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TWのシナリオについて考えてみる

1名無しさん:2004/03/05(金) 02:26
シナリオについてのスレです。

58名無しさん:2004/03/07(日) 18:38
                 ,. -‐    ‐ 、
                  /         \
                 / _,,.  ..,,__      ヽ
               / _,..,-‐ァr-、、._``丶、   ',     ________
                 ヶ'/,:'// /,ハトヽヽ `丶.O`ヽ、',   /悪いが、ネコミミ売った金で
                //l //j/1! !lヽヽ\ヾ| | \ ヽ! <  炭鉱用安全メットを買わせてもらったぞ
             {/レ!/イ´'_`!  ヾ ヾ__、ヽ| ト, l ヽj   \
            ノ'^レW,〈.|{:.゙!   /|{:::i}゙}| |_ソ //     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
            / ‘ナヒチ', ゞ″     ゙'ー'.ィTノ`! {
           ノ_、、 ヾ´} ',   '     “7′ l  ヽ
         ,. '´  ヾ} ノ:ノ/ ヽ、 ` ′  //i   !'、  \
      , '´    ,.-リ'7´/;イ ,イ``ーr ''//ヽく⌒゙ヽヽ、\ーゝ
    ,. '´    / ̄  レ'i!ノ '-ァ、レ_l|  {/ィ , `、.  ヽゝ`ーゝ
... /    , ' -‐ ''' "¨´V / /`ヽフ,-両{./〃~ヽ  \
 /    ./        , ' /      ノ l.   ',    ヽ
. {.  _,. ‐'´     __,,.. , '′ ヽ._,.:  _, -'´ | ,   ',     ヽ
 `ー… '' "¨~´   /         ̄     |'ヽ、 ヽ   il
           /              l. /`丶、._  _リ
           !               |,/i}
              ヽ、            ハ.リ
             `!`` '丶 、._   _, '  l´
             |        ̄   /
              ト、、          /
               | ヾミ:;_ニー_==_彡'〈
               /=ニ、.,_` ヽ、、   `{
                /     ー``''ー-- -一ヘ. r、、
          _」コ/、__           __,,.. 介!lN|
        ○_,イ` ー`r===:f=ニ´-‐ r<..」!lN|
             ボリス・ジンネマン

59名無しさん:2004/03/07(日) 18:46
公式のナヤOPムビDLして見たんだが…何か違う。
しかも、文字潰れて読めねーよ。
本編で確認しろって事でつか…(´・ω・`)

601:2004/03/07(日) 20:45
>>35
漏れもはじめはこんなスレになるとは思ってもみなかったよ。

>>28
乙。ぐっじょぶ。

61その8(後日談)@28:2004/03/07(日) 23:04
 シベリンが死んでから数日後。ナヤトレイとボリスが一つ
の墓の前に立っていた。
 「それで……ボリスはこれからどうするの?」
 ナヤトレイの質問に、ボリスは遠くの景色を見つめた。
 「俺は……もう誰にも頼らずに兄さんの事件を追う。そし
て、シベリンの代わりにあの黒衣の剣士を倒す。」
 ボリスは誰にも言わずに出てきたのだった。それほど、黒
衣の剣士につけられた心の傷は深かった。前にも増して鋭く
なった表情は、何者も信じないという雰囲気が感じられた。
 「そう……。」
 そんな厳しい表情のボリスを見ながら、ナヤトレイは胸に
かけたシベリンの形見のペンダントに触れた。
 「ナヤトレイはどうするんだ?」
 「……私はシベリンの側にいるわ。もう……家族は誰もい
ないから。」
 反対に質問されたナヤトレイは俯きながら答えた。ナヤト
レイも心に負った傷は深かった。綺麗な銀色の髪には白髪が
混じり、その疲れた表情で一気に十年も老けたように見えた。
 「……そうか。」
 さすがにボリスもナヤトレイの落ち込みを励ます事ができ
なかった。家族を失う悲しみは、ボリスも体験していたから
だった。
 「シベリンは……自分が誰だか解らないで死んでしまった
のね。本当の名前も、年齢も、故郷さえ……。私達と一緒に
いたのは誰だったのかな……。」
 ポツリと呟いたナヤトレイの言葉に、ボリスは大きく首を
振った。
 「違う。シベリンはシベリンなんだ。」
 不思議そうな顔でボリスを見つめたナヤトレイは、その意
味が解らないのか首を傾げた。
 「シベリンの過去がどうだろうと、俺達の知っているのは
シベリンなんだ。」
 「私達の知っているシベリン……。」
 「それでいいじゃないか。」
 「……うん、そうだね。シベリンは……シベリンだね。」
 ナヤトレイはゆっくり頷くと、シベリンの墓に手を置いた。
 空を鳥の影が横切り、ボリスは空を見上げた。太陽はかな
り高い位置にいて、もうここで三時間もたたずんでいた事に
気付いた。
 「そろそろ俺は行く。」
 ボリスはそう言うと横に置いてあった荷物を背負った。
 「そう……。ボリス……元気でね。」
 「……ああ。ナヤトレイも元気で。」
 ボリスはそう返事してから、小さくシベリンの墓に頭を下
げた。そして、そのまま森の中に消えていった。
 ボリスの姿が見えなくなると、ナヤトレイは墓の前に座っ
て俯いた。
 「ごめんね、シベリン……。」
 墓に額をつけてナヤトレイはそう呟いた。
 「シベリン……。もう一度……ナヤはいい子だって……頭
撫でてほしいよ。」
 顔を覆って泣き出したナヤトレイの飾り紐に結ばれたシベ
リンの遺髪が、風に吹かれてナヤトレイの髪と一緒になびい
ていた。
 それ以来、ボリスは失踪したという事になり、その行き先
も生活も何もかもが知られる事はなかった。一方、ナヤトレ
イはシベリンの墓守りとして一生をすごした。

 時々、シベリンの墓の前に綺麗な花が飾られていたが、ナヤトレ
イはそれが誰の贈り物かは絶対に喋る事がなかった。

das Ende


なんかその7の終わりをぶっつり切ってしまったのが
どうしても納得できなくなって後日談書きますた。
ボリスの台詞見ようとしてOP見ていたら、
途中で止まったのは仕様でつかね。(´・ω・`)マア,トバシタカライイケドサ…

6218:2004/03/07(日) 23:16
>>28タソGJ! ホロっときました…(ノД`)
もっと盛り上げていきましょい こういうの大好きなんです

本スレで出てたカプリング話でも書こうかな…
Sidestoryみたいな感じで

63名無しさん:2004/03/07(日) 23:20
ボリスのOPは止まっちゃう人多いみたいですね。
そういう自分も止まりました;もう一度見たら動いたけど。

>>ALL
お話全部読ませてもらいましたけどすごく良かったです。
自分の中の空想(妄想?)をここまで立派に構築して
面白く素敵なシナリオにする。
あなた達こそTales Weaverだっ!

6428:2004/03/07(日) 23:58
皆様、ありがとうごさいます。
>>2のネタで何か思い付いたらまた何か書きまつ。
……ミラとマキシミンあたりで書けるといいなぁ〜。
ハッピーエンドは苦手なので、それしか書けないって罠……。

>>18さんの話も好きでつよ。もう爆笑しながら読んでますた。
カップリング話期待してまつ。

さっきライトブラウンのボリ子タソを見て、
シベタンがハァハァする訳が解ってしまいますた。
あれならナヤにシベリンの態度が気に入らないと言われても納得w

65ボリ&ティチ(1)@18:2004/03/08(月) 07:33

(全く、厄介な荷物を拾ったものだな…)

「ライディアって樹の上にあるんですよね〜見てみたいなぁ」

(はぁ…)

男は心の内で深い溜息をつき、己の長い髪を鬱陶しそうにかき上げた。






――数時間前――

「おっ ボリスじゃねぇか。相棒はどうしたんだよ? ホラ、金髪の」

ボリスと呼ばれた男は、馴れ馴れしく話しかけてきた草色の髪の男に一瞥を与え、踵を返す。

「相変わらず愛想ないねぇ…」

(愛想だと…そんなものにどれ程の価値があるというのだ)
遠ざかる草色の男の声を背に受け、声には出さず吐き捨てる。

ここは海の谷と呼ばれる、街道に設けられた休息の地である。
ライディアの依頼をこなし、ナルビクへ向かう途中でボリスはこの場所に立ち寄っていた。
本来なら目障りな程に五月蠅いパートナーがボリスの傍らに在るのだが、今、その姿は無い。

(…全く、ルシアンの方向感覚の無さときたら普通じゃないな…
  幸い地図は奴が持っているんだ、いつかはナルビクに辿り着くだろうが…)

渓流の上に作られた石畳の上で疲れを癒しながら 無きパートナーに心の内で毒づく。
そのまま流れる水音に耳を澄まし、細めた瞳で水の流れを追う。


幾許かの時が過ぎた後、ボリスの瞳がカッと見開かれた。
その目に水とは明らかに異なるモノが流れ込んできたためである。

(まさか あれは…人間、か…?
  …そうだ、間違いない!)

ボリスは思うが速く、片手で服の襟元を掴み、思い切り引き上げた。
面倒事に巻き込まれるのは御免だが、生きているかもしれない人間を見殺しにできるほど
心は非情に徹しきる事ができない。
その人間を石畳の上に横たえ、生死を確認する。

(…まだ息はあるし、外傷もないようだな。気絶しているだけか。)

安否の確認が済んでから、ボリスはその人間を改めて観察する。

それは少女だった。
歳の頃は15〜17、着ている服からも、冒険者のような稼業では無いことが読み取れる。
艶やかな金髪の、美しい娘。
ボリスは周囲に目を配らせた。
周囲では、お世辞にもガラの良いとは言い難い冒険者達が好奇の眼差しを向けている。


(さて…気絶している若い娘を、山賊紛いの男共の中に放っておいては…)
ボリスは考えた。面倒事に巻き込まれるのは、彼が最も苦手とする所である。

(この女、明朝には人生観が変わってしまうだろうな…)
面倒事に巻き込まれた事を嘆きつつ、己の長い髪を鬱陶しそうにかき上げた。

66ボリ&ティチ(2)@18:2004/03/08(月) 07:34

辺りは闇が覆い去り、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた
聞こえるのは鈴虫の鳴き声と、焚き木の爆ぜる音くらいである
ボリスは座り樹に身を預け、火を挟み反対側で横になっている少女が目覚めるのをじっと待っていた。

「ん…」

何度目かの焚き木の爆ぜる音と共に、少女はまだ虚ろな眼差しでボリスの方を向いた。

「気が付いたか」
「…おはようございますぅ」

その言葉を聴く限り、いつしか気絶はただの睡眠へと変わっていたようである。
ボリスは安堵と共に、虚脱感に似た疲れを覚える。
刹那、少女から唐突に話しかけてきた。

「ここがナルビクなんですか?」
「…海の谷だ」
「あれぇ…ナルビク行きの船に乗ったのに…なんでだろぅ」

この時点で、ボリスの頭では大方の状況は予想できていた。
数日前にナルビク沖で船が嵐で難破したという情報も耳にしている。
この少女は何かしらの理由でナルビク行きの船に乗っており、その船が嵐で難破してしまい
恐らく、入り組んだ内陸の潮の流れでこんな場所まで流されてきたのだろう、と。

「さて…お前の今置かれている状況を掻い摘んで説明する。」




「――と、いうわけで、お前は遭難したんだ」
「そうなんですかぁ〜」

「…で、これからナルビクまでの経路をどうするかだが。」
「今おもしろいこと言ったのにぃ…」

「お前、モンスターと戦う事はできるか?」
「私モンスターって見たことないんですぅ。楽しみだなぁ」


噛み合ってない。さっきからこんな会話が幾度と無く繰り返されている。
ボリスは頭を抱えたくなった。ルシアン以上の強敵である。

(何故アノマラドの金髪には、こうも天然が多いのだ…)
血色濃き彼等の祖先は、こんなものではなかったのだろうな と、場違いな感想を抱く。

「…仕方無い、幸い俺の目的地もナルビクだ。面倒ついでに連れて行ってやる。」
「わぁ〜、ありがとうございますぅ」

(っ……)

少女が不意に放った言葉が、ボリスの表情を翳らせる。
そのまま伏せかけた瞳を遮るように少女が尋ねた。

「あのぅ…お名前なんていうんですか? 私はティチエル・ジュスピアンです」

いつまでも慣れる事の無いこの質問に 戸惑いを隠しながらボリスは答える。


「ボリス… 
 そう、ただのボリス だ」

67ボリ&ティチ(3)@18:2004/03/08(月) 07:34

灼熱の砂漠の廻路を、黒衣の男と白いドレスの少女が並んで歩いている。
身に着けるそれの色と同じくして、それぞれの表情も対照的である。
男は困り果てたような、そして少女は満面の笑みを浮かべていた。

(全く、厄介な荷物を拾ったものだな…)

「ライディアって樹の上にあるんですよね〜見てみたいなぁ」

(はぁ…)

男は心の内で深い溜息をつき、己の長い髪を鬱陶しそうにかき上げた。




「わぁ〜ボリスさんボリスさん!このお花綺麗〜」

ボリスと呼ばれた男は、振り向きざまにその花を剣で一閃する。
その花は醜悪な呻き声を上げ、地面に崩れ落ちた。

「…ティチェル、俺の傍を離れるな と、一体何度言わせる気だ。
  花に擬態したモンスターがこの辺りには多い。不用意な行動は慎め。」

ティチェルと呼ばれた少女はそれでも笑顔を崩さないで答える。

「だってぇ、モンスター見るの初めてなんだもん。」

ボリスは最早何度目か、数えるのも億劫になるほどの溜息をこぼしつつ踵を返し、
ティチェルもそれにやや早足でついて行く。
先程からこのようなやりとりの繰り返しが続いている上に、
酷暑に加えてのお守で、ボリスは己の精神が疲弊していくのを感じていた。

(いつもなら鬱陶しい雨も、こうも続かないと有難みがよく分かる…)

そんな事を考えている内に、斜め後ろからいかにも女の子らしい小さな悲鳴が聞こえ、
ふと見やると、砂切り石で足を切ったらしいティチェルが屈み込んでいた。

「少し深いな…止血しなければ…」
「大丈夫ですぅ」

清潔な布を探していたボリスを遮るようにティチェルが言い、
その傷口に当てがっていた手から、青白い光が零れ始める。

「…回復魔法が、使えるのか?」
「はい。言ってませんでした?」

脱力しながらも、少し肩の荷が下りたようにボリスは感じた。
傷は徐々に塞がり、数分後ティチェルはその場でピョンピョンと飛び跳ねて見せる。
どうやら完全に元通りになったと言いたいらしい。

「もう大丈夫だな…先を急ぐぞ」

ぶっきらぼうなボリスの言葉を受け、ティチェルは嬉しそうにやや早足で後を付いて行く。

68ボリ&ティチ(4)@18:2004/03/08(月) 07:35

砂漠の夜は静かである モンスターも殆ど寄り付かないこの地の夜は
人はおろか、虫の鳴き声ひとつない。
聞こえるのは焚き木の爆ぜる音、そして ご機嫌そうな少女の鼻歌だけである。


「見て見てボリスさん、押し花作ったの、綺麗でしょ〜?」
「…ああ」

「この果物、美味しぃ〜ですね〜」
「…ああ」

「聞いてます〜?ボリスさぁん」
「…ああ」

「ボリスさん実は女の人ですよね?」
「…いや」
「ぶぅ〜…引っかからなかったぁ」


ボリスと呼ばれた男は座り木に上身を預け、
火を挟んだ向こうにいる少女を、半分伏せた瞳のまま見つめ、考えに耽っていた。

(この少女は…何もかもが俺とは反対だな…
  何故そんなに明るい…何故笑顔でいられる…?
   笑顔でいたって…愛想が良くたって… 誰も、助けてはくれない…)

負の感情が席巻してゆく心の内で、そうつぶやく。




7年前、兄の死と共にジンネマン家は没落した。
一家はボリスを残し、皆死に絶えてしまった。
十にも満たない良家の少年は、その歳にあって、己の力だけで生きる道を選ばざるを得なかった。

誰もがその日暮らしの生に追われ、助けても何の見返りも無い没落貴族の少年に、
救いの手を差し伸べる者などは現れなかった。
どれだけ泣いても、どれだけ助けを請うても、どれだけ愛想良くしていても、どれだけ笑顔でいても。

死の淵に立たされる度に、あの優しかった兄の顔が思い浮かぶ。
両親の寵愛は兄のみに注がれ、見向きもされなかった少年に唯一人向き合ってくれた家族、
イェーフネン・ジンネマン。
事故死と聞かされていたが、風の噂では"殺された"という話も聞く。
その死の疑問を解き明かし、仇を見つけるまではと、形見の大剣ウィンタラーを傍らに
少年は、許されざる死と立ち向かってきた。

誰の力を借りる事もなく、生きて行けるようになる頃には
少年は自分以外心を許す事ができなくなっていた。
その生い立ちは、少年から笑顔を奪い去り、心に暗い翳を落としていた。

(何故、笑う必要がある…
  笑顔などに、どれほどの価値があるというのだ)



「ボリスさん」
「…何だ?」

「昨日いいそびれちゃったんですけどぉ、助けてくれてありがとうございました」


(…ありがとう、か…)

没落貴族の少年は、誰からか必要とされる事はあっても
誰かを必要とする事は無かった。
少女が不意に言うその言葉が
そんな当たり前の言葉さえ言う事ができなかった、家名を名乗る事さえ許されなかった、
己の過酷な生い立ちを、いとも容易く反芻させる。

(俺にはまるで縁の無い言葉 だな…)




「…もう休め。砂漠の夜は冷えるから毛布を渡しておく。生憎、一人分しか無いがな。」
「えへへ…」

ボリスが毛布を投げてよこそうとすると、
少女は嬉しそうに笑い、火を挟んで反対側の座り樹、つまりボリスの元までクルリと歩いてゆく。

「おい、ティチェル…?」

ティチェルと呼ばれたその少女は、ボリスの傍らに腰を下ろし、
上身を座り樹――ではなく、そっとボリスの上身に委ねた。

「こうやってくっついた方が あったかいですよ…」
「…俺は外蓑があるから、平気だ」
「だ〜めっ! 風邪ひいたらどうするんですかぁ?」

そう言ってティチェルは頭をボリスの肩に乗せ、
毛布を二人の体に巻きつける。

「えへへ…あったかぁい…」
「おい…」

突然の事にボリスの表情には、先程までの翳りが全く残っていなかった。
代わりに困惑したような、何とも言えない表情になる。



「…明日だが…」

ボリスが声を掛けようとした時には、既に規則正しい寝息をたてる少女がそこにいた。
気丈に振舞っていたものの、慣れない強行軍に相当疲れていたのだろう。

(やれやれ…)

己の肩にもたれ掛かる少女を見つめ、何度目かの軽い溜息をつく。
が、今までの溜息とはどこかが違う。
それのどこが違うのかを思い当てる間もなく、ボリスもまた深い微睡みの底へ堕ちていった。




To Be Continued

6918:2004/03/08(月) 07:38
というわけで 妄想全開のカプリング話その1 ボリティチです
この2人が一番書きやすかったので…ボリティチ好きな人達ごめん

SSてことで書き始めたものの、話の風呂敷広げすぎて収集つかなくなってしまい、
予想外の長編になりそうです ゴメンナサイゴメンナサイ
続きはまた今晩に投下します(´・ω・`)この2人がナルビク着くまでは書きたいなぁ…

皆さんの妄想も爆発させて欲しいです

70名無しさん:2004/03/08(月) 08:00
18氏乙です
楽しませてもらいました(*´Д`)

皆創話うまいなぁ( ´∀`)

このままこのスレ伸びるようなら
保管庫でも作ってみるかな

71名無しさん:2004/03/08(月) 10:19
>>70
つーか作ってくれ。
こういう話好きだ。
こりゃのこしとかなあかんやろ?と思う奴挙手汁!!
( ・ω・)∩

72名無しさん:2004/03/08(月) 10:35
(´▽`)ノ

73名無しさん:2004/03/08(月) 11:08
∩( ・ω・)∩

SS見て、ボリスとシルベンの株が急上昇しました。
使ってたキャラと全く関係がなかったものでね…
今度キャラ作るときその二人を使いたくなりました。(*´Д`)ハァハァ

74名無しさん:2004/03/08(月) 11:10
ボリスって本当に女だったのか…

75名無しさん:2004/03/08(月) 12:37
シルベン…汁弁…?なんかヒワイだな

76名無しさん:2004/03/08(月) 16:11
>>18さんGJです。後半も楽しみにしてまつ。

確かに、気楽に盛り上げようとすると風呂敷広がりまつね。
ヒロガリスギテ,テニ オエナクナルコトモ ジブンハ アルケドサ(´・ω・`)
全員のOP見てからまた考えるか…。

7770:2004/03/08(月) 20:38
結構久しぶりにHTML弄ったんで疲れました(;´Д`)

簡単に作ってみたんで色々粗があると思いますが
保管庫として随時更新していきたいとおもっちょります

要望とか意見とか貰えると気合入るので
何かあったらバシバシ言って下さい

http://homepage3.nifty.com/twstory/

78名無しさん:2004/03/08(月) 20:55
70氏速い仕事GJディス(  ̄ー ̄)b

79名無しさん:2004/03/09(火) 00:25
TWのクラ殆ど起動させてない漏れだが
このスレ激しく好みだ(*´∀`)

18氏、28氏期待しております。
ちなみにボリとルシ、ティチ以外のキャラはよくわかりません_| ̄|○

80 ボリ&ティチ(5)@18:2004/03/09(火) 09:31
「む……」

空がまだ薄明るいうちにボリスは目覚めた
空気はまだ冷たく、眼前の砂漠は人も動物もなく、ただ閑散としている。
ふと傍らを見やると、肩には昨晩のままティチエルがもたれ掛かっていた。
ボリスは肩を揺すらぬよう気遣いながら、ずり落ちかけていた毛布を掛けなおし、
そのままティチエルが目覚めるのを待っていた。

ボリスの目は、遥か彼方の地平に向けられている。
アノマラドでも珍しいその青灰色の瞳は、しかし、何も映してはいなかった。

この娘はなぜ、こうも人を警戒するという事をしないのか。
或いは、それすら知らないのか。
そんな事を考えながら、瞳を細める。

初めて会った、自分に無いものを持っていて、自分に在るものを持っていない人間。
何もかもが正反対のこの少女に抱くこの感情は、憧憬のようであり、また、侮蔑のようでもある。

相変わらずその瞳の先にある風景は、緩やかな動きを以っていて尚、映り込んではこない。




幾許かの時が流れ、日差しが岩元に陰を作り出す頃、ボリスの肩口で
もぞもぞと動きが感じられた

「目が覚めたか」
「ゲロ」


「………ゲロ…?」

ふと見やると、ティチエルの胸元で何かがもぞもぞ動いている。
警戒する暇も与えず、それはボリスの顔面に飛びついてきた。

「うおぉっ!」

らしくもない驚嘆の声を上げ、ボリスはそのまま仰向けに倒れこみ、
同時に支えを失ったティチエルが、コテン と横に倒れ、目を覚ました。

「おはようございます〜…どうしたんですかぁ?」

冷静さを取り戻し、ボリスは己の顔面にへばり付いている何かを手に取ってみる。
寝ぼけ眼だったティチエルはそれを見て、途端に目を開き嬌声をあげた。

「あぁ〜〜かえるさんだぁ」

ボリスの手の平の上にあったそれは、紛れも無くカエルだった。
手の平で仰向けになっているカエルは、無防備に手足をひろげ、
喉を膨らませたり、萎ませたりしている。
何とも言えない、愛嬌が有るような無いような仕草である。

「かわいぃ〜… どうしたんですかこの子?」
「…お前の服の中から出てきた。恐らく、海の谷の水辺辺りで紛れ込んだのだろう。」

常識から考えても、こんな砂漠の真っ只中にカエルがいるとは考えにくい。
同時に、丸一日以上服の中に紛れ込んでいたカエルに気付かなかった少女の天然ぶりを再認識する。

(金髪と天然の関連性か…)
ボリスは、途方に暮れているであろうパートナーに思いを馳せ、

(剣を手放す事があったなら、研究職もいいかも知れんな…)
カエルの喉を指でつついているティチエルを見ながら、自分に有り得ぬ未来を思い描く。





「そろそろ行くぞ」
「あ…はぃ。 あのぅ…」

軽く朝食を取って支度を始めるボリスに、
まだカエルをつついていたティチエルは、遠慮がちに声を掛ける。

「この子…連れていっちゃだめですか?」
「ああ、構わないぞ」
「え?」

予想外の答えに、ティチエルは戸惑いを隠しきれない。
その意外そうな表情を読み取ったのか、ボリスは溜息を交えながら答える。

「カエルをこんな砂漠で逃がしては、生きては行けまい…」
「あっ、あの、ボリスさんも動物好きなんですか?」

「…………嫌いでは、ない。」

少し間を空けて、そう答えるボリスを、ティチエルは嬉しそうに見つめる。
心成しかその顔が今までより、穏やかに見えたのである。

「動物は、正直だ。仲間を見捨てる事も、裏切る事も、
  ましてや…殺しあう事など、決してしない。」

そう言うボリスの横顔は、何処か寂しげにティチエルには感じられた。
何かを秘めていて、それを表に出せず、苦しい思いをする、
そんな胸が絞めつけられるような思いと共に…。



.

81ボリ&ティチ(6)@18:2004/03/09(火) 09:33


「まずいな…」
「どうしたんですか?」

先を歩いていたボリスは、おもむろに上空を見上げ、呟いた。
つられるようにしてティチエルも空を見上げる。
上空には、どす黒い雷雲が立ち込めてきていた。

「雨が降る…しかも、相当強い雨だ。」
「じゃあ少しは涼しくなりますね〜」

はしゃぐティチエルに対して、ボリスの方は浮かない顔をしていた。
この地方の雨はそれこそ我が身を穿つ程の強い雨であり、その中を強行でもすれば、
初めこそ涼しいものの、時間が経てば体温を奪われ、精神力を大幅に失ってしまう。
ボリスは己の経験からそう解釈していた。

「幸いあそこに岩陰がある、あれで雲が通り過ぎるのを待つぞ。」





雨滴が砂を打つ音は、辺りに低く低く響く。
その重低音の旋律は、殺風景な砂漠の午後を殊更に昏く彩る。
日差しは途絶え、転々と生える乾燥に強い植物も、身を打つ雨に鎌首を擡げている。
動物も、獲物を探すのを諦め、木々の麓で雨宿りをする。
ただ、ティチエルのカエルだけが、嬉しそうに雨の中を飛び跳ねていた。

「ふふ、かえるさん嬉しそぅ〜」
「…そうだな。」

ボリスの予想通り、途轍もないどしゃ降りとなっていた。
この地方では、年に数回こうして強い雨が降る。
とは言え、わずか数回では、やがて雨水は砂に敗れ去り、再び元の砂漠へと戻ってしまう。

「いつもこうやって雨宿りしてるんですか?」
「…いや。雨宿りしたのは初めてだ。」

「じゃあ今日はなんでですか?」
「俺は平気だが、お前が辛いだろう。」

実際、精神力が力の根幹を成すティチエルにこれ程の雨は酷である。
ボリス一人だけなら、無理やりにでも突っ切って、一刻も早く任務を遂行させているであろうが。

「…ボリスさんてぇ〜」
「…何だ?」

ふと見やると、ティチエルは両膝を抱え込みながら座りこみ、
顔だけボリスの方を向いて、嬉しそうに微笑み、こう言った。

「…優しいですね。」



とてもではないが、向き合っていられなかった。
気恥ずかしさが込み上げてきたボリスはそっぽを向き、
言われ慣れない、自分に向けられた今の言葉を心の内で反芻した。

(…優しい? 俺が…?)

そんな事をした覚えはない、が、確かに自分に向けられた言葉。
何事にも動じないと思っていた自分の思考が、
たった一つの少女が放った言葉で、ひどく逡巡している。
考えてみれば、これほど滑稽な事も無い。

「…ふっ」
「どうしたんですかぁ?」
「…いや、何も。」

そっぽを向いたままで、どんな表情をしているのかティチエルには分からない。
質問は軽くはぐらかされてしまったが、穏やかそうな雰囲気だけは読み取れた。
そして続けざまにティチエルが質問をする。

「だってぇ…私を助けてくれたり、一個しかない毛布を渡そうとしてくれたり〜」
「…………物事を途中で投げ出すのは性分じゃないからな。」

少し考えてから、ボリスはそう答えた。
矢継ぎ早にティチエルから質問が飛ぶ。

「私を助けてくれた時って、人工呼吸してくれたんですかぁ?」
「安心しろ、寝ているだけの女の唇を奪うほど俺は好色ではない。」

即答だった。言葉あそびのような、言葉での応酬をするような、
それでいて殺伐としていない、不思議と穏やかな空気が二人を包み込む。

「なぁんだ」

「…」

言葉での応酬はティチエルに軍配が上がった。
ティチエルが不意に言った強烈な言葉の真意は、聞き出す事もなく、
二人の会話は、そのまま強い雨音にかき消されていった。




.

82ボリ&ティチ(7)@18:2004/03/09(火) 09:35


目の前にはステップが広がっている
脛元まで伸びた緑色の絨毯が、視界の遥か彼方まで広がり、埋め尽くしていた。

「うわぁ〜すごいですね〜 草がいっぱ〜い」
「ここを抜ければ、ナルビクは目と鼻の先だ。」

砂漠を抜けて一変した光景に二人は立ち止まっていた。
もっとも、ボリスにとってはそれ程珍しい光景ではないが、
ティチエルの目には、その何もかもが新鮮に映りこむ。
真新しい光景に感嘆を覚える姿に、ボリスは少なからず羨望を感じた。
そして、そんな考えが浮かんだ自分に気付き、戒める。

(らしくないな…どうもティチエルと居ると調子が狂う…)

「ボリスさぁ〜ん 早く〜」
「…ああ」

ボリスは軽くかぶりを振り、先に駆け出していたティチエルの後を追って歩く。





「この辺でひと休みだな。」
「もぅ足がクタクタです〜」

草の背が低い所にある、切り立った岩の麓で二人は腰を落ち着ける。
日はまだ高い。これなら今晩にでもナルビクに着けるとボリスは思った。

「ティチエル、ナルビクには両親は来てるのか?」
「パパはウチでお留守番してます〜」

「母親もか?」
「ママはいないんです」

ボリスは思わず目を伏せ、自重すべきだったと思った。
掛ける言葉が見つからずにいると、ティチエルから話し始めた。


「パパが、『ママは天国っていう遠いところにお出かけしてるんだ』って。
 …天国ってとっても遠いから、会いに行けないんです」

「…そう…か。 寂しくは、ないのか…?」

「少し寂しいけど、パパもいるし、ボリスさんともお友達になったし、平気です〜」



そう言って ティチエルは微笑んだ。



死を死だと教えられていない、或いは理解していないのか。
いずれにしろ、ボリスは目の前の少女の無垢な心に、
澱みを含んだ自分の心が締め付けられるような思いを抱いた。

生きるために、盗みを働き、人を傷つけ、裏切り、時には命に手をかけ、
日々を過ごすためだけに、要らぬ悲しみを生み続ける人間。
自分も含めて、そんな人間が嫌いでしかたなかった。

傍らの剣に目をやる
愛用の剣の柄布は、度重なる返り血で赤黒く変色している。
モンスターばかりでなく、任務とは言え、山賊や野党を手にかけた事もあった。
嘆き、悲しみ、苦しみ果てたそれらの欠片を糧として生きている自分さえ、許せなかった。

兄の仇を討ったら、自ら命を絶とう、と そう考えていた。
…少なくとも、この少女に出会うまでは。

この少女は、自分が今まで見てきた人間とはどこか違う。
そんな思いが膨れ上がって、描いていた己の最期を押し潰してゆく。




「ボリスさんの家族はどこに住んでるんですか?」

考え込んでいた沈黙を割る形でティチエルが声をかけてきた。


「俺の家族は…ティチエルの母親と同じところにいるんだよ。」
「わぁ〜じゃあママたちもお友達かも知れないですねぇ」

本当に嬉しそうにティチエルは語る。
以前なら、聞かれるだけで辛かったこの質問。
例え誰であろうと、答える事が無かったこの質問に、
自分でも驚くほど素直に答える事ができた。

(不思議な女だ…)

「私、飲み水汲んできますねぇ〜」
「ああ」

駆けて行く少女の背中を見つめながら、
ボリスは己の内の何かが、軋み音を立てている、
そんな錯覚に似た感情を抱いた。




.

83ボリ&ティチ(8)@18:2004/03/09(火) 09:37


(遅い… 何をやっているんだ)

ボリスは切り立った岩の麓でティチエルの帰りを待っていた。
"水を汲む"と言ったきり、もう半刻以上過ぎている。
このステップ地帯には、それ程強力なモンスターがいるわけではない。
故に一人で行動する事をボリスは許した。

(また珍しい花にでも見とれているんだろうか…)

ボリスは自分自身に言い聞かせるように考えたが、すぐに否定した。
悪い予感がする。
長年の冒険者としての経験が、そう告げていた。

(くそ…胸騒ぎがする!)

ボリスは愛用の剣を手に取って、ティチエルが駆けて行った方向へ走り出した。





ステップには遮蔽物となるものが殆ど無い。
倒れてさえいなければ、遠目でも見つける事が可能である。
そして程なくして見つかったティチエルには、
もう一つの巨大な黒い影が、三軒ほど水を空けて忍び寄っていた。

(あれは…デビルナイトかっ!!!)

"何故こんな所に"という思いより早くボリスは駆け出していた

「ティチエル!! 逃げるんだ!!」

走りながらボリスは叫ぶ。
ティチエルへの注意を喚起すると共に、デビルナイトの注意を自分に惹きつけようと試みたのである。
…が、奇しくも耳が無いのか、デビルナイトは全く反応もせず、ティチエルへ迫ってゆく。
ティチエルも怯えた表情で、その場から動けずにいた。

(くそッ…!!)

デビルナイトが剣を振り上げ切った所で、ボリスは間合いを詰め切る事ができた。
しかし、一撃で仕留めることが出来なければ、剣は振り下ろされ、ティチエルを切り裂いてしまう。
ボリスは意を決して、剣の柄を絶対に離さぬよう握り締めた。
自分が一撃を受ければ、反撃で仕留める事もできる。

ボリスはデビルナイトの剣が振り下ろされた瞬間、ティチエルに覆いかぶさり、
背中から右手にかけて、思い切り薙ぎ払われた。

「ぐッ…!!」
「っ!! ボリスさん!! どうして!!」

ボリスは彼女の問いに答える間も無く、振り向きざまに剣で薙ぎ払おうとする。
…が、右手の先に握られているはずの剣が無くなっていた。
それどころか、右手そのものの感覚が無い。

(しまったっ… 腱を断たれたのか…いや、神経そのも…)
「…ぐはぁっ!!」

状況を整理するボリスの背中に、容赦なく二撃目が加えられる。
黒色の外蓑が襤褸切れになって舞い落ちる

「ボリスさんっ…!」

目下で青ざめる少女。

「お前は…動くな、 俺の…下にいるんだ…」

ボリスは精一杯平静を装った顔で答える。
その間も次々と剣戟が背中に加えられ、その度に火傷の様な激痛に襲われる。

周囲には、黒い外蓑の襤褸切れと、血飛沫が飛散していた。




(突き…刺されたら…まずい…)

ボリスは最後の力を振り絞って、腹筋に思い切り力を込める。
突き刺されても、貫通してティチエルにまでは届かないようにだ。

「ティチ…エル…」

意識が途切れ始めていた。
背中の激痛も、その感覚が鈍り始める。

ただ、自分の下にいる少女を抱きしめる左手だけに感覚が残っていた。


「ティ……」


そして 視界が徐々に暗転して行く。


程無くして、ボリスの意識は完全に途切れた。




.

84ボリ&ティチ(9)@18:2004/03/09(火) 09:38


(乞食かぁ!? 寄るんじゃねぇよ!)
――お願い…助けて…――


(あんな汚い子と 遊んじゃだめよ!)
――まってよ、僕を置いていかないで…――


(おめぇ以外盗む奴なんかいねぇだろ!!)
――違う…僕じゃない…――


(お前の家には散々搾取されたんだ!)
――痛いよ…! やめて…――


(お前は、誰からも必要とされない人間なんだ)
――そんな…そんな事、ないよ…――




(お前も少しは兄を見習わんか!出来損ないが!)
――父さん…待って…――


(本当にイェーフネンは素晴らしいわねぇ、私も鼻が高いわ)
――母さん…僕の事も見て…――


(父さんに言われた事、あまり気にするんじゃないよ…)
――兄さん…――


(それは知らなかった…ボリスは動物博士だね、偉いぞ…)
――兄さん…待って…――






(あのぅ…お名前なんていうんですか? 私はティチエル・ジュスピアンです)

――…僕はボリス、 ボリス・ジンネマン…――




(あっ、あの、ボリスさんも動物好きなんですか?)

――…動物は大好きだよ。これでも昔は動物学者目指してたんだ…――




(だってぇ…私を助けてくれたり、一個しかない毛布を渡そうとしてくれたり〜)

――…この先、何があっても君は僕が必ず守ってみせる…――




(ボリスさんの家族はどこに住んでるんですか?)

――…僕の家族は…ティチエルの母親と同じところにいるんだよ…――




.

85ボリ&ティチ(10)@18:2004/03/09(火) 09:40


焚き木の爆ぜる音が、初めは遠く小さく、次第に近くに大きく聞こえるように感じた。
目は開かないが、仰向けに寝かされているのが分かる。
暖かい光が、自らの中に流れ込んでくるような、そんな心地よい気分の中で意識が覚醒していった。


ゆっくりと瞳を開けてゆく。
その目には、既に暮れ切った空と、目を閉じて詠唱に集中する金髪の美しい少女が映りこむ。
自分の頭は、どうやらその少女の膝元に乗せられているようだと気付いた。
そして、目を開いた事に気付いた少女が詠唱を中断し、そっと声をかける。

「…ボリスさん…」

ボリスと呼ばれた男は周囲を見回し、自分が置かれている状況を
頭のなかで整理した。
近くに切り立った岩が見える。
どうやら昼間立ち寄った休憩場所のようだった。


(俺は…デビルナイトに…)


つい先程の事のような、それでいてずっと以前の事のような気もする惨劇を
まだ軽く残っている背中の痛みで思い出した。
右手が利くかどうか、何度か握り締めてみる。

「…ティチエル… 俺は、生きているのか…?」

ティチエルと呼ばれた少女は、笑顔で何度も頷く




「怪我は…無いか?」

「…」

ティチェルは言葉に詰まるように、何度も頷いた。
そして、言葉の代わりに嗚咽が漏れ、
その瞳から、涙が次々と零れ落ちた。

ステップに流れる夜風は、その草々をたなびかせている。
草々の奏でる音は、少女の泣き声を優しく遮り、
辺りにはただ、静寂がこだましていた。




.

86ボリ&ティチ(11)@18:2004/03/09(火) 09:43


「まっ…まだ動いちゃダメですよ…」
「もう平気だ、痛みは無いからな。」

制止する声を遮るように言い、ボリスは岩の麓に上身を預ける。
正直に言うと、痛みはまだ残っているが、
万が一に備え、上体だけでも起こしておきたかった。
常に死と背中合わせの生い立ちが育んだ、癖のようなものである。





「えへへ…」

暫しの沈黙の後にティチエルが呟く。
見やると、笑顔のまま、また零れそうになっている涙を一生懸命指で拭っている。

「泣いたり、笑ったり、忙しそうだな…」
「だってぇ…嬉しいんです…」

「嬉しい…から、泣くのか?」
「はい。そして、嬉しいから…笑顔になるんです。」

しばらく互いの視線が絡み合い、
恥ずかしくなったティチエルは少し視線を外し、続けた。



「笑顔も涙も…人の感情が生み出す、ごく自然なものですから…。」



ボリスは少し瞳を伏せたまま、その言葉を胸の内で反芻する。

"笑顔を見せれば、誰かが優しくしてくれる"
"涙を流せば、誰かが同情してくれる"

そう、思い込んできた。
そして優しさも、同情も、ボリスには与えられる必要の無いものだった。
だから、ボリスは笑顔も涙も見せる事が無かった。


だが、涙や笑顔の先に何かがあるのではなく、
嬉び、悲しみ、そういったごく自然な感情の先にあるのが 笑顔であり、涙である。
そんな当たり前の事さえ忘れていた。

ボリスは伏せかけた瞳を閉じる。




「ボリスさん… 自分の感情を抑え込まないでくださいね…。」

「…どうして、そう思う?」


「時々…凄く寂しそうな顔をしています…。」

「…。」


「さっきだって…ひどくうなされていたし…。」

「…。」




ボリスは言葉が続かなかった。
この少女には、自分の全てが見透かされているような気がした。
自分の感情を偽る事の愚かしさ…そんな思いを抱かされる。





長い沈黙の後、瞳を閉じたまま、呟いた。

「……夢を見ていた。 幼い頃の… 辛い夢を…。」

それっきり、言葉は続かなかった。
今までの、辛い思い出、僅かな楽しい思い出が、
次々と呼び覚まされてゆく。
再び、長い長い沈黙が流れた。





静寂を静かに割るように、ティチエルが声をかけた。

「ボリスさん… 私、回復魔法使えますよね。」
「…ああ。」

当たり前の言葉に、ボリスは相槌を打つ事しかできなかった。

「回復魔法で癒せない傷って、あると思いますか?」
「…。」

ボリスは答えに詰まる。



「それは、心の傷なんです。」

ボリスは閉じた瞳をゆっくりと上げ、ティチエルを見つめた。



「辛い思い出とか… 苦しい過去は、どれだけの魔法をもってしても、癒せないんです…。」

瞳の先に映る少女は、穏やかな微笑みを浮かべている。



「だから、一緒にお話したり… 悩みを聞いてあげたり…」

唐突に、瞳に映る少女が歪んだ。



「一緒に楽しい思い出を作って…、そして、その楽しい思い出を語り合ったり…」

次第に、少女の輪郭が、曖昧になっていく。



「その人を本当に大切に想う誰かが、ずっと傍にいてあげる事で… 初めて心の傷は癒されるんです…」

瞳に映る光景は、ほとんどぼやけてしまっている。




ティチエルはゆっくりとボリスの方へ歩み寄り、
そして、
ボリスの顔を、胸のうちに、そっと抱きしめた。




「…これは私が幼い頃、ママに会いたくて、寂しくて、泣きそうな時に
  パパがやってくれた…、特別な魔法…」



心の中で、頑なな何かが絆され
そして、
それは氷解するように、消えていった。



「こうやって頭を撫でながら… 泣いてるのを隠しててくれてたんです…」

もう、ぼやけ切って、何も映らない視界を遮るように、瞳を下ろす。



「辛かった事も… 楽しかった事も… いっぱい話してください
 ボリスさんの心の傷…、 私が…癒してあげたいから…。」

閉じ切った瞳の端から、ひとすじの雫が頬を伝い、零れる。



「……………」



草原に流れる夜風は、その草々をたなびかせている。
草々の奏でる音は、少年が小さく呟いた言葉を優しく遮り、
辺りにはただ、静寂がこだましていた。

ただ、ティチエルにだけは、
たとえどれ程小さくとも、はっきり聴く事ができた。





――…‥ありがとう‥…―――




.

87ボリ&ティチ(12)@18:2004/03/09(火) 09:46


ナルビクの空は、今日も深く青く晴れ渡り、
街を行き交う人々の喧騒を、全て包み込むように広がっている。

アノマラド南部でも最大のこの港都では、
暖かい日差しが照りつける中、たくさんの人々が
買い物、商業、貿易など、せわす事無く流れている。

「着いたな、ここがナルビクだ。」
「うわぁ〜人がいっぱ〜い!」

嬉しそうに目を輝かせるティチエルとは対照的に、
ボリスはどこと無く浮かない表情をしていた。
ナルビクへの到着は、短かった旅の終わりを意味する。
ボリスにとって旅の終わりは、自分の過去を、現在を、そして澱んでいた心さえ、
初めて全てを受け入れてくれたこの少女との、別れを意味する。

昨晩の事は、特殊な状況もあったため、真意を聞き出すような事はできずにいた。

(…別れを辛いと思ったのは、7年振りの事だな…)

ボリスは青空を見上げ、かぶりを振り
暗くなりそうな気分を改めた。





「…じゃあ、それぞれ用事を済ませてから、またここでな。」
「はぁ〜い、いってきま〜す!」

アクシピター本部へ元気良く駆け出して行くティチエルの後姿を見つめ、
ボリスは複雑な思いに駆られる。

(楽しそうだな…)

少し残念な気分はあるものの、再び青空を見上げてから、
踵を返し、クエストショップへ向かった。





「おっ ボリスじゃねぇか。相棒はまぁだ見つからねーのか? ホラ、金髪の。」

道行くボリスを見かけた、草色の髪の男が下品な声をかけてくる。

「ルシアンか…奴は方向音痴だが体力はある。いずれ帰ってくるだろうさ。」
「………」

まさかボリスから答えが返ってくるとは思ってもいなかった草色の髪の男は、
しばらく放心した後に、やっとの思いで言葉を返す。

「…へ、へへ… ちったぁ愛想身につけたようだな。俺みたいによぉ。」
「ぬかせ、愛想と馴れ馴れしいのは違うぞ。」

草色の髪の男は、思わぬクギを刺され苦笑する。





「いたー! いたいた〜! ボリスちゃ〜ん」
ボリスの背後から、野太い声が響いてきた。
振り向いた先にいたのは、燃えるような赤い髪の男

「シベリンか…」

シベリンと呼ばれた男はこのナルビクに本部を置くギルド"シャドー&アッシュ"の一員であり、
槍使いの名手で、真紅の死神と呼ばれている。
端正な顔立ちと、その腕前から女の噂は絶えないが、
それ以上に彼の名をこのナルビクで知らしめている所以は
"可愛ければ男女見境がない"という変態性そのものに他ならない。

「ボリスちゃん、今日こそ俺のモノになる決心はついたかい?」
「"ちゃん"付けはよせ、そして俺は女ではない。」

シベリンは狼狽した。いつもならこの場面では、
言葉無く、抜き身の剣先がシベリンの喉元に突き付けられるのが慣例であったためである。

「ま、またまた〜 隠したって分かる奴には、分かるんだ。」
「…なら確かめてみるがいい。」

そう言ってボリスはシベリンの手首を掴み、
己の胸元に押し当てた。

「…どうだ? これで分かっただろう。」
「俺は貧乳も嫌いじゃないぜ?」

ボリスは軽く溜息を吐き、視線をシベリンの斜め後ろへずらし、
忠告するようにシベリンに告げる。

「先程から苗族の娘がお前を殺しそうな目で見ているぞ…。」
「げっ!」

青ざめながらシベリンはその娘の機嫌を取ろうと、必死に何か話しかけていた。
…が、ほどなくしてその娘は歩いて行ってしまい、シベリンが慌ててそれを追いかける。

その途中でシベリンは振り返り、ボリスに向かってこう言った。


「少しカドとれて丸くなったな、お前、イイ女になるぜ!」


.

88ボリ&ティチ(13)@18:2004/03/09(火) 09:49


用事が先に済んだのは、ティチエルのほうであった。
ボリスが待ち合わせ場所へ向かうと、そこには既にティチエルの姿があった。
遠めに見るティチエルの表情は、どこか寂しく見える。

「待たせたな」
「おかえりなさ〜い」

ボリスの声を聞いてか、表情は一変して明るくなる。
そんな繕った笑顔を見て、ボリスは殊更に胸を締め付けられる思いがした。


他愛も無い話をしようにも、なかなか続かない。


周囲の喧騒とは、まるで別の空間にでもあるように、
二人の間では、沈黙が支配していた。





沈黙が耐えられなくなったのは、ティチエルが先だった。

「それじゃあ…ボリスさん…」
「あ…、ああ」

唐突な切り出しに、ボリスはただ相槌を打つ事しかできなかった。
そしてそのまま二人は俯いたまま、どちらとも動き出せず、
ただ、時間だけが過ぎていった。





ボリスがふと顔を上げると、ティチエルは何やら顔を真っ赤にして、
何かを言いたそうに口元を動かしている。

「どうした?ティチエル。」
「あ…あのぅ」

ティチエルにしては珍しく、歯切れの悪い様子が伺える。

「えっとぉ、き…きの…」
「…きの?」

顔を真っ赤にしながら、ティチエルは告げた。

「昨日の…こと…」

そこまで聞いて、ボリスにはティチエルの言いたい事が理解できた。
そして傍に歩み寄り、その頭を撫でながら、
ティチエルの次の言葉を遮るように、告げた。

「言っただろう?
  …物事を途中で投げ出すのは性分じゃない…とな。」


本当に告げたかったのは、別の言葉だが、
似たような意味を持つこの言葉が、今のボリスには精一杯だった。


「それって…」

ティチエルは目を輝かせながら続ける。

「私をボリスさんの、お嫁さんにしてくれる…って事ですか?」
「ぶっ!」

余りに飛躍した、唐突なティチエルの言葉に、ボリスは固まった。
そんなボリスを見て、ティチエルは可笑しそうに笑う。

「あはははは! 冗談ですよぉ〜」

ボリスは、ふと砂漠で雨宿りした時を思い出し、
やはり口では敵わないと、改めて思い知る。

可笑しそうに笑い続けるティチエルを見つめていると、
ボリスは、己の内から、ある感情が溢れ出そうになるのを感じ、
気恥ずかしさと共に青空を見上げた。

ティチエルも、それにつられる様に青空を見上げる。

「あはは…どうしたんですか〜?」

それは、7年前に少年が失ったと思っていたもの。

「…何でもないよ。」






ナルビクの空は、今日も深く青く晴れ渡り、

街を行き交う人々の喧騒を、

金髪の少女の笑い声を、

そして、長髪の少年の笑顔を、全て包み込むように広がっていた。






おしまい

8918:2004/03/09(火) 09:52
カプリング第一弾完結しますた。お目汚し失礼します。
本スレであがってた「ドン暗ボリが、ティチの性格に感化…」というコンセプトで書いたですが
コンセプト重視しすぎて、露骨にイチャイチャムニムニした話ではなくなりました。ゴメンナサイゴメンナサイ
純粋なサイドストーリーとして読み流してください。
でもなんとか広げた風呂敷たたみ込む事ができました。

ナルビク前夜に"コト"を致したかどうかは各自で脳内補完して下さい
あと、我慢できずシベ出しちまいましたとさ

ちなみにコレ書いたあとTWログインしたんですよ
したらいきなり入ってきたチームチャットの第一声が
同じクラブで同じチームの白ティチさんの


「俺超TUEEEEEEEEE━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!」


でした
現実は残酷です('A`)

9028:2004/03/09(火) 10:31
>>18さん、お疲れさまでつ。

いやぁ〜、良い話でつね。
久し振りに読んだ恋愛ストーリーなので、もうニヤニヤしながら読んでますた。
自分にゃ書けない物を書ける人は尊敬の眼差しで見てしまうでつ。

……サテ,ガンバルカ.

9118:2004/03/09(火) 11:04
28氏どうもです 読むのお疲れさまでした
でもそんな大層なもんじゃないですヨ
ヌルい恋話ですんません せいぜい劣化ボー○ズ・ビーです

BGMにTWフォルダのBGM0073を聴きながら読んでくれると
雰囲気がチョットだけマシになるという糞仕様です

28氏や他の人の読みたいので ためらってる人もドンドン爆弾投下シヨウヨ


閑話休題

マキシ「イスピン、お前"餅つき大会"って、大っ嫌いだろ?」
イスピン「餅つき?なんで?」
マキシ「ペッタン…ペッタン…ペッタン…」

イスピン「【連】LV30 125%×6 」

9270:2004/03/09(火) 11:17
御疲れ様です
楽しませてもらいました(*´Д`)

少しお聞きしたい事があるのですが
18氏の作品は18と29と65-68.80-88で
28氏の作品は42-49.61で
あってますか?

9328:2004/03/09(火) 11:24
>>70さん。
えと、自分のは43〜49と61で1セットでつ。

9470:2004/03/09(火) 11:32
��
挨拶の所から入れちゃってた(;´Д`)
修正します
どうもご迷惑をおかけしました

9518:2004/03/09(火) 11:59
70氏あってますよ〜
それと実は14も俺の落書きです('A`)
作品として扱いたければご自由にどうぞん


ところでティチって

×ティチェル
○ティチエル

なんすね。後半書くまでキヅカナカッタ('A`) ヴァー

9670:2004/03/09(火) 12:15
修正しましたー
御二方協力感謝です



自分もティチェルかと思ってたヽ(`Д´)ノウワーン

9728:2004/03/09(火) 12:31
し……死にそう。

じゃなくて、新作できますた。
今回もまた>>2ネタの話でつ。
例の如く、参考の為にOPとその先のちょっとまでしかプレイしてないので、
使っている人には「○○の呼び方違う!」と怒られそうなのは仕様でつ。
誤字脱字も仕様でつ。と前置き。

98『der Wille』その1@28:2004/03/09(火) 12:53
 「ああ、いい天気だねぇ。」
 ミラは『紅い射手』号の上で伸びをした。
 アクシピターでの働きが認められ、かなり破格の違反金で事が済んだのだった。
 (しかし……最後の約束は問題じゃないよ。)
 違反金は確かに少額で済んだ。しかし、かなりの問題を見逃してもらうかわりに、最後の
任務が与えられた。それは、オルランヌの首都オルリーにティチエルを送るという事だった。
 (まぁ、それで部下も助け出せたんだからいいか。)
 「お姉さん。何見ているんですかぁ?」
 晴れ渡った空のような明るい声が背後からかけられた。
 「ん?海だよ。」
 「キラキラ光って綺麗ですねぇ〜。」
 隣に並んだティチエルは船についてくるカモメに手を振った。
 (ったく、お嬢ちゃんとこんなに付き合いが長くなるとは思わなかったよ。)
 はしゃぐティチエルを見ながら、ミラは初めて会った時を思い出していた。
 「わぁ!お姉さん、イルカさんがいますよ〜。」
 船縁に駈けていったティチエルは、振り返ってミラを呼んだ。
 「ああ、解ってるよ。」
 「え?イルカがいるの?」
 ミラの返事と同時に、そう言って駈けてきたのはイスピンであった。
 「そうなんですぅ。可愛いですよね〜。」
 「わぁ。本当に可愛いね。」
 「ったく、イルカなんてナルビクでも見たじゃないか。」
 そう言って飲み物の入ったカップを持ちながら船室から出てきたのはマキシミンだった。
 「いいじゃないか。本当に可愛いんだから。」
 イスピンはそう言ってマキシミンを船縁に連れてきた。
 (やれやれ……、騒がしいねぇ。)
 呆れたように肩を上げたミラは、予定外の客人を見た。
 ナルビクで最後の任務を言い渡された後、ナルビク港でオルリーに行く船を探していた
イスピンとマキシミンに出会ったのだった。
 ミラは少し厄介そうな二人を適当にあしらおうとしたのだが、ティチエルが素直にオルリー
行きを喋ってしまった。そして、いつも通りティチエルの泣き落しに折れて、かなり破格の
謝礼で乗せたのだった。
 「おねえさーん。一緒にイルカさんを見ましょうよ〜。」
 大きく手を振りながらティチエルがミラを呼んだ。
 (でも……賑やかなのも悪くないね。)
 ミラは手を上げて了解の合図をすると、皆のいる船縁に歩き出した。

99『der Wille』その2@28:2004/03/09(火) 12:56
 「何だって?!」
 途中で立ち寄った港町の酒場にミラの興奮した声が響いた。それに驚いた客が一斉に
ミラの方を見たが、ミラはそんな事も気にせずに酒場の親父に詰め寄った。
 「本当か?それは本当なんだな?」
 「あ、ああ。あんたの言う青いガレー船が、最近この周辺にいたよ。昨日も見たって
言ってた奴がいた。」
 (見つけた。やっと……やっとジュールの仇を……。)
 興奮の為にブルブルと震えるミラを、一緒についてきた三人は互いの顔を見合わせた。
 「どうしたんですか?」
 イスピンの質問に、ミラは振り返ると嬉しそうな表情を浮かべた。
 「やっと、ジュールを殺した仇を見つけたんだよ。これで復讐ができる。」
 イスピンとマキシミンはその言葉に何かを考えているようだった。
 「教えてくれますか?あなたの復讐の事を。」
 イスピンの言葉にミラは暫くしてから頷いた。
 「長い話だけどいいかい?実は、あたしは孤児なんだよ。」
 酒場の隅の机を囲むと、ミラはそう話を始めた。
 「お婆ちゃんが死んで誰も家族がいなくなったあたしを拾ってくれたのが、紅い射手の
前船長のジュールなのさ。」
 グラスの中に入った酒を見ながら、ミラはジュールの顔を思い出していた。
 「武器の扱い方から船の動かし方まで教えてくれたのがジュールだった。だから、
ジュールはあたしの親父も同然だった。」
 「…………。」
 「そのジュールと一緒にあたしは栄光の航路を探していた。」
 「栄光の航路?」
 マキシミンの質問にミラは頷くと一口酒を飲んだ。
 「海賊の間での伝説なんだよ。そして、あたし達は旅の途中に偶然古代遺跡を
見つけたのさ。」
 「へぇ。何かあったの?」
 「ああ。古びた箱を手にいれたよ。だけど……。」
 懐かしそうに語っていたミラの表情が一変した。
 「それを手に入れてから一ヶ月後、その箱をよこせと言ってきた奴がいた。」
 「まさか……。」
 「察しの通りだよ。それが正体不明の青いガレー船に乗った海賊だった。」
 拳を強く机に押し付け、ミラは怒りを押さえつけていた。そうでもないと、誰かに
あたってしまいそうだった。
 「そして、ジュールはその戦闘で死んだ。」
 ミラは俯くと悔しそうに机を叩いた。その衝撃でグラスの中の氷が音を立てて酒の中に
沈んだ。
 「…………。」
 イスピンとマキシミンはそんなミラにかける言葉が見つからず、黙って次の言葉を待った。
 「……あたしはジュールの後を継いで船長になると、復讐の為に青いガレー船を追い
はじめた。」
 「そして、今その仇である青いガレー船の情報があったって訳か。」
 「ああ、昨日もこの近辺で見た奴がいる。やっと手が届くところまで来たんだ。」
 マキシミンの言葉に頷いたミラは、右手を伸ばして何かを掴むように手を握りしめた。
 「もう逃がしはしない。この手で沈めてやるよ。」
 「これからそのガレー船を追うの?」
 イスピンの質問にミラは首を振った。
 「ここまで追いつめたんだ。あんた達を送ってからでも遅くはないよ。」
 ミラは口先のことではなく、本当にそう思っていた。

100『der Wille』その3@28:2004/03/09(火) 12:59
 「……ねぇ、ボク達に手伝いをさせてもらえないかな?」
 「はぁ?」
 いきなりのイスピンの言葉の意味が解らなかったのか、ミラは間抜けな声を出してしまった。
 「相手は海賊船なんでしょ。ボク達だって<シャドウ&アッシュ>の傭兵だから、手下を
片付ける手伝いはできると思う。」
 「ちょ、ちょっと待て。」
 ミラよりも先に口を出したのはマキシミンだった。
 「ボク達……って俺もかよ?」
 そう言ったマキシミンはかなり嫌そうな顔をしてた。
 「そうだよ。格安で船に乗せてもらっているんだから、手伝いくらいしてもいいじゃない。」
 「だからって……。」
 「そうだよ。これはあたし達の問題で、あんた達に迷惑かけることはできないよ。」
 今度はマキシミンの言葉を遮ってミラが言った。
 「あたしはこのお嬢ちゃんを送るついでだからOKしただけで、あんた達を雇ったわけじゃ
ない。それに、下手すりゃ死ぬんだよ。」
 「そうだ。海戦の恐さを知らないのか?」
 「そんな事恐れていたら、手伝いしたいなんて言わない!」
 強い口調のイスピンに二人は黙った。
 「ボクはミラに助けてもらった。だから、その恩返しがしたい。それじゃ理由に
ならないの?」
 「助けてって、船に乗せてオルリーに送るだけじゃない。そんなの助けたうちに
入りゃしないよ。」
 イスピンの単純な理由にミラは呆れ返ってそう言った。
 「そう?海賊に襲われる心配もないし、変な船に乗って身ぐるみ剥がされる事も無い。
こんなに快適な船が他にある?」
 「それは……。」
 ミラは口ごもった。海賊が多くなったからこそ自分達の船がナルビクで拘束されたのだし、
普通の客船を装って引っかかった馬鹿な客の身ぐるみ剥いだり、身代金を要求する事件も
良く聞いていた。
 「船員さんはみんないい人だし、料理だって美味しいわ。それを格安でなんて悪いでしょ。
だから、値切った代金分働くの。」
 「…………。」
 ミラは何と言っていいかも解らず、ジッとイスピンを見つめた。

101『der Wille』その4@28:2004/03/09(火) 13:01
 「……そうだな。最初に提示された代金分から支払った分を引いただけは働いてやるよ。」
 それまで黙っていたマキシミンはそう言って立ち上がるとミラの肩を叩いた。もう
イスピンを止められそうもないと悟ったのだった。
 「感謝しろよ。<シャドウ&アッシュ>でも腕利きの俺達だからな。」
 そう言うとマキシミンはさっさと外に歩いて行ってしまった。
 「もう!何でそんな言い方するのかな。」
 イスピンはしばらく呆気にとられていたが、急に怒りだして声を荒げた。
 「……ふふっ。」
 ミラはそんな二人の優しさが嬉しくなった。その為か、自然に笑みがこぼれていた。
 「な、何がおかしいんですか?」
 そんなミラを見て勘違いしたのか、イスピンは顔を真っ赤にして詰め寄った。
 「ボ、ボクはマキシミンの態度が……。」
 「違うんだよ。」
 クスクスと笑うミラは、必死なイスピンの肩を叩いた。
 「嬉しいんだよ。あんた達の心遣いがね。」
 ミラはそう言ってイスピンの肩に頭を乗せた。
 「ありがとう……。」
 「……どういたしまして。」
 「ふにゃ?」
 酒の飲み過ぎで途中から寝ていたティチエルが寝ぼけ眼を擦りながら顔を上げた。
 「やっと起きたのかい、お嬢ちゃん。」
 ミラはイスピンの肩から顔を上げると呆れ顔でそう言った。ティチエルは周りを見回すと、
自分の状態が把握できたのか手を打った。
 「私また寝ちゃったんですね。」
 「ったく、酒弱いくせに何で飲むのさ。」
 「だって、皆さんが美味しそうに飲むんですもの。」
 (やれやれ……。)
 いつもと同じティチエルの返事にミラはもう慣れていた。本当に何度も何度も同じ事を
繰り返してきた。その度にミラはティチエルの明るさに救われていた。
 「そういえば、私もお姉さんのお手伝いしていいですか?」
 「へ?」
 「お姉さんは海賊さんと戦うんですよね?だから、私もお手伝いします。」
 「駄目だ!」
 ミラはさすがにこれだけは許せなかった。
 「お嬢ちゃんはこの町で待機だよ。」
 「ええ〜、どうしてですか?私もお手伝いしたいです。」
 「今回だけは駄目!」
 「でもでも……。」
 「駄目ったら駄目!」
 額に青筋をたてて怒るミラの迫力に怯えてか、ティチエルの目に涙が浮かんだ。
 「お姉さん意地悪です。イスピンさんとマキシミンさんは連れて行くのに、私だけ連れて
行かないなんて……。」
 「今回はお使いみたいな楽な物じゃないんだ。下手すりゃ殺されるんだよ。そんな所に
お嬢ちゃんを連れて行ける訳ないじゃない。」
 「ぐすん……。」
 ボロボロと涙をこぼすティチエルに、イスピンはハンカチで涙を拭いてあげた。
 「今回はミラさんの言う事を聞いてあげて。ミラさんはティチエルの事を心配して
言ってくれているんだから。」
 「でもぉ……。」
 「大丈夫。ボクがティチエルの分も頑張るから。約束するよ。」
 イスピンの約束が納得できたのか、ティチエルは小さく頷いた。
 「……解りました。絶対に帰ってきて下さいね。」
 「ああ。さっさと片付けてすぐにオルリーまで送ってあげるよ。」
 ミラは明るく笑いながらティチエルと指切りをした。

102『der Wille』その5@28:2004/03/09(火) 13:04
 次の日。
 ミラ達を乗せた『紅い射手』号は教えられたポイントに向かっていた。
 「で、敵さんと遭ったらどうするんだい?」
 甲板で作戦会議をしていたマキシミンはそうミラに質問した。
 「できるだけ早いうちに決着をつけたいね。砲撃しつつ近寄って、直接敵を仕留めた方が
効率よさそうだね。」
 「じゃあ、ボク達の出番はかなり後になりそうだね。」
 「もしかしたら砲撃を手伝ってもらうかもしれないけど、うちの船員だけで十分だと思う。
それまでしっかり休んでいて。」
 「OK。じゃあ、そうさせてもらうかな。」
 マキシミンがそう言って椅子から腰を上げた時だった。
 「船長!大変ですぜ!」
 船員の怒鳴り声が船室の方から響いた。ミラ達三人は急いで船室まで走った。
 「どうしたんだい?」
 「実は……。」
 ミラ達が船室を覗き込むと、船員が指差す方にティチエルがちょこんと座っていた。
 「!」
 「えへへ。やっぱりお手伝いしたいから内緒で乗っちゃったですぅ。」
 「こ……。」
 無邪気な笑みを浮かべるティチエルに、ミラは顔を紅潮させながら近づいていった。
 「あ、ヤバい!」
 その状況の後にある情景を想像できたジケルが慌ててミラを羽交い締めにした。
 「まずいよ、お嬢!」
 「離せ、ジケル!!」
 ミラはジケルの羽交い締めを振りほどくと、ティチエルの頬を張り飛ばした。
 「この馬鹿が!何であたしがあんたを乗せなかったが解らないのよ!」
 どうしてぶたれたのか解らないティチエルは呆然とミラの顔を見上げていた。
 「あたしはね、あんたを危険な事に巻き込みたくないのよ!どうしてそれを解って
くれないの!」
 ミラは目に涙を浮かべながら怒鳴った。
 「ご……ごめんなさい。どうしても私、お姉さんの役に立ちたかったんです。」
 「あんたの気持ちは嬉しいよ。でもね、あたしはあんたが傷付くのを見たくないんだよ!!」
 「…………。」
 さすがにティチエルも自分が悪い事に気付いたようだった。
 「お願いだから、これ以上心配させないで。あんたを守れなかったら、あたしはあんたの
両親になんて詫びればいいのよ。」
 ミラは次々と溢れる涙を拭きもせずに言い続けた。
 「ごめんなさい、お姉さん。私、仲間はずれにされているんじゃないかって
思ったんです……。」
 ミラは床に跪くと、ティチエルを抱きしめた。
 「そんなわけないじゃない。大好きだから言ってるのよ。」
 「うう……。ごめんなさい、お姉さん。ごめんなさい。」
 泣きながらティチエルは謝った。そんなティチエルの涙を拭きながら、ミラは優しい顔で
頷いた。
 「解ってくれればいいんだよ。あたしもぶって悪かったね。」
 「う……うぇーん……。」
 許されて安心したのか、ティチエルは前にも増して激しく泣きはじめた。
 「あ、その……も、もう泣くんじゃないよ。」
 さすがに大泣きされるとは思ってなかったミラは、あたふたと慰めの言葉を考えたが
思い浮かばず困ったように頭を掻いた。
 「ほら、泣き止んで。お嬢ちゃんは笑ってる方が可愛いんだからさ。」
 「う……ぐすっ……。」
 ティチエルは自分のハンカチで涙を拭くと、まだ少しぎこちない笑顔を浮かべた。
 「よし、いい子だね。」
 ミラはティチエルの頭を優しく撫でると、もう一度ティチエルを抱きしめた。

103『der Wille』その6@28:2004/03/09(火) 13:06
 その時、甲高い鐘の音が連続でした。
 ミラはティチエルを抱きしめた手をほどくと、急いで立ち上がった。
 「船長!青いガレー船を見つけました!」
 船室に駆け込んできた船員の言葉を聞いて、ミラの表情が引き締まった。
 「よし。皆を甲板に急いで集めるんだよ。」
 「了解!」
 船員が飛び出して行くと、ミラは船室に残った三人に向き直った。
 「しばらくあんた達の命、あたしに預けさせてもらうよ。」
 「うん。」
 「OK。」
 「はぁい。」
 ミラの言葉に三人は同時に頷いた。
 「じゃあ、接近戦になるまで待機していて。それまではあたし達の出番だからさ。」
 「頑張れよ。」
 「無事を祈っています。」
 ミラは頷くと船室の扉に向かって歩き出した。
 「お姉さん!」
 いきなりティチエルが走ってきてミラの腕を掴んだ。
 「怪我しないでくださいね。もし怪我したら、私を呼んで下さいね。」
 「ああ、解ったよ。でも、大丈夫だから心配しないで。」
 ミラは優しく微笑むとティチエルの頭を撫でた。
 「あたし達には幸運の女神様がいるんだからね。」
 ミラはもう一度ティチエルの頭を撫でると外に飛び出した。そして、集合している皆の前に
立った。
 「いいかい、皆。ジュールの弔い合戦だ。気合い入れていくんだよ!」
 「オォー!」
 ミラの勇ましい声に呼応するように、船員達からも気合いの入った声が返ってきた。
 「よぉし。皆、持ち場につきな。ジュールを殺した奴等に、あたし達を怒らせた後悔を
させてやるんだよ!」
 「了解!!」
 船員達が持ち場に散らばると、ミラは舵の隣に立った。
 「撃てー!」
 大砲が届く位置まで接近した時、ミラのかけ声と共に大砲の爆音が鳴り響いた。
 青いガレー船の方も砲撃が始まり、鉛の玉が両船の間で飛び交った。
 「ぎゃぁ!」
 さすがに全ての砲弾を回避する事は無理で、被弾した所で悲鳴があがった。
 「くっ!」
 ミラは悔しそうに手摺に拳を叩き付けた。向こうの方が砲門の数が多い為に、こっちの方が
被害が大きかった。
 「救護班はさっさと怪我した奴の手当をするんだよ!こっちは数で劣るんだ、手数で
勝負しな!」
 「了解!」

104『der Wille』その7@28:2004/03/09(火) 13:07
 一方、船室の中で待機している三人にもミラの声は聞こえていた。
 「ちょっと押されているみたいだな。」
 冷静なマキシミンの言葉に、イスピンは悔しそうに目を細めた。
 「……そうだね。何かボク達にはできないのかな。」
 「怪我してる人がいるんですよね?」
 「ああ。」
 ティチエルはマキシミンの答えを聞くと立ち上がった。
 「私、皆さんの治療に行ってきます。」
 「ま、待ってよ。ミラさんはここにいなさいって言ってたんだよ。」
 「でも、このままじゃお姉さんの大切な人達が可哀想です。だから、私行きます。」
 ティチエルの真剣な表情に、イスピンとマキシミンは顔を見合わせて頷いた。
 「ボク達も行くよ。ティチエルだけに危ない思いをさせて、ボク達だけ中で
のんびりしていたじゃ悪いからね。」
 「まあ、俺達にできる事はやるのが普通だな。」
 二人の言葉にティチエルの表情が明るくなった。
 「じゃあ、私は怪我をした人の治療をしますね。」
 「ボクも治療にまわるよ。」
 「俺は攻撃と補助だな。二人共、砲弾に注意しろよ。」
 「うん。マキシミンも気をつけて。」
 三人は船室から飛び出すと、それぞれの持ち場に散らばった。
 「皆さん、大丈夫ですか?今、怪我を治しますね。」
 被弾した場所に着いたティチエルは、回復魔法を次々と怪我人にかけていった。
 「ティチエルさん!君は隠れてなきゃ駄目だよ。」
 ティチエルの姿を見つけたジケルがすっ飛んできて言った。
 「いいえ、私もお手伝いします。皆さんで一緒に帰りたいんです。」
 そう言うティチエルは、いつもの笑顔が消えてとても真剣な表情をしていた。その決心を
感じ取ったジケルは無言で頷くと頭を下げた。
 「解りました。お願いします。」
 「はい。任せて下さい。」
 ティチエルは頷くと、次の被弾場所に駈けていった。
 「よぉ。」
 「マキシミン?!何であんたがここにいるのよ!」
 隣に立ったマキシミンを見て、ミラは批難の声をあげた。
 「少しは役に立ちたいんだよ。出来る事をするのが俺達のやり方だからな。」
 そう言うと、マキシミンは補助魔法を船員に向けて次々と放った。
 「……!まさか、イスピンとティチエルもやってるんじゃないだろうね?」
 「その通りだよ。ちなみに、言い出したのはティチエルだからな。」
 「な、何だって!」
 ミラはマキシミンを睨みつけたが、マキシミンは反対に真剣な表情でミラを見つめた。
 「少しはあの子の気持ちも考えてやれよ。守るだけが優しさじゃないだろ?生きる為に
あの子の成長を手伝うのも、優しさなんじゃないのか?」
 「…………。」
 「あの子は強い。純粋に思う分だけ強いんだ。それを影で支えてやろうじゃないか。」
 マキシミンの言葉にミラは頷いた。
 「解ったよ。あんたもいい事言うじゃないか。」
 ミラは少し皮肉を入れて答えると、マキシミンはニヤリとした表情を浮かべた。
 「褒めても何も出ないぞ。」
 「いいよ。バリバリ働いてもらうから覚悟しな。」
 「チエッ。後で追加分もらうからな。」
 軽口を叩きながら二人は自分の仕事に集中した。

105『der Wille』その8@28:2004/03/09(火) 13:10
 接舷すると、青いガレー船の船員が乗り込んできた。
 「覚悟しな!」
 ミラは腰に吊るしていた鞭を構えると、自分に向かってきた相手を叩きのめした。
あちこちで剣の打ち合う音や怒号、悲鳴があがり、甲板は流された血で赤く染まりはじめた。
 「やっぱり数が多いね。」
 イスピンの声にミラは相手を捌きながら頷いた。
 (解ってた事とはいえ、数が多すぎる。かなり手こずりそうだね。)
 必殺技も使いながらミラは次々と敵を撃破していった。周りでも同じように必殺技を使い
イスピンやマキシミンが敵を血の海に沈めていった。
 「イヤー、来ないで下さいー!」
 ティチエルも必死に逃げながら魔法を敵に打ち込んでいた。
 「お嬢ちゃん、無理するんじゃないよ!」
 「はーい。解りましたー。」
 「ジケル!お嬢ちゃんを守るんだよ!」
 「了解!」
 それから十分後、ミラ達四人の活躍で立場は逆転していた。
 「乗り込むよ!」
 「おぉ!」
 ミラを先頭に二十人程が青いガレー船に乗り込んだ。船に残る敵はかなり数が少なく、
ミラ達は難なく船長室に辿り着いた。
 「ジュールの仇。覚悟しな!」
 ミラはドアを蹴破りながら叫んだ。部屋の中には船長らしき男の他に、数人の武装した
男しかいなかった。
 「ほう。箱を渡しにきたのか?」
 「ふざけた事言ってんじゃないよ!あたしは復讐の為に来たんだ!」
 追い詰められたというのに妙に落ち着いた男の言葉にミラは激怒した。
 「復讐なんぞ何の意味も無い。」
 「あんたに無くても、あたしには意味がある。」
 「箱をおとなしく渡せば殺しはしない。揃って魚の餌になりたくはないだろう?」
 「……く……くっくっく……。あーはっはっは……。」
 ミラは突然笑い出した。額に手をあて少し反り返りながらミラはしばらく笑い続けた。
そんなミラを見て、ティチエル達は困ったように顔を見合わせた。
 「……馬鹿な事言わないで。」
 笑いが止まり、ミラはそう言うと正面を向いて手をどけた。そこに現れた顔は、残酷な
笑みだった。
 「このミラ様がそんな脅しに屈すると思ってるの?あたしはね……。」
 高慢な態度で言うとミラは手に持った鞭で床を叩いた。
 「そういう下品な交渉は嫌いなのよ!」
 叫ぶと同時にミラが動いた。その動きは素早く、一気に船長に詰め寄った。
 「死ね!」
 そう言って鞭を船長の首に巻き付けようとしたが、ミラの攻撃は武装した男達に阻まれた。
 「くっ!」
 男達の剣をバックステップで躱しながら、ミラは一人の男の武器を叩き落とした。
 「ミラ、下がってろ!」
 マキシミンはそう叫ぶと、片手で複雑な文様を宙に描いた。すると、天井を突き破り雷が
男達の間に降りそそいだ。
 「ぎゃあぁぁ!」
 一瞬にして男達は黒焦げになって崩れ落ちた。
 「さあ、これで残るはあんただけのようだな。」
 マキシミンの言葉に船長はゆっくりと椅子から立ち上がった。

106『der Wille』その9@28:2004/03/09(火) 13:13
 静かに机の横まで移動した船長は大きく手を広げた。
 「たかが人間の分際で私にたてつくか。」
 そう言った男の顔が奇妙に歪んだ。その歪みは身体全体におよび、大きく膨れ上がって
いった。それは船室の壁を破壊し、人の死体を混ぜ合わせたような醜悪な物体になった。
 「何?!こいつ化け物だったっていうの?」
 ミラが叫んだ。いくら正体不明だったとはいえ、さすがにそこまでは予想できなかった。
 「もう許さぬ。死して後悔せよ。」
 無数に伸びた手が一斉にミラ達に振り下ろされた。間一髪で躱すと、ミラは次に
向かってきた手を鞭で叩き落とした。
 「人間じゃないなら、遠慮はしない。」
 マキシミンも自分と仲間に援護魔法をかけながら、次々と手を切り落としていった。
 「ミラさんの悲しみ、受け取りなさい!」
 正確で素早い突きを繰り出しながら、イスピンはそう叫んだ。
 「お姉さんを虐めるなんて私許せません!」
 ティチエルはいつものおっとりした時からは想像できないほど次々と魔法を本体に放った。
 ミラ達四人の攻撃で、化け物はどんどんと小さくなっていった。しかし、攻撃の激しさは
相変わらずだった。
 「ったく、これじゃきりがないよ!」
 ミラはそう叫んだ。何百と鞭を叩き込んでいるのに、敵は痛みも疲れも知らないかのように
攻撃してくる。逆に、四人の疲労はピークに達しようとしていた。
 (まだなの?これじゃ皆が持たない。)
 化け物を取り囲んで攻撃している皆を見たミラは、化け物の攻撃を察知することが
できなかった。
 「しまった!」
 そう言った時はすでに遅く、化け物の攻撃がミラの身体を引き裂いた。そのままミラは
マストの支柱まで吹っ飛ばされて叩き付けられた。
 「お姉さん!!」
 ティチエルの悲痛な叫びが船の上に響いた。
 「許せない!」
 ティチエルの周囲にいくつもの光が輝いた。その光は次々と化け物の身体を貫いた。
 「!」
 痛みを堪えて顔を上げたミラは、ティチエルの攻撃で開いた穴の中に黒く光る物を見つけた。
 (あれは!もしかしたらあいつの弱点かもしれない。)
 ミラは痛みを堪え、持っていたカードをそれに向かって投げ付けた。カードは一寸の
狂いも無く黒く光る物体に突き刺さった。
 「ガ……。」
 化け物の動きが止まった。ミラは立ち上がると化け物に向かって駆け出した。
 「これで……これで最後よ!」
 ミラの鞭が黒く光る物体を叩き割った。その瞬間、化け物の身体は空に溶けるかのように
消え去った。
 「や……やった……。」
 化け物の消滅を見届けたミラは、力尽きて甲板に倒れ込んだ。
 「お姉さん!」
 ティチエルは走ってくると、急いでミラの傷を塞ぐ為に回復魔法をかけはじめた。
しばらくすると傷は完全に塞がり、ミラは上体を起こした。
 「ありがとう、皆。これでジュールの仇を討てたよ。」
 「ざっとこんなもんかな。」
 かなり疲れた表情だが、マキシミンは笑顔で答えるとミラと握手した。
 「おめでとうございます、ミラさん。」
 ミラが回復魔法をかけられている間、心配そうに顔を覗き込んでいたイスピンも、
安心した様子で話しかけた。
 「お姉さん、大丈夫ですか?」
 まだ心配そうにしているティチエルの頭をミラは撫でた。
 「お嬢ちゃんが魔法を撃ってくれたおかげで、あいつの弱点を見つけられたよ。本当に
お嬢ちゃんは最高の運を持っているんだね。」
 「えへへ……。」
 ティチエルにもいつもの笑顔が戻り、四人はやっと戦いが終わったのだと実感したのだった。
 「さあ、船に戻りましょうか。」
 立ち上がったミラは、一緒に戦ってくれた仲間に向かって笑顔で手を差し出した。

107『der Wille』その10@28:2004/03/09(火) 13:16
 『紅い射手』号に戻った四人は、船員達の賞賛の嵐に包まれた。
 「お疲れさまでした、船長。船の補修は終わってます。」
 ジケルの言葉にミラは頷いた。
 「皆、今までありがとう。やっと、ジュールの仇が討てた。それもこれも、
皆のおかげだよ。」
 感激で涙ぐむ船員や肩を組んで喜び合う船員を見て、ミラはもう一度心の中で感謝した。
 「さあ、一度昨日の港で修理してからオルリーに向かうよ。でも、その前に酒場で
祝宴だからね。」
 「オオーッ!」
 「港に戻るまであんた達は船室で休んでいていいよ。疲れただろう?」
 ミラはティチエル達に向き直るとそう言った。
 「ああ。お言葉に甘えてそうさせてもらうか。」
 「じゃあ、ボク達は休んでいるね。」
 「私も休んでますね、お姉さん。」
 「うん。ゆっくり休んできなよ。」
 三人と別れたミラは、炎に包まれて崩れ落ちてゆく青いガレー船を見つめた。
 (ジュール……仇はとったよ。これで、安らかに眠れるよね?)
 港で買っておいた花を海に投げると、ミラは港に戻るように船員に命じた。
 それから三十分ほどすぎた時だった。
 「船長。何か変な早さで雲が近づいてきますぜ。」
 見張り台にいる船員がそうミラに声をかけた。
 「何?」
 ミラは言われた方向を向いた。確かに異常な早さで雲が近づいてきていた。
 「……ん?雲だけじゃないね。何か……別の物が……。」
 そう言ったミラが青ざめた。
 「あれは竜巻じゃないか!飲み込まれたらこんな船じゃ持たないよ。」
 「旋回してやり過ごしやしょう。」
 舵手が逃げ切れないと計算して提案してきた。
 「頼む。皆、帆をたたむんだよ。早く!」
 「了解!」
 手際良く船員達が帆をたたむと、動力を石炭に切り替えた。
 「この速度なら逃げきれそうですぜ。」
 「そうか……。」
 そう言ったミラだが、胸の中の不安感は消えなかった。
 (どうしたんだ?何をこんなに不安に思って……。)
 そのミラの心配は適中した。
 「船長!竜巻がついてきやす!」
 「何だって?!そんな馬鹿な!」
 ミラが船員の言葉が嘘でなかった事に気付くのに時間はかからなかった。確かに進路を
どう変えても竜巻は近づいてくるのだった。
 (どういう事?ただの竜巻じゃないって。)
 そう思ってもう一度竜巻を観察した時だった。その竜巻の中に、先程倒した化け物が
いる事に気付いた。
 「あ……あいつ死んだんじゃなかったの?!」
 そう叫んだ瞬間、ミラの耳にブキミな声が聞こえた。
 (ミラ……、お前だけは逃がさん。)
 「!!」
 ミラは驚いて耳を両手で覆った。しかし、もう一度同じ言葉が聞こえ、ミラは愕然と
床に座りこんだ。
 (あいつ……あたしを狙って……。)
 休みなく耳の中で鳴り響く声にミラはしばらく動けなかったが、立ち上がると
キッと竜巻を睨みつけた。

108『der Wille』その11@28:2004/03/09(火) 13:18
 「ジケル!」
 呼ばれたジケルはミラの隣に立った。
 「何か用ですか?船長。」
 「船に乗ってる全員をここに集めて。」
 「は?」
 「急いで!」
 ミラに睨まれ、ジケルは手分けして船に乗っている全員をミラの前に集めた。
 「あそこに見える竜巻があるでしょ。」
 ミラは迫ってくる竜巻を指差した。
 「あの竜巻、ジュールを殺した化け物が中にいるの。」
 「え?あの化け物死んだんじゃなかったのか?」
 マキシミンの言葉にミラは首を振った。
 「死んでいたらこんな事にはなってないでしょ。つまり、あいつは死んだふりを
してたのよ。」
 「なんてこと……。」
 イスピンが愕然と呟いた。
 「それであたしにいい提案があるの。その為に皆に従ってもらうわ。」
 「何ですか?お姉さん。」
 「この船に乗ってる火薬を使って、船ごとあの竜巻を吹っ飛ばすのよ。」
 「ええっ?!」
 船員達はこの提案にざわめきだした。さすがに大切な船を犠牲にするなんて誰も
賛成する気になれなかった。
 「これしか方法はないのよ。このまま港に戻ったら、港で大勢の人が犠牲になる。
それに……。」
 ミラはそこで言葉を区切って俯いた。
 「あの化け物……あたしだけを狙っているのよ。」
 「!」
 「だから、あたしの手で最後の決着をつけさせて。」
 そう言って顔を上げたミラの表情には恐怖の欠片もなかった。
 「駄目です!そんな事賛成できるわけないでしょう。」
 「ジケル。あたしは誰?」
 「……紅い射手の船長です。」
 「なら、これは船長命令よ。皆を連れてボートで港に向かいなさい。」
 「…………。」
 ジケルは唇を噛み締めて俯いた。
 「どうにかならないのか?」
 マキシミンがそう言ったが、その表情からは諦めの色しか見えなかった。
 「あんな厚い水壁を壊すなんて、あんた達の魔法だって無理よ。それくらいあんたにも
解ってるでしょ。」
 「…………。」
 ずばり言われたマキシミンはもう何も言えなかった。
 「船で逃げ回るのは駄目なの?」
 泣きそうな顔でイスピンはミラの腕にしがみついた。
 「無理よ。船だってさっきの戦闘でボロボロなのよ。これで一生逃げ回る事は
不可能だわ。」
 「…………。」
 船だけの問題ではない。港にも入れないということは、水も食料も手に入らないのである。
これでは餓死か壊血病で死ぬのを待つだけだった。
 「さあ、もう時間がないの。さっさと行動してちょうだい。」
 「お姉さん。」
 今まで黙っていたティチエルがミラの手を掴んだ。
 「帰ってくるんですよね?」
 「……当たり前じゃない。ちょちょっとお仕置きしてくるだけなんだから。」
 ミラは笑顔で明るく返事をした。
 「本当ですよね?」
 「本当よ。じゃあ、約束の印にこれを渡しておくわ。」
 そう言うと、ミラは耳にしていたピアスの片方をティチエルの手に乗せた。それは、
ミラの瞳と同じ緑の石のだった。
 「それはあたしの一番のお気に入りなの。必ず返してもらうから、大切に持ってるのよ。」
 「はい。私、絶対になくしたりしません。」
 「じゃあ、皆と一緒に先に港に帰っていてね。すぐに戻るから。」
 ミラは優しく微笑むと、ティチエルの頭を優しく撫でた。

109『der Wille』その12@28:2004/03/09(火) 13:21
 (ごめんね、お嬢ちゃん。)
 皆が船を降りてから数分後。一人紅い射手に残ったミラは、火薬を要所に積み上げながら
心の中で謝った。今も聞こえる化け物の声は、竜巻が近づくに比例して大きくなっていた。
 (こんなあたしの事を信じてくれてるのにね……。)
 火薬の配置が終わったミラは、甲板に出て操舵を握りしめた。
 「さて、最後の勝負といこうじゃないか。」
 ミラは竜巻に向けて船の進路を修正した。
 風が強く、ミラの短い髪の毛が顔に叩き付けられた。そんな髪を気にもせず、ミラはジッと
竜巻を見つめていた。
 「ミ……ラ……。」
 ブキミな声がミラの名前を呼んだ。
 「ふっ……。あたしはあんたに名前を気安く呼ばれたくないんだけどねぇ。」
 そう軽口が叩ける位、ミラの心は冷静だった。
 吸い上げられた海の水が雨のようにミラの身体に降り注いだ。しかし、濡れた顔を
拭こうともせず、ミラは舵を操り続けた。
 竜巻まであと五百Mに迫ると、ミラはふと思い出したことがあった。
 (自分が強いと思えば、強くなるものだ。そして、皆がついてくる。)
 「ああ、そうだね。ジュールの言う通りさ。」
 ミラは火薬を爆発させる為の綱をしっかり握りしめた。
 「あたしは強い。皆を……仲間を守る為に、あたしは強くなったんだ。」
 あと五十Mに迫り、ミラは一度だけ港の方に振り返った。
 「バイバイ、ティチエル。あんたの事、大好きだったよ。」
 船の先端が竜巻に巻き込まれて折れたが、ミラはそのまま竜巻に突っ込んだ。
 「覚悟しな化け物、これであたしの勝ちだよ!!」
 ミラは不敵な笑顔でそう叫ぶと、綱を思いきり引いた。


 「あ……。」
 ティチエルの持っていたピアスの石が、音を立ててひび割れた。
 「どうしたの?ティチエル。」
 「お姉さんから預かったピアスの石が……。」
 ティチエルがそう言った瞬間だった。物凄い轟音が海上に轟き、竜巻の所で大きな爆発が
おきた。
 「あっ!」
 皆の目の前で火柱は天にまで駆け上がり、それと同時に竜巻が消滅した。
 「…………。」
 「ううっ……くっ……。」
 ボートを漕ぐ手を休め、船員皆が泣きはじめた。
 「あの……どうしたんですか?」
 訳が解らないティチエルは呆然としているイスピンに話しかけた。
 「あ……。何でもないよ。ミラが……敵を倒したんだよ。」
 「そうなんですかぁ。やっぱりお姉さんは強いんですねー。」
 「そうだよ。ミラは強かったんだよ。」
 マキシミンも涙を堪えながらティチエルにそう答えた。
 「じゃあ、お姉さんはいつ帰ってくるんですか?」
 「……少し……時間かかるかも……しれないね。そう……だよね?」
 イスピンは大粒の涙をあふれさせながらマキシミンを見上げた。
 「ああ……。そう……だな……。」
 ティチエルから顔を背け、声を詰まらせながらマキシミンは答えた。
 「そうなんですか?じゃあ、私はお姉さんが帰ってきたらお料理作りますね。そうしたら、
皆さんで食べましょうね。」
 「そうだね……。」
 それだけ言ったイスピンは、ティチエルに抱きつくと声をあげて泣き出した。

110『der Wille』その13@28:2004/03/09(火) 13:25
 青いガレー船を倒して港についた船員は、一週間程ミラの帰りを待っていた。しかし、
生存が絶望的なのはあの爆発の規模を見れば解る事であり、一人また一人と仲間に
別れを告げて去っていった。最後まで残ったのは、ジケルただ一人であった。
 「じゃあ、皆さんお元気で。」
 事件から二週間後。さすがに用事のあるティチエルをここに滞在させているわけにもいかず、
ミラが帰ってくるまで待ってると言ったティチエルをなんとか説き伏せてオルリーに
向かう事になった。
 「じゃあ、ジケルさん。お姉さんが戻ってきたら、ティチエルは先に行ってますって
伝えて下さいね。」
 「はい。必ず伝えますよ。」
 ミラから護衛を引き継いだイスピンとマキシミンは、そんなティチエルの様子を暗い表情で
見ていた。
 「では、ジケルさん。さようなら。」
 「皆さん、本当にありがとうございました。さようなら。」
 汽笛が港に響き、船がゆっくりと動きだした。
 「結局、お姉さんは来なかったですね。」
 船室に向かう途中、ティチエルは本当に残念そうにそう言った。
 「仕方ないよ。ミラさんも忙しい人なんだから。」
 「そうですねぇ。」
 船室に着いた三人はベットルームに荷物を降ろすと、マキシミンだけが用事をしに隣の
部屋に出て行った。
 「イスピンさん。これどうしたらいいですか?」
 そう言ってティチエルが差し出したのは、ミラから預かったピアスだった。
 「石がひび割れちゃったんですよ。お姉さん、これお気に入りだから、割れていたら
困るんじゃないかって思うんです。」
 「いつ割れたの?」
 「えっと……、お姉さんの船が爆発するちょっと前です。」
 ティチエルの言葉に、イスピンは俯いた。
 「……そう……なんだ。」
 「直せませんか?」
 「それはそのままで大丈夫だよ。ミラさんも……ティチエルが壊したなんて……
思わないから。」
 「そうなんですかぁ?でもそれじゃ悪いから、私ちゃんと謝りますね。」
 「そうだね……。その方が……いいね。」
 イスピンはさすがに辛くなって俯いた。涙があふれてきたが、なんとか自分を
落ち着ける事で我慢した。
 「早くお姉さんが来てくれないかな……。」
 最後の方の声がかすれたので、イスピンは不思議に思って顔をあげた。
 ティチエルは大粒の涙をこぼしていた。
 「あ……あれ?私……泣きたくないのに……何で泣いているの?」
 ティチエルは必死に笑顔をつくり、ハンカチで涙を拭いたが、それでも涙は止まらなかった。
 「や……やだな。なんか……涙が止まらないよ……。」
 「ティチエル……。」
 「お姉さんに……会いたいよぉ……。」
 イスピンはティチエルを抱きしめた。ティチエルも、イスピンにしがみつくようにして
身体をあずけた。
 「お姉……さん……。お……ねえ……さぁ……ん……。う……うえぇぇーん……。」
 ティチエルの言葉は、そのまま泣き声に変わっていった。
 しばらくして、イスピンがベットルームから出てきた。
 「ティチエルは?」
 「……泣き疲れて寝ちゃった。」
 イスピンはマキシミンの隣に座ると自分の顔を手で覆った。
 「ティチエルは、あの人の死を考えていなくても……心のどこかでは解っているのかも
しれない。」
 「そうか……。」
 「辛いよね……。大切な人の……死って……。」
 「……ああ。辛いな……。」
 「ねぇ……マキシミン……。」
 顔を上げたイスピンは泣いていた。
 「ちょっとだけ……泣かせて。」
 「……ああ。」
 「ありがとう……。」
 もう一度イスピンは俯くと顔を覆って泣き出した。マキシミンはイスピンの隣に座ると、
か弱く震える肩を抱きしめて自分の胸に引き寄せた。
 「っ……。」
 イスピンはマキシミンの上着を掴むと、声を殺しながら泣き続けた。

das Ende

11128:2004/03/09(火) 13:35
あー。何か前回より文字数増えてますね。書いていた時間も増えてまつ。
かといって、内容が前より充実なんぞしてないわけでつが。(´・ω・`)マア,イツモノコトダケドネ…。



……実は今だから話せまつが、
>>18さんの使ったティチのお母さんの天国ネタを最後の所に入れようと
自分も考えてますた。…が、最終パート書く寸前に使われてしまった事が発覚。
(つまり、書きながら読んでますた。)
というわけで、その話をまったく出さずに終了させてみますた。

>>2ネタシリーズは……マキシミンしかないじゃないか。on_

112名無しさん:2004/03/09(火) 14:47
18氏
ボリ&ティチ通して読ませてもらいました。
11話ではマジで感動しました…


自分は仕事の関係でよく小説読むんですが、全く遜色無いですよ
情景描写の臨場感や起承転結の構成もですが
ティチと接し、涙や笑顔に対するシニカルさが消えていく様子が
無理なくまとめられていくサマは流石と思いマスタ

キモイマジレスで申し訳ないのですが
気になったことをいくつか質問させてもらいます

1、最終話でボリが本当に告げたかった言葉とは?

2、ティチはデビルナイトからどうやって逃げたのか?

3、蛙は…

4、18さんは物書き?

回答お待ちしてマス

113名無しさん:2004/03/09(火) 14:58
(´・ω・)b グッジョブ!

正直感動しました。
良作をありがとう。

114名無しさん:2004/03/09(火) 17:43
やばいまじやばい…
話の展開は好みなのに、キャラを掴みきれてないのでいまいち浸りきれない…
全員のOPやメインクエこなしてなかったのが悔やまれる…_no

どなたか簡単にキャラ紹介やってくださらんでしょうか?(;´Д`)人
お願いします

115名無しさん:2004/03/09(火) 19:35
本スレにコピペしてんの誰だよ

11618:2004/03/09(火) 21:59
28氏GJ!楽しませてもらいました。
>>2のエピソードからよくここまで物語を展開できるなと
感服しながら読んでいました。おっかれ様です。オネェサン…。・゚・(ノД`)・゚・。

お母さんネタとカエルネタはティチのOPでも印象的だったので 
使わせて頂きましたヨ(・∀・)あれいいですよね


>>112
むず痒い程の賞賛、有り難く承ります。
起承転結に気付いてくれるとは…嬉ション寸前です(*´Д`)
マジレスにはやはりキモイマジレスで応酬します。


回答1、最終話でボリが本当に告げたかった言葉とは?

これは ボリ&ティチ(9)での話が関係していて
ここでティチエルの質問に答えるボリスは本編とは違う、
素直で感情を抑え込まないボリスなんです。

んで ボリ&ティチ(6)雨宿りの場面での
「だってぇ…私を助けてくれたり、一個しかない毛布を渡そうとしてくれたり〜」
「…………物事を途中で投げ出すのは性分じゃないからな。」

と、ボリ&ティチ(9)の
(だってぇ…私を助けてくれたり、一個しかない毛布を渡そうとしてくれたり〜)
――…この先、何があっても君は僕が必ず守ってみせる…――

と、エピローグの
「言っただろう?
  …物事を途中で投げ出すのは性分じゃない…とな。」

を対比させて見れば自ずと分かるんじゃないでしょうか?

本編ボリの性格が絆され、素直ボリの性格と
漸次的に近づいていく様子をボリ&ティチ(9)を用いて表したのです
「ボリスさんの家族はどこに住んでるんですか?」
コレの答えなんかは殆ど本編ボリ、素直ボリに差が無い事を表しています
わかりにくいすね


回答2、ティチはデビルナイトからどうやって逃げたのか?

ティチ、ボリスの下で動かない→ボリス動かなくなる
→デビナイ獲物仕留めたと思う→帰る→ティチ逃げる

ボリ&ティチ(10)で盛り込もうとしてたんですが、
書いてるうちに良い終わり方しそうだったので敢えて野暮な事は書かず省きました


回答3、蛙は…
ステップの水辺に逃がしたとでも思ってください


回答4、18さんは物書き?
国語は2以外トッタコトナイデス('A`)


こう裏読みしてくれるとホント嬉しいです。伏線張った甲斐がありました
また何か投下したらお付き合いください

11728:2004/03/10(水) 00:28
18さん、ありがとうございます。

自分の場合。他のゲームの未発表作品でも、
ふと思い付いた2、3の言葉からの作品が多いので、展開というよりも妄想って話が…。
ただ、その場合はある程度のキャラ設定を把握しなくては辛いので、
OPだけだとかなりネタ不足になってしまいまつ。
おかげで、メインのナヤをほったらかしで、
ティチ&ミラの本編クエストを3〜4個やるはめに…。(´・ω・`)ゴメンヨ,ナヤ…。
これでマキシもやったら、さらに…。コロサレマツネ…。

お母さんネタは本当に使おうと思える程いいネタでつ。
「お姉さんとママが天国から帰ってきたら、
パパとママとお姉さんとお弁当持っておでかけしたいです。」
ってティチ言わせる予定ですた。

しかし、仕事で色々読んでる方に褒めていただけてる
18さんの国語の成績が自分と同じって信じられないでつ。
日記も作文も読書感想文も漢字も大嫌いだった自分には当たり前の成績でつが……。

118名無しさん:2004/03/10(水) 01:44
「今、冒険者がモテるんじゃよ? ボリスキーどん」
「なんかもう、お前が死ぬのが目に見えているが……まあいい、話してみろ」
「さすがボリスキーどん、お目が高い。わしがアクシビターを牛耳った暁には、相応の身分を与えてもいいような気がしてきたぜ?」
「待て、アクシビターって言ったら、貴族の集まりみたいなもんじゃあないか。そもそもそんな所に入れるわけもないだろう!」
「くくくっ……天才軍師に抜かりはない。大王の知り合いだとか言ったら、すんなり入会出来ちゃったのじゃよ? あとは簡単な仕事をたくさんこなして、楽にポイントを稼いでいけば、ナオンもわしらを認めるときたもんじゃよー」
「お前にしては準備もばっちりだし、筋も通ってる……ような気がする。期待してもいいような気がしてきたが」
「ぐへへ、物わかりのいい子は大好きじゃよ。そうと決まればレッツラゴー! まずは男と犬を倒してレベルアップするんだにゃー。がはははは! 見える。見えるぞ! ブタッキーを倒して、ナオンを救い出すわしの姿が!」

11918:2004/03/10(水) 02:31
和露タ ファーザーはルシアン?

120名無しさん:2004/03/10(水) 03:10
ファーザーはルシアンで。
でもきっと、OPイベントで死ぬのですね。

12128:2004/03/10(水) 17:07
ふっふっふっふっふ……。
新作できちゃいますた。
例の如く、勢いで書いてるだけなので(略)。













……本当に自分何やってるんでつかね。on_

122『das Bild』その1@28:2004/03/10(水) 17:12
 暖かい陽射しの中、切り株に座っている者がいた。彫像のように動かないそれが人間だと
解るのは、まだしっとりと濡れた長い銀の髪が風になびいているからだった。
 その動かないままいるのはナヤトレイだった。久し振りに水浴びをしたついでに髪を
洗って、そのまま自然乾燥させていた。
 ナルビクの町から離れたこの場所は静かで、鳥の鳴き声と水の流れる音、風が葉や草を
揺らす音しかなかった。
 (やっぱり町中は嫌い……。)
 ナヤトレイはゴミゴミとして人が多い町中よりも、静かで自然と一体になれる場所の方が
好きだった。育った場所がケイレス砂漠である為に、一族以外の人がいる事の方がはるかに
珍しかったのもある。
 しかも、今は命を狙われる立場なのも原因の一つであった。人が多ければ紛れ込んで
逃げる事もできるだろうが、逆に人の中に暗殺者が紛れ込んでいる可能性もある。
 (……切って……染めてしまえば、少しは違うのかな。)
 前髪を右手で摘んで目の前に持ってくると、ナヤトレイはそう思った。
 確かに今まで何度も切ったり染めたりしようとした事はあった。尻まである長い髪は
戦闘では邪魔になるし、人込みに紛れ込んで逃げる時にも銀髪というのは目印になって
逆効果になっていた。
 しかし、いざ切ろうとすると、族長が褒めてくれたこの髪を捨てるのは躊躇われ、結局は
今のままできてしまったのだった。
 (一族の証……か。)
 興味がなくなったかのように前髪を離すと、ナヤトレイはケイレス砂漠の方を向いた。
 (皆……。)
 そう思った時、背後から草を踏み締める音が近づいてきた。背後は森から草原になっていて、
近づいてきている者が解らなかった。
 (敵?)
 ナヤトレイは鞄の中のクナイの数を確かめると、隣に置いてあった短剣をいつでも
抜けるように持った。
 「…………。」
 息を殺し見えない相手を警戒している姿は、獲物を狙う動物のようでもあった。
 しかし、どんどんと近づいてくる足音の他に、鞄の中に色々な物を詰め込んである音も
聞こえてきた。
 (……?武器や防具の音じゃない。)
 少しだけ緊張の解けたナヤトレイは、短剣を隠し持ったまま切り株の上に座りなおした。
 それから数分後。大きな鞄を背負った初老の男が森の中から現れた。
 ナヤトレイはその男の格好を確認したが、武器らしい物もなければ、服装も
普段着という物だった。
 (……暗殺者ではなさそう。)
 男はナヤトレイに気付いて挨拶するように頭を下げたが、ナヤトレイは挨拶などする気も
ないのでそのままでいた。
 しばし男はナヤトレイの姿をしげしげと見ていたかと思うと、背負った鞄を降ろして中を
探りはじめた。
 さすがにその行動を不審に思ったナヤトレイは、背後に置いた短剣をもう一度握りしめた。
しかし、男が鞄の中から出したのは、大きなスケッチブックと木炭が入った箱であった。男は
ゆっくりと座ると、何かを描きはじめたようだった。
 (画家だったのね。まあ、うるさくしないなら問題なさそう。)
 まだ男が完全に信用できたわけではないので、急に襲われても大丈夫なようにナヤトレイは
短剣を握っていた。

123『das Bild』その2@28:2004/03/10(水) 17:14
 画家の男が来てから三十分ほど経った。
 ナヤトレイは自分の髪が綺麗に乾いた事に気付いた。
 (……シベリンも心配するだろうから、そろそろ帰ろう。)
 ナヤトレイは腰に吊るした鞄の中からブラシを出すと、手早く髪を梳かし後ろ髪を
編み上げた。そして、前髪を押さえる為のバンダナを額に巻くと立ち上がった。
 歩き出す前にナヤトレイはもう一度画家の男を見た。男は集中しているのか木炭を紙に
走らせていた。
 (……変なの。)
 ナヤトレイは小さく首を傾げ、町に向かって歩きだした時だった。男がナヤトレイの方を
向いた。そして、慌てたようにスケッチブックを置いて走ってきた。
 (?!)
 ナヤトレイは腰に吊るした短剣に手をかけた。
 「ま、待ってくれ。」
 男はナヤトレイの前に立つと、敵意がない事を示す為に手を広げた。
 「お嬢さんはこの辺りに住んでいる人なのかい?」
 「…………。」
 「ああ、ごめんよ。私は旅をしながら絵を描いているんだ。」
 警戒した表情をしているナヤトレイを見て、男はそう言うと木炭を見せた。かなり
使ったのか、木炭はもう少ししかなかった。
 「今、お嬢さんを描いていたんだけどまだ途中なんだよ。お願いだからモデルになって
くれないかね?」
 (私を……描いていた?風景じゃなかったの?)
 ナヤトレイはこの男が風景を描いているのだと思い込んでいた為に驚いた。
 「駄目かね?」
 念を押すような男の質問に返事せず、ナヤトレイは町に向かって走り出した。
 ナヤトレイにとって姿絵は手配書と同等に考えていた。苗族が何らかの理由で皆殺しに
されたからこそ、生き残りであるナヤトレイに生きていられては困る者がいる。だから、
ナヤトレイの特徴を描き込む姿絵はそのまま詳しい手配書となるのだった。
 (そんな物が……私を狙う者の手に渡ったら……。)
 ナヤトレイは町に入る前に足を止めて、今来た道を振り返った。
 (あの画家を殺せば良かった。そうでなければ、あのスケッチブックを奪ってくるべき
だった。)
 今そう考えても、あの男はもうあの場所にはいないと思われた。
 (途中って言っていたから、二度と会わなければ問題はなさそう。)
 強引に自分を納得させたナヤトレイはナルビクの町中に入った。
 人通りの多い道を迂回しながら、ナヤトレイはふと道を歩いている人達を見た。
 (黒、赤、茶、金、白……。)
 ざっと見ただけでもナヤトレイと同じ色の髪を持つ者はいない。もっと多彩には見えるが、
色が濃いか薄いかの差だけである。
 ふと気付くと、ナヤトレイは周りの人達がチラチラと自分を見ているのに気付いた。
見てからコソコソと話をしている人もいた。
 (そんなに……この髪が珍しいのかな。)
 ナヤトレイは小さく溜息をつくと、<シャドウ&アッシュ>に向かって歩き出した。
 (一族では銀の髪なんか珍しくもなかったのに……。)
 苗族の中では銀の髪は普通であった。それこそ、黒や赤などの色をしていた方が珍しく、
初めてシベリンの深紅の髪を見た時は血で染まっているのかと思った程だった。
 (それを言った時のシベリンの顔……今でも思いだす。)
 ナヤトレイが血で染めたのかと言った時、シベリンは一瞬唖然とした表情になったが、
すぐに大笑いを始めたのだった。
 (見た目からシベリンは深紅の死神と呼ばれているけど、私は……何だと皆に思われて
いるのだろう……。)
 苗族の証である銀の髪と紫の瞳は、今のナヤトレイにとって厄介な物でしかなかった。

124『das Bild』その3@28:2004/03/10(水) 17:17
 「ナヤ。ギルドから呼び出しがあったんだが、何か用事はあるか?」
 次の日。短剣の手入れをしていたナヤトレイは、部屋に入ってきたシベリンに声を
かけられた。
 「ううん。今あるのはこの短剣の手入れだけ。」
 「じゃあ、それが終わってからだな。」
 そう言ってナヤトレイの向かい側に座ったシベリンは、机の上の水差しからコップに水を
入れた。
 「でも、ギルドから呼び出しって珍しいね。」
 「ルベリエから直々の呼び出しだからな。何かあったんだろ。」
 「……黒衣の剣士の話だったらいいね。」
 自分の全てを失わせた相手を探すシベリンの執念も努力も苦悩も見てきたナヤトレイに
とって、一時も早くその日が訪れる事を望むのは当然だった。人前では明るく振舞っていても、
一人になるとシベリンは立ち直れないかと思うほど落ち込む事もあった。
 「そうだな。」
 胸につけられた傷の場所に手をあてながらシベリンは少しだけ俯いた。
 「…………。」
 ナヤトレイは手入れしていた短剣を二、三度軽く振って具合を確かめると、腰のベルトに
ある鞘にしまった。
 「シベリン。短剣の手入れが終わったよ。」
 「そうか。じゃあ、ギルドに行きますか。」
 ナヤトレイに声をかけられたシベリンは、両手でひじ掛けを叩くと椅子から立ち上がった。
ナヤトレイも立ち上がるとシベリンの後について歩き出した。
 二人がギルドまであと半分という所まできた時だった。シベリンが立ち止まってから
ギルドと反対の方向に歩きだした。
 「……?」
 その行動を疑問に思ったナヤトレイがシベリンの視線の先を追うと、そこには可愛い服を
着た赤毛の女性が歩いていた。
 「…………。」
 ナヤトレイは大きな溜息をつくと、仕方なくシベリンの行った方向に歩き出した。
 「そこの綺麗なお嬢さん。俺と一緒に食事でもしませんか?」
 シベリンは女性をナンパしようと並んで歩きながら喋っていた。
 ナヤトレイはシベリンのこの性格だけは嫌いであった。その理由は嫉妬ではなく、純粋に
時間の無駄という事からだった。
 これのせいで何時間も人込みの中を歩かされた事もあるし、余計な出費が増えるのも
問題だった。ギルドの報酬はかなり良い方なのだが、金がなくならないかぎり働かないのでは、
その出費は余計に時間の無駄を作るようなものであった。
 「……私、先に行ってる。」
 なんとか十分ほど後をついていたが、さすがにこれ以上つきあっていられないので、
ナヤトレイはそうシベリンに声をかけてからギルドに向かって歩き出した。
 「ま、待てよ!おい、ナヤ!」
 シベリンはナンパしていた女性に別れを告げると、慌ててナヤトレイの隣まで走ってきた。
 「ナヤ!……ったく、少しくらいいいじゃないか。」
 「……十分はつきあった。」
 シベリンが前に立って話しかけてきたが、ナヤトレイは目もくれずギルドに向かって
歩き続けた。慌ててシベリンはまたナヤトレイの前に立った。
 「三十分くらいは許してくれよ。」
 「……私には関係ない。やりたいなら、シベリンだけしていればいい。」
 少しだけ立ち止まってそう言うと、ナヤトレイはまた歩き出した。
 「そりゃそうだけどさ……。」
 ここまで不機嫌になってしまったナヤトレイをなだめる事は困難なので、シベリンは大きく
溜息をつくとナヤトレイの後について歩き出した。

125『das Bild』その4@28:2004/03/10(水) 17:19
 <シャドウ&アッシュ>に着くと、すぐにルベリエの部屋に通された。
 「よく来てくれた。」
 「呼び出しだからな。で、その理由は?」
 ルベリエはシベリンの顔を見ると、視線だけナヤトレイに移した。
 「今朝依頼があった。それをお前達にやって欲しい。」
 「俺達に依頼とは難しい仕事のようだな。」
 「簡単なようで難しいかもしれん。それはお前達次第だがな。」
 含みのある笑みを浮かべたルベリエを見て二人は顔を見合わせて首を傾げた。
 「それで、内容は?」
 「内容は依頼者から聞いてくれ。待ち合わせ場所は、<海の中へ>のレストランだ。時刻は
夕方の六時。依頼者には紹介状を机の上に出しておくよう言ってある。」
 「了解。もし仕事の内容が気に入らなかったら?」
 シベリンの質問にルベリエはもう一度ナヤトレイを見た。
 「断ってもらっても構わん。」
 (それは最初から私達に期待していないって事じゃない。)
 ルベリエの意外な言葉に、ナヤトレイはあからさまな嫌悪の表情を浮かべた。
 今の台詞を普通の人が言っていたならば、ナヤトレイは行動を持って相手にそれが間違いで
ある事を示していた。しかし、二人の実力をよく知るうえに、シベリンの上司である
ルベリエに言われては手を出す事もできなかった。
 そのまま話は終わり、部屋の外に出たシベリンはナヤトレイの頭を撫でた。
 「よく我慢したな、ナヤ。」
 「あれがルベリエじゃなかったら、今頃床に首が転がっていたところよ。」
 低い声で恐ろしい事を言ったナヤトレイにシベリンは苦笑した。
 (まださっきの機嫌が直ってないな。これで依頼者が失礼な奴じゃなきゃいいが……。)
 シベリンは心の中で溜息をつきながら、先程の自分の行動を反省していた。
 それから時間が過ぎ、待ち合わせの時間になった。
 二人はまっすぐ<海の中へ>まで行くと、机の上にあるはずの紹介状を探した。
 「こう人が多いと探すのに苦労するな。」
 シベリンの言葉にナヤトレイは無言で頷いた。
 美味しそうな匂いが充満し、まだ夕飯を食べていない二人は仕事の事を忘れて食事を
とりたくなってきた。
 「あ、あれは。」
 その時、シベリンが机の上に見慣れた紙を見つけた。シベリンはナヤトレイの手を取ると、
その机のところまで行った。
 「お待たせしました。<シャドウ&アッシュ>の者です。」
 シベリンが席にいた男性に声をかけると、その人は振り向いた。
 「あっ!」
 相手の顔を見た席にいた男性とナヤトレイは同時に叫んだ。
 次の瞬間、ナヤトレイが腰に吊るした短剣に手をかけた。
 「!」
 それに気付いたシベリンは、ナヤトレイの手を持って短剣を抜くのを阻止した。
 「待て、ナヤ。こんなところで剣を抜いたら、俺達はこの町にいられなくなるぞ。」
 ナヤトレイの耳元でそう囁いたシベリンは、短剣を握る力が抜けるまで手を離さなかった。
 「お嬢さんはやはりこの町の人だったんですね。」
 そう嬉しそうに話したのは、ナヤトレイが昨日会った画家の男だった。
 (ナヤと知り合い……って訳じゃなさそうだな。)
 シベリンはまだ殺気だっているナヤトレイを男の真向かいに座らせると、自分はその間に
入った。
 「それで、依頼の事なんですが……。」
 「ああ、そうでしたね。でも、たった今解決できました。」
 「へ?」
 訳が解らないシベリンに男は持っていたスケッチブックを開いて見せた。
 「私の依頼はこの女性を探してほしいって物だったのですよ。」
 シベリンがスケッチブックを受け取ってよく見ると、まだ粗いがナヤトレイだと解る女性が
木炭で描かれていた。
 「これって……。」
 それでシベリンは先程のナヤトレイの行動が解った。
 「悪いんだが、少しつきあってくれないか?もし断るのなら、この町を出た後の命は保証は
できない。」
 シベリンはそう言ってナヤトレイを見た。男もナヤトレイの殺気だった表情を見て
その意味が解ったようだった。
 「……解りました。言う事に従いましょう。話が長くなりそうですから、荷物を
取ってきます。」
 男はそう言って部屋に戻ると、すぐに荷物を持って戻ってきた。
 「俺達の宿についてきてくれ。それと、ナヤは先頭を歩くんだ。」
 「……解った。」
 「解りました。」
 用心の為にナヤトレイを先に歩かせ、シベリンは男の盾になるようにして帰った。

126『das Bild』その5@28:2004/03/10(水) 17:21
 <シャドウ&アッシュ>が傭兵の為に格安で貸し出している宿に戻ると、三人はテーブルを
囲んで座った。
 「まずは自己紹介をしなければいけませんね。」
 男はそう言うと小さく頭を下げた。
 「私はヴァンダンといいます。かれこれ三十年ほど放浪しながら絵を描いています。」
 (放浪……。)
 懐かしい言葉の響きにナヤトレイは昔を思いだしていた。
 「俺はシベリン・ウー。こっちはナヤトレイだ。」
 「いいお名前ですね。」
 ヴァンダンはそう言うと優しく微笑んだ。その言葉が形式的な挨拶だと思ったシベリンは
黙って頭を下げた。一方、ナヤトレイは相変わらずヴァンダンを睨んでいた。
 「始めに、ナヤを探していた訳を教えて欲しい。」
 シベリンの質問にヴァンダンは頷いた。
 「私が昨日、風景画を描こうと思って近辺を散策していた時に、ナヤトレイさんに
出会ったのです。」
 ヴァンダンは昨日の記憶を辿って話しはじめた。
 「鬱蒼とした森を抜けた瞬間目に飛び込んできたのは、広い草原と切り株に座った
ナヤトレイさんでした。その時の情景は今でも鮮明に憶えています。」
 それを聞いたナヤトレイの視線が鋭くなった。しかし、シベリンに武器を取り上げられている
今は手を出す事ができなかった。
 「どうしてもその情景を描きたくなって、私は一生懸命にスケッチをしました。けれども、
まだ半分も終わらないうちにナヤトレイさんが行ってしまおうとしたので、私は呼び止めて
モデルになってくれないか頼んだのです。」
 「でも、ナヤは何も言わなかった。」
 「はい。何も言わず逃げるように走っていってしまい私は途方にくれました。その時、
この町にクエストショップがあるのを思いだしたので、そこに人探しとして依頼をしたのです。」
 「ちょっと待ってくれ。」
 シベリンはヴァンダンの話を止めた。
 「何でクエストに行ったのに、うちのギルドにまわってきたんだ?」
 「さあ?その場で<シャドウ&アッシュ>に行くように言われましたよ。紹介状も
書いてくれましたし。」
 (あんのくそ親父。ナヤだって解ったからまわしやがったな。)
 そう思ったシベリンは、もう一つ同じような事にも気付いた。
 (って事は、ルベリエも知ってやがったな。この依頼なら最初から断る事なんて
できないじゃねぇか。しかも、それを知っててあの言い方かよ。)
 そう心の中で毒づいたシベリンは、おそるおそるナヤトレイを見た。シベリンの予想通り、
ナヤトレイはヴァンダンに向けていた以上の憤怒の形相でギルドの方を睨みつけていた。
 (……命拾いしたな、ルベリエ。ナヤが俺の言う事も聞かなかったら、明日本当に首が
転がってるぞ。リカスの親父は……諦めてくれ。)
 シベリンはその惨劇の場面を想像して、心の中で十字を切った。

127『das Bild』その6@28:2004/03/10(水) 17:24
 「それで、どうしたいんだ?」
 シベリンの質問にヴァンダンは、少しだけ身を乗り出すように机の上に手を置いた。
 「できれば色を付けて完全に仕上げたいんです。それだけの時間を拘束するのですから
もちろん謝礼も支払います。」
 「そう言うと思ったよ。でも、諦めてくれないか。」
 ヴァンダンはシベリンの言葉に驚いて目を見開いた。
 「どうしてですか?何か問題でもあるのですか?」
 「……問題はあるわ。」
 今まで黙っていたナヤトレイが答えた。
 「三年前にケイレス砂漠であった事件を知っている?」
 「え?……ええ。何かの事件があって、少数民族だった苗族の人が
皆殺しにされたのですよね?」
 「……そう。苗族は皆殺しになった。」
 ナヤトレイは怒りで唇を噛み締めた。
 「でも、運良く生き残れた者がいた。それが……私。」
 「なんですって?!」
 非常に驚いたヴァンダンは危うく椅子から転げ落ちそうになった。同じく、ナヤトレイが
信用していない相手に自分の正体を話すとは思っていなかったシベリンも驚いていた。
 「まだ私は暗殺者に追われている。それがどういう事か解るでしょう?」
 「…………。」
 「本当なら、真実を知ったあなたを殺して口封じをしたい。それが叶わないなら、私の
描いてある紙を破り捨てたい。」
 そこまで言って、ナヤトレイは少しだけ口を閉じた。
 「でも……。」
 そう呟いたナヤトレイから怒りの表情が消え、何かを考えている表情になった。
 「でも?」
 「もしも……偽りの姿で描くのなら、私は問題ない。」
 ナヤトレイは皆から視線をそらすとそう言った。
 「銀の髪も紫の瞳も持たない私なら……苗族だなんて誰も思わないでしょう?」
 「確かにそうですが……。」
 ヴァンダンはナヤトレイの姿を見つめてから目を閉じた。
 「それでは、絵の中のあなたは誰なのでしょうか?」
 ナヤトレイは驚いてヴァンダンを見た。
 「私は想像で絵を描きません。想像で絵を描くのなら、放浪などしません。」
 ヴァンダンは目を開けると、ナヤトレイの顔を正面から見つめた。
 「私はそこ行き、そこにある物をキャンバスの中にとどめているだけなのです。そして、
今回私が描きたいのは、自然の中で輝いていたあなたの姿なのです。」
 ヴァンダンの言葉をナヤトレイは黙って聞いていた。しかし、その心の中は複雑な
心境だった。
 「あそこに金の髪を持ち、蒼い瞳を持つ者がいたのならば、私は喜んでそれを描きましょう。
でも、あそこにいたのは銀の髪を持ち紫の瞳を持った、苗族のナヤトレイという
人だったのです。」
 「!!」
 ナヤトレイはヴァンダンの言葉に激しい衝撃をうけた。
 (私は……いつからこの銀の髪を誇りに思わなくなったのだろう。いつから……この紫の
瞳を疎ましく思ってしまったのだろう。)
 ナヤトレイは震える手で自分の髪に触った。その時、バンダナが外れ、押さえつけられていた
前髪が顔にかかった。
 (一族を失った事に絶望して……暗殺者との戦いに疲れて……見えない敵に怯えて……
他人の奇異の視線に悲しんで……苗族である事を私は嫌になっていた。)
 ナヤトレイは壁にかかった鏡を見た。そこには銀の髪を持ち、紫の瞳を持った女性がいた。
鏡の中の女性は自分と同じように髪に触れていて、まさしくそれが自分だと証明していた。
 (私は……平穏な生活ができない事が嫌だった。幸せが遠のくのは……私が苗族だからって
思い込んでいた。でも……それは違った。私は……逃げていたんだ。)
 ナヤトレイの目から涙があふれ、次々と頬を伝って膝の上に落ちた。
 「ごめんなさい、族長……。私は……苗族の誇りを……忘れていた……。ごめんなさい……
おばあちゃん。」
 俯いて自分の髪から手を離し、顔を覆って泣き出したナヤトレイの頭を、ヴァンダンは隣に
立って優しく撫でた。
 「辛かったんですね。悩んで、苦しんでいたんですね。今日は我慢しないで泣きたいだけ
泣きなさい。そうすれば涙が止まった時、あなたは少しだけ強くなって
生まれ変われるのですから。」
 この日、ナヤトレイは久し振りに心の底から泣いた。そして、それは他人の前で泣いた
初めての事だった。

128『das Bild』その7@28:2004/03/10(水) 17:26
 次の日。朝起きてきたヴァンダンはナヤトレイにスケッチブックを差し出した。
 「まだあなたが絵を描いてもらいたくないのなら、あなたの手で紙をやぶって下さい。」
 ナヤトレイは受け取ると、そのページを開いた。そこには確かに幸せそうな表情をした
自分がいた。
 (これが……私。他の人から見た私……。)
 ナヤトレイはそのままヴァンダンにスケッチブックを返した。
 「これを仕上げて下さい。私がそこにいた確かな記録として。」
 「ナヤ……。」
 「だって、私は苗族のナヤトレイだから。それは曲げようもない真実。そして、それが私の
誇りだから。」
 堂々と言ったナヤトレイは光り輝いていた。
 心配そうに見ていたシベリンも、真剣な表情で聞いていたヴァンダンも、強く生まれ
変わったナヤトレイに優しく微笑んだ。
 「解りました。最高の作品に仕上げますよ。」
 ナヤトレイもその言葉を聞いて微笑んだ。
 「なぁ。洋服は昨日のままじゃなきゃ駄目なのか?」
 シベリンは何かを思い付いたのかヴァンダンに質問した。
 「いえ。まだ洋服は描いていませんから、駄目というわけではありませんが……。」
 「じゃあ、洋服を用意するからさ、描くのは明日でいいかな?」
 「今の洋服でいいじゃない。」
 ナヤトレイはそう言ったが、シベリンがどうしてもと頼み込んで了解させた。シベリンは
そのまま出かけ、夕方に箱を持って帰ってきた。
 「シベリン。中身を見ていい?」
 「駄目。明日の楽しみだ。」
 ナヤトレイはその中身を見たがったが、シベリンは絶対に見せようとはしなかった。
 次の日。三人揃ってナヤトレイのお気に入りの場所まで行った。
 「へぇー。ナヤはいつもここにいるのか。」
 「そうだよ。喧騒もなくて……自然の音がよく聞こえるから。」
 ナヤトレイは切り株の上に立つと、目を閉じて耳に手を翳した。風の音や鳥の声が聞こえ、
ナヤトレイの心は自然の中に溶け込んでいくようだった。
 「じゃあ、そろそろ始めましょうか。」
 ヴァンダンの言葉に頷いたナヤトレイは切り株から降りた。
 「ナヤ。」
 シベリンが差し出した箱を受け取ると、ナヤトレイは蓋を開けた。
 その箱に入っていたのは、空のように明るい青に純白のレースがあしらわれた長袖の
ワンピースだった。そして、一緒に白い靴下と、ワンピースと同じ色の靴も入っていた。
 「これ……どうしたの?」
 「昨日仕事したんだよ。その報酬で買ったんだ。」
 シベリンはそう言ったが、本当は昨日のナヤトレイの事を言ってリカスから脅し取った
金だった。
 (一応俺達に迷惑かけたんだから同然だ。)
 一応ルベリエからも成功報酬と言う事でもらっていた。
 「ナヤも女の子なんだから、こんな洋服を一着くらい持ってたっていいだろ?」
 「ありがとう、シベリン。」
 ナヤトレイはそう言って微笑んだが、急に真面目な表情になった。
 「ところでこれ……どうやって着るの?」
 「う……。そうか、ナヤはこういう洋服を着た事がないんだった。」
 シベリンは頭を掻くと、大きく溜息をついた。
 「まず今着ている洋服を下着以外脱いだら、この背中についてる紐を緩めて、スカートの
下から頭を入れろ。着て袖に手を通したら俺が後ろを結わえてやるから戻ってこい。」
 「解った。」
 そう言うとナヤトレイはワンピースを持って森の中に入っていった。

129『das Bild』その8@28:2004/03/10(水) 17:29
 しばらくして、目の前の木の影からナヤトレイが出てきた。
 「シベリン。これでいいの?」
 そう言ってシベリンの前まで戻ってきたナヤトレイの姿を見て、シベリンはあんぐりと口を
開けた。
 バンダナを外して後ろの三つ編みを解いた姿を見るのも初めてだが、青色のワンピースが
これまたナヤトレイの可愛らしさを引き立てていた。
 「あ……ああ……。」
 「……?もしかして、似合わない?」
 反応が曖昧なシベリンを見て、ナヤトレイはシベリンを見上げながらそう質問した。また
そういういつもはしない仕草をしているナヤトレイは、どこから見ても十五才の普通の
女の子だった。
 「ち、ちちち、違うっ!逆だ、逆!すっっっごい似合う!」
 どもりながら答えたシベリンは、後ろを向いて喜びのガッツポーズを小さく決めた。
 「そう、良かった。じゃあ、後ろお願い。」
 そう言って後ろを向いたナヤトレイの洋服の間から見える白い素肌に、シベリンは頭の中に
血がのぼってクラクラした。
 (ナヤの背中なんて、よく考えたら見た事なかったな。)
 寝る時はシベリンの方が早く寝るし、起きるのもシベリンの方が後だった。しかも、
ナヤトレイは家の中で水浴びをする事はなく、出先でもシベリンが気付かないうちに
済ませていた。
 (そうか……。ナヤも女の子なんだよな……。)
 危険な任務を自分と同等にこなしているのを見ていると、ナヤトレイが十五才の
女の子というのを忘れがちだった。そして、ナヤトレイはそういう事を感じさせないように
していたのもあった。
 シベリンが背中の紐を締める終わると、ナヤトレイはブーツを脱いで靴下と靴を履いた。
 (ぐわ〜っ!ナヤって、無茶苦茶可愛いじゃないか。)
 きちんと洋服を着た姿を見て、シベリンは心の中で感動と涙を流していた。
 「これでいいの?」
 「うんうん。じゃあ、行ってこい。」
 「うん。行ってくる。」
 ヴァンダンの方に走って行くナヤトレイを見ながら、シベリンはガックリと肩を落として
しゃがみ込むと、両手を地面についた。
 (こんなに近くに可愛い子がいたのに気付かなかったなんて、俺って駄目すぎ……。)
 心の中の涙を感動から後悔に変えて、シベリンはナヤトレイの姿を見ていた。
 「おまたせ。」
 ナヤトレイの声に顔を上げたヴァンダンは、上から下まで見て笑顔になった。
 「ああ、やっぱり可愛いね。良く似合っているよ。」
 「ありがとう。じゃあ、座ってくるね。」
 ナヤトレイは素直にお礼を言うと、切り株まで走っていった。
 (こうだったかな。)
 ナヤトレイは昨日のように座ったが、今日は短剣を持ってはいないので手は自然な位置に
しておいた。そうしてナヤトレイは自然の音に耳を傾けた。
 ヴァンダンはナヤトレイの用意が終わったので、昨日と同じように木炭をスケッチブックに
走らせた。

130『das Bild』その9@28:2004/03/10(水) 17:32
 日がかなり傾き、そろそろ空が赤く染まってきた。
 「できました。」
 ヴァンダンはそう言って絵筆を水入れの中に入れた。
 モデルをしていたナヤトレイも、ヴァンダンから離れて木にもたれかかっていたシベリンも、
その声を聞いてヴァンダンのまわりに集まってきた。
 「はい、どうぞ。」
 そう言ってヴァンダンはナヤトレイにスケッチブックを渡した。
 「わぁ……。」
 ナヤトレイは感嘆の声をあげた。
 そこには幸せそうに微笑む青いワンピースの少女がいた。風が光輝く銀の髪を揺らし、
紫の瞳は優しげに遠くを見つめていた。それはまぎれもなく苗族特徴が濃く表れたの少女の
絵であった。
 「これが……私なんだね。」
 「そうですよ。これが私に見えたあなたの姿です。」
 「ありがとう……ヴァンダン。」
 ナヤトレイは絵の中の少女に負けないほど優しげな微笑みを浮かべた。
 「なあ、ナヤ。そのまま家に帰らないか?」
 「えっ?」
 シベリンの言葉にナヤトレイは首を傾げた。
 「今日はそのままでいようぜ。」
 「そうですね。私も賛成です。」
 道具を鞄に全部しまい終わったヴァンダンもシベリンの提案に賛成した。
 「でも……。」
 「いいから。ほら、行くぞ。」
 シベリンは強引にナヤトレイの手を掴むと、そのまま歩き出した。ヴァンダンも反対の手を
握ると、ナヤトレイと並んで歩き出した。
 始めは驚いていたナヤトレイだが、すぐに笑顔になって自分からも相手の手を握りしめた。
 ナルビクの町を歩いていても、誰もナヤトレイに奇異の目は向けなかった。それよりも、
幸せそうな家族として羨んでいる人もいた。
 (私の姿は何も変わってないのに、誰も私を変な目で見ない。微笑んで手を振る人もいる。
そうか……、私がそう自分を見せていた。全部……私の心次第だったんだ。)
 家に帰っても、ナヤトレイの笑顔が消える事はなかった。
 次の日の朝。ヴァンダンは次の町に向かう事を二人に告げた。
 昼前にナルビクの出入り口まで送った二人は、門の脇で立ち止まった。
 「なんか……ちょっと寂しくなるね。」
 いつもの格好に戻ったナヤトレイは、そう言って俯いた。
 「また機会があったら寄らせてもらいますよ。」
 「そうか。でも、もしかしたら旅先で会えるかもしれないな。その時は、また何か
描いてくれよ。」
 「はい。喜んで。」
 シベリンが手を差し出すと、ヴァンダンは強くその手を握りしめた。
 「ナヤトレイさん。」
 ナヤトレイの方に向き直ったヴァンダンは、俯いたままのナヤトレイを呼んだ。
ナヤトレイは辛そうな顔を見せまいと、必死に笑顔を作って顔を上げた。
 「何?」
 「実は、私は十五年程前にあなた達の一族に会った事があるんですよ。」
 「え?」
 ナヤトレイは驚いてヴァンダンの顔を見た。
 「私はその時、広大なケイレス砂漠を彷徨っていたんです。その時に助けてくれたのが
苗族の人でした。皆さん優しくて、本当にいい人達でした。」
 ヴァンダンは遠くの記憶を見るように目を細めた。
 「その時に、生まれたばかりの女の子がいたんです。本当に可愛い女の子でしたよ。」
 「…………。」
 「その子のお母さんは、私にその子を抱かせてくれたんです。そして『この子の名前は
ナヤトレイなんです。必ず幸せになる子ですよ。』……と言ったんです。」
 「!!」
 涙があふれてきて、ナヤトレイは顔を覆った。
 「その子と生きて会えたのは、偶然なのかもしれませんね。必ず幸せになって下さい。
お母さんの為にも、優しかったあなたの一族の為にも……。」
 「はい……。必ず……。」
 ナヤトレイは涙を流しながらも笑顔で約束した。
 「では、二人共お元気で。」
 そう言って礼をすると、ヴァンダンは次の町に向かって歩き出した。
 「良かったな、ナヤ。」
 「うん……。」
 ナヤトレイはヴァンダンの姿が見えなくなるまでその場を離れそうとはしなかった。

 「ナヤ。どうだ?」
 洞窟の中にシベリンの声が響いた。迷路のような構造で、かなり苦戦をしていたのだった。
ナヤトレイは耳に神経を集中させて敵の微かな動きを聞き取った。
 「右から五体来る。」
 「ったく、敵の数多いぞ。」
 「……文句ならルベリエに言って。」
 傭兵の仕事に戻ったナヤトレイにはあの笑顔はなかった。しかし、休日の時に時々は笑顔が
見えるようになっていた。

das Ende

131恒例の後書き@28:2004/03/10(水) 17:58
読んで下さった皆様、ありがとうございます。
えー、今回は完全にオリジナルでつ。
もちろん、ヴァンダンもオリジナルの人でつ。

ちょっと自分の作品の出来方でも…。エ…,イラナイ?
この作品ができたきっかけは…自分の描いた一枚のナヤイラストですた。
目を閉じ、三つ編みを解いたナヤを描いていた時に、
ふと、「絵→指名手配の絵になりそう→ナヤの絵を描く画家との事件→
でもそれじゃ何か足りない→髪や瞳の色が苗族の証→それに悩むナヤ」
という構図が十分ほどでできあがってますた。
それから「設定は把握しつつ深く考えずに肉付けしながら書く→
いつの間にかできあがってる」というコンボも発生。

深く考えないからこんなに短期間でできるわけで、
六年かけても終わらないものは終わりません。完全にマンネリ化してまつ。
そういう意味でも、ここで寝る時間さえ削って書いていられるのも、
ゲームの設定と、キャラ萌えと、TWの音楽と、
気分転換できているってところでつかね。もう楽しくて仕方ありません。

まあ、駄作量産してても仕方ないので、次はもう少し煮詰めたり……できるかなぁ。

本当にありがとうございました。


おまけ。
ナヤ 「そういえばシベリン。最近は女性をあまり追いかけなくなったね。」
シベ 「ん……、まあな。(そりゃナヤがあんだけ可愛いんだから、それで満足なんだよ。)

132罫河灼攴尣:2004/03/10(水) 19:02
28さんお疲れ様です
とても楽しく拝見させてもらいました
いや〜18さん同様話考えるの上手ですね(´∇`)
私には読むコトしかデキマセンorzウラマヤシー才能です


18さん回答ドウモです
何かをほのめかせる書き方だったから気になってたのですが
なるほど…私もマダマダ読みがアマイorz

お二人の作品楽しみにしてまつ

133名無しさん:2004/03/10(水) 23:06
同人スメルプンプン。
もっとネタ系読みたい。

134名無しさん:2004/03/10(水) 23:57
ネタ系も同人な罠
おまいが投下汁

135名無しさん:2004/03/11(木) 16:13
ナヤ、かわいい(*´д`*)ハァハァ

136名無しさん:2004/03/11(木) 17:12
ルシアンはネタ系でしか登場しないのか…_| ̄|○

137名無しさん:2004/03/11(木) 17:43
いや、ルシアンは登場すら…(ry

138名無しさん:2004/03/11(木) 19:04
ルシアン影薄いよね。
ルシの知り合い居ないからかもしれないが印象薄い。
天然バカ少年キャラでいかにも主人公な割には存在感が…。
マキシがインテリ喋りじゃなくて案外チンピラ喋りで結構おどろいた。

13928:2004/03/11(木) 19:55
>>132さん、ありがとうございます。
才能なのかなぁ…。
自分の妄想を書き留めたいって事から始めたもんでつから、
人に読んでもらえるように書くのは大変でつ。


久し振りにメインを進めた後に、>>2ネタの資料集めにマキシをやってみますた。
OPが終わり、二個目の個人クエストでクラドに行けと言われて……挫けそうでつ。on_
(´・ω・`)lv2デイケッテコトデツカ……。
できればイスピンとコンビを組むまではやりたいのに……。(ノ_T)

140名無しさん:2004/03/11(木) 20:59
         /                    _ `ヽ、
         /' ,                     `ヽ ヽ
       .ノ l/                     ヽ、ヽ. ',
     /´ /ハ                  、 ヽ      ヽ ヽi
      /              i  l     ヽ ヽ ヽ::. ヽ:. ヽ ',:. l
    〃          i  l  | l,      i:. i、:. i::: ',::.. ', !:.|
    il           |l  !. l| li::.  l ! l: |ヽ_, l;::. !:::: l: l::,!
     !          l   !| |: l l| !|:  |. | l!,イ´!: l|i:: l::::: !:j/  シベリン・・・
    l   !   |i  _!. -‐i-,、!_/ ,リ |:|:  !l ,l,/-、ヽril |: リ:::,.//   俺は男だ
     l  l   !l:: '´,' ,.イ´/,.‐、>‐l‐' / 7i'l/ l! lレ' j:/::/ィ´
      l |l  /,'::. /ー{ /' i'{   ヘ /,! // |i、ノ| ′/.イ |
      l l::. ./::./ ,ハ.  {:ヽ._,ノ:! / '´     !ゞ'j   {.ノノ  !
       l 、/:://  ヽ  、:ゞ'::.j      ヽツっ Yl   l
      | /' ! {>、   cヽ- '     `  '''   ノ:l:.  l
      !   ヽ ヽ._ヽ.    '''    _,. -‐   /:::::l:.   ',
        '   .:::::`7ー--iヽ._         ,.ィ´l::::::::::l::.  l ヽ
     ,'   .:: ::::/:::::::_⊥.イ: i ー-  __, イノ:{:::::|:::::::::::i、:.  ! i
      /  .:: .:/::,. '´: : : : {:ヽ!     _,. :' : : }:`ヽ :_::::l::i::  l. !
    / / .:  :/::/: : : : : : : ;ハ: :` ̄ ̄: : : : : :/: : : : : `丶!:_ | |

141名無しさん:2004/03/12(金) 00:21
>>139
いや、ネタのためならばクラドなり命がけで送りますよ。

って、鯖が違うのか…な?

142名無しさん:2004/03/12(金) 01:04
            _,,,,,..........,,,_
        ,..-'"´       `'''-、
      ,/ /            ゙'-,
     /   i    \     、     ヽ
    /  i   |i   l  ゙li、   l, l    ヽ
   l  | , "j !   |   i.lヽ、  !  |    }
   {゙  |,,|,.!_|i.l.l  .iヘヽyトl.l, !、 |, ゙l   l
   !  .l.l゙"ヒ^_゛`!、 .| ゙ ,--、、 "| l トi  !
    ヽ _コ f f;;0i  `'゙   f;;0i`} ! レヒB !
    i┴、゙l." !;;;;!      !;;;;!  ,! |) } !ボリスさん♪
    /´ヽ,{ '' ゙''"      ゙''" ''  ! |ノi)  !
    ト┴ |i、,   T''''''''i     _,イ  (l'ヽ i
    〉ヽ、  `コーゝ-.イ-'''",.ッ'゙  / ( l人 i
   |O  `'ー-- 〉ヘ'Y(/‐"リ″ /  八丿 !
   ,ノ、,     / ヽ/^|_  ,i  /    ゙'、LY)  ヽ
   !  `'ー .. /__.ヽ/  i イ_       rlニ)、  i
   l    _r'゙'!ヽ-''゙゙l゙{゙ ヽ!《く<Lトr「>イ´`<lyイ  i
   ゝー''゙l. ! 〈__  /  l゙、_,, /   `/ !   {u〈 ノ i
      .l !、 ヽ`'ヘ,  ゙‐' /    /  !、 / ヽl/ i
      `'くゝ`ゝ-ヽ   /    /    `''〈;レ/ノiノ

14328:2004/03/12(金) 03:57
>>141さん、ありがとうございます。
そう言っていただけると、ありがたいでつ。
でも、自分はログインできる時間がまちまちなので、何とかlv上げして頑張ってみまつ。
サテ,ゼリッピヌッコロシニイクカナ。


実は、イスピンの方を先に見ているので嫌な予感はありますた。
(´・ω・`)ソリャ,アノ タイミングデ マキシガ デテクレバネ。
でも、さすがにここまで早いとは予想できませんですたよ。on_





まぁ…、
もう大まかな流れはできているんで、イベント諦めて書いてもいいんでつけどね。(´・ω・`)

144名無しさん:2004/03/12(金) 05:41
今ボリてちのカプ話読んだけど
確かに18さんの言うとおり73番の曲と激しく合う!(特にラストシーン)

私はネタよかこういうラブラブ話のが好きです
後日談キボンニュー(*゚ー゚)

145辰則 </b><font color=#FF0000>(IMFsWP92)</font><b>:2004/03/13(土) 19:52
sage(・∀・)ときます

146名無しさん:2004/03/14(日) 06:17
やっべやっべ
ナヤキタ━━━━━━(゚∀゚三(゚∀゚)三゚∀゚)━━━━━━!!!

>>2見て_no||iてなったあとだったので余計に(*´∀`)

147前置き@28:2004/03/14(日) 07:11
……やっと……終わった。

何とか>>2ネタ新作完成いたしますた。
数個前レスに予告した通りマキシミンが主役でつ。
もうお約束でつが、
誤字脱字、キャラの言葉使い、呼び方などは(略)。

148『der Tod』その1@28:2004/03/14(日) 07:15
 「♪〜。」
 マキシミンは片手をポケットに突っ込み、機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら誰も
歩いていない夜のナルビクの裏道を歩いていた。
 この前までの緊張し続けて疲れた気分や身体を、久し振りの休暇は十分に癒してくれた。
それが、マキシミンの機嫌を良くしていた。
 そんなマキシミンが目の前の角を曲がろうとした時、視界が急に霞んだ。
 「何だ……?うっ……!」
 そう言った直後、マキシミンは激しい目眩を感じ、眉を苦しそうに寄せると壁に手をついた。
 (また目眩か……。腹が減ってる時なら解るが、ついさっき食べたばかりだぞ。)
 とにかく立っていられなくなったマキシミンは、壁にもたれかかりながら座り込んだ。
 (しかし……本当に最近酷くなったな。信じたくなかったが……やはり、あの魔剣の
せいなのか。)
 密書を盗み出すついでに手に入れてしまった魔剣の事を思いだしたマキシミンは大きく
溜息をついた。
 (メリッサが警告してくれたってのに……素直に言うことを聞いとけば良かった。あれの
せいで追いかけまわされるわ、変な罪はかぶせられるわ、利用されるわ……。あーあ、俺の
人生苦労しっぱなしじゃないか。)
 確かに魔剣を積極的に探し出して盗んだわけではなかった。しかし、それをすぐに
手放さなかったどころか、一週間前まで持ち歩いていた。その間中、ずっとやっかいな事件に
巻き込まれ続けていた。
 (いや……、そんな事は問題じゃないか。それよりも、もっと早くあれが人の生命を
吸収するって事が解っていたら、さっさと手放していたのにな。)
 正確には所有者でない者が剣を抜いた時。つまり剣に意識を乗っ取られている時だった。
 マキシミンは乗っ取られて憶えていないとはいえ、危機的状況で何度となく使ってしまっていた。
おかげで、頻繁に使ってしまった数カ月前から酷い目眩や倦怠感、激痛に襲われ続けていた。
 そんな身体の不調を不審に思っていたが、マキシミンがその事実を知ったのは二週間程前の
事だった。それからその魔剣を封印するまで二度と使う事はなかった。
 (せっかく借金も返し終わって、やっと自由になったっていうのにな……。)
 この前の大きな事件を解決した時の報酬と、正体不明の者からの報賞金で、ギルドや
色々な店にあったマキシミンの膨大な借金はすべて返し終わっていた。それでも余った金額を
考えると、報酬と報賞金の金がいかに莫大であったかを物語っていた。その金を全て
受け取ったマキシミンは、しばらくの生活費以外を家に送っていた。
 「……ぐだぐだ思っても仕方ない。考えれば疲れるだけだ。」
 しばらく休んだせいか、かなり身体の調子は戻っていた。マキシミンはそう自分に
言い聞かせるように言うと立ち上がった。
 (さて、気分直しに酒でも飲みにいくか。)
 マキシミンはゆっくりと<酔っ払いのブルーホエール>に向かって歩き出した。

149『der Tod』その2@28:2004/03/14(日) 07:18
 数日後、<シャドウ&アッシュ>の傭兵用格安宿の一室にマキシミンとイスピンがいた。
マキシミンはベットの上で枕を背にし、もたれかかるようにして上半身を起こしていた。
そして、イスピンはそのベットの脇に椅子を置いて座っていた。
 「もぅ……。事件が解決したからって飲み過ぎだよ。」
 前日飲んだ帰りにマキシミンはまた目眩に襲われて倒れたのだった。それを一昨日、
一週間ぶりにナルビクに戻ってきていたイスピンが偶然見つけ、人に手伝ってもらって宿に
運んでもらったのだった。
 「いいだろ。本当に自由なのは久し振りなんだから。」
 心配そうに言うイスピンに、マキシミンはそう答えて横を向いた。イスピンは少しムッと
した表情になったが、大きく溜息をついて怒りをこらえた。
 「借金を全部返し終わったんだってね。それが嬉しいのは解るけど、これで身体を壊したら
何にもならないよ。」
 「……まあな。」
 少しの沈黙の後に呟くようにマキシミンは返事をした。
 「どうしたの?今日は何か変だよ。」
 さすがにこんな調子のマキシミンを見てイスピンは不審に思ったのか、顔を
覗き込むようにして質問してきた。
 「何でもない。イスピンの言う通り、これからは気をつけるさ。」
 「……そう。それならいいけど……。」
 それを最後に二人共言葉が止まってしまった。しばらく無言の時間が過ぎていった。
 「……イスピン。」
 「何?」
 不意にマキシミンが呼んだので、イスピンはマキシミンの顔を見つめた。
 「初めて俺達が会った時を憶えてるか?」
 意外な質問にイスピンは小さく笑った。
 「ふふっ。一体何なの?この前までの旅の思い出でも振り返るつもり?」
 「まあな。それとも、俺にはそういうのは似合わないってか?」
 「ううん。似合わない事はないけど、マキシミンがそういう事するなんて思わなかった。」
 少し不機嫌そうに言ったマキシミンに、慌ててイスピンは首を振って否定した。
 「ちえっ。それじゃ似合わないって言ってるみたいだな。」
 「ごめんね。あまりにも唐突だったから、ちょっと戸惑っただけだよ。」
 手を合わせて謝ると、イスピンはテーブルの上に置いてあった水差しから二つのコップに
水を注いだ。そして、一つをマキシミンに渡した。
 (きっと……長い話になりそうね。)
 そうイスピンは思っていたのだった。

150『der Tod』その3@28:2004/03/14(日) 07:20
 イスピンは椅子に深く腰掛けなおすと、一口水を飲んで大きく息を吐いた。
 「もちろん憶えているよ。あれはクラドの武器屋の前だったね。マキシミンがボクに
ぶつかってきて……。」
 「ちょっと待て。あれはイスピンの方がぶつかってきたんだろ。」
 懐かしそうに話しはじめたイスピンの言葉をマキシミンが修正した。
 「えーっ!あれはマキシミンの方が悪いんだよ。本当に君は頭悪いな。」
 イスピンが反撃したその言葉が気に入らなかったのか、マキシミンの額に青筋が浮かんだ。
 「お前なぁ……。俺に喧嘩売ってるのか?」
 「なっ……?!それはボクの台詞だよ。」
 睨み合った二人は、すぐに笑い出した。
 「アハハ。あの時もこんな感じだったね。」
 「そうだな。ったく、俺達も成長しないな。」
 イスピンも同感だというように何度も頷いた。
 「……あの時はもう二度と会うことなんてないと思ってた。」
 持っていたコップに視線を落としたイスピンは、コップを小さく揺らして波紋をつくっていた。
 「あの後、ボクはクラドの警備隊の人に教えてもらったギルドに入る為にナルビクまで
来たんだけど、ギルドでマキシミンに会った時は驚いたよ。」
 イスピンはそう言って小さく笑った。
 「なにせ、絶対に必要なパートナーとして紹介されたのがマキシミンだったからね。しかも、
ボクの事を最初忘れていたよね。あれは酷かったな。」
 「それは悪かったな。俺は、悪い事はすぐに忘れるようにしているんだよ。」
 イスピンは溜息をつきながらも何も言わなかった。マキシミンは元々こういう性格だと
解っているので、怒ったところで自分が空回りして疲れるだけだった。
 「ボクは外で待っている間、君がギルドに借金していることを聞いた。だから一時だけ
組んで、それを理由にすぐパートナーを解消するつもりでいたよ。」
 「そうだったのか。その間、俺はルベリエに借金の話をされて断れなかったんだよ。本当に
あれは説得じゃなくて脅迫だ。あーっ、ムカつく!」
 思いだして腹が立つのか、マキシミンは握り拳をブルブルと震わせた。イスピンはそんな
マキシミンを見て苦笑していた。
 「仕方ないよ。それはマキシミンが悪いんだから。」
 「俺が悪いのは確かだが、半分はルベリエのせいだぞ。ったく、あの守銭奴め……。」
 「はいはい。そういう事にしておくよ。」
 ブツブツと文句を言うマキシミンを、イスピンは適当にあしらって水を飲んだ。
 「お前……意外に冷たいな。」
 同情してもらおうとは思ってなかったが、さすがにこれだけアッサリと切り捨てられると
マキシミンといえど凹んだ。
 「自分で蒔いた種は自分で刈り取る。それは当たり前でしょう?」
 「…………。」
 その言葉にマキシミンはイスピンから視線を外して黙ってしまった。
 「どうしたの?」
 「……いや。さすがにそこまで言われると返す言葉が見つからん。」
 マキシミンはそう言ったが、心の中では別のことで一杯だった。

151『der Tod』その4@28:2004/03/14(日) 07:22
 自分を落ち着かせるように水を半分程飲んだマキシミンは大きく深呼吸した。
 「その後にゼリーキング退治が公表されて、俺達が組んで最初の仕事になったな。」
 「そうだね。五万seedなんて破格の仕事だったね。」
 「はぁ?五万しかだ。たったの五万seedであのクラスのモンスターだぞ。」
 マキシミンは不満げに目を細めた。
 「王室からの依頼でたった五万なんて少なすぎだ。ギルドが上前はねたか、王室が
ケチったかのどっちかだろ。」
 「そうなのかな……。」
 「ああ。上の連中は下の事なんてこれっぽっちも考えてない。自分達の立場さえ守れれば、
犠牲がどれだけ出ようと構わないのさ。」
 マキシミンは布団を強く握りしめると、そう吐き捨てるように言った。
 「……どうしてマキシミンは、そんなに王室や貴族といった権力を持つ者を嫌っているの?」
 「…………。」
 「中にはいい人もいるかもしれないのに……。」
 「そんな事あってたまるか!」
 怒りをあらわにして叫んだマキシミンはイスピンを睨みつけた。
 「……悪い。急に怒鳴ったりして。」
 「ううん……。そんなに気にしないで。」
 寂しげな表情をしたイスピンを見て、マキシミンはバツの悪そうに俯いた。イスピンは
そんなマキシミンを気づかうように微笑みを浮かべた。
 「もしよければ聞かせてくれないかな。どうしてそこまで嫌うのかを。」
 イスピンはそう言って、マキシミンの布団を握りしめた手に自分の手を重ねた。
 「ボクはパートナーなのに、君の事を全然知らない。過去も、家族も……ね。」
 マキシミンから視線を外し、イスピンは寂しそうに言った。
 「干渉されるのは嫌いだって解ってる。だけどパートナーとして認めた時から、ずっと
時間ができたら一度は聞いてみようと思っていた。駄目……かな?」
 マキシミンは顔を上げると、イスピンを見つめた。イスピンもそれに気付いてマキシミンを
見た。その真剣な瞳は、簡単に拒否する事を躊躇わせるだけの力があった。
 「……あまり面白くないぞ。」
 「ボクは面白い話が聞きたいんじゃない。パートナーの過去が知りたいだけ。」
 「……はぁ……。」
 イスピンの熱意に負けたマキシミンは、諦めの大きな溜息をついた。

152『der Tod』その5@28:2004/03/14(日) 07:26
 コップの水を飲み干したマキシミンは、それをイスピンに手渡した。
 「おかわりは?」
 「いや、いい。さて、どこから話すべきかな……。」
 「じゃあ、家族の事を教えてくれる?」
 何を話すべきか迷っているマキシミンを見て、二つのコップを机の上に置きながら
イスピンはそう促した。
 「家族は、俺が長男で下に六人の弟妹がいる。」
 「弟妹だけ?両親はどうしたの?」
 「お袋は数年前に死んだ。親父は……あいつは家族を捨てた。」
 マキシミンはそう言って唇を噛み締めた。
 「俺の親父は反王政革命運動家として、共和主義を夢見ていた。そして、お袋や俺達が
いるのに、革命運動に心酔して家を顧みなかった。」
 「そう……。このアノマラド王国は革命が活発だって聞いていたけれど、マキシミンの
お父さんはやはりあの有名なウィドマーク・リフクネだったのね。」
 イスピンの故郷であるオルランヌ公国でもこの革命運動は有名で、革命家の中でも過激な
人物としてトップを争う程ウィドマークの名前は有名だった。
 「俺達は、そんな親父のとばっちりをうけてきた。いくら親父とは違うと言っても
信用されず、石を投げられる事もあった。親戚にも見捨てられ、俺達は何とか稼いでその日を
暮らしていた。」
 その時の事を思いだしたマキシミンは、悔しそうに拳をベットに叩き付けた。
 「だが、もっと酷かったのは役人や貴族どもだ。親が革命家だからって理由で、まったく
関係ない俺達を投獄して処刑しようとしやがった。」
 「酷い……。」
 イスピンは眉をひそめ、口を両手で覆って呟いた。
 「あいつらは自分達の保身の事しか考えてないんだ。俺は俺達を捨てた親父も嫌いだが、
ただ気に入らないからと処刑する奴等の方がもっと許せない。イスピンも見ただろ、
ゼリーキングを倒しに行った時のアクシピターの奴等の俺達を見下した言葉や態度を。あれが、
あいつ等の本音なのさ。」
 憎悪の表情で思っている事を話すマキシミンを見てイスピンは複雑な気持ちであった。
 自分はマキシミンに嫌われる貴族であり、それをずっと隠してきた。そして、今の話を
聞いていると、どうしても話そうとする気になれなくなってしまった。
 「……苦労……してきたんだね。」
 興奮して何度も荒い息を吐くマキシミンに対してイスピンが言えたのはそれだけであった。

153『der Tod』その6@28:2004/03/14(日) 07:28
 それからしばらく無言の時間が過ぎた。
 「そういえば、イスピンの方はどうなんだ?」
 興奮の冷めたマキシミンの質問に、イスピンは少し青ざめて横を向いた。さすがに今の話を
聞いた後では話し辛かった。
 「……ボクは……家族は誰もいないよ。」
 イスピンはどうしても真実が言えなくて嘘をついた。だが、マキシミンの表情は硬いままだった。
 「……俺は真実を話した。なのに、お前は俺に嘘をつくのか?」
 「誤解だよ。ボクは本当に……。」
 嘘がばれないようにとイスピンが必死になってそう言った時だった。マキシミンが手を
上げてその言葉を止めた。
 「そうか……。そこまで言うなら仕方ないな、イスピン。……いや、大公爵シャルロット・
ビエトリス・ド・オルランヌ。」
 「!!」
 イスピンは本名を言われて驚愕の表情を浮かべた。そんなイスピンをマキシミンは冷静に
見つめていた。
 「悪いが調べさせてもらった。結構苦労したけどな。」
 「いつ……解ったの?ボクがシャルロットだって……。」
 青ざめて小さく震えるイスピンを見て、マキシミンは深く溜息をついた。
 「一緒にオルランヌの首都に行った時さ。あの時お前は俺に黙って何かをしていた。そして、
お前の失踪事件に巻き込まれた。それで気付いたんだ、お前がオルランヌ公国の姫だってな。」
 「そう……。そんなに前にバレちゃったんだ。ボクはずっと隠し通したつもりだったのにね。」
 今度はイスピンが深く溜息をつく番だった。
 オルランヌ公国に戻り、反公爵派の陰謀を潰した時にイスピンの名を捨てる事もできた。
しかし、あの陰謀を暴く事件の時、マキシミンの権力に対しての反感の強さを知ったイスピンは
戻る事が躊躇われた。
 「さすがにマキシミンの推理はすごいね。……そういえば、ボクが女性だって指摘したのも
マキシミンだったね。」
 「ああ、その事か。性格は女々しいし、動作が妙に女って感じがしてたし、胸が……。」
 そう言ってマキシミンはイスピンの胸を見た。
 「……一応膨らんでいるからな。」
 「?!」
 イスピンはマキシミンの視線の先が自分の胸にある事に気付くと真っ赤になって両手で
胸を隠した。
 「ど、どこ見てるのよ!……って……。」
 もう一度マキシミンの言葉を反芻したイスピンの表情が怒りに変わった。
 「一応ってどういう事よ!」
 「いや、つい言葉のあやというか、見た目そのままというか……。」
 「こ……この無礼者!」
 激怒したイスピンは立ち上がると、横に立てかけてあった自分の剣を抜いた。それを見た
マキシミンは、さすがに悪戯がすぎた事に気付いた。
 「ま、待て!悪かった。俺が悪かった。このとおり謝る。頼むから剣はしまってくれ。」
 「本当に反省しているの?」
 「ああ。俺が悪かった。」
 不審そうな目で見るイスピンに向かって、マキシミンはベットの上で両手をつくと頭を
深く下げた。

154『der Tod』その7@28:2004/03/14(日) 07:31
 イスピンはそんなマキシミンの素直な態度に少し面食らったような表情を浮かべた。
いつもなら、謝るふりをして皮肉などがもう二、三は続くはずなのに、そう頭を下げて
謝られてしまうとは思ってなかった。
 「……ん?俺が素直に謝るのがおかしいか?」
 イスピンは剣を鞘にしまいあった場所にたてかけながら、あまりにも素直すぎるマキシミンに
疑問を持ちはじめた。
 「……今日のマキシミンは何か変だよ。本当に何かあったんじゃないの?」
 不安げに自分の顔を覗き込むイスピンから視線を外し、マキシミンは窓の外を見つめた。
 「イスピンは……っと、シャルロットは俺のパートナーだった人だからな。」
 「違う!」
 イスピンは悲しげな表情で叫んだ。
 「君の前ではボクはイスピン・シャルルだ。そして、ボクは今でもマキシミンの
パートナーだ。そんな他人行儀な言い方しないで!」
 イスピンは俯くと両手を握りしめた。その閉じた目から涙があふれ、次々に床に落ちていった。
 「ずっとボクは、正体がバレた時を恐れていた。嫌われるんじゃないかって……信頼を
失うんじゃないかって……。でも、ボクはマキシミンはそんな事をしないと期待していた。
信じていた。なのに……現実はこれなの?今になってこんな仕打ちは……酷いよ……。」
 「……ごめん、イスピン。お前がそこまで悩んでたとは思わなかった。もう泣かないでくれ。」
 さすがにこれはマキシミンを激しく後悔させた。今まで正体を知っても黙っていたのは、
聞くのが恐かったのもあるが、事実を認めさせた後に別れがくる事も原因だった。
 「俺だってお前の正体を知った時はショックだった。でも、貴族だからと嫌うよりも、
パートナーとして失いたくなかったのは確かなんだ。……それだけは信じてくれ。」
 「本当……?本当にそう思っていたの?嘘じゃないよね?」
 マキシミンが真剣な表情で頷くと、イスピンにやっと安堵の表情が浮かんだ。そして、
イスピンは慌てて涙を拭くと、これ以上心配させない為に微笑んだ。
 「うん。ありがとう、マキシミン。」
 「礼を言わなきゃいけないのは俺の方だ。報賞金を出したのはイスピンだろ?」
 「それも解っていたんだね。駄目だな、ボクって。」
 そう言うとイスピンは椅子に座って背を丸めた。
 「もちろんボク個人の意思でだけで決まったわけじゃないけどね。ボクを国に帰るまで
守ってくれた事と、オルランヌ公爵家を救ってくれたお礼もあるんだよ。」
 最後の大事件を解決した後、すぐにイスピンは国に帰り父親に自分と家を救ってくれた
マキシミンの事を報告した。そして、マキシミンがギルドなどにしている借金を立て替えるように
嘆願したのだった。
 「ボク達が受けた恩はあのくらいのお金で済むようなものじゃない。だけど、今は混乱を
収拾するのに手一杯で、こんな事しかできないの。」
 「いや、あれで十分だ。おかげで、弟妹に満足な金を送ってやれた。ありがとう、イスピン。」
 感謝をされ、イスピンは大きく目を開けると恥ずかしげに頬を赤くした。
 「や……やだ。何か……照れるよ。」
 イスピンはそう言うと、赤くなった頬を隠すように両手で頬を押さえた。

155『der Tod』その8@28:2004/03/14(日) 07:34
 またしばらく無言の時間が過ぎ去った。
 「そ、そうだ。弟妹さん達と一緒にオルランヌに来ない?」
 イスピンはそう言ってマキシミンの眼鏡の奥にある瞳を覗き込んだ。
 「オルランヌならここよりにいるよりもはるかに楽に暮らせると思う。マキシミンは頭も
いいんだから、また探偵として仕事もやっていけると思うよ。」
 「オルランヌに……か。そうだな、それもよさそうだ。」
 イスピンはその言葉を聞いて、嬉しそうに頷いた。
 「そうだよ。それにマキシミンさえよければ……ボクの補佐として国を支えてほしい。」
 「?!」
 イスピンの言葉に、マキシミンは驚いて顔を見つめた。
 「いつかボクはオルランヌ公国を治めなければいけない。その時に、民を疎かにして自分の
立場だけを保守するような愚かな真似だけはしたくない。だから、マキシミンにそれを
手伝ってほしいんだ。」
 「イスピン……。」
 「ボクは、マキシミンのような辛い思いをする人がいてはいけないと思う。いつも皆が
笑顔でいられる、幸せに暮らせる国がつくりたいんだ。」
 そう言ってイスピンはマキシミンの手を取って握りしめた。その表情は誇り高く、優しく、
そして希望に満ちあふれていた。
 しかし、冷静な表情とは裏腹に、マキシミンの心の中は不安で一杯だった。
 (そう言われても……俺はそれまで生きていられるのか?今でさえ頻繁に具合が
悪くなるというのに……。)
 「駄目なの?権力は嫌いだからそれに関わるのも嫌なの?それとも、シャルロットのボクは
嫌い?」
 何も答えないマキシミンに、イスピンは悲しげな表情で質問をした。
 「いや。イスピンがそう望むなら出来る限り頑張るさ。だけど、俺は怠け者だから
期待しない方がいいぞ。」
 不安を頭の隅に追いやり、マキシミンはできるだけ明るく返事をした。イスピンは
嬉しそうに微笑むとマキシミンの手を両手で包んで持ち上げ、そのまま少し自分の頭を
下げると手を額につけた。
 「ありがとうございます、マキシミン・リフクネ殿。あなたの英知ある決断と大いなる
優しさに、ボクは心から感謝します。」
 そのまま数秒がすぎ、顔をあげたイスピンと意外そうな表情で見ていたマキシミンは、
視線があった途端に吹き出した。
 「ふふふ……。何その変な顔。」
 「アハハ……。お前こそ、いつもと違って威厳あったぞ。」
 二人は、しばらくそのまま相手の顔を見て楽しそうに笑っていた。

156『der Tod』その9@28:2004/03/14(日) 07:37
 「……うぐっ!」
 しかし、笑っていたマキシミンが急に目を見開いて胸を押さた。そして、背中を丸めて肩で
大きく息を数回した。
 「ど、どうしたの?どこか痛いの?」
 慌ててイスピンは椅子から立ち上がると、苦しそうなマキシミンの背中を撫でた。
 「な……何でも……ない。」
 そう言って上体を起こしたマキシミンの口端から血が流れた。マキシミンは慌てて血を
拭うと、血のついた袖を後ろに隠した。しかし、数滴布団の上に落ちてしまい、白い生地に
点々と赤い模様が広がった。
 「血……?そうよ。これ、血じゃない!」
 血の付いたところを見てイスピンが叫んだ。
 「どういう事?マキシミン。君に何がおきてるの?」
 「……何でもない。」
 「これが何でもないって物?お願いだから説明して。お願い、マキシミン!」
 青ざめながらも詰め寄ったイスピンを見て、マキシミンは大きく溜息をついた。
 「実はな……俺の持っていたあの剣、人の生命力を吸い取って強くなる魔剣だったんだよ。」
 「な……何ですって?」
 魔剣と聞いてイスピンはますます青ざめた。魔法王国として名高いオルランヌの中では、
誰もが魔剣は危険な物として認識していた。
 「もっと正確に言えば、正式な所有者なら倒した敵の生命力を所有者が利用できる。だが、
正式じゃない奴が抜けば、倒した奴と抜いた奴の生命力を吸い取って強化される物だったのさ。」
 「あれはマキシミンの物じゃなかったのよね?それじゃ……まさか……。」
 「ああ。最近ずっと目眩だの激痛だのに悩まされていたよ。でも、一時使いすぎただけだから、
そのツケが今頃になってきてるだけだろ。そのうち回復するさ。」
 「それならいいけど、もしも……それが生命力でなくて生命だったらマキシミンは……。」
 生命力なら魔法でも薬ででも回復するが、生命は何をしても回復する事ができない。最悪の
場合を考え、イスピンは泣きそうな表情で俯いた。そんなイスピンを心配させまいと、
マキシミンはおどけた表情で笑った。
 「考えすぎだって。まあ、今の俺が言っても説得力はないだろうけどな。」
 「どうして今までそんな大事な事を黙っていたの?もっと早く言ってくれれば、その手の
専門家にお願いしたのに……。」
 秘密にされていた事が悲しいのか、少し批難するようにイスピンは睨みつけた。
 「仕方ないだろ。俺だって知ったのはつい最近なんだから。」
 「そんな……。」
 愕然として力が抜けたように椅子に座ったイスピンは顔を覆って項垂れた。
 「あの剣を抜くとマキシミンは別人のようだったから、まさかとは思っていたけど……
こんな残酷な事って嘘でしょ……。」
 「もう終わった事を考えるのは止めろ。過去を後悔するくらいなら、これからの事を
考えた方がマシだ。」
 「でも……。」
 まだ割り切れないイスピンの肩をはげますように叩くとマキシミンは微笑んだ。
 「お前はこれから未来を作るんだろ?少しの後悔で立ち止まって後ろばかりを見ていたら、
いつまでも何も変わらない。お前が笑顔でなければ、誰も笑顔になれないんだ。」
 マキシミンの力強い言葉は、イスピンの心に強く響いた。

157『der Tod』その10@28:2004/03/14(日) 07:40
 (……くそっ。痛みが……止まらない。)
 微笑んでいるマキシミンだったが、先程血を吐いてからずっと身体は痛みに悲鳴をあげていた。
動く度に激痛が走り、本当なら喋ることさえ辛くなっていた。だが、イスピンに心配を
かけたくない一心で、マキシミンは演技を続けていた。
 (頼む……。もってくれ。)
 「そうだよね。回復したらマキシミンも手伝ってくれるんだから、これからの事を
考えなきゃ駄目だよね。」
 マキシミンの必死な心が元気そうに見える演技を支えていた。そのおかげで、イスピンは
不安から抜け出せたようだった。
 「ああ、イスピンは希望を持って前を見ていくんだ。そうすれば、皆が後ろを支えてくれる。」
 そう言っている間もどんどん視界がぼやけてきた。マキシミンは布団の中で手を握りしめた。
 (頼む……。後少しなんだ……皆が幸せになるまで……もう少しなんだ。)
 「うん。じゃあ、マキシミンが元気になったら、弟妹さんと一緒に引っ越す新しい家を
探そうよ。ボクが町の空き家の中から候補をあげておくから。」
 「そう……だな……。」
 明るく話すイスピンとは対照的に、マキシミンの顔はどんどんと青ざめていった。
 「……どうしたの?何だか……顔色が悪いみたいだけど。」
 それに気付いたイスピンが顔を覗き込んできた。
 「あ……、いや。そろそろ部屋が陰ってきたからそのせいだろ。」
 「その割には……ちょっと悪すぎるような気が……。」
 「ったく、少しはパートナーを信じろ。少し酒でも飲んで寝れば、明日は元気になるさ。」
 いつも通りを演じたマキシミンは、枕に深く寄りかかった。
 「イスピン。悪いが、そこにある酒を飲ませてくれ。」
 そう言ってマキシミンは棚の上に置いてある酒瓶を指した。
 「もう。お酒は駄目だよ。」
 「少しくらいいいだろ。俺は飲まないと良く寝られないんだよ。」
 イスピンは呆れたように肩をあげると、グラスに注いで持ってきた。
 「はい。今日はこれだけで我慢して。生命力が回復したら、もう少し飲んでいいから。」
 マキシミンは受け取ると、酒を一気に流し込んだ。
 「ん……。やっぱり酒は美味いな。」
 飲み干したグラスをイスピンに手渡すと、マキシミンは大きく息を吐いてそう言った。
 「ありがとう、イスピン。……俺はお前みたいなパートナーに出会えて幸せだったぜ。」
 「な、何言ってるの。そんな最後みたいな言葉……。」
 イスピンはそう言ってマキシミンの手を取った。
 「幸せになれよ、俺の……お姫様……。」
 目を閉じてそう言ったマキシミンの手から力が抜け、イスピンの手から滑り落ちた。
 「や……、やだ。何ふざけているの?」
 イスピンはマキシミンが意地悪をしていると思って身体を揺すった。
 「ね、ねえ。お願いだから、そんな意地悪しないで。お願い、目を開けて、ねえったら!」
 いくら揺すってもマキシミンは反応をしなかった。イスピンの顔色がみるまに
青くなっていった。
 「マキシミン、目を開けて!ボクの事を手伝ってくれるんじゃなかったの?皆で一緒に家を
探すんじゃなかったの?約束したじゃない!元気になるって言ったじゃない!」
 マキシミンを揺らし続けるイスピンの身体は震えが止まらなかった。そして、イスピンが
どんなに呼んでも、どんなに揺すっても、マキシミンの鼓動は止まっていた。
 「嘘……でしょ?嘘よ……ね?嘘……。」
 イスピンは信じられないのか、信じたくないのか、首を振りながらそう呟きつづけた。
 「い……、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!!」
 イスピンの絶望の叫び声が、暗くなりはじめた部屋の中に響いた。


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