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【オリスタ】メゾン・ド・スタンドは埋まらない【SS】

1 ◆PprwU3zDn2:2016/08/10(水) 23:03:21 ID:vIyspCZI0
SSを「ぶっ書いた」!

※注意※
このSSには以下の成分が含まれていません。
・上手な文章・構成
・ジョジョらしさ
・早くて定期的な更新

そんな感じで何卒よろしくお願い致します。それでは本編スタート。

461話後編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 00:55:12 ID:pVUuRgmo0
「取り憑く?違うぜ藤鳥さん、あれは化け物じゃなくってスタンド……像(ヴィジョン)だよ」

「ヴィ、ヴィジョン?」

「そう、その人の生命エネルギーが造り出した力を持ったヴィジョン……
もう一人の自分って言えばいいのかな、自分の意思で出し入れ出来て、自分の意思で操れる」

「化け物じゃあなくってもう一人の自分のような存在……だって?」

天は自らのスタンドが出しっぱなしになっていた事を思い出し、スタンドの方を見た。
スタンドは先程の場所から一歩も動いておらず、その場で「チュミミーン」と鳴いていた。

(……よし、こっちへ来い)

天の思考を合図にスタンドは天に向かって近づいてきた。これが『自分の意思で操れる』
ということだろう。思えば天は以前から自分の意思でスタンドの手を出し入れしてきた。
天はこれを「化け物が『言う事を聞いてくれる』」と解釈していたが、
「自分の体の一部を自分の意思で動かしている」と考えた方がが正しいのだろう。
天は次に『戻れ』と念じた。瞬間、スタンドはその場から消え去った。

「初めはぎこちないかもしれねえけど、練習すればマジに手足の如く動かせるぜ。
『スタンド使い』はみんなそうだ」

「スタンド使い……スタンドを操れる人達の事をそう呼ぶんだろうな……
随分とスタンドに詳しいんだね、コネコちゃん……だったよね?」

「白石子猫(しらいし こねこ)。子猫でいいぜ、ちゃんはいらねぇ。
まあ一応詳しいつもりだぜ……スタンド使いは皆自然と覚えちまうからな……
管理人も『私も』いつの間にか頭に入ってた」

「『私も』?それってどういう……!!!???」

私もという言葉の真意を問おうとしたその時。
子猫の右肩から右腕とは違う『二本目の右腕』が現れたのだ。

「〜〜〜〜〜〜!!!???」

言葉になっていない声を発しながら天は理解した。この子猫という少女もまた
『スタンド使い』なのだと。

「……この町自体もそうたけど、何かとんでもない世界に来た気分だよ……アイツらも」


「う、うわああああああああああ!助けてくれええええええ!」

「コウくんどうしちゃったのよ!嫌アアアアアア!」


(アイツらも気の毒になあ)

天は悲鳴に遮られた言葉を脳内で呟いた。

471話後編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 01:04:58 ID:pVUuRgmo0
「わ、わかんねぇッ!暗くて何も見えない……『何か』に縛られて動けねぇッ!!
瞼が開かねぇ!何も見えねぇッ!」

コウは地面に仰向けになったまま動けないでいた。本人には何も見えていないらしいが、
天にはコウの動きを封じている原因がハッキリと見えていた。

「なあ子猫ちゃ…いや子猫、どうしてあのゴリラにはスタンドや『花』が見えていないんだ?」

天と子猫がスタンドについて話している間に屋上の姿は再び一変していた。
植木鉢の破片と散乱した土以外何も無かったはずの地面から、複数の『花』が咲いていたのだ。

特徴的な花弁の形状からそれが『アサガオ』だと分かるのだが、問題は花ではなく蔓(つる)のほうだ。
アサガオの蔓が鉢に取り付けた支柱に巻きついている姿はよく見かけるが、
この蔓は支柱ではなく人間であるはずのコウに巻きついていたのだ。
しかも動けないようにか頑丈に巻き付いている。
それが屋上に咲いたアサガオの全ての蔓がコウにキツく巻きつかれていれば
流石の猛獣でも動けないというものだ。中にはコウの目の周りに巻きついて
目隠しをしている花もあった。これがただのアサガオではないことは天にもすぐに分かった。

「スタンドを持っていない人にはどういうわけかスタンド自体が見えないらしいんだよ……
詳しい理屈はわからないんだけどね。だからアイツには藤鳥さんや管理人さんのスタンドが
全く見えていない。あ、花が見えないのは蔓で目隠しされてるからだな。
瞼を閉じた状態でキツく巻き着いてるから瞼を開けることも出来ねえ」

「あの花は一体……もしかして管理人さんのスタンドが関係しているのか?」

「まあそういう『能力』だからねェー……あ、スタンド能力については後でいいか?
管理人さんったらマジで怒ってるじゃあねーか、ヤバいぜコリャ」

「スタンド能力?『呪い』みたいな物か。花を咲かせる呪い……ってうぉッ!?」

天と子猫がそこで見たモノは、この世の生き物ではなかった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・・・・・・


初めて出会った時から顔は変わっていない、穏やかで優しい笑顔だった。

だが、その顔から・体からは「闘気」というか「覇気」というか、

そういう類の赤黒くおぞましいオーラのようなものが地響きに似た轟音と共に

止め処なく煙のように湧き出ていた。現世のアパートの屋上に

『鬼』が君臨していた。今ここに居るのはあの優しい管理人では無い!!

481話後編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 01:11:32 ID:pVUuRgmo0
「あらあら、動けないのですか?だったら……起こして差し上げますわッ!!」

管理人はコウの髪を掴むと、思い切り引っ張り巨体を無理矢理持ち上げた。
そのままコウを地面に置き、沢山の蔓に体を縛られたまま立たせた。
コウはこれからとてつもなく恐ろしい事が起きそうな予感がして体を震わせた。

(なんでこの女俺の体を片手で楽々持ち上げられたの!?ヤバい、この女マジで怖い!)

その一方で天と子猫はこのある意味奇妙な光景について会話を始めた。

「なあ子猫……あれもスタンドの能力って奴なのか?」

「いや、スタンドは関係ないと思う。あれは単純に……管理人さん自身の……」


コウを無事に立たせることに成功した管理人は恐ろしい笑顔のままゴリラに語りかけた。

「人の花園をメチャクチャにして、人に平手打ちして、大事なお客様に大怪我を負わせて…」

「ヒ、ヒィッ!何だよ急に改まって……怖いから瞼開けさせろォ!」

「私って何でもお手伝いしたい主義でして……貴方の罪を代わりに数えておきましたわ」

天や子猫からは見えていないが、管理人の顔には沢山の血管が浮き出ていた。
所謂「青筋を立てる」という奴である。しかし表情は優しい笑顔のまま。

「そこのメスガキの命令だか知らねえですけど、人の縄張り(シマ)に入ってきて
スタンド使いじゃなさそうだからとおとなしくしてりゃあつけ上がって
こんな酷い行いの数々をしやがったド畜生を、このまま無傷で帰すとお思いですか……?」

(何か管理人さんの口から物凄い言葉が飛び出してる!?)

「管理人さん抑えて!色々漏れ出してきてるからー!クールダウン!」

子猫の警告も空しく、管理人の中の『スイッチ』は既に入っていた。
右拳を強く握り締め、子猫に先程より若干ドスの効いた声で返事をした。

「安心して子猫ちゃん、一撃だけだから。ほんの一撃で終わるからね」

「……ダメだこりゃ、絶対一撃じゃあ済まねぇ。あのゴリラ、再起不能になっちまうかも」

「ちょっと待て!なんだよ再起不能って!一体俺に何を……」

コウは最後まで喋ることが出来なかった。

管理人の拳がコウの顔面に深々とめり込んでいたからだ。

491話後編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 01:19:50 ID:pVUuRgmo0
拳が顔面にめり込む。ギャグマンガでしか見た事の無い光景を天は目撃した。
管理人が腕を引っ込めると、コウの顔は陥没しているかのように思い切りへこんでいた。
そのダメージは天の比では無いだろう。鼻の骨はおろか、頭蓋骨も砕けているかもしれない。
だが次の瞬間には管理人の左腕がコウの右頬を思いっきりぶん殴っていた。
鼻や口から血が拭き出る。それと一緒に口から白くて四角い物体が何個も飛び出した。

「あの〜子猫サン、彼の口から出ているアレって……もしかして『歯』というものでは?」

「これで驚いちゃあいけないぜ藤鳥サン、これから沢山飛び出るだろうから……ニャハハ」

青ざめた表情で会話する天と子猫。だがこれから起こる光景はもっと凄まじいものであった。

右頬を殴った直後、右の拳で左頬を殴り、瞬時に左拳のアッパーが炸裂し……
顔の次は胸、腹、下腹部の急所と次々にパンチ・キックを繰り出し
攻撃の手を緩めることはない。ゴリラの口からは噴水の如く血が拭き出ていた。
砕けた歯の欠片も次々と外へ飛び散っていった。

管理人の暴走を目にした天は真っ青な顔で子猫に訊ねた。
「何コレ、何この地獄絵図!?やっぱりスタンドって悪霊の一種だろ、怖いよ管理人さん!」

「だからスタンドは関係ねえっての!あの人、昔レディースの総長だったらしいから……」

「レディース?……ってそれ女性版暴走族じゃないか!そんな過去あったのあの人!?」

「何でも昔たった一人で敵対してたチームを壊滅させたらしいからなぁ……
多分世界で一番怒らせちゃいけない人……ってどうした藤鳥さん、耳なんか塞いで?」

「ごめんなさいそれ以上聞きとうないですそんな裏設定いりませんですはいブツブツブツ…」


天の心が見事に折れた頃、スーパー管理人さんタイムは終わりを迎えようとしていた。

「ふぇええええ!ひゃふふぇふぇふりぇええええ!(たすけてくれええええええ)!!」

管理人の猛攻により、歯の大半が吹っ飛んでしまったコウは血の混じった涙を流し
許しを請う。最早何を言っているか分からないが、コウが可哀想なのは一目瞭然であった。
カスミも涙を流し感情が全く無い笑い声を上げ、おまけに失禁もしていた。
多分心も半壊してしまっていると思うのでとても悲惨だなと思いました(by天)。

「あらあら……『今日は』この辺にしておきましょうか……戻りなさい、パスト」

管理人さんは攻撃の手を止め、スタンドに目線を送った。スタンドは消え、
コウを縛っていた花と蔓も消えていった。管理人はコウの服を掴むと
カスミに向かってコウを放り投げた。片手で。

「……さっさとこの(ピー)を連れて帰りやがれこの(ピー)がッ!
今度ここに来たらその(ピー)な(ピー)を(ピー)してやるからな!!」

無残な姿の彼氏を投げつけられ怯えるカスミに、トドメと言わんばかりの
放送禁止用語てんこ盛りの脅し文句を浴びせる管理人。
カスミはボロ雑巾と化したコウを連れて精神的満身創痍になりながら屋上を後にした。

501話後編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 01:26:12 ID:pVUuRgmo0
「……ごめんなさい!私ったらついヤキ入れるのに夢中になってて!子猫ちゃん達大丈夫?」

正気に戻った管理人は子猫の元に駆け寄った。子猫の方はコウに突き飛ばされただけなので怪我はないが。

「私の方は大丈夫……でも……藤鳥さんが……」

「……!そんな、藤鳥くん!?」


「藤鳥さんが……『帰ろうとしてる』」


天は足音をたてないように、忍び足でアパートから去ろうとしていた。
本当は大急ぎで屋上を降りたかった。さっさと逃げ出したかった。
アパートの主である管理人の秘密を知ってしまった以上、この地に留まる訳にはいかない
というか居たくないというのが天の本音であった。
コウとカスミが去った直後から、血を出しすぎたせいか頭が上手く働かず、視界もぼやけて
きてしまっていた。痛みも相変わらず引かないが、それでも必死に出口へ向かう。

が。

(あんな鬼の住まう地にこれ以上いられるか、俺は家に戻るぞ!やべぇフラフラしてきた……)

ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
「こんな所にいたのね藤鳥くん、ケガは大丈夫?」

管理人は天の肩に手を置き優しく声をかけたつもりなのだろう。
しかしその体から溢れる赤黒いオーラとドスの効いたボイス(両方無自覚)は
心の折れた天を怯えさせるのに十分な代物であった。

「あああああアワワワワワワ」

「知らなかったのか…?管理人からは逃げられない…!」
この光景をニヤニヤしながら眺めていた子猫は天の心配をする管理人にある提案を持ち掛けた。

「管理人さん、やっぱり藤鳥さん凄い怪我だから、タカナシさんの所に行かせようよ」

「そうね……藤鳥くん、今そのケガを『治してくれる人』の所に案内するからね」

そう言うと管理人は天に肩を貸した。女性に肩を借りるなんて天はしたくはなかったが、
頭がフラついて倒れてしまいそうな状況だったのでここは素直に借りることにした。
最も、仮に天が元気だったとしても断れないだろうが(実力からして)。

(治してくれるってどういうことだろう?病院に連れて行かれるのか?)

511話後編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 01:37:40 ID:pVUuRgmo0

3人は屋上の階段を降り、1階に到着するとアパートの右端の部屋の前に向かった。

「え……?ここってアパートの部屋スよね?医者でもいるんスか?」

「この101号室はね、アパートの一室を改造して喫茶店を作った人が住んでるのよ」

101の前に到着すると、ドアの横に木製の看板が掛けられていた。
『喫茶店 Jack【Open】』
ドアの前にはメニューの書かれたブラックボードが置いてありと中々本格的だ。


管理人がドアを開けると其処には正に町で良く見かける純喫茶店が広がっていた。
四角いテーブルとソファが複数置かれており、カウンター席も5つほどあるだろうか。
室内はランプの光で淡く照らされていて、雰囲気はとても良い。

「タカナシさーん、いますかー?頼みたいことがあるのー!」

管理人さんがタカナシさんという人を呼ぶと、キッチンの奥から一人の男が出てきた。

「いらっしゃいませ……って管理人さんじゃあないですか、どうしましたか?」

「今面接を受けた人が大怪我をしちゃってね、悪いけど『お砂糖』を一つ分けて欲しいの」

「大怪我を?……!!これはいけない!すぐにお出ししますので、その方をテーブルに」

天を見た男は直ぐに容態を把握したようで、天を入口近くのソファに座らせた。
男はキッチンの奥へ向かい姿は見えなくなった。どうやら何かを持ってきてくれるらしい。

(ああマズい、意識が朦朧としてきた、下手すりゃ死ぬんじゃねーかこれ、最悪だな……)

間もなく、先程の男が人の顔のような模様が入った壺と水の入ったコップを持って
天のいるテーブルに戻ってきた。壺と水をテーブルに置くと、壺の中から
角砂糖を一個取り出した。どうやらこの壺はシュガーポットのようだ。
しかしこの角砂糖と怪我がどう関係あるのだろうか。と天は思っていた。

「本来ならコーヒーにでもお入れするべきなのですが、熱いコーヒーだと飲めない可能性もありますので。
……お客様、お口を失礼」

そういうと男は天の口を掴み、半ば強引に開かせた。そして角砂糖を口の中に放り込んだ。

「オゴッ、何をする!?」

「申し訳ありません、そのお怪我だと自力で飲み込むのも困難かと思いましたので……
今度はお水を」

男は次に水の入ったコップを手にすると、中の水を天の口の中へ流し込んだ。
勢い良く入った水は口内の角砂糖を喉の奥へと強引に流す事に成功した。

「アバババババ!ゴクンッ!いい加減にしろ!子供に苦い薬を飲ませるような真似しやがって!
一体何様の……つもりだ……あれ……?」

男に悪態をつこうとしたその時、天の視界は急に暗くなった。
意識も先程より一層無くなりかけていた。

死が近づいてきた訳では無い。
眠気が天を襲ってきたのだ。視界が暗くなったのは眠気で瞼が重くなったせいである。

「お前……さっきの壺の砂糖だな……砂糖に……何を混ぜや……がっ……た……」

「お客様……『六時間』です……砂糖(シュガー)一個につき六時間、
貴方は『眠る』のです……眠っている間に全て終わっていますのでご安心を……」

天の意識はこの言葉を最後に眠気に食い尽くされた。意識は無くなり、夢の世界へ誘われる。
程なく、天の口からは静かな寝息だけが発せられるようになった。

521話後編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 01:48:08 ID:pVUuRgmo0
「ありがとうタカナシさん、これで一安心ね」

天が眠った事を確認すると、管理人は安堵の表情を浮かべる。
屋上での一件を知らない男、小鳥遊匠(たかなし たくみ)は会ったばかりの
天について率直に聞いた。

「管理人さん、彼には私の『壺』が見えていました……もしかして彼は」

「そうよ。藤鳥天くん、彼はスタンド使い……2年ぶりの『合格者』よ」

「そうでしたか……面接に来たと言ってましたものね、何故か大怪我をしていますが」

「ちょっとしたトラブルがあったものですから。すみませんがしばらく彼の事を」

管理人は天の方に視線を向けた。意図を察した匠は軽く頷く。

「分かりました。今日は早めに店じまいをしましょう」

そう言うと店の外に出て、扉の横の看板を手で裏返した。
「喫茶店 Jack 【Closed】」という表記になった看板を横目に匠は店内に戻る。

倉庫にあった毛布を天に被せると匠は管理人室に戻るという管理人と子猫を見送り
自身も店のキッチンの奥へと消え、店内は眠っている天一人だけとなった。




PM 8:00
「ウーン、もう目玉は食べれないよ、なんか脚生えてきたしこの目玉……ハッ!」

天が妙な悪夢から目を覚ました時、外は日が落ち真っ暗になっていた。
天は自分が先程の男(匠)に眠らされた事を思い出し、直ぐに戦闘態勢に入った。

(あんの野郎、俺に変なモノ食わせやがって、次会ったらスタンドで呪って……ん?)

ふと目の前のテーブルを見ると、コーヒーとサンドイッチが置いてある事に気付いた。
コーヒーから湯気が立っており、カップに触れると熱い。どうやら淹れたてのようだ。
サンドイッチもパンが焼きたてで美味そうだ。

「きっかり『六時間』……よく寝られましたか、藤鳥くん?」

キッチンの奥から例の男(匠)が出てきた。
先程は頭が働かずあまり顔は覚えていなかったが、今ならハッキリと分かる。
長髪を後ろで束ねた、アゴヒゲの渋いナイスガイ。こいつが俺に不審物を飲ませた張本人だ。
天は仇敵を発見するとすぐさまスタンドを出して対抗しようとするが。

「ああッ!見つけたぞこのアゴヒゲ!さっきはよくも、出てこいスタン」

グゥ〜〜
天の腹の虫の情けない鳴き声が響いた。

「……そのコーヒーとサンドは管理人さんからです、お代は頂きませんのでご安心を。
それよりいかがですか、お鼻は『治りましたか』?」

「鼻ァ?んなもん治ってるわけ……あれ?」

天は先刻まで自分の鼻から生じていた痛みが完全に無くなっていることに気付いた。
右手で鼻を触ってみるが痛みはない。それどころかへし折れているはずの鼻が
まるで何事も無かったかのように元に戻っていたのだ。
顔の血は拭き取られ、いつの間にか血塗れのスーツも別の服に着替えさせられていた。
舌で歯を舐めて見るがヒビが入っているようには全く感じられない。
右手を見れば皮膚を裂いた傷が無くなっていた。

完治。先程の怪我が全て治っていたのである。

531話後編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 01:57:48 ID:pVUuRgmo0
「……どうやら全て治っているようですね。着ていたYシャツは血の汚れが酷かったので
勝手ながら今洗濯をしている最中です、その点はお許し下さい」

「いや構わないッスよ、あんな血塗れのシャツはどっちにしろ洗う必要あるでしょうし
ムシャムシャゴクゴク」

匠は天の鼻を触診し、鼻が折れていないことをその手で確認した。

天は怪我が完治していることに安心したのか、机のコーヒーとサンドイッチを
夕食代わりに食べていた。匠への敵意はすっかり消え去っていた。

「しかしあれッスね、まさか寝ただけで何もかも治っているとは思いませんでしたよ。
……あの砂糖に何を仕込んだんスか?強力な治療薬か何か混ぜたんでしょう?」

天はあらかた食べ終えると匠に今回の一件について尋ねた。
先程6時間で治ると匠は言っていたが、常識で考えればそんなことはありえない訳で、
しかし現実に鼻が治った以上、何らかのカラクリがあったことは明白である。
もっとも、薬でどうにかなる物でもないと心の中でうすうす感付いていたのだが。
人の力を越えた、超常的な力を天は再び見れるのではないかと思っていた。

「『混ぜた』という表現は正しくありません。砂糖(シュガー)自体に秘密があるのです。
……貴方になら見せてもいいでしょう、私の『ワン・シュガー・ドリーム』を」

匠はそういうと指をパチンと鳴らした。刹那、カウンターに置いてあった
壺がひとりでに宙に浮きあがった。浮遊した壺はフワフワとシャボン玉のような
ゆるやかな速度で天に近づき、机の上に着陸した。
壺の蓋がひとりでに開く。中には沢山の角砂糖が入っていた。

「なるへそ。つまりアナタもスタンド使い……壺の中の砂糖を食えば怪我が治る。
そういう呪いって訳ッスか、このスタンドが持ってるものは」

「ほう……白石さんから『藤鳥さんは飲み込みが早いから安心して』と聞かされていましたが、
もうスタンド能力についても理解していたとは」

「まだハッキリと分かった訳じゃあないんスよ。でも千差万別の姿を持つスタンドですから、
そいつらが持ってる呪いもそれぞれ全く違っているんじゃないかと思いましてね。
俺のは人をポンコツにして、貴方のは人を癒す。本当に違うんだなって驚いてますよ」

天はそういうと頭を少し掻いた。今日だけで自分の力の真実を知り、同じ力を持つ者に
複数知り合う。それも一人や二人ではない、三人もいっぺんに。
幻の生物であるツチノコの大群を見たような気分に天は陥っていた。

そんな天に匠は拍手を送る。最近スタンド使いになったばかりと
聞かされていたので、匠はスタンドについて一から説明するつもりであったが、
ここまで理解しているとは手間が省けて助かるというものだ。

「お見事です藤鳥さん、スタンドはそれぞれ違った能力を持つのです。いやぁ良かった、
流石管理人さんが合格を出しただけある」

「よしてくださいよ、そんな大したこと言ってませんって……って今なんと?『合格』?」


「はい、管理人さんは貴方をこのメゾン・ド・スタンドに迎え入れたいと言っています」

541話後編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 02:02:36 ID:pVUuRgmo0

合格。そのワードを理解し、受け入れるのに少々時間がかかった。

天は顔が徐々にニヤけているのを自覚していたが、心の中では少々引っ掛かることがあり
あまり手放しで喜んで良いのか分からないでいた。

そもそも何を基準に自分は選ばれたのだろうか。
面接の最後に聞いた管理人の出した合否。あれは紛れもなく
不合格を告げるものだった。

だがあの直後に子猫が訪ねてきて、自分がスタンド使いだと知った時の管理人の表情、
スタンドの手を初めて見たときのあの喜びよう。管理人が面接者に何を望み、天の何が
管理人の心を動かしたのか?天はなんとなくだが分かっていた。

だが何故。

「何故スタンド使いというだけで合格出来たのだろうか、ですか?」

「ベヌサァ!?人の心を読まないで下さい!」

匠に思っていたことを見抜かれ本日3度目の変な声を出してしまった。
やはり自分は顔に出やすい人間なのだろうかと天は思った。

「あまり深く考えないほうが良いと思いますよ。この面接に合格した人は
皆同じ疑問を持つのです……『そもそもスタンドとアパートって関係あるのか?』とね。
私を含めて全員そうでしたから」

「……!貴方を含めた『全員』!?ということは、まさか!?」



「そうですとも藤鳥くん。私を含め、このアパートに住む者全員が『スタンド使い』、
その身にスタンドという奇妙な能力を宿した者達なのです」

551話後編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 02:09:31 ID:pVUuRgmo0
もし先程のコーヒーが残っており、それが天の口の中にあったのなら、
盛大にこぼしていただろう。天は無自覚に口を大きく開け呆然としているのだから。

アパートに住む人が皆スタンド使いという事実。どうやらここはツチノコの巣だったようだ。
そりゃあ地元では結構な数のスタンドを見てきたが、まさかこれから知り合いになるかも
しれない人が皆スタンドを持っていたとしたら流石に気味が悪いというか
いささか尋常では無い。

しかしこれでようやくこのアパート名の由来が分かった。
スタンド使いだらけのアパートだからメゾン・ド・スタンド(スタンドの家)という訳だ。

「……ここの管理人さんは自分の周りにスタンド使いを多く住まわせたいと
お考えのようです。ご存知かと思いますが白石さんも此処の住人ですよ」

「あーやっぱり、あの子もここに住んでたんスね」

「『面接はさっぱりだったけど、スタンド見せたら合格貰った、チョロイぜ』って
言ってましたよ。でも藤鳥くんを見ると面接もだいぶ変わったみたいですね」

「俺を見て?」

「ええ、酷い怪我をしてましたから、要するに『コレ』でしょ?」

そういうと匠はファイティングポーズを取った。どうもこの人は勘違いをしている。

「……いやいや!別に管理人さんとタイマン張った訳じゃあないですから!」

「あれ違うんですか!?てっきり実技試験で生き残ったから合格貰ったのかと!
管理人さんの『得意分野』をとうとう面接に取り入れたぞ可哀想にと思ってました」

「あの怪我は面接関係ありませんから!……しかし何故管理人さんは周りにスタンド使いを?」

「……理由は話してくれません、しかし私はあまり詮索はしないようにしています。
無料で住ませてくれて、部屋を喫茶店に改装した時も嫌な顔をせず
快諾してくれた方ですから。彼女に恩を感じてると言えばいいんでしょうかね?
その恩をつまらぬ事で返したくないのですよ」

匠の言葉を切欠に、天はこのアパートが家賃0円という事実を思い出した。
そうだ、ここは家賃がタダで自分の家よりいい家具が付いて隣に大きな施設が
あるじゃあないか。町の環境は壊滅的だが、そこは車で30分のY駅で我慢しよう。
そう考えると天のニヤけ面はますます酷くなっていった。

管理人が何を考えているか、今日会ったばかりの天に分かる筈もない。
ならば今は管理人の誘い文句を甘受するとしよう。
『何か』あったらその時はその時だ。
管理人の本性も見なかった事にしよう。思い出すと決断も揺らぐから。天は軽く身震いをした。

561話後編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 02:16:49 ID:pVUuRgmo0
「こんばんは、藤鳥くんのお体はいかがですか?」

「どうも管理人さん。おかげさまですっかり治りましたよ」

匠との会話の後、管理人が店にやってきて天は契約書等の書類を貰った。
必要事項を記入して後日郵送するよう言われると匠がコーヒーを二つ持ってきた。
匠や管理人と歓談をしている内に時間が経ち、現在夜の8時30分。
今日は帰ると管理人に伝えると天は洗い終えたシャツに着替えると店の外に出た。

門は開け放たれていた。外を見ると町は昼とは違う顔を見せていた。
誰も通っていなかった道路には車が何台か走っていて、誰も住んでいないと思っていた
建物からは光が漏れていた。通行人の姿も確認できる。
気が付くと管理人も店から出てきて天を見送りに門まで来てくれていた。

「夜になると活動的になるんスねこの町は」

「門北って何もないから、昼間はみんな町の外に行くか家で過ごすかで外には誰もいないのよ。
夜になると門北に帰ってきたり家の電気を付けるからそこそこ賑わって見えるの。
住居は少ないけど典型的なベッドタウンなのよねこの町は」

「……このアパートって無人の荒野に建ってると思ってましたけど、
それを聞いて安心しました。それじゃあ自分はこれで」

門北は無人の異世界ではない事を確認すると天は帰路に就こうとした。
その時、管理人からこんな質問が。

「そういえば藤鳥くんってバスで此処まで来たの?6系統の門北町よね、最寄の停留所」

「そうッスけど、それが何か?」

「あらあら……そのバスだけどね、もう最後のバスが出ちゃったかも」

「……はい?」

何を言ってるのかと天は思った。夜中とはいえまだ8時半である。
天の表情からそれを察知した管理人はスマホを操作すると画面を天に見せた。

「これ、6系統バスの時刻表なんだけどね。ほら、最終のバスが7時半で」

スマホの画面を見た天は目を白黒させた。

休日の6系統のバス、【Y駅前行き】は7時30分を最後にもう来ないという。

つまり喫茶店で目を覚ました時、既に最終のバスは出てしまっていたのだ。

571話後編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 02:25:21 ID:pVUuRgmo0
「えー!?参ったな、明日彼女とデートなのに!」

本当なら面接を終えてバスに乗って家に帰るという流れを夕方までに済ませる予定だったが、
ゴリラの襲撃と6時間の睡眠で予定が狂ってしまった。
もっとも、時刻表すら事前に確認をしない天だから予定は何かしら
狂う運命なのかもしれない。何せ行きですらバス停で2時間も無駄に待ったのだから。

「どうしましょう、私のバイクがあれば駅まで送ってあげるのに、今友達に貸してて
ここに無いのよ……あら!」

管理人が困っていたその時である。管理人何かに気付き空を指差した。その方向を見ると
暗闇を照らす一筋の光と宙に浮かぶ奇妙な箒、それに乗る一人の人間がいたのだ。

(あ!あれは昼間いた魔法使い!)

このアパートの上空を箒に跨って飛んでいた一人の
未確認飛行人間(UFH)はこちらに気付いたのか、天と管理人のすぐ側に降りてきた。
天は魔法使いの正体を知ろうと試みたが、これが中々奇妙だ。

箒は木製ではなく、鉄と機械で構成された箒というよりバイクに似た代物で
先っぽにはドクロの装飾が施してあり、中々いい趣味をしている。
乗っている人は大手運送会社「シマウマ通運」の白黒縦縞模様の制服を着ている
黒髪の女性だった。頭にはヘッドライトが付いたヘルメットを被っている。
先程の明かりはこれだったのだろう。

「ただいま真由美っち!って見ない顔がいるね、どちらさん?」

「ちょうどよかったわヒバリ、こちら新しくここに住む方なんだけど、最終のバスに
乗れなかったのよ、悪いけどY駅まで送ってくれない?」

「マジで!?新入り!?数年ぶりじゃん、あたしもここに住んでんだよろしくな!」

そういうとヒバリなる女性は天の両手を握り締め縦にブンブン振り出した。
恐らく天を歓迎しているのだろう。テンションの高い人だと天は思った。

ここに住んでいるということはこの人もスタンド使い。
恐らくあの箒もスタンドなのだろう。空を飛ぶ箒のスタンドとはメルヘンチックだ。

「んで何だっけ?この人をY駅まで?お安い御用さ!ささ、乗って乗って!」

ヒバリは箒に跨ると天に後ろに乗るよう促した。天はそれに従い後ろに乗る。
最初は乗れるのかと不安だったが、鉄の姿をしているのか折れる気配はない。

「それじゃあ浮くよ、しっかり捕まってな!」

ヒバリの言葉を合図に、箒からはエンジンのような音が鳴りだした。
刹那、箒は二人を乗せて宙へと舞い上がった。

「おおーすげぇ!初めて箒で空を飛んだ!もうアパートよりも高く!」

天が初めての浮遊を楽しんでいる時であった。

ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

乗っている箒から突如すごく大きい音が鳴り始めた。どうしたことかと後ろを向くと
箒の穂先が眩しいくらいに光り輝きだしていた。
まるで光がそこにチャージされていくかのように。音もさらに大きくなっていく!!!

「藤鳥くーん!聞こえる?言い忘れてたことがあるんだけど」

箒の下、管理人が天に聞こえるように大声で叫んでいた。

「しっかり捕まって、振り落とされないように気を付けてねー!ヒバリのスタンド、
『ジェット機』並のスピードだから」

「え?今なんて!?ジェット機……え!?」

今管理人の口からとんでもないワードが聞こえた気がした。
どうもこの箒、絵本に出て来るファンタジーな箒ではないようだ!

「Y駅なんてすぐすぐ!30秒で着くからね!はいヘルメット」

「30『秒』!?分じゃなくて!?あと何スかこのフルフェイスヘルメット!?」



「箒から落ちて命まで落とさないようにっていう配慮よ!さあ行くよ、音速の彼方へ!
『スター・キャスケット』!!!」



「ちょ、まだ心の準備が!ヘルメットもまだあああああああああああああああ!!!???」


天が言葉を言い終える前に箒は穂先の光を一気に放出し、
一瞬で天を門北の夜空の向こうへ連れ去ってしまった。

581話後編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 02:27:22 ID:pVUuRgmo0
「……バカじゃないの、これ」

天が予想外の絶叫マシンを堪能している頃、天の彼女・大河原咲良は
先程のネット掲示板に再度アクセスしていた。

先刻、天の行っているアパートが心霊スポットだと知った咲良は
掲示板に【どんな幽霊が出るの?】と書き込んでいた。
数時間経った今、返信が来ていないか確認しにきたのである。

返信はきていた。だが彼女の想定していた怪奇現象とは違う答えが書き込まれていた。

【ユーレイは住人に取り憑いているんだ。住人全員に!】

【アパート内の喫茶店ではシュガーポットがポルターガイストの如く宙を舞う!】

【アパート内で鬼の目撃情報有り!】

【あそこの上空には魔女がいて箒で空を飛んでるんだ!】

鬼だの魔女だの、出て来る話が揃いも揃って幼稚なのだ。
漫画の読みすぎ・テレビの見すぎという言葉があるが、
こいつらの場合は絵本の読みすぎといった所だと咲良は思った。

これ以上調べるのもバカバカしくなった咲良は画面を閉じると
明日の天とのデートに向けて何を着ていくかを考え始めた。

591話後編 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 02:31:50 ID:pVUuRgmo0


「行っちゃった。ショックで気絶しなければいいんだけど……」

門北に静寂が戻る。管理人は空を見上げ天(の安否)を想った。


「やれやれ、ここもまた賑やかになりそうですね……」

喫茶店の中、箒の音と天の悲鳴を聞いていた匠は新たな日常の到来を予感していた。



201X年春。静かな町のとあるアパートで繰り広げられる、奇妙でおかしな物語。
これはそのほんの序章。不思議な力を持った青年とアパートの奇跡の出会いのお話。


【メゾン・ド・スタンドは埋まらない episode 01 END】



数日後。
アパート内にある掲示板に一枚の紙が貼り付けられていた。
筆者は管理人。天が面接に合格した事と、来週の日曜に引っ越してくる旨が書いてあった。
その日、掲示板の周りにはちょっとした人だかりが出来ていた。

「へぇ、新しく越してくる人か……どんな人かな」

「凄い久しぶりッスねー、最後に入ってきたの誰でしたっけ」

「私の記憶ではケント君だったはずです。あれからもう2年ですか」

「合格できたんだねえあの子、ごはん大盛サービスしなきゃね」

「スタンドは……詳細は不明か、ならば我輩が」

「藤鳥天か……面白い。その力、我が『組織』に相応しいか確かめてやろう」

「お坊ちゃま、その役目は私にお任せください」

「ニャーン(フン、くだらない……)」



「すげえ注目されてんな藤鳥さん。でも大丈夫かな」

掲示板の人ごみを遠くから子猫が心配そうに見ていた。


「一癖も二癖もある連中だからなー。何も起きなきゃいいけど、ニャハハ」

子猫はこれから起こる春の嵐を微かに感じ取っていた。


⇒TO BE CONTINUED...

60 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 02:41:54 ID:pVUuRgmo0
【今回登場したスタンド】

No.3894
【スタンド名】パストアンド・プレゼンツファンタジー(今昔幻想郷)
【本体】足柄真由美(管理人さん)
花が大好きなお姉さん。花壇を荒らしてはいけない
【タイプ】近距離型
【特徴】白い日傘を差した女性型 全体的に赤のチェック模様
【能力】様々な花を咲かせる能力
普通ならありえないような花も咲かすことが出来る
(種子を弾丸のように飛ばす花、ベッドに出来そうなくらい巨大な花など)
咲くまでの時間は、複雑さや巨大さにあわせて長くなる
別に光線は撃てない

破壊力-A スピード-E 射程距離-E(能力射程-D)
持続力-A 精密動作性-C 成長性-A

No.469
【スタンド名】ワン・シュガー・ドリーム
【本体】小鳥遊匠
喫茶店のマスター 渋い
【タイプ】遠隔操作型
【特徴】砂糖の入った壺
顔のような模様がある
【能力】壺に入っている砂糖を口に入れると強烈な眠気に襲われる
眠っている間は自然回復力が驚異的に増し、欠損した部位以外は元通りになる

破壊力-なし スピード-なし 射程距離-喫茶店の敷地内
持続力-A 精密動作性-なし 成長性-完成

No.4107
【スタンド名】スター・キャスケット
【本体】ヒバリ(フルネームは次回にて)
真っ直ぐだが傍若無人な少女。
全体的に白黒な服装
【タイプ】装備型
【特徴】メカメカした箒、穂先の中には砲塔のようなものがある
【能力】穂先からジェットを噴射する
またがって飛行も可能だし、噴射を利用して攻撃も可能
ジェットはかなりの破壊力を誇る

破壊力-B スピード-A 射程距離-A
持続力-C 精密動作性-C 成長性-C

No.???
【スタンド名】???
【本体】藤鳥天
【タイプ】???
【特徴】顔や胴体にバーコードやQRコードがある
【能力】詳細は不明
天曰く、『触れた人をポンコツにする呪い』
バスのスピードを遅くしたり屈強な男を弱くしてみせた。

No.???
【スタンド名】???
【本体】白石子猫
【タイプ】???
【特徴】???(右腕の存在は確認済)
【能力】???



天のスタンドと子猫のスタンドについては名前・能力が全て判明してから
改めてこちらのコーナーに載せたいと思っています。


1話目から非常に長くなってしまいましたが、
ここまで読んで下さった皆様に感謝を。
本当にありがとうございました。
次回 Episode02でお会いしましょう。

61名無しのスタンド使い:2016/08/23(火) 04:15:00 ID:RIGtD.rA0
おお、最初にちょろっ出てきたとき「スタキャスちゃんみたいだな」って思ったら本当にスタキャスちゃんだった!

更新乙です!
話広がってきましたねー

62 ◆PprwU3zDn2:2016/08/23(火) 19:41:04 ID:pVUuRgmo0
>>61
乙ありがとうございます!
スタキャスちゃん出しちゃいましたwだって大好きなんですものスタキャスちゃん。
自分がSSを書こうと思ったのも「スタキャスちゃんが登場するSS書きたい」って考えがあったからです。
そう考えてから2年くらい経っちゃいましたが、やっと思いが叶いました。

今後とも当SSをよろしくお願い致します。

63次回予告的な何か ◆PprwU3zDn2:2016/09/01(木) 22:31:35 ID:x56xLDBI0
【次回予告】引越前夜のお話

咲良「さあ明日はいよいよ引越しよ……って全然準備出来てないじゃない!」

天「だってあっちに家具とかみんな揃ってるからそんなに荷物いらないんだよ」

咲良「だからって服と段ボール一箱だけってのは少なすぎよ、この箱何入ってるの?」

天「ノートパソコンだろ、ゲーム機だろ、クマちゃんだろ、本にDVDに……」

咲良「クマちゃんってこのクマのぬいぐるみの事!?いらないでしょこんなデカいの!」

天「あれ?段ボール箱がギュウギュウで閉まらないぞ。しゃーない、ゲーム機置いてくか」

咲良「クマちゃん置いていきなさい!大体どこに飾るのよぬいぐるみなんか」

天「飾る用じゃない!一緒におねんねする用のクマちゃんだ!(断言)」

咲良「……何でこんな奴と付き合ってんだろ私???」


⇒NEXT EPISODE「この子の引越しのお祝いに」
近日投稿予定

64 ◆PprwU3zDn2:2016/09/08(木) 22:18:55 ID:DcRCOCzg0
第2話をお送り致します

何卒よろしくお願い致します。

65第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/08(木) 22:22:44 ID:Gg47xBXU0
――――関東・K県のどこか


パァン!


AM 2:05
その夜、K県Y市にある閑静な住宅街に一発の銃声が鳴り響いた。

誰もいない暗闇の道路、銃声の元となった弾丸を頭に入れられた犠牲者は
額から血を噴き出しながらコンクリートに倒れた。

犠牲者は数秒もしない内に……地面に倒れる前に物言わぬ屍となった。
屍の前には拳銃を持ったスーツ姿の人間が立っていた。

「……残念、貴方モ『持ッテイナカッタ』」

『そいつ』は死体に向かって片言の日本語で語りかけると、死体に空いた穴を見つめた。
すると額の穴から弾丸が飛び出し、ひとりでに『そいつ』の手に持つ拳銃の中に戻っていった。

「……コノ町モ潮時デスカネ」

拳銃を懐にしまうと『そいつ』は死体に興味を無くしたのか(或いは始めから無かったのか)、
死体から離れると持っていた方位磁石を片手に真東に歩き始めた。

夜空を見上げながら『そいつ』は呟く。


「コノ先ハ確カ……何処デシタッケ?マアイイカ、ドコデモ……」


『そいつ』は町の暗闇に溶け込み、この町から消えていった。

66第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/08(木) 22:30:07 ID:Gg47xBXU0


藤鳥天が初めてアパートを訪れてから一週間後の日曜。

雲一つ無い快晴の空の下、メゾン・ド・スタンドの門戸は大きく開け放たれていた。
車とバイクで来るという来訪者を迎え入れるためである。

アパートの外には管理人や喫茶店の主・匠が来訪者が来るのを今か今かと待ちわびていた。

「そろそろ時間ですね……おや、あれは」

「……来たわ!」

匠の腕時計の針が10時を指し示した時、一台の車と一台のバイクが門をくぐりアパートに
入ってくるのが見えた。

匠の案内で駐車スペースに車とバイクを止めるとバイクから運転手が降りる。
フルフェイスヘルメットを脱ぐと運転手・藤鳥天は管理人や匠に挨拶をした。

「一週間ぶりの御無沙汰でした。管理人さん、匠さん」

「フフ。ようこそ、メゾン・ド・スタンドへ!藤鳥くん!」

管理人は歓迎の挨拶と共に天に右手を差し出した。天もそれに応えて握手をした。


メゾン・ド・スタンドは埋まらない
episode 02 「この子の引越しのお祝いに」


「お元気そうで何よりです藤鳥くん。今日はご友人と一緒に来たとか」

「ええ、大学時代の仲間ですよ匠さん。引越しの手伝いなんて言ってますけど、
本当はどんなアパートか見たいだけだと思いますよ。おーい!」

天は駐車している車に向かって手招きをした。すると車から数人の男女が降りてきて、
天のいる所まで駆け寄ってきた。

「おいおいおいおいおいおいおいおい!何だこのアパートは!?
俺の住んでるとこの数倍は綺麗じゃあないか!羨ましいぞ天!」

大学時代の友人の一人はアパートを見るやいなやこう叫び、天に近づくと関節技をかけた。
どうやら一目見てこのアパートを気に入ってしまったらしい。

「ちょっと、咲良から聞いたわよ。ここ家賃タダなんですって!?面接有りらしいけど
どんな汚い手を使ったのかしら?大学で一番最後に就職先を決めたアンタが!」

天と恋人・咲良の共通の友人である女性は天の靴を脱がすと足の裏をくすぐりだした。
抵抗しようにも間接技を極められ動けない!

「しかもこの人が管理人さんなんだろ?超美人じゃねーか!羨ましいぞウリャー!」

こいつに至っては動けない天の顔面目掛けて飛び蹴りをかましてきた!

その後、友人達がこんな調子で「羨ましいぞポイント」を見つけては天に次から次へと
攻撃を仕掛けてきて、天は引越し作業の前に満身創痍になりかけていた。

「ギブギブギブギブギャハハハハ!痛いしくすぐったいし、助けて管理人さん!」

「あらあら、仲が良くって微笑ましいわ。でもね……」

管理人はにこやかに微笑んでいた。が、体から赤黒いオーラを噴出すると
穏やかな表情はそのままに友人達を優しく諌めてくれた。

ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
「その辺にしておきましょう……ね?」


「「「はいッ!」」」

友人達は天への攻撃を止め、一列に並んで正座した。何故か匠も一緒に正座をしている。

(いやー助かった。流石元レディースの総長さん、暗黒オーラがまじパねえ)

天は非常に頼りになる管理人に心から感謝をした。何故か天も友人と一緒に正座をしているが。

67第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/08(木) 22:36:59 ID:Gg47xBXU0
「みんな何やってんの?正座なんかしちゃって……あ、ここの管理人さんですか?」

友人達より数分送れて車から降りてきた天の彼女・咲良はダンボール箱を抱えながら
皆が正座をしている場所に来た。管理人(のただならぬオーラ)に気付いたのはその時だった。

「はい、管理人の足柄です。……もしかして貴方が咲良さん?」

「は、はい。そうですけど、私の事をご存知なんですか?」

「面接の時、藤鳥くんが話してましたから。『茶髪ショートへアが可愛い俺の嫁』ってね。
フフ、素敵な彼女さんを持って羨ましいわ藤鳥くんも」

管理人は咲良の顔をじっと見つめると手を咲良の頭に乗せ髪をそっと撫でた。咲良は顔を真っ赤に染める。

「そ、そんな!お上手ですわ管理人さんったら!ほら、さっさと作業始めるわよ天!
つーか面接で俺の嫁なんてアホワード平然と使ってんじゃないわよこのバカ!///」

咲良は赤くなった顔を誤魔化すかのように天の頭を叩き、作業の開始を促した。

「お、おう、そうだったな。それじゃあ移動すっぞおめーらも!」

「「「あいよー」」」

天は立ち上がると友人もそれに続き、車に戻ると車内から荷物を取り出し始める。
本当は引越しの応援など呼ぶつもりはなかったが、咲良がアパートの話を友人にしたらしく、
何だよ俺達にも見せろよとあちら側から要請があったため急遽応援を呼ぶ事となった。
(まあ当日になって荷物が増えてきたので丁度よかったのだが)

天達が荷運びを始めると分かった管理人は天に5枚のカードを渡した。

「はい藤鳥くん、貴方の部屋は203号室……2階の真ん中の部屋よ。これは部屋の鍵」

「鍵?このカードみたいのがですか?」

天は管理人から貰ったカードを見た。
四角い名刺サイズの厚いプラスチックのカードには片方に明朝体で「Maison de STAND」、
もう片方にはゴシック体で大きく「203」と書かれていた。

「最近夜中なると勝手に敷地内に入り込む悪い子が多くてね、去年から用心のために
セキュリティを強化したのよ。鍵もその時カードにしたの、合鍵を含めて全部で5枚あるからね」

「すげえ、カードキーなんてホテルみたいで格好いいッスね!」

天は嬉しそうにカードキー眺めると、無くさないようにと財布のカード入れにしまった。

その後、友人にお前の荷物なんだからお前も持てよと言われたので
段ボール箱を2つほど受け取るといざ自分の住処となる部屋に移動しようと管理人の元を離れ、
友人達と共に階段に向かおうとした。

「……あら?藤鳥くんちょっと待って」

「はい?」

その時、管理人が天の顔を見て何かに気付いたらしく、天に近寄ると顔を、特に
右目周辺をじっと見つめ出した。

「藤鳥くんの目の下……引っ掻き傷かしら、何かが『出来てる』わよ?」

68第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/08(木) 22:44:02 ID:Gg47xBXU0
管理人は天の顔に1週間前には無かったおかしなものが出来ていることに気付いた。
右目の下に猫に引っ掻かれたような十数本の縦線があったのだ。
しかしよく見ると引っ掻き傷にしては色が黒過ぎる。しかも線は定規で書いたかのように
綺麗な直線になっており、一つとして曲がってはいなかった。……これは傷ではない。

荷物を持つ時に汚れたのかしらとハンカチで拭こうとしたが、線は全く消えなかった。
強めに拭くと段々と肌が赤くなってしまったので中断する。汚れでも無い。

管理人はこの縦線に見覚えがあった。普段買い物している時に必ず目にしている物。
太さのそれぞれ違う縦線の下に小さく13ケタの数字があり、特別な機械で読み取ると
商品の値段が表示されることでお馴染みの……


「これ……『バーコード』だわ!藤鳥くんの目の下にバーコードが!!」


「どうしたんですか管理人さん、天の顔なんか見つめちゃ……ってああ!思い出した!」

天の顔をじっと見つめる管理人に咲良は天のある『愚行』を思い出した。
天に近寄ると持っていた箱で天の頭を思い切り引っぱたいた。

「管理人さんも天を叱ってよ!このバカ、来週入社式なのに目の下にタトゥーなんか入れたのよ!」

「まあ……じゃあこのバーコード、刺青なの?何でまたバーコードなんか?」

「痛てて……相変わらず怒りっぽいぜ咲良はよ。まあ『リスペクト』ッスよ、
このイカしたバーコード顔に対する俺なりのね」

天は小声でそういうと自身の横にスタンドを発現させた。顔に大きくバーコードが描かれた
ロボット型のスタンドがチュミミーンと高い声を発する。

「流石に顔全体にタトゥーを入れる訳にはいかないので少々小さくなりました。本当は左目の下に
QRコードのタトゥーを入れるつもりだったんスけどね、咲良に猛反対されちゃって」

「あらあら……藤鳥くんって行動力あるわよねぇ、思い立ったが吉日を地で行くというか」

管理人が関心しているとすかさず咲良が反論に入る。

「単に後先を考えて無いだけですよ!去年も就活中だってのに髪を緑に染めちゃったんですから!」

「まあ!藤鳥くんってばロックね!見てみたかったわ緑髪の藤鳥くん」

「面接官へ印象を与える狙いがあったんスよ。十社ほど落ちたから元に戻したけど」

「単に非常識な就活生を落としただけよこのアンポンタン!さあ部屋に行くわよ!!」

咲良は天の耳を引っ張るとアパートの方へと引き摺っていった。
天は痛がりながらも渋々従う。「ではまた」と管理人に別れを告げその場を去った。


騒動を見ていた匠が口を開く。

「……結構真面目な方だと思っていましたけど、かなり奔放なのですね藤鳥くんは。
これならアパートの皆さんとも仲良くなれそうだ……ねえ『皆さん』?」

匠はアパートの方を見た。部屋の扉から、廊下から、階段から、屋上から……
アパートの様々な場所から幾多の人影が見える。人影の視線は匠の方に向けられていた。
まるで先程まで匠の側いた新たな住人を観察するかのようであった。

69第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/08(木) 22:53:41 ID:Gg47xBXU0
2F 203号室前

「すごーい、ここにカードキーをタッチすれば鍵が開くのね!凄いハイテクじゃない!」

部屋に入る扉、そのドアノブの上に長方形の機械が取り付けられていた。
機械にはオレンジ色で大きく【TOUCH!】と書かれている。おそらくココに先程のカードを
かざせば解錠する仕組みなのだろう。
咲良や友人達は鍵が開く姿を早く見たいのでカードキーを持っている天を呼ぶが。

「凄いわよ天、早速開けてみましょう……って大丈夫?顔色がゾンビみたいに悪いけど」

「ゼェゼェ……ここの階段ってこんなに段数多かったっけ……ハァハァ」

咲良達の横では顔を青紫色に変色させ、息を切らし大量の汗を流した天が死にかけていた。
一応立ってはいるが、いつぶっ倒れてもおかしくない位足がふらついていた。
持っていた段ボール箱も汗でふやけかけていたので、中の電子機器等が壊れない内に
友人に箱を渡す。その直後、天はその場に倒れてしまった。

友人の一人が呆れた表情で天を見下し話かける。

「お前って相変わらず体力ないよなあ。重い荷物を持ってたとはいえ、階段を上っただけで
死にかける奴なんて天だけだと思うぜ」

「ゼヒゼヒ……何とでも言え……とにかく誰か水をくれぇ……」



藤鳥天という男は同年代の男性が持っているであろう体力を全くといっていいほど持っていない。
運動神経もない。言うなれば「貧弱な男の見本」というべき男である。

痩せこけている訳ではない。見た目こそ一般男性と同等の体つきをしているが、
いざ運動をしてみるとすぐにその化けの皮が剥がれる。軽くジョギングをすれば
一分もしないうちに息が切れるし、野球をすれば全打席三振、
奇跡的にバットに当たってもすぐにアウトになってしまう。
喧嘩なんてもってのほか、何せ飼い犬のチワワにさえ一度も勝ったことがないのだから。

このことは恋人や友人にも周知の事実で、天が面接に受かったことを咲良に報告した時も
朗報を聞いた咲良が発した第一声は「凄い!よく倒れずにアパートまで行けたわね!」
であった。咲良から見た天は長時間の移動すら満足に行えない体力の持ち主のということだ。
もっとも、天自身も我ながらよくアパートまで息を切らすことなく
辿り付けたものだと当時を振り返り感心していたのだが。
(町の視察を兼ねた休憩を何度も行っていたおかげである)


――閑話休題

友人から貰った水を飲み干し体力を回復させた天は立ち上がるとカードキーが入った財布を
扉に取り付けられた機械にくっつけた。するとピコンという音と共に
鍵がガチャリと開く音がした。「駅のホームみたいだ」と友人達は口々に喜ぶ。
天はドアを開け、新たなる生活拠点への第一歩を……


「うわ、すっげー広いじゃん!新築みたい!」


……第一歩を踏み出す前に友人達が先に部屋に入ってしまった。

70第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/08(木) 22:59:49 ID:Gg47xBXU0
部屋に着いた天達は段ボールを開封すると中の荷物をそれぞれの場所に配置し始めた。
その様子をダイジェストでお楽しみ下さい。


バイーン!バイーン!
友人A「このベッドすげー!俺ん家のベッドよりでけー!布団も羽毛じゃねーか!」

天「お前らベッドで飛び跳ねるな!小学生じゃねーんだから!」


ザアアアアアア……
友人B「何これ、お風呂超広いんですけど!お湯を張るのもボタン一つなんだ!」

天「まだ入る予定ないからお湯を張るボタンを勝手に押さないでくれ!」


モグモグモグモグ
友人C「お前なんで魚肉ソーセージを何十本も持ってきてんだ?まあ美味いからいいけど」

天「俺の好物なんだよ!冷蔵庫に入れろ、お前の胃袋に入れるな!」


ゴソゴソ
友人D「なあ天よぉー、このエロ本やAVはどこに隠すのかってギャアアアアア!!!」

天「良い子だから少し黙ろうなこの野郎……咲良に見つかったら酷い目に遭うだろーが!」

ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
咲良「ほほう(赤黒いオーラを放出しながら)」


ガサガサ
友人E「なんだこのデカい熊のぬいぐるみは?どこに飾るんだこんなの?」

天「ああ、それはベッドに置いてくれ、一緒に寝る用だから(断言)」

友人E「乙女かお前は!」


ゴトンッ
咲良「そうそう、『それ』はそこに置いちゃって。今は開けなくていいから」

友人A「フェーッ!この箱メチャクチャ重かったぞ!石でも入ってるんじゃあないか!?」



引越しを手伝いにきた友人という名の悪魔共の猛攻に苦しみながらも
一時間後、ようやく全ての荷物を各部屋に配置し終えることが出来た。
天達はリビングに集まると家から持ってきた缶ジュースで乾杯をした。

「いやー、意外と早く終わったな!まあ大体の家具は既にあったから当然か」

「まあなー、この後みんなで引越し祝いするんだろ?この辺に飯屋でもあるのか天?」

天達は引越し作業が終わったら引越し祝いという名の豪勢な昼食を食べに行くと
前もって決めていた。発案者は天なので早速食事する所を天に尋ねる友人達だったが。


「飯屋?そんなもの ココにはないよ…」


あっさりと否定されてしまった友人達であった。

71第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/08(木) 23:09:25 ID:Gg47xBXU0
「無いのかよ!」「天が言いだしっぺなのに!」
「『俺のために祝えこの愚民共』とか言ってたくせに!」

友人達の猛抗議を受ける天。すかさず反論を入れる。

「ここじゃなくってY駅まで行くつもりだったんだよ!Y駅の中にある
カメユーデパート、あそこの6Fのレストラン街で食う予定だけど別に問題ないだろ?
あと愚民共なんてセリフ、言った覚えはないぞ!」

しかし、天のこの案もあっさりと却下されてしまう。問題はY駅までの距離だ。

「嫌だよ、Y駅まで車で30分もかかるんだぜ?遠すぎる、この辺で済ませられないのか?」

天にとっては「たったの30分」だが、友人達にとっては「30分もかかる」場所なのだ。
友人達との認識の差に苦しみながらも、天は門北の悲惨さについて語った。

「お前らも車で町の中を見たろ?食事する場所どころかまともに開いてる店なんか
全くと言っていいほど無かっただろ、そういう場所なんだよここは。諦めなさい」

「そりゃあそうだけどよォ〜……しょうがないからピザでも注文するか、天の奢りで」

「何で祝われる側の人間が金を払うんだよ……って何だこの音は?」

昼食をどーするか議論をしている時だった。リビングのどこかでプルルルルという
電子音が鳴り響いた。天たちはその音が電話の着信音だとすぐに分かった。

「……スマホの音じゃあないな、この部屋って電話もついてるのか?」

「確かさっきゲーム機置いた時に見かけたわよ……あった。はい天」

咲良は電話を見つけるとコードレス型の受話器を取り、天に手渡した。

「サンキュ咲良、はい藤鳥です……おや管理人さん」

電話の相手は管理人だった。管理人は引越しの様子を聞きに電話をしたようだ。


『……そう、引越しは無事終えたのね、良かったわ』

「おかげさまで予定より早く済みました。……!そうだ、丁度いい時に電話をくれました。
管理人さん、この辺で美味い店とか知りませんか?これから皆で昼食を食べに行く
予定なんスけど」

これはチャンスと思った天は管理人に地元の情報を聞き出そうとした。
この地に長く住んでいるであろう管理人ならその手の話も知っているだろうと。

『これからお昼なの?なら丁度良いわ藤鳥くん、オオバさんから伝言を預かってるの』

「オオバさん……ですか?知らない名前ッスね、どんな方ですか?」

『隣の地区センターの中で食堂をやってる方よ、面倒見が良くてで明るいおば様』

「……ああ!あのおばちゃんスか!面接前に会って色々あった人!」

『藤鳥くんの引越しを記念して今日は特別に地区センターを開けてるの。
オオバさんたら藤鳥くんを相当気に入ってるみたいね。引越し蕎麦を打ったから
みんなで食べにいらっしゃいって』

「引越し蕎麦!マジスか、行きます行きます!伝言確かに受け取りました!」

管理人に聞いて良かったと天は思った。食事処は地元どころかアパートの隣にあったのだ。
本来引越し蕎麦は引っ越してきた側が隣近所に振舞うものだが、細かい事は気にしてはいけない。
天は友人達にこのことを伝えると皆嬉々として部屋を飛び出していった。
天や咲良もそれに続き、全員で部屋を出て隣の地区センターへと向かった。

72第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/08(木) 23:25:40 ID:Gg47xBXU0
部屋を出てドアを閉めると自動的に鍵が閉まった。オートロック式のドアに感心していると
階段の方からドシンと何かが倒れた音が聞こえた。天と咲良が階段の方へ行ってみると
友人の一人が仰向けに倒れていた。友人の側には何故かバナナの皮が落ちている。
これを踏んで転んだのだろうか?さっきまでこんなものはなかったはずだ。

「痛ええええ……誰だよこんな所にバナナの皮なんか捨てた奴は!」

「……バナナの皮で実際に滑る奴なんて初めて見た、危ねえな」

そういうと天はバナナの皮を摘んだ。地区センターに行けばゴミ箱くらいあるだろう。
そこで捨てるかと考えると友人が起きるのを待ち、皆で階段を降りた。


その様子を一部始終見ていた人影があった。
203号室の隣、202号室の扉が僅かに開いており、その隙間から2つの顔が出て
外の様子を覗きこんでいたのだ。

「……転んだのは藤鳥天ではないな、一緒に来た奴らの一人か」

「申し訳ありませんお坊ちゃま。やはり大人数だと特定の標的を狙うのは少々難しいですね」

「フン、まあいい……バナナがダメなら次の手を打つまでだ。トキタ、Act2へ移行するぞ」

「はい、お坊ちゃま」

二つの影が部屋の中に消えると扉も閉まる。202号室の扉には
黒い星のマーク(★)を逆さにしたような絵と、その星の中に書かれたアルファベットのDという
奇妙なシンボルマークのような物が大きく描かれていた。



門北地区センター 入口

先週来た時にあった休館の看板は無く、代わりにあったのは入口の自動ドアに貼り付けられた
「藤鳥天くん引越し記念・特別開館日」と書かれたポスターであった。
誰が描いたのか、天を少女漫画チックに描いた無駄に美男子な似顔絵付きポスターを見た天は
あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にした。友人達はポスターを見て大笑いしていた。

「ギャハハハハ!なんだこのイケメン、天にそっくりじゃねーかwwwww」

「てゆーか周りに薔薇描かれすぎ!服もフランスの貴族みたい!」

「……誰だこんなポスターを描いたのはあああああ!!!/////」

天が血涙を流していると、後ろから管理人がやってきた。
どうやら彼女も食堂で昼食をとるつもりらしい。管理人は例のポスターを見ると
嬉しそうに話し出した。

「上手でしょうこのポスター!ヒバリってば昔から絵が上手かったから頼んでみたの!」

「そうスか、ヒバリさんとやらが犯人スか……ってあの魔法使いか!」

先週、天を箒という名の絶叫アトラクションに乗せたあの白黒の女性。
テンション高めの豪快な性格や言動から体育会系の人だと想像していたが、
ああ見えてピュアというか乙女な心の持ち主なのかもしれない。


「それにしても自分のために特別開館だなんて、何か照れますねこういうの」

「門北の人達は皆行事やお祭りが大好きだから、何かあれば何でも祝っちゃうの。
近くにオーソンあったでしょ、あそこも今日は特別に開いてるはずよ、貴方の引越し記念でね。
地区センターも何かある度にイベントやセールをやるから時々チェックしてみてね。
特に何もなくっても月に1度は『何でもない日記念』って名目で特別開館してるけどね。
さあ皆さん、食堂まで案内するわ」

そういうと管理人は一足先にセンター内へ入って行った。友人達もそれに続く。


「……門北ってヘンテコな所よね、全国チェーンのオーソンまでこんなノリだなんて」

「門北だからなあ。異世界というか不思議の国だぜ、ある意味」

残った天と咲良は言葉を交わした後、センターの中へと入っていった。

73第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/08(木) 23:56:16 ID:Gg47xBXU0
門北センター内 食堂

食堂まで案内された天一行を待っていたのは食堂と大きく書かれた暖簾と木製の門、
それと割烹着を着たおばちゃん、大葉三津子(おおば みつこ)であった。

「あら皆さんいらっしゃーい!待ってたわよ〜天ちゃん!すぐお蕎麦作るからね!」

「て、天ちゃん!?ってグェーッ!」

おばちゃんは天を見るや否や両手を広げて駆け寄り、ギューッと抱きしめた。
天はおばちゃんにギューッと締め付けられて苦しそうな声を上げた。
この方、年齢の割には力がある!食堂経営で鍛えられた抱擁に天は身動きすらとれない!
……どうもこのアパートの女性は皆パワフルだなと天は(薄れゆく意識の中)思った。

「……あらヤだ私ったら!ごめんね天ちゃんって大丈夫!?顔がゾンビみたいに真っ青よ!」

おばちゃんは天の異変に気付くと直ぐに解放するが、解き既に遅し。
天の口からは魂のような白い煙のような何かが飛び出しかけていた。



「ごめんなさいねぇ〜天ちゃん、もう体は大丈夫かい?」

「三途らしき川の向こうでご先祖様らしき人が手を振ってましたがもう大丈夫ですハイ」

天の蘇生に成功した面々は食堂に入ると近くにあった団体用の長テーブルに座った。
三途の川から生還した天は早速お祝いの蕎麦を注文する。

「お蕎麦を7人分ね。今日はお祝いだからお代はいらないわ。サイズは普通と大盛があるわよ」

「前言ってた大盛スね、じゃあ俺は大盛で。みんなは?男衆全員大盛?じゃあそれで」

注文を承ったおばちゃんは調理場へ戻る。どうやら一人で食堂を切り盛りしているようだ。
蕎麦がくる間に天は店内の様子をざっと見回した。

天とその友人達、管理人やおばちゃんの他にも食事をしに食堂に来てる人が何人かいた。
まず目に付いたのは隅っこのテーブルに座るフードを被った青年。
彼は誰かと電話をしているようで、陽気な声でペチャクチャと何かを話していた。
その電話が終わると今度は箸でコップを楽器のようにチャカチャカ叩き出した。
「腹減った」「まだか」という言葉が頻繁に出て来る歌詞を歌っていたので
どうやら注文の品が遅れていると推測出来る。だか少々喧しい。
その音は友人達にも感染したらしく、天のすぐ横でコップをチャカチャカ叩き出したが
速攻で女性陣に怒られ演奏は中止となった。

次に見つけたのは中学生くらいの少女だった。眼鏡をかけ、セーラー服にショートパンツ姿の
物静かな少女は机の上の蕎麦を小さい口にチュルチュルと入れていた。
少女はこちらの視線に気付いたようで、天に軽く会釈をした。天も会釈を返す。
それを見た少女は机の蕎麦に目を向けると再び食事に集中しだした。

「ここにいる人達って皆アパートの方ですか?」と管理人に聞いてみた。

「地区センターは近隣の住民さんも利用するからそうとは限らないわ。
フードを被った彼はアパートの人で、名前は天下原国綱(あまがはら くにつな)くん。
あの女の子はここをよく利用する近所の子よ。ナルミちゃんって言ったかしら」

食堂には他にも客が何人かいたが、どれも皆近所の方々だと管理人は言った。
他の住人……匠は自分の店で忙しく、子猫は弟の部活の試合を見に行ってて不在だそうだ。
その他の住人も部屋にいたり出かけていたりとそれぞれ思い思いの休日を過ごしているようだ。
ヒバリは今日は非番だから酒飲んで寝てるんじゃあないかしらと笑いながら語っていたから
管理人とヒバリは親しい間柄なのだろうと天は思った。

74第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/08(木) 23:58:17 ID:Gg47xBXU0
最後に目に付いたのは人ではなく猫だった。店の外、入口の手前でエサを美味そうに
食べている。首輪をしているから飼われているのだろう。真っ白な毛並みの可愛らしい猫だ。
「あの白猫は食堂で飼ってるんスか?」天は管理人に尋ねた。

「ああ、シャロンちゃんね。201号室のモチヅキさんの所の飼い猫よ。人懐っこくて可愛いのよ」

管理人はそう答えると、その言葉に咲良が反応を示した。

「ええ!?このアパートってペットもOKなんですか!?いいなー!私の所はダメなのにー!」

「ハムスターや熱帯魚みたいに小さな生き物はOKよ。猫や犬も『条件』さえクリアすれば
飼うことが出来るわ」

「いいないいなー!私も越してこようかしら、エンジェルちゃんと一緒に!」

咲良はアパートに羨望の眼差しを向けていた。天はすかさず止めに入る。

「エンジェルちゃんって実家のドーベルマンだろ確か!あんなの許可下りないっての!」

「ちぇー」咲良は唇を尖らせた。天は管理人さんの所に近づくと小声で尋ねた。

「さっき『条件』って言ってましたど、その条件ってのはやっぱりアレですか」

「そういうこと。シャロンちゃんは小さいけど立派な『スタンド使い』よ」

「なるほどねえ……動物もスタンドを使えればここに住める、と」

天は店の外に目を向ける。シャロンは食事を終えたようで、満足そうに地区センターの外へ
歩き出していった。

75第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/09(金) 00:14:40 ID:YvCbu4cA0
「そういえば藤鳥くん、咲良さんはスタンドは見える人なの?このアパートに
興味を持ってくれてるみたいだけど」

「ああー、それなんスけどねえ」

天は自分の横にスタンドを出すと、咲良に近づき目の前でスタンドの腕を
ブンブン振ってみせた。しかし咲良は何も無かったかのように女友達と雑談をしている。
女友達や男性陣も、誰も天のスタンドには一切気付いている様子はない。

「ご覧の通りです。両親や妹にも試したんスけどねえ、だーれも気付いてくれないんスよ、
悲しいことに」

「あら残念。スタンドを使える人って意外と少ないから、もし知り合いに
スタンド使いの方がいればこのアパートの事を教えてあげてね」

管理人は残念そうな表情を浮かべた。『スタンド使いは意外と少ない』と管理人は言うが、
これは実家周辺で沢山のスタンドを見てきた天には少々違和感を感じる言葉だ。

「……スタンド使いって全部でどれくらいいるんスか?地元やこのアパートを見てると
みんなスタンドを持っているイメージがあるんですけど」

「そうねえ、確か―――」


「確認されているだけで8000人以上。未確認の方を含めると20000人といった所でしょうか」

管理人の言葉を遮るような男の声が後ろから聞こえた。振り返ると長身のスーツ姿の男が
すぐ真後ろに立っていた。目には片眼鏡(モノクル)を掛けている。
ルックスもイケメンだ。

「モチヅキさん、いらしてたんですか」管理人は後ろの男ににこやかに話かける。
どうやらこの人が白猫の飼い主・モチヅキさんという人のようだ。

「新しく来た人がこちらにいると聞いたもので……どうも、初めまして」

男はそう言うと天の手を握った。天も握り返し、握手の形となる。

「僕は望月薫(もちづき かおる)、大学で准教授をしている傍ら、海外の専門家と共に
スタンドに関する様々な研究を行っています」

「へえー!スタンドの『研究』ッスか、なんか格好いいスね!」

「数ある超能力の中でもあまり知られていないマイナーな分野だからあまり堂々とは
言えませんけどね。スタンドの事で何かあったら相談に乗りますよ」

薫は天に名刺を差し出した。受け取った名刺には「日本スタンド学会・関東支部長」と
書かれている。どうやら彼は高い地位にいる学者さんのようだ。
薫は管理人の近くの席に座ると「僕もそば大盛で」と注文をして、スマホを弄りだした。
天も友人達のいる席へ戻った。

注文が来るまでの間、天は薫の先ほどの言葉を思い出していた。
『確認されているだけで8000人以上、未確認を含めて20000人』。
確かに意外と少ないな、と天は思った。これは国内だけでなく世界中のスタンド使いの
総数なのだろう。日本の人口が約1.2億人、地球全ての人口が約72億人なのだから、
スタンド使いが2万人いるとして単純計算で大体世界の36万人に一人がスタンド使い……
数字だけ見ると非常に少ない……と思う(他に超能力者がいればの話だが)。

だがそんな希少な力を天は地元で複数目撃しているし、門北では既に4人のスタンド使いに
出会い、今住んでいるアパートにもまだ見ぬ複数人のスタンド使いがいるのだという。
随分と出現場所が偏ってるな、と天は思った。

76第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/09(金) 00:16:32 ID:YvCbu4cA0
スタンド使いは実は日本だけにしか存在しない地域限定の能力なのかもしれないと
考えていると、調理場からおばちゃんがざる蕎麦を2つ持ってこちらの席へやって来た。
咲良達女性陣の分(並盛)だ。

「はいお待ちどうさま!大盛も今もってくるからね」

おばちゃんは調理場に戻る。咲良達のざる蕎麦は海老の天ぷら付きで実に美味そうだ。
そしておばちゃんが大盛を持って調理場から現れた……が。

流石大盛、量が多い。多すぎる。
おばちゃんが持ってきたざるの上には蕎麦で作られた「山」が出来ていた。
並盛の数倍はあるであろう大量の蕎麦が砂場で作った山のように高く盛られていた。
横には並盛同様天ぷらが付いていたが、その数は見るかぎり20本以上はある。
問題はこれが一人分だということだ。

「お、おい天……これは大盛の範疇に入れていいものなのか?特盛だぞこの量は」

「いや特盛とも違う……これはアレだ、『デカ盛』という奴だ、ウン」

「何分で食えばタダになるのかなコレ、って最初からタダか」

男性陣の顔を青くした超大盛ざる蕎麦が次々にテーブルに乗せられる。
程なく団体用の長テーブルは巨大蕎麦5つと天ぷら100本を乗せた皿で埋め尽くされた。

「若い子はお腹いっぱい食べなきゃ!私の食堂の大盛は大体こんな感じよ!ハハハハハ!」

おばちゃんは満面の笑みでそう言っていたので分量を間違えた訳ではなさそうだ。
他の席を見てみると大盛を注文した客は皆平然とした表情で蕎麦を平らげていた。
どうやら皆この量に慣れているようだ。(誰一人として驚いている様子は無い!)
天と男友達は諦めてこの圧倒的蕎麦の山を食べることにした。

77第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/09(金) 00:20:31 ID:YvCbu4cA0
蕎麦は美味い。喉越しが良い。天ぷらもサクサクで最高だ。だが量が多い。多すぎる。

天は1時間かけてようやく蕎麦の山を胃袋に収めることに成功した。胃袋は破裂寸前であった。
大盛に挑んだ友人達は腹を風船のように膨らませてギブアップの意志を表明していた。
咲良達女性陣が大丈夫かと心配そうに聞いてきたので一応大丈夫だと天は答えた。
他の男性陣は苦しさで声を出せる状態ではなかったようだが。

天と仲間達はおばちゃんに礼を言うと食堂をあとにした。この後の予定は特に決めていなかったが
男性陣がご覧の有様だったので男達を車に乗せて家に帰すこととなった。
咲良も一緒に車に乗るという。天は死にかけの友人達を車に乗せ、
そのまま車を見送ることにした。エンジンがかかり車が発進する直前。車の窓が開き
助手席に乗っていた咲良からこんなことを言われた。

「天、『例の箱』は寝室に置いといたから!ちゃんと『配る』のよ!」

「おうわかった!じゃあな咲良、また後で電話するから!」

咲良を乗せた車は門をくぐり、アパートを去っていった。


例の箱というのは天の両親が引越し当日になって天達に渡してきた段ボール箱である。

両親曰く、「引越しをしたらご近所さんにはちゃんと挨拶をしておきなさい。
粗品はお父さんが用意したから、アパートの皆様に配るのよ」だそうだ。

粗品は普通タオルや洗剤の詰め合わせ等を送るものだと天は思っていたが
両親が渡してきたのは大型テレビが入りそうな大きな段ボールであった。
しかも中に何が入っているのかは分からないがとにかく重い。
大きな鉛でも詰め込んでるんじゃあないかという位の重量だったので
部屋に運びこむ際も男衆に数人がかりで何とか運んでもらったのであった。

(親父はカメユーデパート勤務、昨日デパートから在庫品を嬉しそうに持って帰ってきたから
嫌な予感がするんだよなあ……何入ってるんだあの箱……?)

78第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/09(金) 00:28:51 ID:YvCbu4cA0
天は粗品に不穏な空気を感じつつ、箱のある自室に戻ろうと階段を上ろうとしたその時。
階段の3段目あたりに何かが転がっていることに気付いた。
上って確認してみると空き瓶が転がっていた。もし踏んでいたら階段を転げ落ちてしまう
所であった。先程のバナナの皮もそうだが、このアパートの人々はマナーに疎い所があると天は思った。
だが、よく見てみると階段のあちこちに同様の「踏めば転げ落ちるぞポイント」が
あることに気付いてしまった。ある段にはビー玉が散らばっていて、ある段には
バナナの皮が10個も置いてあった。上から2段目に至っては油だかローションだか知らないけど
そんな感じのヌルヌルした液体でビショビショに濡れていたのだ。

(さっき降りた時はこんな物なかった……!これは明らかにわざと置かれた物!
誰かを滑らそうと『悪意』を持って用意された物!誰がこんなことを!?)

天はこれらを踏まないように慎重に階段を上ると、急いで自分の部屋の前まで戻った。
カードキーを使い部屋に入ろうとしたその時!

天は足に何か柔らかい物を踏んだ感触を覚えた。
それが本日3度目のバナナの皮だと気付いた時には既に足は滑り体が大きく傾いていた。
このままでは転んで頭を打ってしまう!天は頭の怪我を覚悟した。


『油断大敵、オキヲツケテ。チュミミーン』


天の目の前にスタンドが出現、天の腕を掴みバナナを踏んでいない方の足を踏んづけると
天の体はピタリと止まりその身をコンクリートに叩き付けずに済んだのだ。

「フー、助かったぜ相棒……しかしまたひとりでに出現したな。これが自我って奴なのかな。
あと相棒、タイヤに踏まれると地味に痛いんだなコレが」

『チュミ?……コレハ失礼』

スタンドは天が足を踏まれて痛がっていることに気付くとすぐにタイヤの足をどけた。
天は体勢を戻すと部屋の鍵を開け、バナナの皮を掴むと部屋に戻っていった。



「フン、あれがアイツのスタンドが……小癪な」

「お坊ちゃま、Act2もクリアするとは敵もさるもの……ここは私にお任せを」

「……いいだろう。トキタ、Act3はお前に任せる。藤鳥天の素質を見極めろ」

「かしこまりました。この時田潮(ときた うしお)、あの者を『ぶれさせて』みせましょう」



203号室の隣、202号室の扉の隙間からまたしても2つの影が203号室を覗いていた。

79第2話 ◆PprwU3zDn2:2016/09/09(金) 00:35:59 ID:YvCbu4cA0
「なんで粗品の一つ一つがこんなにバラバラなんだよ親父の奴……」

自宅の寝室に戻った天は例の大きな箱を見つけると、カッターナイフで
段ボール箱を開封した。中には熨斗(のし)が貼られた箱が10個ほど入っていた。
が、箱の大きさがどれもバラバラで、重さも片手で持てる軽量のものから
持ち上げるのも一苦労な重たい物まで千差万別のふざけた代物であった。

天は思った。親父の奴、デパートの売れ残りを適当に粗品に入れやがったな、と。
自分が小さいころ、誕生日プレゼントにお中元の売れ残りを貰ったことがあるから
今回も同じノリで箱に無差別に詰めたんだなと直感した。箱は綺麗にラッピングされており
一度開けたら元に戻すことは天には出来ない。故に中身を調べることも出来ない。

いくら配れと言われても、こんな中身もわからない粗品ロシアンルーレットに
アパートの面々を参加させるわけにはいかない気がしてきた。
かといってこんな物を部屋に置いてても邪魔なだけだ。

配るか、放置か。ダメ究極の二択に悩んでいるとリビングの電話が鳴り響いた。
リビングに向かい受話器を取ると管理人の声が聞こえてきた。
管理人曰く、この電話機は内線でアパートの住人と電話が出来る機能があるらしく、
部屋番号を押すだけで簡単に住人同士で通話が可能とのこと。
電話の横に内線番号を記したカードが置いてあるから確認してねと告げられた。

確かに電話の横には内線番号と住人の名前らしき文字が書かれたカードが置いてあった。


301(管理人)

206(黄頭)205(霧島)203(藤鳥)202(我修院)201(望月)

106(安達)105(天下原)103(白石)102(空室)101(小鳥遊)

門北地区センター
001(地区センター受付) 002(食堂) 003(図書館)004(売店)


カードを見た天はようやく住民全員の苗字を把握することが出来た。
内線はアパートだけではなく地区センターへもかけることが可能らしく、
わからないことがあれば受付に電話を入れれば色々教えてくれるらしい。
内線を使っての電話は料金はタダだから積極的に利用してねと管理人は言った。

「そういえば管理人さん、これから皆さんにご挨拶しに行くんですが……お聞きします。
『大きい箱』と『小さい箱』、どちらが好みッスか!?」

『まあ藤鳥くんったら、舌切り雀みたいなことを聞くのね。そうねえ……
やっぱり小さい箱の方がいいかな。大きいのを選んでお化けが入ってたらいやですもの』


管理人は小さい箱でいいと言ってくれた。ならばこの中で一番小さい箱……
サイコロキャラメルと同じ大きさのキューブ状の箱を渡そうと思った。
……流石に小さすぎやしないかと少し思ったが管理人さんのご要望だからと
天は自分に言い聞かせた。残りの箱を数個手に取ると、天は部屋を出て
アパートの住人に引越しの挨拶回りを開始した。

「まず最初は知ってる人がいいな……匠さんの所へ行くか」

80 ◆PprwU3zDn2:2016/09/09(金) 00:38:18 ID:YvCbu4cA0
今回はここまで。

次回、第2話その2「粗品を配りに行こう」をお送り致します。

81粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/09/19(月) 01:06:33 ID:eTXpyN4Y0
101号室 喫茶店Jack

喫茶店の扉を開けると店内には数人のお客さんが席に座っていた。
どうやら昼の書き入れ時に来てしまったようで、匠は客にランチやコーヒーを運んでいたりと
忙しそうだ。今はタイミングが悪いと思った天は店を出ようとしたが
匠に気付かれてしまい、カウンター席に案内されてしまった。
天はカウンター席に座ると、砂糖たっぷりのコーヒーを一杯注文した。
「すいません、こんな時に来ちゃって」と謝ると匠は構いませんよと言ってくれた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「分かりました。これは引越しの挨拶として遠慮なく頂くと致しましょう」

「これからどうぞよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ」

粗品を匠に渡すと天は深々と頭を下げた。匠も頭を下げる。
そこへ、店の常連客と思わしき初老の女性が天の肩に手を置き匠に話しかけた。

「あらぁ匠ちゃん、もしかしてこの子が例の新入りさぁん?」

「ええ。彼が今日越してきた藤鳥くんです」

女性客は天の顔をジロジロと値踏みするように眺めると、口元をニヤリとさせた。

「フーン、中々面白そうな子ね。縁があったらこの子に『頼んでみる』かもしれないわ。
じゃあね匠ちゃん、また来るからね」

女性客はそう言うと匠に1万円札を渡して店を後にした。
おつりを受け取らずに出ていってしまったが、これが彼女の支払い方だと匠は言う。
中々太っ腹な方でしょう?と笑っていたが、そんなことより天は
女性客の最後の言葉が気になって仕方がなかった。

「……?『頼んでみる』って何の事スか?」

「ああアレですか、私と彼女の個人的なお話なのでお気になさらず……それより藤鳥くん、
これから1階の方々にご挨拶を?」

「一応そのつもりです。終わったら2階へ行って、最後に屋上の管理人さんの所へ」

「そうですか……ですが生憎今の時間、1階の方々は部屋にいないと思いますよ?」

「ああ、子猫ちゃんのことスか。管理人さんから聞いてますよ、弟さんの所に行ってるとか」

「ええ。白石さんもそうですけど、他の方々も今日は出かけているはずです」

その言葉を聞くと天はポケットから内線番号が書かれたカードを取り出した。
住人の名前と顔を覚えるためにと自室から持ってきたものである。

(えーっと、確か102号室は空室だったから残りは……)

1階の住人は匠と子猫を除くと二人。食堂にいた天下原国綱というフードの青年と
まだ会った事の無い安達という人だ。

「安達さんはとある劇団の団長をしている方で、今日はその劇団の公演で
東京に行ってしまっているので不在です。国綱くんは近くの商店街へ行ったみたいですよ」

「なるへそ……それじゃあ先に2階へ行ったほうがいいですね、そういえばヒバリさんも
2階に住んでいるんですよね」

天はカードを見て部屋を確認しようとしたが、よく考えたらヒバリがどんな名字なのか
知らなかった。自分と望月を除けば残りは『黄頭』か『霧島』か『我修院』の3つ。
ヒバリの名字はどれなのだろうか。

だがその疑問は匠によって直ぐに解消された。

「そうですよ、霧島雲雀(きりしま ひばり)さんは205号室……藤鳥くんの隣ですね」

「霧島さんっていうんスねヒバリさん。それじゃあ次は2階へ挨拶に回ればいいッスね。
お忙しい所を失礼しました、自分はこれで失礼します」

天はコーヒー代を払うと席を立ち店を出ようとした。最後に客席のほうを何気なく見たが、
客席にいた数人の客は全員スヤスヤと寝息を立て熟睡していた。

「砂糖(シュガー)1つで6時間、例外なく眠るのです……またのご来店お待ちしております。
結構評判いいんですよ、この『サービス』」

82粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/09/19(月) 01:22:30 ID:eTXpyN4Y0
「普通のお客さんにもスタンドを使うのな匠さん。まあどんな怪我でも治っちゃうから
商売として利用しない手はないか。評判いいらしいし」

店を出た天は先ほどみた光景を思い出しながら階段を目指して歩いていた。
途中、アパートや門北町に関するお知らせが貼られる掲示板や緑色の公衆電話が
設置してある箇所を抜けると階段にすぐに辿り着いたが、天は階段を上らず
アパート横の駐車スペースに止めてある自分のバイクに向かうと、バイクに取り付けた
リアボックスの中からフルフェイスヘルメットを取り出した。
今日アパートに来る時に着けていた物だが、これは天のヘルメットではない。
先週、雲雀から渡された安全用のヘルメットである。

本来なら先週Y駅に連れて行ってもらった時に返せばよかったのだが、駅に向かうまでの
道中でどうやら気絶してしまったらしく、気が付いたら天は駅構内の医務室のベッドに運ばれ、
雲雀は先に帰ってしまったらしいのだ。なので今日までヘルメットは天が保管していた。

天は粗品の件が無くとも、ヘルメットを返すために雲雀の部屋に行くつもりでいた。
粗品は彼女の部屋を訪れるいいきっかけになったなと天は考えていたのだ。
持っていた粗品の上にヘルメットを置くと、改めて階段に向かい2階へ行こうとした。


1F 階段前

階段の前に誰かがいる。フードを被った茶髪の青年……国綱だ。
彼はスマホで誰かと話している。手には大きな紙袋を持っていた。
どうやら商店街から帰ってきたばかりのようだ。丁度よかった、挨拶に行こう。だが
相手も袋を持っている以上、今粗品を渡すのも悪いと思った天は国綱が部屋に戻るのを待った。

「はい…今帰ってきた所ッス…はい…屋上ッスね…わかりました、今からそっち行くッス、
それではまた後ほど」

国綱は電話を切ると部屋には戻らず階段を上り出した。屋上に行くと言っていたが
管理人に用でもあるのだろか。天は国綱が部屋に戻らないと知ると、当初の予定通り
2階の雲雀の部屋に行こうと自分も階段を上ろうとした…その時。


「うん?……!?なんだこのヌルヌル!ああマズイ、落ちる!ああああああ!!」


上の方から男の声が聞こえた。見上げると国綱が何かに足を滑らせ、今にも倒れそうな格好で
手足をバタつかせて無理矢理バランスを取っていた。
よく見ると階段には先ほどの数倍の数の「バナナの皮」やら「ローション的液体」等の
トラップが至る所に設置されていた。そのトラップに国綱が見事に引っ掛かってしまったのだ。

「危ないッ!」天は階段を上るとスタンドを出し、国綱の真後ろに陣取った。
国綱の体はスタンド目掛けて倒れてきたので、スタンドの手で国綱の背中を押さえる。

ズシッ!

スタンドで国綱を押さえた途端、天の体にも衝撃が伝わった。先日の屋上での戦いでも
感じたことだが、どうやらスタンドが受けた衝撃やダメージはそのまま本体である
天にもフィードバックされるようだ。天は自分も倒れないように足を踏ん張り
衝撃を受ける。が……

ズルッ
足の踏ん張りが全く効かない。足に力が入らない、むしろ足が滑る。
まるでバナナの皮を踏んでいるような感覚を覚えていた。


『アノーマスター、「踏ンデイルヨウナ」デハナク、実際ニ踏ンデイルンデスヨ、バナナの皮ヲ』

「ああ?何を言って……ゲッ!!」

天は目線を足元に向ける。天の足の下には無数のバナナの皮が敷いてあった。
階段トラップに引っ掛かってしまい、天の体は衝撃を受けきれず後方に倒れかけてしまう。


「クソッ!俺はこうなったが、スタンドがしっかりと受け止めてくれればっておい!」

スタンドの足元にも大量のバナナの皮。スタンドもしっかり踏んでいた。

スタンドの足も見事に滑る。スタンドは国綱の体を離さないように後ろから抱きしめると
そのまま本体諸共後ろへ倒れこんでしまった。

83粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/09/19(月) 01:35:32 ID:eTXpyN4Y0
天とスタンドは一番下の段まで落ち仰向けにぶっ倒れた。固い地面との激突による
痛みを覚悟していたが、いくら経ってもその痛みが訪れることは無かった。
代わりに得た感触はバランスボールに背中を乗せたようなグニグニとした柔らかいものだった。

何が起きたのか分かりかねていると次の瞬間。天の体は背後の柔らかいものに
跳ね飛ばされるかのように宙を舞った。スタンドや国綱も同様に飛ばされていた。

何が起きたのかと首を回して背後を見ると、そこにあったのは巨大で透明な球体だった。
天と階段の間に現れたコレがクッションになり、落下時のダメージを防いだのだが、
そもそもこれは何なのか、何時の間にこんなモノがと思っていると、
スタンドに抱かれていた国綱が口を開いた。


「いやーお互い危なかったッスねえ兄さん、後はそちらで上手く着地してほしいッス」


天の体は一メートルほどの高さまで飛ばされると球体の横の地面に落下していく。
何とか体を捻らせて着地しようと試みるが上手くいかず、結局地面に足から落ちてしまった。
スタンドの方は何とか綺麗に着地できたようで、国綱も無事のようだ。

足の骨が折れていない事を確認すると、天達の体を守った透明な球体を確認する。
綺麗に透き通っていて、表面に薄いマーブル模様、よく見ると完全な球体ではなく
地面にくっつき半球体の形になったこれは『シャボン玉』であることが分かった。
よく見ると表面にはマーブル模様とは違う色で目の形が描かれている。

「これ……ただのシャボン玉じゃあないな、第一『頑丈すぎる』」

成人男性二人が倒れこんでも割れないシャボン玉に興味津々の天はシャボン玉に恐る恐る
腰を掛けてみた。シャボン玉は割れる気配はなく、天を座らせることに成功した。
「どうなってるんだ」と疑問に思っている次の瞬間、天は座ったままの姿勢で
宙に飛ばされてしまった。といっても数センチほどしか浮かなかったので今回は着地に成功した。
どうやらこのシャボン玉、力を加えるとその力をそのまま押し戻す…というか跳ね飛ばす能力を
持っているらしい。こんな大きくて不思議なシャボン玉、普通なら存在するはずがない。
となれば答えは一つしかない。

「国綱さん……でしたよね、面白い『スタンド』を持ってますね、割れないシャボン玉なんて」

「へへへ、お褒めに預かり光栄ッス、新顔(ニューフェイス)さん」

国綱は天に向かって手を伸ばした。すると彼の手から、大小さまざまなシャボン玉が
大量に飛び出してきた。シャボン玉は天の周囲に集まり、周りをグルグルと回り始めた。
こんなメルヘンチックなスタンドもあるのかと目を奪われる天であった。


「決して割れないシャボン玉『ヘブンリー』の使い手、天下原国綱ッス!以後よろしくッス!」

84粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/09/19(月) 01:51:46 ID:eTXpyN4Y0
「いやー汚い部屋で申し訳ないッス、座布団持ってきたんで空いてる所に敷くッス!」

「いえいえお構いなく。……しかし物凄い数の機材ッスね、どういう仕事してるんスか?」

105号室、国綱の部屋に案内された天はリビングらしき場所に案内された。そこで見たのは
部屋中に設置されたパソコンと10台以上あるモニター、さらに部屋を埋め尽くす大量の段ボール箱
であった。あきらかに普通ではない部屋に天は目を大きく開いた。

「ネット関連の仕事をで幅広くやってるッス!通販サイトや小さなSNSを運営したり
株やFXで資金を稼いだり、最近じゃあオンラインゲームやスマホ用ゲームを何個か作ってるッスよ。
これが結構儲かって……」

「いえもう結構ッス、国綱さんがその道のエキスパートなのはよくわかりましたハイ」

国綱は褒められたのが嬉しいらしく、光栄ッスと頭を掻いて照れくさそうに笑った。
昔からパソコン弄りが好きで、趣味でゲーム制作や株の投資をしている内に
才能を開花させ、今では一人で年収数千万円の稼ぎがあるらしい。
部屋の段ボールは通販サイトの商品とのことだ。


出されたお茶を飲み干し、引越しの挨拶を一通り済ますと
先ほどのトラップを仕掛けた奴ついて心当たりがあると国綱が言い出した。

「アレは我修院っていうワルガキの仕業ッスよ!いつも住民にイタズラを仕掛けては喜んでる
タチの悪い奴ッス!自分も今まで何度も奴に泣かされてきたッス!」

天は先ほど自室の前にバナナの皮を置かれた事を思い出す。これも我修院とやらの仕業らしい。

「我修院骸(がしゅういん むくろ)なんて名乗ってますけど、あんなの絶対偽名ッス!
顔に仮面なんか着けて芝居がかった台詞を口にするキザな野郎ッス!こないだも階段に……
ああもう我慢できん!兄さんこれから各部屋に行きますでしょ、奴の部屋に行くときは
自分に一声かけて欲しいッス!一緒に抗議しに行くッス!てゆうか今すぐ行くッスよ!!」

興奮して鼻息を荒くする国綱。行動力の高さや年齢の近さ、語尾にやたらと「ッス」をつける
所がどことなく自分に似ているなと親近感を覚える天だったが、抗議のために勢いのまま
部屋を飛び出そうとする国綱を天は引き止めた。

「まあまあ落ち着いてください国綱さん!とりあえずその人の部屋は最後に回すんで
国綱さんはここで待ってて下さい!必ず連絡入れますから!」

「絶対ッスよ!一緒に奴を懲らしめるッス!……しかし何で最後ッスか?
抗議だけなら時間はかからないッスよ?」


「抗議『だけ』ならね。あの手の輩が相手だと抗議だけで済むはずが
無いんスよ、絶対ロクでもないことが起こる……相手はトラブルメーカー、
それに『スタンド使い』ですから。それに国綱さん、屋上に予定があったはずでは?」

「え?屋上……ああッ!すっかり忘れてたッス!悪いけど兄さん、その時が来たら
ここじゃなくって屋上に来て欲しいッス!お先に部屋を出るッス!」

国綱は先ほど持っていた紙袋を手に部屋を飛び出してしまった。急ぎの用だったらしい。
色々と忙しい人だなと思いながら天は苦笑いを浮かべた。

85粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/09/25(日) 01:46:49 ID:8/yk5AmY0
天は国綱の部屋を出てトラップを踏まないように慎重に階段を上り2階へ着くと、
顔を知っている顔の雲雀と薫の部屋を訪ねる事にした。

2F 205号室前

ピンポーン
チャイムを押しても反応は無かった。管理人の言う通りやはり雲雀は寝ているのだろうか。
そう思っていると部屋から微かに音が聞こえて来た。天はドアに耳を当てると
雲雀の寝言らしき声が聞こえてきた。

「ウーン……これ以上運べませんよ……有給休暇と残業代ください……ムニャムニャ」

どうやらあまり良い環境で働けていないようだ。運送業は兎に角体力を使う仕事だと聞くが
夢にまで出て来るようなキツい所で働いているとは知らなかった。
せっかくの睡眠を邪魔してはいけないと思った天は雲雀の部屋を後にして、
201号室に住む学者の薫の部屋へ向かった。

(ヒバリさんの部屋は後に回そう)


201号室 望月薫の部屋

「ようこそいらっしゃいました。ささどうぞ、コーヒーをご馳走しますよ」

薫はそう言うと天を部屋に入れた。今日は熱い飲み物をよく飲む日だ。
通された部屋は本棚に囲まれた部屋だった。本棚には分厚い洋書が数多く並んでいる。
流石大学の准教授、国綱の部屋もそうだったが、天とは住んでる世界がまるで違う。
天が本棚を見ているとコーヒーを持ってきた薫が嬉しそうに語り出した。

「この部屋にあるのは全てスタンドに関する文献です。スタンド研究の第一人者、
ジョン・オリスター博士が書かれた素晴らしい著書の数々はスタンドという存在を……」


望月薫という男は語り出したら止まらない性分らしい。最初は本棚の書籍について
話していたのだが、次第にスタンドの概念について語り出し、スタンド能力の多種多様さ、
それが現代社会にどう影響を及ぼすか……といった小難しい講義が始まってしまった。
(まあこの手の長話は大学で慣れてるからいいけど)と話しを聞きながら天は思った。


講義の途中、天は聞いた。薫さんは今どんな研究をしているのかと。


薫は答えた。スタンドの『誕生』にまつわる研究です、と。


「藤鳥くん、スタンド使いは如何にしてスタンドを得たかご存知ですか?」

天は知らないと答えた。スタンド使いになったばかりの天に分かるはずもない。

「スタンド使いになる方法は様々です。生まれた時からスタンド使いだったり
強いスタンドを持つ親族の影響で力を得たり、ある分野を極めた方が発現する場合もあります。
特定の地域に立ち入ることでスタンドを手に入れる人もいますが、私の研究している分野は
それ以外の方法……即ち『人工的にスタンド使いを作り上げる』というものなのです」

天は管理人との面接のやりとりを思い出していた。親族に超能力者はいるか、アリゾナ砂漠で
遭難した経験……これらの質問は受験者がスタンド使いかどうかを判別する
質問だったのだろう。てゆうかアリゾナ砂漠にそんなパワースポットがあったのか。


しかしスタンド使いを『人工的に作る』とはどういうことだろうか。そもそもそんな事が可能なのか。
天は薫に聞くと、薫は別の部屋に消え、すぐに出てきた。その手には一対の
『弓』と『矢』が持たれていた。これは何かと天が聞くと薫は再び語りだした。


「この矢は地球に落ちてきた隕石を加工して作られたものです。とある財団から
研究のためお借りしたものですが、これこそ先程話した『人口的にスタンド使いを生む』
ことのできる代物なのです」


「この古めかしい矢がですか……?『矢』ということは、やはりこう……体に」

「その通りです、この矢に体を貫かれた者は『才能があれば』怪我は直ぐに治り、その後
スタンド能力を得る事が出来ます」

先週管理人が言っていた「矢で射られる」とはこういうことだったのかと天は思い返していた。
天は矢を眺めながら考える。隕石……宇宙から飛来してきた物を体内に入れると
超常的な力を得る。オカルトめいた力だと思っていたスタンドに実は宇宙の神秘が
大きく関わっていたとは。怪奇モノから一気にSFの分野に行ってしまったなと天は矢を眺め思った。

86粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/09/25(日) 02:22:55 ID:8/yk5AmY0
「ん?『素質があれば』ということは、もし素質の無い奴がコレで射られたら……」

「残念ながらその人は亡くなってしまうでしょう……現にこの矢は過去に多くの人の命を
奪っています。今から十数年前に……」

「ちょっと、そんな曰く付きの矢なんスかコレ!?怖い怖い!うっかり手で持っちゃった!」

先ほどまで素手で矢を持ちジロジロ見ていた天は顔を青くするとすぐさま矢を薫に返した。


「呪いの類は無いと思いますよ……それで僕の研究の話に戻りますが、具体的に言うと
『どんな人にでも100%スタンド能力を与えられる道具』の研究を進めています。
もっと言えば『スタンド使い製造機』を作るための研究です」

そこまで聞くと天は大きく咳き込んだ。あまりにもぶっ飛んだ話にコーヒーを思わず気管に入れてしまったようだ。
「スタンド使い製造機ぃ!?本気ですか薫サン、食品の製造みたく簡単に言ってますけど!?」

「本気ですとも藤鳥くん。この研究は世界規模の一大プロジェクトで、世界中から名のある
科学者が集っています。ここだけの話すでに試作機が完成していて、動物実験にも
成功しました。あとは人間を使っての実験を行うだけでしたが、あまり上手くいかなかった…
というより失敗しました。現在改良のため、弓と矢を調べてスタンド誕生のメカニズムの
更なる解明を進めている所です。……ああ、勿論実験失敗による死者は一切出ていませんよ?」

「動物実験に成功って……その動物はどうなったんスか、スタンド使いになったんでしょう?」


「ニャーン」
廊下から猫の鳴き声が聞こえて来た。ハート柄の首輪を着けた白猫・シャロンである。
シャロンは薫の足元に近寄るとゴロゴロと喉を鳴らして薫に擦り寄り甘え出した。

(もしかしてこの猫が?)

薫はシャロンを抱っこするとシャロンの頭を撫でる。

「野良猫だったこの子には才能があったのでしょう。中々面白い能力を得る事ができました。
実験後は僕が引き取り、経過の観察も兼ねて一緒に暮らしています。後は人体実験で
成功すれば完璧だったのですが……」

「上手く行かなかったんスよね?スタンド使いにはなれなかった……」

天がここまで言うと薫は首を横に振った。彼曰く、スタンドは被験者の体に確かに宿った。
しかし肝心のスタンドに難があり、数人の被験者全てに同じ傾向が見られたため、
開発は一旦白紙に戻し研究のしなおしとなったそうだ。


難があったとはどういうことですかと聞くと薫は「実際に見た方が早い」と言って
椅子に腰掛けた。その瞬間、薫の体から水色の透き通ったオーラのようなものが
沸き出て来るのが見える。
薫の言動から天は何となくだが状況を察することができた。


「……自分自身が実験体になったんスね……スタンドを持ってなかったんスか?」


「『どんな人にも平等に素晴らしい力を』がこの研究の合言葉でしたから
スタンド使いではない学者もあえてメンバーに入れられていました。
私なんかは元々スタンドの存在に否定的でした。高額の給金目当てに参加していたのです。
非スタンド使いの僕の元に実験の話が持ち込まれたのも計画の一部だったのでしょう。
失敗しても後遺症は無し、参加すれば多額のボーナスが出ると聞かされましたから
『出来るもんなら俺を超能力者にしてみろ』と半信半疑で実験に臨んだのです。
そんな私にもスタンドは与えられました……失敗作でしたが。完全な装置の開発には
まだまだ時間がかかりますけど、いつの日か藤鳥くんにも見せられるでしょう……出てきなさい、
『ロン』」

薫が声を掛けると、薫の膝元に一匹の子犬らしきスタンドが現れた。
子犬らしきというか、見た目はまんま可愛らしい子犬だ。

「ほォ〜ッ、愛くるしいワンちゃんスタンドッスね、よしよし」

天は薫の膝で気持ちよさそうにくつろぐ子犬の頭を撫でた。ロンは尻尾を振って
喜んでいる。まさに犬だなと実家に犬を飼っている天は思い、ロンに癒された。

「ああー可愛い。部屋にも一匹欲しいくらいだ……んでこの子はどんな呪いを?」

「キミはスタンド能力のことをそう呼ぶんですね……ハッキリ言うと『ありません』」

「……はい?」

「ロンにはスタンド能力と呼べる特別な力は無いんですよ……これが実験失敗と言われる
一番の理由です。被験者全員が私のような『スタンド能力を持たないスタンド』を
持ってしまったのです」

87粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/09/26(月) 02:21:19 ID:wq6fXtug0
「ダメじゃないッスか!」

「ええ、ダメです。スタンドの中には能力は持たずともパワーや速度に長けたスタンドや
遠くまで動かせるスタンドもいますが、実験で生まれたスタンドにはそれすらありません。
力は赤ちゃんにも劣り、動かせる範囲も1m程度と狭いです。
ロンは噛む力も全く無いんです、まさに可愛いだけの『無能力』なスタンドですよ。
強いていうならキャンキャン吼えるくらいでしょうか」

「本当にただの子犬のスタンドなんスね……」

薫は少し寂しそうに頷いた。いい思い出話のように語っているが、本心は悔しそうだ。
超能力者になれると謳っておいてこれでは救うに救えない話である。


薫は天からの粗品を受け取ると最後にお願いがありますと言い天に近づいてきた。
どうやら薫の参加している研究プロジェクトに協力してほしいようだ。

このプロジェクトでは『スタンド使い製造機』の他に、世界中のスタンド使いの情報を網羅した
データベースの開発も行っていて、天のスタンドの情報もその中に収めたいという。

「アパートの方々にも何人か協力をしてもらっています。といっても難しいことを
要求する訳ではありません……まずはスタンドを出してその姿を見せて欲しいのですが」

「相棒をッスか?どうぞどうぞ。研究のために役立てて下さい」

天がスタンドを出すと、薫は胸ポケットからデジタルカメラを取り出しパシャパシャと
スタンドを撮り始めた。藤鳥くんも一緒にどうぞと言われたのでスタンドの側で
適当なポーズをとる。「スタンドってカメラで撮れるんスか?」と聞くと、
これはスタンドを写せる特別なカメラで、研究の一環で発明されたものだという。
科学の力ってスゲー!と感心していると無事撮り終えたようで、次は天に三つほど
スタンドに関する質問をしたいと言ってきた。

「スタンドのお名前を聞かせてください。先程『アイボー』と呼んでいましたが」

「アイボー?……いやいや!それは仮に呼んでるだけで正式な名称ではありません!
てゆーかスタンドの名前か……そういえばあれから考えてなかったかも」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

話は一週間前に遡る



喫茶店Jackにて管理人と歓談をした夜のことである。
管理人曰く、スタンドは各々『名前』が付けられていて、天のスタンドにも
ぜひ名前を付けてあげてね。と自分のスタンドに命名をすることを薦められていた。

確かに管理人や匠のスタンドには洒落た名前があり、二人ともスタンドを出すときに
その名前で呼んでいた。他のスタンドにも同様に名前があるのだという。

「名前の付け方は人それぞれよ。見た目や能力にちなんだ名を付ける人もいれば
好きなバンドやアーティストの名前をそのままスタンド名にしちゃう人もいるの。
これから先、長い付き合いになる唯一無二の『相棒さん』なんだし、
適当な名前をつけちゃダメよ?」

「相棒ッスか……、まあ何も無いよりはずっとマシっすね。どんな名前にしようかな……」

「まあ期限とかは無いからじっくり考えて、素敵な名前をつけてあげてね」

『イイ名前ニシテクダサイネマスター。チュミミーン』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

88粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/10/02(日) 00:09:08 ID:kKvda4CQ0
『マスター結局名前付ケテクレマセンデシタネ。チュミミーン』

スタンドは怒ってた顔になっていた。少なくとも天にはそう見えた。仕方ないので苦笑いで
ごまかす天だったが、それでスタンドの顔が穏やかなものになるわけがなく。


名前が決定するまでの間、スタンドの事は仮称として『相棒』と呼ぶ事にしたのはいいが
天はその呼び名に満足してしまい、そのまま今日に至るまで正式な名を全く考えなかったのだ。

かといってスタンド名を『アイボー』と正式決定するのもどうかなと思っている。
このメカメカしい姿にその名は相応しくないだろうという考えがあるからだ。

(これは今日中に名前考えとかないとなァ〜)

薫はスタンド能力についても聞いてきた。だが天のスタンドはそれすら曖昧な物であった。
「触れた物をポンコツにする」とは言うのは簡単だが、具体的ではない。
天はスタンド使いとしての『経験』が足りていなかった。スタンドを行使したのは
イタズラしていた時と就活の時、それとアパートを訪れたあの日だけだったのだから。
スタンド使いを自覚してから1週間、天は自身のスタンドの事をまだ何も知らなかったのだ。


「名前が決まったらまたここに来て下さい」と薫に言われると、天は部屋を後にした。
次に向かったのは隣の例の悪ガキ、我修院の部屋だが国綱との約束もあるため
ドアや表札を軽くみた後部屋を通過した。


(しかし悪趣味な部屋だな)と天は思った。
まず入口の扉からして変だ。扉に黒い星が大きく描かれている。凄く怪しい。
何らかの怪しい宗教にでものめり込んでいるのではないかと勘ぐってしまう。
表札もおかしい。我修院の名字の横に大きく『ディザスター本部』と書かれてある。
親の会社か何かだろうか?だとすると扉の星は社章の類か?
疑問は尽きないが、国綱なら何か知っているかもしれないと思いながら最後の部屋、
黄頭という人の部屋に行ってみたが、生憎この人も留守のようだった。
この人に至っては素性も性別も名前の読み方も分からない。『きがしら』でいいのだろうか?
金魚みたいな名前だ。


留守中の人を除けば大体のアパートの住民の顔と名前は覚えることに成功した天は
粗品の補充と休憩を兼ねて一旦部屋に戻る事にした。

89粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/10/02(日) 00:30:03 ID:kKvda4CQ0
粗品は残り6つ。まだ渡していない人は管理人含めて5人。一つ余ってしまった。
残った一つは食堂のおばちゃんにあげようかと考えていたその時である。

ピンポーン
チャイムの音が部屋に響く。どうやら来客のようだ。
天は玄関まで行くとドアの覗き窓から来客の顔を確認した。が、天は
覗き窓の向こうの相手に見覚えが無かった。

年齢は天と同じくらいで長身、茶髪ショートヘアの女性でかなり肌の白い女性だ。
Tシャツにジーンズとかなりラフな格好だが、覗き窓越しでも美人だと分かる。

(…もしかしてアパートの方か?……ああ分かった。黄頭って人だな多分)

まだ顔も性別も分からない人は三人。その内一人は東京に行ってて不在だし
一人はまだ子供だと国綱が言っていた。ならば彼女は残る一人、206号室の黄頭さんという訳だ。
天がドアを開けると彼女はたどたどしい言葉で話し出した。

「あの、ここ、てんの、おうち?」

「……へ?は、はい。ここ、てんの、おうち」

彼女につられて天の言葉も少々たどたどしくなってしまう。
初対面の女性に名字ではなく名前で、しかも呼び捨てで呼ばれてしまった。
どこか幼い声というか、アニメの声優のような可愛らしい声に戸惑っていると
彼女は手に持っていたヘルメットを天に押し付けてきた。
よく見るとこれは雲雀のヘルメットだ。

「あれ?ヒバリさんのヘルメット……何で」

「あなた、かおるのへや、これ、わすれた。わたし、これ、かえす」

どうやら薫の部屋に行ったとき、うっかり置き忘れてしまったようだ。
天は女性に礼を言うが、一つ疑問が残る。なぜ黄頭さんが薫の部屋の忘れ物を
わざわざ持ってくるのだろうか?普通なら薫が持ってくるか
天に連絡を入れて部屋に取りにこさせるものだろうと天は思った。

「わざわざありがとうございます、黄頭さん……ですよね?」

「?わたし、そのひと、ちがう」

彼女は首を横に振った。どうやら天の思い違いだったようだが、だとしたら
この人は誰だという話になる。少なくとも薫とは親しい間柄だということは分かるが、
薫の部屋にはこんな人はいなかった。同居人がいるなんて話もなかった。

天が女性のことを聞こうとしたが、その前に女性は天の部屋を後にしようとしていた。

「ちょ、ちょっと貴方!せめてお名前を」

「……あ、そうだ。てんに、いいたいこと、ある」

女性は立ち止まると体を天の方へ向け、最後にこう言い放った。


「……あまり、かおるに、なれなれしく、しないで」


「……はぁっ!?」


先程の可愛らしい声とは違う、ドスの効いた声。
「言いたい事」を天にぶつけ満足したのか、女性は軽い足取りで部屋を後にした。
いきなり変な事を言われ呆然としていた天だったが、状況を理解すると
つい変な声を出してしまう。やはり薫の関係者、それもかなり親しい…というか
恋仲に近い間柄なのだろう。しかし異性ならともかく薫と同性の天に対して
その嫉妬のような捨て台詞は如何なものか。それに結局彼女の名前も聞けていない。

「待って下さい!俺は……っていない」

天は廊下に出て辺りを見渡すが、彼女の姿はどこにもなかった。
廊下には猫が一匹歩いているだけだった。
彼女が視界から消えてから数秒も経っていないのに、何処へ行ったのだろうか?
……幽霊の類だったのだろうか。先日、このアパートの悪い噂を咲良から聞かされていた天は
少し身震いをした。あまり信用しなくていい情報だと咲良は言っていたが、こうもハッキリと
目撃してしまうと昼間でも寒気を覚えてしまう。忘れ物を届けてくれる親切な霊だったが、
それでも気味が悪い。


(後で薫さんに教えなきゃな、アンタに惚れてる幽霊がいますよって)

90名無しのスタンド使い:2016/10/14(金) 18:47:39 ID:9YnfDwOg0
ジョン・オリスターの名がここでもw
そしてまさかのロン!
住人達が個性的で魅力的で面白い!
乙です!

91 ◆PprwU3zDn2:2016/10/14(金) 19:54:43 ID:Ep4YA5w20
>>90
ありがとうございます。
これからも変な住人達が登場しますのでお楽しみに。

92粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/10/14(金) 23:36:30 ID:Ep4YA5w20
「……ふぅ」

天はリビングに戻り、一息ついた。
中々に個性の強い面々が住んでいるアパートだなと天は先程までの事を思い返していた。
喫茶店の主・IT企業経営者・スタンド研究家・イカれた悪ガキ・元レディース・あと……幽霊?
スタンド使いというのは皆「ああ」なのか?と疑問に思うほど濃いメンツだ。
比較的まともそうなのは雲雀と子猫だが、天が知らないだけで彼女達も相当に
イカした人生を送っているのかもしれない。

「あの二人もとんでもない秘密を抱えててもおかしくないからなぁー、俺だけじゃね?
こんなに地味な人生送ってる住民って……よっと」

そうボヤきながら天はテレビの電源を入れた。画面の向こうでは厚化粧のアイドルが
お笑い芸人と他愛の無い会話を路上で繰り広げていた。旅番組のようだ。

「……休日はニュースやってないんだよなぁー、まあいっか、『ホタテさん』始まるまで
これでも見るか……おや」

ソファに座りテレビ画面をしばらくボーッと眺めていると、画面上段に<ニュース速報>の文字が
現れたことに気付く。何事かと思っているとニュースの詳細が流れてきた。


<K県Y市中央区でまた銃殺死体 連続銃撃事件の被害者であると警察発表>


「……おいおい、『また』このニュースか?これでもう20人くらい死んだろ?」

天は怪訝そうな顔をしてペットボトルのジュースを口に流し込んだ。
天のスマホに咲良からのメッセージが届いたのはその直後だった。


【咲良:ニュース見た?また『ガンマンK』よ!今度は門北の近くの町だって!】

どうやら咲良もこのニュースを今知ったらしい。天は咲良に返信した。

【天:今見た。『ガンマンK』この近くに来てるのか。冗談じゃあないぞ全く】

93粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/10/14(金) 23:37:28 ID:Ep4YA5w20
K県で一人目の『銃殺死体』が発見されたのは去年の暮れの事だ。
被害者は某中小企業の社長で、額には弾丸で撃たれたような丸い穴があった。当初は
暴力団絡みの事件として捜査が始まったが、その僅か2日後。同じ町で
同じく頭を撃たれた死体が発見されたのだ。しかも被害者は高校生だったこともあり
新聞やテレビで大きく報じられることとなった。しかし悲劇はこれで終わる事は無く、
それから1週間も経たない内に3人の死者が同じ町で見つかってしまう。

事件の起こった町は大パニックとなり、子供の外出を一切禁じ
登下校の際も親が送り迎えをする姿が多数見られた。
町から荷物を纏めて逃げ出す人が後を絶たなかったという話もあったほどだ。
だがこの町で新たな死者が出ることはなかった。
次の死体は隣町で発見されたからだ。犯人は次の獲物を探しに移動を始めたのだ。

それから年は明け3月現在―――
犯人は捕まることなく移動を続け、その道中・罪の無い人々を次々に弾丸の餌食にしていった。
その数、判明しているだけでも『21人』……いや、今入った速報で22人か。

いまや日本のニュース番組でこの事件の事が報じられない日は無かった。
K県では警察官による厳重警戒が敷かれていて、人の少ない天の実家周辺ですら
いたるところに警察官が配備されている有様であった。
(そんな中、門北は警官が一人もいないという有様だったのだが)

警察の捜査は難航していた……というより暗礁に乗り上げていたといっていいだろう。
犯人の手掛かりが全く無いのだ。まず誰も犯行の瞬間を見ていない。
事件は深夜の人通りの少ない路上・又は公園で起きていた。其処には監視カメラの類はなく、
カメラが設置された場所や警備中の警察官が居る所には決して現れない。
だが事件現場周辺の住民が銃声を聞いたと証言している。これが銃撃事件と呼ばれる由縁だ。
誰も犯人の顔を見ていない……人相はおろか、男か女かも未だに分かっていない。

証拠品も無かった。銃撃事件且つ頭部に穴が開いているのだから銃弾があるはずなのだが、
被害者の頭部からは銃弾の欠片さえ見つからないのも捜査を難航させる一端を担っていた。
弾丸さえ残っていればどの拳銃から撃たれたか特定することも可能なのだが、前述の通り
銃弾の破片すら体内から検出されなかった。
被害者から犯人を絞り込もうにも共通点は何一つなく、年齢・性別・職業……
何もかもがバラバラで、犯人を特定するには至らなかった。

犯人に繋がる証拠が何一つ見つからない。ネット上でもこの事件は常に話題に上っていた。

『ガンマンK』はそんなネットの海でどこからともなく湧いて出た「犯人を指す呼称」だ。

事件の犯人を神出鬼没、正体不明の『怪人』のように扱っていたネット界隈の住人は
初出不明のこの名称を直ぐに使い始め、今やマスコミ界隈でも使われ出している。
K県に出没する銃撃犯という意味の安直すぎるネーミングだが、ネット上の人々は
どういうわけかこのセンスの無い名称を気に入ってしまい、現在に至る。

そしてこの事件にはもう一つ、他の事件には無い奇妙な特徴があった。

94粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/10/18(火) 01:32:54 ID:y9zMyofM0
天はスマホを弄りニュースサイトにアクセスすると、事件の詳細が載ったページを見つけた。

(事件があったのは門北の隣町・釜戸(かまど)か……)

事件現場を確認すると今度は日本最大の匿名掲示板にアクセスした。
様々な話題の中からY市中央区の話題を扱うスレッドに行くと、案の定スレの話題は
この事件の事で持ちきりであった。天はスレを始めから読み始める。

【銃撃事件、今度は釜戸だってよ。俺ん家の近所じゃんオワタ\(^o^)/】

【Y市も物騒になったよなー俺も隣のK市に逃げるか】

【銃で20人以上死んだんだろ?K県マジ西部時代wwwww】


事件について様々な言葉が飛び交う中、ある書き込みを切欠に
スレの流れは妙な方向に行くことになる。



【俺の友達がこないだから『俺も頭撃たれた』と言って聞かないんだがこれは……】



【で、でたー!『エア被害者』!】

【続報が来る度に出て来るよなこいつらwww勝手に死んでろってのwww】

【ウチの中学でも同じ事言ってる奴いたよ、マジおかしいよなこの事件】

【↑リアル厨房乙】


事件が起こる度、被害者が増える度……
『自分も頭を銃で撃たれた』と名乗り出る者が後を絶たないのだ。

「自分が犯人かもしれない」という妄想に駆られて自首をしてしまう人間は
このような大きな事件では珍しいものでは無いが、自分が被害者だと名乗るケースは、
ましてや殺人事件の被害者だと言うのは非常に珍しく、それが一人や二人ではないとなると
いささか穏やかではなくなってくる。

『報告者』の大半はこのような匿名の掲示板やSNSで自分や友人等の被害を書き込むに留まり
ネット界の住民の笑い者になっているだけで済んでいるが、中には実際に警察や病院に
行ってしまう人も存在するようで、ニュースでも小さいながらも存在を取り上げられていた。


ネットユーザーは彼らを嘲笑と侮蔑の意味を込めて『エア被害者』と呼んで笑っていた。


【ニュースじゃずっとこの事件の話だからなー、夢でも見たんじゃないのそいつらw】

天はこの書き込みを見終わるとスマホの電源を消し、ソファに寝転がって目を静かに閉じた。


「……夢、か」

95粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/10/24(月) 00:57:16 ID:y3zZPXwY0
――1ヶ月前 2月下旬

「うーん……ハッ!?」

天が雀の囀りで目を覚ますと、そこは自室のベッド……ではなく、自宅の外、
玄関の扉の前だった。何故か外で眠っていた天の体は汗でグッショリと濡れ、
来ていた服をビショビショにしていた。2月の冷たい気温はそんな天を容赦無く冷やし、
その体を見事に風邪にしてみせた。天は思いきりクシャミをすると鼻水を啜った。

「……!?何で俺こんな所で寝てるんだ?それになんだ、あの変な『夢』は……?」

目が覚める前に見た夢は非常に不快な物であった。
公園で頭を銃で撃たれて、何故か犯人に褒められる……そんな夢だった。

夢で見た光景、聞いた音、撃たれた痛み……全てが妙に生々しく、目が覚めた今も
ハッキリと覚えている。天は頭を両手で触り、何処か怪我をしてないか確かめるが
穴が開いていたり血が大量に出ている様子はなくひとまずホッとした。
そうなると当面の問題は自身の体調の悪さだけになる。相変わらず頭は痛いが、
これは風邪と二日酔いによるもので、銃撃の痛みでは無い。
頭がフラフラとして気持ち悪い。どうやら熱もあるようだ。

「ハークショイ!!あーしんど……早く部屋に戻って寝よう」


鍵を開け家に入ると、リビングから母親が真っ青な顔をして出てきた。
母親は天の顔を見るなり心配そうな声で怒鳴った。

「ちょっと天!今まで何処ほっつき歩いてたんだい!?」

「どこって、家の前で酔い潰れてたんだよ。昨日飲み会だったから……」

「呑気だねえ!今ニュースで大騒ぎになってるっていうのにさ!」

「はぁ?ニュース?」

涙目でリビングの方向を指差す母親に誘われる形で天はリビングに向かった。
リビングでは天の父親が真剣な表情でテレビを見ていた。

「……帰ったか。無事でなによりだ」

「無事って大袈裟な……何か変だぞ二人とも?……ニュースってこれか」


画面には「K県でまた銃殺死体 銃撃事件の被害者か」とテロップが出ていた。
昨年から話題になっている「K県連続銃撃事件」である。

天はまたこの事件の話かと思いながら番組を眺めていた。
画面ではリポーターが現場近くの道路に立ち、事件の概要を説明していた。

異変に気付いたのはその時であった。


「あれ?ここって家の近くの公園じゃね?」


天は画面に映る場所に見覚えがあった。毎日最寄の駅へ向かう途中に通る道路、
その横にある小さな公園。ピンク色のカバの形をした滑り台がある、見慣れた風景が
テレビに映っていた。

「嘘だろ!?家の近くに来てたのかよコイツ……うええ」

「昨日お前が帰って来なくて心配してたらこのニュースだ。母さんかなり心配してたぞ?」

「そうだったのか……悪かったよ」

天が申し訳無さそうに頭を掻く。ニュースは事件の被害者について語られていた。

「殺されたのはY市の会社員・○○××さん30歳、犬の散歩中に被害に遭ったということで…」


寝る前の朝食を食べながら天は直前に見た夢について考えていた。
……そういえば夢の中で撃たれた場所もこの公園だった。
毎日みかける場所だから夢に出てきたのだろうけど、まさか現実世界でもこの公園で
撃たれた人がいるとは……。天は気味の悪い偶然だと頭を横に振った。


そう、ただの偶然だと否定したかった。天の脳内に沸いたある『邪念』を振り払いたかった。

96粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/11/06(日) 21:07:55 ID:exDqiRTU0
「○○さんか……この辺の人かな、親父知ってる?」

天はトーストと牛乳を口に入れながら父親に尋ねた。

「ああ……名前は知らなかったけど、顔写真見たらこの辺でよく見かける人だったよ。
確か別の番組で写真出てたな……ああ、これだ」

天の父親はリモコンを手にすると別のニュース番組に切り替えた。
何個かのニュースを伝えた後、再び銃撃事件について報じ出した。

「えー先程からお伝えしています通り、K県の連続銃撃事件で新たな被害者が出ました。
被害に遭ったのはY市に住む○○さん30歳……」

「……この人だ、よく犬の散歩をしている所を見かけるから……」

「!!!!!ゲホッ!ゲホゲホッ!」

「ど、どうした天!?牛乳が気管に入ったか!?」

父親の話は天の凄まじい咳の音と(食べ物を詰まらせたのか)胸をドンドンと叩く音で
掻き消された。


アナウンサーが被害者の名前を読み上げるのと同時に被害者の顔写真が画面に映る。
その顔は紛れも無く、夢の中で見たあの『死体の男』のモノであった。


「大丈夫か天、顔が真っ青だぞ」

「……外で寝てたから風邪ひいたっぽい、部屋で寝てるよ……」

天はそういうと、フラフラと自分の部屋に戻っていった。
両親はそんな天を心配そうにみつめていた。

「……どうしたのかしら天、急に様子が変になっちゃったけど」

「うむ……チャンネルを変えた途端にああなってしまった。何かとんでもないものを
見てしまったかのような、そんな顔だったが……?」



―天の部屋

天は部屋に戻るや否や、ベッドに飛び込み毛布に包まってしまった。
体は震え、歯はガチガチと音を鳴らしていた。

夢の中で見た光景。毎日見かける公園で、近くに住む人が銃で撃たれて死んでいる。

現実世界で起こった事件。毎日見かける公園で、近くに住む人が銃で撃たれて死んだ。

天の頭に浮かんだ邪念は確信に変わりつつあった。


【夢だと思っていたあの光景は、実際に天が目撃した『現実の出来事』である】


そんな邪念を無理矢理振り払うかのように、天はある言葉を念仏のように唱えた。

(あれは夢だあれは夢だあれは夢だあれは夢なんだ……)

97粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/11/07(月) 01:13:39 ID:nskFkaFA0
―現在 メゾン・ド・スタンド

(……そう、あれは夢のはずなんだ。現に俺は未だに『生きている』)

眼を閉じたまま、天は先月起きた事を振り返っていた。

夢で見た出来事が現実でも起きた。この事実は天を震え上がらせたが、
結局天はその事を誰にも言わないでいた。理由は複数あるが、色々考えた結果
『言っても無駄である』という結論に至ったから黙っていたのだ。

あの時見たことを警察に言おうかと考えたが、そもそも天は夢の中で
「犯人の姿」を見ていない……撃たれた時も犯人は天の背後にいたのだ。
あの中で得た犯人の手掛かりは男か女かも曖昧な言語不明の声だけ。
誰に、どんな銃で撃たれたのかも分からないのに何を話せばいいのだろうか?
警察は犯人の「姿」の目撃情報を求めていただろうから、性別もよく分からない声の情報等
必要としていないだろうと天は思ったのだ。

……いや、そもそも「あれはやはり夢で現実とは無関係」だと思いなおしたのも大きいだろう。
何せ「自分も拳銃で頭を撃たれてしまった」のだから。

本来ならば、頭を銃で撃たれれば藤鳥天という男はもうこの世にはいないはずである。
しかしどういう訳か夢でも死なず、現実でもこうして生きている訳で。
これがあの光景を夢だと決定付けるモノである。バカ正直に人に言えば笑われるのがオチだ。

それに、数時間後には天の目に化け物(スタンド)が映るという大問題が起き、
夢どころではなくなったのだが。(これが最大の理由なのかもしれない)


(あんな夢を見たのは俺だけだと思ってたけど、ネットには『頭を撃たれた』奴が何人もいる……
ネットじゃバカにされてるけど偶然とは思えない……どうも変だぜこの事件……
何かとてつもなく『ヤバい』予感がプンプンするぞ……クソッ)


そう考えながら次第に夢の世界へと行きかけていたその時である。

カコンという音が玄関からした。何事かと起き上がり玄関ドアの前まで行き辺りを調べると
ドアの郵便受けに一通の封筒が入っていることに気が付いた。取り出してみると……


封筒には星(★)を逆さにしたような絵と「ディザスター」の文字が書かれていた。

「……!あの悪ガキからだ!」

98粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/11/11(金) 00:16:16 ID:BPJEMbqI0
藤鳥天へ

お前は新入りのクセに偉そうだからぶっ潰してやる

日時と場所を指定しろ お前を倒して我が組織の名を皆に知らしめてやる

我は逃げも隠れもしない だが今日は忙しいからダメだ 別の日にしろ

出来れば火曜日と木曜日も避けてくれると良い その日は塾だ

Dizastar BOSSS 我修院骸


P.S. 天下原とかいう男が我らを疎ましがってると聞くから奴も誘うといい

一緒に潰してやろう 見た感じ弱そうだし



「なんだこれ。挑戦状のつもりか?」

天は封筒の中に入っていた安っぽい紙切れを眺めながら呆れた顔で呟いた。
まあ最初のぶっ潰し宣言はいい(偉そうにした覚えなど無いが)。だが後がダメだ。
日時をこちらで指定しろという割に結構予定入ってるし(中身も庶民的だ)、
弱そうだからという理由で国綱も誘えとか言ってるし、
そもそもディザスター(Disaster)のスペル違うしBOSSに至ってはSが一つ多いし……

「英語が苦手なんだろうなぁ骸って奴は……上等だよ、受けて立とうじゃあないの」

天は封筒をポケットにしまうと部屋を出て屋上へ向かった。屋上には国綱がいるはずである。
国綱にこの事を知らせ、共に対策を練らなければ。何せ相手はスタンド使い。
どんな手を使ってくるか本当に分からないのだから。


屋上

先週あったあの植木鉢の残骸は綺麗に無くなっていた。
代わりに現れたのは幾多の花が綺麗に咲く広い花壇だった。どうやら花達を花壇へ
移し変えたらしい。レンガが綺麗に積まれた花壇の側にはエプロンを着けた管理人と
シャベルを手に花を植えていた国綱がいた。

「ふぅ、これで『幻想花壇』の出来上がりッスよ真由美さん。いやぁ本当にキレイだ」

「レンガや土の買出しから花の移し変えまで、今日は朝から本当にありがとうね国綱くん!
貴方がいてくれて本当に大助かりよ」

どうやら国綱はこの花壇作りのために買い物をしていたようだ。
丁度作り終えた所のようだしと声を掛けようとした天だったが。

「い、いやぁ〜大したことしてないッスよぉ〜デヘヘヘヘ」

そこには管理人の言葉に顔を真っ赤に染め、デレデレとニヤけ体をくねらせる男・国綱がいた。

「そんなことないわ国綱くん!花の配置のアドバイスまでしてくれて本当に感謝してるわ!
今日は無理言ってごめんなさいね、お茶とお菓子あるから一緒に部屋で食べましょう」

「お菓子を!一緒に!いやぁまいったな、それじゃあお言葉に甘えてエヘヘヘヘ」

管理人のお誘いに国綱の顔は更に赤くなり、ニヤけ面もますますだらしなくなっていた。

「ははあん」
天は状況を察すると、国綱に声をかけることなく屋上を後にした。

国綱に関して天は少々疑問に思っていた。いくら家賃等がタダだからといって
IT企業を経営している(それも結構儲かってるらしい)人間が何故
あまり便利ではない町のアパートの一室なんかに住んでいるのだろうか?
何故もっと広く便利で立派な所に住まないのだろうか?と。

しかしこれで謎が解けた。要するに国綱は「惚れている」訳だ。アパートではなく管理人に。
あの二人がどうやって知り合ったのかは分からない。面接の時かそれより前か……
ともかく二人が親交を深める過程で国綱は管理人に心を奪われ、彼女の側にいたいが故に
このアパートにずっと住んでいるのではないか、と天は推測した。

(……二人きりの時間を邪魔しちゃ悪いし、時間を置いて出直すか)

99粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/11/12(土) 04:04:40 ID:OstJoRyE0
メゾン・ド・スタンド 敷地内

国綱と管理人のティータイムが終わるまでオーソンにでも行こうと思った天は
階段を降りるとアパートの外へ出た。空は赤く染まり、日が落ちようとしていた。
肉まんでも買うかと門の方を向くと、門の外から軽やかにスキップをしながら
アパートに入ってくる学校の制服を着た女の子を見つけた。あの特徴的な顔は覚えている。
先週色々とお世話になった少女、子猫だ。

子猫は上機嫌に歌を歌いながらこちらに向かってきていた。手にはスーパーに行ったのか
買い物袋を2つも持っていた。

「……ったかったかったかったかったかった♪…ってアレ?藤鳥さんだ!」

子猫は天に気付くと袋を地面に置き、軽快なスキップを踏みながら天に近づいた。
何事かと戸惑っている天に近づいた子猫は天の両手を握ると、そのまま
グルグルと回りだした。状況を全く把握できない天はただただ目を白黒させたまま
自分も回転させられるしかなかった。

「ほれ、藤鳥さんも歌え!かったかったかったかったかった♪」

「は、はあ?か、かったかったかったかった何だ何だ何だこの歌は?♪」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「なるほど、弟くんの所属するサッカー部が今日の試合で『勝った』と」

「そう、それも決勝戦!しかも決勝点を決めたのがウチの弟なんだよ!
いやー姉としてこんなに誇らしいことはない!ウン」

あの後しばらく子猫とグルグル回っていた天は子猫の買い物袋を1つ持つと
子猫と一緒に地区センターへ向かった。天の目は少々回っていた。

子猫は今日の試合での弟の活躍を鼻息を荒くして語っていた。まるで自分の事のように、
本当に嬉しそうな顔で語る子猫を見て、仲の良い姉弟なんだなと天は思った。
二人の話題はサッカーの試合から次第に弟自身のことに変わっていた。


「へぇ、じゃあ今は弟と二人で暮らしてるんだ」

「そう。犬人(けんと)っていうんだけどね、元々一人暮らしをしてた私の部屋に
いきなり転がり込んできてな、おかげで部屋が狭くなったから管理人さんに頼んで
部屋を少し広くしてもらったんだ。二人で住んでもいいようにって」

「弟のために改修工事したのか?大胆なことをするねキミも管理人さんも……
ん?てことは弟くんも?」

「そう、スタンド使い。あの野郎、いつの間にかスタンドを身に付けやがってな、
一体どこで発現しやがったのやら……あ、いたいた」

地区センターの前まで歩いていくと、子猫は入口に立っている女性に声をかけた。
先程まで寝ていたと思われる雲雀である。

「おかえり子猫っち。頼まれてたポスターできたぞ、こんな感じでどうだ?」

「どれどれ……おおー格好いい!早速貼っちゃおう!」

雲雀から貰ったポスターを見た子猫はそれを地区センターの入口にセロテープで貼りつけた。
そこに書かれていたのは『祝☆白石犬人県大会優勝』の文字と、やたら少女漫画チックな
フランス貴族風美少年のイラストだった。

「……これが弟くんかい?」

「本物はこれより劣るがな。ああそうだ、今日は食堂の厨房を借りてカレー作るから
藤鳥さん達も食べてけよ。材料は沢山あるからな」

そう言うと子猫は持っていた買い物袋を高く掲げた。どうやら中身はカレーの材料のようだ。

「マジで?それじゃあご馳走になろうかな」

「食ってけ食ってけ!優勝祝いにリンゴとハチミツ入りのカレー振舞ってやんよ」

そう言って天から袋を貰うと子猫は上機嫌で食堂へ向かっていった。思わぬ形で夕飯にありつくことが出来た。
リンゴとハチミツってことはバー○ンドカレーかなと考えていると
横から雲雀が天に一枚のポスターを渡してきた。見ると昼食の時に貼ってあった
自分(美少年チック)のポスターだった。

「これやるよ。部屋にでも貼ったらどうだ?」
雲雀は満面の笑みでコレを指し出してくる。余程の自信作のようだ。

「自分の絵入りポスターなんて自室に貼れませんよ……そういえばこれ、ヒバリさん作でしたね」

「そうだよ、趣味でよく描いてるんだ。それは10分で描いた奴だけどなかなかの出来だろ?」

「いやぁ本当にお上手で……って10分スか!?こんな繊細な絵を、しかもカラーですよね!?」

「『速く』描くのは得意だからね!ちなみに犬人っちのポスターは5分で描いた」

「はぁっ!?」
天は入口のポスターを見直した。少女漫画特有の繊細な絵は自分の絵と殆ど変わらない。色もフルカラーだ。
これを5分で描いてしまうなんて……。天は昔見た「漫画を超高速で描く漫画家に密着した
ドキュメンタリー番組」を思い出していた。

(……確か岸辺露伴だったっけか、その時出てた漫画家の名前。どーでもいいけど)

100粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/11/24(木) 00:38:27 ID:ZQY8Rt5g0
地区センター内 食堂

雲雀と天は同じテーブルに座っていた。
天は先週借りたヘルメットについて、後で返しにいきますと雲雀に言ったのだが……

「え?あの時のヘルメット?いいよいいよ返さなくて!元々あげるつもりだったんだよ!
引越しのお祝いって奴?まあ取っといてよ、お近づきの印にさぁ!ウ〜イ」

雲雀はそう笑うと持っていたジョッキの中のビールを呷り、ジョッキを空にした。
アルコールが回ってるのか顔は赤く染まり、先程よりも陽気な声で喋っていた。

「そうッスか、じゃあヘルメットはありがたく頂きます……って大丈夫ッスか?
そんなに沢山飲んで?」

天は雲雀の前に置かれた5杯の空ジョッキを目にし、心配そうに雲雀に尋ねた。
しかし雲雀は既に6杯目のビール入りジョッキを手にして「へーきへーき!」と言いながらビールを口にしていた。
酒豪とは彼女の事を言うのだろうな思っていると、直ぐに6杯目の空のジョッキが
雲雀の前に置かれた。

「早ッ!?」と天が驚いている間に雲雀は7杯目のビールを食堂の冷蔵庫から
勝手に取り出していた。これは『酒豪』ではなく最早『酒乱』の域だ。

「やっぱカレーとビールって相性が良いと思うんだ!プハーッ!」
雲雀は満面の笑みでそう言うと、

「まだカレーできてねーよ!!!」
厨房から子猫の大声が聞こえて来た。



十数分後……
「うひゃーっ、美味そうな匂いッスねぇ!」

「優勝おめでとう!犬人くんが帰ってきたら盛大にお祝いしなきゃ!」

「ほう、優勝祝いはカレーですか。僕らもご馳走になっていいですか?」
「ニャーン」

食堂はカレーの良い匂いで満たされていた。この匂いに釣られたのか、アパートの住人が
ぞろぞろと食堂に入ってきた。

「おう食え食え!丁度出来上がった所だからな、ニャハハ」

厨房からカレーの乗った皿を両手に持った子猫が出てきた。
大きく切られた具が沢山入った、食べ応えのありそうなカレーだった。

食堂に入って来る住人を見ていた天は管理人とのティータイムを終えた国綱を
見つけると、手招きしてこちらへ来るよう国綱に促した。

国綱もそれに直ぐに気付いたらしく、管理人と一緒に天の居るテーブルに座った。


「……!とうとう来たッスねあの悪ガキからモグモグ!当然受けて立つッスよムシャムシャ!」

挑戦状のことを伝えると国綱はカレーを食べながら憤った。少々行儀が悪い。

「火曜と木曜がダメなら水曜会いに行ってやるッス!そこなら自分も時間あるッスから!」

「相変わらずねえ骸くんったら、ウフフ」

決戦の日時を水曜の朝に決めた天と国綱。それを隣で見ていた管理人はクスクスと
笑っていた。折角の機会だからと骸のスタンドの情報を聞き出そうとした天だったが、
管理人もどんな能力を持っているのかよく知らないらしい。
面接の時も頑なに能力について語るのを拒んでいたという。

「我修院くんは僕の研究にも一切協力してくれません。恐らく彼の能力は
誰も知らないでしょう。でも自分の能力を他人には絶対教えないという人は結構いますよ。
裏社会の人間など『味方がいつ敵になるか分からない人達』にとってスタンド能力は
『強力な武器』である一方、敵に知られれば死に繋がる『弱点』のようなものですから
よほど信頼している人間以外には秘密にするのです。我修院くんも
彼らに倣っているのでしょうね。形から入るタイプの人間ですからあの子は」

そう語るのは管理人の向かいに座っている薫。今夜は皆、天のいるテーブルに
集まっているようだ。恐らく子猫もこのテーブルにくるだろう。

「賑やかなのはいいけど私のカレーも食ってくれよ、冷めちまう」

厨房にいる子猫の言葉を聞いた天は目の前のカレーをスプーンで掬うと、
そのまま口に運んだ。

「どれどれ、いただきますっと……モグモグ」

101粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/11/27(日) 20:11:55 ID:a3.p14660

「うまッ……美味いけど甘ッ!!なんだこのカレーは!?」

「言ったろ?リンゴとハチミツ入りだって。藤鳥さんのにはリンゴ沢山入れといたから」

天は自分のカレーに入っている白くて大きな具を見た。てっきりジャガイモだと思っていた
それは、皮を剥き四角く切った大きなリンゴであった。よくみると、ニンジンのように見えた
具は皮を剥いていないリンゴだと分かり天は目を大きく見開いた。

(こんなに甘いカレー生まれて初めて食った)と天は心の中で呟いた。確かに美味い。美味いけど
美味いカレーというより、カレー風味の美味いスイーツを食べているような気分だった。

「弟が甘いの大好きだからな。リンゴとハチミツの味しかしないカレーも悪くないだろ?」
子猫のこの言葉から、このカレーは弟のために敢えてこんな味付けにしているのであって
決して子猫が料理下手ではないことが分かり、天は少し安心した。

「……うん、美味い。あとこのカレー、チョコもかなり入ってるでしょ?」

「よく分かったな、板チョコも10枚くらい隠し味に入れてるぞ」


「わたし、この、かれー、あまくて、すき」

「フーム、やっぱり女性はこういう辛くないカレーが好みで……ってビックリした!!!」

天は隣でカレーを食べている女性を見て椅子から転げ落ちた。
短めの茶髪、シャツとジーンズのラフな格好、たどたどしい日本語……
それは先刻天にヘルメットを届け、スッと姿を消したあの女幽霊の姿だった。

「おいおい大丈夫か藤鳥さん!?」
天の声を聞き、子猫が厨房から出てきた。

「ゆ、ゆゆゆゆ幽霊がカレー食ってる!たたた倒せ相棒!」『チュミミーン!』

「……おや、藤鳥さんは『この姿』を見るのは初めてですか?」

「こいつを見るのは今日で二度目ッス!って薫さん、やっぱりこの幽霊と知り合いなんスね」

女性を指差して顔を真っ青に染めた天はスタンドを出して迎撃の構えを見せる。
だがそれを見ていた住人たちの表情は何故かにこやかであった。


「あー、兄さんも見たッスね?彼女が煙のように『消えた』ところ」

「ハハハ!初めて見るとやっぱビビるよなぁ、シャロっちの能力は。ウ〜イ」

「恒例行事みたいなものね、犬人くんは見たその場で失神しちゃったんだから」

「は、はあ?皆さんこの幽霊のこと知ってるんスか?てゆうか『シャロっち』?」

幽霊のことを全く警戒していない、寧ろ受け入れている住人を目にした天は
椅子に戻ると仕方なくスタンドを戻すことにした。この状況……というかこの空気では
迂闊にこの幽霊を攻撃する訳にもいかない。うっかり攻撃したら
「空気の読めない男」のレッテルを貼られかねない雰囲気が漂っていた。

「そういえばまだ彼女のスタンド能力を見せていませんでしたね……
一瞬だけ元の姿に戻りなさい、『シャロン』」

「……わたし、まだ、たべてる、のに」

薫の言葉を聞いた彼女は不満そうにカレーの皿を置くと、天の前に立った。
天が何事かと身構えていると、ポンという音と共に彼女の姿は消えてしまった。

ほら消えた、やはり霊の類じゃあないかと狼狽していると、薫は「下を、床を見てください」と
天に言った。言われた通り視線を床に向けると……

「ニャオン」
そこには一匹の白い猫。薫の飼い猫、シャロンが口の周りをカレーだらけにして
天の事をジッと見つめていた。天はしばらく考え込むと、ようやく状況を理解した。


「……え!?そういう事!?スタンドの呪い!?」

「そういう事!シャロンちゃんは女の子に変身出来るスタンド能力を持ってるのよねー」

「ニャーン」

管理人はシャロンを持ち上げると先程まで幽霊が座っていた椅子にシャロンを置いた。
瞬間、ポンという音と共にシャロンの姿が猫から先程の女性の姿に戻った。

「……わかった?」
幽霊改めシャロンは天にそう言うとテーブルに置いてあったカレーを食べる作業に戻った。

「よく分かった……幽霊じゃあなくって化け猫だってことがって痛ェ!!」

「ばけねこ、ちがう、これ、『まーめいど・がーる』」

シャロンは天の顔を指で引っ掻いた後、その指で装着していたハート柄の首輪を指した。
どうやらこの首輪がスタンドのようだ。そういえばアパートで会った時も着けていた気がする。
首輪を指したその手は人間の物ではなく、鋭い爪と肉球がついた猫の手そのものだった。

「パーツ毎に人間になるか猫のままか選べるんですよ。研究で生まれたスタンド使いの中で
彼女のスタンドが一番優秀だったのです」

「そのようですね……ああ痛い、痕になっちゃうかも」
天の顔には3本の引っ掻き傷が痛々しく出来てしまっていた。

「別にいーんじゃね?顔に何本も線の刺青があるから今更増えても分かんないだろ、ニャハハハハ」

子猫が意地悪く笑う。それに釣られて食堂にいた住人の複数の笑い声が上がった。

102粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/12/10(土) 02:48:57 ID:fOtCE/aA0
その後、カレーを食べ終えた天達は食堂のテレビを見ながら数時間ほど雑談を楽しんでいた。
その時である。

「……アパートが妙に静かだなと思ったけど、みんなここにいたんだ」

入口の方から初めて聞く男の声が聞こえたので視線を向けると、そこにいたのは
学生服に身を包んだ少年であった。

高校生だろうか、背は高く黒髪、顔は『イケメン』に分類していいであろう美男子だ。
天はこの少年とは初対面だが、彼が一体誰なのかを一目見て理解することが出来た。

「お帰り『弟』。紹介するよ、今日引っ越してきた藤鳥さんだ」

「初めまして犬人くん、よろしくな(やっぱり彼が犬人くんか。確かに子猫そっくりだ)」

「……よろしく」

犬人は天にお辞儀をする。天は改めて犬人の顔を見た。
彼の髪はクセっ毛で、遠くから見ると姉のような寝癖に見える。
もしかすると子猫のボサボサ髪も寝癖ではなくクセっ毛なのかもしれない。
顔もどことなく姉と似ている。何よりそっくりなのは、目元に出来た濃いクマだ。
運動部に属する高校生に相応しくない青黒いソレは彼の美男子っぷりに少しだけ影を落とす。
それでも彼がイケメンに見えるのは素材がいいからか、それとも天の美的観点の問題か?

「聞いたぞ弟、今日の試合で大活躍したんだってな。お祝いにお姉ちゃんが
カレーを作ってやったぞ、ホレ食え食え」

(ん?『聞いた』?子猫は試合を観に行ったんじゃ?)

天の疑問をよそに子猫は未使用の皿を持ち、弟用のカレーを盛りに花歌まじりで
厨房へ向かおうとした。だが弟の次の言葉を聞いた子猫はその足を止めた。


「……いらない。部のみんなで食ってきたからカレーは明日食うよ」

「はぁッ!?せっかく作ったんだから少しくらい食ってけ……って行くな!待てーッ!」

子猫が文句を全て言う前に弟は食堂を後にしてしまった。
誰もいなくなった入口、子猫は皿を持ったまま弟を追いかけていった。
「相変わらずだなぁあいつらも」と雲雀が出ていった二人を見てケラケラと笑った。


「……試合観に行ったんスよね?他人から結果を聞いたような口ぶりでしたけど」

「そのはずよ……多分、犬人くんには『観に行かない』って言ったんじゃないかしら。
子猫ちゃんったら素直じゃあないから……って戻ってきたわ」

管理人がそう言ったのと同時に二人が取っ組み合いをしながら食堂に入ってきた。


「……いいから食えっての!今ならお姉ちゃんが食わせてやるぞ、あーんって!」

「絶対断る!何で他の人達の前でそんな恥ずかしいことしなきゃあいけないんだ!」

姉弟は「食え」「食わない」という言葉の応酬を繰り返し、そのまま部屋の中央まで
取っ組み合いのまま雪崩れ込んだ。最初は微笑ましいなと二人を眺めていた天だったが、
次第に二人の声は荒くなり、じゃれ合う程度だった取っ組み合いも段々と激しさを増していくのを見て
段々と不安になってきていた。

先にキレたのは弟・犬人の方だった。


「……ああもうウゼェッ!いい加減離れろ……『ファンタジスタ』!!」


犬人がそう叫ぶと、彼の背後から逞しい肉体を持った人型のスタンドが現れた。

(おお出た!これが弟くんのスタンドか!……何か格好よくて羨ましいぞオイ)

サッカーのユニフォームのような服を着たスタンド・ファンタジスタは右脚を上げると
姉の顔面めがけて強烈な蹴りを繰り出した。

「ッ!!弟てめぇッ!」

子猫は咄嗟に弟から離れ、顔面を守るように手でガードを固めると両腕からスタンドの腕を出し
本体の腕同様、子猫の顔面を覆うように防御の構えを見せた。ファンタジスタの脚は
スタンドの腕に当たり、子猫は蹴られた衝撃で後方に吹っ飛ばされて壁に激突してしまった。

「(子猫がサッカーボールみたいに思いっきり蹴飛ばされた!!)おい、大丈夫か!?」

ファンタジスタの強烈な蹴りを目の当たりにした天は子猫の身を案じ側に駆け寄った。

103粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/12/16(金) 19:09:08 ID:4MN/scXU0
「ん……大丈夫。顔は何ともない」

倒れていた子猫はすぐに起き上がるが、顔を守っていた腕は骨こそ折れていないものの
蹴られたスタンドの腕と同じ箇所が痛々しく腫れあがっていた。

「まさか弟から先に攻撃されるとはな……藤鳥さん、危ないから下がっててくれ」

そう言うと子猫は体から朱色のオーラと共に自分より背の高いスタンドを出現させた。
黒色のドレッドヘアをなびかせたソレは側にある椅子を片手で持つと「ニャア!」と叫び
犬人目掛けて椅子を思いきりぶん投げた。

「……フン」

犬人は自身に向かってくる椅子に対して眉一つ動かさずにファンタジスタを自分の前に
立たせた。スタンドは右手を前に伸ばすと椅子の足を掴み、そのまま椅子を足元に投げ捨てた。

「……結構な勢いで投げたつもりなんだけどねェー、片手で楽々キャッチかい。
やっぱ精密な動きが出来るスタンドは違うねえ……だが次はどうかな!?」

子猫はスタンドを操作して右手と左手に椅子を一個ずつ、計2個の椅子を持つと
今度は2個同時にぶん投げた。犬人はやれやれといった表情で
一つ目の椅子の足をスタンドの右手でキャッチした。

「いい加減にしとけよ姉ちゃん……ってもう一つの何処に投げてんだ!?」


余った左手で2つ目の椅子を掴もうとしたが、肝心の椅子は犬人のいる場所とは全然違う方向へと
飛んでいってしまった。そこは管理人達が座るテーブルの方角であった。

「ちょっと待つッス子猫ちゃん、危ないッスよ!」

椅子が自分達に向かっている事に気付いた国綱は手を上に突き出した。
すると巨大なシャボン玉が出現し、国綱や管理人達の周りをスッポリとドーム状に覆った。
椅子はシャボン玉に触れるとボヨヨンとシャボン玉に弾き返されるように別方向に
跳ね飛んでいった。

「あのシャボン玉、バリアみたいな使い方も出来るのか……ってそんな場合じゃない!
もうやめるんだ子猫!みっともない!」

国綱がスタンドを使いこなしている様を見て感心していると子猫のスタンドが目に入った。
スタンドは両手で長テーブルを持ち上げ今にも弟にぶん投げようとしていた。流石にやりすぎたと
感じた天はスタンドを出すと子猫のスタンドを背後から羽交い絞めにした。

「なっ……離せ!せめてコレだけ投げさせて!今度は外さないから!多分」

子猫はスタンドを動かし抵抗するが、どうやら子猫のスタンドは天のスタンドよりも
パワーが無いらしく、十秒ほど天のスタンドの中で暴れた後に大人しくなった。

104粗品を配りに行こう ◆PprwU3zDn2:2016/12/16(金) 19:12:42 ID:4MN/scXU0
「はいはい二人とも、これ以上ケンカをするなら別の所でしなさい!大葉さんに
叱られるわよ、また食堂を壊したって!」

弟の方はというと天に抑えられている子猫を見てスタンドを引っ込めていた。
……その体には管理人のスタンド「パストアンド・プレゼンツファンタジー」が生み出した
『人に巻きつくアサガオの蔓』がグルグルと巻かれていたのだが。


管理人の一声で姉弟喧嘩もひとまず治まったと一安心していた天……だったが。

「フン、しゃーねーな……管理人さん、『体育館』空いてるか?そっちで続きを……」

この子猫ちゃんは何を言ってるのかと天は思った。何故せっかく治まった喧嘩を
本当に別の所で再開しようというのだ。

「ええ空いてるわ。今日は私が『審判』をしてあげるから、思う存分ケンカなさい!」

「OK、わかった」「……了解」

その申し出を快諾する管理人も管理人だと天は思った。
どうやらこの人、「姉弟喧嘩」を止めようとしたのではなく、大葉さんの管轄である
「食堂での喧嘩」を止めようとしただけのようだ。
終いには自分がこの喧嘩の審判なるものを務めるというから始末におえない。
……喧嘩に審判を設ける光景を初めて見た天は頭がクラクラしてきた。

「じゃあ今から10分後に体育館で再開しましょう。見たい人は体育館に来てね!」

「「「「はーい」」」」」

管理人の呼びかけに雲雀達が一斉に応じた。どうやらこの手のイベントは
アパートの住人にとって日常茶飯事らしい。

アパート住人達の変わった常識に驚いている天。そこへ雲雀が天の肩を叩くと
こんなことを囁いてきた。

「藤っちは『スタンド使い同士の戦い』を見た事ないんだろ?だったら見といたほうがいいぜ。
一見の価値はあると思うよ、特にあの姉弟のスタンドはな」

「そ、そうッスか……?じゃあ少しだけ見てみますか」

先週来た時は見れなかったスタンドを操る者同士の戦い……興味がないといえば嘘になる。
それにあの二人がどんなスタンドを持っているかを知るいい機会でもあった。
天と雲雀は10分後に食堂の入口で待ち合わせることにして食堂を後にした。天はまだ子猫たち姉弟や管理人に
粗品を渡していないことを思い出したので一旦自室に戻ることにした。

(管理人さんは小さいのでいいと言ったよな……子猫達には一番大きいのを渡すか)


時刻は午後8時。
静かな町のスタンド使い達の賑やかな夜はまだ始まったばかりである。

105 ◆PprwU3zDn2:2016/12/16(金) 19:15:51 ID:4MN/scXU0
アパートの住人紹介回の第2話。当初の予想より長くなってしまい申し訳ない。
しかもこの2話、もうちっとだけ続くんじゃ。本当に申し訳ない。
その場の勢いとノリで話がどんどん長くなる当SSを今後ともよろしくお願い致します。


次回、2話後編「『黒く悪しき女王』と『多芸者』」をお送り致します。

106 ◆PprwU3zDn2:2016/12/27(火) 21:26:40 ID:cQLJVQIs0
門北名所案内 第0回

そもそも門北町とは?

K県の東にある非常に閑静なベッドタウン……それが門北町だ。
バブル期は県内でも有数の繁華街だったが、バブルが弾けてからは急速に寂れていった。
当時計画されていた鉄道を通すプロジェクトも白紙に戻り、交通手段は本数の多くないバスのみ。
名産品と呼べる物もないが、こんな町にも名所というべき場所は何箇所かはある(一応だが)。
当記事では次号よりそんな門北の見所を紹介しようと思う。乞うご期待。

(月刊辺鄙な町を歩く・創刊号より)


天(……変な雑誌があるから読んでみたら門北が連載記事になってた)


第2話後編「『黒く悪しき女王』と『多芸者』」

107『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2016/12/28(水) 00:51:26 ID:eCl/6MO20
PM 8:10
地区センター

食堂の入口で再び合流した天と雲雀は彼女の案内で同センター内にある体育館に向かっていた。
学校の体育館の半分程度の広さだが、卓球やバトミントンといったスポーツが
出来るスペースがあり、申請すれば誰でも自由に利用が出来るそうだ。


そのミニ体育館に向かう途中、薄暗い廊下の中で雲雀がこんなことを呟いた。

「……スタンドってのは藤っちが思ってるよりも恐ろしいものなんだぜ」

「へ?急にどうしたんスか」天は顔を雲雀の方を向けた。すると雲雀の手にはいつの間にか
自身のスタンド『スター・キャスケット』が握られていた。

「これさ、ただ乗っかって空飛ぶだけのスタンドに見えるじゃん?でもコレ、自分の言うのも
何だけどかなりヤバい力を持ってるんだよ」

「このドクロの箒がッスか?確かに鉄のような見た目してるから殴られると痛そうですけど……」

「もちろん鈍器としても使えるけどね。コレってあたしが手で持たなくても他のスタンドみたいに
箒だけ動かすことが出来るんだ。それもかなり遠くまでな。こんな風に」

そういうと雲雀はスタンドを握っている手を開いた。スタンドは床に倒れることなく宙に浮き上がり、
廊下を歩く雲雀の後をフワフワと付いていった。天は「面白いッスね」と興味津々に箒を眺めていた。

「コイツの能力は『ジェット噴射』。穂先にエネルギーを溜めて解き放つことでジェット機並の
速度で移動させることが出来るんだ。ここまでは藤っちも知ってるだろ?」

「ええ……あの時の『速さ』はよーく覚えてますハイ」と天は苦笑いを浮かべた。
先週身を持って体験したスター・キャスケットの速さ。あの時の恐怖は一生忘れる事はないだろうと
天は当時を振り返り、思わず吐きそうになるのを堪えた。

「これだけならタダの空飛ぶ箒。だがスター・キャスケットの恐ろしい所は
エネルギーを限界まで溜めたコイツを『何かに向けて』解き放つ事にある」

そう言うと雲雀は箒の先を天に向けた。スタンドの穂先は眩しいくらいに光っていた。
どうやら天に語っている間にエネルギーをチャージしていたらしい。

自分に向けられたスタンド、チャージは満タン。この状態で先日のようにエネルギーを解放したら……
天の顔から汗が流れる。

「ジェット機並のスピードを出した鉄の箒に『轢かれる』……どうなるか想像付くだろ?
何なら試してみるかい?」

「……!!え、遠慮しときます」

雲雀の言葉は冗談で実際に箒がこちらに来る事は無いと頭では理解していた。
しかし彼女の一瞬だけ見せた邪な笑顔を目撃してしまった天の体は反射的に身構えてしまった。

「ハハハ!冗談冗談!……まあ人に当たればエラいことになるわな。コンクリートの壁に
当てればドでかい穴を開けちまうんだからな、あたしの『スター・キャスケット』は」

「マジすか……!そんな物騒なモンに乗ってたんスね俺達」

「まあな!でもあたしはそんな使い方は滅多にしない、普段は運送トラック代わりに
仕事の足として使ってる。要するにどんな能力でも使い方次第で
とても恐ろしい『凶器』になり得るって訳さ」

雲雀は持っていたスタンドをしまうと話を続けた。
「んで、何でこんな話をしたかというとね……」

108『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/01/02(月) 05:12:10 ID:UpQoJLrU0
「スタンドは使い方次第で凶悪な武器と化すことがある。それを知ってる真由美っち……管理人は
『当アパート内でのスタンドを用いた私闘及び犯罪は厳禁』っていう、このアパートで守るべき
唯一の規則を設けたんだ。……真由美っちが嫌ってるんだよ、
スタンドを悪い事に利用したりスタンド使い同士が争うのを見たりするのをさ」

「へぇ、意外ッスね?スタンド使い同士のバトル、そういうの寧ろ好きそうなイメージだったんスけど」

天は先週起きた屋上での一件を思い出していた。
花を咲かせるスタンド「パストアンド・プレゼンツファンタジー」の能力で
屋上にやってきた不届き者を縛り上げ、自慢の鉄拳で大男をコテンパンにしてみせて……
思い出すだけで寒気を覚える天。スタンドで戦うことを嫌ってるようには見えない。
むしろそういうの大好き、拳で語りましょうヒャッハーな印象が強すぎる。

「昔色々あったんだよ……真由美っちとスタンドを悪いことに使おうとする奴らとの
血生臭い争いがな。それがかなりトラウマになってるらしくて、今ではそういうことを
するのも見るのも嫌なんだってさ」

そういえば管理人は昔レディースの総長をしていて、敵対していたチームを一人で壊滅させたと
子猫が言ってたっけ。天はそんなことを思い出していた。

レディースや暴走族の世界とは程遠い場所で暮らしてきた天。彼女がどんな人生を歩んできたか
ハッキリと想像することが出来なかった。……恐らくスタンド絡みで酷い目にあったのだろう。
悪いスタンド使いとの戦いを幾度と行ってきたのだろう。それがきっかけでスタンド使いとの戦いが
嫌になってしまったのではないか……そのくらいしか天には考えることができなかった。

「真由美っちがスタンド使い相手に『パスト』の能力を使うことはないよ。あの能力は
趣味のガーデニングで使ったり、泥棒を捕まえたりする時には使うけどね。
戦う時はもっぱら己の拳一つ。スタンドを使って攻撃したり傷をつけたりは絶対しない」

「あーなるほど。『そういう』のは大好きそうですもんね」
先週みたあの鉄拳制裁。あれはスタンド使いとは一切関係ない、元レディース総長の
血が騒いだ結果なのだなーと天は一人勝手に納得していた。相手はスタンド持ってなかったし。

「誰かを止めることにはスタンド能力は使うわけッスね。そういえばさっきも
犬人くんを蔓でグルグル巻きにしてましたっけ。
(蔓で巻き付けるのは攻撃や傷つけるの範疇に入っていないということか)」

「あの時は真由美っちもよくキレなかったと思うよ。本来ならここの敷地内では
スタンドを使ったケンカはご法度……アパートを追い出されても文句は言えない。
どうしてもしたけりゃ外でやるか『立会人』を設けて出来るだけ穏便に済ませること。これが
このアパート住人達のルールなのさ」

「立会人……ああ、さっき言ってた『審判』って奴ッスか」

「そう、『見張り』って言ったほうがいいかもな。スタンド使い同士の戦い……
下手すりゃどちらかが死んでもおかしくない。そんなことを防ぐためにも、戦いを見張る奴を
置いとくんだ。戦いを逐一見張って、ヤバいなと判断したら直ぐに中止にさせる。
これが立会人の基本的な役目だ」

「なるほど……でもスタンド使い同士の戦いを止められるとなると、その立会人ってのも
限られてきますよね?」

「まあな。立会人には『複数のスタンド使いを同時に止められる程の強力な能力の持ち主』か、対戦者に
『ルールを絶対に厳守させる奴』が最適だな」

「……あの、前者はなんとなく分かるんスよ、管理人さんの花なら複数の人も同時に
縛れるでしょうから。でも次の『ルールを守らせる奴』ってのはどんな人なんスか?」

「そうか、藤っちはまだ会ってないのか。このアパートにいるんだよ。ルールを守らせる
事に関しては随一のスタンド使いがな……って着いたぜ、ここが体育館だ」

雲雀は赤い両開きの扉の前で足を止めた。扉には『体育館入口』と書かれた白いプレートが貼り付けてあった。
二人は扉を開けると体育館の中へ入っていった。

109『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/01/12(木) 00:16:38 ID:dYhVAyKE0
同時刻
地区センター 体育館


扉を開けるとそこには広い空間……ではなく、下駄箱が置いてある小さな空間があった。
どうやらここで靴を脱ぎ、備え付けの上履きや自前のシューズに履き替えて、その後
下駄箱の先にあるオレンジ色の扉を開ければ体育館へ行けるようだ。

「下駄箱に『土足厳禁』と書かれた綺麗な張り紙がありますよ。要するに下駄箱に入ってるこの上履きに
履き替えてから体育館に行けってことですね」

「そういうこと……あ、そうだ。今のうちに言っておくけどね」

「ハイ?」

「この地区センターにゃ至る所にこんな感じの張り紙が貼られてるんだ。『廊下を走るな』とか
『室内は禁煙』とかね。藤っち、そういうことはしない人間だってのは一緒に会話してて
分かったんだけどさ……くれぐれもこの手の紙に書かれいることは『守って』くれよ?」

「……そりゃあまあ守りますけど。どうしたんスか?急に改まって」

「すぐに分かるよ。それじゃあ行こうか」

(……?)


雲雀の真意を分からずにいた天だったが、今はその疑問を心の片隅に置くことにして
二人は靴を履き替えると、改めてオレンジ色の扉を開き体育館へと入っていった。



「あ!藤鳥さんにヒバリさん。二人の席も用意してあるぜーホレホレ」

「……来てくれてありがとうございます」

「待ってたわ二人とも。飲み物も用意してあるから座って待っててね」

体育館に入った二人を出迎えてくれたのは今回の騒動の発端となった姉弟と審判を務める管理人であった。
子猫は指を指して二人を『観客席』へと誘った。といっても大きい室内競技場にあるような
立派なものではなく、食堂から持ってきたであろう折り畳み椅子が数個壁に置いてある簡素な物であるが。
既に来ていた国綱や薫・人間状態のシャロンに加え
先程は食堂にいなかった匠も着席を済ませ、皆用意されていた紙コップの中のジュースやお茶などを
飲んでいた。

「匠さんも来てたんスね」天が入口から声をかけると匠も天に気付き手を振った。
どうやら喫茶店は営業を終えたらしく、匠の席の横には店から持ってきたのか
携帯式の小さなコーヒーメーカーが置いてあった。

「店を閉めようとした時に管理人さんに誘われたんですよ。『体育館で白石さんたちが
試合をするから見に来て下さい』って。あの姉弟の試合は見てて面白いですから
来てしまいました。あ、熱いコーヒーいかがですか?」

「頂きます。しかし『試合』……ですか」

天がそういうと雲雀が耳打ちをした。

(立会人を設けてのケンカをここでは『試合』って呼ぶ事にしてるんだ。試合だなんて
大げさに聞こえるかもしれないけど、実際これから行われることは
あまりケンカとは呼べない代物だからな)

「ケンカとは呼べない……?一体これから何を」

「何をするんですか」と天が言いかけた時である。天の背後から、嗅いだ覚えのある
匂いが漂ってきたのだ。

リンゴとハチミツの甘い香り、僅かだがほのかなカレーの匂い……
「さっき食った甘カレーの匂いじゃないか」と天は鼻をヒクヒクさせながら言った。


天が振り返ると、そこにはリンゴとハチミツの甘カレーを盛った皿を持った、
初めて見る顔の少女が立っていた。


「管理人さま、カレーの準備が出来ました……あら」

透き通った綺麗で上品な声の少女はこちらに気付いた様子で、軽く会釈をすると
「失礼致します」と言い天の横を通り過ぎた。
持っていたカレーの皿を管理人に渡すと、「あの方はもしかして」と管理人に小声で聞いた。
「そうよ、あの方が新しく越して来た方よ」と管理人が返すと、少女は
天の方を向き深々とお辞儀をした。

「初めまして藤鳥さま。私、このアパートの2階に住んでおります、
黄頭白雪(きがしら しらゆき)と申します。どうぞお見知りおきを」

「こ、こちらこそよろしくお願いします
(この子が黄頭さん……なんて礼儀正しい子なんだ。お嬢様って奴なのかな)」

天も彼女にお辞儀をした。
金髪のショートボブヘアに色白の肌、全身真っ白のフリルの付いたワンピースを着たその姿は
海外の麗しきお嬢様の雰囲気を醸し出していた。

110『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/01/19(木) 23:37:55 ID:slDb/Q9A0
管理人曰く、白雪は市内にあるお嬢様学校『聖ヨーカ女学院』に通う高校三年生で、
通学のために隣のK市から門北に引っ越してきたのだという。

「雪ちゃんは学校では成績優秀な上に風紀委員を務めててね、
学校での経験をアパートでも役立てたいって、地区センターの管理や『試合』のサポート
でいつも私を助けてくれるの。いわばメゾン・ド・スタンドの『副管理人』って
言ったところかしら」

「副管理人だなんて恥ずかしいですわ。私はただ地区センターをお掃除したり
アパートに巣食うゴミ虫共が悪さをしないように見張ってるだけですわ、フフ」

白雪は頬をほんのり赤く染めて恥ずかしそうに謙遜してみせた。
その言葉を聞いた天は「流石はお嬢様、偉いなあ」と思いかけたのだが、
先ほどの言葉の中にとんでもなく強烈な単語が出てきたような気がして、
雲雀に近づくと小声で確認をとった。


「ヒバリさん……今あの子『ゴミ虫』とか言いませんでした?」

「うん言ったよ。風紀委員をしてるからかな、雪っち『悪人』とか『不良』とかが
大嫌いなんだ。そういう奴らのことを雪っちはゴミ虫って呼んでるんだ。
このアパートだと我修院とかがそう呼ばれてるよ。藤っちもゴミ虫なんて呼ばれないように
気を付けなよ……彼女、見かけによらず『スゴ味』があるから」

努力します、と天は苦笑いを浮かべた。悪人共が大嫌い……悪いスタンド使いを嫌う
管理人との相性がいいのも頷ける。副管理人と呼ばれているのも管理人と
同じ志を持っているからなのだろう……と天は思った。
あと、このアパートに住む女の子達はどうしてこう口が悪いのだろうか。とも思った。


「ところで白雪さん、さっき管理人さんに渡してたカレーは何に使うんだい?」

天は白雪が持ってきたカレーについて尋ねた。カレーを食べながら試合を観ようとした
という訳でもなさそうだし、先程食堂にいなかった匠さんのために持ってきた訳でも
なさそうだ。ならばあのカレーは恐らくこれから行われる試合に関係しているのだろうかと天は考えた。
試合でカレーなど何時どうやって使うのだろうか?と疑問は尽きないが。

「はい、それでしたら直ぐに分かると思いますわ。管理人さーん、そろそろ始めましょう!」

「わかったわ、はい子猫ちゃんコレ!」


時刻は8時15分。姉・子猫と弟・犬人のケンカ改め試合が行われようとしていた。


選手の一人、白石子猫の左手には何故か管理人から渡された先程の甘カレーを、
右手には銀色のスプーンをと、ケンカにも試合にも相応しくない物を装備させられていた。

111『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/01/25(水) 01:35:05 ID:TQ2vuReg0
【??? vs ファンタジスタ】
STAGE:門北地区センター 体育館


右手にスプーン、左手にはカレー。これが剣と盾なら騎士みたいで格好いいのだが
実際は皿と食器だから少々……いや、かなり間抜けだ。もっともこれは子猫の意思ではなく
管理人が子猫に持たせた物なのだが。

「管理人さん、いくら喧嘩の発端がカレーだからってスプーンが剣代わりってのはあんまりでしょう」

「違うの藤鳥くん、スプーンが武器って訳じゃあないのよ。今から説明するわ」


そう言うと管理人は今回の試合のルールを説明し出した。
といっても複雑なことは何も無く……


「子猫ちゃんが持ってるあのカレーを3分以内に一口でも犬人くんに食べさせたら子猫ちゃんの勝ち。
3分間カレーを口に入れなければ犬人くんの勝ち。以上よ!!」

「……はあッ!?」

あまりにもあんまりなルールに目をパチクリさせる天。そりゃあケンカとは呼べる物ではないと
雲雀から聞かされていた。だが天の想像していた試合はもっとこう、スポーツのような
スタンドの力を存分に発揮させて何かを競うものであった。試合の場所も体育館だから
てっきりそういうものだと確信していた……が、蓋を開けてみればこれから行われるのは
『姉弟でカレーを食わせたり拒否したり』という……簡単に言ってしまえば
先程の食堂でのじゃれ合いと何も変わらない。変わった事といえば
管理人がじゃれ合いの審判に加わっただけだ。……本当にただそれだけ。



「こ、これは……ッ!ば……ば……ば……『バ カ バ カ し い』ッッッ!!!!!」



「うん、しってる」「ですよねーwwwww」「いけませんよ藤鳥くん……ププッ」

天の大声が体育館に響く。続けて国綱の笑い声やシャロンの冷静なボヤき、
天を嗜めつつも笑いが漏れてしまう薫の声が響いた。
匠はコーヒーを口に含んでいるからか、口をしっかりと塞いでいた。
笑ってコーヒーを零さないように。

「バカバカしい言うな!こちとら意地でも弟にカレーを食わせたいから管理人さんに
頼みこんだんだ!さっきと同じ感じにしてくれって!」

「子猫が決めたのかこのルール!勘弁してくれ、弟とイチャつきたいなら
部屋のベッドの上で存分にいちゃついてくれ……悪いけど部屋に戻るよ」

「なッ……!ベッドでそんな事出来るか、姉弟だぞ!?……って帰るな帰るな!」

天はコーヒーを飲み干すと匠に礼を言い、体育館を後にしようとしていた。
スタンドを使ったスポーツ……格闘技的なショーを期待していた天は
あてが外れたと言わんばかりの表情を浮かべていた。


「『試合中、観客は選手の行動を妨害してはいけません』……と」

「ちょっと白雪!藤鳥さんが帰ろうとしてるから『掟』を追加してくれ!
『試合中、観客は会場から出てはいけない』って!」

子猫は部屋に戻ろうとする天を見て慌てて観客席に座っていた白雪の側に駆け寄った。
バインダーに挟んだ紙に何かを書いていた白雪は子猫の言葉を聞き「まあ大変」と
紙に大急ぎで何かを書きこんだ。そして出口の扉の取っ手を掴んだ天を呼び止めた。

「お待ち下さい藤鳥さま!帰る前にこの紙を見て下さいませんか?」

「紙?……どれどれ」

天は白雪の声に応え彼女に近づいた。白雪からバインダーを渡された天は
そこに挟んである紙に目を通した。紙にはこの試合の注意事項のようなものが書かれていた。


―掟―
・選手は対戦相手に大怪我を負わせてはいけません
・選手は会場を意図的に壊してはいけません
・試合中、観客は選手の行動を妨害してはいけません
・試合中、観客は会場から出てはいけません


「……試合で禁止してることが書いてあるのか。でもまだ試合は始まってないから
ここから出ても大丈夫ですよね?悪いけどお先に失礼しますよ」

紙に目を通しバインダーを白雪に返した天は再び出口に向かった。途中、席に座っている
雲雀の顔が見えた。雲雀は「まずいな」といった表情を浮かべ、こめかみを指で掻いていた。

「管理人さん、今すぐ試合開始を宣言してくれ!」

「……?わかったわ、それじゃあ今から3分間、試合開始よ!」

管理人は子猫に催促されるままに試合開始を宣言してしまった。

その言葉を聞いた白雪は観客席のすぐ後ろにある壁の前に立つと、先ほどの紙を高く掲げ
次の言葉を発した。


「我が『ルール・オブ・ローズ』の名において警告する!掟、決して破るべからずと!」

白雪は紙を壁に貼り付けた。紙にはいつの間にか薔薇の絵が描かれていた。

112『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/01/30(月) 21:41:34 ID:QcgkE5.g0
体育館を出る寸前に白雪が発した言葉は天に不安を過らせた。

(ルール・オブ・ローズ(薔薇の掟)……あの子のスタンドか!まずい、何か仕掛けてくる気か!?)

天は嫌な予感がして急いで体育館を出た。一刻も早くこの場を去るために急いで下駄箱に向かった
まさにその時。足に何かを踏んだ感触を覚えた。それも今日一日で何回も踏んだ覚えのある
感触。足の摩擦が無くなり、頭が地面に大きく傾いてしまうこれは……

「沢山のバナナの皮!床一面にローション!さっきまで無かったのに!」

今回は完全に油断していたので、スタンドを出した時には既に頭部は地面に激突していた。
アパートに来てから十数時間、初めてバナナトラップで怪我をした瞬間であった。
……天はしばらくの間その場でのたうち回っていた。


「フハハハハハッ!やーっと引っ掛かりおったわマヌケめ!Act2.9、大成功だ!」

廊下に繋がる赤い扉が大きく開け放たれ、廊下から男が入ってきた。
背丈から推測するに中学生だろうか。パジャマを着用し、その上から黒いマントを羽織るという
実に奇怪なファッションをして、更に顔には目を覆い隠す白い仮面を着けていた。

「て、てめてめえ!我修院とかいう悪ガキだな痛てててて!床にぶつけた頭がああ!」

「ハーハッハッハ!実にいい姿だ!地区センターが騒がしいから施設内に沢山
バナナを仕掛けておいて正解だったわ!そのマヌケ面を高画質で撮ってやろう!」

黒マントの少年・我修院骸はポケットからスマホを取り出すとパシャパシャと
カメラ機能を使って痛がる天を撮り出した。

『ヤイ!勝手ニ人ノコトヲ撮ルンジャア無イ!チュミミン!』

天は激痛の中、必死でスタンドを動かし骸のスマホを取り上げようとスタンドの腕を伸ばした。

「ほう、例のお前のスタンドか!近距離型……スピードも申し分ないッ!」

天のスタンドを褒める骸。だがスタンドがスマホを取ろうとしていることに気付くと
地面を蹴り、瞬時に後方に下がってしまいスタンドの腕は空を切った。

「ああクソッ!猿みたいにすばしっこい奴だ!」


「どうしましたか藤鳥さま!すごい悲鳴が……ってまあ!」

体育館から白雪が駆けつけてきた。白雪は下駄箱付近の惨状を、その惨状を創った
骸を見て驚きの声を上げた。そしてその声は次第にスゴ味を増していった。

「やいそこのゴミ虫!またバナナの皮をこんなに散らかして!そこに直りなさい!」

「ケッ!誰かと思えば石頭のオジョーサマか!ここは一旦逃げるとするか!」

骸は振り返ると一目散に体育館を離れていった。獣の如き素早い逃げ足だった。

「まあ、目上の者に対して何という口の聞き方……!それに言ったでしょう!
『廊下は走るな』って!」

白雪がそう叫んだ時。廊下の奥から骸の悲鳴と何かが倒れる音が聞こえて来た。
「ちょっと失礼致します」と白雪は廊下の奥へと消えていった。

何が何だか分からずにいると体育館から雲雀がやってきた。
雲雀は天の頭部に大きいコブが出来ていることに気付くと治療するよと言って
天の体を起こし、体育館の観客席へと連れて行った。


わずか数分の出来事であったが、結局天は部屋に戻ることは出来なかった。
出来たのはコブだけであった。

113『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/02/07(火) 21:13:13 ID:Brc31mXQ0
「痛てててて!染みる染みる!」

「がまん、して。てん、おとこのこ、でしょ?」

天の頭部に出来たコブに薬をベタベタと塗るシャロン。薬が染みて悶絶する天。
まさか猫に薬を塗られる日が来るとは思わなかったと後日天は語った。
下駄箱で起きた騒動のせいで試合は開始早々中断していた。子猫と犬人は
痛がる天を遠くから心配そうに見ていた。

痛々しい姿になった天を見て、雲雀が申し訳なさそうに語り出した。

「あー、やっぱり先に言っておくべきだったな。雪っちの『ルール・オブ・ローズ』、
紙と一体化するタイプのスタンドでな、紙に書かれたルールを破った奴に
罰を与える能力を持ってるんだ。だから試合中に体育館を出た藤っちには……」

「転んで大怪我をするって罰が与えられたってか。なんつー恐ろしい呪いだよ」

薬を塗り終え、コブに絆創膏を貼られた天はコブを擦りながら嘆いた。
掟を創り、罰を与え……オカルトめいた力を持ったスタンドもあるのだなと
天は身を持って学んだ。


「ですが違反者にどんな『罰』が下るかは私にも分かりません。藤鳥さまには
申し訳ない事をしましたわ……」

白雪が戻ってきた。その手には縄が、その縄の先には縛られた我修院骸の情けない姿があった。

「お、おのれぇ……ッ、この骸が……この骸がああああああ痛ててててぶたないで!」

「そんな激闘の末に敗れたラスボスみたいな叫び声あげるなゴミ虫!」

白雪は戯言をほざく骸の頭をペシペシと叩いた。
先程まで着けていた仮面は無くなっており、骸の年齢の割に幼い素顔が
露わになっていた。骸は仮面を弁償しろと白雪に何回も訴えていたことから
仮面が何らかの理由で壊れたことが分かる。

「くそーッ、靴紐が解けていた上にその紐を踏んで転ばなければ逃げれたのになーッ!」

骸の顔には真っ赤に腫れていた。おそらく転んで顔面をぶつけたのだろう。
これも白雪のスタンドの力によるものだなと天は思った。
想像だが、白雪は『廊下は走るな』という掟を書いた紙をセンター内に貼っていたのだろう。
それを破ったから罰として骸は転倒した上に仮面も壊れた……といった所か。


天の治療が終わり一段落ついた所で試合は再開された。
「あのバカ姉弟の試合だァ?バカめ、そんなの余程の事が無い限り
弟の方が勝つに決まってるだろ」

骸(縛られたままの)はルールを聞いて呆れ顔で断言すると不貞腐れて床に寝転んでしまった。

「お前、年上相手にバカはないだろう……しかし、そんなもんなんスか?弟くんが勝つなんて」と天はスタンド事情に詳しい薫に聞いた。
「そうですねえ……二人のスタンドが争ったとなれば犬人くんが有利なのは確かですね」
と薫は返した。

114『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/02/13(月) 19:01:37 ID:pa2IfFY.0
カレーを掬ったスプーンを持った子猫のスタンドはそれを犬人の口に入れようと
必死に犬人の口目掛けて突きの動作を繰り返す。だが犬人のスタンド『ファンタジスタ』は
本体の前に立ち、自身に向かってくるスプーンを表情を変えずに手の甲を光速で動かし
確実にスプーン防ぐ。正面からは無理だと悟った子猫が横や背後に回ってもすぐに犬人も向きを変え子猫の前に
スタンドが立ちふさがる。再び突きの動作……そんな攻防がかれこれ1分程繰り返されていた。

「……『スペック』が全然違う。子猫のスタンドじゃ弟くんのスタンドを退けられない……!」

天は二人のスタンドを見比べて呟いた。
子猫のスタンドは決して弱くはない。先週闘った男程度なら簡単に倒せるだろう。
それくらいのスピードは持っている。恐らくパワーも人並み以上あるだろう。
だが犬人のスタンドはそれを遥かに上回っていた。手の甲の動き一つ見ても
ファンタジスタのスピードは凄まじく、子猫のスタンドがどこを突いてきてるのかを
目で確認してから瞬時に手の甲を動かし、そして確実に攻撃を防ぐことに成功している。
「間に合ってる」のだ。子猫の攻撃を見てからの防御を余裕で行える。
成程、確かに性能だけを見ると子猫のスタンドが勝てる見込みはないように見える。

薫は犬人のスタンドについてこう語る。
「スタンドがそれぞれ違う能力を持つように、スタンドの性能(ステータス)も
それぞれ差があります。子猫ちゃんのスタンドもパワー・スピード共に優秀ですが
犬人くんのスタンドの性能はこのアパートの中……いや、この国のスタンドの中でも
トップクラスの力と速度……そして発射された弾丸をも掴める精密さを兼ね備えています」

「日本のスタンドの中でも有数のパワーとスピード……!!そんな逸材が今、
たかがカレーで争ってるんスね」

天の額から汗が流れる。恐らく研究に協力してもらった際に一通り調べたのだろう。
最上級の力に加え、発射された弾丸も通用しないその精密な動き。
「チート」と言っても過言ではないだろう。薫曰く、ファンタジスタは薫の『ロン』同様、
特殊な能力を持ち合わせていない。持っていないが、その圧倒的な破壊力や精密動作性は
最早『スタンド能力』と言ってもいい位に強力な代物であり、能力を持った
他のスタンド相手でも十分戦える素質があるのだという。


―試合開始から1分半が経過した頃・・・

試合が動いた。子猫のスタンドの突きのタイミングを見計らって
防御に徹していた腕を大きく横に振った。腕は子猫のスタンドの掌に直撃し
持っていたスプーンは子猫のスタンドの手を離れ、大きく宙を舞った。
「痛えっ、てめぇ!」と子猫が言ったのと同時に彼女は地面に倒れた。
子猫がスプーンに目線を向けている間にファンタジスタが彼女の足めがけて
足払いをしたのである。その攻撃は無防備だった足に直撃し、子猫は転倒した。

「ッ!またこの攻撃か!」
子猫は急いで起き上がると直ぐに後方に下がった。

「チッ……流石に読まれてる、か」
犬人は軽く舌打ちをした。ファンタジスタは右脚を大きく上げ、
いつでも『カカト落とし』が出来る構えを取っていたからである。
ファンタジスタは足を下ろした。


一方観客席にいる天はというと。
(……しかし子猫の奴、倒れてから後ろに下がるまでの動作がやけに素早かったな。
まるで足払いからのカカト落としを予測していたみたいだけど……?)

「はいはい藤鳥さま、試合中の二人の間に入ったり大声で危ないとか叫ぶと
また罰が下りますよーっと」

……カカト落としをしようとした犬人を見て止めに入ろうとした所を
数人がかりで止められていた。相変わらずこの男、何も考えていない。


子猫が倒れた時にカレーが床にこぼれてしまったので試合は一時中断。
食堂のカレーを盛りに子猫は体育館をあとにした。

115『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/02/21(火) 00:57:21 ID:9nHG11bc0
「ほーれ弟、温め直したから美味いぞー」

「……フン」

新しいカレーを持って子猫が戻ってきた。試合再開である。
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『ケンカするほど仲がいい』子猫と犬人の関係を一言で表わすならこの言葉が相応しいだろう。

この二人、何かある度に管理人の立会いの元でスタンドを用いたケンカを
頻繁にしているのである。(理由は様々だがどれもしょうもない物ばかりだ)
当然お互いのスタンドのステータスや『能力』は把握していて、子猫自身
純粋なスタンド同士のぶつかりあいでは到底かなわないと知っているのである。

では、そんな状況下で子猫が勝つにはどうすればいいのかと言うと……

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「スタンド能力……ですか?」

「ええ、子猫ちゃんが犬人くんとの戦いに勝ってきた試合は全て彼女の持つ能力が
勝負の決め手になったのです」

薫の言葉を聞いた天は成程と言うと直ぐに子猫に向かって叫んだ。

「子猫ー!呪いだ!手からビームを出して弟くんをやっつけるんだ!」

「手からそんなモン出るか!ウ○トラマンじゃああるまいし!」

勝負を決める能力と聞いて考えられる候補が早速消えて出鼻を挫かれる天。

「え?出ないの!?薫さん、子猫のスタンドの手からは何が出るんですか!?炎?ブリザード?」

「手からは何も出ないと思いますよ。彼女のスタンド能力は何かを直接攻撃するタイプの能力では
ありません。実際に『聞いた』方が早いと思いますが……生憎今回はその能力も拝めないかもしれませんね。
犬人くん、完全に能力を警戒しています」

「警戒?」

そう言うと天は犬人に注目した。
防御に徹している点は試合開始から変わっていない。当然だ、今回の試合は子猫のノックアウトが
勝利の条件ではない。犬人からしてみれば3分間カレー攻撃を凌げばそれで勝ちなのだ。
故に無駄に攻撃などする必要などない。

先ほどの足払いやカカト落としは極限まで力を抜いた攻撃だったのだろう。少しだけダメージを与えて子猫の戦意をそぎ、
試合終了までやり過ごすつもりだったはずだ。(直ぐに距離を取られて失敗に終わったが)

ざっと見た感じ、犬人に変わった所はない。変わったのは寧ろ子猫の方だろう。
食堂から戻ってきてから子猫は犬人と距離をとり、彼に向かって「挑発」を繰り返してるのだ。


「さっきから防御ばっかして、お前のスタンドはマネキンか何かか?アーン!?」

「……」

「姉を傷つけるのが恐いか、このシスコン弟が!」

「……」

「そ、そんなにお姉ちゃんにあーんしてもらうのが恥ずかしいのか?照れ屋さんめ!」

「……」

「……何か言えよぉ……」

「……」


見え見えの挑発に対し、犬人は何も喋らなかった。
何を言っても無視され、子猫の言葉は次第に弱弱しく、女々しいものになっていった。

「先ほどから犬人くんは頑なに無言を貫いているでしょう?あれが『警戒』です。
犬人くんは子猫ちゃんに対して『喋る』ことを異常に恐れています」

「子猫に向かって喋ることが呪いの発動条件なんスか?……俄然興味が出てきましたよ。
でも弟くんが喋らないんじゃあなあ……」


犬人は喋らず攻めず、制限時間いっぱいまで守りの姿勢を崩さないつもりだ。
3分間という短い試合時間は部活の試合帰りで疲れている犬人を気遣っての設定なのだろう。
いわばこの試合は犬人が勝つ確率を高くした「ハンデ戦」なのだ。
子猫も薄々分かっているらしく、その表情は諦めすら滲み出ていた。


試合終了まで残り1分、天は何かを思い付いたらしく、ニヤけ面で薫に聞いた。
「要するに……弟くんに何か『喋らせれば』いい訳ッスよね?」

「まあそうですけど、余程のことがないと喋りませんよ……例えば
犬人くんが不利な状況に追い込まれて、そこで子猫ちゃんが挑発でもしてくれれば
もしかしたら犬人くんも口を開くかも……って藤鳥くん?」

薫が横を向いた時、そこにいるはずの天は消えていた。
何処へ行ったのか辺りを見渡すと、天は姉弟の方へ足音をたてないよう、忍び足で
近づいていた。その顔はロクでもないことを考えている小悪党のソレと同じでだった。

116『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/03/06(月) 02:40:20 ID:ha5xtKhA0
犬人は今、観客席を背にして闘っている。それをいいことに『奴』は近寄る。
犬人の目には挑発が全て不発に終わり涙目の姉しか映っていないだろう。
その背後では悪い顔をしながらソロリ、ソロリと近づく不逞の輩が居るとも気付かずに。


「……望月さん、藤鳥くんに何を吹き込んだんですか?」

その姿は観客席で観戦している人全員に気付かれているようで、匠は薫にコーヒーを渡すと
天の奇行について尋ねた。当然薫は何も知らないと言う。

「……てん、また、ばかなこと、しそう」とシャロンは冷たい目で言い放った。

雲雀はアチャーと言いながら頭を掻いた。国綱はこの先の事を予測したのか、
何も言わずに体育館の壁中に幾多のヘブンリーをくっつけていた。


「……藤鳥さま、私の能力についてはお忘れではないですよね?二人の行動を妨害したら……」

白雪が心配そうに天に警告する。一見穏やかそうな顔だが、そのこめかみには青筋が
浮かび上がっていた。そんな空気を全く察することが出来ない天はニヤけ面でほざいた。

「大丈夫ッスよ白雪さん、二人の邪魔なんかしませんよ。ただ弟くんの服に
足が20本くらいありそうな珍しい虫がくっついてるから追い払おうってだけッスよ」

白々しい嘘を吐く天に疑念を抱いたのか、子猫のスタンドが天を睨みながら腕組をした。
直後、スタンドと子猫の体から赤いオーラのようなものが吹き出した。

「(あの顔を見るだけで何が狙いかなんて一目瞭然だけど、一応ね)……

今の言葉から上手く『引き出せた』か?クイーン」


子猫のスタンド(名を『ブラック・バッド・クイーン』という)は子猫の言葉に小さく頷いた。


一方天はというと、犬人にくっついているらしい珍しい虫を追い払うため(大嘘)、
両手を前に出していた。……その手からはスタンドの掌が飛び出していた。

(残り30秒……か)
犬人が腕時計を見た。観客席や天の声が聞こえていないのか、子猫以外の存在を警戒している様子は全くない。

(今だ!)と天は忍び足から一気に犬人の方へと駆け寄るとスタンドの掌が出た状態の手で
弟の肩を触ろうとした。……その時であった。


『弟くんを呪いの力でポンコツにして、それで気弱にでもなれば流石に何か喋るだろ。
これで子猫のスタンドも存分に力を発揮出来るってもんだ!ヒケケケケッ!!!!!』


「ええっ!?」天は驚きのあまり自らの動きを止めてしまった。もうすぐスタンドが
犬人の肩に触れそうだったのだが、今、体育館の中に響いた『声』を聞いた途端、
体が凍ったように動けなくなってしまった。何故なら、自分以外の何かから発せられたはずのその声は。

『自分のモノと全く同じ』声をしていたからである。そして何よりその声は、

自分が今、これから行おうとしていた計画をそっくりそのまま喋ったのである。

117『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/03/17(金) 02:25:09 ID:c2dyiE0g0
「「「「やっぱり」」」」

子猫と白雪と雲雀とシャロンは天と同質の声に対して同時に反応し、大いに呆れてみせた。
謎の声は犬人の耳にもしっかり聞こえたようで、数秒黙った後、子猫に問いかけた。

「……姉ちゃん、藤鳥さんは今どこに?」

その問いに子猫は口ではなく目線で答えた。子猫は天のいる場所をさりげなく見たのだ。
犬人は姉の答えを理解し、軽く苦笑いを浮かべた。

「そうか……俺の背後だな。ポンコツ……よく分からないけど、とにかく触れられたら
いけないタイプの能力っぽいな。これはこれは」

何が何だか分からずにいる天だったが、急にゾッとするような寒気に襲われた。
物凄く嫌な何かが来ると感じた天はスタンドを全て出すと咄嗟に天の前に立たせ、
腕を交差させて防御の姿勢を取らせた。

「危ない所だった!!!!!」

犬人が叫ぶ。振り向きざまに繰り出されるファンタジスタの強烈な回し蹴りは
天の前でを防御していたスタンドに直撃した。
防御面に優れたスタンドのおかげで先週のように骨が折れたり鼻血が吹き出すことはなかったが
蹴りの衝撃だけはどうにもならなかったようで、天とスタンドは観客席の壁に
吹っ飛ばされてしまった。どうやらファンタジスタは『蹴り』が特に強いスタンドのようだ。

「……やべっ、本気で蹴っちまった!大丈夫か藤鳥さん!」

犬人の心配をよそに、天は観客席の壁の近くで倒れていた。
先ほど国綱が壁にくっつけたシャボン玉のスタンド『ヘブンリー』のおかげで
蹴飛ばされた天は壁ではなくクッション代わりのシャボン玉にぶつかり幸いにも
大怪我をせずに済んだ。が、大怪我を免れたとはいえ蹴りが痛いことには変わり無く
おまけに壁に飛ばされている途中、並んでいたパイプ椅子には盛大にぶつかっていたので
天は痛みでその場で悶絶し転がりまわっていた。


「『選手の行動を妨害してはいけません』……見事に罰が下りましたわね、藤鳥さま」

天の元に白雪達が集まり、試合は再び中断された。
骸は苦しむ天の姿を爆笑しながらスマホで何枚も撮影していた。

「ウム、我の思った通りお前は中々の小悪党だ!我が組織に入団する権利をやろう」

「そんな権利いらん!覚えてろよ痛ててててて」

天は腕と顔を特に傷めたらしく、管理人から貰った濡れタオルでそこを冷やしていた。
天はここで薫から子猫のスタンド能力について聞かされ、
「そういう能力なら早く言って欲しかったです」と苦しそうに嘆いたのだった。


子猫のスタンド「ブラック・バッド・クイーン」の能力は「本音を引き出す」こと。
周囲で喋られた言葉をキャッチし、その言葉の裏に隠された本音を抽出。
引き出された本音を喋った人の声で再生するという物だ。

ほんの些細な一言にも様々な本音は隠されている。それは本性だったり秘密であったり。
上手く抽出すれば敵の能力だって暴くことも出来ると薫は語った。


「望月さんよォー、『クイーン』の能力ついてあまり大っぴらに喋らないでくれよー!
一応私の切り札みたいなモノだから基本的に秘密にしておきたいんだ!」

「ああゴメンゴメン!藤鳥くんがあまりにも不憫だったからつい……
でもこのアパートの人達は皆知っていますよ?子猫ちゃんのスタンド能力」

子猫の抗議に薫は申し訳なさそうに謝った。
「藤鳥さんには後で教えるつもりだったのに、全く」と子猫は頬を膨らませた。

痛みが続く不憫な天の元に白雪が近寄りしゃがみこんだ。彼女は倒れている天の耳元で
「次何か変なことをすれば貴方のこともゴミ虫呼ばわりしますからね、藤鳥さま?」
と(ドスの効いた声で)囁いた。天は「ひゃい」と涙目・震え声で応えた。

(この瞬間、このアパート内に新たな上下関係が生まれた、と人々は後に語る)


塗り薬や包帯で痛みを和らげた天は試合を再開させようとした子猫に手招きをした。
子猫が側に来た事を確認すると子猫に耳にヒソヒソと小声で語りかけた。

「……(ヒソヒソ)」「……はあ?藤鳥さん『何時使った』んだよ……うん、わかったよ」

子猫に何かを伝えると天は満足した表情で観客席に、子猫は首を傾げながら犬人の元に
戻って行った。

天が席に戻ると薫は子猫に何を言ったのか尋ねた。天は答えた。

「大した事は言ってませんよ。『スプーン持って戦え、今なら弟くんに勝てるから』って
言っただけです」

118『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/03/29(水) 23:27:44 ID:BV5wKTes0
スプーンにカレーを掬い、最後の戦闘体勢に入った子猫。

【いいか、戻ったらスプーンを持ってさっきみたいに弟くんに立ち向かうんだ、勝てるから】

ここに戻る直前、天が耳元で囁いた言葉を子猫は未だ信じられずにいた。
自分のために犬人に能力を使おうとしてくれたのはまあ有り難かったが、
ただ『コッソリと近づいて触る』という考え無しに等しい作戦(とクイーンの能力)のおかげで
天は犬人に触れられずに作戦は不発に終わったはず。だが……

「残り時間も僅か……最後の猛攻に賭けるつもりか?まあいいや、行くぞファンタジス……タ?」

犬人も子猫の最後の攻めを凌ぐためにファンタジスタを出す……が、どうも様子がおかしい。
彼はファンタジスタの手足をしきりに動かしていたのだ。
まるで「どうも動きがぎこちない」と言わんばかりに何回もスタンドの動作確認を行っていた。

「(どうも様子がおかしいな)どーしたよ弟、さっきの回し蹴りで足首痛めたか?少し休むか?」

「……いや、大丈夫だ。どうせあと数十秒だからな」

犬人はそう言うとファンタジスタを自身の前に出し何時でも犬人を守れる位置につけた。
子猫はスプーンをクイーンに持たせると、犬人の口めがけてスプーンを突き出した。

(どーせファンタジスタで楽々防がれるだろうな……ってアレ?)

子猫の予測どおり、犬人は先程のようにファンタジスタの腕を動かしスプーンを防ごうとしていた。
だが『遅い』。腕を動かすスピードが先程に比べて各段に落ちているのだ。
そのせいかファンタジスタの腕の防御はスプーンの突きに追いつかず、
スプーンは腕ではなくファンタジスタの頬に直撃した。犬人の頬が赤く腫れたのは
その直後のことだった。

(手加減したって訳じゃあなさそうだな……弟があんな顔をするのは久々だ)

子猫は犬人の驚きと焦り、それに困惑が混じった表情をみながら思った。
犬人は再びファンタジスタの腕を何回も動かす。その度に彼の表情が困惑の色を強める。
速度が落ちてるだけではない。腕の動きが大雑把になってる様に子猫には見えた。
スタンドの研究をしている薫を「凄く精密な動きをするスタンドだ」と唸らせた
あのファンタジスタの動きではないと子猫は思った。
「そんなはずはない」。ファンタジスタの主である犬人もそう喋り出しそうだった。

「ホレ今だ!足!すってんころりだ子猫!」と観客席から変な声援が聞こえて来た。
声の主はもちろん天。どうやら今のうちに犬人をひっくり返せということなのだろうが、
子猫は犬人の足が日頃のサッカーの練習の賜物か、やたらと頑丈なことを知っていた。
それに加えてファンタジスタの足は薫曰く「国内でも最強に匹敵する足」とのこと。
子猫も過去に何回も弟の足を蹴ってきたがビクともせず、逆に自分の足が痛くなった
程、弟の足は硬いことを知っていた。だが観客席にいる天の表情は「出来る」という確信に満ちていた。
「今ならイケる」。子猫の心にも僅かだがそんな気持ちが芽生えていた。

「(試してみる価値はあるか!)隙有り!ニャアッ!!!」

犬人がファンタジスタの腕に視線を向けている隙に子猫はクイーンをしゃがませ、
一気に犬人とファンタジスタの足めがけて体当たりをぶちかました。

通常なら犬人の足はビクともせず、逆に子猫が大ダメージを負ってしまっていただろう。
だが今回は違った。スタンドの体当たりをモロに食らった犬人は大きくバランスを崩し
大きな音をたてて倒れた。犬人の眼は大きく見開いていた。

子猫は口を開けっぱなしにしていた。
チョロすぎる。今までの鉄の様な堅さを誇っていた足が、まるで腐りかけの木材のように
脆く、簡単に倒せてしまった事実を受け入れるのに少しだけ時間が必要であった。


子猫と犬人は今、全く同じ結論に至っていた。
自分の身体が、弟の身体が「ポンコツ」になってしまった、と。

119『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/04/10(月) 03:09:52 ID:3SDaB0/Q0
(弟に藤鳥さんの能力が!?でもアレは私の知る限り、対象に『触れなければ』
発動しないはず!さっき弟に触れられなかったのにどうして……!?)




「犬人くんに『蹴られた』あの瞬間……ですか」

「正確には蹴られる『直前』。上手くいくか正直不安でしたけど
結果はご覧の通り……上手くいって良かった良かった」

天は冷えたタオルを顔に当てながら得意気な表情を見せた。


天が『この事』を思い付いたのは数日前のことだ。
先日子猫から聞いた「練習すれば手足の如くスタンドを操れる」という言葉を信じ、天は連日
自室でスタンドを動かす訓練をしていた。その甲斐もあって練習開始から3日くらいで
天は己のスタンドを自分の思うように動かすことが出来るようになっていた。
天は次の段階として能力を自在に使う訓練を行った。数時間後、天は能力について面白い事に気付いた。

触れたモノをポンコツに出来る。今までスタンドの手しか出したことのなかった天はてっきり
『スタンドの手』で触れないと効果が出ないものだと思っていた。しかしそれは誤りであった。

能力はスタンドのどの部位で触れても発動するのだ。
脚部のタイヤで触れてもいい、頭をぶつけてもOK。それどころか腹や背中で対象に触れても
力は発動し、触れた箇所にクッキリとバーコードの模様が現れたのだ。
融通が利くといえばいいのだろうか、スタンド能力を使う条件はそれほど厳しくないなと
天は思った。

その時、ふと思い付いた。能力は自分から触れなくても……『相手の方から触れてきても』
使えるのではないか。

敵意を持ったスタンド使いに攻撃された時、暴漢や暴走車に襲われた時……
その者達の攻撃をスタンドで防いだ『その瞬間』、触れるという条件をクリアし
能力が発動するのではないか、という仮説を思い付いた。

だがその考えは今日に至るまで試すことは出来なかった。暴漢や暴走車など
漫画やドラマならともかく平和な日常の中では滅多に居ないものだ。
敵意を持ったスタンド使いなど居るはずもなく……そもそも自分以外のスタンド使い自体
見つけることが出来なかったのだ。以前は結構見かけたのに、こういう時に限って
見当たらなくなってしまう。

だが天は知っていた。スタンド使いが確実に存在する場所を。
自分の考えを試すなら「あそこ」しかない。
自分に敵意を持つ人など居るはずもないけれど、考えを試す機会が訪れる保証など
何処にも無いけれど……でも「あそこ」ならもしかしたら。

120『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/04/10(月) 03:10:53 ID:3SDaB0/Q0
「今日一日、アパートの人達に『攻撃される』機会を伺ってたんですか?
だから先程あんなあからさまに怪しい行動を……」

「さっきのアレは本当に子猫の能力見たさの行動ですよ。でも失敗して
弟くんに蹴られる時になって思ったんです。『これって考えを試すチャンスじゃあないか』
ってね。だけどいざ実行、となるとやっぱビビるんですよね。もし失敗したらただの
蹴られ損な訳ですから。だから蹴りが来る直前、確実に呪いが使えるように
防御してるスタンドの腕を少しだけ前に出しちゃったんスよ。それとほぼ同時に蹴りが来たので
スタンドの腕とファンタジスタの脚が触れ合った瞬間に……」

「能力が発動したと。危なっかしい人だ、軽傷で済んだから良かったものの
一歩間違えたら大惨事になりかねないですよ。それに結局自分から触れたんですから
『相手から触れてきた時能力は使えるのか』は分からずじまいじゃあないですか」

「そうなんですよねえ。そこはまた機会があればって感じで。今回は子猫の手助けが出来て
良かった良かった、ということで一件落着みたいな感じで」

「ただ二人の勝負を邪魔しただけじゃあないですか……確かに決着は付きましたけどね」

薫は体育館中央に居る姉弟を見る。子猫は倒れた犬人の足の裏を見て
驚きの表情を浮かべていた。恐らくそこには大きなバーコードが描かれているのだろう。

恐らくもう犬人に挽回のチャンスは無いだろう。彼は地面に転がったまま疲労困憊なのか
起き上がることも出来なくなっていた。子猫はというと犬人が動けない事を確認すると
ニヤけた表情でカレーの入ったスプーンを犬人の口に入れようとしていた。

「でも冷静に考えてみると、やっぱ呪いの発動には自分から触れる意志が必要で
相手から触れるのを待つなんて受け身の精神じゃあ呪えないんじゃあないかと思うんスよ、
スタンドってそういう精神的なエネルギーの塊なんですし……って薫さん、何を入力してるんスか?」

天が薫の方に顔を向けると、薫はいつの間にか持ってきていたノートパソコンを
開いてキーボードを高速で叩いていた。後で聞いた話だが、彼は普段から
パソコンを持ち歩いているとのことだ。


「スタンドの細かなデータを入力してるんですよ。藤鳥くんのスタンド……『ノープラン』に関する一連の情報をね」


「成程、流石はスタンドの専門家……ってちょっと、今なんと?『ノープラン』ですって?

121『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/04/16(日) 00:26:49 ID:vnENCcXc0
『スタンドの名前はまだ決めていなかったはずなのに、いつの間にか名前が決まってた』

今起こった事をありのまま話すとこんな感じなのだろう。
誰がこんな名前を付けたのだろうか。それもノープランという「無計画」を意味するネガティブな
ネーミングに天は正直あまり良い気分にはなれなかった。


「……『こんな名前を付けたのは誰だ!?』と言いたそうな顔をしてますね。
ここに来た時に子猫ちゃんから聞いたんですよ、藤鳥さんのスタンドはノープランって名前だと
『藤鳥さんが自分で言ってた』って」

「そうか、その藤鳥って奴がそんな名前を……って俺じゃあないスか!!」


天は命名した犯人が自分だと知ると過去の出来事を必死に思い出していた。
恐らく先週の日曜、屋上での一件の時に喋った『何か』を子猫はスタンドの名前だと
勘違いしたのだろう。ではその『何か』とは?

屋上での出来事を最初から思い出す。面接が終わる直前に子猫が入ってきて、
直後にコウとかいう男が屋上で暴れて、管理人を庇って大怪我を負って、
色々あってスタンドを全部体から出せるようになって……そして……



『俺が考えるより先にまた攻撃したな…初めまして、俺と同じ無計画(ノープラン)くん』



「……あの時か!」

天はハッキリと思い出した。大怪我の激痛の影響か、妙に恥ずかしい台詞を言ったことは
何となく覚えていたが、詳細な台詞は忘れていた。だが思い出した今なら分かる。
子猫はしっかりと聞いていたのだ。自分がスタンドのことを『ノープランくん』と
呼んでいた事を。あの一連の格好付けた台詞の数々を子猫は聞き逃していなかったのだ。

「……いやいや違うから!あれはスタンドが俺の思考より先に行動したからそう呼んだだけで
正式な名前がノープランって訳じゃあないから!」

天は顔を真っ赤に染めて子猫に抗議する。子猫は「え!?違うの!?」と驚いたが
「でも名前決めて無かったんでしょ?いいじゃんノープランで!愛嬌あって可愛いよそれ!」
と笑顔で言われてしまった。その後国綱が「え、先週何かあったんスか?聞かせて聞かせて!一字一句漏らさずに!」
なんて話題に食い付いてきたので天は大慌てでこの話を終わらせた。
……何で二十歳を越えてから新たに黒い歴史を紡がなにゃならんのか。

とりあえずノープランの名は仮称にしてもらい、正式名は後日考えることにした。
薫はというと、いい機会だからと作りかけだったノープラン(仮)のデータを
完成させるため、ノートパソコンに情報を入力していた。

「先週起きたことは子猫ちゃんから聞きました。そこで藤鳥くんは男を弱体化させたり
バスを遅くしたそうですね。故に『触れたモノのポンコツ化』と……
もう少し具体的な情報が欲しい所ですね」

薫は「まあ其処はゆっくりと調べる事にしましょう」と言うと、今度は
別の項目を入力し始めた。キーボードを叩く指を一旦止めると
天の顔に向かって掌を突き出してきた。

「次は本体に関するデータ……藤鳥くん自身の身体能力の情報を入力します。
という訳で藤鳥くん、僕の掌に思いっきりパンチをしてくれますか?」

「いいッスけど、本気のパンチだと痛くないですか?」と天は答えた。
心配は無用です、思いっきりお願いしますと薫に言われると天は突き出された掌目掛けて
お言葉に甘えて思いっきり拳を叩きこんだ。……本人は叩きこんだつもりである。


「ポスッ」という空気の入ったゴム風船をぶつけた様な情けない音と軽い衝撃が
薫の掌に伝わる。一瞬軽い冗談なのだろうと微笑もうとした薫だったが、天の表情から
「これが俺の全身全霊の一撃だ!」と言わんばかりの達成感に満ちた表情を読み取ると
どういう表情をすればいいのか分からなってしまったので、とりあえず顔を横に向けて
頭を掻いて誤魔化すことにした。


……薫の頭の中に、ノープランの能力についての一つの仮説が浮かび上がっていた。

122『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/04/29(土) 04:08:14 ID:xVP4sFYk0
「ところで薫さん、一つ疑問なんスけど」

天は薫に尋ねた。子猫のスタンド能力が「本音を引き出す」ものだと分かった。が、
それがどうして『勝負の決め手』になるのかが天には分からなかった。

薫も言った通り、子猫の能力は炎や刃といった相手に直接ダメージを与えられるモノではない。
かといって読心術に近いあの能力が勝敗を決定付ける代物になるとは到底思えない。
だが彼は言った。子猫は過去数回、この能力のおかげで姉弟喧嘩を制して来たと。

「まあ、普通だったらそう思いますよね……でもあの姉弟は違います。
子猫ちゃんの『本音を引き出す能力』。これで二人の勝負は終わるんです。何故かですって?
こればかりは実際に見てもらえば分かるかと」

薫はそう言うと子猫たち姉弟を指差した。犬人は最後の抵抗なのか、スプーンを持つ子猫に
目を合わせない様に顔を横に向けていた。


「ほれ弟、観念せぇ……あーん」

「……!」

向かってくるスプーンから顔を背け続ける犬人だったが、クイーンの両腕が犬人の頭を掴み
力づくで顔を正面に向けさせられる。犬人には天の能力が効いていたので
抵抗が出来なかった。

「なあ弟……何で頑なに拒むのか知らんけど、一口くらい食ってもいいんじゃあねーか?
お前のために作ったんだからよォー」

「……さっきから言ってるだろ、今日は食わないって……何度も言わせんな」

このやり取りも何回目だろうか。姉はカレーを食えと言い、弟は食わないと言う。
それを飽きずに繰り返し、その果てが今回の決闘な訳で。

もう試合終了の時刻はとっくに過ぎているのだが、姉弟も観客も審判である管理人すらも
そんなことはもうどうでもいいらしく、ただ事の成り行きを見守っていた。
その時である。


『……本当は今すぐ食いてぇよ、姉ちゃんのカレー』


少年の声が体育館に響き渡る。声の主は分かっている。体育館の真ん中で倒れている
犬人のモノだ。でもこれは犬人の口から発せられた声ではない。
犬人の頭を掴んでいるクイーンの口から発せられたものだ。
犬人はこの声を聞いた直後、「しまった」と言いそうな顔をして
口を両手で塞いだ。が、時既に遅し。

「『ブラック・バッド・クイーン』お前の本音を引き出したぞ……ヒヒッ」

子猫は意地悪そうに笑うと床に胡坐をかくと自分の顔を犬人に近づけた。
犬人は接近してきた姉の顔を認識すると顔を赤くした。

「それじゃあ犬ちゃんの本音、最後まで聞いてみましょうかねえ〜フフゥン」

「おまっ……!それだけはやめモゴモゴ」

子猫はクイーンに指示を送るとスタンドの口から犬人の本音の続きが再生される。
犬ちゃん(犬人の昔のあだ名なんだそうな)は抗議しようとするもクイーンの腕で口を
塞がれ何も出来ずにいた。


犬人の『本音』は結構長かった。なので一部を抜粋して紹介しよう。

まず犬人は姉の作ったカレーを本当は食べたくてしょうがなかったらしい。
今日のサッカーの試合の事などを姉に話したりと子猫との一時をイチャイチャと過ごしたかったようだ。
しかしカレーのお誘いがあった時の食堂は大勢のアパートの住人が、しかも
藤鳥天という新しく越してきた人もそこに含まれていたものだから、そんな公衆の面前で
姉の手料理を食べながら二人でイチャつくというのは流石に恥ずかしかったようだ。
(試合でも観客の前でカレーを食べさせてもらうのはやっぱり恥ずかしいらしい)
だからあの時犬人は今はいらないと言い、住人が部屋に戻って静かになった後に
姉を誘って食堂でカレーを二人っきりで食べるつもりだったそうな。


「なんか気を使わせちゃったみたいッスね、『犬ちゃん』に」
天は顔をニヤニヤさせながら犬人を見ていた。犬人は顔を両手で隠していて、
手の間から犬人の顔が真っ赤になっているのが見えた。

「アレが子猫ちゃんと犬人くんの『試合の終わり方』です。二人の喧嘩はいつも
犬人くんが子猫ちゃんにつれない態度をとり、子猫ちゃんが怒って勃発するんです。
その喧嘩がスタンドを使った決闘に発展した後はあんな風に子猫ちゃんが隙をついて
犬人くんの本音を引き出すんです。それを観客に聞かれた犬人くんが恥ずかしさで悶絶して
ギブアップ……という流れ」

「悶絶って、彼の本音っていつもあんな感じなんスか?その……『姉への想い』に
満ちてましたけど」

天の問いに薫は「いつもあんな感じですよ」と微笑みながら答えた。
もっと姉の側にいたい、もっと姉とイチャつきたいだの、犬人という少年の頭の中は
基本的に姉の事でいっぱいなんだそうだ。要するに『お姉ちゃん大好き人間』という訳。

123『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/04/29(土) 04:19:35 ID:xVP4sFYk0
「全く、素直に食いたいって言えばいいんだよ……おまけに私とイチャつきたいだぁ?
このシスコンめがっ」

本音を聞いた子猫は弟に毒づいた。が、ほんのりと頬を染めたニヤけ面を見るに
どうやらそれほど軽蔑はしていないらしい。弟相手に能力を何回も使ってるせいか犬人の本性は
既に把握済みで、最初は戸惑っていた子猫だったが今ではすっかり慣れてしまっていた。
それに子猫も弟ほど極端ではないが弟の出る試合を直接観戦しに行ったりお祝いに
料理を作ってあげたりと『弟思い』な一面を少なからず持っているのだ。


(……俺もあんな風に仲の良い弟か妹が欲しかったなあ)と、天は実家に居る
可愛げのない、兄の悪口ばかり言う女子大生の妹を思い出しながら
匠から貰ったコーヒーを啜った。


「それじゃあお望み通りお姉ちゃんが食わせてやるよ……『犬ちゃん、あーん』」

子猫はトドメと言わんばかりに甘ったるい声を出しながら、弟の口に
カレー入りのスプーンを近づけた。終わったな、と誰もが思った。
観客席ではパソコンをしまったりゴミをゴミ袋に入れたりと、いつでも自分の部屋に
戻れるように各々後片付けが進められていた。二人の仲良しぶりに観客は皆満足していた。

「今回は子猫ちゃんの勝ち。予想が外れたわね、骸くん」

管理人は欠伸をかきながら起き上がった骸にそう言った。しかし、骸は
「と思うじゃん?」と言うと試合終了間近の姉弟を指差して断言した。

「弟が勝つぞアレ。あの野郎、相当『溜まって』やがる」


「こ、今回だけだぞ……あ、あーん」
観念したのか、犬人は口を開けカレーを受け入れる覚悟を決めた……ところがその時。


『姉ちゃん、もう少し近づいて。特に顔をもっと近づけて』


「えっ?……いけね、うっかり能力を使っちまった」

クイーンの口から突如、犬人の声が発せられた。どうやら本音を引き出す能力を
意図せず発動してしまったらしい。

「まあいっか。だけど弟、これ以上近づかなくてもスプーンならもう口に入るぞ?
それに私の顔は関係なくないか?」と疑問に思いながらも言う通りにする子猫。

『そしたら、そのスプーンに乗ってるカレーを口に入れて……姉ちゃんの口に』

「はあ???何で私の口なんかに……もう、そんな子犬のような目で見るな!」
子猫は一旦は拒否をするが犬人の潤んだ、今にも泣きそうな目を見て
仕方なさそうにカレーを自分の口に入れた。

124『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/04/29(土) 04:44:57 ID:xVP4sFYk0
「さっきから何をやってるんだあの二人は……」

犬人の変な本音に従う子猫を見て、様子がおかしいと観客席の住人達も思い始めた。
天はまだイチャついてるんスかねえと薫に尋ねるが、今日の犬人は少し様子が違うと
薫は不思議そうに答えた。普段の犬人なら諦めてカレーを食べるか恥ずかしそうに
ギブアップを宣言するはずなんですが、と薫は首を傾げた。

天はまた一悶着ありそうッスねと言いコーヒーを飲んだ。

「ンンンンン!(おい、口に入れたぞ、次どーすりゃいいんだ!飲み込んでいいか!?)」

『最後にそれを……その……ボソボソ』

口にカレーを入れたせいで喋れない子猫と急に小声になり何を言ってるのか分からない
犬人の本音。「声が聞こえない」との苦情を受け、子猫はクイーンに指示を送り
本音の音量を上げた。これで犬人の本音は小声でも体育館中に響くはずだ。



『姉ちゃんの口の中のカレーを俺の口に入れて……その……口移しで……』



天は口の中に入っていたコーヒーをブーッと盛大に吹き出した。
観客席の他の人達も驚愕の表情を見せたり、大声で「はぁ!?」と叫んだりと
思い思いの「お前は何を言ってるんだ」的リアクションを披露した。

「ッッッ!!!!おおおおお前はなななな何つーことをををををを!!!???」
犬人の本音を間近で聞いてしまった子猫は口の中のカレーを思わず飲み込み、
顔を真っ赤にして凄まじく狼狽してみせた。犬人の姉好きっぷりを知っているはずの子猫も
口移しを要求されたのは今回が初めてだったようだ。

『カレー飲んじゃった?まあいいや……じゃあ口の中に僅かに残ってるカレーを食べさせて。
いや、むしろカレーはいいからみんなの前で姉ちゃんと口を合わせて舌を……(以下省略)』
犬人(本音)は諦めずに姉の口に残ったカレーを食べたがっていた。無論口移しで。
終いには観客の見てる中、姉弟でディープなアレをしたいと言い出したのだ。
その後、犬人(本音)の要求はより過激になっていったのだが、
これ以上記すのは教育上大変よろしくないので今回は省略させていただく。
……犬人の顔は見る見るうちに青ざめていった。

「けんと、ほんきで、きもちわるい!」とシャロンは犬人に軽蔑の眼差しを向け
白雪は今にも犬人をゴミ虫呼ばわりしそうな顔で彼を睨み
管理人は目を泳がせながらただ只管「あらあらあらあらあら」と繰り返し喋っていた。
女性陣の中でこの状況を笑って見ていたのはビールを飲んで酔っていた雲雀だけだった。

「……引くわぁ」と天は自分の吹き出したコーヒーを雑巾で吹きながら呟いた。
いくら姉弟の仲がいいとはいえ、姉弟でカレーを口移しだなんて『仲良し』の範疇を
大幅に越えている……というかここまで来ると変態と呼ばれる領域に
突入しているのではないか。

先程の本音では人の前でカレーを食うのは恥ずかしいと言っていたので
どうやら口を開けた犬人の心の中で覚悟を決めたというか開き直ったというか
「どうせ皆の前で姉とイチャつくならいっそのこと!」という良くない感情が
湧きあがった……のだろうか?正直これ以上考察したくないと天は思っていた。

「犬人くんがここに来てから2年……ここまで子猫ちゃんに欲情することはありませんでした。
よほど欲求不満だったのかムラムラしていたのか……いやはや、これは実に興味深い!」

薫もさぞドン引きしてるのかと思いきや、彼は彼で己の研究意欲が湧きあがったようで
ノートパソコンに犬人に関するデータをバシバシ入力していた。
犬人のスタンドパワーの秘密は姉への想いにあるとか訳の分からない事を言っていたが
天はそっとしておくことにした。

125『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/04/29(土) 05:15:01 ID:xVP4sFYk0
「あ、あの……姉ちゃん……これはその」

心の中の歪んだ欲望を晒された犬人は顔を真っ青にして子猫に弁明しようと言葉を探していたが
ここまで来るともう言い訳の余地など何処にも無い気がする。
子猫は目を閉じ、顔を真っ赤にしていた。恥ずかしさや照れといった要素もあるだろう。
しかし、彼女が顔を赤くしている原因の大部分は子猫の心が別の感情で満ちていたからである。

「この……弟が」

「え?」

子猫はボソっと小さな声を出した。それは先程のような甘い声ではなく
やたらとドスの効いた妙に低い声であった。

彼女はカレーの皿をクイーンに持たせると犬人に向かって大声で叫んだ。

『怒り』に満ちた声で!!!!!


「この……変   態   弟   が   ッ   ッ   ッ   !!!!!!!」


クイーンは犬人の顔目掛けてカレーの皿を思いきり叩き付けた。
顔にカレーを押し付けられた犬人はそのまま後方へ吹っ飛ばされた。
流石の子猫も公衆の面前で弟との口移しやディープなアレの要求は許せなかったらしい(当たり前だ)。


「こんないやらしい奴もう知らん!帰る!」
子猫は怒りで真っ赤になった顔で体育館を出ようと出入口の扉の方へ歩き出した。

「子猫ちゃん、犬人くんの口にカレーが入ったか確認するから待って!今出ていくと
試合放棄ってことで子猫ちゃんの負けになっちゃうわよ!?」

「ああ、勝敗!?どうでもいいわもう!『弟は変態』とかそんなんでいいだろ!全く、何考えてるんだアイツは」

子猫は捨て台詞を残して体育館を後にしてしまった。管理人は犬人の側に近寄ると
彼の安否を確認した。どうやら生きてはいるらしい。

「姉ちゃんのカレー……すげぇ美味い……ガクッ」この言葉の直後、犬人は気絶した。

子猫が管理人の警告を無視して体育館を出たので、今回の試合は犬人の勝利となったのだが
彼の勝利を祝福する声は全く無かった。

あるのは「な、我の言った通りだったろ?」という骸の冷笑を含んだ声だけだった。


【ブラック・バッド・クイーン vs ファンタジスタ】
STAGE:体育館

勝者及び変態……白石犬人/ファンタジスタ

126『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/04/29(土) 05:32:05 ID:xVP4sFYk0
「……色々ありすぎた一日だった」

部屋に戻った天はベッドに寝転がると今日一日を振り返った。
アパートへの引越し。粗品という名の在庫処分。
アパートに住む凄まじく濃い住人達との出会い。アパートで行われるルールを設けた決闘。
そしてY市内での銃撃事件。思い返すと非常に長く感じてしまう。


「ところでさあ……何で俺の部屋にお前らが居るわけ!?」

天は上半身を起こすと寝室に何故か居る犬人と骸に尋ねた。
犬人は体育座りで項垂れ、骸は図々しく床に寝転び本棚に入っていた漫画を勝手に読んでいた。

「……姉ちゃんが部屋に入れてくれないんです。チャイムを押しても無視されて」

「さっき転んだ時にカードキーを落としたらしくてな。トキタはもう寝てるし部屋に入れん」

「だからって俺の部屋に来るこたぁないだろ!別の所に行ってくれ邪魔だから!」

犬人は明日になれば姉に土下座でも何でもして許してもらうからそれまで居させてくれと
子犬のような目で懇願してきたので天は根負けし、明日までの宿泊を許可した。
骸に関しては彼の部屋に電話しても本当に寝ているらしく誰も出ないので、一緒に住んでいるトキタなる人物が
起きたら直ぐに自分の部屋に戻ることを条件に部屋に居させてしまった。


(嗚呼、何で引越し初日にシスコンや悪ガキと一緒に夜を過ごさなきゃいけないんだ???)

「へえ、『ショートカット美人OLうっふん白書』?年上趣味なんですね、気が合いそうだ。
……姉モノとかは無さそうですね」

「お前ん家の冷蔵庫、何で魚肉ソーセージしか入ってないんだモグモグ」

「隠してたエロ本漁るな!冷蔵庫の食べ物勝手に食うな!ああもう!!!」


205号室 雲雀の部屋

隣の部屋から天の怒鳴り声と走り回る音が聞こえて来る。リビングで酒を飲み直していた雲雀は
「騒がしい奴が越してきたもんだ」と機嫌よく笑っていた。

127『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/04/29(土) 08:37:26 ID:xVP4sFYk0
201号室 薫の部屋

「かおる、まだ、ねないの?」

午前0時過ぎ、シャロンが書斎でパソコンに向かっていた薫に声をかけた。
体育館で収集したデータを纏め、研究機関のデータベースに情報をアップロードするための作業は
いよいよ終盤に向かっていた。今仕上げているのは天のスタンド能力に関するデータである。

「あの時受けたパワーを全く感じられないパンチ。昼に少しだけ見た、荷物を持って階段を
上ってだけでヘバる体力の無さ……そして先週の出来事……それらを総合すると……
よし、出来た!」

薫は文章を一通り入力し終わると最後にエンターキーをパシーンと格好良く弾いた。
パソコンのモニターには天のスタンド・ノープランを写した画像と、ノープランの基礎能力や
天に関する情報が映しだされていた。


『今日新たに確認されたスタンドに関する仮データ』

スタンド名:ノープラン
ロボットのような外見。顔面にバーコードのような縞模様がある。
自我があり、語尾にチュミミーンと付け喋る。

能力:触れたモノの身体能力を本体の身体能力と同化させる
傾向として、対象は力や体力が著しく低下する(要検証)。


本体:藤鳥天 22歳
この春社会人になる青年。目の下にバーコードのタトゥーがある。
身体能力に難があり、特に攻撃力は子犬にも劣る可能性が有る(要検証)。
知能は大学を卒業しているので決して低くはないが
後先を考える能力に欠けている。それが災いして失敗する場面もあり
彼を一言で表現するならば「ダメ人間」と言わざるを得ない。


「……ちょっと辛口すぎましたかね?」薫は自分で入力した文章を見直してそう思った。
彼の能力が『触れた対象の体力や力などの性能を天と全く同じにする』ものだというのが
薫の立てた仮説である。今日見た引越し作業時の彼の様子や先週の出来事を聞く限り、
天は走る速度こそ人並みだがパワーや基礎体力等、『闘うための力』を
全く持ち合わせていない。そんな彼の基礎能力とスタンドで触れたモノの性能が
全く同じになる傾向が天のスタンドで触れたモノ(先週の暴漢や今日の犬人)で確認されている。
本格的な検証は後日天を研究施設に招待して調べる予定だが、
恐らくこの仮説は間違っていないだろうと薫は確信していた。

天の思考能力に関しても、物事の計画を立てたり今行動するとこの先どうなるかを考える
といった「後先を考える」分野がどうも苦手なようだ。(天自身そういう自覚はあるらしい)
薫の脳内では「体力無し、力無し、計画性ゼロ」を兼ね備えた人間は自動的に
『ダメ人間』のレッテルを貼られてしまうのだ。
とはいえ、天はダメ人間だが(決定事項)決してクズ野郎ではないので
薫は今後天を「同じアパートに住む陽気な青年」という扱いで日々を過ごすだろう。
しかし薫は何かを評価する時は決して甘さを見せないタイプの人間なので
天の人となりを評価し文章化しようとすると自然とこんな辛辣なモノになってしまうのだった。

「……まあいいでしょう。データベースの公開はまだ未定ですし、藤鳥くんが
これを直接見れる日はまだ来ないでしょうから。シャロン、寝るよ」

薫はパソコンの電源を消すとシャロンに声をかけた。シャロンは猫の姿に戻ると
薫と共に寝室に向かった。

128『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/04/29(土) 09:13:24 ID:xVP4sFYk0
その日の深夜―――


パァン!パァン!

門北町の何処かで銃声が数発鳴り響いた。

しばらくして―――

月明かりの下、拳銃を持ったスーツ姿の人間が誰もいない町を音も立てず歩く。

「今日ハ豊作ダ……。門北町……実ニ素晴ラシイ町ダ」

そいつの姿が月明かりに照らされる。表情は喜びに満ち、着ているスーツには
赤い液体が沢山染みこんでいた。

「トウトウ見ツケタカモシレマセン……私達ノ『理想郷』ヲ……!」

そいつは軽い足取りで夜の闇の中に消えていった。


静かな、風一つ無い夜。嵐の前の静けさを感じさせる
穏やかで不気味な夜であった。

【メゾン・ド・スタンドは埋まらない Episode 02 END】


翌日

部屋のチャイム音で目を覚ました天は玄関の扉を開けた。そこにいたのは
大きな段ボールを持った管理人であった。

「何スかこの大きな箱は?」と聞くと、今朝宅配便で来た荷物とのこと。
配達員が間違えて管理人の部屋に届けてしまったそうだ。
箱に貼ってある伝票を見ると確かに自分宛の荷物である。自分の名前と住所が
妙に下手な字で書かれていた。差出人は不明で、箱には太いペンで『引っ越し祝い』と書かれていた。

天は管理人から荷物を受け取ると早速リビングで開封してみた。が、中には
大量の綿と一枚のフロッピーディスク、それにA4サイズの紙が一枚入っているだけであった。

何じゃコリャと思いながらも天は中に入っていた紙を手に取った。

そこにはたった一言、赤く大きな文字でこう書かれていた。


「オ メ デ ト ウ ゴ ザ イ マ ス  JOJO」


「ッ……!何だよこれ気味がわりい!……最後のコレは何だ?JOJO……ジョジョ?」
天はその不気味な文面を見てゾッとしたらしく、全身に鳥肌を立たせた。
そして文の最後に書かれていたジョジョというワードの意味を全く理解出来ずにいた。


JOJO。それは藤鳥天という『スタンド使い』の人生にこれから大きく関わってくる言葉。
彼が生涯忘れることの無いであろうそのワードを、スタンド使いとしての人生を
歩み始めたばかりの天はこの時初めて知ったのである。


⇒TO BE CONTINUED...

129『黒く悪しき女王』と『多芸者』 ◆PprwU3zDn2:2017/04/29(土) 09:25:38 ID:xVP4sFYk0
【今回登場したスタンド】

No.7928
【スタンド名】ヘブンリー
【本体】天下原国綱
雑魚を演じる男
【タイプ】
遠隔操作型(群体型)
【特徴】本体の体から出て来るシャボン玉。何個でも生み出せる。
ビジョンであり能力でもある。スタンドビジョンなので当然操作可能
【能力】『絶対割れないシャボン玉』を生み出す能力
本体の体から生まれるシャボン玉はどのような方法でも割る事が出来ない。
壁に当たっても割れず、剣や銃弾もシャボン玉に触れた途端に弾き返されしまう。
シャボン玉の大きさやは自由に調節でき、小さいシャボン玉で拳銃の銃身を詰まらせたり
大きなシャボンで人を包んだり等、使い方は様々。

破壊力-E スピード-D 射程距離-A
持続力-A 精密動作性-C 成長性-D

No.1917
【スタンド名】ロン
【本体】望月薫
若い学者
【タイプ】近距離型
【特徴】子犬のスタンド
【能力】なし

破壊力-E スピード-E 射程距離-E
持続力-E 精密動作性-E 成長性-E

No.6792
【スタンド名】マーメイド・ガール
【本体】シャロン
人間の男に恋をした猫
【タイプ】装備型
【特徴】ハートマーク柄の首輪
【能力】「人間の女」に変身する能力
子供・大人・老人、様々な年齢・容姿の女性に変身することが出来る。
その際、耳や尾など体の一部を変身させずに「猫の状態」のまま残すことが可能。
変身中は人間の言葉を話すことが出来る・・・が、まだ簡単な言葉しか喋れないようだ。

破壊力-なし スピード-なし 射程距離-E
持続力-B 精密動作性-C 成長性-A


No.7851
【スタンド名】ファンタジスタ
【本体】白石犬人
姉大好きシスコン高校生(イケメン)。
普段は姉に対しぶっきらぼうな態度を取るが、頭の中は姉の事でいっぱい。
【タイプ】近距離型
【特徴】サッカーのユニフォームのような服を着た人型
【能力】強力で正確な「蹴り」を繰り出すスタンド
単純な戦闘能力が高く、超高速で蹴りを繰り出す足のラッシュはスタープラチナに匹敵する。
また物体を蹴り飛ばす際のコントロールも抜群で、狙った所に確実に物を蹴り飛ばせる。

破壊力-A スピード-A 射程距離-E
持続力-C 精密動作性-A 成長性-D

130 ◆PprwU3zDn2:2017/04/29(土) 09:27:53 ID:xVP4sFYk0
No.7894
【スタンド名】ブラック・バッド・クイーン
【本体】白石子猫
目の下にクマ、ボサボサ髪の不健康系女子高生。ちゃんとすれば結構美少女。
【タイプ】近距離型
【特徴】黒髪ドレッドヘアーの女性型
【能力】本音を引き出す能力
射程内で誰かが喋った時に使える能力。喋った言葉に隠された「本音」を抽出し、
スタンドの口から本音を再生させる事が出来る。本音は喋った人の声で再生される。
小さい頃からスタンドを使えた本体は能力を制御出来ず、様々な言葉から汚い本音を
引き出しまくり極度の人間不信に陥ってしまった。(今は能力の制御は出来ているが……)

破壊力-C スピード-B 射程距離-D
持続力-D 精密動作性-B 成長性-A
【能力射程】C

No.7601
【スタンド名】ルール・オブ・ローズ
【本体】黄頭白雪
女子高生風紀委員。「風紀委員といえば白い服」という自分ルールに従い、
制服も私服も全て白一色でコーディネートしている。
【タイプ】物質同化型
【特徴】紙と同化するスタンド。同化時、紙に薔薇の挿絵が浮かび上がる。
【能力】スタンドに書かれた「掟」を破った者は罰を受ける。
スタンドと同化した紙に「掟」を書き、部屋の壁や扉に貼ることで能力が発動。
(掟…『室内は禁煙』や『関係者以外立入禁止』等のルール)
掟を知りながらそれを破ってしまった者は、破った瞬間にその身に罰が起こる。
(罰…発生する罰は人によって様々。共通しているのは罰がその者にとって
『一番起きて欲しくない事』であること)
能力の範囲はスタンドを貼る場所によって決まる。部屋や扉に貼ったならその部屋全体、
屋外で木や壁に貼った場合は貼った場所から10数メートル程度の範囲が能力の有効範囲である。
なお、掟は紙にスペースがある限り何個でも書く事が可能。

No.7842
【スタンド名】ノープラン(無計画)
【本体】藤鳥天
目の下にバーコードのタトゥーを入れた青年。後先を全く考えず行動出来るダメ人間。
【タイプ】近距離型
【特徴】顔にバーコードが大きく描かれた人型
(本体のタトゥーもスタンドに影響されて入れた)
【能力】触れたモノの性能を「本体並み」に変える能力
高速で走る乗り物は最高でも「全速力で走る本体の速度」しかスピード(※1)が出ず、
破壊力Aの近距離スタンドも「本気で怒った本体が繰り出すパンチ」程度の
パワー(※2)しか出ない。

破壊力-B スピード-B 射程距離-E
持続力-D 精密動作性-C 成長性-A

※ 補足
※1:スピード-C ※2:破壊力-D

131 ◆PprwU3zDn2:2017/04/29(土) 09:31:07 ID:xVP4sFYk0
第二話をお送りいたしました。住民紹介回をノリと勢いで書いたら
物凄く長くなってしまいました。反省。

ここまで読んでくださった皆様に感謝を。本当にありがとうございました。
次回、Episode03でお会いしましょう。次回は短めなお話の予定です。

132名無しのスタンド使い:2017/05/07(日) 22:50:04 ID:8DlL5YlI0
乙です!
ほのぼの系かと思いきやバトルも結構するよねと思ってたら急にきな臭くなってきましたなー
登場人物多い割に個性がはっきりしてて頭の悪い俺でも混乱せず読めてるって地味にすごい

今後も期待してまーす

133 ◆PprwU3zDn2:2017/05/08(月) 00:36:41 ID:ICiAO7u60
>>132
ありがとうございます。
この物語は「アパート住民のドタバタ日常劇」、「その中で起こるいざこざ(時にはバトルに発展)」「K県内の事件」の3つで構成されています。
日常モノを書きたい、でもバトルも書きたい、ついでに何かサスペンス要素を…と、自分の書きたい物を思いつくまま書いたら
こんなモノが出来てしまいましたwww

登場人物も似たようなノリで、
このキャラ出したい・このスタンドいいなあ・スタキャスちゃん可愛いなど、割とノリと勢いで決めてるので自然と多くなってしまいました。
その分、キャラは書いてて混乱しないようにしっかり個性を付けていきたいと思っています。

ご期待に添えるよう、これからも頑張って参ります!

134 ◆PprwU3zDn2:2017/05/26(金) 22:56:40 ID:yICE5xe.0
【次回予告】うらない

天「こんな気味悪い荷物はクローゼットの奥にしまって……と。これでよし。
朝のニュース番組でも見るかな……お、占いやってる」

『……続いて3位は天秤座の貴方、今後の人生を左右する出会いがあるでしょう!
でもソレは恋愛的なものではないので自惚れないように!4位は乙女座の……』

天「俺は3位か……人生を左右する出会い、ねえ」

犬人「……おはようございます。昨日はありがとうござ……あ、占いやってる。魚座何位かな」

『最下位はごめんなさい……魚座の貴方!恋愛運がとにかくダメ!好きな人に
想いを伝えるのはまた今度にしたほうがいいかも!』

天「……だってよ。恋愛運がダメダメって、今日子猫に謝るんだろ?大丈夫か?」

犬人「……」

『そんな魚座の貴方と今日相性が良いのは【実の姉】、二人の絆が強まるかも!?なんてね』

犬人「実質一位だッ!!!!」

天「あっ待て!……満面の笑みで出て行きやがった、大丈夫かねえ……?しかしアレだ、
外は快晴、風も心地良い。実に清々しい朝じゃあないか……」


⇒NEXT EPISODE「幕間 -緑の風-」

近日投稿予定

1352話と3話の間の話 ◆PprwU3zDn2:2017/06/01(木) 01:17:05 ID:.FAI/szc0
【朝】


「うーん、実に清々しい朝だ」

スタンド使いだらけのアパート、メゾン・ド・スタンドに来て最初の朝を迎えた天は
起きて早々変な荷物を受け取り気分が滅入りかけていたが、窓から差し込む朝日を浴びて
メンタル力(MP)を回復することに成功した。朝食(魚肉ソーセージ3本)を済ませると
外の空気を吸いに部屋を出た。

階段を降り、外の澄んだ空気を吸っていると地区センターの窓から食堂のおばちゃんが
「ちょっと、ちょっと天ちゃん」とこちらに来るように手招きをした。

「どうしましたか?」と聞くと、おばちゃんは食堂の中を指差した。

「私、昨日は夕方に帰っちゃって何も知らないんだけど、あの子達何かあったのかい?」

「あの子達?……ああ」

天は窓から食堂の中を覗いて今起こっている状況を直ぐに把握した。

食堂の隅で、白石子猫が腕組みをして頬を膨らませながら下を睨み付けていた。
そんな子猫の足元では彼女の弟・犬人が土下座の姿勢で必死に謝り倒していた。
そんな犬人の頭を足で踏み付け、「頭が高い!地べたに頭を付けんかこのゴミ虫が!」と
アパートの副管理人、黄頭白雪が犬人に罵声を浴びせながらさらなる謝罪を要求していた。

(なに朝から清々しく無いモノを見せつけてるんだコイツら!?)
『犬人ノ奴、本当ニ土下座シテマスネ。感心感心チュミミーン』

昨晩必死に考えたであろう謝罪の言葉を述べる犬人だったが、子猫の背後に立つクイーンに
本音を引き出され、『頬で我慢するから』だの『部屋で二人きりの時なら舌を(以下略)』
だの、反省どころか姉とのアレをまだ諦めていないどーしようもない心を暴露され、
顔を真っ赤にした子猫や白雪に変態・ゴミ虫呼ばわりされながら土下座している最中の体を
ゲシゲシと足蹴にされていた。どうやらあの夜以降、犬人の心の奥底に眠っていた
邪でピンク色な感情が完全に目覚めてしまったようだ。

「痛い痛い!ごめんよ姉ちゃん!」『ありがとうございます!もっと踏んで姉ちゃん!』
犬人はそんな状況に寧ろ快楽を感じてるようなので、天はおばちゃんに

「大丈夫だよ、ああ見えてじゃれあってるだけだから!徹底的に無視して構わないよ!」
と言い残し部屋に戻る事にした。

(……今日は何の予定もないし寝てよう!一日中!)
回復したはずのメンタル力(MP)が再び激減してしまった。


メゾン・ド・スタンドは埋まらない
Episode 2.5 「幕間-緑の風-」

1362話と3話の間の話 ◆PprwU3zDn2:2017/06/04(日) 01:46:25 ID:.e1gEQ.w0
【骸と『ディザスター』】

「お待ちしておりました、お隣の藤鳥様」

「……はい?」

階段を上ると自分の部屋の前に一人の老人が立っていた。
銀色の首まで伸びた髪と立派に蓄えた顎鬚が遠くから見ても目立つこの男は
天に気付くと深々とお辞儀をして上記の言葉を述べた。

「昨日はお坊ちゃまが貴方の部屋に一晩泊めてもらったと伺いましたもので、
今日はそのお礼に参りました」

「お坊ちゃま?昨日泊めた……ああ、骸か!てことは貴方が『トキタ』さん?」

「いかにも、私がお坊ちゃまの忠実なる僕・時田潮でございます、ふぉっふぉっ」

「はあ……忠実な僕、ねえ」

時田は自己紹介を済ますと天の手を両手でしっかりと握った。
天もお辞儀をするが、自分の事を何の恥ずかしげもなく『忠実な僕』とか言ってしまう
この老人に気圧されかけていた。


「骸の大叔父さん……骸の爺ちゃん婆ちゃんのご兄弟ってことですか?」

「如何にも。私はお坊ちゃまの祖父の兄でございます。ふぉっふぉっ」

あれから天は時田からお礼にケーキを2つ頂いたので、一緒に食べませんかと彼を部屋に招いた。
コーヒーを淹れリビングで天が用意した座布団に座る時田に渡すと、
いい機会だからと骸の事について聞くことにした。


まずあの悪ガキ・我修院骸という名前はやはり本名ではないようだ。
本当の名は『時田次郎(ときた じろう)』。今年の春に高校生になる15歳だ。
我修院とかいう格好付けた名は組織用に考えた「ボスっぽい名前」なんだそうな。
彼が生まれた時、既にその体にはスタンドが宿っていたようだ。

骸は小さい頃からの悪ガキで、持ち前のスタンド能力を悪用してのイタズラは
日常茶飯事、常日頃から両親達を困らせていたらしい。
そんな彼が小学校に入学した頃には、既に『ディザスター』という組織の構想が
頭の中で練られていたという。

1372話と3話の間の話 ◆PprwU3zDn2:2017/06/04(日) 01:57:22 ID:.e1gEQ.w0
「そうそれ、その『ディザスター』ってのがよく分からないんスよ。どういう組織なんですか、
ディザスターって?」と聞くと、時田から返ってきた答えは実にシンプルなものであった。

『【無法】【無政府】【無秩序】がモットーの悪の組織』。それを聞いた天は思わず
「テレビの見すぎだ」と言ってしまいそうになったが、子供の頃に考案した組織らしいから
実際その頃見ていた番組の影響なんだろうと思い黙っておくことにした。

「とにかく目立ちたい、世界を驚かせたいという欲が坊ちゃまの心に常にありましてな、
スタンドを使って何かデカい事をしたいと言っていました。昔からテレビの特撮モノが大好きな
坊ちゃまは最初ヒーローチームを結成して世界を守りたいと仰ってましたが、その内
自分の能力がヒーロー向きではないと気付きまして、寧ろ悪役(ヴィラン)が使ってそうな
能力だと悟ってからは『悪の組織を作って世界云々』と言い出して……」

「で、数年後実際に悪の組織をアパートの中に作っちゃったと?いやーすげー実行力だこと」

天は内心かなり呆れていたが、どんな形であれ夢を実行に移すポテンシャルの高さに
感心していたのも事実であった。時田曰く、骸は構想から現在に至るまで、ずっと
『仲間』を探していたのだという。

「幹部や団員は全員スタンド使いと決めていたようですが、まず『自分以外のスタンド使い』が
全く見つからなかったようでして、3年前このアパートに住んでいた私の元を訪ねるまで
スタンド使いとは遂に一人も出会えなかったと言ってました。その後、努力のかいもあり
私と坊ちゃまの他に二人のスタンド使いが加わり、今年やっと悪の組織としての
活動を本格的に始めたわけなのですじゃ」


「高校生にして悪の組織の親玉ねえ……ってそんな組織に入りたい奴が二人もいるんスか!?」

「みんな坊ちゃまと同年代と聞いてますよ。皆先ほどの理念に共感した
素晴らしい方々です。今度の決闘の時に紹介しますから、是非一度戦ってみてくだされ」

「うーむ」と天は唸ってしまった。恐らく中学生〜高校生(思春期)にありがちな
悪とか闇とかそういう類のモノに憧れる、というものなのだろう。

1382話と3話の間の話 ◆PprwU3zDn2:2017/06/04(日) 02:36:46 ID:.e1gEQ.w0
水曜の決闘に新手のスタンド使いも加わることを知り、気を付けなければと決意を新たにした
天。時田から貰ったケーキをまだ食べていないことに気付いた天は早速食べることにした。
大きい苺が乗ったショートケーキ。その苺を最初に食べようとフォークを近づけた
その時であった。

苺をフォークで取る前に、手が勝手に持っていたフォークを天の口に入れようとしたのだ。
さらに口も勝手に開き、何も刺さって無いフォークは開いた口に勝手に入り込んだ。
口が閉じられるが、その後は何もなく、当然ながら苺の爽やかな風味は欠片も味わえなかった。


こんな不可思議な現象、催眠術でなければ答えは一つしか無い。
『このアパート』なら尚更だ。


「スタンドの『呪い』!時田さん、アンタ!」

「ふぉっふぉ、坊ちゃまを泊めてくれたお礼と、爺のちょっとしたお茶目ですじゃ、
ケーキと苺は紛れもなく貴方のモノですから次は遠慮せずお食べくだされ……
ついでに言うと、スタンドはこーんな形をしてるのですじゃ」

時田は自分の背後にスタンドを出してみせた。黄色の鎧を身に纏った逞しい姿であった。

天の手はその後自動的に持っていたフォークを苺に再度近づけ……今度は無事に苺を取ることに成功したようだ。
能力はそこで終わり、それから天の手が勝手に動くことはなかったので、天は安心して苺を口の中に運び
口の中にはやっと甘酸っぱい苺の味が広がったのであった。


時田は昨日の礼として能力の一部をイタズラの形で見せてくれた。詳細は秘密だったが
彼は礼儀正しく、そして義に厚い男のようであった。……骸が居なければ天は
彼を善人と認識していただろう。だが彼は骸の『忠実なる僕』。歴とした悪人……らしいのだ。
過去に何があったか知らないが、天はあまり深く探らないことにした。


ケーキを食べ終えた時田は部屋を出る直前、骸から預かっている伝言を天に話した。

水曜の朝、アパート近くの『門北自然公園』で天と国綱を待つ。
相手は新たに入った団員二名。皆恐るべきスタンドを持った精鋭である。
もしこの二人を退けることが出来たなら、骸と時田の二人と戦える権利を与える……とのことだ。

時田が部屋を出た後、天は国綱に電話を入れ、今起きたことをありのまま話した。

だが国綱は時田を良く思っていた天に警告をした。彼に心を許してはいけない、と。


「兄さん……あの時田潮って男、気をつけた方がいいッスよ。
礼儀正しいし、いつも物腰は低そうに見えますけど、自分にはアレは仮の姿に見えて
仕方がないッス。兄さんも見たでしょ、あの能力?アレ、悪意を持ってる奴が使えば
とても酷いことになりそうな気がするんス……自分の勘ッスけど。
あまり気を許さないで下さい、相手はあのガキの右腕的存在なんスから……それじゃ」

その声は昨日聞いたお調子者の明るい声ではなく、疑心に満ちた暗く、鋭い声であった。

1392話と3話の間の話 ◆PprwU3zDn2:2017/06/17(土) 01:17:23 ID:KpCTe8Fg0
【パソコンを探せ】

「え?古いパソコンはないかですって?」

「はい。それもフロッピーディスクを読み込めるくらい古ーい奴を」

時田の訪問から数時間後、天は電話で管理人に旧型のパソコンはないか尋ねていた。
目的は朝届いた謎のフロッピーディスクの中身を調べるためである。

天があの得体のしれないフロッピーの中身を見る義務は当然ない。
誰が送ってきたのか不明だし(そもそもここの住所を教えてあるのは家族と友人、それに
恋人の咲良だけのはずである)、同封された手紙も気味の悪いものであったことから
フロッピーの中身もどうせロクでもない代物なのは間違いないだろうと思っていた。

あの手紙に戦慄を覚えた天は手紙とフロッピーを段ボール箱に乱暴に入れ直すと
「気持ち悪りぃ」とクローゼットの奥に放り込んでいたのだが、
いざこうして何もすることもなくベッドでゴロゴロしていると
あの奇怪な荷物のことが頭に浮かんで消えないのだ。

(……ああ気になる!少しだけ調べて見るか?でもなあ……)

フロッピーが昔のデータ記録メディアだということは天も知っているし
中学校時代、パソコンの授業でも学校のパソコンが古かったためか
作成した文章や表計算のデータを保存するのに使った記憶もある。
しかし技術の発展でフロッピーは殆ど見かけなくなり、昨今のパソコンには
フロッピーを読み込む装置など内蔵されていない。天のパソコンもそうである。
肝心の読み込む装置が無い以上、手に取って眺める以外に天が出来ることといえば
フロッピーを読み込めるパソコン若しくは外付けのフロッピーディスクドライブを
探すことしかなかった。

パソコンを大量に所持している国綱に聞いてみたが、フロッピーディスクを読み込めるような
古いパソコンは無かったし、フロッピーディスクドライブも生憎部屋に無いそうだ。


「そうねえ……確か図書館の倉庫に古いノートパソコンが一台あったはずよ」

「図書館……ああ、地区センターにあるっていう」

「そう。そこの倉庫に昔先代の管理人が使ってたパソコンが置いてあって
確かフロッピーとかも使えたはずよ。もう10年くらい誰も使ってなくて埃をかぶってるはず
だから壊れてなければ使っていいわよ」

「!ありがとうございます!」

誰も使っていないパソコンと聞いて天は正直ほっとしていた。
差出人不明のフロッピーディスク、ウイルスが混入している可能性もあると思っていた。
もし誰かが使っているパソコンでフロッピーを読み込み、ウイルスを感染させてしまったら
使っている人に申し訳が立たない訳で。でも誰も使っていないのなら話は別だ。
遠慮なく調べられる。

倉庫の鍵を用意するから先に図書館に行っててほしいと管理人に言われた天は
その言葉に従いフロッピーを持って地区センターに向かった。

1402話と3話の間の話 ◆PprwU3zDn2:2017/06/17(土) 02:01:21 ID:KpCTe8Fg0
「この通路をまっすぐ行けば……おお、あったあった」

地区センター入口の案内図の通り進むと、正面に「門北図書館」と書かれた大きな自動ドアが現れた。
この図書館、どうやら地区センターの中でもメインを張る施設のようで、
ガラスの自動ドア越しから図書館が昨日の体育館の数倍以上の広さだと確認出来た。
天は自動ドアを抜けて図書館に入った。

「おおーっ、中も綺麗じゃあないか」

天は室内の公共施設にも劣らない本格的な造りに感心した。
白く塗られた壁や掃除の行き届いた木の床、それに本棚には埃一つなく
どれも清潔感を感じさせる。
自動ドアの横にある案内図を見てみると本は勿論、CDやDVDも借りられるようだ。
子供を遊ばせるスペースやインターネットが出来るパソコンも数台あるらしい。
辺りを見回すと老人から学生服を着た若者、さらには子供を連れた女性など様々な人が
図書館の中にいた。恐らくここは娯楽のない門北に住む人達の数少ない憩いの場の一つに
なっているのだろう。

本やパソコンはこの階にあり、CDやDVDは地下1階に専用のコーナーを設けてあるとのことだ。
1階しかない施設だと思っていたが、地下があるとなるとココは想像を遥かに越えるの広さの施設
なのだと改めて思った。天はネット用のパソコンが置いてある場所に向かった。


「残念、これは使えないな」と天は設置されていたパソコンを見て少々落胆した。
図書館に設置されていたパソコンのOSは最新、オンラインゲームも出来るようで高画質の3Dも
滑らかに動くプロ仕様(?)だ。そんな最先端のPCにフロッピーを読み込む装置など
あるはずもない。天は大人しく管理人が来るのを待った。

横を見てみると数人がパソコンの前に座り、各々キーボードやマウスを操作していた。
まるでネットカフェだなと思っていると、その中の一人に見覚えがあることに気が付いた。

セーラー服にショートパンツ。赤い眼鏡をかけた女の子。
昨日食堂で見かけた子だ。確か名前は『ナルミちゃん』。管理人はそう言っていた。
服装は形こそ同じだが白のセーラーだった昨日に対し今日は上下黒のセーラー服……色違いだ。

ナルミはパソコンのモニターを食い入るように見つめ、一心不乱にキーボードやマウスを
動かしていた。そんな彼女の表情は真剣というか何か怒ってるような険しい顔をしていた。

何をしているのだろうかと思っていると、彼女の居る机から何かが落ちたような音がした。
見ると缶ジュースが床に落ち、中からオレンジ色の液体が流れ出していた。

(ジュースか……あの子は気付いてないみたいだ。よし、アレを取れ『ノープラン』!)

『チュミッ!』 天はノープランを出現させるとナルミの足元に転がっている缶ジュースを拾わせようとした。
別にスタンドに頼らずとも自分で拾えばいい話なのだが、天は『訓練』と称して
一日一回はスタンドを呼び出し動かす練習を続けているのだ。
自在に動かせるようになったとはいえ、訓練を怠るとスタンドの動きも鈍くなるのでは、と天は思っているらしい。

もう少しで缶ジュースを掴める所まで近づいたその時、こちらの気配に気付いたのか
ナルミが天の居る方に顔を向けた……その直後。

「……ヒィッ!!??」

ナルミは先ほどの強張った表情から一変、何か恐ろしいモノと遭遇したかのような
恐怖に満ちた怯えた表情を見せ、その拍子に座っていた椅子から転げ落ちてしまった。

「ッ!?大丈夫かい!?」天は床に倒れこんだナルミに手を貸そうとした……が
ナルミはその手を払いのけて「来ないでッ!」と大声で叫ばれてしまった。
パソコンコーナーにいた人達が一斉に天に視線を向ける。非常にまずいと天は焦った。

(周囲の人々のあの冷たい目……絶対何か誤解してる目だ!あの子に何かしたんじゃあないか
って疑ってるよ絶対!俺はただ転んだ女の子に手を差し伸べただけなのにィー!)

天が混乱しかけてる時にナルミは我に返ったようで、一人で立ち上がると天に向かって
何回も頭を下げ小声ではあったが謝罪をしてみせた。

「……アアッ!ごめんなさいです!悪気はなかったんです!ええっと……失礼しますですッ!」

ナルミは顔を真っ赤にして涙目でパソコンコーナーを離れていった。その後自動ドアが
開く音がした。恐らく図書館を後にしたのだろう。彼女が何故あんな顔をし、
あのような行動をとったのか今となっては分からないが、今はそれどころではない。

天に向けられた、パソコンを利用していた数人の軽蔑に似た視線をどーするか!?
今、天に向けられた一番の問題はソコなのであった。

1412話と3話の間の話 ◆PprwU3zDn2:2017/06/17(土) 02:14:15 ID:KpCTe8Fg0
「おいおい、アイツ何したんだ……」「誰か呼んだ方がいいんじゃあないか……」
「女の子に何て事を……」

怪訝な顔でヒソヒソと小声で言葉を交わす人々。ナルミの小さな声の謝罪は全く耳に
届いていないようだ。あまりの気まずい空気に引越し2日目にして
もう別の場所に引っ越したくなってきた天……この最悪な空気を打ち破ったのは
後からやってきた管理人であった。

「……あらあら、また兄妹ゲンカ?相変わらず妹に嫌われてるわね、このお兄さんは。
ダメでしょ、妹を泣かせたりなんかしちゃ。後でちゃんと仲直りしなさいよ?」

「……へ?兄妹?お兄さん?」

いきなり妙な血縁関係を設定させられ戸惑う天だったが、周囲の人々はというと
ヒソヒソ声で「ああ、あいつら兄妹だったのか」「あの人があの子に変なことを
したのかと思った。ケンカしてたのね」「なーんだ、つまらん」と各々納得したような様子で
パソコンに向き直り作業を再開した。管理人の機転のおかげでどうやら誤解は解けたようだ。
……兄妹っていう設定は嘘なのだが。まあいいかと思った天は一息吐くと
管理人と共に地下にある倉庫に向かった。


「図書館に入ろうとした時にナルミちゃんとすれ違ったの……今にも泣きそうな顔をしてたわ。
どうしたのかしらと思って藤鳥くんを探したらあの辺りの人達が全員藤鳥くんに
ガンを飛ばしてたから、これは二人に何かあったなと思って慌ててあんなこと言っちゃった
けど大丈夫だったかしら?」

「本当に助かりましたよ、実はかくかくしかじかで……」

天は管理人にあの時パソコンコーナーで何があったのかを説明した。

「そう……藤鳥くんを見た瞬間に怯え出して……ナルミちゃんは口数は少ないけど
そんな臆病な子じゃあないはずよ?何かあったのかしら」

「幽霊でも見たかのような顔をしてましたよ。パソコンをしてた時も怖い顔をしてましたから
ホラーチックなサイトでも見てたんじゃあないスかね……お、ここが倉庫ですね」

二人は地下の階段を降り、DVDが置かれている棚を通り過ぎると「倉庫」と書かれた
ドアの前に到達した。ここにフロッピーを読み込める古いパソコンがあるらしい。
管理人は持ってきた鍵で扉を開けると、二人は倉庫の中に入って行った。


「……久しぶりね、ここに来るのも」管理人がそっと囁いた。

1422話と3話の間の話 ◆PprwU3zDn2:2017/06/30(金) 16:12:59 ID:yBkO9RWs0
【フロッピーの謎】

倉庫の中は意外と狭く、電気を付けてもまだ薄暗かった。図書館の倉庫なのだから
てっきり百科辞典などの普段は借りられない本が所狭しと並べられているものだと
思っていたのだが、そういう本は別の場所で大切に保管されているようで
この倉庫には古い掃除道具や何が入ってるかよく分からない埃塗れの古びた段ボールの山……
そして役目を終え、埃をかぶって静かに眠る一台のノートパソコンが置いてあった。

「おお、これが昔使われてたパソコン……ってゴホゴホ!埃がッ!」

積み重なった段ボールの上に置かれていたパソコンを持ち上げようとした天だったが、
動かした際に舞い上がった埃を迂闊にも吸い込んでしまい、涙目になりながら
豪快に咳き込んでしまった。その拍子にまた埃が舞い再び天がそれを吸い込み……
そんな繰り返しが数分程続いたので、二人はパソコンを使う前に倉庫の掃除を
行うことにした。倉庫には窓がないので換気扇の電源を入れると
ハタキや雑巾を使い倉庫を綺麗にしていく……これだけで数十分の時間を費やしてしまった。

「ふう……これで良し、と。随分埃が溜まってましたけど、誰も使ってないんスか
この部屋?」

「……この図書館には倉庫が2つあるの。本やCDに関係のものが保管されてるのは
一階にある大きな倉庫で、ここにあるのは図書館とはあまり関係のないガラクタばかり。
掃除道具も一階に新しいのがあるから、余程のことが無い限りここに来る人は
いないんじゃあないかしら」

埃を取り除き、綺麗になったノートパソコンを手に取りながら管理人は言った。
誰にも使われない倉庫の中、そこに放置されていた机の上にパソコンを置くと
コンセントやマウスなどを繋ぎ、何時でも起動出来るように準備をしてくれた。

「さあどうぞ、藤鳥くん」と促され、天はノートパソコンの電源を入れた。

パソコンからカリカリカリという音が鳴り響いたのでどこか故障してるのかと心配になったが
画面ではエラーが起きている様子もなく、順調に起動が進んでいた。

「windows98……相当古いパソコンッスね、実物を見るのは初めて……ってウオ!?」

画面にデスクトップが表示された。それを見た天は大きく目を見開き、驚愕した。
デスクトップの壁紙が、胸の大きな女性の一糸纏わぬセクシーな姿……
直接的・お下品に言えば女性の無修正なアレだったのだ。

1432話と3話の間の話 ◆PprwU3zDn2:2017/06/30(金) 16:33:48 ID:yBkO9RWs0
「すげぇ!お宝写真だ……ってオホン!いやはや、なんつーけしからんパソコンだ!」

壁紙を見た天は一瞬歓喜したが、管理人の冷たい視線に気付くと正気に戻ったように装う。

「全くお爺ちゃんったら、性欲だけは最期まで衰えてなかったのね……」

管理人曰く、これは先代の管理人……彼女の祖父が使っていたものだという。

「アパートを建て替えた3年前まで、このアパートはお爺ちゃんが管理していたの。
私も暇な時に管理を手伝っていたわ。お爺ちゃんが亡くなった後は私が
アパート管理の役目を継いだのよ」

そういえばこのアパートは20年前に建てられたと資料に書いてあったことを
思い出した。その頃のアパートにはまだスタンド使いは住んでいなかったようだが
祖父はスタンドを持っていたようだと管理人は語った。

「お祖父さんのスタンドってどんなのだったんスか?」と天はパソコンの画面を見ながら
何気なく聞いてみた……が。数秒間、管理人は何も返答しなかった。「管理人さん?」と
何も言わない管理人を呼んでみると、後ろから「……ああ、ごめんなさい!
今思い出そうとしてたんだけど、どうしても思い出せないわ!ド忘れって奴かしら?
ごめんなさいね!」と管理人の慌てた声が聞こえてきた。

「ああ、そういう事ってありますよね。気にしなくていいッスよ、また今度聞かせて下さい」

肝心な時に思い出せない。天にも覚えがあったし、それで損をした経験も多々あったので
管理人の祖父の話はここまでにして、本来の目的であるフロッピーの解析を開始すべく
天はポケットからフロッピーを取り出した。天は管理人にこのフロッピーが
今日来た箱に入っていたものだと教えた。

「ふうん、それが今朝届いた荷物にねぇ……興味あるけど、昼からまた面接があるから
そろそろ屋上に戻らなきゃ。倉庫の鍵は渡しておくから、調べ終わったら閉めて帰ってね。
それじゃあ、ごゆっくり」

管理人は天に倉庫の鍵を渡すと部屋を後にした。倉庫に静寂が訪れる。一人になって分かったが
ここは窓もない狭く薄暗い部屋で妙に気味が悪い……息苦しさを感じてしまう。
天はこの倉庫にはあまり長居したくなかったので、さっさと目的を済ませることにした。


フロッピーディスクドライブに持ってきたフロッピーを挿入。パソコンを操作して
フロッピーを読み込むよう指示を送った。古いパソコンだからか中のデータを読みこむのに
数十秒ほどかかったが、無事にフロッピーの中のデータを見る事に成功した。

……といってもフロッピーの中にはテキストファイルが一つと詳細不明のファイルが一つ。
計2つのファイルがポツンと置いてあるだけであった。

「随分小ざっぱりしてるな……ん?このテキストファイル……」

天はメモ帳の形をしたアイコンのファイルに注目した。ファイル名は

【Readme-初めにお読みください-】。

2つあるファイルの内、まずはこれを読めとフロッピーの方から指示された。
勿論その指示を無視しても構わないだろう。しかし得体の知れないファイルに
使い慣れないOS……変に玄人ぶって失敗しては元も子もない。
初心者は大人しく指示に従えばいい……失敗続きの人生の中で学んだことの一つである。
天はメモ帳のアイコンをダブルクリックした。

1442話と3話の間の話 ◆PprwU3zDn2:2017/06/30(金) 16:47:56 ID:yBkO9RWs0


テキストファイルの中身。その文面は非常に短く、非常に不可解なものであった。


You win!!!
貴方は勝ちました!貴方はこの地に居座る権利を得ました!
ぜひ隣のアイコンを押し込み、共に勝った人達に貴方のことを知ってもらいましょう!

貴方の名前はW-O-F。

鍵は貴方を愛してる JOJO


「……へ?勝ち?居座る?ええっ???」

テキストを読んだ天はその支離滅裂な文面を全く理解できずにいた。
英文を出来の悪い翻訳ソフトで無理矢理日本語に直したような歪な言葉の羅列。
自分が一体何に勝ったというのか、この地に居座る権利とは何か、
共に勝った人達とは誰のことか、またしても出てきたJOJOとは何か……などなど
疑問は尽きない。

この文章からかろうじて分かることと言えば、これを読んだ後に
テキストファイルの隣のファイル……黒色のハートマークが描かれた気味の悪いアイコンを
クリックしてくれということだけだ。わざわざコレを読ませる必要性が全く無い。

しかもその指示に従いハートのアイコンをクリックすると突然インターネットのブラウザが
開いたのだ。どうやらこのファイルはURLのショートカットのようだ。

しかしブラウザが開いた直後、指定されたサイトには行けず画面にはこのような
文面が出ただけであった。

【このページを開くことは出来ません。ネットに接続されているか確認してください。】

「ああそっか、ネットに繋がってないのか」と納得し、天はブラウザに表示されている
URLをスマホのカメラ機能で撮った。このパソコンをネットに繋げようとも考えたが
この倉庫にはLANケーブルはおろか、電話線すらない。それに古いパソコンだと
ネットに繋ぐだけでも色々と面倒な手順を踏まなければいけないと
昔読んだPC関連の本に書いてあった記憶があった。

フロッピーの中身も知れたことだしとPCの電源をオフにした天は
倉庫の電気を消すと倉庫を後にした。


(あのパソコン……デスクトップの壁紙以外にも『お宝画像』ありそうだな……また見に来るか、ニヒヒ♪)

1452話と3話の間の話 ◆PprwU3zDn2:2017/07/14(金) 00:16:29 ID:TXzFTey.0
【天の知らない『今日の話』】

パシャッ、ウィーン、パシャッ。

「……ん?」

天が地区センターを出た直後であった。出入口の門の辺りから、パシャパシャと
カメラのシャッター音が聞こえて来たのだ。見ると門のすぐ側で
インスタントカメラを天に向けてパシャパシャとシャッター音を鳴らす
スーツ姿の女性の姿があった。

「……何か御用ですか」とカメラの女性に近づこうとすると女性もそれに気付いたようで
チッと舌打ちをすると一目散に逃げて行ってしまった。


「……何だあアリャ」
天は許可無く人にレンズを向ける非常識な女性に不快感をあらわにした。

「あら、また来たのねあの人」アパートの方から階段を降りる音と管理人の声が聞こえた。
どうやら面接は終わったようで、階段を降り終えた管理人は天に近寄ると
他人に聞かれないようにと小声で話しかけた。

「最近よくこのアパートに来るのよ。昼夜問わず、ただ只管にアパートや地区センターの
写真を撮りにね。建物だけならいいけど、ここに来る人にまでレンズを向けちゃうから
注意しようとすると今みたいに直ぐ逃げられちゃうの。困ったものだわ」


「前言ってた敷地に入り込む奴ッスね、フーム……って管理人さん、お出かけですか?」

天は管理人が大きな買い物カゴを持っていることに気が付いた。管理人は
これから買い物に行くのだと言った。今日の夕飯の材料……ではなく、明後日行われる
『お花見』で食べるお弁当の材料を買いに商店街のスーパーへ行くのだと。

「毎年この時期にアパートの皆でお花見をするの。門北自然公園って所なんだけど
そこの桜が凄く綺麗なのよ、藤鳥くんも良かったら参加しない?楽しいわよ?」

「(門北自然公園……決闘に指定された場所だ)いいッスねえ、行きます行きます!
近くにあるんスか、その公園ってのは?」

「歩いて5分くらいの所にあるわ、広くて花が一杯咲いてる素敵な所よ。
何なら今から案内しましょうか?商店街に行く途中に公園があるから
商店街の場所も教えられるわよ?それにお弁当の材料とかも沢山買うから
荷物を持ってくれる人も欲しいのよねぇ〜フフッ」

「いいんスか?じゃあ案内お願いします」

天は管理人の申し出を快諾した。二人そのまま門を出て、商店街へ通じる道を並んで歩き出した。


彼の『今日の話』はここまで。この後天は管理人の案内のもと、公園に行ったり
商店街にある店を一通り見て回ったり、管理人の買い物に付き合ったりしてる内に
日は落ち、アパートに戻った後食堂で夕飯を食べ一日を終えるのだ。


これから語ることは天がアパートを外出してる間に起こった話。天が何気なく過ごした
日常の裏で起きた話。現時点で天とは繋がりの薄い人達……だけど彼にとって、
そしてこのアパートの住民達もこれから深く関わるであろう、そんな人達の『今日の話』。


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