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ヤンデレの小説を書こう!@避難所 Part07

1避難所の中の人★:2015/07/20(月) 17:37:38 ID:???
ここは、ヤンデレの小説を書いて投稿するためのスレッドです。

○小説以外にも、ヤンデレ系のネタなら大歓迎。(プロット投下、ニュースネタなど)
○ぶつ切りでの作品投下もアリ。


■ヤンデレとは?
 ・主人公が好きだが(デレ)、愛するあまりに心を病んでしまった(ヤン)状態、またその状態のヒロインの事をさします。
  →(別名:黒化、黒姫化など)
 ・転じて、病ん(ヤン)だ愛情表現(デレ)、またそれを行うヒロイン全般も含みます。

■関連サイト
ヤンデレの小説を書こう!SS保管庫 @ ウィキ
http://www42.atwiki.jp/i_am_a_yandere/

■本スレ
ヤンデレの小説を書こう!Part52
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1350699785/

■避難所前スレ
ヤンデレの小説を書こう!@避難所 Part06
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/12068/1378701637/

■お約束
 ・書き込みの際には必ずローカルルールおよびテンプレの順守をお願いします。
 ・荒らしはスルーしましょう。
  もし荒らしに反応した場合はその書き込みも削除・規制対象になることがあります。
 ・趣味嗜好に合わない作品は読み飛ばすようにしてください。
 ・作者さんへの意見は実になるものを。罵倒、バッシングはお門違いです。議論にならないよう、控えめに。
 ・避難所に対するご意見は「管理・要望スレ」(http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/12068/1301831018/)まで。
 ・作品について深く批評したいな、とか思ったら「批評スレ」(http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/12068/1318219753/)まで。
 ・便りがないのは良い便り。あんまり催促しないでマターリいきましょう。

■投稿のお約束
 ・トリップ使用推奨。
 ・苦手な人がいるかな、と思うような表現がある場合は、投稿のはじめに宣言してください。お願いします。
 ・二次創作は元ネタ分からなくても読めれば構いません。
  投下SSの二次創作については作者様の許可を取ってください。
 ・男のヤンデレは基本的にNGです、男の娘も専スレがあるのでそちらへ。

2雌豚のにおい@774人目:2015/07/21(火) 21:44:52 ID:GnsJ1PV.
>>1
乙ですよ

3雌豚のにおい@774人目:2015/07/21(火) 21:45:52 ID:GnsJ1PV.
でも前スレまだそこそこ残ってるなあ
次立てる時は>>980ぐらいでいいんじゃね

4避難所の中の人★:2015/07/23(木) 00:51:56 ID:???
>>3
この掲示板のスレ立ては管理人以外出来ないように設定しています
私がちょっと見られない間にスレが埋まってしまう可能性があるので、
意図的にちょっと早めに立てるだけはしてあります
基本的には前スレから使って頂いて大丈夫です

5 ◆NKSqcgjO6c:2015/10/19(月) 23:03:49 ID:sLvdaBB.
このスレの一発目、頂きます

6理性の棄却 ◆NKSqcgjO6c:2015/10/19(月) 23:05:30 ID:sLvdaBB.
「彼……譲くん、絶対に浮気している」

 彼女はそう切り出すと、今まで伏せていた目線をこちらへ向けた。
 いつもは愛くるしいと言われているその目元が、今は、行き場のない憎悪に歪んでいる。
 しかし尚、その顔には男を魅了するであろうものが感じられるのだから、この松田光という女はすごい。
 容姿について平々凡々を自覚している僕からすれば、羨ましさを通り越して、ズルさすら感じる。
 ここが学食であることを考慮し、小声で返す。

「浮気?」
「そう……、絶対にそう! 心当たりがあって……」

 松田光はコップに残っていた水を飲み干した後、その心当たりについて語り始めた。

 今までは向こうから電話やメールが来ていたが、一、二週間前からこちらから連絡しても全く返事がない。
 そのことを学校で問い詰めても、「ごめん」の一点張り。
 部活のない日は一緒に下校していたが、それも用事を理由に断られることが多くなった。

 ……まくしたてられた内容を三行にまとめると、こんな感じである。

「それで浮気? たまたまなんじゃないかな?」
「偶然なんかじゃない! 確実な証拠もあるの!」

 僕の落ち着き払った返答が気に障ったのか、彼女は語気を強めた。
 確実な証拠とやらがあるなら最初から言えばいいのに、というセリフは飲み込んでおいた。

「今日、体育の時間中に、彼の携帯のナカを見たの」
「いやいや、それは人としてどうなの?」
「人である以前に彼女だし」

 全く悪びれる様子のない彼女を見て、これ以上の追及は無意味と悟らされた。

「そしたら、まず今までしていなかったロックかけていた訳ね」
「じゃあ見れないじゃん」
「まあ誕生日で解除できたときは若干拍子抜けしたんだけど」

 ……それは迂闊過ぎ。

「で、とりあえずメールと電話の着信履歴を見てみたら……」

 そこで彼女は言葉を止めた。
 訊いてほしいということなのか。
 正直面倒くさいが、訊かなければ永遠にこの不毛な問答が終わらないのではという危惧もある。

7理性の棄却 ◆NKSqcgjO6c:2015/10/19(月) 23:06:32 ID:sLvdaBB.
「何があったの?」
「何もなかったの! メールも! 着信履歴も! 一件も!」

 待ってましたと言わんばかりに即答される。

「ご丁寧にロックかけた上に、わざわざ履歴を消去するって、確実に女じゃん!」

 確実かはともかく、彼女の心理は分からなくもない。
 女かは別として、確かに何かやましいことがなければ考えにくい行動ではある。
 捜査方法はギリギリアウトだが、筋は通っている。

「ということで、一つ頼まれてくれる? 彼の浮気相手を調べてほしいの」

 結局浮気しているという前提の元に話が進んでいることにはあえて目をつぶる。

「僕が?」
「本当は私がしたいけども、私からの詮索だと警戒されちゃうかもだから」
「でも……」
「タダとは言わない。浮気相手掴めたら、学食一回奢るから」
「いや、そうじゃなくて……。別に探偵って訳じゃないし、僕には無理だよ」
「そう言わずに! 誰かまで分からなくても、ちょっとしたボロを出してもらうだけでいいから」
「どうやって?」
「いつも話しているみたいに、さりげなく訊くのよ」

 指示が全然具体的ではないし、彼女は良い上司にはなれなさそうだ。
 断りたかったが、彼女の頑固さは今までの会話で嫌というほど思い知らされた。
 了承を得るまできっと帰らせてもらえないのだろう。

「……分かったよ」
「ホント!? ありがとう!」
「その代わり、僕が調べている間は一切干渉してこないこと。それだけ約束して」
「了解! そしたら何か分かったらすぐ連絡ちょうだいね。あっ、今アドレス教えるから携帯貸して」

 彼女は手早く赤外線でメールアドレスを送ると、早々に僕に携帯を返した。

「じゃあ、連絡待ってるからね!」
「ちなみに、仮に浮気相手が見つかったとして、どうする訳?」
「それは……」

 彼女の視線が一瞬泳いだ。
 瞬時に、彼女が続く言葉をすり替えていることを察した。
 その時点で、彼女の言葉への信頼は皆無となったのだが、一応聞いてみる。

「穏便に話し合うつもりよ?」
「話し合ってどうするの?」
「私と彼との関係を分かってもらって、二度とちょっかい出さないって約束してもらえればそれでいいかな」
「なるほど」

 彼女なりにオブラートに包んでこの物言いでは、腹の内ではどんなことを思っているのか、逆に知りたくなる。
 怖いもの見たさってやつだ。

8理性の棄却 ◆NKSqcgjO6c:2015/10/19(月) 23:07:11 ID:sLvdaBB.
「でも、もしその浮気相手に本気になっちゃってたらどうするの?」
「それはない」

 その彼女の返答は、何か確信めいた物言いであった。
 思わず即座に聞き返す。

「というと?」
「さっき、彼の携帯を調べたって言ったじゃない?」
「うん」
「メールとかはなかったんだけど、彼のロックフォルダ……ああ、パスは誕生日ね。それを見たら、その中にあったのよ」
「何が?」
「私とのツーショットの写真がね。これってつまり本心では私のこと好きってことでしょ?」
「……ふーん」

 僕は立ち上がり、トレーを持って彼女に背を向ける。

「あれ? もう帰る?」
「うん、次の授業始まっちゃうし」
「あっ、ってことは私も行かなきゃじゃん」

 彼女のことは待たずに返却口へ歩き出す。

「いやー、でも本当に助かるわ。彼のこと知りたければ、身内に訊くのが一番だしね」

 彼女の言葉は聞き流した。

9理性の棄却 ◆NKSqcgjO6c:2015/10/19(月) 23:08:06 ID:sLvdaBB.
 松田光から依頼された浮気調査。
 これについては、もう結果は分かっている。
 浮気相手など存在しない。
 なぜなら、そもそも松田光と、彼女の言う彼との間に、男女関係などないのだから。
 つまりは、彼女の妄想に過ぎない。
 それに付き合わされるこちらの身にもなってほしい。
 まあこちらが調べている間は介入してこないことを約束させたので、しばらくは何も言ってはこないだろう。
 勿論面倒なことには巻き込まれたくないので、最終的には誰か適当な女をでっちあげてはおくつもりだ。
 それよりも、今僕には確かめなければならないことがある。
 学校が終わると、足早に帰宅する。

「おかえりなさい。今日は彩も早いのね」
「うん、ただいま」
「譲にも伝えてあるけど、今から買い物行ってくるから、少なくともどっちかは留守番よろしくね」
「うん」

 既に準備万端なようで、母はエコバッグを提げていた。
 母と玄関で入れ違いの形になりながら、階段を上がる。
 歩きながら、ポケットの中身を確認する。
 自分の部屋を通り過ぎ、「譲」と書かれた部屋の扉を開ける。

「ただいま、兄さん」
「おかえり……。早かったね、彩」

 ベッドに座っている兄は、笑顔で、いつになく整った姿勢で僕を出迎えてくれた。
 僕が帰宅したことはドアの開閉音で分かっていたのだろう。
 僕をもてなそうという意思からなのか、それとも――。

「ねぇ、兄さん。僕のこと、怖い?」
「……うん?」

 兄の強張った表情が、全てを物語っていた。
 まあ僕としても、二週間前のあれはやり過ぎだったとは思っている。
 完全に兄の良心に訴えかけるやり方だったし、後ろめたくないのかと言われれば耳が痛くなる。
 怖がられても仕方のないことだ。
 自分にそう言い聞かせて、あくまでも落ち着き払って話す。

10理性の棄却 ◆NKSqcgjO6c:2015/10/19(月) 23:08:34 ID:sLvdaBB.
「そうだよね、怖いよね。ごめんね兄さん」

 そう言いながら兄の隣に腰を下ろした瞬間、一瞬兄さんの肩が揺れたのを感じた。
 構わず、兄にもたれかかる。

「でも兄さん、あの後、僕との約束守ってまっすぐ帰ってくれるようになったよね。凄く安心するし、嬉しいんだよ?」
「……うん、そうか、よかった」
「履歴を削除した後、他の女の子と連絡も取ってないようだしね」
「そりゃ、そうだよ……うん」
「でも、携帯の暗証番号に誕生日は迂闊だと思うよ?」
「え!?」

 兄はもう笑顔を取り繕う余裕もなく、顔を真っ青にしていた。

「勝手に見たのか!?」
「誤解しないでよ? そんな非人道的なこと、兄さんのことを心から愛している僕がする訳ないじゃん。
 だから、念のため携帯にロックかけさせはしたけど、その管理は兄さんに任せたし」
「じゃあなんで暗証番号のこと――」
「松田光が、体育の時間中に盗み見たんだってよ」
「光が!?」
「『光』!?」

 衝動的に兄をベッドへ押し倒す。
 何が起きたのかわからず戸惑っている様子の兄も、すごくいい。
 ……でも、その言葉は約束違反だよ、兄さん?

「僕以外の女のことを呼び捨てにしないでって言ったよね?」
「あっ、ごめん……。約束、破って。もう言わないから……!」

 言葉と表情から、どれだけ本気か伝わってくる。
 この辺りの誠実さが兄の魅力でもあるから、許したくもなる。
 ただ、その前に一つだけ確認したいことがある。

「ありがとう。松田光に聞いたところによると、ちゃんと距離をとっているようだし」
「うん、直接会う機会もほとんどなくしたし、メールや電話なんて勿論してないし……」
「そうだよね、さすが兄さん。行動が早い」
「うん……」
「そんな兄さんに一つ聞いてもいいかな?」
「なに?」
「まさかとは思うけど、もう別れるつもりの女の写真なんて、持ち歩いてたりしてないよね?」
「っ――」

 あっ、時が止まった。
 本当に兄さんは、嘘のつけない正直な人。
 そこが、好き。
 そこが、嫌い。

11理性の棄却 ◆NKSqcgjO6c:2015/10/19(月) 23:09:10 ID:sLvdaBB.
「彩!? 待て!」

 兄の制止を無視し、兄から数歩離れる。
 そしてポケットから、二週間前にも使ったカッターを取り出す。
 その刃先をあてがうのは、自分の左手首。

「もう僕は死ぬしかないみたいだね! 二週間前、松田光と別れてって言ったよね!?
 でも、兄さんが、いきなり別れを切り出したら変だと思われるから自然消滅の形にしたいって言ったんだよ?
 だから、いつその自然消滅とやらが訪れるのかわからないけれど我慢していたっていうのに!
 結局あの松田光と別れる気なんてないんでしょ!?
 前みたいに『彼女なんていない』だなんて嘘を平気でついて僕のこと騙しながら、
 陰でコソコソ付き合い続けるつもりだったんでしょ!?
 兄さんが僕以外の女を好きなこんな世界、生きる意味ない!」

 もう兄の瞳は恐怖に濡れていて、ただ僕の右手の挙動を注視するのみとなっていた。
 こんなやり方でしか兄を振り向かせられない自分の愚かさは重々承知している。
 それでも──。
 物心ついたときから兄を愛し、幾度も兄にアプローチし、……そして、躱されてきた僕だから分かる。
 最後に人を突き動かすのは、用意周到な計略などではなく、なりふり構わない情熱なのだと。

「ごめん! もう本当に別れるから!」
「嘘つきの言葉を信用しろと?」
「ホントのホントだ! 明日、必ず言いに行くから……」
「今」
「え?」

 虚をつかれたかのような表情の兄をよそに、続ける。

「今、ここで、電話で別れを告げて。そうでなきゃ信じられない」
「いや、さすがにそれは……。そもそも彩に言われて履歴もアドレス帳も全部削除しちゃってるし……」
「どうせ松田光の番号は覚えているんでしょ?」

 例によって兄は動揺を隠し切れていない。
 何もかも、お見通しなんだから。
 兄の瞳から恐怖が消え、代わりにそこには絶望が色濃く浮かび上がっていた。
 しばしの沈黙の後、兄は携帯電話をゆっくりと取り出した。
 数回の操作の後、徐ろにそれを耳にあてがう。

「……もしもし、光? ……ごめん、もう光と付き合えないから、別れよう」

 それだけ言うと、すぐに通話を終了し、携帯電話を部屋の隅へ放り投げた。
 そして、僕と目を合わせてくる。

「もう、嘘つかないから。だから、絶対に死のうとなんてしないでくれ……」

12理性の棄却 ◆NKSqcgjO6c:2015/10/19(月) 23:09:40 ID:sLvdaBB.
 兄は泣いている。
 世界でただ一人の愛しい兄を泣かせるとは、なんて僕は罪な妹だ。
 この罪を背負い、兄と共に逝けたらどれだけ幸せだろうか。
 僕は用済みのカッターをしまうと、数歩兄さんへ歩み寄ると、その体を抱き寄せた。

「ありがとう、兄さん。もう、どこにもいかないでね……」

 兄さんが、僕のことを愛していないのは分かっている。
 そして、これからもそんな瞬間は訪れないことも。
 ならばせめて、兄の心だけは縛り付けておく。
 ──誰にも、渡してなるものか。

 ──ピンポーン。

 家のインターホンの音。
 そういえば、兄さんが捨てた携帯電話がさっきからずっとうるさかった。
 しかし、今は止まっている。
 性懲りもない女だ。
 あの電話の後からほとんど時間が経ってないということは、付近にいたに違いない。
 いけないストーカー、泥棒猫……。

「彩……? どこへ行くんだ?」

 兄さんの体から腕をとき、部屋の扉へ向かう僕を兄さんが呼び止める。

「どこって、インターホンが鳴ったんだから、玄関に決まってるよ」
「……いかないでくれ……!」
「大丈夫、安心して。すぐ戻ってくるから」

 振り返ることなく、僕はスカートの中を探りながら、玄関へ歩み出した。

13 ◆NKSqcgjO6c:2015/10/19(月) 23:10:43 ID:sLvdaBB.
終了です。失礼しました。

14雌豚のにおい@774人目:2015/10/20(火) 06:19:29 ID:8JHohY8E
>>13
GJ
素晴らしい
続きあるならぜひ読みたいです

15雌豚のにおい@774人目:2015/10/21(水) 00:28:38 ID:zbwL.CTI
GJって打つのも久しぶりです。
本当にありがとうございます。GJ

16雌豚のにおい@774人目:2015/10/21(水) 16:51:31 ID:8UP82nA2
>>13
GJGJ
妹も彼女も可愛い

17ZAQ ◆TS8yhAeDPk:2015/11/02(月) 21:22:27 ID:OkW7qkIw
テスト

18タイムマシン第3話 「邂逅」:2015/11/07(土) 17:49:03 ID:z749cnYY
「おはよう、優哉!」

「なんだよ、朝っぱらから」

チャイムの鳴った玄関を開けてみると、よく見知った女の子の姿があった。山口 佳奈だ。

「なんだとはなによ。昨日一緒にあのクエストやろうって約束してたのに眠いとか言って放棄したのはどこのどいつですかねぇ〜」

「うっ。だって本当にめちゃくちゃ眠かったんだから仕方ないだろ」

「仕方なくないわよっ。私があのクエストをどれだけ楽しみしてかわかってないでしょう。それを謝罪も無しに約束を破るなんて。腹が立ったから文句の1つでも言ってやろうと来たのよ」

そういえばドタキャンしてんのに謝罪の一言もないのは確かに人として最低だったな…。でもでも謝罪する余裕がないほど眠かったんだ。本当だよ?

「それは本当にすまなかった。今日こそは付き合うから許してくれ」

勢いだけ自慢できそうな感じで頭を下げた。

「いいのよ。今日こそは付き合ってくれるんだし、それより…」

気が付いたら佳奈の視線が俺に焦点があってなかった。

「ねぇ…優哉、それ何…」

「それ?」

なんのこと言われてるのかわからず辺りを見渡した。んー、なんか変なところあるかな?

「後ろ」

気がつかない俺にイライラしたのかやけに怒気の含んだ声だった。

お嬢さん、イライラしたらそのせっかくの美貌が台無しでっせ。

後ろ、と言われたので後ろを振り向くとそこには自称娘こと優佳がいた。

さっきまでの天真爛漫な笑顔は何処へやら。それ扱いされたことに傷ついたのか不快な顔を浮かべていた。

お嬢さん、そんな顔してるとせっかくの美貌が(ry

というかどうしよう。いきなり「タイムマシンでやってきた俺の未来の娘なんだ!」と言っても信じてくれないしな。若干俺も信じきれてないし…

「初めまして。私はタイムマシンで未来から現代にやってきた優哉さんの娘の優佳と言います」

極めて事務的な口調で優佳はそう答えた。さっきから目が死んでるのは気のせいですかね。

て、おい。タイムマシンとか未来とか娘とかなんの躊躇もなく言っちゃうのね。

パパはそれっぽい嘘の設定とかいろいろ考えてたのに…


「タイムマシン?未来?娘?優哉まさかそんなトチ狂った嘘信じてんの?」

「えぇとまぁなんかいろいろそれっぽい証拠とか持ってたし…」

「大体、タイムマシンに乗ってきたのならタイムマシンとかあるんでしょうね?」

「タイムマシンは乗るものではなく、転送装置ですけど」

「はっ。未来から来た証拠もないんじゃただの不審者よ。優哉今から警察に連絡して連れて行って貰いましょ」

「証拠ならいくらでもありますけど」

「ふーん。じゃあ証拠とやらを出してもらいましょうか」

そう言われると優佳は予め持ってきていたのか懐から前の晩みせた、証拠品の数々を佳奈に出した。

佳奈はそれを一通り確認すると半分納得半分疑いといったような表情を浮かべた。

「そう。とりあえず今は警察につきだすのはやめてあげるわ。優哉にも迷惑がかかるしね」

「信じてもらって嬉しいです」

まさに棒読みボイスで優佳はそう言った。

「それじゃあ優哉。早く着替えて学校に行きましょ。待っててあげるから」

「分かった。すぐ準備するからしばし待たれよ。ほら優佳リビングに戻った戻った」

すでに仲の悪そうな2人をなるべく早く引き離すために優佳を押しながらリビングに向かった。

19タイムマシン第3話 「邂逅」:2015/11/07(土) 17:52:42 ID:z749cnYY
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

バタン

目の前のドアが閉まり私は血が滲みそうなくらいにつよく拳を握り、自分の中の黒い感情を鎮める。

「フー、フー」

呼吸も深く吐き、先ほどまで感じていた例えようのないくらいの不快感を減らそうとする。

優哉が私じゃない女と話した。優哉が私じゃない女に触れた。優哉が…優哉が…

少し落ち着いてきた。彼が戻ってくるまでにはいつもの「山口 佳奈」に戻らないと。

こんな私は見せられない

優哉と最初に出会ったころは覚えてる。

幼稚園児ともなると大体、二分化される。それは外で遊ぶ子、中で遊ぶ子、だ。私はどちらかというと中で遊ぶ子であり、可愛げのない性格もしてたのでいつも1人だった。寂しくなかったと言えば嘘になるが、私という存在を認めないような子達に好かれるように媚び売るのも癪で意地で1人で遊んでいた。

毎日中で同じような遊びをしていると気がつくことがあった。それは自分と同じような子がいるということだ。

それが私が初めて「月島 優哉」を認識した時だった。

彼は普通じゃなかった。こう書くと何か欠陥のあるような子に見えるがそうじゃなく、才が秀でているという意味での方だ。

何の才能かというと、常識囚われない、という才能だった。いつも彼なりのルールを作り、彼オリジナルの遊びを作っていた。

まぁオリジナル遊びなら他の子供もやっていただろう。

しかし彼は違う。センスが良いのだ。まるで地球の反対側から覗いたような視点で物事を捉えたりするようなその考えは他の幼稚園児には合わなかったのだろう。だから彼はいつも1人だった。

だけどは私は違った。彼の突出したセンスに惚れたのだ。

「ねぇ、一緒に遊ぼ」

一般の子供なら1度は言ったことのあるセリフ。私は初めてこの言葉を口にした。

彼は目をまん丸にして驚いた表情を浮かべながらも、すぐに歓喜の顔に変化した。

それからーー

彼と遊ぶ日々は常に新鮮で今まで色あせていた私の世界に色をつけていった。

気がついたら彼無しの生活も考えられないほどだった。

彼とやることはなんでも楽しかった。だから彼の趣味が、私の趣味になるのも必然なっだ。

小学生の頃、やはり彼が周りからすれば浮いてたからか友達が少なかった。それは私にとっては都合の良いもので、随分と充実した日々だった。「夫婦」だなんて囃し立てられたときは喜びで顔を赤くしていた。

周りが変わり始めたのは中学からだった。各々に個性が出始め、彼も1つの個性として扱われるようになった。

すると彼の周りに人が関わり始めたのだ。

いつも通りに彼を遊びに誘うと

「ごめん、佳奈ちゃん。今日はこいつらと遊ぶからまた今度ね」

と断られた。初めてだった、彼に断られたのは。例え、遊ぶ相手が男友達でも今までに感じたことのない黒い感情が溢れた。

皮肉にも私の彼への想いに気付いたのは嫉妬という感情を知るのと同時だった。

それからというもの、自分を磨き、他者を排除することに日々労力を尽くした。

そう、他者を排除する。彼に近づく女は片っ端から排除してきた。本当は男も排除したいのだが、さすがに優哉のことを考えるとそこは我慢した。だけど女は許さないよ。

私以外の女と彼が隣に立つだけで全身から火を噴きそうになる。

さっきもそうだ。優佳と言ったかあの女は。ユルサナイ。我が物顔で彼の側にいることは絶対に許さない。

それに明らかに私のことを敵対していた。

あの感情は知っている。私が4年前から手を煩わせてる感情だ。

アレは優哉に惚れている。もしも、本当にもしもアレが娘だとしたら何て気持ち悪いのだろう。肉親に欲情するなんて生命として欠陥しているに違いない。

そんな欠陥品が彼という完成品の側にいるなんて図々しい。

あぁ…殺したい

「ダメよダメよ。こんなことを考えては」

落ち着け。再度、己の中にある黒いものを深い呼吸で吐き出す。

(こんな感情、彼の隣には相応しくないわ)

どうせなら楽しいことを考えないと。

(そうよ、約束破ったことを口実に週末デートに誘いましょ)

頭の中で予定を組み立て、気分が明るくになるにつれて、黒い感情は徐々に消えていった。

そして黒い感情が完全に消えるまで妄想を膨らませたところで目の前のドアノブが捻られた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

20タイムマシン第3話 「邂逅」:2015/11/07(土) 17:53:53 ID:z749cnYY
「悪い待たせたか?」

「ううん、大丈夫!」

先ほどの険悪な雰囲気はどこへやら。すっかりご機嫌になっていた。

「それじゃ、行こ?」

「そうだな」

他愛のない話をしながら最寄り駅まで歩き、電車に乗る。

「そうだ、ねぇ優哉」

「ん?」

「昨日約束破ったよね?」

「うっ、本当ごめん」

「ううん、謝罪はもういいの。だけどね、約束破ったならそれなりに償うべきだと思わない?」

目の前のお姫様は意地の悪い笑みを浮かべた。

女の子なんだからそんな悪い顔をしちゃうと魅力半減だぞ

「私めはなにをすればよいでしょうか女王様」

「ふふん、下僕の自覚がついてきたようね。そうねー。週末に買い物とかどうかしら?」

お、女王様と言ったらノリノリになったぞ

この子はSや!間違いない!

「それは荷物持ちということでよろしいですか?」

「荷物持ち兼サイフね」

訂正する!この子はSじゃない!ドSや!

「あのーお金、ないんですけど…」

「うるさい!約束破った罪を思い知るがいい〜」

「ご勘弁を〜女王様〜」

なんだこの茶番。

「そうね。じゃあ週末まで、つまり今週中ね。私に対して償いの精神を誠心誠意アピールすればサイフていうのはやめてあげるわよ」

ウィンクしながらそう言ってきた
よく見ると周りの野郎共の何人かは見惚れていた。

しかしな!周りが見惚れるような仕草だろうが俺には悪魔のような仕草にしか見えないぞ!

「うぅ、かしこまりました女王様」

これを機に佳奈のご機嫌をひたすら取る下僕ウィークを過ごしたのであった…

21タイムマシン第3話 「邂逅」:2015/11/07(土) 18:01:10 ID:z749cnYY
投下終了します。投下宣言せずに投下して申し訳ありません。お久しぶりですね。半年ぶりくらいですね。モチベーション折れかけてましたが頑張りました。逃げちゃダメだ逃げちゃダメだとシ○ジくんのように唱えながら書きました。そのせいで駄文になってしまった気もしますがご愛嬌。そういえば久しぶりすぎて覚えてらっしゃる方はいるんですかね?(白目)3話書きましたが、自分でもびっくりするくらい進行速度遅いですね笑。もう少し投稿速度も内容速度もあげられるよう頑張ります!投下2個目がsageずにすみません。携帯からの投下なので押し間違えてしまいました。では4話で会いましょう

22雌豚のにおい@774人目:2015/11/07(土) 20:34:43 ID:L/mqLKwo
お疲れ様です!
これからも、無理をしない程度に頑張って下さい!

23雌豚のにおい@774人目:2015/11/08(日) 12:33:44 ID:ioi5p4J6
GJだぜ!

24雌豚のにおい@774人目:2015/11/08(日) 22:41:56 ID:F1yqFazk
GJです!

25雌豚のにおい@774人目:2015/11/23(月) 03:50:55 ID:rh2NAKx.
いい夜だ

こんな日にはヤンデレにかぎるな!

おや?チャイムが…

26雌豚のにおい@774人目:2015/11/30(月) 15:41:10 ID:FYJw6zzU
一週間たったが>>25の姿はどこにも見当たらないままだった・・・・・・

27雌豚のにおい@774人目:2015/12/02(水) 23:23:55 ID:eTkuuJl.
>>25よ、今どこにいるんだ・・・

28雌豚のにおい@774人目:2015/12/04(金) 12:36:30 ID:uF3SjhOM
監禁されてるんなら本望だろうからほっといてやればいいと思うよ

29<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

30雌豚のにおい@774人目:2015/12/11(金) 05:40:00 ID:Fa6qVXI6
今年のクリスマスイブは世界でどれくらいの人がヤンデレにお持ち帰りされるかね

頭の回転が速く計算高いヤンデレとかメッチャ好きです。

31雌豚のにおい@774人目:2015/12/22(火) 04:13:59 ID:IPKPuwMY
続きが気になる長編がいくつかあるな
最後にあと何話になる予定かまでレスした人なんかもいるけど
やっぱり話が思い浮かばなくてそのまま飽きちゃったのかな

32雌豚のにおい@774人目:2015/12/22(火) 06:05:18 ID:722vkAGY
話しは浮かんでるし書く気もあるけど時間が取れない人もいる

33<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

34雌豚のにおい@774人目:2015/12/26(土) 15:54:14 ID:t1L/vDMk


35雌豚のにおい@774人目:2015/12/26(土) 15:57:31 ID:t1L/vDMk
昔、ヤンキーで荒れてたヒロインを主人公が助けた事がきっかけでヒロインは
更生してめちゃくちゃ美人になる。
でも、数年後に再開した時主人公は、気付かないしかも彼女がいてたから
元ヤンのヒロインがヤンデレになるって合ったらいいよね

36雌豚のにおい@774人目:2015/12/30(水) 19:35:42 ID:ubEm8846
ヤンデレ好きだけど流血は苦手
こんな自分におすすめ教えておくれ

37雌豚のにおい@774人目:2016/01/01(金) 00:55:24 ID:0o7IDdXE
フゴフゴ!(あけましておめでとうございます。)

38雌豚のにおい@774人目:2016/01/01(金) 23:17:49 ID:bOITufO6
遅くなったけど
あけおめ

39雌豚のにおい@774人目:2016/01/22(金) 10:42:08 ID:92faQaJU
小説家になろうでオススメある?

40雌豚のにおい@774人目:2016/01/25(月) 01:20:51 ID:Qr2nd5ig
>>39

ソンナコトハユルサナイ…

41雌豚のにおい@774人目:2016/01/25(月) 08:20:40 ID:0UkLBACo
怖い!

42雌豚のにおい@774人目:2016/01/27(水) 15:16:29 ID:WS.fe9Y6
>>39
あの廃材の山の中から好みの作品を見つけるなんて砂山から一粒砂金を見つけ出すようなもんだぞ

43雌豚のにおい@774人目:2016/01/31(日) 02:04:54 ID:64QNGtx2
なろうはちょっとね……

44雌豚のにおい@774人目:2016/02/05(金) 21:46:44 ID:38yb.MBI
なろうは鬱氏一強かな、個人的には

45雌豚のにおい@774人目:2016/02/11(木) 23:04:35 ID:B3FYIPtE
あの人は各所含めても別格
蛆虫の唄はあの人の作品の締めに持ってくるとかなりしっくりくる話だな

46 ◆tnbQecOl4c:2016/03/05(土) 18:24:18 ID:qGaJUm2A
投下

47 ◆V/SdJIgW3Q:2016/03/05(土) 18:25:09 ID:qGaJUm2A
トリップ間違えた

48触媒:2016/03/05(土) 18:26:43 ID:qGaJUm2A
 エーレン達の選択は結果としては正しかった。
 ウルフタウンに到着した時、討伐軍の本隊は既にそこを発っていたのだ。
 役所に行って尋ねてみると北東に向かって進軍しているとの返答があり、エーレンはウルフタウンで一泊だけすることにした。
 さすがに手持ちの食料が切れかかっていたのでその調達と、旅の疲れを癒す必要性を感じたのだ。
「こんな光景、一年前には誰も想像していなかっただろうな」
 ウルフタウンの街並みを見てエーレンは思う。
 ここまでくると今回の事態の影響が如実に表れてくると言うべきか、普段は人間、エルフ、ドワーフぐらいしか目にしないであろう通りにも、蛇人、オーガ、さらにはゴブリンに至るまで、多種多様な邪悪と混沌の勢力の姿が見て取れる。もちろん暴れているという訳でもなく、商店で品定めをしていたり、酒場で陽気に歌っている者までいた。
 住民にしても彼等を避けている様子もなく、戦争特需ともいうべき商売のチャンスを最大限利用しようとしているようだった。
 そんな商魂の逞しさにエーレンはあきれつつも感心した。どんな環境であれ、大多数の一般市民は順応していくものなのだろうと。

 ウルフタウンを発った後、エーレン達はひたすら北東への旅路を続ける。そして続けること五日目、ついに目的のものを見つけた。
 乾いた風が吹き、時折大きく曲がる道が延々と続くその道程の遥か先に長大な軍影をエーレンは確かに捉えた。それは地上だけではない。上空には数限りなく飛び回る翼ある者達の姿も見える。その中の一つは遠く離れたエーレンにもはっきりと分るほど金色に眩しく光り輝いていた。
「竜王デイトナだ。奴も来ていたのか」
「竜王!?」
 リアの呟きに、エーレンはそう返答する。伝説でしか聞いたことのない、地上最強の誉れも高い偉大なる生物の名を聞いて、エーレンは息を飲んだ。
 自分が向かっている先は、空前絶後と言う言葉が過剰表現ではない世界なのだ。それを自覚する。
「あの距離なら追いつくまでにあと一日ぐらいですかね」
「そんな所だろう」
 その言葉通り、エーレン達は翌日の正午前に討伐軍に合流する。
 間近で見ると、討伐軍の威容はさらに際立っていた。多種族の言語が刻まれた旗がそこかしこに立ち並び、これまたそれぞれの種族の意匠が施された武具をきらびやかに身に着けた戦士たちが、同族ずつ一団となっている。そしてそれが延々と、まるで海が広がっているかの如く連なっている。進軍による土煙の中で刀槍が鈍い光を放っていた。
 昼休憩となったのか、皆が落ち着き腰を下ろし始めている中をエーレンはかき分けて進み、やがて鉄の甲冑に身を包んだ一団を見つけた。リンドランドの正規兵である。
 自身の身分を告げ、討伐軍への参加を願う。
 すると、幾人かの取次ぎを経た後、一団の隊長らしき人物の前に案内された。
「そなたの名はエーレン・ミュンヒハウゼン、間違いないか?」
 その隊長の問いにエーレンは「はい」とだけ返答する。それを聞くと隊長はエーレンをまじまじと見つめた後、「しばし待たれよ」と告げると馬に乗っていずこかへ去っていった。
「エーレン」
 リアがそう言って背後から自分の左腕を掴んで来たのでエーレンは振り向く。フードに隠された表情はうかがえないが、不安がっているのは声音から分かった。
「大丈夫ですよ。また逮捕されるとか、そういう事にはならないはずです」
「でも」
 その時蹄の音が鳴り、隊長が戻ってくるのが見えた。余程急いでいたのか、騎上から声をかけてくる。
「ミュンヒハウゼン殿、まいられい。御大将がお会いなさる」

 エーレンが連れて来られたのは全軍の中で恐らく最も大きく、最も頑強に作られた幕舎の前だった。その入口には大柄な衛兵が左右に二人、仁王立ちして油断なく辺りを見回している。

49雌豚のにおい@774人目:2016/03/05(土) 18:27:58 ID:qGaJUm2A
 そしてその間に金髪を短く刈り上げた二十代半ばと思しき青年が立っていた。豪奢な白色の鎧を着こんでおり、かなり高い位にいる人物というのが一見して判断できる。
 朗らかに笑ってエーレン一行を迎えたその将校に、隊長が報告した。
「ミュンヒハウゼン殿をお連れしました」
「うむ」
 将校はエーレンに視線を向ける。
「卿がミュンヒハウゼンか。御大将がお待ちかねだ」
「あり難き幸せにございます」
 二人のやり取りを聞いて、リアは妙な違和感を感じた。子供がふざけ合っているのを見るような感覚に捕われたのだ。
「ところで、後ろの御仁は?」
「私の友人です。旅路ではいつも助けてくれました」
「ふむ。だが、面会を許されているのは卿だけだ。申し訳ないがその方にはここでお待ちいただきたい、よろしいかな?」
「断る」
 リアの返答を聞いて、エーレンと将校は共に困惑した。特に将校は相手が女性と気づいたので、より驚きは大きかったかもしれない。
「そうはいっても、入れるわけにはいかぬぞ」
「勝手にすればよかろう。だが、私はそなたらの部下でも家臣でもない。こちらも勝手にエーレンについていくだけの事だ」
 左右に立つ衛兵が剣の柄に手をかける。気付いた将校は視線でその行動を抑えると、「しばし待たれよ」と言って幕舎の中に入っていった。
「どうしたんです、リア」
「言ったはずだ、君が傷つくのはもう見たくない」
 中に入ったら危害が及ぶと思っているのだろうか、エーレンはそう考えた。リアをなだめる言葉を発しようとしたが、戻った将校がそれより先に二人に声をかけてくる。
「御大将がお許しくださった。二人とも中へ入られよ。ただし、武器はお預かりするし、フードも脱いでもらうぞ」
 その言葉に対しリアは数瞬考え込んでいたが、結局は大人しく従っていた。
 初めてリアの素顔を見た将校は、相手がダークエルフだったことに驚き、続いてその美しさに対して「ほう……」と感嘆の溜め息を漏らす。
 ややあって我に返ったように咳払いをすると「では付いて来られい」と二人に告げ、幕舎内に入っていった。
 エーレンとリアもその後に続く。
 幕舎の中は外からは見えないように計算された上で陽光を取り入れる工夫がされており、肉眼でもはっきり見渡せるほど明るい。その明かりに照らされて、柱や天幕に至るまで華美な装飾が施されているのが見て取れる。その見事さは、ここが軍隊の中であることを忘れさせるほどだ。
 中央部には長方形の大きな机が設置されており、それを囲むように白色の鎧を着こんだ一団が座っている。その中の一人、最上位の席に着座していた人物は、エーレン達が入ってくるのを見るや否や立ち上がり、声をかけてきた。
「ミュンヒハウゼン!」
「お久しぶりです、エーデルワイス殿下……えっ?」
 返事を聞く間ももどかしいと言わんばかりに、その人物はエーレンに向かって駆け寄ると、その体を全身で抱きすくめた。エーレンは戦場でも消しようのない、若い女性特有のかぐわしい香りに身体がつつまれるのを感じ、一瞬酩酊しそうになる。
 そんな二人の様子を周囲は呆気に取られて見つめていたが、エーレン達を案内した将校が一番先に我を取り戻した。
「殿下、再会を喜ぶ気持ちは分かりますが、その辺りでミュンヒハウゼンをお離し下さい」
「やだ」
「は!?」
「何年ぶりだと思っているのだ。このままずっとこうしていたい」
 将校は天を仰ぐと今度はエーレンに声をかけた。
「ミュンヒハウゼン、おまえから言ってくれ。卿の事になると殿下は幼児になってしまう。全く、昔と全然変わっていない」
「殿下、バーネット先輩の言う通りです。またいつでも会えるようになったんですから今は離してください」
 エーレンの言葉を聞いて、相手の女性――エーデルワイスは、それでも不満そうにしぶしぶとエーレンから離れた。
 その姿をエーレンは眺める。
 肩の下まで伸ばしている巻き毛は金色に輝き、蒼氷色の瞳と共に白磁のような肌に映えて、極めて美しい。その美貌は、五年前と変わっていないか、むしろ磨きがかかっているように感じた。身長はエーレンとほぼ同じで、女性としては稀に見る高さと言える。
 そしてエーデルワイスが非凡なのは外見だけではない。彼女はリンドランドの皇女にして大将軍であり、今回の討伐軍の総大将を努める才気の持ち主なのだ。

「改めて、来てくれて嬉しく思う。私の手紙は問題なく届いたようだな」
「はい」
「話したいこと、聞きたいことは山ほどあるのだ。この五年の間にあったこと、卿の身に起こった事……」
「殿下の活躍は風の噂でお聞きしていました」
「世辞でも卿から言われると嬉しいな」

50雌豚のにおい@774人目:2016/03/05(土) 18:28:25 ID:qGaJUm2A
 そう言って朗らかに笑ったエーデルワイスだが、エーレンの後ろから自身を射抜く視線に気づくと、笑顔を消して問いかけた。
「ところでミュンヒハウゼン、卿の後ろにいる女性はどなたかな? 随分と殺気のこもった眼光で私を見ている。名も知らぬ相手に殺されるのはたまらぬぞ」
 エーレンは言われて振り返り、絶句した。リアの双眸は燃えているかの如く揺らめき、瞬きもせずエーデルワイスを一点に捉えていた。
「どうしたんです、リア」
 リアは返答しなかったが、逆にエーデルワイスが口を開いた。
「……ほう? リア殿と申されるのか。宜しければフルネームを教えていただきたい」
「断る」
「ふむ。では私から言おうか。リア・カムチャッカリリーだろう。違うかな?」
「……その通りだ」
 そうリアが返答すると、幕舎の中にざわめきが広がる。エーデルワイスは皮肉っぽく笑い、エーレンに言葉をかけた。
「ミュンヒハウゼン、随分な大人物と旅をしていたのだな」
「カムチャッカリリー……」
「そうだ。卿も知っているだろう。ダークエルフの帝都、アン・デア・ルールを守護し、彼等の武力を司る名門貴族だ。数年前、前当主が亡くなって、およそ千年ぶりに代替わりしたのだが、後任を請け負ったのは当主としては史上最年少の女傑だと聞く。その名がリア・カムチャッカリリーだ」
「え?」
 驚いてリアに向き直るエーレンの前で、リア本人は表情を完全に消したままエーデルワイスに正対していた。
「今回、ダークエルフ勢からは討伐軍への参加はないものと思っていたが。わざわざ新当主御自ら出馬されたとは」
「神の御意思だ。無視するわけにはいかぬ。とは言え、アン・デア・ルールには諍いが絶えぬ。軍を動かすとなると隙に乗じて反乱をたくらむ貴族がいるやもしれぬ。だから私一人で来ることになったのだ。帝都の守備は先代から仕えてくれている重臣達に任せておけば安心なのでな」
「なるほどな。カムチャッカリリーの当主ともなれば、その戦力は兵一万に相当しよう。食費も一人前ですむし、こちらとしてはあり難い話だ」 
 ここで、先の青年将校――バーネットが二人の会話に割って入った。
「殿下、お話の途中ですが間もなく出発のお時間です」
「うん? もうそんな時間か。楽しい時は過ぎるのが早いな。ミュンヒハウゼンの処遇についてはどうなっている?」
「当面は他の志願兵達と同様、義勇軍の部隊に入ってもらうことになっております」
「よかろう。ミュンヒハウゼン、すまぬな。できれば直ぐにでも私の傍で仕えてもらいたいのだが」
「いえ、私は国外追放となった身。受け入れてくださっただけで感謝の念に堪えません」
 エーレンの言葉を聞いてエーデルワイスは微笑したが、表情を改めるとリアの方を向く。
「リア殿、貴女については……」
「私はエーレンと共に居る」
「……そうはいっても、ミュンヒハウゼンが所属するのはリンドランドの市民達からなる部隊だ。そこで貴女を受け入れるわけにはいかない」
「かまうものか」
 言葉の端々から火花がほとばしるような二人の会話を聞いて、周囲の者達の内何人かは冷や汗を流した。エーレンもその一人なのだが、それでも仲裁に乗り出す。
「殿下、リアにリンドランド軍の事を色々案内したいと思います。しばらくは僕と一緒にいさせてくださいませんか」
 それを聞いたエーデルワイスの双眼に雷火が走ったのをエーレンは見る。しまった、と思ったがもう取り消す訳にもいかぬ。
 だが、エーデルワイスは瞼を閉じると異様なまでに低い声音を発した。
「卿がそう言うならよかろう。だが、今しばらくの間だけだぞ」
「御意」
 頭を垂れてエーレンは返答する。すると、リアがその右腕に抱き付いてきた。
「行こう、エーレン」
 そのまま引っ張るようにエーレンを連れて出口に向かう。
「ちょ、リア! 殿下、ご無礼はお許しください! 失礼いたします!」
 二人が出ていくと、後には重い静寂が訪れた。エーデルワイスが激怒しているのが誰の目にも明らかだったからだ。その憤激が収まらぬ状態で、エーデルワイスは沈黙を破った。
「バーネット」
「はっ」
「やはりあの時、国外追放処分だけは阻止すべきだった。地下牢に幽閉しておくべきだった。そうすれば厄介な虫がつくこともなかったものを」

 エーデルワイスの恐ろしい台詞をエーレンは当然、聞くこともなかった。彼にとって当面の問題は、こちらも激怒しているらしいダークエルフの少女をなだめることである。
「リア、ちょっと止まって。落ち着いて僕と話そう」
「話す? 何をだ? そんなこと言ってあの女の所に戻るつもりなんだろう」
「違いますよ」

51触媒:2016/03/05(土) 18:28:47 ID:qGaJUm2A
 そう言うと、エーレンはリアの両肩を掴んで自分に向き直らせた。
「なんで黙ってたんですか?」
「え?」
「貴女が、カムチャッカリリーの当主だってことを、です」
「それは、その……」
 リアは一瞬で熱が冷めたのか、両手の人差し指を突き合わせて俯いてしまった。
 行軍している他の兵士達が時々二人を興味深そうに眺めている。数十秒の後、リアは美しい唇を開いた。
「最初は、君を警戒していたからだ」
「まあそうですよね」
 どこの誰とも知れない人間をそう簡単に信じれるものではないだろう、それは理解できる。ただ、旅を続ける中で、リアとの間には少なからず友諠が芽生えていたと思っていたのだが。
 その考えを見透かしたようにリアは言葉を続けた。
「でもすぐに君は信用に足る相手だと気づいた」
「それなら、なぜ?」
「嫌われると思った」
「え?」
 顔を上げ、リアはエーレンの青い両眼を真摯に見つめてくる。
「私の一族は同胞からは畏怖されている。殆ど恐怖の対象と言っていい。他の邪悪と混沌の勢力からはそれ以上に恐れられている。もっと言えば、君たち善の勢力からどう思われているか、言うまでもなかろう」
 それはその通り、とエーレンは思った。
 リアの正体を知った時、おそらく歴戦の将軍揃いのあの幕舎の中にさえ戦慄が走っていたのだ。
 だがそれは口に出さずにエーレンはリアに告げる。
「大丈夫です。僕がリアを嫌いになる事なんてありませんから」
 それを聞いたリアは、ビロードのような黒い肌を限界まで赤く染めて、硬直してしまった。「あ、あ、あ……」と、声にならない声を発する。
 そしてエーレンはと言えば、発言の気恥ずかしさに今更ながら気づいたのか、これも顔面を紅潮させて、自身の黒髪をかき回していた。

「それで、あの女とエーレンはどういった関係なんだ」
 不器用な二人がぎこちなくも沈黙を解除した後、今度はリアが問いかけてきた。
「殿下ですか?」
「そうだ、あの女だ」
「以前話した、僕を支援してくださった皇族の方です。皇女様ですよ」
「なんであんなにエーレンに馴れ馴れしいのだ、あいつは」
 また不機嫌がぶり返して来たらしい。エーレンはそれと察すると説明を始めた。
「僕と殿下は士官学校の学友だったんです。何故か僕の事を気に入っていただいて、学生時代はほとんどずっと、一緒にいました」
「皇女ともあろうものがわざわざ士官学校に通っていたのか」
「元々男勝りな方でしたし。それに、陛下に溺愛されていて自由奔放にふるまえる身分の方でした。帝位は二人の兄君の内どちらかが継ぐでしょうし、そう言った面では気楽ともいえる立場だったのかもしれません」
「ふん」
 リアは顔を背ける仕草をして不信感を露わにして見せていたが、ふと気づいたように言葉を発した。
「そう言えばあいつもなんなのだ、あのバーネットとかいう男」
「ああ、彼ですか」
 エーレン苦笑して見せた。
「彼は士官学校時代、一学年上の先輩だったんです。で、僕は学生寮で同部屋だったもので、色々とお世話になりました」
「それにしては妙だぞ。今日会った時、まるで初対面のような挨拶だったではないか」
「はい。ああいう冗談と言うか、芝居がかった事をされる方なんですよ」
「わざわざそれに付き合う必要もなかろうに」
 リアは呆れたようにそう呟く。
「なんにしても皆僕の大事な友人です。リアにも仲良くしてほしいんですが」
「……善処しよう」
 嫌々ながら、という表現のままに吐き出されたリアの言葉を聞いて、エーレンはやっと案著した。
 それにしても、自分を取り合って二人の美女が対立するというのは、両手に花というべきか、男冥利に尽きると思えばいいのだろうか。
「と言っても、種族と身分が違いすぎるし、まあ僕はペットみたいなものなんだろうか」
 エーレンは心中でそう呟いた。
 その考えが誤りだったことを、後にエーレンは思い知らされることになる。

52触媒:2016/03/05(土) 18:29:33 ID:qGaJUm2A
終り
固有名詞色々と変更あるので
保管庫修正しときますわ

53雌豚のにおい@774人目:2016/03/05(土) 18:45:50 ID:KHg84cdo


54雌豚のにおい@774人目:2016/03/05(土) 23:30:40 ID:Lxh5ueys
GJ

55雌豚のにおい@774人目:2016/03/13(日) 02:50:39 ID:wB/6uZU2
触媒面白いッスGJ
ヤンデレ物で舞台が異世界ってありそうでなかなか無かったからとてもわくわくする。

56雌豚のにおい@774人目:2016/03/13(日) 22:35:43 ID:MPuE/yCM
GJ!

57 ◆V/SdJIgW3Q:2016/03/14(月) 14:57:40 ID:FoUYjj6Q
GJやら感想やらありがとです
てことで投下

58触媒:2016/03/14(月) 14:58:52 ID:FoUYjj6Q
 軍中を駆け抜ける乾いた風は、時に鎧に覆われていない剥き出しの肌に冷たく当たる。季節は初冬となりつつあった。
 討伐軍はひたすら北東へと進み続ける。
 朝日と共に出発し、日没を眺めながら宿営する。そんな代わり映えのしない日々を過ごす事三日目、夕刻近くになってエーレンは伝令から封書を受け取る。差出人は「万騎将軍バーネット」となっていた。

 バーネットの幕舎はエーデルワイスのそれと比較して、大きさでは劣るが装飾の豪華さと言う点ではむしろ勝っているかもしれない。松明の明かりに照らされて、所々に埋め込まれている宝石類が眩く輝いている。昔気質の軍人が見ればまず間違いなく眉を顰めるであろうが、幕舎の主はそんなことは意に介さないであろう。
 エーレンはそんな感想を抱くと、正面に立っている衛兵に自身の到着を告げてほしいと依頼した。
 衛兵が中に入ると、ほどなくして奥に招き入れるバーネット自身の声が聞こえてきた。エーレンはそれに従う。
 バーネットは幕舎の最奥で絹服の軽装に身を包み、二人用のテーブルを前にして着座していた。机上には大きな三本の蝋燭が灯された燭台と二個のワイングラスが置かれている。
 エーレンに座るように促すと、バーネットは人払いをして衛兵を下がらせる。
「閣下、本日はいかなるお話でしょうか」
 エーレンが問いかけると、バーネットは、慣れた手つきで手元にあったワインの栓を抜いて返答する。
「なに、この前は時間もなかったし、ろくに話もできなかったしな。改めて場を設けてみただけの事だ。……ところでおまえの美しい同行者はどこにいる?」
「リアなら僕達の兵舎にいますよ。一緒に来るって言ってたんですけど、待つように説得してきました」
 聞くとバーネットはわざとらしく長嘆息して見せた。
「美術品であれ、花々であれ、美しいものは誰もが鑑賞できる共有の財産であるべきだ。それを独り占めするとは、人類の敵かお前は」
 エーレンは秀麗な顔に少年のような笑みを浮かべた。
「一人で来いって手紙をよこしたのは閣下じゃないですか!」
「その『閣下』ってのは二人だけの時は止めろ。背筋に悪寒が走る」
「分かりました、先輩」
 エーレンは思った。全く、士官学校時代から変わらず、いつまでたってもこの人には勝てそうもない、と。
 バーネットは自身とエーレン双方のグラスにワインを注ぎ終ると、乾杯をするように促す。エーレンもそれに応えた。
 それからしばらくはお互い、この五年間に自身の身に起きたことを酒の肴にしつつ杯を重ねていく。

 バーネットは元々士官学校の入学試験に抜群の成績で合格(その記録は翌年エーデルワイスに抜かれたが)し、当時「建学以来の天才」と騒がれた程の才能の持ち主である。……もっとも、入学してから一か月と経たないうちに「建学以来の大問題児」の異名を轟かせることになるのだが。
 しかし素行不良を極めながら成績はトップを走り続け、そのまま首席で卒業してしまった。
 その後一年間は本人曰く「思い出したくもないほどの臥薪嘗胆の日々」を過ごすのだが、翌年になって飛躍の時が訪れる。エーデルワイスが士官学校を卒業し、彼女を溺愛する皇帝によって卒業と同時に万騎将軍の地位を与えられることになったのだ。
 ちなみに当時、宮廷での反応は「陛下の依怙贔屓(えこひいき)も度が過ぎる。お飯事(ままごと)に騎兵一万を与えるとは」というのが大多数であった。
 だが、エーデルワイスは即座にバーネットを自身の幕僚に迎え入れると、三か月も経たないうちに初陣に出て敵軍を文字通り木っ端微塵に粉砕し、そういった外野の声を一掃してみせた。
 それ以降も連戦連勝、毎年のように出兵すると破竹の勢いで勝ち進み、その軍中にあってバーネットは常に一、二位を争う功績を上げ続けた。エーデルワイスの引き立てもあり、今や二十四歳にして万騎将軍の地位にあるのだが、これはエーデルワイスを別格とすれば史上最年少の若さである。
 その驍勇と武略は隣国に鳴り響き、畏敬の対象となっている……のだが、エーレンには昔と変わらぬ洒落好きで陽気な先輩に見えた。それが彼の本質なのか、わざとそうすることを気取っているのかまでは分からなかったが。

「話は変わるがミュンヒハウゼン、実は卿に頼みがある」
 小一時間ほど歓談を続けたときだろうか、バーネットがそう切り出した。
「なんでしょうか」
「その前に伝えなければいけない事もあるのだが、良いか?」
 遠慮がちなのは先輩としては珍しいな、と思いながらエーレンは首肯する。
「明日辞令が出ることになっているが、卿は殿下の親衛隊に配属となる。親衛隊隊員兼従卒だ」
「は?」
「簡単に言うと、殿下の忍耐心が三日ともたなかったという事だ」

59触媒:2016/03/14(月) 14:59:52 ID:FoUYjj6Q
 精悍な顔を苦笑に歪め、バーネットは言葉を続ける。
「まあ、正直に言うと、この人事には俺は反対した」
「でしょうね」
 まだ何の功績も上げていない元罪人を栄転させるなど、公私混同も甚だしいと非難の的になるだろう。そんな自身の考えをエーレンが述べると、バーネットは頭を振って見せた。
「それもあるが、それ以外の理由の方が大きい。ミュンヒハウゼン、卿は今、殿下の事をどう思っている?」
「士官学校時代にも何度か似たような質問をされましたね」
「ああ」
「当時と変わりませんよ。畏れ多い言い方をさせていただければ、とても大事な友人です」
 バーネットだけではない、他の先輩や同級生、下級生にまで聞かれた事だ。「恋人なんだろう?」と。
 エーレン自身、エーデルワイスに惹かれていなかったと言ったら嘘になる。恋人になれたら、と、何度となく悩んだこともあった。
 だがエーデルワイスは皇女なのだ。身分も立場もエーレンの遥か彼方にあると言っていい。そして皇族の女性による所謂(いわゆる)身分違いの恋、というものには悲劇がつきまとっていた。
 他の上級貴族の子弟との結婚が決まってしまい、付き合っていた男性が辺境に左遷されてしまった、というのはまだ良い方である。下級貴族との交際が噂になり、当人達もそれを否定しないばかりか離別を拒否した為、男の方は濡れ衣を着せられた挙句家族もろとも死罪となり、女性は意に添わぬ結婚を押し付けられた挙句発狂、終生屋敷の一室に閉じ込められたという例もある。
 それらはリンドランドの表に出てこない影の歴史であるが、人々の記憶には残り、語り継がれているものなのだ。
 自分だけでなくエーデルワイスまで危険に晒す恋など、躊躇(ためら)わざるを得なかった。そしてこの考えは過去、バーネットにも直接話したことがある。
「そうだな、そして卿の考えを察していたからこそ、士官学校時代は殿下も敢えて男女の仲にまでは踏み込まなかった。あれだけ四六時中一緒にいたというのに。だがな、状況が変わった」
「え?」
「今現在、殿下の武勲は全軍にあって比肩する者さえいない。もはや自身への如何なる反対意見も叩き潰せる力をお持ちだ。意味が分かるか? もはや卿に対しても遠慮はしないだろうという事だ」
 エーレンは青い目をやや丸くして見せる。心臓が高鳴るのを感じた。永く諦めていたものが唐突に手に入るかもしれない、そう聞かされたのだから止むを得ない所である。
「それで殿下と卿が結ばれて幸せになり、万事めでたしめでたし、ならいいのだが」
 言葉に不穏なものを感じ、エーレンは落ち着きを取り戻した。居住まいを正し、話の先を促す。
「そうはいかない何かがあるのですか?」
「……宮廷が魑魅魍魎(ちみもうりょう)の巣窟なのは良く知っているだろう。殿下の事を快く思わない輩も一人や二人ではない、いつ何時でも失脚させてやろうと手ぐすね引いて機会を待っている。今迄は殿下も隙を見せることはなかったのだが」
「つまり、僕がその隙になる可能性がある、と」
「そうだ。卿は殿下のアキレス腱と言っていい。卿の事になると殿下は夢中になってしまって、他の事など二の次になってしまう。そして、卿自身も否でも応でも宮廷での争いに巻き込まれることになる」
 宮廷闘争、かつてその余波を受けただけでエーレンは国外追放となっている。
 今度はその権謀術策渦巻く嵐の真っ只中に飛び込むことになる、そうバーネットは言っているのだ。上司と後輩の身を案じている彼の心情をエーレンは痛いほど理解した。
「だから今回の人事には反対したのだ。卿を俺の幕僚にする、という妥協案も提案してみたのだが即却下された」
「すみません」
「卿が謝る事でもなかろう」
 二人の空いたグラスにバーネットがワインを注ぐ音が響く。
「まあ決まってしまったのだから仕方あるまい。ミュンヒハウゼン、覚悟は決めておけよ。それでもう一つ、卿への頼みについてだが」
「はい」
「カムチャッカリリー殿の事だ。彼女にも明日、邪悪と混沌の勢力の魔術師達からなる魔法兵団への転属が通達される。そこでだ、今夜中に彼女を説得してくれ」
「説得、ですか」
「卿についていくと言い出すに決まっているだろう、それを諦めさせてほしい」
 難題である。エーレンは率直にそんな感想を抱いたが、自分がやらなければならないというのも理解していた。
「分かりました。お任せください」
「頼むぞ。万が一、卿の説得が失敗したその時は、俺の軍が彼女を討たねばならん」
「リアを討つ!? しかも先輩がですか!?」

60触媒:2016/03/14(月) 15:00:32 ID:FoUYjj6Q
「彼女の軍令違反をこれ以上見逃せぬ。美人を手にかけるなど性に合わないこと甚だしいし、御免こうむりたいのだがな。不幸なことに一人対一万騎だとしても殿下を除いて俺以外の将が相手にしたら手を焼くこと必定だ」
 エーレンは酢を飲んだような表情をしてみせると、彼に手は珍しい、苦渋に満ちた声を出す。
「分かりました、必ず説得してみせます。ただ先輩、一つこちらからも聞いて宜しいですか?」
「構わん。なんだ?」
「リアを説得しろというのは、殿下の御意思ですか?」
「いや、俺の独断だ」
 それを聞くとエーレンは深々と一礼した。
「ご配慮、痛み入ります」
「気にするな。……もう遅くなったようだな。今日は楽しかった、また飲もう」
「はい。ありがとうございました」

 立ち上ったエーレンが出ていくのを見送ると、バーネットは自身のグラスに残ったワインを眺め、呟いた。
「気付いているのか?」
 バーネットが感じたことだが、おそらくエーデルワイスは今回の人事について、リアが拒否することを望んでいる。そうなれば大義名分を得て、堂々と抹殺することができるからだ。
 それによって本格的な戦いも始まっていない今、討伐軍の連合に亀裂が入る結果になるやもしれぬが、それも構わないという心境なのだろう。
 ただエーデルワイスが考えてもいない事だろうが、そうなればエーレンの心がエーデルワイスから離れるかもしれない。あの心優しき後輩は、半ば自分のせいで友人が討たれたことを嘆き、エーデルワイスから少なくとも距離を置くようになるだろう。
「そうなったら面倒だ。後輩達の恋路を助けてやるのも先達者としての務めだろうさ」
 バーネットはそう言って最後に残ったワインを煽ると、休息をとるため寝室に向かった。

 ――――――

 バーネットの幕舎を出て、一分と歩かない内にエーレンの視界は暗闇の中に見知った影を捕えた。周囲の闇よりもなお濃い漆黒の僧服を纏い、そこに施された銀糸の刺繍が禍々しくも美しい輝きを発している。
「リア」
 エーレンが呼びかけるのと、リアが駆け寄るのはほぼ同時であったろうか。エーレンの胸の中に飛び込んで来たダークエルフの少女は、背に手を回ししがみ付くと、そのままの姿勢でただじっとしていた。
「待ってるように言ったじゃないですか」
「でも……」
 エーレンはフードの上からリアの頭を撫でると、限りなく優しい声を出した。
「でもちょうど良かったかもしれません。話があるんです」
「話? なんだ?」
 顔を上げたリアに微笑むと、エーレンは人影の少ない場所を探し、移動する。大軍のただ中では中々見つからないと思われたが、運良く兵舎の設置されていない、小高い丘のような場所を見つけた。
 その上に昇って、リアに向かい合うと、エーレンは先にバーネットから聞かされた話を伝える。リアの反応は予想通りで、激怒するとエーレンからは離れない、と声高に宣言した。
「リア、同じ軍隊にいるんだし、今生の別れって訳でもないんですから」
「嫌だ嫌だ嫌だ。私を置いてあの女の所に行くんだろう?」
「でも、通達を拒否するとリアが処罰されるんですよ」
「構うものか。やれるものならやってみろ」
「リア」
 エーレンは片膝をつくと、目線をリアよりも下の位置にしてリアのフードを外した。
「リア、覚えてるかな? 君と初めて会った時、僕は君が誰だか知らなかったけど、あのエルフ達を止めに入った。君がダークエルフだと知った後でも、それは変わらなかった。もう善と悪の戦いなんて無駄だと思ってたからだ」
「エーレン?」
 リアはエーレンが何か重要な事を自身に告げていると感じ、神妙な顔つきになって次の言葉を待つ。
「僕は派閥争いに巻き込まれて国外追放となって、心底宮廷や貴族ってものが嫌になった。なんて醜い人達なんだろう、とね」
「……」
「だけどその後で古代妖魔が復活し、善と悪の神様達が戦いを止めたのを見て、馬鹿馬鹿しくなったんだ」
「馬鹿馬鹿しい?」
「そう。歴史上、延々と戦いが繰り返されていたのに。大勢の血が流れて、未来永劫続くと思っていたのに。それがが一つのきっかけで止まってしまうなんて、今迄犠牲になった人たちは何だったんだろうなってね」
 全ての神々への批判。
 その禁忌を犯そうとしている。エーレンの覚悟を目の当たりにしてリアは言葉を失った。
「そんな無駄死には僕は御免だし、僕の大事な人達もそんな事で死んでほしくない。それ以外の善悪の様々な種族の人達だってそうだ。だからあの時、君を助けに入ったし……今も君と殿下達には戦ってほしくない。神様達だって戦いを止められるんだ、僕らの争いの理由なんてもっとちっぽけなもんだよ」

61触媒:2016/03/14(月) 15:01:10 ID:FoUYjj6Q
 これはリアを説得するための方便ではない。エーレンの本心であり、この心情を吐露する相手はリアが初めてであった。
 リアは俯くと暫く沈黙を保っていたが、やがて決意を固めたように顔を上げ、その美しい緑の瞳でエーレンの視線を射抜く。
「分かった。通達に従う。でもそれとは別に、君に一つ提案をさせてほしい」
「なんですか?」
「この戦いが終わったらアン・デア・ルールに来ないか?」
「え?」
 ダークエルフの帝都、その名称を聞かされてエーレンは一瞬虚を突かれた。リアの嬉々とした声がそんなエーレンの耳に届く。
「私の一族にも会ってほしいし、私の故郷も見てほしい。美しい街だぞ、アン・デア・ルールは。エーレンは邪悪と混沌の勢力と敵対するつもりがないんだから、何も問題はない」
 予想外の展開に、エーレンはしばし沈思する。
 だが、結局考えがまとまらなかったので、ふと思った事を尋ねてみた。
「……そうなると、僕は初めてアン・デア・ルールを訪れる人間になるのかな」
「いや? 人間ならいるぞ?」
「いるんですか!?」
「奴隷としてな」
 あっさりと告げられ、エーレンは絶句した。
「勿論、君は私の客人だから丁重に扱うとも。最上級の賓客としてお迎えする」
 リアは両掌を合わせて、そう告げる。
 そんな様子を見ているうちに、エーレンは自身の目的と目指しているものを思い出した。目を閉じると静かに声を出す。
「……ごめん、リア。君の気持ちは嬉しいけど、それはできない」
「なぜだ?」
「以前話した、僕がリンドランドに戻るもう一つの理由です」
 そう話すエーレンの眼前で、リアの顔は既に泣き顔に変わっていた。
「善と悪が和解しているこの時を、少しでも長く続ける、できれば恒久的なものにしたい。それが僕の今の夢なんですが、それを成し遂げるにはリンドランドに帰る必要があると思うんです」
「なぜ? アン・デア・ルールではだめなのか?」
「はい。討伐軍自体がリンドランド中心ですし。この戦いが終われば、神様達の意思に関わらず、また善悪の対立を煽る動きは出てくると思います。ただそこでリンドランドが中心となってまとまる事ができていれば、そういった動きも掣肘できるかもしれません。……まあ、本当に夢物語ですけどね」
 平和のための戦い。その大いなる矛盾に満ちた言葉をエーレンは思い出し、心中で苦笑する。今現在も戦いに赴こうとしている訳だし、結局自分のやっていることは矛盾だらけなのかもしれない。
 それに、一介の騎士に過ぎない自分にどれほどの事が出来るとも思えないが。
「でもまあ、実現しなくてもいいんです。善と悪が手を取り合った瞬間があった、それをできるだけ多くの人に伝えたいんです。それが種となって育ってくれれば、いつか本当に平和な時代が来るかもしれない。僕が生きている間には無理かもしれないですけど」
「え?」
 エーレンはリアと目線を合わせると、その両肩に手を置いた。
「いつか、僕の子孫が正々堂々とアン・デア・ルールを訪れて君と会う。そんな未来が来ると良いなって僕は思います」
 リアとの間の友諠が活かされる未来、それが実現されれば二人の旅路も無駄ではなかった事になる。そう思ってエーレンはリアに語り掛けたのだ。
 だがその言葉に対するリアの反応は、エーレンの予想外のものだった。リアは目を見開き、口を半開きにして愕然とした表情を見せる。さらに両手で頭を覆うその様は「絶望」という言葉の生きた見本と言ってもいい。
「……嫌だ」
 絞り出されたようなリアのその声音も、言葉の意味も、エーレンを困惑させる。
「リア?」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 君が私より先に死ぬなんて、この世からいなくなるなんて、絶対に嫌だ!」
 リアは両目から涙を滂沱のように流すと、そのまま赤子のようにエーレンにしがみつき、崩れ落ちてしまった。
 二人は種族の異なる男女である事。それも千年を越える長命のダークエルフと、百年にも満たない人間。
 エーレンはいつか必ず自分の前から消えてしまうという事。
 今迄目を背け続けていたその事実を、愛する相手に告げられて、リアの心は崩壊していた。

 翌日、正式にエーレンの親衛隊への転属とリアの魔法兵団への転属が使者によって告げられる。
 両者共に異を唱えることはなかったが、リアは転属に際し一つだけ条件を付けていた。

62雌豚のにおい@774人目:2016/03/14(月) 15:03:15 ID:FoUYjj6Q
終り
予定通りなら後四話で終わります

63雌豚のにおい@774人目:2016/03/14(月) 15:27:31 ID:FoUYjj6Q
誤字脱字ひどすぎワロタw
今回も修正しときますので
保管庫の方で読んでもらった方がいいかも

64雌豚のにおい@774人目:2016/03/14(月) 21:57:56 ID:9Bn5RUd.
GJ!

65雌豚のにおい@774人目:2016/03/15(火) 00:42:41 ID:wlrPl2k.
GJ
ファンタジー世界のヤンデレは良いね

66雌豚のにおい@774人目:2016/03/17(木) 04:11:04 ID:RO8hTntM
そういえばこっちが考えたネタを提供するからそれを元に書いてくれみたいなのはアリ?

67雌豚のにおい@774人目:2016/03/17(木) 05:39:20 ID:uWlfT8c2
アリだけど書いてくれるかどうかは分からんぞ

68雌豚のにおい@774人目:2016/03/17(木) 13:41:32 ID:S5oWQrKw
>>67
そうか…
おk

69雌豚のにおい@774人目:2016/03/22(火) 01:56:15 ID:vZ5VqH4U
GJ!!
あと4話かー!
味わって読まねば。

70雌豚のにおい@774人目:2016/03/24(木) 00:32:56 ID:q.mPCXGQ
もっとヤンデレの需要増えないかなぁ。

71雌豚のにおい@774人目:2016/03/27(日) 00:17:59 ID:dCI3DMWA
需要はあるけど供給がないと思ってたが

72 ◆V/SdJIgW3Q:2016/03/30(水) 15:37:12 ID:xSx2Vl3Q
投下しますよ
今回もどうせ保管庫で修正する羽目になるだろうから(投げやり)
保管庫の方で読んだ方がいいかも

73触媒:2016/03/30(水) 15:38:27 ID:xSx2Vl3Q
 八か月前、古代妖魔が地上に現れたという報告を受けてから後、それに対するエーデルワイスの行動は極めて早かったと言ってよい。
 援軍を待つことなく当初はリンドランドの正規軍二十万のみで出撃する意向だった程である。そうしなければならない理由もあったのだが、それが変更されたのはこの怪物についての重要な情報を得られたからだった。

 ジ・ス。
 それが古代妖魔の名である。
 この一報が「奈落」と呼ばれている異界の支配者である七人の魔神の一人、蛙魔神ブランシュからエーデルワイスの元にもたらされたのはジ・スの復活からおよそ二か月後の事であった。ジ・スが封印されていた辺土界に最も近い場所である奈落の主は、それ以外にもいくつかの情報を伝えてきている。
 まず、ジ・スは「食欲」の権化で、常になにかしら食べ続けていなければならない習性をしている、という事である。と言っても不老不死の身であるので、食べなければ餓死する訳でもないのだが。
 しかしそれを知って、エーデルワイスには得心する所があった。
 ジ・スは都市国家ラドルストーンを陥落させた後、とにかくそこから一番近い村、そして街を次々と襲っているのである。つまりとにかく近くにある「食物」を狙って活動し続けていたのだ。
 次に、ジ・スの異常な繁殖能力についてである。斥候からの情報でエーデルワイスも予め知っていたのだが、わずか二ヶ月でジ・ス一族の総数は既に五千匹を越えていた。
 エーデルワイスは戦慄し、当時出撃体制にあったリンドランド軍のみで討伐することも考えたのだが、ブランシュの使いはそれを止めた。
 ジ・スの繁殖力は脅威だが、先に述べた通り食欲はそれ以上に膨大なので、一族が増える程食糧不足となり、為に共食いを始めてしまうのである。従って最大限に増えたとしても一万匹が限度である、それが使者の意見であった。
 また、例え相手が親兄弟とはいえ、食い殺されるのはジ・スの子供達と言っても嫌なので、逃げ出す集団もいるらしい。ただそう言った連中は、妙なことにジ・スから離れれば離れる程繁殖力・食欲ともに減退して行って、ついには破壊衝動の塊となり自壊するまで戦いを続ける存在になり果ててしまうのである。
 エーレンとリアが出会った街で、殺された人々が死体のまま放置されていたのもこれが原因であろう。逆にコク大橋で戦った一匹は、よりジ・スに近い場所にいた為まだ食欲を失ってなかったのだと言える。

 以上がブランシュからの情報である。エーデルワイスは使者に謝意を述べると、全種族の援軍を待ちつつ、自身が望む戦場に相手を引きずり出す為の作戦を開始した。
 ジ・スとその一族はこの頃から正式にジ・ス軍と呼ばれるようになっていたのだが、彼らに近い街や集落には当然ながら避難命令を出した。
 その一方で全軍の集合地点であるウルフタウンとジ・ス軍の間に導線を引き、そこに位置する街には、避難命令を出すのを遅らせたのである。
 民衆を餌にして敵を誘導しようという訳で、標的にされた民衆にしてみればたまったものではないだろうが、エーデルワイスも犠牲を出すつもりはなく、襲撃から逃れられる直前のタイミングで順次退避させている。作戦の意図もパニックを避ける為に秘匿していた。
 その誘導にジ・ス軍は乗った。途中、野生生物の集団や、盗賊の住処等リンドランド軍でも把握しきれていなかった集落を襲いながらも、確実にウルフタウンに接近してくる。
「戦というより狩りのようなものだ」
 相手の単純さに拍子抜けし、皮肉交じりに自身の作戦をそう評したエーデルワイスだったが、この時点で勝利をほぼ確信していた。
 そして決戦場をウルフタウンの東北、サラトガ平原に定めると、集結した全軍に出撃を命じたのだった。その数、およそ百万。

 ――――――

 与えられた書類にもう一度目を通し、エーレンは軽く腕を上げて体をほぐす動作をした。
 エーデルワイスの侍従を務めるにあたり、最低限知っておかなければならない事。それを学ぶだけでも一日ではとても足りそうにない。
 兵舎から外を眺めると、遠く東の丘の頂に姿を現した日輪が見える。
「ほう、早朝から勉学に励んでいたか。さすがに御大将がお目をかけてるだけの事はある」
 そう言ってエーレンの視界に入って来たのは、浅黒い肌をした壮年の男性である。親衛隊長のゴーシュであった。
 二メートルに届こうかという長身であり、その豹のような身体つきには無駄な贅肉というものが一切ない。
「着替えろ。御大将へご挨拶に行くぞ」
 と、ゴーシュは命令した。
 昨日は転属の準備に追われていた為、親衛隊としてエーデルワイスに会うのは今日が初となる。

74触媒:2016/03/30(水) 15:38:59 ID:xSx2Vl3Q
 エーレンは「はい」と返事をすると、自身に支給された鎧を手に取った。
 親衛隊の鎧は一般兵とは異なり、将軍達と同じ白色に塗られている。そこに華美な装飾が黄金で施されていて、その見事さは多くの兵卒達にとって憧憬の対象になっていた。
 エーレンはその鎧と、これだけは他の親衛隊員と異なる、家宝の長剣を装備する。
「行くぞ」
 準備が整ったのを見て、ゴーシュは兵舎を出て行った。エーレンも後に続く。
 道中で鋲付きの鎧を着こんだオークの一団とすれ違い、彼らがエーデルワイスと面会予定だったことをエーレンは思い出した。早朝から分刻みのスケジュールをこなすエーデルワイスは多忙を極めている。
 自分がその力になって、多少なりとも負担を軽くすることができればよいのだが。
 そう思い、厳粛な顔をしてエーレンはエーデルワイスの幕舎に入ったのだが、先日同様エーデルワイスの抱擁による熱烈な歓迎を受けてしまった。
「先が思いやられる」
 傍らで呟いたバーネットは、今回は大げさに咳払いをしてみせた。
「どうした? バーネット」
 邪魔をするな、と言わんばかりの眼光をバーネットに向けつつエーデルワイスが応える。
「いえ、お時間もありませんし。それにそんなに密着していてはミュンヒハウゼンも話しにくいかと」
「それもそうだな。……それにしても、ミュンヒハウゼンには親衛隊の鎧がよく似合う。卿が着ることを考えてデザインさせたんだからな、当然か。それにその長剣ともよく合っている。卿の家を訪問した時、壁に飾られてたのを覚えていたのだ。いつかそれを持って仕えてもらうことを夢見ていた。ずいぶん時間がかかってしまったが、やっと……」
 エーレンは自身に向けられた「おまえが何とかしろ」というバーネットの眼差しに気付き、声を出した。
「殿下、お言葉は嬉しいのですが。申しあげたき儀がございます」
「ん? ああ、そうか。今日から私の侍従として勤めてくれるのであったな」
「はい。非才の身でありますが、大変なご恩を頂きました。全身全霊をかけ努めさせて頂きます」
「謙遜するな、ミュンヒハウゼンの才能は私が一番知っている。それに、分からぬことがあったら遠慮なく私に尋ねるがよい。ゴーシュもいるしな……? おい、ゴーシュ、どうしたのだ?」
 沈着冷静、武人の鑑と称されることもあるゴーシュだったが、この時は初めて見るエーデルワイスの惚気た姿に呆気にとられ、口を半開きにしたまま立ち尽くしていた。

「そう言えば一つ尋ねたいことがあるのだ。カムチャッカリリー殿の事だが」
 ゴーシュが正気を取り戻したのを見た後、エーデルワイスはエーレンに問いかけた。
「リアがなにか?」
「彼女が転属に際し出してきた条件は卿も知っていよう。魔法の研究用の施設を貸してほしい、それも個人用として、という事だ」
 転属の通達はエーレンとリア、二人同時に受けたので、リアの出した条件に付いてもエーレンはその場で聞いていた。
「はい、存じております」
「別にそのぐらいは容易い事なのでな。研究道具一式と設備の整った馬車を用意して御者付きで与えておいた。あれなら行軍中でも研究することが可能だ」
「ありがとうございます」
「なぜ、卿が礼を言うのだ」
 形の良い唇を不満の形に歪めて、エーデルワイスが問い質す。幕舎内の気温が下がったようにエーレンは感じ、急いで返答した。
「殿下は友人の頼みを聞いてくださいました。そのお礼です」
「友人か。まあいい。話の続きだが、カムチャッカリリー殿は昨日一日中、馬車の中に籠っていたらしい」
「え?」
「彼女が何をしているか、卿に心当たりはないか?」
 そう言われても、と思いつつエーレンは首をひねって考えた。
 なにか戦いの役に立つ新しい魔法なり道具なりを作っているのではなかろうか。結局その程度の考えしか浮かばず、エーレンは諦めて自分の意見を述べる。
 それを聞いたエーデルワイスは俯き加減で顎に手をやりしばらく思案していたが、指を鳴らすと顔を上げた。
「嫌な予感もするが、そこまで気を回す必要もないか」
「なにかご心配なのですか?」
「強力な媚薬でも作って卿を襲うのではないかと思ってな。冗談だが」
 口調が全然冗談っぽくない。と、その場にいたエーデルワイス以外の全員が思っていた。

75触媒:2016/03/30(水) 15:39:58 ID:xSx2Vl3Q
短いけどここまでが五話
続いて六話

76触媒:2016/03/30(水) 15:40:53 ID:xSx2Vl3Q
 親衛隊兼侍従というエーレンの役目は、つまるところエーデルワイスの身辺警護と身の回りの世話である。
 さすがに公務の時間帯のみで、私生活の面については専任の侍女が担当している。「私はそっちも卿にやってもらいたいのだがな」とエーデルワイスは言っていたが。
 エーレンにとっては実際にはそれほど困難でもない任務だったが、警護対象であるエーデルワイスの多忙さは半端ではなかった。
 行軍中も報告される様々な問題に対し耳を傾け、的確な指示を出す。
 そうかと思えば他種族の指揮官達と文書を交わし、頻繁に連絡を取り合う。その相手にしてからが、エルフ、ドワーフ、妖精、トロール、オーク、ゴブリン、デーモン……と、きりがない。当然、先日のオーク達のように直接会談する事も多々あった。
 エーレンは飲料水を用意したり、面会の段取りをしたりと、エーデルワイスの労苦を減らそうと努力していた。だが、エーデルワイスにとって結局一番の癒しになっていたのはエーレンが傍にいるという事実、そのものだろう。
 時折ふざけたようにエーレンの黒髪を引っ張るエーデルワイスは実に幸せそうであったのだから。

 エーレンが侍従となって三日後、エーデルワイスは全将軍を自身の幕舎に招集するとともに、各種族の指揮官へ伝令を派遣して高らかに宣言した。
「予定通り明日、決戦だ。ジ・スを再び永久凍土に封じ込めてくれる。諸将の働きに期待するところ大である」
 将軍達の歓声が幕舎の中に響き渡り、それは外にいる兵卒達にも届いていた。やがてそれは波のように討伐軍全体を流れる巨大などよめきと化していく。
 その波浪の中心地で、エーレンは襟を正しつつ思う。
「まずは勝つことだ。勝たなければ何も始まらない。だが勝った後、僕と殿下の進む道は果たして同一であり続けるのだろうか」
 侍従としてエーデルワイスに付き従い、彼女の双肩にかかっているものの重みを痛感させられてきた。
 善と悪の調和の継続という、自分の夢物語は、現実を多数抱え込む彼女にとって面倒事にしかならないかもしれない。それでも協力を申し出れば快く引き受けてくれるだろうが。
 エーレンが思案している様子に気付いたのか、エーデルワイスは彼の方を向いて声をかけてきた。
「ミュンヒハウゼン、明日も私の傍にいてくれ」
 普段は覇気に満ちて、気高く神々しいばかりに美しいエーデルワイスの相貌に、この時少女のように柔らかな微笑みが浮かぶ。エーレンに対してはいつもそう笑う彼女だった。
「御意」
 まずは勝つことだ。
 改めてそう思いつつ、エーレンはこの時心に刻んだことがある。
「自分の人生がこの人と共にあるのなら、それ以上何も望む必要は無いのかもしれない」

 ――――――

 興奮冷めやらぬ大多数の兵士達にとって、この夜、夢の世界に落ちるのは困難な事であっただろう。
 だがエーレンは不眠に悩む間もなく、寝床に入る直前にリアの声を聞いた気がした。
 周囲を見回し、リアの名を呼び掛けてみたが返答はない。
 空耳かと思った時、再度頭の中心に直接響いて来るリアの声を確かに聞いた。エーレンを呼んでいる。
 不思議に思いながらも、外出着に着替えると声に従って兵舎を出て行く。途中で他の兵士に見とがめられたが、気分を落ち着けるために散歩して来る、と言うとあっさりと引き下がってくれた。
 どうもエーデルワイスとの関係がそれなりに広まって、特別視されているようだ。そう思うと妙な居心地の悪さを感じたが、この際その立場を利用させてもらうことにした。
 吐く息が白くなる程度に寒気のある時期となっている。周囲は松明と、月光の明かりに照らされて意外と見渡せていて、暗がりの中でも警戒に当たる兵士たちの動向が見て取れた。
 声に従って平地を歩き続けること十数分、リンドランドの兵舎群を抜ける。そして邪悪と混沌の勢力の軍勢の領域に間もなく入る、という直前の所で一人佇むリアをエーレンは見つけた。
 珍しく既にフードを脱いでおり、月明りの元銀髪が眩く輝いている。
「リア」
「エーレン!」
 同時に呼びかけると、エーレンは小走り、リアは全力で駆け出してお互いに近づいていった。リアはそのままエーレンに飛び込むと、背中に爪を立てる程強く抱き付いてくる。
「呼ばれた気がしたんです。やっぱり貴女(あなた)だったんですか?」
 エーレンの問いに、リアは抱き付いたまま何度も頷いた。
 しばらく落ち着かせるようにリアの頭を撫でていたエーレンだったが、頃合いを見て体を離すとリアの両肩に手を置いて話しかけた。
「どうしたんですか? こんな夜中に」
 リアは両目に浮かんでいた涙をぬぐうと、はにかんだように笑う。

77触媒:2016/03/30(水) 15:41:29 ID:xSx2Vl3Q
「君へ贈り物の準備がやっと整ったのだ。一刻も早く渡したかった」
「贈り物? 馬車に閉じ籠っていたって聞きましたけど、それを用意してたんですか?」
 リアは肯くと、エーレンが一瞬息を飲む程に美しい緑色の瞳を彼に向け、唇を開いた。
「すまないが左手を手の甲を上にして開いて見せてくれぬか?」
 首をかしげつつエーレンはリアの言葉に従う。
 リアは僧服のポケットから一つの指輪を取り出すと、ごく自然な動作でそれをエーレンの薬指にはめた。
 呆気に取られてそれを見つめるエーレンに向かってリアは嬉しそうに説明を始める。
「我が家の家宝に、更に特別な魔力を込めておいた。この指輪は、君に対するあらゆる魔法攻撃を無効化してくれる。今回の戦いで、私は残念だが君の隣には居ることができない。でもその代わりこの指輪がきっと君を守ってくれる」
「カムチャッカリリー家の家宝? そんな大事な物受け取る訳には」
「良いんだ。受け取ってくれ」
 リアの表情には何物にも揺るがない強い意志の光があった。それを感じてエーレンは微笑した。
「分かりました、ありがとうございます。では、この戦いの間だけお預かりして、その後お返ししますがそれでもいいですか?」
「それで構わぬ。大事にしてくれ」
 エーレンは安堵したが、同時にやはり左手薬指にはめていることが気になってきた。
 他の指に付け替えても良いのだろうか、と、尋ねてみたのだが「それは駄目だ。その指でないと効力を発揮できなくなっている」と、断言されてしまって諦めざるを得なくなった。
 複雑な気分になり、改めて左手を自身の眼前にかざして指輪を観察してみる。
 純銀製と思しき指輪は、全体に複雑な紋様が刻まれており、正面には二枚の舌を生やした太った男の肖像が刻印されている。あまりいい趣味とも思えないが、エーレンはその男に見覚えがあった。
「ここに描かれているのは、まさか……」
「そう、アル・ド・ゲリサンだ」
 背中を毒蛇が這いずり回るような感覚があり、エーレンは全身に鳥肌が立つのを感じた。まさか悪意の神の指輪だったとは。
 そんなエーレンの気持ちに気付いているのかいないのか、リアは嬉しそうに自身の左手を差し出した。
「私の指輪と対になっているのだぞ、ほら」
 リアの左手薬指にもよく似た銀の指輪が見て取れた。だがそこに描かれているのは、ねじれた短剣を持った美女の肖像だ。
「ひょっとして、ダニアですか?」
「その通りだ。さすがエーレンだな」
 ヴァーサの妹神ダニアは嫉妬の女神である。兄にただならぬ感情を抱いた彼女は、兄に近づくありとあらゆる女性を手にした短剣で切り刻むと伝えられていた。
 お互いの左手を眺めながら、エーレンは内心で独り言ちる。
「ヴァーサの指輪をしているなんて言ったら、両親には勘当されるだろうなあ。その前に、明日殿下にどう説明しようか」
 リアはと言えば、こちらはうっとりとした熱のこもった視線で二つの指輪を眺めていた。

78触媒:2016/03/30(水) 15:42:09 ID:xSx2Vl3Q
終わり
元々合わせて一話のつもりだったので
残り三話です

79雌豚のにおい@774人目:2016/03/31(木) 15:57:30 ID:1eeH8PDw
GJ
供給増えてほしいな

80雌豚のにおい@774人目:2016/03/31(木) 23:35:11 ID:1yaNb9xc
GJ!

81雌豚のにおい@774人目:2016/04/03(日) 00:38:19 ID:rg.CkWTY
GJ!!!
書くの頑張ってくださいな!

82雌豚のにおい@774人目:2016/04/06(水) 08:34:07 ID:7jKn0KEI
ヤンデレって年下が多いイメージ

83雌豚のにおい@774人目:2016/04/08(金) 18:05:33 ID:dzVU8Wkc
GJ!
1話からずっと読みましたが、これは面白い…

84 ◆V/SdJIgW3Q:2016/04/11(月) 17:23:22 ID:RaipZvYo
投下しますよ

85触媒:2016/04/11(月) 17:24:51 ID:RaipZvYo
「ミュンヒハウゼン、なんだそれは?」
 決戦当日の早朝、エーレンが身支度を整え幕舎でエーデルワイスに挨拶をしようとすると、機先を制するかの如くエーデルワイスがといかけてきた質問してきた。右手を上げて、人差し指をエーレンの左手にある指輪に向けている。
 エーレンはエーデルワイスの指と声音が心なしか震えているように感じ、恐怖を覚えた。そして「浮気がばれた時の夫の心境とはこういうものなんだろうか」とやや呑気な感想を抱く。
 幕舎内にはまだエーレンとエーデルワイス、それに侍女の三人しかいない。
 さて、何と答えたものか。
 昨夜リアと別れてからも考えてみたのだが、上手い言い訳もごまかしも結局浮かばなかった。ならば正直に話すしかない。
 落ち着いて、昨日リアから貰ったものだという事と、その経緯を説明する。
「外せ」
 エーレンの話を聞き終わったエーデルワイスは一刀両断に言い切った。その有無を言わせぬ迫力にエーレンは絶句しかけたが、戦場に赴くとき以上の勇気を振り絞ってなんとか弁明を試みる。
「恐れながら殿下、友人が僕の為に心を込めて用意してくれたものなのです、それを……」
「私の言う事が聞けぬというのか?」
 今度は紅蓮の炎がエーデルワイスの周囲で燃え上がっているような錯覚に、エーレンはとらわれた。しかもその火炎は絶対零度の暴風をエーレンに向けて吹き付けてくるのだ。
「大体、魔術を防ぐ為というなら、私の鎧があるではないか。これをやるから指輪はさっさと返して来ればよかろう」
「殿下の鎧って、『ミューラスの鎧』じゃないですか!」
「その通りだ。不服なのか?」
「国宝なんて受け取れません!」
 エーレンの言う通り、エーデルワイスが戦場で着用している鎧は「ミューラスの鎧」と称されるリンドランドの至宝である。他の将軍達と同様白色で彩られ、作られてから数百年という歳月を経過した今なお、その輝きを失っていない。
 美しいだけではなく極めて頑強で、さらに神々からの祝福が授けられており、それによってあらゆる魔法攻撃を無力ならしめているという。
「そうか、ミュンヒハウゼンはあの女の指輪は受け取っても、私からの贈り物は嫌だというのだな。そうなのだな」
 とうとうどす黒い瘴気を出しつつ俯いてしまったエーデルワイスを見て、エーレンは本格的に身の危険を感じた。とにかくこの戦いが終わったら指輪はリアに返す、という事で納得してもらおうと説得を続ける。
 十分ほど経過しただろうか、エーデルワイスはやっとのことで顔を上げた。
「分かった。この戦いの間だけ我慢しておこう。ただしだ」
「はい」
「戦いが終わったら、私からの贈り物を受け取ってもらうぞ。この鎧以外でな」
「はい。殿下から賜りものを頂けるなど、身に余る光栄。恐悦至極に存じます」
 助かった、とエーレンは心の底から安堵した。
「うむ」と、エーデルワイスは頷く。
 ちなみにその心中では「私から、それより遥かに豪華な指輪を贈らせてもらう。今度はその指にはめたら二度と外させぬぞ、楽しみにしているが良い。……しかし待てよ、それでは私からプ、プロポーズするという事ではないか! 乙女になんて事をさせるのだミュンヒハウゼンは! 結婚式の日取りとか新婚旅行の日程とか、新居はどうしようとか、子供は何人欲しいとか、そんな事まで私から言わせるつもりなのか、意地悪! ……でもそんな所も可愛いぞ」とか考えている。
 そんな二人の様子をやや離れた場所で眺めていた侍女は「二人とも、これから世界の命運を賭けた戦争に赴くってことを分かっているのかしら」と、呆れかえっていた。

 ――――――

 サラトガ平原はリンドランドの東北に位置している。
 名とは異なりそれほど緑が多いわけではなく、どちらかと言えば荒野に近いかもしれない。
 この地に生息している者と言えば、痩せた土地に適応した野生生物と、ごく僅かで独特の文化を営む少数民族、あるいは交易の為縦断する隊商達、といった所である。
 だが今、この地には有史以来最大規模の大軍勢の姿があった。
 地平に到るかの如く続く刀槍と甲冑の集団は、今は出撃の合図を待ち、高揚した意識を抑えるべく努力しているように見える。
 そして天空にも、無数の翼ある者達の姿が見える。彼等もまた今か今かと戦闘の合図を待っていた。
 これらの戦士達が一様に向ける視線の先には、濃緑一色で染められたような外観をしたジ・ス軍がいる。その兵士達は、多少の個人差こそあれ、全員エーレンがコク大橋で対峙した化け物と瓜二つの姿をしていた。
 無感動な一つ目で、何物をも拒むかの如く全身に棘を生やし、ゆっくりとした歩調で前進する、その総数はおよそ一万。

 ――――――

86雌豚のにおい@774人目:2016/04/11(月) 17:25:36 ID:RaipZvYo

「目印となる旗もない、か。どこにジ・スがいるのか分からんな」
 討伐軍の文字通り先頭で、騎乗の人となったエーデルワイスが呟いた。
「それで統率が取れるものなのでしょうか」
 ゴーシュの問いに、エーデルワイスは鼻で笑うような仕草をした。そのような所作も優雅に見えるのは桁違いの美貌の賜物だろう。
「そもそも統率を取る気があるとも思えぬ。陣形も端から崩れているし、神々と百年も戦っていた割にはまるで素人だな」
「ご不満ですか、殿下」
 隣に控えるエーレンにそう言葉をかけられて、エーデルワイスは虚を突かれたような表情をした後、今度は苦笑した。
「できれば強敵と戦ってみたかったという思いはある。すまぬな、ミュンヒハウゼン、少し傲慢になっていたかもしれぬ」
「いえ、出過ぎたことを申しました。お許しください」
「卿の言葉が私にとって害になることは無い。気づいたことがあったらなんでも言ってくれ」
 そんな会話を横で聞いていてなぜか自分が恥ずかしくなってしまったゴーシュは、上空を仰ぎ見る。視線の先では全長三十メートルにも達する金竜が、青空を泳ぐように飛びまわっていた。
「竜王も張り切っておりますな」
「何百年ぶりかの戦いであろうからな。空はデイトナに任せた。右翼バーネット、左翼ボッシュの準備は抜かりないだろうな?」
「準備万端整っているとの返答がございました、殿下」
 エーレンが答える。
「よし。合図と共に中央は全面攻撃、左右両翼は敵側面に回り、上空のデイトナ達も合わせて四方からの包囲殲滅を計る。単純な作戦だが、百万の大軍ならば小細工は無用だ」
「はっ!」
 エーデルワイス達の眼前で、ジ・ス軍は圧倒的少数ながら恐れを知らぬかの如く歩みを止めない。一歩一歩、確実に近づいて来る。
 頃や良し。そう判断したエーデルワイスは右手を高々と上げ、大音声で告げた。
「弓兵隊、魔法隊、構え!」
 その声に従い、人間やエルフを主力とした弓兵隊が矢をつがえると共に、善と悪の魔術師達も呪文の詠唱を始める。
「撃て!」
 右手を振り下ろしエーデルワイスが命令すると、幾千、幾万もの矢が豪雨のごとくジ・ス軍に降り注いだ。同時に、魔術師達から放たれた火球や雷撃が正面からの大打撃を与える。
 怪物たちの絶叫が平原にこだまのごとく広がっていく。その怨嗟の声は討伐軍にも届いていた。
「もろ過ぎる」
 一撃でジ・ス軍が完全に混乱の際に叩きこまれたのを見て取って、エーレンは呟いた。それから、思い直したように付け加える。
「ですが個々の戦闘力は侮れません。ご油断召されぬよう」
「卿に手傷を負わせるほどの相手、承知している」
 エーデルワイスが刀の柄に手をかけて答えた。そして鞘から大剣を引き抜く。
「抜刀!」
 今度は大軍の刀槍が一斉に煌(きら)めき、光の河を形作った。
「突撃!」
 白馬を駆ってエーデルワイスが疾走する。エーレンもまたその側に寄り添い、共に敵軍の只中に飛び込んでいった。
 幾多の兵士達がその後に続いていく。

 ジ・スの一族にどの程度の知能や感情があるのか、という事に関してはまだ検証の余地が多分に残されているのだが、少なくともこの日、陣中に躍り込んで来たエーデルワイスに対して彼等が恐怖を抱いたのはまず間違いない。
「殺(シャア)!」
 そう咆哮しながら大剣を縦横無尽に振い続け、戦場に「死」を撒き散らすエーデルワイスは、この時、美神よりも死神の寵児のように見えた。
 一刀毎に敵数体をまとめて吹き飛ばす。ジ・ス軍も道中で得た刀や盾を装備しているのだが、全く問題にならない。盾で防げば盾ごと両断し、刀をかざしてもそれは小枝のように折れてしまう。
 もはや戦いとすらいえぬ、一方的な殺戮劇をエーデルワイスは演じていた。
 その隣で長剣を振るい続けながらエーレンは思う。
 士官学校時代、エーデルワイスは戦略論・戦術演習等々、全ての科目において卓越した才能を発揮していたが、それは剣技においても例外ではなかった。
 試合ともなれば、上級生を相手にしても完膚なきまでに叩きのめして見せた。そもそも入学から卒業に至るまで、彼女に一太刀でも打ち込めた人間がいただろうか。少なくともエーレンの記憶にはない。
 その頃と変わらず、いやそれ以上に現在のエーデルワイスの武勇はすさまじい。おそらく剣技だけならリア以上であろう。もし二人が戦ったら、どちらが勝つのだろうか――。
「馬鹿な考えだ。戦場で何を考えているんだ、僕は」
 なぜか頭にこびりついてしまったその疑問を振り払うように、エーレンは「殺(シャア)!」と叫ぶと緑の返り血に塗れた長剣を振るい続ける。

87触媒:2016/04/11(月) 17:27:38 ID:RaipZvYo

 緑の怪物の絶叫が響き渡り、血と脳漿の生臭い匂いに満ち満ちている戦場で、エーレンはジ・ス軍の中に戦うこともせず防御姿勢のみを取っている二百匹程の一団を見つけた。
 その一角だけは他の者達と異なり、混乱することもなく平静を保っているように見える。
「殿下、あちらを!」
 その言葉にエーデルワイスも馬首を巡らして振り向いた。エーレンの意図を瞬時に覚り、号令をかける。
「続け! ジ・スはあの中だ!」
 エーレンとエーデルワイスは一直線にその一団に突撃していく。遮るものをすべて薙ぎ払い、今まさに剣撃を叩き込もうとした瞬間、二人は眼前で上空に飛び上がる影を見た。
「なんだ、あれは!?」
 遅れて到着したゴーシュがそう叫ぶ。
 討伐軍とジ・ス軍の生き残りが見つめる中で、その影は遥か上空まで飛翔し、巨大な四枚の翼を広げるとそのまま滞空してみせた。
 一瞬、戦場全体を静寂が包み込む。誰もが一時戦いの手を止め、その姿を仰ぎ見ていた。
 身の丈およそ三メートル。体型は人型だが、蝙蝠を思わせる四枚の翼に九本の腕を生やし、全身を昆虫のような緑の甲羅で覆っていた。長い首を持ち、その先にある頭は、これだけは他の部位と不釣り合いな色白の人間の顔をしている。
「奴がジ・スか」
 エーデルワイスのその認識は正しい。この時、ジ・スは初めて討伐軍の前にその姿を現したのである。

 静寂は地上にまで届く竜王の咆哮によって終わりを告げた。それの意味する所は、竜族と、ガーゴイル、鳥人(バードマン)、ハーピー等からなる約五万の翼ある者達の軍勢による全面攻撃の開始だ。
 ジ・スに向かって一斉に矢、火球、さらには燃え盛る竜の息(ドラゴンブレス)が襲い掛かる。
 全方位から殺到する逃げ場のないはずの攻撃。だがそれらが着弾する直前、ジ・スは一瞬にしてその場から飛びすさり、全てを回避してみせた。その飛行速度は、地上で観戦している者達ですら追いかけるのが困難だった程である。
 鳥人らが愕然として見つめる中、ジ・スの周囲に多数の光源が現れる。それが数百本にも及ぶ魔法の矢(マジック・ミサイル)だと判明した時、地上の魔術師達から悲鳴が上がった。
「有り得ない……! 最高位の魔導士でも、魔法の矢を一度に十本以上も作るなんて不可能だ!」
 その魔法の矢はジ・スを中心としてあらゆる方向に発射され、周囲の軍勢に全弾命中した。多数の翼ある者達が断末魔の叫びを上げて落下していく。
 自身の眷属が犠牲になったのを見たデイトナは怒りの叫びを上げ、自ら竜の息を吐きジ・スに向かって突進していった。飛行速度に於いてデイトナに比肩する者はいない。
 いや、いなかったと言うべきだろう。デイトナをもってしてもジ・スを捕えることは不可能であったのだ。その攻撃は尽(ことごと)くかわされ、反撃とばかりに魔法の矢を雨あられと撃ち込まれていく。
 だがデイトナの固い鱗はそれらを全て弾き飛ばした。身体には傷一つない。それを見て取ったジ・スは再度魔法の矢を発動させると、今度は全弾をデイトナの両眼に向けて叩きつけた。
 着弾する寸前、デイトナは瞼を閉じて防御したのだが、その瞬間隙が生まれた。ジ・スは猛スピードでデイトナに接近すると、首の付け根に取りついたのだ。
 そして至近距離からデイトナの首めがけて今度は雷撃を撃ち込んだ。その威力の凄まじさは、地上に本物の雷鳴さながらの轟音を鳴り響かせた程である。
 頸部に巨大な穴を開けられ、血飛沫(ちしぶき)を流しながらデイトナは絶叫した。ジ・スは尚も手を休めることなく、場所を変えながら雷撃を撃ち込み続ける。
 周囲の竜族が彼らの王を助けようと突進するのだが、罠のごとく待ち受ける魔法の矢に迎撃され、手を出すこともできない。悲痛な叫びが大空に響き渡る中、ついにその身に五つ目の巨大な穴を開けられ、デイトナは苦悶の叫びと共に羽ばたくことを止めて墜落していった。
 ジ・スはデイトナから離脱すると、再び天高く舞い上がっていく。

「竜王が地に墜ちた……」
 ゴーシュが茫然として呟いた。彼だけではない、討伐軍全体が愕然とした空気に支配されていた。
「デイトナはあの程度では死なぬ。至急衛生隊を落下地点へ派遣せよ」
 そう命令するエーデルワイスは、まだ冷静さを失ってはいない。と同時に、自軍の士気の低下が甚大だという事も理解していた。
 特に翼ある者達の軍勢は、もはや恐慌寸前であろうことも。

 統率を喪失し、今や文字通りの烏合の衆と化した翼ある者達の軍勢の中央で、ジ・スは再び滞空すると九本の手を自身の前にかざす。次の瞬間、ジ・スの正面に漆黒に燃える火球が出現していた。

88触媒:2016/04/11(月) 17:29:18 ID:RaipZvYo
 最初はリンゴ一個程度の大きさだったそれは、膨らみ続け直径約一メートル程に達する。
 すると、ジ・スはおもむろに地上めがけてその火球を発射した。流星もかくや、と思わせる超高速で一直線に大地に到達した黒い火球は、着弾しても消えることなく恐るべき勢いで再度膨張を始める。
 着弾地点にいたのはゴブリンと鬼(オーガ)の軍勢だったのだが、彼等は悲鳴を上げる間さえ与えられずに、一瞬で火球に飲み込まれていった。むしろ離れた場所にいた兵士達の方が、その光景を見てパニックを起こしたほどである。
 黒い火球はあっという間に直径三百メートルもあろうかという半球に成長すると、巨大な破砕音をたてて破裂した。
 不思議と爆風のようなものは発生しなかったのだが、跡には土煙が立ち込め様子を伺うことができない。いや、それは土煙ではなかったのだ。
 悲鳴が討伐軍を走り抜けた。土煙のように見えたのは吹き上がった灰であったのだ。火球に飲み込まれた軍勢は、全て燃やし尽くされ、後に残ったのは灰と、炭となり姿形も判別できなくなった亡骸たちであった。何万の兵が失われたのか想像もできぬ。
「また撃つ気だ! 散開しろ!」
 エーデルワイスの声を聞いて多くの者が我に返り、そして天を仰いで絶望した。
 ジ・スの正面にまた黒い火球が出現している。
 どこに撃ち込まれるかは分からぬし、分かったところであの速度では避けようもない。だが少なくとも被害は軽減しなければならぬ。
 全員がとにかく戦場から遠くへと全速力で駆け出して行った。エーレンもエーデルワイスに付き従い、全力で馬を駆る。
「来る……!」
 そう叫んだエーレンは次の瞬間、黒い火球が空から走り、僅か五メートル先の至近距離に着弾したのを見た。
「ミュ……!」
 エーデルワイスはエーレンの名を呼ぼうとしたのだが、言葉が届くよりも早くエーレンは黒い火球に飲み込まれていく。
 そしてエーデルワイスにも逃れる術(すべ)はない。エーレンの後に続くようにその身は黒炎に包まれていった。
 二人を飲み込んだ黒い火球は、着弾から膨張を終えるまで五秒とかけずに爆発する。再び発生した大量の灰の煙を前にして、討伐軍全体が虚脱し、戦意を喪失して手から武器を取り落す者さえ現れていた。

 エーレンが目を開けると、視界は灰色一色の煙で染められていた。
 ただ、不思議とその煙はエーレンの周辺を避けて流れていた。故に身体は灰を被ることもなく綺麗なままだし、息苦しくなることもない。
 自分は助かったのか、そこまで考えた次の瞬間、エーレンの耳に歓喜に沸く女性の声音が飛び込んで来た。
「ミュンヒハウゼン!」
 声の方向に向く間もなく、エーレンは抱き付いてきたエーデルワイスに押し倒されていた。エーレンの顔を至近距離から見つめ、蒼い目に涙を浮かべてエーレンの名を呼び続けている。
 さすがに戦場なのでエーレンもすぐ我に返り、体を起こして地面に膝立ちになるとエーデルワイスを落ち着かせた。
「殿下もご無事で何よりです」
「うん。良かった……。卿がまたいなくなったら、私はもう生きていけぬ」
「弱気なことをおっしゃらないでください」
 無礼と思いつつ兜の上からエーデルワイスの頭を撫で、エーレンはその姿を眺める。エーレン同様、灰を被っていないのかその身は綺麗なままだった。
「我々が助かったのは、やはりこの指輪と、その鎧のおかげでしょうか」
「恐らくそうだろうな。善神と邪神双方に感謝せねばならぬ」
 エーレンは自身の左手薬指を見て、そこにある指輪を軽く撫でた。ヴァーサはともかく、リアにはどんなに感謝してもしきれない、そう思う。
 続いて「やはり生き残れたのは二人だけなのだろうか」と考えた時、至近距離から発せられたと思しき男の呻き声をエーレンは聞く。エーデルワイスと共に目を見開き、立ち上ると声の持ち主を探し始めた。
 二人は灰煙の中を二メートルほど進み、倒れていたゴーシュを見つける。鎧は酷く損傷し、全身にも裂傷と火傷を負っているようだったが、ゴーシュはまだ生きていた。
「隊長! 聞こえますか!?」
 エーレンの呼びかけに、ゴーシュは呻き声を発する事しかできない。
「我々の近くにいたので火球の威力が軽減されたのかもしれぬな。とにかく早く衛生隊に診てもらわないと」
「はい。我々が乗っていた馬は助からなかったようです。救援を呼び……!?」
 その時、上空から接近して来る何者かが羽ばたく音をエーレンは聞いた。周囲の灰煙が風に煽られて晴れていく。
 翼ある者達の軍勢が助けに来た、と思うほどエーレンは楽観派ではない。

89触媒:2016/04/11(月) 17:31:10 ID:RaipZvYo
 そんな彼の予想は残念ながら当たっていた。巨大な四枚の翼を広げ、エーレンとエーデルワイス、二人が見つめるその前にジ・スは降臨する。

 エーレンは鞘から剣を抜き、瞬時に戦闘態勢に入る。エーデルワイスも同様に大剣をかざした。
 二人を青白い顔で眺めやったジ・スは、禍々しい外見には不似合いな、青年のような声を発する。
「ほう、見事なものだな。なぜ生きていられたのだ?」
「神の御加護だ」
 エーデルワイスの返答を聞いて、ジ・スは眉間に皺を寄せる。続いて唇の端を上げ、笑ってみせた。
「あのくそったれ共か。地上に姿を見なくなったと思ったが、どこに隠れているのだ?」
「さあな、自分で探してみたらどうだ?」
 ジ・スを挑発するかのように、皮肉交じりの微笑をエーデルワイスは返す。
 このような状況でもエーデルワイスの闘志はいささかも衰えていない。隣でエーレンは感嘆していた。
「こちらからも聞きたいことがある。大した魔術だが、貴様なぜこれを最初から使わなかったのだ?」
 エーデルワイスの問いを聞き、ジ・スは今度は声を上げて大笑した。
 それを収めると身を屈めて地面から灰と炭をすくい、見せつけてくる。
「これでは食いにくくて仕方あるまい」
 エーデルワイスは毒気を抜かれたような表情をし、続いて侮蔑交じりの声を発する。
「なるほどな、呆れたやつだ。もう一つ聞くが、貴様なぜ今の世に復活した? 何万年か何億年ぶりだか知らぬが、目覚めたのは何が理由だ?」
「偶々(たまたま)さ」
 ジ・スは返答し、またしても大口を開けて笑っていたが、それを止めるとエーデルワイスに冷ややかな眼光を向けた。
「しかし妙な事を言うな、仕向けたのはおまえらではないのか?」
「……どういう意味だ?」
 ジ・スは小首を傾げると、何かを納得したように一度頷いた。
「答える必要はなさそうだ。では、せっかく生き残ってくれたのだから、特に念入りに喰らってやろう。骨一本残さないと約束してやる」
「なめるなよ、この化け物。やれるものならやってみろ!」
 エーデルワイスが叫ぶや否や、ジ・スは九本の腕を振り回し、その全てでエーデルワイスに襲い掛かる。だが、目にも止まらぬ連撃をエーデルワイスは大剣一本で防いで見せた。
 エーレンも今は家宝の長剣を振るい、ジ・スに斬撃を繰り出していく。だがその攻撃はジ・スの甲羅に当たり、尽(ことごと)く防がれ、傷一つ付けることができない。エーデルワイスの攻撃も同様だった。
 ならばと、二人は甲羅の僅かな継ぎ目を狙って攻撃するのだが、ジ・スは身を翻してそれらをかわして見せた。
 だがそれは弱点の証明でもある。甲羅に覆われていない部分なら、傷つけることができるかもしれない。エーレンとエーデルワイスはそう判断し、無言のうちに連携を取ってジ・スに連撃を叩き込んでいった。
 上中下、前後左右と全ての局面で二人から繰り出される攻撃をジ・スは防いでいたが、それが五十合から百合を越えた所で、相手を甘く見ていた事をジ・スは内心で認め、叫んだ。
「煩(わずら)わしいぞおまえら!」
 続いてエーレンを襲った一撃は、彼が今までの人生で経験したことのない速度と威力を伴った攻撃だった。長剣をかざし、全力で受け止めたにもかかわらず、エーレンは衝撃に負け、そのまま後方へ吹き飛ばされていた。
「ミュンヒハウゼン!」
 エーデルワイスの悲鳴を聞いて、エーレンはしまった、と思った。バーネットが評したように、エーレンはエーデルワイスにとって間違いなくアキレス腱だったのだ。
 エーデルワイスの全意識がエーレンに向いた一瞬、その隙をジ・スは逃さない。九本の腕全てで、エーレンに叩き込んだのと同様の攻撃をエーデルワイスに叩き込んでいた。
 だが、エーデルワイスはその攻撃を七本までは捌いて見せた。もはや人間業とは思えぬ動きだったが、残り二本は追いつかず、その攻撃を胸と腹に喰らって、エーレン同様後方に吹き飛ばされる。
 二人とも肋骨を損傷し、倒れた時の衝撃で呼吸もできなくなり、動きが封じられてしまっていた。
 ジ・スは勝利を確信する。しかし次の瞬間、風を切り裂く音とともにジ・スの胸郭部に一本の矢が飛来し、甲羅に当たって弾け飛んでいた。
「なに?」
 ジ・スは矢の飛んできた方向に振り返る。
 いつの間にか薄くなりつつあった灰煙、その中を掻き分け、蹄の音を鳴らし疾走して来る一騎がいた。
「殿下! ミュンヒハウゼン! 馬に乗られよ!」
 バーネットはそう言って二人を鼓舞すると、騎乗のままジ・スに斬りかかった。剣とジ・スの甲羅が衝突し、鋭く乾いた音が鳴る。
 バーネットの後からは彼に手綱を引かれていた空馬が一頭、こちらはエーレンの方に向かって走り寄ってきた。

90触媒:2016/04/11(月) 17:31:50 ID:RaipZvYo
 エーレンは呼吸を整え起き上がると、慣れた身のこなしで馬に飛び乗る。そのまま地上に伏しているエーデルワイスの方に馬を駆り、彼女も抱き上げて自身の後方に乗せた。
「閣下! ゴーシュ隊長もまだそこに居ます!」
「任せておけ! お前達、勝利の女神を惚れさせる絶好の機会だぞ! 虜にして、二度と離れられぬ身体にしてやれ!」
 下品極まりないバーネットの号令とともに、彼の部下である一万騎が灰煙を突き破ってその場へ雪崩れ込んで来た。
 ジ・スは九本の腕を振るって彼等の内何人かを吹き飛ばし絶命に至らしめていたが、次から次へと現れる援軍に嫌気がさしたのか、四枚の翼を広げると飛びあがり離脱していった。
 この間にバーネットはゴーシュを自身の馬に乗せて助け出している。
「ミュンヒハウゼンは絶世の美女と同乗しているのに、俺はむさくるしい男とか。割に合わんな」
 こんな時も減らず口を叩くのを止めないのが彼だった。

91雌豚のにおい@774人目:2016/04/11(月) 17:35:11 ID:RaipZvYo
終わり
もっと簡単に決着付けるつもりだったのに
戦闘長すぎワロエナイ
次の話は大体書きあがってるので
土曜か日曜には投下できそうです

後、GJやら感想やらありがとうございます
でわ

92雌豚のにおい@774人目:2016/04/11(月) 20:40:13 ID:oe01YcQo
乙&GJ!!
この頃は触媒みてヤンデレパワーチャージしてますん。

93雌豚のにおい@774人目:2016/04/15(金) 15:04:38 ID:EV8fQUvM
乙、そしてGJ!

94 ◆V/SdJIgW3Q:2016/04/16(土) 16:39:30 ID:f0Lych7g
投下

95雌豚のにおい@774人目:2016/04/16(土) 16:40:40 ID:f0Lych7g
 ジ・スから放たれた黒い火球による二度の攻撃で、大混乱を起こしていた討伐軍だが、まだ戦意ある者達は平原の南東部に集結しつつあった。戦場をほぼ見渡せる程度の高さの丘があったので、臨時の司令部を設置し体勢を立て直そうと試みていたのである。
 兵舎を築き、黒い火球対策の為集結した僧侶や魔術師達によって結界を張り巡らす。それで被害を軽減できるのかと言われると甚だ疑問ではあったが。

 バーネットの部下の一人から情報を得たエーレンは、南東に向かって全速力で馬を飛ばした。背後のエーデルワイスは、こんな時でも嬉しそうに体をエーレンの背中に預け、しがみついている。
 平原を駆け抜け、そのまま丘も昇り切ったエーレンがエーデルワイスの帰還を大声で伝えると、周囲の兵士達から大歓声が上がった。その後二人は、これも臨時に設置されていた救護所に向かう。
 救護所では既に負傷者が簡易ベッドや地面の上に居並んでいた。上空から落下して両足を骨折したガーゴイルの隣に左腕を欠損したドワーフがいたりで、医者や僧侶が文字通り目の回りそうな忙しさで動き回っている。
 まだ意識のあった者達は、エーデルワイスを見るとやはり歓喜の声を上げた。自分たちの場所や順番を譲って、エーデルワイスとエーレンに治療を受けるように勧めて来る。
 情勢は暗いままなのだが、少なくともこの場だけは善悪関わらずちょっとしたお祭り騒ぎの様相を見せていた。

 エーレンが治療を終え司令部の幕舎に戻ると、少し前に到着していたバーネットもそこにいた。
 ちなみにゴーシュはエーレンと入れ替わるように救護所に搬送され、絶対安静の処置を取られている。
「あの灰煙の為戦況が分からず、救援が遅れました。お許し下さい」
 釈明して跪くバーネットに対し、エーデルワイスは手を振って見せた。
「謝罪など無用だ。よく来てくれた、礼を言わねばならぬなバーネット。それでジ・スは今どこにいる?」
 バーネットの返答は、外から届いた地鳴りのような叫びによって遮られた。全員何事かと幕舎から飛び出す。
 司令部から数百メートル北の場所、そこに急降下しながら魔法の矢を地上に撃ち込んでいるジ・スがいた。
 着陸すると、犠牲になった兵士達をその場で喰らい始める。鎧兜もろとも噛み砕くという凄惨な光景に、周囲にいた兵士達は戦意を喪失しかけたが、勇気ある者は弓矢や魔法で反撃を試みていた。
 だが、それらがジ・スに当たることは無い。ジ・スは着弾直前で再び羽ばたくと、上空高く飛びあがり、他の獲物を探すべく宙を旋回していた。
「化け物め……!」
 悠然と空を泳ぐジ・スを見て奥歯を噛んだエーデルワイスだったが、何かを思いついたように顎に手を当てると、数瞬の後バーネットに呼びかけた。
「バーネット、全軍の死体を一つ所に集めろ。それと、ブルクハルトに連絡を取れ。彼奴の力が必要だ」
「……御意」
 バーネットはエーデルワイスの意図を察し、恭しく礼をしてみせた。

 戦場を遥か下に眺め渡しながらジ・スは宙を周回している。
 食欲はいよいよ収まるところを知らないが、食事をしようにも直ぐに邪魔が入るためゆっくりもしていられぬ。忌々しく思いながらも下界をよく見ると、地に放置されていた死体を兵士達が運んでいるのが目に入った。
 それも一か所ではなく、あちこちで皆が死体を運び、全員が戦場の中央やや南側の平地に向かっている。
 そこには運ばれてきた死体が次から次へと積まれて、小さな山と化していた。
「罠か」
 さすがにジ・スもそう思ったのだが、さてどのような罠であろうか。死体に何か細工をしていたようにも見えぬし、地面に仕掛けがある訳でもない。この時代の特殊な埋葬方法なのか、と馬鹿な考えも浮かんだがそれは直ぐに打ち消した。
 大空を何周もして考えていたジ・スだが、万が一罠にかかったとしても直ぐに離脱してしまえばいいだけの話だ、と思うと決意が固まる。
「それに何より腹が減った。食物を用意してくれたのならあり難く頂くとしよう」
 唇の端を上げて笑みを浮かべると、死体の山に急降下した。近くには多数の兵士がいたのだが、皆蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。
 着地したジ・スは、目の前に並ぶ死体に片っ端から食いついていった。辺りに肉が割け、血が零れ落ちる音が続く。
 これまでは食事の邪魔をしてきた兵士達が、周囲を取り巻くだけで手を出してこないので、飢えに飢えていた身に、収められるだけ収めようと、ひたすら食らい続ける。やがて腹部が普段の五倍に膨張してしまったが、それでもなお食うのを止めない。
 司令部のある丘の上で、ジ・スの様子を観察していたエーレンがエーデルワイスに告げる。
「かかりましたね」

96触媒:2016/04/16(土) 16:42:19 ID:f0Lych7g
「うむ、他愛もない。ブルクハルト、卿の死人使い(ネクロマンサー)隊の出番だぞ、やれ!」
 エーデルワイスの命令に従い、彼女の左前方に佇むローブを着こんだ男が右手を上げた。
 ローブの袖から覗く手は殆ど骨だけで、表面に僅かばかりの腐った肉片を張り付けている。頭部もまた剥き出しの骸骨で形成され、眼窩の中で目玉だけは生々しい光を放っていた。
 その男、死鬼(リッチ)ブルクハルト伯爵は自身の部隊に命令を下す。
 千人からなるブルクハルト隊の兵士は、尽く不死にして死人使いであった。そして彼等の魔術により、ジ・スの周囲にいた死体全てが生ける死体(ゾンビ)と化して起き上がり、一斉にジ・スに取り付いたのである。
 油断していたジ・スだが、それだけであれば飛翔して逃げ出すことも可能だったろう。だが、彼が喰らい腹に詰め込んだ死体までもが、体の内部で暴れ出したのだ。
 さすがにその攻撃には意表を突かれ、為に生ける死体に抑え込まれるのを許してしまった。
「今だ! 全軍、撃て!」
 エーデルワイスの命令が下るや否や、周囲を取り囲み待機していた全軍から、弓矢と魔法の一斉射撃がジ・スに向かって放たれた。何万どころではない、復讐に燃える何十万人からの攻撃が、一点に向かって一斉に繰り出されたのだ。
 ジ・スの断末魔の悲鳴すらかき消す勢いで爆音が鳴り続け、それはしばらく鳴りやむことがなかった。

「最後まで戦ではなく狩りだったな」
 冗談交じりに言うと、エーデルワイスはエーレンに笑いかけた。
 苦笑を返しながらエーレンは思う。
 自身の部下だった者の死体まで黒魔術で生ける死体にしてしまうなど、他の将軍達には思いつきもしないだろうし、思いついたとしても死者への冒涜と思って躊躇うだろう。
 それを平然と実行して見せるエーデルワイスには、エーレンも戦慄を覚えていた。
 もっとも、そんなエーレンの考えを聞けばバーネットならこう答えただろう。
「言っただろう。卿の事以外は殿下にとっては全てどうでもいい事なのさ」

 ――――――

 平原は今や西日に照らされており、地面に積もった灰と砂を風が吹き飛ばしていた。
 ジ・スが斃れた場所、その周辺は激しい攻撃の影響で無数の弓矢が刺さり、さらに周囲から一メートル以上も低い窪地と化してしまっていた。
 その地に、エーデルワイスとエーレン、バーネット、他にブルクハルト含む各種族の指揮官達、その護衛兵も合わせた数百名が近づいている。
 討伐軍残り全軍は後方で息を飲んでその様子を見守っていた。
 エーデルワイス達の眼下で、ジ・スはその身に数限りない魔法傷と矢傷を受け、一ミリたりとも動かない。腕も半分以上がちぎれ、翼にも多数の大きな穴が開き、さらには腰部から上下二つに分かれほぼ原形をとどめていないと言っていい。
「本当に死んだのでしょうか」
「確かめてみねばならんな」
 エーレンの問いに答えたエーデルワイスはブルクハルトを呼び、生死を確認するよう伝えた。
 ブルクハルトは窪みに飛び降りると、骨そのものとしか見えない手で、ジ・スの額を抑えた。数秒後、体の内部で反響を繰り返しているような不気味な声でエーデルワイスに応える。
「生命エネルギーが皆無だ。間違いなく死んでいるか、それに極めて近い状態だろう。だが、遅かれ早かれ復活して来るはずだ」
「その前にまた辺土界に封じ込まねばならぬな。その役目はこちらのラウジーとソネンに任せてもらおう」
 ラウジー、ソネンとは二人ともリンドランドで最高位にある魔術師達である。エーデルワイスはジ・スが復活してから八か月、辺土界への封印方法について二人に研究を続けさせていたのだ。
 エーデルワイスはブルクハルトの労をねぎらうと隣を向き「やっと終わったな」とエーレンに安堵した表情を見せた。
「そう、やっと終わった。でもこれは始まりの終わりにすぎない。僕のやるべきことは、まだこれからのはずだ」
 エーレンは心中で呟くと、エーデルワイスに顔を向ける。だがその眼前でエーデルワイスは一瞬にして和らいだ表情を消し、戦闘時以上の険しい相貌を見せていた。
 何事かと思ったエーレンが、エーデルワイスに問いを発しようとしたその時だった。
「エーレン!」
 自身を呼ぶ、懐かしくも感じる声をエーレンは後方から聞いた。振り向くと、リアが涙を浮かべ、歓喜の表情でエーレンを見つめていた。
「リア」
 エーレンが呼びかけるや否や、リアはエーレンに駆け寄り、抱き付いた。そのまま鎧で覆われた胸に顔をうずめ、全身でエーレンの匂いを、体の暖かさを、息遣いを感じようとする。
「リア、ちょっと……」
「カムチャッカリリー殿、ミュンヒハウゼンから離れてもらおうか」

97雌豚のにおい@774人目:2016/04/16(土) 16:42:58 ID:f0Lych7g
 エーレンの言葉を遮るように発せられた、エーデルワイスからの恫喝まがいの要請を聞いて、リアはエーレンの背に回していた手をゆっくりと離した。
 だが続いてその手をそのままエーレンの左手に持っていき、自身の両手で握りしめた。そしてエーデルワイスに酷薄な笑みを向ける。
「貴様……!」
 エーデルワイスが剣の柄に手をかける。バーネットが慌ててそれを止めようとした、その時だった。
 エーレンの顔を涙で濡れる目で仰ぎ見て、リアが告げる。
「この時を待っていた」
 透き通るように美しい声色で発せられた言葉。だが、それをその場で聞いた者達の多くが、その刹那心臓を直接突き上げてくるような得も言われぬ不安を感じている。
 なにかとてつもなく恐ろしいことが起きようとしている、と。
 次の瞬間、リアとエーレン、双方の指輪が眩く輝きだした。それは瞬く間に目も開けていられぬほどの光源となり、周囲の者達は一様に目を閉じる。
 すると光は爆発し、エーレンとリア以外の全員を何十メートルも宙に吹き飛ばしていた。
 エーデルワイスは常人ではありえない身のこなしで空中で旋回すると、怪我一つなく着地してみせる。そして最愛の男と、憎悪の対象である女が、直径二十メートル程の薄透明で光り輝く半球の中に取りこまれているのを見た。
 急いで二人に駆け寄るが、半球の壁に遮られ先に進むことができなくなる。
「ミュンヒハウゼン!」
 絶叫して呼びかけるが、その声はエーレンの耳に届かない。半球の壁は外界からの音も通さず、その内は静寂に包まれていたのだ。
「リア、これはいったい?」
 自身を囲む半球を眺め渡したエーレンは、呆気にとられつつもリアに尋ねた。
 リアは指輪のはめられたエーレンの左手を、愛おしそうに撫でながら説明を始める。
「この二つの指輪は、通常であれば魔法攻撃を防ぐ力しかない。だが、そこに私がもう一つ別の魔力を込めておいた。指輪を二つ揃えて力を発動させると、この通り周囲には結界が張られるのだ。この中に入れるのは指輪を持つ者と」
 リアは窪地に倒れているジ・スの死体に視線を向ける。
「あのように、完全に動かなくなった死体のみだ」
「なぜそんな力を?」
「なぜかって?」
 エーレンの問いに対しリアは微笑む。この世の物とも思えぬほど整った美しい顔に、幼児のように純粋な笑みが浮かんだ。エーレンはそのあまりの佳麗さに見惚れ、そして油断してしまう。
 リアの口の動きに気づいた時、既に彼女は呪文を唱え終わっていた。
 エーレンの膝から力が抜け、崩れ落ちる。下半身だけではなく上半身も脱力し、エーレンは横に倒れ伏してしまった。
 地熱と砂利の感覚を半身で感じながら、まだわずかに開く口をエーレンは動かす。
「リア、何を……」
「君に魔法をかけるためだ」
 リアが答えた。
「魔法?」
「幸いにして触媒は全て揃っている。母体となる君と、強大な力を持つ魔物の死体」
 そう言ってリアはジ・スの死体を指差して見せた。
「そして二つを融合させる為の力。ダニアの力、私の心だ」
「ダニア……」
「嫉妬心だよ。エーレン」
 リアは一呼吸すると、黒い肌を限界まで赤くして双眼を閉じた。祈りを捧げる淑女のように両手を胸の前で組み、傾いた日輪の下告白を始める。
「私は君を愛している。もうこの気持ちは抑えることも、諦めることもできない。でも君は、この戦いが終わったらあの女の所へ行くんだろう? そして結ばれて子を作る訳だ」
 そこで一度言葉を切ってリアは瞼を開く。そしてエーレンを見つめると、奈落の底で亡者たちが発する怨嗟の声のような、今までエーレンが聞いたこともない恐ろしい声音を響かせた。
「……そんなことは許さない」
 リアの顔にもう笑顔はない。感情を感じさせない、見る者全ての血を凍らせるような冷酷無比な相貌の中で、緑の双眼の奥だけが紅蓮の炎を渦巻かせていた。
 エーレンは恐怖し、考えた。自分は何をしたのだろうか、いつの間にリアがここまで思いつめてしまったのだろうか、どこで間違ったのだろうか――。
 だが、それでもまだリアとの友諠をエーレンは信じていた。説得すれば、まだ間に合うはずだと。
「リア、でも僕は……それに、この戦いが終わっても、また会う機会は……」
「会ってどうなる? あの女を捨てて、私と共に来てくれるのか? 例えそうなったとしても、君は私より先に死んでしまう。そんな未来に何の意味がある? 君のいない世界など、私にはもはや絶望しかない」
 リアは言い切ると、一息置いて口調を諭すような優しいものに変えた。
「君と私は生涯共に居る、その為の魔法だ。君はこれから不老不死となる。そして地上で最も強く、最も偉大な存在となる」

98触媒:2016/04/16(土) 16:43:19 ID:f0Lych7g
 リアは屈み込むと、倒れるエーレンの顔を抑え口づけた。舌を押し込み、口腔を舐め回す。
 その動きにエーレンは昂奮を覚えるよりも愕然とした。今のリアは狂っている、エーレンにはそうとしか思えない。
 リアはやがて名残惜しそうに唇を離すと両手でエーレンの頬を撫でまわし、陶然とした表情で告げた。
「君を、君にふさわしい魔王にしてみせる」
「やめてくれ……!」
「そうなれば、全ての邪悪と混沌の勢力を統べる存在にエーレンはなれる。善の勢力など物の数ではない。奴らは虐殺され、嬲られるのみの存在となり果てるだろう」
 エーレンは身体の中の何かが砕け散る音を聞いた。エーレンがリアにだけ話した彼の夢――善と悪が和解しているこの時を、少しでも長く続けること――それを真っ向から否定する発言がまさかリアから出て来るとは。
 エーレンの秀麗な顔に翳が落ちる。全身を無力感にさいなまれ、意思に反して瞳が閉じる。最後の抵抗力が失われた瞬間だった。
 リアは、エーレンの心中を察したのか悲しそうな声で告げる。
「君の夢を遮ることになってすまない。でも大丈夫だ、二人で新しい夢に向かって進んでいこう。血塗れの夢に」
 立ち上ると、リアは結界の外にいるエーデルワイスに冷徹な視線を向けた。
 エーデルワイスは狂ったように結界の壁を叩き続けている。その周りで多数の魔術師達も解除魔法を使っているようだが、全て無駄な足掻きと化していた。
「よく見ておけ、泥棒猫。エーレンが私の物となる、その様をな」
 憎悪一色に染められたリアの声を聞いた時、急速にエーレンは意識が遠くなっていくのを感じた。もはや舌を動かすことも、目を見開くこともできない。
「殿下、すみません」
 その言葉を最後に、エーレンの意識は落ちた。

99雌豚のにおい@774人目:2016/04/16(土) 16:43:36 ID:f0Lych7g
終わり
次はいつになるか分かりません
でわ

100雌豚のにおい@774人目:2016/04/17(日) 10:32:01 ID:Evc5CjL.
GJです!

101雌豚のにおい@774人目:2016/04/17(日) 23:00:29 ID:gnsIeOes
GJ!!!!

102雌豚のにおい@774人目:2016/04/18(月) 08:28:16 ID:FPrffIkk
めっちゃ面白い
ゾクゾクきたわ

103 ◆V/SdJIgW3Q:2016/04/20(水) 12:50:09 ID:7KBTgRO6
投下
最終回ってかエピローグ

104触媒:2016/04/20(水) 12:50:47 ID:7KBTgRO6
 ダークエルフの帝都、アン・デア・ルールはリンドランドから遥かに西、モンドロック山脈の地下に広がる広大な洞窟に建設されている。
 本来であれば完全な暗闇に閉ざされているその地で、ランタンを灯し、蛍光植物を育て、揺らめく光彩の下永劫にも思える長い時を彼らは過ごしてきたのだ。その街道は迷路のようにうねり、多数の影を形作っている。
 住人でない者が迷い込めば決して抜け出せないこの地では、要衝には必ず固く閉ざされた扉や門が設置されており、そこには常に同じ一族のダークエルフの精鋭が配置されている。
 それこそがアン・デア・ルールとダークエルフという種族を守護しそして監視する、恐怖の名門貴族、カムチャッカリリー一族である。

 カムチャッカリリー一族の居城はアン・デア・ルールの中央からやや南に位置しており、その一角に当主であるリアの執務室がある。
 その部屋には壁全面に悪魔と魔神の像が彫られているが、それらは常人が一目見れば発狂してもおかしくない程に捻じれ・歪み・狂気に満ちている。
 同じく悪魔の彫刻が刻まれた椅子に鎮座したまま、リアは一門の斥候からの報告をつまらなそうに聞いていた。
 リアの前に跪くダークエルフはリアの表情に気付いているのかいないのか、言葉を止めることは無い。
「……既にリンドランド軍はオークの大王国を滅ぼし、今またゴブリン共の首都も陥落寸前にまで追いつめているわけです。リア様、このままでは……」
「好きにさせておけばよかろう」
「はっ!?」
「馬鹿な女だ」
 エーレンにリアが魔法を施し、アン・デア・ルールに連れ去ると、当然のごとく激怒したエーデルワイスはダークエルフに宣戦布告して進軍を開始した。
 だが、相手がジ・スではなくダークエルフとなると、邪悪と混沌の勢力はエーデルワイスに協力することを拒む。
 それでも中立を保つ所が多かったのだが、リンドランドとアン・デア・ルールの間にはいくつもの邪悪と混沌の勢力の国家があったのだ。
 自分の領内を善の勢力の軍隊が通過するのを黙って許す程寛大、あるいは甘い種族は多くはない。当然のごとく阻止する行動に出る。
 すると、エーデルワイスはそれらの国々を鎧袖一触、次々と滅ぼす行動に出た。そうして最短距離でアン・デア・ルールを目指しているのだが。
「そんな事をすれば善と邪悪の対立を深めるだけだろうに。それは即ち、あの女と、今は邪悪と混沌の勢力に与しているエーレンの間の溝を深めることになる。それに気づかぬとは完全に頭に血が上っているな」
 リアは心底楽しそうに笑ってみせた。
 だが、斥候のダークエルフは慎重な意見を申し出る。
「しかし、ミュンヒハウゼン様はいまだ目覚めておりません。リンドランド軍がこのまま破竹の勢いで進軍しますと、近い将来アン・デア・ルールに到達いたします」
「心配するな」
 リアは立ち上がると斥候に対し告げる。
「近い将来というなら、エーレンは間違いなく近日中に目覚める。あの女がアン・デア・ルールに来るというのなら、見せつけてやろう。私と、エーレンの力をな」
 それを聞いた斥候は黙って引き下がり、恭しく退室していった。
 部屋の扉が閉じたのを見届けると、リアは独り言ちる。
「精々暴れるがいい、どうせ寿命で死ぬのだ」
 薄く笑うと今日も愛する人の容態を見るべく、リアはエーレンの居室に向かうのだった。

105雌豚のにおい@774人目:2016/04/20(水) 13:01:57 ID:7KBTgRO6
終わり
後書きと色々説明

超絶打ち切りっぽいですけど、予定通りです。
元々この話を書き始めた時ここまでしか考えてませんでした。
ただ、書いているうちに予定が変わったというか
この先も話は続くことになっちゃいました。
ただここからの展開が
どうにも元から薄いヤンデレ分がさらに薄くなるというか
他にもスレの趣旨に合わなそうなことがあって
ここでの投下が難しくなりました。

散々考えたんですけどこのスレでは予定通りここで話を終わらそうと思います。
で、この先の話(正確には前話からの続き)は他の場所でちびちび書いていこうと思います。
色々締まらない終わり方になっちゃってスイマセン。
読んでくれた皆さんありがとうございました
でわ



にしても前も言ったけどそこそこ古参で読み専だった俺が
SS書き続けることになるとは思わんかったよ
おまえらもなんでもいいから書いてみ
楽しいし、書いてけば(たぶん)上手くなるぞ
でわ

106雌豚のにおい@774人目:2016/04/20(水) 22:01:36 ID:MbdefwgA
お疲れ様楽しく読ませてもらった。
たまたま今指輪物語のゲームをやってたもんだからファンタジー系のSSが
スラスラ読めてちょうど良かったよ。

ミュウヒハウゼンは目覚めたら絶対リアから逃げ出しそうだよなぁ...

107雌豚のにおい@774人目:2016/04/20(水) 23:35:49 ID:E7zCTFE.
お疲れ様です!
凄いおもろい終り方だった。
続き気になってしょうがない。

俺も書いてみようかなぁ。。。

108雌豚のにおい@774人目:2016/04/20(水) 23:36:04 ID:E7zCTFE.
お疲れ様です!
凄いおもろい終り方だった。
続き気になってしょうがない。

俺も書いてみようかなぁ。。。

109雌豚のにおい@774人目:2016/04/20(水) 23:46:21 ID:E7zCTFE.
触媒で思い出したけど、触雷も面白いよなぁ ...
続き見たいのぉ。

110雌豚のにおい@774人目:2016/04/21(木) 23:08:30 ID:.CejRNWE
>>105
GJでした
どこで続き書くのか教えてもらえないのかな、、、

111雌豚のにおい@774人目:2016/04/23(土) 17:32:22 ID:6qB9cInw
ヤンデレ 小説 触媒
とかでぐぐれば

112雌豚のにおい@774人目:2016/04/25(月) 02:14:35 ID:.xkeMRHY
ヤンデレ 小説
でググると昔はここの保管庫が最初に出てきたんだが
今はかなり変わったなあ

113雌豚のにおい@774人目:2016/04/25(月) 07:42:53 ID:3wDmpG0M
>>110
俺も知りたい

114雌豚のにおい@774人目:2016/04/25(月) 22:15:29 ID:1wHHSdXs
俺にも文才があればなぁ…

115雌豚のにおい@774人目:2016/04/26(火) 06:10:48 ID:Wfp1XHSw
文才は練習すれば成長すると思うけど

116雌豚のにおい@774人目:2016/04/26(火) 06:28:29 ID:Ascz.1Y.
俺も作品を投下したい

1年ほどネタを温めてるんだが起承転結の転と結がまだ思い浮かばないのでエタりそうだ…

117雌豚のにおい@774人目:2016/04/26(火) 20:03:16 ID:Wfp1XHSw
俺逆だわ
一番盛り上がる結は浮かぶんだけど
そこにどうやって話を持っていくかで苦労する

118雌豚のにおい@774人目:2016/04/26(火) 20:28:04 ID:Ascz.1Y.
一般人のヒーローとヤンデレヒロインがひたすらイチャイチャする作品だから、結はともかく転が書けないのよね…
二人の関係に変化が起きたり、人死にが出たりするのは個人的に嫌だし
ネタ帳には日常パートだけがどんどん溜まっていく

119雌豚のにおい@774人目:2016/04/27(水) 00:25:47 ID:BBKni5Ao
ちゃんと流れ作るのもいいけど、ひたすら日常だけ書くってのも悪く無いんじゃね?
所謂日常マンガみたいな感じで

120雌豚のにおい@774人目:2016/05/01(日) 06:56:33 ID:DiGe7Yks
それはそれで可愛いヤンデレ書けそう
もっとヤンデレ書き増えろ 書こうとしてる人は臆せず投下して俺を浄化してくれ

121雌豚のにおい@774人目:2016/05/01(日) 12:13:56 ID:aVCL9H6M
別におまえのために書いてるんじゃねーし
って気持ちになって萎えるからクレクレやめれ

122雌豚のにおい@774人目:2016/05/01(日) 15:32:13 ID:z52x2W3g
触媒 なろうで見たような気がする。。

123雌豚のにおい@774人目:2016/05/02(月) 17:27:40 ID:Yh6hpINw
>>111で教えてるのに全くおまえらと来たら……

124雌豚のにおい@774人目:2016/05/02(月) 17:52:03 ID:j0Mj37Tg
ああ、主従の作者さんだったのか
岬タン可愛かったなあ

125雌豚のにおい@774人目:2016/05/13(金) 01:18:08 ID:jX.pjxJE
保管庫のメニューが突然「う●こ」だけになったぞ…

126雌豚のにおい@774人目:2016/05/13(金) 01:56:38 ID:lZ6eiKIQ
ヤンデレじゃ…ヤンデレの仕業じゃ…

127雌豚のにおい@774人目:2016/05/14(土) 00:18:41 ID:WBAy9gNo
「雌豚」とか「メス犬」とかリアルで侮蔑語として使ってる人見た事ないわ
他に適切な侮蔑語はないかな?

128雌豚のにおい@774人目:2016/05/23(月) 02:48:25 ID:fsCTcpwk
女王の愛とかいうSS久しぶりに見たいと思ったけど
サイトがなんか見れなくなってて悲しかった

129雌豚のにおい@774人目:2016/05/23(月) 06:03:25 ID:deNcHKaQ
移転しただけで普通に読めるじゃん
おまえら本当に探し物下手だな(´・ω・`)

130雌豚のにおい@774人目:2016/05/28(土) 03:36:49 ID:38K/.RB.
女王の愛?なにそれ読みたい
ググっても「ヴィクトリア女王 世紀の愛」とかいう映画しか出てこねぇ(´;ω;`)

131雌豚のにおい@774人目:2016/05/28(土) 08:02:42 ID:IYwZDG.2
女王の壮大な愛ってタイトル
でもそんなに強烈なヤンデレじゃないぞ

132雌豚のにおい@774人目:2016/05/28(土) 12:28:49 ID:gp3Y51zs
ポケモン黒の作者さん戻ってきてくれないかなぁ…

133雌豚のにおい@774人目:2016/06/07(火) 22:37:59 ID:9Jp0OIk.
>>132
それなー
待ち遠しいなぁ

134雌豚のにおい@774人目:2016/06/12(日) 16:55:27 ID:v7vDoVHg
起承転結が好きだった

135雌豚のにおい@774人目:2016/06/12(日) 22:33:14 ID:3fcEGkdw
桜の幹大好き。
続きが見たいと切実に思う。

136雌豚のにおい@774人目:2016/06/12(日) 22:47:48 ID:.goTBNKE
>>135
俺も見たいね
このままさくらの餌食にされるか、熊原姉弟に救われるかの展開が気になる

なお、熊原ルート行ったら姉→幹也←弟みたいな三角関係とかアリ

137雌豚のにおい@774人目:2016/06/12(日) 22:49:12 ID:iFlnboJU
「美少女SS保管庫」ってサイトに載ってる作品好き
ほぼ全部未完結で、作者さんが首吊るAAや布団で寝るAAを貼って締めるシリーズ。
「美少女」の性格が俺好みだし、「俺」の性格も俺に似てる気がするので世界観に没入してしまう

138雌豚のにおい@774人目:2016/06/12(日) 23:16:25 ID:pZcX0FGg
あいつとイソギンチャク娘書いてた人一緒なんかなやっぱ

139雌豚のにおい@774人目:2016/06/13(月) 18:18:12 ID:oeG4Ku52
うわああああ

140雌豚のにおい@774人目:2016/06/14(火) 01:16:41 ID:AnnODm02
たしかここの作品だったと思うんですけど幼馴染と妹ともう一人ぐらいの知り合いぐらいしかいなくなった世界で海見て綺麗ーみたいな会話してるやつってなんでしたっけ
海じゃなかったかもしれないですとにかくなんかみて綺麗だねーみたいな会話してた気がするんですけど
未完のやつ

141雌豚のにおい@774人目:2016/06/14(火) 06:30:00 ID:qgMyrxt2
そんなのあったっけか?

142雌豚のにおい@774人目:2016/07/09(土) 23:59:55 ID:MUEmlkTc
ぱっと見探してみたけど見当たらないなあ。

143雌豚のにおい@774人目:2016/07/10(日) 00:01:41 ID:7m3N7LCA
今日保管庫見てるの俺だけかな。
今日・1
になってたw

144雌豚のにおい@774人目:2016/07/10(日) 00:07:02 ID:IhE4hL7s
日付変わったばかりだから

145雌豚のにおい@774人目:2016/07/10(日) 16:37:20 ID:yIYNE416
開始1分じゃそりゃそうだろうな

146雌豚のにおい@774人目:2016/07/10(日) 22:50:28 ID:7m3N7LCA
あ、そうかー
見落としてたなあ

147雌豚のにおい@774人目:2016/07/13(水) 22:07:09 ID:n/Q8ZV4M
まあ全盛期に比べると30分の一ぐらいに減ってるから
人いないのは当たってる

148雌豚のにおい@774人目:2016/08/07(日) 16:26:07 ID:aEF6g7sg
みんなどこへ行ったのか…

149雌豚のにおい@774人目:2016/08/08(月) 03:13:17 ID:AIASe/JA
昔に比べれば小説投稿サイト増えたし
特に2ちゃんでやる意義がなければ
よそ行った方がいいだろ

150雌豚のにおい@774人目:2016/08/09(火) 23:40:41 ID:SHFaQ6XI
確かになぁー

151雌豚のにおい@774人目:2016/08/10(水) 12:05:58 ID:sOiBOTXc
また昔の勢いが復活してほしいな

152雌豚のにおい@774人目:2016/08/10(水) 22:13:45 ID:EjrC8J16
何もしなきゃ今のままだと思うぞ

153雌豚のにおい@774人目:2016/08/14(日) 14:00:11 ID:3mccZCc.
でも、人が多けりゃいいってもんでもないわな。
荒らしとかまた出てきそうだし。

154雌豚のにおい@774人目:2016/08/14(日) 18:06:37 ID:6Hs6VXAM
荒らし来ても避難所なんだから余裕だろうに……

155雌豚のにおい@774人目:2016/08/14(日) 22:09:39 ID:.hkO.nzs
でも管理人さんいるのかな
>>29とか放置されてるし
もう見てないんじゃ

156雌豚のにおい@774人目:2016/08/21(日) 20:50:50 ID:x7yYHhrA
へんじがない
管理人はしかばねのようだ

シャレにならんなあ
管理人もいない掲示板じゃ危なくて使えないず

157雌豚のにおい@774人目:2016/08/24(水) 12:28:12 ID:yUhwk9c6
ヤンデレ家族読み返したけどやっぱり面白いな
続篇も見たけど途中で止まってて残念…

158雌豚のにおい@774人目:2016/08/27(土) 12:20:16 ID:FDN34O2A
>>157
あの作品の良いところは暴力を厭わない系のヤンデレヒロインが3人もいるのに誰も死なない点だと思うわ
絶対に誰かが死ぬだろうなぁと確信しながら読み進めたが、複雑に絡み合った家族事情や人間関係が見事に解決されてストンと軟着陸した感じ

159雌豚のにおい@774人目:2016/08/30(火) 01:59:54 ID:abvIzk/.
起承転結が好きだった

160雌豚のにおい@774人目:2016/08/31(水) 22:50:55 ID:I4wIavt2
ブレってfpsが低いってこと?

161雌豚のにおい@774人目:2016/08/31(水) 22:52:00 ID:I4wIavt2
ごめん誤爆した

162 ◆hjEP2rUIis:2016/09/01(木) 11:18:59 ID:33uxeYNw
テスト

163Wikiの中の人 ◆hjEP2rUIis:2016/09/01(木) 11:29:53 ID:33uxeYNw
このコテ出すの久しぶりだな(^_^;)

えー、他方面に言いたいことは沢山あるんだが
結論から言う
俺のモチベーションがゼロになった
今後保管庫の更新をする気は起きそうもない

今まで通り誰でも編集できる状態にはしておくので
後はおまえら勝手にやってくれ

と言っても、どうせ誰もやろうとしないだろうし
そうなると荒らされて廃墟となるのは時間の問題なので
一週間ぐらい経ったら、時間のある時を見計らって
現状のまま保管庫を凍結する
その後は閲覧は出来るが更新される事もない状態になる

「ふざけんなカス氏ね」
という人は何か代案を出せ
良い案があったら凍結するのを変更するが
なければ決行するのでよろしく

でわ一週間後位にまた来る

164雌豚のにおい@774人目:2016/09/01(木) 22:49:21 ID:QSayTGhU
おk
特に異論ない
wikiの中の人ご苦労様です。

165雌豚のにおい@774人目:2016/09/01(木) 22:53:31 ID:QSayTGhU
でも、今帰さんと触雷が唯一の心残り

166雌豚のにおい@774人目:2016/09/02(金) 14:09:31 ID:tun/W7i.
>>157-158
すとん、と見事に収まって完結したのは良いよね、ヤンデレ家族。

>>159
やっぱり、SSってそれぞれ文章に個性が出てて、その作者らしさが読んでいて感じられるのが面白いね。
起承転結の人にせよ触雷の人にせよ。

>>163
閲覧は今後もできるということであれば、凍結に異存はありません。
今まで長きにわたりありがとうございます、お疲れ様でした。

167雌豚のにおい@774人目:2016/09/03(土) 13:12:06 ID:bNrOWJ.o
残念ですがが仕方ありませんね

168雌豚のにおい@774人目:2016/09/03(土) 19:41:41 ID:W0HfK1jQ
ありえないと思うけど、もし未完結の作品の続きが再開されたり、新しいヤンデレ作品を書きたいという作者が現れた場合、
まとめが更新される事はあるんだろうか?

169雌豚のにおい@774人目:2016/09/03(土) 20:18:46 ID:PV3VBqPU
ないって言ってるんだからないだろ

170雌豚のにおい@774人目:2016/09/04(日) 19:47:43 ID:kLdfeIIo
でも、もう更新されることはないってのはすげー悲しいなあ

171Wikiの中の人 ◆hjEP2rUIis:2016/09/04(日) 20:55:26 ID:CfV/Zubc
ちょいと顔出してみた(^_^;)

    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>168

それで更新してたら今までと変わらんだろうが
どう読んだらそういう疑問を抱くのかと、小一時間(ry

>>170
じゃあ代案出せ


でわ

172雌豚のにおい@774人目:2016/09/05(月) 18:04:29 ID:S2KqDrL6
荒れてますね、管理人さんw
ところで、ちょっと気になったのですが、@wikiって管理者を交代することはできるのでしょうか。
もし後任を公募するとすれば、また管理人さんにお手間をかける形となるでしょうが。

173雌豚のにおい@774人目:2016/09/08(木) 00:56:42 ID:oK5ALzHE
一年間書き溜めたヤンデレ作品をそろそろこのスレに投下しようと思ってたのに、wikiが閉鎖されると個人的に困るな
仕方ない…なろうか理想郷に投下するか

174Wikiの中の人 ◆hjEP2rUIis:2016/09/08(木) 14:01:22 ID:E/miCYAc
てことで一週間たったけど

>>172
それも考えたがぶっちゃけ期待できん
大体過去何度も誰でも編集できるようにしてあるから
手伝ってくれ手伝ってくれ手伝(ry
と、言い続けたのに、この9年間でまともに編集やってくれたの
多分5人もいない、俺一人で8〜9割は保管している

その5人には大感謝だが
それ以外のおまえらに期待する気持ちは完全になくなったわ

ただまあ、それでも管理人やる気がある人がいるなら、
新しい保管庫を作れ、と言いたい
今の保管庫をベースにして作ればそれ程労力要らんはずだ

それでもしんどいと言うなら、
新しく更新された部分だけ保管する保管庫でも作れ
もう憶えてる人少ないだろうが、
今の保管庫も、初代保管庫が更新滞ったんで
更新分を保管する為に臨時で作ったんだ
まさかそれからここまで続ける羽目になるとは思わなんだわw

では、特に良い案もなさそうなので、
時間を見て凍結を始めていく

でわ(^_^;)

175Wikiの中の人 ◆hjEP2rUIis:2016/09/08(木) 14:38:21 ID:E/miCYAc
アッサリ凍結終った(^_^;)
でわ

176雌豚のにおい@774人目:2016/09/09(金) 00:48:21 ID:aRaW59DI
>>174-175
9年間お疲れ様でした

これも一つの時代の変わり目なのかな

177雌豚のにおい@774人目:2016/09/09(金) 22:16:55 ID:pdDSWt7A
管理人様お疲れ様でした

178雌豚のにおい@774人目:2016/09/09(金) 23:31:31 ID:t1hGx.4E
今迄保管庫の管理ありがとうございました!
管理人さんお疲れ様でした!

179雌豚のにおい@774人目:2016/09/11(日) 13:26:59 ID:ovu1pVqM
>>175
御疲れ様でした

180雌豚のにおい@774人目:2016/09/13(火) 19:55:16 ID:beaAyMxs
お疲れ様でした。

凍結もヤンデレとして考えてみたら俺もうだめかもしれん

181雌豚のにおい@774人目:2016/09/24(土) 09:12:08 ID:VGSNkNh6
ほととぎすの更新待ち続けて何年経つか忘れちまったがここもこんな形で終わるんだな。

182雌豚のにおい@774人目:2016/09/24(土) 14:57:21 ID:kTQIomRs
待ってるだけで何もしなかったんだろ
じゃあ文句言えないよね

183雌豚のにおい@774人目:2016/09/25(日) 03:27:23 ID:CEvCXc72
ほトトぎす良いよなあ。
綾緒可愛すぎー

184雌豚のにおい@774人目:2016/09/25(日) 09:24:12 ID:DcTMx3nk
さすがに爪剥いだり鼓膜突き破ったりするのは抵抗感がある
泥棒猫に対してやるのはいいけど好きな人に対してやるのは理解出来ん

185雌豚のにおい@774人目:2016/09/25(日) 09:49:19 ID:I43flXQ.
いいとこで終わってる作品多すぎて悲しい

186 ◆vDdT9yA5A2:2016/10/06(木) 07:01:43 ID:M4RZ.rzo
テスト

187 ◆VZaoqvvFRY:2016/10/06(木) 07:02:00 ID:M4RZ.rzo
テスト

188 ◆VZaoqvvFRY:2016/10/06(木) 07:03:04 ID:M4RZ.rzo
http://ncode.syosetu.com/n0408dm/
これは私が投稿したものではありません
一応証拠までに

189 ◆V/SdJIgW3Q:2016/10/06(木) 07:03:39 ID:M4RZ.rzo
こちらの鳥も一応

190 ◆V/SdJIgW3Q:2016/10/06(木) 07:03:58 ID:M4RZ.rzo
お邪魔しました

191雌豚のにおい@774人目:2016/10/06(木) 07:30:21 ID:X4jG87gs
あったなこれ
盗作されてんのかな?結構投稿してるけどほかのやつもそうなのかな

192 ◆V/SdJIgW3Q:2016/10/06(木) 12:13:52 ID:M4RZ.rzo
騎士道物語は修羅場スレのBloody Mary
↑に貼ったのは拙作、ヤンデレスレから主従
嫉妬の輪廻はヤンデレスレから初めから

自分の作品についてはなろうの運営に通報しといた
見つけた時はビックリしたわ

193雌豚のにおい@774人目:2016/10/06(木) 12:15:48 ID:V8pGTNu2
歪んだ三角ってのも盗作だね

194雌豚のにおい@774人目:2016/10/06(木) 12:19:01 ID:Hvsppsf6
ひどい話だ

195 ◆V/SdJIgW3Q:2016/10/06(木) 18:19:27 ID:M4RZ.rzo
運営からメール来ました
>>188は速攻削除してくれたそうです
お騒がせしました

他の作品は当事者じゃないので
真贋の判別がつかないので
ご本人か他の方にお任せします

196雌豚のにおい@774人目:2016/10/06(木) 19:15:43 ID:X4jG87gs
過去のリメイクだとか言って全部盗作だろうしBANされてほしいね

197雌豚のにおい@774人目:2016/10/08(土) 01:56:23 ID:kqC7/DiQ
もう誰も通報しそうにないし
平然と盗作を続けそう

俺も通報とかめんどくさい

198雌豚のにおい@774人目:2016/10/27(木) 00:10:13 ID:iZI5xIiI
もう誰もいない。

199雌豚のにおい@774人目:2016/10/29(土) 11:28:08 ID:Z0rKKCcg
すみません。どなたかいらっしゃいますか。

200雌豚のにおい@774人目:2016/10/29(土) 11:46:15 ID:TyyDp8n2
はい

201雌豚のにおい@774人目:2016/10/29(土) 12:12:44 ID:g.Fk1WVQ
はい

202雌豚のにおい@774人目:2016/10/29(土) 16:33:53 ID:YJLh7wGU
<●><●>

203雌豚のにおい@774人目:2016/11/01(火) 17:44:03 ID:0wqpvF/w
人型のエイリアンっていいよね

204雌豚のにおい@774人目:2016/11/01(火) 19:01:33 ID:RQ/b76qk
場違いかもしれませんが、読むに値する出来の良いヤンデレSS
読まない方が良いヤンデレSSを教えて下さい。

205雌豚のにおい@774人目:2016/11/02(水) 20:09:25 ID:WOD9/2k6
忍と幸人とかかな

触雷!はダントツ

206雌豚のにおい@774人目:2016/11/06(日) 21:50:39 ID:a1Qc9W.I
長編

題名のない長編集

題名のない長編その4
題名のない長編その23

桜の幹
ヤンデレ家族と傍観者の兄
向日葵になったら
ひどいよおおこうちさん→貴方と握手を
触雷
ほトトぎす
1週間
恋の病はカチカチ山をも焦がす
お隣の彩さん
しろとすず
そして、転職へ
囚われし者
ウェハース
17:00時の女の子
わたしをはなさないで
天使の分け前、悪魔の取り分
ポケモン黒
今帰さんと踊るぼっち人間
たった3人のディストピア
幼なじみの早見さん
主従
子猫の願い
触媒

────────────────
短編

ヤンデレ喫茶シリーズ
ヤンデレ喫茶は実在するのか?
ヤンデレ喫茶の事務所にて「ヤンデレについて」
ヤンデレ喫茶の、ある一日
ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる

最果てへ向かって
天秤
平和は数え役満の夢を見るか
奏でる旋律は哀しみの音
ヤンタクロース・サンタガール
ケン君、危機一髪
小籠堂番台日誌
完璧な彼女
ボクじゃ姉に敵わない
椿姫
騎士と王女、忠義と偏愛
嫉妬束縛夫とヤンデレ妻康子
bet all of you
pinocchio
盗賊さん
姫ちゃんの奮闘
『ある殿様の話』
『ある奴隷にまつわること』
妹さんの心
隣のオンライン
題名のない短編集

題名のない短編その48
題名のない短編その24

この位が俺の好きなSSねー。もう好み駄々漏れww
読まなくてもいいSSは基本的にないんじゃないですかね。一生懸命書いてもらったものなんで。

207雌豚のにおい@774人目:2016/11/06(日) 21:55:19 ID:a1Qc9W.I
特に
題名のない短編その24
題名のない長編その48
題名のない長編その4
天秤
ポケモン黒
たった3人のディストピア

は大好き!!

208雌豚のにおい@774人目:2016/11/07(月) 01:41:19 ID:X19Rvpr6
紹介したいやつ、上ですでにされてるから
小説家になろう!っていうサイトで結構いいのあったので紹介しとく
http://ncode.syosetu.com/n7502bx/

209雌豚のにおい@774人目:2016/11/07(月) 18:29:34 ID:0tUOgYlo
http://mypage.syosetu.com/29399/

鬱さんすごいで。

http://ncode.syosetu.com/n2133cv/

九十九の想い

http://ncode.syosetu.com/n2153dd/

血塗れ竜と食人姫

九十九と血塗れは同じ作者

210雌豚のにおい@774人目:2016/11/13(日) 20:19:55 ID:JEgPFinY
様々なヤンデレSSの紹介有難うございます。
これからじっくり読んでみたいと思います。
ちなみに>>209さんの紹介して頂いた「血塗れ竜と食人姫」は私も好きな作品です。

211雌豚のにおい@774人目:2016/11/18(金) 02:59:06 ID:gt7//TtE
個人的には異世界だの魔法だのが無いヤンデレ作品が好きだなぁ

まとめwikiだとヤンデレ家族と今帰さんが好き
商業作品だとこはるの日々が好き

212雌豚のにおい@774人目:2016/11/19(土) 00:26:50 ID:JDKxsZyM
今帰さん待ってるんだけどなぁ
帰ってきてくれないんだろうか

213雌豚のにおい@774人目:2016/11/23(水) 04:28:34 ID:o.kexHJQ
鬱さんの「蛆虫の唄」ってのを読んできたが、
好きな人に暴力を振るうヤンデレってのは嫌いだわ

自分たちの愛を邪魔する泥棒猫に対して暴力を振るうのは良いけど、好きな人を殴ったり蹴ったり針で刺したり手足を切ったりする作品はどうもなぁ…

214雌豚のにおい@774人目:2016/11/23(水) 06:57:03 ID:mUcdblu2
その辺は個人の趣味だわな
俺なんてここで絶賛されてるヤンデレ家族が嫌いだぞ

215雌豚のにおい@774人目:2016/11/23(水) 10:38:37 ID:GYg3Cw3Y
ヤンデレ家族は妹と葉月さんがとにかくかわいいから

216雌豚のにおい@774人目:2016/11/23(水) 11:19:19 ID:o.kexHJQ
妹は弟から兄に心移りしちゃう尻軽だからなぁ。記憶の混乱で仕方ない部分もあるとはいえ。
やはり徹頭徹尾兄一筋の葉月さんが最強だわ。今読み返すと澄子ちゃんに比べて登場回数が少なすぎじゃないかとも思うけど

217雌豚のにおい@774人目:2016/11/23(水) 14:56:52 ID:/QjqLo7o
俺は途中から葉月さん以外ほぼ全員嫌な所が目についたんで
読むのやめた
なんでみんなそんなに褒めるんだろうと思ってスレに参加してたけど
他にも嫌いな人もいたんだな
わざわざ叩いて空気悪くしてもしょうがないしね

218雌豚のにおい@774人目:2016/11/23(水) 16:16:09 ID:.powhPgA
世界観に入り込めるある程度の文量と文章力があって、
しかも伏線を回収して綺麗に完結しているというだけでも凄いことだよ
まとめwikiのssは未完結作品多いし…

219雌豚のにおい@774人目:2016/11/24(木) 21:18:34 ID:MJbvdGl6
書いてくれるだけで充分だろ。
読む俺達は黙って好きなの読んでりゃいいんだよ。

220雌豚のにおい@774人目:2016/11/24(木) 21:22:41 ID:MJbvdGl6
鬱さんの作品は基本的にどろどろしてるけど、すげー俺好みなシナリオ。

読み終わった後、頭ん中でより良いルートを考えるのが好き。

221雌豚のにおい@774人目:2016/11/26(土) 21:30:29 ID:wgOKGt7U
鬱さんはバイオレンスが無ければ個人的にパーフェクト

222雌豚のにおい@774人目:2016/11/30(水) 10:19:17 ID:rUpP1M6o
久しぶりに来たら凍結してるな……

個人的には綾シリーズが好きだったんだけどな

223雌豚のにおい@774人目:2016/12/01(木) 07:36:02 ID:uCSDUUB.
マジレスすると
おまえ来る場所間違えてる

224雌豚のにおい@774人目:2016/12/01(木) 07:48:21 ID:6YmqjikY
まあほぼ一緒みたいなもんだし

225雌豚のにおい@774人目:2016/12/05(月) 21:13:48 ID:.XVq/5bY
テスト

226雌豚のにおい@774人目:2016/12/10(土) 01:32:19 ID:SsOLiqRc
俺も数年ぶりに色々見て回ったけど、ヤンデレの時代は終わったってことかね…

227雌豚のにおい@774人目:2016/12/10(土) 03:38:59 ID:GgpMhyKo
ヤンデレって程でなくてもいいから、ちょっと愛の重い女の子と、色んな出来事や事件を乗り越えつつ愛を育んでいくような、そんな作品を読みたい
意外と見付からないんだよな
ラノベでもなろうでも異世界ハーレムばかりで、純愛ものは人気がないらしい

228雌豚のにおい@774人目:2017/01/01(日) 01:48:28 ID:MwcoKlfY
なろうでいい感じの探すの大変だよね
どこで探せばいいのやら

229雌豚のにおい@774人目:2017/01/01(日) 01:53:45 ID:/ebX2L.g
ノクターンもいいぞ
まああんま数ないわ

230雌豚のにおい@774人目:2017/01/04(水) 00:19:59 ID:UeVo.J9o
小説家を読もうってサイトでヤンデレって検索したりするとええで。

231雌豚のにおい@774人目:2017/01/04(水) 01:49:57 ID:3tgGTggQ
>>229
>>230
初めて見る名前ばっかだわ
ちょっと調べてみまる

232雌豚のにおい@774人目:2017/01/08(日) 14:33:40 ID:ph5SLmWA
俺が初めてしたバイオ4だからありがたい

233雌豚のにおい@774人目:2017/01/08(日) 14:34:12 ID:ph5SLmWA
誤爆申し訳ない

234雌豚のにおい@774人目:2017/01/09(月) 22:46:13 ID:bnX8amHA
久しぶりに来たらWiki凍結したのね
管理人さん超絶乙でした

235避難所の中の人★:2017/01/15(日) 05:09:38 ID:???
管理人です。長期間の放置状態について、謝罪と状況報告に来ました。

まずひとつ。2015年以降はスレの進みも遅くなっていたので、見るのは時々でいいかなぁ的な気分になっていました。これは単なる怠慢です。申し訳ありません。

もうひとつ、こちらは割と重大です。
この掲示板のメールアドレスは2014年末にサービスを終了したinter7を使っていたのですが、アホなことにサービス終了にず〜〜〜っと気づきませんでした。
そしていつの間にかしたらば掲示板の管理メニューのログインにメールアドレスが必要になっていたのですが、使用不能になったメールアドレスは弾かれてしまうのか、ログインできません。
したらばからのメール自体はGmailに転送して残してあり、メールアドレスとパスワードの組み合わせは完全に一致しているのを確認できる、にも関わらずです。

ということで、現在この掲示板は管理不能状態に陥っています。
>>29>>33にはとっくに気づいていましたし、連絡の書き込みをしようにもどうやって証明したものか…と思って黙らざるを得なかったのです。
良く考えれば管理者メニューに入れないだけでキャップは生きている可能性が高いことに、事態に気づいてから1年も経って思い立ち、今書き込みをした次第です。
先ほど削除人メニューにはどういうわけかログイン出来ることは確認したので、該当レスは消してみたのでキャップが死んでいるとしてもこれが本人確認になるかなと思います。

とりあえずしたらばの運営にメールは送ってみますが、管理を復旧できない場合は打つ手なしです。
そうなった場合、新規の避難所を用意するしかないかなと思います。

236避難所の中の人★:2017/01/16(月) 20:47:39 ID:???
運営とのやり取りの結果管理の復旧を完了しました。
大変ご迷惑をおかけしました。今回で痛い目を見たので定期的にちゃんと管理をしていきます。申し訳ありませんでした。

237雌豚のにおい@774人目:2017/01/16(月) 22:18:23 ID:jHhSMPv2


238雌豚のにおい@774人目:2017/01/17(火) 00:37:03 ID:2L2Wp1EI
乙乙
上で管理人氏は凍結を解くことは無いという旨の書き込みをしているけれど、残念だな
ヤンデレ作品少ないものな…

239雌豚のにおい@774人目:2017/01/17(火) 01:21:53 ID:yt77.FF.
管理人さん乙です

240雌豚のにおい@774人目:2017/01/24(火) 02:41:06 ID:8PgJZ6LU
管理人さんお疲れ様っす。

241雌豚のにおい@774人目:2017/01/24(火) 02:42:28 ID:8PgJZ6LU
管理人さんの話聞いてて思ったんだけど、保管庫は凍結しててもここはまだ生きてるって事かな。

242雌豚のにおい@774人目:2017/01/24(火) 02:43:09 ID:8PgJZ6LU
そういう事なら嬉しい。

243避難所の中の人★:2017/01/25(水) 18:08:11 ID:???
ここはのらりくらりと続行ですね。
まとめ管理まではできませんが、一応避難所は過去ログも保存してあるのでとりあえず大丈夫かなと思います。

244<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

245雌豚のにおい@774人目:2017/01/31(火) 00:33:40 ID:knO01Exs
ヤンデレにハーレムって合わなくね?

246雌豚のにおい@774人目:2017/01/31(火) 00:34:30 ID:knO01Exs
ヒロインは多くて3人位でいいと思ってる派。

247雌豚のにおい@774人目:2017/01/31(火) 00:35:49 ID:knO01Exs
管理人さん避難所管理有難うっす。

248雌豚のにおい@774人目:2017/01/31(火) 00:40:07 ID:knO01Exs
俺ヒロインが裏で主人公とかを周りの人間使いながら孤立させてって主人公の拠り所をヒロインだけにしようとしたりするヒロイン大好きなんよ。
桜の幹とかたった3人のディストピアとか題名の無い長編集その4とか。

249雌豚のにおい@774人目:2017/01/31(火) 00:41:08 ID:knO01Exs
キュン死してしまう。
皆はどういうシチュエーションが好きなんだろう

250雌豚のにおい@774人目:2017/01/31(火) 00:42:32 ID:knO01Exs
>>231
てかすまん。
小説家を読もうじゃなくて
小説を読もうだったわ。
すまんな。

251雌豚のにおい@774人目:2017/01/31(火) 00:45:56 ID:knO01Exs
それと物語作るのって難しいよなー。
真ん中辺りまで書いてもそっから浮ばない事が多くて。
完結まで行くってすげえよ

252雌豚のにおい@774人目:2017/02/26(日) 20:10:25 ID:IbEA8qhI
やあ

253雌豚のにおい@774人目:2017/02/26(日) 21:16:28 ID:oD01L0o2
う〜ん……最近、全然おもしろいのない
みんなのスコップはどうだ?俺のは折れちまったよ

254雌豚のにおい@774人目:2017/02/26(日) 21:22:55 ID:DeWjTnXE
てかまず読むもの自体なくね

255雌豚のにおい@774人目:2017/02/27(月) 12:07:53 ID:M6UtYq7A
なら作っちまえよ
好きなシナリオ書けるって結構楽しいぞ

256雌豚のにおい@774人目:2017/02/27(月) 22:55:13 ID:Wl.q9oE2
最近読んだ中だとこれ好き
‪「彼女がヤンデレになる過程とその結果」
http://ncode.syosetu.com/n5799db/
純花ちゃんかわいい
主人公が若干アレかもだけど

257雌豚のにおい@774人目:2017/03/09(木) 04:20:20 ID:QHmiJkLc
ヤンデレ家族と傍観者久々に読み直したら葉月さんってストーカー気質なんだね
パン屋のときだけでなく作中のあちこちで主人公をストーキングしてんのな

>>256
主人公クズ過ぎて読むの止めた

258雌豚のにおい@774人目:2017/03/09(木) 23:50:45 ID:dOr41nuU
ストーカーって普通に良いよな。
一途やん。

259雌豚のにおい@774人目:2017/03/09(木) 23:52:07 ID:dOr41nuU
ただまあ、危害与えちゃうストーカーは酷いとは思うけど。

260雌豚のにおい@774人目:2017/03/10(金) 05:43:56 ID://XZU9Vk
尾行だけじゃなくて主人公の持ち物を盗んじゃう系のヤンデレも可愛い。
主人公の古着とか歯ブラシとか乳歯とか。
「そのゴミちょうだい。私がゴミ箱に捨てて来るから」って主人公から受け取った割り箸やストローも自宅で丁寧に保管してたり。

放課後の誰もいない教室で主人公の体操服やリコーダーをくんくんするのが日課で、体操服の袖にほつれを見付けたらソーイングセットで密かに直してくれて、ついでに裏地の目立たない部分に自分の髪の毛を一本だけ編み込んじゃったり。

あとは主人公の家に毎朝迎えに来て、主人公の両親と仲良くなって、外堀から埋めてくる系のヤンデレも好き

261雌豚のにおい@774人目:2017/03/20(月) 13:52:00 ID:vvTb39ec
外堀から埋めていくのはやばい。
すげー好き。
計画的にくるのは良いよね。

262雌豚のにおい@774人目:2017/03/20(月) 23:27:00 ID:Obeiu4y.
「ヤンデレは計画的に」

263雌豚のにおい@774人目:2017/03/24(金) 00:22:14 ID:UWj6e2TY
んーたまらん。

264雌豚のにおい@774人目:2017/03/24(金) 01:22:20 ID:TzVw3TtQ
自身は決して表面的に活動せず、直接的に関与しない方法で事件を仕組み、煽り立てて、
それにより窮地に立たされ、精神的に追い詰められた主人公に、希望の手を差し伸べるという形で彼の心を搦め捕ろうとするインテリ系ヤンデレも好き。

265雌豚のにおい@774人目:2017/03/26(日) 23:45:53 ID:OTsqkL9A
>>264
お前分かってるなぁ...!!
最高やんけそれ!

266雌豚のにおい@774人目:2017/03/27(月) 02:42:36 ID:DLVdLK02
>>265
二人がどのようにして結ばれ、そしてどのように死ぬのか。
これから主人公が蓄積する記憶の全てと、享受する喜怒哀楽の全てを二人で共有していくために、自分は何をするべきか。
人生の始発駅から終着駅に至るまでの設計図を頭の中に描き上げていて、それを着々と実行していくインテリ系ヤンデレ可愛いよね。

267雌豚のにおい@774人目:2017/04/03(月) 15:22:22 ID:HLmxOeuo
>>264
展開的には主人公がもう少しで墜ちるって時に彼女の計画がバレそうになって主人公が疑心暗鬼になる

「彼女が全部……?いや、まさか……彼女がこんな事する人じゃない。……けど……」

なんて考えてる間に彼女が強行手段で監禁調教洗脳を開始

とか

計画がバレた時には時既に遅し、ワクワク☆監禁タイムみたいなね。


自分が凄い信頼を置いてた人がまさかこんな事を……って考えながら恐怖に怯える主人公とか尚最高

268雌豚のにおい@774人目:2017/04/28(金) 04:52:00 ID:xoGxkIWA
ヤンデレ四天王とか呼ばれてるヒロインの登場するある漫画を読んだんだが、
物語終盤で訳の分からない理由で主人公を殺害しようとしていたので幻滅した
自分の好きな相手を傷付けたり殺そうとしておいてよくヤンデレを僭称できるな

269 ◆Dae8xgpN5o:2017/04/29(土) 22:46:19 ID:35cSQn8E
ただ今より投下します
前にここへ載せた物のリメイクです

270妹はキスを迫る 一話「妹と兄」 ◆Dae8xgpN5o:2017/04/29(土) 22:48:30 ID:35cSQn8E
 その一言は、蝉の大合唱に紛れて聞こえた。

「キスして」

 夕焼けに照らされた居間の中。ソファに寝そべった妹の朔(さく)は阿呆らしいことを呟いた。
 連日の猛暑で頭がイカれたのだろう。扇風機前に居座る俺は、そう判断し無視を決め込む。ただでさえ暑苦しいのに、この意味不明な発言に付き合いたくはなかった。
 黙ったまま、引き続き人工の風を浴びる。

「……お兄ちゃん、無視はひどいんじゃないかな」

 すると、拗ねた声が返ってきた。

「無視してやってるんだ。ありがたく思え」
「いいじゃん、してよキス。減るもんじゃあるまいし」
「俺の社会的信用が減る」
「減る程無いじゃん。友達ほぼ0人なんだから」

 軽口にうんざりしながら、俺は高圧的に言う。

「とにかく妄言を吐くのは止めろ」

 欧米人でもないのに、家族とキスなんてありえない。
 子供の頃ならともかく、俺はもう高一。朔は中二だ。とっくに、分別を踏まえる年頃になっている。
 この歳になって、兄妹同士でキスをするのは異常だ。

「……わかった」
「よし」
「お兄ちゃんはツンデレだということが!」
「氏ね」
 
 手元にあった洗濯ばさみを投げつける。
 遠慮なしの速球ストレート。獲物(いもうと)めがけ、グイグイと伸びていった。
 しかし、朔はそれをあっさりと右手でキャッチ。掲げて、俺に見せつける。

「ナイスキャッチ」
「自分で言うな」

 無駄に反射神経がいい奴だ。

271妹はキスを迫る 一話「妹と兄」 ◆Dae8xgpN5o:2017/04/29(土) 22:51:04 ID:35cSQn8E
「ナイスツッコミ。じゃあ、改めてキ」
「言わせねえよ」

 続けて、第二球。さらに、スピードを上げた洗濯バサミが飛んでいく。

「――スしよう!!」

 ……今度も捕られたが。

「ふふん、可愛い妹は無敵なんだよ」

 ドヤ顔の朔に、第三球を投げつけたくなったが止めた。これ以上は抑えが効かなくなる。
 俺は嘆息しつつ、問題発言に切り込んだ。

「で、何でキスなんだ」
「お兄ちゃんが好きだか――」
「それはいい」

 耳にタコが出来るくらい聞き飽きている。
 朔は、いわゆるブラコンだ。子供の頃、面倒を見ることが多かったせいか俺に懐いている。普段から、何かとスキンシップを取ろうとしてきたりはするが……。

「いつもは精々、急に抱きついてくるだけだろ」

 それなりに弁えてはいた。だが、今日の朔は言動がおかしい。

「お兄ちゃん、人は常に前進しないと駄目なんだよ!」
「脇道に逸れる事を前進とは言わない」
「なら、ステップアップで」

 言い方の問題じゃない。

「つまりは、そろそろ新しい段階へと踏み込みたいと思ったんだよ」
「……それがキスだと?」
「ご名答。より淫らな兄妹関係には必須だよ!」
「既に淫らみたいに言うな」

 ピンク色なのは、お前の脳内だけだ。

「えー。普通、可愛い妹には欲情するものだよ」
「どこの常識だ」
「エロゲーの」
「……」

 本格的に頭が痛くなってきた。
 どこで妹の教育を間違えたんだろうか。小さい頃は、不可思議な言動をしない普通の女の子だったのに。今ではすっかり、奇人変人の類になってしまった。
 昔の名残を探すように、改めて朔を見る。
 いまだに、子供料金を利用できる小柄な身体。母親譲りの黙っていれば愛らしい顔立ち。髪型は、昔から変わらぬツーサイドアップ。幼い印象を、更に強調させている。笑みの一つでも浮かべれば、俺ですら小学生に思えてしまうことさえある。
 ……今頃、気づいた。朔の容姿は、昔とさほど変わっていない。小学生の頃に背が伸びず、髪型もそのままだからだ。だというのに、内面は恐ろしい程に変わってしまった。例えるなら、オタマジャクシから山椒魚。幼少期とは別の生き物だ。

「あれ、お兄ちゃん大丈夫?」
「大丈夫じゃない」 
 
 お前の現在が。

「あらら。もしかして、脱水気味なんじゃない。夏だから気をつけないと」
「そうだな」

 朔が、ソファーから立ち上がった。

「じゃあ、何か飲みもの持ってくるよ。わたしも喉渇いたし。何がいい?」
「アイスコーヒー」
「ラジャー」

 ふざけた返事をして、朔はキッチンに向かった。

272妹はキスを迫る 一話「妹と兄」 ◆Dae8xgpN5o:2017/04/29(土) 22:52:56 ID:35cSQn8E
「おまたせー」
「ああ」

 幼馴染とメールのやり取りをしていると、朔がキッチンから帰ってきた。
 手にはおぼん。アイスコーヒーが注がれたコップ二つと、クッキーが盛られた皿が載っている。

「どうしたんだ、そのクッキー」
「この前、満(みちる)叔母さんが置いていったんだって」
「ふーん」

 ケータイをポケットにしまい、氷が浮かぶコップを受け取る。熱を帯びた手が急速に冷やされた。

「ちなみに、わたしのオススメは苺ジャムのかな。色が綺麗だし美味しいよ」

 おぼんを居間中央のテーブルに置くと、朔は再びソファに腰を下ろした。

「そうか」

 説明を聞きながら、クッキーが盛られた皿に手を伸ばす。

「じゃあ、これにする」

 俺は躊躇わず、チョコクッキーを口に運んだ。甘さが控えめでうまい。

「……お兄ちゃん」
「どうした、食わないのか」

 続けて、アーモンドクッキーをつまむ。香ばしい風味が口の中に広がった。

「仕返しにしても、ちょっと意地悪すぎない!?」
「何のことだ」

 惚けた態度をとりながら、コーヒーに口を付ける。飲みなれた苦味が喉を通りすぎた。

「別に、オススメされたのを食わなきゃいけない理由はないだろ」
「悪意があるかどうかで、受け止め方に大きな差があるよ!」

 お兄ちゃん、最近意地悪だよ。そうぼやきながら、朔もクッキーに手を伸ばす。

「昔は、優しくしてくれたのに」
「昔は、可愛げがあったからな」

 皮肉交じりに返す。
 朔は、頬を膨らませた。

「もう! 今でも十分可愛いでしょ。……あ、チョコクッキーの方が美味しい」
「人間、外見よりも内面だ。……アーモンドもイケるぞ」
「あれ、わたしが美少女だってのは認めるんだ。……アーモンド美味しい」
「ずいぶんと腐った思考回路だな。……やっぱ、アーモンドだな」

 会話をしながらも、俺と朔は順調にクッキーの山を減らしていった。

273妹はキスを迫る 一話「妹と兄」 ◆Dae8xgpN5o:2017/04/29(土) 22:54:35 ID:35cSQn8E
 話の流れが変わったのは、皿からクッキーが消えた頃。朔の一言からだった。

「あ、叔母さんで言えばさ。そろそろ、一年だよね」
「一年? ……ああ」

 まだ、一年なのか。そう思いながら、俺は口を開いた。

「叔父さんが死んでか」
「うん、あの時は本当に急だったね」
「……そうだな」

 約一年前。今日と同じような猛暑日に、満叔母さんの夫である望(のぞむ)叔父さんは交通事故で死んだ。享年三十四歳、早すぎる死だった。
 ちなみに、満さんは母方の叔母。望さんは、俺達からして義理の叔父にあたる。いつも、笑顔を絶やさない穏やかな人だった。

「いい人だったよね、叔父さん。わたし達にも優しくしてくれたし」
「ああ」

 それゆえに、叔母さんのショックは大きかった。葬式での姿は、今も脳裏に焼き付いている。
 涙こそ流していなかったものの、美麗な顔立ちは憔悴しきっていた。長い黒髪にも艶がなく、まともに寝ていないことは一目瞭然。回りの人に支えられて、やっとこの場にいるという
感じだった。それくらい、突然過ぎる叔父さんの死が受け入れらなかったんだろう。
 俺は、まともに見ていることが出来なかった。

「あの後、大変だったよね。叔母さん、すっかり弱っちゃって。食事も喉を通らないって感じで」
「母さんも、しょちゅう様子を見に言ってたな」
「そうそう。お婆ちゃんも、心配しすぎて弱っちゃったし。お母さん、あの時は死ぬほど忙しそうだったね」

 普段から、母は帰りが遅い。仕事が忙しく、残業もしょっちゅうだからだ。
 その上、あの頃は二人の様子を見に行っていた。俺達が眠った後に、帰宅することもザラだった。

「ついには、叔母さんを家に置こうかって段階にもなったしね。いやー、あそこからの回復は本当に奇跡だったよ」
「……時間が経って落ち着いただけだろ」
「そうかな?」
「そうだ」

 叔父さんの死から数ヵ月後、叔母さんは徐々に元気を取り戻した。
 枯れ枝のような腕に生気が戻り、陰気な隈も消えた。髪にも艶が戻り、笑みも浮かべるように。我が家にも、時々訪れるようになった。

「私には、この回復は不自然に思えるんだけどなー。何か、理由があると思うよ」
「理由?」
「うん、具体的に言うと」

 口元を歪め、朔は意地悪げに呟いた。

「新しい男が出来たんじゃないかな」

 瞬間、第三球を放った。

274妹はキスを迫る 一話「妹と兄」 ◆Dae8xgpN5o:2017/04/29(土) 22:56:57 ID:35cSQn8E
「いてて。ちょっと、お兄ちゃん。ガチストレートはやばいって」
「黙れ」

 額をさする朔を睨みつけた。
 右手には、第四球を用意済み。いつでも、投げることが出来る。

「口に出す言葉くらい選べ。言っていい事と悪い事がある」
「いやいや、私そんなに変な事言ったかな?」
「何?」
「だってさ」

 けろりとした顔で、朔は話し始めた。 

「空いた穴を男で埋めるなんてありふれた話だよ。フィクションでもお馴染み」
「叔母さんが、そんなすぐに切り替える訳ないだろ」
「どうかなー。人間、弱っていると藁にも縋っちゃうからねー」

 否定できない言葉が並ぶ。いつの間にか、会話の主導権は向こうに移っていた。

「叔母さん、元々強いタイプじゃないしね。誰か、適当な人を引っかけたかも」
「……根拠のない話は止めろ。叔母さんが、叔父さんの事を簡単に忘れるはずないだろう」
「『忘れ』はしないだろうね。でも、乗り換えるかどうかは話が別だって。人間、一人では生きていけないよ」
「知ったような口を聞くな」
「生意気言いたいお年頃なんだよ。にしても、お兄ちゃん。やけに、当たり強いね。いつもより、風速5mくらい増してるよ」
「内容が内容だから当然だ」
「ふーん、そっか。私はてっきり」

 朔はポケットに手を入れ、一枚の写真を取り出した。

「――図星を突かれたのかと思ったよ」
「っ!」 

 俺と叔母さんが、裸で交あっている写真を。 

「いやー、という事はお兄ちゃんそっくりの別人なんだね。いやー、びっくりしたびっくりした。なんて、展開な訳ないよね」
「……ああ」

 唇を噛み締めながら、俺は首肯した。

「間違いなく、俺だ。盗撮魔」
「いやー、それほどでも。よく撮れてるよね、この写真。ついつい、自画自賛しちゃうよ。お母さん達に見せたら大変な事になるだろうね」
「俺の顔面が、か」
「そうだね。お兄ちゃんがお父さんに殴り倒されるのは確定。でも、本当にやばいのは叔母さんだろうね。自分の甥に手を出したんだから。絶縁くらいはされそうだね」
「……もう手は切ってある」
「だから?」

 口元を歪め、朔が写真を突き立てる。逃げる事は出来ないと強調するように。
 俺は、拳を握り締めながら尋ねた。

「お前の望みは何だ」
「望み。そうだな」

 顎に指を当て、朔は考える素振りをした。実際は、とっくに答えを出しているだろうが。

「なんで、叔母さんと寝たかを問いただすのも面白そうだね。でも、大体予想できるから却下。後は、私の事を悪く言えない変態だったお兄ちゃんを言葉責めというのも悪くないね。でも、これも却下。わたし、サディストじゃないしね。お兄ちゃんラブの可愛い可愛い妹だから」
「どの口が言う」
「この口が。じゃあ、取り合えず」

 この日、俺は知った。無邪気な笑みと、邪悪な笑みが紙一重な存在である事を。 

「キスしてもらおうかな」

――続く――

275 ◆Dae8xgpN5o:2017/04/29(土) 23:00:38 ID:35cSQn8E
キモウトスレか、こちらに載せるか迷いましたが元ネタを投稿したこちらにしました
それでは

276雌豚のにおい@774人目:2017/04/30(日) 00:52:27 ID:bEXVtaaY
gjです
元ネタ……何かわからない……
一瞬ヤンデレ家族のお父さんお母さんかなって思ったけど……
作者名に自信がない。
とにかく久々の投下があって嬉しいです

277雌豚のにおい@774人目:2017/04/30(日) 11:22:50 ID:2FbCgFQQ
>>276
タイトルまんまなのに何を言ってるんだおまえは

278雌豚のにおい@774人目:2017/05/04(木) 11:38:06 ID:i9yQbdTs
GJ!!!!!!!!!!!
お疲れ様っす!!!!!!!!!!!

279雌豚のにおい@774人目:2017/05/04(木) 11:45:52 ID:i9yQbdTs
GJ!!!!!!!!!!!
お疲れ様っす!!!!!!!!!!!

280雌豚のにおい@774人目:2017/05/04(木) 11:46:21 ID:i9yQbdTs
連投スマソ

281雌豚のにおい@774人目:2017/05/04(木) 11:46:41 ID:i9yQbdTs
>>268
いやー、ヤンデレ四天王とか俺から見たらそんなにヤンデレしてないよあれ。
我妻由乃くらいじゃない?結構ヤンデレなのは。

つかヤンデレ四天王見るより保管庫のやつ見てそっちのがヤンデレ成分多いわ
キモウトキモ姉見てもいいし、2ch 「嫉妬・三角関係・修羅場統合スレ」まとめサイトのSS作品も見てよ。

282 ◆JzWiMO6jIA:2017/05/10(水) 05:31:53 ID:cl21xQYs
テスト

283雌豚のにおい@774人目:2017/05/19(金) 06:00:29 ID:2ZNXjmP.
漫画でヤンデレといえば、こはるの日々が結構良かった
愛の重いヒロインと主人公がひたすら関係を育む、血を見ない作品は良いものだ

284雌豚のにおい@774人目:2017/05/22(月) 01:30:50 ID:KsX846B.
確かに血を見ないやつは良いよなあ。
なんといっても後味が良いし。
でも、物足りない感じもする。

285 ◆lSx6T.AFVo:2017/06/15(木) 18:29:10 ID:om9ptE46
お久しぶりです。
保管庫が凍結したということですので、私の作品は『小説家になろう』にて保管します。他者による無断転載ではありませんのでご了承ください。
それでは失礼します。

286雌豚のにおい@774人目:2017/06/15(木) 21:14:00 ID:Pu1EMWqg
誰かと思ったら彼女にNOと言わせる方法の人じゃないですか
向こうに載ってるということは続きがまた読めるのかな?
何にせよ楽しみです

287雌豚のにおい@774人目:2017/06/17(土) 16:59:16 ID:gjp.RBRo
どこであれ、活動続けてくれるのは嬉しい
できればアカウント名も教えてほしいが

288 ◆ZUNa78GuQc:2017/06/18(日) 15:14:29 ID:DXyNWHbs
テスト

289 ◆lSx6T.AFVo:2017/06/18(日) 15:17:05 ID:DXyNWHbs
お久しぶりです。
『彼女にNOと言わせる方法』の番外編『元旦、或いは新たな恋心』(前編)を投下します。

290雌豚のにおい@774人目:2017/06/18(日) 15:18:08 ID:DXyNWHbs
 お正月、ひいては元旦は、日本人のみならず世界中の人々にとって、大きな意味を持たらす日である。
 我々日本人は年賀状などという簡易的怪奇文書を全国で十億通以上送りあうし、西洋では卵に装飾を施すという謎行動に走っている。嗚呼、一月一日よ。お前には人を狂わせる魔力でもあるのか。十二月二十四日の魔の手から逃れたと思えばすぐこれですよ。
 常日頃、平穏を尊ぶ僕としてはこの手の商業主義的なイベントの数々は好ましくないし、そもそも謙虚さを至上とする我々日本人は、たとい特別な日であろうともなんでもない顔をしていつものように過ごすべきではないだろうか。うん、そうだ。絶対、そうだ。
 つまり、僕が何を言いたいかというと――
「初詣、めんどくさい」
「新年早々、阿呆なことを言ってるんじゃありません」
 僕がコタツの中で猫のように丸くなりながらそう言うと、母さんは呆れたように天井を仰いだ。
「あんたねぇ、若い内から年寄りみたいなこと言うんじゃないの。子どもは風の子っていうじゃない。雪が降った時の犬みたいに、外で駆け回るのが自然ってものでしょうが」
「こんな寒い日に駆け回ったら、風の子じゃなくて風邪の子になっちゃうよ。そもそもさぁ。最近の子どもはインドア志向なの。家庭での遊びが不足していた昭和時代と一緒にしないで欲しいな」
「……相変わらず口だけは減らないわね。我が息子ながら最高にクズいわ」
 議論は終わったと見て、僕は視線をテレビに移したのだが、いきなり画面は真っ暗になってしまう。振り返ると、リモコンを持った母さんが仁王立ちしている。
「新年の行事は大切なのよ。これから新たな一年を迎えるに当たって、初詣に行くことはとっても重要。わかる?」
 くっそ、この強情ババアめ。自分の主張が通らないとわかればすぐにこれだ。何が何でも僕を初詣に行かせたいらしい。
 こうなってはやむを得まい。作戦変更だ。
「確かに、新年の行事は大切かもしれない……母さんの言うとおりだよ。うん」
「○○……遂にわかってもらえたのね。母さんの想いが通じたのね」
「うん。ということで、母さん。お年玉頂戴」
 母さんに向かって手を差し出す。最高にさわやかなスマイルを添えて。
「まさかくれないなんてことはないよね? だって母さんは新年の行事が大切だって言ったもんね。お年玉といえば初詣と同じくらい日本にとって馴染みの深い行事だし、これを忘れちゃ日本人じゃないと言っても過言ではないよね。ほら、母さん。お年玉。お年玉ちょうだいよ。ねぇ? ねぇ? 母さん、ねぇ?」
 リモコンを投げられた。顔面に向かって。

291雌豚のにおい@774人目:2017/06/18(日) 15:19:28 ID:DXyNWHbs
「ちょ、母さん! 児童虐待だよ、それは」
「うるさい! このクズ! いいから、さっさと準備なさい! 初詣に行くわよ!」
 母さんはプリプリ怒りながらそう言うと、コタツのコンセントをひっこ抜いて出て行ってしまった。こうなっては、仕方があるまい。安寧の地を出て、寒く厳しい外の世界に行かなくてはならないのだろう。
 でも、やっぱり動く気が起きなくって、未練がましく温もりが残るコタツの中でごろごろと転がっていた。
 ピンポーン、と来訪を告げるチャイムが鳴った。母さんが玄関で対応をしているのが、ドア越しに聞こえてくる。そして、リビングに向かう足音が聞こえてきて、
「あけましておめでとう、○○ちゃん」
 僕の幼馴染みであるAが入ってきた。だが、いつもの見慣れたAではない。彼女は鮮やかな紅の晴れ着を来ていて、美容院でセットしたであろう髪には、かんざしなんぞが刺さっている。
 僕は身体を起こし、上から下までジロジロと観察する。Aは照れくさそうに笑った。
「どうかな、○○ちゃん。似合うかな」
「知らないよ」
 僕は鼻を鳴らし、Aから視線を外した。正直、聞く相手が悪い。僕にとってAは、それこそ家族のようなものであり、客観的な評価など下せやしない。誰だって、綺麗に着飾った母親を見ても心を奪われたりはしないだろう。それと一緒。
「全然、似合ってないね。三十点だ」
 よく似合っているぜ。なんて言えばスマートなのだろうけど、あまのじゃくな僕にそんなことを期待するのはどだい無理な話なわけで。いつものように憎まれ口を叩いてしまう。
「三十点かぁ」
 Aは残念そうに笑った。
 その心底残念そうな表情を見て、僕にしては珍しく、ほんのちょびっとだけ良心の呵責を感じたので、
「まあ……あれだ、馬子にも衣裳というし……。それに、何より見せる相手が悪い。僕じゃなくてクラスの男子連中に見せれば絶賛の嵐だろうよ」
 僕なりのフォローのつもりだったけれど、Aにはあまり響かなかったみたいだ。彼女はニコニコと笑って、
「あのね、私も一緒に初詣に行くことになったから」
「ああ、そうなんだ。おじさんとおばさんは?」
「もちろん一緒だよ」
「そうかいそうかい。楽しんできんさい」
 大きなあくびを一つしてから、再び寝っ転がる。

292雌豚のにおい@774人目:2017/06/18(日) 15:20:20 ID:DXyNWHbs
「○○ちゃんは行かないの?」
「僕はパス。外、寒いしね。それにさ、大した宗教心も持たないくせに、ただ慣習に流されて初詣に行くような安易な態度はとりたかないのさ。神社と寺の区別もついていない人が多いこの世の中、生半な気持ちで参拝されたって神様も嬉しかないだろう。仮に行くにしたって、二週間くらい経ったガラガラの神社を好むね」
「じゃあ、私もその時に一緒に行こうかな」
 そう言って、Aはコタツの中にもぐりこんだ。野暮ったい晴れ着のせいで、やや窮屈そうだ。彼女の足が、太ももに当たる。
「いやいやいやいや、何を言っているんだ。僕に構わず行けばいいだろう。何のための晴れ着だよ。せっかくのおめかしなんだから、神様にお披露目してこいよ」
「でも、私は○○ちゃんと一緒がいいから」
「…………」
 嘆息。
 なんつーか……どうしていつもAはこうなのだろう。なんでも僕中心に考えているというか。僕のことをひとりじゃ何もできない、残念なヤツだとでも考えているのだろうか(否定はできない)。断言してもいい、Aは絶対に子供を過保護でスポイルするタイプの親になる。甘々の甘やかしで精神的糖尿病になっちまいそうだ。
 ――そしてAのこういう態度が、僕にとっては一番堪える。
 着付けた晴れ着のレンタル代、美容院でのセット代、果たしておいくら費やしたのかは知らないが、それを惜しいとも思わずに全てを投げ出してしまえる、その態度。
 きっと、おじさんとおばさんは困惑顔で娘を説得するだろう。だが、こうなったAが梃子でも動かないのは当然ご承知だ。唐突な娘のワガママを、ただ受け入れる他ない。新年早々に幸先のいいスタートを切るつもりだったのに、出鼻をくじかれることになってしまう。
 僕としても、さすがにそれは忍びない。
 なので、あー、だの、うー、だの呻きながらコタツの中をゴロゴロ転がり回った挙句、
「わかったわかった! 初詣、行くよ。僕も行けばいいんだろう!」
 そう言って立ち上がると、Aは花のようにパァっと顔を輝かして、嬉しそうに手を合わせた。
「ありがとう、○○ちゃん」
 だから何に対する感謝なんだって。

293雌豚のにおい@774人目:2017/06/18(日) 15:21:15 ID:DXyNWHbs
 そして、絶賛後悔中。
 僕らが向かったのは、自宅から三十分ほど車を走らせたところにある、この地域で一番有名な神社だった。満車の表記が出された駐車場の中で、幸運にも二台分の空きを見つけ、僕とAの家族は車を停めることに成功した。
 境内へと続く長い石造りの階段をのぼり、どでかい朱色の鳥居をくぐると、そこには人人人人人人人人人人人人(以下略)。文字通りの人の海。まさかここまで多いとは思わなんだ。コートを突き破る、肌を刺すような寒さも相まって、僕のテンションは急転直下。恨むぜ、一時間前の僕。
「すごい人だねぇ」
 Aはのんびりとした口調で呟く。
「ああそうだなすごい人だなもういいよお腹いっぱいだよ温かい甘酒だけ飲んで帰ろうそうだもう帰ろう」
 そう言って踵を返すと、そこには母さんが立ちはだかっていた。くっ……退路は塞がれている。なら前方へと思ったが、そこにも大量の人々。右方と左方も同様。逃げ場はない。なむさん。
 仕方あるまい。ちゃっちゃと参拝を済ませてしまおう。
 と思って拝殿を見やると、そこには長い行列が出来上がっていた。先頭から順に目で追っていくと、なんと行列は階段の一歩手前まで続いている。何? ここはテーマパークだったの? マスコットキャラクターは神様なのかな?
 着いて早々あの列に並ぶのは気が滅入る。それはみんなも同意見だったようで、まずはおみくじでも引こうということになった。そして僕ら一団は人波をかき分けつつ進んでいったのだが、
「あれ?」
 気付けば、僕の両親とAの両親がいなくなっている。あたりを見回しても、そこには見知らぬ大人たちしかいない。
「どうやら、途中ではぐれちゃったみたいだね」
 Aだけはずっと、僕の隣を歩いていたので離れることにはならなかったみたいだ。
「この人の多さだからなぁ……」
 しかし、はぐれたからといって焦りはなかった。あらかじめ、離れ離れになった時のことを想定して、集合場所と集合時間を決めてあったからだ。お互いを探し回る必要はない。
 といっても、集合時間まではだいぶ時間があった。この中から親を探し出すのは不可能に近いしなぁ……こうなった以上はしょうがない。
「ふたりでまわるか」
「うん」
 Aは嬉しそうに頷いた。

294雌豚のにおい@774人目:2017/06/18(日) 15:21:54 ID:DXyNWHbs
 おみくじはまず札を引き、そこに書かれた番号の棚からくじを取り出すというシステムだった。僕の引いた札には四番と書かれている。四番ね、どれどれ……うわ、末吉だ。微妙過ぎてコメントしづらい。
『辛く厳しい道のりの中に、小さな希望を見出すべし。流れには逆らうことなく、自らの心の向かう方へと進め。なれば、よい結果が得られるだろう』
 基本は、辛くて厳しい年になるらしい。末吉らしく絶望一辺倒というわけではないが、げんなりする。以下、健康や学問など、個別分野の運勢が載っていた。
「おっ」
 並みの運勢が続く中、なぜか恋愛運だけはやたらと良かった。待ち人来たる。と、赤い字で印刷されている。
 待ち人、ねぇ。
 正直、色恋沙汰とは全く縁がない身のため、どうにも信じられない。
 僕は、まだ恋を知らなかった。
 誰かを好きになったことも、誰かに好かれたこともなかった。そして、別段それを欲したこともなかった。好きだの嫌いだので右往左往するのは馬鹿らしいという冷笑の気持ちもあったし、恋愛というのは大人の嗜好品であり、尻の青い僕にはまだ早いという気持ちもあった。
「Aはどうだった」
 と、おみくじを広げている彼女の手元をのぞき込んでみると、
「うげ……」
 そこには大凶の二文字があった。最近のおみくじはサービス精神旺盛で、大凶の数をあえて減らしているので、引くことは滅多にないという。それを引き当てるとは……一年のスタートをこの紙切れに託している人だったら、結構へこむ結果かもしれない。
 ちなみに僕は、ちょっと羨ましいと思ったり。だって、大凶だぜ? つまり最悪ってことだぜ? アウトローな感じがしてカッコイイじゃないか。少年の心がうずく。少なくとも、末吉なんかよりよっぽどいい。
 Aも、あまり気にしている風ではなかった。一通り目を走らせた後、黙っておみくじを折りたたみ、近くの木の枝に結んだ。僕も彼女に倣い、末吉のおみくじも併せて結んでおいた。
 さて、それでは本日のメインディッシュ、参拝へ向かうとしよう。
 僕とAは最後尾を目指して、群集の中を進んでいく。
「…………」
 その間、絶え間のない視線を感じていた。神社に来てからずっとだった。視線は僕に向けられたものではない。隣のAに向けてだ。

295雌豚のにおい@774人目:2017/06/18(日) 15:22:38 ID:DXyNWHbs
 普段から何かと注目を集めるやつではあるが、今日は一段とすごい。おそらく、晴れ着を着ているせいだろう。容姿との相乗効果によって、魅力が青天井になっているらしい。
 衣服というのは、魅力を引き出す補助具のようなものだ。特に、特殊な衣服であると、その効果はより増す。巫女服やナース服を着ている人が魅力的に映るのも、それに拠るところが大きい。
 今日のAは、ほのかに化粧もしているせいもあってか、やたらと大人っぽい。僕より三つは年上に見える。小学生どころか、中学生を飛び越えて高校生と言われても違和感がない。
 ほら、あそこの中学生らしき男子なんか、Aに見蕩れてしまったせいで袴姿のヤンキーとぶつかってしまい、ひと悶着起こしている。年齢の離れた中高年であってもその魅力は有効なようで、すれ違った後に「まるでお人形さんみたいな子ね」なんて話が耳に届いてくる。
 Aがこの手の視線を浴びることは日常茶飯事だ。皆一様に彼女を見て、その可憐さに感心する。
 そして――隣に立つ少年に視線を移し、こう言いたげな顔をするのだ。
 釣り合わない、と。
 人は、何に対しても釣り合いを求める。蝶の隣を飛ぶのは必ず蝶でなくてはならず、決して蛾であってはいけない。たとえ姿かたちは似ていても、それはあくまで偽物、別種なのだから。
「どうして、アイツが」
 学校で、死ぬほど聞かされてきた言葉。知るかよ馬鹿、とはねつける強さは持っているが、こればっかりは、どうしたって慣れない。鬱積は、少しずつだが、確実に募っていく。
 Aの隣を歩くとは、こういうことなのだ。
 ひとりになりたい、と思った。

296雌豚のにおい@774人目:2017/06/18(日) 15:23:35 ID:DXyNWHbs
 最後尾についた。
 こうして並んでみると、日本人は本当に行列が好きなんだなぁ、と改めて思う。待つ先に得られるものよりも、待つこと自体に意味を見出しているような気がしてならない。行列のできる有名ラーメン店よりも、閑古鳥が鳴く場末の中華料理店を好む人間である僕には、到底理解できぬ価値観だ。
 なんて愚痴を早速こぼしてみたが、
「後少しだから頑張ろう、○○ちゃん」
 と、諭すような口調でAは言う。ダメな生徒を励ます先生かよ。頭をよしよしとでも撫でられでもしたら、はたき返してやったかもしれない。
 それにすし詰め状態なせいか、初詣に来てからというものの、Aとの距離がやたらと近い。離れようと努力はしているのだが、大した距離が空けられない。不快とまでは言わないが、それでもなんとなく嫌な距離感だった。思春期の少年が親族に感じる、羞恥心の入り混じった嫌悪感とでもいうべきか。いや、まだ思春期には程遠いのだけれど。
「おい、もっと離れろよな。色々と近いんだよ」
 相変わらず寄せられる視線のこともあって、僕はAの身体を手で押しのけた。だが、しばらくするとまた引っ付いている。磁石でもくっついているのかよ、おい。
「ごめんね、○○ちゃん」
 そう申し訳なさそうに言われてしまうと、僕としても強く言い返せない。忍耐力で乗り越えよう。忍耐だ、忍耐。
 僕らは牛歩の歩みで進んでいく。
 リーダーがいるわけでもないのに、人々は規律よく並んでいる。僕も、空から見れば豆粒の内のひとつでしかないのだろう。ここにいる人たち全員が、何かしらの願いを持っているのだと考えると、不思議な気分になった。
 果たして、神様はその願い全てをさばき切れるのだろうか。日本には八百万ほどの神様がいるらしいが、ここの神様は明らかに過当労働だ。ブラック神社だ。神様の世界に、労働基準監督署はあるのだろうか。
「参拝イコール神様への願い事、とは限らないけどさ。初詣に来る人の大半は、神様への感謝を捧げるんじゃなくて、神様にお願いをするために来ているわけだろう。みんな、そこまでして叶えて欲しい願いでもあるんかね」
「どうだろう。たぶん、本気で願いを叶えてもらおうと考えている人は、あまりいないんじゃないかな。朝、○○ちゃんが言ったように新年の行事として、つまり慣習として、ついでにお願いしているんだと思う」
「お願いかぁ。冷静に考えると、見えもしない神様に対してお願いするだなんて、なんとも奇妙な話だよな。僕が無神論者だからかもしれないけれど。そもそも、神様へのお願いってのは、人に対してするのと何が違うんだろうな」

297雌豚のにおい@774人目:2017/06/18(日) 15:24:15 ID:DXyNWHbs
 僕の疑問を受けて、Aは指を二つ立てた。
「私の意見になるけど、神様へのお願いには二つの形があるんだよ」
「二つ?」
「うん。一つは受験祈願みたいに、基本は自分の実力だけれども、そこにプラスアルファを期待するタイプ。どちらかというと、成就への決意表明という意味合いの方が大きいかもしれないね」
「なるほどねぇ。つまりギャンブルみたいに、全てを運否天賦に任せてしまうわけではないってことか。あくまで自分の力で勝負するのが大前提ってわけね」
「うん。神様にはそのサポートをお願いする形だね」
「ってことは、もう一つは全てを神様に託すタイプってことか。それこそ、さっき言ったギャンブル祈願みたいに」
「賭け事への期待とは、ちょっと違うかもしれないけれど」
 と、Aは苦笑する。
「もう一つは、何がなんでも叶えたい願いを持っている人だよ。それこそ、不治の病の根治を願うような、願いがそのまま自己の全てに直結しているタイプ。か細い希望であっても、願いへの糸口になるのなら、すがりたい。そんな人」
 拝殿が近づく。神様まで、後もう少しの位置。
「極端な話、願いを叶えてくれるのなら、その対象はなんでもいいんだよ。それこそ――」
 その時、僕は拝殿への段差に躓いてしまい、正確にはAの言葉を聞き取れなかった。でも、僕の耳が確かならば、彼女はこう言っていた。
「――たとえ、悪魔でも」

298雌豚のにおい@774人目:2017/06/18(日) 15:24:57 ID:DXyNWHbs
 ようやく順番が回ってきた。
 僕は作法なんかこれっぽっちも知らないので、五円玉を賽銭箱に放り込み、鈴を鳴らして柏手を打った。面倒だったので、目は瞑らなかった。我ながら不信心極まりない。
 ふところで温めていた願いの言葉を神様に託し終えたので、後続に順番を譲る。Aは熱心に祈っているようで、まだ両手を合わせていた。
 それはおそらく、絵になる光景だったのだろう。
 僕の後ろにいた老人は参拝をする前に、まるで芸術品を観賞するような目で、横にいるAを見ていた。
「何をお願いしたんだ?」
 たっぷり時間をかけて参拝したAに訊ねてみる。
「私のお願いごとは、いつも決まっているから」
 Aが今みたいな迂遠な言い回しをする時は、あまり踏み込んで欲しくない時だ。それでも強く訊けば教えてくれただろうが(彼女の答えは大抵YESだし)、それはしなかった。大して興味はなかったし、それに、誰にだって内心の自由というものはあるだろう。
「○○ちゃんは何をお願いしたの?」
「母さんが年末に買った宝くじが当たってくれってお願いしといたよ。金額は一千万くらい」
 僕のあまりに俗すぎる、かつ生々しい金額設定に、Aはちょっと引いていた。うるせーやい。

299雌豚のにおい@774人目:2017/06/18(日) 15:25:39 ID:DXyNWHbs
 参拝も終わったので、集合場所である鳥居のもとへと向かう。
 途中、混雑のせいで前から歩いてきた中年男性とぶつかってしまい、Aの手の甲と触れ合った。
 僕はなんとなく、それこそ道端の草をちぎるような気持ちで、Aの手を握ってみた。募らせてきた嫌悪感の裏返しだったのかもしれない。
 反応は想像以上だった。
 Aは目を見開き、信じられないといった顔をして、僕の顔を凝視した。それは、僕の知らない表情だった。裏の裏まで知り尽くしていたと思っていた彼女の、隠れた一面。
 何よりも変化したのは、その瞳だった。黒く澄んだ宝石のような瞳が、血液が滲むように怪しく濁っていく。まるで、限界まで膨らんでいた何かが破裂して、中身が零れて出てしまったかのように。
 即座に手を離し、目を逸らす。
「なんだよ、そこまで嫌がらなくてもいいだろう。その……はぐれちゃうと思って手をつないだだけなんだからねっ! 勘違いしないでよねっ!」
 後半は冗談っぽく言って誤魔化したが、実を言うと――ほんの少しだけ怖かった。
 人が幽霊を恐れるのは何故だろうか。それは、よくわからないからだ。
 もし幽霊の存在が科学的に解明され、傾向と対策が組み立てられるようになったら、誰がそれを恐れるだろうか。幽霊への恐怖を担保しているのは、その神秘さにある。神秘のベールが剥がれた瞬間、幽霊はただの現象と成り果てる。
 僕が今、Aに対して感じた恐怖も、それと同じだった。彼女が一瞬、わからなくなってしまったのだ。
 逸らした目を戻すのが怖い。だけど、Aに恐怖を感じる必要がどこにある? AはAだ。彼女のことは、僕が一番よく知っているじゃないか。大丈夫、恐れる必要は何もない。
 ゆっくりと、視線を戻す。

300雌豚のにおい@774人目:2017/06/18(日) 15:26:09 ID:DXyNWHbs
「どうしたの、○○ちゃん?」
 あれ?
 そこに居たのは、いつもの人畜無害な笑みを浮かべたAであった。先ほどの、異様な瞳のAはどこにもいない。
 え? なになにこれは? つまり……なんだ? 今のは、ただの僕の見間違いだったのか? Aがいきなり手を握られて驚いたちゃっただけなのを、僕が曲解してしまったのか? それとも大人びた格好のせいで、別人だと錯覚してしまったのか?
 は、はは、ははは、恥ずかしい!
 僕は頭を抱えて唸った。
 枯れ尾花を見てビビッてしまった羞恥をどう説明しましょうか。はい。そうですね、死にたくなりますね。くっ……いっそ殺せ!
 僕の悶絶などつゆ知らぬAは、優しい笑顔でそっと手を差し伸べる。
「手、つなごっか。○○ちゃん」
 彼女の白い手をまじまじと見つめていると、再び恥ずかしさが込み上げてきたので、手をつなぐ代わりに頭をぺしっとはたいてやった。
「いたい」
 Aは困り顔で頭をさすった。

 鳥居の真下まで辿り着く。親はまだ来ていなかった。手持ち無沙汰になった時間を、僕は行き交う人々を見てぼんやりと過ごす。
 この時になってようやく、新しい年が始まったのだと実感した。
 今年は、どんな年になるのだろうか。ふと考える。昨年のように、なんの変化もない単調な日々をただ積み重ねていくのか。学校に行き、休日に遊び、夜に眠る。そんな日々を。
 それとも――
 Aを見やる。彼女は本殿の方を見ているようだった。僕より一歩分前にいたので、表情まではうかがえない。
 ――Aはあの時、神様に何を願ったのだろうか。
「あ」
 そういえば、まだやっていないことがあった。
 A、と僕は名前を呼びかける。
「あけましておめでとう」
 振り返ったAは、僕のよく知る、いつもの柔らかな笑みを浮かべていた。その笑顔を見て、これまで募らせてきた鬱積や嫌悪感が全て吹き飛んでしまった。僕とAの関係が変わるはずがない。そう確信できたからだ。
 時計を見ると、集合時間まで、まだ少しあった。このまま待ちぼうけしているのも勿体ない。一先ずはそう、この冷えた身体を温める甘酒でも、買ってきましょうかね。
 僕は和やかな気持ちで、新年の一歩を踏み出した。

301 ◆lSx6T.AFVo:2017/06/18(日) 15:28:03 ID:DXyNWHbs
『彼女にNOと言わせる方法』の番外編『元旦、或いは新たな恋心』(前編)、投下終了します。

302 ◆lSx6T.AFVo:2017/06/18(日) 15:29:42 ID:DXyNWHbs
保管庫凍結に伴い、番外編は『小説家になろう』にて保管いたします。よければご覧になってください。
番外編(後編)はなるべく早めに投下しますので、お付き合いいただければ幸いです。
よろしくお願い致します。

303!slip:verbose:2017/06/18(日) 16:46:45 ID:wxYwK.ew
おちゅ

304雌豚のにおい@774人目:2017/06/19(月) 01:27:57 ID:A47z5LXc
>>301
乙です!

305雌豚のにおい@774人目:2017/07/12(水) 14:22:52 ID:uCc4lJEE
あっついなあ

306雌豚のにおい@774人目:2017/07/27(木) 10:38:33 ID:GuJaCU4w
おやすみプンプンの田中愛子が最高やわー

307雌豚のにおい@774人目:2017/08/07(月) 02:32:21 ID:w.T40Jtc
ラノベではない文学作品でヤンデレが出てくる作品はないだろうか
明治でも昭和でもいいし海外小説でもいい

308雌豚のにおい@774人目:2017/08/08(火) 21:34:04 ID:4Fr542.E
最近はライトなヤンデレが流行りなのかね
色々読んでるけどまるで理解できん
みんなキチガイ描いてて、みんなそれを喜んでんだよ
しかも壊滅的に面白くない
ここや嫉妬スレみたいな良作を読める場所はもうないな

309雌豚のにおい@774人目:2017/08/09(水) 05:25:21 ID:q.dmzLCo
◆lSx6T.AFVoがなろうに投稿してる作品、良いな
構成がしっかりしてて表現も豊かだから読みやすい
そんじょそこらのラノベよりも優れてて、素晴らしい

内容はまぁ、Aさんの天使ぶりに対して、「僕」のなんと小悪でクソ坊主なことか。何度も張り倒したくなる衝動に駆られる

310雌豚のにおい@774人目:2017/08/23(水) 00:34:54 ID:o.5ZE98A
彼女にNOと言わせる方法書いてる人ってわたしのかみさま書いてる人と同一人物なのは初めて知ったわ

311雌豚のにおい@774人目:2017/08/23(水) 00:36:26 ID:o.5ZE98A
やっぱ保管庫系は廃れていって最近はなろうやその他の小説投稿サイトの方が盛り上がってるなあ。

312雌豚のにおい@774人目:2017/08/23(水) 00:44:02 ID:o.5ZE98A
とは言えなろうは深く漁っていくと全然面白い小説とかいっぱいあるのにチートハーレム異世界転生の三拍子揃ってるとまあ大体はランキング入っちゃう環境がなあ。
その三拍子に乗らない人があまり評価されないのはちょっと悲しい。

313雌豚のにおい@774人目:2017/08/23(水) 04:56:02 ID:YEG9slfI
確かになろうのランキングに載ってる小説は面白くないうえにテンプレ多いよな
あと個人的には男向け女向けで分けてほしい

314雌豚のにおい@774人目:2017/09/23(土) 02:21:36 ID:HrFuNyls
なろうでおすすめのヤンデレ作品ある?

315雌豚のにおい@774人目:2017/09/26(火) 03:50:11 ID:s6qjg5KY
猫とワルツをとかどう?
もしかしたらここでも書いてたかもしれないけど

316雌豚のにおい@774人目:2017/10/07(土) 23:47:53 ID:e.R4r5yE
>>314

ソノママチョフ
丸木堂左土

この人たちの作品はおもろい。

317雌豚のにおい@774人目:2017/10/07(土) 23:50:35 ID:e.R4r5yE
鬱だったら死に至る病
ソノママチョフなら触媒
丸木堂左土ならひきこもり大戦記

318雌豚のにおい@774人目:2017/10/29(日) 23:05:02 ID:ecYNEqSk
年末に近付いていくねえ

319 ◆ZUNa78GuQc:2017/11/02(木) 14:18:03 ID:fgdUzpOU
test

320 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:19:54 ID:fgdUzpOU
お久しぶりです。
『彼女にNOと言わせる方法』の最新話が完成しました。
題名は、番外編『元旦の憂鬱、或いは新たな恋心』(中編)です。
それでは投下します。

321 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:22:07 ID:fgdUzpOU
 地獄のようだった初詣を、無事、終えることに成功した。
 常に毒の沼状態だった神社を抜け出せたものの、HPゲージは真っ赤で点滅状態。試合後のボクサーのようにグロッキーな僕を、横から支えたのはAだった。
「大丈夫?」
 今日は何かと密着する機会が多く、僕としてはすぐにでもひっぱがしたかったのだが、後ろでAの両親が優しく見守っている手前、そんなことはできそうにない。
 しょうがないので、二人で石段を下りる。
 意趣返しのつもりで容赦なく体重を預けてみるが、不平不満は一切でてこない。晴れ着姿で何かと動きづらいだろうに、我慢強いやつだ。
 なので、僕はほとんどAにおぶさるような体勢になっていた。そのおかげか、ゴリゴリ削られていたHPも回復傾向にあった。
 危なかった。後少し滞在時間が伸びていたら、僕はおそらく棺桶の中にいただろう。いや、神社だから燃やされて灰になっていたのか。でも神道って火葬だけじゃなくて土葬もあった気がする。ってことはゾンビになるリスクもあったわけか。おそろしや、おそろしや。
 Aの家族とは駐車場で別れた。これから親戚のところへ行くのだという。
 Aはニコニコスマイルで僕に手を振っていたが、無視して車に乗り込んだ。後部座席でシートベルトを締め、ようやく胸を撫で下ろす。
 ふぅ、やっとアウェイでの戦いから解放されたぞ。これでホームに帰れる。早くコタツの中で、のんびりお正月番組でも視聴しよう。見たい特番はたくさんある。お笑い、スポーツ、バラエティ等々。どのチャンネルにしようか悩んじゃうな、へへへ。
「まだ、帰らないわよ」
 エンジンが稼働し、父さんが車を軽快に走らせた直後、助手席に座る母さんがそんなことを言った。
「ん? 母さん、今、なんて言ったのかな?」
「だから、まだ帰らないって。今からヘビセンに行くんだから」
 ヘビセンとは、この地域で最大の規模を誇る複合型ショッピングモールのことである。郊外の広大な土地を余すことなく使用した、全国的に見ても最大規模のショッピングモールであり、他県から訪れる人も少なくないと聞いている。僕も、友だちとちょっとした遠出を楽しむ時はよくヘビセンを訪れる。
「どうしてヘビセンに?」
「あのね、ものすっごくお得な福袋セールがやってるのよ!」
 福袋。それはメインとなる目玉商品に売れ残った商品を抱き合わせ、少しでも高く売るという古来より行われてきた商法のことを指す。お得なんてのただの売り文句であり、実際は体のいい在庫処理に過ぎないというのに、なぜか消費者は愚かにも踊らされてしまう。これもまた元旦の魔力なのかね。
「わかった、付き合うよ」
「あら、ずいぶんと物分かりがいいのね。てっきり、またごねるのかと思ったわ」
「僕は契約更改に臨むオフシーズンの野球選手ではないからね。提示された条件には唯々諾々と従うのさ」
 僕は学んだのだ。運命(母さん)に対して、人はただ頭を垂れるしかないのだと。それに、もし反対でもしたら車から放り出されかねない(過去経験あり)。
 けれど、気が重いのもまた事実。Aの車で一緒に帰ればよかったかも、と思う。彼女ならば、きっと聖母のような笑みを浮かべて歓迎してくれるだろう。そして家に着いた後は、至れり尽くせりの扱いで僕をもてなしてくれたに違いない。

322 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:23:29 ID:fgdUzpOU
 ――だけど。
 一瞬、脳裏によぎる初詣での一幕。握った手の感触。怪しく濁りゆく瞳。僕の知らない、もう一人のA。
「…………」
 わかっている。あれは、僕の見間違いに過ぎない。晴れ着姿で大人びてしまった彼女に、どこか他人を感じてしまったのだ。
 親しい間柄であると、しばしばこういうことが起きる。たとえば、一番の親友が自分の知らない人と仲良くしているのを見ると、どことなく不安になるものだ。それは嫉妬というよりも、知り尽くしていると思っていた人の、知らない一面を見てしまったことに起因する。築き上げていた人物像が揺らげば、誰だって不安になる。普段は優しい人が怒った時に恐怖が倍増するのは、その揺らぎに基づく。
 でも、だからって心配することはない。新しい一面を知ったのなら、その度に修正していけばいいのだ。それは終わりのないプラモデル作りみたいなもので、ちょこちょことカスタマイズを続けて、その時に応じた人物像を築き上げればいい。
 ――もっとも、時には、設計そのものの変更を余儀なくされることもあるのだろうけど。
 赤信号に捕まり、車は緩やかに停止する。シートに深くもたれかかり、窓の外を見る。
 空には太陽が昇っている。しかし、僕の視界の真ん中には、ちょうど電柱がそびえ立っていて、その姿は見えなかった。誰にでも平等に降り注ぐ光が、僕にだけ与えられない。
 なんてことのない光景だ。でも、僕には何かの兆候のように見えた。

 ヘビセンが近づいてくると、明らかに道路の混雑が目立ってきた。大小様々の乗用車は、のろのろと亀の歩みで公道を進んでいく。
 初詣の混雑を抜け出したと思ったら、今度は初売りセールの混雑だ。せっかくの初詣だってのに、自宅でのんびり過ごすという選択肢はないのだろうか。せっかくの休みだし出かけよう! みたいな世間の風潮は無くすべきだと僕は主張したい。
 結局、駐車場に車を停めるまで丸々一時間を消費した。
 車を降りて、大きく伸びをする。冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、肺に溜まった車内の淀んだ空気を吐き出す。うん。気分スッキリ。
「じゃ、僕は行くから」
 と言って立ち去ろうとすると、母さんに首根っこを掴まれた。ぐえっと喉が絞まり、ヒキガエルみたいな声が出る。
「な、なにをするんだ母さん。僕は鵜飼いの鵜じゃないんだぞ!」
「いやいや、なに勝手に行動しようとしているのよアンタは。一緒に行きましょうよ」
「嫌だ」
 ちょっと食い気味に返答する。

323 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:24:15 ID:fgdUzpOU
 母さんの買いものに付き合うのはまっぴらごめんだった。女の買いものは長いというが、母さんもその例に漏れず、マイホームでも購入するのかってくらい時間をかける。付き合わされる側からしたら、たまったものではない。親の買い物にニコニコと付き合えるほど、僕は孝行息子ではないのだ。
 それにさ、家族と一緒にいるところを同級生に見られるのは、どことなく小っ恥ずかしいだろう? 今日は人も多いし、その危険性はかなり高い。故に、僕は単独行動をするのだ。証明終了。QED。
「○○のどこに同級生に見られて恥ずかしいなんて思う繊細さがあるのよ」
 即否定される。その通りなので何も言い返せない。
 母さんは片眉を吊り上げ、渋い顔をする。
「別行動していたら、合流するのが難しくなるでしょ。今日は元旦ですごい混んでいるんだから、大人しく付き合いなさい」
「問題ないよ。その辺はフィーリングでどうにかするから」
 誰にでも経験あるだろうけど、ショッピングモールなどで別行動をしている際に、特に示し合わせていなくとも、なんとなく合流できてしまうことが多い。お互いがお互いの行動パターンを熟知しているのが原因なのだろう。
「それに、もし首尾良くいかなかったらインフォメーションセンターに行くから」
 この年にもなって迷子の呼び出しをしてもらうのは、一般的には恥ずかしいことなのかもしれない。が、僕はそんなこと微塵にも思わない。使えるものはなんでも使う。それが僕のポリシー。
 母さんはまだゴチャゴチャと言っていたけれど、耳をふさいでスタコラさっさと駆けていった。
 三十六計逃げるに如かず、ってね。

 ヘビセンは、まさにお正月ムードだった。
 モール内に足を踏み入れると、暖房の効いた空気が僕をお出迎えしてくれた。コートのボタンを外しながら辺りを見ると、周囲がお正月的な要素で満たされていることに気づく。
 新年を祝う門松をはじめ、鏡餅や謹賀新年のしめ縄もあちらこちらで飾られている。天井のスピーカーからは箏と尺八の音色が流れていて、曲はもちろん春の海。うむうむ、このテンプレートな正月感。たまりませんな。
 この手の商業施設の節操の無さはスゴイ。ほんの一週間前までは、門松の代わりにクリスマスツリーが置かれ、春の海の代わりにジングルベルが流れていたかと思うと、その変わり身の速さには舌を巻くしかない。商魂たくましいよ、全く。
 モール内は多くの人で賑わってはいるものの、敷地面積が広いため息苦しさは感じない。先ほどの神社に比べたら、不快感は雲泥の差だ。
 やはり人口密度って大事だと思う。満員電車ほど非人道的な乗り物はないよ。脳内でドナドナの歌が流れるもの。子牛の気持ちになるもの。

324 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:25:08 ID:fgdUzpOU
 さて、それじゃあ僕も行動を開始しますかね。
 別行動を申し出たのは方便ではない。僕は僕で見たいものがあった。それは、これから懐に入るであろうお年玉の支出先である。
 子どもにとって、正月の一大イベントとは初詣ではない。ましてや、おせちでもお雑煮でも福笑いでも羽子板でも凧揚げでもない。それはお年玉である。というか、お年玉以外のイベントは全部オマケである。
 賃金労働が禁じられている子どもにとって、貨幣の入手機会はさほど多くない。毎月のお小遣いを除けば、お年玉はほとんど唯一無二のチャンスだ。今年のクリスマスプレゼントに商品券を願い、そして失敗した身にとっては、公明正大に現金がもらえるお年玉ほどありがたい行事はない。ビバ、お正月。
 ポケットからポチ袋を取り出す。新年の挨拶をした際に、Aの両親から受け取ったものだ。早速、中身を確認。
 おぉ……相変わらずA家は羽振りがいい。うちの両親とは大違いだ。今度、改めてお礼を言っておこう。
 一瞬、膨らみに膨らんだAへの借金について思い出す。あいつに借りたおカネ、どのくらいあったっけ? でも……まあ、借金返済は次の機会でいいだろう。うん。Aも、返すのはいつでもいいって言ってたしね。急ぐ必要はないって。それに無利子だしね、うん。
 浮かんだ思いは、うたかたの如く消え去った。
 しっかし、今年は直接お年玉を手渡してくれて本当に助かった。去年までは、お年玉は全て一旦母さんに預けて、必要に応じて引き出すというシステムを採用していた。けれど、母さんにお年玉を預けると、なぜかいつも金額が目減りしているのだ。あれかな? マイナス金利でも適用されているのかな? 消費を活発化させたいのかな? いや、そんなわけねえだろ。
 案内板を見つつ、目的の場所まで歩いていく。目指すのは、玩具やゲーム機などが販売しているゾーンだ。僕も現代っ子らしくゲーム好きなので、毎年、お年玉はゲーム関連に使うことが多い。
 その道中、とある雑貨屋で目を引くものがあった。
 それは、なんとも形容しがたい奇怪なぬいぐるみだった。基本はヘビをモチーフにしているのだが、あまりにリアリスティックなデザインのうえ、そこに無理やり幼児向けアニメキャラクターのようなポップさを付け加えているため、色々と破綻していた。一言で表すのなら、キモカワイイからカワイイを取り除いたキマイラだった。
 思わず、ぬいぐるみに足が引き寄せられていく。どれどれ……商品名は『非公認キャラクターヘビセンくん』か。さてお値段の方はっと……うわっ。お値段ウン万円? 誰が買うんだこんなもん。
 と、呆れ半分でヘビセンくんを眺めていたのだが、その手前にキーホルダーサイズのものがあった。小さくなれども、その異様さは健在で、まがまがしい邪神のオーラを放っている。値段もワンコインとお手頃なものになっていた。
 しばし逡巡し、購入することにする。ギフト用にラッピングしてもらい、雑貨屋を出た。
 一応弁明しておくと、別に僕はトチ狂っていない。確かに、狂気に片足でも突っ込んでいなければ絶対に買うことはないであろうキーホルダーだけれど、だからこそ使い道はある。
 購入理由はただ一つ、Aへの嫌がらせである。
 アイツのことだ。きっとプレゼントを受け取れば、雪が降った時の犬のように喜び回ることだろう。しかし包装を開けてみれば、現れるのは小さき邪神。喜びの山から悲しみの奈落へと急転直下。Aの笑顔も凍りつくに違いないぜ、へっへっへ。

325 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:25:58 ID:fgdUzpOU
 それからは、適当にゲームを物色した。クリスマスプレゼントと初売りのダブルパンチにより、お目当てだった最新ゲーム機は入荷未定。仕方がないので、ゲームソフトの目星をつけるなどして時間を潰した。
 と、ここまでは順調に買い物を楽しんでいたのだが、暖房のせいで少し頭がボーッとしてきた。
 コートを車に置いてこなかったのは失敗だった。母さんから逃げることばかり考えていて、その暇がなかったから仕方がないのだけれど。
 火照った身体を冷やすため、一度モールの外へ出ることにする。
 ヘビセンは大きく分けて、室内施設と室外施設の二つが存在する。
 室内施設は近未来的なデザインの、スケルトン感あふれるいかにも今風で瀟洒なデザインなのだが、室外施設は真逆の時代に遡る。近代ヨーロッパをモチーフとしていて、レンガ敷きの遊歩道やガス灯をイメージした街灯などで場を彩っている。テナント側もそれに合わせて、店内をレトロに装飾していた。
 外に出ると、いつの間にか空は分厚い雲に覆われていて、辺りは薄暗くなっていた。街灯に明かりがつくのも時間の問題だろう。
 春や秋には多くの人々で賑わう室外施設も、今はまばらにしか人がいない。身も凍るような季節のせいだろう。冬には営業しないのか、近くにあるクレープ屋台には『CLOSED』の札が下げられていた。
 コートのボタンをとめてから、ぶらぶらと散歩を始める。
 さすがヘビセン。デザイン関係には結構お金をかけているようで、ちょっとした小物もかなり精巧につくられている。行き交う人々が欧米人だったら、本当にヨーロッパに来たと錯覚してしまいそうだ。某ランドもかくやというクオリティではないだろうか。いや、某ランドに行ったことないんだけどね……。地方はツラい。
 鼻歌混じりに歩いていると、遠くの方でまっ平らな土地が見えてきた。拡大予定の土地なのだろうか。奥の方には豊かな森林があることから、伐採して開拓した土地だということが見て取れる。

326 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:26:43 ID:fgdUzpOU
 僕はその光景を見て、ヘビセンのとあるいわくを思い出した。
 元々この土地は、市主導で自然公園をつくるはずのものだったという。だが、突如判明した重役の献金問題で話がこじれ、計画は頓挫してしまった。
 そこで手を挙げたのが斎藤財閥だった。この国に住む者ならば誰もが知っている、ゆりかごから墓場まで僕らの生活にコミットする、あの大財閥だ。
 市も非難の的となってしまった土地を持て余しており、斎藤財閥の提案は渡りに船だった。莫大な経済効果を主張することによって積み重なったマイナスイメージを払拭できると目論んだ市は、斎藤財閥に積極的に協力した。財閥側もそれに合わせて間断なく広告を展開し、市民も喉元すぎれば熱さ忘れるというやつで、市への不満よりも新たな商業施設への期待の方が勝ってしまった。
 それからは全てがトントン拍子だ。着工から完成まであっという間に終わり、国内有数の商業施設が誕生した。
 けれど、事の発端となった汚職事件を仕組んだのは斎藤財閥ではないかともっぱら噂されている。
 元々、この土地は幹線道路が近くに通っているため、商業的な価値は非常に高かった。けれど市有地であることから、大財閥といえどもおいそれとは手が出せない。仮に手に入れることができたとしても、高額のカネが必要になるのは自明だ。市有地であること、地価が高額であること、この二つがネックになっていた。
 しかし汚職事件が起きた後は、全てが一変した。
 斎藤財閥は悲願の土地を二束三文で購入できたうえに、市との強いパイプまで手に入れてしまった。まさに一石二鳥。美味しいとこ尽くしである。
 これで疑うなという方が無理だ。大人の世界に疎い子どもにだって、おかしいことがわかる。
 が、この一件の厄介なところはそこではない。厄介なのは、結果として斎藤財閥が多くの市民に感謝されたという点である。
 自然公園とショッピングモール。レジャーの少ない地域において、どちらがより多くの市民を喜ばせるかは想像に難くない。そのうえ、オマケに莫大な経済効果までついてきた。長年赤字続きだった市の財政は黒字に好転し、互いに万々歳。ウィンウィンの結果になった。
 偏見抜きに見るのなら、斎藤財閥は正しいことをしたのだろう。経過は正しくなくとも、結果は正しかった。
 でも、それでも僕は、それを正しくないと考える。そして、そう考える僕は正しいのだと信じている。
 なぜなら――いつだって大人の汚いやり方にNOを突きつけるのが、子どもの役割だからだ。

327 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:27:35 ID:fgdUzpOU
 ずいぶんと長い間、歩いていたらしい。ヘビセンの外れにあるフラワーガーデンにまでたどり着いていた。立地的な悪条件も重なってか、ちらほら見られた人影が、ここでは全く見られない。
 身体の火照りはとうに収まっていたが、せっかくなので観賞することにする。生憎と僕には、花を愛でるような心も、美しいと思うような感受性も持ち合わせていなかったが、貧乏性だけは持っていた。とにかく元を取ろうとする態度は母さん譲りだろうか。嫌なところだけ遺伝してしまったな……。
 入口のフラワーアーチをくぐると、一面に広がっているのは白い花畑だった。
 冬に咲く花は、白が多いのだろうか。それとも単に雪景色をイメージしているだけか。花壇に刺さっている札を見ると、種類自体は違っているのだが、見た目はどれも似たように映る。たとえば、このクリスマスローズという花も花弁が白い。というか、名前のもう過ぎ去ってしまった感が強い。……今だけは元旦ローズと名乗ってもいいんだぞ。
 フラワーガーデンは円形になっていて、順路としては時計回りに進んでいくみたいだった。矢印に従って歩いていく。
 そして気づいたのだが、どうやらここは迷路チックに設計してあるようで、歩いていて中々おもしろい。途中、行き止まりにぶつかって悔しい思いをした。僕みたいな芸術性のない人間でも楽しめるような仕組みになっているのはありがたかった。
 そんな感じで花壇迷路を楽しみながら、時計の針でいうてっぺん、十二のところまで進んだ。
 その一部分に、背の高い生垣に囲まれた休憩スペースがあった。
 この突き刺すような寒さの中、足を止めてのんびり休んでいたら凍え死ぬだろう。順路からも離れた場所にあったので、そのままスルーするのが利口な判断だった。
 だが、僕の足は不思議とそこに引き寄せられていく。その歩調はまるで、花の蜜に惹かれる蝶のようで、僕はこの間ほとんど無意識だった。
 後から考えても、この時の行動はうまく説明できない。例の貧乏性が発動したのか、それとも身体が一時の休息を欲していたのか。理由はいくらでも挙げられるが、なんせ初詣の後だ。もしかしたら、超常的な力によるものなのかもしれない。
 詩的な表現が許されるのならば――それはきっと、神様の導きだったのだ。
 休憩スペースはさほど広くなかった。ベンチが四つと、自動販売機が二つ。それと――ベンチに腰かける少女が一人。

328 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:29:01 ID:fgdUzpOU
 僕は最初、それをヒトだと認識できなかった。
 違う次元の存在、たとえば絵画の中にいた人物が、何かの拍子で現実の世界に現れてしまった。そうとしか考えられなかった。この光景を額縁で囲えば、そのまま美術館に展示できるだろう。
 顔の造りについては、僕の拙いレトリックでは表現できそうにないので割愛する。ただ、先ほどのヨーロッパの街並みに相応しい容姿とだけ言っておこう。彼女の青い瞳が、それを象徴している。
 そして、何よりも鮮烈な印象を与えるのが髪だった。おそらく元は黒色なのだろうが、色素が非常に薄いため、銀色に輝いて見える。もし彼女がショートボブではなく、Aのような長い髪であったら、その印象はさらに強まっただろう。
 と、呼吸することを忘れていたせいか、喉の奥からヒュッと高い音がでた。放心状態から立ち直り、口から飛び出ていた魂を慌てて元に戻す。
 くっ、なんたる失態。男子たるもの、女子に見蕩れるなんてことはあってはならぬのに。たとえ気になる女子を目の前にしようとも「うっせーブス!」と悪態をつくのが男子なのに。僕の軟弱者めっ!
 頭を左右に振り、気を取り直すと、少女の元へ歩き出す。
「よう」
 手を挙げて挨拶する。が、無視された。聞こえなかったのかと思い、もう一度挨拶する。が、無視。もう完璧なまでの無視。視線を向けることさえしない。
 あまりの徹底した無視っぷりに、一瞬、僕が幽霊になってしまったんじゃないかと勘違いしそうになる。けれど、そんな映画じみたドンデン返しはありえないわけで。
 ハァ、と盛大にため息。
「相変わらずだな、サユリ」
 この色々な意味で人間離れした少女の名はサユリ。僕のクラスメイトだった。
「こんなところで会うとは奇遇だな。学校外で会うのは初めてじゃないか」
 と、手始めに会話のボールを投げてみるが、当たり前のように無視される。投げられたボールを目で追うことすらしない。もしかしたら、キャッチボールという遊びを知らないのかも。でも、別に知らなくても言葉のキャッチボールには影響しないよな……まあ、いつものことだから気にはならんが。

329 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:29:42 ID:fgdUzpOU
 今一度、人形の如き少女を観察する。
 学校では基本的に派手やかな服装が禁止されているので、プライベートでおめかしするタイプの生徒もいるが、サユリはそうでもないらしく、いつも通りの装いだった。
 膝下まで伸びる黒のロングコートを羽織り、白のセーターとオセロ調のロングスカートで上下を固めている。黒いタイツに包まれた脚の先には、これまた黒のショートブーツがあった。一見するとシンプルな服装だが、ファッションに疎い僕でも高級だとわかる代物ばかりで、おそらく今年のお年玉の総額は、彼女の履くショートブーツの片方にも満たないだろう。
 外出先でクラスメイトと会ったからといって、特に感じるものはない。が、相手はサユリだ。レア度でいえば、集団からはぐれてしまったメタリックなスライムくらいはある。僕としてはそれが新鮮で、結構テンションが上がっていた。
「新年あけましておめでとう。終業式以来だけど、元気にしてたか」
 無視。
「僕は全く元気がでなくてね。ほら、いかんせん冬だからさ、雪でも積もらなきゃ外で遊ぶ気も起きないよ。この調子じゃ、今年も寝正月確定かな」
 無視。
「寒い日が続くし、できれば温泉地でゆっくりしたいんだけどね。僕の家は財布のヒモが度外れにキツくて、旅行のひとつにも行かせやしない。たまったもんじゃないよ」
 無視。
「もしサユリにどこか旅行に行く予定があるのなら、ぜひ僕を帯同させてくれ。個人的にはハワイ辺りをオススメしたい。芸能人だって、年末年始になるとやたらとハワイに行くだろう?」
 無視。
「寒い季節には暖かい場所へ、暑い季節には涼しい場所へ行くのが、生物としての正しい行動だよ。渡り鳥だって、そうしているんだし、人間もそうするべきさ。僕も風の向くまま気の向くまま、自由に生きたいよ」
 無視。
 無視。無視。
 無視。無視。無視。
 うーん、この気持ちのいいくらいのディスコミュニケーション。新年になっても変わらない対応で安心する。もう塩対応どころじゃないね、岩塩だよ、岩塩対応だよ。
 好きの反対は嫌いではなく無関心というが、全く以てその通りだと思う。立て板に水の僕に対して、サユリはその水も凍らせてしまうくらいの絶対零度。この凍傷しかねないほど冷え切った空気に、並大抵のやつは耐えきれないだろう。僕みたいな酔狂じゃなきゃ、近寄ることさえできないはずだ。

330 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:30:22 ID:fgdUzpOU
 さて、ここらが潮時だろう。
 新年の挨拶は済ましたわけだし、これ以上せっかくの元旦に水を差すこともない。人間関係は常に引き際が大事であり、ましてや一筋縄ではいかないサユリみたいな変化球が相手なら、なおさら慎重に対処せねばならない。
「それじゃあ、サユリ。また新学期に」
 別れの挨拶とともに手を振るが、案の定、無視。肩をすくめて、歩き出す。
 フラワーガーデンに対する関心はとうに薄れていたので、残り半分は足早に進む。その間も、誰かと遭遇することはなかった。
 もしかして、あの氷の女王がここを貸し切って無人にしているんじゃ……と、バカげた想像が頭をよぎるが、そんなバカげた想像を一蹴できないのが、彼女の恐ろしいところである。
 フラワーガーデンを出た。室内施設へ戻るため、先ほど通った道をとんぼ返りする。
 その途中、前方からとある家族がやってきた。
 父親と母親、それに子供が二人の四人家族だった。子供は男の子と女の子の二人組であり、背丈も同じくらいなので、どちらが年長であるのかは判別つかない。仲良く手をつないで、笑顔で何かを言い合いながら歩いている。両親はその横で何も言わずに、ただ微笑みながら子どもたちを見ていた。
 その家族とのすれ違いざま、なんとなく名残惜しい気持ちになって振り返ると、視界の隅にフラワーガーデンが映った。
 そして、あることに気付き、心が揺さぶられた。
 ――サユリは、ひとりきりなのだ。
 彼女は、いつからあのベンチに座っているのだろうか。僕みたいに誰かと一緒に来て、たまたま単独行動をしているという感じではない。友だちと待ち合わせているという線は、もっとありえないだろう(そもそもあのサユリに友人がいるのかすら疑わしい)。おそらく、サユリはたったひとりでここに来て、たったひとりでフラワーガーデンのベンチに座っている。
 元旦に、ひとりきり。
 それ自体は、別に珍しい話じゃない。現に今も、ヘビセンではたくさんの大人が働いている。生活が年中無休かつ二十四時間化した現代において、元旦に子どもがひとりでいるのは決して稀有なことではない。特に、サユリの親御さんの特殊性を考えると、新年はかなり忙しいはずだ。

331 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:32:57 ID:fgdUzpOU
 けれど、問題はそこじゃない。
 サユリは孤高の人だ。孤独ではなく孤高。この違いは非常に大きい。己の矜持を失わずにひとりでいることの難しさは、孤独になるまいと必死にもがく者が多い世の人々を見ればよくわかるだろう。
 社会からも集団からも一定の距離を置き、なによりも静謐を愛する少女。それがサユリなのだ。
 では果たして、以上のようなパーソナリティを持つ人が、ひとりで過ごす場所として、ヘビセンを選ぶだろうか。否。ヘビセンのように明るくて騒がしい場所は、最も忌み嫌うはずだ。しかも元旦によって、ヘビセンは喧噪の坩堝と化している。それは魚が水中よりも地上を選ぶようなものだった。
 なら、なぜサユリはヘビセンに、しかも、暖かくて賑やかなモール内ではなく、寒くて寂しい外れの場所に――
 ああ、やめろ。
 僕は今、愚かしい想像をしている。同情と憐憫が結び付いた、お涙ちょうだいのストーリーだ。仮に、それが当たっていたとして、なんだというのだ? 僕がサユリに手を差し伸べるのか? 氷の女王を憐れむ平民。なんてバカバカしい!
 僕とサユリの間には、常にある一線があった。僕は彼女にちょっかいをかけつつも、その一線だけは絶対に越えなかった。だからこそ彼女は僕を排除しようとせず、無関心の範疇に置いたのだろう。
 君子危うきに近寄らず。その言葉に従い、大人しくモール内に戻るべきなのだ。
 だというのに――僕はノコノコとフラワーガーデンへと戻ってきていた。
 サユリはひとりでベンチに座っていた。寒気で白くなった息を吐き、微かにあごを上げ、ぼんやりと曇天を見上げている。先ほどはあれほど美しいと感じた光景が、今では違って見えた。
 もう一度、彼女の前に立つ。僕の存在にはとうに気付いているはずだが、視線が向けられることはなかった。構わず、話しかける。
「あー……そのだな。さっきは言いそびれたんだが、実を言うと今、訳があってひとりでヘビセンをフラフラしていてね。なんというか、どうにも退屈なんだ。だから……良かったら一緒に回らないか」
 歯切れの悪い口調に、怖気が走った。なんだ、この歯に厚着をさせたような僕らしからぬ口調は。もっとサラッと、僕らしく誘えばいいだろう。
 誤魔化すように、慌てて続ける。

332 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:34:56 ID:fgdUzpOU
「見たところ、サユリも今、ひとりなんだろう? なら、ちょうどいいじゃないか。出かけた先で友人と出会い、流れで遊ぶなんて、ありふれたことだぜ。あ、そもそも僕とキミが友人と呼べる関係じゃないなんて野暮なツッコミはするなよ」
 言葉は、重ねれば重ねるほど軽くなっていく。水を水で薄めたような、希釈化された会話。いや、会話ですらないのか。一方通行的な、虚しい通知だ。
「ゲームだって、ひとりでやるよりも友だちと対戦している方が盛り上がる。日常における遊びだって同じだ。鬼ごっこだって、缶蹴りだって、ひとりじゃできない。ひとりでする遊びよりも、みんなでする遊びの方が多いのは、まさにそれが理由であって……」
 話が脱線しかけている。本当なら、一緒に遊ぼうの一言で十分だったのに、無理に意味を付け加えようとするから冗長になり、軽薄になっていく。わかっている。わかっちゃいるが……。
 なしのつぶてだった。サユリは心底興味がないらしく、曇天を眺め続けている。何が面白いのか、僕も試しに見上げてみるが、コンクリート色の形の悪い綿菓子が空に広がっているだけで、こんな陰気な空を長時間眺めていたら気が滅入ってくる。
 僕は、この空模様にすら負けているのだ。そう考えると、なんだかむかっ腹が立ってきて、僕は無理やり彼女の視界の中に入り込んだ。
「サユリ、僕は冗談じゃなくて本気で言っているんだ」
 青い瞳が、初めて僕に向けられる。
 彼女の認識の対象になること自体、これが初めてのことだった。そして、氷もかくやという冷たい瞳から読み取れたのは――明確な拒絶だった。好意の欠片もない、ただただ辛辣な厭悪。
 何かが割れるような音がした。陶器を割ってしまった時のような、もう元に戻らないのだという、諦観の念を誘うあの音が。
 ――やってしまった。
 これで、僕と彼女の関係は決定的に変わってしまった。
 サユリはもう、僕が話しかけることを許さないだろう。今までは雑音として処理されてきたが、その内面にまで踏み込んでくるというのなら話は別だ。
 冷たい風が吹きすさぶ。その風は、僕と彼女の間に決定的な亀裂が生まれてしまったことを知らせる合図だったのかもしれない。
 僕がとるべき行動はただ一つだ。このまま回れ右して、彼女の前から去るのだ。そして新学期が始まった後は、他の生徒がしているように、遠巻きに見て、恐れていればいい。
 元々、サユリに固執する理由はさしてなかった。失っても別に痛くはない関係性であり、なりふり構わず取り戻そうとするほどの情熱は、当然生まれない。あってもいいけど、なくてもいい。その程度なのだ。

333 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:37:31 ID:fgdUzpOU
 だから――だからこそ、僕はニヤリと笑う。そして図々しくも、サユリの隣に腰かけた。
 サユリが僕を睨む。見るのではなく、睨む。おお、恐い恐い。ちびってしまいそうだ。
「なんだよ、その目は。別におかしなことは言ってないだろう。クラスメイトとウインドウショッピング。実に自然な話じゃないか。それともあれか、もし誰かに見つかって噂されたら恥ずかしいとでも言うのか? わっは。おいおい、氷の女王がそんなこと気にするのかよ」
 僕の本質とは何か。言うまでもない。アイアム小悪党。サユリとの関係にヒビが入ってしまったというのなら、それを修復するのではなく、いっそ徹底的に壊してしまうべきだ。一度崩れた積み木を、再度積み直す根気が僕にあるとでも?
 そもそもさ。僕みたいなクズに、サユリの心情を慮りながら優しくフォローするなんて芸当ができるはずないでしょ。さっきのやりとりを見てみなよ。あまりの僕らしからぬ感じにサブいぼが立ったでしょ? 僕が誰かに優しくするなんて無理無理無理無理。成績表に『性格に難あり』と書かれた男だぜ?
「ま、僕としては嬉しい話ではあるけどね。なんたって地元の名士の娘とお近づきになれるんだ。うまい具合に事が運んで玉の輿に乗れれば、僕も権力者の仲間入りかね」
 この一言は、クリティカルだった。今までとは、明らかに場の空気が変わる。隣から感じる怒り――いや憤怒と言ったほうが適切かもしれない――により、ひりつくような緊張感が生まれていた。青いはずの彼女の瞳が、赤く染まって見えた。
 家族の話が、サユリにとって最もセンシティブなものであることは、なんとなく気づいていた。絶対に越えてはならない最終防衛ラインを越えたのだ。
 さすがの僕も、恐怖する。氷の女王の名は伊達じゃない。相手は同学年の女子だというのに、射すくめられただけで泣きそうになる。この年でこの威圧感を出せるのは、やはり只者ではないということなのだ。彼女はやはり、女王だった。
 だけど僕は、あえて微笑みかける。
「僕は、キミを憐れんでいる」
 この一言は、不意打ちになったらしい。ほんの一瞬のことだったが、サユリの青い瞳にさざ波が起きた。
 虚を突くことに成功したことを悟った僕は、一気に畳みかける。
「だって、そうだろう? 元旦なのに親類と過ごさない、友人とも過ごさないだなんて、なんとも泣かせる話じゃないか。そりゃ憐れみたくもなるさ」
 堰を切ったように、言葉は溢れ出す。

334 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:40:16 ID:fgdUzpOU
「しかもさ、よりにもよってこんな寂しい場所にひとりでいるんだぞ? 笑っちまうぜ。不幸なワタシかわいそうアピールするクラスの女子かよ。感傷に浸るってんなら誰にも見られないところでひとりでやっていればいいんだ。ズバリ推理してやろう。キミは寂しかった。今日、何か事件があったんだろう。おそらく、家庭の事情によるものだ。サユリの家はいかにもややこしそうだからな。そしてその事件が、珍しく氷の女王に寂しいという感情を思い出させた。寂しくて、寂しくて仕方がなくなった。ひとりでいるのは耐えきれない。だから人の多いところへ行こう。雑踏の中にいれば、なんとなくひとりじゃない気がするからな。けれど、いざ来てみたらそこにいるのは元旦で浮かれて幸せそうな人たちばかりだ。キミはかえって辛くなってしまった。傷ついた時に求めるのは、他人の幸福じゃなくて他人の不幸だからね。こんな幸せオーラが充満した場所には耐えきれない。一刻も早く立ち去ってやる。でも、立ち去ったらまたひとりになってしまう。寂しくなってしまう。だから完全に立ち去ることもできず、折衷案を採用した。寒くて寂しいフラワーガーデンに逃げ込むという折衷案をね。そんなところだろう」
 僕は何を言っているのだろうか。
 最初は、相手の家のベルを鳴らし、顔を出したところでアッカンベーして逃げるくらいのつもりだった。ささいな反撃ができればそれで十分だった。
 なのに、今は相手の家に土足で入り込むばかりか、口角の泡を飛ばして喚き散らしている。明らかに、僕は興奮していた。けれど、その興奮の原因は何なのだろうか。わからない。ただ、一時の感情ではないことは確かだった。常日頃からサユリを見てきて、ずっと感じていたことが、積もりに積もって、今、噴出している。
「勘違いするなよ。たしかに、僕はサユリを憐れに思ったからこそ、こうやって戻ってきて、遊びに誘った。けど、それはあくまできっかけで、第一の理由じゃない。僕が声をかけたのは、もっと単純明快な理由からさ」
 そりゃそうさ。僕みたいな阿呆に難しく考える頭があると思うのか。僕の行動理念はいつだってシンプルだ。快か不快かの二項しかない。そして快なら向かうし、不快なら避ける。そして今、快の予感があるからこうしている。
 ベンチから立ち上がり、サユリの真正面に立って、手を差し出す。
「僕はサユリと遊びたい。だから、一緒に遊ぼうぜ」

335 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:41:58 ID:fgdUzpOU
 だって、そうだろう? この際立った個性を持つサユリと遊ぶだなんて、いかにも楽しそうじゃないか。同じようなやつらで集まって、ワイワイするのも確かに楽しい。だけど、それはぬるま湯に浸かっているようなもので、心地は良いが刺激はない。
 サユリは僕みたいな凡百とは感性も価値観も百八十度異なっている。予測不可能な相手と遊ぶのは、きっと楽しいのだ。
 サユリはじっと、僕のことを見つめていた。意外にも、その瞳には先ほどの憤怒は感じられず、凪のように静かだった。けれど、そのせいで感情らしい感情が読み取れず、何を考えているのが全くわからない。緊張する。
 サユリが立ち上がる。曇り空の中でも輝く銀色の髪が、清流のように流れる。
 心臓が一際、大きく脈打つ。
 そして彼女は僕の手を――掴むことなく、そのまま横を通り過ぎて行った。
 差し出した手は、虚しく空を掴む。
 そりゃそうだ。
 氷の女王が平民と戯れるわけがない。身分を越えての交流など夢想に近く、シンデレラのような物語は現実では成立しない。
 そんなことはわかっていた。わかってはいたが、やはり遊びの誘いを断られるのは、ちょっとだけ悲しい。
 がっくりと肩を落とす。
 でも、満足だった。これでよいのだと胸を張って言える。腹の中を洗いざらいぶちまけられたのは爽快だったし、いい学びにもなった。今回の一幕は、甘酸っぱい青春の一ページに記録されるのだろう。
 へっくしょい、と大きなくしゃみをする。長い間外にいたせいで、ちょっとシャレにならないくらい身体が冷えていた。このままじゃ風邪をひく。気持ちを切り替えて、早くヘビセンの中に戻ろう。
 そうして振り返ると――そこにはサユリが立っていた。二メートルほど離れた辺りで、コートのポケットに手を入れて立っている。
 ……?
 これは……どう受け止めたらいいんだ? あれか? 僕のような平民ごときに動かされるのは癪だから、まずはお前から動けということか? いや、それならそれでいいんだけどさ……。
 なるべくサユリの方を見ないようにして、休憩スペースを出る。しばらく歩いて、振り返ってみる。二メートルほどの距離を置いて、サユリが立っている。
「…………」
 試しに、サユリの方へ一歩踏み出す。すると、サユリが一歩分離れた。もう一度、サユリの方へ踏み出す。もう一度、サユリが離れる。踏み出す。離れる。踏み出す。離れる。
 一定の距離を置いて、僕らは向き合っている。
「ははは……」
 乾いた笑いとともに、頭を掻く。
 何が決定打となったのかはわからない。
 だが、人は誰しも一万回に一回くらいは向こう見ずな気まぐれを起こすものだ。そして、今回がその一回なのだろう。それを僥倖と捉えるべきなのか、それとも新たな災難と捉えるべきなのか。
 ただ、
「RPGの仲間かよ」
 という僕のツッコミを、彼女が理解できたのかはわからない。
 なぜなら、サユリはいつものように無反応だったからだ。
「にべもないなぁ」
 苦笑して、歩き出す。
 彼女がついてこれるように、なるべく歩調を緩やかにして。

336 ◆lSx6T.AFVo:2017/11/02(木) 14:43:46 ID:fgdUzpOU
投下終了します。
保管庫凍結に伴い、作品は『小説家になろう』にて保管させていただきます。
よろしくお願いいたします。

337雌豚のにおい@774人目:2017/11/12(日) 13:24:14 ID:abKULGPA
おつです
第二のヤンデレヒロインかな
当て馬にしては存在感あるし
今後も楽しみにしてます

338雌豚のにおい@774人目:2017/11/17(金) 02:49:42 ID:9g6gdaQY
Σd=(・ω-`o)グッ♪
お疲れ様ですー!

339雌豚のにおい@774人目:2017/12/07(木) 00:19:48 ID:UACesNsI
2017年も終わるねえ

340雌豚のにおい@774人目:2018/01/07(日) 02:33:36 ID:EKsr426Q
もう誰もいねえのかな

341雌豚のにおい@774人目:2018/01/07(日) 02:33:48 ID:EKsr426Q
悲しいねえ

342雌豚のにおい@774人目:2018/01/07(日) 04:59:01 ID:4.INIenU
俺がいるぞ!
今まで小説なんて書いたことのない人間だが、今度ヤンデレ作品をなろうに投下する予定

343雌豚のにおい@774人目:2018/01/08(月) 21:18:03 ID:pQx57MJ6
テスト 投下します

344高嶺の花と放課後 第1話:2018/01/08(月) 21:19:45 ID:pQx57MJ6
高校2年 10月

窓からは茜色の光が差し込み、校庭からは何やら掛け声を出している陸上部やサッカー部、校内からは各々の練習に励む吹奏楽部の演奏が聞こえてくる放課後。

帰路につく者、部活動に励む者、委員会に勤しむ者にそれぞれ別れたその教室には僕一人において誰一人いなかった。

様々なところから聞こえて来る音のなかで微かにノートに鉛筆を滑らせる音を教室内に響かせる。

一息つけ鉛筆を置く。

ふと斜め前方の先の席を見ると鞄が一つ机に乗ってるのが見える。

「今日も…か」

それを見てこの後起きるであろう出来事が容易に想像できて、思わず呟く。

いや、集中しよう。そう思い再び筆を走らせる。

そうしてどれほど時間が経ったであろうか。5分、10分あるいは1分も経ってないかもしれない。不意に肩をトントン、と叩かれた。来るとわかってても心の臓は悲鳴をあげ、叩かれた肩を跳ね上げてしまった。

振り返る。

そこには教室に差し込む夕陽と相まって美しく映る少女が笑顔でヒラヒラと手を振っていた。

「ごめんね不知火くん。驚かせちゃった?」

「そりゃあもう、高嶺さん。わざとかい?」

「半分、ね」

クスリと笑い悪戯な表情を浮かべる。

「今日も小説書いてたの?」

「答えるまでもないよ。ところでそういう高嶺さんこそ今日も告白かな?」

「答えるまでもないよ」

やや変な口調で彼女は先の自分の台詞と同じ言葉を述べた。

「もしかして真似してる?僕のこと」

「うん、似てた?」

「全然。もう少し練習しないとダメだよ」

「そっか。じゃあもっと不知火くんとお喋りして研究する必要があるねっ」

こういったことを平気な顔して言ってくるところが苦手なんだよなぁ。

そんなことはおくびにもださない。

ただこのままだと気まずくなるので話題を無理矢理変える。

「ところで今日の告白は受けた?」

「ううん。断ったよ」

「そんなにいないもの?いいなぁって想う人」

「そうだねー。でも前にも話したけど私初めて付き合う人は好きになった人に自分から告白するって決めてるからさ」

「高嶺さんてロマンチストだよね。いまだに誰とも付き合ってないというのが信じられないよ」

「なにそれ。私が尻軽女に見えるとでもいいたいのっ?」

わざとらしく頬を膨らませ怒りの感情をこちらに向けてくる。

「いやいや、そこまでは言ってないけどさ。でも高嶺さんほどモテるなら優しい人やかっこいい人なんて選り取り見取りじゃあないか」

「優しい人やかっこいい人ねぇ…。不知火くん私ね。運命の赤い糸って信じてるの。世の中には優しい人、かっこいい人なんていくらでもいるでしょ?でもその中でたった1人自分の相手を選ぶってことはかっこいいだとか優しいとかの測れるものだけじゃなくてなにか自分にしっくりくる人がいると思うの。それが運命の人。そして私はその人と添い遂げたいの」

「やっぱりロマンチストだ」

「茶化さないでよ。案外恥ずかしいんだよ?」

それに、と彼女は付け足す。

「この貞操観念話したの不知火くんがはじめてなんだからね」

「わかったよ。言いふらさないから安心して」

ーーーー運命。
運命か。
運命というと僕こと不知火 遍(しらぬい あまね)がこうやって高嶺 華(たかみね はな)と今この時会話しているのも運命なんだろうか。
方や見る人を魅了してやまない美少女、方や存在感のない冴えない文学少年。
今まで歩んできた道もこれから歩む道も全く違うであろうこの2人の道が今この瞬間交わってるのは運命なんだろうか。

「そういえばーーーーー」

この関係が始まったのいつだったろうか。僕は過去の記憶にさかのぼることにした。


ーーーー「高嶺の花と放課後」

345高嶺の花と放課後 第1話:2018/01/08(月) 21:22:14 ID:pQx57MJ6
高校1年 6月

朝。この時期になってくると日の出の時間が早くなり、また日が昇ると嫌でも目が覚めてしまう体質である僕の起床はとても早いものだ。



そんな時間から支度し学校へ向かおうとしても早すぎるしまだ開いているかすら定かではない。


だから。自分用の朝食と弁当を作るのが日課となっていた。

最初は執筆に影響が出ないように恐る恐る慎重に使っていた包丁もいまではなんて事もない。

弁当があらかた完成する頃にはだんだん外も明るくなっていた。

時計の短針が6、長針が12の数字を指す頃になると母が起きてきた。

「おはよう」

「おはよう」

簡単な挨拶。だけれどもこの砕けた挨拶をするのにはしばし難儀だった頃があった。

母といっても義理の母、血の繋がった父との再婚相手だ。

父と母は物心がつくのと同時期に離婚した。

理由は母の育児放棄だったらしい。

仕事から帰るたび衰弱する僕を見て怒りに震えた父が離婚届をつきつけ、僕を引き取った。

今でもたまに酒に酔った父が「あいつはろくでもない女だった」と愚痴を零すところを聞く。

それを聞くたび血の繋がった母親という唯一のものが貶されてることと「ろくでもない」血が僕に流れていることを思うといささか複雑な気持ちになった。

そんな半分「ろくでもない」血で出来ている僕だがそれでも父は最大の愛を持って育ててくれた。

しかし、男手一つで育児と仕事をこなすには偉大な父でもどうやら無理だったようで小学3年のときに今の義理の母、旧姓 反町 妙子(そりまち たえこ)と再婚した。

妙子さんもシングルマザーという父と同じような境遇に立たされていた。

互いが互いを必要として、しかし愛というより利害が一致したからというような感じ再婚したのだ。

妙子さんの連れ子、綾音は1歳年下の女の子だった。

子供といえ馬鹿ではない。愛の少ない再婚というのは薄々感じていたし、妙子さんが僕を心からは歓迎していないのも感じていた。

だからこそ妙子さんの反感を買わないよう、なるたけ良い子でいるようにし礼儀を重んじていた。

挨拶も「おはよう」ではなく「おはようございます」、感謝の言葉も「ありがとう」じゃなく「ありがとうございます」

そんな緊張がはりつめていた日々だったが、綾音だけは僕を歓迎してくれた。

「わたしね!あやねっていうの!おにーちゃんはあまねっていうんでしょ?私たち似ているね!」

うん

似た者同士だ僕らは、名前も境遇も。

綾音と僕はすぐに仲良くなり他所の兄妹よりたくさん遊んだし、たくさん喧嘩した。

そんな僕らをみて父と妙子さんは「本当の」家族になる気になったのだろう。

父は綾音に、妙子さんは僕にお互いの子と同様に愛を注ぐようになった。

そこからようやく僕ら不知火家というものが始まったーーー

346高嶺の花と放課後 第1話:2018/01/08(月) 21:24:11 ID:pQx57MJ6

「ねぇ、剛さんともう一度話し合ってみない?」

不意に義母は口を開く。

剛は父の名だ。

「僕にはあるけど向こうはどうだろうな…」

料理ともう一つ僕が続けてきた物書き。

同世代の奴らにはどうやら退屈に見えるらしい文学の世界に僕は魅力された。

いつからかその文学の世界を自らの手で作り上げたいと思いひたすら駄文を書き続けて来た。

やはりというか書き続けていくうちに物書きで将来食べて行きたいと思うのは僕にとっては必然であったけれども、父がそれを良しとしないのだ。

頭ごなしに否定するつもりはなかったらしいが、小説家という一握りしか生きていけない世界に大切な息子を送るのは不安であった父とこればかりは譲れないと柄にもなく熱くなってしまった僕は激しい口論になってしまった。

それが昨夜のこと。

父も愛情ゆえなのだとおもうが、ややその愛情が強すぎると感じてしまうのは反抗期と言われる時期だからなのだろうか。

「剛さん、遍くんが心配でついあんなこと言ってしまったのよ」

本心ではないのよ、そう義母が話して来たがそんなものは僕もよくわかっていると少し苛立ってしまった。

ただ数瞬、間をおいて何も悪くない義母に苛立ちを感じている自分が情けなく感じてた。

「それはわかってるさ。でもこのままじゃ2人とも冷静に話し合いなんてできないからお互いに考える時間が必要と思ってるから話し合うとしても少し間をあけたほうがいいんじゃないかなって僕は思ってる」

先の苛立ちを義母に少しでも悟られないうちにたった今出来上がった弁当を包みかかとをさっさと翻した。

「じゃ、いつも通り綾音の分もここに置いてあるから綾音に持って行かせてね」

「もう学校行くの?」

「今日は日直で早めに行きたいんだ」

本当は日直ではないが嘘も方便だ。

「そう、じゃあ気をつけてね?」

「うん、いってきます」

手に持っていた弁当箱を鞄にしまい手短に着替え、革靴に足を通す。

「おにいちゃん、もーいくのー?」

目を覚ましたばかりなのか目をはっきりと開いてない義妹の綾音が背後から声をかけてきた。

「わたしもすぐ支度していくから一緒に行こー」

「そんな慌てなくても綾音は自分のペースで学校来なって。朝ごはんも作ってあるからさ」

いつもなら綾音を待っても良かったが昨夜の口論で少々父と顔を合わせづらいので父が起きる前にさっさと学校に行ってしまいたいのだ。

「おにいちゃん、まっーーーー」

おそらくまってくれとでもいったのだろうがあいにくぴしゃりと閉めたドアによってそれは最後まで聞こえなかった。

時刻は6時半頃。人々が動き出し始める時間に僕は地元の高校、羽紅高校(はねくれない)に向かって歩き始める。

綾音も羽紅高校で今年入学したばっかりだ。僕はというとこの制服を袖を通し始めて2年といったところ。

綾音が僕と同じ高校に受かってから2ヶ月だが綾音はやたらと僕と一緒に登校したがる。

実を言うと綾音はとんでもなく朝に弱い人間なのだが。

彼女の兄を始めてからもう10年は経ちそうだが朝の弱い綾音がなにをそんなに早起きしてまで一緒に登校しようと考えるのか、まったくわからなかった。

347高嶺の花と放課後 第1話:2018/01/08(月) 21:26:50 ID:pQx57MJ6

ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


通い慣れた道、そこを30分ほど歩くとたどり着いた。



下駄箱で靴を変え、教室に向かったがいつも通りまだ誰一人教室にいなかった。

いつも通りの教室でいつもの通りの習慣を始める。

習慣といってもなんてことはないただの読書だ。

今読んでいる本は『顔の消えた世界で』という本で盲目の少女と過去の火災で顔の皮膚に大火傷を負った少年の純愛小説だ。

盲目の少女は先天性で目が見えないのだが、その顔は美しく心も美しい少女。

火傷負った少年はその風貌により周りから敬遠されがちで、やや卑屈なのだ。

今読んでる章は困っている少女をたまたま助けたことがきっかけで少年と少女の運命の歯車が回り出すとでもいったところか。




ーーーーーのめり込む、本の世界に。落ちて行く、現実から。




人は集中している時周りの音が消えると言うが僕の場合読書がそれにあたる。

僕の感覚としては水中に潜るような感覚。

潜水に息継ぎが必要なのと同様、この集中した読書も息継ぎが必要だ。

切りが良いところで本にしおりを挟み閉じる。

するとクラスメイトたちの大音量の話し声が一斉に耳に届いた。

どうやらホームルームが始まる間近まで読み更けていたみたいだ。

ちらと眼を前に向けると双眸と目が合う。

「やぁ、おはよ!」

「おはよう」

「相変わらず遍は集中力すごいよな。何度も話しかけてんのに一切聞こえてないなんて。あれ?もしかしてわざと?」

「わざとじゃないけど気分を害したなら謝るよ。でも太一だって読書しているときは話しかけても反応ないし集中力あるのはお互い様じゃないか?」

「いんや、おれっちの場合は微かに聞こえてるけどわざと無視してる」

苦笑する

「あれわざとなのかい?ひどいなぁ」

「でもおれっちの場合は遠くから聞こえるけど本読んでるときはその声がどうでもよく感じちゃうんだよなぁ。いま世界観味わってんだから邪魔すんなってな。そういった意味では集中とは違う気がするぜ」

「それもまた一つの集中なんじゃないかってぼくは思うけどね」

「ま、そういう好意的な解釈してくれんなら助かるわ。ちなみに遍はなに読んでたんだ?」

「ああ、これ?これは『顔が消えた世界で』ていう盲目の少女と顔に火傷おって醜い顔になった少年の恋愛小説さ」

「なんだかおもしろそうだな、それ。作者は誰?」

「池田秋信って人。あんまり有名な人でもないけどこの人の文書はボキャブラリーが多くて僕は好きだよ」

キーンコーンカーンコーン

ホームルームの開始の合図のチャイムが鳴る。

「それさ、読み終わったら貸してくんね?」

担任が入ってきたところを見てやや早口で彼は言う。

「いいよ」

僕も手短に返答する。

348高嶺の花と放課後 第1話:2018/01/08(月) 21:37:05 ID:pQx57MJ6

佐藤 太一(さとう たいち)

僕の数少ない友人の一人だ。

とても明るい性格で、僕と同じ読書という趣味を持っている。

一見すると彼は本を読むより体を動かすのが好きそうだが、実のところ運動音痴で体育が嫌いだという。

「えーっとじゃあ、今日は特に連絡事項はないがしっかりと授業を受けるようにな」

担任はそう言い残すとそそくさと教室を出て行った。

「連絡事項がなけりゃあ教室に来なければいいのになぁ。遍もそう思わない?」

「ははは、まぁでもしっかりと『ない』ってことを伝えにくるあたりあの先生も真面目だよね、って太一?」

なんだか彼はニヤニヤしながら僕にこっそり耳打ちしてきた。

「いま高嶺さんと目が合った」

………

「は?」

「いんやぁ、学校一の美少女と名高い高嶺さんと目が合うなんて今日のおれっちはツイてるなぁ〜」

「えええと、…それだけ?」

「それだけとはなんだそれだけとは!見てみろよあの顔!」

と彼は僕の両の頬をつかみ無理矢理向きを変える。

高嶺 華(たかみね はな)が友人と談笑している姿があった。

学校一の美少女と名高いと太一は言っていたがそれは大袈裟でもなんでもないことは一目見ただけでわかる。

その美しい容姿は何人いや何十人もの男子達を虜にし、それだけではおそらく反感を買ってしまう女子達にもその持ち前の性格の良さで同性にも好かれるというある意味人間の終着点とも言えるべき存在。

これで成績も学年トップクラスなんだからここまで完成されているともはや笑ってしまう。

一年の頃は彼女とは別のクラスだったがその名は交流が狭い僕でも高校入学してすぐに届いた。

実際に廊下ですれ違うとその人間美は確かに心が奪われそうになった。

そんなこんなで太一と同じクラスで友達になった一年であったが二年になりクラス替えもあったがまた同じクラスになった。

と同時に。

高嶺さんとも同じクラスになった。

当然のことクラスの男子達はおもむろに喜びを表現していたし太一もそうだし、僕もそれなりに喜んだ。

とはいえもう2ヶ月だ。美人は3日で飽きるという。でもまぁしかし飽きるという言い方はないかもしれないが彼女がクラスメイトという事実に対してそろそろいい加減慣れる頃合いではあるはずだ。

というか僕は慣れた。

なのに太一はいまだに目が合っただのどうのこうので一喜一憂してる。

いや太一だけではないか。クラスメイトの男子たちは皆そんな感じだ。

僕がおかしいのか?

「いや〜毎日毎日眼福だなぁ。そう思わない?」

「2ヶ月も見てればさすがに慣れない?」

「お前は綾音ちゃんていう高嶺さんと引けもとらない可愛い妹がいるからありがたみがわからないんだよ!」

「いやまぁ確かに綾音は兄の目から見ても可愛いけどそれとこれは別じゃないか?」

「なにが兄の目から見ても可愛いだぁ!?惚気るのもいい加減にしやがれ!」

「いやなんでそんなに怒るの?おかしくない?」

「はぁ…所詮人は失わないとありがたみがわからない生き物か」

「いや、なんの話?」

「お前がどれだけ恵まれてるかって話だ」

「意味がわからないよ」

太一の理不尽な憤りを受けて今日もなんだか賑やかな1日になりそうだなと、そう思った。




ーーーーー放課後。

担任は連絡事項をさっさと伝え朝と同様にそそくさと教室を出て行った。

「いやぁ今日も授業が終わったなぁ〜。それじゃ遍、おれっち今日も図書委員の仕事あるからまたな!」

「うん、また明日」

太一は図書委員会に所属している。理由はもちろんその読書好きからだ。

そして僕はというと図書委員には所属していない。

理由は僕の放課後のほとんどの時間は自作の小説の執筆と読書で忙しいからだ。

度々太一には図書委員に誘われるが僕は何かと理由をつけて断っている。

太一は僕が小説を書いてることを知らない。

僕自身もあまり知られたくないので教えてない。

要するに怖いのだ。他人の感想が。

物書きで生きていきたいと考えてるくせして本当に情けない部分だがいつかは克服せねばと考えている部分でもある。

教室にしばらく残りクラスメイトたちがいなくなったのを確認すると僕はおもむろに1つのノートを取り出す。

表紙には『世界史』と書かれたそのノートを広げるとそこには文字の羅列があった。

これが僕の小説。僕の物語。

349高嶺の花と放課後 第1話:2018/01/08(月) 21:42:52 ID:pQx57MJ6

さてと、今日も物語を綴っていくか。

放課後の教室1人で小説を書く。これはもう去年からの習慣だ。

耳をすませば運動部の掛け声や吹奏楽部のバラバラな練習音が聞こえる。

それらを聞きながら小説を書くのが僕はとても好きなのだ。

鉛筆を走らせるのが楽しくなってゆく。

小説を書いてる時も周りの声は聞こえづらくなってゆくが読書のときにような全く聞こえなくなるようなことはない。

僕が書いてる小説は恋愛小説だ。

僕は基本的に恋愛小説が好きで、よく読んだりもしている。

今描いているのはお金のない男子大学生が通っている喫茶店の定員の女の子に一目惚れするという話だ。

おそらく題材としては何にも面白みや新鮮味はないだろう。

それは僕も分かっている。でもまずは1つ奇を衒った作品ではなく、つまらない題材の面白い小説を作り上げて見たかったのだ。

物語はいま大学生と定員が連絡先を交換するところに差し掛かっている。

ここは僕も面白い部分だと思って筆を加速させようと一息入れなおす。

一息入れなおしたからだろうか。

無意識にチラと右に眼を向けると双眸と目が合った。

なんだか朝も似たような経験があった。

しかし朝の時とは明らかに違う、目が合った人物が異性だったということ。

それもとびきり可愛らしい女の子、高嶺 華。

それだけで僕がパニックになる理由は充分だった。

「わぁぁ!!!」

「きゃっ」

僕の驚愕により彼女にも驚愕が伝染してしまったようだ。

「あ、あ、ご、ごめんなさい高嶺さん。驚かしてしまって」

「ううん、ごめんね不知火くん?私の方こそ驚かしちゃったよね?」

「えええと、どうしたの?」

我ながら偏差値の低い質問だと即座に思った。

「えーっと私、自分で言うのも恥ずかしいんだけど今日、告白のために呼び出されていて教室にかばん置いたまま校舎裏で受けてそれが終わって教室に戻ってきたら不知火くんがいて、勉強してるのかなー偉いなーっと思って近くまで寄って後ろから覗き込んでたらこうなっちゃった」

えへへ、と彼女は後頭部に手を当てる。

近くだって?とんでもない!顔と顔がすぐ隣にあったんだぞ?恋人同士みたいな距離だったぞ?彼女のパーソナルスペースは一体どうなっているんだ?!

内心僕はパニックになっていたが僕の口は思っていたよりかは利口だった。

「あのさ、高嶺さん。見た?」

閲覧の事実の有無の確認。

「うん。あっ、もしかして…」

見られたくないものだった?

その言葉を続けようとしたが気まずさからか言葉に詰まったというような彼女。

「うん、そのもしかして」

「ご、ごめんね?そんなつもりはなかったんだ!なんの勉強してるか気になっただけで…!」

まずい。彼女が罪悪感を感じ始めている。

「えっともういいんだよ。見られちゃったものは仕方ないし」

「ごめん…」

さらにしょんぼりと彼女は萎れた。

つくづく気の利かない男だな、と自分を卑下した。

「確かにさ、あんまり見られたくないものだったけどいつかは人に見せないといけなかったしいいきっかけになったと思うよ、うん」

「見せないといけないって、不知火くんもしかして…」

「うん、そのもしかして」

ふふ、と彼女が笑う。

小説家という職業を馬鹿にされたと僕は解釈してしまい少し不快感を表す表情をしてしまった。

「あ、違うの!その夢がおかしいんじゃなくて同じ会話繰り返してなんだか面白くておかしいなっておもっただけで…!」

どうやら僕は誤解したようだ。

でもこんなに学校のアイドルに謝らせてばかりだといつか背中を誰かに刺されそうなので僕も彼女の機嫌をとることにする。

「確かにそうだったね」

そういって愛想笑いをした。

350高嶺の花と放課後 第1話:2018/01/08(月) 21:44:01 ID:pQx57MJ6

「それにしても私のクラスに作家さん志望がいたんだねぇ」

「意外だったかい?」

「なんていうか不思議。あの作家さんと同じクラスだったんだよーって将来起こるってことでしょ?」

まるで僕が作家として大成することを信じて疑わない様子だ。

「いやいやいや、僕がまだ作家として売れるとは限らないし…」

「ううん、私はそう思う。だって私普段あまり本は読まないけど今の不知火くんの文章はすごくひきこまれたもん!」

初めて他人に見せた作品が褒められた。これほど嬉しいことはない。

「世辞でも嬉しいよ。ありがとう高嶺さん」

「あ!信じてないなぁ?」

「いやいや、信じてるよ」

「ならよろしい。じゃ、せっかくのところ邪魔してごめんね?私はもう帰るから」

「またね高嶺さん」

そう言うと彼女は少し驚いたような顔した後、笑みを浮かべ

「またね!不知火くん!」

と別れの挨拶を返してくれた。

彼女が教室を出て行きその姿がやがて見えなくなると僕は1つ大きな溜め息と共に、背もたれに体を預けた。

「…何が慣れただよ」

わずかな会話。しかしそのわずかな間でもすでに僕は彼女に心惹かれてしまっていた。

自分の胸に手をあてがってみる。

鼓動が痛いくらいうるさい。

ああそうか、彼女に告白する連中てのはこんな気持ちなのか。

初めて味わう感覚に戸惑いながらも僕の小説に足りない何かを補ってくれるものとも感じ、おもむろに僕は筆をとり、走らせた。

ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


すっかりと日が落ちた頃にようやく僕の集中が切れた。ここまで長く集中していたは初めてかもしれない。


すばやく片付けた僕はこの学校を後にした。



今日の余韻に浸りながらふらふらと歩くこと30分、僕は帰宅した。

「ただいま」

おかえり、とリビングから義母の声が聞こえてきた。

「今日はよく書いたなぁ」なんてつぶやきながら階段を登り、自室の扉を開ける。

枕が飛んできた。

「おにいちゃんの馬鹿!!!何で今日先に学校行っちゃうの?!!」

「えーっと、ただいま」

「おかえり、ってそうじゃなくて!あたし言ったよね?一緒に行こうって」

「いや、わざわざあんなに無理して一緒に行こうとしなくたっていいのに。朝ごはんも食べないといけないし綾音はほら女の子だろ?支度にも本来もっと時間がかかるはずじゃないか」

「おにいちゃんだってあんなに早く学校いっても本しか読まないんだからあたしのこと待ってくれたっていいじゃない」

「大体なんでそんなに一緒に行きたがるのさ?」

「い、いいじゃないそんなこと!と、に、か、く!明日あたしのこと待ってなさいよね!いい?!」

「いや「いい!?」

「わかったよ」

「わかったならよろしい。じゃあおにいちゃん早く夕飯食べよ?あたしお腹空いちゃった」

「わかったから、引っ張らないでって」

太一と綾音。どうやらこの2人がいる限り僕の周りはどうも静かにならなさそうだ。

351高嶺の花と放課後 第1話:2018/01/08(月) 21:49:46 ID:pQx57MJ6
以上で投下終了します。保管庫凍結されていますがなろう等のサイトで作品を保管するかどうかは考え中です。できれば1週もしくは2週間ペースで投下したいのですが現在ストックが2話の分だけで1話1話が長文で少し様子見したいと思います。ではまた

352雌豚のにおい@774人目:2018/01/09(火) 00:11:49 ID:xAInuMQI
GJです!
2話も楽しみに待ってます!

353雌豚のにおい@774人目:2018/01/09(火) 19:27:14 ID:DN5MTvNY
GJです
なんていうかすごくスラスラ読めてった。続きが気になります

354高嶺の花と放課後 第1話:2018/01/09(火) 21:44:33 ID:j4KcJYus
時系列記入で高校1年6月と記載されていますが、正確には高校2年6月です。訂正します

355高嶺の花と放課後の中の人:2018/01/15(月) 15:52:24 ID:Z7HGjvEo
先週はペースよく書け3話目が書き終わったので今夜、第2話を投下したいと思います。

356雌豚のにおい@774人目:2018/01/15(月) 16:52:03 ID:ptw4Dg0c
ありがとうございます

357高嶺の花と放課後 第2話:2018/01/15(月) 20:30:37 ID:Rq7hZcyU
高校2年 7月初旬

「だぁー、あっちい」

「だらしないぞ太一そんなところで寝っ転がって」

「そういう遍こそこんなところでくふぶってないでさっさと参加してこいよ」

「僕は運動好きじゃないんだよ」

「わけわかんね、お前べつに運動苦手じゃねーじゃん」

「好き嫌いと得手不得手は必ずしも一致しないぞ」

太陽はもうすぐ真上にたどり着きそうな時刻。

僕らのクラスは体育の授業を行なっていた。種目はサッカーだ。

僕と太一はというと体育の苦手意識から校庭の端でサボっていた。


「それに」と僕は付け足す。

「サッカー部の連中や運動部の連中だけでもう楽しくやってるんだからあの中に入れってのは酷だよ」

「んなことぁ、みりゃわかるさ」

期末試験と夏休みが迫りくる日々でここ最近なにやらクラスが騒がしくなっていた。

ーーーまたね!不知火くん!

あの再会の約束の挨拶を交わしたあと、結局のところなんの進展もなかった。

それはそうだ。いままで彼女と接点がなかったわけだし、僕なんて大した男でもないからそこらへんの有象無象と変わらずに写っているのだろう。

ものすごく希望を持ってはいなかったがとはいえ少しばかりの希望は持っていたのでわずかに苦い思いをこの1ヶ月間味わってきた。

どうやら僕は初恋と同時に失恋を味わったようだ。

向こうは高嶺 華。その名前と容姿、様子で『高嶺の花』なんて呼ばれているが高嶺の花というのは手の届かない美しい花のことだ。

僕には憧れるしかできない存在なのだ。

とはいえ実のところ、それほどショックでもなく恋愛経験も皆無だった僕に良い経験を与えてくれたと思って感謝すらしている。

兎にも角にも僕もそろそろ彼女のことが気にならなくなり目の前に迫っている期末試験に本腰を入れられそうであった。

僕は運動も好きじゃなければ勉強も好きじゃないという何とも不良な生徒だ。

あまり成績も芳しくない。こんな成績ではただでさえ四苦八苦している父に説得することが難しくなると考えている僕は今回の期末には珍しく力を入れようと考えていた。

「体育なんてなくなればいいのにな」

「そうだね」

僕ら2人はただただ元気よく動くクラスメイトを1時間眺めていた。

358高嶺の花と放課後 第2話:2018/01/15(月) 20:32:31 ID:Rq7hZcyU
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ーーーーー
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高嶺の花との進展はなくても小説の方はかなり進展していた。

よし、あと一息だ

いつも通り放課後に執筆を続けきた甲斐があり物語も終わりを迎えようとしている。

主人公とヒロインが山場を乗り越え、ウェディングベルの下で愛を誓い合うシーン

ーーー「誓います」

僕は主人公にこの言葉を言わせ物語を締めくくった。

「終わったぁ」

僕はおもむろに筆を置き伸びをする。

目の前に意識が戻るとそこには長い髪を靡かせるあの日の美しい少女が微笑んでいた。

「おつかれさま。その顔を見るとどうやらやっぱり私に気づいてなかったんだね」

「た、高嶺さん、どうして…」

「先月と同じ理由だよ」

「そっ、か。なんていうか久しぶりだね」

「うん!久しぶり、って同じクラスなんだけどね」

クスクスと上品に、でも子供ぽく笑う

「そうだよね、変だよね」

僕もつられて笑う

「本当は仲良くなりたかったんだけど…ほら、急に不知火くんと仲良くなったら不知火くんの本のことみんなにバレちゃうかもしれないしなんていうか話しかけづらかったんだよね」

「…そっか、僕も同じ理由だよ」

嘘をつけ、臆病者。

「でも1ヶ月で書き上げちゃうんだね。すごいな不知火くんって」

「いやいやノート1冊分くらいの短編小説だしプロの人たちに比べたらまだまだだよ」

「ね!」

「?」

「読んでいい?」

ドキッとする。それは彼女が可愛いからというのもあるが自分から人に見せるというのはまだだったからだ。

先月のは事故。やはり自分からだと勇気がいる。

だが

「駄文だけど読んでくれるかい?」

初恋の少女になら見せても良いかな、と僕は思ってしまった。

「やったぁ」

彼女は丁寧な手つきで僕の世界史のノートを取ると一呼吸いれそれを開いた。

高嶺さんの読書する姿は様になっていて普通なら惹かれても良い姿だったが、僕は自分の思っている以上に緊張してしまいそれどころではなかった。

しばらくの間緊張していた僕だったが、彼女の真剣に読む姿見てか少し平静を保ち始めていた。

特にやることもないので僕も本を読むことにした。

359高嶺の花と放課後 第2話:2018/01/15(月) 20:36:02 ID:Rq7hZcyU
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


「ーーーくん、ーー火くん、不知火くん!」

「うわ!」

「ごめんね、何度呼んでも反応しないからさ」

肩を揺さぶられ、僕の意識は現実に引き戻された。

「いやいやこちらこそ気がつかなくてごめん」

無理矢理、読書が妨げられたことによって僕は少々苛立ってしまったが、なるべく態度に出さないようにする。

「それで、読み終わったかい?」

「ううん」

ショックだった。それはつまり読了に至るまでもないという評価の表れだと思っていたからだ。

「だからね、これ持って帰ってもいい?」

「え?」

「だめかな?」

「いやだめじゃないけど…」

どうやら勘違いしていたようだ。

僕はこの子を前にすると度々勘違いしてしまうみたいだ。これが俗に言う女心が分かってないってやつなのか。

「やった。じゃあもう暗くなって来たし帰ろうよ」

「え?」

まさか帰宅に誘われるとは微塵にも思ってなかった僕はその急な誘いに驚いてしまった。

「僕は羽紅駅とは逆の方だけど、高嶺さんは?」

「私も途中まで一緒だから、ね?いこ?」

そのまま彼女に付いてくように日が暮れて暗くなった教室を後にした。

ーーーーまずい、何を話したらいいんだ

あまり人付き合いも得意ではなく、こういう自分とは「違う」人間との会話に出せる話題なんて持ち合わせていなかった。

必然と無言で並んで歩くことになる。

「ねぇ、好きな食べ物ってなに?」

突然、彼女が話してきた。

「え、好きな…食べ物?」

「そう好きな食べ物。私、不知火くんのことなにも知らないの。だからね、まずは好きな食べ物」

一つずつ聞いてみたいの

そう続けた。

「好きな食べ物かぁ、きんぴら?」

「きんぴら!ふふ、渋いね」

「そういう高嶺さんは好きな食べ物なんだい?」

「んーとね、ハンバーグかな」

「意外だ」

「なんで?」

「なんていうか、そういった庶民的な食べ物が好きだなんて。高嶺さん普段からフォアグラとか食べてそう」

「なにそれ、ふふ。私がどこかのお嬢様に見えるっていうの?」

「少なくとも今まではそう思ってた」

「ざぁんねん。私の家はごく普通の家庭だよ?ご期待に添えなくてごめんね?」

「そうだね、もし僕が金目当てで君と仲良くなりたいと思ってる奴だったら今頃失望してるさ」

「あはは、なにそれ。面白い人だなぁ不知火くんは。…じゃあ2つ目の質問。祝日はなにして過ごしてるの?」

「祝日は本を読むか書くか、妹の買い物に付き合うか、かなぁ」

360高嶺の花と放課後 第2話:2018/01/15(月) 20:37:35 ID:Rq7hZcyU
「妹さんいたの?」

「うん、1人ね。高嶺さんは兄弟とかいないの?」

「ううん、私は1人っ子だよ。だから兄弟いる人って結構うらやましいんだよねぇ」

「うらやましいのかい?」

「うん!やっぱり兄弟いた方が絶対楽しいもん」

「結構大変だったりするけどね」

綾音は基本的に言うことを聞いてくれるがたまによくわからないことでわがままになって振り回されてることを思い出し笑う

「妹さんはどんな子なの?」

「優しい子だよ。突然わがまま言う時もあるけどね…あ、ぼくはここで曲がるけど高嶺さんは?」

「私は真っ直ぐだよ。ここでお別れだね」

「そっか。じゃあ高嶺さんまたね」

「まって。最後の質問」

「ん?」

「不知火くんて毎日あそこで書いてるの?」

「え?…うん」

「分かった!じゃあまたね不知火くん」

「うん、またね」

分かれ道にて彼女と別れた。

ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー

また、なんてことを言ったが前回と前々回の邂逅の間隔からして暫くは話すこともないだろうと考えていた。

「ねぇ、次はどんな小説書くの?」

それがまさか、翌日の放課後に彼女が会いに来るなど思いもしなかったが。

期末テストも本格的に近づく中、放課後に笑顔で昨日貸した僕のノートを抱え近づいてきた。

それも「面白かった」と感想を述べながら。

「今度は長いやつを書こうかなって思ってる」

「長い?」

「ファンタジーさ。ノート1冊じゃ足りないやつを書こうと思ってる」

僕はそう宣言すると彼女は不思議そうな表情を浮かべた。

「不知火くん、この間書いたのは恋愛モノだったでしょ?ジャンル全然違くない?」

「んー正直いうと僕自身どのジャンルに向いてるかって分かってないんだ。だから今はいろんなジャンルを書いて自分にあった小説を探してるところさ」

「だったら!」

「?」

「不知火くんは恋愛モノ向いてるよ!私昨日読んでてすっごく面白かったもん。普段本読まない私でも思ったんだから間違いないよ!」

まぁたしかに僕は恋愛小説は好んでいる

361高嶺の花と放課後 第2話:2018/01/15(月) 20:39:19 ID:Rq7hZcyU

「恋愛ものか…。夏休みに気合い入れて書いてみようかな」

「その前に期末テストだね」

彼女はなにやら含み笑いをしている

「いやなこと思い出させるなぁ、高嶺さんは」

「普段から勉強してれば問題ないはずだよ?不知火くんはちゃあんと勉強してる?」

「まさか。普段から駄文を書くことしかしてないさ」

「おほん、そこで提案なんだけど…」

「?」

なんだろうか

「期末テストまでの間、放課後に勉強教えてあげよっか?」

「ありがたい話だけど、またなんで急に?」

「面白い文章を見せてもらったお礼だよ。不知火くん、勉強苦手らしいからそこでお礼になればいいなーと思ったの」

「お礼だなんていらないのに」

「ううん、私がお礼したいの。だめ…かな?」

普通の人なら似合わないような上目遣いで小首を傾げる動作を彼女は可愛らしくやってのけた。

「だ、だめだなんてとんでもない!僕の方からお願いしたいくらいだよ」

「そう?よかったぁ。…じゃあ今日から期末テストまでの間みっちり、教えてあげるね!」

「えぇっ、きょ、今日から?」

「当たり前よ!善は急げって言うしねっ」

「その諺、なんか使い所違くない?」

「文句言わない!さぁ、やるわよ」

高嶺さん、なんでそんな嬉しそうなんだ…

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ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


「はぁ、疲れたな…」

高嶺さんに言葉通りみっちり教わった後帰宅した僕はへとへとに疲れていた。

「おかえり、お兄ちゃん」

「ただいま」

僕の部屋に入ると、いつも通り妹の綾音が僕のベッドでくつろいでいた。

「悪いけど綾音、僕ちょっと疲れているから夕飯までの間仮眠したいんだ。ベッドを空けてくれるかい?」

「へ?いいけどお兄ちゃん大丈夫?仮眠取りたいほど疲れているなんて、そんな…」

「大丈夫、…大丈夫。本当に大丈夫だから。夕飯になったら起こしてくるかい?」

「うん分かった…。おやすみお兄ちゃん」

心配そうな表情でベッドを空けてくれた綾音を尻目にすれ違うように僕はベッドに飛び込んだ。その時

「……くさい」

綾音が何か言ったようだが、豆腐に包丁を入れるように簡単に睡眠に落ちた僕は結局夕飯までどころか、朝まで目覚めることはなかった。

362高嶺の花と放課後の中の人:2018/01/15(月) 20:43:23 ID:Rq7hZcyU
以上で2話の投下を終えます。登場人物プロフィール等需要があれば書きます。4話も良いペースでかけているのでとりあえず3話は来週の月曜に投下予定です。

363雌豚のにおい@774人目:2018/01/17(水) 08:21:31 ID:.iOshxbQ
>>362
GJです

364高嶺の花と放課後の中の人:2018/01/22(月) 19:36:32 ID:aK4NrKjs
投下します

365高嶺の花と放課後の中の人:2018/01/22(月) 19:36:56 ID:aK4NrKjs
高校2年7月末

「いってきまーす!」

「いってきます」

「はい、いってらっしゃい」

母さんに見送られながら僕と綾音は登校のため家を出た。

「あっついー、あついよーお兄ちゃんー」

「夏だからね、朝とはいえ確かに暑いね」

「夏かぁ、夏といえばもうすぐ夏休みだ!」

「その前に期末テストがあるけどね」

「うぅ、嫌なこと思い出させるなぁ。そういうお兄ちゃんはどうなの?」

「僕?僕は最近放課後に学校で勉強してるからね。自信はないけどいつもよりは点数取れるって確信はあるよ」

「自信はないのに確信はあるの?へーんなの」

他愛のない会話を歩みと共に進める。

「…。…………。で、ところでおにいちゃん。パパとはいつまで喧嘩してるの?居心地悪くてかなわないよ」

父親と将来の夢で揉めて2ヶ月、未だに和解せず我が家は冷戦状態となっている。

「あはは、ごめんね。何度が話し合ってみてるんだけどなかなか父さんが首を縦に振ってくれなくてね。僕としてもなんとか許しが欲しいから折れるわけにもいないしね」

そう。2ヶ月の間何度か話し合ってみたが、互いに互いの主張を譲らないのだ。

蛙の子は蛙

親も頑固であれば子も頑固。

まったく、嫌なところは似たものだ。

「いい加減仲直りしてよねー。おにいちゃんがパパに顔会わせたくないからっていつもより早起きしてるせいで私も早起きしなくちゃいけなくて大変なんだから。これ以上喧嘩するようなら期末テストの成績、ぜんぶおにいちゃんとパパのせいにするからね!」

「綾音…それとこれは」

関係ないんじゃあないか?

そう言おうと思ったが綾音は完全に聞く耳を持たない姿勢になった。

こうなった綾音に逆らえた記憶がない。

困ったものだと僕は苦笑するしかなかった。

366高嶺の花と放課後 第3話:2018/01/22(月) 19:39:26 ID:aK4NrKjs
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ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


「ね〜ね〜、華〜。今日一緒に帰ろ〜」

「ごめんねー私今日も用事があって一緒に帰れないの」

一通り期末テスト前最後の授業を終え、帰りのホームルームをした後、クラスメイトの女子が高嶺さんを帰路に誘っている様子が見受けられた。

「え〜、華ここ最近ずっと用事あるね〜。一緒に帰れなくて寂しいよ〜」

「あはは期末テスト前だからね、先生とかに色々頼まれちゃって」

「う〜ん、それなら私も手伝おうか〜〜?」

「いいや、いいのよ。そんなに大変な仕事じゃないし。奏美(かなみ)もテスト勉強大変なんじゃないの?」

「あぁ〜、そうだった〜〜。私早く帰って勉強しなきゃ〜〜。バイバ〜イ、華〜」

「うんバイバイ、奏美」

小岩井 奏美(こいわい かなみ)

いつも気だるげでマイペースなクラスメイトの女子だ。

高嶺さんと一番仲が良く、よく一緒にいる姿が見られる。

「バイバイ!華!」

「華ちゃん、またね!」

「うん、また明日ー」

次から次へと彼女へ別れの挨拶をするクラスメイトたちに対応する高嶺さん。

人望の高さが目に見える。

そんな光景を見ていると太一が席を立ち、僕に別れの挨拶をしてきた。

「ほんじゃ、明日がんばろうな遍」

僕に別れの挨拶をしてくれるのはせいぜい太一くらいだが、僕にはそれで十分だった。

「あぁ、また明日」

いつもは期末テスト前で図書委員の活動もなくなると帰路に誘ってくれる太一と共に帰るのだが、僕が一度「今回のテストでは点数取れないとまずくて放課後勉強している。太一もどうだ?」という旨の話を伝えたら太一はあからさまに嫌な顔して、それ以来僕を帰路に誘ってこないのだ。

そしてクラスメイト達が1人を除いて全員教室を後にした。

「ふぅ、さ・て・と。じゃあ今日も始めよっか、不知火くん」

「よろしくお願いいたします、先生」

そして今日も帰路につかなかったクラスメイト、高嶺 華との放課後の個人授業が始まった。

「明日から期末テストだからねー、大方不知火くんもできるようになってきてるし今日は確認テストだけで十分だと思うの」

「確認テスト?」

「んふふー、じゃん!高嶺 華特製テスト!」

彼女は嬉々として僕によくできた印刷物を渡してきた。

「…もしかしてこれ高嶺さんが作ったの?」

「そうだよー。あっ、誤字脱字があったらごめんね?」

「えっ、いやそれはいいんだけども…」

ここまで甲斐甲斐しく世話をされると逆に不安になってくる。

なにか裏があるんじゃないかと。

「これすごく手間がかかったんじゃあないのかい?」

「ううん、別にパソコンでちょちょっと作っただけだよ」

ちょちょっとでこんなによくできたものが作れるのか?

「なんだか申し訳なさすら感じてきたよ、僕のためにわざわざ…」

「いやいやほんとに簡単に作っただけだから気にしなくていいんだよ?」

「本当にありがとう、高嶺さん。このプリント無駄にしないようしっかり解かせてもらうよ」

「えぇ、どういたしまして」

そして確認テストプリントを受け取った僕は発言通り、無駄にしないよう感謝の気持ちと僅かな罪悪感を胸に問題を解いてゆくことにした。



書いては止め、悩み、書いては止め、悩む。



その繰り返しを十と数回繰り返した後、僕は胸にある小さな罪悪感のもとを取り除いてみることにした。

367高嶺の花と放課後 第3話:2018/01/22(月) 19:41:58 ID:aK4NrKjs

「高嶺さん。本当にごめんね」

「ん?」

「今日高嶺さんが小岩井さんに帰路に誘う様子が見えたんだけど高嶺さんの人付き合いっていうのかな、そういうのを僕は邪魔をしているんじゃないかって思ってね」

「えぇー!全然そんなこと思わなくていいのに。私がやりたいからやってるの。不知火くんは罪悪感なんて感じなくていいの」

「うーん、そうかい?あの様子だと僕に勉強を教えるようになってから何度も断ってる様子に見受けられたけど…」

「本当に気にしなくていいのよ。奏美も分かってくれるわ」

そういって彼女は僕に柔らかく微笑んできた。

「…高嶺さんは」

「ん?」

「高嶺さんはどうしてここまで僕に尽くしてくれるんだい?」

胸の奥で燻っていた疑問。

「どうしてって、不知火くん。私に素敵な物語をみせてくれたじゃない」

なんの躊躇もなく、歯痒い言葉をこの少女を言ってのける。

「…す、素敵かどうかは置いといて。逆に言ってしまえばそれだけだ、僕のやってあげれたこと」

「私だって勉強教えてるだけよ」

「労力が違うよ」

「労力で言ったら、小説書くほうが大変よ?」

「僕は好きでやってるから大変に感じてないさ」

「私も好きでやってるから大変に感じてないよ」

「僕に勉強を教えることがかい?」

「ええ、不知火くんに教えることが」

ーーーーーかなわない。

素直に僕はそう思った僕は

「…優しいんだね。高嶺さん」

こんな陳腐な台詞しか言い返せなかった。

すると彼女はガタッと音を立て

「私、お手洗いにいってくるね」

無理矢理に話を中断するようにその席を離れた。

「…。なにかまずいこといったかな」

ここ数日放課後に彼女から勉強を教わり、わずかながらも高嶺 華という人が分かってきた気もしていたが、その一握りの自信を崩すには十分な行動だった。


僕はひょっとして鈍いのかもしれない、そんな考えが頭をよぎる。

卑屈になっていてもしょうがない。

彼女から貰ったプリントの解答を進めることにした。

それから最後の問題までは順調に解いていったが、その最後の問題が文字通り「問題」となっていた。

368高嶺の花と放課後 第3話:2018/01/22(月) 19:43:42 ID:aK4NrKjs

『問24 あなたは高嶺 華に対してどのような印象もしくは高嶺 華がどういう人間だと思うか。答えよ』


「…、…、…は?」


一体なんなんであろうかこの問題は。

突拍子もない質問が目の前に飛んできたものだから僕は何度もプリントが間違ってないか確認した。

自分の眼がおかしくなったんじゃないかとも思ったがそこには確かに


『問24 あなたは高嶺 華に対してどのような印象もしくは高嶺 華がどういう人間だと思うか。答えよ』


と記載されていた。

ーーーーー頭を抱える。

「これは一体なんの質問なんだ高嶺さん」

今まで勉強してきたことは忘れるような、そんな質問をそれでも僕は答えようと結局プリントの解答欄に手を伸ばした。

ここまで勉強を見てもらい尚且つ、せっかくプリントを作って貰った身分である自分が問題を無視する立場にないと思ったのと、高嶺さんがお手洗いで離席中の今が書きやすいのではと思ったからだ

「高嶺さんの印象か…」

ーーーーーー『容姿端麗、八方美人、才色兼備』

真っ先に思いついたのは、この学校の生徒10人に聞いたら10人が答えるような印象だった。

思いついたそれを回答しようと思ったが、筆をつけた時点で手が止まる。

このままこれを答えたらまるで僕が彼女を口説いているようにならないか?

実際のところそんな風には捉えられることなぞないのだろうが、一度よぎった思案はなかなか拭えない

やめよう、別のことを書こう

そう考えもう一度筆を紙につける。

そして止まった。

僕は一体彼女のことをどう思っているんだろう。

「…悩んでるね」

「うわっ!」

すっかり思考に耽っていたので彼女が僕の方から解答を覗き込んでいることに気がつかなかった。

369高嶺の花と放課後 第3話:2018/01/22(月) 19:45:04 ID:aK4NrKjs

「驚かさないでよ高嶺さん」

クスクスと彼女は笑う。

「不知火くんが勝手に驚いただけでしょ?」

少なくとも驚いたのは僕だけのせいじゃないと断言できる

そういえば…

僕は何度か彼女に脅かされてきた。

はじめの頃は心配する素振りなんてしてたが今ではこうやって僕を笑う始末

ああ、そうか僕は『才色兼備』なんて誰でも答えられる答えじゃなくて僕にしか答えれない答えを求めていたのかもしれない。

そう思うと自然に筆が動いていた。

筆を置くと彼女はプリントを僕から取り上げて読み上げた。

「『悪戯好き』…?」

「うん。だって高嶺さん、驚いた僕を見て笑ってたでしょ」

「うん、でも『悪戯好き』ってなんだか子供っぽくない?」

「子供っぽいってのは思ってないさ。でも高嶺さん誰かを驚かせるのが好きなのかなって。今の僕の高嶺さんへの印象」

「悪戯好き…、…へぇそっかぁ、…ふぅん」

彼女は唇に手を当て興味深そうに目を細めた。

「…やっぱり、不知火くんは面白いや」

「え?」

「予想の斜め上の回答をしてきたものだからそう思っちゃった。…ところで問題全部解けた?」

「あ…、うん」

「よし採点してあげるね」

そう言って彼女はおもむろに採点を始めた。

僕が面白い?

まぁ確かに人間予想の斜め上のことをされると面白く感じるかもしれない、それはいい。

やっぱり面白い?

やっぱりってことは僕のこと前々から面白がっていたのか?

……分からない

「うん!全問正解!これなら明日のテストは大丈夫だよっ」

彼女のその綺麗な指先からプリントは返された。

「あのね、不知火くんに謝らないといけないことがあるの」

「?」

なんだろうか

「わたし実はこの後、その…告白の呼び出しがあってね、……行かなきゃいけないの」

「なんだ、そんなことか」

胸がざわつく

「行ってきなよ、僕ならもう大丈夫だよ。明日のテストは高嶺さんの期待に応えてみせるよ」

「ほ、ほんと?ごめんね…」

「高嶺さんは悪くないよ、ほら待ってる人がいるんでしょ?早く行かなきゃ」

この胸のざわめきの原因も正体も知ってる。

だからにも雑にも感じられるような送り方をしてしまった。

「じゃあ、明日。がんばろうね不知火くん」

「うん、ありがとう」

彼女は僕を背に教室を出て行った。




…が、またひょっこり顔だけ教室に戻ってきた。

「不知火くん!私っ、別に誰かに悪戯するのが好きなんじゃなくて不知火くんのびっくりする姿が好きなだけだから」

「へ?」

「またね!」

……開いた窓と扉の間を、蝉の音と湿った夏風が通り過ぎて行く

胸のざわめきはもう消え、今では踊り出しそうなくらい高鳴っている。

この高鳴りの正体と原因も知っている。

こんなにも簡単に彼女は僕の心をかき乱せる。

頭を抱える。

「……苦手だ」

特に何かをするわけでもなく、僕は机に突っ伏した。

あとで気づいたことだが、問24にはマルでもバツでもなく三角がつけられていた。

370高嶺の花と放課後 第3話:2018/01/22(月) 19:46:33 ID:aK4NrKjs

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ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


教室に忘れ物がないか確認し、扉を施錠した。

僕のクラスというか、僕の学校は生徒一人一人に係が与えられる。

そんな僕は『施錠係』になっている。

放課後に教室で執筆したい僕にとってはうってつけの係であったし、クラスメイトが全員帰らないと帰れない『施錠係』をやりたいと思う人もおらず、なんの競争もなくこの係を取れたことも大きかった。

「失礼します。2年B組、不知火 遍です。教室の鍵を返しにきました」

職員室の扉を開け、いつものように鍵を返しにきた時、そこには担任の教師 太田(おおた)先生がいた。

「おう不知火、お疲れ様。こんな時間まで残って勉強か?」

「はい」

「そうか、精がでてるな。おまえ入学してから成績が右肩下がりだったから少し心配してたんだぞ」

「あはは…、今回はなんとか負の連鎖が打ち切れると思ってます……」

「そうか、なら期待して待ってる。ほら明日はテストなんだから早く帰りなさい」

「はい、失礼しました」

職員室を後にし、廊下を歩き、昇降口に着き、靴を履き替え、学校を出て、校門を抜ける。

その間に巡る思考は一つ。

彼女の言い残した言葉の真意だけだった。

だがいくら逡巡しても答えなんてものは見つからない。

「さっさと答え合わせしてくれよ……」

明日から期末テスト。

そんな答えの出ないものをいくら考えても時間の無駄だし、そもそも考えるべき時間じゃないというのは分かっている。

分かっているが…

「駄目だ、頭から離れない」

誰かに聞いてみるか?

誰に?

父さんは喧嘩してるから聞けないな。とすると義母さんか綾音か

…そういえば綾音は好きな人あるいは彼氏はいるんだろうか

そこら辺も含めて綾音に聞いてみようか

その結論に至った時には自宅の前までたどり着いていた。

「ただいまぁ」

ーーーーガタッ

「ん?」

僕の部屋の方からなにか大きな物音が聞こえた。

綾音がなにか物でも落としたのか

そのまま自室へ向かい、扉を開ける

ガチャ

「ただいま」

「お、おかえり…お兄ちゃん。は、早かったね…」

「ん?あぁ確かにいつもよりかは早いかもね。…なにしてたんだい?」

「へ?あ、あたし?あたしはーそのー、なにもやっていないというか、なんというかー」

「綾音、顔赤いよ。夏風邪かい?」

綾音の頬はこれ以上ないくらい紅潮しており、少しばかりの汗をかいていた。

「う、ううん大丈夫だよお兄ちゃん。あたしは別に風邪ひいてないし熱もないよ」

「うーん、それならいいんだけど」

本人が大丈夫と言っているとはいえ、無理している可能性も無視できない。

綾音に相談するのはまた後にしよう

「じゃあ綾音、僕着替えたいから出て貰ってもいいかい?」

「うん。はい。分かった。自分の部屋に戻るね」

いつもと様子の違う綾音は、わざとらしく僕に視線を合わせず部屋を後にした。

「…やっぱり体調悪いのかな?」

我が義妹の心配をしつつも手短かに部屋着に着替えた僕はリビングへと向かった。

371高嶺の花と放課後 第3話:2018/01/22(月) 19:48:28 ID:aK4NrKjs

「あら、おかえりなさい。遍くん」

「ただいま義母さん」

リビングには洗濯物をたたむ義母の姿があった。

「手伝うよ」

「あら、助かるわ」

洗濯物を畳んでゆく

なにか作業をしているとゆっくりと思考ができる。

そういえば義母さんの恋愛経験ってどうなんだろう。

というか前の旦那さんってどんな人だったんだ?

もう家族になってから10年経つが今まで一度も聞いたことなかった事実がふと気になってしまった。

それもこれも全部、一人の少女のせい

「ねぇ、義母さん」

「ん?」

「義母さんって今までどんな恋愛をしてきたの?」

普段活字にしか興味のない息子から突飛な質問が投げられたのが面白かったのか、目を見開いた後に義母は優しく微笑んだ。

「恋愛話?遍くんって結構堅い子だからまだ女の子に興味ないかと思ってたなぁ、ふふ。そっかぁそんな年頃かぁ」

どうやら突拍子のない質問で全てを察した様子だ。

「んーそうね。遍くんの期待に応えられそうな話は1つくらいしかないわよ?」

「それって前の旦那さん?」

「ええ」

そう言うと彼女は、ぽつりぽつりと語り始めた。

「前の夫に出会ったのはもう今から30年近く前になるかしらね。中学生の頃よ、出会いはねーーーーーー」

そこから語られたのは僕の小説なんかよりよっぽど酸っぱい物語だった。

ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


「ーーーーでね、いよいよプロポーズされたわけなの。もちろん私は受け入れたわ。そこからは両家の両親に挨拶して、結婚式開いて、結婚して、そして綾音が生まれたの」

物語はいよいよ、僕の義妹の誕生まで語られた。

しかし僅かに義母の顔に影が刺さった。

「…だけどね。綾音が生まれた年と同じに年に夫が癌て宣告されたの。余命3年って」

初めて知る義母の元旦那の末路。

「最初はこの残酷な運命にこれでもかというくらい神様を恨んだわ。でも彼は少しでも綾音といたいって運命に必死に抗おうとしてたの。その姿を見て私も恨む暇があるなら支えてあげようって、そう思ったの」

でも、と義母は続けた。

「必死の抵抗も虚しく余命宣告通り、綾音が3歳になった時に彼はそっと息を引き取ったわ。綾音はまだ幼かったから人が亡くなるってことがわからなかったみたい。私もその当時は悲しみに暮れなかったわ。覚悟はしていたしそれよりも綾音の将来の方が心配だったからね。亡くなった彼にも綾音を頼む言われたしね」

義母と家族になってから10年目にしてようやく知った真実がそこにはあった。

372高嶺の花と放課後 第3話:2018/01/22(月) 19:49:13 ID:aK4NrKjs

「彼が亡くなってからしばらくは遺産なんかでやりくりしていたわ。でもお金なんかより綾音に父親がいないことを憂いたわ。なんとかしてあげたいって思って過ごしてた中、元旦那の両親から紹介したいひとがいるって聞いてそこで遍くん、あなたの父親と出会ったのよ」

とうとう彼女の悲しい物語から僕たちが登場のようだ。

まさか元旦那の両親と父さんが知り合いだったとは驚いた。

すると影を指していた義母はふふと微笑んだ。

「おかしな人だったわ。私と出会って開口一番「息子に母親が必要だ。結婚してくれ」って。いきなりそんなこと言われても私も困るから「いきなりは無理ですのでまずはお付き合いしてみましょう」ってそういったの」

「いきなりお付き合い?断ろうとは考えなかったの?」

「んー、自分の子供に親が必要ってのは共感できたし元旦那の両親からの紹介だし無下にはできなかったわ。とはいってもね、知らない人にいきなり大事な娘を預けるわけにもいかないわ。それでしばらくお付き合いすることにしたの、信用に足る人なのかどうなのか」

「そうか、じゃあそれで…」

「そうよ。お付き合いをしばらく重ねて剛さんの人となりも分かってね。堅い人だけどその分真面目な人なんだって。この人なら娘を預けられるってそう思ったのよ。遍くんもそういうところは剛さんにすごく似ているわね、ふふ」

「はは、自覚してるよ…」

「それで剛さんと結婚したわけなんだけども、これで綾音に父親ができたって安心した途端ね…。涙が溢れてきたの。前の旦那が亡くなった悲しみが押し寄せてきてね。なんていうのかな、再婚してやっと悲しむ余裕ができたって感じかしら」

「義母さん…」

「でもひと通り泣いたらすっきりしたわ。2児の母親にならないといけなかったし、強く生きようって決心したわ。でもねぇ、血の繋がらない息子って思ってたより大変だったのよ。平等に愛そうと思っても無意識のうちに愛が偏っちゃって。たぶん遍くんなんかそういうのに気づいたのかあの頃は随分距離を置かれたものだわ」

そう言われて僕は初めて気づいた。

僕の距離を置いた態度は義母を傷つけていたのだ、と。

「だけど綾音は私の思ってた以上にお兄ちゃんができたのが嬉しかったのかな、すごく遍くんに懐いちゃって。私も少し嫉妬したわ、ふふ。なんだか仲のいい二人を見てたら本当の兄弟なんじゃないかって思っちゃって、なさけながらそれが遍くんを本当の息子と思えるきっかけになったの。剛さんも同じじゃないかしら」

「…義母さんって大変な人生だったんだね」

「あらそうよ。大変じゃない人なんていないわ。遍くんも剛さんを説得するのに苦労しているんじゃないの?」

「う、それは…」

「でもそれを乗り越えられないようじゃやっていけない職業だと私は思うから頑張って説得しなさい、応援してるわ。ってこんな話をしたいわけじゃなかったんだわよね。遍くん、恋の悩みでもあるんでしょう?」

「…恋かどうかわかんないんだけど、相談したいことがあるんだ」

「言ってみなさい」

幼い頃から見てきた義母の優しい笑みにつられるように僕は頭を悩ませてる一人の少女
について語った。

373高嶺の花と放課後 第3話:2018/01/22(月) 19:50:00 ID:aK4NrKjs

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ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


「………。なんだ遍くん自分で分かってるじゃない、それは恋よ」

自分ではそうであって欲しくなく目をそらし続けた事実を義母をあっさり言葉にしてしまった。

「い、いや確かに彼女に自分の小説を褒められたりすると嬉しいけども、それと同時に彼女に苦手意識があるんだ」

「苦手意識と恋心、それは決して矛盾しないわ。だって遍くん、その娘の前でボロ出さないように緊張しているのよ。…それで、どんな娘なの?」

「…その、分かりやすく言うと学園のマドンナってやつかな…」

「あら意外に遍くんって面食いなのかしら?」

「い、いやそんなつもりじゃ…」

「あらあらいつも大人しい遍くんが狼狽えちゃって。でも話を聞いた限りでは彼女もなにかしらの好意をあなたに抱いてるからもしかしたら可能性はあるんじゃないかしら」

「なにかしらの好意…」

『不知火くんのびっくりする姿が好きなだけだから』

脳裏で繰り返されるあの台詞

「これを機に遍くんに彼女できるといいんだけどね。綾音のためにもね」

「ん?どうして綾音がでてくるの?」

「どうしてってあの娘、年頃だっていうのに未だに遍くんにべったりじゃない。兄妹仲良いことには越したことはないと思うのだけれど綾音くらいの歳で兄にべったりってのも考えものだと思うわ。少しくらい反発する方が年頃的には正常よ」

「そう…かな」

「まぁわざわざ遍くんから突き放すこともしなくてもいいけど、彼女でもできて少しは兄離れできたらいいなってそう思ったのよ」

さて、と言って義母は立ち上がった。

「だいぶ長話したわね。そろそろ夕飯の支度するわ。遍くんも明日テストでしょ?夢を追うのも恋をするのもいいけど勉強もしないとダメよ?」

「あっ…」

期末テストのことすっかり忘れてた。

「夕飯できたら呼ぶからそれまで勉強してらっしゃい」

「分かったよ。ありがとう義母さん、話せて良かった」

「どういたしまして」

恋。

僕は彼女にまだ惚れているんだろうかーーーー

いやまた否定しようとしている自分がいる。

認めろ

彼女に惚れていることくらいはいいんじゃないのか

ーーーーーでも………。

こんな思考を繰り返し、この後の勉強に身が入らなかったのは言うまでもないことだった。

374高嶺の花と放課後の中の人:2018/01/22(月) 19:51:09 ID:aK4NrKjs
以上で投下します。第4話も来週月曜に投下予定ですが、第5話は未定です。

375高嶺の花と放課後の中の人:2018/01/22(月) 19:51:59 ID:aK4NrKjs
>>374 投下終了しますの終了が抜けました。すみません

376雌豚のにおい@774人目:2018/01/24(水) 00:09:29 ID:S9QhkKAs
GJ!
乙です

377高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 22:54:24 ID:1PMdeAh.
投下します

378高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 22:54:57 ID:1PMdeAh.
高校2年 7月末

「よしじゃあテスト返却するぞ。相澤」

期末テストを終え、テスト返却期間。

喜ぶ者、落ち込む者、悔しがる者、不当に怒る者、様々な者を生んできたテスト返却もこの数学のテスト返却で終わりを迎えようとしていた。

学校で一番見た目が怖いと名高い英語の担当の先生が次々とテストを返却してゆく

一人また一人と緊張した面持ちで教壇へ向かっていく

「次、佐藤」

「ほら太一、呼ばれてるよ」

僕の目の前の席の主こと佐藤 太一はというと、ただひたすらと哀愁を漂わせる者となっていた。

無言でガタッと席を立った太一は猫背のまま教壇へ行き、返却された紙を見るやいなや丸めながら席へ戻ってきた。

「不知火」

そして当然の如く次に呼ばれるのは僕だった。

僕もそっと席を立ち、テストを受け取りに行く。

「不知火、お前どうしたんだ?」

教壇へ着くと強面の英語教師がこう聞いてくるものだから焦ってしまった。

「えっ…、僕何か…しましたか?」

「ほら」

そう言って差し出された紙には3桁の数字が書かれていた。

「お前今回はよくやったじゃないか。この調子で次も頑張れよ」

頑張れよ、と共に僕の背中に衝撃が走った。

どうやら叩かれたようだ。

少しだけ混乱する。

確かに手応えを感じたテストだったがまさか満点を取るとは想像だにしていなかった。

そして席に戻る際、あの少女と目が合う。

彼女は僕にしかわからないように目を細め、微笑んだ。

心の臓が加速する

僕は頭をかきながら自分の席に戻る。

すると前の席の主はくるりと半回転し僕のテスト用紙を引っ手繰った。

「ひゃ、く、て、んだとお〜。遍ぇ!おれっちを裏切りやがってえええ」

太一は僕の両の肩を掴み、揺らす。

「待ってよ、太一。裏切るってなにさ?」

「とぼけんな!俺とお前の勉強できない同盟だろ!」

いつからそんな同盟が組まれていたのだろうか

「だいたいおれっちを裏切って放課後居残り勉強なんてしやがって」

「裏切りもなにも一回誘ったじゃないか」

「誰が好き好んで勉強なんてするか!」

そう言い放つと太一は丸めたテスト用紙を窓の外へ投げた。

「ええぇ…」

まぁたしかに僕も勉強は進んでやろうとは思わないけどさ…

「それにしても遍、ほんと今回全科目軒並みいい点数だよなぁ〜。誰かに教わったりとかしたのか?」

心の臓が跳ねる

確かにその通りだ。

僕は生徒を魅了してやまない高嶺 華に勉強を教わった。

だがその事実を今告げたらどうなるかなんて想像に難くない。

おそらくそんな不埒者はクラス中の、いや学校中の男子生徒に血祭りにあげられるだろう。

「…まっ、それはないか。遍、友達少ないもんな」

どうやら、事実を告げなくて良さそうだ。

その代わりなにか傷つくことを言われたが…

「あー、今回のテストで赤点取ったものは夏休み補修するからな、必ず出席するように」

この一言を英語教師が告げた途端、太一はみるみる萎んでいった。

その姿を見て僕は傷つくことを言ったお返しだと言わんばかりに太一の肩を叩いた。

379高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 22:56:27 ID:1PMdeAh.

ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


「えー以上で今学期の最後のホームルームを終わりとする。これから夏休みに入るが羽目を外しすぎるなよ。号令」

「起立ー、礼」

「「ありがとうございましたーーー!!」」

その瞬間、クラスの空気は弾けた。

誰もが待ち焦がれた夏休みの訪れ。

僕もその一員だ。

夏休みを使って様々な本を読みたいし、様々な物語も書きたい。

小説の参考になるような土地巡りもしたい。

とにかくやりたいことが山積しているのだ。

「太一、一緒に帰ろうよ」

「あー、誘ってくれてすまねーがおれっちこの後職員室いかないといけないんだ…」

「そっ、か。じゃあ夏休み、一緒にまた古書店巡りとかで会おうね」

「うん、とりあえずおつかれさまだー遍〜」

「ばいばい、太一」

僕は荷をまとめ一人でこの教室を後にする。

廊下を抜け、昇降口へ向かう。

そういえば、太一のテスト用紙放りっぱなしだけど大丈夫なのだろうか

誰かに拾われ悪戯されかねないのではないか?

そう思った僕は太一のテスト用紙を探しに行くことにした。

「太一の投げた窓は中庭側だから、中庭かな」

中庭と推察した僕は素直に向かうことにした。

中庭へと向かう廊下を抜けたら、めあてのものはすぐに見つかった。

「あった、あっーーー

「俺と付き合ってくれないか?高嶺」

…それは不意だった。

声のする方を見ると、背丈が高く男前な顔の男子生徒と見覚えのある後ろ姿の女子生徒がいた。

間違いない。

高嶺さんだ。

彼女に告白する人が絶えないのは知っていたがいざその現場を見るのは初めてだった。

告白している男子生徒は同性の自分から見ても整った顔をしており、いかにも女子生徒に恋い焦がれそうな風貌をしていた。

その姿を見るとまるで僕は土俵にすら立っていない、そんな気持ちになった

「ごめんなさい、大石くん。気持ちは嬉しいんだけど…」

…僕なんかが告白してどうするのさ

こんなにも格好の良い人が告白して断られているのだ、文学好きなだけの男子生徒が告白したって結果は火を見るより明らかだろう

「どうしてだい?理由を聞きたい」

僕も聞きたい

「私、好きな人がいるの」

「!」

今日はよく心臓が跳ねる

「そっか、じゃあ仕方ない。その人と結ばれることを祈ってるよ」

そう言うと男子生徒は潔く諦め、その場を後にした。

そして僕は気づかなかった。

ここで惚けていたら振り返った彼女と目が合うことを。

「あっ、不知火くん」

「や、やぁ高嶺さん」

「…もしかして見てた?」

「いや、その事故というかなんと言うか…」

「人の告白の覗き見?意外と不知火くんて性格悪いんだね」

今日太一に傷つけられた一言より遥かに深く鋭く胸をえぐる

狼狽える僕を見ると、彼女は吹き出すように笑い出した。

「ふふふ、冗談だよ!そんな顔しないで」

「え?」

「ちょっとついてきてっ」

彼女は僕の手を取ると、勢いよく引っ張っていった。

380高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 23:00:08 ID:1PMdeAh.

ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


人の目を盗んで連れていかれたのは屋上だった。

「はぁ、はぁ、なんで屋上?」

「人がいないから?」

僕が聞きたいのはなぜ人のいない場所に連れてこられたのかということだ。

「で、どうしたの。こんなところに連れてきて」

「よく聞いてくれました」

なんだろうか

「もーーーっっっね!鬱憤が溜まっちゃって」

「はい?」

「さて不知火くん、質問です。今日はなんの日でしょうか」

「えーっと、終業式の日?」

「せいかーい。では第2問。明日から何が始まるでしょうか?」

「夏休み…?」

「ピンポーン。2問連続正解。じゃあラスト3問目!夏休みになると男の子が欲しくなるものなーんだ?」

…話が見えてきた気がする。

「…彼女?」

「わっ!全問正解!さすが数学満点者は違うね〜」

「あっ、その節はありがとうございました」

「どういたしまして〜。おほん、それでねっこれがもうここ何日で何人も何人も何人っっっも告白してきてね、も〜私疲れちゃった」

「告白受けるのって疲れるのかい?」

「うん、疲れるよぉ。なんていうか皆んなエネルギーが凄いんだよねぇ…。何度受けてるとこっちが気が滅入っちゃう」

これがモテる人にしかわからない世界なのか

「今日もあと2人告白残ってるんだよねぇ〜」

「え?まだいるの?」

「うん。夏休みになるから慌てて彼女の欲しい人たちが告白してくるの。まぁあんまりこの時期に告白してくる人に真剣な人はいないんだけどねぇ」

真剣じゃない告白なんてあるのか?

「ねぇ不知火くん…」

「?」

「告白…サボっていいかな?」

それはーーーーーー

「だめだ」

「だめ?」

「確かに真剣じゃない人がいるかもしれないけど真剣な人もいるかもしれない。その人の気持ちを踏みにじっちゃあだめだ」

彼女に真剣に告白する人はたぶん、彼女より僕の方が気持ちがわかるはずだ。

僕ならサボられたくない。

「そっか、そっか。うん、うん」

すると彼女は腕を組み、何か納得するように大きく頷いた。

「不知火くんならそういうと思ってた。このままだと私サボっちゃいそうだから不知火くんに頑張れ!って背中押されたかったの」

パンッと両頬に手を当て彼女は気合を入れた。

「よし、じゃああと2人頑張りますかぁ〜」

どうやら僕は彼女から与えられた4問目に正解したようだった。

彼女の力になれたのは素直に嬉しい。

「さてそろそろ時間かな、いかなくちゃ。不知火くんに会えてよかったよ」

「僕の方こそ、力になれてよかった。今回のテストで良い点数取れたのは高嶺さんのおかげだよ」

「あ!…あ〜それなんだけどねー。今回なんでこんなに勉強手伝ったかというと実は私不知火くんにお願いがあってそれを叶えるために必要以上に手伝ったの」

「お願いって…なんだい?」

なんとなく想像はつく。

「夏休み中、不知火くんの書いた物語見させて欲しいのっ!」

お願いポーズをしてくる彼女。

「たぶんそうだろうと思ったよ」

「見せてくれる?」

「これだけ良い点数取らせてもらったんだ。断れるわけがないよ」

「やったぁ〜!じゃあ、はいっ!」

彼女は喜びに顔をみなぎらせるとポケットから携帯を取りだし僕に向けてきた。

381高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 23:01:32 ID:1PMdeAh.

「なんだい?」

「なにって、ライン。交換しようよ」

ラインってなんだ?

「ごめん高嶺さん。ラインってなに?」

「ええええええええ!知らないのっ!!?」

彼女は信じられないものを見たかのように頓狂な声を上げる

「えっ、そんな常識的なものなの?」

「少なくとも私の生きてきた世界では三角形の内角の和と同じくらい常識的なものだよ…」

「…へ、へぇ〜そうなんだ」

三角形の内角の和と同等の常識をどうやら僕は知らなかったらしい。

「まっ、なんだか不知火くんらしいや。いいよ、代わりにメールアドレスと電話番号で許してあげる」

「なんで代わりに僕の個人情報をおしえないといけないのさ?」

「あのね不知火くん、ラインっていうのはメールや電話みたいな連絡手段なんだよ?よーするに!私は不知火くんの連絡先が知りたいの」

だめ?と小首を傾げる

「だめというか、え?連絡先?僕の?」

「そう、連絡先、不知火くんの」

心の重心の置き場がないようにグラグラ、グラグラと気持ちが揺れる

なにか言おうとしても言葉は舌の根に乗っては飲み込み、乗っては飲み込みを繰り返される

「どっちなの?いいの?だめなの?」

なにやら急かされてるようだ。

「駄目じゃないよ」

典型的なNOが言えない日本人の血が反射的にそう答える。

彼女と連絡先を交換するのはもちろん喜ばしい限りだが。

「僕ので良ければ」

「うん、じゃあここに打ち込んでくれる?」

彼女のしなやかな指先からスマートフォンを受け取り、言われた通り自身のメールアドレスと電話番号を入力する。

「終わったよ」

「わぁ。ありがとう不知火くんっ。私のメールアドレスと電話番号も送っておくね〜」

高嶺さんが携帯に文字を打ち込んだ数秒後に僕の携帯は小刻みに震えた。

そこには見慣れないアドレスから電話番号そして「よろしくね!」と顔文字の書かれたメッセージがあった。

「うん、よろしく」

「あはは、たまにはメールもいいねぇ。ひゃあホントにそろそろ行かなきゃ。ありがとう不知火くん。また夏休みで会おうね」

「またね、高嶺さん」

彼女はかかとを翻し、屋上には僕一人だけとなった。

途端に力が抜け、僕は背中から倒れた。

「…疲れたな」

彼女と関わるといい意味でも悪い意味でも疲れる。

夏休みを迎えた開放感、彼女と別れて得た開放感、そして屋上のひらけた開放感を感じながらしばらく1本の飛行機雲を眺めていた。

382高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 23:02:46 ID:1PMdeAh.

ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


「…まさかこんな風に連絡先を交換するとはね」

終業式が終わったからなのか、それとも彼女と連絡先を交換したからなのかは分からないが兎にも角にも浮き足立っている僕は携帯使用禁止の校則を忘れて、携帯の電話帳欄を眺めながら屋上から階段を下っていった。

「…このまま連絡先を交換した若い男女は惹かれ合うようにして………とはいかないか」

それこそ小説のような話だ。

それにーーーーーー

「好きな人がいるって、そう言っていたからなぁ」

それがもしかすると自分なのではないか?という思想は一度してみたが可能性の天秤にかけたところ、否定要素が無しの方に傾けた。

冴えないただの本好きな生徒。

それが僕、不知火 遍の自己評価だった。

とはいえ、100%自分だという可能性はあり得ないが100%自分じゃないというのを決定付けるものがないのも事実。

まるで宝くじを買って当選結果を待っているかのような可能性の低いものにすがるこの感覚。

もし高嶺の花と付き合えるようになったらどうなるんだろうか?

僕はなにをするんだろう

彼女はなにをしてくれるのだろう

周りはどう思うのだろう

ーーーーー綾音はどう思うのだろう

思考の隙間に義母との会話の記憶が入り込んできた。

確かに綾音はよく懐いてくれてるし、彼女とかできたら少しは寂しがってくれるのかな?

「ははは」

取らぬ狸の皮算用。

その諺が似合う今の自分が少しおかしく感じてしまった。

「どうしたのお兄ちゃん、急に笑って」

「うわっ!綾音びっくりさせないでよ」

今日は本当に心臓が忙しい1日だ

階段を下っていた僕の隣にはいつのまにか妹の綾音がいた

「も〜お兄ちゃんが勝手にびっくりしたんでしょー。あたし悪くないもん」

「いや、まぁ確かにそうだけれども…」

「お兄ちゃん今から帰るの?」

「うん、そのつもりだよ」

僕がそう返答すると綾音はにひっ、と笑い

「じゃあ一緒に帰ろ?」

と誘ってきた。

383高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 23:03:53 ID:1PMdeAh.

断る理由も動機も無い僕はもちろんそれを受け入れた。

「お兄ちゃんテストどうだった?」

「今日初めて満点というものを取ったよ」

「え、満点!?すごいよお兄ちゃん!」

「僕もびっくりしたよ。テストで満点なんて小学生以来だ」

「科目は?」

「英語さ」

「英語で満点かぁ〜。あたしなんて全然だめだめだったよぉ」

その気持ちはわかる。

僕も英語なんてできるイメージがなかったがあの才女に教えてもらった途端に急に理解が進んだのだ。

彼女には教師の才能もあるのではないかと思う。

「でもいいんだ!明日からは夏休みだもんねー!」

「綾音は夏休みには何か予定はあるのかい?」

「うん。久美ちゃんとかとお泊りいこーって話ししたなぁ。あっ、お兄ちゃんも夏休みどこかいこうね」

「綾音はその…夏休みを共にする恋仲の男子とかいないのかい?」

「それって彼氏?…そんなのいないよ」

「ほら綾音可愛いからクラスの男の子達はほっとかないんじゃないか?」

「確かに何度か告白されたけど全部断ってるから」

「綾音ならいてもおかしくないと思ったんだけどな」

「あたしの生活のどこに男の影が見えたってのよ。それに……………彼氏なんてものはいらない」

綾音の顔からはだんだん笑顔が消え、不機嫌な表情をのぞかせてきた。

なんでだ?

「綾音の年頃になると彼氏の1人や2人欲しくなるんじゃあないの?」

「いらないって言ってるでしょ。なに?お兄ちゃん、どうして急にそんなこと聞いてくるの?あたしが邪魔なの!?」

表情だけにとどまらず声を荒げて、怒気を全身で露わにする。

「いやいや、待ってさ。一体どうしてそんな結論に達するのさ」

「だってお兄ちゃん、その彼氏とかいうモノにあたしを押しつけたいからそんなこと聞いてきたんでしょ!違う?!」

「落ち着いて綾音。思考が飛躍しすぎだよ。そんなこと思ってないから」

ここまで怒った綾音も久々に見た。

そんなに綾音にとっては嫌な質問だったのだろうか。

「いいや!そうに決まってる!あたしが鬱陶しいからそうやって!!!」

綾音はもう聞く耳を持たなくなってきている。

「違うよ。純粋に兄として気になっただけだよ。夏休みになったら買い物行ったり海に行ったりするような子がいるのかなって」

「別に…、買い物も海もお兄ちゃんが連れてってくれたらそれでいい…」

それは一般の女子高生が言う台詞にしては如何なものだろうか。

先日、義母さんに言われて気づいたこと。

綾音はいわゆるブラザーコンプレックスという奴なのかもしれない。

確かに僕としては義妹に懐かれてるのは嬉しいけれども、やはりそれはあまり世間では普通のことではないと言うのも事実。

もしブラザーコンプレックスというものが原因で綾音が彼氏を作らないのであれば多少は改善してあげたい。

しかし僕は思っていることとは真逆のことを口走ってしまった。

「…僕でよければいくらでも付き合うからさ、機嫌なおしてよ」

「じゃあ明日、映画見に行こう。それで手を打ってあげる」

「…いいよ」

この時、僕はこの夏休みに少しでも兄離れができるように手伝おうと決意した。

384高嶺の花と放課後 第4話:2018/01/29(月) 23:06:27 ID:1PMdeAh.
以上で投下終了します。第5話ですが、週1ペースは自分にとっては想定以上に早いもので来週はお休みして再来週の月曜に投下予定とします。

385雌豚のにおい@774人目:2018/01/31(水) 15:30:24 ID:pZq/2Vmc
>>342
なろうに投下したらここになろうの垢投下してよ。

386雌豚のにおい@774人目:2018/01/31(水) 15:38:57 ID:pZq/2Vmc
>>384
ぐっちょぶうううう!!

387342:2018/01/31(水) 18:59:35 ID:Z7L9v7ks
>>385
おk
他のジャンルの作品も並行して描き進めてるんでもうちょい時間かかりそうだけど頑張るわ

388雌豚のにおい@774人目:2018/01/31(水) 21:35:41 ID:PuPMqO0I
>>384
ヤンデレ出なくてもこのストーリーだわ
今後の病み具合に期待

389 ◆lSx6T.AFVo:2018/01/31(水) 21:57:29 ID:9dqWhcr.
お久しぶりです。
番外編『元旦の憂鬱、或いは新たな恋心』(後編 1/2)
投下します。

390『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 21:59:23 ID:9dqWhcr.
 注目を集めている。決して僕の気のせいではない。すれ違う人たちが皆、僕のことを必ず一瞥するのだ。
 しかも、僕がいるのは元旦のヘビセン。なので、注目の集め方も生半可なものではない。たとえ目を閉じたとしても、向けられる視線の数々には気づくだろう。それくらいには目立っていた。
 思わず、ほくそ笑む。
 来たか。いやぁ、来てしまったか。ついに来てしまったのか、僕の時代! 世間の人々もようやく僕の魅力に気づいたらしい。この衆目の集め方が何よりの証明だ。
 思い返せば、今までは散々な扱いを受けてきた……。
 クラスメイトたちには「まあ、並みだわな。それもギリの並みだわな」と誤った評価を下され、母さんには「容姿云々以前の問題ね。何より性根の悪さが顔に出ているからアウト」と辛辣極まりない暴言を浴びせられた。唯一、Aだけが僕に優しい微笑みを返してくれたっけ……やっぱり、アイツだけは味方なんだな……って、うん? 待てよ。そういえばAって「僕ってカッコいい?」って訊くと、ただ黙って微笑むだけで、具体的な言及は避けていたような……?
 ま、まあいいさ! 何はともあれ、僕が今、脚光を浴びているのは紛れもない事実なのだから!
 確かに、僕はあまりカッコよくないのかもしれない。苦くて不味い蓼なのかもしれない。しかし今や、その蓼がメジャー商品へと成りあがったのだ! 今日から『蓼食う虫も好き好き』の意味は変わるのだ! 今ならば、某アイドル事務所へ応募しても楽々パスできる気がする。アイドルデビューに歌手デビューに俳優デビューにバラエティーデビュー。テレビに引っ張りだこの僕の未来が見える……見えるぞ。ふっはっは!
「サユリもそう思うだろう?」
 と、RPGの仲間よろしくついてくる少女に問いかける。が、反応はない。僕を視界に入れることさえしない。なんだよコイツ、もしかして照れてるのか。憧れが強すぎて直視できないのか。可愛いヤツめ。
 なんて足を止めている間にも、絶えず視線は向けられた。けど、なんでだろうな。どうして皆、僕を見る前にまずサユリを見るのだろうか。そして僕のことを見て「え、マジ?」みたいな顔をするのだろうか。

391『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:00:11 ID:9dqWhcr.
 デジャブデジャブ。つい数時間前、Aと初詣をした際にも同じようなことがあった気が……。
 いや、もうわかっているんだけどね。
「なんていうか、お前ってやっぱりスゴイんだな……」
 そんな言葉がしみじみと出てしまうくらいには感心していた。
 僕は、今まで学校でのサユリしか知らなかった。だから、彼女が外の世界に出た際に、どのような評価を受けるだなんて微塵も考えたことがなかったけど、こりゃ半端ない。室外施設から、人の多いモール内に来た途端にこれだ。
 実際、サユリの異国めいた容姿は、この雑踏の中でもキラリと光りめいていた。色素が薄く、銀色に輝く髪はもちろんのこと、作り物のように整った容姿もそれに拍車をかけている。僕だって彼女と知己のない一般ピーポーだったら自然と目が引き寄せられていただろう。天晴れのため息だって漏らしたかもしれない。
 再び歩き始める。しばらく歩いて、振り返る。僕のニメートル後ろに、サユリはいる。メジャーで測ったような正確さだった。
「隣を歩いたらどうだ。これだと、まるでサユリが従者みたいだぞ。氷の女王がそれでいいのか」
 けしかけてみるが、背後霊じみた少女は返事をしない。たまたま行く先が一緒なんですよ、みたいな態度をとっている。
 本当に僕は今、サユリと遊んでいるのだろうか。やや不安になる。
 なんてやりとりをしている間も視線は集まってくるのだが、僕はとあることに気づいた。
 皆、見るといってもジロジロと観察するようには見ないで、コソコソと盗み見るように見るのだ。まるで、はっきりと目視することが罪であるかのように。昔、日本ではやんごとなき人を直視すると目がつぶれると考えられていたらしいが、その名残だろうか。

392『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:00:50 ID:9dqWhcr.
 実際、威厳が違いすぎる。
 さっき僕は、これではサユリが従者に見えてしまうぞ、なんて言ったが、そんな愚かしい間違いをする人は誰もいないだろう。なんというか、オーラが違うのだ。位の高い者だけが持ちうる気品とでもいえばいいのだろうか。年の離れた大人だって、サユリと向き合えば自然と襟を正すに違いない。
 しっかしなー。
 正直、僕に対する視線の無遠慮さには辟易とする。一方的に下賤の輩だと決めつけられているかのような、ありありとした見下しの視線。従者どころか奴隷のように思われているのだろう。Aと一緒にいる時もしんどいが、こっちもなかなか甲乙をつけがたい。
「お前が、あのくそ寒いフラワーガーデンにいた理由がわかったよ」
 きっと、サユリも注目されるのは嫌なのだろう。正直、今の状況は極度のナルシストでもなきゃ肯定的に捉えられない。それに、彼女は容姿だけじゃなくて、別の意味でも注目されている立場なわけだし、気苦労も何かと多かろう。
 結論、視線に関しては気にしないことにした。本日の目標は、とにかく楽しく遊ぶこと。それ以外のことは全てノイズとして処理しよう。
 その時、ぐぅとお腹が鳴った。そういえば、神社で飲んだ甘酒以来、何も口にしていない。昼食もまだだったし、そうだな、とりあえず腹ごしらえがしたい。
「サユリ、今からお昼にしようと考えているんだけど、構わないか」
 返事がないことはわかっているが、一応聞いてみる。コミュニケーションってのはこういう小さなやりとりの積み重ねだしね。
 彼女はYESともNOとも言わなかったが、大人しくついてきているので嫌だというわけではないらしい。
 ならば、向かおう。先人曰く、何をするにもまずは腹ごしらえである。

393『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:01:26 ID:9dqWhcr.
 国内有数のショッピングモールといえども、フードコートのつくりはさほど変わらない。多種多様のグルメをそろえた店の並びに、開放的なテーブルとイス。仮に食べたいものが異なっていても同席できるというのは、なかなか合理的なシステムだと思う。
 元旦で混み合っているヘビセンだが、昼食のピークは過ぎていたので空席はちらほらと見受けられる。これならば場所取りをする必要もないだろう。
 フードコート内には、全国どころか全世界に展開しているMのマークが特徴的な某ファストフード店があった。僕みたいな懐に余裕のない子どもにも手が届くありがたい値段設定だ。……まあ、最近はちょこちょこ値上げしているけどね。
「僕はハンバーガーにするつもりだけど、サユリはどうする?」
 というか、そもそも食べるのかお昼。なんせサユリはお高い身分のお方だ。「ふんっ。そんな衛生面も十分ではない中で調理された化学調味料たっぷりの怪しいものを、食べられるわけがないでしょう」なんて言いだすかもしれない。
 つーか、コイツ普段何を食べているのだろうか。全く想像がつかない。多分、栄養バランスのとれたオーガニックな食事をとっているのだろうけれど……具体的には……サ、サラダとか? それともスムージー? ……野菜ばっかりだな。庶民の想像力の限界。

394『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:01:56 ID:9dqWhcr.
 店舗へ向かい、メニューを見る。一番コストパフォーマンスのよさそうなハンバーガーセットを注文した。
「ドリンクはオレンジジュースでお願いします……それと、えーっと」
 と、サユリに視線をすべらせると、彼女が一歩前に踏み出した。
「私も、同じものを」
 小さい、けれど不思議と耳に残る、鈴を転がすような声だった。サユリの声を聞くのは、今日はこれが初めてだった。クルーのお姉さんは、人形じみた美しさの少女にいささか驚いた様子だったが、すぐに気を取り直し「お会計は別々になさいますか?」と訊いた。
「同じでお願いします」
 と言い、肩に下げていたショルダーバッグ(めちゃくちゃ高価そうな)から、長財布(これもまためちゃくちゃ高価そうな)を取り出す。
「な」
 思わず、視線が釘付けになってしまった。
 彼女の長財布には、子どもが持つにはあまりに多すぎる枚数の紙幣が入っていた。しかし、それはあくまで引き立て役にしか過ぎない。僕が目を奪われたのは、黒く輝くカードだった。ブルジョアジーにしか持つことが許されないという、噂のブラックカード……まさか実在したとは。
 戦隊ヒーローを見るようなキラキラとした瞳で、ブラックカードを見つめる。久々に童心に帰っていた。子どものピュアな心を呼び覚ましてくれるとは……さすがブラックカードだぜ。
 だが残念なことに、支払いは現金で済ませていた。クレジット決済はできるみたいなのに……見たかったなー、ブラックカードが使われるところ、見たかったなー。

395『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:02:29 ID:9dqWhcr.
 サユリは払うものを払ってしまうと、僕の二メートル後ろ、つまり定位置に戻った。クルーのお姉さんはお釣りを手にしたまま戸惑っている。
「おい、サユリ……」
 と、呼びかけても動く気配がないので、とりあえず僕が受け取る。支払いには福沢諭吉大先生を使っていたので、返ってきたのは樋口一葉先生と野口英世と少しの小銭。二人分とはいえ、ファストフードの値段なんてたかが知れているわけで、お釣りはかなりの額になっていた。
「ほら、お釣りだぞ」
 受け取ったお釣りを手渡そうとするが、彼女は受け取る気がないのか、そっぽ向いている。
 もしや一万円札以外の紙幣は入れないと決めているのだろうか。高い財布には小銭入れがついていないというし、それの強化版か? なので、お釣りは駄賃代わりにくれてやると? いや、そんなわけないか。うーん、マジでわからん……意図が読み取れん。
 しかし、だ。
「さすがに、これは受け取れないよ」
 いくら僕が普段からクズだのヒモだの守銭奴だの罵詈雑言を浴びせられているとはいえ、さすがにこれは受け取れない。僕みたいな子どもが貰うにはあまりに多すぎる額だったし、何より僕にだってプライドはある。これではまるで施しを受けているみたいじゃないか。
 それに、奢るという行為は自然と力関係をつくってしまう。奢る者は奢られる者より強くなり、奢られる者は奢る者より弱くなる。僕は、サユリとは対等な関係でいたかった。できるだけ、こういう不純物は取り除いておかなくてはならない。
 なので僕は、彼女にガツンと言うために口を開く。

396『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:03:20 ID:9dqWhcr.
 ……。
 …………。
 ………………。
 ……………………。
 …………………………ん?
 なぜ、僕の舌は動かないのだ? なぜ、僕の手はポケットの方へそろそろと動いていくのだ? これじゃあ、まるでサユリのお釣りをネコババするみたいではないか。くそっ! 心は返したがっているのに、身体が言うことを聞かない! 心は返したがっているのに! 心は返したがっているのに!
「……これは一旦、僕が預かっておこう。返してもらいたかったら、いつでも言うんだぞ」
 ま、一旦預かっておくだけだからさ。貰うわけではないし、問題ないでしょ。一旦、一旦ね?
 ファストフードの名に劣らず、注文した品はすぐに提供された。トレーを持って、近くの空いているテーブルにふたりで座る。
 身体に悪いと言われているジャンクフードだが、身体に悪いものほど美味しいという悲しき法則がある。僕の胃袋は一刻も早くハンバーガーを求めていた。
 早速、ハンバーガーにかぶりつく。いただきますも言わなかった。口内に広がるジャンクな味わいに、僕はフムフムと頷いた。やっぱり安かろう悪かろうは正義である。
 向かい側に座るサユリは、羽織っていた黒のロングコートを脱いで、脇に置いた。そしてショルダーバッグから除菌シートを取り出し、手を拭き始める。意外とその辺は神経質なのかもしれない。新しい一面を知った気がする。
 手を拭き終えると、サユリも僕と同様にハンバーガーを手に取った。そして包装を開け、小鳥がついばむように食べ始める。

397『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:03:56 ID:9dqWhcr.
 我ながら阿呆だと思うが、僕は彼女の食事をする姿に――見蕩れてしまっていた。
 ファストフードに食べ方も何もないだろうと言われるかもしれないが、あるのだ。いいとこのお嬢さんらしく、サユリの食べ方に気品があった。育ちの良さは食事にあらわれるというが、まさにその通りだった。
 住む世界が違う、とつくづく思い知らされる。同じ学校に通い、同じクラスに属しているというのに、住む世界はこんなにも異なっている。結局のところ、僕は悪目立ちするだけのその他大勢なのであり、サユリは雲の上にいる人なのだ。
 それは、学校における彼女の在り方にも如実にあらわれている。
 サユリは、いつもひとりだった。イジメられているわけでも、シカトされているわけでもない。恐れられている、というのが正しい表現だろう。
 実際、クラスメイトの誰もが――いや、それどころかこの街に住む誰もが――サユリを恐れていた。担任の教師でさえ、彼女の名前を呼ぶ時は声が硬くなる。
 その原因は、サユリがいわゆる地元の名士の子であるからだ。身分制度が廃止された現在、地元の名士という肩書きがどの程度の重さを持つのか、子どもの僕には到底わかり得ない。けれど、少なくとも大人の世界においては強い影響力があるようで、その影響力が子どもの世界にまでじわじわ浸透してきているというわけだ。
 ついたあだ名は『氷の女王』。年齢を考えれば『姫』の方が適当なのだろうけれど、サユリという人物を知ると、どうしても『女王』という言葉が出てきてしまう。彼女は城の中で庇護されるお姫様よりも、平民を統治する女王のほうが相応しい。

398『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:04:31 ID:9dqWhcr.
 しかし、このあだ名を耳にすることはほとんどない。なぜなら、ある恐ろしい噂があったからだ。
 ――いわく、氷の女王に反抗した生徒は強制的に転校させられる。
 サユリは学校内に秘密警察のような独自のネットワークを張っており、どんなに秘密裡に行動していようと全ては筒抜けだという。彼女の名誉を棄損するような言動と行動をとれば、強制的に他の学校に飛ばされるだけではなく、なんと両親の職まで奪われてしまう。サユリの父親が関与する会社はこの市ではかなりの数にのぼり、娘の報告が上がれば鶴の一声で首切りが決定する。
 己だけではなく、一家までもが路頭に迷う恐怖。故に、彼女の逆鱗に触れないよう、誰もがサユリから遠ざかった。
 確かに、子どもの噂にしては手が込んでいて、いかにも真実っぽく聞こえる。でも。こんなのは全て嘘っぱちだった。
 具体性の高さのためか、学校内では誰もがこの噂を信じているが、よくよく調べてみると穴も多い。転校させられた生徒が本当にいるとのことだったが、その生徒に関しての情報となると途端にあやふやになるし、そもそもリスクとリターンが釣り合っていない。
 公立校において私的な権力を行使するのは、かなりハードルが高い。それこそ斎藤財閥並みのパイプを持っていなければならないだろう。それに、バレた時に失うものが大きすぎる。世間というのは基本的にエスタブリッシュメントを嫌悪しているので、事実が露見した際は連日ワイドショーをにぎわすことになる。そんな事態に陥れば、いくら地元の名士といえども凋落確定。たかが庶民の一家を飛ばすには、あまりにリスクが高すぎる。
 けれど、僕らのような子どものコミュニティにおいては、噂というのはかなりの信憑性を持つ。学校の七不思議に代表されるように、それこそテレビのニュース並みの情報源といっても過言ではない。僕もゲームの裏ワザ関連でどれほど騙されたか……。

399『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:05:26 ID:9dqWhcr.
 サユリ自身が発するミステリアスな空気も、噂を強化させた。ありえない想定だが、もし彼女が笑顔あふれる元気溌剌な少女であったら、もう少し結果は違ったのかもしれない。荒唐無稽極まりない噂が説得力を持ったのは、サユリ自身の態度も関係していた。
 と、以上のような噂も手伝って、サユリに近づく者は誰一人としていなかった。彼女がいるだけで周囲の空気は緊張感に満ちたものになり、休み時間になれば周りの席はすぐさま空席となった。
 だが、誰もが恐れ、遠巻きに見ることさえも避ける中、ただ一人だけサユリに話しかける向こう見ずな生徒がいた。
 それは誰か。
 僕である。
 そう、唯一の例外は僕だった。教師陣も含め、学校内の誰もが避ける中、僕だけはサユリに話しかけていた。
「○○はすげえよな。あの氷の女王に話しかけられるなんて。恐くないのかよ?」
 クラスメイトからは呆れ半分恐れ半分にこう言われることが多い。その度に、僕はこう言い返していた。
「同じクラスの仲間じゃないか。仲良くするのは当然のことだろう」
 さすが○○くんだな、俺たちみたいな凡愚とは頭から爪の先まで違うよ、まさに人間の鑑だぜ! と称賛されてもおかしくないのに、何故だか白眼視された。僕の主張を真に受けた人は誰もいなかった。いくらなんでも扱いがひどすぎない……?
 さて、それではミスター博愛主義者○○の真っ白な腹の内を明かそう。
 一応、僕だって最初はサユリのことを恐れていた。例の噂を聞いた時は、僕も他の生徒と同様に震え上がったし、そんな恐ろしいヤツと同じ学校に所属してしまった己の不幸を嘆いたりもした。進級して同じクラスになった時は、まさに泡を噴く思いだったっけ。

400『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:05:59 ID:9dqWhcr.
 けれど、そこは僕である。強い者が現れたのなら、それに立ち向かうでもなく逃げるでもなく、媚を売り適切なポジションを確保する。それが僕のやり方だ。
 しかも、サユリは教師にも怯えられる存在ときている。もし、つながりができれば悪童の僕にも口を出しにくくなるだろう。子どもだけではなく大人にまで強気に出られるなんて……こんなおいしい機会を逃すはずがないでしょう。
 ファーストコンタクトはかなり慎重に行った。プリントを渡すついでにいくつか話しかけたのだ。僕の声は震え、身体も震えていたと思う。サユリの無反応を何らかのメッセージだと曲解し、その夜は布団にくるまりガタガタと震えた。僕たち一家がダンボールハウスで暮らす夢だって見た。
 常に恐怖はつきまとったが、それでもめげずにコミュニケーションをとった。千里の道も一歩から。地道に話しかけていけば、ある種の信頼関係が生まれるに違いないと希望を持った。
 しかし結果からいえば、失敗したと言わざるを得ない。僕と彼女のディスコミュニケーションは時を経ても変わらなかった。そして僕の中にあった下心も、実現の見込みが薄くなるやいなや消えてしまった。こりゃどうしようもないな、と途中で匙を投げたのだ。
 が、当初の作戦が頓挫した後も、僕はサユリに話しかけ続けた。
 理由は……なんだろうか。強いていえば、刺激だろうか。
 僕の一番身近な人とは誰か。そう、Aだ。あの超絶優等生で、どこに出しても恥ずかしくないどころか大絶賛されるAだ。彼女と一緒にいるのはそれなりに楽しいし悪くもないのだが、いかんせん毒がなさすぎる。無毒どころか、消毒する作用だって持ち合わせている。僕がギリギリ小悪党のラインに踏みとどまっているのは、彼女の浄化作用によるところが大きい。

401『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:06:28 ID:9dqWhcr.
 でも、Aとの関係には刺激がなかった。人間関係ってのは良いところばかりではなく、悪いところだってたくさんある。ケンカだってするし、疎ましく思うことだってある。けれど、Aにはそれがない。僕がどれだけ嫌がらせをしても、無下に扱おうと、怒らない。笑って全てを許容してしまう。これはこれで居心地のいい関係であることは否定できない。けれど、やっぱり負の部分だって必要なのだ。ニーチェ先生だって述べていた。「友であるなら敵であれ」と。テレビで小耳に挟んだだけだから全くニーチェ先生には詳しくないが、けだし金言だと思う。
 人間関係には刺激が必要なのである。なぜ人はバンジージャンプなどの、自らの生命を危険にさらす行為をするのかというと、それは刺激が欲しいからに他ならない。人間関係だって同じだ。薬膳料理ばかりの生活だと、どうしてたってジャンクフードが恋しくなってしまう。クセのある人物と関わってみたいという欲求が、僕の中に生まれるのは自然の流れだった。そして、サユリとのコミュニケーションは僕に多大な刺激をもたらした。誤算だったのは、彼女がスパイスではなく劇薬だったということだが、それはそれでオーケーだった。
 そもそもさ。誰かと仲良くなるのに、特別な理由なんかいらないんだって。思惑ありきで近づいた僕が言うのもなんだけど、たとえサユリに特別な背景がなかったとしても、やはり話しかけていたと思うのだ。だって、こんな面白そうなヤツを放っておけるはずがない。

402『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:07:33 ID:9dqWhcr.
 ってのが、僕とサユリの関係性。今までは平行線だったが、本日、ようやく線が交わりそうなチャンスに恵まれている。……今のところ交わる気配はないけど。
 なんて考えている間に、昼食を食べ終えた。手持ち無沙汰になったので、サユリの食事姿でも鑑賞する。
 学校の皆からは恐れられ、遠ざけられているサユリだが、こうしてハンバーガーを食べている姿を見ると、僕と同じ人間なのだと実感する。呼吸して、考えて、そしておそらく悩んでいる、僕と同じ人間なのだ。
 張り付けた無表情の奥に、どんな感情が潜んでいるのか、僕にはわからない。けれど結局のところ、人ってのは自分の見たいようにしか人を見ないし、そして見れない。
 それならば、その仮面の奥に喜びを見出すのは罪ではないはずだ。
「もーらい」
 トレーの上のポテトをひとつ、頂戴する。が、サユリは咎めるでもなく、僕がポテトを食べるのを黙って見ている。これを男子連中にやったら戦争になるのに……金持ち喧嘩せずってやつなのかね。
 いっそ、ドリンクに手をつけてやろうか、と考える。間接キスを成立させれば、さしものサユリも頬くらいは染めるかも……うん。ないな。絶対ありえないわ。普通にドリンクには口をつけないで終わりそう。それはあまりに虚しい結末だった。

403『彼女にNOと言わせる方法』:2018/01/31(水) 22:08:08 ID:9dqWhcr.
 と、パクパクとポテトをつまみ続けているうちに、いつの間にか食べ終えてしまった。マズい、サユリはまだ手をつけていないというのに……。無断でセットの一品を完食する。これほどギルティな行為はそうそうない。
 やっちまったなと思ったが、反応を見るために、僕はあえて悪びれぬ様子で「ごちそうさま」と一言投げかけてやった。
 しかしサユリはストローを口につけたまま、感情の読み取れない瞳で、僕のことを見るばかりだった。
 なにこれ無言の非難なの? もしかして好感度だだ下がり? と、食欲に負けた自分を責めそうになるが、そういえば彼女が僕のことをはっきりと見るのはフラワーガーデンでの一幕以来だと気づく。
 胸の中で、小さく何かが跳ね上がる。
 いやいやいやいやいや。何が跳ね上がるだよ。僕は飢えた犬じゃないんだぞ。これしきのことで安易に喜んだりはしない。サユリの一挙手一投足に意味を見いだしていたら、それこそキリがない。
 だけど、僕の頬は緩み、笑い声が漏れ出てしまう。サユリの宝石のように光る青い瞳を覗き込めば、必死で表情を取り繕おうとする少年の姿が拝めただろう。
 ……ま、これはこれで悪くない。この手の照れ恥ずかしさは、普段の生活からは得られないものだから。その希少性に免じて許そうではないか。
「どうしたんだ、じっと僕に熱視線なんか注いで。もしかして惚れたのか」
 なんて軽口を叩いてみるが、彼女はストローを咥えたまま、黙って受け流していた。
 全く、可愛げのないヤツだ。
 僕は肩をすくめ、そしてやっぱり、笑ってしまった。

404 ◆lSx6T.AFVo:2018/01/31(水) 22:10:07 ID:9dqWhcr.
番外編『元旦の憂鬱、或いは新たな恋心』(後編 1/2)
投下終了です。
番外編は次回にて終了になります。その後は再び本編に戻りますので、お付き合いいただければ幸いです。

405 ◆lSx6T.AFVo:2018/01/31(水) 22:11:48 ID:9dqWhcr.
保管庫凍結に伴い『彼女にNOと言わせる方法』は『小説家になろう』にて保管しております。よろしければご覧ください。
それでは失礼します。

406雌豚のにおい@774人目:2018/02/03(土) 23:52:17 ID:bxsoD1iY
>>405
ぐっちょぶです!!

407雌豚のにおい@774人目:2018/02/03(土) 23:56:43 ID:bxsoD1iY
最近職人様がちょこちょこ投稿して下さるから嬉しい

408雌豚のにおい@774人目:2018/02/03(土) 23:57:19 ID:bxsoD1iY
細々とでもいいから続いて欲しい。

409雌豚のにおい@774人目:2018/02/03(土) 23:57:38 ID:bxsoD1iY
ヤンデレは不滅だあ

410雌豚のにおい@774人目:2018/02/04(日) 17:20:49 ID:hNTnrpMw
一般的に、ヤンデレの最終目標って何だろう?

411雌豚のにおい@774人目:2018/02/04(日) 21:08:13 ID:imPDznN.
やはり想い人と結ばれることではなかろうか
泥棒猫を蹴散らし、全ての不安要素を消滅させたあと決定的な意味で想い人と結ばれる
そんな感じ?

412雌豚のにおい@774人目:2018/02/04(日) 22:26:02 ID:zGQu3XCQ
人(キャラ)の数だけヤンデレがあり、それに応じて目的はみんな違ってみんないい、そんな気もする。

413雌豚のにおい@774人目:2018/02/05(月) 00:37:17 ID:ejjJNKBM
好きな人と結ばれたいっていう気持ちは誰でも持ってるけど、
一般人とヤンデレの違いは、その気持ちを成就させるに至るプロセスにあるんだろうか?

414高嶺の花と放課後の中の人:2018/02/05(月) 14:16:17 ID:joop/CBk
こんにちは。ただ今高嶺の花と放課後 第5話執筆中なのですが、少しお話があって来ました。その話の前に前置きが2つあります。
①この物語はタイトルの通りメインヒロインは高嶺の花こと 高嶺 華でサブヒロインが主人公の義妹 不知火 綾音となっています。これは1人のヤンデレが暴走するより2人のヤンデレが衝突するほうが個人的に描きやすいと判断したからです。
②お気付きの方もいるかもしれませんが当作品ではあまり細かいキャラクターの容姿を限定するような表現はあえて書いてません。これは読み手に好きな容姿を当てはめて欲しいという考えに基づいたものです。

そこで本題なのですが書いている僕自身、あまりメインヒロインとサブヒロインのキャラクター(性格)の極端な区分けができていないと感じており衝突させる場合、極端に違うタイプのキャラクター同士をぶつけたいと考えています。

415高嶺の花と放課後の中の人 続き:2018/02/05(月) 14:22:18 ID:joop/CBk
そこでサブヒロインである綾音を敬語妹に変えて物語を1から書き直すわけではありませんが1話から修正版を投下したいと考えはじめました。もちろん物語の大筋は変わりません。それについて賛成か反対か1人でもいいので聞きたいです。ご協力お願いします。

416雌豚のにおい@774人目:2018/02/07(水) 22:09:31 ID:MmQ4/IvA
>>415
個人的には反対です
創作物としてキャラ設定がある事は理解してますが、どうにも敬語キャラはあまりリアリティを感じず話があまり入ってこないからという理由になります

417雌豚のにおい@774人目:2018/02/09(金) 01:45:56 ID:gOikafQo
一般人とヤンデレの違いは愛の深さしかない。

だから当然目標も違うと思う。
ただ付き合うとかただ結婚するんじゃなくてある意味融合するのが目標だと思う。

ある意味の融合っていうのは唯一無二の対になる事だね。

418雌豚のにおい@774人目:2018/02/09(金) 01:47:20 ID:gOikafQo
ヤンデレは結ばれるっていう浅い関係ではなく想い人との融合が目標\_(・ω・`)

419雌豚のにおい@774人目:2018/02/09(金) 01:49:27 ID:gOikafQo
>>415
敬語だとリアリティないっていうのはちょっとわかる気がする。
だから口癖とか口調を変えてみるのはどうですか?

420雌豚のにおい@774人目:2018/02/09(金) 01:54:44 ID:gOikafQo
>>415
口調や口癖をしっかりと作りこめば容姿の説明がなくても人物像ってのは浮かんで来ると思います。

普段の言葉使いでも荒かったり柔らかい言葉使いや腰の低い喋り方高慢ちきな喋り方

そこに口癖とかを入れていけば結構人物像もそれぞれ変わって来ると思います。

421雌豚のにおい@774人目:2018/02/09(金) 01:59:31 ID:gOikafQo
>>415
賛成です。
現時点でその方向で進めた方が書きやすいと仰っているのでその方向で書けば完結させやすいし、書きやすい方向で書けばアイデアを尽きることがあまりないと思うからです。

422高嶺の花と放課後の中の人:2018/02/09(金) 02:18:21 ID:xRAhmeOw
みなさん大変な貴重な意見ありがとうございます。みなさんの意見を見て色々考えました。敬語妹に変えたいと最初は思っていたのですが、それは自分の表現力の足りなさを誤魔化そうとしている安直な考えなのではないかと思いはじめました。まだ物語は始まったばかりですし、皆さんの大好きなヤンデレも引き出せてません。そもそも私が勢いだけで書いてるが故に人物像が浅くなっているということを痛感しました。それらを反省し、もっと人物に命を吹きこめるよう頑張るという結論に達しました。まだまだ未熟者ですが皆さんに楽しんでもらえるような文章を書けるようにこれからも邁進していきたいと思ってます。今後の予定ですが、予定通り第5話は3日後の月曜日に投下します。そして今抱えているこの問題も改善していこうと思っているで今後ともよろしくお願いします。

423雌豚のにおい@774人目:2018/02/09(金) 04:38:23 ID:ngapnPbE
>>116>>118の者だが、なろうにアカウントを作ってみた
プロローグだけ書いた
これからぼちぼち書き溜めることにする

ttps://ncode.syosetu.com/n1907eo/

424雌豚のにおい@774人目:2018/02/10(土) 03:00:41 ID:melwfpp.
>>422
あんまり思い悩まない程度にかいて下さればいいと思いますぞ!
執筆頑張ってください

425雌豚のにおい@774人目:2018/02/10(土) 03:06:33 ID:melwfpp.
>>423
覗いてみるデイ

426雌豚のにおい@774人目:2018/02/10(土) 03:09:49 ID:melwfpp.
>>423
そのURLコピペしてぐぐったけど複数の小説出てきたぞい。
出来れば題名も言ってくれるとありがたい

427雌豚のにおい@774人目:2018/02/10(土) 03:12:50 ID:melwfpp.
>>423
もしかして>>385の人だったりして

428雌豚のにおい@774人目:2018/02/10(土) 06:48:42 ID:0wHlBW06
>>422
結局はヤンデレ好きの同士の集まりなんだからもっと気楽にいきましょうよ
応援してます

429雌豚のにおい@774人目:2018/02/10(土) 11:53:43 ID:pIo2RUt2
最近同一IDでやたら連投してる人は
IDを知らずに自演失敗しているのか
衝動に任せて書き込んでるだけなのか
どっちにしても、書き込む前にちょっと落ち着くようにしとけ

430雌豚のにおい@774人目:2018/02/10(土) 13:07:22 ID:Oq4U5H7.
URLをコピペしてぐぐったとか書いてるから色々と慣れてないだけだろ
悪気はなさそうだしあまり突っ込んでやるなよ

431423:2018/02/10(土) 17:59:37 ID:PPQGCUHw
>>425-427
URLをググったっていう行動の意味がよく分からないけど、実際に試してみるとこの小説しかヒットしなかったぞ
それはともかく、見てくれてありがとう
今はプロローグだけだが一週間以内に次話を投稿する予定だ

432雌豚のにおい@774人目:2018/02/11(日) 00:26:14 ID:/OrkB/Hs
連投してしまってごめんなさい。
スマホでここ覗いてるんだけどURLが途中までしか表示されてなくて、URLが青く表示されてないからサイトに飛べないんだー。これ俺だけなのかな

433雌豚のにおい@774人目:2018/02/11(日) 00:34:13 ID:/OrkB/Hs
だからURLをコピペしてぐぐったけどだめだった。題名を言いたくないなら大丈夫だよ。余計なことを言ってしまって申し訳ない。

434!slip:verbose:2018/02/11(日) 11:32:36 ID:53xV4qpg
chmate導入すれば解決するぞ

435雌豚のにおい@774人目:2018/02/11(日) 12:13:07 ID:43zXnL1w
いや、頭にhつければ良いだけやぞ

436雌豚のにおい@774人目:2018/02/11(日) 23:11:32 ID:JaHHFnfU
>>435
出来た!ありがとう!

>>434
解答ありがとう!

437高嶺の花と放課後 第五話:2018/02/12(月) 15:44:57 ID:/GCmFoJk
投下します

438高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:46:02 ID:/GCmFoJk
高校2年 8月

『夏休み』

それは年に一度訪れる長期休暇であり、学生を名乗るものであれば誰でも謳歌する。

僕とて例外ではない。

授業がないという日々は僕にたくさんの読書と執筆と、それと少しばかりの綾音の付き添いという時間をもたらしてくれる。

ここ数日は地域の図書館に通い、気になった本を片っ端から借りて読んでいる。

そして感性が刺激されるたび僕の執筆欲が高まり、欲求を満たすように書きなぐる。

そんな日々を繰り返していた。

そんな日々を繰り返していたからか、僕にとって『海』というのは少々退屈なものだった。

妹の綾音とその友人たちの付き添いという形で僕は今、海にいる。

「久美ちゃんたちと海に行くことになったの。お兄ちゃんも行こうよ」

今日という日の始まりはその一言だった。

「誘ってくれたのは嬉しいけど、綾音が友達と海に行くのに僕が付いて行くのもおかしくない?」

「そんなことないよ。久美ちゃんだって弟連れてくるって言ってるし。ね、いこうよ」

いくつか断る文句でも考えたが、結局のところ妹に甘い僕は兄離れさせる気もなく承諾してしまった

その件もあり海に行くことになったが潮風で本を痛ませたくなかった僕は本を持ってきていなかった。

故に退屈さというものが増していた。

「はぁ」

一粒のため息をつくと、人影が僕を覆っているのに気づいた。

「えい」

棒のようなもので殴られ、犯人を尊顔するために振り向く。

「そんな危ないものを人に振り下ろしちゃダメだよ、綾音」

僕のそんな注意も聞いているのか聞いていないのか、

「お兄ちゃんもやろうよ、スイカ割り。きっと楽しいよ?」

気にもせず、僕をスイカ割りに誘ってきた。

「久美ちゃん達はどうしたの?」

「お兄ちゃんを誘ってくるって言って待っててもらってる」

「僕は遠慮するから綾音たちで楽しんできなよ」

「遠慮って、お兄ちゃんさっきも泳ごうってあたしが誘った時に遠慮してたじゃない。いいからスイカ割りやろうよ」

「僕はここで静かに海を眺めるだけで十分楽しんでるよ」

「さっきまで死んだ魚のような顔してた人がそんなこと言ったって説得力ないよ?」

死んだ魚って…そこまで僕は退屈にしていたように見られていたのだろうか。

「ほんっとお兄ちゃんは本の虫なんだから…ほらほら、ここで腐っててもしょうがないから行こう!久美ちゃんたちも待ってるよ」

一体この強引さは誰の遺伝なんだろうか。

そんなことはさっぱりもわからないまま義妹に引きつられた。

439高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:47:15 ID:/GCmFoJk

しばらくずるずると引きずるように連れられると見知った顔の3人がそこにいた。

「みんなお待たせー。お兄ちゃん連れてきたよ」

「待ってたよん、あやねん。とは言っても弟君がいるから私は大して気にして無いけどねん」

「はなせよ、姉貴!うっとうしい!」

「この2人と待たされた私の気持ちも考えてほしいものだな」

綾音の友人、瀬戸 真理亜(せと まりあ)と鈴木 久美(すずき くみ)、そしてその弟の鈴木 晴太(すずき はれた)の3人がそこに待っていた。

瀬戸 真理亜はれっきとした女の子であるが今日初めて会った時、男子と間違えた。

非常に中性的な見た目な上、中性的な声、装いをしていたため勘違いをしてしまった。

申し訳ない勘違いをしたと謝ったが当の本人は「気にしていない。むしろそう思われるようにしているから平気だ」と告げてきた。

余計な詮索は控えたが、本人がそう言うならつまりそういうことだろう。

鈴木 久美は綾音から何度も話に出てくる友人で、かなり親しい友人だと見受けられる。

実際、後者でも何度か綾音と一緒にすれ違ったことがある。

自他共に認めるブラザーコンプレックスの持ち主で弟の鈴木 晴太に目がないという。

それは今日、ほんの少し関わっただけでもひしひしと伝わってくるものだった。

そしてその重い愛情を受け止めているのが鈴木 晴太。

中学3年生でちょうど思春期やら反抗期やら差し掛かる時期の男の子だ。

それ故、姉の重い愛情に強めに反発しがちのようだ。

「あははーごめんねー、お兄ちゃんがいやだーって駄々こねるからさぁ〜」

「綾音。僕は嫌だなんて言ってないし、駄々もこねてないよ」

「うっそだぁ。少なくともあたしには駄々こねてるようにしか見えなかったよ」

「いやそれは…」

心情を簡単に読み解かれたことが少々腹に立ったので僕も躍起になって反抗しようとする。

「あー、兄妹喧嘩は後にしてスイカ割り。始めないか?」

僕の反撃を中断したのは瀬戸 真理亜だった。


「そうそうあやねん、わたし早くスイカ食べたいよん」

鈴木 久美も賛同する。

僕はその様子を見て、出し掛けた刀を鞘に納めるように舌の根に乗った反論を飲み込んだ。

「そうだね、皆んな待たせてごめん。スイカ割り始めようか」

「よしじゃあスイカ用意しなきゃね。久美ちゃん、真理亜。ちょっとこっちきて手伝ってほしいことがあるの」

「分かった」

「おっけーん」

綾音が2人に手伝いの要請をし、女子高生3人はせっせとスイカ割りの準備を始めた。

そして僕と晴太くんの2人がその場に残る形となる。

妹の友達の弟、もしくは姉の友達の兄。

そんなほとんど他人同然の関係の僕らに沈黙の空間が流れる。

本来なら年上の僕が気を利かせるべきなのだろうがあいにくそのような気の利いたことができるのであれば、もう少し友人が多い人生だろう。

気不味い時間が流れる。

しかし永遠に続くかと思われた沈黙は年下の彼が破った。

「センパイって大人っすね」

「ん?」

いきなりそんな一言で沈黙が破られると思ってなかったのと、なぜそんなことを言ってきたのかがわからなく思わず聞き返してしまった。

「いや、さっき口論になりかけた時に真理亜さんが静止したじゃないっすか。その時にセンパイは嫌な顔せずになんだか落ち着いた表情で自分に気持ち抑えたの見てなんとなくそう思ったんす」

「僕が大人だって?いやいや、全然そんなことないよ。僕だって大人になりたくて必死にもがいてるただの学生さ」

「でも俺から見たら大人っすよ」

晴太くんは少し恥ずかしそうに頬をかく。

「俺、センパイみたいに大人っぽくなりたいんす。だから、その…さっきの態度見て見習いたいなって素直にそう思いました」

それは単純に口論しても無駄だということを10年間の経験からおおよそ分かってたからという理由なのだが、訂正するほどのことでもないので僕も野暮なことは言わない。

「お兄ちゃんー、晴太くんー準備できたよ〜」

準備を終えたらしい綾音たちは余った男2人を呼んだ。

「さ、呼ばれたことだし行こうか」

「そうっすね」

440高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:48:14 ID:/GCmFoJk
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ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


帰りの電車。

水平線の彼方から差し込む茜色の光が車内を強く照らし、大きな影を作る。

あれから存分に遊んだ僕らは皆疲れ切って僕を除く4人がすっかりと寝入っていた。

寝過ごすわけにもいかないので、僕もうつらうつらとしながらもなんとか睡魔に抵抗をしていた。

とはいえ、人間の三大欲求の一つに抗うのは容易ではなく意識を手放そうとする。

その時だった、僕の携帯が震えたのは。

あまりメールなどもしないので携帯が振動することに慣れていない僕は冷水を浴びたように目が覚めた。

予感が走る。

送られてきたメールの主は、高嶺 華。

まさか。

本当に夏休みに連絡してくるなんて思っても見なかったので、予想外の出来事に胸が高鳴る。

しかし肝心のメールの内容が不可解なものだった。

というより無かった。

つまり白紙の文章を送りつけられたわけだ。

誤送信と思った僕は第二通を待つことにした。

そしてそれは5分ほど間が空いた後に送られてきた。

ただし白紙で。

これで白紙の文章を送ってきたのは2度目となる。

二度あることは三度ある。

それから間も無く三通目の白紙のメールが送られてくる。

ただでさえ眠いというのに不可解なメッセージにより思考が停止する。

三通のメールを見返す。

だがどれも白紙で件名すら、無い。

これ以上考えても仕方がないので『どうしたの?』と返信し、素直に答えを聞くことにした。

返信が来る。



ーーーーーーーーーー
差出人 高嶺 華
件名 なし
本文
明日、羽紅図書館に12時に来てください。

ーーーーーーーーーー



眠気が吹き飛んだ。

想い人に誘いの連絡が来たのだ。

意識が覚醒せずにはいられなかった。

「でもじゃあーーー」

最初の三通の白紙のメールはなんだったのだろうか。

歯と歯の間に食べ物が詰まったようなあのきになる感覚。

明日にでも聞いてみようか。

441高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:49:11 ID:/GCmFoJk

「ん…」

隣で寝ていた綾音が目を覚ます。

「あと…何駅?お兄ちゃん…」

起きたとはいえまだ眠いのか、瞼は半分すらも開いていない。

「あと3駅で羽紅駅だよ。まだ大丈夫だけど、もう少ししたらみんなを起こさなきゃね」

「…そっか」

綾音はわずかに開いていた瞼を下ろし、僕の肩へと寄りかかって腕を絡める。

すぐ隣の髪から漂う微かな潮の匂いが今日の思い出を再度胸に焼き付ける。

「…ねぇ、お兄ちゃん」

「ん?」

「…楽しかった?」

「もちろん楽しかったさ」

「…よかった。好きな読書がさせてあげれなくて申し訳ないって思ってたから」

「そんなこと…気にしなくてもいいのに」

「私はね、すっごく楽しかった。またお兄ちゃんと海に行きたい」

「…」

綾音のブラザーコンプレックスを改善したいと思っている手前、僕はそれを簡単には同意できず、ただ黙っていることしかできなかった。

「…ねぇ、お兄ちゃん」

「ん?」

「ずっと。ずぅっと一緒に、いよう…ね」

そのセリフを最後に綾音は完全に魂が抜けたように眠ったのを、肩にのしかかる重さの変化で感じた。

ひとつため息をこぼす。

「…参ったな」

今まで当たり前だったそれはひどく歪で、意識しなければ歪とも気がつかなかったくせにもしかしたら取り返しのつかないところまで歪んでいるのかもしれない。

いざとなった時、僕は綾音を突き放すような真似ができるのだろうか。

否、このままではできないだろう。

結局のところ僕は綾音に寄りかかられていることに愉悦を感じているのかもしれない。

だからこそこんなにも困り、悩んでいるのだろう。

本当に綾音を思うのであれば、僕が多少の嫌な思いをするのは避けられないのだろう。

覚悟をせねば。

僕は昨日までの自分と決別する手始めに、右腕に絡まった綾音の腕を解こうとする。

「…あれ?」

解けない。

腕を引き抜こうとしても絡まった腕をどかそうとしてもそれは強く反発し、むしろより固く絡みつく。

「…綾音、起きてるの?」

…返事はない。

一筋の汗が頬を伝う。

本能で感じる恐怖がそこにある。

二本の腕からつたわる意志。

まるで僕による兄離れを全力で拒否することを表しているその様。

「…まさか、ね」

逃がさない。

そう綾音に言われているような気がしてならなかった。

442高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:52:10 ID:/GCmFoJk

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ーーー


海に行った翌日、いつも通り僕は羽紅図書館へ向かった。

ただしいつもと違うのはそこに待ち人がいるということ。

指定された時間より30分早く着いたのだがその人はもうすでにそこで待っていた。

麦わら帽子に白いワンピースを着飾った彼女はそれだけで周りの目をひいていた。

「もう来てたんだ高嶺さん。おはよう」

「…」

彼女は無言で僕を見る。

というより睨んでいる。

「ど、どうしたの?」

「…不知火くんはさぁ、私と夏休み前になんて約束したんだっけ?」

「えっ、と僕の小説を読ませる約束をしました」

彼女の剣幕に思わず丁寧語になる。

「ずっと連絡待ってたんだけど?」

「い、いやほとんど毎日図書館に通って本読んだり書いてたりしてたから忙しくて」

「その割には顔赤いね?日焼けでしょ。海にでも行ったんだ」

「それは昨日たまたま妹に誘われて…」

「不知火くんは私から連絡しなければ約束忘れようとしてたでしょ」

「まさか、そんなつもりはないよ!」

「私ずっと待ってたのにな…」

「それは…ごめん高嶺さん。どうすれば許してくれるんだい?」

すると彼女は人差し指を僕の目の前で立てる。

「紅茶一杯奢ること。そして約束を守ること。これで許してあげる」

「分かったよ。でも、僕あまり気の利いた紅茶が出せるところ知らなくて。高嶺さん知ってる?」

僕が提示された条件を飲んだこと確認すると彼女はこの日初めて柔らかい表情を浮かべた。

「うん知ってるよ。不知火くんの知らない店」

「もしかして駄洒落かい?」

「面白いでしょ?」

「はは、それはどうかな…。とりあえずそこに行こうか」

「そうだね。じゃあ着いてきて」

高嶺さんが僕を先導する。

しばらく無言で歩いていたが、その静寂は彼女の方から終わらせてきた。

「…まったく、本当に待ってたんだよ?」

「それは申し訳なかったよ」

「なのにちゃっかり海で遊んでるんだ、か、ら」

そう言って彼女は三度、僕の頬に指を指す。

ピリッとした痛みが三度、走る。

「いたっ、痛いってば高嶺さん」

「お仕置きよ。私との約束をほったらかして海になんて遊びに行くから」

「面目無い。色んなことに夢中になっちゃって…いや、これはみっともない言い訳だね。僕さあんまり友達いないから誘い下手というか、そのどうやって高嶺さんを誘ったらいいのか分からなかったんだよ」

好きな子の前なら格好悪いところを見せたくない。

これは一般男児であれば皆思うところだろう。

僕だってそうだ。

でも今は誘い下手や友人が少ないという格好悪い所を素直に認めてでも嘘をつきたくないという気持ちが優ってしまった。

「…じゃあまずは私を誘うことに慣れてもらわなくちゃ」

「へ?」

「…あっ、ここだよ」

自分でも恥ずかしいことを言った自覚があるのか彼女は軽く赤面しながら、自分らの目的地であろう喫茶店『歩絵夢(ぽえむ)』を指差す。

そんな姿も絵になる。

改めて目の前の人の美しさを実感させられる。

443高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:55:17 ID:/GCmFoJk

彼女が店に入るのを見て、惚けていた自分にやっと気付き慌てて背中を追う。

中に入るとそこは珈琲と煙草の匂いが混ざり、独特の香ばしさが漂う空間だった。

店内にはジャズが流れ、マスターは来店した僕らに目もくれず珈琲を入れていた。

「あっ、ここの2人席が空いてるよ。ここにしよっか不知火くん」

高嶺さんのこの様子を見るとどうやらファミレスのように席案内するわけではないようだ。

「ここにこんな喫茶店があったなんて知らなかったな」

「結構路地に入り組んだ所だからねぇ。私も友達に教えてもらったんだぁ、どう?」

「独特の匂いがするけど、うんそうだね。でも落ち着くよ。いい所だね」

「でしょー?不知火くんならきっとそう言ってくれると思ったぁ」

先ほどまでの拗ねた表情はなく、その屈強な笑顔に僕の気持ちまで穏やかになる。

「私は頼むもの決まってるけど、不知火くんメニュー分かんないでしょ?はいどうぞ」

そう言うと比較的小さくかつ手作りのメニューが手渡される。

「不知火くんは何飲むの?」

「珈琲を飲もうと思ったんだけど、なんか思ってたメニューの内容と違って戸惑っている」

てっきりホットコーヒーやらアイスコーヒーなんて書いてあるメニューを想像してたのに、そこに記されてたのはキリマンジャロだとか、マンデリンだとか珈琲豆の種類が記載されていた。

「あーわかるかも。いきなりコーヒー豆の種類見せられてもどれがいいかなんてわからないよねぇ」

「生まれてこの方、珈琲豆の種類なんて気にしたことなかったな」

「あら、華ちゃんじゃない。いらっしゃい」

「あっ、陽子さん!」

突然高嶺さんに声をかけたのは、どうやらこの店の店員のようだった。

「お洒落な麦わら帽してたから最初誰だか分からなかったけど華ちゃんだったのね。可愛いわね、似合っているわ」

「そ、そうですかね」

えへへ、と頬を紅潮させ嬉しそうに笑う。

その様子を母性溢れた眼差しで見ていた女性店員は僕に気づくと、こちらも優しい眼差しでこちらを見つめてきた。

「それで、きみは?華ちゃんのお友達?」

「あっ、はい。高嶺さんと同じクラスの不知火 遍といいます」

「そう遍くんね。なかなか珍しい名前をしてるわね。私は八千代 陽子(やちよ ようこ)よ。私の名前『よ』が続くからフルネームじゃ言いづらいでしょ、ふふ。気安く下の名前で呼んで大丈夫だから。っとそうだ、二人とも注文は決まってる?」

「私はアイスミルクティーだけど、不知火くんは?」

「えっと僕、あまり珈琲豆に詳しくないのですがお勧めってありますか?」

「そうねぇ、珈琲って色々個性があって人によって合う合わないがあるんだけど…、これなんかどうかしら。比較的飲みやすいものだと思うのだけれど」

「じゃあこれのホットで」

「『グァテマラ』のホットね。以上かしら?」

「「はい」」

「分かったわ。じゃあゆっくりしていってね」

陽子さんはそう言うと厨房へと向かって言った。

「不知火くん、コーヒー好きなの?」

「ん?そうだね、好きだよ。飲むと落ち着く」

「へぇ〜大人だなぁ」

「高嶺さんは珈琲嫌いなの?」

「うん、苦くて飲めないや。だから私は甘くて美味しい紅茶がいいなぁ」

「だからアイスミルクティーね。そうだ、僕の小説だったね。いま書いてる短編小説はまだ書き終わってないから僕が以前書いた作品を持ってきたんだけどどうかな?」

「え?前に書いたやつ?うん読みたい読みたい!」

「高嶺さん、恋愛小説好きそうだったから過去に書いたやつでそれに絞って持ってきたんだ」

僕は手持ちの紙袋からいくつかノートを取り出す。

「ただまぁ、あまり期待しないでほしいかな。結構今より未熟な頃に書いた作品も多いからさ」

「未熟な頃の不知火くんの文章も見てみたいなぁ。成長過程っていうか、どんな風に作風が変わっていくのかその様子も知りたい」

全くこの人は相変わらずこっちが恥ずかしくなることを言ってくる。

「あれ?もしかして不知火くん照れてる?」

悪戯な笑みを浮かべこちらを見てくる。

「そりゃあそんなこと言われたら照れるさ」

調子が狂う。

やっぱり苦手だ。

「じゃあはいこれ。たぶん今日持ってきたやつの中では一番古い作品だと思う」

「ありがとー。そういえばふと思ったんだけど不知火くんっていつから小説書いてるの?」

444高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:57:31 ID:/GCmFoJk

「んー、小さい頃から軽く書いてたこともあるからはっきりとした時期は分からないけど多分中学2年生の時からかな」

「じゃあもう3年くらい書いてるのかぁ、すごいね。なんだか不知火くんの初作品読んでみたくなっちゃった」

「それこそ一番見られたくないやつだから是非とも遠慮させていただきたいな…」

「お待たせしました。グァテマラのホットとアイスミルクティーよ」

僕らの頼んだ品を陽子さんが運んできてくれた。

「わぁありがと陽子さん。私喉乾いちゃってて、外も暑いし」

「確かにこの頃は一段と暑いわね。遍くんはホットコーヒーで良かったの?」

「え?あ、はい。お店の中冷房効いてるし、僕としてはこっちの方が好みです」

「そう、なら良かった。コーヒーはお代わり無料だからいつでも言ってね」

「え〜、コーヒーだけずるーい。ミルクティーもお代わり無料にしてよ」

やや拗ねたような表情をする高嶺さんをよそに運ばれてきた珈琲に一口つける。

ーーーーーー美味しい。

家で飲むインスタントものとは大違いだ。

いや比べること自体が間違ってると思うほどにそれだけ香りや味わいが良いものだった。

「あれ?不知火くんお砂糖もミルクも何も入れないの?」

「うんまぁ、普段からあまり入れないかなぁ」

「え〜、苦くて私なら絶対飲めないなぁ」

「まぁ華ちゃん、ミルクティーお代わり無料してーって駄々こねるほどお子様だもんね」

「そ、そんな言い方してないよ陽子さん!」

「ははは」

随分と脚色された陽子さんの物真似が面白く、僕もつい笑ってしまった。

僕は二口目を口につける。

445高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 15:58:47 ID:/GCmFoJk

「ところでさぁ、…二人は交際しているのかしら?」

「え!?」

「っ!?」

二口目を嚥下しかけたところでこのとんでもない質問をしてきたものだから珈琲が気道に入りむせてしまった。

「げほっ、げほっ」

「だ、大丈夫?不知火くん」

大丈夫じゃあない。

ものすごく痛い。

「もー、陽子さんが変なこと言うから不知火くんむせちゃったじゃない」

「あれ?じゃあお付き合いしてないんだ」

「そうだよ!不知火くんは小説家目指してて私がお願いして作った小説読ませてもらってるの!」

「あら小説?ほんとだ。遍くん、結構面白い趣味を持っているわね」

「けほっ、ありがとうごさまいます」

「不知火くん大丈夫?」

「ちょっと…喉が痛いかも」

「待っててね、今お水持ってくるわ」

陽子さんが一旦この場を後にする。

「ご、ごめんねー不知火くん。もー陽子さん変なこと言うから困っちゃうよねー」

彼女は恥ずかそうに笑う。

「はは、っそうだね」

まったくなんて爆弾を落としてくれたんだ陽子さん。

むせた痛みとこのいたたまれない空気という二重苦。

「お待たせ遍くん。はいお水」

「ありがとうございます」

受け取った冷水を嚥下する。

「どう?」

「すこしマシになりました。ありがとうございます」

「いやいや、変なこと聞いちゃった私が悪いのよ。あっ、それと…」

すると陽子さんはそっと僕の耳元まで口を寄せた。

「…私は応援してるからね」

「へ?」

「ではごゆっくり〜」

「あっ、陽子さん!不知火くんに何言ったの〜?」

高嶺さんの静止もきかず陽子さんは去っていった。

あの人、最後の最後まで爆弾を落としていくな。

応援してるとはつまり僕の気持ちに気付いているわけで…

僕が分かり易すぎるのか、それとも彼女が鋭いのか。

できれば後者であることを願う。

ふと気がつくと目の前の可憐な少女はややむくれた表情でこちらを見ていた。

「な、なんだい?」

「むーなんて言ったか気になる。教えてよ不知火くん」

教えられるわけがない。

「ごめん、黙秘ってことでいいかな?」

「えー気になる!いいじゃん教えてよー」

「いや、大したことじゃあないんだ。うん」

「じゃあ教えてよーねぇいいじゃんー」

その後ーーー

あの手この手と陽子さんの耳打ちを聞き出そうとする高嶺さんをかわし続け、興味の的を僕の小説へと無理矢理変えることができたのは一杯目の珈琲が冷めた頃だった。

446高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 16:00:27 ID:/GCmFoJk

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ーーーーー
ーーー



高嶺さんに僕の小説を読んでもらっている間、昨日海に行って書けなかったこともあり半ば筆先で紙に暴力を振るうように小説を書き殴っていた。

それが一旦落ち着いたので一息いれる。

「ふぅ」

「すごい集中力。すっかりコーヒー冷めてるわね、お代わりいるかしら?」

丁度陽子さんが僕の一息を見たのか、そんな気を遣ってきた。

「いただきます」

カップに残った冷えた珈琲を一気に飲み干す。

そして陽子さんは空いたカップを慣れた手つきで受け取る。

「それで、華ちゃんもよく読むわね」

「んぁ?あぁ、うん。だって不知火くんの小説すごく面白いんだよ。普段本読まない私もすごく引き込まれる」

「だってさ、少年」

陽子さんはそう言って僕の背中叩く。

「あはは…」

そんな返事に困るようなことされても空笑いしかできない。

「今、お代わり持ってくるから待ってて」

厨房へ行く陽子さんを目で追っていた高嶺さんは不意に僕の方へと視線を戻す。

視線が合ったに羞恥を感じた僕は、ひねり出すように話題を出す。

「小説どうだった?」

「ん?さっき言った通りだよ。すごく面白かったよ」

想い人に言われたからとか関係なく、単純に物語を賞賛してくれることに喜びを感じざるを得ない。

「でも…」

「?」

「なんだろ、夏休み前に見せてくれたあの物語と比べると何かが足りない気がする…」

「何か…」

それはきっと高嶺さんが僕に与えてくれたものだ。

でもそんなことは言えない。

言えるはずが、ない。

僕は結局、彼女を高嶺の花と遠ざけて眺めるだけの臆病者。

447高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 16:01:42 ID:/GCmFoJk

「ふふ、まぁ素人読者の感想だからあんまり気にしないでね?」

「いや、そういうなんとなくの感想を聞けるだけでも嬉しいよ」

カチャ、と目の前に珈琲が置かれる。

「はい、どうぞ。コーヒーのお代わり」

「ありがとうございます」

少し忙しくなってきたのか、今回は陽子さんは立ち話せずすぐにその場を後にした。

ひとくち口につける。

「ねぇ不知火くん」

「なんだい?」

「コーヒーおいしい?」

「美味しいよ」

「じゃあ…ひとくち飲もうかな…」

「え?」

僕を見つめる瞳。

要は僕のこの珈琲を一口分けて欲しいという意。

「だめ?」

「だめっていうか、別に構わないけど…。少し砂糖とミルク、入れようか」

珈琲に角砂糖一つとミルクを少々入れる。

それを攪拌(かくはん)し、受け皿ごとカップをまっすぐ差し出す。

「ありがとう、不知火くん」

彼女はカップを受け取るとそれをわざわざ半回転し飲む。

僕が口をつけたカップをまっすぐ差し出しそれを半回転して口をつけたらそれは…

「あっ…」

そんなことは気にする様子なく彼女は一口珈琲を口に含む。

「うぇ〜、やっぱり苦い」

苦味に耐えられないのか両目をつむって舌先を出す。

間接キス。

その事実が先程珈琲に砂糖とミルクを攪拌したように、僕の心に動揺と羞恥が撹拌する。

年頃の女子高生なのに間接キスを気にしないのか?

それともこんなことを気にする僕が稚拙なのか?

「ははは…やっぱり苦かったかぁ」

苦いのは僕の笑いの方だ。

「うん苦かったよぉ。だけど…嫌じゃなかったなぁ」

「え?」

嫌じゃないのは珈琲の方か、間接キスの方か。

真意が聞きたくて反射的に聞き返した。

「…これからはコーヒー。ちょっとずつ飲んでみることにするよ」

「あ、あぁ珈琲ね」

ほっとしたのかがっかりしたのか

二律背反な感情が心を支配する。

「…嫌じゃないんだ、私」

「ん?何か言ったかい?」

「ううん、なんでもない。それよりもすっかり日が暮れちゃったね」

448高嶺の花と放課後 第5話:2018/02/12(月) 16:02:41 ID:/GCmFoJk

「あれ?もうそんな時間なの?」

この喫茶店は路地裏に店を構えていることもあり昼間も外は暗くて気がつかなかったが確かによく見てみると日が暮れているのがわかる。

どうやら執筆に思ったより大きな時間を割いていたらしい。

「そうだねぇ。そのコーヒー飲み終わったらそろそろ帰ろうか」

「分かったよ、今飲むから少し待ってておくれ」

「ふふ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ」

カップの持ち手が利き手に戻るように半回転すれば再び間接キスをすることになる。

やや不自然だが僕は半回転せずそのまま飲むことにした。

慣れない甘みが口に広がる。

「あっ…」

「どうしたんだい?」

「う、ううん。なんでもないよ」

そう言って彼女は少し寂しさを感じるような笑みを浮かべる。

「そうだ不知火くん。今日読みきれなかった分持ち帰ってもいいかな?」

「あぁ構わないよ」

「ありがとう。そしたら全部読んだらまた今度返すね」

今度は寂しさなど感じない笑み。

実に心惹かれる。

踊る心を鎮めるよう珈琲を一気に飲み干す。

砂糖と間接キスの甘さで胸焼けしそうだ。

「おまたせ。じゃあ僕が先行って会計してくるよ」

「あっ、私の紅茶代…」

「え?僕の奢りでしょ。いいよ僕が払うさ」

「あれ冗談だったんだけどなぁ…。でもお言葉に甘えちゃおうかな」

伝票を手に取る。

「じゃあその紙袋ごと小説持って行っていいからね」

そのまま僕はレジまで歩いていった。

「お会計?」

近くにいた陽子さんが声をかけてくる。

「はい」

「分かった。いまいくわ」

僕から伝票を手渡しで受け取るとこれも慣れた手つきでレジを打ち込む。

「合計1300円ね。会計別にする?」

「いえ、まとめてで大丈夫です」

「そうデート代は男の子が払わなきゃだもんね」

「い、いやそういうのじゃあっ…」

「あはは、ごめんごめん。ついからかいたくなってね。それにしても随分集中して書いてたわね」

「そう…ですね。あんまり自覚なかったんですけど、雰囲気とか珈琲とかでいつもより集中できたのかもしれません」

「ねぇ、今度機会があったら私にも読ませてくれないかしら?」

「僕のでよければ是非お願いします」

「ありがとう楽しみにしてるわ。じゃあこれお釣りね。ありがとうございました」

「ごちそうさまでした」

高嶺さんはもうすでに外へでていたので僕もそのまま店の外へ出る。

外へ出た瞬間、夏の湿った暑い空気が肌に張り付く。

「おまたせ高嶺さん」

「よかったでしょ、ここ」

「そうだね。また来たいと思ったよ」

「じゃあそうだなぁ。…来週。来週のこの日にまたここで会おうよ。それまでにちゃんとこれ。読んでくるから」

彼女は紙袋を手に掲げる。

「分かった。それまでに僕も執筆の方進めておくよ」

「じゃっ、帰ろっか。来週の約束はほったらかさないでよ〜」

「ちゃんと約束守るよ」

僕ら二人は喫茶店の前から歩みを進める。

ふと気になって振り返る。

なんだか僕はこの喫茶店が大事な場所になるような、そんな気がした。

「どうしたの不知火くん?」

「あ、あぁなんでもないよ」

夏休みはもうすぐ半ば。

来週の今頃には折り返しだ。

だけど…僕の夏休みはまだ始まったばかりな気がする。

449高嶺の花と放課後の中の人:2018/02/12(月) 16:04:38 ID:/GCmFoJk
以上で投下終了します。第6話は再来週の月曜投下予定とします。

450雌豚のにおい@774人目:2018/02/13(火) 01:35:48 ID:b8mPsj8g
>>449
乙です
妹がなかなかイイ傾向にあるね。逆にもう一人の方がどうやって病んでくのかに期待です

451雌豚のにおい@774人目:2018/02/14(水) 15:19:36 ID:5bezfqV2
乙です
毎回楽しみにしてます

452雌豚のにおい@774人目:2018/02/15(木) 01:49:20 ID:neb9n4h2
GJです

453高嶺の花と放課後の中の人:2018/02/26(月) 23:58:30 ID:/756lkJU
すみません。個人的に忙しく第6話がまだ完成していません。本日投下予定だった第6話は明日投下に延長します。

454高嶺の花と放課後の中の人:2018/02/27(火) 23:18:12 ID:WKrbv4dg
投下します

455高嶺の花と放課後 第6話 前編:2018/02/27(火) 23:18:48 ID:WKrbv4dg
高校2年 8月

高嶺さんに自作の小説を読んでもらうという行為は僕の執筆に良い影響が与えられている。

第一に他人の感想を聞くだけでも修正所や表現の適切不適切が見えてくる。

第二に彼女には楽しんでもらいたいという感情が内容を今まで以上に洗練されたものにしようという意欲が働くのだ。

それ故あまり今までは内容を書いては消して書いては消してを繰り返さなかった僕もそれを繰り返すようになり、直筆小説を書くものもノートから適している原稿用紙へと最近移行してみた。

要は丸めてゴミ箱に捨てるというあれだ。

実際には現在喫茶店『歩絵夢(ぽえむ)』
で執筆しているので丸めてゴミ箱へ放るなんてことはしない。

しないがボツ用の紙袋を持ってきたのでその中にすっと入れる。

「ふぅ」

「不知火くん。苦戦してるね」

そんな僕の様子を見てか少し心配そうな表情をする高嶺さん。

「そうだね。なんだか今までは書きたいように書いて満足してたんだ。でも今はそれを読む人がいる。だからそんなやり方してたって駄目かなって思ったんだ」

「私はいいと思うけどなぁ」

「妥協が許されないって気づいただけさ。僕がこの道で生きていくのであればそれ相応の覚悟と努力が必要という当然のことにね。高嶺さんのおかげだ」

父親を説得できなかった理由も今となってはわかる気がする。

「えっ、私なんにもしてないよ」

「いや高嶺さんが僕の小説を読んでくれているおかげで他人に読ませるという意識を持ちながら話を書くようになったんだ。当たり前な話、小説って他人に読んでもらうものなんだから今まで意識しなかったってのもおかしな話だけどね」

「そう言われるとなんだか嬉しいなぁ、不知火くんの役に立ててる感じがして。そういえば不知火くんは夏休みの宿題はどう?終わった?」

筆が止まる。

456高嶺の花と放課後 第6話 前編:2018/02/27(火) 23:19:28 ID:WKrbv4dg

「あー、…それは今一番聞きたくない言葉だな」

「やっぱり。不知火くん真面目そうな顔して意外と勉強疎かにしがちだよねぇ」

「残念ながら文学青年が皆真面目と思ったら大間違いだよ」

「でも不知火くんはやる時はちゃんとやる人って私知ってるよ。期末試験勉強も頑張ってたもんね」

「それは、いやそれこそ高嶺さんのおかげだよ。あれだけ懇切丁寧に教えてくれれば誰だってできるようになるさ」

「私でよければ新学期始まったらまた教えてあげる」

「新学期迎えるためにもそろそろ夏休みの宿題やらないといけないなぁ」

「うん、それがいいと思うよ」

「…そうだ。さっきのことでもうひとつ話しがあるんだ」

「どうしたの?」

「実は僕、小説家になることに父親から反対されていてね」

「えっ」

彼女が真剣な表情へと切り替わる。

「僕もあれよこれよと説得を試みているんだけどなかなか首を縦に振ってくれないんだ。どうしたものかと僕も悩んでいたんだけどね、最近なぜ父が認めてくれないのかわかってきた気がするんだ」

「どういうこと?」

「ここでさっきの話と繋がるんだけど今まで僕は一人でしか文学の世界に浸っていなかった。けどこれを仕事にするのであれば一人じゃ当然駄目でどこか僕は小説家を将来の夢としてただ漠然と眺めていたんだ。もう高校生だ。将来の夢を見るのはいいけどそれまでの道はそろそら具体的に考えないといけない年頃だと思うんだ」

説得できなかったのも当たり前だったのかもしれない。

「…立派だね。不知火くん」

彼女は唇端を僅かに釣り上げたのち、紅茶をすする。

「そんなに立派に考えてる高校生なんてそういないよ?私だって将来の夢は漠然と考えてるだけだもん」

「高嶺さんも将来の夢あるのかい?」

「あるよ」

ただ真っ直ぐこちらを見つめてきた。

やや羞恥がこみ上げてくる。

「…内緒だけどね〜」

聞かせてもらえないのか。

少々がっかりする。

「でも…不知火くんなら近々教えることになるかもね」

「近々教えるってどういうことだい?」

「それも内緒だよ…」

静かに微笑み、唇に人差し指を当てる。

あまりの可憐さに胸が少し締め付けられるような気分になる。

この胸の苦しさを原稿用紙へとぶつけようとするが、何も言葉が綴れない。

「…今日はもう帰ろっか」

「え?」

「不知火くん夏休みの宿題まだなんでしょ?あんまり私が長い間拘束しても悪いからさ。それに今は私の将来の夢が気になってしょうがないだろうし、ね?」

すっかりバレている。

気遣いもさせている己に情けなさすら感じてきた。

「そうだね。まだ読み終わってない分は持って帰ってもいいからね」

「ありがとう不知火くん」

伝票を持ちお互いの料金を支払い、『歩絵夢』を後にする。

葉月も後半。

茅蜩(ひぐらし)の音がただ黄昏に鳴り響いていた。

457高嶺の花と放課後 第6話 前編:2018/02/27(火) 23:20:55 ID:WKrbv4dg

ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


後半に差し掛かった夏休みの平日の昼下がりのことだった。

「お、に、い、ちゃ、ん!」

夏季休暇の課題に悪戦苦闘しているとノックをするなんて概念がとうに捨て去られてしまった僕の自室に綾音が入ってきて後ろから抱きついてきた。

「どうしたの、綾音」

「お兄ちゃんってぇ、明後日ひま?」

「明後日って…土曜日か。んー別段、予定はないよ」

僕が予定のないと伝えると綾音の目が爛々と光る。

「じゃあさっ、二人でお祭りいこうよお祭り」

其れは別に構わないーーーー

つい反射的にそう告げようとする。

高校生にもなって兄と二人で夏祭りに行きたいと言う妹は多分、普通じゃない。

だが兄離れさせたいといっても僕も綾音と喧嘩したいわけではないしむしろ仲良くしたいと望んでいるが故、これがどうしてなかなか難しい。

予定がないと言った手前、面と向かって断る勇気もないし別の人を誘うように誘導できないものか。

「綾音は友達とかとは行かないのかい?ほら久美ちゃんとかこないだの真理亜ちゃんとか」

「久美ちゃんも真理亜も誘ったんだけど二人とも予定あるって断られちゃった」

「ほかにも友達とか誘いたい人はいないのかい?」

「んー、いないかな。…普通の女の子はお兄ちゃんと会わせたくないし…」

義妹の顔が一瞬歪む。

「え、今なんて言ったの?」

すぐ元の笑顔へ戻る。

458高嶺の花と放課後 第6話 前編:2018/02/27(火) 23:21:41 ID:WKrbv4dg

「ううんなんでもないよ。ねぇっ、それよりも行こうよ〜お祭りぃ」

「うーん、でもなあ…」

「…なんでそんなに渋るの?」

「渋っているわけじゃあないんだけどね…」

「…じゃあ何?それともお兄ちゃんあたしと行きたくないの?」

いままで聞いたことのないような底冷えするような声。

妹ではないナニカがそこにいる感覚。

一筋の冷や汗が滴れる。

「ど、どうしたんだい。綾音と行きたくないなんてこれっぽっちも思ってないさ」

「嘘。いつものお兄ちゃんなら二つ返事で了承してくれるもん」

確かに二つ返事しそうになったのは事実だ。

あぁ、断る理由が浮かばない。

異様な雰囲気を醸し出す綾音を前に誘いを受ける以外選択肢は残されていなかった。

「…ふぅ、分かったよ。明後日ね」

「やったぁ!お兄ちゃん大好き!」

僕が承諾するや否や再び強く抱きついてきた。

「ところでお兄ちゃん、もしかして夏休みの宿題やってるの?」

「夏休みも残り少なくなってきたしそろそろやんないとと思ってね。綾音は進捗の方はどうなんだい?」

「うう、わかってるくせに…。いじわる」

「まぁ僕も毎年夏休みの終わりにまとめてやってたから気持ちはわかるけどね」

「あーあ、あたしもあと一年早く生まれてればお兄ちゃんと一緒に同じ宿題できたのになぁ」

「そうなると日付的に綾音は僕の義姉になるわけだ」

「え?あ、そっか。あたしがお姉ちゃんかぁ」

「ははは、それはなんだか想像できないな」

「なんで笑ってるのよお兄ちゃん!あたしだってそうなればしっかりお姉ちゃんつとめるもん」

「その時は宜しく頼むよ。でも今回の人生では綾音は僕の妹だ。それは変わらない」

綾音の頭に手を乗せる。

「あっ…」

そう変わらない。

僕はこれからもできる限り綾音にはやれることはやってあげたいけど、並行して兄離れもさせなければならない。

この矛盾した目標を達成できるのはいつになることになるのか。

「…そうだ!お兄ちゃんも宿題やってることだし私もお兄ちゃんに宿題を教えてもらおっと」

「本当に分からないところなら教えるのもやぶさかではないけど、勉強得意じゃないしそもそも僕の宿題もあるから全部教えることはできないよ」

「わかってるってぇ。あたし宿題とってくる!」

脱兎のごとく自室に戻る綾音。

「そんなに慌てなくてもいいんだけどな…」

それにしても夏祭りか…。

来るはずもないのに期待してしまう。

自惚れているのは分かっている。

僕は震えない携帯をどこか期待を持って横目で見ていた。

送られてくるはずもない誘いの宛てを。

459高嶺の花と放課後 第6話 前編:2018/02/27(火) 23:22:22 ID:WKrbv4dg

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「あら遍くん、甚平似合うわね」

約束の土曜日の夕刻。

夏祭りに向けて甚平に着替えた僕に義母が話しかけてきた。

「せっかくの夏祭りだし形から入るのもいいかなって思ってね」

「誰と行くのかしら。…もしかして前に言ってた女の子?」

好奇心旺盛な顔を覗かせる。

「ち、違うよ。いつも通り綾音と行ってくる」

綾音、という名を出した途端に義母の顔が固まる。

「そう…またあの子ね」

「ま、まぁ兄妹仲良いっていうのは良いことでしょ?」

「そうなんだけどねぇ…あなたたちの場合仲良過ぎて逆に不安になるのよ。それにあまりこういうことも言いたくないんだけどあなたたちは血が繋がってないから…。遍くんには『そういう気』はないからいいけど綾音の方はどうかしら…」

そういう気?

まさか男女の仲に発展することを危惧しているのか?

綾音にそういう気持ちが?

「そんな…まさかあり得ない」

あまりにも突飛な発想に思わず本心が口から溢れる。

「私もそう思うのだけど血が繋がってないから絶対にありえないとも言えないのよね。もしそうなってしまえば義理とはいえ兄妹だからその分障害が多いと思うの。だからその道に向かって欲しくないっていうのが私のちょっとした我儘」

「…心配しなくても大丈夫だよ母さん。僕には『そういう気』は無いし、綾音にだってきっと無いよ」

「そうかしら…」

「心配しすぎというか考えすぎだよ。確かに義理だけどもう十年も前から家族なんだ。血の繋がりはなくても綾音は正真正銘僕の妹だ」

「あの子が遍くんと家族になったのも5歳の頃だからほとんど物心つく頃だし確かに可能性で言ったら遍くんよりかはありえない話なのかもしれないわね」

「…僕もなんとか少しずつ兄離れできるようにしてるからさ、義母さんもそんなに心配しないで。きっとこういうのは時間が解決してくれるよ」

「…そうね、あの子も恋の一つや二つすれば自然と兄離れするわよね」

「うん」

「あれ?お兄ちゃんとお母さんそんな廊下で何話してるの?」

460高嶺の花と放課後 第6話 前編:2018/02/27(火) 23:22:57 ID:WKrbv4dg

噂をすればなんとやら。

浴衣姿に着替えた綾音が背後から現れた。

「た、たいした話じゃないさ。人混みには気をつけろとかそういう話」

聞かれていた、のか?

「そっか、ならいいんだ。おまたせお兄ちゃん!じゃあ行こっか」

笑みが崩さないまま僕の元まで来てそのまま手を引いていく。

「いってらっしゃい。二人とも気をつけるのよ」

「いってきます」

心配そうな義母に挨拶をしたのは僕だけだった。

玄関を抜けると綾音は僕の甚平の裾を千切れそうなくらいの力で引っ張る。

「ど、どうしたの綾音?千切れちゃうよ」

「うるさい」

刹那、誰が発したか分からなくなるほどの冷たい声。

もちろん綾音以外ありえない。

たった一言でも憤怒が伝わってくる。

「な、なんでそんなに怒っているんだい?」

「ママとお兄ちゃんが兄離れとかくだらないこと言ってたからに決まってるじゃん…っ」

やはり聞いていたのか。

「確かに最近お兄ちゃんあたしの誘いを二つ返事しなくなったなって思ってたけど裏でママとあーゆーこと話してたんだね。許せない…」

「ごめん、でも僕は綾音が心配で…」

「心配?なにが心配だっていうの!?」

「綾音はさ、よく僕と遊んでくれているけど他に遊ぶ友達がいないのかなって心配になるんだよ。多分ないとは思うけどいじめにあってないかとかそういう風にね」

「…なんだそんなこと。あたしがお兄ちゃんと遊ぶのはそれが楽しくて一番幸せだからだよ。友達だっているしいじめにもあってないよ」

「そっか」

「じゃあいいよね?」

「ん?」

「お兄ちゃんの心配してることなんかなにもないんだからこれからもお兄ちゃんと一緒にいるからね」

「いや、でも…」

「何?他にもなんか理由でもあるの?」

言われて気づく。

そこまでして綾音を兄離れさせる理由はなんだろうか。

僕はムキになっているだけなのか?

「…ない、かな」

「ならいいでしょ。お兄ちゃん今後一切そういう意味のないことはやめてよね」

その言霊には肯定しか許されないような圧があった。

「あーイライラしたぁ、今もイライラしてるけど…。イライラした分この後沢山甘えさせてもらうからね」

「あ、あぁ」

すると綾音の腕が蛇の如く僕の腕に絡みついてくる。

片腕から感じる柔らかな感覚。

ゾッとした。

今まで想像だにしなかった疑問。

いやそんなことがあるわけがない。

綾音に『そういう気』があるわけがないんだ。

461高嶺の花と放課後 第6話 前編:2018/02/27(火) 23:26:37 ID:WKrbv4dg
以上で投下を終了します。昨日も書いたんですけど個人的に忙しくなかなか書く時間ないしは物語を構想する時間が取れない日が続き今回は第6話を前編後編に分割することになりました。少々雑な仕上がりになってしまったのですが分割した分後編は一週間後の来週の月曜投下予定とします。

462雌豚のにおい@774人目:2018/02/28(水) 23:12:41 ID:Y3VnZWAI

楽しみにしてるよ

463雌豚のにおい@774人目:2018/03/03(土) 17:27:05 ID:DKl6Xqqc
ノン・トロッポまだー?

464雌豚のにおい@774人目:2018/03/09(金) 01:51:49 ID:t0MJxmoY
たしかノン・トロッポって修羅場三角関係スレの作品じゃなかったかな?

465雌豚のにおい@774人目:2018/03/10(土) 02:35:47 ID:flJxVGyQ
とほほ…

466雌豚のにおい@774人目:2018/03/10(土) 03:07:06 ID:NQKD6c.Q
ノン・トロッポ面白いよね続き俺も気になる

467 ◆lSx6T.AFVo:2018/03/13(火) 18:43:42 ID:IkdBVfNI
お久しぶりです。
番外編『元旦の憂鬱、或いは新たな恋心』(後編 1/2)
投下します。

468彼女にNOを言わせる方法:2018/03/13(火) 18:44:44 ID:IkdBVfNI
 昼食を済ませてからは、ふたりでヘビセンを巡った。
 特に、行き先があったわけじゃない。目に入った店に入って、物色して、気になるものがあったら、それを話の種に談笑をする。なんてことはない。普通のウインドウショッピングだ。ま、談笑といっても僕が一方的に話すだけで、サユリは返事ひとつしなかったけれど。それは傍目から見れば、遊んでいるとは言い難い光景だっただろう。
 けれど、これがなかなか愉快なのだ。
 確かに、サユリは一言だって言葉を発しないし、表情も変わらない。けれど、全くの無反応というわけではなかった。
 たとえば、ペットショップへ行った時のことだ。ヘビセンのペットショップはフロア丸々ひとつを使った大きなもので、扱っている動物の種類もかなりの数にのぼり、ちょっとした動物園のような体をなしていた。
 犬と猫が並ぶケースの前を歩いていると、それまで二メートルの距離を保ってついてきていたサユリが初めて足を止めた。そして、丸くなって眠るネコを無表情のままじっと見つめ、声をかけてもなかなか動こうとしなかった。逆に、爬虫類を取り扱っているゾーンではヘビやイグアナやトカゲを見もしないで通り過ぎて、僕がボールパイソンなるヘビを見ている時も、終始あらぬ方向を見ていた。
 それ以外の場所でも、たとえばゲームセンターへ行った時は、けたたましい電子音とサイケデリックな電光に目をしばたたかせていたし、婦人服を専門としている店では、自分の着ている服とマネキンの着ている服を見比べていたりした。
 ってな調子で、電子顕微鏡を使って覗かなければ判別つかないような微細な変化だったけれど、それでも感情の欠片くらいは感じられた。無論、全部僕の気のせいだという可能性も捨てきれない。僕が見たいように彼女を見ているのかもしれない。
「サユリ、僕といて楽しいか」
 そう訊いてみるが、反応はゼロ。けれども、相手は氷の女王。仮につまらなかったとしたら、わざわざこうやって僕についてくることもないはず。
 それなら、それでいいじゃないか。少なくとも、僕は楽しいと感じている。なら、せめてその一欠片分くらいは、サユリだって楽しいと感じているのだ。そんな勘違いをしたって、罪ではないだろう。
 だから、僕は目一杯楽しむ。そもそも誰かの気を使いながら楽しむなんて芸当、僕にできるはずがないしね。こんな性格だと、将来苦労しそうだけどね……。

 広大なヘビセンを練り歩くには体力がいる。しかも、元旦で混雑極まりないヘビセンとくればなおさらだ。初詣でのダメージもまだ癒えていなかったので、さすがの僕といえども足が疲れてきた。
 男子から言うのは情けないと思ったが、「疲れたからどこかで休もう」とサユリに提案することにした。

469彼女にNOを言わせる方法:2018/03/13(火) 18:45:26 ID:IkdBVfNI
 だが、突如わき出た泣き声に僕の意識はなべて持っていかれた。
 驚いて声のする方を見ると、おもちゃ売り場の近くでひとりの女の子が泣いていた。年のころは幼稚園児くらいだろうか。幼い子がするような、タガが外れた感じで泣きわめいているため、声量はかなりのものだった。この時ばかりは、この女の子の方が背後にいる銀色の少女よりも目立っていただろう。
 僕に限らず、行き交う人々は一様に驚いた顔をして泣き叫ぶ女の子を見ていた――が、声をかける者は誰一人としていなかった。こんなに多くの人がいるのにだ。
 これぞ現代の生む病、無関心。触らぬ神に祟りなしが公然のルールと化した世界において、火中の栗を拾う真似は誰だってしたくない。
 その光景は、ある人々にとってはけしからんと義憤に駆られるものだったろう。けれど、一方的に彼らを責め立てるのはフェアではない。多少の擁護は必要だ。
 通り過ぎて行く人たちだって、できれば女の子を助けたいに違いなかった。が、現代社会において人助けをするのはリスクが高い。それがためらいにつながっているのだ。
 たとえば、とある成人男性が女の子を心配して声をかけたとしよう。「大丈夫?」なんて優しい声色で、百パーセントの善意によって接したとしよう。
 始めから最後までその様子を見ていた人は、良い人だなと素朴に感心するだろう。けれど、途中から見ていた人にとってはどうか。その場面だけを切り取ってしまえば、まるで成人男性が女の子を泣かせているように見えるのではないだろうか。しかも、その人が母親だったとしたらどうなるか。自分の娘が号泣していれば正常な判断は下しにくくなる。優しき成人男性は一気に犯罪者へと仕立て上げられてしまうかもしれない。
 善意が悪意に転換させられてしまう恐怖は、誰だって理解している。だから、声をかけられない。黙過する彼らが悪いのではなく、人助けにリスクが伴ってしまう現代社会が異常なだけだ。
 しかし、そう嘆いたところで女の子が泣き叫んでいる現状が変わるわけではない。
 やれやれ、と肩をすくめる。
 自他とも認める小悪党の僕であっても、これを見過ごすのはちょっとばかし忍びない。子どもを助けられるのは、また同じ子どもなのである。少なくとも大人が助けるよりは不審の目で見られまい。
 こういうのはガラじゃないけど、誰もいないのなら僕が行くしかないか。たまには周囲に良い人アピールをして好感度を上げておくのは悪手ではないし。
 そう思って、女の子に近づこうと足を踏み出した時――僕よりも早く、駆け出す影がひとつ。銀色の髪を揺らし、青い瞳をきらめかせ、少女は女の子の元へと一直線に駆けていく。
 僕は、その人が誰なのか、一瞬わからなかった。今までの無表情を捨て去り、心配そうに眉根を寄せる少女が、あの氷の女王さまだと信じられなかったのである。
 女の子の背をなでながら、ポケットから取り出したハンカチで涙をぬぐってやっていた。耳元で何かをささやくと、癇癪玉のように泣き叫んでいた女の子も徐々に平静を取り戻していき、ひっくひっくと喉を鳴らしながら、途切れ途切れに言葉を呟き始めた。彼女はうんうんと頷きながら、女の子の話を聞いている。

470彼女にNOを言わせる方法:2018/03/13(火) 18:46:42 ID:IkdBVfNI
 こんな状況だというのに、僕は初めて見る感情豊かなサユリに心を奪われていた。
 いつもの能面のような無表情も、それはそれで彼女の無機質な魅力を増幅させるものではあった。けれど、これは段違いだ。今の彼女は人形ではなく、ひとりの生きた人間だった。結局のところ、人が愛せるのは人形ではなくて、同じ血の通った人間なのだ。そう考えを改めるくらいには感嘆していた。
 女の子が話しを終えると、切羽詰まったようなサユリの青い瞳が、僕に向けられた。ふたりを取り囲むようにできていた大きな人だかりの中で、たったひとり、僕だけが、女王さまに認識される権利を得ている。
「この子、迷子になったみたいなの」
 迷子の女の子と、それを助ける少女。構図としては、それが正しいのだろう。
 しかし、なぜだろうか。なぜ、泣いている女の子よりもずっとずっと――サユリの方が迷子に見えたのだろうか。
 加わっていた取り巻きから離れて、僕は中心へ歩み寄る。
 言外に助けを求められているのは明らかだった。こうやって同級生の女子に頼られるのは気分がいい。男子ってのは、いつだって女子に頼られたいという願望を持っているからだ。ならば、ここはカッコよくその期待に応えてやるとしよう。
 僕はニヤリと笑い、
「餅のことは餅屋に任せりゃいいのさ」
 と、言ってやった。
 元旦だけにね、と一言付け加えるのを我慢したのは、我ながらえらいんじゃないかしらん?

「迷子のお知らせです。……ちゃんが、現在インフォメーションセンターにて保護者の方をお待ちしております。服装は、上が赤いセーターで……」
 館内に響き渡る放送を聞いて、作戦の成功を確信する。音量も十分だったし、必死になって探している親御さんが、この放送を聞き逃すはずがない。時期に女の子を迎えにやって来ることだろう。
 ……いや、わかってるよ? 助けるとか豪語しときながらあっさり他に頼っちゃうんだ……みたいなツッコミをくらいそうなことくらい。そりゃ必死にヘビセンを探し歩き回って、女の子と親を再会させる方が絵面的にも美しいだろうよ。でもさ、世の中は適材適所で回っているの。僕は泥臭いドラマよりも無味乾燥のリアルを選ぶのさ。はい、自己弁護終わり。
 肝心の当事者は今、係りのお姉さんからもらったアメ玉を舐めながら、大人しくセンター内のイスに座っていた。涙はすでに乾いていて、今ではその跡も残っていない。

471彼女にNOを言わせる方法:2018/03/13(火) 18:47:22 ID:IkdBVfNI
 僕とサユリはインフォメーションセンターからやや距離を置いたところで並んで立っていた。
 やるべきことはやったのだし、そのまま立ち去ってもよかったのだが、氷の女王さまが動こうとしなかった。なら、従者は従うしかない。ま、事の顛末を見守る義理がないでもないし、最後まで付き合ってやるのはやぶさかでない。
 それにしても――と、先ほどの光景を思い返す。
 僕は今まで、サユリは何もしない人だと思っていた。眼前で何が起きようと、冷え切った目をして黙って通り過ぎるような、良くも悪くも他者に干渉しないタイプ。私は関わらないから、お前も関わるな。それを地で行く人なのだと決めつけていた。
 が、実際は違った。彼女は張り付いた仮面を引きはがし、感情をあらわにして、救いの手を差し伸ばした。
 しかしながら、それは慈愛というよりも痛切な感じがして、ただその映像を見たくない一心で急いでチャンネルを切り替えるような、痛々しい切迫さがあった。助けたいから助けたというよりも、助けざるを得ないから助けたというような。
 一体全体、何があれほどまでにサユリを急き立てたのだろうか。
 僕の興味が彼女の内面へと向かいかけた時、視界の中の女の子がはじかれたようにイスから飛び出し、両手を前に突き出した姿勢のままどこかへと走っていった。
 その先には、同じように女の子へ向かって走り出している女性の姿があった。そのままふたりは抱きしめ合い、眩しい笑顔で互いに何かをささやき合っている。その姿は人ごみに紛れつつも、はっきりと輝いて浮かび上がっていた。
 これにて一件落着。
 フッ……また善行をしちまったぜ。やっぱり僕って良いヤツなんだなと再認識。もう小悪党は卒業しちゃってさ、明日から善良な少年を自称してもいいんじゃないかな。
 そう思わない? と、第三者の意見を仰ごうと、隣の少女に訊ねようとし――止めることにした。下手に声をかけて、この表情を変えてしまうのはあまりに惜しかったからだ。
 果たして、小さく口角を上げただけのこの表情を笑顔と称していいのかはわからないが、今日はこれが拝めただけでも外出の価値があったといえよう。
 親子が手をつないで立ち去っていくのを見届けると、サユリはふらりと歩き出した。どうやら、本日はこれにてお開きらしい。
「サユリ」
 僕は上着のポケットからラッピングされた袋を取り出し、振り向いた彼女に向かって下手で投げる。両手でキャッチしたそれを、サユリは不思議そうに確認している。
「今日、付き合ってくれたお礼だ。また、学校で会おうな」
 そう言って手を振った。
 返事くらいは期待したのだが、彼女は受け取ったものをショルダーバッグにしまうと、ショートボブの銀色を揺らしながら人波に消えていった。愛嬌を遠い彼方へと置いてきたようなしょっぱい対応だった。

472彼女にNOを言わせる方法:2018/03/13(火) 18:47:45 ID:IkdBVfNI
「愛想のひとつくらい振りまいたって、なんも減りやしないのに……」
 呆れて呟くが、人に懐かない気まぐれな猫を相手にしていると思えばまあ面白い。
「それにしても……」
 プレゼントするモノをミスった気がしてならない。家に帰った後、袋から飛び出てくる邪神を見て、サユリはどんな反応をするのだろうか。
 好感度がだだ下がりになってブレイクアップしないよね? 僕、転校させられたりしないよね? アレって本当にただの噂だよね? 路頭に迷ったりしないよね?
「ま、いいか」
 それに、そろそろ父さんと母さんに合流しなきゃだし。つっても、また歩き回るのは面倒だしなぁ。せっかくだし、ついでに僕も迷子の呼び出しをしてもらおうかな。
 と、何気なくズボンのポケットに手を突っ込んだ時、
「あ」
 指先に、くしゃりとした紙の感触。それは大変触り心地がよくって、長方形の形をしているようだった。そして、奥には丸くて硬い金属の感触が……。
「……ま、いいか」
 うん。いいのだ。きっと、これでいいのだ。
 善良な少年の名は返還しよう。そう心に決めて、僕はインフォケーションセンターへ歩き出した。

 正月三が日が終了した。社会も緩やかに日常を取り戻しつつあり、玄関先をにぎわしていた門松も徐々に姿を消していた。
 今朝は、父さんが半ギレで「世の中おかしい。休みが少なすぎる。世の中おかしい」とブツブツ呟きながら出勤していたっけ。なんと憐憫漂う背中だっただろうか……思い返しただけで涙がちょちょぎれる。
 思えば、父さんからは仕事の愚痴しか聞かされていないな。普通、僕ぐらいの年齢の子に対しては、仕事に対して夢を抱かせるようなことを言うのが親としての務めだろうに。将来の夢に『不労所得で生きたい』と書くようになったのは、間違いなく父さんの影響だろう。ああ、ずっと子どものままでいたいなぁ。扶養されていたいなぁ。
 なんてことを、リビングのコタツで温まりながら考えていた。
 特番ばかり放送していたテレビ番組も元に戻ってしまったので、今は大して興味もない情報番組をダラダラと見ていた。この手の情報番組はバラエティ色が強いので、堅苦しいニュースが苦手な僕でもそれなりに見られる。
「あ」
 芸能人の不倫騒動から切り替わり、画面いっぱいにヘビセンが映し出された。テロップには『全国のショッピングモール特集』の文字が躍っている。

473彼女にNOを言わせる方法:2018/03/13(火) 18:48:15 ID:IkdBVfNI
 地元施設が全国地上波で放映されるのはなんだかテンションが上がる。「ヘビセンが映っているよ」と、掃除中の母さんに声をかけるが、大して興味がないのか、ちらりとテレビを一瞥しただけで掃除機を動かす手は止まらなかった。
 最近よくテレビに出ているお笑い芸人が、ヘビセンのグルメ事情をリポートしていた。前に僕が行ったフードコートではなくて、ちょっとグレードが上がるレストラン街の方だった。
 ほう、ボリュームたっぷりのアメリカンステーキとはな。焼肉みたいな小分けに切り分けた肉もいいけど、こういうガッツリとした一枚肉もよいものだ。
 なんて思いながら見ていると、さあこれから食べますよというところでCMに入ってしまった。
 一気に興が削がれ、ゴロンと仰向けに寝っ転がる。天井から釣り下がる電灯のヒモを見て手を伸ばしてみるが、届くはずもなく宙を掴む。緩やかな脱力感が、じんわりと身体に浸透していく。
 ふと、閉じた唇から言葉が漏れていた。
「……早く、学校が始まらないかな」
 やかましく駆動していた掃除機が止まった。首を曲げると、母さんがわなわなと震えながら僕を見ている。
「○○!」
 手に持っていた掃除機を投げ出して、僕の元へと駆け寄る。そして額に手を当て「熱はないみたいだけど……」と深刻な顔をしてベタベタ触診を始めた。
「おいおいおい、待ってくれよ母さん。別に体調は悪くないのだけど……」
「嘘おっしゃい。病気かなんかで頭がおかしくなってなきゃ、○○が早く学校が始まって欲しいだなんて宣うはずがないもの」
 そんなことあるわけ……と、否定しかけて、否定できないことに気づく。
 母さんの言うとおりだった。どうしてこの僕が、常日頃から文部科学省に更なるゆとり教育の徹底化を求めているこの僕が、早く学校に行きたいだなんて呟いていたのだ? 気でも触れたか? いや、僕は正常だし、体調もすこぶる万全だ。病院の敷居を跨がせてもらえないような超健康優良児だ。
 なのに、どうして早く学校に行きたいだなんて。しかも、それが口先などではなく――本心から、心の奥底からそう思ってしまっている事実と、果たしてどう向き合えばいいのか。
「あわわわわ」
 マズイ。これはマズイぞ。アイデンティティが崩壊する! 僕という存在が揺らいでしまう! おい、そこ。くだらないとか言うな。僕にとっては死活問題なんだぞ!
「どうしよう、母さん。もしかしたら僕……良い子になっちゃうかもしれない」
「大丈夫、それだけは絶対にありえないから安心しなさい」
 あ、そっすか。そこだけは変わらないんですね。上部は揺れても、土台が揺らがないのなら安心だぁ。即座にアイデンティティを確保できてしまったよ。
 とはいっても、唐突に浮かんだ悪ガキらしからぬ思考に頭が痛くなった。僕はフラフラとした足取りで二階の自室に戻り、ベッドに寝転がって先ほどの発言の真意を考えた。
 しかし、思索のスコップでちっぽけな脳みそを掘り続けても、答えは出てこなかった。

474彼女にNOを言わせる方法:2018/03/13(火) 18:48:35 ID:IkdBVfNI
 とっぷりと夜は更ける。
 僕は熱々の湯船につかり、「あー」とオッサンじみた息を吐き出した。一気に身体の力が抜け、腕を広げ、足を延ばした。そして顔を上げると、ちょうど天井から水滴が落ちてきて額に当たった。それで何か閃くかと期待したが、空っぽの脳内には何も生まれてきやしなかった。
 未だに、疑問の答えは見つかっていなかった。
 心境の変化が訪れたのはいつ頃なのだろうか。大晦日あたりまでは、学校なんか行きたくない、もっと休みが欲しいと嘆いていた気がする。ということは、心変わりは新年になってからなのか。
 さりとて、ここ最近は特に変わった出来事もなかったはず。昨日は友人たちと川辺で凧揚げをしただけだし、一昨日に関しては一日中テレビを見ている怠惰っぷりだった。特別なことといえば、せいぜいAと元旦に初詣に行ったくらいで……。
 脳裏をちらついた銀色に、鼓動が早まった。
「え」
 って、おい。鼓動が早まるだって? んなアホな。それじゃあ、まるで僕がサユリに……。
 カチリ、と何かがハマった感触がした。錠にカギが差し込まれた時のような、パズルのラストピースを埋めた時のような、不足していたものが充足していく感触。
「いや、そんなバカな……」
 認めたくなくて、そんなはずはないと否定してみるけれど、かえって頭の中は銀色でいっぱいになっていき、僕の体温は急上昇していく。
 これは風呂につかっているせいだと思い、頭から冷や水をぶっかけてみるが体温はちっとも下がらない。
 空になった風呂桶を持ったまま棒立ちになっていると、ゆくりなく初詣に引いたおみくじの結果を思い出した。
『辛く厳しい道のりの中に、小さな希望を見出すべし。流れには逆らうことなく、自らの心の向かう方へと進め。なれば、よい結果が得られるだろう』
 上に大きく印字された末吉の文字と、凡な結果が並ぶ個別分野の運勢。その中で、やたらと良かった恋愛運と『待ち人来たる』の朱い文字。
 おい、これって、まさか、いや、本当に。
 ――僕、サユリに惚れてしまったのか。

475 ◆lSx6T.AFVo:2018/03/13(火) 18:51:59 ID:IkdBVfNI
投下終了です。
今回にて番外編は終了で、次回からまた本編へ戻ります。
また、保管庫凍結に伴い『彼女にNOと言わせる方法』は『小説家になろう』にて保管しております。よろしければそちらの方もご覧になってください。
それでは失礼します。

476雌豚のにおい@774人目:2018/03/14(水) 22:50:30 ID:.onXWKhQ
ぐっちょぶ!
お疲れ様です

477高嶺の花と放課後の中の人:2018/04/01(日) 02:26:46 ID:zRdogdXc
お久しぶりです。年度末でいろいろ忙しく思ってる以上に時間が取れず投稿が遅れました。落ち着いてきましたのでまた再開したいと思います。まずは第6話後編ですがもうすぐ書き終わりそうなので書き終わり次第投下します。

478高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:33:21 ID:zRdogdXc
投下します

479高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:35:59 ID:zRdogdXc
高校2年 8月


「んー!お兄ちゃんこれも美味しそうだよ!」

「綾音、たこ焼きはさっき食べたばかりじゃあないか」

夕日と夜空が絵具のように混じった空。

ここ羽紅町の最大の夏祭りがその空の下で行われている。

普段は静かなこの街も夏祭りとなるとどこから湧いてくるのか、とても多くの人々が溢れかえる。

この夏の風物詩ともいえる喧騒に身を投じている。

「えー、あんな量じゃたりないよ。あたしまだまだお腹ぺこぺこなんだから」

毎年、決まりのように綾音とこの夏祭りには訪れている。

いつもなら変わらない祭りの活気に安堵と懐かしさの入り混じった気分になるのだが左半身に感じる違和感がそれを感じることができない。

左腕に絡まる義妹の腕。

家を出た時から今まで解けた試しがない。

こんなことはいつもならしない。

「あっ、じゃがバターもある!一緒に食べようよお兄ちゃん!」

いつもと同じ無邪気さ。

普段と変わらない態度ゆえ僕の左側で起きている異常事態がより深刻に感じてしまう。

さりげなく解こうと試してこともあったが少しでもそれを察知すると途端に締め付ける。

僕が本気で解こうとするものならば綾音は僕の腕を千切れるほど締め付けるのではないかと僅かな恐怖が冷や汗を促す。

この恐怖には身に覚えがある。

海から帰りの電車の時と同じだ。

左側に引っ張られる。

思考から意識を戻すと僕の目の前にソースと鰹節の良い香りのするたこ焼きがあった。

「はい、お兄ちゃん。あーん」

条件反射気味に差し出されたたこ焼きを口に含む。

中に詰まった熱さが口内に広がる。

「どう?」

どう、と聞かれれば熱いとしか言えない。

「すごくあふい」

「あはははっ、本当に熱そうだねお兄ちゃん」

綾音は口の中で必死に冷まそうとしている僕を見て笑う。

その笑顔を見ると安心する。

…そうだ、10年も兄をやっているんだ。

妹の喜ぶ姿を見れば、僕の心はそれに応じて安心するようになっている。

少し僕は難しいことを考えすぎていたのかな。

あまり自覚をしていなかったが僕も案外重症なのかもしれない。

こんなにも妹のことについて悩んでいるのが証拠だろう。

480高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:36:58 ID:zRdogdXc

「さっきのより熱いけどおいしいね」

今は…今だけは純粋に祭りを楽しんでもよいのではないだろうか。

「ねぇ綾音。向こうに金魚すくいあるらしいけどやるかい?」

「うんっ。どっちが多くすくえるか勝負しようよ!」

「もしかして僕が金魚すくい苦手ってこと分かっててその勝負申し込んでる?」

「えへへー、ばれた?」

「勝負してもいいけど罰ゲームだとかは無しにしてね」

「えー!それじゃあ張り合いないじゃん〜」

「張り合いも何も最初から勝負にならないよ」

「んー、じゃあ射的。あの射的で勝負しようよ」

射的か。

あまり綾音も僕もやった記憶がないな。

「分かったよ。でどういう風な勝負にするんだい?」

「んー先に景品取った方が勝ちっていうのは?」

「じゃあそれでいこうか。無駄遣いも良くないから一人三回までにしよう」

「罰ゲームはベタに負けた人は勝った人の言うことを一つ聞く、ねっ」

「待ってよ綾音。罰ゲームはさっき無しってーーー」

「それは金魚すくいの場合でしょー?だめだめ射的は罰ゲームつけるもん」

なんだか騙されたような気がする。

釈然としないまま射的の屋台に引き連れられる。

「射的二人分お願いします!」

「あいよ、一人300円ね」

お金を払い手ぬぐいを頭に巻いたおじさんから銃を受け取る。

「じゃあ勝負だよ、お兄ちゃん!」

「大丈夫かなぁ…」

この後、射的で僕と綾音が勝負することになったが結果は『綾音は実は射的も得意』という新たな事実を知ることになった。

481高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:39:24 ID:zRdogdXc

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…不意の出来事とは、なんとも突然なんだろうか。

『その人』のことは確かにここ数ヶ月の間、思考と感情をしばしば支配していたがだからといって今この時この瞬間は頭の片隅にも置いていなかった。

彼女だ。

高嶺さんだ。

それは射的の勝負を終えた後、綾音の好奇心を針路にしながら人混みを抜けては屋台に寄り人混みを抜けては屋台に寄るを繰り返して僕の頭に休憩という文字が浮かび始めるくらい疲労が溜まってきた頃合いだった。

前方に高嶺の花が現れたのは。

彼女もまたこの祭りに合わせ、その身に浴衣を美しく纏っていた。

とはいえあまりにもの人混み故、向こうがこちらに気づいている気配はなかった。

すっかり頭の中は白紙の上『なんと声をかけるべきか』という文字列だけが書き並んでいた。

とりあえず、と唾を飲み込む。

と同時に彼女についてくるように幾人か現れる。

「待ってよ〜華〜」

小岩井 奏美さんだ。

それだけじゃない。

見覚えのあるクラスメイトたち。

その中には男子もいて…

心臓が軽く握られたような感覚が湧く。

「高嶺って歩くの早いよなぁ」

数人の男子の一人が続いて声をかける。

彼は確か桐生 大地(きりゅう だいち)。

端正な顔立ちで女子とも分け隔てもなく話す、いとも簡単に高嶺の花に触れられる人。

これが僕の彼への印象だ。

「え?そうかなぁ」

彼女は桐生君に対して笑顔で返答する。

ああやっぱりそうなのか。

時々『高嶺さんと桐生君は男女の仲なのでは』と、まことしやかに囁かれることがある。

それに対して僕はというと情けなく否定要素をかき集め平静を装うことしかできなかった。

けれども過去に聞いた高嶺さんに好きな人がいるという事実。

その対象が桐生君なのではないかと何度も考えた。

誰もがお似合いだという。

僕もそう思う。

結局のところ僕の携帯が震えなかったのもそういうことなんだと思う。

夏祭りを共に過ごす友達がいて当たり前、それどころかこれを機に好きな男子を誘うなんて十分あり得る話だ。

ああもう滅茶苦茶だ。

心が原型が分からなくなるほど金槌で叩かれたような気分になる。

「どうしたのお兄ちゃん。顔色悪いよ?」

最低で憂鬱な気分を底からすくい上げたのは妹の綾音だった。

「…あぁそうだね。ちょっとトイレに行きたくなってきたよ」

秘めた想いごと吐き出したくなる。

あぁ妹に心配されるなんて情けない。

己の女々しさを呪う。

こんなことでいちいち傷つくのであれば、さっさと玉砕してしまえばいいのに。

僕を客観的に見る僕がそう囁く。

ああわかってるさ、でも。

ここにきてようやく彼女がこちらに気づき、視線が合う。

僕と彼女の秘密の関係。

それが心の傷跡と同じ数だけ心の絆創膏を貼ってきた。

今だってそうだ。

彼女と目があった、それだけで一憂から一喜へと変わる。

僕はまだ傷をつけられることよりも絆創膏を与えてもらえないことの方に怯え、玉砕せずにいる。

しかし彼女は僕と目があったがいつものように僕にしか分からないように小さく微笑むことはなく、ほんのひと時だけ表情を固めただけだった。

482高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:40:33 ID:zRdogdXc

「お兄ちゃんトイレ行きたかったの?早く言ってくれればよかったのに」

僕は何を期待していたのだろうか。

笑いかけてくれるとでも?

やはり一度吐き出したほうがいいのかもしれない。

そんなことを考えているとスルリと綾音の腕が解ける。

腕が軽くなると同時に少しの痺れが走る。

「じゃあここで待っていてくれないか。トイレに行ったらここに帰ってくるよ」

僕は逃げたくなってその場を後にする。

人混みをかき分ける。

意気地なし、女々しい、情けない。

走る。

自分に悪態の限りを尽くし、どこへ向かっているのかも分からずに進んで行く。

気がついたら周りには人が消えていて、随分と静かな林にたどり着いていた。

歩みを少しずつ緩めていく。

今すぐ吐き出したい、叫びたい。

こんな気分になるなら惚れるんじゃあなかった、と。

でもその言葉は喉に痞えて一向に出てきやしない。

この甘くて苦い想いはいつになったら報われるのだろうか。

しばらく天を仰いでいると少し落ち着いてきた。

確かに今まで何度か諦めようと思ったことがある。

分不相応な恋だと誰よりも自分が分かっているつもりだった。

だから意味もなく自分を卑下し他人を羨望する。

稚拙、あまりにも稚拙。

また自分を卑下する。

でもそうなぜ故未だに諦めてこの想いを放棄しないのか。

いつも、いつも諦めようと思った矢先彼女は僕に希望を見せる。

それに簡単に食いつく。

あとは繰り返すだけ。

それが分かっているのならさっさと諦めるか覚悟を決めろと人は言うだろう。

携帯が震える。

でも、ほら





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差出人 高嶺 華
件名 なし
本文 ふたりで少し話したいから羽紅神社にきてほしいな
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こうやって彼女はいつも僕を金魚のように掬い上げる。

483高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:42:08 ID:zRdogdXc

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連絡を受けそのまま羽紅神社へと向かう。

その道中、考えるのはメールの内容にあった話したいという部分。

一体なんの話をするのだろうか。

とはいえ十中八九僕の小説の話だろうけども。

作者と読者。

僕らの関係はそんな色気のない関係。

それでも良かった。

色気がなくても僕にとっては満たされる関係だった。

ずっと続く高い階段が見えてくる。

羽紅神社の境内に入るための入り口。

あまりにも高い蹴上と段数で運動をするものであれば鍛錬によく使うが一般人にはやや敬遠される階段。

夏祭りの会場からもやや離れていることもあり人がいる気配がほとんどしない。

その月明かりだけが照らす階段が目の前にさしかかる。

この先に高嶺さんはいるのだろうか。

階段に踏み入れる。

数段登っただけで肩が上下するほど険しい。

階段はまだまだ続く。

人生は山あり谷ありと誰かが言った。

人生、なんて長く大きなものではなくてもこの恋も山もあったし谷もあった。

この階段を上った先ははたして山なのか谷なのか。

心臓の鼓動が速くなる。

疲労を感じて足を止める。

振り返ると暗いこの辺りから離れた場所のぼんやりと光る賑わいがよく見えた。

「…そういえば綾音を待たせっ放しだ」

でも年に一度とても賑わう祭りだ。

人混みを理由すれば許してくれるだろう。

石段登りを再開する。

それは高く高く、鈍い疲労が足へと溜まっていく。

なぜ高嶺さんはこんな場所を指定したんだろうか。

そんな疑問が段数を重ねるごとに強くなる。

ようやく終わりが見えてくる。

一歩、一歩交互に足を繰り出し最後の力を振り絞る。

最後の一歩を踏み出した時にはもう僕は疲労困憊だった。

そんな僕を労うかのように彼女そこにいた。

いや正確には彼女と思わしき人物だ。

陽が沈んだのはとうの昔で、辺りを覆う暗闇は数歩先の人物の顔を把握するを困難としていた。

「高嶺さん…?」

本人かどうかの確認のため声をかける。

すると人影は驚いたような仕草をする。

人間違えか?という考えが浮かび始めると同時に返答が得られた。

「し、不知火くん」

今まで聞いたことのないような声色で彼女が今どんな表情をしているのか判断するのは容易ではなかった。

「ご、ごめんね、こんなところに呼び出して。疲れたよ…ね?」

言われてから自分の息が上がっていることに気がつく。

484高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:44:44 ID:zRdogdXc

「あ、あぁこれは僕が普段運動しないからね」

「あのね、不知火くん…えっとこんなところに呼び出してごめんね。疲れたよね」

さっきも同じこと言ってなかったか?

自分が聞き間違えたんじゃないかと思ってしまうくらい自然に彼女は2度同じことを言った。

「いや、うん。それは大丈夫だよ」

「えっと、なんだろうな。その…えっと、なんて言ったらいいのかな…」

支離滅裂に、滅茶苦茶に喋る彼女。

こんな高嶺さんは見たことがない。

「あはは、ごめんね。なんか頭の中ぐちゃぐちゃで。なんて言えばいいのかわからないの。ううん聞きたいことはあるの」

「高嶺さん落ち着いて。何言ってるのか分からないよ」

「いや、わかってよ」

今度は高圧的な台詞。

今夜の高嶺さんはおかしい。

「あーいやちがうの。こんなことを言いに来たんじゃないの。…ごめんね。自分でもこんな感情になるなんて思ってもみなかったの」

「…なにか嫌なことでもあったのかい」

「嫌…そうだね。それまで嫌なんて思うとは思わなかったけどいざ目の当たりにしたら嫌だったなぁ」

相変わらず何を言っているのか分からないが先ほどよりかは落ち着いたように見える。

「それで、その嫌なことと僕に聞きたいことは関係ありそうな感じかい?」

「…。いやそれは関係なんだけれど、そういえば不知火くんさっき可愛い女の子と腕組んで歩いていたよね。…誰?」

唐突に話題が変わる。

「そんなことって…。いいのかい?なにかあるなら相談乗るけど…」

「いいのいいの嫌なことあったけど大した問題じゃなかったら。それより誰なのあの女の子。気になるなぁ」

「気になるもなにも彼女の名前は不知火 綾音。つまり僕の妹さ」

「いも…うと?」

「随分前に僕に妹がいるって話はしたと思うんだけれどもね。あれがそうだよ」

まぁ確かに大した話でもないし高嶺さんの記憶に残っているかは定かではないが。

「なんだ妹さんなんだ…あはは、全然似てないからびっくりしちゃった。随分可愛らしい子だったから」

『随分可愛らしい子と全然似てない』というのがまるで遠回しに僕の容姿が褒められるものではないと聞こえてしまう。

悲観的にそう捉えてしまうのは想い人に言われたから。

恋というはどうも僕の場合だと思考を正負二極化し、その上で片一方にぶれてゆく。

厭世的になったり、楽天的になったり。

厭世の方にどちらかといえば思考が寄りがちだがそれは生まれ持った気質ゆえのものだろう。

「よく言われるよ。綾音と僕は血が繋がってないんだ。所謂義理の兄妹っていうやつだよ」

「義理?え、義理?」

「そうだね。生まれて来た父親と母親はそれぞれ違うから全く血の繋がってない兄妹になるよ」

「はは…話がちがうなぁ…。あれが義理だったら意味が変わってくるじゃない」

再び高嶺さんは意味不明なことを口にする。

その様子は暗闇で伺えない。

彼女が今どんな表情をしているのか。

それが知りたい。

僕の背後から打ち上げ花火の笛の音が鳴る。

そしてその想いに呼応するかのように火薬は花ひらく。

閃光が走り、暗闇を取り払う。

それまで伺うことのできなかった彼女の表情が浮かび上がる。

「…?」

確かに彼女の表情は見えた。

がしかし、その表情がどんな感情を表しているのか。

それは判断しかねるものであり、表情を見てから時間が経つにつれその顔にノイズが走ってゆく。

花火の鈍音が閃光に遅れて聞こえてくる頃には半分分からなくなっていた。

485高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:49:16 ID:zRdogdXc

「花火…そうかもうそんな時間なのか」

「…。」

返答は得られない。

「不知火くん、その妹さんと兄妹になったのっていつから?」

代わりに疑問が一つ飛んできた。

「…兄妹になったのは綾音が物心つき始めただからもう10年かな」

「10年…か。それならまぁでもそのくらい前なら…」

独り言のように呟きはじめた。

「…そういえばさ、話があるって言ってたけけれども」

「…え?話?…ああそっか話ね。ううん全然大した話があるとかそういうのじゃないの。ただ元気かなーとか、夏休みの宿題終わったかなーとか」

「なんだそういうことかい。僕は元気だし、夏休みの宿題の宿題はまだ終わってはいないけれども終わりが見えてはきたよ」

「終わりが見えてきたって一番油断しやすい時期なんじゃない?見えてきたからって結局最終日に後回ししちゃダメだよ?」

図星だ。

終わりが見えてきたのであと最終日にまとめてやればよいと考えていたのは確かだ。

「はは、まさかそんなことするわけがないじゃあないか」

「うそ。図星なんでしょ。不知火くん分かりやすいからなぁ」

「…そんなにわかりやすかったかい?」

「ふふ、うん。明らか動揺している感じだったもん」

見透かされたからか随分と恥ずかしい気持ちになる。

と同時に彼女がいつもの様子に殆ど近づいていることに気がつき安堵する。

「もう、夏も終わりだね」

「夏はまだ少し続くよ。夏休みが終わるんだよ」

僕の印象として文月の訪れが夏の終焉であり秋の始まりという印象だった。

しかし言われてみれば文月に入ったからといってすぐ気温が下がるわけでもないし、蝉の音が止むわけではないし、木々の葉が紅く染まるわけではない。

「…そして学校が始まるの」

彼女はまた口を開く。

「二学期からもよろしくね不知火くん」

そうだ、また始まるんだ。

いつもの日常が。

たまに混じる非日常が。

あの秘密の放課後が。

「あぁこちらこそよろしくね」

空にまた花ひらく。

「…ねぇ不知火くんもしーーーー」

486高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:51:12 ID:zRdogdXc

ドン。

遅れて轟いた音は高嶺さんの台詞を攫っていった。

「ごめん高嶺さん。花火の音でなんて言ったか分からなかったよ」

「…あー、なら聞かなかったことにしてくれないかな?」

「えぇぇ、気になるじゃあないか」

「だーめ。教えてあーげない」

可愛らしく、愛らしく言う。

惚れた弱みというのは恐ろしいものだ。

「分かったよ、深入りはしないさ。それよりそろそろ戻ってもいいかな?随分と妹を待たせているんだ。高嶺さんも小岩井さんや桐生君達を待たせているんだろう?」

「…あー、うん。そうだね。じゃあ一緒に行こっか」

羽紅神社の入り口は先程登った階段一つ。

ならば出口もそれしかない。

同じく出口へ向かうなら一緒に階段を下るのも当然で、だけれどもそのことなんてちっとも考えてなかったのでこの誘いは少し拍子抜けだった。

「あ、あぁ」

輪郭しか分からなかった影が近づいてくる。

それが人間大になるとようやく彼女が様相
が分かるようになった。

まるでテレビから芸能人が出てきたかのような気分。

高揚する。

浴衣を着つけ後ろ髪を上げてうなじを露わにしているその姿は、いつもよりも強く色香を印象する。

二人の歩調が合ったりちぐはぐになったりしながら階段に踏み入れる。

487高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:52:39 ID:zRdogdXc

「ここの階段、蹴上が随分と高いから気をつけてね高嶺さん」

「ん、気を使ってくれてるの?ありがとう不知火くん」

微笑む。

それが嬉しくて、でもそっぽを向いてしまう。

この想いが悟られないように。

「そういえば今『蹴上』って言ったよね?多分階段の高さのことだろうけどそんな言葉初めて知ったよ」

「珍しい言葉だったかな。本当に余計な言葉だけはよく覚えてしまうんだ、本の虫だとね」

「でもそれって素敵なことだよ」

ますます気分が良くなる。

「お世辞でも嬉しくなってしまうな」

「お世辞じゃないよ」

はっきりと強く言われる。

「私不知火くんにお世辞なんて一回も言ったことないよ。小説だってそう。…不知火くんはちょっと自分を過小評価しすぎだと思うの」

「それはどうも生まれ持った性分だからね…」

この恋も自分で燃やしておいて『叶わない』と水を用意している。

「みんなも不知火くんの小説読めばきっとすごいって言うと思うよ。うんそうだよ、やっぱりみんなに呼んでもらおうよ」

「それは勘弁願いたいかもしれない。高嶺さんしか見せたことないし…」

「えええ!そうなの?」

「あれ?意外だったかい?前にも言ったような気がするけれども」

「んー言われたような言われてないようなぁ…。じゃあ不知火くんの小説は私しか読んだことないってことだよね」

「そういうことになるね」

488高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 03:53:10 ID:zRdogdXc

「そういうことになるね」

「なんだぁ、そっか。…ならいいや」

「なにがだい?」

「ううんこっちの話。これも忘れて」

「高嶺さん忘れてほしいことばかりじゃあないかい?」

「乙女には秘密は必要なものなのよ?」

「僕のほうはどうやら筒抜けみたいだけどね」

「あぁ、さっきの夏休みの宿題のこと指してる?さっきも言ったけど不知火くん少し分かりやすいのよ」

「弱ったなぁ。そんなに分かりやすい人間だとは自分では思わなんだ」

「分かりやすいってことはその分、不知火くんのことよく知れるってことなんだよ?その分仲良くなれるってこと」

「そんなに親しみのある奴ではないと思うんだけどなぁ」

「だぁかぁらぁ、不知火くん過小評価しすぎよ。そういうところが不知火くんの良くないところね。直したほうがいいと思うよ」

「ははは…、善処するよ」

「でも今日も話せてよかったな。不知火くんのこと分かったし」

「筒抜けだもんね」

「そう。過小評価なところとか、同世代の男子は君付けとか」

桐生くんを口にしたことを思い出す。

「あとは………きゃっ!」

突然、彼女は石段から足を踏み外す。

咄嗟の出来事に僕も反応する。

結果、高嶺さんは階段を転げ落ちることはなかったが僕が彼女を抱きかかえるような体勢になった。

女性特有の体が手や腕から伝い、鼻からは官能的な香りが脳を刺激する。

こんな時に何を僕は考えているんだ…。

「だ、大丈夫かい。高嶺さんっ…」

能天気なことも考えていれたのは一瞬。

慣れない力仕事に彼女を支えていられる限界が近づくのはあっという間だった。

「ご、ごめんね不知火くん」

彼女も落ち着いた足場が取れたのか自力で体制を戻し始めた。

「怪我がなければそれでいいんだけれども」

「…うん怪我はないよ。でもまた一つ不知火くんのこと知れちゃった。いざっていう時の男らしさとか、ね」

「冗談もほどほどにね。今大怪我しかけたんだから…」

「はーい」

その後は無言で二人で階段を降りきる。

「じゃあここら辺で別れよっか」

「あぁそうだね」

「不知火くん」

「?」

「またね」

「うん、また」

名残惜しいがここでお別れだ。

だけれどもまた会える。

僕と彼女の秘密のあの放課後で。

夏休みはもう、終わる。

489高嶺の花と放課後 第6話 後編:2018/04/01(日) 04:03:26 ID:zRdogdXc
というわけで第6話後編投下終了です。物語を書くたび「今回はなんか話のボリューム少な目だなぁ」と思い投下してますがいざ投下してみると段々ボリュームが増えているような増えていないような。マイペースになりますが文章力も精進しつつこれからも投下していけたらなと思ってます。では第7話では会いましょう

490!slip:verbose:2018/04/01(日) 13:47:48 ID:5WmoaB.o
おつ
片鱗が見えてきましたね

491雌豚のにおい@774人目:2018/04/01(日) 22:08:22 ID:enI36B36
おーええやん

492雌豚のにおい@774人目:2018/04/02(月) 02:07:54 ID:5uR/6VR2
ありがとうございました

493雌豚のにおい@774人目:2018/04/04(水) 22:27:47 ID:yJrQpHjQ
2学期が楽しみや
どんどん病んでおくれ

494雌豚のにおい@774人目:2018/04/11(水) 08:17:47 ID:paH71x6s
おつおつー
高嶺さんも妹も病んでくれ〜

495雌豚のにおい@774人目:2018/04/18(水) 19:18:27 ID:B1Wl68T.
おつおつ
久々にこの掲示板来たけどまだ続いてたんだね

496雌豚のにおい@774人目:2018/04/18(水) 21:39:37 ID:0pxBI3/Y
俺も久々に見にきたときビックリした今はなろうが中心だからねー

497雌豚のにおい@774人目:2018/05/05(土) 14:35:26 ID:PajJlJyA
なろうは良い作品全然ないんだよね
あったとしても見つけるのが大変

498名もなき被検体774 ◆qOSv/CKab2:2018/05/11(金) 17:00:26 ID:9b0Vl6L2
トリテス

499雌豚のにおい@774人目:2018/05/14(月) 03:51:22 ID:jy2fhKJo
このスレに投稿してた人とかなろうに進出してるから見てみるのもいいよ。

500雌豚のにおい@774人目:2018/05/26(土) 07:05:40 ID:ZWHXMee.
俺もなろうに一作品だけ投稿してるが、全く閲覧数が増えないな。
誰かに添削してもらうなり感想貰うなりしてみたいものだが、かと言ってリアル友人に見せるわけにもいかない。
俺に文才なんか無いのだと自嘲しつつ、でももうちょっとくらいは好評価が欲しい、みたいな最大公約数的な思いを胸に秘めながら、今日も悶々とした日々を過ごすのさ。

501雌豚のにおい@774人目:2018/05/26(土) 10:57:41 ID:D3iJzvgI
>>500
じゃあここでurlうpしてみて
俺も気になる

502高嶺の花と放課後の中の人:2018/05/29(火) 19:59:40 ID:UMKn57Ho
お久しぶりです。20時から投下します

503高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:00:27 ID:UMKn57Ho
高校2年 9月

「…えー、ーーーでるからしてーーーであり、高校生というのはーーー」

「なぁ遍ー。校長センセの話ってなーんでこんなに退屈で眠くなるんだろうな。ふぁぁ」

「怒られるよ太一、真面目に聞いてないと」

「だいじょーぶ、誰も真面目に聞いてないってば」

「そんなこともないと思うんだけれどもなぁ」

我が羽紅高校の夏休みも終わりそれと伴い当然学校の方も再開し夏休み明け初日の今日、大勢の生徒とともに僕らもまた始業式に出席していた。

空調の整っていないこの体育館はうだるような暑さで、校長先生の話なんて一向に耳に入ってこなかった。

それは僕以外の生徒も同じで、いかに退屈しているのかが顔に表れていた。

「…ねぇ、太一。校長先生の話を文集した本ってあったら面白そうじゃあないか?」

僕自身もそんなくだらないことを考えているくらい退屈していたのは事実であった。

「なんだ遍だって真面目に聞いてないじゃん。まーでもそうだなぁ。それなら読んでみたい気もすっかも」

「不思議なものだよね。僕らはもしかしたら本の中身が見たいんじゃなくて本に書いてある活字を見たいだけかもしれないね」

「それは変な話じゃねーか?それだったら本の内容が良かった悪かったなんて感想が分かれることはありえねーぜ?」

「確かにそれは一理あるね。ならこう結論づけることができるかもね。僕らは黙読は好きだけれど朗読は苦手だとね」

「あぁこの朗読は正直しんどいぜ」

「同意だ」

それにしても注文の多い料理店さながら蒸し焼きに調理されているような錯覚陥るほど暑い。

塩を塗りたくるとなお美味しいってね。

「ははは…、何考えているだ僕は」

体から吹き出す汗が止まらず、制服である白いワイシャツを濡らしていく。

なんだ全身汗だらけなら塩加減もちょうど良いじゃあないか。

あとは誰が僕を食べるんだ?

地ならす巨人か、空飛ぶ龍か、はたまたカニバリズムか。

僕は主菜か?前菜か?デザートかもしれない。

「おい遍大丈夫か?顔色悪いぞ」

「ああ大丈夫大丈夫」

少しぼーっとしてきた。

これで僕が茹で上がったら調理完了だ。

あとは食べ残すなり完食するなり好きにしてくれ。

「大丈夫大丈夫って、明らかにやばくなってきてんぞ。センセにいって保健室行ってこいって」

太一の声がガラス越しのようにこもって聞こえてくる。

「へ?太一今なんて言っーーーー」

その瞬間、視界がぐるっと回転して暗転する。

あれ?僕はとうとう何かに食べられてしまったのかな。

やっぱり食べ残しはできればしてほしくないかな…。

504高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:02:06 ID:UMKn57Ho
…。

………。

目を覚ますと慣れない白い天井まず一番最初に目に飛び込んできた。

次に気がつくのは自分が白い布に包まれていること。

そして最後に気がついたのは頭に感じたひんやりとした感覚だった。

「あっ、目覚ました不知火くん?具合どう?」

その感覚の正体は人の手であり、その人は高嶺さんということ。

「えっ?高嶺さんどうして…というよりここは…」

「不知火くん始業式に熱中症で倒れちゃったんだよ。それで保健室に運ばれて…」

「そうか、ここは保健室なんだね。それで高嶺さんはどうしてここに?」

「ほら私保健係だからね。先生に様子見てこいって言われて来たの。そしたらじきに不知火くんが目を覚ましたんだよ」

「高嶺さんが保健係なんて初めて知ったなぁ…」

「不知火くんの係はなんだっけ?」

「僕は施錠係だよ」

「あー!そういえばそんな係あったね!なるほどねぇ、だから不知火くん放課後いつも居残れるのかぁ」

「帰りが遅くなるから誰もやりたがらないし僕には都合が良かったからありがたい役職だけれどもね。ところで今何時だい?」

「えーっと、もうすぐ12時だよ。今はみんなで文化祭の出し物の会議してるけどもうすぐ帰りのホームルームになるから先生に様子見てこいって言われたんだ。どう?ホームルームにはでれそう?」

「うーん今すぐ戻るのは厳しいけれども少し時間をおけば戻れそうだよ」

「分かった。じゃあ戻って先生にそう伝えておくね」

「ありがとう高嶺さん」

「あの…不知火くんっ」

「どうしたんだい?」

「えっと…その…あの。ぐ、具合!具合のほうはどうかな?」

「少し目眩がしてるけど、なんとか大丈夫だよ」

「あ…そう。よ、よかった!………今はタイミングじゃないでしょう私…」

「なんの話だい?」

「ううん気にしないでっ。こっちの話だから。それじゃあお大事にね不知火くん」

そう言って彼女は静かに保健室を後にしていった。

「高嶺さん、保健係だったのか…」

思い掛けないところで役得をして、熱中症で倒れる前よりもむしろ気分が良くなっている。

それはそれで置いておいて、始業式を終えてこうもすぐに文化祭の出し物の会議が行われるとは夏休み明け初日だというのにもう忙しい。

まぁ今日一日で決めるわけではないがどうやらこの学校は夏休み明けの生徒に肩慣らしの時間も与えるのが惜しいらしい。

「そういえば保健室の先生はいないのかな…」

それらしき人物は見当たらない。

上体を起こしてみると立ち眩みしたように一瞬視界がぶれたが数瞬おいて平衡感覚が元に戻る。

この調子であるならば今すぐ立ち上がるのは少々危険な感じがする、といったところであろう。

ここは一旦深呼吸を入れて体調を整える。

おそるおそるといった調子で両脚をベッドから降ろし僕の体重に耐えうるか少しずつ確認する。

「大丈夫そうだな」

力を入れて立ち上がると僅かに立ち眩みしたがそれもすぐ治った。

立ち上がり保健室を見回ってもそれらしき担当教員が見当たらないので、無断で出ていっても問題ないと勝手に解釈し僕も保健室を後にする。

505高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:02:54 ID:UMKn57Ho

廊下を歩き、階段を上り、廊下を歩き、いつもの教室へとたどり着く。

引き戸を開けそのいつもの教室へ入っていくと全員ではないが半分くらいのクラスメイト達が一斉に僕の方に視線を移し慣れない緊張に襲われる。

途中入室の生徒が本好きの地味な生徒、不知火 遍とわかるや否や再び視線を黒板へと移していった。

僕も体の強張りが解けるとともに合わせて黒板へと視線を移す。

黒板には喫茶店だの、たこ焼きだの、チョコバナナだの模擬店の案らしきものがたくさん書かれていた。

教壇に立っていた担任の太田先生も僕に気がつき声をかける。

「おう、不知火目覚ましたか。大丈夫か?」

「はい、おかげさまで」

「それなら良かった。とりあえず一回目の文化祭の出し物の会議はこんな感じで案が出たからそれだけ把握しといてくれ。ちょうどこの後ホームルームだから席に着きなさい」

「はい」

言われた通り、僕は自分の席に座ると前の席である太一がこちらのほうに体を向けてきた。

「心配したぞ遍。大丈夫大丈夫とかいったそばから倒れやがって」

「心配かけてごめんね。少しやせ我慢が過ぎたと思ってる」

「今度から無茶すんなよな〜」

「肝に命じておくよ」

「で、どうだった?」

「なにがだい?」

「惚けんじゃねーぞ。我が学園のマドンナ高嶺さんのモーニングコールの感想を聞いてるんだよ」

「え?」

「え?じゃねーぞ。全く全男子生徒の憧れの的に優しく起こされてなんにも感想がないわけないだろ」

「あ、あぁ。起こされたっていっても目を覚ましたらそこにいて言伝を預かっただけだから特に何もないよ」

「かー!何にも感じなかった風に言いやがって。このクラスのどれだけの男子がお前のこと羨ましがってたのかわからないのか?」

何も感じなかったわけないじゃあないか。

「本来こんなことなけりゃ高嶺さんと二人きりになれることなんてないんだからなぁ?せっかくのラッキー熱中症をふいにしやがって」

そう、本来彼女と僕は住む世界の違う人間なんだ。

「熱中症はアンラッキーだと思うよ…」

「はい!そろそろホームルーム始めるから私語をやめなさい」

ざわついていたクラスも担任の一声ぴしゃりと鳴り止む。

「夏休み明けて、まだ気分も切り替えられていない生徒もいるかもしれないが夏休みは終わったんだ。しっかり気持ちを入れるように。明日からは本格的に授業も再開するからな」

「「「えーーーー!」」」

「えーーー、じゃない。言ったはずだぞ、気持ちを切り替えなさい。じゃあ今日はここまで。号令」

「起立ー、礼」

「「「ありがとうございました」」」

「気をつけて帰れよー」

クラスメイト達は再びざわめきを取り戻し帰宅の準備に勤しみだした。

目の前の席の太一も鞄を拾い上げ立ち上がる。

「今日は図書委員ないし、一緒に帰るか遍?」

「せっかくの誘いで嬉しいけどさすがに今すぐ炎天下の中歩いて帰れるほど体力回復してないから遠慮するよ」

「ちぇ、生高嶺さんの感想で聞きながら帰ろうと思ったんだけどな。まぁでも本当に体には気をつけろよ?」

「ありがとう。じゃあね太一」

「おう、また明日な〜」

ぞろぞろと出て行くクラスメイトの波に太一も混じっていった。

そうして太一や高嶺さんを含めるクラスメイトの三分の二ほどが出ていったあとのことだった。

僕の教室の引き戸がとてつもない勢いで開かれ騒音が響いたのは。

「お兄ちゃん!大丈夫!!?」

来訪者の正体の我が義妹である綾音は勢いよく僕の席まで走ってきた。

「お兄ちゃん倒れたって聞いてあたし気が気じゃなくて!本当は保健室にお見舞い行きたかったんだけどね!?どうしても行きたいんです!って先生に言ったのに無理矢理止められてて!本当だよ!?それでね!もうあたしとしては一刻も早くお兄ちゃんの容体が知りたくて!知りたくて!やっとホームルーム終わったからこうやってお兄ちゃんのとこにこれたんだけど!それでお兄ちゃん平気?大丈夫?あたしお兄ちゃんが死んじゃったら生きていけないっからぁっ!」

大声で、早口でまくしたてる綾音。

「お、落ち着いて綾音。ただの熱中症だしそんなに騒ぐことじゃあないからね。ほら、クラスの人達も驚いているからさ」

教室に僅かに残っていたクラスメイト達はただただ綾音の勢いに圧倒されているような様子だった。

「他の人なんて知らない!お兄ちゃん死んじゃイヤ!!!」

「だ、だから死なないってば」

大袈裟に泣き噦る綾音が僕の肩に顔を押し付ける様子をクラスメイト達は興味津々に覗き込む。

参ったな、少しばかり恥ずかしい。

しばらくの間、僕は羞恥の中に取り残されながら綾音を落ち着かせることとなった。

506高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:04:01 ID:UMKn57Ho


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夏休みが明けてから数日が経った。

来たる文化祭の話し合いがあること以外は至って夏休み明け前と同じような日々が戻りつつあった。

僕も相変わらず駄文を書き続けていた。

とはいえここ最近はあまり筆が進まないのだが、その原因がなんなのかはわからなかった。

「気分転換しようかな…」

ピタリと筆を動かす手を止めて、書き込んでいたノートを閉じる。

夏休み中は原稿用紙で書いていたがここ最近のスランプを感じ、長らくの間ノートに書くことに慣れていた僕は結局ノートに書くことに落ち着いていた。

夕日が差し込む窓からは幾つかの運動部の掛け声が聞こえる。

屋上でも行って風を浴びてこよう。

そう考えた僕は教室を出て屋上へと向かう。

ここ数ヶ月は自分の中でも異常なくらい筆が進んでいて、それがたった一人の女の子の影響だということも自覚していた。

ならば今回筆が進まないのも彼女の影響なのだろうか。

「いやいや、それはただの八つ当たりだ」

ただの実力不足だと己を戒める。

階段を登りきり屋上への扉を開こうとするが、扉は僕から逃げるように開かれる。

「し、不知火くん!?」

「た、高嶺さん!?」

この女の子は本当にいつも心臓に悪い現れ方をする。

「あ、あはは。こんなところで会うなんて偶然だね…。じゃあ私今日はこれで帰るね」

僕を避けるように彼女は横へ抜けていく時、僕はあることに気がつく。

「待ってよ高嶺さん」

「…」

僕の一言で階段を下る彼女の足が止まる。

「なんで…なんで泣いていたんだい?」

彼女の頬にあった二筋の跡。

それがどうしても気になってこんな質問をぶつけないわけにはいかなかった。

「あはは…泣いてた?そんなことないよ不知火くん」

「…頬に跡がついていたよ」

「!」

僕に指摘された彼女は慌てて制服の袖で頬を強く擦る。

「…いやごめん。人は他人に話したくないことの一つや二つはあるよね。別に無理して話さなくていいんだよ」

「ごめんね不知火くん…」

彼女はたった一言そういって踵を返す。

僕じゃ彼女の力になれないのか、悔しさや悲しさが僕の胸を支配する。

気分転換をしに来たのに台無しな気分になってしまった。

屋上に行けば何か救われるような気がしてドアノブに手をかける。

「不知火くん!」

振り返ると高嶺さんは階段の踊り場から僕を見上げていた。

「…やっぱり少しお話しできないかな?」

「僕で良ければ、よろこんで」

「ありがとう不知火くん」

彼女は再び踵を返し、今度は僕の方へ登ってきた。

彼女が近づいたところで僕も今度こそと屋上の扉を開ける。

扉を開けたその先に踏み入れると、夕日と風が僕を貫いた。

「ごめんね不知火くん、付き合わせちゃって」

「別に平気さ。僕も小説の方が行き詰まっててね、気分転換したかったところなんだ」

「そっかぁ」

寂しい笑顔を浮かべながら高嶺さんは屋上のフェンスまで歩いていく。

507高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:07:38 ID:UMKn57Ho

「…あのね不知火くん。今日…さ、そのまたラブレターをもらったんだけどね。…実はそれは偽物で他クラスの女子達のいたずらだったの」

「…それは、ひどいね」

「手紙に書いてあった通りここに来たらその女子グループがいてね。私を見てなんて言ったと思う?」

今にも泣き出しそうな顔でこちらに問いかける。

そんな顔で聞かれたら何も答えられるわけがないじゃあないか。

「…『本当に来やがった。ちょっとモテるからって調子乗るな』って嘲笑いながら言ってきたの」

「…」

気の利いた言葉をきかせたいのにそいつは一向に僕の口から出てくる様子がない。

「でも別にそれがつらくて泣いてたんじゃないの。…不知火くん。私さ、たまに人から『優しいね』って言われるけどそれは違うの。今日みたいな悪意を向けられたくなくて仕方なく優しい『フリ』をしてるの!私は本当はそういう自分勝手な子なの!今までこういうことのないようにいい顔無理矢理作ってきたのに結局こうなって…」

無理矢理押し込めた感情が爆発し止め処なく僕へと流れ込んでくる。

僕の知らないところで彼女はこんなにも苦しんでいたのか。

「…誰だって自分が一番可愛いと思うのが普通なんじゃあないかな。情けは人の為ならずって言うだろう?だからさ、高嶺さんは間違ってないと思うよ」

「…間違ってない、かぁ。そう言ってもらえるだけでも大分心が楽になるなぁ」

「時々僕らに降りかかる理不尽は黙って飲み込むしかないよ。飲み込みきれなかったらその時は吐き出せばいいさ」

「吐き出す…ね」

彼女はそう呟くとフェンスの方へ向き直し、大きく息を吸った。

「私は!モテたくてモテてるんじゃなーい!!!」

彼女の本心が咆哮される。

508高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:08:31 ID:UMKn57Ho

「はぁ…すっきりしたっ」

「聞く人が聞くと嫌味を覚えそうな台詞だね」

「不知火くんは嫌味を覚えた?」

「いや僕は別に…」

「ふふ…ならいいやっ。好意を寄せられること自体は私も嬉しいし。でもやっぱり初めてお付き合いする人は自分から告白したいなぁ」

「え?高嶺さんまだ誰とも付き合ったことないのかい?」

「そうだよー。なかなか良い人がいなくてねぇ 」

今まで何人もの男たちがこの高嶺の花に手を伸ばしてきたというのに、この花は未だ一人咲き誇っているというのか。

いやしかし、夏休み前の告白の時には好きな人がいるって発言してたけどそれはどうなんだ?

分からない。

「意外だった?」

「ああそうだね」

クスリと一つ彼女は笑みを浮かべる。

「そうだ、不知火くんも何か叫びたいことないの?」

「ははは、それは無いかな」

嘘だ。秘めている叫びたい想いはあるが臆病者の僕は今この時に吐き出すなんてことは到底できるはずがあるまい。

「えー?嘘だぁ」

すっかりばれている。

「本当にないよ」

余裕のない余裕なフリ。

一体どこまで見抜かれているのか分かったものではない。

「まぁ不知火くんがそう言うならそういうことにしてあげる」

悩みを話す側の方がよっぽど余裕がある、なんとも情けない話だ。

まだまだ残暑が続く日々とはいえ、黄昏時にもなれば涼しさを覚えてくる頃になってきた。

風の強いこの屋上では肌寒さも覚えた。

「少し冷えてきたね。そろそろ校舎の中に戻ろうか」

「あっ…」

「どうしたんだい?」

「し、不知火くん。も、もう戻るの?」

「ん?あぁ、僕も風を浴びたら気分転換できたからね」

「あ、あのさ不知火くん。話があるんだけど…」

「話?他にも何か悩み事でもあるのかい?」

「悩みっていうか、ううん。やっぱりなんでもない!忘れてっ」

歯に肉が詰まったような気になるような感じが僕の感情を支配する。

「…なんでもないのならそれでいいんだけれども」

しかし臆病者の僕は彼女に対して自分から掘り下げていく勇気なんてこれっぽっちもなかった。

「私はもう少しここで落ち着いてから帰るね」

「そっか。風邪ひかないようにね」

「ありがとう不知火くん。またね」

屋上の扉を開け校舎の中へ戻る。

扉の閉まる音が校舎の中に響き渡った時、僕は一度振り返る。

そんなことをしても意味はなく、なぜそんなことをしたのかもわからなかった。

体を向き直し階段を下っていき踊り場に足を踏み入れた時、僕はもう一度振り返る。

一度目と変わらない景色がただそこにあっただけだった。

509高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:10:43 ID:UMKn57Ho

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高校2年 10月

窓からは茜色の光が差し込み、校庭からは何やら掛け声を出している陸上部やサッカー部、校内からは各々の練習に励む吹奏楽部の演奏が聞こえてくる放課後。

帰路につく者、部活動に励む者、委員会に勤しむ者にそれぞれ別れたその教室には僕一人において誰一人いなかった。

様々なところから聞こえて来る音のなかで微かにノートに鉛筆を滑らせる音を教室内に響かせる。

一息つけ鉛筆を置く。

ふと斜め前方の先の席を見ると鞄が一つ机に乗ってるのが見える。

「今日も…か」

それを見てこの後起きるであろう出来事が容易に想像できて、思わず呟く。

いや、集中しよう。そう思い再び筆を走らせる。

そうしてどれほど時間が経ったであろうか。5分、10分あるいは1分も経ってないかもしれない。不意に肩をトントン、と叩かれた。来るとわかってても心の臓は悲鳴をあげ、叩かれた肩を跳ね上げてしまった。

振り返る。

そこには教室に差し込む夕陽と相まって美しく映る少女が笑顔でヒラヒラと手を振っていた。

「ごめんね不知火くん。驚かせちゃった?」

「そりゃあもう、高嶺さん。わざとかい?」

「半分、ね」

クスリと笑い悪戯な表情を浮かべる。

「今日も小説書いてたの?」

「答えるまでもないよ。ところでそういう高嶺さんこそ今日も告白かな?」

「答えるまでもないよ」

やや変な口調で彼女は先の自分の台詞と同じ言葉を述べた。

「もしかして真似してる?僕のこと」

「うん、似てた?」

「全然。もう少し練習しないとダメだよ」

「そっか。じゃあもっと不知火くんとお喋りして研究する必要があるねっ」

こういったことを平気な顔して言ってくるところが苦手なんだよなぁ。

そんなことはおくびにもださない。

ただこのままだと気まずくなるので話題を無理矢理変える。

「ところで今日の告白は受けた?」

「ううん。断ったよ」

「そんなにいないもの?いいなぁって想う人」

「そうだねー。でも前にも話したけど私初めて付き合う人は好きになった人に自分から告白するって決めてるからさ」

「高嶺さんてロマンチストだよね。いまだに誰とも付き合ってないというのが信じられないよ」

「なにそれ。私が尻軽女に見えるとでもいいたいのっ?」

わざとらしく頬を膨らませ怒りの感情をこちらに向けてくる。

「いやいや、そこまでは言ってないけどさ。でも高嶺さんほどモテるなら優しい人やかっこいい人なんて選り取り見取りじゃあないか」

「優しい人やかっこいい人ねぇ…。不知火くん私ね。運命の赤い糸って信じてるの。世の中には優しい人、かっこいい人なんていくらでもいるでしょ?でもその中でたった1人自分の相手を選ぶってことはかっこいいだとか優しいとかの測れるものだけじゃなくてなにか自分にしっくりくる人がいると思うの。それが運命の人。そして私はその人と添い遂げたいの」

「やっぱりロマンチストだ」

「茶化さないでよ。案外恥ずかしいんだよ?」

それに、と彼女は付け足す。

「この貞操観念話したの不知火くんがはじめてなんだからね」

「わかったよ。言いふらさないから安心して」

ーーーー運命。
運命か。
運命というと僕こと不知火 遍(しらぬい あまね)がこうやって高嶺 華(たかみね はな)と今この時会話しているのも運命なんだろうか。
方や見る人を魅了してやまない美少女、方や存在感のない冴えない文学少年。
今まで歩んできた道もこれから歩む道も全く違うであろうこの2人の道が今この瞬間交わってるのは運命なんだろうか。

「そういえばーーーーー」

この関係が始まったのいつだったろうか。僕は過去の記憶にさかのぼることにした。

510高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:12:27 ID:UMKn57Ho

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ーーー


「ーーーくん、不知火くん!」

「うわっ」

「うわっ、じゃないよ。急に黙り込んだと思ったら物思いにふけてさ。私まだ話の途中だったんだけどー」

可愛らしく頬を膨らませ、僕に対しての怒りを露わにしている。

「あ、ああごめん。高嶺さんが運命だって言うからさ、僕と高嶺さんの縁も運命なのかなって思い返してみていたんだよ」

「やっぱり不知火くん、私の考えを茶化してるでしょう」

「茶化してなんかないってば」

「で…さぁ、お話の続きなんだけど…。いいかな?」

先ほどの表情とはうって変わり非常に真剣な表情になり僕も少し緊張が走る。

「もちろん構わないさ」

えっと、と彼女は口にし一度ため息をしてから深呼吸をした。

「私ね、その…今日本当は…告白なんて受けてないんだぁ…」

「えっ?」

「あっ、いや違うの!告白の呼び出し自体が無かったってことで告白を無視したとかそういうことじゃないからっ」

まさか告白の呼び出しを無碍にしたのかと思案したがそんなことは無かったようで安心する。

「あぁなんだ、そういうことかい。それで話ってなんだい?」

今度は俯く高嶺さん。恐る恐るといった様子で口を開いた。

「あー、その…さ。私今欲しくてたまらないものがあるの。ずっと前から欲しかったらしいんだけど覚し始めたのは割と最近のことなんだぁ。…自覚してからは欲しいって気持ちがどんどん強くなってもう私我慢できなくなってきて、でも失うのが怖くて…」

肝心な話が少し比喩的な話し方で核が見えてこない。

「えっ…と、もう少しわかりやすく話してくれると助かるんだけども」

「あはは…、告白ってする側はこんなに勇気のいるものなんだね…」

彼女は今一度背筋を直し僕へ改めて向き合う。

「単刀直入に言うと私が欲しいのはね君だよ、不知火くん。だからぁ、…その、私とさぁ…、付き合ってくれない…かなぁ」

普段の姿からは想像もつかない全く余裕のない高嶺さん。

というか、彼女は今なんて言ったんだ?

「今日告白しよう…って決めていたんだけど…なかなか勇気が、その出なくて。ラブレターも10通くらい書いたんだけどどれもなんだか微妙で。あーだこーだしてるうちに放課後だし…」

付き合って欲しい?

「その…付き合って欲しいってのは男女のお付き合いひいては結婚を前提としたお付き合いなんだけど…」

誰と?

「黙ってないでなにか…言って、欲しいんだけど…なぁ」

僕が?

「ねぇなんで…黙っているの?………、!そんな、まさか!?」

まさか

頭が真っ白になり返答に詰まっていると彼女は両手で僕のそれぞれの手首を掴み押し倒してきた。

机や椅子に身体中をぶつけ鈍痛が全身を走る。

511高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:14:38 ID:UMKn57Ho

「わ、わわ、私こうみえて家庭的なんだ!料理とかすごく得意というか未来の旦那さんを想像しながら練習いっぱいしたんだよ?ほら旦那さんの心を掴むならまず胃袋からって言うでしょ!?付き合ってくれたらいっぱいいーっぱい美味しいもの食べさせてあげるし!そうだ!!今度不知火くんにお弁当作ってきてあげる!好きなものと嫌いなもの教えてくれると助かるな!結構料理の腕には自信があるからただ美味しいものだけじゃなくて栄養バランスを考えた不知火くんの体にも気を遣えた料理作れるよ!それに私不知火くんの好みになれるようにどんな努力も惜しまないつもりだよ?この顔が気に入らないなら気に入るまで整形する!目?鼻?口?それとも全部?遠慮なく言ってねなんでもなおすから。癖や性格も不知火くんの好みに絶対になる!それに献身的でもあるの私!結婚したら毎日掃除洗濯炊事してそばで支えてあげる!私運命の旦那さんのお嫁さんになるのが夢なの!だから安心して!あ、でももし不知火くんが主夫をやりたいってことなら私身を粉にして働くよ!たくさん尽くしてあげるしなぁんでもゆーこときぃてあげる。だから!!!付き合ってくださいお願いしますから!!!」

「い、いたいよ高嶺さん」

僕の手首は狂っているとも言える高嶺さんの異常な握力でへし折れそうになっていた。

「そんなこときぃてない!!!付き合ってくれますか?はい?イエス?どっち!!!!????」

「分かった、分かったから!付き合うよ!だから手を緩めて!」

付き合う、僕のその言葉を聞くと彼女はかっと目を見開き僕にすごい勢いで唇を押し付けてきた。

「んっ!??」

「ンハァ、好き、チュ、好き、ンチュ、愛してる。ハァハァ、ずっとこうしたかった。チュ、ひどいよひらぬいくん、ハァ、ンチュ、わらひに、ハァ、ここまでが、まんはへる、ハァ、なんて」

僕の後頭部を両手でしっかり捉えこれ以上ないくらい固く固定されている。

どのくらいの時間僕の唇を貪っていたであろうか、両の手を緩め僕の唇からようやく離れ、僕に馬乗りの形になるように上体を起こす。

二人の唇の間から銀の糸を引かれ、それが夕陽で艶めかしく光る。

「はぁぁぁ、幸せぇ」

頬に手を添え恍惚な表情を浮かべている高嶺さん。

「分からない…なぜ高嶺さんがいつから僕なんかを…」

僕がそう言うと高嶺さんは上体を倒し今度は覆い被さる形となりそのしなやかな両腕、いや両腕だけでなく両脚も僕の体に蔓のように絡みついた。

そしてそっと耳元に口を近づけ囁いた。

512高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:15:52 ID:UMKn57Ho
「『なんか』なんて言わないでぇ…。不知火くんはぁ、良いところいっぱいあるんだから。いつからっていうのは私もわかんない。でも初めて話した時から私は不知火くんには他の人とは違う何かを感じていたよ」

直接伝わってくる女性特有の柔らかさに血流が加速するのを感じざるを得ない。

「でもこの気持ちをはっきり自覚し始めたのはあの夏祭りの日だよ。不知火くんに妹の…綾音ちゃんだっけ?あんなカップル同然みたいな腕の組み方を見せられて勘違いしちゃったよ。正直あの時綾音ちゃんを殺したいほど憎くて仕方がなかったわ。もし彼女だったら殺してたかもね…ふふ。あの場面を見て、不知火くんは私のモノだ!って体が、心が、魂がそう叫んでたんだぁ。まぁでもその時は不知火くんは私はモノじゃなかったけどね。でもこれからは私のモノ。やっぱり不知火くんと私には運命の赤い糸が繋がってるんだよ」

徐々に彼女の四肢が僕の体を締め付けて行く。

「ほんとのほんとのほんとの本当に私の彼氏になってくれるんだよね?あぁぁはぁ嬉しいなぁ。あっそうだ、せっかくカップルになったんだから下の名前で呼び合おうよ。ね、遍?私の名前、言ってみてよ」

「えっと…は、華さん…、…!」

僕が彼女の望むままの台詞を口にしたら途端にその両腕で首を絞められた。

「違うでしょ?『華』でしょ?遍は他人の事敬称つけて呼ぶ癖あるよね。私と遍はもうカップルなんだよ?私はあなたの彼女なんだよ?他人じゃないんだよ?運命の伴侶なんだよ?だったら正しい呼び方があるんじゃないの?ねぇ?はやく。はやく!」

苦しい、息ができない、まるで彼女の想いに溺れているようだ。

「は、華」

「はーい、華だよぉ」

首を絞めていた同じ人物とは思えないような甘えた態度で頬で胸を擽る。

いつまで経っても頭と心の整理がつかない。

そんな僕の頬に彼女はそっと口づけふたたび起き上がる。

「そうとなれば早速明日にでもみんなに私の彼氏って遍を紹介しなきゃ」

紹介?誰に?いやまてよ

「た、高嶺さん。ちょっとまって!」

「高嶺さんって誰かなぁ??その呼び方ほんとに嫌だからやめてくれないかな?」

再び僕の喉元へ手を伸ばす。

「ご、ごめん華!それよりみんなに紹介ってのはできればやめて欲しいのだけれども…」

「は?なんで?」

仮に僕と彼女が付き合ってるなんて噂が出回ればどんなことになるかは想像に難くない。

「華はその…ほら可愛いからさ、その彼氏ってなると目立つから僕としては困るというか…」

高嶺の花を射止めたとなればたくさんの男子生徒からやっかみを受けてしまうのは明瞭であろう。

しかし僕のそんな理由も聞きやしないうちに『可愛い』という言葉を聞き入れた途端、彼女は自分の頬に両手を当て顔を赤くする

「え、可愛い?えへへ、ありがとっ。遍もかっこいーよっ。大好き!」

「あ、うん。それでみんなに内緒にしてほしい件なんだけれども…」

「へ?うん、いーよいーよ!内緒にしたげるっ!でも…放課後は我慢できないよ?」

「う、うん。放課後その、いつも通りでいいから」

「いつも通りぃ?違うでしょ?これからはいつも以上だよ。だって…」

この子は一体誰なのだろうか。

「私達は運命の恋人なんだから」

自分が今どんな気持ちを抱いているのかすら全く分からなくなっていたがただ一つ言えるのは、僕が彼女に惚れていたという感情なんてこの時すっかり忘れていたということだった。

513高嶺の花と放課後 第7話:2018/05/29(火) 20:23:34 ID:UMKn57Ho
以上で投下終了です。

気がついたら最後に投下してから2ヶ月経ってましたお久しぶりです。7話程かけてやっと1話冒頭の回想が終わりました。長かったでしょうか?よくわかりません。こんなに投下遅れたのは単純にモチベーションの問題です。ヤンデレというコンテンツが大好きなのですが個人的な需要に対して供給が足りずそのような環境から生まれた不満感から物語を書きなぐってます。少しでもこのコンテンツの発展に貢献できたらと思ってます。8話も一応ある程度書いてあるので近いうちに投下したいと思ってます。ではまた

514雌豚のにおい@774人目:2018/05/30(水) 00:14:25 ID:R7QGAe2Y
>>513
乙乙。楽しみにしてるので更新待ってます

>>501
URLなら>>423に貼ってあるぞ
一日あたりのPVは1桁〜2桁という弱小アカウントだ
「文章力が高いですね」という感想が来たものの、やはり文章力と面白さというものは相関関係には無いんだなと実感する

515雌豚のにおい@774人目:2018/05/30(水) 06:04:58 ID:rLdGrGXQ
>>513
GJでした

>>514
まともに更新してないんだからPV一桁は当たり前
むしろユニーク1305人でブクマ19ってことは
70人弱に一人がブクマしてくれてるから悪い数字じゃない希望を持つべき
宣伝や更新が圧倒的に不足してると思われる

内容についていうとタイトルとあらすじで軽いノリの作品期待したのに
プロローグでわけがわからんゲーテの言葉を読まされてその時点でドン引き
その後も厨二としか思えん主人公の独白が延々続いてついていけなくなった

でも頭を冷やして二度目読み直したら意外といけた
というか面白かった
てことで最初のゲーテがいらないんじゃないかと思われる
あれで面食らう人多いだろ

ついでに言うとルビ振りすぎ
よほど難しい漢字ならともかくこのぐらい読めるわ!って感じで山ほどふられてるから気がそがれる
全部削除してもいいレベルで邪魔にしかなってない

厳しい意見だけど書いてみました
「誰に何と言われようと俺は好きな文章を書く!」
って考えならいいけど、
「PV少ないわ、弱小だわー」って愚痴ってるから個人的意見で言ってみました
気を悪くしたらごめんな

516雌豚のにおい@774人目:2018/05/30(水) 23:45:48 ID:IXMlv7ow
>>513
いつも楽しみにしてます!GJです!

>>514
URL貼られたときからブクマいれて楽しく読んでます!
なろうでファンタジー抜きで更新頻度少な目ってなると
どんな内容でも表に出ないからしょうがない
具体的な感想は>>515が代弁してくれてると思う

517514:2018/05/31(木) 00:09:14 ID:LOU4JdNY
>>515-516
ありがとう
批判を真摯に受け止めて、改稿しようと思う
取り敢えずアドバイス通りにゲーテは削ろう。自分がよく読む海外の翻訳小説だと、この手の偉人の引用を冒頭に取ってつけるスタイルが頻出してるから、それを真似てみた
でもあまり拘りもないので、邪魔と言うなら消しておく

だけどルビは削らない
性癖なのか強迫観念なのか分からんが、自分はルビが少ないと何故か不安感を覚える人種だから
このひなんじょにもルビふりきのうがついていたらいいのに

主人公が厨二に見えたのなら、まさしく作者の意図通りだな
因みに「面白かった」「楽しく読」めたというのは、どの辺りだろうか。そういった能力を伸ばしていきたい

518雌豚のにおい@774人目:2018/06/03(日) 20:43:13 ID:SHb.F.ig
これ最初の述懐みたいなの、内容に関係あるのか? 思えない。ヤンデレ好き狙ってんなら、最初に、お?って思わせろ

519514:2018/06/04(月) 03:20:43 ID:iD5uIX3c
>>518
ふむ。特に何も考えずに、頭の中にふと思い浮かんだイメージをそのままテキスト化して出来たプロローグだが、確かにヤンデレとはあまり関係ないな
書き直すよ

ヤンデレ作品が少ないので、「それなら俺が書いてやるわ」といきり立って投稿した作品だけど、やはり書いた本人でも出来が悪いと思う
文才が欲しい。誰かくれ

520名もなき被検体774 ◆b4YHTloFXY:2018/06/04(月) 08:12:24 ID:hGgZXkZA
テスト

521雌豚のにおい@774人目:2018/06/13(水) 16:14:49 ID:C8oWQNcA
>>519
一つ言えることは
おまえの小説は面白いけど、おまえ自身はウザい
かな

だけどおまえのウザさも小説の面白さに反映されてるみたいだし
もう思うまま突き進めばいいだろ

522雌豚のにおい@774人目:2018/06/28(木) 00:37:10 ID:FHRfi.q6
>>521さん
少し言葉選んだ方がいんじゃね?

小説の感想聞いてんのにお前自身はウザイとか全く関係ねえしそのウザさが小説面白くしてるってんなら言う必要もねえじゃん。

人格否定だからねその発言。気をつけてな。

>>519
あんま気にすんなよ。
でも、>>515さんみたいな意見は指摘を見る限りしっかり読んでくれてるからとても貴重だと思います。
ヤンデレ1つ取っても人それぞれ好みのシチュエーションも違うからシナリオは自分の好きな様に書いていいと思います。

応援してるよ

523雌豚のにおい@774人目:2018/06/29(金) 11:17:54 ID:bYnTMqNY
テスト

524高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:22:35 ID:bYnTMqNY
高校2年 10月

早朝。

夏が過ぎ去り秋になったこの季節だと少し肌寒さを覚える時間だ。

日課である弁当を作り終えた僕は珍しく誰もまだ起きていない不知火家を出るや否や面を食らうこととなった。

「おはよう、遍」

凜とした佇まいで玄関前に居たのは高嶺 華、僕の彼女であった。

僕の姿を確認するやいなや微笑みながら挨拶をしてきた。

「…おはよう。待ち合わせの場所ここじゃあなかったよね?」

つい先日のこと兎にも角にも恋仲となった僕らだがやっかみを恐れた僕が提示した『放課後のみ』、という関係に不満を覚えた彼女は代わりに誰もいない早朝の登校を共にするという条件を提示してきた。

それならばと了承した僕だったが前日のメールでのやりとりで決めた待ち合わせ場所とは違う場所に彼女が現れたものだから面を食らうのは少々仕方のないことだった。

「うんっ。でもね、1秒でも早く遍に会いたくて来ちゃった」

その台詞に歯が浮くのを感じざるを得ない。

「たか…華に僕の住所教えたことあったかい?」

「前に遍にこっそりついていったことがあるから知ってたんだぁ」

「そ、そうなんだ」

時々顔を覗かせる彼女の非常識。

鮮やかな絵画に付着した汚れのように彼女のその非常識は高嶺 華という像よりも遥かにそれは強く印象を焼き付ける。

ついこの間まで邂逅するだけで心弾ませた彼女と恋仲になったというのにも関わらず未だ手放しで喜べないでいる理由がそこにある。

「じゃあいこっか」

閑静な住宅街に二人の足音が鳴り始める。

しばらくの間二人の間に会話はなく静寂が訪れていたが、趣味も境遇も似つかない僕らならば話題の提供に困るのも当然のことだった。

そもそもの話僕自身、あまり人と話すのが元々不得手ということもある。

だからこの静寂を打ち破るのは彼女が先というのも当然のことだった。

「私たち本当に恋人に…なったんだよね?」

「え…あぁそうだね。どうしたんだい急に」

「だって遍、放課後じゃないとイチャイチャしちゃダメって言うんだもん。酷いよ」

了承したとはいえ未だに不満には思っているらしく、口を尖らせる。

「我儘を言っているのは重々承知しているさ、でも僕ら男子の間では華は可愛くて有名だからそうなると僕も目立ってしまうんだ。あまり目立つのは苦手でね」

「…もっかい言って」

「え?」

「もう一回。可愛いって。そう言って」

「か、可愛い」

改めてその部分を切り取られてあげられると羞恥心が込み上がってきた。

我ながらなんて気障な台詞を口にしたのだろうか。

彼女は満足げな表情を浮かべるとそっと僕の左腕に抱きついてきた。

「今はそれで許してあげる」

脳がショート寸前だ。

「そ、そういえば文化祭。僕らのクラスは喫茶店になったね」

恥ずかしさに耐えられず無理矢理話題を変える。

「そうだねぇ。遍はどの役割担当したいか希望はあるの?」

「僕は看板製作とか担当できたらいいなとは思っているけども」

開催まであとひと月を切っているのであるのだが喫茶店、ということのみ決まっているだけで役割担当は決まっていない。

「じゃあ私もそうするっ。そうすれば遍にイチャイチャまではいかなくてもお話はできるしね」

なんとなくだがそう言うと思っていたが、そんなことは口にはしない。

「喫茶店かぁ…。そうだ遍、また『歩絵夢』行こうよ。陽子さんになら私たちのこと報告していいでしょう?」

「え?まぁたしかにそれは構わないけれども…」

どうして一体全体彼女はそこまでして周囲に僕らの関係を示したがるのかが分からなかった。

「でも華は多分、接客の係につかされるんじゃあないかなあ」

「えぇぇ、何でよぉ」

自分がどれほどの人望美貌があるのか一体把握しているのであろうか?

「僕はそっちの方が向いていると思うし、それに僕だけじゃあない。クラスのみんながそう思ってるんじゃあないかな」

「嫌よ、私遍と一緒にいたい」

「ははは…そこまでするほど僕と一緒にいて楽しいのかい?」

「うん。でも楽しいとかだけじゃないよ。全てが私に噛み合う感覚があるの。この世で最も一緒にいて落ち着く人だよ」

「未だに信じられないよ、たか…華と付き合ってるなんて」

「わたしだって嬉しすぎて信じられないくらいだよ」

するりと僕の腕から離れると一息吸って彼女は続けた。

「末長く、よろしくね」

なぜだか分からないけれどもその一言で背筋が凍る感覚が僕を貫いた

525高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:23:51 ID:bYnTMqNY


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「えええ!華ちゃん看板製作やるのぉ!?」

一先ず何事もなく授業を終え、帰りのホームルームになる直前のこと。

クラスメイトの女子たちが何やら騒ぎ出した。

「絶対華ちゃんは接客のほうがいいよ」

「私接客とかやったことないし…、向いてないよー」

如何にも謙虚な態度で真意を覆い隠す高嶺さん。

「絶対絶対絶対向いてるってぇ」

「私もそう思うよ〜〜」

「そんなことないってばぁ」

やいのやいのと騒ぎ立てる女子生徒達の声に黙って聞き耳をたてる者、聞いていないフリをしつつも耳だけはしっかり向けている者様々だが大半の男子生徒達が意識を割いていた。

そんな見ていて少々おかしな状況を変えたのは担任の太田先生の入室だった。

「ほら騒いでないで放課後のホームルームやるぞー」

自由の時間を体現していた生徒達は各々を席へと徐々に戻ってゆく。

「それで今日のホームルームなんだがなぁ。文化祭の役割分担を素早く決めたいと思う。うちのクラスは喫茶店をすることになったがそれを決めるのに時間がかかりすぎてしまったみたいでな、残された時間が少ないんだ。では早速決めていくぞ」

太田先生は白のチョークを手に持つと手早く分担される役割とその定員を書き込んでゆく。

その手で書かれた最初の役割は問題の『看板製作係』と3という数字であった。

「…では第一志望の役割の時に手を上げてくれ。まずは看板製作係な。これが第一志望のものは挙手」

やはりというべきなのかその定員を遥かに超える人数の生徒が手を挙げる。

その中にはもちろん高嶺さんもいる。

彼女はチラと一度僕の方へと視線を移す、たったそれだけのことだが彼女の意図は容易に汲み取れる。

僕も静かに手を挙げる。

「おお…思ったより人が多いなぁ。でもちゃっちゃと決めてしまいたいからジャンケンで決めようか」

太田先生は握りこぶしを宙へ挙げる。

それにつられるように僕たちも握りこぶしを宙へと挙げた。

526高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:24:59 ID:bYnTMqNY
「勝った人だけ残りなさい。ではいくぞ。最初はグー、じゃんけん…」

僕は握りこぶしを開いた、先生は握りこぶしを開かなかった。

運良く僕は勝利することができたようだ。

「おお、ちょうど三人残ったのか」

周りを見渡すと握りこぶしを開いた人物は僕を除いて二人しかいなかった。

「じゃあ看板製作係は桐生、小岩井、不知火の三人で決まりだな」

その中に彼女は含まれておらず彼女はただまっすぐ前を見つめながら拳を握り続けていた。

「じゃあ早速だが3人は集まって後ろで話し合っててくれ。では次は装飾係が第一志望のものー」

言われるがままに僕は席を立ち上がり教室の後ろへと向かう。

高嶺さんが少し気になる。

「よ、残念だったな!」

意識をほかに取られている僕の肩を叩いてきたのは同じ看板製作係の桐生 大地(きりゅう だいち)くんだった。

端正な顔立ちで女子生徒からの人気も高い。

これが僕の桐生くんへの印象。

「ざ、残念ってなんのことだい?」

「そのまんまの意味だよ。高嶺の花と一緒になれなくて残念、ってね」

夏祭りの時にみっともない嫉妬を向けていた手前、いざ対面すると苦手意識が全身を縛り上げた。

「な、僕は別に高嶺さんが希望していたからってこの係を希望したわけではないさ」

「でも高嶺が参加したいって意向はちゃっかり聞いてたんだな」

聞き耳を立てずとも僕はすでに今朝からその意向は知っていた

そう言いかけるが寸のところで止める。

527高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:26:59 ID:bYnTMqNY

「そういう桐生くんはどうなんだい?」

「俺?俺はもちろん彼女目当てさ」

心臓に冷や水がかけられる。

この感覚何週間ぶりだろう、しばらく前まではよく彼女に与えられていた感覚によく似た感覚だ。

僕が言葉に詰まっていると桐生くんは頬を釣り上げ笑い声をあげる。

「あははは!うそうそジョーダンだよ。そんなマジになるなって。俺彼女いるしなっ」

面を食らう。

「よろしくな不知火」

「ふたりとも〜遅くなってごめんねぇ〜〜」

遅れてやってきたのは小岩井 奏美(こいわい かなみ)さん。

穏やかな女子生徒であり、高嶺さんの仲の良い友達。

これが小岩井さんへの印象。

「おう、小岩井も来たし早速どういうふうに進めていくか決めようか」

「うん、そうだね〜」

桐生くんは流れるように場を仕切り出した。

素直にこういう一面を凄いと思うし羨ましくも思う。

僕がそういうことができるイメージはあいにくだが浮かばないから。

「んじゃまずこん中で絵、描けるやついるか?」

僕は右に左に一度ずつ首を振る。

「わたし少しなら描けるよ〜〜」

「お、助かる!俺もあんまし絵は得意じゃないからな。じゃあ小岩井は下書き頼まれてもいいか?」

「うん、いいよ〜〜」

桐生くんは場を仕切れる、小岩井さんは絵が描ける。

じゃあ僕は?

途端にみっともない劣等感に苛まれる。

「それじゃあ色塗りは俺と不知火で協力してやる感じになるのかなぁ」

「あの〜」

恐る恐るといった感じで声をあげる小岩井さん。

「どうした?」

「絵は少し描けるけど字は下手なの〜」

「あれ、そうなの?こういう大きい看板の文字だから字の上手い下手というよりかは絵の上手い下手かだと思うけどなぁ」

「でも上手な人が下書きを書いた方がいいと思う〜」

「そっか。んじゃ不知火、お前書いてみる?」

「え?」

「いやぁ、申し訳ないんだけど俺も字は下手なんでさ」

「えっと…それじゃあ僕も自信があるわけじゃあないけどやってみるよ」

仕事が与えられる分には有難い。

役立たずにはなりたくないという思いもあり承諾をする。

「あとはいつ作業するのかって話だけど委員会とか部活とか入ってるやついる?」

今度は小岩井さんも一緒に首を左右に振る。

「まぁ俺はサッカー部あるけど多分頼めば休ませてもらえるしとりあえず三人でサクッと放課後に作業するか」

「桐生くん部活ある日は部活をやってもいいんだよ〜〜」

「いや、二人にやらせて自分だけ部活やるってのも申し訳なくて多分練習に集中できないし大丈夫だ」

「え〜いいのに〜〜」

「まーまー気にすんなって。それにそんなに練習したけりゃ別の係立候補してたしな」

少しだけ悪戯な笑みを浮かべる桐生くん。

「不知火もそんな感じでいいよな?」

「うん、それで異論はないよ」

「うしっ、それで決まりだな。他の係の方も決まったみたいだぞ」

黒板の方へ視線を向けるとどうやらそのようであった。

「おーとりあえず全員の係決まったから看板製作の三人も席に戻って来てくれ」

太田先生の言う通りに僕らはそれぞれの席へと戻っていく。

528高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:29:08 ID:bYnTMqNY

「ひとまず係の振り分けが終わったわけだが手の空いてる人は積極的に作業している人の手伝いをするようになー」

クラスメイトたちの先生のボランティア催促への不満は「えー」という二文字が表現していた。

「同じクラスメイトなんだから助け合いは大事だぞ。あまり文化祭まで残り時間もないし今日のホームルームはここまでにする。号令」

号令係の元、僕らは一連の動作を行う。

「「「ありがとうございました」」」

クラスメイト達が散り散りになる中で自然に僕ら看板製作係の三人は再び集まると、太田先生も僕らの元へと歩いてきた。

「看板製作はこの三人でよかったよな?」

「「はい」」

返事をしたのは僕と桐生くん。

「それでなんだがなぁ、看板の材料は用務員室にあるんだ。私はこれから会議だから手伝えないのだが大丈夫か?」

「大丈夫ですよ、俺たちで取ってくればいいんですよね?」

「ああ、ありがとう。ただ看板の板は少々重たいので気をつけること」

「了解です。そんじゃ不知火は俺と看板運ぼう。小岩井は持ち運べそうな小物を頼むよ。それでも運びきれなかったら何度かに分けて運ぼう」

「わかったよ〜」

「う、うん」

桐生くんはリーダーシップを発揮し滞りなく物事を運んでいっている。

これが桐生 大地。

僕の彼女に、高峰さんに本来ふさわしい器の男子生徒。

同じ男として劣等感と尊敬を感じざるを得ない。

いや、こうやっていつも惨めな気持ちになるのは僕の悪い癖だ。

僕は桐生くんになれやしないし、その逆も然り。

それを個性というのではないか、そう自分に言い聞かせる。

「後は三人ともよろしくな。あまり遅くならないように作業しなさい。それと怪我をしないようにな」

「「「はい」」」

太田先生はそう言い残すと少し忙しない足取りで教室を後にした。

「さてと、俺らも用務員室に行くかぁ」

「そうだね」

僕らも用務員室へ材料を受け取りに教室を後にしようとする。

「かなみぃ〜!」

「わ〜〜」

529高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:30:15 ID:bYnTMqNY

振り返ると小岩井さんを後ろから高峰さんが抱きついていた。

「ひどいよー奏美。私も看板係やりたかったのにぃ」

「そんなこといったってじゃんけんだから仕方がないよ〜〜」

「ずるい〜」

側から見ると女子生徒達のコミュニケーションといった感じであった。

だが一瞬、刹那とも呼べるその短い瞬間に高峰さんの両の眼は僕を捉える。

「『私たちの仲なんだから看板係を辞退して私と一緒の係になってくれたってよかったじゃん〜』」

普通の人が聞けばただの仲の良い友達へと向ける言葉に聞こえるだろう。

だが違う。

きっと今の台詞は僕に向けたものだ。

「え〜〜、辞退してもみんなが混乱するだけだよぉ〜」

「えー、そうかなぁ」

今度の高峰さんの両の眼は瞬間ではなくゆっくりと確実に僕らを、僕を捉える。

まるで蛇に睨まれた蛙。

「ねぇ二人ともそう思うよねぇ?」

「いやぁ小岩井はなんも悪かねぇだろ。恨むんだったらじゃんけんに勝てなかった自分を恨むんだなー」

「あーひどい!そんな言い方ないんじゃない桐生君?」

「だって事実じゃんか。な、不知火?」

「い、いやぁどうだろうね…」

僕に聞かないでくれ。

「ふぅん…。…看板係はこの三人なんだよね?」

「そうだけどそれがどうしたん?」

「だったらさ、私も看板係手伝うよ。どうしても看板製作やりたいのっ」

やっとここで彼女の目的に気がついた。

高峰さんは築こうとしているのだ、僕と彼女の『表』の関係を。

「いいけど高峰は自分の仕事とか大丈夫なのか?」

「私は結局接客係になったし当分は仕事とか練習とかないから大丈夫だよ」

「そっか、ならまぁお言葉に甘えようかな」

「華も手伝うんだ〜、わ〜い」

「じゃあよろしくね?奏美、桐生君…」

高峰さんは一人一人目を合わせ名を呼びそして最後に僕に目を合わせ

「…不知火君」

聞き慣れたはずなのに随分と久しく感じるその呼称を僕へと言い放った。

530高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:31:49 ID:bYnTMqNY

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「んーもう6時か。そろそろ切り上げるか」

用務員室から材料を受け取り2時間程作業を進めたところで桐生くんは作業の終了を切り出した。

「ほんとだ〜すっかり暗くなってるね〜」

「先生にも遅くなるなって言われてるし頃合だろ」

高峰さんが手伝いを申し出たその後、何人かの男子生徒も手伝いを申し出ていた。

しかし効率が悪くなるからと桐生くんはそれらを拒否した。

「とりあえず片付けられるものは片付けて板は後ろの方に置かせてもらおう」

「分かったよ」

僕ら四人は作業の後始末をこなしてゆき看板製作の初日を終えた。

「よしっ、とりあえずお疲れさん。明日もこんな感じで作業進めよう」

「は〜い」

「うん」

「はーい」

僕らが返事をすると桐生くんは気まずそうな表情を浮かべ一瞬言葉に詰まったような様子のあとそのまま続けた。

「それとだな、高峰。明日からは手伝わなくていいぞ」

「…え?」

「いや高峰が手伝ってると男子たちがこぞって手伝いを申し出てくるんだよ。看板製作ってそんな大人数でやるものじゃないし、かといって高峰だけ手伝うってのも不公平な話だろ?」

「そん…な、わたしはっ」

「なんと言おうとダメだ。これはクラスの男子たちのためでもあるからな」

ギリィ

歯軋りの音が僕らの鼓膜を揺らすとその後彼女はひったくるように自分の鞄を手に取り教室素早く出ていった。

「…まさか高峰があんなに怒るなんてな。思ってもみなかった」

「華どうしたんだろう〜」

桐生くんと小岩井さんは唖然とした表情を浮かべる。

突然、右ポケットに入っている携帯電話が震える。

送信者と要件を想像するのは難しくない。

「わたし後を追いかけてみるね〜。二人とも今日はお疲れさま〜」

「おうお疲れ様。高峰にあったら一言謝っておいてくれ」

「わかった〜。ばいば〜い」

小岩井さんも小走りで教室を後にした。

531高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:32:51 ID:bYnTMqNY

「ふぅ…。悪かったな不知火」

「え?」

「いや高峰を追い出すような形にしちゃったからな。好きなんだろ?高峰のこと」

「へ?いやっ、別に僕は!」

思ってもみなかったことを言われ僕の脳はぐるりと一回転する。

「ははは別に隠さなくてもいいって。というか作業中あれだけ高峰のこと見てたら誰でも気づくよ」

赤面する。

筒抜けになるほど高峰さんのことを見ていたという事実とその事実をまったく知り得ていたなかった自分の愚かさによる羞恥心で胸がいっぱいになる。

「応援してやりたい気持ちもあるけどよ、でもそれはフェアじゃないだろ。程度に差はあれあいつに想いを寄せている男子は大勢いるんだから」

「…たとえ彼女と一緒に作業していても僕はきっと一歩も踏み出すことはなかったと思うよ」

「そんなネガティヴになるなって。フェアじゃないなんてかっこつけて言ったけどさ、ようはあいつをめぐって喧嘩とか、いがみ合いとかそういうのをうちのクラスでして欲しくないってことさ」

「どういうことだい?」

「どういうこともなにも折角同じクラスになった仲間だなら皆んなが皆んなを大切に思える、そんなクラスで高校生を終えたいんだ。…綺麗事だよな」

桐生くんは少し恥ずかしそうに笑う。

どうやら立派なのは容姿や能力だけではなく、志もそのようだ。

「桐生くんは凄いや。本当によく周囲を見ているんだね。僕は自分自身だけで精一杯だ」

「いやいやそんな大層なことじゃねーって。ただクラスメイトが仲良しこよしして欲しいっていうただの我が儘だからな」

「ならそれは素晴らしい我が儘だね。…僕はそう思う」

「なんかそう言われると照れるな…。恥ずかしいから誰にもいうなよ?」

今度はどうやら彼に羞恥心を抱かせられたようだ。

先ほどの反撃できたような気がして小さな自分が大きく満たされる。

「言わないよ」

「おうさんきゅ。あとは戸締りなんだけどそういや施錠係って誰だっけ?」

僕はポケットから教室の鍵を取り出して桐生くんの前にかざした。

「僕だ」

「お、そうだったのか。じゃあこれで教室の戸締りはできるな」

「戸締りは僕がやっておくから桐生くんは先帰ってても大丈夫だよ」

「遠慮すんなって。別に手伝うくらい平気さ」

「遠慮なんかしてないさ。戸締りの他にも用事があるからね。少し時間がかかると思うから先に帰ってもらえた方が僕としては助かるんだ」

「あぁそういうことなら、…分かった。それじゃあ後はよろしく頼むな」

「うん」

「また明日な、不知火」

「お疲れ様、桐生くん」

彼は鞄を肩にかけると軽い足取りで教室を出ていき残されたのは僕一人となった。

静寂が教室を包むと途端に疲労が押し寄せてきた。

作業、慣れないコミュニケーション、それらが思っていた以上に僕には負担になっていたようだ。

要領の悪い自分に自嘲の笑いを浮かべながら自分の席へと座る。

532高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:34:16 ID:bYnTMqNY
そういえば、と先ほど震えた携帯電話の中身を確認する。

ーーーーーーーーー
差出人 高嶺 華
件名 なし
本文 教室に残ってて

ーーーーーーーーー

たったそれだけの文章だった。

それを確認し携帯電話を折りたたむと背後から突然誰かに抱きしめられる。

「遍…」

誰かに、なんて思ったが少し考えればそれが高嶺さん以外にありえることはないということに気がついた。

「華…小岩井さんが君のこと心配して追いかけていったよ」

「知ってる。でも今はあなたを感じる方が大切なの」

僕を抱き寄せる腕の力が徐々に強まってゆく。

「どうして?どうしてなの?私は遍とただ一緒にいたいだけなのに」

その時肩に伝わる湿った感覚が彼女が泣いているということを僕に教えた。

「ねぇ遍?わたしのこと…すき?」

「え?」

「わたしまだ一回も聞いてない、遍の気持ち」

僕の気持ち。

僕は彼女のことをどう思っているのだろうか。

確かに僕は彼女に恋がれていた。

じゃあ今は違うのかという質問に対しては僕はNOと答えるが一つ言えるのが彼女への気持ちが少し変化していることだ。

それはなぜなんだろう。

怒りを構わず友人たちにぶつける所を見たから?

違う。

僕の住所を尾行して割り出したことを言われたときか?

違う。

彼女に暴力的な告白をされたときから?

…多分もっと前、今ならわかる。

夏祭りの時の別人のような彼女を見てから僕はきっと彼女を慕う気持ち以外の気持ちが芽生え始めたんだ。

あまりに恋い焦がれたから僕はありもしない手前勝手な『高嶺の花』を想像し空想し妄想していた。

彼女だって人間だ、時には泣いたりもするし怒りもする。

理想を、虚像を勝手に作り上げ僕は本当の彼女のことを理解しようとしてなかったのではないだろうか。

僕を締め付ける腕の力が一層強まる。

「好きだよ」

「!」

「でも僕は華のこと全然分かってないみたいだ。だから少しずつでいい。知りたいんだ、華のこと」

これが僕の今の気持ち。

きっと混乱しているだけだ。

彼女ほど魅力的な女性はそうはいないしきっとそれほどの女性が僕なんかと恋仲になってくれることなんてもう一生ないだろう。

「…嬉しい。私も好き、愛してる」

ちゃんと彼女と向き合おう。

心の底から君を愛せるように。

533高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:34:54 ID:bYnTMqNY

ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


「わぁ、小岩井さん絵上手だね」

「えへへ〜、そうでもないよ〜」


ねぇどうして?


「どれどれ?うお本当に上手いな!」


私は誰よりもあなたのことを求めているのに


「二人とも大げさだよ〜〜」

「不知火の書いた字も綺麗だしなんだかんだおれらの看板の完成度かなり上の方じゃないか?」

「ははは、僕の字はそんなに褒められるほどのものじゃあないと思うよ」


彼の字が綺麗なことくらい私はずっと前から知っている


「ううん〜、不知火くんは字綺麗だよ〜〜」

「…なんだか小岩井さんの気持ちが少しわかった気がするよ」


彼の瞳に私は映っていない


「なんだよ?小岩井の気持ちって」

「あんまり褒められるとなんだか気恥ずかしいってことさ」


その照れた表情も


「なんならもっと褒めてやろうか?」

「そろそろ勘弁願いたいかな…ははは」


その困ったような笑顔も私のものなのに


「二人とも〜おしゃべりはそこまでにして作業しようよ〜〜」

「ああ、ごめんごめん」


なんで私じゃない人に向けているの?


「そうだ!今日作業に使えそうな道具持ってきたんだった。ちょっと二人とも作業進めといてくれ」

「分かったよ」

「分かった〜」


なんで私はここまで我慢しなきゃいけないの?


「さてと、じゃあ絵のほうまたお願いするよ小岩井さん」

「まかせて〜」


ねぇ…


「じゃあ僕はもう少し修正できそうなところをやってみようかな」

「うんよろしくねぇ〜」


どの面下げてそこに、私の愛する人のそばにいるの


「あ!揺らさないでよ小岩井さん」

「あはは〜ごめんね〜〜」



…奏美?

534高嶺の花と放課後 第8話:2018/06/29(金) 11:42:04 ID:bYnTMqNY
以上で投下終了します。なんとか6月中に投下できてよかったです。9話は何も手をつけてないのでまたしばらく時間が空くと思います。ではまた

535雌豚のにおい@774人目:2018/06/29(金) 16:05:57 ID:fYIMChao
お疲れさまです
今回も面白かったです
楽しみに待ってます!!

536雌豚のにおい@774人目:2018/06/30(土) 11:16:36 ID:bH8lxD0Y
乙です! 凄く面白い展開になってきてる
更新が楽しみです

537雌豚のにおい@774人目:2018/07/01(日) 01:46:16 ID:pgb5fiNU
嫉妬はヤンデレの醍醐味だよね
小岩井さんがあまり傷めつけられないことを祈る

538 ◆lSx6T.AFVo:2018/08/13(月) 19:24:58 ID:6gtm5gpM
テスト

539彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:29:49 ID:6gtm5gpM
 目的もなく、炎天下の中を歩くのは阿呆のすることだ。
 子どもは外で遊びましょう! と喧伝する社会が一時的にメガホンを下げる季節に、難破船のように漂っている僕は間違いなく阿呆だし、ましてやオールがあるのに手に取ろうとさえしないのは擁護のしようがない。
 誰かが打ち水でもしたのだろう、コンクリートの道路は黒く濡れてテラテラと光っている。しかし、暑さ対策のための打ち水はかえって湿気が増す結果となり、涼しさより暑さに与する結果となった。
 いつもバウバウ吠えてくる、山本さん家のジョン(ゴールデンレトリバー♂)も夏バテのせいか、舌をベロンと出し、出勤前の父さんのような濁った瞳で明後日の方向を見ていた。室外犬と室内犬の格差に想いを馳せながら、いつもおっかなびっくり通る山本さん家の前を堂々と通り過ぎる。
「今年は例年以上の暑さです」
 今朝のニュースでは、そう言っていたっけ。でも、あの手のうたい文句って毎年言っている気がする。仮に一年で一℃上がっているとしたら二十年後には二十℃上がることになり、日本の夏の平均気温は五十℃近くになる。そしたら日本がチョコレートみたいにドロドロに溶け落ちるだろう。街路樹も、道路も、信号機も、家の塀も、無論、僕も。ドロドロと、チョコレートみたいに、ドロドロと……。
「だみだ……」
 暑さのせいで突飛な想像しかできなくなっている。ただでさえ空っぽな頭なのに、なけなしの知性にさえ見放されてしまったら何が残る。今の僕の頭を叩いたら木魚みたいな音が鳴るだろう。
 暑さでふらりと身体が傾き、支えを求めた右手が、白いガードレールに触れる。
「ギャッ!」
 真夏のトラップの一つ、卵焼きが焼けそうなほど熱せられたガードレールにまんまと引っかかってしまった。僕は右手に息を吹きかけながら、痛みと熱さを誤魔化すためにぐるぐるとその場を回った。
 こういう不意打ちじみた不幸は、あらゆる意欲を削いでいく。僕はしゃがみ込み、地面に向かって鬱積の息を吐く。
「ハァ……」
 何をやっているんだ僕は。
 太陽が、ジリジリと剥き出しの首元を焼く。熱射というストローが脳天に刺さり、体中の水分を吸い取っていく。
 熱中症で亡くなる人は、存外多いと聞く。そのことを考えると、今の状況はゆるやかな自殺と言っても差し支えはない。
 なら、なぜ僕は死のうとしているのか。こうして虚しさと格闘している時でさえ、日陰を選ぼうとしないで、真っ白な熱地帯を選ぶのはなぜなのか。
 わからない。
 わかっているけど、わからなかった。
「今日は、一日中甲子園を見る予定だったのにな……」
 股の下をアリの隊列が這っている。虫の死骸をどこかへ運んでいた。僕は顎から滴り落ちる汗を落として、アリどもを混乱に陥れた。八つ当たりをするにはあまりに矮小な対象で、かえって自分の小ささを強く自覚する結果となったが、それでも僕は汗を落とした。

540彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:32:35 ID:6gtm5gpM
「アンタ、Aちゃんと何かあったの?」
 僕が地獄の業火へ歩みだす前の、夏の朝方。リビングで光る汗を振りまく高校球児たちを見ていると、母さんが唐突にそんなことを訊いてきた。
 テレビ画面ではちょうど、えぐるような内角のストレートにのけぞる打者がアップで映し出されていた。気分としては、僕もほとんど彼と変わらなかった。
「別に」
 そっけなく返事をしてから、失敗したなと後悔する。これでは、ほとんど何かあったと言ってるようなものではないか。もっと僕らしく、おちゃらけた感じで対応すればよかったのに。近すぎる距離ゆえに、かえって裏目に出てしまった。
 舌打ちしたい気持ちをこらえて、試合中継に集中する。でも、母さんの一言がノイズとなって、内容が全く頭に入ってこない。以前から注目していた投手が、一五〇キロを連発して球場は大盛りあがりだというのに、僕の心は冷蔵庫に入れられたみたいに、徐々に熱を奪われていく。
「何があったのかは知らないけれど、さっさと謝っちゃいなさいよ。どうせ、百パーセント○○が悪いんだから」
 事の顛末なんてちっとも知らないくせに、最初から僕を悪者扱いするのはどうなのか。僕への信頼感がなさすぎる。というよりも、Aへの信頼感が強すぎる。彼女が誤りを犯すはずがないという、城塞のような信頼感をひしと感じる。
 そして、悔しいことに全く母さんの言う通りだった。
 わかりきっていることを改めて指摘されるほど腹の立つことはない。僕は華々しい奪三振ショーを繰り広げるテレビ画面を黒くして、乱暴にリビングを出る。
「ちょっと、出かけてくる」
 足を鳴らしながら階段をのぼり、二階の自室から帽子を取ってきて、玄関で靴を履いていると、母さんがリビングから出てきて、さらに一言付け加えた。
「Aちゃんは優しい子だから、アンタが謝らなくてもきっと許してくれるでしょう。でも、それに甘えちゃダメよ」
 叱るようにではなく、淡々と言っているのは、なるべく子どもの領域には踏み込まないという母さんの心遣いだろう。ありがたい配慮だが、子どもの内面を知り尽くしている親への、ぬめりとした気持ち悪さを感じて、殊更乱暴に外へ出た。
 ドアを閉めると、熱気と湿気が社交ダンスをしながら僕の元へやってきた。一緒に楽しく踊りましょう、てな具合にくるくる回転している。ディス・イズ・猛暑日。今日も日本は暑かった。
 そのまま回れ右したい気持ちに駆られたが、暑さという点では家の中もさして変わらなかった。クーラー選手との再契約はまだまだ先みたいだし、それに飛び出してばかりでノコノコ戻るのは体裁が悪い。家出少年がその日のうちに帰宅するような情けなさといいますか……。
 行くか、戻るか。その逡巡が足元に出てしまい、不本意ながらダンスのステップを踏んでいるみたいになってしまった。羞恥を足の裏に張り付けて、我が家の敷居を抜け出す。
 道路に出て、そのままあてのない旅路に出ようとする直前、ちらりと隣の家を見る。
 が、錆びたネジのように中々首が動かなかったので、ぎこちなく足を動かして正面に見据えた。

541彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:33:15 ID:6gtm5gpM
 僕の家よりも、一回り大きくて、一世代新しい家。人の気配はなかった。車もなかった。雨戸は閉ざされていなかったが、カーテンはピッタリと閉ざされていた。
 長く家を空けているのは明白だった。今なら空き巣入り放題だな、なんて思う。なんなら僕が入ってやろうか。クーラーを盗み取り、我が家に冷房の恩恵を取り戻すのだ。
「はっは……」
 浮き輪の栓を抜いたような、気の抜けた笑いが漏れ出る。あまりに僕っぽくない笑い方だったので、腰に手を当てて、さらに大きく笑ってみる。
「わっはっは」
 かえって虚しさが増したのは言うまでもない。苦々しく口元を歪め、路辺の小石を蹴り上げながら、灼熱の道を独歩する。
 現在、A一家はヨーロッパへ旅行に行っていた。期間は二週間。複数の国を周遊する予定らしい。
 出発は、ちょうど『あの日』の翌日だった。いつもなら、ご丁寧に出発の挨拶をしてくるであろうAが、何も言わずに出発していった。その事実が、結構こたえていた。
 出発の日を思い出す。
 僕はじっと自室のベッドに伏せて、索敵するかのように首を振る扇風機を凝視し、じんわりと発汗していくのを肌に感じながら、階下の電話が鳴るのを待っていた。
「お土産のリクエスト、訊くの忘れちゃってたよ」
 なんて、朗らかな声を電話越しに聞くのを期待していた。
 朝に開けておくのを忘れていた黄色いカーテンが、時折、思い出したように風に膨らみ、日の光が頬のあたりを照らすのを感じながら、階下の電話が鳴るのを待っていた。
 しかし、電話は鳴らなかった。
 そして一日、二日と経つが、未だに静寂は続いてる。
 母さんは、まるで僕とAがケンカしているかの如く言っていたが、断じて違う。そもそも、彼女とケンカをするなんて不可能なのだ。
 ケンカというのはつまるところ、意見の相違から始まる。
 たとえば本日の昼食を決める際に、一方が「カレーを食べたい」と主張し、もう一方が「ラーメンを食べたい」と主張したとする。そして、どちらかが妥協しなければ対立関係が生じ、いわゆるケンカに発展する。
 けれども、僕と彼女が対立関係になったことは一度もなかった。ただの一度も、だ。
 無論、意見が食い違ったことはある。なんせ品行方正の超優等生の少女と、要注意人物のレッテルが貼られた悪ガキの組み合わせだ。それも当然のことだろう。
 根っからの善人のAは、僕の目に余る非行を度々たしなめた。非常にもってまわった言い方で、「〜しろ」という命令形ではなく「〜したほうがいいと思う」という提案の形で、なんとか正しい方向に誘導しようとした。
 それを聞き入れることもあれば、撥ねつけることもあった。そして撥ねつけた場合、折れるのは必ず彼女だった。つまり、最終的には必ず「YES」が約束された八百長試合みたいなもので、これでは対立するわけがない。
『Aとケンカしている状態を想像してみよ』
 という問は、
『四角い円を想像してみよ』
 というくらい難題なのだ。

542彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:33:54 ID:6gtm5gpM
 では、ケンカでないとしたら、今の状態はなんなのか。
 こんな風に、じわじわと喉元を締め上げられるような、息苦しい関係性になったことは過去になかった。参照すべき事例がないため、僕はどう動くべきなのかわからず、スリープ状態のPCよろしく待機するばかりだった。
 解決するためには、あの日の出来事は何を意味するのかを、しっかりと考えなければならないのだろう。そして多分、やろうと思えば、その正体を突き止めることは可能だった。
 でも、できなかった。正直、恐かった。
 バラエティ番組でよく見られる、何が入っているのかわからない箱に手を突っ込むような恐怖感があった。もしかしたら、その中には大量のムカデが這っているのかもしれない。そう考えただけで、躊躇してしまう。そんな向こう見ずな勇気は、僕の中にはなかった。
 けど、これでは互いの溝は深まるばかりだ。なんとかしなくてはいけない。が、なんとかする方法がわからない。時間は粛々と時計の針を進め、夏はさらに勢いを増していく。
 そして、何より――僕はまだ自分に嘘をついている。最も本質的な問題から目を逸らしている。けれど、自分から動こうとはせず、何か超越的な力で万事が解決することを望んでしまっている。奇跡ってやつが偶然ポケットの中に入り込むような、天から神様がやってきて「えいっ」と指を振って万事解決するような。
 そんなこと、有り得ないというのに。

 そして真夏の路上に戻る。
 アリの隊列は既に去り、道路に残っていた汗の黒い斑点も蒸発してしまった。
 暑さ対策にかぶっていた野球帽を脱ぎ、髪に溜まった水分をワイパーみたいに手で跳ね除ける。体感、一リットル分の汗はかいた。でも飲み物はない。自動販売機を頼るにも小銭がない。ゲームオーバー。残機ゼロ。
「……うん」
 決めた。
 やっぱり帰ろう。
 今更、体裁の悪さなんか気にするもんか。どうせ、僕にはプライドらしいプライドなんてない。母さんの白い目に耐えながら観戦する甲子園も悪くないだろう。今の僕に必要なのは心の糧よりも身体の糧だ。
「うっし」
 さあ帰ろうと立ち上がった時だった。
「ん?」
 遠くの路地に、何かがいる。棒のようにひょろ長く、それでいて奇妙に揺れている、メトロノームを思わせる物体だった。
 目を細める。
 最初は陽炎か蜃気楼かと思ったが、それにしてはシルエットがハッキリとしている。それに、ユラユラと左右に揺れる姿にはどこか見覚えがあるような……。
 好奇心が鎌首をもたげ、UMAを見つけた探検隊のような慎重さでそろそろと近づいていくと、
「やあやあ、キミは僕のクラスで一番頭が良くて、委員長も務めている近藤くんではないか」
「……いきなり現れるなり、どうして説明口調なんですか」
 我が級友である近藤くんは、心底げんなりとした声と共に僕を睨んだ。歓迎感はゼロだった。ここが京都ならお茶漬けを出されているだろう。

543彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:34:14 ID:6gtm5gpM
「しょっぱい対応をしないでおくれよ。僕と近藤くんの仲じゃないか」
「いや、ぼ……ゴホン。おれたち、別に仲良くないでしょう」
「何を言いますか。夏休みに近藤くんと会えるだなんて、給食にアセロラミルクが出てくるくらい嬉しいよ」
「アセロラミルクって……それは、うーん」
 思いのほか嬉しさのレベルが高かったせいか、リアクションに困っていた。紙スプーン負けするほどカチカチに冷えたアセロラミルクが給食に出てきたら、そりゃ誰だって嬉しい。
「会うのは終業式以来だけど、元気にしてた?」
「少なくとも、今は元気じゃありませんね……暑さにはだいぶ弱いものでして……」
 そう言いながら、ハンカチで額を拭う。同年代だとは思えない堂の入った仕草だったが、実際は老け込んだ印象の方が強く残った。なんていうか、疲れたサラリーマンっぽい。気苦労が多いのかしら。
「気苦労なら現在進行形で増えていますけどね」
 まあ、この暑さだ。気苦労が増えるのも無理ないだろう。うん。
 こうやって親し気に話しかけている間も歩みは止まらず、彼はフラフラと前へ進んでいく。
 僕は横にピッタリと並んで帯同し、
「近藤くんは一体全体どこへ向かっているんだい? もしかしてラジオ体操の帰り?」
「ラジオ体操の時間はとっくに過ぎてますよ」
 その口ぶりからすると、毎朝参加しているらしい。さすが優等生。
「今は、学校に向かっているんです」
「学校?」
「はい」
 ……嗚呼、クラス一の秀才も酷暑でおかしくなってしまったらしい。
「近藤くん……夏休みに学校はやっていないよ」
「は?」
 半ギレだった。
「わかっていますよ、ぼ……ゴホン。おれはキミと違ってバカじゃないですから」
 本当に残念な生き物を見るかのような冷めた目で僕を見る。すごいな、出会ってまだほんのちょっとしか経っていないのに評価がどんどん下げられていく。このままだと終業式の時に渡された通信簿以下になりそうだ。
 たしかに、彼が背負っているのは黒のランドセルではなくてカジュアルなリュックだった。
「なら、ウサギ小屋の様子でも見に行くのかい? 近藤くんって、生き物係だったっけ」
「いえ、夏期講習に行くんです」
「かきこーしゅー?」
 夏期講習。僕にとっては異国の言葉並みに馴染みのない単語だが、その意味くらいは辛うじて知っている。しかし、学校という場所とうまく結びつかなかった。普通、夏期講習っていえば学習塾なんじゃないの?

544彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:36:24 ID:6gtm5gpM
「○○くんの言うことにも一理ありますがね」
 汗でずれたメガネの位置を調整しながら、彼は説明を始めた。
 近年、学生の教育格差は著しく拡大している。
 何も難しい話でなく、単純に教育にはおカネがかかるからだ。財布に余裕がない家庭は言うまでもなく、余裕がある家庭であっても親の教育方針によっては行けない場合がある。「勉強なんて家でやればいいでしょ」の一言で学習塾への道は閉ざされ、自律的な子どもでない限り成績は下降していき、両者の差は広がっていく。
 だが、この際に無視されている存在がある。そう、学校だ。
 れっきとした教育機関であるのに、そのクオリティに期待する者は極めて少ない。学校はあくまで集団生活の基礎を学ぶところ、もしくは友達をつくって遊ぶところであり、それが世間から下されている評価だ。まさか学校の授業だけでお受験に成功すると考えている人は、生徒も含め一人もいないだろう。中には学習塾の授業を優先して学校を休むリアリストもいるらしい。
 しかし、その現状に「待たれい!」と声を上げる若手教師がいた。
 たしかに、お坊ちゃんお嬢さまが通うような有名私立校と比べると、公立校の授業は質が低いかもしれない。けれど、授業の質が教師の質の低さを意味するわけではない。見ておれ私立の衆、公立校の意地を見せてやる!
 ってな経緯で、夏休みに自主的に夏期講習を開いたのだという。
 いやぁ、暑い。じゃなくて熱いね。今時、珍しい熱血教師だ。
「せっかくの夏休みだってのに、奇怪な先生もいたもんだね。大人しく自宅で休んでいればいいものを。僕だったら休日に働くだなんて、絶対にしないなぁ」
「何を言っているんですか。夏休みであっても、先生たちは学校に来て仕事をしていますよ」
「え? ほんと? だって何やってるの。授業はないじゃないか」
「それは……詳しくは知りませんが、きっと色々と雑務があるのでしょう」
 物知りの近藤くんでも知らないみたいだった。春休み、夏休み、冬休み、長期休暇の間、先生たちは何をしているのか。生徒にとっては永遠の謎である。
 答えられなかったのを恥と捉えたのか、彼はわざとらしく七三の髪をかきあげ、夏期講習に話を戻す。
「もちろん、学習塾に比べるとクオリティは落ちますがね。人の手も全然足りていませんし、テキストだって十分じゃない。でも、先生も丁寧に教えてくれますし、なにより一円だっておカネをとらない。参加者からはなかなか好評ですよ」
 わざわざ自分の時間を削ってまで開講しているのだ。やる気なら満ち溢れているだろう。勉強というのは本人の意欲が最も重要だが、教える側の意欲もそれに次いで重要である。
 いつの間にか、足を止めていたらしい。近藤くんは歩くスピードを落として、怪訝そうに後ろを見る。
 ちょうど、僕たちの横を白い乗用車が通り過ぎた。排気ガスのにおいを残して消えていく、金属の塊をぼんやりと眺め、呟く。

545彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:36:46 ID:6gtm5gpM
「僕も行こうかな夏期講習」
「え」
「え」
「今、なんて……」
「いや、だから僕も夏期講習に行こうかなって……」
「…………」
 近藤くんの足が完全に止まった。横に流していた前髪はすっかりと垂れ、彼の眉毛を覆っていた。その眉が、滑らかな動きで上下に揺れ動き、その下の瞳は大げさなほど見開かれている。
「……○○くん、ちょっとついてきてもらえますか」
「あ、え、ちょっとっ」
 グイっと力強く僕の手を引き、近くの公園にまで連れていった。そして東屋で僕を寝かせると「ちょっと待っていてください」と離れ、水で濡らしたハンカチを持ってきた。
「首のつけ根に当てるように。あと、これを飲んでください。麦茶です。本当ならスポーツドリンクの方がいいんですが」
「……近藤くん。僕、別に熱中症じゃないよ。めちゃくちゃ元気だよ」
「いけないな。意識が朦朧しているみたいですね。救急車を呼ばないとダメかもしれません」
「おい、近藤」
 その四角い銀フレームのメガネをへし折ってやろうか。
 僕は上半身を上げ、差し出された麦茶を奪い取り、ぐいと飲み干す。
「別にいいだろう。夏期講習に行ったって。こちとらやることなくてヒマなんじゃい!」
「ですが……あの○○くんが……知能指数が銀行の金利並みにしかない○○くんが……念のためもう一度訊きますが、正気ですか?」
 もちろん、僕は正気じゃなかった。血迷っていなきゃ、せっかくの夏休みを勉学に費やすなんて無益な真似をするわけがない。
 ――けれど、『あの日』からずっと苛まれている、吐瀉物が喉元までせり上がって、常時そこに留まっているような不快感をどうにかするには、毒でも煽らなきゃならんだろう。つまりは気付け薬。ショック療法だ。
 でも、そんな弱音は口が裂けても言えないから、
「劣等生がやる気を出すのは、ドラマなんかじゃ王道のストーリーだろう」
 冗談のオブラートに包むことにする。
 近藤くんは納得いかない様子で腕を組んでいたが、呆れたようにため息を吐いて、僕の手の水筒の蓋を回収する。
「いつかはかき消えるロウソクの炎のようなやる気ではありますが、それでもやる気であることに変わりはありません。まあ、応援しますよ」
「こ、近藤くん……」
 一瞬、感動しかけるけど、これ遠まわしに僕ディスられてない? おかしいな。優等生というのは劣等生がやる気を出すと喜ぶものではないのか。スクールでウォーズするものではないのか。
「優等生は劣等生を嫌うものですよ。努力しない人たちを、どうやって好けばいいんですか」
 あくまで近藤くんはドライだった。
 クラス委員長とは思えない博愛精神の欠如っぷりだったが、この蒸し暑い季節には、そのくらいのドライさがちょうどいいのかもしれない。
 なんちって。

546彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:37:07 ID:6gtm5gpM
 一旦、家に帰ることも考えたが、母さんとの冷戦じみたやり取りを思い返すと、どうにも気が進まなかったので、このままついていくことにした。筆記用具については貸してもらえばいいだろう。
 それから五分ほど歩くとスクールゾーンの路面標示が見えてきて、さらに三分ほど歩くと交通安全の標語が書かれた看板と、経年劣化が著しい校門が見えた。
 夏休みの学校は、まるで違う建物に見えた。慣れ親しんでいるはずのものが全く違う様相を示す様は、録音した自分の声を聞いた時のようだった。
 考えてみると、活気のない学校というのは妙ちきりんだ。グラウンドが賑わう体育や昼休みの時間は言うに及ばず、全てのクラスが教室に収まって粛々と授業を進めている時間であっても、ヤカンの蓋がカタカタと震えるような妙な騒がしさがあるものだ。
 が、今は何の音もしない。駐車場に先生たちの車が停められていなきゃ、無人だと思ったかもしれない。
 校門を跨ぐのに、抵抗があった。他のクラスに入る時の抵抗を、十倍強くした感じ。「あなたは余所者?」と校舎から問いかけられているようだった。
 近藤くんは僕の躊躇にも気付かぬ様子でさっさと進んでいく。二の足を踏んでいる暇はなかった。置いてかれないように、慌てて横に並ぶ。
「ねぇ、本当に中に入っても大丈夫なのかな。怒られないかな」
 と、あわや訊ねそうになったほどだ。もし本当に訊いていたら、鼻で笑われていただろう。あぶねー。
 昇降口は閉まっているというので、教職員用の入口から中にはいる。赤い絨毯が目に眩しく、靴をほっぽり出すと、フミフミと踏んで感触を楽しんだ。
「あ」
 そこで気づいたのだが、上履きは終業式の日に持って帰っていた。
「どうしよう」
 お隣さんに意見を仰ぐと、
「あれを使えばいいんじゃないですか」
 と、来客用の茶色いスリッパを指差す。
「あれって、生徒が使っていいの」
「さあ。文句を言われたら、事情を説明すればいいでしょう」
 どうでもよさそうな顔つきで、リュックの中から上履きを取り出している。
 ……この野郎。他人事だと思いやがって。もし先生に怒られたら全ての罪を近藤くんになすりつけようと決めた。近藤くんが履いていいって言うから履きましたー。僕は悪くありませんー。
 夏期講習は二階の教室で行われているとのことなので、近藤くんを先頭に二人で廊下を進む。
 履き慣れないスリッパは、上履きに比べるとクッション性に乏しく、直に廊下に触れている感じがした。

547彼女にNOを言わせる方法:2018/08/13(月) 19:37:29 ID:6gtm5gpM
「おっと」
 道中、何度か脱げそうになり転びかけた。いつも履いている上履きだって、踵を潰して履いているからこのスリッパとそう変わらないのに、履きやすさは天と地の差だった。なんでだろう。不思議だ。
 階段を登ると、遠くからワイワイと騒ぎ声がしてきた。ようやく見いだした普段の学校らしい要素に、少しだけホッとする。通ってきたのが空っぽの教室ばかりだったから猶更だった。
「あそこです」
 近藤くんの指差す先には『4ー2』の札があった。夏期講習を企画した熱血教師が受け持つ教室とのこと。
 近藤くんは背中からリュックを下しながら、四年二組の教室のドアを横に引く。
 ドア付近にはちょうど下級生とおぼしき生徒が近くで二人歓談していて、近藤くんの姿を認めると、
「おはようございます!」
 大きな声で元気よく挨拶した。ほう、中々礼儀ってものをわかっているじゃないか。
「はい、おはようございます」
 と、近藤くんが、ついぞ僕には見せなかった爽やかな笑顔で挨拶を返した。あら、そんな顔もできるのね。その爽やかさをもうちょっとだけ僕にも割り当てて欲しかったなぁ……。
 と、二人の生徒は背後にいる僕に気付くと、困惑した顔をして、助けを求めるように近藤くんを見た。
「挨拶は必要ないですよ。明日にはいなくなってるでしょうから」
 ぐぬぬ、ナチュラルに毒吐くな……まあ、事実だから言い返せないが。この気まぐれが明日には消えてなくなっていることは、僕も想定済みだった。
 教室には十五名ほどの生徒がいた。学年はバラバラで統一感がない。一番前の席にいる最下級生とおぼしき子は、明らかに高すぎるイスに座っていて足をブラブラさせている。僕たち子どもの数年間は案外大きいんだなと再確認する。
 これから追加で増えるのかもしれないが、思っていたよりずっと小規模だった。どれほど宣伝していたのかは知らないが、なにも夏休みに勉強したくないのは僕だけじゃないみたいだ。
「席は自由に座ってくれて構いませんが、なるべく黒板近くでお願いしますよ。あまり離れた席に座られると、授業の効率が悪くなるので」
 わかったよ、と返事をしようと開けた口が――固まった。
 ざっと教室内を確認していた眼球が、ある色を捉えたからだ。
「……○○くん? どうしました? あんぐり口を開けて。阿呆っぽく見えるから止めた方がいいですよ」
 近藤くんの言葉は、すでに耳に入っていなかった。
 僕の視界は急に狭くなり、教室の隅、窓際後方の席に集中された。
 ――銀色だった。
 夏風に揺れるカーテンから、断続的に一条の光が差し込み、キラキラと冗談みたいに煌めく銀色があった。顔は窓の外に向けられているので、表情は伺えない。けれど、僕があの銀色を見間違えるはずがない。
 どうして、ここに。
 止まっていた心臓が動き出し、新鮮な血液が送り出されていくのがわかった。それで気付いた。僕は、今まで死んでいたのだと。そして今、生き返ったのだと。
『あの日』からずっと抱え込んできた憂いや悩みが、全て溶けだしていくのを感じる。そして、最後に残るのは、赤くて熱い、純粋な感情。
「○○くん?」
 いよいよ心配しだした近藤くんが、長い身体を折り曲げて僕の顔を覗き込む。視界の銀色が遮られたおかげで、手放しかけていた正気を取り戻す。
 開けっ放しの口を、ワニのように勢いよく閉じて、緩まないように噛み締める。
 はやる気持ちを必死で抑え込みながら、僕は近藤くんに向かって笑いかけ、平静を装って返答した。
「何を言っているんだ、近藤くん。僕は明日からも参加するつもりだぜ」

548 ◆lSx6T.AFVo:2018/08/13(月) 19:42:24 ID:6gtm5gpM
第三話、投下終了です。
保管庫凍結に伴い『彼女にNOと言わせる方法』は『小説家になろう』にて保管しております。作者名は『丸木堂左土』です。そちらの方もご覧になってくれると大変嬉しく存じます。
それでは失礼します。また、よろしくお願いいたします。

549雌豚のにおい@774人目:2018/09/07(金) 01:30:24 ID:0x8h/Vxk
>>548

もう一個の方も楽しみにしてますよ
早くヤンデレ妹出てきて欲しくてうずうずしてる

550雌豚のにおい@774人目:2018/10/09(火) 08:45:59 ID:ZBYMbj.k
最近過疎気味だなぁ

551雌豚のにおい@774人目:2018/10/10(水) 05:49:35 ID:Os2h4ZJk
常々思ってる疑問が
ヤンデレ作品って、たいていヒロイン側が誘惑や懇願、監禁、脅迫、投薬、策略などを用いて男と肉体関係を結ぶという展開が多い

でももし男側がヒロインに興味がなくて、どんな手段を講じたところで一切勃たなかった場合、どんな展開になるんだろう?

552雌豚のにおい@774人目:2018/10/10(水) 12:32:25 ID:vbl7ws32
本人から一旦手を引いて盗撮盗聴近辺への引っ越しで見守ってるよ系にシフトするってのがふと思い浮かんだ
僅かな痕跡を結びあわせて主人公が気づく、その反応にヒロインはやっと反応してくれたと喜んで突撃して惨劇になって欲しいという個人的な願望

553雌豚のにおい@774人目:2018/10/11(木) 00:12:22 ID:n3toFzC2
>>551
ここの保管庫にそういう作品は実際あったぞ
作品名は伏せるが

554雌豚のにおい@774人目:2018/11/10(土) 16:11:21 ID:kliQu1a6
高校時代の夢を見た
伊藤静みたいな声で長い髪の美少女がいて、その子は学年で一番可愛かった
ある日、その子に屋上に呼び出されて告白されたんだけど
「ゴメン俺人付き合い苦手なんだ」
と言って断ったら、その日から女の子はストーカーになって
クラスで仲良くしてた女子たちが次々と行方不明になったり、小さい頃から世話になってた従姉のお姉ちゃんが不慮の事故で死んだり
ストーカーちゃんのせいで自分の周りの人たちが一人また一人と消えていって、最終的に地球には俺とストーカーちゃんの二人だけしか残らなくなって
二人で盗んだマウンテンバイクに乗ってすっかり荒れ果てた道路を走りつつ、腹が減ったら無人のスーパーで缶詰めを漁り
おしっこや精子を出したくなったらストーカーちゃんをオナホみたいに使って排泄し、眠くなったらそこらの民家でベッドを無断拝借し
そんな感じで日本中を旅する夢を見た

あ、ちなみに犬吠岬のあたりで起きました
空は夕焼けに染まってて、人足途絶えた本州最東端の灯台はすっかりうらさびれたようにぽつんと佇んでた
灯台のそばには展望館があって、中には市役所の待合室みたいに素っ気ないホールがあって
今夜はここで寝ようかって言ったらストーカーちゃんはウンって頷いて、鍋に海水を入れてレトルトカレーを突っ込んでキャンプ用のバーナーで温っため始めた
「寒いな」「うん、11月だからね」
「誰もいないな」「うん、私がみんな殺したからね」
「眠くなってきた俺」「まだカレーできてないよ」
「でも眠い」「そっか。じゃあこっちおいで」
ってなって、一緒に毛布をかぶりながらストーカーちゃんの膝枕で横になったら目が覚めた

555雌豚のにおい@774人目:2019/01/12(土) 16:25:50 ID:69ugTcAM
あけおめ

556雌豚のにおい@774人目:2019/02/03(日) 13:59:55 ID:3FoByxQ.
wikiがいつのまにか更新されてるんだが

557雌豚のにおい@774人目:2019/02/03(日) 22:35:46 ID:4qybuBDY
本当だ
復活か?

558雌豚のにおい@774人目:2019/02/05(火) 20:47:41 ID:LV2B/2v.
管理者さんがTwitterで要望ある?って言ってwiki更新してって頼んだの。単発だろうけど管理者さんの気持ちだよ。素直に喜んどこう。

559雌豚のにおい@774人目:2019/03/09(土) 03:31:49 ID:MtiKQBCc
また過疎ってるなぁ

560雌豚のにおい@774人目:2019/03/09(土) 19:17:52 ID:Dq4nadNI
これまでのヤンデレ作品は、安直にナイフを振りかざして主人公やライバルヒロインを刺すような作品が多過ぎた
これからは武器の使用や戦闘をしない作品に出てきて欲しい
ライバルを脅迫や嫌がらせで舞台から蹴落とし、主人公を徐々に外堀から埋めて、いつの間にかヒロインの座に座ってるようなヒロインがいい

561雌豚のにおい@774人目:2019/03/13(水) 02:42:17 ID:iFTNcjeo
>>560
ある意味ときメモ4の都子やな

562雌豚のにおい@774人目:2019/03/22(金) 06:25:33 ID:kI/MIGdQ
この間、久々に服屋さんに行った
そこで改めて自分のファッションセンスの無さを思い知った

こういう時、自分のことを好いてくれてるヤンデレの女の子がいたら
センスの良い服をチョイスしてくれるだろうなあ、と思いました

563雌豚のにおい@774人目:2019/04/11(木) 02:34:25 ID:akpM4aoY
令和になってもここは過疎か

564雌豚のにおい@774人目:2019/04/24(水) 13:59:27 ID:byJ71imc
まだなってねえよ

565雌豚のにおい@774人目:2019/04/30(火) 09:00:00 ID:dzzuHPqA
有言実行というか自分に制約を課すためにひとこと。平成が終わる前に「高嶺の花と放課後」9話投下します

566雌豚のにおい@774人目:2019/05/01(水) 00:44:19 ID:IbSBsqwI
>>565
全裸待機でカゼ引きそうだぜ!

567雌豚のにおい@774人目:2019/05/01(水) 20:44:47 ID:AhFWEESE
申し訳ないです、思ってたより忙しく作業が捗りませんでした。平成のうちに投下できませんでしたが令和初の投下できるよう鋭意執筆中です。しばしお待ちを

568雌豚のにおい@774人目:2019/05/08(水) 00:24:48 ID:gUcE0e3c
応援しています

569 ◆Mw9cKmAG9k:2019/06/02(日) 20:49:25 ID:Tydw7VIs
テスト

570 ◆lSx6T.AFVo:2019/06/02(日) 20:49:50 ID:Tydw7VIs
テスト

571 ◆lSx6T.AFVo:2019/06/02(日) 20:50:27 ID:Tydw7VIs
お久しぶりです。
『彼女にNOと言わせる方法』第四話を投稿します。

572『彼女にNOと言わせる方法』:2019/06/02(日) 20:51:10 ID:Tydw7VIs
 黒い衣服を身に纏った彼女は、椅子をわずかに窓の方へ向け、姿勢よく座っていた。視線と意識は窓の向こうにあるようで、教室内のささやかな喧噪には反応を示していない。
 何を見ているのか気になって、彼女の背中越しに外の景色を見る。
 けれど、そこにはのんびりとした速さで流れる入道雲以外には何もなく、スロー再生の映像みたいに変化に乏しい光景だった。変化の激しい車窓からの眺めならまだしも、特別面白みのない学校のグラウンドに意識を向ける意味はあるのかしらん。
 それとも――ヒトのいる教室よりかは、ノロマな自然の機微のがまだマシとでもいうのか。
 仮に僕の想像が当たっていたとしたら、それは随分とさみしい考えだった。まあ、らしいっちゃらしいのだけど、たまには人情の良さを知るべきじゃないかね。
 やれやれ。では、この愛の伝道者たる僕が、人間の素晴らしさというものを教授してやるとしますか。
 ニヤケる頬を指で揉みつつ、最初にかけるべき言葉を模索する。
 無難なのは、間違いなく挨拶だろう。万国共通、会話のとっかかりとしてこれ以上のものはない。歯ブラシのCMが似合いそうな爽やかスマイルで挨拶すれば、誰だって悪い印象は抱くまい。
 でも、それじゃあ普通すぎて印象に残らない気がする。挨拶なんて誰でもするわけだしなぁ。せっかくの好機を無難に消費してよいものだろうか。
 ……それなら。
 ムクムクと湧き起こるイタズラ心が、耳元でささやきかける。
「見たくはないか? ワッと背後から脅かして、キャッと女子みたいに叫ぶサユリを」
 ……た、たしかに。でも、そんなイタズラをしたら嫌われてしまうんじゃ……あと、サユリは女子みたいじゃなくて実際に女子なんだけど。
「何を言う。親しい間柄でなくては、イタズラはできないだろう。つまり、イタズラという行為は友好の証なのだよ。さあ、不安になっている心は追いやって、さっさと彼女を驚かしてやれ。あの氷の表情が幼げに怯える瞬間をゲットできれば、今後百年はからかえるぞ」
 ……オーケー。そこまで言うのなら従おうじゃないか、僕。じゃなかったイタズラ心くん。卵が先かニワトリが先か問題はとりあえず脇に置いてね。そう、これは命令されて仕方なくやるのだ。しゃーない、しゃーない。
 気配を殺し、猫のように足音を消し、そろそろと接近していく。
 サユリが僕に気づいている様子はなかった。つまり、先手を打てる状況。RPGなんかでもそうだけど、先制攻撃が成功すれば場は有利に働く。
 脳内に浮かぶは、羞恥に顔を赤らめるサユリ。しかし、あまりに現実とかけ離れたそのイメージは、手のひらに乗った粉雪のようにすぐ溶けてしまう。それだけ無表情がデフォルト化されているということだが、その分、それ以外の表情にはレアリティが生まれる。
 こりゃいいものが見られそうだぞ。
 にっしっし、と内心ほくそ笑んだのが失敗だった。
 油断は足元にあらわれた。
 そろりそろりと爪先を立てるように歩いていたため、未だ履き慣れぬスリッパがつるりと滑ってしまい、靴飛ばしの如く前方に飛んでいった。
 弾丸のように解き放たれたスリッパは、彼女の座るイスの側面を軽く叩き、窓の外に向けられていた意識が逆方向に切り替わり――先手を打たれたのは僕の方だった。
 青い瞳が、黒い瞳を射抜く。サユリの小さな顔の造りの中でも、とりわけ瞳には魔術的な力があり、思わず目を逸らしそうになる。

573『彼女にNOと言わせる方法』:2019/06/02(日) 20:51:42 ID:Tydw7VIs
 が、押し切られそうになる直前、なんのこれしき! と土俵際でなんとか踏ん張る。グッと眉間に皺を寄せ、睨みつけるように見返す。
 結果、互いに見つめ合う状態が生じた。
 見つめ合うだなんていうと、いかにもラブロマンスな感じがするが、僕とサユリの間にあるのは、まるでサムライの果し合いのような殺伐とした緊張感であった。まだ刀は抜いちゃいないが、さながら鍔迫り合いのような様相で、青と黒がせめぎあい拮抗していた。
 けど、いかんせん僕が足を滑らせた姿勢のまま硬直しているもんだから、マヌケな感じがするのは否めない。微妙な角度で上げたままの片足は早速プルプルし始めているし……って、あ、もうダメ。
「へぶしっ」
 すってんころりんと尻もちをついた拍子で、被っていた帽子がずり落ち、ひさしの部分が視界を覆った。
 勝負アリ。
 青の勝利。黒の敗北。
 完。
 …………。
 ……認めようじゃないか。第一ラウンドは僕の負けだ。ついでに、罠を仕掛けようとしていた者が、ポカした時の情けなさも受け入れよう。
 醜態はさらした。けれど、まだリカバリーは効く。
 思い出せ。当初の作戦を。そう、爽やかな挨拶だ。政治家の選挙ポスターのようなうさんくさい……じゃなかった歯ブラシのCMが似合いそうな爽やかな挨拶だ。爽やかな挨拶……爽やかな挨拶。
 顔半分を覆い隠していた帽子を脱ぎつつ、笑顔の準備のためゆっくりと口角を上げ、
「意外とおバカちゃんみたいだな」
 ニヤリと小バカにするような笑みを浮かべた。
「いつも教室のすみっこで読書しているくせに、夏期講習なんぞに頼らなければ授業についていけないのか。頭いいですオーラ出してるだけの、なんちゃってインテリキャラだったのか。まったく、キミのような劣等生のせいで僕たちはゆとり世代だなんだのって何かと低く見られているんだぞ。世代の足を引っ張っている自覚はあるのかね」
 欧米人のように大げさに肩をすくめてみせるが、サユリは何も言わなかった。
 目をそらさずに、じっと僕のことを見ている。
「な、なんだよ」
 怒っているのかと思ったが、違った。
 よく見ると、いや、よく見ずとも、変化らしい変化は何もなかった。それどころか、喜怒哀楽の全てを感じなかった。表情筋が死んでいるんじゃないかと思うくらい、何もない。若干、瞬きの回数は多いような気がしたが、おそらく気のせいだろう。
 素材の粗いシャツを着たような、ぞわぞわとした感覚に背中を掻く。
 彫像だって、見る角度によっては微笑んでいるようにも怒っているようにも見える。けれど、サユリの場合はどの角度から見ても、『無』しか読み取れなかった。まるで、白紙の絵本を読んでいるようで……。
「つまらぬやつだ」
 転がっていたスリッパを足で引っかけて回収し、隣の席に座る。
 サユリはしばらく僕の横顔を見ていたが、興味を失くしたのか、再び窓の外に視線を向けた。
 ハァ、とため息を吐く。
 サユリの無反応に、少なからず落胆していた。
 僕の中には、夏期講習といういつもと異なる空間での思いがけない再会に昂る気持ちがあった。だから、その百分の一くらいは、彼女も同じ気持ちを共有してくれればと期待していたが、どうやら人頭がひとつ増えた程度の認識しかないらしい。
「はあああぁぁぁぁぁ」
 隣にも聞こえるような大仰なため息を吐くが、反応はなかった。

574『彼女にNOと言わせる方法』:2019/06/02(日) 20:52:06 ID:Tydw7VIs
 やや背の低い椅子にもたれかかり、ふと前を見ると、近藤くんが黒板近くの席を指差して「ここに座れ」とジェスチャーしていた。どうやら、僕の視力を慮って前に座るよう気遣ってくれているみたい。けど、大丈夫だよ近藤くん! 僕の視力は両方とも二・○だからね! 前に座る必要はないよ!
「違いますよ。そこに座っていたら監視しづらくなるでしょう」
 声に出された。
 というか、監視ってなんだ。まるで僕のことを授業の邪魔をする悪ガキみたいに見ちゃってさ……授業中におふざけをしたことなんて今まで一度も……いや、一度くらいはあったかなぁ。なんなら二度くらいあった気もする。まあ、一度や二度も変わらないって。
 それより、反省会だ。
 さっきの僕の態度はなんだ。爽やかな挨拶はどこへいった。イジワルしたって嫌われるだけなのに、夜ベッドの上で後悔に身悶えするって理解しているのに、なぜ裏腹なことばかりするのだ。
 いつもこうだった。頭ではダメだってわかっているのに、心が云うことを聞かない。サユリと顔を合わせれば、口から出るのは皮肉ばかりで、好感度が上がりそうなことは何一つ言えてない。しかも、その原因がちっともわからないときてる。
 嗚呼、我が心情は複雑怪奇哉!
 ぐいっと重心を後ろに移し、さらに椅子の角度を急にする。
 首を垂らし、天井を見上げる。
 出鼻はくじかれたが、今の状況がチャンスであることは違いない。夏期講習という特殊空間の中なら、クラスメイトの畏まった視線もないし、いつもより気兼ねなく話しかけられるだろう。仲良くなるには絶好のシチュエーションだ。
 それにさ。楽天家の僕にゃあネガティブシンキングは似合わない。ヘラヘラ笑って、ヘラヘラこなすのが僕ってもんでさ。ってなわけでポジティブシンキング。失敗は成功の母ちゃんってね。
 ってな風に決意を新たにしていると、
「みんな、おはよう!」
 音量調整をミスったテレビを思わせる声にひっくり返りそうになる。下腹部に力を入れて、椅子を元の位置に戻す。教室前方を見ると、右手をあげて颯爽と登場してきているのは、ジャージ姿の若い男性教師だった。
 教壇の前を陣取り、白い歯をキラリと輝かせて、再度「おはよう!」と挨拶した。メンソールの香りが漂いそうな爽やかさに目が染みる。うーむ、あれが模範解答か。どちらにせよ、僕には無理だったな。
「さあ、今日も一日がんばって勉学に励むとするか! ところでみんな、熱中症で倒れる人が一番多い場所はどこか知っているかな」
 最初は世間話から入るタイプらしい。脈絡のない質問ではあったが、主に下級生を中心にハイハイと勢いよく手が挙がる。
「グラウンド!」
「公園!」
「海!」
「山!」
「体育館!」
 と、様々な意見が出てきた。最後に回答した生徒の「どうして全校集会の時だけ、校長先生の話は長くなるんですか」という質問に、教室内がドッと沸いた。
 ジャージ姿の教師は苦笑して、
「それは先生も知りたいところだなぁ。ここだけの話、あの長ったらしいご高説にはウンザリしていてね……おっとっと、これは黙っておいてくれよ」
 と、教室内の笑いを誘い、
「では、答えを発表しようか。越中症で倒れる人が一番多い場所は果たして何処なのか……正解はね、意外なことに自宅なんだ。どうしてかというと、慣れ親しんだ場所だと安心しちゃって水分補給などの暑さ対策を怠ることが多くなるからなんだ。特に、クーラー嫌いな人だとそのリスクは高まるね。というわけでだ、夏期講習の間は喉が渇いていなくても定期的に水分補給は行うこと。そして、気分が悪くなったらすぐに先生に言うこと。この二点は絶対に守ってくれ。でないと……」
 教室内をぐるっと見渡していた先生の視線が、すみっこに座る僕を捉えた。
「……でないと、こんな風に幻覚が見えたりする場合もあるからな」
「先生、お気持ちはわかりますが、○○くんは幻覚じゃありませんよ」
 一番前の席に座る近藤くんが冷静に指摘した。
 ……おかしいな。この先生とは担当の学年も違うし、接点はないはずなんだけどな。なぜ僕の人となりを把握しているのだろうか。
「どう思う、女王さま」
 と、隣に聞いてみるが、いつものような塩々の塩対応で塩漬けされてしまいましたとさ。
 ちゃんちゃん。

575『彼女にNOと言わせる方法』:2019/06/02(日) 20:52:30 ID:Tydw7VIs
「俺は嬉しいぞ! ○○!」
 目の前までやってきた先生はグワッと声を上げ、ガシッと手を掴んだ。
 おお、熱い熱い。サウナが擬人化して歩いてきたのかと勘違いしたよ。あと、手を握る力が強すぎて僕の手が真っ白になっているんだけども。痛い痛い。
「学校一の悪ガキも、ようやく勉学の素晴らしさに気づいてくれたか。しかも、わざわざ貴重な夏休みを使ってまで参加してくれるだなんて……俺は、俺は嬉しいぞ!」
「当り前じゃないですか、先生。勉学は人生の選択肢を増やすだけではなく、人生そのものを豊かにしますからね。学ばざる者、成長せざるですよ。あ、これ、たった今閃いたんですけど」
「いい言葉だ!」
 冷めた近藤くんとは違って、ジャージ先生は大いに喜んでくれた。さすがは熱血教師。スクールでウォーズできるタイプらしい。「今からあの夕陽に向かってうさぎ跳びだ!」とか言いだしかねない熱血っぷりだったので、僕のヒザのためにもこれ以上薪をくべるのはやめておこう。
 夏期講習は、いわゆる講義スタイルではなくて、自習に近いスタイルであった。基本は、各々が持参したドリルやらプリントやらにひとりで取り組み、わからない問題にぶつかったらハイと手を挙げて質問する個別指導に近い形態。まあ、学年がバラバラだから同一のテキストを使えないし、これが一番合理的なのだろう。
 けれど、圧倒的に教え役が足りていなかった。講師を務めているのはジャージ先生と近藤くんなのだが、あがっている手の数に対して、処理する側が少なすぎる。高難易度のモグラたたきをやっているような感じで、手はあがれどもさがることはほとんどなかった。教育には時間がかかり、だからこそコストが高いのだなぁと学習塾の意義を再確認。
 仕方あるめぇ。なら、高学年である僕が教えるしかないじゃないか。
 ちょうど近くに、おずおずと手をあげている気弱そうなメガネちゃんがいた。僕は彼女へと近づき、
「やあやあ、その様子だとわからない問題があるみたいだね……って、恐がらないで怯えないで。僕はただ手助けをしにきただけさ。どれどれ、今やっているのは算数か。それでわからない問題は……ああ、分数の足し算ね。こんくらい楽勝、楽勝。いいかい? 分数の問題を解くには、まず下の数字をそろえる必要があってね、だからこうしてやればちょちょいのちょいと……ん? なぜに? どうして正解と違うんだ! ちゃんと下の数字はあわせて約分もしたのに! おかしい、印刷ミスだろ絶対!」
「余計なことはしないでください」
 ポコン、と近藤くんが丸めた教科書で頭をはたいてくる。
「○○くんが人に教えられる立場ですか。どのような理由であれ、せっかく夏期講習に参加したのですから、まずは自分の勉強に集中してください。はい、これ夏期講習用のプリントです。ぜひ使ってください」
 と、渡されたプリントの右上には、『一年生用』の文字が書いてあった。
「言わないでください。何も、言わないでください。○○くんが今、何を言いたいのかはよーくわかっています。なので、先に返事をしておきましょう。いいですか? 勉学において最も重要なのは基礎です。積み木でつくったお城を想像してみてください。土台がしっかりとしていれば容易には崩れませんが、スカスカで数が足りてなければ指で押すだけで崩れてしまいます。それだけ基礎は重要ってことです。なのに、キミたち勉強ができない人というのはやたらと基礎をバカにするし、真面目に取り組もうともしません。もし不服に思っているのなら、まずはその一年生向けのプリントを完全に解いてください。一問の間違いもなくです。文句はそれからでお願いします。以上」
 といって、反論の余地も与えないまま、他の生徒の元に行ってしまった。
 正論かもしれないが、いくらなんでもこれはないだろう。『5+7=』とかあるぞ。さすがの僕でもこれを間違えることはない。全く、近藤くんはすぐに僕をバカにして。
 不満はあったが、せっかくならば実力で見返したかった。僕の完璧な回答を見れば、さしもの彼も見直すに違いない。ふふーん、ぐうの音も言わせてやらんぞ。
 てなわけで自分の席に戻り、プリントにとりかかろうとしたが、鉛筆がないことに気づく。そいや、手ぶらで来たんだっけか。
 隣を見る。サユリは持参したテキストを使って勉強をしていたが、僕の視線に気づき手を止めて見返した。何か御用? とでも言うかのように少しだけ首をかしげている。
「鉛筆を貸してくれないか」
 今度は無視されなかった。どうやら、クラスメイトに文房具を貸し出すくらいの良心は持ち合わせていたらしい。ペンケースからまだ真新しい鉛筆二本と消しゴムを取り出して、僕に手渡す。

576『彼女にNOと言わせる方法』:2019/06/02(日) 20:52:54 ID:Tydw7VIs
「ありがとう。終わったら返す」
「あげる」
 もらってしまった。どういうことなのだろうか。鉛筆の一本や二本くれてやろうというブルジョワの慈善か。それとも僕が使った鉛筆は二度と使いたくないという生理的な嫌悪感か。後者だったら軽く死ねるな……。
 きちんと礼を言うべきだったが、口から出たのはまたしても、
「受け取っておいてやろう」
 尊大極まりない感謝であった。
 ……うん。心を入れ替えるためにも勉強しよう。
 と、先の尖った芯を紙面に書きつける直前、待てよと思って鉛筆をチェック。あらゆる角度から観察し、その質感を確かめる。念のため、鼻を近づけて香りも調べる。しかし何の変哲もない、ただの鉛筆であった。
「ハッ」
 視線を感じ、隣を見ると、相も変わらずサユリがこちらを見ていた。
「ち、違うんだぞ。僕は何かしらの用具を使う際は、用心深くチェックするのが常であってだな。それがたとえ鉛筆の一本であろうともだ。だから決して、お金持ちが使っている鉛筆ならば高級品に違いない、もしかしたら高価で売れるんじゃないかとか、横流しして小遣い稼ぎをしようだとかは考えてないぞ」
 サユリは何も言わなかった。が、内心ではどう考えているのかは計り知れない。せっかくの善意を金銭に変換しようとする浅ましい男子と思われているのかもしれない。その通りだからなんも言えねぇ……。
 プリントは順調に進んだ。一年生向けのものだから当然なのだけれど、久々に味わう鉛筆が止まらない感覚に、時間の流れを忘れてしまった。
 気づけば、昼になっていた。夏休みの間はチャイムが鳴らないらしい。そのせいで全く気付かなかった。
「それじゃあ、午前はこれでおしまい。午後に備えてしっかり休んでおくように。先生は職員室にいるから何かあったら来るように」
 ジャージ先生はニカッと歯を出して授業を締めると、キビキビした動きで去っていった。
 授業が一区切りついた時の、凝り固まった空気が一斉に弛緩していく感じは夏期講習でも変わらないらしい。
 生徒たちはワイワイと声を出しながら机を寄せ合っている。
「さて、お昼休みか。今日の給食は何かな、近藤くん?」
「夏休みに給食室が動いているわけがないでしょう……」
 弁当の包みを片手に持った近藤くんがさらりと否定。
「なら僕はどうすればいいのさ。お腹ペコペコなんだけれど」
「一旦、家に帰ればいいんじゃないですか。たしか、○○くんの家はそんなに遠くなかったでしょう」
「あの灼熱地獄の中に戻れと言うのか。しかも、今は最も勢い増す真っ昼間だぞ。僕のことをピラミッドの石材を運ぶ奴隷かなんかだと勘違いしているんじゃないのか」
 ぶーたれる僕の言葉をスルーして、分厚い参考書を脇に置き、弁当の包みを広げ始める。僕の扱いに慣れてきた感が出てきている。悪い兆候だな……。
「まあ、昼食は置いとくとしてだ……近藤くん。その……あいつはどこいったの。なんか見当たらないけど」
 あいつ? と、彼は一瞬、目を細めたが、すぐに「ああ」と納得したように呟き、
「昼休みは、いつも中庭にいるみたいですよ」
「中庭? 暑くないのかな」
「大丈夫じゃないですか。あそこは木陰がありますし、校舎間の隙間風もよく吹いていますから……というか、かえってこの教室よりも涼しいかもしれません」
 と、視線を上げた先には、申し訳程度に備えられた壁扇風機が二台。税金不足の波は教室にまで及んでいた。世知辛い世の中ですな。
「ありがとう、近藤くん。それじゃあ一緒に中庭へ行こうか」
「何を言っているんですか。ぼ……おれは昼休みの時間はここで参考書を見ながらゆっくり勉強すると決めているんです。お断りしますよ」
「バカチンが!」
 バンッと軽く机を叩く。
 近くで島をつくっていた下級生たちが、目をパチクリさせながら僕と近藤くんを見た。そっちには「なんでもないよー」と笑顔で手を振ってから、こっちには鬼の形相で向かう。
「キミはそれでもクラス委員長か! 昼休みに一人寂しく過ごしているクラスメイトを放っておくというのかね。クラスの輪の中に入れないはぐれ者は仲間ではないとでも言うつもりか。許せんよ、僕は!」
「いえ、彼女の場合はむしろ望んでそうしていて……それに、おれが一緒に行く意味ありますか?」
「そうか。つまり、キミはそういうヤツなんだな。クラスで孤立する生徒を我関せずと見て見ぬ振りをする日和見主義者なんだな。嘆かわしい。これ以上、嘆かわしいことはないよ。クラス委員長なのに、クラス委員長なのに、クラス委員長なのに!」
 肩書き連呼は結構効いたらしい。「……よく回る口ですね」と悪態をつくものの、逡巡する様子を見せた。

577『彼女にNOと言わせる方法』:2019/06/02(日) 20:53:17 ID:Tydw7VIs
 彼自身が言ったように、僕一人で行ってもいいのだが、これも何かの縁だ。食事ってのはたくさんの人がいた方が賑やかで美味しく感じられるものだし、何より、近藤くんはサユリを恐れない、数少ない貴重な人材だ。
「何をなすべきか。クラス委員長の近藤くんにはわかるんじゃないかな」
 ダメ押しの追加点を叩き込むと、彼はこれみよがしに大げさなため息を吐き、開けたばかりの弁当の蓋を閉める。
「行っても、嫌がられるだけだと思いますよ」
 一足す一は二ですよ? みたいな感じで言われてしまった。
 まあ、その時はその時だ。何事も始めてみなきゃわからぬだろう。

 学校で最も人気のあるスポットといえばグラウンドだ。広大な敷地で鬼ごっこをするもよし、縄跳び台で二重飛びの練習をするのもよし、登り棒に登ってモンキー気分を味わうのもよしのなんでもあり。特に人気なのは昼休みで、ドッジボールコートの陣地取りはいつも熾烈を極めている。
 グラウンドとは対照的に、中庭はあまり人気がない。花壇やビオトープがあるためボール遊びは禁止されているし、あるものといえば傷んだ百葉箱と図画工作の授業で作られた傾いたベンチが数個だけ。僕も、たまにサルビアの蜜を吸いに来るくらいで、中庭にはほとんど来たことがなかった。
 だからか、馴染みのない場所で近藤くんとふたりで歩くのは奇妙な感じがして、道中はあまり会話がなかった。額にじんわりと浮かぶ汗を、ハンカチで丁寧にぬぐう彼の姿を横目で見つつ、中庭の中心へと歩いていると、ほどなくサユリを見つけた。
 数十年前の卒業生が埋めたという記念樹の下で、彼女は足を崩して座っていた。
 服が汚れることにあまり頓着がないのか、レジャーシートの類は敷いておらず、芝生の上に直に座っていた。いくら綺麗に整備されているとはいえ、彼女の着ている服の値段を考えれば心配になってしまう。
「おうい、サユリ」
 今度は奇襲攻撃に失敗しないように、遠くの方から大声で呼びかける。
「ひとりぼっちでご飯を食べているなんて、寂しいやつだな。どれ、この愛の伝道者たる僕が一緒にご飯を食べてやろうではないか。なんだなんだ反応が薄いな、おい。なんなら感謝の拍手のひとつでもするか」
 どの口が言うのやら、と近藤くんが小声で呟き、
「御相伴に預かってよろしいでしょうか」
 難しい顔をして、殊更丁寧な口調で訊ねた。
 サユリは僕たちを拒否しなかった。いや、正確には黙認したというべきか。僕らが芝生の上に座るのを一瞥すると、つつましい昼食を再開させた。
 彼女の昼食は実にシンプルだった。ブロック型の栄養食品。ミネラルウォーター。以上。貧相と言い換えてもいい。
 特に衝撃だったのはミネラルウォーターだった。同年代で市販の水を買うヤツを初めて見た。
 だって水だぜ? 蛇口ひねればいくらでも出てくるじゃん。炭酸のジュースとかのが絶対に美味しいし、買うにしてもせめて緑茶とか紅茶だろう。
「なんつーかさ……ランチタイムの楽しみにしちゃあ、ちょっとしょぼすぎない? 普通さ、お金持ちのお弁当っていえばさ、何段にも積み重なった重箱とかじゃないの。でっかい海老とか入ってる感じの。それじゃお腹減らない?」
 と否定こそしたが、一番残念なのは弁当箱すら持っていない僕なのかもしれない。
 すがるような目をして近藤くんを見る。

578『彼女にNOと言わせる方法』:2019/06/02(日) 20:53:38 ID:Tydw7VIs
「野良犬や野良猫にはエサをあげない主義なんです」
 それでもワーワー喚き続けていると、
「……わかりましたよ」
 根負けし、弁当のフタを皿がわりにして唐揚げをひとつ乗せてくれた。それと、アルミホイルで包まれたおにぎりもひとつ。なんだかんだでいいヤツだった。
 一連のやり取りを気にもせず、サユリは淡々とブロック食品をかじっていた。
「クラス委員長は昼食を恵んでくれたってのに、女王さまは何もくれないのかね。民草に下賜してこその上流階級だろう。あれだよ、のぶりす? おぶ、りーじゅ? だっけか。つまり、そういうこったよ」
 皮肉たっぷりに言ってやると、彼女は二、三回瞬きをし、膝の上に乗せている栄養食品の箱に目をやった。
「あげる」
 箱ごと僕に差し出す。反射的に受け取ると、次にペットボトルも差し出してきたのでそれも受け取る。
「え、あ、でも、お腹減ってないの? まだ、かなり残っているよ」
 見れば、栄養食品もまだ七割程度残っている。しかし、彼女は何も言わず、ぼんやりと僕の顔を眺めていた。
 またしてもくれてしまった。
 なんだか、今日だけで色々もらっている気がする。サユリからすれば、僕は恵まれない子どもにでも見えるのかしら。ギブミーチョコレートとでも言えばいいのかな?
 ……なんかどこまでくれるか気になってきたな。小脇においてある、あの小さくて高そうな黒バッグとかおねだりしてみようかな。いや、値段を考えるとさすがに無理か……? だけど、ワンチャンあるか……?
 ってなクズ思考は一旦保留してだ。本当にもらってしまっていいのだろうか。ねだっておいてなんだが、ちょっと悪い気がする。もともと小食なのかもしれんが、それならそれでしっかり食べなきゃいかんだろう。僕がこれをもらったら彼女が栄養不足となって、少女の健全な成長を阻害するんじゃないか。
 が、健康優良男児の胃袋ってのは非常に欲望に弱く、近藤くんからもらったおにぎりと唐揚げを一瞬で平らげると、続けてサユリの栄養食品も瞬殺してしまった。今の僕の懊悩はなんだったのか……。
 この手の栄養食品というのはやたらと喉が渇くもので、もらった水のペットボトルも一気に飲み干してしまった。砂漠にオアシスが与えられ、ふぅと一息つく。
 と、空になったペットボトルを潰している途中で気づいてしまった。キャップを開ける際に抵抗がなかったことに。
 あれ? これって、間接キスじゃね?
 ギギギ、とぎこちなく首を回すと、弁当をつついてる近藤くんの顔があった。
 ま、ままま、ま、マズイぞ。これはマズイ。キング・オブ・無反応の氷の女王さまは置いといてだ、近藤くんに見られてしまったのはマズイ。女子との間接キスだなんて、男子にとってはあるまじき行為だ。情報が伝播し、クラスの男子連中に知られたら一生からかわれることになる。い、いや、でも氷の女王が相手だしそれはないか? みんなビビッて何も言わない可能性がある……でも、陰でしっかりおちょくられそうだしとにかくヤバい。
 口封じのために、ここで一発脅しでもかけておくか? メガネでもへし折っておくか? なんて最低なことを考えていると、
「回し飲みは不衛生だから止めといたほうがいいですよ」
 近藤くんが冷静に注意した。
 ……うん。安心した。近藤くんはやっぱり近藤くんだった。
 彼の生真面目さに乾杯しよう。かんぱーい。

579『彼女にNOと言わせる方法』:2019/06/02(日) 20:53:59 ID:Tydw7VIs
「たっだいまー」
 勢いよく玄関のドアを開け、靴下を脱ぎながらリビングへ入ると、ソファでテレビを観ていた母さんが振り返った。
「ずいぶん、遅かったわね。どこいってたの」
「夏期講習だよ、母さん!」
 冷蔵庫から麦茶を取り出しつつ、胸を張って言った。
「ドラ息子も遂に勉学に目覚めたってわけさ。夏休み返上で勉強だなんて優等生だろう」
 意気揚々と報告するが、母さんは「ふぅん」と興味なさげに相槌を打っただけで、すぐにサスペンスドラマの視聴に戻った。
 暖簾に腕を押したような感覚に鼻白む。
 まだ、朝の一件を引きずっているのか。もうそろそろ雪解けしたっていいだろうに。僕の方は雪なんかとっくに溶けて、しかも水に流しているというのに、母さんはまだまだ子どもだなぁ。
「ずいぶん、機嫌がよくなったのね」
 大人な対応をするつもりだったが、今のはカチンときた。
 んだよ、僕が楽しくしてちゃいけないのか。実の息子に対して、幸福よりも不幸を願うだなんて母親失格ではないのか。
 糾弾する気持ちがないでもなかったが、ぐっと堪え、麦茶をコップに注ぐ。
「明日から夏季講習に通うから、弁当の用意よろしく」
 頼み事はちゃっかり頼む。それが僕のジャスティス。ただ、感情をこめずに事務的に伝えたのは、せめてもの不服申し立てだった。
 母さんは僕の頼みを拒否することはなかったが、一言だけ付け加えた。
「やるべきことは、しっかりとやっておきなさいよ」
 それは、何に対しての言葉であったのか。
 僕は何かを考える前に、麦茶を飲んで、全てを胃に流しこんだ。

580 ◆lSx6T.AFVo:2019/06/02(日) 20:54:26 ID:Tydw7VIs
投稿終わります。

581雌豚のにおい@774人目:2019/06/02(日) 22:58:23 ID:HeBUzZHk
>>580
更新おつかれさまです
相変わらず良い雰囲気
この変わり者な主人公と無口ヒロイン(ヤンデレ予備軍?)の関係が少女Aにどんな影響を与えるのか楽しみ
もうひとつの作品も楽しみにしてます

582雌豚のにおい@774人目:2019/06/08(土) 09:07:13 ID:NfflP/2M
10年振りに保管所とか色々見て回ってきた過疎りすぎだろ
注意していた奴らも荒らし扱いして追い出して、1人消えたところで何ともないからとか言っていた時が嘘のようだわ

まあ頑張れ、気まぐれで来ただけだけど一応応援しとくよ

583雌豚のにおい@774人目:2019/06/10(月) 21:21:20 ID:H7sVyZLM
今やなろうとかで漁っております

584雌豚のにおい@774人目:2019/06/23(日) 20:42:07 ID:qULE9GTQ
>>579
久しぶりに覗いてみたら、
気になっていた作品の続きが読めて凄く嬉しい
またぜひ投稿して欲しいです!

585雌豚のにおい@774人目:2019/08/14(水) 22:52:10 ID:QhAfZNOs
保守

586雌豚のにおい@774人目:2019/10/20(日) 03:13:19 ID:R5yAn/9c
あげ

587 ◆lSx6T.AFVo:2019/11/20(水) 22:06:21 ID:SPiaZ2nU
お久しぶりです。
『彼女にNOと言わせる方法』第五話を投稿します。

588『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/20(水) 22:07:07 ID:SPiaZ2nU
 夏期講習、二日目。
 くうぁ、と空に向かって奇妙なあくびをひとつ。
 夏休みの間だけは早起きになる僕だけど、今日に限っては寝覚めが良くなかった。
 未だ抜けきらない眠気が、ずるずると後ろ髪を引っ張っているせいで、妙に足元がふらつくし、それに頭もボーっとした。熱中症という単語が予測変換されるが、この不健全な気だるさを考えるとおそらく誤変換だろう。
 通学路はガラガラの貸し切り状態だった。
 横断歩道の横に立っている、旗を持った大人もいないし、朝の通学路を彩る赤、黒、黄の三原色も見当たらなかった。日常の光景に非日常な要素が入り込み、間違い探しをしているようなヘンテコさを感じた。
 今は、夏休み真っ只中。日常に戻るには、まだまだ早いということか。
 現に、僕が被っているのは黄色の学生帽ではなくて贔屓球団の野球帽だったし、背負っているのは黒のランドセルじゃなくてスポーツ用のリュックサックだった。
 まるで遠足に行くような装いだけど、待っているのはレジャーじゃなくてお勉強だから、どうもテンションが上がらない。
 睡眠成分が過剰に分泌されているのも、おそらくそのせいだろう。学校のある日とない日では、布団から起き上がる感慨が全く異なるのは、誰もが理解しているところだ。
 眠気を追い出すために、もう一度あくびをする。もし、道路の真ん中にお布団がしいてあったら、間違いなくダイビングしてスヤスヤモードに移行するんだろな。
 だけど、こうやって朝っぱらからお勉強のために行動していると、まるでお受験戦争に参戦中のお坊ちゃんのような気がしてくる。
 ……まあ、間違いなく気のせいなんだけどね。戦争のための武器どころか、着る服さえ持っていないんだけどね。仮に入隊を志願したところで、訓練の初日に鬼コーチから除隊通知を受け取ってサヨナラバイバイ確定コース。
 そもそも、僕みたいな凡人の進路は決まっている。地元の学校に進学。それで終わり。一部のエリートくんたちを除けば、本格的に枝分かれし始めるのはまだまだ先のことであり、しばらくはローカル感あふれる学生生活が続くだろう。
 でも。
 僕にとっては疎遠な『将来』というものを意識したせいか、思索の枝が未来に向かって伸びていく。

589『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/20(水) 22:08:27 ID:SPiaZ2nU
 僕たちは、着実に大人になりつつあった。
 ちょっと前までは、「野球選手になりたい」とか「宇宙飛行士になりたい」とか無邪気に将来の夢を語っていた。しかし、背丈が大きくなるにつれて、徐々に口が重たくなってきた。
 現実の輪郭が見え始めたからだ。
 キラキラした夢は下方修正され、今では「将来の夢は、公務員になることです」なんて真顔で言うクラスメイトも出てきていた。
 さすがの大人たちも「バカ言いなさんね!」と説教するかと思いきや、実際はお堅い夢を語る子どもを迎合し、手を叩いて称賛を送っていた。
 数年前に語ったような夢を今も語っていれば、渋面をつくって、「いい加減、現実を見たらどう?」だなんて優しく諭してくるだろう。はて? あの日、「大きな夢を持ちなさい」と背中を押してくれた大人たちはどこへ行ったのかしらん。
 変化は、日常にも及んでいた。
 まず、みんな昔ほど無茶な遊びをしなくなった。外の遊びにあまり興味を示さなくなった。泥だらけになって遊ぶのは小さな子どもがやることであり、大きな子どもはもっとスマートに遊ぶべきだといわんばかりだった。今では、服が汚れるのを母親よりも嫌がっている。
 もし今、自転車のサドルに乗って坂道を下るという度胸だめしを提案したら、一笑に付されて終わるだろう。「無茶なことはやめておこうぜ。ケガするよ」なんて、ありがたいアドバイスもくれるかもしれない。
 何より顕著なのは、女子だった。
 鬼ごっこでも缶蹴りでもドッヂボールでも、前はなんでも男女一緒にやっていた。一応、両者の区別はあったが、かかとで削って引いたコートの線みたいなもので、非常に曖昧なものだった。
 なのに、正確な時期は不明だが、ぱたりとグラウンドに来なくなってしまった。男はあっちで、女子はこっち。より見えやすいように、新たに石灰の白線を引いたみたいだった。
 業間休みの間も、昼休みの間も、教室の中で過ごしていて、昨日観た恋愛ドラマの話だったり、アイドルグループの話をしていた。そして、男子を見る目にはある種の軽蔑が含まれ始め、大声でバカ騒ぎをしている時なんかは、冷たい視線を遠慮なくぶつけながらヒソヒソ話をしていた。その目まぐるしい変わりようのせいで、今では全く違う生き物に見える。
 単純だった世界が、複雑になっていた。
 目に見えぬ壁、いや、階層のようなものができていて、同じクラスの仲間だというのに、誰とでも自由に話せなくなった。クラスメイトたちの振る舞いから推理すると、どうやら同じ階層の住人としか離しちゃいけないみたいで、他の階層の人と関わってしまうと格が落ちてしまうらしい。
 格ってなんだ? 誰が格付けしたんだ? いたら質問責めにしてやりたかったが、どうやら主導者はいないみたい。じゃあ、誰が? なんのために? 疑問は尽きない。

590『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/20(水) 22:10:09 ID:SPiaZ2nU
 僕の知らないところで勝手に協定が結ばれ、勝手に運用されていた。テーブルマナーを教えられていないのに、無理やり高級フレンチに連れていかれたようで、とても居心地が悪い。
 そこでフィンガーボールの水を飲むような愚行を犯せればかえって爽快かもしれなかったけど、実際の僕はみみっちく、まわりの人の作法を盗み見ながら、なんとかその席に馴染もうとしているのだった。心では雄弁に語っているくせに、テーブルをひっくり返すような勇気を、持っていなかったのだ。
 それが大人になるということはわかっていたが、内心ではちっとも納得していない。
「大人になんか、なりたくねえな」
 たぶん、今が一番幸福な時間なのだ。大人になって、「あの頃は良かったなぁ」と思い返す時間の中に、僕はいるのだ。
 人肌で温めたベッドのような時間の中、永遠にまどろんでいたい気がする。
 だけど、成長する身体がそれを許さない。
 卵の中にいる雛鳥が「ずっとこの中にいたい!」と願ったって、身体が成長すれば嫌でも殻を突き破ってしまう。人間もそれと同じで、身体が大きくなれば子どもでいることを許さない。許してくれない。
 成長した精神は、今よりもずっと多くのものを捉え、シンプルだった世界を一変させる。まるで、こんがらがったゲームのコードみたいだが、ゲームと違ってACアダプターを引き抜いても終わらないから、たちが悪い。
「世知辛ぇー」
 その通り! きっと世界は世知辛いのだ。でも、そんな世知辛い世界を愛せる日がくるのかもしれない、なんて自分をなぐさめる。
 将来に向かって続く道は長く、そして険しい。
 僕は僕らしく、抜け道を見つけて楽をしようと思っているが、それが後ろ指をさされかねない行為だってこともわかっている。
 だけど、誰が好き好んでわざわざ大変な道を選ぶのだろうか。みんな、ハッピーに生きたいはずだ。面倒事はゴメンなはずだ。それなのになぜ、大人たちはを許してくれないのだろうか。
 あ? いつまでもおしゃぶりをしゃぶっていないで、さっさと大人になれだって? 若い時の苦労は買ってもせよだって? なんだとコンチクショウ! そんなゴミみたいなもんが欲しいならすぐにでも転売してやるぜ。もちろん手数料込みでな!
 だからこそ、鼻息を荒くして叫んでやる。
 このまま、ずっと、僕も、みんなも、変わらなければいいのに!
 彼とも、彼女とも、同じ関係性のまま、続いていけたらいいのに!
 ……そんなことは不可能だって、わかっているけど。

591『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/20(水) 22:10:45 ID:SPiaZ2nU
 ってな調子で、アンニュイな気分に浸っていると、
「ん?」
 校門で見知った影を見つけ、自然と口角があがる。
 小気味よく駆け出し、
「雨は降ってないぜ、女王さま」
 一定の速度で歩いていたサユリの手から、黒い日傘を奪い取る。
 そしてサーカスの曲芸みたいに人差し指で柄を支えてバランスをとり、
「へっへーん。悔しかったら取り返してみろ」
 と、挑発してみる。
 日傘を奪われた彼女は手をあげた姿勢のまま、激しい太陽光の下に肌を晒すこととなった。サユリの肌は病的なほどに白いので、白日の下ではさらに白く見えた。
 反応はなかった。
 日傘を取り返そうともせず、上げていた腕をだらりと下げて、そのまま突っ立っていた。ジリジリと肌を焦がす太陽光を厭うでもなく、日に焼けようと焼けまいとどっちでもいい、みたいな態度で停止している。
 ……なんのために日傘をさしていたんだコイツ。
 僕は人差し指に乗せていた日傘を左手に持ち替え、避暑地の令嬢のように両手でさしてみた。あら、意外と涼しいじゃないのよ。
「十秒以内に取り返さないと、これは僕のものになるからな」
 リミットを設けてみるが、変わりなし。
 ここで「男子ってほんとおバカさんね」とプリプリ怒ってくれれば可愛げがあるのだが、彼女にそれを期待するのは無駄かもしれない。
 十秒経過。
 サユリは、昇降口に向かって歩き出してしまった。
「え」
 どうやら、日傘は僕にくれてしまうらしい。
 マジで? この日傘、めっちゃ高そうなのに。母さんが普段使っているような二束三文の品とは明らかに質が違うのに。
「ちょっと待ちなされよ」
 と、去りゆく背中に呼びかけると、足を止めて振り返る。
 ……こういうところは妙に素直なんだよな。
 日傘をくるくると回しながら、相手の出方を待つが動きはなく、ただ時間だけが消費されていく。
 次第に、ガマンならなくなってきた。
 こうして太陽光にさらされているサユリを見ていると、背負っている薪に火がついたような、ジリジリとした焦燥感にかられた。
 たとえるなら、夏空のもとに雪だるまをさらすようなハラハラ感とでもいいましょうか。溶けちゃう、溶けちゃう! って思わず叫びたくなるみたいな……。

592『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/20(水) 22:11:13 ID:SPiaZ2nU
 なので、おとなしく返すことにした。
 奪ったものを素直にリターンしてしまうのは悪童の名折れのような気がしないでもなかったが、悪事をすぐに正せるのは、とても勇気のいることだと思わないかい?
 たぶん、サユリの中での僕に対する好感度は爆上がり中だろう。おお、自分で火をつけて、消火をするとは。マッチポンプ、マッチポンプ。
「それにしても、相変わらず暑苦しい恰好をしているな」
 彼女の姿を見て、思わずそんな呟きが漏れる。
 黒い薄手のブラウスに、黒のロングスカート。ついでに返却した日傘も黒。すべてが黒だった。着用している服自体は夏仕様だが、いかんせん色合いが悪い。
「この前、理科の授業でやったろ? 黒い紙に向かって、虫メガネで光を集めるとどうなった?」
 頭上を指さし、
「あの燦燦と輝く太陽を見てみんさい。そんな服着てると、お前さんも黒焦げにされちまうぜ」
 サユリはいつも黒い服を着ていた。春夏秋冬、季節を問わずぜーんぶ黒。オシャレなのか、オシャレじゃないのか、それすらわからなくなってくる。
「宗教上の理由とかじゃないってんなら、たまには違う色の服でも着てみたらどうだ。夏に合う、爽やかな色のやつとか。そっちの方が、見てる側としては涼しくていいんだがな」
 サユリは黒のブラウスに視線を落とし、胸のあたりを指で摘まんでいた。
 そして、こちらを見た。返事はなかった。
 どうやら、僕の提案は響かなかったらしい。
 ショートボブの銀髪を揺らし、昇降口に向かって歩き始めた。
 黒い日傘をさして、黒い衣服を身にまとって、白い太陽のもとで。

593『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/20(水) 22:11:54 ID:SPiaZ2nU
「避けられているよなぁ……」
 教壇に上半身をだらーっと乗せ、ポツリと呟く。
 一番前の席を陣取り、予習をしていた近藤くんが微かに顎を上げる。
 彼の長い身体には下級生の机はやや窮屈みたいで、ヒザをぴったりとくっつけているから内股気味になっていた。
「まあ、避けられもするでしょう。朱に交われば赤くなるという言葉があるように、阿呆に交われば阿呆になりかねませんからね。みんな、その点をよく理解しているのでしょう」
「いや、僕のことじゃなくてね」
 ていうか、僕への言い草が酷すぎる。
「アイツだよ、アイツ。教室の隅っこで孤島を形成しているアイツだよ」
 顎を振って指し示すと、彼はわずかに首を後方へ傾けた。
 孤島という比喩は的確だと思う。
 サユリの周囲には、誰も座っていなかった。なるべく前方の席に座るように、という夏期講習のルールも手伝っているのだろうが、廊下側の後方の席はちらほら埋まっているところを見ると、おそらくそれだけが原因じゃない。
 みんな、氷の女王が恐ろしいのだ。
 彼女にまつわる噂は、学校中に広まっている。
 ――いわく、氷の女王の御眼鏡に適わなかった生徒は、学校を退学となり、一族郎党が生涯路頭に迷う。
 第三者が聞いたら噴飯モノの、学校の七不思議レベルに信憑性の無い噂だけど、実際にサユリという人物に会ってみれば、その笑顔も凍り付き、考えを改めるだろう。
 彼女のまとうミステリアスなオーラ、それに地元の名士の娘というバックボーン。
 この二つを考慮に入れると、あながちただの噂と切り捨てられないものがある。僕だって、一時期は本当のことだと思ってガタガタ震えていたしね。
 なら、関わりのない生徒がどう思うかだなんて明白なわけで。
 ほら、教室内の様子を見てごらんなさい。
 隠れ蓑をつくる術を十分に身に付けていない低学年の子たちは、特に露骨だった。足音を聞くだけで蜘蛛の子を散らすように逃げ出すし、そばを通れば小動物のように身を寄せ合ってガタガタと震えている。
 一見すると、和気あいあいとした雰囲気であるが、その端々にひりつくような緊張感があった。
「その辺、どう考えますかクラス委員長」
 若干の皮肉を交えて訊いてみるが、近藤くんはノートに数式を書き付けながら「別に、いいんじゃないですか」と短く述べた。
 意外な回答に、虚を突かれる。
 僕は教壇から上半身を上げ、アシカのような姿勢になって訊く。
「驚いた。近藤くんがそんなことを言うだなんて。自由・平等・博愛の委員長魂は失ってしまったのかい?」
 失ってませんよ、としっかり否定してから、
「だって、彼女は望んで独りになっているじゃないですか」
 至極、当然のように断言した。

594『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/20(水) 22:12:21 ID:SPiaZ2nU
 咄嗟に何か言い返そうとしたが、うまく言葉がでてこなくて、息を吐くだけで終える。
 ジャージ先生が到着しない教室は、ワイワイガヤガヤと騒がしく、僕らの話に耳を傾けている者はいなかった。しかし、近藤くんはわずかに声を落とし、
「○○くんだって、わかっているでしょう? 彼女が誰とも関わろうとしないのは」
「……どうでっしゃろ」
 ここで肯定してしまえば話が終わるので、反論をひとつ挟む。
「内心は違うのかも」
「つまり、本当はみんなと仲良くなりたいと思っているけれど、単にその一歩を踏み出すことができない。そういうことですか」
 首肯する。
「それはありえませんよ」
 近藤くんは容赦なく一蹴した。
「仮に、〇〇くんが言ったことが事実だとしたら、少なくとも態度には出ているはずでしょう。クラスメイトの交わす会話を羨まし気に見たりとか、輪の中に入ろうとするも後ずさったりとか。でも、彼女にそんな素振りは一切ない。むしろ、独りでいることが好ましいようです」
「僕らが気づかないだけかも。なんせ、あのポーカーフェイスだぜ。中がグツグツ煮えたぎっていても、蓋がしっかり閉まってちゃわからない」
「だったら理解してもらえるように努力すべきですよ」
 熱が入ってきたのか、声のボリュームが一目盛増える。
「ツバメの子のように、ただ口さえ開けて待っていればエサが降ってくるとでも? それは虫が良すぎますよ。周囲の人にわかってもらえないのなら、わかってもらうように努力すべきなんです。たとえ不格好であっても、みじめであっても、こちらに歩み寄る姿勢さえ見せてくれるのなら、違った結果が生まれるかもしれない」
 ついに机の上にペンを置いて、教師のような瞳をして僕を見る。
「でも、彼女は何もしない。誰とも関わろうともしない。つまり、独りでいたいってことなんです。単に孤独が好きなのか、それとも他人が嫌いなのか、それはわかりませんが、今の状況が、彼女にとって最も望ましいということだけは確かです。そんな人を、無理やり集団の中に引っ張り込むだなんて真似は、暴力と変わらない。違いますか?」
 やや乱れた呼吸を一度整えて、眼鏡のうえにかかった前髪を払った。妙に静かな感情を瞳にたずさえ、ノートに視線を落としている。
 近藤くんの言うことは正論だった。
 歯に衣着せぬ冷たい物言いだったが、サユリのことを気づかっての発言であることはよくわかった。だからこそ、ベトベトした嫌みな感じはなく、正しい説教を受けた時のような心地よい爽快感があった。
 だけど、僕は。
「〇〇くんが何を考えているのか大体わかりますが、あまりオススメはしませんよ。下手すれば、今後百年、恨まれるかもしれない」
「百年は嫌だなぁ」
 せめて、一ヶ月くらいにしてもらいたい。
 近藤くんは勉強を再開させた。
 僕も席に戻った。
 隣の席のサユリは、今日も窓の外を見ていた。教室の様子にも、夏期講習に参加している生徒のことにも、全く興味がないようだった。
 僕は、そんな彼女の横顔を見て、ため息をつくのであった。

595 ◆lSx6T.AFVo:2019/11/20(水) 22:14:45 ID:SPiaZ2nU
投稿終わります。
第六話はそう時間がかからずに投稿できると思いますので、よろしくお願いします。

596 ◆lSx6T.AFVo:2019/11/25(月) 17:18:49 ID:OOhfG3XA
『彼女にNOと言わせる方法』第六話を投稿します。

597『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/25(月) 17:19:14 ID:OOhfG3XA
 どうするべきなのか。
 窓側の長いカーテンにくるくるとくるまりながら考える。
 余計なおせっかいは慎んだ方がよい、という近藤くんのアドバイスに従えば、僕は何もしない方がいいらしい。
 現に、今も独りで黙々と勉強しているサユリを見ていると、このままそっとしておいた方がベストなのかも、とも思ってしまう。
 が、僕の心は「解せないぜ!」と声を上げているから、ややこしい。
 独りよがりのエゴイズムだと言われちゃ、まさにその通りなので何も言えないが、
「むむむむ」
 さらに身体を回転させ、カーテンの中にすっぽり身を包む。
 教室のカーテンは、家のよりも長くて素敵だ。こうしてくるまっていると、とても落ち着く。視聴覚室にある、暗幕のように分厚くて黒いカーテンはもっと素敵だ。ちょっとほこりっぽくて、くしゃみが出るが、それも味があっていいだろう。
 ただ、夏場とは相性が悪い。
 すぐに蒸し暑くなって、ぷはっと顔だけを出す。
 カーテンのミノムシになったまま、サユリの席にまで近づき、机の上に広げてあるテキストをのぞき込む。
 どうやら算数をやっているらしいが、どの学年の範囲をやっているのかはわからなかった。グラフやら図形やらがあるのはわかるが、すぐに頭が痛くなってきた。算数によるPTSDは重いみたいだ……。
 サユリ、と声をかけると、鉛筆を動かす手が止まった。銀色のショートボブを揺らし、僕を見上げる。
「お前さんもさ、内心では、みんなと仲良くなりたいって思ってたりする?」
 面倒なので、直接訊くことにした。これでYESと言えば動くし、NOと言えば動かない。単純明快な解決方法であった。
 でも、返答がないケースについては想定していなかった。
「おい、無視するなって」
 カーテンから抜け出して、テキストとノートを取り上げる。
 やるべきことを失ったサユリは、電源を落とされたロボットみたいに停止した。
 奪われたノートとテキストに向かって、指先を伸ばすことすらなかった。それどころか、略奪者である僕にも興味を示さず、挙げ句の果てには窓の外に目を向けてしまった。
 無関心を示すことで無言の非難を表明しているのではなく、単に全てがどうでもよくなったみたいに。
 その態度に、途方もない危惧を感じる。
 サユリは、間違った方向に完成されつつあるのではないか。
 以前は、もうちょっと感情が豊かだった。注視しなければ捉えられない、微細な感情ではあったけど、日常の端々で時折、発露する時があった。
 でも、今はその断片すら確認できない。
 まるで熱を感じない。
 氷。
 存在感は有り余るほどあるのに、中身が比例していない。スカスカだ。感情を虫に食われたせいで、穴ぼこだらけになっているみたいだ。
 装着している鉄仮面の下に、本音が隠されているならまだいい。でも、その下に何もなかったら、奈落のような暗い空洞しかなかったら。

598『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/25(月) 17:20:16 ID:OOhfG3XA
 生唾を飲み込む。
 なんでもいいからアクションを起こして、関心を注ごうと思った。
 彼女の視界の中に入り込むため、立ち位置をずらす。
 そして、整った顔の中にある双眸、艶消しを施したかのように色彩を失っている瞳を見て――天啓を得たかのように、理解した。
 サユリは、何事にも無関心なのだ。
 今日の朝、日傘を奪った時もそうだ。今まさに、テキストとノートを奪った時もそうだ。
 普通、自分の所有物が誰かによって奪われたのなら、怒る。
 当然だ。
 そもそも所有しているということは、自分にとってそれが価値のあるものだからだ。反して、たとえば道端に転がっている石が側溝に落ちてしまっても何も感じないだろう。だって、その辺の石ころなんて何の価値もないし、たまたまそれを所有していて、失ったとしても、何の痛痒も感じない。
 だって、どうでもいいから。
 が、それはあくまでモノの話だ。意思も感情もない、物体の話だ。それならまだ、ギリギリ理解できる。
 けど、仮に、それ以上の存在になってくるならば、僕はもう理解ができない。理解できたとしても恐怖しか抱けない。
 銀色の少女が、急に遠くなる。
 彼岸に立つ彼女が、光の速さで遠ざかっていくような錯覚に襲われる。
 僕はずっと、サユリを無欲の人だと思っていた。
 彼女の達観した態度も、寛容な施しも、その欲の無さから生じるものだと思っていた。しかし、壮大な勘違いをしていた。話はもっと、甚大だったのだ。
 解決すべきなのは、もっと根本的なものではないのか。
 再考する。
 が、どこから手をつけていいのか皆目見当がつかない。取り扱う問題が膨大すぎて道筋すら立てられない。
 いや、解決の方法自体はわかっているのだ。
 サユリを変える方法は、たったひとつしかない。
 これだけは譲れない、絶対に譲ってたまるか。そう思えるものを、たったひとつでも見つけることができたのならば、彼女は劇的に変化する。
 断言してもいい。何かに対する執着心さえ復活すれば、彼女の中で、火山が噴火するような莫大なエネルギーが生じるはずだ。
 けれど、
 ――無理だ。
 瞬時に悟る。
 ――それは無理だ。
 選択肢としてあがってくることすらない。人形に命の灯をともすようなものだ。無論、サユリは人形じゃない。それは、僕が一番よく知っている。だけど、
 ――それでも無理だ。
「コラ、〇〇! イタズラをするんじゃない!」
 ジャージ先生の注意で我にかえる。
 ノートとテキストを返すと、緩慢な動きで勉強を再開させた。まるで、背中のネジを回して動き始めるカラクリ人形のようだった。
 僕は、苦々しく下唇を噛んで、それを見ていた。

599『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/25(月) 17:21:19 ID:OOhfG3XA
「いい感じですね」
 採点を終えると、近藤くんは満足そうにうなずいた。
「思いのほか、順調なペースで進んでいるじゃないですか。この調子を保てるのなら、夏期講習の終盤には高学年向けのプリントにまで辿り着けるでしょう」
 ふふん、と僕は誇らしげに鼻を鳴らす。
「ま、僕が本気を出せばこんなもんですよ。能ある鷹は爪を隠すっていうでしょ?」
「爪を隠す意味が、一ミクロンも理解できない」
「……眠れる獅子が目覚めたってことにしておいてくれ」
 とまあ、軽口でサラッと流しはしたが、達成感で気が昂っているのは事実だった。
 低学年向けのプリントなので、ある程度はクリアして当然なんだけれど、それでもやっぱり『できる』というのは嬉しかった。この『できる』という感覚を、僕は久しく忘れていた気がする。
「その感覚を、忘れないでいてくださいね」
 優しく微笑んだ近藤くんを見て、彼の意図を全て悟った。
 できない子にまず成功体験させるのは、教育の王道である。
 ……なーる。僕の反対を押し切って、一年生用のプリントからやらせたのはそういうことか。
 釈迦の掌の上を飛び回る孫悟空のような気がして、ちょっとだけ気分が良くなかったけど、それ以上に、クラス委員長らしい心意気に感謝する気持ちが勝っていた。
 やっぱり、いいヤツなんだなぁ近藤くん。
 あと、二億光年ぶりくらいに笑顔を向けられたからマジで驚いた。いつもマイナスの感情ばっかりぶつけられていたから、警戒心がマシマシになっちまったぜ。ふぅ、幸運を呼ぶ壺のセールストークとか始まらなくてよかった。
 なんて会話をしている間に、結構いい時間になってしまった。昼休みは、もう半分に差し掛かっている。
「もう中庭に行くのは難しいかなぁ」
「今度からは一人で行ってくださいよ。わざわざ中庭まで行くのは移動時間がもったいない」
「そう言いなさんなよぉ。明日からもしっかり付き合っておくれよぉ」
「お断りします。それに……先ほども述べたように、あまり彼女に関わるべきじゃないですよ。ぼ……おれたちが勝手に同席したら、貴重な昼休みに水を差すことになりますし」
 口ではそう言っているが、結果として仲間はずれにしている後ろめたさがあるのか、どうも歯切れが悪かった。
 ……というか、そろそろツッコミしていい頃だよな。
「あのさ、近藤くん」
「はい」
「ずっと前から指摘しようと思っていたけどさ、その無理に『おれ』っていうのやめた方がいいと思うよ」

600『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/25(月) 17:22:19 ID:OOhfG3XA
 固まった。
 額から、急に滝のような汗が流れ始めた。
 ずれていないメガネを何度も直し始めた。
「なななななな、なにを言っているんですか〇〇くん、ぼ、お、おれは前からおれを、おれのことをおれって呼んでいましたよ」
「おれがゲシュタルト崩壊を起こしている……いやいやいや、春ごろまでは一人称『ぼく』だったじゃん。いきなりおれなんて自称し始めたから違和感すごかったよ。それに、近藤くんのいう『おれ』って『れ』の部分が半音上がっているから、言い慣れてない感がバリバリ出てるんだよね。バニラオレのオレみたいな発音になっててさ」
「ほ、本当ですか……」
 もうほとんど尻尾を出してしまっているが、あえて踏まずにいてやろう。
「なぜに、一人称を変えだしたのよ。ぼくでもいいじゃん。僕なんかいっつも僕って呼んでるぜ」
「〇〇くんは、いいじゃないですか。一人称が僕でも、周りから低く見られたりしませんし……」
「低く? 低くって、何がさ」
「男として、ですよ」
 場所を変えたがっているような様子を見せたので、互いに弁当袋を持って、隣の空き教室に移動した。
 そして椅子に座ると、就職面接のような佇まいで、きっちりと背筋を伸ばし、ヒザの上に拳を乗せた。
「クラスの皆さん……特に男子の皆さんがそうですが、おれのことを勉強しかできない、もやしっ子みたいに見ているじゃないですか」
「見ているも何も、実際にその通りじゃない。夏休み前の五十メートル走でも散々だったろう? 両手両足を一緒に出しながら走る人なんて初めて見たよ。人型ロボットの方が、もうちょっとスマートに走――」
「五十メートル走の話はやめてください!」
 七三の髪を振り乱し、僕の口を塞ごうと飛びかかってきたが、蝶のようにひらりと避ける。
 体勢を崩した近藤くんは、後ろ足で盛大に椅子を蹴り上げて、床に落ちていった。あわれなり。
「走る速さなんか気にするなって。それに近藤くんって背も高いし足も長いんだからさ、練習すればタイムも良くなるって」
「……足の速さだけが問題じゃないんですよ」
 近藤くんは四つん這いになったまま、床に向かって呟いた。
「重要なのは、男らしいかどうかなんです」
「男らしい?」
 何を言っているんだ、こやつは。
「別に、男らしくなくたっていいじゃないか。つーかさ、男らしいっていう考え自体がもう時代錯誤だよ。ほら、前に道徳の授業でやったでしょう? えーと、あれだよ、BBQ? だっけか」
「もしかしてLGBTのことを言っていますか」
「そうそうそれだよ。BLT。つまりさ、今の時代、男らしいとか女らしいとかって考え方はナンセンスなのさ。僕ら若い世代は、性的な役割に押しとどめようとする社会そのものを否定していかなくちゃ」
「どうして、こういう時に限って正論を言うのですか……」
 困り果ててしまったようで、力なくうなだれる。そのまま床に突っ伏しそうな勢いだった。
 僕は椅子から離れ、彼の肩をポンと優しく叩き、
「どうして、男らしくなりたいんだい」
 優しい声色で訊いてみる。
 一瞬で、彼の瞳が恥辱に燃え上がる。「殺すぞ……」とか呟いているのが聞こえたけど、品行方正なクラス委員長が剣呑なことを言うはずないから、おそらく空耳だろう。
 しかし、猛り狂った炎もすぐに鎮火し、あとは頼りなげな煙が燻っていた。

601『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/25(月) 17:22:46 ID:OOhfG3XA
 近藤くんらしくない態度に、ちょっとだけ面食らう。
 彼は表立って喧伝することはないが、いつも静かな自信に満ちあふれていて、堂々と構えているのが常だった。どんな状況であっても取り乱すことなく冷静に対処し、必要とあらば教師とも敵対する勇気を兼ね備えている。
 それが、今はこんなにも頼りない。
 ……うーむ。
 どう助言したものか悩み、椅子に座りなおして、両腕を組んでうんうん唸っていると、
「……わかっていますよ、おれの考えが古臭いのも、的外れなことを言っているのも」
 片膝をつき、ゆっくりと身体を起こす。少しだけ、視線が高くなる。
「でも、おれは、男らしくないといけないんです」
「どうして」
「頼られたいんです。クラス委員長だから」
 激しく揺れ続けていた瞳が、すっと定まる。階段を数段飛ばしで駆け上ったかのように、急に大人びた雰囲気になった。
 その変わりようにあてられてか、今度は僕が姿勢を正す番になった。
 近藤くんに限らず、男子なら誰だって見下されるのは嫌だ。
 だからこそ、多かれ少なかれ自分を大きく見せようとするし、都合の悪い弱さには土をかけて見えにくくする。
 実際に、夏休み前の五十メートル走でタイムが芳しくなかった男子は口をそろえて不調の原因を吹聴した。
 昨日、下校中に転んでできた捻挫が治っていなかったせいだ、とか、お腹の調子が悪くて集中できなかったせいだ、とか、誰もかれもが、訊いてもいないのにペラペラと懇切丁寧に、上位に食い込めなかった裏話を打ち明けてくれた。
 別に、それが悪いことだとは思わない。
 世を渡り歩く技術としてはありふれたものだし、特に、最近は教室内を支配しつつある例の階層のせいで、下層者のレッテルを貼られまいと自らを誇示する必要に迫られている。僕だって、その点についてはクラスメイトたちと変わらなかった。
 そのような背景の中、近藤くんのタイムは惨憺たるものだった。
 自分より下を見つけて安堵した男子は嬉々として野次を飛ばしたし、女子も口に手を当てて「ダサいよね」と笑っていた。
 さすがの近藤くんも堪えたらしく、羞恥で頬を赤く染め、授業が終了した後もなかなか教室に帰らず、水道場の水でしばらく手を洗っていた。
 その時、僕は冷やかしのひとつでもしてやろうと、彼の背後にそろそろと近づいていたのだが、声をかける直前に、
「これが、おれの実力です」
 と呟いていたのが、やたらと印象に残っていた。
 あの五十メートル走で、自分の失態を誤魔化さずに、ありのままの真実として生身で受け止めたのは、おそらく近藤くんしかいなかった。
 でも、それは道理にかなっていたのだ。
 近藤くんが男らしくなりたいのは、僕たちのように虚栄心に基づくものではなく、みんなから頼られたいという異質な動機からであり、根底からして違っているのだから。
 だからこそ、カッコよかった。
 これが目指すべき大人の、ひとつの在り方なのかもしれない。
 なんて考えちゃうくらいにはカッコよかった。

602『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/25(月) 17:23:46 ID:OOhfG3XA
「協力しようじゃないか」
 僕は椅子から立ち上がると、彼に向って手を差し伸べる。
「僕が、近藤くんを男にしてやる。男の中の男にしてやる。なあに、安心したまえ。僕の手にかかれば軟弱男子も益荒男に早変わりさ」
 もしジャージ先生がこの場にいたら、友情マックスなシーンに号泣して、ジャージの袖を涙で濡らしているところだろう。
 けども、
「えぇ……」
 近藤くんはマジで嫌そうにしていた。泣いて喜ばれるかと思っていたのに、ゴミ当番変わってくんない? って願い出された時くらいに嫌そうにしていた。
「か、考えてみなさいよ、近藤くん! 歴史を紐解いてみれば一目瞭然だけど、師なくして成り上がれた偉人はいるかね。未開拓の地をひとりで切り開くのと、巨人の肩に乗って進むのと、どっちが簡単に目的まで到達できるのかね」
「……たしかに効率的ではありますが」
 歯ぎしりをしながら、そして舌打ちを交えながら、顎に手を添えて思案し始める。
 ここまで熟考するとは……親と恋人でも人質にとられたわけでもあるまいに。
「真の男になりたければ、悪魔に魂を売れってことですね……」
「悪魔じゃないよ。クラスメイトだよ」
 僕のことをなんだと思っているんだ……。
 ダークヒーローアニメの第一話みたいになっている近藤くんは置いといて、
「あとさ、交換条件ってわけじゃないけど、僕にも協力してくれないかな」
「今朝、言っていたことですか」
「うん」
「オススメはしませんよ。それに、どうしてそう彼女にかまうのですか」
「僕さ、トマトが嫌いなんだよね」
「急になんですか」
「加工してあるケチャップとかは平気なんだけどさ、野菜の方はもう無理。赤くて丸い外見がおどろおどろしいし、変に酸っぱいし、中はグチュッとしてて食感が悪いしで、おもっきしダメなんだよね。たまに給食でもプチトマトが出るけどさ、いつも残しているんだ」
 ベーっとベロを出してみせる。
「でも、この前、家族でファミレスに行った時に、セットで頼んだハンバーグにサラダがついてて、その中にトマトがあったんだ。フォークでよけようとしたらさ、母さんにめちゃくちゃ煽られて、ついカッとなって食べてみたのよ。そしたらさ……意外と悪くなかったんだよね。そりゃ美味しくはなかったけどさ、添え物とかに出されたら食べてもいいかなと思えるくらいには悪くなかった。あんなに嫌いだったのに、どうしてだろうね」
 うまいことを言おうとしていたはずなのに、喋っているうちに道を見失ってしまった。僕は、このたとえ話に、何の意味を込めようとしていたのか。
「つまり、そういうことさ」
「どういうことですか」
 強引に話を打ち切ったせいで、うまく伝わらなかったみたい。

603『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/25(月) 17:24:08 ID:OOhfG3XA
 だけど、まあいいや。
 とにかく、事実としてハッキリしているのは、僕が大した人間じゃないってこと。
 スーパーマンじゃないし、まして白馬の王子さまでもない、ただの悪ガキだってこと。
 元々、スタート地点を間違えていたのだ。
 身の丈に合ったことをすべきだったのに、サユリの人生そのものにまで関与しようとしたから、途中でボタンをかけ違えたのだ。
 まだ親に扶養されている子どもが、誰かさんの人生に頭を悩ますだなんて、笑えるくらい大層な話じゃないか。恥ずかしい限りだぜ。身の程を知れってもんだ。
 僕は、サユリを変えることはできない。
 されど、彼女にとって心地のいい環境をつくることはできるかもしれない。
 何も、サユリがみんなと仲良しこよしになって欲しいのではない。今よりも、ちょっとだけ彼女を見る目が優しくなればいいだけだ。ひいては、過度に疎外される現況がなくなれば、もっといい。
 彼女の孤高の純度を保っていられるような環境は、きっと誰にとっても素晴らしいものなのだ。
 それに、彼女は決して雲の上の人ではなく、平凡な点もたくさんある。苗字とかスゴイ平凡だしな。ついでに、サユリという名前も平凡だしな。あと平凡なところは……あれ? ない? ま、まあ、平凡という共通項さえあれば、あとはどうにでもなるだろう。うん。
 近藤くんは、ゆっくりと立ち上がった。僕の手を握ることはなく、自力で立ち上がった。
「先ほども言いましたが。おれは賛成しません」
 キッパリと宣言した。
「ですが、反対もしません」
 最終的に下した結論は、実に彼らしいものだった。
 頭のいい人ほど、自分の正しさに自信を持てない傾向にある。近藤くんも、サユリを遠巻きにしている現状を心の底からは肯定しきれないみたいだ。消極的な賛成には違いなかったが、これで十分だろう。
 紆余曲折あったが、遂に合意に達することができた。
 熱いシェイクハンドを交わすために、再度、ぐっと手を突き出すが、
「昼休みが終わってしまいますから」
 と淡々と述べ、転がっている椅子を戻して着席し、弁当袋の封を開け始めた。
 僕も向かいの席に座って、弁当袋の封を開け始めた。
「……近藤くんが優しいのか優しくないのか、どっちなのかわからなくなるよ」
 こちらを一瞥し、彼にしては珍しいタイプの笑みを浮かべて、一言だけ述べた。
「優しいのではなく、厳しいだけですよ。少なくとも、〇〇くんに対してはね」

604『彼女にNOと言わせる方法』:2019/11/25(月) 17:24:49 ID:OOhfG3XA
投稿終わります。

605雌豚のにおい@774人目:2019/12/01(日) 16:36:37 ID:7wmIWH7o
>>604
投稿ありがとうございます!
続きが気になりますね(´∀`)
またぜひ投稿して欲しいです!

606雌豚のにおい@774人目:2020/01/04(土) 15:17:44 ID:aKFulWyM
テスト

607高嶺の花と放課後 第9話:2020/01/04(土) 15:24:32 ID:aKFulWyM
第9話

秒針が時を刻む音、筆が文字を刻む音、それとしばしば震える携帯電話の着信音が僕の部屋で静かに奏でている。

正確には奏でているのを聞いてしまっている、集中していない証拠だ。

ここ最近では文化祭もいよいよ間近となり
放課後には非日常の賑わいで溢れてきている。

僕自身も看板製作をしていることもあり放課後の学校での執筆ができず少々おろそかになっていた。

だから「自分の中で溜まった不満を発散するように書きなぐる」という自分を遠くから予測する自分がいたのだが実のところそれほど不満も溜まっていなければ発散したいとも思ってはいなかった。

単なるモチベーションの低下なのかどうかは分かりかねるがおそらくそれも違うような気がする。

「…ふぅ」

ため息をひとつ吐いて筆を置きそろそろ彼女の相手をしようかと携帯電話に手を伸ばした時、来客の知らせが部屋に静かに届いた。

控えめなノック、珍しい来客だ。

「入ってもいい?」

「どうぞ」

お盆を片手にした義母がゆっくりと部屋に入ってきた。

「お隣さんからね、美味しいくず餅をいただいたの。お茶も入れてきたからどうぞ」

「ありがとう義母さん。ちょうど一息入れようと思っていたところなんだ」

「そう、ならよかったわ」

義母からお盆ごとお茶とくず餅を受け取る。

その間にも僕の携帯が震える。

「随分とひっきりなしに連絡が来るわね。時期が時期だから文化祭の連絡か何かかしら?」

その通りだ、と誤魔化すことも考えたがわざわざ隠す意味も必要もないと思ったので僕は素直に彼女について話すことにした。

「義母さん」

「ん?」

「僕、その…彼女ができたんだ」

たったそれだけのことを伝えるだけなのに気恥ずかしさで体温が上昇するのがわかる。

「あら!もしかしてこの前に言ってた子?」

「うん…高嶺 華っていう子なんだ」

すると義母さんは目を見開いて両の手の指先を合わせ歓喜とも呼べる感情を表現した。

「おめでとう、遍くん!どっちから告白したの?」

「えっと…一応向こうからかな」

告白と呼ぶにはあまりにも激しいものではあったのだが。

「そう良かったわね…もし機会があったら会ってみたいな。それじゃあもしかしてさっきから連絡来てるのは華ちゃんからかな?」

「多分、というよりかは間違いなくそうだと思う」

「随分頻繁に連絡きて…愛されてるわねぇ」

茶化すような口調で僕をからかう。

「からかうのはよしておくれよ。かなり今羞恥で頭がいっぱいいっぱいなんだ」

「あら恥ずかしがることなんてないのに。でもごめんなさい、つい嬉しくなってね」

「僕に彼女が出来て嬉しいのかい?」

「嬉しいに決まってるじゃない。子供に恋人が出来て喜ばない親なんていないわ」

608高嶺の花と放課後 第9話:2020/01/04(土) 15:25:31 ID:aKFulWyM
それにしても、と義母は付け足す。

「そんなに頻繁に連絡するのであればメールじゃ少し不便じゃないかしら。そろそろ遍くんもガラケーからスマホに変えてラインとか始めてみたらどう?」

ライン。

知らないだけで驚くほど驚かれたもの。

どうやら連絡手段の一つであることは分かったのだが。

「そう…かな。ラインってそんなに便利なものかな?」

「えぇ、そんなにメッセージが来るなら尚更よ。その携帯も使い始めて長いことだしそろそろ変えてきなさいな」

「義母さんがそう言うのであれば変えてみようかな。次の日曜日に一緒に買いに行くような感じでいいかな?」

義母は小さく笑った後、人差し指で僕の額を一度つつく。

「ダメよ遍くん。そういうのは私じゃなくて他に言う人がいるんじゃないの?」

「他の人?」

「ふふ鈍いわねぇ、彼女をデートに誘いなさいって私は言ったのよ」

「あっ…」

「お金なら心配しなくていいわ、後で渡してあげるから」

余分にね、と最後に加えながら義母は言った。


「さて、そろそろ私は出ましょうかね。遍くんが彼女の相手しないと向こうもいつ愛想つかすか分からないもの」

「ははは、ありがとう義母さん」

「いいのよ、ってそうだ。忘れるところだったわ」

急に何かを思い出したかのように一枚の用紙を僕に手渡してきた。

「なんだいこれは?」

「八文社がね、小説の公募をしてたから一応遍くんにも教えてあげようと思ってね」

内容を見てみると「ジャンルは問わない短編小説を募集」との旨の公募が書かれていた。

「八分社のホームページに載っていたんだけどね、遍くんインターネットとか疎いからもしかしたらこういうのも知らないんじゃないのかなーって思ってね」

なるほど確かにそうだ。

今はもう情報社会、文学の公募だってインターネットで行われるであろう。

義母の指摘通り、自分自身そういったインターネット等の類は苦手としていたからこのような公募を見落としていたわけだ。

「遍くん、もし本気で小説家への道を考えているんだったらまずはこういったことから挑戦していくべきなんじゃないかしら?…なんてお節介が過ぎたかな」

自嘲気味に笑みを浮かべる。

「ううん、助かったよ。義母さんの言う通りどうも僕はこういった情報収集が苦手だったからね」

「あまり苦手なことは咎めないけれどインターネット社会になってきてるから苦手が苦手なままだとこれから少し苦労すると思うわよ」

「…そうだね、克服の第一歩としてまずは華と携帯を買ってくるよ」

「そうね、それがいいと思うわ。じゃあ遍くん、頑張ってね」

「ありがとう、義母さん」

義母が部屋からでると僕はたった今まで書いていたノートを閉じ、机の中から原稿用紙を取り出した。

八文社の短編小説の公募。

一つ大きな目標ができた僕は先程まで燻っていたやる気が焚き火のように燃え上がるような感覚が湧いてきた。

「…よし」

結局その日彼女の連絡の返事を疎かにしてまでできた結果は8つほど丸められた原稿用紙だけだった。

609高嶺の花と放課後 第9話:2020/01/04(土) 15:27:39 ID:aKFulWyM
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「はいっ、あ〜〜ん」

「あ、あーん…」

甘い。

そう、甘い。so sweet

甘すぎる。

甘ったるいのが口の中に入れられたケーキなのかはたまた可憐な少女が僕の口の中にケーキを入れるという行為なのかは分かりかねる。

あるいは両方なのかもしれない。

「あなたたち、この間とは随分と変わった関係になったんじゃない?」
カタリ、と陽子さんは横から珈琲を机の上に乗せた。

いよいよ文化祭が1週間後に迫るという週末に僕と華は『歩絵夢』に訪れていた。

「えへへ、やっぱり分かっちゃうかなぁ」

「分かっちゃうもなにもバレバレよ。しかし随分小さい頃から華ちゃんを見てきてどんな男の子が恋人になるかと思ってたけど不知火くんみたいな男の子だとはねぇ」

「…ははは、僕なんかで恐縮です」

なんとも言えない居心地の悪さに乾いた笑いをすると、華からデコピンが飛んできた。

額に鈍痛が走る。

「またそーやって、自分のこと悪くゆうー」

「いたた、僕そんなこと言ったかい?」

「ゆったよ!『僕なんか』って」

「そういうつもりではなかったのだけれど無意識に出てしまったから性分ということで許してはくれないかな」

「いやよ。いくら遍でも私の好きな人の悪口は許さないんだから」

「あーあ見せつけてくれちゃって」

少々呆れたような表情で陽子さんはこちらを眺める。

「この子絶対モテるくせに男の影1つも見せないんだから。正直この間不知火くんを連れてくるまでレズかもしれないと思ってたくらいよ」

「え?僕が初めての男子だったんですか?」

「そうよ。だから私華ちゃんが男の子を連れてきたから嬉しかったのよ?」

「い、意外ですねぇ」

男子で初めて連れてこれたことが分かり口角が上がりそうになるのを珈琲を口にして抑える。

「なぁーに?不知火くんまだ私のこと尻軽女だと思ってるの?」

「ご、誤解だ。それは誤解だってば。そんなことは寸分にも思っていないさ」

「つまりあの時から脈アリだったってワケね」

「よ、陽子さんは小さい頃から華を幼い頃から知っていると言ってましたけどお二人はどのくらいのお付き合いをしてるんですか?」

なんとも居心地の悪い空気になり始めたので話題を変えなくてはと意識を働かせる。

「んー、元々この子の両親が常連さんでね。初めて来たときはこの子が小学生高学年くらいだったかな。中学生になる頃にはもう一人でよく来てたわ」

「凄いですね。僕が中学生の頃はただただ本を読んでただけですよ」

「凄い…ね。でも遍くん、女子中学生が一人で喫茶店に通うのは凄いっていうんじゃなくてませてるっていうのよ」

すると華はまるで心外だと言わんばかりに目を見開いた。

「ひっどーい陽子さん!そんなこと思ってたの!?」

そんな様子の華を陽子さんは余裕の笑みで返す。

「ふふん、確かにあなたは可愛いけど私から見たらまだまだ子供ってことなのよ。これからもどんどん自分磨かないと遍くん目移りしちゃうかもよ?」

その余裕の笑みはどうやら僕にも向けられ始めたらしい。

「いやいやまさか、むしろ愛想尽かされるのは僕の方…」

口に出してからしまったと思った。

再三注意されているのにも関わらずもはや癖となってしまっている自虐はどうにも無意識のうちに出てしまった。

これはまた咎められると恐る恐る華の様子を見る。

「…さない」

「え?」

「遍は渡さない、そう言ったのよ。誰だろうと関係ないよ」

瞬間やや驚いたような表情を浮かべた陽子さんだったが一旦目を伏せ、ため息を一つ吐いた。

「…いい華ちゃん?遍くんも。あのね、束縛っていうのはしすぎてもしなさすぎてもどちらとも問題なものなのよ。さっきから薄々感じてたけど華ちゃんは前者だし遍くんは後者。良い塩梅っていうのがあるんだからお互い直していきなさいよ。これはあなたたち二人のためを思っていっているんだからね」

610高嶺の花と放課後 第9話:2020/01/04(土) 15:28:38 ID:aKFulWyM
後は二人で話してみなさいと残し陽子さんは踵を翻し厨房へと戻っていった。

「…遍は私のことどう思ってるの?」

それは勿論

「好きだよ」

自分が思っているよりもすんなりと口から出たその言葉に自分自身が驚いた。

「私もね…遍が好き。でもきっと私の好きと遍の好きは違う」

彼女は僕ではないどこかを空虚な目で見つめながら僕へと告げてゆく。

「遍に触れたい。遍を抱きたい、抱きしめたい。遍とキスしたいし、その先だってそう。ううん、もういっそのこと遍を食べたいし、遍をこ…」

彼女は何かを言いかけた口を一旦閉じてまた開き直した。

「…とにかくそれぐらい好きなの、愛してるの。もうどうにかなっちゃいそう」

彼女はほんの少し寂しそうな笑いをしてもう一度僕に問うた。

「ねぇ、遍。私のこと"好き"?」

そして僕は同じ言葉をもう一度すんなり出すことはできなかった。

「…華はさ、どうして僕のことを好きになったんだい?君は以前言っていたよね、優しい人、かっこいい人はいくらでもいる、と。確かに僕よりかっこいい人はもとより僕より優しい人だっている。僕が特段優しい人間だと自負するつもりはないんだけどね。彼らではなく僕である理由がわからないんだ」

「…何度も何度も伝えてるつもりなんだけどなぁ。遍は私から愛されてる理由が欲しいんだね」

「理由…か。結局僕の人生で積み上げて来たものに自信がないんだろうね。だからこうして理由を求めているのかもしれない。不知火遍ってそういう弱い男なんだ」

なんとも情けない笑みを浮かべるしかない。

「じゃあはっきりと答えてあげる。私が遍を愛してる理由なんてないよ」

どうやら僕は求めていた答えにたどり着けないみたいだ。

喉から伸ばした手を舌の根に引っ込める僕を見て彼女はクスリと笑った。

「…遍、余計に私が分からなくなったって顔してるね。そうだよ、愛してる理由なんてない。ううん、理由がないから愛してるんだよ。好きな所を言えって言われたらいくらでも言ってあげるけど好きな所がなんで好きなのって聞くのってすごく野暮じゃない?だって好きなんだもの。これは頭で考えることじゃなくて思いがあふれるものなんだから」

彼女は一旦紅茶に口をつける。

「じゃあ聞いてあげる。遍はなんで本が好きなの?」

思ってもみない質問だった。

「えっ…と、本を読むことで小説の中の世界を体感できるから、か…な」

「小説の中の世界が体感できるから本が好きになったの?」

そう言われると違うような気もする。

「遍それはね、遍にとって本の好きなところの一つであって遍が本が好きな理由ではないんだよ」

「そういうことに…なるのかな」

「ふふ、ほら、理由なんていらないじゃない。好きなものがなぜ好きかなんて。だって好きなんだもの。心がそう想っているの。遍を愛してるっていう気持ちはもう私の本能だよ」

「きっと遍は私のことを好きなところをいちいち理由をつけてるんだよ。アハハ、いいの大丈夫」

彼女はそっと席を立ち上がりそのまま僕の隣へと座りこう囁いた。

「理屈じゃない、本能で好きになるってこと、これからたっぷりと時間をかけて教えてあげる」

背筋を貫かれる、普段の明るい彼女からは想像も出来ないその底冷えするその声に。

「さっ、ケータイショップに行こっか。遍がガラケーからスマホに変えてくれるんだもんねっ。ラインの使い方とか教えたいし、せっかくのデートだもん。行きたいとこ山ほどあるんだから」

611高嶺の花と放課後 第9話:2020/01/04(土) 15:29:44 ID:aKFulWyM
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「すごいや。僕のこの手には人類が積み重ねてきた研鑽の賜物が握り締められているんだね」

「あはは、大袈裟だなぁ遍は、ただのスマホだよ?」

「いやいや、いざ手にしてみると人類の進歩というのが文字通り肌から感じるよ」

「ああもう、いちいち反応が愛おしいなぁ」

「…あまりそうやって直情的に想いを伝えられると歯が浮くような気分になるなぁ」

「だって遍、こうやって伝えないとまだまだ分かってくれないみたいだからね、私の気持ち」

「…僕も努力するよ、華に愛想を尽かされてしまわないようにね」

「はいダメ〜。私が愛想尽かすことがありうるって考えてる時点ダメだよ、遍。うんでもいいの、今は。そういうのは愛する妻…じゃなくて恋人である私が教えて、支えて、染めてあげる」

腕を後ろで組み、余裕のある笑みでそう宣言される。

「さ、まだお昼すぎだもんね。どこ行こっか?」

「さっき行きたいところは山ほどあるって行ってたよね。華はどこか行きたいところがあるんじゃあないのかい?」

「私?私は遍と一緒ならどこでもいいよ。たしかに色んなところに行きたいんだけど遍と一緒ならどこでもいいかなぁって思っちゃうんだよね、えへへ」

まいったな、そう思わざるを得ない。

義母に言われた通りに華をデートに誘うまでは良かったが、肝心の何をするかをあまり考えていなかった。

己の計画性のなさを少々呪ってしまう。

「ごめんね、せっかく華を誘ったのに考え無しだった」

「んーん。いいの遍と一緒に居られるだけで私は幸せだから。遍はどこか行きたい場所とかある?」

行きたい場所というと本屋だが、デートに行くしてはいかがなものかと考えてしまう。

公募の短編小説の参考にするために、様々な文学に触れておきたいのだが、きっと僕は一人で読み更けてしまうし彼女は待ちぼうけてしまうだろう。

「…行きたい所…あっ…」

あるではないか、文学も学べてかつデートにも最適な場所が。

「どっか思い当たった?」

「華、映画に行こうか」

「わぁ…映画かぁ…いいねぇ。デートみたい!」

「…みたいというか僕はもとよりそのつもりなんだけどな…」

少々照れ臭くなり、頰を二、三度掻いてしまう。

「ふふ、そーでしたっ。それじゃあ映画館にいこっか」

「提案しておいて申し訳ないんだけれども、僕あんまり映画館とか行かないから場所が分からないんだ」

「もう、しょうがないなぁ〜」

絹のように柔らかな肌触りが指先に伝わる。

彼女の右手と僕の左手が重なり、そして熱を帯びていく。

「私が連れて行ってあげる。まかせて、場所わかるから」

「あ…うん」

どうしても彼女と結ばれた先が気になってしまい情けない返事しかできなかった。

「そうと決まれば善は急げだね。早く着けば見れる映画の種類が増えるかもしれないしね」

彼女が思いを馳せるように映画館へと駆けていく。

そしてそれに釣られれるように僕の左手から自然と駆け足になる。

少しずつ、少しずつ。彼女と並行するように歩みを進める。

やがて並行となった僕らは銀杏が香るイチョウ並木と残暑が過ぎ去りすっかり秋となった空気を通り抜けて行く。

木々を抜け、道を抜け、街を抜け。

そうやって僕らが映画館に着く頃には季節外れの汗にまみれ、秋風がひやりと首筋を撫でていく。

612高嶺の花と放課後 第9話:2020/01/04(土) 15:30:53 ID:aKFulWyM
「はぁ…はぁ…ふぅ、さて。今は何が上映中かなぁ」

息を整え、映画館の中へと踏み入れていく。

「普段僕は映画なんて見ないからどんなのをやってるかわかんないや」

「んー、友達とかから評判良かったのが確か2つくらいあった気がするん…ああー!!!」

突然、華が大きな声を出してしまったがために僕はびっくりしてしまった。

「わ、どうしたんだい」

「その2つともちょうど10分前に始まっちゃってるよぉ」

「それは…、」

なんとも悲運。

かえって走ってきた分、余計に損した気分になってしまう。

「どうしよう〜、冒頭見逃しちゃったけどまだ見れるかな。それとも別のやつを見る?」

「冒頭を逃してしまうとどうにも世界観に入り込み辛いよね。いまから見れそうなのは他に何があるかな?」

「あれとあれだね」

彼女は館内にある電光掲示板を指を指す。

ひとつは邦画、もうひとつはどうやら洋画のようだ。

「遍はどっちが見たい?」

「僕は…」

邦画の題名にちらと目をやる。

『夢少女』

見覚えのある題名だった。

「そうだ、池田秋信の原作の映画だ」

「池田秋信?」

「そっか、本の虫以外にはあまり知られない名前かもね。僕の好きな作家なんだ」

「ふぅん、他にはどんな本を書いているの」

「『王殺し』とか『顔が消えた世界で』とか書いてる人なんだけど、たぶん知らないよね」

「わかんないや、ごめんね…。んーっと、それじゃああの『夢少女』を見る?あ、それともひょっとして遍は原作読んでたりする?」

「いや好きな作家とか言っておいて恥ずかしいんだけれどもまだいくつか見てない作品があるんだ。『夢少女』もそのひとつだよ」

「じゃあそれ見よっか!」

「いいのかい?僕がいうのもあれだけど原作者は少し癖があると思うよ」

「いいの!遍が好きなものを私見てみたい!」

「それじゃあ、『夢少女』を見ようか」

僕ら二人で券売機の前まで行き、扱いがわかっていない僕に華が一つ一つ買い方を教えてくれる。

(映画館なんて久しぶりだなぁ)

綾音と出かける時もあまり映画館に来た覚えはないように思える。

きっとこの可憐な少女に出会わなければ今頃、部屋に篭っては駄文を書き続けていただろうな。

ふと目を離した隙に、華はなにやら抱えていた。

「えへへ、ポップコーン買ってきちゃった!一緒に食べよ?」

「あはは、買いすぎだよ華」

「いやいや、絶対二人なら食べきれるよ!」

原作者が僕の好きな作家だからか、久方ぶり映画だからか、それとも彼女と観る映画だからか。

僕はワクワクしながら上映ルームへと足を運ばせていった。

…。
………。
……………。

「あはは、最後泣いちゃった」

「僕も泣きそうだったなぁ」

『夢少女』を見終わった僕らは黄昏に包まれた街の中で帰路についていた。

『夢少女』

ある日からとある一人の少女の夢を見始める男の物語。

毎晩眠りにつくたびに会える彼女に心惹かれていく主人公は、募りに募った想いを少女に打ち明けると次の日から夢を見なくなる。

やがて現実が夢だと思い込むようになり自暴自棄に堕ちていく主人公だが、もう一度だけ見た少女の夢により厳しい現実を乗り越えていく物語だった。

「ね…遍」

「ん?どうしたんだい」

「私たちは…夢じゃないよね?」

不安そうな表情で僕の頰に触れる彼女も、たったそれだけのことで頰を紅潮させる僕も、きっと

「夢じゃないよ」

「嬉しい。あのね遍、私幸せなんだ。好きだよ」

僕もだ、と返そうと開いた口は不意に近づいた彼女の唇によって塞がれた。

「えへへ、付き合ってからはじめてのキスだね」

告白の時のあの乱暴な接吻は彼女の中での「付き合ってから」の期間の中には含まれていないのだろうか。

少しそんな野暮な考えが浮かぶが、僕の目の前に居たのはあの時の暴力的な感じの彼女ではなく、間違いなく僕が以前から惹かれていた夕日に美しく可憐な彼女だった。

613高嶺の花と放課後 第9話:2020/01/04(土) 15:33:15 ID:aKFulWyM
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日々の学業に勤しみながら、否。

学業が疎かになっても仕方がない、そんな雰囲気があるのはあと三日で文化祭が始まるという差し迫った状況からだろう。

かく言う僕ら看板製作組もそんな慌ただしさを掻き立てる一員となっていた。

「ったくよぉ、チンタラやってたあいつらが悪いのに何で俺らが小物製作も分担しないといけないんだよ」

「ははは、仕方がないさ。メインの看板は大方終わりかけているし手伝ってあげれるのならそれに越したことはないさ」

「そうだよ〜。それに喫茶店はクラス全員の出し物だからね〜。わたしたちの仕事はみんなの仕事、みんなの仕事はわたしたちの仕事だよ〜」

「おまえら本当にいい子かよ。わーったよ、やるよやるさ!やりゃいいんだろ!」

文句こそ垂れど結局一番作業に力を入れてるのは桐生くんであり、彼こそ『いい子』に相当するだろうと考えると、なんだか滑稽に思えて来てしまう。

とはいえ少々憤慨しているのも事実らしく、養生テープを剥がす音がやけにけたたましく聞こえる。



「あー、このペースだとテープ無くなりそうだなぁ」

「確か用務員室に予備のテープがまだあったはずだけど」

「そっか。んじゃ俺、用務員室行ってくるから二人ともよろしくな」

「は〜い」

桐生くんがその場を離れると残された僕らふたりの間を沈黙が支配した。

それもそうだろう、僕はあまり積極的に話しかける性分でもないし、小岩井さんもどちらかといえばその通りだろう。

「不知火くん〜、ちょっとい〜い?」

「どうしたんだい小岩井さん?」

「不知火くんは文化祭誰と回るの〜?」

思っても見なかった質問だった。

看板製作の仲間として関わり始めてから今まで僕と小岩井さんの二人で他愛のない会話をした記憶がなかったのだ。

「僕か、あんまり考えてなかったなぁ。恐らく今年は妹と一緒に回ることになるんじゃあないかとは思っているんだけれどもね」

「じゃあ一緒に回ろ〜」

いつもと変わらない小岩井さんを象徴するかのようなのんびりとした言い方で、そんな穏やかで優しい言い方で。

「一緒にって僕とかい?」

「うん、そうだよ〜」

ああなんだ、看板製作を共にした誼みで僕を誘っているのか。

ならばと

「じゃあ、桐生くんは僕から誘おうか」

「ん〜ん、違うの。私二人で周りたいの」

文化祭まであと三日だ。

文化祭まで差し迫った状況だ。

「不知火くん、あのね」

だからいつもの放課後とは違う、クラスメイトたちの活気が溢れているこの教室で。

どうしてこうも喧騒から逃れたように彼女の声がはっきり聞こえるのだろうか。

「私、不知火くんのこと好きなんだぁ」

614高嶺の花と放課後 第9話:2020/01/04(土) 15:34:35 ID:aKFulWyM
いつものように間延びしたような口調でそう告げた。

潤んだ瞳、いつもと異なる口調、震えている指先。

そのどれもが彼女の緊張を僕に伝えるには十分なものだった。

いつも僕に付き纏うあの疑問が喉から這いずり出そうになるがそれよりも先に僕は伝えなければならないことがある。

僕の口はそれを一番よくわかっていた。

「ごめん。小岩井さん、僕にはそれができない、交際をしている女性がいるんだ。だから、ごめんなさい」

「…。そうなんだ〜。あはは、ごめんねぇ、ちょっとトイレに行ってくるね」

反射的に僕も立ち上がり付いていこうとするが他でもない僕自身が地面に足を縫い付けている。

彼女が用を足しにこの場を去ったわけではないということぐらい、さすがに僕でも分かる。

追う資格なんてないのに、付いて行ったってなにもできやしないのに。

許しを乞うてしまいたい。僕なんかを好きになってくれてありがとう。僕なんかが想いを断ってごめん。

あぁ、華はいったいどうやって彼らの想いを受け止めていたのだろうか。

この背負いきれない想いを。


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「なんでかなぁ、ふふ、あはは、なんでかなぁ」

目を覚ますと後頭部に激しい痛み、脳が揺れる感覚、血脈が流れる鼓動を強く感じる。

吐き気もする。心も痛い。心身ともに衰弱しきっている。

自分が今どういう状況に陥ってるのかすら把握していない。

最早、夢か現実かも定かではなかった。

615高嶺の花と放課後 第9話:2020/01/04(土) 15:35:18 ID:aKFulWyM
「あ、やっと目を覚ましたんだね、奏波」


(そうだ、私は不知火くんにフラれたんだ)

「ねぇ…知ってた?社会科教室って鍵は開きっぱなしだし放課後は全然人こないんだよ。告白に御誂え向きな場所だからよく呼ばれるんだぁ、ここ。アハッ、御誂え向きだなんて難しい言葉、遍の言葉遣いが移っちゃったかなぁ」

にわかには信じがたい様子のおかしい親友の姿も、今ここが現実であること認識することを難しくしていた。

夢を、悪夢を見ているのではないか。

そう思ってしまう。

「ねぇ奏波?なんで遍を好きになったのかな?ありえないよね?だって私と遍は運命の赤い糸で結ばれているんだもの。他人共が入る余地なんてない、そうよね?お姫様と王子様、二人は末永く愛し合いましたとさめでたしめでたし、物語はそこで終わるの、それ以上先に登場人物なんていらないし、増してやそれを邪魔するなんてありえないの。…まぁそれに関してはあなただけに限った話ではないんだけどね」

「文化祭かなんだか知らないけど浮かれた奴らが…いえ、そもそも登場なんてあってはいけない奴らが一人また一人と私に告白してくるのよ。私はもうすでに一人に愛を、人生を 、全てを!…捧げると誓った身なのに、その誓いをあいつらは破ろうとやってくるのよ?そうね、少し前までは煩わしいとくらいにしか思わなかったけれども今ではもう憎しみとも言える感情が湧いてくるのよ。腑が煮えくり返るとはよく言ったものね、今にも底から溢れる憎悪で内臓が爛れそうよ」

「遍がダメって言うから我慢してたけど…。…まだ私に来る分にはいいや…いいけどさ!!!遍にまで幸せをぶち壊す悪魔が忍び寄って来るのなら、あはは、もう我慢の限界だよ!!!!おかしいよ、おかしいよね?なんでわざわざ私達の愛を隠さないといけないのよ!!!」

遍といえば、確か想いを寄せた男子生徒の名がそれだった。

「じゃあ…」

「ん?」

「じゃあ不知火くんが言ってた恋人って…」

「そうよ?私よ、他に誰がいるのよ。いるわけがないでしょ。私と不知火遍は出会うべくしてこの世に生を授かって17年という時の障害を越えてやっと出会った真実の愛を誓い合う運命の恋人なんだから」

「そんな…私知ってたらちゃんと引いてたのに…」

こんな想いにならなかったのに。

同時にそう思う。

「だから言ってるじゃない、遍に口止めされているのよ。まぁ良き妻としては夫の望みをなんでも叶えてあげたいと思うけど、どうしたものかしら」

不知火くんはどうして交際を隠したがったんだろう。

いくつもわからない疑問が浮かんでくる。

しかしそのひとつひとつを解決する間も与えないように親友は続けた。

「ねぇ…奏波。あなた一体幾つの罪を犯したか自分で分かってる?」

「つ…み?」

いつもと違う様子の友人はいつもと変わらない笑みを浮かべる。

「遍と目を合わせた回数117回、遍と会話をした回数52回、遍に触れた回数12回、遍に告白した回数1回。これがあなたの罪の数よ、奏波。人はね、罪の数だけ罰を受けなきゃいけないの。だからね…」

歪なのにどこか美しさを感じるその笑みを浮かべる彼女は

「頑張ってね、かなみ?」

私には悪魔に見えた。

616高嶺の花と放課後 第9話:2020/01/04(土) 15:54:24 ID:aKFulWyM
以上で投下終了です。
あけましておめでとうございます、そして相当お久しぶりです。生きてました。
前話を投下してからもう1年半経ってました、いやぁ時が流れるって早いですね()
平成終わる前に投下するとか令和になったら投下するとかほざいてましたが全然投下できませんでしたね、本当にごめんなさい。
今回投下した9話なんですけど実は8割くらいはもう一年以上前に出来てました。
個人的に長く続けばいいなと思い、物語をどうすれば引き延ばせるだとかどうでもいい描写を細かく書いて引き延ばそうかとかそんなこと考えてるうちに書きたくないものを書いている気分になりモチベーションが底辺に落ちてました。
その後当たり前なことに気がついたんですけど面白い長編作品ってあんまり無駄なパートは入らず物語の本質を動かすストーリーをだけを書いていった結果、設定や世界観の深さゆえに長くなってるんだなぁと。
結局長くすることを目的に物語をやっていたら書きたくないことまで書いてて作者がつまんないと思いながら書いてるものを果たして他の人が面白いと思えるかと考えていました。
そんなこんながあって1年半という期間が空いてしまいしまいましたがこれからはマイペースで書きたいものを書き、結果的に長くなるのだったら御の字という気持ちでやっていきたいと思ってます。
長くなりましたが、今年もよろしくお願いします

617雌豚のにおい@774人目:2020/01/07(火) 11:17:27 ID:dKFcbCpY
生きとったんかいワレえ!乙です!
ゆっくりでええんやで、貴方の書くヤンデレが好きなのでいつまでも待ちます

618罰印ペケ:2020/01/08(水) 03:19:41 ID:P3CwXFaU
>>617
ほんとにお待たせしました、というよりほんの少しでも待っていてくださってありがとうございます!そう言った書き込みを見ると凄く嬉しくなって励みになります!

あと少しだけ宣伝というか報告です。一年半も投稿に期間が空いてしまい物語ももう覚えてない人もあると思ったので過去の話も見やすいようにカクヨムというサイトで罰印ペケというペンネームで『高嶺の花と放課後』1話〜9話を再掲しました。良かったら読んでやってください。ただ僕自身、小説書き始めたのが、昔お世話になったこのスレを少しでも盛り上げることに貢献できたらなと思って書き始めたので、引き続きスレにはいち早く物語を投下できたらなと思います。では10話でお会いしましょう

619雌豚のにおい@774人目:2020/01/08(水) 15:08:00 ID:Czj38jBs
更新乙です!
10話も楽しみにしてます!

620高嶺の花と放課後:2020/01/11(土) 05:01:53 ID:6R2YzN9.
高校2年 10月下旬

「結局、今日も小岩井来なかったな」

「…そうだね」

完成した模擬店の看板を僕と桐生くんはただ眺めていた。

あれから、小岩井さんの想いを僕が断ったあの日から四日の日々が過ぎ、文化祭を目前に控えた金曜日の放課後に至るまで僕はおろか誰も小岩井さんの姿を見ていなかった。

出来ることならば小岩井さんと桐生くんの三人でこの完成した看板を飾り付ける場面を迎えたかったが、それは僕のわがままなのだろうか。

担任の太田先生からは体調不良だという風に伝えられている。

彼女が学校に来なくなってから初日は太田先生の言葉を鵜呑みにし、二日目は彼女の体調を心配し、三日目から彼女が学校に来なくなったのは自分のせいなのではないかという考えが浮かぶようになり、時が経つにつれ随分と勝手な責任感を感じ始めていた。

否、彼女が学校に来れないのはたまたま体調不良だからだ、そんな考えは自惚れだ。

そう考えてはまた自惚れて責任を感じ。

結局、教室の入り口に模擬店の看板を立て掛けるこの時まで彼女は姿を表すことはなかった。

「こんなときに風邪を引くなんて小岩井もついてないよなぁ、不知火」

「…え?あぁうん。そうだね」

桐生くんは他愛のない会話のつもりで話しかけてきたのだろうけど、不器用な僕は生返事しかできなかった。

「あー!看板できてる!」

「いいじゃんこれ。なんか本物の喫茶店みたいで」

手が空いたのかクラスメイトの女子生徒たちが教室の外まで来て、完成した看板を見に来た。

「へへ、いいだろこれ。文化祭で普段使う一枚板の看板じゃなくて立体的に作ってそれっぽくしてんだよね。俺ら看板制作班の自慢の出来よ」

それに対して桐生くんは誇らしげに看板を紹介している。

「本当に本物の喫茶店みたい!わたし喫茶店いったことないんだけどね、あはは」

「あはは、なんだそれ。あっ、華も来なってすごいのできてるよ」

女子生徒の一人がよく知った名前を呼ぶ。

これまた不器用な僕は一瞬表情が固まってしまう。

「ん?どれどれー?あっ、凄いお洒落な看板出来てるね!」

以前桐生くんに指摘されて以来、華との関係を公にしたくないがために癖になってしまった彼女から意識を逸らす行為をしてしまう。

「でしょー!明日のやる気がみなぎってきちゃった」

「俺らはここまで頑張ったんだからお前ら当日頑張れよ?」

「まっかせてよ!なんてったって初日のトップバッターを我がクラスが誇る1000年に1人の美少女、高嶺 華が務めるんだから!」

「ちょっと恵ー、そんな大げさな表現やめてよー」

「大げさなもんですか!文化祭間近になってめちゃめちゃ男子に告白されてるでしょ〜。しかも文化祭の準備がままならないくらい」

「冗談抜きでうちの学年全員華に告ってんじゃない?こうなったらもはや全員コンプリートしたいよな」

「おっ、ちょうどいいところに男子二人いるじゃん。お二人はこの娘に告白したことは?」

あまりにも突飛な話になっている。

だがいつもであればこんな突拍子も無い会話の流れをどうすれば変えられるかと思案してみたり、あるいはただただ狼狽えるだけかもしれない。

しかしここ数日、小岩井さんの事で思い悩みできたた身としては、告白という言葉を聞くだけで少々憂鬱な気持ちになってしまう。

「いや、ねーけど」

「……。僕もないや」

「じゃあテキトーでいいからふたりとも華に告白してみてよ」

「は?いやいや意味わからんて。大体高嶺が仮に全員に告られたとしてそれがなんの意味があんだよ」

「いやいや全員に告られたらレジェンドになるじゃん、きっと将来同窓会とかやったらめっちゃ盛り上がる話題になるよ」

「だとしてもだろ。こうまでして茶化すことじゃなくね?」

「そんなマジになんなくていいからさ〜。ネタだと思って軽くやってみてよ」

「ったく。高嶺さんー好きですー付き合ってくださいー。これでいいかよ」

「うっわ、めっちゃ棒読み。あはは、まぁいいやおっけー。じゃあ次不知火くん」

621高嶺の花と放課後 第10話:2020/01/11(土) 05:04:28 ID:6R2YzN9.
意識が僕へと向けられる。

「おい、俺まだいいけど、不知火にまで強制させんなよ」

「まーまー。不知火くんも本当にテキトーでいいからね」

悪意はないのだろうけど、いや悪意がないからこそ厄介なのかもしれない。

逸らしていた意識を華へと向ける。

困惑、期待、緊張、あるいは歓喜。

僕には目の前の『高嶺の花』はそんな表情を咲かせていたように見えた。

もし僕が華に告白されていなければ、こうして僕から想いを伝えていたのだろうか。

臆病者な僕は胸に想いを秘めるだけかもしれないし

「高嶺さん、僕と付き合ってください」

想いが溢れてフラれることも承知の上で告白していかもしれない。

交際の申し出を口に出してからしまったと思った。

もし彼女がいまこの告白を受け入れたら?

僕と彼女が公に交際を行うことになる。

今まで秘密裏に交際をしていたのは全て、目立たないため、やっかみを受けないため、そして綾音に伝わらないようにするためだ。

公に交際を知られれば、きっと学年が違う綾音の元にも噂が伝播することだろう。

なにせ入学から今に至るまで数多の生徒の想いを受け入れなかった『高嶺の花』が、こんな何の特徴もない一男子生徒と交際を始めるなんて誰しもが驚嘆する事実だろう。

否、事件だ。

綾音には華のことを時期を見て、自分の口から伝えたいのだ。

こんな事件を噂で聞いた綾音は、祝福してくれるのだろうか。

悲しむのだろうか、怒るのだろうか。

分からない。

「ありがと、不知火くん。てことで次は華の番ね」

「…へ?」

「へ?じゃなくて。ほらいつもみたいにごめんなさいって」

なんなんだろうかこの女子生徒は。

何を考えているのだろうか。

人の気持ちを弄んで何が楽しいのだろうか。

それともこれはただの遊戯にしか過ぎないというのだろうか。

苛立ちが募る。

華は僕の告白を受け入れるのだろうか。

それともこんなのは茶番だと断ってくれるだろうか。

分からない。

分からない。

しかしいくら待っても華からの返事はなかった。

「…華?」

少し不審に思った女子生徒は華に声を掛ける。

僕も様子が気になり、彼女へと視線を向ける。

動揺。

先程の感情とはうって変わり、ただ一つの感情が今彼女を支配しているように思えた。

祭りを前日に控え、学生たちの喧騒で賑わう中、異様な沈黙が僕らを包み込む。

数秒にも数分にも感じる沈黙を破ったのは桐生くんだった。

「…ほら飯島いい加減にしろって。高嶺も困ってんだろ」

「ははは…確かにそーかも。ごめんね!大地くん、不知火くん、華」

「てかこっちに油売りに来てる暇あんのか?」

「それがねー聞いてよ!こっちでさぁ…」

異様な沈黙は何処へやら。

桐生くんと女子生徒は雑談に花を咲かせ始めた。

とりあえず杞憂に終わったのかと安堵しているともう一人の女子生徒に肩を叩かれる。

「ごめんな不知火。なんか変なことに巻き込んじゃって」

「あぁ、僕は気にしてないから大丈夫だよ」

その娘は僕の肩に腕を乗せると、体を前にと体重を乗せる。

自然と彼女と僕は前のめりな姿勢になり顔が近づき、爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。

華と綾音以外の女子とここまで近づいたことはないので、急な接触に心臓が高鳴った。

622高嶺の花と放課後 第10話:2020/01/11(土) 05:05:38 ID:6R2YzN9.
「恵…あぁ飯島な。桐生のやつに気があって、ちょっと調査つーかリサーチみたいな。ほら桐生と高嶺ってよく噂になるだろ」

僕にしか聞こえない声量で耳打ちをしてきた。

そうか、あの女子生徒は飯島 恵(いいじま めぐみ)というのか。

などと場違いな感想を抱きつつ、どこか落胆した感情が心の奥から滲み出る。

色のある話だったがそれが僕に向けられたものではなかったからか?

やはり誰もが華にふさわしいの桐生くんと思ってるからか?

その両方なんだろうな。

「あぁまぁ…華が、高嶺があんな反応すると思ってなかったけどやっぱり桐生に気があんのかな」

「え?」

「いや、ほらなんとも本当におもってないんだったらあんなに間が空くことがあるのかなってさ」

まるで最初から僕が可能性がないという風な言い草に子供染みた反抗心が芽生える。

「…高嶺さんがどう思ってるのかは分からないけど、桐生くんは彼女がいるって言ってたよ」

「え?まじか。それって高嶺じゃなくて?」

「そうだね」

こんなことでしか反抗できない自分が情けない。

この様子じゃ僕が華の恋人だと主張したって信じない人が何人いるか分かったものではない。

「…そっかぁ。悪いな、変なことに巻き込んだ上にそんな情報教えてもらって」

「本当に僕は気にしていないから、平気だよ」

僕は嘘つきの笑みを顔に貼り付ける。

「いい奴だな、不知火。もしかしたら高嶺は桐生じゃなくて不知火のこと気にしてるのかもな」

「へ?」

彼女はそう告げると前方にかけていた体重を解くと僕の肩に乗せていた腕も下ろした。

「助かったよ、ありがとな不知火」

桐生くん、飯島さん、華の意識が僕らの方へ向いていることに気がつく。

「紗凪ー、不知火くんと何話してるのー?」

「んあ、なんでもねーよ」

彼女はぶっきらぼうに答えると僕の元を離れていった。

「こらー!三人ともサボってないで中に戻ってこい!まだ作業残ってるんだよ!」

これまた別の女子生徒が三人を教室の中に押し入れるよう戻しにきた。

全員渋々と言った表情で教室へと戻っていく。

華も教室へと戻っていくーーー

ーーー廊下と教室の境界に踏み入れる。

華が教室に入る寸前ーーー

ーーー刹那と呼べる間。

その色の無い黒い瞳がーーー

ーーー僕を射抜いた。

623高嶺の花と放課後 第10話:2020/01/11(土) 05:06:26 ID:6R2YzN9.
今まで感じたことのない暗く冷たい眼に僕の心臓を凍りつく。

「なぁ、不知火。萩原と何話してたんだ?」

「……。…え、っとごめん。聞いてなかった」

「いや、荻原と何コソコソ話してたのかなつてさ」

そうかあの女子生徒は萩原 紗凪(おぎわら さな)というのかなどと再び場違いな思考が浮かぶ。

「…桐生くん。僕って案外薄情な奴かもしれないや」

「ん?どうした急に」

「今、桐生くんから萩原さんの名前を聞くまで顔と名前が一致しなかったんだ。飯島さんにしてもそうだ」

「それは不知火があんまりあいつらと関わりがなかったからとかじゃないか?他にも人の名前と顔を覚えるのが苦手っていう人もいるし不知火もそれとかな。薄情とは違う気がするわ」

「そういうものなのかな」

「って話変えんなよ。荻原と何話してたんだよ、看板製作係のよしみだろ。教えろよ」

「桐生くんはなんで僕が話を変えたかはわかるかい?」

「…おまえやっぱり薄情なやつかも」

桐生くんの拗ねた声がなんだか可笑しくて、先ほど凍てついた心臓が解けていくのを感じる。

安堵の笑みが自然と湧いてくる。

「ははは、そうかもね」

「…まぁ不知火が平気そうならいっか」

なんのことだろうか、と思案する。

もしかして、僕が華に雑な告白を強要させられたことを気にしていたのだろうか。

否、考えすぎか。

でも、もし。

もしそうであるのならば、桐生くんは本当に気が効く人だ。

最初も僕が華を意識していることに気がついていた。

そこまで考えて、別の思考が過ぎる。

桐生くんは小岩井さんのこと気がついていたのだろうか。

ーーーこんな時に風邪引くなんて小岩井もついてないよなぁ、不知火

もし小岩井さんのことに気がついていて。

もし僕がそのことを気にしていることに気がついていたとして。

桐生くんは僕にあまり気負わないように気をつかったのだろうか。

そこまで考えて。

そんな馬鹿なと、僕は迷宮に足を踏み入れかけた思案を胸の奥へと閉まった。

624高嶺の花と放課後 第10話:2020/01/11(土) 05:08:16 ID:6R2YzN9.
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夏至を迎えたのはとうの昔。

秋分すら過ぎ去り一年の短さを寒さと共に肌から感じていた。

夕刻と呼ばれる時刻でも辺りは暗く包まれ、月明かりと街灯が道を照らしている。

その中を少し駆けては、疲労を感じ足を止め、また道を駆け足で抜けていく。

ラインで手短に送られてきた「二人で話したい」というメッセージ。

文化祭の前日ということもあり、校内に残る生徒が大勢いるという予測の元、僕は校舎の中ではなく高校から少し離れた羽紅公園を逢瀬の場所として指定した。

結局あの後、小道具製作を担当している太一からトラブルが起きたと相談を受け、僕は小道具製作の手伝いをすることなった。

問題が解決する頃には、既に日は沈みきっており華も学校を出ていたようだった。

想定していた以上に時間が過ぎていたことに気がついた僕は、太一と別れの挨拶も早々に駆け足でここまでやってきた。

日頃の運動不足が祟ったのか、いくら気持ちで急いでも身体がついてきてはくれなかった。

この冷え切った空気の中で待たせているのが申し訳なくなり、息も絶え絶えになりながら約束の場所へと足を急かす。

夜道を走り、住宅街を歩きながら息を整え、階段を駆け上がる。

やがて羽紅公園が見えてきた。

ラストスパートだと、そこまで足を止めることなく走り抜く。

羽紅公園にたどり着いたときは、息が乱れに乱れ、秋の凍てついた空気で肺に痛みすら感じていた。

「…おそかったね」

息が整う前に背後から声をかけられた。

「はぁ…はぁ…ごめん、はぁ。華。太一たちの手伝いを…はぁ…していたらこんな時間になってしまった」

突然、胸倉を掴まれる。

「おかしくなぁい?私、遍の彼女だよね。どうして私よりそんな有象無象が優先されてるの?」

必死に息を整えようとした呼吸すら止まる。

すっかり暗くなった羽紅公園では、彼女の表情の半分も分かりはしなかった。

「た、確かにこんな時間まで待たせたのは申し訳なかったけど、太一たちをそんな有象無象だなんて」

そこまで僕が口にすると

ーーーーーーーパンッ

乾いた音が公園中に鳴り響いた。

急速に熱が帯びてく頰。

数巡遅れて僕が頰を叩かれたということに気がついた。

「"有象無象"だよ。私と遍以外全員そう」

あまりの突然の出来事で理解が追いつかない僕の頰に彼女の冷えた手が添えられる。

その冷たさが、一体彼女をいくらの時間待たせたのか、一体彼女がどれくらい憤怒しているのかを伝えてきた。

「ごめんね?痛かったよね?でもね、これは必要なことだと思うの。間違ってことは間違ってるって。恋人の私があなたにちゃぁんと教えてあげないといけないと思うの。うん、私いままで遍を少し甘やかしていたかもしれないね」

625高嶺の花と放課後 第10話:2020/01/11(土) 05:09:47 ID:6R2YzN9.
闇夜に目が慣れてくると彼女の顔が段々と分かってきた。

先ほど僕を射抜いたあの色のない黒い瞳で、

今、

僕を、

確実に、

捉えている。

「私と遍は運命の恋人なんだから、お互いの一番がお互いじゃなきゃあだめでしょう?私いっぱい、いーっぱいライン送ったのに遍、全然気付いてくれないし」

確かに手伝いを始めてからここに来るまで携帯を一度も見ていなかった。

「別にね、長く待たされたことを怒ってるわけじゃないんだよ?私より"有象無象"が優先されたっていうのが何よりも耐え難いの」

今ここで彼女の怒りを鎮めるには一旦、願いを聞き入れるしかないと思った。

「もう…」

「もう?」

「もう華を何より優先するから、今回は許してはくれまいか?」

僕のその言葉を聞き入れると、黒い瞳で僕を射抜きながら笑みを浮かべる。

「うん、うん。許してあげる。私は遍が間違っていたら叱ってあげるって決めたけど、どんなに間違いを犯しても"決して"見限ったりしないからね」

一先ず安堵した僕だったが、解放されない胸倉に疑問と焦燥が浮かび上がる。

「華?」

「次」

再び公園に乾いた音が鳴り響く。

二度目の張り手は、一度目よりはっきり認知でき、強く痛みが走った。

「どうして私以外の女に触れたのかな?」

彼女が何を言っているか分からなかった。

「私あんまり束縛が激しい女になりたくないから本当は嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌でも、私以外の女と会話することだけは百歩譲って許してるけど、触れるのはもう…もう我慢ができないよ」

女子に触れた覚えなどないと反論しようとした僕の鼻腔に爽やかな香りが蘇る。

もしかして萩原さんとのことを言っているのだろうか。

「もちろん触れに行った女が何よりも罪深いけど、遍にも責任があるんだよ?だからこれは罪に対する罰なの」

再び黒い瞳で僕を射抜きながら笑みを浮かべる。

「さぁ誓って。二度と私以外の女に触れないと。母だって妹だって例外は無しだよ」

いつもであれば無茶な願いだと反抗するかもしれない。

しかし胸倉を掴まれていることが、頰を二度叩かれたことが、僕を射抜く黒い瞳が、抵抗する気力を一切失わせていた。

「誓う、誓うから。許して欲しい」

「うん、うん。ありがとう遍」

今度は先程とは違い、掴まれていた胸倉は解かれた。

「でもやっぱり私って恋人に甘いっていうか遍に甘いっていうか。このくらいの罰で許しちゃうんだから、惚れた弱みってやつかなぁ」

二度にわたる張り手が甘い罰なのだろうか。

彼女の中での厳しい罰がどのようなものかと考えるだけで戦慄する。

626高嶺の花と放課後 第10話:2020/01/11(土) 05:11:08 ID:6R2YzN9.
「遍だって私に関係を公にしないって酷い約束してるんだから私だって他の女に触れない、誰よりも私を優先するって約束ぐらいしたっていいと思わない?」

関係を公にしないことがそんなに酷い約束事なのだろうか。

「遍は私のモノって、私は遍のモノって宣言したいのを必死に我慢してるんだからね私!今日だって、えへへへ、遍が私に告白してくれた時だって、えへへ。だめ、思い出しただけでニヤけちゃう」

華は両手で緩みきった頬を抑える。

「あの時、受け入れて公の関係にしたって良かったんだからね!でも何よりも愛しい遍のお願いだから我慢してたんだよ。それが…何?断る?遍の告白を?ふざけているのかしら。馬鹿にしているのかしら。遍の告白を断るなんて想像しただけで身が裂けそうになるわよ。ありえない…ありえない!!!」

綻んだ表情から一転、感情が高まったのか怒号を飛ばす。

「落ち着いて華。彼女たちは桐生くんと華が想い合っているんじゃないかと思ってあんなことをしたんだ」

「…なんで桐生くんがでてくるのよ」

「よく聞く噂だよ、桐生くんと華は美男美女でお似合いだって、裏で付き合ってるんじゃあないかって」

「下らない。顔しか見てないのね、だから有象無象なのよ。そんな奴らが真実の愛に気づくことなんて一生無いんだろうね。可哀想に。大体、仮に、本当に仮の仮の仮に、私と桐生くんが付き合ってたとしてなんの関係があるっていうの?」

「飯島さんが桐生くんのことを好いているらしいんだ。だから桐生くんの好きな人が華なのか、華が好きな人が桐生くんなのか、あるいは二人は付き合っているのだろうか知りたかったんだと思う」

「ふぅん。どうせ薄っぺらい恋愛なんでしょうけど精々頑張ればいいんじゃない?まぁ遍を私に告白させた点だけは褒めてもいいけど」

心底興味がなさそうにそう答える。

「…そうだ!遍。今から私に告白してみてよ」

「え、こ、告白って今から?」

「そうだよ今から。せっかくだしさっきの告白をちゃんと仕切り直そうよ!そーだなぁ、シチュエーションとしては文化祭を目前に控えた今日に想いを抑えきれず私を公園に呼び出して告白して文化祭一緒に回ってください!って感じかなぁ。…いいよね?」

突然の提案にただただ受け入れることしかできなかった。

「遍がまずここに待ってて、私が入り口から入ってくるから」

有無を言わせず、華は公園の入り口へと向かっていった。

まさか僕が華に告白するなんて思っても見なかった。

いや、思ってもみなかったと言えば嘘になるだろう。

もしかしたら違った未来では、こういうこともありえたかもしれない。

彼女と出会ってからのことを思い返し、さまざまなあり得た過去、あり得る未来の考える。

これからやることはそのうちの一つだと言い聞かせる。

不意に肩が叩かれる。

「ごめんね、待ったかな不知火くん」

今では最早、違和感すら感じるその呼び名に僕は応える。

「こちらこそごめんね高嶺さん、急に呼び出して」

「ううんいいの。気にしないで」

こんなやり取りを他の男子生徒たちもやっていたのだろうか。

「高嶺さんを呼んだのは、どうしても伝えたいことがあるからなんだ」

自分の大根芝居ぶりがなんとも情けなく感じてくる。

「伝えたいこと…?聞かせて、不知火くん」

きっといつかの自分が伝えたかったことを、伝えたかった気持ちを思い出し言葉にする。

「高嶺さん、あなたの事が好きです。できれば明日からの文化祭を僕と一緒に回って欲しい。よろしくお願いします」

片手を差し出し、深く頭を下げる。

彼女からの返事を待っていると差し出した右手が強く引っ張られる。

そのまま彼女に抱き寄せられ、後頭部に手を回されると彼女の唇と僕の唇が重なり合った。

「んっ…ちゅ…。もう遍ってばズルい。そんなかわいい告白してきて」

かわいいとは僕の大根芝居のことを指しているのだろうか。

何度も、何度も唇が重なり合う。

その間も強く抱きしめられる。

華の柔らかい四肢が、甘い香りが僕の情欲を駆り立て思考を奪ってゆく。

他の人に見られやしないだろうかなどと考えながら随分と長い間、接吻は続いた。

どれくらいの時が経ったか定かではないが車が一台、公園の隣を横切った時を合図に華は腕を緩め、唇を離した。

627高嶺の花と放課後 第10話:2020/01/11(土) 05:11:52 ID:6R2YzN9.
「幸せだなぁ…あぁ幸せだなぁ」

本当に幸せなのか、恍惚な表情を浮かべる。

そんな表情を見て安堵したのか、足の疲労感が徐々に思い出されてくる。

「華、あそこのベンチに座っていかないかい?」

「うん、そうしよっか」

そう言って彼女はさりげない仕草で僕の腕を絡め取る。

ベンチを目の前にするとさっさと座ってしまいたい思いでいっぱいになり、少々乱暴に座り込んでしまう。

二人してベンチに座ると今度は組まれた腕の方の肩に重みを感じた。

「ありがとうね、遍。これで明日明後日は我慢できそう」

再び甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「我慢?」

「だって、遍との約束だから。関係をみんなにバラさないって。だから文化祭を一緒に回るのは我慢する」

もしかして僕は彼女に無茶な約束を強いているのではないか。

今日一日でそう思うようになってきた。

関係を秘密にすることがそこまで彼女に苦悩を与えるのであれば、反故すべきかもしれない。

でも僕らの関係が皆に知れ渡った時のことを考えると、簡単に反故することはできない。

「だから遍も守ってね?私以外の女に触れないこと、私を一番に優先すること」

「約束するよ、絶対に守る」

「えへへ、大好き」

それでもいつかは関係を明かすべきなのではないか。

その時までに覚悟を決め、綾音に伝え、華の隣を胸を張って歩ける男にならなくちゃいけない。

一つずつ前に進もう。

628高嶺の花と放課後 第10話:2020/01/11(土) 05:12:44 ID:6R2YzN9.
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「ただいま」

「おかえりなさい。随分遅かったわね」

羽紅公園にたどり着いたときには既に日は沈んでおり、太陽が時間のあてにならなかったため、時刻を把握していなかったが、僕が家に帰る頃には二十時を過ぎていた。

「明日は文化祭だからね。最後の仕上げに少し時間がかかってしまったよ」

「そう。あら遍くん、ほっぺどうしたの?」

「頰、ああ頰ね。あはは、今日作業してるときに顔にぶつけちゃってね、多分その時のやつなんじゃあないかな」

さすがに彼女に叩かれたとは言えまい。

三文芝居でやり過ごそうとする。

「大丈夫かしら、冷えピタ持ってこようか?」

僕の頰に義母が触れようとしてきた時、華との約束が鮮明に蘇り、咄嗟に避けてしまう。

「大丈夫だよ、見た目はひどいかもしれないけどそこまで痛くはないんだ」

「…。ならいいんだけど、痛むようだったら言ってね」

「ありがとう。僕は部屋に戻って着替えてくるよ」

避ける動作。

それが生んだ気まずい空気から逃れるように自室へ向かう。

ガチャリと扉を開けると僕の部屋でくつろぐ綾音の姿が見えた。

最早、見慣れた光景だ。

「おかえりっ。おにーちゃん!ってどうしたのそのほっぺ!」

綾音からの指摘も免れなかった。

よほどひどいのだろうか。

後で鏡で確認してみることにしよう。

「ああこれ、明日の準備でちょっとぶつけてしまっただけだよ」

「それにしては誰かに打たれたような…」

「ま、まぁまぁ僕は大丈夫だから。とりあえず着替えたいし出ていってもらえるかな?」

「え〜、めんどくさ〜い。兄妹なんだし、気にしない!気にしない!」

「綾音」

「ぶー。着替え終わったら言ってね」

綾音は少しだけ不貞腐れながら部屋の外へと出ていった。

「ふぅ…」

今日の疲れを一つ一つ脱いでいく。

今まであまり考えてこなかったけど、華のことを綾音になんて伝えようか。

高校生にもなって兄の部屋に入り浸る妹に彼女ができたと伝えたらはたして穏便に済むのだろうか。

そんなことを考えているうちに着替えが済んだため、綾音を呼ぶことにする。

「綾音、終わったよ」

「はーい」

扉を隔てて直ぐそこに居たのか、三秒も待たずに部屋に戻ってきた。

629高嶺の花と放課後 第10話:2020/01/11(土) 05:13:48 ID:6R2YzN9.
「お兄ちゃん」

「ん?」

「羽紅高校の文化祭ってさ、初日の午前午後、二日目の午前午後で担当が分かれているでしょ?お兄ちゃんはどこの担当になってるの?」

「あれ?言わなかったかい?僕の担当は二日目の午後だよ。とは言ってもね、僕は看板製作とか内装製作をしていたから接客はしないんだ。ただの店番さ」

「そーなんだぁ。確か喫茶店だよね、お兄ちゃんのクラス。あたしはねー、初日の午後なんだぁ」

「そうか、なら一緒に回れるのは初日、二日目のどちらかの午前中だね」

「どっちも一緒じゃダメなの?」

「駄目じゃあないけれども綾音だって一緒に回りたい人いるんじゃないのかい?ほら久美ちゃんとか」

「それだったら別に久美ちゃんたちと回るのはお兄ちゃんが店番する二日目の午後にするよ」

「でも二日目の午後って売り切れがいろんなとこで出ちゃうかもよ?」

「別にお兄ちゃんと回れればそんなの気にしないけど…。あれお兄ちゃんもしかして他の人と回る予定とかあったりするの?」

「そ、そうなんだよ。今年は珍しく友達に誘われててさ、ははは」

「友達?ならいーよ!」

駄々をこねられるかと思ったらあっさりと引き下がった。

それこそ珍しいことがあったものだ。

「どうしたのお兄ちゃん。鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」

「いや、綾音のことだからてっきり二日とも一緒じゃなきゃ嫌だと言うかと思って」

「えーー!!あたしそんなに子供じゃないよーだ!それともなに?お兄ちゃんのほうこそあたしと回りたかったんじゃないの?このシスコン」

「シ、シスコンだなんて人聞きが悪い」

「いーや。お兄ちゃんはシスコンだね。ブラコンのあたしが言うんだもん、間違いない」

まさかブラザーコンプレックスの自覚があったなんて驚いた。

「じゃあいいんだね、半日だけで」

「うん!友達付き合いも大事だもんね。久美ちゃんたちとは二日目まとめて回ることにするから初日の午前中に一緒に回ろーね」

「じゃあ明日の午前中は一緒回ろうか」

「うん!あっ、そーだお兄ちゃん!」

「ん?どうしたんだい?」

「その友達って男だよね?」

実際のところ一緒に回る約束をした友人はいないのだが、ふと頭に浮かぶ友人たちを思い出す。

太一に、桐生くん。どちらも男だ。

「うんあぁそうだね。それがどうしたんだい?」

「え?どうしたもなにも、もし女友達ましてや彼女なんて言い出したらそいつ捕まえてお兄ちゃんと縁切らせないとって思って」

音が。

日常がひび割れていく音が聞こえる。

「綾音?」

630高嶺の花と放課後 第10話:2020/01/11(土) 05:14:38 ID:6R2YzN9.
「お兄ちゃんさ。最近親しくなった女、いるよね?あたしに隠しているつもりなのかもしれないけど、もうとっくに知ってるよ?いつもいい匂いするお兄ちゃんの服からくっさい女の匂いしてるもん。最初何かの間違いかなーとか思ってたけど何度も同じ臭い匂いつけて帰って来ればさすがに鈍いあたしでも気がつくよ」

義妹から今までに感じたことのない異質な雰囲気を感じる。

「何度かその女を捕まえようと休み時間にお兄ちゃんのクラスに行ってみたけど、お兄ちゃん相変わらず本読んでるし、匂いも不定期についてくるから偶々かと思ってたんだけど、ここ最近は特に多いんだよね、匂いをつけてくる頻度が」

家族になって十年経つ義妹は、僕が十年間一度も見たことのない表情を浮かべていた。

「ねぇお兄ちゃん?まさかお兄ちゃん、彼女。できたりしてないよね?」

義妹から放たれる気迫は、首を縦に振ることを許さなかった。

「そーだよねぇ!じゃあそいつ女友達?名前は?どんなやつ?教えてよお兄ちゃん」

だからといってすんなりと華の名前を口に出すこともできなかった。

「黙ってたらわかんないよ。教えて、お兄ちゃん」

なんて答えれば良いのだろうか。

いくら考えても答えは出てきやしない。

「…まぁいいや。親しい女がいるってこと確かみたいだね。あとはあたしがその女を見つけて腑掻っ捌いてお兄ちゃんに近づいたこと後悔させてあげる」

「さてとあたしはお風呂に入ろうかな。お兄ちゃんもご飯食べてきなよ。今日はカレーだよ」

それだけ言い残すと綾音は部屋を出ていった。

僕の認識が甘かったのか?

確かに綾音はブラザーコンプレックスだと思っていたし、実際にそうだった。

しかしここまでものだとは考えてもみなかった。

やはり認識が甘かったと言わざるを得ない。

「…困ったな」

昨日までの自分をここまで自由だったと思ったことはない。

明日からのことを考えると窮屈で仕方がなかった。

結局、僕は夕食を食べず、現実から逃げるように眠りへと落ちていった。

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ーーー


「お兄ちゃん。あたし覚えてるからね。子供のときにした、お兄ちゃんがあたしと結婚してくれるって約束」

631罰印ペケ:2020/01/11(土) 05:19:12 ID:6R2YzN9.
以上で投下終了します。
最初に投下宣言抜けてたり、10話つけ忘れたりとなかなかガバガバでしたが、なんとか10話書けました。今回の話に関しては個人的に書きやすかったのでもう勢いのまま書いたって感じです。そしたらこんな時間です。ということでおやすみなさい、11話で会いましょう

632雌豚のにおい@774人目:2020/01/13(月) 11:44:45 ID:FccPSN8Y
待ってた!乙です!
逃げて主人公逃げて(逃げられない)

633雌豚のにおい@774人目:2020/01/13(月) 22:35:16 ID:Va.11Nyw
更新ペースが早くて嬉しいです!
続き楽しみにしています!

634高嶺の花と放課後 第11話:2020/01/27(月) 18:50:14 ID:QPsp6JPc
投下します

635高嶺の花と放課後 第11話:2020/01/27(月) 18:50:36 ID:QPsp6JPc
第11話

カーテンの隙間から溢れる光で目を覚ます。

部屋にかけられた時計で時刻を確認すると、丁度六時を過ぎた頃だった。

冬に向けて日に日に、日の出の時刻が遅くなっていくの感じる。

寝ぼけた頭を掻くと、頭髪に脂がかったものを感じ、昨晩入浴も疎かにして眠りに堕ちたことを思い出す。

「…シャワーでも浴びようかな」

起床時刻が日の出に左右される体質の身としては、秋から冬にかけての朝は余裕のないものに感じてしまう。

慣れない手つきでスマートフォンのロックを解除、ラインのアイコン上には軽く三桁を超える数値が表示されており、内容の確認を躊躇ってしまう。

再びロックをかけ、ベッドへと携帯を放り投げ、部屋を後にする。

フローリングの床が、階段が足裏を冷ましていく。

リビングへ足を踏み入れたとき、既に落胆していた気分は、さらに底へと向かっていった。

「…おはよう」

「ああ」

父だ。

老眼鏡をかけ、新聞を読み耽る姿がそこにあった。

「遍」

「はい」

「まだ…、小説家になることを目指しているのか?」

僕の将来について何度目のやり取りだろうか。

「気持ちは変わらないよ。僕は小説家になる、本気だ」

ありのままの本心を伝える。

どうせ反対されるのだろうと身構える。

が、待てど暮らせど父からの異論は飛んでこなかった。

「物書きで食える奴なんて一握りだ」とか「簡単に目指せるような甘い道じゃない」だとか否定の言葉ばかり聞いてきたが、黙られるなんて反応は初めてのことだった。

これを是と捉えて良いのか非と捉えるべきなのか。

結局、父はそれ以上口を開くことはなかったので、踵を返し脱衣所へと向かった。

636高嶺の花と放課後 第11話:2020/01/27(月) 18:51:19 ID:QPsp6JPc
部屋着を脱ぎ、洗濯物籠に衣服を入れ、浴室に入り、蛇口を捻る。

冷たい水が、神経に鋭く刺さる。

寝惚けていた意識が、はっきりと覚醒していくのを感じる。

やがて夜明けの空気で冷えた水道水は、徐々に温もりを取り戻していき、緊張した筋肉、神経が解れていく。

ーーー有象無象だよ。私と遍以外全員そう。

髪を濡らし、シャンプーを泡立てる。

ーーーお兄ちゃんさ。最近親しくなった女、いるよね?

汚れが落ちるように入念に強く洗う。

ーーーさぁ誓って。二度と私以外の女に触れないと。母だって妹だって例外は無しだよ

湯を被り、頭皮についた泡を洗い流す。

ーーーなら、あたしがその女を見つけて腑掻っ捌いてお兄ちゃんに近づいたことを後悔させてあげる

泡が残らないように入念に洗い流す。

昨日から理解のできないことばかりの連続だ。

理解しているもつもりだった。

結局何にも分かっていなかったのだ、想いが通じ合っていたと思っていた恋人のことも、十年も時を共に過ごした義妹のことも。

嫉妬、執着、独占欲。

そんな感情が自分に向けられるなんて思ってもみなかった。

いや、違う。

思うことはあったじゃないか。

だけれども、頭の片隅に浮かぶ度に「自惚れるなだ」とか、「自分なんかが」がと劣等感が否定の言葉を囁き、それを受け入れる。

それが楽だから。

本当に鈍い。

だが、自分より自分を愛している人間のことを理解することなんて出来ようか。

嗚呼、いや。僕の鈍さのことはいい。

己の不甲斐なさを嘆くことは、いつでも出来る。

問題は二人の事だ。

華は綾音のことを知っているが、綾音はまだ華のことを知らない。

綾音が華に気付いた時、何をするか想像が出来ない。

しかし二人が邂逅した時、間違いなくよからぬ事が起こるだろう。

綾音の昨晩の台詞から、流血沙汰がどうしても脳裏をよぎる。

綾音はいい子だ、そんなことしないと信じたい。

でもいつもそうやって自分の気持ちや判断を押し殺してた結果がこのザマじゃないか。

何でもいい、間に合う内に手を打とう。

そうだ、取り越し苦労だったらそれでいいじゃないか。

僕が一人ピエロになるだけだ。

そこまで考えて思考が詰む。

その後、いくら考えても二人を会わせないという其の場凌ぎしか思いつかない。

「後は…」

もう一つ。

もう一つだけ、出来ることであれば避けたい方法がある。

高嶺 華と別れる。

今ならまだ華と他人に戻れるが、綾音と縁を切ることは難しい。

というより家族なんだから不可能だ。

ならば一度、華との関係を白紙に戻した後、綾音とゆっくり話し合う。

637高嶺の花と放課後 第11話:2020/01/27(月) 18:52:15 ID:QPsp6JPc
問題は二つ。

一つ目は綾音が説得に応じてくれるか。

二つ目はそもそも華が僕と別れてくれるのか。

華と交際を始めてまだ一月も経っていない。

彼女に話し始めたのは六月の梅雨の時期だったが、毎日言葉を交わすわけでもなければ偶の放課後に少し関わる程度。

高嶺の華だと、遠くに咲き誇るものだと眺めていだ時間の方がよっぽど長い気がする。

未だ、彼女のことを分かっちゃいない、これからもっと知らなければならない。

彼女にふさわしい男にならなくちゃいけない。

ただ、彼女と別れれば

ーーー楽になるのかな

そう考えてしまった。

溢れかけた思考を閉じるように僕は、シャワーの蛇口を捻る。

「ははは…情けないな僕」

浴室の曇った鏡は、今自分がどんな顔をしているかも写しはしない。

湯冷めしない内にと脱衣所に戻り、早々に体を拭く。

もう少し、肯定的な思考になろう。

きっともっといい方法がある。

破局は本当に最後の手段として取るべきだし、同時にあってはならない手段だ。

自室へと戻り、制服へと着替えていく。

ワイシャツの袖を通した時に、ベッドへと放り投げた携帯を思い出し、それを手に取りロックを解除する。

百は超えた連絡を最初から遡り、確認していく。

『家に着いた?』

『着いたら連絡、欲しいな』

『まだスマホ見てないの?』

『どうしたの?』

『心配なの』

『すき』

『もう家に着いたんでしょ?』

『わたしわかるよ』

『無視しないで』

『ねぇ』

『連絡ちょうだい』

『不在着信』

『不在着信』

『不在着信』

『不在着信』

『不在着信』

連絡の大半は、僕に対する返信の催促や不在着信の知らせるメッセージだった。

それらのメッセージは日付が変わるまで延々と続いていた。

彼女からの最後のメッセージは

『起きたら電話して』

こう綴ってあった。

時刻はもう直ぐ六時半を迎えようとしている。

秋の日の出をとうに過ぎだ時刻ではあるが、電話をかけるには少々迷惑だと思える時刻だ。

それも承知の上で、連絡を送ってきたのだとは思うのだが。

結局、綾音が起きたら電話もままならのではないかと考えた僕は、彼女の数多の連絡に気が付かず寝ていたという罪悪感もあり、鼻に電話をかけてみることにする。

まだ朝早いし、無理に起こしてはいけないだろうから、五秒かけて出なかったら電話を切ろうか。

そこまで考えたあと、すぐに繋がった。

638高嶺の花と放課後 第11話:2020/01/27(月) 18:53:00 ID:QPsp6JPc
『もしもし…』

寝起きの彼女の声に、場違いな感情が湧いてくる。

「おはよう。ごめんね、無理に起こしちゃったかな」

『んーん。それはいいの、私がお願いしたことだから。それよりも遍、なんで昨日お返事くれなかったの?』

「それもごめん。昨日、なんだか疲れてたみたいで帰ってすぐに寝ちゃったんだ」

『お家帰るまで一度もケータイ見ないで?』

「ごめん、あんまり携帯を見る習慣がなくて気が付かなかったんだ。謝ってばかりだね」

『遍はもっとケータイ見て。もっと私と繋がって。私、遍と離れただけで胸が苦しくて苦しくてたまらないの』

「ごめん、これからもっとこまめに返信するよ」

『ほんと?ちゃんとお返事してね。やくそくだよ』

「うん約束する」

また一つ、約束ができる。

『…ねぇ、今日文化祭だね』

「ああ、そうだね」

『…本当はいろんな出店に遍と見て回りたかった。いろんな遍の顔を見てみたかった』

申し訳なさで僕は、言葉を返せなかった。

『でも今日は我慢する。明日も我慢する。だからさ、来週はデート…しようよ』

「でも…来週は確か中間考査の直前のはずだよ」

『むぅ…。じゃあお家デートしようよお家デート。イチャイチャしながら、私が勉強教えてあげる…ね?』

「あ…それはいいんだけど僕の家はちょっと…」

そんな綾音と華を鉢合わせるような真似はできない。

なんとかして回避する案を模索する。

『ん?いいよ、私の家でやろ。うちの親は土日が逆に仕事あって基本いないんだぁ』

どうやら下手な言い訳を探さないで済みそうだ。

「そうしたら土曜日と日曜日どちらにしようか」

『え?土曜日も日曜日もどっちもでしょ?何を言っているの遍?』

まただ。

また彼女と僕の思想がズレている。

『二日も文化祭一緒回れないんだから二日デートしなきゃ割りに合わないよ。ううんむしろ足りないくらい。あ!そうだ、遍うち泊まっていく?』

「え?」

『そうだよ、それがいいよ。そしたらいっぱいいっぱい一緒にいられるし、ね?』

「外泊はどうだろう…。ほ、ほら華の両親は仕事って言ってたけど夜は帰ってくるのだろう?やはり迷惑がかかるんじゃあないかな」

『ううん、迷惑なんてかかんないよ。それに夜もうちにいないことの方が多いし』

嗚呼、駄目だ。

断る理由が、不自然なものしか見当たらない。

まるで泊まりたくないと言ってるみたいに。

「うん、分かった。来週末、華の家にお邪魔させていただくよ」

『うんうん。じゃあ詳しいことはまたあとでライン、するね?』

強調された語尾は、先ほどの約束を彷彿とさせる。

『じゃあ私もそろそろ支度しなくちゃ。じゃあまた学校でね、愛してる』

「…僕もだよ」

僕の返答に満足したのか、通話はそこで切られる。

右耳にかけていたスマートフォンを下ろす。

恋は難しいって誰かが言ってた。

でもそれは叶える前と叶えた後、はたしてどちらのことを言っていたのだろう。

639高嶺の花と放課後 第11話:2020/01/27(月) 18:54:38 ID:QPsp6JPc
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憂鬱な気持ちとは対照に、見事な秋晴が広がっている。

それもそうだと思う。

僕一人の気持ちを毎日空が表すわけがないし、なんなら今日、羽紅高校の生徒に限ってはこの晴れ晴れとした空と同じ気持ちの者の方が多いことだろう。

今日は一年に一度の祭典なのだから。

「どうしたのお兄ちゃん?そんなに空見てぼけ〜ってして」

「え?はは…ああ、そうだね。ただ単に見事なまでな快晴だと思ってね」

「確かに雲ひとつないね。こういう空ってお兄ちゃんなんて言うの?」

「なんて言う?ああ、そうだね。菊日和とか言うんじゃあないかな」

「え〜、違う違う。小説だったらどんな表現するのってこと」

「小説だったら?うーん、『空さへもなんだかがらんとして』とかかな」

「今度は急に分かんなくなったよぉ…」

「あれ?知らない?宮沢賢治の『ひかりの素足』」

「んー!それも違うってば!お兄ちゃんだったらどう表現するのってこと!」

成る程、そういうことか。

はて、僕だったらどう表現するんだろう…。

「そうだね…、何一つ穢れのない鮮やかな青藍、でどうかな?」

「わぁ、なんだか素敵な表現みたい…。いいねぇ、穢れのないってところが特に」

学舎へと向かう二人の歩調が同調する。

僕の右腕から、温もりと重みが絡みつくのを感じる。

「綾音?」

「ん?なーに?」

「ああ、いや。何でもないや」

「変なお兄ちゃん」

片腕から感じる柔らかな感覚。

いつか感じた寒気にも似た感覚。

今ならはっきりと知覚できる。

いや、まだ決まったわけじゃない。

これも、昨日の歪な想いもブラザーコンプレックスの延長戦にあるだけかもしれない。

少し行き過ぎた兄妹愛。

男女愛と決めつけるのはまだ早い。

違う、そうやっていつも鈍い方へと思考を偏らせるじゃないか。

さっき反省したばかりじゃないか。

歩みながら戒める。

「あれ?不知火じゃん」

不意に女子生徒の声がする。

まさか通学中に声をかけられるとは思ってもみなかったため、先程までの思考が白紙に戻りそうになる。

ああでも、綾音も不知火だ。

綾音の知人が声をかけたのかもしれない。

その考えが間違ってたことは女子生徒の顔を見ればすぐに分かった。

「やあ、荻原さん。おはよう」

「よっ」

まさか昨日の今日で名前を忘れたりはしない。

荻原 紗凪。

女子生徒の名を思い出すと突如に右腕から痺れ、軋みを感じる。

「ところで、そっちはもしかして不知火の彼女か?」

640高嶺の花と放課後 第11話:2020/01/27(月) 18:55:16 ID:QPsp6JPc
「え?…いや、綾音は」

「はいそうです、おはようございます、先輩。いつも遍がお世話になってます」

綾音は笑みを浮かべて答える。

僕が一度だって見たことのない笑みで。

「先輩って…。年下か?その娘。案外やることやってんな不知火」

「いや、待ってくれ荻原さん。綾音は」

そこまで言いかけた時、右腕の痺れと軋みがより一層激しくなった。

言葉が続かなくなり、綾音へと視線を移す。

綾音はただ無言で僕を見ていた。

その眼はひどく暗く深い、昨晩に見た己が彼女の瞳と似ている。

「隅に置けないとか言うんだっけ?こういうの。いやしかし、彼女がいるなら尚更昨日は悪かったな」

「…昨日?昨日なにがあったんですか?」

「まぁちょっと複雑なんだけどよ、結論から言うと不知火に擬似的な告白をしてもらったんだよ」

綾音の笑みに亀裂が走る。

「流れっていうか、本当はその場にいた桐生っていう別の男子に告白してもらいたかったんだけどな」

「話がよく見えてこないんですけどなんでわざわざそんな嘘の告白したんですか?」

「んー告白させた相手が…知ってるかな、高嶺 華ってやつなんだけどそいつと桐生が付き合ってんじゃねーかって噂が前からあってな。そんで桐生に気がある、恵っていうあたしの友達が噂が本当かどうか調べたくてやった茶番なんだ」

「高嶺 華って…ああ、あの」

心臓が息をひそめる。

綾音の口ぶりだと華のことをすでに認知しているようだった。

「ま、結果は桐生に別の彼女がいたって、なんとも残酷な結果だったんだけどな」

「で」

「ん?」

「で、結果はどうだったんですか?」

「いや、だから桐生には彼女が…」

「そっちじゃないです」

「…あー、あはは…。そうだよな、彼女としてはこっちが気になるよな」

こっち、と口にした時に僕と目があったのは言うまでもないことだろう。

「それがさ、よくわかんなかったんだよな。ほとんど二人同時に告白したような感すじだけど華のやつ、返事もせず固まってただけだっんだ」

「固まってただけ?よく分からないですね、その手のことに及んでは百戦錬磨のような方が固まってただけなんて」

「…まー、あんなよく分からないカタチで告られたのは流石に初めてだったんじゃないかな。つーか、やっぱ華のこと一年も知ってるんだな」

「はい、よく噂は聞きますよ。誰も手が届かない高嶺の花が二年生に咲いてると」

「流石だなぁ。…っとまぁお二人仲良く学校向かってるところ邪魔して悪かったな。あたしは先に学校に向かうことにするわ。また後でな、不知火」

「あの…ああ、うん。また後で」

結局、誤解は解けずに荻原さんは強い歩調で僕らの先を向かっていった。

641高嶺の花と放課後 第11話:2020/01/27(月) 18:56:29 ID:QPsp6JPc
「…うーん、アイツじゃなかったな。少し匂いが違う。それにあんなガサツそうな女がお兄ちゃんに合うわけがない」

「あ、綾音。少し腕を緩めてはくれないか?指先が痺れてきたんだ」

しかし、僕の願いは聞き入れられるどころか、寧ろさらに強く右腕が締め付けれられていく。


「…お兄ちゃん、告白したんだ。ふぅん。しかもよりにもよってあんな碌でもなさそうな女に」

「い、痛いよ綾音」

「どうせ顔がいいだけの売女でしょ。色んな男に寄って集られていい気分になって」

「あ、綾音。幾ら何でも人のことそんな風に悪く言っちゃ駄目だ」

どんなに情けなくても僕は高嶺 華の彼氏だ。

彼女の悪口を黙って聞き流すことはしてはならないと静止する。

「なに?お兄ちゃんもあの女を庇うの?顔がいいから?むかつく……むかつく…むかつく、むかつく!むかつく!!!!お兄ちゃんからの告白なんてどうせなんとも思ってないんだよあいつ!ああもう!!あたしが欲しくて欲しくて堪らないものなのに!どうせあいつには数ある一つでしかないんだよ!むかつく!!!!!」

澄み切った秋の朝に怒号が響く。

綾音の怒りの止め方がわからない。

しかしこのまま黙っていられるほど、僕の腕に余裕はなかった。

「…綾音!いい加減にしなさい!朝なんだからそんなに叫んだら近所迷惑になるし、そもそも会ったこともない人の悪口も良くない!それに僕の腕も千切れそうだ」

口にしておいて随分とまぁ、ちぐはぐな説教だなと思う。

それもそうだ、綾音に怒鳴るなんてもう記憶にないくらい昔のことだからだ。

「…あっ、ごめんなさい…」

先程の憤怒はどこへやら。

随分と久しく怒鳴られた綾音は、その瞳を震わせながら腕を解いた。

指先に血が巡るのを感じる。

今周りに人がいないのが幸いだ。

少々風変わりな兄妹喧嘩を見られないで済んだ。

「…おに……んに……れた…。…いつ…せいだ。…かつく、む…つ…」

右腕に血を与える代償に、今度は俯いたまま、独り言を唱えるようになってしまった。

それにしても、会ったわけでも話したわけでもないのにあの有様。

恋人だと紹介した暁には、どうなるか分かったものではない。

楽天的な性分ではない故、あまりあてにしてはなかった解決案である『義妹と彼女の和解』というのはどうやら無理そうだ。

綾音も歩みを止めたわけではないので、そのまま学舎へと向かう。

先程まで同調していた歩調は今では不協和音を奏でている始末。

全て何事も穏便に済ませる方法はないのだろうか。

何とも居心地の悪くなってしまった通学路を歩く。

642高嶺の花と放課後 第11話:2020/01/27(月) 18:57:10 ID:QPsp6JPc
歩く。

止まる。

歩く。

その繰り返し。

結局そのまま綾音と僕が言葉を交わすことなく羽紅高校へ辿り着いた。

普段の登校時刻よりかは幾分か遅い時間なのだが、それでも一般的な登校時刻よりは随分と早い。

それだというのに生徒たちの賑わいがちらほらと聞こえてくるのは今日が祭りの日だという証拠であった。

流石にここまで辿り着いたからか、綾音の独り言はすっかり止んだようだった。

相変わらず俯いていることには変わりないのだが。

「綾音」

俯きながら歩いていた綾音はピクリと止まる。

僕はそっと綾音の頭に手を乗せる。

「さっきは僕も言い過ぎたよ。ごめんね」

先程から悔いていた気持ちを口にする。

「おにい…ちゃん」

ぎこちない手つきで綾音の頭を撫でる。

これもまた最後にしたのがいつだったのか覚えていない行動であった。

俯いていた綾音の顔が、瞳が徐々に上へ、僕へ向けられる。

「…。…い、いつまで頭撫でてるの!あたしもう子供じゃないんだよ!」

少し頰を紅潮させ僕の手を振り払う。

「あれ、駄目だったかい?昔はよく綾音にやってたような気がしてたんだけど」

「だから昔は昔でしょ!もう子供扱いはやめてよね!それにお兄ちゃん最近全然撫でてくれなかったから下手になりすぎ!」

撫でないで欲しいのか撫でて欲しくないのか。

本音がよく分からないことを言う。

何にしても、いつもの綾音に戻ったような気がして僕も安堵の気持ちが芽生える。

「はぁ、せっかくの文化祭なんだしイライラしてもしょうがないよね。…それじゃあお兄ちゃん、朝の出欠確認終わったら校門で集合ね」

「分かったよ。迷子にならないようにね」

「あー!また子供扱いしてる!」

「ははは、ごめんごめん」

懐いてくれる義妹を可愛らしく思う。

そんな関係が心地よくて僕は十年も兄を演じてきた。

演じてきたつもりだった。

確かに兄妹になった時、綾音は確か六歳だったか。

出会った時の小さな綾音を僕よりひととせしか変わらないというのに幼く感じすぎていたのかもしれない。

僕を"義兄"としては受け入れることができても"兄"としては受け入れるにはもう難しい年頃だったのではないか。

僕は綾音を本当の妹のように思ってきた。

綾音も僕のことを本当の兄だと思っているのではないかと思い込んでいた。

でも綾音が僕を義兄として見るか、異性として見るかは綾音が決めることだ。

もしかすると僕らが兄妹になるには僅かに遅かったのかもしれない。

かと言って誰かがどうこうできたわけでなければ、誰も悪くはない。

少なくても僕は綾音をずっと妹だと思ってきた。

今更、一人の女の子として見るのは無理だ。

だから、やはり、もし、綾音が僕のことを一人の異性として見てるなら、その想いを受け入れることはできないし、その気持ちを諦めるように説得するべきなのだろう。

どうかただの僕の自惚れであってほしい。

643高嶺の花と放課後 第11話:2020/01/27(月) 18:57:50 ID:QPsp6JPc
「じゃあまた後でね」

「うん、また」

再会の約束をしたのち下駄箱にて僕らは別れる。

自分の下駄箱へと向かい小さな扉を開けるとなにやらビニール袋に包まれたものがそこにあった。

「…なんだろう」

何重にも包まれたものビニール袋を一つずつ外していく。

四枚ほど外した時に一体何が包まれていたのかが分かるようになった。

「これは…」

弁当箱だ。

重さといい温もりといい中身が入っていることは明白だった。

見た目は薄いピンク色の弁当箱で、一体全体何故こんなものが入っているのか分からなかった。

「サプラーイズ」

僕の左耳に誰かが囁いた。

驚いた僕はその誰かから離れるように振り向いた。

「ひどいなぁ…。そんな顔しないでよ。あなたの彼女だよ?」

「お、驚かさないでよ、華」

華、と口にしてから慌てて周りの様子を伺う。

こんなところを誰かに、特に綾音に見られたりしたらどうなってしまうのか分かったものではない。

「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。誰かが来てもただのクラスメイトの会話ってことにすればいいんだから」

それよりも、と彼女は続ける。

「それね、私の手作りお弁当なんだぁ」

僕の右手に握られているのが得体の知れないものから彼女のお手製弁当へと様変わりした。

「そうなのかい?ありがとうすごく嬉しいよ。…でもどうして?」

「どうしてって、遍今日出店の食べ物とか食べるでしょ?もしかしたら何処ぞの女が作ったかも分からないものを食べるかもしれないし、そんなもの食べたら遍の体が穢れてしまうし、だから私の愛が詰まったお弁当で遍の穢れを浄化しなきゃ」

「穢れってそんな…」

そんな言い方はないのではないか?

そう言おうと思ったが言えなかった。

綾音には言えたのに華には言えなかった。

「まぁそもそも、遍に私のお弁当食べさせたいってずっと思ってたし。いいよね?これからは毎日、遍のお弁当私が作って」

「気持ちは嬉しいだけれども、毎日は流石に大変なんじゃあないかい?」

「ううん、大変じゃないよ。むしろ私が作りたいの。毎日毎日毎日、愛を、愛情を込めて作った弁当を遍が食べてくれたら、私の愛が遍の体内に入っていくってことでしょ?そんなの…、素敵すぎて言葉にならないよ」

紅潮させた両頬に手を当てる華。

644高嶺の花と放課後 第11話:2020/01/27(月) 18:58:21 ID:QPsp6JPc
まただ。

理由のある愛を求める僕と理由のない愛を与えてくる彼女。

僕の自己肯定の弱さと彼女の愛情の強さが噛み合わない歯車となって僕の心を歪めていく。

「じゃあ華が作ってくれるなら、僕はそれを毎日楽しみにした方がいいかな」

「うん!楽しみにしてて!ほんとに料理には自信あるし、冷凍食品なんて愛のないものは入れないからね!」

「あ、はは。華の愛なら解凍してしまいかねないよね。楽しみしてるよ、じゃあそろそろ」

いつ誰に見られるか分かった状況ではないため、早々に切り上げたい僕は、やや不自然な会話の切り方をし、踵を返す。

「まって」

その言葉が聞こえた時と僕の左腕を引かれたのは同時のことだった。

そして彼女の唇と僕の唇が触れ合ったのは、それより少し後のことだった。

「…ッ。愛してるよ遍」

僕の瞳を覗きながらまた囁く。

キスをされたことに気づいた時、僕は慌てて周りの様子を伺う。

誰かに見られた様子はなさそうだが、保証はない。

「…話が違うじゃないか」

「約束は守ってるよ。誰にも私たちのこと言ってない。それに…誰も見てないよ」

確証がないのになぜそんなにも自信に溢れているのか、自信のない僕にはわからない。

もう一度、強引に踵を返す。

「今回は見られてないかもしれないけど、いつ誰が見るか分からないから、今後はこういうことは控えてほしいんだ。約束…だから」

「はーいっ。ごめんね、遍。次から気をつけるからっ」

強引に会話を切り上げた僕の背中から聴こえてきたのは、いつかの日に聞いた穢れのない無邪気な少女の声だった。

645高嶺の花と放課後 第11話:2020/01/27(月) 19:01:33 ID:QPsp6JPc
以上で投下終了します。
ざっと最終話までのプロットくんで大体残り8話くらいの計算になったんですが、文化祭の1日目で1話使おうと思ったら1日目の朝で終わりました。プロットはあんまりあてにならないですね←
なのでもう少しだけお付き合いください。また12話でお会いしましょう

646雌豚のにおい@774人目:2020/01/29(水) 19:16:12 ID:wxI/KO7I
乙です
すごく良い

647雌豚のにおい@774人目:2020/01/30(木) 07:56:38 ID:yPtrlXQk
乙ですやったヤンデレ2人分読めたぞ
2人を会わせたらとにかくまずいしどっちも引く気はないしで読んでてハラハラする

648 ◆ZUNa78GuQc:2020/02/11(火) 13:28:38 ID:/Ln2JSgo
テスト

649 ◆lSx6T.AFVo:2020/02/11(火) 13:32:07 ID:/Ln2JSgo
お久しぶりです。
『彼女にNOと言わせる方法』の番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編)を投稿します。

650番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編):2020/02/11(火) 13:32:48 ID:/Ln2JSgo
「なぁ、せっくすって知っているか」
 放課後、後ろの棚からランドセルを取り出していると、横から急に声をかけられた。
 見上げると、立っているのは横にも縦にも巨大な男子であった。身に着けている迷彩柄のタンクトップはパツンパツンに張りつめて悲鳴を上げ、偉そうに組まれた腕は樽のように太い。
 訳知り顔で見下ろしてはいるが、瞳には知性の欠片もなく、ハリボテの城、という言葉が頭に浮かぶ。
「入るクラスを間違えているぞ、エリィ。もう秋になるんだから、いい加減に自分のクラスくらい覚えろ。ここは三組、そしてお前さんは四組。あんだーすたんど?」
「クラスは間違えてねえよ! あと、そのエリィって呼び方はやめろって前から言っているだろ」
 と言って、彼はその妙に長い襟足を左右に揺らした。キューティクルがベストコンディションなのが最高に腹立つ。たぶん『襟足・長い』で画像検索したらトップにコイツが出てくる。これ以上、検索エンジンを汚すのはやめろ。
「なんかあれだよな、日曜日にスウェットで出歩いているだらしない両親に挟まれた息子って感じの髪型だよな、それ」
「俺の両親に謝れ!」
 本当にその通りだったみたいなので、なんともコメントしづらい。
「ぼ、僕は、わ、悪くないと思うよ、ほら、人の目を気にしない唯我独尊の人って感じがしてさ……」
「へたくそなフォローはやめろ。目元が大爆笑してるぞ、口元がひくついてんぞ」
「で、なにしにきたのよ。もう帰るところなんだけど」
「お前に会いに来たんだよ」
 言葉だけを切り取れば情熱的なセリフだが、むさ苦しいヤンキー予備軍の男子に言われても殺意しかわかない。
 エリィは小憎らしい笑みを浮かべ、
「んで、話を戻すが、さっきの質問の答えは?」
「耳にしたことはある」
 嘘だった。知らない言葉だった。いや、どっかで耳にしたことはある気がするが、それが何の意味を持つのかはさっぱりだった。だけど、正直に申述して目の前の阿呆男子に無知をさらすのはなんとなく悔しくて、曖昧な回答で誤魔化す。
「へっへーん。ま、おバカの〇〇にはわからんだろうよ」
「底辺同士が知識量で争うのは虚しくならんかね」
 僕の苦言は耳に入っていないようで、エリィは得意げに鼻をこすっている。さすが問題児、人の話を聞かない。
 やれやれと肩をすくめる。

651番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編):2020/02/11(火) 13:33:17 ID:/Ln2JSgo
 このはた迷惑な巨漢の名前はエリィという。
 隣のクラスの悪童で、時折、彼の悪行が風の噂で流れてくるから、学内の知名度はそこそこあるだろう。
 ま、悪行つっても、どれもこれもしょーもないイタズラばかりだ。
 カツラ疑惑のあった一組の担任教師に黒板消し落としトラップを仕組んだり、学校のマドンナに恋をするピュア男子相手にニセのラブレターを送ったりとかそんなん。
 ちなみに、一組の担任は本当にカツラだったし、校舎裏に呼び出された男子は背後から現れたエリィを見て号泣したらしい。やっぱ悪童だな、コイツ。
 そして、問題児同士ってのは何かと顔を合わせやすい。
 ガミガミ説教されている最中に、ふと横を見ると、同じくガミガミ説教されているエリィがいる。そんな場面が何度もあった。
 その度に、まーたアイツか。若い時分からあんな頻度でやらかしているなんて。きっとロクな大人にならないんだろうな、とか思っていた。
「〇〇にだけは言われたくねえよ」
 その遭遇率も手伝ってか、今まで一度も同じクラスになったことないのに、エリィとは自然と知己を得ることとなり、今のような奇妙な関係を築いてしまったというわけだ。たぶん、こんな繋がりはさっさと切り捨ててしまった方が僕のためになるのだろう。
「よく言うぜ。絡んでくるのは、いつもそっちからだろう」
 ご明察。
 生憎と小生、奇人変人が大好きなのだから仕方がないでござろう。
「〇〇、放課後は暇だろう」
「暇じゃないよ。これから河川敷に草野球をしにいくんだ。最近は、隣町の学校のやつも参加してくれているから、ついに外野を配置できるようになったんだぜ。良かったらエリィも来いよ」
「野球はまた今度だ」
「なら、サヨナラだ」
 と、ランドセルを背負って帰ろうとすると、ロックし忘れてだらしなく垂れていたカブセを掴まれた。
「やめい、教科書が落ちるだろう」
「お前のランドセルに教科書が入っているわけないだろう。始業式の時からずっと置き勉だろうが」
「あ? さっきからなんだお前その態度は。僕に対してこれ以上、無礼な行いを続けるのならば、氷の女王にお願いして学校から追放させっかんなマジで。なんせ、俺と女王はマブだからよぉ……」
「脅し方が生々しいな。そして、あくまで他力本願的で自分の手を汚さないところが実に〇〇らしい……」
 同じ穴のムジナにまで引かれてしまった。心外である。
 ま、そもそも僕と氷の女王さまの間に、関係らしい関係はない。強いて言えば無関係。たぶん、僕のことを路傍の石程度にしか認識していないだろう。

652番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編):2020/02/11(火) 13:33:45 ID:/Ln2JSgo
「わかった、降参。その、桃の節句? だっけか。僕にはわからんよ、答えを教えてくれ」
「どうして、ひな祭りになるんだよ。せっく、じゃなくて、せっくすだよ」
「どっちでもいいわい。んで、意味は?」
「俺もよく知らない」
「おい」
「だから、その正体を確認しようってわけよ」
 彼が浮かべる下卑た笑みを見て、「あ、ろくなことじゃないんだな」と一瞬で理解できた。こやつはきっと、不健全極まりないことを仕出かそうとしている。僕を悪の道に引き込もうとしている。
「元から悪だろうよ」
 勘弁してほしい。模範的な健全ボーイの僕にはそんな道は相応しくない。不埒で爛れた放課後よりも、汗水垂らして白球を追いかけている爽やかな放課後が似合うに決まっている。
「ありもしない虚像をつくりあげるな」
 といって、太い腕を僕の首に絡ませてくる。
「いつも死んだ魚みたいな目をしているくせに、何が爽やかな放課後だ。今さら、健全な道を歩もうたって、そうはいかんぞ」
「失礼極まりないな。そもそも僕の目をパクっているのは魚さんサイドであって、なんならライセンス使用料を徴取したいくらいだよ」
 ギブギブ、と彼の腕をタップしながら考える。
 ……そうだなぁ。
 たまにはエリィと遊んでやるのもいいかもしれない。最近はかまってあげられなかったし。飼い犬だって、しばらく散歩しないでいるとストレスがたまって反抗的になるっていうしな。ここらでガス抜きしておかないと。
「誰が飼い犬じゃい」
 と、腕の力がぐっと強くなる。
 僕はわあわあ叫びながら、タップする手を速めたのだった。

 学校から商店街の方へ向かう道すがら、ちょっとした大きさの公園がある。
 いかにも寂れた感じの公園で、まともな遊具はひとつもなく、公園らしい要素といえばすみっこに設けられた砂場くらいだった。
 だが、その砂場でさえも、長らく遊び手を失っているせいで砂がカチカチに固まっており、雑草まで生えている始末。
 ベンチも木目が荒くて肌をチクチク刺すので、ご年配の方の憩いの場としてさえ機能していない。子どもにも大人にも見放された、ヒューっと木枯らしが吹く様がよく似合う、まさに場末といった公園であった。
 その入り口付近に、ふたりの男子が立っていた。
 両者とも鼻が低い、のっぺりとした顔立ちをしていて、黒目がやたらと大きく、黒豆を想起させるような、つぶらな瞳が印象的だった。いわゆるおぼっちゃん刈りと呼ばれるその髪型は、近所の床屋で整えてもらったものだろう。

653番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編):2020/02/11(火) 13:34:12 ID:/Ln2JSgo
 見覚えがあった。たしか、同じ学年の生徒だ。エリィと同じ隣のクラスの……。
「名前はなんだっけな……喉のあたりまで出かかっているんだけどな……たしか双子の……」
「「双子じゃないから」」
 ハモって否定された。どうやら双子じゃないらしい。
 ……え? マジで? こんなに似ているのに? もはやクローンってレベルで同じなのに?
「……わ、悪い悪い。顔立ちも似ているし、勘違いしていたよ。僕は〇〇っていうんだ。おふたりさんの名前は」
「荻野だよ」
「萩野だよ」
「やっぱり双子じゃないか」
「「双子じゃないから!」」
 ハモって否定された。どうやら双子じゃないらしい。
 ……え? マジで? こんなに息ぴったりなのに? 数年後くらいに、ふたりは実は幼い時に生き別れた双子の兄弟だったという驚愕の事実が判明しそうな気がするけど割とどうでもいいし全然興味が持てないし誰も得しなさそうなので終わりにしようそうしよう。
「今日は、この四人で作戦を決行する」
「作戦ってほど、たいそうなものでもないけどね」
 萩野くん(荻野くんかもしれない)が冷静に指摘する。
 僕は帰りたい気持ちを必死に押さえつけて訊く。
「エリィ、これから何をするのか端的に話せ。くれぐれも作戦名とか、うざったい要素は付け加えるなよ」
「わかったわかった」
 質問を受けて、エリィは空っぽのランドセルから、一枚の円盤を取り出した。西日を反射して目にまぶしかったので、射光を手で遮る。
「せっくすの秘密は、これをみれば判明する」
 彼は、ふふんと鼻を鳴らし、得意げに話し始めた。
 事の顛末はこうだ。
 ある日の放課後、エリィ少年はトボトボと帰り道を歩いていた。たくましい身体を猫背にして終始ため息を吐きながら、何やら憂鬱なご様子。
 なぜなら、返却された算数のテストが二十二点と惨憺たる結果であったからだ(ちなみに僕は十八点だった)。
 エリィの両親は、お世辞にも頭がよろしいとは言い難かったが、子の勉強面に関するしつけはやたらと厳しかった。
 勉学では堕落していたであろう自身の少年少女期のことはすっかりとわきに追いやって子を責め立てるのはいかがなものか、というエリィ少年の至極真っ当な指摘には耳を貸さないだろうし、仮に口にしたらチョークスリーパーを決められることは明らかであった。
 途方に暮れていた彼は、自宅への近道である住宅街裏の空き地を歩いている途中に、悪魔のささやきを聞く。

654番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編):2020/02/11(火) 13:34:38 ID:/Ln2JSgo
 ——この残念テストを捨ててしまえばいい。
 悪童という生き物はとかく悪の道に堕ちやすく、エリィ少年は即座に助言に従い、ランドセルからテストを抜き出すと、くしゃくしゃに丸めて草むらに投げてしまった。
 満足感を胸に立ち去ろうとしたが、この少年、妙に律儀なところがあり、「でもポイ捨てするのは良くないよな」と思い立ち、捨てたテストを回収しに草むらに分け入っていった。
 そして、つま先に何かを小突く感触。
 視線を下げると、幾多の雨に曝され日焼けを繰り返した、カピカピに干からびた成人誌があった。表紙の色は薄れ、文字は輪郭を失い、ページは反り返っているうえに所々くっついてしまっていた。
 まともに読むことができなさそうな一品であったが、羞恥心の入り混じった好奇心からそれを蹴り上げてみると、表紙がめくれ、一枚の円盤がフリスビーのように地面を滑空した。
「それがこれってわけよ」
 穴の部分に指を差し込み、見せびらかすように僕らに見せた。
「ってことは、それはつまりエロエロな代物ってことかい」
 荻野くん(萩野くんかもしれない)が顔を赤らめて、わなわなと震えている。どうやら事前に聞かされていなかったらしい。同じく初耳だった僕も無言で抗議の視線をよこすが、問題児はどこ吹く風で、
「おうよ。ま、俺らも高学年になるし、そろそろ大人の秘密も知っておくべきだろ」
「でも、こういうのはよくないって先生が」
「先公がなんだよ。もしかして萩野、ビビッてんのか」
「び、ビビッてはないさ。あと、ぼくは萩野じゃなくて荻野なんだけど……」
 相変わらず紛らわしいな、とボヤキながら荻野くんじゃない方に目をやり、
「ところで萩野、例のブツは持ってきたか」
「一応」
「よし、それじゃあ場所を変えよう」
 公園の中心に、ボーリング球を半分に切って、ところどころに大小の穴を開けたような謎のオブジェがある。
 僕たち四人はその中に入り、円形になって座った。
 秋になったとはいえ、まだまだ夏のしっぽが飛び出ているような時期である。オブジェの中はムッとした空気に包まれていて、男子四人が密集するのには精神衛生上よろしくない環境だった。
「今日は一日中ヒヤヒヤしていたよ。見つかったら没収だしね」
 そう言いながら萩野くんがランドセルから取り出したのは、二つ折りのポータブルDVDプレイヤーだった。一目で安物とわかるプラスチック製のそれは、かなり傷んでいるように見える。
「兄貴の部屋から持ってきたんだ。古いけど、電池も取り換えておいたし、問題なく起動できるよ」
 セッティングを始める萩野くんを一瞥してから、僕は横に座る荻野くんをじっと見つめる。

655番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編):2020/02/11(火) 13:35:08 ID:/Ln2JSgo
「な……なんだい、〇〇くん。ぼくのことを凝視して」
「いや、それで荻野くんは何を持ってきたのかなって」
「いや、ぼくは別に何も……」
「は? じゃあ、何しに来たのキミは。そこはお菓子やらジュースやらを出す場面じゃないの? 無いなら、すぐに買ってきてよ」
「何も持ってきてないのはキミも一緒だろう!」
 うむ、これで覚えた。萩野くんは有能で、荻野くんは無能。よっし、ようやくふたりの区別がついたぞ。
「あ、なんかディスクが入っている。多分、兄貴のかな」
 口が開いたプレイヤーの中には、別のソフトが入っていた。
 萩野くんは元から入っていた円盤を慎重に取り出し、ランドセルの上に置いてから、エリィの円盤をセットする。
「そもそもこれ、再生できるのかな。捨てられてから大分経っているんでしょ?」
「さあ、まだ再生していないからわかんねぇや。もしかしたら映らないかも」
「計画性皆無だなおい。せめて再生できるかくらいはチェックしなかったのか」
「う、うるせえよ。家のテレビじゃこんなもん観れないだろう」
 意外とチキンだなコイツ。いや、エリィの両親がおっかなすぎるだけなのか。
「それじゃあ始めるからね」
 と、萩野くんが再生ボタンを押す。
 モノがチープなせいか、光度をマックスにしてもやたらと薄暗く、僕ら四人は身を寄せ合って画面を注視する必要があった。
 しかし、
「始まらないね……」
 ▷マークを連打してみるが、画面は一向に変わらず。
 悪い予感が当たってしまった。
 僕は真横にいるエリィを素早く羽交い締めにした。
「よし、極刑。今から、そのうざったい襟足の断髪式を行う」
「なんでだよ、おい、離せ離せ!」
「僕の貴重な放課後を潰した罪は重いのだ」
「ハサミならあるよ」
「よくやった荻野くん。茶菓子を持ってこなかった非礼はこれでチャラにしよう。よし、エリィ。辞世の句を読め」
「だああぁ! やめろ! 他はどこ切ってもいいから襟足だけはやめろ! 襟足だけはっ!」
 体格差があるのでホールドするのにも難儀する。「どうどう」と暴れ馬をなだめる武士の気持ちがわかるぜ。

656番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編):2020/02/11(火) 13:35:56 ID:/Ln2JSgo
 狭苦しい屋内闘技場で死闘を繰り広げていると、
「ねぇ、これって、せっくすって読むんじゃないの」
 萩野くんが、元々プレイヤーの中に入っていたDVDの印刷面を僕らに見せる。過激でよく意味のわからない文章の中に『S』と『E』と『X』の三つのローマ字があった。しかし、悲しい哉、三人どころか四人もいるのに文殊の知恵は発動せず、低偏差値の頭は英語の読みに今いち確信が持てなかった。
「とりあえず、再生してみる?」
 僕がそう提案すると、三つの頭が上下した。その肯定は知的探求心から来るものではなく、単にこのままお開きになるのは味気ないという消極的な理由からだった。特に、自身の落ち度を追及されたくないエリィはぶんぶんと頭を振っていた。
 プレイヤーにDVDをセットし、蓋を閉じる。続けて電源ボタンを押すと、画面に淡い光が灯った。
 後は、再生ボタンを押すだけになった。
「最後くらいは主催者に華を持たせてやるよ」
 そう言って、エリィの方へプレイヤーを寄せる。
 ゴクリ、と生唾を飲み込む音とともに、彼の喉仏が波打つように隆起する。
「それじゃあ……いくぞ」
 爆破スイッチを押すみたいなテンションでの物言いであったので、なんとも奇妙な緊張感に包まれる。
 そして震える指先が再生ボタンに触れる瞬間、
「ちょっと待ってほしい」
 と、制止の声が上がった。
 発言者は意外なことに萩野くんだった。彼は複雑な表情をしながら、歯切れの悪い口調で続ける。
「もしも……もしもの話なんだけどさ、これがエロエロな代物だったら、ぼくの兄貴もエロエロな人ということになるのかな」
「まあ、なるだろうな」
「ぼくの兄貴は、いつも大人しくてマジメで勉強もできて誰からも尊敬されていて、そんなエロエロな代物を持つような人じゃないんだ」
「ニュース番組のインタビューに出てくる、容疑者についての印象を話すご近所さんみたいな感じになるな。もう最後まで突き進むって決めてるんだ。水を差すんじゃない」
 自分の失態をうやむやにしたいエリィは冷淡にあしらい、ボタンを押そうとすると、萩野くんがひしと腕に抱きつく。
「や、やっぱり無理だ。どうか、ご勘弁を。もし自分の兄貴がエロエロだと知ったら、今後、どんな風に接していけばいいのかわからない」
「うるせえ、引っ付くんじゃねえよ」
 まとわりつく腕を振り払うと、萩野君は「よよよ」としくしく泣き出してしまった。
 さすがのエリィは同情する様子を見せ、彼の肩を優しく叩く。
「安心しろ、萩野。もしお前の兄貴がエロエロな野郎だとしても、少なくともここにいる〇〇よりはマシなのは間違いない」
「こんな人間のクズと比べられたって、なんの慰みにもならないよ」
「おい、言ったな萩野くん、言ってしまったな」

657番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編):2020/02/11(火) 13:36:34 ID:/Ln2JSgo
 そこから、さらにひと悶着。
 結局、初めの状態に戻るまでかなりの時間を要した。
 十二回の延長戦まで続いた野球の試合後のように疲弊しきる中、僕は最終的な決断を下した。
「……とりあえず、見るだけ見よう。エロエロじゃない可能性もあるわけだし」
 疲れ切った顔で、皆が同意する。
 そして再度、四人はDVDプレイヤーに向き合うこととなった。
「それじゃあ、今度こそいくぞ」
 隣であぐらをかくエリィが物々しく言った。
 表情が硬いのは、禁止されているルールを破る抵抗感からだろう。
 真の悪党ならば、こういう局面でも躊躇わないのだろうけど、僕やエリィみたいな小悪党には荷が重い。十八禁のアイコンを見ると、二の足を踏んでしまう。誰に迷惑をかけているわけではないのに、不安になる。
「一蓮托生だかんな」
 慣れない四字熟語を使って、エリィが再生ボタンを押す。
 よし、これで何かあった時はコイツに全責任を押し付けられるな。いつだって、計画を実行したヤツが一番の責任を負うのだ。ふっはっは。
 何はともあれ、ようやく破廉恥な上映会の幕が上がった。
 ……上がらない方が良かった気がする。

658 ◆lSx6T.AFVo:2020/02/11(火) 13:38:08 ID:/Ln2JSgo
投稿終わります。

659雌豚のにおい@774人目:2020/02/13(木) 23:07:05 ID:GD3OkbGo
乙乙!

660高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:01:40 ID:FtphCcUY
投下します

661高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:02:10 ID:FtphCcUY

僕らのクラスの喫茶店というアイデアが採用されたのは生徒会へ出す模擬店の申請期限間際のことだった。

当然クラスTシャツだとか衣裳なんてものを用意する時間はなく、それぞれの家庭からエプロンを持ってこようということになっていた。

とはいってもそのエプロンを付けるのも初日の午前を担当する生徒だけで、おおよそクラスの四半分だ。

それでも、普段とは異なるエプロンという家庭的な風貌に浮き足立つ雰囲気を感じる。

こと高嶺の花に至っては。

「やば、高嶺。マジで何着ても似合うな」

「あいつのことだし、絶対料理とか得意そうだよな」

「それありえるな。いやー食ってみてぇなー」

クラスの男子たちの会話を聞き耳立てて盗むと、この様子だ。

改めて彼女の人気の高さが伺える。

「うちの高校の家庭科、調理実習がねぇからなぁ…。調理実習さえあれば一回は食える機会ありそうなのになー」

「ははは、お前じゃ無理無理」

「んだとー!」

彼らが食したいと望むそれは、僕の鞄の中にある。

みっともない、ちっぽけな優越感が生まれてしまう。

器が小さいと己を戒める。

662高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:03:35 ID:Wa88zeS6
「おーっす、遍っち」

背後から太一の声がした。

「おはよう、太一。遅かったじゃないか、遅刻ギリギリだよ」

「いんやぁさ、今日土曜じゃん?おれっち、目覚ましかけるの忘れちゃってさぁ…」

「つまり寝坊したということだね」

「…まぁそんなとこだ、あはは」

「まだ出欠取ってないけどほんとに時間ギリギリだよ。明日は気をつけなよ?」

「任しとけって!」

自信満々の返答に返って不安を覚え、苦笑してしまう。

太一がやってきてからすぐに担任の太田先生が締め切りだと言わんばかりに、教室へ入ってきた。

「みんな、おはよう」

太田先生の挨拶に、皆バラバラの挨拶を返していく。

「えーっと、今日は待ちに待った文化祭だけど羽目を外しすぎて、怪我をしたり、暴れたりしないようにな」

「先生ー!さすがに暴れるはないでしょー!」

どこからか茶化す声が聞こえる。

「分からんぞ?どこぞの阿呆が暴れるかもしれんからなぁ。その時は文化祭は先生が付きっきりになるからな」

「えー!!!」

クラスから笑い声が漏れる。

太田先生の台詞をどうやら冗談だと捉えたものが多いようだ。

太田先生は普段厳格でありユーモアに欠けるため、時折のそういった戯け話が嘘か真か判断が難しい。

「そうならんように最低限の秩序をもって今日と明日を過ごしなさいということだ。ほら、文化祭とはいえ立派な学校の行事だ。出欠を取るぞ、飯島」

クラスメイトたちの名前の読み上げが始まった。

あ行の名前が呼ばれて、その中で出席を確認し終えると次はか行の名前が呼ばれていく。

一人、また一人と出席していることを各々の返事で伝えていく。

そしてさ行に差し掛かる直前、か行の最後の名前が読み上げられる。

「小岩井。小岩井は今日来てるか?」

一人の女子生徒の名前。

それを読み上げられた時、浮き足立っていたクラスの雰囲気は一度、地に足をつける。

不自然な静寂が訪れる。

彼女が学校に来なくなってからもう五日経つ。

彼女の欠席が異常なものだと感じ始めてきた、そんな雰囲気を感じる。

「…まぁ、体調も万全に回復していないのかもなぁ。心配だな」

おそらく太田先生もこの雰囲気もこの雰囲気の原因も気がついているだろう。

「季節の変わり目で体調も崩しやすい時期だから、皆も体調管理しっかりするようにな。じゃあ佐藤」

小岩井さんを欠席とみなし、太一の名前が読み上げられる。

「はい」

太一の名前が読み上げられるということは、すなわち次に読み上げられるのが僕の名前だということだ。

「不知火ー」

「はい」

彼女の欠席について異常だと思っている者のうち、責任感を感じているのは僕だけだろう。

僕が彼女の想いを受け入れられなかったから。

いつもなら自惚れるなと己を戒め、それを簡単に受け入れるくせに、こういった都合が悪くなる場合だと、戒めの言葉を受け入れ難くなっている自分がいる。

どうしてこんなにも被虐的な思想に偏るのだろう。

自分の幸せを自分が一番望んでいないかのように。

663高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:04:38 ID:FtphCcUY

「…。…じゃあ最後、吉田」

「はい」

次から次へと呼ばれていった生徒の名前は、ついに最後の名前まで辿り着く。

結局このクラスにおいて、欠席はただ一人ということとなった。

「小岩井は残念だが、他の者は来れて良かった。じゃあテストも近いが今日は数少ない行事の内の一つだからしっかり楽しむようにな。それじゃあ十六時にまた教室に集まっているように、解散」

その一言を待ってましたと言わんばかりに、クラスの空気が弾けるのを感じる。

「うへぇ、テストの話は余計だよなぁ〜」

太一はすっかりテストの一言を聞くだけで、苦虫を噛み潰したような顔している。

「きっとメリハリをしっかりしろってことだよ。勉強する時はする、遊ぶ時は遊ぶ。今日明日は後者ってことさ」

「んなこたぁ、分かってるんだけどさー、やーっぱ、勉強はどうもやりたくないんだよなぁー」

「ははは、そうだね。ほらでも今日は楽しもうよ」

「そうだなぁ。遍っちどっか行きたいことあるか?」

太一にそう聞かれてからしまったと思った。

「あ…ごめん。初日の午前中は綾音と周ろうって約束してて」

苦虫を噛み潰したような表情から剣呑を孕んだ表情へ変わりゆく。

「おい!こら!このシスコン!友達よりも妹か!?というか文化祭まで仲良しこよしか!?」

割と大きな声で僕を責め立てて行く。

「ちょ、ちょっと落ち着いて。別にいいじゃないか、兄妹同じ学校だしちょっとくらい一緒に回ったって」

「いいや、普通じゃないね!文化祭を一緒見て回る兄妹は普通じゃない!」

勢いこそまくし立ててはいるが、雰囲気からは全くもって怒りを感じず、半分本心半分冗談として捉えるべきなのだろう。

けれど、太一の言う普通じゃない、という言葉を割れたガラスの破片の様になって、僕の胸に突き刺さる。

心臓が悲鳴をあげ、反論の句が告げられない。

その間も太一は大きな声を僕に浴びせていく。

徐々にクラスメイトたちの視線と注目が集まるのを感じる。

「みんなも見てるし落ち着いて太一。ならさ、太一も一緒に回ろうよ、綾音とさ」

クラス全体とは言わないが、すで周囲の生徒たちが、僕たちに注目をしているため、なんとか太一の勢いを制止しようとする。

自分で言ってから気がつく。

そうだ、別に綾音と二人っきりで回る必要はないのだと。

「…綾音ちゃんと?ふむ…よかろう」

よかった、太一の勢いにもブレーキがかかった様だ。

注目していた生徒たちも学友達の戯れと分かるや否や、既に各々の興味を文化祭へと向けていた。

幸い、周囲の生徒達以外はあまり見ていなかった様だと、一通り確認をする。

確認し終え、大丈夫そうだなと、安堵の気持ちが湧く。

が確認の時に感じた、一つの違和感。

もうすぐで安堵の気持ちで満たされるところを、一つの違和感がそれを食い止める。

もう一度、もう一度だけ、違和感の元へ、『高嶺の花』へと向ける。

「…っ」

やはりだ。

見ている。

あの黒い瞳で。

数秒かあるいは刹那とも呼べる間、僕と目を合わせた後、彼女は手元にあるスマホへと視線を下ろした。

その動作で、今朝方交わした約束を、脳裡から引きずり出される。

僕のスマートフォンが仕舞われている制服の右ポケットへ、正確には右膝へと神経を集中させる。

覚悟していた感覚は、ものの数秒で訪れた。

知らせの振動。

「…じゃあ綾音に一回連絡取ってみるよ」

小さな嘘をつき、僕はポケットからスマートフォンを取り出す。

ラインと書かれたアイコンを恐る恐る開く。

664高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:05:35 ID:FtphCcUY

『妹ってなに?』

そう一言書かれていた。

返答に困る。

哲学にも似たその質問の、彼女が満足を得られる様な回答を、僕は思いつかなかった。

指が固まっている僕へ、またメッセージが送られてくる。

『まさか私とは回らないとか言っておきながらあの義妹さんと回るとか言わないよね?』

嗚呼、やっぱりだ。

きっと華は綾音を嫉んでいる、妬んでいる。

華の嫉妬の対象は、恐らく家族だろうと関係ない。

いや、華以外の女性を優先するなと、母も妹も含め優先するなと、確かにそう言っていた。

血縁が無ければ尚更のことだろう。

僕にその気があろうとなかろうと関係がない。

『約束したよね?』

僕が固まっている間にも、彼女の追及は止まらない。

『ここで』

『今』

『言ってもいいんだよ?』

何を言うかなんて想像するまでもない。

やめて欲しいと言うのは易いが、どんな無茶なものでも約束は約束だと、それを破った僕にやめて欲しいなどと口にする資格がないと、僕が自分自身を縫い付けている。

『ねぇ』

『何か言ってよ』

『簡単な話だよ』

『私が今、あなたの約束を破るか、それともお仕置きか』

『選んで』

与えられた二択。

クラスメイトや、綾音に知られる覚悟と準備ができていない臆病者は、後者を選ばざるを得なかった。

『ごめん。どうであれ約束を破った僕が悪いんだ。後者でお願いします』

『お仕置きね。分かった言い訳は後で聞くから』

メッセージはそこで止まる。

華の様子を視界の隅で確認すると、どうやら荻原さんに話しかけられている様で、スマートフォンは仕舞われていた。

665高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:06:31 ID:FtphCcUY

「で、綾音ちゃんなんだって?」

「え?」

「え?じゃなくって。どういうことだ?今連絡してたんじゃないの?」

太一に話しかけられて漸く、現実に戻った様な感覚を覚える。

「…ああ、ごめん。今丁度別の要件で立て込んでて」

「なんだそりゃ」

これには太一も呆れた様子を隠せない。

「あはは…ごめんね。とりあえず校門へ行こう。そこで綾音は待っているはずだ」

もう一度、華を確認する。

彼女は僕に視線を向けてはいなかった。

一刻も早く、教室を出てしまいたい。

そんな焦燥が僕を支配する。

「なんか今日の遍っち変だぞ?」

「あはは…僕も変だと思う」

「その返事がすでに変だな」

この問答すら、もどかしく感じる。

僕は半ば強引に、教室への外へと歩みを進める素振りを見せる。

「あ、待てって遍っち」

「僕が変だってことは、歩きながら幾らでも聞いてあげるからさ、行こうよ」

僕は教室と廊下の境目に、一歩踏み入れる。

現実逃避するように、一歩踏み出す。

一先ずは義妹と学友、綾音と太一とこの祭りを楽しんでも良いではないか。

後のことは後で考えよう。

そう考えていた。

「あ゛遍ぇ!!!!!!!!!」

一輪の華の怒号を聞くまでは。

浮き足立っていた教室が再び静まり返る。

そして誰もがその怒号の元へと視線を向けていた。

叫ばれたのは僕の名前だけれど、きっと僕の下の名前を知っているものなど片手で数えられるくらいしかいないだろう。

それ故、怒号から間をおいて、片手で数えられる程度の視線が僕へと向けられる。

瞳孔を開いた彼女はそのまま、僕をしかと捉えながら、こちらへと向かってくる。

クラスメイト達の視線も自ずと、それを追っていく。

まさか。

そんな。

いや確かに、僕は仕置きを選んだはずだ。

僕の脳みそが徐々に固まっていく。

だけど、彼女は止まることなく、間違いなく、こちらと向かってくる。

何故?

分からない。

どうして?

クラスメイト達の視線が僕という点で交わると、彼女は僕の左手首を引っ手繰り、僕と目を合わせずに、僕より先へ。

分からない行き先へ連れていかれる。

只、連れて行かれるしか無かった。

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666高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:07:37 ID:FtphCcUY

混乱した思考を整えるのに、注力していた僕は、抜けていく人々の、怪奇な視線を気にしている余裕なんてものは無かった。

けれども、混乱している僕をどこか冷静に捉えている僕もいた。

殊の外、人は想定外の出来事が起きると、かえって冷静になる様だった。

起こってしまったことは仕方がない、これからどうすれば良いか、そんな風に思考が働く。

人々の賑わいを突き破り、さらにその奥へ。

行く手を阻む『立ち入り禁止』の札も突き破り、その先の階段へ。

上へ、上へ。

辿り着くは、屋上。

華は乱暴に、屋上の戸を開く。

引かれるがまま僕は、そのまま屋上へと踏み入れると、秋の風が僕ら二人の間を吹き抜ける。

無機質に広がるアスファルトは秋の朝日に照らされ、相変わらず雲一つない青藍はただただ美しいだけだった。

そんな美しい天と無機質な地が突如として、反転する。

背中から伝わる痛み。

日向から伝わる温もり。

そして日陰から伝わる冷たさ。

投げ…られた?

667高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:08:55 ID:FtphCcUY

我が身に起きたことを理解すると、今度は四肢に強い圧力を感じる。

目の前に広がっていた青藍を高嶺の花が覆う。

彼女の長い髪が雨の如く降り注ぎ、僕の頰を掠める。

「ね…ぇ…」

余りにも震えた声が、手が、いかに切迫した感情を抱いているのかを想像するのは容易かった。

「遍、貴方…今朝、何処で…誰と…何をしていたの?」

震えた手が僕の頰に添えられる。

昨日とは比べ物にならない程、その手は酷く冷えていた。

「あり…えない、ありえないあり得ない有り得ないアリエナイ…私と遍は、運命の恋人なんだ…赤い糸で繋がっているんだ…なのに、それなのに…うっ」

突如として華は、頰に添えていた酷く冷えた手を離し、自らの手にあてがうと、そのまま屋上の物陰へと向かっていった。

「ぅッッ…ぉぇ…ぇぇぇぇぇ…ッ」

嗚咽。

跳ねる水音。

嘔吐していた。

「気持ち悪い…気持ちワルイ気持ち悪いキモチワルイ。私と遍の世界が穢れた…。最悪…最ッッ低…、どうしてそんなことするの?どうしたらそんな非道いことができるの?ねぇ…聞ィいてるの!?遍!!!!」

「ま、待っておくれ。一体全体何をそんなに怒っているんだい?!」

上体を起こし、何について咎められているのかを問う。

それが火に油を注いだのか、華は僕の胸倉を掴み、起こしたばかりの上体を再びアスファルトに叩きつける。

「惚けないでよッッッ。貴方が今朝、何処の馬の骨とも知らない女と、腕を組んでいたそうね!しかもその女、貴方の『彼女』だそうね?おかしいなぁ…おかしいなぁ!!!!私、貴方と今朝腕を組んだ覚えなんて無いんだけどなぁ!!!!」

ここに来て、この事態を想定をしていなかった己を呪う。

間違いない、荻原さんだ。

彼女がきっと、今朝の出来事を華に伝えたんだ。

「誰よそいつ、どんな奴なのよ。一体どういうつもりなの?貴方、まさか私達の関係を知られたくないって、その女がいるからなの?ぁぁぁ…ぁあああ!!憎い…憎い。腑が煮え繰り返りそうよ!!!」

「ち、違うんだ。聞いておくれ華!今朝、荻原さんが見たのは妹の綾音のことだ」

「…妹?嗚呼……。あの…ッ」

歯軋りが鳴る。

「遍、貴方昨日約束したばかりだというのにこんなにも簡単に約束を破るの?言ったよね、妹も含めて私以外の女に触れないこと、何よりも私を優先すること。なのに破っちゃうんだ…ふぅん。…そういえば夏休みの時もそうだよね、遍はいつも私との約束を破る。やっぱり昨日のお仕置きが甘過ぎたのかな?」

仕置きが甘い、その一言で頰の痛みが蘇る。

「違うんだ!僕はなるべく触れないように努めたし、華の優先度を蔑ろにしたつもりもないんだ!」

「違う?何も違わないよ遍。約束を守るってことは貴方は私以外の有象無象に拒絶をしなければならないんだよ。だけど貴方はそれをしなかった。私ね、遍のどんな所も好きだけれども、すぐ約束を破るところと私以外を拒絶しないところが許せない。あはっ、でも安心して。昨日も言った通り、貴方を見限ることは絶対にしない。絶対に離さない。昨日のお仕置きじゃ足りないならもっときついお仕置きをしてあげる。それでも駄目ならそれよりもっときついお仕置きを。そう、何度も何度だって。私達は運命の赤い糸で繋がれた番いなの。私達の幸せの未来のためなら何度だって、繰り返してあげる」

668高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:10:01 ID:FtphCcUY

運命の赤い糸。

今、この時ほど、僕らの関係に疑問を覚えたことはない。

ーーーーーーーー何故、僕は高嶺の花と交際しているんだろうか?

この一つの問いが頭に浮かんだ瞬間、堰を切ったように、今まで押し殺していた答えが溢れてきた。

「は、華。…落ち着いて、聞いて欲しい」

一度息を整える。

返事はなく、ただ先程と同じように黒い瞳で僕を捉え続けていた。

それを肯定の意として捉えた僕は、答え合わせを続ける。

「僕は…。僕は僕のことがそれほど好きではない。だから僕のことが好きと言う君の気持ちが理解できない。僕は僕が他の人より秀でたものがあると自負したことがない。だから僕を唯一という君の言葉が理解できない。僕はいつも君と釣り合わないと思っていた。だから僕らが運命の恋人だと君のように思ったことはない」

「何を…言っているの…遍…?」

真っ直ぐ僕を捉えていた眼は左右に揺れ始め、僕の胸倉を掴む手は緩くなる。

「いつか君が言っていた運命の人というのは、きっと僕じゃない。僕らはまだ交際を始めて一月も経っちゃいない。なのに僕は君をこうして何度も怒らせる始末さ。衝突が全くないカップルが理想とは必ずしも言えないと思うけれども、少なくともこうして何度も君を怒らせた僕は運命の恋人なんかじゃないんだよ」

心の奥底では気づいていたことを、次々と告げてゆく。

一度、箍が外れればもう止まることはない。

「華…、…別れよう。僕らは本来交わるべきではなかったんだよ」

言ってしまった。

あれだけ悩んでいたことが、言葉に乗ってスルリと蛇のように己の体から逃げ出した。

ただ一つだけ、最も大切なことを残して。

「嘘…だよね?じょ、冗談だよね?遍?」

激昂に染まっていた瞳が、動揺へと塗り替えられる。

「これは嘘でも冗談でもないよ。僕は君に相応しくない」

「相応しくないって何?ふ…相応しいとか相応しくないとか、そ、そんなの関係ないでしょう…私は、私はこんなにも貴方のことが、好きなのに…愛してるのに!!」

「ごめんもっと早く気付くべきだったんだ。でも華…いや、高嶺さん、君ならもっと、もっといい人を見つけられる」

そう、早く気付くべきだったんだ、薄れてしまった初恋に。

敬称に決別の意を込める。

669高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:10:52 ID:FtphCcUY

「嫌…やめて…そんな呼び方、しないで…」

激昂していた高嶺の花が徐々に、徐々に萎れていく。

「…本当は僕なんかが別れを切り出すなんて身の程も知れないことだと思う。高嶺さん、まだ焦っちゃ駄目だ。絶対に、絶対に君の本当の運命の人は現れる。そしてそれが君の本当の幸せだと思うし、僕もそれを望んでいる」

「………」

花はとうとう枯れてしまった。

徐々に緩んでいた彼女の手は、遂に胸倉を掴むことができなくなるまで緩み、解放感を感じる。

分かってくれたのだろうか、はたまた呆れ果てたのだろうか。

どちらにせよ、これで僕達の関係は終いなんだ。

「…高嶺さーー」

「そう。…分かった」

これで最後だと、今までの感謝の気持ちなどを告げようとしたが、彼女のその一言で遮られた。

僕の破談を受け入れたのだろうか、すっかり俯いて見えなくなった表情の様子を伺う。

「…っ!」

ぞっ、とした。

先程まで僕を捉えていた瞳は光を失い、虚ろとしたものとなっていた。

それは可憐な少女のものだったとは思えない、酷く歪んだ姿だった。

その姿に、僕は何も言えずにいた。

そんな僕に馬乗りになっていた彼女はそっと立ち上がる。

「…」

一度僕を見下ろすと、そのまま無言で踵を返す。

ひた、ひた、ひた。

静かな歩みが、やけに煩く聞こえる。

屋上の出入り口のドアに手をかけ、ぎぃと錆びついた音を鳴らし、戸を開ける。

もう一度、錆びついたが鳴ると同時に、彼女の後ろ姿が扉で見えなくなっていく。

がしゃん。

少し大きな音で扉は閉まり、完全に後ろ姿が見えなくなる。

呆気ない、あまりにも呆気ない結末だ。

これで終わったのだ、高嶺華との交際が。

今更になって、鼓動が強く早く脈打つ。

僕を包んでいた夢見心地は、少しずつ失い、現実という棘が、一本ずつ僕の皮膚を刺していく。

僕自身が一番信じられなかったのだ、自ら別れ話を切り出すなんて。

だからこそ、非現実感が僕を麻薬のように酔わせていた。

しかし、酩酊はいずれ覚めるもの。

鼓動は耳鳴りがするほど煩く、全身には鋭い痛みが走り、ひゅるりと秋風が吹き付ける。

「…ぁあ。何をしているんだ僕は」

みっともなく惨めに蹲る。

下らない涙が情けなく溢れてくる。

潜在的に思っていたことであれ、ひと時の感情に任せて、無様に吐き捨てた。

取り返しのつかないことだ。

けれど後悔はしていないつもりだ。

それなのに何故、涙が出てくるのか。

鈍い僕は、自分自身の気持ちさえ、分からなかった。

670高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:13:42 ID:FtphCcUY

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「遅い!何してたのお兄ちゃん!!」

「あ、はは。ごめん。少しトラブルが起きてね」

結局、綾音と合流したのは僕らのホームルームが終わってから一時間以上経ってからのことだった。

「トラブルって何?!どんだけ心配したと思ってるの!?何度も連絡しても返事来ないし、本当に心配したんだよ!?」

「ごめん…」

言い訳をする気力も無くなった僕は一言謝ることしか出来なかった。

その様子を見た綾音は、様子が異常だと悟ったのか、急に鞘を収める。

「どうしたの…お兄ちゃん?元気無いよ…。それによく見たら顔もなんだか窶れてるように見えるよ?」

流石は十年妹をやってきたことはある。

僕の様子の異変など直ぐに察知していた。

「あ、はは…。いや…」

癖になってしまった空笑いと誤魔化しが出てしまったが、今更もう隠す意味もないのでは無いかと、やけくそにも似た感情が湧いてくる。

「…綾音。ごめん、僕は一つ大きな嘘をついていたんだ」

「…どういうこと?」

こうなってしまってはもう、引き下がることも出来ない。

己の心を崖の上から突き落とす。

「昨日、言ったよね?僕は昨日綾音に彼女がいないと」

皆まで言わずとも察したのか、心配の表情から一転、剣呑な様子へと様変わりする。

「どういうこと!?まさかいるの!?彼女とか抜かす女が!」

これで胸倉を掴まれるのは今日だけでも二回目の事だ。

「いたよ。でも別れた」

『いた』で強く歪んだ表情になり、『別れた』で、拍子抜けた表情へと移る。

「本当の本当にどういうことかなぁお兄ちゃん。聞きたいことが多過ぎてあたし訳分からなくなりそうだよ」

「…そうだろうね。僕も自分で何をしているんだろうって、そう思ってる」

「……。…まず彼女ってなに?昨日聞いたよね?なのに嘘ついて、あたしに黙ってた訳?」

「そうだね、…ごめん」

「いや、ごめんじゃなくて。ねぇ?なんであたしに黙ってたの?嘘、ついたの?」

「綾音はさ、もし僕が昨日彼女がいるって言っていたらどうするつもりだったんだい?」

「………」

返答は得られない。

分かってたはずだ。

671高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:14:35 ID:FtphCcUY

「綾音、僕のことをどう思ってる?何故、僕が彼女を隠していたことに憤りを覚えたんだい?僕に彼女がいて綾音に何か不都合でもあったのかい?」

矢継ぎ早に質問を重ねていく。

心の中に黒が溢れていく。

自分が自分じゃなくなっていくみたいだ。

「ど、どうしたのお兄ちゃん?」

「…綾音。綾音がもし、もしもだ。そんなのは有り得ないと笑い飛ばしてくれたって構いやしないだけれどもさ…」

臆病者の僕がやめろと叫んでいる。

それでも自棄になった僕は耳を塞いで戯言を吐く。

「…僕のことを好いているのかい?兄としてではなく一人の異性として」

なんとも気障な台詞を言う。

綾音は揺れる瞳の中で、答えを探している。

けれども、綾音が何と言おうとも僕の中で答えは決まっている。

「綾音。もしそうであるのならば、…そうであるのならば僕は君の気持ちには答えられない。綾音は僕にとって大切な妹だ。今更、一人の異性として見れないんだ」

緩みきっていた綾音の手に、再び力が込められる。

「…う、嘘つき…。嘘つき…、嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき!!!!!」

綾音が僕の胸ぐらを掴むという姿は、既に周囲の人たちの好奇心を煽るような痴態だったが、綾音のこの怒号が更に多くの人々の関心を引きつけた。

「あたしのことお嫁さんにしてくれるって言ったのに!!大きくなったら結婚してくれるって!!!約束したのに…、約束してたのにお兄ちゃんの嘘つき!!!」

そんな約束した覚えはないと、言い返すことはできなかった。

いつの日かに言った気もするし言ってない気もするからだ。

「綾音、僕たちは兄妹だ。血は繋がってないかもしれないけど、本物の家族と思ってる。だから性愛することを望んでないんだ」

「家族ってなによ…、兄妹ってなによ!?あたしとお兄ちゃんは血が繋がってないでしょ!?あたしたちは家族である前に、一人の男と一人の女なんだよ、そこから目を背けないでよ!いいよ…あたしのことを女の子として見れないならこれから幾らでも教えてあげるわよ!!」

胸倉から手を離すと同時に、僕の顔を鷲掴みし、強引な接吻を行う。

驚きはない。

動揺もない。

けれど、悲しさが胸を締め付けていた。

「…ッ。…ははっ、ほらお兄ちゃん。キスしちゃったよ、これで分かった?あたしが一人の女の子だって、ねぇ?」

歪んだ表情で、僕に微笑みかける。

大切な義妹の、異常なその姿に、性的な興奮を覚える訳もなく、後悔と悲哀が胸中に押し寄せる。

綾音は、そんな僕の表情を読み取ったのか、歪んだ口角が落ちる。

「ファーストキスはあたしのものだから」

「…綾音、僕はもうーーー」

「"カゾク"って便利だね」

僕の初めての接吻は既に元カノと済ませてしまっている。

そう答えようとしたが綾音によって遮られる。

672高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:15:15 ID:FtphCcUY

「…どういうことだい?」

「あたしが、そんな他所の女にお兄ちゃんのファーストキスを、奪われるような真似をすると思う?もう何年も前からキス、してるんだよお兄ちゃん。お兄ちゃんは寝てたから気がつかなかったかもしれないけどさぁ」

聞くときに聞けば、酷くショックな事実かもしれないのに、もう僕の心と頭は理解をしようとすらしない。

「…綾音。どうしても僕じゃなきゃ駄目なのかい?一体何が綾音にそこまでのことをさせたんだい?」

「お兄ちゃん…、愛に理由が必要?」

義妹の姿と元恋人の姿が重なる。

「…僕は必要だと思う。愛も好意も全て人の感情だ。そして感情には必ず、抱く理由がある。理由が無い感情は、それはまるで病じゃないか」

「だったら、その病に罹らせたのはお兄ちゃんだよ。責任…取ってよ」

「…。…責任、そうか…分かった」

「やったぁ!それじゃあ、結婚…してくれるんだよね?」

「綾音、最初にも言ったけれども僕は綾音の気持ちに応えるつもりはないよ。この気持ちは変わらない」

これだけは譲れない想いと主張する。

「ッッ、だったら!あたしもお兄ちゃんを諦めないからね!」

「僕が綾音に応えたくないという気持ちも、綾音も諦めないって気持ちも、どちらも人の感情だ。簡単に変えられるものではない。だから僕はこれからどれだけ時間をかけてでも説得する覚悟だ」

「だったら…さぁ!わかるよね!?あたしが絶対に諦める訳がないってことがぁ!?ねぇねぇねぇ、早く取ってよ、責任。あたしを狂わせた責任を!」

「もちろん全うするつもりだ。綾音がいつの日かちゃんと他の人を好きになるまでは、僕は二度と恋人を作らない。これが僕の責任だ」

「あは、何それお兄ちゃん?それがあたし狂わせたことに対する責任だっていうの?」

「そうだ」

「あははははははははははは」

ケタケタケタと壊れた人形のように笑う。

「意味が分かんないよ。いいよ、お兄ちゃんの気が済むまでそうしたら?あたしは絶対に諦めないし、むしろ変な虫が寄り付かなくて済むからね。好都合よ」

責任なんて格好つけて言ったが、これは責任というより、己にそんなことをする資格がないという、戒めに近いものだった。

「じゃあお兄ちゃん?あたし、ちゃんと一人の女の子だってこと。今からたっぷりと刻み込んであげる」

行こうよ、そう言って綾音は僕の腕に、腕だけではなく指を絡めてきた。

「…そうだね」

もう後戻りはできない。

今日とは言わない、明日とは言わない。

いつの日かでいい。

綾音が僕以外の人の隣に立って、その幸せを兄としての喜びとちょっとばかりの嫉妬で、迎えられる日が訪れて欲しい。

もう後戻りはできない。

やるしかないのだ。

673高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:16:37 ID:FtphCcUY

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午前中、綾音はあの手この手と僕を籠絡させようと試みていたが、実のところ今までとそう大差ないと感じるものであった。

しかしそれは、裏を返せば如何に僕が過ごしてきた日常が、酷く歪なものであったかを如実に語っていた。

綾音もあまり手応えを感じなかったのか、最後に別れる際には、不満げな表情を浮かべていた。

あれだけ意を決したことだったのに、僕が思う通りにも綾音の思う通りにも、お互いの気持ちの変化はあまり起こらなかった。

改めて感情というものの難しさを知った。

綾音と別れてからは一度教室へと戻ろうかとも思ったのだが、今朝の出来事による気まずさで、どうにも戻る気になれなかった。

どこを回ることもなく、ただ人気のない場所で、本当にこれで良かったのかと、何度も思考を繰り返していた。

さらには太一との約束も無碍にしたこともある。

成り行き上、仕方がなかったとはいえ、連絡を取るなりすれば良かったものなのに、乱れに乱れた僕の心に、友人との約束を思い出す余裕が生まれたのが、文化祭の初日が終わろうとした時であった。

友人にも、元恋人にも合わせる顔がない。

教室へ戻りたくない気持ちが強かったが、点呼を取らなければならない以上、そうも言ってはいられなかった。

気持ちが後ろを向いていようと歩いていれば、いつかは辿り着く。

やがて三人で作った思い出の看板が見える。

高嶺華のことは気にするな、太一にしっかりと事情を話して謝ろう。

意を決して教室へと踏み入れる。

入り口のすぐそばに太一がいた。

「ああ、太一。ごめんね…置いていくようなことをしてしまって。実はね…」

「遍っち、お前…どこにいたんだよ」

太一の視線に違和感を感じる。

やはり怒っているのであろうか。

けれどその瞳は怒りと呼ぶべきではないようなものにも思える。

否、太一だけではなかった。

クラス全員の視線が僕へと向けられていた。

教室へと踏み入れたときに感じた賑わいも、気がつけば不自然なまでに静かなものになっていた。

程度に差はあれど、誰しもが僕に対して負の感情を抱いている、そんな目で僕を見ていた。

あまりにも酷く居心地の悪い空間。

逃げ出してしまいたい気持ちに駆られる。

いや、そもそも何故こんなことになっているのか。

脈拍が異常なほどまで上昇する。

ドッ、ドッ、ドッ、ドッ

分からない、どうして皆は僕を見ているのか。

674高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:17:05 ID:FtphCcUY

「あ!遍。おかえりっ!もーっ、何処行ってたのー?心配したんだからね?」

不自然な静寂を打ち破るは、一輪の花。

黙って僕を見るクラスメイトも、この静寂に包まれたクラスも、僕に話しかける高嶺の花も全て、異常だ。

全てがおかしい、全てが非日常だ。

今朝と同じように高嶺の花は僕に近づくと、僕の腕を撮り、腕を絡める。

「皆、さっきも言った通り、私高嶺華と不知火遍は実は正式なお付き合いをしています!」

え?

何を言っているんだこの人は?

高らかな宣言の後、クラスはもう一度賑わいを取り戻した。

「へー、おめでとう!!」

「やるじゃん不知火!」

「華ー!お幸せにー!」

ピー、ピーと指笛が鳴り響く。

クラスメイトたちが、それぞれの反応をする。

大半がお祝いや肯定的な言葉を僕にかける一方、相変わらず僕に対する敵意とも呼べる視線はなんら変わっちゃいない。

歓迎なんぞされていないことは、肌からひしひしと伝わってきた。

そもそも、何故こんなことになってしまったのか。

高嶺華は、僕らが交際していると宣言した。

それは間違いだ、誤りだ。

違う、僕は確かにさっき別れ話をしたはずだ。

そしてそれは相手も受け入れたはずなんだ。

何故?

何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故

…なぜ?

「…言ったでしょう。"絶対に離さない"、って」

彼女の笑顔は変わらない。

変わらない笑顔のまま、小さく僕にしか聞こえない声で、底冷えした声で呟いた。

675高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』:2020/02/27(木) 17:36:19 ID:FtphCcUY
以上で投下終了します。今更ですが1話ごとにタイトルをつけることにしました。今回の『イエローローズ』、つまり黄色い薔薇の花言葉は、「嫉妬」「愛情の薄らぎ」「友情」です。多分それらを意味するような内容の話だったと思います。
これは自論なんですが、ヤンデレは主人公とただ結ばれる物語では活きないと思っています。作者は拗らせてるので、ヤンデレには嫉妬して苦しんで欲しいです。そうなると今度は、主人公側に問題がでてきて、ちょっと無理のある描写が出ちゃったかなと反省してます。それでも書きたいことは書けてきてるのでちゃんと完結できるよう頑張ります。それではまた13話で。

676雌豚のにおい@774人目:2020/02/27(木) 20:32:42 ID:FfBP9nW6
乙です!毎回楽しみにしてる
ヤンデレには苦しんでほしいのすっっっっっっごくわかるから握手したい

677雌豚のにおい@774人目:2020/02/28(金) 22:50:49 ID:6wCYkwtM
ktkr!
この流れすこ

678雌豚のにおい@774人目:2020/03/20(金) 08:34:14 ID:ic0wPrO6
久しぶりの投稿お疲れ様でした
はよ続きがみたい

679雌豚のにおい@774人目:2020/03/20(金) 19:32:42 ID:pvXP6RT.
ヒロインに刺される等の暴行を受けても「こんなに愛してくれてありがとう」といったふうにヤンデレを受け入れるセリフを言う主人公いたら教えて。寝取られ要素皆無な作品で。

680罰印ペケ:2020/03/22(日) 21:50:31 ID:gB/0iUQo
>>676-678
感想ありがとうございます、励みになります。

進捗報告ですが『高嶺の花と放課後』13話は今日か明日投下できると思います。続くエピソードも実は並行して書いているので、それも直に投下できると思います。もうしばらくお待ち下さいm(__)m

681高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:09:33 ID:UGcGjuLg
投下します

682高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:10:29 ID:UGcGjuLg
第13話
「皆、さっきも言った通り、私高嶺華と不知火遍は実は正式なお付き合いをしています!」

違う

「へー、おめでとう!!」

「やるじゃん不知火!」

「華ー!お幸せにー!」

誰も彼も同じ目だ。

誰一人歓迎していない。

ーーーなんであいつが?

ーーー相応しくない

ーーー見る目がない

やめてくれ、そんな目で見ないでくれ。

そんなことは僕が一番分かっている。

そうだ。

太一。

太一だけには分かってほしい、誤解なんだ。

多くの人に誤解されたままでいい、たった一人の理解者がいればいい、僕は親しい友へ救いを求める。

「遍っち、お前…どこにいたんだよ」

助けを求めた友人の目は、裏切り物を見る目だった。

ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


「っ…」

夜明けも迎えずに目が覚める。

昨日の朝が最悪の目覚めだと思っていたのに、たった今いとも簡単に更新された。

隣に目を向ければ、ややはだけた姿の義妹が、すぅすぅと寝息を立ててきた。

今のところ起きる様子もない。

綾音の寝付きの良さに関して、今ばかりはありがたいものだった。

誰かと話す気分ではない。

それにしても、ここまで現実に起きたことと酷似した夢を見ると、如何に自分にとってあの出来事が衝撃的なものであったか嫌でも分らされる。

深い眠りについているだろう綾音を起こさないように、ゆっくりとベッドから抜け出す。

少しずれてしまった布団を、綾音に掛け直し、既に宵闇になれた目で、部屋の時計を確認する。

時刻は深夜三時を過ぎたあたりだった。

起床時間にはあまりにも早いと呼べる時刻ではあったが、二度寝する気分には到底なれなかった。

机の位置まで移動し、椅子へと腰を下ろす。

机の上には、ここ数日で書き溜めた原稿用紙が束になって置かれている。

何もせずに夜明けを待つわけにもいかないと、物語を書き進めようかと筆を取る。

しかしどうにも筆を進める気分にはなれない僕は、五秒にも満たない内に手に取った筆を机に置く。

「…本でも読もうかな」

本棚にある本は認識できるが、タイトルまでは見えないため、適当に選んだ本を取り出す。

このままでは本のタイトルどころか本文すら見えないため、卓上のデスクライトを付ける。

あまり強い燈ではないが、それでも宵闇に慣れた瞳では一瞬眩んでしまう。

…。

何の因果なのであろうか。

明順応を終えた瞳で、手に取った小説を確認すると、『夢少女』と書かれた本であった。

先日のデートをきっかけに購入したものだ。

夢でみた少女のことを忘れたいがために、手に取った本の題目が『夢少女』であり、さらには彼女の思い出が強く染み付いたその本が今僕の手にあるのは、皮肉以外何物でもない。

読書する気すら萎えてしまった僕は、本すらも机の上に置いてしまった。

「…はぁ」

溜息を一つ吐き、天を仰ぐ。

こうなると何もする気が起きないが、何もしなければただただ昨日のことを思い出してしまう。

さらに気分が萎えて、思い出さないように他のことに没頭する気も起きなくなる。

悪循環だ。

目蓋の裏には、昨日の出来事が焼き付いている。

683高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:11:44 ID:UGcGjuLg

そもそも何故あんなことになったのか。

僕は高嶺華に別れを切り出した。

そして彼女は言った。

"そう。…分かった"

今になって思い返してみれば、彼女の"分かった"という一言は、きっと僕の別れ話に対してではなかったのだろう。

あの後、一体全体何故皆に関係を公にしたのか、いやそもそも僕は別れたはずだと問い詰めると彼女は答えた。

「私はあなたの別れ話なんて戯言、受け入れた覚えなんてないわよ。それに遍、あなたは私との約束を破った。その上、別れようなんてふざけたことを言った。それなのに私だけ、律儀に"約束"を守るなんて不公平だとは思わない?」

それにね、と彼女は続けた。

「私がここで貴方と交際をしていると宣言すれば、きっと有象無象供はそれを強く認識する。貴方がいくら別れたなんて口にしても、私が、そして周りが交際していると強く認識さえしていれば、貴方が私と別れるなんてありえもしない事実を作ることは不可能なのよ」

とはいえ、とさらに彼女は続けた。

「遍、貴方が口にした事は、到底赦される
ものではないわ。私の心も相当痛むのだけれどこれに関してはかなり厳しいお仕置きが必要ね。貴方が愛し愛され合うべき相手を骨の髄まで分らせないとね」

「い、いい加減にしておくれよ!一体僕の何が君をそこまで執着させているんだ!?」

我慢ならず、叫ぶ。

「何が?執着?分かってないね、分かってないよ遍。私と遍は運命の赤い糸で結ばれているの。ほら見えない?私には見えてるよ、私の心臓と貴方の心臓を結んでいる赤くて紅くて緋くて赫い、その血脈にも似た糸が。だからね、私達が結ばれるのは運命なの、定めなの、絶対なの。これほどまでに美しい愛に逆らうなんてもってのほかだよ」

恐ろしいことを言う。

「…例えばだ。君が何かに襲われているとしてそれを僕が助けた、君が何かに絶望しているとしてそれを僕が救った、君と僕が昔からの知り合いだとしてずっと一緒に育ってきた。僕らの出会いがこれらのようであれば確かに納得はするかもしれない。だけど違うじゃないか!!僕が小説を書いていて、君が偶々それを読んだ。僕らの始まりのそんな色気のないものだったじゃないか!そう、運命と呼ぶには程遠い…」

「偶々じゃないよ」

「またお決まりの運命ってやつかい?何度も返す言葉で申し訳ないけども僕にはそれが運命とは思えない」

「ああ…そっか。うん、そういうことか。何で気がつかなかったんだろう。そういえば話したことがなかったね、私と貴方が運命で結ばれているって根拠」

「聞いたところで僕と君との価値観は違う。僕が納得のいく回答は得られないと思うよ」

「それは聞いてからの話にしようよ。そもそも私たちの物語の始まりはあの日だと、遍は思っているのでしょう?それが間違いなんだよ」

あの日がどの日のなのかは、もはや説明不要だったが。

「間違い?何を言っているんだい?僕はあの日初めて君と言葉を交わしたし、それ以前に君に関わったこともないし、そもそもの話クラスも異なっていた」

「まだ気付かない?遍、小説家なんだからそろそろ気付いて欲しいんだけどなぁ…」

「僕はまだ小説家ではないし、それとこれとは関係のない話だろう」

「私が言いたいのはどんな物語も"プロローグ"が存在するってことなのよ」

「…プロローグ?」

「ほら聞かせてあげる。まずは私の事から話さなきゃね。あれはーーーーー」

684高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:12:51 ID:UGcGjuLg
そこから彼女から次々と告げられる信じられない事実の数々。

僕は目の前の女の子の恐ろしさを理解した。

彼女が話終えると、僕は言葉を失い彼女は満足そうな笑みを浮かべた。

「だから貴方と私は運命の赤い糸で結ばれていたの。それがやっと今、結ばれたのに離れ離れになるなんて死んでも嫌だよ」

「…華、違うよ。違うんだよ。君が思っているほど周りの人たちは、悪い人ばかりじゃあない。世界はそこまで悪意に満ちてなんかいないんだよ」

「嬉しい」

「…何がだい?」

「また" 華"って、私の名前を呼んでくれた。それが堪らなく嬉しいの」

「…兎に角、僕が言いたいのは君はもう少し他人を赦してあげるべきだ」

「赦す?何を?私怒ってなんかないよ?」

僕の言っていることがまるで分からないと、そんな表情を浮かべる。

「いや心の底では、君はまだ怒っているんだ。だからそんなにも他人に対して関心も価値も見出してないんだよ。本当に君と過ごしてきた友人や君に想いを伝えてきた人たちはそんなに悪い人たちなのかい?」

「ええ、まぁ、…そうね。心底どうでもいいとは思うわ」

「…小岩井さんとか、あんなに仲良さそうにしていたじゃあないか。今、こんなにも学校を休んでて心配だとか思わないのかい?」

「…私の前で、他の女の名前を出さないでくれるかなぁ?…本当に殺したくなる」

蛇に睨まれた蛙。

蛇は華、蛙は僕。

殺したくなるという言葉が嘘でも、冗談でも、聞き間違いでもないことを、気迫が語っている。

嗚呼、この女の子は本当に誰にも心を開いてなんかなかったのだ。

「華、君はおかしいよ、狂ってると言ってもいい。結局君だって、僕じゃなきゃ駄目な答えを持ち合わせてはいないじゃないか」

「…どういうこと?」

「君の興味を引く出会い方であれば、別に何でもよかったんだろ?僕が放課後、小説を書いていたのが気になったからという出会い方は、その内の一例でしかないんだよ」

「でも出会った。これを運命と呼ばず何て呼ぶのかな?」

「僕が言いたいのは、君にとって唯一になり得る存在は僕以外にもいるってことだ。運命とかそういう話をしているんじゃあないんだよ」

「うん、確かにこの世界のどこかにはいるかもね。でも保証は?」

「え?」

「その人に会えるっていう保証は?遍、私の話ちゃんと聞いてた?私はこの世界にいる運命の相手と出会うために学校なんてものに通っているのよ?そして私と貴方は出会った。だから貴方は、私の唯一なのよ」

話が平行線を辿り、一向に交わらない。

水掛け論。

「遍、私今日ね、結構傷付いたんだよ?愛する人から別れ話なんてもの聞かされて。心臓が引き裂かれそうな思いだったんだぁ。私は愛し愛され合いたいだけなのに、私の想いだけが一方通行。だからね、私頑張ろうと思うの」

「頑張るってなにをさ…」

「どんな手段を使ってでも、遍に私を愛させる。身体に、頭に、心に、貴方が愛するべき人間が誰なのか、徹底的に刻み込んであげる」

冷や汗が止まらない。

彼女の両腕が、喉元まで迫る。

これは知らない記憶だ。

なんだこれは。

「…っはぁ…っ」

また悪夢を見ていた。

記憶の復習とも言い換えてもよい。

気が付かない間に、昏睡の浅瀬に迷い込んでいたみたいだ。

時刻は五時四十六分。

夜の帳は、青白く染まり始めている。

それを眺めると、最低な夜でも明けないものはないと、少し救われた気分になる。

昨日は少し色々なことが起きすぎた。

それでも、昨日の今と比べれば、悩みは随分と単純明快なものになったのではないか。

途方も無い、答えもない、悩みに頭を抱えていた時よりも、道筋がはっきりした方が幾分か気分がマシだ。

高嶺華と別れる。

綾音を諦めさせる。

どちらも簡単なことには思えないけど、ふと気がつくことがある。

委細抜きにして考えてみると、三人の女性から想いを寄せられて、それらを全て押し除けた。

恋愛小説が好きな癖に、恋愛をしようとしない。

現実よりも空想が好きな奴。

この果ては何だ?

685高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:15:28 ID:UGcGjuLg

「…また難しい事考えてるか、その時はその時。今は今だ」

「なにがぁ〜?」

背後から腕が伸びてくる。

「綾音…」

「おはよぅ、おにいちゃん」

「おはよう。少しくっつき過ぎだと思うよ、綾音」

「ん〜?」

聞こえないフリをしつつ、腕を僕の前で組みより身体を密着させる。

「綾音」

名前を口にするだけだが、言霊に僕の想いを乗せる。

すると耳たぶから鋭い痛みが走る。

「痛っ」

「おにいちゃんの意地悪。あたしがおにいちゃんをどう想ってるか、もう知らない分からないとは言わせないよ」

吐息まで伝わる距離で囁かれる。

「嗚呼、知りたくなかったさ、分かりたくもなかったさ。綾音、どうしたら僕らは普通の兄妹になれるんだい?」

「それをあたしに聞いてどうするの?答えが得られるとでも思ってるの?逆に教えてよ、おにいちゃん。どうしたらあたしたち、普通の夫婦になれるの?」

綾音も同じだ、話し合いの着地点が見えない。

もどかしさに苛立ちを覚えそうだ。

「昨日でも分かったと思うけど、僕は綾音をそういう対象に見れないんだよ、大事な妹なんだ」

「あたしこそ、お兄ちゃんを"兄"だと思ったことなんてない。あたしはずっとお兄ちゃんを"そういう目"で見てきた」

686高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:16:20 ID:UGcGjuLg

確かに生まれながらの兄妹ではなかった。

だからこそ、僕は他の誰よりも"兄"になろうと努めていた。

なのにその結果が、無意味だったとそう言われたのが非道く哀しい。

どうしてこんなにも想いがすれ違うのだろう。

「…それに昨日上手くいかなかったのは、結局今まで通りだったから。だから今までとは違うことをすればいいだけ」

僕の前で組まれていた腕を解くと、喉、胸、臍と、一つずつ順番に撫でていく。

そしてその手は、さらに下へ…

「っ!綾音!」

不意な感覚に、思わず身を引く。

「クス、逃げないでよお兄ちゃん」

「こんなの兄妹でやることじゃない!」

「そうだよ、だからやるんだよ。兄妹を辞めたいから。気持ち良かった?」

とんでもない。

その逆だ、悍ましさしか感じない。

「…うーん、そうでもないみたいだね。ごめんねお兄ちゃん、あたしお兄ちゃん以外でこういうことしたことないからさ、下手くそだったよね」

「下手だとかそういう話じゃない。兄妹でこういうことやるのがおかしいって言っているんだよ」

「おかしくなんてないってば。おかしいのはお兄ちゃんの方だよ。あたしたち血、繋がってないんだよ?根本的な雄と雌であることから目逸らしすぎだよ」

「僕らは本能で生きる動物とは違う。理性のある人間だ。こんなことをするのはおかしいし、僕はしたくない」

「…ふふ、あはは」

「何がおかしいんだい?…」

「…お兄ちゃん、キスとか胸当てとかは反応しない癖に、少し触っただけでこんなにも性を意識してるんだもん。これでも反応しなければ流石に困ってたけど、思ってた以上の反応だったからお兄ちゃんの倫理観を壊せそうで嬉しいんだぁ」

僕に対して優位に立ったと言わんばかりに、綾音は余裕の笑みを浮かべる。

「僕の倫理観を壊す…だって…?綾音、自分で言っていることの意味が分かってるのかい…?」

「分かってるよ。お兄ちゃんの倫理観をドロドロに溶かして、グチャグチャにかき混ぜて、メチャクチャに仕立て上げて、あたしっていう存在を妹から恋人に上書きしてあげる」

溜息すら出ない。

息が詰まりそうだ。

辛抱強く説得を続けさえすれば、いつかいつの日か、分かってくれると覚悟をしていたつもりだった。

けれども所詮それは、今ここにいない僕が明日の僕に無責任に押し付けているだけ、格好つけて誓った張りぼての覚悟なんてものは甘ったれた戯言だということを、愚かな僕は漸く理解した。

そうだ。

結局僕は明日の自分を他人と決めつけ、面倒事を押しつけて、現実から目を逸らしていただけじゃあないか。

でもじゃあ、どうしたらいいっていうんだよ。

「…もしそれで僕が綾音を異性として見るようになっても、決してその想いは受け入れないからな」

これが僕にできる精一杯の抵抗。

他人である未来の僕に、無責任に責任を押し付けるだけ。

「そんな怖い顔しないでよお兄ちゃん。別に今すぐ襲おうなんて思ってないよ。お兄ちゃんに嫌われるのは本意じゃないしね」

僕だって本当であれば嫌いになんてなりたくない。

ただ仲の良い兄妹になりたいだけなのに、どうして。

「あーあ。珍しく早起きしたしシャワーでも浴びて来ようかな」

綾音は一つ伸びをすると、僕の背後にある部屋の扉へと歩き始める。

綾音が僕の隣を通り過ぎる。

頬に触れる柔らかな温もり。

「クス」

何が起きたか分からない僕を横目に、綾音は部屋を後にした。

「…嗚呼、そうか…」

頬に触れた感触を理解した途端、そこから急激に体温が奪われていく。

今はただ己の悲劇を嘆くしかなかった。

687高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:18:03 ID:UGcGjuLg

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文化祭二日目。

昨日と変わらず、否、昨日よりも学校へと行きたくないという気持ちが強まっていた。

しかしそれと同様に家に居たくない気持ちも強くなっていた。

居場所がない。

「行ってきます」

「行ってきまーす」

今日は日曜日だ。

本来ならば学校へ行かず、家で本を読むか小説を書くか、あるいは出掛けるか。

嗚呼、行きたくない。

「兄妹で朝から一緒に登校なんて随分と仲がいいのねぇ…?遍」

「…!」

重い気分により頭が自然と俯いて家を出た僕の頭先から、声がかかる。

そんな、まさか。

「おはよう」

彼女は静かに、綺麗な笑みを浮かべ朝の挨拶を掛けた。

僕は彼女に挨拶を返す前に、共に家を出た綾音の方へと視線を向ける。

「…なんであんたが?」

決して大きな声ではなく、ただの呟きなのにやけに鮮明に聞こえた。

加えて状況が理解できていない様な表情を浮かべる。

余裕、焦燥、当惑。

三者それぞれの感情が交錯する。

一秒にも一分にも思える沈黙の後、雁渡しが余裕な彼女から吹き抜ける。

酷く冷え込んだ風が肌身に染みる。

綾音はスンと一度鼻を強く鳴らす。

すると当惑して表情は、見る見るうちに憤怒、あるいは憎悪といった表情へと移り変わる。

「…ぁあ、ああ…。そうか…、そうか。お前だったんだ、お前だったんだ…お前が、お前がッッッ!」

「おはよう、はじめまして。妹ちゃん。私は貴女のお兄さんとお付き合いしている高嶺華っていうの、よろしくね」

出来過ぎた笑みを貼り付け、軽快に自己紹介をする。

信じられないと言った表情で今度は、僕に迫る。

「…どういうこと?…ねぇ、お兄ちゃん?別れたんじゃないの?別れたって、言ったよね?ねぇ!どういうことッッッ!!!?」

どういうことと言われても僕にも、理解し難い。

そもそもこんな強引な行動を取ってくるなんて思いもしなかったのだ。

こんな状況だ、いつかは僕の口からではなくて誰かの口から綾音に伝わるのは時間だと覚悟はしていたつもりだ。

しかしこんなにも早くそれが訪れるとは思ってもみなかった。

どうしてそんな油断をしていたのだろうか。

後悔が津波の様に押し寄せる。

「まぁまぁ、遍を責めないであげて、妹ちゃん」

昨日の余裕のない表情や、本音を吐露する時の表情とは違う、高嶺の花の高嶺華がそう応える。

「ふざけんな、お兄ちゃんの彼女面すんじゃねーよ、ブス」

綾音の煽りなんてまるで効いていないのか、よく出来た仮面には罅はおろか、傷一つさえ付いていないように見える。

「あはは、すごい嫌われちゃってるみたいだねぇ。多分昨日は喧嘩しちゃったから遍も別れたなんて誤解を生むような言い方を妹ちゃんにしちゃったんだね。でも無事仲直りしたし別れてなんかないよ」

「お前なんかには聞いてねぇよッッッ!…ねぇお兄ちゃん、嘘だよね?昨日別れたってそう言ったもんね?」

確かにそう言った。

それは事実だし、彼女の嘘なんて到底受け入れ難い。

しかし今朝の出来事が、今一番鮮明に脳裏に焼き付いていた僕は、高嶺華よりも先に綾音を諦めさせる方が容易なのではないかと、天秤が傾いた。

「ごめん綾音…昨日はそう言ったんだけど、あの後すぐに復縁…したんだ」

朝日が照らす高嶺華の影が、酷く歪に嗤ったような気がした。

688高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:18:56 ID:UGcGjuLg

これで、いい。

十年も可愛がってきた妹だ。

どちらが大切か比べるまでもない。

まずは適切に、綾音の気持ちにけじめをつけさせるのが先決だ。

「…嘘だよね…?お兄ちゃん…。違う…違う…お兄ちゃんはあたしに嘘なんかつかない…絶対あの女に脅されてるか…騙されてるんだよね?タチの悪いストーカー女なんだよね…そうだ、そうに決まってる…」

「酷いなぁ、そんな悪いことなんてするわけないじゃない。正真正銘、彼氏彼女の間柄なんだよ?」

「黙れッ!大体なんでお前がよりにもよってお兄ちゃんと付き合ってんだよ!?幾らでもそこら辺の男が寄って集ってきてんでしょ?!そいつらと付き合えばいいじゃないクソビッチ!!」

「わぁ…本当に酷い言葉使い。お兄さんとは似ても似つかないね。…まぁ、血が繋がってないみたいだしそれもそうかな」

火に油を注ぐ様をこれ以上見てられない。

「華。話は後で幾らでも聞くから、それ以上綾音を煽るのはやめてはくれないか?」

根本的な話、この状況を招いたのは華だ。

少し問い詰めたい気分にもなる。

「ごめんね!別に煽るつもりもなかったんだけど、そう捉えちゃったとしたら私が悪いね、あはは…」

余裕のある笑みから少し困ったような笑みへと変える華。

しかしそれも違和感のある仮面にしか、今は感じない。

「でも彼女としては、彼氏の妹ちゃんにもちゃんと認められて祝福されたいしさ。…だって私たち、結婚を前提にお付き合いしてるもんね?」

チキ、チキ、チキ。

何の音だ?

「…しね」

綾音は一歩ずつ前に出る。

一歩足を出すごとに次の一歩を踏み出すまでの間隔が早くなる。

加速度的に華へと近づく。

僕の背後から通り抜け、綾音を司会に捉えた時、先の音の正体を知った。

まずいっ!

689高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:20:04 ID:UGcGjuLg

「よせ!綾音!」

それを持つ右手を、正確には右手首を僕は素早く捕らえる。

さらに持ち替える手を塞ぐ為に左手首も捕らえる。

「離して!お兄ちゃんンッ!!こいつを殺すからさぁ!!!」

「そんなことさせられるわけないだろう!?」

「きゃあ!怖いよ、どうしてカッターなんて持ってるの?!妹ちゃん!」

「おまえみたいな泥棒猫を殺す為に決まってるでしょ!?こっちこいよ!!その喉笛切り裂いてやるッッッ!」

「わー怖い。まるで仔猫がにゃあにゃあ鳴いてるみたい…。…ふ、ふふふ、あはははははははははははははは」

ついに仮面が剥がれる音がした。

華の様子が変わるのを見ると、綾音の瞳孔はさらに強く広がる。

「駄目ね、駄目だ。やっぱり駄目だ。ずっと前から貴女のことは目につけてたけど、駄目ね。こんな害虫が何年も何年も遍の側に居たなんて考えるだけで吐きそう。殺す?あは、それはこっちの台詞よ。仲良くしたいだなんて一ミリも思ってないよ。むしろ大ッ嫌い」

より一層、綾音に力が入る。

普段運動していないとはいえ、歳の差がある、男女が差がある、なのにあと少しで抑えきれないほどの力があった。

「あんまり認めたくはないけどこれが同族嫌悪ってやつなのかな。好きな人を奪う存在がいれば躊躇うことなく殺せるところ。脅しでもなんでもない本当の殺意ってやつ。なおさら遍の側には置いておけないなぁ」

「お前とあたしがおんなじな訳ないだろッッ!クソッ死ねッッ!」

綾音は抑えてた手首のスナップを利かせ、カッターを華へと投擲した。

まずい!

決して速くはないが危険であることは変わりない。

しかし華は冷静に反応し、鞄で投擲されたカッターを防いだ。

勢いを失ったカッターは、鞄に刺さることなく、華の目の前へ落ちた。

「死ね?殺す?思い上がらないでよ。貴女だけが殺意を抱いてるなんて思わない事ね。逆に…」

目の前に落ちたカッターを、革靴の踵で踏み付ける。

パキッと破損音が鳴り、そのまま華はカッターを踏みにじる。

690高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:20:50 ID:UGcGjuLg

「殺される覚悟、あるの?」

暗く深い瞳で、綾音の激昂した瞳孔を覗き込む。

その殺意は、直接向けられていない僕にも鋭く伝わり、冷や汗が止まらない。

けれど綾音は決して怯んでる様子はなく、今もなお両腕には力が込められている。

「…ふぅん。分かったよ。私は別に今すぐ衝動に身を任せる程、愚かでもないし…、かといっていつまでもこの気持ちを抑えられるほど私の殺意も易くはないから。もう一つ然るべき準備しなきゃね」

華は脚を上げると、カッターだった二つの破片をつま先で弾いた。

「もし仮にただの妹だったのなら表面上だけは仲良くしてあげてもいいかなって思ってたけど、全然駄目。ある程度予想はしてたけど、反吐が出そう」

「そんなのこっちから願い下げだ!二度とお兄ちゃんに近づくな売女!!」

「煩いなぁ、思っていたよりずっと酷いね。まぁいいや。じゃあ遍、私やることあるから先に学校に行くね。また、後で」

いつになれば終わるのかと思っていた問答は、想定よりずっと早く終わるようだ。

華はもう一度出来過ぎた笑みを浮かべると、そのままスカートを翻し、僕らに背を向け遠ざかる。

それでも綾音の力は抜けることなく、未だ緊張感が抜けない状況だった。

「くそっ、クソッ、糞ッッッ!!」

想いの海に溺れていたところを、なんの考えもなしに目の前の舟に乗ったが、これが吉と出るか凶と出るか。

やがて華の姿が見えなくなるが、それでもまだ綾音は力は抜けなかった。

けれど華の姿が見えなくなって安堵したのは僕の方で、綾音を抑えることを続けられなくなってしまった。

「…はぁ、はぁ、はぁ。…ねぇお兄ちゃん。一つだけ聞かせて。お兄ちゃんにとってあの女は、…何?」

もう一度だけ、天秤にかけて考える。

やはり傾く方は同じだ。

「…彼女だ」

「…」

綾音はうんともすんとも返事はしない。

変わりに頬に一筋の涙がつたう。

「…赦さない」

それは華に向けた言葉なのか、あるいは僕に向けた言葉なのか。

昨日の晴天とは違う曇天の空模様は、今にも雨が溢れそうなほど、厚く暗く空を覆っていた。

691高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:22:44 ID:UGcGjuLg

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無言のまま、彩音と共に朝の通学路を歩く。

空模様と同じく、お互いの口は重く閉ざしたままだ。

さらには学舎に近づくにつれて足取りが重くなっていくのを感じる。

僕の学生生活には、もう平穏は訪れないのだろうか。

どうしたって悪いイメージが付き纏う。

僕はいつもの通り、あの教室に入れるのだろうか?

永遠に辿り着かなければいいのにと祈れば祈るほど、学舎はさらに早く近づいてくる。

いつもはあんなにも退屈な道のりだというのに。

嗚呼、どうしてこんなにも早く辿り着くのだろう。

足取りはいつもより遅いはずなのに、体感時間で言えばいつもの半分にも満たない時間で学舎の入口まで辿り着いてしまった。

僕の胸中など知らない綾音は、そのまま決して早くはない足取りを続ける。

一瞬躊躇ってしまった僕は、それに半歩遅れる形で付いていく。

お互いの最後の別れ道である下駄箱まで辿り着いても、結局綾音は一言も喋ることはなく、僕の傍を離れていった。

形だけ開いた僕の口からは、何も声などでなかった。

少しでも気持ちが軽くなるように、鬱を溜息に乗せて吐き出し、己の下駄箱へと向かう。

もう慣れた仕草で、己の下駄箱から上履きを取り出そうとする。

「痛っ…」

指先から不意な痛みを感じる。

手を返して、痛みの原因を見てみる。

痛みを感じる指先には赤い斑点がいくつかできている。

次はさらにその原因を見るために、下駄箱へと視線を向ける。

「…嗚呼、"もう"なのか…?」

僕の上履きには、踵部分に画鋲が丁寧に貼り付けられていた。

あれだけ大勢の想いを退けてきた高嶺の花の、こんな奴が彼氏だなんてよく思わない人もいるとは思っていた。

いずれかはどこかの誰かがやるんじゃあないかと思っていた。

けれどこんなにも早いなんて思いもしなかった。

僕は今度こそ、注意しながら上履きを取り出して、丁寧に画鋲を一つずつ剥がしていく。

ちゃんと靴の中まで細工が施されていないか確認して、もう一度確認して、さらにもう一度確認してから履く。

流石に、画鋲以外の細工は施されていないようだった。

安堵と悔しさが込み上げる。

「調子乗んなよ、隠キャ」

俯いた頭先からまた声が掛かる。

けれどさっきとは違う声、聞いたこともない声だった。

ゆっくりと、頭と視線を上げていく。

視界に映ったのは一人の男子生徒の姿だったが、すぐに曲がり角に消えていった。

誰かも分からない。

画鋲を仕掛けた犯人なのだろうか。

そんなことは最早どちらでも良いことだった。

「…ははは、情けないぞ」

目には見えない敵に、挑発をかます。

692高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:23:38 ID:UGcGjuLg

けれど本当に情けないのは僕の方だ。

彼女の隣に相応しくないから。

分かってるさ、自分でも分かっている。

周りもそう思っている。

指先に滲む血が、その証拠だ。

なのに

なのに何故、高嶺華は僕に執着するんだ。

起きてしまった事実は、鬱と不安を痛みと恐怖に変える。

教室に行くのがこんなにも怖いと思ったことはない。

教室へ向かう階段の一段一段踏み締めるたび、帰ってしまいたいと心が叫びを上げる。

それでもここで逃げ出したら、奴らの思い通りだろうと、逆の足を踏み出す。

その繰り返し。

心臓は早く脈打ち、過呼吸に近づいていく。

それでも何とか教室の前まで辿り着く。

教室の扉に手を触れる、手が震える。

「開けないの?」

不意な声に、心臓を撃ち抜かれる。

「…華」

「おはよう遍、ってさっきも挨拶したばっかだったね、えへへ。…入ろうよ、教室」

また悪い方向に話が進んでいく。

そんな二人して同時に教室に入れば、僕のことをよく思わない連中の目にどう写るのか。

そんなの考えるまでもなかった。

「行こうよ」

僕の判断が下されるのを待たずに、華は教室の扉を開ける。

僕らに視線が集まる。

祭り気分で賑やかになっていたクラスは、確かに一瞬凍りついた。

しかしそれはあくまで一瞬だけの話。

教室は直ぐに喧騒を取り戻す。

けれど空気と共に凍りついた僕の心臓は、未だ解けずにいた。

「ほら、行こうよ」

今度は静かに僕にそう囁く。

脅されるように教室を見渡すと、昨日とは異なり既に学校に来ていた太一を見つけた。

背後に退路はない、僕は太一の元へ行くことにした。

クラスメイトたちの間をすり抜けていく。

その間にも感じる意識的な無関心、誰も僕の様子を気にする様子はない、不自然なまでに。

空気がへばりつくようだ。

693高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:24:56 ID:UGcGjuLg

「おはよう、太一」

空気に釣られて僕の挨拶も不自然なものになる。

「…ああ」

太一は返事は、明らかに素っ気ないものだった。

危惧していたことが、夢に見ていたことが、現実に起こり得そうな予感。

「…あはは、今日はあんまり元気ないね。具合でも悪いのかい?」

「…別に。普通だよ」

「ど、どうしたの太一?今日は変だよ?」

「そっちこそ変だと思わないのかよ。ずっと俺っちに黙っててさ。俺っちが高嶺さんの話をするとき、どういうつもりで話聞いてたんだよ」

心がどんどん衰弱していく。

たった一人の親友すら、僕は今失いかけている。

「…ち、違う。そういうつもりじゃあなかったんだ。太一、僕の話を聞いてほしい」

「悪いけど多分今は遍っちの話聞いても信じられないわ。日を改めてくれ」

「たい…ち…。ごめん…」

太一の瞳が、あの日の小岩井さんの瞳と重なる。

ああ、そうか。

そうだったのか。

僕は親友の気持ちにさえ気がつかない、愚か者だったんだ。

そして漸く理解した、僕が孤立してしまったことを。

希望の見えない絶望の淵に今僕は立たされている。

高嶺の花との関係を公になった今の気分は、想像よりも遥かに最低なものだった。

帰ってしまいたい。

否、此処じゃないどこかであれば、何処でもいい。

さっさといなくなってしまいたい。

「…い、…らぬい、不知火!」

「は、はい!」

「いるならちゃんと返事しなさい。次、須佐島」

いつの間にか、担任による点呼が取られていた。

そんなことも気が付かないほど今は視野は狭く、声が遠く聞こえる。

五感が正常に働かない。

何も聞こえない、何も見えない、何も感じない。

自分が集中している時とは、似て非なる状況に陥っていた。

戻りたくても元に戻らない。

溺れそうだ。

694高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:25:36 ID:UGcGjuLg

「遍」

藁をもすがる思いで、その声を曖昧な感覚で拾い上げる。

「遍、大丈夫?」

「…え、ああ。大丈夫だよ」

もう彼女は僕に話しかけるのに躊躇いもない。

「遍、昨日は一緒に回れなかったからさ。今日は一緒に回りたいんだけど、いい?」

こんなものはお願いではなかった。

「…いいよ」

「やった。じゃあ点呼も終わったし行こっ!」

しなやかな手で僕の手を取り、先導していく。

どこへ向かってるのか、問うてみようかと思ったが、行き先がどこでも構わない今の自分であれば、それは愚問だと気づく。

黙って連れていかれるがまま。

やがて立ち入り禁止という札を掲げられたビニールテープで繋がれた三角コーナーを踏み越えていく。

昨日とは違う、屋上ではない。

そもそもどこへ連れていかれているのだ?

頭が段々と冷静さを取り戻していく。

「華、一体どこに向かってるんだい?」

「…」

先ほどまで愚問だと決め付けていた質問に、答えることはなかった。

足が止まる。

「…社会科教室?」

「入って」

「いや、でも」

「入って」

有無も言わせない迫力がある。

そもそも立ち入り禁止の教室に何の用があるのだというのか。

鍵すら開いてないだろうという予想は、すぐに間違ってたと知る。

扉を開けば、今日が祭りの日であることを忘れるような静寂が広がっている。

695高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:26:27 ID:UGcGjuLg

「ここになにがあるって…ッ!?」

突如として頸筋に形容し難い痛みがはしる。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

「ぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアア嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!!!!!!!!!!!!!!」

なにがおきたの

わからない

いたい

いたいよ

「…フィクションにあるような簡単に人を気絶させる手段って現実的じゃないらしいよ。クロロホルムとか、コレとか」

これってなに?

わからない

まえがみえない

いきがくるしい

「スタンガンで気絶させるには高い電圧で長時間やんないとダメみたい。でも痛みと感電でしばらくは動けないでしょ。それで充分。それに気絶させたところで人一人運ぶのだって簡単じゃないし、ここまで来てくれないと」

どっちがうえ

どっちがした

どっちがみぎ

どっちがひだり

「こっちの方はもう準備できてるから安心して。あとは遍がこの椅子に座るだけ」

いきがつまりそう

いたい

たえられない

くるしい

「って言っても、まだ立てそうもないね。いいよ、私が座らせてあげる」

なにを

なにをされているのだ

これからなにをされるのだ

「んっ…しょ。確かに重たいけど持てないほどじゃないかも。遍はちょっと痩せすぎかな。よいしょっ…と」

あれ

ぼくはなにをされているんだ

いきをととのえろ

ととのえろ

「あとは手足に手錠するだけでよしっと。うん、これで動けないよね」

めのまえがみえてくる

はいにくうきがいってくる

いたみもすこしずつひいてきた

「おーい、遍。大丈夫?」

めのまえでてをふっている

痛みもひいてきた

状況がわかってきた

いや違う、なんだこの状況は

696高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:27:14 ID:UGcGjuLg

「少しずつ感覚取り戻してきたみたいね。別にこれはお仕置きでもなんでもないんだからこんなのでギブアップなんてやめてよね」

「…お仕置き?…ギブアップ?」

何を言っているんだ?

「なんで分からないみたいな顔してるの?言ったでしょ、昨日。厳しいお仕置きが必要だって。遍は今すごく痛そうにしてるけど、私が昨日負った心の痛みはそんなものじゃないからね。そんなのはお仕置きですらないから」

先ほどの痛みがまるで大したことのないと言った口振りだ。

とんでもない。

少なくても今のは今まで生きてきた中で最も痛かった記憶だ。

「さて、これから遍にはこれから幾つか罰を与えるから。ちゃんと、罪を、償ってね。それと同時に、またちゃんと私の事を"心の底の底"から愛せるよう更生させてあげる」

「い、一体、何をするつもりなんだ」

「まぁ折角の社会科教室だし、歴史の勉強しようか遍」

「歴史…?」

「そう歴史。それもかつて人間たちが発明してきた拷問の歴史」

「拷問だって…?正気か!?」

「正気だよ。まぁ続けるとね、人類の拷問の歴史は紀元前六世紀、古代ギリシャ時代から始まってるのよ。その人類最古の拷問器具とも呼ばれてるのが『ファラリスの牛』よ。これはね、牛を模した空洞の青銅の像の中に人を入れて、火で炙りつつけるんだって。これの恐ろしいところは熱を伝えやすい青銅による灼熱地獄と、空洞の中にいるから拷問を受けた人は煙による一酸化炭素中毒で楽に死ぬことも許されない」

恐怖が少しずつ体を支配する。

漸く、己が拘束され動けないとの恐ろしさを理解し始めた。

「…まぁ、ここにはその像もないし、火も起こせないんだけどね。拷問ってさ色々種類があって、有名なやつだと『鉄の処女』、あるいは『アイアンメイデン』なんかがあるよね。他にも痛いもの、苦しいもの、精神的におかしくなるもの。それらって本当に残酷で、残虐なものばかりだし、拷問後に身体が欠損するようなものも少なくないんだよね」

今朝とは違う、歪な笑顔を浮かべる。

「だから安心して。そういうのは模倣して拷問したりしないから。専用の道具もないしね」

「…じゃ、じゃあ一体どうするつもりなんだ」

「拷問自体は真似しないけど、エッセンスは取り入れる。『ファラリスの牛』だったら、火傷。『アイアンメイデン』だったら串刺し」

華はそう言うと、やおら何かを取り出す。

「それは…?」

「理科の授業で使ったでしょ?アルコールランプ。これでこの金属の棒を熱して、貴方の背中に焼印を押していく」

「なっ!?」

「この棒もそんなに太くないから、一点一点、何度も何度も、焼き付けていく。更生は後回しにするとして、先ずは謝罪からだよ。ごめんなさいって、二度と別れようなんて言いませんって、そう謝って。私は心の底からそう言ってると判断するまで繰り返すから」

にわかには信じ難いことを説明している間にも、アルコールランプには火が灯され、金属棒を熱していく。

「本当に正気じゃないぞ!?こんなのは犯罪だ!!」

「煩い。そんなことを言うなら、貴方こそ犯罪者だよ。私の心をズタズタに引き裂いてさ」

華は熱した金属棒を持って、動けない僕の背後へ回る。

そして僕の制服をたくし上げる。

「嘘だろ?!こんなのは狂気の沙汰だ!おかしいよ!!」

「…これはまだ始まりに過ぎないから。いっぱい、いっぱい謝ってね。それじゃあ始めるよ」

「ッッ!!ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああかああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!!!」



ーーーここは




ーーーココハ















地獄だ

697高嶺の花と放課後 第13話『タンジー』:2020/03/23(月) 20:34:17 ID:UGcGjuLg
以上で投下終了します。
前回の投稿から一ヶ月経ちました。疲れましたw
大したエピソードにするつもりはなかったんですけど、書きたいところまで書いたら文字数最多になってました。タンジーの花言葉は「抵抗」「敵意」「あなたとの戦いを宣言する」とかです。昨日も少し言ったんですけど、もう一話並行して書いてたんで遅くなりました。なので多分次は多分早いと多分思います、多分。また次もよろしくお願いします

698雌豚のにおい@774人目:2020/03/24(火) 16:02:00 ID:okt9oCy2
乙です。面白いね

699雌豚のにおい@774人目:2020/03/28(土) 00:01:24 ID:qDRUD3B.
乙乙。盛り上がって参りました()

700雌豚のにおい@774人目:2020/03/31(火) 01:58:06 ID:muNCiKro
>>699

701高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』:2020/03/31(火) 14:46:05 ID:eeQ7Fw8c
投下します

702高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』:2020/03/31(火) 14:47:03 ID:eeQ7Fw8c
「以前から好きでした!付き合ってください!」

一体いつから私の事が好きだったの?具体的に言ってみなよ

「絶対に幸せにしてみせます!だから僕と付き合ってください!」

私の幸せが何だか分かっていっているの?

「高嶺さんは可愛いのはもちろんなんだけど、周りに気を配れて優しくて、その上明るい人で、高嶺さんのそういうところに惹かれました!俺とお付き合いしてくれませんか?」

気を配れて明るい人なんて他にもいるじゃない、何でその人じゃないの?

分かっている。

どうせ私の顔なんでしょ。

だから嫌いだ。

顔しか見てない薄っぺらい男達も。

『高嶺の花』と呼ばれるこの名前も容姿も。

全部嫌いだ。

昔からよく周りから可愛いと言われていた。

よく男子にちょっかいを出されていた。

よく女子に嫌がらせを受けていた。

今になれば分かるが、男子のは下らない照れ隠しであり、女子のは下らないやっかみであった。

幼い頃の私は、兎に角周りの同年代の人間が嫌いで嫌いで仕方がなかった。

だから、悪循環のように周りと私との溝は深まり、私は孤立していった。

だけど私だって、一人の人間だ、女の子だ。

孤立を何とも思わなかったなんて言わない、言えるわけがない。

苦しかった。

辛かった。

寂しかった。

周りとの溝が深まるたびに、私の心は愛に植えていた。

そんな孤独の穴を埋めるのは一人でもできる読書と両親の存在だけだった。

読書を繰り返す日々を過ごしていたある日、私は美しい物語を目にした。

とても尊い愛の物語。

真実の愛。

運命の赤い糸。

永遠の誓い。

いいな。

欲しい。

周りの人間なんてどうでもいい。

私のことを愛してくれて私が愛してあげる、愛と愛で結ばれた、決して切れない絆。

私ともう一人で完成する世界。

いいなぁ。

孤独や迫害を感じるたびに、私の心の中にある器にいつも黒くてドロドロしたものが注がれて溜まっていた。

その物語を見た時、私の中にある器から黒くドロドロしたソレが溢れて止まらなかった。

やがて私がこんなにも苦しい思いをしているのは、いつか出会う私だけの王子様に会うための試練なんだと、そう思うようになっていた。

703高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』:2020/03/31(火) 14:47:44 ID:eeQ7Fw8c

そんな日々が続いていたある日、迫害を受ける私を助けるヒーローのような男の子がいた。

私はその時、疑いもせず、ソイツが運命の人だと思ってしまった。

けれど騙されても仕方がなかったと今では思う。

なにしろ、私の周りの人々全員に敵に回し、私の味方をしたからだ。

嬉しかった思いをしたのは覚えている。

私にとって初めての味方。

その時に思った、来た、と。

待っていた甲斐があった、と。

私はすぐにソイツに心を開いてしまった。

程なくしてソイツは、私に「好きだ」と言ってきた。

騙されていた私は、まんまとそれを喜んで受け入れた。

私は興奮しながら私のどこが好きなのかと聞いた。

するとソイツはこう答えた。

「か、可愛いところ」

そっぽを向きながら照れ臭そうに答えていた。

あの時の、興奮が急速に冷めていく感覚は忘れない。

可愛かったら誰でもいいの?

じゃあ私が可愛くなかったら助けなかったの?

違う

違う

違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う

そんなのは真実の愛とは言わない。

そんなものは運命の赤い糸とは言わない。

違うでしょ?

君が答えなければならないのは、世界中の人間から私を選ぶ唯一の答えなんだよ。

オマエは私の待ち望んでいた王子様ではない。

「嘘つき」

私は、偽者にそう言い残し、その日を境に小学校へ行くのをやめた。

704高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』:2020/03/31(火) 14:48:46 ID:eeQ7Fw8c

学校へ通うのが辛かったことを素直に親に打ち明けると、「無理して行かなくていい。それよりもよく打ち明けてくれたね。よく頑張ったね」と頭を撫でてくれた。

すると私は涙が溢れて止まらなかった。

両親の愛、愛の尊さを更に感じることとなった。

対人恐怖症になったのではないかと恐れた両親は、家庭教師を雇わず私にパソコンを買い与え、自宅でも学習できることできる体制を整えた。

私は親に与えられた愛を無駄しないように勉強にそれからの日々を費やした。

それから一年と数ヶ月後。

周りは中学生になろうという時期になっても私は、学校というものへ通う気は起きず、勉強をするか自宅または幼い頃からよく両親へ連れていかれた喫茶店『歩絵夢』で読書をしていた。

「陽子さん、こんにちは」

「あらこんにちは、華ちゃん」

八千代 陽子さん。

私が唯一、好意的に思っている他人。

学校へと通っていない私になんの偏見もなく接してくれていた。

紅茶を頼むときに少し、紅茶を持ってきてもらう時に少し、紅茶のおかわりをお願いするときも少し。

その少しずつの会話を積み重ね、今の関係ができている。

「たまには紅茶じゃなくて、コーヒー飲んでみない?」

「いやですよう、苦いですもんあれ」

「やれやれ、まだ華ちゃんはおこちゃま舌かぁ〜」

「ひっどーい!紅茶美味しいんだからいいでしょ!」

「本当は紅茶おかわり無料じゃないんだからね?もう華ちゃんは子供なのに常連だからマスターも可愛がっちゃってさ。…まぁ最初に頼んだのは私なんだけどさぁー」

「ありがとう!陽子さん、大好き!」

これは本当の気持ちだ。

陽子さんがいるから私はまだ他人との接し方を忘れずにいられる。

「おーい、マスターは?」

陽子さんに咎められる。

「マスターも大好きだよ!」

寡黙な初老のマスターは、一つ笑顔を浮かべるだけでそれ以上は何も言わない。

「ったく、調子いいんだから。JKになったらおかわり有料にするからね」

「…いいよ、どうせ学校なんて行かないし」

「…まぁ学校行くのが必ずしも正しいとは言わないけどさ。JKってだけで得することもあるよ?」

「はぁ…」

学校に行くことになんの意味があるのだろうか。

どうせ下らない連中しかいない。

勉強ならちゃんとやっている。

大好きな人の言葉といえど、私の心を説得するには些か不足だ。

そうして日々をまた積み重ねること数ヶ月。

今度は思春期と呼ばれる時期に差し掛かり始める。

身体つきが丸みを帯びたものになり、第二次性徴と呼ばれるものが次々と身体中に見られるようになっていく。

身体に変化が起きれば、心にも変化が起きる。

この頃になると、私は焦っていた。

他人嫌いを拗らせ、人と関わりを持つ事を拒み続ける生活で、いつになったら私の運命の相手に出会うのだろうか。

単純な話、出会う人の数が少なければその分、機会損失をしていることとなる。

運命の相手はきっとこの世界のどこかにいる。

けれどそれは出会わなければ意味がない。

未だ見ぬ愛しき人もきっと私のことを待っているはずだ。

灰色の日々を積み重ねていく中で、私は学校というものに再び足を運ぶ気持ちが芽生え始めていた。

単純な話、人と多く出会える環境がそこにはあるからだ。

あんなにも行きたくもなかった場所なのに、今では焦燥感に負けてしまっている。

再び学校に通う決心がついてから羽紅高校に合格をしたのは、数ヶ月後のことだった。

殊の外嬉しかったのか両親は涙し、陽子さんにも伝えにいくと

「華ちゃんもこれでJKか。これで紅茶のおかわり無料はお終いね」

そんな意地悪なお祝いをしてくれた。

705高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』:2020/03/31(火) 14:50:10 ID:eeQ7Fw8c

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入学して一ヶ月が過ぎようとした頃。

最初、どのように振る舞うか、その選択肢が私には二つあった。

一つは前と同じように極力他人と関わらないこと。

もう一つは嘘の仮面を貼り付けた生活を送ること。

初めは前者を想定していたが、そもそも入学した動機が変化を求めてのことだったため、振る舞い方にも変化が必要だと思った私は、後者の生活を選んだ。

なるべく明るく、なるべく優しく、なるべく気を遣う。

誰も彼も絵空事に思い描く良い子を演じる。

心底どうでもいいと思う有象無象共にも、わざわざ丁寧に対応する。

するとどうだ。

「…なにこれ」

いつものように下駄箱を開ければ、一通の手紙が入っていた。

いちいち細かい内容なんて覚えてなんかいないが、放課後に屋上に来いとのことだった。

仕方ないと、指定通りに屋上へ向かうことにする。

「あ、良かった!高嶺さん来てくれたんだ」

邂逅してようやく、差出人の名前と顔が一致した。

同じクラスの男子生徒だった。

「どうしたの吉原くん?話があるって」

白々しい質問だ。

こんなところに呼び出す用件を想像できないほど、私は鈍くない。

「単刀直入に言います。高嶺さん、あなたに一目惚れしました、付き合ってください」

男子生徒は手を前で組み、そう言ってのけた。

その瞬間、背筋に嫌悪感が走った。

気持ち悪い。

「…あはは、ごめんね。吉原くんのことはかっこいいとは思うけど私は吉原くんのことよく分からないし…」

当たり障りのない言葉で断ろうとする。

「だったら、友達からでもいい!俺のことが分かってくれたらその時に返事をしていいから!」

しまった。

当たり障りのない言葉を選んでしまったがために、断る理由が弱いものとなってしまい、相手が食い下がる。

一目惚れ、なんて気持ちの悪い理由で、告白するような男が運命の相手な訳がない。

そんな奴と、演技でも仲良くするには無理がある。

なんとかして断りたいという気持ちでいっぱいになる。

心が先走り、理性が働かない。

「…あの、それもごめんなさい。今はその、誰とも付き合う気がないの」

相手がこれ以上、食い下がる前に私は踵を返し、その場を後にする。

相手から見えなくなった事を確認すると、私は女子トイレに駆け込んだ。

「…ぅっ、ぇぇぇ…」

凄まじい嫌悪感は、吐き気を催した。

やっぱり嫌いだ。

学校も有象無象も。

挫けそうになる。

だけどもしかしたら、この学校にいるかもしれないのだ。

私の運命の相手が。

また不登校になるわけにはいかない。

気を強く持ち直し、仮面を付け直す。

そこから一年近くは、精神的に堪える日々が続いた。

最初の嫌悪感が凄まじい告白は、始まりの合図でしかなったのだ。

告白される。

嫌悪感が走る。

断る。

嘔吐する。

その繰り返しだ。

身も心もどんどんすり減っていく。

そうやって雨と紫陽花を疎ましく思いながら、蝉の音を聞き過ごし、落ち葉を踏みつけ、降り積もった雪を踏み越えていく。

もうこの頃になると、一日の中で何度も学校辞めようという考えが浮かんでいた。

ここまで過ごしてきて分かったが、長期休み前に告白する人が多いという事だ。

春休みを目前にした今、おのずと告白される頻度も増えていた。

辟易とする。

706高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』:2020/03/31(火) 14:51:01 ID:eeQ7Fw8c

胃液で焼きついた胸をさすりながら、さっさと帰ろうと廊下を歩いている時だった。

忘れもしない。

この時、二月二十九日、四年に一度の閏日。

私と愛する貴方の運命が交わり始めたんだ。

閑散とした教室に一人、机にしがみ付いてひたすら筆を動かす貴方がいた。

初めは勉強をしているのかとでも思い、そのまま通り過ぎようとするが、一つの疑問が後ろ髪を引く。

机にあるのはどうみてもノートと筆だけ。

そしてただただ凄まじい集中力で勢いよく、筆が走る。

果たして本当に勉強しているのか?

勉強しているのであれば、教科書あるいはプリントも、机の上にあってもよいのではないか?

気になる。

何故こんなにも疑問と好奇心が浮かぶのか。

この時は分からなかったが、今になって思えばこれも運命だとしか説明のつけようがなかった。

私は自分の心に従い、入ったことも無い教室へと踏み入れる。

その様子にも気づくことはなく、相変わらず筆を走らせてる。

そして息を殺して覗き込む。

すぐに分かった。

小説だ。

彼は小説を書いている。

物凄い勢いで綴られていく物語を追っていく。

否、物語に惹き込まれる。

背筋に何かが走る。

嫌悪感ではない。

ーーーーーーーーゾクゾクゾク

走り去った何かの感覚を追いかけるように鳥肌が走る。

こんなに美しい物語を見たのは二度目だ。

その筆先で語られた物語は、尊いそれはもう尊い愛の物語だった。

この人は私と同じ"愛"の価値観持っている。

価値観は重要なことだ。

何者だろうか、この男の子は。

私が男子に興味を持ったのは、生まれて初めての事だった。

私がその物語から動けないでいると貴方はいきなり筆を止め、一つため息を吐いた。

私はその時、まずいと思って、固まってしまう。

覗き見した言い訳が一切思いつかなかった。

緊張感が血液を加速させ、灼けた喉の不快感がさらに増していく。

けれどいつまでも背後にいる私に気付く様子はなく、もう一度筆を取り、再び物語を綴り始めた。

すっかり萎縮した私は、彼の集中力が続いているうちにその場を後にした。

その後。

帰り道をふらふら、ふらふらと歩く。

あの人はいつもあそこで書いているのだろうか?

本当に私に気がつかなかったのだろうか?

愛についてどう考えているのか?

あの物語の結末はどうなるのだろうか?

溢れ出す疑問が止まらない。

波のように押し寄せる疑問が、好奇心となって押し返される。

けれど翌日から始まる学年末試験によるものか、その日以降姿を見る事なく、結局春休みが始まってしまった。

これらの問いの答えは一切分からずじまいだった。

707高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』:2020/03/31(火) 14:52:16 ID:eeQ7Fw8c

学年を跨ぐ春休みの間、私は悶々とした日々を送っていた。

分かっているのは彼の顔と同学年ということだけ。

あまりにも不足した情報。

知りたい。

好奇心が日に日に増していく。

終いには、早く登校を再開したいと思うまでになっていた。

今までの積み重ねきた日々より、一日一日が長い。

早く学校始まらないかな。

…。

やがて春休みが終わると、私は気持ちが急いてしまい、いつもの登校時間より遥かに早い時間に辿り着いてしまった。

温暖化の影響からか、すでに桜は散り始めている。

校舎へ足を踏み入れれば、掲示板に『新クラス分け』と書かれた用紙が何枚も貼られていた。

自分の名前を探す。

「…あった。A組、ね」

クラス分けも重要なことだ。

もし彼と同じクラスになれれば、それだけ彼のことを調べやすくなる。

けれども、彼の名前を分からない私は、今それを調べる術は持ち合わせていなかった。

A組からE組まであるので単純な話で言えば、五分の一の確率で同じクラスになるという計算になる。

正直、確率としては低い方だろう。

あまり期待を持たないほうがいいのかもしれない。

同じクラスになることも、そもそも彼が特別な存在になりうることも。

あれだけ好奇心に急かされていたことが、嘘みたいに冷めていく。

仕方ない、早く着き過ぎた分は読書で潰すことにしよう。

そう思い、新しい教室の扉を開ける。

その瞬間、目に入ってきた光景に心臓が掴まれる。

彼だ。

彼がいた。

同じクラスメイトだったんだ。

この間とは違い、彼はただ静かに読書していた。

しかし集中力は相変わらずのようで、教室へ入ってきた私に気が付かない様子だった。

私は黒板に貼られている新しいクラスでの、席順を確認する。

私の席を確認するのもそうだが、彼の名前が知れる。

やっとだ。

不知火 遍。

これが彼の名前。

頭の上で、運命という文字が踊る。

高鳴る気持ちを抑えつつ、自分の席に着き、私も読書をすることにした。

二人だけの教室。

同じことをする。

感覚が繋がっていくような、そんな感覚。

心地良くも感じるその時間は、永遠に続くわけなく、あっという間に次々と現れるクラスメイトたちによって終わってしまった。

苛立ちを感じざるを得ない。

良い子を演じるため、クラスメイトと談笑しているうちに、全校集会の時間が訪れる。

彼をちらと確認すると一人の男子生徒と会話をしているようだった。

話し相手の男子に特段興味は湧かないが、彼は別だ。

不知火くん。

君のことが知りたい。

愛についてどう思う?どう考えているの?

あの物語の続きが知りたい。

教えてほしい。

そんなことばかり考えてしまい、朝礼の言葉など入ってきやしない。

長くも短くも感じる全校集会が解散し、教室へ戻る。

そして担任となる太田先生が教室へと入ってきて手短に話を終えると、その流れで自己紹介をすることになった。

心底どうでもいいと思える自己紹介を、幾つも幾つも聞き流し、ただその時を待つ。

まだかな。

まだかな。

きた。

708高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』:2020/03/31(火) 14:54:49 ID:eeQ7Fw8c

「えっ…と不知火 遍です。好きなことは読書です。よろしくお願いします」

間違いない。

彼は不知火 遍。

もう忘れない。

…。

それからの日々は私にとって初めて満たされた学生生活だった。

あれだけ気持ちの悪かった告白も、今では何とも感じなくなっていた。

それどころか、放課後に告白をされた後、教室へと戻れば、いつも物語を書いている君がいる。

私は静かにそれを眺める。

貴方は集中力が凄いから私に気づかない。

でもそれでいい。

完成された心地の良い世界を享受する。

不知火くんの指先から紡がれる物語はなんて美しいのだろう。

まるで読んでいる私が、物語の中の恋をしているような、そんな錯覚に陥る。

私も毎日放課後に残るわけでもないから、物語は私の中で断片的なものになっている。

けれど、自然と私の中で補完できてしまう。

同じ"愛"の価値観を持っているから。

分かる不知火くん?

私たち、繋がっているんだよ?

しばらくは、その心安らぐような放課後を積み重ねることで満足していた。

けれど、私も貪欲な生き物なんだろう。

もっと先へ関係を進めたい。

不知火くんの為人を知りたい。

価値観が同じなのは重要なことだけれど、それだけが全てではない。

最も大事なのは相性だ。

私の心に空いた穴を塞ぐほどの相性の良さであれば、不知火くんは私の運命の人かもしれない。

どうすればいい?

どうすれば自然に私たち"知り合える"かな?

私に気付いて。

お願い。

そんな欲望が積もり、もはや唇が触れ合いそうになる距離まで顔が自然に近づいてしまう。

ドキドキする。

こんな気持ちは初めてだ。

胸の高鳴りを必死に抑えようとしていると、また不知火くんは溜息を吐く。

これが何を意味をするのか、今の私なら分かる。

彼の集中力が切れたのだ。

すると彼は何気ない視線の移動で私の両眼に合う。

709高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』:2020/03/31(火) 14:55:38 ID:eeQ7Fw8c

「わぁぁ!!!」

「きゃっ」

彼はとても驚いたようで、私の想像を超えるような声を上げた。

「あ、あ、ご、ごめんなさい高嶺さん。驚かしてしまって」

けれど、彼はすぐに私を気遣った素振りを見せる。

「ううん、ごめんね不知火くん?私の方こそ驚かしちゃったよね?」

癖になってしまった良い子の仮面が勝手に喋る。

「えええと、どうしたの?」

彼が精神的に乱れているのはあからさまだった。

「えーっと私、自分で言うのも恥ずかしいんだけど今日、告白のために呼び出されていて教室にかばん置いたまま校舎裏で受けてそれが終わって教室に戻ってきたら不知火くんがいて、勉強してるのかなー偉いなーっと思って近くまで寄って後ろから覗き込んでたらこうなっちゃった」

我ながら良くもここまで簡単に嘘をつけるなと感心してしまう。

「あのさ、高嶺さん。見た?」

やはり彼にとってあまり見られたくないものらしいのか、そんなことを聞いてくる。

「うん。あっ、もしかして…」

ごめんね不知火くん。

本当はもっと前から君の小説を、君のことを見ていたんだよ。

「うん、そのもしかして」

「ご、ごめんね?そんなつもりはなかったんだ!なんの勉強してるか気になっただけで…!」

初めはそうだったかもしれないけど、今日は違う。

私は確信犯。

「えっともういいんだよ。見られちゃったものは仕方ないし」

「ごめん…」

「確かにさ、あんまり見られたくないものだったけどいつかは人に見せないといけなかったしいいきっかけになったと思うよ、うん」

「見せないといけないって、不知火くんもしかして…」

「うん、そのもしかして」

思わず笑みが溢れる。

なんだか同じやりとりの繰り返しが面白かったのだけれど、彼はどうやら彼の夢を私が笑ったと捉えたのか、不快感を示すような顔をする。

「あ、違うの!その夢がおかしいんじゃなくて同じ会話繰り返してなんだか面白くておかしいなっておもっただけで…!」

貴方の夢を笑ったりするわけない。

「確かにそうだったね」

彼は私の意図を汲み取ったのか、愛想笑いを浮かべる。

「それにしても私のクラスに作家さん志望がいたんだねぇ」

「意外だったかい?」

「なんていうか不思議。あの作家さんと同じクラスだったんだよーって将来起こるってことでしょ?」

「いやいやいや、僕がまだ作家として売れるとは限らないし…」

いいえ。

あんな美しい物語が書けるのであれば、小説家として大成するのは間違いないよ。

「ううん、私はそう思う。だって私普段あまり本は読まないけど今の不知火くんの文章はすごくひきこまれたもん!」

「世辞でも嬉しいよ。ありがとう高嶺さん」

世辞だと思われないように半分嘘をついたのだが、逆効果のようだった。

「あ!信じてないなぁ?」

「いやいや、信じてるよ」

「ならよろしい。じゃ、せっかくのところ邪魔してごめんね?私はもう帰るから」

「またね高嶺さん」

またね。

再会の挨拶をかけられたのが嬉しくて

「またね!不知火くん!」

思わず大きな声で返事をしてしまった。

恥ずかしさを誤魔化すように教室から急いで出る。

胸がきゅぅぅと締め付けられる。

またね。

これはきっと不知火くんは、私と仲良くなりたいって捉えていいんだよね?

彼から話してくれるのを待ってもいいんだよね?

期待の蕾が、今か今かと花開くのを待つのを感じる。

今は六月。

あと一月程で向日葵が咲く時期だった。

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710高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』:2020/03/31(火) 14:56:14 ID:eeQ7Fw8c

高校二年七月初旬。

苛立ちが募っていた。

待てど暮らせど件の彼、不知火遍からの接触はなく、話しかける気配すら感じなかった。

加えて、初夏と梅雨の暑さと湿気が苛立ちを助長している。

いつになれば彼は私に話しかけてくれるのだろうか。

またね。

あの言葉は、どういうつもりで言ったのか。

色々と問い詰めたい気持ちはあるのだが、こちらから話しかける勇気を持ち合わせていなかった。

拒絶されたらどうしよう、そんなことばかりを考えて一月の間、動けないでいた。

臆病者だ、私は。

どうでもいい奴らとは簡単に表向きの関係を築けるのに、たった一人の気になる人とは関係を築けない。

もどかしい。

そう一ヶ月が経ったのだ。

我慢の限界だった。

だから私はもう一度、同じやり方で彼に接触をすることを図った。

今度は気づきやすいようにあえて彼の正面で待つ。

「終わったぁ」

彼はおもむろに筆を置き伸びをする。

「おつかれさま。その顔を見るとどうやらやっぱり私に気づいてなかったんだね」

「た、高嶺さん、どうして…」

「先月と同じ理由だよ」

「そっ、か。なんていうか久しぶりだね」

「うん!久しぶり、って同じクラスなんだけどね」

いざ話始めれば思わず笑みが溢れる。

嘘偽りのない笑みが。

「そうだよね、変だよね」

そして彼も釣られて笑う。

「本当は仲良くなりたかったんだけど…ほら、急に不知火くんと仲良くなったら不知火くんの本のことみんなにバレちゃうかもしれないしなんていうか話しかけづらかったんだよね」

嘘をつく、臆病者。

「…そっか、僕も同じ理由だよ」

「でも1ヶ月で書き上げちゃうんだね。すごいな不知火くんって」

「いやいやノート1冊分くらいの短編小説だしプロの人たちに比べたらまだまだだよ」

「ね!」

「?」

「読んでいい?」

実の所、要所要所で覗きはしているのだが、彼に正式に見せてもらうということに意味がある。

「駄文だけど読んでくれるかい?」

「やったぁ」

彼の承諾が得られる。

彼から世界史と書かれたノートを手渡される。

思わず息を呑み込む。

彼が紡ぎ出した美し世界が、今まさに私の掌にある。

勿論、断片的となった物語を完璧に補完できる。

そのことに喜びを覚えるが、もっと喜ばしいのが彼に拒絶されなかったこと。

それだけで、この一月で溜まっていった嘘だったかのようにストレスが一気に消え去っていく。

物語を追っていく。

ここはもう知っている。

ここは知らない。

嗚呼、こういう風に物語が綴られていくのか。

答え合わせのように、私の妄想と不知火くんの物語を照らし合わせる。

711高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』:2020/03/31(火) 14:56:55 ID:eeQ7Fw8c

暫く物語に夢中になっていた私だが、不知火くんの様子が気になって、ふと視線を移す。

すると彼は本を読んで集中しているようだった。

…面白くない。

自意識過剰なのは分かっているが、もっと物語を読んでいる私に興味を持って欲しかった。

私じゃなくて本に夢中になってる彼を見て、不快感が増していく。

「不知火くん」

少し刺のある言い方で呼びかけてしまう。

しまったと思ったが、それでも彼は私に気がつかずにそのまま読書を続けてる。

面白くない。

面白くない面白くない面白くない。

「不知火くん、不知火くん」

もっと私に興味を持ってよ。

なんでどうでもいい奴らからは散々言い寄られて、距離を縮めたいと思ってる人に限って、こうも関心を持たれないのか。

私を見てよ。

「不知火くん、不知火くん、不知火くん!」

呼びかけでは、まるで反応しない彼に苛立ち、とうとう手を出して揺さぶる。

「うわ!」

すると、彼はとても驚いたように本の世界から、こちらの世界へ戻ってくる。

「ごめんね、何度呼んでも反応しないからさ」

ごめんね、でも何度も呼びかけてるのに気付かない貴方が悪いんだよ?

「いやいやこちらこそ気がつかなくてごめん」

彼は申し訳なさそうに私に謝る。

そして今一度、姿勢を立て直し私に尋ねてきた。

「それで、読み終わったかい?」

「ううん」

完全には読み終わってないのは事実だが、あと10分もあれば読了を終えるのも事実だった。

「だからね、これ持って帰ってもいい?」

しかし、その事実を伝えはしない。

「え?」

「だめかな?」

彼との接点を手放さない、話しかけるきっかけになる。

「いやだめじゃないけど…」

「やった。じゃあもう暗くなって来たし帰ろうよ」

「え?」

私が帰路を共にすることを誘うと、そんな返事がきた。

「僕は羽紅駅とは逆の方だけど、高嶺さんは?」

「私も途中まで一緒だから、ね?いこ?」

違う。

私は本当は駅の方、電車で通学している。

けれど私は今、好奇心が絶頂に達しているのだ。

この機会を逃すわけがない。

712高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』:2020/03/31(火) 14:57:18 ID:eeQ7Fw8c

その帰り、私はひとつひとつ質問を重ねていくことにする。

彼のことをひとつひとつ理解する為に。

私は、彼の好物がきんぴらだということ、妹がいること、そして毎日放課後に残って書いているということを聞いた。

前者ふたつは初めて知ったことだが、最後に問うた質問に関しては、正直半分わかってた上で聞いた。

理由は明日彼に会うための口実作り。

「分かった!じゃあまたね不知火くん」

「うん、またね」

再び交わす別れの挨拶。

けれど前回の形だけの再会の約束とは違う。

私には今、彼と"小説"という繋がりがある。

口実もある、繋がりもある。

私は翌日の放課後、すぐに彼に会いに行った。

まだ彼のことを知らない、分からない。

だから彼と言葉を交わし、勉強を教えるという名目で、次の約束を取り付ける。

そうやって会うたびに次の約束を取り付け、初めの失敗を繰り返さないようにする。

何日も話をするうちに、すっかり私は彼に夢中になってしまった。

彼は少し変わった人だ。

喋り方も独特だ。

でもその個性が私を魅了してやまない。

楽しい。

彼に勉強を教える日々を過ごすうちに、頭の片隅で思ってきた疑問と不安が徐々に大きくなるのを感じた。

彼は一体私のことをどう思っているのか。

もし。

もしも。

彼が私のことをただの高嶺の花としか思っていないのであれば。

忘れられないあの、心の燈が消えて急速に冷えていく感覚が、全身を恐怖で包む。

不知火くんも偽物なの?

教えて欲しい。

応えて欲しい。

そんな思いが、彼のために作っていた模擬問題に、一つの問いを加えた。


『問24 あなたは高嶺 華に対してどのような印象もしくは高嶺 華がどういう人間だと思うか。答えよ』

仮にこの問いに有象無象たちと同じ答えをするのであれば、私と不知火くんの関係はそこまで。

けれど…それ以外の答えであれば。

「…ねぇ、不知火くんはどっち?」

713高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』:2020/03/31(火) 14:58:46 ID:eeQ7Fw8c
以上で高嶺の花と放課後プロローグ『アネモネ』の投下を終了します。『アネモネ』の花言葉は『君を愛す』『真実』『期待』等です。13話書いてる途中で思い付いたのでこういう形でプロローグを書くことにしました。そろそろ佳境に入っていきます。実を言うと最終話が8割方書き終わってます。あとはゴールに向かって書いていきます。それではまた第14話で

714雌豚のにおい@774人目:2020/04/01(水) 22:09:03 ID:oCGexBFI
結構前から存在を知っていたのね。納得。

また続き楽しみにしてます。

715高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 13:25:22 ID:PT2Ypp.E
投下します。

716高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 13:25:40 ID:PT2Ypp.E
高校2年 11月上旬

誰よりも早く学校に来る。

誰よりも早く教室に入る。

誰よりも早く入った教室で本を読む。

以前から繰り返していた特に意味を持たなかった習慣は、今や他人から悪意を受け取らないための防衛策となっていた。

授業と授業の間も、本を読む。

周りの声を無視することが、今僕にできる唯一の心の救済だった。

けれど流石に昼休みになれば、1人の無視できない存在がこちらへ向かってくる。

「遍。今日もお弁当作ってきたから一緒に食べよ?」

「…うん」

この瞬間だけは、周りの声も視線も無視できない。

嫌なものを見る目で僕を見る。

ふたりきりになりたいと、彼女は屋上へ行くことを望む。

僕も同じく、ふたりきりになりたかった。

「んー!いい天気だね遍!」

「うん、そうだね」

空を見上げれば見事な秋晴れが広がっていた。

風が少し冷たいが、その分日差しが心地よく感じる。

「でもちょっと風が冷たいし、日差しで食べよっか」

彼女も同じことを考えていたようだ。

「そうしよう」

僕が同意したのを見ると、彼女は布に包まれた二組の弁当箱を取り出し、中身を僕に見せるように開ける。

「じゃーん。今日は遍の好きなきんぴら作ってきたの!」

そのまま箸を取り出し、きんぴらを掬い上げる。

「はい、あーん」

僕は言われるがまま、雛鳥のように口を開き、好物を口に含む。

「…どう…かな?」

少々不安げな表情を浮かべる。

「うん、美味しいよ」

少し塩辛い気もするが十分美味しいと言えるものだった。

僕がそう答えると、彼女は不安げな表情から嬉しそうな表情へと綻んでいく、

「えへへ、良かった。遍の好きなものなのに口に合わなかったらどうしようって不安だったんだぁ。愛情もたっぷり詰まってるからいっぱい食べてね」

咀嚼が止まる。

順調に回していた歯車が、ギシギシと音を立て、途端に噛み合わなくなる。

「…どうしたの?」

再び不安げな表情で僕に尋ねる彼女。

しかし先とは違う、味に関する不安ではない。

きっと彼女の望む日常が壊れてしまうのではないかという恐れからの、不安。

その表情が、その目が、全身の痛みを思い出させる。

「い、いやなんでもないよ?」

歯車をすぐに修繕して、日常をまた回し始める。

全身がズキズキと痛む。

もう五日も前のことなのに、生傷のように痛みが走る。

余計なことを考えるな。

彼女が望む生活を営む。

もう、足掻くのは無駄なことだと充分、理解した。

それに彼女の愛を受け入れることに、なんの問題があるのだろうか。

…ない。

問題など無い。

考えるな、考えるな。

余計なことを考えれば、痛みが全身を苦しめる。

彼女の愛を素直に受け入れれば、痛くも無いし幸せじゃあないか。

余計なことを考えるな。

さっきは悪意から必死に守っていた心を、今度は声を上げなくなるように殴り続ける。

本心が分からなくなるまで殴り続ける。

もう本音なんて喋る必要はない。

人にも、己にも。

「ごちそうさまでした」

僕は高嶺華と日常を過ごす。

それだけだ。

717高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 13:50:27 ID:BHazLbKo
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「ただいま」

前回の期末考査と同じく、放課後ふたりきりの教室で勉強をし、帰宅する頃にはすっかり夕飯の時刻となっていた。

革靴を脱ぎ、廊下に足を乗せたところでリビングから義母が顔を出してきた。

「おかえり、遍くん」

「…綾音は?」

「…」

義母は口を閉ざし、静かに首を横に振る。

今日で五日目。

あの日以来綾音は、部屋に篭っていた。

最早、生きているか定かではない状況だが、どうやら食事だけはちゃんと取っているらしい。

「…あの子本当にどうしちゃったのかしら」

義母はまだ事の顛末を知らない。

言うべきか言わないべきか正直分からなかった。

否、本当は言うべきなのかもしれない。

母親として娘を案ずる気持ちはよく分かるのだが、然りとて面と向かって「貴方の娘は近親愛願望の持ち主でした」と言える勇気はとてもじゃないけど持ち合わせてはいなかった。

それに僕も日常を維持するのにいっぱいいっぱいになってる。

やっとの思いで均衡を保っている。

自分以外に気を使う余裕を持ち合わせてはいない。

「…先にお風呂に入ってくるよ。夕飯は先に食べてて」

そんな器の小さい自分が情けなくて、家族とすら顔を合わせたくなくなる。

「…待ちなさい、遍くん。綾音も確かに心配だけど、あなたも最近少しおかしいわよ」

何日も連続して、夕飯を共にすることを避けてれば、あまりに不自然なのは少し考えれば分かることだった。

「…僕?僕は大丈夫だよ?」

嘘つきの笑顔を浮かべる。

けれど義母はただ悲しい顔をするだけだった。

「…遍くん。私そんなに頼りないかな。確かに私達は血の繋がりがないけど、私はあなたのことを本当の息子だ思ってる。遍くんは私のことを本当の母親のように信頼するのは難しい?」

「まさか。そんなこと…」

「…じゃあどうしてそんな、誤魔化したような笑いをするの?」

二の句が告げられなくなる。

義母は泣いていた。

例え家族だとしても、その笑顔が本物か偽物かなんて、判断をつけるのは難しいはず。

それなのに、僕の笑顔が嘘だと気付き、それを悲しんでいる。

きっと義母は本当の母親になろうと、相当な努力をしてきたのだろう。

「…ごめんなさい。先に夕飯を食べることにするよ。話はそこでもいいかい?」

「…分かったわ」

「荷物、置いてくるよ」

罪悪感に髪を引かれながら、自室のある二階へと登る。

階段を登りきってまず目に入ったのは、彩音の部屋の前の廊下に置かれているお盆と食器だった。

けれど僕は足を止めずにそのまま、自室へ入る。

「…なにしているんだろう」

自分でもおかしいのはわかる。

いつもの自分であれば、妹の異変の心配をし、荷物を置くより先に綾音の部屋に様子を伺いに行くというのに。

「駄目じゃない…、綾音ちゃんの心配しちゃあ」

「!?」

華が耳元で囁く。

慌てて振り返る。

けれど華の姿はどこにもなく、自室の扉がそこにあるだけだった。

718高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 13:52:37 ID:BHazLbKo

「…はぁ」

あの"教育"以来、時折こうして華の幻が僕に警告してくる。

「分かっているさ…。君以外は愛さない」

そこに華はいないのに、僕は華に誓いの言葉を捧げる。

華も言っていた。

中途半端な愛情を注ぐから彩音も苦しむのだと。

綾音を真っ当な道に戻すなら綾音が諦めるまで徹底的に距離を置くべきと。

初めは納得できなかったが、今ではそれが本当に正しいやり方なのではないかと思い始めている。

近過ぎず遠過ぎないから近づきたくなる、近づけるかもしれないと思わせないほど遠くなればきっと綾音も…。

制服から部屋着へと着替え、自室を後にする。

今度は部屋から出る時は、一度も綾音の部屋を見ずに階段を降りた。

意図的に見なかった。

リビングへ足を運ぶと机の上には、煮物や焼魚といった二人分の食事が置いてあった。

家族は四人いるのに、その半数しかない。

「父さんは?」

「剛さん、仕事で遅くなるんですって」

ということは、恐らく僕の分と義母の分なのだろう。

綾音の分は、と聞くのは余りにも野暮というものだ。

「じゃあ食べようか…」

四人分の座席、誰がいつ決めたかも分からない決められたいつもの席に座る。

「いただきます」

「…いただきます」

いつもの半数の食卓は、いつもの半分以上に静寂なものだ。

否、ここに父がいても変わることはない。

不在が存在を強く認識させる。

綾音がどれだけ不知火家に必要か、今ならよく分かる。

義母も口を開かない。

これは元よりそうだということではなく、あくまで僕が口を開くのを待っている、そんな状態のように思える。

では話すと言っても、僕が一体なにを話せるというのだろうか。

義妹が、貴女の娘が僕を恋慕の対象として見てました。

或いは。

彼女が、交際相手が僕を…僕を。

僕を?



アイシテクレマシタ



悪寒が全身を包む。

719高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 13:53:27 ID:BHazLbKo

少しでも彼女の事を悪く思えば、思考が固まり、その先が考えられなくなる。

心が悲鳴を上げているのは分かっている。

風でも吹けば、すぐに崩れてしまいそうなほど危険で歪な精神のバランス。

「遍くん…顔色悪いわよ…」

今にも心が壊れてしまいそうな最低な気分は、義母の口を開かせるほどの表情を写し出してしまった。

話せない。

話せるわけがない。

自分自身の心にさえ、話せないのに。

「その…さ。綾音が…」

そう考えていたら、口が勝手に言葉を選び始めた。

「どうやら僕の事を、好いていた…みたいなんだ。兄としてじゃなくて…その…」

ここから先は流石に言いにくいと口にブレーキがかかる。

それでも義母は察したようで、目を少し開いた後、空気が漏れるようなため息を吐いた。

「そっ…か。そっか。…そうだったのね。そう…なっちゃったのね」

義母としても複雑な心境なのだろう。

上手く言葉が見つからないと言った様子だった。

「僕が言ったのは、到底綾音の想いは受け入れられないといった旨だよ…」

「それっていつの話?」

「五日前、文化祭二日目の朝だ」

「…」

言葉を見つけるのが容易ではない、そういった様子だった。

当たり前の話だ。

義母の思いも、綾音の想いも、僕の憶いも、簡単なものじゃない。

僕らは皆、一言で表せられるような、そんな単純なものを、心の内に飼っていない。

何が正解で、何が間違いなのか。

そもそも正解も間違いもあるのか。

分かるはずもない。

「僕としては受け入れられないと綾音に伝えたんだ。元よりそんな気は持ち合わせてはいなかったし、僕には今…彼女が居るから」

「…そうよね。遍くんは何も悪くない、ただ…当たり前の事を言っただけ」

無理な笑みを浮かべる。

それだけで義母の胸中にどれだけ複雑なものが渦巻いているのかが分かる。

「…いつか私にも紹介してね、遍くんの彼女」

「うん…」

何の気兼ねもなく華を家に連れて来れる日がやってくるのだろうか。

何の希望も見出せない中で食べる夕食は、酷く薄味なものだった。

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いつもの通学路を歩き、いつも通っている羽紅高校に着く。

けれど今日はいつも通う学舎が目的地ではなく、その先。

羽紅駅での待ち合わせ。

歩くたびに駅の姿が大きくなり、間もなく到着する頃には待ち人を視認できる距離だった。

720高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 13:54:04 ID:BHazLbKo

待ち人はどうやら誰かと話していたようだった。

その誰かも分からない男の人が去るまで待とうかと思ったが、あいにく集合時間を過ぎようとしていた。

仕方無しに僕は彼女に挨拶をすることにする。

「お待たせ、華」

「…ほらね」

彼女は一度僕を見ると、直ぐに話していた人に冷たい視線を向ける。

「…ちぇ、本当にいたのかよ。しかも…。見る目ないんだな」

男は明らかに悪意を僕らに向け、そのまま立ち去っていく。

「…知り合いかい?」

明らかに違うことはわかり切っているのに、そんな野暮な質問をする。

「違うよ、ナンパ」

つまらなさそうに吐き捨てる。

そのまま華は溜息を一つ吐いて、僕に体を向け直す。

「遅いよ遍。時間ギリギリに来るから貴方の愛する彼女がナンパされるんだよ?」

「ごめんよ、思ったより支度に手間がかかってしまってね」

途端に彼女が抱きついてくる。

「会いたかった」

熱の帯びた囁きが、肩を湿らす。

「…昨日別れてからまだ半日しか経ってないよ」

「半日"も"離れてたのよ?遍に会えない時間は1分でも1秒でも苦痛なのに、半日も会えないなんて気が狂いそう」

彼女の強い想いに僕は返す言葉を出せないでいた。

「ねぇ」

「?」

「嫉妬、…した?」

先程とはうって変わって酷く冷めた声で、囁く。

間違いない。

間違えてはいけない。

僕は"正解"を答えなければならない。

「…うん。華は誰の目から見ても魅力的だから、仕方ないとは思うけど」

「あいつらから魅力的に見えるかなんてどうでもいいの。…遍から見て私は魅力的?」

「うん。僕には勿体無いほどの自慢の彼女だよ」

「…もう。そうやって直ぐ自分のことを物差しで測るんだから」

華は少しだけ体を離して、薄桃色の唇を僕の唇に合わせる。

「…その癖、治してね」

大丈夫、しくじってない。

どうやら僕の回答は及第点のようだ。

「じゃーあ。早く行こっ。早くお家デートしよ!」

「今日はお家デートじゃなくて勉強会だからね」

「今日だけじゃなくて明日も!もう遍ったら。どうしてそんな色気の無いこと言うのっ?」

「ははは、明後日からテストだし、流石に無視できないよ」

「今週凄い勉強したし、今の遍なら今日明日やんなくても絶対いい点数とれるよ」

「流石にそれは過信しすぎだよ」

「むぅ、遍のいけず」

「…別に一日中、勉強だけするわけでもないんだろう?」

華は一度目を大きく開くと、向日葵のような笑顔を咲かせる。

「うん!早く行こう!」

僕はあまり慣れない仕草で券売機を操作する。

721高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 13:54:58 ID:BHazLbKo

「華の家の最寄駅ってどこなんだい?」

「二つ隣の夜鳥町(よるとりまち)ってところ」

言われるがまま、二番目に安い切符を買う。

「そもそも、華の家は僕の家とは同じ方向どころか反対側、しかも電車を使うじゃあないか」

「あはは…。どうしても遍と一緒に帰りたかったから嘘ついちゃった。ごめんね?」

「いや、怒ってはないんだけれども…」

怒ってはない。

怒ってはないがそもそも出会いの時点からそんなにも想い寄られてるにも関わらず、その気配を一寸も感じ取れなかった己の鈍さに、呆れてものも言えない。

「最近は遍にお弁当作ってるから、どうしても朝早く出る遍に間に合わないんだよねぇ…」

不満が漏れる。

券売機からも切符が漏れる。

「ま、でもいいんだ。もう遍は四六時中私のモノだもんね」

「…そうだね」

改札機に切符を喰わせる。

別の口から不味いと吐き出される。

電車なんてものに乗るのは随分と久しい。

電光掲示板で次にやってくる電車の時刻を確認しようと上を眺めていると、左腕にスルリと蛇のように華の腕が絡みつく。

「なぁに?」

無意識の内に左にいる華を見やると、そんなことを聞いてくる。

出来れば人の目につく時はやめて欲しいと言おうとしたが、上手く言葉が舌に乗らない。

「…今日も可愛いなと思っただけさ。ナンパする彼の気持ちもよく分かるよ」

代わりに出てきたのは気障ったらしい台詞だった。

「えへへ、嬉しい。…私ね、実はあんまり人から可愛いとか言われるの好きじゃなかったんだ。昔からみんなそう言うの。まるで私の存在意義が可愛く在り続けることだけのように。私は人形なんかじゃない。…いつも思ってたの。もし私が可愛くなければ、この人達は同じ様に接していたのだろうかって、ね。私が思うに、答えはノーよ」

「…容姿抜きで接し方を決めるなんてことは無理な話だとは思うさ。容姿はその人の魅力の内の一つなのだから」

「それは付加価値であるべきであって、存在価値を決定付けるものであってはいけないの。けど残念ながら心の底で、そういったふざけた考えを持ってる人間が殆ど。本当に嫌になるよ、人は心が一番大事なのにね。そういう意味でも本当に世の中、下らない人間が多すぎる」

感情が昂ったのか蛇の様に絡んでいた腕があっという間に解かれる。

「だから私に"可愛い"とか言ってくる人間は、『嗚呼、この人は私の心より容姿を見てるんだな』って、凄く嫌悪感が湧いてくるの」

「…もしかして、僕がさっき言ったこと気に障ったかい?」

「ううん、違う違う。遍は特別。そもそも遍が私のことを可愛いって言ってくれたのは付き合い始めてからだし、私のことちゃんと見てくれてるってことも知ってる。それにやっぱり好きな人に可愛いって言ってもらえるのは、本当に嬉しくなるんだね」

華が頬が紅色に染まる。

「好きだよ、遍」

心の底から笑っている様な、そんな幸福に包まれた表情を浮かべる。

それを見て僕は僅かに、ほんの僅かに、心の内にも幸福が芽生えるのを感じる。

これは僕の中の誰の感情なんだ?

戸惑いを感じざるを得ない。

722高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 13:55:31 ID:BHazLbKo

「?どうしたの遍」

僕の戸惑いが華にも伝わったのか、そんなことを聞いてくる。

この気持ちを素直に伝えるのは悪いことでないのではないか。

そう思い、言葉に表そうとする。

「華、僕ーーーーー」

しかしその声は、突如やってきた通過列車のけたたましい音に遮られる。

列車が通過するまで一度口を閉じる。

十秒もすれば、電車は通り過ぎていった。

「ごめん遍。なんて言ったの?」

もう一度面と向かって、言うには少し恥ずかしい台詞だ。

「僕、華と付き合えて良かったよ」

確かに苦しいこと、辛いことがあった。

随分と非道いこともされた。

けれどそれも全て彼女の想いの強さ故。

この一週間は本当に孤独と悪意が強く僕の心を折ろうとしていた。

それでも折れないでいたのは、少なくても僕の隣で、花が咲いたように笑う可憐な少女が居たから。

そもそも孤独になった原因は彼女なのだが、その原因の原因を作り出したのは僕だ。

ちょっと嫉妬心が強いだけ、ちょっと独占欲が強いだけ。

そこに目を瞑れば、見る人を魅了してやまない美しい少女。

僕の初恋だった相手。

人は誰しも短所の一つや二つはある。

もうどうしようもないのであれば、せめて肯定的に受け入れよう。

「ぁぁぁ…ああ…嗚呼!嬉しい…、嬉しい!!」

華は目を大きく開き、恍惚とした表情を浮かべる。

でも僕はこのまま、彼女に依存してしまって良いのだろうか?

もし彼女が僕に愛想を尽かしたら?

支えを失った心はどうなってしまうのか。

文字通り、身体に刻まれるほど彼女の愛を教えられたというのに、まだそれを信じ切れてない。

愚か過ぎて言葉が浮かばない。

ーーーーまもなく一番線に電車が到着いたします。

自己嫌悪に浸っている僕を、構内アナウンスが引き上げる。

「あっ…これに乗って二駅で着くからね」

「さっき言ってたばかりだから忘れるわけないだろう」

「えー?どうかな。遍、おっちょこちょいなところあるからなぁー?」

「そんな、…心外だ」

「そういうところも含めて、好きだから安心してね」

可憐な笑顔を浮かべる。

嗚呼、彼女はなんで美しいのだろうか。

彼女が僕にしてきた仕打ちなど、帳消しするほどに。

しかしその考えは、彼女の嫌う有象無象の考え方。

もしこれが彼女にバレてしまったら?

忍び寄る恐怖の程が、知らず知らずのうちに僕が彼女にどれだけ依存し始めているか、その様子を無様にも写し出していた。

723高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 13:56:08 ID:BHazLbKo

ーーーーーーーーー
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ーーー


他所の家に上がるのは、初めてではないのだが、それでも片手で数える程度の回数の上、随分と久しい出来事だった。

「どうぞ」

どんな家なのか色々と想像はしてみたが、豪邸でも何でもなく団地の一角の部屋だった。

少し古めかしい玄関の扉を開けば、清潔な廊下が真っ直ぐと奥の部屋まで伸びていた。

「…他人の家の匂いだ」

思わずそんな感想を零すと、彼女はクスリと笑った。

「一番最初の感想がそれ?」

「嗚呼、いやごめん。凄く綺麗なお家だね」

「一応、彼氏が来るんだもん。頑張って掃除したんだよ?あっ、コレ使って」

そう言って彼女は、下駄箱にあったスリッパを僕に渡してくる。

「ありがとう」

先にスリッパに履き替えた家主の娘は、奥の部屋に先導するように歩き始めた。

廊下には多くの写真が飾られていた。

「これ全部、華?」

「そうだよー。うちは両親が溺愛しててね、よく記念に写真撮っては飾ってるの。ちょっと恥ずかしいな、えへへ…。ここがリビングだよ」

廊下を抜けると、他所の暮らしがそこに広がっていた。

「荷物はソファに置いていいよ。遍、まだお昼ご飯食べてない?」

「朝ご飯は食べたけれども、お昼ご飯はまだ食べていないよ」

「じゃあ先にお昼ご飯作ってあげるね!適当にくつろいでて!」

「適当に…か」

適当にと言われても、一体全体どう過ごせばいいのか、不器用な僕は思いつかない。

生憎、本当に勉強する気で来ているため、文庫本などは持ち合わせていない。

仕方なしにと、鞄の中で着替えなどに埋もれている参考書を手に取る。

「もうっ、くつろいでてって言ったのに」

少し僕を咎めるような口調で現れてきたのは、エプロン姿の華だった。

「くつろいでてって言われても、何をしたらいいのか分からないんだ」

自嘲気味に笑う。

「遍、本は?」

「持ってきてないさ。だって勉強するつもりで来たんだから」

「もー、変なところで真面目なんだから」

そう言うと、彼女は廊下の方へ歩いて行き、何処かの部屋に入ると直ぐに出てくる。

「いいよ、私がご飯作ってる間好きなの読んでて」

部屋から戻ってきた彼女が持ってきたのは、数冊の文庫本だった。

「これ華のかい?」

「ん?そうだけどどうしたの?」

渡された本はどれも、映画化やドラマ化して世間で話題になったようなものではなく、本屋を数時間散策して漸く見つけるようなものばかりだった。

「華、あんまり本読まないって言ってなかったかい?」

「んー?そんなこと言ったっけなぁ」

彼女は僕に背を向けたまま、そんな事を言う。

まぁさして気にするような事でもないかと、思い直し渡された本をいくつか吟味する。

正直どれも見たことない題名、作者の本だ。

『コウノトリの子供達』

『鵺の式神』

『esper』

取り敢えず、気になったものを手に取り、僕はそれを読むことにした。

目次を開くうちに聞こえてくるのは、コンロに火がつく音。

僕も何度も聞いている音なのに、随分と新鮮に感じる。

続けて、包丁が小気味よく何かを切る音が聞こえる。

それだけで彼女がどれだけ手馴れているのかが分かる。

僕もその音を背景に、読書を始めることにする。

二人だけしかいない空間で始める読書は、すんなりと集中の海へと潜り込んでいった。

724高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 13:56:43 ID:BHazLbKo

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「ご馳走様でした。凄く美味しかったよ」

腹八分目ならぬ腹十分目に達し、これ以上食べられないと判断した。

「お粗末様でした。えへへお口にあってよかった」

少々味付けが濃かった気もする。

彼女は濃い味が好みなのだろうか。

僕が読書に夢中になっている間に、作られてきたのは、これでもかという程の種類の料理だった。

肉じゃが、角煮、おひたし、きんぴら、炊き込みご飯。

普段料理をしている僕は、否、普段料理していなくても大変手間のかかっているものというのは一目瞭然だった。

どう考えても僕の読書の時間で出来上がる程度のものじゃあない。

事前に準備してあったのは明らかだ。

「遍は、もう少し食べてくれると嬉しいんだけどなぁ」

当然食べきれない量の食事だったため、華は口を尖らせながら残った分をラップに包んでいた。

「確かに僕は少食なのかもしれないけれどもさ、それでもこれは中々普通の人でも食べきれないと思うんだけどなぁ」

「うーん、張り切り過ぎちゃって作り過ぎたのは認めるけど、少食すぎると心配になっちゃうよ」

「そんなに心配になる程、少食だって自覚は無かったなぁ」

「これから体力使うんだし、ちゃんと食べないとね」

体力を使うとは勉強のことを指しているのだろうか?

それならば彼女の意識も、先程とは打って変わって本格的に中間考査に向けられたことになる。

「あんまり食後の余韻に浸っていると日が暮れてしまいそうだ。勉強はここでやるのかい?」

ここ、とはリビングを指して訪ねたものだ。

「んーん。私の部屋でやろうよ」

頭の片隅で予測はしていたことだが、いざ年頃の女性の部屋へと招かれると、多少なりとも高揚するものを感じる。

ほんの少しだけ下半身に血流が加速するのを感じて、己のはしたなさを感じる。

幾らなんでもそれは節操がないと、羞恥心と困惑が入り乱れる。

何を考えているんだ僕は。

高揚した心は直ぐに冷静さを取り戻したが、身の方は落ち着きが戻らない。

次第に戸惑いの気持ちが強くなる。

「そ、そういえばご両親は居ないんだね」

今更聞く質問でもなければ、今の心境で聞く質問でもない。

自分の中で"それ"を強く意識してしまっている。

分かっているのに無理に意識を逸らそうとして、意識的な質問をしてしまった。

「だーかーらー、今日はお父さんもお母さんも仕事だって、先週言ったじゃない。夜まで帰ってこないよっ」

対する彼女の方はというと、期待に胸が膨らむといった様子。

それ程までに勉強会を楽しみにしているということになる。

「そ、そっか。夜になったらきちんと挨拶しなきゃね」

「私からはもう話してあるんだけどね、でもやっぱりそういうしっかりしてるとこも好きだよ」

725高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 13:57:59 ID:BHazLbKo

好き。

付き合い始めてから幾度も伝えられてきた言葉だが、付き合い始めてから最も胸が高鳴るのを感じた。

否、出逢ってから最も、だ。

先程から、一度火がついた感情はより大きく燃え上がり、鎮火する様子がまるで無い。

「あー…、僕も好き…だ…よ」

好意を伝えるのに何故こんなにも照れ臭い感情が湧いてくるのか。

自分らしくない。

なんだこれは?

「…嬉しい。じゃあ荷物持って部屋…行こっか」

彼女の様子もなんだかおかしく見えてくる。

美しい花で魅了する何時もの彼女とは違う、花の奥、蜜の匂いで誘うような妖艶な気配。

彼女がおかしいのか?

「…うん」

違う、おかしいのは僕の方だ。

「じゃあ荷物持って、…こっちきて」

自らの異変を理解してても、僕は蜜蜂のように花へと誘われてしまう。

玄関からリビングを結ぶ廊下、その途中にある扉、そこまで歩いて華は止まる。

「ここが私の部屋だよ」

部屋の主が扉を開く。

再び気持ちが、大きく高揚する。

最早、冷静ではなくなってしまった頭では、ぬいぐるみが置いてある可愛らしい部屋などを妄想してしまう。

しかし目に飛び込んできたのは、シンプルという一言に尽きる部屋だった。

白い壁紙に黒い家具がある部屋。

モノクロな印象を与えられる部屋。

無機質な部屋とも言い換えて良いものだった。

内装を見て、僕の先程までの妄想が、如何に気色の悪いものだったかを理解し、自己嫌悪に陥る。

再び先ほどの高揚した気持ちは沈められる。

感情の山と谷が繰り返される。

726高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 13:58:28 ID:BHazLbKo

「取り敢えず、荷物はそこに置いてベッドに腰掛けていいよ」

「え?いや僕は立ったままで良いというか…」

今こんな状態で彼女のベッドに座ったら恥ずかしさと罪悪感に押し潰されてしまいそうな気がする。

「言い訳ないでしょう、いいから座って。ね?」

「な、なんなら床で僕は大丈夫だからっ」

「く、ふふふ」

問答をしてる最中だというのに、突如として彼女は笑い出した。

「ど、どうしたの?」

「ふふ、ねぇ遍。今どんな気持ちかな?」

「ど…んな気持ちと、言われても…」

もう先程から感じている違和感は、身体にも明らかに影響が出ていた。

心拍数は異常なまでに高まり、呼吸は荒く、視界が狭い。

正直考えたくないが、僕の陰茎ももう肥大してしまっている。

答えに詰まっている僕の様子を見て、華は僕に対して距離を詰めてくる。

彼女から発せられる蜜の匂いが、今はひどく辛い。

彼女はそのままそっと耳元まで口を寄せる。

「興奮…してきた?」

残り僅かな理性が、必死に状況を理解しようとする。

この身体の異変と彼女は関係しているのか?

駄目だ、蜜の匂いに酔ってしまいそこから先が考えられない。

そんな僕の様子を満足気に眺めると、彼女は頰に手を寄せ、そのまま待ち合わせの時と同じように僕と唇を合わせにいく。

いつもと同じ柔らかな感触、いつもと違う気持ちの高揚、いつもと違うのはそれだけじゃなかった。

突如として、生暖かい呼気が流し込まれる。

突然の事に驚いた僕の後頭部をすかさず抑え、今度はドロッとした唾液が流し込まれる。

彼女の舌が触手のように口腔内で暴れまわり、僕の舌を捉えると執拗なまでに絡みつく。

その間にも何処かへと誘導するように彼女の柔らかな身体を強く押しつけてくる。

僕はそれを受け止めきれず、徐々に徐々に後退していく。

一歩、二歩、三歩。

やがて踵は何かに躓き、そこを支点にして彼女が僕に全体重を押し付けてくる。

支えきれない僕はそのまま後方へ倒れ込むと、背中に柔らかな衝撃が広がる。

727高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 13:59:18 ID:BHazLbKo

彼女が上。

僕が下。

彼女から大量の唾液がもう一度、流し込まれる。

これでもかと流し込まれる。

終わりがない。

溺れてしまう。

堪えきれず、僕は彼女の唾液を嚥下する。

その様子を見て、目を細めた彼女は、舌を引っ込め唇を離す。

何本もの銀色の糸がひかれる。

「くふふ、くふふふ。しちゃったね、ディープキス」

「けほっ、けほっ、けほっ」

酸欠となり、呼気を多く取り入れようとした時、口の中に残っていた唾液が気管に入り込み、むせ込んでしまう。

ベッドに倒れ込んでいる僕に彼女は馬乗りの姿勢になる。

「ねぇ遍。この一週間どうだった?」

「けほっ、けほっ」

「辛かった?寂しかった?私が今までフってきた男たちに嫌がらせをされた?」

「けほっ…、はぁっはぁっ」

「周りの有象無象たちが貴方に悪意を向けているのは分かっていた。でも私はそれを分かってて止めようとしなかった。何故だかわかる?」

「はぁっ…はぁっ」

先程からの身体の異変に加え、酸欠によって、思考がまともにまとまらない。

「貴方に有象無象が如何に最低で汚い生き物かってことを教えてあげるため。私の気持ちを理解してもらうため」

僕の両腕は、彼女の両腕に強く抑えられる。

「正直に言うとね、私。今遍がクラスから孤立して凄く嬉しいんだぁ。私も昔、孤立してたって話はしたよね?だから孤独の辛さは私もよく知っている。そして孤独が愛に飢えを与えることもよく知っている」

獲物がかかった、そんな蜘蛛のような捕食者の目を僕に向ける。

「そしてついに孤独が私達を強く愛で結びつけた!心が繋がった!こんなに幸せなことってあるのかなぁ?こんなに心が満たされることがあっていいのかなぁ?!もう幸せ過ぎて怖いよ、あはははは!」

恐怖を感じるまでに美しい笑顔を浮かべる。

「それにもう遍が他の女に関わることもない。ふふ、あはは。心が繋がった。魂が繋がった、運命が繋がった!遍、あと私たちに足りない繋がりが何か分かる?」

「つな…がり?」

「肉体と血、だよ。この繋がりさえあれば私たちは完璧な存在になれる。共依存の番いになれる」

彼女は再び上体を倒し込み、僕の耳にそっと囁く。

「赤ちゃん、つくろっか」

馬鹿な僕は漸く、彼女がしようとしてることを理解した。

「あ、赤ちゃんってまさか本当にそんなことをするのか!?」

「するよ、セックス。そのためにご飯に精力剤とか興奮剤とか混ぜたんだから。遍もシたくて堪らないんじゃない?」

身体の異変の原因をさらっと述べられたが、それよりももっと重要なことがある。

728高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 13:59:58 ID:BHazLbKo

「ま、待っておくれ!百歩譲って今性行為に及ぶとして、避妊はしなきゃ駄目だ!まだ高校生の僕にそんな責任負えない!」

「お金の心配なら必要ないよ。出産一時金っていう補償制度もあるみたいだし、本当にお金が足りなくなったら、私は学校辞めて働くよ」

「お金の話もそうだけど、このまま生まれてきた命が健やかに育つ環境を僕らまだ持ってないじゃあないか!そもそも付き合ってからまだ一ヶ月だ!」

「付き合い始めてからの日数なんて関係ないよ。大事なのはどれだけお互いがお互いを愛しているか、でしょ。それに一ヶ月で肉体関係持つのは妥当だよ」

彼女は僕の両腕と上半身から離れると、自らのセーターを脱ぎ去る。

季節に対して、薄着な格好になったがそれでも彼女は、それだけでなくその薄着な格好も脱ぎ去る。

彼女の上半身に残っている衣は、もはや下着のみになっていた。

彼女は僕の手を取ると、上体を引き起こすように引っ張る。

半ば無理矢理起こされる形になり、僕らは向かい合うような姿勢になる。

「最後は遍が外して」

そのまま僕の手を背中へと回す。

「お願いだ、華。避妊だけはしよう、僕は君を愛してる、逃げも隠れもしないから、それだけは…」

「大丈夫。子供ができればきっと遍も受け入れる。私たちは幸せな家族になれるよ」

傀儡人形のように僕の手を操り、彼女は下着のホックを外す。

重力に負けてそのまま下着が落ちていく。

初めて見る、女性のあられもない姿。

人生を左右しかねない状況だというのに、気持ちの昂りが抑えられない。

これも薬の影響だというのか。

「どうかな、私の身体。今まであんまり気にしなかったけど遍に出逢ってからは少しずつ気を使うようにはしてたんだよ?」

「凄く綺麗だと思うけど…けど」

「嬉しい…。じゃあ遍も脱ごっか。私だけだと恥ずかしいもん」

もう僕の主張は聞かないと言わんばかりに、彼女は僕の洋服のボタンを一つ一つ外していく。

「ほら、脱いで」

なんとか抗いたいというのに、彼女の言葉がどうしても簡単に頭に染み込んでしまう。

自分の気持ちをコントロール出来ていない。

理性が崩れていく音がする。

729高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 14:00:32 ID:BHazLbKo

「こういうのは段階を踏んでやるものだよ…僕たちには早すぎる」

もはやこの台詞に中身などない。

覚えている知識を吐いているだけ。

しかしそれが彼女の逆鱗に触れてしまった。

「煩いなぁ…また"お仕置き"して欲しいの?」

僕の反抗の意志はここで失う。

嗚呼、逆らえない。

「ごめんなさい」

謝罪と共に、脱衣を済ませる。

残すはお互いの、下半身の衣類のみとなった。

「ほらやっぱり。肋骨が浮き出てるじゃない。痩せすぎも良くないよ」

僕の肋骨を一本一本確かめるように、脇腹を撫でていく。

そのまま臍を辿り、僕に残された最後の衣服にも手をかける。

「こっちも脱ごっか」

僕は彼女の言葉に従うしかない。

黙って脱ぐ僕の姿を見ると、彼女もそれに合わせるように残ったスカート、下着を脱ぐ。

これでお互い一糸纏わぬ姿になってしまった。

「ふふ、遍はもう準備万端だね。安心して私ももう大丈夫だから」

相手を気にする余裕がなかったからなのか、今になって漸く、彼女の頰や瞳が赤くなっている事に気がついた。

「まさか、華も…」

「うん、飲んでるよ興奮剤。お互い初めてだしなるべく気持ちを高めた方が失敗しないと思ってね」

華は腰を浮かし、僕の陰茎に手をかけると、彼女への入り口に先端を当てがう。

「ぁぁあ…やっと繋がるんだッ、やっと…やっと!」

背筋が凍るほどの笑顔を浮かべている。

駄目だもう後に引けない。

彼女はゆっくりと腰を下ろし始める。

「痛ッッッ」

「うっ…」

薬の影響で陰茎への血流が加速しているため、初めて感じる感触がより敏感に知覚される。

先端から根元へゆっくりと、ゆっくりと彼女が覆っていく。

快楽が背筋を貫く。

彼女と僕が完全に繋がるまでそう時間はかからなかった。

730高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 14:01:18 ID:BHazLbKo

「これで…これ…で、私たちは肉体の繋がりが出来た。後は…血の繋がりだけ…」

血、と言われたからなのか鼻腔に錆びた鉄の臭いが届く。

気のせいかと思ったが、彼女の苦痛に歪む表情を見てから、結合部へと視線を移すと、それが気のせいでもなんでもなく、本当に流血していることに気付く。

噂では聞いたことがあるけれど、実際に目の当たりにすると自らがとんでもないことをしてしまった気分になる。

「…華、大丈夫かい?」

「うぅ…ごめん。思ったより痛くて暫く動けそうにないや。痛い…痛い!」

「そんなに無理しなくてもいいじゃないのか…日を改めよう」

「馬鹿な事を言わないで!ここまでしておいて日を改めるなんて有り得ない!あと少しだから…あと少しで動けるからッ…」

その言葉通りとは思えない様子で、僕を掴んでいる彼女の手は力み、痛みが伝播する。

そうして一分、二分、或いは五分かもしれない時間、お互いは動かず痛みに耐える時を過ごした。

痛みはまだ治らないといった様子だが、僕の腰にかかっている体重が少しずつ軽くなっていくのを感じる。

「…ごめん、待ったよね。今からッ…動くから…」

敏感になっている陰茎で感じる膣内の摩擦は、ほんの少しの動きだけで強烈な快楽をもたらしてきた。

今にも果ててしまいそうな程に。

それでも自分の中に僅かに生き残っている責任能力がそれを堰き止めている。

数センチ彼女が腰浮かせたところでピタリと止まり、再び重力の通りにゆっくりと腰を下ろし始める。

血が滲むほど爪が食い込んでしまった肩からはもう痛みなど感じず、ただただ一点から感じる快楽が脳を麻痺させていく。

彼女は腰を下ろし終わると間髪入れずに、腰を上げるしなやかな腰使いで、膣を上に擦り上げていく。

そのまま僕の陰茎が抜けてしまうのではないかというまでに引き上げると、今度は強く一度腰を下ろした。

パンッ

互いの肉体がシンバルのようにぶつかり合う音が、無機質な音に響き渡る。

「痛ッ…たい…」

苦痛に歪む彼女の顔は相変わらずで、目頭には涙すら浮かんでいる。

731高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 14:01:54 ID:BHazLbKo

それでも彼女は腰を止める事なく、またしなやかな腰使いで、膣を引き上げる。

そして落とす。

パンッ

再び無機質な部屋に、淫らな音が響き渡る。

間髪入れず腰を引き上げる。

降ろす。

パンッ

淫らな音が鳴る。

引き上げる。

落とす。

パンッ

音が鳴るたびに快楽が、全身に衝撃となって駆け抜ける。

引き上げる。

落とす。

パンッ

引き上げる。

降ろす。

パンッ

引き上げる。

落とす。

パンッ

引き上げる。

落とす。

引き上げる。

落とす。

引き上げる。

落とす。

パンッ、パンッ、パンッ

三度続けて、淫らな音を響かせる。

732高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 14:03:38 ID:BHazLbKo
視界は点滅し始め、今にも決壊してしまいそうなものを、上っ面だけの責任という防波堤で抑えるには限界が、近づいてきた。

引き上げる。

落とす

引き上げる。

落とす。

引き上げる。

落とす。

パンッ、パンッ、パンッ。

津波のように何度も何度も、快楽が押し寄せる。

丹田に力を込めて、果てまいと我慢するにも、限界がすぐそこまで来ていた。

「んッ!?」

丹田に力を入れることに注力していた僕はもう余裕がなく、彼女に唇を奪われたことに気付くのに数秒の時間を要した。

「ン…チュ…ッ…ハァ、ハァ。ン…ンンッ」

痛みに耐える中、必死に快楽を得ようと僕の口の中を貪欲に貪っていく。

腰の動きは止まらない。

苦痛と緊張でこれでもかと固く締まられた膣内を、愛液と血液が潤滑油となって、暴力的な快楽になる。

彼女の獣のような粗い呼吸が、僕の肺を激しく襲う。

息もできない。

苦しい。

気持ちがいい。

助けて。

もう我慢できない。

無責任。

パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ

何度も何度も、互いの性器が擦り合う。

もう駄目だ。

理性が殺される。

出るッッ

「ンンッッ!」

視界が飛ぶ。

弾ける。

目眩がする。

ホワイトアウト。

気持ちがいい。

多幸感が全身を包む。

嗚呼…やってしまった…

性欲を彼女の中に吐き出してしまった。

眠気が襲い掛かる。

嫌だ。

そんな責任僕には負えない。

でも気持ち良かった。

嗚呼、彼女はなんて、素敵なのだろう。

脳味噌が焼き切れる程の絶頂を迎え、同時にあってはならないことを起こしてしまった重責がのしかかり、僕は現実逃避するように、夢の世界へと身を投じた。

733高嶺の花と放課後 第14話『スグリ』:2020/04/12(日) 14:22:33 ID:BHazLbKo
以上で投下終了します。いつもスマホで小説書いてるんですがスマホでコピペして投稿するのは少し面倒だったのでパソコンから投下することにしました。IDが変わっているのはそういうことです。第14話『スグリ』の花言葉は「あなたの不機嫌が私を苦しめる」「私はあなたを喜ばせる」など…です。
まああれです。よくあるえっちなやつです。正直こういう描写書くかは迷いました。僕はヤンデレ=セックスみたいな安直な方程式があんまり好きじゃないんですが、まあ華がヤりたいって言ってたので書きました()
その代わり、初体験はくそ痛くしてあげたのでお相子です。ではまた第15話で

734雌豚のにおい@774人目:2020/04/13(月) 22:10:30 ID:FJ8bZSR2
乙。綾音がどう出てくるかwktk

735高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 16:53:47 ID:iWJxOaSw
テスト投下します

736高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 16:55:05 ID:iWJxOaSw
目を覚ますと、カーテンの隙間から刺す茜色の光が波打っていた。

「おはよう」

僕のすぐ隣には、優しい笑みを浮かべる彼女が居た。

布団の隙間から見える彼女の裸体、そして肌から感じる肌の感覚で、己の置かれた状況を改めて理解した。

「!」

そうだ、僕は…。

結局、責任から逃れたいと寝てしまっても、逃げる事など叶うはずもない。

色々と思うところもあるが、まずは彼女の心配が先に浮かんだ。

「華…その、大丈夫かい?」

「ん…何が?」

「ほら…血が…さ、かなり出てたように見えたんだけれど」

「心配してくれてるの?嬉しいなぁ…。大丈夫、って言いたいところなんだけど、動くとまだ少し痛いかな」

嘘偽りなど感じない、優しい声色。

過ぎたことは戻せないのだから、一々頭を悩ませてても仕方がない。

まずは自分の落ち着きを取り戻そう。

少しだけ頭痛がするが、薬の症状はかなり緩和されているように思える。

「…シャワー浴びる?」

「そうさせてもらおうかな…」

ベットは乾いた精液と血液の匂いで、微かな不快な感覚が嗅覚を擽る。

「お風呂は廊下に出て左前の扉の先あるからシャワー浴びてていいよ。私は少し後始末するからさ」

「僕も手伝うよ」

「大丈夫よ、こういうのは家主の方に任せて」

確かに部外者の僕が手伝っても、かえって邪魔になることもあるかもしれない。

「ごめん、ありがとう」

素直に言葉に甘えることにして、申し訳なさと感謝の気持ちを口にする。

「いいのいいの。夜にはお父さんとお母さんも帰ってくるからそれまでに清潔にしとかないとね」

「ああ…そうだね。じゃあシャワーお借りします」

「はーい」

華の部屋をそのまま離れるが、疑問が幾つか引っ掛かった。

そういえば、当たり前の話だけれど華のご両親は当然いるわけで、夜に帰ってくるのも当然の話である。

それまでに帰れば、鉢合うこともないだろうが、既に宿泊するという約束をしているし、そのための荷物は持ってきている。

そもそも華のご両親は、僕が今日来ることを知っているんだろうか。

言われた通りに廊下を出て左前の扉を開くと、目の前に洗面台が高嶺家の生活を映していた。

洗濯機、洗濯籠、体重計、バスマット、半透明の扉。

その扉の先に浴室があるの想像に難くない。

服を脱ごうと思ったが、そもそも脱ぐ服がないことに気がつき、己の間抜けさに呆れてしまった。

半透明の扉を開き、浴槽への足を踏み入れる。

「他人の家で、シャワーを浴びるなんて初めてだな」

下らない感想が漏れる。

今は何も考えずに体に付き纏う汚れを落とす。

全身の汚れを落としたら、早々に浴室を出る。

737高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 16:57:39 ID:iWJxOaSw

「あっ…」

目の前には丁度、華がバスタオルを抱えていた。

「あの…これ使ってね」

「ありがとう」

華からバスタオルを受け取ると、濡れた全身を拭く。

その間も華はそこを離れず、僕の体をじっと見ている。

「えっ…とそんなに見られると恥ずかしいかもしれない」

「へ?ああごめん」

謝りつつも決して目を逸らすことなく、寧ろ僕に触れてくる始末。

「華…?」

「嗚呼、この。私が付けた愛の印」

目を細め、恍惚とした表情で、僕の"傷跡"をなぞる。

「遍は私だけのもの。誰にも渡さない」

「…僕はどこにも行かないよ」

「うんうん。それでいいんだよ」

僕の返事に満足気な笑顔を浮かべる。

その後。

僕と入れ替わるように華はシャワーを浴びて、何事もなかったかのように本来の目的である勉強会を2時間ほど行った。

窓から見える景色はすっかり暗くなり、腹の虫も鳴きそうな頃に、玄関がガチャリという施錠の音が鳴る。

誰かの来訪、否、帰宅に少し緊張が走る。

もう一度、ガチャリと施錠の音を響かせると一歩また一歩と廊下を踏みしめる音がする。

そして音が最も大きくなったところで、二回部屋の扉がノックされる。

「ただいま、っと。嗚呼君が娘の彼氏かな?」

ワックスで髪を固めた紳士服の男性だった。

あまり華とは顔つきは似ていないように思えるが娘と言ったあたりこの人が華の父親で間違いないだろう。

「あの…お邪魔しています。華さんとお付き合いをさせて頂いている不知火遍と申します」

「娘からは話を聞いてるよ。よく来てくれたね、歓迎するよ」

右手を差し伸べられたのでそれに応じるように僕は握手をした。

「小説家になるのが夢なんだってね」

「あの…はい」

「今日は遍くんの書いた小説は持ってきているのかい?」

「すみません、その明後日から中間考査なので勉強道具しか持ってきていなくて」

「あっはははは。真面目だね遍くん。それは残念だけれど、今度私にも読ませてほしいな」

「そんな、こちらこそお願いしたいくらいです」

「娘から聞いていた通り、随分と好青年のようだ」

ちらりと背後に目を向けると誇らしげに、華は笑みを浮かべる。

「そうだ、遍くん。一つだけどうしても聞きたい事があるんだ」

「はい、何ですか?」

「君は、他人を虐めたことはあるかい?」

不気味な笑顔を浮かべる。

「い…じめ?」

「娘はね、昔虐めにあっててね。そういった連中が私は心底嫌いなんだ。子供の頃だろうが関係ない、一度でもそういったことをした事があれば私は君を認めるわけにはいかないんだよ」

嗚呼、この人は間違いなく華の父親なんだと強く認識させられる。

この黒い瞳に覚えがある。

「その…、僕は昔から本の虫でした。友達と遊ぶよりも読書するのが好きでした。だから一人でいることも多く、どちらかといえばいじめられる側にいたと思います。はっきりとしたいじめというものにはあった覚えはありませんが、そんな僕が他人を虐めた記憶はありません」

「それは良かった。せっかく娘が惚れ込んだ男なのに私が認めないわけにもいかないからねぇ」

満足げな笑顔を浮かべ、顎に手を当てる。

「それに君は虐げられる側の気持ちがわかる良い青年の様だ。これからも娘を宜しく頼むよ」

「…はい」

「さあ夕飯を食べよう。話したい事が山積みだ。改めて遍くんを心から歓迎するよ」

この時になってようやく気付いた。

最初は僕のことを歓迎なんてしていなかったことを。

738高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 16:58:10 ID:iWJxOaSw

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「はい、試験終了。筆記用具を机の上に置いておくように」

「えー中間考査お疲れ様。このままホームルームして解散をしようと思うんだが、一つみんなにやってもらいたいことがある」

「これだ。一回目の進路調査を行う」

これ、と言って太田先生が取り出したのは小さな用紙だった。

「君たちの高校生活はもう折り返し始めている。正直まだ入学してから間もない気分でいる者も居ると思うが、もうそんな時期に入っているんだ」

「君たちは永遠に高校生ではいられない。必ず将来の別々の道を歩む事になる。その歩む道を今の内から少しずつ一人一人が考えなくちゃならない」

「大学へ進学する者、就職する者、色んな人が居ると思う。高校を卒業して進む先によって人生が決まるとはそんな大袈裟なことは言わない。人はいつだって人生を変えられる」

「ただし、今この瞬間が大きな転換点を迎えていることをよく覚えておいてくれ。今一度、小学生の頃の夢、中学生の頃の憧れ、そして今の自分のやりたい事。それらよく考え思い出し、自分の道を決めてもらいたい」

手元に配られてきた用紙には、上から第一希望、第二希望、第三希望と書かれており、それぞれの隣は空白の欄となっていた。

決してそう書いてあるわけではないのだが、まるで大学へ行く事が当然であるかのようなレイアウト。

如何に僕が異端な存在かを、まざまざと表している。

太田先生の言う通り、まだ入学してから間もない気分でいて、自分が物書きを目指す未来を、どこか遠いものだと眺めていた。

けれど、趣味が小説の高校生で居られるのよも、もう半分しかない。

「まだ一回目の調査だから漠然としたもので良いんだが、それすらも考えていなかった者は、一旦うちに帰って改めて考えても良い。また、これはプライバシーに関することでもある為、直接私に提出して欲しい」

それなのに、未だ作品の一つも公募に出さず、なんの実績もない今のままで、果たして僕は小説家になれるのか?

今更になって、己の怠惰している現状に気付く。

739高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 16:58:43 ID:iWJxOaSw
「あーまねっ」

ホームルームが終わり放課後になれば、一目散に彼女は僕の元へやってくる。

僕らの関係が公になってから十日ほどが経とうとしていたが、僕に向けられる悪意は徐々にではあるが減りつつあった。

中間考査があったというのもあるとは思えるが、恐らく暖簾に腕押し、糠に釘、打っても打っても響かない僕に対して悪意を向けるのが、段々面倒になってきたというところだろうか。

とはいえ、まだまだ気が済まない連中は多く、今朝一人でいるところにつけられた、至るところの青痣が痛む。

「どうしたんだい?そんな嬉しそうな顔をして」

「んー?どうしようかなぁー、言っちゃおうっかなぁ〜」

対する彼女は、何やら嬉しい事でもあったのか何か言いたげな様子だった。

ここで聞かなければ、意地が悪いとでも言うだろう。

「何か嬉しいことがあったら、是非とも聞かせて欲しいな」

「もーしょうがないなぁ〜。そこまで言うなら…」

「高嶺さん!」

僕も気になり始めたその内容は、突然クラスに響く華の姓を呼ぶ声で、途切れてしまった。

声がした方を向けば、見慣れない一人の男子生徒が教室の出口に立っていた。

クラス中の注目が彼へと集まる。

彼もそれをプレッシャーに感じつつも、気合と覚悟を持ってこのクラスの中を突き進む。

確かな歩みを進めながら、やがて僕らの元へと辿り着く。

「…。…なに?」

今の今までの声とは違う酷く冷めた声で睨め付ける。

御機嫌だった彼女は、一気に不機嫌へと様変わりした。

男子生徒は異常とも呼べるその様子に一瞬怖気付くも、直ぐに己の芯を立て直したように見える。

「なにって、昨日も、一昨日も、その前の日だって!呼び出しの手紙を下駄箱に入れておいたのに、一度だって来てくれないじゃないか!」

呼び出しの手紙、の一言で彼が一体何者なのか、大体見当がついた。

「嗚呼、その事。どうせ告白でしょう?私この通り、彼氏が居るから受ける必要なんてないわよ」

この通り、と言って彼女は僕の背後から、首の前で両腕を組む。

その様子を見て、彼は如何にも納得いかないといった様子で僕を見る。

「彼氏が居たっていい!一度で良いからこの気持ちを伝えたかった!」

「じゃあ何で今更、伝えようと思ったのかしら?同じクラスだった時にでも告白すればよかったじゃない」

同じクラス、ということは彼は一年生の頃のクラスメイトだったのだろうか。

「正直、誰とも付き合わない様子の君を見て玉砕する覚悟が出来ないでいた。どこか高嶺の花の君を、皆んなで眺めることに満足してしまっていた」

華から発せられる空気が、明らかに一段階尖ったものへと変わる。

きっとこの男子生徒は気付いていないのであろうが、『高嶺の花』の一言が彼女の機嫌をさらに悪くした。

「ああそう。じゃあ遠くから眺めてるだけで良かったじゃない。今更何の用よ」

「だけど、けど…。未だに納得できない!多くの人たちが君に想いを伝えてきたというのに、君が選んだ人が"コイツ"だってことが!俺だけじゃない!皆んなそう思ってる!」

『嗚呼、随分と失礼な奴だな』と思いつつも、そう思う彼の気持ちも分からないでもない。

けれど流石にここまでハッキリ言われると、内心辛いものが込み上げる。

「遍を"コイツ"ですって?本当にむかつくなぁ、お前」

僕を"コイツ"呼ばわりした彼は遂に、華の逆鱗に触れてしまったようだ。

「…どうしたんだよ高嶺さん。君はそんな言葉使いする人じゃなかっただろう…?明るくて優しくて天真爛漫な君が…どうして…?」

漸く敵意が向けられていることに気が付いた彼は、動揺が隠せないと言った様子。

ざまあみろ

僕はそれを見て、遂思ってしまった。

もう僕には、態々悪意を向けてくる"有象無象"を気遣う余裕なんてものはなく、華がこうして僕のことを守り、支えて、愛してくれることだけを頼りにしている。

「天真爛漫…?高嶺の花…?笑わせないでよ。そんな外面しか見てないから本当の私に気が付かないんでしょう。挙げ句の果てに私の愛する人を"コイツ"呼ばわり。よっぽど死にたいのかしら」

「死にたい…って、そんな…」

「…目障りだからさっさと消えてくれるかな?二度と私たちの前に現れないでね。残念だけどお前らが見てた"高嶺の花"は、有りもしない空想なの。分かったらさっさと消えて、これ以上私を怒らせると何するか分かんないよ?」

その場に似つかない笑顔を浮かべる。

それを向けられていない僕にも、恐怖が伝わるほど、悍しく美しい笑顔だった。

「…君は変わったよ」

最後に僕のせいだと、言わんばかりにこちらを睨み、踵を返す。

そのまま彼はこちらを一度も見ることなく教室を出ていく。

740高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 16:59:04 ID:iWJxOaSw

「…非道い」

「なにもあそこまで、言わなくても…」

「…本当に最近変わったよね、あの子」

クラスの端々から漏れる不満。

そう、これが僕に向けられる悪意が徐々に減っている理由でもあった。

"高嶺の花"の変貌。

最初は誰しもが戸惑いを感じていた。

僕に洗脳されているなんて噂さえ立っていた。

誰しもが思い描く、優しく明るい美しい少女という像とは、あまりにかけ離れた姿。

その姿は、僕に対する嫉みや妬みといった類のものを、鞘に収めるには充分過ぎるものだった。

このクラスの中においてはもう殆どがこう認識している。

『僕らの知っている高嶺華は死んだ』

華の豹変をそのまま受け止めた奴らは、僕に対する悪意を引っ込め、僕が洗脳したなんて馬鹿げた噂を本気で信じてる奴は、より過激に悪意を向けるようになった。

簡単に言えば嫌がらせの量は減ったが、質が悪くなった。

それを知って華もより周りとの溝を深める。

そしてより一層、僕に愛を向ける。

僕ももう覚悟は出来ている。

この孤独な世界を二人で生きていく覚悟を。

「…それで話って?」

これ以上機嫌の悪い彼女を見てられないと、先程機嫌が良かった理由を聞き出す。

「…うーん」

彼女はその黒い瞳で周囲を見渡す。

「ここじゃあ、少し煩いから場所を変えよっか」

彼女は周囲の人が鬱陶しいとでも言いたげな様子で、そんな提案をしてくる。

「…分かった」

正直、僕もこんな注目を浴びた状況は、好ましくないから賛成する。

お互いに荷物をまとめて教室を出る準備をする。

「あ…」

「…」

教室を出る際にすれ違った太一が、何か言いたげな顔をしていたが、敢えてそれを聞き出すことはしない。

もう"有象無象"と関わる日々には戻らないと決めたのだから。

741高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 17:00:15 ID:iWJxOaSw

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場所を移そうと言われて、僕らがやってきたのは中庭だった。

教室から離れるたびに、彼女の機嫌は取り戻され、中庭に着く頃には先程の機嫌通りになっていた。

「…ラブレター貰ってたんだね」

対する僕は、先程の彼に与えられた胸のモヤモヤから、そんな彼女の機嫌を損ねてしまうような質問をしてしまう。

きっとこれが嫉妬と呼ばれる感情なのだろう。

「え、いやっ!貰ってたっていうか…。私はいらないのに勝手に下駄箱に入れられてて…。勿論、中身なんて見ないで捨てたから安心して」

先程の冷酷な笑顔とは違う、暖かなダンデライオンのような笑顔。

胸のモヤモヤが晴れていくような感覚。

不安が取り除かれていく。

「ははは…、ごめん似合わない嫉妬なんてしてしまった」

嫉妬する男なんて、情けない。

ふわりと、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「…私こそ不安にさせてごめんね。でも私が愛するのはこの先どんなことがあっても遍、貴方だけだよ」

彼女の温もりに包まれる。

中間考査終わりの放課後、閑静とした屋上とは違い、多少の人目がつく中庭だが、それでも彼女の抱擁を享受する。

「嗚呼…、僕もだ」

彼女の愛が沁み渡る。

心臓が脈打つ。

左胸だけじゃない、右胸からも鼓動を感じる。

両胸で感じる鼓動が、僕は一人じゃないと教えてくれる。

暫くの間、人目を憚らずに抱き合っていたが、時間と共に幸福よりも羞恥心が勝り始める。

抱擁の手を緩めると彼女も抱擁の手を緩め、少し照れたような笑顔を浮かべる。

「えへへ、なんだか照れてきちゃった」

「あはは、僕もだ。…そういえば話って?」

「ん?ああそうだったね。あのね遍、お父さんとお母さんが、遍が18歳になったら結婚して良いって言ってくれたの」

「結…婚?」

「そう結婚!もうこの間のことでお父さんもお母さんも遍のこと気に入っちゃって、法律が許す年齢になれば直ぐにでも結婚していいよって!私嬉しくって!やっぱり親が理解あると幸せなんだねぇ」

今の今まで同じ感覚、同じ気持ちを共有していたと思っていたのに、あっという間に彼女は次の段階に、想いを進めている。

彼女は未来を見ている。

僕は今しか見ていない。

だからこそ僕は進路調査を直ぐに提出することが出来なかった。

「…どうしたの遍?」

「いや…、僕は正直、今を生きるだけでいっぱいいっぱいになってしまっててね。結婚なんて未来の話、考えてなかったんだ。僕らの将来だけじゃない、自分の将来も考えきれていなかった。だから進路調査も僕は直ぐに提出できなんだ。そんな僕が君を幸せに出来るのかなって心配してしまったんだ」

「…なんだそんなこと。大丈夫、私は今充分幸せだよ。幸せすぎて壊れちゃいそうなくらい。…って遍、進路調査出してないの?」

「うん、そうだけどそれがどうかしたのかい?」

「遍のことだから"小説家"って書いてもう提出してるもんだと思ってた」

「いや、僕もそう書こうとしたんだけどね、未だに父親の賛同を得られていないことと、公募に作品を出せていないことを考えると、直ぐにはそうは書けなかった」

「そっか。でも私は誰がなんて言おうと遍の夢を応援してる。もっと自信持って。私を信じて。最期まで支えてあげる」

「ありがとう。君が理解して応援してくれるから僕は救われてる」

それに、と僕は付け足す。

「華が最初の読者で良かった」

僕がそう言うと、華は満足そうに笑う。

「私ちょっと御手洗行ってくるね」

「ここで待ってるよ」

中庭から校舎を姿を消すと、寂しさが身に染みる。

742高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 17:01:42 ID:iWJxOaSw
「お兄さん」

女子生徒の声が聞こえた。

「あの、綾音ちゃんのお兄さん」

綾音、の一言で背後からかかった声は僕に対するものだということを理解した。

「君たちは確か…」

「お久しぶりです。綾音ちゃんの友達の鈴木久美です」

「瀬戸真理亜です」

振り返れば見覚えのある二人の女子生徒が、そこに立っていた。

「やあ久しぶりだね。夏休み以来かな」

友人の兄に話かけるということで、どうやら二人は緊張しているようにも見えた。

少なくても夏休み、綾音がいた時のような喋り方ではない。

当たり前だ、仲良くもない上級生相手にそんな普段の様子を出すことはしないだろう。

「あの…あやねん、綾音ちゃんはどうしたんですか?」

どうやら綾音は友達想いの友人を持ったらしい。

「二人とも綾音の心配をしてくれてるんだね。ありがとう。正直に言うとね、僕もあまり詳しい様子は分かっていないんだ。部屋に篭りっぱなしで様子を伺うこともできない、そんな状況だ」

「その…なんでそうなっちゃったかはお兄さんは分かってますか?」

気のせいだろうか。

きっとこの子は僕に『何故そうなったか』という事態の原因を聞いているはずなのに、『自分がしたことを理解しているのか』という罪の意識を問うものに聞こえてしまう。

「うん、分かっているよ」

真意を聞くことを恐れた僕は、どちらの答えにもなる曖昧な返事をする。

「…そう、ですか」

僕の曖昧な返事と同じく、彼女の反応もまた曖昧なものであった。

「綾音が元の生活に戻れるように手は尽くしてみるからさ、もしまた戻ってきたら綾音と友達のままでいてくれるかい?」

「はい…」

「当たり前です。そもそも友達ってこんなことで縁が切れるほど安いはないです」

素直に返事をする久美ちゃんとは違い、真理亜ちゃんの方は、随分と耳の痛いことを言ってきた。

やはり僕は責められているのだろうか。

「ははは、そうだよね。僕友達居ないからさ、ちょっとわからなかったよ」

返す刀のつもりで吐いた自虐は、彼女たちの中の感情に憐みと気まずさを生み出しただけだった。

「あ…はは。ごめん、今のは忘れておくれ。変なことを言った。それよりも綾…」

「…ねぇ」

その瞬間、息が、全身の筋肉が硬直する。

これ以上言葉が発せられるなくなる。

743高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 17:02:08 ID:iWJxOaSw
「なに…してるの?」

背後から底冷えするような声を震わせている。

「なにしてるのって聞ィてるの!!!!!」

怒号が火山のように爆発し、心臓が悲鳴をあげる。

恐る恐る振り返れば、激昂に染まる華が居た。

「また…約束破ったんだ…。私以外の女と関わらないでって…、さんっっっざん言ったのにまだ分からないの?ねぇ?」

「…ち、違うんだ。この子達は」

「何も違わないッ!!!例外はないと言ったはずだよ遍。ぁぁぁぁもう、貴方がそうやって私以外の女と関わるたびにイライラして、本ッ当に頭がおかしくなりそう」

「聞いてくれ華!この子達は…」

「煩い」

「痛ッ」

信じられない様な握力で僕の手首を握りしめると、久美ちゃんたちから引き剥がすように僕の腕を引っ張った。

「貴方も話したいこともあるようだし、まずは二人きりなれる場所に行かないとね。私も貴方に教え込まないといけない事がまだまだあるみたい」

そのまま連れ去られるように右腕を引っ張られるが、それを左腕を引っ張る力で抵抗する。

突然の感覚に僕も華も振り向く。

僕の左腕を掴んでいたのは真理亜ちゃんだった。

「あの…まだ話終わったないんですけど」

右手首の痛みが消える。

指先に血が巡るのを感じる。

すると華は僕の隣を通り過ぎていく。

ドンッッッ

「「!?」」

華は突如として脚を上げ、真理亜ちゃんの鳩尾へと蹴りをいれた。

僕の左腕を掴む感覚もなくなり、真理亜ちゃんは地面へと倒れ込んだ。

「かはっ、けほ、けほ」

「まりあん!」

「…遍に触るな」

手加減なんて一切ない、本気の蹴りが内臓まで響き渡っている様子だった。

「行くよ」

あまりに凄惨な光景に釘付けになってしまいそうな僕を、強引に引っ張っていく。

「遍…自分が罰に値する罪を犯したってこと分かってる?」

早歩きの中、僕に問う。

「はい」

「償ってもらうから」

「…」

この日、僕の身体には数十を超える新たな生傷が刻まれることとなった。

744高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 17:02:46 ID:iWJxOaSw

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幾日か経つ頃。

ここ最近は、放課後に期日が迫る公募の小説を書き進める日々が続いていた。

華も、僕の傍らでそれを見守り続ける。

遠くから届く、部活動に勤しむ者たちの小さな音が、静寂な教室に響き渡っていた。

「不知火、高嶺。丁度良かった」

そんな中、そういって、僕らを呼び掛けたのは担任の太田先生だった。

「二人に少し話したいことがあるんだが、この後、時間空いてるか?」

「僕は大丈夫ですけど…」

「話って何ですか?」

少し刺のある言い方。

彼女のその徹底した、周りとの拒絶の姿勢は、時折心臓に悪い。

今がそうだ。

担任の教師に向けて、放って語気ではない。

けれどその話の内容が気になるのは、べつに華だけに限ったものではない。

そもそも僕ら二人に話って何を話すつもりなのか。

丁度良いとはどういう意味で言ったものなのか。

僕と華が丁度良いと言われれば、僕らの交際絡みの話と予測してしまうのが順当であろう。

嫌な予感がする。

「ああ、この間進路調査出してもらっただろ。まぁそれについて二人にそれぞれ話したいことがあってな」

てっきり僕らの交際が良く思われていないだとか、最悪の話別れろなんてことを言われるじゃないかと思ってたため、少々拍子抜けした。

「これはプライバシーの問題があるから一人ずつ、10分程度だけ面談のようなことがしたいんだが時間あるか?」

進路調査といえば、僕も数日前に『小説家』とだけ書いた紙を提出していた。

何事もなく、通り過ぎることを願ってはいたが、向こうも教師。

流石に夢一つ書いた紙を、おいそれと見逃してはくれなかった。

僕の夢にまた新しい壁ができてしまった気がする。

話というのも十中八九、僕の夢に関する、どちらかといえば否定的な意見を聞かされることだろう。

最悪な予感は外れたが、結局嫌な予感は外れてなかった。

745高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 17:03:57 ID:iWJxOaSw

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幾日か経つ頃。

ここ最近は、放課後に期日が迫る公募の小説を書き進める日々が続いていた。

華も、僕の傍らでそれを見守り続ける。

遠くから届く、部活動に勤しむ者たちの小さな音が、静寂な教室に響き渡っていた。

「不知火、高嶺。丁度良かった」

そんな中、そういって、僕らを呼び掛けたのは担任の太田先生だった。

「二人に少し話したいことがあるんだが、この後、時間空いてるか?」

「僕は大丈夫ですけど…」

「話って何ですか?」

少し刺のある言い方。

彼女のその徹底した、周りとの拒絶の姿勢は、時折心臓に悪い。

今がそうだ。

担任の教師に向けて、放って語気ではない。

けれどその話の内容が気になるのは、べつに華だけに限ったものではない。

そもそも僕ら二人に話って何を話すつもりなのか。

丁度良いとはどういう意味で言ったものなのか。

僕と華が丁度良いと言われれば、僕らの交際絡みの話と予測してしまうのが順当であろう。

嫌な予感がする。

「ああ、この間進路調査出してもらっただろ。まぁそれについて二人にそれぞれ話したいことがあってな」

てっきり僕らの交際が良く思われていないだとか、最悪の話別れろなんてことを言われるじゃないかと思ってたため、少々拍子抜けした。

「これはプライバシーの問題があるから一人ずつ、10分程度だけ面談のようなことがしたいんだが時間あるか?」

進路調査といえば、僕も数日前に『小説家』とだけ書いた紙を提出していた。

何事もなく、通り過ぎることを願ってはいたが、向こうも教師。

流石に夢一つ書いた紙を、おいそれと見逃してはくれなかった。

僕の夢にまた新しい壁ができてしまった気がする。

話というのも十中八九、僕の夢に関する、どちらかといえば否定的な意見を聞かされることだろう。

最悪な予感は外れたが、結局嫌な予感は外れてなかった。

「僕は…大丈夫です。時間あります」

かといって面と向かって、逃げれるほど肝は据わっていない。

素直に面談に応じることにする。

「私も大丈夫です」

華も最悪な予感が外れたことに関して、少し苛立ちが鎮まったように見える。

そういえば、華は進路調査になんて書いたんだろう。

日々を過ごすうちに、いつの間にか聞きそびれてしまっていた。

746高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 17:04:27 ID:iWJxOaSw

「そうか、良かった。じゃあとりあえず不知火から始めるか?」

「はい」

これは僕の返事。

「高嶺は少し廊下で待っててくれ」

「はい」

これは華の返事。

華も特に反発することなく教室の外へと向かっていく。

あとでね

声には発せず、口の動きだけでそんなメッセージを残す。

こんなさりげないやりとり一つが、頬を緩めてしまう。

「不知火と高嶺は付き合ってるのか?」

華が教室を出たのを確認すると、太田先生はそんなことを尋ねてきた。

「えっ…、ああまぁそうです…はい」

薄々聞かれるのではないかと思ってはいたが、厳格な担任からそんなことを聞かれたため、情けない返事をしてしまう。

「そうか…。高嶺からやるべきだったかな」

「え?」

意味の分からないことを呟かれ、反射的に聞き返してしまう。

「いやなんでもない。気にするな。それより彼女は大切にしてやるんだぞ」

僕らの交際を否定的に思うどころか、そんな背中を押すようなことを言われ、先程疑ってしまったことに罪悪感が芽生える。

「さて、不知火。進路調査のことなんだが…」

太田先生はそれ以上僕らについて触れる様子はなく、抱えていた荷物の中から一枚の『僕の夢』を取り出す。

「不知火は小説家になりたいのか?」

疑うわけでもなく、馬鹿にするわけでもなく、覚悟を問うようなそんな目で、真っ直ぐ捉える。

「はい」

「本気か?」

「はい」

「何か賞は取ったことはあるか?」

「ありません、けれど今公募に出す作品を書いています」

緊張が僕の中に張り詰める。

そんな様子を見て、太田先生は少し目を細める。

「勘違いしないで欲しいんだが、俺は今日お前のその『小説家』になりたいという夢を否定しにきたわけじゃないんだ。むしろ応援している」

「え?」

思っていたこととは真逆のことを言われ、動揺が隠せない。

「こういった進路調査は大抵の奴が行きたい大学を書く。お前のような自分の夢を真っ直ぐ書く奴は珍しいんだよ。けどそれは決して悪いことじゃない」

少しずつ緊張が解れていく。

じわり、じわりと太田先生の言葉が胸に染みていく。

「それに俺も昔、目指していたからな。小説家」

「えっ…」

まさか太田先生に作家志望があったなんて、担任の知られざる過去を知り驚愕する。

「大学に通いながら小説家を目指してたんだが、単位のために取っていた教職課程が中々に面白くてな、結局教師になってしまった」

「俺は教師だ。生徒が小説家になりたいって言ってはいはいお好きにどうぞとも言えない立場なんだ、分かるな?」

「はい」

「これは適当に言うわけじゃないんだがな、不知火。お前大学に行ってみる気はないか?」

「大学…ですか?」

「ああ。大学ってのはな、自由がある。時間がある。出会いがある。その一つ一つがお前の人生に貴重な経験をもたらしてくれる」

「はあ」

「きっと今のお前は、そんなことよりも良い小説を書くための努力をした方がいいって、そう思ってるかもしれない」

僕の思ったことを見透かしているようだ。

747高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 17:04:53 ID:iWJxOaSw

「小説を書いてる不知火なら、分かるかもしれないが、自分が感じたことのある感情、風景を描写するときと想像だけで書く描写だと、前者の方が圧倒的に筆の説得力が違うんじゃないのか?」

思い当たる節は、…ある、

それこそ華に出逢ってから、恋愛感情の辛さ、悲しさ、喜びの繊細な表現が出来るようになっていた。

「大学生になって、様々な経験をすることで、きっと不知火はもっといい小説を書けるんじゃないのか、そう思うんだ」

小説家になるために大学に行く。

今まで考えもしなかった発想だった。

自分の中でそれぞれ分かつ道だと思っていたからだ。

「あの…先生」

「ん?」

「今までそういうこと、考えもしていなくて。正直、今すぐ大学行くとまでは考えられませんが、かといって大学に行かないという決断をするのも早計なのではないかという気もしてきました」

僕が考えを改めたのを見て、前傾姿勢だった太田先生は、椅子の背もたれへと体重をかける。

「少し考えさせてください」
 
「ああ、これはまだ一回目の進路調査だ。よく考えて自分の道を決めなさい」

話は以上だ、とだけ言うと、廊下で待っているであろう華を呼んできて欲しいと言われた。

「華、太田先生が呼んでいるよ」

「もう終わったの?10分どころか5分も経ってないじゃない」

「それだけ簡単な話だってことさ。多分華もすぐ終わるんじゃないかな」

「…。だといいんだけど」

何かに憂いているような、そんな表情だった。

僕と入れ替わるように華は教室へ入っていく。

「なんだったんだろう…」

教室の扉を閉めると、ついそんな呟きを吐いてしまう。

すぐ終わるであろうという予測の元、待ってみることにした。

1分。

2分。

3分。

5分。

10分。

長い。

既に僕の予測が間違っていたことを理解し始めている。

一体何の話をしているのだろうか。

今日は尽く予想が外れる日だ。

想定より遥かに長い時間話し合いをしているみたいだ。

そこまで話し合う、華の"夢"とはなんだろう?

『高嶺さんも将来の夢あるのかい?』

いやあったじゃないか。

一度だけ、彼女の夢を問うた時が。

『あるよ』

彼女は僕の方を真っ直ぐ見ながら、そう即答した。

彼女の中にそれは、確かに存在するもの。

待たされて蓄積された好奇心は、教室への扉に体を一歩近づける。

と同時に、突如として扉が開き、大きく心臓が跳ねた。

748高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 17:05:16 ID:iWJxOaSw

「不知火、ちょっと入ってきてくれ」

出てきたのは太田先生だけだった。

中の様子を伺うと、華はまだ席についており、面談は終わっていない様に思えた。

「はい」

それなのに、何故だかは分からないが、太田先生は僕を教室へと促した。

「遍…」

「何で不知火は呼ばれたかは分からないだろうが、高嶺の進路がお前にも関係するんだ」

「僕に…ですか?」

「本当はこういうのは他人に見せるべきものではないとは分かっているんだが、高嶺も不知火を交えて話したいと言ってたんだ」

そう言って、太田先生は小さな紙を、高嶺華の夢を、僕に見せてきた。

『結婚』

「他の教師は何年かに一度こういったことを書く奴がいるとは言っていたが、自分の受けもつクラスで実際に目の当たりにするのは初めてでな」

「これって…」

「高嶺はお前と"結婚"するとの一点張りだ。お前たちは若い、苦労することもあるし、そんなに急ぐ必要はないと言っているんだが」

この先は『聞く耳を持たない』と言いたげそうな様子。

「何度も言ってますけど、親の許可ならもう出ています」

「許可を得れば直ぐにしてもいいというわけではないだろう。人生は長い。高嶺も成績が良いんだから良い大学を目指せるんだぞ?」

「大学、大学って。私大学なんていくつもりありませんから」

「何故だ?」

「必要性がないからです」

「それは必要性がないと決めつけているだけだろう。大学には勉学以外にも学ぶことがたくさんできる貴重な場なんだぞ」

「別に…学ぶとかそういうのはもういいんですよ。私はもう目的を達成しましたし」

視線が隣の僕へ向けられる。

749高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』:2020/04/27(月) 17:05:37 ID:iWJxOaSw

「何を訳のわからないこと言っているんだ。そもそも結婚というのは不知火も承知の上か?」

「えっ、あの結婚については一応話は聞いてましたけど、まだ具体的に僕は考えていなかったです…」

「とのことだが?」

「遍…」

ギリッ…と歯軋りが鳴る。

「それに不知火は先程大学へ進学するか否か今一度検討するとさっき言ったばっかりだ。結婚が悪いものとは言わないが、学生生活に少なからず支障はきたす。それは不知火の将来の道を狭める結果にもなり得るんだぞ」

「遍…大学…行くの?」

信じられないものを見るような目だ。

「いやまだ考えてないというか、さっき太田先生に言われて大学に行かないという選択肢を決めつけるのは早計なんじゃないかとは思ったんだけど…」

「わかりました。もし遍が大学に行くというなら私も行きます」

「え?」

随分とあっさりと主張を変更したことに驚きが隠せない。

それでも太田先生は華のことを訝しげに見つめる。

「それはあれか?不知火と同じ大学ならということか?」

「当たり前じゃないですか」

「はぁ…」

太田先生は困ったように頭を抑える。

「分かった。一旦高嶺の進路については保留しておく。まずは不知火、お前が今後どうしたいのかよく考えてくれ」

「はい」

「…少し時間を取って済まなかったな」

それだけ言うと太田先生は荷物を片手に教室を出て行った。

「…何でわざわざ有象無象がいる所に行くの遍?」

これはきっと、僕が大学へ行くことを検討している件について咎めているのだろう。

「その…太田先生に言われたんだ。小説を書くための必要な知識を学べる場なんだって」

「それ本当?本当に必要な知識を学べるの?」

「分からない。だから一通り調べてから行くか行かないかを決めたいってそう先生に言ったんだ」

「そう…。もし大学行くって決めたらまず最初に私に言ってね」

「え、うん」

「有象無象がうじゃうじゃ居る所に、遍一人で行かせるもんですか」

言葉が見えない鎖になって僕を締め付ける。

「あと大学行ってもいいけど一つだけ条件があるから」

「…なんだい?」

「誰一人とも仲良くなるなんてことは許さないから。遍は私だけいればいいって態度で示してもらうからね」

「うん…」

太田先生が示した大学へ行くことで人と出会い、学びなるということは僕には初めから存在しないようだ。

このギリギリのバランスを保った生活はいつまで続けられるのだろうか。

もう一度、紙と筆を取り出し、公募に向けて物語を綴っていく。

遠くから届く、部活動に勤しむ者たちの小さな音が、ただただ静寂な教室に響き渡る。

何か。

何かが限界に近づいている。

華か、綾音か、僕か。

これは漠然とした感覚だ。

嫌な予感がしているだけだ。

けれど、どうしてもそう遠くない日にこの歪な生活が壊れてしまう、そんな予感がする。

いつだってそうだ。

幸福な時間は永遠に続きはしない。

この歪な生活を幸福と呼ぶのであれば、間もなくこの身に不幸が訪れるだろう。

750罰印ペケ:2020/04/27(月) 17:23:58 ID:iWJxOaSw
以上で高嶺の花と放課後 第15話『ジニア』の投下を終了します。『ジニア』の花言葉は「不在の友を思う」「注意を怠るな」「幸福」などです。
段々終わりに近づいてきてプロットも具体的に書けるようになったのであらかじめ宣言しておきます。
高嶺の花と放課後は第20話で最終回です。なので今回で3/4終わったことになります。転載しているカクヨムの方でも読んでくださる人がいて何とかモチベーション保ててます。
あとは起承転結の【結】ができるよう頑張りますのでもうしばらくお付き合いください。ではまた第16話で

751雌豚のにおい@774人目:2020/04/29(水) 00:14:49 ID:WpRin5Yg
乙乙。華の本性(?)が表に出てきて変わっていく様が良かった。

752雌豚のにおい@774人目:2020/04/29(水) 00:15:00 ID:WpRin5Yg
乙乙。華の本性(?)が表に出てきて変わっていく様が良かった。

753雌豚のにおい@774人目:2020/05/03(日) 07:11:51 ID:c1Qq02E6
数年ぶりに開いたらスレが復活していて嬉しい。
全部読ませて頂きます。

754高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 18:58:51 ID:4HTiHH1c
テスト投下します

755高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 18:59:39 ID:4HTiHH1c
高校2年11月中旬

早朝、いつも通り登校し下駄箱へ向かうと見知った顔があった。

「よう、不知火」

「…」

「ちっ、無視かよ」

この間、『他の女に関わるな』と怒られたばかりなのに、過ちを繰り返すほど愚かではないと自負しているつもりだし、華の"仕置き"も甘いものではなかった。

「遍」

「!」

「ははっ、似てんだろ。口調が似ても似つかないからあんまり指摘されねぇけど実は結構声似てんだぜ」

「…おはよう、萩原さん」

「やっと口を開いたな。単刀直入に言うが、お前に少し話があんだわ」

どうすればいいのだろう。

そもそもこんなところを華に見られたら、また僕は"罰"を受ける。

自分が取るべき行動が分からないままでいると、それを肯定だと勘違いした萩原さんは話を続ける。

「何か、色々と引っ掛かってるんだよ。こうモヤモヤするようなさぁ。いくつか聞きてぇことがあるんだけど、まず文化祭の朝の時に居た"彼女"。そして、今荒れに荒れてる高嶺の花こと高嶺華。どっちが本当の彼女だ?あるいは二股か?」

こうなってしまったら、さっさと答えてしまった方が華に見つかる心配もないと考える。

「…僕の彼女は初めから華だけだよ。萩原さんが出会った彼女を自称したのは僕の妹だ」

「なるほどな。つまりお前の妹の嘘に騙された私は、そのまま本当の"彼女"に伝えてしまって怒らせたってところか」

「…まぁ、そうだね」

「今思えばあの日から華の様子はおかしくなっていった気がするけど、お前らは一体いつから付き合ってんだ?」

「僕らが付き合い始めたのは10月初めの頃だ」

「10月初め?そうか…じゃああの時茶番を演じていたわけだ」

「あの時…?」

「お前と桐生が華に仮の告白した時だよ」

そうか、その時か。

あの時は、萩原さんの"せい"で痛い目を見たな。

頬に痛みこそは蘇らないが、熱が少し帯びる。

756高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:00:52 ID:4HTiHH1c

「ああ、そうだね。あの時はもう既に交際をしていたよ」

「じゃあなんだ。あたし達全員、一月弱の間も騙されてたってことか」

「騙すなんて人聞きが悪いなぁ。世の中、秘密裏に交際をすることはそれなりにあることなんじゃあないのかい?」

「まぁ確かに騙す…、は言い過ぎだったかもしれないな。…なんでみんなに黙ってたんだ?」

「それは、今の惨状が答えにならないかな?」

「…。くだらない嫉妬でお前に八つ当たりしてる奴は正直あたしもどうかしてると思うわ。けど、お前らが隠してる間、精一杯気持ちを伝えてた奴が居るんじゃないのか?華はもちろん、…不知火。お前にもさ」

急に頭が冴える感覚を覚える。

「…知ってたのかい?」

「あたしが今日、こんな朝早く登校してまでお前と話がしたいって言ったのは、いわばこれが本題だ。…お前、奏波に、小岩井奏波に告白されたよな?」

「…それは、間違いないよ」

「そして断った。お前には彼女がいるから」

ようやく忘れかけていた罪悪感が、また掘り起こされる。

「別にそれを責めるつもりもないし、むしろお前はある意味正しい選択肢を取ったとも言える」

「じゃあその本題ってのは、一体なんなんだい?」

「あたしが思うに、お前の彼女、高嶺華は相当嫉妬深い奴だと考えてるんだが、合ってるか?」

嫉妬深い。

それは紛れもない事実だ。

「華は、随分と嫉妬深いとは思うけれども…」

それとこれと一体何の関係があるのだろうか。

「やっぱりな。ここ最近の態度、そして最初のあたしの勘違いで怒った姿。あれはどう見てもそういう類だと思ったね」

萩原さんはもしかしてそういう類に関しては鋭い人なのだろうか。

757高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:01:29 ID:4HTiHH1c

「そこで不知火、お前に聞きたいのは嫉妬したアイツが、何をするのかということだ」

「何を…する?」

「ちょっとわかりにくい質問だったか?もっと具体的な質問にするなら、嫉妬に狂ったアイツはなにか嫌がらせや暴力のようなことをしたりしなかったか?」

なんて鋭い人なんだろう、この人は。

「…」

僕の口からは答えにくい。

制服の袖口を捲り、数多の切り傷を見せる。

それが僕からの回答だと言わんばかりに。

「…それは彼女に付けられたやつか?」

「勘違いしないで欲しいんだけど、これはあくまで嫉妬させた僕が悪いんだ。彼女は悪くない」

「彼女が彼女なら彼氏も彼氏だな。歪んでるよ、お前ら」

自分も彼女も歪んでると言われ、怒りを覚えないわけにはいかない。

「…話したいことはそれで終わりかい?」

話を区切り付けるように、目の前の萩原さんの隣を通り過ぎる。

「その傷が、自分以外に向けられた可能性を一度でも考えたことはあるか?」

思考と脚が止まる。

「僕以外に…?」

「お前に告白した奏波が、どういう目にあったか想像できないか?」

「…いや、そんな…まさか」

「私も憶測でモノを喋ってるから、あくまで可能性の一つを言ってるだけなんだけどな。奏波が学校に来れなくなったのは華のせいなんじゃないのか?」

馬鹿げた推測だと、否定することができない。

あり得る話だ。

758高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:01:56 ID:4HTiHH1c

「奏波はあたしの大事な友達なんだ。どうして学校に来れなくなったのか、知りたいんだ」

「…これ以上僕から話せることはないよ。それに…僕はあくまで高嶺華の彼氏なんだ。自分の恋人がそんな非道いことするなんて信じない」

「…自分は散々痛めつけられてるのにか?」

「…僕はいいんだよ。華は僕に強い感情をぶつけてるから僕の身体に跡として残っているだけなんだ」

「はぁぁ、どうしたらそう捻じ曲がった思考回路になるのかね」

「歪んでるとか、捻じ曲がってるとかそんなの僕には分からないよ」

「…なぁ不知火。こんなことただのクラスメイトに、ましてやあたしに言われたくないかもしれないけどさ」

「…なんだい?」

「お前の心は本当にそれで大丈夫なのか?」

急所に入れられたような錯覚が起きる。

必死に回してた歯車を回す手が止まる。

僕の心が大丈夫かだって?

そんなの…そんなの…

「ごめん、変なこと言った。忘れてくれ。聞きたかったことは聞けたしさ、…まぁ気になってるところもあるけど、答えてくれてありがとうな」

それだけ言って、萩原さんはそこから立ち去って行く。

「…分からないよ…そんなの」

苦し紛れに吐いた独白は、誰の耳にも届かなかった。

759高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:02:36 ID:4HTiHH1c

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ーーー


『私はその骸を拾いあげ、咽び泣いた』

「…これで完結?」

筆を置くと、華はそんなことを尋ねてきた。

「うん」

「…」

納得いかないといった様子。

「…何かまずかったかい?」

「…ハッピーエンドじゃない」

「え?」

「ハッピーエンドじゃないよ、これ」

「まぁ、そうだね。ハッピーエンドと言える終わりじゃないけれども、僕としてはこれが一番味のある終わり方だと思ったのだけど」

凄く切迫した様で、僕を視線で射抜く。

「私たちは…、私たちはハッピーエンドになるよね?」

この場合は、僕ら二人の関係の果てについて言っているのだろうか。

「…当たり前じゃないか」

「ごめん…、不安になっちゃった」

「別に華を不安にさせるつもりはなかったんだれども。兎に角、これで何とか公募に作品を提出できそうだよ」

「うん、頑張ったね遍」

彼女は微笑みながら、僕の頭をそっと撫でる。

『お前に告白した奏波が、どういう目にあったか想像できないか?』

今朝の萩原さんの台詞が、ノイズとなって突如、脳内を掻き乱す。

「…どうしたの?」

聞けるわけがない。

聞いたところで『他の女』を心配するような真似は、間違いなく罰の対象だ。

760高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:03:15 ID:4HTiHH1c

「はは…いやなんでもない。人に撫でられるのって少し気恥ずかしいものなんだと思っただけさ」

「照れてるの?可愛い」

頬を紅に染めてる。

「…からかうのはよしておくれよ」

唇に柔らかい感触が重なる。

「からかってなんかないよ。本当に愛おしくてたまらない」

結局、僕に出来ることは自分の彼女を信じることだけ。

今となっては真相などどうでも良いのだ。

「…全く君という奴は。そういえば明後日、日曜日だろう?」

「うん…、そうだけどそれがどうしたの?」

「試験も終わったことだし、デートに行かないか?」

「え…?」

「嗚呼、勿論華の都合さえ良ければなんだけど…」

「行く!」

「はは、即答だね」

「当たり前でしょ?貴方からの誘いを断るなんて有り得ないよ。この世の何よりも貴方が大事。それに」

「それに?」

761高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:03:47 ID:4HTiHH1c

「貴方から誘ってきたことが何より嬉しい」

「…この間はテスト前でちゃんと遠出が出来なかったしね。それにいつも君が支えてくれたから作品が完成したんだ。そのお礼をしたい」

「…別にお礼なんていつでも"ここ"にしてくれたっていいのに」

ここ、と言って薄桜色の唇を指差す。

「それは…、お礼とはまたちょっと違うんじゃあないのかい?」

「もうっ、もっとキスしたいってこと。遍は奥手だから全然してくれないんだもん」

「じゃあ…」

「えっ?」

彼女の要求に応えるように、唇を重ね合わせに行く。

「これでどうかな?」

「あ…うん、えへへ」

幸福に包まれた笑顔を浮かべる。

こんな僕でも、彼女を幸せにすることができるのかもしれない。

笑顔一つでそんな自信が漲ってくる。

萩原さんの話で一々惑わされる必要なんてない。

僕は目の前にいるこの少女を幸せにすることだけを考えるべきなんだ。

「それじゃあ、あとでラインで集合場所と時間の連絡をするよ。今度こそちゃんとしたデートプラン、考えてくるから」

「うん!楽しみにしてる!」

考えろ。

考え続けろ。

どうしたら僕は高嶺華を幸せに出来るのか。

僕はこの日と翌る日を合わせて二日間、彼女を幸福にする方法を考え抜き、ある一つの"答え"を導き出した。

762高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:04:12 ID:4HTiHH1c

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ーーー


約束の場所に約束の時間の、さらに1時間程前から待ち始めて5分。

僕の彼女である高嶺華はやってきた。

「待ち合わせまでまだ1時間近くあるよ」

「そっちこそ、1時間前にいるじゃない」

「ふ」

「「あははは」」

お互いに笑いが込み上げる。

「考えること一緒だね」

「きっとこうなるんじゃないかって思って少し集合時間遅めにしたんだ」

「なによそれ。じゃあ本当はもっと早く一緒にいられたってこと?」

「いやいや、そんなことを考え始めたらいたちごっこになってしまうよ。取り敢えず行こうか」

「そういえば、今日どこ行くか聞いてない」

「そりゃあ言ってないからね」

「正直、服装とか凄く迷ったんだからね?」

「はは、ごめんよ」

「それで今日どこ行くの?」

「色々…さ」

「むぅ、まだ隠すの?」

「行ってからのお楽しみってやつだよ」

…。

今日のデートのコースは全部自分で考えたものだ。

先ずは最初の目的地へと辿り着く。

目の前の長く長く続く、急な階段を見上げる。

「ここって、羽紅神社だよね。ここ登るの?」

「うん。調べたらさ、ここ縁結びの神社らしいんだ」

「へぇそうなんだ。私も知らなかったなぁ」

「今日ここにきたのは祈願したかったからなんだ」

石段を登り始める。

763高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:04:40 ID:4HTiHH1c

「二人でここに来るのは久しぶりだね」

「確か…夏休み以来の時かい?」

「そう…。あの時は二人一緒だったのは下りの時だけ。今は二人で登ってる」

「それにしても…夏祭りか。あの時は桐生君にみっともない嫉妬をしてたな」

「どういうこと?」

「ほら、華は桐生君たちと夏祭りに来てたじゃあないか。あの時はてっきり華と桐生君が交際してるんじゃないかって思ってた」

「前にもそんなこと言ってたね。お似合いだとか、不釣り合いだとか、そんなの関係ないじゃない。大事なのは今、私が貴方を愛して、貴方が私を愛する。それだけだよ」

「そう…だよね」

「それで私は凄く満たされてる。…だけどいつも不安が付き纏ってるの。私の愛が尽きることはないけど、私の遍が何処かの誰かに奪われてしまうんじゃないかって」

「ははは…物差しで測る人たちには僕はそれほど魅力的には映らないからその心配は大丈夫なんじゃないかな」

「遍がそうやって自分のことを軽く見てるから私が余計に不安になるの」

「あ…、ごめん」

「それに…されたよね?」

「されたって?」

「告白だよ」

心臓が金縛りにあう。

「隠したって無駄だよ、私知ってるから。一度でも起きてしまったことがもう二度と起こらないとどう信じればいいのかな?」

知ってた?

小岩井さんのことを?

でもあの時の告白と呼べるものは、放課後の喧騒の中で、静かにされたものだ。

近くに華がいた記憶はないし、たとえ近くにいたって分かるはずがないのに、どうして…。

「私はね、遍…貴方が他の女に奪われるのが絶対に許せないし、何よりも恐れていることなの。誰かの隣で笑う貴方を想像するだけで…、嗚呼もう…滅茶苦茶にしたくなる。私以外の女と幸せを築こうものなら絶対に壊す、壊してやる」

気がつけば石段の上で止まっていた。

今一度、覚悟を問われているように思えてくる。

この先を登って縁を結ぶか、引き返して下るか。

嗚呼でも、こんなこと考えるだけ無駄だ。

結局、引き返すことなんて出来やしないんだから。

もう壊れてしまった日常と心は帰ってきやしないのだから。

764高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:05:04 ID:4HTiHH1c

「…落ち着いて華。そんな事がないように今日はここに来たんだから。行こう」

爪先の向きは変わらず、上へ上へと登りつづける。

もう登り切る脚に迷いはない。

長い長い石段を登り終えると目前には、古びた社が建っていた。

「ここで縁結びをしよう。何があっても最後には二人でいられるように」

「うん。懐かしいねここ」

「あの時は暗くてよく見えなかったけど、今は流石によく見えるね」

「ねぇ」

「ん?」

「さっき桐生君に嫉妬した、って言ってたよね」

「うん」

「その時、遍は私の事好きだったの?」

揺れる瞳で僕に問うてきた。

今更隠したってしょうがない。

「うん、あの頃から華を…いやもっと前から好きだったよ」

「なんだ…私達、前にここに来たときには既に両想いだったんだ…」

「僕はてっきり、バレているものだと思ってたよ」

「どうだろう…。あの時の私は遍が好き過ぎて、どうしてもフラれたらどうしようとか不安で余裕がなくなってたからなぁ」

「はは…僕は"運命の相手"って思ってたんだろう?それなのにフラれると思ったのかい?」

「フラれたらどうしようというか、"運命の相手"じゃなかったらどうしようって感じかな。結果的に私たちは結ばれたけど、もし遍が拒んでたら私、何してたんだろうね?」

あんな激情を拒む方が難しいは思うのだが。

「そんな有りもしない未来を想像したって仕方がないじゃあないか」

「それもそうだね」

話しているうちに賽銭箱の前まで辿り着いていた。

765高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:06:01 ID:4HTiHH1c

「えーっと、二礼二拍手一礼、だっけ?」

「そうだね、まずはお賽銭を入れる。そしたら鐘を鳴らす。そこで二礼二拍手一礼さ」

華と僕はお賽銭を投げ入れる。

コトン

硬貨が木箱に跳ねる音がする。

次に鐘を鳴らす。

カランカラン

二礼

二拍手

そして一礼

「…。さて、参拝も済んだことだし、次は祈願しに行こうか」

「縁結びの祈願って何するの?」

「色々あるみたいだけど、絵馬が一番分かりやすくて、祈願しやすいものかもね」

「じゃあ絵馬書きに行こっか」

賽銭箱から離れ、少し歩くと御神籤や絵馬が売られている小屋が見えた。

「…。遍はここで待ってて。私が絵馬貰ってくるから」

「え?…あぁ、うん。分かったよ」

突然、よく分からないことを言われたと思ったが、なるほどそういうことか。

御神籤や絵馬を売られている所には、巫女さんがいた。

僕から女性の接点を少しでも減らしたい故だろうな。

遠くから黙って見守ってると、華が絵馬を一つ貰ってきた。

「この絵馬に二人の名前を書いて、奉納すれば縁が結ばれるんだって」

絵馬と一緒に油性ペンも貰ってきた様子。

「それじゃあ早速、名前を書こうか」

「あ、待って。ここに書くのはお互いの相手の名前みたいなの。だから私は遍を、遍は私の名前を書いて」

「へぇ、自分ではなく相手の名前か」

「そう」

華からペンと絵馬を受け取り、名を刻む。

『高嶺華』

何か誓約書を書いてるような錯覚に陥る。

「はい、次は僕の名前を書いておくれ」

書き終わった油性ペンの蓋を一旦閉じ、絵馬とペンを華へと再び返却する。

「うわぁ…遍は字が綺麗だから緊張するなぁ」

「はは、緊張することなんてないのに」

本当に緊張しているのか、そのしなやかな指先は僅かに震えてるが、それでもしっかりと丸みの帯びた文字で僕の名を刻んでいく。

『不知火遍』

「良かった、書き間違えてない」

ひとまずは安堵した様子。

766高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:06:39 ID:4HTiHH1c

「そしたら、これを奉納しよう」

「奉納したら次はどうするの?」

「とりあえず折角神社に来たんだから御神籤引いたり、一通り境内を見て周ったら、また少し移動することになるけど『歩絵夢』に行って一休みしようか」

「うん分かった。けど御神籤引くために遍を他の女とは接触させたくないなぁ…」

「無人の御神籤もあると思うからそっちに行こう」

「それなら良いね。じゃあ早く絵馬奉納しようよ」

華も縁結びに随分と乗り気な様子。

良かった。

一つ目のデートプランは上手くいったようだ。

沢山の絵馬が奉納されている場所へと向かう。

二人の名前が刻まれた絵馬を括り付ける。

「これで祈願できたのかな」

「できたと思うよ。きっと僕らの願いは届いているはずさ」

「それじゃあ御神籤を引きに行こうか」

「あそこかな?無人で御神籤引けるところ」

あそこ、と指した場所には戸棚の様なものと漆塗りの六角柱があった。

近づいてみれば、案の定御神籤であり、『一回百円』と書かれた側には硬貨を入れるであろう小さな穴があった。

「ここに100円入れればいいみたい」

「それじゃあ早速やってみよう」

チャリン

100円玉を穴に落とし、六角柱の小さな穴から棒を取り出すべく振るう。

ジャラジャラ

小さな穴から一本の棒が出てくる。

棒の先端には『八十七』という漢数字が書かれている。

「僕は八十七みたいだ」

続いて全く同じ動作を華が繰り返す。

チャリン

ジャラジャラ

「私は三十七だって」

漢数字の書かれた棒を六角形へ戻す。

視線を目の前の戸棚に移す。

小さな引き出しが幾つもあり、それぞれに漢数字が書かれている。

恐らく該当する漢数字の引き出しを開けるべきなのだろう。

僕と華は黙って、各々の引き出しを開け、紙を一枚取り出す。

767高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:07:01 ID:4HTiHH1c

「あ…」

「あっ」

お互いにそんな呟きが漏れる。

「遍、何だった?」

「あはは…、僕は凶だった」

「嘘…私も凶」

そう、引いた紙には大きく"凶"の文字が書かれていた。

しかも華の手にある紙にも同じく"凶"の文字。

お互いに違う番号なのに、二人とも"凶"を引いてしまうなんて、ある意味運が良いとも言える。

「折角のデートなのに、ショックだなぁ…」

「…まぁ考え方を変えてみようよ。今の僕らの状態を"凶"と呼ぶのであれば、これからはもっと良くなるということだよ」

「それもそうかも。うん…、そういう考え方の方が良いな」

「御神籤も引いたことだし、軽く散策したら『歩絵夢』に行こうか」

「うん!」









この時は気付きもしない。

この時の御神籤が言い得て妙だと気付くのはもっとずっと、ずっと先の話だった。

768高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:07:31 ID:4HTiHH1c

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「はい、遍くんは『マンデリン』だったわよね?」

「ありがとうございます陽子さん」

「で、華ちゃん相変わらずミルクティーっと」

「なんか、含みのある言い方だなぁ…」

「別にぃ?まぁでもあなたたちがあまりにも青春を謳歌してるから少し意地悪もしたくなるわよ」

「陽子さんって彼氏とかいないんですか?」

「女性に向かってその質問を堂々とする度胸は認めてあげよう遍くん」

「あっ…ごめんなさい」

「謝るのもまたデリカシーのない行動だよ。君は作家になるんだからデリカシーの一つや二つは学んだほうがいいよ」

「あ、いやまだ作家になるとは決まって訳じゃあ…」

「あれ?さっき言ってたじゃない公募に作品出したって」

「いや確かに出したのはそうなんですけど、当選するかどうか…」

「彼氏がこんなこと言ってるけど彼女はどう思うの?」

「遍は自信がないからこんなこと言ってるだけだよ。私は何にも心配してないよ。だって確信を持ってるからね」

「あーあー、本当にあなたたち見てると相性良く思えてきて虚しくなってきた」

「ふふん、陽子さんも早く彼氏作ったら?」

「はぁーあ、コーヒーも飲めないお子様にそんなこと言われちゃあたしももうお終いね」

「ちょっと!」

「あははは」

769高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:07:57 ID:4HTiHH1c

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「水族館?」

「まずデートというもので、パッと浮かんだのがここなんだ。…定番すぎたかな?」

「ううん、大丈夫だよ。私は遍と一緒なら何処だっていいの」

「君ならきっとそういうと思った」

「そういう遍はどうなの?」

「同じさ。実は華と一緒ならどこでもいいんだ。だからこんな定番なところしか思いつかなかった」

「定番も大事だよ。行こう、遍。私水族館初めてなの」

「えっ…そうなのかい?」

「…なんてね」

「あ!ひどいなぁ」

「ふふ」

770高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:08:19 ID:4HTiHH1c

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「見て遍、このクラゲすごく綺麗」

「本当だね。華、クラゲって漢字で書くとどう書くか知ってるかい?」

「え、どう書くんだろう…」

「ヒントは小学生で習う漢字だよ」

「え〜、それってヒントになるのかなぁ」

「海の何かと書いてクラゲと読むんだ。何に見える?」

「んー、海星?」

「惜しいなぁ。星だとヒトデって読むんだ」

「あーヒトデかぁ」

「正解は海の月と書いてクラゲと読むんだ」

「月かぁ…確かに惜しかったなぁ。悔しい」

771高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:08:38 ID:4HTiHH1c

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「楽しかったね遍」

「うん、華に楽しんでもらえて良かった」

「…すっかり夕暮れだね」

「まだ時計で言えば16時過ぎなんだけどね。冬至が近くなってきてるから日が沈むのが早いね」

「そうだね。この後は予定あるの?」

「うん、あるよ」

「え?あるんだ」

「意外だったかい?」

「意外というか今日は結構色んな計画してくれたんだね」

「少し前に情けないデートをしたからね。挽回しようって思ったんだ」

「もう、変なところで真面目なんだから。でもいいよ。今日はどこまでもついて行くよ」

「ありがとう、そこが僕が行きたい最後の場所なんだ」

「そっか。じゃあ日が沈む前に行こっ」

「うん」

772高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:09:12 ID:4HTiHH1c

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日が沈む前には辿り着きたかったのだが、辿り着いた頃にはもうほとんど日が沈んでいた。

「ここが最後に来たかった場所?」

「うん」

「遍、今日は神社行ったり、ここ…"教会
"に来たり、宗教に拘ってる人なら怒られちゃうよ?」

「あはは…どうやら僕は困ったら神頼みするタチらしいね」

教会の敷地へと足を踏み入れる。

「縁結びの神社なら分かるんだけど、今度は教会に来て何するの?もしかして遍って、キリスト教徒?」

「僕は生まれてこの方無宗教で生きてきたよ。自分にとって都合の良い神様を信じる、都合の良い奴さ」

「じゃあ…教会に来たのはどうして?」

どうしてかと問われると直ぐには答えられない。

教会の敷地から教会の中へ入る。

中では美しいステンドガラスが張り巡らされており、日が沈んで暗くなってしまった教会の中を蝋燭が小さく灯りを灯している。

「神父さんはいないみたいだね」

「うん…」

「今日ここに来たのはどうしても伝えたいことがあるからなんだ」

「伝えたいこと?」

奥に張り巡らされたステンドガラスを背に向け、華と向き合う形になる。

「僕はね…子供の頃からずっと小説家になりたかった。けれどそれは誰にも理解してもらえないものだと決め付けて自分の心の内に仕舞い込んでいた」

「小説を書く以上、読み手がいるということに目を背け、一人で毎日空想を夢見てた」

「そこに華…君が現れてくれて僕の中の物語は劇的に変化した。自分の夢の難しさ、自分の覚悟の甘さ、そういった目を逸らし続けていた大事なことを、君が気付かさせてくれた」

「君は僕の夢を笑いもせず、真剣に一人の読者として僕と向き合ってくれた。そんな放課後の毎日が僕にとって、とても素敵なものだったんだ」

「いつの日からか小説家になることだけじゃなくて、君が僕の隣で笑ってくれたらなってそんなことまで愚かにも夢を見ていた」

「二兎を追う者は一兎をも得ずだと、分不相応の恋だと、自分に無理を言い聞かせて、君への想いは秘めたものにして、小説家になることに集中しようって何度も何度もこの想いを殺してた」

「だからか僕の中で酷く歪な二律背反な感情が生まれてしまって、君が好きなのに君を嫌いになろうって、破綻にも似た感情の矛盾が生じてしまってたんだ」

「本当に自分のことを愚か者だと思う。それにこんな中途半端な気持ちが、君を苦しめてるんじゃあないかって今更気付いたんだ」

「だから愚か者の僕なりに考え抜いて、一つの答えを見出したんだ。僕はね、華…君の言う通り、金輪際君以外の女性とは触れないし、喋りもしないし、関わりのしない。君とだけ、この先の人生を永遠に歩いていきたい」

「僕にはまだ資格も指輪も無いけれど…」

覚悟を決める。

「高嶺華さん。僕と結婚してくれますか?」

773高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:09:34 ID:4HTiHH1c

「え……えっ?」

困惑の様子が隠せない様子。

それもそうだろう。

まさかこんなところで指輪も無いプロポーズをされるなんて思いもしなかっただろう。

これが僕ができる彼女への誓い。

けれどいくら気持ちがあろうとも、形になるものは必要に決まっているし、こんな指輪も渡さないプロポーズ、受け入れてくれるとは限らない。

不安になり、華の様子をもう一度伺う。

「え?…華」

困惑の表情は変わらない。

しかし、彼女の瞳からは小さな涙が、止まることなく流れ落ちる。

「嬉しい…」

その一言が僕の胸を安堵をもたらす。

「じゃあ…」

「はい!不束者ですがこれからもよろしくお願いします!」

神父のいない僕の誓いは、蝋燭だけ灯された仄暗い教会で、煌く涙を美しく彩られる可憐な花に受け入れられた。

774高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:09:59 ID:4HTiHH1c

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「また明日」

「うん、またね」

すっかり日が沈み、夜空にオリオン座が描かれている。

明日からまた月曜日が始まるのを考えると、あまり遅くならないうちに解散するのが妥当と考え解散することにした。

とはいえ冬至まであと一月程。

時計の上での時間は遅くなくとも、辺りはすっかり闇夜に包まれていた。

駅のホームで彼女が電車に乗るのを見守ると、見送るために買った入場券を改札口に喰わせてやる。

ただ寒空の下、家へ向かって歩き出す。

静かな街に静かな足音を鳴らしていく。

家へ近づくたびに、今日の疲労が脚へと溜まっていく。

やりたかったことはできたはずだ。

今日一日の出来事を噛み締めてると、自宅の影見えてくる。

そして一人の影が立っていた。

「綾音…?」

暗い玄関先で顔は見れないが、十年という時間を共にした妹の姿は何となく分かる。

「綾音!」

とはいえ、その姿を見るのは実に半月ぶりの事で、思わず声を掛けてしまう。

僕の声がかかると、僕から離れるように歩き始めた。

「…こんな時間にどこへ行くんだ?」

帰路に向かっていた脚は、目的地である家を通り過ぎ、義妹へと変わっていく。

その差を埋めるよう急ぎ足で向かうが、曲がり角でその姿を失う。

775高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:10:28 ID:4HTiHH1c

しまったと思いつつ、曲がり角までさらに駆け足で向かうとその先遠くで綾音は立ち止まっていた。

僕を視認すると綾音はまた歩き始める。

綾音の意図が掴めない。

近づけば離れていく。

けれど離れ過ぎれば僕を待つように立ち止まる。

一定の距離を保ち続ける。

気がつけば僕も無我夢中で、綾音の足跡を追っていた。

住宅街を抜け、街灯一本一本の間隔がどんどん広がっていく。

こんな闇夜の中、どこへ行こうというのか。

背後の華の幻が『行くな』と何度も警告してきても、その脚は止まらない。

そうしてひたすらに義妹の姿を追い続け、彼女に追い付いたのはとある山道への入り口でのことだった。

「…はぁ、はぁ。綾音、一体こんな時間にこんな所に来て、何をするつもりなんだい?」

「…」

返答はない。

半月ぶりに姿は見れても、声は聞けないようだ。

するとまた綾音は暗い山道へと歩き始めた。

「お、おい」

その腕を引こうと思ったが、華の"言葉"が呪いとなって、触れられない。

物理的に綾音を止めることは叶わず、ただ身を案じて付いていくことしかできない。

酷く不気味な木々と山道。

幽霊の類なんてもの信じちゃあいないが怖いものは怖い。

木々の隙間を吹き抜ける風の音がやけにうるさい。

そういえば、山道に入ってから華の幻が喋ることもなくなった。

くそ、脚が重たい。

デートの疲労がここに来て、表れてくる。

「綾音、帰ろう。獣が出るかもしれないし、危ないだろう?」

僕の声は一切届いていないかのような無反応。

綾音はただ道を進んでいく。

このまま登頂するまで止めないのか?

そんな馬鹿げた不安が過ぎると同時くらいに、道なりに歩いていた綾音は突如としてつま先の向きを変える。

その先は道なんてない森の中。

776高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』:2020/05/09(土) 19:10:47 ID:4HTiHH1c

「おい!」

綾音の意図が全く見えない。

けれどこのまま放っておいたら死んでしまうのではないか?

そんなことを考えてしまう。

でもどうしてだろう。

こんな道なき道をさも分かっているかのような足取りで木々の隙間を抜けていくのか。

適当に歩いているわけではなく、どこかを目指しているような。

雲に隠れていた月灯りが森を照らし始める。

暗順応の終えた目では、普段気にもしない月明かりですら充分な灯りだった。

紅葉の季節を超えた後の大量の落ち葉を何度も何度も踏みしめてくと、やがて少しだけ開けた場所へと辿り着く。

「家?」

開けた場所の中心には時と共に廃れてしまったであろう、古民家が一つ建っていた。

「…なんでこんなところ、…綾音?」

綾音がいない。

古民家に目をとられた一瞬で彼女の姿を見失った。

「綾音、どこーーー」

激痛が身体を貫く。

「ああぁぁぁぁぐっ」

この痛みに覚えがある。

二度目の経験だとしても、耐えることなんて容易ではなくそのまま地面へ倒れ込んでしまう。

「ゥゥゥあああああああああが」

痛みに終わりが訪れない。

気を失いたい。

いやだ、痛い。

目眩が引き起こされる、息が止まる、激痛が走る。

目の前が何も見えなくなる。

暗い。

初めての時とは違う。

長い。

長い。

終わりなんて訪れないとも思われる激痛に、身体が防衛本能を利かせる。

感覚が、意識が、遠くなっていく。

薄れゆく意識の中、一言だけ僕の耳に届いた。
 











「お兄ちゃんはあたしのものだから」

777罰印ペケ:2020/05/09(土) 19:14:40 ID:4HTiHH1c
以上で高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』の投稿を終了します。ブラックローズの花言葉は「あなたはあくまで私のもの」「決して滅びることのない愛」「永遠」です。終わりに向かっていくようなそんな演出というか雰囲気を書きたかったのですが
上手く表現できてるでしょうか?あと4話頑張ります。ではまた17話で

778雌豚のにおい@774人目:2020/05/25(月) 00:08:45 ID:cbZcOXuU
久しぶりに覗いたら面白くて最新話まで読んじゃいました
続き待ってます

779罰印ペケ:2020/05/31(日) 11:19:07 ID:l17.YzuE
投下します

780罰印ペケ:2020/05/31(日) 11:23:32 ID:l17.YzuE

「ほら綾音。今日からお兄ちゃんになる遍くんよ。挨拶して」



初めて綾音と家族になった日は何故だか、よく覚えている。



今では僕ら二人の母親を務めてる義母の、妙子さんの後ろに隠れていた。



「もうお母さんの後ろに隠れてても仲良くなれないよ?綾音、昨日までずっとお兄ちゃんが出来るって喜んでたじゃない」



「あ…あの、あやねです。なかよく…してくださぃ」



なんとか勇気を振り絞ったというような挨拶だったが、段々と尻窄みになっていた。



「こんにちはあやねちゃん。ぼくはあまねっていうんだ。すっごくなまえにてるね」



「うん…」



なんとか歩み寄ろうとしたが、それでもなお新しい母親の影から出てこない。



これからのことが漠然と不案になったのを覚えてる。



「ごめんね遍くん。綾音ったら少し緊張してるみたい。それでも仲良くしてくれるかな?」



「はい、いいですよ」



「ごめんね、少し剛さ…パパと話すことがあるから二人で仲良くしてもらってもいいかな?」



「はい」



僕は構わないと言った心境だったが、肝心の仲良くする相手がおいそれと簡単に母親と離れるとは思えなかった。



「綾音もいい?」



「うん」



しかしその予測に反して、簡単に母親の言うことを聞いた。



この時、子供ながらに『この子は良い子だな』と単純に考えたのを覚えてる。



母親の姿が見えなくなり、さぁ困ったと思っていると、綾音は先ほどの様子とは一転、僕に近づいてこう言った。



「わたしね!あやねっていうの!おにーちゃんはあまねっていうんでしょ?あたしたちにているね!」



先程とは違う、はっきりと強い意志を持った自己紹介。



内容としてはほとんど僕の復唱に近いが、それが綾音にとっての歩み寄りの証拠なのだろう。



しかし震えてる手、身体、瞳が幼いながらに緊張感の伝わるものだった。



「うん…。よろしくねあやね」



この日から僕ら二人の兄妹が始まった。

781罰印ペケ:2020/05/31(日) 11:27:40 ID:l17.YzuE
初めて出会ったことを思い出している中、ふと我に帰ると、今度は僕は読書をしていた。

「ねぇお兄ちゃん」

本を読んでいる腕の隙間から、義妹が潜り込んでくる。


「どうしたんだい、綾音。本が読めないよ」

僕は今何の本を読んでいたんだ?

作者名も、作品名も分からない。

「お兄ちゃんってば、さっきからずっと本読んでるよ」

「そんなに読んでたかなぁ」

それが気になり、読書を再開しようとする。

「って、あ!また本読もうとしてる!」

「今良いところなんだよ綾音」

「もうお兄ちゃん、あたし暇ー!」

「暇って言われてもなぁ…」

「暇ー!」

こうなってしまえば綾音を大人しくなるまで待つには、骨が折れるもこの時の僕なら既に理解していた。

「はぁしょうがないなぁ。…綾音は何がしたいんだい?」

僕は読んでいた本を閉じて、綾音に尋ねる。

「えっ…それは考えてなかった…えへへ」

「全く綾音は…。いいよ、気分転換に散歩にでも行こうか」

「なんだかんだ構ってくれるお兄ちゃん好き!」

「僕も好きだよ、綾音」

嗚呼、確かこんな風に綾音によく『好き』って言ってなぁ。

随分と懐かしい。

鮮烈な日々にいつの間にか、古びた思い出は埋没していってたんだ。

「えへへ」

僕が綾音に『好き』と言えば、こうやっていつも嬉しそうに綻んだ笑顔を浮かべるから、僕も嬉しくなって言ってたんだっけ。

「ねぇーえ、お兄ちゃん」

「ん?なんだい?」

「大人になったら綾音のことお嫁さんにしてくれる?」

「んー、そうだなぁ。綾音がもう少し野菜を食べれるようになったらいいよ」

「ええー、けち!」

「ははは」

初恋も知らない愚かな少年の『好き』と初恋の相手に向かって言う少女の『好き』は全く持って意味が違う。

782罰印ペケ:2020/05/31(日) 11:28:16 ID:l17.YzuE

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長い、長い夢を見ていた。

「あ、お兄ちゃん起きた?おはよう」

目を覚ますと綾音の声がした。

状況が掴めない。

何が起きているんだ。

「少し動きづらいかもしれないけど、我慢してね」

動きづらいと言われて、漸く己の両手首に一つ、両足首に一つ、玩具の手錠のようなものが付けられていたことに気がついた。

「これは一体なんなんた…?」

「なんなんだって、手錠だよそれ。玩具だけどね」

「そういうこと言ってるんじゃあない。どうしてこんなものつけてるんだ!」

「どうして…か。それはね、お兄ちゃんをここから逃さない為だよ」

「逃さない…?」

そういえばそうだ。

ここは一体どこなんだ。

見覚えのない室内に身を置いてるのもまた、分からないものだった。

そもそも目を覚ます前、僕は何をしてたのか。

ぼやけた記憶のピントが徐々に合っていく。

そうだ、夜中出歩く綾音を追って僕は、山の中の小さな小屋のある広場まで来た。

そこまでは覚えている。

「…じゃあ、ここは」

その小屋だというのか。

「随分と昔に捨てられた民家みたい。汚いと思うかもしれないけど、これでも結構掃除した方なんだよ?」

「逃さないってなんだ。そもそもこんな所掃除したから何だって言うんだ?」

「ねぇお兄ちゃん。この数日、あたしがどんなに惨めで辛い想いをしてきたか…分かる?」

僕の話を聞いているのかいないのか、尋ねた疑問に対しての返事がない。

「あたしが準備してる間も、お兄ちゃんがあの女の隣で笑ってると考えたら、むかついてむかついて、何も知らずに毎日帰ってくるお兄ちゃんを、犯してやろうかって何度も何度も考えたよ」

それはとんでもない告白だった。

そっとしてやるのも間違いだったのか?

最初から最後まで僕は間違えてばかりだったのか?

「でも、あたしはお利口さんだから。お兄ちゃんを犯すのは、ここに監禁してからってすっごくすっっっごく我慢してた」

「監…禁…?」

「そうだよ、監禁。少しは自由を許してるから軟禁っていうのかな。まぁどっちでもいいや。大事なのはここで死ぬまでお兄ちゃんはあたしと過ごすってことだよ」

「死ぬまでここで過ごすだって?ふざけたこと言うのもいい加減にしなさい!」

「ふざけてなんかないッッッ!!!!」

耳を劈くような怒号に恐怖を覚える。

783高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:29:11 ID:l17.YzuE

「ねぇ…お兄ちゃん。ふ、ふざけてこんなことすると…思う?」

余裕のない震えた声。

声の落差が、その不安定な綾音の心の様を表しているように思える。

「あたしが、あたしが世界で一番お兄ちゃんのこと愛しているのに、あんな女にお兄ちゃんを奪われて、平常心でいられると思う?」

「別れたと言った側から復縁して、騙すような真似をしたのは悪かったと思っているさ。けどこんなこと間違ってる」

「間違ってる?間違ってるのはお兄ちゃんのほうだよ。何回も何回も結ばれていいんだって、愛し合っていいんだって言ってるのに、義理なのに"兄妹だから"とか理由になってない理由ばっかり」

「だから僕は綾音を本当の妹のように…」

「妹って何?兄妹って何?そんなのあたしには分からないよ。初めからお兄ちゃんが好きだったあたしの心はどうなるの?」

「それは気付いてあげられなかった僕が悪かった!でもっ…」

「いいよ、別に。それ以上言い訳しなくて。結局の話、あたしたちは根本から間違ってたんだよ。だから"今回は諦める"」

「諦める…?だったらッ」

「勘違いしないで。諦めるって言ったのは"今回の人生で真っ当にお兄ちゃんと結ばれる"のを諦めるって言ったの」

「何を言って…」

「お兄ちゃん。ここにはね、ある程度食料を備蓄しておいたの。けど備蓄は備蓄。いつか底を尽きる」

話が転々としすぎて全体像が読めない。

話を理解しようと努めていると、綾音は顔を突如歪ませる。

「食料が持つ間、ずっとここであたしとセックスし続けるんだよ。神様に来世はちゃんと恋人になれますように、って。生まれ変わったらちゃんと結ばれるようにお願いしながら。…そしてここであたしと二人で飢え死ぬの」

綾音の口から告げられたのは酷く悍しい計画だった。

「ま、まて!そんなの正気じゃないぞ!」

「アハハ!あたしはもうお兄ちゃんと普通の恋人になれないんだよ?!正気でいられると思うッッッ!!!?」

何がここまで綾音を狂わせたのか、いや、分かっている。

分かっているのに、こんな取り返しのつかない状況なのに、未だに認めようとしない。

僕の心はどうしようもなく愚かだ。

「綾音、…お願いだ。やめようそんなこと。今ならまだ全部無かったことにするから…」

「お兄ちゃんまだ自分が上の立場だと思ってるの?自由が効かない両手両足で何が出来るの?あのね、これはもう決めたことだし、引き返すことだってしない」

綾音の意思は揺らがない。

芋虫の様に這いずり回ることしかできない僕を、仰向けに転がす。

「抵抗しないでね。本当は拘束なんてしたくないから今は甘めにしてるけど、抵抗する様ならもっと拘束厳しくするから」

身動きの自由が効かない僕の服を一つずつ脱がしていく。

この先になにが待ち受けているかなんて容易に想像がつく。

「い、嫌だ。僕は綾音とそういうことしたくない!」

抵抗するなと脅されてもなお、僕の本心は義妹との性行為を拒んでいた。

口出してからしまったと思う。

また綾音の激情に火を付けしまうのではないか。

784高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:29:44 ID:l17.YzuE

「…ひどいよ、お兄ちゃん」

しかし予測と反して、綾音の反応は大粒の涙をポロリポロリと流していた。

「あっ、いや…」

妹の、一番見たくない顔を見せつけられて、反抗の意思があっという間に萎んでいく。

「そんなに嫌ぁ…?あたしとするの…。こんっっっなにも愛しているのに、どうしてあたしは拒絶されないといけないの?」

「綾音…違うんだっ、その…」

罪悪感が胸をこの上なく縛りつける。

「もういいよ…。分かった。どうあがいたって、あたしのこの人生は報われないんだ…。あはは…あはははははははははは!」

綾音の中で何かが壊れた。

「綾…んっ!?」

「んチュ、ンン…ンハッ…チュ」

悲哀の表情が突如として剥がれ落ち、能面の表情で僕の唇を貪る。

毒の様な唾液が止めどなく流し込まれる。

「チュ…もうあたしは、あたしがやりたいことをやる。ここでお兄ちゃんを死ぬまで犯してやる」

狂気の宣言の後、体を一旦僕から離すと、今度は綾音が服を脱ぎ始めた。

綾音の、十年間共に過ごしてきた義妹の裸体が露わになる。

けれど華の時とは違う。

情欲が一つも湧かない。

確かに華の時は、なにやら薬の影響というものはあったものの、その心の奥底で見惚れるものがあった。

それが義妹には感じない。

僕の心の底の、どうしようも変えることができない部分。

何度も伝えているのに伝わらない悲しい部分。

綾音はそっと僕の陰茎に愛撫を始める。

不快感が背筋を伝う。

いくら愛撫しても、僕の身体は心と密接に繋がっていたらしく、ピクリとも反応しない。

それは自分の中に唯一残された真っ当な人間性の証であり、砦のようなものでもあった。

幾らやっても無意味だと気付いたのか、一旦その手を止める。

しかしそれを、諦めてくれたかと安心することはできないということはもう、重々承知だった。

こんなことで止めるわけがない。

そう身構えていると、綾音は姿勢を変え、僕の下半身へと顔を近づける。

「っ…」

生暖かい感触と、気色の悪い感覚が同時に伝わる。

「ン…ンン、チュ、レロ」

嫌悪感から目を逸らしても、綾音が僕の陰茎を咥えていることは嫌でも分かった。

785高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:30:09 ID:l17.YzuE

僕の女性経験は少ない。

華と一度だけ、本番行為をしただけだ。

そんな経験の浅い僕の未知なる行為をされ、少しずつ陰茎に血と力が巡るのを感じる。

嗚呼…自分の身体が嫌いになりそうだ。

心は酷く冷めているのに、身体はその真逆とも言える生理現象を起こし始める。

「ンッ、レロ、ンアァ…ム、チュパ」

もう綾音がどんな表情してるかも見たくない。

考えたくもない。

「チュ…ジュル、ンァァ…レロレロ」

もうすっかり陰茎は肥大化してしまったが、綾音はそれでも口の動きが止まらない。

触手のような舌が何度も何度も何度も、絡みついて何度も何度も何度も、気色の悪い摩擦を繰り返す。

きっと綾音は口淫だけで、まずは一度僕を果てさせようとしている。

もうその気色の悪さに快楽を覚え始めている身体に対し、『もう勝手にしろ』と失望にも似た感情が湧く。

「チュゥ…ゥゥゥ、ジュパ、あむ」

舐めるだけでなく綾音は、肺も使って陰茎に吸引し始めている。

快楽が加速度的に溜まっていくのが分かる。

くそっ、思ったよりも遥かに早く限界が訪れそうだ。

「…っ」

「ジュルルル、ん!?ンンッッッ」

妹の口の中に精を無様に吐き出してしまう。

綾音はそれに驚きつつも、精を吐き切るまで陰茎を口に咥えたままだった。

陰茎の痙攣が治ると、ゆっくりと口を話していく。

口内から解放された陰茎は、唾液で濡れてやや冷たさを感じる。

綾音の口内にあるであろう精液を、嚥下したのか喉仏が一度大きく動く。

コク

「これが精液の味…美味しくもないし変な臭いだけど…けど…。普段じゃ絶対に味わうことのない味…今まで味わったことのない味…。ふふ、ふふふ。あたし本当にお兄ちゃんを犯してる…」

疲労感がどっと押し寄せる。

単純に絶頂に達したこともあるが、本当に血の繋がった妹とも思ってた義妹に、性的暴力をされたという事実が精神に疲労が襲う。

「もう…やめてくれ…お願いだから…」

「やめない。好き、愛してる」

綾音の愛の囁きなど、到底受け入れられない。

受け入れられないはずなのに。

なのになんで僕の身体は、綾音を女性として受け入れ始めてるのか。

今この時ほど性欲というものが、穢らわしく感じたことはない。

気がつけば僕は、一筋の涙を流していた。

レロォ

それを見た綾音は、雫を掬うように舌で涙の跡を辿る。

「これがお兄ちゃんの涙の味。ふふ、当たり前だけどしょっぱいね。ねぇお兄ちゃん、次はどんなお兄ちゃんの味をあたしに教えてくれるの?もっと知りたいなぁ」





オシエテ






悪魔の囁きと同時に、綾音は僕の上に跨り、僕の陰茎を綾音の中に沈めていく。

786高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:30:34 ID:l17.YzuE
嗚呼、妹とセックスをしてしまった。

近親相姦。

気持ち悪い。

人間性の崩壊。

頭の中で自分への罵倒が止まらない。

華の時とは違い、出血している様子もないし、それほど痛がっている様子もない。

しかしゆっくりと、ゆっくりと己の許容範囲を確かめながら綾音は着実に腰を沈めていく。

「ああっ!最高……。あたしお兄ちゃんとセックスしてる…。血の繋がった兄妹じゃしない、男と女の愛ある行為…。はぁぁぁぁぁ、たまんない!」

小さく小刻みに腰を動かし始める。

「好きだよお兄ちゃん。愛してる。来世ではちゃんと恋人になって、それから夫婦になって死ぬまで愛し合おうね。神様もきっとあたしたちのこと見てるよ。だから絶対来世はあたしたち運命の恋人になれるよ!好き、大好き。もうここから死ぬまで絶対離さないからねっ」

華の時の、僕に無理やり快楽を与えようとする動きではなく、自分が快楽を得ようとする動き。

僕を貪り、喰らう。

華…ごめん。

プロポーズまでしておいて僕は、他の女性に身体を弄ばれてる。

最低だ。

けど心だけは君の元にある。

身体はもう僕の言うことは聞かないけど、絶対に君を愛する心は折れない、折らせない。

「気持ちいい、イイッ!はぁっ、はぁっ」

こんなの愛のある行為じゃない。

一方的なレイプだ。

そう思い込み、心だけでも抵抗しろ。

本当に死ぬまでこの地獄が続くかもしれない。

けれど死ぬその最期の時に、僕は"人間だった"と尊厳を保てるように、心だけは絶対にこんな行為を受け入れちゃだめだ。

「あっ…ああっ…ううう…」

分かっている。

それはつまり、嫌悪感で永遠に心を苦しめることを意味する。

はっきり言っていつ精神が壊れてもおかしくない。

けどこれは守る戦いでもある。

人としての尊厳。

愛の誓い。

そしてもはや思い出の中にしか生きていない、僕の妹…綾音。

「イクッ、好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き、愛してるッッ…大好き!」

僕は耐えられるのだろうか。

耐えたとしてその先に何があるのだろうか。

「…はぁ、はぁっ、アハハ…。まだ…これで終わんないからね。あたしたちがまた愛で結ばれるように何度だって繰り返すから」

もはや一縷の希望も持てない脆弱な精神状態で、綾音の愛に飲み込まれていった。

787高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:31:00 ID:l17.YzuE

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ーーー


来る日も来る日も綾音に犯され続ける日々。

もうここ来てから幾日経ったかも分からない。

夜が来たら寝る、朝が来たら起きる、そんな人間らしい生活など送れるはずもなく、人間性が壊れていく。

綾音に身体で抵抗できたのは所詮、最初の最初だけ。

昼夜通して行われる性行為は、綾音が僕の身体を理解するには十分すぎる時間だった。

もう僕の身体の主導権は僕にない。

綾音に愛玩具として扱われる日々。

けれど心の根っこの部分はいつまで経っても変わることはなく、どうしようもない嫌悪感が精神を蝕む。

頭がおかしくなりそうだ。

「お兄ちゃん…、今日はね。ちょっとお願いがあるんだ」

返事をしようとは思わないが、それ以前にもう声の出し方も忘れかけていた。

「あたし大事なこと忘れてた。散々お兄ちゃんの身体の一部を口にしてきたけど、まだ一つだけあたしの知らないお兄ちゃんの"味"があるの」

返事のない僕などお構いなしに僕の耳元で囁く。

「血…だよ。お兄ちゃん。あたしお兄ちゃんの血が飲みたいの」

そう言って綾音は懐から、包丁を取り出す。

対する僕は両手両足が拘束されている状態。

俎板の上の鯉。

簡単に僕を殺せそうだ。

いっそのこともう殺してくれ…。

「ちょっと痛いと思うけど、指先ちょっと切らせてもらうね」

ツゥ

火傷にも似た感覚が指先に伝わる。

その瞬間、一気にフラッシュバックした。

華、ごめん。

君を愛してる。

心は君の元にあるから。

フラッシュバックしてのは華にお仕置きされた時のこと。

記憶が鮮烈に蘇り、廃人になることを拒む。

「赤くて綺麗…いただきます…あむ」

綾音はそのまま僕の指先を加える。

「チュゥゥ…レロレロ」

頬を紅潮させ、まるでスープを飲んでいるかのように味わい嚥下している。

「どうしようッ…自分の血は舐めたことあるけどそれよりも何倍も美味しい…ううん味は間違いなく血なんだけど…でも美味しい、アハッ!」

綾音は狂気の笑みを浮かべる。

嗚呼…

このまま死ぬまで続くのだろうか。

家の隙間から山風が流れる。

鼻腔に一輪の花を彷彿とさせる匂いが届く。

なんだろうこの匂い。

何かの花の匂いの気がする。

その匂いに安心感と恐怖という矛盾した感情が湧き上がる。

「ねぇ、何してるの?お前」

こんな時にまた彼女の幻を見てるのか。

綾音もお構いなしに僕の指を舐め回す。

788高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:32:35 ID:l17.YzuE
「何を…しているの?」

いや幻なんかじゃない。

言霊に込められた負の感情が、本物の圧を生み出している。

久しぶりの登場人物に、意識が覚醒する。

「…ああもうなんで、あたしとお兄ちゃんの楽園に汚い足で踏み入れてくるかなぁ」

「ねぇ…何しているのかって聞いてるんだけど…」

「何って、来世でお兄ちゃんとあたしが結ばれるための神聖な儀式だよ。神聖な儀式…だったんだよ…。なのになんであんたがここにいるんだよ」

「なんでって愛する彼氏がこの周辺で通信が途絶えたから散々探し回ってやっと見つけたのが、ここってだけ」

「通信が途絶えた…?」

「GPSアプリ、入れてるの。遍がどこで何をしているか、分かるようにね。まさかこんな形で役に立つとは思ってなかったけどね」

華は僕と目を合わせると、その顔緩める。

「遍…助けに来たよ」

ぎりぃ

余程不愉快なのか綾音は歯軋りを鳴らす。

綾音は僕の指先を切るのに使った包丁を手に取る。

「ああ…ちょうどいいや。お兄ちゃんと一緒に死ぬ前にお前を殺してみたいと思ってたんだよ」

「遍から聞いてた話より随分と元気そうね、綾音ちゃん?」

「黙れ、あたしの名前を呼ぶな」

「随分と塞ぎ込んでたみたいじゃない。お兄ちゃんに私って言う彼女が出来て嫉妬してたもんね」

「煩い。黙れ。殺してやる」

「ねぇ綾音ちゃん」

「だからあたしの名前を呼ぶな」

「遍のこと好きなんだ?でも可哀想に。フラれたんだよね遍に」

「煩い黙れ」

「恋人になりたいって、彼女になりたいって、そう願ったんだよね?でも叶わない」

「黙れ…黙れ…」

「ねぇ綾音ちゃん。私はね、遍にプロポーズされたんだ。『結婚してください』って」

「黙れ黙れ黙れ…」

「もちろん私は受け入れたよ。日本は一夫一妻制だから遍のお嫁さんになれるのは私だけ。遍が選んだ唯一の人間が私なの。貴女じゃないのよ、綾音ちゃん。あは、残念だったね」

「煩いッッッ!!!!!!!!!!!!

綾音は手に持った包丁を握り直す。

「いいよもう。殺人とか別に躊躇する理由なんてないし。ここで罪を犯したってどうせお兄ちゃんと一緒に死ぬだけだから」

「や、やめろ!綾音!」

綾音に躊躇など切っ先を華に向け、走り始める。

止めようと反射的に身体を動かすが、拘束されている上に鈍った身体では、せいぜい芋虫のように動くのが限界だった。

そもそも丸腰の華が何故あんなにも綾音を挑発するような真似をしたのかわからない。

「華!!」

「お兄ちゃんもこんな女の名前呼ばないでッッ!!」

華に襲いかかりつつも、そんなことを口走る。

これが油断に繋がったか定かではないが、華は包丁を持って襲い掛かる綾音から素早く身を躱す。

そのまま綾音の脇腹を蹴り飛ばす。

789高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:33:45 ID:l17.YzuE
「がっ…」

手加減なんて一切感じない蹴り。

包丁ごと吹き飛ばされる。

「諦めなよ、綾音ちゃん。世の中にはもっと色んな男がいるんだからそいつと結ばれればいいんじゃあないかな?」

「こっち台詞だ。何年も何年も愛し続けてきたお兄ちゃんを横から奪い取りやがって、泥棒猫が」

一度手放した包丁を再び、握り直し立ち上がる。

「何年も側で愛し続けてるのに結ばれてないってことは、遍と綾音ちゃんには運命の赤い糸で結ばれてないってことでしょ、あははは」

「黙れッ!何も知らないくせにッ…」

「うん、確かに私は知らないね。知りたいと思わないけどね。でもこれだけは知っている。遍と私は運命の赤い糸で結ばれている。綾音ちゃん、貴女じゃない。私なんだよ」

「お前、よっぽど死にたいようだな。いいよ、今殺してやるからさぁ!」

もう一度、華に綾音が襲いかかる。

今度は刺しにいく動きではなく、斬りかかりにいく動き。

華はそれを避けるのではなく、綾音の手首を抑えて止めた。

790高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:34:03 ID:l17.YzuE

「死ぬのはお前のほうだよ。私の遍を拐って好き勝手してくれて。お前だけが腑煮え繰り返っていると思ったら大間違いだから」

「くそ、死ね!!!!」

見るも耐えられない緊張感が張り詰める。

お互いに力を込め合っている。

どちらかが気を抜けば大惨事になるのは間違い無い。

どうして僕は傍観者でしかいられないのか。

ドンッ

華はもう一度、脚を上げ綾音の鳩尾に蹴りを入れる。

衝撃で綾音が数歩下がるが、その手にはまだ包丁が握られたままだった。

「はぁ…はぁ…、あたしは…何年もお兄ちゃんを愛してきた。ずっと側で愛してきた。世界で一番お兄ちゃんを愛してるのはあたしだ」

「むかつくなぁ…、まるで私の遍への愛が大したことないみたい言い方だね」

「当たり前だッ…。あたしに比べたらあんたお兄ちゃんへの愛なんて塵のようなくせにッ!」

「聞き捨てならないなぁ…私の愛が塵だって?」

「っ…大体どうしてお兄ちゃんなのよ!?ずっとずっと好きだったのに、愛してたのに!なんであんたなのよ!?!!」

綾音の嫉妬には羨望の意味も含まれているようにも聞こえる。

「醜くて聞くに耐えられない。10年も側で何をしてたっていうの?ただ手元にあるだけで満足してたくせに、よく遍のこと世界で一番愛してるとか言えたね」

「嗚呼ッ…もう分かったよ…。泥棒猫として許せないだけじゃない…根本的にあんたのことが嫌いみたいだ」

「奇遇ね。私も」

綾音はまた構え直すが、既に二度躱されているためか、すぐに襲い掛かろうとはしない。

綾音は華に最大限の警戒を払いつつ、"何か"を拾い上げる。

「待っててねお兄ちゃん。今あいつ殺すから。そしたらまた愛し合おうね」

綾音は構えを解く。

華はそれを訝しげに見る。

「死ねッッッ」

突如として、綾音は包丁を華に向かって投擲をした。

手加減なんて一切ない投擲は、速さと共に殺意が篭っており、瞬間の内に華に当たると判断した。

頭の中に広がるグロテスクな場面が、反射的に目蓋を閉じさせる。

見てられない。

バリバリバリ

どこかで聞いた電撃音。

視覚の情報をシャットダウンした僕の聴覚には、ここに連れてこられる直前に聞いたスタンガンの音が響く。

綾音が拾った"何か"とはスタンガンだった。

痛々しいとはいえ包丁を投擲したぐらいでは人は死なないと思っていたが、綾音は包丁で怯んだ相手にスタンガンを当ててからとどめを刺すつもりだったらしい。

目を閉じている場合じゃあないだろ!

あらゆる恐怖を押し除けながら目蓋を開く。

既に華と綾音が密接していた。

綾音のスタンガンが華に当たっているように見える。

しかし、華はいつまで経っても倒れることはなく、代わりに綾音の手からスタンガンが零れ落ちた。

ゴトン

「えっ…?」

嗚呼、そんなッ!

嘘だ!

嘘だ嘘だ!!

そんなの何かの間違いだッ!

「前に言ったよね…、殺される覚悟ある?…って」

本来、華に刺さっているであろう包丁は、その手に握られている。

「え…あっ…う、あッ」

華の手に握られた包丁は真っ直ぐ、綾音の心臓を貫いているように見える。

いやそんなの間違ってるッ

僕が目が、頭がおかしいだけだ!

どれだけ現実を虚構と思い込もうとしても、視界の端から赤い雫が滴っていく。

嫌だッッッ

世界が…

鮮血の地獄に染まる。

「うああああああああああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!

791罰印ペケ:2020/05/31(日) 11:35:59 ID:l17.YzuE
以上で17話『スイセン』の投下を終了します。続けて18話を投稿します

792高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:37:09 ID:l17.YzuE
心臓を貫く刃が勢いよく引かれる。

綾音が力無く倒れ込む。

錆びた鉄の匂いが爆ぜる。

「綾音、綾音綾音綾音綾音!!!」

クソなんで動けないんだ!

妹が死んでしまう!

「…」

華がもう一度、刃を振り上げる。

「待ってくれ!華!お願いだ!!死んじゃうよ!!!!」

僕の願いがまるで聞こえていない。

「やめてくれえええええええええええ!!!!!!!!!」

願いも虚しく、残酷にも刃が振り下ろされる。

「ぁぁぁぁぁッッッ!綾音!綾音ぇ!!」

一番見たくなかった光景が、目蓋に焼き付けられる。

綾音は静かに僕の方へ顔を向ける。

「おに……ちゃ…」

僕を呼ぶ声は最後まで続かない。

糸の切れた人形のように綾音は動かなくなる。

待っておくれッッ

こんな結末到底受け入れられない!!!

死んだ人間は何度か見たことがある。

祖父や祖母がそれにあたる。

けれど人が死ぬのは一度だって見たことはない。

こんなにもあっけなく死んでしまうのか?

いや綾音は死んでない!!!

まだ生きてるはずだ!!!

「綾音ッ、綾音!綾音………綾音ぇッッッ!!!!!」

もう死んでるよ。

煩い黙れ。

本当は分かっているんだろう?

このまま放っておけば死ぬかもしれないが、まだ助かる、僕が助ける!!!

いつまで現実を愚かに誤魔化すの?

綾音を助けられるなら、いくらでも愚か者になる!!

まだ分からないの?

黙れ!!!

君は本当に

煩い、それ以上はなにも思うな!!!




僕は本当に愚かだね。





「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」

793高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:37:37 ID:l17.YzuE
脳が焼き切れそうだ。

なんだよ…

なんなんだよ!!!

こんなのあんまりだ!!!

「遍…」

赤く染められた包丁は彼女の手からこぼれ落ちる。

その足で静かに僕に近づいてくる。

よくも…

よくも僕の妹を殺したな…

赦さない

赦せない!!!

「良かった………無事で」

「ぁ………」

腑が煮え繰り返りそうなほど、憎い相手から掛けられたのはこれ以上ない、柔らかく優しい声だった。

それだけで…

それだけで僕の初恋が蘇る。

狂わしい程に愛し愛された彼女を思い出す。

なんでこんなに、惨めな思いしなければならないんだ。

涙が溢れて止まらない。

自分の感情がもう理解できない。

「辛かったね」

そんな惨めな僕を彼女は抱き寄せ、静かに撫でる。

「これで分かったかな?私が世界で…ううん、この世で一番貴方を愛してるってこと」

「なんで…どうしてだよ………」

どうしてと問いたいのは、自分ではもう舵が効かない己の心。

どうして。

どうして世界一憎い相手を愛さなければならないんだ。

「何者にも変えがたいのよ遍は。私から遍を奪おうとするなら殺してでも取り返す。死んでも渡さない」

「ぅぅぅ…ぁぁぁ…ぁ……ぇっ」

言葉にならない感情が嗚咽になって吐き出される。

そんな僕を2、3回優しく撫でると、身体から少し離し向き合う形になる。

「…待ってて」

「………え?」

「人を殺したんだから私は捕まる。当たり前の話だよ。昔ならまだしも捜査技術が進歩した現代で一生バレずに過ごせるなんて、そんな甘ったれたこと考えてなんかない。そんな半端な覚悟で殺したわけじゃない」

何かの覚悟を決めたような表情。

「自首するわ」

「何を言って…」

思っても見なかったことを言われた。

794高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:38:16 ID:l17.YzuE
「もしかしたら私は何年も刑務所に囚われるかもしれない。そしたら何年も貴方と離れ離れになる」

どこか人ごとのように淡々と語られる。

「でも私は必ず貴方の元へ帰る。ただいまっていつの日か言う。だからそれまでさ…」

けれどそれは彼女の中に、確かにある絶対なモノ。

「絶対に、絶対に私以外の女に愛を囁かないで。愛おしそうに名を呼ばないで。私が戻ってきたときに、もしもそんな遍に愛を囁かれるような女がいたら必ずまた排除する。綾音ちゃんは正直、貴方への愛は私程でもないにしても並大抵のものじゃなかった。それは認めてあげる。だからもう殺すしかない、そう思った」

「殺すしかない、だって…?…そんなわけないじゃないか。そんな…そんなことあってたまるか!」

「じゃあ黙って指を加えてろって?言っておくけどそんなことしてたら、殺されてたのは私の方よ」

「…違う。綾音は…そんなこと…しない…。綾音は」

否定しきれないのが悔しい。

「嗚呼そう。やっぱり殺して良かった」

「…殺して良かっただと……?僕の、…僕の妹だぞ!?」

「貴方にそれだけ愛されてるのが妬ましくて、妬ましくて堪らない。それが例え家族愛だとしても。絶対にどんな形であれ、遍の愛を受けるのは私ただ一人だけ、それ以外は認めない」

彼女の嫉妬の領域はもう、狂気の域まで足を踏み入れている。

「どうしてだよ……。僕は君を愛しているのに、どうして妹を殺されなきゃいけないんだよ…。どうして君を憎まなきゃいけないんだよ!!!」

「いいよ。憎んで。貴方の感情を全て私にぶつけて。貴方の全ては私のもの…、誰にも渡さないから」

彼女の独占欲に雁字搦めになって何処にも行けやしない。

何をしても無駄だという絶望。

僕はもう、初めてこの子と交わった日から全てが狂い始めていたんだ。

不可能なのは分かっているが、半年前の自分に警鐘を鳴らすべきだったんだ。

『高嶺の花には毒がある』

一人の少女と出逢ってしまったが為に、義妹が殺された。

十年も共に人生を歩んできた義妹が。

運命が歪み始めてから気付いたってもう遅い。

既に破綻しているのに、ああすればいい、こうすればいいと、足掻いていた昨日までの自分が馬鹿みたいに思えてくる。

僕が頭を抱えていた頃にはもう、こうなることは決まっていたのだ。

残酷なカウントダウンが知らず知らずのうちに刻まれていた。

それなのに、馬鹿みたいに希望を持って、考えてるフリして何にも分かっていないで、今日この時まで悪魔の掌の上で踊っていたのだ。

795高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:38:53 ID:l17.YzuE


ーーーーーープツン


今までどうにか均衡を保ってきた糸が切れた。

全てがもう……どうでも良くなった。

「…どうして、ここが分かったの?」

意味のない質問する。

「さっきも言ったけどGPSアプリっていうのを遍のスマホに入れてあるの。遍が、…正確には遍のスマホがどこにあるのか、それを私の携帯で見ることができる」

「ははっ、便利な世の中になってるもんだね」 

何も可笑しくないのに笑いが出る。

「最初はデートで別れてから、いっぱいメッセージ送ってるのに返ってこないから凄くイライラして。でも電話をかけてみたら電波が繋がらないって。慌ててGPSを起動して遍を探したんだけどこの山に入ってしばらくしたら反応が消えちゃってさ。後悔したよね、適当なGPS入れてたから圏外の範囲行っちゃうと消えちゃうみたい。ちゃんと圏外でも見つけられるGPSにすればもっと早く見つけられたのに」

「…。僕は一体ここに何日居たんだい?」

「遍がプロポーズしてくれた日から8日が経ったよ。ずっと、ずっと探してたんだから。もう会えないんじゃないかって思ったら震えが止まらなかった。もし遍が死んでるなら私も死ぬつもりだった」

「…死ぬとか殺すとか、君の中ではそんなに簡単なことなのかい?」

「ッ…簡単なわけないでしょう?!人一人の命の重みくらい分かってる!じゃなきゃ今頃、世界中の女たちを殺してるわよ!今だって肉体に包丁が沈み込む感覚が残ってる…」

かつて刃が握られていた手が震えていた。

「じゃあなんで綾音を、僕の義妹を殺したんだよッ…」

「分からないかなぁッ…?私の中で…私の中で命が軽いんじゃない…、貴方への愛が重いんだよ?」

「…分からないよ、そんなの…」

「ッッッ!好きなの!愛してるの!今だって貴方への愛が1分1秒経つ度に、私の中の愛が重く重くなっていくの!貴方が他の女と笑う所を想像すれば、殺してやりたい…壊してやりたいって気持ちが湧いてくる!もうわたしの中にある"コレ"はどうしようもできないの…」

人を痛めつけることはあっても、殺すことは彼女の中で正真正銘、初めてのことなのだろう。

動揺が瞳から隠せない。

「きっと遍ば私のこと狂ってるって思うよね…。他でもない私自身が狂ってると思うもの。今だって自分のしでかしたことの重さを理解してるはずなのに、"私には宿らなかった貴方との新しい命"が綾音ちゃんのお腹の中いたとしたら腹を掻っ捌いて無かったことにしたいって…そう思ってる」

ああそうか。

そういえば僕はこの娘に直接…

忘れていたことが思い出される。

「ねぇ遍、もう一回子作り…する?」

馬鹿げた質問だった。

「…そんなこと、できるわけないだろう?」

「ごめん、聞いてみただけ。忘れて」

気まずい沈黙が流れる。

796高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:39:27 ID:l17.YzuE

5分かあるいは1分にも満たない静寂が続いた後、再び彼女は口を開いた。

「ねぇ…遍。キスしてもいい?」

「…それも聞いてみただけかい?」

「これはちゃんとしたお願い。多分…貴方とキスができるのはこれで最後な気がするから」

「…。いいよ、もう。好きにして」

どうせ今の僕は心も身体も身動きが取れない。

抵抗する気力なんてないし、それよりも全てがどうでも良かった。

「ありがとう…」

彼女はそっと僕の唇に重ね合わせる。

短く触れるだけのキス。

「遍、愛してる。永遠に愛してる。決して貴方への愛が消えることはない。忘れないで」

彼女は誓いとも呪いとも呼べる言葉を僕の耳に刻む。

「うん…」

返事に意味などない。

もう僕は彼女の愛からは逃れられないのだ。

嫌というほど分からされた。

「手錠を壊してあげるから山を下ろ。ここじゃ圏外だから警察に通報できないよ」

最後に彼女は寂しそうな笑顔を浮かべた。

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797高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:39:51 ID:l17.YzuE

「遍くん…」

「あ…」

あの後、電波の届く位置まで山を下るとそのまま警察に連絡し、事の顛末を説明するとあっという間にパトカーが来た。

到着した警察に小屋の位置まで案内し、綾音の死体を確認すると、その場で華は手錠をかけられ逮捕。

僕も重要参考人として警察署まで連行され、詳しい事情を根掘り葉掘り聞かれた。

何時間にも及ぶ調査を解放されると、そこにいたのは義母だった。

義母の顔を見るなり、僕の瞳からは涙が溢れて止まらなかった。

「ごめん…なさい。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」

謝罪の言葉も同様だった。

そんな僕をそっと抱きしめてくれる。

「大変だったわね」

義母の胸中など想像するまでもない程のものだというのに、僕にはただ一言、温かい言葉をかけてくれた。

「うっ、あっ、あやっ、綾音はっ、もう…!」

嗚咽が止まらない。

「分かってる…。警察の方から少しだけ話を聞いているから」

義母にとって僕は本当の息子じゃない。

さらに言ってしまえば、唯一の血の繋がった家族"綾音"を奪った原因を作った人間だ。

恨まれたって仕方ないのに、仕方ないはずなのに。

それでも義母は温かい。

涙が溢れて止まらない。

疲弊し切ってしまって僕をそのまま車に乗せ、義母がそのまま僕を連れて帰る。

「…すん」

虚な気分で、止めどなく涙を流し続けていると、一度だけ義母が鼻を啜る音が鳴った。

罪悪感がこの上なくのしかかる。

家まで辿り着き、重い足取りで車から降りる。

「この後、病院に行って綾音の遺体を見てくるんだけど遍くんはどうする?疲れてるなら休んでていいのよ」

頭では綾音の遺体を見に行ったほうがいいとは分かってるのに、どうしようもなく無気力が体の自由を奪う。

「ごめんなさい、今は行けそうにもないや」

「そう。少しだけ冷蔵庫に食事を入れてあるからもし何か食べたくなったら食べて」

「うん…ありがとう」

「今は何も考えないで。体も心も今は安静にしなきゃ」

「はい」

何も考えるなと言われても無理な話だった。

目蓋を閉じれば、綾音が殺される場面が、何度も何度も何度も繰り返される。

終わらない責め苦。

地獄。

身体の中を駆け上がっていくような不快感が走り、慌ててトイレへ向かう。

798高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:40:33 ID:l17.YzuE

「ぅ…ぉぇええ…ぇぇぇ」

血の匂いが鼻にこびりついて取れない。

嘔吐が止まらない。

とてもじゃないが何かを口にすることなど出来ない。

嘔吐して

落ち着いて

横になって

目蓋の裏に焼き付いた光景が再生され

また嘔吐して

その繰り返しで、精神も胃もすり減っていく。

疲弊していく。

そうやって何時間も苦しんで苦しんで苦しむ。

もうどれだけ時間が経ったのかもわからない。

空腹なのに、生きる気力を失い、「このまま死んで仕舞えばいいのに」とベットに横たわっていると、トンッ、トンッ、と二度聴き慣れないノックが響き渡った。

「遍。入るぞ」

父だった。

仕方がないので無気力に倒れていた上体を起こすことにする。

「………」

口下手な親と口下手な子。

会話が弾むことは決してない。

そもそも用がないのに態々部屋に来るような人ではない。

その癖、黙ってるようじゃ何をしに来たのか分からない。

できることなら早く出て行って欲しい。

「綾音は…いつもお前と妙子に任せっきりだった。父親らしいことは何もできなかった」

そんな苛つきを察したのか、独白のように語り始めた。

「もっと言えば綾音と遍が抱えていた気持ちの葛藤すら気が付かなかった。親としてこれほど恥ずかしいものはない…済まなかった」

済まなかった。

その謝罪の一言で燃え尽きかけていた僕にもう一度、薪がくべられる。

「済まなかった?…一体何について謝ってるんだよッ…。何も出来ませんでしたの間違いだろう!?だから陳腐な謝罪の言葉を並べることしかできないんだよ!頭では謝るべきことなんて分かってないくせにさ!!!!」

八つ当たりもいいところだった。

父親に無様にぶつけたのは、全部自分自身に言いたいことだ。

最後の最後まで無様を晒しているのは僕の方だった。

「…こんなことが起きるなど夢にも思わなかった。今はそれを恥じている。遍…本当に済まなかった」

「だから謝るのをやめろよ!!!何について謝ってるのか分かってないのに赦してもらおうって気持ちだけで、上っ面だけの言葉を並べてるんだろ!!?」

「そう言われても仕方のないことだ。私は本当に最低な父親だ…。お前の目にもそう映っているのだろうな」

「…ッ、何しに来たんだよ!態々僕の部屋まで来て上っ面の謝罪と自己否定しに来たのかよ!?」

「…。そうだ」

「ッッッ!!!何か言い返せよ!!認めるなよ!!」

「遍。お前はなにも間違ってない。全て私が悪かった。何が、ではない。全て、全て私が悪かったんだ」

「ふざけるなよッ…!何が"全て"だよ。自分が何が悪かったか考えるのが面倒だからそうやって"全て"とか言って考えるのを放棄してるだけだろ?!」

「…父親失格だな私は」

それだけを言い残し、部屋を出て行こうとする。

「待てよッ…、本当にそんなことだけ言いに来たのか…?」

信じられないといった気持ちで呼び止めると、一度だけ足を止めてこう言った。

「遍…、こんなことがきっかけで言われるのは腹立たしいかもしれないが、お前が叶えたい夢を私はこれからどんなことをしても支えてあげたいと思う」

「ッッ!!今更なんなんだよ!!!出てけ!!」

まるで僕の夢を認めてもらうためだけに綾音が死んだみたいじゃないか。

ふざけるな。

こんな認められ方は望んでなんかいない。

僕の夢を馬鹿にするな。

綾音の死を愚弄するな。

…赦さない。

この日を境に僕と父の溝はもう決して埋まることのない決定的なものになってしまった。

799高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:40:55 ID:l17.YzuE

僕の中の怒りは業火となって一昼夜燃え続けたが、綾音がいない家を歩き回るたびにそれは鎮火していく。

無気力に過ごす日々はあっという間に師走を迎えた。

それでも心のどこかでは復学しなければと思うのに、学校なんてものになんの意味があるのだろうかと身体を縫い付ける。

カレンダーの日付は増えていくのに、彩音が殺されたのが毎日毎日、昨日のように思える。

いつになれば前に進めるのかな。

そうして十二月の初旬が過ぎようとした頃、事件性ゆえに直ぐには行われなかった葬式だったが、この頃になって綾音の葬式が漸く行われるになった。

何も変わらない無にも等しい非日常を繰り返してきた中で、唯一無ではない意味のある日。

黒装束に身を包み、綾音との別れを告げに行く。

棺桶の中で眠る綾音の顔は安らかとは言えないものだった。

多くの人が花を添え涙を流している中、僕一人だけ涙を流さずにぼーっとそれを眺めていた。

誰しもが涙しているというのに、一粒も涙が出てくる様子はない。

それはお経を唱えている間もそれは変わらない。

綾音が火葬場に運ばれた時でさえそうだった。

花を添え、別れを告げる。

「ごめんな…綾音」

不甲斐ない兄でごめん。

綾音の想いを受け入れることができなくてごめん。

綾音の思いに今まで気がつかなくてごめん。

一言で謝罪しても、謝りたいことは幾らでも出てくる。

これ以上ないくらい人生を悔やむ気持ちが湧いてくる。

綾音が火葬される間、別室で待機してた。

死因が死因ゆえ、あまり親族も呼ばず、本当に身内での葬式だった。

しばらくの間、待機してると綾音の遺体を焼き終わったと伝えられ、もう一度火葬場へと足を運ぶ。

ほんの数ヶ月までは隣にいて笑っていた義妹は、今じゃ骨だけになってしまった。

もう命の形ですらない。

この骸を骨壺に収める。

二人一組、箸で骨を拾い、骨壺へと入れる。

これを骨上げという。

これには故人が三途の川を渡り、無事あの世に渡れるように橋渡しをするという意味が込められているらしい。

それともう一つ。

遺された人たちが、故人が死んだとはっきりと理解し、けじめをつけるためにするのだと、葬式場の方に教わった。

僕は母と二人、綾音の骨上げをし、壺に綾音の骨を納めたとき、これまで出なかった涙が洪水のように溢れてきてしまった。

結局僕は最後の最後まで、綾音の死をどこか理解していなかったのだ。

800高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:41:15 ID:l17.YzuE


……
………


生気まで失いそうなほど泣いた後、どうでもよい問題にぶつかってしまった。

期末試験だ。

師走の半ば。

もうすぐ冬休みが訪れようとしているが、必ずその前に期末試験という関門があった。

それを受けなければ進級はできないことになっているらしい。

もう既に一月ほど学校には通っていない。

心が空っぽになった今、学校に通う意味も分からなくなっていた。

恐らくこのまま期末試験に行かなければ、二度と復学することもないだろう。

単に期末試験を受けるか受けないかということではなく、復学するかしないか、そういったどうでもよい問題なのだ。

少し考える。

惰眠を貪り、漠然と虚空を見つめ、死なない程度に胃袋に何かを詰める。

人間として死んでいるような生活。

屍は僕の方だ。

これ以上こんな生活を続けるなら死んだ方がマシだろう。

けれど僕には死ぬ勇気が無い。

ならば答えは一つだった。

実に一ヶ月ぶりに足を運んだ学舎は、期末試験初日という日を迎えていた。

教室に入れば空気が凍るのを感じる。

視線が僕を貫く。

けれどどうでもいい。

自分の席に着き、時間を待ち、テストを受け、家に帰る。

それを三回ほど繰り返せば、あっというまに冬休みだ。

また屍としての生活が始まる。

801高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:41:34 ID:l17.YzuE













聖夜が訪れる。














除夜の鐘が鳴る。














年が明ける。















間も無くしてまた学校が再開する。

再開された学校で渡されたのは赤点スレスレの紙の数々だった。

そこからはクラスの腫物として生きる日々。

まだ彼らは事態を知らない。

けれど数日不登校だったが急に復学した男子学生と突如として消えた高嶺の花と呼ばれる女子生徒。

それは彼らの好奇心を煽るものだった。

注目が絶え間ない。

どうでもいい。

どうでもいい。

…どうでもいいはずなのに、ストレスが溜まっていく。

802高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:41:53 ID:l17.YzuE

無自覚のうちに心が蝕まれていく。

遠くから

遠くから

小さく

本当に小さなものだが

何かの足音が聞こえる。

革靴でアスファルトを蹴るような音が。

訳も分からない足音が聞こえるようになった頃、高校から自宅へ帰ると、ポストに『八文社』と書かれた封筒が一通届いていた。

それを見たとき、急速に目が覚めるのを感じる。

間違いない。

選考結果だ。

ひったくるようにポストから封筒を取り出し、駆け足で自室へと向かう。

荷物を投げ捨て藁にもすがる思いで封を開ける。

何か一つで良い。

生きる理由になる何かが一つ、一つだけでもあれば。

ハサミなど使わず素手で不器用にちぎる。

「何か…僕に…ッ。………」



























しかしそこに書かれていたのは『落選』の旨を伝える文章だった。

803高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:42:11 ID:l17.YzuE

ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー


「遅いお兄ちゃん!」

「ごめんよ綾音。人混みがすごくてトイレに行くのも帰ってくるのも困難だったんだよ」

「折角お兄ちゃんと花火を観たくてお祭りに来たのに、これじゃ花火大会の意味がないよ!」

「意味がないは言い過ぎなんじゃあないかな?」

「お兄ちゃんがトイレに行ってる間に花火大会の花火が終わったんだよ?…それに何回も変な男に声かけられたし…」

「えっ?大丈夫だったかい綾音?」

「大丈夫だからここにいるの!全くそんな心配するならもっと早く帰ってきてよね」

「面目ない」



「お兄ちゃん…」

「ん?」

「来年こそ花火一緒に観ようね」

「うん、約束する」

「あ、そういえば射的の罰ゲームの内容まだ決めてなかったね」

「こらこら。最初に僕は罰ゲームは無しっていったじゃあないか」

「勝ち負けにリスクがなければ勝負なんて面白くないよ」

「はぁ…、無茶なお願いはやめてね」

「お兄ちゃん…これからもずっと傍にいてね」

「ん?それがお願い?」

「うん、そうだよ」

「なんだ…そんなこと。言われなくてもそのつもりだよ」

ずっと傍にいることなんて不可能だ。

いつかは僕らも別々の道を歩む時が来る。

ただ今は、純粋に綾音の喜ぶ顔が見たかった。

「分かってないなぁお兄ちゃん。ずっとだよずっと」

「はは、何回も言わなくても分かってるさ」

「むぅ、絶対分かってない。ずっと傍にいてってことはあたしがどんなに遠いところに行っても必ず着いてきてね。逆にお兄ちゃんはどこか遠いところに行っちゃダメだからね」

「後者はまだしも前者はありえるのかい?」

笑いながら問う。

「人生何があるか分かんないでしょ?もしかしたらあたしたちが想像もできないことが起きて離れ離れになるかもしれない」

人生何が起こるか分からない…か。

僕が高嶺さんと秘密の逢瀬をするような関係になるとは数ヶ月前の僕なら想像もできなかった。

逢瀬は少し言い過ぎかもしれない。

密会がせいぜい良いところだろう。

「今度こそ分かったよ。罰ゲームの内容はそれでいいんだね?」

「…なんか罰ゲームって言われると嫌々やらせてるみたいで嫌だなぁ」

「はは、ごめんよ。少し意地悪なことを言った。ずっと綾音の傍にいる。約束だ」

「ありがとうおにーーーーー




ーーーーーグシャリ





「え…?」

綾音の胸から刃が飛び出す。

付け根を中心にして赤が染まり、広がっていく。

「ダメじゃない。私以外の女の傍にいちゃあ…」

呪いが囁いた

804高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:42:29 ID:l17.YzuE














「ッ…はっ!!!」

硬い椅子に硬い机。

その感触に嫌というほど現実を教え込まれる。

どうやら悪夢を見ていたようだ。

いや、むしろ今の方が悪夢と言えるか。

脂汗が滲む。

ぼやけた視界を確認すると、教室には誰一人としていなかった。

「起きたか」

否、間違いだったようだ。

一人いたらしい。

背後から声がかかる。

「次の時間、移動教室だから早く移動しな。もうすぐ始まるぞ」

「ありがとう萩原さん」

久しぶりに声を出した気がする。

こうした萩原が気を利かせたときだけ僕は人と会話することができる。

そんな毎日じゃあ良くも悪くもならない、変わらない日々が続くのは当然か。

相変わらずどこからか足音が聞こえる。

コト

コト

コト

日に日に近づいてくるような大きくなるような、僅かに、ほんの僅かにだが迫りくるような感覚だった。

この足音が僕の足音と重なる日が来た時、どうなるのであろうか。

本人である僕ですら見当がつかない。

こんなことを考えても仕方ない。

荷物をまとめて移動することにする。

「あれ…。そういえば移動教室って、どこに行くんだろう」

805高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:42:47 ID:l17.YzuE

…。
……。
………。


放課後。

施錠係の義務として、最後の一人になるまで教室で残っていた。

誰もいなくなった後、重たい腕でノートと鉛筆を取り出す。

そこまでは良かった。

けれどいつまで経ってもノートを開けず、ペンすら握れない。

ボーッと机の上を眺めるだけ。

それだけで、あっという間に冬の景色は暗く闇に染まっていた。

何も考えない。

何も考えたくない。

誰かがどんなに辛いことも時間が癒してくれると言った。

そんなものは嘘だ。

日に日に苦しくなっていく。

静かな家に帰るたびに、もう妹がこの世にはいないんだと胸に強く刻まれる。

後悔で苛まれ続ける。

おまけに公募した小説も落選。

もう面白いと言ってくれる唯一の"読者"もいない。

怖くて筆が持てない。

筆が持てないなら想像すればいい。

僕の物語。

僕にしか書けない物語。

脳内には、ある一つの物語の構想が思いつく。

筆を取るのは怖いが、心を無にしてノートに世界を写しとればいい。

決心がつき、筆を取る。

「えっ…」

筆を持ちノートを開いた瞬間、頭の中の物語は白紙になった。

「まっておくれよ…今の今まであったじゃないかッ…なんで…なんでだよ!!!」

こんなことは今まで起きたことがない。

理解しかねる状況だ。

代わりにとつまらない物語を一つ想像し、書いてみようとする。

しかし筆がノートについた瞬間、つまらない物語すら

失ったものは妹だけじゃない。

恋人だけじゃない。

僕はもう…











物語を書けなくなっていたのだ。

806罰印ペケ:2020/05/31(日) 11:46:08 ID:l17.YzuE
以上で18話『スカビオサ』の投下を終了します。『スイセン』の花言葉は「もう一度愛してほしい」「私の元へ帰って」「報われぬ恋」などで、『スカビオサ』の花言葉は「不幸な愛」「私は全てを失った」などです。
カクヨムの方には17話をすでに投稿してたのですが、こちらに投稿できてませんでした。すみません。残り2話ももうじき出来上がるのでまた近いうちに投下します。

807雌豚のにおい@774人目:2020/06/02(火) 21:51:04 ID:ev..GJ7c
カクヨムで読んできました。
もうあまり活気がない中本当に「ヤンデレ」っていう言葉を濁してないような小説を投稿し続けてくれてありがとうございます。
こちらでも残りの2話、楽しみにしてます。
向こうでは書けなかったのでここで。
完結お疲れ様でした。

808罰印ペケ:2020/06/14(日) 22:09:20 ID:/peGHtq.
投下します

809罰印ペケ:2020/06/14(日) 22:10:18 ID:/peGHtq.
高校3年6月



妹が死んだ。



恋人が逮捕された。



小説が書けなくなった。



もう何もない。



僕には何もない。



けれど僕がどれだけ絶望しようと、慟哭しようと、残酷に時は進み続ける。



終わらないと思った冬は、気がつけば三寒四温に変わり、怒りを覚えそうな程美しい桜が咲き誇る。



けれどそんな桜もいつまでも咲いているわけもなく、勝手に散り落ちた花びらを踏むたびに、幾度となくざまあみろと罵った。



そんなものはただの八つ当たり。



自暴自棄。



毎日何故僕だけがのうのうと生きているのか、疑問を投げかける日々。



そうでもしないと、もう頭がおかしくなる寸前だった。



もういっそ狂ってしまいたいと、何度ものたうち回った。



時が心を癒す様子など全く見れず、寧ろ時が経つたびに、己の中の限界という足音が次第に大きくなっているのが分かっていた。



ガラス越しに世界を見下ろしても、死神には逢えやしない。



なにかきっかけを探し続ける日々を繰り返していた。



ガラスを粉々に割るきっかけを。



けれど消耗していく日々は決して劇的なものは起きず、起伏のない平原がいつまでも、地平線まで続いていた。



僕は死ぬ理由を探すために生きていた。



何か一つ、嫌なことがあれば死ぬ理由として簡単に採用する。



けれど何もないんだ。



良いことも、悪いことも。



だから筆が進まなくなった僕は、代わりに半生を振り返ることにした。



もう物語を綴れなくなってしまった僕が、最期に書く物語。



きっかけを作るための物語。



それがここまで書いてきた不知火遍の物語。



もう僕の心はこれ以上無く、傷付き、歪み、悲鳴を上げている。



憎悪と虚無と絶望と喪失と、そして愛情が、反発し合い今にも心臓が裂けそうな気分だ。

810高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:12:44 ID:/peGHtq.
最後に今の僕の無様で、酷い有様を語るとしようか。

高嶺華が殺人を犯し逮捕されたというのは、もうクラス中、否、学校中に伝わっていた。

太田先生は居なくなった高嶺華を『家庭の事情で』とはぐらかし、クラスのみんなに説明をしていたが、殺した人も殺された人もこの羽紅高校の生徒だ。

好奇心に駆り立てられた人にいつまでも隠せるわけがなかった。

『高嶺の花が下級生の女子生徒を殺害した』

馬鹿馬鹿しくも真実である噂は、あっという間に全校生徒の耳に届いた。

女子生徒、不知火綾音が誰にとは言ってはいないらしいが、殺されたというのははぐらかさず、クラスメイトに伝えられたらしい。

真実を隠すなら隠す、話すなら話す。

学校側も徹底すればいいものの、そういった曖昧な対応が、噂を生み出したと言っても過言ではない。

おまけに高嶺華は、この学校では有名人だ。

一時はその美貌と人徳で『高嶺の花』と多くの生徒から憧れられ、そして想いを寄せられていた。

それら全て押し除けて、付き合ったというのが無名の男子生徒であったことも、ある意味有名な話だろう。

高嶺の花が殺害したのはそんな無名の男子生徒の妹。

これだけでもう外野から見たら、随分と滑稽な物語に映るだろう。

兎にも角にも、この学校中にはもう事実が知れ渡っている。

誰しもが僕のことを好奇心が宿った瞳で僕を見るのをやめない。

少し前までは『高嶺の花』と交際したことによるやっかみなどの嫌がらせを受けていたが、今ではもうさっぱりだ。

きっともう関わらない方がいい奴と思われている。

そもそももう嫉妬する理由もないだろう。

どんなに美しくても人殺しになってしまえばそこでお終い。

もう誰も僕に嫉妬する理由なんてものは無かった。

高嶺華が殺人の容疑で逮捕されたのが昨年の12月のこと。

あれから数ヶ月に渡り、裁判が行われた。

高嶺華側は正当防衛の主張を行った。

正当防衛を証明するための僕は証人として裁判所に召喚された。

皮肉な話だ。

身内が殺されたというのに、殺人鬼の無実を証明するために証人として召喚されたのだから。

『良心に従って、真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います』

そう宣誓をさせられている手前、嘘を言うわけにも、真実を偽るわけにも、隠すわけにもいかなかった。

確かに不知火綾音は、高嶺華に襲いかかりましたと、言わざるを得なかった。

もし華が無実になったら、僕はどんな顔して彼女の前に立てばいいのだろう。

そんな不安が頭によぎった。

しかし不安が杞憂に変わったのは、検察が証人として用意してきた人物が現れてからだった。

811高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:14:20 ID:/peGHtq.
「…えっ?」

その目を一度は疑った。

しかしどんなに目を疑おうとそこにいたのは間違いなく、かつての罪悪感の中に埋もれた少女。


小岩井奏波だった。


「住所、氏名、職業、年齢は証人カードに記載された通りですね?」

「はいその通りです」

「宣誓書を朗読してださい」

「宣誓。良心に従って、真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」

誓いの後、彼女が証言したのは、高嶺華が己にした残虐な行為の数々、そしてその心の内にある残虐性についてだった。

そこで明らかに裁判の風向きが変わった。

もう一度、僕を証人として彼女の残虐性についての証言を求められた。

僕は極力、華と目を合わせないようにした。

でなければ真実を語れないと思ったからだ。




「判決。被告人を懲役10年に処する」




それは決して軽くはない判決だった。

その判決に彼女がどういう表現をしたのか、目を逸らし続けていた僕には分からなかった。

不服申し立てで第二審に行くこともできたこであろうが、華はそのままその罰を受け入れた。

裁判を終えたあと、数ヶ月ぶりに見る少女が外で僕を待っていた。

「あっ…不知火くん…」

「…。…やぁ小岩井さん。久しぶりだね」

再会したのちに交わされた会話は、小岩井さんが高嶺華にどの様に痛めつけられ、恐怖を与えられ、精神的に追い詰められたか、そんな話ばかりだった。

きっと共感してくれる、そういう思いで僕に話してきたのだろう。

けれど実際は僕ですら思ってもみなかった感情が湧いてきた。

僕は小岩井さんの話を聞いて、何故か苛ついてしまったのだ。

「あのね…不知火くん、今もう一度あの時と同じ想いを伝えたら、なんて答える?」

震えた瞳も声も、この時の僕を何故だか不快にさせるものだった。

「それは…ごめん。結局僕はあの時と同じ答えになるよ。恋人が殺人鬼になっても別れたわけじゃないよ」

「で、でもこんなのもう関係なんて破綻している様なものなんじゃあ…」

「…うん、これはちょっと言い訳としては意地悪すぎたかな。本音を言うと、もう疲れたんだ。誰かを愛するとか、愛されるとか」

「あっ…ごめんなさい…。こんなこと裁判の後に聞くことじゃなかったよね〜、あはは…」

「…小岩井さんならもっといい人見つかるよ」

無責任な言葉だ。

僕は知らないどこかの誰かに小岩井さんを押し付けようとしてるのだから。

最低だな。

「…。…うん」

「…萩原さんが君のこと心配してたよ。学校にまた戻りなよ」

「そう…なんだぁ。今はまだ怖くていけないんだけど、私頑張ってみるねぇ」

「きっと、僕とは違って君のことを待っている人がたくさんいるよ…」

「うん…」

また無責任な言葉で僕は、彼女を慰める。

別れ際の彼女はどこか、弱々しくも決心がついたような表情をしていた。

812高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:14:49 ID:/peGHtq.
その後、小岩井さんが復学したのは、後1日でも休めば出席日数不足になるといった瀬戸際の日だった。

結果から言って仕舞えば、小岩井さんはそのまま無遅刻無欠席で無事進学できたとさ、めでたしめでたし。

文化祭の準備期間で仲良くなった桐生大地は、結局高校3年の今に至るまで言葉を交わしていない。

同様に高嶺の花との交際で仲違いした友人の鈴木太一ともだ。

たまに萩原紗凪が一言僕に声をかけるだけ。

小岩井奏波とも話はしていない。

そもそも、誰かと話すと言うことをもうしていない。

ただの腫物に誰が近づこうか。

今では孤独を支えてくれる恋人もいない。

僕はずっと不幸の底にいる。

恋人が義妹の心臓を貫いた日から、ずっと。

そこから堕ちることはないが、這い上がる気配もない。

絶望の淵を今日まで歩いてきた。

これからもきっとそうだろう。

地獄はもう…、終わらない。








さてこれが悲劇の全容だ。

物語はもう終わる。

最後に僕の最も愚かで滑稽な告白をしようと思う。

今でも僕は高嶺華を愛している。

あんなにも苦しめられたのに、最愛の妹の命を奪っていったのに、結局思い出すのは彼女と出会ってからの良き日々なんだ。

憎くて憎くてしょうがないのに、それと同じくらい彼女のことを愛してしまった。 

鮮烈な記憶が色褪せない。

そうだな

この滑稽で惨めな物語にもタイトルは必要だろう。

僕は最後にこの物語に、ノートの表紙にこう名を授けた。



『高嶺の花と放課後』

813高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:16:20 ID:/peGHtq.
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「これでよし…」

ノートを閉ざし、そのまま机の上に置いておく。

さて

僕自身の物語を終わらせよう。

批判されても構わない。

小説家として先ずは、誰かに読まれるのが、第一歩だ。

遺書と相違ないノートを残し、教室を出る。

茜色に染まる廊下を歩けば、色々なことを思い出す。

一歩

また一歩と踏み締める。

そうやって進むと、やがて階段に辿り着く。

下へ続く道。

上へ続く道。

最早今の僕には迷いは無く、階段に足を踏み入れる。

一歩

また一歩と踏み締める。

踊場で一度振り返り、廊下を見下ろす。

上へ続く道。

これが僕が選んだ道。

後悔などない。

逆に後悔しかないのかもしれない。

それでも後戻りという選択肢はない。

もう一度、上を目指して歩みを進める。

一段一段、登る度に自分の行ってきた選択を思い返す。

もしもの世界を創造しては、破壊をするを繰り返す。

屋上への最後の踊場。

見上げれば夕陽が扉の窓から突き刺さり、眩しさに目が眩む。

それでも登る。

もう振り返ることもしない。

引き返さない。

未練なんてない。

重く固い扉を開けば、ギギィと錆びた音が響き渡る。

814高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:16:48 ID:/peGHtq.
茜色に照らされたアスファルトは眩しく、空に散りばめられた雲はそれだけで美しかった。

今となっては当たり前だった全てが、なにもかもが美しく感じる。

「綺麗だ…」

なんの皮肉もなしに心からそう想う。

屋上の端、フェンス際まで歩いていく。

運動部の掛け声がそこら中から響き渡ってくる。

彼らは…、彼女らは何か目標があるのだろうか。

勝ちたい大会があるのだろうか。

それとも負けたくないライバルがいるのだろうか。

目標はなくとも"楽しい"という気持ちが胸に部活動を励んでいるのだろうか。

「きっとそれを青春と呼ぶのだろうな…」

運動部だけじゃない。

文芸部や無所属でも放課後、仲のいい友人と遊んだり寄り道したり、あるいはアルバイトをして日々を充実させてるかもしれない。

「いいなぁ…」

妬ましい気持ちが湧いてくる。

けれど『高嶺の花』と呼ばれる美少女と二人きりで、秘密の放課後を過ごすことだって青春と呼べた日々だったのではないか。

嗚呼、紛れもなく心躍った日々だった。

瞳を閉じる。

目蓋の裏には、彼女と出会ってからの日々、彼女と出会う前の日々が焼き付いている。

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高校1年 4月

高校生になった。

羽紅高校の生徒になった。

なぜ羽紅高校の生徒になったのか。

それは家から徒歩で通える高校だったからだ。

それ以上でも、それ以下でもない。

何となくで中学を卒業し、何となくで高校を選び、何となく小説家を夢見る人生。

心の中では、そんなもの何の意味があるのだと問い続ける。

きっとこの高校生活も何となくで終わるんだろうな。

そう思っていた。

「なぁなぁ、見たかあの子」

不意に話し声が聞こえた。

「あの子って何だよ」

聞けば友人同士の会話のようだ。

入学して間もないというのに、"普通"の高校生はもう友人を作っている。

815高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:17:19 ID:/peGHtq.
「ほら、C組にいるじゃん。めちゃめちゃ可愛い子」

「あー、あの子ね。高嶺華っていうらしいよ」

「何でもう名前知ってんだよ」

「だってあの見た目で高嶺華だぜ?まじの『高嶺の花』だってもう噂になってるよ」

高嶺の花…、か。

きっと僕には縁遠い人なんだろうな。

男子生徒が挙って噂する美少女がどれほどのものか気になりはしたが、野次馬にすらなれない臆病者は、高嶺の花を見ることさえ叶わない。

路傍の石と高嶺の花。

なんだか対極にいるような存在だ。

僕が今まで歩んできた人生とその子が歩んできた人生。

どこで差がついたんだろうな。

「はは…」

こんなこと考えていたって仕方がないじゃあないか。

僕には本がある。

小説がある。

物語がある。

それはこれまでの人生を、否、これからの人生も満たしてくれるものだ。

夢に向かって夢を描いていく。

いつか小説家になる。

それだけきっと僕は生きてて良かったと思えるはずなのだから。

改めて自分の夢を見据える。

決意と志を胸に、気持ちを改める。

廊下を歩く自分の歩みはまるで、夢へと繋がっているような足取りになる。

創作意欲が掻き立てられていると、廊下を歩く僕と一人の女子生徒とすれ違った。

「!」

そんな足取りが一瞬のうちにして止まる。

夢への道に壁が立ちはだかったからではない。








ただ美しかったからだ。









刹那の間に心が惹かれてしまった。

816高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:18:00 ID:/peGHtq.
考えるまでもなく、彼女が『高嶺の花』だと理解した。

すれ違った彼女を視線で追うように振り返る。

今となっては顔を見ることは叶わないが、後ろ姿にさえ美しさを覚える。

何故だか分からない。

そうか。

そうか…。

あれが『高嶺の花』

僕には手が届くわけもない。

誰しもが彼女に瞳を奪われてる中、僕もただ瞳を奪われていた。

知らず知らずのうちに夢中になっている僕に気づく人すらいない。

まさに路傍の石と高嶺の花。

この状況がそれを言い表していた。

急に恥ずかしさが芽生えてきた。

いつまで女子生徒の後ろ姿を眺めているのだろう。

これじゃあまるで、変態だ。

煩悩を振り払うように、身体の向きを元に戻し廊下を歩む足を再開する。

彼女は確かに美しかった。

正直に言えば、妬ましいとも思った。

羨ましいとも思った。

純粋に彼女は僕よりもずっと、ずっと高い存在なのだと分からされた。

廊下ですれ違っただけなのに。

そうか。

やっと分かった。

小説家になる。

一見、明確な目標のように見える夢だが、これも曖昧なものだったと今気がついた。

僕は…

僕は人を魅了するような物語を書きたい。

彼女が容姿で人々を魅了したように、僕も小説で人々の心を動かしたい。

場所は違くても、彼女のような高い位置へ努力したい。

これ以上ないくらいに、創作意欲が爆発する。

早く書きたい。

僕の物語を。

僕だけの物語を。

何となくで高校生活を終わらせてたまるのものか。

今は人の目が気になって書くことはできないが、本を読むことならできる。

溢れる創作意欲を読書で落ち着かせようと、教室へ戻り、持ってきていた本を取り出す。

「あれ?君本読むの?奇遇だな!おれっちも本読むんだよね」

「そうなんだ。僕は不知火遍。君は?」

「おれっちは佐藤太一って言うんだ!よろしくな遍っち!」

前向きな気持ちがきっとこういう交友関係を導いてくれたのだろう。

「よろしくね、…太一」

いきなり下の名前で呼ぶのは照れ臭いが、彼も下の名前で呼んできたので、歓迎の意思を示す。

これからも、長く交友関係が続けられるように…

817高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:18:33 ID:/peGHtq.
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初めて彼女を見た日、僕は絶対に彼女に届かないと、縁がない人間だと思った

けれどそれは本心を偽るために、格好つけて
達観した気でいただけ。

心の奥底では、ガラス越しの玩具を眺める子供のように、どこかで本当は欲しがっていたんだ。

本当に僕は何にも分かっちゃいなかったんだ。

最初から、…最期まで。

ヒュルリ

屋上に風が吹き抜ける。

気持ちがいいな。

何でもないことが美しく感じるのは、これで最後だと覚悟しているからだ。

生が本能を働かせ、未練を残そうとしている。

何もかも美しく感じる今の僕が、唯一醜く感じるもの。

意地汚さ。

腰を上げて、制服に付いた土埃を払う。

綾音は生まれ変わりを信じていたようだが、僕の方はどうだろうな。

こんな人生を繰り返すぐらいなら輪廻転生なんてしたくないし、もし"彼女"と釣り合うような人間になれるならそれも良い。
 
フェンスにしがみつき、上へ上へ、登っていく。

部活に青春を、情熱を捧げて夢中になっている人たちは、茜色で強く照らされた僕には気がつかないだろう。

フェンスを乗り越え、身体を向こう側へと運ぶ。

辛うじて足一つ分の幅の縁が、今の僕の命を繋ぎ止めている。

けれど一歩でもこの黄昏に足を踏み出せば、僕はきっと明けない夜を迎える。

それでいい。

もういいんだ。

疲れたんだ。




だから…













「さよなら」

818罰印ペケ:2020/06/14(日) 22:20:58 ID:/peGHtq.
以上で19話の投稿を終了します。続けて最終話を投下します

819高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:25:06 ID:/peGHtq.
「でさ、彼氏とはどこまでいってるの?」

昨日、高校からの友人から数年ぶりに「会って話そう」と誘われた。

お昼に待ち合わせ、軽く百貨店で買い物を楽しんだ後、休憩がてら軽食を食べるためにカフェへと寄り、ようやく腰が落ち着いたころにそんな質問が飛んできた。

「あ?なんだよ、どこまでって」

「しらばくれちゃって。そんなの決まってるじゃない、セッ……ごめん」

これ以上何も言わせまいと睨みを利かせると恵は反射的に謝罪をした。

しかし相変わらずその瞳には、好奇心が宿ったままで、答えなければ話が進まないことは見え見えだった。

「…別に、そんなのとっくの昔にやってるよ」

「えええ!そうなの?!週何っ?週何っ?」

「うっさいな…。…月一くらいだよ」

「えー!あーでもまぁ確かに世間一般からしたら少ない気もするけど、あの不知火くんと紗凪だもんねぇ。むしろ多い方と評価すべきか」

「ああ!もう、だから嫌なんだよこういう話。それより同級生の連中には言ってないよな?あたしと不知火が付き合ってんの」

「流石に言ってないけどー、紗凪?まだ不知火くんのこと苗字呼びなの?」

「…別にいいだろ、むこうも名字呼びだし…」

「うっっっわ、淡白〜」

「いいだろっ!あたしたちにはあたしたちのペースがあるんだよ!」

「ペースって言ったってあんたたちもう何年付き合ってんの?」

「えー…っと、大学4年の秋くらいだったから丸々3年くらいか…な」

「3年も付き合ってて名字呼びしてるなんてどうかしてるよ!本当に付き合ってんの!?」

「あー、煩い煩い。んだよ、じゃあ『ダーリン♡』とでも呼べばいいのか?」

我ながら気色の悪い声が出たと思う。

「ぷっ、あははははは!似合わなー!あはははははは、お腹痛い!」

「…ころす」

「ひひい、まって、謝るから!謝るから!謝…ぷっ、あはははははははは!」

「ちっ、人の事馬鹿にしやがって。そーいうお前の方は、どうなんだよ?」

「聞いてよーそれがさー、ついこないだ別れちゃってさ!」

「またかよ…あたしたちが付き合ってる間に何人取っ替え引っ替えしてんだ?」

「えーっと、まってね…たかくんでしょー?ひろくん、ふみくん、さとる…四人かな?」

「…呆れた。何となく高校の頃からそうなるとは思ってたけど男癖悪いなぁ…」

「違うんだって!こないだたかくんと別れたのだって向こうが悪いんだよ!?」

820高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:25:42 ID:/peGHtq.

「あーはいはい、どうせ『部屋でタバコを吸うのをやめてくれない』とかだろ?」

「違うもん!たかくんはタバコ吸わないし!こないだ私の誕生日だったんだけど誕生日ケーキにね?モンブラン出してきたの!!」

「だから?」

「だからじゃないよ!紗凪も知ってるでしょ!?私モンブラン嫌いなの!なのにそんなこと知らないで『ハッピーバースデー』だって!?彼女の嫌いなもの普通誕生日に出す!?」

「…もしかしてそれが別れた理由?」

「そうだよ!酷くない?」

「…ちなみに彼氏さんに教えたことあったの?モンブランが嫌いなこと」

「…ううん?でも、普通言わなくても彼女の好きなもの嫌いなもの分かってるものじゃない?」

地雷女だ。
 
十年来の親友を前にしてそんなことを思わざるを得なかった。

「…はぁ。喧嘩するならまだしも別れる必要ないだろ。いつまでもそんなことやってると婚期逃すぞ」

くだらないと言いかけた口に、珈琲を含む。

「…ぶぅ、うるさいなぁ。って、紗凪と不知火くん結婚するの?」

口に含んだ珈琲が吐き出される。

「…うわっ!紗凪汚ーい!一体何歳よ」

「っけほ。うっさい!お前と一緒の二十五歳じゃ。大体なんであたしたちが結婚する話になってんだよ」

「え?だって婚期ーなんて話し出したから、もう射程圏内なのかなって。ほら同棲もしてるんだし」

「今はまだ結婚とかそんなの考えられる状況じゃねーよ。これから作家として売れるかかかってるだから」

「あ、作家といえば、読んだよ!不知火くんの処女作。意外と面白かったし、重版も決まったみたいじゃん!」

「ありがたいことになぁ。正直贔屓目無しに編集者としてのあたしが見ても面白いと思うし、後はメディアを通してどこまで認知させるかって所が焦点だと思ってるんだよね」

「彼氏の作品を贔屓目無しに見れるの〜?」

「見れるんだよ!ったく隙あらば直ぐおちょくろうとするんだから。ホントそういうの高校生の頃から変わんねーな」

「そーだよ!」

「開き直るな」

「話変わるんだけどさ!」

本当に忙しない親友だ。

「紗凪と不知火くんって何で付き合い始めたの?」

「何でって。…まぁ、偶々研究室が同じになって、それでアイツから告白された…からかな。なんだよ!」

親友の顔が腹の立つものに変わっていく。

821高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:26:22 ID:/peGHtq.

「いやぁ、不知火くんもやりますなぁ。紗凪と付き合いたいから同じ研究室行くなんて〜」

「なっ、だからちげーって!偶々だ!偶々!…多分」

「でもなんで不知火くんは紗凪が好きになったんだろ?」

「あ?」

「わー!違う違う!紗凪を馬鹿にしたわけじゃないんだけど、ほら二人って高校の時はあんまり絡んだことないでしょ?」

「あー…まぁ。…色々あったんだよ、色々…な」

「なになになに?!同じ研究室で日々を送るうちに芽生えたラブなの?!ランデブーなの?!」

「うっさい!その馬鹿丸出しの質問やめろ」

「ねー教えてよー!教えて教えて!」

「もう小学生かよ。人様には言えない色々があったの!察せ!」

「…ふぅ〜ん」

ニヤニヤとした笑みを浮かべてる。

殴りてえ。

「…なるほどなるほど。不知火くんと紗凪はあんなことやこんなことがあったのね〜」

「それ本当に高校の奴らに言いふらしたらただじゃ置かないからな?」

「嘘嘘!言わない!言わない!ってかあの不知火くんだし、ちょっと言いづらいっていうか…何というか…」

「はぁ…そんな変な空気にすんなよ。あたしは今の関係に満足してるんだから」

「うっわラブラブかよ!リア充かよ!爆発しろ!」

「はいはい、いつか爆発してやるよ」

「あはは…。…あのさ、華ちゃんってあれからどうなったの?」

「どうなったって言われてもな…」

「ずっと気になってたんだけど分からずじまいで、当事者の不知火くんの彼女の紗凪なら何か知ってるかなって……」

「…もしかして今日呼んだ理由はそれか?」

「あーいや!そうじゃないんだけどね!あははは」

相変わらず嘘が下手な友人だ。

「正直、あたしも気を遣ってそんなに深くは聞いてないぞ。まぁポツリポツリと聞いた話だと、懲役10年だって」

「10年…」

822高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:27:30 ID:/peGHtq.

「でもまぁ模範囚とかだと大体刑期の三分の二ぐらいで仮釈放とかされるみたいだけど」

「だから、華ちゃんが模範囚だとしたら10年の三分のニだから6.666666666666……」

「だからその馬鹿丸出しの年数やめろ。普通に七年とかでいいだろ」

「七年っていうともしかして仮釈放の時期ってそろそろ?」

「…かもな」

感情を抑えきれず、どうしても雑な返事をしてしまう。

「…あー。やっぱり、紗凪的には微妙?」

流石の恵も、今の感情の昂りは察したようだ。

「…そりゃそうだろ。彼氏に一生心に遺る傷を残した上に、妹を殺されてるんだぞ。正直、模範囚だろうがなんだろうが釈放されて欲しくない。例えそれが旧友だとしてもだ」

「そっか…。正直申し訳無いけど私はまだ実感がないんだ。あの華ちゃんが人殺しなんて。何かの間違いなんじゃないかって」

ドンッ

間違いなんて聞いて、堪えきれず机を叩いてしまう。

「間違いなんかじゃねえよ!…あ、いやごめん」

「…あはは、いいのいいの。私部外者だしね…」

「間違いなんかじゃ……ないんだよ。あたしはずっとアイツがどんだけ苦しんできたか側で見てきたんだから」






そうどれだけ苦しんでるか、ずっと見てきた。





それこそ高校の頃は絶望しきって今にも折れてしまいそうな、弱りきった姿。

別にその姿に庇護欲が唆られたとかそんな事はない。

ただ…、ほっとけなかった。

時々だが一人じゃ歩けなさそうなアイツを一人で歩けるようになるまで肩で支えてやった。

少しずつだけどアイツの歩みが力を覚えて、なんとか一人で歩けるようになった頃、卒業式を迎えていた。

823高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:27:58 ID:/peGHtq.

当日の朝、無機質な白い封筒に白い手紙、そして「式の後、屋上で話したいことがある」とだけ書かれた文章。

直感でアイツと分かった。

式が終わった後、友人との別れを悲しみ再会を誓う。

そして、もう一人。

別れというより巣立ちを見守るようなそんな気分で屋上へ向かう。

扉を開けば、弱々しくも自分の力で立っているアイツが居た。

「やぁ、萩原さん」

「よう不知火」

「来てくれてありがとう。萩原さんの貴重な時間を取って、なんだか申し訳ないな」

「ああいいよ別に。気にすんな。それで?話って」

「一言だけどうしても伝えたかったんだ」

心臓が一度高鳴る。

「…なんだ?」

「ありがとう。命を救われた」

アイツはそのまま深く頭を下げた。

「…あー、いや気にすんなよ。あの日あの時のあたしの気紛れだ。恩を感じる必要なんてないよ」

何故だか分からない失望したようなそんな気持ちが湧いてきた。

アイツはもう一度顔上げて、一度も見たことない笑顔で

「ありがとう」

そう言ってきた。

「なんつーか…頑張れよ不知火」

あたしは雛鳥が巣立つ姿を見て安心し、そのまま屋上を後にした。

けれど安心したというのは自分を偽るための嘘。

本当はその場からさっさと居なくなってしまいたいと思っていた。

「…あー。そういうことか」

自分が何故失望したような気持ちを抱いたのか。

「卒業式の日に女子高生すんなよな…」

アイツを支えているうちに、いつの間にか惹かれてしまっていたことにようやく気がついた。

だけどアイツがどういう経緯で苦しんできたか、知っているからこそ打ち明けられない秘めた想いとなるはずだった。

824高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:28:38 ID:/peGHtq.
本来なら。

今生の別れとも覚悟したはずなのにまさか、一年も満たないうちに再会を果たすとは思わなかった。

まさか同じ大学の同じ学部、果てには同じ学科とはな。

「それに不知火が洗脳していた、なんて馬鹿げた噂が流れてたが、逆だ。"アイツ"が不知火を洗脳していた」

「えっ…」

「これは付き合ってから分かったことだけどな、不知火の身体は火傷の跡や切り傷の跡が大量にあったんだよ」

「それってどういう…」

「つまり、高嶺華は自分を愛してくれるように、気に入らないことが起きるたびに何度も何度も身体を痛めつけ、"高嶺華を愛さなければ痛い目に合う"ってマインドコントロールされてたんだよ」

「一番むかついたのは初めてやったセックスの時だな。『ありがとうございます』って…。いやなんでもない忘れてくれ」

しまった。

気まずそうな恵の表情を見て、余計なことを言ったと思わざるを得ない

「ったく。忘れろって言ったのにそんな表情すんな」

恵の頰をつねる。

「いひゃい、いひゃい、いひゃい!」

学生の頃によくやってたことを思い出し、思わず笑ってしまった。

「むぅ…痛いよ紗凪!」

「あはは、ごめんごめん。今のはやりすぎたな」

「不知火くんにもそーやってDVしてるんでしょ、暴力女〜」

「あいつにそんなことするわけねぇだろ」

「うわ〜、言い切るなんてやっぱ熱々なんだね紗凪と不知火くんって。3年も付き合ってしかも同棲してこれだもんなぁ〜」

「同棲は関係ないだろ」

「あるよ!大いにあるよ。やっぱ付き合いたての頃はさぁ、相手の良いところしか見えなくて好き好き好き〜ってなるけど、同棲した途端、相手の嫌なところばっかり目が付くでしょ」

「そうか?」

「分かってないのはそれだけ紗凪と不知火くんがラブラブだって証拠だよ!…はぁーあ、まさか紗凪から惚気話されるとは思わなかったなぁ」

「あ?どういう意味だ?」

「もー、そうやってすぐ怒るんだから!よーするに、お幸せにってこと」

「へ、言われなくても幸せになってやらぁ」

そう。

不幸のドン底にいたあいつを今度は幸せにしなきゃいけない。

あたしが幸せにするんだ。

825高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:28:59 ID:/peGHtq.
恋人の事を思い出すと、同時に恋人にした『夕飯までに帰る』と言った約束も思い出した。

慌てて腕時計で時刻を確認する。

「あ、もうこんな時間か。そろそろスーパー行って夕飯の買い物しないと」

「え?紗凪料理してるの!?」

信じられないものを見るような目でこちらを見る。

…むかついてきた。

「そりゃするだろ、彼女だし」

「…はぁ〜、やっぱ恋って乙女に変えるんだねぇ」

「…取り敢えず殴っていいか?」

「わー!暴力反対!」

「…はぁ、ったく。でも今日は会えて楽しかったよ恵」

「ツンデレのデレが出た」

「じゃ、伝票置いてくわー」

「ぁぁん!冗談だって冗談!って本当に行っちゃうの!?」

「あんだけおちょくったんだから珈琲ぐらい奢れ」

「う〜分かったよ。でも会計くらいちゃんと済ませてからバイバイしようよ」

「しょうがねぇなぁ」

そう言って恵は高級ブランドのバッグから高級ブランドの財布を取り出す。

一体、歴代の彼氏たちにどれだけ貢がせてきたのやら。

でもそういった身に着ける物が、身に纏う服が、身を整える化粧が、あの頃からどれだけ時が経ったかを感じさせる。

「さっ、じゃあ此処でお別れかな?」

「あぁ。本当に今日は会えて良かったよ恵」

「私こそ久々に紗凪に会えて楽しかった!」

「また暇な時にでも会おうな」

「絶対だよ!約束だからね?」

「あーはいはい、絶対絶対」

そんなに約束なんかしなくてもどうせまた会えるだろ。

そう思える友人がいることは、きっと恵まれてるんだろうな。

「バイバーイ!」

「あぁ、またな」

何だか気恥ずかしくなり、ぶっきらぼうな別れの挨拶をする。

「さて、と。夕飯なに作ろうかな」

恵が言ってたようについこないだ重版が決定した。

そのお祝いをしていないことに気がつく。

「…まぁお祝いを兼ねてハンバーグでも作るか」

826高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:29:18 ID:/peGHtq.

……。


「思ったより時間かかっちゃったな」

スーパーで買い物を終え、出てくる頃にはすっかり街は茜色に染まっていた。

挽肉やら野菜やらをビニル袋に抱えて、急ぎ足で帰宅をする。

ふと、目に入る路地。

「…遅くなっちまったし、近道していくか」

本音を言うとあんまりこの近道は好きではない。
   
辛うじて道と呼べる幅はあるが、街灯はなく、日が沈んでしまえば、深い闇包まれるからだ。

けれどここを通れば大幅に帰宅時間を短縮できる。

今は夕日が沈みかけてはいるがまだ明るい。

ギリギリの判断で近道を行くことを選ぶ。

「こういう時間帯ってなんていうんだっけな…。確か逢魔時って言ってたっけな、あいつ」

逢魔時。

昼と夜の境目、黄昏時。

読んで字の如く、魔物や妖怪に逢いそうな不吉な時間帯。

あるいは災禍が招かれる時間帯。

そんなことを言ってたような気がする。

「昔に国語の授業でそんなことも習った気がするけど、あいつと付き合ってから覚えた言葉の方が多いなぁ」

そんなことをしみじみと思う。

細い路地を突き進み、恵との会話を思い出す。

「いい加減四年目になるし、呼び方変えた方がいいのかな」

慣れてしまったから今更疑問に思わなかったが、今一度考え直すとおかしな事ということぐらいはわかる。

「あまね…いや違う。アマネ、うーん。遍…ただいま遍。…うん自然だ」

驚くかな、あいつ。

少し恥ずかしいけど、あたしだってそろそろ下の名前で呼ばれたいし。

付き合ってもう3年だ。

うんそれがいい。




パキッ




「ッ!」

背後から枝が割れる音がする。

慌てて振り返るが特に何かがいる様子はない。

けれど薄暗さと不気味さが相まって、恐怖が背筋を伝う。

「…野良猫か?」

あんまり幽霊の類いを信じちゃいないがそれでも怖いものは怖い。

刻一刻と日の入りが迫っているので、急いでこの道を抜けることにしよう。

「絶対、今日こそ言ってやる。ただいま遍って」

827高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:29:42 ID:/peGHtq.
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「遅いな荻原さん」

集中の海から上がると、もう既に日が沈んでることに気が付いた。

恋人の帰りが遅く、心配する。

一度ノートパソコンを閉じて、煙草を手に取る。

そのままベランダに出ると、随分と冷え込んだ空気に身を細める。

まだ冬と呼ぶには早いが、すっかりと紅葉に染まった季節だと、日が沈みきってしまえば空気は身に染みるほど冷たくなっていた。

恐る恐る口に加えた煙草に火を付ける。

「…ふう」

夜空をぼやかすように、煙を吐く。

寂れたこの街は、明かりが少なく夜空の星が、都会よりは綺麗に写る。

とはいえ、都会と比べればマシ、といった具合なのだが。

「…嗚呼、オリオン座だ。もうそんな季節か」

強く光る四つの星で象られた体と、それを結ぶ帯を表す三つの星。

間も無く冬の訪れる、その報せだった。

「確か荻原さんに告白したのが三年前のこんな季節だったような気がする」

あの頃。

恋人と妹を同時に失ったあの頃。

今思えば、恋慕と憎悪と悲哀の矛盾した感情で、心が歪み悲鳴を上げ、正常な判断が出来なくなっていた。

簡単にお別れを告げたこの世と僕を繋げたのは、紛れもなく萩原さんのお陰だ。

「…"萩原さん"か」

想いを告げて、交際に至ってから今日まで三年という月日が経ったのにも関わらず、未だ下の名前を呼べずにいた。

原因は分かってる。

さな と はな

その名前が"彼女"のことを強く蘇らせる。

"彼女"の言葉が、未だ呪いとなって下の名前を呼べずにいた。

今となっては触れる、抱きしめる、口付けする、そして性交渉まで行っているが、初めは紗凪に触れるのも苦労した。

そんな臆病で奥手な僕を、決して紗凪は見限らずに、「焦らなくていいよ」と優しく応えてくれた。

交際を始めてから手を繋ぐまで、一年という月日を要したというのに。

「紗凪…。…面と向かってない時は言えるんだけどな」

喉に染み付いた怯弱が、癖となってしまっている。

客観的に見て、よくもまぁこんなに交際を続けられているもんだと感心する。

ベランダの手すりにかけていた腕の先から、煙草の灰が下へと落ちていく。

828高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:30:09 ID:/peGHtq.
「行儀が悪いなぁ」

己を叱責すると同時に、灰が落ちていった地面に目を向ける。

「…こんな安アパートの二階からじゃあ、打ち所が悪くなければ自殺なんてできないな」

それなのにあの日、屋上から見下ろした校庭より随分と距離を感じる。

今となっては自殺なんて毛頭考えちゃあいないが、絶望の淵に立っていた僕は、屋上の縁に立ち、自殺をしようとした。

飛び降りることなんて怖くもなんとも思っていなかった。

寧ろ屋上から校庭の高さが五メートルにも満たないような近さに錯覚していた。











「さよなら」

そう告げて飛び降りようとした僕を止めたのは、金網の隙間を通った細い腕、紗凪の腕だった。

「なにしてんだよ!!!」

「萩原さん…」

「そんな馬鹿なことはやめて、こっちに戻ってこい!」

強くシャツが握られる。

皮膚に爪も食い込んでる。

「……痛いよ、萩原さん。少し緩めてよ」

「じゃあ一旦こっちに戻ってこい。そしたらこの手も緩めてやる」

強く握られているとは言え、金網越しに片手かつ女子の握力だ。

飛び降りようと思えば無理矢理にでも出来るだろう。

けれど僕を引き止めているのはそんな物理的な話じゃなくて、彼女の瞳に宿る強い意志だった。

僕はその強い意志に屈するように、金網をよじ登り、彼岸から此岸へ渡る。

「どうして止めたんだい?」

恨み言のようにそう呟いた。

「自殺は…するもんじゃない。生きてれば死にたくなることもあるだろうが、その逆も然りだ。この先きっと生きてて良かったと思える時が来る。けれど死にたい奴らは、どうしても目の前が暗くなっちまって、何も分からなくなる。だから誰かがこうやって止めなくちゃいけないと、そう思った」

829高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:31:03 ID:/peGHtq.
「生きてて良かったって思える…?はは…無責任なこと言わないでよ。恋人は殺人鬼、妹は殺された、そして分からないだろうけど僕の夢だってもう叶わない」

「でもお前は生きている。それに夢だって持ってるじゃないか。一度や二度、落選したからって諦めるなよ」

「…!なんでそれを…」

「知っているかだって?ほら、これ。読んだよ」

それは表紙に『高嶺の花と放課後』と書かれたノートだった。

「こんな遺書紛いなもの、机の上に置いて置くもんだからまさかと思って屋上に来てれば、案の定だったな」

「なら、分かるだろう?僕はもう物語を書くことが出来なくなってしまったんだよ。落選したことも酷く落ち込みはしたけれど、書けなくなってしまったことの方がよっぽど深刻なのさ」

「こんなことがあったらショックの一つや二つでなんらかの支障が起きたって仕方がないよ」

「分かった風に言わないでよ。何も分からないくせにさ。萩原さんみたいな人にはきっと死にたいと思う人の気持ちなんて分かりはしないさ」

「おーおー言ってくれるね。まるであたしが死にたいと思ったことがないみたいな言い方だな」

「…間違ってるかい?」

「まぁ死にたいとは思ったことはなくはないが、お前ほど深刻なものじゃないな。…けどな、死なれたことならある」

「…?」

「中学の時だ。地元の幼馴染だった女の子がいたんだ。まぁ幼馴染ってだけでそこまで仲良くはなかったんだがな。中2のある日だ。そいつは自殺したんだ。原因は単純、いじめだよ」

「…」

相槌を打つことはしない。

ただ淡々と萩原さんの過去を聞く。

「特別仲が良い友達が死んだなら、きっと深く悲しんでたんだろうけど、あたしの中に芽生えた感情は罪悪感だった。確かに仲は良いとは言えなかったけれど、あたしはその子の死を止められた可能性のある立場の人間だった。もしかしたら助けられたかもしれない。そんな自責の念で毎日押し潰されそうになった。きっとあたしには関係ない人間だって思えば楽になれたのに。今だってそうだ。止められるのに止めなければ、あたしはまた何年も罪悪感に苛まれる。だから止めた。あたしがあたしであるために。理由としては満足か?」

「…萩原さんは、とても責任感の強い人なんだね。それに…、残酷だ」

「…」

「君はまた僕に地獄を生きろと言っている。想像できるかい?夜寝るたびに華が綾音を刺し殺す場面が何度も何度も繰り返される苦しみが?」

「ごめん、そこまでは考えてなかった。責任感が強いってのは無責任の間違いだな」

「きっとここで僕の自殺を止めたって死にたいって気持ちは消えるわけじゃあない。君がいなくなった隙に、また飛び降りようとするかもしれない」

「そしたらもう…あたしにできることはないかもな…。不知火…、これはあたしの我儘なんだけどさ…」

「なんだい?」

「生きて欲しい」

乾いた大地に水が染み込む感じがした。

誰にも、自分自身でさえ、己を生きて欲しいと思わなかったのに、ただ一言。

ただ一言、そう言われただけで僕の心はどうしようもなく喜んでしまった。

「…やっぱり君は残酷だ」

止めどなく涙が溢れる。

830高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:31:32 ID:/peGHtq.
…。

それから僕はまた地獄を生きる道を選んでしまった。

死にたいという気持ちを抱える日々。

死神が誘惑してくる毎日。

それでも僕は、以前の自分ならどういう道を選ぶのか、考えに考え、その道を必死になぞっていく。

今は書けないかもしれない。

けれどいつかは書けるかもしれない。

今は夢に酔おう。

そうすれば僕はまた明日を迎えられる。

地獄の日々だった高校生活も、今振り返ってみれば長かったようで短いという、ありきたりな感想が出てしまう。

「夢を叶えたぞ…」

過去の自分が少しでも救われるように呟いた。

届くことはないのかもしれないが、それでも今に繋がっている。

それでいいんだ。

「冷えてきたな…」

室外機の上に乗せた灰皿に、煙草を押しつけ火を消す。

寒さに身を縮ませながら室内戻ると、何の気の迷いか数年ぶり書き足したノートが開かれているのが目に入る。

「こんなものまだ持ってるって荻原さんにばれたら大変だ」

事件から7年。

風化とまではいかないが、あの時の苦しかった思いは少しずつ小さくなっていた。

それもこれも、恋人である萩原紗凪のお陰だと改めて思う。

彼女はとても強い人だ。

僕にはない、とても強い芯を持った人。

憧れにも似た感情が湧くが、一番は彼女といると少しでも自分が真っ当に近づけるような、そんな気がするのだ。

卒業式の日、命の恩人だと、格好つけて礼を言ったのは良いものの、すぐに同じキャンパスで再開した時は、なんとも恥ずかしさにも似た感情が湧いた。

高校の時にポツリポツリと吐いた事情を知っていた彼女は、何かと僕のことを気にかけてくれた。

なぜ自分にそう気にかけてくれるのか、当時の僕は全く分からなかった。

あの事件で失ったもの、傷ついたもの、壊れたもの、それは決して簡単に戻るものじゃあないが、それでも前に進もうとそう思えさせてくれたのは、紛れもなく彼女のお陰だ。

高校の頃の担任の先生の言う通り、大学に入学した僕は、小説を書けなくなってはいたが、それでも何度も旅に出かけた。

美しい景色や人、出会いがたくさんあった。

心が躍るようなものもあったが、結局筆を取れば同じことだった。

「まだ書けないのか?」

「うん、いざ筆を取ると頭が真っ白になるんだ。なにも物語が浮かばない」

「そっ…か。まぁ焦ることないよ。今は心の赴くままに生きてみよう」

「心の赴くまま…」

強く寛容な彼女を見ている日々。

すると、今まで何も浮かばなかった白紙の頭に一つ、物語が思いついた。

別になんてことはない物語。

さして面白いとも思わない。

けれど、数年ぶりに物語が頭に描かれた。

彼女をモチーフにした強い女性が主人公の物語。

面白くないはずなのに、筆が止まらない。

今まで塞ぎ込んでたものが溢れるように、物語が延々と綴られていく。

気がつけば僕は、三日三晩寝食忘れて、物語を書き完結させた。

完結させた瞬間、空腹と睡眠不足で倒れたのは、今ではいい思い出だ。

開いていたノートを閉じ、幾つかの"未開封の封筒"を共に仕舞われていた箱の中に入れる。

831高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:31:50 ID:/peGHtq.




ピンポーン




普段であれば受信料の徴収か、あるいは宗教の勧誘か。

生憎だが、ドアモニターのない安アパートじゃ、来訪者の顔を知ることはできない。

「…はい」

「あけて」

音質の悪いインターホンからは、聴き慣れた女性の声が聞こえた。

「…?おかしいな、萩原さん鍵忘れたのかな?」

いや、いつまでもこんな呼び方をしたらいつ愛想を尽かされるかわからない。

「紗凪。…紗凪。今日こそちゃんと言おう」

僕の心を救ってくれた恩人。

僕にもう一度愛を教えてくれた恋人。

ちゃんと気持ちを伝えよう。

感謝の気持ちを、そして愛してると。

玄関の鍵を開ける。

ガチャリ

扉がゆっくりと開かれていく。

言えるのだろうか。

違う、言わなくちゃ。

いつまでもありもしない呪いに囚われてちゃあ駄目だ。

紗凪。

君となら僕は強く生きていける。

扉が開かれる。














「ただいま、…遍」

832罰印ペケ:2020/06/14(日) 22:57:36 ID:/peGHtq.
以上で高嶺の花と放課後 第19話『シオン』そして最終話『クロユリ』の投下を終了します。これにて「高嶺の花と放課後」完結です。ここまで読んでくださった方ありがとうございました。
シオンの花言葉は「追憶」「君を忘れない」「遠方にある人を思う」などです。クロユリの花言葉は「恋」あるいは「呪い」です。この最終話見る人によってエンディングが分かれると思います。
というか分かれるように作りました。どちらが正解とかありません。皆さんにお任せします。書き終わった感想としては素直に疲れましたwカクヨムの方にはあとがきで書きたいことある程度書いてるので
ここでは簡潔に書きますが『高嶺の花と放課後』は言ってしまえば設定の特徴が『高嶺の花』くらいしかないんですよね。一応理由はあって、なるべく奇天烈な作品よりかは基本(?)に忠実なスタンダードヤンデレ小説
かけたらなぁって思って書き始めたのが最初です。あくまで私が思う基本ですけどね。ヤンデレって言葉は浸透してきてはいますが、「それってヤンデレじゃなくね?」と思うものや「ソフトヤンデレってヤンデレにソフトもクソも無いだろ!」
とか色々思うことがあって「じゃあ自分の思うヤンデレのスタンダードを書いてやろうじゃないか」と筆を取った次第です、はい。ヤンデレの定義は割と認知されていると思うんですけど、やっぱりヤンデレが病むほど対象を愛する理由が大事かな
と思うんです。理由はなんでもいいです。「命を救ってくれたから」とか「前世が恋人だったから(妄想)」とか。大した理由もないのに「スキスキスキメスブタコロスー」みたいのは正直ヤンデレと思えないです、サイコパスです。
本作も最初はヤンデレ描写が少ないですが、それは『ヤンデレには理由が必要』という自論に基づいたストーリー構成です。前にも言ったんですけどヤンデレが嫉妬に苦しむのが一番好きで「殺したい、でも殺人は罪、でも殺したい」
みたいな葛藤くらいはして欲しいです。ヤンデレであれば正々堂々、相手の命の重さも理解した上で己の愛の重さで天秤を傾けてほしいものです。条件反射で「ドロボウネココロス」とかやってたら正直「このヤンデレよく今まで捕まんなかったな」
と冷静になり萎えてしまいます。まぁとりあえず、自分が思うヤンデレの教科書にするつもりで『高嶺の花と放課後』を書いてきました。
途中失踪期間とかありましたがそれでも面白いや応援してますなどのレスが力となってここまで書ききれました。それともう1話だけ高嶺の花と放課後を書いてます。それはカクヨムには投稿せずこの掲示板のみの公開にするつもりです。
その時にまた少し言いたいこと書くかもしれません。ひとまずは作品としてはこれでいったん一区切りです。2年以上の間、ありがとうございました。
最後に宣伝になりますが、しばらくはカクヨムでヤンデレ小説を書いていくつもりです。気が向いた時にも読んでくだされば幸いです。では

833雌豚のにおい@774人目:2020/06/17(水) 02:53:22 ID:8RCwVXJc
完結乙です!
久しぶりにここで本格的なSSが読めました!
また次回作も期待してます!

834雌豚のにおい@774人目:2020/08/23(日) 03:24:01 ID:wRBXPod.
高嶺の花と放課後の読破記念に書き込み。
よく練られた文章で書かれた罰印ペケさんの完結までの労力は並々ならぬものだと感じました。
改めて本当にお疲れ様です。
僕もヤンデレ小説の構想が浮かぶ事があるんですが書こうとすると矛盾が生じたり、
形にした途端に自分が書いたものが茶番に見えて来たりと悪戦苦闘しています。
この作品を読んで、いつか僕も自分の理想に近いヤンデレを形にしてみたいなと思いした。

835雌豚のにおい@774人目:2021/02/21(日) 02:54:15 ID:8rUfhiyE
半年以上も何も書き込みが無いってのも寂しいね。

836高嶺の花と放課後『リンドウ』:2021/03/05(金) 10:52:37 ID:rgNZ.V2g

世の中には知らない方がいいことってのがある。

けど人間って愚かな生き物は、探求心にあらがえない。

一度知ってしまえばもう、"知らない"には戻れない。

自分が正しいと思っていたことは全て間違っていたと気付いてしまうこともある。

けれど知らなければそれは正しいのままでいられる。

これから綴られる物語も知らなければ良かったと、そう為る物語。

親切なあたしは一度だけ警告するよ。

これ以上は読まないほうがいい。

警告したからにはもう読書を中断させる義務なんてない。

知ってしまったことに対する責任なんてない。

嗚呼、きっとお前は後悔するんだろうな。

それでもいい。

だってあたしは












悲しむ君が好きだから

837高嶺の花と放課後『リンドウ』:2021/03/05(金) 10:53:51 ID:rgNZ.V2g
待ちに待った月に一度の性行為の日。

けれどあたしが一番楽しみにしてるのは性行為自体じゃなくてその後の出来事だ。

いつからだろう。

あたしの中にあるこの歪んだものに気づいたのは。

あたしの膝の上で眠る彼を見つめれば、苦悶の表情で夢を見ている。

嗚呼、きっと彼は悪夢を見ている。

忘れたくても忘れられない地獄が何度も何度も繰り返されている。

胸が締め付けられる思いになる。

初めは彼が苦しんでいる姿を憐んでいるからこんな気持ちになるのだと思っていた。

違う。

本当はそうじゃない。

彼の苦しんでる姿が堪らなく愛おしいのだ。

けれど自分がそんな歪んだ人間なんて認めたくなくて、何度も目を逸らし続けた。

彼の前で誰よりも正しく、真っ当に生きようと思った。

そうやって彼を、そして自分自身を偽ってきた。

でもどうしたって心のどこかでもう認め始めている。

不幸のどん底にいた彼に惹かれた時点で既に歪んでいたのだ。

少し考えればわかる話だ。

普通は絶望し「死にたい」が口癖の人間を好きになるなんてどうかしてる。

相談相手として話を聞いてるならこちらまで病んでしまいそうになる。

けれどあたしは彼の不幸を聞くのは何の苦でもなかった。

その頃、何も知らない女子高生のあたしはただの恋だと錯覚していた。

ただの恋だと思えたままなら、良かったのに。

己の中にある狂気なんて知りたくもなかった。

まだ彼は知りもしない。

あたしが歪んでいるなんて想像だにしていないだろう。

それが余計に彼が憐れに思えてきて、愛おしく感じてしまうのだ。

どうして彼はこんなにも歪んだ女性ばかりを引き寄せてしまうのか。

彼ほど絶望した人間がいただろうか。

彼ほど苦しんだ人間はいるのだろうか。

否、そうそういないだろう。

不幸な彼を甘い蜜のように啜るあたしはまるで害虫。

知らない顔して幸福を積み上げる。

そして積み上げた幸福をいつ壊してやろうか
、どうやって壊してやろうかと悪魔のような思考に駆られる。

彼はあたしにどんな絶望した顔を見せてくれるのか。

「やっ…ば」

行為が終わった後だというのに、急速に性的興奮が高まっていくのを感じる。

ただこれはジレンマのようなものでもある。

真実を知り、不幸になり、絶望する彼を見たいが、彼に嫌われたいわけではない。

望むのであれば不幸に堕ちつづける彼をずっと側で支えたい。

側で観ていたい。

「はぁ…はぁ…」

頻度の少ない性行為の穴を埋めるようにする自慰は、いつだって不幸な彼を妄想する。

無知な彼にはあたしを真っ当な人間かなにかと思ってる。

それが余計に哀れで愛おしい。

だからいつも思う。

私以外の誰かが彼を不幸のどん底に落とさないかな、と。

貴方のことは好きで好きで堪らないけど、多分『愛してる』という感情とは程遠いものなのかもしれない。

もしあたしがこれ以上ないくらいまで幸福を積み上げたとき、もっとも最悪な方法で壊すとするならばそれは…

「んっ…はぁぁぁッ…でも、それは、ァ…ン」

その方法で壊せば、不幸な彼を"この目で"見ることは叶わないだろう。

でも夢見てしまう。

838高嶺の花と放課後『リンドウ』:2021/03/05(金) 10:54:35 ID:rgNZ.V2g

「あたしが首吊って死んだら、どんな表情をするのかなぁ…」

口端が歪に吊り上がって行く。

正直、愛故に監禁した女より、愛故に殺人をした女より、ぶっちぎりであたしがイカれてる。

愛故に、不幸にしたい。

「嗚呼…好きだ。大好きだ」

思うに、幸せの尺度は如何に無知であるかで決まる。

ある大人が言った。

『毎日、ご飯が食べれて幸せだな。貧しい国では十分な食事にありつけるのに精一杯だというのに』

一見その貧しい国を配慮したように思えるその台詞が、実は意図的ではないにしろ心の底で馬鹿にしていることに気がついたのはごく最近のこと。

だってそうだろう?

『十分な食事にありつけなければ幸せになれない』

ある大人はそう言ってるのさ。

じゃあ貧しい国の人たちは毎日毎日幸せを感じずに生きているのか。

そんなわけがない。

私たちは毎日3食十分食べれることを、そんな当たり前な日々をもう"知ってしまった"。

食事にありつけるの大変な日々になってしまえば、それを凄く不幸に感じるだろう。

最初から飯を食うのは大変だとしか知らなければ、それほど不幸に感じることはないだろう。

けれど、隣の奴が楽して飯を食えてることを"知ってしまえば"、途端に不幸に感じるだろう。

ましてや価値観や性格の違いで各々の感じる幸福に差異があるのであれば、幸福なんてものは実体がなく想像の域を出ない。

幸福も不幸も頭の中でしか起こらないものならば、知識の量で自ずと尺度が決まる。

自分より幸せな奴なんて知らなければ、自分が世界で一番幸せになれる。

だからあたしの中の化け物を知られるわけにはいかない。

彼を世界で一番幸福にするために。

貴方がこの物語を読むときがいつになるかは分からない。

もしかしたらあたしが死んだ後かもしれないし、あたしが誰かを殺した時かもしれないし、何も知らずに幸せに浸っていた時かもしれない。

いつだって構わない。

いっそのこと、これは読まれなくたっていい。

所詮、この物語はあたしの中にある矛盾に与えられる過度なストレスの発散でしかないんだ。

あの日より不幸な、人生最悪の日を今も模索している。

そしてあたしはいつか迎えるその日まで、貴方をうんと幸せにする。

世界一の幸福を壊す時、あたしはきっと満たされる。

世界で一番幸せになれる。

「イッ……クッッッ………」

この歪な感情すら愛と呼んでもいいのなら…

「……はぁ、はぁ。…愛してるよ、アマネ」

今日もあたしは何も知らない君に愛を囁く。

839罰印ペケ:2021/03/05(金) 11:44:09 ID:CJ1dLC8I
お久しぶりです、罰印ペケです。
以前に書き込むと言った1話『リンドウ』。
花言葉は『悲しむ君が好き』
本編で使えたら使いたいなぁと思った花言葉だったんですが、ストーリーに入れる余地はありませんでした。なのでもしもう1話書くとしたらこんな話かなぁと書いた話です。ちなみに時系列がいつとかは決まってないです。多分好きなんでしょうね、読者に考察の余地を与えると言うか、解釈をぶん投げるのが。本編のエンドやこの話は『魔女の家』というフリーホラーゲームにかなり影響されてます。小説でもヤンデレでもなんでもないんですけど、人生の中で一番心に残ったストーリーでしたね。分かる人には分かるかもしれませんが「知らなきゃ良かった、知らなければ幸せでいれたのに」と思える物語です。それはこの『リンドウ』もそうです。『リンドウ』自体が「知らなきゃよかった」であり、その「知らなきゃよかった」をテーマとして書いた物語でもあります。知らぬが仏とはいったものです。余談ですが今カクヨムのほうは更新停止してます。長い間自分の中で抱えてた物語が完結して正直燃え尽きたんだなと今では思ってます。完結した直後はそれなりの人に読んでいただりイラストいただいたりで、ハイになってたのかモチベーションもあったんですけど、今は低迷してます。今でもポツリポツリと書いてはいるんですけど、あまりにペースが遅く、まともに更新できるペースじゃありません。『高嶺の花と放課後』は作品として作ったのではなく持論として作ったんだなと改めて思いました。だから言いたいことは言ったから言うことはない、それが今の状態です。あとヤンデレって麻薬みたいに感じません?摂取すれば摂取するほど次のヤンデレが欲しくなる。そして需要に対して供給が追いつかなくなる。困ったものですね()この物語はここの掲示板の作品みて育ってきた自分が書いた物語です。だから今度はこの物語を見て、新たなヤンデレ作品が生まれてくれるのが今の1番の望みですかね。あんまり他力本願なこと言っててもしょうがないので、しっかりとまたヤンデレ小説書けるように今はしっかり充電します。とりあえずこれで本当に『高嶺の花と放課後』完結です。またいつか

840 ◆ZUNa78GuQc:2021/04/13(火) 18:25:59 ID:QE9nDRzM
てすと

841 ◆lSx6T.AFVo:2021/04/13(火) 18:27:30 ID:QE9nDRzM
お久しぶりです。
新作を投稿します。3万字くらいの短編を予定しています。
タイトルは『きょうだい忌譚』です。

842はじまり:2021/04/13(火) 18:27:54 ID:QE9nDRzM
 きょうだいのあり方は千差万別だ。
 我が半身かのように切っても切れない関係性のきょうだいもいれば、互いに凶器で切りつけ合うような関係性のきょうだいもいる。目を合わせることもしないきょうだいもいれば、目を合わせることすら恐れているきょうだいもいる。
 僕はおもう。
 なぜ、こんなにもバラバラなのだろうか。
 たしかに、同じ血を分けた者同士だからといって、何から何まで同じというわけではない。いくら外側は似通っていようとも、その内側まで似通っているとは限らない。
 されど不思議なもので、内側の差異が関係性に影響を与えない場合もある。
 白と黒のように正反対の性格であっても仲のいいきょうだいはいるし、鏡を写し合わせたように相似していても仲の悪いきょうだいもいる。
 では、きょうだいの関係性を決定づける要因とは何なのか。
 僕は、あの日からずっと考えていた。
 それこそ、死ぬほどのおもいをして考え続けていた。
 今でこそ坂道を転がり落ちるような、悪化の一途をたどっているが、答えさえ見つかれば、今の状況を変えられるのかもしれないという、かすかな希望があったからだ。
 僕たちも、いつかはありふれたきょうだいになれるはず。それなりに好き合っていて、それなりに憎み合っている、ふつうのきょうだいになれるはず。
 そう信じていた。
 でも、最近は、徐々にその熱意が失われつつある。
 もっとハッキリ言ってしまえば、どうでもよくなってきている。
 なぜなら、僕はこれっぽっちも後悔していないと気付いたからだ。
 過去を振り返って、「あの時、ああしていればよかった」と悔やむことは誰にだってあるだろう。
 だけど、それは自分が違う行動をしていれば、違う結果を生むことができたと確信できている場合だ。
 たとえるなら、通り魔に恋人を殺された日を振り返って、「あの時、外へ遊びに行こうと彼女を誘わなければ」と悔やむような。
 しかし、僕の場合は違う。
 ばかげた妄想になるが、仮に、僕が神さまから、過去に戻ることができる能力を与えられたとしよう。しかもその能力は、あらゆる時間帯に、何度だって戻ることができる、とても便利なものだとする。
 そんな能力があれば、悔やむ者なら誰だって過去に戻るはずだ。
 さきほど例に上げた彼にしたって、死ぬはずだった恋人の手を握りしめて、「今日はずっと一緒にいよう」と叫ぶに違いない。
 でも、きっと僕は何もしない。
 それほどの能力を授かったとしても、きっと僕は何もしない。
 なぜなら、過去に介入できたとしても、どれほど過程をいじくれたとしても、あの結果だけは絶対に変えられなかったと確信しているからだ。
 過去に戻れたとしてもその有様なのだ。いわんや現在をどう変えようというのだ。
 ヒトは、どれほど努力しようとも空を飛ぶことはできない。そんな自明のことを悔やむ人がいないように、僕にも後悔はない。
 答えなんかあったって、たぶん、どうしようもなかったのだ。
 僕にできることは何もなかった。唯一できたのは、観客席に座って、劇の成り行きを見続けることだけ。せめてもの抵抗といえば、その劇が良作であるか駄作であるかを批評するだけ。
 ならば、やり場のない、ぬるま湯のような絶望に浸りつつ、底へ向かって沈んでいく他ないじゃないか。
 ����僕と彼女には、あのような結果しかあり得なかった。
 いつしか、そんな言い訳が唯一の慰みになるのだろう。
 己を責任の拉致外に置き、心地のよい諦念に身を委ねつつ、僕はゆっくりと絶望に沈んでいく。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 沈んでいく。

843:2021/04/13(火) 18:31:40 ID:QE9nDRzM
 佳乃(よしの)は、瞳の少女だった。
「瞳のキレイな女の子ね」
 初めて佳乃と会う人は、みんな決まってこう言った。
 小さな顔の中に収まっている彼女の瞳は、いつも濡れたように黒く光っていて、人を惹き付ける怪しげな魔力を宿していた。対面すれば、花の蜜に吸い寄せられる蝶のように、自然と意識が持っていかれてしまい、瞳にとらわれすぎて会話の内容をほとんど記憶していないということすらまれにあった。
 しかし、魔力とは言っても、ミステリアスな雰囲気などは全くなくて、むしろ人懐っこさを感じさせる爛々とした光だった。
 なので、佳乃の周囲にはいつも人がいた。
 公園に遊びに行けば、いつの間にか知らない子たちと鬼ごっこをしていたし、親戚の集まりでも子どもたちの中心にいることが多かった。
 どちらかといえば内気で人見知りだった僕とは対称的に、彼女は小さな頃から、その社交的な性格を存分に発揮し、大人相手にも物怖じせず話しかけていった。愛嬌があって可愛がられやすかったので、よくお菓子などをもらっていたし、お年玉の金額も僕より高かった。
『素直で明るくて優しい子』
 それが、僕のふたつ年の離れた妹である佳乃の、子どものころから一貫して変わらない世間での評価だった。

844:2021/04/13(火) 18:32:22 ID:QE9nDRzM
 僕と佳乃の関係性はどうだったのかというと、別に悪いものではなかった。いや、むしろ良い方だったろう。少なくとも、第三者から見れば、仲良しなきょうだいに映っていたことは間違いない。
 実際、妹からは懐かれていた。
 僕はこれっぽっちも記憶していないが、母に言わせれば、「それこそ赤ん坊のころから、お母さんよりもお兄ちゃんの方が好きだった」らしい。
 佳乃がまだ自分の足で立つことすらできなかった年齢のころ、近くに僕の姿が見えないとすぐに泣き出してしまい、抱っこをしてなだめすかしても全然泣き止まず、僕の姿を認めてようやくおとなしくなったという。
「子守唄を歌ってあげるより、お兄ちゃんの隣に寝かせてあげた方がずっと効果があったわよ」
 と、母はよく笑っていた。
 たぶん、大げさに言っていたのだろう。まだ分別のつかない赤子が、兄の存在をしっかりと認識していたのかは怪しいし、仮に認識していたとしても、母親の腕の中よりも優先されるとは到底思えない。
 眉唾物だと切って捨てるべきではあるが、あながち嘘とも言いきれないものがあった。
 記憶が次第に色彩を持ち始める幼少期を振り返ってみると、たしかに、佳乃はいつも僕のそばにいた。
 遊んでいる時も、ベッドで寝る時も、ごはんを食べる時も、幼少期のどの場面を切り取っても、その絵の中には必ず佳乃の姿があった。
 幼稚園の迎えのバスに僕が乗り込む時、彼女が決まってべそをかいていたの思い返せば、母の話にもある程度は信ぴょう性があるといえよう。
 兄の目から見ても、妹は思いやりのある子に映った。
 自分の欲望を優先しがちな幼児のころから、兄にはとても尽してくれていた。
 いつもテレビのチャンネルを譲ってくれたし、午後のおやつも分けてくれたし、男の子の遊びにもつきあってくれた。

845:2021/04/13(火) 18:33:02 ID:QE9nDRzM
 僕は、佳乃に訊いたことがある。
「本当は観たい番組があるんじゃないのか、お腹がいっぱいだなんて嘘じゃないのか、ヒーローごっこよりオママゴトがしたいんじゃないか」
 佳乃は笑って、僕に答えた。
「そんなことないよ。ぜんぶね、わたしがそうしたいから、そうしているんだよ」
 彼女の声には、暗に見返りを求めるようなずる賢い響きはなかったから、僕は鵜呑みにしてしまい、「本当のことを言っているんだな」と終わりにしてしまった。
 深くは考えなかった。
 彼女がとても寛容な心の持ち主だったのはわかりきっていたから。
 佳乃の寛容さを示す、こんなエピソードがある。
 彼女が幼稚園の年長になった時だったか。
 ある日、僕は、佳乃の大切にしていたドールを誤って踏みつぶしてしまった。足の裏を通して伝わってきた確実な感触に、「ああ、やってしまったな」と苦々しく思ったのをおぼえている。プラスチック製の細い首は無残に折れてしまい、接着剤などで修復するのも困難な状態となっていた。
 当然、佳乃はわんわんと大泣きした。
 首のないドールの人形を抱え、「いたくしてごめんね」と謝り続けた。
 ひたすら悲しんだ後にやってくるのは、いつだって怒りの感情だ。そして、怒りの矛先を向けるべき相手は、大切なものをめちゃくちゃにしてしまった兄だろう。
 が、佳乃は最後まで僕を責めることはなかった。単に、ドールを失った悲しみに打ちひしがれていただけで、「お兄ちゃんのせいだ」とは一度も言わなかった。それどころか、落ち着きを取り戻すと、僕の足が傷ついていないか心配する優しさまで見せた。

846:2021/04/13(火) 18:33:36 ID:QE9nDRzM
 以上の出来事を鑑みれば、よくわかるだろう。
 佳乃は良い子だ。
 とても良い子だ。
 だから……そんな良い子をきらいだとおもうのは間違っている。
 普通、これだけ兄を慕ってくれている妹をきらうだなんてありえようか。
 いや、ありえるはずがない……。
 たしかに、冷えきった関係性のきょうだいというのは存在する。けれど、そういうきょうだいは、互いに敵対していたり、極度に無関心だったりすることが大半だ。つまり、原因となる種がなくしては、破綻には至らない。
 佳乃を嫌いになる要素なんてひとつもなかった。なら、妹とは友好的な関係性を築く他考えられない。
 なのに、なぜなのだろう。
 僕は、彼女に対して複雑な感情を抱えていた。
 強いて例えるなら……絡まりすぎてほどけなくなった電源コード、のどに刺さった骨、服の中に入り込んだ虫、気づかずに踏んだ水たまり、ぬるくなった牛乳、靴の中に入った小石。
 ……いや、そのどれもが適当な例ではない。この感情を言語化するのは到底不可能なように思えた。赤子が自身の感情を伝える手段を十分に有していないように、この感情を伝え切るには、僕はあまりに未熟なのだろう。
 だから、不本意ではあるが、『きらい』という言葉を用いるしかない。
 僕は、佳乃がきらいだった。
 太陽のように暖かな笑顔も、枝毛のない長く伸びた黒髪も、初雪をおもわせる真っ白な肌も、お兄ちゃんと呼びかける柔らかな声も。
 ぜんぶ、ぜんぶ、きらいだった。

847:2021/04/13(火) 18:34:04 ID:QE9nDRzM
 そして、何よりもあの瞳……。
 みんなが褒め称える、宝石のように輝くあの瞳が、たまらなく嫌なのだった。何度、あの眼球をくりぬきたい衝動に襲われただろう。ふと視線を感じて振り向き、そこに佳乃の形のよい瞳があった時、僕は……僕は……。
 いつからなのかはわからない。
 それこそ、佳乃が生まれてから、ずっとなのかもしれない。
 僕は生来、この説明不可能な感情に悩まされている。
 もし、このマグマのように煮えたぎる『きらい』を素直に表すことが出来たのなら、ここまで苦しまずに済んだだろう。
 だけど、僕には、兄は妹に優しくしなければならないという古風な価値観があった。
 己を犠牲にしてでも妹を助けなくてはならない、とまではさすがにいかないが、『兄らしい生き方をする』というハードルが、他のきょうだいたちよりも高かったのは間違いないだろう。
 だから、僕は内側からせりあがろうとする感情を乱暴に抑え込み、少なくとも表面上は良き兄としてふるまっていた。佳乃を怒鳴りつけたこともないし、手を上げたこともない。優しい妹にふさわしい、優しい兄としてあり続けた。
 妹がきらいだという気持ちと、妹に優しくしなければならないという気持ち。
 このせめぎあいの中で、関係性を築いていった。
 けれど、押し付けたバネが、その力の分だけ反動力を持つように、いつまでもこの関係性が継続できるとは考えていなかった。
 一度、ヒビが入ってしまえば、完全に修復することなんてできやしないのだ。

848:2021/04/13(火) 18:34:28 ID:QE9nDRzM
 僕が初めて、兄らしさを維持できなくなった出来事があった。
 詳しい日時は忘れてしまったが、佳乃が小学校に入学してまだ日が浅いころ。
 当時、彼女は日曜の朝に放映している魔法少女のアニメに夢中だった。
 そのアニメの主人公が、腰まで届く長髪だったことに影響されて、「今日から、わたしも髪をのばす」と宣言して以降、髪を伸ばし始めていた。腰までには届かないものの、十分に長いといえる黒髪は、妹なりに気に入っていたようで、髪を櫛でとかすなど、日常的に手入れすることが多くなっていた。
 跳ねっ返りのない、糸のように真っすぐな髪は、佳乃の特徴的な瞳に負けず劣らず、みんなの注目を引いた。
 人に褒められても得意げになることがない妹の、数少ない自慢の種だったらしく、よく僕にもその評価を求めてきた。
「ねぇ、お兄ちゃんは、わたしの髪、どうおもう?」
 身をよじらせながら、おずおずと訊いてくると、僕は決まって同じ笑顔をつくり、
「佳乃の髪は、きれいだよ」
 と、答えていた。
 そして、ニマニマと照れたような笑みを浮かべ、サッと自室へ戻ってしまうのがお決まりの流れだった。
 僕は良き兄だった。
「そんなの、ぜんぜん興味ないよ」
 とは、口が裂けても言わなかったからだ。
 だから、僕はこの時までは良き兄だった。

849:2021/04/13(火) 18:34:56 ID:QE9nDRzM
「お兄ちゃん!」
 お風呂上りの佳乃が、じゃれて僕の背中におぶさってきた。
 まだシャンプーの香りを残す長い黒髪が、さらりと僕の体に流れ込んでくる。
 僕は、やめろよと苦笑しつつも、兄らしく妹とのじゃれあいに付き合ってあげた。
 佳乃が、僕の耳元で、今日の学校の出来事を話し始める。
 まだ小学校に入ったばかりの妹にとっては、学生生活の全てが新鮮らしく、やや興奮したような口調だった。
 給食で好きなデザートが出たことや、ウサギ小屋のウサギに初めてエサをあげたこと、放課後、クラスメイトたちと鬼ごっこをしたことが、とても楽しかったと語った。
 いつもの僕なら、「それはよかったね」と無難に相槌を打っていたはずだった。
 けれど、それどころじゃなくなっていた。途中から、話が耳に入らなくなっていた。
 僕の首をつたって胸元にまで流れ込んでくる黒髪が、異様なほどに気になってしまった。
 まるで、その一本一本が個別的に生命を持っており、明確な意思をもって僕の首にからみついてくるような、えもいわれぬ想像に襲われた。
 バカげたイメージだとは承知していたが、一度、思ってしまうと、もうダメだった。耳元で羽音がうろついている時のように、全身が粟立つのを覚えた。
 僕の頭の中は、佳乃の髪のことでいっぱいになってしまい、あえぐような声が喉から漏れ始める。苦笑いを続けていた顔が徐々に崩れ始め、頬が痙攣を起こしたように小刻みにひきつく。

850:2021/04/13(火) 18:35:22 ID:QE9nDRzM
 何かに背中を押されるように、僕はポツリとつぶやいていた。
「その髪、ジャマじゃないのか」
 おもっていたより、冷たい声だった。
 対話する気のない、一方的にぶつけるような言葉に、佳乃は過敏に反応した。
 パッと体を離し、僕と向かい合うような位置に座ると、おびえた小動物のように上目遣いでこちらをうかがってくる。
 風呂上がりで血色の良いはずの顔は真っ青になり、落ち着きなく視線をさまよわせている。まるで、突如、異国に放り込まれてしまったような不安を感じさせる表情だった。途中、思い出したように口角を上げたが、それは笑顔と呼びうるものではなかった。
「お、お兄ちゃんは、ジャマだとおもうのかな……?」
 僕の感情を推し量るような瞳とともに問いかけてくる。
「うん。僕は、うっとうしいとおもう」
 なんの躊躇もなかった。
 するりと飛び出してきた言葉が、ナイフと化して彼女の胸に突き刺さっていくのがわかった。
 トドメを刺された佳乃が一気に転落していく様は、外見上に表れた。
 なんとか吊り上げていた口角は下がり、眉はハの字に寄り、口元がわなわなと震え始める。幼い子が泣きわめく前兆だったが、すんでのところで堪えているのはいかにも彼女らしかった。

851:2021/04/13(火) 18:35:47 ID:QE9nDRzM
 やってしまったな、とおもった。
 辛うじて保持していた兄としての矜持に傷がついてしまったのが、子ども心ながらにわかった。
 今からでも挽回する術があったかもしれないが、僕の胸は不思議なほどに凪いでおり、なんら呵責を感じていなかった。仮に佳乃が号泣していたとしても、今と変わらぬ平静さであったことは容易に予測できた。
 そして、その事実に最も狼狽していたのは自分自身だった。
 ……僕はなぜ、こんなにも冷静なんだ。
 今まで苦労して積み上げてきた『兄らしさ』をこうも簡単に突き崩しておいて、他人事のように自分を客観視していることに驚いた。
 たしかに、今まで妹に対しておもうことが何もなかったといえば嘘になる。だが、それにしたってあまりに血の通っていない態度ではないか。顔も知らない第三者と相対しているわけではなく、血の繋がったきょうだいだというのに……。
 と、足元からじわりと侵食してきた当惑に意識が向いていたせいか、いつの間にか佳乃が目の前からいなくなっていることに気づかなかった。
 どこに行ったのだろう。
 辺りを見回していると、控えめにリビングのドアが開いた。
 どうやら自室で髪型を直していたらしく、長い黒髪を器用にお団子状態にまとめあげた佳乃が現れた。

852:2021/04/13(火) 18:36:10 ID:QE9nDRzM
 不器用な笑みをつくって近くに寄ってきたが、それでも僕の表情が変わらないのが不安だったのか、泣きそうな顔をしてソワソワと体を揺らしていた。
「あら、どうしたの。その髪型」
 続けて、風呂からあがったばかりで事情を知らない母が、「かわいくなったじゃないの」と手を合わせて喜んでいたが、妹の表情は晴れなかった。
 僕は、先ほどの発言を訂正すべきだと強く感じていた。
 お前をからかっていただけだよ、と笑いかけて、すべてを冗談のカゴの中に放り込んでしまうのが正解だとおもった。
 だけど、できなかった。
 正解はわかっているのに、答案用紙に何も書き込まない。
 そんな愚行を犯しているのは嫌というほど理解しているのに、僕は動かなかった。動く気すらなかった。
 妹を傷つける言葉を吐き出したというのに、なぜ……。
 釈然としない、曖昧さからくる苛立ちで、おもわず舌打ちが飛び出そうになる。
 そして何より――その苛立ちの全てを妹に押し付けようとしている自分自身に対して、最も苛立っていたのだった。

853:2021/04/13(火) 18:36:34 ID:QE9nDRzM
 結局、すべてを先送りにしてしまった。
 就寝前、佳乃は「ごめんね、ごめんね」と何度も謝ってきたが、彼女自身、謝罪する理由は判然としていなかっただろう。
 無理もない。僕自身だってわかっていないのだ。
 だから寝たふりをして、謝罪には応えなかった。
 暗闇の中、僕の顔を覗き込もうと佳乃が体を動かすのがわかった。だが、これ以上、不機嫌にさせたくなかったのか、途中で体を横にしてしまった。
 まどろみはなかなか訪れなかった。
 なので、僕は長い間、隣で眠る妹の体温を感じながら、腑に落ちない感情と戦わざるを得なかった。

 翌日、睡眠不足による眠気で、脳内は霧がかかったようにぼやけていた。
 登校してからずっとそんな調子だったので、体調不良のまま授業を受けざるを得ず、五時間目の途中、見かねた担任の教師に保健室へ行くよう促され、僕は級友たちのせせら笑いを背に受けながら退室する羽目となった。
 足元をふらつかせながら保健室まで辿り着くと、養護教諭に「少し休めば良くなるはずです」と説明し、すぐにベッドに飛び込んだ。
 しかし、真っ白いベッドは妙に固くて寝心地が悪く、僕は半分意識を保ったまま、中途半端な眠りについていた。

854:2021/04/13(火) 18:36:58 ID:QE9nDRzM
 もし、今日がなんでもない日だったら、きっと最悪な一日だったと捉えていたかもしれない。
 けれど、昨夜の佳乃とのやり取りを一時的に忘却できる利点を考えれば、この体調不良も決して悪いものだといえない。現に、今日はほとんど妹のことを考えずに済んでいる。
 大丈夫……この後、家に帰れば、僕らはいつも通りになっている。仲の良いきょうだいに、戻っているはず……。
 そんなことを考えているうちに、まぶたは重くなり、意識は落ちていった。

 夕方、帰り道をひとりで歩く。
 道路に標示されている『スクールゾーン』の文字の上を慎重になぞりながら進んでいく。普段はこんなことはしない。なんとなく、今日はゆっくりと時間をかけて帰宅したかった。
 十分に休養をとったおかげか、気分はいくらか晴れやかになっていた。
 今なら、フラットな気持ちで佳乃と接することができるだろう。昨日のことを、すべてチャラにできる言い訳はすでに考え付いていたし、彼女もそれを受け入れることはわかっていた。

855:2021/04/13(火) 18:37:18 ID:QE9nDRzM
 つまり、すべて元通りになるのだ。
 多少、脇道に逸れたものの、本道にさえ戻れれば仔細ない。反発することなんてほとんどなかったから、お互い混乱していたに過ぎない。そもそも、ふつうのきょうだいならば、この程度のいざこざは日常茶飯事だろう。
 街灯に光が灯るころ、自宅に到着した。
 ずいぶんと遅くなってしまったな、とおもいながら、カギを開けて中に入る。
 子供部屋にランドセルを置き、乾いた喉をうるおそうとリビングへ向かう途中、
 ……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
 刃物を擦り合わせるような音が、扉の向こうから聞こえてきた。
 足を止め、ドアの中部に設けられたすりガラス越しに、中の様子を確認する。
 モザイク状でわかりにくいうえに、電気がつけられていないので薄暗く、いまいち判別がつきにくい。差し込む夕陽のおかげで、ようやく小さなシルエットが認められた。
 中に誰かいるらしい。
 いや、考えるまでもなく、佳乃以外にありえない。
 それならさっさとリビングに入ればいいのに、妙な心理的抵抗がドアノブを掴むことを拒否していた。手のひらがじんわりと汗ばみ、喉がさらに水分を失っていく。

856:2021/04/13(火) 18:37:42 ID:QE9nDRzM
 ……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
 どの場所よりも長く過ごした自宅だというのに、まるで知らない人の家に無断で入ってしまったかのような緊張感があった。下腹部がキュッと締まるような感覚を覚え、あわや家を飛び出る寸前だった。
 僕は、何をこわがっているのだ。
 男の子のプライドというべきものが、無言で臆病な自分をなじってくる。
 慣れ親しんだ自宅で怯えている事実が、急に気恥ずかしくなる。
 何も取って食われるわけじゃない。この先にいるのは獰猛な肉食獣などではなく、まだ幼い子どもなのだ。幼子相手に恐れる男子がどこにいる。しかも、相手は生まれてからずっと一緒にいる妹だぞ。
 決心がついた。
 ズボンで手のひらをぬぐい、ドアノブをつかみ、音を立てないように押していく。
 視界が徐々に開けていく。
 まず目に入ったのは、リビングのフローリングに放射線状に散らばる黒い糸だった。
 その中心に座る女の子は、ハサミを手に持って、自身の髪をなんでもないように淡々と切っていた。
 ……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
 赤い夕陽も手伝って、まるで抽象的なアート作品のような佇まいとなっていたが、そこに込められているメッセージ性は何もない。
 女の子は鏡すら見ず、ただ己の髪を短くすることだけを目的に、ゆっくりとハサミを入れていく。

857:2021/04/13(火) 18:38:02 ID:QE9nDRzM
 ……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
 ためらいは感じられない。まるで藁半紙を切り刻んでいくような、無感動な手の動きだった。切られた髪は彼女の体をすべり、フローリングをすべり、円を大きくしていく。
 こちらに背中を向けているので、彼女がどんな表情を����否、瞳をしているのかはわからない。いつものような、人を笑顔にさせる明るい光を宿しているのだろうか。それとも……。
 ……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
 僕は、ドアの近くから動けないでいた。
 声すらかけられずに呆然と立ち尽くしていた。
 しばらく呼吸を忘れていたことに気づき、ヒュッと喉が開く音が、部屋の中に響く。
 それに呼応するように、ハサミを動かす手が止まった。
 女の子はハサミを置くと、ゆっくりと首と体を動かして、背後に視線を移していく。
 不揃いな前髪の中からのぞく瞳――僕を見つめる黒い瞳は、驚くくらいに普段通りだった。
 波紋ひとつない、鏡のように映る湖面を彷彿とさせる穏やかさが、容赦なく僕を包み込んでいく。
 彼女は僕に声をかける前、頬に張り付いている糸くずに気づき、人差し指で払うと、
「お兄ちゃんのいうとおり、みじかいほうがジャマじゃなくていいね」
 ようやく重い荷物をおろしたような、ホッとした表情が印象的だった。
 僕は、何も答えることができず、阿呆のように立ち尽くしていた。

858:2021/04/13(火) 18:38:30 ID:QE9nDRzM
 夜になって、パートから帰ってきた母は変貌した佳乃を見て、キャッと小さな叫び声をあげた。
 いじめを疑ったのだろう、母は執拗に髪が短くなった原因を訊ねたが、佳乃はへらりと笑い、
「髪をね、みじかくしたかったの」
 と、無邪気に答えた。
 それからすぐに、佳乃は母とともに美容室へ行って、長短の乱れた髪を整えてもらった。
 けれど、当然のことであるが、一度切られた髪は元に戻らず、快活な少年みたいな姿になって帰ってきた。
 母はしばらくの間、女の子らしさを失った佳乃の姿を嘆いていたが、肝心の本人はどこ吹く風だった。
 その後、時間が経っていく中で、男子みたいに短かった髪が、ようやく女子らしい長さを取り戻していく。
 が、それから先もずっと、佳乃はショートカットのままだった。
 みんなが褒めていたロングヘアに戻ることは、一度もなかった。

859 ◆lSx6T.AFVo:2021/04/13(火) 18:39:45 ID:QE9nDRzM
投稿終わります。
短編となりますので、あと2��3話くらいで終わりとなります。
それでは、よろしくお願いします。

860 ◆Mujm.BuIyU:2021/06/09(水) 16:34:47 ID:fDGdApDk
テスト

861 ◆lSx6T.AFVo:2021/06/09(水) 16:36:11 ID:fDGdApDk
『彼女にNOと言わせる方法』第七話、投稿します。

862 ◆lSx6T.AFVo:2021/06/09(水) 16:36:50 ID:fDGdApDk
「男らしいとは、どういうことなのか。まずは、その定義からハッキリさせようじゃないか」
 夏期講習、午前の部を終えたばかりの昼休み。
 メインで使っている四年二組の教室から、三つほど離れた埃っぽい空き教室の中、僕は授業用の指し棒を手のひらにポンポンと打ち付けながら授業を開始する。
 普段なら決して許されないであろう、教壇に立って教鞭をとるという教職者にしか許されない行為に興奮する気持ちを抑えつつ、雄弁な口調で講義を続ける。
「近藤くん、キミは男らしいとはどう心得るかね?」
 唯一の生徒である近藤くんは、筆箱とノートの配置を終えると、ゆっくりと顔を上げる。
 そうですね……と、少し思案した後、
「まず、運動神経がいいという要素は不可欠だと考えます。体育や運動会などで、八面六臂の活躍ができる男子は、間違いなく男らしいと評されるでしょう」
「ほお……鋭い。実に鋭い視点ではあるが、足りない。足りないなぁ」
 僕のもったいぶった口調に、彼の眉が怪訝そうに上がる。
「して、どういう意味でしょう?」
「考えてもみたまえ。たしかに、運動会のリレーでアンカーを走るような男子は一目置かれる。トップでゴールすれば、クラスのヒーロー待ったなしだろう。けれど、それはあくまで子どもの時だけじゃないかね。大人になった時、足が速いという要素が、果たしてどれだけの意味を持つというのだろう。いい年した大人が、俺って足が速いんだぜ! ってアピールしたところで、得られるのは尊敬ではなく、失笑ではないかね」
「た……たしかに!」
 目からウロコといった様子で、筆箱から鉛筆を取り出すと、あわただしくノートに要約を書きつけていく。さながら、宗教的指導者の語録をまとめる信者といった様子だった。もしくは今風にいえば、オンラインサロンの主催者とそのメンバーといったところか。
「では、運動神経は男らしさの必要条件ではないと」
 くるりと鉛筆を回し、嬉々とした表情で確認をとってくる。彼の残念すぎる運動神経を思えば、これほどポジティブな情報もないだろう。
「いかにも!」
 僕は指し棒を最大限まで伸ばして、近藤くんの鼻先に向かって突き出す。すると、彼はウッとのけぞり手中の鉛筆をノートの上に落とした。
「他には、何が考えられるかね」
「そうですね……」
 と、手中からこぼれた鉛筆を回収しつつ、
「ルールを守る人は男らしいと思います。周囲に車の影がないとしても、信号の色が変わるまで横断歩道を渡らずに待っているような人は、子ども大人に関わらず、尊敬の対象となるでしょう」
「……ルール」
 僕は顔をしかめる。
 チッと舌打ちまで飛び出てしまった。
「ルールを守る人は、全く男らしくないと思うね。ていうかさ、ルールを守らなくちゃいけないという社会の考え方自体がくだらないよ。たとえばさ、うちの学校って、シャープペンシル使用禁止ってルールがあるじゃん? でもさ、あれって合理的な理由何もなくない? どう考えてもシャープペンシルのが便利じゃん。鉛筆と違っていちいち削る必要もないし、芯もすぐに補充できるし。いや……百歩譲ってシャープペンシル禁止まではいいよ。でもさ、ロケット鉛筆まで禁止するってどういう了見なのよ。そんなのルールにないじゃん! ロケット鉛筆禁止なんて明言されてないじゃん! 拡大解釈が過ぎるよ! ちくしょう、僕のおニューのロケット鉛筆を没収しやがって。絶対に許さないからなっ。ということで、ルールを守る人は男らしくないです、はい」

863 ◆lSx6T.AFVo:2021/06/09(水) 16:37:27 ID:fDGdApDk
「はぁ……」
 今の話には同意できなかったのか、かえってきたのは覇気のない返事。
 徐々に尊敬の念が剥がれ落ちているのを感じ、空気を切り替えるためにゴホンと空咳をはさむ。
 このまま学級崩壊(ひとりしか生徒がいないけど)に陥ってしまったら、職員会議(僕しか先生はいないけど)になってしまうので、さっさと結論に入ることにしよう。
 僕は差し棒を教卓に立てかけると、真新しい白のチョークを手に取り、
「男らしいってのは、すなわち」
 その答えを黒板にガリガリ書きつけていく。
「友が困っている時に――迷わず手を差し伸べられることを指す」
 この時、僕的には一番の見せ場のつもりだったのだ。
 ちょっと声を低めにして重厚感を出したし、普段の悪筆を捻じ曲げて読みやすい文字を書くよう心がけた。
 だが、友が困って、のところでチョークがポキリと折れてしまった。
「…………」
 なんと言いましょうか。
 この水たまりに滑ってずぶ濡れになったようなカッコのつかなさを。
 原則として、師とは弟子の前では常にカッコよくてはならない。
 常に威厳を保ち、弟子を導く存在でなければならず、たとえ虚栄だと言われようとも、見栄を張れなくては師とは呼べないのだ。
 ほら、たとえばさ、めっちゃいかつい感じの師匠がさ、陰でこっそり女子向けのスイーツとか食べてたらさ、なんか違うなーって思っちゃうじゃん。急にゆるキャラ感が出ちゃうじゃん。単行本の巻末にあるオマケ漫画の裏設定感が出ちゃうじゃん。
 ってなことを秒で考えた後、さて、どうやって威厳を取り戻そうかなぁと近藤くんを見ると、
「…………」
 彼は、黒板の字をじっと見つめていた。
 思わし気にあごに手を添え、猫背気味の姿勢で、食い入るような瞳をして、途中までしか書かれていない不完全な文章を見つめている。
 極度に集中した生徒が見せるような、滴り落ちる知識の雫を一滴すら逃さまいとする、吝嗇さを感じさせる勉学の態度であった。
 その態度に、面食らったのは僕の方だった。
 正直、何かしらの深い意味を込めた回答ではなかったからだ。
 そもそも、これが僕自身の言葉であるかも怪しく、マンガかアニメかで取り入れた一句かもしれないし、酔った父さんが語る胡散臭い人生論が記憶の奥底に残っていたものかもしれない。
 真剣に受け止められるとは思っていなかったので、端的に言えば動揺していた。
 ……どうやって二の句を継ごうか。
 近藤くんは、校門に立つ二宮金次郎像のように全く動かず、ノート上の鉛筆を拾い上げようともしない。

864 ◆lSx6T.AFVo:2021/06/09(水) 16:37:46 ID:fDGdApDk
 この生真面目すぎる、むず痒い空気に、僕はいよいよ困り果ててしまって、
「だから近藤くん、僕が先生に怒られている時は、即座に援護射撃をするように」
 と、いつもの軽口によって、空気そのものを破壊してしまう他なかった。
 シャボン玉がはじけるように、ハッとした表情で我を取り戻した彼は、
「嫌ですよ。〇〇くんが怒られているのは、いつもあなたが悪いからでしょう。自らの悪行の報いを受けている人をフォローする術なんて知りません」
 器用に弟子の仮面を脱ぎ捨てて、いつものクラス委員長の仮面に取り替える。
 うーむ、オンオフの切り替えが素晴らしい。一瞬で、師に対する尊敬の念が消え失せてしまったぞ。社会人になったら、仕事とプライベートをキッチリ分けるタイプだな。仕事終わった後に飲み会とか誘っても絶対に来なさそう。まあ、僕も絶対に行かないだろうけど。
 なんとなく白けた雰囲気になってしまったので、黒板消しで中途半端な文字列をかき消す。
「それでは、第一回〇〇プレゼンツの漢塾は終了。各自、復習は怠らぬように」
「各自といっても、おれしか生徒はいないですけどね」
 さらっとツッコミを入れつつ、筆箱とノートをリュックにしまう。代わりに取り出したのは弁当箱で、しゅるりと包みを紐解きながら、
「それじゃあ、昼食にしましょうか。早くしないと、午後の授業が始まってしまいますし」
「そうだね。お腹ペコペコでお腹と背中がくっつきそうだよ」
 僕もさっさと師匠の仮面を脱いでしまい、近藤くんと一緒にランチタイムを開始する。
 切り替えの早い者同士なので、こうしてすぐにクラスメイトとして接することができるのは、案外ありがたいことなのかもしれない。大人ならもっと面倒なしがらみとかがたくさんあるんだろうな、とかちょっと考える。
 たとえプライベートであっても、会社の上司と部下が全くフラットな状態で接することが不可能なことは、日々の父さんの愚痴から想定できる。
 やっぱり大人って、いいところないなぁ。
 おにぎりを頬張りながら、そう素朴に思った。

865 ◆lSx6T.AFVo:2021/06/09(水) 16:38:32 ID:fDGdApDk
 とまあ、こんな形でスタートした漢塾ではあるが、なかなか好調な滑り出しだったのではないでしょうか。
 果たして、僕の益荒男論が近藤くんにどの程度の効用をもたらすのかは謎ではあるが、今のところ、興味深そうに講義を聞いてくれているので、僕としてもありがたい。冷め切った観客ばかりの音楽フェスみたいな様相を呈さなくてよかったよ……。
 今回、人生で初めて教師役を務めることとなったのは、僕としても貴重な経験だった。おかげで、いろいろと実感したことがある。
 まずひとつは、授業というのは教師と生徒の両者で成り立たせるものということだ。
 教師からの一方通行の授業がいかにつまらないものであるかは、今さら説明するまでもないだろう。一時停止のきかないムービーのように、だらだらと垂れ流されるだけの講釈は、ほとんど耳に残りやせず、終始あくびを噛み殺すハメになる。
 授業がつまらないのは、全部教師のせいだ。
 今までは純粋にそう考えていたのだが、今回でそれが浅薄な考えだと気づいた。
 我々生徒側にも反省すべき点はあったのだ。
 先ほどの近藤くんのように、積極的に授業にコミットする姿勢を見せれば、自然と教師側のやる気も湧いてくるし、眠そうな顔をしている生徒を相手にしていれば、モチベーションは下降線を辿っていく。
 つまり、授業はお互いに補っていく必要があるのだ。
 どうすればわかりやすく伝わるだろう、どうすれば興味を持ってくれるだろう。教師はそう考えなくてはならないし、生徒もどうすれば理解できるのかを必死で考えなくてはならない。
 それを実行できれば、互いの相乗効果により、授業はもっと充実したものになっていく。
 先ほどの音楽フェスの例を用いれば、ミュージシャンも観客もノリノリの方が会場全体が盛り上がるのと一緒だ。
 そして、次に気づかされたのは、近藤くんがいかに優秀な生徒であるかということだ。
 正直に告白するが、僕にとって、近藤くんのいい子ちゃんな態度が鼻につくものだった。
 教師から質問があれば、いの一番に手をあげるし、逆に教師に質問をしたりする。
 以上のような、ちゃんと授業を聞いてますよアピールは、僕をはじめとする悪ガキにとって好ましく映らないのは当然だった。
 ケッ、媚びを売りやがって。内申点稼ぎ、ご苦労様ですね!
 ってな感じで、彼に対しては斜に構えていたところがあったのだが、どうやら間違っていたのは僕の方みたいだった。
 単に、近藤くんは授業をより充実したものにしようと積極的に動いてくれていたのだ。我がクラス委員長は、僕なんかよりもずっと前に、授業の本質というものに気づいていたらしく、教室内に硬直化した空気が生まれないように、常に気を使っていたのだろう。
 流石だよなー。
 先生に可愛がられているのも、うなずける話というものだ。

866 ◆lSx6T.AFVo:2021/06/09(水) 16:39:03 ID:fDGdApDk
 ってなことを考えながら、おにぎりを食べ終えると、
「そういえば、〇〇くん。夏休みの宿題はどの程度まで進んでいますか」
「あのさぁ……食事中に夏休みの宿題の話はマナー違反だって、親に教わらなかった? ったく、これだから育ちの悪いやつは」
「どこの世界の行儀作法ですか。まあ……その様子だと全然進んでいないようですね」
「おいおい、一方的な決めつけはよくないな。クラス委員長たるもの、クラスメイトのことをもっと信用すべきではないかね?」
「信用していますよ。〇〇くんなら絶対に夏休みの宿題に手をつけていないってことを」
「マイナスの方の信頼だったかー」
 あちゃーと額に手をやると、彼は呆れたようにため息をつき、
「〇〇くん。提案なのですが、明日からは夏休みの宿題を持ってきてはどうでしょう」
「夏休みの宿題を? もしかして、夏期講習が終わった後に夏休みの宿題をやらせるような鬼畜の所業を……?」
「できれば、そうしたいところなんですけどね」
 フッと意味深な笑みを浮かべる近藤くん。マジでやりかねないから、変に行間を匂わせるのはやめて欲しい……明日から不登校になっちゃうぞ。
「やるのは放課後ではなく、夏期講習中にですよ。プリントの方も順調に進んでいますし、平行して夏休みの宿題に着手してもいい頃合いだと思いましてね」
「え、夏期講習中に夏休みの宿題をやってもいいの?」
「全く問題ないです。むしろ、夏期講習を夏休みの宿題をやる場として考えている子もいるくらいですよ。ちなみにですが、宿題をやる場合であっても、わからない点があれば挙手して訊いていただいて大丈夫です。おれと先生が教えに行きます」
「でも、二足の草鞋を履いていいのかな。夏期講習用のプリントと夏休みの宿題とじゃ混乱しちまいそうだな。どっちかに集中した方がいい気がするけど……」
「どうして、そこで謎の渋りを見せるのですか。別に、最終的には〇〇くんに任せますが……おれはもう嫌なんですよ。夏休み明けに、担任の先生と醜い攻防を繰り広げる様を見せつけられるのは」
 近藤くんとは、去年も同じクラスだったからな……九月一日が修羅場となるのをご存じらしい。なんなら、今年も夏休み前に名指しで牽制球投げられているからな。「今年こそはマジで頼むぞ」と全然笑っていない瞳で念押しされたっけか……。
 ふーむ。
 でも、これはチャンスではないか。
 どうせ、家でコツコツ夏休みの宿題をやるタイプではないのだ。この夏季講習という場の勢いを借りて、一気に終わらせてしまうのも手ではないか。
 というか、近藤くんの言う通り、これを断る理由が全然なかった。
 何も僕だって、好きで担任の先生とバトルしているわけではないのだ。僕もそろそろ中学生になるわけだし、悪童を卒業するタイミングが来たのかもしれない。
 というわけで、僕は近藤くんの提案を——
「いや、やっぱりやめとくよ」
 ——その直前で、断った。
 僕の回答を受けて、彼は露骨に顔をしかめている。またぞろ、僕が無意味な反抗をしていると思っているのだろう。
「いい加減にしてくださいよ。少なくとも〇〇くんの場合は、夏期講習用のプリントよりも夏休みの宿題の方が、断トツで優先度は高いでしょう」
「近藤くんの言っていることはわかるんだけどさ……ほら、まずは基礎をしっかりさせないと。せっかくプリントが着実に進んでいるんだから、一歩一歩、確実に階段を上がっていく必要があると思う。それにさ、僕がプリントと宿題の両方を同時にやれる器用さを持っていると思うかい?」
 自分の提案が断られて不満に感じるところはあるようだが、僕の言うことにも一理あるとは思ったのか、近藤くんは弁当箱のフタを閉めると、わかりましたと脱力してうなずく。
「〇〇くんが、そこまで言うのなら強制はしませんが……けど、宿題は家でしっかり進めておいてくださいね。アサガオの観察日記は、ちゃんとつけていますか」
「大丈夫。無駄に書かなくて済むように、もう枯らしておいたから」
 説教する気力すら失せてしまったようで、メガネの奥の瞳はひたすら軽蔑の色に染まっている。
 ……明日からの漢塾は大丈夫だよね? 師匠に対する尊敬の念は死滅してないよね? 授業をボイコットしたりしないよね?
 僕はハハハと乾いた笑みで誤魔化しながら、同じく弁当箱のフタを閉めたのだった。

867 ◆lSx6T.AFVo:2021/06/09(水) 16:41:16 ID:fDGdApDk
投稿、終わりです。
短いですが、次話はすぐに投稿できると思います。
よろしくお願いいたします。

868雌豚のにおい@774人目:2021/06/18(金) 00:44:12 ID:8yUtizzo
お二人ともGJ!

869<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

870雌豚のにおい@774人目:2022/04/25(月) 00:03:36 ID:tfFYC1Q2
せめて読んでた作品が完結するとこまで見たかったなぁ。

871Jelopve ◆y1j6jXIdjI:2023/08/08(火) 17:10:38 ID:n5qjqLs2
失礼します
初めての投稿です。

872Jelopve ◆y1j6jXIdjI:2023/08/08(火) 17:11:03 ID:n5qjqLs2
「消耗戦」


僕はジョン・ヴィレッジ。こう見えて、実はアメリカとイギリスのハーフだ。今は。小説家だ。
幼い頃はコモンウェルス・オブ・ネイションズ、通称:コモンウェルス、つまりはイギリスとかカナダとかオーストリアらへんでずっと暮らしていた。
イギリス人の母と実家で暮らしていたのだが、たまにカルフォルニアから来る父もいつも通りのお姿で安心している。

今日も良い天気だ。しかし、そこで転機が来る...ことを転記しよう、なんてね。(おもんなさの転帰がツライ)
..っと、茶番は置いておいて。あの二人が来てしまいました。そう、前者は、クルーピ・モントリオール。金髪ショートで、普段だと落ち着いているが僕と居る時だけ異常な程に性格が違う。
後者は、パース・タスマニア。黒髪ロングで、学生時代はオール5がいつも続いていた為、黒神と呼ばれたりだしていたらしい。

「慈恩寺殿。今日も御一緒に参りましょう?」
「鄭君。これで遊ぼう?」
「寺の名前で呼ばないでくれ。あと、鄭って何ですか」
「えぇ、じゃあ、ジオン君って呼んだ方が良い?」
「ジークジオン!」
こうして日常的に話をしていたのだ。

「あ、そうそう。ゲームっていうのはね、これ」
「おぉ...流石クルーピ殿でございます」
見せたのは、軍事シミュレーションゲームだった。しかも、パソコンやスマホでするあれではなく、ボードゲーム的な感じだった。
「これで、遊んでくれと言うのか?」
「そうなんだけど、ジョン君は見ててほしいの」
彼女は続く。
「これで、私とパースちゃんは勝負をするの」
「勝負か?」
「そう。どっちかが勝ったらジョン君を貰うって約束をね、してたの」
「ま、まじか。それを事前に言ってくれよ」
「でもざーんねん。手遅れです」
おいおいおいおいおいおい。正気か。

結局、僕を賭けた戦いが始まってしまったのだ。

クルーピはアメリカ側で、パースはソ連側。見た目的に冷たい戦争って感じだな。

「うーん」
「わー」
「いや、これは」
多少だが呟きっぽいものが聞こえる。

前線では、いくらクルーピは倒したとしても、パースがまた倍以上の兵士で現れてくる。これが、畑から取れるってやつか。
しかし、クルーピも技術的に有利で、奇襲や特殊部隊を敵陣地であおり散らかすこともしている。

始めからどれほどたったものだろうか。もう既に日は暮れそうにある。

「あ〜もう、動けるユニットがないわ」
「私もです」
「これは引き分けじゃないか?」
二人はそっと頷く。
「で、どうするんだ?」
「う〜ん。じゃ、ジョン君に決めてもらおうかな」
「そうですね」
ほう、来たか。ついにこの時が。
「よし、それでは誰も選ばないってことd」
「どうして?」
二人はこっちに向かって、
「「ねえどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうし(ry」」
こうしてジョンは、二人に人生を奪われるのでした。

873Jelopve ◆y1j6jXIdjI:2023/08/08(火) 17:12:36 ID:n5qjqLs2
投稿終了です。始めてですので、誤字脱字等してしまうかもしれませんがその時はお許しください。

874雌豚のにおい@774人目:2023/09/06(水) 06:53:43 ID:brNXkrr6
久しぶりに新作きててめちゃくちゃ嬉しい

875雌豚のにおい@774人目:2023/10/29(日) 10:44:06 ID:IWRV2xz2
投下します。
遅筆&別サイトでもあげてるものですが、見ていただけると嬉しいです。

876フラグを折りたい男:2023/10/29(日) 10:47:39 ID:IWRV2xz2
「私と付き合いなさい!」

「唐突すぎない?」



中学校の卒業式の帰り道、幼なじみの水瀬 優(みずせ ゆう)に告白された。



勿論、俺の返事は...「ごめ...」「いや、あのね!! あんたなら私の家の事情わかるでしょ!! その...高校生になったらお見合いしてもらう!って言われて、私も知らない人と結婚なんて嫌だからさ! その...えっと......そう! カモフラージュ! 偽の恋人役になってほしいのよ!」



俺の返事に被せて矢継ぎ早に答えた。

あぁ、そういうことか。

優の家は会社をいくつも経営しており、良家のお嬢様なのだ。

それなら、話はわかるが...。



「それなら、俺より俊とかの方が良くないか?」



俺はこの場にはいないもう1人の幼なじみ、柳瀬 俊(やなせ しゅん)の名前を出してみた。



「俊はその...イケメンだから駄目なのよ! ほら!私の周りにイケメンなんて腐るほど寄ってくるし!!」



確かに。

笑えるほど告白されたりしてるもんな。

あれ? もしかして、俺が選ばれたのって...。



「イケメンじゃないからか?」

「っ...!そっ、そうよ! だから、あんたが一番適役なのよ!!」



何とも悲しい選ばれ方だ。

確かに俺の見た目なら、優の好みがイケメンではなく、ゲテモノ好きなんだと思わせることも出来るってことか。

納得した。



「いいぞ。」

「えっ!? 本当にっ!?」

「昔馴染みのお願い事なら、なるべく叶えたいからな。」

「ありがとう! じゃあ、私達は今から恋人ね!」

「恋人の"フリ"な?」



優はうぐぅ...と顔を歪ませた。

どういう感情なんだ、それは。



「とにかく! 私達は今から彼氏彼女なんだからね! 明日から早速行動するわよ!」

「はいはい。」



私は先に帰るね!と言い、ダッシュで帰っていった。

1人取り残された俺は、優からの告白が本気のやつじゃなくて安堵した。



何故なら...俺じゃ優の恋人なんて出来ないと思ったからだ。



絵に描いたような美少女、それが水瀬 優。

対する俺は、無駄に高い身長、家業で無駄についた筋肉、柄の悪い人相...。

泣かした子供は数知れず、困っている人に声を掛けたら怖がられる始末。



優の恋人としては、余りにも不合格すぎる男、それが日生 陽(ひなせ よう)という人間だ。

この事、俊は知ってるのかな? 帰ったら聞いてみるか。

数分ほど時間が経って、俺も帰ることにした

877フラグを折りたい男:2023/10/29(日) 10:49:38 ID:IWRV2xz2
投下終了。
すいません、すごく読みにくいですね。
次気を付けます((T_T))

878フラグを折りたい男:2023/11/02(木) 17:06:44 ID:ILlYCDeU
投下します

879フラグを折りたい男:2023/11/02(木) 17:09:00 ID:ILlYCDeU
「すまん、聞きたい事があるんだが」
「なにー、どうしたー?」
帰宅してすぐに俊に電話をかけ、事の成行を話すと「あー...そうなんだ...一応は一歩前進...いや、うーん...」と何とも言えない、もやもやした気持ちを押し殺したような声が通話越しに聞こえた。
「なんだ? 何かあるのか?」
「いやー、うん...俺の口からは何とも言えないが、優が満足するまで恋人のふりをしていくのが今のところいいんじゃないかな?」
「優の話を聞いて思ったんだが、恋人のふりをするなら俊の方が適任じゃないかなと思ってるんだが」
二人とも美男美女だし、恋人同士でも周囲は疑問に思わないだろうし、俺は二人ともお似合いだと思うんだがな。
「いや...お前...それは...それ優に言ったのか?」
「ん? あぁ、言ったぞ。 俺より俊の方がお似合いだぞと伝えたな」
「.........」
絶句。
通話越しにでもそう感じるぐらい重い雰囲気と呆れたような沈黙が数秒続いた。

えっ? 俺、そんなに変なこと言ったか?
「...まぁ、経緯はどうあれ、お前も優と恋人同士になるんだろ! そのまま、平和に付き合ってくれ! 俺からは以上だ!! じゃあな!!」
「あっ...切りやがった...」
色々と相談したいこともあったのに、俊は何も取り合ってくれなかった。
面倒見が良くて優しい俊に一方的に電話を切られると、悲しい気持ちになるな...。
平和的に付き合えって言われても、優に彼氏が出来たとわかったなら瞬く間に全校生徒に話が行き渡るだろう。
しかも、付き合う相手が俺だ。

好奇の視線より、憎悪の視線が降り注ぎそうだ。
イケメンパラダイスな日常を送っている優が俺という異物と付き合うことで、様々な噂が飛び交うことになると思うが、どうなることやら...。
まぁ、俺は何言われてもそこまで気にならないし優に本当に好きな人が出来るまで恋人の振りを続けてみるか。

彼の自己評価は"大多数"の人には納得するものだろう。
だが、彼はもっと知っておくべきだったかもしれない。
自己評価が絶対的に正しくないということを。

880フラグを折りたい男:2023/11/02(木) 17:15:17 ID:ILlYCDeU
投下終了します。
前より読みやすくやっていれば嬉しいです


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