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避難用作品投下スレ5

1管理人★:2009/05/28(木) 12:49:59 ID:???0
葉鍵ロワイアル3の作品投下スレッドです。

2The Show Must Go On:2009/05/28(木) 19:52:54 ID:bPDQ.pLs0
 
晴れやかに告げられる終幕の辞は、まるで名残を惜しむかのようにいつまでも続いている。
しかしその声の響き渡る島に上がる凱歌はない。
吹き荒ぶ風と舞い散る砂埃に打たれながら立ち尽くす者たちを勝者と呼ぶ、それはひどく滑稽な、
或いは悪質な皮肉でしかなかった。
祝福の裏に嘲笑を、喝采の向こう側に侮蔑を錯視して、生者たちはその声を黙殺する。
彼らは一様に、ただ己が内なる声にのみ耳を傾けながら、往くべき道へと踏み出そうとしていた。


******

3The Show Must Go On:2009/05/28(木) 19:53:14 ID:bPDQ.pLs0
 
「……好き勝手言いやがる、戦争屋が」

吐き棄てるように呟いた、来栖川綾香の表情に光明は射さぬ。
見上げれば突き抜けるように青い空。
君臨する日輪は大地とそこに這う者たちを灼き尽くさんと輝いている。
感情を殺した瞳が次に見回したのは周囲。
荒涼たる大地の他には何もない。
血だまりと、焼け焦げた僅かな草木と、粉砕された石くれだけで構成された光景がどこまでも広がっている。
細く息を吐きながら最後に視線を下ろせば、そこには闇。
終末の使者、悪夢たる長瀬源五郎を呑み込んだ深い亀裂があった。

「セリオは……この下、か」

いまだ微かな震えの続く神塚山の山頂。
その中心にぱっくりと口を開けた、それは暗い大地の顎である。
人の十人や二十人を容易く飲み込まんとするその裂け目はどこまで続いているかも分からぬ。
先細りになっているものか、或いは内部で洞穴の如く拡がっているかも見て取れなかった。
しかし来栖川綾香の歩様と表情に迷いはない。
無明の断崖へと一歩を踏み出そうとしたその背に、しかし寸前、かけられる声がある。

「―――どこへ行く、来栖川」
「……何だ白髪頭」

つまらなそうに息をついた綾香は、振り返りすらしない。
肩越しに目線だけを向けて、ほんの微かに口角を上げる。
笑みとも呼べぬ、牙を剥き出しただけの貌が声の主、坂神蝉丸を睨んでいた。

「焦るなよ、すぐに戻って殺してやるさ」
「……」

挑発じみた言葉に応えが返るまで、僅かな間があった。
坂神蝉丸が何を思ったかは知れぬ。
脳裏に浮かんだのは夢の半ばに散った少年の顔か、或いはただ殺戮の道具として斃れていった
幾多の少女たちの無念か。
泥濘に汚れたその静かな表情からは杳として読み取れなかった。

「来栖川、貴様の従者は既に―――」

何を思い、何と続けようとしたのか。
それを知る術は、最早ない。
途切れた言葉の続くことは、遂になかった。
蝉丸の眼前。
心底から呆れたように。
表情を歪め、肩をすくめてみせた来栖川綾香が、躊躇なく。

「―――で?」

それだけを呟いて。
足を、踏み出していた。
一歩めは助走。
二歩めは跳躍。
三歩めは、ない。
その姿が、掻き消えた。

「……!」

表情を険しくした蝉丸が、絶壁に駆け寄る。
しかしその目に映るものは、闇と黒。
光射さぬ断崖のどこまでも拡がる暗闇と、身を躍らせた来栖川綾香の短く切り揃えられた黒髪。
その黒髪が風に靡いて広がって、闇と融け合うように小さくなっていく姿のみであった。
落下と降下の相半ばを縫うように、小さな影が断崖を蹴りながら漆黒の底に消えていく。

それが坂神蝉丸の見た、来栖川綾香の最後の姿である。


***

4The Show Must Go On:2009/05/28(木) 19:53:34 ID:bPDQ.pLs0
 
眼前の闇を、柏木楓は見つめている。
来栖川綾香の消えた断崖。
その淵に立って、昏い瞳でじっと漆黒の底を見透かすように、見つめている。

じくじくと。
亀裂の底から、滲み出してくるものがある。
膿のように、垢のように、滓のように、ひんやりと冷たい風に混じって、それは臭うのだ。

微かに、しかし確かに己の存在を誇示するような、それは臭い。
噎せかえるような、厭らしい、化粧の臭いだ。
その香気の一粒でも吸い込めば、それはきっと肺の奥に落ちて根を張って、
いつしか細くて白い黴のような糸を胸の中一杯に張り巡らせる。
息苦しくて胸を掻き毟っても、それはもう出てこない。
咳をして痰に絡んだ嫌な糸を見て泣きたくなければ、その香気を嗅いではならない。
もしも嗅いでしまったら、すぐに甘いミルクを飲んで、それを全部吐き出してしまわなければいけない。
そうしなければ、その気味の悪い糸から漏れ出す、花のような、果物のような臭いが
汗と一緒にどろどろと体から滲み出してくるようになってしまう。
お腹の奥の、太った芋虫のような器官から、ねっとりとおぞましい血が流れ出してくるように。
ああ、ああ、だけど、だけどどうしよう。
この乾いた山の上には、甘いミルクの一滴も、ありはしない。

そんな、嘲笑うような声が、柏木楓を支配する。
狩りの高揚が冷めれば、ざわざわと涌き出してくるのはそんな声で鳴く虫の群れだ。
吐き気がする。
ぐらぐらと回る世界の中心で、楓は額に浮かんだ脂汗を拭う。
癒えぬ傷から滲んだ鮮血が汗と混じって、どろりと赤い。
白い手の甲に広がった赤い絵の具が奇妙に綺麗で、そっと口をつければ鉄の味が広がる。
ほんの少しだけ、吐き気が引いた。

見下ろす穴の底には、嫌な臭いの元がある。
化粧で固めた、厭らしい笑顔。
マニキュア塗れの料理を作る、怖気の立つような手。
開いた胸元とぴったりとラインを浮き出させる腰と薄く白いストッキングを履いた足と。
気持ちの悪い、女のからだ。

そういうものに、侵される前に。
絶たなければ、いけない。
柏木楓が、柏木楓のままでいるために。

じくじくと。
己が内に開いた傷から滲み出す膿に足を滑らせるように。
少女は、穴に落ちていく。


***

5The Show Must Go On:2009/05/28(木) 19:53:55 ID:bPDQ.pLs0
 
闇に消える少女の背に、川澄舞はかける言葉を持たない。
ただ茫洋とした親近感に衝き動かされるように口を開きかけ、手を伸ばし、そしてそれだけだった。
俯いて踵を返したときには、その口は既に一文字に引き結ばれている。

引き止める理由はない。
親しげに言葉を交わす間柄でもない。
共に背を預け、同じ敵と刃を交えたという、ただそれだけだった。
来し方が違う。
行く末が違う。
この山の頂でただ一点、道が交わったに過ぎない。
打倒すべき敵の斃れた今、道は再び別れ、もう交わることはない。

柏木楓に闇の底へと降りていかねばならない理由があるように、
川澄舞にも歩まねばならぬ道がある。
果たすべき約定と、取り戻すべき力と、護るべき信念とが待つ道だ。
猶予はない。
川澄舞に立ち止まる暇を赦すほど、それは緩やかな道ではない。
だから舞は振り向かず、声にも出さず、ただ手に提げた抜き身の一刀を天へと掲げた。
燦々と照りつける日輪を受けて、抜けば珠散ると讃えられた白銀の刃が眩く輝く。

光が、射した。
舞の掲げた破魔の刃に反射して煌く陽光である。
真っ直ぐに闇の底を穿ち貫く一筋の光明が、無明の道を射し示すように伸びていた。
真暗き地の底を照らす、それは一瞬の煌き。
交わった道に捧げる、一滴の振る舞い酒。
最早まみえぬ者への、声にならぬ別れの言葉であった。

やがて刀を下げた舞の心中に、柏木楓への未練はない。
その瞳が真っ直ぐに見据えるのは山の麓である。
島の南側、広がる森の緑と水平線まで連なる海原の蒼。
その鮮やかな景色へと、一歩を踏み出す。

踏み出す歩は疾走となり、疾走は瞬く間に疾駆となった。
風と融け合うように、川澄舞が山を駆け下りていく。
遥か目指す先には小さな白い建物、沖木島診療所。
果たすべき約定が、そこに待っていた。


***

6The Show Must Go On:2009/05/28(木) 19:54:35 ID:bPDQ.pLs0
 
「どいつもこいつも挨拶無しか……」

座り込んだまま苦笑したのは天沢郁未である。
いたるところが裂け、破れ、返り血と自らの血で真っ赤に染め上げられた制服の切れ端を
難儀そうに摘み上げている。
傍らには幾多の激戦を経てなお刃毀れ一つない薙刀が無造作に突き立てられていた。

「ま、いいけどさ。仲良しクラブじゃあるまいし、……く、痛ッ」

悪態をついたその口から呻きが漏れる。
思わず押さえた脇腹の、その手の隙間から流れるのは鮮血である。
深く裂けた傷口から覗く桃色は腹膜であっただろうか。

「痛ったあ……油断するとすぐこれだ。今、お腹ん中、どうなってんだろ……」
「……不可視の力を緩めれば即死は免れませんよ」
「やっぱり?」

背後で呆れたような溜息をつくのに振り返って、郁未が小さく舌を出す。
流れるような金色の髪を血と泥とで赤黒い斑模様に染めた相方、鹿沼葉子がそこにいた。

「治るのかな、これ」
「不可視の力は無限の力、なのでしょう? 信じてみれば宜しいのでは」
「あ、あれはまあ勢いっていうか、ノリっていうか……恥ずかしいから繰り返さないでよ、もう」

冷たい言葉のすぐ向こう側に、茶化すような響きがある。
それが嬉しくて、郁未は構えない笑みを返していた。
殺戮の果てに得た陽だまりの中、血に汚れて笑っている。
それはひどく罪深く、しかし裁ける者とてない、二人の辿り着いた日常であった。

「……で、回収船の出航は六時、か」
「規定時刻までに所定の座標へ集合のこと、間に合わない場合の帰還は保障しかねる、ですか。
 相も変わらぬ高圧的な物言いですね」
「何か良くなるって期待してた?」
「いえ、別に」

同時に肩をすくめる。

7The Show Must Go On:2009/05/28(木) 19:55:27 ID:bPDQ.pLs0
「さて、どうしよっか。どっかお店でも入って時間潰してく?」
「この分では指名手配が解かれているかどうかも怪しいですね」
「うわ無視された」
「本土に着いた途端に逮捕拘禁、というのもつまらない話ですが」
「ノーリアクションはちょっと悲しいな」

軽口を無視するように淡々と続ける相方に、郁未が眉根を寄せる。

「どうしますか、郁未さん」
「どう……って、やっぱりここは―――」

尚も何かを言いかけた郁未が、不意に口を噤む。
問いを放った葉子の眼が、ひどく凪いでいた。
それが相方の、冗談を差し挟むことを許さない真剣な表情であると、天沢郁未は知っていた。
だから郁未は、軽口の代わりに言葉を選び、仮面を選んで口を開く。

「どうするって、何が?」
「確かめたいことが、あるのでしょう」
「……」

急ごしらえの仮面は、一刀の元に断ち割られた。
目を泳がせた郁未が、空を見上げ、右を見て、左を向き、最後に相方が真っ直ぐに見つめるのへ
ようやく視線を合わせて、小さく溜息をついた。

「お見通しか」

当然です、と言わんばかりの相方の表情に苦笑して、郁未が長い髪に指を差し入れる。
ばりばりと乾いた血に固まって、梳く指は通らない。
その心中に浮かぶのは、青と金色の二色に包まれた世界である。

「この島で一番高い場所」

それは、青の世界に迷い込んだ郁未たちが流れ着いた、不可思議な黄金の麦畑。
そこにいた幼い少女の言葉であった。

「全部が終わった後、そこで待ってる。あの子はそう言った」
「……」

僅かな沈黙。

8The Show Must Go On:2009/05/28(木) 19:55:56 ID:bPDQ.pLs0
「分かってる。あいつは死んだ。教団はもうない。赤い月も、あのとき消えた」
「しかし私たちには不可視の力が残っている」
「……」

今度は郁未の黙り込む番だった。

「ならばその根源たる赤い月は今もどこかにあり―――」
「……」
「貴女の求めるものも、そこにある」
「違う」
「違いません」
「違うから」

どこか、焦るような声音。

「何も違いませんよ」
「違うってば!」
「貴女はずっと、捜している」
「だから……! 葉子さんは、それでいいの!?」

荒げた声は、激昂と呼ぶには些か懇願の色が強すぎる。
それはどこかしらに甘えを秘めた、最初から解の決まった試験のような問い。
そして鹿沼葉子は生涯、試験と名のつくものを取りこぼしたことのない女であった。
一言、告げる。

「―――私は、自惚れていますか?」

それが、唯一の正解。
翅のように薄く、硝子のように透き通った刃に刺し貫かれて、天沢郁未が絶句する。

「……な、」
「行きますよ、郁未さん」

総毛立つような皮膚と、唐突に転調して変拍子を刻み始める鼓動と、腕と、足と、
腹の底と胸の奥と耳たぶと頬とが無闇に加熱される感覚と、その全部を無視して
目の前の静かな笑顔を抱きしめてしまいたくなる混乱と。

「は、」

そういうものが吐息と共に漏れ出すのが、分かる。
分かって余計に嬉しくて、恥ずかしくて、身悶えするような熱だけがこみ上げてくる。
叶わない、と思う。
叶わないな畜生、と思って、思いは笑顔になって、だから、

「ありがと」

それだけを、言葉にした。


***

9The Show Must Go On:2009/05/28(木) 19:56:30 ID:bPDQ.pLs0
 
「―――この島で一番高い場所、か」

呟く。
そのしわがれた声の力の無さに苦笑して、水瀬名雪はどろりと息を吐く。

「行かねばならない。水瀬の知らない世界があるというのなら」

自らに言い聞かせるように、錆び付いた関節に油を差すように、名雪の声が漏れている。
この島での戦いが終わった以上、既に猶予は残されていない。
それが、水瀬名雪の無限に近い生が告げる経験則だった。

「次の世が始まる前に。今生が終わる前に。私は、水瀬は、刻まねばならない」

ぎしぎしと、軋む。
軋んで嫌な音を立てながら、それでも水瀬名雪は動いている。

「今、この島で一番高い場所は―――」

がりがりと、ばきばきと音を立てるように振り向いた、その視線は遥か遠くを見つめている。
沖木島南東端。
夜明けまで、灯台が立っていたはずの場所。
そこには今や、天を貫かんばかりに延びる何かが建っている。
渦を巻く、黒い巨塔。
これまで見向きもされなかった、神塚山をすら凌ぐ高さの建造物。
須弥山というその名を知る者は、誰もいない。



******

10The Show Must Go On:2009/05/28(木) 19:56:58 ID:bPDQ.pLs0
 
 
「くそ……診療所とやらはまだ遠いのか……」

搾り出すように呟いた男が、口元に流れ込む雫の塩味に顔を顰める。
だらだらと、汗が流れていた。
べったりと張り付いたTシャツと湯気のように沸き上がる臭いが、その激しい運動量を如実に顕している。

「さすがに……無理が、あるだろ……」

高い上背で一見すると細身の印象を受ける全身の筋肉がフル回転している。
広い背に負うのは、二つの影。幼子ではない。
男が背負う二人は既にそれなりの成長を遂げた少年少女である。
合わせれば百キロには届くだろうか。
それを背の半分づつ、片腕づつに乗せて器用に背負う男の体力は尋常ではない。
しかし男の表情に浮かぶ苦悶と荒い呼吸からは、流石に限界が近づいているのが見て取れた。

「ん……」

軽く身を捩った少女の肢体が、密着した男にその柔らかさを伝える。
しかし男はただその度に少女を背負い直す煩わしさに苛立ちを覚えるのみだった。

「ん、んう……」

耳元で響く艶かしい呼吸にも、男が何某かの喜びを見せることはない。
否、ある種の安堵が広がっていく。

「よし、目を覚ましたなら自分で歩け……」
「んん……」
「おい」
「あた、しは……」
「おい、聞いてるのか……!?」

少女が何かを呟いている。
しかし男の言葉に反応を返すことはない。

「あたしは……書くよ……」
「寝言かよ……!」

男が思わず天を仰ぎ、姿勢を崩しそうになって慌てて二人を背負い直す。

「いつか……この島のこと……、書いて……みんなに、伝えるんだ、から……」
「そうかよ、頑張れよ!」

半ば自棄気味に吐き捨てた、男の足取りは重い。
一歩、また一歩と森の小路を消化していく国崎往人の苦難は、まだ当分終わりそうになかった。

11The Show Must Go On:2009/05/28(木) 19:57:45 ID:bPDQ.pLs0
 
 
【時間:2日目 正午過ぎ】
【場所:F−5 神塚山山頂】


来栖川綾香
 【所持品:なし】
 【状態:仙命樹、ラーニング(エルクゥ、魔弾の射手)】

坂神蝉丸
 【所持品:刀(銘・鳳凰)】
 【状態:重体(全身熱傷、他)】

光岡悟
 【所持品:刀(銘・麟)】
 【状態:健康】

柏木楓
 【所持品:なし】
 【状態:エルクゥ、重傷治癒中(全身打撲、複雑骨折多数、出血多量、左目失明)】

川澄舞
 【所持品:村雨、鬼の手、白虎の毛皮、魔犬の尾、ヘタレの尻子玉】
 【状態:白髪、ムティカパ、エルクゥ、軽傷治癒中】

天沢郁未
 【所持品:薙刀】
 【状態:重傷・不可視の力】

鹿沼葉子
 【所持品:鉈】
 【状態:健康・光学戰試挑躰・不可視の力】

水瀬名雪
 【所持品:くろいあくま】
 【状態:過去優勝者】


【場所:I−5 林道】

国崎往人
 【所持品:人形、ラーメンセット(レトルト)】
 【状態:健康・法力喪失】

長岡志保
 【所持品:なし】
 【状態:意識不明】

春原陽平
 【所持品:不明】
 【状態:妊娠・意識不明】


→692 1039 1061 ルートD-5

12雨とロボット:2009/06/01(月) 21:59:44 ID:1omQIvw60
 雨はいつの間にか止んでいた。
 まだ空は暗く星のひとつも見えやしないが、それでも長い雨は終わった。

 砂浜には三つの足跡が点々と続いている。
 ひとつはロボットの、ひとつは人間の、そしてもうひとつはウォプタルのもの。
 異種混合のパーティは、しかし皆疲れきった表情を隠しもせず一様に難しい顔をしていた。
 視線を空から元に戻し、各々の顔を眺めていた芳野祐介はそんな感想を抱く。

 すっかり快調なウォプタルの頭には例の毛玉犬がぴこぴこと何かを語りかけていた。
 分かっているのかいないのか、ウォプタルは時々鳴き声を返しているように見える。
 きっと通じ合えているのだろうと思いつつ、芳野は高槻に話しかけた。

「本当にいいのか、乗らなくて。怪我してるんだろう」
「屁でもねえよ」

 どことなく険しい表情の高槻はぶっきらぼうに言ってはねつける。
 肩をすくめてほしのゆめみを見てみるが、困ったように苦笑を返されるだけだった。
 どうやらご機嫌ななめで聞いてくれそうにない。

 苛立っている理由は分かる。結果としてあの修道女には勝利したものの大局的な視点で見ればこちらの敗北だ。
 悪戯に武器と体力を浪費し、その挙句が船を失ったという有様だ。
 一応武器は回収して整理したものの弾倉のないマシンガンでは安すぎる報酬だろう。

 全ての道がまだ絶たれたというわけではない。とはいえ大きな道を一つ失ったのもまた事実だった。
 それが分かっているからこそ高槻は自分に腹を立てているのだろう。
 そうして人の気遣いを邪険にし、そんな自分にまた腹を立てている。そんな心境といったところか。

 存外冷静に観察している己を見ながら、芳野はこれが無責任か、と思う。
 杏に叱責される前の自分ならここで必要以上に落ち込み、焦るだけだったのだろう。
 ひょっとすると高槻を責め立て、諍いの一つだって起こしていたかもしれない。
 無論諦めたわけではない。こんなところで死ぬつもりは金輪際ない。
 ただ過失に拘ることもなければそれを抱え込むこともない。失敗を取り戻す方法を芳野は知っている。

13雨とロボット:2009/06/01(月) 22:00:06 ID:1omQIvw60
「だがはっきりしたこともあるだろう。あの女……いやロボットだったか? あれは間違いなく主催側の連中なんだな?」
「だろうよ。でなきゃ船を潰したりするもんか。それに首輪もなければ名簿にもない名前ときた」
「アハトノイン、か。疑うようで悪いが、お前はどうしてそれを知ってる」

 同じロボットとはいえそれだけの情報を把握しているゆめみにはこの疑問を抱かざるを得なかった。
 ゆめみは努めて真面目に、包み隠さずという様子で言葉を返した。

「あの子は同型機です。データの一部を共有していますから存在は知っていました。
 ……もっとも、詳しいスペックまではわたしも知らないのですが」
「つまるところお前も元は敵側ということだ」
「おい芳野」
「事実から言えばそうなります」

 ねめつけようとした高槻を制するようにゆめみは言った。
 事実は事実。そうでしかないと告げるゆめみの瞳はいかにもロボットらしいと芳野は思う。

「ですがわたしはこの事態に関して何も知らされてはいませんし、そもそも初稼動だってここでした。
 よって、わたしはあの子達とは完全に独立した状態であると意見を述べさせていただきます」
「分からんな。ロボットなら自分を誤魔化すことくらい容易い。なにせロボットだ。良心の呵責もない」
「わたしが嘘をついていると?」
「その可能性もあると言いたいだけだ。獅子身中の虫、という言葉を聞いたことがあるか」
「だがな芳野、だったらどうしてあいつらは表に出てきた」

 高槻が言葉を挟む。そう、そもそも芳野がこんな疑いをかけたのはゆめみがアハトノインの存在を知っていることを口にしたからだ。
 そんなことをしなければ疑われることもない。埋伏の毒の役割も果たせない。
 このことまで計算に入れているということもあったが、それは考えにくい。

14雨とロボット:2009/06/01(月) 22:00:22 ID:1omQIvw60
 何故ならロボットは想定外の事態には対処する術を持たないからだ。命じられたことを命じられたままに果たす。
 慌てたり口を滑らせたりなどということは絶対にないのだ。
 芳野は逆に高槻のこの言葉を待っていた。ここで高槻が仲間だから、長く一緒にいたからという理由を持ち出せばそこを戒めるところだ。

 脱出を目指すならば希望的観測に縋ってはいけない。時として理論や理屈が必要になるときもある。
 そうするべきときはあくまでも冷徹になれるか、芳野は知りたかった。
 今のところ安心。やはり高槻は信用に値すると考えた。

「ゆめみがわざわざ情報を漏らすようなことはしないだろ。少しは頭使え」
「……そうだな。考えてみればその通りだ。済まない」

 テストまがいのことをしてしまった意味も含め、芳野はあっさり引き下がり、加えて深々と頭を下げた。
 もっと食いつくだろうと思っていたのか高槻はもとよりゆめみもきょとんとしていた。

「あ、いえ、わたしが疑われるのはある意味当然のことで……こちらこそ申し訳ありません」

 ゆめみは応じるように頭を下げたが、高槻は「気に入らないな」と険しく表情を作った。
 芳野の真意に気付いたらしかった。試すような真似を、とねめつける視線が向いてきたが苦笑で返す。
 自分達はそういうものだ。ミスを犯したからこそ互いに厳しくならなければならない。
 もっと無責任になってもいいが、考えることをやめてはならない。杏から教えられたことだ。
 思考放棄することはもっとも愚かしいことなのだから。

「もっと目を早くするんだな」
「てめ……」

 カッと高槻の顔が紅潮し、わなわなと震えだす。以前高槻が使った言葉をそのまま返してやった。
 意趣返しに使われたことに悔しさ半分憎さ半分という様子だったが、我慢するかのように無理矢理笑いを作り上げた。
 覚えておけよという言葉を含ませながら。上等だ、と芳野はニヤと笑い返す。

15雨とロボット:2009/06/01(月) 22:00:40 ID:1omQIvw60
 愛をくだらないとか言った仕返しだ。
 ひょっとするとそっちが本音なのかもしれないという考えを腹の底に仕舞い、
 高槻とは改めて議論の決着をつけなければな、と芳野は思ったのだった。

「ふん! まあそれよりもだ。あのクソシスターロボが出てきたってことは、これであいつらもここにいるって確定したようなもんだな」
「……そうですね。どこから来たのかはともかくとして」
「泳いできたわけではないな」
「空から降ってきたわけでもなさそうだな。親方! 空からシスターが!」

 大仰な仕草で空を指す高槻を尻目に、ならば地下からやってきたのが妥当なところだろうと当たりをつける。
 出てこれるならば入ることもできるということだ。すなわち、理論上こちらも侵入はできる。

 問題はそこに仕掛けられるフィルター(罠)とどこにあるのかということだ。
 恐らくは巧妙に隠されているだろうから手当たり次第に探したところで見つかるわけもない。
 それにアハトノイン自体がもう引っ込んで出てこないこともある。
 船は破壊したのだから出てくる必要性がないからだ。
 また問題が発生したのなら話は別だろうが。

「どうにかして引っ張り出す必要がありそうだな」
「穴をつつく、とかな。巣穴に爆弾を放り込む」
「首輪を解除する」
「或いはこちらが外部への連絡手段を発見する、というのもありそうですね」
「まぁその場合そもそもクソシスターと戦うこともないな。救助を待てばいいんだから」

 そう、あくまでもこちらの目的は脱出で主催者を倒すことではない。少なくとも高槻はそう思っている。
 自分自身は、と芳野は考える。この島ではたくさんのひとを失った。知り合いから婚約者まで、多すぎる人を亡くした。

 恨みがないといえば嘘になる。復讐心は誰もが抱えている。ただそれをぶつけたところで何かを取り戻せるわけではない。
 それに、今の自分達にはうらみつらみだけではない。新しく手に入れたものだってある。
 たとえそれが屍の上に築き上げられ、人の死という痛みを伴ってでしか手に入れられなかったものだとしても。
 だから俺は、こいつらがいるならついていこうと思う。それでいい。
 ここの連中は、少なくとも復讐に身を任せるよりは心地いいと思える場所を与えてくれているのだから……

16雨とロボット:2009/06/01(月) 22:01:00 ID:1omQIvw60
「ところで芳野よ、俺達はどこに行ってるんだ。着いて来いって言ったが」
「……お前は藤林の存在を忘れたのか?」
「……」

 ばつが悪そうに顔を背ける高槻。正直な態度は褒めてやりたいが、杏がここにいれば殴られていることだろう。
 確かにこちらも何も説明はしていなかったが。
 まあこのことは報告するまい。貸しひとつだぞ。
 芳野の視線に舌打ちする高槻。不良少年のように所在無く頭を掻く姿に、ふと学生時代の自分の姿が重なった。
 何故そう見えたのか芳野自身にも分からない。ただ言えるのは、大人と子供の二面性を持っている男が高槻なのだということだ。

「藤林さんは大丈夫なんですか?」

 間を見計らったようにゆめみが尋ねる。その声にはどことなく不安さが混じっていた。
 置き去りにしてきたと言えなくもない状況に心配するのも無理からぬことだ。
 実際は自分が叱咤激励された挙句の行動なのに。自身の情けない事実に失笑して芳野は「大丈夫だよ」と返した。

「村で回収してきた物の番をしてもらってる」
「見つかったのか?」

 芳野は頷いた。一ノ瀬ことみが挙げた爆弾の材料の一つだ。正確にはロケット花火の信管が必要になるらしい。
 どの程度の量が必要なのか分からなかったのであるだけ持ってきた。足りないということはないだろう。
 学校に置いてきた硝酸アンモニウムと合わせてこれで二つ揃ったことになる。
 残すは灯油もしくは軽油ということらしいのだが、そちらはことみ達が回収する手はずだ。
 杏と合流したら相談の上、一度学校に戻った方がいいだろうと芳野は判断した。

「ここから何をするにも、まずは藤林と合流だ」
「ま、こっちにゃやることがなくなったがね」

 皮肉げに笑い、肩を竦める高槻。だがあっけらかんとした姿は負い目を持っているというよりは、
 ままならない自分をそういうものなのだと納得しているように見えた。

17雨とロボット:2009/06/01(月) 22:01:17 ID:1omQIvw60
 やはり若いころの自分と似ている、と芳野は思った。無鉄砲に行動を重ね壁にぶち当たり、尚もよじ登ろうとしている。
 考えなんて何もない。ただ自分が何者なのか知るために走り続けている。
 自分はそこから踏み外し、一度は涅槃を辿るような真似をしてしまったが。

「やることなんていくらでも増えるさ。これからな」

     *     *     *

 暗い森にひとり取り残された杏は、体育座りの格好をしながらじっと夜空を眺めていた。
 雨は止んでいる。時々葉っぱから雫が垂れ落ちる音が聞こえる以外、ここは静かなものだった。
 不思議と心細くはなかった。色彩を失い、黒が支配する場にいてさえ杏はじっと待ち続けられる気概があった。

 自分達には役割がある。芳野は戦う役割を、自分は待つという役割を持っている。
 機械の歯車に似ている。それぞれが仕事を果たすことが力を生み出す。
 芳野も自分もそれを分かっているように思える。だから、耐えられるのかもしれない。

 こんなことを考えられるのはやはり変わりつつあるお陰なのだろうか。木の幹に背中を寄せ、杏は深く溜息をついた。
 今はこんなにも自分が小さく頼りない存在のように思える。
 昔は、いやここに来るまでは世界は自分を中心に回っていて、独立している人間なのだと思っていた。
 人並み以上のことを大抵はこなせるし、人付き合いだって悪くない。
 そんな自分は人を引っ張っていけるとどこかで考えていた。

 しかしそんなもの、所詮は学生の中という狭いコミュニティでしか通用するものに過ぎなかった。
 ここでは引っ張るどころか、人の足を引っ張っている始末だ。
 不本意だとしても人を殺し、単独で妹を探し回っても見つけられず、大怪我をしてまた躓いた。

18雨とロボット:2009/06/01(月) 22:01:34 ID:1omQIvw60
 生きているのが奇跡に思え、同時に己の器がいかに小さいのかを知った。
 異常な状況だから、なんていうのは言い訳にもならない。本当に人間としての力があるのならこんなにヘマはしていない。
 高槻や芳野という大人達を見ていると、そう思う。勿論彼らも完璧な存在ではない。
 現に芳野に自分が喝を入れたくらいだ。しかしそれを抜きにしても彼らはやるべきことを既に見つけ出している。
 自分はなし崩し的についていっているだけだ。だからこそ、こんなにも小さいと分かってしまった。

 きっと自分が死んでもそんなに世界は、いやこの島の中でさえ変わりはしないのだろう。代替が利く歯車でしかない。
 しかし量産品の歯車でもやれることはある。決して無能ではないのだと杏は自分に言い聞かせる。
 でも、と杏はやはり思う。量産品でしかない己を必要としてくれる人が欲しい。代替品のままでいるのは怖かった。
 一番や絶対、でなくてもいい。それさえも望むのは度が過ぎるだろうか。
 それでも小さいまま、誰にも特別と思われることなく終わるのは嫌だった。芳野の言葉が思い出される。

『人は誰かの中に残りたい。どんなに小さくても、どんなにちっぽけな行為だとしても。誰かの何かになりたいんだ』

 その通りだ、と思い知らされる。一人でいること自体は怖くない。ひとりでいるのが、怖かった。
 妹の姿を脳裏に浮かばせる。自分も変質しているのなら、椋だってきっと変わっている。
 記憶の中にしかない頼りなげでおどおどしている妹は、きっとどこにもいない。
 大切な家族ではあっても、もう特別な誰かではないのかもしれない。

「朋也……」

 恋していた人の名前を、そしてもういなくなってしまったひとの名前を呼び起こす。
 もしここに彼がいて、もしも自分が告白して、受け入れてくれたらこんな思いをすることもなかっただろうか。
 考えて、だがそれはないと杏は失笑する。そもそもの前提として、自分が告白なんて出来るわけがなかった。

 自分はあまりに臆病過ぎる。

 さっきは芳野に対して啖呵を切ることだって出来たのに。
 一体全体どうしてあんな行為に走れたのかはなはだ不思議だった。
 少しは変わった結果なのかもしれない。土壇場になれば勇気を振り絞れる程度にはなれたのかもしれない。
 何にせよ言えるのは、既に故人となった朋也には、どうこうしても思いを伝える術はないということだ。

19雨とロボット:2009/06/01(月) 22:02:14 ID:1omQIvw60
 ……だから、今の自分を知るためには、もう少し人と付き合う必要がある。
 臆病なのかどうかはそれから判断してもよかった。
 誰かの特別になれるのかも。

 ふと芳野の姿が浮かび、「まさかね」と一人ごちる。何故芳野の姿を思い浮かべたのか自分にも分からない。
 ただ、芳野のあの姿。情けなかった姿を知っているのが自分だけだという事実はあった。
 まだまだ自分は自惚れているらしいということを思い、杏はもう一度溜息をついた。

 それから視線を上げると、タイミングのいいことに芳野たちが戻ってくる姿が見えた。その中には高槻とゆめみもいる。
 手を振って迎えると同時に、ゆめみは高槻の特別なのだろうか、ということが頭に浮かんだ。

     *     *     *

 拝啓皆様方、ご機嫌はいかがでしょうか。
 え? 拝啓おふくろ様じゃない? はあ、と仰られましても……
 すみません、どうにもわたしはこわれているものですから。

 あれから何回かエラーの原因を求めてはいるのですが、どうにも原因が分かりません。
 そもそも、エラーというのはプログラムが完全に正常ではないということの証明でしかないので、
 具体的にどこが悪いのか、ということは教えてくれません。
 自己診断は怪しそうな場所を検索するだけですからまるで見当違いの場所を探していることもあるのです。
 治そうと思えば、プログラマーの方にお見せしなければいけませんね。

 え? 誰に喋っているか、ですか? それは……多分、エラーに対して、ではないでしょうか。
 『独り言』という言葉には多少引っかかるのでしょうが、意味のない行為はわたしのプログラムからは排除されているはずです。
 ですからわたしが独り言を実行することはないはずなのですが……これも、エラーなのでしょうか。

 最近曖昧に答えを濁すことが多くなってきています。深刻な支障ではないから構わないと判断しているのでしょうか。
 分かりません。『正しい』でも『間違っている』でもなく、分からない。
 それ以上に『分からない』のはわたしがこの答えを、人に対して求めないことです。

20雨とロボット:2009/06/01(月) 22:02:31 ID:1omQIvw60
 わたしたちロボットは日々変わっていく言葉に対応するため、聞き慣れない言葉は人に聞くように設計されています。
 ですがわたしは尋ねません。だとするとわたしは答えを分かっているということになる。
 それでもプログラムは分からない、と言います。これはどういうことなのでしょうか?
 ……それに『分かっている』と判断した箇所はどこなのでしょうか?
 おそらく、それもわたしは分かっていて、ですが分からないのでしょう。こわれていますから。

 わたしは高槻さんの姿を見ます。表情を観察する頻度が上がったように思います。
 最近、癖を発見しました。高槻さんの感情は唇で判断出来ます。

 口の端を吊り上げるときは攻撃的な意思を見せます。
 つまらないと思ったときは口をへの字に曲げます。
 困ったときは下唇を上げて頬を掻きます。
 本当に可笑しいと思ったときは口を開けて笑います。
 苦笑いや失笑のときはその半分の大きさに口を開けます。
 悲しいときは唇が動きません。

 これらから高槻さんがどのように感じているか、おおよそ分かるようになりました。
 そしてそのデータはわたしのメモリにつぶさに記憶されています。
 ですからわたしは高槻さんの真似が出来ます。もちろん元来のデータもありますからそれと合わせた上で、となると、
 お客様の応対用の表情データと高槻さんの表情データがあることになります。

 案外わたしは出来る表情が多いみたいです。いくらか実践してみましたが、その度に人口筋肉のデータに記憶されるみたいでした。
 わたしは自らの機能のいくらも使っていないようです。人間の脳みたいですね。スペック上はこなせるのに使っていない。
 使われることのないままデータは奥底に仕舞われている。

 ……ああ、また、意味のない思考をしていますね。上の空という言葉に該当します。
 これは本来わたしたちが使うような言葉でもないのですが……

21雨とロボット:2009/06/01(月) 22:02:50 ID:1omQIvw60
 あ、大丈夫です。ちゃんと皆さんの言葉を記憶しています。聞き逃すことはありません。
 これでもわたしのイヤーレシーバーはそれなりに高感度なんです。
 お客様の不調を訴える声があって、聞き逃したら大変なことですから。
 今のところこれは正常に機能しているみたいです。風の音、雫の落ちる音、木の葉が揺れる音。全部聞き取れます。

 さて、このあたりでわたしたちの行動指針を確認してみましょうか。
 これからわたしたちは学校に戻るそうです。爆弾を作る材料が揃ったそうですから。
 その後に学校の電話で芳野さんの仲間に連絡を取るそうです。後の方針はそれからまた決めるそうです。
 したがってわたしと高槻さんは特にすることがないみたいですね。ですからこんな無駄な思考をしているのでしょうか。

 なるほど。ひとつ学習しました。わたしが無駄な思考をするときは暇なとき、みたいですね。
 学習するときはいつも小牧さんの顔を思い出します。
 一歩ずつ。歩いている小牧さんの姿が、わたしにこれでいいのだと納得させます。

 故人を思い出すときは悲しいときなのだ。そんな言葉もありましたが、それだけではないということも学習しています。
 きっと、わたしの表情もそれを学習している。
 ですから今のわたしは笑っているのでしょう。そしてこの笑みは楽しいことなのだとも、知っています。
 故人を思い出して、笑う。そうするわたしは、やはりおかしいみたいです。

 今のわたしは三人の後に続いて歩いています。
 ひょっとすると一人でいるときという場合が、独り言をする条件に含まれているのでしょうか。
 そう考えたとき、藤林さんが振り向きました。わたしに近づいてきます。正確にはウォプタルさんの足を遅くしたのですが。

「ねえゆめみさん、何だかさっきから高槻と芳野さん、度々張り合っているように見えるんだけど……」
「あ、それは多分ですね……」

 そこでわたしの無駄な思考は一時中断します。やはり、そうでした。
 独り言は一人のときで、尚且つ暇なときにのみされるみたいですね。
 わたしが、わたしを分かっていく。そんな感覚がありました。

 そしてもう一つ。
 わたしはこの状況を、楽しんでいるみたいです。
 何故なら……笑っていますから。

22雨とロボット:2009/06/01(月) 22:03:03 ID:1omQIvw60
【時間:2日目午後23時40分ごろ】
【場所:C-2】

もっと目を早くするべき高槻
【所持品:日本刀、分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、鉈、電動釘打ち機12/12、五寸釘(10本)、防弾アーマー、89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、予備弾(30発)×2、P−90(50/50)、ほか食料・水以外の支給品一式】
【状況:全身に怪我。一旦学校に戻る。船や飛行機などを探す。主催者を直々にブッ潰す】

ほしのゆめみ
【所持品:忍者刀、忍者セット(手裏剣・他)、おたま、S&W 500マグナム(5/5、予備弾2発)、ドラグノフ(0/10)、はんだごて、ほか支給品一式】
【状態:左腕が動くようになった。運動能力向上。パートナーの高槻に従って行動】

芳野祐介
【装備品:ウージー(残弾30/30)、予備マガジン×2、サバイバルナイフ、投げナイフ】
【状態:左腕に刺し傷(治療済み、僅かに痛み有り)】
【目的:一旦学校に戻る。思うように生きてみる】

藤林杏
【所持品1:ロケット花火たくさん、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
【所持品2:日本刀、包丁(浩平のもの)、スコップ、救急箱、ニューナンブM60(5/5)、ニューナンブの予備弾薬2発】
【状態:重傷(処置は完了。激しすぎる運動は出来ない)。芳野に付き従って爆弾の材料及び友人達、椋を探す】

ウォプタル
【状態:杏が乗馬中】

ポテト
【状態:光二個、ウォプタルに乗馬中】

23スタートライン:2009/06/05(金) 00:19:41 ID:pcJ8X0Gk0
 家の縁側に座り込み、じっと世界を見つめ続けている人影があった。
 赤を基調とし、袖の白いパーカーにどこにでもありそうなジーンズ。

 自分でも地味だと感じ、似合わないとさえ思う。
 典型的な日本人の服装は西洋人的な特徴のある我が身には向いていないのだろう。
 小さな唇が笑みの形を作り、すらりと整った顔立ちが柔らかいものになる。
 自分が何者でもないという実感と、そして何にも縛り上げられていないことがただ可笑しくて笑った。

 今の私は誰でもないのだ。
 これまでの自分を全て捨て、一から道を選び取って進んでいかなければならない。
 ただ、それを不思議と苦痛には感じていない。
 今まで道が一つしかなかったのが、実はそうではなく、いくつもの分岐点があると気付けたからなのかもしれない。
 ここまで来るのに結構な時間がかかってしまったが。

 春原が人としてのありようを教えてくれて、美凪が自分にもそうすることが出来るということを教えてくれた。
 少なくともこの二人がいなければここまで『うー』らしくはなれなかっただろう。
 忘れてしまおうと決めた言葉をまだ覚えていることに我ながら呆れる。
 こんな短期間で忘れられるわけもないし、故郷は嫌いではなかったのも事実ではある。

 だがそれ以上に自分はこちら側に近づきすぎた。もう『うー』無しではいられないのも事実。
 『るー』の生き方はそれを許さないのだろう。だから元の名前を捨て、ルーシーという名を語るに至った。
 父母のことを思わないではなかった。自分を優秀だと信じ、送り出してくれたことも未だに思い出せる。
 それを忘れることはきっと悪いことなのだろうし、寂しいとルーシーは思う。

 けれども『るー』として生き、この土地を永久に離れなければならないことの方がよほど寂しい行為のように思えた。
 そう、だから自分は『るー』を捨て、『うー』を選ぶ道を進んだ。
 そのことを後悔してはいないし、いくらかの寂しさはあってもつらくはない。
 本当の勝利。生きる価値のある命。この言葉が勇気を与えてくれている。
 ただ勝つだけの勝ちには意味はないし、そうして生き長らえた命にも意味はない。
 そうだろう、なぎー?

24スタートライン:2009/06/05(金) 00:20:03 ID:pcJ8X0Gk0
 手を伸ばして十字架の感触を確かめる。元は制服のタイピンであり、量産品でしかないそれは格別な重みもない。
 だが確かに命の重みがここにはある。手触りに安心している我が身を確かめ、ルーシーは苦笑した。
 結局のところまだまだ子供なのかもしれない。春原が贈ってくれた服と、美凪の十字架。

 この二つに守られながら自分は生きている。けれどもそれでいいと納得する。
 ここで暮らしていくには、自分は何も知らなさ過ぎるのだから……
 借りはいずれ返せばいいと結論し、ルーシーは穏やかに息を吐き出した。

「さて、そろそろ行くか。渚が待ってる」

 腰を上げ、縁側から外へと踏み出す。まだ雨は降っているかと思ったが、いつの間にか止んでいた。
 空を見上げてみるがまだ雲に覆われているのか、月明かりも見えず黒々とした夜陰が広がっているばかりだ。
 故郷だった星と自分は隔絶されている。そうなのかもしれないと思い、ルーシーは笑った。

 次に見るときは、あの星も星座の一部に成り果てているだけなのだろう。
 それでいい。見えるということは、まだ未練を残しているということに他ならないのだから。
 目を地上に戻し、ルーシーは歩き始めた。
 他の何者でもない、自分だけの名前を背負って。

     *     *     *

 乱雑に並べられた武器や道具の数々をぼんやりと眺めながら、伊吹風子はこれまで交し合った言葉の中身を反芻していた。

 自分にもう少し正直になってもいいんじゃないか。
 弱いのかもしれない。だけど、無力じゃない。
 人はいくらだって強くなれるし、考えだって変えられる。

 優しすぎる言葉だ。少なくとも、今の情けない自分にとってみれば。
 それだけに心が痛くなるし、そう思ってもいいとどこかで受け入れている自分もいる。
 己にその言葉が向けられる価値なんてないのにと思う一方で、だが彼らの言葉もまた事実なのだと思ってもいる。

25スタートライン:2009/06/05(金) 00:20:19 ID:pcJ8X0Gk0
 救われてもいいのだろうか。

 そんな考えが頭を過ぎるたびに、由真や花梨、みちる、そして朋也の姿が思い出される。
 生きたかったはずなのに生きられなかった人達。守るために我が身を犠牲にしていった人達。
 それを思うと、ただ辛かった。どうしてその人達の代わりに自分が生きているのだろうとさえ思う。
 だからといって自分に死ぬことは許されない。既に生きることは責務となり、見殺しにしてきたことは自分の罪だ。
 贖うことこそが生きている意味であり、価値であり、それ以上のものは何もないはずだった。

 しかし新しく出会ったひとの言葉が風子の中身を揺さぶる。断じて変わらないはずの枷を壊そうとしている。
 それでいい、と思う心と、そんなことがあってはいけないと思う心。
 揺れ動いたまま、何も結論を見出せないでいる。そうしてずっと悩み続けていた。

 自分はどう生きたらいいのだろう。

 この質問は出せるわけもないし、出したところで答えてくれる人はいない。
 自分で考え、自分で選ばなければならない問題だった。今の風子にはあまりにも難しすぎる問題だ。
 これから逃げることもまた許されてはいないし、そうするのは最低の人間に他ならない。
 ただすぐに結論が出せるわけでもない。だからこそ彼らは自分に考える時間を与えてくれたのかもしれない。

 俯けていた頭を上げ、風子は短く息を吐き出した。やはり考えはまとまるべくもなかった。
 黙りこんで考え続けていても駄目なのだろう。
 少しでも体を動かせばまた何か思うこともあるかもと考えて、
 風子は散らばった武器道具の数々をリビングに集めて並べておくことにした。

 一度に運びきれる量でもなかったので数度に分けて運び出す。改めて見てみると随分強力そうなラインナップだった。
 風子と死闘を演じた男が持っていたマシンガンにグレネードランチャー、ショットガンに拳銃。
 ひょっとすると、一人で残らなければいけない我が身を案じて強力な武器を残しておいてくれたのかもしれないと風子は思ったが、
 流石にそれは自惚れすぎだと自嘲する。どうしてもまだ、それだけの価値がある人間だとは思えなかった。

26スタートライン:2009/06/05(金) 00:20:36 ID:pcJ8X0Gk0
 道具の中には鉄でできた扇やフライパン、トンカチやカッターナイフもあった。日曜大工でも出来そうだ。
 そんなことを考えつつ最後の道具を運び出す。すると今まで気付かなかったのだが、奇妙なものが混じっていることに気付いた。
 リモコンのような形状のものに、ひとつ大きなスイッチが付いている。あからさまに怪しい。
 何だろうと風子は思ったが、説明書はどこにもないし本体にも何も書かれていない。
 かといって押してみるだけの度胸はなく、風子は何となく煮え切らない気分を抱えてスイッチを置いた。

「……でも」

 気になる。置いてなお、視線はじっとスイッチへと注がれている。あからさまに押せと語っている。
 ならば押さない道理はない……が、何はともあれ危険を潜り抜けてきた風子の経験が押すなと警告してもいる。
 気になりすぎるので逆に考えてみる。あのスイッチは何だ?

 支給品なのは間違いない。問題はどういう場所で使うべきものなのかということだ。
 見間違いがなければだが、あのスイッチにはスイッチ以外何もない。赤外線や電波を送信するためのアンテナがない。
 いや、代わりにあるものがあった。裏側にスピーカーらしき穴があった。

 ……だとするとあそこからは音が出る仕組みになっているのではなかろうか。ならば押しても危険はなさそうだ。
 だが罠の可能性もある。スピーカーに偽装した送信装置ということもあり得る。
 だとするとやはり罠で、押した瞬間自爆したり、なんてことがあるかもしれない。
 やはり危険だ。いつの間にかスイッチを手に取っていた風子は慌ててスイッチを置く。

 どうやら生来の好奇心はここに至っても旺盛なのだと確認して、ふっと苦笑を浮かべる。
 何をやっているのだろう、と思う。遊んでいる暇も楽しむ資格も己には存在しないというのに。
 迷っている。頑として動じなかった心がこんなにもあっけなく揺れている。
 彼らの言葉が優しかったというだけではない。本当に自分の存在を願い、無言で手を差し出してくれていることが分かる。
 だからこそ不実に満ちた我が身を思い、踏み出していいのか悩むのだ。

27スタートライン:2009/06/05(金) 00:20:54 ID:pcJ8X0Gk0
 けれども、もし無力なのではなく、弱いだけなのだとしたら。
 変わっていこうという意思を持っているのだとしたら。
 踏み出さないことこそ、真に逃げているということではないのか。
 泣かず、逃げず、目を背けないと決意しながら、その実言い訳にして現実を見ようとしていないのではないか。
 どうせ自分に価値はないと、情けなく生きていることしか出来ないと分かった風になって。
 それこそ自分が最も嫌い、そうはなるまいと思ってきた人の姿ではないのか。
 最後の最後まで、走り続ける努力を怠っているのではないのか。
 たとえ判定がアウトになろうとも、次の塁を目指すという努力を。

「……岡崎さん」

 もし、まだ機会が残されているのだとしたら。
 選択の余地はまだあるのだとしたら。
 自分の、意思は――

 内奥に向けていた意識は、ガタッという玄関から聞こえてきた音によってかき消された。
 続いてガラガラと扉を開く音がする。風子はここで、鍵を閉め忘れていたということを思い出した。
 なんという失態だろうか。いくら動けなかったからといって今の今まで忘れていたなんて。

 後悔という名の苦渋が口の中に広がり、だがこうしている暇も惜しいと風子は咄嗟にショットガンを掴む。
 武器が近くにあったのがせめてもの救いだった。玄関とリビングに通じる扉に向けて風子は構える。
 往人たちだろう、とは思わない。そうであるならば声をかけてきているだろうし、
 何よりやかましいまーりゃんが黙っているはずはない。それに時間的にも早すぎる。
 ここからどんな選択をするにしろ、まだ死ぬわけにはいかない。

 しかし撃てるのか、と風子は思った。何回か発砲はしているがまだ人を殺したことはない。
 少なくとも、自ら攻撃を仕掛けたことはない。
 ホテルの中にいた連中の姿を思い出す。或いはそうであって欲しいと思っているのかもしれなかった。
 それならば、多少は恨みで紛らわせることが出来るのだから。

「誰か、いるのか」

28スタートライン:2009/06/05(金) 00:21:10 ID:pcJ8X0Gk0
 しかし幸か不幸か、突如発された声は聞き覚えのない女性のもので、風子の知った声ではなかった。
 またまた間の悪いことに、玄関に靴を置き忘れたことを風子は思い出した。
 どうにもこうにも、自分は間抜けというべき種類の人間なのかもしれないと嘆息する。

 だが、何故相手は声をかけているのだろう。普通建物を探るなら自分の存在を知らせるべきではないのは分かっているはずだ。
 ここに至って平和ボケしているなどというのは論外だ。自分でさえ、殺し合いの惨禍には巻き込まれている。
 ならば敵ということではない?

 希望的観測はいけないとこれまでの経験が語りながらも、正直なところ疑うことにも風子は疲れていた。
 どうせ侵入されていることには変わりないし、鉢合わせもするのだろう。だったら友好的に関わってみるほうがいい。
 自ら進んで疑ったり腹を探ったりするなんてことはしたくなかったから。

「どちら様ですか」

 一応ショットガンを下ろし、風子は声に応じた。
 息を呑む気配が伝わり、「本当に反応があった」とひとりごちていた。
 なんとなくだが間抜けさを指摘されたようで悔しさ半分情けなさ半分の風子だった。

「あぁ、済まない。入ってもいいか」
「……どうぞ」

 風子のぶすっとした不貞腐れた声に苦笑する声が返ってくる。本当に格好悪いと思う。
 強くなりたい、と思わないわけにはいかなかった。これが切欠というのもまた格好がつかない話だが。
 そうこう考えているうちに声の主がひょいっと姿を現した。
 その時風子が思ったのは、美人さんだ、という感想だった。

 すらりとした体躯に透き通るような肌の色。ところどころ泥や汚れが見えるものの、それがかえって肌の白さを浮き立たせている。
 西洋によく見られる高い鼻と、色素の抜けた赤みを帯びた瞳。
 そして日本人にはないブロンド風の髪の色が自分とは違う人種であることを際立たせていた。
 そう、まるで御伽噺に出てくるようなお姫様だ。大人だ、と風子は羨まずにはいられなかった。

29スタートライン:2009/06/05(金) 00:21:28 ID:pcJ8X0Gk0
 見た感じ自分とは胸の大きさもそんなに変わらないというのに……
 そこまで思って、いけないと思いなおした風子は若干の嫉妬を以って睨み上げた。
 ここは年上の風格を見せるべきときだ。たとえ童顔だろうと怯んではいけない。

「何の用ですかとっとと言いやがれふぁっきん!」
「……」
「はっ、つい必要以上に辛口になってしまいました。すみませんでした」
「私よりヘンな奴だな……」
「がーん! 変人に変人って言われました! 大ショックです!」
「まあ、私も似たようなものか」

 言った相手はふふ、と笑う。なんとなく上品で、綺麗な笑い方だった。羨ましい。
 なんとなく和やかな雰囲気になる。お互いにショットガンとマシンガンを持ってはいたが。

「ところで、なんでここに来たんですか」
「ん? ああ、足跡が見えてな」

 この家からは複数の足跡が続いていて、戸口も泥やら何やらで汚れていたのだという。
 そこで誰かがいるのかもしれないと思い、探りを入れてみたらしい。
 反応を返したのが風子というわけだ。

 なるほどと風子は思う。となると侵入された原因は寧ろ往人たちにあるのではないだろうか。
 そう考えると自分にさほどのミスはなかったのかもしれないし、
 あったとしても往人たちも同様のことをしていることになる。
 なんとなく気分が軽くなる。思っているほどには失態を犯しているというわけでもなさそうだった。
 ひょっとすると今までもそうだったのかと思うと、我知らず苦笑が漏れた。

「なんだ、バレバレだったんですね……」
「確証はなかったが。声を返してくれてホッとした。
 お前の声があったから無駄に探らずに済んだ。こう言うのも変な話だが、ありがとう」

30スタートライン:2009/06/05(金) 00:21:46 ID:pcJ8X0Gk0
 無駄に疑いたくなかったという旨の言葉が伝えられ、
 どうやら同じことを相手も思っていたようだという事実がさらに風子を楽にさせた。
 案外、自分たちは疑わずに生きていけるものなのかもしれない。そんな感想を抱いた。

「どういたしまして。ですが風子の名前は、伊吹風子です」
「風子? 渚の友達か?」
「渚さんを知ってるんですか!?」

 風子は身を乗り出していた。まさかこんなところで渚の知人と出会うとは思わなかったからだ。
 息のかかりそうな位置まで近づいてきた風子は「落ち着け」と肩を叩かれる。
 はっ、と我を取り戻した風子は頷いて深呼吸を繰り返した。
 リラックスリラックス。年上の風格年上の風格……

「渚とはついさっきも会っている。もっともすぐに分かれてしまったが」
「さっき会ってたんですかっ!?」
「……落ち着け」

 唇から1センチの距離まで近づいていた。
 どうどうと宥められ、そこで我を取り戻した風子は再び深呼吸を繰り返す。
 そこから先は説明が続いた。

 渚たちとの邂逅、些細なすれ違いから一時は別れてしまったこと、
 それが原因で友人を失ってしまったこと、そして仇である水瀬名雪を倒したこと、
 そして今、渚は仲間を助けるために行動を続けているということ。

 淡々と、しかし時折感情を滲ませながら語られた言葉に、風子はなんとなく親近感のようなものを覚えた。
 大切な友人たちを失ってなお生き続けることを課せられた彼女。
 助けられなかった不実を悔やみながらもどうすることも出来ない事実が苦痛となって苛む。
 風子と違うのは、そこからでもまた道を選び、少しでもまともになれるように努力していこうと決めているところだった。

31スタートライン:2009/06/05(金) 00:22:08 ID:pcJ8X0Gk0
 やはり逃げていたのだ、自分は。
 そう思うと情けなる一方、こうして歩んでいる仲間を見つけられたのもまたありがたかった。
 悩んでいたのは自分ひとりではない。

 いや、既にそんなことは分かりきっていたはずなのだ。
 見つめようとしなかっただけで、誰もがこの思いを抱えていることを知っていた。
 だからこそあんな言葉をかけてくれたというのに。

 結局のところ、自分はその域にすら達していなかった。
 恥ずかしいと身が縮こまる思いだったが、ようやくスタートラインに立てたのだという気持ちもまた、確かにあった。
 お姉さんになるにはまだまだ遠いと思いながら、どこかすっきりした胸の内を眺めて、風子は話を聞き終えた。

「そうですか……渚さんは、やっぱり強いですね」
「ああ。あいつは強い。羨ましくなるくらいに。でも、だからこそ、一緒にいたいと思える」

 こうして燻ってはいるがな、と薄く笑いを浮かべて肩を竦めた。
 彼女もまた、風子よりはほんの少し先に進んでいるだけにしか過ぎない。
 そういう意味で自分たちはまだまだ弱い。――でも、無力じゃない。変わっていけるのだ。

「しばらくここで休憩していけばいいと思います。じきに帰ってくると思いますから。……えっと」
「ルーシーだ。ルーシー・マリア・ミソラ」
「ルーシーさんの言っていた那須宗一さん、実は風子も会ってます。ついさっき、ここを出て行きましたから」

 そうなのか、とルーシーは目をしばたかせた。そして奇特な縁だな、と笑った。
 渚は人を惹き付ける力があるのかもしれない、と風子は思った。あの強さが人を惹き付け、結びつける。
 皆と進んでいくだけの力を与えてくれる。そう思えた。

「他にもたくさんの人がいます。……みんなヘンな人たちです」

 風子も笑った。
 それはスタートラインから一歩踏み出した、大人の道を歩みだした人間の笑みだった。

32スタートライン:2009/06/05(金) 00:22:18 ID:pcJ8X0Gk0
時間:2日目午後23時30分頃】
【場所:F−3・民家】

伊吹風子
【所持品:サバイバルナイフ、三角帽子、青い宝石(光四個)、グロック19(0/15)、支給品一式】
【状態:泣かないと決意する。全身に細かい傷、及び鈍痛。民家に残る】

ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(20/30)・予備カートリッジ(30発入×4)、支給品一式×2】
【状態:生き残ることを決意。髪飾りに美凪の制服の十字架をつけている】
【目的:たこ焼き友だちを探す。少々休憩を挟んだ後宗一たちと合流】 

【その他:民家には以下のものが置かれています。
イングラムM10(0/30)、イングラムの予備マガジン×1、M79グレネードランチャー、炸裂弾×2、火炎弾×9、Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×17、スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、SIG(P232)残弾数(2/7)、仕込み鉄扇、ワルサー P38(0/8)、フライパン】

33it's all we could do:2009/06/05(金) 00:39:32 ID:WQFzJPvQ0
 
つう、と頬を伝う涙の意味を、古河早苗は知っている。
知っていながら声は漏らさず、ただ静かに目を伏せて、流れる雫を拭った。
傍らに眠る愛娘の髪を、濡れた指先でそっと撫でる。
涙から滲む悲しさが、温もりに溶けていくように、感じられた。

「ん……」

薄く開いた古河渚の目に映る早苗は、だからいつも通りの微笑みを浮かべていられただろうか。
蒼穹を染めた赤光を、渚は知らない。


***

34it's all we could do:2009/06/05(金) 00:39:58 ID:WQFzJPvQ0
 
「おはようございます、お母さん……」
「おはよう、渚」

寝ぼけ眼を擦りながら上体を起こした古河渚が、ぼんやりと辺りを見回す。
ゆっくりと右を見、左を見て、小さなあくびを一つ。
低速回転を続ける脳が、ここが自室ではないことを徐々に認識していく。
沖木島診療所に併設された居住空間、その小さなリビングと仕切り一枚で隔てられた部屋。
現状と記憶とがようやく一致して、渚の表情が曇る。
ほんの少し、肩を落とした。

「……わたし、また寝ちゃってたんですね」
「色々あったから、疲れていたんでしょう」
「そうでしょうか……。あれ、お母さん」

首を捻る渚が、不意に早苗へ呼びかけた。
毛布を畳みながら早苗が答える。

「何です?」
「なんだか、目が赤くありませんか?」
「……」

ぴくり、と。
畳んだ毛布の四隅を揃える手が、僅かに揺れた。
表情には微笑を貼り付かせたまま、早苗が口を開く。

「……これは」
「……?」
「……私も、少しうとうとしちゃいましたから。そのせいかも知れませんね」
「そうですか……お母さんもお寝坊さんです。……あ、いえ、違いますっ」

言ってから、わたわたと顔の前で渚が手を振ってみせる。

35it's all we could do:2009/06/05(金) 00:40:13 ID:WQFzJPvQ0
「お母さんはわたしなんかより、ずっと疲れているはずですっ!
 少しくらい眠たくても当たり前です! こ、今度はわたしがちゃんと起きていますので
 お母さんはベッドで休んでくださいっ」
「……ありがとう、渚。でも大丈夫ですよ」

容易く誤魔化されてくれるその純粋さと拙い気遣いとが微笑ましく、また哀しくて、
早苗の声が微かに喉に詰まり、掠れる。
たとえそれが単なる先送りであっても、いま伝えなくてもいい真実があると、思いたかった。

「さ、顔を洗っていらっしゃい。それから帰る支度を始めましょう」
「え……?」

きょとんとした顔。
畳み掛けるように続ける。

「渚が寝ている間にまた放送があったの。この島の、」

口をついて出そうになる、殺し合い、という単語を辛うじて止めた。
渚には、聞かせたくなかった。
誰に失笑されようと、そういうものから遠くあってほしかった。
慎重に言葉を選ぶ。

「……戦いは、もう終わったのですって。六時には帰りの船が出るそうです」
「そうなんですか……」
「だから、用意をしないとね」
「あ、お父さんはどうするんですか?」
「……」

何度目かの短い沈黙が降りた。
渚がその意味を推し量ることは、ない。

「やっぱり、ここで待っていた方がいいんでしょうか……?」
「……秋生さんなら、大丈夫ですよ」

結局、それだけを口にするのが精一杯だった。


***

36it's all we could do:2009/06/05(金) 00:41:05 ID:WQFzJPvQ0
 
洗顔を終え、少し饐えた臭いのするタオルで顔を拭きながら戻った渚が目にしたのは、
ダイニングテーブルの上に細々としたものを並べている母の姿である。

「……何してるんですか?」

見ればそこには大小のボウルや目の粗いザル、麺棒に秤、幾つかの匙と小皿。
小麦粉、砂糖、塩、色の濃い小さな瓶。
そしてそれらの中心には、どこから探してきたのか大きな木製のこね板。

「見ての通りですよ」
「でも、これって……」

小麦粉の袋と並べられた牛乳や卵の賞味期限を気にしながら、渚がテーブルの上を見回す。
さすがに物心ついたときから慣れ親しんだ光景である。
理解は早かった。

「パンの材料……でしょう?」
「そうですよ」

蛇口をひねり、計量カップに水を溜めながら早苗が振り向く。
その笑顔には一点の曇りもない。

「―――パンを、焼きましょう」

37it's all we could do:2009/06/05(金) 00:41:40 ID:WQFzJPvQ0
それは、古河渚がこの世に生を受けてからずっと見てきた、始まりの笑み。
どれほど古い記憶の中にもある、無尽蔵の温もりと優しさとをもたらす、笑顔だった。
それが当たり前に存在する幸せを目一杯に享受して、しかしそのくすぐったさを誤魔化すように、
渚が珍しく少しだけ悪戯っぽい表情を作る。

「……お母さんが?」
「ええ、何か?」

まるで通用しなかった。
理解されなかったわけではないのだろうと思う。
ただ、受け止められた。

「い、いえ……」

かなわないな、と思いながら言葉を濁す。
代わりに浮かんだ疑問を口にした。

「だけど、天沢さんたちや川澄さんはまだ……あ、もしかしてそれもわたしの眠ってる間に……?」
「違いますよ、渚」

やわらかく、それでもきっぱりと否定された。
どこか遠く、たとえば十年後や二十年後や、そういうものを見ているような表情で、早苗が続ける。

「私たちは何かを食べなければ、生きていけないから……だから、パンを焼くんです」

ひどく透き通った声音だった。
まるで今ではないいつか、ここではないどこかに向けて語りかけるような言葉。
文字通りの意味よりもずっと重い、今はまだ自分の知らない何かを含んでいるように、渚には思えた。
それが何かは分からない。
悲しいもののようにも、苦しいもののようにも、あるいは本当に愛おしいもののようにも、思えた。
そう思えて、だけど何だかは分からなくて、分からないから手を伸ばそうと、渚が口を開きかける。

「お母さ―――」

ばん、と。
テーブルの上の小さな瓶が倒れるような衝撃を伴って響いた、恐ろしいほどの音に言葉がかき消される。
飛び上がるように振り向いた、その先には扉がある。
白地の薄い扉の向こうには、沖木島診療所の診療室と、待合室。
音は、そちらの方から聞こえた。

38it's all we could do:2009/06/05(金) 00:42:04 ID:WQFzJPvQ0
「……」

誰かが、いる。
暴力的な手段で診療所に侵入した誰かが、扉の向こうにいる。
唾を飲み込もうとして、口の中が乾いているのに気付く。
起きてから水の一杯も飲んでいなかった。
貼りつくような喉の痛みが、奇妙な静けさと混ざり合って鼓動を速めていく。

「―――」

す、と。
音もなく歩を踏み出した母の背に、かける言葉も浮かばない。
一歩、二歩、三歩。
震えも怯えも、その背には感じ取れない。
表情は、見えなかった。
ドアノブに手を、掛ける。
ゆっくりと回し、流れるように戸を引いた、そこに音はなかった。

「……、」

扉の向こうには、暗がりが広がっている。
直射日光に弱い薬品類も置いてある場所だ。
日差しの少ない北向きの窓に、更にブラインドが閉められている。
暗く、どんよりと重いその空間に、

「―――おかえりなさい、舞さん」

白く輝く毛並みが、あった。



***

39it's all we could do:2009/06/05(金) 00:42:24 ID:WQFzJPvQ0
 
 
窓から射すやわらかい陽光が室内を満たしている。
音もなく、暖かく。

はらはらと、雪が舞う。
それは黒い雪だ。
夜空の剥がれて地に落ちるように、漆黒の断片が降り注ぐ。

川澄舞の左腕を覆っていた、それはかつて遥か天空の彼方より飛来した狩猟者の血を引く者たちの証。
鬼と呼ばれる者の、闇を封じた腕である。
罅割れ、欠け落ちていく黒い皮膚の下から本来の肌が顔を覗かせれば、病的なまでに白い腕には
静脈のように薄い青緑色の、しかし決して血管ではあり得ない何かの紋様が刻まれている。
薄い脂としなやか筋肉とを包むきめの細かい肌を侵すように拡がり、手の甲から手首、
肘の辺りに至るまでをぐるぐると幾重にも取り巻くように螺旋を描いたその紋様は、
どこか獲物を前にとぐろを巻く蛇を思わせる。

否、それは事実、蛇である。
刺青のように舞の腕を取り巻いていた紋様は、己を縛り付けていた黒の皮膚がすっかり剥がれ落ちた途端、
まるで生きているかのように、ずるりと動き出していた。
奇妙な青蛇の紋様が、ぞろぞろと気味の悪い音を立てながら舞の腕の中を這い回る。
ややあって、ちろちろと舌を出し入れするその頭が向かったのは腕の先、手指だった。
手首の盛り上がった骨を嬲るように舐め回し、白い手の甲に思うさま己を摺り付け、
掌をゆっくりと撫で上げて、青蛇が舞の指へと辿り着く。
長い、骨ばった指の一本一本を値踏みするように頭を突き入れ、爪の先までをぐずぐずと蹂躙しながら、
嘲笑うようにまた手の甲までを引き戻る。
それを幾度か繰り返し、五指の隅々までを己が慾のままに味わい尽くして、刺青の蛇が最後に
その行く先と定めたのは、人が生涯を縛る鎖を結びつける約定の指―――薬指であった。
産毛すら生えない指の背が、幽かに脂のついた白い腹が、爪の下の赤い肉が、青黒い蛇の紋様に埋め尽くされ、
その色を喪っていく。

40it's all we could do:2009/06/05(金) 00:42:43 ID:WQFzJPvQ0
ぷつりと、指の先に血の珠が浮く。
窓から射す陽光の下に晒して黒い、それは死んだ血の色だった。
つう、と浮いた珠から濡れた糸のように粘つく血が流れ落ちていく。
垂れ落ちて拡がる刹那、糸の先でちろりと舌を出すように、黒い血が僅かに跳ねた。
ずるり、ずるりと音を立てて、蛇の尾が舞の手指から消えていく。
やがて血が止まったときには、もうその手に青黒い紋様は、見えなかった。

その代わりとでもいうように、いつの間にか舞の手に握られていたのは小さな珠である。
子供の遊ぶ硝子玉のような、透き通った丸い珠。
掌中で弄ぶように転がしていた舞が、その珠を指先に摘み上げる。
珠は陽射しの中で黄金色にも、薄く白みがかっているようにも見えた。
ほんの僅かの間を置いて、珠にぴしりと罅が入る。
摘んだ指に力を入れるまでもなく、珠はその役割を自ら知っているように罅を広げていく。
繊細な焼菓子のように割れ砕ける瞬間、珠が立てたのは澄んだ音である。
混じりけのない、清新な高音。
感情も想念もない、純粋を集めて吹いたような音が消えていく。

その余韻を惜しむように、はらはらと舞うものがある。
色は純白。
風のない部屋の中、黒の雪と、青黒い血と、透き通った欠片の散らばった上を覆うように、
何もかもを真白く染めて、祝福は深々と降り積もる。


四つの至宝の織り成す、それは儀式である。


求め、奪い合い、ついに手にした者たちの、これが物語の終着点であった。
長い争いの中に願いがあり、祈りがあり、命があり、生と死とがあり、ならばそれは、叶えられる。
そうでなくてはならなかった。
それを許さぬものが世界であるならば、世界を赦さぬが物語である。
ならばその終幕へと至る道程の、目に見えず在り続ける最後の素因を、物語は請願する。


―――希望あれ、と。



***

41it's all we could do:2009/06/05(金) 00:43:17 ID:WQFzJPvQ0
 
 
ふつふつと、音がする。
コンロに掛けられたヤカンの湯が沸き立つ音だ。

「……あとは焼けるのを待つだけです」

小さなオーブンを見やった早苗が微笑むのへ、舞がこくりと頷く。

「た、食べられるんでしょうか、あれ……」
「……?」

どこか怯えたような娘の表情を不思議そうに見返す早苗。

「パンはいつも食べているでしょう?」
「そういうことではなく……」
「さ、お湯も沸いたみたいですし、お茶にしましょうか」

意に介した風もなく立ち上がり、コンロの火を細める早苗の後ろ姿に、
渚が二の句を継げずに口を閉ざす。

「渚、そこの戸棚からカップを―――」

言い掛けた途端だった。

「―――おい、誰かいるか!?」

響いたのは、男の大声である。
息せき切ったような切羽詰った声音が、診療所の方から聞こえていた。

「医者はいないか! 急患を連れてきた!」
「……あらあら」

火を止めた早苗が困ったように、しかし表情から微笑は消さずに診療所へと続く扉に向かう。

「今日は本当に、お客様がたくさんいらっしゃる日ですね。
 ……渚、お茶は少し多めに淹れておいて頂戴ね」

ドアノブに手を掛けて振り返った、その顔に緊張の色はない。
その空気に引きずられるようにティーセットの用意を始めながら、渚は突然の来訪者にも
椅子から立ち上がろうとすらしない舞の輝くような白い毛並みは犬系だろうか、
それとも猫系のそれだろうか、などとひどく場違いなことをぼんやりと考えている。
目が覚めてからこちら、驚愕と仰天とが重なりすぎて神経が麻痺しているのかもしれない。

「もう、どんなことがあっても驚かない気がします……」

呟いた渚は無論、この上まだ常識を塗り替えられる事態が壁一枚隔てた傍にまで迫っているなどと、
よもや想像だにしていない。

42it's all we could do:2009/06/05(金) 00:43:28 ID:WQFzJPvQ0
 
【時間:2日目 午後1時すぎ】
【場所:I-7 沖木島診療所】

古河早苗
【所持品:日本酒(一升瓶)、ハリセン】
【状態:健康】

古河渚
【所持品:だんご大家族(100人)】
【状態:健康】

川澄舞
 【所持品:村雨】
 【状態:白髪、ムティカパ、エルクゥ】


国崎往人
 【所持品:人形、ラーメンセット(レトルト)】
 【状態:健康・法力喪失】

長岡志保
 【所持品:なし】
 【状態:意識不明】

春原陽平
 【所持品:不明】
 【状態:妊娠・意識不明】

→1009 1071 ルートD-5

43明日ハレの日、ケの昨日:2009/06/10(水) 02:55:29 ID:TIXYJhVg0
「宗一さん、無茶のしすぎです。傷だらけじゃないですか」
「そういう渚こそ危ない真似しやがって。一歩間違えたらそっちが撃たれるところだったぞ」
「宗一さんが助けてくれました」
「そりゃそうだ。もし渚に何かあったら、俺は……」

 そこで那須宗一は言いよどんだ。宗一自身思ってもみなかった言葉がついて出たらしく、視線を虚空へと泳がせる。
 しらを切ればいいものを、あまりにも分かりやすい態度に古河渚でさえも言葉の続きが理解でき、
 顔に熱が昂じているのが自分でも理解出来た。そういえば、いつからお互いに名前で呼び合うようになったのだろう。
 いらぬことまで考えてしまうと思った渚は作業を再開した。包帯が丁寧に宗一に巻かれていく。

 ただ、どことなく気恥ずかしいものが残り視線を合わせ辛くなった。
 治療が終わったらどうしよう、と持て余した感情をどこに向けるか考えてみるも、
 他のメンバーは、というよりは国崎往人を中心として朝霧麻亜子と川澄舞が話し合っている。
 比較的怪我の少なかった麻亜子と往人が捜索を終え、舞に報告しているらしかった。

 自分のところにこないのは宗一の治療をしているからなのか、それともこの雰囲気を感じ取ったからなのか。
 どうもしばらくはここに釘付けらしいということを理解して、渚は悶々とした気分になる。

 よくよく考えてみれば自分たちはとんでもないことをしてきた気がする。
 後ろから抱きすくめられ、情けない姿を晒しあい、てのひらを乗せ合った。
 恋愛経験の少ない、というか全くなかった渚にはそれだけで赤面するには十分だった。
 そして同時に胸が高鳴る我が身に驚き、どういうことなのか理由を求めようとするが話せる相手などこの場にいるはずもなく。
 つまるところ自分で考えるしかないのだった。

 いや考えずとも分かる。宗一の態度は明らかだ。好意を抱いてくれていることは間違いない。
 急に気付いたというよりはここまで考える暇もなく、
 己自身のことを考える時間の方が多かったし奔走していたせいもあったからだというのが理由だ。

 いざ思い返してみれば思い当たることがぽんぽんと飛び出してくる。
 それだけ様々なことがあったということだ。自らの内実に、ルーシーたちとのすれ違い、そして天沢郁未。
 全てに決着がつき、ようやく自分のことを真に考えられるようになった。
 今までではなく、これからのことを。

44明日ハレの日、ケの昨日:2009/06/10(水) 02:56:05 ID:TIXYJhVg0
 その第一歩がこんな話でいいのかという思いにもなったが、それでいいのだとも思う。
 自分は若い。多分、この場の誰よりも子供で世間知らずだ。
 とはいえ気付いたところでいきなり何が出来るでもないし、こうしてギクシャクすることしか出来ていない。

 やはり子供だと思う。少なくとも父母のようになるにはまだまだ遠いのだとも感じる。
 こんな調子で大丈夫だろうか、と少し不安になったが、それでいいんじゃないという苦笑が瓦礫の上から投げかけられた。
 郁未の穏やかな顔がそこにあった。遺体は瓦礫の上に安置されている。
 穴を掘る道具がなかったためここに置いておくしかなかったのだ。

 申し訳ないという気持ちがあったが、そんな気遣いは無用だという郁未の意思のようにも見えた。
 最後まで、郁未は渚が嫌いだった。それでもこうして何を憎むこともない、穏やかな顔をしている。
 きっと嫌いでも認める部分はあったのかもしれないと解釈して、渚は郁未の無言を受け取った。
 じっくり整理していこう。多分、今のわたしにはそうするだけの時間はあると思うから。

「……終わりました。大丈夫ですか?」
「ああ、よし。悪くない」

 関節を動かし、体を捻りながら宗一は「ありがとな」と言った。
 いえ、と応じて次に渚は舞のところへと向かう。
 包帯を巻いたり消毒したりするのは実のところ慣れている。父親の秋生がよく怪我をこしらえて帰ってくることが多かったからだ。
 本人曰く、「全力で野球やってりゃこんなもんよ」と言って笑っていたのを思い出す。
 子供っぽいと思いながらも本当に楽しそうな表情だったのが、密かに羨ましかった。

「すみません、お待たせしました」

 こくりと頷いた舞の顔面は血だらけになっているように見えたが、本人は存外平気そうな顔をしている。
 よく観察してみると傷自体は浅く、激しく動いたせいで多少出血量が増えただけなのだと分かった。
 ましまじと見ていた渚に、察したのか舞が幾分得意そうに呟く。

45明日ハレの日、ケの昨日:2009/06/10(水) 02:56:26 ID:TIXYJhVg0
「受け身を取るのは、得意」
「そうなんですか?」
「慣れてる」

 武道か何かをやっているのだろうか。剣道着を着ているのから考えて、剣道部だろうか。
 渚自体は舞の戦う姿をそれほど見ていたわけではないので確証は持てなかった。
 だがぼんやりとした中にも鋭さが漂う視線と、引き締まった腕の筋肉を見ればそうなのだろうと思う部分はある。

 いずれ分かることだろう。今はそれより優先すべきことがあると思いを入れ替え、渚はタオルを取り出した。
 すみません、と前置きして額を優しく拭う。
 雨のせいか広範囲に散っていた血液は瞬く間にタオルに吸収され、赤の範囲を増していく。

「平気ですか?」
「うん」

 無表情は保たれたままだ。痛くはないのだろうと解釈して、消毒液とガーゼ、包帯を取り出す。

「ちょっと沁みるかもしれませんけど、我慢してくださいね」

 一言置き、消毒液を塗ったガーゼを丁寧に貼り付ける。それでも流石に痛みはあったか、若干片目が閉じられた。
 大丈夫、と即座に言ってきたのが気遣いのように思われ、渚は苦笑を浮かべた。
 この言葉だけで舞が優しい性格なのだと分かる。口数は少ないがそうなのだと理解できる。
 だからもっと知りたいという欲に駆られ、渚は自ずと言葉を口にしていた。

「あの、そういえばちゃんと自己紹介したわけじゃないですよね。改めて自己紹介させてもらってもいいですか?」

46明日ハレの日、ケの昨日:2009/06/10(水) 02:56:46 ID:TIXYJhVg0
 少し前ならこうして自ら積極的になることもなかった。
 己に自信と意味を持てず、坂の下で燻るばかりで知ることを恐れていた頃から思えば、随分進んだと我ながら思う。
 今は怖くない。知るために、好きになるために、坂の先にあるものが見える。歩いていける。
 それこそが『新しい終わり』なのだろう。そう納得して渚は口を開いた。

「古河渚です。実は演劇部の部長さんです。だんご大家族が好きです」
「川澄舞。部活動はしてない。牛丼は嫌いじゃない」

 包帯を巻かれながら、舞も答えてくれる。
 こういうことに慣れていないのか少々たどたどしいのが微笑ましかった。
 自分だってそうなのだが。遠野美凪と自己紹介したときの会話から引っ張ってきたのがその証拠だ。

 或いは美凪とのこの会話がなければそれさえも思い浮かばなかったのかもしれない。
 案外、自分はたくさんの経験をしてきたらしかった。そこには様々なひとの姿がある。
 犠牲の上に有るのではなく、支えられて生きている。
 そのことを実感しながら渚は会話を続ける。

「えっと、学生さんですよね。何年生ですか?」
「三年生」
「あ、わたしと同じです。……といっても、留年しちゃってますけど」
「そうなの? ……不良?」
「残念ですけどはずれです。体が弱くて、病気でたくさん休んじゃったんです」
「……」

 よしよし、というように舞の手が頭に置かれる。
 慰めてくれているのだろうが、年下に励まされていることで何とも複雑な気分になる。
 もちろん嬉しさは圧倒的な割合を占めていたのだが。

47明日ハレの日、ケの昨日:2009/06/10(水) 02:57:11 ID:TIXYJhVg0
「……済みません、あんまり年上っぽくないですよね」
「そうでもない。貴女は優しい。とても……包帯を巻くのも上手だし」
「あはは、包帯はあんまり関係ない気もしますけど……ありがとうございます」
「……渚、って呼んでもいい?」
「あ、はい。それはもちろんです。えっと、そっちは」
「舞、がいい」
「じゃあ、舞さん」
「うん、渚」

 お互いに名前を呼び合う。既に知っている名前であるはずなのに、新鮮な響きがある。
 同時になんとなく照れ臭くもなり、意味もなく笑ってしまう。舞も同じなのか、微かに表情が柔らかみを帯びた。
 と、そこに。

「おーおーどうしたのかねーそこの初々しい少女達よ。あたしを忘れるなんて寂しいなー泣いちゃうぞー?」

 包帯を巻き終えたのを見計らったかのように割り込んできた麻亜子がずいっと顔を出した。
 いかにも冷やかすような声色だった。振り向いてみればいしし、と意地悪な表情を浮かべている。

「あ、す、すみません。仲間はずれにするつもりはなかったんです」

 だが会話に入れていなかったのは事実であるし、申し訳ない気持ちになりながら渚は頭を下げる。

「あ、いや、マジに謝られても困るんだけどさ。うーん厳しい」
「あぅ……ごめんなさい」
「……真面目だねー」

 頭を掻きつつ、麻亜子は苦笑する。以前朋也から真面目すぎる、と言われたことを思い出した。
 性分であるためにこうしてしまうのは仕方がないのだが、折角の雰囲気を台無しにしてしまうわけにはいかない。
 渚は気を取り直してえへへ、と半ば誤魔化すように笑って、麻亜子にも紹介を持ちかけることにした。

48明日ハレの日、ケの昨日:2009/06/10(水) 02:57:28 ID:TIXYJhVg0
「じゃあ改めまして……古河渚です。よろしくお願いします」
「うむ苦しゅうない。余は永遠の十四歳にして稀代の美少女ロリのまーりゃんである」
「まーりゃんさん、ですか?」
「さん付けしなくたっていいんだけどなー。あたしはアイドルゆえにフランクでもおっけーなのさー」
「えっ!? アイドルなんですか!?」
「……まいまいー、この子ド真面目だぞ!」
「まーりゃんが悪いと思う」

 泣きつく麻亜子を一蹴して舞は「こういう人だから」と渚に言った。
 確かに中々変わった人だとは思うが、自分が真面目過ぎるのにも原因がある。
 フランクに、フランクに、と念じるように心中で繰り返して、最後にカツサンドと叫んで会話を再開する。

「えーっと、じゃあまーさん……っていうのは……」

 だが渚にはこれが精一杯だった。どうも呼び捨てにするのは気が引けて仕方がなかったのだ。
 最も変えなければいけないのはここではないのかと嘆息せざるを得なかった。
 だが麻亜子はそれでも嬉しそうに笑って「おっけーおっけー♪」と頷いてくれた。
 いい人だ、と渚は思った。少し変だが、舞同様やさしい人だという感想を抱く。
 自分もこれくらいフランクになれれば、という憧れのような気持ちを持って、渚も笑い返した。

「それじゃあチミにはこの三択を授けよう。
 ①、なぎなぎ
 ②、なーりゃん
 ③、渚ちん
 さぁどれだ!」
「……えっと、普通に名前じゃ」
「却下」

 即答だった。どうやら愛称で呼ぶことは確定事項らしかった。
 戸惑いを覚える一方、今まで愛称で呼ばれることはなかったので身体が芯から温かくなっていくのも感じる。
 きっと麻亜子にとってはこれが普通で、当たり前の事柄なのだろう。
 だからこそ、当たり前の中にいられる自分が、どうしようもなく嬉しかった。

49明日ハレの日、ケの昨日:2009/06/10(水) 02:57:45 ID:TIXYJhVg0
「ええと……それじゃ、さんばん、で」
「ファイナルアンサー?」
「ふぁ、ファイナルアンサー」
「……」
「……」

 じーっとこちらを見つめる麻亜子。数秒単位で表情を変えている。何故か変な顔だった。
 この流れで渚は思い出した。とあるクイズ番組の司会者のモノマネだった。
 多分それについて言及はしないほうがいいのだろうと考えながら、この時間に身を任せることにした。

「正解っ! 渚ちんにはプライスレス!」

 渚は舞の方を見る。舞は目を伏せ、ゆっくりと頭を振った。プライスレスの意味は分かりそうもなかった。

     *     *     *

 女の子は三人寄ればかしましい。いや麻亜子一人だけがかしましいと言うべきか。
 談笑している三人の姿を眺めながら、国崎往人は瓦礫の上に那須宗一と肩を並べて座っていた。
 どうも取り残された感が拭えない。ただ、これはこれでいいという思いはあったので不満もなかった。

 結局のところ、収穫らしい収穫はなかった。
 郁未を倒せたことで確実に殺人を行う者は減っただろうが、まだいなくなったとは限らない。
 生存者もゼロである以上合理的に考えてここからは一刻も早く立ち去り、伊吹風子に合流した方がいいのだが、
 実質的なリーダーである宗一はまだ荷物をまとめていてここから動く気はなさそうだった。

 ちなみに往人に手伝う気はない。疲れているし、宗一も手伝ってくれとは言わなかった。
 ただ手持ち無沙汰であることは確かだった。人形劇でもやってみようかと思ったが、
 相棒代わりだったパン人形は雨に濡れて昇天なさってしまったようだった。
 哀悼の意を数秒ほど捧げ、ドロドロのぐちゃぐちゃのパン人形は郁未の近くに置いておくことにした。
 こんななりでも何人かのひとを笑わせてきた代物だ。地獄での暇つぶしにはなるだろう。

50明日ハレの日、ケの昨日:2009/06/10(水) 02:58:01 ID:TIXYJhVg0
 不思議と郁未にそれほどの感情を抱いていない己を認識して、往人はもう一度郁未の遺体に目を向ける。
 あれほど憎しみで歪んでいたはずの郁未の顔は、内に溜め込んだ負の全てを出し切ったかのように穏やかだ。
 古河渚という人間にはそれほどの力があるのだろうか。

 遠慮がちに、しかし話の中心になって喋っている彼女は往人に神尾観鈴の姿を想起させた。
 観鈴もまた、いるだけで太陽を指してくれる向日葵のような人間だった。
 生い立ちや過去など関係なく、全てを受け入れる存在。往人はそう思った。

 全員が人殺しのはずなのにな。

 軽く笑う。人の死に関わっていない奴はここにはいない。
 皆が悲しいことや辛いこと、犯してはならないことをしてきたはずだった。
 だがそこから来る後ろめたさのようなものは何も感じない。

 人の死から目を背けているわけではない。責任を放棄しているわけでも、増してや忘れたわけでもない。
 しっかりと受け止め、それぞれが自分なりに考え、どうしたいかを決めて歩んでいる。
 自分達を見る連中の中にはこうしているのを許せないと思うのだっているだろう。
 思うのは勝手だ。だが許せるかどうかを決めるのは自分達でしかない。どうこうする権利だってありはしない。
 そういうことなのだろうと納得して、往人は持て余した頭を会話に使うことにした。

「よう、こうして男二人取り残されたわけだが」
「いいんじゃないの? 仲良きことは美しきかな」
「俺達も仲良くしてみるか」
「冗談。男の友情なんて暑苦しいぜ」
「同感だな。ということで、これからどうする。周辺も少し探してみたが遺留品は全部あの瓦礫の下らしい。
 那須が整理しているのが全部だな。つまり、もうここには何もない」
「まずは、麓まで戻る。伊吹もいるしな」

 往人は頷いた。問題はそこから先。舞が元いた集まりの生き残りである藤林椋の捜索をするという目的はあるが、
 それは最優先にするほどの問題でもないし、宗一にくっついていても為せる目的ではある。
 つまるところ往人達に当面することはないといってもよかった。

51明日ハレの日、ケの昨日:2009/06/10(水) 02:58:19 ID:TIXYJhVg0
「俺達は元々別れた仲間を戻すために来てたんだ。渚がいるってことは多分仲間は捕まったと思う。
 ここにいないのは多分怪我をしてるか、或いは……まあ、いずれは分かることだ。
 だから俺達は学校に戻る必要があるな。そこで待ち合わせがあるんだ。……大遅刻してるけど」

 ばつが悪そうに宗一は眉根を寄せる。怒らせると怖いタイプの人間と待ち合わせしているらしい。
 往人には関係なかったので、「大変だな」と言っておいてやる。

「ともかく、ま、そいつは頼りになる奴でね。
 それにいいものも手に入った。ノーパソだ。情報収集には使えるぜ。しかも二台」
「俺には使い方が分からんから、那須に任せる」
「今時パソコンが使えないと、色々と困るぜ?」
「生憎俺は肉体労働派なんだ」
「なるほど。体は大切にしろよ」

 軽口を受け流しつつ、宗一はこれから麓にある学校まで戻るということを頭に入れる。
 となればついていってもいいだろう。宗一が頼りにすると宣言した人間が来るということなら、
 もしかすると脱出の芽が見えるかもしれない。もう下手に動き回る必要性は薄れてきているのだ。

「そういや、お前世界一のエージェントだとかなんとか言ってなかったか」
「はて、どうだったかな」
「道理で銃に詳しかったわけだと思ったよ。なんで隠してた」
「カッコイイから」

 分かる、と思わず言いそうになってしまう。
 誤魔化しに乗ってどうすると自らを窘めるが、さりとて真意を聞き出すことは難しそうだった。
 ひょっとすると、本当に格好いいからという理由だけで隠しているのかもしれないが……
 いずれにしても言っても言わなくても、ここの関係が変わることはなさそうだった。

「よし、整理完了。ありがたく頂いてくぜ郁未さんよ」
「行くのか」
「あいつを怒らせたくないからな」

52明日ハレの日、ケの昨日:2009/06/10(水) 02:58:31 ID:TIXYJhVg0
 宗一が怒られる姿、というのはとても想像できるものではなかった。
 それはそれで面白そうだったので、密かに期待してみることにする。
 国崎往人は意外と野次馬根性なのだ。

 そんなことを考えているとは知らないであろう宗一は女性三人に向かって声を飛ばしていた。
 往人も立ち上がる。暇があれば人形でも探してみようか、と思った。
 とりあえず、人も増えて、見せるべき相手が多くなったのは確実なのだから。

53明日ハレの日、ケの昨日:2009/06/10(水) 02:58:48 ID:TIXYJhVg0
【時間:2日目午後23時00分頃】
【場所:E−4・ホテル跡】

川澄舞
【所持品:日本刀・投げナイフ(残:2本)・支給品一式】
【状態:同志を探す。往人に付き従って行動。強く生きていたいと考えている。額から出血。両手に多少怪我(治療済み。支障は全くない)、肩に浅い切り傷】
【その他:往人に対して強い親近感を抱いている。剣道着を着ている】
その他:舞の持ち物(支給品に携帯食が十数個追加されています。)

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン(32/36)、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:鎖骨にひびが入っている可能性あり。軽い打ち身。往人・舞に同行】
【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、パン人形、38口径ダブルアクション式拳銃(コルトガバメントカスタム)(残弾4/10) 予備弾薬35発ホローポイント弾11発、スペツナズナイフの柄、支給品一式(少年、皐月のものを統合)】
【状況:強く生きることを決意。人形劇で誰かを笑わせてあげたいと考えている。全身にかすり傷。椋の捜索をする】
【その他:左腕に文字を刻んだ。舞に対して親近感を抱いている(本人に自覚なし)】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数0/20)、防弾チョッキ、SPAS12ショットガン8/8発、投げナイフ1本、鉈、H&K SMGⅡ(30/30)、ほか水・食料以外の支給品一式】
【所持品2:S&W M1076 残弾数(6/6)とその予備弾丸9発・トカレフ(TT30)銃弾数(0/8)、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾4/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、S&W、M10(4インチモデル)5/6】
【持ち物3:ノートパソコン×2、支給品一式×3(水は全て空)、腕時計、ただの双眼鏡、カップめんいくつか、セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、何かの充電機】
【状態:全身にかすり傷】
【目的:渚を何が何でも守る。渚達と共に珊瑚を探し、脱出の計画を練る】 

古河渚
【持ち物:おにぎりなど食料品(結構減った)、支給品一式×2(秋生と佳乃のもの)、S&W M29 1/6、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱】
【状態:心機一転。健康】
【目的:人と距離を取らず付き合っていく。最優先目標は宗一を手伝う事】

→B-10

54it's all we could do Ⅱ/ Ha'Olam habah:2009/06/11(木) 16:11:57 ID:AwGSRtsw0
 
「結論から言うと……もうすぐお産が始まります」

嵐の訪れはいつも唐突である。
神ならぬ人の身は自然の猛威を前に驚き、慌て、頭を低くして耐えるより他にない。
たとえそれが、うららかな光の射すリビングに突然巻き起こった小さな嵐であろうとも、何ら変わりなく。

「は?」

長岡志保は間抜けな声を上げ、

「お、お母さん……?」

古河渚は母の言動に戸惑い、

「……」

川澄舞は視線を動かすこともなく紅茶を啜り、

「……苦しい」

そして国崎往人は、己が首を締め上げる細い指の感触に眉を顰めていた。
奇妙に滑る汗が滲んで余計に不快感が増す。

「え? いや、ちょ……はああああ!?」
「落ち着け長岡、起き抜けにあまり騒ぐとまた倒れるぞ。それと俺の首を絞めるな」

隣に座る少女の、薄く肉のついた細腕をどうにか引き剥がそうと苦闘する国崎。
ただでさえ凶悪な目つきが更に険しくなるが、驚愕に揺れる少女は国崎など見てもいない。

「なな、何言ってんのよ志保ちゃんは落ち着いてるわよ変な冗談ばっかり言って早苗さんは!
 けどもしこれが変な夢だったら早く覚めてほしいじゃない!?」
「お前の悪夢は俺の首を絞めると覚めるのか!? いいから離せ!」

がくがくと首を揺らす手を強引に剥がし、汗ばむ肩を掴んで無理やり椅子に座らせる。

55it's all we could do Ⅱ/ Ha'Olam habah:2009/06/11(木) 16:12:14 ID:AwGSRtsw0
「……ふう。目を覚ました途端にこれだ」

ごほん、と咳払いを一つ。
呼吸を整える。

「しかしまあ、なんだ。落ち着いた方がいいのは、あんたも……だな」

鋭い眼光が睨むように向けられた先には、台風の目。
自らの発言が巻き起こした嵐など知らぬげに微笑む、古河早苗がいた。
その泰然自若とした様子にやりにくさを感じながら、国崎が続ける。

「こいつは男だ。見れば分かるだろう」
「ええ、拝見させていただきました」

間髪いれずに答えが返ってくる。
いきなりの直球で核心を突いたつもりが、見事に打ち返されていた。

「なら分かるだろう!? 男がどうやって子供を孕むというんだ!」

もしかして眼前の女は少し頭の中身が残念なのかもしれないという懸念が、
国崎の口調をほんの少しだけ荒くする。
ちらりと横目で見たベッドの上には一人分の膨らみがある。
苦しげな表情で横たわる金髪の少年、春原陽平であった。
時折漏らす声は力なく、意識はいまだ戻らない。
薄いブランケットを掛けられた細身の身体には、一見して異常な点がある。
布団に隠された下腹部が、極端に肥大していた。
一抱えほどもありそうなその様は、まるで布団の下に何かを詰めているかのように見えるが、
無論一同が囲んでいるのはそのような悪い冗談の産物ではない。
確かに少年の下腹部自体が膨れ上がっているのだった。

「ええ、私もそうは思ったのですけど……」
「けど、何だ!?」

肥大に耐えきれぬ衣服は、既に早苗によって上下とも脱がされている。
生身を晒した肩と言わず胸と言わずだらだらと脂汗を掻き、苦悶を浮かべる少年の様子を見て
思わず浮かぶ連想を、国崎があえて断ち切る。

「ですが、子宮口もかなり開いているみたいですし……」
「……」
「……」
「……何だと?」

56it's all we could do Ⅱ/ Ha'Olam habah:2009/06/11(木) 16:12:30 ID:AwGSRtsw0
一瞬降りた沈黙が、粘つくように国崎の喉に引っかかる。
振り払って、聞き返す。
たった今、眼前の女から出た言葉の意味を、咀嚼しかねていた。
否、決して咀嚼してはいけない単語を耳にしたような、そんな気がした。
もう一度尋ねればきっと、自分の聞き間違いだったと分かるだろう。
そんな、淡い期待があった。

「ですから子宮口が。破水する前に準備を始めないといけないかもしれません」
「いや、ちょっと待て」

淡い期待は木っ端微塵に打ち砕かれていた。
わたしキッチン見てきますねー、という渚の暢気な声が脳髄の奥で頭痛の種を芽吹かせ、
痛覚を刺激しだすのをこめかみを揉んで和らげながら、国崎が早苗の言葉を遮る。

「今、何と言った」
「……?」
「不思議そうな顔をするな!」
「破水する前に準備を……」
「その前だ!」

小首を傾げる早苗の表情に、ふつふつと沸き上がるこの感情は怒りだろうかと
自問しつつ国崎が噛みつく。

「えっと……子宮口もかなり開きかけています、でしょうか?」
「子宮口」
「ええ」
「……」
「……それが何か?」

沈黙が、降りた。

「……」
「……」
「があああああああ!」
「ひゃっ!? ちょっと何なのよ!?」

57it's all we could do Ⅱ/ Ha'Olam habah:2009/06/11(木) 16:12:55 ID:AwGSRtsw0
急に大声を上げ、がりがりと頭を掻き毟りながら立ち上がった国崎に、
隣に座った志保がびくりと肩を震わせる。
がたりと揺れた拍子に零れた紅茶が、テーブルに拡がっていく。
無言を保っている白毛の少女、舞がぎろりと国崎を睨んだ。
気にした風もなく早苗に詰め寄る国崎。

「あんたは何を言ってるんだ!? いい大人が保健体育の授業からやり直すか!?
 子宮口!? そんなものが男にあるはずがないだろうが!」
「ご覧になりますか?」
「……は?」

あっけらかんと言い放たれ、国崎が言葉に詰まった。
思考に生まれた一瞬の空隙を突くように、早苗がちょいちょいと手招きしている。
導かれるようにふらふらとベッドに歩み寄ってしまう国崎。
微笑んだままの早苗が、テーブルからは見えないようにそっとブランケットをたくし上げた。
何一つ身につけていない少年の下半身が、国崎の眼前に晒される。

「……」
「触らないでくださいね」
「……」
「こうして……、ほら、ここから覗いてみると……きゃっ!?」

がばり、と国崎が顔を上げる。
そのまま手近な壁に駆け寄ると、ガンガンと額を打ちつけ始めた。

「う、うおおおおおおおおおお!!」
「な、何やってんのよあんた!? とうとう本格的におかしくなったの!?」
「そんなわけあるか! ……いや待てよ、そうなのかも知れん……。
 俺は頭がおかしくなってしまったのか……!?」
「はあ!? ちょっと、本当に大丈夫なのあんた?」
「……おい、お前」

ぎらり、と鋭い眼光が志保を射抜く。

「ふん、あたしはおい、とかお前、なんて名前じゃな……何すんのよ!?」
「いいからちょっと来い!」

腕を掴まれ、引きずられるようにして志保が連れて来られたのは少年の横たわるベッドである。

「ッ痛いわね!」
「……こいつにも、見せてやってくれないか」
「ちょっと! 人の話を聞きなさいよ!」

58it's all we could do Ⅱ/ Ha'Olam habah:2009/06/11(木) 16:13:11 ID:AwGSRtsw0
振りほどいた腕をさすって志保が睨みつけるが、どんよりと暗い目をした国崎は意に介さない。
抗議を無視して尋ねるのへ、少し困ったような顔で早苗が答える。

「子供たちには少し刺激が強いかも知れませんが……」
「構わん。百聞は一見にしかず、だ」
「あんたねえ、いい加減に……!」

激昂しかけた志保に、国崎が少年を指さして言う。

「……いいから見てみろ」
「何よ、何なのよ……って、いやああああああああああああ!?」

視線を向けた志保の頬が紅潮するまで一秒もかからなかった。
頭から湯気を出しそうな勢いで赤らんだ顔を手で覆い、白い壁紙の貼られた天井を仰ぎ、
指の隙間からもう一度ちらりと少年の一部を見やって、大きく息を吸い込むと、

「こんの……ド変態ぃぃ!!」
「ぐぉッ!?」

鳩尾に、綺麗な一撃。
思わずくの字を描いた国崎の、下がった頬に更なる追撃が入る。
平手ではなく握った拳の打撃に表情を歪める国崎の襟首を、怒髪天を突く志保が掴んで引き寄せた。

「ちょっと! どうしてくれんの! 殴った手が痛いじゃない! 痛くないように殴られなさいよバカ!」
「か、勝手なことを言うな……! それより、見たか……!?」
「見たわよ! バッチリ見せられちゃったわよ! ナニ見せんのよこの痴漢! 変態! 変質者!
 乙女の純情を踏み躙った罪を今からたっぷり後悔させてあげるから死んで反省しなさい!」
「無茶苦茶言うな! 見せたいのはそっちじゃない、その下だ!」

息も絶え絶えに国崎の指さす先へ、つられた志保が視線を動かす。
そこにあるのは、たくし上げられた白いブランケットと、一糸纏わぬ春原少年の下半身。
またも一秒かからず紅潮しかけた志保が、ふと気付く。
国崎が示す指の、正確な延長線上。
そこにあるのは、毛むくじゃらの達磨とその尻尾のような見慣れないモノと、それから。
見慣れた、というほどまじまじと見たりはしないけれど、それなりに見覚えのある、器官。

59it's all we could do Ⅱ/ Ha'Olam habah:2009/06/11(木) 16:13:31 ID:AwGSRtsw0
「んー……?」
「……」
「……んんー、」

目をすがめ、顔を近づけ、指を伸ばそうとして早苗に触ってはいけませんと窘められて引っ込め、

「……キモっ」

結論を出した。
同時、国崎が床に崩れ落ちる。

「うおおーっ!」
「何よあんた、うっさいわねえ」

一通り床を転げまわって悶えた国崎が、立ち上がって志保に詰め寄った。

「それだけか!? 本当にそれだけなのかお前!?」
「だって……」

少年と、その一部を横目で見る志保。
達磨の方も段々慣れてきた。

「両方あるなんて、キモいじゃない」
「お前な……」

率直過ぎる感想に、国崎が嘆息する。

「両性具有……というのは聞いたことがあるが、しかし……」
「ええ。こういうものでは、ないと思います」

国崎の言葉を引き取って、早苗が頷く。

「ちゃんとお産ができるのかどうかも、正直なところよく分かりません」
「……ねえ、あたし難しいことはよく分からないんだけどさ」

表情を曇らせた早苗に、志保が顔を向けて肩をすくめる。

「現にこいつがここにいるんだから、仕方ないじゃん。
 考えなきゃいけないのは、何で……じゃなくて、どうするか……ってことなんでしょ?」
「おい、簡単に言うがな……」

言いかけた国崎を、早苗が身振りで制する。

60it's all we could do Ⅱ/ Ha'Olam habah:2009/06/11(木) 16:13:44 ID:AwGSRtsw0
「……そうですね。長岡さんの仰る通りです」

曇りを払うように微笑んだ早苗が、苦しげに顔を歪める春原の額に浮かんだ汗を優しく拭う。
そのまま跪くと、静かに春原の腹に耳を当てた。

「わ……!」
「おい……」
「ほら、こうすると」

驚く二人に、早苗は慈母の笑みを向ける。

「とくん、とくん、って。生まれたい、って言ってます。
 なら……私たちにできるのは、そのお手伝いでしたね」

その笑みの、輝くような温かさに気圧されながら、国崎が口を開こうとする。

「いや、しかしな……」
「あ、お母さん」

言いかけた言葉は、背後からの声に遮られた。
振り返った国崎の視線の先には、古河渚が立っている。

「どうかしましたか、渚?」
「パンが焼けたみたいですー」
「あら、本当? ありがとう」

ぱたぱたとスリッパを鳴らしてキッチンに消える早苗の背を見送って、
国崎が深い、深い溜息をついた。

61it's all we could do Ⅱ/ Ha'Olam habah:2009/06/11(木) 16:13:59 ID:AwGSRtsw0
 
【時間:2日目 午後2時ごろ】
【場所:I-7 沖木島診療所】

古河早苗
【所持品:日本酒(一升瓶)、ハリセン】
【状態:健康】

国崎往人
 【所持品:人形、ラーメンセット(レトルト)】
 【状態:疲労・法力喪失】

長岡志保
 【所持品:なし】
 【状態:健康】

古河渚
【所持品:だんご大家族(100人)】
【状態:健康】

川澄舞
 【所持品:村雨】
 【状態:健康、白髪、ムティカパ、エルクゥ】

春原陽平
 【所持品:不明】
 【状態:妊娠・意識不明】

→1074 ルートD-5

62来客予報:2009/06/14(日) 00:30:44 ID:Sd7UWGMg0
「遅いな、初音ちゃん。すぐ戻るって言ってたのに……」

そわそわとした様子で、視線を辺りに彷徨わせながら長瀬祐介が呟いた。
彼が今座っている椅子の正面、少し前までそこで朝食を摂っていた少女はここにはいない。
支給された食べかけのパンは、そのままの状態で放置されていた。

時刻は午前七時を回っている。
第二回目の放送が行われてから、一時間の時間が経った。
放送はこの民家に滞在していた三人に、大きな衝撃をもたらすことになる。
まずその人数。
第一回目の放送時に流れた名前の倍以上の人数が、今回の放送にて発表された。

そこには祐介にとって、馴染み深い少女達の名前も並ぶことになる。
心を許した愛しい彼女達との永遠の別離、実質上祐介が元からの知り合いで心を許していた人間は、これで零となった。
顔見知りである太田香奈子や月島拓也の存在を、無視するという気が祐介の中にある訳ではない。
しかし心理的に祐介が最優先する存在が、二人を置き去りにした状態のままここで浮上したことになる。
それが彼女、柏木初音だった。

『ごめんなさい。大丈夫。大丈夫だよ……』

顔面蒼白の少女が呟く。
声は小さく震えていた。初音の動揺が、そこには直に表れている。
三人の姉を含む親族達と共にこの島に放たれた初音は、姉妹の中でも末っ子である四女だった。
しっかりしているものの、根は甘えん坊であり誰かに縋ることで自己を回復している面が、初音にはある。
そんな彼女は、このたった一晩で多くの家族を奪われた。
初音は結局、血を分けたかけがえのない姉妹達と再会することが叶わなかったのだ。
金輪際、未来永劫。
この争いにより大切な身内を失った初音のことを思うだけで、祐介は胸が締め付けられそうになる。


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