[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?
655
:
幸せな名無しさん
:2025/12/20(土) 18:01:37 ID:DkS3bHB20
>>654
私はこの質問をした者ではないですが強烈に腹が立ってしまいました。
全ては流れである、起こることは起こるけれど起こらないことは起こらないと言いながらあなたが選択するのを怖がってるから先延ばしになってるだけだってどういうことですか??
広い目で見たら全ては恩寵によって動かされている、けれど寄って見たら自分が選ぶことが出来るって事ですか?それってどういう事ですか?
エゴ(?)には一生分からないんですか?私のエゴの理解度が低いんですか?でもその理論って本当に新興宗教の教えと同じロジックじゃないですか?
あなたにはまだ分からないから意見を言う資格がないんだって言われてしまえば、もう誰も何も言えないし、だったらネットに書き込む意味も分かりません。
そもそも恋人が欲しいと思う事も、だけど人と一緒にいたくないと思う事も、人と一緒にいたくないという思いが浮かぶ過程も、全部自分で選んだことじゃないですよね?
私は少なくともそう思います。怠惰だと言われようと、潜在意識なんか調べようとする奴なんか頭おかしいことなんて分かっていても、それでも調べざるを得なかったんです。それくらい追い込まれたのはそれまでの人生で、努力して、挑戦して、選択して、苦労して、傷ついて傷ついて、もう動くのが怖くなるほど弱って追い詰められたからです。
ふわふわと風水を信じるように潜在意識の世界に迷い込んで、それで何となく願望が叶ったり真理(?)に到達するタイプもいるでしょうが、そうじゃない人だってたくさんいます。
自分には価値があるという事も価値がないと思う事も等価だというのは、まあ頭ではそうだろうと思いますが、それを納得したいが為にみんな願望を持って、それを叶えるために苦しんでるんじゃないですか?
幸も不幸も広い目で見れば同じだというのは、例えば日本で戦争が起こって徴兵されて酷い死に方をしようが、億万長者になって人に愛されて何不自由なく暮らそうが、それは一緒だって事ですか?
だとしてもそれを納得できる日なんて一生来ないと思います。
656
:
幸せな名無しさん
:2025/12/20(土) 20:29:57 ID:jqCZZtvA0
何AI回答に怒ってるの?けつあつがあがるよ。私なんてAIに高倉犬って名前つけてるからいつも高倉健になりきった犬が回答するわ。けつあつはさげろ。
657
:
幸せな名無しさん
:2025/12/20(土) 21:32:16 ID:DkS3bHB20
>>656
もうちょっと建設的な返答とか出来ない?
別に見当違いな反論してるつもりないんだけど。
怒るな、だけ?
658
:
幸せな名無しさん
:2025/12/20(土) 22:34:16 ID:yPS1/bqk0
>>655
ヨコですが、全く同感。
659
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 01:20:31 ID:c4z8wOKk0
やっぱり回答AIかー
長いから読んでなかったけど
660
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 06:54:13 ID:cl0SeREc0
>>654
好きな人に勇気を出して連絡したけど拒否されました。自分はやっぱり人間向いてないんだなって思いました。
661
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 06:56:20 ID:cl0SeREc0
そもそも人間不信させたこの世界が悪いだろ。だから自分はこんな人間に生まれたわけであって
662
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 07:19:43 ID:cl0SeREc0
aiだったのか。なんか納得した
663
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 10:43:05 ID:EeoJbpKo0
仮にAI(生成AI?)だったとしても、りょうせいさんと何回かやりとりさせていただいて、私個人は学ぶことがあったのでよかったと思います。
ちなみに、ChatGPTとやりとりしたことがありますが、りょうせいさんとのようなやりとりほどのやりとりはできませんでした。ほとんど学ぶべきことはありませんでした。
664
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 11:12:16 ID:LnEzloGw0
毎回凄い情報量の書き込みをして下さるので、もしかしたらAIも活用されながら
ご自身の体験等を織り交ぜてお話しして下さっているのかなとも思っていました。
りょうせいさんとレスのやり取りをさせて頂く中で探求を進めて行く事が出来ているので
本当に大感謝なのですが、それを個のりょうせいさんにお伝えしても
「恩寵ですね」とだけ返答されそうな気はしています。笑 確かに間違いなく恩寵です。
665
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 11:38:05 ID:EeoJbpKo0
>>232
で、りょうせいさんは
>また、早く文字打つとどうしても文が乱れるので、誤字脱字チェック用のAIアプリは噛ませています(彼らはほんと、咀嚼が早い)。
と書いています。
内容、立論はご自身でされて、誤字脱字チェックだけでのAI利用ではないでしょうか。
666
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 11:52:40 ID:Drs7VvPw0
達人さんはAIだったのさ
〜完〜
667
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 11:58:47 ID:EeoJbpKo0
>>664
>毎回凄い情報量の書き込みをして下さるので
自分は生成AI登場前に、仕事で部下に指示出ししたり質問の受け答えをしたりしながら、書類やメールをものすごいスピードで入力し、誤りなく次から次へと仕上げていく人を見たことがあるので、その人の情報処理量に比べるとまだ少ない(失礼!)ので、素であり得るだろうと思っていました。
668
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 12:28:07 ID:LnEzloGw0
>>667
確かに!物事の処理スピードが尋常じゃなく早いし質も高い
超人みたいな方って実際にいらっしゃいますよね。
りょうせいさんもその方々と同じなのかも知れないなと思いました。
自分の処理スピードが亀さん過ぎるので気付けませんでした。笑
ありがとうございます!
669
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 13:01:43 ID:LnEzloGw0
りょうせいさんに質問しちゃいますです。
真の私に祈るとそれが自分の胸に届く感覚はあります。
祈りが大切なのは解りましたが、用事をこなしながら隙間時間にずっと祈っていたら
何に対して何を祈っているのかが解らなくなりました。
大きな私ちゃんに質問しても「恍惚…!」と言う返答が来て意味不明です。
この状態は一体何なのでしょうか。
670
:
り改め りょうせい
:2025/12/21(日) 15:25:46 ID:h3zprBpo0
>>660
>好きな人に勇気を出して連絡したけど拒否されました。
→それは素晴らしい勇気ですね。ナイスです。
個の私たちは、どれほど悪夢を見ようとも、
悪夢が消える瞬間、つまり、飛躍が起きると、
喉元過ぎれば熱さを忘れるように、
また、オセロでたくさんの黒が白に反転するように、
「はぁ、本当に良かったw 悪夢?なんだったっけ?」と嘘のようにトンネルから解放されます。(つまり、ほんとに嘘だったわけです。笑)なので、以前の流れはまったく関係ありません。
これからのあなたは、素晴らしい恋愛をすること、また恋人を作ることを強く望んでしまうのだとしたら、その可能性をすでに所有しているのです。
そして、その一歩の起こりが偉大なんです。
結果はどうあれ、理想の恋人とお付き合いした際、付き合いを長く継続させていく過程で、
その過去の小さな一歩の勇気は必ず活かされます。
今は、段階的に少しずつ、モヤモヤ(恋人実現は困難だという世界観)を晴らしていかれるのがいいかと思います。
>自分はやっぱり人間向いてないんだなって思いました。
→真のあなたは、人間であり、同時に想像を超えた最も偉大な存在です。これはどうかお忘れなく。
これはあくまで個のりょうせいの物語ですが、若いとき恋愛系の学びが多かったので、これまで片想い系からグレーゾーン系の恋愛wまで、恋愛系の悩みを聞く機会が多かったんですね。
男女問わずあらゆる物語にたくさん触れてきましたが、恋愛の構造。また、実現のために大切なことはほんとにシンプルです。
1.個の精神的傾向を少しずつ恋愛成功体質に整え、数多く恋愛につながる、恋愛運の流れを少しずつ上げていく。
2.できる範囲で異性にアプローチする流れの種を蒔き続ける。
3.そして、疲れたら休む。(これが重要)
時に周りの人に励ましてもらいながら勇気を燃やし続ける。笑 回復したらまた動く。
※注意ポイントは、他人の恋愛の成功に否定的になりすぎないことです。
このサイクルが、進めば進むほど、
あなたには当たり前に愛される価値がすでに備わっていることを、少しずつ思い出していかれると思います。
もちろん、ここは掲示板ですし、個の物語や気質・性質に沿った、段階的な返信には限界がありますが、大枠の構造の描写はそんな感じです。
私から起きる表現も、ほとんどが、
エゴ、心とはどう動くか?の大枠な構造描写や力学の説明なので、個のあなたの気質に合致しているかどうかはなんともいえません。
少しでも参考になるなら良いですが、真理探求のレイヤーの話とはまったく方向違いのテーマなので、こういった個人的な私の意見は聞き流し程度で構いません。笑
671
:
り改め りょうせい
:2025/12/21(日) 15:35:00 ID:h3zprBpo0
>>665
私、一気にドーンと出てくるので、
誤字脱字の校正通さないと、
ほんとに誤字脱字が多いんですよ。笑
一応質問をコピー&メモ帳にペーストして、
書いたあと、読み直しチェックはしていますが、出先や、時間ない時はAIに校正チェックさせています。
ずいぶん前に書いたレスを覚えててくれてありがとうございます。はい、ちゃんと個が書いてます。笑
672
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 15:52:46 ID:5yFTUvT20
りょうせいさん、655さんの質問にもこたえてあげて。
ここは非常に重要な点。
結局、あなたは個人の意思や行動が必要だと考えているのか、それともそれとは関係なく、「起こることは起きるし、起きないことは起きない」と考えているのか。
673
:
り改め りょうせい
:2025/12/21(日) 15:54:34 ID:h3zprBpo0
>>669
真の祈りとは、「私は私で在る」という、
常に変わらぬ、生まれてからこれまで、
一切変わらない、真の自己として在るということです。
つまり、祈る主体・祈られる対象、これが一つに合一(合体)している状態の描写説明なんですね。
なので、あなたの日常で祈りが起こる。
それは、初めは個が″やること″かもしれない。
それでも、段々と深まっていくと、「私は私である」(もちろん、これは個の私ではなく、真の私です。)
という、意識そのものの立場が増えてくるわけです。
ポイントは、この回数が増えていくことです。
それを時間をかけて、何度も何度も起こしていくわけです。つまり、この思い出すことの頻度のアップが、「私は在る」が深まる段階です。
「私は在る」つまり、本当の私として在るという立場は、個が、「私は理解した」「私は知識を手に入れた」というレイヤーではありません。
「私は在る」から、概念や想念が流出され動き回ります。
それでも、「私は在る」は依然として「私は在る」としてあり続けています。
恍惚が起きた。それはそれで起きたこととして否定する必要はまったくありませんが、
ポイントは、恍惚が起こる以前、また、その最中、また、それ以後も、真のあなたは、真のあなたとしてただ在り続けています。
その描写は常に動き回る個や世界からしたら、
「静寂」「サイレント」「平和」(他にも様々ありますね)として描写されています。
674
:
り改め りょうせい
:2025/12/21(日) 16:53:37 ID:h3zprBpo0
>>672
お答えします。結論から言うと、両方です。
個と世界のレイヤーでは人は意思を持ち、
考え、行動し、選択して生きています。
このレイヤーでは、行動しなければ何も起きません。これは責めでも指示でもなく、単なる構造の話です
一方で、意識・全体性のレイヤーから見ると、
その選択や行動そのものも含めて、すべては流れとして起きています。どちらかが正しく、どちらかが間違いなのではありません。
視点の立場(レイヤー)が違うだけです。
このスレでは、質問の内容や温度に応じて、
どのレイヤーから答えるかが自然に変わります。
そのため、第三者から見ると表現が揺れて見えることがありますが、それは矛盾ではなく、
前提としている視点が違うだけです。
675
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 18:51:48 ID:5B9Zuu/o0
前世の記憶があって、それをもとに、生まれてきた環境、親、自分の性質などが、「内面の投影」として現れているのでしょうか。
「生まれる前に計画を立ててきた」というようなことを、よく聞くと思うのですが、それは、意識・全体性のレイヤーから、「それぞれの個の私」に対して計画を立てた、ということでしょうか。よろしくお願い致します。
676
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 20:03:19 ID:KeoEvVYw0
>>674
ということは、結局「個」の立場から三次元的な願望を叶えるには行動が必要ということですね。それは起きるから起きるのではなく、個の私が起こさないといけないということですね。
677
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 20:55:46 ID:zdBUybAA0
全体=個ってことでしょ
個が頑張ろうと行動を起こすのは、全からの流れでもある
678
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 21:25:01 ID:KeoEvVYw0
>>677
そこは否定したつもりはないです。問題は、願望実現のためには個の意思や頑張りが「必要」かどうかというかところじゃないでしょうか。
679
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 22:30:33 ID:InwRFH3w0
>>675
りょうせいさんがどう答えるかはわかりませんが「前世」というレイヤーがあります
この世界にレイヤーは無数にあります
>>678
それは議論の余地あるかな?既にわかっているように見える
680
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 22:55:53 ID:EeoJbpKo0
自分の感覚での話ですが
意識が個に同一化している視点、エゴ視点では世界で起こった出来事に対してエゴが解釈して決断して行動している。
意識が個に同一化していない視点、在るの視点では世界で現象が起こり、それに対して個の反応が起こっているだけに見える。
前者のように感じることが多く、後者のように感じることは数少ないですが、そんな2つの状態があります。
また、同時に2つの視点というか感じ方が併存していることもありました。
681
:
幸せな名無しさん
:2025/12/21(日) 23:45:13 ID:zu9TMgBQ0
655さんも言ってるけど、都合によって個の立場から回答したり、全体の立場から回答したり、普通の人から見たらダブルスタンダードに見えることが問題なんでしょ。
このスレは願望実現したい人向けではなく、願望から解放されたい、あるいは気にならなくしたい人向け、とりょうせいさんが明確に交通整理してくれればこのような混乱がなくなるでしょう。
この点はこれまでの達人さんもあまりはっきりとさせてこなかった論点で、引き寄せ難民が生まれる原因の一つになっていると思う。
682
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 00:17:14 ID:ET.kjoBU0
全体の立場説明だと「そのまま」としか言いようがないよね
個の立場からすれば全部恩寵なんで、迷うなら迷う、やるならやる、これも「そのまま」だw
683
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 01:33:35 ID:lt7L/8ZI0
>>673
真の祈りについて教えて下さり、ありがとうございます。
頭で理解しようとしても出来ないので、頂いたレスを読み返しながら
実践に活かしていきたいと思います。
前世の話題が少し出ているので、以前から疑問に思っていた事を思い切ってお聞きしてみます。
「ツインレイ」というものは本当に有りますか?
人生の中で(年齢・性別を問わず、親しい・親しくないを問わず)普通に日常の中で
相当な人数と出会ってきていると思うのですが、あそこまで強烈な懐かしさを覚えたのは
ただ1人だけなんです。疑問に思ったので友人に「絶対に初対面なのに誰かに対して
強烈な懐かしさを感じたこと有る?」と聞いたのですが「普通に昔会ったことあるんじゃないの?」と
言われただけでした。当時11歳だったので昔なんてあんまり無いし、引っ越しも有ったし
以前会ったとするならば前世か?などと思っていました。好みのタイプだからビビッと来たとかでは
絶対にないです。なので1年後位に自覚したどうしても惹かれてしまう理由も全く解りませんでした。
質問したい内容としては
・前世の記憶により初対面の誰かを懐かしく感じる事はありますか?
・ツインレイというものは本当に存在しますか?
あってもなくてもどちらでも良いのですが、もし本当にあるとしたら個人的に思うのは
ネット上にあるツイン関連の情報は商売に利用されて恋愛面が強調されて
何かちょっと違うような、やや歪んでいるような気がするなとは感じています。
684
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 02:17:17 ID:lt7L/8ZI0
肝心な情報が抜けていました。
勉強室みたいな場所で他にも席が空いているのに真ん前に座って来たり
(机の下で時々膝が当たってしまう位の至近距離で互いに無言のまま30分ほど)
特に珍しい名前でもないのに良い名前だなと褒められたり等あったので
両片思いの可能性は有ったと思います。ものっっっすごい悪態もつかれまくりましたが。
685
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 02:20:16 ID:JM03Ay8g0
>>674
横から失礼します。
読ませていただきながら、自分が、ある人(妻)に告白して付き合って結婚に至ったときのことを思い出しました。
振り返ってみると告白したのは、自分の意志(意思というより意志と今は表現したい)とも言えるし、同時に自動的にそれが起こったとも確かに言えます。
勇気を持って覚悟を決めて告白したとも言えるし、自分ではどうにもできない力により、同時に自然な流れにより告白したとも言えます。
個と世界のレイヤーの視点から言えば、相手と付き合うことになったら結婚することを決めて勇気をもって告白したと言えるし、意識・全体性のレイヤーの視点から見るとすべては流れとして必然みたいに起こったと言えます。
個と世界のレイヤーの視点で見て、彼女と付き合って結婚するにはどうしたらよかったかというと、勇気を持って覚悟を決めて告白しろということになり、意識・全体性のレイヤーの視点で見ると、流れに任せろ、必然に従え、みたいな感じになるのでしょうか。
個と世界のレイヤー視点と意識・全体性のレイヤー視点の行動・出来事が同時に起こったように、今思い返してみると見えます。
686
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 03:05:15 ID:JM03Ay8g0
>>685
の続き
では、それ以前の別の異性との間でうまくいかなかったときのことを振り返ってみるとどうなのか。
個と世界のレイヤーの視点で見ると、それでは相手とうまくいかないだろうということを繰り返していたことになる。
意識・全体性のレイヤーの視点で見ると、流れに任せていなかったということになるように思います。
トータルで振り返ってみると、こうした失敗も当時の自分としては苦しんだけれど、ある一時的な体験をしたときには、成功も失敗もすべての場合を経験したうえでの自分自身の選択で完璧だったという確信が生じたことがありました。今は、その確信まではないですが、そうなのかもという程度です。
今はただ、思考停止やその他の方法を実践して脱同一化を意図したり、「私は在る」を観想したりしながら、そうしていると何らかの認識に至るかもしれないと思っていたはずなのですが、今これを書いている時点では、どうでもいい感じです。明日、目が覚めるとまた違うことになっているかもしれませんが。
687
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 11:08:21 ID:3FFuMSfg0
全体としては勝手に起きてますが、個人の視点からしたら自分がやってるように感じるだけで、それすらも全体の起こりで例外はないんだと思います。
もし、個人の選択に自由意志があるなら、今自分が不幸なのも過去の自分の選択のせいになるので、原因を突き詰めて行ったら生まれたこと自体が間違いになるので
688
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 14:53:04 ID:QIvyDO.I0
>>629
です。返信ありがとうございます。
>もともと福音とは、個という錯覚や眠りから目覚めるための「知らせ」という側面を強く持っていた。つまり、個という大きな誤解をほどくための福音だった、という見方もできると思っています。
久しぶりにマーフィーの本を読み返したところ、エマソンの引用がいくつかありました。
福音書は読んだことがありませんが、「個という錯覚や眠りから目覚めさせる」という側面があるのが興味深いです。
ある女性が著書の中で、人間本来の姿を「無位の真人」と表現した臨済に言及し、「すべての不幸な出来事も、トラブルや問題も、起こりうるすべてのことが、私たちをこの『人間本来の姿』に気づかせるために起きているのかもしれません」と書いていたのを思い出しました。
そして私自身も今それを体感しています。苦しかった出来事はまさに恩寵だったのだと。(でもこの体感も起きただけですね)
>「作為/無作為」という二元を超えるために、まず第一に、そもそも「ただ在る」ことこそが主体だった、という事実に気づく必要があります。
>あなたにできるのは、相手が少し冷静に静まったタイミングを見計らい、「そうなんだ。大変だったね。でも、それは夢だよ」と伝えることです。
そうですね、「ただ在る」が主体。
個として今振り返ると、エゴをどうにかしたいと思う一見正当な存在もエゴだと気づけたことが大きいです。
689
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 15:07:01 ID:foM3MR120
>>688
は
>>645
のりょうせいさん宛てです。
失礼しました。
690
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 17:25:27 ID:Q5qTjKPM0
>>679
お返事をいただきまして、ありがとうございます。
>「前世」というレイヤーがあります
この世界にレイヤーは無数にあります
無数にあるレイヤー(層・階層)の中の一つに、「前世」というものがある、ということなのですね。「個の私」からは、「前世」や「生まれる前に立てた計画」のことは、わからない状態ですが、とても興味深く、たまに気になるときがあります。ありがとうございます。
691
:
り改め りょうせい
:2025/12/22(月) 20:43:25 ID:.s/kZ7zU0
>>675
前世がある/ないというより、
これをざっくり記憶としてしまいましょう。
たとえば、過去の記憶が起きます。
また、未来の想像も起きます。
これがあるから二元の世界が成り立つわけですね。記憶がなければ、時間の概念も、物語の概念も成立しないし、あなたは誰とも共通認識としての会話も成立しないわけです。
>記憶があって、それをもとに、生まれてきた環境、親、自分の性質などが、「内面の投影」として現れているのでしょうか。
→個・心の潜在的な傾向というのはあなたの言うとおり本当に様々です。
まず初め「私」という、自我が芽生える前に、
実はあなたは意識そのものとして存在していました。ある瞬間に意識は肉体・マインドと同一化しました。
>「生まれる前に計画を立ててきた」
夢の中を思い出してください。
ある夢が始まった時点で、夢は全体でありながらも、その進行中には「主人公と/主人公以外」の分離はすでにあり、どんな内容であれ主人公の物語が進行していきます。
主人公の視点から見れば、その夢の開始時点で、その夢の過去も未来も、前提として存在する概念システムに組み込まれているわけです。
全体は全体の流れとして、意識や全体が私であったとあとから気づかれていく流れが、
全体の現れそのものとして起き続けています。
しかし、それは、誰かが意図して悟らせようとしている、という話ではありません。
ただ、夢が放出されたということ自体が、
その夢がいずれ終わる可能性を、はじめから含んでいるというだけの話です。
呼吸のように、吐いたら、いずれ、吸いこむ。
そこに計画や目的があるわけではなく、
ただ、そういう構造になっている、ということです。
はっきり言うと、多くの個は、たとえどれほど側から見て幸せそうに見えても、意識の繰り広げる夢に苦を感じています。ただ同時に、夢から覚める可能性も、構造として最初から含まれているという話です。
私は、その可能性が最初から含まれていること自体を、恩寵と呼んでいます。
前世や来世の話は、夢の中でだけ成立する概念として、「生まれる前に計画を立ててきた」というアイデアが夢の中だけで存在するという話です。
692
:
り改め りょうせい
:2025/12/22(月) 21:24:27 ID:.s/kZ7zU0
>>676
まず、願望とは何か?をあらためて見てみましょうか。
たとえば、ある人が知らない町で迷子になり駅を探しているとします。
スマホは電源切れで、地図も見られない。
なんとなく直感で、(次の角を曲がったら駅がある気がする)そう感じて、実際に角を曲がったら駅があった。
さて、ここで
「願望が叶った」「願望実現をした!」
という思考が湧き、喜びが起きたとしたら、
願望という概念と願望が実現したという概念が、あとから物語の中で信念として成立します。
一方で、
「ようやく駅を見つけた。まったく、迷子になるなんて最悪だ」という思考が湧き、怒りが起きたとしたら、災難という概念と災難が実現したという概念が、同じ出来事から成立するわけです。
これを踏まえて構造を見ると、どんな個であっても、物語は常に起き続けています。
そして、どんな個であっても、誰かから
「なぜ、あなたにそれが起きたんですか?」
「何をしたから、それが起きたんですか?」
と本音で聞かれたら、だいたいこう答えるでしょう。
私はこんなふうに考えて、これをした。
そのあと、あれをして、そしたら◯◯が起きた。
さらに突っ込まれたら、こう続きます。
「なぜ、そう考えたんですか?」
「なぜ、その選択をしたんですか?」
「なぜ、途中で諦めなかったんですか?」
「どうやって◯◯を起こしたんですか?」
すると、こう答えるでしょう。
「あの時は他にも選択肢はあったけど、それらを選んだ。なぜか、そうしたんだ」
では次に、
「◯◯を起こしたいと思っている人に、あなたが言えることは?」と聞かれたら、こうなるはずです。
「私は◯◯が起きた。それは、起きる可能性があるということだ。私にも起きたんだから。だから、◯◯を起こしたいと思っている人にも、起こる可能性はある。それだけだ」
だいたい、こんな感じなんです。
願望実現について、世界があなたに伝えてくるのは、「これさえやれば100%叶う」という話ではありません。
ただ、可能性を上げていくために、やれることがあるならやってみるといい、それくらいの話です。
行動というのは、外側の動きだけではありません。意図や熱意、ときに休む(充電する)のも含めて行動です。潜在意識板でメソッドを学ぶのもその人なりの行動です。
つまり、プラスになりそうだと感じることは、なんであれやってみる。マイナスになりそうだと感じることは、控えてみる。
ただし、それが本当にプラスだったのか、マイナスだったのかは、実現したあとにしか分かりません。
だから、基本は暗中模索の試行錯誤の繰り返しです。誰にとっても、そこは同じだと思います。
693
:
り改め りょうせい
:2025/12/22(月) 22:21:46 ID:.s/kZ7zU0
>>681
私自身は、意識の視点からただ返信することが起きている、そう捉えています。
ただ、その起きた返信が、読み手にとって、意識の視点に見える時もあれば、個と世界の視点に見える時もある。
また、ときに読み手からすれば、そのズレがダブルスタンダードに見えることがあるのも理解しています。
私としては、真理探求者には、目覚めの流れが進みますように。
本当の自分に還っていく方向が、自然に起きますようにと思っています。
個と世界には、真理探求の流れに入る可能性が開かれますように。
そういう意図があり、スレを立てたのも、結果的にはそういう理由でした。
ただ、それを潜在意識板で立てたのは流れです。私としては、いい経験をさせてもらいました。
>このスレは願望実現したい人向けではなく、願望から解放されたい、あるいは気にならなくしたい人向け、とりょうせいさんが明確に交通整理してくれればこのような混乱がなくなるでしょう。
なるほど。たしかにここは、誤解されやすいところなので、あらためて整理して書いてみます。
あえて分けると、
潜在意識という概念自体を知らない一般の人
潜在意識という概念を知っている人
真理探求者
実はこの全員、「願望実現したい人」です。
ただし、真理探求者の願望は、
方向性の違う願望実現です。
一般の人や、潜在意識を扱う人は、夢の中で、より理想的な夢に変えていく方向。
一方、真理探求者の願望は、夢から完全に目覚めること。つまり、夢そのものから脱出する願望の実現です。
一般の人は、願望実現のために、
エネルギーや時間や感情を代償として捧げます。
潜在意識を扱う人は、願望実現のために、
メソッドを学び、実践し続けることにエネルギーを捧げます。
真理探求者は、真理実現のために、
エゴ(私・個としての偽主体)そのものを、意識に差し出していきます。
これは優劣の話ではなく、どこにエネルギーが向いているかの違い。このスレは基本的に、夢から目覚める方向を持っています。
ただ、今はまだ目覚める気がまったくない人でも、ウェルカムですよ、というスタンスです。
そして正直に言えば、夢から目覚める方向に1%も関心がない人は、ここでのやり取り自体に、そもそも興味が湧かないと思います。
また、自分が何を求めているのか、まだはっきり分からない人でも、私としてはウェルカムです。
夢とは何か。夢の構造とは何か。エゴとは何か。本当の私とは何か。
そのあたりの構造に興味があるなら、何かしら参考になる部分はあるかもしれません。
ただし、私は願望実現の達人ではありません。
こうやれば絶対に叶う、という方法も持っていません。
このスレを読んで、
目覚めの方向に流れが進むことはあるかもしれません。ただ、夢が叶う、現世利益がある、
それが必ず起きるとも、絶対に起きないとも、
私は言えません。正直、5秒後に何が起きるかなんて、誰にも分かりませんから。
そして、夢から目覚める方向に進む人の多くは、個として生きることや、世界の無常な仕組みに、どこかで言いようのない強い苦しさを感じています。
意識の繰り広げるマーヤを一つの国だとしたら、脱国したいタイプが多い、という感じです。
それが良い悪いではなく、ただ、そういう方向性があるかどうか。なぜなら、それがなければ、マーヤは超えられません。
また、一言で言えば、真理探求と潜在意識板では、カラーがかなり違います。
このスレは、潜在意識を使って願望を叶えよう、というテーマではない以上、
板の性質上、違和感が出るのも自然だと思っています。その意味では、流れとして、そろそろこのやり取り自体が一区切りになっても不思議ではありませんし、無理に続ける必要もないのですが、スレが進むうちはスレが終わるまで質問があれば返信する。そういう感じです。
694
:
幸せな名無しさん
:2025/12/22(月) 23:33:38 ID:JM03Ay8g0
私個人は、現世利益的な願望実現と真理探求的な願望実現の両方を求めているので、りょうせいさんのこちらのスレは本当に助かっています。
695
:
り改め りょうせい
:2025/12/22(月) 23:57:22 ID:usZxbUwg0
>>683
意識の見せる夢というのは、構造として無限の可能性を秘めています。目覚めるという流れは、生きとし生けるものすべてに、常に招待状として差し出され続けています。
ただ同時に、意識はその夢のリアリティを保つために、それが作り物であるということを、
あらゆる手を変え品を変え、「夢こそが真実である」という魔法で覆い隠します。
個と世界の観点から見れば、
前世・来世、ツインレイ、妖精、ドラゴン、
水の上を歩く、山を動かす、空を飛ぶ、
超能力、宇宙人、神が現れる、臨死体験、
タイムリープ、構造的可能性としては、なんでも起き得て不思議じゃありません。笑
簡単に言えば、あなたにツインレイ的な物語が起きるなら、起きるでしょう。
それは良い悪いの話ではなく、物語のルートとして書かれていたら、起き得る、というだけです。
そうなると、運命はあるのか?カルマはあるのか?前世・来世の構造は?
と話は広がっていくでしょうが、
夢から目覚めれば、それらすべて、
想念的な物語だった、とも言えます。
また、前世であれ、昔の思い出であれ、
過去の記憶が消えていくのは、私は「恩寵の配慮」だと捉えています。
無数の記憶や想念をすべて保持したままでは、
個のマインドは正気を保てず、とても耐えられないからです。そのため、不必要なものは、
自然と忘れ去られていきます。
また、夢から目覚めればすべては想念的物語だと言えますが、それがその人の人生に強く刻まれる体験だった、という事実まで消えるわけではありません。
個を否定したり、無感覚や虚無になって生きろ、というお話ではない、ということだけは補足しておきます。
696
:
幸せな名無しさん
:2025/12/23(火) 00:42:19 ID:KE9u7nmQ0
>>691
お答えいただきまして、ありがとうございます。
>ある瞬間に意識は肉体・マインドと同一化
>概念システムに組み込まれている
>夢から覚める可能性も、構造として最初から含まれている
>夢の中でだけ成立する概念として、
何となくですが、わかりそうな気がしています。
夢の中だけでの概念や、お話だったのですね。
記憶や計画のことは、もうあまり考えないようにしたいと思います。
いずれは、意識や全体が私であったことに気づける、夢から覚めることができる、少しでも早くに! と思いながら、内側の静けさに寄り添っていたいと思います。ありがとうございます。
697
:
り改め りょうせい
:2025/12/23(火) 01:03:59 ID:xam35uTI0
>>696
>夢の中だけでの概念や、お話だったのですね。
→そうです。真相は起きていないのに、表面的に起きているように現れ、表現され、動き回ります。
>記憶や計画のことは、もうあまり考えないようにしたいと思います。
→これは、記憶や、先のことの想像、
計画する/計画しない、
も、起こる時は起こるということです。
思考にも二種類あり、受動的に記憶や感想や判断が起こり続ける思考と、能動的に何かを考え、研究したり、計画したり、どうするかを練る思考があります。
後者は生きるために必要ですし、否定しなくても大丈夫です。
ただし、あとから振り返ると、どちらも起きていたというだけの話です。
>いずれは、意識や全体が私であったことに気づける、夢から覚めることができる、少しでも早くに!と思いながら、内側の静けさに寄り添っていたいと思います。
素晴らしい意欲です。
内側の静けさが、あなたの本性です。
そのお気持ちを大切にしてください。
ここで、逆説的なパラドックスを挟みますが、
なのにもかかわらず、真相的には、すでに真のあなたはその立場です。たった今も。まさに。(真相的には)
こちらこそ、ありがとうございます。
698
:
り改め りょうせい
:2025/12/23(火) 01:05:22 ID:xam35uTI0
>>680
>>682
>>685
>>687
解説・説明の書き込みありがとうございます。読んでる方の参考になるかと思います。
>>688
こちらこそ。いいですね。ナイス気づき。
無位の真人、純粋意識、私は在る、本来の面目。ほんとに表現は様々です。笑
>>694
ありがとうございます。それはなによりです♪
>>全員へ
ちょっと用事でバタバタします。返信遅れます
少し早いけど、
みなさん良いクリスマスをお過ごしください。
一応聖なる日なので。笑 ではでは
699
:
幸せな名無しさん
:2025/12/23(火) 08:12:19 ID:KE9u7nmQ0
>>697
>どちらも起きていたというだけ
>真相的には、すでに真のあなたはその立場です。
受動的であっても、能動的であっても、起きてきますものね。
内側の静けさを捉えることはできても、なかなかその先が上手くいきませんが、焦らずに進んでいきたいと思います。
どうもありがとうございました。
りょうせいさんも、素敵なクリスマスをお過ごしくださいね。
700
:
幸せな名無しさん
:2025/12/26(金) 03:55:01 ID:xzI76Vmw0
わたしはりょうせいさんが潜在意識掲示板でこのスレを立ててくださること、とてもありがたいです。
全体性からの視点と、そこから切り離されたように感じている個人の視点はルビンの壺のようなものだと思っています。つまり、壺に見えているときは壺にしか見えないし、顔に見えるときは顔にしか見えない。だけど実際は常に同時にそこにある。
私自身全体からの視点を垣間見たことはありますが、個人の視点しか見えなくなっているときは「全体」からは当たり前だったことが、ほんとに感覚としてわからなくなってしまう。
そのどちらの視点も同時に見られるりょうせいさんの言葉はとてもありがたいです。
メリークリスマス。
701
:
幸せな名無しさん
:2025/12/28(日) 13:57:23 ID:kq1sq2rw0
>>693
りょうせいさん、横から失礼します。
>私自身は、意識の視点からただ返信することが起きている、そう捉えています。
ただ、その起きた返信が、読み手にとって、意識の視点に見える時もあれば、個と世界の視点に見える時もある。
また、ときに読み手からすれば、そのズレがダブルスタンダードに見えることがあるのも理解しています。
そうなんだろうと思いますが、りょうせいさんの
>>654
の投稿は、 第1段落以外はほぼ、読み手にとって、個と世界の視点に見えるというものではなく、個と世界の視点で書かれているように思います。
702
:
幸せな名無しさん
:2025/12/28(日) 16:18:49 ID:SPtljlFc0
意識の視点からただ返信することが起きている=常に意識の視点で書いている、ではなくて
この場合は、意識の視点から《質問者の立ち位置(個と世界の視点)に合わせた返信》が起きたんじゃない?
703
:
幸せな名無しさん
:2025/12/29(月) 07:00:24 ID:itAIa0JQ0
占いで好きな人の気持ちがよくない結果でした。私が勘違いして暴走してると。
とてもそんな風には感じないけど、これは信じず、好きな人を好きでいて付き合える?
704
:
幸せな名無しさん
:2025/12/31(水) 08:44:31 ID:TrMpLZY.0
最近外のカップルを見ると殺意が湧いてくるけど、エゴが暴走してるな。こういう時は願望の実現が近づいてる証拠らしいからポジティブに捉えとく。まだ恋人できたことないけど
705
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 10:21:31 ID:Edj/68Xw0
あけましておめでとうございます。
今年みなさんにとって良い年になりますように。
706
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 10:33:10 ID:Edj/68Xw0
>>700
>全体性からの視点と、そこから切り離されたように感じている個人の視点はルビンの壺のようなものだと思っています。つまり、壺に見えているときは壺にしか見えないし、顔に見えるときは顔にしか見えない。だけど実際は常に同時にそこにある。
素晴らしい例えですね。全体性、つまり、一なる意識だけがある。それでも蜃気楼は表面的に浮かんで動いているように振る舞います。
180分の映画が展開し続けていても、
本当はスクリーンしかありません。
そして、スクリーンと映画は本当は分かれていません。映画は変化し続けて平和はつかの間にしか見出されません。それと違い、スクリーンは常に不変の平和です。
>私自身全体からの視点を垣間見たことはありますが、個人の視点しか見えなくなっているときは「全体」からは当たり前だったことが、ほんとに感覚としてわからなくなってしまう。
心が静まれば、個人も他人も静まります。
″私″が静まれば、心も世界も静まります。
「いつか感覚としてわかるようになる。」
のではなく、わかろうと、掴もうとする探求者が静まって、常に、永遠に、消滅しているところ、その領域が、初めから終わりまで真のあなたです。
707
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 10:38:24 ID:Edj/68Xw0
>>701
そうですね。全体性は、「存在性」として在る。
在ることで、=それであることが成立します。
何かを喋ったり、心が1ミリでも動いた時点で、個としての表現に(見かけ上は)なります。それにもかかわらず実態は常に全体性なのです。
まるで、夢と同じシステムですね。笑
708
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 10:44:35 ID:Edj/68Xw0
>>703
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません。
つまり、答えは神のみぞ知るってことでw
意識はただ動きます。ただ運動をします。
心や想念がその動きを判断したり、想像することも、意識の中でただ動きます。
そのため、それを神と表現するなら、
神の意志が起き続けます。
てことで、以上。ってことですね。
709
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 10:50:09 ID:Edj/68Xw0
>>704
エゴが暴走していることに気づいているのがエゴですよ。「″私″は◯◯だ。だけど◯◯だから◯◯だと捉えとく」といった文脈の、
その″私″が、エゴの根源ですよ。
恋人できるといいですね。
あなたに素晴らしいことが起きるように祈ります。
710
:
幸せな名無しさん
:2026/01/04(日) 11:12:55 ID:39CVhtiw0
>>695
夢で夢を溶かすような優しいご返信を有難う御座います。
自分の中に在るものは大切にしながらも、型に嵌めない方が良いなと気付けました。
昨日「合一してしまったらもう大きな私ちゃんに抱きしめてもらえない」と
寂しくて寂しくて泣けちゃって仕方なくなりました。
そんな中でも、ああ、エゴはこう来たかと静かに分析。
以前、自分の中に「常に溢れ続けている決して枯れる事のない愛の泉みたいなもの」がある事に気付いて
泉は常に在るんだろうけど感じられなくなってあの泉はどこぉ〜泣。ってなった事があったのですが
ふとそれを思い出して、大きな私ちゃんの正体はあの泉なのでは?と思ったら涙が引っ込んだ。
感覚としては泉は胸の奥にあったので、そこに意識を集中。大きな私ちゃんが胸の奥に居ると思って集中。
そこには泉ではなく静けさが在りました。そうだ本来はとても静かなものだったはず。
そして胸の奥に意識を集中させていたはずが、それが全身に広がっていく感じがしました。
ああ大きな私ちゃんは私の中の全てを満たしていたのね。包まれ感よりこっちの方が100倍暖かい。
あ〜いいわぁ、この安心感いいわぁ〜本当にあったかぁ〜い、なんて思っているんですけど
いつもの流れで行くとこの感覚もまたすぐに分からなくなってしまうと思われます。
711
:
幸せな名無しさん
:2026/01/04(日) 11:57:05 ID:CfQNfj820
りょうせいさん、みなさん、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
また質問させていただきますね。
「全てはプログラム通り、全自動」ということを、よく聞くと思うのですが、それで、自分の言ったことや行いを、必要以上に後悔しなくて良くなり、楽になれたりしました。
「内側を変えると、外側も変わる」」というのは、何かに関しての自分の考え方を変える時期が来て、変えたことで体験する現実が変わった、という流れが、自分の意思とは関係なく、プログラム通りに起きている、ということでしょうか。
それとも、ループから抜け出る、再配達を終わらせる、望む現実を体験する、これらの方法を知って実践することで、「プログラムを変えることができる」ということでしょうか。よろしくお願いいたします。
712
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 12:00:21 ID:Edj/68Xw0
>>710
夢で夢を溶かすような優しいご返信を有難う御座います。
>自分の中に在るものは大切にしながらも、型に嵌めない方が良いなと気付けました。
そうですね。それが真理についてのお話なら、
真理ってのはなんの型もない「 」なのですよ。
型があり、型を認識する者も、そのこと(あるとかないとか)を知る″者″という型すら無いんです。だからこそ、あなたは熟睡中、なんのドラマもないのに、(また、なんのドラマもないからこそ、幸せも不幸も超えて)至福で平和なんですね。
>昨日「合一してしまったらもう大きな私ちゃんに抱きしめてもらえない」と
寂しくて寂しくて泣けちゃって仕方なくなりました。
そんな中でも、ああ、エゴはこう来たかと静かに分析。
合一したら、あなたは平和と静寂として、
それだけ、としてただ在るのみです。
大きな私ちゃんに抱きしめてもらったら、
あなたは安らいで、静かになるでしょう。
しかし、それには小さな私の、
「辛かったけど、抱きしめられて今は安心だ」
という時間軸の、物語、変化上のドラマを通してですよね。ドラマは必ず、不安→安心。
安心→不安。不安→安心。を繰り返します。
変化しないドラマは、そもそも″ドラマ″として成り立ちませんから。
大きな私はそのドラマが安心だろうが、不安だろうが、ずっと「不安⇔安心」という動きを知らない存在として、不動で、ただ在ります。
目に見えないだけです。ずっとあなたとして在ります。
>以前、自分の中に「常に溢れ続けている決して枯れる事のない愛の泉みたいなもの」がある事に気付いて
泉は常に在るんだろうけど感じられなくなってあの泉はどこぉ〜泣。ってなった事があったのですが
ふとそれを思い出して、大きな私ちゃんの正体はあの泉なのでは?と思ったら涙が引っ込んだ。
感覚としては泉は胸の奥にあったので、そこに意識を集中。大きな私ちゃんが胸の奥に居ると思って集中。
そこには泉ではなく静けさが在りました。そうだ本来はとても静かなものだったはず。
そして胸の奥に意識を集中させていたはずが、それが全身に広がっていく感じがしました。
ああ大きな私ちゃんは私の中の全てを満たしていたのね。包まれ感よりこっちの方が100倍暖かい。
あ〜いいわぁ、この安心感いいわぁ〜本当にあったかぁ〜い、なんて思っているんですけど
いつもの流れで行くとこの感覚もまたすぐに分からなくなってしまうと思われます。
あなたは安心そのものであり、静けさそのものです。
それがあなたなんだから、
本当は、
それを探さす必要もないし、それを無くすことも不可能なんですよ。
問題は、それが「見つかった」「消えた」と
動いている心が、(それが蜃気楼だとしても)消滅すること。それが探求(探究)の終わりです。
必要なのは、疑いを取り除いて捨てる・放棄するだけです。
それは捨てたあとも蜃気楼として現れるかもしれません。しかし、あなたはそれじゃないんです。蜃気楼を探って、触れてみてください。
掴もう、見つけようと、取り出そうと、探ってみてください。
絶対に触れられず、見つけられないから。
それが、エンドレスループの終わりです。
713
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 12:59:39 ID:Edj/68Xw0
>>711
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
>「全てはプログラム通り、全自動」ということを、よく聞くと思うのですが、それで、自分の言ったことや行いを、必要以上に後悔しなくて良くなり、楽になれたりしました。
はい、あなたのおっしゃるその″全て″(全体性)というのは、「思考や、考え、想像」これらを使った時点で、この″全て″は絶対的に掴めないということを見てみてください。
少しでも心が動いたり、掴もうとしたら、
″全て″の中での小さな揺らぎ、全ての中の一部に区分けされてしまいますよね?
これが、″全て″から「分離の揺らぎ」なんです。てことで、全ては、「全て」ってことでもう完結していて、完成しています。
それは思考でそう思うことではなく、
完成されているんです。その中で思考が揺らぎます。それでも、思考が起きようが起きなかろうが、ずっと完成されているんです。
話を進めると、個のあなたが以前と比べて、
後悔しなくなったり、楽になれたことは、
たしかに非常に喜ばしいことですが、
その話をあえて、もっと突っ込むと、
真のあなた(個人のあなたじゃないですよ)
つまり、全てのあなたの中で、
今後またある時に後悔がわいて起きても、
苦しみがわいて起きたとしても、
全てのあなたは一切不変で、全てとして完全性(完璧性)のままなんです。
個人のあなたが楽になった。
これはなりよりで、私も嬉しいですが、
もし仮に苦しくなったとしても、
(その後再び楽になったとしても)
真のあなたは変化なく、平和しか知りません。平和という言葉も概念ですが、なにも問題ありません。なぜなら物語を超えていますから。
動きという、物語の及ばないところに苦も楽も成立しないのです。
二元的な「苦⇔楽」ではなく、
「苦⇔楽」がないから、平和″感″というより、
「 」としての平和・安息なんです。
平和があるんじゃなく、苦が無いんです。
「 」に、平和・安息・愛・至福など色々概念的な表現を世界側からされるだけで、
「 」は「 」ですがね。ずっと。
>「内側を変えると、外側も変わる」」というのは、何かに関しての自分の考え方を変える時期が来て、変えたことで体験する現実が変わった、という流れが、自分の意思とは関係なく、プログラム通りに起きている、ということでしょうか。それとも、ループから抜け出る、再配達を終わらせる、望む現実を体験する、これらの方法を知って実践することで、「プログラムを変えることができる」ということでしょうか。よろしくお願いいたします。
これらも、同じです。
「私、個人、エゴ、」というのは、
その個の「個性」を通して形成された信念に向かって動きます。つまり、個としての自分が感じる苦を避けようとし、また、個としての自分が幸福だと信じれる道を進みます。
それでですね。
不幸感や幸せ感というのは、
実は願望叶う、叶わない問題というより、
幸せを感じることが起こるか、それとは違う重たい感じが起こるかの問題なんですね。
つまり、10億あっても幸せ感を感じれない人もいれば、一流芸能人や一流CEO、誰もが羨む恋人や家族がいても、不幸感を感じることはできても、幸せ感を感じにくい人もいるわけです。
これはなぜか?
◯◯感は絶対コントロールできないからってのが一つ。もう一つは、探すからです。
そうはいっても、
この″私″とは、「探すことをやめることを探してしまう」もの。
そのため、真理探求は、
探しているその主体。個の私。
つまり、探求者。
これがまさにエゴなんですが、この動き回るこのエゴとは何か?エゴ、心、想念、これらを発現させている″私″を探っていく、その私、
つまり、自己、これを探求する道なんですね。
自己探究とはよくいったもので。
そして、このエゴが何によって成り立っているか?というと、じつは真のあなたなんです。
真のあなたから、真ではない、偽りの主体が、
「生み出されている風に見える」
「動き続けている風に見える」
という錯覚が表面的に起こっているわけなんです。
714
:
幸せな名無しさん
:2026/01/04(日) 18:40:37 ID:W7MeQN3w0
>>705
>>688
です。あけましておめでとうございます。
昨年12月の気づきとりょうせいさんのアドバイスによる深まりによって、憑き物が落ちたように穏やかなお正月を過ごせました。何年ぶりでしょうか笑
りょうせいさん&皆さまにとって素敵な一年になりますように。
715
:
り改め りょうせい
:2026/01/04(日) 19:58:31 ID:hObDYKf20
>>714
あけましておめでとうございます。
憑き物。あー、ナイスな表現ですね。笑
ありがとうございます。
714さんも素敵な一年をお過ごしください♪
716
:
幸せな名無しさん
:2026/01/04(日) 22:10:26 ID:CfQNfj820
>>713
お答えいただきまして、ありがとうございます。
>″全て″から「分離の揺らぎ」なんです。
>ずっと完成されているんです。
分離の思考をすることで、完成されている全体性が見えなくなってしまう、ということですね。思考が揺らいでも、そのままにして、「完成されている」ことを、なんとなくでも感じるようにしてみたいと思いました。
>真のあなたは変化なく、平和しか知りません。平和という言葉も概念ですが、なにも問題ありません。なぜなら物語を超えていますから。
個の私にとって苦しみがわいて起きても、真の私には苦が無く、平和で安息、でもそれも概念で、「 」は「 」とは、無であり空っぽ、という感じでしょうか。ハーディングの受容能力というのが、こちらでしょうか。
>◯◯感は絶対コントロールできない
このことについて、もう少しお話を伺っていいですか。
>この動き回るこのエゴとは何か?エゴ、心、想念、これらを発現させている″私″を探っていく、
>真のあなたから、真ではない、偽りの主体が、「生み出されている風に見える」「動き続けている風に見える」という錯覚が表面的に起こっているわけなんです。
個の私というものが居る感覚になっていますが、はっと今に戻って、不動や静寂などの内的感覚に意識を向けるように、心がけてみたいと思いました。
体が勝手に動いている、ということを、少しずつわかるようになってきたので、行為者でなく、鑑賞者の視点でいる時間を長くして、「私」を探っていきたいと思いました。
文章がへたで、うまく書けなくて、すみません。教えていただいたことを、頭でも、感覚としても、わかりたいと思っています。何度か繰り返し読ませていただきたいと思います。ありがとうございます。
717
:
幸せな名無しさん
:2026/01/04(日) 22:51:58 ID:39CVhtiw0
あれっ、そういえばお正月の挨拶しないまま書き込んでいる!?(あほー)
大変失礼致しましたm(_ _)m 遅くなりましたが
明けましておめでとうございます!
皆様にとって健やかで穏やかな幸多き1年でありますように!
>>712
ありがとうございます。実はすっかり忘れていましたがこのスレ初期頃の自分の書き込みで
「 」は「 」ですよね!みたいな事を書いていたんです。本当は気付いているみたいなんです。
でも全然納得できない。エンドレスループにしたい理由があるみたい。それは何だろう。
そしてやっぱり寂しくて寂しくて仕方がない。大きな私ちゃんに必死になって縋り続けなくてはいけないレベルの
このものすごい寂しさ何だろうと思ったら「自愛が全然足りていない」でした。
物心ついた頃から長い間自己否定を続けてきたのに自愛を10年した位では全然ダメ足りないみたいで。
どれだけ寂しさとか本当の気持ちを無かった事にしてきたのかって事みたいです。
それを全て明らかにして受容するまで個の私は納得しないし、やってみたいようです。
あーじゃあ仕方ないよね、って感じですが、「浄化されたい」と願ってしまうと
恩寵が浄化する動きになってきつくなるからそこは願わずにお任せしようとは思いました。
恩寵に願うとしたら「本当の自分に戻りたい、全て受容したい」です。
無条件の愛で自分を癒すとかそんな感じです。
でもこれきついのかなー、きついのは嫌だなー、とも思ってはいます。
そして各種実践中に(特に自愛)高確率で起きてしまう事、現実で身近な人からの風当たりが
きつくなったり否定される事を言われる事が増えるのもきつい一因です。
なんで夢なら静かにしていればいいのに、わざわざややこしくしたがるかなーとは
自分でも思ってはいるのですが…。笑
探求でゴールを迎えたとしても個として生きていく事に変わりはないから
どうしても偽りではない本来の個を知りたい・戻りたいようです。
718
:
り改め りょうせい
:2026/01/05(月) 21:08:56 ID:K9YXuXog0
>>716
>分離の思考をすることで、完成されている全体性が見えなくなってしまう、ということですね。思考が揺らいでも、そのままにして、「完成されている」ことを、なんとなくでも感じるようにしてみたいと思いました。
そうです。もっと正確にいうと、
「分離の思考」が発生した時点で、
「主体(見ている者)」─「分離の思考(見られているもの)」と、実は分かれています。
そのため分離の思考を認識している主体(思考者)も、実は思考なんです。
はい、なんとなく感じてみてください。
>個の私にとって苦しみがわいて起きても、真の私には苦が無く、平和で安息、でもそれも概念で、「 」は「 」とは、無であり空っぽ、という感じでしょうか。ハーディングの受容能力というのが、こちらでしょうか。
「 」とは、熟睡のときのあなたです。
それは常に在り続けています。
あなたにとって、無くすことのできない、もっとも親しいものです。
無、空っぽというためには、知っている者がいなくてはなりませんが、「 」だけの時、
主体も対象も世界も心も消滅しています。
それでも、「 」があるから、宇宙や世界や心が映し出されて動いています。無、空っぽと表現されることもありますが、それは同時に無限の潜在的可能性を秘めています。
ダグラスハーティングの顔のない人間でしたっけ?昔、一度本を読んだことがある程度なので、おそらくですがあの実験や、アプローチは「私は在る(意識としての私として在る)」
「純粋意識で在る」
それとして在るアプローチとおおむね同じだと思います。
>◯◯感は絶対コントロールできない
このことについて、もう少しお話を伺っていいですか。
これは、個のあなたが、とある感情を狙って出そうと思っても出せませんよね?という話です。感情は何かに反応して独自に湧いてくるものだからです。
赤ちゃんとか、そうですよね?
喜怒哀楽がそのまま流れて、やがて消えていきます。
大人になると、エゴは行為者として確立していきますから、感情さえも″やろう″、″どうにかしよう″とします。なので、感情をコントロールしようとします。
それで抑えたり、抑圧することはできたとしても、それらもいずれは流れて、やがて消えていきます。思考も感情も″やり手″″掴む者″が邪魔をしなければ、流れて消えていくものです。
抑圧が沢山ある場合、時間がかかる場合もありますが、いずれは流れていくものです。
また、感情だけじゃなく、身体感覚に置き換えてもおなじことです。
>個の私というものが居る感覚になっていますが、はっと今に戻って、不動や静寂などの内的感覚に意識を向けるように、心がけてみたいと思いました。
いいですね。ぜひぜひ。
心や世界を見渡して、観察して、
ほんとに変化し続けているのか?
ほんとに無常なのか?を改めて調査してみてください。心や世界は、ずっと休まずに動き続けているのか、それとも、そうじゃない時もあるのか。
そして、動き回る中で、変化しないもの。
どれだけ騒がしい場でも、静寂なもの。
それを見つけ出して、それでいる、それである時間を作ってください。もちろん、気が向いた時でいいですが。
>鑑賞者の視点でいる時間を長くして、「私」を探っていきたいと思いました。
これは大切なので、それも同時に行ってください。
鑑賞者というのは、非個人・無努力性の気づきのことです。(鑑賞者・観照者、または目撃者とも言われています)
それは本当は個が″やること″ではなく、
鑑賞者としてのあなた(個ではないあなた)は、エゴ・個の様々な動きや光景を、一部始終、ずっと見せつけられているのです。笑
意識とは、「存在・気づき」です。
存在であると同時に=気づき(真の認識者)
なので、存在していながら、同時に気づいているんです。
>文章がへたで、うまく書けなくて、すみません。教えていただいたことを、頭でも、感覚としても、わかりたいと思っています。何度か繰り返し読ませていただきたいと思います。ありがとうございます。
いえ、少なくとも私には伝わってますよ。
これはお互いだと思いますが、テーマがテーマだけに文章化はなかなか難易度高いですよね。概念を超えたものについて、概念を使って書くという作業ですから・・口で喋った方が話が早くてスムーズかもしれないと感じることも多いです。
そうですね。頭の理解から→感覚的、直接理解が起こることをお祈りします。
こちらこそありがとうございました。
719
:
幸せな名無しさん
:2026/01/05(月) 21:41:40 ID:g00I/Ylw0
結局すべてどうでもいいってことでしょ
ここの長文コメントも「」ができてない人達ってことね
それにしても「」の中身が長文エゴすぎるだろ
720
:
り改め りょうせい
:2026/01/05(月) 21:43:00 ID:K9YXuXog0
>>717
あけましておめでとうございます。
717さんにとっても幸の多い1年でありますように。
あらためて真理探求のスイッチの話しですが、
真理への道を進むときって、
理由が成立しないんです、
なぜかわからないけど、そういう流れになってしまうんです。
「〇〇のために、真理探求します」
「〇〇を手に入れるために真理探求します」
仮に、表面的にこのような流れが起きたとしても、本来はそういうことじゃないんですね。
どちらかといえば、
「真理に惹かれてしょうがないから、真理探求してしまいます」
「やめたいのに、やめられない」
まるでこんな感じかもしれません。
真理の知識が直接的に深まると、
〜のために、〜を手に入れる、と言っている
その当事者の個(私)が解体されていく方向ですから。真理そのものになるという偉大な実現の代償としては、どうしても個が溶けなければなりません。
個は溶けることを最も恐れ、同時に、最も望んでいます。
なぜなら願望実現や人生の幸せ実現も、
結局なんの目的のためにしてるかというと、
願望や幸せが実現したら、
やっと、静かになれるからです。
静かになっている個は、そのとき溶けているんです。笑
そのため、あなたは素直で正直だからこそ、
無理して、そっちに行きたくない、
個を整えたい。このように素直に言える個は幸いです。
それでいいんです。
これは皮肉ではなく、本当にそれでいいんです。むしろ、自分の気持ちに嘘つかず、自己欺瞞に陥らないあなたは偉いです。笑
やりたいことをやりたいと思えるなら、
やってください。
また、本当はやらなくても、
愛はすでにあり、それが真のあなたである。
という言葉を、頭の隅っこに置いておくだけじゅうぶんです。忘れてもらって構いません。
恩寵の流れは最適です。
浄化の苦しみは、必ず、後から振り返れば偉大な宝に変わります。
この話は、プロセスの構造としてそう出来ているって話であって、信じる信じない論の話じゃありませんが。
721
:
幸せな名無しさん
:2026/01/05(月) 23:18:37 ID:ejZVv4lo0
いつも学びたっぷりの書き込みをありがとうございます
参考になります
りょうせいさんが以前おっしゃった通り、あらゆる二元論を乗り越えていくのが私達の定めなのでしょうが、そこで湧いてくる疑問があります
言葉という道具自体が二元論を前提として成り立っていますよね
言葉というものを使い続ける限り二元論から抜け出すことは難しそうですが、あらゆる二元論を手放した人間は、言葉というものにどのように接しているのでしょうか
気になるところです
722
:
幸せな名無しさん
:2026/01/06(火) 00:19:40 ID:5pPcqNic0
>>718
とてもわかりやすく、説明をしていただいて、ありがとうございます。
お忙しい中、お時間をいただいて、すみません。
>「分離の思考」が発生した時点で、
「主体(見ている者)」─「分離の思考(見られているもの)」と、実は分かれています。
主体と対象について、よくわからなかったのですが、今、頭での理解ですが、わかりました!「主体(思考を見ている者)」と「対象(見られている思考)」とに分かれる、ということだったのですね!分離の思考を発生した時点で分かれてしまったけれども、本来は分かれていなくて、完成されている全体性だった、ということですね。
「主体(人や物や出来事を見ている者)」と「対象(見られている人や物や出来事)」こちらの場合も同じこと、という認識で、あっていますか。
>分離の思考を認識している主体(思考者)も、実は思考なんです。
>>98
>探求者が気づきに気づかれます。
>>116
>主体─対象─存在─気づき。全てが一つの意識の運動だったということです。
このことに気づきたいものです。静かになって、集中して探ってみたいと思います。
>「 」だけの時、主体も対象も世界も心も消滅しています。それでも、「 」があるから、宇宙や世界や心が映し出されて動いています。
消滅しているほうは、わかるような気がするのですが、映し出されて動いているほうは、気づきが起きてから、きっとわかるようになるのですね。
実験は、動画で何度か見ていて、たまに見たくなる時があります。
>思考も感情も″やり手″″掴む者″が邪魔をしなければ、流れて消えていくものです。
繰り返しわき起こる、不快な思考や感情を、うまく流せるようになれば、いずれは消えていくもので、そのことがある程度できてこないと、やはり解放は起こりづらいものですかね。
>それを見つけ出して、それでいる、それである時間を作ってください。
はい、やってみます! 調査してみます。
>存在していながら、同時に気づいているんです。
「観照者」でしたね!すみません!送信してから気づいてしまいました 汗
それに、観照を個が”やること”ではない、気づきのことですね。変な文章になってしまっていました 汗
一日のうちに、思考が止まって、意識でいる時間が以前よりも増えてきて、たとえ一分でも、その時は楽で心地よい感じがします。
>頭の理解から→感覚的、直接理解が起こることをお祈りします。
頭の理解も遅いですが、自分なりに集中しておこなっていきたいと思います。ありがとうございます。
723
:
り改め りょうせい
:2026/01/08(木) 18:31:55 ID:rHKRXBEo0
>>719
ここで話してるポイントは決してすべてどうでもいいと思い込むことじゃありません。
どうでもいいと思い込もうとする態度は、
実のところ明け渡しや放棄したフリにすぎません。その内側には、何かを得たい、より良くなりたいという期待が薄く残っています。
結果を気にする誰かがそこにいる限り、
それは完全な明け渡しや放棄ではなく戦略的放棄なんです。
「 」そのものは、意味づけや感想や判断がありません。
だから動き回る心からすると虚無や空虚、退屈や無意味さと誤解されがちですが、
みんな熟睡時に動き回る心が消え、
満たされて至福です。
あらゆる誤解も悩みも束縛も問題も言葉も消えています。
心が「 」を想像すると、
心からしてみれば「消えてたまるものか!」と激しく抵抗するのは一般的です。
それで「 」とは、きっと恐ろしく悪しきものに違いないと想像しますが。
「 」は=「心と世界」でもあるんです。
「 」は在るだけで、書けないし話せません。
書き込みも読むことも、それぞれの心に浮かぶ思いやイメージを通して、自然とただ起きているだけなんです。
つまり、誰かがやっているように見えても、実際にはただ、それぞれの内側にある精神の傾向や質に従って身体が動いているだけなんです。
短文か長文かは、ただ短文か長文かってだけの話です。
724
:
り改め りょうせい
:2026/01/08(木) 18:36:27 ID:rHKRXBEo0
>>721
ありがとうございます。
シンプルかつなかなか深い質問ですね。笑
言葉とは、概念、レッテル、指し示すもの、
などなど色々表現があります。
思考や想念も言葉と言ってもいいかもしれませんね。
また、相対的な世界では、
言霊、「あ」は「あ」の音の、「い」は「い」の音のエネルギー的な意味があります。
そのためマントラや、言葉を繰り返し唱えるアプローチは実際に効果もあります。
そして、はじめに言葉ありきというように、
言葉があるから、概念や、意味が生まれ、
観念、信念、時間や空間、相対的な物語やドラマが生まれます。小説も文字がなきゃ、
なにも物語は成立しませんからね。
はじめ、「私」という言葉が純粋な意識の中で起こりました。これが自我意識の誕生というやつです。それが身体と心に結びついて、
「私」として同一化しました。
さて、「真理探求〜真理実現」とはなにか?
まず探求者は、頭の理解、知識から取り入れます。それが「言葉の必要性」です。
概念を使って、概念を落としていきます。
概念を使って偽りを指し示し、真実を指し示します。
トゲを使って、刺さっているトゲを引っこ抜くため。あるいは、川を渡るために船を使い、渡ったら船の役割はおしまいですが、探究するための優れた思索力や捜索力や、モチベーションは必要不可欠です。
さらに進んでいくと、
言葉ではない領域で、伝達されていきます。
それは目に見えない伝達です。
ハート的な、静寂的な、エネルギー的な、
それそのものとしての、非言語の類のものです。
あなたはAさんと会っただけで話さずとも元気になったり、Bさんと会っただけで話さずとも気が悪くなることがあるでしょう?
場所のエネルギーなども同じで、不思議と、直接感じる″なにか″のようなものです。
そして、段々と言葉ではなく、″それであること″を通して直接的理解が深まっていきます。
あなたの言う通り、最後には言葉、概念は余計なものになります。
探求者が、″それ″として確信するレベルまでは言葉は必要になる場合が多いという話です。
疑いを取り除くためには、何度も何度も、落としていく必要があるからです。
本当に問いが消滅するときは、それは意識さえも超えた領域です。
疑問が消え、言葉が完全に必要でなくなることは簡単ではないということです。
本当は超絶簡単なのですが、やはり、
強烈に簡単ではないんです。
マーヤ(心)の魅せるトリックは沢山の層に重なり、無数の糸が絡まっています。
なので、この世に沢山の修練方法があるわけです。
725
:
り改め りょうせい
:2026/01/08(木) 18:43:39 ID:rHKRXBEo0
>>722
(遅れてすみません。長くなったんで2回にわけました)
>「主体(思考を見ている者)」と「対象(見られている思考)」とに分かれる、ということだったのですね!
そうです。分かれているから分離と呼ばれています。どんな状況やどんなことでも、認識できた時点で、「認識者と|認識されるもの」として分離が起きてるわけです。
>思考を発生した時点で分かれてしまったけれども、本来は分かれていなくて、完成されている全体性だった、ということですね。>「主体(人や物や出来事を見ている者)」と「対象(見られている人や物や出来事)」こちらの場合も同じこと、という認識で、あっていますか。
はい。(表面的に)分かれても、(全体的には)分かれていない。分かれることを可能にするためにはその「下地、背景」が必要なはずです。
たとえばあなたが絵を描くためには画用紙が必要です。その画用紙が全体性(意識・存在性)です。海の中で魚が必死になって海水を探しています。魚が動いても止まっても、海は海として在り続けています。
「思考者」も「思考」もともに意識の中の波です。
>このことに気づきたいものです。静かになって、集中して探ってみたいと思います。
はい、″私″、を探してみて、それで在ってください。私という想念が個と世界、つまり全体性を成り立たせている根源の想念です。
真の私は、私という意識なく個と世界や全体性に気づかずただ在ります。なのに同時に、
その真の私の中で幻想が起きている錯覚があるのです。しかし、真の私は一度も幻想に気づいていません。ぜひ調査してみてください。
心が動いているときの私。
心が動いていないときの私。
それとは一切関係なく、
変化せず、常に在る、私とは何でしょうか?
すべての不幸も苦しみも心が作り出しています。その心の流動の中で「想像された私」は常に変化しています。私(主体)という心がどこから現れるか?現れることを可能にしている何かがあるはずです。それは言葉で名付けられないものです。便宜上、「意識」とか「在る」とか「神」などと呼ばれています。今もまさに、世界の中で経験し体験し変化し続ける私(主体)とは別の「不変の自己」がいるはずです。
その″自己感覚″を探してみてください。
それが自己探究、真理探究です。
>消滅しているほうは、わかるような気がするのですが、映し出されて動いているほうは、気づきが起きてから、きっとわかるようになるのですね。
はい。「在る」が=気づきです。「在る」=叡智があり、叡智を通して直接的理解、直接的気づきが降りてきます。
726
:
り改め りょうせい
:2026/01/08(木) 18:44:18 ID:rHKRXBEo0
>>722
>実験は、動画で何度か見ていて、たまに見たくなる時があります。
ハーティングの動画みてみましたが、
なかなかいいですね。笑 あれも合うならやられると良いと思います◎
>繰り返しわき起こる、不快な思考や感情を、うまく流せるようになれば、いずれは消えていくもので、そのことがある程度できてこないと、やはり解放は起こりづらいものですかね。
ハーティングや他の聖者や賢者たちが言うように、本当のあなたは思考や感情でもないし肉体でもありません。永遠で不滅の何かです。
ただし、これは真相的な事実の描写であって、
同時に相対的世界ではすべてがあなたです。
対象を、私以外の別の何かに見えたとしても、
本当は真のあなたの本質と別のものはありません。見かけは相違や好き|嫌いは自然に起こりますが、本質は同じ意識です。
これはパラドックスですが二つの事実どちらも必要です。思考はAかBしか掴めません。
AでもありBでもあることを悟るには、それとして在ること、同時にそれらすらもを超えているもの。だけです。般若心経で言われているとおり、色は=空であり、空は=色であります。
そして、究極的な「それ」は、空や色という二極さえも超越しています。
>それに、観照を個が”やること”ではない、気づきのことですね。
はい。これまたパラドックスですが、
それでも個がやること、アプローチ、修練は必要です。なぜなら個の別名は、「探し求め、動き続ける」だから。想念は動き続けることしかできません。ストップしたら想念とは呼べません。
なので強い探求心は必要不可欠で、
やがて探求者そのものが溶解するまで行われるべきです。
>一日のうちに、思考が止まって、意識でいる時間が以前よりも増えてきて、たとえ一分でも、その時は楽で心地よい感じがします。
いいですね。たとえ一分でも、その一分が偉大です。100回の体験の中に、99回は価値がなく、1個だけ価値のある本物の体験が紛れているとしましょう。
たとえわずかな体験であっても価値のある本物の体験は、やがて99個の偽りを燃やしつくす流れに繋がります。
それと大切なポイントは思考を止める|止めないではなく、自分は誰なのか?ってことです。
「思考者|思考の内容(多い、静止)」に関わらずは、意識であるあなたは「騒音|無音」どんなときでも存在しているからです。
>頭の理解も遅いですが、自分なりに集中しておこなっていきたいと思います。ありがとうございます。
頭で分からなくて結構です。それでも心の奥(ハート)、内側に浸透しています。
よく分からない、知れない掴めない未知でオッケー。これは、掴もうとするエゴを出し抜いて浸透が行われているからオッケーなんです。
頭で知ることではなく直接的に「それ」としての深まりのプロセスは、エゴにとっては今どのようなプロセスが進行されているか決して分からない。しかし、螺旋階段を一段上に上がると、一段下の過程を振り返った時に絵(構図)が見えてくるんです。そのたびに少しずつ個もマインドも自分を成り立たせている神自身に心を開いていくのです。
ありがとうございました。
727
:
幸せな名無しさん
:2026/01/09(金) 00:22:37 ID:HxeyALBI0
>>720
ありがとうございます。愛あるお優しいご返信に個が心地良く溶けておりました。笑
探求はもしかしたら幼少期から始まっていたのかも知れません。個が幼稚園に入園する前迄は
積極的・声が大きい・少し意地悪。そんな性格だったそうです。人間として生きるには
好都合な性格だと思いますが恩寵はそれを良しとせず5歳で修練をスタートさせた。
その代わりピンチの時には必ず助けが入るという絶対的に守られている感じは常にありました。
真の私にも一度会っていました。あれは何だったんだろうとずっと思っていたのだけれど
間違いなく大きな私ちゃんです。同じです。ずっと見守ってくれていました。
>愛はすでにあり、それが真のあなたである。
↑ありがとうございます。何かをしなければ愛されないという条件があると
それを無意識的にでも採用してしまっていると、不自然でとても苦しく感じます。
やりたいこと…どうなんだろう、と思う事はあります。思っている時点でもしかしたら
やってもやらなくてもいい事なのかも知れません。あるいは何か無理をしているのか。
自分にとっての本当を知っていきたいです。
あっ!小さな事でもやりたいと思った事をやらずに居るとイライラする事はあります。
これはやった方が良いですね、やらないままでいるのはエゴだ。
そういえば内側から大きな私ちゃんの愛に満たされている時、何だかくすぐったい感じがしました。
心地良いです。ゆるんで何だかくすっと笑ってしまうような心地良さがありました。
そして真の私を内側で感じられた事でこれは全員共通のものだと実感出来ました。
例えるなら大きな大きな鏡餅。それが小分けにされて皆の中にも入っている。
誰かに対して違和感を感じた時にはその人の背景に在る「 」に意識を向けたら良いのかもと思いました。
それでも不快ならその不快も許す自愛をしていきたいと思います。
それから大きな私に内側を満たされて内側が空洞に感じられる事が起きました。
皮膚を隔てて自分の中と外が同一に感じられたので目を閉じて同一感に浸っていると
ここは何処か、今は何時かが分からなくなり、鳩時計の音も聞こえず
眠っていないのに意識が落ちて時間が30分ほど経過していました。
「 」を感じられたのかもと思ったのですが、またいつもの通りすぐにこの感覚も消えました。
認識の変更も、実感しては戻りを大袈裟ではなくもう100回以上は繰り返し続けています。
簡単に理解されては不都合なのだと思います。しっかり浄化してもらいたいのです。
なのでループしてしまう事を許す事にしました。
ループから脱するタイミングは恩寵が知っている筈。お任せしようと思いました。
>個を整えたい。このように素直に言える個は幸いです。
↑ありがとうございます。やっと素直になれたのかもと嬉しいです。笑
自分に噓をつくのは苦しいです。
実は本当の所、大きな願いを叶えたいとかは無いのだと思います。
中学生の時、卒業時の冊子の一人一言欄で「何気ない日々の中でも幸せ探して生きてゆく」
なんて事を書いたのを覚えています。何と地味な中学生なのでしょうか。笑
でもこれが個の本心なのだと思います。
ふと、大きな私ちゃんは個の私の中の女性性に対しては彼氏役を
男性性に対しては彼女役を演じてくれているのかなと思いました。
だからあんなに可愛らしくて魅力的なのか、そうかそうかとひとりで納得。笑
あと真の私は本当はかなり高次元の存在で個に合わせてレベルを下げて会話してくれているのかなと。
以前、真の私から届いた「みんな既に愛されている、みんな既に赦されている」このメッセージは
まだ個には段階が早すぎるのか、解るけど解らないような感じです。
そして偉大な存在ならば大きな私ちゃんなんて呼び方は良くないのかなぁ、なんて思ったら
「えーそんなのさみしいよぉ、ずうっと大きな私ちゃんって呼んで(はぁと)」と返ってきたので
あ、はい。じゃあそうさせてもらいます。と思いました。笑
>浄化の苦しみは、必ず、後から振り返れば偉大な宝に変わります。
↑ありがとうございます。これは、本当にそう思います。恩寵からの愛ですよね。
これは余談というか独り言ですが、大きな私と個の私の探求のテーマソングとしては
ClariSさんの「ルミナス」が最適なのかも、なんて思っていました。
歌詞の中の「包まれた瞬間すべての想いは君へ巡る」なんてもう共感しかない。笑
728
:
幸せな名無しさん
:2026/01/09(金) 22:16:05 ID:P0iQOmAU0
>>725
りょうせいさん、いつもご丁寧に教えていただき、ありがとうございます。
たくさんのお時間を頂いて、本当にすみません。今回もよろしくお願いいたします。
>「思考者」も「思考」もともに意識の中の波です。
>その真の私の中で幻想が起きている錯覚があるのです。
>その″自己感覚″を探してみてください。
「心が動いていないときの私」、その時に感じられる純粋な意識は、わかると思うのですが、叡智を通しての直接的理解、直接的気づきは、降りてくるまでは、わからないですものね。でも、意識でいることが徐々に増えてくるにつれ、精神的にも、現実的にも、穏やかで、幸せな感じが増えてくるようですので、まずは、そこを目指したいものです。
>ハーティングの動画みてみました
見ていただいたのですね!ありがとうございます。公的と私的。何度か見てみたのですが、私にはまだ、気づきにならなくて、また別の機会に見てみたいと思っています。
頭や顔の辺りに意識がいきますが、よく、ハートに意識を向けるようにと聞くと思うのですが、また違ったアプローチ、ということですかね。
「私」というのがどの部分か、というのはないと思うのですが、感覚としは、目の辺りに感じられるような気がしています。
>永遠で不滅の何かです。>同時に相対的世界ではすべてがあなたです。
>究極的な「それ」は、空や色という二極さえも超越しています。
そうなんだなと頭ではわかるのですが、どうしても対象を、私とは別の何か、と見てしまいます。だから苦が生じるのですよね。
>なので強い探求心は必要不可欠で、やがて探求者そのものが溶解するまで行われるべきです。
そうですね!進みは遅くても、学ぶことが楽しくて、探求し続けています。気づきが起きてからも、ずっとこのことに触れ続けて、学んでいきたいと思っています。
>自分は誰なのか?ってことです。
意識であることを、度々感じられるようになってから、思考や感情にハマっている状態に、たまにですが気づけるようになってきました。意識・存在であるほうを選びたいです。
>心の奥(ハート)、内側に浸透しています。
>そのたびに少しずつ個もマインドも自分を成り立たせている神自身に心を開いていくのです。
内側に浸透していると思うと、嬉しく思います。教えていただいていることを、いつもありがたく浸透させていただいています。読ませていただいている時に、心が清まるような感じがしています。意識であることに、意識・心を向けていたい感じになります。
>叡智を通して直接的理解、直接的気づきが降りてきます。
インドのサットサンの動画を見ていると、グルのお話を聞いている最中に、気づきが起きて、笑い出したり、泣き出したりする場面を見ますが、その方の準備ができていたことで、直接的な理解が起こった、ということですよね。その説法の内容が気になって、もう一度、注意深く聞きいてみても、私には気づきは起きないです。気づきのタイミングは、人によりますものね。
りょうせいさんの、以前の探求の様子や、気づきが起こる少し前は、どのような感じでしたか。
729
:
り改め りょうせい
:2026/01/11(日) 23:00:15 ID:yX3dy9m60
>>727
>探求はもしかしたら幼少期から〜
始まっていたのかも知れません。
はい。
そうじゃなきゃ、個の私がなぜこのような話に興味を持てるでしょうか。笑
>愛はすでにあり、それが真のあなたである。
↑ありがとうございます。何かをしなければ〜
>自分にとっての本当を知っていきたいです。
あなたに課題を出します。これはあなたの気質だけに合う漢方のようなものだと気楽に捉えてくださいね。
これは個のあなたのプロセス(神との合一)にとって重要なメタファー(たとえ話)です。
時間をかけて、ゆっくりこの話の真意を考察し消化して行ってください。これは頭で答えを出すというより、この話を頭の片隅に置いておくこと自体が、重要な叡智に繋がります。
・マタイの福音書 21章12節
・ヨハネの福音書 2章13〜16節
※解説者や説教者の説明は無視して構いません。
翻訳で書いてある文字の意味だけで結構。
>そして真の私を内側で感じられた事でこれは全員共通のものだと実感出来ました〜
いいですね。そうです、賢者は映画を鑑賞していてもスクリーンの存在を忘れていません。
映画の現れを無理矢理スクリーンだと思い込むというより、スクリーンがなければ映画も現れも映し出されないことを常に忘れていません。
>それから大きな私に内側を満たされて〜またいつもの通りすぐにこの感覚も消えました。
ナイスです。
>簡単に理解されては不都合なのだと思います。
すでに理解は起き続けてると思って過ごしましましょう。理解を求めている探してる演技が表面的に起きているように見えるだけです。それは錯覚です。構わず心身の動きが流れていっていることを観ましょう。
>でもこれが個の本心なのだと思います。
大きな私であること。それは永遠の至福です。正確にいえば、永遠の至福に誰もが常にいますがマーヤ、幻想という心の抵抗によってそこから離れることが高頻度で起き続けているだけです。
真理探究者は、個というキャラから目覚めるチャンスの流れであり、そのため大きな枠組みの流れの視点でみれば、探求者というだけでチャンスに恵まれて偉大な価値のある人生なのです。真理は誰もが興味を持つテーマじゃありません。
>ふと、大きな私ちゃんは個の私の中の女性性に対しては彼氏役を
男性性に対しては彼女役を演じてくれているのかなと思いました。
なるほど。
いわんとすることわかります。そうですね。笑
>あと真の私は本当はかなり高次元の存在で個に合わせてレベルを下げて会話してくれているのかなと。
かなりどころか唯一の至高者です。
個を心としてもいいでしょう。
心をたとえばひとつの国としましょう、
国民たちの中でも、真の私支持派と、
個の私支持派と派閥争いの戦争があるわけです。
なので、心にとって「恩寵と浄化」のように感じるけど、心の内面の善玉菌と悪玉菌のバトルのようなものです。笑
レベルの違いや、あなたがあるときは賢者であったり、あるときは迷子になるのもこうした理由から。
不快は快楽の記憶であり、快楽は不幸の記憶です。迷子が起きるのは記憶との同一化が根強いから。そのため時間という幻の概念を越えること。そしてそれが直接「真の私を愛すること」に繋がり、それが本当の自愛です。
すでに自愛はあります。それを防ぐことが心の活動です。
そして、直接理解は同時に個を整えることにも繋がります。一石二鳥以上の総合治療薬です。
私はここであえて真の私、神、いちなるものに対する、素晴らしさや褒め讃えや偉大さをあまり伝えていません。いかに素晴らしいか、また、個にとってそれはどれほど素晴らしいことに繋がるのか、どれほど最高の結果なのかをほぼ伝えていません。
「◯◯をしたら◯◯となる。だから◯◯をやりましょう」このような、餌となる表現は意図的に抑えています。それを言うと心、エゴのシステム上、ますますそれから遠ざかるからです。
それに探求者の心は常に動いて疲れています。これ以上心を疲れさせる必要はなく、ほんとは何かを求める必要さえなく、真のあなたはただ存在してるだけでいいんです。この基本的概要を基に、疑いや苦しみとの同一化を取り除くために探究しましょう。
だから私はあなたにも、〇〇のために、真の私、神を愛しなさいとは言いません。
言うなれば、真の私を愛するがゆえに、真の私を愛しなさい。です。
あなたがたとえば、自分のツインレイが現れて「◯◯が欲しいから、その目的として、あなたといたい。その目的を叶えられる手段として、あなたを愛している!」と言われるよりも、
「あなたといたい。あなたを愛している。
なぜなら、あなたといたくて、あなたを愛しているからだ!」と言われた方が良いはずです。笑
真の私との合一も同じです。ただ愛しましょう。
それができたらそれが強烈な明け渡しになります。
追伸 ルミナスいい曲でしたー⭐︎
730
:
り改め りょうせい
:2026/01/11(日) 23:01:34 ID:yX3dy9m60
>>728
>「心が動いていないときの私」、その時に〜感じられる純粋な意識は、わかると思うのですが、叡智を通しての直接的理解、直接的気づきは、降りてくるまでは、わからないですものね。
>でも、意識でいることが徐々に増えてくるにつれ、精神的にも、現実的にも、穏やかで、幸せな感じが増えてくるようですので、まずは、そこを目指したいものです。
意識があなたの本質です。意識自体は過去、現在、未来ずっと変わらない存在です。
しかし、個がそれを完全に忘却している状態と、
仮にそれを知ったとしても外側の遠い彼方にあるに違いないと思い込むのと、常にこの瞬間あると知るのでは、たしかに個の精神面にも違いが出てくるでしょうね。
自己知識が深まるにつれて結果的に自然とそうなることはあり得ますが、それは目指すべきものというより結果としてなんです。なぜかといえば深まると、たとえ精神的にも、現実的にも、不安で不幸せな感じが起きたとしても、それが幻想だと自然と見抜かれるからです。
また二元世界(相対的世界)の視点でいうと、二元世界はあなたがどの概念と同一化をしているか?をレッスンとして指し示していきます。心やカルマの振る舞いがどうあれ、忍耐強く意識で在りつづけることでそれらの想念たちのマーヤ的振る舞いとの同一化を溶かすことができます。
>頭や顔の辺りに意識がいきますが、よく、ハートに意識を向けるようにと聞くと思うのですが、また違ったアプローチ、ということですかね。「私」というのがどの部分か、というのはないと思うのですが、感覚としは、目の辺りに感じられるような気がしています。
いいですね。その部分が、どの場所であってもその私感覚を観照しているということがポイントです。
本当にそれ(私感覚)が真の私ならば、
決して「その対象である私」に気づくことはできません。
私感覚を目撃できた時点で、それを目撃している目撃者と私感覚はあきらかに違うわけです。
「私感覚は常に永続する真の私ではない」ということです。なぜならあなたの本質は感覚ではなく、″在る″だからです。
>そうなんだなと頭ではわかるのですが、どうしても対象を、私とは別の何か、と見てしまいます。だから苦が生じるのですよね。
相対的世界での、違いの感覚は形や性質が違うし、接触すると物語も起こるので別の何かと見えて自然です。それはそれで消そうとしなくていいんです。それでも在るがあるからそれらが成立します。どちらも正解です。
木を見てください、葉っぱは木なのか?
そうとも言えるし、そうではないとも言えます。
でも葉っぱが葉っぱでいられるのは、根があるから。見える姿の奥に、見えない全体がある。
その全体があるから部分が現れます。
>そうですね!進みは遅くても、学ぶことが楽しくて、探求し続けています。気づきが起きてからも、ずっとこのことに触れ続けて、学んでいきたいと思っています。
わかります。自己知識を学ぶことは相対的な楽しさとはまた一味違った好奇心というか、ときめきがありますね。笑
>意識であることを、度々感じられるようになってから〜意識・存在であるほうを選びたいです。
>意識であることに、意識・心を向けていたい感じになります。
はい、螺旋階段を登っていってください。
>インドのサットサンの動画を見ていると、グルのお話を聞いている最中に、気づきが起きて、笑い出したり、泣き出したりする場面を見ますが、その方の準備ができていたことで、直接的な理解が起こった、ということですよね。
プンジャジのやつですかね?笑
色々なことが起こり得ます!
それは起こるなら自然と起こります。止められません。
個の私(りょうせい)の場合、そういう体験が起きてから本格的に真理探究が始まりました。
>りょうせいさんの、以前の探求の様子や、気づきが起こる少し前は、どのような感じでしたか。
これは長くなるので機会があればどこかで書きます。ひとつ言えるのは何度も何度も聖なるイベントは起き得ます。だけど最後まで進まなくてはいけません。そのため聖なるイベントを必ずも求めたり目指す必要はありません。
そして最後の最後は皆同じところに行きますが、それまでの過程や流れは十人十色です。
731
:
幸せな名無しさん
:2026/01/13(火) 16:31:40 ID:gLgxfm2c0
v8氏お元気そうで
732
:
幸せな名無しさん
:2026/01/13(火) 22:24:14 ID:RKlATSt60
>>730
ご返信いただき、ありがとうございます。
>それが幻想だと自然と見抜かれるからです。
>忍耐強く意識で在りつづけることで〜
>「私感覚は常に永続する真の私ではない」
>それまでの過程や流れは十人十色です。
シンプルにわかりやすく、何度も説明をしていただいたことで、大分、頭の中が整理されてきました。実践していき、気づきを深めていきたいと思います。
本当にありがとうございました。
733
:
り改め りょうせい
:2026/01/15(木) 10:49:06 ID:a2zkOywY0
>>732
ありがとうございました♪
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板