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マト ー)メ M・Mのようです
1
:
名も無きAAのようです
:2013/09/28(土) 06:36:56 ID:a0hWVy360
僕が彼女に出逢ったのは、あの暑い夏が終わり、秋の足音が聞こえ始めた頃だった。
僕は今でも夏が過ぎ秋が訪れる度に彼女と出逢ってからのあの数週間の出来事を思い出す。
もう記憶は所々曖昧になってしまっていて、細部は日記という記録に頼るしかないのだけれど、それでも目を閉じれば彼女の笑顔は浮かんでくるのだ。
あの最後の時と同じように。
誰かに友人を紹介しようとする時、何から話し始めるのだろうか。
彼女について語ろうと思った際に僕は何から話せば良いだろうか。
自分との関係性?――彼女と僕は赤の他人だった。
その人の職業?――誤解を恐れずに言えば彼女は無職だった。
年齡や経歴?――それすら彼女にはなかった。
なら名前?――そんなものでさえ、僕と出逢った時の彼女にはなかったのだ。
あの日、僕が出逢った少女は掛け値なく何者でもない誰かだった。
誰でもない、彼女だった。
何の記録も残っていないとしても彼女は確かにそこにいた。
593
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:04:04 ID:N78RRPuQ0
そして、今ミィが行っているのはバタフライ効果の再現。
『能力の発動』という結果を、『指を鳴らす』という行為で生じる僅かな影響を用いて、キャンセルしたのだ。
未来を予測した上で、予測した未来を変化させた。
ミセ;゚ー゚)リ「そんな……そんな、わけ……」
呆然と『クリナーメン』は立ち尽くす。
無理なからぬことだった。
そもそもミィも彼女も完璧な未来の予測(『ラプラスの悪魔』と呼べるようなもの)は不可能だ。
普段の『未来予測』の使用の際でも可能な限り知覚し考慮するが、それでも膨大な要素を切り捨てて、凡その未来だけを予測している。
『確率論(クリナーメン)』という能力だって完全な素粒子の動きのシミュレートなど到底無理なので能力で無理矢理誤差を調整し使用しているような状態だ。
だから、ありえない。
ミセ;゚ー゚)リ「(……限界まで知覚範囲を広げ、出力を最高にし、最大まで精度を上げたとしても、それでもまだありえない!!)」
ありえない。
ありえない。
そんな言葉だけが少女の頭で渦巻いている。
594
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:05:11 ID:N78RRPuQ0
そう言えば、と思い出す。
ミィが指を鳴らした際には微動だにしていなかったが、あれは動かなかったのではなく、動けなかったのかもしれない。
回避しなかったのではなく、できなかった。
歩く、息を吸う、顔を上げる、言葉を発する――そんな当たり前の行為ができないほど限界まで能力を使用していたからだ。
元より『未来予測』の能力は考慮する要素が多ければ多いほど負担が増す。
だからこそ異能の力という異常な現象を解析しなければならない対異能の紅の瞳はミィの目に障るものだった。
それよりもまだ出力が上なのだから、想像を絶する疲労と苦痛であっただろう。
マト −)メ「(……あの都村トソンという人の能力ならば、こう上手くは行かなかった。能力の発動は止められず、座標をズラすのが精一杯だったはず)」
そう。
素粒子に干渉する『確率論(クリナーメン)』は、絶対であるが故にあまりにも繊細過ぎたのだ。
僅かでも演算が狂えば全てが台無しになってしまうほどに。
いや、単に――こう言えるだろう。
マト −)メ「…………あなたはブーンさんを、いえ人間そのものを取るに足らない存在だと考えているようですが……」
595
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:06:02 ID:N78RRPuQ0
呼吸を落ち着けつつミィは言葉を絞り出す。
そうして、一歩また一歩とゆっくりと扉に向かって歩きながら続けた。
マト −)メ「ですが……この世界には、無駄なものも無力なものも無視して良いものも、ない。未来とは、全ての要素が絡み合い織り成す先に在るものです」
ミセ;゚ー゚)リ「『プロヴィデンス』……」
マト −)メ「それが理解できてない時点で、あなたが私と同じわけがない。『We do not know and we will not know.』――未来なんて誰にも、分からない」
ミクロがマクロに影響を与えているのと同じように、マクロもミクロに影響を与えている。
あるいはミィの大切な人ならばこう表現したのだろうか。
「世界が個人を変化させるように、個人も世界を変化させているのだ」と。
全てが繋がり合って存在しているのだと。
結局はその程度の差だった。
『確率論(クリナーメン)』と『因果論(プロヴィデンス)』は確かに本質的に同一で、並び立つものであり、能力は拮抗していたのかもしれない。
勝敗を分けたのはそれを使う者がそれぞれどんな風に世界を認識していたか。
そんな程度の本当に些細な差だ。
そして世界というカオス系においてはそんな些細な差が無視できない。
この結末は、つまりはそういうことだった。
596
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:07:02 ID:N78RRPuQ0
ミィは歩き続ける。
もう背後の少女に興味などないという風に。
向かうべきは扉の向こう側。
最早能力を維持するのも難しいが、それでも行かなければならない。
早く帰らないとあの人が心配してしまうから、と。
ミセ* -)リ「…………待って。待って、よ……。私は、ずっと……」
少女が何かを呟いても振り向くことはない。
眼中になかった。
ミセ; ー)リ「お願い、待ってッ! 『プロヴィデ―――」
マト −)メ「―――見逃そうとも考えたましたが、やはりお前の存在そのものが、」
目に障る、と。
そしてそう告げると、追い縋ろうとする少女の心臓をミィは振り向くこともなく撃ち抜いた。
こうして彼女が宣言した未来は遂に実現したのだった。
597
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:08:01 ID:N78RRPuQ0
*――*――*――*――*
そうですか、と都村トソンは呟いた。
それはいつものような丁寧ながらも素っ気ない言葉ではなく、何かまるで慈しむような、深い感情に満ちた一言だった。
それがどんな感情なのかは僕には分からないが、そんな風に思ったのだ。
そんな風に聞こえたのだ。
続けて彼女は言う。
「私がその少女の名前を聞いた際、どんな発言をしたか覚えていらっしゃいますか?」
「あの遊戯室でのことかお? 確か……」
―――「『ME』で『ミィ』ですか。……良い名前ですね。人間の受動的側面を意味する単語であり、『摸倣子(Meme)』の最初の二文字です」
「ミィの名前を聞いて良い名前だとか、『ミーム』の最初の二文字だとか、そんなことを言ったんじゃなかったかお?」
「はい、その通りです。ミームについてはご存知ですよね」
「一通りは」
598
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:09:04 ID:N78RRPuQ0
『ミーム(Meme)』とはある生物学者が遺伝子(Gene)に対応する概念として提唱したものだ。
人から人からコピーされる情報のことであり、言わば、文化の遺伝子だ。
簡単な例では、習慣や流行が『ミーム』に該当する。
「全てを知覚する『未来予測』の能力では見えない、唯一見ることのできない人間の心や身体に刻み込まれた文化……そういうものがミームです」
少し面白いなと思いまして、と都村トソンは小さく笑った。
ミィとはまるで違う笑み。
でも、と僕は考える。
そういう観点から見れば『ミィ』という名は彼女の能力には合っていなかったかもしれない。
『未来予測』でも決して見えない人間の本質を想起させるような名前なのだから、ちぐはぐというか、皮肉な感じもしないでもない。
そう。
ただ能力だけで彼女を見れば、『クリナーメン』と名乗った少女が呼んだ『プロヴィデンス』という名前は如何にも相応しい。
『プロヴィデンス(Providence)』とは、全てを見通す天帝や連なり紡がれる因果を意味する単語なのだから。
「そう言われると妙な名前だったかもしれないお。僕としては『自分(Me)』とか『記憶(Memory)』に関連させて付けたつもりだったんだが」
「いえ、良い名だと思います。私が思い浮かべたもう一つを踏まえても」
599
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:10:03 ID:N78RRPuQ0
「もう一つ? ああ、人間の受動的側面がどう、ってやつか」
「はい。『自分』を表す単語には『I』と『Me』がありますが、社会学や心理学ではこの二つは代名詞や目的語という意味を超えて使われています」
「『自我』と『他我』か」
「そうとも表現できますね」
『I』とは、人間の主体的で能動的な一面。
『Me』とは、人間の受動的な一面。
主体的や能動的はそのままだが、受動的というのがどういうことかと言えば、他者から影響を受け役割を演じようとするということだ。
「社会的な側面」と言い換えれば分かりやすいかもしれない。
僕達人間は社会規範を学び、それが『社会的他我』として内面化されているのだ。
「さて、『Me』とは個人の中に存在し個人に影響を与える社会や他者のことですが、大きく分けて二つ種類があることをご存知ですか?」
「え? いや、それは寡聞にして知らないお」
「一つは所謂法律や常識のような『一般的な他者』です。普段イメージするような社会や他人ですね」
「……なら、もう一つは?」
600
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:11:21 ID:N78RRPuQ0
都村トソンは、何処か懐かしむように言った。
「『重要な他者』です。両親のような、ごく近しい他人の影響を人間は大きく受けている」
「……それはまあ、社会と家族とどちらが重要かと訊かれれば、自分に影響を与えているのは家族だろうな」
「はい。だから通常は『重要な他者』の例として家族が挙げられます」
ですが、と彼女は続けた。
とても静かに、とても優しく。
「私は――恋人や友人も十二分に『重要な他者』足り得ると思います。自分の生き方に影響を与えるような、自分の中の他人になると」
「自分の中の、他人……」
『自分の生き方に影響を与えるような、自分の中の他人』。
僕は家族以外にそう呼べる相手とどれくらい付き合ってきただろう。
どれくらいの大切な人と出逢ってきたのだろう?
601
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:12:07 ID:N78RRPuQ0
「あなたは先ほど、あの少女のことを『普通じゃないとしても一人の可愛い女の子だ』と言いましたね」
「……そうだな」
「ですが私は、あなたと出逢ったばかりの彼女はきっと今よりも遥かに異常で逸脱した存在だったと思います」
条理を超えた異能を持ち。
他人を躊躇いなく傷付け殺そうとし。
命のやり取りをしている間でも笑うような。
彼女は元々、そんな存在ではなかっただろうか?
一体、いつから今のようになったのだろう?
「あなたが、そうしたんです。あなたが彼女を変えた」
都村トソンは言う。
「彼女の隣に立っていたあなたがいたことで、あなたの影響を受けて――彼女は変わったんです。あなたも、彼女自身も気付かない内に、少しずつ」
602
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:13:11 ID:N78RRPuQ0
僕がミィを変えたのだと。
というよりも、もっと相応しい言い方がある。
そう。
あの時彼女に出逢った僕が、あの何もかもを失っていた一人の少女を――『ミィ』にしたのだ。
「全ての記憶を失くした少女にとって、あなただけが唯一無二の『重要な他者』だった。あなたが彼女を変えたんです」
「いや、そんな……!」
「罪悪感や責任感を抱く必要はありません。人間は多かれ少なかれ他人の影響を受けている。そもそも、あなただって彼女の影響を受けているのだから同じです」
「……僕が?」
「彼女と出逢う前の自分と、今の自分。全く同じだと思いますか?」
思え……ない。
思えるわけがない。
預金残高が減ったとか目が見えなくなったとか、そんなことじゃなくて。
僕はミィと出逢って、彼女と過ごして、色んな経験をして……。
きっと変わったのだと思う。
603
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:14:01 ID:N78RRPuQ0
ああ、そうか。
だとしたら、ミィだって―――。
「……本当に良い名前を持ったと思います。少し嫉妬してしまうほどに」
「そうだな……。良い名前、なのかもしれないな……」
僕は少し微笑んで、言った。
「でも、まるで見てきたみたいな言い方だお。僕達自身だってそんなに意識してなかったのに」
「見てきた――のではなく、経験してきたのですよ」
「え?」
「私だって、昔は一人の女の子でしたから。誰かと出逢って、その誰かが大切な人になって、その大切な人に変えられて……そんな経験くらいありますから」
なるほどな。
思わず納得してしまった。
懐かしむような口調は僕達を見てではなく――僕達を通して見た、自分自身の過去に対してだったのだろう。
604
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:15:22 ID:N78RRPuQ0
そっか。
そうだよな。
この人にだって『過去』があったんだ。
僕は知らないけれど、きっと数え切れないくらいに誰かと出逢って、無数のことを経験して、生きてきた。
そして、僕やミィと同じように――生きているんだろう。
「では、そろそろ始めましょうか」
と。
唐突に都村トソンが言った。
「あなた方の『現在』の話はもう終わり。今から私が語るのは、あなた方の『過去』の話です」
「……ああ。待ちくたびれたよ」
強がって僕は答える。
正直、怖い。
けれど彼女の語る『過去』はきっと知らなければならないことだと思うから。
605
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:16:44 ID:N78RRPuQ0
そう。
多分、ミィの『心の中の誰か』で在り続ける為には。
「そうですね……。折角私のことに触れたのですから、私の話から始めましょう。そちらの方が理解し易いでしょうから」
都村トソンは特に気負った風もなく、淡々と続けていく。
「……長い話になりますが、どうかお付き合いください」
探し続けた記憶が。
求め続けた真実が。
今、ここに。
そして。
「まずは私が生まれた……いえ、造られた時の話から。私がまだ、『名もなき怪物』だった頃の話から始めましょう―――」
そして、過去が始まった。
606
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:18:04 ID:N78RRPuQ0
*――*――*――*――*
少しふらつきながらもミィは扉に辿り着く。
その奥に何があるのかは相も変わらず分からない。
先の戦闘で体力を消耗したから――ではなく、とにかく見えないのだ。
部屋があること、そこに生体反応がないことはなぜだか分かるのに、具体的に何があるのかはまるで分からなかった。
初めての感覚だった。
『未来予測』という能力を持ち千里眼とでも呼べるような知覚能力を持つ彼女にとっては「見えない」という事実がまず恐ろしかった。
目の前に何があるのか分からない、未来が見えない。
堪らなく怖かった。
彼女にとっての初めての、暗闇。
今の今まで見えていたものが見えなくなるその恐ろしさは失明にも近かっただろうか。
マト ー)メ「(…………ああ)」
胸に訪れるのは二つの感情。
恐怖と、後悔。
思わず胸倉を掴んだ。
607
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:19:06 ID:N78RRPuQ0
こんな時、あの人が隣にいてくれたらどんなに良かっただろう?
そして、私のせいであの人はずっとこんな思いをするようになったんだと。
マト −)メ「(早く……早く、帰らないと……)」
約束を思い出す。
自分が目になると言ったことを。
だから、早く帰らなければならない。
一刻も早く、帰らなければ―――。
マト゚−゚)メ「…………帰る?」
違和感に動きを止めた。
早くこの施設を出て待ち合わせ場所に行かなければならないことは分かっている。
そうしたいの、だが……。
何故だろう。
ミィには「帰る」という単語が頭の奥底の何処かに引っ掛かるのだ。
608
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:20:03 ID:N78RRPuQ0
何がおかしいのだろう?
考えてみても答えは出ない。
記憶喪失なのだから違和感の正体に気付けるはずはなく、そもそも勘違いという可能性も大いにある。
その魔眼で自分の頭の中が見えれば良かったのだが、不思議なことに『未来予測』という能力は自らのことは分からないのだ。
自分が観測する主体であるからだろうか?
そんなことはどうでもいい、と首を振る。
後で考えれば良いのだ。
今はとにかくこの扉を開けなければと辺りを見回すと、扉の脇にパネルのような物が設置されているのを発見した。
パスワードを入力するのだろうが、それには何も書かれていない為にどうすれば良いのか分からない。
その声が響いたのは、もう少しだけ『未来予測』の出力を上げて用途やパスワードを調べようか、と何気なく機器に触れた瞬間だった。
『―――認証しました。』
アナウンス嬢のような綺麗な声で機械がそう告げた。
次いで、扉が開かれる。
その奥にあったのは暗い空間。
609
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:21:01 ID:N78RRPuQ0
マト;゚ー゚)メ「(なんで?どうして? どういうこと……?)」
何故扉は開いたのか。
いくら考えてみたところでその答えは出やしない。
答えが見つかるとしたら、この先。
暗い部屋の奥。
彼女が探し続けてきた全ての真実がそこにあるのだろう。
いや――【記憶(じぶん)】と言うべきか。
マト;゚−゚)メ「(この先に、私の『過去』が……)」
全ては勘違いで、空振りに終わる可能性だって大いにあった。
だが、ミィの理性ではない部分が告げている。
この先に全てが待っている、と。
知っていた。
分かっていた。
全ての記憶を失っても――それでも、何処かが覚えている。
610
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:22:09 ID:N78RRPuQ0
足を踏み入れかけて、止まる。
すぐそこに探し続けてきた『過去』が、求め続けきた『真実』が待っているというのに、足が竦む。
胸の鼓動が激しくなり、ぼやけた視界で倒れない為に壁を掴んだ。
手が震え、自分を鼓舞する為に出そうとした声は掠れた音となって地下に消えた。
心にあるのは一つの懸念。
一つの恐怖。
マト −)メ「(『過去』は知りたい。でも、記憶を取り戻したら、もしかしたら、私は……)」
―――今度は今の記憶を忘れてしまうかもしれない、と。
記憶喪失、つまり全生活史健忘は「自分に関する記憶(過去)」が思い出せなくなる逆行性健忘だ。
これには様々なパターンがあるが、どの場合においても運良く記憶が戻った際にある状態に陥る可能性がある。
それは「『記憶を忘れていた間の記憶』を忘れる」という可能性だ。
そしてそれは通常の記憶喪失とは異なり、『忘れてしまったこと』それ自体を忘れてしまうと言われる。
記憶がなかった間のことは客観的な時間経過で分かるのだが、わざわざ記憶喪失中の記憶を取り戻そうとする人間は少ないだろう。
だってそれは【記憶(じぶん)】を失くした状態のことであって、つまり、『自分』ではないのだから。
【記憶(じぶん)】ではない――『自分』だったのだから。
611
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:23:02 ID:N78RRPuQ0
ならば。
だとしたら、一体――『自分』とは何なのだろうか?
『記憶』とは何なのだろうか。
本当に『記憶』は『自分』の同義語か?
人間は『記憶』が続いていくことで自らの存在を確認するが、ならば『記憶』が断絶してしまえば『自分』ではなくなるのか?
私は私であって私でしかないというトートロジーなんて聞き飽きているが、でも、「私が私である」というその単純な事実は誰か証明してくれる?
『過去』とはなんだ。
『未来』とはどんな意味を持つ?
『自分』とは、一体……。
いくら考えてみたところで、そんな問いの答えなど出てこない。
マト; −)メ「…………ブーンさん……」
ミィは大切な人の名前を小さく呼んだ。
今の名前で、今の大切な人の名を、呼んだ。
あの人が隣にいてくれたら、この難解な問いにも答えられただろうか?
きっと答えを知らなかったとしても一緒に考えてくれたはずだ。
彼なら、どんな風に答えてくれたのだろうか?
612
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:24:03 ID:N78RRPuQ0
会いたい。
傍にいたい。
そんな気持ちだけが胸を満たす。
声が聞きたい。
言葉を交わしたい。
―――「……なら僕はとりあえず君のことを『ミィ』と呼ぼう」
自分に名前をくれたあの人に。
―――「あの時、君が望む未来の為に僕に声を掛けたのと同じように――僕だって望む未来の為に君を雇ったんだお」
自分を必要としてくれたあの人に。
―――「……服や鞄のことなんてそんなに気にするな。また買ってやるから。その程度の記憶なら、またいくらでも作ればいいんだから」
自分に何度でも記憶をくれると言ったあの人に。
613
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:25:01 ID:N78RRPuQ0
―――「…………だから、僕を助けてくれ――ミィ」
―――「―――お前、可愛いな」
―――「ご忠告は痛み入るが、僕達の行く道は僕達が決める。後悔するかどうかも、だ」
―――「……だけどさ、『過去』を知ることによって初めて開ける『未来』もあるんじゃないのかお?」
―――「少しの間だけでいいから――僕の代わりに『過去』を見据え、僕と一緒に『未来』を夢見る、僕の目になってくれないか?」
―――「代わりに僕はずっとお前の帰りを待ってる。真実も過去も、何も分からなくたっていいから。……だから、必ず帰って来い」
―――「―――無事に帰って来いよ、ミィ」
マト ー)メ
ああ、と彼女は思う。
初めて出逢った時はなんにもなかった自分なのに、今ではもう、こんなにも様々なものが心の中にある。
マト-ー-)メ「だから」
だから。
だから。
だから、私は―――。
614
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:25:35 ID:LZqnm9eU0
追いついた 支援
615
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:26:02 ID:raEx5GJ20
支援
616
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:26:03 ID:N78RRPuQ0
だから、私は言おう。
この確かな『現在』のその先に何かがあると信じて。
そう。
①「―――私は『ジブン』を見つけた」
②「―――私は『ジブン』を見つける」
.
617
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:27:11 ID:N78RRPuQ0
僕達は何かを選びながら生きている。
だけど、「選ぶこと」は本質的に「捨てること」とイコールだ。
僕達は選ばなかった選択肢を捨てながら生きてきた。
『記憶』が『自分』の同義語だと言うのなら、忘れることを宿命付けられた僕達は、常に『自分』を死なせながら生きている。
今まで僕が死なせてきた僕自身は一体何処へ行くのだろう。
忘れられることを捨てられない僕でも、せめて僕の中の彼女だけは死なせたくないと――そんなことを、今は思う。
マト ー)メ M・Mのようです
「第十話:私と自分と記憶と誰かと世界と、そして……」
.
618
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:28:10 ID:N78RRPuQ0
一応断っておきますが、この作品の作者は別に物理学の専門家ではありません。
できる限り正しいことを書こうと思っていますが、間違っている可能性もなきにしもあらずなのでご了承下さい。
というか量子力学なんてまだまだ発展中の学問なので今日の前提が明日には否定されている可能性が大いにありますし。
色々小難しい解説や比喩も出てきましたが、とにかく第十話は終了です。
あとは最終話を残すのみとなりました。
というわけで安価の説明です。
最後の選択肢、①か②のどちらかを選んで書き込んでください。
一週間後の3月17日の夜九時にどちらが多かったかを数えて、該当する方の次回予告を投下します(そしてそこから最終話を書き始める)。
一人一回とかいう制限は特に設けませんが、でも基本一人一回でよろしくお願いします。
……数えるのが大変なので。
この安価はあるブーン系作品のパステーシュなんですが、その作品では選択された方の結末を投下した後でもう一つの結末も投下をしていました。
が、この作品の場合、そもそも最終話を書いていないので選ばれていない方の投下はできません。
そこら辺はよろしくお願いします。
もし要望があるなら、後でこっそりと書いて投下するかもしれませんが……。
619
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:28:09 ID:LZqnm9eU0
乙、最後まですごく楽しみ
①かなあ
620
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:30:13 ID:raEx5GJ20
乙
また気になるところで……①で
621
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:46:19 ID:YoOmgtjgC
追いついた、安価に間に合ったぜ
622
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 22:53:58 ID:YoOmgtjgC
?Aで書いてもらいたい
623
:
622
:2014/03/10(月) 22:56:28 ID:Z1ZRQTAgC
文字化けしてた、2で
624
:
名も無きAAのようです
:2014/03/10(月) 23:56:10 ID:MOcbWQOA0
どっちも気になるな…②で
625
:
名も無きAAのようです
:2014/03/11(火) 07:53:04 ID:/beNZVz.0
乙
1で
626
:
名も無きAAのようです
:2014/03/11(火) 09:15:03 ID:6eyULC8w0
1と2両方だな
私は自分をみつけた、そしてこれからも私は自分を見つける
627
:
名も無きAAのようです
:2014/03/11(火) 10:35:49 ID:dMHI2tis0
2
乙
628
:
名も無きAAのようです
:2014/03/11(火) 14:25:15 ID:uGOjRG4U0
1じゃないとスッキリしなさそう
てことで ① !
629
:
名も無きAAのようです
:2014/03/11(火) 14:39:05 ID:UqmdFdKs0
乙!どちらも気になるけど
2で
630
:
名も無きAAのようです
:2014/03/11(火) 16:12:46 ID:QlV06dXk0
おつ!
①
631
:
名も無きAAのようです
:2014/03/11(火) 18:19:50 ID:qNFhdJGk0
2
632
:
名も無きAAのようです
:2014/03/11(火) 18:34:43 ID:afTcizd.0
1
633
:
名も無きAAのようです
:2014/03/11(火) 22:04:04 ID:c2EytTuA0
2!
634
:
名も無きAAのようです
:2014/03/12(水) 01:50:35 ID:2813qJhI0
1
635
:
名も無きAAのようです
:2014/03/12(水) 02:00:14 ID:Xwuskce2O
大分ばらけてるな。2にしておこう。
636
:
名も無きAAのようです
:2014/03/12(水) 13:26:52 ID:/VWzKbsU0
乙
うーむ1で
637
:
名も無きAAのようです
:2014/03/12(水) 13:50:03 ID:q5Ee4frU0
乙一
二で
638
:
名も無きAAのようです
:2014/03/12(水) 14:01:23 ID:/VWzKbsU0
1は過去、2は未来なのかなぁ
ただ2が記憶を取り戻しにいく、という意味だとまた違ってくるな
639
:
名も無きAAのようです
:2014/03/12(水) 15:01:23 ID:K9j5Lvrk0
2がいいです
640
:
名も無きAAのようです
:2014/03/12(水) 16:02:07 ID:4sLQLneE0
2で
641
:
名も無きAAのようです
:2014/03/12(水) 19:16:28 ID:tQIR7mso0
1週間が長すぎる…
1でお願いします
642
:
作者。
:2014/03/13(木) 01:02:30 ID:atRBFyr60
ずっと言い忘れてたのですが、
ttp://kijinnourei.blog88.fc2.com/blog-entry-323.html
ここで『M・M』の裏話というか、軽く解説をやっています。
選択の参考になる……かも?
643
:
名も無きAAのようです
:2014/03/16(日) 18:14:39 ID:yD6HVZYI0
いよいよ明日かぁ…
こんな真っ二つに分かれるなんてな
644
:
名も無きAAのようです
:2014/03/17(月) 02:22:16 ID:UKjviZTY0
ぬおー悩む…
両方の結末を見たいぞちくしょう
2にしとく……あー両方選択したい
645
:
【最終話予告?】
:2014/03/17(月) 21:00:27 ID:HuJnaFlE0
「……なあ、ミィ。
お前の言う通りに、いつかは今ここにいる僕達は死んで、僕達の子孫や社会もいつかはなくなってさ、この世界でさえも消えちゃうんだろう。
神様を死なせちゃった僕達は死後の永遠を信じることすらできやしない。
でも、さ。
それだけじゃないんだよな。
辛く苦しく消したい『過去』が決して忘れられないように、この『現在』だって決して失くなったりはしないんだ。
今、この瞬間は絶対に嘘にならない。
だから最後には全部消えちゃったとしても、無駄なんかじゃないんだよな。
そうだよ。
悠久の時の流れの中の、その無数の刹那の一つ一つこそが永遠だ。
僕はそう信じていたいと思う
だから僕達が一緒に過ごしたあの日々は、なかったことにはならないと信じてる。
きっと君だってそう思っていてくれただろう?
なあ、ミィ――― 」
―――次回、「最終話:Ms.M」
646
:
名も無きAAのようです
:2014/03/17(月) 21:01:35 ID:HuJnaFlE0
というわけで次回は最終話です。
いやあ、ほぼ同数ということで驚きました。
わざと結末が予想しにくい選択肢を用意してみましたが、読者の皆さんが望んだような結末になれば幸いです。
あるいは予想とは違ったとしてもそれはそれで楽しんで頂ければまた幸いです。
ま、未来は予測できないものですから。
では今から最終話を書き始めたいと思います。
できれば三月中に投下したいなーと。
647
:
名も無きAAのようです
:2014/03/17(月) 21:10:28 ID:PoPdX6IU0
期待してるお
648
:
名も無きAAのようです
:2014/03/17(月) 21:59:42 ID:vY.ImcOwC
逃亡はないだろうから安心して待てるな
649
:
名も無きAAのようです
:2014/03/17(月) 23:19:46 ID:XQhZ0FJw0
作者の他の作品が読んでみたいがブログに上がってるの以外はどんなのがあるのかわからん…
650
:
名も無きAAのようです
:2014/03/18(火) 22:15:52 ID:U7cc2D6o0
これはIFルート書くしかないですな〜
651
:
名も無きAAのようです
:2014/03/18(火) 23:30:40 ID:CN8.SEe6C
>>649
創作にある天使と悪魔と人間と、というのがそうだよあと7×にニーイチと呼ばれるようになった作品があったと思う
ブログ見に行けばもっと他のやつもわかるかも
最終手段は総合でブーン系アーカイブソムリエに聞け
652
:
651
:2014/03/18(火) 23:38:50 ID:1LQs4.3cC
>>649
、すまんこブログには行ってたんだなソムリエしかないな
653
:
作者。
:2014/03/26(水) 01:21:06 ID:1NMvNLq.0
最終話は3月31日の深夜、もしくは4月1日の夜(十時くらい?)に投下予定です。
予定は未定、最後までよろしくお願いします。
……要望が多いようならば、IFルートも4月中にこっそり投下するかも。
654
:
名も無きAAのようです
:2014/03/26(水) 05:37:39 ID:7/nTogJY0
安価した意味がないのでIFルートはいりません
655
:
名も無きAAのようです
:2014/03/26(水) 10:25:50 ID:MfNf12LA0
IFルートはいらんわな
656
:
名も無きAAのようです
:2014/03/26(水) 14:50:05 ID:d3iMt/bM0
てか安価で決める意味が分からない
作者の好きなルート書けよ!
657
:
名も無きAAのようです
:2014/03/26(水) 20:10:09 ID:n9kez3SM0
でも俺は読みたいからブログにでもひっそり投下してくれよ!
最終話期待
658
:
名も無きAAのようです
:2014/03/26(水) 20:39:06 ID:NFO46VnA0
安価で決まったほうだけ書けよ
659
:
名も無きAAのようです
:2014/03/26(水) 22:59:28 ID:FvRQahP60
折角ならどっちも読みたいけどなあ
作者が満足のいく結末が一番だけど
660
:
名も無きAAのようです
:2014/03/27(木) 01:07:56 ID:eKGyVtPY0
一つの完結で十分
661
:
名も無きAAのようです
:2014/03/27(木) 01:35:17 ID:Yvi8R6.MC
俺もここでは一つのほうがいいと思う
けどもう一つの結末も読みたい、ブログに書いてくれ読みにいくから
662
:
名も無きAAのようです
:2014/03/27(木) 02:20:06 ID:fkowQJAEO
要望とか関係なくて書きたいんでしょ?
書きたいなら書けば良いんじゃないの
663
:
名も無きAAのようです
:2014/03/27(木) 07:21:25 ID:EOAZIsqA0
一つだけ書いてスッパリ終わってくれ
ちょっと構ってちゃんすぎるな
664
:
名も無きAAのようです
:2014/03/27(木) 12:10:17 ID:NN0g0LUk0
IFルートいらねー
665
:
名も無きAAのようです
:2014/03/28(金) 05:04:25 ID:AvFPIZK.0
俺もIFは別にいいかな
ここでは正規ルートだけ読みたい
666
:
名も無きAAのようです
:2014/03/28(金) 06:46:41 ID:3PdFVPUcO
IFルート読みたいけどブログでひっそりでもいいかな
最終話期待!
667
:
名も無きAAのようです
:2014/03/28(金) 09:25:51 ID:m5izk/I20
IFルートも読みたいなんて言えない…
668
:
名も無きAAのようです
:2014/03/29(土) 02:16:34 ID:O0VhyZx.0
もしこうだったらどうなったんだろうなぁ… って自分で考えるのが好き
669
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:41:54 ID:CcRFw9FQ0
ああ、もしも
もしも全ての過去と記憶を消して、もう一度最初から彼女に出逢えたのなら
僕はあの世界でひとりぼっちだった少女に、今度はどんな言葉を掛けるのだろう―――
.
670
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:43:16 ID:CcRFw9FQ0
マト ー)メ M・Mのようです
「最終話:Ms.M」
.
671
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:44:17 ID:CcRFw9FQ0
少女は言う。
この確かな『現在』のその先に何かがあると信じて。
マト-ー-)メ「―――私は『記憶(ジブン)』を見つける」
そう。
この『現在』の先に求める『未来』があると。
この『現在』は自分の失くした『過去』から続いてきたものだと。
だから。
つまりは――自分の望む『未来』に向かう為には、まず『記憶(ジブン)』と向き合わなければならないと。
マト-ー-)メ「……そうだ」
忘れるわけがないんだ。
忘れられるわけがないんだ。
672
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:45:05 ID:CcRFw9FQ0
少女は小さく呟く。
忘れられない、と。
もしここで踵を返し何も知らないまま戻ったとしても、多分あの人は温かく迎えてくれる。
だけど、ここで見つけ損なった『過去』への思いはずっと自分の心の中に残り続ける。
忘れられやしないのだ。
そして同時にこうも思う。
たとえ記憶を取り戻したとしても、今の自分は――これまで作り上げた自分とあの人がくれた記憶は決して消えることはないと。
忘れるわけがないのだ。
マト-ー-)メ「だから、大丈夫です」
忘れられない。
忘れるわけがない。
忘れられるわけがない。
だから彼女はその一歩目を踏み出す。
もう迷うことはなかった。
彼女は歩き出す。
673
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:46:15 ID:CcRFw9FQ0
*――*――*――*――*
都村トソンは語る。
「……前提として、この世界には『超能力』と呼ばれる現象が存在しています」
「ああ」
およそ数千人〜数万人に一人の割合で発現する異能の力。
『超能力』。
形態や強度は様々ではあるが、条理の外の力を使える人間がこの世界にはいる。
そう。
数としては少ないが、確かに存在しているのだ。
「『超能力』が何であるかを説明するのは非常に難しいですが、端的に言えば、個人にのみ適応される物理法則のようなものです」
「そういう風に決まっているから、そうなっている……ということかお?」
「そうですね。理屈はない、と言えるかもしれません。厳密にはあるようですが、理解している人間はほぼいません」
674
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:47:10 ID:CcRFw9FQ0
証明だとか説明だとか、そういうことは実は意味がない。
そこに存在してしまう以上、『超能力』が実在することは紛れもない現実なのだから。
「私の周りでは『超能力』の原理を『回路』と呼ぶことが多いですね。その『回路』が作動すると現実が少し、変化する」
「つまり、お前とミィは『超能力』を使える点では同じだが、持っている『回路』が違うから、起こせる現象が違うってわけか」
「その通りです。なので、あの『殺戮機械』などは『「回路」を奪う現象を引き起こす回路』を持っていることになります」
「なるほど……」
「尤も名称は統一されていませんので何でも構いません。恐らくあなたには『超能力』という言葉が馴染み深いと思いますので、今はそちらを使いましょう」
そう言えば、と僕は思い出す。
あの『殺戮機械』と初めて遭った時、奴は「『スキル』でも『コード』でも『回路』でも『変生属性』でも呼び方は何でもいい」と言っていた。
それらの言葉が指し示す物は全て同じなのだろう。
どれも『超能力』という異能の力の別称だ。
「さて、今から少し昔、『都村トソン』という科学者――つまり私の母は超能力の研究を始めました」
675
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:48:15 ID:CcRFw9FQ0
それはどれくらい昔のことなのだろう。
ここにいる都村トソンが二十歳を超えているようだから、彼女の母親が研究を始めたのは二十年以上は前のことだろう。
「切欠としては単純で、当時の軍部に依頼されたのです。研究設備、人員、費用は全て無償かつ十全に提供されたので彼女は喜んで研究を始めました」
「破格の条件だな……。その研究成果としてお前が生まれたのかお?」
「いえ、当時の目的は超能力者で構成されたテロリストの対処でした。なので、敵の超能力の解析と対策が主だったと言えるでしょう」
「テロリストの超能力者?」
「はい。今でも『レジスタンス』などと名乗って存在しています」
僕は脳裏にまた別の記憶が蘇ってきた。
今度はあの『ウォーリー』というスーツの男との会話だ。
あの男はなんと語っていたか。
この世界には数多くの陰謀が渦巻いており、国家レベルの大きな力に目を付けられると超能力者はどうしようもない、と。
そういったことから身を守る為の互助組織の名が『レジスタンス』だと、そんなことを言っていなかったか。
「……ええ。ですから、もしかしたら『レジスタンス』の主張の方が正しいのかもしれませんね」
676
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:50:01 ID:CcRFw9FQ0
けれどと淡々と都村トソンは告げた。
「小さくとも『事変』とまで呼ばれるようになった戦争ですから、当時の体制側と反体制側のどちらが悪かったかは簡単には判断できません」
「……少なくとも当事者ではない僕達には無理、か」
「はい。私に分かることは、当時の戦いでは一応のところ体制側が勝利を収めたという事実だけです」
勝利した?
ちょっと待てよ。
「僕はてっきり、その反体制側の超能力者に対抗する為に人工の能力者であるお前が生まれたんだと思っていたが……」
「いえ、反体制側との主な戦いは私が生まれる前に既に終了しています」
「ならどうしてお前は生まれたんだ?」
かつて超能力が関係した戦いがあった。
けれど、それはとりあえずは終わった。
なら、何故この『ファーストナンバー』は生み出された?
677
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:51:05 ID:CcRFw9FQ0
僕の問いに都村トソンは控えめに笑った。
「あなたは平和な世界に生きてきたのですね。兵器とは戦いに用いるものだから、平和な時代には生み出されないと考えている」
「平和も何も、そういうものだろ」
「確かに戦時は兵器産業が盛んになりますが、戦争が終わった後も生産量が経るだけで兵器の開発は続きます」
それは、次の戦争に備える為。
あるいは、各勢力が疲弊した中でアドバンテージを得る為。
平和な時でも戦時と変わらず軍備拡張は続いていく。
「賢者ならば平時は戦争の準備をするべきだ」と語ったのは誰だっただろうか。
「つまりお前は保険であり、抑止力か」
「はい。次に戦争が起こった時の為の保険であり、反乱を起こさせない為の抑止力。それが『ファーストナンバー』という存在です」
生まれ落ちたその瞬間より平和の為に戦い続けることを決定付けられた存在。
僕の隣に座っているのは、そんな人間だった。
678
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:52:09 ID:CcRFw9FQ0
……いや。
彼女の言葉を借りれば『名もなき怪物』だろうか。
戦う為に生まれ、戦う為に存在し、戦って死ぬ存在を『人間』と呼べるかどうかは怪しい。
そんな彼女は言った。
「私が生み出された背景は語った通りです。フィクションの世界においては正義の超能力者と悪の超能力者の戦いが主かもしれませんが、現実はそうはいかない」
「超能力者なんてものが存在すれば、国家における正義の代行者である軍や警察が対応するしかない……と」
「そして軍部に依頼された科学者が生み出した最強の暴力装置が、私です」
一拍置いて都村トソンは続けた。
「その後の話は長くなり過ぎるので省きましょう。私の母は反体制派の凶弾に倒れ、私はこうして成長し軍部で働いている」
「それは分かったお」
さて問題は、そんな社会の裏側で起こっていた事件ではない。
ここにおける本題は、僕の父とミィの過去なのだ。
679
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:53:07 ID:CcRFw9FQ0
*――*――*――*――*
開け放たれた扉の先の暗い空間は短い通路だった。
たった数メートルの廊下。
奥には開いたままの自動扉が見え、その先には点けっぱなしのパソコンの画面に照らされた部屋がある。
その場所を目指し、少女は進んでいく。
そこに真実があると知っているから。
マト; −)メ「はぁ……はぁ……」
扉までは、ほんの数歩の距離。
過去までのあまりに遠い距離。
そこに何があるのか、ミィは知らない。
だがそこに何があるのか、少女は知っていた。
だから進む。
なのに、どうしてなのだろう。
こんなにも足が重いのは。
680
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:54:09 ID:CcRFw9FQ0
魔眼の調子は相変わらず悪い。
だが、大丈夫だ。
もう危険はないことは分かっている。
そこに誰もいないことは知っている。
何処か懐かしい感じもするのに、何故か胃に鉛が流し込まれたかのように身体が重い。
頭の中は靄が掛かったかのように曖昧で何かの拍子で今にも転んでしまいそうだ。
マト; −)メ「はぁ……はぁ……」
嫌な感じだ。
なのに、妙に肌に馴染む雰囲気。
異常さに打ちのめされそうになりながらも、少女はその部屋の中へと入った。
冷たい机に手を付き、身体を預けて息を吐く。
そうして少女は床に散乱する紙片の一つを拾い上げてみた。
マト゚ー゚)メ「…………え?」
―――そこには、少女が求めていた『真実』があった。
681
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:55:30 ID:CcRFw9FQ0
*――*――*――*――*
僕の思いを読み取ったのか、彼女はすぐに閑話休題する。
「……さて。『残念ながら』と言うべきなのか、人工的な能力者として完成したのは私一人でした」
「だから『最初にして最後の人工能力者』か」
「並行して行われていた能力者を実験体にした既に在る能力を強化するという計画は成功を収めましたが、それは関係ないので置いておきましょう」
そんな計画もあったのか。
あのスーツの男が触れていた「捕まった能力者はモルモットにされる」とはそのことかもしれない。
ところで、と僕の隣に座る彼女が言う。
「私という人工的な能力者が存在している場合、更にその生みの親がこの世にいない場合、どういう事態となるか予測できますか?」
「色んな勢力が『都村トソン』の研究データの血眼になって探すだろうな。データさえあれば、お前のような人工超能力者が生み出せるかもしれないから」
「はい。それも現実に起こっています。……ですが、もう一つ」
「もう一つ?」
682
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:56:14 ID:CcRFw9FQ0
都村トソンは言った。
「『人工的に超能力者が生み出せる』と分かったならば――手段を選ばない組織ならば、人体実験を繰り返してでも同じ成果を得ようと思う」
ああ。
なるほど。
それも確かに道理だった。
今ここに人造の能力者がいるわけだから、同じことができると考える人間達が出てくるのはおかしくない。
むしろそれが普通だ。
「結論から述べましょう。あなたのお父様が働いていた企業も、そういった団体の一つでした」
「…………そんなに、価値があるものなのかお?」
やっとの思いで絞り出したのは、そんな一言。
全く、目が見えなくなっても現実を直視するのが辛いのは変わらない。
683
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:57:06 ID:CcRFw9FQ0
「超能力者一人に、何人もの人間を切り刻み犠牲にする価値があるかどうか、という話ですか?」
「ああ」
「あるとも言えますし、ないとも言えるでしょうね。人間は地球よりも重い、人の命に値段が付けられないと言うのならば価値はないでしょう」
だが。
人一人の人生が金銭に換算できるとすれば、きっと価値はあるのだ。
「……金でなら、どれくらいになるんだ。超能力者ってのは」
「様々です。例えばあのミィという少女ならば、そうですね……あなたの国にある世界で最も高価な爆撃機。その値段で足りるかどうか、というところでしょう」
「なら、人工的に超能力者を作るってことは……」
「出来にも寄りますが、最新鋭の戦闘機を設計し、その生産ラインを確立する程度の価値はあります」
戦闘機という物は一機作るだけでも数億〜数十億ドル。
開発からならば数百億、数千億ドル単位の費用が掛かることもザラだ。
兵器として見た超能力者はそんなものと同価値だと言う。
684
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:58:06 ID:CcRFw9FQ0
だからと言って許されるのだろうか?
人の命を犠牲にすることが。
……きっと、許されたのだろう。
少なくとも携わった人々は自分自身のことを許したのだ。
数十、数百人程度の犠牲で数千億ドルの価値が生み出せるのならば構わないと。
だとしたら僕の父も―――。
「……馬鹿みたいだな、本当に」
「そうかもしれませんね。何よりも救いようがないのは、手掛かりがないということです」
「手掛かりが、ない?」
「はい。私が存在する以上、人工的に能力者は生み出せる。ですがほとんどの人間には超能力の理屈も、発現の条件も、何一つ分かっていない」
それなのに超能力者を生み出そうなんて馬鹿みたいですよ、と彼女は呟いた。
それはまるで、「ここにダイヤの指輪がある以上は地球上の何処かにはダイヤモンドがあるはずだ」とツルハシを持って出かけるようなもの。
筋道こそ通っているが、そもそも成功するはずがないのは明らかだ。
そんな土台無理な、成功するはずのない計画の為にどれくらいの人間が犠牲となったのだろう?
685
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 21:59:07 ID:CcRFw9FQ0
さて、と都村トソンは仕切り直す。
「ここからはあなたのお父様の話をしましょう」
「…………僕の父も、人造超能力者の製作に携わっていたんだろう?」
僕の気持ちなど知らぬように、淡々と彼女は告げる。
その通りです、と。
「あなたのお父様が雇われた理由は非常に優秀であったことと、もう一つ。あなたのお父様が数少ない、私の母と面識のある人間だったからです」
「能力者を作った奴と知り合いならば、何か、ヒントの一つくらい聞いているかもしれないってことかお?」
「そうですね。尤も、その目論見は空振りに終わったようですが」
僕は、訊ねる。
「……父は、何をしてたんだ? 何が起こったんだ?」
686
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 22:00:11 ID:CcRFw9FQ0
それは気休めのような問いだった。
何をしていたにせよ、父が企業に雇われ非道な研究に協力していたことは確かで。
紛れもなく加害者であり、罪人でしかなくて。
でも、それでも訊かずにはいられなかった。
あの人が何をしていたのかを。
そして、どうなったのかを。
「あなたのお父様の仕事は血液サンプルの採取でした。海外に赴き、超能力者と思われる人間の血液を採取する。そんな仕事です」
どうやら仕事で海外を飛び回っていること自体は嘘ではなかったらしい。
「人間が能力者に覚醒する条件は不明ですが、血族のほぼ全員が能力者という極端なケースもあるにはあるので、少なくとも遺伝子が関係しているのは確かです」
「だから、サンプルの採取か」
「はい。あなたのお父様は超能力は神の力であり、神の血が濃い、より原初の人類に近い人間ほど能力に目覚めやすいと考えていたようです」
「信心深いのか、神をも恐れぬほど愚かなのか、よく分からないお」
「神の力かはともかく、目の付け所は良いと思います。私は神を信じていませんが」
687
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 22:01:15 ID:CcRFw9FQ0
生憎と僕もあまり信じていない。
神様がいるとしたら、超能力なんて災いの種を撒くのはやめて欲しかった。
「しかし本社はあなたのお父様の調査結果が出るのを待つことなく、手に入れた能力者及びそのクローンによる人体実験に踏み切った」
「…………」
「非道な計画を止める為に上層部に掛け合い、様々な手段を講じましたが、反応は芳しくなく。遂にあなたのお父様はある機密を持って研究所から脱走します」
都村トソンは語る。
過去を。
僕の父の最後の真相を。
「……私があなたのお父様に出逢ったのは真夜中の街でした。路地裏、ビルとビルの間の狭いスペースに血を流して倒れていらっしゃいました」
屋上で撃たれて落ちたのか。
それとも、ビルの上から決死の覚悟で飛び降りたのか。
腹部に二発の銃痕、右足は完全に使いものにならなくなっており、割れた額からは血が流れ出ていたという。
それでも尚――父は這うようにして、少しずつ進み続けていた。
688
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 22:02:18 ID:CcRFw9FQ0
「私を一目見て、彼は言いました。『ああ、死んだはずの相手が見えるということは、いよいよお迎えかな』と」
続けて、「できることなら迎えは妻が良かったんだが」なんて。
洒落にならない状況での冗談は僕と似ていて。
「私が娘であることを簡潔に説明すると、納得したように彼は微笑み、こう言いました」
父は言った。
―――この世界は等価交換だ。
―――ある価値のある物を手に入れる為には、同じ価値のある物を捧げなければならない。
―――化学反応をする前と後でも原子の総量は変わらないように。
「……『だが』と、彼は続けました」
―――だが、一人の平和の為に一人が犠牲になるというのでは、如何にも効率が悪い。
―――だから人間の本質は、その知性と理性を以て、対価として支払った物以上の価値を生み出すことだ。
689
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 22:03:05 ID:CcRFw9FQ0
絵の具と紙という二束三文の物から何千ドルもの価値のある絵画を生み出すように。
等価交換は世界の本質だが、人間の本質ではない。
人間の本質とはその選択で以て、価値を生み出し続けることだと。
「『俺は、君のお母さんのことを尊敬していた』」
―――あの人は様々なものを犠牲にしたが、その類まれな頭脳によって、必ず犠牲にしたものを超える成果を生み出していた。
―――しかし俺にはそれができなかったようだ。
だから。
「彼は近くに落ちていたスーツケースを指差して、言いました。『あの中には俺の唯一の成果が入っている。お願いだ』と」
恥を承知で。
都合が良いことだと分かりつつ。
どの面下げてだと罵られることも理解して。
それでも、「頼む」と頭を下げた。
690
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 22:04:07 ID:CcRFw9FQ0
尊敬していた相手の生み出した成果に。
あるいは、初恋の人の娘に。
僕は訊いた。
「…………父は、なんて言って死んだ?」
都村トソンは少し迷ったように沈黙し、けれどすぐにこう答えた。
「『こんな父親で、悪かった』と」
それはどういう意味だったのだろう。
そんな選択しかできなかった自分を恥じたのか。
そんな責任の取り方をした自分を悔いたのか。
僕には分からない。
分かることがあるとするならば、一つだけ。
父も必死で選択し、後悔しながらでも思考をやめず、どうにかして責任を果たそうとしていたのだろう。
691
:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 22:05:08 ID:CcRFw9FQ0
都村トソンは言った。
「その後のことはさして語るまでもありませんね。私はあなたのお父様の残した物――『ミスティルテイン計画』の成果を受け取りその場を去りました」
父の死の痕跡と遺体は軍部によって秘密裏に処理されたという。
遺伝子すら残らないように、徹底的に消されたのだ。
まるでそれが報いだとでも言うように。
「私はあなたのお父様の財布などの所持品を処理し、全て現金に変えて、足の付かない方法であなたの口座に振り込みました」
「じゃあ、あの退職金かと思ってたあのお金は……」
「はい。あなたのお父様の所持金と、私からのささやかな見舞金です」
僕の家にある遺品は後始末に困った同僚が送ったもの。
流出してはマズい情報があるかもしれないので、データが残せる物を除いて。
データを持ち逃げした相手だというのに、わざわざ遺品を整理して送ってくれるなんて、職場での父は割と人望があったのかもしれない。
それとも、退職金代わりだったのだろうか?
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:
名も無きAAのようです
:2014/04/01(火) 22:06:37 ID:CcRFw9FQ0
「それにしても……まったく、凄い額を振り込んでくれたもんだお」
「そうでしょうか? あなたのお父様の行ったことは、言わば最新鋭の戦闘機の製造計画のリークです。軍にとっては価値のあることですよ」
そうかもしれない。
だが、犯した罪に比べれば安過ぎると思うのだ。
人の命は金では買えないのだから。
「つまりミストルティン……『ミッション・ミストルティン』とは、僕の父が携わっていた、人工的に超能力者を作る計画のことなのか」
「そうですね。より正しくは敵性勢力の能力者、つまり私のような存在に対抗する為の計画なのですが、その理解で良いでしょう」
「実家が荒らされたのは父が何かマズい物を残していないかと考えた製薬会社の工作か」
「詳しくはわかりませんが、似たような計画を進めている他の団体の仕業とも考えられます。ミストルティン計画の手掛かりがないか探していたのでしょう」
「なるほどな……大体分かったお」
なら、僕の部屋を荒らしたのも父の情報が少しでも欲しい誰かの仕業だろう。
何度か尾行されたことやひったくりに遭ったこともあるが、それも同じく、計画を知った何処かの組織の人間の犯行だ。
もしかしたらそういった刺客から身を守れるようにと都村トソンは大金を振り込んだのかもしれない。
だとしたら、その金でミィを雇った僕の判断は正しかったと言える。
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