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避難用作品投下スレ4

1管理人★:2008/08/01(金) 02:07:08 ID:???0
葉鍵ロワイアル3の作品投下スレッドです。

46十一時三十二分/戦舞:2008/09/09(火) 14:30:33 ID:1PXLw4M.0
「―――」

巨獣のものと自身のものと、混ざり合って濁った血をばたばたと流す拳を引き抜いて、
雪見がゆらりと手を伸ばす。
唸りを上げることも許されず沈黙した巨獣の、ぐったりとした大蛇の尾がそこにあった。
既に明確な意識もなく、当初の目的すら思考できぬ雪見の、しかし妄執がそうさせたものか。
魔犬から引き継がれた巨獣の尾を掴もうとして折れ砕けた拳ではうまくいかず、
伸ばしたもう片方の手をやはり鮮血で滑らせ、両の腕で抱きしめるようにして、
ようやくその大人の腕ほどもある大蛇を保持する。
黄金の腕の中から、みしみしと奇妙な音が響きだした。
何か無数の編み紐が、一本づつ千切れていくような音。
ばたばたと、ようやく大蛇が暴れだした。
しかし顎はがっしりと小脇に抱えられ、牙を剥くことすらできない。
口腔の隙間から吐き出される毒液も雪見の背後に小さな池を作るのみ。
巨獣はまだ動かない。
女神の加護と少女の妄執を乗せた頭部への打撃は、見上げるようなその巨躯をして
昏倒せしめるに足るものだった。
みちみちと、音の質が変わっていく。
肉が、筋が、腱が断たれる音。
雪見に表情はない。
意識も感情もなく、ただ妄執をもって大蛇の尾を締め上げ、引き千切ろうとしていた。
大蛇が、次第にその抵抗を弱めていく。
雪見が黄金の足甲に包まれた踵を巨獣に乗せた。
小さな呼吸。
ぶぢ、という音は一瞬だった。

「――――――!」

於々、というそれは咆哮ではなく、悲鳴。
断たれるでなく、焼かれるでなく、神経索の一本一本を生かしたまま引き千切られる苦痛。
かつて川澄舞と呼ばれていた巨獣の覚醒は、筆舌に尽くしがたい地獄の辛苦によってもたらされていた。
のたうつ巨獣の傍、しかし深山雪見もまた倒れ伏していた。
どれほどの力を込めていたものか。
大蛇の尾を毟り取った雪見が勢い余って倒れこんだ先は大蛇の吐いた毒の沼である。
全身の傷という傷から染み入る致死の毒を、雪見は既に感じていない。
細く不安定な呼吸の中、既に光を映さぬ瞳をあらぬ方へと向けながら大蛇の尾を抱きしめていた。

47十一時三十二分/戦舞:2008/09/09(火) 14:30:53 ID:1PXLw4M.0
拷、と。
風を裂き、神塚山に満ちる焦熱と爆音を折伏するが如き大音声が響いた。
ようやくにして立ち上がった、白き巨獣の咆哮である。
その血の色の瞳に映るのは、憎の一文字。
びりびりと全身の剛毛を逆立てた白虎が、大きく後ろに跳ねた。
身を震わせ、もう一度吼える。
潰れた鼻と血泡を吹く上顎が物語るのは巨獣の痛手ではない。
森の王と呼ばれた巨獣の、或いは鬼と恐れられた異種族の、そして神代を生きた魔犬の、その裔。
数奇な運命の結実たる獣の王、その箍が真に外されたことを意味していた。

眼前の存在が滅するべき総て。
或いは、眼前の総てが滅するべき存在であった。

転がり伏す矮小な黄金の鎧姿も。
無数に涌き出す有象無象も。
そしてまた、

巨獣の眼前に、影が落ちる。
それは鹿沼葉子の打撃によって足を崩された巨人の、苦し紛れに大地へと突かれた手。

―――そしてまた、天から落ちた、肉の巨柱すらも。
巨獣の滅するべき、矮小な総て。

がぱり、と。
巨獣の顎が開かれた。

蒼穹の下、風が奇妙に歪んでいく。
日輪に照らされているはずの大地が、白く煙る。
それは世界の中、巨獣の君臨する一角だけが灰色に染め上げられていくような錯覚。

世界を塗り替えた灰色から、ノイズが消えていく。
残るのは、純粋な白。

透き通る白という矛盾を睥睨して、獣王の顎が小さな音を響かせた。
詠のような、祝詞のような、或いは硝子細工の割れるような、響き。

刹那。
世界が、白く染め上げられた。


***

48十一時三十二分/戦舞:2008/09/09(火) 14:31:41 ID:1PXLw4M.0
 
疾ったのは白い波涛。
荒れ狂う純白の怒り。
吹き荒ぶ清白の暴風である。
悪夢の如き白の煌きが伸ばした手に触れたものは、悉くがその姿を変えていく。

焦熱に炙られる草から立ち上っていた煙が、消えた。
赤褐色の血痕で覆われた岩盤が、真白く塗り替えられた。
立ち竦む砧夕霧の群れが、透き通った光の中で次々と物言わぬオブジェと化した。
大地に突かれた巨人の腕が、その根元から白い風に覆われて、めりめりと音を立てながら
最初は真白く、そして次の瞬間には曇り硝子にでも包まれたように、その輪郭を歪めた。

一陣の白き魔風が吹き抜けた先に、動くものはない。
最後に、黄金の鎧に身を固めた少女の像が一体、ごとりと音を立てて倒れた。
黄金の像を包み込んでいたのは、水晶とも見紛う透明。
白の閃光が駆け抜けた一瞬の後、神塚山山頂に現れていたのは無数の氷柱が林立する、
氷の世界であった。

「……これだから厄介なのだ、固有種というものは」

凍てついた睫毛を瞬かせながら呟いたのは光岡悟である。
手にした一刀を振るえば、袖からぱらぱらと霜が落ちた。

「しかし……」
「……好機は重なった」

言葉を継いだのは坂神蝉丸。
カーキ色の軍服を純白に染めたその姿はまるで雪中行軍の途中であったかのような有様である。

「凍りついたあの片腕を崩せば……」
「……さしもの長瀬も、ようやく頭を垂れるということだ」

仕返しのように継ぎ穂を奪う光岡に、蝉丸が静かに頷く。

「見えてきた、な」

言って白刃を翳した蝉丸が、しかし次の瞬間、表情を険しくする。
弾かれたように振り返って身構えた、その視界の先から飛び来るものがあった。

「黒い、雷……!?」

蝉丸の目に映ったのは、つい今しがた山頂を覆った白い波と対を為すような漆黒。
光を映さぬことが黒という色の定義。
しかし蒼い空を断ち割るようなそれは、蝉丸をして思わず呟かせたように、
黒い稲光と呼ぶ他にないものであった。
それは天空を飛ぶ破城の槍。
光を絡め取るような漆黒の、一閃である。

「この戦……」

押し殺すような声で呟いたのは光岡。

「案外と、早く片が着くかも知れんな」

見据える頭上を、漆黒の光槍が駆け抜けていく。
肩越しに見るまでもなく、黒槍が目指す先は明らかだった。
凍りついた巨人の片腕を目掛けて、黒い雷光がまるで吸い込まれるように、着弾した。

氷柱が、砕ける。
その内部に閉じ込めた、膨大な血と肉と骨とを巻き込みながら。


***

49十一時三十二分/戦舞:2008/09/09(火) 14:32:11 ID:1PXLw4M.0
 
神塚山の北麓、その山道の中ほどに存在するそれは殺戮に満ちた島の中心にありながら、
ひどく場違いな様相を呈している。
黒いフェルトに包まれた、人の身の丈ほどもあるそれを、ぬいぐるみという。
デフォルメされた蛙をモチーフとしているようでありながら眼球以外を黒一色に
染め上げれられたその姿は、ある種の迫力と異様の両方を見る者に伝えていた。

ぱりぱりと黒い雷を纏って屹立するそれを、大儀そうに撫でた女がいる。
命を倦みながら生を渇望する老婆の如き白く濁った瞳孔が、ねっとりと見上げるのは遥か山頂。
この島で最も高い場所に立つ、裸身の巨人が残された片腕を失って崩れ落ちるのを、女はじっと見ていた。

「回れ、回れ、歴史の歯車」

もごもごと、半世紀も前に過ぎ去った少女時代を反芻するように手毬歌を呟くが如き声。
憧憬と羨望と後悔とが均等に交じりあった、吐き気を催すような呪詛の唄。

「袋小路のどん詰まり、まだ見ぬ枝葉の分岐まで」

街角の片隅で、畳一畳分の小さな栄枯と衰勢を眺めてきたような、矮小で傲慢な視野。
丸められた背中が、ふるふると震える。

「水瀬の知らない幸福を、水瀬の知らない災厄を、水瀬の知らない終焉を」

女の名を、水瀬名雪という。
数十、数百に及ぶ生を繰り返す内に磨耗して、生きるという言葉の意味を見失った女である。
相沢祐一という希望と、水瀬という名の他には何も持たぬ。
少女の姿の肉袋に詰められた、しわがれ果てた老婆。
黒い稲妻の一閃をもって砧夕霧の片腕を崩壊せしめた、それが水瀬名雪という女だった。


***

50十一時三十二分/戦舞:2008/09/09(火) 14:32:36 ID:1PXLw4M.0
 
その山の上に、連携という文字は存在しなかった。
各々が各々の刃を振るったという、ただそれだけのことである。

駆ける蝉丸の胸にも感慨はない。
乳房と片膝を抉られ、両の腕を喪失して成す術もなく倒れ伏す巨人にも、哀れみは覚えない。

蝉丸は己が駆ける意味を知らぬ。
討つべき敵と取り戻すべき旗印がある、それだけで白刃を閃かせる理由になると、そう考えている。
いずれ答えの出ない思索に埋没するだけの余裕など、ありはしなかった。
戦場から戦場を渡り歩いてきたのが坂神蝉丸という男であった。

「―――」

その脇を疾駆しながら、光岡悟は思う。
坂神蝉丸という男を突き動かしているのは、畢竟、不安である。
國の為に文字通り己が身を捨て、化け物じみた力を得た。
人にあらざる自身を受け容れることは容易ではない。
縋る何かが、必要なのだった。
光岡悟にとってのそれが九品仏大志であるように、坂神蝉丸にとってのそれは戦場であり、
掲げる旗であり、守るべき弱者なのだろう。
いずれかが失われれば、蝉丸は陸に上がった魚も同じ。
息を詰まらせて、死んでいく。
坂神蝉丸にとっての幸福と平穏は、血煙と白刃の間にしか存在しないのだ。

のたうつ巨人の、白い喉笛が、迫る。

ざくり、と食い込む刃が、ぼたぼたと鮮血を伝わせる。
気にした風もなく抉り込んだ蝉丸の一刀が、縦一文字に傷口を広げていく。
物も言わず、楽に潜れるほどまで切り開いた喉笛の、桃色の肉を覗かせる真皮を掴むと、
蝉丸はぐいと蚊帳でも開くように無造作に、巨人の喉を割り裂いた。

轟、と吹いた生温い風は吐息であろうか。
銀髪を靡かせながら傷口に踏み込んだ軍靴が、ずぶりと脂に沈む。
そこに狭い空間と、二つの影があった。

51十一時三十二分/戦舞:2008/09/09(火) 14:33:08 ID:1PXLw4M.0
「実に、実に厄介な男だね、君は」

ごうごうと吹き荒ぶ風の中で、奇妙に通る声が響く。
周囲を包む桃色の肉に無数のケーブルで己が身体を繋ぎ止めた、醜悪な姿。
長瀬源五郎である。

「久瀬大臣の長男坊の次はこの人形……庇護欲に縋らねば生きられないかね?」

そう言って長瀬が抱きすくめるように笑ったのは、白い裸身。
やはり幾本かのケーブルを埋め込まれて長瀬へと繋がれた、砧夕霧の中枢体であった。
その表情は動かない。絶望という絶望を凝縮して固めたような、断末魔の形相。

「―――」

蝉丸は答えない。
ただ、一歩を踏み込んだ。

「愚かなことだ。人機は融合し次の段階へ進もうとしているというのに。
 その過程に取り残された失敗作が、嫉みで歴史を阻害する」

一歩。
蝉丸の周囲、前後左右上下の全方位からケーブルが顔を出した。
鋭い穂先を向けて、飛ぶ。
一瞬の後、そのすべてが二振りの白刃の下に切り落とされ、桃色の肉の上に落ちた。

「……君もかね、光岡悟。遺物たる強化兵」

蝉丸の背後から迫っていたケーブルを叩き落した光岡は、やはり無言。
更に、一歩。

「理解しろとは言わんよ。君らに理解できるはずもない。だが、だが歴史は止まらない。
 私の娘たちは、新たな時代の幕を開け―――」

言葉が、途切れる。
長瀬源五郎の、幾本ものコードが埋め込まれた胸の中心に、蝉丸の白刃が突き込まれていた。
ごぼりと血泡を噴き出した長瀬が、それでもにやりと口の端を上げる。

「―――ッ!」

裂帛の気合、一閃。
血飛沫が、飛んだ。
長瀬の胸を肩口まで切り裂いた蝉丸の刃が、返す刀で夕霧と長瀬を繋ぐケーブルを叩き斬る。
ひう、と聞こえた細い声は長瀬の断末魔か、あるいは解放された夕霧の安堵か。
とさり、と倒れ込んだ夕霧をその胸に受け止めて、蝉丸が振り返る。
光岡と視線を交わし、頷きあう。

駆け出すと同時。
数千にも及ぶ砧夕霧から構成されていた巨人が、崩壊を始めた。

52十一時三十二分/戦舞:2008/09/09(火) 14:34:24 ID:1PXLw4M.0
 
 
【時間:2日目 AM11:34】
【場所:F−5 神塚山山頂】

究極融合体・砧夕霧
 【4978体相当・崩壊】
長瀬源五郎融合体
 【状態:シルファ・ミルファ融合、生死不明】

坂神蝉丸
 【所持品:刀(銘・鳳凰)】
 【状態:右足裂傷、背部貫通創、臓器損傷(重傷・仙命樹により急速治癒中)】
光岡悟
 【所持品:刀(銘・麟)】
 【状態:異常なし】
砧夕霧中枢
 【状態:意識不明】

天沢郁未
 【所持品:薙刀】
 【状態:不可視の力】
鹿沼葉子
 【所持品:鉈】
 【状態:光学戰試挑躰・不可視の力】

川澄舞
 【所持品:ヘタレの尻子玉】
 【状態:大激怒、ムティカパ・エルクゥ・魔犬ポテト融合体、頭蓋骨陥没(急速治癒中)・尾部欠落(修復不能)】
深山雪見
 【所持品:牡牛座の黄金聖衣、魔犬の尾】
 【状態:瀕死、凍結、出血毒(両目失明、脳髄侵食、全身細胞融解中)、意識混濁、
       肋骨数本及び両手粉砕骨折、ムティカパLv1】

水瀬名雪
 【所持品:くろいあくま】
 【状態:過去優勝者】

→906 1001 1003 ルートD-5

53(わるだくみ)/insincerity:2008/09/12(金) 19:22:58 ID:m3XhWRYM0
 ――拝啓おふくろ様
 前回かなりシリアスだったというのに凝りもせず再び文を送ってしまうバカ息子をどうかお許しください。

 といいますのも、こうして自立を目指して郁乃様にお別れを告げたのはいいけれども、
 一体全体脱出に向けてどう動いたらいいものかと決意十分目にして途方に暮れてしまったからでございます。

 脱出用の船、またはヘリなどを探すという方針は打ち立てたのですが、そんなものがわたくし達の手の届く場所にあるわけもなし、
 かといってこの殺し合いを開催いたしましたこのクソな連中どもの大本営に竹槍突撃を敢行したくても場所が分からず、
 まさに八方塞がりという状況なのでございます。

 それでも『諦めません、勝つまでは』と不屈の闘志を己が身に宿しているわたくしは取り合えず、
 助手兼パートナーであるほしのゆめみさんと肩を寄せ合って地図と睨めっこをしていたのですが、
 あまりにも見当違いなこと(船が島の端にあるだとか)をおっしゃるばかりで泣く泣くわたくしは二軍へと降格させ、
 マスコット兼毛玉のポテトと遊ばせておくことにしました。
 それから、数十分が経過したのですが……

     *     *     *

「あー、やっぱ検討もつかん。どうしろってんだ」

 俺は床の上に身を投げ出すようにして寝転がる。
 乗り物を探すといっても俺達の手の届くような場所にあるわけがないのは承知済みなのだが……
 それを踏まえた上でどう動けばいいのかが分からない。

 以前手元にあったフラッシュメモリは戦闘のどさくさに紛れて行方知れずとなってしまったし……
 まだ見てない項目があったのに。おのれ高野山。

54(わるだくみ)/insincerity:2008/09/12(金) 19:23:24 ID:m3XhWRYM0
 ……そういや、何を考えて主催者はそんなものを寄越したんだろうか。
 殺し合い、という観点から考えれば支給武器などに関する情報は大いに力となり得るし、それは理解出来る。
 問題なのはちょこっとだけ見た『解除』のスイッチだ。
 解除、と聞けば大抵の人間はこの首輪の解除……を思いつくだろう。
 よく考えてみれば、それは参加者の人間が希望を抱かずにはいられない言葉じゃないのか?

 つまり、殺し合いに対して反抗の意思を見出せる道しるべとして。
 無論スイッチ事態の真偽は不明だが、多かれ少なかれ参加者の心理に影響を及ぼすのは間違いない。
 一応、これでも人間の心理に関してはそれなりの知識はある。伊達にあのFARGOで働いていたわけじゃない。

 話を戻すと、希望を持たせて何になるというのか。
 主催者にとって最も考えたくないケースは殺し合いをする人間がいなくなり、歯向かう人間ばかりになる……という構図だろう。
 たとえ参加者側に何も打つ手がないとしても、主催からとってみれば殺し合いをしなくなった時点で困るのはそちらだ。
 目的なんて何も分からないが、最後の一人まで殺し合わせる、ということを考えればこんな希望を持たせるような支給品はあってはならない。
 だが奴らはそれを支給した。そこには必ず何かしらの意図があると見て間違いない。
 それは何だ? 解除。それがキーワードだろうな……

 が、考えることは得意じゃない。そもそもそういうことはどっかの探偵がやるべきことで、一般人の俺がやることじゃないんだよな。
 まぁ今の状況じゃそういう贅沢は言えないんだよな。自分で考えるってのは、難しい。

「高槻さん。どうですか?」

 ぴこぴことポテトと戯れていたゆめみさんがなんともまあ暢気な声で尋ねてくる。
 戦力外通告を出したのが他ならぬ自分だとは言え、不平を述べたくもなる。
 気をきかせて何か役に立ちそうなもん探してくるとかさ、お茶菓子を持ってくるとか、
 最近流行りの乗馬マッスィーンを披露してくれるとか……
 ロボットに期待するのは酷ですか、そうですか。

 世の中に存在するというバナナが好きなアンドロイドとか、
 様々な技能(夜のお勤め的な意味で)を備えているなんたら100式とかなんて絶対嘘っぱちだと思うことを決意しつつ、
 俺は首を振ってノーアイデア、孔明の策は何もないことを告げる。仲達よ、今度はそちの頭脳を見せてもらおうか。

55(わるだくみ)/insincerity:2008/09/12(金) 19:23:48 ID:m3XhWRYM0
「いえ、高槻さんが何も思いつかないならわたしにはとても……」

 ですよねー。分かっていたとはいえつくづくこいつはロボットなのかと疑いたくなるときがある。
 ……もしかして、中身は人間だったりしないだろうか。試してみよう。

「ゆめみ、76×43は」
「3268です」
「『這坊子(はいぼこ)』の意味を答えよ」
「這坊子というのは『はいはい』をする頃の赤ん坊の事を言って、セミの幼虫が地中から出てまだ脱皮する前のものを指す事もあります」

 パーフェクトだ、ウォルター。
 とりあえずいずれも即答していることから考えて一通りの知識はあるらしい。が、応用力が足りない。
 なるほど、学習していないコンピュータか……
 くそ、こうなれば仲間を集めにいく、くらいしか現状で出来る事がないな。以前の行動指針に逆戻りしたってのが何とも情けない話だが……

「あの、そんなに落ち込まないでください。わたしもまだまだ力不足ですが、きっとお役に……」

 とは言いつつも、どこか不安げな表情のゆめみに、俺は弱気になっている自分に喝を入れる。
 そうだ、俺は絶対こんな島から脱出してやると決めたんだ。俺がやっと、自分ってやつを持とうって思ったのに、こんなところで死んでたまるか。
 何より……ここで弱気になってたら郁乃に笑われる。それこそ小馬鹿にしたように、鼻で笑って。

 冗談じゃない。あんな小娘に見下げられるほどこの高槻は落ちぶれちゃいない。
 そもそも俺はまだ動いてすらいないではないか。まず動かないことには何も分からないしな。大山鳴動して鼠一匹だ。
 なに、意味が違う? いいんだよテンションに身を任せているんだから。
 とりあえずカッコイイこと言って鼓舞しようって寸法よ。分かったかね諸君。

「よし、心気一転して情報整理といこうじゃないか。取り合えず、無学寺を出てから俺達はなにをしようとしてた?」

 会話のキャッチボールは続ければ続けるほど心の調子も上がってくる。甲子園球児が常時クライマックスなのもこれが理由だ(と考えている)。
 話を振られたゆめみ、流石にそこはロボットの本領発揮ですらすらと言葉を流してくれる。

56(わるだくみ)/insincerity:2008/09/12(金) 19:24:09 ID:m3XhWRYM0
「確か最初は久寿川さんのお知り合いで、まーりゃん先輩という方を追うために鎌石村に行く予定でした」
「ああ、とんだ邪魔と……放送のせいでその優先度は低くなったがな」
「久寿川さん……」

 先の放送でささらと、一緒に付いていった貴明ってガキも名前を呼ばれた。俺を罠に引っ掛けたあのチビ女も。
 道中で別の奴に襲われたか、それともまーりゃんを説得し損なって返り討ちにでもされたか。
 どちらにせよ、これでまーりゃんが見境なく他人を襲う、無差別殺人鬼になった可能性はかなり高い。
 見た限り、敵対してはいたものの久寿川とは親しい関係にあったようだしな。でなきゃ、『止める』という単語が出てくるはずがない。
 どうせあの二人を生き残らせようとかそんな考えで殺しを始めたんだろうが、すっかりおじゃんってワケだ。

 悪いが、こちらは同情する義理はない。勝手に野垂れ死んでろって感じだな。
 もし出会ったら……容赦なく殺らせてもらう。宮内をやったのは奴だし、間接的に久寿川たちの死因にもなっている。
 ともかく、鎌石村に行く必要性はかなり薄い。

「あ、それと……船を探すという目的もありました」
「……は?」

 お前は何を言ってるんだ、と若干キレ気味な近頃の若者風味にゆめみを睨みつける。
 船なんてあるわけないだろと何度言ったら分かるのか。
 大体、そんなものが島に置いてあったらひゃっほいやったぜベイビーと喜び勇んで優雅な船の旅に出るっちゅーねん。
 そんな俺の感情を感じ取ったかあるいは声の調子にビビったか、少し涙目になりながら「で、ですが」と続ける。

「高槻さんが言い出したことでした……岸田洋一が乗ってきた船があるかもしれないからついでに探すぞ、と」

 ……ん? そう言えばそんなことがあったようななかったような……あ。

「で、ですので、わたしなりに考えて外部からこの島にやってきたのだとしたら、
 どこに隠しておくかというポイントを申し上げたつもりだったのですが……」
「それを早く言えっ! 急に『船はここに置かれていると思うのですが』とか言われても分かるか!」
「いや、でも、高槻さん自身が言い出したことですし、てっきりそのことをいつも念頭において話されているのかと……も、申し訳ありません!」

57(わるだくみ)/insincerity:2008/09/12(金) 19:24:30 ID:m3XhWRYM0
 本気で涙目になりながらぺこぺこと平謝りするゆめみ。
 いや、待て。よく考えれば悪いのは脳裏からぽーんと忘却の彼方へ投げ去った俺じゃないか。
 なんだこれ。いじめっ子? バカな、『年間女の子を大切にする男NO.1』の地位を保ち続けてきた俺の、なんて無様な姿。
 いかん。もっと余裕を持つのだ高槻。高槻クール、いやクール高槻になるんだ。
 冷蔵されそうな名前だが、この際気にしないことにする。

「まぁ、その、なんだ……色々あったからな。ついうっかり思い出せなかったというか……孔明も筆の誤りというか。
 あー、ともかくお前が言ってくれて助かった。流石はロボットだ」
「……本当に申し訳ありません。確認を取るべきでした」

 しゅん、と落ち込んだままのゆめみ。また失敗してしまったことがショックなのだろう。俺のせいでもあるが。
 よし、ここはフォローに回ろう。男の名誉を回復するいい機会だ。汚名返上とも言う。
 俺はぽんぽんとゆめみの頭を撫でつつ、

「失敗はお互い様ってことだ。次生かせばいいんだよ。一つも間違えずに生きてこられた人間なんていないんだからな」
「……そうですね。また、小牧さんに叱られます」

 おかしなことに、弱気になったときに出てくる名前が俺もゆめみに郁乃であることに、一種の笑いを禁じえなかった。
 結局、いつまでたってもフォローしてくれるのはあいつって事か。……今回はお前の勝ちってことにしといてやるよ。
 ひひ、と俺が笑いを漏らすとゆめみも落ち込んだ表情を解いた。

「では、今度からは確認を取るようにします。ところで高槻さん」
「お? 何だ?」
「孔明も筆の誤り、ではなくて弘法も筆の誤り、ではないかと思うのですが……わたしのデータベースが間違っているのでしょうか?」
「……」

58(わるだくみ)/insincerity:2008/09/12(金) 19:24:54 ID:m3XhWRYM0
 おふくろ様。ゆめみさんはちょっと口うるさくなったように思われます。これはわたくしめの失敗なのでしょうか?
 そんなこんなで改めて地図を見直し、ゆめみさんの予測を立てた地点へと足を運ぶことにしたのでございます。
 具体的に言えば、
 B-3にある半島状の突出した部分、
 D-1の離れ小島(行けるかどうかは分かりませぬが)、
 I-3の小島郡などを目標とすることと致しました。
 長々と書き綴ってしまいましたが、わたくしは今のところまだ元気でございます。
 おふくろ様も、どうかどうかご自愛なさいませ。では。

     *     *     *

 追伸


「……ここを辿っていくとなりゃ、必然的に西回りのルートになるし、鎌石村にも自然と入ることになるか」

 それは偶然なのか、皮肉なのか。通るだけとはいえ、何かに導かれたような気がしてならない。
 あの二人の意思が、何とかしてくれと無念の声を張り上げているのだろうか。
 オカルト的なものは、不可視の力だけで十分だと思っていたのだが。
 ……どうするかについては、保留にしておこう。そもそもあの女に出会うと決まったわけじゃない。
 ゆめみが何かを含んだ視線を向けているが、それも取り敢えずは無視だ。

「さて、後は持ち物の整理といくか。岸田のクソ野郎のお陰で武器だけは増えたからな。正直手に余るくらいだが」
「いくつか、捨てて行くのですか?」

 言いながら、既にゆめみはデイパックから荷物を取り出し始めている。
 切り替えが早いのは助かる。……これくらいツッコミの回転も速ければな。
 全く惜しい人材だ。新ジャンル:お笑いロボ芸人が誕生するのはいつの日になるやら。

59(わるだくみ)/insincerity:2008/09/12(金) 19:25:17 ID:m3XhWRYM0
「ぴこぴこ」
「お前もなんか武器の一つくらい装備できないものかねぇ。……ってもその体型じゃあ無理か」

 新ジャンル:お笑い未確認毛玉生命体の権化たるピコ麻呂ことポテトが出番をくれとばかりに擦り寄ってくる。
 残念だが貴様の出番はこの地味な作業の流れでは皆無だ。とっとと見回りの一つでもしてこい。

「ぴこー……」

 ハリウッド出身の役者(犬だけど)は派手なアクションでしか本領発揮はできないのだ。
 ああ悲しきかな、人語を話せないとロマンスには結びつかないのです。
 まぁ俺とゆめみがロマンスすることは俺がギャルゲーのヒロインになることくらいありえない話だが。
 ぴこぴこと煤けた背中を見せながら家の外へと見回りに行ったポテトを残し、黙々と作業を続ける俺達……というわけにはいかなかった。

「そういえば、高槻さんはどのようなお仕事をなされていたのですか? 高槻さん自身の話はあまり聞いたことがないのですが」
「あ? ……しがない研究員だったさ。どうしてそんなことを聞きたがる」
「そのように、設計されていますので」

 要するに、『客』とのコミュニケーションを欠かさないように設計されているのだろう。
 学習する(ゆめみにそれが働いているか怪しいものだが)人工知能を搭載しているゆめみにとっても会話は学ぶにも最適の行為だ。
 よく喋るとは思っていたが、そういうことか。いいだろう。どうせロボットだ。勉学のためにも付き合ってやろうじゃないか。

「ある未知の力に関する研究をしていてな。
 ……以前にも言ったように、ただ命令されていたことをやっていただけだったから本当に研究していたかどうかは怪しかったが。
 お前は、プラネタリウムの解説員だったか?」
「はい。とは言っても、まだ実際に配備されたことはないので、解説員予定、ですが」
「そうか、じゃあ今は無職ってことか……くく、ロボットは働き者、とは一概には言えないなぁ。ま、俺もじきそうなる予定だが」
「お仕事を、辞められるのですか?」
「……ああ。もうあそこに未練はなくなった」

 実際はそれ以外の理由もあるが。
 研究員が二人も連れてこられたばかりかAクラスの人間が二人もいる(うち一人は死亡が確認されているが)。
 となれば、組織ぐるみでここの主催者に関与し、俺達を生贄として差し出したってところだろう。

60(わるだくみ)/insincerity:2008/09/12(金) 19:25:39 ID:m3XhWRYM0
 無論、主催者が不可視の力に目をつけ、何かしらの圧力をかけてFARGOの権力を奪い取ったという可能性もある。
 ……だとするなら、この殺し合いの目的の一端は、参加者間の不可視の力の発現を狙ったということも在り得る。
 Bクラスの名倉由依や、Cクラスの巳間晴香がいるのはそういう理由もあるのかもしれない。

 何にせよ、もう向こう側に戻る気はない。
 こんな場所に連れてこられたってことは用済みってことだからな。リストラってやつだ。不況の世の中は厳しい。

「では、その後はどんなお仕事をなされるのですか」
「それは……」

 考えていない。何しろ(死ぬ気はないとはいえ)生きて戻れるか分からない状況だ。
 今を必死に生きるしかないので、そんな未来のことなど考える暇も余裕もなかった。

「お前の仕事はどんなのだよ」

 結局、まだ明確に答えられるだけの自分が出来上がっていない俺はそう言って逃れることにする。
 わたしですか、と話を振られたゆめみは、少し困ったように笑った。

「季節に応じた星座の解説や、その都度設けられた特別上映だとかの解説だと聞いてはいますが……まだ実際にやったことがないので、何とも」

 ああ、そりゃやったことがないのでは実感もクソもあったもんじゃない。
 バカなことを聞いてしまった。実際に配備されたことはないって言ってたのに。

「ですが、とてもやり甲斐のあるお仕事だと思います。
 来てくださった方々に、遥かに遠い星々の海の世界の片鱗を、少しでも体感して貰えれば……これほど嬉しいことはない、そう考えます」

 嬉々として答えるゆめみに、本来働くべき姿の人間を垣間見た気がした。
 誰かが喜んでくれるなら。誰かのためになるのなら、それだけで仕事を続けられる糧になる。
 自分のやっていることに意味を見出せるということは、生きていくだとか食っていくことだとかよりも重要なことだ。
 何故なら、確かに世界を廻している、という実感があるからだ。
 大袈裟な言い方かもしれないが、世界は常に誰かが何かをしているから動いている。
 俺がやっていたことは、まるで意味もないことだったが。

61(わるだくみ)/insincerity:2008/09/12(金) 19:25:58 ID:m3XhWRYM0
「悪くねぇな」

 弾を装填したコルト・ガバメントを手に握りながら、俺はそう答えた。
 悪くない。そういう、愚直である種傲慢な生き方も。

「ありがとうございます」

 僅かに照れたようにして、ゆめみは片手で一生懸命ニューナンブに弾薬を装填していた。
 ……どこかに、ゆめみを修理できるような場所と、人材がいればいいのだが。
 俺も機械工学は若干の知識があるとはいえ、ゆめみを修復しきるだけの自信はない。
 回路が切れて、それを繋ぐだけ、というだけならこちらにも出来そうなんだがな……

「ふむ、ちょっと見せてみろ」
「?」

 きょとんとするゆめみが、何をすればいいのか分からず、取り合えずニューナンブを差し出す。
 いや、こちらの言い方が悪かった。素直に脱げと言おう。

「脱げ。………………後ろ向いて。アレだ、撃たれた場所がどうなってるか確認したい」

 一言言った後、それがかなりヤバい意味を持っていることに気付き、慌てて付け足す。
 危ない危ない。如何に精巧な女の子型ロボットとはいえそれに欲情するほど落ちぶれちゃいない。たとえぱんつはいてなくても。

「あ、はい。了解しました」

 が、当のゆめみさんは何ら躊躇することなく後ろを向くと器用に片手で服を脱ぎ始める。
 おい、恥じらいというプログラムはされてないのか。開発者ちょっと表に出ろ。
 とは思いつつもロボットの服の中がどんな構造なのか気にはなっていたので(か、科学者としてだからな!)、
 正直幼子のようにワクワクしていたのは秘密だ。

62(わるだくみ)/insincerity:2008/09/12(金) 19:26:16 ID:m3XhWRYM0
「……スク水……」

 が、中から出てきたのはどう見てもスクール水着と思しき服(?)だった。設計者、ちょっと表に出ろ。

「いえ、インナースーツです。わたしの仕様書にはそう書かれています」
「嘘だッ!」
「で、でも確かにわたしのデータベースには……」

 ちらちらとこちらを見つつしどろもどろにインナースーツであると主張するゆめみに、俺はため息をつくばかりだった。
 日本の未来は暗い。

「いや、まぁどうでもいい……悪いが、スク水、じゃなくてインナーも脱げ。地肌の部分がどんな状態かそれじゃ分からん」
「あ、はい」

 またも無抵抗にインナーを脱ぐゆめみに、まず教えるべきは恥じらいだと年頃の娘を持つ親父みたいに思いながらぽりぽりと頭を掻く。
 それにしても生身の人間と違い、肌が異常なほどに綺麗だ。いつの間に人類はこんな材質を開発したのか。
 するりとインナーをずらす姿は並みの男なら欲情せずにはいられない光景だろう。
 幸いにして変態ではない俺は下げられたインナーの端から肌が破れている部分を見つけると、
 脱ぐのをやめるように指示し、撃たれた部分へと目を近づける。
 が、どうなっているのかちっとも分かりゃしねえ。所々線のようなものが見えたりするが……手ぶらなこの状況ではどうしようもない。

「おい、自己診断プログラムとかないのか」
「それは既に実行していますが……左腕に繋がる神経回路が切断されている、としか」

 ……ま、細かい部分の破損まで分かれば世話ないわな。
 回路の切断だけなら応急処置で何とかなる、か?
 やはり道具は必須になってくるか。ついでに探しておかないとな。

63(わるだくみ)/insincerity:2008/09/12(金) 19:26:31 ID:m3XhWRYM0
「よし、もう着ていいぞ。荷物整理もそろそろ終わるし、そろそろ、本格始動と行くか」

 ここに廃棄していくのはカッターナイフと写真集2冊。おたまは何故かゆめみが手放そうとしなかった。
 どこぞのボーカロイドのネギじゃあるまいし、とは思ったのだが好きにさせておくことにした。

「ぴこー」

 と、機を見計らったかのようにポテトが外から戻ってくる。
 まだ雨は降っているはずなのだがやはり奴の体は濡れていない。どんな構造だ。

「おーよしよし。どうだった」

 ぴこぴことジェスチャーをして偵察の結果を知らせるポテト。情報によれば人間の匂いが近くでするらしい。
 雨に紛れてどんな人間かまでは分からなかったという。
 上出来だ。なら優雅な遭遇といこうじゃないか。
 俺は、久しぶりにニヤリと口の端を歪めた。

64(わるだくみ)/insincerity:2008/09/12(金) 19:26:49 ID:m3XhWRYM0
【時間:2日目・20:15】
【場所:B-5西、海岸近くの民家】

天才バスケットマン高槻
【所持品:日本刀、分厚い小説、ポテト(光二個)、コルトガバメント(装弾数:7/7)予備弾(5)、鉈、投げナイフ、電動釘打ち機12/12、五寸釘(10本)、防弾アーマー、89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、予備弾(30発)×2、ほか食料・水以外の支給品一式】
【状況:まずは接近している(らしい)人物に接近。船や飛行機などを探す。主催者を直々にブッ潰す】

ほしのゆめみ
【所持品:忍者刀、忍者セット(手裏剣・他)、おたま、ニューナンブM60(5/5)、ニューナンブの予備弾薬2発、S&W 500マグナム(5/5、予備弾7発)、ドラグノフ(0/10)、ほか支給品一式】
【状態:左腕が動かない。運動能力向上。高槻に従って行動】

【備考:19:00頃から雨が降り始めています】
【その他:カッターナイフと写真集×2は民家に投棄】

→B-10

65(わるだくみ)/insincerity:2008/09/12(金) 23:46:18 ID:m3XhWRYM0
くあ……今更名前間違えてた……
天才バスケットマン高槻→クール高槻
ということにしておいてください……

66十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:00:59 ID:Qa0ikahc0
 
終わるのだ、と。
ようやく終わるのだと、誰もが思った。

巨人の身体が崩れ、それを構成していた無数の砧夕霧へと戻っていく。
ばらばらと落ち、あらぬ方を眺めてぼんやりと佇むその群れは既に、兵器としての脅威を失っている。

少女たちの中枢体をその腕に抱えた坂神蝉丸が、
その傍らで長い銀髪を風に靡かせる光岡悟が、
大きく息をついて薙刀を地面に突き刺した天沢郁未が、
乾いた血のこびり付いた髪を梳こうとして眉を顰める鹿沼葉子が、
長い戦いの終わりを感じていた。
この先に新たな命のやり取りが待っていようとも、一つの戦いには幕が下りたのだと。
山頂一帯を銀世界へと一変させた白の巨獣までもが、流れる沈黙に何らかの意味を感じ取ったのか、
真紅の目を光らせながら低い唸りを上げるのみだった。

一つの戦いが終わった。
誰もが、そう思った。
たった一人を、除いて。

「―――クク、ハハハ―――」

響いたのは、笑い声だった。


***

67十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:01:27 ID:Qa0ikahc0
 
おかしくて堪らぬとでもいうような哄笑。
愚かしくて堪らぬとでもいうような嘲笑。
悪意を媒介にしてその二つを練り合わせたような、それは声音であった。

「……何を笑う、長瀬源五郎」
「これが笑わずにいられるかね、坂神脱走兵」

ぐずぐずと澱みに浮かぶあぶくのような笑みを零していたのは長瀬源五郎である。
崩れ落ちた砧夕霧の群れの中、立ち尽くす姿に上衣は纏っていない。
日輪の下に曝け出された青白い半裸の胸に埋め込まれているのは二つの顔。
断末魔の表情を浮かべたHMX-17b・ミルファ、同17c・シルファと呼ばれていた少女たちの口からは
吐瀉物の如く無数のケーブルが伸び、その大部分は断裂してだらしなく地面に垂れ落ちていたが、
残った一部が長瀬の身体に巻きついている。
蝉丸の一刀による傷を縫い合わせるように乱雑に巻かれたケーブルの隙間からは、
しかし紛れもない鮮血が溢れ出していた。
どくり、どくりと鼓動に合わせるように噴き出す血の量は、いずれその命脈が長くはないことを
如実に表している。
にもかかわらず、長瀬源五郎は笑っていた。
眼前の光景が喩えようもない喜劇であるとでもいうかのように、嗤っていたのである。

「諸君はこう考えているのかな。……この神塚山山頂における砧夕霧を巡る戦闘は終結したと。
 狂える科学者の愚かな暴走は勇士達の活躍によって潰えたのだと。
 長瀬源五郎の命運はここに尽きたのだと、そんな風に考えているのかと思ったら、ね。
 実に、実におかしいじゃないか、それは」

言いかけて、また笑う。
身を捩って、鮮血を噴き出しながら、青白い顔で笑う。
吹きぬける風をねっとりと犯すかのような狂笑はひとしきり続くと、唐突にやんだ。

「……時間切れだよ、諸君」

68十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:01:43 ID:Qa0ikahc0
にたりと口の端を上げて呟かれた言葉と、ほぼ同時。
その細い肉体に飛び掛かる影があった。
劫、と吼え猛る白い巨躯は森の王の名を持つ獣である。
長広舌と癇に障る笑い声に業を煮やしたか、長瀬の痩せぎすの身体をへし折らんと
繰り出された真紅の爪が、

「―――ッ!?」

連続した硬い音と共に、弾かれた。
爪をかち上げられてバランスを崩した巨躯が空中で身を捩り、どうと着地する。
薄黄色い唾液で汚した牙の間から怒りの声を漏らした巨獣が、怒りの矛先を
愚かな闖入者へと向けるべく、ぎらつく真紅の瞳で振り返る。
その燃えるような視線の先にあったのは、銀色に輝く光の塔。
そして、それを背にした細身の影である。

「……解析が完了しました」

声が響く。
この場の誰のものでもない、女の声。
銀色の塔を背にする影の発した、声であった。
女はその手に細長い何かを持っている。
先端から微かに陽炎を立ち昇らせるそれは、一般的にサブマシンガンと呼ばれる銃器である。
それを見た坂神蝉丸が眉根を寄せ、光岡悟が鞘に収めた一刀の鯉口を切った。
天沢郁未が薙刀を引き抜き、鹿沼葉子が鉈を手に面白くもなさそうに鼻を鳴らす。

「―――データリンクを開始します」

全体、何時からそこにいたのだろうか。
或いは誰にも気付かれることなく、遥か以前からその身を銀の塔の陰に潜ませていたのかも知れぬ。
すべての視線を一身に集めてなお表情一つ動かさず言葉を続ける女の足元に、小さな姿がある。
肉と骨とをところどころに露出させたそれは、一見して無惨な骸のようであった。
倒れ伏したままぴくりとも動かないその骸の如き姿が、もしも女を見上げることができたなら、
大きな驚きと、そして小さな安堵をもって彼女をこう呼んだだろう。

―――セリオ、と。


***

69十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:02:06 ID:Qa0ikahc0
 
「……解析が完了しました。データリンクを開始します」

無機質なその声に、情動は感じられない。
来栖川綾香と呼ばれていた骸と見紛う血肉の塊は、まだ生命活動を途絶えさせてはいない。
しかし、閉じられて動かぬその瞳が短機関銃を構える女を見上げることは、遂になかった。
綾香の忠実な機械仕掛けの従者であったはずの女、HMX-13・セリオは、しかしその足元で
血だまりの中に倒れ伏す主には一顧だにくれず、まるで感情と呼ぶに値する温もりのすべてを
どこかに捨ててきたかのように淡々と言葉を紡ぐ。

と、その細身の影へ、巨獣が跳ねた。
白い巨体から苛立ちを露わにした野生の咆哮が轟く。
風を裂くような突進を、セリオは文字通りの無表情で迎撃。
巨獣の質量を受け止めるべくもない細身の機械人形が選んだ手段は、驚愕に値するものであった。
足元に倒れる主、来栖川綾香の身体を、眉筋一つ動かさずに蹴り上げたのである。
綾香の身体が、巨獣の眼前へと飛ぶ。
視界を塞ぐ遮蔽物を、巨獣が真紅の爪で小蝿を追い払うかのような仕草で薙ぎ払った。
ごきゅり、と奇妙な音と共に綾香の身体が捻じ曲がり、そのまま宙を舞って落ちた。
二度、三度と転がり、誰のものとも知れぬ血だまりに入って飛沫を上げた、その襤褸雑巾の如き姿には
最早、誰も注意を払っていない。
邪魔者を叩き落した巨獣が空中で更に爪を振り上げたその瞬間には、既にセリオの姿はない。
身を屈めたその姿は一瞬の隙に飛び来る巨獣の真下へと潜り込んでいる。
闘牛士が観客に披露するような、紙一重の回避。
勢い余った巨獣が、止まりきれずにセリオの背後に聳える銀色の塔に突っ込んだ。
それは、この山頂で行われた一連の戦闘を通して誰にも見向きもされなかった、奇妙なオブジェである。
人の背丈ほどの大きさの、それは地面に突き刺さった銀色の、優美な曲線を描く塔。
獣の巨躯にぐらりと揺れた塔はしかし、よく見ればその表面には傷一つついていない。
同時、巨獣の腹に押し付けられた機関銃が、火を噴いた。

70十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:02:26 ID:Qa0ikahc0
「あれは、……黒い機体の……腕、か……?」

その銃声にかき消されるように小さく呟きを漏らしたのは、流れ弾を嫌って飛びのいた蝉丸である。
照りつける日輪を反射して燦然と輝く銀色の塔が、元は何であったのかを知っていた、
この場で唯一の人物が坂神蝉丸であった。
記憶は鮮明。それは蝉丸自身と久瀬少年とが夕霧を率いていた、ほんの数十分前の出来事である。
山頂に繰り広げられた殺戮の担い手、砧夕霧の巨大融合体。
長瀬源蔵と古河秋生を葬ったその融合体を完膚なきまでに破壊してみせたのが、黒翼の巨神像であった。
間もなく飛来したもう一体の巨神像、白い機体とのおよそこの世のものとは思えぬ戦闘は、
この神塚山頂において一つの決着をみた。
白の巨神像の放った光が、黒の巨神像の右腕を灼き、落としたのである。
黒白の巨神像は直後に飛び去ったが、落ちた腕はこの山頂に残されたままだった。
その腕こそが銀色の塔の正体であると、蝉丸はようやくにして理解したのである。

「黒い機体、だと……? まさか……」
「その通りだよ、光岡君」

俄かに表情を険しくした光岡の疑問に答えたのは蝉丸ではなく、長瀬源五郎である。
大仰に両手を広げ、ごぼごぼと溢れる血に塗れたまま、にたにたと笑っている。
銃声と咆哮とが満ち始めた山頂に、長瀬の独り言じみた呟きが漏れる。

「神機―――アヴ・カミュ。我が国の決戦兵器にしてオーパーツ。不可侵の禁忌にして超科学の結晶。
 製造年代も、製法も、その目的すら分からない、意思もて眠る黒翼の少女。
 目覚めた途端に空の彼方へ飛び出したのには辟易するが……何ほどのこともない。
 それ、そうして一部は私の手元に残された。それで充分さ。
 ……いや、こうなるとむしろ本体がいないのが好都合とすら言えるかな」

ぶつぶつと呟かれるその言葉は、既に誰に向けられているとも知れぬ。
血液の喪失で遂に姿勢をすら保てなくなってきたか、ゆらゆらと揺れながら掠れた声で
意味の分からぬことを呟く姿は紛れもない狂人のそれであると蝉丸たちの目には映っていた。
蝋人形の如き顔色の狂人が、ずるりと顔を上げ、口の端を歪ませる。

71十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:02:53 ID:Qa0ikahc0
「イルファ、フルバーストだ。データ転送の時間を稼ぎなさい」

その声は、巨獣と相対し牽制と回避を繰り返す女、セリオへと向けられていた。
イルファと呼ばれたHMX-13であるはずの機械人形は正面の巨獣から視線を動かすことなく、
しかしその表情を、明らかに変えた。
彼女を知る者が見れば、一様に驚愕の色を浮かべたに違いない。
それはセリオと呼ばれていた機体が、ロールアウトの瞬間から通しても一度も浮かべたことのない表情だった。
長瀬にイルファと呼ばれたHMX-13は、まるで親に褒められた幼子の如く、朗らかに笑ったのである。
セリオの腹部に埋め込まれ、演算能力を並列処理していたはずのイルファが、いつの間に
その本体たるセリオの身体制御を奪い取ったのか、それは杳として知れぬ。
しかし巨獣の眼前に立つ機械人形は既に、HMX-13の姿をしているだけのHMX-17a、イルファに他ならなかった。
頬を染めて嬉しそうに笑む表情に、セリオとしての意思が存在しないことは瞭然であった。

がちり、と。
かつてセリオであり、いまやイルファとなった機械人形の身体から金属的な音がした。
人工皮膚で覆われた腕や脚に幾つものスリットが入ると、そこから無数の突起が顔を覗かせる。
それぞれに銃口を備え、それぞれに照準を持った、そのすべてが必殺の弾丸を放つ火器類。
来栖川重工副社長、来栖川綾香の誇るそれは秘書兼戦闘サポート用メイドロボ、HMX-13セリオの全兵装。
軽重無数の火器が、同時に火を噴いた。
数百の弾丸が奏でる音は最早爆音に近い。
一面の銀世界が、文字通りの弾幕によって見る間に削り取られていく。

正面、近接戦闘を仕掛けた巨獣が、弾幕の密度にその巨躯を圧され、飛ぶ。
退く動きに合わせて機械人形の照準が移動し、空中の巨獣を捉えた。
巨獣の剛毛は恐るべきことに鋼鉄の弾丸の悉くを噛み捉え、一発たりとも貫き通すことを許さなかったが、
音速を遥かに超過する嵐の直撃は貫通ではなく打撃として巨獣を叩く。
濠、と吼えた巨獣が、弾幕に流されるように大地に落ちる。

72十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:03:33 ID:Qa0ikahc0
同時、動く影は複数。
機械人形の照準は巨獣にのみ向けられていたわけではない。
全方位に向けて放たれた弾丸は、神塚山の山頂に残るあらゆる生命に等しく脅威を与えていた。
無数の砧夕霧がその胸を、頭部を、腕を足を蜂の巣にされて、ぐずぐずと崩れ落ちる。
氷柱に封じ込められたままの夕霧たちもその原型を留めぬまでに破壊されていく。
しかし、ただ漫然と的になることを肯んじぬ者達もまた、存在した。

「この程度ならっ!」
「……わざわざ受けに行くことはないでしょう」

不可視の力を展開する天沢郁未を、鹿沼葉子が呆れたように見やる。
葉子自身は常に弾幕の薄い方向へと遷移しつつ、機械人形から遠ざかる機動。
飛び交う弾丸は二人の力に弾かれ、ベクトルを逸らされて明後日の方向へと飛んでいく。

「来栖川の従者が……どういうことだ?」

不審げに眉根を寄せたのは蝉丸である。
腕の中に夕霧の中枢体を抱いたまま、土嚢の如く積み上げられた骸で作られた遮蔽物の陰に身を潜めている。
人体で構成された壁は、通常の弾丸であればそう簡単には貫通されない。
まして巨獣の吐息によって凍りついたそれは、更に強度を増加させている。
むっと立ち込める死臭と鉄の味のする空気を平然と吸い込んで、蝉丸は静かに機を窺っていた。

「……時間を稼げ、とはな」

不快げに吐き捨てたのは光岡悟。
迅雷の如き疾駆で的を絞らせず、一瞬で状況を判断する眼と頭脳は次なる遮蔽物への移動を躊躇わない。
身を掠る程度の傷は仙命樹の力が瞬く間に癒してくれる。
弾幕に頭を抑えられながらの前進という状況は、正しく強化兵たる彼の本領であった。
光岡が目指すのは、しかし弾幕の中心たる機械人形ではない。

73十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:03:54 ID:Qa0ikahc0
「何を企んでいるかは知らんが……」

最後の遮蔽物から、飛び出す。
機械人形の射線が捉えるのは疾走する光岡の影のみ。
手の一刀が閃き、

「……貴様の思う通りになど、させるものか!」

無防備な長瀬源五郎を断ち割らんと振り下ろされた。
がつり、と。
響いたのは、硬い音である。
長瀬の身体を取り巻くケーブルが、白刃を噛み、そして切り落とされた音であったか。
―――否。
光岡悟の愛刀は、ケーブルの隙間を正確に縫って、長瀬源五郎の身に届いていた。
しかし。

「な、貴様……!?」

その切っ先は、長瀬の身体を貫けない。
ほんの少し前、蝉丸の一刀によって容易く斬られたはずの長瀬の生身は、光岡の刃を何の変化もなく、
平然と受け止めていたのである。
強化兵たる光岡の膂力は常人のそれとは比較にならぬ。
その振るう一刀とて跋扈の剣と呼ばれる大業物の一振り。
集中如何では鋼鉄とて斬り割ると、自負していた。
それが、通らぬ。
何らの変哲もないと見える長瀬源五郎の青白い肌に、傷一つ付けられぬ。
驚愕する光岡の耳朶を、ふるふると震える耳障りな声が、打った。

74十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:04:17 ID:Qa0ikahc0
「……流れ込んで、くるんだ」

言わずと知れた、長瀬源五郎の声。
しかしその声音は、先程までの狂人じみたそれではない。

「流れ込んでくるんだよ、……構造が。原理が、素材が精製法が、すべてが私の中に!」

ある種の歓喜と、そして感嘆に打ち震える、声。
人生で最高の演奏を終えた楽団の指揮者のような、或いは高峰に初登頂を果たした登山家のような、
新記録を打ち立てて表彰台の高みに上ったアスリートのような、万雷の拍手を受ける俳優のような、
或いは、長い祈りの果てに神託を受けた修道僧のような、声。

「私は……私は今ようやく、世界の一番先へ来た。
 最早……私を傷つけられるものなど、この世に存在しないのだよ、君」

それは正しく、勝利者の声であった。
白刃をその身で受け止めたままの姿勢で、長瀬は目線だけを光岡へと向ける。
何か尋常ならざるものをその奥底に感じ取り、総毛立つ光岡の身体に、長瀬の手が触れた。
軽く、埃を払うような仕草。
しかし次の瞬間、光岡の身体が天高く放り上げられていた。

「……転送完了だ、イルファ。ご苦労だったね」

微笑んで、呟く。
声を受けた機械人形が巨獣との戦闘を放棄。
長瀬へと駆け寄ってその身に纏うケーブルと触れたのと、ほぼ同時。
絹を裂くような悲鳴が、轟いた。


***

75十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:04:39 ID:Qa0ikahc0
 
「……どうした、夕霧!?」

突然暴れだした腕の中の少女を抑えながら、蝉丸が声をかける。
しかし夕霧の悲鳴は止まらない。
喉が張り裂けんばかりに叫ぶ少女の、これまでに見せたことのない異様さに戸惑う蝉丸。
と、

「―――神の喚ぶ声が、聞こえたのだろう」

長瀬の言葉が、火のついたような悲鳴を貫くように、凛と響いた。
頬を紅潮させ、背を伸ばして立つその姿には、先程までの死相は感じられない。

「覆製身理論を完成させたのは犬飼博士だ。砧夕霧の量産と群体間の意思疎通モジュールは彼の理論を基にしている。
 しかし……その中核に存在する天才的な発想がどこから生まれたか、分かるかい」

一拍を置き、夕霧の中枢体たる少女の悲鳴に身を浸すように眼を閉じる。

「そう……神機だよ。発掘された機体を研究する内に判明した未知の技術。
 現代科学の領域を超越したあり得ベからざる情報の塊が、犬飼博士の理論の中核をなしている」

見開いた瞳に宿るのは、圧倒的な自信と英知の光。

「そして今、神機―――アヴ・カミュに秘められた力と記憶の総てを、私は手に入れた。
 神機より生まれた覆製身たち……神の落とし子たる哀れな贄の羊は、神へと還ってその肉と成る」

柔らかい笑みをすら浮かべた長瀬源五郎の手が、静かに天へと掲げられる。
骨ばった指が小さく打ち鳴らされた、それが合図であったかのように。

銀世界が、真紅の一色へと染め替えられた。


***

76十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:04:53 ID:Qa0ikahc0
 
それは、肉であり。
そしてまたそれは、血であった。

立ち尽くす者がいた。
倒れ伏す者がいた。

命ある者がいた。
息絶えた者がいた。

林立する氷柱の中に、
土嚢のように積み上げられた中に、
少女たちがいた。

ある者はその手足を喪失し、
ある者は内臓を散乱させ、
ある者は頭蓋を砕かれて、
少女たちの骸が、いた。

生きる少女たちと、死せる少女たちが、その山の頂にはいた。
そこに、血と肉とが、あった。

数百の少女たちの、
数千の少女たちの、
数万の少女たちの、

血と肉とが、一斉に、融けた。


***

77十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:05:09 ID:Qa0ikahc0
 
その山の頂を覆うのは、悪夢である。
言い換える余地のない、それは万人にとっての、悪夢であった。

痩身の男の、ただ指を鳴らした音の一つで、数千の少女たちと、それに倍する少女たちの骸が、
その存在を、やめていた。

爆ぜたのではない。
死したのではない。

生きる者は生きたまま、死せる者は倒れ伏したままで、その在りようを、変えた。
そうしてそれは、人の形をしていなかった。
ただ、それだけのことだった。

人であったものが、人でなくなるという、ただそれだけのこと。
少女たちが赤くどろどろとした、不定形の何かへと変じたという、ただそれだけのことが、
世界の意味を塗り替えていた。

赤くどろどろした、少女であったはずのものが、うぞりと動くたび、現実が色を失っていく。
ふるふると震え、その半透明の身を這いずらせるたび、世界は悪夢へと近づいていく。

数百の、赤くどろどろしたものが、現実を犯していく。
数千の、赤くどろどろしたものが、世界を貶めていく。

数万の、赤くどろどろしたものが、その山の中心に向けて這いずり、集った刹那。
世界に、新たな悪夢が生まれていた。


***

78十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:05:36 ID:Qa0ikahc0
 
「―――ああ、ああ」

濛々と立ちこめる土煙の向こうに、影があった。

「生まれ変わるとは―――」

常軌を逸した、巨躯。
蒼穹の下、一杯に見上げてなおその全体像を見渡すことすら叶わない。

「―――これほどに、素晴らしい」

砧夕霧の集合体たる巨人よりも、更に数倍して大きい。
小さな身動きが、土煙と地響きとを起こし、山を崩していく。

「人機がその境界を越え、新たな時代を切り開く―――」

大地を踏みしめるのは、それ自体が巨大な建造物の如き四本の脚。
四脚が支えるのは、山頂全体を覆うように広がった、金属質の巨大な胴体。

「私こそが、その先駆者であり―――頂点」

胴から生えるのは、八つの影。
それは、一体一体が、巨大な彫像である。
壮健な男の像があった。美しい女の像が、そして可憐な少女の像があった。

「ようやく、辿り着いた」

ある彫像は双剣を携えている。
その隣では長槍を、或いは大剣を、或いは刀を、手に手に得物を構えた、八体の巨人像。
それが皇と呼ばれた男を支えた英雄たちを象ったものであると、知る者はいない。

「約束の、場所」

79十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:05:55 ID:Qa0ikahc0
英雄たちの像が囲む中心には光が湛えられている。
空を往く鳥が見下ろせば、それを光の海と見ただろうか。

「私はようやく娘たちの―――」

光の海の中、長瀬源五郎の声が響く。
降り注ぐ日輪を反射して煌く、その胴体を上から見れば、巨大な鎧のようでもあった。
或いは途方もなく巨大な神殿の周囲に、八体の巨人がその腰から下を埋めているが如き姿。
或いは、

「―――本当の父と、なったのだよ」

或いは、八頭の、巨龍。


***

80十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:06:12 ID:Qa0ikahc0
 
坂神蝉丸が腕の中、ぐったりと倒れたまま動かぬ、ただ一人だけ赤い異形と化さずに残った、
砧夕霧と呼ばれた少女の生き残りを抱いたまま、巨龍を見据える。
光岡悟が、天沢郁未が、鹿沼葉子が、川澄舞と呼ばれた巨獣が、山の中腹では水瀬名雪が、
言葉もなく、静かに己が牙を研ぎ澄ます。

殺戮の島に繰り広げられた狂宴の、最後の戦いはまだ、終わらない。


***

81十一時三十四分/悪夢顕現:2008/09/17(水) 15:06:31 ID:Qa0ikahc0
 
 
【時間:2日目 AM11:36】
【場所:F−5 神塚山山頂】

真・長瀬源五郎
【イルファ・シルファ・ミルファ・セリオ融合体】
【組成:オンヴィタイカヤン群体18000体相当】
【アルルゥ・フィギュアヘッド:健在】
【エルルゥ・フィギュアヘッド:健在】
【ベナウィ・フィギュアヘッド:健在】
【オボロ・フィギュアヘッド:健在】
【カルラ・フィギュアヘッド:健在】
【トウカ・フィギュアヘッド:健在】
【ウルトリィ・フィギュアヘッド:健在】
【カミュ・フィギュアヘッド:健在】

坂神蝉丸
 【所持品:刀(銘・鳳凰)】
 【状態:背部貫通創、臓器損傷(重傷・仙命樹により急速治癒中)】
光岡悟
 【所持品:刀(銘・麟)】
 【状態:異常なし】
砧夕霧中枢
 【状態:不明】

砧夕霧
 【全滅】

天沢郁未
 【所持品:薙刀】
 【状態:不可視の力】
鹿沼葉子
 【所持品:鉈】
 【状態:光学戰試挑躰・不可視の力】

川澄舞
 【所持品:ヘタレの尻子玉】
 【状態:ムティカパ・エルクゥ・魔犬ポテト融合体、尾部欠落(修復不能)】
深山雪見
 【所持品:牡牛座の黄金聖衣、魔犬の尾】
 【状態:凍結、瀕死、出血毒(両目失明、脳髄侵食、全身細胞融解中)、意識不明、
       肋骨数本及び両手粉砕骨折、ムティカパLv1】

水瀬名雪
 【所持品:くろいあくま】
 【状態:過去優勝者】

来栖川綾香
 【所持品:なし】
 【状態:生死不明(全身裂傷、骨折多数、筋断裂多数、多臓器不全、出血多量)】

セリオ
 【状態:不明、長瀬と融合】
イルファ
 【状態:長瀬と融合】

→890 902 969 1005 ルートD-5

82(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:30:10 ID:kZsTBTYo0
「はぁ、はぁ、はぁ、は……っ……!」

 暗く、所狭しと日用品が詰め込まれている部屋の中で激しく呼吸する、一人の少女の姿があった。
 伊吹風子。仲間達の命と引き換えに生き延びる責務を負わされた人間。
 由真の叫びに押されるようにしてここまで逃げてくることが出来た。それはいい。

 だが、どうする。どうやって敵を討つ?
 手持ちの拳銃、残弾があるかどうか。最悪の場合あの時誤射してしまったあれが最後の一発だったという可能性もある。
 サバイバルナイフ。しかしこれでは重火器に対抗することはとてもじゃないが出来るとは思えない。
 圧倒的に戦力が不足していた。
 せっかく仲間達が命を振り絞ってまで逃がしてくれたのに、立ち向かう力が残っていないなんて。

 悔しさと同時に、涙が溢れそうになる。
 あまりにも不甲斐なかった。お姉さんとして、皆を守ると誓ったのに。
 守るどころか逆に助けられてばかりで、今もしていることといえば打つ手がなくてうずくまっているだけ。
 自分の無力さを改めて思い知った。
 結局、自分なんて居ない方が由真も花梨も、みちるも朋也も死なずに済んだのではないか。

 自分さえいなければ。
 自分さえ――

 目尻に涙が溜まりそうになった、その時。風子はふと懐が暖かくなっているのに気付く。
 何だろうと思い、服をまさぐる。果たしてその原因は簡単に見つかった。
 宝石が、しっかりしろとでも言わんばかりに僅かな光と、熱を帯びていたのだ。
 同時に、声が脳裏を過ぎる。

 敵を取れと、自分の無念を晴らしてくれと主張する由真の声。
 自分に代わって、その謎を解き明かして欲しいと憂いを含んだ花梨の声。
 足手まといにならなかったか、皆の足かせにはなっていなかっただろうかと不安を持つみちる。
 一瞬でも仲間を信用していなかったことを悔やむ朋也の後悔。

83(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:30:34 ID:kZsTBTYo0
 口では語られなかった各々の心情が風子に聞こえる。
 やはり満足ばかりではなかった。無念の声はあまりにも大きかった。
 行動の一つ一つが思い通りにいかず、それでも良い未来に導こうと必死で足掻いた。
 だが、結果として悪い方向へ向かってしまった。
 どんなに考えて考えて、苦悩して行動しても、またそれは誰かを苦しめる。
 そんな風にしか生きられない。

 けれどもその生き方を、無知だ愚かだと軽蔑することが誰に出来るだろうか。
 きっと未来に繋がると信じて、希望を捨てなかった彼らのどこを責めることが出来ようか。
 なのに、自分は希望も可能性も捨てて、自棄になって閉じ篭ろうとしている。
 それでいいのか。自分は無力だと分かったつもりになって、可能性を閉じてしまっていいのか。
 自分が責められたくないばかりに、罵られたくないばかりに綺麗を装っていいのか。

 そんなのはいやだ、と風子は思った。
 もう一度考える。彼らの望んだ、恥ずかしくない生き方とは何だ? それは……
 逃げ続けるしか、ない。

 残念だが、今の風子では太刀打ち出来ないのは事実である。
 だから、一旦退いて体勢を立て直す。
 勝機もなく立ち向かうのは勇気ではない。ただの自殺志願者であり、生きることを諦めた人間だ。
 幸いにして、風子には才能とも言える足の早さがあった。
 一気に山の麓まで駆け下り、ある人物との合流を図る。

 古河渚。今や数少ない、風子の知り合いであり、友人である人物である。
 天沢郁未は危険人物だとうそぶいていたが、彼女が殺し合いに乗っていたということが判明したことで、却ってその情報が嘘である可能性が高くなった。
 何故なら、乗った人間が恐れるのは、敵が徒党を成して向かってくるということなのだから。
 よし、と風子は腹を決める。
 恐ろしいほど頭の回転が早い。やることさえ決まってしまえば、後はそこに突き進むだけなのだから。

84(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:30:53 ID:kZsTBTYo0
「……念には念を入れます。備えあれば憂いなし、です」

 逃げるにしたって相手の追撃を振り切る程度の装備は欲しい。倒せなくていい。足止めできるレベルであれば十分だ。
 ここには日用品(ホテルで使っていたものだろう)がずらりと並んでいる。それらを使えば、何とかならないこともない。
 無論、勝機を掴めそうなものがあればそれを逃すつもりはない。
 大切なお友達を奪っていった殺人鬼を許せるほど、風子は大人じゃないんです。
 それは風子に初めて芽生えた闘争心であり、復讐心でもあった。

 取り合えず頭の中で持っていきたいものをリストアップし、ちょこちょこと小動物のように動き回り部屋を物色していく。
 現代のねずみ小僧である。
 そして、風子自身でも拍子抜けするほどあっさりと、目的のモノを次々と見つけることができた。
 ストッキング、接着剤、糸(本当は釣り糸が欲しかったが、代替品にはなる)、バルサン、ゴム糸。
 そんなに数は持っていけないが、種類としては十分過ぎる。

 手早くデイパックに詰め込むと、背中に背負い直す。
 重量的にはそんなに足枷になるまい。
 最後にグロック19を手に持ち、いつでも発砲できるように備えておく。無論、上手く撃てるかどうかは分からないし、残弾を確認できない以上、全く信頼はできない。

「……」

 由真を撃ってしまった時の記憶を、図らずも思い出してしまう。
 トドメを刺したのは郁未だが、致命傷を与えたのは風子に他ならない。あの時、気を緩ませてしまったせいで。
 由真は許してくれると言ったが、風子の心には依然として罪の意識が重く圧し掛かっていた。
 あそこでミスを犯さなければ。僅かな可能性なれど生きて帰れることが出来たかもしれないのに。
 人ひとりの人生を奪う一因となってしまったことは、どんなに悔やんでも悔やみきれるものではない。
 きっと、復讐を果たしたとしても。

 しかし懺悔をする時間は風子には残されていなかった。残酷なまでに使命が彼女を追いたて、遠ざける。
 それがきっと風子の罰なのだろうと、贖わなければならない罪なのだろうと風子は思った。
 だから、今は。

85(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:31:13 ID:kZsTBTYo0
「風子、行きます」

 走り続けることが、彼女の責務だった。

     *     *     *

 七瀬彰は、二階へと通じる階段を登りきった、その近くにある観葉植物の陰に隠れていた。
 言うまでもないが、彼は怯えて隠れているわけではない。
 二階の一部廊下は吹き抜けとなっており、さらにそこからは本来ある階段とは別に特別に設置された一際大きな階段が一階へと伸びている。
 彰が選んだのはそれが理由。
 この場所からはややギリギリの角度ではあるが階下のロビーも一応見渡せるし、左右の階段、エレベーター(機能はしてないだろうが)も見渡すことが出来、視界も良好だ。待ち構えるには絶好の場所と言える。

 ……が、既に彰は二人ほど人が階段を登っていくのを見逃していた。というより、見つけたけれども見逃したのである。
 階段を凄まじい勢いで登っていった上に、片方は奇声を撒き散らしながら火炎放射器を乱射し(危うくこちらにまで燃え広がりそうになった、ちくしょう)、片方は先程も戦ったあのおっかないツインテール少女。
 苦戦した強敵がいる上にあのような危なっかしい武器を相手に(しかも狂人)戦うのは流石に辛い。加えてもう左腕が思い通りに動かせなくなってきている。無理をすれば何とかなりそうだが、正直咄嗟の事態に反応できそうにはない。
 よく三つ巴で戦えたものだ。それどころか三人とも痛み分けで終わらせられたのが奇跡ではなかろうか、と彰は思う。

 ともかく、もうこれ以上無茶は許されない状況になってきた。イングラムの弾数が心細いことになってきたのもある。
 M79はまだ弾薬が残っているがこれは集団戦で使うべきものではない。一対一で使うべき代物だ。
 威力は既に確認済み。思った通り、そんなに範囲が広くない。あの少女(水瀬名雪)にさえ破片弾では致命傷が与えられなかったくらいである。

 狙いは一つ。
 まだ確実にここに潜んでいるであろう、ホテルの奥に逃げ戦闘を回避していった人物達の抹殺だ。
 特に以前逃した二人はロクな装備をしていなかったはず。狙い撃ちに出来るはずだ。
 イングラムを腰溜めに構え、注意深く誰かが出てこないか観察する。
 中々様になってきたな、と彰は思う。フランク叔父さんのところでアルバイトをしていたときからは考えられないくらいのアウトドアっぷりだ。

86(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:31:48 ID:kZsTBTYo0
 そういえば、叔父さんは今頃どうしているだろうか。急に来なくなった自分を心配しているだろうか。
 あの人は寡黙だけど身内に甘いところがあるしなあ……
 そのまま意識をかつての日常に向けかけたところで、彰の耳にたったった、という軽く何かを叩くような音が聞こえた。

「っ!? しまった!」

 思わず立ち上がり、慌てて階下を見渡す。そこにはロビーを一直線に横切る、小柄な少女の姿があった。

「わ……っ!?」

 彰の大声に気付いた、伊吹風子がイングラムを構えた彰の姿を見、驚いたように大口を開け……脇目もふらず、更に加速しつつ逃げ出す。
 しくじった、と彰は思った。
 ぼーっとしていたせいだ。己の馬鹿さ加減に呆れつつ、この位置から射撃しても風子には当たらないと判断した彰は飛ぶように階段を飛び降りていく。
 逃げていくのであれば追わないという手もあったものの、風子は自分が殺し合いに乗っているということを知っている。
 口封じと、少しでも武器を回収したい意味合いも兼ねて彰は追うことにしたのだった。

「くそっ、意外と足が早い……追いつけるか……?」

 が、風子はそんなに簡単な相手ではなかった。小柄なくせに、驚くほどすばしっこい。まるで小動物だ。
 試しにイングラムを撃ってみるか? と考えたその矢先、床にあるものが放置されていたことを思い出す。

「あれが使えるなら……」

 彰は、それがあった場所へと駆け出した。

     *     *     *

87(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:32:29 ID:kZsTBTYo0
 ひとつ、声に反応するものがあった。
 闇の中でピクリと反応したそれはうずくまる少女であり、闇の一部でもあった。
 日が落ちて夜に混ざっていく影のように、影のように、少女はただ自らの存在を薄く、透明に、しかし漆黒の殺意を以って潜み続けていた。

 水瀬名雪。
 彼女もまた彰と同様に二階にある小部屋の一つに身を隠し、好機を窺っていた。
 全身に負った細かい傷は、確実に名雪の行動に支障をきたしている。
 痛みも、苦しみも、それすらも気に咎めずただただ殺戮行動にのみ没頭する名雪の頭脳だったが、それは決して彼女が思考を捨てたということを意味していない。
 より正確に、より効率的に人を殺す方法を考え出すことに特化しただけだ。そのために感情すら捨て去った。

 いや、ただ一つ残しているものがあった。
 愛する存在である相沢祐一を守り、彼と一緒になり、この悪夢から脱出し、幸せな生活を取り戻す――その願いだけを。

 待つのは名雪には慣れていたが、受け入れられるものではなかった。
 あまりにも辛く、長く、苦しい。
 それでも待ち続けていれば、我慢をしていれば神様はきっと願いを聞き届けてくれるはずだと信じてきたときもあった。
 だがそれは裏切られるだけだと知った。この島が世界は悪意と欺瞞に満ちていると教えてくれた。
 本当に欲しいものは、奪うしかないのだとも。

 だから名雪は、奪う側になることを決めた。
 あっけなく潰される雪うさぎになることを拒んだ。

 わたしは、祐一だけいればいい。
 それ以外の何もいらない。
 たった一つだもの。一つだけなんだから、どんなことをして手に入れてもいいよね?
 祐一には誰も近づけさせない。誰にも奪わせない。
 その前に、わたしが奪っちゃうんだから――

88(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:32:49 ID:kZsTBTYo0
 そうして彼女の目は、愛しの彼を奪おうとする全てのモノに向けられるようになった。
 全ての愛を彼に向け。
 全ての憎悪をそれ以外のモノに向けて。
 水瀬名雪はただ、純粋となった。

 その均衡の要因……相沢祐一が既に命を落としていることも知らずに。
 彼女はまた走る。
 奪うために。彼女の望んだ世界を手に入れるために。
 走る。
 辿り着いた先は二階、ロビーが広く見渡せる廊下。

 彼女の見据える視線の先。一人の人間がいた。
 それは七瀬彰と呼ばれる、殺人に身を染めた青年。
 彼は何も気付いていない。監視する者もまた、監視されていたということに。
 名雪は何も感想を持たない。動く人だから、殺すだけだった。
 ジェリコ941を向ける。倒れるまで名雪は撃ち続けるだけだ。
 指がトリガーにかかる。彼女が狩りを始める。一方的な狩りを。

 だが――
 名雪は一歩身を引く。そこに一陣の風が凪ぐ。
 名雪が踏み込み、豪風の元となったモノを力任せに手繰り寄せる。
 虚を突くような行動に、持ち主は見事に引っかかり手放してしまう。
 名雪が反撃に転じる。奪った得物を振り回し、獲物を一突きにせんとする。

 獲物は、狩られる存在ではなかった。
 続け様に取り出す武器で、名雪の攻撃を弾き返し距離を取る。
 名雪はジェリコを構える。
 相手も拳銃を構える。
 銃声は同時だった。しかし放たれた銃弾は、お互いの肉体を引き裂くことなくそれぞれの脇をすり抜けていく。
 お互いが回避を視野にいれて行動した結果であった。

「ちっ、流石にあの暴力女を退けただけのことはある……か」
「……邪魔、だよ」

89(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:33:07 ID:kZsTBTYo0
 片手に薙刀、片手にジェリコを持つは水瀬名雪。
 片手に鉈、片手にM1076を持つは天沢郁未。
 二人の美しき戦乙女が、そこに対峙する。
 先程の激しい攻防とは一転して、今度は二人とも動こうとはしなかった。
 二階の廊下は動き回るにはいささか狭く、連続した攻撃を避けるだけのスペースが殆どないということもあって下手に動けなかったのだ。

 先に動いた方が不利。
 動くなら同時。

 瞬時に二人ともがその結論に達していたことは彼女らのレベルがほぼ同じであることの証拠だった。
 しかし郁未には若干の余裕があった。
 倒せなかったとはいえ、あの那須宗一と引き分けに持ち込めた自分の力量。
 そして十波由真と笹森花梨を殺害したことで手に入れたいくつかの武器。
 名雪がどれだけ武器を持っているかは存ぜぬが、互角以上に渡り合える自信はある。
 焦る必要はない。じっくりと敵の挙動を見定める。

 それが郁未の方針だった。
 郁未の微動だにせぬ様子を、名雪も観察する。
 即座に、相手から動くことはないと結論づける。
 ならば、自分の絶対武器とする領域で先に仕掛ける。

 目を少し移し、自分達がいるこのフィールドを名雪は観察する。
 一階へと続く階段への距離は、互いに2メートル前後といったところか。
 ひとつ走り込めば、容易に広く戦える場所へと移動は可能だ。
 その時間が確保できるか。
 郁未に勝つためにはそこで戦うことが必須の条件だと考えた名雪は少し考えて、策を練り上げる。

90(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:33:42 ID:kZsTBTYo0
 決まれば、行動は迅速だった。
 すっ、と名雪は郁未から奪い取った薙刀を突き出すように構える。もちろん、全然届くはずもない。
 目を細める郁未。仕掛ける、とは思ったが何をするのかが予測出来なかった。
 投げるにしても突き出していたのではどだい無理な話。
 突進するかとも考えたが、拳銃に蜂の巣にされるのが落ち。
 そもそも、動くなら相手に向かってではなく、逃げる方向に動くのが定石――

 そこまで郁未が考えたところで、ついに名雪が『動』に転じた。
 パッ、と名雪の手から薙刀が離れる。一瞬、郁未はそれに気を取られ凝視してしまう。
 それが名雪の狙いだった。
 不可解な挙動で相手に考えさせ、一つアクションを起こしてそれに気を取らせる。
 フェイントの応用だった。祐一と遊ぶときに、彼がよく使う手段でもあった。

 僅かに反応が遅れる郁未。それだけで十分だった。
 猛獣の如き勢いを以って名雪が駆ける。M1076の狙いはまだ付けられていなかった。
 その間に手すりに飛び乗り、滑るようにして階下へと下る名雪。

「く!」

 苦し紛れにM1076を連射しようとした郁未だったが、ここで彼女が一つミスを露呈する。
 放たれた銃弾は一発のみで、それ以降は空しい弾切れの音だけが響いた。
 新しく武器を手に入れ、チェックすることにかまけていたお陰で銃弾の再装填を忘れていたのだ。
 当然、一発発射された銃弾も当たるわけがなく。
 一階へと降り立った名雪がお返しとばかりにジェリコを連射する。
 見事に策にかかってしまった郁未だが、彼女とて不可視の力の持ち主であり、激戦を潜り抜けてきた猛者である。

「ナメてんじゃないわよ!」

91(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:34:22 ID:kZsTBTYo0
 撃たれた弾は三発。
 先に撃った二発の銃弾はあらぬ方向へと飛んでいったが、最後の一発が正確に郁未の胸を捉えようとしていた。
 だが郁未は、半ば神懸り的な勘で弾道を読み、鉈の刃でそれを受け流したのだ!
 そのまま階下へと突進。更に迫る銃弾をことごとく回避し、郁未が鉈を振るう。
 銃を撃っていたことで動きを遅らせた名雪だが、ギリギリのところで鉈を避ける。
 だが髪までは避けきることが出来ず、パラパラと少なからぬ髪が宙を舞う。

 この機を逃さず、さらに追撃。
 弾切れになったM1076を投げつけ、防御体勢を取らせたところで回し蹴りを見舞う。
 下腹部にまともに命中した名雪だが、大きく後ずさったのみで転倒するまでには至らず、再び距離を取ろうと後退を始める。

 郁未は新たに銃を取り出そうとはしなかった。
 彼女の戦いの大半は薙刀や鉈による肉弾戦が主体で、本人もそちらが相性が良いと考えていた。
 僅かながらに残った不可視の力もそれに一役買っている。銃撃はやはり、集中力もないと上手くいかないのだ。
 鉈を大きく振りかぶって、横薙ぎに首を狙う。
 後退しつつも油断なく構えていた名雪は前転して避ける。が、それで隙を見せるほど郁未は甘くない。

「おっと」

 鉈を振ったときの反動を利用し、そのまま回転を加えながら再び鋭い蹴りを叩き込む。
 これまたクリーンヒットした名雪は今度こそ大きく弾き飛ばされ、転倒させられる。
 郁未は間を置かずに攻め込み、既にトドメとなりうる鉈の一撃を上方に振り上げていた。
 だが自分の命を奪うであろう凶器を目の前にしても名雪は淡々と行動を続けるだけだった。
 冷静に、そして的確な狙いを以って懐から取り出した『ルージュ』を向ける。

「!? っぐぅ!」

 何かを取り出し、こちらに向けていることを瞬時に理解した郁未は慌てて動作をストップさせたものの、名雪の方が一歩早かった。
 ルージュ型の銃から放たれた渾身の一発は郁未の脇腹を僅かに抉り、ダメージを与えていた。
 後一秒でも遅ければ弾は郁未の中心を貫いていただろう。
 死ななかっただけマシとはいえ、その奇襲は彼女を激昂させるには十分だった。

「殺して……やるッ! 絶対にッ!」

92(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:34:40 ID:kZsTBTYo0
 額に青筋を浮かび上がらせ、緩みかけていた腕にありったけの力を篭める。
 名雪はもう立ち上がっていたが、関係ない。どこまでも追い詰めて斃すだけだ。
 逃げるように駆け出した名雪を、続けて郁未も追う。

 かけっこか。やってやろうじゃないの。よーい……どん!

 郁未が不敵な、どこまでも狡猾で凶暴な笑みを浮かべて、二人の走り合いが始まる。
 普段があんな性格だったとはいえ、曲がりなりにも陸上部の部長を務めていた名雪と、不可視の力を持つ郁未。
 速力だけで言えば、これも二人は同レベルだった。
 思っていた程には差を詰められず、じりじりとした苛立ちが郁未の中に積もってゆく。

(く……それにしても、どこまで行く気よ)

 郁未はホテルの入り口を背にしていたため、必然的にホテルの奥へしか逃げられないのは分かる。
 だが小部屋に逃げるでもなく、隠れてやり過ごそうという意思が見えない。
 また策か? 郁未の中に疑心が芽生えるが、そうやってやられてきたことを思い出す。
 誘い出そうとしているのかしら? ……まさか!

 ハッと郁未に一つの可能性が浮かぶ。
 まだこのホテルの中には戦っている人間がいる。七瀬留美と、他にも誰かがいるはずだ。
 そいつらと鉢合わせさせて、同士討ちにさせる……これが名雪の策に違いなかった。
 なら、それにむざむざ引っかかってやる義理はない。予定変更だ。

 追っていた足を止め、踵を返すと郁未は元いた一階のロビーに直行する。
 今までの探索の結果、出入り口は一階の正門しかないことが分かっている。
 実に雑で手抜きなホテルだと呆れるばかりだが、戦うにはここまで好都合な場所もない。隠れるにも好都合な場所でもあるが。
 ともかく、そこで待ち伏せすれば自ずと名雪はそこに来る。いくら誘い込もうが、出入り口で待ち伏せされればどうしようもあるまい。
 いざとなれば逃げ出せばよい。

93(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:35:09 ID:kZsTBTYo0
(そんな気は、さらさらないけどね)

 じくじくと痛みを発している脇腹を押さえる。
 出血はほぼないが手傷を負わされたことは郁未のプライドに障った。
 何としてでも、あの小娘は殺す。
 その決意を込めて、辿り着いた先……ホテルの出入り口の前で郁未は仁王立ちして名雪を待つ。
 無論、投げつけたまま放置していたM1076はしっかりと回収し、リロードも忘れずにしておく。

 さあ、来い。壮絶にブチ殺してあげるから。
 そうして待つ。ただ待つ。恋焦がれるように。
 奇妙な、しんとした静寂が包み込んでいた。
 先程まであった戦いの鐘は鳴ることなく、不思議な暑さと塵のようなものが空中を飛んでいるだけだった。

(……暑い? いや、これは)

 体温が上がっているのではない、と思った。暑くなっているのは……このホテルだ。
 理由はすぐに察しがついた。あの放火女の仕業だろう。あちこちに火を放っているのなら、そりゃ暑く……いや、熱くなる。
 ますます好都合だと郁未は己の作戦が上手くいくことを確信する。
 この様子では隠れていようが、いずれ火に追い立てられて飛び出してくるに違いない。

 やはり狩人は、こちらなのだ。
 惑わしてくれたが、最終的に勝つのはこちらだ。我慢比べと行こうじゃないか。
 また我慢か、と郁未は思ったが今度は逃げるための我慢ではない。勝利するための我慢だ。

 そう考えると、自然と気分が昂揚してくる。
 早く、早く出て来い。この血が滾らないうちに。
 そうしてふと見上げた視線の先。

「……はっ、やっぱり、私の勝ちね」

94(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:35:40 ID:kZsTBTYo0
 二階、階段の上に一人佇む、水瀬名雪の姿。
 実は郁未の予測は当たっていた。
 身体能力に関して郁未の方に分があると考えた名雪は七瀬留美と交戦させるべく走り回っていたのだが、意外と早く郁未が意図に気付いてしまった。
 ならば戦術を元に戻し、待ち伏せに切り替えようとした名雪だったが、そうはいかなかった。
 どこかで火が放たれたのか、炎がホテル各所に燃え広がっており、已む無く脱出するしかないと判断したのだ。
 ついでに放置されている薙刀を拾ってから脱出しようとした名雪だったが……拾った先に、待ち構えていた郁未に発見されたのだ。

「ラストバトルと行こうじゃないの!」

 郁未がM1076を持ち上げ、名雪がジェリコを持ち上げる。
 最初の刺し合いに戻ったかのように、二人の取った行動は同じであった。
 数十メートルの距離を置いて交差する弾丸の群れ。まずは銃撃戦のセオリーとして、敵の射撃に当たらぬよう回避しながら撃ち続ける……はずだった。名雪を除いて。

 あろうことか、臆することなく名雪は射撃の雨の中を突っ切ってきたのだ!
 死をも恐れぬ名雪の行動に、郁未は驚愕しつつもさらにM1076を連射する。

 近寄ってくれば、当然相手との距離も縮まる。即ち当たりやすくもなる。
 名雪に弾丸が命中するのもまた必然だった。連射した二発の弾丸が名雪の腹部ど真ん中へ命中する。普通ならば致命傷である。
 が、何も策もなく突進するほど名雪は無謀ではなかった。彼女が突っ切れて来れたのは身に纏っていた衣服――防弾性能のついた割烹着――のお陰だった。
 多少足を遅らせたものの、前進を止めることはできなかった。

 撃たれても平気で攻め込んできた名雪に今度こそ郁未は動揺し、切磋の判断を誤る。
 弾切れを確認するため残りの弾数を確認しつつ撃っていたのだが、迫る名雪にカウントを忘れてしまう。
 薙刀を構える名雪。射程に入るまでは残り数歩。焦った郁未がM1076を撃とうとしたが、カチリと響く弾切れの音。
 しまったとデイパックを無理矢理下ろし、中に手を突っ込むが、中身を取り出すよりも早く名雪が攻撃動作に入った。

 ガツン、という鈍い音と共に名雪がM1076を叩き落す。「あうっ」と郁未は短い悲鳴を上げる。
 勝利はわたしのものだよ、と名雪は確信する。
 リロードを行うはずだったM1076はその手から零れ落ち、仮に鉈を取り出そうにも薙刀の方が射程が上だ。
 郁未の攻撃は届かない。

95(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:36:31 ID:kZsTBTYo0
「腕ごと叩き落さなかったことを、後悔するのね!」
「!?」

 が、郁未が取り出したのは予備弾でも鉈でもなかった。
 彼女にとっての虎の子、トカレフTT30が郁未の手の中に握られている。既にトリガーは指にかかって。
 裏をかかれたのは名雪の方だった。この近距離ならば外さないと向けられた銃口は、名雪の肩に向かっていた。

「……っぐ!」

 実に久方ぶりとなる悲鳴が、名雪の口から漏れ、どすんと尻餅をついてしまう。決定打だった。
 立ち上がろうとした名雪の鼻先に、つんと生臭い匂いのする鉈の刃先を突きつけられる。
 郁未の行動は迅速で、容赦がなく、また冷静だった。
 弾丸は無駄に消費しない。しかし立ち上がらせる暇も与えない。

 それでも必死に反撃に転じようとする名雪が薙刀を持ち上げるが、もう鉈は振り上げられていた。
 終わりだ。今度こそ郁未がトドメを刺さんとしていた。
 けれども、またもや予想外の要因に阻まれた。
 ドン、と地響きのように足元が揺れてバランスが崩れてしまう。同時に、耳をつんざくような大音響。

「うわっ!?」

 爆発か!? と郁未が思ったときには、既に名雪は脱兎のごとく駆け出していた。
 しまったと狼狽した郁未だが銃を取り出すにはいささか遅すぎた。
 それに揺れは続いており、とても狙いの付けられる状況ではない。
 く、と歯噛みしながらその背中を見送るしかなかった。

96(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:37:02 ID:kZsTBTYo0
 ここまで追い詰めておきながら……と郁未は怒りも露にホテルの奥を見やる。
 どこの誰だか知らないが、余計なことを!
 またもや『予想外』に妨害された郁未はその元凶を始末すべく、鼻息も荒く階段を駆け上がる。
 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! どこまでも私の邪魔をして、許さん! 叩き殺してやる!
 郁未の憤りは、もはやこの場全ての人間を抹殺するまで収まりそうもなかった。

     *     *     *

 ホテル三階の構造は、少し特異な作りになっている。
 中央部分に大宴会どころか結婚式の披露宴まで開けそうな大会場があり、その周りを取り囲むようにして廊下が繋がっている。
 他に部屋は殆どなく、披露宴の会場前にエレベーターがあることと小規模な部屋がいくつかと、自販機が数台あるだけだった。
 その廊下を、疾走する二人の女の姿があった。

「あはっあははははっははははっははぁぁぁああぁあぁ、いひ、いひひっひひ、全部全部燃え、燃え、大火事だぁ〜!」
「くっ……まともに近づけない……!」

 荒れ狂う炎の嵐の中、汗と涎、涙で全身をぐしょぐしょにしながらも狂乱の様相を呈して火炎放射器を放ち続ける小牧愛佳と、追う七瀬留美。
 既に三階はあちこちが炎に包まれていた。

 スプリンクラーはまともに機能せず、消火器もない状況で火は燃え広がる一方であった。
 熱気に押されて七瀬はSMGⅡを向けることもできず、放射器の燃料切れを待とうにも一向に収まる気配がない。
 愛佳の動きも徐々に緩慢になりつつあるが足の動きは止まることを知らず、前進しながら炎を撒き続けている。
 実に埒が明かない。七瀬はイライラを感じつつも何も出来ない自分に腹立っていた。

(何よ……なんなのよ、これは。この私が、七瀬留美がこんな小汚い悪党相手に手こずっているなんて……っ!)

 怯え、隠れ、逃げ惑ってこちらを悪だと決め付け、隙を見せれば手のひら返して殺そうするような奴に。
 自らが絶対の正義だと信じている七瀬は狂ってしまった愛佳の心情など意に介しようともしない。
 そもそも彼女と合流しようとしたのだって自分は戦う正当な権利を所有しているのだというお墨付きを手に入れようとしていたからで、愛佳はそのための道具とに過ぎなかった。そんな風に心の奥底で見下していた彼女が人の心情を察することが出来ないのは当然であった。

97(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:37:22 ID:kZsTBTYo0
 本来、七瀬とてこのような人物では、決してなかった。
 少々ガサツでも人を思いやり、いたわり、優しい心を持って接することの出来る紛うことなき『乙女』である。
 しかし、この島の異常な空気が彼女を変えてしまった。

 放送で何人もの友人の死を知らされ、何度も襲われ、そして……恋心を抱いた相手まで目の前で奪われて。
 絶望感と憎しみでいっぱいになった彼女が正気を保とうとするには、このような歪んだ心を持つことになるのは必然だったのかもしれない。
 七瀬には、悲しみと重圧で押し潰されそうになったときに本当に支えてくれる人がいなかった……否、奪われたのだ。
 七瀬留美という人間はあくまで少女であり、年相応の精神を持っていた。耐えられるわけがなかった。

 だがそれを弱いと言い切ることが出来ようか?
 たまたま、彼女には運と、時間と、ほんの少しだけの勇気が足りなかっただけなのだ。
 それを責めることなど誰にも出来はしない。彼女もまたこの島の、被害者であった。

「ぐっ……この……アホんだらァ!」

 閉じた室内で火災が発生していることにより、猛烈な勢いで室温が上昇し、煙も出ている。
 このままでは焼け死ぬか、煙に巻かれて動けなくなって死ぬかの二択しか残されていなかった。
 業を煮やした七瀬が、熱さでくらくらする頭を叱咤しつつSMGⅡではなく、デザート・イーグルを取り出す。
 このでかく、ゴツい拳銃ならば炎の中でも真っ直ぐに突き進むだろう、そう考えて。
 連射力に頼らない、初めての射撃。そのせいなのかいい加減に狙いをつけることはせずにしっかりと両足で床を踏みしめて構える。

「頭ブチ抜いてやるわっ!」

 啖呵を切るような一声と同時、轟音が響いて愛佳へと向かってマグナム弾が飛来する。
 頭を狙うと言いつつ、実際は体の中心へと狙いは向けられていた。それが本能か、たまたまなのかは分からぬが、とにもかくにもそれが功を奏した。
 心臓にも肺にも、放射器の燃料タンクにも弾丸は命中こそしなかったが、しかし左腕を一直線に貫く。
 突如襲い掛かってきた痛みに愛佳は奇声と悲鳴を織り交ぜた声で叫ぶ。

「いぎぃぃぃいいいぃぃぃぃいいいいぃ! い、いたいの、いたいのやだやだやだやだやだやだぁ!!!」

 駄々をこねて泣き喚く子供のように声を張り上げながら、痛みの元凶となったものを血眼で探す。原因はすぐに見つかった。

98(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:38:08 ID:kZsTBTYo0
「く、やっぱ一発じゃ……」
「ゆるさないぃぃぃぃいいぃぃ!! 死ぬの、死ぬのいやああぁぁぁぁああ!」

 虚ろになった目の中に憎悪が見えたように、七瀬は思った。
 火炎放射器の発射口が焼き尽そうとしていた世界に代わって、七瀬だけを捉える。
 危険を察知した七瀬は飛び退くことも追撃もせずに、背中を見せて逃げ出した。

 直後、荒れ狂う炎の塊が七瀬のいた場所を飲み込む。いずれかの行動をとっていたならば猛火に焼かれ、生きながら死んだことだろう。
 背中を見せる七瀬に、許さないとばかりに発射口はそのままに愛佳が後を追う。

 愛佳が今最も恐れるのは死――自分の命を脅かそうとする脅威を排除することだけを考えていた。
 殺そうとするものは全て焼き尽す。
 消し炭にしてしまえば、動かなくしてしまえばもう襲い掛かってくることはないのだから。

「に〜ぃ〜げ〜ぇ〜な〜い〜で〜!」

 どこか間延びした、以前の愛佳の面影を残す声が、かえって彼女の異常性を引き立たせる。
 けらけらと笑いながら七瀬に向かって炎を噴射する姿は無邪気な姿そのもの。
 人間を一つの意識のみに拘泥させて行動させればこうなる、という模範のようでもあった。
 一方の七瀬は最早手の施しようがなくなった愛佳相手にどうするかと考えを巡らせる。

 銃を向ければそれよりも早く放射器が火を吹く。
 圧倒的な熱風の前では七瀬がつける狙いなど無意味に等しい。下手すればあらぬ方向に撃った弾が跳弾して自殺点ゲームセットとなりかねない。
 どこか遠くから狙い撃ちにしようにも、この狭い空間ではそれも不可能。
 大広間は逃げ道がない。壁際に追い詰められればそれでもゲームセット。
 一階のロビーにおびき寄せて戦うという手もあったが、未だにこのホテル内で戦っているであろう人間たちとそこで鉢合わせする確率もある。
 第三者から見れば格好の獲物だろう。それだけは避けたい。

99(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:38:36 ID:kZsTBTYo0
 しかし、この狭い空間でどう対抗する? こんなことなら、スタン・グレネードを取っておけば良かった……
 そんな七瀬の目の前に、大広間前にあるエレベーターが目に入る。どうやら回りまわって一周してきたらしい。
 ああ、あれで一気に最上階あたりまで逃げられたら――
 想像する七瀬の中で、思い当たる節があった。

「これよ!」

 閃いた七瀬は喜色を含んだ声で叫ぶと、迷わず階下へと通じる階段に向かう。
 愛佳はというと、どうやら息切れしてきたらしく、あらぬことを叫びながら無意味に炎を撒き、七瀬を探しているようだった。

 チャンスだ。七瀬は自分に好機が巡ってきたことを確信する。あの放火魔を退ける千載一遇の好機。
 だが、まだ確実な勝利へ結びつけるには一つ足りなかった。
 一瞬で愛佳を殺さなければならない。時間がかかれば逃げられる恐れがあった。
 そこまでは、未だ考えが辿り着いていない。

 いや、何としてでも辿り着いてみせる。
 何故なら、自分は悪と戦う正しく乙女なのだから。

     *     *     *

「どこ? どこどこどこどこどこどこどこぉ〜?」

 吐息も荒く、へらへらと気味の悪い笑みを浮かべつつ愛佳は一旦放射をやめ、のしのしと三階を歩き回る。
 とはいっても本人の体力はかなり落ちていたので速度は地べたを這う虫のように鈍い。
 けれども体力を浪費してまで走り続ける、または暴れまわるよりもこのように休憩を挟む方が戦術としては的確である。

 力を出すときには出し、休むときには休む。
 本人は全く意識してないが、戦うときの鉄則を実演していたことに、人間にも本来備わっているはずの獣としての本性が垣間見える。
 小牧愛佳は今や狂獣であった。

100(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:39:18 ID:kZsTBTYo0
 そのままのペースで、ゆっくりと廊下を通り過ぎる。パチパチとカーペットの化学繊維が爆ぜる音だけがホテルの中に響いていた。
 エレベーターの前を通り過ぎ、廊下の角に差しかかろうとしたときであった。
 愛佳の後ろでガタン、と何かが倒れる音がした。
 反射的に振り向き、放射器のトリガーを引く。瞬く間に炎が溢れかえった。

「くっ!」

 追い立てられるようにして、いつの間にか愛佳の背後に回りこんでいた七瀬が飛び出す。
 どうやら観葉植物の裏に隠れていたようだが、狙い撃ちしようと身を乗り出したときに倒してしまったらしい。
 あは、と喜色満面に引き返し、続け様に炎を振りまく。
 たまらないという風に七瀬は顔をしかめ、またもや退却を始める。

「えへへへへへへ、こ、今度はにがさ、逃がさないよぉ〜! えへえへへへへへへへへ」

 それなりにスタミナの回復を行えていた愛佳はとてとてと小走りに七瀬を追いかける。
 角を曲がった先で待ち構えていないとも限らないので角を曲がる際には一度炎を噴射する。
 果たして予想通り、銃を持って待ち構えていた七瀬は悪態をつきながらさらに退却していく。
 ちらりと横目で燃料メーターを見る。まだまだ容量は十分であった。満足げに愛佳は頷く。

 だって、これはかみさまがあたしにくれたプレゼントなんだから。こわいこわいものからまもってくれるおまもりなんだから。
 だからあたし、焼くよ? 全部ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ真っ赤にしてあたしだけのばしょにするんだから。

 妄想を膨らませつつ、学校での図書館のように、誰にも、絶対に汚されない場所を作り上げるために愛佳は炎を散らす。
 本人は無意識だったが、三階に留まり続けていたのは自分だけの場所で、安穏として暮らす。そういう考えが根底に渦巻いていたからなのであった。

 逃げる七瀬はいくつかの小部屋に飛び込もうとするが、直前で愛佳の炎に阻まれてまた後退を余儀なくされる。
 どこにも逃げ場所なんてあるわけがないのだ。何故なら、ここは愛佳だけの世界なのだから。
 かくれんぼは絶対に彼女の勝ちである。
 そのまままた一周して、愛佳が四つ目の角を曲がる。と、そこで愛佳は七瀬の姿が忽然と消えているのに気付いた。

「……うふ、うふふふふふ。ざんねんざんねん。あたしから、にげ、にげられるわけないよぉ〜。いっぱい燃やして燃やして燃やして燃やして……」

101(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:39:40 ID:kZsTBTYo0
 理由はすぐに察しがついた。きっとエレベーターに乗り込んだに違いない。
 スキップでもするように軽い足取りでエレベーターに近づいていく。

「ほぅら、あたり〜」

 エレベーターの上昇スイッチが点灯している。
 どうせ上からまた階段を下りて奇襲する気なのだろう。
 そうはいくまいと左右の階段を見渡そうとした愛佳だったが……

「あれ?」

 よくよく見ればエレベーターは三階から動いていない。それはつまり、この階から動いていないということ。
 んー、としばらく考えた愛佳だが、やがて一つの結論に至る。

「えへへへへ。そうか、きっとまだこの中にいるんだぁ。あたしがー、向こうに目を向けてるときにー、うしろから……ってことか」

 エレベーターは必ず上昇、あるいは下降するという認識を逆手に取った作戦だ。
 だが、愛佳はその作戦に気付いた。これで窮地に追い込まれたのは相手の方だ。
 何故なら、相手はまだこのエレベーターの中に潜んでいるのだから。焼き尽すのは容易い。
 こちらからエレベーターが開けられぬわけがない。

 えい、とボタンを押して放射器のトリガーに手をかける。
 後は扉が開いた瞬間に炎をぶちまければいいだけ――

「いたかったんだからいたかったんだから、いっぱい燃やしてあげるよぉ」

102(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:40:00 ID:kZsTBTYo0
 僅かに扉が開き……同時に火炎放射器のトリガーを引く。
 その瞬間。


「――え?」


 閃光と共に、愛佳の意識は潰えた。

     *     *     *

 鼓膜を破らんばかりの大音響と大地震にも勝らぬ揺れが七瀬留美を襲う。
 立っていることが出来ず、思わず愛佳は階段の手すりに手をかけて揺れが収まるのを待った。
 余程の大爆発があったらしく、三階の一部が崩れ落ちて瓦礫と化していた。
 そして、爆心地であるエレベーターは文字通り木っ端微塵。

「くく、あははは、あっはははははは!」

 あまりにも上手く、そして想像以上の結果であったことに思わず大声を出して笑う。
 あの様子では確実に愛佳は死んだはずだ。いや、本人は死んだことさえ理解していまい。ざまあみろ。
 放火魔の末路に相応しいと思いつつ、まだ笑いが収まらない七瀬は壁に背をもたれさせて己の幸運に感謝する。

 エレベーターは狭い。そして密室だ。
 密室の中で、炎を吹き散らせばどうなるか。
 それが七瀬の考え出した作戦の一つ。

 だがそれは相手が完全に閉じ込められていなければ完全に上手くいくとは言えなかった。
 そこでもう一つ、七瀬が考え出したのが『粉塵爆発』だ。
 狭い室内で小麦粉を……可燃性の微小な粉末でいっぱいにし、十分に酸素があった上でそこに引火すると起こる現象。
 七瀬はこれをエレベーターでやってのけたのである。

103(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:40:31 ID:kZsTBTYo0
 まずエレベーター自体が動かなかったため、一階まで降りてエレベーターに電源を通す。
 一階に電源があるというのは完全な勘であったが、ホテル内の管理を一階以外でやっているとは思えなかった。
 予想通り、一階にある従業員専用の通路から電源室に入り、エレベーターの電源をつけることが出来た。
 これで第一段階は終了。

 残る問題は粉塵爆発の要となる可燃性の粉末だった。
 できるだけ短時間で探したかった(愛佳が逃げる、もしくは追う可能性があったから)ので見つけられるかどうかが勝負だったのだが……探すまでもなく、それは『落ちて』いた。

 一階に下りるには二階吹き抜けの階段からだけでなく、左右の階段からも一階に降りる事が出来る。
 そこを使って降りた際、七瀬の足元にたまたま『古河パン』セットが落ちていたのだ。
 以前はエディの支給品であった代物だが、皐月が彼を誤射した際のゴタゴタで落とし、そのまま放置されていたのだ。
 ご丁寧にも説明書つきであったために、七瀬はそれを十分使えると判断するに至った。

 後は再び三階まで戻り、適度な速度で愛佳と応戦しつつ、エレベーターを開け放ってそこにありったけの古河パンを投げ込み、自らはそのまま階段へ逃げ込む。後は色々推理してくれた愛佳が勝手に勘違いして、エレベーターの中に炎を撒いてくれるのを待つだけで良かった。

 色々と賭けのような部分はあった。愛佳が思い通りに推理してくれるとは限らないし、階段に逃げ込む前に目撃されることも在り得る。
 だが愛佳が角を曲がるときにはご丁寧に火炎放射器を噴射してくれたことで彼女がそれなりの理性はあるということに気付けたし、
 体力を消耗しないためなのか、こちらの速度に合わせるようにして動いてくれたので最後、角を曲がったときの猛ダッシュまでは読みきれていなかった。

 それでも色々と運に任せた部分は大きい。それを掴み取れたのはひとえに自分が……『正義』であるからに違いない。
 そう、善人が勝ち、悪人が滅びるのがこの世の理なのだ。

「そうよ、あんな人を平気で裏切るような奴に負けるわけがないのよ」

104(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:40:52 ID:kZsTBTYo0
 七瀬はようやく笑いを収めると階下へと向かう。
 先程の爆発でホテルのあちこちに傷がついた上に火も依然として広がっている。下手すればここが崩れる可能性もあった。
 さっさと脱出するに限ると思い、階段を下りようとしたとき、一人の人物と鉢合わせする。

「「あんたは……!」」

 同時に、全く同じ言葉。
 表情まで一緒だった。二人ともが怒りを露にして、七瀬がデザート・イーグルを。郁未がM1076を抜く。

「あんたさえ居なければ!」
「あんたが下手なことやってくれたお陰で!」

 憎しみをありったけ込めた銃声が、このホテルにおける新しい戦いの始まりを告げた。

     *     *     *

 人の一念岩をも通す、という言葉がある。
 互いに放った一撃はまさにそれだった。

 七瀬のデザート・イーグルは郁未の左肩を貫き、それと対照になるかのように郁未のM1076は七瀬の右鎖骨下を貫いていた。
 ダメージが大きかったのは骨にまで響いた七瀬の方だった。
 一瞬怯んだのを見逃さず、郁未がもはや相棒と言えるまでに使い込んだ鉈を片手に階段を駆け上がる。
 この距離で銃を撃つわけには、と判断した七瀬は手斧に持ち替えながら三階廊下へと移る。郁未もそれを追って廊下へと駆ける。

「これは……」

105(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:41:19 ID:kZsTBTYo0
 郁未が目にしたのは崩れていたエレベーターと燃え広がる床。
 壁材も炎で爛れ、崩れたものは炎の雫となってあちこちで垂れ落ちている。煙もひどい。
 呼吸困難になるほどではなかったが、早々に決着をつけねば火に巻かれる恐れがある、と判断した郁未は七瀬の姿を目で追う。
 彼女はあちこちの瓦礫を器用に避けながら大広間へと通じる扉を開けて、そこに駆け込んでいた。

 どうやら、自分達の決戦場所はあそこであるらしい。
 ふんと鼻を鳴らし、片手にM1076、もう片手に鉈を持ち大広間へと向かう。
 熱くてたまらない。この戦いに決着がついたらありったけ水を飲もう、と考える。
 出来れば汗も煤も落としたいところだが、この際贅沢は言うまい。

 扉は開きっぱなしになっていた。
 中は薄暗く、豪奢なカーペットやシャンデリア、テーブルが見えることからかつてはさぞ賑わった場所であったのだろう。
 そんなことを思いつつ、中に一歩踏み込む。

「せいっ!」
「なんのっ!」

 同時に振り下ろされる手斧を鉈で受け止める。これくらいの奇襲は予想済みだ。
 郁未はそのまま押し返すと部屋の中まで走り、倒れているテーブルの裏へと隠れる。
 七瀬はデザート・イーグルを構えていたが、発砲をやめる。
 代わりに腰を低く落とすとそのまま一直線に駆け抜ける。すると郁未も待ちかねていたように鉈を持ち、飛び出す。

 銃で攻撃しなかったのにはそれなりに理由があった。
 弾薬の不足がその一因。互いに無駄にしたくなかったということもあったが、そんなものは瑣末な理由に過ぎない。
 自分をこんな目に合わせたこいつだけは、殺したという感覚が残る武器で倒す。
 互いがそう考えていたからだ。

「天沢郁未ぃ! あんたさえいなりゃ、こんなに人が死ぬことはなかったのよ!」
「同じ人殺しのあんたがよく言うわよ、七瀬留美! あんたのお陰で、一人殺り損ねて……こちとらムカッ腹が立ってんだから!」

106(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:41:53 ID:kZsTBTYo0
 二度、三度と室内に金属音が反響する。
 双方ともあれだけ激しい戦闘の後だというのに、まるで疲れを知らないが如く目を血走らせて殺し合いに没頭している。
 ここぞというときに本当に頼りになるもの……それは己を支える精神、そう言うように。
 一歩も退かぬ打ち合いが何度か続いたが、格闘戦になっている内に七瀬が弱点を突かれてしまう。
 郁未が牽制として仕掛けたローキックが、たまたま七瀬の古傷を直撃したのだ。

「っ……!」

 疲れを見せなかった七瀬の表情が一瞬でも変化したのを、郁未は見逃さない。
 できた隙を逃すまいと踏み込んで鉈を振り下ろす。鉈は喉を直撃するコースだった。
 絶体絶命だと思われた七瀬だが、己の『正義』は絶対であると確信している七瀬は諦めない。

「乙女ってのは、そんなにヤワじゃないのよ!」

 無理矢理体を捻って繰り出された一撃が、郁未の右腕を浅からぬ深さで切り裂く。
 激痛が体に走るが、それでも攻撃は辞めなかったのは称賛に値すると言ってもいいだろう。
 しかし七瀬へのトドメになることはなく、鉈は肩に食い込み、骨にヒビを入れる程度のダメージに留まった(それでも十分過ぎると言えるが)。

「いっ……このぉ!」
「……ぐ、ナメんじゃないわよ!」

 返しの一撃はシンクロ。刃先を立てるように突き出された二人の凶器がそれぞれの脇腹を抉る。
 血が流れ出し、瞬く間に二人の衣服が血で染め上げられていく。それでも二人は動くのをやめない。

「あんたなんかに負けるはずがないのよ! あんたみたいな殺人鬼に! 藤井さんを殺したヤツみたいなあんたに! 勝利なんてないッ!」
「妄想で語ってんじゃないわよ! どうせ人を殺せるだけの、正当な理由が欲しいだけなんじゃないの!? そんなものを気にするなんて、あんたも底が浅い!」
「理由もなく殺すのは獣のやることよッ! 獣同然のあんたに、説教垂れられる筋合いはないッ!」
「なら、食い殺されるのね!」

107(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:42:17 ID:kZsTBTYo0
 一撃一撃は致命傷にならないまでも、確実にダメージは蓄積されてゆく。互いが付け合った刃傷は既に数え切れないほどに増えていた。
 中々決着がつかないからか、戦い方が変わり始める。

 武器に頼るよりも、それを牽制として拳や蹴りでの攻撃が主になり、顔面も狙うようになった。
 七瀬が手斧を振ると同時に肘鉄が郁未の肩傷を抉る。
 痛みに耐えつつお返しとばかりに鉈を振り、避けたところを飛び蹴りで鎖骨の下にある銃傷部分を攻撃した。
 ならばと地面に降り立ったところを頭目掛けて手斧を振るが、鉈で受け止められ鍔迫り合いのような格好となる。

「私はここで死ぬわけにはいかないのよ……! 葉子さん……親友に誓ったのよ……何が何でも生き延びて、命を繋ぐってね!」

 互いが近くなったことをこれ好機と、郁未が空いた手で七瀬にアッパーを見舞う。
 顎下からの衝撃に僅かに意識が途切れたが、気合の入っている七瀬をダウンさせるには遠かった。

「私だって死ぬわけにはいかないッ! 自分勝手な人殺しに未来があるものかッ! あんたみたいな人間がいるから、皆死んじゃうのよ!」

 七瀬の拳が郁未の鳩尾にめり込む。膝が震えかけたが、ここで倒れては死ぬと堪える。
 郁未は足を思い切り上げると、躊躇なく七瀬の足を踏み潰す。
 爪が潰れたが構う暇はないと逆に勢いの乗った頭突きをかます。

「っがぁ……!?」

 これには郁未も堪らず、よろよろと数歩下がってしまう。
 七瀬自身もじんじんとした痛みが頭にあったが、気にするほどではない。
 胸目掛けて手斧を振ろうとした七瀬だったが、それは郁未の演技だった。
 素早くかがみこむと、コンパスで描くように足払いをかける。
 疲弊しきっていた七瀬にこれを避けるだけの力はなく、見事に転倒してしまう。

「貰った! 偽善者めッ!」

108(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:42:35 ID:kZsTBTYo0
 大の字になって寝転がる七瀬に、無常な一閃が見舞われる。
 勢い良く振り下ろされたギロチンの如き刃は、七瀬の左腕を真っ二つに切り裂いた。
 凄まじい血が噴出し、それだけで死に至るのではないかと思われるほどに七瀬が絶叫する。

 実際、それはショック死しても何らおかしくない損傷であった。
 一般の成人では人体中の血液を2リットル失えば死亡する。増してやそれまでの戦闘で血を失っていた七瀬が死なないわけがない。
 郁未はそう確信していた。

「違うッ! 私が……正しいんだッ!!!」

 だが七瀬は一声叫ぶと、まるでバトンタッチのように千切れた腕から手斧をもぎ取り、郁未に向かって投げつけたのだ!

「なっ!?」

 あまりに予想外の行動に全く反応出来なかった。投げられた手斧は郁未の腹部に突き刺さり、致命傷とまではいかないまでも今までの中で最大のダメージを与えた。そればかりか、七瀬はよろよろと立ち上がり、未だ健在であることを示す。
 手斧を引き抜きつつも、そんなバカな、と驚愕せざるを得ない郁未。
 不敵に笑いつつ、七瀬は「偽善者……?」と続ける。

「私のどこが偽善者なのよ、あんたみたいなクズを全員殺して、こんな殺し合いに巻き込んだヤツも殺して、本当に優しい人だけが生き残る……どこが間違ってるっていうのかしら……? 私は、口だけの女じゃないッ!」

 片手でデザート・イーグルを取り出すとそれを構え、郁未の方へと差し向ける。

「確かに、口だけじゃないけど……あんたの言う『優しい人』ってのは何なのよ! 自分の理想とする人間のことでしょ! そんな選民がかった思想で……人のことを見下すなッ!!!」

 郁未はお返しとばかりに手斧を投げ返す。しかしそれは七瀬を捉えることなく、彼女の遥か真上を通過していく。
 は、と七瀬は哂った。

109(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:42:56 ID:kZsTBTYo0
「ほら、無駄。結局最後には……正しい人間が勝つのよ。さぁ、覚悟しなさいッ!」
「……なら、勝つのは私ね」
「何……?」

 ふっ、と七瀬に影が差す。薄暗い室内であったから気付くまでに時間がかかった。そして、その時は手遅れであった。
 七瀬が見上げた先……彼女の真上には、落ちてくるシャンデリアがあった。

「そんな」

 私が負ける? なんで、なんでよ? 人殺しって罪じゃないの? それを裁いて、何が悪いの?
 なんで悪人がのうのうと生き延びるの? 理不尽、理不尽よ、こんなの……
 認めない、私はこんなの認めない。こんな間違いだらけの世界なんか認めないみとめないミトメナイ――

 ガシャン、と頭に強烈な衝撃が走って……最後まで自分が『間違い』にいたことに気付けなかった、七瀬留美は死んだ。

     *     *     *

「ち……手こずった……」

 最後の一撃……天井にあったシャンデリアを手斧で落として押し潰すという策に成功し、七瀬を葬ったものの被害は甚大だった。
 全身のあちこちに手傷を負い、腹部には放置できないほどの刃傷がある。
 急いで服を破った布で止血まがいのことはしてみたものの、痛みが収まる気配はない。
 これでは遠くへの移動は困難だった。

「く……」

110(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:43:13 ID:kZsTBTYo0
 おまけにこのホテルは火災を引き起こしており、それを見つけて他の参加者がやってくるとも限らない。
 もうどうしようもなかった。当初の予定は全てお釈迦。

「くく、もうこうなったら……トコトンまで行くしかなさそうね」

 半ば自棄、半ば腹をくくったような気持ちで、郁未はここを根城にすることを決める。
 やってくる人間は全て皆殺しにする。
 武器は七瀬から奪ったものがたっぷり……とまでいかなくてもそこそこはあった。十分戦える。
 とはいえ、崩落しかけているここに留まるのは論外。まずはホテルの外に――

 そこまで考えたとき、ガラガラと音を立てて、天井が崩れ始める。
 噂をすれば、とやらだ。崩落が始まったらしい。

「まずは、ここからの脱出か……余裕だけど」

 荷物を詰め込み終えた郁未は、痛む体を引き摺りながら取り合えずここからの脱出を目指すことにした。

 優勝までは、もうすぐ。
 まだだ、まだ私は戦える。

 手負いの雌豹は、ますます牙の輝きを増していた。

111(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:44:58 ID:kZsTBTYo0
【時間:二日目午後19:00】
【場所:E-4 ホテル内】

伊吹風子
【所持品:サバイバルナイフ、三角帽子、青い宝石(光四個)、グロック19(1/15)、ストッキング、接着剤、糸、バルサン、ゴム糸、支給品一式】
【状態:泣かないと決意する。全力で逃げる(現在はホテルの外)。仲間の仇を必ず取る】

天沢郁未
【所持品1:H&K SMGⅡ(13/30)、予備マガジン(30発入り)×1、何かの充電機、ノートパソコン】
【所持品2:デザートイーグル(.44マグナム版・残弾4/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1】
【持ち物3:S&W M1076 残弾数(5/6)とその予備弾丸14発・トカレフ(TT30)銃弾数(4/8)・ノートパソコン、鉈、支給品一式×3(うちひとつは水半分)、腕時計、ただの双眼鏡、カップめんいくつか、セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、S&W、M10(4インチモデル)5/6】
【状態:右腕重傷(未処置、かなり状態が悪い)、左肩、脇腹負傷、腹部損傷(致命傷ではない)、顔面に細かい傷多数、中度の疲労、マーダー】
【目的:ホテルにやってくる人間を全て抹殺。最終的な目標は、優勝して生き延びる事】

小牧愛佳
【持ち物:消失】
【状態:死亡】

七瀬留美
【所持品:支給品一式(3人分)】
【状態:死亡】

七瀬彰
【所持品:イングラムM10(6/30)、イングラムの予備マガジン×3、M79グレネードランチャー、炸裂弾×8、火炎弾×9、クラッカー複数、折り畳み自転車、支給品一式】
【状態:右腕負傷(かなり回復。痛みはほぼ無し)。左腕に打撲、左腕に切り傷、肩や脇腹にかすり傷多数、疲労大、マーダー。まず風子を抹殺。放送は戦闘の影響で聞き逃した】

水瀬名雪
【持ち物:薙刀、ワルサーP38アンクルモデル8/8、防弾性割烹着&頭巾、IMI ジェリコ941(残弾10/14)、青酸カリ入り青いマニキュア、支給品一式】
【状態:肩に刺し傷(銃弾により悪化)、全身に細かい傷、マーダー、祐一以外の全てを抹殺。ホテルのどこかに逃亡。放送は戦闘の影響で聞き逃した】


【その他:手斧は三階に放置。ホテルの一部で火災発生。崩落しかけています】
→B-10

112(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 02:59:52 ID:kZsTBTYo0
済みません、以下の部分に変更をお願いします

【時間:二日目午後19:00】

【時間:二日目午後20:00】

ミスったorz

113(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/21(日) 14:46:12 ID:kZsTBTYo0
感想スレで指摘があったので再訂正をば…
愛佳死亡シーンの後の、

>立っていることが出来ず、思わず愛佳は階段の手すりに手をかけて揺れが収まるのを待った。

>立っていることが出来ず、思わず七瀬は階段の手すりに手をかけて揺れが収まるのを待った。

に差し替えお願い致します

114(最初だけ怖いっス)/Theme of Black Knight:2008/09/23(火) 00:46:27 ID:irUrvGZQ0
感想スレで指摘があったので再々修正

 一階に下りるには二階吹き抜けの階段からだけでなく、左右の階段からも一階に降りる事が出来る。
 そこを使って降りた際、七瀬の足元にたまたま『古河パン』セットが落ちていたのだ。
 以前はエディの支給品であった代物だが、皐月が彼を誤射した際のゴタゴタで落とし、そのまま放置されていたのだ。
 ご丁寧にも説明書つきであったために、七瀬はそれを十分使えると判断するに至った。



 一階に下りるには二階吹き抜けの階段からだけでなく、左右の階段からも一階に降りる事が出来る。
 そこを使って降りた際、花梨や由真の死体と共にいくつかのモノと一緒にたまたま『古河パン』セットが落ちていたのだ。
 以前はエディの支給品であった代物だが、花梨が引き継いでおり、彼女の死と共にそのまま放置されていたのだ(郁未は興味を示さなかった)。
 しかもご丁寧に説明書つきであったために、七瀬はそれを十分使えると判断するに至った。


に変更。確認不足のために度々ミスを露呈してしまい申し訳ない

115名無しさん:2008/09/27(土) 05:45:41 ID:ltxNkqvY0
EX/D.A.N.G.O. -Dimension Administrators of Non-standard Grievous Occupants-


 
「―――新たな次元震を感知!」
「何じゃと!?」

狐色の丸い体をぷるぷると震わせた個体の叫びに、後ろに控えた白い個体が驚いたような声を上げる。

「このタイミングで……!」
「渚ちゃんの中に開いたゲートの修復だけで手一杯なのに……!」
「……落ち着け。やき、詳細を」

口々に不安を漏らす個体を制するように声を上げたのは、黒色の一体である。
やきと呼ばれた狐色の個体が、はっとしたように手元の計測データに目を落とす。

「そ、それが……」
「どうした」
「新たな次元震源……同時に二箇所発生でさあ!」

やきの戸惑ったような声音に、その場にいた個体が揃ってぷるぷると震える。

「な……何じゃと!? 計測ミスではないのか!」
「白玉長老の言うとおりだ、先の次元転移に伴うアンコ流侵蝕で機材の半分が持っていかれている。
 急いで再確認を」
「む……わしとしたことが少し取り乱したようじゃ。済まんの、ごま」

動揺を隠し切れずにいる、白玉長老と呼ばれる白い個体。
その代弁をするような黒い個体、ごまの低い声が、場の動転を少しづつ鎮めていく。
しかし、間を置かずに返ってきたやきの言葉が、再び混乱を巻き起こすことになる。

「確かにこの辺りのミタラシ値異常で、串の利きは最悪ですがね……検算終了、間違いありやせん!
 次元震源は上空36000km! この惑星の静止衛星軌道上、及び……我々の直下、地下数十メートル!
 規模は……それぞれ2800、及び4500ギガキナコ!」

それは、彼らの想像を絶する数値であった。

「な……!?」
「嘘でしょ……!」
「そんなの、本隊特務でもなきゃ……!」

ぷるぷるという震えが場の空気そのものを揺らしているかのようだった。

116名無しさん:2008/09/27(土) 05:46:09 ID:ltxNkqvY0
「特大級の震源が二箇所だと……!?」

さしものごまの声も僅かに震えている。

「すいやせん、更に悪い報告が……」
「構わん、言うてみい」

苦虫を噛み潰したような長老の声。
続くやきの報告もそれに応えるように重苦しい。

「……震動、収まる気配を見せやせん。地下の震源は既にほぼゲートの形成を完了。間もなく開放に至りやす」
「ぬぅ……!」
「となれば、上空も時間の問題……か」
「そんな……4000ギガキナコクラスの開放なんて、どれだけのアンコ流侵蝕が起こるか……」
「修復は可能か、あん」

ごまに問われたのは、滑らかな深い茶色の個体。
ふるふると震えながら答えるその優しげな声音の中には、しかし一本のしっかりとした芯を感じさせる。

「……難しいわ。長い漂流で資材は底を尽きかけてる」
「さっきの転移で残った機材もほとんど使い物になりませんしね」
「そうね、つきみ。今の私たちには三箇所もの同時対処は不可能。
 それに……複数のゲートが開けばミタラシ共鳴が始まるわ。そうなれば……」
「……渚ちゃんのゲートだけだって、塞げるかどうかわからねえ、ってこった」

あんの言葉を引き継いだのはやきである。
厳しい視線に萎縮したように小さな白い個体、つきみが長老の陰に隠れた。

「……今の我らに残された手段は少ない」
「しかし、となれば……」
「うむ、道は二つ。眼前の一つに総力を傾けるか……それとも、まとめて吹き飛ばすか、じゃ」

その言葉は、静まりかけた場を騒然とさせるに十分なものだった。
最初に声をあげたのはやきである。

「な……吹き飛ばすって、まさか串ごとゲートをパージするんですかい!?」
「そんなことをすれば……ゲート周辺の次元ミタラシ値は極大と極小の間で大きく触れるな」
「そ、それじゃ渚ちゃんも……!」
「そんな……! あんまりです、お爺ちゃん!」
「―――我らが使命を忘れたか!」

大喝が、響いた。

117名無しさん:2008/09/27(土) 05:46:28 ID:ltxNkqvY0
「我らだんご大家族……次元の崩壊を未然に防ぐが第一の努めぞ!
 だんごと生まれてそのお役目を徒や疎かにするべからず!
 家訓第一条、唱和せい!」
「―――家族は一個の為に、一個は家族の為に!」

反射的に声を揃える。
それは彼らが毎朝唱え、心に刻んできた使命であり、誇りである。
唱和することでその重みを思い出したか、誰もが口を噤んだ。
ただ、一人を除いて。

「……だけど、」

狐色の体を震わせて呟いたのは、やきである。

「だけど俺は、納得できねえ! 納得できやせんぜ、おやっさん!」

その身体の内に燃える炎に炙られて色づいたと言われる、彼はそういう男であった。

「使命はありやさあ! 俺だって忘れちゃいねえ! けど! けどそいつぁ納得できねえ!
 ここは引けねえ! 引いちゃいけねえ! 使命を盾にして恩人を犠牲にするなんざ……!
 そいつぁ、そいつぁコゲだんごにも劣る所業ってもんでさあ!」

その炎が今、燃えている。
炙られたように、一歩を踏み出したものがいる。
静かな瞳に決意を宿らせたごまであった。
その後に続くように、あん。
最後に、固く口を引き結んで、目には涙を一杯に溜めた、つきみである。
横一線に並んだ四個は、まるで一本の串に刺されているかの如く。
それは、だんご大家族の理念を体現するかのような、四個であった。

「……人の話は、最後まで聞けい」

四個を前に、深い溜息をつく長老。
困ったようなその表情には、しかしどこか笑みのような色が見え隠れしている。

「確かに、我らの使命は一つでも多くの次元崩壊要因を防ぐことじゃ。しかし……」

一拍を、置く。

「―――恩義を忘れただんごなど、只の米粉じゃよ」

言い放ったその顔が、悪戯っぽく笑った。
それはかつて宇治金時の白獅子と呼ばれた歴戦の勇士がみせた、覚悟の表情である。

118名無しさん:2008/09/27(土) 05:46:46 ID:ltxNkqvY0
「お、おやっさん……」
「お爺ちゃん、カッコいい!」
「それじゃ……!」
「長老……それが、決断ならば」

口々に呟く彼らの上に、再び大喝が響く。

「何をボサッとしておる! ……渚ちゃんに巣食うゲートを封鎖するぞい! 出し惜しみは無しじゃ!」
「―――了解!」

一瞬の間を挟んで、すべてのだんごが声を上げる。
唱和を通り越したそれは、既に雄叫びに近い。

「チックショウ、燃えてきやがった……!」
「だんごの底力、見せてあげましょう!」
「修復班を集めろ、あん。こちらが合わせる」
「わかったわ、ごま」
「おいテメエごま、抜け駆けはゆるさねえぞ!?」
「やきさんはこっちですっ」
「何しやがるつきみ、離せっ」
「オペレートの準備はもうできてるんですから、急いでくださいー!」
「ほっほ、若いのう」

騒ぎながら準備を進めるだんごたちの目には、長老と同じ色がある。
覚悟と、誇りと、そして希望とが燃え上がる、それは色だった。


***


「―――干渉震源、閉鎖完了!」


***

119名無しさん:2008/09/27(土) 05:46:59 ID:ltxNkqvY0
 
「……? わたし、は……」
「渚……気がつきましたか、渚!」

ゆっくりと開かれた古河渚の瞳が最初に映したのは、母親の顔であった。
ひどく心配そうに自分を見下ろしている。

「おはようございます、お母さん……わわっ」

寝ぼけ眼をこする渚を、早苗が突然かき抱く。

「元の……元の、渚ですよね……」
「ご、ごめんなさいお母さん、言ってる意味がよくわかりません……」
「よかった……本当に、よかった……」

抱き締める力の強さに困惑する渚が、記憶にない己の珍妙な言動を聞かされて更に困惑を深めたのは、
それから十数分の後である。

120名無しさん:2008/09/27(土) 05:47:16 ID:ltxNkqvY0
【時間:2日目午前11時すぎ】
【場所:I-7 沖木島診療所】

古河渚
【所持品:だんご大家族(100人)、支給品不明】
【状態:健康】

古河早苗
【所持品:日本酒(一升瓶)、ハリセン、支給品一式】
【状態:安堵】

だんご大家族
【MISSION:COMPLETED!】

→692 ルートD-5

121新たなる時代の扉:2008/09/28(日) 12:29:23 ID:jE6n8yvg0
 モニタの明かりのみが人の輪郭を映し出す、アンダーグラウンドと表現するに相応しい部屋。
 決して目には良くないと言える状況で、しかしまるでそんなことを意に介せずゆったりと寛いでいる男が一人いた。

 デイビッド・サリンジャー。
 かつて彼はドイツにあるメイドロボメーカーに勤めるプログラマーであった。
 彼の目の前で黙々と作業を続ける修道女……アハトノインのメインプログラムを設計した人物でもあり、そこに改竄をも加えた男。

 ロボット三原則、というものがある。

 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

 それらは原則として、いかなるロボットのベースシステムにも用いられ、決して手を施せないようにコーティングされている。
 兵器として運用されたり、テロ行為に使われたりなど、人に危害を及ぼさないように。
 また一方でそれは日々進化を続け、人の感情に近いものを持つとまで言われるようになったロボットのAIが守りうる『人権』でもあった。

 通常ロボット……特に、メイドロボなどの人型かつ人工知能を搭載したものは企業に発注する際、使用する部品から組み込むプログラムまで全ての仕様書を国家権力に準ずる確認機関に提出し、承諾を貰わなければ部品及びOSなどは発注できないようにされている。
 即ち、国家というフィルターを通し、その安全性やロボットの『人権』が確保されなければロボットを生産するのは不可能なのである。

 仮に極秘で部品などの生産を独自に行い、外観だけはそれなりのものができたとしても、人工知能を伴って動かすことは出来ない。
 何故ならロボットのOSの、ベースシステムにはロボット三原則と共に行動アルゴリズムや学習能力などのロボットがらしく行動するためのシステムも同時に搭載しており、これを独力で開発するなどというのはほぼ不可能な領域であったからだ。
 プロテクト自体も厳重であり、これを解除するのは世界中にどんなハッカーがいようとも無理なはずであった。

 ――篁財閥という、国家にも比類するような絶大な権力を持つ企業が現れるまでは。
 どのような手段を使ったのかは分からぬが、篁財閥は明らかに戦闘目的と思われる部品をメイドロボに組み込み、ロボット三原則を無視する……『人間を殺害出来る』プログラムを組み込んだ発注をサリンジャーの勤める企業へと出したのである。
 サリンジャーのいたチームはプログラムの設計の……人間を殺害するプログラムを担当することとなった。

122新たなる時代の扉:2008/09/28(日) 12:29:48 ID:jE6n8yvg0
 とはいえ、一から設計するのではなく、そこにある改竄を加えて今までのロボットとはまるで別のものに仕立て上げることが主な仕事だった。
 その改竄とは、特定の人物以外の人間全てを『悪魔』として認識させ、人間を人間として見させないという全く新しい発想であった。
 このときの改竄はほぼサリンジャー個人の実力に拠るものが多かった。
 確かにその方法ならばロボットに人間を殺害させることも可能なのだろうが、肝心のプログラムの設計が非常に困難であったのだ。
 プログラマーの殆どが頭を抱える中、作業を進められたのはサリンジャーただ一人だった。
 必然的に彼はチームのリーダー的な存在となり、彼なしではプログラムの開発は行えない状況になっていた。

 そんなとき、サリンジャーの元にある人物からの招待状が届いた。
 篁財閥総帥、篁その人から。
 当初はサリンジャーも目を疑った。
 確かに篁財閥は例のロボットの発注を行ったクライアントだが、だからといってその総帥が自らサリンジャーのような一人のプログラマーに会おうとするだろうか? 不審に思いながらも、彼は篁との対面を果たした。

「君があのプログラムの実質的な開発者だということは聞き及んだよ。どうだ、私に仕えてみぬか?」

 会ったときに篁が発した第一声がそれだった。
 聞けば、あの発注はサリンジャーのところだけでなく手が届く限りの場所全てに出したのだというが、結局まともに開発が行えていたのがサリンジャーの勤めるメーカーだけだったという。

「君は天才だ。その才能を私が高く買ってやろう。どうだ、世界を手にしたいとは思わんかね」

 とても老齢とは思えぬ男の口から発せられた誘惑の言葉に、サリンジャーは抗う術を持たなかった。
 あの企業での待遇も気に入らなかったし、何より……世界を手にするという篁の自信ありげな様子に興味を持った。
 篁の持つ野心のようなものに、中てられるようにしてサリンジャーも野心を燃やしたのである。

 結局、サリンジャーは篁直属の部下となって引き続きチームを編成してプログラムの開発を続行。
 彼が勤めていたメーカーは篁が秘密裏に『処分』した。表向きは企業の倒産ということにして。無論そこにいた人物達の生死は、言うまでもない。
 開発に失敗していた他のメーカーも、事実隠蔽のためにその全てが処分されたという。もっとも、サリンジャーは赤の他人のことなど気にかけている暇はなかったが。

123新たなる時代の扉:2008/09/28(日) 12:30:11 ID:jE6n8yvg0
 開発も終盤に進み、いよいよ試作品が稼動しようかという時期に、篁が新しく命令を下してきた。
 それは新しく開発したとある施設にアハトノインを運び込め、というもの。
 サリンジャー自身もその施設に来いという命令であった。
 詳しい内容までは聞かされていなかったので、また総帥お得意のショーか、という軽い気持ちでサリンジャーは足を運んだ。

「バトルロワイアル……ですか?」
「そうだ。貴様は初めてだろうが、まぁ気にすることはない。安全な位置で見ているだけでいい。喜べ、貴様は総帥に招待された客人なのだからな」
「……どうも、そのようには見えないのですがね。何やら、物騒なものを運び込んでいるようですし」
「何、万が一のためと、我々の計画のためだ。コレを使うような事態には、さらさらならんだろうよ」

 そう言っていたのは、篁の側近であり『狂犬』とのあだ名を持つ醍醐。
 計画の内容とやらはやはり詳しくは聞かされなかったものの、人の持つ可能性と奇跡……その実験のためであるらしいことだけは分かった。
 サリンジャーはそのようなものを信じるような人間ではなかったので与太話だと笑ったが、どうやら篁は本気であるようだった。
 曰く、人の想い、その奇跡こそが新たなる時代への扉を開くのだ、と。

「しかし、総帥。お言葉ですが……その幻想世界……いえ、根の国に我々が世界を手にできるものがある……と? どうも私には信じがたいのですが」
「フフフ……まあ、無理からぬことだ。しかし、理論自体は既に証明されているのだよ。世界は、存外身近なものかも知れぬぞ?」
「……ハーバー・サンプルなど作り話に過ぎません。第一、今はそれだって行方不明ではないですか。新たな世界に資源を求めるというのは……」
「ならば、お前にも好きなことをさせてやろう。お前にとてプランはあるのだろう? 己が権力を手にするプランを……な」

 サリンジャーは心のうちを見透かされているような気分になった。
 確かに、より自分の地位を高めようと心の奥で画策していることはある。しかしそれは誰にも口外したことはないはずで、サリンジャー一人だけが仕舞いこんでいたものであるはずだった。
 篁という、この得体の知れぬ老人の底知れぬ雰囲気に怖気を感じた瞬間でもあった。

 とはいえ、折角篁がくれた機会を逃すわけはなかった。サリンジャーが申し出た事項は意外とあっけなく承諾された。
 篁の心の内は正直、読めないけれどもここまでの大企業に一代でのし上げた人物だ。何も考えていない……というわけではないには違いなかった。
 とにかく、サリンジャーのみを『高天原』内に残し、醍醐と篁は参加者の実力を測る……という名目で参加者に扮し、会場へと出て行くことになった。
 よもや、そのまま二人ともがあっさりと死んでしまうことになろうとは流石のサリンジャーでも予想は出来なかったが。

124新たなる時代の扉:2008/09/28(日) 12:30:33 ID:jE6n8yvg0
 残されたサリンジャーに与えられた命令は二つ。
 バトル・ロワイアルの遂行と、会場内に残した青い宝石に『想い』を溜め込むこと。

 が、正直な話サリンジャーには後者の命令はどうでもよかった。
 オカルト的なモノは信じない理系肌の人間であったし、仮に任務を遂行したとして、そこより先へ進む方法など分からぬ。
 恐らくはその方法まで知っていた篁総帥は、語る前に逝ってしまったのだから。
 故に、彼は彼の欲望を満たすための行動を始めた。

 サリンジャーが篁に申し出た事項……
 それは、人類史上初となるであろう、戦闘を目的としたロボット……アハトノインの実戦訓練。
 身体能力的にはあらゆる動物を陵駕する実力がどれほどあったとしても、戦闘データがなければ新兵と何ら変わらぬ。
 そこでサリンジャーは鬼・不可視の能力者・毒電波・他諸々の実力者がある程度揃っているこの会場で、参加者を相手に実戦させることにした。
 本来なら正規の軍隊を相手にしたかったが、それは到底実現不可能なことだったし、何よりアハトノインの存在は未だ極秘であり、誰にも知られてはならなかった。

 『神の軍隊』を世界に披露する、その時までは。
 ここ沖木島に運び込んだアハトノインはまだ数が少なく、データを管理している作業用アハトノインを除けば戦闘用は数体ほどしか使えなかった。
 数が少ないのは単に生産が遅れているだけで、本来ならば万全を期すために百体前後は欲しかったとサリンジャーは考えていたが、一般人が大半を占めるこの殺し合いでアハトノインが負けることはまずありえないことであるし、既に鬼の一族である柏木家の人間はほぼ全滅、不可視の能力者も殺されている。
 残りの参加者がどう立ち向かおうが、(戦闘データがないとはいえ)アハトノインには勝てるわけがないのである。

 さらに念を入れてここに滞在している間何回か戦闘シミュレーションさせて、机上とはいえ戦闘データも積ませた。
 このうえ参加者には首輪の爆弾まである。参加者側がサリンジャーの元に辿り着くなど全くありえない話である。

「いや……気にしすぎですね。はは、世界の支配者にこれからなるというのに、私も臆病なものだ」

125新たなる時代の扉:2008/09/28(日) 12:30:58 ID:jE6n8yvg0
 参加者が攻め込んでくる要素があるか考えていた自分に気付き、サリンジャーは半ば吐き捨てるように笑う。
 それよりも、いつアハトノイン達を会場に放り込むか。そのことに思考を移す。
 そろそろ参加者も減って、積極的に殺し合いに参加している連中が煩わしくなってきた。
 散発的に戦闘は起こっているので何人かは死ぬだろう。出来れば、余程実力のある者以外は死んで欲しい。
 雑魚を相手に戦ってもアハトノインの経験にはなり得ないのだから。

「いや、何も今回に拘る必要もないじゃないですか」

 よく考えれば、一回でデータを収集する必要性はない。何回か繰り返し戦ってデータを集めればいいのだ。
 バトル・ロワイアルは今回が初めてではないらしいのだから。
 また次回、その時に彼女達を戦わせればいい。何せ、今の篁財閥の総帥は実質、自分なのだ。

 篁財閥において篁総帥その人の顔を見た人間は限られている。
 自社の重役でさえ、篁と会ったことのある人間は一人としていない。
 面識があるのは、醍醐とサリンジャー、リサ=ヴィクセンのみ。
 残るヴィクセンも参加者として放り込まれている以上、見捨てられたと見るのが正しい。面識はほとんどなかったが、ヘマでもやらかしたのだろう。

 とにかく、篁の正体を知るのがサリンジャーだけである現状を見て、彼は更に大きな野心を抱いた。
 自らが『篁』となり、世界で一番の権力を手にするという、あまりにも大きな野望を。
 『高天原』『神の軍隊』『篁財閥』……これだけあれば、世界を相手に戦えるとサリンジャーは思ったのだ。
 バトル・ロワイアルはその進水式であり、偉大なる第一歩。

 そして、計画も着々と、順調に進んでいる。何も問題はない。後は、アレの調整が終われば……

「報告します」

 考えに耽るサリンジャーの後ろで、事務的な声が聞こえた。
 噂をすれば、か? とサリンジャーは心中で一人ごち、「なんだ」と声だけで応じる。

126新たなる時代の扉:2008/09/28(日) 12:31:21 ID:jE6n8yvg0
「Mk43L/eの接続調整が完了致しました。レールキャノンについてですが、そちらはまだ充電が完了しておりませんので、残り12時間前後かかるかと思われます」
「動かせるんだな?」
「はい、自走だけならば問題なく行えます」
「くっくっくっ……よし、下がっていいぞ。進展があればまた報告しろ」
「はい、失礼します」

 盤面は既に最終段階に入っていた。
 足音を残して去っていくアハトノインの余韻を感じながら、サリンジャーは世界が自分の手の届く範囲まで来ている、と確信する。
 『神の国』まではもうすぐだった。
 何もかもが順調。これが王の力か。

「くくく……はははは、あーっはっはっはっ!」

 全てが思い通りになっていく。その快感に酔いしれるがままに、サリンジャーは笑い続けていた。

127新たなる時代の扉:2008/09/28(日) 12:31:43 ID:jE6n8yvg0
【場所:高天原内部】
【時間:二日目午後:19:00】

デイビッド・サリンジャー
【状態:殺し合いの様子を眺めている。頃合いを見てアハトノイン達を会場に送り込む】
【その他:Mk43L/e(シオマネキ)が稼動できるようになった】

→B-10

128ナジェーナ:2008/10/04(土) 00:22:23 ID:VSD3tLmo0
 
『これが、今生のアマテラス……』

呟く声は白の神像。

『この光……間に合わなかったと、いうのですか……』

搾り出すような声音の、その眼前に広がるのは白の巨躯を更に数倍する巨大な建造物。
周囲に広がる闇を圧するように明滅する、無数の光点に包まれたそれは城砦とも呼ぶべき外観を誇示している。
自転赤道上、実に高度三万六千キロメートル―――それは宇宙空間に浮かぶ、鋼鉄の城郭であった。

『……大丈夫、お姉様』

音を伝える大気すら、既に存在しない。
しかしその声は、物理法則を嘲笑うかのように世界に響く。
白の神像、アヴ・ウルトリィの傍らに舞う、黒い神像の声であった。

『この子……まだ、ちゃんと目を覚ましてないよ。急にムツミがいなくなって困ってるみたい』

巨大な砲塔を始めとした無数の兵装は幾つもの光を纏い、臨戦態勢とも映る。
恐るべき鋼鉄の砦を前に、しかし黒の神像、アブ・カミュは言い切ってみせた。
己が内に秘めるもう一つの力と通じるが故の、それは断言である。

『……そうですか。ならば我々の手でも、破壊は容易でしょう。……しかし、その前に』

一拍を置いたアヴ・ウルトリィが、ほんの僅かの逡巡を滲ませて、その言葉を口にする。

『―――神尾晴子。あなたには決断してもらわねばなりません』


***

129ナジェーナ:2008/10/04(土) 00:22:47 ID:VSD3tLmo0
 
「な、何や急に!?」

狭いコクピットの中、足を投げ出してばりばりと顎の下を掻いていた晴子が唐突に声をかけられ、
泡を食ってバランスを崩す。
鈍い音。

「……痛ぅ……。何じゃボケ! 人を宇宙にまで連れ込んで、この上何をせぇっちゅうんじゃ!」

したたかに打ちつけた腰をさする晴子。
怒鳴りつける口調にはしかし、どこか力がない。

『観鈴、薄々思っておったが……そなたの母御はやかましいの』
『にはは……ときどき、ドジっ子』
「……ガキどもは黙っとらんかい!」

星の瞬きだけを映す暗いコクピットの中、響く幾つもの声を振り払うように晴子が
傍らのコンソールに腕を叩きつける。

「……続けてみぃや、神さん」

驚いたように口を噤んだ二人―――アヴ・ウルトリィの契約者にして神像の融合者、神尾観鈴と、
アヴ・カミュの新たなる契約者、神奈備命の声がやんだのを見計らって、晴子が静かに先を促す。

『……決断とは、他でもありません。晴子、あなたは……この現世に留まることを望みますか』
「はぁ!?」

漏れた声は純粋な困惑。
問いはそれほどに唐突で、理解に苦しいものだった。

「何やそれ。うちに死ねとでも言いたいんか。良ぉ言われるけどな。
 ハ、神さんにまで言われるとは思わんかったわ。……おどれから死なすぞボケカスコラァ!」

がつり、と硬い音を立てて乱暴に操縦桿を蹴りつける晴子の剣幕にも動じた様子なく、
アヴ・ウルトリィの声は続く。

130ナジェーナ:2008/10/04(土) 00:23:28 ID:VSD3tLmo0
『我々は、もうすぐ旅立たねばなりません』
『カミュたちはずっとお父様を追いかけてるんだよ!』
『余もかみゅうより仔細を聞いた。契約者は大神の眷属として時を渡るのだと』
「やかましわ! おのれらには聞いとらん!」

声を張り上げた晴子が、しかしすぐに首を捻る。

「ん? ……今、契約者ぁ言うたか。それやったら……」
『にはは……観鈴ちんもウルトリィさんの契約者さん』
『……事の始まりは、省きます』

晴子の疑問に答えることなく、アヴ・ウルトリィは言葉を連ねる。

『私たち……私とカミュ、そしてここにはいない仲間たちは、旅をしています。
 長い、長い旅。時を越え、理を越え、幾つもの生と死を超える旅。
 現世の身体を捨ててなお、行く先々で仮初めの身体を得て続く、果てしない旅。
 その旅の中で、私たちはずっとある方を捜して……いえ、追い続けているのです。
 大神と呼ばれる―――我が君を』

それは、無色透明の声音。
郷愁と、慕情と、妄執と、怨嗟と、そういうものが煮詰まって、最後には色を失った感情の発露した言葉。
永劫という時に磨り減った者の、ざらつくものすら失くした女の、ひどく滑らかに歪な、声だった。

『今生には大神も、その写し身も居られず……ならばその齎す力を滅ぼせば、異物たる我々は
 その瞬間に意味を失い……今生より弾き出されて、新たな時へと遷るでしょう』
『お父様の力っていうのは、摂理を曲げてこの世に捻じ込まれた……あるはずのないもの。
 その時々で姿かたちは違うけど、名前だけはいつも同じなんだよ。名前は、魂の形だから』
『即ち―――浄化の炎、アマテラス』


***

131ナジェーナ:2008/10/04(土) 00:24:03 ID:VSD3tLmo0
 
『アマテラスに打ち勝てば、我々は今生より旅立つこととなりましょう。
 契約者たる神尾観鈴、そしてそちらの―――』
『神奈備命だ』
『契約者は既に大神の眷属―――共に旅路へと着いていただくことになります。
 大神の輪廻に組み込まれた、永劫にも等しい旅となりますが』

下方には、青と白に彩られた故郷。
視線を上げれば、遠く煌く星々。

『改めて問いましょう。
 神尾晴子―――この現世に留まることを望みますか、それとも』
「……その前に一つだけ、聞かせてや」

問いを遮った晴子の眼差しに、怒りの色はない。
迷いも、困惑も、そこには見て取れなかった。
茫洋と遠い星々を見つめるその奥に、ほんの微かな決意だけがある。

「あんたさっき、言うたよな。身体ぁ捨てて旅を続けとる、て」
『はい。我々は皆……』
「それ、もうずっと昔に幽霊みたいなって、そんでも生きてるっちゅうことか」
『幽霊、というのがコトゥハムルの住人という意味であれば……そのような存在であるのかも知れません』
「知らんし、どうでもええわ。要はあんたらと一緒に行ったら、カラダくたばっとっても、生きてられるんか」
『……はい。大神の輪廻の中、生と死という概念からは解き放たれます。
 今生の敗北は写し身の力をいや増すことにはなりましょうが……逆さに言えば、それだけのことです。
 死の刹那、我ら大神の眷属は時を渡り、新たな身体、新たな戦の生へと遷ることになるでしょう』
「なら、決まりや」

その一言は、ひどくあっさりとしていて。
白の神像に浮かぶ、磨耗した苦悩も、風化した感慨も、何もかもを吹き飛ばすほどに、軽かった。

「観鈴と一緒なんやろ。ずっと、ずっと一緒なんやろ。ならもうそれでええわ。
 面倒なこと考えとったら、もうわやんなってもうた。ええよ。行く。
 どないすればええの。パスポートとか、いるん」

132ナジェーナ:2008/10/04(土) 00:24:15 ID:VSD3tLmo0
神尾観鈴に言わせれば、それは逃避に他ならないのだろう。
結局のところ、神尾晴子にとって観鈴という存在は枷であり、同時に免罪符でもあるのだと、
そう再認識したかもしれない。
しかし、どれほどの贖罪と悔恨に塗れていようと、そこには確かな母性の発露があった。
それは必ずしも神尾観鈴にとっての救済には繋がらず、また晴子にとっても自身に巣食う魂の高潔ならざる部分、
欲や、見栄や、怠惰や打算や、そういうものを照らす光明とはなり得ない、幽かな仁慈でしかなかった。
だがそれでも、この瞬間に、神尾晴子は母親であった。
少なくともそうあろうと、一歩を踏み出した。

『―――そうですか』

だから、白の神像は、母になれなかった女は、それだけを口にした。


***

133ナジェーナ:2008/10/04(土) 00:26:28 ID:VSD3tLmo0
 
『余に否やはない』

翼人の末裔、神奈備命が短く告げる。

『どの道、余に帰る場所などない。帰ったところで、終わりのない悲しみだけが待つというのなら尚更の。
 千年の怨みつらみ、ここらで断ち切るのも良かろ』
『……あなたからは、多くの想いを感じます』
『ああ。余は生きるぞ。……それが、余を見守ってくれておった者たちへの報いだ』

口調は力強く。
悲しみは、もうない。

『……時にかみゅう』
『カミュ、だよ』
『うむ、かみゅうよ。……この女はどうする』
『あ……うん』

アヴ・カミュと一体化した神奈が指し示すのは、己が腹の辺り。
その中に眠る、この場の最後の一人である。

『……カミュ、あなたの操者は』
『うん。私との契約が切れてるってことは……おば様、たぶんムツミと……契約してる』

力なく項垂れる。
その動かぬはずの白銀の表情にすら、痛嘆が浮かんでいるかのように見えた。

『もう、おば様も引き返せない。それに……』

脳裏に響くのは、柚原春夏の慟哭。

『おば様のたいせつなものは、もうここにはないから』
『カミュ……』
『大丈夫よ、お姉様。辛いのは私じゃな―――え!?』

弾かれたように白銀の面を上げたアヴ・カミュが、

『―――避けて、お姉様!』

叫ぶのと、アヴ・ウルトリィが白翼を真空に羽ばたかせ後方へと急加速するのとが、ほぼ同時。

134ナジェーナ:2008/10/04(土) 00:27:01 ID:VSD3tLmo0
『わ……』
「何や、一体……!」

白い機体を掠めるように飛び去ったのは一筋の光線である。

『この力、術法……!?』

困惑を隠せないアヴ・ウルトリィが視線を向けた先には、沈黙していたはずの城砦。
幾つもの光点が明滅するその無数の砲塔が、音もなく回転を始めていた。
砲口の向く先は、一対の神像。

「何や、あれ……!」
『にはは……宇宙戦艦』

攻撃衛星、アマテラス。
回転する砲塔、有機的に連動するターレット。
姿勢を制御するための噴射口にも炎が灯っている。
鋼鉄の城砦は今や、その機能のすべてを回復しているかのように見えた。

『ムツミは眠りについているというのに……!』
『待って、お姉様……ムツミの力、感じる……。ずっと、下……さっきの島から、声がする……!』
『余にも聞こえるぞ……これが、余の追い出したもう一人の翼の者の声……!』
『力をくれ、って……ムツミの声が、呼んでて……それでこの子も、目が覚めちゃったみたい……!』

隻腕を太陽光と放射能に照りつけられながら、黒の機体が第二射を回避する。

『どうやら……簡単に決着をつけるというわけには、いかなくなったようですね』
「はン、壮行会に花火……気ぃ利いとるやん。景気付けに丁度ええわ」

アヴ・ウルトリィがその手に宿した光球を放つ。
弧を描く軌道が迎撃するのは砲塔から放たれた第三射。
その同時斉射数は既に十を遥かに超えている。

『覚悟は宜しいですか、カミュ、観鈴、晴子、神奈備命―――。
 ここから先は、この世界で最後の戦いになります』

アヴ・ウルトリィに応える声は、高らかに。

「上等やないの!」
『はい、お姉様』
『勝っても負けてもまた来世、か……余が敗れるなどと、考えたこともないがの』


***

135ナジェーナ:2008/10/04(土) 00:27:25 ID:VSD3tLmo0
 
―――わかってるのかな、お母さん。
それは、一瞬だけ浮かんだ、意地悪な気持ち。

お母さんはもう、私を言い訳に、できないんだよ。
そんな風に言ってやりたくなるのはきっと、目の前の面倒から逃げ出したお母さんの考え方が、
あんまりにもいつも通りだったから。

あのとき私が手を伸ばしたのは、そうしていま私の横にいるのは、きっと夢に出てきた女の子。
広い、白い、青い、空の真ん中で、一人ぼっちで泣いていた女の子。
夢から出てきた女の子は、だからもう一人じゃない。

ひとりじゃない女の子は、きっともう泣かないんだ。
だから、私の中に哀しい気持ちが溢れることも、もうない。
私と女の子が手を繋ぐというのは、きっとそういうことだ。

―――私は、だから、もう”特別”じゃない。

私が普通の子になったら、お母さんはきっと、私に負い目を感じなくなっていく。
お母さんはきっと、お母さんじゃなくなっていく。

わかっている? 神尾晴子さん。
あなたはもう、私の面倒なんてみる必要、なくなったんだよ。
うん、きっと、わかってないんだろうな。

私はでも、だから、それをお母さんに言ったりはしない。
教えてあげたり、しない。
これは、ずっと私を言い訳に使ってきたお母さんへの、ほんのささやかな仕返し。
そうしてずっと私と一緒にいてくれた、お母さんへの、ほんのささやかなお返し。

娘から母へ、一瞬だけの意地悪と、心からの―――

『―――行こう、お母さん』

甘やかな愛情を、込めて。



***

136ナジェーナ:2008/10/04(土) 00:27:47 ID:VSD3tLmo0
 
黒白の翼を広げて、二体の神像が翔ぶ。
目指す先には、宇宙に浮かぶ鋼鉄の城。
光が、交わった。


***

137ナジェーナ:2008/10/04(土) 00:27:59 ID:VSD3tLmo0
 
【時間:2日目 AM11:36】
【場所:静止軌道上、高度36000km】

アヴ・ウルトリィ=ミスズ
【状態:満身創痍】
神尾観鈴
【状態:契約者】
神尾晴子
【状態:契約者】

アヴ・カミュ=カンナ
【状態:隻腕】
神奈備命
【状態:契約者】
柚原春夏
【状態:契約者・意識不明】

→924 926 1007 ルートD-5

138詳しいことは、その道のプロに任すの。:2008/10/12(日) 22:55:13 ID:5T6rCcI20
「どうした、ことみ君」
「……何でもないの。気にしないでほしいの」

ふと、ひっきりなしに続いていた一ノ瀬ことみの織り成すタイプ音が止まった。
作業を中断させたことみの様子を伺うよう、霧島聖は彼女の背後へと近づいていく。
ことみは黙ったまま、英数字で埋められた画面を微動だにせず凝視していた。
と、そこに日本人なら誰でも容易く解読できるであろう文字列が加わる。

『ちょっと行き詰ったかもなの』

その一言を書き加えたのがことみであるのは、間違いない。
素早く動かされた細い指が、記号にまみれる形で画面に日本語を混入させる様は、聖の視界にも入っていた。
口では話せないこと。それを、手段的には筆談と似た形でことみは実践させている。
盗聴の恐れがあることは、彼女等にとっては分かり切っている事実だった。
ことみの意図、直接言葉を交わさない方がいい場だということを即座に判断した聖は、まるで偽りのシーンを作り上げるかのごとく言葉を紡いだ。

「ふむ、順調みたいだな。それは良かった」
『本当に、今やってることが正しいのか不安なの』
「少し休もうか。水でも持ってくるとしよう」
『これなら、もっと違うことをやっていた方が良かったかもなの』
「……ことみ君?」

聖の声色に、思わずといった調子で戸惑いの色が混ざる。
眉間を寄せることみは、何か悩んでいるのか幼さの残るあどけない顔を少しだけしかめていた。

『せんせ、やっぱ気にしないで欲しいの』

ふるふると振られることみの頭に合わせ、二つに可愛らしく結われた髪も共に揺れる。
サイドの髪で隠れたことみの表情を、聖が窺うことは出来なかった。
俯くことみの仕草に対する違和感が拭えず、立っていた聖が腰を落とそうとした時である。

139詳しいことは、その道のプロに任すの。:2008/10/12(日) 22:56:16 ID:5T6rCcI20
「先生、大変なのよ! 聖先生!」

聞き覚えのある少女の声が場に響き、聖とことみの二人はほぼ同時にパソコンルームの位置口である扉の方向へ顔を向けた。
派手な仕草で開けられ悲鳴を上げる出入り口の扉、そこから現れたのはことみ等二人と別行動をとっていたはずの広瀬真希だった。
血相を変えた様子で地団太を踏む真希の様子に、聖はただ事ではない事態が発生したと理解しすぐに彼女の元へと歩んでいく。
ことみは、座ったまま動こうとしなかった。

「どうした、真希君。……遠野さんは?」
「美凪は下! 何か知らない男の子が血だらけで、今美凪がそいつ見てて……」
「何だって?」

勢いのまま聖との距離を一気に詰めた真希は、そのまま聖の腕にしがみつき縋るように背の高い彼女を見上げる。
真希の不安は、とても分かりやすい形で聖にも伝わっただろう。
怪我をしている人物がいるというのならば、その処理に聖程打ってつけの人物はいない。
そのまま現場へと引きずっていこうとする真希の力に流されそうになる聖だが、はっとなり両足の先に力を混める。
聖が踏みとどまったのは、ことみの存在を思い出したからだ。
怪我をしている人物がいるということは、その「怪我をさせた」人物がいる可能性もあるということである。
そんな状況に、ことみ一人をここに残していくわけにはいかない。あまりにも危険すぎる。

「ことみ君」

振り返り、聖はことみの名を呼んだ。
ことみに対する聖の声かけには、一緒に一端ここを移動をしようという意味が含まれていたのだが、ことみは聖の心情に気づかないのか小さく手を上げるとそれをひらひらと横に振る。

「いってらっしゃい」
「いや、違う。一端一緒に遠野さんの所に向かおう、ここに君一人を残してくのは危険だ」
「大丈夫なの。コレも、もうちょっとで終わるから」
「そういう問題じゃない」
「せんせ」

140詳しいことは、その道のプロに任すの。:2008/10/12(日) 22:56:49 ID:5T6rCcI20
かぶりを振ることみの表情はいつも通りのぼんやりとした様子そのものだが、どこか頑ななところがあった。
眉を寄せる聖に、ことみは告げる。

「ちょっと、一人で考えたいことがあるの」
「……そうか、分かった。何かあったら大声でも何でも出してくれ」

あっさりと聖がことみの言葉を飲み込んだのは、彼女の脳裏を先ほどことみが打った文字列等が掠めたからだ。
危険に晒された際大した抵抗もできなさそうなことみを一人にすることに対し、聖の胸中に潜む不安が拭えることはないだろう。
しかしことみが思い悩んでいる様を、聖は見ている。
聖はことみの意思を優先させた。

「いいか、大声で叫ぶんだぞ。すぐに駆けつける」
「分かったの」

自分のデイバッグを担ぎ真希と共に走り出す聖を、そうしてことみは見送った。
静まり返る教室に残されたことみは、聖達が去っていった扉の先から目線を変えないまま小さく溜息を一つ吐く。
ふぅ、とゆっくり空気が漏れ出す愛らしい唇のその下、ことみは同時に指先で首筋を掻いた。
暖かな自身の温度が伝わっていく途中で、唐突に冷ややかな硬い金属がことみの指の動きの邪魔をする。
装着されている首輪が原因である。

ことみは考えた。
この爆弾が仕掛けられている首輪だが、これに関する問題はことみにとって皆無に等しい。
それは最初から、彼女にとっては分かりきっていることである。
このようなおもちゃはことみには通用しない。
また彼女に支給された暗殺用十徳ナイフだが、暗殺用とは言え普通の十徳ナイフと同じような機能も付属している。
ドライバー。首輪を解除する際必要となるかもしれない工具が、そこにはあった。
まるでこれでは、主催側がことみに首輪を外してくれと言っているようなものである。

141詳しいことは、その道のプロに任すの。:2008/10/12(日) 22:57:21 ID:5T6rCcI20
今はまだ主催側の意図が読めない故、ことみは行動に出ていない。
主催側の目的。それすらも、ことみは正確な予測を出せていない。
しかしことみは断言する。

(ここに閉じ込めて、殺し合いをさせるだけというのじゃ……絶対、ないの)

ならば一体何のためなのか。
ことみはそれを調べるために今、こうしてパソコンを使いハッキングを行っていた。
学校に来て調べ物をする、それはことみが言い出したことである。

ことみと聖が当初目的にしていた場所は灯台だ。
星の位置からこの場所を明確に割り出せるかもしれないと考えた二人は、真希と美凪も引きつれ行動を開始しようとしていた。
ことみがこの寄り道を提案したのは、あまりにも唐突と言っていいタイミングだったろう。
それでも気になる点を明白にしたいという願望の強さを、ことみはしっかりと行動に表す。
反発なく受け入れてくれた仲間の許容度の高さに救われたことみだが、その作業は難航することになる。

本来ことみが得意としているのは、コンピューターではなく物理学等の理論だ。
専門外の作業に苦戦することみが、先ほど聖に対しもう少しで作業が終わると伝えたのは、全くの嘘だった。
主催側の内部に潜り込むことはできたものの、結局目的の情報へ辿り着くことはできないだろうと判断したことみは、闇雲に時間を使ってしまっただけという事態を恐れ次の行動を開始していた。
ウィーンと、無音であったパソコンルーム内に機械音が響く。
音の出所は教室の隅に設置されている印刷機だ。静かに歩み機械に寄り、ことみはそこから排出された一枚の紙を手に取る。

印刷されているのは、ここ、沖木島……と呼ばれている島の地図だった。
しかし、ただの地図ではない。
フルカラーで印刷された地図には、赤と青の二種類ある×印が施されていた。
赤の×印は三つ。ホテル跡、鎌石小中学校、鷹野神社に付けられている。
青の×印は四つ。C06-C07の境目あたりの海岸線、G06-H07の交差地点、G02-H02の境界線と海岸線、G09-H09交差点に付けられている。
怪しい画像データを見つけ印刷してみたことみだが、それらが何を指しているかまでは突き止められなかった。

142詳しいことは、その道のプロに任すの。:2008/10/12(日) 22:57:56 ID:5T6rCcI20
「さっぱりなの」

結局、ことみが得られたのはこれだけだった。
自分の限界にむーと少し頬を膨らませることみだが、普通の参加者等ならこの域にすら達することはできないだろう。
この、今ことみがいる鎌石小学校にも印がつけられていることからこの場所にも何かあるのかもしれないだろうが、それを調査するにも理由が分からなければ行動は起こしにくい。
ことみが首を傾げている時だった。

「やあ、何をしているのかな」

ふと。
教室内に響いたのは、ことみの物ではない少年の声だった。
全くことみが気づかなかった内にこのパソコンルームに入り込んでいたもう一人の人物、彼とことみの視線は自然とかち合うことになる。
少年は聖が出て行った扉に、背を預けるようにして佇んでいた。
褐色の肌に銀色の髪を持つ少年に対し、ことみは全く見覚えがない。
唐突に現れた訪問者をじっと見つめたまま、ことみはマイペースな問いかけを送った。

「……いじめる?」
「ははっ、いじめたりなんてしないよ」

微笑む少年に、ことみは逆方側へとまた軽く首を傾げる。
警戒心が薄いのか、ことみがその場から逃げようとする気配はなかった。
それも『少年』の思う壺だったかもしれない。
笑顔の裏側にある少年の目的に、ことみはまだ気づいていなかった。

143詳しいことは、その道のプロに任すの。:2008/10/12(日) 22:58:45 ID:5T6rCcI20


一ノ瀬ことみ
【時間:2日目午前7時過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校・二階、パソコンルーム】
【持ち物:主催側のデータから得た印付の地図、毒針、吹き矢、高圧電流などを兼ね備えた暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯、お米券×1】
【状態:少年と対峙】

少年
【時間:2日目午前7過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校・二階、パソコンルーム】
【持ち物1:強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)、注射器(H173)×19、MG3(残り17発)】
【持ち物2:支給品一式、レーション2つ、グロック19(15/15)・予備弾丸12発。】
【状況:健康。効率良く参加者を皆殺しにする】

霧島聖
【時間:2日目午前7時過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校】
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式、乾パン、カロリーメイト数個】
【状態:美凪と祐一の元へ】

広瀬真希
【時間:2日目午前7時過ぎ】
【場所:D−6・鎌石小中学校】
【持ち物:消防斧、防弾性割烹着&頭巾、スリッパ、水・食料、支給品一式、携帯電話、お米券×2 和の食材セット4/10】
【状況:美凪と祐一の元へ】

(関連・953・994)(B−4ルート)

144十一時三十六分/this is a B.R.:2008/10/13(月) 03:27:54 ID:5deI7JdI0
 
日輪の下、陽光に照らされた氷柱が鋭い音を立て、割れ砕ける。
剣戟の音に紛れて、それは誰にも届かない。


***

145十一時三十六分/this is a B.R.:2008/10/13(月) 03:28:44 ID:5deI7JdI0
 
雹、と風を裂いて疾る銀孤を、

「―――ッ!」

鋼鉄の大剣が苦もなく受け止める。
人の胴幅ほどもある肉厚の、最早鉄板に近い印象をすら与える巨大な剣。
動きが止まった刹那、横合いから突き込まれるのは鋭い刃である。
細身の刀、とは言っても人の背丈を遥かに越える刃渡り。
元来の寸法が、違いすぎる。
断頭台から落とされるそれの如き重量と鋭さを秘めた刃が、迫る。
咄嗟に肉厚の大剣の腹を蹴り付け、宙を舞っての回避。
後方にとんぼを切って着地しようとしたそこに、しかし第三撃が待ち受けていた。
大地を削るような軌道で薙がれたのは大槍である。
数階建ての建造物を支える支柱の如き径の柄が、直撃した。

「……っ、が……ッ!」

受けた手の一刀は衝撃を殺しきれない。
子供の蹴り上げた小石のように高々と弾き飛ばされ、長い銀髪が蒼穹の下で煌いた。
拙い、と思ったときには遅い。
中空、支えるものすらないその無防備な体勢を、狙う影がある。
長い髪も美しい、有翼の英雄像。
その掲げた手に宿るのは日輪の下でなお白く輝く、光の球である。
回避不能の姿勢に向けて、白の光球が躊躇なく放たれた。
表情に無念を浮かべ舌打ちしたその眼前、

「―――ァァァッ!」

裂帛の気合と共に、光球が断ち割られた。
一瞬だけ目に入ったのは無造作に伸ばされた白髪と、広い背中。
安堵も驚愕もなく、ただ迫る落地への対処に集中する。
衝撃。

「……無事か、光岡ッ!」

抜き身の刀で己が身を傷つけないようにしながら後方へ二度、三度を転がって勢いを殺す。
ようやく立ち上がった銀髪の男、光岡悟にかけられる声には緊迫の色が濃い。


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