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上条「I'll destroy your fuck'n fantasy!」

1以下、名無しが深夜にお送りします:2015/08/08(土) 21:18:36 ID:U10douz6
このスレは、今年三月に立てた同名のスレを、諸事情からまた立て直したものです。内容は以前のスレで述べたとおり、「とある魔術の禁書目録」の舞台を1960年代のアメリカに置き換えた原作再構成系のSSです。注意していただきたいことは、以前にも述べたとおり
・実在の人物や出来事も登場予定。
・原作の登場人物の多くが外国人化&性格や口調、容姿が原形をとどめないほどに改変されたキャラもちらほら。そもそもストーリー展開がオリジナルになるかも。
・原作の文庫本を数冊持ってる他は、ほとんどの知識をネットで仕入れたので、設定はいい加減かもしれないし知識もほとんどない。
・文系なので科学知識に間違いがあるかもしれない。世界観はなるべく史実をなぞるものの、やはり間違いがあるかもしれない。

などの点です。また、以前にも申し上げたとおりSS初心者であり、かなり遅筆ですので何ヶ月も更新が
止まることがあります。このスレを読まれる時は、以上の点についてご了承いただけると幸いです。
前のスレを読んでくださっていた方におかれましては、内容が大幅に変更されているということを先に申し上げておきます。申し訳ありません。

他にも、何かと至らない点がございますが大目に見ていただけると幸いです。
それでは、どうぞ↓

171以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/25(木) 00:17:31 ID:Iw.sTPvA
ピキィィィィィィィィィィン!

 ああ、またこの感触だ。またしても例の音が鳴り響き、今にも俺を飲み込もうとしていた猛炎の奔流は一瞬で氷が砕けるかのように消滅した。初めから存在しなかったかのように、わずかな熱も残さず。そして通りには再び静けさが戻る。

 しかし、俺の心境は静けさとは程遠かった。バクバクという音がはっきり自分の耳にも聞こえるほど心拍数が跳ね上がり、息も荒くなっている。危機はすでに去ったというのにまだ右腕を下ろせない。
 そう意識する前に、ごく当たり前のように瞬間的に右手で対処した自分の反射神経にも驚かされたが、問題はそこではない。再び頭をもたげてきた右手に関する疑問も、いまやごく些末な事だ。

???「流石だね。あの瞬発力は健在みたいで、本当にほっとしたよ。やっぱり君はそうでなきゃ」

 目の前でニヤニヤ笑っている背の高い男に比べたら。そう、俺が恐怖を感じているのは、主に俺を背後から焼き殺そうとしたこの男に対してだ。というのも、以前にも見覚えがあったからだ。何を隠そう、こいつこそ俺が目覚めた日に突然病室に現れてカーテンを燃やしながら脅迫してきた大男に他ならない。

172以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/25(木) 00:18:17 ID:Iw.sTPvA
 決して忘れはしない。10代の少年そのものな若々しい顔立ちと不釣り合いな7ft(フィート)近い長身の聖職者——恐らく神父だろう。しかし、それは真っ黒な司祭平服(カソック)の上からローブを羽織っている事からかろうじて窺えるだけである。耳にはピアス、両手指には銀の指輪がはめられており、ひどく目立つ。中でも一番目を引くのが毒々しいほどにまで赤く染められた長髪であり、それが肩まで伸びている。
 一度見たらそう簡単には忘れられない外見。おまけに今は近くで良く観察する時間があるので尚更脳裏に強く焼き付いて離れなさそうだ。
 普通ならかなりの威圧感を伴ってそうだし、実際最初の印象もそうだった。しかし、こうして見ていると、体格の割に幼い顔立ちをしているお陰でいくらか緩和されているようだ。とはいえ、右目下まぶたには縦縞の刺青が彫られているし、口には火の着いた紙巻きタバコを咥えているので、やはりロクでもなさそうな印象を与える。それに、今気付いた事だが、強い香水を付けているらしく匂いが強烈だ。

 全体的に、博愛の精神を持って神の教えと共に慎ましく暮らすという一般的な神父像と大きくかけ離れた風体だ。むしろそこら辺にいるヒッピーや不良の仲間だと言われた方が遥かに納得がゆく。ちぐはぐな格好といい、行動といい、あまりにも怖すぎる。それこそ昼間のテロリスト共以上にだ。

173以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/25(木) 00:18:57 ID:Iw.sTPvA
上条「おっ、おまっ……え……」
 緊張で喉が引きつり、上手く声が出せない。一旦深呼吸してからもう一度話す。

上条「……お前、あの時病室にいた奴だな! 忘れちゃいないぞ! 今度は何をしに来やがった! そもそも一体誰なんだ!?」
 ようやく絞り出した声は、変に上擦って震えていた。

 一瞬奴は驚いたような表情を浮かべたが、すぐにクスリと小さく笑って
???「いや何、ちょっとした相談事があってね」
そう言いながら、懐からいくつかの大きな厚紙封筒を取り出した。

???「さっきはごめんよ。挨拶がてらちょっと脅かしてみたくなってね。まあ、ほんの冗談だと思って大目に見てくれよ。君は覚えてないだろうけど、僕らは親友だしね」

 冗談だと? あれが冗談で済むものか。もし一秒でも反応が遅れてたら今頃立ったまま消し炭になっていたところだというのに。それにこいつ、俺の名前だけでなく、記憶喪失だという事まで知っているのか? いや、でも知っていなければ病室であんな事言わないか……さっぱり訳が分からない。俺にはかつての人間関係に関する記憶が一切ないからなんとも言えないが、果たして本当にこんな奴と親しかったのだろうか?
 こいつは一体何がしたいんだ? 危うく人を焼き殺しかけたかと思ったら今度は挨拶もそこそこに頼み事とは……。

174以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/25(木) 00:20:42 ID:Iw.sTPvA
???「詳しい事はこの封筒を渡しながら話すけど、ちょっと頼まれてほしい事が……」

上条「悪いけどお断りさせてもらうよ。部屋にルームメイトを待たせてるんだ。鍵をかけ忘れてないかどうか心配で。それに、早いところ食材を冷蔵庫に入れないと傷んじゃうし。他をあたってくれ……おっと、建物を間違えてたよ。じゃあ、そういう事で」

 俺は中に入るのをやめて方向転換し、再び道路を歩き出した。寮の場所を特定されないよう、出来るだけ遠くへ離れて撒くつもりである。殴りつけようかとも考えたが、返り討ちに遭うかもしれないのでやめた。奴が俺に何をさせたいのか知らないが、どうせ麻薬の運搬みたいなロクでもない仕事押し付ける気だろう。そうでなくとも、ひどい目に遭うのは目に見えている。関わらない方がいい、というか絶対関わってはいけない部類だろう。

 と、俺が早歩きでその場から立ち去ろうとした時、

???「いいのかい? これはあの娘の身の安全にも関わる問題なんだけどね?」

上条「なんだって?」
そんな事を言われたら嫌でも立ち止まらざるを得ない。俺のすぐ後ろにいる奴は、満足したような声色で続けた。

???「一人しかいないだろう? 協力が得られないとなれば、君の側にいる彼女の身柄も保証できないよ」

 『彼女』。俺とあいつは、すでに数日前に病室で顔を合わせている。その時の出来事を考えれば、それが誰を指しているのかは明白だ。つまりこの不審者は、インデックスに危害を加えると脅しているのだ。
会ってからずっと、取って付けたような愛想笑いを浮かべていたが、すぐに本性を現しやがった。

175以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/25(木) 00:21:47 ID:Iw.sTPvA
上条「なあ」
俺はカートをそのままにして奴に向き直った。せめて釘を刺すくらいはしておかなければ。いずれにせよ、人質をとるような卑劣な人間をこのまま放っておく訳にはいかない。

上条「一体何を考えてるのか知らねぇが……」
奴を睨みつけながら足を一歩踏み出した時、

???『行け(Ehwaz)』
 何やら低い声で呟き、手に持っていた封筒の一つを人差し指でピンと弾き飛ばした。封筒はくるくると回りながらこちらへ飛んできて、俺の手の中に正確に収まった。
 なんて制球力の良さだ。投手にでもなればドラフト会議で引く手数多だろうに。
 しかし、奴の思いがけないアスリートぶりにしばしあっけにとられていたとはいえ、次の一言ですぐ我に返った。

???「ちゃんと受け取ってくれたか。ようやく話を聞いてくれる気になったんだね」

176以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/25(木) 00:22:40 ID:Iw.sTPvA
 なんだって? 俺はそんな事一度も言ってないぞ?
俺がそう考えているのを表情から読み取ったのか、奴はそれに答えるかのように続けた。

???「そんなつもりはなかったとでも言いたげな顔だね。でも現に君はこうして僕に近づいて封筒を受け取った。それは厳然たる事実だろう?」

上条「違う、あれはお前がインデックスに危害を加えるのを匂わすような事を言ったから……」ようやく口から言葉が出た。

???「インデックスに? 僕が?」
奴はキョトンとした表情を浮かべてみせた。まるで俺が馬鹿げた事を言っているかのような顔だ。

???「何を言っているのやら。僕が友人である彼女に危害を加える訳ないじゃないか。それに」奴はそう言いながら鼻から小さく息を漏らした。

???「僕はただ『君の側にいる娘』としか言ってないよ。君が勝手に早合点しただけだろう?」
そう言い終えると、奴は口元を得意そうにニヤリと緩めた。したり顔ってやつだ。
 悔しいがその通りだ。奴は一言も「インデックス」とは言わなかった。俺がそう考えただけだ。

 くそっ、まんまと一杯食わされたか。今から思えば何と言おうが無視すべきだったのだ。これじゃあ承諾したような物じゃないか。しかし、現に封筒を受け取ってしまった以上、今更悔しがってももう遅い。

177以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/25(木) 00:23:33 ID:Iw.sTPvA
???「大丈夫、心配はいらないさ。手間は取らせない。すぐ終わるごく簡単な話だからね」

 俺は舌打ちしながら残りの封筒を奴の手から引ったくった。こうなったからには仕方ない、話だけでも聞いてやる事にする。

上条「話を聞く前に、まずは自己紹介をしてもらおうか。俺だけ何も知らないのは些か公平性を欠いているからな」

 俺がそう言いながら何やら妙な文字が印字された封筒の閉じ口を強引にこじ開けようとすると、奴はそれを手で制して、

???「おっと、それは僕が開けるよ。『受け取れ(Gebo)』」

 奴がまたもや何かを呟いた途端、触れてもないのに全ての封筒の封が開いた。何か特殊なのりかシールでも使っていたんだろうか。声に反応して開くとは便利な物だ。

???「僕の名前はフォルティス・ナイン・スリーワン、イギリスの魔術師さ。綴りはF・O・R・T・I・S。ラテン語で『強い』って意味なんだけどね。インデックスとの関係はさっきも言った通り」

 随分と変わった名前だと思ったが、それよりもっと気になる事があった。

上条「『イギリスの魔術師』だって?」

Fortis931「ああ、既に彼女から聞いていたのか。だったら話が早くて助かるね……言葉通りさ。さっきの炎も、君の手元へ正確に封筒を投げられたのも、封筒がひとりでに開封されたのも、全部魔術によるものなんだ」

 いや、そんな事を言われてもすぐに納得なんかできない。そもそも魔術というものが何なのかすら知らないのだから。舞踏会に着て行く物がないシンデレラの為に仙女のお婆さんがドレスとガラスの靴を出してやったり、ランプを擦ったら魔人が出てきて願いを叶えてくれたりする、あれの事か? こいつが言っているのは「超能力」の事ではないのか?
 聞きたい事は山ほどあるが、生憎今の俺にそんな時間はなさそうだ。ただ目の前で起こった事をありのまま受け入れるしかない。どうにも腑に落ちないが。

178以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/25(木) 00:24:57 ID:Iw.sTPvA
上条「で、一体どのようなご用件で?」

Fortis931「第17学区にミタウ・インターナショナル・カレッジの支部校があるのは知ってるかな?」

上条「ミタウ・インターナショナル・カレッジねぇ……」

 そう言えば今朝の朝刊にそんな広告が出てたっけ。確か西海岸を拠点にしている大手教育会社で、テスト対策プログラムに通信教育に受験生向け予備校、果てはロースクールにまで幅広く商売を展開させていて、最近は外国人子弟向けに語学学校も運営しているとか。

上条「ああ、何年か前に出来た英語学校だっけ。非英語圏出身者向けの……」

Fortis931「そう。それだけ知ってれば合格だよ」

 フォルティスがそう言って指をパチンと鳴らすと、最初の封筒の中から書類が一枚飛び出してきて俺の目線と同じ高さにひらひらと浮かび始めた。どうやって飛ばしているのやら。これも『魔術』か。手に取ってみると、朝刊の広告とまるっきり同じ内容のチラシだった。

 実は、朝刊の広告で学校の名前を初めて目にした時に余りピンと来なかった。元々よく知らなかったのだろう。勉強に興味がなかったのでなければ、よほど英語が得意だったって事だろうな。

上条「で、頼まれて欲しい事ってなんだよ? アルバイトの募集でもしてるのか? トイレの清掃員ならともかく、新しく受講生を勧誘するなんて仕事なら生憎力にはなれないぜ」

179以下、名無しが深夜にお送りします:2016/08/25(木) 00:26:32 ID:Iw.sTPvA
Fortis931「ああ、それについては心配ご無用。何故ならこれ以上生徒を増やす必要がないからね。『信者』達からたんまりせしめた寄進で十分潤ってるらしいから」

上条「信者に寄進。それって、まるで何かの宗教みたいな……」

Fortis931「ご名答。外部にはほとんど知られていないけれど、実はそこはこの街の科学技術を崇拝する新興宗教と化してるんだ」

上条「新興宗教っていうと、真言を唱えながら瞑想すれば最高の極地に至れるとか、カウンセリングなどで精神性を高めていけばなんでも出来るようになるとか……」

Fortis931「そういうのに近いかな。まあ、教義なんてこの際大した問題じゃないけどね」

 学校は、少人数が教え教えられる場所だという特質上、どうしても閉鎖的になりがちだ。そんな環境の中で教えていれば、いつどんなきっかけでカルトに変質してしまわないとも限らない。そんな危うさも持っている。それはこの街においても例外ではないのだろう。
 けれど、それが一体どうしたというのだ。この男はパッと見た所、旧教(カトリック)の神父だ。十字教の司祭が「魔術」を使っていいのかという問題はさておき、とてもこの手のいかがわしい新宗教と縁があるようには見えない。それが元々十字教の分派だったというのならまだしも。
さっきから話が全く見えない。一体何が目的なんだ?

上条「なんだ、まどろっこしいな。勿体ぶらずに早く要点を話してくれよ。さっきも言ったようにこっちは急いでるんだから」正直、この話に若干興味が湧いている。

Fortis931「O.K.,分かったよ。単刀直入に話そう——」

 本日三人目に俺の親友を名乗った男は、タバコの煙を吐き出しながら言った。



Fortis931「——その英語学校が入っていた建物の中に監禁されてる女の子がいる。救出のため手を貸して欲しい」

180以下、名無しが深夜にお送りします:2016/10/10(月) 21:39:41 ID:nwX.qHO.


181以下、名無しが深夜にお送りします:2016/12/05(月) 02:16:05 ID:jHRW.WW2
>>180 ありがとうございます

 なんだって? 今こいつなんて言った? 俺の聞き違いじゃなければ……

Fortis931「建物そのものに関するデータは二枚目以降の封筒の中だ……ああ、読む時は気を付けてね。ここから先の資料は秘密厳守のため、一度目を通したら燃えてなくなるようになってるから。まずこちらが電気料金明細書で……」

上条「おいおいおい、ちょっと待ってくれ! 今、監禁されてる女の子を助けに行くって言わなかったか?」

Fortis931「ああ、そう言ったけど?」

 冗談じゃない。まだ右も左も、自分が何者なのかすら碌に知らず、あまつさえ退院したばかりだというのになぜ刑事ドラマの真似事などしなければならないのか。

上条「なぜ? なぜよりによって俺に頼む? 筋違いも甚だしい。まず然るべき機関に相談すべきじゃないか、例えば警察とか……」

Fortis931「残念ながら今回の件を警察に委ねる事は出来ない。いやそれどころか、この街の住民は皆この件に携わる事は出来ないよ。第一、手を出した所で解決できるものか。これは君にしか頼めない事なんだよ」

 何かの冗談だとしか思えないが、そう言うフォルティスの顔からは笑みが完全に消え失せている。思わず信じてしまいそうだ。

182以下、名無しが深夜にお送りします:2016/12/09(金) 15:04:57 ID:PDGEDdwY
上条「いや、だからちょっと待てって。そんな事急に言われても……俺に何が出来るって言うんだよ? 犯人と取っ組み合いするとか、 銃撃戦の真っ只中に飛び込んで颯爽と女の子を助け出すとか、そんな映画じみたスタントなんか到底無理だ」

Fortis931「誰もそんな事をしろとは言ってないじゃないか。いいからそう急かさずに、最後まで話を聞いて。『フェスティーナ・レンテ(急がば回れ)』だよ」

 彼が古代ローマの格言を引用してきた所で、昼間出会った女の子の事を思い出した。そうだ、あれと言い友人の近親相姦と言い、この街ではその手の変人に事欠かないんだった。嘘じゃないとしたら、ただこの男の頭がおかしいだけかもしれない。言う通りについて行って、着いた先が精神病院だったなんて笑えないぞ。

上条「いやいやいや、お前俺を殺す気? 女の子を連れ込んで閉じ込めておく新興宗教なんて、どう考えてもまともじゃないぜ? そんなイカれた犯罪組織と戦わせるなんて、どうかして……」

Fortis931「どうかしてるのは百も承知さ。いいから最後まで聞いてくれ」

 いたって真面目な表情なのがかえって滑稽に見える。昼間のヘレニズム女といい、どうしてこの街はこういうおかしな人間ばかり暮らしているのだろうか。
 ふと、辺りが少し暗くなった。空を見上げると、太陽に雲がかかっている。光が遮られて弱まったので、だいぶ食べ物へのダメージは少なくなるはずだ。もっとも、雨が降るとなれば話は別だが。
この男の与太話にもう少し付き合ってやってもいいか。適当な頃合いを見て書類を捨ててずらかればいいだけだし。

183以下、名無しが深夜にお送りします:2016/12/14(水) 19:38:02 ID:aILctJVw
今さらだけどスレタイdestroyよりbreak の方がいいよね
destroyだと一方的な破壊みたいなニュアンスになっちゃう

184以下、名無しが深夜にお送りします:2017/01/01(日) 02:36:14 ID:GfGyG45k
いんじゃね

185今年もよろしくお願いいたします。更新が遅れてすみません:2017/01/19(木) 20:03:51 ID:bvYq3Bwo
>>183 >>184 ありがとうございます
スレタイは例のそげぶAAの改変ネタを元にしたものですが、確かにbreakの方が「相手の固定観念を打ち破って目を覚まさせる」といった感じの意味合いになって合っているかもしれませんね。参考にさせていただきます

Fortis931「……それで、校舎の中に監禁されている女の子だけれど、ご多分に漏れず彼女も超能力者なんだ。いかにもこの街らしいよ。ただ、ここが肝心なんだがその能力というのがなかなか変わっていてね。名前を『サン・フォール』と言うんだ。いや、『ディープ・ブラッド』って言った方が分かりやすいかな?」

 "Deep Blood"? どんな能力なのかまるで想像がつかない。それにしても、「深い血」とは、中々不穏な響きだな。

上条「それで、その『ディープ・ブラッド』ってのはどんな能力なんだよ? 普通の人間より血が濃いとか?」

Fortis931「まあそんなところかな? 実際、彼女の血にはある生き物を引き寄せて殺す特別な力があるらしいんだ。その生き物の事を僕達は『カインの末裔』と呼んだりもするけれど……」次に出てきた言葉はまたしても耳を疑いたくなる物だった。

Fortis931「……まあ簡単に言ってしまえば吸血鬼(ヴァンパイア)の事さ」

186以下、名無しが深夜にお送りします:2017/01/19(木) 21:12:13 ID:qB2ClINo
 吸血鬼、という名前が出たのを聞いて俺は確信した。ただこいつが狂っているだけか、あるいは俺をからかっているのだと。そうと分かればこれ以上話を合わせてやる道理はない。

上条「吸血鬼っていうと、あれだろ? ジョン・ポリドリやブラム・ストーカーの小説に出てくる、十字架やニンニクや日光が苦手な……」

Fortis931「そう。東欧では『ノスフェラトゥ』とも呼ばれる。生前に犯した罪によって死にきれずに蘇った死人であり、他の生き物から血を吸い取って生き永らえる呪われた化け物。元々死んでいるから再び死ぬ事のない、本当に生き物と呼べるのかさえ怪しい存在。だいたいこんな認識でいいんじゃないかな?」

 そんな馬鹿な。吸血鬼など現実にいる訳がないだろう。過去の思い出を全く覚えてなくてもそれくらい分かる。映画か漫画でも見過ぎたのか? 恐らくあのタバコの中にマリファナでも入っているんだろうが。

上条「そうかい。その英語学校はきっとピーター・カッシングが校長を務めているんだろうな。そんでもって先生はボリス・カーロフかベラ・ルゴシってとこかな?」首を横に振ってはっきりと拒否の意思表示をしながらゆっくり後ずさりした。

Fortis931「おい、真面目な話をしているんだぞ」

上条「分かってるさ、雪男もネス湖の怪獣も大海蛇も本当にいるって言うんだろ? ギアナ高地には恐竜がまだ生き残っているし、北部に行けばまだジャージー・デビルやスリーピー・ホロウなんかにも会える。でもまあ、残念ながら俺には無理だ、勝てっこない」俺は回れ右をすると、カートに手をかけてまた歩き始めた。今度こそ行くからな。

上条「悪いけど他をあたってくれよ。もっと強そうな奴。まあ、仮に誰も見つからなかったとしても吸血鬼は火に弱いらしいから一人でも十分だろ」

187以下、名無しが深夜にお送りします:2017/01/20(金) 09:51:43 ID:ce3SXcJ.
訂正がございます

>>186の「首を横に振ってはっきりと拒否の意思表示をしながらゆっくり後ずさりした。」の部分は無しでお願いします。
何度もすみません

188以下、名無しが深夜にお送りします:2017/01/22(日) 21:37:55 ID:IUtzXMP.
Fortis931「待ってくれ、別に彼女自身は吸血鬼でも何でもない! ただ吸血鬼を引きつけて殺す力を持っているだけだ!」後ろから焦っているような声。

上条「分かってるさ。だけど、既に引き寄せられた奴が何匹か周りをうろついてないとも限らないだろ? それに巻き込まれるのが嫌ってだけだよ。まあ、ニンニクを何個か譲るくらいの協力は出来なくもないかな」無論、そんなつもりは毛頭ない。

Fortis931「ちょっと待て、最後まで話させてくれ! 確かに、ただ女の子が捕まっているだけなら僕だけでも十分だっただろうが、事態はそんな単純なものじゃないんだ! 『ミタワ・インターナショナル・カレッジ』は乗っ取られたんだよ!」尚も食い下がるとはしつこい奴だ。

上条「へえ、一体誰に?」俺はちょっとだけ歩調を緩めた。返答によっては少し協力してやってもいいかな。

Fortis931「……正真正銘本物の魔術師、より正確にはチューリヒ学派の錬金術師に」

 俺は返事をする代わりに足を速めた。ついて来ようものならすぐにでも走って逃げないとな。時間の無駄だし、何よりこれ以上付き合っていると何をされるか分かったものではない。

 別に錬金術を知らないわけじゃない。なんでもないような卑金属から金、つまり完全な物質を生み出すという中世の化学的かつ宗教的な試みで、時代が下るにつれ人間の肉体や魂なども対象になった。中にはイカサマもあっただろうが、多くの場合蒸留器の発明や塩酸の発見など多大な副産物をもたらし、その後の科学の発展に大きく寄与したと考えられている。言うなれば近代科学の大いなる礎だ。それくらい俺だって知っている。それを行う錬金術師が、よりによって現代の半端に科学を崇めるインチキ教団を乗っ取ったなんて、もし事実なら随分と皮肉が効いているじゃないか。

 しかし、そんな物は人々がまだ帰納法も質量保存の法則も知らなかった時代だからこそ成立し得た学問であり、今ではすっかり通用しなくなっているはず。今時そんな物を研究している人間が本当にいるのか。ましてやこの現代科学の中心地にだ。

189以下、名無しが深夜にお送りします:2017/01/22(日) 21:39:33 ID:IUtzXMP.
 カルト教団に吸血鬼、お次は錬金術師と来た。一体全体、こいつはこんな子供だましじみた話をして何がしたいのか。
 カートに載せたままの封筒は、こいつの目の届かない場所に着いた時に、そこらへんのダストボックスなり側溝なりに投げ捨てればいいか。

Fortis931「逃げて誰かに知らせるつもりかい? 無駄だよ! 言い忘れていたけど、ここにいるのは僕と君だけだ! そこいら中に"ōþila"の文字を書いておいたから、しばらく誰もこの通りに近付こうとはしないだろう。例え呼んだとしてもね!」

 どうせハッタリだろう。好きなだけ喚くがいい。こんな怪しい格好をして倫理観まで狂っている人間の言う事などどれ一つとして信用できない。もし本当に友達だったとしても、天下の往来で堂々と他人をバーベキューにしようとする危険人物のいう事なんか誰が信じるもんか。全く、厄介な奴に目を付けられたものだ。

 大声で叫べば誰かしら気付くだろうし、しばらく歩けば公衆電話の一つでも見つかるだろう。そしたら頭のおかしい放火魔——それも発火系能力者——が路上で暴れているって治安当局に知らせてやる。たとえ逃げても他の通行人が証言してくれるはずだ。いや、そうなればそもそも通報する必要もないかもしれない。あれだけの騒ぎを起こせば、嫌でも目撃者がいるはず……


 待てよ。じゃあさっきからなんでこんなに静かなんだ?

190以下、名無しが深夜にお送りします:2017/01/25(水) 01:14:35 ID:zH1baKag
 違和感に気付いた俺は慌てて足を止め、辺りを見回した。目抜通りというほど大きいわけではないにしろ、決して小さいとも言えない通りだというのに、彼の言うとおり路上には俺達二人以外には誰一人としておらず、車一つなかった。俺の思い違いという線はなさそうだ。通りの彼方まで見渡しても人っ子ひとりいないし、人の話し声や靴音の類いは全く聞こえない。

Fortis931「だから言っただろう……」振り向くと、奴はいくらか落ち着きを取り戻した様子だった。

Fortis931「そこいら中に"ōþila"と書いておいた、とね」そう言って口からタバコを取った。

上条「アースラ? アースラって誰だよ?」

Fortis931「『オースィラ』。ルーンだよ、特定の人間以外近寄らせないための。意味は、さしずめ『人払い』と言ったところかな?」
 そう言いながらタバコの吸い殻を持った手で指し示した先を見ると、電柱に小さな印が白い線で——多分チョークを使ったのだろう——描かれている。紐で菱形の輪を作ったような形。それも一箇所だけではない。他の電柱にも、建物の壁やさらには道路にまで書かれているみたいだ。

191以下、名無しが深夜にお送りします:2017/01/31(火) 13:23:52 ID:N3QaUzXA
Fortis931「ああ、ルーン文字については知ってるよね?」

上条「おいちょっと待て。まるでただの文字に特別な力があるみたいな言い方だぞ」

Fortis931「事実、あるんだから仕方がないだろう。それよりも、ルーン文字が何なのか知っているのかどうか聞いているんだよね」

ああ、知っているとも。

上条「ゲルマン人が2世紀頃から使い始めた文字で、英語のルーツの一つ。24個のアルファベットそれぞれそのものが意味や力を持っていて——」

Fortis931「オーライ、それだけ知っていれば十分だよ」

 何故知ってるのかって? 知っているものは知っている。ただそれだけの話だ。そんな事はどうでもいい。問題は、この男がたった一人で通りから全ての人間を追い払ったと主張している事だ。それも文字を刻んだだけで。
 どこかに協力者が潜んでいてもおかしくないぞ。街路樹や茂みの裏、建物の陰、マンホールの中……人が隠れられる場所は沢山ある。

192以下、名無しが深夜にお送りします:2017/01/31(火) 21:19:50 ID:N3QaUzXA
Fortis931「どうしたんだい、そんなにキョロキョロして? 誰かに協力してもらったんじゃないかと疑っているのか、それとも自分の見たものが信じられないのか……まあそんな所だろうね。信じるかどうかは君次第だ」

 そう言われて彼のほうを見ると、タバコの吸い殻を手のひらの上でコロコロと転がし始めた。
 すると、吸い殻に再び火が灯り、瞬く間に全て燃やし尽くしてしまった。後に残ったごくわずかな灰も、風に吹き飛ばされて消えて無くなった。
 明らかに自然に火がついたとか、中で火種がくすぶっていたとかいう燃え方ではない。何らかの力により、ものすごい温度でもって焼却されたように見える。指輪にライターを仕込んでいるとも思えない。こんな事を目の前でされてびっくりしない方がおかしい。
 俺は目の前で起きた出来事に驚く一方、またもや病院内で聞いた話を思い出しつつあった。

 なんでも、能力開発を受けた人間に発現する能力の数は、一人につき一つだけと限られているらしい。というのも、詳しい事はよく分かっていないらしいが能力の種類や性能は個人の才能や個性に依る所が大きいらしく、二つ以上持とうとすれば脳への負担があまりにも大きくなってしまうからだそうだ。
 翻ってこの男はどうか。印をつけただけで通りから通行人を全員追い出してみせ、何かを唱えただけで手も触れずに封筒を飛ばしたり開けたりしてみせた。そして、今はこうして炎を自由自在に操っている。手品で出来るような芸当じゃない。もし仮にたった一人でやってのけたという彼の話を信じるならば、果たしてこれだけの事が一介の超能力者に出来るかどうか。精神系に発火系に念動力系、少なくとも三つの能力を持ってないといけない事になるからだ。となれば、考えられる答えは一つ。彼は本当に超能力とは別の力——すなわち魔術——を行使している。つまり、どうやら彼は本当の事を言っているらしい。不本意ながらそう認めざるをえない。

193以下、名無しが深夜にお送りします:2017/01/31(火) 21:21:05 ID:N3QaUzXA
上条「どうやら嘘って訳ではなさそうだな」

Fortis931「やっと信じる気になってくれたようだね」向こうはにっこりしながら、手を差し出して握手を求めてきやがったが当然俺は拒んだ。

上条「待てよ。その話が本当だって事と、俺がその話を信じるかどうかは別問題だ!」
 魔術の実在について納得できても、まだ理解が完全に追いついていないし不満があった。いや、不満しかなかったと言っていい。何をさせる気なのかさっぱりだが、少なくとも相手がかなりの面倒事に俺を巻き込もうとしている事だけは確かだろう。無茶苦茶だ。理不尽だ。

上条「考えてもみろよ。俺は過去の事を何一つ覚えちゃいないし、何より今日退院したばかりなんだぜ。まだ周りの環境もろくに把握できてないのに、いきなりそんな話をされて理解出来ると思うかよ? それも俺を二度も焼き殺そうとした奴に! おまけにその話ときたらよりによって吸血鬼がどうのこうのなんて冗談じみた内容ときたもんだ! 素直に『イエス』なんて言える奴が何処にいる!?」

194以下、名無しが深夜にお送りします:2017/01/31(火) 21:23:14 ID:N3QaUzXA
Fortis931「『冗談じみた』、ねぇ……。本当に冗談ならどれほど良かった事か」
 フォルティスは顎を撫でながらしばらく考え込むように黙り込んでいたが、やがておもむろに口を開いた。

Fortis931「実を言うと、本物の吸血鬼を『生きて』その目で目撃した人間はこれまでに誰もいない。ただ真偽不明の情報だけが漠然と伝えられていただけなんだ。だから魔術師達の中でもこの話を真に受ける者はごく少ないし、僕だって正直半信半疑だった……『ディープ・ブラッド』の存在を知るまでは!」
 何かに怯えているかのような表情で言う。

Fortis931「存在すら定かではない生物の実在を証明し、なおかつそれを前提とする能力……まったく、『卵が先か鶏が先か』よりもタチの悪いジレンマさ。10年前、その女の子がキプロスの小さな廃村で保護された時、周りにどんな光景が広がっていたと思う? とんでもない量の灰だよ、明らかに何か大量の生き物の死骸から生じたとしか思えないほどの!」
 彼は小刻みに震える手で2本目のタバコを取り出して火を点けた。自然と点いたように見えるのは、例によって魔術を使ったからだろう。大量の灰ねえ、そういえば吸血鬼って死んだら灰になるんだっけか。

195以下、名無しが深夜にお送りします:2017/01/31(火) 21:24:13 ID:N3QaUzXA
Fortis931「今の今まで誰も見た事がない。いるのかどうかすら定かでなく、だからいないものとして扱われてきた。それが今更になって、そんな得体の知れない存在を殺せるなんて能力が出てきたんだ。僕にだって訳が分からないよ。何も知らないのにどうやって対処しろと?」

上条「だから、異能の力を打ち消せる俺が必要だって事か。どんな奴だろうと異能から生まれたのなら対処可能だから」

Fortis931「理解が早くて助かります」

上条「ちょっと待てよ!この道のエキスパートであるアンタらですら分からない事が、門外漢で記憶もない俺に分かるわけないだろう!」
 それも、大の男が怖がるほどの事だ。人に何の躊躇いもなく火を放てる人間が。

Fortis931「訳あって本国やこの街に助力は乞えない。頼れるのは君だけだ」
 彼はゆっくりと煙を吐き出した。一服した事で少し落ち着きを取り戻したらしい。相当なニコチン中毒だな。

Fortis931「いいかい? 錬金術の主な目的の一つとして、人間の肉体や魂をさらなる高みへと引き上げる、というのがあるが、人間だけの力ではどうやっても限界があるものでね。語学学校を占拠している錬金術師は、どうやらその限界を克服するために人ならざる存在の力を借りようと思い立ったらしい。そこで不老不死である吸血鬼に目をつけたようなんだ」
 それが乗っ取りの理由らしい。その『ディープ・ブラッド』とやらで吸血鬼を呼び寄せるつもりのようだ。不確かな存在に縋るとは、よほど切羽詰まっていたと見える。普通なら馬鹿馬鹿しく思えるだろうが、今となってはまったく笑う気になれなかった。

196以下、名無しが深夜にお送りします:2017/01/31(火) 21:25:14 ID:N3QaUzXA
Fortis931「病院の件はすまなかった。あの時は詳しく説明しようにも時間がなかったんだ。そして、今回もね」

上条「なんで?」
 病院で脅迫してきた事については、謝罪したので許してやるとしよう。

Fortis931「すでに錬金術師と『ディープ・ブラッド』は接触している事が考えられるけれど、さっきも言った通り力の根源は彼女の血液だと考えられている。それに、能力発動のメカニズムについては何も分かっていないというのが実情だ。当然奴も知らないだろう。だから色々な方法を試すはずだ。もしかすると彼女の身体に傷を付けて血を流させるかもしれない。もっとひどい場合は……」
 その先は言わなくても分かった。焦りすぎてまったく未知のものに頼ろうとするほど分別を失っている奴の事だ。人の一人や二人を殺す事などまったく気にかけないだろう。

Fortis931「それだけじゃない。もし万が一能力が発動してしまった場合、どれほどの数とも知れない『ソレ』がこの街に呼び寄せられるかもしれないんだ。もしそうなった場合、この街に住む多くの人が無事では済まないだろう。当然、その中にはインデックスも含まれる事になる。あの娘の身の安全にも関わると言ったのはそういう訳さ……」

 言い終えると、はっきりと俺の目を見据えた。

Fortis931「今言ったように、一刻を争う事態なんだ。悪いけど詳しく説明している時間はない。そして、正体不明な敵に対抗出来るのは君の右手だけ。勝手な事を言うようだけれど、是非とも君の助けが必要なんだ。だから頼む、協力してくれないかな?」

197以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/01(水) 12:24:49 ID:lrdCLlp6

 さて、どうしたものか。俺は少し考えた。
 フォルティスの真剣な顔つきを見る限り、嘘をついているとは思えない。それに、魔術が存在するのなら、錬金術や吸血鬼が実在したとしてもおかしくなさそうだ。第一多くの人の命がかかっているというのだから、行くしかないだろう。
 結論が出た。この男の話に乗る事にしよう。まだ不安だけれど、謝っている事だしまた殺そうとしてきたりはしないだろう。

上条「一応聞くけど、いつ乗り込むつもりなんだ?」

Fortis931「明日だ。昼時には現地に到着し、日没と同時に行動を開始する」

上条「どうやら時間がないっていうのは本当みたいだな」

Fortis931「ああ。それに、もしこの後雨が降ったらせっかく描いたルーンが全部洗い流されて『人払い』の効果がなくなってしまう。そういう意味でも急がないと」

上条「なるほど……ちょっと考えたんだけど、やっぱり俺もついていくよ」

Fortis931「協力してくれるのかい?」

上条「元々そうするまで解放してくれないつもりだったんだろ? それに、一人よりも二人で取り掛かった方が早く終わりそうだしな」

Fortis931「ありがとう、恩に着るよ」

 彼はニッと笑って再び手を差し出してきた。今度は受け取って、そのまま二人で握手した。さしずめ交渉成立って所かな。
 実を言うと俺の方も、この男に対して少し興味が湧きつつあった所だ。何しろ俺が記憶を失った経緯を詳しく知る人物の一人かもしれないのだ。一緒に行動すれば何か手がかりが得られるかもしれない。

 さあ、後は寮に戻るだけ……おっといけない、部屋で待たせているインデックスの事を忘れていた。

上条「ところで、その間インデックスはどうする? 部屋を空ける事になるからその間誰も守れないぜ?」

Fortis931「彼女については心配いらないさ。第12学区に組織の拠点の一つがあってね、そこで預かっておくよ。なんなら今日からでもいい。大丈夫、仲間なのだから危害を加えたりはしない」

198以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/01(水) 12:28:17 ID:lrdCLlp6
————————


上条「いい子にしてるんだぞ? 夕飯が少ないからって駄々こねたり暴れたりするなよ?」

インデックスは答えず、俺が宥めるために与えたロリポップを無表情でガリガリと齧り続けている。俺は彼女の右隣に立つフォルティスに言った。

上条「悪いな、こんな事してもらって」

Fortis931「構わないさ」

 俺が彼と一緒に寮へ帰ってきた時、インデックスはかなり驚いたようだった。いや、怯えていたとか警戒していたとか言った方が的確かもしれない。行き先については、念のためまた病院に検査を受けに行かなければならないと説明しておいた。うまくごませたようだが、それでも最後まで俺と別れたくなさそうだった。それから食べ物を冷蔵庫にしまうのを少し手伝ってもらったりして、今はまたこうして寮の入り口にいる。二人を見送るのだ。
 彼の提案には感謝している。おかげで助かった。あれだけの量を買ったとはいえ、本当に足りるのかどうか心配だったからだ。しかし、これなら足りない分の食べ物を買いにまた外出したり、彼女の機嫌を損なって噛まれる事を恐れたりせずに済む。買い物の費用が無駄になるじゃないかと思うかもしれないが、正直俺も少し腹が減ってきた所だ。自分の食べる量が確保されるという点でもこの申し出はありがたい。

上条「それで、明日の10時に中央図書館前で落ち合うって話だったよな?」

Fortis931「そう。人の目を引いたり怪しまれたりしないよう、交通機関はなるべく使わずそこから目的地まで移動し、12時頃には現地に到着するというスケジュールだ」

上条「何か身を守るための物は持って行った方がいいかな?」

Fortis931「不安なら構わないけど、役に立つかどうかは分からないよ……ああ、この娘の身の安全については心配いらない、しっかり保証するよ。そうだろ、インデックス?」

 フォルティスはそう言ってニコニコしながらインデックスの方を向くが、彼女は目も合わせようとせずにプイとそっぽを向いた。本当に仲が良いんだろうか。

199以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/01(水) 12:29:13 ID:lrdCLlp6
Fortis931「とまあ、そういう訳で明日はよろしく頼むよ。ああそうだ、さっき渡した封筒のうち、一番下のやつの中身に目を通す事だけは忘れないでくれ。中は僕らが助け出す女の子に関する内容だ。いざ見つけたところで、その娘がどんな顔なのかも知らなかったらどうしようもないからね」

上条「一番下の封筒……ああ、これね」俺は一回り大きい封筒を手に取って示すと彼は頷いた。

Fortis931「それから、さっきも言った通り今回の件はくれぐれも他言無用で頼むよ」

上条「分かってるさ。言ったところで誰も信じないだろうし」

Fortis931「それを聞いて安心したよ。それじゃあ、今日はゆっくり休んで明日に備えてくれ」

上条「ああ、それじゃあまた明日」俺は手を振って二人を見送った。


 二人が去って間もなくザーザー降りの夕立が来た。彼の言った通りだ。例の呪文の効果はすぐに洗い流されてなくなるだろう。いやはや、ここまで考えていたとは恐れ入った。早めに買い物を済ませておいて本当に良かった。
 さて、まずはひとっ風呂浴びて、それからどうするか決めよう。汗をたっぷりかいたせいか身体がべたついて仕方がない。

200以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/02(木) 02:44:30 ID:H2lhaLIc
 俺以外の同居人は皆外出していて、今日は帰ってこないと寮の管理人から聞かされている。つまり、今晩このsuiteにいるのは俺だけ、キッチンも冷蔵庫も俺が貸し切ったも同然だ。なんという偶然。
 衣服類はクローゼットの中かな? そう思って自分の個室に戻り、扉を開けて中を覗いた俺はびっくりして尻餅をついてしまった。ハンガーにかかった服の下、着替えの服(部屋着か寝巻きかは分からないが)とバスタオルが綺麗に畳んで置かれているその隣に自動式拳銃と弾薬箱が置かれているのだ。まさかそんな物があるだなんて思いもかけなかった。人を撃ち殺した事もあるのだろうか。本当に俺は何者なんだ?

 いや、悩むのは後だ。ひとまずクローゼットから見つけた着替えとバスタオルを持って廊下の突き当たりにある共用のシャワールームへ向かう。途中で誰かとすれ違うかなと思ったが廊下にもシャワールームにも人がいる気配がない。他のsuiteの奴もいないのかなと思ったが、よく聞くと廊下に面したいくつかのドアの向こうから楽しげに談笑している声が聞こえる。みんながみんな留守にしているわけではなさそうだ。
 手前の脱衣室で着ていたものをさっさと脱ぐと、そこにある洗濯機のうちの一つの中に放り込んですぐさまシャワールームに入り、バルブを捻る。たちまち熱いお湯が勢い良く出てきて身体中の汚れや不快感を洗い流し、すっかり冷え切った身体を温めてくれたが、同時にものすごい疲れがどっと押し寄せて来た。俺はシャワーにあたりながら備え付けのブラシやスポンジで残った汚れや垢を入念に落とし、最後に髪をシャンプーで洗ってから外に出た。なかなか「気持ちが良い」な、毎日入る事にしよう。

 部屋に戻って来た俺は大広間のソファーに腰掛けて一息つく。身体が重い。それに加え、シャワーで温まった事もあって眠くてしょうがない。俺はそのまま横になった。何もしようという気が起こらなくなってきた。
 でもこのままじゃいけない。眠る前に夕食を食べなくては。それに、目を通さなければいけない書類だってある……。

何のために?

201以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/02(木) 02:45:20 ID:F6wYKy/U
 そうだ、一体俺は何でこんな事をさせられているんだ。俺は再び上体を起こした。初めて目覚めたのが病院で、ようやく退院できたと思ったらテロに巻き込まれ、やっとの思いで帰った来たばかりなのになぜ見ず知らずの他人を助けるために駆り出されなくてはいけないのか。それ自体はいいとしてもなぜ今なんだ。俺は大怪我していたんだし、第一自分が何者なのか全く覚えていないんだぞ。
 頼んで来たあの「魔術師」とやらにしたって、俺が記憶喪失だって事を知っているのならもっと詳しく教えてくれてもいいはずだ。どういう経緯で記憶を失い、元々どういう人間だったのか、と。それなのに説明の一つもなしだ。自分の素性すらろくに明かさなかった。
 要求に応じた俺も俺だ。ああなる前になぜ無視しなかったんだ。あんな状況になったらもはや拒否権など存在しないも同然じゃないか。あんな事を言われては断りようがないし、断ろうものならあの炎で焼き殺されていたかもしれない。
 おまけにあいつ、インデックスを連れて行きやがった。いや、預けたのは俺だ、俺のせいだ。俺とあの娘がかつてどんな関係だったのか皆目見当がつかないが、少なくとも彼女の身に何かあったら俺の責任となる事だけは確実だろう。
 
 シャワーを浴びて頭がスッキリしたためか、ようやく自分のしでかした過ちの重大さに気がついた。いや、落ち着いて冷静な思考が戻ってきたためかもしれない。暑さでどうかしてたなんて言い訳はできない。我ながらとんでもない事をしちまったものだ。
 苛立ちですっかり目が覚めてしまった。同時に空腹である事にも気付く。そうだ、夕食にしよう。腹が減っては何とやらだ、まずは食べなければ始まらない。これからどうするか考えるのは食事しながらでも遅くはないだろう。

202以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/02(木) 02:46:19 ID:F6wYKy/U
 料理をやった事はないが知識ならある。しようと思えば出来ない事はないだろうが疲れていてとてもそんな気は起きない。ごく簡単に、TVディナーで済ませるのでいいか。食器洗いの手間も省ける。

 冷蔵庫に備え付けられた冷凍庫からパッケージを一つ出す。その中からフライドチキンやミックスベジタブルやポテトフライといった料理の入った金属製トレーを取り出し、コンビオーブン(普通のオーブンとしての機能だけでなく、電子レンジ、蒸し器など様々な機能を持っているからこの名前がある)の中に入れてスイッチを押す。
 そして温まるのを待つ間、居間のテーブルに皿とフォークを用意し、買って来たパンを切っていると、テーブルの端に置かれた例の封筒が目に入った。

 そういえば、中の書類に目を通しておけって言っていたっけ。

203以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/02(木) 02:46:53 ID:F6wYKy/U
 そうだ、明日あいつに会った時にあれを顔めがけて叩きつけてやろう。そして言うんだ、インデックスを帰せって。顔も知らない女の子よりそっちを助ける方が大事だ。でもその前に、一通り読んで内容を確認しておく事は必要だろうな。
 うち一つを取り上げる。正面にデカデカと"TOP SECRET"(最高機密)の印字。ひょっとして、これってこの街の政府が直々に命じた事なのかな?そんな事を考えながら中身を取り出す。クリップでまとめられた書類の束がいくつか出て来た。
 そのうち一つを取り上げて読む。どれどれ、内容はいくつかの証言についてまとめられたものだ。女の子の暮らす学生寮の管理人は彼女が何ヶ月も部屋に戻って来てないと言い、周辺の学区でも彼女がスーツ姿の男達に連れられて歩いているのを目撃した者が何人もいるという。彼女の服装は……。

 チンという音が鳴った。音のした方向を向くと、オーブンからのようだ。料理が温まったという合図だろう。読み終わったら取りに行こうと思い、視線を戻そうとした瞬間、手に強い熱を感じた。慌てて手を離す。
 なんてこった。テーブルの上に落ちた書類は俺の目の前で瞬く間に燃えて、消えて無くなってしまった。まだ読んでいる途中だったのに。そういえばあいつ、一度読み終えたら燃えるようになっているって言ってたっけな。仕方ない、あとは食いながら、ゆっくり慎重に確認するとしよう。

204以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/02(木) 02:48:21 ID:F6wYKy/U
 TVディナーの味は悪くない——美味かった。昼間のイタリアンほどではないが、少なくとも入院中の食事よりもいい。とはいえ、少し野菜が少なすぎる。何日も連続で食べる物ではないだろうな。

 さて、読み始めますか。

 ポテトを刺したフォークを片手に書類を手に取り、読む前に紙の裏側を調べる。やっぱりあった。括弧(ブラケット)のような小さな印が隅に描かれている。
 大方、例によってルーン文字とやらを使った魔術をかけて燃えるように細工してるんじゃないかと思ったが、ビンゴ。右手で触るとあの音が小さく鳴った。それを他の書類にも行う。これで何度でも読み返せるな。俺は安心して書類を読み始めた。

 いずれの内容も、中に未知の空間があり、そこに誰かが囚われている事を示すものだった。建物内部の見取り図には外から超音波などで探信した結果と食い違いがある事が赤いインクで書き込まれ、一緒に束ねられた竣工当時の設計図では人が一人生活できるだけの部屋を新たに作る事が十分に可能である事が示されている。どうやって調べたのか知らないが、電気料金明細書の数字はすべての部屋の使用電力量を勘定した結果よりも大きなものだ。
 書類の内容が嘘でないとすれば、どうやら彼の話は本当らしい。そうとなればより詳しく知りたくなるものだ。監禁されている女の子は誰なのか、犯人の目的は何か。

 俄然興味が湧いて来た俺は食べ物を一息に頬張ってあまり美味しくない水道水(これからはミネラルウォーターを買う事にしよう)で一気呵成に流し込んでから他の封筒を飛ばして一番大きな封筒に手を伸ばした。確か女の子に関する情報はこの中だったよな。


 『ディープ・ブラッド』なる物々しい名前の超能力者。一体どんな顔をしているんだろう。

205以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/02(木) 02:49:45 ID:F6wYKy/U
 意外な事に中身はたった一枚だけのようだった。いや、よく見ると上の方に小さな紙がクリップで留めてある。顔写真だろうか。取り出した瞬間、小さな紙だけクリップから抜けてテーブルの上に伏せた状態で落ちた。
 書類はどうやら彼女が通う学校の在学証明書のようだ。彼女と所属校の名前が書かれている。

 アイシャ・アリンナ。それが彼女、『ディープ・ブラッド』の本名らしい。ミスティ・ヒル校の10年生、俺と同級生のようだ。

 ふむ、なるほど。さて、お次はお顔を拝見させてもらうとするか。写真か肖像画かは知らないが、これで合ってるよな。俺はテーブルの上から小さな紙を拾い上げ、顔の前に持って来て、





上条「…………!」

 言葉が出なかった。出るはずもない。こんな物を見せられては。
 紙はアイシャ・アリンナの顔写真だった。そして、その顔には確かに見覚えがあった。
見間違えるはずがない。昼間イタリア料理店で出会い、そして見送ったあの娘だ……!

206以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/02(木) 02:50:24 ID:F6wYKy/U
 そういえばインデックス、あの衣装が古代ギリシャの女性神官の物だって言ってたな。彼女が教団の中で一種の巫女としての役割を与えられていたと考えればあんな恰好をしていた事に説明がつく。
 しかし、なぜあんな所にいたんだろう。監禁されているなら外に出られないはずじゃないか。俺はそこで彼女が何と言っていたか思い出した。

『3$。帰りのバス代』

 彼女は逃げている途中だったのではないか。別れる時に黒スーツ姿の男達に連れて行かれたところも他の学区での証言と一致する。きっと隙を見ては何度も逃げ出し、その度に見つかって連れ戻されていたんだろう。

『買いすぎ。無計画』
『やけ食い』
『10¢(セント)。今の全財産』
 じゃあなぜ、追われる身であるのにもかかわらず貴重な所持金をすり減らしてまで買い物だの食事だのと悠長な事をやっていたのか。もしかして、着の身着のまま逃げ出して来た彼女には、この街の交通機関の賃金があまりにも高すぎたのではあるまいか。

 僅かな区間だけでも、なけなしの金はみるみるうちに減って行く。さりとて歩いて行く訳にもいかない。何しろこの治安の悪さだ、途中で命を落としてしまっては元も子もない。どうしようもなくなった彼女は逃亡を諦め、せめて最後の思い出作りをと買い物や食事に勤しんでいたのではないか。
 いや、それだけじゃない。

207以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/02(木) 02:51:15 ID:F6wYKy/U
『——。それは良い案』
 きっと彼女は、あの店での出会いに一縷の望みを残していたのだろう。誰か親切な人が交通費を貸してくれる事に期待をして。しかし、願いは叶わなかった。
 そんなに嫌だったのか。そこまでして自由になりたかったのか。自分は預言などしないというあの発言も、自分をそのように扱う教団に対する抵抗だったんじゃないのか。
それでも彼女は、『迎え』が来た時に一切抵抗する素振りを見せず、大人しく連れて行かれた。すぐ近くにいた俺達に何も言わずに。それは、無闇に助けを求める事で俺達をトラブルに巻き込んではいけないと彼女なりに考えたからではないのか。つまり、俺達を守ろうとしたのだ。
 そんな彼女に対し、俺は一体何をした。所持金が少なくて交通費を出せなかった事は仕方ないとしても、彼女が乞食ではないかと疑い、まともに取り合わなかった上あまつさえ狂人扱いした。いや、財布の金にしてもたとえ少額だったとしても貸してやるべきだったのではないか。無一文であるのよりは多少なりとも希望が持てるのだから。

208以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/02(木) 02:52:54 ID:F6wYKy/U
 全ての謎が解けた今、責任の所在が誰にあるのかはっきりした。俺のせいだ。
 俺は再び苛立ちを覚えた。先ほどとは理由も大きさも段違いの、かつてないほどの苛立ち、いや怒りだ。彼女を物扱いするミタウ・インターナショナル・カレッジに、それを奪いに来た錬金術師に、自分を犠牲にしてまで最後の希望を踏みにじった奴の身を案じる彼女に、そして自分自身に対して。
 グッと唇を噛み締める。昼間のように口の中に血の味がしたが今は全く気にならない。記憶を失う前の俺の行動原理や交友関係など関係ない。これは俺の問題、今の俺自身の問題なんだ。嫌がるどころかむしろ率先して行かなければいけない。

 クソッ、どうしたらいい。俺は立ち上がって大広間を行ったり来たりする。悠長に飯なんぞ食ってる場合ではない。腹ごしらえはもちろん大事だろうが、他にやるべき事があるのではないのか。今この瞬間にも助けを求めている人がいるんだ。そして、それは本来俺が受けるべき痛みなんじゃないのか。

 ふとある事を思い出し、俺は個室に駆け戻った。すぐさまクローゼットに向かい、扉を開く。あった。先ほどと変わらずに、拳銃と弾薬箱が。拳銃を手に取り、弾倉を抜き出して中を確認する。弾が何発か抜けている。
 脇の弾薬箱はいくつか積んであり、そう簡単になくなりそうにはない。そのうち一つを取り上げ、中から弾を何発か取り出して装填した。
 俺はバス代を出して欲しいという希望を裏切ってしまった。だから別の形で応えさせてくれ。

 待ってろ、もう誰かに運賃をせびらなくてもいいようにしてやるからな。

209以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/02(木) 09:53:08 ID:F6wYKy/U
>>208 訂正がございます。何度もすみません

脇の弾薬箱はいくつか積んであり、そう簡単になくなりそうにはない。そのうち一つを取り上げ、中から弾を何発か取り出して装填した。

脇の弾薬箱はいくつか積んであり、そう簡単になくなりそうにはない。そのうち一つを取り上げ、中から足りないぶんの弾を取り出して装填した。フォルティスは持っていっても役に立つ保証はないと言っていたが、それでもないよりはマシだ。

こちらでお願いいたします

210以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/04(土) 11:22:20 ID:AHxBuyX6
また、最後の文ですが

待ってろ、もう誰かに運賃をせびらなくてもいいようにしてやるからな。

待ってろ、もうバス代なんかなくたって自由の身になれるんだ。

こちらでお願いいたします。

211以下、名無しが深夜にお送りします:2017/02/06(月) 21:41:29 ID:qOCLR06A
また、Fortis931の読み方について「フォルティス」とお書きしましたが、英語風の発音の「フォーティス」に直させていただくという事でお願いいたします。
それから、学園都市の「人工島」だという設定について、検討の結果やはり無理があると思われましたので島という設定はなしにさせていただくことになりそうです。(詳しくは後ほどお知らせします)

何度も申し訳ございません

212以下、名無しが深夜にお送りします:2017/03/16(木) 05:43:09 ID:tpdSqRyM
まだ?

213以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/30(水) 01:51:25 ID:c0t5ln5k
長らくお待たせして大変申し訳ございませんでした。
それでは再開いたします

第7学区中心市街地、学生寮より歩いて20分ほどの場所――


 真っ白な壁とその大部分を占めるガラス格子窓が目を惹く、中央図書館の巨大な建物。その正面を突っ切る歩道の傍に彼はいた。タバコを燻らせた背の高い神父なんてどうやっても見間違えようがないだろう。俺達は互いに軽く手を振ってあいさつした。

Fortis931「道に迷ってはいないかと心配したが、時間ぴったりとはね。なかなか幸先のいいスタートだよ」微笑みを浮かべながら言った、ように見えた。こんな言い方をしたのは光が図書館の壁に反射しているせいで当たりが眩しすぎ、相手の表情をまともに確認できないからだ。

上条「そりゃどうも」目を伏せながら返事をする。

Fortis931「昨日渡した書類はもちろん確認してくれただろうね?」

上条「もちろん。誰を助けに行かないといけないのかも分かっているさ」そして、俺がすでにその人物と面識を持っていたってことも。

Fortis931「それを聞いて安心したよ。ああ、インデックスについては心配いらない。厳重な結界で守っているからね」

上条「それはよかった」正直、今はインデックスよりもアイシャ・アリンナの方が気掛かりだ。それにしても眩しい。そろそろ目を開けるのが辛くなってきたな。

上条「さて、お互いあいさつも済んだ事だし、そろそろ行こうぜ。こんな暑い中ずっと立ち話している訳にもいかないだろ?」実際、昨日と同じくらいかそれ以上の暑さだった。空は機能にも増して晴れ上がり、既に太陽もかなりの高さに上がっている。昨夜降った雨のせいか、湿気も増えているようだ。
 俺の昨日と打って変わった積極的な姿勢に彼は少し驚いた様子だった。
 
Fortis931「どうしたんだい? 今日はやけに乗り気じゃないか」

上条「いや何、どうせやるならさっさと終わらせた方がいいんじゃないかと思ってね」まさか俺が彼女と会話を交わしたことがあるだとか、昨晩は罪悪感と後悔のためにロクに眠れなかっただなんて言うわけにもいかない。

Fortis931「そうかい。でも確かに、前向きに協力してくれるのはこちらとしてもありがたいよ。君の言う通り、そろそろ出発しよう。話なら歩きながらでもできるからね」

214以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/30(水) 02:30:42 ID:c0t5ln5k
第17学区は街の中心にある湾の北部に位置し、マイアミ港の一角をなす工業団地だ。ここから北へ、海沿いの道を進んだ先にある。1時間も経たないうちに着くはずだ。

Fortis931「そういえば、これから戦うチューリヒ学派の錬金術師の素性についてまだ話してなかったね」道すがら、ふとフォーティスはこう切り出した。海の上を飛び交う海鳥を眺めていた俺は彼の方を向いた。

Fortis931「オーレオルス・アイザード。それが僕らの当面の敵の名前さ」
 当然ながら全く聞き覚えのない名前だった。彼の言葉から判断して、どうやら今日が初めての顔合わせだと考えてよさそうだ。

Fortis931「彼のオーレオルスという名は、彼の祖先である偉大な錬金術師の名前からもらったものなんだ。フィリップス・アウレオルス・テオフラストゥス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイムという長大な名前の、その一部からね」そういわれてもピンと来ない。小首を傾げていると、彼は笑って言った。

Fortis931「おっと失礼、君達にはむしろパラセルススという名の方が馴染み深かったかな?」

上条「あー……」それなら知っている。

上条「スイスの医者だったっけ。確か初めて本格的に化学を取り入れた医薬品を作った人だったよな。それで伝統を重んじる学界と対立したとか……」

Fortis931「医者、か。なるほど、確かに世間ではそういう事になっているらしいね」

上条「違うのか?」

Fortis931「いや、概ねその認識でも誤ってはいないが……彼は錬金術の分野でも高名なんだ。それこそ世界で一、二を争うほどに。誰かしら一度は耳にしたことがあると思ったんだけどね。やはりこの街の人間は例外ということか……」最後の方は小さくなり、ちょうど脇をトラックが通り過ぎたこともあってよく聞き取れなかった。

上条「何だって?」俺は相手にも聞こえるよう声を張り上げた。

Fortis931「いや、何でもないさ、ただの独り言だから」
ああそうかい。俺はまた海鳥の群れに視線を戻そうとしたがまた呼び止められた。

Fortis931「ところで君、錬金術についてどれくらい知ってるのかい?」

215以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/30(水) 02:33:28 ID:c0t5ln5k
どれくらいかって? まさか相当知らないとお話にならないとか言うんじゃないだろうな?

上条「そこまで詳しいってわけじゃないけど…」

 俺は知っている事を一通り話した。鉛などのような卑金属から完全な物質である金を生み出す試みだったとか、中には詐欺を働く輩もいたとか、科学の発展に大きく寄与したとか……。

Fortis931「なかなか詳しいな、驚いたよ。それだけ知っていれば及第点といってもよさそうだ」言葉と裏腹に大して心を動かされていないような口ぶりだ。

Fortis931「とはいえ、その知識だけでは十分とは言えないね。世間で言うところの、つまり君たちの考えている錬金術と、僕たちの世界でいう錬金術とでは意味合いが少し異なってくるのさ」

上条「と言うと?」

Fortis931「錬金術といえば、不老不死の薬を調合したり鉛を金に変えたり、なんていうイメージが強いけれど、それらは皆本来の目的を達成するために行う実験の副産物に過ぎないんだよ」

上条「実験か…」

人為的に設定された一定の条件の下で物の変化を観察し、ある理論や仮説が正しいかを確かめる事。まあ、実験とはそんな意味で大体合っているだろう。科学の分野で最も用いられる研究手段だ。でたらめに薬品やら金属やらを調合してそうなイメージのある錬金術にもそんな要素があったとは意外だ。これから出会う錬金術師とやらがどんな奴なのか全く想像がつかないが、最終目的が途方もないというだけでそれ自体は案外地に足のついたものなのかもしれない。ご先祖様が立派だったってだけで、実は大した事ないのかもな。

216以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/30(水) 13:29:51 ID:c0t5ln5k
 でもそうだとしたら、「魔術師」の世界で言う錬金術と世間一般で言うところの錬金術との意味の違いとは一体?

上条「やっぱり公式とか定理を調べるのが目的なのか?」

Fortis931「そう。だが錬金術師には、その先に究極的な目標がある。そこが科学者との違いさ」

上条「世界の秘密を知るとか、そんなことか?」

Fortis931「中らずといえども遠からず、って所かな。彼らの究極的な目的は――」
 彼は一拍おいてから続けた。

Fortis931「世界のすべてを頭の中で再現する事さ。全ての法則を理解し、すべての謎を解き明かす事ができれば、世界をそっくりそのまま模して頭の中に構築できる事ができる」
 
上条「ふーん、なるほど。なかなか壮大な夢をお持ちのようですな」

 彼は期待していたような反応が得られなかったのか、意外そうな表情をしている。もっと驚いた方がよかったかな。

Fortis931「その様子だとよく理解できてないようだね。それがもし仮に実現したらどれだけすごい事なのか」

上条「だって、常識的に考えてあまりにも非効率的だろ? シミュレーションがしたいのならそういう道具を作ればいいだけの話だ。そうでなくても紙に数式を書きつけるなりすればいいのに、わざわざ脳みその中で再現しようとするなんてどうかしてる。脳は完璧な器官じゃないし、人間は誰しも間違いを犯すものだぜ」

 それを聞いてフォーティスはフフッと笑った。

Fortis931「だから、科学者とは違うって言っているじゃないか。彼らは別にクルタ計算機やENIACが欲しいわけでも天気予報がしたいわけでもないよ」

上条「じゃあ何だって言うんだよ?」

217以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/30(水) 17:05:34 ID:c0t5ln5k
Fortis931「仮に自分の頭の中に思い描いたモノを、現実世界に引っ張り出せたらどうなると思う?」

上条「……」

 俺は答えなかった。フォーティスは構わず続ける。

Fortis931「魔術において、『頭の中の想像を現実に持ってくる』という手法はよく使われるものでね。『頭の中で正確に世界を思い浮かべる』力を有するということは、とりわけ彼ら錬金術師の中では大きな意味を持つのさ。『世界の全て』を己の手足として使役できるということに他ならないからね。天使や悪魔はおろか、神までも」

上条「……」

Fortis931「もちろん、とても難しいことだ。雲の流れ一つをとっても、気温や大気の動きなど様々な『法則』が支配している。ましてや世界全体となれば、その数は途方もないだろう。それらにもし一つでも誤りがあったら全部パー、召喚したところでたちまち消えてなくなってしまう。いびつな翼が空を飛べないのと同じで・・・・・・さっきからずっと黙りこくっているけど僕の話を聞いているのかい?」

上条「・・・ん!? ああ、悪い悪い。ちょっと難しかったもんだからついつい考え込んじまってさ。もう一回話してくれないか。頭の中で想像したものが何だっけ?」

 別に聞いてなかったわけじゃない。話の内容に思考が追いつけずにいただけだ。何を言っているのかさっぱり分からない。


Fortis931「『頭の中で正確に世界の全てを構築し、それを現実に引っ張り出して自由自在に使役する事』。それが彼らの目指す境地、そう言ったんだ」

あるいは、「分かりた」くなかったのか。

218以下、名無しが深夜にお送りします:2017/08/31(木) 01:38:33 ID:YcYhQ0Jo
Fortis931「『万物が一者より来たり存ずるが如く、万物はこの唯一者より変容によりて生ぜしなり』――錬金術を学ぶものが聖典と見なしている『エメラルド板』という古い魔導書の一節だよ。この書物の中には他にも『唯一者の奇跡の成就に当たりては、下なるものは上なるものの如く、上なるものは下なるものの如し』という文もある。全ては一者より流れ出て、また一者に還元される。本来反対であるもの同士の一致によって絶対的な完全は実現する……これが彼らの思想。そして、彼らの最終的な目標の一つが、自己の頭の中にある主観的でミクロな主観世界と物質で構成されたマクロな実世界――その相反する世界を完全に一体化させることなのさ」
 一部よく聞き取れなかったが、概ね意味はわかった。  

上条「それってつまり……」

Fortis931「魔術が完成した暁には、この世界そのものを自由自在に操ることができるようになる。彼らの理論に従えばね。どうだい、これで理解してもらえたかな?」

恐怖を感じるというより、気が遠くなりそうだった。彼の語った事が正しいとするならば、俺たちは途方もない相手に挑もうとしているのかもしれない。しかし、その割にはなぜか言った本人が落ち着いているように見える。

上条「ああ、おかげで分かったよ。でもさ、そいつってかなりやばいんじゃないのか」

Fortis931「どうして?」

上条「だって、この世界そのものが敵に回ることになるんだぞ。そんなのどうあがいても勝ち目なんてないだろ。他ならぬ自分たち自身がその倒すべき『世界』の中に含まれてるんだぜ? 自分で自分を殴る結果で終わるのが目に見えてるって。さっきから余裕綽々に見えるけど、そんなに勝てる見込みがあるのかよ?」

 彼はにやつきながら答えた。

Fortis931「その点については心配する必要はないさ。安心するといい、きっと君の懸念はすべて杞憂で終わるだろう」

上条「なんでさ? だってやばいんだろ、その錬金術とか言う奴」

Fortis931「確かに脅威であることには変わりないね。もっとも、完成していた場合だが」

219以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/01(金) 01:46:02 ID:uof4xNkk
上条「完成していた場合? ってことは…」

Fortis931「そう。錬金術は、いまだ完成されていない学問なんだよ」

 フォーティスは吸い殻を吐き出すと勢いよく海に投げ捨てた。とても司祭のやることとは思えない。

Fortis931「例えば君、もし世界の全てを――砂浜の砂粒一つ一つから夜空の星の一つ一つに至るまで――語りつくせと言われたらどうする? とても生きているうちには終わらないと思うだろ? 僕なら3世紀あっても足りないと思うね」

彼は次のタバコに火をつけながら言った。

Fortis931「実は呪文自体は完成しているんだよ。ただ、それを唱えるには人間の寿命はあまりにも短すぎるのさ。何しろその内容は世界そのものについてなのだから。努力はしているみたいだよ。無駄を省いて少しでも短くしようとしたり、細かく区切って親から子へ、子から孫へと少しずつリレー式に詠唱させたりとか……」

上条「でも、まだ成功したものはいない、と」

Fortis931「その通り。完成された呪文に無駄など存在するはずがないし、代々子孫へ口伝てしてゆくと途中で内容が少しずつ変わってしまうだろうしね。でも、もし寿命を持たない生き物なら?」

上条「……どんな長い呪文であっても唱えきることができる。なるほど、それが吸血鬼の力を欲しがる理由……」

Fortis931「あるいはただ単に学究的な動機かもしれないけどね。でも、その可能性が高いだろう」

上条「そうか。なら安心しても大丈夫そうだな」口先だけでなく俺は心からほっとしていた。

 初対面の相手だとしてもどうにかうまくいきそうだ。実在するのかどうかすら怪しい
生き物をあてにするほど取り乱している奴だから。もっとも、本当に思慮分別を失っている
としたら何をしでかすか分からないということが懸念されるのはまた別だが。

220以下、名無しが深夜にお送りします:2017/09/10(日) 03:07:25 ID:No78S1s2
Fortis931「僕がオーレオルス・アイザードを恐れるに足りないといった訳は他にもあって・・・おっと、それについて話すのは着いてからでも遅くないだろう。ほら、見えてきたよ」


 橋はとっくに渡り終え、倉庫やコンテナヤード、荷降ろし用のクレーンが立ち並ぶ埠頭の一つにたどり着いていた。彼が指さした先は歩道が整備され公園や商店が立ち並ぶ一区画。そこにその建物はあった。いや、建物「群」というべきか。
12階建ての、この辺りでは特に珍しくもない白くて四角いビル。それが、十字路を中心として四棟立ち並んでおり、その間の空中を渡り廊下(スカイウォーク)が道路をまたぐように巡らされている。学校というよりむしろビジネス・ホテルとでもいった方がいいような風情。

上条「すると、あれが・・・」

Fortis931「そう。ミタウ・インターナショナル・カレッジ、アカデミック・シティ支部校。僕らの目的地であり、敵の本丸だよ」

221以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/25(水) 17:06:40 ID:IjvM2ono
 この後の計画について尋ねてみたところ、行動を始めるのは陽が沈んでからで、それまでは周辺で待機する、とのことだった。明るいうちに動くと人目につくからだという。俺たちはひとまず近くのカフェの窓際の喫煙席で暑さを凌ぎつつ時間を潰すことになった。その間に注文するミルクセーキ代やサンドイッチ代はフォーティスが持ってくれると言ったのでご厚意に甘えることにした。

上条「悪いな、いろいろと世話をかけて」

Fortis931「いいってことさ。親友からのおごりだと思って、気兼ねせずゆっくりしてくれよ」

上条「ありがとさん」

一体俺は恵まれているのやらツイてないのやら。

上条「しかし……」俺はガラス窓の向こうにそびえ立つ『新興宗教』の牙城に目をやる。

上条「近くで見るとこう、なんというか今一つぴんと来ない建物だよな」

Fortis931「寺院の割にはあまりにも地味すぎるってことかい? そりゃそうさ、建物そのものはそんな目的のために造られたわけじゃないからね。あれは元々1920年代の不動産ブームの折にホテルとして建設され、先の大戦中に陸軍病院に転用されたきりそのまま放置されていたのをミタウ・インターナショナル・カレッジが購入したものさ。そのとき空中の所有権も丸ごと買い取られ、各棟を結ぶ渡り廊下が増築されたそうだ。ここら辺の経緯はむしろ君たちの方が詳しそうだがね」

上条「なるほど。建物丸ごと学校なのか」

 この中から彼女の居場所を探すとなると骨が折れそうだ。

Fortis931「しかし、いくら外見が普通でも、どこか異常だとは感じられるだろう?」

言われてみれば、確かに変だ。通りに面したビルの玄関だけ人の影がまばらだ。時々そこから中に入っていく人はいても、外へ出てくる人間は誰もいない。昼時だというのに。

Fortis931「ここ一か月間、あそこから外に出てきた人数は片手で数えられるほどさ。月に一回、食料や物資を運んでくるトラックが来るんだが、いつも裏口でのやり取りで終わっている。だから異常性には気づかない」

上条「なるほどね」

 それは普通じゃないな。今も中に多くの生徒が捕らえられたままだとすればとんでもないことだ。

222以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/25(水) 17:09:32 ID:IjvM2ono
上条「……それで、他の訳について知りたいんだけど」俺は視点をフォーティスに戻す。

Fortis931「何の?」

上条「何のって・・・そりゃあ、さっき言ってた理由さ。そのオーレオルスとかいう奴に対してそれほどビビらなくていいっていうのは何故なのかってことについてだよ」

Fortis931「ああ、それね」フォーティスは新たなタバコに火をつけた。

Fortis931「・・・実は錬金術師なんて名前の商売は存在しないんだよ」

上条「へ? でも、今さっき『錬金術師』って・・・・・・」

Fortis931「それは一種のあだ名みたいなものさ。いや、蔑称といってもいいかな。僕らの業界において、占星や錬金、召喚などというのはいわば教科のようなものさ。一通り基礎を身につけた上で、自分に合う専門分野を見つけてゆくのさ。そして、専門じゃない『教科』も一応は教養として嗜んでおくのが普通の魔術師のあり方なんだ。だけどオーレオルスときたら・・・」彼は言いながら笑い出した。

Fortis931「錬金術以外はからっきしダメでね」

上条「なるほどな」

 これには思わず俺もつられて笑ってしまった。唯一の得意分野が実現不可能な机上の空論なんて世話がないにもほどがある。恐ろしいどころかむしろ気の毒にすら思えるほどだ。

223以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/25(水) 17:10:06 ID:IjvM2ono
Fortis931「それに、奴はとても荒事に向いている質とは言えない。あいつは元々ローマ正教(Roman Orthodox Church)で隠秘記録官(カンセラリウス)という職についていたんだが…」

上条「ちょっと待った。カン・・・何だって?」

Fortis931「カンセラリウス。C・A・N・S・E・L・L・A・R・I・U・S。教会のために魔道書を書く人間のことさ。教会と敵対する魔術師がどのような魔術をつかってくるか、それに対してどうやって対抗すればいいか、いわば対策マニュアルを書く仕事。本来魔術はご法度の教会内において魔術の使用が認められている数少ない特例の一つさ」

 ローマ正教といえば、旧教(カトリック)諸派の中でも最大の信徒数と規模を誇る宗派だ。しかし、まさかそんな職業があるだなんて思いもしなかった。

上条「なるほど。それにしても、君たちの事情についてはよく分からないけど、そんな話俺にして大丈夫なのか? それ一般人に知られたらマズい類の情報じゃ…」何かとんでもない秘密を知ってしまったようで、俺は内心焦りを感じている。

Fortis931「何を言っているんだい? 君は十分立派な関係者じゃないか、心配するなよ。おっと、話が横道にそれたね。とにかく、そんな仕事をしていたこともあって、奴は知識こそ豊富だが力比べはさっぱりなんだ。生来実戦よりもデスクワークや頭脳労働が得意な、いわゆる典型的なホワイトカラーなのさ。自分から前線に赴くようなタイプじゃない。奴に出来ることといえばせいぜい器用な手先を生かした小細工――例えば校舎を要塞化して侵入者を拒む無数のトラップを仕掛けるとか――くらいさ。おまけに十八番の魔術ときたらとても人間にはできないような絵空事ときている。たぶん君でも問題なく勝てるよ。しかし――」

上条「そうかい、それを聞いて安心したよ。ところで、ずいぶんと敵の事情に詳しいようだけど、ひょっとしてソイツと知り合い?」

Fortis931「なんだい、いちいち人の話の腰を折らないと気が済まないのか君は。僕が誰の知り合いだろうとどうでもいいだろう? ああそうさ、友達でも何でもなく、ちょっと面識があっただけだがね。だけど今はどうだっていいだろう、敵同士なんだから」 
今までにこやかだったのに、急に機嫌が悪くなった。これはマズい、何か怒らせるようなことを口走ってしまったか。

上条「そうかい、いや悪かった、ごめんよ」

Fortis931「ふむ……まあ、いいだろう」

 また元の調子に戻った。どうやらこいつ自身の素性についてはあまり知ろうとしない方がいいみたいだ。

224以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/25(水) 17:11:32 ID:IjvM2ono
Fortis931「とにかく、オーレオルス自体は別に脅威じゃないんだ。問題は、彼が隠秘記録官だったことさ。教会内どころか世界でも数少ない、ね」

上条「・・・元はかなり偉い人だったってこと?」

Fortis931「当たり。教会の中でも高い地位と権力を有し、重責を担っていた者が主命に背いて突然出奔し、尚且つ異端行為に手を染め始めたんだ。教会側からすれば飼い犬に手をかまれたも同然さ。その『背信』の罪を罰するためなら彼らは戦争も辞さないだろう」

 戦争、と聞いて、思わず背筋にぞわりと寒気が走った。

上条「要するに、世界規模で指名手配されている賞金首のお尋ね者と?」

Fortis931「そういうことさ。いや、奴の首に賞金がかかっているのかは知らないけどね、連中も表ざたにすることなく秘密裏に始末したいだろうし。しかしライバルが沢山いることには変わらず、そして彼らが僕らにまで矛先を向けてこないという確証はどこにもないんだ。ほら、例えばそこにいる奴とかね」
 俺はフォーティスの指さした方向を向いた。カフェの奥の席に体格のいい一人の男が掛けている。しかし、どこか常人とは異なる異様な雰囲気を漂わせている。なんと形容したらいいのかわからないが、とにかく普通じゃない様子。さっきから何も注文せず、ずっと窓の彼方、ミタウ・インターナショナル・カレッジの方を瞬きもほとんどせず見据えているのも変だ。

上条「いや、確かに変だとは思うけどさ、いくら何でも早急過ぎないか? ちょっと挙動や雰囲気が変わってるだけで決めつけるなんて」俺はまたフォーティスに向き直りながら言った

Fortis931「いや、あれは間違いなくローマが送り込んできた刺客だね。同じ臭いがする。同業者だから分かるのさ、僕は。とにかく、面倒なことになる前にさっさと解決させたい。だから君を呼んだんだ」

 そして彼は立ち上がりながら言った。

Fortis931「悪いが少し席を開けさせてもらうよ。ちょっとやらなければいけないことがあるんでね」

彼は近くにいたウェイトレスを呼び止めて頼んだ飲食物の勘定を済ませると、店の隅にある木の板で囲われた公衆電話のブースに歩いて行った。

225以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/25(水) 17:12:16 ID:IjvM2ono
上条「ライバルは沢山、か…」

 言われてみれば確かにそうだ。自分たちとは別の理由で錬金術師打倒のため動いている勢力だって沢山あるだろう。何しろバックには世界宗教がついているんだから。しかし、いくら目的が同じだからって、彼らが自分たちに友好な態度をとってくれるとは限らない。むしろまとめて始末されるかもしれない。
 それに大勢の思惑が絡めば絡むほど問題は複雑にこじれてゆく一方だし、一度に様々な勢力が一斉に大挙して押しかけて大混戦、といった事態になれば必要以上に犠牲者が出るかもしれないのだ。
俺は懐に手を入れ、隠し持った銃の感触を再び確かめる。できればこんなものを使うことなく済んでほしい。しかしそれならば、なおさら迅速な解決が求められるだろう。せいぜい話し合いくらいで平和的に収めたいものだが。

 そんなことを考えながらフォーティスのいる電話ブースの方に目を向ける。相手と口論・・・になっているのだろうか。さっきからいったい誰と話してるんだ?
あ、目が合った。

Fortis931「代わってくれ。彼女はどうやら君と話しがしたくて仕方がないらしい」

226以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/25(水) 17:14:48 ID:IjvM2ono
 『彼女』? 俺は言われるままブースに歩み寄り、差し出された受話器を受け取って耳に当てた。電話越しなので少し変わってはいたが、確かに聞き覚えのある声だった。

インデックス「トーマ、大丈夫? けんさ?っていうやつに行かなきゃいけないみたいだけど、何か変なことされたりしてない?」

 開口一番に俺の心配をしてくれるとは。やっぱりあの娘に間違いないようだ。そういえば今日初めて会話を交わしたんだったな。俺は彼女の声が聞けたことでほっとした。

上条「ああ、大丈夫さ。検査はこれからだからな。少し時間はかかると思うけどなに、今日中に帰れるはずだから安心してくれよ。気遣ってくれてありがとな」

インデックス「ううん、お礼には及ばないんだよ。それにしても、私は電話なんて使ったの今日が初めてだからびっくりしたんだよ。トーマって普段からこんなややこしくて心臓に悪いものを使いなれてるの?」

 なんと、このご時世において電話が一般的な道具だという概念を持ってないとは! どんな過去を持っているのかは知らないが、およそ文明社会からかけ離れた生活を送っていたということだけは確かだろうな。帰ったらいろいろと教えてやることがあるな。

上条「いや、確かに最初はベルの音に驚かされるかもしれないけど、慣れればそんなにおっかないものでもないし何より便利なものだよ。電話っていうのは――」

そこで通話は途切れた。だしぬけにフォーティスが受話器をひったくったからだ。

Fortis931「すまない、もうすぐ始まるからせっかく盛り上がりそうなところ悪いけど切らせてもらうよ。後でまたかけ直すからさ」
 彼はそれだけ言うと受話器をガチャリと戻してしまった。

上条「おい、なにするんだよ!まだ話をしてる最中だってのに・・・・・・」

Fortis931「なにするもこうするもない! 悠長に話なぞしてる暇はないぞ! 見ろ! 本格的に動き出した!」

 そう言いながら彼が指さした方向、窓の向こうに俺は目を向けた。

227以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/25(水) 17:16:33 ID:IjvM2ono
 例の怪しい男はいつの間にか店を出ており、件の建物に向かって走り去ってゆく途中であった。何の気配も感じさせずに移動したことにも驚いたが、何よりも驚かされたのはその格好だ。男はいつ着替えたのか銀色の鎧兜に身を包んでおり、長剣を携えていた。まるで中世の騎士のようないで立ちだ。そんな目立つ姿をしているにもかかわらず通行人が誰一人として関心を向けていなさそうなのもまた不可思議だった。

上条「何なんだ、あれ……?」
 
 フォーティスは答える代わりに言った。

Fortis931「僕らも行こう。後を追うぞ」

上条「ち、ちょっと待てよ! まだ早すぎないか? 確か人目につきにくい日没以降に行動を始めるって話じゃ・・・・・・」

 店内の時計を見るに、時刻はまだ1時半を回ったばかりであった。

Fortis931「予定は前倒しで行く。いくら小細工するしか能のない相手だからって油断はできない。どんな罠を仕掛けてくるか想像もつかないからね。でも彼のすぐ後をつければ突破の仕方が分かるかもしれない。それに、君だって早くけりをつけて帰りたいだろう?」

 確かにフォーティスの言う通りだ。しかし、あまりにも展開が早すぎてなかなか思考が追いつかない。もう少し考える時間が欲しい。なぜそこまで急ぐ必要があるのか、そしてあの騎士はいったい何者なのか、知りたいことも沢山だ。

 何も返事がこないのにしびれを切らしたのか、フォーティスは無理やり俺の手をつかんで店外へ引っ張り出した。

上条「なあ、おい、ちょっと待てってば!」

228以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/25(水) 17:18:47 ID:IjvM2ono
 周囲からはさぞかし奇異な目を向けられていることだろうなと思いつつ、俺は走りながらフォーティスに尋ねた。

上条「なあ、あいつはいったい何者なんだよ?」

Fortis931「おそらくローマ正教が抱える一三騎士団の兵士の一人だ。連中、どうやら本気で首を獲りに来たらしい。奴は内部の状況を偵察するために送り出された斥候、といったところだろうな。本隊が到着する前に急ごう」


建物――南棟だ――の玄関口に近づくにつれ、よりその異常な雰囲気が周囲と際立って感じられた。ここだけほとんど人通りがない。走っているうちに、騎士が玄関の手動式回転ドアの前にたたずんでいるのが見えてきた。

上条「そろそろ止まろうか。下手に近づきすぎると尾行がばれるかもしれない」

 30mほど手前で立ち止まり、様子をうかがう。すると、騎士は回転ドアをくぐって建物の中に入っていった。正面から突入するっていうのか?

上条「見たかあいつ? 躊躇なく突っ込んでいったぜ。無鉄砲ってのはああいうのを言うんだろうな」
 俺がそうフォーティスに話しかけると、


Fortis931「追いかけよう。僕らも突入するぞ」


彼は肩で息をしながらそう答えた。大した距離は走っていないはずなのにもう息を切らしたっていうのか。でかい図体している割には体力がないな。いや、大事なのはそこじゃない。

上条「え? おい、ちょっと待てって! まさか正面から堂々と呼び鈴鳴らしつつお邪魔するっていうんじゃないだろうな!? 下手したら足踏み入れた途端待ち伏せくらって玉砕するかもしれないんだぜ? せめて裏口を探して忍び込むとか、ちっとは策を練るべきじゃないのか? 第一、俺たちまだ作戦なんて何一つ立てちゃいないんだ!」

Fortis931「入り口は正面玄関を除いては物資を運び込む搬入口がただ一つあるだけ、それも閉鎖されている。次に開放されるのは来月になってからだ。その辺はすでに下調べを十分に行ったから間違いない。無理にこじ開けようとしても敵に感づかれるだけだろう。それにあの男が何事もなく侵入に成功したところを見るに、入り口には特に罠は仕掛けられていなさそうだ。そして、いかなる異能の力をも打ち消す君の右手という、敵に対するこの上ない対抗策を既に僕らは持っているじゃないか……これで納得してもらえたかな?」

 そんなことを言われてもすぐ納得できるわけがない。こっちはまだ心の準備もできていないどころか、状況もまだ完全に把握し切れてないっていうのに。

229以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/25(水) 18:26:20 ID:IjvM2ono
そんな俺の心境を察したのか、フォーティスはビルを見上げながら言った。

Fortis931「確かに、中で何が待っているのか全く分からない。でも、行くしかないんだ。敵をただせん滅するだけならビルを丸ごと焼けば済む話だ。でもこれは違う。中で囚われている少女を救出しなければならないんだから、例え暗中模索でも入るしかないんだよ」
 そして彼は俺に向き直った。

Fortis931「君の右手が頼りなんだ。頼むよ」

 その様子は、とてもふざけているようには見えない。
 俺は改めてビルの玄関口へ向き直った。この先にあの少女、アイシャ・アリンナがいる。大の男がすくみ上るような場所にたった一人で閉じ込められているのだ。そんなこと、決して許されていいはずがない。
 俺は再び懐の拳銃に手をやった。冷たい感触を確かめた瞬間、身が引き締まった。
 覚悟は決まった。
 俺は玄関口――何の変哲もない回転ドアを見据えながら言った。

上条「分かった、行こう。当たって砕けろだ」

230以下、名無しが深夜にお送りします:2018/06/08(金) 11:58:12 ID:NmRSpu3w
半年以上も更新できず申し訳ございませんでした
近日中に再開する予定ですのでもうしばらくお待ちいただきますようお願いします

231以下、名無しが深夜にお送りします:2018/06/17(日) 02:30:06 ID:zsA9S6jA
おつ

232以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 00:46:44 ID:KEhiXDgE
>>231 ありがとうございます。大変長らくお待たせいたしました
冷静に考えたら当たり前のことだが、回転ドアの先に広がっていた光景はとても金城鉄壁の砦に似つかわしいとは言い難かった。埃一つ落ちてないほどに清潔で3階分の吹き抜けになったエントランスホールから、採光性を重視したガラス張りの壁や奥まった所にある4基のエレベーター、あのチラシ同様煽情的な文句が書き連ねられたポスターが何枚も張られている掲示板に至るまで、よくある小ぎれいなオフィスの玄関口――それがどんなものなのか俺はよく知らないが――といった趣だ。ただ違うのは、フロアを行き来しているのが勤め人ではなく俺達と同年齢かもっと年下の子供たちばかりだという事。自動販売機の周りにたむろして談笑する者、ベンチに腰掛けて難しげな語学書を読みふける者……いずれも休憩中の生徒たちなのだろう。それぞれ自分のことに集中していて、俺たちの存在を特に意識している様子はない。

小ぎれいではあるが…
上条「なんだか、パッとしないな」

Fortis931「アラモ砦みたいなのでも期待していたのかい?」

フォーティスが少し呆れたような調子で言った。確かに彼の言う通りだ。表向きは今でも語学学校という事になっているのであり、その実態を知るものは俺たち含めごくわずかなのだから。

Fortis931「とはいえ、油断はできないよ。やみくもに動くと危険だ。ひとまず辺りの様子を探りつつ奴を探そう」

233以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 00:48:25 ID:KEhiXDgE
 上階へと続く階段へ向かう途中、大勢の生徒が階段を下りてくるのが見えた。隠れた方がいいのではと一瞬考えたが、すぐにその必要がないという事に思い至った。誰もこちらに注意を向けていない。
すれ違う時にも、振り向きさえしなかった。誰一人として俺たちを気に留めていない様だ。

上条「妙だな」

Fortis931「そうだね。明らかに場違いな奴が二人もいるというのに、一瞥さえもくれないというのはたたごとじゃないね。別に禁煙じゃないってのならまだわかるが」

 俺はともかく、フォーティスの方は明らかに学生の身なりではない。これだけ生徒が大勢いる中で背の高い異様な風体の男がタバコを燻らせながら一人だけいたら嫌でも目立つだろうし、フロントの受付係なり警備員なり、誰かしら声をかけてきそうなものだが。
 ふと、ある馬鹿げた考えを思いついた。とても熟考の末の結論にはなりえない、可能性としてまずありえないような考え。俺はその思い付きを気後れすることなくそのまま口にした。

上条「なあ、もしかしてこれって、あえて俺たちを意識しないようにしてるんじゃなくて、実は本当に見えていないんじゃないのか?」

 てっきり一笑に付されると思っていたが、フォーティスの答えは意外な物だった。

Fortis931「ド素う・・・アマチュアにしてはなかなか鋭いね。実は僕もその線を考えていた所なんだ。彼ら一般人には我々のことが決して認識できないよう、何らかの魔術が施されている可能性も考慮に入れた方がいいかもしれない」

上条「マジか・・・」

 普通ならまずありえないことだが、ここでは何が起こるか分からない。

上条「でもさ、生徒たちには見えないとしたらむしろ願ったりかなったりじゃないのか? だって、どんなに派手な行動をしても絶対に怪しまれないってことだし…」

俺がそう言いながら後ろを振り向いた瞬間、目の前数十ft先に大きな何かが落ちてきた。それは派手な音を立てて床面に激突し、散らばった。

234以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 00:50:22 ID:KEhiXDgE
フォーティスも音を聞きつけ振り返った。

Fortis931「ん? 何だ?」

 しかしそれ以上興味を示そうとしないフォーティスを尻目に俺は落下物に近寄り、それから上を見上げた。
エントランスの最上部にあたる3階。よく見たら、墜落防止のフェンスが大きく壊れている箇所があった。まるで自動車でもぶつかったみたいに。
あそこから落ちてきたのか・・・。
 
 近づいてよく見てみると、落ちてきた物体は人型の金属塊のようだ。中世の甲冑みたいな形をしているが、ある種の航空機をほうふつとさせる流線型で現代的なデザイン。それが四肢を投げ出し床にあおむけに横たわっている。何らかの機械のようだ。しかし、仮にそうだとしてもすでに機能は失われているだろうというのは容易に想像がつく。というのも、その人型機械はぐしゃぐしゃに破壊されているからだ。人間で言う手足にあたる部位はひしゃげ、折れ曲がり、あるものは本体から完全にもげて転がっていた。その近くには踵から腰までの丈とほぼ変わらない長さの弓が転がっている。外付けパーツか何かだろうか。
ロボットか? だとしたらなんでこんな場所に?
砕けた関節の隙間、大きくへこんだ腹部にある大きな裂け目・・・いたるところから錆びたような臭いのする赤黒いオイルがとめどなく流れ出し、パーツの断面からは血まみれの人の手が飛び出し・・・・・・
人の手?
よく見ると、胴体の裂け目や関節の隙間から赤い中身が垣間見える。もしあれが、コードや内骨格の類じゃないとしたら? 実はロボットなんかじゃなく、鎧を着ただけの『人間』なのでは?
嫌な予感が頭をかすめる。じゃあ、このオイルみたいな液体は、まさか・・・・・・。

235以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 00:57:24 ID:KEhiXDgE
Fortis931「おやおや。何があったかと思えば」
フォーティスも近づいてきた。口調も表情も平然としている。こんな光景を目にしながら、眉一つ動かしていない。

上条「なあ、これってさ……」

Fortis931「施術鎧による加護と天弓のレプリカ・・・恐らくさっき突っ込んでいった斥候だろうね。いや、『だった』というべきか。もっとも、顔を拝まない事には何とも」彼はそう言ってから、頭部を覆う兜を脱がせるよう手で促した。
兜に手をかけた時、バイザー(目覆い)の隙間からかすかに空気の漏れる音がした。俺はまさかと思い、バイザーを(すごい重さだった)上に押し上げる。
現れた顔を見ると、確かに建物へ突入する際に見たあの男だった。目を閉じて苦しそうにしながらも、辛うじて呼吸をしている。

上条「生きている! よかった、今ならまだ間に合い・・・」

Fortis931「いや、こいつはもう死んでいるよ」

フォーティスが宣言した時の声があまりにも冷たく聞こえ、俺は思わず振り返った。相変わらず無表情だ。

上条「は? いったい何を言って・・・」

Fortis931「ああ、心臓が鼓動している一点のみに限れば確かに生きているね。でも折れた肋骨が肺を突き破り、全身の血管がずたずたになっている。恐らく臓器もほとんど潰れているだろうね。それにさっきの衝撃で首も折ったろう。これはどうしようもない。もう手遅れだよ」

上条「なに言ってやがる!」

 俺は分からなかった。何故ろくに見もせずにそんな風に言い切れるのか。なぜまだ息のある人の前で無神経なことが平気で言えるのか。
もういい、こいつ相手じゃ話にならん。俺はつかみかかりたくなる衝動を抑えつつ、すぐ脇を通りかかった学生たちに声をかけることにした。

236以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 00:57:54 ID:KEhiXDgE

上条「なあ、君達でもいい、すぐに救急車を呼んでくれないか? 見たろ? 今ならまだ間に合うかもしれないんだ」

彼らは何も答えない。あたかも俺たちが存在しないかのように談笑を続けながら歩き去ってゆく。こんな近くにいるんだから気づかないはずないだろうに。

上条「おい! すぐ隣で人が死にかけてんだぞ! さっさと救急車を呼べって・・・」

 たまたま近くにいた生徒の一人の肩を勢いよくつかんだ途端、ものすごく強い衝撃と肩が引きちぎれるかのような痛みを感じた。
慌てて手を放す。彼は俺がつかんでいようがつかんでいまいがお構いなくそのまま歩いて行った。
 強くつかんでいたにもかかわらず、思いっきり前に引っ張られたのは俺だった。いや、あれは引っ張るなんてものじゃない。車に手をかけたまま引きずられるかのような衝撃だった。相手は少しも揺れず、後ろに引っ張られてバランスを崩すという事もなかった。まるで俺の手が空気か何かであるかのように。そもそも人の肩をつかんでいるという感触がなかった。布や皮膚があんなに硬く冷たいだなんて……。

237以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 00:58:38 ID:KEhiXDgE
Fortis931「あれを見てくれ」

 俺はフォーティスがそう言って指さした先を見た。鎧から溢れ出した赤黒い血が床面を浸している。そこへ、一人の少女が通りかかり、血だまりの上をあたかも硬い床の上を歩くかのようにそのまま歩いて行った。靴底には血の一滴すらつかず、足跡が残ることすらなかった。
あの大量の血がまるでアスファルトか何かのような扱いだ。

Fortis931「なるほどね……」

上条「なるほどねって何が」

Fortis931「どうやらこれはそういう結界みたいだね。いわばコインの表と裏。『コインの表』の住人――何も知らない一般人の学生たちは『裏側』にいる僕ら魔術師を認識することは出来ず、逆に『コインの裏』の住人である僕らは『表側』には一切干渉できない。そして…」

 そう言いながらフォーティスは足元のカーペットの上に火のついたタバコを落とした。カーペットは焦げるどころか煤一つつかない。

Fortis931「建物そのものは『コインの表』らしい。今の僕らにはもはや自力でドアを開けることすらできない、完全に袋のネズミってわけだね。いやあ、実によくできた結界だよ。まんまとしてやられた。君も見事な推理力だったよ、ご明察」

 そんなことを言われてもちっとも嬉しくない。

238以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:01:30 ID:KEhiXDgE
上条「じゃあ、どうすればいいんだよ? 公衆電話を使うこともできなければ外へ運び出すこともできないなんて・・・・・・」

Fortis931「死人に対して、やるべきことは一つ」

 そう言いながら彼は懐から小さな十字架を一つ取り出した。

Fortis931「悪いがここから先は僕の領分だ。言い忘れていたけれど、僕は神父でもあってね」
 気迫に満ちた声だった。先ほどにも増して、表情にも真剣さが満ちている。
フォーティスは十字架を片手に今にも事切れそうな騎士の元へ歩み寄る。騎士の顔の近くにしゃがみ込んで十字架をかざすと、今までピクリとも動かなかった騎士の右腕がゆっくりと持ち上がった。潰れた右腕の籠手には【Partsifal】と刻まれているのが見えた。この男の名だろうか。
騎士は十字架を受け取ると口づけをした。
 
Fortis931「天にまします我らの父よ、願わくは、御名の尊ばれんことを、御国の来たらんことを・・・・・・」

 ふざけた風体や態度が嘘のようで、今の彼の姿はまごう事無き神父のそれだった。

Fortis931「我らを悪より救い給え。アーメン」

パルツィバル「アーメン」

239以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:02:19 ID:KEhiXDgE
 騎士の口が初めて動いた。よく耳を澄まさなければ聞こえないほどかすかな、それでいて確かな声だった。
フォーティスは小さく頷き、続けた。

Fortis931「主よ、永遠の安息をかれに与え、絶えざる光をかれの上に照らし給え。彼の安らかに憩わんことを。アーメン。主よ、わが祈りを聴き容れ給え。わが叫びを御前にいたらしめ給え」
 
 全てを聴き終えた途端騎士の右手がゆっくりと降りてゆく。全身の緊張が解けてゆくのがはっきりと見て取れた。そして、彼の表情は平穏そのものであった。
一切の苦しみから解き放たれ、すべての未練を断ち切り、魂を満たされて去ってゆく。
落ちた右手が床を打ち鳴らす音は、その旅立ちの合図のようだった。
フォーティスはひとしきり鎧を脱がせてから騎士の腕を胸の上で組ませ、その上に十字架を置き立ち上がると、俺の方を向いた。

Fortis931「行こうか。戦う理由が増えたみたいだ」

 本当に、何者なんだコイツは?

240以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:03:05 ID:KEhiXDgE
Fortis931「しかし、施術鎧をああもずたずたに引き裂くとは……」

 階段へ向かう道すがら、またもフォーティスの口から聞いたことのない言葉が飛び出した。

上条「何だ、そのセジュツガイって?」

Fortis931「ああ、施術鎧というのは文字通り魔術を施した鎧のことだよ。さっきの騎士が着ていたやつさ。物理攻撃の衝撃を吸収・分散させる力を持っていて、よほど強力な攻撃、それこそ水爆でも使わない限り装甲は破られないはずなんだ。反面魔術攻撃には弱くできているんだがね。いずれにせよ3階から突き落とされたぐらいでああ成るとは到底思えない。まさか、大量の学生に撥ねられるか踏み潰されるかしたのか、それともまた別の障害があるのか……」

 思わず身震いがした。どちらにしても今の俺にはぞっとする話だ。何しろ今の俺たちは『コインの裏』にいて、『表』に存在する人間や物には手も足も出ないのだ。さっきの手にかかった衝撃を考えると、どんな体格の人間だろうとどんな人数だろうととてつもない脅威になっているという事だけは間違いなさそうだ。水爆に耐えられる鎧を壊せるほどだなんて・・・。
これだけでも侵入者の命を奪うには十分なのに、この他にもさらに罠が仕掛けてある可能性があるだなんて、とてもじゃないが生きて帰れるとは思えない。というか、そもそも出る術がない。
先ほどは深く考えなかった結界の意味、今ようやくその恐ろしさが理解できつつあった。

 いや、一つだけ光明が見えた。先ほどの「結界」という聞き慣れぬ言葉。もしそれが魔術によるものならば、俺の右手で何とかなるのでは・・・・・・?
 さっそく壁を右手で叩こうとすると、早くも俺の意図を察したのかフォーティスが言った。

Fortis931「無駄だよ。この魔術の『核』を潰さない事にはね。そして、その『核』は結界の外にあるみたいだ。この手の魔術では定石だよ」

上条「そんな・・・」
 全身から力が抜けていくのを感じる。万事休す。金庫から出ようとしているのにその金庫の扉を開ける鍵が扉の外にあるだなんて……
 同時に別の感情が沸き上がってきた。怒りだ。
何故俺がこんなことをしなければならないのか。散々せがまれてついていったらこのざまだ。さっきからいったい何が起こっている? 俺はただこの男にだまされているだけなのではないか・・・?

241以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:03:42 ID:KEhiXDgE
 表情で俺の心中を察したのかフォーティスは言う。

Fortis931「こんなの聞いてないぞ、とでも言いたげな顔だけど、ここは戦場なんだ。死体の一つや二つ転がっていたとしても不思議ではないし、どんな罠が仕掛けてあったとしてもおかしくはないだろう? 頼むよ、君 の 右 腕 が頼りなんだから」

それだけ言って、さっさと先に行ってしまった。まるで俺自体はどうでもいいみたいな言い草だ。一瞬背中を蹴りつけたくなったが、その瞬間まだこの建物内に囚われているであろうアイシャ・アリンナのことを思い出した。こんな危険なところに捕らえられているのなら、猶更すぐに助け出すべきではないか? 彼女の顔写真を見つけた時に抱いたあの気持ちは嘘だったのか? そもそもあの男を信じてインデックスを預けてついてきたのは俺ではないか?
そう考えると、怒りをいやでも抑えざるを得なかった。俺はすぐに彼の後を追った。

上条「ちょっと待てよ! じゃあまずは何をすればいい?」

Fortis931「まずは隠し部屋を探そう! 一番近いのは南棟5階にあるカフェテリアの隣だ!」

 脱出の糸口をつかむためにも、今は我慢してこの男に従った方がいいだろう。

242以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:04:28 ID:KEhiXDgE
 階段を上るのはひどく骨が折れた。何しろ『コインの裏側』にいる俺達は『表側』に対して一切干渉することは出来ず、そしてこの建物は『表側』に属しているのだ。当然、床を踏んだ衝撃はすべて自分の足にそのまま跳ね返ってくる。
足腰にかかる負担は普段の比ではない。一歩一歩踏みしめるたびに同じ力が反対側からもかかるのだ。険しい岩山を登る時の感覚がこれに近いかもしれない。
それはフォーティスも同じのようだった。

Fortis931「敵、も・・・ゼェ・・・対等の条件であることを祈るしか、ゼェ、ないね。ハァ、少し荷物を減らすか」

 肩で息をしながらそう言ったフォーティスが軽く体をゆすると、銀色の重そうなものが落ちてきた。ひしゃげ、捻じ曲げられて既に原形をとどめていない鎧の籠手片手ぶんであった。

上条「それ、まさかさっきの死体から盗んできたのか・・・?」

Fortis931「人聞きの悪いことを。手持ち無沙汰だったから念のためにちょっと拝借しただけさ。第一、あれはもうとっくに魂の抜けたただの抜け殻なんだし、死者を見送る義務はとうに果たしたんだから何も問題はないだろう?」

俺はどんな言葉を浴びせたものか思いつかなかった。つくづく、呆れた神父だ。


階段を踏み外して数段分転げ落ちること3回、降りてくる人に鉢合わせて危うく押しつぶされそうになること5回。手すりにしがみつきながら何とか5階にたどり着いた時にはすでに窓から見える日は傾きつつあった。

誰もいないのを確認した上で、俺は床にへたり込み足をだらしなく投げ出して休息をとった。
Fortis931「休んでる暇はないよ。急がなくては」

上条「ちょっとだけだよ。くそ、これならエレベーターを使えばよかったぜ…おっと失礼」

Fortis931「『コインの裏側』にいる僕たちが『コインの表側』にあるボタンを押す方法があるというのならぜひとも教えてもらいたいな」

上条「分かってるって。一瞬忘れただけだ」
 それだけじゃない。もし仮に生徒たちに混じって乗り込むことに成功したとしても、次の階でより大勢が乗り込んで来たら圧死は避けられないだろう。『裏側』は一切『表側』に手出しできないのだから。

243以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:05:11 ID:KEhiXDgE
さて、5階についた。
フォーティス曰く、ここには図面と外部からの赤外線や超音波による測定結果との間に食い違いがあるらしい。知られざる空間、つまり隠し部屋が存在するということだ。

Fortis931「そして、図面によるとここらしいんだけどね」

カフェテリアへつながる廊下のど真ん中。フォーティスは何の変哲もない壁をコツコツと叩いた。

上条「でも、入りようがないんじゃどうしようもないじゃねえか」

Fortis931「そうだね。でも、確かめておくに越したことはないと思うよ。どんなに強固な結界が築いてあろうと、その主であるオーレオルスを始末してしまえばいいだけの話だからね」

上条「おいおい、始末って・・・・・・」

 やけに物騒な言葉を選ぶな。正直俺は、あんな目に遭っておきながらまだその錬金術師が本当に悪い奴なのか断定しかねていた。それに足る根拠が十分じゃないからだ。さっきの騎士だって正当防衛だったかもしれない。なのにこの男ははなから一戦交える気だ。殺すことすら辞さないだろう。

Fortis931「それから、なにやらあの食堂も怪しい。ちょっと見てみよう。そこに隠し部屋の入り口があるのかもしれない」


食事時ではないにもかかわらずカフェテリアには多くの生徒がいた。どうやら普段は自習用のスペースとして開放されているらしい。通路とは違いこちらでは人の動きは読みづらいため、ここでも気の休まることはない。むしろこれまで以上に神経を尖らせなければならない。

Fortis931「存外大したことないものだね」

 巧みに向かってくる生徒を交わしながらフォーティスが言った。

上条「何が?」

Fortis931「いやぁ、てっきり教祖様の御真影や像を祀った祭壇でもあるのかと思ってね」

 そう言いながらあたりを退屈そうに見まわすフォーティス。俺もつられて周囲を見渡した。

244以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:06:54 ID:KEhiXDgE
上条「確かに危険は低そうだけど・・・」
 そう呟きながらちょうど隠し部屋のある側の壁に目を向けた時、見慣れない単語が目
に入った。
 隠し部屋を食堂と区切るぶ厚そうな壁の前には狭い調理場があり、その手前は注文品を受け取るためのカウンターや出来た料理を入れておくショーケースが置かれた受け取り口になっている。その受け取り口のすぐ脇に貼られたポスター。そこに書かれた名前が引っ掛かった。

上条「『光十字減災財団へのご理解を』・・・光十字?」
 聞いたことがないのは当然だとしても、名前は知らないしどんな団体なのかも想像つかない。『前』の俺も知らなかったようだ。

Fortis931「この街で行われている研究を支援している協力機関の一つらしいね。他にもシカゴ大学や国立気象局とも協力関係にあるとか・・・・・・。ここら辺はむしろ君たちの方が詳しいんじゃ・・・おっと失礼、記憶を失っていたんだよね」

上条「別に構わないさ。それで、具体的に何をする団体なんだ?」

Fortis931「任務は主に防災研究の監督や資金の援助。政府への研究予算の申請や監査を補佐し、各研究機関の仲を取り持って利害衝突を防ぐ折衝役というのが主な仕事だって聞いたよ。
母体になった光十字は1500年前に西アジアで創設されたという成教系の医療団体さ。十字教系の慈善団体だから、まあ、救世軍みたいなものだろうね。ペストや赤痢やスペインかぜと戦ってきたって主張しているけどどこまでが真実なのやら……」

上条「なるほど」

Fortis931「元々本部はアテネにあったんだが、20年前に内戦から逃れるためアメリカに拠点を移したんだ。しかし解せないな、数年前から財政難で活動を停止していると聞いたのに・・・」

 よく見たら、カフェテリア内のいたるところにポスターが貼ってあるようだった。ポスターだけじゃない。光十字のものらしき銘板や十字架のオブジェも飾ってある。
どうやら活動を再開しているだけでなく、この学校の運営にも何らかの形で関与しているようだ。でも、なぜこんな学校なんかに?
いや、そんなことを考えるのは後でもいい。光十字云々は特段ヒントになりそうにない。

 上条「なあおい、そろそろ出ないか? 入り口を見つけたところで今の俺たちに中へ入ることは出来ないわけだし・・・・・・」

 俺がそう言いながら辺りを見回すと、一人の生徒と目が合った。その生徒は棒立ちで俺の方を向いていた。たまたま視線がかち合っただけかと思ったが、すぐに相手がどうやら俺を凝視しているらしいということが分かった。
 いや、一人だけじゃない。二人、三人、四人・・・・・・気が付けばそこにいた全員が俺たち二を眺めていた。人間らしいしぐさはどこにもなくなり、ただ無機質な瞳がこちらを見つめているだけ。どういうことだ? 『表』の人間は『裏側』には一切気づかないはずだろう?
 その時、生徒の一人が口を開いた。

男子生徒1「熾天の翼は輝く光、輝く光は罪を暴く純白――」

245以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:07:38 ID:KEhiXDgE
 彼が呟きだしたのは意味の分からない言葉。続いて、他の一人も彼の後に続き、

女子生徒1「純白は浄化の証、証は(男子生徒3)「行動の結果、結果は未来、未来は(男子生徒4)「時間、時間は(女子生徒2)「一律――」」」」

二人の声にすぐさま三人目の声が重なり、その上に四人目、五人目・・・・・・。
いや、数人だけではなかった。この部屋中の人間が一斉に唱え始め、すぐに耳を聾さんばかりの大合唱になった。同時に生徒たちの眉間にピンポン玉大の青白い光球が造り出されてゆく。

Fortis931「ああ、まずいな。第一チェックポイント突破ってところか。『コイン』が裏返ったらしい・・・・・・」

 フォーティスの呟いた意味を理解するまでにそう長くはかからなかった。

上条「まさか、今のこいつらは・・・・・・!」
 魔術師。

「罪悪とは己の中に、己「「の中に忌み嫌うべきものがあ」るなら」ば、熾天の翼「により己の罪を「暴き内側から」弾け飛ぶべし――ッ!」

246以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:08:42 ID:KEhiXDgE
 合唱が終わるよりも早く、俺たち二人は出口に向かって跳ねるように駆け出した。視界の隅に、成長の終わった大量の光球が一斉に二人のいた位置めがけて放たれるのが見えた。

 部屋から飛び出すや否や、背後で大爆発が起こった。背中に伝わった熱風からも、あの小さい光の玉一つ一つが相当な熱さと威力を持っていることが想像できた。

Fortis931「なるほどね。隠し部屋の近くにはこんな形で自動の警報を仕掛けている訳だ」

上条「悠長に推理している場合か! 見ろ、第二波が来るぞ!」

 そんな会話をしている間にもカフェテリアの入り口からは大量の火の玉が堰を切ったように流れ出してくる。

Fortis931「何をしているんだ! こんな時こそ君の右腕の出番だろう!?」

 そう言われて俺は試しに右腕で光球を触ってみるが、目の前に迫ってきたやつを二、三個消すのがやっとだった。

上条「無理だ! こんな量捌き切れるわけがない!」

俺たちは火砕流のように迫ってくる光の奔流から逃れるため、廊下をひた走った。そうするしかなかった。声はもはや建物全体を揺るがす大きさになっている。一つの部屋にとどまらず、建物中の人間が作り出す言葉の大渦だ。

上条「なあ、これはいったい何なんだよ!?」

Fortis931「バチカンの最終兵器、『グレゴリオの聖歌隊』さ。正しくはそのレプリカだがね。どうやら僕らはあの男を少々見くびっていたようだ」

上条「『グレゴリオの聖歌隊』?」

Fortis931「3333人の修道士を聖堂に集め、レンズで光を集めるように祈りの力を集中させ、魔術の威力を増幅させるんだよ。この学校の生徒の数は2000人ほどだったはず。レプリカとは言え、それだけの人数を動員しているのだとすればフルパワーなら本物とそん色ない威力のはずだ」

 2000人だって? 完全に閉鎖された建物の中でそんな数を相手に勝ち目なんてあるのか?

247以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:09:18 ID:KEhiXDgE
 そうこうしているうちに階段へたどり着いた。とにかく上へ向かうことにした。

上条「勝算はあるのか?」

Fortis931「『核』だよ。大勢の人間をシンクロナイズさせないとこの魔術は成功しない。その動力源となっている核さえぶっ壊せば無力化できるはずだ。恐らく結界の核と同じだろう」

上条「それってつまり結界の外にあるって事だろう? その結界から出られないって話なのに! どうするんだよ!」

 おしまいだ。万事休す。このままおとなしく焼き殺されるしかないのか。そんな絶体絶命の状況だというのにコイツ、ずいぶんと暢気に構えているな。その余裕はいったいどこから来るのか。

Fortis931「落ち着けって。秘策が一つだけある」

上条「じゃあ、さっさとそれを使ってくれ!」

Fortis931「そうかい」
 
 そう言ってフォーティスは俺の方を向いた。
か つ て な い ほ ど 楽 し そ う な 笑 み を 浮 か べ て 。

Fortis931「じゃあ、昼食代払ってもらおうか」

 嫌な予感がして身構えた時にはもう手遅れだった。

248以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:10:07 ID:KEhiXDgE
 どれだけ転げ落ちたか分からない。ただ、全身のあちこちがひどく痛い。どこか骨が折れているかもしれないし、我ながら生きているのが奇跡だ。
突き落とされる瞬間、すぐ背後から「お気の毒に、カカシくん」という声がはっきりと耳に入った。朦朧とした意識の中で階段のはるか上方をすぐ振り返るが、既に奴の姿はない。野郎、妙に馴れ馴れしいと思ったら、最初からこれが目的で……!

 仲間だと思っていた奴の裏切りに憤っている時間はなかった。痛みにうずくまっている間にも光の洪水はこちらへ狙いを定めて襲い掛かってくる。
 俺は痛む体を無理やり動かして階段を駆け下りた。少し視点を上げると、あらゆる階から光球の流れがどんどん合流して洪水を際限なく膨らませてゆくのが見える。逃げているうちに頭の中にある考えが浮かぶ。
もしかして、俺の位置は敵に完全に把握されているのではないか。あの男はここが魔術で外と区切られていると言った。もしこの空間が魔力か何かで満たされているとしたら? そして、俺の右手がその何かをも片っ端から打ち消してしまっていたとしたら?
 やはり俺は最初から囮として連れてこられたのではないだろうか。何故あの時断らなかったのだろう。

上条「ちくしょうが!」

 もうこんなところから一刻も早くおさらばしたい。自分が誰なのかもろくに知らないのになぜこんな目に遭わないといけないのか。

 階下から別の足跡が聞こえる。まるで俺の行く手を阻むかのように。俺は懐をまさぐり、拳銃がまだあることを確認するとそれを取り出した。誰であろうが俺の邪魔はさせない。

階段の先にいたのは一人の女の子だった。おさげにした黒髪に丸い眼鏡、歳は俺より一つか二つ上か。かわいらしい顔だが当然見覚えがない。

女子生徒3「罪を罰するは炎。炎を司るは煉獄。煉獄は罪人を焼くために作られし、神が認める唯一の暴力――」

 そして、残念なことに彼女もなんとかの聖歌隊とやらの統制下にあるようだ。言葉を紡ぐたびに眉間に浮かぶ青白い光の玉が大きさをと輝きを増す。

上条「どけ、俺には時間がない――」

 俺はそう言って拳銃を構えたまま押し通ろうとした。何なら引き金を引いたって構わない。


 その時だった、彼女の頬がばじっと弾けたのは。

249以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:10:43 ID:KEhiXDgE
上条「え・・・・・・?」

 いや、頬だけじゃない。一句一句を発音するたび、指、鼻、服の中、あちこちの皮膚が小さな破裂を引き起こしてゆく。

女子生徒3「暴力は・・・・・・死の肯定。肯、て――は、認識。に――ん、し――」

上条「もうよせ! やめろ! 無茶するな!」

 それでもやめない。体内もズタボロになっているのか口の端から血を垂らしながらも彼女の言葉は止まらない。とっくに光球は消え去っていた。

女子生徒3「・・・・・・き、は――己の、中に。中、とは――世界。自己の内面と世界の外面、を、繋げ」

 そこまで言った途端彼女の眉間が真っ二つに裂けた。それが決め手になったのか、彼女は沈黙し、しばらく棒立ちになったかと思うと前のめりに倒れかかった。
俺は彼女を受け止めた。まだ息はあるようだ。
俺は彼女を抱いたまま走り出そうとした。すぐそばまで例の光球が迫っているというのにまさか放っておくわけにもいかない。巻き込まれないよう、なるべく安全な場所まで運ぼうとした。
が、出来なかった。意識を失った人間の体がここまで重いとは知らなかったのだ。
そうしているうちに例の奔流が追いついてくる。逃げる時間はない。
 せめて盾になろう。俺はちょうど彼女に覆いかぶさるような体勢になり、そのまま目をぎゅっと閉じ――

250以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:11:34 ID:KEhiXDgE
  いつまで経っても、何の熱さも痛みも感じない。まるで時間が止まったみたいだ。俺は恐る恐る目を開けた。
 鼻先にまで光球の流れが迫ってきているところまではいい。問題は、なぜ俺たちを飲み込まんとしていた何百何千もの光の玉が空中にピタリと止まっているのか。
 やがて球体はまた動き出した。しかし、今度は下に向かって。無数の球体はまっすぐ床まで落ちると、そのまま消えてしまった。
 どういうことだ・・・・・・?


  カツン、とさらに階下から足音。俺は気絶した女子生徒の体を床に置き、下を覗き込んだ。
 夕暮れの日差しが差し込む次の階への出入り口。

 そこから『ディープ・ブラッド』アイシャ・アリンナがこちらを見上げていた。


#3 ' Damsel in distress'      to be continued.

251以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 00:50:59 ID:qKav8FZk
更新が遅れて大変申し訳ございません。
本日より投下を再開いたします
長らくお待たせして大変申し訳ございませんでした。

ここから先は主人公の目線である一人称とそれ以外の三人称(所謂『神の視点』になることも)に頻繁に入れ替わる予定ですので、区別のために一人称シーンでは最初にヘ(^o^)ヘを、それ以外では☆をマークとして付けることとさせていただきます。

それから、今さらですが禁書3期放送おめでとうございます

252以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 00:52:43 ID:qKav8FZk

赤髪の魔術師、ステイル・マグヌスは――先ほど蹴落とした連れには魔法名であるFortis931の方を名乗った。魔法名とは魔術の行使の際に自分の名前として真名の代わりに宣言するものであり、主に敵や殺害対象に対して名乗られることが多い――カフェテリアより上の階に着き、今は何の変哲もない長い廊下の真ん中に立っていた。あたりのリノリウムの床の上には血まみれの生徒が何名か横たわっている。まだ動くものもいればそうじゃないものも。人の少ないここでこのありさまなら、他の階はいったいどうなっている事か。

Fortis931改めステイル・マグヌス(以下ステイル)「あいつらしくもない・・・・・・見ないうちにまたずいぶんと歪んだな」

 ステイルはタバコの吸殻を燃やして処理し、次の一本に火をつけた。

彼は持ってきた騎士の籠手にルーンを刻み魔術を施していた。2000人分の魔力を囮で誘導して1カ所に集中させ、その出所を鎧でできた即席の探知機で探しだす。かつて北欧において全く異なる文明を有していたとされる謎の古代人種・ドヴェルグの金鉱探査術式を応用したものだ。もっとも、実物よりはるかにシンプルな仕組みだが。

ステイル「奴に優しくしてやっているとき、何度虫唾が走ったことか。最期くらいは役に立ってもらわないと困るよ」 

 そして彼はその魔術によって『核』がここの壁の中にあることを突き止めたのだ。

ステイル「こんな事だろうと思った。『表』で隠すという事は、『裏』に対しての絶対的な防御を意味する。『裏』にいる限り、『表』にあるものは例えハンバーガーの包み紙であっても剥がすことは出来ないのだから。ただし……」

 ステイルは床に鎧を放ると懐からルーン文字の記されたカードを一枚取り出し、右手に持つ。すると、カードから炎が上がる。炎はやがて巨大な剣を形作った。

ステイル「完全に塗り込める事ができれば、の話だけどね」

ステイルはそう言って、壁に向かって炎剣で大きく薙いだ。

何しろ建設されてから40年以上の時間を経ている上、学校が買い取るまで十数年も無人のまま放置されていたおんぼろビルだ。戦時中にも大分無茶な改築がなされたようだし20年前のハリケーンによる損傷もあるはずだ。一見堅牢だが、中は穴だらけでボロボロなのだ。
それに、ステイルの操る炎は一定の形を持たない。壁にひずみでできたほんのわずかな穴があれば、それがたとえ1mmにも満たない大きさであったとしてもそこから流し込むことができる。

かくして、ステイルはそれが何なのか分からないまま『核』を破壊した。核だけに『かく』して。ごめんなさい。
しかし、彼はあることを忘れていた。それは、結界がなくなった瞬間からこの建物に自由に干渉できるようになるということ。それは彼の操る炎とて同じ。
摂氏3000度、華氏にして5432度にも及ぶ炎に経年劣化した鉄筋コンクリートが曝されたらどうなるか。そして、壁の中には無数の水道管が縦横無尽に張り巡らされており、そこを通る大量の水が高温にさらされて一瞬のうちに気化したら何が起こるか。

彼がそれに気づき、対処しようとした時にはすでに手遅れだった。壁が耳をつんざくような轟音とともに破裂し、荒れ狂う爆風が彼を吹き飛ばし、後方の壁に叩き付けた。

253以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 00:53:59 ID:qKav8FZk
 目を覚ました時、ステイルは自分が穴だらけの壁を背にへたり込んでいることに気付いた。したたかに打ち付けた腰をさすりながら立ち上がり、辺りを見回す。
ひどいありさまだった。天井には亀裂が走り、床のいたるところが抜け、壁のあちこちが吹き飛んでいるせいで廊下が半分外へ剥き出しになっているようなものだ。そして、『核』があった件の場所には幅20ft近い大穴が開いていた。穴の縁からは熱でひしゃげた鉄骨やら折れ曲がりズタボロになった配管やらが飛び出し、配管の一部からは水がちょろちょろと流れ出ている。辺り一面には水蒸気が立ち込めており、その光景は彼の故郷であるロンドンの濃霧を彷彿させた。
ともあれ、見たところ幸いにも爆発に巻き込まれた人間はいないようだ。尤も、下に降り注いだ瓦礫の下敷きになった者はいるかもしれないが。
犠牲者を増やさずに済んだことに安堵して、ステイルは自分で驚いた。この世界に足を踏み入れてから久しく、とうに人間らしさなど捨て去ったものと思っていたのだ。
あの男の顔が脳裏に浮かぶ。思えばあいつに出会ってからすべてがおかしくなり始めた。

ステイル(あてられたか……)「調子狂うなぁ」

???「自然、この術を目の当たりにすれば左様な偶感を抱くのも論無し」

 水蒸気の中から声が響く。方向を確かめる間もなく、何か光るものがステイルの頭めがけて一直線に飛んできた。
 とっさに身をよじっていなし、飛んできたものを目で追い正体を見極めようとする。
それは、黄金の鏃だった。大きさは短刀ほどもあり、尻からやはり黄金の鎖が伸びている。
黄金の鏃はそのまままっすぐ飛び、彼の数十ft後方の床に勢いよく突き刺さった。そこに倒れ伏していた生徒の背中を刺し貫いて。
ステイルが目の前で突然行われた所業に嫌悪を抱くよりも早く、生徒の体が弾け飛び、そのまま周囲の床もろとも溶け始めた。たちまちそこには何やら煮えたぎった液体の水たまりが出来た。

254以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 00:55:01 ID:qKav8FZk
ステイル(強酸で溶かしたのとはどうも様子が違う・・・これは、もしかして純金?)

???「瞭然、どこに潜んでいようとも『偽・聖歌隊』(グレゴリオ・レプリカ)を使えば核の元までおびき寄せられると思っていた。そして果然、貴様はここにいる」

 声のした方向に鎖は一瞬で巻き戻されていった。
ステイルは声のした先へ振り向いた。
前方から誰かが歩いてくる靴音が聞こえる。足音をひそめる努力もすることなく堂々と歩いてくるのが分かる。

???「当然、侵入者は二人であったはずだが・・・・・・貴様の使い魔はどうした? よもや『偽・聖歌隊』に呑まれたのではあるまいな」

ステイル「使い魔じゃなくて疫病神と言ってほしいな。呑み込まれてくれたなら大助かりだが、生憎あれはゴキブリ以上にしぶといのでね」

 そう答えたステイルは、

ステイル(そういえばあいつ、ベッタニンの靴がお気に入りだったっけか)

至極どうでもいいことを考えながら水蒸気の中からぬらりと姿を現した足音の主と対峙した。

30ftほど離れたところに姿を現したのは、7ft近い長身の青年だった。イタリアのメーカーが製造した高価な革靴を履き、すらりとした体も長い脚も高価な純白のスーツに包んでいる。緑色に染め上げられたスリックドバックの髪のおかげで派手な服装がより際立っていた。

255以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 00:55:38 ID:qKav8FZk
ステイル「オーレオルス・アイザードか・・・?」

 オーレオルス「純然、いかにも私こそパラケルススが裔、アウレオルス・イザードである」

 ステイル「そうか。なら話が早い。今日は『あの娘』の件についてちと話があって来たんだが、その様子だと残念なことにティーカップを片手にテラスでのんびり歓談とはいかなさそうだ」

 ステイルは間合いを取るようにゆっくりと後ずさりを始めた。

 オーレオルス「判然、怖気づいた様だな魔術師」

 ステイル「そりゃあね、あんな危なっかしいものを振り回されちゃ距離も置きたくなるってものさ。得物はエーテル体かい? とすると原料は空間に充満する魔力かな?」

 ステイルは口元にうすら笑いを浮かべながら言った。

 ステイル「それで、ここまで呼び寄せたからには、説得したいわけじゃないなら何か切り札があるってことなんだろうね? まさか錬金術しか芸がないのに僕に太刀打ちできるだなんて思っちゃいないだろう? 教えてくれよ、今日は何個霊装を持ってきたんだい? 今日はどんな手品を見せてくれるのかい骨董屋さ

 オーレオルス「依然、貴様・・・」

 巣穴から蛇が這いだすような動きであの黄金の鏃がその上衣の右袖から顔を出す。

 ステイル「おっと、図星だったかな?」

 オーレオルス「リメン・マグナ!」

256以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 00:56:49 ID:qKav8FZk
 再びステイルの顔めがけて飛び出した。一瞬だった。
ステイルは今度は体を低く沈めて躱した。鏃は彼のはるか頭上を飛び去り、もう一人の生徒を周りの建築材もろとも黄金に変えてすぐにまたオーレオルスの袖の中へ巻き戻った。

ステイルは険しい表情になり、無言のまま立ち上がった。今度は黄金に変わった生徒の方を振り返りもしなかった。

オーレオルス「俄然、なぜ黙っている? 何を驚くことがある?」

 今度はオーレオルスの方がうすら笑いを浮かべる番だった。

オーレオルス「錬金こそが我が生業(たつき)、我が役。我が名の由来を忘れたとは言わさぬ」

 ステイルは答えない。

オーレオルス「『リメン・マグナ』は私が開発した、いわば『瞬間錬金』とでも呼ぶべき錬金法。我が『リメン・マグナ』はわずかでも傷をつけたものを即座に純金へと変換するのだ。必然、貴様とて愕然とし口をつぐまざるを得んだろうが、これで終わらせるなよ。貴様も得物を出せ。その魔女狩りの王(イノケンティウス)、実体なき炎の化身すらも変換できるかどうか俄然興味がわいた」

ステイル「驚くだって? まさかね。ちょっとした考え事さ」

 突然ステイルは話し出した。あまつさえケラケラと笑い出した。


ステイル「まさか君がこんな無意味なことのために長い時間費やしてたのかって思うとさ、哀れでならないよ」

257以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 01:01:15 ID:qKav8FZk
 オーレオルス「何?」

 ステイル「魔術において肝心なのは結果じゃない、結果を求める過程の実験や検証だ。いくら薬の調合が早くても効能自体は何も変わらないだろ? それと同じさ、たとえ一瞬しかかからないとしてもその結果生じるのは従来の錬金法と同じ、金だ。これでできることといえばせいぜい金の相場を大暴落させてブレトン・ウッズ体制を崩壊させ、英国経済にとどめを刺すくらいのものだ」

 オーレオルス「何だと?」

 ステイル「ああイノケンティウスね、悪いがアイツは留守番だよ。使いどころは僕が一番分かっている。少なくともここじゃないってことはね。いや。こんな奴ごときに使うだなんてアイツからしたらあまりにも役不足が過ぎるってものだよ」

オーレオルス「唖然・・・」

 ステイル「いや、そもそも炎剣を出すまでもないんじゃないかな? こんなチャチな代物、素手で十分かもな。戦闘の心得がない錬金術師がわざわざ敵を呼び寄せるなんてどういう風の吹き回しかと思えば、なんだ、まさかこんなシケた手芸見せるため

オーレオルス「憫然、笑止!」

オーレオルスの右袖からリメン・マグナが射出された。撃ち出された刃は正確にステイルの右胸を射抜いた。
 しかし、どういうわけかステイルは苦悶の表情とともに頽れることもなければ黄金に変わる気配もなく立ち続けている。正確に心臓を射抜いたはずなのに、なぜ?
 そんなオーレオルスの疑問にもお構いなく、

ステイル「ああいや、そういえばこれが君のとっておきだったんだよな。いや、失敬した。もっとすごいものを期待してたんだけど。ああ、いやぁいやぁ実にお見事ハイハイ結構結構」 
わざとらしい拍手とともに嘲るような調子で言った。

オーレオルス「憤然、貴様!」

オーレオルスは拍手の音をかき消すようにリメン・マグナの射出を繰り返した。
射出と巻き戻しの速度が速すぎて、幾重にも残像が残ってゆく。そのうちにいつしかそこには黄金の光線が生じた。生身の人間には到底ついてゆけない速度だ。ものの数秒で、ステイルは上半身がすっかり蜂の巣となっていた。
それでもしゃべるのをやめない。

258以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 01:04:42 ID:qKav8FZk
ステイル「一つ聞いておこうか。オーレオルス・アイザードが錬金術を学んだのはいったい何のためだ?」

 オーレオルス「知れた事」
 錬金術師は手を休めないまま答えた。

 オーレオルス「錬金の目的は真理の探究。人が人の形を保ったままどれほどの高みに上ることができるのか、それを探るために学び舎の戸を叩いた」

 ステイル「じゃあ、わざわざこんなところに立て籠もる必要がどこにある?」

 オーレオルス「・・・・・・・・・」

 ステイル「案の定答えに窮したか。それが影武者の限界だな。あらかじめ入力された情報しか知り得ない偽物に、本物がとる想定外の行動の真意はわからない」

オーレオルス「暗然、何が言いたい?」
 口調こそは平然としていたが、顔にははっきりと焦りの色が見て取れた。
ステイルはそれを無視して続けた。

ステイル「ふむ、基礎物質にケルト十字を用いたテレズマの塊か、それにゴーレムの術式も応用したかな? 実に精巧な自動人形(オートマタ)だね。そこは腐っても元ローマ正教隠秘記録官というわけか、実にマニアックで凝った造形だ」
まるで実際に顕微鏡かなにかで分析したかのようにつらつらと推論を述べてゆくステイル。

259以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 01:06:16 ID:qKav8FZk
 オーレオルス「答えろ! 何が言いたい!?」

 二回目に聞くときには強い怒気をはらんでいた。

 ステイル「この期に及んでまだ分からないのか? 自分自身が一つの霊装にすぎないってことに」

 オーレオルス「何?」

 オーレオルスの動きが止まった。穴だらけのステイルの体がゆらゆらと揺れる。しめたとばかりステイルは続けた。

 ステイル「君はただ、『本物の』オーレオルスの術式によって生み出された、彼の姿や言動を精巧に模しただけの自動人形に過ぎない。それはそれで興味深いが生憎ぼかぁ用があるのは本物の方なんでね」

 オーレオルス・ダミー(以下ダミーと表記)「突然、何を、言い出すのだ? 歴然、それでは第一の前提から破綻するではないか」

 表情こそ平静を保っていたがその声は震えていた。

ダミー「当然、『リメン・マグナ』は私が開発した私自身の錬金法だ。必然、そうでなければこの力の源は何だというのだ?」

260以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 01:07:30 ID:qKav8FZk
 ステイル「もちろん本物のオーレオルス・アイザードさ。そうに決まっている」
 
 ステイルははばかることなく言った。オーレオルスの強く握った右のこぶしがわなわなと震え出した。

 ステイル「すでに自分でも違和感に気付きつつあると思うけどね」

 ダミー「喧然、黙れ」
 自分は偽物なのか。今まで錬金法会得に費やした歳月も苦労も全部偽物なのか。

 ステイル「それになんだい、その『リメン・マグナ』とやら。魔術はあくまでも結果を導き出すための手段に過ぎないであって、その手段そのものを誇るなんて奴なら絶対あり得ないよ。薬草を飲んだら風邪が治った、ばんざーいなんてガキじゃあるまいし。その薬草の中の薬効成分を調べるのが錬金術師の本分だろ?」

 ダミー「黙れ・・・」
 ようやくこの手で会得した唯一無二の錬金法がただの借りものだなんて。

 ステイル「何度でもいうぞ偽物。僕が用があるのはオーレオルス・アイザード本人だ、お前じゃない。セキュリティ設備の一つや二つ壊すのは容易いが、お前は特に『あの娘』に触れている訳じゃないし、さすがに知り合いと同じ顔の奴だと気が引けるんでね。失せるならさっさと失せろ」
 
 ダミー「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇぇぇぇぇぇいいいいいい!!!!!!」

 オーレオルスはあらんかぎりの声で咆哮しながら右袖からありったけの『リメン・マグナ』をめちゃくちゃに乱射した。量も速度も先ほどのものを大きく上回っている。

261以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 01:08:49 ID:qKav8FZk
(続き)純金の弾丸を無限に撃ち出すマシンガンさながらの様相であった。溶けた黄金が裾や靴や袖にはね飛んで焦げようがおかまいなしだ。
今彼の心は、己の存在が揺らぐことへの恐怖、目の前の対象への怒り、そして、やはり目の前の敵に対する恐怖と不安で占められていた。あれほどの攻撃を受けながら純金と溶けるどころか斃れるそぶりすらみせない。 
もしかして、攻撃が一切効いてないのではないか・・・・・・。そして、どういうわけか敵の姿は着実に薄れつつある。

 なにかおかしい。そう思い始めた時、

ステイル「それに、本当はわかってるんだろう? 錬金術師オーレオルス・アイザードはこんなにあっさり負けるほど弱くはないはずだって」

262以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 01:11:57 ID:qKav8FZk
声は後ろから聞こえてきた。振り向いた途端、暖かい風とともにステイルの姿が現れた。手から炎剣を出しながら。

ダミー(蜃気楼、か・・・・・・!)

熱せられて膨張した空気の中で光の屈折率が変わる現象。彼は蜃気楼を利用して偽の像を囮として投影し、己の姿を見えなくして背後に回り込んだのだ。
あるいは、水蒸気の中に身を隠したのか。いずれにせよ、こんな初歩的なやり方で背後を取られるとは・・・・・・!

すかさず『リメン・マグナ』で迎え撃とうとするも、わずかに相手の方が早かった。
右袖から鏃を出した途端、その手は袈裟懸けに振り下ろされた炎剣によって熱したナイフでバターを切り裂くよりも早く両脚もろとも切り落とされた。

ダミー「ごっ、がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

  左腕以外の四肢をなくして這いつくばり、苦痛に顔をゆがめながら地べたを転げまわるオーレオルス・ダミー。それでもわずかに残った理性で、

  ダミー「洒然、右手がなくともまだ左手が・・・・・・」

   迎え撃とうとしたとき、周りの状況に気が付いた。
  壁の機材だろうが倒れている生徒の体だろうが無差別に変換しまくった結果、廊下はすでに崩落寸前、壁や床はほとんど残されていなかった。わずかに残った床からは、溜まった黄金の溶岩が滝となってはるか階下に流れ落ちてゆく。
  そして、自分がいるところはまさにその奈落へと続く大穴の縁だった。
   ステイルはつかつかと歩み寄り、ダミーの体に足をかけた。
 
  ステイル「言い残すことは?」

  ダミーは複雑な感情に顔をゆがませながら叫んだ。
 
  ダミー「I・・・I hate you!」

  ステイル「そうかい」

  ステイルは笑って、ダミーの体を蹴落とした。

263一年以上も更新が遅れてしまったことへのお詫び:2019/10/24(木) 00:29:44 ID:XyQ7FwAc
長らくお待たせして申し訳ございません
執筆と投下のための時間が長い事確保できずにおりました
今後はなんとか時間を確保できそうです
それこら、現在第二巻の三沢塾編にあたる部分を投下しておりますが、時系列や作中人物の相互関係など色々な情報が錯綜しすぎて自分でも混乱し、また展開が複雑になりすぎて収集がつかなくなってまいりました。
そのため、まことに勝手ながらここはしばらく保留にしてその先の妹達編から再開させていただきます。
長らくお待たせした上にこんな身勝手な理由で内容を変更してしまい大変申し訳ございません。
近いうちにまた再開いたします

264以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/14(火) 03:42:50 ID:Mkm.PJC2
大変長らくお待たせいたしました。
それでは再開いたします。

ここ最近、ある夢をよく見る。とはいえ、よくあるような荒唐無稽で何の脈絡もないような内容ではない。日によって多少の違いはあれど、その内容はいずれも幼い日の記憶に基づくものだ。この街に来てまもなく、能力が初めて芽生えたばかり、そんなころの思い出。

 大きな病院の中、白衣の男性の隣で私がガラス越しに見下ろしているのは、手すり型の歩行補助器で体を必死に支えながら一歩一歩弱々しい足取りで前に進む一人の年老いた男性。
しかし、がっしりとした体格でそれほどひ弱だとは思えない。
 幼い子供は疑問に思ったことをすぐ口にする。それは当時の私とて例外ではない。

「あのおじちゃんだあれ?」

「あの方はフリードリヒ・パウルス将軍。スターリングラードの戦いでドイツ軍を指揮されたお方だよ」

「じゃあ偉い人なんだね」当時は自分の生まれる直前にものすごく大きな戦争があったという事実を漠然と知っていたくらいで、それがどのような内容だったのかは何一つ知らなかった。彼が忠誠を誓っていた国がしたことについても。すぐ上の先輩方には終戦直後の飢えと寒さの中で育った人も少なからずいるというのに。

「おじちゃん、昔の戦いで足を怪我しちゃったの?」

「いや、そうじゃないんだ。あの方は今現在、筋萎縮性側索硬化症、略してALSという病を患っているんだ」

265以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/14(火) 03:49:27 ID:Mkm.PJC2
「エー・エル・エス?」

「簡単に言えば、神経の異常のせいで筋力がどんどん低下していってしまう病さ。かのルー・ゲ―リック選手もこの病で命を落とした。中年以上のお年寄りに多いが、もっと若い人が発症することもある。はっきり言って今の医学には治療法がない。何せ原因が分からないんだからね・・・・・・」

 そう言って彼が指し示した別の方向の部屋には他の患者達。多くは30代から40代、あるいはもっと上に見えるが中にはまだ学校に通ってそうな若さの人や自分より少し上くらい子供もいる。
また視線を前の窓ガラスに戻すと、老人は歩行訓練機の端から端へと移動を終えUターンするところだった。よほど大変なのか、汗だくになっている。思わず手に力が入る。こういうものを見せられては気持ちを相手に移入せずにはいられない。気づいたら私は「おじちゃんがんばれ」と声援を送っていた。

しかしすぐに男性の残酷な宣言で冷や水を浴びせられた。

「でも、あのように必死にリハビリしても、筋力は下がる一方で根本的な解決にはならないんだ。残念なことにね。そして、このまま行くと・・・・・・」

 私は男性の顔を見やるが、暗くて口元しか見えない。

「やがて立ち上がることもできなくなり、最後には自力での呼吸や心臓を動かすことすら困難に・・・・・・」

 もうこれ以上は聞きたくも見たくもない。おのずと頬を涙が伝いだす。それを目の前の男性は優しく手でぬぐいながら(口しか見えないが)にっこりと微笑みながら言った。

「泣かないで。君の能力を解明し、人に移植することができるようになれば彼らを救うことができるんだから。君が彼らの希望になれるんだ」

そして私はいてもたってもいられず申し出る。

「いいよ。私のDNAマップだっけ?それ、あげる」

266以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/14(火) 03:51:36 ID:Mkm.PJC2
「生体電気そのものを操り、通常の神経ルートを使わず直接筋肉を動かす、ね。私には思いもつかなかったよ」

笑顔でそういうのは軍服姿のいかつい男性数名(今から思えば東ドイツの要人なのだから当たり前だった)を従えた車椅子の老将軍。リハビリを終えた帰り、施設の玄関で見送る場面だ。

「ご多忙の中でご足労いただき、誠に感謝いたします。元帥閣下」

 先ほどまで隣にいた白衣の男性が敬礼をする。それに対して同じく敬礼をする将軍。

「礼を言わなければならんのは私の方さ。ここへは治療のために来たのだ。老い先短い命だが、混迷の未来を照らす一筋の光明を見ることができたから安心して逝けるよ」

 それから私の方に向き直って言った。

「ありがとう、お嬢さん(フロイライン)。君の勇気ある決断のおかげで多くの人命が救われることになる。話によれば体の中の電気を自由自在にできる君の能力はALSだけでなくアルツハイマー病のような脳の病気を治すのにも使えるそうじゃないか。夢は広がるね。もっと応用すれば筋ジストロフィーだって治せるかもしれないな」

今から思えば筋肉そのものがダメになる筋ジストロフィーをたかが電気を操ったくらいでどうこうできる気がしないがそんなの当時の私には知る由もない。
「しかし良かったのかい? まだどれくらいの強さになるか分からないし、君だけの力なんだろう?」

私は笑顔で答える。

「いいの。全然平気だよ。私の力で人助けができるなら、なんだってするよ」

「君は偉いね。この歳で実に立派だ」将軍は私の頭をくしゃくしゃと撫で、私は照れとこそばゆさで思わず笑みを漏らす。

267以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/14(火) 03:52:50 ID:Mkm.PJC2
「しかし気を付けたまえよ。その優しさが命取りになるかもしれん。特にこの街ではね」

「どういうこと?」私は顔を上げて彼の顔を見やる。優しいことは良いことではないのか。

「つけ入ろうとする悪いやつがいるということさ。この街も、一皮剥けば私が居た世界大戦の戦場と変わらないかもしれん」

 その辺りから急に視界がぼやけ始める。同時に聞こえる声もどんどん遠ざかり始める。

「だから用心なさい。私たちがかつて犯した過ちを決して繰り返さずに。君は私よりも、否、これまでの歴史上のどんな武人や英雄や兵士よりも遥かに強く賢い女性になるのだから・・・・・・」





そして私は寮の自室のベッドの上で目覚めるのだ。
 夢を見るときには決まって自分のベッドから飛び出してきたルームメイトがいかにも好色そうなだらしない表情で涎をたらし鼾をかきながら腰元に絡みついているので、夢の内容について思い返す暇もなく電撃をまとった肘鉄を一発くれて叩き起こす。そうして一日が始まるのだ。

268以下、名無しが深夜にお送りします:2020/10/18(日) 18:48:41 ID:xbYrFGVc
「僕らは一か月後、この休暇が終わったころに彼女を迎えに戻ってくる。それまで彼女のことをよろしく頼む」

 数日前、あのドク・クロウクの病院の一室で赤髪の魔術師、ステイル=マグヌスと誓った。ミタウ語学学校での事件。ある少女を一人の家庭教師にして親友として誰よりも想い、それを形にするために動いていたある男の悲しき運命。それは、その少女の心にも暗く影を落としている。

「あの娘を、インデックスをくれぐれも泣かせるようなことはしないでくれ」

 言うまでもないことだった。もう決して悲しませるものか。彼女を縛ろうとするどんなふざけた幻想も、宿命も、粉々に打ち砕いてみせると決めた。
 この右手に宿る、「幻想殺し(イマジンブレイカー)」と名付けた力で。

269以下、名無しが深夜にお送りします:2020/10/18(日) 18:50:38 ID:xbYrFGVc
 それが今では遠い昔のことに思える。俺が守り抜くと誓いを立てた件の少女、インデックスはその小柄さに見合わぬ底なしの食欲で着実に我が家の家計を圧迫しつつあった。買いためた食料はわずか二日で底をつき、買い足しても買ったそばから消えていき、今ではオートミールだのシリアルだので飢えをしのぐ始末。育ち盛りで食欲旺盛だとはいえ限度ってものがあるだろう。
 もう手元に金がほとんど残されていない。おまけに我がお姫様は日々の食事量に満足しておらず肉もご所望のようでお手上げだ。
 さて、どうしたものか。アルバイトは洗っていた皿が割れたり面倒な客に絡まれたりしてほとんど長続きしない。治験にでも志願しようかと思ったがもうあらかた枠が埋まってしまっている。
道に落ちているココナッツの果汁を飲むことも考えたが一つ目でいきなり腐った奴を引き当てたのでやめにした。やれやれ、このままじゃ俺があのシスター様に食われちまいそうだ。
そういやこの街は海に面していたはずだ。魚の一匹や二匹、貝でもエビやカニでもいいが何かしら捕れるはずだろう。マナティやワニの保護区に指定されている水域もあるみたいだが少なくとも港はそうではないだろう。西に広がるエバーグレースの森に行けば食用に適するキノコや木の実の一つや二つ見つかるだろう。
とまあ、これで食糧問題は解決できるとしても、だ。も一つ厄介な問題に直面している。補講だ。
前にも云ったかもしれないが俺はお世辞にも出来のいい生徒とは言い難かったらしい。それでただでさえ膨大な夏休みの課題に加えて前学期のツケまで支払わざるを得ない状況に追い込まれているのだ。
 幸い補講があるのは平日の午前中のみ。つまり土曜と日曜は夏休みらしい完全な休日だ。つまりここでの自習によって両方の遅れを取り戻すしかないってことだ。

 そして真夏のカンカン照りの日差しの中、数日前に購入したバカに値の張る参考書を突っ込んだ鞄を小脇に抱えながら重い足取りで図書館に向かっていく途中、近道を使用と(当然ながら土地勘なし。元々知っていたのを一緒に忘れただけかもしれないが)路地裏に入ったらたちまち全身に刺青入れた見るからにガラの悪そうな連中に取り囲まれた次第。
8月12日。日の出から約1時間後の午前9時前後(現在サマータイム施行中である)のことである。

270以下、名無しが深夜にお送りします:2020/10/18(日) 18:52:36 ID:xbYrFGVc
上条「何か御用で?」

輩A「もう分かってんだろ? 学生ローンの取り立てが最近きつくなっててよぉ。ちっとばかし金貸してくんねえか」

上条「生憎わたくしも持ち合わせはほとんどございません事よ。何かいいアルバイトとかご存じだったら教えていただきたいのですが・・・・・・いや待てよ、もし知ってたら自分でやってそんなはしたな借金なぞさっさと返済できていなければおかしいしそもそも返済が滞るほどにまでお借りになったあなた様ご自身の無計画さを恥じるべきでは」

 言い切る前に頬に重いパンチ一発。痛い。口の中が切れたためか血の味が広がる。

輩A「次なめた口利いたらぶち殺すぞ。四の五の抜かしてねえでさっさとよこせっつってんだよ」

上条「マジで持ってねぇんだよ・・・・・・」

輩B「オイ」

 今度は別の頭悪そうなやつが口を開く。

輩B「暗くてよく見えなかったが、コイツどっかで見おぼえねえか?」

輩A「そう言われてみれば・・・」

輩C「コイツ、サートン校の例の日本人じゃねぇか! 無能力(レベル0)なのに大能力者や超能力者とも対等に渡り合えるなんて触れ込みでいい気になってあちこちの喧嘩に首突っ込みまくってるアイツ! 俺らのダチを全員鑑別所に送りやがったのもコイツだぞ!」

輩D「『フォックスワード』なんてくっせぇ名乗り口上あげてるあの野郎か・・・・・・!」

輩E「道理で気に食わねぇ面構えしてやがると思ったぜ」

 当然ながら全く身に覚えがない。記憶を失う前の俺のことを言っているのか? ますます自分が何者なのか分からなくなってくる。やれやれ、『前』の俺から引き継いだ負債の額面はどうやらバカにならない大きさらしい。


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