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避難用作品投下スレ5

3The Show Must Go On:2009/05/28(木) 19:53:14 ID:bPDQ.pLs0
 
「……好き勝手言いやがる、戦争屋が」

吐き棄てるように呟いた、来栖川綾香の表情に光明は射さぬ。
見上げれば突き抜けるように青い空。
君臨する日輪は大地とそこに這う者たちを灼き尽くさんと輝いている。
感情を殺した瞳が次に見回したのは周囲。
荒涼たる大地の他には何もない。
血だまりと、焼け焦げた僅かな草木と、粉砕された石くれだけで構成された光景がどこまでも広がっている。
細く息を吐きながら最後に視線を下ろせば、そこには闇。
終末の使者、悪夢たる長瀬源五郎を呑み込んだ深い亀裂があった。

「セリオは……この下、か」

いまだ微かな震えの続く神塚山の山頂。
その中心にぱっくりと口を開けた、それは暗い大地の顎である。
人の十人や二十人を容易く飲み込まんとするその裂け目はどこまで続いているかも分からぬ。
先細りになっているものか、或いは内部で洞穴の如く拡がっているかも見て取れなかった。
しかし来栖川綾香の歩様と表情に迷いはない。
無明の断崖へと一歩を踏み出そうとしたその背に、しかし寸前、かけられる声がある。

「―――どこへ行く、来栖川」
「……何だ白髪頭」

つまらなそうに息をついた綾香は、振り返りすらしない。
肩越しに目線だけを向けて、ほんの微かに口角を上げる。
笑みとも呼べぬ、牙を剥き出しただけの貌が声の主、坂神蝉丸を睨んでいた。

「焦るなよ、すぐに戻って殺してやるさ」
「……」

挑発じみた言葉に応えが返るまで、僅かな間があった。
坂神蝉丸が何を思ったかは知れぬ。
脳裏に浮かんだのは夢の半ばに散った少年の顔か、或いはただ殺戮の道具として斃れていった
幾多の少女たちの無念か。
泥濘に汚れたその静かな表情からは杳として読み取れなかった。

「来栖川、貴様の従者は既に―――」

何を思い、何と続けようとしたのか。
それを知る術は、最早ない。
途切れた言葉の続くことは、遂になかった。
蝉丸の眼前。
心底から呆れたように。
表情を歪め、肩をすくめてみせた来栖川綾香が、躊躇なく。

「―――で?」

それだけを呟いて。
足を、踏み出していた。
一歩めは助走。
二歩めは跳躍。
三歩めは、ない。
その姿が、掻き消えた。

「……!」

表情を険しくした蝉丸が、絶壁に駆け寄る。
しかしその目に映るものは、闇と黒。
光射さぬ断崖のどこまでも拡がる暗闇と、身を躍らせた来栖川綾香の短く切り揃えられた黒髪。
その黒髪が風に靡いて広がって、闇と融け合うように小さくなっていく姿のみであった。
落下と降下の相半ばを縫うように、小さな影が断崖を蹴りながら漆黒の底に消えていく。

それが坂神蝉丸の見た、来栖川綾香の最後の姿である。


***


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