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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板
1699
:
復興G
:2012/03/19(月) 19:04:50 ID:ojEbkDH2
ももんが様へ。
>>1518
で ももんが様は
>昨晩も、雅春先生の講話を“拝聴”しながら、ねむりました。雅春先生曰く『地球も、生命である。』と言われおりました。そして、『地球=天之御中主神』との事だそうであります。結論としては、“大生命=地球を、大切しなくてはいけない。”との雅春先生の主張でありました。<
と書かれておりました。それについて、少しの疑問を持ちながら、考えておりました。もう一度、くわしく私の思うところを述べます。
1651で投稿した文がすでに遠くへ行ってしまいましたので再掲載させていただき、そのあと新たな書き込みを投稿させていただきます。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「地球も生命体である」。このことに疑問はありません。
生命体とは、生きものということです。
地球は、地球上のすべての生きものを生み出した元の生命体です。生命体のみが新しい生命体を生み出すことができるのですから。動物と植物だけに生命があり、鉱物には生命がない、とする考え方はもはや過去のものとなりました。
そして地球を生み出した元の太陽系、太陽系を生み出した元の宇宙も、当然生命体です。
生命体には、必ず「一つ」の中心があります。人間に「脳髄」という中心があるように。
宇宙も生命体ですから、ただ一つの中心があります。
その中心というのは、空間上の一点というような中心ではありません。「中(みなか)」の心であります。
それを、「天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」というのです。
すべては「一」なる天之御中主神の展開であります。
天之御中主神以外に存在するものはないのであります。すべては「一」であり、すべては「自」であって「他」なるものはないのであります。それが実相であります。
生命体には、ただ一つの中心がなければなりません。複数の中心を持つ生命体というのはありません。細胞にだって細胞核という中心は一つです。
『地球=天之御中主神』と谷口雅春先生が言われていると、ももんが様はおっしゃいます。ここで「地球」と「天之御中主神」を「=」 で結ぶことにはちょっと「?」がつきます。
むろんすべては天之御中主神の展開ですから、地球も当然、天之御中主神から鳴りひびいて顕現したものです。その「地球」には、当然「人間」も含まれますよね。人間と対立する地球なんて、あり得ません。
――以上は、
>>1651
ですでに一度アップロードした書き込み。これからが新たな書き込みとなります。――
<つづく>
1700
:
復興G
:2012/03/19(月) 19:05:26 ID:ojEbkDH2
<つづき> 2
すべては「一」なる天之御中主神の展開であります。わが生命もまた、根源的に天之御中主神の展開、顕現であります。「私」なるものは、ないのであります。すべては神なのであります。
日本民族はすぐれてその自覚を持ったので、「君民同治の神示」にありますように、(以下、抜粋引用)
<(前略)人間生命が神より生れたる神聖なるものであるという自覚が、その外延であるところの国をも神より生れたる国であるとの神聖性を要求するのである。この要求が、神によってその国が造られたのであるとの神話を創造するのである。…(中略)…観る心の要請が身体に於ては脳髄の存在となり、国に於ては永遠の元首なる、無にして絶対であり、一切の主であるところの天皇の存在を要請するのである。天皇の神聖性は、人間自身の生命が神聖であるところから来る。…(中略)…人間は自己自身の神聖性の故に神造の国家に神聖降臨の神話を創造してその歴史の中に住む自己を観るのである。天孫降臨とは人間自身すなわち民自身が天孫であり、神の子である自覚の反映にほかならない。…(中略)…主客一体であり、君民一体であり、民は君を拝み、君は民を拝む。民を拝み給う治は、君を拝むところの事と一体である。治事一体であり、治めると事えるとは一体であり、君民同治である。天皇は絶対者にましますとは、観る主体たる人間(民)の絶対性より来る。…(後略)…>
という素晴らしい国体を創造したのであります。
谷口雅春先生は
『日本国家の理想とは何であるか。それは「宇宙の理想」と一つのものである。「宇宙の理想」とは釈尊の説く金波羅華(こんぱらげ)の世界であり、キリストの祈りである「みこころの天に成れる世界」である。日本国を“侵略国”と誣(し)いる者は何者ぞ。去れ!! 日本国は世界の救世主たる使命を帯ぶ。』(『聖なる理想・国家・国民』15頁)と書かれています。
この「日本国」とは、現象の日本ではなく、大和の理念なる実相の日本国であり、「大和の国の神示」においては「大日本世界国(ひかりあまねきせかいのくに)」と表現されているものであります。そして『叡智の断片』においては
『「敗戦前、真の日本なし。敗戦後、真の日本なし。現象裡、真の日本なし」前後際断の「今即久遠」にのみ真の日本あり。真の日本を知らざる者は日本人に非ず。』
と書かれているところの「真の日本」であります。そして「久遠天上理想国実現の神示」に
「イエス・キリストも『み心の天に成るが如く地にも成らせ給え』と祈ったが、実相世界では既にひとつの極身(きみ)に統一せられて、常楽の浄土となっているのである。……形の世界が心の世界の影であることが解り、実相世界が久遠常住の世界であると言うことが判れば久遠皇統連綿と言うことは実相世界の久遠常住性が最も迷いの念なしに形に顕れたのが日本国だと言うことが解るのである。……生滅常なき現実世界が変じて久遠実相世界の常住性を顕現するには、常住性ある国がひろがりて常住性なき国を包みて、十六方位の世界を一つの常住性ある永遠滅びぬ世界としなければならぬのである。……」
とあり、この日本の実相顕現こそが世界の真の平和、神の国実現への道となるのだということです。
このことは、生長の家の教えの中核にあたるところであると思います。
<つづく>
1701
:
復興G
:2012/03/19(月) 19:06:10 ID:ojEbkDH2
<つづき> 3
役行者様が、
>>1670
で昨日山梨で開催された講習会に参加された報告を書いてくださっており、その中で
>本日の万教帰一の総裁先生のご説明が説得力ありました。万教帰一のご説明のときです。
「すべての教えは、帰るのです。皆様も帰りますね。どこに帰りますか?帰るところが問題です。(笑)・・・そう、生命の実相に帰るのです」と。<
すばらしいご説明です。
ところで、その「生命の実相」とは、「みこころの天に成る世界」であり「日本の実相」である、ということですね。その背景がなければ、空々漠々たるつかみどころのないものになってしまいます。
生長の家は中心帰一の教えであります。その「中心」は神意であり、「日本の実相顕現」である。万教はスメラミコトに帰一することによって、世界平和が成就する、ということです。それ故に『菩薩は何を為すべきか』にある「人類光明化運動指針」第五条には、次のように明示されているのであります。
第五条 生長の家の各員は、人間神の子の自覚が、日本民族が悠久の昔より世々代々承け継ぎ語り継いで来た「命(みこと)」の自覚にほかならず、生長の家立教の使命が同時に日本建国の理念の現成にほかならない事を明らかにすべきである。
日本民族は存在の窮極を、一切のものの生成の根源たる普遍的絶対者を、天之御中主神として把握し、その「中(みなか)」への帰一とその「中」の展開、即ち宇宙普遍の原理の地上的顕現を日本国家形成の理念とし、天津日嗣とはこの理念のさながらなる継承以外にはなく、天皇の権威は権力をもって思うがままにこの国を支配する権利にあるのではなく、この理念の継承実現にまします事、従って天皇を中心と仰ぐ日本国家の発展は、天皇の人民支配の手段としての国家の発展と云うが如き専制的な性格のものでは微塵もなく、宇宙真理、即ち神意の地上顕現の至純至高の形体としての日本国家の発展である事これが日本神話の理念であり日本民族の理想であり日本建国の精神である。この真理現成の大まつりごとに、神の子として命(みこと)として自己の責任としてまつろい奉る事が実相の成就である事を明らかにすべきである。単に自分の祖国たるのみの理由にて日本を愛するのではなく、東洋と西洋との中間に位して一切を生かす大乗の真理国家たる事が日本の理念であるからこそこの国の国体を鑽仰してやまず、この国の神の子国民として生を享けしめられた所以の深さに感泣し、わが一身もわが家庭もわが生活もすべてこの理念現成に捧げられてはじめて存在の意義を持ち得るものなることを、各自互に明確に自覚し合い、その行動の根拠となし合うべきである。
(ここまでが条文、以下は谷口雅春先生の「解義」)
ここは非常に重大な一節であります。民主主義かぶれのしている人には解するのに難しいところであります。生長の家は「人類光明化運動」と云うから人類を愛したらいいのであって、日本の国なんかどうだっていいじゃあないか、と考える人があるかも知れませぬが、決してそうじゃあないのであります。皆さんは日本民族の一員として日本人として生れた。その事実に立脚して生きている以上、日本民族と云うものは如何なる自覚を持ち如何なる使命を持って此の地上に誕生したのであるかと云うことほど重大な問題はないのであります。古代の日本人は全て何某の命、何某日子、何某日女と云うように自分自身をも呼び、他の人をも尊称して居りました。日子とは即ち天照大御神の御子と云う意味であり、日女とは即ち天照大御神の女(むすめ)と云う意味であり、すべての人間は命(みこと)であったのであります――命とは即ち「神の生命」そのもの、それが天降って来たのが人間であると云う、そう云う魂の自覚の伝統をもって日本人は日本民族の歴史を作って来たのであります。(中略)
<つづく>
1702
:
復興G
:2012/03/19(月) 19:06:42 ID:ojEbkDH2
<つづき> 4
その神の子とは如何なるものかと申しますと、爰(ここ)に書かれておりますように、「日本民族は存在の窮極を、一切のものの生成の根源たる普遍的絶対者を天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)として把握」したのであります。日本民族はみずからを「命(みこと)」と呼び、日子(ひこ)、日女(ひめ)と称するけれども、決して一人の有限な肉体を持った神様から誕生したと云う意味での「神の子」ではない。日本書紀或いは古事記の神話にあるところの天之御中主神の「中(みなか)」の本源より発したる基本生命の自覚である。(中略)私たちはその「中」の「主」なるところの神様から生れて来たのであって、その中のいのちより出でて中に帰る。吾々は中(みなか)に帰一しなければならない。「神の子」とは天之御中主神の生命が此処に出現して、「中」の理念を実現する為に此処に生きて居ると云うことであります。(中略)
宇宙の一切の物を貫く所の原理に在ますところの神様が天之御中主神であります。その「中(みなか)」の原理と云うものは何処にでも現れて居る◎(ス)の原理であって、それは一切のものには一つの中心があると云うことであります。つまり太陽系統には太陽と云う中心がある。そして周囲に遊星が廻って居る。存在の最小単位である原子にも原子核と云う中心があって、その周囲に電子が廻っている。人体を形成して居る所の細胞にも真中に細胞核と云うものがあって、そして周囲に原形質がある。鶏卵にもちゃんと黄身と云う中心がある。中心がなくなったら、細胞もなくなり、卵は死んでしまうのであります。……原子でも、原子核を破壊したら、原子は崩壊して飛び散ってしまう。吾々の肉体を構成している細胞も、その中心であるところの細胞核を殺してしまったら、細胞は死んでしまう。植物にも幹と云う中心がある。幹を殺したら植物は枯れてしまう。太陽系統も真中にある太陽が放射能を出しつくして冷えてしまうようなことがあったら、太陽系統には生物がなくなる、結局吾々の地球も冷えてしまって人類もその他の生物も死ななければならない。どうしても◎(ス)をもって表象する「中(みなか)」の理念と云うものに一致したときそこに生命があらわれるのであり、「中」の理念によって宇宙の「切のものは生かされて支えられて居るのであります。此の一切存在の基本原理なる「中」の理念を体現した国家、換言すれば「真理国家」の現成が日本国家なのであります。
天之御中主神の「中」の理念が天降って、天孫降臨(理念の降臨)となり、それが具体化して神武天皇の“八紘を宇(いえ)と為す”(八方の国々を一家庭的邦とする)即ち世界連邦の基礎国家としての「大和」の国の建国となったのであります。
そして、その天之御中主神の理念の継承実現としての真理国家たる日本国の中心核体として其処に天皇が顕れていられるのであります。随って天皇を中心と仰ぐ日本国家の形態は、天皇の人民支配の手段としての国家形態というようなものではないのであります。
<つづく>
1703
:
復興G
:2012/03/19(月) 19:07:13 ID:ojEbkDH2
<つづき> 5
だから日本国は「天皇国家」であると云っても専制君主的なところは微塵もなく、宇宙の真理、即ち神意の地上顕現の至純至高の理想形態としての日本国家の形成であります。天皇あるがゆえに人民あり、人民あるが故に天皇あり、天皇と人民とはその生命の本源に於て一体であり、それが、天之御中主神の理念に随って所を得ているのです。どんな細胞にも、どんな電子にも、どんな太陽系統にも、みんな「中心帰一理念」と云うものが現れているのであります。国家だけが中心のないバラバラの存在であると云うことは宇宙意志の自然の発現にそむくわけであります。その「中心帰一理念」と云うものが、現象界に天降ってきて自然に中心帰一国家を最も理想的に形成したのが日本国でありますから、日本の国家は「宇宙真理」即ち「神様の御心」の地上顕現の最も純粋であり、最も高き形態としての国家であるといい得るのであります。
民族の特殊性を強調しますと、それは偏狭であって、人類的で無くなるように思う人もありますけれども、実は決してそうじゃあないのであります。どの民族でも、その民族固有の特殊性を完全に発揮することに依って、却って全人類が幸福になるのであります。
それは何故かと申しますと、吾々人間でも、頭脳は頭脳としての特殊性を持って、その特殊性が「考える働き」であるとするなら其の「考える働き」という特殊性を頭脳が完全に発揮する時にはじめて人体が最も完全に、その生理機能を営むことが出来るのと同じであります。手として生れたものは、手としての特殊性を完全に発揮することに依って人体全体が幸福になるのであります。全ての世界各国の民族も、民族各々の特殊性をよく自覚して、その特殊性を発揮することに依って人類全体が本当に幸福になるのであります。そう云う訳で、日本の国家にも其の個性的な特殊性がある。即ちそれは上述の如き真理国家であって、天之御中主神の理念そのものが実現している万邦無比の国体であると云うことである。……日本のそうした「国の本来の在り方」というものはまことに素晴しいものなのであります。即ち大和国(ヤマトのくに)を基礎国家として、「六合を兼ねて都をひらき、八紘を掩いて宇と為し」世界の国々をこわすことなく一つの家族的つながりの国とする使命を内在する国家なのであります。私たちがこのような国に生れたことは実に有難いことであると云う自覚を持たなければならない。その自覚は自分だけが持っていたら、それで足れりとするようなものではない。この箇条の最後に書いてありますように、各自互に明確に自覚し合わなければならない。「自覚し合う」のであって、互いにその自覚を研き合い、「その行動の根拠となし合う」べきであると示されているのであります。
<『菩薩は何を為すべきか』より「人類光明化運動指針の解義」第五条 より抜粋 終わり>
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
以上は、生長の家の教えの、時代が変わっても変わることのない中心、中核である。地球環境問題などはまったく周縁部分である、と私は思います。今、谷口雅宣総裁はこの最も大切な教えの中心、中核のところを欠落させていはしないか、というのが私の疑問点なのであります。ご教示を賜りたく存じます。
1704
:
春らんまん
:2012/03/19(月) 19:18:02 ID:SWGnYSag
話せば話すほど、うのはなさんのお怒りがよ良く理解できるようになった、春らんまんです。
役さまのフォローを取り入れれば、"現実を知っていない"のは明らかで、それに対しては道場の余地もあります。
本質的に"尊師の説かれた御教え"が理解出来ていない+"現状の<今の教え>が
いかに本来のものと乖離したものであるかということ・が理解できていない"から、 はたから見ていると"大調和の生長の家に、そぐわないよね"の
傍観者的戯言で終われるのです。
尊師の遺言が"和解"しかないように仰っていることが、致命的です。
尊氏は、"日本の為にならない生長の家なら、一つや二つ、ぶっ壊しても構わない"として、愛国の運動を支援したのです。
"侵略戦争だ"などとしたことが原因で、日本人の多くが祖国に誇りを持てず、神の子の自覚も得られず、自殺していく人間の歯止めが聞かない。
この辺りを、終戦後から、夜も眠られないほどの悲憤をお感じになっていたのに、
"滅びるものは、個人とか、小さいもの???"などとという
タワケた見識で、尊師の遺言とか平気で言う。
(志恩さまの時代の)組織会員であったなら、あり得ない暴言を平気で言っている。。。
私、うのはな様と本当に気持は一緒で、こんな人間に"生長の家のなんたらかんたら"を語って欲しくない。
ビビリかつ自分の特にならないようなことには、決して乗り出さない(組織が窮しているのを、自分が書き込みしながら)、この
無責任・人任せ体質・戦後民主主義の露呈・
はっきり言って、
仲間がいなれば何も出来ない、安心出来ない、
そんなベースボール魂のいたずらっ子と気分は青年?単なる常識知らずに、集まり賛同するのも、たかが知れてますって。
4月30日は、 靖国神社で大見真会ですね!稲田朋美先生がいらっしゃる!!
素晴らしいですね!
うのはな様や志恩様とお会いできれば、これ以上の幸せは御座いません。
ぜひ、ご検討下さい。
再拝
1705
:
神の子さん
:2012/03/19(月) 19:56:11 ID:8HSO87Es
合掌 有難うございます
復興G様
素晴らしいご講義有難うございました。感涙いたしました。初めて、生長の家出現の意義が理解できたような気がいたしました。
現総裁に是非聞いていただきたいご講義と思いました。
再拝【未熟な元信徒より】
1706
:
「訊け」管理人
:2012/03/19(月) 21:31:04 ID:???
>私、うのはな様と本当に気持は一緒で、こんな人間に"生長の家のなんたらかんたら"を語って欲しくない。
*
*@@@*
*@*O*@*
*@*O*@*
*@@@*
/ * \ ユニット結成おめでとう
‖祝‖ 訊けより
‖開‖
‖店‖
ユニット名は、
う の ら ん ま ん
で行きましょう。期待しています。
. . . . . ※※
. . ※@@@※
※@※※※@※
※@※※※@※
. . ※@@@※
. . . ./※※\
. . . . .‖ケ‖. ∧,,∧. . ∧||∧. .
. . . . .‖ン‖.((~(ェ)~)).((P(ェ)P)).
. . . . .‖カ‖/´|.y..|||〉/´|.y..|||〉/
. . . . .‖上‖`|_|=|_|. `|_|=|_|.
. . . . .‖等‖. .し-.J. . . し-.J. .
1707
:
トキ
:2012/03/19(月) 22:18:03 ID:LhbYT/hg
すみません、少し古い話ですが、訊け管理人様の練成会の参加の話題を書きます。
例えば、私の場合は、組織の現役の会員ですから、生長の家が今日の惨状に至った点には道義的な責任はある訳で、
ですから、何かしなければならないと思っています。しかし、訊け管理人様は、組織に人間ではなくて、組織に在籍
した経験もない訳ですから、信仰の問題についてはともかく、組織の問題で、訊け管理人様に何かをする道義的な
責任はないと思います。
春らんまん様が、訊け管理人様に期待する気持ちは理解できます。が、教団なり、あるいはいわゆる「分派」の人達
にしろ、頼むのは自由ですが、訊け管理人様のほうが、それを受託する義務はないとおもいます。本人宛の正式な要請ならとも
かく、掲示版上の投稿だけで、しかもHNだけの投稿しかないのに、わざわざ宮崎から京都へ仕事を休んでまで生長の家
宇治別格本山の練成会に行くのを要請するのは、普通に考えて、言われた方にしたら対応に困るし、おいそれとは返事ができないと
思います。仮に、生長の家宇治別格本山に来てくれ、と頼むのなら、極端な話、旅費や練成費用を言い出した人が負担する
ぐらいするのが礼儀だと思います。
また、総裁が部外者である訊け管理人様へ、掲示版上で練成会参加を呼びかけるのは、やはり信じるのは容易ではないと思い
ます。
基本的に、掲示版でのやりとりの目的は、意見の交換であります。その意見の交換の結果、具体的な行動をする場合は
ある場合でも、お互いに大人ですから、相手の人格へ敬意を払う事が必要だと思います。春らんまん様の生長の家を
思う至情には敬服しておりますし、ご投稿には感謝していますが、練成会の件は、やはり無理があるように、思って
います。
訊け管理人様も、御仕事もご家庭もお持ちなのですから、もし依頼をするのでしたら、それなりの道理や礼儀、さらには
本人への直接の連絡が必要だと思います。その点をご配慮の上で呼びかけをお願い申し上げます。
以上、たいへん失礼な事を申し上げました点、深くお詫び申し上げます。
今後とも、ご指導、ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます。
合掌 ありがとうございます
1708
:
役行者
:2012/03/19(月) 22:54:25 ID:DNHeR0Ug
大江戸亭・シオの姫
これはこれは、寝る前なのに
、いま、顔を洗い出直してきましたσ(^_^;
何でもないことですよ。8割方の方は、生命の実相に基づいて判断する知恵を兼ね備えられていて、教団派だ、本流派だと、付和雷同するような方々でない、と言うことでしょう。
日々、一所懸命、精一杯、超時の今を生き、神想観をし、聖典を読み、愛行を、伝道をしているのです!と言うことかと存じます。
生命の実相に根ざしている方々の集まりであり、どんな異変が起きても、中道実相を貫き、己をしっかりともっている方々の集まりが、生長の家だ!ということを仰りたいのだと思います。
そのことと、上告を高裁敗訴のその日に決めてしまう教団幹部の無法ぶりと、一緒にしてもらっては困ります。
だからといって、本流派の方々に非がないとも思ってません。
信徒の方々にとって、聖典『生命の実相』と聖経はこの上なく大切なものだからです。
もういい加減、裁判とかウンザリだ、信徒のことを中心に考えよう!ということでしょう。
このような最中でも、必死になって個人救済をしている方々を多く占めているのが、生長の家の方々で、このような縁の下の力持ちをたくさん、生長の家で見てきたということを訊けさあは云いたかったのではないか!と思うのです。
ということで、信徒のことを考えたら、争っている場合ではないでしょう、つまり、許し合うべきでしょ!ということかと・・・訊けさあはそう仰りたいのだと思うのです。
教団亭・役ノ助より
合 掌
1709
:
志恩
:2012/03/19(月) 23:01:59 ID:.QY5jUA6
復興Gさま
さすが閣下でいらっしゃいます。私も,感涙しながら、拝読し、神の子様と同じく生長の家出現の意義を、再認識させていただきました。
只今、プリントアウトさせて頂いたところです。
雅春先生が総裁先生時代、詳密講習会というのも開催されておりましたが、
年に何回か、本部にて,全国の最高幹部だけ集めて、詳密実相研修会(正式名ではないかも)も開かれていましたよね。
私は、幹部ではありませんから、会場の大道場には参加出来ませんでしたが、雅春先生のご講義は、全館放送されてましたので、
部屋で事務をしながら,拝聴しておりました。あのころの、高度な内容の、生長の家出現の本質的なご講話を彷彿と思い出して
おります。
閣下は、きっとご出席遊ばされておられたのでしょうね。
大変勉強になりました。ありがとうございました。感謝、礼拝。
1710
:
「訊け」管理人
:2012/03/19(月) 23:04:09 ID:???
<私から一言>
道義的責任がない、それはそのとおりです。しかしまあもしも・・・もしも
、ですよ、春らんまん様の話――総裁が宇治に来る+浄心行を受ける――が
本当ならですよ、行こうじゃありませんか。ええ、宇治に行きますよ。
・・・・でも、ですね。・・・・・「おちょくられてる?」てのが率直な感
想なのです。少なくとも現時点は、そうです。
期待してくださるのは有難いです。そして総裁、私が話せばまあなにか、本
流掲示板の方よりは「仲良くなれる自信も」ありますよ。私の方が世間に通じて
そうですし、まあ、いろいろな方と話すのは得意な方です。期待にはある程度お
応えできるのかもしれません。ですが、春らんまん様・・・・・
旅費等負担はけっこうですが、宇治に行きましょうか。しかしまあ、行くけ
ど本当に総裁が、来られるのですか?「白襷!!総裁をお助けするのだ」てな
話ではなく、もっと具体的な話でない限り、ううん・・・・
追伸
それに過去投稿文のご主張となにか、ずれてきておられますよね。まあ、その
過去ご投稿文が見つからないので、記憶だけで語りますが「和解」に関し貴女、
そこまで拒絶反応はお示しではなかったはずです。
ところがなにか、ここ最近は理由は知らないが正反対(言い過ぎ?)の意見
を表明されておられます(間違っていたら訂正しますが)。このあたりも貴女
のお言葉、解釈に悩むところであります。
1711
:
志恩
:2012/03/19(月) 23:26:59 ID:.QY5jUA6
教団亭・役之助 様
おやすみになる前でしたのに、顔を洗い直して出直していらしたんですか。
それはそれは恐縮です(笑)
お気持ちを、おっしゃってくださって、ありがとうございます。
全国の生長の家の雅春先生の真理で、生きていらした方々は、今も愛行されて、
ご自分なりの生長の家も実行もされて、中道実相の本来の生長の家を生きておられますよね。
総裁が、裁判ばっかり、やってますと、今は情報時代ですから、若い方々は、パソコンを
されてる人が多いですから、情報は手に入り易くなっています。
知れば知るほど、若い人、離れて行き、目減りしますよね。寂しいです。
本流にも責任があると言われますが,
信徒は、教団本部が、中心ですから、教団本部(総裁)のことを、生長の家代表として
いつも注目しているものです。役之助様は、いつも中心にいるので、その発言から、全体感覚が、薄れているように
感じますよ。
1712
:
役行者
:2012/03/19(月) 23:53:30 ID:DNHeR0Ug
休む前に、
大江戸亭・シオの姫
中心でなく、窓際でございます(/_;)
1713
:
ももんが
:2012/03/20(火) 00:27:00 ID:XXCuaQns
>>1703
復興G様
復興G様、大変、素晴らしい、御投稿ありがとうございまた。感謝、合掌、拝。
私は、この御投稿を読んで、感銘は、受けましたが、逆に、復興G様とは、違う捉え方をさせて、いただきました。
私のこの文章の感想を述べる前に、復興G様に、失礼ながら、何個か質問させてもらいます。
、私は、カバー神殿の礼拝を直に、見た事が、ありますが、復興G様は、ありますか?あれは、しては行けない行為でしょか?
、私は、カイラス山の巡礼を見た事がありますが?カイラス山の巡礼は、しては行けないと、思いますか?
、私は、ガンジス河の沐浴に立ち合った事が、ありますが?あの様な、行為は、不定されますか?
、私は、ニコライ堂の礼拝風景を見た事がありますが?
正教徒の礼拝は、やはり、行けない行為でしょか?
、聞いたはなしで、恐縮ですが、モンゴルでは、チンギスハンは神ですが?チンギスハンに、帰一する、モンゴルの人はダメですか?
、チベットでは、ダライラマは、観音様の化身で、活仏です。帰一しては、いけないのでしょか?
少し、屁理屈に思われるかもしれませんが、そうでは無く、実際に、自分が自分で、観たり、体験をとうしての疑問でありました。
言葉が、きついようでしたら、お詫びします。
尚、これは、復興G様へ御質問なのでの、他の方は、お答えしないでください。おねがいします。
では、復興G様、真に、素晴らしい、御投稿ありがとうございました。忙しい中、ありがとうございます。おやすみなさいませ。感謝、合掌、拝
1714
:
ハマナス
:2012/03/20(火) 01:00:47 ID:u5mC.eb2
神の子のみなさま
こんばんは。
ももんが様
ありがとうございます。
>それから、ハマナス様、私の、“嫌がらず、ハイ”とする、“姿”素敵です。
私は、此からも、“信仰版”にハマナスの御言葉は書いていただきたく、思います。<
お褒めの言葉をありがとうございます。お言葉に甘えて、これからも“信仰版”に
投稿させて頂きます。
訊け様
>以前、復興Gさまが言われておられたことなのですが、「法燈継承」に関連し印象深いことを
述べられておられましたよね。そしてその、総裁の法燈継承よりも重要なものは、「我々ひとりひとりが
法燈を継承しているのか」、それが問題だ、といったものであ りました。
方便的な言い回しになりますが、まあ、最初に赦した方が「ホンモノの生長の家である」、こう思います。
そしてそんなことを実行することで「法燈継承」、これを行って参りたいと
思います。ありがとうございました。<
そうですね。総裁先生や幹部の方々だけの問題でなく、我々信徒一人一人の問題でも
あると思います。しっかりと、「神の子」の自覚を持ち、「法燈継承」して参りたいです。
『真理』第一巻の最後の章にまたまた心の響くご文章がありましたので、引用させて頂きます。
新版がなくて、すみません。
「幸福の時も神を呼びなさい」 (旧版『真理』第一巻P.401より)
キリストは「七度を七十倍たび赦せ」と教えましたが、一体「赦す」と云うことは
どんなことでしょうか。腹が立つけれども、まま怺(こら)えていて我慢するのを赦す事
だと考えている人があるかも知れませんが、それでは形は赦していましても、心の中で
赦していないから本当にゆるしたと云うことにはなりません。本当に赦すと云うことは、相手を
怒りの念で縛っていた心を、釈放してしまうことなのです。
漢字を当て嵌(は)めると「釈(ゆる)す」と云う字が当たるのです。怒りの念から釈放して
自由に「罪なき者」として相手を扱うことなのです。「暴に報いるに暴を以ってせず」
と云うのは形の上だけにもとれますが、暴に報いるに感謝をもってするとか、
「あなたは神の子で、素晴らしい方です」と礼拝をもってするとか云うのが、本当に「ゆるす」
と云うことになるのであります。
英語の「ゆるす」(forgive)と云う言葉は、for(に対して)give(与える)と云う言葉の
組み合わせによって出来ています。即ち、相手の悪しき心又は言葉又は行為に対して感謝とか
礼拝とかを与えることなのであります。法華経の常不軽菩薩品(じょうふぎょうぼさつほん)には
、常不軽菩薩が自分に石を擲(なげう)つ者に対しても、自分に石の達(とど)かない点まで逃げて
往って、其処から跪(ひざまず)いて「吾れ汝を軽んぜず」即ち「あなたを卑しい者、悪い者とは
思いません。あなたの中には仏様の実相が宿っていらっしゃいますから、屹度、やがて仏様におなりに
なる方であります」と云って拝んだと云うことでありますが、これが即ち悪に対して「礼拝」を与えると
云うことであります。これこそ真に相手を赦すと云うことなのであります。
感謝合掌
・
1715
:
志恩
:2012/03/20(火) 06:30:49 ID:.QY5jUA6
春らんまん 様
山梨県のご講習会の参加者数が、1,000人以下で500人くらいかも、
ということで、おどろき、もものき、さんしょのき、でした。
あり得ないほどの、参加者数の目減り。
講話に、魅力が欠ける。参加しても心の救いがない。
それで、一度は誰かに誘われて、参加費用は他人持ちで参加はしてみたものの
次回からは、自分で,3,000円のお金を払ってまで、参加しようと思わない人が
多いのではないでしょうか。
4月からは、講習会のテキストが、総裁著の「脱原発」になるわけで、脱原発の話を
3,000円払って,聞きに行こうか、と、ここをご覧の皆様、心から思われますか?
参加される方は、今までの流れで、とか、お役があるから、とか、義理で、とか。
参加後、明日からの心の活力を講話から頂く事が,出来るでしょうか。
まず、無いね。
1718
:
役行者
:2012/03/20(火) 06:55:02 ID:DNHeR0Ug
本流掲示板で、蒼穹さまが下記のように、投稿されてました。
>生命の実相を拝読せずして生長の家信徒と言うべ からず 。
以下、谷口雅春師のご文章。
それ故にわたしは、既に五十年間に亙って人間 の生命の実相が、″神″の生命であることを『生命の實相』に於いて説きつづけて来たのである。
かくて私の著書『生命の實相』を読むことに よって、自己が決して「罪の子」ではなく 罪悪深重の凡夫」でもなく、神の生命こそ 自己に宿って、自己の生命となっており、自己 というものが個性的に顕現した普遍的存在であ るという神の真義を知り、自己の生命の尊厳と 本来の円満完全さとを自覚すると共に、今まで、自己の罪悪意識に由るところの″自己処罰″による色々の病気や、不幸や、遭難や、貧乏を克服して、真の自由人となり、自己の生命を本当 に尊重することによって、自己の人生を快適にして、裕かなる楽園たらしめ得ると同時に、周囲の 人々をも救い得た幾多の人々の体験があらわれて来たのである。
生長の家の信者という人たち は、そのような人達の集まりである。
立教50年記念出版 谷口雅春著 『神の真義とその理解』はしがき より<
そのとおりと存じます。
生長の家の信徒はみな、雅春先生著、『生命の実相』に救われているのです。
この生命救済への恩義は、第一義的に守らなければならないものでしょう。
合 掌
1719
:
役行者
:2012/03/20(火) 08:06:11 ID:DNHeR0Ug
復興Gさま
特に、下記投稿に目がとまりました。ホント、いつも素晴らしいご文章を提供くださり、感謝です。
>理念の継承実現にまします事、従って天皇を中心と仰ぐ日本国家の発展は、天皇の人民支配の手段としての国家の発展と云うが如き専制的な性格 のものでは微塵もなく、宇宙真理、即ち神意の地上顕現の至純至高の形体としての日本国家の発展である事。
これが日本神話の理念であり、日本民族の理想で あり、日本建国の精神である。
この真理現成の大まつりごとに、神の子として命(みこと)として自己の責任としてまつろい奉る事が実相の成就である事を明らかにすべきである。
単に自分の祖国たるのみの理由にて日本を愛するのではなく、東洋と西洋との中間に位して、一切を生かす大乗の真理国家たる事が日本の理念であるからこそ、この国の国体を鑽仰してやまず、この国の神の子国民として生を享けしめられた所以の深さに感泣し、わが一身も、わが家庭も、わが生活もすべて、この理念現成に捧げられてはじめて、存在の意義を持ち得るものなることを、各自互に明確に自覚し合い、その行動の根拠となし合うべきである<
さらに、絞り込むと、
>単に自分の祖国たるのみの理由にて日本を愛するのではなく、東洋と西洋との中間に位して、一切を生かす大乗の真理国家たる事が日本の理念であるからこそ、この国の国体を鑽仰してやまず、この国の神の子国民として生を享けしめられた所以の深さに感泣し、わが一身も、わが家庭も、わが生活もすべて、この理念現成に捧げられてはじめて、存在の意義を持ち得るものなることを、各自互に明確に自覚し合い、その行動の根拠となし合うべきである<
です。
我が身国実相顕現、それぞれの家族国・実相顕現、日本国実相顕現、そして人類・世界国実相顕現でしょう。すべてはあい繋がっているものと思いました。
感謝合掌 再拝
1720
:
復興G
:2012/03/20(火) 09:15:59 ID:ojEbkDH2
>>1713
:
ももんが様。
合掌 ありがとうございます。
早速にレスを頂きまして、ありがとうございます。
ご質問にお答え申し上げます。
>、私は、カバー神殿の礼拝を直に、見た事が、ありますが、復興G様は、ありますか? あれは、しては行けない行為でしょか?
、私は、カイラス山の巡礼を見た事がありますが? カイラス山の巡礼は、しては行けないと、思いますか?
、私は、ガンジス河の沐浴に立ち合った事が、ありますが? あの様な、行為は、不定されますか?
、私は、ニコライ堂の礼拝風景を見た事がありますが?
正教徒の礼拝は、やはり、行けない行為でしょか?
、聞いたはなしで、恐縮ですが、モンゴルでは、チンギスハンは神ですが? チンギスハンに、帰一する、モンゴルの人はダメですか?
、チベットでは、ダライラマは、観音様の化身で、活仏です。帰一しては、いけないのでしょか?<
私は、寡聞にして「カバー神殿」というのは聞いたことがなかったので、「何だろう?」と思い、検索してみましたらこれはイスラム教メッカの「カーバ神殿」の誤りのようですね。
カイラス山はチベット仏教信仰の山で、登頂許可はおりないとか。
ガンジス川はヒンズー教徒にとって聖なる川、神そのものとされる。
ニコライ堂は日本正教会の大聖堂。
チンギスハンは、昔は元寇で日本をおびやかした残虐な悪者というイメージで習いましたが、すごい魅力的な英雄的人物で、最近は日本でも小説に書かれたりして結構崇拝者がいるようですね。モンゴルでは神のように崇められるというのはうなずけます。
ダライラマは、日本にもよく来られますし、映画やテレビではよく観ます。村上和雄さんはダライラマと何度も対談されており、友人のようですね。伊勢神宮にも正式参拝され、感動されたとか。すばらしい方です。
まことに、世界には、多種多様な信仰や礼拝の対象、形式があります。それらは皆、それぞれ意味のあることで、当然、私は否定なんかいたしません。「『生長の家』家族の祈願及び修養」の(二)に「吾らは凡ゆる宗教が大生命より発せる救いの放射光線なることを信じ、他宗をそしらず、他人の尊敬の対象たるものに敬礼せんことを期す」とありますから、生長の家信徒にとってそれは当然のことでしょう。凡ゆる宗教は一つの「中(みなか)」なる宇宙大生命より発していろいろに彩色された真理の光であり、「不二の真理の山頂」に至る登山道とも言えるのでしょう。
また、世界には今195もの国があり、それぞれの国に元首が存在します。日本の天皇がその中で一番えらいのだ、日本が一番すぐれた国なのだ、他の国々は日本に併合されるべきだ――というようなことでないのも、もちろんです。
しかし、世界に中心がたくさんあって、バラバラのままなのが理想のすがたではないでしょう。生命体には必ず「一つ」の中心がある。神の国には、「一つ」の中心があって、すべてのものは各々個性を発揮しながらその中心に帰一し感謝して生き生き、伸び伸びと生かされ、限りなく生長して行くのが「神の国」ではないでしょうか。
そういう「大和」の相を、歴史的にも最もよく現し展開してきたのが日本である。だから日本の使命は、神武天皇建国の理想、宣言にあるように、「大和国(ヤマトのくに)を基礎国家として、『六合を兼ねて都をひらき、八紘を掩いて宇(いえ)と為し』世界の国々をこわすことなく一つの家族的つながりの国とする」ことだと、谷口雅春先生は神示を受け、お説きくださっているのだと思います。
すべては「一つ」から出た。だから「一つ」に帰る。どこに帰るか。家に帰る。生長の家に帰る。生命の実相に帰る。そこは、「中(みなか)」の家であり、スメラミコト(すべてを知ろしめし命(みこと)として拝み給い、処を得せしめ生かしたまう神なる御存在)の家である――それが生長の家なのではないでしょうか。
それが、生長の家の教えの、時代が変わっても変わることのない中心、中核である、と私は信じているのでございます。
1721
:
ももんが
:2012/03/20(火) 11:16:50 ID:XXCuaQns
神の子皆様、おはようございます。本日も、素晴らしい、朝がやって参りましたそして、本日は、お彼岸ですので、御先祖様へ感謝の心を込めて。さあ、元気に、明るく、楽しく、感謝して、素晴らしい日にしていきましょう。合掌、拝。
〜四国巡礼紀行より〜
一つ一つの寺を拝んで歩く。
どこまでも続く道を拝んで歩いていく。
遍路とは、礼拝し、感謝し続ける旅である。
神仏に限りがないよいに、感謝の思いに限りない。
神仏の恵みは、天地四辺に満ちている。
道の上の大空に、その彼方の宇宙に、そして我々の心いっぱいに広がって、道行く人を優しく見守ってくれる。
〜いのちの環・No.25より〜
毎月、“四国巡礼”を楽しく、拝読してます。
私、熊野や、那智大社、高野山、出雲大社、伊勢神宮、と、行きましたが、高野山から、那智、熊野は、やはり、世界遺産になるあり、素晴らしいですね。
地球の全て、宇宙の全てを、この肌に感じることは、素晴らしい、行為だと、おもいました。
それでは、皆様、本日は、お彼岸ですから、御先祖様、お父さん、お母さんに、家族に感謝の日を、素晴らしいく、お過ごしください。ありがとうございます。感謝、合掌、拝。
1722
:
元職員
:2012/03/20(火) 11:44:42 ID:???
復興Gさまのご発表!完璧です。
さすがに本部講師!すばらしい。かつての「理想世界」誌を読んでいる気持ちになりました。
雅宣せんせいの・・・ご教育係りに30年前になられていれば・・・
今のような「おかしな事」にはならなかったのかもしれません。残念無念あとのマツリです。
今後ともご指導よろしくお願いいたします。
1723
:
ももんが
:2012/03/20(火) 14:13:10 ID:XXCuaQns
>>1720
復興G様
復興G様、お返事下さりましてありがとうございます。感謝、合掌、拝。
まず、
①、私は、カバー神殿の礼拝を直に、見た事が、ありますが、復興G様は、ありますか?あれは、しては行けない行為でしょか?
と?
②、私は、カイラス山の巡礼を見た事がありますが?カイラス山の巡礼は、しては行けないと、思いますか?
ですが、直とではなく、ビデオで、観ました。私としては、直に近い間隔でありましたので、その様な、表現になり、申し訳ありません。
このカイラスの巡礼も、カバア神殿の巡礼も、“天地”に礼拝している、巡礼者に、先日の、言葉が、当てはまると、私は思ってます。
それから、
③、私は、ガンジス河の沐浴に立ち合った事が、ありますが?あの様な、行為は、不定されますか?
これは、本当に、私は、現地で立ち合っいました。河岸で、病死人の腐乱に動物が群がり、また、火葬場では火葬がされていました。対岸は、日本の川と違い、見えません。遥か彼方たと言う感じんです。
河の流れは、速く、そこで、沐浴礼拝をしていました。ここでも、“天地”に対しての礼拝でした。
④、私は、ニコライ堂の礼拝風景を見た事がありますが?
正教徒の礼拝は、やはり、行けない行為でしょか?
ニコライ堂も、たしか、いつだか、忘れましたが、正月の日に、ニコライ堂の礼拝を見学した時の事です。信者の人々は、絨毯に、額を擦り付け、“大地”にひれ伏すように、礼拝して光景を目撃しました。
大地にひれ伏す姿に、”天地“最大の祈りは、世界共通だと、思いました。イスラムも、仏教も、キリスト教も、大地にひれ伏す祈りをすることを知りました。
⑤、聞いたはなしで、恐縮ですが、モンゴルでは、チンギスハンは神ですが?チンギスハンに、帰一する、モンゴルの人はダメですか?
チンギスハンは、モンゴルの人々とっては、日本の人の神武天皇に匹敵する、それ以上の存在です。
また、世界ではじめて、世界帝国と呼べるだけの、ものを作り上げた、彼を、”神“と崇めるモンゴルの人々は、自分達先祖や、天地の神に対して、チンギスハンを通して、“中心帰一”されていると思います。
⑥、チベットでは、ダライラマは、観音様の化身で、活仏です。帰一しては、いけないのでしょか?
チベットのダライ・ラマは活仏です。チベット仏教の教えでは、今のダライ・ラマも、”何回も転生“してる”仏“です。
生長の家式にお話するなら、現在のダライ・ラマの肉体も“現象の姿”であり、何回も魂を転生してるので、本当のダライ・ラマは、”現象のダライ・ラマ“の奥に何回も転生して備わった素晴らしい、活仏であり、存在です。
チベットの人々は、それを、大変、信仰されている。
我が国で、天皇様を信仰するの同じように、信仰し、“中心帰一”されている。と私は思います。
世界の人々は、宗教は、其々の地域、国、風土に、根差して、全ての人々は、”地球=大地=宇宙=天地“に、”ひれ伏し“、”感謝“し、生長の家で、言うところの、“中心帰一”されております。
地球と言う、“生命”に感謝する事は、世界共通の行為であり、命を大切する行いは、神様に感謝する事に繋がりますね。
復興G様は?
>> しかし、世界に中心がたくさんあって、バラバラのままなのが理想のすがたではないでしょう。<<
この様に、世界が観えているのですか?
私は、逆です?
世界には、この地球上には、人間や動植物と同じ、たくさんの、国や、民族が、地域ごとに、別れて、生活してます。
食べ物も、言葉も、文化も、歴史も、宗教も、色々違うから、個性があり楽しいように、思います。
復興G様が、青年でいられた時代より、世界は、狭くなったと、私は、感じてます。
中心帰一は、寧ろ、“神様の無言の智恵”により、“自然に成されて行く”様に、私は、感じてます。
いま、秋葉原や渋谷では、外人と日本語が通じるようです。私も、日本語で、外人のオバサンに駅を教えてあげました。
私は、復興G様のお話、大変素晴らしいとは、おもいました。
日本は日本人は、確か素晴らしい、国です。
しかし、他国にも、素晴らしい物や心はあり、何に中心帰一するかとは、現象の天皇様でなく、天皇様の受け継がれ、天照大御神の魂ですよね。
これを、日本人として生まれたのだから、大切にしましょうと、いうことですね。
〜つづく
1724
:
ももんが
:2012/03/20(火) 14:14:23 ID:XXCuaQns
>>1723
〜つづく<復興G様>
それは、究極は、地球や、宇宙、大生命を礼拝する、事に成るわけですものね。
真に、素晴らしい、お話、ありがとうございました。御無礼な、言葉も、たくさん、今回もありましたが、大変勉強になりました。また、よろしくお願いいたします。真、ありがとうございます。御体御大切、感謝、合掌、拝。
1725
:
ハマナス
:2012/03/20(火) 18:18:14 ID:u5mC.eb2
神の子のみなさま
こんにちは。
今日は、本部で「布教功労物故者追悼春季慰霊祭」が行われました。
総裁先生は、ハワイで長年大活躍をされ昨年亡くなられた、岩谷レスリー幸於元教化部長の
お話をされました。総裁先生が贈られた花輪への奥様からのお礼のカードを紹介され、
心に残る感謝の言葉が印象的でした。
日本だけでなく、世界の先輩の方々が、生長の家のために、尽くされてきたその思いを
きちんと、受け継いでいかなければならないと、感じました。
「創造は衝動」 (『新版 生活の智慧365章』P.100より)
宇宙大生命は“真空”と見えながらカラッポではなくして虚空を埋め、それ自身が
想念を起こすことによって万象が展開してあらわれて来るのである。「元始めにコトバ
あり、コトバは神と偕にあり、コトバは神なりき。よろずの物これによりて成り、成り
たるものこれによりて成らざるもの無し」とヨハネ伝に録(しる)されているのは、
このような意味なのである。
“真空”の中にこのような創造力があるのである。“真空妙有”(しんくうみょうう)が
即ち“創造の霊”であるのである。既に“真空”の中に伏在せる“妙有”が内部から
押し出して来るはたらきが“創造の衝動”としてあらわれて来るのである。“宇宙の霊”
の中にこの衝動があり、それが“真空”と見える実質を、みずからの“内部の智慧”に
よって、形ある相(すがた)に設計し、その“内部の力”によって、その形を維持して
いるのである。その“内部の智慧”を混乱に導かず、その“内部の力”を流動しやすい
ように維持するとき、その形は崩れない、即ち、肉体に於いては健康を保ち得るという
ことになるのである。
感謝合掌
1726
:
復興G
:2012/03/20(火) 21:11:30 ID:ojEbkDH2
合掌 ありがとうございます。
今日は春のお彼岸で、午前中は地元相愛会の誌友会に出席し、午後は天台宗の菩提寺での彼岸供養会に参加してきました。寺ではご住職だけでなく集まった檀家のわれわれも一緒に「般若心経」を読誦し、法話やお寺にまつわる歴史の話を拝聴しました。集まった檀家の人たちの中で、お経の意味が理解できる人は少ないと思うのですが、私は幸いにも谷口雅春先生にお教えを頂いたおかげで、お経の意味がだいたいわかり有意義な供養の半日を持てたことは、本当にありがたいことだと思いました。
さて――
>>1723
ももんが様。
再びご丁寧なレスをいただき、まことにありがとうございました。世界各地の各種民族、宗派の礼拝行事のことなどお教え頂き、感銘深く拝読しました。しかし、まだ完全に納得はできておりません。またじっくりご教示を咀嚼し愚考を熟成醸成させまして、思いを投稿させて頂くかも知れません。ご無礼の段はお許しください。よろしくお願い申し上げます。頓首合掌礼拝
>>1705
:神の子さん様
>>1709
:志恩様
>>1719
:役行者様
>>1722
:元職員様
過分な身に余る讃辞、励ましのお言葉を頂戴し、ありがたく深く感謝申し上げます。頓首合掌礼拝
1727
:
ももんが
:2012/03/20(火) 21:20:19 ID:XXCuaQns
>>1609
あさひ様
あさひ様、先日過分な、御言葉、いただきまして、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。
私には、過ぎたる、御言葉と思いますが、思うところを直に、書かせて、いただきます。
まず、
①、>付和雷同の方々が多いとしても、何が原因でそのような萌芽がでてきたのでしょうか?<
との事で、ございますが?
カトリックの神父であります。門脇神父様は、禅の見性と、カトリックの霊性を、同じ物と、自らの体験から、同じ物だと、捉えいられるようです。
私も、『自己内在の生命の実相』の自覚と、見性とは、私の体験から、同じと
思います。
イグナチオの体験の中に、真の神を体験する、言わば、門脇神父の言われる、“霊性”の体験が出ていました。
『生命の実相』にも、雅春先生以外の方の、神想観体験があったと、記憶してます。申し訳ありません、曖昧でありまして。
要は、『自己の内のなる実相』を自覚できるようになることでは、無いか、『神の子人間』を自覚できるようになることでは、ないかと、生意気な言葉に成りますが、そう思うしだいです。
真に『生命の実相』を自覚できるようになるには、時間が、かかるのだと、思います。
神性は、全ての人々に、備わっていると思います。
自覚できるなら、聖典の言葉を我が言葉にする事ができるように、なると思います。
“神を我が物にする事。”
ある、聖典に、出ていました。
私も、そう思うしだいです。
未熟な、私が、生意気な事、言いまして、申し訳ありません。
私も日々、努力して、一層素晴らしいくなりたいと、思います。
あさひ様、お返事、遅くなりましたこと、御詫びします。あさひ様、御体大切して、ください、おやすみなさい。感謝、合掌、拝。
1728
:
春らんまん
:2012/03/20(火) 22:05:03 ID:dq2HsAl2
皆さま、こんばんは。
訊けさんをパトットで殴り倒し、機能は回し蹴りを食らわしたら、ようやく本音を戴いたようで、これに関しては感謝いたしております。
トキ様、当たり前のことを買い下さって、ありがとうございます。
当方が考えていたのはもっとブっ飛びの非常識式行動です。
ですので、教団の危機に際して、今更悠長なことは言ってられないのですか?
という意味合いで申し上げています。
等の本人様は、おちょくられている感覚のようですが、
私は以前から"現総裁が神の子として新生し、これを願わずにはいられないし、
その為に今の位置にある方だから、拝まずにはいられない"と書いています。
"ニセモノとは和解しない"は当たり前ですから、この方たちが"和解だ、大調和だ"と
言うべき相手は現総裁と現教団側であるにも関わらず、
聖典を護った方たちを小馬鹿にするような見識なので、しこたまキレたのです。
私は、一貫して、"新生・神の子としての現総裁としてしか、和解はあり得ない"と書いていますし、
"なんでも和解しろ"他の論調に乗ったことは御座いません
(勝手にチェストを戴いたことは御座いますが)
そして、既に貴康先生他の御尽力で和解に向けては水面下で進んているように感じられますので、
この案はボツになって、それで結構だったということでございます。
私は、現総裁にも、神の子の新生をしていただいて、本当に幸福になっていただきたい、
それと同じに、
あらゆる本流掲示板から"何もわかっていない"烙印を押されている彼に対しても、
一度、本当に練成を
受けて、目を開いていただければ、と思った次第です。
これは、いつの日にか実現するでしょうから、もうここでは述べません。
お騒がせして、大変申し訳ありませんでした。
陳謝再拝
1729
:
うのはな
:2012/03/20(火) 22:36:59 ID:El6gIMAw
春らんまん様の真摯なカキコミのあとで、私が出て来るのは場を穢すようで
恐縮ですが、雑言を書かせてもらいます。
私にはあなたの言われている内容が底に流れる怒りの感情がわかるような気がします。
総裁宇治への意見は、大論争掲示板というところでもいくつか読みました。
何人もの人たちが春らんまんさんのような意見を持っておられたけど、総裁が変わることは
なかったようです。
でも現総裁のことならともかく、訊け氏のような人に練成なんてすすめても無駄だと思います。
この人は自分が何もしなくても信徒として当然の疑問だ、意見だといっては、言葉を駆使していたいだけの
人だと思います。
他の男性信者から、もう質問しないでください、自分で調べてくださいといわれていましたが、本流サイトでも
一時訊け氏のことを庇うような意見をかいたことがあったが、それは間違っていたなんていわれています。
そしてトキさまになんたることかと本流投稿者に議論体勢になり、バカにしたようなこといい、
浄心行だ、謹慎だといっては3日もしないで出て来るような人です。
今日も彼がどうしてハンドルを無免許としているのか本流をよく読めば書いてあるのに、
どうして無免許なんてするのと女言葉でからかっています。見ていて恥ずかしいです。
総裁でもどてかぼちゃでも、聖地宇治とは波長が合わないから行かない、と考えると納得できます。
1730
:
あさひ
:2012/03/21(水) 01:54:58 ID:/3nxKE2Q
ももんが様
お返事有難うございます。
>、『自己内在の生命の実相』の自覚と、見性とは、私の体験から、同じと
思います。
>真に『生命の実相』を自覚できるようになるには、時間が、かかるのだと、思います。
ということは、『生命の実相』を自覚できるための時間の経過中ということでしょうか?
>(『生命の実相』)を自覚できるなら、聖典の言葉を我が言葉にする事ができるように、なると思います。
というのは私もそう思います。
ただ、それがどれほど難しいことか。だからこそ、聖典から学ぶことが必要なのかなと感じていますが。
だからこそ、門脇神父様のような指導者が重要なのでしょうか。
有難うございました。日々学びたいと思います。 合掌
1731
:
あさひ
:2012/03/21(水) 02:09:23 ID:/3nxKE2Q
ももんが様
ももんが様のような宗教的教養の広い方はともかく、ふつうの人間が『生命の実相』を自覚できるためにはどんな手立てを提案されますか?お尋ねいたします。
カルトでないかぎり、万教帰一ですが、何教から入っても到達点は同じでしょうが、禅、カトリック、その他、ももんが様はどの門を推薦されますか?お尋ねいたします。
合掌
1732
:
「訊け」管理人
:2012/03/21(水) 08:20:45 ID:???
>春らんまん様
>うのはなさま
おはようございます。(実相は)淑女のおふたりへ返信です。なお、片方
の方には霊能者が付いておられます。が、けっしてこのユニットは、お笑い系
ではありません。その点を観客の皆さまに強調しながら、本文へ入りましょう。
で、返信ですがどんなヴァージョンで参りましょう。お二方がお選びください
ませ。この訊けに於いて以下、どの返信スタイルを希望されるのか「選択」し
て下さいますと幸いであります。宜しくお願い致します。
1)真顔ヴァージョン(聖典を基にガンガン系)
2)お笑いヴァージョン(・・・出たトコ勝負系)
3)オカマヴァージョン(「怖いわよ」系)
4)お願いだから、もう返信しないで
1733
:
役行者
:2012/03/21(水) 08:23:05 ID:DNHeR0Ug
春さま
>私は、現総裁にも、神の子の新生をしていただい て、本当に幸福になっていただきたい。
それと同じに あらゆる本流掲示板から"何もわかっていない"烙印 を押されている彼に対しても 一度、本当に練成を 受けて、目を開いていただければ、と思った次第で す。
これは、いつの日にか実現するでしょうから、もう ここでは述べません<
いろいろと、生長の家の未来を心配していただき、しかも便宜を図って下さり、心より、御礼申し上げます。
訊けさあがちょっと(^^ゞ機転が利かなかったようで、いろいろと、ご迷惑をおかけしたことに対して、心からお詫び申し上げます。
最後は、オチでシメていいものか、春さまの器の広さに甘えて、恋生にいきましょう・・・
失礼しました(__)どうか、アタタカイ目で見守ってあげて下さい。
感謝 再拝
1734
:
「訊け」管理人
:2012/03/21(水) 08:46:55 ID:???
>役行者さん・・・
<補足>
特に、春らんまん様
なお1)を選択されるならば事前に、『生命の實相』14巻を予習なさって
おかれてください。「和解の倫理」という章がございます。この章だけを事前
ご拝読たまわりましたらば、愚生主張も容易に了解可能になろうかと思います。
なぜ事前の予習を希望するかと申しますと、以下箇所に重大な解釈ミスを
認めるからであります。そして以下は同書同章に関連する概念であるからな
のでありますが、貴女さまご発言の以下、
>"ニセモノとは和解しない"は当たり前ですから、この方たちが"和解だ、大調和だ"と
>言うべき相手は現総裁と現教団側であるにも関わらず、
>聖典を護った方たちを小馬鹿にするような見識なので、しこたまキレたのです。
ここは『生命の實相』14巻です。そしてその解釈は「間違い」であります。
ニセモノと和解しない、とは上記のような意味ではありません。少なくとも
『生命の實相』14巻ではそう語られておりません。
貴女さまはあたかも、この「ニセモノ」を相手方の、と解釈されておられま
す。つまり、「相手方がニセモノならば和解不要」かのように解釈されている
フシがある、少なくとも現時点、そう感じます。もしもそうならば、これは間
違いであります。
雅春先生の申される「ニセモノ」とは、自分側の目です。五官に瞞着され、相手
方に「悪を見てしまう迷い」・・・・これを指して「ニセモノ」と表されておら
れるわけです。よく「サタンよ去れ」と云われますが、その去らせるサタンと
は相手方の悪なのではなく、こちら側の「迷い」なのです。
・・・・とまあ、こんな話になるのが1)ヴァージョンです。個人的には、
こちらスタイルでのやり取りを、期待する次第です。いかがでしょうか?
1735
:
うのはな
:2012/03/21(水) 09:53:05 ID:El6gIMAw
訊け管理人さんは訊け様は生命の實相を読んでいるのにトラブルが多いですねえといっていた
校長や、訊け君がケンカ腰になると余計にややこしくなるとかそういう意味のことを
いわれていた教頭先生などと遊んでたらいいのではないでしょうか。
きのう、うのらんまんだとかバカげたはなしを読んで気分が悪くなりました。
和解の論理などの講義でも部外者で何の実績もない人から講義を受けなくても、
復興G様でも江戸の爺様でも、内部のものからでも、訊け氏から聞かされなくても
間に合う信者は多いと思いますが、また「ぼくの発表会」をやりたいみたいですね。
上で、この中からお選びくださいと書いてますが、あなたとは会話がつながらない、
意思の疎通がうまくいかないので、私はどの項目もお断りします。
春らんまん様はどう思われるか知りませんが、どこが現場か特定できるような話をベラベラ調子に乗って
喋ったあげく、彼女たち粛清されませんよね?なんていってる人に関わると何かと面倒だから、
春様もご注意を、、、と思います。
1736
:
うのはな
:2012/03/21(水) 10:21:40 ID:El6gIMAw
最近思った雅宣先生の良いところ
やくざまがいの部外者に比べて紳士的である。
末端の女信者から好き勝手に水鉄砲を打たれたりしてるが、質疑応答コーナーでは
「この答えはこうです」と日時計主義の笑顔で応対する
75歳の白鳩シスターズを目前にしても、リンリンリンの終了ベルを鳴らさず、
規定の講話や行事をこなす
1737
:
「訊け」管理人
:2012/03/21(水) 10:26:14 ID:???
はい、ありがとうございました。
1738
:
バカ仲間
:2012/03/21(水) 10:33:58 ID:EKjA/Kqs
訊け、
メガミノ部屋でうの婆呼びつけて、上から目線でガンガンやって
こっちでうのはなにマトワリついてるんじゃぁ ない!
オマエが本当に悪い! 面白くない! 信用できない。気味悪い。
2ちゃんで仕事せーーー。
1739
:
うのはな
:2012/03/21(水) 10:46:36 ID:El6gIMAw
魂の向上
「人間は神の子である」ということを教えられても、それが唯単なる観念上の把握にとどまっていては、
「神の子・人間」の実相が現実に現われて来ないものである。
宗教は単なる哲学でも思想でもイデオロギーでもなく、それは、“実践”される生活でなければならない。
しかもその実践は、訓練を必要とするのである。
そしてその訓練を教えるのが練成会である。
『いのちを引き出す練成会』 谷口清超 先生著
1740
:
役行者
:2012/03/21(水) 11:13:14 ID:47YA/eY6
ということで、
訊けさあ
そして、
春様
気持ちはよ〜く、分かる_(._.)_
だけれどもね、私はね、
2)お笑いヴァージョン(・・・出たトコ勝負系)
あんど、
3)オカマヴァージョン(「怖いわよ」系)
で行きたいのよ。
どうか、便宜をはかっていただいて、
恋生にいこう! しつこい(;¬_¬)
1741
:
トキ
:2012/03/21(水) 11:26:59 ID:K6kpy1HM
>>1738
ご投稿ありがとうございます。
ただ、そういう言い方は良くないと思います。
1742
:
初子キャディラック
:2012/03/21(水) 12:46:25 ID:ixiWFYoQ
とりあえず、おかまバージョンで行くしかなさそうね。
どうせどっちつかずのこの人生。男でも女でも、たいした
ちがいはなさそうだもの。
ニセモノはわが内にあり。これが生長の家の教えであるなら
あたしは認めるわ。たしかにそうだもの。
「サタンよ、去れ!」。サタンは、たしかに内なるサタンであったようね。
他者に悪を認めようとするなら、それは内なる悪を投影することでしか
見いだせない。これが真実。外にある悪をじかに見ることなど、人間に
できるはずがないもの。
悪は見るものではなく観ずるものなのではないかしら。
悪と戦うのは大いにけっこうなことだけど、その悪は誰のものか
ということを、まずは確かめてみる必要がありそうね。外に悪がある
とするなら、それと同じものが自分のなかにもかならずあるってこと。
万人がそれを悪と認めるのならともかく、善と見る人がいると
するなら、あるいは悪とは見ない人がいるとするなら、なぜ自分は
それを悪と見るのか、それを自問自答したほうがよいのかもしれない。
自分のなかの何がそうさせるのか。それを明らかにすることが、
まずは先決のような気がする。
ちなみに、「総裁は真理を知らない」といってる人がいるけど、
それならその人はどんな真理を知っているのか、いちど聞かせて
もらいたいものだわ。突っ込みどころが満載だと楽しいわね。
1743
:
さくら
:2012/03/21(水) 12:56:20 ID:XGQFOxIo
初子さん、お久しぶりね、覚えてる?さくらよ。
初子さん、余計なお世話だけど、あまり、女が口だしすることじゃないわよ、
…わたし心配だわ。
ね、それより、女子板で、お茶しない?
1744
:
初子キャディラック
:2012/03/21(水) 13:28:12 ID:ixiWFYoQ
さくらちゃんね、おぼえてるわよ。なんか久しぶりだわ。
たしかに、ここはヤバそうだから、あとは「訊け&役行者」様の
ゴールデンコンビにまかせて、女子板でお茶でもしましょうか。
おとなしくしてなきゃね。
でも「訊け子」が割り込んできたらどうするの?女子板もヤバく
なりそうよ。
1745
:
訊子ハラスメント
:2012/03/21(水) 14:27:38 ID:???
聞こえているわよ、初子。
でも今はムリ。今、ユダヤの手下の手下、の、その部下(関西出身)こいつとケンケンガ
クガクの交渉中なのよ。もう延長戦でヤになっちゃうわ・・・・
てかあたし、関西弁が超ニガテなのよねええ。「ケンカ売っちょうとか、おはん!?」
てな感じになりがち。でもあたしはぜんぜん悪くない。悪くないから謝らない。
1746
:
うのはな
:2012/03/21(水) 14:54:51 ID:El6gIMAw
訊け管理人さんへ、こないだの宇治はツマラナイとわたしが妄想を流したとか、
そんなことでまた口論になりましたが、それについて、思い出したことがあるので書きます。
あなたは、私の文言をまねて、商工会議所にイタ電があったら、と私にいやみのようなことをいい、
何げなくでもこんなことをいわれたらいやでしょう?といってましたが、
その商工関連のことでも、コドモを脅迫されて、でも、本流全部バカだといった?
でも、わたしは、きちんとそのときに補足など説明しています。
これ以上なんだかんだと不満があるなら、出るところに出るから警察にでも
訴えたらいいと書きました。
あなたのように、同じ一語一句を取り上げて、しつこくいいません。
だから、わたしに、其の例をとりあげて、あなたもいやでしょう・
自分が嫌な事は他人にもしないとか子供でも知っています、というのはたとえがちがうと
思います。
1747
:
志恩
:2012/03/21(水) 15:00:05 ID:.QY5jUA6
ここの要塞の主(ぬし)
巨像の王様、おかえりなさいませ。
私は、蟻の志恩です。
王様、ご寵愛のさくらさまが、目出たく、ここの要塞に戻られましたから、
きっと、王様の初子デラックス様も,早々に、お帰りくださると、お待ち申し上げておりました。
あたり〜〜ぃでしたわ。
でも、私は、以前のように、貴方様とは、もう、戦いたくありません。
さくら様も、王様の味方。貴方に加勢されてます.それに、,貴方の味方がほとんどの巨像の要塞です。
ゾウ×アリの勝敗は、まともに戦いましたら、誰がみたって、ゾウの勝ちに,決まっていますもの。
どうぞ、ごゆっくり。
1748
:
うのはな
:2012/03/21(水) 15:26:03 ID:El6gIMAw
訊け管理人さんへ
また補足があるので、何回も出させてもらいます。
わたしがこないだ、もう私に和解だとかいわないでもらいたいという意味のことを書いたのは、
あなたとは匿名掲示板ではおたがいよくありがちなことでも、こんな妄想を書かれてとか、本流全部をバカだといった
デマを流されてと、問題になり、それについてこちらが説明してもそれで終わらず、
全然わかりませんなど、人の感情を害することをいったり、話の疎通がうまくいかず、
怒る気がなくても口論のようなかんじになって、普通以上に和解が困難だと思ったからです。
宇治ハツマラナイトカ。とかいたぐらいで、こんなにもめるような、ああだこうだといいあいに
なるなんてこと今迄の経験からは考えられません。
他の掲示板からあらしはされ!といわれたり、裁判にかけてやりたい、はやく訴えろといわれている
人だから、こうなるのだと思っています。
それは口では「和解和解」と叫びながら刀でも振り回しているようなので、
わたしに今後「生長の家では和解しかない」などいわないでほしいと思ったからです。
1749
:
訊子ハラスメント
:2012/03/21(水) 15:31:09 ID:???
BGM
http://www.youtube.com/watch?v=2bNsI9eXpAc&feature=related
まだユダヤの手下の手下、その部下(関西人)と交渉中よ。って、
ユダヤって「銀行」のことだけど・・・・って思ってたら、なによ、あんた(うのはな)!
>あなたのように、同じ一語一句を取り上げて、しつこくいいません。
ふっ(笑)、おもしろい オ ン ナ (笑)
>あなたのように、同じ一語一句を取り上げて、しつこくいいません。
脳内では、そう編集したのね。オンナの武器よ。使いなさいな。擦り切れる
くらいに、その武器。
>あなたのように、同じ一語一句を取り上げて、しつこくいいません。
証拠掲載は免除してあげるわよ。ところでご存知?オカマには二種類い
るの。証拠を挙げるオカマとそうじゃないオカマ。私が後者で命拾いね、フ
フフ。
>あなたのように、同じ一語一句を取り上げて、しつこくいいません。
ブーン
/⌒ヽ /⌒ヽ
⊂二二二( ^ω^)二⊃⊂ニ二二( ´ω`)二二⊃
| / | / ブ…ブーン
( ヽノ ( ヽノ
ノ>ノ ノ>ノ
三 レレ 三 レレ
お花畑で遊んでなさい。
1750
:
志恩
:2012/03/21(水) 15:50:46 ID:.QY5jUA6
巨像の王様の初子デラックス様は、おっしゃったのです。
蟻に対して。(下記、貼付けの通りです)
「ちなみに、「総裁は真理を知らない」といってる人がいるけれど、
それならその人はどんな真理を知っているのか、いちど聞かせて
もらいたいものだわ。突っ込みどころが満載だ。。。。」
此れは,蟻への宣戦布告に,私は、聞こえました。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1311411528/1742
1751
:
うのはな
:2012/03/21(水) 15:55:18 ID:El6gIMAw
あなたのようにしつこくいいませんとかくと、絶対上のようなことをいってくると
おもっていました。あなた部室版でバカだといった?一語一句をとりあげてあれだけ
口論になって、謝罪したのに、また宇治ハツマラいイといったとか取り上げて、
いいあいになった。そのことをや、何ヶ月も前の事例をとりあげて、
解決したことでも、例にあげてくる、そんなことをしないといってるんです。
あなたはなんのために謝ったり、和解を口にしてるんですか・
証拠がありますとか、それはどこにかいてあるんだ?とか、昔からあなたとやりとりすると、
こっちが犯人容疑者かなにかで尋問でもされているようです。
わたしに不満やうちたいことがあるなら、なぜ、謝罪したんですか・
とにかく、あなたのような人と和解できないということです。
1752
:
うのはな
:2012/03/21(水) 15:58:05 ID:El6gIMAw
それに一度否定してるのに、否定していないからだといって、
『光明思想を掲げながら人を排除する精力』の話や操作人などの話を何回も
持ち出されています。
トキ管理人が部室版ができたら落ち着きと思います。といっていた部室版でのことなので、
今後似たようなことがあるならトキかんりにんにも責任を感じてもらいたいと思います。
1753
:
誤字訂正
:2012/03/21(水) 15:59:55 ID:El6gIMAw
精力× 勢力○
1754
:
誤字訂正
:2012/03/21(水) 16:05:09 ID:El6gIMAw
それに、ふっおもしろい女だとか、他の投稿者にも、どことなく
人をバカにしたような、からかっているような文言をいつもするのなら、
これから「和解」なんて掲げないほうがいいと思います。
こないだも誰かからバカにしているような言辞だと注意されて、そのときは
謹慎しますといってたようですが。本当に行をされたのでしょうか。
以前ある男性信徒も注意したけど変わってないから仕方がないというようなことを
本流サイトに書かれていました。
愛国本流の管理人さんんも、これでは私が嘘をいったことになる、訴えろだとか、
訊けさんとのやり取りの中でボルテージが上がってしまったようです。
1755
:
うのはな
:2012/03/21(水) 16:07:04 ID:El6gIMAw
誤字訂正=うのはな
1756
:
「訊け」管理人
:2012/03/21(水) 16:12:17 ID:???
<信仰体験談>
本日は重要な話があったのです。結論から申せば「◎」でありました。明日
以降も継続される話ではありますが、まず初戦を制しました。
非常に難しい交渉だったのです。「人間知恵だけでは難しい」、まあそんな
意味になるのですけれども、今回の銀行交渉・・・マジでZ旗が揚がっていた
今日の日でありました。詳しく話せないとは申せ、現在の基準(竹中平蔵策定
)に照らすと「要注意先」に区分される、そんな危機だった弊社であります。
が、な ん と か 回 避 し ま し た 。(無論、合法で)
先日来、白鳩お姉さん達が、それこそ皆さんで祈ってくださっておられたの
です。私のため〝だけ〟に、そして本日のため〝だけ〟に。もう本当に感謝申
し上げたいところです。生長の家は素晴らしいですね。そしてそんな方々のお
られる組織ですが、大切にして頂きたいと思います。人間知恵で「ムリだ」と
思おうとも、それら全てはこれ・・・・・神の栄光の、現われんがため。
1757
:
うのはな
:2012/03/21(水) 16:27:14 ID:El6gIMAw
訊けさん、なにがこちらでどうぞ〜なんですか。
いつでも最後の方になると話をそらすようですね。
わたしの話はとりあえずは、上で終ってますから、こちらでどうぞとか、
こっちにきてくださいでも、仕切ってこなくていいですよ。
1758
:
うのはな
:2012/03/21(水) 16:31:11 ID:El6gIMAw
ああそれと、本流掲示板で、訊け氏のことを本当に経営なさってるのか不可解に思うとか、
わたしならこういう人との取引は体よくお断りするとかいう投稿がありました。
それと、愛国本流でも銀行融資を断られるだとか、訊け氏にたいして苦言している記事がありました。
おかしなおんなのコピペをするときに、そっちのほうも貼ったらいいのではないと思います。
1759
:
脱字1758
:2012/03/21(水) 16:36:53 ID:El6gIMAw
いいのではないかと思います。
1760
:
初子キャディラック
:2012/03/21(水) 17:23:52 ID:ixiWFYoQ
志恩様
総裁は真理を知らない。これはたしかな事実であります。
あたしが問題にしているのは、「総裁は真理を知らない」といっている人は
真理を知っているのか、ということであります。
人間は真理を知ることができない。これがあたしの現在の立場であります。
たとえ総裁であっても、人間である以上は真理を知ることができない。
あたしはこのように考えます。「総裁は真理を知らない」とする発言に
異論はありません。
もしも「真理を知っている」という人があれば、
「真理を知るとはどういうことか」と、このことを訊ねてみたいのであります。
「実相」や「神の子」という言葉をみなさま方は使っておられます。あたしが
訊ねてみたいのは、みなさま方は、この言葉をおなじ意味で使っておられるの
ですか、ということです。もしも「実相」や「神の子」という言葉を、銘々が
それぞれの都合のよいように理解し、異なった意味の言葉として使って
おられるとしても、それでもそれらの言葉は真理を伝えているといえるのですか、
ということです。
「真理」という言葉を、みなさま方はどのように受け取っておられるので
ありましょう。みなさま方は、「真理」という言葉をおなじように理解し、
おなじような意味で使っておられるのでしょうか。「真理」という言葉を、
百人が百種類の異なった意味で使っておられたとしても、それでも
「真理はひとつ」といえるのでしょうか。
百人に百個の真理があるのではないでしょうか。
みなさま方は、確実にひとつのおなじ真理を理解しておられるのでありましょうか。
間違いなくおなじものを信じていると考えておられるのでありましょうか。
「真理を知る」とはどういうことなのでしょう。あたしにはわかりません。
1761
:
春らんまん
:2012/03/21(水) 19:33:16 ID:XUDqAHiY
皆さま、こんばんは。
なんだか、イキナリたくさんの人が登場して、面喰っています。
まずは、訊けさん、感情的になって個人攻撃したことについては、謝罪致します。
申し訳ありませんでした。
これについての返信は希望致しません。
うのはな様、色々とレス、ありがとうございました。
自分はうのらんまんって、結構イケてるんじゃないかと(笑)、
それなりに理解しましたので、
(うのはな様と近しくなれて、嬉しいという意味です)
そんなに激怒はしていません。
役さま、この度は、いろいろと御面倒をおかけしてしまい、本当に申し訳ございません。
オチはオカマバージョンがいいかと思います♪
もうすぐ桜が咲きますねぇ。
再拝
1762
:
復興G
:2012/03/21(水) 20:43:02 ID:ojEbkDH2
>>1742
・1760 :
初子キャディラック様。
お初にお目にかかります。復興Gと申します。よろしくお願い申し上げます。
>「総裁は真理を知らない」といっている人は真理を知っているのか、ということであります。人間は真理を知ることができない。これがあたしの現在の立場であります。たとえ総裁であっても、人間である以上は真理を知ることができない。あたしはこのように考えます。……もしも「真理を知っている」という人があれば、「真理を知るとはどういうことか」と、このことを訊ねてみたいのであります。<
――「チェストー」と言いたくなるような、深いご教示であります。初子キャディラック様は、只者ではない、哲学者、思索家でいらっしゃると感じ入りました。ありがとうございます。
では――新約聖書ヨハネ伝第8章31〜32節で、イエスは
「汝等もし常に我が言(ことば)に居らば、真(まこと)にわが弟子なり。また真理を知らん、而して真理は汝らに自由を得さすべし」
と言っています。このイエスの言葉は、どういうことなのでしょうか。考えてみました。
「人間は真理を知ることができない」と初子キャディラック様がおっしゃる、これに私は完全同意いたします。
イエスは、「汝ら、真理を知れ」とはおっしゃっていません。人間が、「真理を知る」ことなどできないことだと、イエスは知っていらっしゃったのでしょう。だから「汝等もし常に我が言(ことば)に居らば、真(まこと)にわが弟子なり。また真理を知らん」とおっしゃっているのであります。
では、「我が言(ことば)に居らば」とは、どういう意味でありましょうか。
それは、同じくヨハネ伝の第1章1〜4節に
「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神と偕にあり、言は神なりき。この言は太初に神とともに在り、萬の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。之に生命(いのち)あり、この生命は人の光なりき」
とあります、その「言(ことば)」に「居る」とはどういうことかと言えば、「太初」の、神の生命そのもの、光そのものを生きる、「吾が生くるは吾が力ならず天地を貫きて生くる祖神の権能」と、己をむなしくしてただただ感謝に生きる、ということであろうと私は思いました。ですから、「私は真理を知った。あいつはわかっとらん」などというのは大うそで、それは真理からほど遠い増上慢なのだと思いました。そうならないように自戒し、謙虚に、感謝感謝で生きたいと思います。ご教示ありがとうございました。
1763
:
ももんが
:2012/03/21(水) 22:11:13 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子皆様
トキ様、神の子皆様、こんばんは。合掌、拝。
今年の春は、乱気流の、様に、花も遅咲きで、梅と、桜が、同時に、楽しめてます。
春一番も無く、季節の神様は、如何に、お過ごしなのでありましょうか?
地球生命は、やはり、変動を起こしているでしょ。
環境は、かわれば、我らの生活も、変わるので、ありましょうか。
神様の智恵に、委せるしか、ないのでしょか?
さて、全く、話は、代わりますが、禅と武道とは、鎌倉以来、切って切れない中で、ありまして、鎌倉武士の、最大の武器は、“弓”であります。
私の大好きな、唄に、このような、唄があります。
“世の中に弓ひく弓は多けれど誠の弓は足でひく弓”
正に、見事な、唄であります。
分かる人は、分かる、わからん人は、わからん、唄と、思います。
田中忠雄先生の禅の師で、沢木老師の名友でありました。臨済宗の加藤耕山老師も
“地球の裏側に、足がとどく”と言うような、お話をされたと、聞いたことが、ありますが?
神が、有る?無い?と聞いたとて、そんな者は、南泉老師に切られた、猫と同じ。
趙州和尚に成れば、何時で、自由自在に手に入るのです。
わけのわからん、事をいいましたが、生きた事実は、ソッコン、ソッコン、です。
本日は、疲れましたので、トキ様、神の子の皆様、おやすみなさい。感謝、合掌、拝。
1764
:
初子キャディラック
:2012/03/22(木) 00:04:55 ID:ixiWFYoQ
復興G様。
返信を間違えて別の板に投稿してしまいました。部室板の#1464です。
お手数ですが、そちらをご覧いただければありがたく存じます。
生意気な書き方をいたしておりますが、真意は、「生長の家」で説かれる
真理を知るのはあきらめざるを得ない、ということであります。こちらは
こちらで、復興G様がいわれるようなかかわり方をしていければと、
このように考えております。真理の二段構え。これは虫のよすぎる考え方
なのでありましょうか。
1765
:
神の子さん
:2012/03/22(木) 01:49:56 ID:dXeBmjcg
>1760人間は真理を知ることができない。これがあたしの現在の立場であります。
ほーそうかね、人間は真理を知る事が出来ないかね?
であるならば、さっさと、呼び捨てブログを始末しなさい。
1766
:
志恩
:2012/03/22(木) 01:59:20 ID:.QY5jUA6
初子キャデラック様、
1760の返信を、間違えて、「部屋」板のほうへ書き込んでしまいました。
よろしくおねがいします。
1767
:
復興G
:2012/03/22(木) 04:05:01 ID:ojEbkDH2
>>1764
:
>>「部室」板 #1464 :
初子キャディラック様。
私の
>>1762
のコメントを、しっかり読んで下さいましてレスポンスをくださり、まことにありがとうございました。
>心をむなしくして、己を立てない生き方をすることでしか「真理の言葉」とともに居ることはできない。イエスの言葉は、このようにとらえてよろしいのでありましょうか。<
私は、そのようにとらえたのでございます。
ところで、
>「真理とは何か」という定義そのものの組み換えが必要かと、このように考える次第であります。<
ということでありますが――
「1+1=2」「2×2=4」というのは数学的真理であり、これは人間が知ることのできる真理かも知れません。それは頭脳的真理と申しましょうか。
しかし、宗教的真理ということになると、これは人間が頭で考えて知る頭脳的真理を超えているので、「人間は真理を知ることができない」ということになるのでしょうね。
だから、真理は「知る」ものではなく、「真理の言葉」とともに居る、生きること。「定義する」という場合は、頭脳的に考えて物を言いますから、頭脳的真理を超えたものを定義することはおそらく困難なことでしょう。極端に言えば、不可能なことかも知れません。
しかし、定義しなければならないとしたら、たとえば、次のようなことになるでしょうか。
<<「真理」とは、「真(まこと)」の理であり、「まこと」=「まること」「全て」であって、神である。「理」とはコトバである。故に、真理とは神のコトバである。>>
それで、神のコトバを知るには、人間知恵では知ることができない。己をむなしくしたとき、「神のコトバに生かされている」と知る。「自分」というものはなかった、といったん自分を否定し、宇宙に遍満するすべてと一体のいのちが自分であった、と置き換わってしまうのではないでしょうか。そこに、無限の霊的な喜びがわきあがる!
ありがとうございます。
1768
:
復興G
:2012/03/22(木) 06:22:23 ID:ojEbkDH2
ももんが様。
おはようございます。
今日は、いつもより早く目が覚めたので、すぐに神想観をしました。すると、谷口雅春先生著『第二青年の書』の一節が、湧き上がってきました。それは――
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
第二十章 人類光明化蓮動の選士を讃えて
人類光明化運動の選士よ、神に選ばれたる若人よ。
諸君は神武天皇建國の日本國に生れたることを誇りとし、慶びとし、この誇りと慶びとを若き人たちに分ち、子々孫々に傳えることを名誉ある使命とするのである。
諸君は、天孫、彦火瓊瓊杵尊(ひこほのににぎのみこと)の天降りましてより、神武天皇に至るまで、約そ一百七十九萬二千四百七十余年の古き傳統をもて建てられたる日本國に生れたることを誇りとし、慶びとし、この誇りと慶びとを若き人たちに分ち、子々孫々に傳えることを使命とするのである。
彦火瓊瓊杵尊の天降りを歴史的事實にあらずと疎んじてはならないのである。諸君は天照大御神の御孫の天降りとは、天球すなわち大宇宙を照らし、それを光明化する理念の天降りであることを知るのである。理念は現實に先立つ、日本の現實はいまだ理念の完全さに達せずとも、宇宙を照らす大理想をもって天降り來ったことが日本民族の使命として斯くの如き神話を創造して代々相傳承して來たことが尊いことを知るのである。
諸君は知る、天照大御神の孫の降臨とは、眞子の降臨であることを。それは神意の傳承、「まことの理念」の傳承のことである。この尊き天意の傳承の下に日本國は肇まったのである。されど、時運いまだ開けず、交通不便にして、日本民族全體が統一國家になっていなかった時代が幾世代も続いたのである。それを『日本書紀』は「是の時に世、荒きに逢い、時、草昧(くらき)にあたれり」というような言葉で表現しているのである。時期の至るまで、神武天皇にいたる多くの世代を通じて、天皇家の雌伏の時代がつづいたのである。単に雌伏していたのではないのである。「かれ蒙(くら)くして正(ただしき)を養い、此の西の偏(ほとり)を治らす。皇祖皇考(みおや)、神聖(かみひじり)にして、慶(よろこび)を積み、暉(ひかり)を重ね、多(さわ)に年所(としのついで)を歴(へ)たり」と『日本書紀』は書いている。暗黒の時代にも、常に「正(ただしき)」を養って來たのが、日本民族の祖先であり、その祖宗は、「神聖(かみひじり)である」ということを知っていたのである。即ち、日本民族は、連綿として、神の靈統をつぐところの「神の子」であるという自覚をもって正を養い、みずからの修養に盡して來たのである。諸君は、斯くの如き尊き傳承をうけつぎ來った日本民族の一員として生れ來ったことを誇りとし、慶びとし、この誇りと慶びとを、若き人たちに分ち、子々孫々に傳えることを名誉ある使命とするのである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
というご文章であります。私たちが青年時代にしばしば朗読したものであります。
私たちは谷口雅春先生から直接、
>>1699
〜1703に書きましたような真理(神のコトバ)を拝聴することができました。それ故に、只今谷口雅宣総裁がそれを直接お説きにならなくとも、生長の家の教えはこの「日本建国の理想」「日本の実相」顕現にある、それは生長の家の教えの中心部分であると信じ続けております。私たちはそれでよいとして、後継者たちにそれが伝えられ受け継がれなければ、神から与えられた使命が全うされないのではないか。それでは日本の使命が果たされず、世界に「神の国」を実現することができないのではないか。それでは生長の家出現の意義がなくなるのではないかと考えますが、いかがでしょうか。
<つづく>
1769
:
復興G
:2012/03/22(木) 06:23:15 ID:ojEbkDH2
<つづき>
ももんが様は、
>>1723
で
>世界には、この地球上には、人間や動植物と同じ、たくさんの、国や、民族が、地域ごとに、別れて、生活してます。食べ物も、言葉も、文化も、歴史も、宗教も、色々違うから、個性があり楽しいように、思います。
復興G様が、青年でいられた時代より、世界は、狭くなったと、私は、感じてます。
中心帰一は、寧ろ、“神様の無言の智恵”により、“自然に成されて行く”様に、私は、感じてます。<
とおっしゃっていますが、この世界は言葉によって創られて行く世界ですから、積極的に言葉の力を駆使するのが生長の家の生き方なのではございませんか。
たしかに、世界は私の青年時代とは急速に変わってきています。インターネットで世界の人々がつながり、瞬く間に情報が伝わります。しかし、それは必ずしも良い方向にばかりは進んでいません。むしろ破壊的な、悪い方向に向かっているかも知れません。日時計主義とは、問題から目を背けることではないでしょう。正しい光明を見て、それを広めることではないかと私は思います。もっと日本独特のすばらしい「大和の理想」に光を当て、これを伝え広めて行くべきではないかと私は考えます。
昨年3.11の東日本大震災で、それまで隠れていた日本人の素晴らしさが表に出て、世界から讃嘆されるようなこともありました。天皇陛下の素晴らしさも、改めて国民の魂に刻み込まれました。
『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』というベストセラー書を書いた竹田恒泰氏は、まだ三十代のすばらしいオピニオンリーダーです。「神武天皇が実在したことは、疑いようのない事実である」と言っておられ、31歳で山本七平賞を受賞しておられます。こうして、ももんが様のおっしゃるように、中心帰一は「“神様の無言の智恵”により、“自然に成されて行く”」のかも知れませんが、生長の家はその最先端を行く神の啓示を受けて谷口雅春先生がお伝え下さっており、それが生長の家の教えの中心でありますから、私たち信徒はそれをしっかりと受け止め、受け継ぎ、伝えて行くべきではないでしょうか。
1770
:
初子キャディラック
:2012/03/22(木) 09:51:22 ID:ixiWFYoQ
>>1765
神の子さま
わたくしは、みなさま方が「真理を知る」という言葉をどのような意味で
使っておられるのか、それがわからないと申し上げておるのであります。
神の子さまは、「真理を知る」という言葉をどのような意味で使って
おられるのでありましょう。
わたくしが使う「真理を知る」という言葉の意味は、「主観と客観の一致」と
いうことであります。「真理を知る」ということが主観と客観の一致である
かぎり、人間は真理に到達できないと、わたくしはこうした立場から発言いたして
おります。
神の子さまはどのような意味で「真理を知る」という言葉を使っておられる
のでありましょう。
1771
:
「訊け」管理人
:2012/03/22(木) 10:14:16 ID:???
ご回答があればこの呼び捨てブログ、素直に始末されましょう(笑)
<付録>
(予想される今後の展開 IN ☆☆掲示板)
うっかり訊けがクチをすべらせています。ブログを始末できるのは総裁しか
いないからです。ほお?どうした訊けクン、えらく対応が丁寧じゃないか。理由
は初子が総裁だからだよ!!!!・・・(以下妄想日記炸裂)・・・訊けくん
の不用意なエラーでありませう。「始末されましょう」といってくれた訊けくん
に弟子入りしませう。
1772
:
さくら 総裁第一秘書バージョン
:2012/03/22(木) 10:31:49 ID:qhp8lIr.
すみません、そこの部外者は、
うしろに下がって頂けますか?
初子キャデラック総裁が、お通りになりますので。
…握手したい?
またですか〜。
あ、聖典は置いてってください、
「次世代への決断」、これ持ってるなら、いいですよ。
1773
:
役行者
:2012/03/22(木) 11:07:15 ID:yV77xwkY
>>1728
春さまの仰るとおりかも知れません。
>こ の方たちが"和解だ、大調和だ"と 言うべき相手は現総裁と現教団側であるにも関わらず、 聖典を護った方たちを小馬鹿にするような見識なの で、しこたまキレたのです 。<
この掲示板で、和解を論調しておりますが、
「果たして、総裁先生のお心に響いているか?このままでは、バーチャルの世界のジャレゴトに終わってしまう。」
と、敢えて一念発起されたのが、春さんなのでしょう。
目の前に迫り来る、裁判の結果、それでいいのか?と!
大変な局面かと存じます。
合掌
1774
:
ハマナス
:2012/03/22(木) 14:13:31 ID:u5mC.eb2
神の子のみなさま
こんにちは。
地上生活学校への入学 (『新版 生活の智慧365章』P/102より)
宇宙の本源でありところの大生命を“海”と考えるならば、吾々はその海面に浮かび
上がった一つ一つの波だとも考えることができるのである。併し、波は次の瞬間には
消えてしまっているけれども、人間の生命は須臾(しゅゆ)にして消えるものではない
のである。
仏教者の或る人は、肉体を盃にたとえ、盃に海水を盛ったように肉体に大生命の一部を
汲み入れたのが人間であるが、その盃が壊れると、盃の中の海水は大海原の水と一如に
なってしまうのと同じように人間の肉体がこわれると、その人の生命は個性も何もなく
なって、“宇宙の霊”に帰一してしまうという風に説く人があるけれども、それは間違い
である。善人も悪人も、修行をした人も修行をしない人も、肉体の死後は、全然、同一の
大生命甲海に融けこんでしまうのだったら、何のために、吾々は切実に道を求め、魂の
向上を願うような衝動が内部から起こってくるのであろうか。そのような不合理のことは
ある筈はないのである。
吾々の肉体は霊魂が地上に於いて或る修行をし、或る使命を果たすための“法服”又は
“作業服”であって、肉体が人間そのものではないから、肉体が死滅しても霊魂は個性を
失ってしまうことはなく、また別の肉体を着て地上生活学校に入学してくることになる
のである。
魂は、無限向上なのですね。それぞれの人生において色々な場面に遭遇し、問題を解決して
精進して行く。かつて、ある先輩から、「何があっても大丈夫。この問題を解決したら、
どの位自分の魂が高まるか楽しみよね。嬉しい、楽しい、ありがたい!」と、言われた事を
思い出しました。
人間は神の子であり、善一元の世界を教えてくれた、「生長の家」に感謝いたします。
生きていることが、太陽を拝めることが、生長の家のお仲間がいることが・・・・
考えてみると、数えきれない程感謝することが、いっぱいあります。
今日は、すべて人、物に感謝したい心境です。
感謝合掌
1776
:
トキ
:2012/03/22(木) 19:39:06 ID:iFhznFvc
私どものところに、「どうしてもわかりませんが、どうしたらわかるでんようかとききにこら
れる方や、また、「長い間生長の家で本も沢山よみ、お詰も何べんもきいて、何もかもよくわかって
いるのですが、少しも善くならないのはなぜかとたずねに来られる方がよくあります。
こんな方に私は、「わかってどうされるのですか? 宗教学者になられるのですか? それとも評
論家になられるのですか、とおたずねします。「宗教は覚えることでも識ることでもありませんよ。
信ずることですよ。生活することですよ」と申します。宗教の根本は信であり、信とは実感であっ
て、味のようなものであります。味というものは他人の説明や話では絶対にわかるものではありませ
ん。自ら食し、自ら体験する以外に方法はありません。身体で行じ、実践する以外にありません。声
なき声をきき、姿なき姿をみるのでありますから、他人から教えられただけで体得することは出来ま
せん。お話や文章は、参考にはなりますが、直接の救いとはなりません。実理は絶対でありますか
ら、表現出来るものではないのです。表現したものはすペて方便であります。真理は表現出来ないか
ら教えることも出来ません。常局は自得する以外にありません。味を覚えるのは食べる以外に方法が
ないのと同じであります。
求道においてもっとも大切なのは、礼拝行であり、拝み切ることであります。神に見えるまで拝み
切る行であります。真剣に生命がけで拝み切ったとき、拝むこときえ出来ない自分を発見します。そ
の絶体絶命の境地の中から、神をみることが出来るのです。生長の家はただ合掌し、ただ感謝する教
えであります。拝まなければならないのではなく、拝まずにいられなくなる教えであります。それは
人間なるものの正体が明らかになり、本当の自分を発見するからであります。まことの載れを発見し
自覚するとき、拝まずにはいられなくなり、拝まずにいられなくなったとき、腹の庶から満足感が湧
き、喜びがうまれるのであります。そこが天国であり、極楽であります。救われることを願う必要さ
えなくなるのであります。
人間は本来神の子であり、神でありますから、敬う自由は与えられているのであります。悪や不完
全なものから逃れて、完全な姿にかえりたいと隈う心が起るのは、自我や欲望ではなく、内在の神性
が覿現しょうとする働きでありまして、この願いがそのまま尊いのであります。私たらは常に神想観
を怠らず、素直にその内なる騒いに耳を傾け、その声に従うことが大切であります。自我から出発し
たものは、欲望であり、要求でありますから、必ず苦痛を伴います。苦痛を伴うものは、無明であり
ますから、そのようなものは極力否定し、相手にならないように努め、常に真実の願いに向って前進
することがもっとも肝腎であります。苦痛や後悔を伴うことは、無明であうますから、断じて妥協し
てはなりません。真剣な蔽いは神意の顕現でありますから、例えどのような結果になっても後悔など
ありません。一時わるい結果があらわれたように見えても、それはより完全へと進む過程であります
から、そんなものに動揺せず、確固不動の信念をもって一途に邁進すればよろしいのであります。
「すべてを癒す道」藤原敏之著 p89
1777
:
ももんが
:2012/03/23(金) 06:59:41 ID:XXCuaQns
神の子皆様、おはようございます。今日も、素晴らしい、御天気になりました。さあ、元気に、明るく、楽しく、素晴らしい日にいたしましましょう。ありがとうございます。感謝、合掌、拝。
いや、先日より、小忙しい忙しいです。あさひ様、復興G様、お返事遅れて、申し訳ありません。復興G様へお返事は、もう少し、お待ちください。
あと、志恩様、畑仕事、がんばってください。私も、2年前枯れはてた、ボックスウッドが見事に生きを吹き返しました。生命の力を改め感じました。先日の親戚の方の日本史のお話、大変面白く読ませて頂きました。一部、私の知る説と違うところも有りましたから、改めて、御感想いたします。春の御仕事がんばってください。ありがとうございます。
『生命の実相・第六巻 』
★『なんじ、心を尽くし、精神を尽くす、思いを尽くして主なるなんじの神を愛すべし』
神の子皆様、掲示板にたくさんの“心”を表されております。
でも、神の子皆様の真の心は、渾て、“神を愛する心”から来ていると、私は、信じております。
それでは、本日も、元気に、明るく、楽しく、素晴らしい日をお過ごしください。ありがとうございます。合掌、拝。
1778
:
ももんが
:2012/03/23(金) 07:12:33 ID:XXCuaQns
あさひ様
あさひ様、先日は、また、過分な御質問、頂き、恐縮しております。真に、ありがとうございます。感謝、合掌、拝。
私の、答えが、妥当か、どうか、解りませんが、御答えさせて頂きます。
>>ももんが様のような宗教的教養の広い方はともかく、ふつうの人間が『生命の実相』を自覚できるためにはどんな手立てを提案されますか?お尋ねいたします。<<
まず、『生命の実相・第2巻』にこう出ています。
★この存在《もの》の実相《ほんとうのすがた》を知っる力は五官ではない。これは仏教でいえば『阿耨多三ミャク三菩提』すなわち『実相覚』《じっそうかく》といって一種の“霊覚”あります、しかし、”霊覚“と言っても人間の怨霊や動物の霊魂の姿を見るような、第六感ではないであります。このようにな第六感で見える世界はやはり”鏡のように澄みきった“実相の世界でなく、『実相』という鏡の上に『迷い』という息を吹きかけてできた曇りの模様のようなものを見別けるにすぎないのであるます。
で、われわれが、確実に存在《もの》そのものの実相《ほんとうのすがた》を知るには、五官を超越し、第六感さえも超越してこの『実相覚』によるほかないのであります、だからわたしはこの『実相覚』にのみ遠慮なく頼って存在《もの》の実相《ほんとうのすがた》を観ることにするのであります。〜
(104㌻〜105㌻)
★『物質』と『霊質』とは性質においても、本質においても正反対であります。どちらか一方が『実在』ならば、どちらか他方が『非実在』でなければなりません。二元論は自己撞着に陥ります。
存在《もの》の実相《じっそう》をとらえるには『実相覚』によって『一つの神』すなわち、在りとし在らゆるもを在らしめてる一つつの力、生きとし生きけるものを生かしている一つの力を認めねばなりません。『在る』ということと『生きている』ということとは『実相覚』で観れば一つのことであります。在るものはすべて生きている。存在とは生命の別名である。神とは完全の別名である。すなわち存在するものはすべて生命であり、神であり、完全であるのであります。〜(105㌻)
上記に、出てくる『実相覚』とは、正に、生長の家流の、”霊性“や”見性“に当たる、部分と、観てとれます。
要するに、“霊性”でも“見性”でも、そうなのですが、実相を、正しく、観る心を養う事が、必要だ、思うしだいです。
禅や黙想に、正師(正しい指導者)がいるように、神想観の指導も、この“御指導”いただけると、より良く成るような気がします。
私としては、この様な小生意気な事を言って申し訳ないと思います。そう、色々事情もあるし、色々な方がいますから、これが、良い方法とは、言えないと思いますよね。
>>カルトでないかぎり、万教帰一ですが、何教から入っても到達点は同じでしょうが、禅、カトリック、その他、ももんが様はどの門を推薦されますか?お尋ねいたします<<。
私も、あさひ様と、同様に思います。
食べ物や、衣服や、仕事でも、“好み”や“出会い”が有りますし、“向き”“不向き”も有りますから、宗教も、その人、その人により、形が違っても、良いと私は思います。
極端な、お話ですが、例え、“邪教”、“カルト”と現世で思われていても、その方の、“魂の向上”、“心の向上”、“人生の向上”には、必要な事であったのだから、けして、無駄では、無いのだと、私は、思うしだいであります。
禅とカトリックの交流は、可なり盛んです。神父様から、禅坊主に成る人が出たり、禅坊主から、神父になったりと。
アラブ社会でも、禅をしてる話は、聞いたことがあります。
もし、すすめるなら、やはり、禅を、特に、公案禅を薦めたいです。
あさひ様、こんな、ところで、いかがですか?たいした、お話もできませんで、すいません。今度は、あさひ様の、御言葉を、是非、お聞かせくださいませ。いつも、ありがとうございます。おやすみなさい。感謝、合掌、拝。
1779
:
復興G
:2012/03/23(金) 15:22:21 ID:ojEbkDH2
ももんが様。
>>1777
:
>復興G様へお返事は、もう少し、お待ちください。<
ありがとうございます。たのしみに、お待ちしております。
ところで、私は明日と明後日の2日間、所用で旅行に出かけますので、いま少し追加の所感を書かせていただきます。
>>1723
で、ももんが様は、世界各地で各種民族の方々が、いろいろな形で、神あるいは仏と崇める人に帰一することなどを通して、“天地”に礼拝している、“中心帰一”されているということを教えて下さいました。ありがとうございました。
教えて頂いたことを要約しますと――
〜〜〜〜〜〜〜
カイラスの巡礼も、カバア神殿の巡礼も、“天地”に礼拝している。ガンジス河の沐浴も、“天地”に対しての礼拝であった。ニコライ堂の礼拝でも、信者の人々は、絨毯に、額を擦り付け、“大地”にひれ伏すように礼拝している光景を見た。イスラムも、仏教も、キリスト教も、大地にひれ伏す祈りをする。“天地”最大の祈りは、世界共通だと思った。
チンギスハンは、モンゴルの人々とっては、日本の人の神武天皇に匹敵する、それ以上の存在である。彼を”神“と崇めるモンゴルの人々は、自分達の先祖や、天地の神に対して、チンギスハンを通して、“中心帰一”されていると思う。
チベットでは、ダライラマは観音様の化身で、活仏である。チベット仏教の教えでは、今のダライ・ラマも”何回も転生“してる”仏“である。チベットの人々は、それを、大変、信仰されている。
我が国で天皇様を信仰するの同じように、信仰し、“中心帰一”されていると思う。
〜〜〜〜〜〜〜
このように教えて頂いたことをかみしめながら、生長の家の教えを振り返ってみました。
(1)イスラムも、仏教も、キリスト教も、大地にひれ伏す祈りをする。
生長の家でも、「われ今、天地四方を礼拝して、天地一切のものに感謝し奉る」(『如意自在の生活365章』の冒頭、「新たに生まれるための祈り」)と祈ります。が、そのあとに
「古き天と地と四方一切のものは過ぎ去り、役目を果たし終わりぬ。」
と続き、そして
「霊によって今われ復活せしめられ、物質的肉体意識のヴェールを脱ぎ棄てて、この世界を観、このわが全身を観ずるに、われを含めて天地一切のものが、すでに“霊”であり、“霊”を本質とする霊的存在であることを知ったのである。この世界、この宇宙にはただ一つの霊的実在があるのみである。霊には、物質のごとき、固定した劃壁はないのである。それゆえに宇宙はただ一つの霊なのである。霊は宇宙に普遍して限りなく隔てなく、極微の一点の中にも存在し、極大の宇宙の中にも充ち満ちているのである。これを“神”または“本源神”または“創造の神”とも呼び奉るのである。その霊的実在の中に、神の御心より“想念”浮かび来たる。この“神の想念”を“理念”と称するのである。神の“想念”(理念)とは神のいのちの意識的振動である。意識的振動をコトバと称する。“意識的振動”すなわちコトバには意味と形相とを内在せしめているのである。」
というご教示があります。
ももんが様に教えて頂いた、各宗各地での祈りも、皆このただ一つの霊なる“本源神”を、それぞれの形で礼拝していることになっているのだとは思いますが、それがどれだけ自覚されているか。生長の家のように
「吾らは凡ゆる宗教が大生命より発せる救いの放射光線なることを信じ、他宗をそしらず、他人の尊敬の対象たるものに敬礼せんことを期す」(「『生長の家』家族の祈願及び修養」の二)となっているか。
<つづきます>
1780
:
復興G
:2012/03/23(金) 15:23:04 ID:ojEbkDH2
<つづきです>
眼に見える「形」が存在するとすれば、その「形」は皆それぞれ違うのですから、「他人の尊敬の対象たるものに敬礼」はできない、となっていることが多いのではないでしょうか。ダライラマのように、チベット仏教の法王でありながら伊勢神宮にも参拝されるというような方は少ないと思いますが、いかがでしょうか。
“中心帰一”とは、「中(みなか)」すなわちただ一つの宇宙霊なる“本源神”に帰一することでありましょう。その中(みなか)なる本源神が、今・此処に、わが内にあってわれを生かし給うている。「中(みなか)」なる神は、天地に遍満していらっしゃるとともに、わが内にましますのである、だから天地四方を礼拝するとともに自分自身の生命を礼拝せよ、外なる神と内なる神は別ものではない、一つなのである――というのが生長の家の御教えでありましょう。そして、天皇を神と崇めるのは、「君民同治の神示」にありますように、
「人間生命が神より生れたる神聖なるものであるという自覚が、その外延であるところの国をも神より生れたる国であるとの神聖性を要求するのである。この要求が、神によってその国が造られたのであるとの神話を創造するのである。…(中略)…観る心の要請が身体に於ては脳髄の存在となり、国に於ては永遠の元首なる、無にして絶対であり、一切の主であるところの天皇の存在を要請するのである。天皇の神聖性は、人間自身の生命が神聖であるところから来る。」
それで日本人は日子・日女(天照大御神の息子・むすめ)の自覚から「すめらぎは神にまします」となり、「君民一体であり、民は君を拝み、君は民を拝む」という姿が国体となって展開してきたのでしょう。
ですから、
「チベットでは、ダライラマは活仏である。」
「生長の家では、人間は皆、活仏である。」
「モンゴルでは、チンギスハンは神である。」
「生長の家では、人間は皆、神である。」
ということであって、外に帰一すべきものを求めなくともすべてはわが内にある、という生長の家の教えはまことにすばらしい教えである。そのすばらしい真理をお説きくださいました谷口雅春先生に、感謝せずにはいられません。
ありがとうございます。
1781
:
あさひ
:2012/03/23(金) 15:44:51 ID:/3nxKE2Q
ももんが様
ご回答有難うございました。感謝申しあげます。
せいぜい努力して本当の自分に到達したいものと思います。
宗教からも本当の自分に到達できると思いますが、心理学、フロイト ユング
ラカン アドラー派などからの自己分析からも到達できるように思います。
なぜなら、人間は無限成長の過程を生きていますから。その時、同行2人のその人の無限の可能性
を信じる付添人が存在するとベストだと思いますが。
ももんが様はどう思われますか?お尋ね申しあげます。
色々有難うございます。 合掌
1782
:
ももんが
:2012/03/23(金) 19:58:28 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子皆様
トキ様、神の子皆様、こんばんは。合掌、拝
本日は、雨降りの中、如何お過ごしでしでしょうか。
春の一番は、吹かねども、春は、もう来てますね。
さて、以前、『実相と現象』に有りました。雅春先生の、御言葉を、春一番、吹き荒れる掲示板に、今一度貼ります。皆様のお心に甘露法雨降り注ぎますよに。感謝、合掌、拝。
>>『実相と現象』雅春先生著より、こんな、言葉を、発見しました。
★『実相と現象』235㌻〜236㌻
<『団体の幹部、役員、講師たちも、現象の人間としては、あらゆる点において完全無欠とはいうことは出来ないのである。全ての人間はその人間は実相は既にある神の子として無限の完全さを宿しているのであるけれども、現象的には努力によって徐々に開かれて行く最後の完成を目指しているのである。だから団体の幹部、役員、講師たちにも、団体のメンバーから見れば不完全であり、批判の的になる点は無数にあるのである。それは内部で指摘し、批判し、攻撃しあっているでは内部紛争を越して、外部に向かう人類光明化の目的を達成すべき力が弱まるばかりである。幹部といえども普通のメンバー、誌友、信徒たちと同じく、感謝され、称賛され、美点を見つけてもらい、激励されることによって励まされて、実相の完全さが現れて来やすくなるのである。信徒や誌友達は教団の幹部の人達にも現象人間として、色々の苦労があり、悩みがあることを察して、欠点を見ないで、実相の完全円満さを念じて、その円満さ現れる手伝いをしてあげるべきである』〜以上
『実相と現象』より、谷口雅春先生の言葉です。
トキ様、この言葉、現在の、総裁から、教団幹部、分派幹部、(元幹部も含む)、全ての信徒が、聞いて欲しい、言葉かと、思われました。<<
では、では、神の子皆様、おやすみなさいませ。合掌、拝。
1783
:
ももんが
:2012/03/23(金) 20:39:35 ID:XXCuaQns
〜コーラン・開扉〜
慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において
①、讃えあれ、アッラー、万世《よろず》の主。
②、慈悲ふかく慈愛あまねき御神
③、審《さば》きの日の主宰者。
④、汝をこそ我らあがめまつる、汝にこそ救いを求めまつる。
⑤、願いわくば我らを導いて正しき道を辿らしめ給え。
⑥、汝の御怒り蒙る人々や、踏みまよう人々の道でなく。
⑦、汝の嘉し給う人々の道歩み給え。
※イスラム、マホメットの神示であります。
是非、皆様の心の内で、聞いて下さい。
合掌、拝。
1784
:
トキ
:2012/03/23(金) 21:08:40 ID:Xd3NP8Us
>>1782
ももんが様
ご投稿、ありがとうございました。
私が若い頃、ソルジェニーツィンの「収容所群島」という本が話題になっていました。
彼は、スターリン時代のソ連で政治犯として逮捕、投獄された人物で、共産主義を告発した人です。
が、彼が、自分の牢獄時代を回顧したシーンで、こんなくだりがあります。
彼は、確信のある政治犯だったので、自分の行動が正しいと自信を持っていたみたいです。
(実際、正しかったのですが)。しかし、ある日、自分の軍隊生活を思い出して、ゾッとした
そうです。
彼は、学生から学徒動員で軍隊に招集され、大卒なので将校になります。そして、将校だった
ので、特権的な待遇を受けます。そういう待遇を受ける中で、だんだんと自分が特別な人間であ
るという意識を持ち、威張るようになったそうです。その頃の事を思い出し、自分は何と嫌な人間
だったのか、と痛感したそうです。
そして、彼は、スターリン時代の体制は告発したが、同時に、「もし、自分が秘密警察に勤めて
いたら、同じような権力の濫用はしなかっただろうか?」と問いかけ、「これに正直に答えるの
は恐ろしい」とも書いております。
人間は、間違いをおかす存在です。
自分も組織活動において、多くの間違いをしました。ですから、他の人を批判する権利はありません。
しかし、間違いを放置するのも良くないと思います。自分がミスをするように、他人もミスをすると
いう発想を持ち、他人の過ちは指摘しても、愛情をもって教えて上げ、謝罪や訂正をしたら、それも
認める度量は欲しいと、自分自身、願っております。
合掌 ありがとうございます
1785
:
ハマナス
:2012/03/23(金) 23:12:36 ID:u5mC.eb2
ももんが様
ご丁寧なレスをありがとうございます。
大先輩から、過分なお褒めの言葉を頂き、恐縮しています。
ももんが様こそ、色々の版でいつも素晴らしいことばやご文章を載せて下さり
ありがとうございます。勉強させて頂いております。
信仰体験版に投稿されていました、『実相と現象』のご文章も心に残りました。
一人一人が行事て行かなければならないと、思いました。
“皆様のお心に甘露法雨降り注ぎますように。”も 素敵な言葉です。
いつも感謝しております。
合掌、 拝
1786
:
ハマナス
:2012/03/23(金) 23:17:01 ID:u5mC.eb2
ももんが様
すみません、女子会板への投稿を間違えてこちらに投稿してしまいした。
たいへん失礼致しました。
感謝合掌
1787
:
下流の人
:2012/03/24(土) 00:32:26 ID:rW.yYvdc
>>その前段にて (7411)
日時:2012年03月08日 (木) 19時17分
名前:童子
『・・・生長の家では「コトバは神なり」とか「コトバの力」のことを言う場合のコトバは、第一義的には身口意の具体的な表現が生れる前の「想念」や「心の波」のことを指すのであって、
肉声による言葉やそれを録音テープに収めたもの、あるいは書籍に印刷された文字のことではないのである』
と、谷口雅春先生の『甘露の法雨』講釈を引用して、結論をもってきていますね。
この場合「想念 = コトバ」と認証さすことであって、表音文字までを否定してはいかんでしょう。
谷口雅春先生は『維摩経講義』にて
・・・普通、仏教では、悟りは言語文字にあらわすことは出来ないと云いますけれども、実際は言語文字にあらわすことが出来るのです。
悟りの境地を言語文字にあらわすことが出来ないのは、本当には、まだ悟っていないからであります。
私は『生命の實相』二十巻の中に於いて、その解脱の境地をむつかしい哲学的熟語や、仏教用語などを使わないで表現しました。それゆえにこそ『生命の實相』を讀むだけで、読者の生命の迷いが消え、自縄自縛されていた生命の縛りが解放されて、病気が消えたり、人生百般の悩みが解消したりするのである。
これは言語文字によって、解脱の境地を表現し得る証拠であります。
また『ヨハネ傳講義』にては
吾々は聖書や教典を講義して、一字一句どうであるとわかったとて、そんなことは生命の悟りの前には何でもない。
吾々が語るのは本の字句の講義ではないのです。聖書に託して自内證の真理を話しているのであります。
読めばすぐ理解できる生長の家本流宣言からのコピペ
1788
:
生命の実相万歳!!
:2012/03/24(土) 00:37:15 ID:rW.yYvdc
「生命の実相」は素晴らしい!!!
人間を!地球を!未来を!そして宇宙を救う!唯一無二の大聖典であります。
我々は幸せだ!「生命の実相」と出会えたのだから! 万歳!! 万歳!!
1789
:
ももんが
:2012/03/24(土) 07:19:38 ID:XXCuaQns
トキ様、神の子皆様、おはようございます。今朝も、小雨降りしきる日ですが、素晴らしい、朝がやって参りました。さあ、元気に、明るく、楽しく、素晴らしい日にいたしましましょう。ありがとうございます。感謝、合掌、拝。
昨日、御投稿、下されたれた、トキ様、復興G様、あさひ様、SAKURA様、ハマナス様、素晴らしい、御投稿、心にのこりました。
真に、ありがとうございます。感謝、拝。
特に、トキ様、あさひ様、復興G様のお話は、大変、宗教性があり、為になる内容でした。また、改めて、お返事します。
私は、宗教の基本は“冥想“や“祈り”にあると思ってます。
この“行”を“実参実究”しながら、“今”即ち、“現在の自己活きる”事によって、色々と、各自の“心”が、“生長”して育ものと私には思われます。
それでは、皆様、本日も、素晴らしい神の子としての生活を、お過ごし下さい。和解と分派の皆様のご帰還を心より、御祈念します。感謝、合掌、拝。
1790
:
復興G
:2012/03/24(土) 09:00:17 ID:ojEbkDH2
皆々様。
合掌 ありがとうございます。
今やってるNHKの朝ドラは、「カーネーション」っていうのですか、私はときどきチラチラと見るくらいなのですが、今朝は見てて、妻の前で、3回もティッシュペーパーを手にする醜態を演じてしまいました。
夏木マリ演じるところの主人公小原いと子が、入院中の病院で、患者がモデルになってのファッションショーを開くんでしたか。そこでモデルになる人たちに言う――
「お客さんは何を見に来ると思いますか? それは、幸せを見に来るんですよ」
という言葉。そして末期癌を宣告されている患者が、ファッションモデルとして舞台に立ち、
「私はこの病院の院長、看護師やみなさまのあたたかい愛に包まれて、今、ほんとうに幸せです」
と笑顔で語る。……私は、泣けました。声を出して泣きたいくらいでした。
「真理とは、愛である」
「生長の家とは、愛の家である」
と、思いました。
それでは、2日間の旅に出ます。すべての人々の幸せを祈りながら。合掌
1791
:
うのはな
:2012/03/24(土) 10:42:43 ID:El6gIMAw
174. 江戸のジジイ 2012年03月24日 07:38
管理人君おはよう。
君にケンカを売り「和解なんてできない」と言いたいだけの様だ。挑発に乗ることは控えるようにしなさい。
昔の愛国運動にいた連中と同じで悲しいものだ。彼らは聖典など学んではいない。生長の家の人だと思って対応すると大怪我する。一言忠告まで。
雅春先生の御教えに殉するエージェント様。おはようございます。
「和解」を口にしながら、刀を振り回していると形容されているのは「訊け」氏のほうですが、
どうも処変われば話も変るみたいで、この話は平行線のままになることでしょう。
個人提唱家(運動じゃなくて提唱)の訊け氏の周囲には、あいつは精神異常だとか、聖典を読んでいないとか、
統一教会だとか、人を簡単に裁ける、審査できる人が多数いるみたいですね。
ぜひそういう人たちに後進のためにがんばってもらいたいところですが、
これこれこいだから掲示板に参加しないだとか、和解論をやりたいけれど、荒らされるからできないとか、
なんだかんだとぐちぐちいうだけで、実際何もしない、使い物にならないかんじの人が多いようです。
訊け氏もそういう方たちと「女神の部屋」ならぬ「男井戸端会議の部屋」でも
つくって、パソコンの前でああだこうだと正義のヒーローでも気取って遊んでたらいいと思いますよ。
今後はたにんに「デマを流された」「決め付け思い込みはよくない」というのはやめることにして。
だって、あなたたちにそんなことをいう資格はないでしょう。
その場しのぎに「謹慎します」「しばらく来ません」とかいうのは勝手だけど、
これからはいちいち報告しないでもらいたいと思いますね。
1792
:
うのはな
:2012/03/24(土) 11:07:06 ID:El6gIMAw
それと、訊け氏は本流と訊け氏を対立させるような投稿をしたりしている、とわたし
のことを妨害工作員かなにかの話題話へ方向付けしたいようですが、私の見解は違います。
わたしから見ると、訊け氏はほかから「マッチポンプ」といわれるように、訊け氏自身が
何かと本流投稿のことを口にしています。
最近でも他の人たちから訊け君がケンカ腰になるとややこしくなるとか、
訊け氏の本流批判の仕方について注意のような意見があったと思います。
だから、ケンカを売っているとか、議論をふっかけるみたいなことは、わたしから見れば、
訊け氏のほうが本流に対して活発だと思っています。
またわたしとのやりとりでも、他の投稿者との話しに割り込み、「敬意の守備範囲について
教授願いたい」だとか、一度口論になって否定した話題でも、管理人の制止をきかず、
「光明思想を掲げながら排除する勢力」「操作人」などの話題や絵などを
うのはなさんは否定していないといって、何回も持ち出してきて、それが他の人との言い争いにまで
発展しています。
訊け氏が私の文転載のクレームブログをつくったとき、うのはなさんから愛の告白を受けましたとか
いう文に、私は日常で嫌な目にあいましたが、それを訊け氏の妄想のせいでとか、
訊け氏のネガキャンのせいでとか、そういう苦情は出していません。
其の点は不徳の訊け氏とはちがうという点だけ、反論しておきます。
1793
:
うのはな
:2012/03/24(土) 11:10:40 ID:El6gIMAw
1460 :うのはな:2012/03/21(水) 19:23:32 ID:El6gIMAw
「他の店のトラブルを持ち込まないように」とお願いしておいたのに、意図的に持ち込んだとしか思えないような混乱を引き起こしているので、その人のご入来をお断りする処置をとりました。
たとえば、186記事に対してレスポンス187で、「あの訊けさんすら」を書き込んだのは「訊け」さん本人で、それにレスして188記事で「笑」を書き込んだのも「訊け」さんで、さらにレスして190で「怒られましたので」を書き込んで親記事の「葵新吾」さんに向っているのも「訊け」さんです。
この人は自分の親友が多い掲示板を持っているのだから、そこで言いたいことを言えば良いはずです。しかし、その掲示板を見ると女性の方と色々あるようで、その掲示板の管理人さんが両方に頭を下げて気を遣っていました。
この「愛国本流掲示板」の管理人は他の掲示板の管理人さんたちのように貫禄も能力も忍耐力もありません。
「訊け」さんが女性がらみのトラブルまで持ち込んでくれたらタマラナイので、ご入来禁止にさせていただきました。
あしからず。
愛国本流掲示板より
1794
:
うのはな
:2012/03/24(土) 11:15:02 ID:El6gIMAw
あの方は、「生長の家」に関するブログを出していますが、本当の「生長の家」からズレているのではないでしょうか。
いつまでも女性と喧嘩を続けていますが、ふつうの「生長の家」の人間ならば、
「なぜいつまでも争いが続くのだろうか。自分の心が現れているのではないだろうか。」と最初に考えるはずなのに、結局そのような考えはしない、理解できないようです。
また以前、この掲示板の管理人さんに絡んできた時もそうでしたが、今も「大調和の神示」を錦の御旗にして「本流」に戦いを挑んでいます。ご本人が書いたイラストには、馬に乗った軍勢が前進する絵がありますが、その軍勢の上り旗には「大調和」「和解」などと書いてあります。
数十年前の新左翼過激派が「平和」を大義にして機動隊と争い、さらには内ゲバにまで進んでしまった事とどこか似ています。
また、自称「経営者」も不可解です。
「よくあれだけの時間をブログや掲示板のために取れるものだ。」と驚くだけでなく、そもそも彼のような物の言い方をしている経営者を私は見たことがありません。
「あまりにも軽い」ではありませんか。本流にカルトや暗い勢力が入っていると聞くと、「どれどれ。」と、さっそく出てくる。それもあの人自身が噂を振り撒いたような節があります。
私ならば彼の会社とのお付き合いは、体よくお断り申し上げます。というよりも、本当に「経営」をなさっているのか、どうも不可解です。
1795
:
うのはな
:2012/03/24(土) 12:13:26 ID:El6gIMAw
それに江戸のジジイさんて、わたしが、ここでも「女神部屋」でも、
私との話は終ってるんだから閉じたらとか、前のクレームブログでも女神部屋でも
私が反対してるのに訊け氏が勝手に作ったものだということが、いまだに理解できていないみたいですね(笑)
1796
:
宦官の無免許運転
:2012/03/24(土) 12:28:37 ID:.TGheg76
<WEB順位>
検索語〝生長の家 本流〟
★1位 訊け
★2位 トキ掲示板
★3位 〃
4位 本流掲示板
5位 愛国掲示板
1797
:
うのはな
:2012/03/24(土) 12:40:52 ID:El6gIMAw
でもね、ここの管理人さんは本流アクセス数掲示について軽蔑しているような
発言をされてるんですよ。
そして訊け氏はうのはなさんの2日間の登場でトキさん掲示板よりアクセスが増えてとか、
うのはなさんの字数総数はこれだけで、一日の投稿数はこれだけで、あの人のお陰で
アクセスアップになりましたと、はしゃいでるんです。ここでリンクまでして。
おかしな話ですね。。
1798
:
うのはな
:2012/03/24(土) 12:47:12 ID:El6gIMAw
急ぐことはない 晴れときどき競馬とホークス ブログより
神は急がない
無限の時間があり 無限の機会がある
必ず成就する 神が成就せしめる
神にまかせよ 自然に熟する時が来る
過去の失敗や不幸を回想してはならない
過去は過ぎ去ったのである
反芻して過ぎ去った苦痛を
もう一度味ふのは愚かなことである
毎日毎日 過去を捨て去り
今日を新しく生きるがよい
谷口雅春師 『女性の幸福365章』より
というように、谷口先生や春らんまん様の助言とおりに、自己中心的被害者的な
男性の話題はこのへんでやめましょう。静かな週末をくつろいでいる皆様、お邪魔しました。
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