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これを魔女の九九というようです
1
:
名も無きAAのようです
:2015/04/28(火) 09:59:57 ID:SOhsxYKs0
汝、会得せよ。
.
328
:
名も無きAAのようです
:2016/05/04(水) 13:31:33 ID:ZhNHmJtI0
面白かったなぁ
なになにやつだも面白かったししゅごいよ
329
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:16:22 ID:Fqa66Dmo0
さざめく波の音が耳をつく。
その騒々しさに心を奪われ、はたと辺りを見渡した。
薄暗がり、グリルから漂う肉の焼ける音、それを邪魔しない程度に匂うカサブランカ。
手元にはワイングラス、行儀のいいウェイターが、うす桃色のワインを注ぎ入れた。
その下にはシルクで出来たクロス、艶やかな布の上にはボーンチャイナが一皿。
バターで風味付けされた鯛が、そっくり返っている。
食べてとねだっているのか、逃げようとして跳ねたところなのか。
オブジェのように固まったそれを、蝋燭の淡い光が暴く。
「食べないのかい?」
テーブルの向こうから、声が聞こえた。
視線を向けると、
(´・ω・`)「食べないと、ポアレが冷めてしまうよ」
彼は、鯛の身にナイフを当てた。
逆立った鱗が、刃にしがみつく。
330
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:17:04 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「どうしたんだい、デレ」
魚は嫌いだったか、と問う彼に、首を横に振る。
ζ( ー *ζ「なんでもないの」
そう、なんでもないの。
今日は四月一日。
わたしの誕生日。
忙しいなか、彼はわたしのために来てくれたのだ。
わたしが会いたいと手紙を出したから、彼は食事に誘ってくれたのだ。
震える手でカトラリーを持つ。
そっとフォークを身に突き立てて、ナイフで切り取り、口へと運ぶ。
仄かな塩気、胡椒の辛さ、バターの風味。
添えられたトマトのソースが、ほどよい酸味と甘さを含んでいてよく合っていた。
ζ(゚ー゚*ζ「おいしいわ」
(´・ω・`)「それはよかった」
窓へと視線を向け、彼は微笑んだ。
(´・ω・`)「いい景色だろう」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ」
延々と続く砂浜、青い海。
その果てはまっすぐ、まっすぐ突き抜けるように。
空と海の境が混ざるようにして、続いている。
331
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:18:02 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「僕も夜景が好きでね」
ζ(゚ー゚*ζ「…………」
ロゼのワインを、口に含む。
酔いが足りないようだった。
頭の片隅で、ざざん、ざざんと波が押し寄せる。
ζ(゚ー゚*ζ「あなたの好きなものをわたしも見せてもらえるなんて」
幸せだ。
砂浜と海は欠落してゆく。
人工的な突起が次々とそれを八つ裂きにしていくからだ。
ちっか、ちっかと赤い明滅。
ヘリコプターや飛行機に高度を知らせる明かりだ。
南国を思わせる海は、あっという間に摩天楼の下へ埋もれていった。
(´・ω・`)「ここでどれほどの人が不幸で苦しんでいるのだろうね」
色もなく、彼は呟いた。
わたしは、何も答えずにもう一度ワインを飲んだ。
その頃には、すっかりとあの潮騒は遠ざかっていた。
頭の中に押し寄せた海が、干からびてしまったかのように。
332
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:18:50 ID:Fqa66Dmo0
愛の炎よ、澄み渡る方へ向かえよかし
.
333
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:19:34 ID:Fqa66Dmo0
わたしと彼の出会いを遡るには些か時間が掛かった。
まず、わたしはカンザスの田舎に住んでいた。
ママと二人で。
パパはいない。
いないことに疑問は持っていなかった。
ママはわたしのことをめいっぱいに愛していると伝えてきた。
一人でわたしを産んで、一人でわたしのために部屋を改装し、一人でわたしを育てるために、休みなく働きに出ていた。
ママが働きに出ると、わたしは本当に家の中で一人きりであった。
そういう時はどうするのかというと、ひたすらに窓の外を眺めていた。
ママが家から出ると、その背はラベンダーをかき分けて消えていく。
家の周りに生えているラベンダーは、元から生えていたらしい。
森のように鬱蒼と生い茂るそれで、時々ママはリネン水を作ってくれた。
足が痛くて眠れない時なんかは、枕とシーツにたっぷりつけてくれるとよく眠れたものだった。
見送ってしばらくは、そのラベンダーを観察した。
風にそよぐと、紫の花々はわたしに手を振った。
それだけで、あの芳香が鼻に蘇るのだ。
334
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:20:18 ID:Fqa66Dmo0
ラベンダーの花に見飽きてくると、今度は空を眺めた。
天気が良すぎる日はつまらなかった。
空に浮かぶ雲の形で、わたしは遊ぶことが多かった。
ζ(゚、 ゚*ζ(あれは馬)
その背に跨って、わたしはラベンダーの森を駆け抜ける。
ζ(゚、 ゚*ζ(あれはドーナツ)
ママはよくドーナツを作ってくれた。
今日のお昼も、きっとドーナツが置いてあるだろう。
ζ(゚、 ゚*ζ(あれはヒトデ)
本でしか読んだことがないけど、海の生き物だ。
あんまり動かなくて、何を食べているのかもわからない。
ただお星様の形をした生き物だというから、素敵なものに違いなかった。
ζ(゚、 ゚*ζ(海に行きたいな)
海は広い。
お風呂よりもたくさん水があって、冷たくて、魚やヒトデが住んでいる。
夏になると人がたくさん来て、泳ぐのだという。
裸で泳ぐのはダメで、水着というかわいい服を着るのだとか。
ζ(゚、 ゚*ζ(そんなにいいところじゃないって聞いたけど)
335
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:21:01 ID:Fqa66Dmo0
トイレよりも狭い部屋で、服を脱いで、水着を着て。
人混みに紛れて、ようやく海にたどり着いても、やっぱり人がいて。
大して遊べないうちに時間ばかりが過ぎていき、また狭い部屋で着替えて、疲れて家に帰る。
しかも、海の水はしょっぱくて、塩が肌にかぶれるのだという。
海にもシャワーが付けてあるけど、たくさん人が待っているから待つだけでもうんざりする。
おまけに水はちょっぴりしか出てこない。
それだったら浴びても浴びなくてもおんなじなのだと、ママは海の良くないところをたくさん説明してくれた。
(*゚ー゚)「それにね、ろくでもない連中がいるのよ」
それっきり、ママは機嫌悪そうにたばこを吸うから、わたしは海の話をあんまりしなかった。
ζ(゚、 ゚*ζ(それでも海に行ってみたい)
人があんまりいない時期ってないのかな。
夏になったら人が来るっていうんだから、春とか秋とかはそういうのはいいんじゃないかな。
冬はすっごく冷たいだろうから、わたしも行きたくない。
冬のお風呂はなかなかお湯が出なくって、あんまり好きじゃないからだ。
ζ(゚、 ゚*ζ(いつかママが連れてってくれますように)
336
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:21:44 ID:Fqa66Dmo0
空を見るのにも飽きてしまったら、今度は壁の絵を眺めてみる。
ママは、わたしが女の子だと知って喜んだそうだ。
男の子じゃなくって、絶対ぜったいぜーったい女の子がいいと思っていたそうだ。
どうして?と聞いたことがある。
(*゚ー゚)「だってママが赤ちゃんだった時の服が着れるのよ?」
そう言ってママは、ママとわたしが赤ちゃんだった時の服を見せてくれた。
小さくて、綿製のフリルがたくさんついたかわいいベビードレスだった。
首元にはピンクのリボンがついて、うさぎの刺繍だってしてあった。
(*゚ー゚)「ママとおんなじ服が着れてうれしいでしょ?」
ママは嬉しそうに言うから、わたしも嬉しくて頷いた。
じゃあもしわたしが男の子だったらどうしたのだろう。
そう聞いたら、ママはにこっと笑って、
(*゚ー゚)「よく切れる包丁があるから大丈夫」
と言った。
ママはその手間が省けてよかった、と言った。
337
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:22:40 ID:fUPr0iSM0
支援
338
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:23:15 ID:Fqa66Dmo0
(*゚ー゚)「生まれてきてくれてありがとう、女の子でありがとう。デレ、大好きよ、愛してるわ」
ちゅ、ちゅ、とキスの雨が降って来る。
ママのキスは、長い。
一度始まるとなかなか逃げられない。
ずーっと一日中、仕事しないでキスできると言っていた。
ママがわたしを一人にしないでくれるなら、こんなに嬉しいことはないと思った。
一人にしておくのは、ママも負い目があるようだった。
ピンクに塗られた部屋の壁にはユニコーンや虹や人魚の絵が描いてあった。
(*゚ー゚)「これはデレだけが読めるフェアリーテイル」
小人に、お姫様に、鹿や熊。
薔薇に、五弁のライラック。
バスケットにはリンゴとブドウ、オレンジ。
そんな絵が、寝室にも、トイレにも、キッチンにも、リビングにもあった。
足を引きずりながら、わたしは部屋を移動する。
ζ(゚、 ゚*ζ(今日は、小人と熊がピクニックに行く話)
昨日はお姫様と人魚の冒険譚。
一昨日はライラックのおまじないとユニコーンの恋。
組み合わせは無限大で、飽きればいくらでもママが壁に描いてくれた。
一日のほとんどが、この絵で遊ぶことに費やされていた。
そのうちお腹が減って、用意されたご飯を食べて、また絵を眺めたり、眠ったり。
ママが帰ってくるまで、ずっとそうしていた。
339
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:24:09 ID:Fqa66Dmo0
夕暮れもとっくに過ぎて、星が天高く輝く頃。
ママは疲れた顔をして帰ってくる。
怖い夢を見て泣きそうになったような顔をして、ママはわたしにキスをしてくる。
ぎゅぅっと強く、苦しくなるほど抱きついてくるから、わたしはママの気がすむまで頭を撫でてあげた。
怖い夢を見たときにママがそうしてくれるからだ。
そうすると少しは気が休まって、ママのことを好きになれるのだ。
ママも、怖い目にあって頭を撫でられたら、わたしのことを好きになってくれるに違いなかった。
(* ー )「デレ、足を出して」
不意にママがそう言う時がある。
わたしは大人しく、ママに向かって足を差し出した。
ママはたばことマッチ取り出した。
しゅ、しゅ、とマッチを擦る音。
とく、とく、と心臓の跳ねる音。
ママはわたしを愛してくれている。
ママはわたしが好きだった。
ママはわたしの支えであり、わたしはママの支えであった。
わたしはママの子供だけど、ママは時々わたしの子供になった。
子供だからほんとはたばこを吸ってはいけないんだけど、でも体は大人だから吸ってもよかった。
340
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:25:11 ID:Fqa66Dmo0
マッチに火がついた。
すぅ、と息を吸うとたばこに火がついた。
マッチが、わたしの足をジュッと焼く。
やけどのうえに作るやけどはとても痛い。
治りきらないうちに、また皮膚がぐちゃぐちゃになるからだ。
夏になると膿が出ることもあったし、そうなると体に毒が回って熱を出すこともあった。
それでもそう言う時はママがつきっきりで看病してくれるから、嬉しかった。
ママはわたしを愛してくれていた。
ふすふすとたばこの煙が顔にあたる。
けむくて、わたしはむせた。
ママは無表情で、たばこに取り憑かれていた。
そのうち吸い終わると、またわたしの足にたばこをこすりつけた。
そんなことを、今日は五回繰り返した。
吸い終わると、ママはとても優しくなる。
冷たい水で灰を洗い流し、軟膏を塗ってくれた。
包帯も巻いてくれて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
そうして寝付くまでわたしのそばにいてくれた。
毎日毎日飽きもせず、わたしはママの灰皿で居続けた。
341
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:26:18 ID:Fqa66Dmo0
ある日、ママはいつものように仕事に出た。
ちょっと違ったのは、ママがたばこを忘れていったことだった。
ママはわたしの次にたばこが好きだった。
たばこがなくてママは困るだろうと思った。
わたしは、初めて外に出た。
ママの忘れ物を届けに、裸足で外を出た。
ちょうどその前の日は雨で、地面はぬかるんで居た。
ちょうどその前の日のママは、たばこをよく吸っていた。
包帯にじくじくと泥が染みて、わたしは立っていられないくらい足が痛くなった。
ゆっくり、ゆっくりと歩いているうちにわたしは転んだ。
転んだことのないわたしは、水たまりに倒れ伏した。
服も顔もどろどろで、そのまま這いずってママの後を追った。
たばこの箱だけは濡れないように、気をつけて。
そうしてどれほどの時間が経ったのか。
ぬかるんだ道はいつのまにか舗装された道路になり、わたしはなんとか歩けるようになった。
といってもひどい格好であった。
ママお手製のワンピースは、すっかり泥にまみれていたからだ。
それでもわたしは歩いた。
道行く人が奇異の目で見つめても、こそこそと噂してようと、わたしには関係なかった。
わたしには、ママしかいなかった。
342
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:27:33 ID:Fqa66Dmo0
ママがどんな仕事をしているのかはあまり知らなかった。
でもバスに乗るということだけは知っていた。
ママは、たしかにバス停にいた。
新しく買ったばかりのたばこを開けて、ぷかぷかとふかしていた。
ζ(゚、 ゚*ζ(……なんだ、買えばいいんだ、)
そうだ、たばこなんてお店にたくさん売っているのだ。
わたしが届けなくたって、ママはいくらでもたばこを買えるのだ。
こんな格好でわざわざ届けた方が、ママだって恥ずかしいかもしれない。
だってわたしはこんなにも笑われている。
視線だって浴びている。
わたしが今近付いたらママは笑い者になるだけだ。
ζ( 、 *ζ(でも、ほめてほしかった)
343
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:28:17 ID:Fqa66Dmo0
誰か、誰か。
わたしのことを笑わないでください。
わたしは、大好きなママに褒めて欲しかっただけなのです。
わたしのために働いてくれるママのために、役立ちたかっただけなのです。
日に晒されて、惨めな泥が、服から剥がれ落ちました。
そうしているうちに、ママはバスに乗り込んで、仕事に行きました。
わたしは、また足を引きずって、元来た道を戻りました。
こんなに恥ずかしくて嫌な思いをしたのは初めてでした。
そのうちなんだか悲しくなって、わたしは大声をあげて泣きました。
誰も聞いちゃいないと思っていたのです。
ラベンダーがそよそよと、風に揺れる音しか耳に入らなかったのですから。
344
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:29:21 ID:Fqa66Dmo0
でも。
「どうしたんだい、お嬢さん」
ママよりも柔らかく、優しい声が、聞こえたのです。
その人はすらりと背が高い人でした。
その人は優しい灰色の目をしていました。
その人はママが好きそうなフリルのついた服を着ていました。
その人は昔、絵本で読んだ王子様のような人でした。
その人は、
(´・ω・`)「よかったら話を聞かせてくれませんか?」
とても優しい、魔女でした。
345
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:30:07 ID:Fqa66Dmo0
わたしは、その人の服を汚すことも厭わずに泣きつきました。
その人もまた、怒ることなくわたしを抱きしめてくれました。
大好きなママのためにママの役に立てなくて笑い者になった悔しさと、ママが愛してくれたという証のせいでこんなにも汚れてしまった怒りと、それに対する裏切りを、全て全てぶちまけました。
それはまるで呪詛のように、己の身の内に響き渡り、ママを嫌いになりそうなわたしをまたさらに憎悪させました。
(´・ω・`)「よし、よし、お嬢さん。まずはお茶でも飲みませんか?」
そう言って、その人はラベンダーを踏みつけました。
346
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:31:28 ID:Fqa66Dmo0
するとそこら一帯は、たちまち灰色の影に飲み込まれて。
わたしの服を汚した泥は、ぐつぐつと煮え渡り、チョコレート色のテーブルを作り上げました。
風に揺れていたラベンダーは、水けを失って互いに縫い合いました。
そうしてたちまち、暗紫色のテーブルクロスが出来上がったのです。
道端の石ころは、かたかたと揺れてぽこりと膨れ上がりました。
ポットやカップの形をしたそれは、こつんとテーブルを叩くと……。
ζ(゚ー゚*ζ「わあ……」
ほかほかのレモンティーがたっぷり入っていました。
(´・ω・`)「おっと忘れてた、椅子を作らないとね」
魔女の一声で、灰色の影はすぐさま椅子を形づくりました。
材料は、わたしと魔女の影でした。
細い鉄線を編み込んだような椅子は、とっても座り心地がよくて、すぐに気に入りました。
(´・ω・`)「さあ、まずはお茶を飲んで。砂糖が欲しかったらいくらでもあげるよ。おなかが空いていたらお菓子もたくさんあげる」
347
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:32:42 ID:Fqa66Dmo0
テーブルをコツコツと叩けば、見たことのないお菓子が飛び出しました。
カゴに入ったクッキーにビスコッティ、チョコレート漬けのさくらんぼ。
ババロア、メレンゲのケーキ、いちごのたっぷり挟まったサンドイッチ。
気付けばわたしの顔も服も綺麗さっぱり、泥が消えていました。
わたしは遠慮なく、この見たことのないお菓子に手をつけました。
ζ(゚ー゚*ζ「おいしい!」
ふかふかのクッションのようなお菓子は、ギモーヴというものでした。
甘くって舌がとろけそうになるほどおいしくて、わたしは夢中になって食べました。
(´・ω・`)「君はお母さんと二人暮らしだったのかな?」
ζ(゚ー゚*ζ「そうよ! ママとずーっと二人きり」
喉に張り付いた甘味を、レモンティーで押し流します。
口の中はさっぱり爽やか、ほろ酸っぱい香りが鼻に抜けていきました。
348
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:33:27 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「パパはどこに行ったのかな?」
ζ(゚ー゚*ζ「ママは一人でわたしを産んだって言ってた」
(´・ω・`)「でも必ずパパになる人がいるはずだよ」
ζ(゚ー゚*ζ「んー……。よくわかんない」
(´・ω・`)「まあそれで君が幸せならいいけども」
ζ(゚ー゚*ζ「幸せだよ、ママは毎日わたしのこと好きって言ってくれるもの」
(´・ω・`)「その足の火傷はどうしたのかな?」
ζ(゚ー゚*ζ「ママがわたしのことを好きな証だって」
(´・ω・`)「ふうん。君は痛くないのかな?」
ζ(゚、 ゚*ζ「……痛いけど」
(´・ω・`)「けど?」
ζ(゚ー゚*ζ「ママはわたしのこと好きだからそうするの」
(´・ω・`)「本当に君のことが好きなのかな」
どこからともなく取り出した角砂糖を、魔女はティーカップに入れました。
一粒、二粒、からころと。
銀のスプーンが持ち上がって、一人でにかき混ぜています。
349
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:34:07 ID:Fqa66Dmo0
ζ(゚ー゚*ζ「好きだもん」
それを眺めながら、マフィンに手を伸ばしました。
かぼちゃの甘さとチーズのしょっぱさが引き立ちあって、あっというまにお腹の中に消えました。
(´・ω・`)「君が男の子でも?」
ζ(゚ー゚*ζ「……きっと好きだもん」
歯切れ悪く、幼いわたしは紅茶を飲みます。
ぴとりと鼻にレモンのスライスがくっついて、バツの悪い気分になりました。
(´・ω・`)「僕の両親は、性別なんか関係なく子供が生まれたら愛しいと言っていたよ」
ζ(゚、 ゚*ζ「だから?」
(´・ω・`)「君は男の子に生まれていたらお母さんに好かれていたのかなあと、僕は気になっているんだよ」
ζ(゚、 ゚*ζ「……好きだもん」
絶対に、と心の中で言い返します。
だけど何故でしょう、今までのような自信はありませんでした。
350
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:35:12 ID:fUPr0iSM0
しえしえ
351
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:35:28 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「君はお母さんと出かけたことはあるのかな?」
ζ(゚、 ゚*ζ「ママはお仕事で忙しいもん」
(´・ω・`)「じゃあ君が風邪を引いてもほったらかしにして仕事に行くんだね」
ζ(゚、 ゚*ζ「そんなことないもん!」
(´・ω・`)「じゃあどうしてお母さんは君とお出かけしてくれないのかな」
ζ(゚、 ゚*ζ「……だって、海は人がたくさんいて、大変だし」
(´・ω・`)「海以外にも出かける場所はたくさんあるよ」
ζ(゚、 ゚*ζ「仕事、いそがしい、し…………」
(´・ω・`)「……ねえ、お嬢さん」
魔女は、とても悲しそうにわたしを見つめます。
(´・ω・`)「君は虐待されているんだよ」
ζ(゚、 ゚*ζ「ぎゃくたい……?」
(´・ω・`)「お母さんは君に遠くへ行って欲しくないんだよ、君が物事を知ることを恐れているんだ」
ζ(゚、 ゚*ζ「どうして?」
(´・ω・`)「色んなことを知ってしまえば君のお母さんがおかしいことがわかってしまうからさ。おかしいことをしてまで、お母さんは君をそばにおきたかったんだ」
ζ(゚、 ゚*ζ「……そばにおいとくことはすきってことじゃないの? あいしてるってことじゃないの?」
わたしは混乱していました。
魔女は、黙って首を横に振りました。
352
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:36:29 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「本当に愛していたら君を痛い目には合わせない」
ζ( 、 *ζ「…………」
(´・ω・`)「本当に愛していたら、君を海に、いや、どこにだって連れて行くよ」
ζ( 、 *ζ「…………」
(´・ω・`)「君は本当の愛を知らないんだ」
可哀想だね、と魔女は言いました。
(´・ω・`)「僕がどうしてここに来たかわかる?」
ζ( 、 *ζ「……わかんない」
わたしは、俯いて涙をこらえるのに必死でした。
ママはわたしを愛していなかった、わたしはママを愛していたのに。
わたしは、ママを愛していたのに。
(´・ω・`)「君の声が聞こえたんだ。海に行きたいって」
だから連れて行こうと思ったんだけど、と魔女は区切りました。
ζ(゚、 ゚*ζ「……だから?」
(´・ω・`)「……君とお母さんを一緒にさせておいたら、いつか殺されちゃいそうでもっと可哀想だ」
だから、と魔女は手を差し伸べました。
(´・ω・`)「僕と一緒に旅をしよう。どこか、君が住みたいと思う場所があればそこにずっといたっていいから」
ζ(゚、 ゚*ζ「……ママに怒られちゃうよ」
(´・ω・`)「その時は僕が怒るよ。お嬢さんをあんな家に閉じ込めておくなんてあんたは酷い人だって」
ζ(゚、 ゚*ζ「……どこにでも連れてってくれる?」
心の奥底で、重く蓋をしていた欲望があふれ出そうとしていました。
353
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:37:27 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「ああ」
どこにでも連れてってあげるよ。
(´・ω・`)「君のことを助けたいんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「……デレ」
(´・ω・`)「僕は、 」
温かな手を取り、彼は言いました。
(´・ω・`)「この世から不幸を取り除くことが望みの、灰色の魔女さ」
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、人を幸せにするのがあなたの使命?」
(´・ω・`)「そういうこと」
ζ(゚ー゚*ζ「……すてきね」
悲しいことも辛いこともない世の中なんて、素敵に違いありませんでした。
ζ(゚ー゚*ζ「わたしにもできることがあったらいいな」
(´・ω・`)「きっと君がやりたいことはすぐ見つかるよ」
ζ(゚ー゚*ζ「もう見つけたわ」
もっと彼のことを知りたい。
あの素敵な魔法の仕組みを知りたい。
わたしの心は、すぐ満たされていきました。
354
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:38:22 ID:Fqa66Dmo0
愛の炎よ、澄み渡る方へ向かえよかし 了
.
355
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 15:42:11 ID:fUPr0iSM0
乙でしたー
久々の投下嬉しい!
356
:
名も無きAAのようです
:2017/05/21(日) 21:32:36 ID:mDQVV/QQ0
乙!
デレのお母さん怖いわ…
357
:
<^ω^;削除>
:<^ω^;削除>
<^ω^;削除>
358
:
<^ω^;削除>
:<^ω^;削除>
<^ω^;削除>
359
:
名も無きAAのようです
:2017/05/23(火) 18:15:22 ID:NXwRScpA0
乙乙
母親怖いけど救われる話でよかった
360
:
名も無きAAのようです
:2017/05/24(水) 14:06:44 ID:w6M4Mt6o0
乙です!
デレがどんな家庭環境で育ったのかちょっと気になってた
これはデレがショボンに依存するのも分かるな
361
:
名も無きAAのようです
:2017/05/26(金) 17:28:22 ID:FyO5tNSM0
きて嬉しい!!おつ
362
:
名も無きAAのようです
:2017/10/08(日) 08:57:07 ID:J62lfJug0
十月中に番外の続きを投下できると思います
結構な長さになりそうなのでもうしばらくお付き合い願います
363
:
名も無きAAのようです
:2017/10/09(月) 22:32:05 ID:eiPKTzpA0
たまたま見に来たら書き込みが!
楽しみにしているよ
364
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:31:51 ID:PogJdj520
真理よ、おのれを呪うものを救えよかし
.
365
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:32:32 ID:PogJdj520
透明なガラスで出来たティーポットの中で、茶葉が踊る。
ゆらゆら、ひらひら。
ζ(゚ー゚*ζ(マリンスノーみたい)
でも、中に入っているのは紅茶の葉っぱ。
もう少しで、二分が経つ。
ストレートの紅茶なら、もう少しだけ蒸らすけれども、
ζ(゚ー゚*ζ(今作っているのはレモンティー)
美味しいレモンティーを入れるコツは、普通の紅茶よりも
浅く蒸らすことが大事だと、あの人は言っていた。
だからすぐ、温めておいたカップへと注いでしまった。
用意したカップは、二人分。
一つはわたしで、もう一つは の。
ζ(゚、゚*ζ(……だったら良かったんだけどなぁ)
残念ながら、彼は出掛けてしまっている。
そんな時に限って、招かれざる客がやって来るのだ。
今日もそう。
が居なくなってすぐに、彼女はやってきた。
ζ(゚、゚*ζ(ついてないの)
今日はわたしの誕生日なのに、とごちながら、
レモンのスライスをカップへ滑らせた。
366
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:33:29 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ(ま、しょうがないよね)
来てしまったものについては、嘆いていても仕方がない。
ため息を一つ吐き、キッチンを後にした。
ζ(゚ー゚*ζ「お待たせ」
極力明るく友好的な声を出して、相手の様子を見る。
o川* へ )o「…………」
だけど相変わらず、相手は黙りこくっている。
ζ(゚ー゚*ζ「お砂糖が欲しかったら、そこのポットに入っているからね」
親切を装って、牽制を一つ。
するとようやく、相手の目がちろりと動き出す。
赤く、赤く、泣き腫らした目だ。
ここへ来た時から、名も知らぬ客人は涙を流している。
腫れ腫れと浮腫んだその目元からして、ずっと涙を流していたに違いない。
ζ(゚、゚*ζ(泣きすぎると美人も台無しね)
手元に寄せたカップから、レモンを取り除きながらふと思う。
ζ(゚、゚*ζ(学生、かな)
二十代前半か、それよりも若く見える。
床にへたりこんでいるショルダーバッグからは、新品の教科書が覗いていた。
367
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:34:17 ID:PogJdj520
とすると大学に入ったばかりなのかもしれない。
そういえばこの間、 の元にはたくさんの書類が届いていた。
差出人はとある大学で、奨学金の保証人となる手続きを行うためのものだった。
ζ(゚、゚*ζ(ああ、わかった)
きっと は、貧しい女の子に富を分け与えたのだ。
それだけでは心許ないから、と彼は親身に相談に乗ってあげた。
それをこの子は、勘違いしてしまったのだ。
ζ(゚、゚*ζ(うんうん、あの人なら大体そういうことをしそうよね)
の目的は不幸の目を摘み取るためで、この子のことが好きでやったわけではない。
だけど大変可哀想なことに、 がいくら身を粉にして人に尽くしたとしても、
それが恋愛感情に則った行動だと勘違いする人は後を絶たない。
ζ(゚、゚*ζ(バカみたい)
お茶の一杯にも手をつけず、遠回しに睨んで来る女性を、
わたしは軽蔑しそうになる。
だけど、そうしてはいけない。
彼女はちょっと愚かなだけで、それは憐れむべきことなのだ。
同時に、その性質を慈しんでやらなくてはならない。
わたしは分別のある魔女となる人で、相手はそんな事もわからない、ただの人。
だからわたしは、彼女を許す。
の心を射止めたと思い込んで、子犬のように纏わり付き、自分が望んだ以上の幸せを欲する。
傲慢を体現したかのような彼女を、わたしは許す。
368
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:35:06 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ(……あ、)
背後から扉の開く気配。
そっとそちらに首を向けると、
(´・ω・`)「誰か来てるの?」
やはり彼だった。
ζ(゚ー゚*ζ「お客さんよ」
あなたのね、と付け加えると、彼は不可解そうな顔をして、こちらへとやって来る。
(´・ω・`)「おや、どうしたんだい?」
買ってきた額縁を床へと降ろし、彼は床へと跪く。
この部屋にある椅子は、二つきりしかないからだ。
o川* へ )o「どういう、ことなの」
洟をすすりながら、女性は彼を睨む。
(´・ω・`)「ああ」
納得したように、そして一瞬、悲しげな顔をして、彼は宥める。
369
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:36:29 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「彼女は恋人でもなんでもない人だよ」
彼女、とは無論わたしのことである。
事実、わたしと彼は恋人などという浅い付き合いはない。
もっと深く、濃い繋がりを持っているのだが、
果たして彼女に理解出来るだろうか。
ζ(゚、゚*ζ(出来ないだろうな)
目ばかりではなく、顔全体を赤く染めて罵る女性を冷めた目で見る。
o川* へ )o「なんなの、それ」
意味わかんない、と呟く声。
それに対して、やっぱりねと思うわたし。
o川* へ )o「……あたしは、あんたと付き合ってるんだよね?」
(´・ω・`)「大事に思っているよ」
o川* へ )o「そうだよね?」
縋りつつも、責め立てるような声。
彼は、動じない。
o川* へ )o「じゃあなんで、この女と一緒に住んでんの?」
(´・ω・`)「……まあ、家族のようなものだよ」
慎重に言葉を選ぶ彼の頬に、平手が飛んだ。
370
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:37:11 ID:PogJdj520
o川* へ )o「見たよ。ベッド。一つしかないじゃん」
(´・ω・`)「このアパートは狭いからね」
o川*゚Д゚)o「いい年した男女が一緒のベッドに寝て、
何も起きないわけないじゃん」
(´・ω・`)「君が考えているようなことは何も起きていない」
o川*゚Д゚)o「起きてようがなかろうが、関係ないの!」
(´・ω・`)「君の言う通り、きちんと貞操は守っているよ」
o川*゚Д゚)o「っ……。そういう、問題じゃない、よ……っ」
再び嗚咽を漏らす彼女は、月並みな恨みを吐露する。
o川*;Д;)o「……わたしのこと、あいしてるって言ってたじゃない」
ζ(゚、゚*ζ(やっぱりバカだ、この人)
彼が抱いている愛は、すべての人に向けられている。
いわばそれは神から人に対する愛、アガペーであり、
女性から彼へと向けられるエロスとは、全く性質の違う愛なのだ。
自分が のことをそういう目で見ていたからって、
相手もそういう気持ちを抱いているだろうと確信を持って、
肉体だけの関係を結ぶなんてやっぱりバカとしか言えなかった。
371
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:38:47 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「もちろん、愛しているよ」
o川*;Д;)o「うそつき」
(´・ω・`)「うそじゃない」
o川*;Д;)o「うそつき!!」
(´・ω・`)「……君と僕の愛に対する認識が、ちょっと違っているだけだよ」
諦めたように、 は溜め息を吐く。
こうした事態は一度や二度ではないけれども、やっぱり心が痛むに違いない。
ζ(゚、゚*ζ(どうしてみんなは、彼の気持ちを理解してあげないのかしら)
彼から分け与えられる愛を拡大解釈して、そうではないと
気付いた瞬間から、手のひらを返す。
なんて恩知らずな人達なのだろう!
o川*;Д;)o「ねぇ、わたしの気持ちも、わかってよぉ……」
再三再四に渡る要求に、
ζ(゚、゚*ζ「あなたこそ、彼のことを何も理解していないくせに」
とうとう堪忍袋の緒が切れた。
372
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:39:32 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「デレ」
思わず飛び出した言葉を、 はたしなめる。
だけどわたしの気は治らない。
ζ(゚、゚*ζ「あなた、どうせ貧民街の出身なんでしょ?」
その言葉に、女性は怯んだ。
間違いない。
やはりわたしの見立ては正しかったのだと分かり、それが潤滑剤となって口を動かした。
ζ(゚、゚*ζ「そこでどんな地獄を見たのか、わたしは知らないわ。
けれど、そこから救われたいと何度も願ったことくらい、わたしにはわかる」
昔のわたしも、そうだった。
虐待されていることにも気付かずに、あんな母親を愛し、
不幸だとも思わずに過ごしていた歪な日々。
確かに、わたしは幸せだった。
けれども所詮、贋作の幸福。
ささやかな罅から全てが壊れ、わたしは絶望した。
彼はやって来たのは、ちょうどその時だった。
些細にして拙い祈りの声を、彼は拾ってくれたのだ。
彼がやって来なければ、今頃わたしはどうなっていたのかも分からない。
けれどそのままでいたのなら、変わらぬ日々を送り続けたことだろう。
母親のしたことは、許されることではない。
しかし幼いわたしを縛り付けなければならないほどに、あの人は壊れていた。
373
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:40:43 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ(可哀想な人だった)
やはりあの人も、憐れむべき弱者であった。
あの人だけを置き去りにして、わたしはカンザスを飛び出した。
今頃どうなっていることか、確認する勇気をわたしは持ち合わせていない。
でも出来ることなら、幸せでいてほしい。
ζ(゚、゚*ζ「……不幸が嫌いなのは、みんな同じでしょう?」
優しく問いかけるように、視線を向ける。
女性は、そっと目を伏した。
ζ(゚、゚*ζ「不幸を無くそうとするのは、そんなにいけないことかしら?」
o川* へ )o「それ、は……」
ζ(゚、゚*ζ「みんな幸せになろうとすることは、悪なのかしら」
それは、到底叶うはずのない夢だと笑われることに違いなかった。
実際に笑われたこともある。
だけど、わたしは知っている。
彼の夢を馬鹿にする人間は、己が理想にうち破れた人間だ。
がむしゃらにそれを叶えようとして、けれども叶えることが出来なくて、
それを恥じて、馬鹿にすることで精神を保っている人間だ。
厄介なことに、その恥じらいは自他の境なく発生する。
つまり恥ずかしいと思う対象は過去の自分であり、目の前にいる人間でもあるのだ。
374
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:41:54 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「……でもね、」
どんなに馬鹿にされたとしても、わたしは諦めない。
愚直な彼の行いによって、わたしは確かに救われたのだから。
そして、全人種の幸せが彼の幸せであるのなら、
ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、彼の味方でありたいの」
わたしも彼のようになりたいと願った。
わたしも、不幸な環境にいる人たちを救いたいと思った。
それが、わたしを救ってくれた彼の願いでもあるから。
ζ(゚、゚*ζ「なのにどうして、あなたにはそれがわからないの……」
全てを吐き出したわたしに、女性は絶句している。
同じような身の上にあったであろうわたしと彼女の違いを
まざまざと感じ取り、格の違いを目にしてしまったからだろう。
だって、彼女は我儘だから。
浅ましい愛を強請らずに、必死に恩を還元しようと
動いているわたしとは、絶対的に差があるから。
それなのに、どうして女性は害意の篭った視線を向けているのだろう。
375
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:42:59 ID:PogJdj520
o川*;Д;)o「あんたも、おかしい。……おかしいよ」
ζ(゚ー゚*ζ(二度も同じことを言わないでほしい)
半分、分かってはいる。
全く違う世界を生きているから、わたしや彼のことを異物としてしか見れないのだろう。
見識の狭い、貧しい心だ。
けれど残念なことに、大半の人間はそう思って生きている
ζ( 、 *ζ「やっぱり、あなたもそうなのね」
そんなことを言う人に限って、弱者に手を差し伸べることはない。
ζ(゚ー゚*ζ「非常に、不愉快だわ」
それは、彼に対する最大の侮蔑。
同時に、女性自身に齎された救済を踏み躙る発言。
誰のおかげで大学へ行けるようになったのか。
彼女はすっかりと忘れてしまったらしい。
なんて、愚かな発言だろう。
それを分からせるために、口を開いた時だった。
376
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:43:51 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「もういいよ、デレ」
くすんだ金色の瞳が、わたしを制す。
(´・ω・`)「君も、もう家に帰りなさい」
柔らかな言葉に、女性は、
o川*゚Д゚)o「はぁ!?」
(´・ω・`)「不愉快な気分にさせて、申し訳なかったね」
o川*゚Д゚)o「まだ話が、っ」
終わっていない、という言葉は飛び出さなかった。
の口付けによって封じられたからだ。
抵抗しようにも、今の彼女は指の一本も動かすことが出来ない。
もうずっと前から、彼女は魔法に掛けられていたから。
377
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:45:38 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「……今日のことはもう忘れて、帰りなさい」
床に置かれていたバッグを差し出すと、女性は大人しく受け取った。
(´・ω・`)「僕たちのことは、忘れなさい」
玄関へと送り出す口調は、子守唄のように懐かしい。
女性は、振り返ろうと首を動かしていた。
(´・ω・`)「忘れるんだ」
ひとりでに開く扉。
寂れたアパートの廊下は、灰色の明かりに照らされている。
(´・ω・`)「気を付けてお帰り」
o川* へ )o「っ 、」
女性が、彼の名前を呼ぶ。
彼は、首を横に振る。
(´-ω-`)「さようなら、幸せな人」
戸惑った表情の女性を、一人廊下に取り残して、扉はゆっくりと締まった。
378
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:46:48 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「……怒ってる?」
ζ(゚、゚*ζ「怒ってません」
(´・ω・`)「いや、怒ってるでしょう」
わしわしと頭を撫でられるも、わたしの視線は腫れた頬にしか向いていない。
ζ(゚、゚*ζ「痛そう」
(´・ω・`)「あんまり痛くないよ」
ζ(゚、゚*ζ「だって、すごく赤いもの」
(´・ω・`)「どれくらい?」
ζ(゚、゚*ζ「よく熟れたトマトにそっくり」
(´・ω・`)「……うん、実は結構な威力があった」
ζ(゚、゚*ζ「ほら、やっぱり!」
くるっと背を向けて、わたしは救急箱を取り出そうとした。
けれども彼は、それを優しく抱き止めた。
379
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:47:29 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「ありがとう」
ζ(゚、゚*ζ「……湿布、貼らないと」
(´・ω・`)「気持ちだけで十分さ」
またもや頭を撫でられて、わたしの髪はすっかり逆立っていた。
ζ(゚、゚*ζ(上手に結べてたのにー)
鏡を相手に、口を尖らせる。
こんがらがった毛糸束のような、黒い髪。
ブラシを手にして、よくよく梳くことにした。
鏡の中で、 はティーカップを手にしている。
あの女が一口も飲まなかった、可哀想なレモンティーだ。
見えざる手によって、スライスされたレモンが
浮き上がっているのが見えたから、きっとそうに違いなかった。
(´・ω・`)「苦いな」
ζ(゚、゚*ζ「渋かったかしら?」
(´・ω・`)「いいや、レモンのせいさ」
シュガーポットの蓋が、可愛らしい音を立ててずり落ちて、
シュガーキューブが一つ、二つ、羽の形になって飛び出した。
は、結構な甘党だ。
一日に二回はおやつの時間を設けている。
380
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:48:34 ID:PogJdj520
彼に出会った頃のわたしはガリガリで、棒みたいな体型をしていたけれど、
釣られて甘いものを食べていたら、あっという間に丸く肥えてしまった。
以来おやつの時間は、二日に一回までと決めるようにした。
彼は構わず、いつでも甘いものを食べているけれど。
ζ(゚、゚*ζ(耐えているこっちの身にもなって欲しいわ)
ようやく髪を整えて、振り向くと彼は銀の砂糖を溶かしている最中らしい。
銀のスプーンがゆっくり、一人でワルツを踊っていた。
ζ(゚ー゚*ζ「無理して飲まなくていいのに」
すっかりと冷めた水底には、砂糖の粒がゴロゴロに転がっているに違いない。
(´・ω・`)「作ってくれた人に申し訳ないからね」
ζ(゚ー゚*ζ(それはわたしに向かって言っているのかしら)
定かではないが、気付いたことがひとつある。
スプーンで攪拌するごとに、頬の腫れがみるみる引いていくのだ。
(´・ω・`)「やっぱり、珍しいかい?」
思わず振り向いたわたしに、にやと得意げに笑う彼。
魔法は、やっぱり不思議だ。
目に見えるものも、目に見えないものも、魔女は全てを拾い上げる。
存在を承認されたものは、魔女の祈りを掬い上げ、そうなるべしと助力する。
381
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:49:50 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ(それは、世の中に対する画素を増やすようなもの)
ぼやけたままに過ごしていたそれに気付くと、世界は途端に鮮やかさを増す。
その瞬間が、どうしようもなく好きだった。
ζ(゚ー゚*ζ(早くわたしも みたいな魔女になりたいな)
ショボンに従事してから随分と時間が経ったけれど、
未だに弟子という身分で、使える魔法も数少ない。
ζ(゚、゚*ζ(早くエフェクト持ちになりたいな)
エフェクト。
それは、自分だけの魔法を獲得したという証。
実力を認められ、通過儀礼を果たした本物の魔女だけが得られる、特別な印。
のエフェクトは、灰色だ。
ζ(゚ー゚*ζ(初めて見た時には曇天の空みたいって思ったな)
穏やかな人柄からは想像もできないほどに冷たい色をしているけれど、
そこから飛び出す魔法はどんな魔女にも負けないくらい、鮮やかで楽しいものだった。
(´・ω・`)「うーん、苦い」
レモンティーを飲み干した頬は、すっかりと綺麗になっていた。
ζ(゚ー゚*ζ「もう痛くない?」
(´・ω・`)「うん。ありがとう」
382
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:52:36 ID:PogJdj520
彼に出会った頃のわたしはガリガリで、棒みたいな体型をしていたけれど、
釣られて甘いものを食べていたら、あっという間に丸く肥えてしまった。
以来おやつの時間は、二日に一回までと決めるようにした。
彼は構わず、いつでも甘いものを食べているけれど。
ζ(゚、゚*ζ(耐えているこっちの身にもなって欲しいわ)
ようやく髪を整えて、振り向くと彼は銀の砂糖を溶かしている最中らしい。
銀のスプーンがゆっくり、一人でワルツを踊っていた。
ζ(゚ー゚*ζ「無理して飲まなくていいのに」
すっかりと冷めた水底には、砂糖の粒がゴロゴロに転がっているに違いない。
(´・ω・`)「作ってくれた人に申し訳ないからね」
ζ(゚ー゚*ζ(それはわたしに向かって言っているのかしら)
定かではないが、気付いたことがひとつある。
スプーンで攪拌するごとに、頬の腫れがみるみる引いていくのだ。
(´・ω・`)「やっぱり、珍しいかい?」
思わず振り向いたわたしに、にやと得意げに笑う彼。
魔法は、やっぱり不思議だ。
目に見えるものも、目に見えないものも、魔女は全てを拾い上げる。
存在を承認されたものは、魔女の祈りを掬い上げ、そうなるべしと助力する。
383
:
>>382連投ミスです
:2017/10/11(水) 20:53:54 ID:PogJdj520
再び頭を撫でようと腕が伸びてくる。
せっかく整えたばかりなので、
台無しにされては困るとわたしは口を開いた。
ζ(゚ー゚*ζ「ところで、あの額縁は何に使うの?」
ずっと気になっていたことを口にすると、
(´・ω・`)「君への誕生日プレゼントさ」
ζ(゚、゚*ζ「絵でも買ってくれるの?」
(´・ω・`)「まさか」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、彼は窓へと立てかけた。
(´・ω・`)「お手を拝借」
恭しく差し出された手を、わたしは握り返す。
額縁の向こうには、相変わらず霧がかった街が見えている。はずだった。
ζ(゚ー゚*ζ「あ……!」
公園の遊具、ヘルタースケルター。
飲みかけのレモンティーも、籠に盛られた果物も、ティーカップも、
ピカピカの鉄のフライパンも、玄関先に活けたカサブランカも、
ひとつきりしかないベッドも、皆吸い込まれていく。
当然、わたしたちも。
恐怖は、ない。
はてしなく続く螺旋状の滑り台に、身を委ねるだけ。
384
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:55:26 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「何処へ行くの!」
隣にはいない に向けて、わたしは叫ぶ。
(´・ω・`)「君の好きなところへ!」
張り上げた声は、すぐ後方から聞こえてきた。
いつの間にか抱き上げられていたらしい。
わたしのお腹をぎゅっと抱きしめるように、背中から腕が伸びていた。
(´・ω・`)「だって今日は君の誕生日だもの!」
去年は、樹上の果実の中で一晩を過ごした。
一昨年は、氷河を歩いて、永の眠りに付いた太古の花を見に行った。
その前の年は、四日かけて世界中の夜を観測しに行った。
さらに前の年には月の裏側でクレーターを使ったワッフル作り、
ドラキュラの杭を求めてルーマニアに行ったこともある。
ヴェネチアの水を集めてエジプトに雨を降らしたり、
ダイアモンドと瑠璃を燃やして蒼ざめたマフィンを作ったこともある。
初雪となるはずだった雲を全部アイスクリームに変えたこともあるし、
ジェリービーンズからカラフルなうさぎを作り出してもらったこともある。
世界中を転々としているから、行ったことのない場所はない。
そう、彼と一緒にいればどこまででも行くことが出来た。
わたしは、万能の力に守られていた。
385
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:56:52 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ( と一緒に行きたいところ)
行ったことのないところ。
考えては浮かんだ案を却下し、また考えてを繰り返した末に、
ζ(゚、゚*ζ「あ、」
あった。
ひとつ、未だに行ったことのない場所。
海。
どこまでも青く、空と海の境すらもあやふやな海。
その中でもうんと暗い、
ζ(゚ー゚*ζ「深海へ!」
叫んだ途端、空があることに気付いた。
黒い、黒い、吸い込まれるような黒い空。
しっとりと纏わりつく海水は、しんと冷えている。
ζ(゚ー゚*ζ「わぁ……」
下を見れば、海底はすぐそこへと近付いていた。
そぞろと黒い影が蠢き、よく見るとそれは巨大なダンゴムシに似ていた。
(´・ω・`)「オオグソクムシ、海底の掃除人さ」
優雅に着地した の足元から、堆積した白い雪は、ふわりと舞い上がる。
(´・ω・`)「おいで」
ふふりと笑う彼は、未だに彷徨うわたしを捉えてくれた。
386
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:57:51 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「はぐれたらどうしようかと思った」
(´・ω・`)「そんな目に遭わせるわけないだろう」
ζ(゚ー゚*ζ(馬鹿なことを言ってしまった気がする)
急に恥ずかしくなり、わたしは辺りを見渡した。
深海には、際限なく闇が広がっていた。
それなのに、頭上からラベンダー色の明かりが灯されていた。
見ると、彼は頭上に向かって何かをばら撒いていた。
金粉、それも粉砂糖のように細かいものに見えた。
ζ(゚ー゚*ζ「なあに、それ」
(´・ω・`)「リンさ」
ζ(゚ー゚*ζ「リン?」
(´・ω・`)「この辺りの深海にはリンや硫黄を食用とする生き物が多い」
指差した先には、月面のようなクレーター。
よくよく目を凝らしてみると、そこから水が噴き出しているらしかった。
387
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:58:56 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「あれは硫黄泉。温度が六百度もある」
ζ(゚ー゚*ζ「熱いのね!」
(´・ω・`)「地下深くから噴き上がる時に膨大な摩擦が掛かる。
だから熱泉となって湧きだすんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「でも、噴き出してるところにはフジツボみたいなのがいるけど」
(´・ω・`)「あれにとってはあそこが過ごしやすい場所なんだ。
科学では未だにあれを地上に連れ出すことは出来ない」
ζ(゚ー゚*ζ「魔法では?」
(´・ω・`)「まぁ、やろうと思えば出来るだろうね」
自信たっぷりに言う は、なんだか子供のようだった。
ζ(゚ー゚*ζ「それで、リンを撒いたらどうなるの?」
(´・ω・`)「そのうち分かるよ」
そう言って、ショボンは地底を蹴り出した。
沈みつつあったマリンスノーは、再び舞い上がる様を見て、
いつかに貰ったクリスマスプレゼントを思い出した。
雪だるまの入った、スノーグローブだ。
背景にはサンタクロースが煙突へと入る場面が描かれていて、
毎年冬になると飾るのが習慣となっていた。
388
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 20:59:57 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「あ、」
粉雪は、みるみるうちにテーブルを作り出した。
マジパンで作ったウェディングケーキみたいな、真っ白なテーブルだ。
整った円形に変じたその端からは、サラサラと滝がこぼれていく。
ただしよく見ると、それは細かなレースの柄を編んでいた。
スミレ、勿忘草、バラに、チューリップ、それからポピー。
どれも素敵な花ばかり。
(´・ω・`)「座りなさいな」
柔らかな声が指す方向には、いつの間にやらソファーが出来上がっていた。
深海色のベルベットが張られたクッションは、優しく体を受け止めてくれた。
ζ(゚ー゚*ζ「宇宙にいるみたい」
まるっきり体重が消え去ったような気分で、思わず肘置きへとしがみつく。
(´・ω・`)「水中だからね」
至極当然な答えに、やはり気恥ずかしくなった。
ζ(゚ー゚*ζ(そうだ、水の中に入ると体が軽いんだ)
(´・ω・`)「心配しなくても、君が思い切りジャンプでも
しない限りは何処にも行かないよ」
見透かしたように、 は微笑んだ。
389
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:01:37 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあもし、何処か遠くで、たしが
迷ってしまっても迎えに来てくれる?」
意地悪く返すと、 は頷いた。
(´・ω・`)「何処にいても、迎えに行くよ」
答える指は、とんとんとテーブルを叩く。
その魔法は、
ζ(゚ー゚*ζ「お茶会!」
(´・ω・`)「正解」
柔く微笑む彼を遮るように、あちらこちらからお菓子が降ってくる。
牡蠣殻の形をしたマドレーヌ。
青いジェリーの海。
その中で泳ぐクジラのエクレア。
薄い玻璃のような飴細工を纏ったヤドカリのタルト。
ヒトデそっくりの巨大なクッキー。
かわいいウツボのロールケーキ。
巻き貝の形をしたティーセット。
ζ(゚ヮ゚*ζ「すごい、すごい、すごーい!」
声をあげてはしゃぐわたしに、彼は目を細めた。
390
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:02:21 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「喜んでくれて何よりだよ」
ζ(゚ヮ゚*ζ「だって、素敵だもの!」
薄地のティーカップの中では、レモンのスライスがぷかぷかと浮かんでいる。
口にすると、爽やかな甘みと紅茶の香りがふんわり広がった。
わたしの入れたものとは大違いだった。
ζ(゚ー゚*ζ「おいしーい」
ついでにマドレーヌへと手を伸ばす。
しっとりふあふあとしたそれは、薄く塩がきかせてあった。
ζ(゚ー゚*ζ「全部おいしいよう……」
(´・ω・`)「まだまだたくさんあるから、ゆっくり食べなさい」
そう言う だって、タルトとロールケーキを交互に頬張っていた。
ζ(゚ー゚*ζ(幸せだなあ)
しんと静まり返った深海の底、わたしと の声だけが響く。
二人きりの世界。
それを見守るように、淡い光が降り注ぐ。
391
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:04:00 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ(そういえば、この光源は何かしら)
見上げると、小さな瓜型のクラゲが漂っていた。
ζ(゚ヮ゚*ζ「光ってる!」
ランタンのような光がちろちろと、右往左往している。
(´・ω・`)「さっき撒いたリンに寄って来ているんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「それを餌にしているの?」
問いかけに、 は頷いた。
(´・ω・`)「正確にいうと、リンを餌とする微生物があの中に住んでいる」
ζ(゚ー゚*ζ「クラゲが餌にしているわけではないの?」
(´・ω・`)「クラゲにとっては毒だね」
ζ(゚ー゚*ζ「でも死なないの?」
(´・ω・`)「クラゲはプランクトンを食べて、糞として酸素を作り出す」
ζ(゚ー゚*ζ「酸素が糞なの?」
(´・ω・`)「ほんの少しは生きるために必要だけど、
殆どの酸素はクラゲにとって毒なんだ」
392
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:05:36 ID:PogJdj520
ご覧、と彼は燃える炎を指し示す。
(´・ω・`)「リンを取り込んだ微生物は、クラゲの
毒となる酸素と反応を起こして炎を生み出す。
すると酸素はリンと結合して、リン酸へと生まれ変わる」
ζ(゚ー゚*ζ「……むつかしいよ」
(´・ω・`)「はは、ちょっと難しいか」
ζ(゚ー゚*ζ「だいぶむつかしい」
(´・ω・`)「要するに、クラゲには微生物も酸素もリンも必要なのさ」
そう言われて、やっとわたしは理解する。
ζ(゚ヮ゚*ζ「わたしにとっての みたいなものなんだね!」
(´・ω・`)「……まぁ、そういうものかな」
緩い微笑みと共に、彼はエクレアを摘んだ。
突然の出来事に驚いたクジラは、背中からクリームを吹き出した。
(´・ω・`)「……君のやりたい事は、見つかったかね」
その問い掛けに、わたしは頷いた。
393
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:07:29 ID:PogJdj520
ζ(゚ヮ゚*ζ「やっぱり、魔女になりたいの」
(´・ω・`)「やっぱり、か」
嬉しそうな、困ったような彼の笑みを見るたびに、わたしの胸は苦しくなる。
わたしは、 の役に立ちたかった。
助けてもらった恩もあるし、憧れもある。
魔法で人々の幸福を作り出す彼は、やっぱりかっこいい。
そう思うと同時に、心配もしていた。
だって彼はずっとひとりきりで、いつか擦り切れてしまうんじゃないかと感じていたから。
ζ(゚ー゚*ζ(だから、わたしはあなたの味方でありたいの)
わたしだけでも、彼を分かってあげなくちゃいけない。
助けてもらうばかりでは、いられない。
ζ(゚ー゚*ζ(もうお姫様は卒業するんだ)
わたしは、王子様を求めない。
もう十分に救われたはずだから。
わたしは、肉欲を求めない。
そんなものは、永遠から程遠いから。
わたしは、万人を愛したい。
それが彼の幸せに繋がるから。
わたしは、永遠を手に入れたい。
彼を支えるのは、わたしでありたい。
394
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:08:32 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ( )
密かに、名前を呼んで、
ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、あなたの幸せを、願わずにいられないの」
たった一言、しかし込められた想いは他の追随を許さない。
じくじくと沁みるこの想いは、きっと誰にも真似しようがない。
わたしだけの愛。
(´・ω・`)「……僕のことを考えなくても、いいんだよ」
呪いを解くように、彼は呟いた。
わたしは首を振る。
ζ(゚ー゚*ζ「あなたの幸せが、わたしの幸せだから」
(´・ω・`)「デレ……」
ζ(゚ー゚*ζ「勉強だって、たくさんするから」
だから、
ζ(゚ー゚*ζ「どうかわたしを、魔女にして」
今度はわたしが、あなたを救うんだ。
395
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:09:14 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「……今月の終わりに、」
長い長い、永遠にも続く沈黙を破ったのは、 からだった。
(´・ω・`)「ブロッケン山へ行こう」
その言葉を耳にしたわたしは、鳥肌が立つ。
ζ(゚ー゚*ζ「それって……!」
わたしの想像を肯定するように、 は頷いた。
(´・ω・`)「ヴァルプルギスの夜だ」
灰を被ったような瞳が、きらと光った。
(´・ω・`)「それで君の幸せになるのなら、力を貸そ、おっと!」
ζ(゚ヮ゚*ζ「ありがとう!」
力いっぱい、 を抱き締める。
ζ(゚ヮ゚*ζ(嬉しい、嬉しい、嬉しい!)
これはあくまでも、スタートラインに立っただけ。
そうだと分かっていても、やはり嬉しいことに変わりない。
396
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:09:56 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「……まさか、ここまで喜んでくれるとは」
ζ(゚ヮ゚*ζ「だって今、人生で一番嬉しいんだもの!」
(´・ω・`)「分かった、分かった」
嬉しそうに、彼はわたしの頭を撫でた。
そのせいで、きっとまた髪の毛はふちゃむちゃになってしまったことだろう。
だけどそんなことは些細だ。
ζ(゚ヮ゚*ζ(やっと、あなたの役に立てる……!)
使命を胸に秘め、わたしはいつまでも彼に抱きついていた。
397
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:10:43 ID:PogJdj520
ヴァルプルギスの夜までの約一ヶ月間は、飛ぶように過ぎていった。
なんたって覚えなきゃいけないことは沢山ある。
先輩魔女やそれに仕えている使い魔に対する挨拶とマナー。
通過儀礼の予習と復習。
それから、
ζ(゚、゚*ζ「ふっ……おお……!」
(´・ω・`)「ああ、そんなに力んじゃうと」
ζ(>、<*ζ「あいたっ!」
(´・ω・`)「ひっくり返るよ……って、遅かったな」
箒を使って空を飛ぶ練習。
いかにも魔女です、という魔法だけれども、これが一番難しかった。
ζ(゚、゚*ζ「よい、しょっ!」
穂先へとしがみつき、地面を蹴り上げる。
よろよろと心許ない浮遊力で、わたしを持ち上げる箒。
ちなみに絵画やフィクションでは、穂を後ろにして
魔女は空を飛ぶが、現実では逆だ。
ホビーホースよろしく穂先を頭に見立てて空を飛ぶのが、正式なやり方で、
ζ(>、<*ζ「あふぇっ!」
……飛べるはずだった。
398
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:11:27 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「だからね、あんまり穂先を上げるとひっくり返っちゃうんだよ」
ζ(゚、゚;ζ「ううう……」
(´・ω・`)「うーん……。
ブロッケン山の近くまで転移して飛んでも、夜が明けてしまいそうだな」
ζ(゚、゚;ζ「間に合わないじゃない!」
(´・ω・`)「そう、間に合わない」
したたかに打ち付けた頭を撫でながら、彼はため息を吐いた。
(´・ω・`)「……来年にする?」
ζ(゚、゚*ζ「が、頑張ります……!」
もう一度立ち上がったわたしを見て、
(´・ω・`)「うんうん、僕は見守ってるからね」
彼は優しく微笑んだ。
それからは毎日のように練習して、なんとか長距離移動が可能になった。
……と言っても の魔法で、ブロッケン山の麓まで
転移したらやっと辿り着けるという程度だ。
おまけに箒の方も、ちっとも言うことを聞いてくれないから、
から灰色のリボンを付けてもらう羽目になった。
399
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:12:19 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ(補助輪付きの自転車に乗ってるみたい)
轡の役割を果たしているそれをしっかと握りつつ、わたしは苦い思いに浸っていた。
(´・c_・`)「そんな顔しないの」
微笑ましく笑っているチビの男は、 その人である。
まん丸のお月様にちいちゃなトリュフみたいな黒い鼻が付いていて、
甘やかに透った声も、今日だけは信じられないくらいのダミ声になっている。
つまり、ちっとも には見えない見た目をしていた。
どうしてこんな変装をするのかというと、彼は困ったようにこう言った。
(´・c_・`)「他の魔女には好かれていないからさ」
せっかくの祭に水を差すのも悪いだろう、と彼なりに気を使ってのことらしい。
ζ(゚、゚*ζ(いつものかっこいい がよかったのに!)
きっと彼の実力をやっかんでいる連中がいるのだろう。
そんな矮小な連中に、優しい彼は気を使っているのだ。
ζ(゚、゚*ζ(なんて嫌な奴ら)
密かに憤るわたしを乗せ、少しずつ箒は山頂へと近付いていく。
400
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:13:38 ID:PogJdj520
ブロッケン山。
ドイツ中部に位置する、魔女の総本山。
一年のほとんどは雪と霧で覆われている、不可視の山。
四月最後の晩から五月の明け方に掛けて、ヴァルプルギスの夜は行われる。
今では観光用に人間が出入りしているらしいが、本物の魔女と出会う事は出来ない。
全世界より集った魔女は、霧によって神秘を守る。
修行中の魔女も、その場へ辿り着くことは出来ない。
師匠に認められた者だけが、招かれることで初めて立ち入ることが出来る。
ζ(゚ー゚*ζ(ワクワクしないわけがないよね……!)
そう思う一方で、わたしは必死に の後を追う。
凍てつくような霧の中、見失ってしまったが最後、
来年まで機を逃すことになる。
いわばこれが、見習い魔女にとって最後の試練であった。
ζ(゚ー゚*ζ「!」
霧の中に、人影が見えた気がした。
じろと不躾に、
ζ(゚ー゚*ζ(いや、品定めをされているのはこっち……)
たら、と冷や汗が背中を伝う。
401
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:14:20 ID:PogJdj520
生命が終わりを迎える眠りの季節、冬。
太陽を取り戻し、芽吹きの到来を告げる季節、春。
死と生の境が最も薄くなるのが今宵、ヴァルプルギスの夜。
魔を呼び、霊を呼び、人にすり替わろうと画策する夜。
こちらへと近付いて来るのは、死者の魂だけではない。
志半ばで倒れ臥し、己が存在価値を見失った魔女は、透明な死へと誘われる。
生きながらにして透明にされてしまった魔女の行く末は、記録されていない。
いや、記録が消されてしまう。
深く愛されようが、信仰を集めていようが、
透明にされた魔女の痕跡は、跡形もなく消えてしまう。
知識をばら撒き、他人の見識を深めるきっかけを与える。
それが魔女にとって生涯を掛けた大仕事となる。
つまり、その仕事の成果を台無しにしてしまうのが透明な死である。
ζ(゚ー゚*ζ(冷え冷えとした視線を感じるわ)
透明になった魔女が、再度形を得ようともがく今。
灰色のリボンを抱くように、わたしは を追いかける。
ζ(゚ー゚*ζ(魔女になる)
ただ一つの願いを、
ζ(゚ー゚*ζ「魔女に、なる」
口にして、
ζ(゚ー゚*ζ「 を救う、魔女になる!」
402
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:16:12 ID:PogJdj520
まろび出ては消え行く何者か達。
彼らの間を潜り抜けた途端、視界に広がったのは
虹色のフレアを描く巨大な篝火だった。
追っていた背中が急降下して行くのが見えた。
ζ(゚、゚*ζ「おっとっと」
慌てて後を追うと、禿山のように見えていたそれが、魔女の集団である事に気が付いた。
ζ(゚ヮ゚*ζ「わぁ……」
山羊そっくりの魔女に、鸚鵡のような鼻を持つ魔女、
梯子のように背の高い魔女に、和装姿の魔女。
見ているだけで飲み込まれてしまいそうな、魔力の渦。
(´・c_・`)「ああ、よかった」
箒を片手に、彼が歩いてくるのが見えた。
(´・c_・`)「振り向いたらいないから、置いてきてしまったのかと」
ζ(゚ー゚*ζ「ううん、大丈夫!」
(´・c_・`)「最初に比べたら随分上達したね」
ぽすぽす、と背中を叩かれるわたしは、
ζ(゚、゚*ζ(まるで馬のように扱われてるわ)
と思っていた。
403
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:17:16 ID:PogJdj520
(´・c_・`)「休んでいる暇はないよ」
と指差す方向には、櫓が建っている。
ζ(゚ー゚*ζ「通過儀礼ね?」
確認するように目を走らせると、彼は頷いた。
(´・c_・`)「僕はあそこへ行くことが出来ないから、ここで待っているよ」
ζ(゚ー゚*ζ「行ってきます」
手を振りながら、わたしは再び空へと舞い上がる。
もう、最初の頃のようにずり落ちることはなかった。
404
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:18:53 ID:PogJdj520
毎年ブナの木を切り出して建てられる櫓、メイポール。
そこに立ち入ることができるのは、篝火を管理する魔女と、
これから通過儀礼を受ける見習いの魔女のみ。
ζ(゚ー゚*ζ(一生に一度しか見ることの出来ない風景)
順番を待ちながら、篝火を見下ろした。
ζ(゚ー゚*ζ( も、わたしみたいにドキドキしたのかな)
ふと、疑問が湧き立った。
こう見えても長生きしていて、若く見せているのは努力によるものだと
常々彼は語っているけれど、一体果たして実年齢は何歳なのだろう。
ζ(゚ー゚*ζ(わたしが子供の頃からずっと容姿が変わっていないもの)
そんなわたしも、年を正確に数えてはいない。
お酒を飲める年齢には達した、とは思う。
ζ(゚、゚*ζ(ま、いっか)
名前を呼ばれたわたしは、思考を中断する。
とうとう、順番が回ってきた。
405
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:19:33 ID:PogJdj520
*(‘‘)*「さ、どうぞです」
年端もいかない魔女が差し出すのは、サンザシの枝。
白い花は瑞々しく咲いている傍で、銀の針のごとく伸びている棘。
そこへと指を伸ばし、ぷつ、と肉を喰ませる。
ζ(゚、゚*ζ「いたた」
指先に浮かぶ赤い血は、艶めくサンザシの実のようだ。
*(‘‘)*「次は、この札に判を押すのです」
差し出された紙は、二センチ四方の小さなもので、
三行三列のマスに区切られている。
左上から順に、それぞれ一から九までの数字が描かれていた。
ひょう、ひょう、
と吹く寒風に攫われないよう、指先に貼り付ける。
じわ、と滲む血を吸い上げて、紙は数式を成長させていく。
一は十へと置き替わり、四は零へと数が減った。
五と六はそれぞれ七と八に入れ替わり、右下のマスには四を得た。
出鱈目な魔方陣。
しかし、それは人間の道理から見た場合での無意味。
ζ(゚ー゚*ζ(魔女に、なる)
強く念じ、わたしは紙を飲み込んだ。
味は、何もしない。
血の味すらも感じない。
紙を飲み込むのだから、喉に違和感があるのかと思えば、それすらも虚無だった。
ほんの一瞬、世界が止まったような気がした。
聴覚、視覚、嗅覚、触覚、味覚。
全てを失い、忽ちに引き戻される感覚。
鋭敏に研ぎ澄まされた本能。
*(‘‘)*「さあ」
さあ、さあ、さあ、さあ、
見守っている魔女の声が、何重にも重なる。
耳の奥に洞が出来て、うわんと畝るような気持ち。
ふら、と一歩を踏み出した。
406
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:20:20 ID:PogJdj520
.
ζ(゚ー゚*ζ「汝、会得せよ」
唱和。
ζ(゚ー゚*ζ「一を十と成せ」
誰の声と特定することのできない、
絶対的な魔女の声。
ζ(゚ー゚*ζ「二を去るに任せよ」
聞き覚えがあった。
ζ(゚ー゚*ζ「三をただちに作れ」
聞き覚えがなかった。
.
407
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:22:15 ID:PogJdj520
.
ζ(゚ー゚*ζ「しからば汝は富まん」
ただひたすらに、わたしを包み込む。
ζ(゚ー゚*ζ「四は捨てよ」
わたしを取り込まんとするその声を、
ζ(゚ー゚*ζ「五と六より、」
わたしは唱う。
ζ(゚ー゚*ζ「七と八を生め」
櫓から篝火が見える。
.
408
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:23:48 ID:PogJdj520
.
ζ(゚ー゚*ζ「かく魔女は説く」
そこには透明な澱が存在していた。
ζ(゚ー゚*ζ「かくて成さん」
不可視の彼岸が見えていた。
ζ(゚ー゚*ζ「すなわち九は一にして、」
溢れんばかりに満ちている、悪魔の気配。
ζ(゚ー゚*ζ「十は無なり」
生者と死者の境界は限りなく薄くなる。
.
409
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:24:34 ID:PogJdj520
.
ζ(゚ー゚*ζ「これを」
わたしは、
ζ(゚ー゚*ζ「魔女の」
落ちる。
ζ( ー *ζ「九九と」
炎へ。
ζ( ー *ζ「いう」
.
410
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:25:39 ID:PogJdj520
.
生と、
.
411
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:26:21 ID:PogJdj520
.
死の、
.
412
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:27:05 ID:PogJdj520
.
境界を、
.
413
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:27:47 ID:PogJdj520
.
超えて。
.
414
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:29:13 ID:PogJdj520
わたしに体と呼べるものは存在しなかった。
そこはひたすらにあたたかく、
死者の行くすえとは思えないほどにさいわいでした。
げん未にも、これほどの救いがあれば、あのひとは決して飢えることがないのでしょう。
撹はんされゆく意しきを集め、わたしはふり向く。
ζ(゚ー゚*ζ「こんにちは、私」
ζ(゚ー゚*ζ「こんにちは、わたし」
ζ(゚ー゚*ζ「初めまして、私」
ζ(゚ー゚*ζ「初めましてでもないわ、わたし」
ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、どうしようもないくらいに初めましてなの」
ころころと、わたしは笑う。
ζ(゚ー゚*ζ「私がそう言うのなら、わたしはそうなのかもしれないわ」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ、そう、わたしは私と初めて出会ったの」
ζ(゚ー゚*ζ「わたしが誰だか分かる?」
ζ(゚ー゚*ζ「私が誰だか分かる?」
うなずきながらも、むねは不あんでいっぱいでした。
415
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:29:58 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「私は魔女のわたしよ」
ζ(゚ー゚*ζ「わたしは人間の私よ」
ζ(゚ー゚*ζ「なあんだ」
安しんしたような、えがお。
ζ(゚ー゚*ζ「こんなにもかん単な境かいだったのね」
たぐり寄せるように、のびる私の手をわたしはにぎる。
ζ(゚ー゚*ζ「どうか、私のことを忘れないでね」
ζ(゚ー゚*ζ「どうか、わたしのことを忘れないでね」
きゅ、と握る手は、ぱちんと弾けた。
ζ(゚、゚*ζ「あ、」
不安なわたしを、私はそっと見つめ返す。
416
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:30:50 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「さようなら、わたし」
ζ(゚、゚*ζ「さようなら、私」
ζ(゚ー゚*ζ「さようなら、泡の魔女」
ζ(゚、゚*ζ「さようなら」
ζ(゚ー゚*ζ「さようなら」
さようなら、さようなら、
惜しむことなく別れの言葉を口にして、私はぱちりぱちりと消えていく。
それはシャボン玉であり、
泡沫の夢であり、
清潔さを保った聖域にして、
いつか夢見た青い海、
永遠に得られることのない、ひと時の安寧。
417
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:31:32 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、そんなもので出来ている」
それが、わたしのエフェクト。
わたしだけの、魔法。
ζ(゚ー゚*ζ(魔女に、なれた)
じんわりと胸に広がる感慨に水を差したのは、
ζ(゚ー゚*ζ「ひぇ?」
豪速球よろしく打ち上げられたからだ。
ζ(゚、゚;*ζ「びぇえええええええああいいいいああああぁぁぁぁ!!!!!!!」
まるで篝火がくしゃみをしたかのような勢いで、わたしは空へと吹っ飛んだ。
間延びする悲鳴は、はたして に届いたのか。
ζ(;、;*ζ「ひぃーん……」
多分、届いていなかった。
天高く打ち上げられた後は、ただ慣性に従うのみ。
幸か不幸か、わたしは木に引っかかった。
ζ(゚、゚;*ζ「こんなの、あんまりだよぉ……」
恐怖で竦んだ身をよじろうにも、迂闊に動けば真っ逆さまに落ちてしまう気がした。
はてどうしたものかと考えていた時だった。
418
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:32:45 ID:PogJdj520
「おーい、大丈夫かー?」
快活そうな声が、下から響いた。
ζ(゚、゚;*ζ「た、助けてくださぁい……」
目一杯に叫ぶと、
「ちょーっと待ってなー」
間延びした声の後、鮮やかな赤が炸裂した。
ぐんぐんと距離を縮めてくるもの。
それは、巨大な躑躅の花弁だった。
从 ゚∀从「無事かー?」
燃えるような赤の中心に座す魔女は、ぺたぺたとわたしに触れてきた。
从 ゚∀从「ん、怪我はなさそうだな」
に、と笑う顔は、見ているこっちも元気になれるようなエネルギーがあった。
ζ(゚、゚*ζ「ごめんなさい……」
从 ゚∀从「ヘーキヘーキ、年に一人か二人はすっ飛ぶ奴が出るんだよ」
どうにも出来ずにいるわたしを、しっかと抱きかかえてくれる彼女は、
背中をよしよしと撫でてくる。
なんだか自分の未熟さを突きつけられたような気になって、居心地が悪くなった。
419
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:33:45 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「でも、すげーんだぜ」
ζ(゚、゚*ζ「な、なにが?」
躑躅の花弁は、柔らかくわたしを受け入れてくれた。
漏斗状のそれは、ゆるくゆるく、散るように地上へと近付いていく。
从 ゚∀从「ぶっ飛ばされた距離が高ければ高いほど、
イイ魔女になるって師匠が言ってた」
ζ(゚、゚*ζ「へー……」
予め教えられた知識と照らし合わせるも、記憶にはない。
つまりは初耳であった。
从 ゚∀从「知らなかった?」
気遣うような声音に、わたしは頷く。
地上はもうすぐそこまで迫っていた。
从 ゚∀从「んじゃ、篝火の中にたくさん悪魔いるってことは?」
それは、知っている。
死後の世界、透明な澱をこちらへと惹き付けるのがあの篝火で、
見習いの魔女はそこへ飛び込むことで擬似的な死を体験する。
エフェクトを手にした後、魔女は復活を遂げ、
生と死の境を越えた存在となる。
420
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:36:08 ID:PogJdj520
だから、魔女に寿命はない。
探究心が続く限り、あるいは人間に戻ったり、害されない限り、死ぬ事はない。
に教わった知識を話すと、先輩の魔女はうんうんと頷いた。
从 ゚∀从「あんた、名前は何て言うのさ?」
ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、」
ただ名前を言おうとして、
ζ(゚ー゚*ζ「泡の魔女」
するりと差し込まれた言葉に、わたしは驚いた。
从 ゚∀从「泡の魔女、かあ」
頷きながら、思わず唇を触る。
ひとりでに動いたそこは、普段通りふっくらと澄ましていた。
ζ(゚ー゚*ζ「……泡の魔女の、デレ」
誤魔化すように呟くと、微笑ましい視線が降ってきた。
从 ゚∀从「アタシは躑躅の魔女、ハイン」
よろしく、と差し出された手を、わたしは控えめに握り返す。
こんな寒空の下だというのに、ハインの手はとても温かかった。
421
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:37:14 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「アタシも二年前に魔女になったばっかりの新米なんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ!?」
从 ゚∀从「新米同士、仲良くやろうじゃん」
ねーっ、と彼女はわたしの両手を包む。
それにどう答えれば良かったのか、わたしは分からなかった。
从 ゚∀从「もーちょいで着くから、待ってろよ」
気付くと、あんなにも近くに見えた星々は遥か頭上の高みにある。
下を見れば、一人の男が手を振っていた。
从 ゚∀从「到着っ!」
飛び降りるハインの後に続くと、
ミセ*゚ー゚)リ「無事?」
と、ハインに問い掛ける彼も魔女らしい。
石の礫を二、三個、ランタンがわりに光らせていて、それがとても美しかった。
頷くハインは、わたしを抱き寄せた。
422
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:38:29 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「さっき引っかかってたの、この子だった!」
ミセ*゚ー゚)リ「へえ、見たことのない顔だね」
ζ(゚ー゚*ζ「あ、泡の魔女、デレです……」
じろじろと遠慮なしに見る彼の瞳は榛色で、凛とした知性を感じさせ、
上質なビロードを思わせるブロンドの髪は、神経質かつ
執拗なまでにかっちりと撫で付けてあった。
ミセ*゚ー゚)リ「いいエフェクトだね」
角を無理やり削いだような声に、すっと切れ込みを入れたような目付き。
それが笑顔だと気付くのには、少し時間がかかった。
ζ(゚ー゚*ζ「あなたは?」
差し出された手を掴むと、悴んだ手でもわかるほどに、芯まで冷えていた。
ハインとは色々な意味で真逆の属性を持つ、不思議な魔女。
それが、彼に対する第一印象だった。
ミセ*゚ー゚)リ「石の魔女、ミセリだ」
从 ゚∀从「アタシの弟弟子なんだよ!」
ミセ*゚ー゚)リ「三ヶ月しか違わないだろ」
从 ゚∀从「先ったら先だよ」
423
:
名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:39:31 ID:PogJdj520
やいのやいのと繰り広げられるやり取りに、わたしはすっかり置き去りにされていた。
ポカンとそのまま観察していたら、ミセリは申し訳なさそうな顔をした。
ミセ*゚ー゚)リ「悪い、いつもの癖なんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「仲がいいんですねえ」
ミセ*゚ー゚)リ「そんなには」
从 ゚∀从「おい」
ミセ*゚ー゚)リ「普通だよ、普通」
謙遜したような物言いは、少しの道化を含んでいて、
ζ(゚ー゚*ζ(何故かしら)
それが無性に、羨ましく思えた。
ζ(゚ー゚*ζ「二人は同じお師匠さんの元で習っているの?」
湧き上がる疑問符を振り落とし、月並みな質問を投げかける。
揃って肯定を示した二人は、口々に話し出す。
424
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名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:40:48 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「こう見えて、生まれも育ちも日本なんだ」
ミセ*゚ー゚)リ「僕もハインも、ね」
从 ゚∀从「家の近所にアトリエがあって、そこで初めて魔法に触れたんだ」
ミセ*゚ー゚)リ「うっかり盗み見たようなものだから、こっぴどく叱られたけれど」
从 ゚∀从「でもそれがすごく綺麗だったから、
魔女になりたいってつい言っちゃってさ」
ミセ*゚ー゚)リ「あの時は肝を冷やしたよ」
从 ゚∀从「薄情なことに、こいつだけ先に逃げちゃったんだぜ!」
ミセ*゚ー゚)リ「あーあ、もう。そんなこと蒸し返さなくていいじゃないか」
从 ゚∀从「ちょっとした与太話だよ」
ミセ*゚ー゚)リ「恥ずかしいじゃないか」
从 ゚∀从「悪かったってば」
ζ(゚ー゚*ζ「ふふ」
コミカルなやり取りに、思わず笑いが漏れた。
425
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名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:41:57 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「やっぱり仲良しじゃない」
ミセ*゚ー゚)リ「よく言われるけど、腐れ縁なだけさ」
从 ゚∀从「ほんとそれ」
ケタケタと笑うハインに釣られて、わたしも笑った。
一方で、
ζ(゚ー゚*ζ( を探しに行かなくちゃ)
とも考えていた。
けれども、去るには少し惜しいとも思っていた。
ζ(゚ー゚*ζ「二人はまだ、師匠さんのところにいるの?」
从 ゚∀从「うん、普段は師匠のお店の手伝いをしてるんだ」
ミセ*゚ー゚)リ「修行時代も込みで考えると……十年は住み込みでいるのかな」
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ八年も修行したの!?」
思わず大きな声で叫ぶと、ミセリは不思議そうな顔をした。
426
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名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:43:29 ID:PogJdj520
ミセ*゚ー゚)リ「普通、下積みっていうとそれくらいの時間は掛かるけど」
从 ゚∀从「デレはどのくらい修行したんだ?」
ζ(゚ー゚*ζ「ええっと……」
しまった、という思いが強く苛んでいた。
とは数えきれないほど多くの年月を過ごしては来たけれど、
みっちりと魔法を教わったのは、ここ一ヶ月での話だ。
それも基礎中の基礎だよ、と彼は言っていた。
八年の修行期間が平均的ともなれば、わたしはさっぱり勉強していないことになる。
そんな状態で魔女になったと知れた日には、一体どうなってしまうのか。
ζ(゚ー゚*ζ(魔女にも法律はあるのかしら……)
そんな初歩的なことも、この時のわたしは知らなかった。
从 ゚∀从「アンタの師匠ってどんな人なの?」
一向に答えないわたしに気を利かせてか、それとも追い詰めるためか。
ハインは核心へと触れてきた。
ζ(゚ー゚*ζ「全然、大した人じゃないよ……」
ミセ*゚ー゚)リ「それなら、僕たちの師匠だって無名に近い魔女だよ」
思いのほか小さく出た言葉を、ミセリは逃がさない。
少しずつ、少しずつ退路は埋められつつあった。
427
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名も無きAAのようです
:2017/10/11(水) 21:44:35 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「ねえ、教えてよ」
ぽとり、ハインの手から躑躅の花が落ちた。
真っ赤な、舌の色をした躑躅。
視認した瞬間、わたしの舌は無意識に動いた。
ζ( ー *ζ「灰色、」
从 ゚∀从「……えっ?」
ζ( ー *ζ「灰色の、魔女」
とうとう吐き出した瞬間、わたしは妙に気持ちがよかった。
ミセ*;゚ー゚)リ「灰色の……!?」
呆然と呟くミセリに、わたしはすっかり気を良くしていた。
ζ( ー *ζ「そう、灰色の魔女。 よ」
あれほど口にしてはならないと厳重に含めていたのに、
どうして話してしまったのだろう。
目の前の二人は、凍ったように動かないのに、
それを驚きによるものだとわたしは勘違いしていた。
けれども暖かな人柄を滲ませていたその瞳は、
徐々に疑惑の色へと変じていった。
从; ゚∀从「……本当に?」
信じられない、という音の滲んだ声だった。
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