頭部に受けたダメージが大きい。魔法少女であった事が、早く目を覚ませた理由だろう。
 通常ならどれほど気を失っていても全くおかしくはないほどである。

「杏子ちゃん!」
「美希を連れてちょっと退がってろ。ラブの一番の狙いは美希だ!」

 杏子の一言に頷いて、孤門はキュアベリーを運ぶ。
 彼女が今受けたショックの大きさは、孤門と石堀の関係が崩壊した事の比ではないだろう。
 それを聞くと、杏子は少し安心した様子だった。そして、目の前の敵の方を見つめた。

「ったく、……あんたにゃ似合わないからやめろよな。女子中学生は女子中学生らしい口の利き方ってモンがあるだろ」

 悪態をつくように言いながら、槍を片手で弄んだ。バトンのように回し、キュアピーチと孤門たちとの間に壁を作り上げる。まるで円形の巨大な盾を構えているようだった。
 槍は先ほど全て切り落とされたが、これらは魔法で自在に出現させる事ができる代物であった。

「ゴタゴタ抜かすな!」

 その盾に向けてキュアピーチの拳が激突する。
 槍の回転が自然に止まる。キュアピーチの拳が叩きつけたのは、丁度槍の柄の部分であった。回転に巻き込まれないように、そこを見計らったのだろう。
 杏子も、その槍一本を立派な盾として成立させようと、己が槍を握る手に力を込めた。

「はっはっはっはっはっ!! 俺は悪役も似合っていると思うぜ、“桃園さん”」

 ダークアクセルの高笑いが響いた。朗らかな言葉に見えるが、この惨事を楽しむ悪魔の笑いである。誰もその声に共感する事はできなかった。
 ただ、全員が冷やかに彼の方を見た。

「石堀光彦、お前もだッッ!!」

 それから、キュアピーチは、ダークアクセルにも、物凄い形相でそう叫んだ。
 喉が枯れんばかりの怒号。声がこの数回の発声で掠れ始めている。──これが元の愛情が転換した分だというのならば、相当であろう。
 ダークアクセルにとっては、意外な言葉だったので、少し呆然としているようだった。
 しかし、またもその意味を理解して、すぐにその言葉を笑いの種に変えてしまう。

「────ハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!! こいつは更に傑作だ。この娘の愛情っていう奴は、敵であるこの俺にも向いていたらしい。恨まれる事を心苦しく思うよ」

 そこにいる多くの人間の神経を逆なでするような意味があったのは間違いないであろう。
 空中で待機していた者が怒りを噛み殺しきれなかった。

296崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:06:58 ID:ezDSmj8g0

「……くっ」

 レイジングハート・エクセリオンである。
 高町なのはの姿に変身した彼女は、その黄金の砲身をダークアクセルに傾けている。
 空中で待機し、攻撃のタイミングを計っていたが、それを計算して飛び出るよりも早く、体が動いてしまう瞬間が来てしまった。

「ディバイン……────バスター!!!!」

 ダークアクセルが宙に目をやった時には、轟音と共に桃色の砲火がその身を包んでいた。
 炎のように熱く、雷のように痺れる一撃──。
 しかし、その一撃を放った者もまた、石堀光彦だった物に対してその砲火を浴びせる事に、耐え難い心苦しさを覚えながら──。

 辛うじて、そのレイジングハートの勇気ある行動は、おそらくここにいる全員の怒りが爆発する引き金になったであろう。
 倒れていたジョーカーとエターナルが雄叫びをあげながら立ち上がったのはほとんど同時だった。







 仮面ライダースーパー1はドウコクの振るう剣を紙一重で躱し続けていた。
 精神統一がまた、拳法家としての彼の特技の一つである。玄海老師がそうであったように、このスーパー1もまた刃の剣速や角度から、咄嗟にそのタイミングを読む事ができる。
 ただ、それはやはり相応の集中力と体力を必要とする物であり、相手によってはそんなやり方よりも攻撃を受けてしまった方が都合の良い事があった。今の相手──血祭ドウコクは全く違う。一撃が命取りになりうる相手である。
 この時行うべくは、自分の身を守りながら時間を稼ぐ事であった。
 ともかく今は、攻撃を行い、自らをリスクに晒す必要はない。この時までスーパー1は一撃も相手に拳を振るっていなかった。

「ちょこまかとッ!」

 ドウコクが業を煮やして、太い声で叫んだ。
 相手の攻撃のタイミングも怒りによって、読みづらくなっている。これまでの刃は、もう少し的確に殺しに来ていた分読みやすいが、今は致命傷にさえならない箇所を狙っているようだ。
 何にせよ、それはそれで対話の機会でもあった。
 相手の口が開いたのならば、こちらも口を開いて答えるのみだ。

「ドウコク! この戦いが全くの無駄だと、何故わからない!」
「……チッ! うるせえっ!!」

 逆に相手を刺激したのか、ドウコクは強く刃を振るう。頭をかち割ろうと、縦一文字に狙っていた。
 しかし、パワーハンドにチェンジされたスーパー1の腕が盾となる。──おそらく、左目を失ったドウコクには、その姿が見えなかったのだろう、剣の行く先を固い何かに阻まれて一瞬動揺したようだった。
 名刀の刃をも通さないのがこのパワーハンドという名の鋼の装甲であった。金属と金属が互いの行く道を塞ぎあい、鈍い音と僅かな振動だけがそこに残った。

「お前は外道衆の総大将だ! その誇りがあるはずだろう!」

 刃が無くなれば言論をぶつける。

「……誇りを持てるのも命あってこそだろォがッ!!」
「ならば、アンノウンハンド、石堀光彦を共に討ち、共に帰ればいい!」

 ドウコクの眉が動いたように感じた。
 これはドウコク自身が捨てた選択肢の一つだ。しかし、この選択肢が不可能だと考えたから、代替として参加者を殺害して生存するという行動方針を選んだのである。
 スーパー1の言葉は魅力的だが、残念ながらスーパー1にもドウコクにも……あそこにいる全員にも、アンノウンハンド打倒に見合う実力はないのである。そう計算された事は、頭の良い沖一也にはわからないはずもない。
 合理的なのは、残り人数を十名まで減らすというルールに則る事である。

「それができねえから今てめえを殺ろうとしているんだろ……!!」
「……目の前の敵に怯え、刃を仲間に向けるような者に生き続ける資格はない!」

297崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:07:19 ID:ezDSmj8g0

 その時、スーパー1のパワーハンドは、今もドウコクの腕力が支配しているはずの昇龍抜山刀を揺るがした。思わずドウコクも肝を冷やした。
 ──スーパー1の力がドウコクにも勝っているというのだろうか。
 ドウコクは、それを何の気なしに食い止めようとしたが、最早ドウコクの力ではスーパー1の力の上を行く事はできなかった。

「あの程度の困難に立ち向かっていく魂がなければ、貴様ら外道衆は間もなく、自分たちを超える存在に蹂躙され、やがて滅びゆくだろう……!!」

 すぐにスーパー1の力は全ての力をパワーハンドに集中させる。人工筋肉を膨らませ、指先に送る力も強くなっていく。やがて、それがピークに達する前、昇龍抜山刀を弾き返した。
 ドウコクも目を疑った。
 金属が飛びあがる虚しい音が空に響いた。

 そこから少しの無音の中で、スーパー1はドウコクにこんな言葉を残す。

「外道衆だけではない。お前たちの世界の人間たちは、これまで幾つもの困難に出会ってきた。その度に、人間は知恵と力と勇気で立ち向かっていったんだ……!」

 刀が地に落ち、その言葉がドウコクの耳に入ったその時、ドウコクは目の前の敵に力負けしたのである。しかし、ドウコク自身、それを敗北とは捉えず、ただ驚愕していた。
 今、ドウコクは決して手を抜いてはいなかった。普段通り、自然に出し切れる力を尽くしたのみである。腕も刃も、確実にスーパー1を殺そうと突き動かしていたはずだった。
 それが弾かれた。

「……チッ」

 ドウコクは振り向き、ゴミのように地に転がる己の愛刀を見つめた。
 あの刀には偽りないドウコクの実力を込めたはずである。
 スーパー1はその力を上回ったのだ。
 それをドウコクは悟り、“敗北”は認めず、あくまでこの時、“納得”を示した。
 スーパー1の言葉に。彼の魂に。

「それが、てめぇら人間が俺たちの支配を逃れ、何千年も生き続けた理由だってのか……!」

 無論、この時のスーパー1の実力にそれを悟ったのではなかった。
 これまでのシンケンジャーとの戦いや、今日一日の姫矢や一也たちの姿が、ドウコクにある違和感を持たせていたのだろう。彼ら人間は、ドウコクたち以上に命を大事にしない。しかし、何千年を彼らは生き続け、今も数を増やし続けている。
 人間の世界を外道衆の世界に変える事は、いくら時間をかけても叶わなかった。
 世界の端っこにいる数百人、数千人を殺しつくす事が出来ても、世界全土を征服する事は、これまでできなかったのである。人間たちは、自分たちと釣り合わぬ実力の外道衆に何度も立ち向かい続けた。

「人類を嘗めるな、ドウコク。お前に助言するわけではないが、あの程度の敵は俺たち人間が何度も立ち向かい、倒してきた相手だ」
「あの程度の相手に敵わねえなら俺たちに人間を滅ぼすのは不可能って事を言いてえのか?」
「その通りだ」

 スーパー1は、ドウコクが思う以上にあっさりとそう言った。
 彼らの言う事は、妙に説得力があった。

「……」

 ドウコクは長年異世界で眠っていたので、その全てを知っているわけではないが、外道衆よりも以前に幾つもの悪の組織や帝国が存在し、シンケンジャーの他にもあらゆる五色の戦士が活躍していたのである。
 炎神戦隊ゴーオンジャー、護星戦隊ゴセイジャー、仮面ライダークウガ、仮面ライダーディケイド、仮面ライダーディエンド──それらは、ドウコクの仲間が接触したとされる、シンケンジャー以外の強敵である。

「チッ」

 それから、目の前にいるスーパー1だ。並のアヤカシでは返り討ちに遭うであろう相手だと確かに認識している。モヂカラを使う様子もなく、これだけやってのけている彼である。
 それだけの相手が、シンケンジャーたちのいる人間界にも存在するというのだろうか──。
 存在する確率は、極めて高いように思われた。それらを認めたうえで人間界を三途の川で溢れさせるのにどれだけ時間がかかるか。

298崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:07:38 ID:ezDSmj8g0

「……確かにな」

 ドウコクは、妥協せざるを得なかった。
 現データから考えて、生還後も人間界の邪魔者──脅威は去らない。
 しかし、石堀までも破るような脅威が待っているというのなら、ここで退いてしまうわけにはいかない。ここでの敗走は問題の先送りにしかならないようである。

 どうやら、ドウコク自身の「生きて元の世界に帰る」という目的も、一歩先を欠かした考えであったらしい。
 石堀光彦、それから脂目マンプク。──彼らをひとまずは倒しておかねば、元の世界に帰る価値さえないという。

「……仕方がねえ。確かに、てめえらのしぶとさは……俺たち以上だ」
「しぶとさ、か。その尺度ならば、お前たち悪の組織や侵略者も十分に俺たちと渡り合えるさ」

 細やかな皮肉を込めてそう言うスーパー1であった。
 彼は、己の世界の幾つもの悪の組織の存在が全て繋がっていた事を忘れない。
 いくら潰しても、新たに何度も立て直されるしぶとさを持つのが悪の組織という物だ。

 その側面では、ある意味、「敵」を評価しているのだ。それが曲がった物であれ、命や意思は全て、相応のしぶとさを持っているのかもしれないと、スーパー1は思っていたのかもしれない。
 ドウコクたちも人間同様、踏ん張りの有効な存在であると考えられる。

「──いつかは裏切るつもりだったが、まさかこの俺がてめえらの船に最後まで乗りかかる事になるとはな」

 これにて、ドウコクが完全に、命と誇りの重量を逆転させたようだ。
 計算上、ダークアクセルに勝利できる見込みはゼロに等しかったが、その計算も最早、今のドウコクは念頭に置くべきではないらしい。

 これは一つの壁だ。
 到底乗り越えられる高さではないが、それを上るのを躊躇すれば、別のもっと高い壁がドウコクの周囲を囲んでしまう。その事実に気づいた時、命を賭して駒を進める選択肢を選ぶしかなくなっていた。

 己の刃に目をやる。
 あれだけやりあって、大きな刃こぼれはない。まだ快調に殺し合える。

「ドウコク、これだけは忘れないでくれ。帰った後は敵だとしても、今の俺たちは仲間だ」

 ドウコクは頷きもせず、スーパー1の前を歩いた。
 まあ、この怪人には立場上、答える事はできまいと思う。──スーパー1は、彼の返答が拒否でないならば、肯定と考えるつもりだ。







 涼邑零は、外道シンケンレッドが振るうシンケンマルを、己の魔戒剣を盾に防いでいた。常人が聞いたら耳を塞ぐようなこの金属音も、零には最早慣れ親しんだ音であった。
 剣士だけがそれを理解できる。この刃の音が、鍛錬の最中で心地よい子守唄になるような……そんな人生を送って来たのだから。
 轟音や金属音には、最早ここで生き残っている人間全てが慣れた頃合いかもしれないが、それ以上に、彼らはそれを受容していた。
 おそらく、目の前の外道シンケンレッドもそれを五感で感じている事だろう。
 目が敵を映し、耳に剣音が響き、肌に剣の重さが圧し掛かり、血の匂いを覚え、緊迫の息と唾液を味わい続ける。

「……本当、あんたもよくやるよ」

 零は双剣を逆手で構えながら、肩を上下させていた。
 目の前の敵への警戒心がまだ解けない。この眼前の敵は厳密に言えば、剣だけを武器に使う敵ではないのがわかっているからだ。先ほど見たように、彼には猛牛バズーカという飛び道具がある。あれに対して警戒心が働かないわけがない。
 あれを見切るか、受けるかすれば、あとは零自身が何とか躱しきれる範囲内の攻撃しか仕掛けてこないようだ。
 零は、生身でも辛うじてドウコクほどの相手を躱し、いなし、防ぐくらいは出来る戦士だ。生き延びる魔戒騎士の最低条件であるといえよう。

299崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:07:54 ID:ezDSmj8g0

「……」

 外道シンケンレッドの体力は無尽蔵なのかもしれない。
 息切れらしい音声がマスク越しに耳に入る事もなかった。

「口数が少ないな、人見知りか? ……まるでどこかの誰かだなッ!」
『そいつは鋼牙の事か? あいつはもうちょっとマシだぜ、まだ可愛げがある』
「わかってるよ!」

 一方、軽口を飛ばしながらも、零の集中力も研ぎ澄まされている。
 零の今の言葉にも隙がない事を外道シンケンレッドは本能的に理解していた。
 接近するどころか、間合いを取ったようである。零の実力から考えても、考えがありそうな事を見越しているだろう。

「……なあ、あんたの正体は、志葉丈瑠とかいう侍だったよな」

 外道は答えない。
 ただ、じりじりと相手を見つめているだけだった。
 しかし、そうして零を見つめるだけの視覚が存在しているのが、零が言葉をかけた理由であった。
 騎士と侍。いずれも、刀剣を操り、魔を葬って来た存在である。──そこで発達された五感は、その人間の全てに染みついている。たとえ、魂がないとしてもである。
 眼前の相手が物言わぬロボットであろうとも、零は何かを訴えたかもしれない。

「みんながくれた情報の通りなら、かつては、外道衆と戦い、人を守った侍だったはずだ! そんなあんたが、何故、闇に堕ちた……!」

 強すぎる力を渇望したのか。
 愛する者を守るためだったのか。
 愛する者の仇を討つためだったのか。
 考えられる限りで三つだったが、第四、第五、第六の選択肢がいくらでもあるだろう。
 目の前の侍の答えはなかった。

「……」

 強いて言うなら、零の考えたそのいずれでもなかった。
 何かを斬り続けた者の本能か、それとも、影武者という己の宿命からの逃避か。それは結局のところ、わからない。
 志葉丈瑠は、葛藤の果てに同行者を裏切った。
 その時から、彼は侍ではなく、外道になったのである。ゆえに、彼は三途の川に生ける外道衆の一人に相成った。──本来の意思は志葉丈瑠の体ごと消滅したが、ここにもう一人の影が誕生したのである。
 影の影、はぐれ外道の中のはぐれ外道──外道シンケンレッドとはそういう存在だった。

『無駄だ、零。こいつにもう魂はない。あの鎧と同じだ』
「──違う。こいつは──。お前は、悲劇を断ち切る侍じゃないのか!?」

 ザルバの制止を振り切って、零が問う。

 ────否。

 外道シンケンレッドは、その瞬間に、その一文字が脳裏を掠めるのを感じた。
 それと同時に、自ずと抜刀した。シンケンマルを片手で掴み、零に向けてその身を駆けた。
 疾風怒涛のスピードで、外道シンケンレッドの抜いた刀は零に迫る。ディスクが装填され、回転する。

「──烈火大斬刀!」

 今の己は、血祭ドウコクに付き従う者として存在する。ドウコクの命令下にある限り、外道シンケンレッドは零を目標にするのをやめない。
 それは、ほとんど機械的に計算された解答だった。

「ハァッ!」

 零が高く飛びあがり、烈火大斬刀が凪ぐ真上でそれを躱した。
 烈火大斬刀から振るわれる空気圧が零の衣服をふわりと膨らませる。僅かなジャンプで十分だった。相手の攻撃が穿つギリギリを予測している。
 そこから、また、烈火大斬刀の上に着地する。零はそこから外道シンケンレッドに向けて駆けだす。
 外道シンケンレッドが刀を激しく傾けると、零はバランスを崩して地に落ちる。
 しかし、そこでも上手に受け身を取って、零は体制を建て直し、刀を構えて外道シンケンレッドに肉薄した。

300崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:08:12 ID:ezDSmj8g0

「お前が本当に侍だったのなら、今もその魂が何処かに眠っているはずだ!」

 ────否。

「たとえ闇に堕ちたとしても、再び光に返り咲く権利はある。これから奪われるかもしれない命の為にも、共に戦ってくれ!」

 ────否。

「……シンケンレッド、志葉丈瑠!!」

 ────否!

 聴覚が捉えた雑音の意味を理解し、その言葉への反応が脳裏を掠めていく。
 それは、志葉丈瑠としての意思の残滓か、それとも、外道シンケンレッド自身の言葉なのかはわからない。
 しかし、確かに今、彼の中に、強い拒否反応が示されていた。

「猛牛バズーカ!!」

 零の距離は、今、殆ど息もかかるような場所である。
 そこで、外道シンケンレッドはどこからともなくその巨大な砲身を取りだした。
 雑音を送り込む本体を破壊する為に──。
 猛牛バズーカの口が、零を向いている。

「くそっ!」

 エネルギーを充填する僅かな時間に、零は少し後方に退く。
 あの引き金を引かれた瞬間、もしかすれば零の体に衝撃が走るかもしれない。
 外道シンケンレッドは、あのバズーカを片手で拳銃のように撃つ事ができる手合いだ。
 タイミングを見なければならない。

 零の中に緊張が走った。

「ハァッ!!」

 バズーカがモヂカラの弾丸を放射する。





301崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:08:39 ID:ezDSmj8g0



 ディバインバスターの爆風の中から、ダークアクセルが無傷で顔を覗かせる所までは、全員読んでいた。感情的になりつつも、心のどこかでは相手にどこか余裕を持てない所があるのだった。
 飛びかかるには躊躇が要る──。
 ダークアクセルの一撃の手ごたえを忘れていない。あの時の恐怖も、脳裏を掠めた絶望の未来も、確かに今再現されている。
 だが、選択肢はない。逃げかえる事はできない。立ち上がったからには、戦う。

「──いくぞ!」

 最初に飛びかかるのは、エターナルであった。
 鉄砲玉の役割を、常に他の相手に任せてしまう事をジョーカーは申し訳なく思う。
 しかし、彼らが前に出てくれる分、ジョーカーは後ろから補助で彼らを守る事ができる。

──Eternal Maximum Drive!!──

 青白い螺旋の輝きとともに、エターナルの右足がアクセルに激突する。
 本来ならば、T2以外のガイアメモリを全停止させる能力がある。それに準じる設定ならば相手はアクセルの装着を解除して石堀を丸腰にする事ができただろう。
 しかし、ここに来て厄介なのは「制限」の働きである。例によって、この時も、ダブルやアクセルのガイアメモリが停止される事はなかった。アクセルが照井竜、エターナルが大道克己の所有物であった頃ならば心強かったかもしれないが、アクセルが敵で、エターナルが味方という状況に反転してからは、この能力を呪いたくなる。

「ハァッ!!」

──Metal Maximum Drive!!──

 右腕を硬質化させたエターナルは、ダークアクセルの胸を何度も殴る。
 鈍い音が何度も響くが、手ごたえなしである。
 アクセルにどれだけ適合したとしても、アクセル本来の能力ではここまでの硬質化は望めないだろう。これは通常ではありえない事であった。
 中の石堀光彦こそが、人間ではないのだ。

「獅子咆哮弾、大接噴射ッッッ!!!!」

 殴った腕から、一気にエネルギーを放出する。
 良牙にも強い負荷が掛かった事だろう。獅子咆哮弾を腕と胸板が接触した状態で放つという荒業であった。だが、その荒業は成功したらしく、獅子咆哮弾の負のエネルギーが、ダークアクセルを飲み込んでいった。
 一瞬で、体を覆い尽くすそのエネルギーである。

「絶望は俺の力だ……俺に餌をくれるのか、音痴の響良牙くん」
「フン……そんなつもりはねえ。そして、俺は音痴じゃねえ……方向音痴だ!」

 膨大なエネルギーは、ダークアクセルの体にダメージを与えるのではなく、そのまま天空に向けて舞い上がった。ダークアクセルの体へと攻撃を向けたのはフェイクだったのだ。
 ダークアクセルは、思わず大量のマイナスエネルギーが舞う空を見上げた。
 そこには、まるで巨竜のようにこちらを見下ろしている気の柱がある。

「……なるほど、こちらが狙いか」

 そして──。

「……そう、完成型だッッ!!!」

 完成型・獅子咆哮弾である。
 天空に舞い上がった重い気は、一本の柱となった。
 そこに蓄積されたエネルギーが、一気に落下せしめるのがこの獅子咆哮弾の完成型だ。
 ダークアクセルは憮然とする。それが、自分にとってどんな一撃か確かめてみる価値があると思ったのだろう。

302崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:09:03 ID:ezDSmj8g0

「────」

 エターナルこと良牙は、それを遂行する為、溜めていた気を落とす。
 本来ならば、それと同時に、全身から怒りや憎悪を全て除きとるのだ。ここで気を抜くのに失敗すれば、自分さえも巻き添えにしかねないのがこの獅子咆哮弾の完成型である。
 ──とはいえ、おそらくはこの目の前の敵への憎しみは除外できない。

(あかねさん……)

 早乙女乱馬は、ダグバとの戦いで、その点において大失敗を犯したのであった。己の感情をコントロールしきれずに自爆するのはやむを得ない事かもしれない。彼はまだ少年だった。
 そして、良牙もまた少年であった。良牙は、あかねを死に追いやった目の前の敵を相手に、──しかもこの距離で──気を抜く事など不可能であった。
 己の感情がそう簡単に意の物にできない矛盾を理解している。

 ────しかし。

 今の状況には、乱馬と良牙とで決定的な違いがある。
 それは、あらゆる攻撃や事象を全て無効化できる「エターナルローブ」の有無である。乱馬にはこれが無く、また生身であった。良牙のアドバンテージとなるのは、この変身能力の活用であった。
 エターナルの装備の一つ一つを活用すれば、それが良牙自身の感情面での不覚を補える。
 エターナルは、己の真上から降りくる負の感情のスコールを、未然に防ぐべく、その全身にエターナルローブを纏った。

「────」

 そして、────気を、落とす。
 この場に出ている全ての気は、響良牙から発された物であり、彼の意のままである。

「喰らえッッ!!!!」

 振りくる獅子咆哮弾の中で、一瞬だけの強気を甦らせ、そう叫んだ。
 空まで登っていた獅子咆哮弾の気柱が、一斉に地上目掛けて落ちていった。塞き止めた滝の水が一斉に降りかかると言えばわかりやすいだろうか──そんな音がした。
 おそらく、この一撃と同時にエターナルは、持っている殆どの気力を使い果たし、気の抜けた男になるだろう。
 だが、ここで確実に一打を与える。この状況は、いうなれば百対ゼロの逆境に立たされているようなものであるが、それでも塁を踏むのに全力を尽くすくらいでなければもはや勝利はありえないのだ。

「くっ」

 目の前のダークアクセルも、余裕のない様子であった。

「この量なら飲み込みきれねえだろ……そんくらい、てめえは誰かに恨まれるような事をしてるんだよッ!!」

 その言葉とともに、濁流が完全にダークアクセルを捕えた。
 気は一斉に地面へと叩きこまれ、ダークアクセルとエターナルに圧し掛かり、凄まじい轟音とともに地面を抉った。その振動は、その数百メートル四方を全て大きく揺るがすほどであった。
 エターナルが、殆ど万全といっていいほどの微弱なダメージであった事が幸いしたのだろう。この威力の完成型獅子咆哮弾を放てたのは、最後に回復をしてくれた美樹さやかのおかげでもあった。

「こいつでまず一撃だ!」

 エターナルは、エターナルローブの恩恵もあり、地に両足をつけたままそれを受ける。ノーダメージである。これほど頑丈な傘はこの世にあるまい。
 一方のダークアクセルは、その攻撃には平伏し、地面に倒れこんでいた。その姿だけ見て思わず喜びさえ覚えたが、これが決定的とはいかない。
 ここに来て初めて手ごたえを感じたが、それだけである。始まりに過ぎない。

 それに……致命傷とも行かないようだ。

 すぐにダークアクセルは、重い腰を上げるようにして、エターナルの方を向いた。
 ダークアクセルは、嗤った。

303崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:09:28 ID:ezDSmj8g0







 孤門は木陰から、杏子たちの戦いを覗いていた。
 波動が重力に叩き落とされるのを間近で見ても、杏子は構わずにキュアピーチの攻撃をいなし続けている。よく意に介さずいられる物だと思う。
 敵方の拳がこちらに向かってくる瞬間に、槍を突きだし、拳を真横から叩く。それによってキュアピーチの腕が固定され、拳が己の体に到達するのを防ぐ。
 安易にその体を串刺すわけにもいかず、満足なダメージも与えられないまま、防戦一方、自分の体を守らなければならないというのだから、殆ど泥試合である。
 両者の力は拮抗しているか、或はキュアピーチが勝っているという所だろう。時間がかかれば危険である。こちらから支援すべきだろうか。
 孤門は、パペティアーメモリとアイスエイジメモリを見つめた。いざという時はこれを使うしかなさそうである。

「……孤門さん」

 戦意を喪失していたキュアベリーが、ふと孤門に声をかけた。
 いつの間にやら、誰かに声をかけるだけの気力を取り戻していたらしい。
 しかし、それも空元気かもしれないと孤門は思った。
 キュアベリーの顔には、仄かな絶望の色が灯っていた。慰めの言葉をどうかければいいのか、孤門にはわからない。

 そんな時、誰かが二人に声をかけた。

「ねえ、二人とも……聞いて。まだ、こちらにも勝機はあるわ」

 そう言って横から現れたのは、巴マミであった。
 その隣には花咲つぼみがいる。マミが介抱して意識を取り戻させたのだろう。つぼみの頭部の出血を止める為に、早速、先ほど良牙から預かったバンダナが額を一周している。つぼみの性格を考えると、折角の貰い物を血に汚してしまう事を申し訳なく思っているだろうか。しかし、その場にある物で最も手頃に頭の出血を止められるのはそれだけだった。
 マミは、続けた。

「……私や美樹さんを助けた時のように、今度はキュアピーチに声を届かせるのよ。彼女になら絶対届くはずだわ」
「──それには、私たちがプリキュアの力を尽くす事が必要です」

 マミ自身がそれを実感している。
 もはや、それは立派な作戦の一貫であった。人間を闇に引きずり落とす力と同様、人間を闇から掬い上げる力もまた何処かに存在している。それがプリキュアの力であり、その能力を注ぐ事に全力を尽くすならば、不可能ではないはずだ。
 そこには、本気で誰かを救いたいという想いが必要になる。

「それなら、石堀隊員は……」
「──それは」

 つぼみは口を閉ざした。
 同様に石堀光彦という存在を浄化するのは、おそらく現状不可能である。砂漠の使徒の幹部たちの数倍の邪悪なエネルギーを持っているのが彼だ。

「……できるかわかりません。ただ、今の私たちの力では、きっと……」

 彼女は正直に述べた。
 孤門が同僚を想う気持ちにもまた共感はできるが、あそこにあったのは、おそらく誰にも手を施す事のできない強烈な憎悪と本能である。つぼみたち全員がどれだけ力を尽くせば、今の石堀を救う事ができるだろうか。

「……そうか。わかった。それなら、みんな……ラブちゃんをよろしく」

 そう気高に言う孤門を、全員が少し気の毒そうに見つめた。
 孤門も石堀と共に過ごした人間である。可能性があるならば諦めたくはなかったが、そうも言い続けられないのだ。
 キュアベリーもまた不安そうだった。

「……本当に、ラブを救えるかしら」
「それは大丈夫だ!」

304崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:09:57 ID:ezDSmj8g0

 そう言って、ひょっこりそこに現れたのはシャンゼリオンである。
 先ほど、キュアピーチに攻撃を受けて、こちらまで避けてきたのだろう。
 誰も気づかぬうちにこうして姑息的な逃げ方をするあたり、やはり彼の生命力は半端な物ではなさそうである。
 しかし、彼の持っている情報は非常に有効な物である。

「今のラブちゃんを操っているのは、あの胸についてる反転宝珠だ。あれが原因で、愛情が憎悪に変わってしまったんだ。あれを奪うか、もしくは逆につければ問題ない」
「なら、なんでそれを早く──」
「実行しようとして失敗したんだっ! まあ、とにかく誰かがあれを壊すのが一番手っ取り早い。反対につける余裕はないしな……」

 そういえば、キュアピーチが暴走を始めてから、シャンゼリオンはそれを止めようとして失敗し、しばらく姿を消していたような気がする……と、全員ふと思い出したようだった。
 案外、その解決策自体が簡単であった事を知り、マミは緊張を噛みつぶし、ほくそ笑んだ。

「これで、策は二つ出来たわね。──どう? これなら、勝てる気がしない?」

 キュアベリーが固唾を飲み込んだ。







 エターナルとダークアクセルは相対する。

「フッハッハッ……確かに今ので初めて一撃貰ったな……。貴様は他の奴らとは体のつくりが違うらしい」
「貴様なんぞに褒められても嬉しくない」

 そう言うエターナルも、こう返しているのはいいが、殆ど気力を使い果たしてしまったような状態だ。絞り出すほどもない。あまりダークアクセルには悟られたくないが、もう一度同じ技を繰り出すのは不可能。──いや、それどころか、獅子咆哮弾の一発も撃てないかもしれない。
 全身にそれだけの力が漲らないのである。

「いや。俺はお前を評価してるぜ。……この俺以外で最後に生き残るのは、貴様かドウコクか……って所だろう」

 ダークアクセルは、良牙が地球人としては桁違いとしか言いようのない身体能力の持ち主であると認めている。
 おそらく、彼らの世界にはそれだけの逸材はいなかったはずだ。
 気の性質が違うとはいえ、今の絶望の力を飲み込み切れなかったのは全く、誰にとっても意外としか言いようがない。

「さて、そろそろ時間もない。……さっさと残りを片づけて、次のカードを使わせてもらいますか」

 その直後にダークアクセルが取り出したのは、「挑戦」──トライアルのメモリである。
 エターナルの後方でジョーカーがぎょっとする。

(まずい……トライアルを使われたら!)

 トライアルの世界は補足不可能だ。音速を超えた世界に突入し、ジョーカーやエターナルでは及ばない所での奇襲が始まる。

──TRIAL!!──

 ガイダンスボイスが響くとともに、エターナルが我先に奮い立った。
 気力はないが、技ならばまだ──。

──Nazca Maximum Drive!!──

 T2ナスカメモリのマキシマムドライブが発動する。
 ナスカもまた、超高速移動が可能となるガイアメモリである。

「来れば斬るぜ──」

 瞬間、アクセルが背後から剣を抜いた。総重量20kgのエンジンブレードだ。ナスカのマキシマムドライブを利用する事を読んでいたというのか。

305崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:12:17 ID:ezDSmj8g0
 近づいた瞬間にエターナルを斬るのが目的であろう。先ほど、杏子に見せた剣術を思い出せば、ナスカの力も決定的意味をなせない可能性が高い。

 しかし──。

「──良牙、今です!」

 レイジングハートが上空から拘束魔法を放つ──。彼女の姿は既に、ダミーメモリによってユーノ・スクライアへと変身している。
 放たれた拘束魔法がダークアクセルの手首足首を全て封殺し、魔法陣に磔にした。
 意表を突いて発動された魔法に、ダークアクセルも策を潰されたようだった。

「なるほど……今度はお前か。指を咥えて見ていたかと思えば、このタイミングか……!」

 突然の奇襲では、ダークアクセルは身動きが取れない。
 エンジンブレードがダークアクセルの手から落ちる。本来なら、喰らったとしてもこれしきの魔法を打ち破るのにそう時間はかからないが、その必要時間よりも早く、エターナルが動きだした。

 ダークアクセルは、総合的な能力ではそれぞれが束になっても敵わない。
 しかし、相手が多勢であるのが、彼の余裕に相対する死角が幾つもある。
 敵全員を完全には把握しきれず、十以上の敵が持つ無数の能力への対抗策を完全に持っているわけではないのだ。
 ナスカのマキシマムドライブまでは読めても、次にレイジングハートが拘束魔法を使うところまでは読めなかった。
 ただ、そのどれもが石堀光彦の命を消し去るには到底及ばないので、普段は存分な余裕を持って相手にできてしまえるのだが、こうした策略の際には不発もあり得る。
 ダークアクセルの余裕は、今、隙となった。

「これ以上厄介になられてたまるかよっ!!」

 ナスカウィングをその背に出現させたエターナルは、そのまま高速でダークアクセルの手から落ちたエンジンブレードを空中で掴む。
 未だマキシマムドライブは有効である。
 このエンジンブレードをナスカブレードに見立て、その胸部を切り裂く。
 ナスカウィングを最大まで巨大化させると、エターナルはダークアクセルの体を一閃した。──エターナルの手に嫌な感触が広がる。
 火の粉が地に落ちて溶けると同時に、エターナルは後退しようとする。手ごたえはこれまでよりはあったはずである。勿論、それがダークアクセルにとっては、大きな一撃ではなかったのだが。

「ハァッ!!」

 右腕の拘束魔法を自力で打ち開いたダークアクセルは、その右腕をエターナルの頭部目掛けて突き出した。──「ッ!?」と、エターナルが声を出せないほどに驚く。直後には、エターナルの顔全体をダークアクセルの指がからめとっていた。
 そして、そのまま、右腕を振り上げると、腕力でエターナルを放り投げる。
 地に叩きつけられたエターナルが土の上を滑る。飛距離も確かであったが、速度も相当であった。先ほど、杏子の体を投げつけたのと同様だ。──エターナルは、地面と激突して、転げていく。

「良牙っ!」

 だが、それでダークアクセルがトライアルの姿に変身するのを未然に防げたという物だ。十分な快挙である。エターナルは、擦り減った地面の向こうで、こちらに右手のサムズアップを送っていた。後は任せた、という意味なのか、それとも、俺は大丈夫、という意味なのか。
 ジョーカーは両方の意味と解釈する。

 ──直後。ダークアクセルは、全身の拘束を解除する。レイジングハートの魔法の力を、それを中和する方程式なしに打ち破るのは到底出来る事ではないが、息を吐くようにそれを行えるのが今の強敵だ。

「──残念。勇敢な方向音痴にトライアルは奪われたが、まだこっちがある」

 ダークアクセルを見れば、今度はガイアメモリ強化用アダプターがどこからか取り出された。ダークアクセルの手に握られているその灰色の器具は、ガイアメモリの能力を三倍に引き上げる力があるという。
 思わず、舌打ちしたくなる。──強化アダプターなどという非合法なガイアメモリの予備パーツを作った犯罪者は誰だ、と。
 おそらく園咲家からの流出かと思われるが、これほどの化け物の手に渡り、一層厄介な能力を分け与えてしまうなど、彼らも想像してはいなかっただろう。

「三倍パワー!!」

306崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:12:49 ID:ezDSmj8g0

 そんな声が、その場に轟き、ジョーカーは目を大きく見開いた。
 能力が三倍──その言葉には、厄介すぎるダークアクセルの姿が思い浮かぶ。よもや、ダークアクセルが発した一声かと思って驚いてしまった所である。
 しかし、現実ではその声を発したのはダークアクセルではなかった。当然ながら、ダークアクセルはこれほど間の抜けた声で叫ばない。

「──超光戦士シャンゼリオン、改め、ガイアポロン!!」

 先ほどまで戦場から一歩引いていたシャンゼリオンが、真っ赤なフォルムに身を包んで新生していた。まさしく、先ほど聞こえたのは彼の声色である。こちらに加勢に来たのだ。
 ガイアポロン──それは、パワーストーンの力を受け、能力が三倍に退きあがった超光戦士シャンゼリオンであった。ダークザイドの幹部級とも互角に渡り合えるシャンゼリオンが、更にその能力を三倍に計上したとなれば、ダークアクセルを前にしてもまだ先ほどよりは戦える。
 変身しながら不意打ちの一回と、キュアピーチを相手にした一回しかこの場で変身していないシャンゼリオンにとっては、隠し種ともいえる変身形態だ。

 そして、彼がいるのは──

「後ろ……か」

 通常の三倍の速度でダークアクセルの後方に回りこんだガイアポロンは、ダークアクセルの脇から腕を絡ませ、羽交い絞めにする。勿論、長時間それが保たれないのはガイアポロンにも理解できている事である。
 問題となるのは、ガイアポロンの両腕の力が有効なこの一瞬で何ができるのか。
 ヒーローの力で拘束されたダークアクセルの正面にいるのは、仮面ライダージョーカーである。

 ジョーカー、左翔太郎は考えを巡らせる。
 右腕を構えた。──真っ直ぐ、ダークアクセルの方へと、まるで照準でも合わせるかのように。
 その動作は、理解の証であった。

「……そう言う事か。わかったぜ、暁」

 暁が期待しているのは、おそらく必殺の一撃ではない。
 翔太郎と暁がかつて交わした会話の通りだ。これまでのとある会話が、ダークアクセルの弱点を示していた。



────いや、そんな事はあるね。見ろ、このハンドルの部分と、それからメモリのスロットだ。いかにも怪しい。この要になる部分に何かの細工を施したはずだ。ここを弄れば何かあるんだろ? なぁ、もう一人の探偵



 そう、要は、そういう事だ。
 あの黒い怪物の腹部にあるガイアメモリとアクセルドライバーが敵の力の源。ジョーカーもエターナルも同様だ。それが仮面ライダーらの共通の弱点ともいえる精密部である。破壊、あるいは細工されればアクセルメモリの作動が止まる。
 おあつらえ向きに、ジョーカーの右腕には、今はアタッチメントが埋め込まれている。
 その一つに、今現在の状況に有効な物が一つあるはずだ。

「マシンガンアーム!! ──硬化ムース弾!!」」

 右腕のマシンガンが、ダダダダダ、と音を立てる。
 弾丸がどこか遮蔽物にぶつかると、それは爆ぜて粘り気を持った白い液体となり広がる。存分に広がったムースは、それから十分の一秒も待たずに大気の冷たさを染みこませて固まっていく。
 そんな弾丸の成れの果ては、ダークアクセルの体表を順々に固めていく。
 おそらく、ダークアクセルに殆どの物理攻撃は受け入れられまいし、ベルトに装填される小さなガイアメモリをこの距離から撃ち抜くのは余程のまぐれがなければ不可能だ。しかし、到達とともに大きく広がり、その体を飲み込んで石膏になる硬化ムース弾ならば、ジョーカーの射撃の腕と無関係に、高確率でベルトを封じられる。
 つい先ほどまで暁が噛んでいたガムを思い出された。──あれも、考えてみればこのアタッチメントを指しての事だったのか。

「フンッ」

 ──が。

307崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:14:20 ID:ezDSmj8g0
 紫煙の障壁がダークアクセルの前方に展開される。固形ではなく、まるで大気が寄せ集まったような、あるいは蜃気楼に色と境界線とが生まれたようなバリアであった。しかし、それが展開されるや否や、硬化ムース弾はその到達位置を勘違いするようになる。

「何だとっ……!?」

 ダークアクセルの体表へと届いたのは、ほんの二、三発のみ。そこから先は、何発撃ったとしても、その全てがバリアの視界を白く塗りつぶしていくだけであった。実態がないはずのその障壁が、一時、「壁」として確かに有効になっていたのである。
 ダークアクセルがその紫煙の幻を解いた時、そこにあるのは、地上から積み重なった白い硬化ムースの積み重なりであった。
 邪魔に思ったのか、ダークアクセルの咆哮とともにそれは音を立てて崩壊する。
 ダークアクセルとジョーカーは目を合わせる。

「この程度で勝利を確信しない方がいいぜ。世の中、そう上手くは行かないもんさ。なあ、二人の名探偵」

 ダークアクセルは言う。
 しかし、ジョーカーはこの時、ある余裕を持つ事ができた。

「くそっ。確かにそうだな……!」

 敵の強力さに、ジョーカーも自分の作戦の不発を感じた。
 しかし、ジョーカーの心は曇らなかった。

「だが、俺に勝利の女神が舞い降りたのは、今この瞬間からだぜ? ──世の中はあんたにだって上手く行かないものだろ、アイリーン・ウェイドちゃん」

 ジョーカーも、この時、彼らの来訪がなければ、これほど勝気な気分にはなれなかっただろう。──頭上の日差しを、巨大な影が隠した。
 見上げれば、そこには、魔導馬・銀牙の巨体が嘶き、空を飛びあがっていた。
 乗り合わせているのは、銀牙騎士ゼロと仮面ライダースーパー1である。銀と銀とが寄り添い合い、眩く光った。

「チェンジ、エレキハンド!」

 スーパー1は、腕をダークアクセルの方に向け、エレキ光線を放った。
 その電圧は3億ボルトと言われている。たとえ、ダークアクセルがその攻撃を受け切れたとしても、強化アダプターの方がその電圧に破損を起こしてもおかしくはない。
 また、その数値を考えれば、ダークアクセルたれども、少しは指先に衝撃を受けても全く不自然な話ではないだろう。
 しかし、その電流が到達するよりも早く、ダークアクセルの意識は対抗策を生みだす。
 ──バリアが展開。
 電流は真っ直ぐにバリアへと向けられ、地に跳ね返る。

「今だっ!」

 ゼロが伏兵に声をかけた。
 ダークアクセルがゼロの視線の先にあった茂みを見やると、そこから顔を出したのは外道シンケンレッドである。
 その右手が必殺武器の代わりにショドウフォンを構えており、空に文字を書いた。

──解──

 その一文字のモヂカラが発動。
 解……それは、「解除」「開錠」などの能力を持つモヂカラである。
 激突した「解」のモヂカラは、バリアに向けて有効化され、スーパー1の電流の行く手を作り出す。

「何──」

 電撃。ダークアクセルの腕に稲妻が襲い掛かる。
 激流のようにダークアクセルの全身を雪崩れ込んだスーパー1の一撃は、その指先の機械をも帯電させる。
 指先でショートしたダークアクセルの強化アダプター。それは、ダークアクセルの手を離れて、地に落ちた。
 ダークアクセルがいかに強力であろうとも、その手に持っている機械は違う。爆散して、最早ばらばらに砕け散ったその物体は、決してもう、ダークアクセルをこれ以上強化する器とはなりえない。

「貴様ら……っ!」

308崩壊─ゲームオーバー─(5) ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:14:37 ID:ezDSmj8g0

 ダークアクセルの余裕が崩れるのが見て取れた。
 この余裕が崩壊するのを見届けただけでも、今の防衛は価値があった。
 ジョーカーの真横に人影が並んでいく。

 仮面ライダースーパー1。
 血祭ドウコク。
 外道シンケンレッド。
 銀牙騎士ゼロ。
 仮面ライダーエターナル。
 超光戦士ガイアポロン。
 上空には、レイジングハート・エクセリオンも配置されている。

 ばらばらな存在だが、一列に並びながら、ダークアクセルへの反撃の意思をなくさない。
 力を合わせれば、こうして一杯食わせられる。それほどに寄り添い合う人間は強い。
 各々が思う以上に、熱く。
 それぞれの手がダークアクセルと相対し、「次」を待つ。

「どいてもらうぜ、雑魚アクセル。俺たちのゴールは、分裂による絶望じゃない。お前がいるその先だ……!」

309 ◆gry038wOvE:2014/12/31(水) 18:16:31 ID:ezDSmj8g0
という良いところで今年の投下は終了です。

また来年、こちらに不幸がなければ、変身ロワイアルでお会いしましょう。
こんな感じの内容からわかる通り、多分来年には完結できると思います。
でも、今年もなんだかんだで「夏には終わる」、「今年中には終わる」と思いながらやって来たので、どうなるかわかりません。
それでは、書き手読み手ほかロワ民のみなさん、良いお年を。

310名無しさん:2015/01/01(木) 01:02:55 ID:rXNoJrsU0
乙です
ゴセイジャーは護星戦隊じゃなくて天装戦隊ですよ

311名無しさん:2015/01/01(木) 08:21:46 ID:j0dBiRLoO
投下乙です
決戦前の語らいかーらーの、ザギさんキタ!
ここに来て反転宝呪とは厄介な…ベリーのソウルジェムが(ザギ復活的な意味でも)心配だ
一度は寝返ったドウコク&外道レッドを再び引き込んでなんとか頑張ってるが、レーテとか目を覚ましたガドルとか、不安は尽きない…

312名無しさん:2015/01/01(木) 08:48:01 ID:j0dBiRLoO
…しかし、良牙&つぼみパートでつぼみが伝えようとした事がもし告白的なものだとしたら、つぼみの恋はいつき、コッペに続いて三度悲恋になってしまいそうやな

313名無しさん:2015/01/01(木) 14:33:28 ID:yGWdMocE0
投下乙
遂にザギさん裏切ったか、ダークアクセルでこんだけ強いのに本来の力を取り戻したら……
おまけに閣下まで接近中。主催者戦までに生き残れるか?

314名無しさん:2015/01/01(木) 15:03:44 ID:AhF2Pjq6O
あけおめ
投下乙

無事に帰れたら時空管理局を主体に対応組織を作ることになるのか
いずれはライダーやプリキュアが名を連ねる時空管理局に……

315名無しさん:2015/01/02(金) 01:43:02 ID:UduY1t/M0
投下乙です

316名無しさん:2015/01/02(金) 17:52:09 ID:dHHndr1QO
ダークザギを浄化するなら、ムゲンシルエット並みのパワーが要るだろうな。

317名無しさん:2015/05/21(木) 20:49:37 ID:cdCiyLYc0
ネクサスの漫画が出ました〜

318名無しさん:2015/05/22(金) 12:13:32 ID:Nl/6kj1I0
1月から更新なかったのか…
盛り上がってたロワだがすっかり静かになってしまった

319名無しさん:2015/05/24(日) 13:51:12 ID:.x1HnPmM0
続き来てほしいけどねえ

320名無しさん:2015/06/30(火) 21:44:43 ID:VNpB29mE0
前回の投下から半年…
後編来ないのかなあ

321名無しさん:2015/07/12(日) 13:36:58 ID:OT9PV3kg0
続きを投下します。

322 ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:37:33 ID:OT9PV3kg0
あ、◆gry038wOvEです。

323崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:38:21 ID:OT9PV3kg0



 キュアピーチの猛攻が、一定のテンポを保ちながら杏子を襲う。
 杏子の魔力の消費ペースが早まり、体力も時間と共に削られていく。息があがる。杏子もそろそろ、いなし続けるには限界が迫っているような状態であった。

 ──しかし、どんな瞬間も決して内心では諦めはしなかった。

 打開策を見つけ出すのは杏子の「お仲間」の得意分野である。マミも、ベリーも、ブロッサムも、こうして杏子が時間をかけてキュアピーチを倒そうとしている間中、きっと方法を探している。
 しかしながら、その中にあって、杏子だけは打開策を見つける自信がない。ならば自分に出来るのは、こうして、仲間が解決をする時間を稼ぐ事だけである。
 その瞬間まで、杏子はこの桃園ラブの体に傷をつけてはならないと、必死にキュアピーチの素早い拳を受け続けている。多くの攻撃は避けたが、何発かはまともに顔に入った。それも、今は大した傷ではないと感じていた。むしろ、こうして、自分が正しいと思う事に体が傷つくのならば、今は全く不快ではない。
 ……これと正反対の生き方をしてきたからこそわかる。
 自分の体が傷つくのを避け、他人の体が傷つくのを見届ける──自分の命を守るために、他者の命を餌にする──その生き方が齎した、全身の血管を駆け巡る虫のような、強いストレス。
 あの感覚に比べれば、断然、この前向きな痛みの方が心地よいと──杏子はこの場に来て、気づいていた。

(おいおい……でも、もうそろそろ助けに来てくれたっていいんじゃないか?)

 杏子は、内心苦笑いでそう思った。
 まるで、茶化すように、冗談のように、軽い気持ちで──。そう、多少の痛みは堪えられるし、体は砕けてもいないし、色が青く変わってもいない。まだ耐えるくらいはできるが、だんだんと攻撃を食らう頻度が高まっているのはまずい。
 それに、問題は、まず杏子自身の体よりも「時間」だ。


 ──主催が提示した残り「タイムリミット」はどれほどだろう。


 時計を確認する時間もないが、そろそろまずいのはわかっている。

 ────正確には、残りは、十分ほどだった。

 ほとんど、杏子が推測していた時間と同様だったに違いない。
 そして、人数は、残り十三名。ダークアクセルの方は残りの僅かな時間で、少なくとも三名は抹殺するつもりである。……だとすれば、誰を殺すつもりなのだろうか。

 美希、だろうか……。
 キュアピーチをけしかけたという事は、そうかもしれないと杏子は思った。理由も根拠もないが、実際、今そんな物はいらない。漠然とした直感だけでも、充分だった。

 今の宿敵は、手近な人間を、ただ適当に狙っているのだ。例外なのは、同じ穴の狢ともいえるあの血祭ドウコクだけだろう。
 他は、孤門やマミのように武器を持たない者も、変身者たちも変わらない。彼にとっては、どちらも容易く捻りつぶせる虫のような相手に過ぎないはずだ。それがアリであろうとも、カマキリであろうとも、大きくは変わらない。

「はぁっ!」

 と、少しだけ考え事をしている間にも、キュアピーチの正拳突きが飛んでくる。
 多少考え事をしながらでも、視覚で捉えた映像さえあれば直感で戦えると思っていた杏子であったが、完全に不意をとられていた。
 それでも、避けた、──と、杏子は思った。
 しかし、やはり──タイミングは激しくずれ込んでいた。

「くっ……」

 一発、また顔面に叩きこまれるのだろうな、と杏子は悟る。変な笑いが口から洩れるところだった。美希が先ほど喰らった時に比べれば微々たる痛みと思えるだろうが、それでもやはり、痛い物は痛い。
 しかし、本当にマズいと思うほどでもなく、ただ諦めたように思いながら、敵の攻撃を待つ。

324崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:38:50 ID:OT9PV3kg0

 少しは──ほんの一瞬だけ、目を瞑った。

 ──だが。

「──っ! 杏子さん、大丈夫ですか!?」

 その瞬間は、別の誰かによってキュアピーチの拳が抑えつけられる事になった。真横から介入し、キュアピーチの腕を掴んでいる、「別のプリキュア」の姿が杏子の前にあったのだ。
 誰かが真横から杏子を助けたようだ。

 ッ──キュアブロッサムである。
 先ほど、互いに頭をぶつけて痛めたばかりだが、杏子が起きあがったならば彼女もまた起き上がって然るべきか。こうして、杏子のもとに増援に来てくれたのだ。
 杏子の頭が癒えていないように、彼女の頭もこの時折朦朧とする感覚に苛まれるのだろう。それでも、今やらねば、もう石堀の猛攻を前に倒れるしかない事は──この場にいる誰にもわかっていた。

「杏子! 助けるわよっ!」

 もう片方のキュアピーチの左腕が前に突き出された時に聞こえたのがキュアベリーの声。
 解決策を見出し、ようやく、杏子の救出に向かったのである。
 言葉で何を訴えるわけでもなく、杏子はキュアベリーと目を合わせた。強いて言うなら、「遅えよ」と、ある意味で冗談めかした想いが込められているのだろう。
 それを知ってか知らずか、ベリーは杏子にウインクを返した。一見すると余裕のある所作だったが、ベリーの真摯な目には余裕など込められていないのはすぐにわかった。

 ひとまずは、杏子はバトンタッチができたと言っていいのだろう。
 助けが来た安心感からか、自然と杏子は場所を退いて、自分の膝が曲がるのを許した。

「はぁっ!」

 次の瞬間──半ば機械的に、キュアピーチが、キュアブロッサムを狙った。
 それは、明確な対象を持っていない彼女だからこその安易な切り替えであった。
 彼女が狙うのは、「自分が憎悪を向けている相手」という漠然とした範囲の中の存在たちである。

 ──つまるところ、この場にいる全員だ。無差別に一人ずつ殺すのが彼女の目的なのである。

 万が一、全員を殺しつくしてしまったのなら、その後に自らも何らかの手段で自害するかもしれない。
 等しく向けられた愛情が故であった。反転宝珠の魔力は、プリキュア同士の「禁断」の戦いを許してしまう。まさしく、悪魔の道具だった。
 しかし、それはおそらく弱点の一つだ。対象を絞れない単騎が多勢を相手に勝機を得られるはずがない。戦闘の駒としての使い勝手は実に悪い。

 ──おそらく、石堀の狙いは、精神攻撃だ。
 昨日までの仲間が我を失って襲ってくる、というシチュエーションこそが彼の求めたものである。キュアピーチそのものが持つ戦闘能力には最初から期待を寄せていないようだ。
 戦闘能力を期待するならば、ラブは適任ではないだろう。他にいくらでも相手はいる。
 その一方で、この手の精神攻撃の担い手としてはこれ以上の適格者はいない。──豹変する事により、周囲の戦意を喪失させる絶好の担い手である。

「はっ!!」

 殴りかかろうと伸び切ったキュアピーチの手を、真横からキュアベリーが蹴り上げる。長い足は、キュアピーチが感知するより前にピーチの腕を空へ弾ませた。
 力を失い、重力に流されて体の右側面に戻っていく腕。その手がキュアブロッサムの体を痛めつける事は、なくなった。

「はぁっ!!」

 次の瞬間、キュアベリーの体はピーチの懐へと距離を縮める。
 思ったよりも簡単にピーチと息のかかる距離まで辿り着いた。右腕が強い力で空へと向けられたので、ピーチ自体がかなり大きくバランスを崩し、頭を後ろに傾けている。
 その隙に胸元の「それ」へとベリーが手を伸ばす。

「……ッ!!」

 ベリーが手を届かせるより前に、キュアピーチの左腕が動いた。
 真横からピーチがベリーの手首を掴み、強い力で引いた。藁をも掴むような我武者羅さが見られた。

325崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:39:09 ID:OT9PV3kg0
 ピーチの体自体が後ろに倒れかかっているのも相まって、ベリーの体もまた、ピーチを押し倒すようにして倒れていく。
 二人は、すぐに重なり、地面に倒れこんだ。ピーチは頭を打ち、ベリーは倒れまいともがきながら体を捻って落ちる。
 砂埃が、少女二名を包む。

「──次ッ!」

 ベリーが叫んだ。
 先に立ち上がろうとしたのは、ベリーだ。その一声で、彼女の意思はブロッサムにも伝わった。

「はいっ!」

 ブロッサムが、すぐさまその小さな砂埃の方へと駆けだす。
 しかし──。
 ブロッサムはその脚を、また急停止させた。

「──ッ!」

 走りだそうとした次の瞬間に、彼女の眼前で、砂埃の中からキュアベリーの姿が舞い上がったのである。地上から投げ出されたように──キュアベリーの体が真っ直ぐ真上に、十メートル近く──放り投げられるのを見上げる。
 ベリーは、苦渋に目を瞑り、歯を食いしばりながら、空から落ちる。

「──危ないわね……っ!!」

 叩きつけられる前に。──空中で体を地面と垂直になるように立てる。
 両足が地へと着くように、体の力を抜いて、空を舞うように……。
 そう。上手い具合に体勢を整え、足を地面に向けた。

 ──着地。

 しかし、少しばかり対処が間に合わなかった。
 右足こそ、足の裏が地面を掴んだものの、左足は膝をついて着地している。皿が軋むような痛みに、声にならない声をあげていた。
 左目を思わず瞑り、反射的に涙のような、ぬるい水の塊が目に溜まった。

「!?」

 ブロッサムが、真横に落ちたベリーに驚いて動きを止める。
 ピーチの方が、一歩早く「対処」を行ったらしい。ベリーが悪の芽を摘む前に、ピーチが「触れられる事を拒んだ」のである。
 今のピーチは憎い存在に接触される事を拒んでいるらしく、今もまた、覆いかぶさったベリーを全力で拒んだ。その憎悪の分量だけ、ベリーは高い空に向けて投げ飛ばされた。

 ──それが、“愛情”による“拒絶”であった。

 体に触れられる事そのものに拒否反応を示す現状では、安易に体に触れるのは難しいだろう。
 つまり、あのブローチを取るのは、倒す以上に容易ではない。

「……」

 ぐっ、と。
 ブロッサムは、両手を握り、顔を引き締める。ブロッサムの中に、ちょっとした想いが湧きあがって来た。
 彼女は、目の前のキュアピーチを見た。やはり、キュアベリーを吹き飛ばした後にも、憎悪を帯びた瞳でこちらを睨んでいる。

「はぁ……はぁ……っ!!」

 それを見ていると、やはりキュアブロッサムはむず痒い想いに駆られる。
 それが敵の狙いだとわかっていても──。

 今のキュアピーチは、桃園ラブの本当の心と全く正反対に体を動かしているのである。
 それを見ていると、どうしても花咲つぼみの中には、激しく嫌な気持ちが湧きあがってきてしまうのだ。

「ラブさん……」

 ブロッサムは自分の想いを伝えたい相手を明確にした。

326崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:39:26 ID:OT9PV3kg0
 前方で、憎しみの瞳でこちらを睨む少女は誰か──。
 そう、その人はキュアピーチである以前に、桃園ラブという一人の人間である。

 そして、彼女の「愛情」は、プリキュアの力による物でも、キュアピーチだからこそ持っているという物でもない──ラブが、恵まれた日常の経験と痛みの中で培われた感情が生みだした物だ。
 必要なのは、キュアピーチではない。キュアピーチになる運命を背負った、「桃園ラブ」という一人の少女である。
 そんな彼女の人生を、安易に外から植えつけられた何かに捻じ曲げられていいものであろうか。

「──そんなちっぽけな物の魔力で、自分の事を否定しないでください!」

 ブロッサムは、真っ直ぐピーチの瞳に向けてそう言った。
 ピーチは、そんなブロッサムの方を、少し怪訝そうに見つめた。純粋に何を言っているのかわからなかったのかもしれないし、今はただ他人の言葉を拒絶しようとしているのかもしれない。
 ベリーは少し押し黙り、ブロッサムの声がピーチの耳に届くようにした。

「あなたが今向けるべきは、憎悪じゃありません! あなた自身が本当にみんなに向けたい物は、もっと別の物のはずです!」

 ピーチは、ブロッサムの声そのものにどことない不愉快さを感じたのか、顔を一層顰めた。
 力を体の中心に集めるように構え、即座にブロッサムに向けて駆けだすピーチ。
 野獣のように、膝を曲げて駆け出し、爪を立てた右手でブロッサムの口を封じようとする。
 相手の声の端、言葉の端さえ、むず痒い思いへと形を変えるのである。

 それが、反転宝珠の送りこんでくる憎しみの力。それは、その言葉が本来のラブが好ましく思う言葉であればあるほど──今のキュアピーチにとっては強い憎悪となる。

 ブロッサムは、その右手の五指の間に、自分の左の五指を挟み込むように食い止めて、己の口が塞がらないようにした。純粋な力比べであるように見えるが、利き手でない事や、体勢の悪さも含めて、ブロッサムは力押しでは不利だった。
 苦渋に満ちた声を、必死に絞り出す。

「あなたが本当にしたい事は……こんな事じゃ、ないはずです!」
「うるさいッ!!」
「ラブさんが今言いたいのは、そんな事じゃない!!」

 蒼乃美希とは反対に、花咲つぼみは、元の桃園ラブを思い出すほど、何か力が湧きだす性質があった。
 ラブにとって、このままでいる事が何より辛いと思えた。たとえ、体の痛みは、心が痛む気持ちには敵わない。

 ──そう、「花咲つぼみ」だからこそ、「本当の自分」が殺されてしまう痛みはよくわかる。

 自分の思っている事も口に出せず、自分のやりたい事もできなかった経験を。
 自分のしたい事が、“想い”以外の何かに抑圧されるような“思い”。
 花咲つぼみは、そうして自分を殺して生きてきた。笑顔であるように見えて、内心では自然と父親や母親の機嫌を伺い、──そんな中に本来の自分の想いを潜めて、時には心の中で涙を流しながらも、空元気の笑顔で周りを安心させようとする。
 そんな彼女を、引っ込み思案、と人は言う。──まさにその通りだった。彼女自身も否定はしない。
 しかし、そのままであっていいとは思わない。
 だから、彼女は、転校を機会に変わってみせようとしたのだ。

「きっと、私が……一番わかっている事です。自分が本当に言いたい事も言えない時って……、とても苦しかったんです!」
「それなら口を封じてあげる──ッ!」
「今、本当に自分の言葉を告げられずにいるのはあなたの方です! 苦しんでいるのは、……桃園ラブさん、あなたなんです!!」

 そして、強くピーチの右手を掴んだまま、ブロッサムは、ピーチの脇腹を──蹴り上げた。
 思わず……まさに、不意の一撃に、ピーチは、これまで見せた事のないような驚愕の表情を形作った。そして、空にアーチを描きながら、地に落ちていく。

「──ッ!?」

 不意の一撃──いや、それだけが彼女を驚かせたわけではない。
 キュアピーチも、本能的に、「急所を狙う」という戦法に、キュアブロッサムらしさがないと感じたのだ。何度も一緒に戦ってきた相手であるがゆえに、その本能で彼女の攻撃パターンは理解していたのだろう。

327崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:39:42 ID:OT9PV3kg0
 彼女が何故、そんなやり方をしたのか──。
 その答えは、次の瞬間に本人の口から出された。

「だから……あなたを、本当の桃園ラブに戻す為になら、あなたの心の苦しみを止める為なら……私は、鬼にだってなります!!」

 喉のあたりから唾液が唾液の塊が吐き出されるほど強く叩きつけられ、脇腹を抑えているキュアピーチ。うつ伏せの体型で腹部の痛みを訴えた。
 そんな姿を、憐れみ一つ見せずに見下ろしているキュアブロッサムの顔がある。
 ピーチは、それを見上げて、僅かにでも感じた恐怖を奥歯で噛み殺し、顔を引き締めたようだった。
 脇腹を抑えながらも、両足と顔で「三足」を地面に突き、その状態で両足を伸ばし、彼女は立ち上がった。
 額に汗が浮かんでいた。







 そんな戦いが繰り広げられていた傍ら、束の間の──本当に僅か、一分ほどを想定した──休息で膝をついている杏子の胸には、何か暖かい物が湧きあがってくる感覚があった。
 既視感、のような何か。
 時には、それは懐かしみを帯びて、時には、体の均衡を崩させる。

 いつかどこかで感じた何かが、再び杏子の中に再来している。
 それが何か──その答えは、わからない。

「杏子ちゃん、大丈夫?」

 マミと孤門が駆け寄って来る。今、杏子も無意識のうちに体がよろけたのを見て、余計な心配をさせてしまったのかもしれない。
 戦闘から一時退去し、またすぐに戦いに出ようとする彼女であるが、ひとまず彼女たちに状況を訊こうと思った。体を張って時間稼ぎした結果、どのような解決策が生まれたのか。

 その策に自分は参加できるのか、乗れるのか。それを簡潔に伝えてもらい、休む間もなくまた前に出なければならない。
 ──時間がない。
 この状況下、スムーズに、杏子の疑問へのアンサーを提示できるのは、仮にも特殊部隊所属の孤門であった。

「……杏子ちゃん。ラブちゃんを操っているのは、あの胸のブローチだ」

 そして、杏子が訊くまでもなく、杏子に伝達されていなかった情報は孤門が告げた。
 言われて少し考え、杏子も納得したように口を開いた。

「……やっぱりあの怪しいブローチか」
「怪しいとは思ってたんだね」
「ああ。でも、怪しすぎて逆に手が出しづらかったんだ。……だって、あたしの場合はブローチを捨てられたり壊されたりしたら、心臓が永久に止まるんだぜ」

 孤門は、杏子の一言で納得する。──なるほど、“ソウルジェム”という「命」をブローチにして着飾る彼女たちには、敵のブローチを砕くという戦法は心理的に難しかったのだろう。
 勿論、相手は魔法少女ではない。だが、万が一……という事もありえる。それを考えると、やはり触れる事は出来なかった。
 得体の知れない物には触れぬが仏……であるが、今回の場合は破壊してしまって良かったようである。振り返れば、破壊するチャンスがいくらでもあったのは杏子自身もよくわかっている。

「とにかく、あのブローチを逆さにするか、破壊するかがこの場合の最良の手段だ」
「……それなら簡単じゃねえか」
「でも、今のキュアピーチはそれをやろうとすると激しく拒絶しようとする。簡単にはいかないよ」
「わかってるよ。でも、それを踏まえた上で簡単だって言ってるんだ。あたしには、この槍がある」

 プリキュアと魔法少女との決定的な違いは、道具の多彩さである。
 笛やバトンを武器にするプリキュアに対して、魔法少女は銃や槍や剣を武器にする。武器のヒットが長かったり、飛び道具だったりする分、ピンポイントな破壊行為をする際にも、プリキュアほど接近する必要はないのである。

328崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:40:06 ID:OT9PV3kg0
 この場合、マミが魔法少女に変身できたなら最高なのだが、それができない以上、杏子が破壊するのが最もベターな手だろう。
 何、そんなに難しい事でもない。──と、杏子は思う。

「じゃあ、早速……」

 そう思った矢先、また、何かが杏子の頭に浮かんで体をふらつかせた。
 眩暈か、蜃気楼か、発熱か、……そんな風に体全体の力が弱くなる。

「──……っっ!?」

 血圧が大きく下がったような体の不自由に、ひとまず槍を杖にしようと地面に突き刺す。
 すぐに、杏子の元にマミが駆け寄った。杏子の背中に、マミの腕の暖かさが重なった。
 この暖かさは、久々に感じた物だった。

「佐倉さん!?」
「大丈夫だ、心配はいらない。なんだかわからないけど、さっきから……」

 体がどうも、何かを置き忘れているような感覚を杏子に訴える。
 だが、そんな杏子に、マミの方が顔を引き締めていた。
 マミが、落ち着いて口を開いた。

「……こういう言い方をするのも何だけど、心配をしたわけじゃないの」
「じゃあ、何だよ」

 不機嫌になるほどではなく、しかし、顔を顰めてマミに訊く。
 そりゃどういう事だよ、と。

「──私もさっきから、何かを感じてる。……魔法少女じゃない、別の何かの力」

 ふと。
 その言葉を聞いて、杏子の中にあった既視感は──、「解決」に近いところまで手繰り寄せられた気がした。
 それは重大なヒントであった。

 しかし、それは「解決」とまでは行かない。
 だからこその既視感というのはもどかしく、焦燥感まで帯びる物に変わっていく。

(いや、待て……)

 もう一度記憶をひとつひとつ遡れば、確実に思い出せる。この感覚は、確かに一度感じた事がある物だ──。
 いつ。
 それを思い出せば、全てがわかる気がする。
 ──杏子は、ここに来てからの事を順に、再度頭に浮かべた。

「まさか……」

 そう。

(あの時の……)

 ──記憶は、あの、血祭ドウコクとの戦いの時にまで遡った。

 杏子自身の頭に浮かんでくるイメージは、まさにあの戦火の翔太郎、フィリップとの共同戦線の際の出来事だ。
 ウルトラマンネクサスとしてドウコクに挑み、傷ついた杏子が受けた血潮の滾り。ザルバからの激励。人から受け継いだ、光ではないもう一つの力。
 あの瞬間、杏子に力を授けた精霊の声。

(──アカルン!)

 そう、これは彼女が杏子に力を貸した時の体の温かみだった。情熱が心臓から湧き出るような感覚。
 そして、マミも同様だ。彼女はキルンによって肉体と魂を繋いでいる事を思い出した。
 杏子の頬の筋肉が上がる。
 訝しげな表情のままのマミに、杏子は声をかけた。

「マミ──久しぶりに、やるぞ」
「え……?」

 杏子の言葉に、またマミが不思議そうに見つめた。

329崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:40:41 ID:OT9PV3kg0
 戦闘能力のないマミが、今から杏子の行く先に動向できるわけはないが、杏子はそれを促していた。来い、と告げているような一言だ。
 杏子は、マミの顔を見つめ、悪戯っぽい笑顔でこう言った。

「また二人で一緒に戦うんだよ、マミ」







 石堀光彦も、戦況を見て、多少は驚いていた。思ったほど余裕の状況ではないらしい。
 どんな手段を使ったかはわからないが、少なくとも血祭ドウコクと外道シンケンレッドがここにいる。この二人が再び寝返ったのは、石堀にとっても予想外であった。
 何故、だ。
 それを少し考えた。少なくとも彼らが「利益」以外で寝返るはずはない。この自分と同じく、残りの参加者を減らすのに一役買ってくれると思ったのだが……。

「……」

 眼前に並ぶ六人。上空に一人。それから、付近には他に敵がもう六人。もう一人いるが、それは一時的な洗脳で仲間にしている。
 合計、十四名。
 内、参加者に該当するのは、外道シンケンレッドとレイジングハートを除いた十二名。簡単な引き算である。元の世界に帰るのに必要なのは、三名の生贄。
 それから、外道シンケンレッドやレイジングハートがカウントされていた場合の為にもう二人ほど削った方がいいだろうか。
 いっその事、全員殺してしまった方が遥かに良いかもしれないが、些か遊びが過ぎたようでもある。残り時間は十分ほど。目の前の敵全員が焦燥感に駆られつつあるのがこちらの楽しみであるが、もう良い。
 そろそろ足場を組んでいこう。そうしなければならない……。

「──あんたまで、俺の敵に回るとはな……」

 血祭ドウコクへの一言。
 それは、「俺の予想を上回った事には敬意を表してみせよう」という意味合いも込められていた。
 しかし、それほど意外であるはずにも関わらず、当のダークアクセルは、それでもまだどこか飄々としていて、危機感などは皆無に等しかった。ドウコクを大きな相手とも見ていない。結局は、アリ、カマキリに加えて、クワガタムシが一匹紛れ込んだ程度にしか思えていないのだ。

「……『敵の敵は味方』ってほど、単純な話でもねえからな」

 ドウコクが、ダークアクセルの言葉にそう返した。
 だが、その実、その言葉とは些か矛盾する証拠が一つあると、ダークアクセルは睨んだ。 すっ、とダークアクセルの右手がドウコクを指差す。

「それにしては、随分体を張ったじゃないか……」

 血祭ドウコクの背中からもくもくと登っていく灰色の空気がダークアクセルの目には映っていた。彼が指差したのはその「煙」だ。

 ──あれはどこから発されている物だろうか……。

 その煙が出ている角度を見れば、それは一目瞭然だ。ドウコクの体から、真後ろへと逃げ出していくように湧き出ている。
 では、何故こんな物が立ち上るのか。解答は一つだった。

「──背中の傷は、あんたの家臣から受けたものだろ?」

 ──外道シンケンレッドの攻撃を受けたのだ。

 ダークアクセルは、ここに生えている木の数だけ目があるように、全てを見透かしている。
 ドウコクの背中にある、「それ」は、生新しい火傷──常人ならば全身が蹲り黒い炭の塊にされても何らおかしくないほどの炎を受けた痕であった。
 一度ぐつぐつと体表が溶解し、それが再度空気に触れて渇いた生々しい傷である。

「……」

 その質問に、答えはなかった。

330崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:41:02 ID:OT9PV3kg0
 無言。沈黙。回答の必要なし。──ドウコクはそう判断した。
 しかし、やはりというべきか、石堀の憶測は、実際には、正解であった。

「……」

 ────本来なら涼邑零が受けるはずだった一撃である。

 だが、手駒が減るのを渋ったドウコクは、零が外道シンケンレッドの砲火を浴びるのを、自らの体を張るという形で防ぐ結果になった。
 その瞬間の零の驚きようは並の物ではなかった。どんなホラーに出会った時よりもずっと……。それほどの意外の出来事であった。
 今も、涼邑零は、どこか信じられないといった風にドウコクに目をやっている。

「……チッ」

 ……しかし、それは、人間らしいやり方に目覚めたからではなく、もっと根本的に、利を第一に考えた為である。

 このまま、彼らと共に脱出を目指す方針を変えないならば、絶対的に必要なのは零のホラーを狩る力だ。彼にしかできないという性質が実に厄介だ。せめて、もう一方の冴島鋼牙が生存していればまた別であったが。
 主催側に存在するホラーを倒す事が出来るのは彼だけである為、彼を死なせてしまえば自陣は「詰み」である。
 ドウコクが体を張った理由は、ただそれだけだ。

(コイツの言い方は癪だ、気に入らねえ……ッ)

 ……とはいえ、ドウコクは、やはり思考の中で石堀への怒りを募らせた。
 石堀光彦は、おそらくドウコクがその攻撃を受けた経緯も──そして、理由も察しているのではないかと思った。
 しかし、敢えて彼は、その理由を誤って──「ドウコクが人間に近づいた」というように──認識しているように振る舞っている。
 もっと率先的に、感情に任せて零を庇ったのだと推測したような素振りを見せ、それによってドウコクを苛立たせようと挑発しているのだ。そんな挑発には乗るまいと思うが、やはり怒りとは自然に沸き立つものだ。

「……まあいいさ。それがどんな理由であれ、俺にはどうでもいい。さっさとケリをつけたいものでね……!」

 そう言うダークアクセルの微笑み。それが仮面越しに見えた気がした。

 ──そして、これが、戦いの始まりの合図だった。

 次の瞬間、彼の足は地面を踏み出し、眼前の六名の前に距離を縮める。
 六名は、ダークアクセルが辿り着く前に、それぞれ自然と、それを避け、先手を打ってダークアクセルを囲むような陣形を組んだ。
 彼の足が止まる。自らを囲った周囲の戦士の陣形を、“感じ取る”。

 目の前にジョーカー、その右方にエターナル、その右にゼロ、その右に外道シンケンレッド、その右にドウコク、その右にスーパー1、その右にはガイアポロン……。円形の中心にダークアクセルが囲まれ、それを上空からレイジングハート・エクセリオンが見下ろしている。──という状況。
 その場に流れる異様な緊張感を打ち消したのは、賽を投げたような一つの声。

「──獅子咆哮弾!!」

 仮面ライダーエターナルがその円の中から、一歩前に踏み出て、即座に、ダークアクセルに向けて黒龍の形をした波動を放つ。
 ──獅子咆哮弾が、ダークアクセルを飲み込もうと向かっていた。

「フンッ!」

 だが、その一撃は突如としてダークアクセルの目の前に展開された深い紫色のバリアが阻んだ。彼はエターナルの方を一瞥する事さえなかった。
 不幸を糧とした一撃は、ダークアクセルのフィールド上で織り込まれるように吸収される。一秒と経たぬうちに、そのエネルギーは全て飲み込まれ、それと同時にバリアも空気の中に溶けていった。

 この防御壁は厄介だ──、と、内心思い、エターナルは次の手段に出る。

「エターナルローブソード! ──」

331崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:41:17 ID:OT9PV3kg0

 背中のエターナルローブを引き剥がすと、そこにエターナル──響良牙は「気」を込める。ガミオやあかねを相手にした時と同様の戦法だ。
 良牙が送りこんだ気によってエターナルローブは、布から剣へと性質を変えるのだ。彼はそのエターナルローブをこの時、「エターナルローブソード」と名付けた。
 勿論、これは並の人間ならば不可能な芸当であるが、良牙はこんな手品のような荒業を平然とやってのける。もはやその事実は解説不要だろう。

「──ブーメラン!!」

 続けて、エターナルはそう叫んだ。
 一見するとわからないが、エターナルローブは硬質化すると同時に、両刃の剣となっている。それを空に向けて放り投げ、回転ブーメランのように操ろうとしているのだ。
 布から生成された剣は、ダークアクセルを狙う。
 風を切る音を絶えず鳴り響かせ、凄まじいスピードで敵に向かっていくエターナルローブ。味方にさえ僅かの恐ろしさを覚えさせた。

「──ッ!」

 しかし、ダークアクセルは身を翻してそれを回避する。
 足は動いていない。上半身だけを素早く動かしたようだ。

「フン……」

 ダークアクセルを囲むように、エターナルの対角線上に立っていたドウコクは、このブーメランの軌道にいるが、彼は一切、それを回避しようとしない。
 ──いや。
 する必要はなかった。
 エターナルローブは、まるで意思でも持っているかのように、ドウコクの体を避けたのである。──良牙の持つ絶妙な力加減によって成された技であった。
 彼としては、たとえドウコクに当たろうが構わないとしても──今優先すべき敵を見誤る事だけは絶対にしなかった。

(一歩でも動いたら、ブチ抜く──味方も傷つけるかもしれねえ諸刃の剣ってわけか……)

 ドウコクもそれを、本能的に察知したようだった。
 だから、回避をしなかった。
 そこにいたのが、左翔太郎であったなら、回避行動をして却って体を傷つけていた可能性がある。──この場合、ドウコクが外道であったがゆえに、避けずに済んだのだ。
 とはいえ、元々、良牙自身も、そこまで近しい味方がそこにいたなら、おそらくこの技は使わなかったのだろう。良牙とドウコクの間に信頼感がない証であるとも言えたが、同時に良牙は、そこにいたのがドウコクで良かったとも思った。

「フン……」

 ──彼の真横を通り過ぎて森の奥へと消えたブーメラン。
 森の向こうで、そのブーメランによって木枝が切り離され、木の葉が舞っている音が聞こえてくる。
 そして、それはブーメランという武具の性質上、それはどこかでもう一度返ってくる。森の木々をかいくぐり、再びダークアクセルの体を狙う事だろう。
 ダークアクセルは神経を研ぎ澄ませる。
 そして、その武器は、やはりすぐにUターンして、再び接近した。

「──そこだっ!」

 ダークアクセルが並はずれた集中力でエターナルローブソードブーメランを捕捉する。
 真後から接近するエターナルローブソードブーメランを、振り返り、闇のバリアを展開して防御する。
 それが防がれ、闇に阻まれた。
 ──しかし。

「何ッ!?」

 その瞬間──そんな彼の眼前で、一瞬では数えきれない無数のエターナルローブソードが襲い掛かったのである。
 彼の視界を埋め尽くす黒い刃たち──。

 それらは、全て、ダークアクセルに収束してくるように向かってきていた。

 はっとして見てみれば、目の前で自分が防いだはずの「エターナルローブ」は“消えている”。地面には、一片のくもりもない。闇が吸収してしまったわけではない。
 一瞬の焦燥感に見舞われたダークアクセルだったが、空からの攻撃はバリアを展開して防御する。轟音が響く。

332崩壊─ゲームオーバー─(6) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:41:35 ID:OT9PV3kg0
 すると、幾つものエターナルローブがその中に飲み込まれ、一瞬にして消えていった。

(そうか……ッ!)

 ダークアクセルは理解する。

「何をやっている……!?」

 “それ”は、スーパー1の言葉だった。
 ダークアクセルが何をしているのかわからない、という意味であった。
 彼のレーダーは、“ダークアクセルだけが見ている映像”を捕捉していないのだ。

「──なるほど、この俺に、幻惑を仕掛けるとはなッ!」

 エターナルは、「T2ルナメモリ」の力を発動していたのである。
 これにより、本来一つしかないエターナルローブを「八つ」にして、その全てでダークアクセルを狙った。攪乱させて幻惑を切った隙を狙い、本物で斬りつけようとしたのだろう。確かに、一度はそれに引っかかりそうになったが、無事打ち破ったのは、地に落ちた「気」の抜け殻を見ればわかる。
 その幻惑の効果は、エターナル以外にはなかったのだろう。

 ──その無数の幻惑の中に一つだけ、手ごたえのある攻撃があった。
 直後、その手ごたえを感じる一撃は障壁に弾かれる。──ダークアクセルの後方を狙う攻撃だった。どうやら、視神経が全て前方のそれに集中した隙を狙うつもりであったらしい。
 幻惑は全て消え、本物のエターナルローブも既に地面に払われてしまったのをダークアクセルは確信していた。
 良牙の作戦は、障壁によって破られたというわけだ。

「しかし、外れたな……どうやら策は失敗だったようだぜ、良牙」

 と、ダークアクセルが安心した瞬間であった。

「……馬鹿が」

 エターナルが冷徹に呟き、ダークアクセルに向けて中指を立てた。真っ直ぐ突き立てられた中指に、ダークアクセルも直感的に不穏な意図を感じた。
 はっとして、周囲を見回す──。
 ──と、同時に、「第四」のエターナルローブの刃がダークアクセルの頭上に降りかかったのである。何トンもの重量を持つ物質が地面に落ちたような音が鳴り響く。
 それは、完全にダークアクセルの意表を突いた攻撃であった。

(────何ッ!!)

 既に本物が転がっていたはずなのに、──もう一つの「本物」が己を襲ったのだ。
 エターナルローブは、“二つ存在した”──?

「エターナルローブを出せるのは、俺だけじゃねえんだよッ!!」

 エターナルの真上から、もう一人の「エターナル」が着地する。
 仮面ライダーエターナルは唯一無二の存在である。そして、その武器であるエターナルローブも同様だ。
 しかし、ここに居るエターナルは、決して幻想の産物ではなかった。

「──そう。厳密には、“偽物”ですが、」

 それは、ダミーメモリで仮面ライダーエターナルの姿に変身したレイジングハート・エクセリオンであった。彼女が隙を見て、「本物」を一つ作りだしていたのだ。
 先に地面に落ちた八つのエターナルローブは、ルナの力によって発現した「七つ」と、エターナルから放たれた「一つ」──しかし、「もう一つ」の本物が即席で生み出され、それが敵に一矢報いた。
 確かにエターナルの作戦は失敗していたかに見えたが、そこに加担し、成功に導いた者がいたのだ。

「これは、“本物”の怒りをあなたに向けてた一撃です──!!」

 エターナルの姿を模していたダミーは、再び、高町なのはの姿へと変身する。
 こちらの姿の方が、仲間内の「判別」の上では混乱も起きないと配慮しての事だ。
 本物のエターナルが、前に出る。

「本当は俺の手でテメェを倒してえが、テメェを潰したいと思ってるのは俺だけじゃねえんだぜ!」

 エターナルの中で良牙は思った点…。
 あかねを狂わせ、殺したのは間違いなく目の前の敵だ。
 しかし、それでも……。
 この憎しみを持っているのは、響良牙だけじゃない。
 だから、誰が力を貸してくれたっていい。

「トドメは誰にだって譲ってやる……。ただ、絶対に──」



 ──オマエを倒す!!



 良牙の心の叫びがその場に反響した実感があった。
 その瞬間に、偶然にもその場に吹いた風が、誰かの心の追い風となっていった。
 彼には負けていられない、と。

333崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:42:33 ID:OT9PV3kg0



「でかしたぜっ、二人とも……やっぱり今、勝利の女神は俺たちに微笑んでるってワケか」

 仮面ライダージョーカーが、まさに、良牙に影響されて前に出た戦士だった。
 年下の響良牙に先を越されてしまったゆえに少々焦りを覚えているのかもしれない。
 義手の右腕は、切り札のメモリを掴み、それをマキシマムスロットへと装填する。

──Joker Maximum Dirve!!──

「じゃあ、俺も行くぜ!」

 仮面ライダージョーカーは駆けだすと同時に、カセットアームをマキシマムドライブのエネルギーを携えた右腕に装填する。固く握っていたはずの義手の右腕は、すぐに別の腕へと交換される。
 ドリルアーム。
 ──固い装甲さえも貫くアタッチメントだ。マキシマムドライブは、右腕の姿が変わっても尚、そこにエネルギーを充填し続けた。それまでにそこに通ったエネルギーもどこにも逃げておらず、ドリルアームの周囲に在り続けている。ドリルアームもまた、それを内部の機械で吸収し、激しく駆動する。
 ジョーカーは、高く飛び上がった。

「はあああああああああっっ!!」

 腕が空中で強く引かれ、真っ直ぐダークアクセルの体表目掛けて叩きつけられた。
 黒い胸板に突き刺さるマキシマムドライブの光とドリル。
 かつての戦友、照井竜が愛用した仮面ライダーアクセルが悪の力に利用される事──その事への嫌悪。

(くっ……)

 若干の不快感は覚える。彼が仮面ライダーアクセルの外形を模していなければ、もう少し、この時の気分は変わっただろう。しかし──アクセルを壊しつくす覚悟は、左翔太郎の胸の内には確かにあった。
 ドリルアームによるライダーパンチの発動が終わるまで僅か数秒であるにも関わらず、妙に長い時間に感じたが──あるタイミングで、ジョーカーは後方に退いた。
 やはり、これだけでは勝てないらしい。
 ダークアクセルは立ったまま俯いたように、そこにあり続けた。
 ──思いの外、手ごたえがない。

「はぁっ!」
「おらっ!」

 ゼロとガイアポロンが続くようにダークアクセルのもとへ駆ける。
 先んじて辿り着いたゼロがダークアクセルの体目掛けて、大剣の鋭利な刃を叩きつける。すると、激しい金属音が鳴る。体表を振動するエネルギーがアクセルの装甲全体に行き渡った。
 遅れて辿り着いたガイアポロンも、同様にガイアセイバーを彼の懐に向けて叩きつけた。どこかに攻撃していない“隙”があるのではないかと彼も考え、人体でも弱そうな部分を斬りつけようと思ったのだろう。

「──残り八分」

 ダークアクセルが、まるで気にしていないかのように小声で呟くのを、二人はふと聞いてしまった。
 その瞬間、二人はショックを受けると共に、焦燥感も覚えた。彼の告げた時間はおそらく正確だ。こんな所で油を売っている暇はないのだ。自分たちは目の前にある主催本部へと直行すべきである。

 ──それを、「彼」が裏切ったばかりに。

 そんな彼は、自分たちをものともしていないとばかりに、時間を気にしている。
 苛立ちを覚え、その余裕を打ち壊してやろうと更なる一打を与えようと意気込んだ。

「くっ……銀牙! 力を貸してくれっ!」
「リクシンキ! クウレツキ! ホウジンキ!」

 二人は自分たちだけが召喚する事の出来る強力な仲間を呼び出す。
 彼らの味方はここだけにいるわけではない。

334崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:43:08 ID:OT9PV3kg0

 嘶く声と、蹄の音。──銀色の巨体、魔導馬・銀牙が、魔法陣を通過して魔界から召喚される。
 空を超え、海を渡り、陸を駆けて現れる(?)三つのマシーン。──超光騎士たちが、空から光線を発し、ダークアクセルへと的確な射撃を行い、飛来する。

「──超光合体! シャイニングバスター!」

 ガイアポロンが呼んだリクシンキ、クウレツキ、ホウジンキの三体の超光騎士は、呼び出しと共に空中で合体する。

「頼むぞっ!」

 主人が飛び乗る。
 超光戦士シャンゼリオン──いや、プログラムを変更、彼はガイアポロン──を乗せ、敵に止めを刺す為のフォーメーションを空中で展開。
 青い空の下であった。
 彼ら三体のメカにとって、石堀光彦は──起動を手伝った恩人であるのは人工知能も理解している。だが、これは主人の命令でもあり、決してこの時ばかりは拒んではならない使命である事もまた、了解していた。

「バスタートルネード!!」

 ──超光騎士は、目覚めて、最初の砲火を浴びせる。

 リクシンキの放つショックビーム。
 クウレツキの放つクウレツビーム。
 ホウジンキの放つスーパーキャノン。
 その三つの力はある一点で混ざり合い、その全てが相乗され、三つのエネルギーの特性を合わせた強い砲撃となって、一直線にダークアクセルの身体を狙う。
 主人である涼村暁の最初の命令が、まさか、あの時に一緒にいた仲間への攻撃であるとは、この時、この超光騎士のいずれも思わなかっただろう。
 しかし、一切その砲撃には容赦という物が感じられなかった。容赦をする必要のない相手だと、機械である彼らも本能で悟ったのだ。

「『──烈火炎装!!』」

 ゼロも負けてはいない。魔導火のライターでその身を青の炎に包み、ソウルメタルの性能を引き上げる。涼邑零も、銀牙騎士の鎧も、腕にはめられた魔導輪も、彼が繰る魔導馬も──全てがその炎の中で精神が研ぎ澄まされる。
 魔戒に携わり、魔を絶つ者たちだけが感じる力。──それ以外の者にとっては、それはただの身を焦がす炎にしかならない。
 ゆえに、魔戒騎士はこの殺し合いで圧倒的に有利な存在と言えた。
 銀牙に跨ったゼロは、銀牙銀狼剣を構え、ダークアクセルへと駆ける。

「「────はああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!」」

 涼村暁と、涼邑零。
 二人の声が重なった時、二人の攻撃はダークアクセルの目の前まで迫っていた。依然として、ダークアクセルはその攻撃に対して、それぞれの前にバリアを展開して応戦する。ワンパターンだが、有効打だ。
 しかし──。
 石堀の予測より、その攻撃は幾許か強力であり、また──。

──解──
──解──

 彼の有効打には、こんな対抗策も存在した。
 バリア解除のモヂカラである。──外道シンケンレッドと、それを模したダミー・ドーパントの「白い羽織の外道シンケンレッド」。
 二人が、モヂカラを用いて、障壁を強制解除する事が出来る。今この時のように、バリアのタイミングが事前に予測できた場合は、タイミングを合わせてすぐに行う事が出来る。

「くっ……!!」

 ────炸裂。

 巨体が青い炎を纏いながら、ダークアクセルの真横を横切る。
 ダークアクセルの体に纏わりつく青い魔導火の残滓。
 それを描き消すのは──、ガイアポロンと超光騎士たちが放ったシャイニングトルネードの渦巻く一撃。

「──ッッッ!!!!」

335崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:43:34 ID:OT9PV3kg0

 ダークアクセルの体表で、小爆発が連続して起きる。一つのシステムの崩壊が、別の部位で誘爆を起こす。
 石堀光彦が耐えたとしても、遂にアクセルの方が攻撃の連鎖に耐えかねているらしく、その装甲から火花が散った。──第一、石堀もまた、「耐えた」と言っても、それは確かに一杯喰わされたと言って相違ないダメージである。
 これもまた、想定を上回る攻撃である。

「残り七分──ッッ!!」

 それでもまた、どこか我慢を噛みしめているように、タイムリミットを呟くダークアクセル。
 そんな彼の全身から煙が生じているのを、ドウコクが皮肉的に見守っていた。

「エレキハンド!!」

 次の瞬間、スーパー1の腕は金の光を示し、ダークアクセルの体へと電流を放った。
 雷が落ちたような強烈な金属音が鳴り響いた。電流はダークアクセルの体に直撃し、全身を駆け巡っている。大剣が齎した振動をなぞるように電流はダークアクセルの体を流れていき、時に先ほどのエネルギーと反発しながら石堀光彦の体にダメージを与える。

「──ッ!」

 確かな手ごたえ。
 スーパー1の攻撃と同時に、全身を駆け巡った電気のエネルギー。
 それは、勿論、先ほど同様に、石堀光彦だけではなく、やはり“アクセル”にまで火花を散らさせた。彼の耳元に、両腕、両足、頭──と、全身の装甲を崩壊させていく音が鳴り響いていく。
 あらゆる攻撃が、装甲の防御性能や攻撃性能をダウンさせ、それをただの重い鎧に変えていく。

 ダークアクセルは、“アクセル”に巻き込まれるようにして、自らの膝をついた。
 これならば変身を解除した方が確実に良いと、石堀も内心で思った。そして、その思考通り、次の瞬間にはアクセルドライバーに装填されているアクセルメモリを取りだそうとする。
 しかし──。

「何──ッ!?」

 ──変身が、解除できない。
 アクセルメモリにその手を近づけるなり、全身で装甲が火花を散らし、装甲の内部で石堀にダメージのフィードバックが発生するのだ。
 二度、試したが、やはり同様に、解除が何かによって拒否されている感覚があった。
 アクセルが石堀を弱体させている状況下、変身が解除できないのは痛手である。
 ──何故こんな事が起こるのか。

「どういう、事だ……ッ!!」

 そう、“アクセルメモリ自身”が、ダークアクセルの手を拒んでいるのだ。
 過剰適合と正反対だ。非適合者に捻じ伏せられる形での変身であった為に、“メモリ自体”が石堀光彦に抵抗しているのである。

「まさか、この機に乗じて……」

 誰かを裏切る者は誰かに裏切られる。
 それは時として、“誰か”ではなく、“何か”であったりもする。
 そう、この時。──石堀は、ただの一個の変身アイテムとしか認識していなかった“アクセルメモリ”に裏切りを受けていたのである。

「……いや、この機を待っていたのか、──アクセルゥゥゥゥゥーーーーッッ!!」

 石堀も解したらしいが、それは既に手遅れだ。
 自分は、このまま追い詰められる。いや、既に殆ど、彼らに追い詰められている。
 その彼らの中には、もしかすると──この、加速のメモリも含まれているのかもしれない。

 ──ガイアメモリは元の世界で、その未知の専門家を含め、誰も解明しきれていないほどの未知の性質を持っている。
 時として、メモリ自身が使用者を選ぶのも──また、その性質の中で最も不可解な部分の一つである。
 石堀光彦は、決してアクセルに選ばれてはいなかった。いや、仮に選ばれたとしても、この時、おそらくその資格は亡くしていたのだ。
 本来の装着者──“照井竜”のような、「仮面ライダー」をアクセルが求める限り──。

336崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:43:51 ID:OT9PV3kg0

「照井……!」

 仮面ライダージョーカー──左翔太郎だけがそれを理解し、どこか感慨深そうに、アクセルの崩落を見つめていた。
 井坂深紅郎が無数のメモリを使った実験によって、自壊した時にも似た光景だった。
 照井竜の──仮面ライダーアクセルの最後の意地を垣間見ているような気がして、彼は息を飲んだ。

 照井竜を殺害したのは、実は間接的には石堀光彦である。彼による洗脳を受けた溝呂木眞也や美樹さやかの襲撃がなければ、照井竜とその同行者である相羽ミユキは死なずに済んだといえる。
 アクセルメモリは、今、ある意味で、その“復讐”を行っているのかもしれない。

「……何だかわからねえが、絶好の機会って奴らしいな」

 そんな時、言葉を発したのは、血祭ドウコクであった。
 昇龍抜山刀を抜き、全く遠慮を示さず、全く恐怖を覚えず──ダークアクセルへと、のろのろと歩きだす。
 ダークアクセルの視界に、鈍い動きで迫るドウコク。
 反撃の機会を見出そうとするが、そんなダークアクセルの体を蝕む電流。装着者を戦わせない──、“変身システムによる反撃”が石堀光彦を襲う。
 これは、もはや──拘束具である。

「折角だからな、俺の借りも返させてもらうぜ」

 呟くように告げるなり、眼前で、ドウコクは昇龍抜山刀をアクセルの左半身目掛けて振り下ろした。
 ねらい目は、青色の複眼であった。ここが叩かれる。──破壊音。
 メットの青いバイザーのみが砕かれ、中の機械が外に露わになった。その痛みは仮面の下の石堀にもフィードバックする。──左目に電流。
 目の前の血祭ドウコクが受けた痛みに似ている。

「ぐぁっ……ッッ!!」

 この一撃がドウコクの返答であった。
 彼は真正の外道である。
 弱っている相手にも躊躇はない。たとえ、それがかつて味方であった者だとしても、どれだけ弱り果てていたとしても──それが彼の感情を僅かでも痛めたり、揺さぶったりする事はない。
 これは、「外道」であるがゆえに成せる技だ。彼が外道であるがゆえに、一方的に敵を痛めつける事にも躊躇は払われない。

 そして、そんなアクセルに誰かが救いの手を差し伸べる事も、この時ばかりはなかった。
 更にドウコクはアクセルの角を左手で掴み、強引に立たせるようにして持ち上げた。手足がだらんとぶら下がる。──石堀もどうやら、限界のようである。



「んラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 そこから、横に真一文字。
 刀が凪いだ。深々と斬りつけられた刃は、アクセルを確かに“斬った”手ごたえをドウコクの手に伝えていた。
 ──アクセルの装甲に黒い生傷が生じ、そこからアクセルの全身を覆うような真っ白な煙があがった。耳を塞ぎたくなるような金属音が鳴る。

「……っと、」

 ドウコクはこの一撃とともに、アクセルと距離を置く。できれば攻撃を続けたかったが、それはやめた方がいいと気づいたらしい。
 ──何故ならば、既にトドメを刺す為の前兆が始まっていたのを背中で聞いていたからである。
 彼らが攻撃してくる事はないと思うが、巻き添えを食らうのはごめんだ。
 まあいい。譲ってやろう。

──Joker!!── 
──Eternal!!──

337崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:44:14 ID:OT9PV3kg0

──Maximum Drive!!──

 重なって聞こえた二つのガイダンスボイス。
 仮面ライダージョーカーと仮面ライダーエターナルの二人の仮面ライダーがマキシマムドライブの音声を奏で、膝を曲げ、腕を横に広げて構えていた。
 仮面ライダークウガの変身待機時のポーズであった。

 彼らが、同じ仮面ライダーとして、ダークアクセルの最後を飾ろうとしているのだ。
 マキシマムドライブのエネルギーはベルトのメモリから膝へと伝っていく──。

「照井……これ以上、お前のアクセルを、こんな奴に利用させねえよ」

 そんな言葉に反応して、ダークアクセルの動きが硬直する。──反応したのは、ダークアクセルといっても、“石堀光彦”ではなかった。
 ──全身の神経が逆らえない、装甲の圧迫。内部を駆け巡る電流のような衝撃。
 この一撃だけはなんとか通そうと、アクセルメモリが──照井竜の魂が邪魔をしているかのように。

「くっ……!」

 彼は、二人の仮面ライダーが自らの目の前で、こちらへ向かって駆けてくる事も、飛び上がり、回転する瞬間も、見ているだけしかできなかった。
 抵抗は全くの無意味だ。メモリの拘束力が強い。
 次の瞬間──





「「ライダー、ダブルキィィィィィィィィーーーーーーーッッック!!」」





 ダークアクセルの身体を貫く、二人の仮面ライダーの同時攻撃──マキシマムドライブ。
 炸裂。──目の前で視界を覆う光。
 即席とは思えぬ、見事に息の合ったコンビネーションで、それはダークアクセルの胸にクリティカルで命中した。
 アクセルの装甲で耐える事は不可能な膨大なエネルギーが流しこまれる。

「ぐっ……ぐああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」

 鳴り響く悲鳴。──そして、遅れて爆音。
 それはアクセル自身の内部の音だった。
 アクセルの装甲が弾け飛び、爆発する。ナイトレイダーの制服をぼろぼろに焦がした石堀光彦が中から現れ、膝をついて倒れる。──彼にしてみれば、牢から解放されたともいえるかもしれないが、その時に被ったダメージはその代償としては大きな痛手であっただろう。
 空中で、アクセルのメモリが罅を作り、心地の良い音と共に割れた──。

 ──メモリブレイク。

 仮面ライダージョーカーにとって、それは仕事の一つだった。
 仕事を完了した彼は、恰好をつけた決めポーズをするのが癖だったが、今日はそれを忘れていた。
 勿論、それは、照井竜の遺品ともいえるガイアメモリを砕いてしまったからに違いない。

(……これで、本当の意味で風都のライダーは……俺一人になっちまったな)

 爆炎を背に、彼はしみじみと思った。
 アクセルを継ぐ者は現れない。何人もの仮面ライダーが支え合い、風都を守って来た伝説は、今日から、孤独のヒーローの話になる。
 ──それを、翔太郎は実感した。

「がっ……がはぁっ……ッッッ!!!」

 溺れたような声が耳に入り、ジョーカーたちは振り返った。
 常人はメモリブレイクのダメージに耐えてすぐに起き上がる事は出来ないのだが、石堀はそれが可能だった。まだ地面から煙がそよいでいるという中でも、土を握って立ち上がっている。

338崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:44:35 ID:OT9PV3kg0

 それは、生身の人間のように見えるが、──いや、そうではない。
 石堀は、ウルティノイドだ。宇宙で作られた人工生命体である以上、その姿が人間だからといって侮ってはならない相手なのである。──この中に、それを知る者は一人もいなかったが。

「……まさかッ……この俺が……!! この俺が……ッ!!」

 石堀は既に包囲されていた。
 ここにいる者たちは、容赦なく石堀を攻撃する覚悟を持っている。
 その武器を固く握りしめ、彼を倒す事を誰しもが考えていた。息の根を止める、という末恐ろしい事を実行しようとしている。
 しかし、その時。

 ──ふと。

 石堀の視界に、包囲している人間たちとは別の物が、見え、石堀はそちらを注視した。
 それは、確かにこちらに接近している。──物体、いや、人間。
 誰だ……? あれは……?
 自らが置かれている状況を忘れて、彼は目を見開いた。

「…………!」

 その時。石堀に対して、またも予想外のアクシデントが起きたのである。
 しかし、そのアクシデントはこれまでとは決定的に違う性質の物であった。──なぜなら、それを謀った物は誰もいないからだ。
 対主催陣営も、石堀光彦も、主催者側も──実際のところ、まるで感知しなかった事実が襲来した。

「────」

 石堀が、何かを見ている……という事に他の全員が気づいたのは、そのもう少し後の事だった。彼の次に、零が、──次に、ドウコクが、──沖が、──レイジングハートが、──翔太郎が、──良牙が、気づいた。
 そこで、誰かが言った。

「待て……! なぜお前が……」

 誰が言ったのかはわからない。しかし、誰もが同じ事を言おうとしていた。
 彼らは、どうやら、このタイミングで、今の戦闘よりも遥かに注意を向けなければならない事象に立ち会ったらしい。
 誰かが空を見上げた。
 いや、しかし──空は、思いの外、明るかった。だからこそ奇妙だった。
 ──何か、恐ろしい物が背を這うような感覚を、その場の全員が覚えた。

「……貴様、生きていたのか……!」

 それは、石堀光彦でさえ一度息を飲んでしまう相手だという事。
 本来、死んでいるはずの存在であるという事。──放送でも、名前は呼ばれたはずだった。
 そして、自ずと見えてきた敵の姿。

 あれは見た事のある白い体表。
 その体表を飾る金色の装飾。
 四本角。
 吊り上がった怪物の眼。



 究極の闇ン・ダグバ・ゼバ──。

「イシボリ……カメンライダー……やはり、生きていたか」

 ──いや、「ン・ガドル・ゼバ」であった。



「どうして……お前が……いるんだ……」

 彼は、翔太郎が、フィリップや鋼牙と共に完全に倒したはずなのに。
 何故、ここにいる。彼らの犠牲によってやっと倒したはずの相手だ。
 それは、ダグバの姿をしていたが──左翔太郎には、それがガドルなのだとすぐにわかった。左腕が失われているのがその最たる証拠だ。

339崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:45:04 ID:OT9PV3kg0

 だが、左腕を失った宿敵は、永久に死んでいて欲しかった。
 彼を倒す為に出てしまった犠牲の重みを思えば、そうでなければ理不尽である。──ジョーカーは固く拳を握る。

 ──何故、こんな時に。

 そう問いたい気持ちが本来湧き出るはずだが、それさえ出なかった。
 彼が、何故こうして生きているのかは誰にもわからなかったからだ。

 しかし、少なくとも、彼は、「死んだ」ように見せかけながら、何度でも彼らの前に現れた敵であった。
 それと同じだ。もう驚き慣れたほど──。
 そして、また、こうして彼らの前に現れてしまったのである。



「──確かに、俺は、貴様らに何度となく敗北した……! そして、死さえも経験した……! 世界には俺よりも強い者が何人もいたのだッ!! もはや、勝者となり、究極の闇を齎す資格はどこにもないのかもしれん……」



 ガドルが右腕を目の前に翳す。
 次の瞬間──。

「……!」

 超自然発火能力によって、彼らの周りに炎が上がる。
 炎は無差別に燃え上がった。自らを巻き添えにする事も辞さないほどである。

「……しかし、俺はグロンギの王だ。ゆえに、グロンギ以外の者に負けたままで終わる事は出来ない! この俺の為に、王となった俺の為に──グロンギの王が、他の種にやられた事実を覆す為に……敗北し、葬られた全ての同胞が力を貸しているに違いないのだ……! ならば、それに応える事こそが、王たるこの俺のさだめ……!」

 その精神は、果てしないほどに「戦士」であり、「強者」であった。
 その誇りは、まさしく「王」に相応しい物であった。

「俺は、貴様らを倒すまで、死ぬわけにはいかん……!!」

 外見は、まだその体の全てを完治しておらず、はっきり言ってしまえば満身創痍といっていいかもしれない。気力だけで体を動かしているという言葉がこれほど似合う者もいまい。
 究極の闇としての脅威は、そこにはなかった。

 しかし、この場に現れた第三勢力に、多くの者が戦慄した。
 その執念に、そのしぶとさに……。

「──まずは貴様だ、イシボリ!」

 着々と過ぎていく残り時間の中で、敵も味方も、第三者もまた──思いもよらぬ出来事の連続を体感していた。





340崩壊─ゲームオーバー─(7) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:45:52 ID:OT9PV3kg0



 キュアブロッサムは、再び、容赦なくキュアピーチに容赦のない攻撃を仕掛けていた。
 起き上がったキュアピーチに、両腕の拳を何度も振るう。
 キュアピーチもまた、同じ数だけ拳を振るい、防御しながら攻撃を仕掛ける。
 常人の目では素早すぎて見えないラッシュが、キュアピーチとキュアブロッサムの間で展開されている。
 事実、そこに辿り着いた孤門一輝の目には、“それ”は見えていなかった。

「つぼみちゃん!」

 孤門が、大声をあげて呼んだ。
 しかし、ブロッサムはそれを聞いたものの、戦闘に集中すべく、やむを得ず無視した。視線さえも孤門には向けられていない。一瞬でも気を抜くと命取りになるのだ。まるで聞こえていないかのようである。
 孤門に申し訳なく思いながらも、やはり、それは仕方のない事だと割り切った。

「美希ちゃん……!」

 勿論、孤門も咄嗟に呼んでしまっただけで、戦闘を中断しての答えを期待していたわけではない。無視を決め込まれても別段心を痛ませるわけでもなく、その場にいるもう一人に気づいて声をかけた。こちらは、もっと意思の込められた呼びかけだった。
 キュアベリーは、少し足を痛めたと見える。この場で立ち上がらずに、ピーチとブロッサムの方を見上げていた。あのラッシュの中、付け入るタイミングがないのかもしれない。
 ベリーは、自分の名を呼んだ孤門の方を向いた。

「孤門さん……」
「痛みは?」

 孤門は少し心配そうな表情で訊いた。
 彼がこんな風にサポートをするのはこれで何度目だろう。

「あるけど……大丈夫。すぐになんとかなります。大した痛みじゃないので」

 その言葉は、強がりというわけでもなさそうだった。しかし、僅かでもダメージを受けてしまうのは今後厄介である。
 残り時間も少ない。──孤門の中では、焦燥感は苛立ちへと変わりつつある段階だ。

(まずい……)

 残りの数分で、ゲームは「破綻」だというのだ。孤門たちはこの島に取り残される形になってしまう。その短期間で乗りこむ事が出来るのか?
 残された可能性は僅かだ。おそらく、「無理」と言っていい。
 しかし、最後まで諦めてはならない──それが信条だ。

 キュアベリーが、ピーチとの戦いについて口を開いた。
 事前の作戦らしき物はあるのだが、どうやらまだ成功まで漕ぎつけていないらしい。

「ピーチのブローチを狙っても、どうしても拒絶されて、難しいんです……」
「わかった。……でも、それは大丈夫だよ。こっちも、打開策を得たばっかりだからさ」

 そんな孤門の言葉にきょとんとしているベリーであった。
 妙に自信ありげにも聞こえた。

「大丈夫。もう、すぐにラブちゃんは助かるよ」

 その時。
 キュアベリーと孤門の後ろから、二人分の足音が鳴った。──マミと杏子だとするなら、丁度人数分であった。
 しかし、まだそれが誰なのかはキュアベリーの視点では確定していない。とはいえ、マミと杏子だと推測しており、実際そうだと確信しているのだが、彼女は、そう思っていたからこそ、──そして、実際に正解だったからこそ、この後、驚く事になる。

「……え?」

 二人は、ゆっくりとキュアベリーたちの真横まで歩いて来た。
 そして、立ち止まり、真上で戦闘を繰り広げているキュアブロッサムとキュアピーチの方を見上げている。
 地面に座りこんでいるキュアベリーには、その顔は後光で見えない。

341崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:47:20 ID:OT9PV3kg0




すみません、>>340は「崩壊─ゲームオーバー─(8)」です。

342崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:47:48 ID:OT9PV3kg0

「……!」

 だが、そこにいる二人の「恰好」を見て、──キュアベリーも驚かざるを得なかった。

「これが最初で最後だからな、折角だしキメてみるか」
「──そうね、二人だけだど味気ないかもしれないけど」

 それは──黄色と赤のフリル。
 間違いなく、キュアベリーが近くで見てきたものと同じだった。
 声、だけが違う。





「イエローハートは祈りのしるし! とれたてフレッシュ、キュアパイン!」

「真っ赤なハートは情熱のあかし! 熟れたてフレッシュ、キュアパッション!」





 二人のプリキュアが名乗りを上げる。
 そう、それは──かつてまで一緒に戦っていた、二人のプリキュアであった。

 キュアパイン。──山吹祈里。
 キュアパッション。──東せつな。

 だが、その二人はもう、この世にはいない。いるとすれば、美希の心の中に二人はいる──が、美希が二度とその姿を現実に見る事はないはずだったのだ。
 その決別は既に済ませたはずであった。

「やっぱり、恥ずかしいなこの『名乗り』って奴は」
「……そうかしら? 結構カッコいいと思うけど」
「……」

 太陽が微かに動くと、そう言う二人の顔が、ベリーにもはっきりと見えた。
 やはり──それは、巴マミと、佐倉杏子だったのだ。マミがキュアパインに、杏子がキュアパッションに変身している。

 そこにあるのが祈里とせつなの顔でなかったのを一瞬残念に思った心があるのも事実だが、やはり……事後的に考えれば、少し、そうでなくて安心した気がする。
 もし、またそこに祈里やせつなの姿があったとしても、どう受け止めていいのかわからないほど、この二日間は長かったのだ。彼女は既に受け入れてしまった──二人の死を。
 見慣れたキュアパインとキュアパッションの顔が、少しアンバランスにも見えた。衣装は同じだというのに、顔だけ違うのが違和感を齎すのだろう。

「あなたたち……」

 やはり、驚いてそんな声が出てしまった。
 何故、二人がこうしてキュアパインとキュアパッションになっているのだろう。──恰好だけが同じというわけではないのは、同じプリキュアであるキュアベリーには、すぐに理解できたが、彼女たちプリキュアは誰でも変身できるというわけではない。

 キュアピーチはラブ、キュアベリーは美希、キュアパインは祈里、キュアパッションはせつなの物であった。……しかし、そのルーツを辿れば、確かにありえる話ではある。
 美希も最初は普通の女の子だった。それが、妖精ブルンに認められ、キュアベリーの使命を背負った事で変わったのである。
 ──つまり、妖精が認めれば、誰であっても、次のプリキュアの資格を得る事も出来る、という事だ。
 考えてみれば、同様に、ダークプリキュア──そして、月影なのはと名付けられた彼女が、キュアムーンライトに変身を果たしている。

「……ベリー。キルンとアカルンがあたしたちの事を認めてくれたみたいだ。あたしたちじゃ気に入らないかもしれないが、四人で力を合わせればブローチの一個や二個、簡単にぶっ壊せるだろ?」

 言って、キュアパッションはキュアベリーの手を取った。
 キュアベリーが、呆気にとられながらも彼女の手を借りて立ち上がる。その顔つきは杏子にも随分と間の抜けた物に見えていたが、すぐにまた顔を引き締めたのがわかった。

343崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:48:29 ID:OT9PV3kg0

「……二人はもう完璧に私の仲間よ! 祈里とせつなの後任だって認められるわ。気に入らないわけないじゃない……!」

 ベリーは、勝気に笑い、二人の間に少しの安心が宿った。
 蒼乃美希にはわかる──。
 仮にもし、死者が何かを言えるのなら、彼女たちは二人を認めるに違いない。キルンやアカルンもそれを見越した上で二人を新たなプリキュアへと変えたのだ。
 ならば、ここで新生・フレッシュプリキュアが生まれる事になる。

 ──いや、やはり、……まだだ。

 現段階ではまだ新生・フレッシュプリキュアとは言えないではないか。
 あと一人。キュアピーチを助け出した瞬間から、フレッシュプリキュアは新しいメンバーを加えて、再び「四人」になる事ができる。
 ラブを含めて四人。──そう思ってこそ、気合いが湧きでるという物だ。
 それを思って、ベリーは自らの頬を両手でぱんっ、と叩いた。

「……さあ、いくわよっ、二人とも! プリキュアでは、私の方が先輩だから、わからない事があったら何でも聞きなさいっ!」

 今度は、キュアピーチとキュアブロッサムの戦闘が繰り広げられる眼前へと駆けだした。
 後ろには、少しむすっとした表情で、「先輩風吹かすんじゃねえ!」と言うキュアパッション。それを、「いいじゃない、たまにはこういうのも」となだめるキュアパイン。
 それは、誰にとっても新鮮な光景であった。

「──はぁっ!」

 彼女たちは、顔を見合わせて頷いた。
 疾走した三人は、一瞬でキュアブロッサムとキュアピーチの周囲を囲んだ。
 流石に、二人もすぐに戦闘行為を中断する。
 キュアピーチは、単純に形成が不利になったのを理解したからであり、キュアブロッサムは、無抵抗の敵に攻撃を続ける必要性を感じなかったからだろう。

「えっ……? どういう事ですか……?」

 戦意に溢れた先ほどの表情と打って変って、きょとんとした表情でブロッサムが言った。
 彼女も、キュアパインがマミ、キュアパッションが杏子になっているこの光景には、唖然としてしまっている。

「説明は後! ブロッサム、私たちに合わせて!」

 しかし、そんな疑問は、今は彼女に勝手に納得して貰うとして、問題はもう一人のプリキュアの方である。
 ──キュアピーチの顔色が、更に険しくなった。

「……ッ!!」

 キュアピーチは、加わった三名の姿、それぞれに何かの想いを抱いたようである。
 激しく強い憎悪。特に、その「三つの色」が目の前に入った時は、全てをなぎ倒す竜巻のように激しく、彼女の心を渦巻いていく──。
 あの青と、黄色と、赤の衣装に対しては、ただひたすら憎しみばかりが湧きあがってくるのである。
 どれも、“憎い”記憶に満ちているようだった。

「……!?」

 だが、そんな想いに駆られていた間に──キュアピーチは、自らが敗北の境地に立っていた事に気づいた。

「何ッ……!」

 そう、気づけば既に────包囲は完了している。
 逃げ出す猶予はなかった。
 キュアピーチは、四人の敵に四方を完全に囲まれていたのだ。対象を絞れない彼女は、一瞬錯乱する。

 右を見れば、キュアパイン。左を見れば、キュアパッション。後ろには、キュアベリー。前方には、キュアブロッサムがいる。
 まずは、真上に飛ぶ事を考えたが──。

「さあ、一気に行くぞ!」

344崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:48:46 ID:OT9PV3kg0

 次の瞬間、キュアパインとキュアパッションが駆け出し、キュアピーチの腕をそれぞれ掴む事に成功してしまった。その腕は強く、固く結ばれている。
 キュアピーチは、先手を取られた事に対し、不機嫌そうに顔を歪ませた。

「はぁっ!!」

 だが、それでも、キュアピーチは二人を引き離そうとして、地面を強く蹴った。ある意味では彼女も強い執念の持ち主なのだろう。
 三人が高く空に舞う。
 キュアパインとキュアパッションは、彼女のジャンプに巻き込まれながら、それでもキュアピーチを離さず、固く掴まっていた。
 それを追うように、キュアブロッサムも地面を蹴って高く飛んだ。

「はぁぁぁぁっ!!!」

 彼女が強く引いた腕は、胸元のブローチを掴もうとして、前に伸ばされる。
 あと数ミリで手が届く……という所で、キュアピーチは抵抗する。

「──邪魔をするなぁっ!!」

 キュアピーチの華奢な足が、キュアブロッサムの腕を蹴り上げたのだ。空中で蹴り上げられたキュアブロッサムは、バランスを崩しながらも叫んだ。
 ここにいるのは、キュアパインとキュアパッションとキュアブロッサムの三人だけではないのだ──。

「──くっ、今ですっ!! ベリー」

 その言葉は、「誰か」への指示であった。

「OK!」

 キュアピーチの真後ろから、キュアベリーの声──。
 いつの間に、そこにキュアベリーがいたのか、キュアピーチは認識できていなかった。

「何ッ!?」

 既に彼女もまた宙高く飛び上がっていたのだ。おそらく、キュアピーチと同時に飛び上がる事で、自らの足を踏み込む音を消したのだろう。
 キュアベリーの腕は、キュアピーチの肩の上から、胸元のブローチまで手を伸ばした。
 キュアピーチは両腕でそれを止めようとするが、動かしたい両腕はキュアパインとキュアパッションに掴まれている。足は、キュアブロッサムを蹴り上げたばかりだ。

「──いい加減に、目を覚ましなさい!!」

 キュアベリーの指先は反転宝珠のブローチを掴み、キュアピーチの胸から引きはがす。
 四人の攻撃を同時に受けたばかりに、彼女も反転宝珠を守り切る事ができなかったのだ。

「──今よっ!」
「あいよっ!」

 そして、ベリーが真横に投げた反転宝珠は、次の瞬間、──砕けた。
 キュアパッションが、見事に槍身で貫いて見せたのである。貫かれ、形を維持できなくなった反転宝珠がばらばらになって、一足先に地面に零れていく。
 ──それがソウルジェムとは性質の違う物であると知った以上、躊躇はなかった。

 これで、“友達に攻撃される”という、この、最悪の戦いは終わる……。

「──ラブ!!」

 キュアピーチの全身の力がその瞬間に抜け落ちた。両腕を掴んでいたパインとパッションはそれをよく感じ取っただろう。
 キュアベリーも、少し力が抜けたような気分になった。
 空中を舞っていたはずの五人は、そのまま自由落下する事になる。

「────」

 四人のプリキュアを前にした時点で、キュアピーチは敗北していたのだ。
 最早、そこにこれ以上戦いを長引かせる必要などなかった。

 ──その時、彼女たちが空から見る地上では、炎があがっていた。
 落下するキュアピーチは、その炎の中に、一時的に失われた桃園ラブらしい思い出を灯していた。

345崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:49:01 ID:OT9PV3kg0







「……」

 ン・ガドル・ゼバ。
 この石堀光彦という怪物が出る前は、彼こそが最強の魔人として“ガイアセイバーズ”の前に立ちふさがっていた。

 ──戦いと敗北と殺人の中で、飽くなき強さを求め続け、何度倒しても、強運によって守られ続けた戦士。

「てめぇ……」

 彼が完全に死んだ時、全ての参加者は、彼をもう思い出したくない存在だと思っていた。彼が野放しになる事に無念を感じて死んだ参加者もいる。
 生きていてはならない敵だった。
 生物には生きる権利があるとしても、それを絶えず侵し続けるのが彼らグロンギ族であった。
 ガドルがまた、これ以上、戦いを求め、これ以上、何かを殺し続けるようでは、死んでいった者たちに顔向けが出来ない。

 ジョーカーには、焦燥感と苛立ちと、体の震えがあった。
 ダークアクセルへの追い込みだってかけられたタイミングで──残り時間もほんの僅かだというのに──。
 この男が殺した幾つもの無念を背負っている男として──。
 そして、この怪物とまた命をかけた殺し合いをしなければならない者として──。
 左翔太郎の中で、あらゆる感情が渦巻いていく。しかし、そんな彼に、ガドルが顔を向けるが、かけた声は淡泊であった。彼の真横を、全く、淡々と言っていいほどにあっさりと通り過ぎていく。
 他の戦士たちも同様、今はガドルの眼中にはなかった。

「──カメンライダー。俺は必ず貴様も殺す。待っていろ。……だが、まずは貴様ではない」

 そう、ガドルにとって、最も優先すべき敵は、仮面ライダーダブル(ジョーカーの姿をしているが、ガドルはこう認識している)ではなかった。
 左翔太郎も確かにダブルの欠片ではあるが、そうであると同時に、ガドルを倒した時点でのダブルと同条件の存在ではない。
 しかし、ただ一人だけ、一対一の勝負で悠々とガドルに勝ち星を上げた物がいた。

「イシボリ……」

 石堀光彦。──仮面ライダーアクセル、こそが彼にとって、唯一、単独で自らを倒した敵だったのである。
 そして、ガドルも、今、石堀に対して、かつてとは段違いの闘気を感じるようになっていた。

「今の貴様は、まさに究極の闇だな」

 ガドルの攻撃対象が、石堀光彦であった事に安堵した者もいたかもしれない。いや、むしろ──多くの者は、ここで“彼”が石堀を追い詰めるのに加担する事に、若干の心強さも覚えていた。
 彼は、土の上で──火元がないのに何故か──燃え続けている炎の中を堂々と歩き、全員の視線を釘づけにしながら、ダークアクセルの前へと歩いていく。

「貴様は、リントではなかったか……。だからこそ、俺に勝つ事が出来た」

 かつて、トライアルの力を持ったアクセルに、ガドルは敗れた。
 それより前にも、彼の放った神経断裂弾に意識を途絶させられた事もある。
 忘れえぬ幾つもの雪辱。──どうやら、それを果たす最後の機会が巡ったようだと思う彼であった。

 ──戦え……

 ────俺と戦え、石堀……

 そんな囁く声が、石堀光彦の頭の中にも響いてくる。──普通の人間なら耐えがたい威圧感を覚える事になるのだが、彼にはそれがなかった。

346崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:50:06 ID:OT9PV3kg0
 余計な雑音として、それはすぐに、頭の中でシャットアウトされた。

「チッ……余計な参加者が増えたか……!! だが、まあいい……!! 遂に、終わりの時が来た……ッッ!!!!」

 眼前に迫りくるガドルを目にしても、ダークアクセルはそんな小言を言うばかりであった。
 彼が放つ超自然発火能力による炎は全て、ダークアクセルの周囲で「闇」が吸収していく。

「戦え……ッ!!!」

 奇妙な、炎と闇の相殺。
 まるでそれが一つのこの場のギミックであるかのように、空中で、「炎」が浮かんでは消えていた。
 誰もが、その様子に息を飲み、割り込むタイミングを見計らっていた。

「残り時間は、五分……ってとこか。まあ、ギリギリだが、粘った甲斐があった。これだけあれば残りの計画は終わり、復活の時が来る……!!」

 ダークアクセルが、ふとそう呟いた。
 今はガドルを全く意識していないようにも見える。
 この場において、彼だけはほとんど危機感を持っているようには見えない。

 ────と、同時に。



「──本当のショータイムはこれからだぜ……ッ! 面白い物を見せてやるよ」



 そう言うダークアクセルは、気づけば、「空」に逃げ出していた。ガドルなど彼の知った話ではないらしく、真正面から向かうのは極力避けようとしているらしい。
 空中浮遊。──アンノウンハンドが本来持つ力である。しかし、今まではあえて、使わずにいた。
 奥の手の一つとして温存していたのだ。
元々の彼の目的は、目の前の連中とは無縁だ。戦わなければならないから彼らと戦ったのみ。──目的になるのは、むしろこの場にいないプリキュアたちの方だ。
 彼女たちが、今、遂に石堀の目的通りに行動したのを、石堀は感知した。

 ──宙を舞った彼はすぐに別の場所に向かおうとしていた。







 忘却の海レーテの光の下、キュアピーチは周囲を囲んでいる五人の姿に目をやった。
 孤門、キュアベリー、キュアパイン、キュアパッション、キュアブロッサム──つまり、彼女たちはさっきまでそこにいた仲間たちだ。
 辺り──すぐ近くではまだ騒々しさがあり、炎もあがっていた。少し朦朧とする意識の中では、それは些細な事にも映った。

 時間は、……どうやらそこまで経過していないようだ。

 この殺し合いの会場で暮らす事になったわけでもなければ、この殺し合いが終わったわけでもない。まだ、キュアピーチはこの“殺し合い”の中に巻き込まれている。戦わなければならないのだ。
 しかし、その中でもまた色々あったようで、ピーチの目には驚かざるを得ない光景がある。そう、キュアパインがマミであり、キュアパッションが杏子である……という状況だ。

「良かった……」

 少し唖然としていた彼女に、最初にかかったのは、「桃園ラブ」の回帰に安堵する「蒼乃美希」の声だった。マミや杏子やつぼみは薄く微笑みかけながらも、桃園ラブの一番の親友の役を彼女に譲り、一歩引いていた。

「美希たん……。あれ、私、どうしてたんだっけ……? なんで二人がブッキーとせつなに……? あれ?」

 そんな風に、事態を飲み込めてない様子のキュアピーチだ。

347崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:50:32 ID:OT9PV3kg0
 反転宝珠は、感情が反転していた時期の記憶を忘れさせてしまっていたらしい。
 人格そのものが強制的に変更させられていたので、こんな風になってしまったのだろう。
 先ほどの凶暴さは嘘のようで、このギャップに思わず、キュアベリーの口元から笑みがこぼれてしまう。

「なんでもないわよ。……ただ、あんな思いは二度とご免ね」
「え? やっぱり何かあったの? えっと、何かあったなら、協力できなくてゴメン!」

 普通なら白々しいが、ラブは本当に先ほど何があったのか知らない。
 人格が極端に変わるだけに、記憶ごと一度リセットされたのだ。
 もういい。説明する必要はない。彼女にも悪気があったわけではないし、知れば、泣きわめいて何度もペコペコと謝るだろう。
 桃園ラブは、そういう人間だ。

「……もういいのよ。さあ、私たちも戻るわよ。──今、ようやく新生・フレッシュプリキュアの誕生なんだから」

 ベリーがそう言って、ピーチの手を取り立ち上がった。
 キュアベリーの膝はすっかり怪我の痛みを忘れて、キュアピーチの方も激戦で残る体の傷は、なんとか我慢できる範囲であった。
 しかし、状況説明が曖昧で、どこかからかわれているようで腑に落ちない所もあった。キュアピーチはそれでも、多くは「まあいっか」と軽く流す事ができる。
 ただ──。

「で、新生・フレッシュプリキュアって何?」

 その言葉だけはラブにも気がかりだ。何せ、フレッシュプリキュアという事は、自分もそのメンバーには入っている筈なのだから。
 そんな中で自分だけが置いてけぼりを食らうのはいけない。──と言っても、実はキュアブロッサムもちゃんと説明を受けてはいなかったのだが。

「そうね、それは説明しておかなきゃならないわね」

 簡単に経緯を説明する。
 この段階で、二人がキルンとアカルンに認められ、プリキュアとなる資格を得た事。──としか言いようがなかった。
 美希も実際、つい先ほどその事実を知ったばかりで、当のマミと杏子でさえちゃんとは知らない。
 二人はプリキュアとしては不慣れではあるものの、これまでも魔法少女として戦ってきた実戦経験があり、頼りになるのは言うまでもない話で、仲間としても信頼関係は充分に結ばれている同士だ。
 拒む理由はほとんどなかった。

「えっと……マミさんと杏子ちゃんが、新しくパインとパッションになるって事?」
「要するにそういう事だ、じゃあこれからしばらくよろしく」
「ふふっ、よろしくね、桃園さん」

 二人がプリキュアの衣装を着ているのは、ラブにはどこかおかしくも見えた。
 だが、ラブもこの二人ならば認められる。──祈里とせつなはもういない。それを、キルンとアカルンもまた理解し、乗り越えたという事なのだろう。
 それは決して悪い事ではない。──本当ならもう少し時間をかけて、落ち着いてから探していくべきだったのだろうが、それも、やはり、できなかったのだ。
 しかし、決して、悪い判断ではなかったと思う。

「う、うん! 二人なら、大歓迎だよ!」

 このように話が纏まるのは必然であった。
 とにかく、それを理解したならば、先に進まなければならない。向こうでは戦火が上がっている。何か大きな進展があったとしか思えない。死人は出ていないだろうか。
 ……というのがベリーの考えであったが、そんな最中でもピーチはまた、ベリーに手尾惹かれながら、数分間の欠落した記憶について考えていた。

「……うーん、一体、さっきまで何があったんだろう」

 ラブにとって、思い出せる限り、最後の記憶は、──そう。
 石堀光彦の裏切りと、それを何とかしようとした時の記憶だ。
 まだ、彼は敵なのだろうか──。だとすれば、何度でも、プリキュアの力で──。
 と、考えていたところを、ベリーが突然声をかけた。それで、記憶を手繰り寄せるのを中断する。

「あ、そうだ。ラブ」
「何? 美希たん?」

348崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:50:49 ID:OT9PV3kg0

 キュアベリーは、ピーチの手を引いて、あの炎の挙がっている場所に向かいながらも、ただ一つだけ、どうしても言っておきたい想いがあったので、それだけは今、告げておく事にした。
 その言葉は、キュアピーチの思考を一端止める。──二人は、一度足を止めた。

 そう──。

「……たとえ、さっきまでの事が何も思い出せなくても、私はその時にちゃんとわかった事があるから、それを言っておきたいの」

 先ほど、キュアピーチは敵になった──ピーチは知らない事実だが、そこでベリーはまた一歩、味方が敵になる辛さを覚えた。
 そう。だからこそ、蒼乃美希は、桃園ラブが、今度こそ、もう二度と、「敵」にはならないように、ちゃんと確認をしておきたかった。
 振り向いて、ちゃんと言おう。

「ラブ。もしまた何かあっても、私たち、これからもずっと友達よ」

 キュアベリーは、どこか返事を期待しながら、笑ってそう口にした。
 突然言うのは恥ずかしいかもしれないが、あれだけ辛い想いをした後だ。
 だから、声に出したっていい。
 声に出したって。
 そうすれば、きっと返ってくる。
 彼女の笑顔が──。

「──えー、何言ってるの? 当たり前じゃん、美希たんと私はずーっと友達……」

 ──しかし、その時ばかりは違った。
 いや、その時から先は、永遠に、彼女の笑顔は返ってこないのだ。
 ラブの言葉は、そこで途絶え、そこから先、言葉を発する事がなかった。

「────え……?」

 ──それは、驚くべき事だった。
 誰もが、一瞬、何が起きたのか、正確な事がわからなかった。

 振り返った時、キュアベリーの指先で感じている──桃園ラブの腕の重さが、とても重く──いや、あるいは、軽く、なったような気がしたのだ。
 そして、次の瞬間、完全に力を失っていた。
 キュアピーチの返答は、「笑顔」ではなかった。

「────」

 ──キュアベリーの目に映ったキュアピーチの姿は、胸部から、“第三の腕”を覗かせていた。
 ぴん、と真っ直ぐに伸びた手は、どこか紫色のオーラを帯びていた。
 武骨な、男の手だった。

「……!!」

 その腕は、また胸の奥に引っ込んだ。
 すると、今度は、キュアピーチの胸から少しずつ血が這い出てきた。
 背中側はシャワーのような膨大な血液が吹きだしている。
 キュアベリーが握っている右腕は、力を失い、キュアピーチの──桃園ラブの身体は、立つ事にさえ耐えられず、崩れ落ちた。

「いや……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっっっ!!!!!」

 ──そう叫んだのは、ベリーではなく、マミだった。
 その時、杏子は、背筋の凍るような感覚がして、引きつった顔で「そちら」を振り返っていた。
 つぼみは、怯えきった表情で目を伏せていた。
 孤門は、咄嗟に、目の前の美希の目を塞ごうとしたが──できなかった。
 美希は、まだ何が起きたのかわかっていないような表情で、そこを見ていた。

「……奴らに遅れを取ったのは、俺が『こちら』にばかり気を取られたからだ……ッ!! ──だが、この時まで、随分時間をかけてくれたじゃないか、プリキュア!!」

 石堀光彦の声。──彼は、そこにいて、嗤っていた。
 変身者の死によって、変身が解け、既に力を失い倒れた桃園ラブの後ろ。
 そこには、血まみれの右腕を体の横でだらんと垂らしている、石堀光彦の姿があった。

349崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:51:05 ID:OT9PV3kg0
 指先から零れ落ちた血が、土の上で滴っている。
 その瞳も、体も、闇の色に染まっていた。
 そして、そこには人らしさを一切感じなかった。──これほど、人間を模した、人間に近い姿をしているのに、誰もそれが人間だとは信じられないほど。

「……ハハ、ハハハハハハハ……ハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!!」

 そして、高笑いする“それ”が人間でない事を証明する最大の根拠がある。
 手刀、だ。
 彼は、何の武器もなく、ただその手だけでキュアピーチの胸を貫いたのだ。今ここで起こっている状況は、それを物語っていた。
 それが人間ならば、到底ありえない話である。ただの腕一本で、プリキュアの心臓を貫いて刺し殺す、など。──だが、この場で現実に起きている。
 確かに随分とエネルギーを消費してはいるようだが、石堀光彦はそれをやってのけて、平然と笑いながら、そこに立っている。

「……石堀さん……ッ!! どうして……ッ!!!!!」

 錯乱した孤門は、思わず、前に出てしまった。
 力もない彼であったが、このやり場のない──当人にでさえ、何だか理解できない感情を、ぶつける先を求めていた。
 そんな彼の後ろで、ジョーカーやガドルたちが駆けてきた音が聞こえた。揃った彼らは、全員、すぐに桃園ラブの死を認識し、絶句する。

「ハハッ……どうして、と言ったのか? 確かに、どうしてだったかな……。いや、最初は、別に取り立てて殺す事情もなかったんだが……」

 石堀は、少しだけ笑うのをやめて、わざとらしく頭を抱えて言った。
 孤門は、拳を固く握った。
 あまりにも見え透いた、安い挑発であったが、そう──やはり、「怒り」という感情をコントロールできようはずもなかった。

「副隊長が死んでしまったからな。代わりに別のデュナミストに俺を憎んでもらう必要があった、って所だな。これで納得してもらえると助かるよ、“孤門隊長”──」

 これが石堀の作戦──だとすれば、石堀を憎んではならないはずだというのに。

「──それから、俺の名前を石堀と呼ぶのはもうやめてもらおうか」

 憎しみは、誰の心にも広がった。

「俺の名は………………ダーク、ザギ!」

 彼が本当に憎ませたい、「蒼乃美希」の心も例外ではなかった。



【桃園ラブ@フレッシュプリキュア! 死亡】
【残り14人】





350崩壊─ゲームオーバー─(9) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:52:26 ID:OT9PV3kg0



「ラブ……! ラブ……!」

 蒼乃美希が何度呼びかけても、返事はない。
 桃園ラブの身体は、何度揺さぶっても、呼びかけても、美希が何を思っても、返事をする事はなかった。しかし、背中を上に向けて倒れたそれの表情を見る決意はなかった。
 確実に死んでいる。
 それを理解し、それでも、──「万が一」に賭けて、少しの希望を持って、何度か呼びかけたが、返事はやはり、帰ってこなかった。

「……」

 そう、こんなにもあっけなく。若干、十四歳の少女の命が……その短さは、丁度同じ年齢の美希が一番よくわかる。
 彼女の持つ夢も、彼女と親しい男の子も、彼女を愛した家族も、美希はよく知っている。
 それが、最終決戦の間近で──目的だった、みんなでの脱出を目前にして、今まで、共に戦い積み重ねてきた日々は、脆く崩れ去った。
 やっと出口が見えている迷宮で、桃園ラブは消えてしまったのだ。

「許せない……!」

 強く拳を握るキュアベリー。
 涙より先に出た、底知れぬ怒り──。
 こんな感情が湧きでた相手は、この殺し合いの中でも石堀光彦だけだった──。

 真正の外道。かの外道衆でさえ、門前払いするほどの凶悪だった。
 憎悪というのが、ここまで体の底から湧きあがる物だとは、蒼乃美希も思っていなかった。
 キュアベリーは、ほとんど衝動的に、ダークアクセルの前に駈け出していた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 そう言って、飄々と、悠々と、あまりにもあっさりと、キュアベリーの怒りの籠ったパンチを避ける。彼女の左側に身を躱した。

「……そうだ、その憎しみだっ! だが、その程度の力では俺には勝てない……っ!!」

 そして、──キュアベリーを吹き飛ばす。
 ベリーは全身の力で体勢を立てようとするが、何メートルも後方に向けて落ちていった。
 圧倒的な力で地面に叩きつけられ、大事な事実に気づく。

 ──そうだ、石堀はキュアピーチを一撃で倒すほどの力の持ち主だ。
 プリキュアのままでは勝てないのだ……。



「うわあああああああああああああああああああああああああーーーーーーーッッッッ!!!!!!!」

 男の叫び声が響いた。
 涼村暁の、今までに発した事もないような声であった。
 ガイアポロンもまた、駆けだすなり、振りかぶってダークアクセルを斬り殺そうとする。
 そんな我武者羅な攻撃が効くはずもないのは当然であるが、それでも、冷静に考える力などどこにもなかった。

「テメェッ!!! 本当に殺しやがった!!!! こんな残虐な形で、女の子を一人──」

 ガイアポロンの刃が振り下ろされようとする。

「でも前から気づいていただろう? 俺が桃園さんを狙っている事は……。それを守れなかったのは、誰の責任だ? ──涼村暁」

 刃を振るおうとしていた剣が止まった。
 はっとする。──理屈は正しいとも言えないのに、反論ができない。
 そんな言葉が耳を通るなり、暁は──再び、雄叫びをあげた。

「うわああああああああああああああッッッッ!!!!!!」

 それしか返答はなかった。
 自分の責任も、彼は理解している。──あれだけ、ずっと守ろうとしてきたのに。

351崩壊─ゲームオーバー─(9) ◆gry038wOvE:2015/07/12(日) 13:52:41 ID:OT9PV3kg0
 力の差は圧倒的だった。目を離した一瞬で、彼の計画は完了してしまった。
 それでも。それでも結局は関係ない。暁は、また、同行してきた女の子を一人守れなかったのだ。その事実が暁から理性を奪う。
 ──あの桃園ラブを、守れなかった。
 それを認めたくない。

「テメがァァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!!」

 また、ガイアセイバーの刃が石堀の眼前に振るわれた。
 だが、それを石堀は生の左手で受け止めると、もう血まみれの右手でガイアポロンの胸部に手をかざした。

 その瞬間──ガイアポロンが不穏な予測をした。
 ──負ける?
 そう、思ったのだ。

「やれやれ……ハァッ!」

 ダークザギの持つ、“闇の波動”がその手から放たれる。
 すると、ガイアポロンの体が、──吹き飛ばされる。
 何メートルもの距離を一瞬でガイアポロンは、旅する事になった。何本かの灌木をなぎ倒して、ようやくガイアポロンが地面に辿り着く。

「くっ……!!」

 大木に体が叩きつけられようとした直前、──空中から青い影が現れる。
 クウレツキだ。
 命令を受けずとも、激突する前にガイアポロンを捕まえ、空中へと避難させたのである。
 超光騎士は、思いの外、優秀なサポートメカであった。

『大丈夫デスカ、ガイアポロン……!』
「……サンキュー、クウレツキ!」

 地上を見下ろすと、石堀の元でリクシンキとホウジンキが戦っていた。
 リクシンキがリクシンビームを放ち、ホウジンキはジェットドリルを換装して石堀を倒そうとする。

「超光騎士……、起動してやった恩を忘れたのかな?」

 石堀は、それをそれぞれ片手で受け止めてしまった。
 そして、ホウジンキのジェットドリルが直後にへし折られ、その回転を止める。
 ホウジンキの腕がショートする。

『アナタハ、倒スベキ相手デス!』
『許セマセン……!』

 ──しかし、その直後に、石堀の手から黒い衝撃波が放たれ、ホウジンキの首だけが、何メートルも後方に吹き飛んだ。
 僅か一瞬の出来事で、リクシンキもAIで感知しきれなかったらしい。

『……!』

 刹那──、今度は、リクシンキの眼前まで石堀は肉薄していた。驚異的なスピードであり、まるでワープのようにさえ見えた。
 石堀は、リクシンキの胸に手をかざすと、そこで同じように闇の波動を発する。

「死ね……いや、壊れろッ!」

 ──リクシンキの胸部から、爆音が聞こえた。

 リクシンキのボディが大破する。ホウジンキと同じように首が飛んだが、それ以外にも手足がばらばらになり、内部機械が露出していた。
 修復不能レベルまでに、完膚なきまでに
 ホウジンキが、首をなくし、胴体だけになりながらも、スーパーキャノンの砲撃を石堀に向けた。

「お前もだ、……消えろッ!」

 そして、石堀は遠距離から、同じように黒い衝撃波を発した。
 ホウジンキの胸の命中し、ホウジンキも胸部から爆ぜ、バラバラに砕け散った。

「……くそっ……! 何て事しやがる」


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