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ある体験の・・・回想録5

366日本語d(ry:2006/10/31(火) 02:22:19
とても面白い。
俺は「358」氏(敬称はレス番と区別するため) と真逆に考えてる。
価値観(感)がコンプレックスの元だ、と思ってる。
人は価値観によってものを判断したり、判定したりする。
それは他者や社会に対してだけではなく
自分にも向けられる。(たぶんフロイトちゃんのいう「超自我」てのに当たる)

きわどい話おkとロイが言ってるので書くと、
子供ロイの価値観(ものを判定・判断する元)はTによって植え付けられてる。
いろいろな判断、判定をTの価値観にそって行うことでしか生きられなかった結果。

一般的には「世間」というものが「価値観」にまぎれこんで、
世間(実は、他者がひとかたまりに見えるのと同じ幻想)の眼=判定
というのが、劣等感をつくる気がする。
身体的な障害が劣等感になるのは、自分自身の内部からでてくるのではなく、
また、そのことによって種々の不便が生じることからでもなく
(たとえば手がもう一本あれば便利だと思うことはよくあるが、それ自体は劣等感にはならない)
他者との比較、そして「世間」の眼、が、価値観(感)に忍び込んだ結果、
劣等感ができる、と考えた方がわかりやすいんだが。

だから、価値観(感)が変わることで劣等感が克服されたりする。

トラウマはもっと根本的で重く、価値観(感)の変更だけでは簡単には消えない。
つか、その上にかさぶた(防護膜)をつくることはできても
(スィッチの感度を下げる・隠すことはできても) 完全に消えることはないように思う。


*誤解されたくないので言っとくけど、俺は心理学も精神分析も正規に学んだことはない。
超自我とかそのへんの言葉は、S・ナクトという人の「マゾヒズム」ちゅう本で知った程度。
フロイトちゃんも読まなきゃとは思ってっけど、未読。w




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