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大河×竜児ラブラブ妄想スレ 避難所2

1まとめ人 ◆SRBwYxZ8yY:2009/10/29(木) 01:36:02 ID:???
ここは とらドラ! の主人公、逢坂大河と高須竜児のカップリングについて様々な妄想をするスレの避難所です。
アクセス規制で本スレに書けない、とかスレに書けないような18禁のエロエロ話を投下したい時とかに
お使いください。
    / _         ヽ、
   /二 - ニ=-     ヽ`
  ′           、   ',
  ',     /`l  / , \_/ |
  ∧    〈 ∨ ∨ ヽ冫l∨
    ',   /`|  u     ヽ
    ', /          /
    /  ̄\   、 -= /                   __
  / ̄\  `ヽ、≧ー                    _  /. : : .`ヽ、
 /__ `ヽ、_  /  、〈 、           /.:冫 ̄`'⌒ヽ `ヽ、 / 〉ヘ
/ ==',∧     ̄ ∧ 、\〉∨|         /.: : :′. : : : : : : : . 「∨ / / ヘ
     ',∧       | >  /│        /: :∧! : : : :∧ : : : : | ヽ ' ∠
      ',∧      |、 \   〉 、_       (: :/ ,ニ、: : :ィ ,ニ=、 : : 〉  ,.イ´
      ',∧      |′   ∨ ///> 、  Ⅵ: '仆〉\| '仆リヽ:|\_|: :|
      / /     |     └<//////> 、 八!`´、'_,、 `´イ. :|////7: !
    /_/       |、       ` </////>、\ ヽ丿  /. : :|//// : .丶
    ,'          |′         ` <//∧ : > </.: : :////〉: : : . ヽ
    ,'          |            / 个:<〉. :〉》《/.: ://///: : : : : : . \
   ,'           |、          〈 . : :│: |/. :/│/.:///////: : : : : : : : : . )
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本スレ
【とらドラ!】大河×竜児【アマアマ妄想】Vol17
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/anichara2/1255435399/

448虎、帰る:2011/03/19(土) 06:23:28 ID:???
あの熱さ、さ――ぅえ……っぶしょいっ!!
浴室暖房が利いているといえ、そうはまっぱで立ち尽くしてもいられない。
さぶい。
とりあえず、いまはさぶいわ。
洟を垂らしたまま、ざぶんとバスタブに飛び込んだ。
ふぇぇぇぇ、極楽、極楽ぅ。
時々おっさんくさいと自分でも思うが、誰に見られているわけでもない。
温かい湯に包まれて、皮膚の感覚がゆっくり元に戻って行くのがわかる。
充分温まって、髪を湿らせてしまってから自分用の洗髪料が無かった事に気
づいた。先に買い物に出かけておくべきだった。いろいろ順序がおかしい。
まあいいわ。別に大してこだわりがあるわけじゃなし。
母のものを使わせてもらおうと物色する。
「あ。」
見覚えのあるシャンプー。
蓋を開けて匂いを確かめて……間違いない。これがいいや。
すかすかのねこっけとは言っても腰まで伸びる大河の髪、量は男性なら何人
前になることか。当然ながらシャンプーの消費ペースがハネ上がり、本来の
所有者たる義父に不審がられるのは別の話。
その香りが、また先刻の感覚を呼び覚ましそうになる。


着替えて、髪を乾かしながらに携帯を開けてみたら何十件もメールが届いて
いて驚いた。ああそうか、もう大橋高校には退学の届けが提出されていたん
だ。これも、忘れていた。
正直、そんなには親しくないと思っていたクラスメートからも届いていて、
自分はなんてばかだったのかと、くじけそうになる。

立ちのぼる竜児の香りに包まれていると、少しずつ癒えてきたようだ。
ここへ来て最初に竜児に連絡するときには、落ち着いたから心配するような
事はなに一つないと、そう、しっかり間違えずに伝えたかった。でも今はす
がってみたい。
きゅっと唇をかみしめながらメールを打つ。
同時に告白するつもりが、あまりの急展開に一杯一杯で、すっかり後回しに
なっていた。嫁に来いと言われた時点で心はひとつだったから、正直なとこ
ろ自分は告白の言葉などどうでも良い。移ろいがちな言葉よりも確かに結ば
れた今だからこそなのだろうけど、そう思える。
でも竜児はどうなのだろう?
あんたのことを好きだと、私が言ってないと気にしていないだろうか。
何十行も言葉を費やして打ったけど、これじゃかえって心配させてしまうん
じゃないかとも思った。消す。
ああ……そうじゃないんだこれは。私が告白されてないと不安になっている
んじゃないかって、あいつは気にするのよ。
ちょっと迷って、だから簡単に書こうと思った。
――そういや、好きって言われてなかった。
ほんっとに無愛想すぎて自分でも呆れてしまう。でも竜児なら分かってくれ
るだろう。私が伝えたい事を間違えずに見つけてくれる……はず。
ぽちっと、送信。
それでも何か足りてない気がする。電話して話そうかな。
でもいま声を聞いたらきっとやばい。グダグダに甘ったれる自分が見える。
――そうだ。
この画像を送ろう。昨日撮った、夜空に浮かぶへっぽこな星。

送信を終えたらすぐに、電話がかかってきた。
あわててとる。

「大河か?今どこにいる?大丈夫か?腹へってないか?」

耳を貫く声にぞくぞくとした。やばいなんて思って、悪かったわよ……。
こんなにも顔も胸も肩も温かくなってくる。
昨日からの事を落ち着いて話せた。竜児も今日の出来事を話してくれた。
黒豚の行方を訊ねたらスタッフが美味しくいただいたらしい。
「そんでよ、大河。お前が好っ」
「ちょっと待て!……あんたぁそんな大事な話を電話で済ますのっっ?!」
「だってお前が!いやそうじゃねえ。そうじゃないんだ。お前が言えと言う
 から機嫌を取るんじゃねえよ。俺はずっとお前に言いたかったんだよ」
「ずずずっとって?!いつからっ?」

449虎、帰る:2011/03/19(土) 06:24:22 ID:???
くっと息を呑む声がしたのは、こっち?あっち?
「あ、あの、はっきり言えるのは、その……文化祭の後だ!」
「へ、へえ?」

ううう嘘でしょっ?!あの頃に?……何でよっ!
「じゃあ私の方が先っ!夏休みには私もうあんたの事好きで、好きで好きで
 やばかったんだからっ!」
「え?ええっ!なんだよっ、あんな頃まで遡るのかよ?!」
「そうだよ!毎日毎日何の邪魔もされずにあんたと居られてどんだけ嬉しか
 ったか分かるっ!?」

嘘じゃない、本当の事だけど。
「うそこけ。お前は北村、俺は櫛枝が好きだっただろうが!そこを無視すん
 なら俺だって」
「『俺だって』?!なによっ???」
「ぷ、プールで、溺れかけたとき、ぜってーこいつを離さねーって思ってた
 からな!」
「へーん!へーん!へーん!遅いね鈍いねグズだねっ、こっちゃああんたが
 ばかちーと番ってるときには既に、……あぅぅ」

たぶん竜児も向こうで真っ赤になってる。確信できる。顔が熱い!
「なに言ってんだ!じゃじゃあ俺はおまえが北村に告白したときっ」
「はぁぁ?じゃあタッチの差だけどあたしの勝ち!あんたがチャーハン作っ
 てくれたときっ」
なんだとー!じゃあ俺は廊下でぶつかったときっあたしゃ生まれた時っ!
はぁ、はぁ、はぁ。肩で息をして、お互いに無言のときが訪れる。
そのしじまで竜児は思う。
最初の出会いからすぐにいろんな大河を見た。
不機嫌に見下ろされ、涙目で襲われた。貪るように食って作り物のように眠
っていた。可愛い、綺麗だとも思った。
大河も思う。
チャーハンを貪る自分を見つめていた、元気づけてくれた。襲ったのに。
優しい目だと分かって、とっくに用は済んでいた。なのに帰れと言われてど
うしても去り難かった。
互いに、出会った時には近すぎて見えなくなっていた。戸惑いながらも、そ
こから離れたくないと思っていたのだ。

今は分かる。この胸の高鳴りがあのときにはもう始まっていたのだと。
「ね、竜児。電話でいいからまた言ってよ。私も言う。何度でも言いたいか
 らさ。竜児が……好きだよ」
「ああ、何度でも言ってやる。大河が、好きだっ」
熱があるんだろう、私たち。熱病に罹ってる。
熱で死なないように、でも熱から醒めないように。
いつまでも話していたい気持ちをやっとのことで抑え話を終えた。
大河は、遠くを見て、そしてさっきの画像を友達みんなにも送ってみた。ま
だ返せる言葉を見つけていないけど、今すぐにではなくてもきっと伝わると
信じる。
いつの間にか街の景色が夕映えに染まっていた。




何日かが過ぎ、さしたるトラブルも起きないまま大河は暮らしに馴染んでい
った。こちらの女子高への編入を手続きし、試験と面接の日も決まった。
暇なので、頼まれた買い物のついでに近場だけでなく足を延ばしたりもして
みる。地下街を中心にいろんな場所へ行けるのは便利よねと感心しつつ気に
なるお店をチェック。
根雪の上では軽く転んだりもしつつ、独りでお茶して帰宅してみると不在配
達票が。マンションに残してきた荷物が届いたようで、連絡して再配達をし
てもらう。
届いた荷物をほどいて整理するのはけっこう時間がかかった。
本や参考書を取りだして並べて、服や小物を整理はできてないけれどもまあ
収納して、パソコンをつないで、ようやく高校生の部屋らしくなった。
あ、そうだ。
携帯に着信していたメールをPCに転送。
添付ファイルを保存。ビューワで開いて拡大する。やっと大きな画面で見る
事ができた、クラスの皆の集合写真。
竜児がクリスタルの星を持って中央に。みのりんとばかちーがいて、裸族の
北村くんがいて、みんな笑顔を贈ってくれた。
ありがとう、とひとりひとりの顔を見ながら思う。
黙って消えた逢坂大河を元気づけようと撮ってくれた友達の気持ち。
彼らに何を話せば良いのかまだ思いつかぬまま、今日も携帯に手をのばす。

450虎、帰る:2011/03/19(土) 06:25:22 ID:???
竜児につながった。
簡単に事情を説明して、残ったもので気に入ったものがあるならあんたにあ
げると付け加える。家具はこの部屋にとても入りきらないからそのままにし
てきた。中古品でしかないが、父親が残した負債の、僅かな足しにはなるの
だろう。その前にと。
「ただね、引き渡し日以降は家宅侵入になるからそれは気を付けて。警備シ
 ステムってものがあるんだから」
「おう分かった。てかお前が住んでたときはどうしてたんだよ」
「あんたが出入りしそうなときは全部切ってた。つまり常時ね」
不用心な高級マンションもあったもんだな。う、うるさいな。私がそこに関
してドジ踏んだ事が一度もないからあんたが警備員に捕まる事もなかったん
でしょーが。あ、そういやそうだ、ありがとうな。
「合鍵も処分してよ。本当は勝手に作っちゃいけないものなんだ」
「……なあ」
「なに?」
「持っていちゃ、ダメか?」
「なにあんた。忍び込んで夜な夜な私の残り香を求めてうろつくの?」
くすくすくすと笑みがもれて、多少の冗談も言えるくらいには落ち着いた事
を確認する。
「おうっその手が!じゃなくてよ。記念品だよ。お前が隣に住んでいたって
 いう思い出になる」
「いいわよ。どうせ次の入居者が入れば鍵は交換されるしね」
「うちのいつもの場所にずっと下げておくよ」
「愛しい私の象徴として朝に夕にエロい視線でねぶるように眺めまわす事も
 許可するわ。一緒におふろ入ったり同衾してもいいのよ。はーーっなんて
 私ったら博愛的なのかしら?」
「座布団に置いて尻に敷いたりもしていいか?」
「うっ、それはなんか屈辱的かも……」
軽口を叩けてる。巧くいってる。けど。

「あのね、竜児」
このまんま絵に描いたような遠距離恋愛を重ねて行ければいいなと思ってい
る途中で、大河はここへ来た翌日にお風呂場で思いだした事を話し始めた。
「俺だって同じだよ……辛えよ。眠れなくて、なんでお前がいねえんだよっ
 て思った」
「前に、どっちが先に好きになってたかって話したよね?」
「おう」
「私はさ、あんたがばかちーを連れ込んで良い事してるのを見たとき……」
「人聞きの悪い事を言うんじゃねえ。それにあれは円満に和解に至っただろ
 うが」
「蒸し返すつもりじゃない……そうじゃなくて、あのとき初めてあんたに触
 りたいって思ったの」
エロい意味で?もちろんエロエロな意味も含めてね。
あんたに余計な心配をかけるかもしれない。けど巧く遠恋をこなしてるって
安心し始めている自分が逆に怖い。

あの頃ばかちーは軽い気持ちでちょっかい掛けてた。そんな事は私にも分か
ってた。大人の態度でガン無視してやるぅぁ!っていうのは正直なところ。
「でも毎晩イライラして、むかついてさ。その気持ちをたどるとそういう結
 論になってた。いつも」
で、そう思ってること自体は、驚いたけど嫌じゃなかったんだ。
「そうだったのか。……じゃああの頃マジ触っても良かったんだ?」
「なにそれ?あんたにもそんな欲求があったの?!」
「お……おう。まあな……」
お前が警戒してうちでゴロゴロしなくなったら嫌だと思っていたから、絶対
そういう目で見ないようにしてたけど、その……な?
「私は割とあんたを挑発してたよ。意識して」
「俺は……お前がくつろいでるんだと思い込んでた。なんて無防備な女だと
 思ってた」
そこなんだよね、と大河。

別にあんたがばかちーのエロボディに淫らな欲望を蠢かせていたとは思って
ない。ただ、それで私の何かのスイッチが入っちゃって、いろいろ試してみ
たのに思ったような反応がなくて。
「なんか酷い言い草が懐かしくも混じったが……水着のことだろ?」
「水着のことよ」
私は触りたい、触られたいと思ってる。けれど竜児にはそのつもりがない。
それはこの哀れな身体のせいなんだろうなって。
それは違う!と竜児が強い調子で遮る。
「俺がどんだけお前との間で変な空気を漂わせないよう努力したと……」
「分かってる」
そのときは分からなくてイラついてむかついていた。でも今は分かっちゃっ
た。傍らに居るっていうのはそういう意味でもあったんだよね。

451虎、帰る:2011/03/19(土) 06:27:02 ID:???
竜児にもようやくこの間からの対話の意味が呑み込めてくる。
これは大河と結ばれる前に何があったかの、ただの絵解きだ。結ばれた今は
そんなことお互いが分かってればいい事じゃねえか、というのはたぶん男だ
けの理屈なのだろう。
何と言っても、つい数日前に結ばれてそのまま離れ離れになってしまったの
だ。あれは思春期によくみる類の夢だったんだよと思えば思えてしまう。

いや、それでもお前と俺は分かりあってるだろう?俺には確信があるぞ?
うん分かっているよ、今はね。
でも以前は分からなかったし、この先はどうなのかな?
「そうか……そうだ。離れているんだもんな。ちゃんと言葉にしねえと」
「私は竜児の声を聞いていればなんとなく分かるけど……」
同じようにあんたが分かってくれるのか、そこが、ね?

目に見えるところにいるのなら、大河の様子は分かるという自信が竜児には
あった。もとより大河は感情を隠さない女だ。顔を覗き込むだけで手に取る
ように思っている事が分かる。
そして、それは大河も同じだと思っていた。
「あんたは……表情からだけじゃよく分かんないときがある。私が分かるの
 は声を聞いて、触ってもらえて、それで」
そうだったのか。
だからあんなに近くで同じように思っていたのに最後のところが分からない
でいたのか。
竜は空にいて視覚で大地を見通す。虎は地にあって聴覚で狩りをする。傍ら
で並び立っているうちはその違いを無視できた。だがそれ以上を望んだ時に
ははもはや足りなくなっていた。
黙って目を見れば分かるでしょ、分かってよ!と言えなくなった大河のこれ
が思いやりならば応えてやりたいと、竜児は思った。
「俺は……お前が停学になったときにお前が欲しいと思っていた。言えなか
 ったけど、それはもう分かっていたよ」
「……そうなんだ」
「もっと前からきっと思っていた。けれど俺たちにはまだまだ時間があると
 思っていた。告白して少しでも壊れるのが怖かったんだ。櫛枝の事を口実
 にして」
それは私も同じだよ。
明日言おう、来週言おう、今度言おうって。でもあんたの近くに居続けて、
もっと近づきたい気持ちが増えていって。
「ううん、同じじゃないね。私はそれを重くて持っていられなくなっちゃっ
 たんだ」
なら告白すればいいのに怖くてしなかった。あんたをみのりんの方へ押しや
れば全部動き出してくれる。あわよくば、それで元の関係に戻れるかもなん
て考えていたよ。
「何て卑怯なんだろうね。私ってさ……」
「それを卑怯って言うなら俺だって、いつまでもグズグズしてた」
櫛枝の事を口実にして大河に向きあわなかっただけじゃねえ。お前が背中を
押してくれるのを口実に櫛枝にも……。
殴られて当たり前だ。
「むしろ殴ったくらいで済ましてくれる櫛枝には頭が上がんねえ」
「……済んでないと思うよ。みのりんは私なんかよりずっと女の子だもん。
 手が届くところにいたら本当は私を殴りたいはずだもん」
ね。りゅうじ。お願い。みのりんには前と同じに接してあげて。なにか変で
も無視されても。
……おう、分かった。

竜児との通話を切って、大河は携帯をぼんやり見つめている。やがて意を決
し、電話する。コールが続いて……
「あ、み……みのりん?」
大切な人に分かってもらいたいなら、自分でも言葉を尽くして伝えないと。

452虎、帰る:2011/03/19(土) 06:27:53 ID:???
電話を終えてリビングに降りるとしばらくして、母が帰宅した。
大きなお腹をして荷物を置いて、手すりにつかまりながら靴をぬいで、玄関
先でふーっと息を継いでいる。
出迎えた大河がおかえりなさいと言うと、立ったままで抱きしめられた。
「???」
顔をぽふっと張りの大きくなった胸に埋めてぽかんとしていると、頭を包ん
でいた腕が背中に回され、軽く叩くように、撫でるように肩や背中やお尻を
巡回する。
頭に顔を突っ込まれてむーと匂いをかがれ、髪を撫でた指で梳かれて、頬っ
ぺたを両手で挟まれ、ぐりぐりとされたあと、ついでにむにっと掴まれ、頬
ずりされ。
仕上げにでこにちゅっちゅと口づけされた。
「な、なななななにを」
こうまで念入りにモフモフしてもらった記憶くらいは、それはとても子供な
頃ではあったけど人並みにある。だから全く嫌ではなかったが、なぜ今なの
か大河には分からず当惑してしまう。

母は身体を離すと、ふーどっこいしょと買い物袋を取り、答えず奥に向かっ
た。キッチンに荷物を置いて、買って来たものを冷蔵庫や戸棚に仕舞って。
それからリビングに移動。
立っているうちに用を全部済ましてしまおうとするかのように、座る前に紅
茶をいれる。
大河はなんとなくそのまま去り難い思いでいちいち後をくっついて歩き、最
後にはテーブルに着く。
ちらっと大河を見て紅茶をもう一杯いれてくれる。
キッチンに取って返した大河は牛乳を持ってきた。
冷えた牛乳で、香りの立たないぬるいミルクティーを二人で飲む。
「なによ。変な顔して」
母が眼鏡の奥から大河を睨みつける。
夕暮れの薄暗がりの中。
ようやくその口元に微かな笑みを浮かべている事に気づいて、大河の緊張が
解ける。
「スキンシップよ」
つ、と視線をそらして、テレビを点ける母。暗がりに少しの明かりが生まれ
たがその表情はよく見えない。
なら、なんでそんなに機嫌悪そうなのよ。




編入試験をクリアし、来月から無事に高校三年生になれる事が決まった日。
この大きな街に住んでそろそろ三週間となり、根雪の上で転ばずに歩けるス
キルも身につけつつあった。
お祝いに食事に行こうという事になって、大河は義父と待合せている。
今日は寿司を御馳走してくれると言う。
「ウニおいしー、イクラおいしー」
「定番ネタもいいけど、やっぱり地方ネタを食べなきゃ」
「そうなんですかー」
「冬場は並ぶネタが多くないけどねーメヌケにハッカク」
「脂がのってるー」
「軍艦巻きはマダチ」
「とろーって、とろーって!」
「ヤリイカどう?」
「こりこりと、あ、あとから甘みが」
「ボタンエビ行っちゃおうか」
「わ、生だ。甘ーい」
「大助があるよ、天然サーモン。出物だよ大河!珍しいんだよ!」
「それはぜひいただかないと!」
黙って会話だけ聞いていれば同伴キャバクラ嬢との会話に聞こえてしまうか
も知れないが、要するにこの辺りが距離感というやつなのだった。
二人で軽ーく30貫ほど平らげる。

453虎、帰る:2011/03/19(土) 06:29:43 ID:???
帰宅してみたら、母の機嫌が良くなかった。
外食して帰ると連絡を済ましておいたが、どこの家庭でもそうであるように
独りご飯となった者は面白くないものだ。
見ると家族三人分の夕食の卓を揃えられるように準備をしてある。怒ってる
のかな、と大河は気をきかせて食卓に着く。
空腹ではないが、元々大喰らいである。この小さな身体のどこに消えて行く
のかと竜児には呆れられていたが、自分としてはたくさん食べれば成長する
と思っているので問題はない。母の料理もそれなりに好みだった。
「食べてきたんでしょう?」
「育ち盛りだからね。まだ食べられる」
なんだ、足りなかったのならもっと注文すれば良かったのにと部屋に戻りか
ける義父を目で追いながら、いーえお義父さんごちそうさまー。
というわけで。私はいいこなので。
変な子ねえと言いながら、母は大河の分もおかずを盛り付ける。まあ、あん
たがお義父さんに遠慮してろくに食べて来ないかもしれないからね。
そんなことないよ?イクラにー、マダチにーエビもサーモンも。
食べすぎでしょ、それは。
竜児のとこではいつも二合食べてたもん。
「食費は納めてたと言っても、毎日あんたの食事を。竜…高須くんだっけ?」
「そう……」

そろそろ教えてくれるくらいには気を許しているかしら。
もくもくと食事をしながら、相変わらず不機嫌そうな顔がそう問う。知りた
い事は分かっている。誤魔化したり先延ばしにしたりしない。それはもうと
っくに大河は決めていた。
「私がね、竜児を好きで。竜児も私を好きで。いつも一緒に居たかったの」
「でもね。長い事、付き合っていたわけじゃなかったの」
大河は答えて、ゆっくりと、整理して話す。さほどお腹がへってないからだ
ろう、ご飯、おかず、汁と珍しく基本通りに、よくかんで食べながら。
「だからね……一緒に居るためにいろんな理由を探してた」
「前の話だと、ずっと付き合っているんだと思ってた」
「付き合うってよく分かんないもの」
そうだ。実際、何も考えていなかった。好きだと伝えて、その気持ちを受け
入れてもらえたらその後は?
何が望みだった?
「あんたの話の通り、毎日一緒に買い物して、夕食をはさんで同じ部屋で過
 ごして、夏休みに一緒に旅行に行くようなのを付き合ってると言うのよ」
娘は……俯いて。真っ赤に染まって漬けものをはむはむ。
誰に言うともない調子で、母が続ける。
「何でそんなに長い間一緒に過ごしていて付き合おうって言い出さなかった
 のかしらね?」
その問いは竜児に対してか。大河に対してのものか。
母の疑問は当然のものだ。でも自分にとっては、……おそらく竜児にとって
も、今は明らかなこと。
それは自分の思いには気が付いても、相手がどう思っているのかが……
「ついこないだまでね、分からなかったんだ。協力関係だって言って始めち
 ゃったから……」
「なるほどね」
箸が止まって、娘の顔を見やるその顔はあまり不機嫌そうでもないように見
えた。分かってもらえたのだろうか。
「ねえ」
「なに?」
「思いが通じ合わなかったから、ここへ来たわけじゃないんでしょ?」

大河の箸も止まり、母の顔を見上げる。
じっと見つめられている。大河はその問いの裏にある意味を分かっている。
それは小さい事かもしれないけれど、正直に答えるには覚悟が要る。
「……うん。かなった」
「そう」
やっぱり不機嫌そうだ。
「ならゆっくりと。でも真剣に。あんたがどうしたいか考えればいいわ」
思い合った男がダメな奴とはお母さんには言い切れないしね。それが初めて
でもね。
また出直そうと決め、ごちそうさまと言って大河は立つ。すると、母は慌て
たようにちょっとちょっとと留めた。
なに?と座っている母の横に立つと、前と同じように無言で抱かれた。
すでに身重で急に立ち上がるのは無理。座ったまま大河の背中に腕を回す。
大河の胸に頬を埋めて、ぎゅっと。母の淡い色の髪が懐にある事に少し驚い
て、そして大河も肩を抱いてみる。
少し触れてみて、やがて自然と腕に力が入っていく。
「ごめんね、お母さん無愛想だから」
「……」
「でもあんたの事は心配してる。ほんとよ」
「……うん」
「もう何があっても無茶はしなくて良いから」
「うん」
身を寄せ合って強く抱き合っていた。失った時を取り戻し、未来を失わない
よう込められた願いが確かに伝わってきた。

454虎、帰る:2011/03/19(土) 06:31:58 ID:???
大河は部屋に戻って、胸に涙の染みを見つけ、そっと手で押さえてみる。
母の気持ちが分かって、嬉しかった。
いらないと切り捨てなくて本当に良かった。
自分と似ている母が、自分がいて嬉しいと、愛おしいのだと思ってくれてる
のが分かった。小さな身体がその思いに満たされて一杯になった。
――思いっきり甘えちゃった、と竜児に嘘をついたとき。
どう甘えてきたのか、スラスラと流れるようにつけた嘘。
嘘じゃなければ良い、本当にあの母に囚われていた一週間がそうだったら良
いのにと、あのときは思っていた。

なんてことはなかった。手を伸ばしさえすれば握ってもらえたのだ。

大河は涙がこぼれそうになる。
もしも自分がそうしていたとしたら?
もしも母の手を払いのけなかったら。竜児の手を握って逃げ出さなかったな
ら。竜児の気持ちを確かめようと戻れた?
……おそらく、母の愛情を得たと思えたならそれ以上を望んではいけないと
思い込んでいただろう。大橋でバレンタインを迎える事なくここに来ていた
だろう。みのりんにも北村くんにもばかちーにも、分かってもらえなかった
だろう。
今頃は竜児への思いを抱えたままこの部屋で涙をこぼしているのだろう。

母の手も竜児の手も両方つかめる。つかんで良いと知ったのは竜児の手を取
ったからだ。それは迷うことなく握った手だ。意識しようがしまいが、母と
の絆を断ち切ることを瞬時に選んでいた。
そうしたかったからだ。そうせずにはいられなかったからだ。
竜児の手を取らずにここへ来ることなど、あり得なかったのだ。
竜児が繋ぎ直したやっちゃんとの絆、やっちゃんが繋ぎ直した実家との絆を、
確かに見てきた。
そして竜児は私の身体にも約束を記してくれた。
それを感じて、信じられて、臆病な私にも今は分かる。
これは望んで、手を伸ばして、ようやく見えた、『うち』へ帰るための旅な
のだ。

大河はベッドに寝転がり、胸を押さえていた手でお腹に触れてみて、猫のよ
うにくるんと丸まる。
だから。
これから。
もしも、もしもそうなったら――私はどうしたい?

455虎、帰る:2011/03/19(土) 06:33:40 ID:???
また一週間ほどが何事もなく過ぎた。
日曜日は昼間から竜児と長電話できる。

「そういやさ、竜児。あのマンションから何を持ち出したの?」
「おう、まだ言ってなかったな。ツリーをもらった」
お前がクリスマスイブに自慢してた、あのツリー型のランタンな。あれを。
「へ、……へえ。何でよ」
「お前がクリスマス好きな意味をあの時に分かってやれなかったし、俺にと
 ってもあの日は特別だから」
大河の胸にずきんとした感覚がよみがえってきた。
あ、特別つっても今言ってるのは櫛枝に振られた話じゃねえぞ?と竜児。
あのときな、俺、お前をひとりにさせねえって口実を使ってた。けど本当は
分かってたんだ。
「俺、お前と一緒に過ごしたかったんだ。ふたりだけで」
嬉しいね……と大河。
「私も、なんとなくそう分かっちゃってた。だからあんなに馬鹿みたいに笑
 ってはしゃいでた」
だから私、あんたに抱きついちゃった。俺も同じだった。他に何の理由もね
えのに、お前に触れたくて触れたのはあんときが初めてだからな。
「クマの着ぐるみが間にあったけどね」
「あれがなかったら……自分が抑えられねえ。何度思い返してみても」
「……ね。あのとき」
あのとき、どうにかなっちゃってたら。私たちどうなっていたかな?
あんまり変わらずにいたかな。いられたかな。
突き付けられてみると、竜児には答えることができなかった。
絶対に大丈夫だと思うし全力で守っていくつもりはある。だけど結果として
守れるのか。今、曲がりなりにも落ち着けているのは自分の力ではなく多分
に偶然なのかもしれないという思いを否定する事はできなかった。

駆け落ちして良かったと思ってる。知りたかった事がみんな分かったもん。
と大河は続ける。
「普通の家で普通のいいこに育って恋がしたいって言ったよね?」
「説教部屋でな」
「そうだったら、普通にあんたと恋ができたのにって思ったの。あの時は」
「そうか」
「でも、お祖父さんちであ、あ、ああんたとああいう事になって……」
「お、おう」
やはり口に出すのは恥ずかしくて、少したたらを踏んでしまう。
ふう……ああなって、普通の家で育たなくても、いいこでなくても、普通に
なれるって思えたんだ。
部屋に閉じ込められてどこへも行けないと思っていたのに、壁ごとに窓や扉
が幾つもあったのが分かって、そうしたらすぐにそれがばたばたばたんって
全部開いて外の景色が見えた感じ。
ちょっと分かり難いよね。

456虎、帰る:2011/03/19(土) 06:34:30 ID:???
「大河、何か隠してる事、あるんじゃねえか?」
「なに?なんでそう思うわけ?」
「なんとなくだ。話題とか、声の調子とか」
「なにもないよ……とも言えないね。なかった事にできるとは思わない」
「おう言え。なんでも。なんか予想がつく流れだけどな」
そうかエロ犬め。聞いて驚け。などと大河は思うことなく、竜児にも話そう
と決める。いや本当はちょっと思っていた。何て言うだろう?聞きたい。
「あのね。今月、まだ、来ないの」
「マジか?!うわやべえ」
やばいやばいと言いながらも、でも半ばその声は嬉しそうで、あっけないほ
ど緊張感が足りない。
そ。予想通りのそれが確認できればいいのよ。

「できるだけ早くそっちに行くからな?無茶すんなよ?」
「そんなに慌てなくても……ていうか、あんた何か責任を感じるような覚え
 があるわけー?」
「は、はあ?覚えって……。ついさっきの話題じゃねえかよ。つか話の流れ
 から言って告知ってやつじゃねえか。別に逃げも隠れもしねえよ!」
「聞いてみたかっただけ。えへ」
「あ、あああなんか落ち込んでるわけじゃなさそうだな。そりゃ良かった」
「ん。まあ予行練習?みたいなもんね」
なんだか可笑しくなってくるが、大河は懸命にこらえる。いくら緊迫してい
ない空気とは言えさすがにふざけながら話せる事ではない。
その僅かな沈黙に珍しく竜児がキレかける。
何だー?独りじゃどうにもなんねえだろ!つか俺も当事者なんだからお前の
親に会ってだなーと喚く声も大河には嬉しい。
「だから慌てないでって」
まだ来てないってだけ。遅れてるだけかも。分かるとしてもまだ先。でも、
そういう事になっても一緒に考えてね。
おうそんなのは当たり前だ。
竜児にだけ負担がかかるのはいやだよ。私も自分独りで抱え込まない。
「そうか。そうだよな。独りじゃなく二人でも今はどうにかできる事じゃね
 えもんな」
「私はママに、竜児はやっちゃんに手を貸してもらわないとね」
「ああ、そんでいつか借りを返さないとな」
「そうね。ただ貸し借りじゃなくて一緒に喜んでもらいたいよ」
ああ。早く分かんねえかな。そうなったら不安だけど。大変だけど。ただい
つかはお前とそうなるつもりでいるから、それが今すぐだって……
「大丈夫……だよね?」
「ああ、大丈夫だ……多分」
「なんだかいろいろ順序がおかしい、私たち」
大河が可愛く含み笑いをする。家族のように兄妹のように過ごした日々があ
って、夫婦のように喧嘩をしたときもあった。自立と称して離れてみたら、
寂しくて不安で仕方がなかった。

おかしくてもいいんだと竜児が言う。
そうだよね。


二日後。
結局はあっさりとしるしが訪れて、いくつかの心配は杞憂に終わった。大河
の母もそれは感づいて、特に何も言わないが胸をなでおろしていた。

あ、そうなのか。とそのとき大河は思った。
ほっとするの半分、残念なの半分。
愛おしかったからひとつになっただけなのに、二つに三つに増えていく不思
議。それを本当に手に入れるにはまだちょっと早いと神様に思われたのか。
きっと、そう遠くない未来には出会えるのだろう。
最後に私が帰る『うち』で。

そしてこの家も、やっちゃんと竜児のところも確かに私の『うち』だと思う
事が今はできる。
竜児に、やっちゃんに、ママに、友達に、……おまけして独身(30)にも。
いろんな人に支えられてここまで来れたと思う。私は、ひとりでは生きてい
けないと。あらためて。寒気がゆるんできても春まだ遠い町で思う。
もうすぐ新しい学校生活が始まる。今日は仕立て上がった制服を受け取りに
行く。たくさんの準備が待っている。
大人になって、うちへ帰るために。
遠く離れている寂しさも大切なものと抱えていこう。

大河は窓辺に立って、カーテンを引いて、雪化粧で眩しい街並みを眺めてみ
る。目の前に、ひょいと跳び移れるような近さで建つ『うち』の幻が思い起
こされる。
まず、あそこに帰るんだ。

大橋では、もう桜がふくらんでいるだろうか。

457虎、帰る:2011/03/19(土) 06:36:34 ID:???


あれから1年が過ぎた。思い出から今に飛んで戻れば、目の前には掃除用具
を収めたロッカー。そういえばここで、と記憶が赤い夕景を再生しかける。
その時、窓の外がにわかに騒がしくなった。どうやら卒業式が終了し、
みんな校庭に出てくるようだ。

大河は首を伸ばして、教室の窓から見下ろす。
みのりんがいる。ばかちーがいる。木原と香椎が手を振ってる。能登はまだ
意識してんのね。相変わらずアホロン毛と仲いいじゃん。北村くんもいる。
生徒会のメンバーに囲まれて。あ、誰かを呼んだ。……竜児!

「竜児。うあっ、こっち見上げた?!」

別に隠れることなんかないのに。ていうか、気づいてもらえなかったらどう
すんの私。あのまんま友達と繰り出してどっかでコンパに流れるのかも知れ
ない。いま出ていった方が。

そう思いながら、どうしてもいたずら心が止まらない。
胸の鼓動が止まらない。
ひょんと机を降りて。
だって……ここが私と竜児との。

静まり返った校舎を誰かが駈けてくる足音が聞こえる。
嬉しくて。
暗がりの中で、大河の頬がほころぶ。必ず見つけてくれる。
開け放した窓から、暖かな風が吹き込んできている。
今日から季節が移り変わっていく。



すでに日は暮れかけていた。
昼間の陽気が一転して肌寒く、大河は竜児にマンションまで送ってもらう。
「ふあー、みんな離してくれなかったな」
「もう大変、……けど嬉しかった。約束を果たせたし」
竜児が血相を変えて校舎に駈けこんでいくのを見て、旧2−Cのクラスメー
トが続いて上がってきたのだ。かつての“手乗りタイガー”ファンも後から
噂を聞きつけて集まって来て、さらには伝説でしかその存在を知らない一年
生までもがひと目見ようと大挙して押しかける騒ぎとなり、なぜか正規ルー
トで来客の身分である大河までもが独身(31)に説教を食らい、ついでに泣か
れた。

物見高いイベント好きが伝統としてしみついた大橋高生の事である。野次馬
の一年生を除いた集団でファミレスに。いつぞやの打ち上げよりも派手な大
宴会になってしまった。
高須竜児と婚約済みであるという話も半分伝説として割と広く知れ渡ってお
り、そのせいか触ろうとする者はほとんどいなかった。
やがて1人帰り2人帰り、クラスメートだけになったところでやっと落ち着
いて再会を祝し、いつもの5人になったところでスドバに移動、じっくりと
旧交を温める事ができたのだった。

「相変わらず櫛枝は意味不明なとこがあるな」
「うーん」
いままではね、みんながいたからね、ずずずっとガマンを……していたんだ
けどね?
櫛枝実乃梨はそう言うなり、ぷしっと鼻血をひと吹き。落ち着いて拭ったあ
と、たいがぁ!とハグってモフってグリまくったのだった。
世界征服せえらあ服〜とか未だにネタの出どころもよく分からない。
「みのりんはね、単にふつうにじゃれてるだけだよ」
「川嶋もじゃれてたのか?なんかああいう事をしねえ女だと思ってた」
まあまあまあまあ落ち着いてみのりちゃーん♪とか言いながら実乃梨の狼藉
に相乗りするように割って入って、川嶋亜美も大河をグリまくった。
「……あれは殺意がこもってたね。ハグとモフがなかったし、ちょっと首絞
 められたしっ」
はっ!あたしから竜児を奪えると思うならやってみろってのよ!
そんなつもりはねえだろよ。あったらお前がいないうちに俺がもっと迫られ
ているだろ常識的に考えて。
なにぃ?そういうイイコトしてたのかあんたはっ。
ないないないってマジで。威嚇するのやめろ。は、私としたことが。そうよ
ねえ?持つ者が持たざる者に腹を立てるってないよね。竜児みたいないい男
にはとびきりの偶然でもないと巡りあえないもの。
あーなんか褒められてる?俺。
お菓子が手に入らないならパンを食べればいいのに、って言ってやれば良か
ったのよね。
お前ね……逆だしそれ。

458虎、帰る:2011/03/19(土) 06:37:46 ID:???
「ともかく女同士で密着したい気持ちはよく分かんね」
「そう?男子には分からないのかもね」
お前分かんの?
分かるよ?見ての通り女の子ですから。住宅地を通る静かな道すがら、スカ
ートのすそをつまんでくるりと回る。
「やべえな。可愛い……と竜児は改めて思っていた」
「クチに出してるじゃんよ。もっと言ってもっと言って、おら」
「濃紺サージで三本ラインのセーラー服にはクラクラくるな」
「う……それから?」
「おう純白のタイには目眩すら覚える」
服かよ。と大河が頬をふくらます。服だけじゃねえよ?と竜児。

触ると幸福になれる手乗りタイガーが今日は気易く触られなかったろ?
「セクハラかもと思わせるくらいには綺麗になったって事さ」
「あー褒められてるね私。一部に何の遠慮もなく触りまくられたけどさ」
どちらからともなく指を絡ませあって、寄り添い歩いていく。
本来の引っ越し日が過ぎた後で、また友人たちとは改めて会う約束をしてき
た。卒業して進路は様々だが、大半はまだ現住所が変わらない。
「北村くんは留学だね」
「ああ、それまでに何度か会えるだろう」
そんな話をしているうちに大河の新居に着いた。

「何にもねえ!」
部屋に入るなり竜児が棒立ちで驚く。
フローリングのワンルーム東向き。ベッドも机もタンスもない。
ん?置いていた荷物を取りにきただけよ?と大河。
「引越しの日は前もって連絡してあるでしょ?荷物が着くのは来週」
「来週までどこで寝泊まりするつもりだよMOTTAINAI!」
がらんとした部屋の床に置いた旅行用のバッグを取り上げ、肩からななめが
けにして、いたずらっぽくニヤけた大河が答える。
「うん、MOTTAINAIよね?ホテル住まいなんてとんでもない。親に
 無理言ってここで暮らすんだから、倹約しなきゃ」

竜児の方に向き直り、ゆっくり一歩ずつ近づいて、腰の後ろに下げたバッグ
を後ろ手でつかんだまま、とす、と胸に額を埋める。
そして心なしか遠慮しいな甘えたような声で訊くのだ。
「とりあえず来週までタダで泊めてくれるところ、竜児知らないかなあ?」

見慣れたつむじが久しぶりに目の前にあらわれた。淡い天然茶髪の隙間から
見える耳がほんのり染まっている。
竜児としてもこの春休み中は大河が我が家に入り浸るのを楽しみにしていた
が、まさか逗留させろと言い出すとは予想外だった。
とはいえ、困る理由などはない。
「お……おう。ひとつ、心当たりがないでもないぞ?」
良かった、この寒空に野宿はつらいもの。と心にもないことをほざく。さっ
きまで安っぽくキレたり威嚇していたくせにこの変わりよう。こういうとこ
ろも竜児は愛してやまないのだ。
「あのね?狭くてもいいから。2DKくらいで。和室で。ゴロ寝なんかでき
 たりするのが希望なの。私ってわがまま?」
「あーそりゃわがままだな。でもその条件にぴったりの優良物件だ。おまけ
 に賄いがついて食事もタダ」
「じゃ、そこにする……」

大河は背伸びをして、竜児の首に腕を回して顔を上げる。本当は身長差があ
って手首くらいまでしか回せてはいないけど、定型表現てやつだ。実務的に
はたいして問題ない。

竜児はちょっとだけ屈んで、大河の背中をそっと抱く。華奢な背中のかたち
も、こぼれる髪の手触りも、この両手は忘れずに覚えていた。
大河も竜児の手を覚えている。忘れたときなんかなかった。
背伸びをする脚が疲れないよう、背中を包む腕が少し吊り上げるように力を
込めてくれるのを感じて、思わず優しいねと呟く。
そうか?お前軽いから何でもねえよ、と優しく答えてくれる。他人には分か
らない竜児の表情も、こうしていれば自分だけに分かる。
互いの腕に力がこもって、顔が近付いて、息を感じあう。
頬に、額に、耳に、竜児が唇を触れさせる。大河のくすぐったそうな様子を
確かめて次、確かめては次へと。
大河も同じように挨拶を返す。

459虎、帰る:2011/03/19(土) 06:39:03 ID:???
もっと我慢も限界!というような激しさを想像していた。こんど逢えたら互
いにそういうふうに求めるのだろうと思っていた。
でも意外ではなかった。
今はなにかに追われているわけではない。旅に出る勇気をこの身に注ぎこむ
ために急いで求めあう必要などはない。
これからずっと一緒なんだから、こういうのもいい。頭が真っ白になるのも
いいけどこれもいい。私ってオトナ?などと考える余裕も。
そうして大河は唇を求める。竜児も目を閉じて応える。
ん……と切なげな音を帯びて互いの喉が鳴るのも心地よく聞きながら、ふた
りは長いキスを交わす。
え?あ……うそ?
大河の頭は真っ白に。なにも考えられなくなる。

「ね……優良物件にはこういうオプションも、あの……付くのよね?」
消え入りそうな声で、真っ赤にテンパった大河が訊いてくる。
その内容を理解して竜児にじわじわと幸福感が湧いてきてしまう。
だって、これは世間で言う“おねだり”ってやつだ。表現が回りくどいとこ
ろが却ってたまらなく可愛らしい。
「お、オプションじゃねえよ?入居者にもれなく付いてくる権利だよ」
言ってて恥ずかしくなってきたらしく、竜児の目の周りも染まっている。
それはやばいね、いろいろと気を付けなきゃだわ。
「ふふん♪やっぱママにハグされるのとは違うね」
照れ隠しか、背伸びをやめた大河は竜児の背中に両手を回してぎゅっと抱き
つく。体勢から竜児には大河の髪を弄るくらいしかすることがない。
ていうか、何でそんなに……巧すぎなのよ?などとブツブツ言ってるが気を
利かせて無視。これは孔明の罠だ。別にやましい事はねえ。さらに気を利か
せて話題を逸らす。

「ん?大河。やっぱりちょっとだけデカくなったんじゃねえの?」
「背伸びしてたからで――あっ!」
意味が分かった大河は急に身体を離し、背中を丸め両手で胸を隠す。
お、驚かそうと思って黙っていたのに……見たわけでも触ったわけでもない
のに分かっちゃうなんて。あんたって……。は、はぅぅ恐ろしい子!
エロ犬めーと再び真っ赤になる。
悪い悪かった。気を利かせて黙ってりゃ良かった。でもさ。
「お前の事で何か分かるのは嬉しくてさ、黙ってられないんだよ。許してく
 れよ。な?」
「……いいわよ。べつに怒ってるわけじゃないし。恥ずかしいけど。なんか
 台無し感で一杯になっちゃったけど」
「でもそんだけ覚えていてもらえたなら光栄よね。けっ!」
けっ!って……。驚かそうとって……お前どの局面でそのカードを切るか想
定済みなのかよ。泰子がいるの忘れてね?つかこっちが孔明の罠だったのか
と竜児は思ったが気を利かして突っ込むのはやめる。
「まあいいか。じゃあお宿の方へ案内するぞ。戸締り忘れんなよ」
「ん。じゃとりあえずの締めにも一回」
ちゅ

外に出て通りを歩く。竜児の左手を両手で握りしめて、肩に頭を預けて、歩
様を合わせて。合わせているのは大河じゃなく竜児ではあったけど。
「結構近いところに部屋借りられたんだな。うちまで3分くらいか」
「竜児のとこで眠くなっても覚める前に帰れる範囲にしたかったからね。他
 の条件はいろいろ目をつぶったわ」
日当たりが午前中だけでしょー?寝坊したら布団も干せないわ、洗濯物も乾
かないわ。指折り数えて不満点をあげてみる。
「キッチンも狭すぎて、手際を工夫しないと料理もできない。ガスコンロも
 置けないし」
でもそういうのはあんたのとこで教わるからいい。と殊勝なことを言ったタ
イミングで、ぐう〜〜きゅるるるんと派手な音。
あらやだ。がまんしてたのに。
「やっちゃんと三人で夕ご飯食べるんだから、と思ってね。ファミレスでは
 セーブしていたのよ」
「おう、任せとけ。最速で作ってやる。何が食べたい?大河」
「うん!とんかつがいい!一年ぶりの!」
「黒豚の買いおき、あるぞ。……って。一年ぶり?」
そう。ずっと断ってたの。おかげでうちのママにはとんかつ嫌いなんだって
思われてる。
何でって?それはね……

460虎、帰る:2011/03/19(土) 06:40:07 ID:???
角を曲がると、かつて住んでいた高級マンションが見えた。話を中断して、
大河は駈け出した。もちろん両手でしっかりと握った竜児の手を離しはしな
い。竜児も付き合って走る。
マンションの下で立ち止まり、二階を見上げた。明かりがついていて、新し
い住人が住んでいる事を知らせてくれる。
エントランスを見る。ここで、裸足で泣き叫んだ事もあった。総てが切なく
て、でもここへとわが身を運んでくれた懐かしくも大切な思い出だった。
ここへ……掴んだ手を見て、竜児を見上げると、自然と笑みが浮かぶ。竜児
が優しい顔で見返してくれている。
「行こう」
「おう」

りゅうじ、覚えてる?
あの日の夕ご飯がとんかつだった事。私はそれを食べに戻って来たんだよ。
角を曲がって、懐かしい家に着くまでのほんの短い間、大河は夢想する。

りゅうじが支度をして、私は卓袱台にひじをついて急かすの。
まぁ〜だぁ〜?って。甘ったれた声で。
そのうち待ち切れなくなって、りゅうじの周りをウロウロするの。
くだらない事を喋って、りゅうじはいちいち相手してくれて。
で、私はりゅうじの背中に軽く頭突きをしてみたりする。
揚げ物してんだから危ねえだろ!って怒られるの。でも顔は別に怒ってないの。

揚げ油からおいしい匂いが立つ頃に、お皿を出せとか、小鉢を並べろって指図されて、
私はりゅうじの思い通りに動く。
夢にまで見た光景がすぐそこに待っている。

おーい、揚がったぞって言われたら、
じゅうじゅう音を立ててるとんかつをお皿に受けて卓袱台に運ぶ。
刻みキャベツとプチトマトとポテトサラダを脇に盛ってね。
そしてやっちゃんと三人で食べるんだよ。
ご飯をおかわりして、脂身を一切れりゅうじに押しつけて。
お腹が一杯になったらそのまま後ろへ寝転がる。

でも、今日から後片付けは私がしてあげる。
洗い物をすまして、飛び散った水をきれいに拭って卓袱台に戻れば、
りゅうじが入れてくれたお茶がぬるくなってて、猫舌の私にちょうどいい。
その後は、テレビを見ているりゅうじに寄りかかったりしよう。
眠くなって落ちるまでりゅうじに触れていよう。

こんな妄想を聞いたら竜児は子供っぽいと言うだろうか。
無防備に寝転がっていたあの頃のままかと呆れるのだろうか。
でもそれでいい。それが私のもらった幸せの形なんだから。
私たちはあの日の続きからまた始める。
明日、目覚めて。隣にいてくれるのはやっちゃんかな。
それとも?

カンカンカンと足音を立てて階段を駈け上がる。
鍵のかかってない扉を勢いよく開けて、やっちゃんが居る事を確かめる。
「あれえ〜、大河ちゃーん♪」

わたしのうち。

「お帰りなさぁぃ〜♪……早かったねえ」
竜児が扉をしめる。私は靴を脱ぐのももどかしく、蹴散らして上がり込む。
後ろで竜児が靴を揃えてくれている。前のまま。何ひとつ変わっていない。
やっちゃんに飛びついて、帰ってきたよ!と言おうとしたのに、途端に涙があふれる。
あーどうしたのー?とやっちゃんが肩に手を置いてくれる。
大丈夫と伝えようとするけど、止まらない。うまく口を開けない。

竜児が入ってきて、そんな私を黙って見てくれた。
私とやっちゃんを居間に押し込んだ。

大河、と。
力強く名前を呼ばれて、私の気持ちもようやく落ち着きを取り戻す。

「お帰り、大河」

帰ってきたんだ。

「ただいま!」


 ――END

461高須家の名無しさん:2011/03/19(土) 15:29:29 ID:???
グスン…べ、別に泣いてなんか、無いんだからねっ!……GJ!

462高須家の名無しさん:2011/03/20(日) 00:08:10 ID:???
>>460
おう…新たなとらドラファン&書き手さんですか!乙です!嬉しいなあ。

アニメは大河母の人物像がよくわからなかったんだけど、
頑なさに子供っぽさ不器用さが上手く融合されてて、すっきり落とし込んでもらった感があり、ありがとうございます!って感じです。
この人はバイバイキーン言いそう…w

竜虎のやりとりが逐一可愛くて仕方がない。ニマニマする。
>「やべえな。可愛い……と竜児は改めて思っていた」
浮かれすぎだ竜児www
めちゃくちゃ幸せになりやがれー!と改めて強く思いました。いやいつも思ってるけどw
超GJでした!

463442:2011/03/20(日) 01:33:24 ID:???
ご感想いただきありがとうございます
>>461
大河の嬉し泣きがどうしても見たかったんで、伝えられていたら嬉しいです
>>462
原作のロジックがどうみても大河離別を避けられないと納得したら、大河母は=大河しかないと思いました。
離別してから再会までの間に障害をどう乗り越えるかを描く方が本当なのでしょうけど、
それじゃ別のお話になっちゃうなと思いまして。最低限度がいいのかなと。
やはり思いが通じあって以後の竜虎の甘甘をおかわりしたいですw

464本スレに書けません(物理的に):2011/03/20(日) 10:19:33 ID:???
「さよならわたしのしゃかいてきせいめい、いままでおうえんどうもありがとう――――」
「おう…っ? 待て大河、行っちゃ駄目だッ!たいがーーーーーーーッ!」

ぷちん、と自分の中で何かがきれた。

最初はとてつもない達成感、そして恍惚感があった。
体中から毒素が抜ける気分。デトックスってこういうのを言うのだろう。
下腹部に違和感。太ももから足首にかけて水が滴る感触。足元にたまる水の感触。

間違いなくバッドエンドだ。どこで選択肢を間違えたのだろう?
今朝起きて、食事をしなかったからトイレはいいか、と考えたときだろうか。
それはともかくゲームオーバーだ。私の社会的生命も恋心や乙女心やその他諸々も。
本当にゲームなら、このあたりでフェードアウトして独身のヒントコーナーに移行しているころだろう。

 ”ゆりちゃんのヒントコーナー! ダメですよー高須くん。
  いくら自分のことで精一杯でも、逢坂さんも女の子なんですから気にかけてあげないと。
  でももう少しでエンディングです。朝のセーブポイントまで戻ってやりなおして――――”

だが現実はやっぱり残酷で、世界は暗転もせず、セーブポイントやリセットでやり直すこともできやしない。
このまま意識が失えれば幸せなのに、それすらもできやしない。
私という人間は、本当に嫌になるくらい、頑丈なのだ。

ああ、竜児の顔が見る見る赤くなっていく…こっちを見ないようにして、それでも耳まで真っ赤で。
優しい竜児。いつまでもこれからも、ずっと一緒にいたい存在。
きっとこんな私でも気にせずに愛してくれる。その実感がある。
でもね、でも今は――――逃げるしかないではないか。

「いやああああああああああっっっ!!!!」
「た、たいがぁーーーーッ!」


>>470
こうですかわかりますん!

465高須家の名無しさん:2011/03/20(日) 12:16:19 ID:???
>>464
ストーリーの流れ的に朝のポイントでセーブ忘れプレイヤーが結構いそうだw
母親に捕まるポイントまで戻らないとな。
しかもこのイベント発生確率は乱数という罠w
GJでした。

466本スレに書けません(物理的に):2011/03/20(日) 17:25:48 ID:???
まとめサイトを更新しました。
本スレは相変わらず規制中なので、ここでご報告…

まとめる際に、文章の途中で改行されている文についていくつかこちらで勝手に直しております。
意図した改行ではない場合はご連絡ください。修正いたします。

まとめてると涙脆くなっていけないやーねー

467まとめ人 ◆SRBwYxZ8yY:2011/03/20(日) 17:42:03 ID:???
なん…だと…?

468ms07b3:2011/03/20(日) 21:37:29 ID:???
3月13日(日)11:13
高須大河は静かに怒っていた。
キッチンから漂ってくるのは、クッキーが焼ける甘い匂い。バターとバニラエッセンス
を効かせた竜児特製のものだ。
初めて竜児のクッキーを食べたのは6年前。あれから改良に改良を重ねた、クッキーは
モンドセレクション金賞を獲得しても不思議ではないほど洗練されている。
大河の中では、竜児のクッキーを食べる権利があるのは、自分とやっちゃん(少しだけ
ならみのりんと遺憾ながらバカチーも可)だけだと思っている。
しかし、竜児ときたら、バレンタインデーにチョコをくれた同僚の事務の女の子への
お返しにと、気合いをいれてクッキー作りにいそしんでいるのだ。
大河だって、竜児の義理堅い性格は充分理解している。事務の女の子から貰ったチョコ
は、開封せずに大河に差し出し、義理チョコであることを30分に渡り力説してくれた。
その説明を聞いたうえで、打点の高いジャンピングニーパットを一発お見舞いしたのは
、新妻である自分の竜児に対する愛情表現の発露で、当然の権利だと思った。
嫉妬という言葉は甘んじて受ける。しかし、竜児は私だけのものなのだ。

チンという音がクッキーの焼き上がりを告げる。
竜児がミトンのグローブをつけて、オーブンからクッキーを取り出す。クッキーの甘い
香りが部屋全体に広がる。大河のお腹がグーッと鳴った。

「大河、ちょっと来てくれ。」駄犬がキッチンから顔を出して大河を呼ぶ。
「・・・・なによ。」大河は不機嫌さを隠さずに聞いた。
「味見を・・・して欲しいんだ。」大河の不機嫌オーラに圧倒され言い淀む竜児。
大河は、ソファーから立ち上がり、ずんずんとキッチンに歩いて行った。

キッチンの作業台には、キッチンペーパーに並べられたクッキーが何種類かある。
チョコチップが入ったもの、ドライフルーツが載せられたもの、プレーンな物が2つ。
「味見よろしく。」竜児がプレーンの2つを差し出す。
「・・・・・・。」大河は黙ってクッキーを手にする。いつもと変わらないサックリと
した歯触りと、バニラエッセンスがふんわりと香る甘さ。美味しいけど食べ慣れた味。
「まあまあね。」薄い胸を傲岸不遜に反り返し竜児を見つめる。
「じゃあ、こっちは?」先ほどのクッキーよりも幾分茶色のクッキーが差し出される。
火傷をしないように軽く息を吹きかけてから口にする。
歯触りは変わらないけど、いつもよりは多少しっとりした感じだが、甘さが濃い気がす
る。あきらかにさっきのよりも美味しい。
「・・・・美味しい。」思わずぽろりと本音が出てしまった。
竜児をみると、目を細めて笑っている。
「先に食べたのはいつものレシピ通りに作ったやつ。後からのは大河スペシャルって奴
で、材料をいつもの奴よりもグレードアップしてる。」
「大河スペシャル・・・・?」
「おう、義理チョコのお返しはいつものレシピの物。大河スペシャルはお前専用だ。」
「・・・・竜児。」
私専用のレシピ。私だけのクッキー。遺憾ながらうれしさがこみ上げてきた。


3月14日(月)12:30
「これ。チョコのお返し・・。」目の下に隈を作った竜児が、事務の女の子にクッキー
を渡す。
「わー、高須さん、ありがとうございます。さっそく開けて良いですか?」
シンプルな包装は、お店で買ったものではない、噂に聞いた、高須特製クッキーが味わ
えるんだ。リボンを外して缶の蓋を開けると、3種類のクッキーがぎっしり詰まってい
る。手にとって口にしてみる。噂以上に美味しいクッキーだった。
「美味しいです。これ以上、美味しいクッキーなんてありませんよ!」
建築設計事務所で下働きなんてやってないで、クッキーショップを開いた方が良い
のではと思える程の味だった。
「そうか、気に入って貰えてよかったよ・・・・。」
竜児は、眠たい目を擦りながら答えた。
昨日の休みは、日曜大工でもやったのだろうか、腰を握り拳でトントンやりながら、
竜児は自分の机に戻っていった。3回戦はキツイぜ。

469高須家の名無しさん:2011/03/20(日) 22:27:48 ID:???
オイオイ…嬉しい事が有るたびに、1回づつ増えるんじゃあ無いだろねぇ? 竜児ガンバ!!

470とらドラ!で三題噺 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/21(月) 11:31:00 ID:???
お題 「恥」「開いた」「見たことがない」
 
 
 
「大河、ドライヤー貸してくれねえか?」
「いいけど、どうしたの?」
「おう、蜂蜜の蓋が開かなくてな。ちょっと温めようかと」
「それじゃ、私もホットミルク飲もうっと」
 
「……ねえ竜児」
「おう?」
「それ、本当に蜂蜜? なんか見たことがない色してるんだけど」
 大河がいぶかしむのも当然で、竜児が蓋に温風をあてている瓶の中身は黒に近い茶色のドロっとしたモノ。
「おう、こいつはソバ蜂蜜だからな」
「……お蕎麦に蜂蜜かけるわけ?」
「……大河、その間違いはちょっと恥ずかしいぞ。っと、開いた。こいつはソバの花だけから採られた蜂蜜なんだよ」
「へー、そんなのがあるんだ」
「ミカンや向日葵なんてのもあるぞ、どれもちょっと高いけどな。ちなみにこれはばあちゃんが送ってくれたもんだ」
「あれ? それじゃ普通に『蜂蜜』って言ったら何の花なわけ?」
「いろんな花から集めた百花蜜か、レンゲ、アカシア、クローバーって所だな。うちで普段使ってるのもレンゲ蜜だろ」
「……ブランドか商品名だと思ってたわ、それ。蜂蜜っていっても色々なのねー。今度ネットで調べてみようかしら」
 
 
 
「……なあ大河」
「なに?」
「なんでこんなに蜂蜜買ったんだ?」
「んー、蜂蜜酒ってのに挑戦してみようと思って」
「おう? なんでまた急に?」
「えーっとね……ほら、結婚式までもうちょっとじゃない」
「お、おう」
「その後は当然ハネムーンでしょ」
「おう」
「そのHoneymoon−−蜜月の語源が蜂蜜酒って話で」
「へー、知らなかったな」
「昔のヨーロッパで結婚した直後のお嫁さんが一ヶ月外出しないで、滋養強壮作用がある蜂蜜酒を旦那さんに飲ませて、その……頑張ったんだって」
「…………おう」

471 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/21(月) 11:41:20 ID:???
度々の転載ありがとうございます。

>本スレ468
GJ!
色んな意味で2828しますw
>虎、帰る
こちらもGJ!
今になっても新しい書き手さんが現れるというのは、あらためて「とらドラ!」という作品の力を実感しますね。

472 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/21(月) 11:47:38 ID:???
>まとめ人さん
いつもお疲れ様&ありがとうございます。
名前欄については……まあ、お気になさらずにw

>468
可愛いよ嫉妬大河可愛いよ
そして竜児が頑張るのは大宇宙の定めですなw

473 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/21(月) 11:51:18 ID:???
>まとめ人さん
いつもお疲れ様&ありがとうございます。
名前欄については……まあ、お気になさらずにw

>468
可愛いよ嫉妬大河可愛いよ
そして竜児が頑張るのは大宇宙の定めですなw

474 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/21(月) 16:16:13 ID:???
おう、二重投稿になってた……すみません

475442:2011/03/22(火) 00:55:18 ID:???
>>471
ありがとうございます。「とらドラ!」の理詰めな心理描写にハマって
何度も見返しているうちに竜虎に捕まってしまいましたw
>まとめ人様
「虎、帰る」まとめていただき恐縮です。改行の拘りはありません。

以下、次作を投稿させていただきます。
□□【タイトル】幸福の湯あたり伝説(虎、帰るアフター)
□□□□【内容】本SSは寸止めですがガチエロ且つ甘々コメディ仕立てとなっております。
□□□□□□□□まっぱ有り。お触り有り。お読みになる方はご注意ください。31KB

先人の作品といくつかネタがかぶってしまいましたが、ご容赦ください。

476幸福の湯あたり伝説(虎、帰るアフター):2011/03/22(火) 00:59:59 ID:???
【これまでのあらすじ】春は三月。親元で一年を過ごし高校を卒業した逢坂大河は
懐かしい大橋の町に帰ってきた。本来の転居日を前倒して上京、単身暮らしの部屋
に家具は無し。かくして大河は狙いどおりに高須家へと転がり込む。さてさて荷物
が届くまでの一週間、大河と竜児のなんちゃって同棲時代(泰子付き)が始まった!

****

眩しいなあと薄目を開けるとどうやら朝になっているよう。
むぅう〜んとひと伸び。布団をかぶり直して二度寝……という無意識の習慣を試みるも。
あれ?身体が動かない。む、むう?逢坂大河の寝起きは悪い。
――なに?金……縛り?
少しずつ意識が覚醒してくる。何かに座って寝ていたようで、左肩がずっしり重い。足が寒い。
何なの?毛布で簀巻きにされて爪先が飛び出ているようだ。
肩の重さの正体を振り返ってみると……竜児!?

竜児の顎はぴったりと大河の左肩に乗り背後から髪に頭を突っ込まれてる。寝息が耳の下に当たる。
両の腕は大河の脇の下を通って腹をエックスの字にクロス。
つまり竜児は壁にもたれて胡座をかいており、大河はそこに横座りして腕でホールドされている。
そのまんま綺麗なブリッジを描いてマットに叩きつけられる5秒前――。いくぞーっ、うぉらぁーっ!!
ということは全然なく、揃って二人とも毛布でぐるぐる簀巻きにされている。
要するに壁際にでかい筍、その中で包まれているのが寝ぼけ頭で把握できた目下の体勢なのであった。

とりあえず力の抜けたホールドを外して、自由になった手で竜児の顔を押さえながら肩を抜く。
もそっと身体を回して寝顔を観賞、涎の後が唇の端から顎に流れているから自分の首にも付いてるか。
そんな事はどうでもいい。りゅうじの顔が……か、かぁっこぃぃぃ……。
目を閉じていれば、なのか惚れた欲目、なのか。それとも高須竜児は誰が見てもかっこいい男子なのか。
真相は分からないが、少なくとも大河が見てぽーっと酔ったようになっているのは事実だ。
口を頬に寄せてちゅちゅちゅと吸いついて。
続いて欲望のまま唇を狙おうとするのだが、これはちょっとだけ届かない。
起こさないようにそろそろと後ずさりをして、畳に膝をつき、毛布に潜って筍の根元の方へ脱出。
いくら自分が軽いからといっても膝に乗せたまま眠ったのなら、さぞ脚が痺れているだろう。
ゆっくり丁寧に筍を横にしてやる。小柄だけれど大河はけっこう力があるのだ。
う〜ん、と竜児が伸びて、毛布の端から毛脛がにょきっと出る。
案の定真っ白になっていた。

さて。大河はぺたんこ座りで悩んでいる。
この痺れている脚をつついて遊ぶべきか、当初の目的通り唇を奪うべきか。
「……りゅーうじ」
膝立ちでそっと近寄って、顔の上で囁く。痺れいじめはまた今度にするようだ。
「りゅーうじ、朝だよ。起きないの?」
爪を引っ込めた前脚で、じゃない手でちょいちょいと竜児の頭を揺すって嬲る。
「起きないなら……ぅお、襲うよ?」
当然ながら起こすつもりなど毛頭ない。
本当に眠っているのか確かめるだけ。あくまでも優しく、優しく。
うぅ〜ん、と竜児が仰向けに。びくっと固まる大河。
新聞配達のバイクが家の前の路地に来て止まり、また走り去るくらいの静寂がたっぷりと過ぎて。
またそろそろと竜児に這い寄って顔を近づけ、寝息を確かめる。
大丈夫。オッケー。
マルナナマルマル我レ奇襲ニ成功セリ。トラ、トラ、トラじゃぁーーーっ!

むちゅーっと襲った。
竜児の唇をあむあむ弄んで、舌の先でぺろんと湿り気を与えてやる。
こんな事をされてはさすがに竜児の意識が覚めかける。
とは言うものの簀巻き状態で文字通り手が出せない。
何?なんだ?と言おうと開けた口にすかさずベロチュー。
「ん……んんん?ぁにゅっ?」
大河さまのやりたい放題。
思うさま蹂躙したのだけど、単に寝ぼけて驚いている竜児相手のキスに早くも飽きてしまった。

肩口の簀巻き毛布を緩めてやると腕を抜き出して起き上がろうとする。だーめ!と押しとどめる。
うつ伏せに覆い被さってくる大河の肩を下から支えながら、竜児にもようやく事態が分かってきた。
「おはよう、竜児。ハァハァ」
「おう……ハァハァて。朝っぱらから激しく起こしてもらってサンキューな。びっくりした」
「面白かったけどさ、意識がないんじゃすぐ飽きる。もうやらない」
「ああ、そうしてくれ。毎朝これじゃ心臓に悪い」
肩を支えていた手を緩めると、大河の頭がふわんと落ちてくる。
それを抱え込んで、改めておはようの……と言うにはあまりに濃厚すぎなやつをもう一度――。

477幸福の湯あたり伝説(虎、帰るアフター):2011/03/22(火) 01:01:03 ID:???

「ぷはー」
「ぷはーはやめなさい。はしたない。なんか御馳走様ってカンジに聞こえるじゃねえか」
「だってまさにごちそうさまってカンジだもーん。いやーいい目覚めだわ」
……ったく!と型どおりぼやいて、ほほほほほーと満足そうな大河ごと抱えて、竜児は起き上がる。
頭をぽりぽり掻いて部屋を見渡し、ああそうか、寝ちまったか、ここで、と。
ん?うぁぁ脚が痺れてる痺れてるあでででででで。

その間に大河は今どこでこの朝のイベントを楽しんでいたのか、遅まきながらも理解する。
理解したので、固まっている。
卓袱台?
液晶テレビ?
じゃ、ここは居間だ。竜児の部屋でもやっちゃんの部屋でもなく。
「居間!?」
「居間だろ……」
「今気が付いたっ!」
竜児にも昨晩の記憶が蘇ってくる。確かに居間でくつろいでいた。
……というよりイチャイチャしていた。
恋人同士が二人っきりの屋内でイチャイチャする目的は一つしかない。
竜児はキッと卓袱台に鋭い視線を走らせるとそれはまだそこに置いてあった。未開封で。
メタリックブルーで商品名が銀箔押しで印刷してあるお菓子のようなパッケージ。
「あああんた。するってえとこの毛布を巻いてくれたのは……」

ふすま一枚隔てた部屋で、3時間前きっかり定刻に帰宅した泰子が騒ぎに目を覚ましていた。。
ぅわ〜ぉ大河ちゃん意っ外っな情☆熱☆大☆陸〜ぅ♪
イイコト良いでやんすね〜。かわいっ♪
でもやっちゃん寝不足になっちゃうからぁ、自分の部屋でしてくれないかなあ〜?
ねー竜ちゃぁ〜ん?
って、こんど起きたら言お〜〜っと。ふわぁぁぁぁ。などと。気を利かして寝たふり、寝たふり。
プライバシーの保護は、ふすま二枚隔ててようやく完成するのだ。

ふっふーん♪と鼻歌まじりで、竜児は朝ごはんの支度。
そんなときは居間でゴロゴロするのが定位置の大河が、今朝は所在無げに台所に佇んでいる。
キンピラ出来たから小鉢とってくれーと指図されて、しっ!声がでかい!
「あんた平気なの?やっちゃんにバレバレ……」
状況から考えれば、寝こけているふたりを簀巻きにしたのは帰宅したやっちゃんしかおらず、
しかもそれはそっちこっちに落ちていたわけでなくひと塊りに抱き合っていた。
「いいから味みろ」と菜箸でキンピラを大河の口に放り込む。
こりこりしゃくしゃくと、出来立ての温かいキンピラを咀嚼して、大河はぴっとサムアップ。
味付けオッケーらしい。
でも当面の問題はそんなことで誤魔化されやしない。
スウェットのトップボトムなだけの竜児は、単に寝ぼけたー、でいいとして、私は……。
大河は腰の辺りをつまんでみたりしながらしみじみ思う。
意気込み満々なフリフリお姫様ネグリジェ。「やるぞーっ」って精神が形になったよう。
うわぁ。
寒いからカーディガン羽織っていたけど。寝るだけの人は普通こんなものを着ない。
頭を抱えて悶えまくる。

竜児は味噌汁の味噌を溶いて、小皿で味見。大河にも回してくる。
もうちょっと濃いのがいい。
おう。
「バレったってなあ。なんかもう」
顎でくいっと居間を指し示しているその先は、卓袱台に置きっぱの箱。
「いいんじゃねえ?」
大河は眉を八の字にして昨夜からの出来事を思い出す。

478幸福の湯あたり伝説(虎、帰るアフター):2011/03/22(火) 01:03:17 ID:???


この家に帰り着いて大泣きをして、ただいまを言ったあと、ほぼ想像していた通りの夕食となった。
とんかつの付け合わせがポテサラでなく、ツナと玉ねぎの和え物になったくらいの違い。
家族三人たくさん喋ってご飯を食べた。食後にちょっと休んでから洗いものは大河が片づけた。
完ぺき。妄想の50%はこれですでに達成。
あとの半分は、竜児にひっ付いていつの間にか眠りに落ちるぽわぽわな幸福。
ただ、こればかりは独りでは達成できない事。
竜児次第で激しく爛れて濡れそぼつ肉欲の嵐渦巻く甘美な坩堝になるかもしれなかった。
あ……まあそういうのもやってみたいとは思ってるのだけど。

そして出勤する泰子が件の箱を卓袱台にトン、と置いたのがゴング?となった。

「じゃあやっちゃん行ってくるでやんす」
「……」
「……」
置かれた箱を注視して、だだだっと這い寄る大河。
びく!と居ずまいを正す竜児。
そろってぽか〜んと泰子の方を同時に見ている。
「別にぃ〜〜、煽ってるわけじゃぁ〜ねーでガンスよー?」
人差し指を立てて60度にチッチッチと振ったあと、ぴっと竜児を指して。
「備えあれば?嬉しいなっ、てぇゆーんだよ♪」
「う……」
「憂いなし、だろな……」
「それにぃ〜、盛り上がってからコンビニに行くのはぁ〜」羞恥!プレイ!
後ろでインコちゃんが受けてくれた。そ〜そ〜、インコちゃんかしこいっ♪
ぽよんよんと巨乳を揺らして、じゃあねー♪と出かけて行った。

「……」
「おう……」
大河は卓袱台からひったくるように箱をとり上げて両手で掲げ、いろんな角度からじっくり眺める。
説明書きをじっくり読んで、やがってゆっくりと。
鳩が豆鉄砲を食らったようなまん丸な瞳で竜児の方を見やる。
「どどどどどどど」
「落ち着け大河。年度末だけど工事すんな」

中身……は……十二……個、入り……だと?
また鳩が豆鉄砲を食らったようなまん丸な瞳で竜児の方を見やる。瞳孔が開きかけてる。
「じゅ、十二回も?」
「……なんで使い切らなきゃいけねえんだ」
「……殺す気かぁー?」
「先に逝くのは俺の方だろ、その場合」
「なんであんたは落、ち、着、い、て、る、の、よ」

あれ?そういやなんでだろう?
ああ、これはあくまでも備えだからだな。これがあればいつお前にムラムラしてもとりあえず安心。
だから普通にくつろいでりゃいいじゃねえか。な、大河。
大河……?
「む、ムラムラムラ?え?」
「……何でそんなにテンパってるんだ?そーいやこんな顔見た事あるな……」
「むっしゅムラムラ……りゅ、りゅ」
「おう!北村の前に出ると変なテンションになってた時だっ」
ちゅどーーんんっ!大河の頭上に爆発の雲が見えた。……ような気がした。

「茶ー飲めよー。ぬるめに入れてやったぞー」
「……」
「おーい。生きてるかー」
大河は卓袱台の前で珍しく正座して固まっている。意味不明な事を呟いている。
肩を揺すると、ひっとか言う。
頭の上からぶすぶすと煙が上がり続けているような、セーラー服美少女。

竜児は考えた。
これはほっとくと拗ね始める。この予想は当たっている。
たちの悪い事にこの女は、自分に原因があるときほど尚更ドツボにはまって行くのだ。
理由が分からなければそれは避けようもないが、幸い今回は原因も対処法も分かっている。
今ごろあのつむじの中では、せっくしゅ、せっくしゅ、パコパコカーニバルぅ……。
などという単語が渦を巻いてバッファオーバーフローしていることだろう。

とは言っても、やっぱり女だもんな。やらないかとは言いにくいわな。
俺としては自然に寄り添っててお互いその気になったら、というのが希望なんだけど、
一週間限定の疑似ふたり暮らしを楽しみにして来たんだもんな、大河。

「おい、大河」
その声の変容に、大河はハっと顔を上げて見る。
りゅ、竜児が変な目で睨みつけている。あの目は見た事ある。この予想は当たってる。
「しゃ、シャワー浴びてこいよ……」
開きっぱなしだった大河の瞳孔がみるみる光を取り戻してパァァと輝く!

うわっなんだその芸!メヂカラってのか今時は!いや瞳孔開いてたら死んでるだろ。
しかし、竜児のいかにもな余裕もそこまで。大河がにじり寄って、手を取って引っ張る。
「じゃあ!」
こんなに前向きな大河をいつ見ただろう?
「い、一緒に!!」
どきどきどきどき。
えっ!……おう……。
おう?

479幸福の湯あたり伝説(虎、帰るアフター):2011/03/22(火) 01:07:13 ID:???

湯を張っている間。ちょこんとしゃがんで荷物から夜着を選んでいる大河の後ろ姿。
ふんふん鼻歌が漏れている。
やばい。
あれは『クワイ河マーチ』だ。戦場にかける橋だ。威風堂々やる気満々だ。
……あれは俺がムラっとキターーーーッ!っと思い込んでるわけだよな。
だからこっちが鼻息荒くしねえといけねえんだよな。

よしこっちも鼻歌ってやる、と唸りかけて、違う違う。これは『ドナドナ』だ。
もっと勢いのあるやつ、マーチ、『ラデツキー行進曲』でも。
すると大河の鼻歌が呼応して『双頭の鷲の旗の下に』に変わる。
いいねえ、オーストリア・ハンガリー帝国つながり。俺たち息ぴったり。
変なところで竜児は楽しくなってきて、ワグナーつながりで『タンホイザー』に変える。
なんだか鼻歌合戦で運動会みたいな雰囲気が漂う。
大河はすげえ上機嫌で『ワルキューレの騎行』に。
……『地獄の黙示録』だ。殺戮だ。……そりゃワグナーだけどよ。
一気に萎えてしまった。

「りゅーじぃ〜♪」
とととっと寄ってきて、とお!と強めの頭突きをかまされた。
なんだよ?
「脱がせたいでしょ〜?」とバンザイをしている。満面の笑みで。

うわ何だこれ。セーラー服を脱がす体験なんて夢にも思ってみなかった。
はい、させてもらえるなら喜んでー!つか何だ俺、このノリは。ニヤケてんのか?
いや、いや、いやいやいや。嫌じゃねえよ!くそ。萎えるとか思って悪かったよ。

まずタイを解いてシュルっと、おおお!何だこの背徳感。
あー。やっぱり最初に解いちゃった。それはね、乙女の純潔を象徴してるの。だから白なのよ。
でももう着ないし。問題ないよねー?
あー、純潔をりゅうじに奪われちゃったー。遺憾だわー。
もちろんこの蘊蓄はウソ八百である。

そ、、そうなのか。じゃあ続けてトップの方から……あれ?ホックとファスナーと……ど、
「どこから外すんだ?これ」
「めんどくさいでしょー。ここ、ここ、ここの順」
言われたとおりに外して、するっとパージ。冬服なのでその下はヒートテックのババシャツ。
これはあんまり色っぽくねえな、と言うと、へへへと誤魔化す。
バンザイさせてすっぽん。
「お、……下からニーソ、スカート、……ブラ」
好きな女がこういうナリでいるのに燃えない男はいねえだろうな……。
「でも寒さ対策なら、下にキャミとか着こんだ方が良くねえか?」
「分かってないねえりゅーじは」

ここ、とスカートの締め付け部分を指し示す。
ここがさ、臍上でちょうどウエストの一番細いとこなわけよ。
へえ。
で、トップはセパレーツでこんくらい覆い隠しているわけよ。
ほうほう。
普通にの動作では絶対に見えないけど、思い切り背伸びしたりした時に、隙間からちらっと見えるわけ。
数センチだけ一瞬肌が見えるわけよ。バスケのダンクシュートをしたときとか。
その希少な隙間に地肌でなくキャミが見えたら台無しじゃない。

「どうよ!」と薄い胸を反らして突き上げて、えっへん。
いやあその態度でいてくれると助かる。その格好で恥ずかしがられたら……たまんね。
「……鼻血吹きそうだよ。櫛枝の領域に一歩近づいた気がする」と褒めてみる。
でもそのチラってちょっと離れていないとどのみち角度的に見えねえじゃん。
基本、友人関係より遠い距離のやつを楽しませる現象じゃん?
お前のつむじを数十センチで見下ろせる俺には恩恵がねえよ。とは言えなかった。
あ、でも制服ダンクはカッコ良いかもしんねえ。

「じゃあ次はニーソ脱がして?あ、ストッキングの方が良かったら履こうか?」
「いや、これがいい」
……このノリだと破いてもいいよ?とか言い出しかねない。
そ、そんなプレイはもっと大人になってからだ!
膝まづいてするするとニーソを脱がしている途中、これはこれで割とマニアックな事に気づく。
やばい。マジやばい。このままだと木乃伊取りがミイラになってしまう。
ブラ&プリーツスカートだけで、ふんっ、と威張ってるのを見上げてメートルを戻す。
本人は得意げで確かに可愛いポーズでもあるのだが……色気はゼロだからな。
どぎまぎしながらスカートをそろっと下ろして、脱衣サービスは終了。
さすがに恥ずかしくなったのか、大河は脱衣所に逃げて行った。

480幸福の湯あたり伝説(虎、帰るアフター):2011/03/22(火) 01:10:40 ID:???

自分の着替えを持って後から続いて行き、おい本当に入っていいかと一応訊く。
とっとと入れと罵倒を受ける。
脱衣所前の台所からつながる廊下でスウェットを脱いでたたんで、Tシャツに手を掛けたところで、
「おい」
顔だけ出した大河に呼ばれる。
あんた私を念入りに脱がしたくせに、自分で脱ぐのかよ。良いから入れおら!と引っ張り込まれた。
脱衣所と言っても物がいろいろ置いてあってスペースは半畳くらいしかない。
二人入ってしまえば一杯だ。
ほらバンザイしろと言われて素直に従う。
Tシャツを大河に脱がされて、トランクスを一気に引き下ろされる。
うう……ヤンキーとか鬼般若とか呼ばれた男でも、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「こんにちはーってカンジ♪」
大河が可愛く表現するけど、それで恥ずかしくなくなるものでもない。

こっちも仕返しのつもりで、押し黙って肩越し背中に手を回す。
ちょっと苦労しながらブラのホックを外していると俯いて妙におとなしくなってしまう。
どきどきしてくる。
さすがに恥ずかしくなったのか。胸を押さえながら向きを変えて、あとは自分で脱いだ。
屈んだ拍子に長い髪がはらっと胸前側に落ちて、白い背中から腰にかけての曲線が露わになる。
体格の割に、また女子としては発達している背筋に挟まれて脊椎の突起がくっきり浮いている。
ごくっ、と喉が鳴ってしまった。
湯船から湯があふれている音が聞こえ始めたので、肩に手を置いて浴室へ押しこんだ。

高須家の浴室は一般家庭と同じく二人で入ると狭い。
キャッキャウフフの洗・い・っ・こ♪なんかをするには交互に湯船につかるしかないだろう。
というわけで。
「まずお前から湯につかれ。あふれる量が少なくて済むからな」
「お、おう」
それは俺のフレーズだと思いながら、シャワーを出して温度を確かめ、かけ湯をしてやる。
その間に大河はくるくると髪を丸めてゴムで留め、しゃばんと湯船に。

自分にもシャワーをかけて洗い場に腰を下ろし、ソープを泡だてて身体から洗い始めた。
大河は湯につかって、組んだ腕を湯船の縁に乗せてこっちを見ている。
うう……恥ずかしい。
そのうち鼻歌が出始めた。また『ワルキューレ〜』だよなんか死刑執行を待つ気分だよ。
視線から避けるよう、思わず座りなおして角度を取ってしまった。
とたんに鼻歌がぴたっと止まる。
「ねえりゅーじぃ。見えないじゃん。見える向きに座ってよー」
……こんなときに命令口調じゃなくお願いモードだなんて卑怯だ。しかも表現がストレートだ。
北村よ、お前が惚れたこの女の魅力はこういう事でもあったんだぞ?などと急に思う。
「だってよ……恥ずかしいじゃねえか」
恥ずかしいさ、そりゃ恥ずかしいだろうよ。この私にはよっく分かるよ。でもね?
「……りゅうじだってさ、このあと私を、じっくりねっとり目で犯すんだよね?」
「え?」
「『しねえよ』って言ってもするでしょ?絶対、間違いなく。……だから私だって見たいもん」
……卑怯だ。とか思っていたら、背中をぱぁんぱぁんと叩かれてしまう。
「春なのに紅葉吹雪にしてやんぞ?おらっ」
アメとムチ。これが調教というものだろうか。

羞恥に耐えて湯船の方に向き直り身体を洗っていると、大河は楽しそうに視線を這わしてくる。
どこを見てるのか気になるが、少なくとも局部だけを注視してる様子ではない。
「な、どこ見てんだ?」
「ん?普段見れないとこ全部。筋肉の付き方がやっぱり違うね」
かぁっこいぃ……と聞こえないように呟いている。
「そうか、そういうふうに言われれば少し恥ずかしくなくなってくるな」
身体が済んで頭を洗う。もう視線を気にしても分からない。こんな時になると黙りやがる。
ざばあーっと湯をかけて泡を流し、シャワーで念入りに落としていると、遠慮がちな声で、
「ねえー?そこ……」
股間を指差している。そろそろのぼせ気味なのか、ピンク色の顔をして。
「洗いたいな。だめかなあ?」

481幸福の湯あたり伝説(虎、帰るアフター):2011/03/22(火) 01:11:53 ID:???

わしわし、わしわし。
まさか手で洗うとまでは思ってなかった。湯船につかったまま、半身を乗り出して。
「うん……まあ、触りたいだけなんだよね。痛くないよね?」
お……おう。
洗いっこだから、相互主義だからというのでつい承諾した俺って、実はもう自分を見失ってるんじゃねえ?
などと思いながらも懸命に洗ってくれる大河の手が。細い指の感触が。気持ち良い。
それにこちらから見えているのは、大河の頭と肩口、背中。手に合わせて動く肩、筋肉。
なんでこんなにも刺激的なのか……。
「むぉ?」
変な声を上げてこちらを見上げてやがる。あ、もう一度まじまじ見てる。
「……」リアクションなんかしねえぞ。。
「おー?おぉ〜?」股間ふしぎ発見!みたいな顔すんな。ああ上目遣いで見んな。
「りゅーじを洗っていたーだけなのにーたいへんなものを見つけてしまった―」それはとっつぁんだ。
「うわぁーこれはー●●●●だぁ〜、むぐっ」き、聞くに耐えないっ。思わず手で口を塞ぐ。
「棒読みで恥ずかしいギャグはやめとけ」
「う〜……だって……恥ずかしいんだもん。それにもう、限界」

のぼせるぅ〜。と湯船から飛び出てしまった。
目の前!目の前!ピンク色に染まった肢体!!一糸まとわぬ大河が、ががが。……が。
呆気にとられてらんねえ!
洗い場に下りてぐらっとよろけたのを、おうっ!、と抱きとめる。

すんでのところで転ばさずには済んだが、大河は洗い場に膝立ちで……竜児に抱かれている。
身体が熱を帯びている。当たり前だが。
誰が自然に寄り添ってて、その気になったら、だって?それはいつも突然に来るものだ。
大河ぁ!と呼んで夢中で抱きしめる。
大河のきめ細やかな肌に触れて、竜児の身体のあらゆる部分に一度に信号が送られ、即時反応する。
とくに泡だらけの部分は鳩尾の辺りにみっと埋まって大変な事になっていた。
やばいっ、したいっ、めちゃめちゃしたいっ!!

「あ、当たってる!……堅いぃ、刺されるぅ〜」
んでもって熱いぃぃぃ。
湯あたり大河がへなへなとへたり込む。
「ええ?お、おいっ!しっかり!」

しゃわー。
桶に冷水を汲んで足をつけてやり、座らせて身体にもぬるいシャワーをかけてやる。
ついでにゴメンナサイとうなだれる自らの股間の泡も洗い流して。
「ふ〜〜〜〜気持ちいい〜〜」
「大丈夫かあ?熱が取れたら言えよ〜」
「うー、遊びすぎたぁ〜、あはははは」
「湯船に水差して、ぬるめて入っていれば良かったんだよな」
「むちゅーですっかり忘れてたよ〜」
なんかりゅーじのエロ心にだけ水差してごめん〜。と、こんな時にうまいことを言う。
自分の角も取れて、ほとんど恥ずかしくなくなってきたのにも気づいた。
「いや……俺こそ気づかなくて悪かったな」
「ぃよっし!もう冷めた。じゃあ気を取り直してりゅーじの視姦タイムに行こう」
ヘイ!とハイタッチ。

482幸福の湯あたり伝説(虎、帰るアフター):2011/03/22(火) 01:13:12 ID:???

攻守ところを変え、今度は竜児が湯船につかる。
あ、大河のシャンプーを買い忘れた。あんたのと同じでいいよ。地元でもそれ使ってた。
やっぱり髪が長いと全体を一度にわしわし洗うってできないんだな。
へえ、水気を含むとずいぶんボリュームがなくなる。頭ちっちゃいな。
こんなのって、普段は絶対見られないんだよな……。

結構な時間をかけて洗髪を終えて、大河が身体を泡だてる。
「もうちょっと視線を気にして、恥ずかしそうに洗ってくれ」
「……ん」
「いちいちポーズとか要らねえ。自然にしてくんねえといまいち燃えない」
「意外と注文がうるさいな。どうやって視線を気にすんのさ」
竜児は先刻の大河と同じ姿勢で湯船の縁に腕を乗せ、のぼせないようチョロチョロ水を差しながら観賞。
これも学習の賜物だ。

「なあ、そこら辺」
大河がせっかく洗い終わって上げた髪を解いて、背中から前に二つに分け垂らしているのを指して要求。
「それはそれでギリギリ水着みたいで良いんだが。相互主義を忘れんなよ?」
「分かってるよ、うるさいなあ。演出ってものがあるんだから」
演出か。そうならこれはなかなかの趣向だ。
密度の低い髪が濡れて泡にまみれ、両の鎖骨から胸を半ば隠しそのまま脇腹から腰を通って後ろへ流れている。
隙間から薄桃色に冷めた肌が切れ切れに覗くのが艶めかしい。日本の古の伝統、垣間見だ。

「ほーらりゅーじ、いくよー。見逃さないように」
やがて洗い終え、桶にぬるま湯を汲むと高々と掲げて、肩口からゆっくり泡を流していく。
柔らかい髪がその滝に泳いで、はらっと広がり、閉じる。隠されていた肌がうたかたに晒される。
お?おおおおおおおおおおおおおおぅ?!
思わず拍手をする竜児。
色っぽいというよりは格調高いのだが、見て気分が高揚してくるのは確かだ。ルネッサ〜ンス!

「受けた受けた!やったー!もう一回みる?」
「もう一回!」
「ぃよーし!」ざばぁ〜
「もう一回!」
「ほいよっとぉ」しゃばぁ〜
「角度を変えて!」
「あらさっ」どばぁ〜
「よしそのままで!」

座ったままでぷう〜と息をついている大河の身体をじっくりと眺めてみた。
あらやだ、と腕で隠そうとするので、隠すなようと拗ねる。
「りゅ、りゅーじに甘ったれ声を出されるとは……遺憾ね。遺憾すぎる」
じゃあ、しょうがないと羞恥に耐える事にしたらしい。おかげでゆっくりと。
スレンダーな印象は変わっていないが、肩と腰の丸みが少し増した。
と言って、あれはあれで可愛かったと思ういつぞやのような小デブにまでは至っていない。
そのせいか、ウエストのくびれがよりはっきり感じられて一段と女っぽいかんじ。
そして、おお、乳よ。
やはりちょっとだけカップが増している。前が「ほわん」だとすると今回は「ふるん」。
それはどう違うんだと問われても説明するのは難しいが。
さっき抱きしめたときに触れた感触と、もう印象が完全に一致。

うんうん、と頷いてしまう。乳製品摂取の不断の努力はこうして実を結んでいたのか。
こうして見ると出会った時は相当痩せていたのだなあと思い出す。
まあ、好き合ったせいで尖った印象が消えたのも大きいんだろうな。
さてと。感慨には十分ひたった。
「も、もういい……?」
「相互主義(キリッ」
キャー。
「触りまくってやるから、こっちへ来い」つか俺にも揉ませろ、その自慢の最終兵器。
りゅーじのえっちー、キャラが変わってるー。お前もなー。
桶にたっぷり泡を立てて、手を伸ばして念入りに洗ってやった。

483幸福の湯あたり伝説(虎、帰るアフター):2011/03/22(火) 01:14:32 ID:???

ざばあ、とお湯をかけて泡を流したあと、大河がどうしても一緒に湯につかりたい、と言う。
竜児が膝を抱えて作った僅かな隙間に、さすがに小柄でするりと入り込んだ。
脚を互い違いに組んだりして超密着。
「どきどきするね」
「ああ、可愛いよお前は。全然哀れなんかじゃねえよ。証拠にちゃんとお前に夢中になってる」
ほんと。と言いながらぎゅっと握られる。痛い痛い。元気元気。
「照れくさいこと言うなばかっ」
お?なんだか調子がいっぺんに戻ったな?
あのね。なんだかそんなには恥ずかしくなくなってきた。
「でもなんつーか、裸で触れあってると触り慣れっていうのか、なんか里心みたいなもんが湧くよな?」
「そうね。エロいのと安心するのと、両方くるね。お湯につかってるからかな」
そんで時々、エロい波に襲われるのよね。ざばぁんと。
言いながら竜児の胸に顔を近づけ、通称黒乳首にかぷっ。
「おうっ!!!!電気が走った!びりっと」

仕返ししてやるーと大河の脇を持ち上げて、浮上してきた小さめの乳首をちゅるん。ひゃんっ!
どうだ電気?ははは走ったぁ!
そのまま胸に頬を擦りつけ、背中や肩や脇腹をゆっくりと撫でまわす。
つべつべでもちもちで弾力があって、幾分ひんやりもしていて。
思い切り低くて甘い声を出して、言ってみた。
「お前……つるんつるんで、こうしてるとすげえ気持ちいいんだよ……」
そのとき大河がどんな顔をしていたかを竜児は見る事はなかったのだけど。
ただ、珍しく竜児のつむじを見下ろす位置の大河は、その頭をぎゅうと抱え込んで、髪をかき分けて、
額とまぶたにちゅちゅちゅちゅ……キスの雨を降らせる。
「良かった。……りゅーじも、良かったね」
また少しのぼせ気味なのかもしれない。大河も自分も。
竜児は見上げて、温まったか?あがるか?と聞く。
ん……と答えながら、大河の唇がその言い終えた唇に落ちてくる。

上がって、大河をバスタオルで拭ってやる。
熱いのかふーふー息が荒い。もう一枚自分で拭く用のタオルを渡して脱衣所が空くのを待つ。
自分も洗い場で水気を拭い、やがて空いた脱衣所でスウェットを着る。
居間に戻ってみると、大河は肩口と胸元に大きなフリルがついたネグリジェ姿になっていた。
「えっへっへ。やっぱりね、こういうのが好きなのよね」
照れくさそうに頭なんかかいているし、声の調子にも邪気がない。加えて子供っぽくもない。
なにか普通だ。普通だと変な気がする。湯あたりか?
「おう、いいなそれ。似合ってて可愛いぞ。型もミスコンのときの衣装に似てて好きだな」
ん?何だ?ここはちょっとズレたツッコミをしてふくれっ面が返るのが会話の盛り上げってもんだろ?
なんのひねりもない。俺もどうかした?
「そうそう。あれに似ていたから買ったのよ。気づいてくれて嬉しー」
「よ、ヨーグルトドリンク飲むか?」
「うん」
タンブラーに注いでストローをつけてやる。

ドライヤーひとつしかねえから、お前がそれ飲んでる間に乾かしてやるよ。
え?りゅーじ湯ざめしちゃうよ。短かくてすぐ済むんだからあんたから先にやろう。
お、そ、そうか?
ほらあっち向いて。
襟あしを乾かしてもらい、こっち向かされ、前髪のくせもブラシでつけてもらう。

「はいおしまい。じゃこんどはこっちやって?」
大河は背中を向けてペタンと座り、タンブラーを両手でかかえてじゅぅー、と飲み始める。
「お、おう」
何だろう、これは?
明らかに前のような小粋な(笑)会話じゃねえ。
言葉どおりで裏がないなんて、思い出してみても互いにキレたときぐらいか。
髪が傷まないよう、絡まないよう気を付けて手櫛併用で乾かしながら、竜児は不思議に思う。
そうすると、ストローからちゅぽっと口を離して、大河の歌うような台詞も聞ける。
「んはー、気持ちいいよう〜♪梳いてもらってるの」
思ったことがすぐ口をついて出て、裏の意味とかなくて、そのまんま通じる。
何だかずっと抱き合ってるときが続いている感じだ。こういうのも悪くねえ。

484幸福の湯あたり伝説(虎、帰るアフター):2011/03/22(火) 01:16:01 ID:???

「なあ大河。やっぱシャンプーとコンディショナー前のに戻さねえ?」
「りゅーじと同じ匂いなのに〜?」
「俺はお前の匂いをあっちで覚えちゃったからな、少しもの足りない」
「あー、そっかー。そうだよね」
明日買いに行こうぜー。うんー。
洗髪用のブラシもな。泰子のやつ使っても気になんねえだろうけど、専用の置こうな。
妙に間延びした会話を交わしているうちに、だいたい髪も乾いた。うーん、サラッサラ。
はいおしまいと、ぽんと背中を叩く。

「りゅーじも水分補給しないの?持ってきてあげる」
「冷たいのよりお茶がいいな」
「じゃー入れるよ。冷えるとやばいから私も飲も」
「ん、あーそのカッコじゃ湯ざめしちゃうな。ちょっと待ってろ」
自分の部屋に入り、ごそごそと。あったあった。
ほら。お前がうちに脱ぎ捨ててそのまんま忘れてる服がいくつかあんだよ。
虫干しはしてるから痛んでないだろ。ラベンダー色の手編み風カーディガンを渡す。
「あーこれこれ。ないなないなーと思ってたんだよ」
そっか、ここに忘れてったんだねと呟きながら。
「はい、お茶入ったよ」
これね、ラベンダーの香り付きってのに釣られて買っちゃったんだよ。でも私アレルギー持ちじゃん?
もう匂いきっつくて。袖を通しながら機嫌よく話す。
「でクリーニングに出したらほど良く落ちてさ、それからお気に入りにしてたの」
襟をつまんで伸ばして匂いを嗅ぎながら、色もちょっと落ちてその具合が良かったと嬉しそうだ。
竜児もツッコミを入れる気は起きず相槌を打ちながら聞いているとその嬉しさが伝染する。

要するに、大河の本質は素直な少女であるという、竜児もよく知っている事に過ぎなかった。
感情の起伏に伴ってその表現はくるくる変わり、それを翻訳して理解するのが習慣になっていた。
違和感はそこから生まれている。
おそらくは湯あたりのせいだろう。タガが外れて、今夜はだだ漏れになってしまっただけ。
そして竜児は、存在だけをずっと知っていたその少女に逢えたのだ。

ねー、と大河が傍らに体育座りをして竜児に寄りかかる。
「最初からご飯終わったらこうする予定だったから」
「おうそうか」
お茶をすすり終えたら温まって、じんわりとした幸福感が広がるのを感じる。
互いにキレかけ、心の深奥から真実を叫ばねば逢えない少女に、今夜は簡単に逢えた幸い。
これからの普通の暮らしの中でもたびたび逢えると思えて嬉しくなる。

竜児は半身を向けて大河の耳元にキスをし、ひざ裏に手を突っ込んで、っしょっと持ち上げる。
「ぅおうっ!?」
そのまま自分の胡座の中へすとんとはまり込ませた。
きっと、もっと幸せが広がって伝わると思って。
「へ?えへへ、へへ〜」
「気持ちいいだろ?大河」
「うん、とっても」
「俺もだ。……てかお前温けえ、というより熱いくらいだ」
「もわーっといきなり体温高くなるんだよね。私」
「それか?大喰らいの理由」
ほかほか。ほかほか。大河が体重をかけてくると、竜児もあえて支えようとせず後ろへ倒れ込む。
とん。
とんと、肩が壁にぶつかって止まった。
竜児座椅子がリクライニングしたら座った位置が辛くなったのか、大河はちょっとずれて横座り。
はぁ〜〜〜っふ、と長い欠伸。背中がほかほか。
肩越しに回ってた竜児の手が一旦解かれ、するんと脇下から回り込んで、空いた肩を枕にされる。
お腹ほかほか、肩もほかほか。

落ちる。落ちる。落ちる落ちる落ちる。ふと卓袱台に目がとまる。
メタリックブルーの箱。未開封。
あーーー、そういえばーーー。目的……パコパコカーニバル〜?
んん?目的……落ちるまでりゅーじに触れていようって……あれ?……どっち……だっけ?
「……りゅーぅじ」
「……たぁーぃが……ぁ」
「……りゅーぅ…………」

485幸福の湯あたり伝説(虎、帰るアフター):2011/03/22(火) 01:17:06 ID:???


泥酔中にもかかわらず、足音を立てないようゆっくり階段を上って、泰子が帰宅した。
――あらぁ〜、灯りついてるよぉ
やっぱりぃ〜細かいことがいちいち楽しいお年ごろぉ〜?やっちゃんも覚えあるなぁ〜♪

しょーがないかぁ〜。ちょっと乱暴に鍵を開けて物音を立てる。
ロスタイムも終わりだしねー。
これで中がドタバタしたら、逃走時間を与えてぇ、ゆっくり踏み込めばぁ〜。
……ドタバタしないなあ?
静かに開けて入る。
一歩、二歩、玄関から、台所。
居間。

ありゃまぁー。
冷蔵庫のモーターが立てるぶ〜んという音しか聞こえてこない深い夜。
卓袱台へと目を落とせば、未開封。
ふぅぅ〜〜ん?イイコトする前に落ちちゃったのかなあ〜?
ふたりとも段取りにうるさいしー。
それでもこれじゃあ、ほっといたら風邪を引いてしまう。
泰子は少しよろけながら自分の部屋に行き、毛布を持ってきた。
壁際の、涎垂らして幸せそうなオブジェをふたついっぺんにぐるぐる巻きに。
んっふ♪ホタテマン?
「まあなるようになるガンスないガンスよ。ふぁ〜〜」


「――と、いうのが私たちの昨夜の物語なわけよ?」
時間は今朝に戻って来た。大河と竜児は卵焼きとキンピラで朝ごはんを終えたところ。
卵焼きには刻んだハムとミルク入り。もちろん大河は三杯飯。

泰子を起こさぬよう声をひそめてキレる大河の芸はなかなかだ。
「なっげえ回想だったなあ、おい」
「アレを開封もせず」
ぴしっと箱を指差して。

「貴重な私たちの夜をいっこ無駄にしちゃったわけよっ」
「無駄?無駄じゃねえだろう。すっごく気持ち良かったってお前も言ってたぞ?」
「そ、それはそんな覚えもあるけど……一緒に入ろうって振ったのも私だけど……」
そこを指摘されると弱い。
「でも何であんなにギリギリに全力を尽くしたのに寝落ちしちゃうわけ?何で何で何で!」
やっぱり湯あたりは良くないね。長湯はだめだね。と大河はぶつくさ。
平然とお茶をすすりながら竜児。
「そうか?俺は実に充実した。お前が可愛くてたまんなかったしさ。湯あたりのおかげかな」
む……と大河は赤面する。
じゃあどこが不満なのかちょっと確認してみっか?
ちょいちょい、と竜児は手招き。もっかい座ってみ?と胡座をかく。
大河は仏頂面で腰を下ろして、昨夜と同じ体勢になる。
脇下から腹に手を回されーの、肩に顎を乗っけられーの、首筋に顔を突っ込まれーの。

「あーーたいがー俺ーしあわせー。お前にもおすそ分けしてやりてえ……」

入浴中と同じ声を耳元で囁かれて、それはみごとに大河をフニャフニャにしてしまった。
なあ?イイコトちゃーんとしたろ?
騙されてる気がする!うまいこと操縦されてる!
また入ろうぜ。なんなら今夜も。
う……。

でもまあ、朝っぱらから竜児の腕の中にいられるなら、仕方ないかなとも思うのだ。


――END

486高須家の名無しさん:2011/03/22(火) 08:47:40 ID:???
GJ!!GJ!!! ニヤニヤが、止まらねー!しかし、パコパコカ―ニバル〜www

487高須家の名無しさん:2011/03/23(水) 05:44:33 ID:???
>>485
GJ!!
角が取れて丸くなった大河のおねだりは最強だな。そりゃあ竜児はふにゃふにゃになるだろうてw
可愛いしエロスだし甘くてとろけそうです
この二人は夢のような一週間を過ごすんですね。密着観察したいw

488475:2011/03/24(木) 20:33:56 ID:???
遅まきながら感想です。
>>468
ホワイトデーネタいいですね。焼きたてクッキーの香りが漂ってくるようです。
『オレンジ』のED絵でも三人娘のなかで独りだけガッついていましたから、大河は甘いものに目がない印象がありますね。

>>470
蜂蜜酒を飲む描写だけでアレな隠喩になってたという話もあるようでw
三第噺の人はいつもオチから想像が膨らむように話を書いてくれるので嬉しいです。

>>486-487
喜んで頂けたら光栄です。
アニメでも原作でも描かなかった竜虎が到達した時点からのご褒美というか、
それは作品に接した私らへの褒美でもあるのですが、やはりそれが欲しくなります。
だからエロスを無視することはできないのですがこれを他の方と共有するのは難しいですよね。
好みがいろいろ別れるところですので。

「虎、帰る」のアフターという事では、まさに仰る通り夢のような一週間を描けたらと思っていますが、
七日七夜を要する程までに必要なネタはないですね。三日で充分のようです。
だから印象的にはここで終えた方がいいかも知れません。
書き進めながら、その辺りはよく考えます。他のファンの方のイメージを損なうのは本意ではありませんし。

489とらドラ!で三題噺 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/25(金) 08:12:13 ID:???
お題 「役立った」「首」「期末試験」
 
 
 
「んーっ……!」
 昇降口から出たとたん、大河は大きくのびをする。
「やーっと終わったわねー、期末試験」
「おう」
 応える竜児も首筋を軽く叩く。
 勉強は好きだしいつもの如く役立った兄貴ノートのおかげで結果に不安は無いが、それでもやはりテストというものは緊張するもので。
 肉体的にはそれほどでなくても、やたらと肩がこった気がするのは不思議なものだ。
「だけど、これであと何日かすれば待ちに待った夏休み!」
「おう、そうだな」
「……あのねえ竜児、恋人と過ごす初めての夏休みなんだから、もっと喜びなさいよ」
「いや、去年も一緒だったじゃねえか」
「『恋人として』ってのは初めてでしょうが!」
「おう、そういやそうか、すまねえ」
「ふん、まあいいわ。で、どこに遊びに行く? 映画は定番でしょー。遊園地や水族館とかもいいわねー。去年は海だったし、今年は山でキャンプとか。ふ、二人っきりでお泊り旅行とかしちゃったりして」
「……大河、お前は大事な事を忘れている」
「え?」
「俺達は受験生だぞ。夏期講習だってあるし、それでなくたって正念場なんだから、そんなに遊ぶ暇があるわけねえだろ」
「で、でも、竜児も私も成績悪くないんだし……」
「そう言って油断するのが一番いけねえんだ。レベル下げたり、ましてや浪人なんて絶対にするわけにはいかねえんだからな」
 そんなことになったら、大河と結婚できるのが遅くなるから……とまでは、流石に面と向かっては言えないが。
「ううー……せっかく高校最後の夏休みなのに、ロクなイベントも無いなんて……」
「まあ、一緒にいられる時間は増えるんだし、デートだってたまに息抜き兼ねて近場でってぐらいならできるだろ。それに、イベントっていうなら一つ重大なのがあるじゃねえか」
「何よそれ?」
「夏休みだからって、大河は弟の世話がある時はうちに来るわけにはいかねえだろ」
「ん、まあね。でもその時は竜児がうちに来ればいいじゃない」
「おう、それだよ。今までは送って行っても玄関までとか、せいぜいリビングまでだったろ。だけど一緒に勉強するとなればだな、初めて大河の部屋に入れるってわけだ」
「そ、そんなの、去年いくらだって……」
「今の家になってからは初めてだろ。『恋人として』ってのもな」
「ひ、ひやゃ……」

490 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/25(金) 08:35:15 ID:???
毎度転載ありがとうございます。
手打ちコピペもこれで最後……だといいなあ……

>>476-485
アマアマ、2828GJ!

491高須家の名無しさん:2011/03/25(金) 20:03:29 ID:???
転載しましたー

>>488
その後が読みたいってのは悲願だよね、特に竜虎好きにとってはw
あまり気負わずに書いてもいいと思いますよ〜。
個人的にはやっぱり竜虎愛が感じられる作品に触れられると幸せ。つまり488氏の作品が読めて幸せ。
色々と苦悩もあるでしょうが、納得できるSSが出来たらまた投下して貰えると嬉しいです。
その日が来ることを祈って!

492475:2011/03/26(土) 14:21:26 ID:???
そう仰られると意欲が湧きます。
だいたい書き上げるとすぐ読んでほしいと思っちゃいますが、>>488のような所は頭冷やして充分推敲します。
「ぼくの考えた最強竜虎愛」ですがwあと同サイズ2エピソードで区切れそうです。
またお会いできるよう精進します。

493高須家の名無しさん:2011/03/27(日) 23:36:08 ID:???
投稿しまーっす。

□□【タイトル】夢の中でも(虎、帰るアフター2)
□□□□【内容】竜虎ご近所デートの半日+夜〜翌朝を密着レポート。45KB

描写は必要最小限に留めておりますが最終パートはガチエロとなってます。
あなたの持つ竜虎イメージを損なうおそれがありますので、
読まれる場合はご注意ください。
かのう屋までは全年齢。夕食後は危険な時間です。

↓宜しくお願いします。

494夢の中でも(虎、帰るアフター2):2011/03/27(日) 23:37:39 ID:???
【これまでのあらすじ】春は三月。親元で高校を卒業した逢坂大河は懐かしい大橋の町に
帰ってきた!本来の転居予定を前倒して単身上京。荷物が届くその日まで。大河と竜児が
甘々+エロスで繰り広げるパートタイム同棲コメディ(泰子付き)。その2!

****

前の晩にいろいろとあった二日目。

朝ご飯を終えて、フニャフニャとくつろいで、大河は後片付け。竜児は洗たく。
大河のセーラー服に水洗いOK表示があるのをちゃんと確認してから、別分けドライモード。
スカートのプリーツも事前にしつけて抜かりなし。これで後のアイロンがけが楽に済む。
「大河ぁ、そのおネグも洗っちゃうから脱いでよこせー」
ベランダの洗濯機の前から室内に声をかける。
「ほーい。覗かないでよね」
「……覗かねえよ」
「なんだ。つまんない」
どっちだよ。カーテンをしゃっと引かれた自分の部屋を眺める。
ややあって、じゃこれお願い、とカーテンの隙間からほわほわレースの塊がつき出される。
一週間居候すると言う割に少ない荷物を見て、汚れものは溜めずに洗ってやらねばと思ったのだ。
おそらくは一泊でとりあえず地元に帰るとか親に言って出てきたのだろう。

居間に戻ってみると、高校時代のジャージに着替えた大河が掃除をしている。
睡眠中の泰子を起こさないように気を使って掃除機を使わず、略式ながらハンディモップで埃取り。
竜児はいくつか窓を開け風を通して埃を追い出すと部屋は大河に任せてトイレとお風呂掃除。
自分の太い毛と大河の長い毛が絡み合って排水溝に溜まっているのを取り除きながらどぎまぎしたり。
板の間をぴかぴかに磨き上げた頃には、洗濯も終わって昼近くなっていた。
「お前にうちを掃除してもらうとはな」
「居候の分くらいわきまえてるわよ……」
「皮肉は言ってねえよ。なんかこう、夫婦っぽいなってさ」
「そ、そうね。練習よ練習」
じゃあ褒美におやつを出そう、と竜児は冷凍庫からクリームチーズケーキを出して紅茶を入れる。
ふたつに折った座布団を枕にゴロ寝していた大河が起き上がって、まったりとお茶。
穏やかな日で、ベランダに干した洗濯物がときおりそよぐ。
「ねえアレ」
あそこに置いたから。と大河が思い出したようにテレビ台を指差す。
見るとメタリックブルーで商品名が銀箔押しで印刷してあるお菓子のようなパッケージ。
昨日開封しなかった事はもう怒ってはいないようだ。

間もなく、おはよー☆たいがちゃぁーん。竜ちゃぁーん。と泰子が起き出した。
顔を洗っている間に、竜児は手早くお昼のチャーハンを作る。
朝食のキンピラと卵焼きも泰子の前に並べる。家族三人もくもくと水入らずの食事。
もくもく?
泰子がテレビ台にチラと視線を向けるたびに大河がビクッ。
竜児の顔を見ればスルーっと視線を逸らす。

「も〜〜〜っ、やっちゃん楽しくなぁい!そんなに気を使うのやめようよ〜☆」
アレを置いて要らぬ刺激を子供らに与えたとは思わないようだ。
「竜ちゃんはぁ〜、年の割に落ち着いてるけどぉ、やっぱし男の子だからアレ要るでしょぉ〜?」
「たいがちゃんはぁ〜、煮詰まりやすいからぁ、竜ちゃんが壊れたら流されるでしょぉ〜?」
そんなとき、そんな日は、震えるその手でアレを開ければいいんでやんす。
口調はともかく、まあ意外にまともな事を言う。
やはり若くても保護者は保護者、と竜児も大河も他人事のように感心したのだった。
けど。
「やっちゃん寝不足になっちゃうから、りゅーちゃんの部屋でねえ☆」
「あ、う、うん」
泰子にひそめ声で囁かれて、大河だけトマトのように染めあげられてしまう。

495夢の中でも(虎、帰るアフター2):2011/03/27(日) 23:38:57 ID:???


もうひと寝するぅ〜☆と、泰子が部屋に消えたあと。
「おし、大河。買い物行こうぜ」と竜児。
「え?タイムセールはまだまだ先だよ。いまから?」
「お前の小物を買うし、それに」
竜児は一瞬だけ言い淀む。がそれは一瞬。恥ずかしい事なんかない。
「デートに誘ってるつもりなんだがな」
「うおう!竜児からで、で、で、でえとなんてせりふがが!」
なんだよう、変か?いいじゃねえかよ。
昨日より暖かいしさ。買い物しながら一緒にぶらぶらしようぜ。
「や、やぶさかではないわね。ヒマだし」
腕組みなんかして余裕をかましてはいるが、顔はまたトマトだ。完熟。
おう決まったな。じゃあ着替えてこい。
と言い終わらないうちに竜児の部屋にだっしゅ!ふすまをぴしゃっ!

女は身じたくに時間がかかると言われるが、大河の場合はそれほどでもない。
似合うファッションの幅が少ないと思い込んでいるのか、持っているのは同系統の服ばかり。
加えて、メイクは髪を整えリップグロスを塗るくらいのほとんどすっぴんだから。
それに旅行中の荷物に悩むほど服は入ってないだろう。
竜児がエコバッグに財布を揃えて、おざなりに髪をいじってきた5分程度で部屋から出てくる。
「お待たせ。……してないよねっ?」
「おう。へえ?」
大河のお出かけスタイルは、アイボリー基調で裾に若葉柄の入ったフリルの少ないワンピース。
いい具合に色が褪せたお気に入りカーディガンをアウターに羽織った春モードである。
薄茶色のニーソックスが緑萌える雰囲気で、ついでに絶対領域ほのかな煩悩も萌え出ずる。
「へえ?へえ〜?」
「なにさ?変?」
「い、いや……。柄ものは好みじゃないと思っていた。そんで驚いただけだ」
「まあ春だからね。はやりの花柄とか着たいけど。ちびだと子供服に見えちゃうんだよ」
「そっか。だったら大きめの葉っぱ柄はジミっぽいけど映えるよな」
本当はそんな事で驚いたわけではない。めっちゃ可愛いと思ったのだが。
竜児もジーンズとTシャツに着替えて1分。スタジャンを羽織って準備完了。
じゃあ行こうぜ、デートに。
うん行こう、デートに。
そういう事になった。

****

泰子行ってくるーとふすま越しに声をかけてお出かけ。
外階段を先に降りて、竜児は大河の手をすっと取る。
なんだろう?先回り、先回りで望みがかなうと大河は嬉しくなる。
「どこ行くの?りゅうじ」
そうだな……まずは。
まずは、お前の手を握ってどこ行くの?と訊かれたからには、あそこだよな。

公園を突っ切って、住宅街を抜けて、川岸に出る。土手に上がって遊歩道を並んで歩く。
「分かっちゃった。大橋だね」
「一応、プロポーズの場所だからな」
一段下がった歩行者用の橋を3分の1ほど渡ったところ。
かつての、雪のバレンタインデーと同じように、並んで欄干にもたれてみる。
「一年以上も経っちゃったね……」
「俺が身投げするなんて、お前が変な勘違いしてな」
「だから、謝ったじゃんよ」
「それに関しては未だに謝ってもらってねえ。でもそんな事はもういいんだ」
「そうそう。りゅうじもオトナになったもんだ♪」
見下ろせば結構な高さで、よく怪我もしなかったものだと思う。
あの日より水量は多く、水が滔々と流れている。
「まあ落とされたから何もかもが分かったんで、迷わずに結婚しようって言えたからな」
「そう……だね。死のうと考えていなければ、相手が死のうとしているなんて思わないよね」
大河の瞳は、もう懐かしいとしか思っていない色。
自分もそうだろう。

互いに、そうする事が当たり前であるかのように向き直る。
「ね、りゅうじ。あんたの事が、好きだよ」
「おう。俺も大河の事が、好きだ」
穏やかに晴れて川面を微風が渡る。
真昼間で他の通行人もいるのに、大河と竜児は顔を寄せ合ってキスをする。
恥ずかしくないわけではなかったけれど、この場所に置き放したものを一緒に拾えた。

「俺、あそこには独りで何回も行ったんだよ」
「あんがい女々しいところがあるんだ!りゅうじは」
「……お前が俺の立場だったらどうなんだよ?」
「心細くて毎日行くに決まってる!か弱いのよ?私」
「精神的にな。知ってる」
また土手に戻って並んで歩いた。
この先にさ、去年の秋にいわゆる複合商業施設ってやつが出来たんだ。
「駅ビルより店が多いから、そこで買い物しようぜ」
「あー。じゃあ私初めてだね。チェックチェック」

496夢の中でも(虎、帰るアフター2):2011/03/27(日) 23:40:18 ID:???


その途中で大河の携帯が鳴る。
「あ、ママだ」
おふくろさんから電話か。聞かれたくない家庭の話もあろうと竜児は手を解いて離れようとする。
大河は離さない。いいんだよ、聞いてけ。という顔をして出る。
「うん、うん。そう。もうずっとこっちに居るよ」
竜児のとこにお世話になってる。うん。だって。大丈夫だよちゃんとしてる。

え?うん、いるよ。
「ママが高須さんちの方にかわれって。話す?」
「……話さないわけに行かないだろうが。はい、高須竜児です。こんにちは」
ええ、いま出先です。近くの川の土手を歩いてます。はい。
「うちのワガママ娘が不躾なマネをして申し訳ありません。親御さんには改めてご挨拶しますね」
「はい。ご丁寧に恐れ入ります。帰ったら母には伝えます。……ええ、買い物に来ています」
ちらっと大河を見ると、私つまーんなーい、たーいくーつ、早く終われー、という三文芝居。
こっちだって誠実な青年を必死に演じてるんだ。もうちょっと我慢しろ。

「大河はカンシャク持ちで頑固ですぐ拗ねるからご迷惑をお掛けすると思いますが……」
「え?それは分かっています。でも素直で優しいおじょ、お嬢さんで。俺は、好きです」
うわあ、お嬢さんだってよ。俺いま完熟トマト状態じゃねえ?
……完熟トマトがもうひとつ傍らに転がっていた。耳を塞いで悶えてやがる。

大河のおふくろさんもなんか黙ってるな?ひとこと余計だったか?
「……ありがとうね。高須君。あれでも大切な娘なのよ。宜しくお願いします。節度を……」
「はい!俺も大切に思ってますから。あの……」
後ろで赤ん坊が泣く声と、おたおたした雰囲気が伝わって来た。
「任せて下さい!たい……お嬢さんに返しますね」
「ぅおっと!もしもしっ。分かったでしょ。こういう人なのっ。……え?うん。うん。はい。それじゃ」
ほらほらおしめじゃないの?もう切るよ?また電話するからっ、ね?じゃバイバイキーン!
いきなり電話を返された娘もおたおたしながら、話は終わった。

「ふう……ぷっ、くくく、くく……」
「ああー、びっくりした。……何が可笑しいんだよ、くそ」
「『お嬢さん』だって。ぷくく……」
「やっぱりお前、親を騙して出てきたんだな?大丈夫かよ」
「お前、とか何様?あんたにとっちゃ『大切なお嬢さん』なんでしょ?わたし」
そんなとこに食い付くんじゃねえ。……ふつう、お嬢さんでいいんだよ。こういう場面では。
もう俺はすっかり真っ赤っ赤なトマト。
「好きです、とか、任せて下さい、とか、もうね。……もう」
含み笑いで嬲ってくれていたくせに、このお嬢さんは再びトマトだ。
「ふつう……言わないよ?……そこまで」
「おう、なんか悪かったかな?最後になんか言われたか?」
「『避妊しなさいよっ!』だって……」
「……うお」

「あと、……ちゃんと連れて帰省しろってさ」
「まあまあ悪くねえ。大成功じゃねえかよ。面接にこぎつけたよ!」
「バッカじゃないの?」完熟トマトの分際で毒づく。甘い声で。
ああまで言ったなら、なんで「くれ」って言・わ・な・い・の・よ!この、グズ犬ーーーーーっ!!
ばちーんん!とケツに渾身のミドルキックをくらう。
「……夏になったら北海道に行こう?りゅうじ。ウニどーん!エビどーん!だよ!」
「痛えよ。バイトできなくなったら、どうすんだ?旅費」

大丈夫だよ?りゅうじ。
誰だってろくに会った事もない人を信用はできない。
だから、私は何度も何度も、あんたの事をどんなに『誠実な人』かママに話してきた。
きっとママは私の方がのぼせて、浮かれポンチで高須竜児にハマっていると思ってる。
さっきは伝えなかったけど、『……あんた好かれてるじゃないの!』って言われたんだよ!
帰省しなさいよ、の前にね。
本当に、面接にこぎつけたんだよ。
あんたに会って、知れば、きっとママもお義父さんもあんたを好きになる。
あんたと家族になれると思ってくれる。物心がつけば、後ろで泣いてた弟もね。
私は疑った事もない。
それに今日は、要求もしてないのにりゅうじが望みをかなえてくれる不思議。

「お嬢さんを、俺に下さい」
「情熱的にもう一丁!」
「お嬢さんを俺に下さいっ。一生涯大切にしますっ」
「いいねいいねー!何事も練習だ。も一丁っ」
「可愛くて肌がつるんつるんのもちもちで抱き心地がとっても幸せなお嬢さんを俺にくれーーっ」
「そんな事は云わんでいぃ〜〜っ!」
あまり人が通らないのをさいわい、トマトたちは喚きながら土手を通って目的地に着いた。

497夢の中でも(虎、帰るアフター2):2011/03/27(日) 23:42:19 ID:???

****

「『ビッグブリッヂ』……だって……」
「名称にはあまり突っ込むな。一般公募だった」
移転した工場跡地に建った複合商業施設。とは言い過ぎかも知れないくらいの規模ではあったが。
シネコンありゲーセンありパチ屋ありレストラン街ありで、ちょっとした賑わいだ。
「俺らの間ではベタ過ぎという話は既に済ませた。ゲーヲタがネタ的に喜んでる」
「ここで戦って負けると武器を取られる、とか?」
「そうそう。そんなの」
しょうもない会話をしながら中に入ると、さっそく大河の鼻歌。……やっぱそれだな。
そうだよ。オープン当初それ口ずさんでたやつは多い。名曲だからな。
「天然素材のロシアンルーレ〜ットぉ〜♪」
ボカロの方かよ。お前その歌詞、最後まで知ってんのか?
心でツッコミつつもししとうを食いたくなってきた竜児ではあった。
地下が食品売り場になっているが、価格は高目で品質はかのう屋と同じ。
まあ利用する事はないだろう。

ふたりはとりあえず1階のレディース専門店街をひと回りしてみた。
「ここはミセス向けが多い。フォーマルなのを探すときにはいいかも」
「そっか。上はカジュアルフロアだな。行ってみよう」
エスカレーターで上がる。
このフロアはティーンズ向けのようだ。広いスペースに品揃えがかぶらない店がいくつもある。
ロリータ系に強い店もあり大河なら気に入るだろうと思っていたのだ。
この上のフロアはアクセサリー屋の他に服の生地屋とかも入っていて、俺はそっちに興味がある。

予想通り大河は、わあ、とか、おお、とか言いながら念入りにチェックしている。
やっぱ女の子だなと思う。
「いいね。チビサイズも揃ってるし。これならばかちーとも一緒に来れる」
「おう、良かったな。女が満足する品揃えって俺じゃ分かんないからさ。……でよ?」
なんか気に行ったのがあったらプレゼントしてやる。と告げる。
「ええっ!?そんなあ」
「この財布には時折バイトしてプチ貯めまくった金がある。家計じゃねえ」
ふふん。とたまには竜児だって胸を反らしてみるのだ。
嬉しいけど、悪いじゃん。
いいんだよ。デートだっつったろ?元々お前が上京したらなんかプレゼントするつもりだったし。
俺にとってもお前にとっても記念日だろ?それが前倒しになっただけだ。
「ほんと?りゅーじありがとーっ!」と、いきなり抱きつく。
さすがにそこそこ客がいるここでは恥ずかしいぞ。いいから選べ、と程ほどにしておく。

それからたっぷり一時間、大河は広いフロアを走り回った。
あとから追いつく竜児に感想を求めて、手持ちのものとの組み合わせを必死で考えている。
考えてみればこういう買い物の大河を見るのは初めての事だ。
元が衣装持ちだから、あいつ目は肥えているんだよな。
欲しいものが見つかっても値段で止めたり俺の懐具合も考えてるらしい。
そうすると、なかなか決まらないかも知れねえな。
俺にしたって、これは大人の真似をしてみる背伸びだから、払える限り払ってやるぜ。
「服じゃなくて、アクセでもいいんだぞ?このフロアにも何軒かあったし、上にもあったな」
「うーん、アクセはね〜」金属ダメなんだよね。赤くなっちゃう。
ああ、そういえばそうだったな。
「金かプラチナかチタンならだけど、分不相応だし」
それに私ね、あんまり光りモノに興味ないの。時間かかってごめんね。
いいんだ。どうせヒマだし、そのために来たんだし。たっぷり悩め。
「お嬢さんよ、上のフロアも見てみようぜ」
「そうね」


3階はいわゆる小物屋が多かった。女子向けで少しローティーン向けか、制服の中高生が多い。
ちょっと場違いなので、大河を独りで放つ。俺は生地屋を見てこよう。
生地屋、というか服飾材料屋はフロア中央のエスカレーターから離れた隅の方。階段の脇にあった。
値段はやはり高目だが、服地やらを買える代わりの店は大橋にはないからな。
電車で都内まで行く事を考えると、徒歩圏なら重宝しそうだ。
などと考えながら布のロールの間を巡っていると、リボンテープのコーナーで足が止まる。
見覚えのある色だな……そうだ、川嶋の別荘で!
あの旅行のとき、大河は髪をぞんざいに上げて結んでポニテにしていた。あのリボンの色だ。
サイドを金糸でかがった薄緑の。素材はベルベット。
大河の髪を上げて、これで結んだら?春らしくて今日の格好にぴったりだな。
三白眼に怪しい光を帯びてヒモを持てば、これから誰かを絞殺するその筋の人、もちろんそんな事はなく。

498夢の中でも(虎、帰るアフター2):2011/03/27(日) 23:43:36 ID:???

しかし、なんだ?俺が大河のナリに口を出す?
いつまでもパジャマでうろうろするんじゃねえ、着替えろ!というのとは意味が違う。
あいつにはあいつがしたいと思う装いがあるわけだし。
でもあのときのポニテは可愛かった。もう一度見たい。
見たいと思うとどんどん見たくなる。
まあ、何と言っても本人に聞いてみなきゃ始まらない。店から一旦でて、大河を呼ぶ。
「この色、似合うと思うんだよ。ベルベットだから軽く見えすぎないし、葉っぱ柄とも合うし」
「なに?髪上げんの?別にいいけど。……ん?この色見覚えあるなあ?」
うん、手持ちのリボンの中に確かあったはず。届くのは来週だし、見つけられるか怪しいけどね。
あ?そうだ、別荘でしてた!
おう。思い出したか。
なんでそんな細かいこと覚えてんのよ。
「え?……それは、可愛かったから、ポニテ」
「あ?そ、そう?また見たいの?」お、おう。
「見てえ」
そうか!と大河はなにかを思い出した顔をして、早口で言う。
「あんたはそのリボン買ってきて。私2階に降りてるから。早くきてよね」
言うなり、店を飛び出し、だだだーっと2段飛ばしで階段を降りていった。

竜児はリボンをワンロール手に取りレジに。後で端をかがるための金糸も一緒に。
2階に降りると、近くの店からりゅーじぃ!と呼ばれた。
行ってみると、一着のブレザージャケットを手に取っている。リボンと似た緑だが少し色が深い。
「どう?色み。合いそう?」
おう?大河を下から順々に見て行って、買って来たばかりのリボンを見比べ、合いそうだと答える。
「じゃ、合わせてみるね?」
すいませーん、これ試着ーと店員を呼んで試着室に入る。

「サイズはちょうどいい」
ハコから出てきた大河はなかなか……どうして。
七分袖のそのブレザーは今年も流行ってるチビ丈タイプ。
いま着ている、ウエストきゅっ裾ふんわりなAラインのワンピと合わせると、劇的に脚が長く見える。
カーディガンでルーズな感じの方が良く知っている大河のイメージに近いけど、こっちが俺好み!
これでポニテリボンはものすごく可愛い。ちょっと興奮した。
という印象を正直に伝えたら。
「じゃあ、これがいい。……ただちょっといい値段かも」
眉を八の字にした困り顔で、どう?と聞いてくる。
見ると、確かにそこそこ。でも『払える限り』なんて額には遠い。大丈夫だ。

でもよ。
「俺はいいと思うが、お前の普段の好みと違うシンプルなラインだぜ?」
身体の線も出ちまうが……いいのかよ?
「いいよ?うん。そう、これがいいの」
これくださーい。あ、ここで着て行きますと店員に告げる。
あとリボン着けたいんで切らせて貰えます?裁ちばさみとメジャーと鏡貸して下さい、と。
道具を借りてレジ脇で、はいりゅうじ、リボンにしてちょうだい。と。

竜児はロールのパッケを開けて、ちょっと長さを計算して、メジャー当てて測ってチョキン。
少々ほつれるかも知れないが、端の処理はあとでやろうと決める。
その間に大河はヘアゴムを取り出し、鏡を見ながらウェーブのかかった後ろ髪を上げて位置決め。
やがてタックを取ってブラシをかけられたブレザーを、どうぞと店員に渡される。
袖を通して襟元を整え、くるっと後ろを向いてリボン結んでと言う。
丁寧に結び目をつくって完成。
想像した通りだった。
重すぎず軽すぎず、浮かれすぎず地味すぎず。ワンピとの組み合わせがいい感じ。
姿見を向けてもらい、嬉しそうに全体を映して何度も確かめている大河を横に見て代金を支払った。

****

店を出て、エスカレーターでなく階段を降りようとしたら、早くもリボンが緩んでいる。
「ちょっと待った大河。ヘアピン持ってるな?2本貸せ」
ベルベットだから緩みやすいんだな。
少しきつめに直してから、隠しピンで留める。これで大丈夫なはず。
ちょうど3階から降りてきた女子中学生らしいグループが大河を見てあー可愛いーと盛り上がる。
降りて行きながら話している内容が階段から聞こえてくる。
「彼氏かぁ?あれ?」
「親子じゃないよねー?」
「でもなんか良くね?あんな事してくれるのが彼氏だったら」
「あんなんちょー恥じいじゃん」
「えーいいよー?」
……
にやり。
にやり。
声をひそめて。
「彼氏だってさ、りゅーじ」
「恥ずかしいとは……まだまだコドモだな」
これが彼氏彼女の余裕というやつか。

499夢の中でも(虎、帰るアフター2):2011/03/27(日) 23:44:42 ID:???

「お腹すいちゃった」
「結構集中して走りまわってたもんな。夕食までもたねえか?」
「うん」
「じゃあ上で軽くなんか食べよう」
屋上がフードコートになっていることを思い出して上がってみる。
パラソル付きの丸テーブルが置かれたエリアを取り囲むように沢山の屋台。
やきそばたこ焼きお好み焼き。ドリンククレープソフトクリーム。
鯛焼き麺類焼きトウキビ、ケバブまである。

「ここいいじゃん。海辺みたい」
「オープンエアだから晴れの日限定だけどな。買ってくるから座ってろよ」
「うん」
なにがいい?
ケバブ……いやせっかくの格好で肉はないわ。お好み焼きとメロンソーダ。
なんだ、肉でもいいのに。じゃ俺がケバブ食うわ。
笑いながら食料の調達に行く竜児。

お好み焼きとケバブとドリンク二人分を抱えて戻れば、ありがちな事に大河がナンパされていた。
地元の他高生2人……ということは2年か1年。酷い言葉を浴びせられるなあと思いきや。
「ごめんね、わたし婚約者とデートしてるの」
これもある意味ではストレートに過ぎて酷いかも知れないが。
「あ、来た来た。ほらあの人」
2人組は竜児の顔を見てビクっと。っしたー、っしたー、と頭を下げてそそくさ立ち去る。
「いまのお前に指一本でも触れたら俺は荒事も辞さねえ覚悟だが」
食べものをテーブルに置きながら大河に話しかける。
しかし、あんだけ穏やかに拒絶するお前にはもっと驚いたよ。
「うん。いま最っ高にいい気分。天にも昇る心地なの。こんなときに汚い言葉なんか出ない」
と言いつつ、少し背を反らしたのは見ないふりをしてやろう。

お好み焼きとケバブを半分交換しろという想定通りの要求に応じて小腹を満たす。
メロンソーダは失敗した。自分では見れないけどすごい色になってるでしょ?と舌を出す。
確かに鮮やかな緑に染まっている。
「りゅうじ、あの」
緑色ではあるけれど、かしこまった口調に変わっている。
「プレゼントありがとう」
「なんだか無理に俺の趣味を押し付けたみたいだったのに、良かったのか?」
「あのね、自分が欲しいものよりも、りゅうじが好きだと思ってくれるものを貰えて良かった」
たとえば食べ物とかゲームとか、そういうものなら自分の好きなものがきっと嬉しい。
だけど服やアクセはさ、私にとっては違うんだ。

「うちを出た時より今の方が可愛いって。綺麗だって。りゅうじは思ってくれてる?」
質問ではあるけれど、分かりきってる。そう大河の顔には描いてある。
「もちろんだ。ああ、いやあのカーディガンだってよく似合ってたぞ」
それも分かってる。でもこっちの方がりゅうじはいいんだよね?
「私は自分がちびでちんちくりんだと思っていて、そこから自由になれる格好が好きなの」
だからりゅうじも知っていたクローゼットの中身、同じ傾向だったでしょ。
でもさっき生地屋さんでりゅうじの顔見て、声聞いて、分かったの。
「私はりゅうじのためだけに綺麗にしてたい。りゅうじのためだけに可愛くなりたい」
そう思うのがとても気持ちのいいことだってね。
蹴りなんか入れちゃった後だけど。……ほ、ほ本当にいま思ってるよ。
なんという完熟トマト。
……俺もか。

「だから、選んでくれてありがとうね」
これも自由にしてくれているんだ。大事にする。と服のあちこちを撫でる。
「りゅうじと居るときにだけ着る。約束する」それにね?
旅行の時のポニーテール、あんなに前のこと思い出してくれたのが嬉しいよ。
頬を赤らめながらも、満面の笑みで礼を言ってる大河にどぎまぎしてしまって。

500夢の中でも(虎、帰るアフター2):2011/03/27(日) 23:46:32 ID:???


おやつを終えて、そろそろ夕食の買い物に行く時間。
その前に大河のおふろ用品を買わねば。
ここにもドラッグストアはあるが、うちの近くの方が安いのでそっちで買う事にする。
言葉少なに。ときどき黙って視線を交わしては、えへ、とか、おう、とか短く。
竜児は大河から目を離さない。
大河は前を歩いて、ちょっと離れて竜児からよく見えるように。
横に並んで、肩で小突いてみたり。
信号待ちでは、いちちゅっごとに有料の投げキッスを直撃成功してみたり。
ついでに車道によろけて、慌てた竜児に引き寄せられて。
そのままエコバッグを提げた腕に絡んで。
見上げて。
見下ろされて。
大河の思い。――望みをかなえてくれる不思議。
竜児に見えたもの。
つむじの後ろで結んだリボンが、午後の日差しを控えめに反射している。

****

いつものドラッグストアの前に来ると、見慣れた美少女コンビに。
「あ!」「あ」「おう」「あ」
ばったりと。
木原麻耶と香椎奈々子。元クラスメート。
そりゃ小さな町だ。会っても不思議なんてことはない。
昨日卒業式だったのだから、今日仲良しがつるんでいて何もおかしな事はない。

「あれぇーーっ!タイガーじゃーん?あ、かわいーっ!イメチェンなのー?」
あでも親元に一回帰って来週引っ越してくるってー?
「麻耶、それよりこっちの腕絡ませてる彼氏を詳しく紹介してもらわなきゃ」
「何だよ、知ってるじゃねえかよ」
香椎は無視して大河を問い詰める。口調こそおっとりしているが恋話マニアなのだ。
「高須くんとデートなのぉ?デートなのぉー?ねえねえねえねえー?」
「あ、うん。そうだよ。」
親元に一回帰るっていうのはうそ。もうずっとこっちにいるよ。と木原にも答える。
「そうなんだー、友だちにも邪魔されたくないんだよねえ〜?う・ふ・ふ、やだぁもう〜」
「いーないーなぁ!2人が付き合ってる現場をあたしたちもやっと見れたって事ー?!」
木原が頬を桃に染めて竜児の肩を揺する。

「今日はばかちーとは一緒じゃないの?」
「亜美ちゃんなら今日明日と仕事で遊べないって」
「ふーん、そうなんだ。あんたたちも買い物でしょ?」
「そ。てゆーか、暇つぶしのコスメ漁り。タイガーは?」
「私はおふろ用品を見つくろいに」

「「おふろ用品?!」」

麻耶と奈々子のダブルツッコミ。
ホテル滞在ならばそんなものを揃える必要なし。
「このあとかのう屋で夕食の買い物するんだよ」

「「夕食の!!」」

ふたりは揃って高須竜児を凝視!状況は果てしなく黒に近いグレー。ていうか黒。
「きゃ。そーなのぉー?やっぱりぃー?」
仕方なく竜児は頷いてみる。
「お、おう。まあな。もうお前らをごまかすつもりはねえよ」
「うっわぁー!あ、じゃあ昨日は……?」
竜児がギク。っと。
「ひょっとしてタイガー……?」
大河がギク。っと。
「お泊り……なのぉー?」
「え、えと……その……うん♪」「おい!」

「「キャァァァァァァーー!!」」

「お、落ち着け」
高須竜児は元クラスメートの女子2人に背中と胸、裏表からばんばん叩かれた。
祝福と、僅かな嫉妬、大きな憧憬に裏打ちされたその暴行を甘んじて受ける。
詳しく!と香椎が拳を大河の口元に突き付けるインタビュアーの振り。
大河も乗ってしまって、昨夜の入浴シーンの公開に及んでいる。
うあああああああああ!
黙れ黙れ黙れそんなこと言わんでいいぃっ!と抵抗を試みるも1対3。
多数派がそーゆー事に興味津々のお年頃女子となれば、勝敗はおのずと決まっていた。
「ハァハァ、なんかもうあたしら今夜眠れるかな?」
「もうー、あたしこれから奈々子んちに泊まるー!泊まんべ。泊めて?」
「もーうまヤラシすぎるかね。じっくり語り合おうか。コスメ漁りなんかしてる場合じゃない」
「あたしたちお菓子買って帰る事にする!」
「じゃあタイガー、高須くん。お幸せにね♪」
「ありがとね。またね」
「披露宴には呼んでほしー!」
「お、おう。何年後になるかまだ分かんねえけど。来てくれな」
「きゃ。うん。またね。また会おうね」
「じゃーね〜」

501夢の中でも(虎、帰るアフター2):2011/03/27(日) 23:47:37 ID:???

ふたりと別れた大河と竜児はドラッグストアに入って買い物。
前を歩くふりふりポニーテールに思わず竜児は呟く。
「……見栄っぱり」
「なによ。い……いいじゃないのよ」
シャンプー、コンディショナー、ブラシなどをかごに放り込みながら。
一緒におふろ入って、私もりゅうじもすごく気持ち良かった。
「どこにうそがあんのさ?」
まあ、大意要約をすればその通りではあるのだが。
それに、私たちがバカップル的に幸福なのは木原にも香椎にも嬉しいことでしょ。
あんだけ心配をかけたんだからさ。
うーん。そうかも知れねえ。
「つまり。私も、りゅうじも、幸せにい続ける責任を負ってるわけよ」
それに、せっかくこうなったんだから。私だって一度くらい……友だちに冷やかされてみたいわ。
ふへへと笑った。

最後にかのう屋へ移動。

「今日はなに食べたい?大河」
「そうねー。昨日がとんかつだったから、お魚食べたい」
「栄養バランスの感覚もついたみたいじゃねえか」
「まあね。というよりはうちのお義父さんが魚介の美味しさを教えてくれたの」
「へえ?」
「趣味がアウトドアでさ、釣ってきた魚を捌く人なのよ。海産物が美味しいところだしさ」
「初めて聞いたな……」
「魚の目利きも市場に連れてってもらって教えてもらったよ。ウデ、見せようか?」
「おう。そりゃ楽しみだな」

鮮魚売り場にて。
「気にした事なかったけど、かのう屋ってモノがいいんだね。さすが地域密着人気スーパー」
「そうだな。その分ちょっと高めだけどごちそうの時は外せねえ」
じゃあ何を選ぶ?
「そうねえ……」
三月である。旬の近海もので、豊漁で値段が安いものを好き嫌いなく。が基本。
「メヌケがあるけど関東じゃあまり出ないから高いね。美味しいけど」
それに底物って分かりにくいからパス。
大河は冷蔵ケースの上をじっくり見ていく。
「まず、今の時期に美味しいアサリは確定。味噌汁もいいけど、春キャベツと酒蒸しにしたらいい」
ほう。ちゃんと教わって来たみたいだな。
「魚はサバにしよう?秋がいいけど春も美味しい。並んでる数も多いからいいのがあるはず」
「俺も同意見だ。これと、これとこれ、あとこれが鮮度いいな。目が澄んでえらが真っ赤だ」
大河の目利きを見るはずなのに、つい習慣で指差してしまう。

「ふっふーん。その中に正解は2パックだけあります」
「おうっ?!あとの2パックはダメか?」
「ダメじゃないけど、脂の乗りが少ないはず」
しめ鯖じゃなくてみそ煮食べたいもん。サバの脂はエイコサドコサ、血液サラサーラ♪
たっぷり乗ってるのがいいよね?
りゅうじの見立てた中で、腹に薄く金色の線が入ってパツパツに太ってるのがいいのよ。
これとこれだけでしょ。とウインクしたり。
なんという若妻振り!と感心してる間に、大河は鮮魚売り場の奥に声をかける。
「おじさーん、これとこれ3枚にしてくれる?うん。中骨いらない。みそ煮にするから皮に切れ目入れて」
「はいよー!ちょっと待ってておくれー。お?姉ちゃん残り少ないの拾ったね」
お前、やるな。
まあね。でも料理はまだ出来ないからりゅうじがつくるのよ。
じゃあ春キャベツと生姜を買ってくるからここで受取り頼む。
しばらく待って、竜児が戻ってくると、はいお待ち―と再パックされた片身が差しだされた。
切り口のエッジの立ち具合、腹側の脂の乗りを見て旨そうだと竜児は頷く。

「それにしても毎日目利き修行をしていたわけじゃねえだろ?すげえな」
「これはセンスね。同じお代なんだからいかに美味しいものを選り分けるかという」
「要するに食欲というわけだ」
「うるさいな……。でもね、まず美味しそうと思えるものを選ぶのが基本だから合ってる」
さっきりゅうじも美味しそうな4つをまず選んだでしょ?
あとはそこから知識で拾う。
深海魚は見た目グロいのが多いから、難しいけどね。
「一番間違いないのは、魚屋さんと仲良くなるのがいいんだよ」
お店にとっても仕入れて良いものは当たりくじみたいなもの。
いつもそれを選んで買って行く客がいれば共感を覚えて貰いやすいってわけ。
そこで、自分がわからなければ教えてもらう。おじさん、おいしいのどれ?って。
そういうふうに教わったのね。
これは英才教育だ。と竜児は思った。
会った事もない大河の義父に微かな嫉妬。俺の楽しみを俺よりも先に……。
とりあえずは、めちゃめちゃ美味しいサバのみそ煮を作ってやる。絶対負けねえ。
レジに向かう間に、竜児はバカ高い紀州南高梅の梅漬けをかごに放り込んでいた。

502夢の中でも(虎、帰るアフター2):2011/03/27(日) 23:49:37 ID:???

****

ただいまーと、帰りつく。
あれーたいがちゃんかわいーよぉ☆と泰子が興奮する。
ぽっぷんきゅーと!とインコちゃんにも褒められてる。
テレ笑いをしている大河を見ながら、竜児は買って来た食材を整理。
針箱を出してきて、ロールの残りからリボンを切りだす。同じものがあと2本取れた。
端をきれいに断って金糸でかがる。
そのチマチマした作業を、泰子が卓袱台に頬杖をついて眺めている。
ブレザーを脱いでブラッシング。鴨居にかけ終わった大河も窓側に座って同じポーズ。
仕上がったので大河の後ろに座り、今結んでいるものと交換して、もう一本を同じ処理。
「緩みやすいから……ひとりじゃ綺麗に結べないな」ね?と。
「おう……大丈夫。結んでくれるやつはきっといる」な?
「じゃあーやっちゃん頼まれても無視するでやーんす☆」
「えー?ひどいー!りゅうじがいないときはやってよー。あ、いいんだ。そうだった」
竜児の前でなければ、これは着けないと約束したのだった。

繕い物が終わると、さて!と竜児は立って、エプロン着用。男の戦場?へと向かう。
アサリの酒蒸しはスープを逃がさぬよう土鍋で!
サバのみそ煮はとびっきりの味付けで!
汁椀はコクとさっぱり両立の赤だしで!
意気込みが暑苦しい空気を醸し出す。竜児はメラメラと燃えている。
大河はそれをほっとく事にして、日が傾いたのを認めると乾いた洗濯ものを取りこむ。
時節柄、部屋に入れる前にブラシをかけながら仕分けて、泰子の指導でアイロンがけ。
もう着ないからと泰子のクローゼットに仕舞い込んだセーラー服が、のちに毘沙門天国で
新たな仕事着のヒントとなったのはまた別の話である。
当然、サイズが合わなくてわざわざ買うわけだが。

そうこうしているうちに、夕食が出来た。
八畳間の真ん中に卓袱台。窓側に大河、向かいに竜児、自室前に泰子。定位置に三人着いて。
「やっちゃんサバだーい好き☆おーいしーい♪」
「りゅうじ、これ?」
大河がみそ煮の皿に付け合わせている梅漬けを指す。
「今の時期安くないのに、珍しい事するね?」
MOTTAINAI精神はどうしたの。
「……まあ、たまには良いだろ。みそダレの単調さをカバーする箸休め。秘中の秘」
「まあ、確かに。この組合せだと、飽きずにご飯が進むわ」
「お、おう。そうだろ?梅肉を潰してみそダレと絡めたのをソースにしてみる、というのも」
んにゃっ?これは?!甘さと脂と酸味がー!と言いつつ今日の大河はわりと上品に食べ進んでる。
不思議そうな竜児の視線に気づいたのか。
「ん?服に汁とか飛ばしたくないだけよ?」
「春キャベツとアサリのだしもおいしー。醤油の香りが立ってるね」
「そうか。うん。良かったな」
やはりいい仕事をして認められると気分がいい。つい胸を反らしかける。
「いやあ、やっぱりゅうじの料理は確かだ。お義父さんの域にも行けるかも」

え゛?
竜ちゃーん、おかわりぃー☆
あ゛あ゛、はいはい……。
りゅうじー、こっちもー。
お゛う゛。
お義父さんの……域に……「行ける」?という事はまだ「行けてない」

大河は魚の目利きがちょっとできるだけの食いしんぼだが、舌は確かだ。
高い、安いは関係ない。食わず嫌いがたくさんあっても、旨ければ好物と認める正直な舌を持ってる。
ある意味、大河を味見役として傍らに置いてから自分の料理の腕も相当に上達したのだ。
虚ろになった竜児の瞳に、かつてと同じように屈辱の炎が揺らぐ。
これは、あれか?また負けるのか。俺は。北村のばあちゃんに続けて二連敗か。
シニアクラスでは所詮、歯が立たないというレベルか?
「……あんた、また魔に魅入られてる」
様子を見て総てを悟った大河が助け舟を出してきた。
「アウトドアの人って言ったでしょ。趣味の料理は最高。毎日のおかずはてんでダメ」
もぐもぐご飯を食べながら、あんたの方が総合点で上なんだからと言ってくれた。

503夢の中でも(虎、帰るアフター2):2011/03/27(日) 23:50:55 ID:???

ああ、食べながらだけどな。口の端に味噌ダレ付けたままだったけどな。
家の中で2時間かけてホタテパエリアなんか作らないでしょーが。ダッチオーブンで。
また大河は八の字眉の困り顔で言う。
「お上品にゆっくり食べてたら満腹感に襲われちゃったよ。三杯目がそっと突きだせない」
悔しいからあとは酒蒸しと赤だしローテいくわ。汁ものばんざい。うまっ。
濃すぎず薄すぎず丹精込めたタレで煮あげたサバはいつの間にか完食されていた。
そんなこんなで、危うくも竜児は境界から連れ戻されたのだった。

シニアクラスでも公式戦に出てこない無冠の名人。
「うはははははは、竜児。お前の食に対する情熱はそんなものか!」と嘲笑う和服の男。
あくまでも竜児の勝手なイメージだが。
ともかくも、心中で『北の巨人』と名付けられた義父との料理対決は……やはりまた別の話となる。

****

「行ってきまんするー☆」
と、今夜もぽよんよんと泰子が出かけたのは大河が洗いものを済ませた頃。
エプロンを外しながら行ってらっしゃいと見送って居間に戻ってくると、竜児のトラウマも収まっていた。
「ねえあんた。味噌ダレが余っていたからタッパにとって冷蔵庫に入れたよ。明日ワカメのぬたにしよ」
「おう。……お嬢さん。いや奥さん」
「へ?へへへ、へへ……そう?まあそう聞こえるように言ってみたけどね。へらへら」
「台所に立つ後ろ姿もいいもんだ」
「は、裸エプロンはだめだよ。まだ。……やっちゃんが出かけるまで後片付けしないでおくとか?」
だめなのかいいのか。
「い、いや。そういうのは初々しい新婚生活のために取っておくべきだ。……と、思う」

二人っきりになれば、どうしてもこういう方向に話題が行く。
だって俺たちは、私たちは。互いを思った恋人同士だから。
節度を持ってと釘を刺されながらも許された恋人同士だから。
こうして挑発するのに。誘いをかけるのに。それなのに一線を踏み越えるのが難しい。
もっと距離が遠かったら、きっと簡単にひとつになれている。と思う。
相手の気持ちを自らの欲望に従って好きに都合良く思えるなら。
そうしてつながってしまえば、そこからゆっくり始められるのだろう。
結果OKというやつで。

でも近すぎる。
大河は、竜児は、あまりに長い間互いの思いを察して分かろうとしてきた。
分からなければ互いが閉じ込められた迷宮から出られず、手を取り合う事は出来なかったはずだ。
今は分かるようになっていて、それは代えようもないほど嬉しく得難い。
でも同時に、欲望が一致しなければ最後まで行けないという事でもあった。
一年以上も前に、ふたりは偶々ひとつになれて、その記憶がさらに誘惑してしまう。
「ゆっくりこのままでいられたらいい」と。
抱き合い分かち合う幸福感に包まれ、でもほんの少しのもの足りなさを感じながらも。

竜児は自らの中の欲望の炎を、見つけしだい消すものと思う。
大河は自らの中にも欲望の炎が灯ると知らないでいる。竜児の炎が燃え移るのが理と思う。
いや、思っていた。昨日までは。
前に結ばれた日にどうやってその炎を扱ったのか。もう分からない。

今日は、思いが互いに伝わってから長く離れて、初めて恋人らしく過ごす事ができた日。
今日は、ずっと口火のような炎が灯っている。それを消したくはない。

竜児はつと立ち、黙って風呂に湯を張ってくる。
ふたりきりの居間に戻って食後の茶を飲み。窓側に座って大河に寄り添う。
点けたテレビを見ているけどうわのそら。なにか話すけれどうわのそら。
触れた肩口から互いの温度を感じる。
大河の顔を覗き込んでみると僅かに見上げて。
少しだけ不安の色が浮かんだ。どこに行くの、と問いかける。
それはすぐに消えた。どこにだって一緒に行く。丸く見開いた目で竜児を見ている。
竜児には大河の口火が見える。鳶色の瞳の奥、光を湛えて確かにある。
たぶんその使い方を教えてやれる。

504夢の中でも(虎、帰るアフター2):2011/03/27(日) 23:52:16 ID:???

伸ばした手で丁寧にリボンを解き、ヘアゴムを外す。ポニテがふぁさっと落ちて広がる。
「黙ってると、怖いか?」
ううん、とかぶりを振る。
「今日も一緒に風呂入ろうぜ」
俯いて、長い睫毛を瞬かせてこくんと頷く。
竜児はテレビ台に手を伸ばしてメタリックブルーの箱のシュリンクをぴり、と破く。
三つ入っている中箱のひとつを開けて、アルミパックを取り出した。
鳶色の瞳がそれをじっと見ている。
――望みがかなう不思議
大河にも聞こえてくる、湯船から湯があふれだす音。


無言で脱がしてやると、昨夜と同じように下着姿で脱衣所に逃げる。
台所との仕切りの暖簾をくぐって、後から竜児も脱衣所へ。
大河はすでに裸で待っていた。
過剰に恥ずかしがることもなく上気した頬に愛しさを覚える。
脱がされて浴室へ入る。

手順は変わらない。
大河が湯船につかっている間に竜児が身体と頭を洗う。
竜児が湯船につかると大河が出て洗う。
湯あたりしないようぬるめにして。
買ってきたブラシで、半身を乗り出して大河の髪を洗ってやる。絡まないよう、傷めないよう。
もともと愛用していたシャンプーの香りは、今がいつだったかと竜児を惑わせる。
泡を流してしまえば入浴としてすべき事はもうない。口数も少なに作業を終えた。

竜児は湯船から洗い場に降りて、膝をついて大河の肩を抱く。
ひざ痛そうと大河は立って、竜児に椅子を譲る。
それから腿を跨いで抱きつく。
竜児も背にしっかりと手を回して支える。
温かい身体が、すこし冷んやりとしはじめた大河を温める。
夜になっても暖かい日だが、熱めのシャワーを出しっぱなしにしてみた。
MOTTAINAI?構うものか。
大河のきめ細やかな肌に触れたあらゆる部分が反応して口火が炎に変わっていく。
「前にどうやってしたのか、もうほとんど覚えてねえよ」
照れくさそうに微笑んで、蕾にも似た唇を求める。
それから頭ひとつ分の身長差を埋めるように、竜児は背中を丸めて大河の首筋を愛撫。
触れ合った肌の感触を快く受け取りながら大河も答える。
「私だって」
言いながら竜児の鎖骨を唇でなぞり少し歯を立ててみる。――食べてしまいたい。
出しっぱなしのシャワーで湯気がもうもうと立ちこめてくる。
「でも、したいようにしていい」
りゅうじがきもちよくなれば、わたしきもちいい。きっと。
「乱暴にはしねえ。こうしているうちに思い出せるだろ。多分」
「乱暴にしたって……いいんだよ」
耳たぶを甘噛みしながら囁いてくる。わたしはりゅうじのものだもん。
ああ、大河はおれのもんだ。

炎が一段と大きくなり竜児を煽りだす。大河は俺のものだ、だから使えと。
これを消してしまえば、ただ抱きしめるしかない。
だけど、灼き尽くされてしまうとはもう思わなかった。
「りゅうじ……触ってみて……」
お前の中にも炎はある。それで俺を求め俺を使え。
「とろとろだ……たいが……」
アルミパックに手を伸ばし封を切って着ける。
大河がきもちよくなればおれもきもちいい。そうすればおれは大河のものだ。
長い離別の時を経て、大河と竜児はまた結ばれる。
切れ切れに響く甘い鳴き声とともに、シャワーの音が続いていた。

505夢の中でも(虎、帰るアフター2):2011/03/27(日) 23:54:25 ID:???


「きもちよかった……」
髪を乾かしてやってると、ずっと押し黙ってた大河がぽつんと口を開いた。
「髪を梳いてもらってるのが?」
「……ちがうよ。い……いじめないでよ」
「俺がまんできなくて、すぐ終わっちゃったから……もの足りねえだろ」
竜児が恥ずかしそうな声で問う。こういうときの男の子には最大のテーマとはいえ、つい。
どう答えられたところで、やっぱり恥ずかしいに決まっているのに。
もちろん大河にそんなことを斟酌できるほどの経験はない。
「……そう言えばそうだけど。きっと何時間つながってても足りないって思うよ」
そりゃ無理だー。と竜児が悶える。
無理は分かってる。だからお礼言ったのに。だったら聞かなきゃいいじゃない。
礼なんか言われてねえよ。
なんとなく露骨な会話を交わしているうちに、だいたい髪も乾いた。
はいおしまい。ぽんとパジャマの背中を叩く。

「りゅうじと一緒に寝る。今日はもう離れたくない。ちょっとだって嫌だ」
「俺の部屋に布団ふたつは敷けねえんだよな。どうする?」
「い……いじめんなっつってんだろ!あんた意外にドSなのっ?」
あたしゃいま浮かれポンチなのよ。おかしいのよ。気ぃ使えよ。
分かった分かった。悪りぃ。
布団を敷き真新しいシーツを張る竜児にぴったりとひっ付いて大河は邪魔をした。
敷き終わるといち早く滑り込む。
「あー、冷たいシーツがきもちいー。……ケットが男くさー」
ううーん。と全身で猫のような伸びをして頭まで布団にもぐり込む。
火の元確認を済ました竜児が部屋に戻ってきて、畳にはみ出た髪の毛に話しかける。
「ちゃんと洗ってるのにな。やっぱしみついて抜けないもんか」
「いいんだよツッコむな。ぜんぶ落としたら殺す。……いま布団はいでも殺す」
なーに言ってんだ。俺が入れねえだろそれじゃ。と遠慮なくはぐ。
おら、髪の毛踏んじゃうからよけろ。湯あがりトマトな大河の脇へ横になる。
確かに火照った脚に冷えたシーツがきもちいい。

「さあ殺せ」
大河がソッコー脚を絡めて竜児の肩をつかみ、胸に顔を埋める。ごんごん頭突きをかます。
「りゅうじりゅうじりゅうじりゅうじ……」
腕枕をして頭突きを抱え込み、零れる髪に顔を埋めると少しずつおとなしくなる。
大河の細い腕が隙間を通って竜児の背中を捕えてぴったりと抱き返す。
ベアハッグのつもりかと思うほど込めた力もやがて抜け、ふうーと熱い息を吐いている。
静かになって、鼓動だけを聞く数分間が訪れる。
「本当に……本当にね?きもちよかったの」
「女はどんな感じなんだ?」
「あのね?お腹の中に火があって、だんだん大きくなる」
「それは俺も同じだな。そのあと背中を伝って腰へ降りて行く感じだ」
お前もそうなの?……ちょっと違うかな?
りゅうじに触れてるところに大元の火が別れてつーって流れていく。
抱き合ってるとね、身体のあちこちでぼっぼって。
そんでりゅうじが触ってくれるとこには、ぼぼぼぼーっってね。
もうそれで溶けてしまいそう。切なくて。きもちいいの。
「ね。あのままだと溶けちゃうのかな?終わりがあるのかな?」
俺には分かんねえ……けどそんな大河を見てみたいな。感じてみたい。
何を話そうと勝手だが、ふたりの初めてのピロートークは、まるで試合のあとの感想のよう。

「きっと今日、デートしたせいだ……」
嬉しいことがたくさんあったから。
プレゼントしてもらってママに認めてもらってプロポーズの場所でキスできて。
りゅうじが私のこと好きって、ていうか、自分のものと思ってるのをずっと感じてて。
「お前も思ってただろ。俺が自分のものだって」
うん。それがお腹の中の火なの。分かり難い?
いや分かる。俺にもそれあった。今もあるよ。
「私も。それには何度も襲われて……テンパちゃって。怖いものって思ってた」
きっとみんな持っているもの。けど私が変だから襲われるまましかないんだって思ってた。
りゅうじが燃やしたときにあいのりするしかないのかなって。

大河は顔を上げて竜児を見つめる。
鳶色の瞳が美しく、蕾の唇が艶めかしく、耳元の産毛が銀に光って可愛らしい。
この大河は俺のものだ、と思えると竜児の口火がまた炎へと変容する。
と、瞳には包み込む親愛。唇には甘える笑みがすっと浮かぶ。
「でも、もう怖くない。ずっと持っていられる」
でしょ?と得意げ。
そうか。
いま俺の炎を感じとって、逸らして遊んでみたわけだ。そんなこともできるのか。
面白いな。初めて知ったことなのに。すぐに。
「付き合うって、恋するのって……面白え。すごくいいな」
「だからみんな欲しがるんだね?こんなに甘いなんて……ほんとに……」
知らなかった。

506夢の中でも(虎、帰るアフター2):2011/03/27(日) 23:55:30 ID:???

「ね、りゅうじ」
いまさっき逸らしたものを、
「りゅうじが……ほしいよ」
また取り返そうってか?
そんなに鳶色の炎を浮かべて、蕾の唇を濡らして?
手を引っ張っていたはずなのに、いつの間にか引っ張られている。まったく油断がならない。
お前に、おれ夢中だ……大河。

少しの静寂に不安を感じて、ずり上がって視線を合わせてくる。
だめかな?効果ない?……まだへたくそ?わたし。ばかちーならもっと巧くやれるのかな。
「りゅうじ……」
――望みがかなう不思議
「大河」
パジャマの隙間から腕をさし込まれて、じかに背中を抱かれる。
りゅうじの温度に触れて、お腹の火が広がっていく。
「もう一度……いいか?」
りゅうじの声を聞いてりゅうじの火を感じる。
りゅうじがほしい。
「うん……」

****

高須泰子が一夜の勤務を終えて帰宅した。
足音をひそめて階段を上がり、音を立てずに鍵を開ける。
窓から差し込む街路灯の僅かな明かりと、冷蔵庫の音だけに満たされた家。

――ほっほ〜ぉ☆
ふすまを閉め忘れてるのはどぉなのかなー?居間に足を踏み入れて、うふっと。
テレビ台に視線を走らせて、またふふっ。
竜児の部屋を覗き込む。
ひとつ布団で抱き合い眠る最愛の息子と息子の嫁。というよりも可愛い娘。

――よかったでやんすね☆
すうすうと幼子のような寝息を聞いて、泰子の胸に暖かなものが広がる。
独りで家を飛び出して、ふたりになって。
行き場を失った愛をありったけぶつけて。
そうしなくては生きてこれなかった。もうだめだ、と諦めたことも。
自分の歪んでいた愛情をひとりでなくふたりで受けとめてくれていた。この子供たちは。
だから息子は狂わずに、壊れずに済んだ。いくら感謝をしてもしすぎるということはない。
――ありがとう、たいがちゃん
屈みこんで、そっと広がった髪を撫でる。起こさないよう、そっと。
ふたりが三人になって、再び絆を結んだ四人家族になり、これからは五人になる。

机の上でふたりの携帯がLEDを点滅させている。静かにふすまを閉めた。
そろっと振り返ると。ごん!
「きゃんっっ☆」
酔っていたのだろう。卓袱台の角に脛をぶつけてしまった。
声が漏れぬよう口を押さえて、泰子は自分の部屋に駈け込む。
竜児が敷いてくれたのであろう布団の上で、黙って痛みに耐えた。

507夢の中でも(虎、帰るアフター2):2011/03/27(日) 23:56:35 ID:???


なに……音……?
薄目を開けてよろよろ身を起こす。目覚めてはいない。
あれ?
薄いブルーのカーテンの窓。開ければベランダ。その向こう……。
ベッドで寝ていたのに。
……りゅうじいるじゃん。
そっか。こっちで眠りたくて。あんまり思っていたから……。
あさはまだ。
ああ、忍びこんじゃった……ついに。
チャーハン……残ってないんだっけ。
いい。ねむいし。さむい。
いっしょにあさごはんだしいっしょにがっこいくし。
あしたごまかせばいいや……

ごまかすのか……
やだ……
ぽふ、と頭を置いてまた眠りに落ちていった。


夜が明けて、よく晴れた三日目の朝が来た。
りゅうじが見てる……ねむい。身体が動かない。
あ、でも明るくなってる。
起こさない……の?
遅刻……は?
少しずつ目が覚めてくる。
ああ髪ぼさぼさ。いいけど。見られても。りゅうじなら。
えっ?ハダカ?
なに?
「おう……おはよう。大河」
りゅうじにぎゅーっと抱きしめられる。
エロ犬っっ!?
え?そうなの?え?本気?――あ?
そっか。
いいんだ。
いいんだった。
これで。
混乱した記憶が解けて、ちゃんと並び直される。
ごまかすことなんかなにもない。

りゅうじの胸にぺたっと頬をつけて。
「んにゅ、おはよ〜」
「寝ぼけてたな」
「んー。ふわ〜あ。うん。まあまあいい夢みた」
指差した方向はりゅうじの部屋の窓。その向こうには……。
あっちから忍び込んでわたしあんたの布団にもぐりこんだよ。
「そうか。いい夢じゃねえか」
「やばいとも何とも思わなかった。とっても夢っぽかった」

可笑しそうにりゅうじが笑ってる。
うん。
そうなんだ。と大河も笑う。
望みがかなう不思議。

夢より現実の方が幸せなんて、まるで夢みたい。


――END

508高須家の名無しさん:2011/03/28(月) 12:38:16 ID:???
ああっ、いいなぁ〜。二人の笑顔が見えるんですよ!幸せそうで、眩しい笑顔が! 心が満たされる、なぁ〜て言うと大袈裟かもしれないけど、あなたの作品には大変癒やされています。GJ!!

509とらドラ!で三題噺 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/29(火) 06:46:50 ID:???
お題 「させてる」「ペダル」「への字」
 
 
 
「ふぅ……」
 ブレーキペダルから足を離して、竜児はほっと一息。
「ちょっと竜児ってば!」
「おうっ!?」
 途端に助手席から浴びせられる大河の怒声。
「な、なんだよ大河」
「なんだよじゃないわよ! さっきからどれだけ呼んだと思ってるの!」
「お、おう、すまねえ」
「大体ね、あんたは緊張しすぎなのよ。口はずっとへの字だし、血走らせた目をこーんな三角にさせてるし。対向車線のおっさんがビビってたわよ」
「仕方ねえだろ、初心者なんだから。車だってじいちゃんが貸してくれてる物なんだし」
「それにしたって度が過ぎるっての! あーあ、せっかくの初ドライブが散々じゃないの」
「いや、ドライブって……近所のスーパーに来るだけなのに大河が無理矢理乗り込んできたんじゃねえか」
「ドライブはドライブでしょ」
「そりゃ広い意味ではそうかもしれねえけど……」
「まったく、コレを聞かせてもらえるのはいつになるのかしらねぇ?」
 言いながら大河が取り出したのは四枚のMD。
「!? おい大河、まさかそれ……」
「そ。あんたが作った『彼女とドライブの時にかけるBGM』春夏秋冬各バージョンよ」
「い、いつの間に……返せ!」
「だーめ。きちんと聞いてから」

510 ◆Eby4Hm2ero:2011/03/29(火) 06:52:17 ID:???
転載ありがとうございます。

回線工事の遅れでまだ手打ちコピペ……orz


>夢の中でも
GJ!
やはりアフターな竜虎は幸せでなければ。

511高須家の名無しさん:2011/03/30(水) 00:07:04 ID:???
>>507
やべぇ、デート中の二人がいちいち可愛くて悶える…!
良い奥さんになりそうな大河の成長っぷりと、美少女コンビとの交流が見れて嬉しい。10巻の大河付きバージョンみたいなw
初々しいのに、ずっと一緒に積み重ねてきたものがある二人ならではの安心感
みたいなのも感じられて、ホントもうご馳走様でした!

>>509
GJ!大河とドライブ妄想しながら作ったんだろうなと2828
早く復旧できるといいな。

512高須家の名無しさん:2011/03/30(水) 23:01:52 ID:???
うそぉん、本スレ初の規制くろた・・・orz

まぁいいか、本スレ>>513へのコメ
みのりんの鼻血が心配だw
甘すぎだがそれがイイ!

513507:2011/04/01(金) 01:49:08 ID:???
>>508-511
ご感想ありがとうございます。
原作10巻はラストがファンタジックなんでむしろ全肯定できました。
アニメは1年後の帰還というところにリアリティを感じて埋めてえ……と思いました。
次回でこの一連が終わる予定ではいます。またお目汚しできましたら幸いです。

514高須家の名無しさん:2011/04/04(月) 01:05:56 ID:???
また投稿させていただきます。

□□【タイトル】桜のころ(虎、帰るアフター3)
□□□□【内容】読まれる場合にはご注意ください。具体的描写は必要最小限に留めておりますがガチエロあります。
□□□□□□□□他にもあなたの持つとらドラ!キャラのイメージを損なう描写および設定が含まれます。60KB

実乃梨・亜美・北村が登場します。また、ガチではありませんが百合風味もありますので、
あらかじめお断りしておきます。
今回で完結となります。

↓宜しくお願いします

515桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:07:37 ID:???
【これまでのあらすじ】春は三月。親元で高校を卒業した逢坂大河は懐かしい大橋の町に
帰ってきた!本来の転居予定を前倒して単身上京。荷物が届くその日まで。大河と竜児が
繰り広げるパートタイム同棲コメディ(相変わらず泰子付き)。甘酸っぱいその3!

****

逢坂大河が大橋へ帰ってきて3日目の朝。

竜児は傍らに眠る大河を飽きもせず眺めていた。
カーテン越しに差し入る朝日に柔らかく照らし出されて、幼子のように眠っている。
今朝は先に目覚めたから、竜児は彼女の寝顔を存分に眺めていられた。
目つきが怖いと言われてはいても、こんな優しい表情だってできる。

ガラス細工……人形……精緻な美貌。
大河のすがたかたちを何度も形容してきたけれど、そればかりが本当ではない。
こどものように笑い、得意がり。少女のように恥じ入る。
少年のように挑発的で、母親のように優しく。そして素直な同い年。
熱い体温があり、感情を隠さず映し出す瞳と、この身体を掴む強靭な腕を持つ。
その総てが代え難く愛しい。

ゆっくりと規則正しい寝息が変わる。んふーと長く継いで薄目をあけた。
そろそろ目覚めるようだ。
起きるまで静かに見ていようと決めていたのに、動き出せば思いに突き動かされる。
「……おはよう。大河」と。
声をかけるなり、その小さな身体をかかえこんで抱きしめた。

んにゅ、おはよー。
夢をみてたよーと。まだ眠そうな声。
窓の外に隣接する建物。もう一年以上も前に住んでいた部屋からここに忍び込んでね。
傍らに潜り込んでみたのね。
そうしたらりゅうじが寝ぼけて、わたしにとんでもない事をしたんだと言う。
可笑しくなって、笑いだしてしまう。
大河も後を追って笑う。
ふたりとも可笑しくてたまらない。なぜって?
もしもあの頃そんな事になっていても、今日という日は変わらずに迎えられただろうから。


起き出して、午前中だけ浅い角度で当たる日差しを無駄にはできず、竜児は布団を干す。
明るくて気づかなかったが、机の上に仲良く並べて置いた携帯が瞬いている。
「あ。着信してる。りゅうじー、あんたのもー!」
開いてメールを読む。

「「あ。」」

 逢坂大河に告ぐ。
 お前が我々友人をたばかって高須邸に潜伏している事は既に分かっている。
 おとなしく悔い改めて、彼氏ともども投降せよ。
 本日(ランチタイム後の)13:00、Jonny'sで待つ。ちなみに他の2人も来る。
 待っているぞ!
                               北村祐作
 P.S. 審問に備えて口裏合わせを推奨しておく

同報で5人に宛てた投降勧告、というか会おうぜアポが昨夜おそく着信していたようだ。
その頃には大河も竜児も夢の中だった。
まあ起きていたとしても携帯は机上にあったから気づかなかったかもしれない。
「……なんで北村くんに分かっちゃったんだろうね?」
「お前な。昨日だれに俺たちのバカポー振りを見られたよ?」
「え?木原と香椎……あ!そっかぁ」
「川嶋→北原→櫛枝と捜査線が形成されるには充分だな。どうする?」
「もちろん行くよ?せっかく忙しいのに集まってくれるみたいだしね」
「審問とか書いてあるから結構聞かれるな。とりあえずはメシ食って対策会議といくか」
「うん。……あ、もうひとつ来てる」

516桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:08:48 ID:???

大河にだけ来ていたもう一通のメールは親友の櫛枝実乃梨からだった。
読んで、大河は八の字眉の困り顔になる。
やがて八の字の間にもう一本シワが入ってちょっと泣きそうな顔にも見えた。
竜児は覗きこんだりしなかったけど、その表情は少し気になった。

指定時刻に投降する、と全員に返信を済ませ。
まだ時間はたっぷりあるので、朝食・洗濯・掃除と高須家の日常に支障は来たさない。
友人たちと長時間つるむことになるだろう。泰子のおかずを2食分用意する事も忘れない。
さて対策会議という口実で単なる食後のお茶をのんびり喫する。
微妙な困り顔を続けている大河に竜児は気を利かして。

「俺はあいつらになら何を訊かれてもありのままで構わねえが。お前は?」
「う……うん。私も。ただね?木原や香椎とは違って北村くんたちは巻きこんじゃったから」
「そこだ。俺らがあんまり浮かれて万が一にでも傷つけるのはな」
「そう。……でもね」
神妙な顔で竜児を見る。迷いはなくなったようだ。
「みのりんも、北村くんも、ばかちーも、私は信頼してる。なんでも答えるよ」
「そうか。じゃそれでいい」
「うん」

あっさりと対策会議は終わった。そうして大河はもう一度メールを読み返す。

 わたしの大河へ
 きのう会ったばかりだけどまた行くよ。
 もう卒業だからね。わたしは『あのこと』をみんなにも話したい。
 あんたがそれを許すならば返信くれ。なければやめる。byみのりん

――わたしの大河。
もう長い間そう呼ばれてはいない、みのりんの特別な呼び方。
竜児とも未だ出逢わぬ頃。あの葡萄色の瞳と見つめあった。
懐かしくて甘くて、そして少し涙がでてくる記憶。


****

それはまだ私が誰も信じられなかった、高校に入学したばかりの春。
とある木曜日の午後に温かな雨が降り出して。
傘を忘れた私は、昇降口で大粒の雫が落ちるのを不機嫌ツラで眺めていた。
悩んだところで結局は走って、ずぶぬれでマンションに帰りつくしかないのだけど。
寒くてだだっ広い、独りの家。
ともかくはシャワーも浴びれるし、制服は乾燥機で明日までに乾かせる。
でも面倒くさい目に遭うのはいやだった。つまらない理由でグズグズと佇んでいた。

そこに、名前も知らなかったみのりんが傘をさしかけてくれたのだ。
「逢坂さん?入って行きなよ」
驚いて見上げた時のみのりんの顔。それは今でも忘れた事がない。

同じクラスの櫛枝ってんだよ。家まで送って行くからさあ。
屈託のない笑顔に釣られて、ありがたく相合傘で送ってもらったのだった。
ささやかに嬉しかったけど、無愛想に短く答えることしかできなくて。
マンションまでの僅かな道のりで何を話したのか。もう覚えてはいない。
「わお。ここなんだ。近いじゃん。全然まわり道じゃなかったよー」
あたしん家はこの先5分くらい。

ねっ!朝も一緒に登校しない?
坂下の曲がりっぱな。分かるっしょ?あそこで待合せしてさ。
「あ、うん。いいよ」
「じゃあまた明日ねー」
こんなふうにみのりんと出逢った。

517桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:09:51 ID:???

それから携番も交換し、朝も帰りもわりと一緒で、教室でもつるむようになり。
仲良くしてもらい嬉しかったのに。それをどう表現したらいいのか分からなかった私。
でもそんな事は無視して、櫛枝実乃梨は明るく踏み込んで来てくれた。
やがてひと月もたたないうちに大河、みのりんと呼び合う距離になっていた。

ある日、何度も朝の待合せに私が遅れるので、みのりんが言った。
「もー。お母さんにちゃんと起こしてもらえよー大河ぁ」
「ご、ごめん。……私、独り暮らしでさ。朝に弱くて……」
「え?あんな大っきなマンションで、独り……なの?」
「う、うん。事情があってさ」
「そーなのかー。……じゃさ、これからはわたしがモーニングコールしてやんよ」
「ほんと?」
「こんくらい任せとけよ、大河」

たぶんこのときだ。みのりんが扉を開けてくれたのは。

朝は一緒でいいけど、みのりんは部活をしていたから帰りはいつも終わるのを待っていた。
たいていは図書室で。
ひまつぶしの読書をしたり宿題を済ませたりしていた。
だから手乗りタイガー実はガリ勉!ていう伝説が残ってないのは写真部か生徒会の陰謀だと思う。
ひとを文学少女かなんかと勘違いして付き合えって言うおポンチを何度か撃退しただけなのに。
ともかくも、たった数分間だけれど、心を許せる友だちとふたりきり。
時には寄り道や買い食いをして過ごす時間というのは私にとって何より大切だった。

「ねえ。みのりんは何で私と友だちになろうと思ったの?」
「ん。大河がめっちゃ綺麗だったから」
みのりんねえ、可愛い女の子が三度のご飯より好きなのだよ。

言ってる事はポンチと同じなのに、どうしてみのりんに言われると嬉しいのだろう。
あの頃は分かんなかった。
そしてたしか夏服に変わる前の頃。珍しく遠慮がちにみのりんが訊いてきたのだ。
「ねえ。大河んちに行ってもいいかなあ?」

学校帰りにモスで食べ物買ってご招待したマンションの惨状は言うまでもない。
料理は全然できなかったけど、掃除はわざとしなかったから。
こんな……三世代でも住めそうなうちに独りで置かれてる事に抵抗したかったから。

使ってない部屋は汚れてないから、そこでいいと思っていたのだけど。
必ず通るLDKがこうではどうしようもなかった。
入ってしまってから気がついた。
「本当に独り暮らしなんだねえ……こんなに広いうちで……」
「うん……気持ち悪かったね。ごめんね」
こっち汚してない部屋あるからさ、と案内しようとした。そしたら。
いいんだよ、あたしに気ぃ使うなよ。
「大河……かわいそう……」みのりんは涙ぐんでた。

哀れみを買うなんてまっぴらだ。
その頃も、今でもそう私は思うような奴だけど。
でもそのときは、みのりんに悲しい思いをさせた事がどうしても辛かった。
そして私の家庭の事象を察して泣いてくれるのが嬉しくて。
みのりんは私の頭を抱えこんで、背中を撫でて泣いてくれた。
私も耐えてた思いを抑えきれずに。

ふたり泣き腫らした瞼でリビングの掃除をして。
汚れていないカップを探してお茶をいれて、並んでモス食べて。
遅くまで私たちはぽつぽつと身の上話をした。
いつも明るいみのりんがみのりんの家で受けてる扱いを聞いて驚いた。
分かってくれない家族に一緒に呪いの言葉を吐き。負けないでいこうと誓った。
そうして、その日から親友になったんだ。

518桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:10:53 ID:???

****

携帯をみつめてぼんやりと思い出していたら、竜児がどうした?と聞いてくれる。
なんでもない。考え事していると答えたら、そうかと放っといてくれる。
ありがとう。
ごめん。せっかくの一週間なのに。
居間のテレビ台の横に移動して、ちぢこまるように壁にもたれて。また思い出す。
大河は実乃梨に返信メールを送る。イエスと。
出かける時刻までは、まだ。


大河のレスをベッドに腰掛けて読む。
短く“いいよ”とだけ記されたメール。
離れてしまってからの一年、何度もこの話をしてきた。
そして置きっぱなしにした気持ちを一緒に回収できた。大河とは。
これは大河とだけ分かり合えていればいいこと。分かってる。
わたしがわたしの大河を大切に思い出して、大河がそれを知っていてくれればいい。
けど。

いま大河に高須くんがいるように、わたしにはあーみんがいる。
恋人じゃなくても同じように大切だから本当を分かち合いたくて止まらない。
まだ高校生の気分でいられるこの数日間のうちに。

“いいよ”か。もう一度メールに目を落とす。
あんたは変わらないでいるね?大河。
実乃梨は顔をあげて、初めてともに泣き合った夜から思い出す。

****

――夏。
部活と大河だけで過ごした高一のひと夏。
わたしは練習が終わると図書室へ迎えに行った。
そうでなければ、ネット裏で大河が待っていてくれた。
仲良くなってよくつるんでた北村くんが意外に大河に愛想よくてちょっと疑ったっけな。
あとでポンチの1人と聞かされてなるほどと思ったもんさ。

そうしてわたしらは大河のマンションに帰って、遅くまで一緒に過ごす。
掃除して洗濯して。一緒に食事して宿題して。たくさんダベってふざけて。
わたしはひととおり家事ができたから、やれることが一杯あった。
忙しくて、疲れて。そして楽しく充実した毎日。本当の家には帰ったら寝るだけ。
家族も、女友達のマンションで引っかかってると知ると、連日の深夜帰りに何にも云わなかった。
その関心のなさにも、いっそう反発していたかも知れない。

お気に入りのカップや着替えを持ちこんで。
半調理レトルトや中食や冷食ばかりの手抜き料理を、大河は手作りと喜んで食べた。
おままごとのようでも大河の暮らしを支えているのが幸福だった。
同棲……って言うんだよね。ああいうの。
それは夏休みに入っても続いていく。
部活はあったけど圧倒的に大河の側にいられる時間が長くなって、それで。
わたしは――。

****

ベッドに腰かけたまま再び実乃梨は俯いて、いっそう短くしたサイドをかき上げる。
けれども、どこにも引っかからない髪は何度も垂れてきて、そのうち掛かるに任せた。
これが自分の髪形なのだから仕方ない、と思う。
頬に垂れかかる髪がいやなら禿げヅラにでもするしかない。

****

――わたしは、わたしの大河を守ってやれると思い込んでいた。
最初に声をかけたのも小さくて可愛かったから。
悪い噂も聞くようになってはいたけど、あんなに可愛いんだからそれはみんなの勘違い。
わたしだけが彼女を分かってやれると思っていた。
仲良くなって、それは本当だと知ることができた。
みんな何で大河を怖れ遠ざけるのだろうといつも思ってた。
だから。
夏休みの終わり近く。
練習を終えていつものように大河のマンションを訪ねた日。

519桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:12:10 ID:???

「あぢいなー、くそ。ほら大河、アイス買ってきたよ」
「ひゃほーぅ♪買いに出なくて良かったっ。みのりんは期待を裏切らないね」
アイス大好きー。
アイスばんざーい。
ダンススタジオのようにだだっ広いリビングで猫のようにはしゃぐ。
こんな大河を、わたししか知らないでいる。
「なんだとー?エアコンの効いた部屋で昼寝ざんまいしやがってよー。この茶虎がぁ」
シャワー借りるぜぇ。
うん、アイスはみのりんが出るまで待ってる。
おうそうか。先に食ってもいいのに。愛いやつよのう……。
「大河?」
「ん?」
意を決して誘ってみた。いっしょにシャワー浴びないか?

なんでそんなこと思ったのか。
わたしは大河が可愛い、守ってやる、好きだ。そう思うだけでは足りなくなっていた。
好きすぎて、もっと。もっと大河の近くに行きたいと。
いつの間にかそういうふうになっていた。
きっと大河は無邪気にうんいいよ♪と応えてくれる。
部活の経験あるらしいから、練習後にチームメイトと裸のつきあいくらい?って計算も。

「え……?」
でもそれは浅はかな計算でしかなかったと思い知らされる。
わたしの思いはすぐに伝わって大河を惑わせていた。表情で分かってしまった。
急に恥ずかしくなる。
照れくさい、ではなく邪な気持ちがあからさまになった気持ち。
あ、いいんだいいんだ。そりゃよー外出なけりゃ汗もかかんよなー。

でも、ごまかしてバスルームに歩みを進めたら……。
大河はパタパタついてきたんだ。
「うん。練習後のシャワー気分も懐かしいかも。ゴロ寝してたけど♪」
「おーそうかい。じゃ隅々までおいちゃんが洗ってやるぜー」
「えへ♪」

「前ならえしてみ?おーやっぱ効き腕が指関節ひとつぶん長いもんだね」
「成長期だとね。テニスやってるとかなりね」
成長期ってー?たいがにいつ訪れるのー?さ来年あたりかー?
みのりんひどいー!
「たいがは肌きれーだな。赤ちゃんみてえ」
わったしっのたいがっ♪ぷにぷにっと。
ひゃあ!
「み、みのりんだって腹筋締まってるし。腕だって。それに……う、うらやましーーっ」
ぎゅーーっとハグしてムネに直接カオ埋める超セクハラ。
うぉー、やめろー、恥ずいじゃねーかよーとクネクネ逃げる。でも許す。
許すどころじゃない。幸せな気持ちでいっぱい。

「胸小さくてもたいがはたいがでスタイルいーじゃねーの。はなぢ出そう」
「そ、そうかな?」
「このウエストの細さはちょっとないね。ちゃんと筋肉付いてるし、かっこ良いよ?」
もやもやしていたものが急に凝縮してくるのをどうしたらいいのか。
ともかくも延々じゃれていればこの時間にもとりあえずの終わりはくる。
終わりが来たらまた出直せばいい。わたしたちの時間はたっぷりとある。
そう思っていたら大河がわたしを見上げたんだ。あの大きな宝石のような瞳で。
いいんだよ、いいよ、と。
――みのりんが望むなら、何でもするよ

初めて見た大河のその表情。そのときにわたしは近くにいて良いと許された。
邪だと思っていた気持ちも持ったままいて良いと赦された。
湯あがりに、はいと渡されたバスローブを着た。
高級品ですばらしい肌触り。
同じボディソープの香りを心地よく感じながら大河と寄り添ってアイスを食べた。
この嬉しさがいつまでも続くように願いながら。
だからもっと、今よりもっともっと大切にしなくちゃ、と思えた。
できる、と信じられた。
わたしが望むなら、大河は大河の望まないこともするという。
そんな生き物をどうして愛さずにいられるのだろう?

でも残暑の秋になって、わたしも、わたしの大河も想像しなかったくらい。
幸福な時間は、すぐに壊れてしまったのだ。

520桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:13:30 ID:???

****

「そろそろ何着ていくか決めといた方がいいんじゃねえか」
けっこう長い間ぼんやりしていた私に、りゅうじがまた気を使ってくれていた。
まだ時間はあるけど、こうも固まってばかりはいられない。
「ありがと。ごめんぼーっとしてて。りゅうじつまんないよね」
パジャマ姿のままりゅうじの首にぶら下がって親愛の情を示した。
寝たふりをしているに決まってるやっちゃんにも声をかけて起こす。

おはよー☆と部屋から出てきた泰子がシャワーに行って、なに着て行こうと大河が悩む。
あまり数持ってきてないからなーと。
「おう。じゃこれどうだ?」
竜児が泰子部屋のクローゼットから出してきたのは大橋高校の制服だった。
クリーニング済みでカバーもかけてあった。
「あんたが保管しててくれたんだ?あっちに業者が送ってきた中になかったから処分したと思ってた」
「お前がせっかくきれいに畳んでいったモンだからな」
クローゼットに入れておけば届くのは分かっていたけど。持っていたくなったんだよ。
そっか。変なシミとか付けてない?
……ねえよ。シワは……つけたけど。
ふふっ。付けても別に構わないのに。
おい……。

「まあこれなら何も悩みどころはねえだろ」
「そうね。じゃありゅーじも一緒に学ランでね?」
おうっ!俺もかよ。あったりまえでしょ、卒業後なんだからこれは一種の羞恥プレイよ。
袖を通しながら大河は軽口を叩く。
サイズがいまだぴったりな事に少しだけコンプレックスを刺激されながら。
あ、内ポケットに生徒手帳。写真も挟みっぱなし。
自分のメモさえ懐かしくページを繰る。所々にある天地逆さの悪戯書きは、みのりんの字。
余白がまだたくさん残っている。何か書き込めるだろうか。
そうして、また元の思い出に還る。
りゅうじが早めのお昼を作りに台所へ立った。

****

永遠に続くとさえ思えた親友との幸福な日々。
それは、私がパパのもとへ帰ることになって、呆れるくらい簡単に壊れてしまった。
一緒に転居先に行くという待合せの日にパパは来ず。
あの野郎はそんなやつだと。どこかで醒めてもいたけど、まただという絶望は重かった。
その日、遅くに訪ねて来てくれたみのりんと思い切り泣いた。

「たいがぁ……わたしの大河……」
「みのりん……」
「あんたを絶対に守ってやる……絶対にだ。あたしは……あたしはっ」

パパと暮らす事になったとき、良かったじゃんと喜んでくれた。
パパが私を裏切ったいま、あのクソジジイめがと怒り狂った。
でも喜びの裏には悲しさを。怒りの裏に喜びを。私は感じ取ってもいた。
力のこもったみのりんの腕に押しつぶされそうになりながら。
親に裏切られた絶望とともに、独りじゃないと思えて嬉しかったんだ。

それなのに。みのりんが泣いている。
私には分かってしまった。
抱きとめてくれよ、わたしのたいが。と。
私の方がかわいそうなんてとんでもなかった。
どうしてこうなった?
パパと暮らしてみのりんとも仲良く過ごす。
ちっぽけな私が望みすぎたから?
分不相応であると?
なら。だったら、どうしてその罰は私に向かわない?!
みのりんの胸にぱっくりと口を開けた傷が見えるような気がした。
みのりんが望むことを何でもする。何でもできる。
その傷は私しか塞げないんだと分かった瞬間から。

521桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:14:45 ID:???

あの頃みのりんの熱がどういうものか、実を言えば私には分からないでいた。
分からないままに。でも、応えずにはいられなかった。
同じものを私も持っていると思いながら感じていた、ほんの少しだけの違和感。
それを持ち続けたままで。ともかくも。

大河に抱きとめられて、ようやく気づけた。
わたしの大河が側にいれば嬉しい。いなくなったら悲しい。
クソジジイをこんなにも憎むのは傲慢なわたしの嫉妬でしかなかった。
奴が大河を裏切れば、わたしはわたしの思いを大河にぶつけ続ける事ができる……。
それが、本当の願い?!……だった……って?
そんなこと。
知りたくもなかった。気づきたくなかった。
だってこんなにも愛してやまない大河がいなくなってしまったら、わたし空っぽだ。
いま腕の中に捕まえている、わたしの可愛い大河。大切に守った茶虎。
細い腕にものすごい力を込めてわたしの背中を抱いてくれている。
いいんだよ……いいよ……と。
不意に実乃梨は力を失ってしまった。見上げる大河と目が合った。
大河のマンションの、リビングのソファのうえで。
長い時間、鳶色と葡萄色の瞳を開いたまま見つめあう。
思考が回り始めてすぐに止まる。
どうして?どうして大河?
どうしてもだよ。大丈夫だよ。

葡萄の瞳から、やがて堪え切れず涙があふれ出した。
やり切れなくて、どうしようもなくて、途切れずに頬をつたい落ちる。
大事なことに気づいてしまったのだ。
こんなにも今すぐ必要というのに。今ごろになって。初めて。

わたし、女じゃん。なにができる――の?

目の前にいるのは、わたしのものじゃない逢坂大河。
大河はわたしの致命傷を押さえて、大丈夫、大丈夫だよと懸命だ。
自分の背中にも痛い刀傷を負っているくせに。
わたしが女だから。それをどうしようもない。
大河を救えない。自分も救えない。このままなにも――できない。
ただ何の役にも立たない涙を流し続けるだけ。
鳶色の瞳が困ったように瞬いて、それから優しい光を浮かべて、――みのりん、と。
あとからあとから頬をつたう涙を、口を寄せて吸い取ってくれる。
たいが――っ!
たいがぁ……。たいが……。
……。

「たいがは優しいね」
「みのりんだって」
落ち着けたわたしは思っていた。大河はこんなふうに献身するのか。
わたしだけに?
ひょっとして、心をつないでくれた相手にはみんな?
一瞬で、躊躇うこともなく?
「それにさ……」
「なに?たいが」
「みのりんは、すごく女の子なんだ。きっと」
私、分かっちゃった。
「う……それは」
知りたくなかった。
「もう少しでたいがをモノにできたのによ」
軽口を叩いてみる。
ふふん♪と可笑しそうだった。
もうバレバレか。とわたしは苦笑い。胸にずきずきとした痛み。
「モノにしたかったら、いつでもどぉ〜ぞ」
おーよく言ったなあ〜なら遠慮なく……襲うぞぐぉら!
きゃーん!みみみみのりぃーーんぬっ!目が血走ってるぅ!タップタップタップ!
いつものように。ハグってモフってグリまくり。
あんたはそういうやつなのかな……?わたしの、であっても。なくても。
思いを込めて、1回だけどさくさのキス。もちろん。今ここにいる大河に。
さよなら……わたしの大河。
ありがとう大河。
大好きだよ。

そのあと、1日なにも食べていなかったことを思い出し、ふたりでJonny'sへ行った。
馬鹿みたいに喋って、食べたいものをお腹いっぱい食べて。
バイトの募集を見つけてその場で応募。書類はあとで持ってくることにして即決。
……空っぽのままでなんかいられない。
わたしがわたしでいる事が、この茶虎めを愛し続ける唯一の資格。
この胸に置き去られた大河への熱はそのまま残す。ずっと大切に持ち続ける。

522桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:15:57 ID:???


秋が深まるごとに、実乃梨が大河のマンションを訪れる機会は減っていった。
出逢った頃のように、登下校と学校でつるむだけの関係に戻る。
大河は北村を意識しはじめ、実乃梨はバイトを増やして部活に熱中。
わたしはもう泣かないからね。と宣言して。

初冬に入ったある日の学校帰り、大河が図書室で借りてきた小説に実乃梨が興味を示す。
ふと目に入ったタイトルが気になり、自分も読んでみたいと思ったのだ。
あと少しで読み終わるから借りてきた。すぐ回せるよと大河は言う。
甘えて、久しぶりにマンションを訪ねてみた。
多少散らかってはいるものの、自分で片付けているのだろうと実乃梨は安心する。
すぐに大河から回してもらって、その場で読み始める。
以前の様に、実乃梨は深夜まで居座って本を読んでいる。
大河は嬉しそうにお茶を出して、食べ物を買ってきて。
そして実乃梨と大河は変わらずに寄り添う。
「ちょっと私たちみたいだよね?」
「そうだなー。途中はじわじわ苦しくなるけどさ、ラストも不安を残すけどさ」
「ふふっ、それじゃなんにも救いがないように聞こえちゃう」
そんなことないよ?みのりん。大丈夫だよ。
分かっていれば、大丈夫かもな。
『あんたの自我は、わたしの自我じゃない』ってな。気づけたらね。
読み終えた本を閉じて実乃梨が言う。
内容はともかくタイトルがすごく気に入った。あんたにこう言いたい気分でいっぱいだ。
うん私も。それで読み始めたんだもん。
「たいが、好きだよ。いつまでも好きだよ」
「うん。ありがとう」
私もみのりんが好き。ずっとね。
「……うん」

その日から1年経って、実乃梨が再びここを訪れたとき。
それぞれに言いたい相手が増えていることをふたりはまだ知らないでいた。
『あなたに、ここに、いて欲しい――』

****


「おーい!ここだここだ!……なんだ、お前たち?」

大河と竜児が定刻チョイ前にJonny'sを訪れると、隅の6人がけボックスから眼鏡男が手を振っている。
北村祐作。元生徒会長にして竜児の親友。大河の親友でもある。
ランチタイムが終了して空いた店内。
ツレが先に来ているから、と店員に断って歩み寄る。

「何で制服着てるんだ?お、逢坂も。……いまさらだけど『逢坂』のままでいいんだよな?」
「こんにちは、北村くん。名字は変えてないよ。制服は、まだ高校生気分でいたいから♪」
「おお、そうかあ。亜美がまだだけどまあ、すわれ」
よお。
よおたきゃすきゅん。
みのりーん。
たいがー。
「制服の大河がまた見られるなんてな!サービス嬉しいぜよ!たきゃすきゅんはどうでもいいけど」
「うわぁ。櫛枝冷てーじゃねーか」
「高須くんのは見慣れてるからいーんだよ。さあさあ大河、隣こい!」
じゃあ高須も奥行け。お前たちを逃がすわけには行かんからな。あーっはっはっはっは♪
お前のハイテンションはなんか怖えよ。
席につくと、店内の暖房が効きすぎているようだった。
それに今日は平日。窓際で制服だと誤解を招きかねず、大河も竜児も制服の上着を脱ぐ。

そうこうしているうちに、亜美が来店した。
北村が呼ぶと、小走りで走り寄る。
「おっ待たせー。ちょぉーっとだけ遅れちゃったあ?やっぱしたくに時間かかるからぁー♪」
普段着の分際でこのいいぐさ。性悪チワワ健在!川嶋亜美の入場だぁー!!
などと全選手入場アナウンスみたいな北村のツッコミはガン無視で、大河を挟んで端にすわる。
「よっ♪」お愛想。
「よお。一日ぶり。仕事じゃなかったのかよ?」
「んーん?あ麻耶に聞いたのか。あいつらにはちょっと嘘ついたの☆ヒッマヒマ!」
「へー。まあつるむのをサボりたい時もあるか」
「まあね。独りで高校生活を思い返してしんみりとひたりたい気分?みたいな?」
「川嶋が普通の女子みたいなコメント吐くなんてな。面白え」
「ホント?高須くんにウケるなんて珍しいな。亜美ちゃん感動♪」
テーブルを斜めに横切って、大河の目前で、竜児の手をしっか!と握る。

523桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:17:24 ID:???

「おい」
無視すんな。
即座に低っくい声で威嚇のツッコミ。
おおっ老雄十八歳にしていまだピークは去らず!虎のふたつ名は伊達じゃない!逢坂タイガーだぁ!!
ノリノリだあ北村くん!
老雄って……。
ガーン北村くんにタイガーって発音された。北村くんに……。
はっそうじゃねえわ!

「くぉらばかちー……ひとのダンナになに愛想振りまいてんだ。喧嘩売ってるの!?」
「あーらタイガーいたんだ?小ぃっちゃくて全っ然見えなかったよー。え?ダンナ?籍入れた?」
「上っ等じゃないよ!また蚊ぁとか蠅ぇが飛びまわるかもよ?ここなら!ちなみに籍はまだよ」
「おーぅ。行っけ行けぇ大河ぁ。タダで見れるにしちゃ豪華すぎるカードだよ!」
ファイッ!
それぞれの手をガッと組んで……いや取っ組み合いまではしないけど。
「名勝負数え唄ってやつだな。うんうん」
「やぁーん。高須くぅーん。みのりちゃんと小っこくて見えないのがいじめるぅ〜☆」
「いやあ、俺止めねえぞ?懐かしすぎるしなー」
変なテンションではあっても、5人にとっては離別の空気を埋める大事な儀式みたいなもの。

じゃれ合いはそのくらいにして、注文とるぞー。みんなドリバーでいいか?
適当なところで北村が仕切る。バタバタとメニューを開いて。
私フレッシュミルクプリンサンデー。とドリバーね。
わたし付き合ってストロベリースペシャルザサンデー。とドリバー。
「はあ?あんたたち相変わらず好きなもん食うのね。まーた太るよー?」
あたしドリバーだけ〜。
男2人はどのみちいつもの。
注文を済まして、北村と竜児がドリンクを取りに行く。

あーん。
あーん。
大河と実乃梨はそれはもう美味しそうに互いのパフェを交換しつつ。
やっぱり春はイチゴだよねー。いやいやあんたは年中乳製品だろー。
シュガー抜きアイスティーの氷をストローでつまんなさそうにかき混ぜる亜美。
「ねえ……亜美ちゃんにもひとくち」
「なんか地獄の底から餓鬼の声が聞こえるね、みのりん」
「食べたきゃ注文すればいいのにね。変な人だねっ」
「あたしゃ契約条項に体型維持とかあんだよ!スイーツとか欲望のまま食えねえんだよ!」
「ふーん」
「へーえ?うまっ。ああほっぺ落ちそう〜」
あー!ちきしょーっ!!そんでも友だちかよっ。もういいっ。
すいませーんと店員を呼び、ストロベリーガレットを注文してしまう。
や〜いブタブタぁ〜。あんたらが言うなっ。
「やっぱ仲いいよな。お前ら」
コーヒーをすすりながら竜児が無責任なボケを。
「どこがだよ?」
我慢できずにイチゴスイーツのヤケ喰いに出た現役モデルさんが的確に受ける。


「卒業してしまったな。お前たちともそう会えなくなるけどこれからも付き合ってくれな」
「ゆーさくは留学じゃーん。ヘタしたらこのあと人生で何回会えるかだし」
やっぱ兄貴かい?あーみん。
そ。こいつ兄貴バカ一代だもん。
ひそめ声でさくっと意思疎通できる2人を見て、ずいぶん親密になったと大河は感心する。
「え?そんな事ないだろう。たぶん。とりあえず行ってみるだけだしな」
「まずは行ってみねえと何も分かんねえからな」
「北村くんはのう……行ったらとりあえず道場破り修行するの『それ、もしかすると兄貴?』ってさ」
なにそれ?
ネタ振ったのあーみんだろが。

「いやいや『兄貴に先手なし』だから」
北村の受けも分かり難い。
相手に先手を取らせるという意味でなく、生死の限界まですみれさんへの思いを耐え忍んで……。
「そうだよ。北村くん。押忍の心で」
梶○一騎に造詣があるとは逢坂も意外だな。ほんとに十八歳か?
い、いやあ。なんか言わないといけないような気がしてとりあえず。
「はははははっ。なんと片思いの人間の顔の珍妙なことよ!」と実乃梨。
「バカの顔だっ!」と北村の前に手鏡を差しだして、亜美。
「おこがましくもMITに対抗せんとする兄貴バカの顔だーっ!!」と北村がセルフで締める。
なんだかなねー。
緊張感ねぇーわ〜。
乗ったくせに退いて落とす酷い女ふたり。

「でー?兄貴と連絡してんの?」
「まあ……それなりに。いろいろとアドバイスもらったりな」
心なしか少し顔を伏せる北村の様子を見ると、それなりにそれなりらしい。
この男はいよいよダメになると大声で援けを求める性格だから、こうなら安心できる。
「行ったらHAHAHAHAHA!って彼氏紹介されたりしてなっ♪」
「むごいよみのりん……」
いや、そんなことは想定済みだっ!イメトレはもう何度も済ませた。
「吾、ことにおいて後悔せず!!」
それは宮本武蔵だろっ。と裏拳のツッコミ4本が同時に北村の顔面を襲う。

524桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:18:34 ID:???

おかしいなあ。ちゃんと梶原○騎つながりだったのに。
眼鏡の食い込みが痛かったのか押さえながらぼやく。まあ一時期はやった目潰しよりは安全だろう。
かけ直して。
「まあ、おれに何ができるのか腕試しだ。逃げ帰るのかもしれん。永住するかもしれん」
やれるだけは、やってみる。それはみんなも一緒だろ?
「まあな……」
なにか気のきいた激励を言おうと竜児が口を開きかけた。
すると女子三人が揃って胸前で腕をバッテンに組んでいる。
「なんだ?お前ら?」
「クサいかも?」
「クサいのやだ」
「モグ……モルグに放り込むぞおら」
大河……お前もか。酷え……。
う、うるさいっ。つ付き合いってもんがあるわーっ。
「高須のセリフがここ一番と言う時だけクサ過ぎて台無しなのは仕様だ。あまり責めるな」
それに……な?
それは逢坂だけが人柱になって聞けばいい。

「まあおれの話はこれぐらいだ。じゃ次は亜美な。進学するとは意外だった」
「まぁーねぇー」
正直、芸能界一本で行こうって熱意がね。ちょっと足りないって思う。
モデル仲間にはもっと目の色変えてこれしかないって、キッツくやってる子が何人もいてね?
結局はどこかでそういう子たちと競り合うことになるわけ。
そのとき蹴落としてガッツリできるのかはまだ疑問なのよ。
「だから、片足は普通に就職しやすい方に突っ込んでおく。それだけよ」
あーみん他にも言うことあんじゃねーのー。
うーん。やっぱやめとくかな。

「なんだよ。言いたい事があるなら言えばいいじゃねえか」
「あたしがねー?高須くんをどう思ってたかの話でも?」
おう……。と竜児が黙ると大河の目つきがキッと変わる。逆さ蒲鉾断面。
チッと舌打ちしたりもするが、もはやそんなので怖がるやつはここには1人もいない。
亜美が無視して続ける。
やっぱ三年になってクラスが分かれて。好きな時にいつも話できない距離になるとさ。
気持ちって増えもしないし減りもしないわけ。
それに、分かっていてくれると思えれば恋じゃなくても良いって話は前にしたよね。
「ばかちー、あんた……」
「別にあんたに気ぃ使ってるわけじゃないよ?タイガー」
竜児に話していたのに、大河に向き直る。
あたしはあんたが失踪して連絡がくるまでの一日、高須くんが好きだってすっかり忘れてた。
あんたともう一度逢いたい。ずっと友だちでいたかったのにって。
そっちの方が少しだけでも大きかったのよ。
だから、あんたが約束を守って帰ってきた。それでいいんだよ。
それにさ?

亜美はスイーツ用の長いスプーンで、んっと大河の喉元、竜児の胸元を続けて指す。
「こーんなの見ちゃうと亜美ちゃんもーぅ何にも言えねーしー☆」
竜児は鎖骨の辺り、大河は耳の下に紫色の刻印。
そんなには濃くないが医学的には鬱血というやつ。ベタに表現すれば、キスマーク。
おおう!と残りの2人が興奮する。
見つけた手柄はあたしのもん!とでも言いたげなドヤ顔で亜美が続ける。
「ちゃーんと朝見て、熱い蒸しタオルで目立たなくしてー、ファンデで消すんだよぉー☆」
な、なんだ川嶋。お前……経験あるのか?
まっさかぁ。常識でしょこんなのぉ。
「すごいなー高須。歯型まで……。逢坂って激しいなあ」
空気を読む事を知らない。というか意図的に無視した北村のコメント。
大河も竜児も迂闊だった。焦りまくり。
あ。アイスティーなくなっちゃった。祐作持ってきてー。
おう待ってろ。ついでにみんなのドリンクもな。

「たいがたいがー!見せてみ見せてみ!」
「やーんやん、恥ずかしいよー」
「うはぁ!キャラ違うよ大河ぁ!はははなぢ出そう」
えー。CM行きまーす(棒)。と言いたい竜児だった。

というわけだから?高須くん。
三年になってから何度か奈々子が言ってくれたんだ。略奪しちゃえばぁ?って。
あの子やさしいからさ、あたしの迷いが浮かぶと見つけてくれるんだよ。
それでいっつも安心できた。
ほんとは最後だから記念に……とかも思ったの。
でもね。
あたしがずっと見てきたのは、あの素敵なちびを分かってる高須くんなんだよね。

「そんなわけであたしは告白しないから。今日は」
バレバレだろうと関係ねーし。直接本人に言って初めて告白だからね☆
たぶんそれは現在のところ、亜美の人生で最高に魅力的なウインクであったろう。
「おう。」
伝わったかどうかは、高須竜児しか知らない。
いいのかい?あーみん。
あたしはね。
ドリンク持ってきたぞー。

525桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:19:45 ID:???

「失踪と言えば……。そうだな。丸一日にも満たなかったけど」
北村が眼鏡をかけ直して呟く。
おれたちは高須と逢坂の駆け落ちを支援して、吉報を待つ身だった。
ふたりいっしょに逃げてるなら希望をつなげて待つこともできると思っていた。
それが一夜明けてみたら壊れかけの高須だけが学校に来たんだよな。
「いや、逢坂を責めているわけじゃない。ただ、知ってもらいたいんだ」
ほんの半日なのに。
おれは永訣という言葉が浮かんで仕方なかった。
「宮沢賢治の詩……だね。『永訣の朝』」
少し間を置いて大河が受ける。続けて、あめゆじゅとてちてけんじゃ。と
それを聞いて、北村は静かに頷いた。
「このまま会えなくなってしまったら。……それは永訣と同じだ、とか思えてな」
逢坂からメールが来るまでの僅かな間だけでしかなかったけど。
おれは大切な友達と……。

まだ思い出すと胸に迫るのか、目に光るものが浮かぶ。
「ごめんね。北村くん」
みのりん。ばかちー。……りゅうじ。
ごめんね。
結局は親の都合で引き取られ、遠くへ転校する。という出来事でしかなかった。
それは友人にちゃんと説明して、離れても友だちでいてと伝えるだけ。
ただそれだけのことが、あの頃の大河にはできなかった。
子供であるゆえに、いよいよとなれば親に従う他に何もできないと分かったとき。
大切な人のために自分がここにいた痕跡をすべて消し去ることを選んでしまった。
それが永訣とまで思われるなど。考えもしなかった。
自分にそう思われる価値があるなどと、これっぽっちも信じられずにいたから。

りゅうじが、みのりんが。北村くんが、ばかちーが。みんなが。私に教えてくれたんだよ。
ここにいて欲しいって。
だから必ず帰ろうって思えたんだ。
ひとりずつを真っすぐに見据えながら、大河は心から礼を述べる。
「待っていてくれて、ありがとうね」

「あたしはさ、あのとき高須くんを殴ったんだよね」
「おう。櫛枝の腕力だからな。強烈だった」
悲しいのもあったけどさ、独りにさせたくないやつを何で手放したっ!?と思ったんだよ。
あたしには確信があった。高須くんにもあったはずだよ。
こいつは誰にもすがらないで、自分だけで決めて身を投げ出すやつなんだって。
実乃梨は傍らの大河を抱え込んで静かに話す。
「その最後の最後を、高須くんは手に入れたはずなのに……ってな」

「手に……入れたから。だな?大河」
「うん。りゅうじに全部あげて。全部をもらったから」
「そっ……か。大河。」
手を離しても戻って来れると思える力、を、高須くんにもらった、のか。
何度も何度も何度も思い描いた大河だけのやり方。高須竜児には無償で渡さなかった。大河の全部。
想像もできている、ほんの半歩先に大河が踏み出せた理由。
もう胸は痛まないけど、答え合わせだけが引っかかっていたんだ。
それはいまあんたの耳の下に刻まれている。
それは……わたしが踏み出せなかった半歩。
とっくに分かったつもりでいたけど、実際にも見ることができた。
この世界には本当にUFOがいた。

「ねえ。あーみん?わたしはあんただけに聞いてほしい」
「え?みんないるのに?」
「うん。聞かれても大丈夫。今どうしても言いたい」
本当の友だちになるためにあんたが知りたがっていたあのこと。
みのりちゃん……。
「わたしね。あのとき『大河に』振られたの」
聞いてはっとした顔は、女子ふたりだけ。

亜美はそれだけで総てを理解した。
「そうなんだ……」
最後の最後であんたの欲しかったのは……高須くんじゃなかったんだ。
んふ。全部分かっちゃった。
めちゃめちゃプライド高いね……みのりちゃん。
大河も理解する。
電話では「この話、墓場まで持ってく」と言ってたみのりん。
急に話したくなったのは、そうか。ばかちーに聞かせたくて。
りゅうじの顔をそっと盗み見てみる。分かってか分からないでか、優しい顔だ。

526桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:21:05 ID:???

「櫛枝が逢坂に振られた?ってのは初耳だな。ケンカでもしてたのか?」
「いーの、祐作は。これは女同士の話しなんだから」
「そうか……すまんな」
あんたのガチマッチョ心は同じ心を持つ兄貴に理解してもらえよ。
そ、それが意外なことに時々しおらしいと言うか。そういう手紙が。
文通してんのっ?!
今時じゃねーな、北村くん。
とりあえずローコストだったからな。日本語に飢えてるらしいし。

「まあ、わたしの話はそんなとこ。……そうだ大河」
覚えているかなあ?
なに?
「わたしは『あんたに、ここに、いて欲しい』もう一回言っとこう」
「あ。覚えてるよ。うん」
「これからも。いつもじゃなくても。ね?大河」
「うん。みのりん」
あーみんも。たきゃすきゅんもな。北村くんはどっちでもいいけど。おい、冷たい!
みんなにここにいてほしいな。そういう気持ちを持っていたい。また会いたいよ。
うん!
ん。
もちろん!
おう。
櫛枝の笑顔はやっぱり眩しい。竜児はそう思った。

さて、じゃあ今日の集まりのメインディッシュと行きまっしょいーっ!
櫛枝実乃梨はポケットティッシュを出してテーブルの上に置く。
びっと引っ張って一枚立てて。
はなぢ対策、かんりょー♪
シートの真ん中で挟まれた大河に向かってはすに構えて。
それはまあ〜いじめっこな顔で。
「……コラ。いっしょにお風呂入って気持ち良かったそうじゃなイカ?」
「へ……?」
北村も亜美もぐいっと半身を乗り出した。
平静を装って冷めたコーヒーを含みながら、青ざめた竜児が十字を切る。

「うあーぃ!騒いだ騒いだぁ!面白かったなあ!高須、逢坂」
「ほんと!北村くんが相変わらず裸族なのも分かったし。でも北米では止めた方がいいよ」
「そうだな。兄貴じゃないマッチョに勘違いされてもかなわんからな!」
ファミレスでの異端審問が一段落したところで、5人は北村の提案でカラオケに流れたのだった。

4月からの新生活に備えて、それぞれにやる事はそれとしてあったけど。
ヒマだろ?お前たち。場所変えて遊ぼう!と言われれば異存があるはずもなかった。
いつまでも騒いでいたい宴。
建て前ではカラオケ屋のルームチャージがハネ上がるからという理由。
本音ではカップルを2人きりにしてやらんと、という温情で早めにお開きとなった。

「でも裸はいいぞラは!うっ屈したものがパァッっと飛ぶ!逢坂もやってみろ」
「うん!うちに帰ったらね☆りゅーうじっ☆」
「お?そうだったな!今夜も仲良くしろよ!」
「任せろ北村くん!」
店先の路上。大河は傍らの竜児を見上げてなんちゃってインビな表情をつくる。
いろいろ白状させられて、エロ虎、などと呼ばれて。もうヤケなのかもしれない。
「お、おう。なんか身の危険を感じるが。まあ、いいか」
遅れて、実乃梨と亜美が出てくる。
「恥じいから大騒ぎやーめてくんなーい?」
「あと1回か2回しかできねーよこんなこと。大目に見てくだせーよあーみん殿」
「元々の予定は開けてくれるんだろ?エロ虎の引っ越しのあとさ」
えええっ?あんたが言うのかっ!他人事かっ!なんてこと!!
軽く暴行を受けるがみんなスルー。

「まあねぇ〜。じゃ次は来週ね。あ、来れたら麻耶と奈々子も呼んでいい?」
「もちろん!あ、じゃあ能登も呼んでやらないとね。アホロン毛も」
「春田は彼女さんとイロイロかもしんねえけど、連絡してみっか」
ね、ばかちー。能登と木原ってどうなの?
なーに、興味ある?
うん。私煽ったことあるし。
「あんたと高須くんよりグズグズしてるよ。でも卒業だしどうにかなるんじゃなーい?」
ま、来週くるなら見てみれば?
そうだね!仲良くなってればいいなあ。
「それから、その次は……北村くんが渡米する前に一度遊べるかな。どうだい?」
「ね!だったら日帰りでもう一度うちの別荘行かね?」
おお!それいいな!
わお!でも大丈夫なの?
「うん、春は使わないはず。朝イチで行って、泳げはしないけどお昼食べて、ダベって」
「さすがばかちー!あんた最高だ!褒めてやるっ」
「よーっし!食材用意してって腕ふるってやる!」
「シェフがやる気だあー!わっせろーいっ」
わぁぅ!こんなとこで筋トレやめてーっ。みのりーん。

限られた時間の中で、精一杯の思い出を作ろう。
駅前を歩きながら楽しい計画を練って、5人の気持ちはまたひとつに。
じゃあここで。まったねー。と北村と亜美が別れた。
だいたいの方向が同じ3人はもう少し。

527桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:23:11 ID:???

「じゃあ。高須くん、大河」
住宅街の辻で実乃梨が別れる。
「高須くん、ジャンピング土下座はしねえけど。大河のこと宜しくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
あの屋上での壮大な勘違いを再現しようと。
この子は私の大事な大河です。気難しいところがあって心根の優しい子です。
「大河!幸せにしてもらえ!この優しくて強いやつに!」
葡萄色の瞳に夜空の月を映して、両の手をふたりに託す。
竜児も大河も言葉を発さず、でも大きく頷いて実乃梨の手を握る。
「高須くんも支えてもらえよ?」
「おう。もちろん」
ああ、勘違いはもう。してないんだな、と。
そして実乃梨は、大河と竜児ふたりの肩をいっぱいに広げた手でしっかりと抱いた。
「よし!じゃあな!また来週!!」
「おう!」
「またね!みのりん!」

****

実乃梨と別れたあと。散歩しねえ?と誘われて、大河は竜児と歩きだす。
暖かい日が続いていたせいか日が暮れても妙に生ぬるい。
えらく遠回りをする。
竜児がズボンのポケットに両手を突っ込んでいるから、大河には手を預ける所がない。
「北村……にさ?」
「ん?」
北村に兄貴が見つからなくて、お前の告白を受け入れていた。……としたら?
付き合っていただろうね。何をして良いのか、その先が分からなくても。
「そうなっていたら……櫛枝は……」
俺は……どうしていただろう。
竜児を見上げて、竜児の気持ちをひとつも見逃さないようにして答えようとする。
……同じだったろうね。と期待どおりに答えようとする。
黙したまま大通りを通り、昼間いたJonny'sの前を通る。
街路には桜の樹が並び、このところの陽気にふくらんだ蕾がいくつか綻び始めている。
春まだ遠い自宅の窓辺で想った桜を大河は見上げて。

「言わない」
ぴたっと歩みを止めた竜児がこっちを見下ろして、またすぐに歩き始めた。
機嫌悪くさせた?と心配になるのも一瞬。
全然機嫌なんか悪くない。変わらずに私を好きと思ってくれてる。

私がママに引き取られるって事だけは変わらなかったから。
それをいっしょに乗り越えてくれるのはりゅうじしかいなかった。きっと。
北村くんでなく。みのりんでなく。
でもりゅうじが言うようになっていたら……ここにたどり着けただろうか。
たどり着けたからこそ初めて言えることなのに。言ってもいいのだろうか。
「俺……ちょっと拗ねてるのかも」
ぽつりと言う。
やっぱり感づいていたんだ?

後をついてみたり、先を歩いてみたり。
住宅街の中を通って、見覚えのある角。立つ電柱には内科医院の看板。
「まだ傾いてるよ。ははっ♪」
「覚えていたか」
そりゃあね。2年も前なんだね。

「あんたが、もしかしてと思ってるようなことはなかった」
言わない。と告げたのにゆっくり言葉を紡いでみる。
黙って電柱に手を伸ばして触って、少し撫でて。
竜児を見上げて、さっきの実乃梨のように街灯の明かりと月とを瞳に映し出して。
「……そっか」
「そんなつもりはなかったし、みのりんも踏みとどまってくれたよ」
「そうか。悪りい。」
「いいんだよ。ただひとつだけ……」
つもりはなかったけど、その気持ちは嬉しかったんだ。本当に。
りゅうじがそれも気に入らないのは分かってる。
けど私、恥じるつもりは……ないよ。
「おう。……そんなの大丈夫だ」

528桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:24:14 ID:???

「だ、大丈夫って何?」
ここが一番大事なとこでしょ!りゅうじにとって。私にとっても。
あんたは出逢う前の私の過去も俺のもんだって。思ってくれない……わけ?
「は?だってお前いま居直ったばかりじゃ」
「居直る!?」
居直るって、ま、まるでわた、私が浮気者みたいに!
い、い、やそれはその通りかもだけどさ。なにそのしょうがねえな風な。
あー。遺憾だわー。私悪くないもーん。あ、これもう言ったことあるわ。
とにかくっ、りゅうじだけいっつもモノ分かり良く飲み込むなんて。そ、そ。
そんなの嫌なのっ。
「こういう場合、ふざけんなそんな過去は俺が消してやるっとか、じゃないのっ?」
「だってなあ。お前自身が消したいって思ってねえだろ?」
そもそも相手は櫛枝だし。
いくら俺が潔癖症だからってそんなとこまで。なあ?
「あーもう何だろ私?りゅーじのやきもち嬉しいのに足りないっ!寂しすぎるっ」
もうっ、分かってよっ!!
ああ。分かってるとも。
お前が自分の分を負担させろ。寄越せって思ってるのはな。
そうは言っても、これは分け合うほど大した何かがある話じゃない。
ま、要するに。
「こういうときは、こうやって流すんだよな……?」
もう子供じゃないから、芸はあるんだよ。大河。
電柱脇、街灯と月に照らされて。竜児はじたじたする大河の肩を押さえてちょっと屈む。
春の宵に渡る微風はやはり夢のようで、肌を撫でられくすぐったい。
ん……。
「落ち着いたか?」
「うん落ち着いた」早えな!
制服だし。この場所だし。おまけに季節もほぼ同じ。
今がいつなのか。ふたりそろって勘違いするには充分なシチュエーションでもあったろう。
「なんかね、すーーっと。余計な考えが落ちた!」
ポケットから出した竜児の左腕に絡みついて、夜の住宅街を帰途につく。
回り道のようでも、これが最短距離なのだ。


「ただいまー。あ、泰子もう出かけたか」
しょうがねえな。灯りつけっぱで行きやがって、だらしねえ。MOTTAINAI。
ついでに上着を脱ぎ捨てる大河にも小言。
ちゃんとハンガー持ってきて掛けねえと……お。
拾い上げたブレザーの内ポケットから落ちたのは生徒手帳。
「ああ、入れっぱなしか。……何だまだ写真2枚挟んだままだな」
「うん。え?あ?ちょ、ちょっとっ」
急に血相を変えて大河は手帳を取り返そうとする。
なんだよ?北村の写真持ってたって別に気分悪くねえよ。俺だって……櫛枝の写真捨てる気ねえし。
「そ、そうだよね。ははは……は。わっ?!」
竜児がページをぱらぱら繰りだしたのを見て慌てる。
「なんだ?これ」

縦軸に日付が並んでいる。うん、上京してからの日付だな?
じゃあこれ今日書いたもんか。
横軸にみみず?のようなヘタな絵、隣に虎縞猫の顔が並んで描いてある。ああ虎か。
ということは、みみずは竜。竜と虎、俺らだな。
タテとヨコに囲まれた余白に、○△×が記されていて……。
ふと見ると大河の頬がぷくっとふくれて、でも桜色に染まっていて、眉は八の字、瞳爛々。
誰が見ても明らかなほど恥ずかしがっている。
見るまに俯いていって。消え入りそうな声で。
「……た、対戦成績……」
「なんでこんなんで赤く……は?勝敗?ゲームなんてしたっけか?」
竜児の白星はなく、一昨日が△同士のドロー。昨日までの通算で△××。大河は△△○。
いつの間にか卓袱台の脇で向き合って座っている。

529桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:26:27 ID:???

おうっ!これって……?もしかして……?
「なあ?ひょっとして……俺の二勝一分け?」
「りゅ、りゅうじの……一勝二分けで、しょうよ……」
大河は正座のままぴょこぴょこ近づき、胡座の脛を膝小僧でつんとつつく。
そのあと身を乗り出して胸にごん!と頭突き。
「わ……わたしも一勝……二分け……かな。ははっ……」
「そ、そおか。どの辺が対戦なのかもはや分からねえが」
一勝できて……良かった……じゃ、ねえか。お互いな。
竜児も俯いているつむじに向かってごちん……と軽い頭突きをかます。
「……きょ、今日は……勝ち越せた……らいい……ね?」
「お、お、おう……」
負けゲームがないなら現時点で既に勝ち越せてるだろ、とか考える余地もなかったが。
相変わらず、回りくどい大河。
「しかしまたどうしてこんなマメな事を……?」
「き、記録しとけば後々役に立つ……んだって。……浮気とか」
「誰にそんなことを?!」
「……ばかち」
お前か川嶋ぁ〜〜。
んべっ、と憎まれ顔が浮かんだ。

――うぁ〜ん☆どおしよ〜?やっちゃん遅刻しちゃう〜
出勤の支度に忙しく、うっかりただいまに返事し忘れていたらこの始末。
まあ結局のところは物音でも立てて、間をとってからふすまを開ければ済む事なのだけど。
やっぱり泰子にもこんな雰囲気は楽しすぎるのだ。
――今日はちょっと遅れよーっと☆
ぽちぽち勤務先にメールを打つ。
ふすま越し1mにも満たない距離で続くイチャつきにニヤケてみる。

「勝ち越すには……やっぱ出場回数が、というか……大事だよね?ふへへ……へ」
「まあ……そうかも……知れねえな」
どこへ話題を流れ着かそうとしているのか。
少々不気味に感じながらも竜児はつきあってしまう。
「りゅうじ先発はアレかもだけど……抑えの守護神だよね」
「アレとか言うな」
だんだん乗ってくるとネタがはしたなくなるのは、しょうがないのかも知れない。
北村がバカ兄貴。おっと。兄貴バカ一代なら間違いなく大河は竜児バカ一代。
逆に竜児も同じである事は論を待たないだろう。

「ねえ……その……ローテってどれくらい?」
いきなりだな。中三日とかのあれか?
うん中一日要らないのはわかったけど。
は?ああそういうことか。
「そうだなあ……1時間くらい?……かな?」
昨夜の実績をバカ正直に答えてみる。

――りゅ、りゅーちゃん!ダメでヤンス!!もっとサバ読まないと死んじゃうっす〜よぉ☆
ふすまの陰で泰子が母親の顔に戻って青ざめている。

「1時間……そう?ふ〜〜ん」
ひと晩で4ゲームはできる計算……なのか。
そうすると守護神で6勝くらい?……ぐふふ。大勝利。パ、パコパコカーニバルぅ〜☆
指折り勘定してニヤついてもう一度ごん!と頭突き。
これは甘えてるのに加えて、とっととプレイボールを宣せよ、という催促でもあった。

そのとき、がたん!と物音。
「きゃんっ☆寝っ過ごっしたんすっ!」
ばたばたばたばた……と泰子部屋の中から。
大河と竜児は座ったままの場所で予備動作なしに10センチ飛び上がる!という。
到底人間わざとは思えない芸を披露してわたわたわたわた。

「き、着替えてくるっ」と竜児は自室に走り込む。
逃げ遅れた大河はぴうぴう鳴らない口笛でテレビリモコンに手を伸ばし、窓側の定位置に。
同時にふすまがばぁんっ!と開いてフルアーマー泰子登場。
「準備完了ッス!行ってくるっス☆」
「うん。やっちゃん。行ってらっしゃーい」と玄関まで見送りに立つ。
さすがは元手乗りタイガー。クールな常態に戻る速さは未だに他の追随を許さない。
桜色の顔は戻しきれなかったけど。
「おるすばん宜しくねー☆じゃましてごめぇん。にゃはっ☆」
きゅんと柔らかくハグして、泰子出撃。

「あぁ〜びっくりした。聞かれたなぁありゃ〜」
部屋着に着替えた竜児がふすまを開けて戻ってくる。
「……そんなことより」
ん?うわあ目が逆さ蒲鉾型に釣り上がってるよ。
「逃っげったっわね?……この私を置いて……」
機嫌を損ねるのと、貪り喰われるカーニバルとどちらが好ましいのか。
それも高須竜児しか知らない。


「りゅーじがやっちゃんにあんなこと知られたくないのは。うん、分かるよ」
お腹がいっぱいになったら完全に機嫌が直っていた。
怒る→腹がへる→鳴る→食事の提案→わっほいという余りにも慣れ親しんだコンボ。

530桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:27:47 ID:???

買い物に行ってないから食材は乏しかったけれど、こんなときにはそう。チャーハンだ。
カブとにんにくを切らしていたが、他は揃っている。春キャベツの残りに玉ねぎ、ベーコン。
甘すぎるのは紅ショウガでバランスを取ってやる。
居間で待っていればいいのに、大河は脇に立って調理を眺めている。
「ゴロ寝してりゃいいのに」
「ううん。見学してる」
そういや昼からメシ食ってなかったしな。と思いつつ。
見学者のために手元を見せ、わざとゆっくり野菜を刻みベーコンを刻み。炒めて取り置き。
合間にスープをつくる。
やらせろと言うのでスープの実を刻ませたら手返しは遅いがまあまあ形にはなっている。
大河の作業が終わるまで待って、卵を溶く。中華鍋に油を敷く。
「ここからは一気にやる。ペース落とせねえからな?」
「ふんふん」
炒めた卵が半熟で冷飯に絡んで、飯から出た水分がほかほかして、それが飛んでパラリと。
仕上げに香り付けのオイスターソースと醤油。流れるようなご家庭厨師。
うん。りゅうじはやっぱりかっこいいぃ。とあらためて感心されたり。

とまあふたりでチャーハン食い終わって、くつろいでいるのである。
「いくらもうバレバレってもね。顔合わせるのは恥ずかしいかも」
カルネアデスの舟板ってやつよね。私を見捨てたのはオトナになって赦してあげる。
うん。済まねえな。サンキューな。
「話は違うけど、ちゃんと観察してみれば料理は手順の組合せよね」
「そうだな。効率よくやろうとすれば詰め詰めにできるけど。手が離せない作業はそうは多くねえ」
毎日の家庭の料理なら、10分で出来ることを15分かけてもいいのよね。
「台所に立ってる間じゅう緊張してなきゃいけないと思っていたよ」
「大事なとこだけ気合い入れて、他は気楽にやればいいな」
「うん。できそうな気がしてきたわ」
りゅうじが私の料理を食べて旨いっ!って言ったらどんな気分なのかな。
おう、俺も楽しみにしてる。ちょっとずつ練習しようぜ。

ところでこんな流れで言うのもどうか……とは思うんだけど、さ。
んー?
「おふろ……入る時間よ……ね?」
「なんか……1日おきにかわるがわる誘ってるな。じゃ、入るか」
「う、うん。お湯ためてくるっ」
だっしゅ!

なんだな。機嫌は直ったし、カーニバルな空気も回避したようだし。
夫婦ってこんな感じなのかと、平穏に慣れ過ぎて図々しく竜児は思う。
でも湯が張られた頃に上機嫌なエロ虎からちゃあんと期待を外さない課題を負わされるのだ。
「んー。抑えの守護神にも、サービスエースを期待しとく」
「……テニスになってる」
大河が想定したゲーム数自体にはなんら変更ないらしい。

「そうよ。Loveから始めるんだもん♪」


「……2年の……秋にはお前とこうなってれば」
そうすれば……。もっと。
もう深夜。静かな声で竜児が呟いた。
竜児の部屋で、ひとつ布団で。懐に抱え込んだつむじに顎を当てながら。
「みのりんの事はどうしてたつもり?」
「関係ねえ……」
「北村くんが好きな私を?」
「それも……関係ねえ」
めちゃくちゃ言ってるね。
分かってる。
「だったら……秋じゃ遅いよ。夏休み。旅行に行く前。」
みのりんが、りゅうじを好きになる前。
お前の方だって。
私は……そうね?4月にもう友達になろうって言われて振られ済みだもん。
ああ、そうか。って無茶いうな。
……私もめちゃくちゃ言ってるだけ。
こうしていると私も心から思うよ。もっと早くこうしたかったって。

531桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:29:02 ID:???

それでも。
「年が明ければ、ママに引き取られるっていうのは変わらないんだよ」
もし、りゅうじにここまでの気持ちを持ってたら、私……行けなかったな。
そしたらりゅうじはきっと……。全部捨てて一緒にいてくれたね。
「ああ、そうしていたな」
「一か月くらいかなあ?逃げ切れるの。そして捕まって」
やっちゃんもママも二度と私たちを逢わせてはくれなかったよ。
だから二十歳になったら家を飛び出して一緒になるんだよ。きっとね。
「同じようなこと考えるんだな。俺は……それでも悪くねえって気もしてる」
「うん……私も。りゅうじとなら」

高校生活の真ん中で半年だけ結びついて。
そのあと無理やりに2年ほど引き離されて。
耐えて、壊して、呼び合って、また逢う。
それもまた、あり得たかも知れなかったやり方。
「でもね。今の方が守り切ったものがずっと大きい。ずっと、幸せって思ってる」
「……そうだな。そうだ」
「私、そう言えば考えられる限りの最短で帰って来たんだよ。褒めて?」
「ああ!よくやったよ、お前は」
俺の手の届かないところで、大半はお前だけの力でな。
くしゃくしゃと頭を撫でる。へへへ、とテレ笑い。

4月になれば別々に進学だ。その前に引っ越し日のあとは寝るのも別々……。
こうしていられるのもあと少しだね。
でも慣れないと。でも慣れるのかな?
「そろそろこうしている方が当たり前に思えて来て……ね」
「慣れろ。俺も慣れるからさ」
「うん」
とーこーろーでー?
にぎっ!
おうっ?

「またやる気?」
「け、喧嘩売ってるみたいだな。……お前がその気なら、その、え〜と」
「さすがはりゅうじだわ。約束を違えない男だね☆」
「約束?……なんかしたっけか?」
「『傍らに立つ』っていう……」
下・品!とつむじに手刀を叩きこむ。

「うぅ〜。まありゅうじの体調もあるだろうし。今日はもうやめとく。手刀痛いし」
「そうか、そんなら……寝」
「……でも!どうしても!どう〜しても襲いたくなるんなら……拒否しない」
「……」
「期限は眠くなっちゃうまでね」
「……」
「黙りこんじゃったよ……。きっと眠いんだ?。眠るがいい。落ちるまで見てる」
「……お前なあ」
ふわぁ〜あふっ。とわざとらしく可愛い欠伸をかまされたり。
ややあって竜児はもぞもぞっ、と。
もー。りゅーじはしょーがないねえ〜♪などと囁かれて。
騙されてる気がする!うまいこと操縦されてる!とどこかで思いながらも。

でもまあ、大河だから仕方ないと。そんな事は前からずっと分かっているのだ。

532桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:31:17 ID:???

****

手荷物だけで大橋に帰って来てからの一週間が夢のように過ぎた。
手をつないで、寄り添って出かけ。買い物をし、食事を作り、作り方を教わり、笑いあって食べる。
独り暮らし用の家電を選ぶのを手伝ってもらったりした。
お互いの進学先をチェックしに行くという口実で都心にも行った。
あのメタリックブルーの、お菓子のようなパッケージはいつしか空になって。
新たに二つ目も買ってきて、どちらのうちに置くかとちょっと悩んでいる。
対戦成績はどうやら勝ち越し気配なのだが……大河が記録を見せないので本当のところは謎だ。
ほら、こういうのは主観でしょ。
というとこを見ると気を使って演技をしているのかもしれない。……などと。
竜児は多少びくびくとコンプレックスを刺激されてもいる。
そんなこんなで、今日は引っ越し荷物が到着する。

「セッティングまで業者さんがやってくれるから手伝いは要らないのに」
「なにか男手がいるかも知れないだろ」
それに掃除もなー♪と道具もひと揃い持参で変態的な笑みも凛々しく竜児は大河についてきた。
……まあ、実際に出番はなかった。
入居者と作業者の計3人が入れ替わり立ち替わりでワンルームマンションは一杯。
邪魔だから出てろと言われて、玄関先にの通路に追い出された。
所在無げに突っ立ってるのも退屈なので、扉などぴっかぴかにする。

やがて引っ越し業者が作業を終えて帰ると、やっと上げてもらえる。
「お待たせ。じゃあ、りゅうじ。お掃除してくれる?私食べ物買ってくるから」
「おう。この広さなら……15分もあれば」
じゃ頼むわー。おおっなんじゃこりゃあ!玄関がぴっかぴかだあ!
靴をつっかけて買い物に出る大河を見送って、やっと竜児の腕まくり。

「どうよ?」
「ホントに15分で塵ひとつないなんて……りゅうじすごい!かっこいいっ!」
コンビニで買ってきたソバをずぞぞぞ、とすすりながら暮らせるようになった部屋を眺める。
ベッドが入って、ライティングデスクが入って。姿見と大きめのハンガーラックでほぼ一杯。
でもこだわりで、カーペットに小さなローテーブルなんか置いた床生活らしい。
ふたりでぴったり寄り添うとちょうどいいスペース。
「ずいぶん服が少なくなっちゃったな」
「うん。整理してオクで売っちゃった。けっこう引っ越しの足しになったんだよ」
落札者がいい齢のおばさん多くて、こんなフリフリ着るの?って思ったんだけど。
……実はこども用に買ってくれてたんだよね。複雑な気分だった。
まあともかく、この小さな部屋が今は身の丈にあってる。
竜児にプレゼントしてもらったブレザーもしっかりカバーをかけて下げてある。
そのうちバイトして、就職して、自分で稼いで少しずつ好きなものを揃えて行くよ。
そしていずれ、りゅうじと。あたらしいうちへ。
ね?
想像すると、自然と笑みが湧いてくる。

しまった。デザートにアイスが食べたくなった。買い忘れたっ。
と言うので、連れだって出かける。
いっしょに散歩をする口実なのは分かりきっていても、突っ込むことでもない。
いろいろ忘れては、そのつど無駄に練り歩けばいい。
コンビニでアイスを買って、帰ろうとすると公園で食べて行こうと大河が誘う。
高須家の近く、旧大河マンションの向かいにある児童公園で。

533桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:33:36 ID:???

ベンチに並んで腰かける。昼下がりの公園は近所の母子連れでそこそこ賑やか。
母親と遊ぶ子供を楽しそうに眺めてアイスを食べていた大河は唐突に言い出す。
「ねえりゅうじ。こどもほしい。私と、りゅうじの」
「え?今……か?」
「うん。いますぐほしい。……と思ってる。って話」
「ああ、そうか。そういうもんなんだよな、女は」
うん。と頷いて大河は続ける。
りゅうじといっぱいしてさ、きもちよくなりたくてさ。そのたびにほしくなってくるの。
あ……りゅうじが、じゃなくてこどもの話ね?
い、いやりゅうじもほしいけどさ。
とりあえずこれはそうじゃない話。
「来月、来ないといいなあ。なんてね。思うのよ」
「お、おい?」
分かってるよ。分かってる。全部守り続けるためには、いまは無理。
「俺は。……いつか欲しいけど。先にお前をもっと……って思う」
男だからさ、ずるいけど。
「あー。そうか。そうだよね。気持ち、移っちゃうもんね女親って。どうしてもさ」
そこ斟酌しないで無神経に言ったのは悪かった。忘れて?
なにも今こども産まなきゃ絶対いやなんてことは思ってない。
できるだけ早く、っていうんでもない。そこは私も自然に普通にでいいの。
ただ私がそういう気持ちになるってことだけ覚えていてくれればいい。
おう。
アイスを食べ終わってコンビニ袋に片づける。
公園の桜が弾けたポップコーンのようにいっそう開いてきていた。五分咲きといったところか。
あれは春を迎えた人の嬉しさが花の姿を借りている、と大河はふと思う。

「ママがね?去年弟を産んだのよ」
「ああ、聞いたな。可愛いんだってな」
ぽふん、と竜児に寄り掛かって、夢見ごこちで続ける。
いまはもう可愛いばかりだけどね?産まれた直後は全然そう思えなかったの。
でもママもお義父さんも、見たこともないようなえびす顔でさ。私驚いちゃった。
ママのグズグズデレデレな顔なんて見たことなかったから。
「好きな人とこどもつくればあんなに嬉しいのか……って寂しかったんだ」
でもね、私を産んだ時も同じだったんだって。
そうなんだ、私もあんな顔で眺めてもらえたんだって。

そうしたらさ、私はどんな顔するんだろ。りゅうじは?ってね。すごく見たくなった。
「それは、俺も見てえ。いますぐにでも」
へえ?とニヤつく大河に慌てて訂正。あくまでも男のエロ心を別として……な?
じゃあそれ満たしてやるか、とこれも口実にする大河。

「りゅうじ。……ん?」
「こんな近所でかあ?子供だって見てるのに。……通報されるかもしんねえし」
「……あんたの誹謗中傷は不問に付すわ」
ま、恥ずかしいよね。
私ね、一週間もいっしょで。ご飯もお出かけも寝るのもいっしょでいたら。
りゅうじに対してはあんまりテンパらなくなってきたの。
こんな自分がいたのか、とも思うけど。なんだか嫌いじゃない。
「なんて言うか……りゅうじにイカされるたび変わっていくわたし。みたいな?」
下・品!
お約束の手刀をつむじに振りおろそうとしたが、竜児の手はしっかりと膝の上で握られていた。
「まあ、オトナになるってのはこういうことよ?」
んーーと顎を突き出して目を閉じる。
淡い茶の髪が微風に遊ばれ、隙間に耳が見え隠れ、頬は桜色。大河はやっぱり美少女。
但し綻ぶ花のような可愛い唇の端に、さっきまで食ってたアイスクリーム。
「オトナねえ?」
竜児はティッシュを取りだして、こどもの世話をするように拭ってやる。
ゆっくりと、丁寧に。
やがて可笑しくて、くくくと笑いだしてしまう。
「あ!だだ台無し?なんだ私!こんなにキメたとこなのにっ」
「別に恥ずかしいことが言えるようになったからって大人じゃねえだろ」
ドジ!ああなんてドジ!と嘆く大河の肩を抱いてやる。
大河はずいぶん変わったし、俺も変わった。だけど別人になったわけじゃねえ。
前のまま甘ったれなお前もちゃんといる。俺は変わらずに好きだよ。
しゅしゅしゅ〜んと空気が抜けていくふうで、小さな身体が一段とちぢこまる。
桜の艶が完熟トマトの色に染めあげられ。俯く。
「そ、そう……ね……」
小学生のように、ちんまりと。う、嬉しいわ……と。

そして竜児は突然にキスをしたくなった。
もっとなんかイイコト言ってこいつをテレさせてやろうかぐらい余裕でいたのに。
自分の顔が熱くなってくるのが分かる。なぜだ?なんの前触れもなく?
しかもこんなこどもっ振りになった時にって、俺大丈夫か?
様子を感じ取って大河が顔をあげる。鳶色の瞳に不安の光を湛えて見つめる。
どうも、なんて言うか。それでトドメを刺されたような。
ここは公園。子供も見ているけど。ええい!
来いよアグネス!
負けた竜児が桜の下で奪った唇は、アイスクリームの味がした。

534桜のころ(虎、帰るアフター3):2011/04/04(月) 01:35:05 ID:???

結局は、まだまだ大人の真似ごとをして浮かれているだけと知る。
大河も。竜児も。
熱に浮かされながら、一瞬でも離れたくないと思える幸福に包まれていた七日間が終わる。

望んだ全部を諦めないで手に入れて、そして守り切る。
それは長い人生をまるごと賭けて挑まねばならない大勝負。
自分たちはそのスタートを切ったばかりと。何度も済ませた同じ決意にまた至る。
傍らにつないだ手に力を込めてみれば、同じ強さで握り返してくる。
この絆と思いつづく限り、何だってできる。どこへでも行ける。
部屋までのわずかな道のりを歩きながら、そう思う。

「いい陽気。神、枝に這い、かたつむり空に知ろしめす。すべて世は事も無し。……ね?」
「赤毛のアンと言ってしまいそうだが、上田敏訳のブラウニングだな。海潮音」
「さすがはりゅうじ。理系の分際でよく知ってること」
「ちなみに神と蝸牛が逆だ。枝に這わせてどうする」
「はははっ、バレた〜」
すべて世は事も無し。

戻って。
荷物の、特に服の整理を始めっか、と提案する竜児に先にやる事があると伝えた。
私は白いプレートとマジックを出して。キュキュッキュ、と丸っこい字で。
そう。表札を出すの。
まあ儀式よね。

逢坂竜児
  大河

「連名かよ。てか俺なんか入り婿みてえ。……まあ、防犯にはいいのか」
「そ。気分。そして練習。管理会社になんか言われたらそう言っとく」
男のふたり暮らしって疑われねえかな?
なおさら防犯上有利じゃん。
そうか。
「名字を高須に書き換えるのが楽しみ。でしょ?」
「おう!」

ふたりで玄関先に、つっかけで出た。
扉の上辺近くの高さに付いたホルダーは、もちろんきれいに掃除してくれている。
竜児はふつうに。私はちょっと背伸びをして。
プレートに手を添えて、せーのでいっしょに差し込んだ。
私は思いを込めて竜児を見上げる。
楽しそうに見つめ返してくれる。

胸の奥がくすぐったくて、小鳩のように笑いだしてしまった大河を竜児は優しく見る。
この世界でただひとりだけそれを見ることができる。

そうしてふたりは扉を開けて。笑いあいながら部屋に入っていった。


――END





※作中にて、以下の一部を引用させていただきました
新井素子『あなたにここにいて欲しい』
宮沢賢治『永訣の朝』
ロバート・ブラウニング『春の朝』上田敏 訳

535高須家の名無しさん:2011/04/04(月) 02:13:21 ID:???
まだ読んでませんが、乙乙!
あとの楽しみにとっておこう…

536高須家の名無しさん:2011/04/05(火) 00:03:34 ID:???
幸せだー。読んで幸せになったー。
ここの所荒んでいたので、涙が出た。
本当にありがとう。

537高須家の名無しさん:2011/04/06(水) 20:33:28 ID:???
同じく。
やっぱ皆で和気藹々してると嬉しいなー。みのりんとの危うい過去は読んでてどきどきした。
公園イチャイチャに死ぬほど萌えた。ドジっ子健在な大河も、タガが外れた竜児も可愛いよ…
ぬくもり溢れる読後感でたまりません。幸せになれよ…!
完結お疲れ様、そしてGJでした!

538高須家の名無しさん:2011/04/07(木) 23:19:12 ID:???
いいよーいいよーGJだよー!

539514:2011/04/08(金) 20:43:00 ID:???
>>535-538
ご感想ありがとうございました。
ネタ的にご不快を感じた方にはお詫び申し上げます。

時節柄、どうしても優しく力強い方向でしか書くことができませんでした。
もっと竜虎が絆の力でいろいろ乗り越えるのが本当なのでしょう。
それは他の書き手の方に期待しますね。
感想にレスを返すのは荒れる元らしいですが、こちらは失礼ながら過疎なので大目に見て下さい。
ついでに蛇足ながら、本編+アフターのプロット発案の元になった曲をご紹介します。
http://www.youtube.com/watch?v=gNFJFQSsXMQ

音楽はエロス描写以上に個人の好みだと思いますので、お勧めはいたしません。
ということで、ありがとうございました。

540高須家の名無しさん:2011/04/13(水) 00:25:31 ID:???
本スレ>>563の絵って、まとめサイトにあるやつじゃないっスか。
9スレ目のまとめにあったわ。

あと、探してる絵はまとめサイトのリンクから飛べる「べろべろ」さんのところを上から順に見ていけば良いと思うよ!

541気付かない想い ◆QHsKY7H.TY:2011/04/28(木) 13:17:45 ID:???
「フンッ!!」
「てっ!?」

 突如、問答無用でイキナリの目つぶし攻撃を敢行したのは言うまでもなく、

「何すんだ大河!! 視力が落ちたらどうする!!」

 手乗りタイガーという名誉か不名誉かいまいち判別のつかない二つ名を付けられた少女、逢坂大河。
 日も暮れ始めた夏の夕方と呼ぶに相応しい時間帯。
 同時にタイムセールを各所でやり始め、いかに勝利者となるかの瀬戸際になる時間帯でもある。
 世の奥様方よろしく、タイムセールの内容をチェックしながら歩いていた高須竜児は突然の目つぶし攻撃に当然の如く抗議の弁を述べる。
 目という部位は人の一生においてとても重要な役割を果たす感覚器官。
 それが失われることがどれだけ大変な事なのか、お互いわからない歳では無い筈である。
 その辺どういうつもりなんだコラァ!? と言った具合に釣り上がった凶眼は、一見してか弱そうな少女にガンを付けるヤクザそのものの出で立ちだが本人にその気はもちろん無い。
 目つきは生まれつきのものであって本人の意志ではなく、ただただ理不尽の理由を問いたい、というのが本心のそれである。
 悲しいことにこの世にそれがわかる人間は少なく、周りで買い物をしていた奥様方は恐怖で離れていき、近くの交番に駆け込む者までいるのが現状だが。

「眼がエロいのよ、眼が」

 一方、竜児の目つきを生まれつきのものだと理解出来る数少ない人間に分類される筈の彼女は、彼のその凶眼を見てあろうことかエロいと発言する。
 人間という人種が何十億と住むこの星において、彼の眼を見てそんなことを言えるのは世界広しといえども彼女ぐらいのものだろう。

「あんたさっきからあっちをチラチラこっちをチラチラ、何処見てるのよこの駄犬が」
「しょうがないだろ、チラシに乗っていない突然のタイムセールをやりだす店だってあるんだ。チェックするのは多いに越した事はない」

 加えて竜児は昔からその眼で勘違いされる傾向にある。
 自然とそういう人達が近くにいないかを探る癖も彼にはあった。

「どうだか。さっきはあっちの女の人の事見てたみたいだし、かと思えばあっちの小学生。ホント見境無いわねこのエロ犬は。みのりんに言いつけちゃおうかなぁっと」
「く、櫛枝に!?」

 彼女の言ってることは事実無根……ではないのだが、意味するところは全く違う。
 前述する通り竜児は周りの視線を極端に意識する為に、自分をそういう目で見そうな相手にはこちらから予防線を張っているのだ。
 大河の言う「見ていた」は正しいがその理由は大河の言う『エロ目的』とは一致しない。
 だが彼女にそう説明したところで大人しく話を聞く相手では無く、加えてリーサルウェポン……いやアルティメットウェポンの存在まで口にされては竜児に為す術は無かった。
 握った拳を開いて、諦めに似た思いで竜児は肩を落とす。 話してもどうにもならないのなら文字通り諦めるしかない。反論するだけ無駄なのだ。
 そんな悟ったような竜児の顔を、しかし大河は尚睨み付ける。
 こちらは諦めたのに何でまだそんなに睨んでくるんだ、と竜児は怯える。元来目つきは怖くとも内心は伴わないヘタレそのものなのだ。喧嘩だってしたことは無い。
 竜児がそう内心でビクビクしていると、

「君、ちょっと話を聞かせてくれないか」

 肩に手を置かれて背中から声をかけられる。
 振り返ってみるとそこには公権力の象徴、警察官が立っていた。そういえば交番に駆け込んでいた人がいたっけ。

「先程近くを通りかかった人が恐喝している現場を見たと言ってきていてね、どうなんだね?」

 言葉の上では疑問系だがその口調は決めつけた詰問だった。
 無理も無いと思う。こんな目つきの男が女の子と言い争っているような現場を見たら、誰だって男が悪いと決めつけるだろう。
 竜児はビクビクしながら何とかわかってもらおうと口を開こうとして、

「アンタ本当に警察官? だとしたら警察学校からやり直してきたら? この税金泥棒」

 先に大河が口を開いていた。
 大河の生意気と取れる口の利き方に警察官は眉をピクリと寄せる。
 無理もあるまい。彼にしてみれば女の子を助けようと現れたのにその女の子に暴言を吐かれたのだ。

542気付かない想い ◆QHsKY7H.TY:2011/04/28(木) 13:18:47 ID:???
「どういう意味かな? 私はただ聞き取り調査に来ただけだよ」
「どうだか。さっきの言いぶりだと竜児を恐喝の犯人扱いしてたじゃない。何も知らないでよくそんな事が言えるわね。その男は生まれつき目つきが悪いだけのヘタレ男だってのに」

 どういうつもりか知らないが大河は警察官に噛みついていた。
 竜児としてはオロオロするばかりだが、ヘタレ扱いされようともそれで誤解が解けるなら御の字だった。

「君たちは知り合いか何かなのかな? それともまさか恋人かい? 彼氏に脅迫されているんだったら言いたい事は言った方が良いよ」
「はぁ!? 私達が恋人!? 本当にアンタ目が節穴なの!? コイツとは単なるクラスメートよ!! それ以上でもそれ以下でも無いわ!!」



***



 その後すったもんだがあったものの、近くの懇意にしている店のおじさんが竜児の事を警察官に説明して事なきを得た。
 竜児は苦い顔をしながらも何も起きずに良かったと笑っていた。

「何で笑ってられんのよ、あの馬鹿犬」

 自分の部屋の中央に位置する寝椅子(寝っころがりながら座れるから寝椅子でいいのだ)に一人座って、膝を抱く。
 大河は夕食を高須家で摂った後早々に自分の部屋に帰ってきた。

「誤解だって、さっさと言えば良いじゃない」

 今日警察官が竜児を責めに来たのは自分のせいだとわかっている。
 大河は顔を膝と膝の隙間に埋めてさらに縮こまった。ただでさえ小さい体を小さくして丸まるその姿は、泣いているようにも見えた。
 わかっている。悪いのは竜児ではなく自分だと。自分が“意味も無く”つっかかったせいで勘違いされ、嫌な思いをさせたと。
 でも素直にそれを認める事はできそうに無く、だから無理矢理庇う形で警察官に喧嘩を売った。
 苛々する。無性に苛々する。 悪いとわかっていても謝る気が無い自分に苛々する。
 けど素直に謝ったらそれは自分では無い気がしてそれも苛々する。
 そもこんな事で苛々する原因を作った竜児に苛々する。そうやって竜児に原因をなすりつける自分に苛々する。
 苛々し続けて、自分が何に苛々しているのかわからなくなってきて、苛々する。
 わからなくなるってことは今までに考えた理由が本当の理由じゃない気がして苛々する。でも本当の理由に気付きたくなくて、そんな弱い自分に苛々する。
 結局竜児が悪いと決定付けて苛々を終わらせようとするが、そうやって竜児のせいにする自分に苛々するのを止められない。
 でも、苛々の理由とは別に竜児も悪いとは思う。すぐに否定すればいい。自分は悪くないと訴えればいい。
 それをしない竜児はやっぱり悪いと思う。悪くないのに悪者になる竜児は悪い。そう、竜児が悪くないから悪い。竜児が悪くないから苛々する。
 竜児が否定しないから苛々する。そんな目で女の子を見ていないって言えばいい。自分は悪くないって言えばいい。
 関係無いって言えばいい。否定すればいい。……言って欲しい、否定して欲しい。

 自分はそんな目で女の人を見ていたわけではない、と。
 根も葉も無い事を勝手に言いつけるな、と。
 自分は何も悪い事はしていない、と。
 自分は何もしていない、と。
 恋人じゃない、と。

 自分はヘタレじゃない、と。
 単なるクラスメートでもない、と。
 それ以上であって、以下ではない、と。

「……ぅ……すぅ……」

 大河はやがて寝息を立て始めた。
 他愛の無い一日に過ぎない今日考えた事を、彼女は何処まで覚えているだろう。
 恐らく、微睡みつつの思考など数えるほどしか覚えていないだろう。
 それでも、彼女は自分の性格だけは理解しているだろう。

 自分は“意味もなくつっかかったりなどしない”と。

543 ◆QHsKY7H.TY:2011/04/28(木) 13:19:32 ID:???
すいません、本板に上手く書き込めなかったのこちらに書き込みました。

544高須家の名無しさん:2011/04/29(金) 07:04:15 ID:???
大河切ないなぁ。

545高須家の名無しさん:2011/04/29(金) 09:39:26 ID:???
>>542
3,4巻辺りの大河はヤマアラシのジレンマを自覚したところでほんと切ない。
でも最後の一文が前へ進もうという意思でいいよね。

546高須家の名無しさん:2011/04/30(土) 21:49:51 ID:???
>>543
お久しぶり、GJ。
やっぱ、安心して読めるわ。

547高須家の名無しさん:2011/05/01(日) 00:51:21 ID:???
最後うまいなぁ。何度も読み返したくなる文章です。


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