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ある体験の・・・回想録5
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『この掲示板利用にあたって/管理人』
http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/study/2470/1040148566
警告:以下には虐待に関する文章及び性的な描写が多く含まれる。
人によってはフラッシュバック誘発の恐れがある事を留意の上
自己責任で参加するように。時には自ら離れる勇気も必要だ。
そして、参加者は上記のスレッドの注意書きに
目を通す義務を有するものとする。(読まない者の参加を認めない)
ここは管理人である「私」こと「ロイ(EGLIC9Vs)」が
個人的理由によりある悪夢を体験談的に回想するための場である。
私の悪夢は異常なまでに生々しく残り続け時を構わず再現される。
真偽の程は想像にお任せする。どちらにしろ詮索には意味がない。
しかし、この掲示板に書かれた内容の全てに置いて
実在の人物、団体、組織を特定しうる情報は何もなく
真偽の程を特定するだけの証拠には一切なりえない。
また、実在の犯罪、事件に関する情報として提供しうるものを
管理人は有していない。仮に、管理人がなんらかの情報を
握っているように見えようとも、それは読み手側の問題であり
管理人には訴えるにたるだけの物的証拠は何もなく
他者を巻き込む意図も訴訟に関わる意思も全くない旨を明記しておく。
これはあくまでも管理人の見た『悪夢』の回想録であり
解決・未解決に関わらず実在の事件との関わりは一切ない。
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>>346 あくまで俺個人のとらえ方だけど。
地雷というのは、そのことに触れられると、自分の中で傷が疼く部分。
トラウマ(過去の経験からくる傷)でも、現在の自分の状態でも
つつかれると、ずきずき何か心が疼く部分を「地雷」という言葉でひとくくりにして使ってる。
(その爆発のしかたは、反撥して逆上するもあり、ぐっと黙り込んで姿を消すもあり、
気持ちが落ち込んで元気がなくなる、突然すべて空虚に思えて反応が薄くなる、
表面的にはなんともないふりをする、いろんな形があるんじゃないかな)
誰に,あるいは何かの(テレビとか匂いとか)が触れても爆発する状態は、
地雷のセットがおそろしく敏感になってる状態=トラウマ と置き換えてもいい気がするんだけど。
>>345の意見を聞かなきゃわからんけど。
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相手との距離によって地雷のダメージが減る事はある。
と個人的には思った。
ロイが言うイマジネーションのすり合わせをする必要は、
多少はあると思うけれど、
突き詰めると、又そこで躓くのでは?
何となくわかる〜くらいでも話は進むさ。
まあ誤解したまま話が進んでアレって思う時もあるから
微妙なところだとは思うけれど。
>>344
誰が踏んでも爆発はするけど、
爆発の規模が違うように出来てる、
とかはどうだろうか。
誰が踏んでもおっきく爆発しちゃうようなのは、
大型地雷、みたいな。
そう考えた上で、>>348の地雷の使い方で
私的にはほぼ納得が行った。
以下、昨日書いてたのだから、
ちょっと話題的に後戻りしてるかも。
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>>338
無傷は確かにむりだね。
ただ傷をあまり負わないように努力するって手もありはありじゃないかな。
しかし労力に見合わせると、効果は全然期待出来ないかも。
あと武装して歩いて爆発にあったときに、
「探知機、役に立たないじゃん!探知機は全部処分!」とか、
「自分こんなに努力して、悪くないのにどーしてよ!」
とか言わないように心がけようと思った。
完全武装して探知機持って、慎重に歩いたところで、
当たるときゃーあたる。
ただ手ぶらで地雷原歩いたら「馬鹿」って言われそうで、
恥ずかしいし、しないよりはましなんじゃないかとは思う。
そうで無いと歩けないって訳じゃないし、
歩いてはいけない訳じゃない。うん。
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>>338 >>342
手当か。私にはまだちょっと難しいかも。
自分の方の手当(止血)には自信あるんだけど、
相手の方に関しては……。
まず焦っちゃだめだよね。
気持ちばかりが空回る時に、
今何が重要なのか判断し、決断する能力があればいいんだけど。
>>342
確かに、自然治癒力が信用できる時は地雷もたいして恐くない。
武装の必要も感じないし、探知機も必要ないね。
そういう関係が健全だと思うな。
>>341
>そんなわけで、ネットでのコミュニケーションに少々限界を感じている。
ネットに慣れてる人でもそう思うんだね。
案外文字だけのコミュニケーションから離れて、
お酒飲みながら馬鹿話してたら、通じちゃうものあるかもしれない。
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地雷爆発が本当に恐いのはさ、
その人にとって、自分だけが世界への繋がりになっちゃてる時。
日本語d(ryさんの言葉借りて言うなら、
相手の自己治癒力があてにならないと思われる時、
とでも言おうか。
自分が世界の代表のように見られている時、
一人の人間の世界が自分の行動一つで変わると思われる時、
それは凄い重圧じゃないだろうか。
自分の行動一つで、
「あいつ、やな奴だ」ってとられるならまだしも、
「世界はやなところだ」って思われるのは負担だろう。
でも、相手にとって、
自分が初めて意思疎通の出来る人間として現れた人なら、
世界を代表するくらいの期待(?)をもって見られてる可能性はある。
そして、それを「俺、お前の世界の全てじゃねーから」って言ってしまうことが、
相手にとって、細い細い世界との繋がりを絶ってしまう行為になりかねない。
それは胃の一つも痛くなるよ。
地雷の除去に努めたり
回避方法に頭悩ますよりは、
爆発が恐くない状況を作るって方が、
円滑な人間関係を作る上では有効なのかも。
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自分、相手に世界を背負わせて押しつぶしそうになった事ある。
相手は私の地雷を(理由を知ってるがために)恐れたし、
一回踏んだら終わり(私が自殺するとか、狂うとか)、
くらいの気持ちでいたんだろう。
私が、その人一人が人間でないこと、
何度もやり直しが効くってこと、
やな奴もいるが、いい奴もいるってこと、
(世界はひとかたまりじゃないってこと)
そういうことに気が付いたのは、
なんか真剣にこういうこと話してる時じゃなくて、
どんちゃん騒ぎの飲み会が終わった夜明け頃だった。
そして私自身のそういう気持ちを相手に伝えることが出来たら、
相手も肩の荷降りたみたい。
以来、お互いにとって、
私の地雷は(前ほど)恐れるものではなくなったし、
時には冗談のネタにすらなる。
伝えようと思ってることが伝わらなくて、
些末な部分のやり合いになることも、結構ある。
伝えようなんて意志の存在しない時にびびっと伝わっちゃう時もある。
伝え方を上手くしようって考えるのもありだけど、
伝える手段を多く持つのもありじゃないかな、と思う。
もしも、自分の大切な人が自分を世界の代表のように見てると思えるなら、
相手にそういう見方をして欲しくないと思うなら、
言葉を尽くすだけよりも、いろんな方法を試した方がいいかもしれない。
私の経験上、言葉だけだと苦しくなったり、
些末な部分で混乱する可能性がある。
何言ってるのか伝わってるのか、この文章。。。
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>>335
見落としてるって言いながら、答えてるじゃないかw
そんなに気にする必要ないのに〜。
私は見落とされてると思って、それが重要な質問ならもう一回するさ。
そうか、やっぱり結構時間かかってるんだね。
ロイや日本語d(ryさんを見てると、
「まさか天性の文才があって、苦労しなくても
これほど整った理性的な文章を書かけるのでは!」
と思って気になってたの。わざわざ回答サンキューです。
さほど重要な意味は無くて、ただの興味です、ハイ。
自分のレスを「あぼ〜ん」、ちょっと面白いかも。
私、自分の書いたの読んで、「あーアレも違うここも違う」
ってなっちゃって、先に進めなさそうになるヨ
そういう時にはいいかも!
3)はリアルだと意外と仕える手段じゃないかと思うんだけど、
言いかけた事自体が地雷になる恐れも!
更に言うと、いつもそういう手段とってると思われると、
素直に物言っても、信じて貰えなくなるかもね。
反応伺ってるって相手に伝わっちゃうと、これも良くない結果を招くだろうし。
女ならではなのか〜。いや、たぶん私の性格が悪いだけw
きっと、踏んでみるに近い。
小さそうなところ選んで踏んでみて、おっきな地雷を回避、みたいな。
あと、2)は、使うとしても、自分が「学んだ」ってことは、
言わない方がいいと思った。
もっと複雑でややこしい自体を招きかねない。
「カデゴライズ」って部分で問題が出てくる可能性もあるし、
上辺だけの言葉だと勘違いされる可能性も出てくる。
文豪の恋文が信用出来ない、みたいな。
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ましさんの読んでちょっと触発されたんで脊髄反射。w
俺がけっこうきつい閉塞状況に陥っていた時、ありがたかったのは、
見てるんだけど、見てないふりをしてくれ、
気づいてても、気づかないふりをしてくれ、
いっさいそのことに触れず、でも、さりげない、どうでもいい会話をしてくれ、
自分自身も閉塞状況を体験して知っている人、 だった。
その人は別に、俺にとって世界の代表じゃなかったけど、
「遠くて冷たい世界」 の中から、
ひとりだけ抜け出てきて、声をかけてくれる。世界にも人間が居ることを伝えてくれる。
それだけでありがたかった。
なんか、このスレに参加しているうちに、
自分も地雷けっこう持ってることに気づいた。w
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ふと
「価値観」 の問題なんじゃないかな。と思った。
(言葉以外のものに触発されるフラバのような傷は別にして)
言葉によって、反応する地雷を刺激されるっていうのは、
その人の価値観を攻撃されてる、と感じるからじゃないかな。
俺の場合、「理」を軽んじるような言葉や態度に反応する地雷がある。
(こんな地雷、見つけようがないと思うw)
これは小学校の時、担任教師から「おまえはへ理屈が多い」と言われて、
その後なにも発言できなくなったことから来てると思う。
(緘黙児童になって、教師に返事さえしなくなった)
言葉には
「情」の言葉
「理」の言葉
「知」の言葉
「法」の言葉 などなど、いろんな言葉がある。
人が日常生活で使うほとんどの言葉は「情」の言葉と「知」の言葉だと思う。
そして「情」の言葉と「理」の言葉はうまくかみあわない事が多い。
そういう時、過剰に「情」の言葉だけを優先して「理」を小馬鹿にするような態度や言葉で
頭が煮える。 心が疼く。
これは、個々の言葉というより、価値観の問題じゃないか、と思いはじめてる。
だから、価値観の転換を迫られてる(ように感じられる)言葉や態度が、
地雷を踏むのではないかな、と。
そのまま、敷衍すれば、 生まれ変わるは
習慣だけじゃなくて、
いままでの価値観を破壊して、まったく逆の(あるいは全然知らなかった)価値観に換える、
つまり心をまるごと取り換える苦痛、っていうのもあるんじゃないかな、と。
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価値観ってつまり、思想哲学だと思う。
世界観と言い換えてもいいけど。
それは多種多様であっていいはずだし、
自分の価値観が正しいと思ったからといって、
人にそれを強制することは出来ない。
けれど、自分の価値観がどんな理屈に支えられていて、
どんな利点があるかを言うことぐらい、許されてもいい。
そしてそれを自分がどんなに正しいと思っているかを、
情熱をこめて語ることがあってもいい。
それは他人に自分の価値観を強制することとは違う。
価値観を変えなければいけないことなんて、
生きてればざらに出てくると思う。
(外的要因、内的要因含め)
そういう時に、多くの価値観を知っていれば、
何かの足しになるかもしれない。
選択肢が多いに越したことはない。
誰かがその人なりの価値観を語ったり、
その価値観への情熱を語った時に、
自分とは相容れない価値観で、腹が立ったとしても
なにも躍起になって否定することはない。
変な人がいるもんだ、と思って生暖かく見ればいい。
価値観同士を戦わせることすら、不毛な行為ではない。
それは自分の価値観の強度を試す行為、
相手の価値観を知るための絶好の機会。
そう思えば無用に傷ついたりすることも少なくなる。
まあ、そんな事を考えてみた。
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「地雷」はコンプレックスではなかろうか。
自分の持っている価値観が相手のコンプレックス(地雷)を
刺激してしまうような気がする。
相手の心理が何に対して敏感であるかが地雷の爆発しやすさを左右すると思う。
価値観はコンプレックス等によって形成されるものかなと。
価値観は常に存在し変化もしていくが、コンプレックスは「消滅」可能。
トラウマはまた、コンプレックスよりも深く存在し得るし突発的でもあるかなと。
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>>358 突発的でもある→突発的ということもあり得る
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>>357 「理」の部分だけじゃなくて、
たとえば「自分には価値がない」と「感じてる」ことも
その人の「価値観」に含めて考えてた。
だから
「価値観」じゃなくて
「価値感」 の方が、言いたかったことに近いかも。
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>>358 コンプレックスも地雷の一種、 トラウマも 地雷の一種。と
「地雷」を広く考えた方がいろんな話や、考えが聞けそうな気がする。
後半、すごく面白い。
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地雷の種類として、
・嗜癖(アディクション)の否定
・自分が思うのと違うレッテル貼り
があるかなーとか思ってみた。
これは、価値観が違うとわりと簡単に出ちゃう人格否定だよね。
これが他者によって頻繁に行われると、コンプレックスにもトラウマにもなる、と思う。
嗜癖って言葉は、”ほどほど”でやめられないこと全般、という意味で使った。
煙草・酒・博打等メジャーなものから、子供の頃の遊び・子供や動物のしつけまでw
「行き過ぎたこだわり」なんかも入るかな。
レッテル貼りはそのまま。
否定的な言葉ばかりでなく、お世辞(に聞こえる言葉)も含む。
「本当はそうじゃない(と思っている)のに、違うことを言われる」みたいな意味。
これらは大半悪意なく行われる。
悪意のなさ、というのは大体伝わるから、内心傷ついても相手に言えない。
その蓄積がコンプレックスなりトラウマかなあと。
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>>362
コンプレックスというのは、自分が不特定多数の人間と異なる「何か」を
持っていると自覚したときから始まると思うんだよね。
早ければ小学校低学年頃にはその「何か」について
周囲との差を感じ始めるのではなかろうか。
その「何か」とそれに関連する事柄には異常に敏感になりながら育っていき、
些細なことで攻撃的になったり傷ついたりするようになるのだと思う。
生きていく経験の中で、自分の持っているコンプレックスは
本当は小さなことだったと気が付きわだかまりを残しながらも
いつの間にか消えていくこともあるが、いつまでも囚われていたり
あるいはこだわり続ける必要がないと理解しつつも捨てきれず
身近な人間に対して知らずに爆破ボタンを作ってしまっている。
そんなこととはつゆ知らず、他人は
特に天真爛漫な人間などはそのボタンを押しやすい。
かな、と思っている。
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トラウマは自分へも他人へも殺傷能力が高く、
特に身近にいる人間が爆弾処理に当たるのは大変危険なことだと思う。
程度には大小あると思うが、それこそ専門家にかかって
配線を一本ずつ外してもらうのが本当は良いのだと思う。
たった一度の経験すらトラウマになり得る。
通常の生活ではトラウマを見抜くのは相手のバックグラウンドを知る必要がある。
かな、と思っている。
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価値観が人それぞれなのは当たり前のことで、
人間社会の中で生活していく上では互いの価値観を主張し合っていては
埒があかない。適当なところで折れ合って、歩み寄っていくものだ。
自分の価値観のベースになっているものが
「コンプレックス」だったり「トラウマ」だとすれば
いずれは価値観が変化する可能性もある。
価値感だとしても、いずれは変化する可能性がある。
コンプレックスやトラウマと比べると価値観は
心理的にはもう少し表層部分にあるように思う。
コンプレックスやトラウマが
地雷・魚雷系爆弾(どこに潜んでいるか分かりにくいから)だとしたら、
価値観は要塞(頑強だが陥落されたりもするから)のような気がするなぁ。
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とても面白い。
俺は「358」氏(敬称はレス番と区別するため) と真逆に考えてる。
価値観(感)がコンプレックスの元だ、と思ってる。
人は価値観によってものを判断したり、判定したりする。
それは他者や社会に対してだけではなく
自分にも向けられる。(たぶんフロイトちゃんのいう「超自我」てのに当たる)
きわどい話おkとロイが言ってるので書くと、
子供ロイの価値観(ものを判定・判断する元)はTによって植え付けられてる。
いろいろな判断、判定をTの価値観にそって行うことでしか生きられなかった結果。
一般的には「世間」というものが「価値観」にまぎれこんで、
世間(実は、他者がひとかたまりに見えるのと同じ幻想)の眼=判定
というのが、劣等感をつくる気がする。
身体的な障害が劣等感になるのは、自分自身の内部からでてくるのではなく、
また、そのことによって種々の不便が生じることからでもなく
(たとえば手がもう一本あれば便利だと思うことはよくあるが、それ自体は劣等感にはならない)
他者との比較、そして「世間」の眼、が、価値観(感)に忍び込んだ結果、
劣等感ができる、と考えた方がわかりやすいんだが。
だから、価値観(感)が変わることで劣等感が克服されたりする。
トラウマはもっと根本的で重く、価値観(感)の変更だけでは簡単には消えない。
つか、その上にかさぶた(防護膜)をつくることはできても
(スィッチの感度を下げる・隠すことはできても) 完全に消えることはないように思う。
*誤解されたくないので言っとくけど、俺は心理学も精神分析も正規に学んだことはない。
超自我とかそのへんの言葉は、S・ナクトという人の「マゾヒズム」ちゅう本で知った程度。
フロイトちゃんも読まなきゃとは思ってっけど、未読。w
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子供ロイの価値観のすべてが Tの支配下にあるわけではないだろうけど。
人はそれぞれに個の時間を生きてるわけだから、特定の他者ひとりに
影響されきるということはない。Kとか、美しいものとか、店とか、学校とか、本とか
もちろんT以前の重要な他者の言葉や態度とかからも、価値観(感)は刷り込まれてたはず。
そういったことで、時々の価値観(感)が粘土のように変わってたんだろうけど。。
(もちろんこの事に関しては、すべて推測・想像にすぎないことは大前提。
外から見た子供ロイの、「萌え」じゃないとらえ方のひとつとして言ってみた)
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ココマデヨンダオ ( ^ω^) コノタイミングテ ゙ アッテルカオ? > ホンモノ氏 ? w
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思考を経ないで直接からだに響くようなものは、
地雷から外して考えた方がいいと、なんとなく思った。
(その臭い嗅いだだけで、訳もわからず吐いちゃうとか)
そういうのは純粋に心の問題というより、
体の一部としての心の問題だと思われるし、
医療機関の領分だと思った。
しかし同時に、純粋に心だけの問題なんてあり得るのか、
と考えると自分にも良くわからない。
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>>360
じゃあちょっと意味違ってるね。
びびっと来て、書いてしまったんだ。
言葉を横取りするような形になってごめんよ〜。
「価値感」がちょっと良くわからないかも。
「その人の知り得たこと全て」という意味かな?
>>362
興味引かれた。
地雷って、相手が自分の価値観を否定している(理解していない)
と思う時には、爆発の威力が増す気がする。
「レッテル張り」の問題は、カデゴライズされることが苦手、
ということにもつながる気がした。
しかし、レッテルを貼ることや嗜癖を否定することが、
人格否定ではないと思いたい……けど、
やっぱそう思われても、仕方ないような気もする。
でもあえて、それとこれとは違う! と言ってみたい自分がいる。
(結局自分は何が言いたいのだろうか。。。)
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自分の行動を自分で選んだと思えない時、
何かによって「言わされた」「黙らされた」「〜させられた」と感じる時、
後になって手痛い傷となって自分に返ってくる。
本当は自分でそれを選んだ筈なのに、
「〜させられた」
そう思わせる力が問題なのではないかな。
それは常に「普通であること」「そうであるべきこと」を意識してしまう、
私自身の内面からくる力?
それとも社会という多数に都合のいい世界に
私を強制していく外的な何か?
それは秩序を生むし、安心を生む。
でも一方で排除を生むし、差別と偏見も生む。
愛すべきものである筈のその力、
憎むべきものである筈のその力、
それとどう向き合ったら上手く生きていけるだろう。
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>>366
個人的にはコンプレックスと価値観はどちらかがもとになるというより、
相互に作用しあってる気がする。
価値観が自分の置かれた環境、その他を肯定するために、
都合のいいようにつくられることは良くあるし、
逆に強固になりすぎた価値観によってコンプレックスが生まれることもある。
(コンプレックスって、劣等感の意味……では無いみたいだね
正確にはわからんので感覚で物を言ってみる)
そう、強固になりすぎた価値観は恐い。
それが自分のものであっても、他人のものであっても、
価値観に拘泥すると、ろくな結果が無いのじゃないか。
上のレスに書いた力って、価値観に人を縛る力、
なんだろうな、と思っている。
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あと、子供ロイの価値観の話、
個人的に興味がある。
それを今のロイがどう捉えているかも含め。
自分を創り上げたものが、
他者の手から与えられたものに過ぎないという恐怖を感じるたことある。
(たぶん、そういう恐怖に囚われている時は、
>>367のような考え方はあまりできていないんだろうな)
ロイはそういう経験ない?
ロイでなくとも、誰かそう感じたことのある人いる?
でもさ、子供時代って、価値観の視野が狭いよね。
そして、どんな教育であろうとも、
価値観を植え付ける作業に他ならない。
(それがコモンセンスか、ただのセンスかは問題でない)
更にいうなら、
一つの強固な価値観に支えられた世界は、
居心地がいいのだと思う。
けれど、そこから抜け出したいと思う、強い気持ちの生まれる時がある。
居心地の良さを捨ててまでも、得たいと望む欲求がある。
私は子供ロイの回想の、
「本をおねだり」するくだりが、
そういう時を迎えた子供の心境を、
素晴らしく上手く描写していると思って、
大好きなんだけど。読むと心が奮い立つよ。
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>>370 『価値感』 う〜ん…何がその人にとって大事なのか、ってことかな。
「性」「愛」「人間関係」「美」「考え」「生存」「金」「権力」「平凡」「服従」「楽しさ」
いろんなレベルで考えられる。価値観=「主義・主張・思想・哲学」そのものではない。
というつもりで使った。複数のこれは自分にとって価値だと思えるものがあってもいい。
だけど、その場合にも優先順位があるはず。
だから、ものの「見方」じゃなくて「感じ方」「自分にとって何が大事か」に近いのが「価値感」。
(ちょとまだ「もやもや」感は否めないがw)
たとえば「とにかく苦痛から逃れることが最優先」というのも価値観(感)に含めて使ってる。
>>369 フラバは地雷から外すでいいと思う。(元々が言葉の「負の変換」の話だし)>>362でおk。
>>366 コンプレックスは「劣等感」のつもりで使ってたけど…他になんかあるのか…?(汗)
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>>366&377(「日本語」氏)
うっかり成人してからの価値観・コンプレックス・トラウマ
ということを大前提に話していた。
もちろんコンプレックスやトラウマが価値観を形成する
絶対必要条件とは思っていない。
子供時代というのは「子供の価値観」と考えるものなのかもしれないけど、
私は子供が置かれている状況というのは
子供にとっては「全世界」と思っているから、
「子供の価値観」と考えるのにはちょっと抵抗があるかもしれない。
子供時代の自分にとっての全世界の影響が成長するにつれて「価値観」を
形成するって感覚なんだよね。
子供は無限の可能性を秘めていながら、無力なんだよね。。。
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>>375 (358氏)
最初、子供の価値観は
まんま親(または重要な他者)の価値観が転写されてると思う。
学童期にはいって家族以外のものと長時間接触するようになって
「世間」的な価値観が別に刷り込まれる。
そのあと、テレビや本、映画、ゲームなどのメディアなど、
自分の生活圏の外からはいってくる価値観を選択的に受け取る。
家族・学校・メディア以外の私的体験や経験が積み重なってくると
「親や学校やテレビで言ってる事なんてうそっぱちじゃん」となって、
個々の「価値観」(感)が形成される。
というのが「一般的」な価値観の形成じゃないかな。と考えてみた。
だから「共有」される部分と「個々によって違う」部分が重層してる。
この「共有」されてる(と自分が思いこんでる)「価値観」が
それからはずれてる自分、という像を自分の中に産んで
劣等感(卑下感)を産むんではないかな、と。
たとえば、「禿げ」を女は嫌がるという価値感が女性全部に共有されてる、という
認識が劣等感(卑下感)を強くさせるとか。
そうでない女性は「例外」「特殊」にすぎないという思いこませる
個々の言葉(“キモいハゲ親父”的な)へ積極的な反論がない事によるすり込み。
この場合「世間の価値観(一般的に共有されていると信じ込まされている価値観)」と
自分の内面的・外面的ずれが劣等感(卑下感)を産み、地雷を育てていく。
劣等感(卑下感)地雷は、そんな感じじゃないか、と。
(トラウマの方はもっと違う仕組みがあるように思うけど)
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ロイは同じ時代に同じような境遇にあった人達の中で
その後の行方を知っている人って何人いるのだろう。
生還率って何割くらいなのだろう。。
Kが死んでしまったのは、なぜ?
ロイはTに守られていたような感じがするから、
あまり知らないだろうか・・・知っていても言いたくないかな。
今現在も、T達のような人間は
同じようなことをしながらぬけぬけと暮らしているのだろうか。
そう思うと怒りが沸いてくる。
頭脳明晰で裕福で仕事も順調で、きっと努力家でもあり貪欲で、
あまつさえ己のどす黒く淫らな欲求をも満たし天罰なんぞとは無縁だなんて・・・
個人的に嫉妬入り混じる腹立ち。クソッ、なんちゅーヤツらだ!!
神とか幽霊とか見たことないし存在するとは思っていないけど、
もし自分を護る者がいるのだと妄想すると
ロイの守護者って強力なのだろうと思う。
数いる変態さんの中でもマシなTを選び、早くに解放されるように働きかけた。
仕事に忠実な弁護士もいたし財産も残された。ロイが生きていくように。
ロイの守護者のレベルはTのそれよりも勝っていた。
とか、ついつい考えてしまう。。漫画の読み過ぎだ。。
ロイは現実的だからそんなことは考えない?
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>ロイはTに守られていたような感じがするから、
>あまり知らないだろうか・・・知っていても言いたくないかな。
守られているのと、私有されるのと一緒にされてもな、
という感じだ。
守るという建前で養子という立場を与え、
養育という建前で傍に置き、
金銭授受という建前で親を黙らせ、等価交換という強権で
肉しか売るものが無い子供を奴隷奉仕させた。
さて、これは教育と保護という建前で
虐待する親と何が違うのか。
守護というのは世間に向けての一種のポーズで
自分への言い訳だよ。
究極の状態で空の皿と腐った飯を択べと言われて何がマシというのか。
金銭と立場を得たのは罪障についての取り分であり、
ただの結果だよ。
たまたま助かって今のロイがあるからと言って、
保護と運の良さが加わって出す宿命の数式が狂い無く、今の必然の状態を生む訳ではない。
別に怒っちゃいないが、
>377はえらいファンタジスタだねぇ。
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>>378
ロイはTのことを連中の中じゃマシだったって書いていたよ。
ロイじゃないのに熱くなるなよ。
そうやってロイのことに外野が熱くなるから、
自由な発送で自由な発言を書き込めなくなって
傷物を扱うような雰囲気になってしまうんじゃないかい?
パーでもファンタジスタでも良かろうが。
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>>378
よく読んでみたら「自分への言い訳」という意味がとんと分からない。
説明はいらない。378と私との隔たりは相当に大きいということは分かるので。
「妄想」っだって言っているのに、この反応。
くだらない書き込みも一苦労ってワケだ。
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>閑話休題氏 >>378氏
比較するに当たってどこに基準点を設けるか、という点が違うだけだと思うのだけども。
閑話休題氏のは「Tは他の嗜虐者よりマシだった」という話で、
378氏のは「理想の養育者と比較してTはヒドすぎる」という話、ですよね?
下を見ても上を見てもきりがない、でまとめてしまうとすごく乱暴なのでもちっと書くけども。
>>閑話休題氏
ロイの「Tは他よりマシだった」という記述は、当時のロイがT他「オトナ」は嗜虐者しか知らなかったから
出た言葉であって。
(実感として、養父やTに会う前の"客"よりTがマシだった、てのはあるかもだけども)
開放された今、「それでもTはマシだった」と思うことがロイにとってどんな意味を持つのか、
というのは、考えてもいいかもしんない。
>>377の文章は、ともすると「拾われたのがTでよかったね」と言っているようにも読める。
そこに、>>378氏は反応してるんじゃないかな。
>>378氏
>守護というのは世間に向けての一種のポーズで
>自分への言い訳だよ。
この「自分」は=T自身と解釈してOK?
もしくは、「虐待する親自身」か。
「これだけのことをしてやっているのだから私に都合のいい子供になりなさい」
という要求は、子供にとって酷だよね。。
Tのやり口には、そんな思想も垣間見えるね。
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>>380
まあまああんたもそう過剰反応しなさんな。
妄想カキコする奴もいればマジカキコする奴もいる。
玉石混交でエエジャマイカ。
俺的にはあんたみたいなカキコも読みたいし。
>>378が書いてる「自分への言い訳」ってのはあんたのことじゃなかろ。
虐待する親が教育とか保護とかいう建前で自分に言い訳してるってことだろう。
あんたの視点は視点で面白いから
反応にめげずにいろいろ書いて欲しいな。
ロイがTを他よりマシって言ったくだりなんて
実は俺もロイに詳しく聞いてみたかったりとかしてる。
答える答えないはロイの自由だけどね。
-
価値観(感)とコンプレックス・トラウマ及び地雷について
コンプレックスは「他」との比較なしには生じない、よね?
「他人」が「何か自分とは異質な集合」に思えるとき、
その「集合」と自分を比較してコンプレックスは生じる、そんな気がする。
他人が「集合」ではなく個々のいろんな性質を持った「個人」に見えたとき、
コンプレックスは軽くなるんじゃないかなあ。
トラウマは……なんだろ、コンプレックスの引き金になった強烈な事件、かな?
んで、地雷の話に戻るけども、相手と自分が互いに「個人」として接する機会が持てれば
踏んだり踏まれたりすることは減るような気がするんだけども。
つーか、触られてもあんまし痛くないつか。
嗜癖の否定やらレッテル貼りは、例えば「常識」のような、借り物の価値観で行われたとき
破壊力を持つ、ように思う。
>まし氏
嗜癖の否定やレッテル貼り自体がそのまま人格否定てわけじゃないんだけども。
上に書いたように、借り物の価値観つか、集団の価値観でそれを行った場合、
否定したりレッテルを貼るのはそれを行った本人の視点ではなく「みんな」あるいは「普通」の視点からになるわけで。
否定する相手と「他人の集団(の代表)」として接していることになるんじゃないかな。
そうすると、否応なしにコンプレックスが刺激され、腹が立つ、のではないかと。
-
んーと、例えば嗜癖の否定について簡単に例を挙げると、
「それを続けられると俺が迷惑する」
と言われるのと、
「そんなことをしているとみんなが迷惑する」
と言われるののどっちがキツいか、という話になるかな。
ある人の行為を是が非でも止めたいと思っているとき、「みんな」という言葉を
便利に使ってしまうことはよくあることだけど(汗)
自分は自分の尊敬する作家の「"みんな”なんてどこにもいない」という言葉を
頼りにしているw
-
>>384 ある程度親しくなったあとに
その個人から「みんな」が発せられると地雷爆発は倍加する(…俺はそれで痛い失敗した…)。
へんな話だが、そのことが「トラウマ」になってる。
「自分はとんでもないことをした」というトラウマ。
今回、「みんな」というキーワードがでてきて、>>384とか読んでるうちに
多少いろんなことが整理されてある程度、自分のした行為を
別のステージから「客観視」できたおかげで、
そのトラウマはけっこう軽くなった気がする (消えはしないけど)。
ここまで考えてきて、ふと、ロイが「自分用の心の整理」として、
客観的な掲示板に投稿をはじめたことの意味が(ほんの少し)「わかったような気」になった。
(しょせん想像だけど)
-
…いや、「けっこう軽くなった」は違うな。。
今、思い出してみたけど、やっぱ、疼くわw
「ほんのすこしは(または一瞬)軽くなったような気になった」 に訂正。
トラウマって、他動性というか、外部からつけられた傷と
自動性というか自分発というか、自分のしてしまった行為、が原因の傷と
2種類あるのではなかろうか。
-
>379
熱くなってるのはお前さんだよw
妄想ならレスがこないと思ったのか?
マシというのは本人が自嘲でいうのと他人がいうのではだいぶ違う。
>>381
ほぼ近いな、と思う解釈をしてると思うけども
「理想」という言葉だけ外してくれ。
俺はただひとつ子供を虎穴に放り込まなかった、という
一点の違いを指して言ってるに過ぎない。
-
(あと、自由な発送(発想?)で自由な発言を書き込めなら
妄想もありだし、俺のもアリなの。
隔たりが大きいという理由で話すのを止めたら、
ここに参加の意味をなくすし、
説明はいらんとか、
肯定したはずの自由な発送と発言を書き込めなくなるような
封殺を自ら始めて、
どうすんの?という気はするネェ)
-
>諸兄
気に障ったら俺のはスルーでいいよ。
やや地雷は踏んでなんぼか、と思う思想の持ち主なので。
注意カキコはいちいち書かなくてもいいかとも思ったが、
「あえて無視」ということが難しそうな人間の集まりかなと
感じたので追記させてもらった(あて先はロイも含む)
-
>>386 続き
外部から与えられた傷にも当然いろんな種類がある。
(たとえば、俺は2chに貼られた日本人人質の断首ビデオが一種トラウマになった。
当然PTSDという概念をクローズアップさせた戦場の後遺症や虐待経験のトラウマ)
そして「自分が行った行為・行わされた行為」という傷も、ひょっとしたら
完全にそれから分離できるのではなく、同時に混在したかたちで
トラウマに含まれているのかもしれない。)
ただ、この二つを区別すると(別々に存在するのではなく混合して存在するとしても)
トラウマを考えるうえで、手がかりになるような気がする。
>>閑話休題2人組w
ふたりとも「Tはいかん」ということでは共通してるのに、何を感情的になってる?
要は「言い方」の問題だけだから、関与する気はないが。(無視する自由w)
-
>390
んにゃ。
意外と頭冷えてるんだよ、日伝殿。
怒もないし、哀もない。てかここ一年イラツキ・怒ったことなし。
それでも…というのなら「若さゆえー 若さゆえー」というところかな。
日伝氏の方が長距離マラソン一人でやってるみたいで感情パワーは凄そうだぞ。
-
>>391 君もマラソンに参加してみない?w けっこう得するぜ。w
簡単だ。人のレスによりかからず、「自分で立つレス」
つまり自分の考えのみで成立する自立レス・一人で立ってるレスを書くだけのこと。
(煽りというか、人の言葉を引き出すのが好き&うまいのはわかるけどね。それも才能ではある)
で、これ以上jは乗らない。w 考え事に集中したいから。
-
ココマデヨンダオ((´・ω・`)) ロイタン マダカナー
-
>>381
>「それでもTはマシだった」と思うことがロイにとってどんな意味を持つのか、
それは378氏だけでなくあなたがたも考えてみてもいいのでは?
それでその考えたことがロイにとって意味あるかどうかとは別問題で。
>ともすると「拾われたのがTでよかったね」と言っているようにも読める。
それって必ずしも問題視しなきゃいけないことかな?
客観的に無神経だっていうのはわかるよ
もし直接の友達が悩んでいるとしたらその時にはそんなこと言わない。
だけど「拾われたのがTでよかった」というのは事実でもないかい?
ロイの語る環境は苛酷に思える。
本当に愛玩動物としてしか遇されてないみたいな。
いらなくなったペットって保健所行きだろ?
ロイがそうならなかったとは限らないと思わせるだけのものを匂わせてる。
それならそうならずにすんでよかったね、
それは相手がTだったからなんだろうなっていう解釈は
成り立ってもおかしくはないんだと思うよ。
-
妄想の書き込みに思わぬ反響があって興味深い。。。
ロイに守護者がいたとしたらというただの「妄想」なのにね。
身近な人間が死んだときは人生や運命について考える。
何のために生きたのか。やはり意味なんてないのか。
差し迫る死を感じながら生きる人、突然に生を終えてしまった人。
希望がないと人間は生きていけない様を目の当たりにして、
藁にもすがりたい思いの人間にとって
カルトだろうがなんだろうが宗教も希望の一つになるのだと思った。
きっと本当は人生に意味なんて無く、ただの細胞の集まりで
死んだら魂も無く単なる有機物となる。ラッキーの有無、
遺伝的性質の受け継ぎによって生き方がある程度定まる。
遺伝子はアミノ酸配列で決まるのだ。そこにありとあらゆる情報がある。
生体内の分泌物によって気分も変わる。分泌物の受容体が存在する。
小さな細胞が実にうまいこと進化し共生し、生物を形作っている。
万物を作る原子が存在するのみ。
知能が高い人間にはそんな無味乾燥な世界はとても生きていけない。
本当だとしても。どこかに希望を見出そうとする。
どこかに精神世界があるのだと、考える。
宗教が何千年と受け継がれてきているのも「希望」ゆえではないのか。
受け継がれている宗教の神髄が皆たいして変わらないのも
「ヒトが考える精神世界」は共通しているからではないのか。
「希望」がないと人間は生きていくのがラクじゃなくなる。
私だって無味乾燥な世界はつまらないので
ファンタジーを考える。
-
ココマデヨンダオ((´・ω・`)) ミナ イロンナコト カンガエテルンダナー
-
>394
気持ちわるいし、発想にはまったく反対だけど
あなたがたではなく自分で考えるならいいんじゃないの。
-
お、色々盛り上がってるね〜。
混ぜろや、コラー。
>204さん
204さんの言葉は分かりやすくて助かるなり。
色々考えさせられるよ。
204さんや日本語d(ryさんの言うこと、
頭では理解出来る気がするんだけど、
なんかこう釈然としない部分があるんだ。
今私が「みんな」って言葉について書くのは気が引けるんだけど、
思い切ってやってみようかな。
(えと、これから書くことは、
先の件とは頭を切り離して読んで頂きたいです。
私がが遠回しに個人批判しているように見える箇所が、
もしかしたらあるかもしれないけど、そういう意図はないのです。
個人批判する時はちゃんと書きます。
が、例の如く、批判・反論自体は嬉しいです)
-
誰かの言った「みんな」って言葉が、
言われた人の思う「みんな」と違うかもしれないなんて、
そんなの当たり前のことだと私は思ってたんだけど、
そう感じない人が多いんだろうか。
客観的事実なるものが、本当にあると思っている人と
はなからそんなものは無いと思っている人間との間には、
深い溝があるのかもしれない。
「みんななんてものは存在しない」のは承知の上だが、
みんなという私の想定するものについて語ることは
何か問題があるんだろうか。
そんな事言ったら、
「“社会”なんてものは存在しない」とか
「“あなた”なんてものは存在しない」とか
「“コップ”なんてものは存在しない」とか
どうとでもいえるんじゃないか、とか考えてしまう。
-
雑談スレ10の904 から始まった話が、
この辺に関係してると思う。
特に同スレ912がそのへんのこと考えてた私の琴線に触れた。
ちなみに私は「その文章を語った人物が明白な時に限り」、
一行目から事実とは思わない。
一人称の文章に関して、事実云々をいうのは、
私からしたらよくわからん思考だ。
劣等感についても、
私は他との比較で生まれるというよりは、
「普通で無ければならない」とか
「理想とする自分」とかによって生まれる気がする。
-
以下、書きためたの投下〜。
>>374
いや、コンプレックスと劣等感は意味が違うって、
どっかで読んだ気がしたからってだけなの。
念のためにwikiで調べたら、ますます意味わかんなかった。。。
日本語d(ryさんは劣等感って意味で使ってたんだね?
オーケー。了解しました。
もしかして、>>385のコンプレックスも
素直に劣等感って捉えていいのかな。
どうでしょう、385さん。
ググってこんなんみっけたよ。
ttp://yukitachi.cool.ne.jp/column/c006rettokan.html
(学術的にも)正しいかどうかはわからんです。
そして私は読んでも理解したという気になれませんでした(泣
(長いし読む必要はないと思われます)
でも「劣等感=所属感の欠如」は結構キーワードになりそうかなと思った。
話飛ぶけど、
「地雷は琴線でもある」って言葉が浮かんだ。
ちょっと格好良かったから言ってみたかっただけなんだけどねw
意味はこれから考える!
-
>>374
むー。理解したようなしてないような。
読解力が足りないみたい。すまんです。
>>375なんかも参考に考えてみると、
価値観と思想哲学と世界観は別物って考えたほうがいいのかな。
世界観があって、価値観を獲得して、思想・哲学を主張するって感じで。
そういう意味なら思想・哲学は主義って言葉の方がいいかな。
「世界観があって、価値観を獲得して、主義を主張する」
って自分で書いておいて、意味伝わらなさそう。。。
「子供はおうおうにして狭い世界観(ものの見方)の中で生きているから、
選択出来る価値観(何をよしとするかの基準)が少ない。
故に極端とも思える主義を主張しがちだ」<=使用例
というような使い方が出来るような言葉がいいかなと思った。
ここ最近の中ではもやもや度最上級の書き込みかも。
もっといい言葉があったら、誰でもいいから添削して欲しいです。
-
そう言いつつ定義部分をもやもやさせたまま続きを書いてみたw
劣等感は「世間」的な価値観と自分のズレで生まれる(>>376)ってのには納得。
でも、自分なりの価値観とのズレからでも、
劣等感が生まれることもあると思った。
社会的な価値感(社会が良しとすると広く喧伝されているのも)と自分との乖離。
自分の価値観(自分が良しとするのも)と自分との乖離。
後者の方から生まれた劣等感は、時に他人には理解しがたい形で表れる。
「辛くても頑張る貧乏人の生き方が何より尊い」って価値観(主義?)の人には、
時に裕福であることすら劣等感になる。
でもそれって、普通は理解しがたい感情なのかも。
社会一般から見て、特殊といわれるような立場に置かれた人間は、
特殊な価値観を形成することがあるとは思う。
だからこそ、その価値観が好機の目や偏見で見られるのだろう。
でも、そういう人の立場になって、ものを見ようとする行為は、
結構いいことだと、私は思うんだけどね。
-
>>376
子供の価値観形成について、
個人的には非常に興味がある。
もっといっぱい意見が聞いてみたいな。
(深さという意味でも、色んな見方という意味でも)
あと自分が親とか、それに近い立場になった時に、
どうやって子供に価値観を教えていいのかな。
そもそも価値観は教えるものでないんだろうか。
いい「教育」ってなんだろう。
なんてことを考えてみた。
-
>まし氏(氏に統一してみた。「さん」がいいなら戻すw)
>>398 個人批判などする必要があるのか?
俺は「考え」にしか興味がない。
その人の「考え」と「その人そのもの」は分けて考えている。
そもそも「批判」自体くだらない消耗でしかない。
たんに勝ち負けを競うだけの、ディベートごっこに陥るのが関の山だ。
真摯な(感情的・攻撃的でない)反論なら、
自分の考えの輪郭をはっきりさせてくれるから歓迎する。
そうでないならスル〜w
>>400 [事実」の話は雑談5でやってる話だから、
そちらでした方がいい。正直、何を言いたいかある程度しかわからなかった。
整理して、雑談5(ハイバーの方がいいかも)に書いてくれれば、
何か、答えられるかも。ただし時間がかかる(この話はとてもややこしいのでかなり疲れる)
>>402 俺もググってみた。
[価値観(かちかん)とは、人間にとって何が大事か、大事なものの優先順位、
重きを置くものが何かについての判断を指す。]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%A1%E5%80%A4%E8%A6%B3
価値感とわざわざ言い換える必要なかったわけだ。
ただ、俺は単なる「判断」だけじゃなく、
価値観が無意識にまで浸透して、
それに抵触するものに対する
生理的反感・反撥や生理的選別も含まれる時、
「価値感」と言いいたかった。
思想・哲学と主義はまったく違う。(混同してる人が多いが)
主義はたんなる頑固w
>>401 所属感云々は、「疎外感」だと思う。
疎外感が劣等感に転じるメカニズムが何かあるとしても、
疎外感=劣等感という使い方は混乱を招く。
う〜ん眠い…悪いけど、続きはまた、何れ。<(_ _)>
-
誤解されそうなので。
>>405の最初の部分は俺が「個人批判」されたと感じたわけではなく、
「個人批判する時はちゃんと書きます。」の部分に対しての「俺の考え」。
あと、「みんな」という言葉を誰かが言ったとき、俺はたいてい
その「みんな」に自分が含まれると感じてない。
だから、アンケートにかかれた「みんな」にも何も感じなかったよん。w
-
(一応、疑問形になっていたので答えるけど>>388、
説明はいらないって言ったのは意味を知ることには興味がなかったから。)
-
>日本語氏(略してもいい?)
おう。氏でもなんでも構わないさ。
好みを聞かれるなら、「ちゃん」かなw
>>405
個人批判を遠回しにしてるって思われるのが嫌だったのさ。
個人批判をする時はそう分かるように書くって意味だよ。
遠回しでない個人批判をする気も、今ないけど、
まあ今後出てくるかもしれないから、全くないとは書きたくなかったの。
「考え」に反論しているように見せかけて、
実は個人批判がしたいだけの文章ってあるでしょ。
私はそれが嫌いなの。
そして自分の文章をそうとられるのがたまらなく嫌だったのさ。
私は個人批判をしない人間ってわけではないが、
今はそういう意図で書いてるわけではありません。
って意味、かな。
あの文章は「考え」ってとってもらっていいってこと。
ちなみに、私は個人批判も悪いばかりだとは思わない。
それによって自分を省みる機会が与えられるなら、
感情的な批判だろうと、ディベートごっこだろうと、
べつに何でもいいさ。私は、ね。
他個評価を受けて自己評価が変わることは悪くない
と、思ってるし、
他個評価がいつも上品な形で提供されるとは期待してない。
事実の話、分かって貰えなかったか。
個人的には、価値観の話とつながってる気がしたから、
こっちがいいと思ったんだけど。
もうちょっと他の反応待って、ダメそうだったら
ハイパーにもう一回書いてみるよ。
その時は気が向いたらお相手宜しく〜。
-
>>394
ああ、書いた後「しまった」と思ったところにツッコまれてるw
「ロイにとって」を語れるのはロイだけだよね(汗)
ああ書いたのは、「ロイはTでよかったと思い込まされてきたのではないか?」という私の憶測から来ている。
ロイのTとの触れ合いについては、単純に嗜虐者と被虐者というより、"情"のようなものも含まれていた、
と感じる記述もある。
(風船のエピソードとかね)
Tをそんな風に"情"を通い合わせることができた相手、と見るなら、「Tでよかった」という考えもアリかもしんない。
>>395 閑話休題氏
んーと、「もし自分がロイと同じ目にあったら、こんな風にも考えてみる」という解釈でおけ?>ファンタジー
>>399 まし氏
んーと、自分のことを話すと、「誰かの言った"みんな"という言葉が言われた人の思う"みんな"と一致している」と思っている親に育てられた、という感じかな。
「常識」「普通」「世間体」という言葉は、私にとっての地雷、ということになるかも。
虐待と呼ばれるほどのことはなかったが、「普通」であるために出っ張ることもへこむことも許されずに育った、と言えるかも。
色々経た今、「お前(=親)の言う普通とは単なるお前の価値観じゃねぇか」というところに来ている。
その上で。
>みんなという私の想定するものについて語ることは
>何か問題があるんだろうか。
語ること自体に問題はないんじゃないか?
「みんな」と価値観を分け合えることは楽しいよ。
周りの人と同じものに夢中になるのは楽しい。
大切な「あなた」と同じもので幸せになれたら嬉しさは倍増する。
だけれども。
「楽しく幸せであるためには周りと同じでなくてはならない」
というとこまで行ってしまうと、自分は首をかしげる。
これはどちらを取るか、という問題ではなくて、やっぱり自分の中で調整することなのかなあ、と思ったりする。
-
>>403 まし氏
「理想の私」と「現実の私」の距離についての話でおけ?
>自分の中から生まれる劣等感
「理想の私」像なくして進歩はない、とは思うけれども、
それが「現実の私」をひどく苦しめるなら、
そんな「理想の私」は捨ててしまってもいい、と私は思っている。
「「理想の私」でない私」、に触れられるだけで、それが地雷となって爆発するくらいなら。
そんなんだったら「現実の私」にできることを精一杯やればいいじゃん、
と他人に言ってよく怒られるw
けど、やっぱり自分はこの考えは変えられない。
「現実の私」を見つめてその形をよく知ることは、自分をどう許すかを考えることだと思うから。
こんな風に考えるのは、自分がつねに「普通」と比較されながら育ったのと、
持病で時に「何もできない人」になるからかなあ、と思う。
どこかで「できないものはできないのだ」とあきらめる必要があった、つーことになるかも。
-
あ、持病は喘息ー。
-
「理想の自分」は「理想」でしかないよね。
自分が持たないものを埋めているのが「理想の自分」で
現実は足りないものが多すぎる・・・とか。
「理想の自分」を追い求める人は他人に厳しいように思う。
>>410
同感。足りないなら足りないなりに精一杯やれば良いよね。
出来ないものはしょうがない。
あきらめというか開き直りというか、そんな自分も許せるようになった。
怠惰しているのとは違う。自分に対して許容範囲が広くなった。
-
ココマデヨンダオ ((´ ・ω・`)) ミンナ モツカレー
-
某所へのロイの最初の書き込みがおそらく↓
1 名前:ロイ ◆jo9v3HJTJU 投稿日:02/11/02 03:26
4年の間で何か変化はありましたか?>ALL
-
話題そらしてもうしわけないけど
久々にIEでみたら下に
ゲーテ格言集 / ゲーテ
『自分の好きなように世界を知るがいい。
世界は常に昼の側と夜の側とを持っているだろう。』
昔、この言葉に救われたことがある。
てあるんだけど、これはロイが書いたものなのかな?
この話題がどこぞで既出だったらスマソ。
ぱっと目にとまったので。
-
そーそー既出だよー
どこかは忘れたw、ロイが書いたものだったはず
-
①とか②とかのあのレス書いたの俺(私)って人
どのくらい残ってるか興味しんしんw
-
ノシ
初日からいる。つーかスレが立ったときからいる。
つかず離れず。ごくごくたまに書き込み。
ナイショの裏スレのログが残せなかったのが
悔やまれるなあと思った時期もありました。
あれくらい猛スピードでぶっちゃけられるスレ
が恋しい今日この頃。
-
私の書く文が長すぎてついていけないと時々言われるのだが
今その心境を理解しつつある気がしている。
停滞気味ですまないが私はゆっくりいかせてもらうよ。
気兼ねなく続けて欲しい。
-
ああ、君らの文が長すぎて読むのが辛いという意味ではない。
毎日チェックできずにいるうちに想像を超えて進んでいて
読んでレスをつける・・・追いつくという作業が大変そうだと思っただけだ。
文字を読むことを大変と感じたのは生まれて初めてのことだ。
老耄現象だろうか。
-
パソコンの画面で字を見るのはかなり疲れるけど、
ロイは今まで疲れなかったの・・・?
はっっ、、、老眼とか!
-
プwwロイの、うわあ、という溜め息が聞こえた気分www
-
おぅ ロイが弱ってるのかw 愉しいw
>>419 では遠慮無く続けさせてもらお♪w。
つか、俺は考えてるうちに
ロイの 最初の10の質問 に戻ってきている。
結局は、あの質問で挙げられた項目に関する話になってる。
ただ、「地雷」という言葉によって
「負の変換」だらけの病的状態だけじゃなく、
誰もがもってる「地雷」の話に拡がりつつあるだけと思われ。
価値観の話は、確実に最初のリサーチ(に見えるが実は答え)
に関する話を、それぞれが自分なりに、
自分の経路を通って考えてるだけでさ。
>>420 じゃ、ゆっくり追いついて。w というか、
たぶんこういう問題はロイの方が掘り下げて
考え済みと思ってるけどさw
(別に「対話」にこだわる必要ないすよw ここまで来たらw)
-
理想の自分に対する裏切り。 それを劣等感と言わずに
「自己嫌悪」と呼んでみる。
金持ちの家に生まれてしまったことも、劣等感と言わずに
「引け目」あるいは「負い目」と呼んでみる。
地雷を形成するものにはいろんな種類があるんだと気づく。
トラウマ体験、劣等感、自己嫌悪(親(自分の)の価値観への抵触)、負い目、引け目、疎外感、
これらが爆発物になることには「価値観」が関係ある。
つうのが俺にとってのここまでのまとめ。
(トラウマ以外は、
だいたい「自己否定」ってことでひっくくれないこともないけど、それじゃつまらん)
トラウマ体験、劣等感、自己嫌悪(親(自分の)の価値観への抵触)、負い目、引け目、疎外感、
これらをロイの最初の質問項目>>240-241と比較すると面白い。
つながりそうな項目と、まだ、全然つながってない項目が存在する。
それぞれについては長くなりすぎるから、ちょと書くの遠慮しとく。
-
ロイタン オヒサー ((´ ^ω^`)) 4周年 オメーー
-
>>424 補足 204氏の >>362
・嗜癖の否定
・自分が思うのと違うレッテル貼り
は、地雷の形成じゃなくて、地雷に触れる方の仕組みだと思って除外したけど
これの「蓄積」がコンプレックスをつくるというなら、
>>424 に追加してもいいかも。>「他による否定→抵抗→反復→(受け入れ)自己否定化」
すこしステージが違う感じがして外したけど、無視したわけではないので。
-
ロイ、どっかにさ
「書くということは泣くことだ」って書いてあるのみつけたよ。
だからどうだってことはないんだけどさ
ロイはこうやって泣いてるのかと思ったんだ。
それだけ。
-
1、自分の親(養育者含む)が好きだ
2、自分が窮地に追い込まれたとき親(養育者含む)は助けてくれる
3、自分は人間である(yesと答えるに少しでも躊躇したならno選択)
4、自分の存在、または生きていることそのものを罪と考えたことがある
5、生きることは自分に与えられた罰なのだと思ったことがある
6、人が怖い(怖くてどうしようもなかったことがある)
7、自分のために何かすることに躊躇する
(例えば自分の食べたい物を自分のお金なのに買えないなど)
8、生命を脅かされた(と感じた)ことがある
9、自分は人に嫌われていることを前提として生きているところがある
10、誰かが自分を褒めてくれるわけがない、となぜか信じこんでいる。
1〜3がNO
4〜10がYES の数が多いほど地雷が多くなる(大きくなる)と解釈してみる。
これグループに分けられるんじゃないか、と思った。
-
最初に 「自分認識」 のグループ
3、自分は人間である(yesと答えるに少しでも躊躇したならno選択)
4、自分の存在、または生きていることそのものを罪と考えたことがある
5、生きることは自分に与えられた罰なのだと思ったことがある
9、自分は人に嫌われていることを前提として生きているところがある
10、誰かが自分を褒めてくれるわけがない、となぜか信じこんでいる。
「親(養育者・保護者)認識」
1、自分の親(養育者含む)が好きだ
2、自分が窮地に追い込まれたとき親(養育者含む)は助けてくれる
「経験」
8、生命を脅かされた(と感じた)ことがある
「他者への意識」
6、人が怖い(怖くてどうしようもなかったことがある)
-
(残ったひとつだけどう名付けていいか思いつかなかった…)
7、自分のために何かすることに躊躇する
(例えば自分の食べたい物を自分のお金なのに買えないなど)
ただ「自分認識」のグループと合わせれば
「自分に対する否定的な価値観(感)」といえそう。
つまりロイの質問はかなり強烈な地雷源やスイッチを持つ人の像だと思う。
(当然、トラウマ系地雷)
でも、「自分認識」の部分は、
自己否定という意味で
トラウマじゃないコンプレックスからも、
そうなる場合があると思う。 と、まぁ、今んところそこらへんで煮詰まり中w
-
風邪引きましたよ。鼻水凄いですよ。
皆さんもこの季節は要注意。
>>409
204氏の親御さんは、
「みんななんてものはない」って実感出来ない方ってことかな。
なんというか、私は価値観の多様性とか揺らぎを
実感できない人にはある種の話が通じないのじゃないかと
絶望的な気分に陥ることがあって……。
「みんななんてものはない」っていっても、
「はぁ?みんなはみんなじゃん」って言われた時に、
どう自分の感覚を説明していいものか。。。
(別に日常的に困る訳でもないし、
溝があろうと話が通じないわけではない)
私、「誰かの言った"みんな"という言葉が言われた人の思う"みんな"と一致している」
と思って疑わない人達との意志の疎通に、非常に困難を感じる時があるのですよ。
教育的にはそう育てられたのに、そうでないと思い到った204氏は、
どこでその発想を手に入れたのかな、と。
もしかしたら、そこにヒントがあるかもしれないと思ったの。
で、そういう人達が世間一般に多いなら、
自分の想定する「みんな」について話す行為って、
まったく意味を持たないんじゃないかと思ってしまった。
というか、ただの迷惑行為ではないかと。
通じて、理解しあえたことを喜びあえるなら、
これほどいいことはないんだけどね。
(話飛びますよ)
集団の価値観(と思わしきもの)から物をいわれて
地雷が爆発しやすい理由としては、
相手との距離感ももちろんあるけれど、
反論の対象が不明確になるというのもあるかも。
他にも数の圧力を感じさせるせいもあるね。
-
>>410
>「理想の私」と「現実の私」の距離
それでおおむねオッケーだよ。
ただ、もう少し広い意味に捉えてもらったほうがいいかな。
実現できてない自分像だけでなくて、
今の自分で気に入ってるところも含む、ような。
その「価値観」が一般的であるかとか、
奇異なものであるかとかは置いておいて、
「価値観」を他者に無理矢理押しつける行為や、
現実の自分とはかけ離れてしまった「価値観」に
無理矢理自分を合わせようとする行為が、
問題なのではないか考えられる。
だから204さんの諦めは、凄くいいことだと思う。
そしてその諦めに、ちゃんと努力を添えているところも、
格好いいと思う。
諦められない人は、自分を苦しめるし、
>>412さんの言うように、強固な価値観があるからこそ、
人にも厳しくなってしまう。
でも同時に、まったくなんの「価値観」にも依らないで生きることは
不可能だと思うし、(出来たとしても、普通の社会生活は送れないと思う)
「価値観」を片っ端から疑わなきゃならないのも、
相当にしんどいのだと思う。
(逆に価値観の多様性や揺らぎを知っているからこそ
しんどすぎて、他の価値観との調整を諦め、
我が道をいきはじめちゃう人もいるのだろう)
きっと一言で言うなら、「バランス感覚が必要」なんだろうね。
-
ある価値観を優先するために、
他の価値観を犠牲にする時、
地雷が産まれやすいのではないかと思い至った。
その上で、そういう状況をつくる要因は何か、
と考えてみる。
例えば 生命の危機。
例えば 社会的な帰属感の危機。
例えば 子供にとっての親という存在の危機。
それはいいかえると、人間にとって大切な価値観が脅かされた時。
そして、こういうものが脅かされる時、
それを守るために、人は普段ならしない選択をする。
(他の価値観を犠牲にする)
こういう時に地雷は産まれやすいんじゃないかと思う。
もちろん、一般的に理解しがたい価値観でも、
それを本人が大切にしているなら、
それが脅かされれば同じことが起こると考えられる。
つまり、自分の大切なものを人質にとられる形で
選択の幅が狭められたことが痛手なのかな、と。
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話広がってるなあ。。が、頑張るぞ(笑)
>>426
あい、そんな感じです。
>「他による否定→抵抗→反復→(受け入れ)自己否定化」
価値観を日常的にずっとぶつかり合わせているのは骨が折れる。
友人なら離れるなりそこに触れないよう話を持っていくことは可能だけれど、
もっと身近な人物になるとね、「じゃあもうそれでいいです」というあきらめをどこかでしないと暮らせない。
自分を否定していたほうがコトがラクに運ぶということもある。
コンプレックスは単にヤなことばかりでなく、それを持っていることでなんらかのメリットがあるから捨てられない、という部分もあると思うのね。
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>>431 ましたん(いや、なんとなく)
>204氏の親御さんは、「みんななんてものはない」って実感出来ない方ってことかな。
YES。というか、世代的にまだ「世間体」ってヤツが機能してた頃育った人たち、てことかな。
「みんな」に従うことのメリットがリアルだという世代。
「普通」「人並み」を目指すことが=「幸せ」だった世代。
私はそういう世代が親である世代なので、私が感じている「みんな」の圧迫感ていうのは、
自分のトシだとそんなに珍しいものじゃない。
ただ、今はもう「みんな」が機能するシステムは壊れかかっている。
というか、私なんかの世代の頃からもう壊れ始めている。
私が子供の頃のオトナたちは、その崩壊をなんとか食い止めようとして子供に過剰に「均一化」を強いた。
そしてそれに反発して「個」を大事にする世代になった。
だけど、「みんな」が解体して「個」優先に偏りすぎると、それはそれで寂しいのだよね。
「自由にやっていいんだよ」と言われてみても、他とぶつからない「個の自由」などどこにもない。
ぶつからない程度の距離での付き合いは、やっぱり寂しい。
だから、今また「みんな」の方にじりじり寄っていってる途中かな、という感じがしている。
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「みんな」に関しては、「みんなって誰よ」と詰め寄ることでその形をはっきりさせることができる。
(と、鴻上尚史氏が言っていた)
私の親の世代の「みんな」はそれで崩せた。
ただ、「世間体」くらい大きな単位になると「みんなじゃないじゃないか」と言えるけども、
「私の友達みんな」くらいだと、共通の価値観として通用してしまうこともある。
今は「常識」は個人個人でみんなばらばらなんじゃなくて、「ある集団では確実に機能しているルール」くらいになってると思うのだよね。
なんというか、独りで殻に閉じこもるんじゃなくて、小グループみんなで殻を維持している感じ。
そこで、ましさんが例に出した「はぁ? みんなはみんなじゃん」と言う人の「みんな」がどの範囲なのか、という疑問が湧く。
「私の友達"みんな"」という言葉は、十分リアルに圧力になる。
「私の友達」以外にも世界は広がっているけれど、自分の居場所はその「私の友達」の集団の中にしかないと思うならば。
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だんだんちゃんと返事になっているのか判らなくなってまいりました(汗)
えーと、あれだ、>>431
>教育的にはそう育てられたのに、そうでないと思い到った204氏は、
どこでその発想を手に入れたのかな、と。
これは、一度「みんな」から外れた経験があったから、かな。。
ただ、上に書いたとおり私の親が思っていた「みんな」とは、=世間様ってヤツで、
もう現実味がなかった。
というか、「みんな」の中にいてもそんなにいいことないなーと、思い知らされた。
経験していないと判らないことかもだが、私の世代は学校の校則がむやみに厳しくてね、
髪型から服装から全部決められてて、先生が髪の色がちょっと違うだけで殴るとか、
そういう時代だったわけですよ。
細かすぎるルールを「常識」として押し付けられたことで、逆に現実味がなくなった。
ルールがあまりに細分化すると、守るほうも大変だけど、守らせるほうも大変だからね。
で、お互いアホらしくなってやめて、「自由」がもてはやされるようになった世代、なので。
上に書いた「私の友達"みんな"」のリアルさを打破するカギにはならないかもしれない(汗)
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すまないが私は少し休む。
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一連の流れの焦点が見えない
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休んでいるのはロイだけじゃなかったりして。
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やっぱり雑談スレに移動して続けた方がいいんでない?
ロイ不在だとなおのこと久しぶりに来た人や初めて来て人は
ワケワカメだと思う・・・正直ロイコメントなしでは面白くないし。
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うん、実は俺もそう思う。
ハイパーに移動して、話を煮詰めて、もっと整理した方がいいかな、と。
あそこなら、長文、連投、コテ全部ありで条件そろってるし。
実際、俺だって、ロイのコメントを楽しみに待ってる一人だしw
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私は今のままがいいな、ロイがなかなか来れなくても面白い。
スレをまたいで返事したり戻ったりするの躊躇するし
どのスレに書こうか迷わなくてすむ、書いても短文だけど。
長文はながめてるだけでも楽しい、まだ全部は読めてないけどねw
個人的には本スレと★スレだけでもいいくらいだw
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えと。
>>435-437のレスはまとまってないつか自分で納得行かないので、
とりあえず忘れていただけるとありがたく(汗)
(削除はしなくていいです)
お目汚し申し訳ナス。ちゃんとまとまったらもっと簡潔になる……はず。多分(汗)
一応焦点としては
・ましたんが言ってる「みんな」と、私の親が言ってた「みんな=世間」は違うのかも、
という話。
「みんな」の話は枝分かれした余談の部分として、本論はなんだろ?
地雷とはなんぞやという話?
余談はHYPERに持ってく。
後はロイ待ちか、自分で何かまとまったら落とします。
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本題がみえなくなったら距離を置いて
あらためて長文を読み返してみるよろし
かじりついてると見えるものも見えなくなっちゃうよ
気がつくと論じてるつもりで自分語り&ポエム化ね
ネット外でも頭の中をここに支配されてませんかー
タネをラップかぶせてこたつで発酵させつつも
新しい具をもとめてちょっと外へ出て空気を吸ってこよう
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ロイさんの課題について
『矛盾が在ってこそ人間じゃないの』と、言った友人を思い出した。
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あう。話ずらしたの主に私だ……。
それはそれで面白いかなって思ったんだけど。ごめんよ。
これからはもうちょっとゆっくり・短く・焦点を絞っていくよ。
他の人の話が聞けなくなっちゃうのは悲しいし。
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