したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

八月の海に解けるようです

1名無しさん:2025/08/08(金) 22:22:11 ID:r4XkT5/w0


海に行こうと、奴が言った。




.

2名無しさん:2025/08/08(金) 22:22:48 ID:r4XkT5/w0


(・ゞ・) 「………何で」

ヰ゚∀゚)「え、もしかして海嫌いけ?」

(・ゞ・) 「嫌いとかじゃない、けど」


.

3名無しさん:2025/08/08(金) 22:23:11 ID:r4XkT5/w0


朝一、七時過ぎの事だ。部屋の窓から家の前を彷徨いてる姿が見えたので、何の用だと伺うために外に出た。朝でも日が昇っていればだいぶ暑さが纏わりつく八月のある日、いつから待っていたのか、バケツの水を被ったみたいに汗だくの男がこちらの顔を見るなりそう宣った。
海は別に嫌いではない。嫌いではないが、そうではなくて。
さらりと向こうから出てくる言葉につい面を喰らう。何でそんな何も気にしないような顔ができるのか、皆目見当もつかない。
間違えてなければ喧嘩を
喧嘩をしていたはずだ、僕らは。

4名無しさん:2025/08/08(金) 22:23:35 ID:r4XkT5/w0


ヰ`∀´)「じゃあええやんけ、行こや」

元々細い目をさらに細める、金城の笑顔は熱いコンクリートに揺らめく蜃気楼に似ていた。



.

5名無しさん:2025/08/08(金) 22:24:03 ID:r4XkT5/w0




八月の海に解けるようです








.

6名無しさん:2025/08/08(金) 22:24:29 ID:r4XkT5/w0


(・ゞ・) 「海、近く無いけどどうすんの」

ヰ゚∀゚)「ちゃんと調べとんで。あんな、まず駅までチャリ飛ばして電車乗って、そんで乗り換えの乗り換えの乗り換えの乗り換えやて。な、簡単やんな?」

僕らの住む町に海はない。なので行くとするなら車か電車で、夏休みなだけで世間は平日だから親に頼むという事もできず、車という選択肢は初めから無いから、ただただ長い経路を電車でいくしか無い。この暑い中を。馬鹿だ、という言葉と溜息をぐっと飲み込んで自転車の鍵を取りに戻った。

7名無しさん:2025/08/08(金) 22:24:51 ID:r4XkT5/w0

自転車のサドルが熱したフライパンみたいにジュウジュウ鳴いていた。
茹だる空気が息苦しくて、息継ぎをするみたいに目の前でチャリを立ち漕ぎしている金城に目をやる。風を切るというより、風を作り込むようにペダルを漕いでいた。
奴は、金城は、宇宙人である。
というのが僕の見立てで、それはこいつと初めて喋った頃から寸分変わらなかった。
金城とこうやって何処かに行くのは随分と久しぶりだ。小学校の頃は、と言っても金城は小学五年の時に転校してきて、話すようになったのは三学期の半ばだったから殆ど最終学年の一年ぐらいだけだったけど、よく自転車で色んなところに行っていた。

8名無しさん:2025/08/08(金) 22:25:11 ID:r4XkT5/w0

ヰ゚∀゚)「玉木ー!」

(・ゞ・) 「なに」

ヰ゚∀゚)「玉木さ、僕ら初めて話したん、いつやったか覚えとお?」

こちらの思考を読み取れるのかというタイミングで金城が無駄にでかい声を出して聞いてくる。僕は額から流れてくる汗を無視して口を開いた。

(・ゞ・) 「小五。小五の、席替えの時」

ヰ゚∀゚)「よお覚えとんよな玉木は、すごいよなあ」

大袈裟に感動してみせるのは金城の癖のひとつだ。
何も凄いことはない。忘れるわけがないんだ。目をつむらなくとも、鮮烈な光を見た時みたいにその記憶はいつだってそこにあるから。

9名無しさん:2025/08/08(金) 22:25:34 ID:r4XkT5/w0

こいつと会った時の僕はチャイムの音が嫌いだった。移動教室も嫌いだった。中でも一番嫌いだったのは、担任の気まぐれで起こる席替えだった。
何かをリセットするのが嫌いなのかもしれない。ずっとそのままなら安心で、同じことを繰り返すのも嫌ではなくて、ベルトコンベアに乗ったままの乾いた寿司にでもなりたかった。
その年度になってから四回目の席替えで、僕は窓側の列の一番後ろという、みんなが狙っていた席になった。公平かつ当たり障りのないチープな手書きのくじだったから、ズルをしたわけでもない。
僕としては真ん中の列の前側だった、今まで座っていた席にようやく愛着がわいてきたところだったから、動くのやだなあが頭にたくさん浮かんでいたし、机とイスをもって遠い地に向かうのも面倒でやだなあを生み出す理由になっていた。
「いいな」と言われる事も嫌いだったのだ。

10名無しさん:2025/08/08(金) 22:26:01 ID:r4XkT5/w0

みんながみんな机とイスを持って移動する時間は、何かしらの虫や動物じみている気がする。ぞろぞろとぶつからないように一斉に動く。僕もその一員になってようやく新しい場所まで辿り着いてため息を吐く。
誰かが開けたままの窓から風が吹いて、少しだけ汗ばんでいた額と前髪を揺らした。

「いっちゃん後ろやん、やったあ!」

ギギギッと雑な音と共に隣に机が固定されて、明るい声が重なる。そちらに目をやると声の主である金城がガッツポーズをしていて、こちらの視線に気がついたのか目がバチッと合った。

ヰ゚∀゚)「あっ玉木くん隣?初めてやんな、よろしくー!」

(・ゞ・) 「うん、宜し……」

ヰ゚∀゚)「え、待って玉木くん。僕金城なんやけど」

(・ゞ・) 「知ってるよ」

金城の目は狐だとか爬虫類を思わせる。笑うと余計に細まって、口の両端は長く線を描いていた。遠くから見ることはあったけど、この距離でしかも真正面で向き合う事はなかったから、つい身じろぎしかける。

ヰ`∀´)「金城と玉木、二人並ぶとキンタマになるやんな!はははは!」

11名無しさん:2025/08/08(金) 22:33:19 ID:r4XkT5/w0

ちょうど教室がしんとなったところで金城の馬鹿でかい声が響いた。一瞬何を言われてるかわからなかったけど、よくよく考えてみてもやはりわからなくて、だというのにクラスのみんなはどっと笑い出した。

「声が大きいぞ金城」

ヰ゚∀゚)「あはは!ごめん先生!テンション上がってもうたわ!今から大人しくするけん許して!」

金城はいわゆる愛嬌のある子供だった。担任はもちろん、他の教師も金城を見ると笑顔で挨拶をしている所を見たことがある。

ヰ゚∀゚)「なぁ声デカくなったわ、注目させてごめんな」

耳に慣れないイントネーションがほんの少しくすぐったく感じる。
家族の仕事の都合であちこちを引っ越してきたという金城は去年の冬に転校してきたというのに、多分僕よりも友達が多い。明るくて面白く、見た目も頭も良くて、それから足が速い。女子にも男子にも人気があったから、やっぱり僕のこの席は『当たり』らしく、あちこちから「いいなー」という声が上がっていた。

12名無しさん:2025/08/08(金) 22:33:49 ID:r4XkT5/w0

(・ゞ・)

何だこいつ。
疑問というより確信に近いものが頭の中で形成されていく。
こいつ、もしかしてそうなんじゃないか?
楽しそうで、下ネタを大きな声で言っても女子にだって嫌われてなくて、教師からも好かれててなんでも持っている、完璧過ぎじゃないか──

(・ゞ・) 「──金城ってもしかして宇宙人?」

ついポロッと口から溢れていった言葉はもう戻す事が出来なかった。僕が喋った時には教室はざわついていて、この言葉を拾ったのはおそらく金城だけだった。
笑われるだろうと思った。幼稚だとか馬鹿にはされないにしても、「なに言っとん」って軽く笑っておしまいになる話題だと、そう思っていたのに。

13名無しさん:2025/08/08(金) 22:35:24 ID:r4XkT5/w0


ヰ゚∀゚)「なんで?」

まるで『なんでわかったのか』とでも言いたげな声だった。そんな筈はないだろうに、そんなに開けるんだってくらい目を見開いた金城に、僕は僕でそんなリアクションが返ってくると思わなかったので困って何も言葉を出せない。

ヰ゚∀゚)「玉木くんって頭ええ?」

(・ゞ・) 「普通くらい」

ヰ゚∀゚)「普通なん、ええな。ええね、玉木」

ヰ゚∀゚)「僕、そんなん初めて言われたわ」

『いいな』と言われることが嫌いだった。うまくは言えないけど、羨望の対象にされるプレッシャーに打ち勝てないのかもしれない。だけど、金城にそう言われるのは嫌な気持ちにならなかった。それが意外すぎて、否定も肯定もされなかったことをそこまで気に出来なかったんだ。

14名無しさん:2025/08/08(金) 22:35:55 ID:r4XkT5/w0

(・ゞ・) 「金城のそれって関西弁?」

ヰ゚∀゚)「んん、んん、ちゃうんよ。色んなとこの訛りうつってん、金城弁になっとお」

(・ゞ・) 「へえ」

訛りというよりかは宇宙人が侵略する為に色んな地球語を吸収しているようなイメージを思い浮かべてしまう。

「せんせー、キンタマコンビがずっと喋ってるー」

「金城もうそろそろお喋りやめろー」

ヰ゚∀゚)「あはは、バレてたわ!やめますやめます!」

誰かが教師に告げ口をして金城がくだけた言い方をすると、もう一度教室に笑いが起こった。何が面白いのかはわからないけど、金城が笑ってるだけで周りも釣られているのかもしれない。

ヰ゚∀゚)「なぁ玉木と僕、キンタマコンビやて。最悪の名称付けられたけど、仲良くしてくれる?」

流石に小声で話す律儀さに少し笑ってしまう。最悪の名称を最初に付けた張本人は、青白い手をこちらに伸ばしてきたので僕も侵略対象なのかもしれないなと思いながら、握手を交わした。

15名無しさん:2025/08/08(金) 22:36:18 ID:r4XkT5/w0


金城の変な奴という印象はどれだけ経っても変わらなかった。
元気はあるけど高学年特有の落ち着きのない男子というわけではなく、むしろそういう生徒がいたらさりげなく止めるようなところがある。なのにうっかりさんなのか、よく忘れ物をしていた。

ヰ゚∀゚)、「ごめんやけど、教科書見してくれん?」

最初は二日に一回くらいの割合だった頼み事は、ひと月もしない間にだんだんと回数が増えて、今では一日の授業の三つくらいがそう言われるようになった。 不真面目なのかと思ったけど授業はちゃんと聞いて、ノートもきれいにとっているようだった。
給食費は払っているぽいからお金のない家って訳じゃないみたいなのに、分度器やコンパス、彫刻刀セットは持っていないらしい。
ごめんなあ、と毎回謝ってくれるから僕は別にいいよとだけ言って机をくっつけて教科書をその真ん中に置く。

16名無しさん:2025/08/08(金) 22:36:42 ID:r4XkT5/w0

ヰ゚∀゚)「玉木の教科書オモロいな、落書き一個も無いんや」

(・ゞ・) 「絵が下手だから」

ヰ゚∀゚)「マジけ?じゃあ描いたるわ、僕教頭上手く描けんねん」

(・ゞ・) 「人の教科書に教頭先生を描くなよ」

金城は変で、変わっていて、個性が強くて、なんというか面白かった。
いつの間にか僕もせんのうされているのかもしれないけど、馬鹿なこと言って馬鹿みたいに笑う金城を見ると、そんな事はないだろとも、そうだとしても別に良いかとも思えたんだ。

(・ゞ・) 「今日暑くない?」

ヰ゚∀゚)「うん、あっついなあ」

下敷きをペラペラ煽いで暑いというくせに、金城は決して長袖以外の服を着ては来なかった。

.

17名無しさん:2025/08/08(金) 22:37:53 ID:r4XkT5/w0



ヰ゚∀゚)「こっから乗り換えの乗り換えの乗り換えの乗り換えの乗り換えやね。待って、乗り換え一個多かったかも」

(・ゞ・) 「チャージしてくる」

ヰ゚∀゚)「おん、待っとるわ」

いくらくらい掛かるのかわからなかったから、適当に二千円ほどチャージをして改札に向かう。
待っていると言ったくせに金城はそこにはおらず、辺りを見渡していると大声で名前を呼ばれた。
そちらを向けば先に改札に入っていた金城があほみたく手をぶんぶんと降っていた。

(;・ゞ・) 「先に勝手に行くなよ、迷子になるだろ」

金城はあっけにとられた顔でこちらを見て、それから取り繕うように目を細めて笑った。

ヰ゚∀゚)「僕迷子にならんよ」

何への自信かは分からないけど、随分と力強く言うからこちらもそれ以上突っ込むことはしなかった。

18名無しさん:2025/08/08(金) 22:38:30 ID:r4XkT5/w0

(・ゞ・) 「……チャージしなくて大丈夫なの?」

ヰ゚∀゚)「ああ、僕こないだ全部入れといたから」

(・ゞ・) 「なに?」

ヰ゚∀゚)「金!貯金ってか持ってた金全部チャージしといたから、足らんくなることはないんよ」

本当によくわからないやつだと思う。
今日も向日葵だって気が遠くなりそうな暑さだというのに、大汗もかいているのに、やはり長袖のTシャツをぶかぶかと着た金城が、こっち乗んねんてと指さしたホームに立った。
中学に上がってからは制服になったけど、やっぱり長袖のワイシャツを着ていない日を見たことはなかった。もしかしたら宇宙人は肌を出すと良くないのかもしれない。
金城のTシャツは空の色をそのまま写したようななんとも言えない灰色で、汗で黒に近い色になっている。

(・ゞ・) 「今日暑くない?」

ヰ゚∀゚)「うん、あっついなあ」

滝のような汗を袖で拭く金城は嘘は言っていないようだった。

19名無しさん:2025/08/08(金) 22:38:59 ID:r4XkT5/w0

冷房があまり効いていない車内は、独特な匂いがする。ぼんやり汗を拭きながらそう思った。乗り換えを何本もしていると、ずいぶん太陽が真上まで移動していた。どちらともいえない腹が騒いで、それよりも幾分かうるさく金城が吹き出した。

ヰ゚∀゚)「怪物飼っとるんよ、言うとらんかったっけ」

(・ゞ・) 「知らん。コンビニ……や、海の家とかあるか」

ヰ゚∀゚)「なんそれ」

(・ゞ・) 「料理とか売ってて食べる場所もあるとこ」

ヰ゚∀゚)「便利やんな」

(・ゞ・) 「海行ったことないの」

ヰ゚∀゚)「んん一」

目を細めて唸り声をあげるのは、言いたくないけど嘘もつきたくないときの金城の逃げ方だ。こんな質問に嘘をつく必要もないだろうに。

20名無しさん:2025/08/08(金) 22:39:25 ID:r4XkT5/w0


(・ゞ・) 「空いてるんだから座れば」

ヰ゚∀゚)「そのうち座るわ、今汗やばいから」

意外にも車内は空いていて、どこも座りたい放題だった。こういう時にふざけて座席に寝転がったりするクラスメイトもいるけど、金城はそういう事は一切しなかった。
僕は全身の汗を無視して座席のど真ん中に座った。反対側の窓を、誰かの日常丸ごと詰めた景色が流れている。ぼんやり眺めながら欠伸をした。

.

21名無しさん:2025/08/08(金) 22:40:49 ID:r4XkT5/w0





ヰ゚∀゚)「あんな僕なぁ玉木んちの話聞くの好きなんよ」

(・ゞ・) 「ええ?僕んち何も凄いことないじゃん」

学校から帰る時やどこかに行く時、よく金城は僕の家や家族のことを聞いてきた。宇宙人の調査かもと思いながら、僕は少しわくわくした気持ちになっていた。取り留めて特別な家ではないから、話したところで利用される事はないだろうと思ったし。
母さんは料理が苦手だけど父さんは上手いから、うちは父さんがご飯を作る。
父さんはネトフリで怪しげな番組を見るのが好きで僕も一緒に見ている。最近は宇宙人の話をよく見ている。
七つ離れた妹は少し生意気になってきたけど、寝る前に絵本読んであげると喜ぶのはかわいい。
そんな他愛もない話を、ぽつりぽつり金城に話した。そうすると金城は冒険漫画でも読んでるみたいなテンションで『すごい』『ええなぁ』と繰り返す。
僕はなんでもない話をしているのに、ものすごく素晴らしい話をしてるみたいな、そんな気持ちになった。

22名無しさん:2025/08/08(金) 22:42:01 ID:r4XkT5/w0


(・ゞ・) 「普通だよ。至ってごく普通の家」

ヰ゚∀゚)「ええなぁ玉木。それってさ、やっぱええって僕思う」


心底そう思っている、そんな声をしている。嘘なんて言ってないと思った。言うはずがないし、言う必要も無いって。だからこそ、だからこそあの僕は──

.

23名無しさん:2025/08/08(金) 22:42:39 ID:r4XkT5/w0



ヰ゚∀゚)「お、こん次やて。降りるん」

金城の声が聞こえてハッとする。景色が一転して物寂しい車内にいた。なんだっけ、ああそう海だ。海に誘われたんだ僕。ほんの少し眠っていたらしく、ヨダレはギリギリ垂らしていなかった。

ヰ゚∀゚)「玉木いびきかいとった」

(・ゞ・) 「うそ」

ヰ゚∀゚)「ほんまよ」

はははと馬鹿でかく笑う。他に乗客がいなくてよかった。
ようやく到着した駅は初めて降りるところで名前も聞いたこと無かった。
灰色のどでかい入道雲が煙のように空を支配していて、空気の重たさを見た目でわかりやすくしてくれているようだった。ここ最近、台風が発生している場所もあるくらい、空が著しく不安定だった。今日の予報では雨は降らない筈だったが、ゲリラ豪雨もあり得なくは無い。
生温い空気というのは存外柔らかくて重い。だから向き合うと酷く息苦しい。

24名無しさん:2025/08/08(金) 22:43:22 ID:r4XkT5/w0

ヰ゚∀゚)「海じゃーーーー!」


大声を出しても、それをかき消すくらい打ちあがる音のでかい荒い波が立っている。
僕が想像していたのはもっと客でごった返しになっている海水浴場的なものだったが、ここは岩と砂と荒々しい海が一面にある、他には何もない場所だった。穴場というよりか誰もここを選んでは来ないだろうという感じ。サンダルで歩くと足の裏を痛めそうな激しさがそこにはあった。

ヰ゚∀゚)「海の家あるけ?」

(・ゞ・) 「無い。こんな場所に建ててたら逆に怪しくて入りたくない」

ヰ゚∀゚)「ははは」

からからと何がおかしいのか絞り出すように金城は笑う。僕も釣られて小さく笑った。

25名無しさん:2025/08/08(金) 22:43:52 ID:r4XkT5/w0

ヰ゚∀゚)「あんさあ、僕初めて来たんよ海」

(・ゞ・) 「ええ?」

ヰ゚∀゚)「びっくりするやんな?僕もやて」

波の音が一際近くで聞こえるのも放っておいて、金城を見た。
僕が驚いたのは金城が海に来たことがない、ということではない。金城が自分のことを自ら話したことに驚いたんだ。だって、初めてのことだから。

26名無しさん:2025/08/08(金) 22:44:37 ID:r4XkT5/w0

ヰ゚∀゚)「僕さあ、僕ほら海って名前やん。金城海。かなしろかい!ってツッコんどるみたいなのに海一回も行ったことないの、地味いにコンプやったんなあ」

真っ直ぐ前を向いてこちらを一切見はしなかった。初めて見る海に感動しているとかでは無いような表情で、真っ直ぐ、真っ直ぐ視線を向けている。

ヰ゚∀゚)「今日玉木と来られて良かった!あんがとおな」

大きな波が打ち上がる。金城の声を邪魔するように音を立てた。

ヰ゚∀゚)「んでな、そう、昼飯とかも奢れんかったからこれやるから、帰りになんか買うてや」

ポッケから直に、パスケースにも入れられていない剥き出しのICカードを押し付けられ困惑する。帰りに何か買うのであれば、その時金城が持っていれば良い話だ。

(・ゞ・) 「……」

(・ゞ・) 「いや、お前どうやって帰る気だよ」

ヰ゚∀゚)「んんー」

頭を掻きながら、金城は目を瞑って笑っている。僕は何だかよくわからない汗が首筋を伝う感覚に身震いした。

27名無しさん:2025/08/08(金) 22:45:49 ID:r4XkT5/w0

ヰ゚∀゚)「あんさぁ、」

ヰ゚∀゚)「駅でさ、迷子になったりせえへんって言うたやん?僕な、人生で一度も迷子になったことない」

バシャンと波が岩に覆い被さる。ぐらりと揺れるような感覚に意識を持っていかれそうになる。

ヰ゚∀゚)「道の途中でわからんくなるやつちゃうくてな、他の人と出かけたときにはぐれるやつ。あれって、あれってさあ。一緒におるその他の奴が探してくれるって絶対の信頼があるからはぐれられるんやて思うんよ」

ヰ゚∀゚)「僕は置いてかれんように、捨てられんように、じっと着いてくしか出来んかったから」


生温い風もマーブル模様を潰したような色の空も濁った海も、全部が金城の感情から形成されてるんじゃって思ってしまうくらい、酷い顔を目の前の奴はしていた。
塩臭い、汗と潮風のせいでベタついた髪が顔に張り付く。

ヰ゚∀゚)「あんさあ、あんさ、玉木。僕の人生って結構ほんましょうもなかったやんけど、玉木の友達になれて、玉木と海に来れて、僕の人生ようやくピークやわ!」

どうしようもない、どうにもならない、金城の声が騒がしい波にさらわれもせず俺の耳に届いた。
こいつの声が、初めて届いた気がしたんだ。


.

28名無しさん:2025/08/08(金) 22:46:33 ID:r4XkT5/w0


中学一年でも金城と同じクラスになった。
相変わらず変だけど周りを明るくさせるから金城は人気で、僕以外の友達ともよく楽しそうにしていた。だけどどこか行く時だったり何かをする時に金城は僕の名前を呼んでは誘ってくれるのだ。他の人とじゃなくて良いのかと訊ねれば、いつもあの蜃気楼みたいな笑顔で「だって僕らキンタマコンビやからなあ」と言うのだった。

ある日のことだった。なんの変哲もない、ただの普通の日。
委員の仕事が終わったから教室に戻って、金城がまだ居るなら一緒に帰ろうかと思いドアに手を掛けた時だ。


ヰ゚∀゚)「家族どないなん?」

「うち?うちは全然カスみたいな家だって、父親も母親もうるさくてまじでうざいもん」

ヰ゚∀゚)「へえ、そうなんけ」

金城と、他の友達数人の声がした。
例によって金城宇宙人の地球人調査中のようらしい。
他愛もない話をしているのが聞こえて、なんとなくだけど教室に入るのをやめてドアの前に立った。

「金城んちはどんな感じなの?」

ヰ゚∀゚)「んんー、ウチはええんよ別に。他の話聞きたいわ」

金城は大体そう返す。僕が聞き返した時も、誰かが好奇心で尋ねた時も、基本笑って流して、他の人の家の話に持っていっていた。気まぐれや相手によって答えを変えるわけではないから、なんとなくみんなそのまま話をスライドさせる。
この時の話し相手も、変な空気にしたくなくてただ話題を変えたかっただけなのだろうとは、後から思った。

29名無しさん:2025/08/08(金) 22:48:00 ID:r4XkT5/w0

「あれは?玉木んちのことは聞いたりしないの?」

(;・ゞ・) "「!」

急に自分の名前を出され、肩が揺れた。
いつも一緒にいるからという人選だろうけど、立ち聞きしている分罪悪感があった。

ヰ゚∀゚)「聞くよめっちゃ聞く、だっておもろいもんなぁ玉木」

金城の答えに、息を吐き出す。いつもの反応と同じような回答だ。陰口を言うようなメンバーでは無いけれど、それでも自分がいないところでされる自分の話というのは、胸の辺りを酷く痛くさせた。
思えばこのタイミングで教室に入っておけば良かったんだ。これもやっぱり、後から思ったのだけど。


ヰ゚∀゚)「──玉木んちはさ、嘘みたいよなぁ」


ひゅ、と変な息の仕方をしてしまい、咽せそうになって両手で口を押さえる。

(・ゞ・)

(・ゞ・) (──うそ?)


「えー!嘘ってなに、話盛る系?」

ヰ゚∀゚)「話盛ってんのかな?わからん。嘘よなぁって思って聞いてはいるけど、別に盛ってても──」

( ゞ )

30名無しさん:2025/08/08(金) 22:48:41 ID:r4XkT5/w0

気が付いたら走ってその場から逃げていた。
何から逃げたって、金城だった。
金城の声で、金城弁だったから、間違いなく金城なんだ。
でも何で。でも、何で?
嘘なんかじゃない。
嘘なんか言ったことない。
目の前で起きていたことのが嘘なんじゃないかって、よっぽど思った。
嘘みたい、うそみたい?何がだろう。父さんの話か、母さんの話か、妹の話か、それとも、それとも全部?

ずっと、ずっとそう思ってたってこと?
嘘だって思いながら金城は僕の話を聞いていたのだろうか。
嘘だって思いながらいいなって言ってたってこと?
僕は、僕は金城に嫌われてたのか?馬鹿に、馬鹿にされていた──?

わからない。
やっぱり金城のことなんか、全くわからない。

31名無しさん:2025/08/08(金) 22:49:16 ID:r4XkT5/w0


それからしばらく金城に話しかけられても、何か誘われても拒否をした。金城はそうけー、と気にする事はなくて、それが更に僕をじわじわと傷付けた。
あんな事言ってたのに、何で。
あれは何だったのか。
どういう意味だったのか。
聞くことさえ出来なくて、なんだか狭い箱に入れられて前にも後ろにも横にも進めないような、苦しい気持ちが続いていた。


ヰ゚∀゚)「一緒帰ろーや!玉木」

何度か続けて断っているにも関わらず、金城はその日も僕に声をかけた。
今までと全く変わらない温度で、変わらない表情だから、あれは僕の勘違いだったのでは、と不安になる。
わからない。わからなくなって、わからないから、僕はもう面倒になって頷いた。

(・ゞ・) 「……」

(・ゞ・) 「いいよ」

ヰ゚∀゚)「玉木と帰れん嬉しいな」

やっぱりどう見ても嘘を言っているようには見えなかった。
異様にお世辞が上手いのか、それとも。

32名無しさん:2025/08/08(金) 22:49:49 ID:r4XkT5/w0

(・ゞ・) 「別に僕と帰っても楽しい事ないでしょ」

ヰ`∀´)「最近全然帰れんかったやん、僕玉木と帰ると元気出るんよ」

狐に摘まれたような気持ちとはこういう事なのか。目の細い男がニッと笑って何でもないように言葉を溢すから、僕は何だか、何でも良くなってしまった。
カバンを肩に掛けて歩いて、いつもなら金城が何かを喋ったり聞いたりしてくるタイミングで口を開いた。

(・ゞ・) 「……ねえ、金城の家ってどんな?」

ヰ゚∀゚)「んんー?どんなでもないよお。それよか玉木んちの話が聞きたい、僕玉木んちの話聞くの好きやから」

わかってはいた。金城は自分のことを話したがらない。いつもニコニコ笑いながら流そうとするから、こちらもしつこく聞いたりは出来ない。代わりに提示された話題に、心臓がグッと痛む。いつもちゃんと見てなかったから、ちゃんとこの目で確かめよう。『そう』言った時、金城はどんな顔をしてるのかを。

33名無しさん:2025/08/08(金) 22:50:48 ID:r4XkT5/w0

(・ゞ・) 「……うちなんて、ほんとに普通の、つまんない家だって」

ヰ゚∀゚)「……ええやんけ」

噛み締めるように、ものすごい苦い薬を飲み込むみたいに、金城が声を絞り出した。

ヰ゚∀゚)「つまんないなんて、そんな事ないて。ええもんよ、玉木んち。僕、ほんとうにそう思う」

何かを我慢するような、ぎゅっと堪えるような顔だった。
いつもそんな、そんなふうに?
僕の言葉が嘘っぽいのを馬鹿にして、それを耐えてそんな顔をしているんだきっと。だから、つまり、だから金城は、僕のことを、

34名無しさん:2025/08/08(金) 22:51:41 ID:r4XkT5/w0

(#・ゞ・) 「……っ嘘つくなよ」

ヰ゚∀゚)「え?」

いきなり立ち止まった僕に驚きながら金城が振り向く。僕の声は怒りに滲んで、震えている。

(#・ゞ・) 「ばかにしてんだろ」

ヰ゚∀゚)「なんで、そんな思うん」

(・ゞ・) 「だ、って金城、……僕の話嘘だって言ったじゃん」

何が『いい』のか。そっちの方が嘘じゃないか。
金城は何の話をしているかわからないような顔をしている。金城が、こいつが、狼狽えれば、不機嫌になれば、逆ギレでもすればまた違ったのかもしれない。けれど金城は何も変わらない。いつもと同じ温度で、態度で、いつものように僕に声をかけて僕の話を聞いて『ええな』と言う。全部がほんとうってことなんだ。あの時、僕の話は嘘みたいだと言ったのも、今僕の話を聞いて羨ましがっているのも、全部全部本当なんだ。
尚更意味がわからない。
わからない事が悔しくて、むかついて、僕は驚いた顔のままの金城に怒鳴り付けた。

(・ゞ・) 「馬鹿にしてんだろ」

ヰ゚∀゚)「なん」

(・ゞ・) 「なにが、何がキンタマコンビだよ、そんな、それすら馬鹿にしてんだろ!」

ヰ゚∀゚)「ちゃうって、ちゃうやんそんな、僕玉木を馬鹿になんかしとらん……」

(#・ゞ・) 「馬鹿にすんなよ!!」

手を伸ばしたけれど、それをどうしたら良いかわからないような顔した金城を置いて僕は走った。走って走って、馬鹿みたいに汗を流して、息もしづらくなって、それから叩きつけるような勢いで家に入った。
それから夏休みに入るまで、金城は僕に話しかけて来なかった。


.

35名無しさん:2025/08/08(金) 22:52:19 ID:r4XkT5/w0


ヰ゚∀゚)「あん時、玉木が何怒ってんのかもわからんくてごめんなぁ。ニッシ達と話してた時に僕言うたん、聞いとったんやって、すっごい考えてわかった。時間かかったけど。玉木んちは嘘みたいやて、言うたのあん時だけやったから」

(・ゞ・) 「……うん。聞いた。立ち聞きしてたのは、ごめんだけど」

日焼け止めなど一切塗っていない首の後ろがジリジリ熱に焼かれているのも気にならない。ベタつく額も、張り付く服の不快感も、多分どうでも良くて、今一番気にすべきなのは目の前でクラゲみたいに風に揺らされている金城だった。
僕はなんとか足がつく場所に立っているけど、ほんの拳ひとつ離れたとこにいる金城は足がついていなくて、大きな波がやって来たらそのまま流れていきそうな気さえする。

36名無しさん:2025/08/08(金) 22:53:00 ID:r4XkT5/w0

ヰ゚∀゚)「玉木、僕が馬鹿にしとる言うてたけど、ちゃうんよ。逆や」

(・ゞ・) 「逆?」

ヰ゚∀゚)「僕が、僕が馬鹿にされとんのやって思ったわ」

(・ゞ・) 「僕そんな事した?」

ヰ゚∀゚)「ちゃう、全部」

(・ゞ・) 「全部?」

ヰ゚∀゚)「世界全部が僕を馬鹿にしとんの」


波の音がうるさい。
風の鳴く音がうるさい。
遠くを飛ぶ飛行機の音がうるさい。
頼むから静かにして欲しかった。
先程までとは打って変わって、金城の声はこんなに聞き取りにくかっただろうか。

37名無しさん:2025/08/08(金) 22:53:49 ID:r4XkT5/w0

ヰ゚∀゚)「普通ってさあ」

バシャンと波が打ち上がる。

ヰ゚∀゚)「普通の家はさあ、父親が母親の首、絞めること無いねやろ」

バシャンと弾みで飛んだ水飛沫が腕にかかった。波が高い。

ヰ゚∀゚)「子供むかついたら教科書破いたり煙草で炙ったり踏みつけたりせんのやろ」

バシャンという音が頭に響いて、波に揺蕩うように身体が左右に引っ張られる感覚に襲われる。
ざぁっと一度波が引いて、それからまた大きな波が奥から奥からやってくる。僕らに構うことなく、僕らを海の一部と判別してすらいそうな力で波が泡を生み出していた。

ヰ゚∀゚)「あっついコンクリの上、裸足で歩かせて笑いものになんか、せんのやろ。服で隠せるからって脚の皮にアイロン押し付けて椅子に座れんような火傷作ったりなんかせんのやろ。なあ僕、それが、それだけが普通じゃないって事ぐらいは知ってんのや」

38名無しさん:2025/08/08(金) 22:54:20 ID:r4XkT5/w0

何を
先程から金城が何を言っているかわからなかった。何の話をしているのかもわからなくて、でもこれは金城のほんとうだということは察して、僕は訳もわからず自分の両方の手のひらをぎゅっと握りしめた。

ヰ゚∀゚)「僕な、僕んちそんなやって、でもどこんちだって色んなもん抱えとるやん?僕、人んちの話聞くん好きなん」

ヰ゚∀゚)「だってどこもどっかおかしいとこ、あるやんな。そんなもんよって、うちだけが、親父だけがおかしいわけやないから大丈夫やって思ってたんよ」

ヰ゚∀゚)「玉木んちの話、好きなんよ。悪口あんま言わんやろ玉木って。友達もやけど家族の悪口言わんやん。みんなの話聞くの好きやけど、僕の勝手やけど、全然良い家やのに悪口言うとるの聞くとな、じゃあ僕んちどないなんのって苦しくなるんよな。やけん好きなんよ玉木の話」

ヰ゚∀゚)「好きやけど、好きなのに、そんなん絶対嘘やって、夢物語じゃろて、じゃないと、そんな幸せみたいなのがほんとうなら、それが普通やってんなら僕の、僕のきったない人生はさ、何も価値なくて、ゴミ以下で、最低で、そんなことって酷すぎやろって可笑しなって、笑う気にもなれんかったわ」

金城がぽつりぽつりと雨の降りはじめみたいな弱さで言葉をこぼすから、僕はただただそれを拾って、手の中に押し込めるだけでいっぱいだった。

39名無しさん:2025/08/08(金) 22:55:24 ID:r4XkT5/w0

ヰ゚∀゚)「宇宙人やったらええのにってずうっと思ってた。親父も母ちゃんも、別の星のやつやからなんもわからんくて、何も伝わらんのやて、それなら僕なんも可笑しないやんなって」

ヰ゚∀゚)「親父もな、人間やった時あんの。どこに住んでた時やったか、だいぶ昔で、なんか方言使っとってな、そん時のこと思い出したらええなって僕、無理くり方言喋ってたら金城弁になったのに、親父はもう標準語話とんの。うけるやろ」

鋭いものが人を傷つけるかと思っていた。
けれどひどく柔らかい、波線みたいに穏やかなやさしさだって暴力性を孕んで人を傷つけるらしい。

(・ゞ・) 「僕、僕はずっと金城を傷付けてたの?」

ヰ゚∀゚)「ちゃうよ、それだけはないんよ。あんな、僕の人生あんまいいことってホント少ないんやけど、多分、きっと、玉木と友達になれたことって僕の人生最大のラッキーなんやて」

40名無しさん:2025/08/08(金) 22:56:07 ID:r4XkT5/w0



何の話をしているのか。
金城が何を言いたいのか、全くわからない。
わからない事なんて今まで数百回以上あったけど、それでも今日の、今目の前にいる金城は今までで一番よくわからなくて、何故だか無性に怖くなって手を伸ばしかける。
いきなりパッとこちらを振り向いた金城は、

ヰ゚∀゚)「玉木さあ、地球に来た宇宙人が星に帰るとこ、見たない?」

こちらが何かを言う前に、助走をつけて走り出し一直線に海へ、跳んだ。

(;・ゞ・) 「ばっ」

41名無しさん:2025/08/08(金) 22:56:43 ID:r4XkT5/w0

馬鹿じゃないの、という声すら間に合わず、バシャンと無慈悲な音が耳に響く。
海は寛容に靴のまま服のまま飛び込んだ金城を包み込むように、波を立てた。地面は岩と石で歩きにくいのに全く意に返すこともなくあそこまで行ける意味がわからない。海から顔を出した金城と目が合って、何の意味もわからないけど、わからないまま僕も飛び出した。

ヰ゚∀゚)「だあ、しょっぱうわははは 玉木やばい、あかんな、海ってくそまじい」

(・ゞ・) 「お前ほんとばか!」

ヰ゚∀゚)「うわ、玉木まで入ってくんなや」

(・ゞ・) 「うっさい、僕だって──」

僕だってこんな汚くて暗い海になんか入りたくなかった。でかい石を踏んだのか足の裏は痛いし、お気に入りのサンダルもカーゴパンツも馬鹿みたいに濡れて最悪だ。
でも、けど、馬鹿みたいにぬるくなった海水にでも入らなきゃいけないって、そうでもしないと金城が本当にどこかへ消えていきそうな気がして、勝手に体が動いたんだ。

42名無しさん:2025/08/08(金) 22:57:30 ID:r4XkT5/w0

ヰ゚∀゚)「玉木に、謝らんといけんの僕、僕さ宇宙人ちゃうんよ。でもな、初めて喋った時に宇宙人か?って聞かれたん、めっちゃ嬉しかったあ。宇宙人になりたかったから、そう見えたんなら僕やっぱ可笑しくないって、大丈夫って言うてくれてるみたいに勝手に思ったんよ」

曇り空だというのに、生暖かい風と空気は健在で、八月の所業は厳しい。水温も同じく生温いのに、握った金城の腕は嫌に冷たい。

ヰ゚∀゚)「あと親離婚するから金城じゃなくなんねん。キンタマコンビじゃなくなるんよ、ごめん、ごめんな」

さっきから見当違いのことばかり謝っている金城をどついてやりたかった。それと同時に、泣いている妹を見ている時みたいな気持ちになった。
泣くなよ、大丈夫だから、そう声をかけられたらどんなにいいか。

ヰ゚∀゚)「玉木、僕な、もう溶けてしまいたいんよ。星があるならそこに帰りたいんよ。僕の家な、家じゃないし、家じゃなくなんの。嫌でも、嫌いでも、無くならんよう耐えてたけど、駄目やった。無くなるて。全然駄目やった僕。だから、見送ってや玉木」

(・ゞ・)

(・ゞ・) 「馬鹿」

(・ゞ・) 「馬鹿だ金城は」

43名無しさん:2025/08/08(金) 22:58:13 ID:r4XkT5/w0

気付けば雨が降ってきていた。何もかもが濡れているから、もうどうでも良かった。僕がやっと口を開いたことに金城はほんの少しだけ顔を上げる。情け無い顔。どうしようもないやつ。
なんだこいつ。
僕が金城に思っていることは、初めて喋ったあの時から、何にも変わっちゃいなかった。
僕の頭の中をも侵略しておいて、金城は宇宙人ではないらしい。
どこからどう見ても僕の同級生で、ただのちっぽけで無力な人間の子どもだった。誰よりも不器用で、馬鹿で、迷子のなり方も知らないどうしようもない人間なんだ。
別にいい。金城が人間でも、金城って名前じゃなくても、どうしようもない馬鹿でも、それで良かった。それだけがほんとうで、それだけあれば十分だった。

44名無しさん:2025/08/08(金) 22:58:42 ID:r4XkT5/w0

(・ゞ・) 「お前が宇宙人じゃなくても、キンタマコンビじゃなくなっても、人んちの普通さに憧れてても別にどうだっていいよ馬鹿。僕は……僕はお前の名前だけで一緒にいるわけじゃないんだよ馬鹿、ほんとに馬鹿」

ヰ゚∀゚)

ヰ゚∀⊂)"

ヰ゚∀゚)「……ひどいわ玉木、馬鹿って、五回も言って」

(・ゞ・) 「帰ろう、金城」

水飛沫が顔にかかっても、力強く水面が揺れるのに合わせて身体が持っていかれても、僕は金城の長袖を離さなかった。

ヰ゚∀゚)「……帰れない」

(・ゞ・) 「帰れるよ」

腕を引っ張り上げて海から引き出す。こないだ見たSF映画で宇宙人を引きずり上げるシーンがあったけど、こんな泥臭い感じでは無かった。そう、僕らは泥臭いし、青臭いし、汗臭いし、良いとこなんて全く無い。だけど別にいい。金城が迷子になったら僕が探して一緒に帰ればいいだけなんだ。

45名無しさん:2025/08/08(金) 22:59:31 ID:r4XkT5/w0


(・ゞ・) 「帰ろう、金城。人間は海には溶けないし、お前が宇宙人じゃないなら帰る先はここじゃないんだよ」

ヰ゚∀゚)「はは」

ヰ゚∀゚)「あーあ、はは……」

下を向いた金城が諦めたように顔をくしゃっと歪ませた。

ヰ゚∀゚)「海水めっちゃ傷に染みるわほんと」

(・ゞ・) 「うん、僕もさっき切ったっぽい足のとこ滲みてる。金城と僕は同じ生物らしいね」

ヰ゚∀゚)「はは、じゃあキンタマコンビ改め人間コンビやね」

(・ゞ・) 「普通じゃんそれ」

ヰ゚∀゚)「うん。普通って最高やろ」

重たくなった服を引きずって陸へと上がる。
雨はいつの間にか止んで、灰色に湿った空は意地らしい熱気を纏った光が差している。波は相変わらず荒々しく、それでもさっきより水面は澄んで見えた。
八月の海に解けた風が、僕らの間を吹き抜けていく。

46名無しさん:2025/08/08(金) 23:00:14 ID:r4XkT5/w0

(・ゞ-)

(-ゞ;)

(;ゞ;)

瞬きをしたら駄目だと思ったけど間に合わなくて、一度閉じた瞼を開くと世界は蜃気楼に当てられたみたいにぼやけている。
いつからか汗でもなく雨でもなく海水でもない水が顔を流れていた。
何の水だって、なんだっていい、どれであっても結局塩辛く舌を濁らせて不味いんだ。そのしょっぱさに呆れて笑う。

ヰ;∀;)「しょっぱ」

(・ゞ; )「ふっ」

見れば金城も同じように顔中をべしょべしょに濡らしていて、あまりの酷さに思わず吹き出す。

47名無しさん:2025/08/08(金) 23:01:16 ID:r4XkT5/w0

(つゞ∩) "

(・ゞ・)


(・ゞ・) 「帰るか」

ヰ゚∀゚)「……うん」

ヰ゚∀゚)「やけど僕さっきICカード落とした」

(・ゞ・) 「本当馬鹿」


金城も僕も馬鹿みたいに笑って、土砂降りみたく笑って、ふたりで笑いながら濡れたまま歩いた。


.

48名無しさん:2025/08/08(金) 23:01:41 ID:r4XkT5/w0


終わり

49名無しさん:2025/08/08(金) 23:04:25 ID:tCLumsms0


50名無しさん:2025/08/08(金) 23:52:40 ID:uhUmSQMk0
傷に染みるのは海水だけじゃなくて玉木の優しさもだったろうな
良い話だった乙

51名無しさん:2025/08/09(土) 19:56:01 ID:KdJKW8SE0
友達だな、いいな、という気持ちになった
言葉選びや描写が良かった


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板