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それは砕けし無貌の太陽のようです
1
:
◆HQdQA3Ajro
:2021/10/16(土) 00:00:21 ID:jePDeZ3M0
昏
光。
燦然と降り注ぐその輝きに、例えこの目を焼かれようと構いはすまい。
身も心も焦がすこの灼熱は、予て待ち望みし恩寵に相違ないのだから。
それを見上げ、それに焼かれ、それに溶けてそれと成る。それこそが幸福。
穴蔵に潜み隠れたる者の、羽化を兆す福音の歓喜。然るべきは再誕の曙光、新生の暁なり。
ああ。
太陽だったのだ。
確かにそれは、太陽だったのだ。
誰がそれを疑おうとも、信仰は我が胸の裡にて完成していたのだから。
何がそれを疑おうとも、疑うことすら忘れようとも。
我が胸の裡にてそれは、然と完成していたのだから。
完成していたのだから。
砕けたもの。果たしてそれは、世界か己か。
太陽の失墜。
天は夜を主と定め、光輝を失して世は久しく。
現はもはや見知らぬ外地。氾濫せしめる疑似似非誤謬。
今や既に、我らが故里は彼方の過去へ。永久への夢は、潰えたり。
最下の無間に仄見えたるは、かつて拝んだ光の残滓。
蛆に塗れた腐敗の結に、天地を逆してただ拝む。
盲の孤狼は無貌の天へ、刻理に背いて遠吠える。
沈まぬ光を、祈願して。沈まぬ光を、夢想して。
沈んだ光を、放捨して。沈んだ光を、放捨して――。
太陽よ、我が太陽よ、ああ――――――――
.
2
:
◆HQdQA3Ajro
:2021/10/16(土) 00:00:58 ID:jePDeZ3M0
一
「照出麗奈、二五歳です! デレって呼んでください!」
デレ? ……ああ、『てるい“でれ”いな』か。
……絶対呼ばねぇ。編集長の高良が連れてきた新しい担当の、
そのきんきんと甲高い声を耳障りに感じながら俺はそう、固く誓った。
絶対呼ばねぇ。
「……ニュッ先生?」
「高良」
「はいはい先生、なんでございましょう?」
軽薄で無遠慮な、気色の悪い猫なで声。したら出版の高良。
こいつの声を聞くと、いつでも吐き気が止まらなくなる。
「いらないと、言った」
「えぇえぇ、それはもちろん存じ上げておりますとも。
しかし余計な雑事を取り払い、先生のために執筆環境を整えるのも私共の仕事でございまして。
ましてや最近先生は、些か筆の進みが鈍っているとお聞きしましたから。
……いえいえもちろん、先生の原稿を頂けるなら私共、いつまででもお待ちする心積もりでございますが」
「判ってる」
判っているさ。
お前らが俺のことを、金を生む鶏程度にしか思っちゃいないことくらい。
「えぇえぇもちろん、先生のことは信じておりますとも。
ですのでこの照出は私共のほんの気持ち、家政婦にでも出前代わりにでも好きなようにお使い頂ければ。
なに、こう見えて照出は優秀な編集ですよ。なにより若くてエネルギッシュですしね」
手を揉みながら、高良が側へと寄ってくる。思わず身体が引く。
しかしそれを追跡するように、高良は自らの頭を俺の耳元へ接近させてきた。
「それにほら、先生だって女の子の方がやる気でますでしょ」
ささやくように耳の奥へと流し込まれた卑俗な文言。視界が隅に捉えしにやけた口の端。
……下劣。余りにも。本当に気持ち悪い。所作の全てが耐え難い。
勢い身体をよじり切って、背中で拒絶を明示する。乾いた笑いが、背中を打った。
ああそうさ、面倒だとでもなんとでも思っていればいい。それで丁度、お互い様だ。
3
:
◆HQdQA3Ajro
:2021/10/16(土) 00:01:36 ID:jePDeZ3M0
「ほら照出くん、ぼうっとしてないで君ももっとアピールしなさい」
偉そうな声での命令。はんっ、今度は部下への転嫁か。
「はい! ……編集長、アピールって何をすればいいんでしょう?」
「そんなこと、予め考えておきなさいよ!」
オカマ野郎がきいきいと、傲岸不遜に喚き出す。どこまでも醜い。
初めて出会ったあの時から、まるで変わっちゃいない。俺が作家となったばかりの、あの頃から。
高良に連れてこられた女は入室時の威勢はどこへやら、
はいはいはいと社会人らしいその場しのぎの返事を繰り返すことしかできなくされている。
不憫と言えば不憫だ。こんな保身と出世欲が人皮を被って這い回っているような
男の部下になってしまったのだから。これ以上の不幸もそうありはしない。
けれどこれも、結局の所はポーズだろう。哀れを誘って居たたまれなくさせるためのポーズ。
知っているんだ、お前の手口は。同情など、するものか。
……同情は、しないが。
「……『煙火の断頭』」
「え?」
どうせ断っても、埒が明かない。折れるのはいつも通り、俺の方だ。
だったら――。
「『煙火の断頭』は、読んだか」
少しでも知っておいた方が、懸命だ。
「あ……は、はい! 『煙火の断頭』! 読みました!」
「どう感じた」
これから側をうろつくネズミが、どの程度のものなのか。
「私には、そのぅ……」
どの程度の、害獣なのか。
「ちょぉっと、むつかしくって。えへへ……」
笑い声。誤魔化すような、情けのない。見なくても目に浮かぶ。不誠実に歪んだ、その顔。
唾棄すべき小人の処世術。だが、構いやしない。初めから、期待などしていなかったのだから。
判った、勝手にしろ。背中を向けたまま、俺はそう、言おうとした。
言おうとしたのだ。しかし言葉は、直前に掻き消された。
4
:
◆HQdQA3Ajro
:2021/10/16(土) 00:02:07 ID:jePDeZ3M0
「――でも!」
鋭い、“でも”。
「『太陽を見上げた狼』は、大好きです!」
“でも”に続いた、言葉。
「何度も……何十回も読み返して、今でも読み返してしまうくらい、大好きなんです」
「……へぇ」
理解を示す返答をしておきながら、俺の心象は先程よりも強く波立つ。
あ……、と、声が漏れた。気配を、感じた。見上げる。目の前にあるもの。
『俺の木』。『俺の木』から、垂れ下がっているもの。吊るされているもの――
“その人”と、視線を、交わす。
『おまえはわるくないよ』
「せ、先生! どうされました!」
慌てふためいた高良の声。立ち上がっていた。立ち上がって、見上げていた。
そこにはなにもない。何も見えない上空。視線を下ろす。腰の高さ程度しかない、『俺の木』。
自重によってやや左へ曲がっているそれ。吊るされているものなど当然ない。
そこにはもう、誰もいない。誰も。誰も。
先生。
背後で高良が、部下を叱りつけていた。
部下の言葉が俺のへそを曲げさせたとでも思ったのか、
他者を責めることでノミの心臓を鎮めようとしているのか、はたまたその両方か。
どうでもよかった。高良のことなど、どうでもいい。考慮すべきは、唯一つ。
裁定は下された。照出麗奈――この女は、信用に値しない。
こいつもやはり、“編集”だ。
.
5
:
◆HQdQA3Ajro
:2021/10/16(土) 00:02:49 ID:jePDeZ3M0
※
書けない、書けない、書きたくない。
当然だろう。何故ならこれは、俺の書くべきモノでないのだから。
こんな愚かしくくだらない、芸術未満の紛い物。書けば書くほど恥の上塗りだ。
こんなもの、書きたくはない。そうだ、違うのだ。俺が書くべきは、俺が本当に書きたいのは――。
『そうだね、お前の書くものは――』
「私、先生のお役に立ちたくてこの仕事を選んだんです!」
所作振る舞いに同様、頭の軽さを感じさせる新担当の言葉は
やはり調子の良い媚びへつらいに塗れており、その一挙手一投足が癇に障り、
早くも苛立ちはピークを迎えつつあった。
しかも聞くところによればこの女、今年入社したばかりのド新人だというではないか。
当然他の作家を担当した経験もなく、常識もなければ能力も足りていない。
高良の野郎、何が優秀だ。厄介払いでもするつもりか。だったら他でやれ。押し付けるな、俺に。
「先生、なにか手伝えることはありませんか?」
聞くな、触れるな、自分で考えて自分でどうにかしろ。
お前なんかに構っていられるほど俺は暇じゃないんだ。
そうだ、俺は書かなければならない。書きたくもないものを書かなければならない。
書きたくもないものをどうやって書くか考えなければならない。
暇などないのだ。無限に時間を使用したとて、進捗など毫に等しく皆無なのだから。
ただの一文字とて、思い浮かびはしないのだから。故に俺に、暇などない。無駄な時間はない。
ただしそれは、無為といって相違はあるまい。愚人の無為に。
それでも、書かなければならない。俺は、書かねばならない。
『悲しむことじゃないさ。それはお前の――』
.
6
:
◆HQdQA3Ajro
:2021/10/16(土) 00:03:22 ID:jePDeZ3M0
「それに触るな!」
突き飛ばす。女を。引き剥がして、取り返す。
『俺の木』。勢い余って、鉢が傾く。内側の土が転がる。
塵と埃の堆積したバルコニーの上に、少量散らばる。塵と埃と土が重なる。
心の中で舌打ちしつつ、『俺の木』を抱えて部屋へと入る。
「雨が」
女がつぶやいた。
「雨が降り始めたから、取り込もうと思って」
言われて、空を見る。女の言う通り空には重く黒い雲がぐろぐろと蠢き、
大きめの雨粒をばちばちと眼下の地上へと打ち付け始めていた。
予報では、もう一、二時間後のはずだったが。
確かめる。軽く湿気を帯びてはいるものの、『俺の木』に濡れた様子はない。
葉だけではなく幹も、根にも異常はなさそうだった。とはいえこいつは繊細だ。
明日はバルコニーに出さないほうがいいかもしれない。
バルコニーから、笑い声が聞こえた。
「あ、ごめんなさい」
言いながらしかし、その声には喜色が混じっており。
「『これはぼくの木。ぼくの木なんだ』」
強く雨に打たれながらも、露と介さずうれしそうに。
「『太陽を見上げた狼』の、風謡いのフラギみたいだなぁなんて思っちゃって……えへへ」
俺の書いたものを例と挙げて、如何にも楽しそうに。笑う。笑う、顔。
見えてはいない。見なくとも判る。しかし……しかし、僅かに視線を上げればそこに、
想像ではない確かな表情が実在している。認識できる。僅かに視線を上げれば。上げてさえしまえば。
俺は――。
7
:
◆HQdQA3Ajro
:2021/10/16(土) 00:04:06 ID:jePDeZ3M0
『だからね――』
「先生?」
『お前はお前を――』
――ダメだ。
「先生、どうしたんですか? 先生?」
どこにある。どこにしまった。家の中をひっくり返す。
棚の中を、机の後ろを、時計の裏を、床の下を。ない、ない、どこにもない。
使い切ってしまったのだろうか。使い切ってしまったのだ。
前回の時に、前の本の時に全部使い切ったのだ。
次は頼らぬと、もう必要ないと、補充しておかなかったのだ。
でも――ダメだ。“アレ”がないと。“アレ”を手に入れないと、このままでは俺は、俺は――。
「先生!」
肩に、熱。人の手。動悸が止まる。瞬間、冷静になる。
「先生」。女の声。不安を帯びた。懐の携帯。既に我が手の先に触れたそれ。
いまここで使うのは、得策でない。顔を合わせぬまま、告げる。
「帰れ」
「先生、でも――」
「帰れ」
痛みを伴う乾いた呼吸。やがて、肩に触れていた熱が離れていった。女が、離れていった。
ぎぃぎぃと、フローリングの硬い床が軋む音。こすれる音。右往左往する人の気配。
不必要な所作を感じさせるそれは、しかして遂に、宅の入り口にして出口でもある場所へと到達する。
かたこんと、下ろした鍵が上げられる。
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