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ノーベル賞  「作家」 大江健三郎_

1名無しさん:2004/04/29(木) 01:50

自慢と自慰のノーベル賞  「作家」 大江健三郎 を語ろう!

大江 Bashing は可。  大いに可。 えらーい ノーベル賞「作家」だから。

有名人の息子さん(音楽家)の話もある程度なら可。(有名人だから)

本多勝一「日本語の作文技術」 は
究極 悪文の見本として 大江健三郎の 論説文(長文の1センテンス)が 引用してるのが笑える。

3 名前: 名無しさん 投稿日: 2004/04/29(木) 01:35
私も万年元年のフットボールあたりから読まなくなりました。


4
本多も本の中で言ってるが・・・

小説だったらどんな長文・悪文でも良いが(読まなきゃいいだけ)、
論説だったら解りやすく書けよ、ということ。

実は、大江の論説も(小説の同じで)カスなんだが。(単なる自慢と自慰)

2名無しさん:2004/04/29(木) 06:03
[567] Re^2: 2号、#2516に関連して(長文。議論の進め方についてです) - 投稿者:ST初心者 投稿日:04/03/24(Wed) 09:06:52
566へのコメント

(日付に注目: 一ヶ月以上前のことです)

「議論の進め方」について私が興味があるのは、以下のことです。

大江健三郎の議論の進め方:

1.私の知る限り、重要な問題について大江健三郎は議論をしていない。
(些細な文学的議論はしているかもしれない)

2.大江健三郎は常に「私は偉い人間だからお前などとは議論する必要がない」という態度をとる。

3.大江健三郎は常に、批判には答えない。批判を無視する。

4.大江健三郎は(批判が無視できない場合には)批判者の言論を抹殺しようとする。

例1:ヤスケン事件

例2:最近の「週間朝日」事件


(以上までが 投稿日:04/03/24)
_________________________


大江健三郎 は議論しない。  批判には 「言論抹殺」 で答える。

言論による批判 に 言論による反論 で答える自信がない。


http://book2.2ch.net/test/read.cgi/book/1081368341/l50

190 :吾輩は名無しである :04/04/27 10:19

■2002/11/29(金)虫の書評、打ち切りか?

週刊朝日の匿名書評、「虫」の書評が打ち切りとなる公算が大きくなった。今週発売の週刊文春12月15日号によると、虫の「憂い顔の童子」批判が来年からの連載が決まっていた大江健三郎を怒らせ、12月1日付けで加藤明編集長が更迭されるという。

記事自体は連載がどうなるかにはまったく触れていないが、このぶんでは虫の書評も打ち切りだろう。来週発売の週刊朝日は本来ならば虫の書評が載る回だが、果たして何か載っているだろうか。

大江の連載に読者がつくかどうかは知らんが、私は関心がないから絶対に読まないだろうと断言できる。

虫の書評には賛否両論あるにせよ、久々に登場した面白い書評であったことは事実。私は毎回楽しみにしていた。打ち切りで週刊朝日が上向くことはまずあるまい。

虫の書評タイトル一覧
http://homepage2.nifty.com/bookbookbook/zakkan5.htm


■2002/12/03(火)「週刊朝日」編集後記からにじみ出る無念

今日発売の「週刊朝日」12月13日号の加藤明編集長の編集後記。

「なんか『週刊文春』に載っていましたが、私、12月1日付で編集長をお役御免になりました」

もちろんこれは11月29日の日記に書いた記事のことだ。普通、こういう場合、ライバル誌の記事には触れないだろ。あえて触れるところにこの人事が正常でないことがにじみ出ている。

あとは在任中にうれしかったことなどあたりさわりないことをつづっているが、突然の解任への無念が感じられる。

私の印象では、週刊朝日は文春や新潮に比べ、記事そのものは面白くない。だがコラムは面白いものがあるので買っているわけだ。
虫の書評は面白かった。これは明らかに加藤編集長時代の功績である。ところがこの虫の書評を理由に解任されてしまった。これを機に週刊朝日が上向くとはとても思えないが。

3名無しさん:2004/04/29(木) 15:40
大江さんの場合、エッセイと小説では文体が全く違います。
大江さんの関係代名詞を多用する日本語は、日本語としては
たしかに悪文ですが、彼の作家としての文体と言う意味では
問題ないと思いますし、英語になれている読者には
意味を取り違えることがなく、かえって、わかりやすい文体で
あると思いますよ。

エッセイを読んでみれば、大江さんがどんなに読みやすい文章を
書くかわかりますね。

4名無し:2004/04/29(木) 17:40
A big fire broke out on the upper twenty.

の、on the upper twenty
は、どういう意味でしょうか?
よろしくお願いします。

5名無しさん:2004/04/29(木) 20:36
文脈無しにこんな事に答えさせるのは日本(その他)のテストだけでしょう。
A big fire broke out on the upper twenty.
A big fire broke out on the upper twenty Floorsのこと?

on the upper twenty
が On The Upper East Side (NYC)のようにある地区を指してる感じもする。

(数日の内に>>4、5は別のスレッドに移します。)

6名無しさん:2004/05/13(木) 04:07


172 :吾輩は名無しである :04/04/25 17:54

図式的な少女趣味

大江健三郎『同時代ゲーム』新潮文庫

海外でほとんど訳書も出ていなかった著者が、なぜノーベル賞を受賞したのかは、今もって謎である。
世界的な評価を得ている日本人の小説家といえば、三島由紀夫と安部公房、それに最近では村上春樹ぐらいだろう。
川端康成の受賞も「三島由紀夫の空席が回ってきた」といわれたが、その類推でいうと安部公房が死んだために空席が回ってきたのだろうか。
著者は一時、ノーベル賞の候補者を推薦すると自称していた矢野暢と仲よくしていたというから、その効果があったのかもしれない。
いずれにせよ、佐藤栄作と並ぶ恥ずかしいノーベル賞である。

しかも、海外で評価される作品も『万延元年のフットボール』までで、それ以後はほとんど話題にならない。客観的にみても『個人的な体験』や『万延元年』は傑作といえるし、
後年の作品でも『雨の木』の連作のように肩に力を入れないで書いた短編には見るべきものがある。
しかし本書のように「同時代」への意識が過剰な作品は、読むに耐えない。
学生から職業作家になった著者には切実なモチーフがなく、「社会的」なテーマを頭の中で作り出して書いているからである。
30歳のときに書かれた『万延元年』が最高傑作とされるのは、著者の思想的限界を象徴している。

特に本書が著者の最低の駄作とされる原因は、当時、著者が傾倒していた山口昌男氏の「道化」論を小説に丸ごと取り入れたことである。
登場人物にそれぞれ文化人類学的な位置づけが与えられ、「祝祭」とか「異化」とかいう言葉が小説に出てくるのは、鼻白むのを通り越して腹が立ってくる。
最良の作品というのは、山口的な図式を乗り越えるところに意味があるのに、作家自身がその図式で書いていたのでは、話にならない。

本書には『ヒロシマ・ノート』以来の「核戦争の恐怖」のモチーフもあるが、こういう「非武装中立」の少女趣味が日本の民主主義をだめにした害毒は計り知れない。
最近の「歴史教科書」問題でも、著者は例によって自分の子供を引き合いに出して「弱者」への配慮がどうとかいう見当違いな批判をしていた。
作家としてはともかく、戦後民主主義の生み出した最悪のイデオローグとしては歴史に残るだろう。

7名無しさん:2004/05/13(木) 04:15

【社会】大江健三郎が「薄笑いの首相」と日本外国特派員協で首相答弁を批判★2

ソース:
http://www.asahi.com/culture/update/0305/007.html

300 相変わらず外国で日本の悪口言うしか能が無い香具師だな

302 あんたの薄ら笑いも相当なもんだよ。大江

303
大江健三郎が生涯を通してやってきたこと

1。薄笑いの表情で 文芸春秋と岩波に媚びる。(両方に媚びる離れ業ができたのは大江のみ)
2。薄笑いの表情で 外国の有名作家に媚びる。
3。薄笑いの表情で 外国のジャーナリズムに媚びる。

大江が日本人(文芸春秋と岩波)に媚びる際には「原爆」の話をする。

大江が外国人に媚びる際には「南京大虐殺」などの話をして日本人を罵倒する。

今週、東京で3を また やったのか。

304 文学者が政治を語るインチキ臭さを知れよ。 大江、ボケた?

305 歌舞伎町でうろつく蓋え[大江]目撃したと友人が申しております。

8名無しさん:2004/05/13(木) 05:25

大江健三郎 と 矢野暢 : 人間性でも行動パターン(虚名欲・西洋人に媚びる)でもピッタリの二人だ。

>(大江は)ノーベル賞の候補者を推薦すると自称していた矢野暢と仲よくしていたというから、その効果があったのかもしれない。


大江健三郎 が 矢野暢と仲よくしていたとは初耳だが、
人間性の面でも行動パターン(虚名欲・西洋人に媚びる)でもピッタリの二人だ。

http://www1.kcn.ne.jp/~yossan/Tulips/0007080112.htm

京都大学の矢野暢っていう教授から女子学生、それから秘書への強姦・セクハラ事件だったんです。

この京大の矢野事件で性暴力の裁判は非常に転換点というか、変わったと思います。

私は甲野乙子さん−偽名ですけれども。プライバシーがあるので、偽名ですけれども−、矢野(私は呼び付けになるんですが)の強姦被害、学生時代に強姦されて、それからずーっと意に反したセックスを強要され続けてきたんですね、数年にわたって。

そこから告発できたのは、またもっと後です。全体からしたら10何年かかっているでしょう。彼女の裁判が始まったころからのカウンセラーです。

9名無しさん:2004/05/21(金) 01:11

大江の以下の文章を読むと、数年前にやっと Lolita が楽しく読める英語力になったのがうかがえる。

一生、背伸びして虚勢を張ってきた劣等感コンプレックスの塊(かたまり)のような大江健三郎。

その大江健三郎は、晩年になってやっと読者に読みやすい文体で
文章を書き、そして虚勢を張らずに自分の感じる事を素直に書くことが出来るようになってきたのが判る。


> 601 :吾輩は名無しである :04/05/09 14:27
> ナボコフという、いまや二十世紀最大の小説家と書かれた広告を見ても
> あまり違和感のない大作家に、しかし正面から向き合ったのは、五年前からだ。
> 『ドン・キホーテ』についての篤実かつ奇矯な講義をおさめた大きい本を
> プリンストンの書店で見つけ、つい買ったのに始まって、いまでは鱗翅類の
> 研究をめぐっての本を除き――当然のことながらロシア語の本も除く――
> それ以後目についたものを手に入れなかったことはなく、読み通さなかったこともない。
>
> まだ学生だったはずだが、『ロリータ』の翻訳を読んだことは確かなのに、
> むしろそれが災厄をなして、私はナボコフを軽視してきた。このようにして
> ナボコフを熟読するようになってから、私は信頼するロシア語の専門家の女性を
> 新聞社のパーティーで見かけ、そういうところも自分の子供じみたところだが、
> 早速ナボコフの話をしようとして、敵意のこもった反応を引き出した。そのこと自体が、
> 彼女への敬意を、複雑なかたちにであれ深めることにもなった。つまりは歴史のなかの
> ナボコフの一筋縄でゆかないところをよく知っている人にちがいないのだから。
>
> 『ロリータ』にしても――その翻訳の新潮文庫がなお生きている以上、ここで
> そうしたことを書くのは礼を失しているが、続々現れている優秀なナボコフ研究の
> 若手によって訳し直されることを望む――私はアルフレッド・アッペル・ジュニアの
> 註釈付きテキストを手に入れて、初めて心から楽しむことができた。
> 活字が大きく老眼鏡がいらないので、水泳のクラブに行く電車のなかで読む本
> にしていたが、隣り合わせて座った若い人がひとりならず怪訝な表情を示すので、
> 手製のカヴァーをかけたものだ。
> 「難関突破(ブレックスルー)」 大江健三郎 新潮6月号
>
>
> 602 :吾輩は名無しである :04/05/12 22:52
> オーケン、また文体変わってきたかな?
>
>
> 603 :吾輩は名無しである :04/05/13 22:35
> 新訳を出して欲しい、という部分には同意。
>
>
> 604 :吾輩は名無しである :04/05/14 18:37
> いい翻訳仕事できる人いるのかな?ナボコフって日本語翻訳者には
> 恵まれてないかも。翻訳で読むなっていわれそうだけど・・・。
> 最初に買ったナボコフが翻訳最悪の「賜物」だったんでよけいそう思う。
>

10名無しさん:2004/07/08(木) 02:34
アメリカ人でノーベル文学賞は http://www.nobel.se/literature/laureates/ を見ると:
(もちろんドイツ人 1999 Günter Grass ← これ知らなかった。)

1993 Toni Morrison
1991 Nadine Gordimer ???
1978 Isaac Bashevis Singer  ???
1976 Saul Bellow
1962 John Steinbeck
1954 Ernest Hemingway
1949 William Faulkner
1948 T.S. Eliot  アメリカ生まれ
1946 Hermann Hesse アメリカに帰化?
1938 Pearl Buck
1936 Eugene O'Neill ???
1930 Sinclair Lewis

11名無しさん:2004/07/08(木) 05:47
>>10
> (もちろんドイツ人 1999 Günter Grass ← これ知らなかった。)
だって、アメリカでは嫌われ者。「アメリカ批判は友人としての務め」と言ったとか
ですが ...。
Siehe: http://members.at.infoseek.co.jp/serpent_owl/arch-text/grass.htm

12名無しさん:2004/07/08(木) 09:26
Thanks. I'll read the article. In the US, Grass is seldom mentioned; just references to some earlier novels, like Tin Drum (?).

大江健三郎は自分が賞とったら 急にグラスを軽視していたが、
今度は急に「自分と同クラス扱い」 にしてるのかな。

13名無しさん:2004/07/08(木) 21:35
ってより、ベルリンに遊学したかったんで、それができるまで利用したかも。
世渡りが上手い人なんじゃないかと思うんだけど。

それより、スレのタイトル、変えられるなら、
「作家」 大江健三郎_
を削って、『ノーベル賞作家』にしない? 『ノーベル賞作家』全員の話を
集める。いいのも悪いのも。
「作家」大江健三郎の悪口なんかいくらでも言えるが、言っても不毛だよ。

14名無しさん:2004/07/09(金) 01:15
>> それより、スレのタイトル、変えられるなら、

残念ですが、そこだけ差し替えるのは出来ないと思う。

15名無しさん:2004/07/09(金) 01:45
なら、大江以外のノーベル賞作家を別スレにする?
スレの名前が変でも、大江以外のノーベル賞作家もここに書く?

16名無しさん:2004/07/09(金) 01:52
>> 大江以外のノーベル賞作家もここに書く?

ここで良いのでは?  もう>>10で出てるし。
アメリカ人だともっとラクにノーベル文学賞とれるのかと思った。
経済学賞はほとんどがアメリカ人だし。

17:2004/07/10(土) 01:27
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1082887060/ ☆ ノーベル文学賞及び受賞者を語る ☆

I missed this person in >>10. I'd never heard of him/her.
1980年  C.ミウォシュ(アメリカ)

18偽善者といえば大江健三郎。偽善者の話はこのスレッドで。:2004/08/04(水) 01:40
http://www.outdex.net/diary/d9707.html
○灰谷健次郎って、そんなに大物だっけ?新潮社批判で騒がれている彼だけど、児童文学としても現代文学としても出来損ないの作家、みたいなイメージが僕にはあったんだが。今回の件だって、「子供は無垢で純粋な存在」という自分の信仰を根底から揺るがす事件が起きたんで、事件の暗部をさらに深追いしようとする新潮社に自分の幻想を壊される危険を感じて、八つ当たりしただけなんじゃないの?このオヤジの安直な子供の偶像化の方が、よほど社会にとって犯罪的な気もするけどなぁ。そのうえ「マスメディアは権力に抗い、弱者を守るべき」なんて言ってるけど、今回の場合絶対的な「弱者」と呼べるのは、酒鬼薔薇に殺害された淳くんと彩香ちゃん、そしてその御遺族だけ。加害者たる酒鬼薔薇は本当に弱者なのか、マスメディアが少年法に従順であることは権力の怠慢を放置することにならないのか、という多角的な分析も無しに、「権力対市民」の単純な対立項でしか事件を見ていないのだ。

○しかも、「私の収入の3分の2は新潮社からだが、それなりの行動はしたい」だって。自分の負うリスクを声高に宣伝して、その上で「正義」の名を語る輩なんて、偽善者の典型じゃん。徹子の部屋に出て、南の島で現実逃避する話でもしているのがお似合いだろう、この男は。

19灰谷健次郎について思ったこと。:2004/08/05(木) 01:23

1.このスタンドプレーは2ch以前だったが、2chがあったら叩かれたのかな?

2.この男の周りには盲信者が多くいるのだろう。だから、このスタンドプレーも主にそういう人たちにアピールするためにしたポーズだったのだろう。

20名無しさん:2004/08/05(木) 07:52
乱暴に言うと、キリスト教は偽善的で、ニーチェは偽悪的。

(別スレッドよりコピー)
24 名前: 名無しさん 投稿日: 2004/07/31(土) 22:04 スレ違いごめんね。
「灰谷健次郎」と「偽善者」でぐぐったら38件あったよ。ほとんどが灰谷イコール偽善者という内容だったよ。

自分は以前彼の講演をきいたことあって「貧しいことは美しい」という主旨の発言、ほんとにこの耳で聞いちゃったのね。

彼はかなり経済的に豊かな生活送ってます。そのことはどうでもいい。だって、本が売れたんだもん。どんなにゴージャスな生活したっていいよ。
でもさ、いくらなんでも「貧しいことは美しい」これないよな。

25 「貧しいことは美しい」 Blessed are the poor in spirit: for theirs is the kingdom of heaven. Matthew 5:5 (KJV)

26 (With changes) Sorry, that was the first of the 8 Beatitudes (Matt. 5:3).
Matt. 5:5 is  "Blessed are the geek: for they shall inherit the earth."   OR
"Blessed are the geek: just look at Bill Gates."

21名無しさん:2004/08/05(木) 12:14
灰谷の作品については賛否両論あって、自分としても最初は
文句なしに感動したから「賛」に傾いていた。でも「否」のほうの
「うそっぽさ」とか「感動させようという腹がみえみえ」とかいう
点については同感という感じだったな。でもただ作品を読むだけで
はそれだけのことだった。
彼の作品を支持する人達の多くが「自分は感動した」という事実に
重きをおくあまり、簡単にだまされちゃうのだろうな。彼の講演を
聞いている女性達の後姿をみてるとほとんど宗教的でしたよ。

ま、彼にまつわるいろいろないやーな話を個人的に沢山知ってます。
ここでは書けませんが。

22名無しさん:2004/08/05(木) 12:16
大江、こいつがまだのうのうと生きているということが許せない。
悪いやつ、死ね。
はやく風化してゴミになれ。

23名無しさん:2004/08/05(木) 13:01
罵倒したって品がないばっかりだよ。もうちょっと
どこが悪いのか具体的に書いてやっておくれ。

24名無しさん:2004/08/05(木) 13:54
私は 林竹二 が好きなんだが、このニセモノに騙された(というべきか)こと がこの人の限界を示してると思う。
http://www.educ.kumamoto-u.ac.jp/~shin/jissenkenkyu.htm
授業の本質:授業が一定のことを教えて思えさせる仕事ではなく、深いところにしまい込んである、それぞれに形態の異なる子供の大事な「たから」を探し当てたり、掘り起こしたりする仕事(教材はその道具なのです)なんだということになってくれば、教師の活動は非常に違ったものになるし、教師としてもこれはひどく楽しい仕事になる。

教育の根源:私たち教師は子供にものを教える、子供に文字を教える、あるいは子供に数字を教える、算数を教える。しかし、ほんとうは文字の向こうにある人間を私たちは教えているんだということ、共に考えているんだということを忘れてはならない。
(灰谷健次郎・林竹二 「教えることと学ぶこと」 対談 小学館・文庫)

25名無しさん:2004/08/05(木) 14:02
ロマンチストだったし。灰谷も昔はそう悪くは見えなかったから。

26名無しさん:2004/08/05(木) 14:15
表面では労働者の味方、社会正義を標榜している人(かなり
の有名人)が自分の経営するところではひどい労働条件を
課し、サービス残業が平常的に行われていることにも目を
瞑っている、というような事例を実際に見ることがある。
しかし、その種の悪評がマスコミに取り上げられることは
まずない。(もっともサービス残業をマスコミが取り上げ
ないのは当然か。そんな内容は上司ににぎりつぶされるから)

だから、よほどアンテナをしっかり張ってない限り普通の
人は騙されるのです。

27名無しさん:2004/08/05(木) 14:39
サービス残業をなくそうという徹底的告発記事なり報道番組なりを
読んだとか観た人います?あるいは与党の議員でサービス残業追及
してる人います?

東京電力がサービス残業が行われていたことを公表したとか
武富士のサービス残業事件とかの普通のニュースではなくてです。

28名無しさん:2004/08/05(木) 15:58
あるわけないでしょう、広告もらえなくなっちゃうでしょ。

29名無しさん:2004/08/05(木) 16:15
そうですよねぇ。広告もそうだけど、自分のとこでもやらせてるんだもの。

30名無しさん:2004/08/06(金) 00:53
(サビ残は無くならないと思う。あとでFinalvent検索してみる。)
1.灰谷健次郎が大々的にニセモノっぽくなったのは、スタンドプレーの件の時だから、それ以前は林竹二が一緒に仕事してもショウガナイと思った。

2.偉そうに宣言して著作を特定出版社から引き上げて嫌がらせをする――これをしたのは灰谷・大江の2人だけ?

31ボランティアとは偽善の究極の形である:2004/08/07(土) 00:41
1 :朝まで名無しさん :04/08/06 18:11 ID:PsRn2Ixg
マドンナが学校を設立したり、ダイアナが地雷撲滅運動をしたりするのは大変すばらしい事だとは思うがその資金はマドンナの場合はSEXとドラッグを題材にした歌の収入であり、ダイアナの場合は実家の武器商人一族が地雷を含む非人道的兵器を世界中で散々売りまくって儲けた金のホンの一部でしかない。
ボランティアとは金持ちの究極のオナニーの事なのか?

2 :朝まで名無しさん :04/08/06 18:14 ID:mmsqxtny
何を分かりきった事を・・・

32灰谷健次郎について:2004/08/10(火) 10:12
昔、同業の先生がかなり悪口をいってて。『あんな素朴?な作風のくせにヨットで豪遊してる」とか。

一部のセンセに評判が悪いのはたしか。教育現場の当事者達の無能さをずいぶん描いてるからね。元教師なのにいくらなんでもこれはないだろってのはあるから、わからんでもない。

この人好きだったんだが黒柳徹子との対談が載った本でこの人の発言を読んで ものすごい引いた覚えがある。そのとき以来、ダイキライになった。まじでエセ・ヒューマニストって感じ。あと女性観が古臭い。
___

カネにがめついようではあるな。昔地元の小学校のPTA主催で講演会の講師に呼ぼうという話があって、奥様がたのカンパ主体で集めたお金が30万だったが、鼻で笑われニベもなく一蹴されたそうな。

サカキバラ事件ではFOCASの記事に抗議。新潮社から自著すべての版権を全部引き上げ、角川書店から新刊として発行。先生大儲けの図だわな。

それ以前に、少年絶対性善説に立ってるのは狂っていると俺は思う。

33名無しさん:2004/08/10(火) 11:53
作風が素朴だからといって豪遊(正確にはヨットではなくてクルーザーね)
するなってのは酷だろうな。それじゃ単なる妬み嫉みだもん。

ま、エセであることは確かです。しかし、いったん信奉者になって
しまうと、真実を見る眼がなくなるのかなぁ。

34名無しさん:2004/08/10(火) 13:23
僕も、クルーザーで豪遊しながら他人には「貧困は美しい」と説教できるような人になりたい!

61 :なまえ_____かえす日 :03/09/30 00:51 ID:0XAIw9lK
友達に灰谷大好きな子がいるから、いつも本当のことは言えないんだが ここでは正直に言おう、灰谷きらいです。
まず人間を「いいもの」と「わるもの」に二分してるのに抵抗がある。みんなそれぞれ自分の事情や立場があるのに、それを考慮しないで自分と反対の立場の人間を非難して罵倒する。
はっきり言ってめちゃめちゃ自己中だと思う。世界はあんたを中心に回ってるんじゃないんだぜ、と言いたい。
それなのに中学の読書感想文は灰谷ばっかで参った。今だったら思ったとおりのことを書くのに、あのころはひたすらマンセー文書いてたなあ。「灰谷きらい」なんて言ったらマジ叩かれそうな雰囲気だったよ。

35名無しさん:2004/08/10(火) 13:32
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/juvenile/1052053813/
>どこか引っかかるものを感じていた。
>大人になったら、それが何かよくわかったよ。

自分も20年ぶりに「私が出会った子供たち」読んでよく分かった。
たとえば「チューインガムひとつ」の安子ちゃんも灰谷も同じく盗みをした、というが 「チューインガム」の子は自分の手を汚さずに下級生の子に盗らせた。
灰谷氏は終戦直後に餓えの末、「生きる為」にやむなく「盗み」をした、と書いてる。さりげなく教え子と自分の盗みは「違う」ことを匂わせてる。
自分も同じような盗みをしたから「安子ちゃんの気持ちが分かる」と言うなら説得力があるが 「生きる為の盗み」では説得力がない。しかも自分を正当化してる二ホイがぷんぷん。

子供の頃、灰谷作品を読んでると親があんまりいい顔しなかったのは こういうことなんだな〜と、今なら分かる。

36名無しさん:2004/08/10(火) 14:37
いい親じゃん。

37名無しさん:2004/09/15(水) 01:48
経歴詐称、Edward Said、Rigoberta Menchu(1992? ノーベル平和賞)
http://www.ne.jp/asahi/yasunao/picard/time/9910/bios.htm

38名無しさん:2004/11/19(金) 07:54
筑紫哲也◆日本の子供の目には世界で最も光が無い
1 :朝まで名無しさん :04/11/19 00:56:18 ID:j8BpyDGM
多事争論より

6 昔紅衛兵の目は澄んでるなんて言った奴がいたよな。

8 目が光る子供を想像してみろ
ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

55 : ◆72VHAvdhx6 :04/11/19 02:03:33 ID:wPD1p/Kk
全く同じことをかつて大江健三郎がいってたことを忘れてはならぬ。
北朝鮮の青年の目には光があり、日本の青年のそれにはないと言ったことを。

39名無しさん:2004/11/21(日) 03:41

村上春樹が長生きしたらノーベル賞とれるかも。

そのためには(大江が生涯の大部分を費やしたような)政治工作が少し必要かも。

具体的には欧米でのプロモーションということか。

40名無しさん:2004/12/06(月) 08:53
【聖人】小谷野敦【天才】

571 :吾輩は名無しである :04/11/16 15:10:43
 小谷野敦『評論家入門−−清貧でもいいから物書きになりたい人に』(平凡社新書、
2004年11月10日)「第6章 論争の愉しみと苦しみ/4 最近の論争」には、大西巨人と
山崎行太郎の「論争」を取り上げています。「論争」と括弧を付けているのは、小谷野氏。
理由は、「片方があまりにひどいから」とのこと。この「論争」の発端は、柄谷行人との
対談で、江藤淳が文学博士になった時、「自分は偉くなった」、「批評家はだめだ、まだ
ランクが下だ」と書いたのを読んでいたと、大西が発言したことに始まります。山崎が
証拠を提示を求めたのに対して、大西は『日記から』を挙げ、山崎はそのような文章は
そこに存在しないとさらに非難しました。小谷野氏は、大西の言った通りではないにしても、
江藤のエッセイにはそのような発想が明らかに読みとれるとし、「山崎の読解力不足、
あるいは身びいき」を指摘しています。山崎行太郎が根拠のない「下品な文章」を書く
「困った人」であるという判断を含めて、的確な紹介と言えるでしょう。

41名無しさん:2005/02/13(日) 08:32:34
今からでも遅くはない! 大江健三郎よ、北朝鮮へ帰れ!

■3.「帰るべき朝鮮がない」大江健三郎■

結婚式をあげて深夜に戻つてきた、そしてテレビ装置をな
にげなく気にとめた、スウィッチをいれる、画像があらわれる。
そして三十分後、ぼくは新婦をほうっておいて、感動のあまり
に涙を流していた。それは東山千栄子氏の主演する北鮮送還の
ものがたりだった、ある日ふいに老いた美しい朝鮮の婦人が白
い朝鮮服にみをかためてしまう、そして息子の家族に自分だけ
朝鮮にかえることを申し出る……。

このときぼくは、ああ、なんと酷い話だ、と思ったり、自分
には帰るべき朝鮮がない、なぜなら日本人だから、というよう
なとりとめないことを考えるうちに感情の平衡をうしなったの
であった。[2]

出典2. わがテレビ体験、大江健三郎、「群像」(昭三十六年三月号)

42名無しさん:2005/06/11(土) 06:26:29
http://plaza.rakuten.co.jp/atsushimatsuura/diary/200506030001/
大江健三郎について 週刊朝日の2002年の書評より

●『これをもって小説は最後にすべし
 作品を発表する度に「これが最後の小説である」と公言してきた作家がいる。大江健三郎である。
 もちろん、そんなことを作家が言う必要はない。書き終えた後死ぬか、もう書けなくなれば、それが自動的に「最後の小説」になる。なぜ、わざわざ「最後の小説である」と言わねばならないのか。自分を見捨てた読者に戻って来てもらいたいからである。
・・・
 果たして、大江健三郎の最新作『憂い顔の童子』は、そんな作者の言い訳の集大成となった。
 作者とおぼしき主人公「長江古義人」が、この長く退屈な小説で言っているのはたった一つのことだけである。それは自分の生涯と自分が書いてきた小説には「深い意味」があるということだ。もちろん、大江健三郎はずっとそのことばかりを書いてきた。しかし、古義人の故郷である四国の「谷間」を舞台としたこの作品では何と、それを「客観的に」証明すべく、「ローズさん」という自分の作品を「研究」するアメリカ人女性まで登場させている。
・・・
「これ以上書くのは恥の上塗りになるから、本当に最後の小説にして!」(虫)』

43名無しさん:2005/06/11(土) 06:36:52
http://www.melma.com/mag/06/m00045206/a00000330.html
 「テーミス」という会員向け月刊誌がある。実にユニークな内部情報誌で企業ニュース、官僚の内幕、永田町の水面下の動きな
どを早く伝えてくれるので、結構人気がある。これは嘗ての「週刊現代」編集長、フライディ創刊者の伊藤寿男氏が主宰している。
 さて今月の「テーミス」で一番興味を引いたのは「大江健三郎」に関する醜聞である。
 もともと権威主義的でマスコミからの評判も最悪の人だが、日本人は「ノーベル賞」とう幻想に振り回され、大江の唱える「平和主義」にもスペースを割いてきた。
 テーミス曰く。「週刊朝日」が大江を書評欄で批判したところ、朝日上層部への大江の圧力で、加藤編集長が「解任」された。
その「書評」欄も打ち切り。
 読売は全面ぶちぬきで大江の連載を開始、朝日が仰天、慌てているところだったらしい。
 文芸評論家の渡部直巳が大江の子息で作曲家の光を賛美するのは野坂の「エロ事師たち」に登場する父娘のごとし、と言ったところ「昴(すばる)」の連載は打ち切り。子息の作曲の無能については武満徹が「あれは音楽ではない」と言い切ったことがあるが。。。

 ところが絶縁状態の文春と大江は、芥川賞選考委員に突如復帰した。これは「ノーベル賞を前に文春を敵にはできない」と判断したかららしい。外国の賞を貰っても天皇陛下の叙勲を辞退した左翼のデマゴーグ作家だけのことはある。http://www.melma.com/mag/06/m00045206/a00000330.html

44名無しさん:2005/06/11(土) 06:38:52

絶縁状態の文春と大江 ← この話、知らんかった。

 ところが絶縁状態の文春と大江は、芥川賞選考委員に突如復帰した。これは「ノーベル賞を前に文春を敵にはできない」と判断したかららしい。外国の賞を貰っても天皇陛下の叙勲を辞退した左翼のデマゴーグ作家だけのことはある。http://www.melma.com/mag/06/m00045206/a00000330.html

45名無しさん:2005/06/11(土) 06:44:03
1980年代終わりの3年くらいの事か。 絶縁状態という程のことは無い。 仲たがいのポーズだけ。

大江氏はノーベル賞授賞の直後に「自分は戦後民主主義を信奉する立場から、天皇の文化勲章はいただくわけにはいかない」と言ってましたが、私はこの人がどこまで本気で民主主義を信奉しているのか疑問です。
「ヒロシマ・ノート」という本が出たころは、戦後民主主義の旗手といわれ私もそう思っておりましたが、 今から十年くらい前、大江氏は自ら発起人の一人となって核兵器廃絶文化人会議とか言う組織を結成し「核兵器廃絶に向かって直ちに行動を起こそう」という声明を出したのでしたが、 これに対して週刊誌から月刊誌から総動員して猛烈な攻撃をしたのが文芸春秋だったのです。
しかも、大江氏は文芸春秋が主催する芥川賞の選考委員をしたり文芸春秋から本を出版して同社の利益に貢献したりしておりました。

その点に疑問を持った本多勝一氏が公開質問状を出して 「あなたは核兵器廃絶を人に呼びかけておいて、その廃絶運動を最も熱心に攻撃する文芸春秋の選考委員を引き受けたりしているのはおかしいのではないですか?」
と問いかけたのですが、すぐには返事をせず、何度も質問を繰り返すと事実とは違うことを言いたてて人をくったような返事をする。
それでもついに行き詰まって芥川賞の選考委員を辞退することになったのですが、
新聞の取材には「今回の辞任は核兵器廃絶運動とは何の関係もない」と言いつつべつのメディアには「しょうがないから辞めたんだ」という。
それから三年くらいたってほとぼりが冷めたころに、誰も知らないうちにいつのまにかまた芥川賞の選考委員におさまっている。
大江健三郎という人はそういうことをする人なのです。ここまでは事実です。
ここから推量して、口では革新を標榜しながら裏では反動資本と結託する人物、と断定しては失礼にあたるでしょうか?

46名無しさん:2005/06/11(土) 06:52:49

1980年代後半、本多などの批判に答えられずに都合の悪くなった大江は岩波書店に頼んで「岩波ブックレットNo.1」を絶版にして貰いました。

反核-私たちは読み訴える : 核戦争の危機を訴える文学者の声明 / 生島治郎〓〔ほか〕編
(岩波ブックレット ; no.1)

出版者 東京 : 岩波書店   出版年 1982.4   大きさ 63p ; 21cm

47名無しさん:2005/06/11(土) 07:36:08
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/subject.cgi/news/439/
サヨクを叩く掲示版

48名無しさん:2005/06/20(月) 09:11:22
「伊丹十三の本」(新潮社)
伊丹十三の幼馴染であり、伊丹の実妹と結婚して義弟でもあったノーベル賞作家、大江健三郎には、明らかに伊丹の自殺を投影したと思われる小説「取り替え子〜チェンジリング」がある。
小説の主人公、小説家・古義人は義兄の吾良の自殺について、自分の妻にして吾良の妹(現実世界での伊丹十三の妹にして自分の妻が投影されているのだが)がこのように語るのを聞く。

「一時期、吾良がフロイドやラカンの専門家と知り合って、脇で見ていて不思議なほど素直に影響を受けたことがあったでしょう? (中略)あのような死に方をしたことの原因のすべてを、
心理学の逆襲というつもりはないんです。でも吾良の心理状態のヤヤコシイもつれについてだったら、幾分かでも、あの心理学者たちに責任を取ってもらいたいと考えることがあるわ」

伊丹十三の著作をよく知ってる人なら、この心理学者というのは「岸田秀」のことであるとピンとくるだろう。その精神分析理論に伊丹十三が傾倒し、「哺育器の中の大人」という共著まで書いている。

そして、この「伊丹十三の本」では、当の岸田秀が奥さんと一緒にインタビュー受けてるのが興味深い。
しかし、語っているのは、「モノンクルの原稿料は高かった」、「伊丹十三は英語がうまかった」、「一緒によく美味しいもの食べたなあ」、「飲んでも乱れなかった」など、あっけらかん、恬淡とした思い出ばかり。
まあ、友人が自殺した程度で悩んだり心にひっかかりが生ずるようでは、精神分析学などやってられないのだろう。
「我々に責任があるなどと思われては迷惑千万」、「心理学者だからといって、他人の心なんぞ分かってたまるか」、「伊丹十三の自殺など幻想にすぎない」などと夫婦揃って思ってるのかもしれない。

所載の全てが興味深いのだが、写真で掲載されている、「愛するノブコ」という手紙が心を打つ。
女優にして妻、宮本信子によって破られ、保存され、伊丹十三の死後に修復されてこの本に写真で掲載された、伊丹十三から妻への手紙。男は常に自分勝手だが、同時に実に哀しい存在である。

49名無しさん:2005/08/06(土) 01:31:12
岩波書店と大江健三郎を提訴 「軍が自決命令」はうそ

1 :〈(`・ω・`)〉φ ★ :2005/08/05(金) 20:29:50 ID:???
第2次大戦中の沖縄戦で「日本軍の指揮官の命令で慶良間諸島の住民が 集団自決した」とする本の記述は誤りで、名誉を傷つけられたとして、当時の指 揮官と遺族が5日、出版元の岩波書店(東京)と作家の大江健三郎に、本の出版差し止めと計約2000万円の損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こした。

原告は座間味島の守備隊長だった梅沢裕さん(88)と、渡嘉敷島の守備隊長 だった故赤松嘉次さんの弟秀一さん(72)。  訴状によると、両島では1945 年3月、米軍の攻撃を受け、多くの住民が集団自決で死亡。岩波書店が出版 した大江の「沖縄ノート」や歴史学者の故家永三郎さんの「太平洋戦争」など3冊の本で「集団自決は守備隊の命令で起きた」などと書かれている。

2人は「命令はなく、住民自ら自決した。誤った記述で多くの読者に非道な人物 と認識される」と主張している。goo KYODO http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/shakai/20050805/20050805a4870.html

50名無しさん:2005/09/08(木) 01:56:47
>>18 【偽善者といえば大江健三郎。偽善者の話はこのスレッドで。】

【衆院選】辻元清美氏、苦戦…「小泉さんとセットか、岡田さんとセットで国会に戻らせて」

このため、陣営では「カギは無党派層」とみて、フリープロデューサーの木村政雄氏や、
 作家の灰谷健次郎氏ら著名人を応援に招くなどして巻き返しに懸命だ。だが、追い
 込みで、挽回(ばんかい)できるかどうかは不透明となっている。  http://www.zakzak.co.jp/top/2005_09/t2005090702.html

51大江健三郎といえば偽善者。 偽善者の話はこのスレッドで。:2005/09/08(木) 02:00:46
http://whiteband.sakura.ne.jp/
そうです。貧しい国の人々へは1円も行きません

ホワイトバンドの問題点 . ピンからキリまで見事に揃った社会悪のグランドスラム。募金詐欺の可能性

● 募金に見える、意図的にそういった印象を持たせているが募金ではない

● ホワイトバンドの価格が他国の同活動の3倍と異常に高い(Tシャツも同様)

● バンドの売上使途を曖昧にし錯誤するよう誘導している

52大江健三郎といえば偽善者。 偽善者の話はこのスレッドで。:2005/09/08(木) 02:12:06

Yellow Band ランス・アームストロング 

Through observation, I have noticed the hypocrisy of the wristband.

53名無しさん:2006/01/28(土) 04:03:56
 中立的な立場やパレスチナ支持の立場からパレスチナ問題を解説した書籍が米国で出版されると、イスラエル支持者による中傷的な書評が投
稿され、支持者グループの間に広まっている情報操作のための神話(=デマ)が繰り返される。しばしば話題になる「エドワード・サイードの
経歴詐称」というのも、その手のデマの一つである。日本では、産経新聞の古森義久記者が、『諸君』2002年10月号「N・チョムスキー、E・
サイード、S・ソンタグ 米国じゃ"あっち向いてフン!" エッ!? それってホント?」で、中東問題に関する知識が無い人間の間に広めた神話である。

 この神話の元は、いわゆるネオコンの拠点の一つ、米Commentary誌の1999年9月号に掲載されたJustus R. Weinerの記事で、サイードは実際に
はパレスチナに居住した事はなくずっとカイロで育ったと主張している。
その根拠は、(1)パレスチナの「サイードの家」の所有者はサイードの親戚の所有物であることと(2)エルサレムのSt.Georges学校でのサイードの
記録が無いというものだ。

しかし、(1)中東では、親戚が一緒に暮らすのは珍しいことでは無い。(2)学校の記録自体がサイードが入学する47年の
前年から記録自体存在していない。これを「サイードの記録が無い」とするのは詐欺である。また、複数の同校出身者が、サイードのことをし
っかり証言している。サイードが上流階級の出身であることは、「エドワード」という英国風の名から、サイードが登場した時から明らか。

54名無しさん:2006/01/28(土) 04:09:41
http://en.wikipedia.org/wiki/Talk:Edward_Said#Said_.2F_Weiner-controversy

55名無しさん:2006/01/28(土) 04:12:01
Orientalism
I read a column in today's NY Daily News by Zev Chafets which reminded me of an old Diane Ravitch article in American Scholar magazine. She described Orientalism -- if I can recall correctly today an article I read 10 years ago -- just as Chafets did and pretty much the same as Hitchens did: as making the claim that Westerners are inherently incapable of understanding anything non-Western, particularly Islam, and that attempts to do so are necessarily "imperialistic".

Chafets writes:

'Like all great polemics, "Orientalism" rests on a simple thesis: Westerners are inherently unable to fairly judge, or ever grasp, the Arab world. In fact, any attempt to do so amounts to an art of intellectual imperialism. ...Indeed, studying the subject is tantamount to colonialist aggression'

In other words, hands off, or we'll nail your politically incorrect hide to the wall. --Uncle Ed 19:44, 1 Oct 2003 (UTC)

56名無しさん:2006/05/01(月) 02:43:49
http://home.owari.ne.jp/~fukuzawa/nikki02-12.htm <結婚式をあげて深夜に戻つてきた、そしてテレビ装置をなにげなく気にとめた、スウィッチをいれる、画像があらわれる。そして三十分後、ぼくは新婦をほうっておいて、感動のあまりに涙を流していた。
それは東山千栄子氏の主演する北鮮送還のものがたりだった、ある日ふいに老いた美しい朝鮮の婦人が白い朝鮮服にみをかためてしまう、そして息子の家族に自分だけ朝鮮にかえることを申し出る……。 このときぼくは、ああ、なんと酷い話だ、と思ったり、自分には帰るべき朝鮮がない、なぜなら日本人だから、というようなとりとめないことを考えるうちに感情の平衡をうしなったのであった> (わがテレビ体験、大江健三郎、「群像」(昭36年3月号)>

大江氏のこういう文章を読んでいると、戦前の天皇制賛美の精神とほとんど同じメンタリティを彼に感じずにはいられない。
テレビや活字を信じ、客観的な分析も裏付けもないまま、北朝鮮が「地上の楽園」だと思い込んでしまう。そして、自分にそうした祖国がないことを手放しで悲しみ、精神の平衡まで失ってしまったというのだ。

その後、彼がこの錯誤について真剣に反省し悔やんだということを聞かない。人々の救済について、なにか行動したということも聞かない。
ヒューマニズムについてのペダンティックで晦渋な文章を書き、レトリックに満ちた高邁な発言を繰り返すばかりのように思われる。

私は彼の文学的業績について、かっての愛読者として一定の評価をしつつも、彼の人間性についていささか不信のまなざしを向けている。
正直に言うと、彼はペテン師ではないかと思っている。まあ、昔から文壇などというものは、詐欺師と偽善者のたまり場のようなものなのだろうが・・・・。

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