>「What do YOU care」 という表現ですが、これは、日常でもよく使われる表現で、
>「You shouldn't care(mind)!」とか、「Don't care!」のような意味で、「何を気にしてるの?(気にするな)」
>といういわゆる反語的な表現ですよね。これは、本当によく使う表現なので、話者の中では、
>「きにするなよ」という意識が強く働いているように思います。
>なので、what other people thinkは、「Don't care」の目的語として意識してその隣に置かれている。
>ただ、そういうことではないでしょうか。
なるほろ。そう考えると、確かに納得。
「What do YOU care?」という一つの文で完結していた言葉が、進化の中で、反語的な意味が強くなり 「What do YOU care?」=「You shouldn't care(mind)!」「Don't care!」にも変化していき、今ではネイティブの中では日常語になってしまった、と考えると、文法的にうまく説明できなくても、無意識にその後ろに目的語を置いてしまう、っていうのが納得いきますね。なんてったって、英語は語順の言葉。この進化の方向は当然かも。
そうして、そう考えると、K先生の歌友の英国人女性のコメントも納得です!
「You shouldn't care(mind)!」「Don't care!」より「What do YOU care?」の方が柔らかい物言いで、「What do YOU care?」=「何を気にしてるの?→気にする必要ないんじゃない?='you don't have to care'」につながるなぁ、と思いました。
そうすると、この文章って、無理やり1文で考えて文法的に説明するというよりも、「What do YOU care?What the other people think? YOU don’t have to care about that.」「あ・な・たは何を気にしてるの?他の人の考える事?あ・な・たは、そんな事気にする必要ないのよ。」という優しい、ぽんと背中を押すような感情の言葉と感情の流れが、会話の中ではひとつになった、っていう感じでしょうか。
でも、これを、「I care something. I can't tell what it is, though」とか抜かしてる秘密主義者に対して、「Hey, spit it out! What do you care?」とか言うときって、やたらと、Whatとcareのギャップを聞くんだ!という意識がすごく強まりませんか?ここは、完全に開けとかないとダメなんです。だって、聞きたいのは、そこだから。
What do you care?の反語的表現は、形は「疑問文」ではあるが、全く「疑問」ではないんです。
で、なんか、aboutとかofがいやだと書きましたけど、これって、入れて言うと、なんか、疑問のギャップが目立つんですよね。だから、You don't have to care about what---は許せても、What do you care about what---が許せない理由なんだと思います。googleで、「What do you care about what」と、「What do you care what」で検索しても、あきらかに前者が反語的にはしっくりしないかを表していると思います。これは、aboutやofとかは、「他人が考えることについて何を気にしているのですか?」と言う文で、ほんとに「何を」を聞きたいときには特に違和感はないんですけど。
やっとD先生@T山大(米国出身の英語の先生)からご回答をいただきました。お答えは、説 (a) The former is the object of care; the latter is the omission of "about what". と説 (e) The former is the object of care only literally, but in the questioner's mind "What do you care" means almost the same as "You don't have to care"; thus the latter also is the object of care psychologically. に賛成、でした。文法的には (a) だが心理的には (e) ということでしょうか。ケンピピさんと私の説 (e) にネイティブの1票が入りましたね!みなさんは、どう思われますか?
D先生の奥さま(たぶんネイティブ、ご出身は?)からもコメントをいただきました:"What do YOU care what other people think?" というのは "You should not let the opinion of another person influence your course of action." のような感じではないかしら、とのことです。うーむ、さすが思い出深い本とおっしゃる方のコメントで文脈にピッタリの解釈ですね。ミミロップさん、いかがでしょう?
K先生、有り難うございます。はい。とても心に染みる解釈だと思います。
ファインマンさんとアーリーンさんにとって、この言葉は、自分たちを支える、大きな、なんというか、約束というか、うーん、もっと、誓いのような、とても意味のある言葉だったのだろうな。。としみじみしてしまいます。。
ファインマンさんが、周囲の猛反対と動揺に、自分の信念をまげざるを得なくなり、
アーリーンさんの病名を、意に反して本人に伏せてしまった事が、後にバレて白状した時、
彼女はまず、“ They must have put you through hell ! ” って、彼を気遣うんですよね。
自分の病名知って大ショックだったはずなのに。。 そして、その後、
“ You should have stuck by it. We know what we’re doing; we are right!”
って言って、それから、「もう二度と嘘はつかないでね。」ってお願いして。。
そこからは、二人で勇敢に、彼女の病気に立ち向かい、彼女の残りの人生すべてを、彼が受け入れ、看届ける。・・・はぁ。すごいです。二人ともつよい。つよすぎる。
そこもまた、私には、悲しく感じられます。。
ミミロップさんとKさんのお話を拝見していたら、ファインマンさんのお話をとっても読みたくなってしまって、注文しちゃいました。あっ、もちろん翻訳本です。『1Q84』を片づけてからかなぁ。
読後は、きっと“What do you care what other people think?”についても、もっと考えさせられるのでしょうね。言葉は、やっぱり気持ちを乗せる物だから、ただ字で見るのと、言葉の後ろにある状況がわかるのとでは、感じる物も違いますものね。それが、言葉の魅力。
読むのが楽しみです♪