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125萌える腐女子さん:2005/11/06(日) 22:11:33
1話完結ならここでもいいんじゃ?との回答いただきましたのでこちらに。
フランス青年とボーイの続きです。



ボーイが青年に脅されて関係を持たされてから2ヶ月が過ぎようとしていた。
その間週に少なくとも2回、多いときは4,5回呼び出されてこうして彼に抱かれている。

行為の間の彼は卑怯なぐらい優しい。
柔らかく髪を撫で耳元で愛していると囁きながら抱きしめる。
だがボーイにはわかっていた。これが彼の手なのだと。そんな子供だましには乗らない。乗りたくもない。
自分は決して懐柔なぞされない。脅されて仕方なく関係を続けているだけに過ぎないのだ。

「レイモン、来週は来ることが出来ません」
「何故」

いつものように行為の後までまとわりついてくるレイモンをいなしながら告げた。

「アーベルが来ないと私の楽しみが減るじゃないか」
「明日から1週間泊り込みの研修があるのです。参加しないわけには参りません」

レイモンなら手を回して彼を不参加にさせることぐらいは容易いのだろうが、流石にそれをやると良識を疑われそうだ。
疑われるほどの良識が残っているのかも怪しいものだが。
しかし高々1週間なら快く送り出してやろうと決めた。

「わかった。ただし、研修が終わったらまっすぐここに来い。寄り道するんじゃないぞ」
「わかりました」

背後から抱きついてのしかかってくるレイモンをどうにか引き剥がすと玄関に向かった。
1週間だけは晴れて自由の身だ。

126萌える腐女子さん:2005/11/06(日) 22:11:48
研修の部屋は気のいい同僚と相部屋だった。
初日から婚約者に会えないと嘆いている。会えなくて清々しているアーベルとはずいぶんな違いだ。

慌しく研修をこなし、夜には疲れ切ってベッドに倒れこむ。
2日目までは夢も見ないほど熟睡していたが身体が慣れ始めた3日目の夜、夢を見た。
レイモンに「愛している」と囁かれ、抱きしめられる。「私もですよ」とうっとりと呟く。
目覚めてから愕然とした。

長く居すぎて情が移っただけに過ぎない。必死にそうやって自分をごまかした。
レイモンの「愛している」は単なる言葉遊びに過ぎない。今だって自分の代わりに引っ張り込んだ情婦にでも囁いていることだろう。
そこまで考えて胸が痛んだ。

レイモンの浮名は界隈にいくらでも流れている。
そもそも初めて逢ったときも幼い子供を引っ張り込んで事に及ぼうとしていたのだ。
いま自分を呼びつけているのも毛色の変わった珍しいペットだと思っているからだろう。
考えているうちに涙が溢れてきた。子供だましと思っていた手にすっかり乗せられていたらしい。

自分の心に嘘がつけなくなるほど、レイモンを欲していた。


「そうか、アーベルは来れないんだったな……」

呼びつけようと取り上げた受話器を置いてしばし思案する。
アーベルと関係を持つようになってから自然と遠のいていたほかの遊び相手たちの番号をプッシュしなおす。
程なくして派手な化粧の女がやってきた。

執事が食事の指示を終えて食堂から出てくると、先ほどやってきた女が帰る所だった。
おそらく30分も経っていない。

「レイモン様、お客人はお帰りですか?」

部屋を覗くとつまらなさそうな表情でレイモンが横たわっている。

「つまらないから帰した。やっぱり今はアーベルが一番面白いな」
「それはそれは…。しかしライヒシュタイン様はもういらっしゃらないかもしれませんが」

その言葉を聞いてばね仕掛けのように跳ね起きた。

「どういうことだ?!」
「ライヒシュタイン様の研修地はドイツですよ。これを機に故郷に帰ってしまうのでは?」
「どんなこと私は聞いていないぞ!」
「レイモン様からお逃げになるおつもりでしたらライヒシュタイン様とてわざわざ研修地を告げたり致しますまい」

老執事は穏やかにほっほっと笑いながら部屋を出て行った。

アーベルが居なくなる。
確かに、脅しつけて無理矢理身体を奪い、逆らえないのをいいことに呼びつけては弄んでいる。
男色の趣味のないアーベルにとっては屈辱以外の何者でもないだろう。
出かけるときはそのつもりがなかったとしても故郷の空気に触れたら気が変わるかもしれない。
フランスに居てはレイモンから逃れられないのなら余計にだ。
不安で心臓がどくどくと脈打つ。

夕食はほとんど喉を通らなかった。
後4日間、研修が終わるまで鉛のような不安を抱えたままでいるのかと思うと気が狂いそうだ。
今まで遊び相手がいつの間にか姿を消しても何の感慨も抱かなかったというのに。

さらりとした黒髪と抜けるように白い肌、琥珀をはめ込んだような目。
目を閉じると浮かぶのはアーベルのことばかりだった。

「レイモン様、食事はきちんとお召し上がりにならないと身体に毒です」
「食べたくないんだ」
「私の申したことはほんの想像に過ぎないのですから」
「うるさい」

ふう、とため息をついて食事を乗せたワゴンをそのままに部屋を出て行く。
「お召し上がり下さい」と声だけかけて。

7日目の朝だった。
今日、アーベルはここに来るのだろうか。
まともに食事も採らず、夜も眠れずここ数日でいる影もなくやつれてしまった。
鏡を見て「酷い顔だ」と自嘲気味に笑う。
執事もほんの戯言がレイモンをここまで動揺させるとは思っても見なかっただろう。

何をする気力もなくベッドに横たわっているとインターホンが鳴った。
時計を見ると2時を少し回ったところだ。
いくらなんでもドイツからこんな時間には帰って来れないだろう。
再びベッドに倒れこむ。

こつこつとノックの音がした。
執事だろう、と返事もせず放っておいたのだが、ためらいがちにドアが開かれた瞬間、目を見開いた。

「いいご身分ですねレイモン。今何時だとお思いですか?」
「……アーベル?…何故……」
「研修が終わったら来いと言ったのはどこのどなたですか。……レイモン?」
「帰ってこなかったらどうしようかと思った…」
「どうしたんです?どこか具合でも?」

青ざめた頬に手を添えて顔を覗き込む。
その手を掴むと思い切り引き寄せ、抱きしめた。

「Ich liebe dich」

127唐突に聖職者萌え:2005/11/07(月) 22:35:07
息を吸うのも吐くのも苦しい、死にかけの獣のような、あわれにあさましい声にもならない声が聞こえる。なんだ?これはなんだ?
「……」
遠くの方から、私の名前を呼ぶ声がした。ああ、その名前を呼ばれるのは久しぶりだ。ずいぶん昔、父が生きていた頃…。
水に浮いているような沈んでいるような感覚の中で私の意識は飛びそうになる。
あさましい吐く息のような音は先ほどから続いている。
「、なあ?」
「…んぁっ!」
ぱち、とランプのスイッチが切り替わったように、世界がかわった。
目に入ったのは私の執務机である。磨いた机の上に黒い表紙のあの本がある。縋りきることは愚かしいと思っていても縋ってしまうあの本が、見える。
「なあ?……。ああ、どこ見てんだ?」
「や、あ、あっ」
あさましい息、甲高い震える声、ああ、私の声だ。耳の裏に、私をファーストネームで呼ぶ男の、恥も知らない熱い息が吹きかかる。
私は執務室の壁に手をついて、どうにか立っている。黒い衣の中で、この恥知らずな男の手が動く。
「なあ、……(私の名前だ、聞き取れない)
おまえの神さまはひどいお方だな
おまえにこんな恥辱を与える私を許している」
違う。
涙で執務机の輪郭がおぼろげになる。
「認めろよ、神などない。神などないって」
すばらしく品のよい、教養あるもの特有の発音で彼が言う。
違う、違う。
違う、神はいらっしゃる。神はいらっしゃる。
お前が今日通ってきたあの大通り、この教会までの道、その沿いにあったあたたかなひかりの灯った家々、そこに住む人々を、神は見守り、許し、愛して下さっている。
「…はぁっ…!」
信じがたく女性じみた声がのどから出て、同時に私は壁にしがみついた。
そうせねば立っても居られない。彼が嘲るように、いやはっきりと嘲りを込めて笑った。
「なあ、神さまはいまどうしてるんだ?」
違う、お前の考えは違う。
神は今皆を見守り、柔らかくその愛で包んでいる。
神は今、皆を、幸せな夜の眠りについている町の人々を祝福している。
「お前の神さまは冷たいな?」
違う。
違う、神は遠くから私たちを見守って下さっている。
全身から力が抜け、私は床に座り込んだ。壁にもたれる私を、彼が蹴った。
痛みは感じなかった。

128萌える腐女子さん:2005/11/09(水) 21:10:34
本スレ380です。
今ごろになって間違えが、最後の数行すっかり落としてましたorz
まとめに載せる時には付け加えて下さい。お手数かけてすみません。


天然なのか計算なのかだんだん分からなくなってくる。
なんだか、すっかり芳川のペースにはめられてしまった感じだが、それでも、このまま引きづられてゆくのも悪くはないかと思い始めた。
とりあえず、スヤスヤと眠る芳川の頬でもつついてみた。

129本スレ389 兄弟子×弟弟子:2005/11/11(金) 04:49:00
番人さん、せっかくまとめた後からすみません。兄弟子×弟弟子です。



(守備良くいったろうか。)
師匠の頼みとはいえ、己れで、弟弟子を連れ回して女郎宿に預けてきた。なんだかやるせない気持ちで、月明かりに照らされた河面をぼんやり眺めていると、後ろから駆けてくる足音がした。
まだいくらも経ってはいないのに。
半ば予期していた事とはいえ、嬉しさが込み上げる反面、困ったものだとも思う。
振り返ると、案の定、僅かに幼さを残した顔を紅潮させた一乃真が、此方を睨んでいた。
「どういうおつもりですか!あのような場所に私を置き去りにして!」
よく見ると、一乃真の着物の襟元は少し乱れていて、慌てて整えてきたのがうかがえる。
くすりと笑みをもらしながら、
「一乃、少しは大人になれたかい?」
と、聞いてみた。
「なっ!あんなっ、汚らわしい!」
プイと横を向いた。
「ねえ、一乃、師匠が…」
「父上が、何を言ったか知りませんが、私はもう充分大人です。」
「なら、好きな娘でもいるのかい?」
「……!」
瞬時、口をパクパクさせていたが、すぐに切り返して聞いてきた。
「な、ならば、新蔵さんはどうなんですか?」

女がいると嘘を言ってみたところで始まらない。余計に食い下がられるだけだ。
「私はそういう事には向かない質だから。」
そう、答えた。
「ならば、私も……私は、私は新蔵さんが…」
(言うな、言うな、それ以上は言うな。)
不意に、顔を間近に近付け、襟元をあわせてやりながら、
「移り香だね。一乃、桃かなんぞのように香ってる。」
と、一乃真の言葉の先を遮った。
一乃真は朱の様に真っ赤になって、うつ向いた。
「ねえ、一乃、いつまでも変わらないままじゃいかないんだよ。」抱き締めるのではなく、軽く背中に手を回して言い聞かせると、
一乃真は肩を震わせ、片手で眼の辺りを拭った。

「一乃、夜風が冷たい。帰って酒でも呑もう。」
肩を叩いて、歩き出す。

無理だ。一乃真に手を出したら、恩人でもある師匠が何れ程困惑し、悲しむことか。

このままでは、いづれ一乃真には黙って、京にでも発つ他ないかもしれないな。

見上げると、やけに冴えた光の月が見えた。


ほんっと、今宵はやけに冷える。

130萌える腐女子さん:2005/11/13(日) 16:24:23
>>115の続きです。
部屋が片付かないので現実逃避に来ました。


噂には聞いていたが、個人宅と呼ぶには仰々しすぎる屋敷。
車から降ろされたアーベルは驚き呆れながらその屋敷を見上げた。

「何を突っ立ってるんだ。早く来ないか」

彼を車に押し込めたときとは打って変わった優しげな手つきで肩を抱かれた。
そのまま有無を言わさず室内に連れ込まれる。
待ちかねたようにベッドに押し倒され、制服に手をかけたところで思わずレイモンの身体を押し返した。

「自分で脱ぎます」

嫌なことはさっさと済ませたい。そう思ってのことだったが、意に反してレイモンのお気に召したらしく、
服を脱ぎ捨てる様子を薄笑みを浮かべて見つめている。
嫌な男だ。

服を脱ぐと抱き寄せられて唇を塞がれた。
息も継げないほどの濃厚な口付け。角度を変えて何度でも口付けてくる。

「君の色素は全て髪の毛に集まっているようだな。髪はこんなに黒々としているのに肌は抜けるように白い」

耳を舐めながら更に続ける。

「顔立ちもとても綺麗だ。さっきの子は残念だったけど却って良かったかもしれないな」

何を言われても言葉を返さない。
こんな男の言葉を本気にして喜ぶほど馬鹿じゃない。
身体を這い回る手の動きを意識しないように、頭の中でまったく関係のないことを考え続ける。
何も見ないように目をきつく閉じた。

のしかかっていたレイモンの体重が不意に消えるといきなり足を広げられた。
間髪入れずペニスに生暖かい感触が走る。

「な……!」
「そんなに冷静だと自信をなくすな。もう少し乱れるところが見たいんだが」

勝手なことを言いながら徐々に追い上げる舌の動きに声が漏れそうになる。
唇を噛んで声を堪える。
必死な様子をあざ笑うようにその奥へと舌を伸びた。
流されそうになる快感と羞恥に跳ね上がりそうな身体を押さえつける。

「我慢しなくていいのに」

指を差し入れ、中を掻き混ぜながら顔を覗き込む。
くすくすと耳につく笑い声を漏らしながら更にアーベルを追い上げる。
不意に指が引き抜かれた。

「そろそろ私も愉しませてもらおうかな。もう少し可愛い顔を見ていたかったけど」

熱い塊が押し付けられ、容赦なく捻じ込まれる。
身体が裂けるような痛みに目を見開いた。

「……ぃ……ッ……」

浅い呼吸を繰り返して痛みを逃がそうとするものの、根元まで収められた異物感は消えない。
幸い、入ってしまえばそれ以上の痛みは襲っては来なかったが内臓がせりあがってくるようで酷く気分が悪い。

「無茶をさせたね。大丈夫か……?」

心配そうにレイモンが覗き込む。
宥めるように頬に幾度もキスを落とし、髪を撫でる。

「動いても大丈夫か?」
「どうぞお好きに」

精一杯の虚勢を張って、無感情な声で答える。
ゆっくりと労わるような動きが癇に障る。労わるぐらいなら最初からしなければいいのだ、こんなことを。
徐々に激しく揺さぶられ、早く終われと念じていると身体の奥に熱が広がった。
次いで、ずるりと引き抜かれる。

「……終わったのなら離して頂けませんか」
「だって君はまだだろう?」
「私は結構ですので」

明らかに不服げな顔をするレイモンを無視して床に落とした服を拾い上げる。
べたべたと纏わりつかれて思うように服が着れない。

「大事なことを聞くのを忘れていた。君の名前は?」
「……アーデルベルト・ライヒシュタインです」
「アーベルと呼んでもいいだろう?私の名は……」
「よく存じ上げておりますよ。レイモン・エリュアール様」

これから先、この男に名を呼ばれる機会がまた訪れるとでも言うのだろうか。
怪訝な顔をしたアーベルに微笑みかけるととんでもないことを言い出した。

「来週の今日あたり迎えに行くよ、アーベル。その時はもっといい声で鳴いて欲しいな」

131萌える腐女子さん:2005/11/13(日) 19:57:19
晩ご飯が終わったので投下に来ました。
部屋片付いてません。



「アーベルは私のことが嫌いなのかな」

アーベルと関係を持ち始めてから3週間目の夜のこと。
執事を相手に黙々と夕食を摂っていたレイモンが不意に口を開いた。

「は?」
「夕食に誘っても泊まって行けと言っても帰ってしまうんだ。しかもセックスのときにも声ひとつあげない」

美貌と地位と財産を生まれながらにして持っていたレイモンは今まで愛されて当たり前だと思って生きてきた。
初めは拒んでいた相手も2,3度身体を重ねてしまえばすぐにレイモンの虜になってしまうのだ。
もっとも中には下心があって媚を売るものも混じってはいるのだが。
だからこの期に及んで「嫌われている」とはっきり自覚できなくてもそれは当然なのかもしれない。

「嫌われていないという可能性をわずかでも残しておけるレイモン様は実にお幸せな頭をしておいでですな」
「それが主人に対する言葉か?ベンヤメンタ学院にでも入学して服従という言葉を覚えたらいい」
「私がいない間この屋敷を取り仕切る人間がいるのなら喜んで入学いたしましょう」

レイモンが唯一敵わないのがこの執事だ。
幼い頃から家の中を取り仕切り、レイモンが独立したときにもご丁寧についてきた。
厄介な人物でもあるがいなくなると家の中が機能しない、なくてはならない人物でもある。


翌日、性懲りもなくホテルへ電話をかけ、仕事の終わったアーベルを呼び出した。
指定のカフェへやってきたアーベルは露骨に嫌な顔をしている。

「こう連日呼び出されては身体が持たないんですが」
「そんなに無茶をさせているつもりはないんだがな」
「身体が資本ですから。私の仕事は」
「他の奴ともこんなことを?!」

思わず身を乗り出したレイモンを冷たい目で一瞥する。
ウェイターにコーヒーを注文すると「で?」と話を切り出した。

「何故こんなところに呼び出したんです?これからあなたの家まで行かなければならないのなら余計な手間が増えるだけでしょう」
「たまには外で会いたいと思っただけだ。……アーベルは本当に私が嫌いなんだな」
「大嫌いです」

茶化すつもりで言ったのだが切って捨てるようにあっさりと言われてちくりと胸が痛んだ。
もやもやとした不快な想いが胸に広がる。

この日を境にアーベルを呼び出す回数が増えていった。



そして>>125に続きます。

132萌える腐女子さん:2005/11/14(月) 02:00:32
更新しおわったとこにすみません。そしていまさらですみません。
本スレ409の【もう着ない制服】萌えたんで投下します。
そして長くてすみません。

133>>132:2005/11/14(月) 02:02:58
ハンガーにかけられて白い壁に下がっている、黒いブレザー。
あちこちほつれて、黒ずんだしみまであるのは、3年間のやんちゃの賜物だ。今更だけど……反省はしてる。うん。
3年なんて、正確には2年と7ヵ月。卒業まではあと5ヵ月もあるんだけどね。
「ホントにもう学校に来ないつもりなの、先輩」
傍らで1つ年下の男がすねた顔をする。
んなでかい図体でやっても可愛くねぇ、と言えないのは惚気だ。
「行っても意味ねーしな」
「でも、さみしいよ」
「別に学校いたっていっつも会ってるわけじゃねぇじゃん。学年違うし」
「うんでも」
寂しいんだよ。
吐息だけのような囁きが、耳をくすぐった。
保健委員のこの後輩と、いろんなしがらみをぶっ壊して一緒にいると決めたとき、
もうこんなラストは予測できてたんだけど。
「ほんとうに、やめちゃうの」
あ、こら。泣くなって。
おれのとはタイの色が違うだけの、ブレザーを着た肩を抱き寄せる。
「……どうせ卒業までもたねーしな」
1年と7ヵ月ぶんの年華を経てよれた制服ごしに見た、おれのブレザー。
着たのは結局365日にも満たなかった。
なのに、頻繁にぶっ倒れてひっかけたり、喀血したりで大分汚れた。
それでも、おれの匂いと、……この男の匂いがするもう着れないブレザーを、手放さずにここへ持ってきたのは。
「学校、終わったら、オレ、毎日来るから」
うん。
泣いてるみたいなかすれた声に、おれの返事は息だけだ。
「朝も、会いにくる」
お前が来るまで、おれはあのブレザー抱えて、お前の匂いを抱いて眠るんだ。
もしお前がいないときに、意識が途切れてしまっても、寂しくないように。



.

134本スレ480 刑事:2005/11/15(火) 22:00:29
刑事と聞いては萌えずにおれない私が、
遅ればせながら本スレ480の刑事ネタ投下していきます。


ここ二ヶ月、寝ても覚めても頭の中は奴のことばかりだ。
今や国中を震撼させてる、凶悪連続殺人犯。似たタイプの若い女ばかり七人殺ってる。
今週に入ってからまた一人。どれも美人だったなぁ。
…畜生、イイ女ってのは人類の貴重な財産なんだぞ。そう無闇に殺されてたまるか。
夢見は最悪だし、止めたはずの煙草にもつい手が出る。本数も順調に増量中だ。

明け方、仮眠室から這いずるようにして職場に戻る。
ブラインドから差し込む朝の光を受けて、銅貨のように輝く短い赤毛が目をふと惹いた。
山積みにされたファイルの谷間からちらりと覗くツンツン頭。
新米警部補殿は小難しい顔をして、パソコンの前でブツブツと独り言。ハッキリ言って薄気味悪い。
「オイ、朝っぱらから辛気臭い顔すんな。すこし力抜け。」
ガタガタと椅子の背を揺さぶると、驚いたように肩が大きく跳ねた。
「ああ…警部。ずいぶんな挨拶ですね。」
ノヴァリス警部補は顔だけこちらに傾けて、おざなりにそう答えた。


二人分コーヒーを淹れて、食の細い部下にせっせと飯を食わせる。
一回りちょい歳の離れた相棒は、
女房のように口うるさいくせに、ベイビーみたいに手が掛かる。まあ、優秀には違いないんだが。
「ねえ、警部。」
物を口に入れたまま喋るのは奴の悪い癖だ。ハムサンドをもそもそと頬張っているので聞き取り難い。
「…世界中を敵に回すのっていうのは、どんな気分でしょうね。」
「さあな。俺には想像も付かねえよ。」
俺は素直にそう述べたが、奴は完全に上の空だった。
焦点の合わない眼は、ここではない何処か遠くを見詰めている。俺は少々不安になってきた。
憎たらしいほど頭は切れるこの男は、その分繊細に出来てるらしい。
犯人の心理を追っかけて、そのドロドロした部分に危ういほど近付き過ぎることがある。
何か言わなくてはと思った。しかし、一体何を…?
「囮捜査でもしましょうか。警部、女装してくださいよ。」
不意打ちで奴は言った。あまりの突飛さに、咽へ入りかけてたコーヒーが逆流を起こした。
「馬鹿言え!185cmの女なんかそうそう居てたまるか。お前がやりゃいいだろ。ガイシャは赤毛、お前赤毛。ぴったりじゃねぇか。」
奴はニコリともせずに冗談ですよと言い、ぬるくなったコーヒーの表面を舐める。
「それよりあなた、煙草臭いですよ。今度こそニコチンとは手を切るんじゃなかったんですか。」
「俺はそのつもりなんだが、向こうがなかなかしつこくてなぁ。ズルズルと関係が続いてるわけだ。」
「だらしのない人だなぁ。そんなだから奥さんに逃げられるんですよ。」
減らず口を叩きながら、呆れたように肩をすくめた。まったく大きなお世話だ。

こいつはまだ大丈夫だ。なら、俺は尚更大丈夫だ。
奴の前では、いつものクールでタフで男前な俺でいなくちゃな。
内心どんなに参ってても、そう思えば少し、腹に力が入る。
このヤマを解決して一ヶ月のバカンスに出掛ける事を心に誓いながら、今日も単調な一日が始まる。

135萌える腐女子さん:2005/11/16(水) 23:40:56
本スレ499のお題、「抱擁売ります」
出遅れたのでこちらのスレに投下します。
ページの内容と一切関係なくてすまそ。

136本スレ499 「抱擁売ります」 1/2:2005/11/16(水) 23:41:42
マンションのエントランスに足を踏み入れてゾッとした。
下品な安物の香水の匂いを忘れきれていなかった愚かな自分にだ。
畜生。忌々しくてしょうがない。
「おつかれ」
忌々しいといえばこの男じゃないか。よくもこうノコノコと顔を出せたもんだ。
別れ際家にある包丁全部持ち出して散々脅してやったの忘れたのか。
果物ナイフやチーズナイフまで振り回していた自分が、今考えると滑稽でならない。
「おい、だいじょうぶか。自慢のスーツがヨレヨレじゃないか」
そんな顔してそんな声音で、絡めとろうたって無駄なんだよ。僕だって成長したんだ。
しかしいつもながらお前のタイミングの良さは本当に素晴らしいな。弱りきった最高潮の晩に現れやがって。
お前はタイミングの良さと運の良さと顔の良さだけで生きてるようなもんだもんな。僕の持ってないものばかりだ。
だから僕は馬車馬のように働くしかないんだよ。忍耐と努力と継続だ。お前に真似できるか。出来ないだろ。
「おい、さっきから何ブツブツ言ってんだ。気味悪ぃな」
「…気味悪いのはお前だよ。いったいここに何しにきた」
「ちょっと話があってさ」
「金か」
そう訊ねると目の前の男は口角を吊り上げてにやりと笑った。ああなんて下品な笑みだろう。吐き気がする。
胸が痛い。気分が悪い。身体が重い。耳鳴りだ。目が霞む。ベッドに沈むまではと堪えていた糸がぷつりと切れてしまったのか。
「またバイト首になったのか」
僕の声はあからさまに震えていたがもうどうでもよかった。取り繕うのも面倒だ。こんな男にも。自分にも。
「よくわかったな」
得意げに言うことではないことを得意げに答えて、男はそのまま演説でもするかのように腕を大きく横に広げた。
本格的におかしくなったのだろうかと、流石に僕は心配になる。
「何してるんだ、とうとう狂ったのか」
「ここでひとつの提案なんだが」
「なんだよ。金はやるからさっさと帰ってくれないか。自慢じゃないが僕は昨日だってろくに寝てやしないんだ」
「それは大変だな。何より肌の手入れに命をかけているお前が。まるで拷問じゃないか」
「そうだよ。だからあまり近寄らないでくれ」
「それは無理な相談だ」
「なんで」
「俺から買ってほしいもんがあるんだ」

137本スレ499 「抱擁売ります」 2/2:2005/11/16(水) 23:43:05
そうきたか。僕は心の中で舌打ちした。実際に行動に移さなかったのは、そんな余力残っていなかったからだ。
「壺か、札か、印鑑か……」
「そんなものよりずっとお前を癒してくれるさ」
「ばかばかしい。お前どこまで僕をコケにしたら」
「おいおい泣くなよ」
「泣きたくもなるだろ!ボロボロになって稼いだ金をたった今搾り上げられようとしてるんだぞ!」
「そんな考え方はよくないな」
大袈裟に眉を下げて嘆きながら、男が近づいてきた。僕はそれを滲む視界でぼうっと見上げる。抵抗する気力もない。
「お前は昔から肝心なとこが固くていけねぇよ。もっと柔らかくなんなきゃな」
知るかよ。でかい手のひらに頭を撫でながら思った。こういう性分なんだよ。仕方ないだろ。
どうやったらお前が戻ってくるかだって、いくら考えてみても上手く思いつけなかった。だから毎日毎日仕事に逃避して。
気が付いたら正面から抱きすくめられていた。
場所を考えてくれよと思うのだが、僕にはやはり、押し返すほどの力が残っていないのだ。
疲れきった全身を強い力で締め付けられて、心地良さに眩暈がする。身体の力が、呆気ないほど自然に抜けるのがわかった。
目の前に迫る首筋から安っぽい香水がかおって、その匂いが大好きだったことを、僕はぼんやりと思い出していた。

「よく考えろよ。お前には必死で働いた金があるんだからさ、欲しいもんはそれで取り返せばいいんだよ。犠牲にしたもんはそれで補えばいいんだ」

よくよく考えたらなんて言い草だろう。結局、金のせびり方をていよく変えただけじゃないのか。
僕は成長していたので、そんなものはあいつのただの言いがかりだってことを、じゅうぶん理解していた。
だが、あの日は本当に疲れきっていたのだ。
我慢の糸はとっくに切れていたし、目の前にはあいつがいたし。しかもこの身を抱えられていた。
それに、その言葉は、僕にはあながち間違いではないような気がしていた。
悔しいかなあいつは、僕が逆立ちしても考え付かないようなことを軽やかに言ってのけ、行き詰った僕に希望を見せることがある。
そこに乗せられるというのも、まぁ、成長した僕としては、許容する余地はあるんじゃないかと、思ったりなんかしたのだった。

「なるほど。なら上乗せするから、このまま僕の部屋のベッドまで運んでいってくれないか。いい加減クタクタだ」

僕が首に手を回したままそうこたえると、男は、「お安い御用さ。サービスで特別奉仕もつけてやる」と、したり顔で囁いた。
僕は困ってしまうのだった。
拒否したいのはやまやまだが、こいつを言い負かす気力なんてこれっぽっちも残っちゃいない。
しかし拒否しなかったところで、それに付き合ってやる体力も、僕には残っちゃいないのだ。

138449:2005/11/17(木) 03:02:21
同じく、本スレ449です。


「笑うよね。このニュース。抱擁を競売?そんな、たった一度で癒されるんだったら、僕は義兄さんとこんなになってないのに。」

義弟と初めて会った時、俺は17で義弟はまだ15だった。週に一度、訪ねて来てた父親が、お前の義弟だと言って公園で会わせてくれた。
忙しい父親と奔放な義弟の母親のために、幼いころから、孤独に慣らされていた義弟。
「乳母を母親だと勘違いしてたんだ。」
義弟が、ぽつりと話す思い出は、いつも痛い。
義弟が、家政婦とふたりだけで取り残されてた誰も居ない広い家には、無機質で不毛な時間が流れていた。

俺と半分だけ血の繋がった愛情に飢えてた少年。学校の事、友達の事、その日あった些細な話を、聞いてくれる肉親は俺が初めてだったらしい。
本当はただ抱き締めてあげるだけで良かったのかもしれない。
でも、肉親としての愛情を育むには、俺たちの出会いは遅すぎ、抱擁を性と区別するには、俺たちは幼な過ぎ、体も激しい変化の過程にあった。

「今のは、後悔してるって意味なのかな?」
「ううん。あんな偽善家の自己宣にありがたがって乗る、馬鹿な世間がおかしいだけ。」
義弟は笑って、首を振った。

139萌える腐女子さん:2005/11/17(木) 16:52:45
509「そろそろコタツ出さない?」
昨夜乗り遅れた上に無茶苦茶長くなったのでこちらにコソーリ投下。
ちなみにあるお話の続きになってますので、
続編ウザス!と思う方はすごい勢いでスルーすることをお薦めします。

140509(1/5):2005/11/17(木) 16:53:45

ずっと捜し求めていたぬくもりを手に入れた日。それはもうふたつきも前のことだ。
大切な人と、同じ町で同じように暮らしていること。一番会いたい人に、会いたい
ときに、いつでも会えること。
それがこの上もなく幸せなことを、僕は知っている。

夕方を過ぎる頃、芹沢は僕のアパートを訪れる。
手に缶ビールとカップ酒の袋を下げて、くたびれた上着を羽織った彼を僕が迎える。
二ヶ月の間に、季節は夏の終わりから冬の始まりに変わっていった。芹沢はほとん
ど毎日、僕の部屋にやってきた。
夜遅くまでふたりで酒を飲み交わしながら、じゃれあったり、世間話をしたり、テ
レビ番組にけちをつけたりしながら過ごす。
それが今の僕たちの当たり前になりつつあった。

141509(2/5):2005/11/17(木) 16:54:34

初めて木枯らしが吹いた日曜日だった。
その日彼は珍しく昼間から入り浸っていて、昼食を待ちながら黄ばんだ畳に寝転が
っていいともの増刊号を見ていた。
そんな姿を振り返り振り返り、僕はチャーハンを炒める。盛り付けを待つ皿は二つ
で、それがとても嬉しい。
「出来たよー。ほら座れー」
寝そべるジーンズのけつを軽く蹴飛ばして、僕は座卓に二人分の食事と温めた麦茶
を置いた。
それから、二人揃ってテレビを見ながらもくもくと少し早い昼飯を口に運ぶ。沈黙
がいよいよもって苦しくなってきたら、
芹沢がテレビに合わせてぼそりと「いいとも」と呟いた。それはとても彼らしくな
くて、僕は笑った。こんな風に彼と過ごせる日が来るなんて、思ってもみなかった。
食器を片付けて芹沢の横に座ると、本格的にすることが無くなった。ふたりでぼー
っとテレビを見ていた。
どんよりと曇った日で、外は薄暗い。明かりをつけた部屋の中ばかりが明るかった。
「……外、寒そうだな」
再放送のサスペンスドラマが佳境に入る頃、彼はふと顔を上げて言った。外では風
が音を立てて駆けずり回っている。
部屋の中にいても寒かった。外はもっと寒いだろう。そして夜は、今よりもずっと
冷えるだろう。
「今夜泊まってったら? 明日休みとってるんでしょ?」
ちなみに、芹沢は町外れの工場で働いている。僕はといえば今のところフリーターだ。
「ん? うん。でも、悪いからいいよ」
「悪くないって」
「そう?」
「そう」
「……分かったよ。泊まってくよ」
むかしから、芹沢は僕の心を見透かすのが誰よりも上手だ。帰ってほしくなかった。
一緒にいて欲しかった。
「飯は」「ちゃんと作るよ」
「布団は」「半分こすればいいじゃん」
「着替えは」「おれの着て」
彼ははにかみながら「しょうがねぇなあ」と言った。僕はそれを見て、子どもみた
いに笑う。

142509(3/5):2005/11/17(木) 16:55:06

散歩でも行こうか、と僕たちはふたりして町に繰り出した。
電信柱にへばりついたピンクチラシの切れ端が、木枯らしに煽られてばたばた暴れ
ている。外はやっぱり寒い。
とりあえず歯ブラシと下着だけコンビニで買って、ついでに晩酌用の缶ビールと焼
酎とおつまみを買って、僕たちは引き返した。
町外れの国道にかかる古い歩道橋を渡って、裏路地を少し行けば、そこが僕の住む
アパートだ。
何も無い小さな町だから、歩道橋を渡る人はほとんどない。その下を走る車もまば
らで、僕たちは思う存分ゆっくりと歩くことが出来た。
あの日ぼんやりと虹がかかっていた空は、冬の色をした雲で覆われている。僕たち
はどちらからともなく立ち止まった。

芹沢は何も言わない。僕も何も言わない。
こういうときは「愛してる」だの「好き」だの言えばきっといいのだろうけれど、
僕はそういうことを言うのにとても臆病な性質の人間だった。芹沢はといえば、僕
以上に言葉足らずだ。
僕は欄干に肘を乗せて、ちらっとだけ隣の男を見た。ずっと探していた人だった。
僕たちは長い間はなればなれに生きてきて、そしてその間に大人になった。諦める
ことや妥協することを覚えた。
それは少し悲しいことで、けれどとても自然なことだ。
けれど僕は諦められなかった。諦められずに、全てを捨てて彼を選んだ。つまり僕
たちがここにこうしていられることは、とても不自然で子どもじみていて、おかし
なことに違いなかった。
だから、何となく、ではなく、はっきりと、今なら分かる。数年前に思い描いてい
た幸せだけに満ちた未来が、決して訪れないことが。
それでもいいと折り合いをつけたのは僕と、そして彼もだから、そのことを後悔し
たりは決してしたりしない。
――けれど、ときどき無性に寂しさに駆られるのは、どうしてだろうか。

143509(4/5):2005/11/17(木) 16:55:38

「やっぱり、寒いな。三波、早く帰ろう」
芹沢の声で、僕はふと我に返った。顔を上げると、彼はもう歩き出すところだった。
その背中を見て、そういえばこの町で最初に見たときも後姿だったな、と何となく
思った。
「……あのさ。あのさ、芹沢」
呼び止めた。あの日のように、彼は振り返る。
「なに?」
「明日も、明後日も、……ずっとうちに泊まってきなよ。うちに帰ってきなよ」
僕は言った。本気だった。
二ヶ月間をふたりで過ごしてきて、その間漠然と考えてきたことだ。
ずっと前から言いたかったもっと格好いい台詞は、ついに出てこずじまいだった。
みっともなくどもりながら、僕はもう一度言う。
「一緒に。一緒に暮らそうよ」
そして芹沢は、何も言わなかった。
「だって、もうすぐ冬だから、だからひとりは寒いから。きっと辛いよ」
「……それはふたりでも同じだよ」
ぼそぼそした彼の言葉は、本当のことだ。ふたりでいれば暖かいわけでもないし、
ふたりでいれば幸せになれるわけでもない。それでも、
「それでもいいからさ。……駄目?」
芹沢はしばらく黙りこんだあと、伏せていた顔を少しだけ上げた。
少し照れた笑顔だった。

144509(5/5):2005/11/17(木) 16:56:10

「でもさ、そういえば三波の部屋、こたつまだ出してないよな。帰ったら出さなく
ちゃな」
芹沢は下を向いて早口で言った。彼は照れると少し饒舌になる。そして彼の言葉に、
僕は思わず「あ」と声を上げた。
「……実はこたつないんだ、うち」
「まじ?」「まじ」
まじだ。
「寒いじゃん。去年どうしてたの」
「石油ストーブ一個。あんまし家にいなかったし」
「うわ、悲惨。もうそろそろこたつの季節なのに」
そしてかわいそうなものを見る目で僕を見た後、彼は「うちの持ってこうか?」と
提案した。
「けどお前んちのって一人用のちんまいやつでしょ? あれじゃ駄目だよ」
「……あ、そうか」
「明日買いに行こう。ふたりで入れるくらい、でっかいやつ」
芹沢はこくんと頷いて、僕は嬉しくて同じように頷いた。
「じゃあ、帰ろう。うちに帰ろう」
「うん」
僕は笑って手を差し出した。彼は俯いてはにかんだままそれを握り返して、僕たち
は手を繋いで歩き出す。
「当然三波のおごりだからなー」
「共同出費じゃないの普通」
「安心しなよ、おれが選んでやるから」
「何それ」

――幸せになれなくてもいい。とりあえず、明日はふたりでこたつを買いに行こう。

145509・注:2005/11/17(木) 17:10:12
>>139見エナクナッテター!
続編とか嫌な人はぬるっとスルーしてください。

146510リク:2005/11/18(金) 01:13:46
 柳田俊彦は”可愛い”と評されるのを何よりも嫌う。
 上背のがっしりとした身体に岩を彷彿とさせる顔のせいか、人から避けられやすい。
 ただ、そんな彼は甘い物、例えばデパートの地下で扱っているケーキの類を何よりも好む。
いつものように有名所である店舗の前で並んでいた所、どうやら会社の者に目撃されていたようだ。
「柳田係長、この前東武デパートの地下にいませんでした?」
 翌日、席に座るなり部下たちが詰め寄ってくる。もし肯定すれば何を言われるかたまったものではない。
特に、可愛いだなんて言われたくも無い。
「ああ、ちょっと客人が来るものだからお茶請けにでもな」
 何だ、つまらんという反応が返ってくる。ほっとした瞬間、
「そうなんですよ。僕がいつもみたいに遊びに行ったら係長ったら先に食べてるもんだから。
この人ったらシュークリームが何よりも好きで……」
 最悪のタイミングで恋人である新入社員の三谷哲生が口を滑らせた。
 おそらくフォローするつもりだったのだろう。しかし、失敗どころか火に油をそそぐ結果となった。
この馬鹿とへらへらと笑う彼を睨みつけるがもう遅い。ああやっぱりという顔を浮かべ、いつも?と
疑問を浮かべる者もいる始末。
 柳田は一斉に向けられた視線に耐え切れずにその場から逃げ出した。
「待ってくださいよー」
 三谷は給湯室まで追いかけてきた。
「いいじゃないですか、別にばれたって。せいぜい”係長って可愛い!”って言われるだけなんですし」
 未だに心情を察しない三谷の頭に拳を振り下ろした。

147146:2005/11/18(金) 01:22:27
510リク→530リクorz

148本スレ530です。1/2:2005/11/18(金) 03:14:24
遅くなりましたが、やっと投下します。
ラーメン屋の店長×見習い


店長は無口だ。
仕事は天下一品で、俺は店長のラーメンに一目じゃない一口惚れした。
弟子はいらないと、嫌がる店長に頭下げてなんとか見習いにしてもらって、そろそろ一年になる。
無口な店長の代わりに客に愛想振り撒きながら、なんとか店長の味に近付きたくて、ずっと店長を見てる。
店長は俺の作ったラーメンをいつも一口すすり、麺を食べ、うん、とか、うーん、とか唸るだけ。やっぱり、何にも言わない。
一体どうなんだろう。俺の仕事。
今日はいつもより食べてくれるかな。
うーんじゃなくて、せめてうんうん、とか言ってくれないかな。あの表情は○なのか×なのか、ちょっとは口元緩めてくれないかな。
店長の顔ばかり見てる。
この不安な気持ち、どうしようもないよ。
俺、夢にまで見るんだよ。店長の顔。
無口だけど静かで穏やかな感じの店長の顔。ああ、横向かないで。
今日は店長どんな顔見せてくれるかなって、毎日店長のことばかり考えて、ドキドキしながら店に来る。
なんだろう。なんか、ラーメンに惚れたのか店長に惚れたのか分かんなくなってきた。
熱出そうな感じ。
頭ぐるぐるしながら、ラーメンを店長の前に置いた。どんな顔するかな?
にっこり笑ってくれれば、それだけで俺、泣くかも。

149本スレ530 2/2:2005/11/18(金) 03:18:17

「店長、笑ってくださいよ。」
あれっ、俺なんか今、とんでもない事言ったかも。
焦って飛び起きた。
ん?俺なんで寝てんの?じゃ、さっきのは夢?
今何時だろうと思って見渡すと、見慣れない部屋のベッドに寝てた!
見たことない部屋。
だけど、不安な感じはしない。なんだろう?この、良く知ってるような感じは。それに、なんか温かくて涙が出るみたいな、この感じ。

「目が覚めたか?」
店長が、ほかほかと湯気の立つ、小さな鍋をベットの横に置いた。なんか、心配そうな顔。俺の額に手を当てて、少し、穏やかないつもの表情に戻った。
「店長、あの俺…。」
「熱はないみたいだな。これでも食べてゆっくり寝てろ。俺は店に行って来るから。」
って、店長、俺の頭を撫でて行っちゃった。
俺はどうやら、ぶっ倒れて店長の部屋に運ばれて、一晩寝てたらしい。
でも、俺は見たぞ。
部屋出る前、なんか、店長、すっげー優しい顔で、俺を見て微笑んだのを。

俺は、店長の作ってくれた絶品のお粥を、この上ない幸福な感じを覚えながら味わって食べた。
ふと、気付くと、鍋の下に手紙があった。


店の品書きと同じ、店長の見事な筆跡。


『頑張ってるのは、良く見てる。気にしないでゆっくり休んでいなさい。
近頃は少し頑張り過ぎたみたいだから、来週は休みを取って、慰安旅行でもしよう。

―今度、もっと笑うようにするよ。段々、良い仕事になってきたね。ー』


文字、霞んで見えなくなってきた。

150本スレ559 盲目の方攻め:2005/11/19(土) 00:37:46
※でおくれました…。


そっと手を伸ばす。指先が、てろりと奇妙なさわり心地の皮膚に届く。
にや、と彼が笑った。洋灯の黄色くあたたかなひかりに俺たちは包まれていた。
「痛みませんか、我が君」
「よせ、くすぐったい」
彼の両目の上を走る大きな、火傷のような刀傷は普段は黒い布で隠されている。
この傷を見ることが出来るのは多分床の中だけだと俺は思う。
ゆっくり、俺は傷をさわった。俺はこの傷の由来を知らない。
城の誰もが口を閉ざし、誰より彼が何も言わない。
もちろん、俺には問う資格も無ければ権利も無い。
「妙なやつだな、…おい、よせ…」
あまりに長くさわり続けていたために彼の気分を害してしまったらしい。
あ、失敗したな。
と思った時にはもう遅く、俺の足首の鎖がジャラリと音を立てた。
「奴隷風情が、調子に乗るな」
奴隷風情だから調子に乗るのですよ、我が君。
まだしつこく彼の傷にふれていた俺の手は、彼の手で押さえつけられてしまった。
ああ、失敗した。

151萌える腐女子さん:2005/11/19(土) 06:09:30
すっかり出遅れましたが本スレ449、
「クリスマスまではあと1ヶ月」を投下します。
お客視点とバーテンダー視点と2種類ありますが、
気に入らない人はどうかスルーで。

152クリスマスまではあと1ヶ月。(customer side)1:2005/11/19(土) 06:11:24
「…ごめん、好きな人できた」
唐突に告げられた別れの言葉。
それも、今年のクリスマスはどこで迎えようか?と話してる真っ最中に、だ。
「う…嘘だろ?」
何度その言葉を否定してもあいつは「ごめん」と謝るだけで、
俺の何が気に入らなかったのか、相手は誰なのか、
いつから俺を好きでなくなったのかという質問にも答えようとしなかった。
「ごめん。本当にごめんな」
そう言ってあいつは俺の頭をくしゃっと撫で、俺の前から立ち去る。

どれぐらいそうしていたんだろう。
俺はあいつが立ち去った後もずっとその店のカウンター席に座ったままで。
「あの…お客様。そろそろ閉店なんですが」
とカウンターの中のバーテンダーに言われてふと気づけば
目の前のロックグラスに入ったウイスキーはすっかり氷が溶けていて、
とんでもなく薄い水割りと化していた。
閉店と言われてしまった以上、このままここに居座るわけにはいかない。
慌ててその出来損ないの水割りを一気にあおる。
出来損ないとはいえ元はアルコール度数の高いウイスキー、
食道から胃に伝い落ちるまでにちりちりとした熱さを感じる。
まるでそれはたった今失恋したことを身体に実感させてるみたいな感覚。
不意に目の前が歪む。というより、滲んで視界が曇る。
「す…い…ませ……。すぐ……出ますから…」
と口では言ったものの、立ち上がることができない。
「仕方ありませんね」という声が聞こえた気がしたが、
俺が鼻をすする音に混じってしまったのと、
涙を止めることで精一杯になってしまったことで
実際にはバーテンダーが何を言っていたのかよく分からなかった。

153クリスマスまではあと1ヶ月。(customer side)2(終):2005/11/19(土) 06:12:39
やっと涙を止めることができたと思ったそのとき、
すっ…と音も立てずにカウンターの向こうから
差し出されたお絞りに気づいて顔を上げる。
目の前に立っているはずのバーテンダーの顔は俯きがちで見えなかった。
バーテンダーの視線の先へと自分の目線を下げれば、
シェイカーの中に数種類の酒を入れている真っ最中。
数個の氷を入れてふたを閉め、慣れた手つきでシェイカーを振る。
シャカシャカシャカシャカ…と、小気味良い音がしばし続いた後、
キャップを開けてそれをカクテルグラスに注いだ。
その一連の動作、特にこの人のは機敏かつ優雅で美しい、と思う。
何軒もバーを訪ねたわけでもないし、
バーテンダーの動きをじっくり眺める機会も数多くないが。

仕事終りの一杯としてバーテンダーが飲むのだろうと思っていたカクテルは、
なぜか俺の前に置かれた。
「あ…、え? あの…これ…」
「この分のお代は結構ですから、
 これを飲んだら今日のところはもうお帰りください」
そう言って彼は忙しそうにカウンターの上を片付け始めた。
「……あ、ありがとうございます。いただきます」
訳が分からぬままとりあえずお礼を言い、俺はそのカクテルを一口飲んだ。
鼻腔をくすぐる甘い香り。けど、嫌いじゃない香りだ。
それからフルーツ、それも柑橘系の甘さが爽やかに口の中に広がる。
後追いで伝わるアルコールの心地よい苦味。
「おいしいな、これ…」
3口で飲み干し、お代わりを…と言いかけて、
そういえばこれ飲んだら帰ってくれと言われたことを思い出し、
レジで会計をするついでに聞いてみた。
「あのカクテル…何て名前ですか?
 次来たときにまた飲みたいんですけど、
 初めて飲んだから名前知らなくて…」

バーテンダーは少し考えた素振りを見せた後、
「お客様、今日から1ヵ月後には何かご予定はございますか?」
と聞いてきた。
俺は咄嗟のことに何も考えずに「いえ、何も」と答えてしまったが、
その答えに彼は
「では、覚えていたらで構いませんから、
 1ヵ月後にもう一度ご来店ください。
 ご来店いただければそのときにカクテル名を申し上げますよ」
と少し微笑んで、深々とお辞儀をした。
謎めいた言葉に首をかしげながら、俺は店を後にする。
1ヵ月後? 1ヵ月後ねぇ…とタクシーの中で携帯電話を取り出し、
スケジュール機能を呼び出してみた。

154クリスマスまではあと1ヶ月。(barman side)1:2005/11/19(土) 06:13:48
お連れ様と一緒にときどき店にやってくるそのお客様は、
どちらかといえば店の雰囲気にはあまりそぐわないタイプの人でした。
最初に来店したときにメニューを見て、
「見てもよく解んねぇなぁ、俺こういうとこ来るの初めてだし。
 カクテルなんて女が頼むようなもんだろ、ラムネサワーないっすか?」
とまるでチェーン店の居酒屋メニューから抜け出せないかのような
注文をしてきたぐらいなのですから。
逆にそれが印象に残ってしまったのも事実ではありますがね。
それが2回、3回と来店するたびに
お連れ様の好みに合わせて少しずつ勉強しているのか、
「ふぅん…前飲んだ店のモスコミュールと味違うなぁ。こっちの方が飲みやすいや」
「うわっ、マティーニってこんな味だったのか。
 飯食う前に飲めばよかった…」
とメニューから選んで一口飲んだ後、
感想というか独り言というか何かしらひと言残してくださるようになり、
こちらとしてもこのお客様からいろいろ勉強することがございました。

どうやら最近は「量が少なくてすぐに飲み終わってしまう」カクテルよりも
少しずつ味わって飲めるウイスキーがお好みのご様子、
この日ご注文いただいたのはマッカランの7年物をロックで。
繊細な味の違いをお分かりいただけるなら
12年物をお勧めしたいところですが、
そこはお客様の懐具合もあることなので黙っておりますけれど。
ロックグラスを片手に持ち、お連れ様と話す姿は
なんというかこう、見ていてとても絵になる雰囲気があります。
できればお連れ様ではなく、
カウンターのこちら側にいる私に話しかけて欲しいと
思うようになってしまったのは、いつの頃からでしょうか。
酒にまつわる話以外に何もないというのに、我ながらおかしなものです。

155クリスマスまではあと1ヶ月。(barman side)2:2005/11/19(土) 06:15:36
さて、それまでのいつもと変わらぬ風景に異変が起きたのは、
そろそろ終電が出る頃だろうという時間でした。
他のお客様のお相手をしつつ耳を澄ましてみれば、
なにやらお連れ様と言い争いをしているようで。
周りのお客様のご迷惑にならないように気遣ってか
小声にしてはくださるのですが、
如何せんお話の内容はお二人の別れ話、
それも同性同士のものとあればどうしても聞き耳を立ててしまう。
結局お二人はこの場で決別したご様子、
お連れ様の方が先にお帰りになると
後に残されたお客様は茫然自失の表情のまま固まってしまわれて。
お声を掛けるのも憚られるのでそのままにしておきましたが、
閉店時間が過ぎて他のお客様がお帰りになっても
まだそのままでいらっしゃいます。

仕方なくこちらから退店を促すようにお声を掛けると、
今さらのようにご自分のおかれた状況を理解されたのか、
はらはらと涙をこぼされている。
さすがにこの状況でお帰りいただくのはどうかと思い、
表の看板を「CLOSE」に掛け変え、
お客様の涙が止まるのをじっと待っておりました。
涙に暮れるお客様の姿を見ているうちに
なんだか私は非常に切ない気持ちになってまいりまして、
なんとかして差し上げたい、慰めるとまではいかなくても
少しお心を楽にしてさしあげたいと思ってしまいました。

そうはいっても私にできることといったらカウンターのこちら側で
お客様の好みに合わせた酒を振舞うことしかできません。
歌の文句にそんなのがあった気もしますが、
私はこのお客様のためにカクテルをお作りしようと考えました。
ときどき注文があるカクテルですからレシピは頭の中に入っています。
ブランデー、ホワイトラム、ホワイトキュラソーを同量に、レモンジュースが少量。
このお客様は辛口の酒がお好みですから、
ホワイトキュラソーはトリプルセックにしてみましょうか。
シェイカーに注ぎ入れてふたを閉め、
しっかりと両手で持って振り始めます。
よく混ぜるためには言うまでもありませんが、
お心を痛めたばかりのお客様のことを思って丁寧に、
しかし混ぜすぎて泡立たないように気をつけて。

156クリスマスまではあと1ヶ月。(barman side)3(終):2005/11/19(土) 06:17:07
出来上がったカクテルをグラスに注ぎ、お客様にお出しします。
理由が分からず不思議そうな顔をするお客様に向かって
「それ飲んだら帰ってくれ」だなんて、
もう少し言い方がありそうなものなのに
そう言ってしまったのはこちらにもあまり余裕がなかったから。
それ以上詮索されたくなくて、
カウンター上を片付ける素振りなどしつつお客様の反応を窺います。
「おいしいな、これ…」
そう言われてほっとしました。
このひと言こそバーテンダー冥利に尽きるというものです。

会計を済ませる段になって、
突然カクテルの名前を聞かれて少し慌てました。
それまでご注文を承る以外に話をしたことがなかったのに、
急に願ってもいなかった会話のチャンスがやってきたのですから。
そのまま素直に答えてもよかったのですが、
次の機会を是が非でも作りたくて、
思わず1ヵ月後のご来店をお願いしてしまいました。
もし忘れてしまったとしてもそれはそれまでということで構いませんが、
このカクテルの名前が
「ビトウィーン・ザーシーツ(ベッドに入って)」という名前だと知ったら、
このお客様はどんな顔をされるのでしょう?
呆気にとられるか、笑われるか。それとも「ふざけるな」と怒られるのでしょうか。
そう考えただけで私は期待と不安とが入り混じったような気持ちを胸の奥に感じます。
ちょうど1ヵ月後はクリスマス。
たとえその日にご来店されなくても、それまでの間にこのお客様のために
なにかオリジナルのカクテルを考えようと思いながら、
私は店のシャッターを下ろして帰路に向かいました。

===============
以上です。
なんだかどちらも萌え分控えめになってしまいました。スマソ

157579いやいやながら女装1/2:2005/11/21(月) 02:07:07
ゲト出来なかったのでこちらで。



この場合、学園物は定番過ぎると、時代劇の萌えあらすじを。


ある城に政略結婚をさせられそうな姫がいます。だが、姫には相思相愛の身分違いの相手がいて、ふたりで駆け落ち、でなければ心中しようかと。
そこで、姫の恋人に密かに恋をしている若侍が、恋する相手に悲しい思いをさせたくないがために、自分の想いは胸に秘めたまま、泣く泣く想い人の恋を成就させようと、深夜、ふたりを手助けして逃がしてやります。
当然、翌朝城は大騒ぎ。姫は居ないは、婚姻の日取りまで間がないは、なんせ弱小国ですから、この結婚を破棄して相手の大国に恥をかかすなんて死活問題。
そんな大騒ぎの中、姫を手助けして駆け落ちさせたのが、若侍だとばれて、責任を取って切腹させようかという事に。若侍も元よりそれは覚悟の上、白装束を身に纏い、いざ切腹をしようとした所、若侍の美貌に目を付けた侍従が、別の形で責任を取らせるのも一計。姫が見付かるまで、その若侍に身代わりになってもらいましょう。顔立ちも少し似ていることもありちょうど良いと、提案。
そこで、試しに無理矢理女装させてみたところ、これが思いの他、惚れ惚れするような美しさ。姫よりも美しい位。相手の大国は当時の事で、姫の顔も良く知らないのをこれ幸いと、姫の身代わりに結婚させて、暫く誤魔化そうとなります。若侍は、そんな事なら切腹をと望むのですが、当然拒否できる訳もなく、恋敵でもある姫の身代わりに、祝言を上げさせられてしまいます。
相手国の殿は女装した若侍を一目見て、いたく気に入り、美しい姫を貰ったと大満足。
ここで、弱小国は一先ずほっと胸を撫で下ろす訳ですが、若侍にはこれからがてんやわんや。祝言の席上は何とか誤魔化せたものの、何時男とばれるか分からない。第一、夜の伽はどうにもなるもんじゃなし、しかも、相手の殿は若侍を姫だと信じて疑わない訳ですから、夜毎迫ってくる。何とか幾晩かは、逃げ回って槍過ごしたのですが、当然、何時までも隠し通せるものじゃなし。
とうとう、組み敷かれてばれてしまいます。ところが、この殿様、実は男色の趣味が元々ありまして、男でも全然構わない処か、寧ろ大歓迎。祝言の時から若侍にぞっこんだったものですから、嫌がる若侍は哀れ、そのまま押さえ付けられて殿の餌食に。

158579いやいやながら女装2/2:2005/11/21(月) 02:11:55
その上、女装した若侍の妖艶な躰に、殿は事の他満足なされ、弱小国に次に女の子が産まれたら、その娘を人質に出せばこのままでも良いと、おとがめ無しに。
哀れなのは若侍ですが、泣く泣く、夜毎の伽の相手を為せられるうち、何時しか、躰が慣らされて、引き裂かれた心にも殿が入り込み、恋仲に。これでドタバタの悲喜劇は目出たし、目出たしと相成ります。

159629 Now, I wanna be your........!:2005/11/25(金) 10:35:54
リクに萌えたので、こっちに投下します。

===========================
お隣に住む外国人は、さっぱり日本語を覚えない。
なんでも、どえらい外資系の会社の社員らしく、二つ返事でオーナーが部屋を
貸したのだそうだが、雇われ管理人の俺としては、言葉が通じないので、何を
しているのかはさっぱり分からない。
しかし、異文化交流とでも思っているのか、俺に、頻繁に話しかけてくる。
最近では、朝食と夕食を俺が作り出すと、インターフォンを押して、一緒に
ゴハンを食べていくようになった。
外国人というのは、こんなにも強引で図々しいものなのか。
でも、家賃を持ってくる時に、大きなプレゼントをいくつも買ってくるので、
多分下宿か何かと勘違いしているのだろう。"I love you."と頻繁にささやいて
くるので、親愛の情は持っているようだし。まぁいいか。

"Oh,delicious. Nice tasty."
そして今日も、俺の家で刺身を食べながら、日本酒を飲んでニコニコしている。
「おいしいか」
言葉が分からないが、笑っているということは美味しいのだろう。
俺は、外国人が持ってきたワインを飲みながら、空になった外国人のオチョコに、
日本酒を注ぎ足した。
なるほど、白ワインと刺身があうというのは、本当なのか。確かにおいしい。
目の前でクツクツ煮たっている鍋も、そろそろ食べごろだろう。
俺は、「食べようかー。何が食べたい?」と言って、外国人の前に置いていた器を
取るよう、手をだして促した。すると、外国人はすっかりだまりこんだ。そして、
俺の手をガッシリと握った。
「ん? 何だ? 鍋はまだ食べたくないのか?」
外国人は、何か切羽詰ったような顔をして、俺を見ている。何か俺の顔を見ながら
早口で喋っているが、残念ながら、何を言っているか分からない。何だ。お前の
嫌いなタコとかは、鍋には入ってないぞ。違うのか。そうじゃないのか。
"Now, I wanna be your........! "
知っている単語が、俺の耳に飛び込んできた。
あぁ、そうか。こいつの言いたいことは、これだろう。
「分かった。白ワイン飲みたいんだな。ヒラメの刺身に白ワイン、確かにおいしいもんな」
外国人は、ほっとしたのか、がっかりしたように、俺の手を離した。子供のようだ。
グラスを出して、白ワインをついでやると、一気にそれを飲み下す。
「がっつくなよ。ゆっくりやろうぜ。ほら、鍋が煮えすぎちゃうぞ」
もう一杯ついでやって、グラスをあわせると、目元を赤くして、瞳をうるうるさせた外国人が
俺をじっとみていたので、もう一回「乾杯」とグラスをあわせた。

翌日から、英和辞典を持って、外国人はゴハンを食べにくるようになった。
「ゴハン………オイシィ?」
「あぁ、おいしいか。ありがとう」
「But…no…ah…シカいシ、わたし……………ホシイモ?………………アナタの……コンコロ」
「ん? ホシイモ? あぁ、俺が食べている煮物のことか? 芋の煮っころがしだろ。
 食べたければ、おかわりあるぞー」
うまく意思疎通とれている。
ペラペラと必死で英和辞典をめくっている外国人。
俺も、今日あたり、和英辞典買って、それで会話するかな。
いつか二人ともペラペラになったら、食卓も、もっと楽しくなるだろう。

160659 ツインを取ったはずが手違いでダブルに:2005/11/27(日) 00:36:42
萌えたので書いてたら手違いじゃなくなっちゃった…orz

-----------------------------------

「あ」
ぽつんと奴の口から零れ落ちた不振な声に、身構えたときには既に遅かった。
「かっちゃん、ごめーん。間違えてた」
「……またか」
溜息をぐっとこらえる。
こいつはいつもそうだ。図体はでかいくせにぼんやりしていて、必ずひとつふたつ抜けている。
そのたびに迷惑をこうむるのは幼馴染の自分で、正直惚れた弱みさえなければとうに見放しているところだ。
もはや何度目になるか分からない「なんでこんなの好きかな俺」を胸のうちに秘め、続きを促す。
「で、今度は何だ?部屋が違うのか、鍵を忘れてきたのか」
そう言って手元を覗き込むが、鍵は確かに持っているし、番号も目の前のドアに刻まれているのと同じだ。
「なんだ、合ってるじゃないか」
「や、そっちじゃなくて」
じゃあなんだと言うのか。まさか、せっかくの旅行を台無しにするような間違いをしでかしたんじゃないだろうな。
「いやぁ、こういう、俺らだけで計画した旅行って初めてだろ?だからさ、ホテルの予約がよく分からなくてさ」
言いながら、がちゃがちゃと鍵を回し、ドアノブをまわして。
「ほんと、ごめんね」
扉が開いた瞬間、目に飛び込んできたそれに、俺はあんぐりと口をあけた。
そこにでんと鎮座ましましているのは、キングサイズのダブルベッドで。
「ツインとダブル、間違っちゃった☆」
てへっ。
そんな天然アイドルみたいな仕草、ごついお前がやってもキモいだけなんだよ!と怒鳴ることすら忘れ、呆然と固まり――
俺は叫び声を上げた。
「この、バカシゲ!とっととフロントへ行って部屋替えてもらってこい!!」
「えー、いいじゃんこの部屋で」
だが、あろうことかこいつは反論してきた。
「なっ」
「俺とかっちゃんの仲じゃんよぉ」
その言葉に頬が熱くなる。
落ち着け、落ち着くんだ俺。こいつの言葉に他意はない。こいつは別にそういう意味で言ったわけじゃなく――。
「幼稚園のころなんか、しょっちゅう一緒に寝てたし」
そう、この程度の認識なんだ。
奴にどんな風に思われているのか改めて知って、軽く落ち込む自分が嫌いだ。
「それとも、何?かっちゃんは俺と寝るのは都合が悪いの?」
「…そういうわけじゃない。あーもういいよ、ここで」
はぁ、と重く溜息をついて、荷物をしまうためにクローゼットを開ける。
今夜は眠れそうにない。



クローゼットの扉の内側についている鏡は小さくて、だから俺は気付かなかった。
後ろで俺を見ていた奴が、にやりとほくそ笑んでいたことに。

161699 裏切り者:2005/11/30(水) 03:36:06
出遅れにつきこっそり。チラ裏の214氏とは別人です。
______________

「うわーん、タケルー。ヨシが裏切ったぁ」
ぴーぴー泣きわめきながらカズヤが首にしがみついてくる。
背中を撫でてなだめ、タケルは憮然とした表情で後からやってきたヨシヒロに視線を向けた。
「で、今度は何事?」
「なんもしてねぇよ、俺は」
「嘘つけ、裏切り者のくせに!」
瞳いっぱいに涙を溜めたまま、カズヤは振り向いてヨシヒロに人差し指を突き付ける。
タケルははしたない、とその指を握って、ヨシヒロに目で促した。
「つか俺ァ、カズの『同盟ごっこ』に参加した覚えはないぞ」
「ごっこって言うな!」
「ごっこで十分だ。なんだ『バージン同盟』って、こっぱずかしい」
カズヤの趣味は同盟を組むことだ。それもほとんどが「抜け駆け禁止」を掲げたもので、
タケルとヨシヒロはいつも引きずり込まれている。
同じ先輩(♂)に惚れていたときの『紳士同盟』から始まって、全員フラれて『フリー同盟』、
今度は別々の人(全員♂)に恋をして『片思い同盟』と変遷を重ね、そろって彼氏持ちとなった今は
『バージン同盟』と称して「秘密でエッチすましちゃわないこと!」と一方的に約束させられている。
「え、じゃあヨシ、やっちゃったの?」
「まぁその、なりゆきっていうか、雰囲気っていうか」
「約束破ったー。ヨシの裏切り者ぉー」
「だから約束してないって。だいたいセックスなんて、恋人がいれば自然な流れだろ」
気怠そうに髪を掻き上げる仕種が色っぽくて、タケルはちょっとドキッとする。
遊び人のヨシヒロが未経験なんて最初は信じられなかったが、今ならその違いが分かる。
「そんなの、シンイチさんが大人だからだろ。俺はアツシといてもそんな空気にならないぞ」
「そりゃカズたちがお子様だからじゃねーか。タケルなら分かるよな?」
「え、タケルももうやっちゃったの?!」
「え、あの、」
急に話を振られて、タケルは顔が真っ赤になる。
ユウスケと二人きりの時は、そういう空気になりやすい。彼に「先輩」なんて甘く呼ばれると、
もうどうしていいか分からないくらい身体が熱くなる。
だがそのたび、勉強だなんだと理由をつけてタケルはごまかしてしまうのだ。
まごまごと俯いていると、勘違いしたカズヤが再び騒ぎだした。
「うわーん、タケルにまで裏切られたー」
「ち、違、ままままだやってないっ」
「そうだぞカズ。お堅いいいんちょーのタケルが、そうそうエッチに持ち込めるわけないじゃん」
「う、うるさいよ!」
けらけらと笑うヨシヒロに怒鳴り返しながら、そういえばどの同盟の時も、
最初に裏切ったのはこいつだったな、とタケルはなんとなく思い出した。

162同じく699裏切り者1/2:2005/11/30(水) 21:57:43
やっと時間が出来て、書きたかったお題を投下します。



舞台は少し前の時代、東西ドイツ分断間もない頃なんかどうでしょう。
国境を越えようとして逮捕された受けを、攻めが助けるというシチュ。攻めには国境警備隊の長を勤める父親がおり、攻めもその下で働いていて、仲間と肉親を裏切って受けを助けるわけです。
ふたりで逃亡して行くのも萌えですが、この場合、受けは攻めとは別の男、西側にいる攻めBに会いたくて国境を越えようとしていたというのもいい。

三人は幼馴染みだったりして、攻めAも、受けの気持ちが自分には向かない事を知っているし、受けも攻めAの気持ちを知っている。
で、


ガチャガチャと牢獄の鍵の開けられる音に、また取り調べかと瞼を開けるのも億劫に横になったままでいると、
「ヘルムート、ヘルムート!」
良く知った声が名を呼んだ。
「何しに来た?」
幼馴染みのマイヤーだった。
「早く、逃げろ。」
「放っておけよ。」
ヘルムートは抱き起こそうとする手を振り払って言った。
「お前、裏切り者にるなる気か?とっとと帰れ。」
「もう手遅れだよ。」
マイヤーはニヤリと笑って、血の付いたナイフを見せた。
「殺っちまった。看守を数人。一緒に逃げよう。さっ、早く!ルートは確保してある。」

思うように立てないヘルムートにマイヤーは肩をかして歩き出した。
「無理だろ。これじゃ。やっぱり俺は残るからお前だけ行けよ。」
「ヘルムート、お前が生きなきゃ意味がないんだ。」


そして、
逃亡途中、盗んだ軍用車の中で昔の思い出を語り合ったり、ふと二人黙り込んで目を合わすも、すぐに互いに違う方向を眺めたり、でも、お互いの胸の思いは語らない。語ってもどうにもならず、互いを苦しめるだけだということは痛いほど分かっているから。
ふと、マイヤーが言う。
「俺、馬鹿だよな。」
「うん。」
そして、また沈黙。

163699裏切り者2/2:2005/11/30(水) 22:02:36
どうにか国境を越えると、マイヤーはヘルムートの手を握って言った。
「じゃあな。ここからはお前が一人で行け。」
なんとなく予測していた言葉に
「ああ。」
と、答えて、そして、ヘルムートはマイヤーを抱き締めた。

今、越えた国境の向こうから銃声が響くのが聞こえた。

暫く、そうしていた。やがて、マイヤーは涙に濡れたヘルムートの頬を親指で拭い、
「ごめん!」
と、唇に数秒間のキスをすると、顔をそむけ、背を向けて歩き出した。
その背中にヘルムートが言った。
「お前は何処へ行くんだ?」
マイヤーが、振り返らずに答えた。
「さあな。」
少し、その背中を見送っていたヘルムートは、遠ざかって小さくなった人影に叫んだ。

「一緒に行かないか?」
背中から答えが返ってきた。
「Auf Wiedersehen!」
ヘルムートも満身の思いを込めて同じ言葉を返した。

「Auf Wiedersehen!」
『また会おう!』の意味を持つ、ドイツ語のさようならを。

164萌える腐女子さん:2005/11/30(水) 23:08:32
出遅れました。本スレ709「目の下に隈 」
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そのシステムにバグが見つかったのは午後、お茶の時間の少し前だった。
小さなバグと言えどかなり遡ってシステムを組み直さなければならない。
面倒なことになった。
しかもそのクライアントが指定した納期は明日の午前中ときている。

開発室の面々はそれぞれ仕事を抱えていて、片手間に手伝うぐらいは出来ても組み直しを出来るほど
手の空いている人間はいない。
手が空いていると言えば僕だけだが、手伝わせてもらうだけで精一杯の駆け出しが明日までに
システムを組み直すなんて離れ業、できっこない。

どうするのか、と全員が青い顔で成り行きを見守っていたが、「責任者は俺だから」と室長が役目を買って出た。
急ぎでない仕事は後に回し、何名かに仕事を振り分けて、組み直しを始めた。

ある程度は出来上がったものをなぞるだけの作業とは言っても膨大な量だ。
当然定時になんか上がれない。
一人、二人と遠慮がちに帰っていく中、帰りそこねた僕と室長だけが残った。

「いいからもう帰れ。朝までかかるぞ」
「いえ、買出しとか、少しぐらいなら手伝いも出来ます。僕も残ります」

口を利く時間も惜しいのか、室長は「わかった」とだけ言って作業に集中した。
時折僕に仕事を渡す室長の声。
時折僕がコーヒーを淹れる音。
後はキーを叩く音だけが響く。

室長のデスク周りにだけ灯された明り。
眼鏡を外して目を擦る室長の横顔に見惚れた。
室長は僕が残ると言い出した真意を測りかねていることだろう。

不意にキーを叩く音が止み、椅子を軋ませて室長が身体を伸ばした。

「終わった。チェックも完了だ。朝までかかると思ったけど意外と早かったな」
時計は3時を少し回ったところだ。
「よかった。少しは眠れますね」
「お前が手伝ってくれたおかげだよ。ありがとうな」
そういってくしゃりと髪を撫でられた。
頬に熱が集まるのがわかったがこの明りでは気付かれることもないだろう。

「室長、隈できてますよ」
こんなに暗いのに室長の目の下にできた隈はくっきりとしてよくわかる。
「仮眠でも取るか。お前も来い。午前中いっぱい寝ててもいい」
無意識なのだろうか、何気なく肩を抱かれて心臓が跳ね上がる。

「あ、あの……」
「お前と一緒に徹夜で残業なら後2,3個バグが見つかってもいいぐらいだ」
「だめですよ、室長には隈なんて似合いません。これっきりにしてください」

室長は軽く笑って僕の頬にキスをした。
今度は僕の心がバグを起こしそうです。そうなったら室長が直してくださいね。

165749 ストイックなのに一部エロ:2005/12/04(日) 14:22:13
生徒会副会長兼風紀委員長、という肩書きを聞くと、あの先輩のことがだいたいイメージ
できるんじゃないんだろうか。
ツメエリを、ピッチリ上までつめて、頭のてっぺんからつま先まで、まるで生徒手帳から
抜け出してきたようなルール通りの服装でいる。しかも、その服装に、シミがついて
いたり、着崩れたり、ということが、一度もない。
先輩と同級生の人たちに聞いても、やっぱり、乱れたりしていることが、一度もないんだ
そうだ。また、男子高校にも関わらず、彼に下ネタをふる勇気がある人もいないらしい。
禁欲的。ストイック。多分、そんな言葉で表すといいんじゃないかな。
そんな先輩に、俺は恋してる。

その日は、俺にとって、記念すべき一日だった。
なぜなら、生徒会の一員になれたからだ。
正確にいうと、生徒会役員の使いっぱしりという噂の、生徒会補助員になっただけなのだが、
それでも俺は、先輩に少しでも近づける嬉しさで、一杯だった。
だから、浮かれすぎた俺は、集合時間に指定されていた30分前に到着してしまった。
先輩は、多分、早めに来るだろう。二人っきりになったら、何を話そう。
俺は、いきおいよく「失礼します!」とドアを開けようとしたら、つんのめった。
あれ? ドアに鍵がかかっている。
まだ誰も来ていないんだ、と、しょんぼりして、俺はドアの前にしゃがみこんだ。
何だ。誰よりも一番に部屋に入って待ってたかったのにな。バカみたいだ。
…しばらくして、中で声がすることに気づいた。

「…さっき、誰か来たじゃないか…」

先輩の声だ、ということに気づいた。
誰かと中にいるらしい。俺は、開けてもらおうと、立ち上がってドアをノックしようとした。
しかし、次に聞こえてきた言葉で、固まった。

「気にするなよ。集合時間まで、まだ時間あるだろ。それまでに、コレ、どうにかしとか
 ないと、副会長の威厳が崩れおちるんじゃねぇのか?」
「君は…っ!」

ピチャピチャと、水気のある音が聞こえてきた時点で、僕は、今扉の中がどういう状況なのか
悟った。今の副会長の相手の声は、何度か聞いたことがある。会長だ。
俺は、ドアにベッタリと耳をつけて、全神経を耳に集めた。
扇情的とも言えるぐらい、色っぽいあえぎ声が、息が、聞こえてくる。
副会長が、あんな声を…!
俺は、そのままトイレにかけこんだ。



しばらくして、集合時間5分前に行くと、何事もなかったかのように、制服をピッチリと着た
副会長が、部屋で待っていた。その横には、会長。もうすでに何人か、同じ生徒会補助員の
人たちも来ている
俺は、会長と副会長に挨拶をしながら、ふと気づいてしまった。
「先輩、首にアト…」
言いかけて、やめた。というか、言えないことに気づいた。思わず生徒会長に目をやると、
ニヤリという笑みを浮かべられる。あわてて副会長を見ると……
鉄壁の副会長が、赤面して、首筋を抑えていた。

俺は、もう一度トイレにかけこむはめになった。
補助員の集まりには、遅刻したが、会長も副会長も怒らなかった。

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750じゃないけど、萌えたので投下しておきます。

166769 コスモスなど優しく吹けば死ねないよ:2005/12/04(日) 18:54:07
出遅れたorz 言葉のイメージだけで妄想。
________________

「君はコスモスのような人だ」

会うたび彼は俺に言う。
厳つい男だ。堅気とは思えないような顔をしているくせに、武骨なその手で花を愛でる。
そして同じ手で、まるで大切な宝であるかのように、俺の頬に触れるのだ。

「僕のかわいいコスモス」
「やめろよ」

そのたび俺はいたたまれない。
だって、男娼の俺にコスモスだなんて似合わない。
知らないと思ったのか。あんたが花屋だと聞いた時に、コスモスの花言葉なんてすぐ調べたさ。

「俺はコスモスじゃない」
「君はきれいだよ」
「どこが」

彼の言葉はまるで本心のような声音で、だからこそ泣きたいくらい信じられない。
ばかげている。
金で縁取られた時間と空間の内側で、吐き出されるのは熱だけでいい。

「あぁ、いっそ手折ってしまおうか。僕だけのものにならないのなら」

そうして欲しいと、切実に願う。
あんたになら殺されたって本望だ。

「愛しているよ」

やめて、そんな風に言わないで。
この醜い傷だらけの手首を、まるでやさしい風が吹くように愛撫されたら、そんなことをされたら俺は。

「僕の美しい花」

この薄汚い身体さえ失うのが惜しくて、死ねなくなるじゃないか。

1671/2:2005/12/04(日) 23:58:24
先走っちゃってすみませんです。ここに投下させていただきます。
===========

――ドア越しから漏れるピアノの音。

壁にもたれかかりながら、その旋律を聞いていた。
何の曲だろうか。ギター専門の俺には、クラシックはわからない。
傍で聞かなくてもわかるほど滑らかな旋律。
白く、細い指が奏でる音色。

だが今後の事を思うと、ピアノが持つ独特の優しい音色も、悲しく聞こえる。
二年前の冬。ライブ場所にいたあいつに、声をかけられたというありきたりな出会い。
最初はピアノが嫌いで、俺が持つようなギターに憧れていたが
弾いているうちにピアノが好きになり、それからピアニストとしての道を進むようになったらしい。

ジャンルも違うギターとピアノ。
俺はそれでも、惹かれていた。
滑らかに弾くあいつの白い指に、目が釘付けになった。
気がついたら俺は、あいつに恋愛感情を抱いていた。


いつだったか。
自分で作った歌をあいつに聞かせてやったあと、
俺はギターを教えてやろうと思ったんだ。
遠慮するあいつにギターを差し出すと
「ピアノにはピアノの、ギターにはギターの雰囲気があるから。
ピアニストである僕がギターを弾いてしまったら
ギターの雰囲気が崩れてしまう。
逆に、ギタリストの君がピアノを弾いてしまったら、ピアノの雰囲気が崩れてしまう。」
って言われたことがあった。

その時、「ああ、あいつと同じ道歩くの無理なんだな」って痛いくらい感じた。
そういう時期に、メンバー解散。俺はボーカルの凛ってやつと一緒に海外で活動することに決定。
俺は凛に弱みを握られてる。ピアニストのあいつが好きだということを知っている。
反対すれば知人・友人全てにばらされる。
こんなのってありかよ。
なあ…俺、好きでもないやつと遠いところに行くんだぞ?

…お前が見えないところに、話すことも出来ないところに。

168780です 2/2:2005/12/04(日) 23:59:24
昨日呼び出して、「凛と海外に行く」って言ったらあいつ…笑ったんだ。
笑顔で、「よかったね。いってらっしゃい。」って。

なんだよ、いってらっしゃいって。
お前は俺のこと、なんとも思ってないのか?
親父もおふくろも海外で一生過ごすとか言ってるし、凛に弱み握られてるし
俺はもう二度と戻って来れないんだぞ。

お前にとって俺ってなんだった?
ただの知人友人か?ギタリストか?
俺はお前ともっと一緒にいたい。
俺、お前が好きなんだよ…。


「…なにやってんの?流花。」

――気がつくと俺の後ろには、凛が腕組みをして立っていた。
俺より二つ年下だが、ソロでもやっていけると言えるほど、歌は上手い。
グループも解散したんだ。顔もいいから、勝手に一人でやっていけばいいのに。
なのにこいつは。俺を連れて行く。
「…なあ、一つ聞いていいか。」
「なに?」
「何でお前、俺を連れていくんだ?」
腕組みをしてる凛に問う。
すると凛は腕をほどき、笑って俺に言った。
「…お前と一緒だよ、流花。
好きなんだ。お前が。
流花はあっちが好き。多分、あっちも流花が好き。でも俺はお前が好き。
両想いを引き裂いてごめんね。でも耐えられないから。
ジャンル違うのに、くっつくお前らが。」
「自分勝手だな。」
「なんとでも言えばいいよ。俺はお前が好き。だから連れて行く。」

―想い、想われ…その結果がこれか。

「…ほら、もう行かないと間に合わないよ?流花。」
「………………。」
歩き出す凛を尻目に、俺はドアの前にそっと手紙を置いた。
気がつく凛が俺に問う。
「なにそれ、ラブレター?」
「…間に合わなくなるんだろ。行くぞ。」
「ははは。つれないねえ。…行こうか。」

いつの間にか頬を伝っていた涙を拭いもせず、俺は凛の後をついていこうとして…振り返った。
ピアノの音が止まったからだ。
…だが、それもほんの一瞬のことで。
「さよなら。」とだけ言って、俺は凛の後をついていった。

169萌える腐女子さん:2005/12/05(月) 00:03:04
本スレ780です。
*0なんですが、先走ってなんだかんだしてたらレスが*9まで到達してしまいました。
そのため、ここに投下させていただきましたが
本当にご迷惑おかけして申し訳ありませんでした…_| ̄|○||
では本スレ779さんが見てくれてることを祈って…。

170煙草の匂いのするマフラー:2005/12/05(月) 01:03:51
本スレ789さんのお題、とろとろ書いてたのでこちら行き。



見慣れた通学路は一面白く染まり、粉雪は瞼に落ちる。
すっかり踏み固められた雪を蹴飛ばしながら家路を急いでいる僕の隣で、
見慣れない黒い車がブレーキをかけた。
「なにしてんだ」
「…先生」
窓から顔を出した男は担任でも顧問でもなく、国語の受け持ちの教師だった。
車内からは女子の目がいくつも覗き、僕を物珍しそうに眺めている。
「誰ー?」「せんせ塾あるから急いでよー」そんな甲高い声を気にも留めない先生は
「こんな時間まで残ってたのか?」
と面倒臭そうに僕に聞いた。実際面倒臭いのだろう。
普段から好きで教師になった訳じゃないと公言して憚らない駄目教師だ。
女生徒から人気があるのも顔がそこそこ整っているという幸運のお陰に他ならない。
僕は委員会の仕事をしていた旨を話した。奥歯がガチガチと鳴っている。
「僕も乗せてくださいよ」
「やだよ。俺こいつら送ってかなきゃ駄目だもん」
先生の後ろからまた歓声があがる。「うっそー」「嬉しいくせにー」黙れよ。
大体僕が何度教室と職員室の間を行き来したと思ってるんだ。
先生が身支度を整えたタイミングを見計らって駐車場で待ち伏せしてたのに、
横から飛び出して来てとっとと車に乗り込みやがって。
いつだったか僕はいじけると唇が尖るからすぐ分かると言っていた先生は
僕の様子を察したのか今までで一番面倒臭そうな顔をした。
「じゃあこれ貸してやるよ」
そう言って冷たい風が少しでも入ってこないように少しだけ開いた窓から、
紺色のマフラーを渡された。

171煙草の匂いのするマフラー 2/2:2005/12/05(月) 01:05:10
じゃあなと言ってすぐに窓を閉めようとした先生に、僕は慌てて声をかけた。
「これ、いつ返せばいいですか?」
「あ?」
「いつですか?いつ…」
僕があまりに勢い良く聞き返すので、
女生徒は怪訝な表情を浮かべ先生は一層面倒臭そうに眉間の皺を増やした。
実際面倒臭いのだろう。
普段から俺は話の通じない子供が嫌いだと公言して憚らない駄目教師だ。
僕との関係にしても物分りの良い子供を演じ続けている僕の努力のお陰に他ならない。
マフラーを握り締める手に力が入った。この位の我侭すら許されない関係って何だ。
睨みつけるような僕の目と先生のだるそうな目が合った。

「お前俺の家は知ってるな」
「あ…はい前に弁論大会の打ち上げで行きました」
「なら今夜返しにおいで」

その途端に車内で笑いが起こった。「せんせーそれ酷いよ」「今夜吹雪じゃん」
でも僕は笑っていなかった。僕だけが笑えなかった。
呆気に取られている僕にじゃあ今夜なと言って車を出した先生の横顔は、
明らかに笑っていたけど。

首に巻いた紺色のマフラーからは微かに煙草の匂いがした。
冬の澄んだ空気に消えてしまいそうなほど微かだったけど
間違いなくそれは先生の匂いだった。


「…禁煙したって言ってたくせに」

吹雪の中でも来いだなんてとんでもない駄目教師だ。
だけど僕はこの永遠と続く訳のない関係を愛しむ様にゆっくりとその匂いを吸い込んで、
高く冴えきった青空に向かって白く長い息をはいた。

172萌える腐女子さん:2005/12/05(月) 01:07:11
>>170は1/2です。入れ忘れてた…_| ̄|○

173ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 1/5:2005/12/05(月) 10:19:48
流花がきていることは知っていた。
多分ドアの前で聞いてるんだろう。
…入ってくればいいのに。

どうして入ってこないの?
ずっと待ってたのに。
愛猫のミケ連れて、君に渡そうと思って花束買ってきて。
…僕も、わかっているのなら入れればいいのに。
でも気にしてしまったら、弾けなくなってしまうから
弾くことに集中して、気づいていないふりをしていた。

…わかってるよ。
君も凛に脅されてるんだろ。
僕だってそうだから。
同じなのに、ねえどうして。
ねえどうして、振り切ってくれないの。

僕もそうだ。
どうして脅しなんかに負けるの?
好きなんだから、言ってしまえばいいのに。
「行かないで」って言って、その胸に飛び込んでいけばいいのに。
ずっと一緒にいたいって言えばいいのに。

174ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 2/5:2005/12/05(月) 10:20:39
昨日…流花に呼ばれる少し前まで、僕は凛と電話していた。
凛は特別、仲がいいというわけじゃないけど
高校の同級生だった。
だから電話番号も互いに知ってる。
いいやつだと思ってた。
歌も上手くて、ソロで歌っていけるって胸を張って言えた。
…流花のことを言われるまでは。
ピアノを弾きながら、電話で話すなんて
なんてことやってるんだろうって自分でも笑えた。

『零。』
『ん、なに?』
『いま、なんの曲弾きながら電話してるの?』
『ベートーヴェンのエリーゼのためにだけど。』

―凛の問いに、弾きながら答える。

『ふーん。…ぴったりだ。』
『え?』
『流花と零に、ぴったりだ。』

―繰り返し言った凛の言葉に、指が止まる。

『…どういうこと?』
『あれ、お前、知らないの?』

“…知ってるって言えば、どう答えるの。君は。”
心の中で呟く。

『知らないの?…まあ、知らないふりしてるのかもしれないけど。
流花は君が好きなんだよ。多分お前も、流花が好き。』

鍵盤から指が離れる。

『…俺、そういうのには敏感なんだよね。
まあ知ってるから何?ってお前は思うかもしれないけど…
俺も、流花が好きなんだ。』

――まるで、雷にうたれたような衝撃が走る。
好き?凛が?流花のことを?
『……そう、なんだ。』
やっとのことで出した声は、少しかすれていて。
指が震えていた。

175ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 3/5:2005/12/05(月) 10:22:05
僕は流花が好きだ。
流花を好きになるまでは、[同性愛]なんて言葉にも、さほど興味は無かった。
…でも、言えなかった。
男が男を好きだなんて、どこの世界の物語なんだろう。
気持ち悪いよね。男が男を好きだなんて。

でも流花も、僕を好きでいてくれた。
ギターを教えてくれるって言ってくれたあのときに気がついた。
だからいまのままでいい。もう、これ以上は望まない。
一緒にいられるだけで、いいんだ。

――だけど、凛も流花が好き。

『…両思いなところ、ごめんね。
でも、流花は俺が連れて行くから。
お前が見えないところに。話すこともできないところに。』
『…!!!』
『多分今日の夜くらいに、流花が零を呼ぶだろうけど。
…笑って見送ってくんないかな?』

…は?
笑って見送って…?
なに言ってるの?好きな人を連れ去られて、笑えって言うの?

『…わけないだろ。』
『ん?なに?』
『そんなの、できるわけないだろ!
どうしてっ…どうして、そんな』
『じゃあばらしてもいいんだ。
【ピアニスト零は同性愛者だ。ギタリストの流花が好きだ】って。』

―言い返す僕に、凛はそう脅した。

『…………………。』

返す言葉を無くす僕に、凛は容赦なく続ける。

176ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 4/5:2005/12/05(月) 10:29:10
『このままでいたいって思ってるんだろ?
周りから変な目で見られることも無く、友達以上恋人未満のままでいたいって。
…でも、そんなことさせない。
俺だって同じさ!流花が好きで好きでどうしようもない!!
お前のいないところで、流花はいつもお前のこと言ってるんだ!!
ピアノを弾くのが上手いって!!とても綺麗だって!!!
いつか世界的なピアニストになれるって!!!
好きなやつが、俺以外のやつのことを喋ってる!!
俺は流花が好きなのにあいつはお前のことばっかり喋ってる!!
それを笑顔で返してた俺のつらさに比べたらっ…笑顔で見送るなんてこと、簡単だろ?!』

……頬を伝う涙。

ああ、凛も流花が好きなんだ。
でも流花は、僕のことを好きでいてくれて
僕がいないところでは、いつも僕のことを話してくれていて。
…それを、凛は笑顔で返す。
凛は、流花が好きなのに。
気がつけば電話は切れていて。
やり場の無い悲しみだけがそこに残った。

いま、弾いている曲はリストの「ラ・カンパネラ」。
鐘という意味で、人生の節目になる教会の鐘のイメージらしい。
…この鍵盤が奏でる一つ一つの音が鐘。指が、人生。
僕はそう思っている。

177ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 5/5:2005/12/05(月) 10:29:29
…ねえ、どうして、この曲を弾くかわかる?
凄く難しいけど、君との思い出の一つ一つを大切にしていきたいから。
君が好きだという気持ちを、忘れたくないから。

―曲がクライマックスに差しかかったとき、外から声が聞こえた。

「なにやってるの?流花。」
…あぁ。やっぱり。いたんだね。
聞いてくれてるの?僕の演奏。
でも、もう行くんだね。凛が来たってことは。
曲が終わる頃になってくるなんて…ぴったりだ。

涙が止まらなくて、前が見えない。
自分でもどう弾いてるのか、わからなくなってきた。

――そして最後。

キーが少し外れたものの、なんとか終わった。
…終わった、ほんの一瞬だった。

「さよなら。」

―――流花の声。
泣いてるの?声が暗いよ…?
抑えきれない涙を流しながら、嗚咽が漏れながら。
僕も小さく「さよなら」と返した。

178萌える腐女子さん:2005/12/05(月) 10:30:25
>>174
君じゃなくてお前でした_| ̄|○

179本スレ812 1/2:2005/12/06(火) 00:05:50
200*/12/06 02:01
【件名】

【内容】
久しぶり、俺のこと覚えてますか?
卒業して5年だっけ?まったく連絡取ってないから、忘れてるかもね。
同窓会にも成人式にも行かなかったし。

お前にこうしてメールをするのは、これで最後になると思う。
ひとつだけ言い忘れていた事を思い出したので、最後っ屁がわりに伝えておきます。

お前のこと、好きでした。友達じゃなくて、うん、そう、好きだった。
好きだったよ。好きでした。いや、今も好きです。

久しぶりのメールがこんなでホントごめん。
どう思うかは、お前次第です。気持ち悪いと思った?思ったかなぁ。

明日の午後、携帯電話を新しくするつもりです。

卑怯なことは十分に分かっています。分かってます。
気持ち悪いと思ったなら、それでいい。
きもいメールが来たって誰かに言いふらしてもいいよ。

ごめん。ごめん。ごめん。本当に、ごめん。
忘れてな。それでは、さようなら。

180本スレ812 2/2:2005/12/06(火) 00:07:36

うっかり消し忘れていたアドレスから届いたのは、みっともない愛の告白だった。

高校を卒業して、下宿先まで遊びに来いよと言って分かれた、
それきり会ってもいない友人からだ。正直、顔もろくに覚えていなかった。
あの頃は数人たむろして遊び呆けていたし、今そのメンバーで付き合いがある奴はいない。
みんなちりぢりになってしまっていた。
ひとつだけ分かるのは、女の子からではない、ということだけだった。そうでなきゃ
男子トイレで煙草をふかして説教喰らう、なんて事件はおこらなかったはずだ。
不思議なもので、そういうくだらないことばかりははっきりと覚えていた。
顔すら思い出せないくせにな、と思いながら、僕は随分古くなった携帯電話を宙に放る。
差出人は「ヨースケ」。これはもう紛うことなく男だ。
――拙い文だ。どんな気持ちでこれを打ったんだろう。
気持ち悪いとか何とか言う前に、ふとそれに興味がわいた。
僕はTVの上に置いた目覚ましを見る。午前10時31分。
まだ間に合うだろうか。
ベッドの上に落ちた携帯電話を拾い上げて、僕はそっと「返信」を選択した。

181煙草の匂いのするマフラー:2005/12/06(火) 00:18:41
猫みたいだなと言われた。
あいつ言うところの同棲、俺言うところの同居生活の部屋に、俺は一か月の内、半分帰らない。
ばれてないと思ってたのに、あいつは夜勤のバイト先から家に電話して確かめてるらしい。
でもあいつだっていないんだから、誰もいない部屋にいる必要ないし、改める気はない。
あいつの指が髪を梳いたり背を撫でたりすると、逃げたくなる。
熱い指に身体の中を冷たくしときたいのに、溶かされそうになるからだ。
だけど糧は貰う。
あいつが一生懸命考えたんであろう俺への台詞とか、ふいに寝言で呼ぶ俺の、普段呼んだためしのない敬称なしの名前なんか、もう栄養になりまくってる。
けど、そういうあいつの嬉しくなるようなことうっかり言ったら、絶対、俺を膝の上に上げて抱きしめるに違いない。
そんなことされたら心臓が持たない。
前に一回された時だって、口から心臓出そうで、もがいて引っ掻いて、離れた。
そんなこんなことしてたらあいつが言ったんだ。

猫みたいだな。

あいつが言った時、ちょっとドキリとした。
けど、あいつが言った「猫みたい」の理由を聞いて、ホッとした。
ばれてないんだ、ああ、良かった。

猫を飼う時、眠る場所に飼い主の匂いのついたものを置くといいって話、つい最近、あいつがしてたから、ばれたのかと思ってた。

なあ、去年から無くなってる煙草の香りがついたマフラー、もう諦めた方がいいと思う。
随分探してたけど、もう、帰ってこないよ、あれ。
内緒だけど。
本当、内緒だけど。

あのマフラー、猫の寝床に入ってるから。
その猫、あのマフラーないと眠れないから。

だけどそれは内緒。

182チロるチョコ:2005/12/08(木) 02:02:36
何気なく探ったポケット。指先に何か硬いものが当たった。何気なく取り出してみる。
――――何だコレ?
手のひらに乗っかっているのは牛柄の小さな四角いもの。これが何なのかはわかっている。日本中どこのコンビニでもお目にかかれるだろう1つ10円の一口サイズのチョコレート、チロるチョコだ。
 しかし、こんなものを買った覚えはないし、ジャケットのポケットに入れた覚えも一切無い。もしや去年のものかと身構えたが、クリーニングに出した後にこんな綺麗な四角を保っていられるはずがない。今冬出してから入れられたものだろう。―――そういえば先日、弟がちょっと借りるとか言って着て行っていたような気もする。
つまりあのでかくて可愛くない弟が買って入れたということだろう。なんて似合わないことをするのか。
「あ! チロるチョコじゃん。しかも最近見ないちっこい10円サイズ。懐かしー!!」
掌に載ったチロるチョコをぼけっと見ていたら目聡く隣にいた奴が発見して妙に嬉しそうにはしゃぎ出す。
「ちっこい10円サイズ? チロるチョコなんて全部同じ大きさで10円じゃねーの? 」
「それがちゃうんですよ! 最近コンビニで見るのはソレよりちょい大きい20円のなんだなー。ちっこいの見たの久しぶり! お前、あんま甘いもん好きじゃないっしょ? ちょーだいちょーだい!」
「ああ」
両手を差し出して頂戴頂戴繰り返す奴に掌にあるチロるチョコを渡そうとする−−−が、これはもしかして日頃のお返しに使えるんじゃないかと思い立ち、やめた。
「おい? くれんじゃねーのかよ?」
「んー、俺もちょっと食べてみたいんだよな」
素早く包みを開いて白と黒の小さなチョコを口に入れた。
「あーーーーー! ひっで!! 俺も食いたかっ」
文句が続きそうな口を塞いで、砕いた半分を奴の口に押し込めた。
「半分こな?」
珍しく顔を赤くして目を見開いている奴を見て満足する。いっつもやられっぱなしなのだから、たまにはこんな可愛い驚き顔を見せてもらっても罰は当たるまい。
奴は口に手を当てて下を向いてしまった。赤くなっているのを隠しているつもりかもしれないが、さっきばっちり確認したし、未だに赤くなった耳は丸見えなわけで。
にやにやしながら見守っていると、奴が顔を上げてにっこりと笑った。
「なんかこっちのが大きかったみてー。返すよ」
 下から口を塞がれ、驚いている内に舌が入ってきた。口内を嘗め尽くし、俺の舌に絡め、吸って、一度離れ、ちゅっと音を立ててもう一度軽くキスしてから完全に離れた。
「あんまいねー」
奴がにっこりと笑う。
………ああ、また負けですよ。甘い甘いご馳走でございましたとも。

183182:2005/12/08(木) 02:06:04
萌えたので投下させて下さいませ。
読みにくくてえらいすみませんorz

184カラオケ:2005/12/12(月) 22:29:39
投下させて下さい
_____________________________

ぶっちゃけうんざりだ。
奴がいきなり「カラオケ行きたい。行きたすぎる。行こう!」とか言いだして
俺を強引に引っ張って行くもんだから、ま、いっかーっと来てみれば。
奴はずっとマイクを離さず、バラードばかり永遠歌い続けてる。
しかも微妙に古くてやたらとくさいラブソングばっか。
これは…アレか?
女に聞かせる為の練習ってヤツですか。
最近変に付き合い悪いと思ったらラブソングを歌ってやりたい女ができてたわけだ。
で、一人でカラオケで練習は虚しいから暇そうにしてた俺を引っ張ってきたってことね。

あーあ。
カラオケ久しぶりだな、とか
奴と二人なら音痴な俺でも遠慮なく思いっきり歌えるな、とか
…奴と遊ぶの久しぶりでちょっと嬉しいかも、とか。
そうゆう…なんつーの?ワクワク感ってヤツ?ソレが一気に萎んだわ。

そんな俺の気分はそっちのけで奴はまた一曲歌い上げやがった。
妙に上手かったが、拍手なんかしてやるか、ボケ!
次にスピーカーから流れだしたのは…かの名曲『TSU●AMI』

はい、限界が来ましたよー

「お前アホか!こんな季節にんなもん歌ってんじゃねえ!つか、さっきからマイク離さずにラブソングばっか歌い続けやがって!女に歌ってやる歌の練習なんて一人でやりやがれ!!」
「は?女?練習??何言ってんの、お前。」
履いてた革靴を力一杯投げつけてやったのに、奴はうぜえことにあっさり避けやがった。
「ああ!?好きな女に聞かせる為に練習してんだろーが!」
「いやいやいや、今現在進行形で好きな奴に聞かせてるわけで」
「アホかあ!今ここにはてめーと俺しかいねーだろうが!てめーには第三の誰かさんが見えていようが実際にはここには俺とお前の2人しかいねーんだよ!!」
「だーから!お前と二人っきりだからこうして必死で熱込めて歌ってるんでしょーが!!」
「………ああ?」
前で歌ってた奴は俺の投げつけた皮靴を持って俺の隣に座り、俺の足にその革靴を履かせると、顔を上げて俺と視線を合わせた。
「…我ながら痛いとは思うんだけど。自分の言葉で上手く伝えられないから、人様の言葉をお借りして、思いっきり、これでもか!というくらい愛を込めて歌って伝えようかと。」
「………誰に伝えるって?」
「お前に、愛を。」

なんてこった。
バックで流れる曲のサビが、ぴったりすぎるんですけど。

185本スレ889(1/2):2005/12/13(火) 22:49:15
既に*0さんが投下されていたのでこちらで。
ヤマもオチも意味もないぜ(゚∀゚)アヒャ

-----------------------

「ちくしょー!!」

パソコンにかじりついていたKが、いきなり大きな叫び声を上げた。
夕食どきに近所迷惑な奴だ。とりあえず黙らせるか、そう思って振り返る。
だが、先にKの方がパソコンの前を離れて、泣きながら俺に抱きついてきた。

なんなんだ。そう思ってパソコンの画面に目を向けたけれど、
いい加減度が合わなくなってきている眼鏡では、
いくつかのウインドウが開かれているのがおぼろげに見える程度だ。
どうせもう外出しないからと、コンタクトを外してしまったのは失敗だったか。

仕方ない、まずは奴を落ち着かせよう。

「落ち着け。どうした」
「お、俺……ちくしょう……」
「いいから落ち着け。泣くな。そして説明しろ」

今度はどんなくだらない理由だ、と言いたかったがそれは呑み込んで、
いつものように、ぐすぐすとしゃくりあげるKが落ち着くのを待つ。

──つもりだった。

「俺は……俺は、踏まれようとしたのに……!!」

だが、嗚咽混じりの押し殺した叫びが、
そんな呑気な考えを吹っ飛ばした。

186本スレ889(2/2):2005/12/13(火) 22:49:40
踏まれようとしたってどういうことだ。
パソコン使っててどうやったら踏まれるとかいう話になるんだ。
それが叶わなくてどうして泣くんだ。いや、それはKだからしょうがない。

頭の中を飛び交う疑問符を取り除くべく、
パソコンの方へと歩み寄る。
背後から聞こえた、Kの「あっ」という叫び声と、
引き留めるように裾を引く動作は無視して。

最前面のウインドウは見慣れたギコナビ。
メッセージバーを見れば、レスを送信したあとにスレをリロードして、
表示された新着レスに驚き、思わず叫んだというところか。

そして、肝心のレス内容はといえば。

「>880とカメダにGJ!とささやきつつ、踏まれます。」

『*9が指定した画像を*0がうpするスレ』。
そこで*8のつもりで書き込んだのが、
リロードミスで*9をとってしまった、そういうことらしい。

まったく、こいつは本当に、なんでこんな下らないことで泣けるんだ。
何かにささやきかけながら踏まれている誰かの画像を、
スレを覗いた誰かがうpすればいい。
たったそれだけのことなのに。

「……いっそ、俺がお前を踏んでやろうか」

呆れて呟くと、途端にKはがばっと顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃの顔は、そのくせ希望に満ちあふれていて、
まさに今泣いたカラスがもう笑った状態──って、まさか。

「そうか、その手があった!」
「自作自演の誘いじゃねえよ馬鹿」

まったく、2ちゃんごときになにマジになってんだ、こいつは。

187本スレ889:2005/12/13(火) 23:11:11
私も投下させていただきます。ギャグ風味です。


書き込み完了!さぁて、次はどんな萌えリクが来るかな?と期待しながら
掲示板を閉じようとマウスを操作した瞬間、背後にとんでもなく冷ややか
な風が吹いた。
全身が凍りつくのを感じながら後ろを振り返ると、いや振り返るまでも無
く、俺の顔の横には奴の顔があった。

「『>880とカメダにGJ!とささやきつつ、踏まれます』・・・・・・?」
「や、ややややっ山田!?」
「なにこれ、どういうこと?」
「なんだよ、ビックリすんじゃん。てっきり妖怪かなんかの類かと・・・」
「な、どういうこと?」

耳の近くで喋られるくすぐったい感覚に耐え切れず、俺は山本の顔を押し
やった。山本は不満そうに眉を寄せ、睨みつけるように俺を見た。

「人が風呂、入ってる間に・・・」
「え?なに?」

山本が何事か言うがよく聞こえない。聞き返すと、今度は明らかに怒って
いる顔で俺の肩にガシッと手を置きこう言った。

「・・・俺がいない間に浮気とはやってくれるじゃねぇか、田中」
「へ?」

肩におかれた手は今度は腕にまわり、そのまま俺は圧倒的な力で寝室へと
引きずりこまれた。

「そんな何処の馬の骨かもわかんねぇ様な奴らに頼むくらいなら、俺に頼
めよ」
「な、なにを!?」
「いくらでも踏んでやる」
「えっ、いやいや、そういう意味じゃ・・・って何処触ってんの!!なに、
脱がしてんの!!!」
「な?俺の方がGJだろ?」
「ばか!!ちが、っつの・・・!・・あっ!!!」

泣いても謝っても誤解を解こうとしても全く聞き入れてくれない山本のせ
いで、次の日俺達は、揃って会社に遅れたのだった。

188909 「俺たち友達だよな」:2005/12/16(金) 21:24:53
投下します。
____________________

「なぁ、僕ら友達やんな?」
「なんだよ急に。当たり前だろ」

そう、俺とお前は友達。それでいい。
この関係が崩れてお前を失うくらいなら、俺は本当の気持ちなんてずっと隠しておくよ。

「僕に友情を感じてくれてるんやんな?」
「もちろん」

嘘ついて、ごめん。
絶対に困らせないから。

「ほな、僕がどんなでも、友達や思てくれるか?」
「どうしたんだよ、本当に」

お前がどんな奴だったとしても、ただお前だから、好きになったんだよ。

「例えば、サツジン犯でも、ゴーカン魔でもか?」
「友達だよ。だから、殴ってでも更正させてやる」
「お前のこと、ホンマは殺したいくらい憎いて思てる、言うてもか?」
「……うん。それでも、友達だよ」

嫌われていたらきっと痛い。
でも、きっとそれでも好きだ。

「そっか。ありがとぉな」
「いったいどうしたんだよ」
「ん……あんな。図々しいやっちゃ、て自分でも思うんやけどな。
 それでも、お前の友情、失いとぅなかってん」

大丈夫だよ。ずっと、友達でいるよ。

「ホンマは言うべきやないんかもしれん。けど、もぉ黙っとれへんくらい気持ちが大きゅうなってな。
 僕、卑怯モンやから、言うた後もお前と友達でいたいんや」

……言う?何を?

「あーもー、言い訳ばっかし言うててもしゃーないやん自分!
 ええか、単刀直入に言うで」


「僕な、お前に惚れとんねん」


――――え?



  これは、ある二人の友情の終わり。
  そして、新しい何かの始まり。

189「俺たち友達だよな」:2005/12/17(土) 14:40:13
投下させて下さい
______________________________

「俺たち、友達だよな」

わけがわからない。
好きだと言われて、俺もだと答えて、手を繋いで、キスをして、セックスをして。
なのにお前は「『友達』だよな」って聞くわけ?
なんだよ、それ。

「そうなんじゃん」

俺は今初めて知ったけど。
俺らの間にあるものが、お前の中では『友達』に当てはめられてたなんて。

「そうだよな」

わけがわからない。
何でお前がそんな哀しそうな顔すんだよ。
自分で聞いたんだろ。
「『友達』だよな」って。
その言葉選んだの、お前じゃん。

「なあ、」

俺、今のお前の顔、信じていいのかよ。
信じて、さっきの言葉、撤回してもいいよな?
言い直しても、いいんだよな…?

190投下させてください。:2005/12/18(日) 03:18:59
http://grm.cdn.hinet.net/xuite/a9/42/11018309/blog_65709/dv/3811374/3811374.wmv↑の、ベンチの前と後ろに座っている、左端2人
かなり前のお題ですが投下させて下さい。



 高々とセンターの奥へと打ち上げられたフライを捕球したのを確認してタッチアップ。
滑り込むことなく、悠々とホームベースを走り抜けた俺の目に、一人ベンチの隅へと座る姿が映る。
俺をホームベースに帰してくれた犠打を放った張本人。
仲間や観客に手を振って、一通り笑顔を向けて応えた後、いつも通りに相手へ近づく。
「よくやったじゃん。やっぱ、俺とは違ってお前には華がある」
派手な一発や印象に残るプレイはないかも知れないけど、この人がいるからホームへ帰ってこられる。
絶妙な場所へ狙ったように打ち上げる犠牲フライ。
もしかしたらヒットを打つよりも難しいかも知れないバットコントロールで確実な仕事をしてくれる。
確かに華はないかも知れない。でも。
「一発じゃなくたって、カッコイイよ」
俺は何だか苛立たしくて、切なくて、前を向いたままで試合の経過を見つめる。俺にとってはヒーローはこの人だ。
玄人受けするとか、知る人ぞ知るでなく、この人が俺のヒーローなんだ。
「あんたがいるから帰ってこられるんだ」
「…」
グラウンドで続いている自軍の攻撃を睨むように見つめる。
この人は自分の仕事を過小評価し過ぎだ。
周りもわかってなさ過ぎだ。
俺のヒーローなのに。
…睨む目頭が何故か熱くなってきた頃。
ふいに耳元に熱い吐息と、柔らかな温かい質感を感じて目を見開いた。
「ありがとう」
小さく呟かれた声に一瞬視線が交差したものの、すぐに離れ。
「俺はお前をホームに帰すのが生き甲斐だから」
背後から続きの言葉が帰ってきた。
ああ、この人には敵わないな。
血の昇る頬に浮かび上がりそうになる笑みを必死のシカメツラで堪えながら、今日のお立ち台ではこの人のおかげだと連呼して、この人こそがヒーローだと言ってしまおうと心に決めた。

191萌える腐女子さん:2005/12/20(火) 15:06:15
本スレ>>949に萌えたのですが咄嗟に思い浮かんだシチュがあまりにもアレだったんてこちらに。
チラ裏でもいいかなと思ったんですがスレチな気もしたので…。

192籠の鳥で!お願いします!(1/2):2005/12/20(火) 15:19:14
今日こそは、と意を決して誘った居酒屋。
酒の勢いを借りなきゃ告白ひとつできねぇ俺は最低だが、この際しょうがない。なるようになれ、だ。
だけどなぁ、おい。
隣でこいつは浴びるように酒を呑んでばくばく食って、楽しそうにしてやがる。
甘さはかけらもありゃしねぇ。俺の一大決心は木っ端みじんだ。
選択ミスなのはわかってるがなぁ、だって俺らに、バーだのフレンチだのは似合わねぇだろ?

193萌える腐女子さん:2005/12/20(火) 15:20:49
でもなぁ、これは。
「あれ?おまえ全然飲んでねーじゃん。ワリカンなんだからさ、イけよ」
「……あぁ。」
「なぁなぁ、これ気にならね?『籠の鳥』だってよ。オシャレだなぁ」
「……どーせ焼鳥かなんかだろ。虫籠とかに入った」
「ぷっ、なんだよそれムードねぇ」
お前にゃ言われたくねぇよ、と心で毒づく俺を無視して、奴は声を張り上げる。
「おねーさーん。『籠の鳥』で!お願いします!」
おいおいまだ食うのかよ。
あきれて頭を抱えた俺を尻目に、こいつはへらりと笑って日本酒を煽った。

194籠の鳥で!お願いします!(3/3)修正:2005/12/20(火) 15:23:35
あぁもう。そんなところも好きだよチクショ。
しばらくして5本の串が入った小さな竹編みの籠が運ばれて来たのを見て、
「ほらーオシャレじゃん」
とか目を輝かせるこいつを見ながら、次は小洒落た店でリベンジすることを誓った。
「焼鳥うんめー!」
……やっぱ色気より食い気か?こいつは。


+end.


____
2にタイトル忘れました。ごめんなさい。
本スレでは華麗に『籠の鳥』でお願いします。

195籠の鳥1:2005/12/20(火) 23:53:36
投下させて下さい
_____________________________

「逃がしてあげるよ」
彼はそう言って、ふわりと笑った。

弟が生まれたのは俺が5歳のときのこと。
初めて弟を見たのは病院の厚いガラス越しだった。
透明な箱の中の沢山のコードが繋がった小さな赤い体。
「優しくしてあげてね。守ってあげてね。」
大好きな母の擦れた涙声。
弟は、心臓に欠陥を持って誕生した。
医者は弟が生まれたその日に、弟の余命を告げる。
「お子さんは、成人を迎えることはできないでしょう」と―――。

母が退院して家に戻ってきても、弟が家に帰ってくることはなかった。
母は毎日病院に通い、俺も週に何度かは付いて行く。
自分一人で通える様になった小学校高学年には、学校の後に病院へ行くことは日課になっていたが、中学へ入ると同時に母の薦めで塾へ行き始め、会いに行く頻度はまたすくなくなった。

「お兄ちゃん、最近来てくれる回数減ったね。淋しいー」
唇を尖らせて言う弟は可愛かった。
優しく、優しくしよう。
大事に、大事に守っていこう。
初めて弟を見たときの、母の涙声を思い出す。

「優しくしてあげてね。守ってあげてね。」


「お兄ちゃん。言いづらいのだけど…あの子に会いにくるの、このままもっと減らして欲しいの。」
「え?どうして…?」
高校受験の間はいつもより会いに行く回数を減らしてしまったから
これからはもっと沢山会いに行こうと考えていた矢先のことだった。
「あの子ね、お兄ちゃんがくる日は疲れるから嫌だって。………あんまり来なくていいって。」

―――わかってしまった、母の嘘が。
覗き見た母の瞳には後ろめたさや困惑とともに、確かな嫉妬が見えたから。
母は大切に守ってきた第二子を独占したいのだ。
真っ白な籠に閉じ込められた大事な大事な鳥が、他の者を頼るのに耐えられなかったのだろう。
自分勝手な人。そう言って母を蔑むことは簡単なように思えた。
けれど俺にはそれができなかった。
擦れた涙声を思い出す。あの切実な思いの籠もったあの言葉を。
「優しくしてあげてね。守ってあげてね。」

俺は頷いた。
籠の鳥の笑顔を思い浮べながら。

弟に会いに行くのは月に1度程になった。
はじめは会いに行く度に口を尖らせ、もっと来てほしいと訴えた弟も
やがて会いに行く頻度については何も言わなくなり、会うたびにあのねあのね、と自分のことを話し続けることもなくなって、俺の姿を見ると一度柔らかく微笑んで、俺の話を促すようになった。
健康ならば中学に上がるはずの年には、明るいというより柔らかい雰囲気を持った優しげな少年になっていた。

196籠の鳥2:2005/12/20(火) 23:54:54
「おかえりなさい、兄さん」
バイトから家に帰ると弟がいた。
年に数回帰ってくることはあるが、今日帰ってくるとは聞いていなかったので驚いた。
「兄さんのこと驚かそうと思って母さんに内緒にしてもらったんだ」
「すげー驚いたよ」
嬉しげに微笑む弟は今年で17歳になった。
外に出る機会がないからか真っ白で細い体は、しかしかなり小柄な俺よりかは身長が高い。
「母さんは?」
「あー、なんたらかんたらの会の集まりだって。」
患者の親族の作った会のことだろう。母はそういったものにかなり積極的に参加し、
弟が健康な生活を送れる様になる為の移植についての情報を集めにかけ回っている。
しかし、ふと思う。
母は弟にぴったりなドナーが現われたとしても、移植手術を受けさせようとするだろうか、と。
「兄さん?どうしたの?」
「ん、何でもないよ。」
「そう?………ねえ、兄さんに話したいことがあるんだ。兄さんの部屋に行ってもいい?」
「いいよ、先行ってて。手え洗ってお茶持ってく」
「俺、お茶入れるよ?」
「いいよ、お前にやらせるの恐いから」
「ひどいなー。………まあ、俺も恐いからお願いするね」
弟は階段を上がって行った。
弟にお茶を運ばせるなんてとんでもない。
あいつは紅茶の茶葉をカップに直接入れて熱湯を注ぎ、
尚且つ、それをキッチンからリビングに運ぶまでにぶちまける奴だ。
恐すぎる。

紅茶を入れて部屋に行くと、弟はベッドに座っていた。
ベッドサイドの小さなテーブルに盆を置き、弟の隣に座って紅茶を手渡す。
「で、話って?」
「んーその前に、兄さんの近況聞きたい。」
「ん?大したことしてないぞ。大学の授業はもうほとんどないからバイトばっかかな。」
「へー」
ここ最近の他愛のない話をする。弟は微笑んだまま話を聞いていた。

カップの中の紅茶がなくなった頃、俺の最近の話が終わった。
「紅茶、また入れてこようか?」
弟は首を横に振り、俺のカップを取り上げ、自分のカップと共に盆に戻した。
「俺の話ってさ。」
急に視界が弟でいっぱいになり、状況が掴めず呆気にとられる。
「兄さんをね、捕まえてしまおうとか、そんな話。」
弟の顔がぼやける程に近くなり、唇に柔らかいものが一瞬触れ、離れた。
今度は耳許に弟の吐息を感じる。
「兄さんをね、愛してるんだよ。」
驚きに目を見開き、弟の顔を見ようと顔を横に向けた。
「愛してるんだよ、誰よりも、何よりも。」
弟は微笑んでいた。柔らかく、優しげに。
「愛してるのは、兄さんだけだよ。母さんも好きだと思っていたけど………俺から兄さんを引き離したってわかった瞬間、恐いほど恨むことができた。」
耳許に感じていた吐息が、首筋に沿って移動し、首の根元に鋭い痛みを感じた。
「抱くよ、兄さんを。」
硬直した体を無理矢理動かし、両手で弟の肩を押し遣ろうとしたら、素早く手首を押さえ付けられた。
大きいが、細くて真っ白で綺麗な手に。
「兄さんが必死で抵抗すれば、ひ弱な俺なんてすぐどかせるよ。でも、俺はすごいひ弱だから、突き飛ばされたりして打ち所が悪ければ、死んじゃうかもね。」
俺は腕を動かすのをやめた。
弟は顔をあげ、俺と目を合わせる。
眉をひそめる弟の顔が間近にある。ひどく、ひどく辛そうな顔。
「兄さんの優しいところ、大好きで愛しいけど………同じくらい憎いよ」
違う。
コレは優しさなんかじゃない。
俺は狡いんだ。
お前のその言葉を免罪符にして、『誰よりも』と言われて惨いほどの喜びを感じることを
自分に許してしまったんだよ

自分の息も荒くなっているが、自分よりも隣で息を荒げている弟が心配になって、彼の頭に手をのばす。
何度か髪を梳くと手首を捕られ、彼の口元まで運ばれて手のひらにキスされた。
「大丈夫だよ。一回セックスしたくらいじゃ死なない」
そう言った後、苦笑をして俺の手を自分の頬に当てて言葉を続ける。
「兄さんは、俺なんか早く死んでくれた方が幸せになれるだろうけどね。」
驚きに目を見開いていると、弟の顔が近づいてきて、唇に触れるだけのキスをされた。
「逃げられないよ、兄さんは。優しいから、俺を振り切って逃げることなんか、できない。」
自分の狡さを嫌悪して唇を噛み締めると、今度は舌で唇をゆっくりと舐められた。
「大丈夫だよ、逃がしてあけるから。」
違う。
自分の表情が弟に誤解されたことを感じて首を横に振ろうとしたのに
その前に彼の手に顎を捕られ固定されてしまった。
「ちゃんと逃がしてあげるよ。俺が死んだら。」
彼はそう言って、ふわりと笑う。
「すぐだよ。」
彼が嫌がるのはわかっていたのに
俺は涙をとめることができなかった。

197やっぱすきやねん:2005/12/22(木) 22:22:24
投下させて下さい
ただの甘甘ギャグです。大五郎です。
______________________________

「やっぱすきやねん」

一体、今度は何ですか。

いつものようにフローリングに正座し、無表情で年末年始お約束のお笑い特番を見ていた奴が急にこちらを向き、
人の両足首をクソ冷たい両手でガッシリ掴みながら、嬉々として繰り返す。

「やっぱすきやねん」
「何ソレ」

ちょっと動揺してしまったのを隠すために、奴が掴んだままの足を閉じる。
と、奴はバランスを崩したらしく俺の膝に額を強打した。やっぱアホだ、こいつ。
―――って、なんかこっちもじんじんしてきたじゃねーか!アホ!!
2人で悶絶していると、付けっ放しのテレビからちょうどいいタイミングでお笑い芸人が「いってーー!」と叫んでいた。
芸人たちの気持ちがわかるのが、なんだか妙に悔しい…
なんでこいつはクスリとも笑わないクセにいつもお笑い番組を見てるんだ。
今見てたのが『なんじゃこりゃああーーー』とかだったらヒーロー気分を味わえたのに。CMでしか見たことないけど。

「………やっぱすきやねん」

お前涙目の上、額真っ赤だぞ。
そんな状態で言うことか?

「………だから、何なんだよ、ソレ」

そんな頑張り見せられたら、俺も答えなきゃいけない気がするじゃないか。
ぜってー俺も涙目になってるぞ。

「うわあお!成功!?むちゃくちゃ成功じゃない??」
「ああ?………てめえ、わざとやったのか………」
「もちろん!わざとわざと!!」

奴は瞳を輝かせて満面の笑みで大騒ぎだ。まあ、目がキラキラして見えるのは痛みのせいかもしれんが。
つか俺が涙目で痛がっているのがそんなに嬉しいのか。
この赤デコを黙らすのに、コレで軽くぐらいなら平気だろうと、傍にあった酒瓶(中身入り)に手をのばしたところで
アホの発したわけのわからない言葉が耳に飛び込んできた。

「そんな感動してもらえるなんて嬉しいなあ!すげーや、関西弁!!」

何言ってんですか、このアホは。
俺らの間に必要だったのは翻訳こん〇ゃくだったとか、そんなオチですか。

「関西弁が、何だって?」
「いやーさすがだなって!関西弁様様だよね!」
「だから、関西弁のドコがさすがで、様様だって?」
「だってすげーじゃん!一言でお前を涙が出るくらい感動させるなんて!」

そうだ、こいつはアホだった。
なんだか脱力してしまい座っていたソファに倒れこむ。
奴が俺の首筋に顔を寄せてきたので、奴の赤デコを押さえて引き離した。

「痛い痛い!なんでー!?こんないいムードなのに!!」
「どこがだよ!」
「だってお前は俺の愛の言葉に感動して目うるうるさせてるし!ねっころがってるし!!」
「あー、ハイハイ。お前がアホなのはわかった。で、なんで関西弁だって?」
「アホって失礼だなー。………ダチが、関西弁最高!って。関西弁にしびれない男はいないって。」

ああ、言った奴が思い浮かぶ………。
類は友を呼ぶって言葉を納得させてくれたアイツね。

「アイツさあ、誰が関西弁話してるのがいいって?」
「え?ええーと。………んん?」
「可愛い女の子が、とか言ってただろ」
「………なんてこった。」

こっちのセリフだよ。
普通そっちに重点置くだろうよ。そこを忘れるか、このアホは。

「なんてこった!せっかく大好きなNH●我慢して、つまんねーお笑い番組見て関西弁を研究したのに!」

なんてこった。
なんだ今の言葉は。
俺の為に、アホみたいにN●K大好きなお前が、ソレ我慢したって?
恋は盲目ってホントなんですね。
なんか胸にズカーンときちまったよ!

「マ、マスターしたとか言って一言かよ。つか、いきなり『やっぱ』っておかしいだろ」

ぐあ!声に動揺が!
吃るな俺!赤くなるな俺!!

「ああ、そうかも。『ずっと』すきやねん、『何よりも』すきやねん、『永遠に』すきやねん、とかのが一言目にはいい?」

なんなんだ、このアホは。
俺を動揺死させる気ですか。
ああ、耳が熱い。

198萌える腐女子さん:2005/12/29(木) 23:43:11
管理人さん、再開ありがとうございますっ!!
========
Part5-9 何かに追われてる青年×売りで身を立ててた元男娼


ハァハァと、俺の荒い呼吸だけが、部屋に響いていた。
床に転がったまま、俺はぼんやりとベッドの上のアイツを見た。
今朝見た時の姿のまま、アイツはそこに座っている。
俺は、ニヤニヤと口元がゆるむのが分かった。
「…笑うなよ、こんな状況で。気持ち悪い」
ベッドの上のアイツが、憮然とした顔でそう呟く。
俺は、荒い息をおさえながら、大きく深呼吸をした。一回。二回。
「こんな状況って、好きなヤツと二人っきりの状況で、何でつまらない顔
 しなきゃいけなんだよ」
一息でそう言い切ると、また荒い呼吸を繰り返す。
さっきのヤツらとの追いかけっこのせいで、心臓が早鐘のように鳴っていた。

麻薬の取引を情報屋に流したのは、俺。
それで警察にとりいって、組から抜け出そうとしたのも、俺。
でも警察が動き出すと同時に、組が動き出すとは思わなかった。
俺が情報流したって、誰からバレたかを考えると…やっぱり、警察の内部に
組に通じてるヤツがいるんだろう。つくづく、この世界は狂ってる。
そういえば、最後に情報屋に会った時に、麻薬ルートは壊滅したけれど、
組はつぶれていない、と言われたっけ。

 あぁ、俺にどうしろって言うんだ。逃げるしかないのか。
 俺は、裏切りというヤバい橋を渡って、正しいことをやったはずなのに、
 神様は何も返してくれないのか。

「なぁ、アンタ、警察に保護求めた方がいいんじゃないのか?」
いつのまにか、アイツが俺の横に来ていた。
いつも無表情な顔に、少し心配そうな表情が浮かんでいる。
「…警察なんていったら、俺がつかまって、お前一人になっちまうだろ」
出会ってから半年。お前がそんな顔を俺に見せてくれるようになっている。
それが、どれだけ嬉しいか、何て言えば分かってもらえるだろう。
そして、警察なんて行っても、組の仲間にやられるだけだ、と、どう言えば分かって
もらえるだろう。
「でも、今のままだと…」
アイツが口ごもった。
お互い、分かっているのだ。今の時間が、長くないことを。

「俺、今幸せだ…。街中で、お前を見つけて、愛して、こうして一緒に逃げてくれる
 仲にまでなって、思い残すことなんてないよ…」
俺は、腕をゆっくりと動かして、アイツの頬に触れた。
「バカ! 逃げ切るんだろ、一緒に! じゃないと俺は、また…前の仕事に戻るからな」
「それは、困るな…。お前のこと、他のヤツらに触れさせたくないし」
俺は、もう少し体を動かして、アイツの膝に頭をのせた。
「お前、本当にバカだよ…」
暖かい。あぁ、神様。俺の頬にふれている、このやわらかい太ももも、髪にパタパタと
流れ落ちる涙も、どうか、いつまでも俺だけのものでありますように。

「明日、どこいこっかな」
「どこって…」
「車借りて、遠くまで行こうか。俺、朝一番でレンタカー借りるよ。だから、お前、
 用意しとけよ」
「…分かった」



明日、今生の別れが来るかもしれない。そんなこと、どうでもよかった。
お前が、俺だけのものになってくれたこと。それがどれだけ幸せかを、今は考えていたい。

199東/京/三/菱×U/F/J 1/2:2006/01/01(日) 17:34:44
本スレ29の未ゲット
東/京/三/菱/銀/行とU/F/J/銀/行の中の人同士で。



また同じ会社になるんだな。
俺は胸の中に残る槇田の面影に話し掛けた。
男同士の社内恋愛なんて洒落にもならない。しかし、俺と槇田は入社以来5年半、躰の関係を続けていた。
最初に見染めたのはどちらが先だったのか分からない、それ程すぐに俺たちは互いに惹かれ合い、恋に堕ちた。
最初は営業で一緒になった帰り道、酒でもと誘われてふたりで居酒屋に行った。語り合うと言うよりも見詰め合いながら杯を重ねた。
そうして何度かふたりだけで酒を呑みに行く内に、いつもよりも幾分杯を重ね過ぎた槇田が、何度か俺の名を呼んでは黙り込み、なんとも言えない悩まし気な視線を投げつけ、堪えきれないという風に席を立って、帰ろうとした。俺は急いで会計を済ませると、先に店を出た槇田を追い掛け、もう一軒付き合わないと帰さないと無理を言ってボックスに仕切られた座敷のある店に誘い込み、酔い潰れた槇田の耳元に、
「好きだ。」
と、囁いた。
本当は告白などなくても互いに気持は分かっていた。それでも、互いの気持を解放するためにはそれだけのきっかけが必要だった。
俺は肩に持たれかかった槇田の躰を支え、髪を撫でながら、また「好きだ」と囁いた。
肩にもたれた槇田の頬が涙に濡れるのを拭い、そっと抱き寄せ、軽く額に口付けると、そのまま肩を抱いて会計を済ませ、アパートへ連れ帰った。


そうして何度か躰を繋げ合う内に、俺たちは次第に見境を忘れ無用心になった。
最初はこっそりと会社から遠く離れた場所で落ち合い、ホテルへ行くだけだったのが、互いの鍵を持ち合い、毎日のように夜を共にするようになった。

200東/京/三/菱×U/F/J 2/2:2006/01/01(日) 17:41:21
そんな俺たちの関係に敏感な女性上司が気付かないはずはなく、ある時、俺のアパートの鍵を開けようとする槇田の肩を後ろから叩いて、ふたりの関係を問い正し、それをネタに親戚の娘との結婚を槇田に迫った。槇田がそれを断ると、関西の支社に追いやった。
耐えられなくなった槇田は遂に会社を辞めた。


そんな槇田が再就職した先は、やはり同じ業種で、少し規模の小さな銀行だった。


このところの銀行再編、合併の嵐の中では何が起こってもおかしくはなかったが、他行と比べ比較的安定していた我社が、槇田の再就職した先の銀行を抱え込むとは正直思っていなかった。
あれから3年経った。
あの時の女性上司は今はもう配属が変わって、当時の経緯を知る者も今はもう誰もいない。

あれから何度かメールのやりとりはしていたが、辛くなって途絶え勝ちになり、俺は携帯番号とアドレスを変更した。


どうしているだろう。また同じ会社になると聞いてあいつはどう思っているだろうか。


ひとづてに、槇田は相変わらず独身のままだと聞いた。
俺ものらりくらりと見合い話をはぐらかしては、相変わらず独身を続けている。


久しぶりに会いたい。
俺はずっと封印していた槇田の携帯の番号を鳴らした。

掛らないかと思っていた電話は通じ、もしもしと懐かしい声が聞こえてきた。槇田の声は見慣れぬ番号に幾分不審そうだ。
「会いたい。」
「……馬鹿野郎!」
「会いたい。」
電話の向こうから嗚咽の声が聞こえてきた。

201ハンドクリーム:2006/01/06(金) 20:45:09
本スレ100のカメラマン視線です。
ちょい吉外テイストなので、苦手な方はスルーしてください。

――――――――――――――――――――――――――

 あの人を最初に見つけたのは、夕暮れ時の窓際だ。
 軽く握った拳の上に頬を乗せ、時折ゆるりと瞬きをする。
 その姿に――その手に意識を奪われた。

 あの人の手は素晴らしい。
 爪の形や、指の関節から関節までの長さ、手首から親指にかけて通る線。
 甲に浮く骨は、皮膚に覆われ隠されているにも拘わらずその白さが想像出来る。
 折り曲げた指の創り出す鋭角、広げた皮膚の隙間に出来る窪み。
 どれをとっても素晴らしい。
 素晴らしい手だ。

 最初、写真を撮らせてくれと頼んだ時、あの人は酷く白けた顔をして見せた。
 何がそんなに良いのだと。
 その時僕は逆に問いたかった。
 一体何故、君はその手の素晴らしさに気付かない?
 肩口から肘へ、肘から手首へ、手首から爪先へと伸びるその「手」が。
 何をしていても、どんな仕草でも、一枚の絵のようにぴたりと枠に嵌る。
 その爽快さに何故気付かないのか。

 写真を撮りたいと告げた僕に、あの人からの明確な返答はなかった。
 それを無言の了承とし、僕はあの人に纏わるようになった。
 上から見ても、下から見ても、斜めから見ても陽に透かしても、あの人の手は
見飽きることが無い。
 その一瞬一瞬を絵として収めていく作業は至福だった。

 僕が写真を撮っている間、彼は決してこちらを見ない。
 僕の存在など無いものとして扱うように、時に本のページを繰り、時にペンを走らせる。
 その無関心さがまた堪らない。
 変に取り繕うことをせず、ただあるがままにあるがままの姿を見せるあの人の手を
僕は愛した。

 あの人からは、何か甘い匂いがする。
 花ような蜜のような。
 強くではない。
 時折ふと鼻腔に触れ、その時初めてその存在に気付くような。
 そんな極些細なものだ。
 それがあの「手」からするのだと気付いた時には、心が震えた。
 まるで昆虫を誘うようにして、あの花は、あの手は甘い匂いを放つのだ。

 触れたいと願うようになるまで、そう時間はかからなかった。

 あの甲に、あの指に、あの爪に拳に掌に骨に中身に。
 触りたいと。
 僕の中に芽生えた第二段階とも言えるべき欲に、あの人は気付いただろうか?
 こちらを見ないあの人は、きっと気付いてはいないだろう。
 いや、見ないからこそ気付いているかもしれない。
 視線はこちらを向きはしないが、あの匂いは真っ直ぐとこちらに向けられている。
 さあ来いと。

 しかしいけない。
 長く愛したいと願うからこそ、この欲に負けてはいけない。
 あの人の指に触れる時、それは僕があの「手」を破壊するということだ。
 あの人の身体から切り離し、宝物にして大事に仕舞ってしまうだろう。
 それではいけない。
 僕は「あの人」に付属しているあの手を愛しているのだから。

 ああけれどまた甘い匂いがする。
 においにひきよせられるいってしまいそうになるはらのそこにおしこめてころしづつけて
きたことばをあなたにさわりたいとあなたにさわってもいいですかとそのからだをそのてを
そのにくたいをたましいをいしきをこきゅうをいのちをすべて
 ぼくのものにしてもいいですかと

202ともだちなのにおいしそう:2006/01/07(土) 23:33:41
投下させて下さい
_______________________________
『ともだちなのにおいしそう』

なんてぴったりな言葉でしょう。
初めてCMで聞いたトキは背筋が震えたよ。
ほんと、今の状況にあまりにぴったりすぎるわけで。

「おーい。何ぼけっとしてるわけ?」
近い近い近い!!!
ドアップに驚き、上半身を後ろに引いたら座っている椅子ごと後ろにひっくり返った。
「お前…何してんの?」
呆れ顔をしながらも奴が助け起こしてくれる。
頭は打たなかったが背中を思いっきりぶつけてしまってむちゃくちゃ痛い。
「あーあー。背中思いっきりぶつけたんだろ?湿布貼ってやろうか?」
奴が優しく俺の背中を撫でてくれる。
「いやいや!平気!平気だから!!」
首を横に振りまくりながら奴の手を背中から離した。
今のタッチはまずいよ、今のタッチは!!
「そうか?」
奴が首を傾げたことでつい白い首筋に視線がいってしまう。
今、このとき、俺は誰よりもあの狼の気持ちを理解できているだろうよ!
「そうそう。次体育だろ?さっさと着替えるべ。」
ああ、体育。
ごめん、さっき嘘ついたわ。
これからの俺の方が絶対狼の気持ちわかっちゃうよー
奴が隣でシャツを脱ぐ。
もうね、すごいんですよ。
むっちゃオイシ…いや、綺麗な体してるんですよ。
ちっさい頃から空手やってるらしく、すんげー綺麗に筋肉ついてんの。
つきすぎず、つかなすぎず。絶妙ってやつ。
首筋から肩にかけてや背中とか、もう一度見たら忘れられませんよ。
「どうしたん?早く着替えないと遅れるぞ」
「ああ、うん。」
やっべー。じっと見てたの気付かれたか?つか、今、俺の目、血走ってないでしょうか。
「相変わらずほっせーなあ。タッパは俺よりちょっと高い位なのに、体重は俺より全然少ないだろ」
「ほっとけ!」
おし、普通に返せた。
………普通に反応できるかどうか緊張するってどうなんだ………

「なあ、今日俺んちでお前が見そびれたって言ってたビデオ見てけば?」
奴が俺に背後から抱きつきながら耳元で言ってくる。
やばい。非常にやばいがかなりいいわけで。
「明日土曜だし、久しぶりにそのまま泊まっちゃえば?今日俺んち、他に誰もいないから気兼ねしなくていいし」
「お、おう。」
友達って素晴らしい!
正にそんな感じ。
こんな風にくっついてられるし、お泊りだよ、お泊り!美味しいトコだらけだよ!!
―――って二人っきりはまずい!我慢できるわけがねぇ!!
「あ、俺やっぱり今日はやめ」
「ほらほら早く行こうぜ。帰りに夕飯も買ってっちまおう」
見事に遮られ、俺はそのまま引きずられて行った。

「あーやっぱ面白いなー!!」
いや、正直この状況に気をとられて全然見てませんでしたよ。
何でお前は俺の膝に頭載せてねっころがってるんですか。
友達か。コレが友達効果ってやつなのか!
むちゃくちゃ嬉しいし気持ちいいんだが、気持ち良すぎてやばいんですよ…
なんでコイツ相手にこんな気持ちになっちまうんだよ。
コイツは俺の友達なのに。

「コレ、お前と見ようと思って今まで我慢してたんだぜー」

そんな一言に涙が出そうになるくらい喜びを感じるのは、コイツがかけがえのない友達だからなハズだろ。
それ以外の答えは、出ないハズなんだよ。

『ともだちだけどおいしそう』

………このタイミングでこのCMが流れるわけか。
ちくしょう、そうだよ。
友達なのに、ただの友達だって思い込ませようとしてるのに、やっぱり『おいしそう』なんだよ。
なんてこった。
とめられないんだ、友達に向けるべきではないこの気持ち。

どっぷり凹んで、はーっと溜息をついたとき、奴がこっちをじっと見てることに気付いた。
考えていたことが考えていたことなので慌ててしまう。

「な、なんだよ。何じっと見てるんだよ」
「んー。やっぱりさあ、お前ってあれだよね。」
「あれ?………どれだよ?」
「さっきのあれだよ。『ともだちだけどおいしそう』ってやつ。俺がお前に思ってることに、ぴったりなわけ」

―――は?

203119 トーテムポール:2006/01/08(日) 03:55:21
でおくれたー。
________________

『土産はトーテムポールでいいか?』

電話で何の前触れもなくそう言われたとき、俺は大笑いしながらも確かに断った、はずなのだが。
「なんで本当に送ってくるかなぁ…」
激しく場所をとる得体の知れない物体を眺めながら、俺は小さくため息をついた。
旅に生きる彼は、一年の半分以上を海外で過ごす。語学力も冒険心もない俺はいつも置いてけぼりだ。
ひょっとしたら英語さえも通じないような国から、彼は土産と称して訳のわからないものを送ってくる。
ギョロ目の木の人形。まじないに使うらしい仮面。時代を間違えたような石器。何かの動物の骨。
ちぐはぐなラインナップは単純に彼のセンスが悪いだけだ。理解するのに三年かかったが。
そのコレクションに、やたら背の高い置物が加わった。
あまり大きすぎるものでなくて良かった。庭しか置き場所がなかったりしたら、近所の目が痛い。
縦にいくつもならんだ動物の顔らしい彫り物を撫で、俺はもう一度ため息を吐き出す。
「こんなの貰うより、あんたの顔を見たいんだけどな」
つぶやいた言葉は、けれど彼に届くことはきっとない。
彼に側にいてほしいのは本音だが、それよりも自由に飛び回る生き生きとした彼が一番好きなので。
だから、一緒に送られてきた写真で我慢。
「あ、この顔、ちょっとあの人に似てる」
少し高め、ちょうど彼の顔と同じような位置に彫られた顔は、目を見開いたような笑顔まで彼にそっくりだ。
思わず笑みをこぼして、そっとその顔にキスをする。
いつか、こいつと写真を撮って彼に見せよう。
そして、次の旅行は自分からついていってみようか。

204会場まで行ったのにキャンセルかよ!:2006/01/13(金) 01:42:54
チンタラ書いていたらステキなSSが既に…。
といわけでコッソリ書かせてください。
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今日はA男の誕生日パーティー。
誕生日プレゼントは、以前好きだといっていたブランドの物をプレゼントしようかとも思ったが
バイトだけで身を立てている俺には高すぎたために花束。
わさわさと楽しそうにゆれる俺と花束を、町行く人々はほほえましげに見送った。

到着したのは、人気者のA男に似合いのオシャレなバー。
とは行ってもチープさを売りにしているバーなのでご大層な高級感はない。
さて。どう入っていこうか。こういうのは印象が大事なのだ。
すでに盛り上がっていると、コッソリ入ったのでは気づかれなくて主役に最後まで触れないことがある。
俺はニヤリと笑い、扉に激突していった。

「イィヤッホゥオォォォォォォォォ!!! 盛り上がってるかてめえら!!!」

それは文字通り、激突する結果となった。
したたかに打ち付けた体の前半分が痛い。
なんとなく悲しくなって冷静に扉を見てみると
「本日休業」の看板が。

漫画なら今頃俺の頭の上にはてながとびかっているだろう。
あ、あれ。
慌ててポケットから携帯を取り出して電話をかける。
電話の先は今日の幹事でもある主役だ。
1コール、2コール…
『もしも』
「きょ、今日のアレは!?」
『今日のアレ? ああ、誕生日の? あれ、連絡行ってねえ?
 俺、夜バイト抜けらんなくてキャンセルになったんだけど』
「きゃ、キャンセル!?」
今ならコーラスでも歌えそうな気がするほど声がひっくり返る。
『わざわざ予定あけてもらってわりぃな。また今度のみにでも行こ』
一気に体の力が抜けた。
何だかほっとしすぎて泣きそうな気さえする。
「う、うん…あ、誕生日…オメデト」
『おお、サンキュー。進路別れてから滅多だし、久々にオマエにも会いたかったんだけどな』
「俺もだよ。…すっ…好きな奴に…中々会えないのは…辛いんだからな!」
『はあ? オマエ時々面白い事いうよな。じゃ。バイトいってくらー』

精一杯の告白を華麗に蹴られ、会いたかったA男にも会えず、
なけなしの金で買ったプレゼントも突撃した衝撃でズタぼろになったけど
何だか心は来る時以上に弾んでいた。

205会場まで行ったのにキャンセルかよ!1:2006/01/13(金) 13:12:33
投下させて下さい。グダグダかもorz
_______________________________

「会場まで行ったのにキャンセルかよ!俺、すげー虚しくねえ?」
『ごめん!本当にごめん!!朝、急にクレーム入っちゃって…午前中に処理出来ると思ったんだけど長引いて。本当にごめん!!』
「あー嘘、嘘。だーいじょうぶだって。映画なんて一人でも見れるしさ。こっちは気にしなくていいから、お前はちゃんと仕事しろ。給料分きっちり働いてこいや」
『ごめん、本当にごめんな、ヒロ。今度絶対埋め合わせするから』
「おう。たっかいもの奢らせてやるから覚悟しとけよー?」
『うん。何でも喜んで奢るよ。……ヒロ、好きだからね』
「……俺も好きだよ、ユキ」

携帯の通話を切ると、つい溜め息を吐いてしまったた。
一体何度目だろう、ユキの仕事でデートがなくなるのは。
目の前にあるのは小さな映画館。
お互い学生の頃は二人でよく来ていたけれど、今年度に入ってから来たのは初めてだ。
今、この小さな映画館でやっているのはハチャメチャな内容のアクション映画一本。今日が上映最終日。
B級アクション映画が好きな俺たちはこの映画を知り、二人で見に行こうと約束した。
でもなかなかユキの都合が合わずに行けなくて、上映最終日の今日、どうにかギリギリ二人で見られるはずだったんだよ。
もう一度溜め息を吐き、ずっと二人で見たがっていた映画を見るため、俺は一人目の前の映画館に入って行った。

休日だというのに中はガラガラだ。入ってすぐにCMが始まる。
お決まりの『携帯電話やPHSの電源を切ってください』というCMを見て、携帯の電源を切った。
ユキと会う前はマナーモードにするだけだったのに、あいつが毎回このCMを見たらすぐに律儀に電源を切るものだから俺もいつの間にかきちんと切るようになっていた。
変な影響だな、と少し笑いが漏れる。
周りに人がいなくてよかった。
こんなCMで笑っていると思われるなんて嫌すぎる。

―――だめだ。全然映画の内容が頭に入ってこない。
ストーリー性重視の映画ではなくても、ストーリーをきちんと把握できていない状態で見るアクションシーンはとても味気なく感じる。
いつもは爆笑するようなシーンでも、今はまったくそんな気分にはなれなかった。
一人だからかもしれない。
そんなことが浮かんだ途端に、何だかぼーっとしていた頭が、映画とは別のことを考え始める。
デートのキャンセルが増えたユキ。
忙しい社会人のあいつとお気楽な学生の俺の時間が会わないのは仕方がないのも
直前にキャンセルが入ることが多いのはギリギリまで間に合わそうと頑張っているからだっていうのもちゃんとわかっている。
それでも、ユキと二人で過ごすはずだった時間を一人で過ごすのはとても淋しく、不安で。
ユキはキャンセルの度に何度も何度も心から謝ってくれる。
それに口では気にするな、と返しながらもどこか不満を持ってしまう自分に嫌悪を覚える。
そんな気持ちを持つのを避けるためにユキに謝らせない様に変に気を張ってしまい、疲れる。
勝手にやっておきながら疲れると感じる自分に嫌気がさす。
自分勝手な考えだとわかっていても、楽しいという感情を見つけることができない。
こんな俺といても、ユキは楽にできないんじゃないか、煩わしく感じるだけなんじゃないか。
「もう、だめなのかな」
小さくこぼれた言葉は映画の主人公の叫び声にかき消されて自分の耳にさえ入ってこなかった。

206会場まで行ったのにキャンセルかよ!2:2006/01/13(金) 13:16:37

映画が終わったのは午後2時過ぎ。
映画館を出た俺はなんとなくいつものコースを辿る。
映画館の裏にあるファミレス。
駅から離れているこのファミレスは昼のピークを過ぎればほとんど人がいない。
二人で映画を見た後はいつもここに入ってずっと話していた。
いつも座っていたのは一番奥の四人で座るテーブル。
今日は一人だし、違う席に座ろうと思ったのに、店内がガラガラなのを確認したら、体がついその席の方に向かってしまった。
ウェイトレスさんにここでもいいかと聞けば、いいですよ、と笑顔で返され、その言葉に甘えていつもと同じ席に座り、いつもと同じメニューを注文した。
一人で食べるには多すぎる量を頼んで、馬鹿らしくて笑う。
二人で頼むにしたって多すぎる位の量だ。
いつもは二人でだらだら長時間かけて食べてるから食べきれるだけで。
四人席なのに、いつも向かい合わずに隣合って座ってた。
食事をしながら映画の話に花を咲かせて、こっそりテーブルの下で手を繋いで、人が見ていないのを確認して、こっそり軽いキスをしてみたり。
その後お互い妙に照れて、照れ隠しに爆笑したりとか。
「すっげーバカップルじゃん、俺ら」
笑ったつもりなのに、涙が出てきた。
楽しいことを思い出していたはずなのに、何で涙が出てくるんだろう。
もう俺、諦めちゃってるのかもしれない。
だからあの幸せな時間がもう訪れないって考えて、涙なんか流しちゃってんのかも。
幸せな時間を、懐かしんで、恋しがって、欲しがって、諦めちゃってるからか。
馬鹿みたいだ。一人でうじうじネガティブに考えたってしょうがないってわかってんのに。
なのに、涙が止まんないんだよ。

「ヒロッ!!」

ここで聞くはずのない声に呼ばれて、下に向けていた顔を上げた。
俺を抱き締める寸前、ちらりと泣きそうなユキの顔が目に入った。
「ごめん、ヒロ、ごめん」
息を切らしたユキが声を絞り出す。
俺の顔に触れたユキの耳は驚くほど冷えきっていて、首は逆に熱を持っていた。寒い中走ってきたんだろう。
「ユキ、なんで、こんなトコいんだよ、仕事は?」
「ちゃんと無理矢理終わらせてきた。ヒロ、携帯切ってるし、ここにいるかもって思ったら居ても立ってもいられずに。」
携帯を切ったままだったことを思い出す。
「馬鹿。いなかったらどうするつもりだったんだよ…」
「そしたら、今度はヒロの家行って、ヒロの好きな店行って、学校行ってって他探しに行くよ。」
「なんだよ、携帯繋がるの待ちゃいいじゃん」
「ヒロ、一度切ったら寝るとき充電するまで気付かないじゃん。早く会いたかったし、それにどうしても、今日中に、直接会って直接言いたかったんだよ」
「……何?」
「好きだよ、ヒロ。愛してる。俺と、一緒に暮らしてくれませんか?」

ああ、大丈夫。まだ俺たちの間に、幸せはある。

207179 ……なーんて、な!:2006/01/16(月) 20:39:17
ちんたらしてたら先越されたー。
__________________

「好きだ」
言った瞬間、後悔した。
竹村はひどく驚いた、そして少し途方にくれた顔をしていた。
「せ…ん、ぱい」
「お前が、好きだ」
もう一度言いながら、改めて向き直ろうと足を踏みかえる。
途端、竹村の身体がびくんと跳ねた。
あぁ、やっぱり。
そうだよな。同じ男から告白されたって、気持ち悪いだけだよな。
想定どおり、俺は唇の両端を持ち上げた。
「なーんて、な!」
「…え?」
「嘘だよ、う・そ」
言われた意味がうまく理解できないのだろう、竹村は目をしばたたいてこちらを凝視した。
「今日でお前とはお別れだろ。せっかくだから、お前のビビり顔でも土産にしようと思ってさ」
やー面白かった、と背を向ける。
これで大丈夫。竹村だって、こんなこと、じきに忘れるだろう。
後ろ向きのまま、俺はおざなりに手を振った。
「じゃーな。俺、これからクラスの奴らと約束が」
「先輩っ」
一瞬、何が起きたのか解らなかった。
竹村が、俺を、抱きしめている?
「なっ、竹村?!」
「先輩、俺…」
ばか、やめろ。泣いてるのがばれちまう!
「や、はなせ、」
「聞いてください!」
初めて聞く強い口調に、ぎくりと動きが止まる。
きっと、解ってしまったんだ。あれが本当だって。
うまく嘘にできたと、思ったのに。
竹村の言葉が怖くて、俺は顔を両手で覆った。
俺の耳に、切なげな声が届く。
「先輩。俺、俺は――」

この後を知っているのは、俺と、竹村と、吹き抜けていった風だけ。

208小指と小指で萌えてみてください:2006/01/19(木) 23:09:16
こっそりと投下 相手サイド?

−−−−−−−−−−−−−−−−−

だれにもみつからないように
ちいさくつないだ こゆび

ずっと いっしょ
そういって わらうあんた

ごめんな うそつきなおれで
おれがあんたにしたやくそく ほんとうは

熱い固まりが、喉から込み上げてきた。
冷たい棘に延々と刺され続けているような、それでいて何処か生温い幸せ。

崩れ落ちながら、彷徨わせた視線の先には
赤い糸に絡め取られた、四本指の 己の手。

はりは のんだよ
でも やくそくは まもったから

だから

もういちど 

そのゆびで 

『ゆびきりげんまん こんどは おれのばん
 さあ いっしょに おちようか』

2095-210 恥ずかしがるオッサン:2006/01/20(金) 00:18:57
寒くて寒くて、風を少しでも避けるために、コートのフカフカした襟に
顔をうずめながら歩いていたら、目の前を歩く男に思いっきりぶつかった。
何で立ちどまっとんねん。アホか。
アイツは、俺の心の声が聞こえたのか、「あー、ごめん」と、ぶつかられた方にも
関わらず謝った。何謝ってんねん。ええ子ぶりやがって。
「なぁなぁ、見てみ? 雪降りそうやで。朝には積もってるかな」
しかし、そんな小さなことは全く気にしていないのか、ニッコリ笑って、
アイツは空を指差している。見上げると、真っ黒な空には、ぶ厚い雲がかかっていた。
確かに、ちょっと歩いただけで、こんなに寒いのだし、雪が降ってもおかしくない。
「俺、雨が降り出す瞬間は見たことあるんやけど、雪が降り出す瞬間って
 見たことないからなー。見たいなー。なぁ、そう思わへん?」
アイツは、無邪気に革ジャンのポケットから指を出して、空に向かって広げた。
どこの少女漫画の男やねん、コイツ。何や、そのポーズ。宇宙との交信か。
腹がたったので、毒づこうと思って口を開いたが、そんな変なポーズも妙に様に
なっているアイツに気勢をそがれて、違う言葉を口にした。
「…俺、おっさんやから、そんな気持ち分からへんわ。でも…見れたらええんちゃう?」
ため息に似た息を吐いたら、コートの襟ではねかえって、メガネが曇った。
こんなセリフですら様にならないのか、俺は。ホンマ腹たつ。
でもアイツは、嬉しそうにニヤーッと笑って、俺の隣に立った。
「二人で見れたらええなー」
そして、俺の左腕にペターッとくっついて、左手は、自分の革ジャンの左のポケットに。
右手は、俺のコートのポケットにつっこんだ。
「バ…ッ! お前、何すんねん! 変に思われるやろっ! のけろ!」
「大丈夫やって。こんな寒い夜に、誰も見てへんし。コンビニまでやん。俺の革ジャン、
 ポケット寒いねん。ほら、上見んと、雪降る瞬間見れへんで」
俺の抵抗むなしく、アイツの右手が、俺のコートにおさまる。
俺は、手袋を持っていないので、コートに手をつっこまざるをえない。
すると、自然とアイツの右手と俺の左手が触れ合うわけで。
「あったかいなぁ。一番最初の雪、溶かしてしまうかもしれへんな」
だから、お前は、どこの少女漫画の主人公やねん。
しかしいつのまにか、コートのポケットの中で、指はしっかりと絡まっていたりする。
「…寒いから、おでんと酒買って、早よ家帰るで」
そんなこと言いつつ、目線は空へ。意識は右手へ。顔は真っ赤に。
…って、アホか、俺は。恥ずかしっ。

2105-189 敬語眼鏡×アホの子:2006/01/20(金) 02:08:08
個人的に萌えお題だったので投下してみるテスト。


「あれ、イインチョ何よ? 俺に何か用〜?」
 痛んだ茶髪をカラーゴムで括ったアホの子が、菓子パンを頬張りながら椅子に座ったまま敬語眼鏡を振り仰ぐ。
 馬鹿な子ほど可愛いというやつで、案外と皆に可愛がられていたりする彼だったが、密かに勝てない相手がいた。
 それが、敬語眼鏡だったりする。何故ならマイペース、そして穏やかに強引。上手い事転がされて、いつの間に
か思うように動かされている事が多かった。
 そして、今日も。
「アンケート、提出していないの君だけですよ。……って、何て顔してるんですか」
 呆れ顔で眼鏡の蔓を押し上げながら、膝に落ちたパンくずを払ってやる敬語眼鏡。
「あんがと〜。イインチョほんとに優しいねぇ」
「おや、有難うございます。優しいだけとは限りませんけどね。で、アンケートは?」
 口元を指先で拭ってやりながら、もう一度聞き返す敬語眼鏡。
「……どこ、やったかな?」
 首を傾げるアホの子に、新しいアンケート用紙を渡す。
「出来るまで帰れませんからね」
「うわ、ヤブヘビ」
「さあ、さっさと終わらせましょう」
 そう言って、敬語眼鏡は微笑んだ。

 放課後。
「何で手伝ってくんないの?」
 ぶーたれつつも必死にアンケートを埋めているアホの子。しかし、真面目な内容の為どうにもやる気が出ない。
「それではアンケートにはなりません」
「イインチョのけーちけーち」
 しまいにはすみっこに落書きを始める。しかも言葉と同様に幼稚園児並みのセンス。
 流石の敬語眼鏡もちょっぴり怒る。
「……そういう事を言うと、もうお昼のおかずを分けませんよ?」
「えー、それはやだ。イインチョの弁当美味いもん」
「それは有難うございます。明日はだし巻き玉子を入れましょう」
 明日の弁当の中身を考えながら、機嫌よくアンケートを埋めるアホの子。唐突に疑問が。
「わー、楽しみーって……ひょっとしてイインチョ作ってんの?」
「ええ、そうですよ?」
 敬語眼鏡、結構得意げ。
「うわ、意外ー。でもいいお婿さんになるんじゃねー?」
 汚い字ながらも、大分埋まってきたアンケート用紙。つるっと滑らせた言葉が彼の転機となるとは、
流石にアホの子も思わなかった。
「……そうですね。君みたいな何も出来ない人にはちょっと頼りになる婿になれると思いますよ」
「でーきた。……って、今何か変な事言った?」
「何ですか? プロポーズじゃなかったんですか。それは残念」
 さらっと流しているようできっちり話題を引っ張っている策士、アンケート用紙を引き取り、
椅子から立ち上がる。
「……は?」
 ぷろぽぉずぅ? と、妙なイントネーションで繰り返すアホの子。目が泳いでいる。
「提出してきます。玄関口で待っていて貰えますか? 一緒に帰りましょう」
「う……う〜ん?」
「どうしました?」
「あのさ、へんな事聞くけど、イインチョひょっとして……」
「はい、何でしょう」
「結婚願望強い人?」
 いやそこじゃないでしょう、と突っ込みつつ、敬語眼鏡はきちんと分かりやすくアホの子に伝えて
あげた。
「あなたに対する独占欲ならば強いですけれど、まだ結婚の予定はありませんよ? プロポーズを
受けて下さるならば、明日にでも海外で結婚式もやぶさかでは無いですが」
「は、はあー!?」
 すっきりした顔で教室を出て行く敬語眼鏡に、アホの子はただ声を上げる事しか出来ませんでした
とさ。

2115-239 本家の三男×分家の跡取り 1:2006/01/23(月) 02:00:27
酒の匂いが離れまで漂って来る。あるいは、服に染み付いてしまったのか。
雪も酒宴の賑わいを完全に消すことはできないらしい。母屋の方から、浮かれた声と食器の触れ合う音がする。
煙草の灰が畳に落ちた。そっと爪先で踏み潰すと同時に、すうっと障子が開いた。
「やっぱり、ここにおったんか」
三治郎は振り向かなかった。一穂は開けた時と同じように、静かに障子を閉めた。
「大叔父さんが、めでたい席に三治郎がおらんゆうてえらい怒っとる」
「嘘つけ」
「うん、嘘じゃ」
一穂は三治郎の隣に座った。胡坐は掻かない。膝を揃えて正座する。
小さな行灯ひとつの暗がりに、一穂の白いシャツの襟元がぼんやりと浮かび上がった。
「久しぶりじゃの」
「ああ」
「姉さんがな、三治郎はすっかり垢抜けて東京もんになったと言うとった」
「ふん」
「東京はどうじゃ。楽しいか?」
「別に」
持ち込んだ灰皿に煙草を押し付けて消すと、三治郎は一穂の膝の上に頭を乗せて横になった。
膝から畳の上に逃げた一穂の手に、寒さで冷えた自分の手を重ねる。手の甲から手首まで、数度さすってから指を袖の中に滑り込ませると、指先の冷たいこわばりは溶けて消えて行った。
「なんじゃ子どもみたいに。兄さんが結婚したんが、そねぇにさびしいか?」
「馬鹿いえ」
「嫁は議員さんの娘じゃ。本家は安泰じゃな」
三治郎は何も言わない。
一穂も沈黙した。
しんしんと降る雪の向こうから、かすかに詩吟が聞こえる。酒でいい気分になった本家の隠居がうなっているのだろう。
三治郎が体を起こした時に、一穂は彼の欲求に気付いたが、それから逃げることはしなかった。いつもそうだったように。

2125-239 本家の三男×分家の跡取り 2:2006/01/23(月) 02:01:13
はだけた胸同士が離れると、冷気がひんやりと肌を撫でる。
三治郎の体の下から這い出た一穂は、ハンカチでさっと自分の体についた汚れを拭き取ると、脱がされた下着とズボンを身に着け、シャツのボタンをしっかりと留めた。
快楽の痕跡は、もうどこにも残っていない。少なくとも、目に見える場所には。
ネクタイを締めている一穂を、背後から抱きすくめた三郎治の腕は、やんわりと、しかし断固とした一穂の手にほどかれた。
「もう、ええじゃろ」
三郎治は一穂の体を反転させ、今度は正面からしっかりと両の二の腕を掴む。
「もう、ええじゃろ。ひとの祝言の日に、こねぇなことは、おえん」
それでも唇を重ねると、一穂は逃げはしないし、上着の裾から手を差し入れても、それを咎めはしない。
分家の人間は本家の人間には逆らわない。逆らえない。命の価値が違った。三郎治が一穂を連れ出して川に落ちれば、一穂が叱られた。犬に石を投げた三郎治が噛まれて怪我をすれば、それを守らなかったと一穂が親に殴られた。
一穂は文句を言わなかった。何をされても、耐えていた。
十四の時、三郎治は一穂を女のように扱った。一穂は逆らわなかった。空虚な目で、どこか遠くを見たまま、すべて受け入れた。今と同じように。
終わった時、一穂は「もう、ええか」と枯れた声で問うた。それからずっと、二人の間にあるものは変わらない。
一穂の兄が不慮の事故で死んで、一穂が跡取りになった後も、何も変わらないままだった。
微笑んだ一穂の顔の中の、何の感情もない洞のような目に夜毎うなされるようになって、三郎治は東京へと逃げ出した。
空襲の爪痕もだいぶ癒えたとはいえ、まだ荒れ果てて物騒な東京の方が、希望と怨嗟に満ちているだけ、まだ一穂の目よりもましだった。

三郎治は一穂を抱きしめたまま、「明日、東京に帰る」と言った。
一穂が笑った。ひそやかに、何かの発作のように。
「今度は春に来たらええ。覚えてるか、川辺で魚釣りしたじゃろ。またそこで、魚釣って、今度は落ちんように――」
「いちお」
呼びかけると、「うん」という曖昧な声が返って来た。
「なんで俺を探しに来た」
母屋で笑い声がした。三味線の音もする。誰か踊っているのだろう。
「何と言うて欲しいんじゃ」
一穂の声は、甘える猫のそれのように柔らかい。
「俺が好きだからって、言え」
「うん、お前が好きじゃ」
三郎治はしっかりと一穂の頭を抱いた。決してその顔がこちらを見ないように、何の想いもない目が、見えないように。
「三郎治が好きじゃ。わしは、三郎治が好きじゃ」

もう、ええじゃろ。

そんな声が聞こえた気がして、三郎治は嗚咽を漏らした。

一穂は、身じろぎひとつしなかった。

2135-239 本家の三男×分家の跡取り 3:2006/01/23(月) 02:04:36
三治郎が、一穂が癲狂院に入ったという報せを受けたのは、それからちょうど四年後だった。
その大分前から様子がおかしくなっており、家の恥だからと家人が閉じ込めておいたものが、ふらりと外に出て川に落ち、あわやというところを警官に救われたと、母からの手紙にはそう書かれていた。
分家の跡取りがいなくなったので、三治郎のすぐ上の兄が養子に入ることになった。

一穂はどうなるのか。
病が良くなっても、もう帰るところは、ない。
かつて自分のものだった家の片隅で、あの目のままで、ひっそりと生き、老いて死ぬしかない。心の病は遺伝すると、まだ信じられていた。誰も一穂を愛さないだろう。

三治郎は、すぐに手紙を書いた。長兄と癲狂院、内容はほぼ同じ、一穂を見舞いたい、叶うならば、東京に引き取りたいと。そのくらいの甲斐性はあると。
だが、癲狂院から届いたのは、断りの手紙だった。

『一穂君は貴殿の申し出を聞きし途端に呵呵大笑の後発作を起こし、 さんじろうがすきじゃさんじろうがすきじゃこれでええか と叫び、以来三日に渡りて妄言口にすることはなはだしく当院を離れること叶わずして候』

三治郎は読み終えた手紙を握りつぶし、その上に顔を伏せて叫んだ。





「一穂、お前が好きじゃ! わしは、お前が好きじゃ!」





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ゴメンナサイトチュウデナマエマチガエタ orz

214暖める:2006/01/25(水) 01:17:18
短いけど投下させて下さい。

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一回りも違う身体つき
並んで座ればすっぽりと収まる程で
同じ年なのにと毎度のことながら感心する
特別優劣を感じることもないが
只この身体中に伝わる温もりと
幸せそうに此方を覗く彼の顔には
到底敵いそうにない

2155-260「幼馴染を初めて意識する瞬間」続き:2006/01/25(水) 18:30:04
今ここで抱きしめたら、染谷は怒るだろう。
それとも猛烈に突き飛ばされて、罵倒されるだろうか。
口を聞いてくれなくなるだろうか。

自覚した瞬間に思い知る、俺の人生で一番手強い相手。

「染谷…」
「うるさい。」
「染谷」
「うるさいって言ってるだろう」
「だって染谷」
「ついて来んなよ、馬鹿野郎!!」
染谷が二の腕を掴もうとした俺の手を振り払う。顔を伏せたままで、決して見せようとはせずに。
振り払った手は、宙で握り締められ、震えながら下ろされた。
「ほっとけよ…」
横にいる俺にもやっと聞き取れるくらいの声で呟くと、染谷はまた歩き出した。
「あ、…っ」

不器用な染谷。多分甘えることも、弱音を吐くこともできないでいる。
放っておけない。だから、追いかける。だから一緒にいる。
幼い頃からのその図式を、けれど今俺は自分で壊そうとしている。
振り払われた時に気がついた、ただ放っておけないだけじゃない。
俺は暴きたいのだ。

「―――染谷!!」
「!?」

駆け寄って勢いよく引き寄せ、染谷の身体を腕の中に納めた瞬間、すとんと胸の奥に落ちてくる。
足元からの震えのようなものと同時に、胸の奥に落ちた感情が熱く溶けた。

「…っ!離せよ…」
「…嫌だ」

抵抗する染谷を固く抱きしめた。染谷の体温を抱きしめていると、何もかもが腑に落ちた。

ずっとこうしたかったんだ。
俺は暴きたかった。意地っ張りで頑なな染谷の、柔らかい部分。
染谷が背負った全部の鎧の中にある、熱くて、弱いところ。
暴いて、俺の前でだけ晒して欲しかった。

抱きしめた腕を解いたら告白しよう。
殴り飛ばされても、罵倒されてもいい。

その時染谷が見せてくれる表情は、きっと初めて見る顔。
俺が暴いた俺だけのものなのだから。


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長くなったので続きはこちらに置いておきます。

216敬語眼鏡×アホの子:2006/01/25(水) 21:55:05
投下させて下さい。
アホというより電波にorz
______________________________
「俺、お前が殺されたら真っ先に疑われるかも」
「…何てこと言うんですか貴方は」

おとなしくテレビを見ているかと思えば彼は急にそんな脈略のないことを言ってきた。

「えー!だって火サス見てると考えない?自分が殺されたらーとか誰かが殺されたらーとかさ」

どうやら彼の中ではきちんと繋がっているらしいがこちらにはさっぱりだ。

「考えませんよ、そんな物騒なこと」
「マジで?俺なんか月のない夜に背後から襲われたときの為に、ダイイングメッセージまで考えてあるのに。」

この都会のド真ん中に住んでいて月のあるなしが襲われやすさに関係があるとは思えないのだが。
とはいえ、そんなことを言えば拗ねられるのは目に見えている。
だからと言って聞き流しても確実に拗ねる。ということで無難なところ。

「そんなものを考えるより、身を守る護身術でも習った方がいいんじゃないですか」
「そんなのミステリー好きがすることじゃないね!」

…ツッコミたいところは山ほどあるがどうやらこの質問以外は許されそうにない。
とはいえ、この質問にも ま と も な答えが返ってくるとは限らないが。

「どんなメッセージなんですか?」
「よくぞ聞いてくれたワトソン君!パソコンのキーボードのカナ文字配置のローマ字でメッセージ残す!もちろん自分の血で!!」

意外にもまともな答えが。
しかしなんてありきたりな。
そうは思っても口には出さない。出せば確実に…以下略。

「お前が犯人だったらP?か?T`<だな!」
「…前者はともかく、後者は絞れないんじゃないですか」
「…お前変換早くない?もしかしてダイイングメッセージ警戒してる?…ってことはもしかしてお前…!!」

彼には私の手元にあるものが見えないんだろうか。
いや、見えないんじゃなくて見てないんだな。火サスに夢中で。

「ご心配なく。今のところ、月のない夜に誰かの背後に立つ予定はありませんから」
「なんだー驚かすなよなー。この推理マニアの俺ばりに早く答えるもんだから、うっかり事件の臭いを嗅ぎとっちまうとこだったよ!」

事件の臭いはうっかり嗅ぎとるようなものではないというのはこの際置いておくとして。

「推理マニアだったんですか、貴方…?」
「当たり前だ!じゃなきゃ火サス毎週欠かさず見る上録画なんかするもんか!!」
「録画したのを見ている貴方を見た覚えはありませんけど」

彼は頭を少し傾げて考え始めた。
実際見ていないのだから考えても仕方がないとは思うが
彼が首を傾げると首に掛かっていた髪がさらりと横に流れ綺麗なうなじが見える
という発見をしてしまってはそれを遮る気には到底なれない。
眼福ご馳走様です。

「で、俺が疑われる理由何だと思う??」

結局さっきの答えを出すのはやめて最初の話に戻すことにしたらしい。
テレビに釘付けだった視線をようやくこちらに向け、目を輝かせてこちらの返答を待っている。
さっきのうなじもいいが、やはり彼がこちらを向いてくれている方が嬉しい。

「なんでしょうね。貴方といる時間が一番長いから、とかですか?」
「はずれー!答え知りたい?知りたいよな??」
「知りたいですね」
「あのなー正解は…指紋!」
「指紋?」

彼はこちらに両手を突き出しながらそう、指紋!と繰り返す。
つい誘われるように彼の両手に触れ、そっと握れば、きゅっと握り返してくれる。
なんて、幸せな時間なのだろう。

「殺人事件と言えば指紋!指紋と言えば眼鏡でしょう!!」

……話している内容はともかくとして。

「眼鏡って指紋残るじゃん。」
「ですが指紋というものは…」
「お前の眼鏡触る奴なんて俺とお前しかいないじゃん?だからさ、やっぱ確実に疑われるよなー」

彼は自分が何を言ったのかわかっているんだろうか。
こんな会話の中でこんなにくすぐったく嬉しい気持ちにさせられるとは。
指紋は見えないだけで触るだけで他にも残っているなんてこと教える気がなくなってしまった。

「……ここの、ツルのところを持って外せばいいんじゃないですか?そうすれば指紋つきませんよ」
「ああ、そっかー!いつもレンズのとこ持つから指紋つくんだよな!ここ持てばつかないかー」
「試しに外してみたらいかがですか?」
「うん!」

貴方がどんな時に私の眼鏡を外すかなんて、わかりきったことですよね?

2175-280 ミラーボール:2006/01/28(土) 19:47:30
コネタですがばかばかしいのを思いついちゃったんで。

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「ちょ、見て! コレ! 正に ミ ラ ー ボ ー ル 級 」
潰れたカラオケの解体作業中、
Aが薄いカーテンに包んだミラーボールを股間に押し当て、誇らしげにみせつけてきた。
「…なんか、逆に気持ち悪い」
「お前わかってねえなあ、この煌く姿、タヌキにも負けないデカさ。常に装着して歩きたい気分だ。
 町中の視線が俺に集まるぞ…」
「逆の意味で集まるだろうね」
「まあ、集まりゃ何でもいいわ。いやー、これ貰えねえかなあ」
「…そんなにでかいと、セックスできないよ」
「!!」
「残念」
「やっぱ時代は小さめッスよね」

218299 アリとキリギリス:2006/01/29(日) 22:52:04
「だから、俺は言ったんだ。ちゃんと働いておけって」
再三の忠告を無視しやがった大馬鹿は、背中の上で静かにしている。
クソ重いその身体に苛付きながら、俺はぶつぶつと吐き捨てる。
「遊んでばっかいるから、こうなるんだよ、アホ」
その言葉に黙して答えない相手に、ますます苛立ちが増す。
頭上を振り仰げば、空一面に積み重なった今にも雪の降りそうな灰色の雲の山。
ああ、急いで巣に戻らなけりゃ。途中で吹雪くと厄介だ。
そのためにも、自分の足で歩くことすら出来ない無能はこの辺りに捨て置いてしまおうか。
そう思って、その場に一旦足を止める。
奴の身体を地面に放り投げて、その腹を俺の細い脚でガシガシと無造作に蹴る。
それでも、奴は自分から起きようともしない。不平すら、言わない。
「置いてくぞ、馬鹿」
もう一度、蹴る。六本の足で交互に、何度も何度も体中のあちこちを蹴りまくる。
されるがまま、ぴくりとも動かない奴の冷たい体が、酷く腹立たしい。
再び大きく音を立てて盛大に腹部を蹴り上げると、何の抵抗もしてこない奴に、俺はぼそりと呟いた。
「……ホントにさ、どんだけ馬鹿なんだよ、お前は」

息をしない奴の長身を再び背に乗せて、俺は黙々と巣穴を目指した。
俺の身体の何倍もあるその重たい屍骸を、俺はただ運ぶことしか出来ない。
泣きはしない。だって、それは向こうの専売特許だから。
毎日毎日、夏の間中、うるさい位に鳴いていた、このキリギリスの。

219299 アリとキリギリス:2006/01/30(月) 11:18:07
短め。
_______________________

兄は何もできない。
針を持てば指を刺し、鍋を持てば髪を焦がす。

「あーもう、何やってんだよ。貸せよ」
「ごめん、ごめんねケンちゃん」

そのたび、僕は横から手を出す。
仕事を奪われ、兄は突っ立って泣くばかりだ。
兄は何もできない。


兄は何もできない。
人見知りの激しい兄は友達も作れない。
それどころかいじめの対象になっているようで、毎日どこかしらに傷を負って帰る。

「ケンちゃん、」
「いいから。腕、見せて」
「ごめんね、ごめんね」

血の滲む肘に消毒を吹き掛けると、兄はか細い悲鳴をあげて泣く。
兄は何もできない。


兄は何もできない。
僕がいないと何もできない。

「あ、ケンちゃん、ケンちゃ、あぁっ」

ただひたすら、僕の下で鳴くだけ。



君はキリギリス、僕は獰猛なアリ。

2205-309 気持ちいい?:2006/01/31(火) 02:12:17
せっかくの晴れた日曜だというのに、僕たちはワンルームの部屋の陽だまりで、ごろごろ
寝転がっている。
結局はこういう時間が一番幸せなんだと気づいたのは、高校生だった僕らがすっかりオトナに
なってからだった。
特にすることもないし、話なんかしなくても気まずくなったりしない。
ぼーっと寝転がっていた彼の頭の白髪なんかを探して、それだけで時間はのんびりと流れていく。
「あ、見っけ」
「また? そんなある?」
「あるある。これで、えーと……十四本?」
「数えんなよ、そんなの」
「えい」
「あだっ! ……だから抜くなよ、増えるじゃん」
抜いた白い毛をこたつの上に乗せるのを見て、彼は口をぷうと膨らませた。そこには既に十三本の
毛が待機している。
「おしゃれ染めすれば良いじゃん」
「まだ若いっつの」
白髪染めどころかブリーチもしたことの無い髪の毛は、さらさらと指の間を流れていく。それが
気持ちよくて、僕はもう一度、たわむれるように手櫛を通した。
「あー、こそばいなぁ」
「何、目なんか細めてさ。猫みたい」
「それ猫に失礼だってー」
「あー、そうかも」
「うなずくなよ、否定しろよ」
「うひゃひゃ」
「別にいいけどさぁ」
「だいじょーぶ、お前が一番かわいいってー」
「気持ち悪いなぁ」
「まー良いじゃん。……気持ちいい?」
「ん」
――結局は二人でいることが一番幸せなんだ。何が無くても、二人でいられれば。
目を細めて笑う彼を見て、僕はあらためて、強く、強くそう思った。

22150歳の年の差:2006/02/01(水) 02:14:02
「ここでいいの?」
「あぁ・・・ありがとう」

いつもは家にいる祖父が、突然出かけたいと言い出したので、
車に乗せてやって、言われるままに走って、
ついたのは、町外れにある墓地だった。
何度も来たのだろう。迷うことのない足取りで進む祖父の背中を見ながら、
数年前に死んだ祖母の墓とは違うし、友人か何かかなとぼんやり思う。
一つの墓の前で足を止めた祖父は、ただただ黙ってその墓を見つめ続ける。
何かを語りかけているのだろうか。

「友達のお墓?」
しばらく続いた沈黙のあと、なんとはなしに聞いてみる。
墓に書かれた名前は、親戚でもなく、見知らぬ名前。
「・・・友達・・・か。そうだな、親友・・・といっていいものかな。」
「よく、ここに?」
「毎年、この時期にはな。寂しがりだったから、
 顔を見せてやらないと、怒る気がしてなぁ。」
「ふぅ・・・ん。」
祖父がこんなにも喋るのは珍しい。
ここに眠ってる人は、よっぽど大事な人だったのだろうか。
「もう、50年になるのか・・・。お前さんと、年が離れていく一方だなぁ・・・。」
ぽつり、と呟いた祖父の目に浮かぶのは、
懐かしさと寂しさ
ざぁ、と2月の冷気をおびた風が吹き抜ける。
「・・・じぃちゃん、冷えるから。もう帰ろう。」
「・・・そうだな。皆が心配するしの。」
なんとはなく、そのまま祖父が消えてしまいそうで、
それを祖父が望んでいるようで、
耐え切れずに、促すと、いつもの祖父の顔に戻っていることに安堵する。

「もうちょっと、待っててくれるか?お前の傍に行くのを・・・。
 50歳離れたジィさんになってしまってるがな・・・。」
来た道を戻ろうとした時に、祖父が墓を振り返って、
呟いた言葉と、見たことのない祖父の表情は、
見なかったふりをしようと、なんとなしに、そう思った。

22250歳の年の差:2006/02/01(水) 02:21:32
件名:もうすぐ帰れます

本文:
お久しぶり。

予定通りの航行なら、星間往復シャトルの試運機は後少しでそちらに到着できる筈だ。
地面に足をつけるのは何年ぶりだろう?
しばらくは、久々の重力に縛られる生活に戸惑ってしまいそうだな。

それにしても、お前がジジイになってるだなんて、俺は未だに実感がわかないよ。
だって、俺はまだぴっちぴちの30代だぜ? 俺より2つも年下だった筈のお前がジジイって。
学院で耳が痛くなるほど理論は勉強したはずなのに、いざ自分がその立場になるとどうしても信じられない。
いや、もちろん理解はしてるんだけど、お前写真とか音声一切送ってくれないしさ。
つーか、最近はメールすらろくによこさねーだろ。 筆不精なのは知ってるけど、返信くらいしろよ。

地球に戻ったら、一番にお前に会いたい。
お前を見たい。声が聞きたい。抱きしめたい。
とにかく会えるのを楽しみにしてる。
だから、待っててくれ。

*    *     *

――もうすぐ、キミの搭乗しているシャトルが地球へ戻ってくる。
それが嬉しく、けれど何より恐ろしい。
キミにこんな姿を見せたくない。
こんな、変わり果てた姿を。


送られてきたメールの返事を何とか打ちたくて、思うように動かない腕を必死に振り上げる。
キーボードの上を這いずる指先は小枝のように細く枯れて、カサカサに干乾び罅割れていた。

223379 眼鏡と眼鏡:2006/02/07(火) 12:11:35
「眼鏡を外すと美人」だったなら、先輩は僕を見てくれただろうか。


よれよれのシャツ。くたびれたジーパン。寝癖だらけの髪。剃り残しの目立つ髭。そして、時代遅れの瓶底眼鏡。
自分に無頓着で野暮ったい先輩は、同じくらい他人にも無関心だ。
そのかわり、手掛けた物にはとことん執着する。あまりのしつこさから、一度全く同じ実験値をたたき出したという噂まで
まことしやかに流れていて、ゼミじゃ上からも下からも変人扱いだ。
その変人の先輩に、僕は恋をしている。
いつからとか、どうしてとか、いくら考えてもいまだに分からない。
ただ、ぼさぼさの頭や薬品で荒れた指が僕はとても好きで、いつかレンズの奥の瞳を見てみたいと、
いつもそんな事を考えてしまう。
今日もまた考え事をしていたせいで、いつの間にか手元が疎かになっていたらしい。
「どうした小野ー。手が止まってるぞ」
はっと顔を上げると、目の前に先輩の分厚い眼鏡。
かあぁっと顔に熱が集まる。
「ぅあ、あの、」
「小野、風邪か? 顔が真っ赤だ」
「いえその、ひぁっ」
かちん、と眼鏡がぶつかる音がして、額に温度のあまり高くないものが触れて。
「熱は、ないようだな」
二重のレンズの向こうから、先輩の瞳が、僕の、目を、

「わぁあっ!」

がたん、ぱりん

「あぁっ、ご、ごめんなさ、あの、大丈夫ですから!」
蹴倒した椅子も落とした試験管も驚き顔の先輩もそのままに、僕は教室を駆け出した。


本当は、知っている。
先輩は物事に頓着しないんじゃなくて、ただ変化させるのを好まないんだって事を。
だから、先輩は小さな異変にとても敏感だ。
先輩が好きなのは、学友のおっちょこちょいと、ちょっと焦げた学食の焼き魚定食。
先輩は、可愛らしいちぐはぐを愛する人。
いつもドジを踏む友人を諌めないし、食堂のおばさんにも文句を言わない。

きっと始めから先輩に向いていた僕の気持ちに、彼は気付かない。
とりたてて取り柄も欠点もない僕に、彼は興味を持たない。


「美人が眼鏡で台無し」だったなら、僕は先輩の愛するものになれただろうか。
_______________________

最初は「キスの時の眼鏡がぶつかる音に反応してしまう受け」を考えていた。なんでこうなったんだ?

2244-779 ギタリストとピアニストの恋 1/2:2006/02/07(火) 23:38:56
音楽をやっている奴には、ぶちキレたのが多い。理性に関係ない部分の脳ミソが発達しているせいだろう。
中野はそんなぶちキレた人間の中でも、十指に入るぶちキレ男だ。
まず出会いがひどい。
「THE☆複雑骨折」というコミックバンドみたいなジャズバンドの助っ人ピアニストだったこの男、ステージに立ってリーダーが客にしっとりと挨拶した直後、金切り声と社会がクソだという主張が「イケてる音楽」とカンチガイした霊長目ヒト科ダミゴエロッカーモドキどもがステージに乱入し、マイクを奪って中指立てて「グオー!」と叫んだ瞬間、いきなりそいつの頭をビール瓶でかち割った。
俺は顎が外れかけた。
対バン相手として楽屋で挨拶を交わした時に見た顔は、どちらかと言うと大人しい、お坊ちゃま風情のある美青年だった。
それがビール瓶だ。そんなもんで殴ったら、普通死ぬ。だから普通はしない。それをやりやがった。自動販売機でジュース買ってた時と同じ表情で。

ロッカーモドキとその日登場予定のバンドマン、そして客をも巻き込んだ大喧嘩の後、警察で腫れた顔を押さえて事情聴取の順番を待つ俺の横で、びりびりに裂けたシャツの上から毛布を羽織った中野は「ふふふ」と笑った。
何がおかしいんだと睨んだら、「君、横顔がグールドに似てるな」と言ってまたおかしそうに笑った。
グールドだかぐるぽっぽだか知らないが、この状況でよくそんなことを言えるもんだ。
呆れる俺の顔を見て、中野はまた笑う。白いこめかみから頬まで、赤黒く乾いた血が毒々しい花のように貼り付いていた。
こいつとは二度と会いたくないと思った。


二度目の出会いも、やっぱり警察だった。
あの騒動のあったライブハウスで、支配人のおっちゃんと世間話をしていた際、かかってきた電話に出たおっちゃんが変な顔で俺を振り返った。
「……たぶん君のことだと思うんだけど」
そんな台詞と共に差し出された電話に出ると、相手は刑事だった。
取調室にいた中野は、机に胸から上を伏せてぐったりしていた。
26歳――なんと年上だった――住所不定、無職、自称演奏家。
ダメ人間の典型のようなプロフィールの中野は、「他に名前を覚えている人がいないから」という理由で、苗字しか知らない俺を身元引受人に指定しやがったのだ。
中野は、ホームレスと一緒に飲んで歌って騒いでいたのが、ホームレスの一人が元シャブ中患者で、フラッシュバックを起こして中野を人質に刃物を振り回して暴れたあげく、近くに止めてあった車を盗んで走ったら案の定ガードレールに突っ込んだのだという。
この事件に関する中野の感想は、「びっくりした」の六文字だけだった。
こいつには関わりたくないと思った。

思ったんだ。
思ったのに、足をねんざして動けない中野をおぶって歩くうちに、その背中の軽い痩せた体のかすかなぬくもりを感じているうちに、思ったより低い、驚くほど美しい声で歌う「ジュ・トゥ・ヴ」を聞いているうちに、催眠術にでもかかったのか、俺は中野を連れて自分のアパートに戻り、風呂に入れさせて、ビールを飲ませて、同じ布団で眠ってしまった。
朝起きて中野がいないことを知ると、俺はほっとすると同時に寂しくなった。
20分後、財布から福沢さんが一人消えていることに気付いて、その寂しさは吹っ飛んだ。

2254-779 ギタリストとピアニストの恋 2/2:2006/02/07(火) 23:40:29
三度目の出会いも警察だったら本気で縁を切ったんだが、どっこい三度目は俺のアパートの前だった。
ミュージック・ホールを兼ねたレストランでの仕事を終えて、ギターケースを片手に寒波に襲われた町を歩いて帰ると、家の前で素足にスニーカーを履いて、変色したダッフルコートを羽織った浮浪者一歩手前の中野がウォッカの瓶片手に待っていた。
誰がどう見ても酔っ払いの中野は、万札をひらひら振って「おかねかえしにきたー、おかねー」と歌うように告げた後ひっくり返った。

汚い服を脱がせて、自分のパジャマを着せて、前と同じように一緒の布団で寝かせた。
「おい、ギタリスト君」
着替えて布団に入ると、中野は目を閉じたまま話しかけてきた。
「君は、生まれてはじめて聞いた音楽を覚えてるか?」
「はじめてって言われても……覚えてないよそんなもん」
「私は覚えてる。ショパンのワルツ第1番変ホ長調……華麗なる大円舞曲」
「いつ聞いたん?」
「生まれた時」
そんな馬鹿な。
「三島由紀夫かあんたは」
「本当だよ。聞こえたんだ。私は音楽と共に生まれたんだよ。今も音楽が聞こえるんだ」
酔っ払いのたわごとだと思うことにしたが、背を向けても耳はどうしてもその声を拾ってしまう。
「この音楽が、私以外の誰かにも聞こえたらいいのに。誰でもいいんだよ、君でもいい、神様でもいい、誰でも……」
ささやく声を寂しそうだと思った時、俺の常識と平穏を愛する心はどこかに旅立ってしまった。

中野の肌は白かった。体の内側は熱かった。
柔らかく曲る細い脚が、切なげな吐息が、数センチ先にある潤んだ瞳が、どういうわけか甘い肌の匂いが、俺の五感のすべてに快感を与えた。
中野は俺の指に触りたがった。ギタリストの手だねと微笑みながら、節ばった長い指に舌を這わせ、俺の理性をもう手の届かない遠くまで追いやってくれた。


やっぱりというべきか、眠りから目を覚ますと中野はいなかった。指には歯型が残っていて、じわじわとした痛みが心臓をぎゅっと掴んだ。
今度は財布は無事だったが、俺のコートがなくなっていた。
怒る気はしなかった。窓の外には雪が積もっていて、あのコートが寂しいダメな迷子を寒さから守ってくれたらそれで良かった。
残されたダッフルコートをクリーニングに出そうとしたが、もう布がボロボロだからと断られた。洗濯機にかけたら、なるほど分解してみごとなボロ布になった。


四度目の出会いは、コンサートホールだった。
俺のギターの師匠が、俺を伴って出かけたちょっとしたランクのピアノコンテスト。出場するのは、無名のピアニストばかりだった。そこに、中野の名前があった。
俺は軽くパニックになった。
まばらな拍手の中、きちんとタキシードを着て、髪をきちんと整えた中野が現れ、鍵盤の上に手を置いた。

ショパンのワルツ第1番変ホ長調。通称・華麗なる大円舞曲。


演奏が終わると同時に、コンサートホールが拍手に満ちた。聴衆は立ち上がり、あのダメ人間を称えている。
中野はしばらくぼんやりした顔で観客席を眺めていた。音楽を聴いている、そう俺は思った。
その証拠に、中野は拍手の波が遠ざかると、満足した顔で軽く一礼してから舞台を去り、そして次のプログラムに出てこなかった。
中野は失格した。
楽屋に脱いだタキシードを放り出して、まだコンテストの最中だというのに、うろたえる関係者とあきらめ顔の父親――これまた某オーケストラのピアニスト――を残して消えたと聞いた時、俺はほっとした。
ああ、中野だと思った。
俺は間違いなく中野のピアノを聴いたんだと、嬉しくなった。


今、俺は五度目の出会いを待っている。
そういえば、俺のギターを中野に聞かせたことがないと思い出したからだ。
自分のバンドに誘うつもりはない。もうビール瓶はこりごりだ。いくら「あばたもえくぼ」という言葉があろうと、音楽のこと以外では、あれは最低な人間だと俺も理解している。

再会が何年後になるかはわからない。でも、また会えるような気がしている。その日のために、俺は自分の音楽を探している。

2265-419共依存:2006/02/11(土) 21:20:18
ある一夜。
村外れのあばらやに一人の旅人が忍んでおりました。
年の頃は十二、三。
透けるように白い肌は、破れた屋根から零れる月光に照らされ、その腕から流れ落ちる朱い筋さえもキラキラと反射させています。
彼は今、訳のわからぬままに「敵でも味方でもないもの」に取り囲まれておりました。
その名を「ニンゲン」という生き物です。
彼も以前は、そう呼ばれた生き物でした。
彼の両親が一年に一度、森に現れる獣を退治すると出掛けるまでは。
…貧しい我が家に一人取り残された彼が、自らが誠の孤独になったことを悟るまでは。
彼は祈りました。
獣を捕えるまでは旅を続け、けして見失うことなく獣に復讐を、と。
獣を追うことが彼の生きる縁になり、年を季節を忘れて、幾年も十幾年も獣は彼の姿を確認し、彼も獣の後ろ姿を追いました。
その内に幾度も通り過ぎた街や村で噂が立ち始めました。
「自分たちが子供の頃に出会った姿のままでいる青年がいる」
それが祈りから生まれた奇跡なのか、彼自身にもわかりません。
しかし、自分達とは明らかに違う時間で生きる者への純粋な恐怖から、彼もまた「ケモノ」と呼ばれる生き物になりました。
そして。
人々はケモノ退治と称してとうとう村外れに追い詰めました。
放たれた火により、彼の回りの壁が炎に包まれます。
熱く燃え、激しい火の粉が舞い上がる中、しかし疲れた彼はもう逃げるつもりがありませんでした。
数日前、村人から追われた彼に代わり、谷底に落ちていった獣。
獣が噂通りの生き物ならばいつでも誰でも、彼でさえも片付けることなど簡単だった筈なのに、何の抵抗もなく。
…獣のいない世界になど、もう意味がない。
彼がそう思った時、崩れた壁の向こうから傷だらけの青年が現れました。
幻を見ているのかも知れない。
「何故?」
彼は遠くなる意識の中、問いました。
何故、自分の前に戻ってきたのか。
もう追われずに済む筈ではないか。
獣は何も答えません。
答えぬままに、彼へ手を差し延べました。
その手は彼のものと変わらない、柔らかなヒトの形をしておりました。

月の光の下、燃えたあばらやは全て灰になり。
あれは現実だったのか
彼と獣は何処へ行ったか、彼の目的が果たされたか、ニンゲンで知る者は誰もおりません。

続きは月だけが知る物語。

2275-419 共依存(1/4):2006/02/12(日) 00:45:59
すごく長くなった。おまけに少々流血描写あり。苦手な方は避けてください。
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「おはようございます」
 おはよう、と返そうとした私は彼の顔を見て絶句した。
 大学生には見えない、中学生のように小柄で、童顔で、小さな声で、大人しく真面目なバイトの彼は、その顔の半分を別人のように赤黒く腫らしていた。
「ど、どうしたのその顔は!?」
 うろたえた。この喫茶店に彼がバイトに入って、わずか三日。その三日で、私は彼に遠く離れて暮らす弟を重ね、礼儀正しい態度も含めて「いいバイトが来てくれた」と喜び、好感を抱いていたのだ。
「転んだんです」
 彼は微笑もうとして、痛そうに顔をしかめた。それから私の表情を見て、もう一度「転んだんですよ」と言った。
 明らかに嘘だった。

 とても接客をしてもらえる外見ではなかったので、私は彼に皿洗いや掃除などの裏方仕事をしてもらうことにした。
 彼は黙々と働いた。
 幼い外見にその傷は痛々しく、誰がそんなことをしたのかと怒りすら覚えた。

 一週間後、彼はまた顔を腫らしてきた。それだけではなく、今度は手に包帯を巻いていた。
「ちょっと、転んだんです」
 彼はまた嘘をついた。
 店が終わった後、私は彼を引き止めた。
 コーヒーを出しながら、何か困ったことがあるなら力になると言ったが、彼は何もないと答えた。

 数日後、私は手を滑らせてカップを一つ割った。
 彼は「大丈夫ですか?」「ケガしませんでしたか?」と心配そうに駆け寄り、「失礼しました」と客に言いながら破片を片付けてくれた。
 いい子だ。仕事の飲み込みは早いし、接客態度もいいし、大人しすぎるのがタマに傷というくらいいい子だ。
 現金にも少し気分を良くした私は、その一時間後に何が起きるかなど想像もつかなかった。

 彼が休憩に入って数分後、裏口から何か物音がした。
 カラスがゴミでも漁っているのかと思い、ちょうど客もいなかったので、私は裏口のドアを開けた。
 同時に彼が私の胸に飛び込んで来た。いや、そんな優しい表現では足りない。彼が私に激突した。
 不意を打たれて私は尻餅をつき、事態を把握しようと顔を上げると、そこには上背のある男が立っていた。怒りの形相で私を見下ろしていた。
 言葉を失う私を見下ろし、男は小さく舌打ちすると足早に去って行く。
 そこでようやく、私は腕の中の彼が顔を押さえていることに気が付いた。指の間から、とろとろと赤黒い液体が流れていた。私の血の気が引いた。

2285-419 共依存(2/4):2006/02/12(日) 00:46:43
***


「恋人なんです」
「ゲイだってこと、隠していてすみません」
「誤解しないでください、僕が悪いんです」
「彼、僕が店長と浮気していると疑って……」
「カッとなっただけなんです、いつもは優しいんです」
「繊細な人なんです。傷つけるようなことをした僕が悪いんです」
「僕のせいなんです。彼が来ているのに、疑われるような態度を取ったから」
「いい人なんです、本当は」

 いい加減にしろ、と怒鳴りたかった。彼が鼻にティッシュを詰めて、顎の下まで鼻血で汚していなければ、きっとそうしていたに違いない。
 今はできなかった。被害者を責めることだけはしたくなかった。
 そんな私の心を読んだかのように、彼はぽつりと呟いた。

「……みんな、僕が被害者のように言う」


***


「面白い話をしてあげよう」
 私は呆れて友人を見た。人が恋人から暴力を受ける――いわゆるDV被害者である哀れな青年について相談しているのに、いきなり何を言い出すのやら。
「あるところで飼われている犬は、子犬のころからラジカセに繋がれていた。そのせいで、成犬になってもラジカセが自分の力では動かないと信じていて、ラジカセ周辺から移動できないんだと」
「アタシそれ漫画で読んだわよ」
 つぶらな瞳と毛深い体が熊を思わせるママが、野太い声で笑った。私はまったく笑えなかった。
「……それで?」
「つまり固定観念を覆すことは難しい」
 口を開けた私を押し留めるように、友人は手のひらをこちらに向けた。
「本人が幸せならいいじゃないか。ラジカセに繋がれてようが殴られてようが鼻血がブーだろうが。成人してるんだろ、その子」
「まだしてない!」
「パチンコもアダルトビデオも風俗も解禁だろ。恋愛に関して人がどうこう言う年齢じゃないと思うんだけどなぁ」
「お前もあの顔を見たらそんなこと言ってられなくなる!」
 音を立ててカウンターにグラスを置くと、ママが「やぁねぇ」と顔をしかめた。
 占いで生計を立てているから、奢るとまで言ってこの友人をバーに引きずり出したのに、思うような手ごたえがないことに私はいらだっていた。
「なんとかならないのか?」
「なんとかって?」
「だからほら、お前占い師だろ。『彼と付き合うと不幸なままですよ』とかアドバイスするとか」
「あほ」
 二文字で片付けられた。
「ちなみに、固定観念うんぬんは、主にお前のことだからね」
「えっ?」
 私のすっとんきょうな声を聞いて、友人は肩をすくめた。
「殴ったら加害者、殴られたら被害者……まぁそれは確かに。だけど本当にバイト君は被害者なのかな」
「顔の形が変わるほど殴られてるんだぞ?」
「オーケイ、ひとつアドバイスをしてあげよう」
 友人は短くなった煙草をくわえて、ぷかりと空中に煙の輪を作った。
「『彼と別れなさい』と言ってみろ、おそらくバイト君は『彼は僕がいないとダメなんです』と言う。そこで『君のお父さんも人を殴っていたのか?』と突っ込めば、『はいそうです』と彼は言う」
 突然の宣託に目を点にする私の前で、友人は目を伏せて呟いた。
「お前さんが思うほど、けなげでまっすぐでひたむきないい子じゃないよ、そのバイト君は」

2295-419 共依存(3/4):2006/02/12(日) 00:48:11
***


 翌日、私は友人の言うとおりにした。
 友人の予言は当たっていた。
 私は電話でそのことを友人に報告した。
「だから言ったろ」
 友人は眠そうな声でそう語った。
「彼氏はおそらく暴力依存。依存症だよ、わかりやすくいえば中毒。そしてバイト君はそれを無意識に煽ってる。彼は殴る男に依存してる。というか、それ以外に他人と関係を作れないのかもしれない」
「……なんとかならないのか」
「なんとかって?」
「だからその、カウンセリングとか……」
「あのね」
 ため息が聞こえた。あるいはあの日バーでそうしたように、煙を吐いただけかもしれない。
「救われたいと思っていない奴は、誰に何をしてもらっても救われない」
 電話を通して聞こえる友人の声は、やけにクリアで、脳に直接響くような感覚すらある。
「砂漠に水をまくような真似はやめろや。お前はね、健全で影響されやすい人間だよ。認知の歪みの中で生きている人間に触れちゃいけない」
 ――たとえ惚れてても。
 私は思わず通話を切った。

 店は閉めている。昼前に彼を帰し、臨時休業にした。今は客の対応をする自信がない。
 冷蔵庫の低いうなりと、換気扇の回る音だけが店に響いている。
 ふと、気配を感じて振り返った。
 彼がいた。
 裏口に立って、じっと私を見ている。
「財布、忘れたんです」
 声が出なかった。
 彼はすたすたと店に入り、カウンターの下から財布を取り出してコートのポケットに入れた。
「僕の父親は立派な人間でした」
 脈絡もなく語り出した彼の声が脳に響く。私はメドゥーサに睨まれた獲物のように、指一本動かせなくなっていた。
「父は医者で、たくさんの人の命を救う、とても立派な人でした。母も、姉も、僕も、よく殴られました。でもそれは、僕らが父の家族にふさわしくないことをしたときだけです」
 くすくすくす。
 何の音かとしばらく考え、彼の抑えた笑い声だと気が付いた。
「きっ……」
 声が出た。今まさに裏口から出ようとしていた彼は振り返る。赤黒く腫れた目の上と、紫色になった口元が見えた。
「君は、彼を、君の思い出から解放してあげないのか」
 彼はうなずいた。
「幸せなんです」
 彼は微笑もうとして、痛そうに顔をしかめた。それから私の表情を見て、もう一度「幸せなんですよ」と言った。
 嘘には聞こえなかった。

2305-419 共依存(4/4):2006/02/12(日) 00:49:15


***


 彼は僕を逃がすまいとするかのように、僕に覆いかぶさって眠る。
 彼はよく僕を殴る。
 殴られると痛い。
 そこに幸せはない。
 だけど、僕がふいと家を空けると彼はひどく取り乱す。
 帰った僕は責められ、殴られる。
 僕が彼を傷つけた代償だ。
 彼はかわいそうな人だ。
 殴ることしか知らないかわいそうな人だ。
 いつかこのひ弱なちびが自分より強くなるんじゃないかと、自分が否定されるんじゃないかと、怯えながら暮らしているかわいそうな人だ。
 店長にはそれがわからない。
 カウンセリングだってさ。おかしいねぇ。
 あの人も、まるで僕らが狂っているかのように扱うんだ。
 僕らの間にあるものを、絆の深さを、彼は知らないからそう言うんだ。


 彼は不定形な僕に立場と役割を与える。
 彼は僕を支配している。
 僕は弱者である彼に強者だという自信と満足を与える。
 僕は彼を支配している。

 彼には僕が必要だ。
 僕には彼が必要だ。

 ぼくたちはしあわせだ。
 こんなしあわせなにんげんは、ちょっといない。





 あはははは。
 あはははははは。

2315-529「矛盾」:2006/02/26(日) 12:25:44
「受けよ、俺様の801棒はどんな硬い受け穴も突き抜けてしまうのだ。
 さあ、無駄な抵抗はやめて私に抱かれるがいい」

「フフ・・・攻めさん。私の穴をそんじょそこらの受け穴と一緒にしてもらっては困るな」
 
ババーン!

「何!?ま、まさかこれは・・・どんな硬い棒を持ってしても
 貫くことが出来ぬという、伝説の801穴!?」

「その通りだよ、攻め君。しかし、君のその棒はもしや・・・」

「ああ。君の801穴と同じく伝説と呼ばれている801棒だ」

「なっ・・・」

「「なんと奇遇な!!」」

「ところで受けよ。もし俺の801棒をお前の801穴に突き刺したらどうなるかな?」

「ふっ、心配には及ばぬ。801穴というのは、ただ持ち主の貞操を守るだけのものではない」

「なんだと?」

「相手にあわせて、姿形はもちろん、ローションや妊娠機能までもを完備しているのだ!」

「素晴らしい!」

「しかし、攻めさん。困ったことが一つだけあるのだ」

「何だ?」

「このままでは『矛盾』というお題を無視して話が終わってしまうのだよ」

「それは大変!」

「だから私は君に抵抗することにしよう。そして君は嫌がる私を無理やり手篭めにするのだよ」

「了解した」

801棒と801穴、どちらが勝ったのかは二人にしかわからない・・・・・・

2325-649 「職員トイレで」:2006/03/14(火) 16:03:12
『先生! エッチしてください!』

朝、職員専用トイレに入ったら、トイレのドアに赤いスプレーで、デカデカとそんな
稚拙な落書きがされていた。
県内でも最低ランクの高校で、しかも男子高校ときたら、こんなイタズラも日常茶飯事だ。
本日の職員朝礼でも、その件に関して、一切触れられることはなかった。
俺だって、あのメッセージを深刻にとらえていたわけではない。
だいたい、「先生!」と呼びかけられる人間なんて、うちの学校だけで50人を越えている。
中高一貫教育であることを考えると、さらに対象者は倍だ。
イタズラした犯人も、できれば対象者をしぼってくれれば、非常事態に対処できるのに。

そして俺は今、そんな不親切な犯人のせいか、トイレの個室に押し込まれて、男の手によって
服を脱がされようとしている。

「ちょ…っ、先生、何考えてるんですか」
「何考えてるって…田中先生と、ナニすることだけど?」
首筋に、わざと音をたてて、唇を落とす。そして、歯をたてる。
慣れた手管に、俺は、腰がざわめくのを感じるが、必死で先生を押し留めようと、理性を
総動員して、腕をつっぱった。
「あきません! ここは、学校! しかも、トイレやないですか!」
あー、さっきので、首筋にキスマークついたかな、と、頭の冷静な部分が考える。
先生は、そんな俺の抵抗も、じゃれているようにしか感じないらしく、ニヤニヤしながら
楽しんでいる。あー、アホみたいじゃないか、俺が。
「田中先生、その言い方だと、学校のトイレじゃなきゃいい、って言ってるようにしか
 聞こえませんよ?」
「おっさんみたいなこと、言わんでください!」
少しでも、先生と距離をとるために、足で蹴ろうとすると、あっさりと足首をつかまれた。
俺、細身だけど、けっこう腕っ節が強いので通っているのに。
でかい図体して、無駄な力ばっかり余らせやがって。このバカ体育教師! 先輩だからって、
いい気になって!
「いいですか、田中先生。俺達は、今朝方、このトイレに書かれた生徒の願いを、消すために
 トイレに二人でいるわけです」
先生は、俺の耳に唇をあて、わざとらしい説明口調を、低い声でささやきだした。
あ、やめて。その声。力抜けるから。
「だから…こんなことせずに、はよ、掃除しましょ、って…」
「しかし、この落書きは、生徒の願いでしょう」
俺は、せまいトイレで、頭より高く足をあげられたため、体全体を腕でささえるような体勢になった。
先生は、抵抗できなくなった俺の、足首に左手の指をはわせつつ、俺の胸のボタンを、右手一つで
器用にはずしていく。
「願い…?」
「『エッチしてください!』なんて、かわいい生徒の願いを、叶えずに消すだけの教師なんて、
 教師のかざかみにも置けない。願いを叶えてからでも遅くはないはずです」
「こ…『ここで、エッチしてみせてください!』っていう意味ではないですよ、先生…っ!」
「僕と田中先生の、解釈の違いってヤツかな」
先生は、とうとう俺のシャツのボタン、全てをはずしてしまった。
「まぁ、なるべく音たてないでくれたら、それでいいんで。よろしくお願いしますよ、先生」
俺は、おおいかぶさってくる先生の体に、もう抗うことができなくなっていた。
体温におぼれないように、左手を苦労して、口元に持っていき、声が出ないように噛む。
「ちゃっちゃっと済ませましょう。ね?」



全てが終わって1時間後に、職員トイレの落書きは、先生が一人で消してくれた。
だけど、次の日、職員会議では、職員トイレの新たなる問題が、議題にあがっていた。
「職員トイレに、コンドームが数個、捨ててありました。生徒が忍び込んで、不純な行為を
 していた形跡です。休み時間、昼休み、放課後など、こまめに巡回をするよう、お願い
 いたします」
俺は、隣に座る先生の顔を盗み見た。先生も、俺の方を見ていた。
俺達、1回しかやっていない…よな。しかも、ゴム、持ち帰ったよな…。
ということは、あの落書きは、成就されたのか。もしかして。それとも…?
ふと教頭先生を見ると、先生の顔が、少し赤く見えた。気のせい…か…?

2335-780 見た目怖面中身わんこ×見た目クール中身天然小悪魔:2006/03/30(木) 21:45:36
うわ、お前、何でいるんだ。え? コレ…いや、話せば長くなるんだが…。

最初はな、冗談からはじまったはずなんだよ。
確か、アレは、新入社員同士で集まって呑んだ時だった。
その時の俺は、初めての仕事で大失敗した直後だったし、初めての一人暮らしで、
ろくなもの食べてなかったし、なんだかもう、何もかもが嫌になって、会社辞めようか
どうしようか、とか、グチグチ言ってたんだよ。今では想像つかないだろ。あの頃は、
俺も若かったんだよな。多分、泣いてたと思う。だってな、他のヤツら、誰も近づいて
来なかったんだもん。そりゃなぁ、こんなゴツい顔の俺が泣いてたら、誰も近づいて
来ないよな。そうしたら、隣に座ったこいつが慰めてくれたのよ。
しかも、その慰め方が、男らしくてさ。「俺の胸か背中を貸してやる」だってさ。
だから、その時酔っ払ってた俺は、こいつの背中に飛びついたわけだな。
で、気がついたら、あまりにも暖かくて、寝ちゃってたんだよ。
ん? 何でそれが、さっきコイツに抱きついていたのに関係あるのかって?
驚くな。その抱きついて寝た日の翌日、どういうわけか俺は、社長賞をもらえるぐらいの、
デカい営業に成功したんだ。それからというもの、翌日にデカい営業の仕事が入った時は、
ゲンをかついで、こいつに抱きつくことにしているんだ。それがまたなぁ、今のところ、
15年間無敗なんだよな。俺の出世があるのは、この高梨の背中のおかげ、ってなもんだ。
まぁ、新入社員のお前に言っても分からないだろうけれど、会社っていうのは、けっこうそんな
どうでもいいゲンかつぎでなりたっていたりするんだぞ。

…え? どうした、お前。そんな怖い顔して。
「15年間も、高梨部長に抱きついていたのか」って…。まぁ、そうだな。
俺達が入社してからずっとだし。
「どれぐらい?」…って、平均したら、月に2回は、確実にやってるかな。
「何で」…さっき言ったじゃないか、ゲンかつぎだって。
おい、高梨。お前も何か言えよ。え? 「嫌」って…。コイツはお前の部下だろ!
だいたい、「今は誰もいない」って言ったから、抱きつきに来たのに、新入社員がいるって
どういうことだ、お前。
うわ、こら、山田! お前、仮にも営業本部長だぞ、俺は。胸倉をつかむな!
何で涙目なんだ! 何で、「高梨さんは、背中まで僕のものだ」とか言ってるんだ。
おい高梨、お前、コラ!

え、俺がお前をどう思ってるかって? いや、今こんな状況で普通に聞かれても…いや…、
ちょっと…。うーん、好きか嫌いかで言うと、好き…だな。って、何言わせるんだ。
え? 山田は、高梨のことが好き? あ、そ、そ、そうか。まぁ、個人の趣味の問題
だから、会社としては問題無いと思うが…。いや、そ、ちょ、待て。何で、高梨部長の
好きな人の名前で、俺の名前が出てくるんだ。おい、高梨、お前、何言ってるんだ。
お前、いっつも冗談か本気か分からないことを、人に冷静に言うのやめろよ。信じてるじゃないか。
え、いや……いや………嫌いだなんて、めっそうもない…か、感謝してる。
すき…か嫌いかで言うと、好きだけれど、そういう意味じゃなく…いや…。

ああ。結婚いまだにしてないのは、高梨の背中以上の人が見当たらない、って、
社長連中に言ってるのは確かだけれど…その…恋とか愛とか…うーん……。

…とりあえず、二人で焼き鳥でも食べに行って、考えさせてもらっていいか。
え? 今度抱きついて寝るなら、胸の方に…て…お前なぁ……だから真顔で何言ってるんだ。
おい、山田、お前今すぐ帰れ。ほら、上司もそう言ってるから。ほら、帰れ。
高梨、呑みに行くぞ。用意しろ。あ…その前に、明日のために、もう一回抱きつかせてくれ。

234 5-780 見た目怖面中身わんこ×見た目クール中身天然小悪魔:2006/03/31(金) 02:42:12
「何をやっている。かくれんぼか?」
聞き覚えのある低い声と一緒に、俺の頭上に傘が差し出された。
「…いや」
かくれんぼて。こんな雨の日に。ていうか確かに俺はコンビニの自販機と
ゴミ箱の間にちょうど店内からは影になるように座りこんではいたけど
通りからは丸見えだし。ていうか高校生にもなってかくれんぼは。
「そうか。おまえは、アイスは好きか?」
「え…はぁ、まあ…」
アイス?春だけど、まだ寒いのに…?
「だったらこれからうちに食べにくるといい。すぐそばだ。ちょうど今
 この店で売っているアイスを全種類一つづつ買ったところで…」
そう言ってその人は自分の手元を見た。傘しか持ってない。
「お客様ー、お買い上げになったものとお財布とトイレットペーパーをお忘れですよー」

そんなわけで、なぜか俺は学校の先生と相合い傘で歩いていた。
「先生、この辺に住んでたんスね」
「ああ。おまえはたしか、学校の反対側じゃなかったか。」
「…バイトが、近くで」
そう口にしたらまた、さっきまでのぐちゃぐちゃな気持ちが心をよぎる。
でも、雨をよけるために先生の体が俺に寄り添うように傾いているのを見てると、
なぜかだんだんそういう気持ちが消えていった。
この人のこと女子達がクールビューティーだなんて騒いでるが、
近くで見るとやっぱりかっこいいな。というか…きれいだ。
(でもクールは間違ってた。むしろアイスだった。)

「待て。」
「へ?」
「だから、おあずけだ。おまえ、アイス食べる前に……まったく…見せてみろ。」
気付いてたのか…。そっか、だから俺を部屋に呼んだんだ。
俺がこたつ布団の中から左腕を差し出すと、先生が俺のパーカーの袖を捲った。
手首からひじにかけてすりむけて生っぽい肉の表面に血がにじんでいる。
「…まず消毒だな。」
「げっ!い、いいよ、これ、ぜってー死ぬ程しみる!」
「がまんしろ。」
「…どうしたのかって、聞かないのか。」
「いや、聞くぞ。」
…わからない。何考えてるんだろうか、この人は。
「…バイトの先輩の一人がなんか、いきなり蹴り入れてきて…俺なんもしてねぇのに。
 でムカついて掴みかかったら他の先輩も来て…ぶっ飛ばされたときすりむいた…。」
先生は表情を変えずにもくもくと消毒液の用意をしている。
何考えてるんだろう。でもその淡々とした態度はなんだか俺を安心させる。
それで、つい話さなくていいことまで話してしまった。
「そのあと主任が来て、なんか…怒られたんだけど…
 俺が全部悪いみたいな言い方されて…生意気だから、とか…って
 …っっいいいいいっ!」
「暴れるな馬鹿。…これが終わったらアイスをやるから。」

昔から、俺がちょっとでかい声を出すと弟が怖がって泣いて、親に怒られた。
学校の先生も、やたら逃げ腰か、逆に威圧的かのどっちかだった。
でも、なんか、この人は…
「先生さ、俺のこと…恐くないの?」
思わずスルッと聞いてしまった。一番聞きたくないことを。

「恐い?…おまえが、か?」
初めて見た先生の笑顔は、見たこともないような優しい顔だった。

2355-819 新たな職場で、懐かしい出会い:2006/04/13(木) 00:31:40
「……たっちゃん?」
えらく懐かしい呼び方に振り返ると、眼鏡をかけた気の弱そうな男が、胸に抱えた図面ケースの後ろからこちらをうかがうように見つめていた。
「たっちゃん、だよね?」
細い首になで肩。
眼鏡の奥の澄んだ瞳。
細い顎に小さなホクロ。
俺の脳裏にピカッと何かが閃いた。
「……ピカソ?」
ここ十数年の間口にしなかったあだ名を言うと、相手の顔がぱあっと輝いた。
「たっちゃん! 何そのヒゲ!!」
ピカソは笑顔で俺に向かって手を伸ばし、俺たちは自然と握手を交わした。

「じゅうご……十六年ぶり?」
「小学校卒業したっきりだから、そのくらいか」
「びっくりしたなぁ、まさか同じ会社なんて」
「俺も驚いた。世間って狭いな」
屋上の手すりに寄りかかり、灰色に霞む都会のビル街を眺めながら、俺達はパンとコーヒー牛乳という昼飯をお供に四方山話をした。
昔話に花は咲かなかった。
仲良しグループの一人ってだけで、別に一対一で深い付き合いがあったわけじゃないってこともあるが、多分、ピカソも俺も昔話や身の上話が好きなタイプじゃないせいだろう。
語るほどの十数年じゃない。
美大行って卒業して企業の下請けやってるデザイン会社に就職して、ちょっと大きい仕事になったので出向でここに来たってだけの俺の人生。

「お前、今何やってんの」
「ん、設計企画課で図面引いてる」
そういやこいつのあだ名の由来は、工作の時間にえらい緻密な図面を描いたり、夏休みの自由研究で「ゲルニカ」の絵を模写したからだった。
「ここの設計企画ってぇと、アレか、紀尾井町のSビル建てたのお前か」
「正確にはうちのチーム。あの時俺下っぱだったけど、一緒に賞もらえてね。今やってるのはシドニーの企業が――」
絵が上手くて器用なだけの、喘息持ちのいじめられっ子の華麗なる変身に、俺はあの童話を思い出さずにはいられない。
白鳥になった、いや、実は白鳥だったみにくいアヒルの子。
ピカソの十数年を聞いてみたいとふと思ったが、時計の針はもう昼休み終了を告げていた。
だから、飲みに行かないかと誘われて、俺は即座に頷いた。


「俺さ」
「うん」
「よく漫画とかであるだろ、女友達と飲んで、酔っ払って、気が付いたらベッドインってアレ」
「うん」
「……」
「……」
「まさか自分がやるとは思わなかっ……」
「俺、女じゃないけどね」
俺は隣にいるピカソを見た。
まったいらな胸といい、股間にあるソレといい、どう見ても女じゃない。
ピカソは俺の視線に気付いて、毛布を首の下まで引き上げた。
沈黙が痛い。俺はいつもの癖で煙草に手を伸ばし、それからピカソの喘息のことを思い出して、その手を引っ込めた。
「煙草、吸っていいよ」
「喘息だろ」
「だいぶ良くなってるから」
少し躊躇したが、遠慮なく吸わせてもらうことにした。ニコチン摂取しないと脳ミソが回転しそうもない。

何でこんなことに、と自分に問いかけているうちに、俺はふっと思い出した。
大人になりたくて、こっそり家から持ち出したビール。
コップ半分でべろべろに酔っ払った俺は、どういうわけか飲んでも平然としていたピカソに抱きついて「お前が好きだぁ」と言った気がする。
そうだ、俺の初恋はピカソだった。
……あの時、ピカソは何て言ったっけか……。

二本目の煙草をくわえ、疲れたのか早々に寝息を立て始めたピカソの首筋の赤いアザを見ながら、もう二度と酒は飲むまいと俺は誓った。

2365-930 酔った勢い:2006/04/14(金) 02:05:47
酔った勢いだった。
おととい、俺は友人である男と寝てしまった。
酒を飲んで、調子に乗って、あろうことか自分から誘ってしまった。
行為がどんなものだったかは覚えていない。
(まあ、昨日はろくにバイトも出来ないほどずっと腰が痛かったから、
激しいものであったのは確かだとは思う)
だけどただひとつ、俺に誘われたあいつが一瞬妙な表情で固まったあと、
赤かった頬を更に真っ赤に染めたことだけは鮮明に覚えている。
そして、その顔を思い出すたびに、ひとつの疑念が俺の中に浮かぶ。

今日もバイトが終わった。
コンビニで酒を大量に買い込んで、また、あいつの部屋に行く。
「お前さー、もしかして俺のこと好きなの?」
きっと、酔った勢いでなら、打ち明けてくれる。

237929酔った勢い:2006/04/14(金) 02:45:44
明日は結納だと言うのにこんな遅くまでいいのかと言ったら、飲みたいのだと奴が駄々をこねた。
男にも結婚前になんちゃらブルーとかいうのがあるんだろうか。
深酒になった。
「本当はさァ、結婚なんかしたくねぇのよ、俺は」
終電も逃して、飲み代で大枚はたいた後だけにタクシー代は二人合わせても俺の部屋まででギリギリで、いいよ泊まれよ、と久し振りに切り出した。
まだ入社間もない頃は良く終電が無くなるまで飲み歩いた。
こんな風にタクシー代を折半して俺の部屋へ雪崩れ込み、人肌が恋しくて、戯れに抱き合ったこともある。
唇を重ねたのは一度だけ。互いに我に帰り、『酔った勢い』だと笑い合い、それ以降、どちらからか飲みに行っても終電を逃す前にお開きにするようにしていた。
…今日までは。
「結婚したくねぇんだよ」
台所で水をコップに汲んでいる最中も、その声は繰り返した。
それでも結婚するくせに。
口から溢れ出しそうな言葉を水で飲み込むと、息を小さく吸い込む。
「…自分で決めたくせに馬鹿言うんじゃないよ」
結婚すると聞いたのは、直接じゃなかった。
同僚の女性社員が聞きつけてきて、見合い結婚するらしいと教えてくれた。
あの時、あまりの胸の中の重さに息が止まったかと思った。
お前が結婚したくないと思う以上に、俺はお前に結婚して欲しくないんだと
酔った勢いでもいい。
言えたなら、どんなに良かったか。
「結婚なんか」
三度目の言葉を聞く前に、背中を向けたまま、気持ちとは別の言葉で遮った。
「お前、酔ってるんだよ」
酔って、少し、弱気になってるんだ。
「…ほら、少し水飲めよ」
…手にしたグラスに水を足して相手に差し出そうと振り向くと、畳にへたり込んでいた筈の長身がすぐ目の前にまでやって来ていて、思わず怯んで。
意外そうに奴が目を眇めた。

238929酔った勢い2/2:2006/04/14(金) 02:49:47
「なに?」
「…ビックリしただけだ、バカデカイのが後ろにいたら誰だって驚くだろう?」
「にしては驚き過ぎだ」
「煩い」
たいしてうるさくもない相手にグラスを押し付けて、顔から視線を外すと水を飲んで動く喉仏を見ていた。
…本当は、こんな間近でお前を見ることが久しくなかったから。
ふい打ちに鳴った鼓動に眩暈がしそうだったから。
…唇に触れたいと思ってしまったから。
だから、怯んでしまったんだ。
「…お前、酔ってるだけなんだよ」
明日になれば、きっとこんなに結婚を嫌がっていたことは忘れてしまうよ。
「…ああ、酔ってるかもな」
グラスを流し台に置いて、奴が、言う。
「でも、酔ってても言ってることはわかってる、やってることも」
思いの他、静かな部屋に低く飲み過ぎたのか掠れた声音が響いた。
「…なあ、結婚するなって言ってくれないか?」
ふいに出た言葉に、驚いて声が出なくなった。
今、なんて言った?
「お前が今、俺の欲しい言葉を言ってくれたら、俺の人生ごとお前に全部やるのに」
次第に屈められ、近付く顔。
酒の匂いと、触れ合う唇の温もり。
抱き締められた腕の中で細く長い息をつく。
柔らかな身体ではないけれど、俺はこの身体がいい。この身体の持ち主じゃなきゃダメだ。
同じように
柔らかな身体ではないけれど、俺がいいのだと言われたい。
思いを隠した膜は唇の温もりと酒に溶けて、暴かれてしまう。
言葉ひとつ出せない俺を更に強く引き寄せて。
「これは『酔った勢い』だ」
耳元に甘く。
「忘れたければ忘れていい」
俺は忘れないけどな、と奴は囁く。
馬鹿じゃないか、お前。
どうしたら忘れられるんだ、どうしたって忘れられないんだ。
不幸にしてしまう誰かがいても、それでも、聞いてしまったのに、もう止まれる筈がない。
俺は、小さく息を飲んで、唾を飲んで、それから。
『酒の勢い』という名目を借りて、口を開く。

酒の勢いでない二人になる為に。


[本スレリロミスすみませんでした。こちらに投下させていただきました]

239960 シーラカンス:2006/04/16(日) 22:35:56
目の前で喋るアイツの顔をじっと見ていた。
よく動く口やなぁ。ノート見ながら、熱く語ってるなぁ。
そう思って酒を飲んでいたら、いつのまにか顔をものすごく近づけていた。
アイツと、目があう。「…何?」とアイツが聞く。
しばらくの沈黙。
アイツの目に、少し怯えがはいって、ふっと目をそらした。
俺は、その瞬間、アイツの唇にキスをした。
やわらかい感触。さっきまで喋っていたせいか、少し濡れている。
唇を離して、アイツの顔を観察した。アイツは、眉間にしわをよせて、俺を見ている。
「…どういうんや」とアイツがかすれた声で言った。

さっきまで、お前が熱心に喋っていた、テーブルの上のノートの絵が、視界に入った。
ヒレがたくさんついた魚。シーラカンスって言うてた。
シーラカンスを飼育したい。でも、捕獲したら、3日ぐらいで死んでしまうから
無理なんだって。すごく弱い魚なんだって。自分の状況が変わることに、臆病だから
死ぬのかもしれない、って。

「…お前、シーラカンスよりも勇気ある…?」
俺は、かすれた声でささやいた。
心なしか、アイツの顔が赤い気がして、さらに俺は口を開いた。
「なぁ…俺さ…」
そこで、アイツは、俺の肩を力いっぱい押した。
俺はうしろむきにコケて、しりもちをついた。
「…言わんといて…頼むから…」
アイツは下を向いたけれど、俺はもう一度立ち上がって、アイツの肩をつかんだ。
「俺、お前が好きやねんけれど、それに答えてくれる?」

アイツは、目に涙をためて俺を見た。
俺ら二人の状況が変わることに、お前、臆病にならんといてくれる…?

2405-999おつかれさま1/2:2006/04/20(木) 00:30:05
【5−1000です。リロミスしまして、本当にすみません。こちらにアップさせていただきます。】


沢山泣いた。
周りはちり紙の山で、そのちり紙の山の真ん中に俺、麓に山中がいた。
「…お前も帰れよ」
グズグズになった鼻をまた噛みながら横目に、何故か一人残って俺を見てる山中に告げる。
他の奴らは皆、レイコちゃんは元から俺には高根の花だったんだと言い、大失恋した俺を慰めに似た言葉で笑い、帰って行ったというのに。
いつも馬鹿にせず、何かしら気の利いた事を言ってくれる山中は始終黙ってて、始終、俺を見ている。
ちり紙の中身が空になり、それでも止まらない涙を手の甲で拭った。
「…俺だって一生懸命だったんだ」
レイコちゃんが好きだっていう店も洋服もリサーチして
気に入るように頑張って。
なのにベルサーチの男が急に現れて、そしたらレイコちゃんの男が、俺に『お疲れ様、用済みだよ』って言って。
「都合のいい男でもさあ…いいってくらいにはさぁ…好きだったんだよ」
最後ら辺は釣り合わないと笑うあいつらへの意地もあったけど。
「馬鹿なのは、自分が一番わかって…」
言っている内にまた悲しくなって
涙が大盤振る舞いで出て来て。
「すげー頑張って好きだったの、すげー一杯…」
そのまま身体を丸めて畳に頭を付いた。
いっぱい泣き過ぎて頭が痛い。
目も痛い。
そこかしこ痛くて、疲れて。

2415-999おつかれさま2/2:2006/04/20(木) 00:46:13
「…おつかれさま」
軽く温もりが肩を叩いた。
軽く顔を上げると、そこにはトイレットペーパーが一つ置かれていた。
ベルサーチに言われたのとは全然違う響きの言葉。
「お疲れ様…って?」固い紙質のそれをクシャクシャに取りながら問う。
「…すごい好きで精一杯やったんだろ?だから」
…おつかれさま。
山中に言われたら、何となく、また涙がでてきたけど
今度のそれは、なんかちょっと違う涙で。
上半身を起こしてトイレットペーパーでチンと鼻を噛んだら、ヒリヒリと皮膚が痛む。
「…俺の意見、いい?」
いつもの口調で理論めいた事を言ってくれるのかと期待して
涙で潤んだ視線の先の山中を見つめると
「清水は多分、俺がいいと思う」
とんでもないことを言い出した。
「清水くらい情が深くって、清水くらい素直で、清水くらい鈍感で可愛い奴は俺がいいんだって」
ゆっくり山中の唇が俺の鼻に落ちた。
「あ、あの山中?」
「俺にもおつかれさまの一つくらい言って欲しいよ、清水。ずっと待ってたんだから」
『これからも待ってんだから』
呟いてから山中は一つ笑って、俺の髪をグシャグシャと撫でた。
「…泣き止んだし、もう寝ちまえば?今日くらいは襲わずに、失恋の痛みに浸らしてあげるから」


意識にある最後に思ったのは
山中が麓からちり紙の山ん中に入ってきたから、こりゃピッタリだ。
って馬鹿みたいなこと。
レイコちゃんじゃなく、ベルサーチでもなく、俺に膝枕してくれた山中のことだったんだ。

2426-89子育て:2006/04/25(火) 23:14:30
――俺はお前の親じゃない。何度言ったら分かるんだ。
 そう言って睨んでも、いっこうに堪えたようでもなくへらへら笑って俺に懐いてくる。
――お前は犬か? アヒルの仔か? いい歳して俺の尻ばっか追いまわすんじゃねえ。
 うっとうしいんだよ、とはねのけてもはねのけても、痛くも痒くもない様子だ。
 以前、お前が女に言い寄られているのを立ち聞きしてしまったことがある。
 孤立してるからってあんたが世話焼く義務ないよ、もう放っておけば? そう迫った女をお前は笑って一蹴した。ごめんね、俺があの人から離れられないんだ、惚れてるから。
――頭おかしいんじゃねえの、俺も男だしお前も男だし、惚れるとかありえねえ。
 じゃあどうしてこんなことするのを許すの、と俺の上で息を弾ませながらお前が訊く。頬を汗が伝って、ほんの一瞬、泣いているように見えた。俺は黙ってお前の口を塞ぐ。
 絶対に言わない。喜ばせてなんかやらない。
 海より空より親より寛大に俺のすべてを受けとめてくれるお前を手放せないのは、本当は俺のほう。

2436-89子育て:2006/04/26(水) 00:03:18
「一体どういうつもりだ?」
怖い顔で問い詰められて、俺はその場に固まった。
辺りには洗濯物やらおもちゃやらが散乱していて、足の踏み場もない。
彼はいらいらしながら床に転がっているものを拾って机の上に乗せた。
「まったく……ちょっと家を留守にしたらこの様だ」
泣き声を上げる赤ん坊の怜奈をベッドから取り上げ、腕の中で優しくあやす。
自分がやった事の尻拭いをされてるみたいで、俺は顔を上げられなかった。
「拓也」
呼びかけられて、顔を上げると彼はまだ厳しい顔をしていた。
「何があったのか、説明してもらおうか」
この惨状を見たら、彼がそう問うのは至極当然だろう。
「俺はこれでも一生懸命やったさ!でも子供たちは誰も俺の言う事なんか聞いてくれやしないんだ」
俺は落ち着かずに部屋の中を歩きまわりながら弁解した。
「瑞樹と彩は2人して部屋中を散らかすわ、怜奈は泣き出すわ……俺が叱っても宥めても、奴らはまるで無視だ!」
彼は黙って俺の訴えを聞いている。どんなに言い訳をしても、気まずさは全く消えなかった。
「兄貴、俺には子育ては無理だ」
勢いで、支離滅裂な事を平気で言ってしまう。
自分が何も出来ない人間だって事を証明するだけなのに。
「よく分かった」
彼は頷いて、冷たく言った。
「お前にはがっかりしたよ。そこまで無責任だとはな」
赤ん坊を抱えたまま俺に背を向けて、部屋を出て行こうする。
「待てよ。……どうするんだよ」
「他のベビーシッターを頼む事にするよ」
彼は振り向きもせずにそう答えた。

一人残されて、俺はどうする事も出来ずに突っ立っていた。
謝ったら許してもらえるだろうか。彼にも、子供たちにも。
また俺はこうして甘えてしまうんだな。
そんな自分が情けなくて、俺は自嘲気味に笑った。

兄貴。俺だって、姪っ子は可愛いし、子育てが嫌だなんて思ってない。
でも、ベビーシッター役を買って出た本当の理由は、兄貴と一緒に住みたかったからなんだぜ。
こんな事を言ったら、もっと怒られるだろうけど。

244萌える腐女子さん:2006/04/27(木) 00:41:06
 見覚えのある後ろ姿をみつけて声をかけたら、相変わらず精悍な軍服姿の彼は、大層驚いてくれた。
「やあ、生きてれば会えるってのは本当だな。」
「……あ…」
まさに言葉を失ったという風情で、数秒私を凝視したあと、彼独特の低い声で無事だったのかとつぶやいた。
「あの地域への爆撃は報道が制限を受けていて…しかし噂でそうとうの被害だったとは聞いた。」
「ああ、死人がたくさん出た。建物も壊れた。あれが人間のする事なんだからなぁ。」
私と言葉を交わす時も、彼は相変わらず姿勢を崩さないし、表情がくつろぐ事もない。しかしさっきからたびたび彼の目の中に隠しようのない揺れが表れるのは、戦争がこの勇敢な男からも命の力を削ぎ取っていっている証拠ではないのか。そんな思いでつい彼の顔を覗き込むように見ていたら、ふと、まったく意外な言葉を聞かされた。
「あなたが死んだと思ったことが俺を変えた。」
「…なんだって?」
「…あなたは、たとえどんな場所でも人間には祈りが必要だと言っただろう。そう言ったあなたがいなくなってしまったのなら…俺があなたの代わりに祈りつづけなくてはならないと思うようになった。」
「…君が、私の代わりに?」
彼は答えなかったが、ただ険しい表情で、まっすぐ私を見つめ返してきた。
「それは…礼をしなくちゃならないな…。」
私はそう言いながら彼の手を取り、笑いかけたかったのだが、涙が頬を伝わり落ちた。
私が彼の代わりにしてやれる事は、涙を流す事だったのかもしれない。

245244:2006/04/27(木) 00:43:32
すみません、6−99「軍人」でした。

2466-119貴方を愛していた:2006/04/28(金) 20:26:42
 養父の葬儀が終わったあと晩餐に顔を出したくなくて、屋根裏部屋にこもってずっと窓から外を見ていた。この家に初めて連れてこられた日の事なんかを思い出しながら。あれからもう15年も経つ。
「電気も付けないで、何やってるんだ。」
声をかけられて振り返ると、扉の傍らに兄が立っていた。
「お疲れ。…もう全部終わった?」
「当たり前だろ、何時だと思ってる。泊まり客もとっくに部屋に引き上げた。」
そう言うと兄は埃のつもった家具の間を通って、窓際の壊れたベッドに座っている俺の隣に腰掛けた。
窓から入る明かりで、兄の顔がよく見える。
「…昔よく二人でここに隠れたな。台所からくすねた菓子持ち込んで。」
「兄貴この箱とか、ふつうに入ってたよな?小ちゃかったなぁ。」
「お前なんか、つい最近までちいさかった。」
大きくなって、とからかうように俺の頭をなでる。子供みたいな笑顔で。
「お前何にも食べてないだろ?料理残してあるから食えよ。」
行こう、と兄は優しく俺の手を引く。俺は、二人でずっとここに居たい。そう言いたかった。…だけど。

「午前中から弁護士の立ち会いのもとに遺言の履行手続きがあるから、明日だけは逃げるなよ。」
「…兄貴だけでいいんじゃないの。」
「馬鹿言うな。あの人の財産は俺とお前に、等分に残されたんだ。まあ、面倒なとこは俺が管理するけど、これからはお前も何にもわからないじゃ困るぞ。」
「等分…ね。」
この世で一番平等という言葉が嫌いだと言って憚らなかったあのじいさんが。
同年代の俺とあんたを養子にして、優秀に育った方に全てを譲る、負けた方は野良犬に逆戻りだと公言して周囲をドン引きさせるのが趣味だったあのじじいが。
「兄貴」
「なんだよ」
「あんたがあの人を殺さなきゃならなかったのは、俺のせいか。」
廊下を歩く兄の足が止まった。
「…………」
「…あの日じじいの荷造りをさせられたのは俺なんだ。旅行先で睡眠薬は飲まないからいらないと言われたから、だから…俺は鞄に睡眠薬を入れなかった。」
…兄の言葉を待った。
いや…このまま何も聞かないで、何も言わないままのほうがいいのか。
俺はポケットから透明なアンプルを取り出して、光に透かしてみた。
出来の悪い次男が自殺すれば…いずれ養父の死が疑惑にさらされても、嫌疑は兄には向かわない。
さよなら、兄さん。貴方を愛していた。

2476-169「笑わない人」:2006/04/30(日) 12:15:17
「なあ、俺そんっなにつまんないオトコ?」
「…は?」
自分で言うのもナンだけど、今言ったの俺の十八番のギャグ、伝家の宝刀よ?自信無くしちゃうなー。
おどけた口調で言うと、アイツはいつものしかめっ面を更に歪め「馬鹿」と一言で切り捨てた。

最初はただの興味。
校長のヅラが風に舞った時も体育教師のジャージのゴムが切れてズリ落ちたときも
クスリともしなかったアイツは何をどうすれば笑うのかって。
顔面の筋肉おかしいんじゃないかと思って顔グリグリしたら殴られたこともあった。

ここ1年とちょっと、少なくとも学校にいる間は一緒に行動するようになって、
色々と知らなかった部分も見た。全く無表情ってわけじゃないんだよ、絶望的にわかり辛いだけで。
怒るし、睨むし、驚くし。悔し泣き寸前の顔も見た。

―――でも、笑わないんだ。笑わないんだよ。
どんなに自信のあるギャグを言ってもバカをやってもしかめっ面。めっちゃ悔しい。
中国の傾国の美女か、お前は!!警報ベルの誤報でもやったら笑うのか!?

「なあ、いつまでその一人芝居続ける気?」
「お前が笑うまでいつまでも!」
「一生やってろ、先に音楽室行ってるからな」
「ああんお待ちになってぇ〜」
「シナ作るな気持ち悪い寄るな」「ノンブレス!?」
「ヤダヤダ先行っちゃやーだーやーだー」
しがみついたら速攻で引っぺがされた。
つか、そんな顔真っ赤にするほど必死になんなくったっていいじゃんさ…。

「人の気も知らないで…」
…ん?なんか言った?
「空耳だろ」
--------------------
投稿寸前にリロったら…危うかった

2486-169笑わない人:2006/04/30(日) 12:31:37
君の笑顔が見たい。
それだけが僕の望みだった。

君は何故だか僕にだけ笑顔を向けてくれなかった。
切れ長の瞳に宿る冷ややかな視線。他の人間にならば、よく喋り朗らかに笑う魅惑的な唇も、頑なに閉ざされたまま。
僕が君の目の前に立っても、君は僕から目を逸らし、まるで僕など傍にいないかのようにふるまう。
その冷たさに、どうしてなのだろうと悲しい気持ちを抱えたまま、それでも僕は君になんでもしてあげたかった。
防音の行き届いた広いマンション。寝心地のいい豪華なベッド。
有名レストランのケータリングは間違いなく美味しかったし、君が読みたがっていた洋書もほら、取り寄せたんだ。
退屈しないように揃えたゲームもパソコンも、好きに使っていいんだよ。
この部屋にある物は全部、君のためだけに揃えたんだから。
金任せかと君は言うかもしれないけれど、それでも僕は君に笑ってほしいんだ。
ほんの少しでもいい。
いつも僕を蔑むようにしか見ない君が、楽しそうに笑ってくれたなら。

「だったらこれを外してくれ」
じゃらりと音を鳴らして、君が左腕をもどかしげに揺らした。
そこには君を拘束する、太くて頑丈な鎖がベッドと君を繋いでいる。
なんだか君は少し痩せたみたいだ。
最初の頃は手首にしっかりと嵌っていた枷が、今は少し緩んで肘の方へと落ちている。
あんなに美味しい食事を毎食用意させているのに、どうしてなのか君はいつもあまり食べたがらない。そのせいだ。
「そんなこと、できるわけないだろ」
「どうして!」
またそんな顔で僕を見る。
絶望的とすら言える表情で君は叫んだ。
それは絶叫だったのかもしれない。
そんな声が聞きたいわけじゃないのに、どうして君は解ってくれないんだろう。
「…だって君はいつ笑ってくれるか解らない」
もしかして僕に向けられるのは、生涯ただ一度かもしれないその笑顔を、見逃すわけにはいかないんだ。
そうだろう?

偽者なんていらない。
君が本当に、心の底からの笑顔を僕に向けてくれる瞬間を待っているんだ。
こうしてただ、君の傍で。

2496-179殺して?:2006/04/30(日) 18:33:18
「やっぱりどうやって死ぬかってのはさー、人生の中で一番重要な事項だと思うんだよ」
酒が入ると彼は饒舌になる。
一緒に飲むのは久々だが、それは変わっていなかった。
今日のテーマは『死に方』。
俺が提案したテーマだ。
昔から、彼とは酒の席で「他人に言っても絶対引かれるような独自の理想」を良く話した。
まあ、彼の講釈を頷きながら聞いていられるのは、俺だけだったからかもしれないが。


「俺は病院のベッドの上で死ぬなんて御免だね!美しくない!」

今日は特に舌が回っている。
酒量も多目みたいだから仕方が無いかな。
こうなると彼は止まらない。
今の彼になにか意見をしても、翌日には忘れているはずだ。

「俺はさぁ、余命宣告とかされたら愛する人に殺してもらいたいねぇ」
「それだと相手に迷惑掛かるじゃないか」
「いやいやいや、あくまで理想!理想だからね!?」
「そうか…、理想としてならそれは良いかもしれないな」
「だろ?だろ?」

俺に肯定してもらって嬉しそうに笑う彼。

「あのさ」
「おう、何?あ、すいません焼酎ロックおかわりー」
「俺、実は余命三年なんだよね」

―ゴドン
彼が店員に突き出したグラスが落ちてカウンターを打った。

「だから、俺の事殺して?」

もちろん「殺して」なんて冗談だ。
どうせ明日には覚えてないんだから、ちょっと意地の悪い事を言って困らせてみたかっただけ。

でも。

彼がカウンターに突っ伏しておいおい泣き出したから、俺の方が困らされてしまった。
なだめる俺。
むせび泣き続ける彼。
大の男が泣き喚くカウンターに注がれる店中の視線。
そして焼酎のおかわりを出すべきか出さざるべきか途方に暮れる店員。

どうにか彼の肩を担いで、逃げるように店を出た。

夜空を見上げながら、俺にもたれてすすり泣く彼の声を聞いた。
…これじゃ、シラフの時に本当の余命の話なんてできそうにないか。

俺だって理想の死に方ぐらいある。

病院のベッドでもいい。愛する人に見送って欲しい。

「あんたに見送って欲しいんだよ」
彼に聞こえないように呟いたら、久しぶりのアルコールで焼けた喉が痛くて

少しだけ咳込んだ。

2506-179殺して?:2006/04/30(日) 18:53:08
殺して?が入ってないよ…。
でも投下してしまいます。


じり、と背後から近づく音がする。
今振り向いたら、お前はどんな表情をするだろうか。
また少しお前との距離が縮まった。
胸が高鳴る、死を意識したからか、お前の吐息を感じるからか。
さあ、その剣を振り下ろせ。
抵抗などしないよ、狙いが逸れては困るだろうから。
目を閉じて誰にも聞こえないように囁くのは、お前の幸せを願う言葉。

じり、と背後から近づく。
お前を殺せば、俺は世界から英雄と称えられるのだろう。
また少しお前との距離を縮める。
胸が高鳴る、この手で命を奪うからか、お前に初めて触れるからか。
ゆっくり剣を構えると、俺はそれを渾身の力を込め振り下ろす。
あっけなく、何の抵抗もなくお前は地に倒れた。
俺は震える手で、魔王と呼ばれた愛しい人の亡骸を抱き寄せた。

2516-179 殺して?:2006/04/30(日) 19:08:52
「虫だ。ねえ、虫が入り込んでいるよ」
本のページをめくる手を止め、浩太の指差す方を見ると
一寸ほどのコガネムシが、机上に積んだ本の上にとまっていた。
「あぁ、もう暖かくなってきているしね。灯りにひかれて来たんだろうよ」
「こっちに飛んでくるかも、兄さん紙にくるんで殺してしまってよ」
3歳下のこの弟は、虫を過剰に嫌う。
蝶や蝉のぷっくりと膨らんだ腹部や、甲虫のテラテラと光る外骨格が耐えられないのだと。
彼にとって春は一番苦手な季節らしい。
「刺すような虫でもないし、放っておけばいいさ。朝にはどこかへ行ってしまっているよ」
読書を邪魔されたこともあり、少し投げやりに答えてやると、泣きそうな目をして私の持っている本をひったくる。
「やだ!ねえ殺して?眠っている間に行方が分からなくなるなんて気持ちが悪いよ」
自分の小指ほどもない生き物に怯え、当たり前のように殺せと言う。
これが子供の残酷さというものかと考えて、いや、こいつももう15になるのだと思い出し
今度は臆病な我が弟の将来が少し心配になる。
自分が15になった頃には、もう自慰も覚えて、こそこそと一人になれる場所を探していたものだが
浩太はいつも私の後ろについてまわっては、私と同じものを見、同じ事をしようとする。
そんな風にしてしまったのは恐らく私だ。
両親を亡くし祖父母に引き取られてからは
知らない町知らない人達の中で、自分が守ってやらねばと、ますます傍に置いて溺愛するようになってしまった。

「いいかい、私はもうすぐ東京に行ってしまうんだよ。これからはお前の傍についていて、いちいちお前のために虫を追い払ってはやれないんだよ」
「いやだ、兄さんどこへも行っては嫌だよ。どうして東京の大學へなんて行くのさ。お爺様の仕事を継ぐのなら、学問なんていらないだろ」
もう数日で私は上京してしまうというのに、本当に大丈夫だろうかと、腕にしがみ付く弟を諭しながら不安に思う。
「さ、虫を逃がしてやるから腕を放しなさい」
立ち上がって机の方に向かう、嫌いならば遠くで見ていればいいだろうに、弟は背中にしがみ付いてじっと成り行きを見つめている。
静かにコガネムシを手のひらの中におさめ、窓を開ける。
「・・・ずっと兄さんが付いていてくれなくては駄目だよ」
後ろで浩太が呟く。

いつかはこの弟も、私を必要としなくなる日が来るのだろうか
殺して、と悪びれもせず言うように、
もう兄さんの助けはいらないよと、当たり前のように言い放つ日が来るのだろうか。
独り立ちを促しながらも、どこかで私はそれを望まないでいる。

そんなわけにもいかないさ、弟と自分にそう言い聞かせて、小さな虫を逃がした。

2526-189 何度繰り返しても:2006/04/30(日) 23:42:22
 誰もいない、いや、正確には俺と先輩しかいない放課後の図書室。
俺は机の上に座って足をぶらつかせながら、本の整理をしている先輩を見つめていた。
「先輩、キスしていいですか?」
そう言って机から降りて先輩に近づく。
 先輩は見事なまでに固まり、ギギッと言う効果音が付きそうな動作で俺から顔を背ける。
「キス、していいですよね?」
いつも顔を背けるだけで抵抗しないから、返事は聞かずに抱き寄せる。
短いキスをいくつもすると、強ばっていた体から徐々に力が抜けていくのを感じる。
何度繰り返してもキスに慣れない先輩が可愛くて、俺は抱きしめる腕に力を込めた。

2536-189『何度繰り返しても』:2006/04/30(日) 23:52:35

「いかないでくれ…っ」

言っては無駄とわかっていても、言わずにはいられなかった。
ベッドに力無く横たわる手を、俺は必死に握る。

「…泣かないで…本当に、すまない…」

そう言いながら、どんなに痩せこけても変わらない眩しさで、お前は笑う。
お前はいつも、俺が行き詰まっていると、目を細めて微笑んでくれた。そして、優しく優しく抱きしめてくれた。

しかし今はその腕も、女のようにか細くなって。
だけど懸命に、抱き締められない代わりとでも言うように、俺の手を握り返してくれる。

「お前はっ…こんなときまでどうして微笑っていられるんだっ…」

目前に、死という恐怖が迫っているのに。

言葉が嗚咽で邪魔されて続かない。
涙なんかながしても、何も変わらない、何もしてやれないんだ。

うずくまったまま握り続けていた指が、そっと俺の手を撫でた。

「俺はね、お前との出逢いは、初めてじゃなかったと思ってるんだ」

「何言ってんだよ…意味わかんねぇよ…」

「ずぅっと昔にも、その前にも、俺たちはきっと出逢って、恋に落ちて、一緒にいたんだ。」

もう殆ど動かせない筈の腕を震わせて、両手で俺の手を握りしめながら、言葉を紡ぐ。変わらない微笑みで。

「こういう別れを何度繰り返しても、俺たちは、また出逢うんだ。だから俺は辛くないよ。何時までも、一緒にいられる。少しの間、独りにしてしまうけど、心配しないで…」

俺はそんな何も根拠のない話に、ただ何度も頷いた。
きっと本当なのだと、自分に言い聞かせるように。

「今回は俺が先に逝くから、次は俺の方が年上かもなー…」

ふふっと微かに声を上げて笑うと、そっと目を瞑り、俺の手を優しく包んでいた両手が、静かに真っ白なシーツに落ちていった。



西日が差し込んで、青白かったお前の顔が紅く染まり、綺麗だ、と思いながら。

吐息が無くなった唇に、キスをした。


*****
文才の無さを発揮…orz
スイマセンでした…

2546-239『貴方の特技はなんですか?』:2006/05/02(火) 21:47:20
「はい。愛の言葉です。」
「……はい?」
「魔法です。」
「え、魔法?」
「はい。魔法です。一瞬であなたの心を魅了します。」
「……で、その心を魅了する魔法が当社において働くうえで何のメリットがあるとお考えですか?」
「はい。あなたが敵に襲われても僕ならあなたを守れます。」
「いや……私に襲ってくるような敵はいませんから。それに人に危害を加えるのは犯罪ですよね。」
「でも、あなたは自分の魅力に気がついてないだけなんです。」
「いや、そういう問題じゃなくてですね……」
「俺、あなたに一目ぼれしてしまったんです。」
「ふざけないでください。一目ぼれって何ですか。だいたい……」
「一目ぼれは一目ぼれです。フォーリンラブとも書きます。フォーリンラブというのは……」
「聞いてません。帰って下さい。」
「あれあれ?怒らせていいんですか?ささやきますよ。愛の言葉。」
「いいですよ。言ってください。愛の言葉とやらを。それで満足したら帰って下さい。」
「……それじゃ、遠慮なく。」


それは今まで言われた事のない言葉で、私は28歳でした。
その味は甘くてクリーミーで、こんな言葉をもらえる私は、
きっと特別な存在なのだと感じました。
……今度は、私が彼にささやく番。彼にあげるのはもちろん……。
なぜなら、



彼もまた、特別な存在だからです。

2556-199[:2006/05/03(水) 00:02:48
「もー1回だけ!もー1回だけだから!」
「お前なぁ、さっきからそう言ってもう何回目だよ…。」
「んー?何回目だっけー?」
無邪気な笑顔でそう答えられて、疲れが倍増した気がする。
時計を見るともう午前二時。
いい加減もう眠い。
「なーやろうよー、オレ1人でやってもつまんないよー。」
肩を揺するな。
上目遣いでこっちを見るな。
「これで最後だから!ゼッタイおまえ置いて先にいったりしないからさー。」
「…本当にこれで最後だぞ?」
「やったーサンキュー!」
嬉しそうにコンティニューを選択して自機を選ぶのを横目で見つつ、寝るのはまだ先になりそうだとため息をついた。



−−−−−−
本スレ200じゃないけど頭に浮かんだので投下。
シューティングゲームに夢中!

2566-259 スクーター:2006/05/04(木) 15:12:11
「あーうるせぇ・・・・」
この時間決まって聞こえるエンジン音。

俺の住むアパートの空き部屋が埋まった。
俺の”お隣さん”となった男は髪こそ金髪だが背の低い華奢な奴で、
その上猫背で、一見すると地味な男だった。
いやこの様子は・・・あれか?アキバ系ってやつか?!
まぁなんにせよ、それが引越し初日挨拶に来た男の印象だった。

「うるせぇ・・・・」
俺はこの日二回目となる言葉を呟いた。
通称「アキバ系地味男」は引越し初日の深夜にはその被っていた猫を脱いだ。
深夜バイトなのだろう。
男はスクーターに乗って出かける。
それはいい。
だが問題はスクーターだ!
何をどうしたらそんな音が出るんだ!!
もともとバイク関係に疎い俺はそれが普通なのか改造なのかさえ判断がつかない。
ただ、う る さ い。
しかも出かけるまで何分も掛けっぱなしなのだ!
これを男は毎週月曜から金曜の深夜に繰り返す。
部屋を出るときは音すらたてない男の、エンジン音の存在感たるやっ・・・!
規則正しい生活を乱された俺は幾度となくコメカミに青筋が浮く感覚を覚えた。

257 6-259 スクーター 2:2006/05/04(木) 15:13:27
「いらっしゃいませー。」
まさか急にコンビニの肉まんが食べたくなるとは・・・
今日すれ違った女子高生たちがおいしそうに肉まん食べてたからだな。
俺は自炊派だけど・・・たまには悪くない。
「すいません、肉まん1つ・・・」
「はい。」
と店員が返事をしたとき、
「すいません、やっぱ2つにしてくださーい。」
「は?」
俺が振り返るとそこにはあの「アキバ系地味男」が・・・
彼は俺の横に並ぶともう一度、
「肉まん2つに。」
と言った。
店員は俺と彼の顔を見ると、ああ知り合いなのね、という顔で2つ目の肉まんを紙に包んだ。
「アキバ系地味男」から「アキバ系変人地味男」に通称を変えた彼は
変人の行動を理解しかねて唖然呆然としている俺をよそに会計を済ませ、
ほかほかの肉まんが2つ入ったビニールを受け取って自動ドアへ歩き出した。
俺はどんなに考えても言葉が出て来ず、彼と彼の手に下がる肉まんについてった。
「いやぁ、ごめん2つ頼んじゃってさ〜。」
自動ドアを出たところで彼が口をついた。
「俺も食べたかったんだよね〜。並ぶのめんどくさいから一緒に頼んじゃったっ。」
ぺらぺらと喋りながら彼はスクーターのキーをポケットから取り出した。
「あ、あのさ・・・・」
「ん〜?」
のん気な返事だ。
「こんなこと言うのなんだけど、俺たちってあんま話したことないっつか・・・」
「あー・・・まぁいいじゃん、お隣りさんのよしみで!乗んなよ。」
コンビニからもれる明かりで彼のスクーターが白いのだと、俺はこの時はじめて知った。
かなり使ってるのか、はたまた擦ったのか、小さなキズも見える。
「や、でもメット1個しかないじゃん・・・」
「こっからアパートまでじゃん、大丈夫だって。あんた被って後ろ乗って。」
スクーターに跨りながら彼がメットを渡した。
そしてエンジンを掛ける。
う、うるせぇっっ・・・!!
そのジリジリとした形容しがたい音に肉まんを諦めて断りたい気持ちになった。
が、変人なれどお隣さん、これからもお隣り付き合いしてく上で気まずくなることは避けたい!
ようやく回りだした頭が一瞬にして答えを出した。
「おじゃまします・・・」
ぼそっと呟いた俺に、にっこり笑ってうん、と彼が満足そうに頷いた。

2586-259 スクーター 3:2006/05/04(木) 15:14:15
夜の道路は閑散としている。
心地良いとは全く言えないエンジン音を鳴らすスクーター。
その音が静まり返った街に響いている。
人に迷惑をかけているという罪悪感と、
ノーヘルの男と2人乗りして、まるで子供な不良が自慢しそうなちょっとした優越感。
こんな世界も・・・なかなか悪くない。

その後、彼の少しキズの付いた白いスクーターの横に
真新しいピカピカの黒いスクーターが仲良く並ぶことになるのだが、
それはまだ先の話だ。

2596-269サングラス×眼鏡:2006/05/05(金) 00:16:05
東京の川は汚いけれど、大きな橋の上から見れば大して気にならない。橋の真ん中で、欄干に寄り掛かってホットドッグを食べていた。そうしたら、黒いスーツにサングラスの長身の男に突然肩をつかまれた。鬼気迫る様子で僕の顔を覗き込んだあと、男は声を震わせてこう言った。
「…口の周りに、血が付いていますよ」
僕は…唖然とした。男の容姿は日本人と言われても通用するものだったが、言葉は明らかに外国人のアクセントだった。ごくん、と唾を飲み込んで、こう答えた。
「これは、血ではなくて…ケチャップです。このホットドッグの。でも、心配していただいたようで、ありがとうございます。」
僕は英語には自信があったので、できる限り正確な発音で、ゆっくりそう言った。
すると男は僕の腕を乱暴に引っぱって止めてあった車に押し込むと、僕が何かを言う間もなくすごい勢いで発進した。

「あの…!止めてください!ど、どこに、行くんですか…うわっ?!」
「…安心しろ私は…お前を悪いようにはしないと誓う、白夜の眼鏡…!とりあえずシートベルトをしろ。」
「…僕、あの、人違いです…!そりゃ眼鏡はしてるけど、そんな人たくさんいるし…白夜って…何なんです?!おろしてください!…お願いします!」
車はスピード違反で追われなかったのが奇跡のような速度を保ったまま川沿いの倉庫街に入っていくと、一つの倉庫の中に止まるようだった。僕は車が減速すると共にドアを開けて、外へ文字通り転げ出た。それから一目散に出口に走ったのだが、あっさり男に捕まえられた。
「話を聞け、白夜の眼鏡!私はドマル代表側の人間だ…」
「…離してくださいっ!誰かーっ!」
「ドマル代表はお前を交渉の道具に使うと言ったんだ!あのまま予定どおり工作員と接触していたら、お前は他国の二重スパイとして現政権に引き渡されて、処刑される手筈になっていた!」
「………。」
「…私は、しかし代表の決定に、どうしても納得することができなかった…だから…」
「……だから?崇高な愛国心を胸に俺と心中でもしようって?」
久々に口にした母国語の言葉は、空疎に乾いて倉庫に低く響いた。
「ったく…しかしお前みたいな間抜けがよくあの狸オヤジの下で生きてこれたなぁ。まさかあれだけ派手な真似して、逃げ切れるなんて思ってるわけじゃないだろ?何がしたかったんだよ、お前。」
切り捨てられる事なんて、いつだって覚悟はできていたはずだった…しかしその時の俺の言葉は明らかに、やりきれない怒りと恐怖を押し殺すための八つ当たりだった。
「…確かにその通りだ。だが、お前一人ならいくらでも逃げようがある。」
男はそう言って倉庫の奥のトラックの鍵を開け、中からトランクを持ち出した。トランクの中身を俺に見せると、
「車の中にもうひとケースある。王子のために個人的に用立てられたものだから、足はつかない。必要ならそこのトラックも使っていいが、あっちは盗難届が出ているはずだ。」
そう言って、あっけに取られている俺を見た。男は少し微笑むと、躊躇いがちにサングラスを顔からずらした。
「白夜の眼鏡という、年若い優秀な工作員の話は聞いていた。私たちの仲間にそのような危険な任務に命を賭して就いている若者がいることを、私は誇りに思っていた。おそらくお前は国のためならいつでも死ねるのだろう…しかし、私はどうしてもそんなお前の命をこんなふうに終わらせたくなかったんだ。…ドマル代表には、私の命でお許しいただく。」
「……どこからつっこんでいいかわからん。」
「…日本語か?なんと言ったんだ。」
「いいからとっととトラックに乗れよ。あんたは助手席だ。」
「いや、しかし私は…」
襟首を掴んで、にらみつけた。
「あんたが一緒じゃなきゃ行かねぇ。」
男は驚いた顔をしていたが、俺はさっきのお返しとばかりに乱暴に車に詰め込んでやった。
「あんた今日から白夜のサングラスな。」
「……何の役にもたたなそうだな。」
お似合いだろ。そう言って俺はアクセルを踏んだ。

2606-309浴衣でグチョグチョ:2006/05/07(日) 00:39:20
 彼が私の秘書になって約三年、私達は共に数多くの非常に有益な事業を、着実に成し遂げてきた。それもひとえに彼の優秀さと鋭敏な感性と、真摯な人柄のおかげである。彼の仕事を一言で表すならまさに「かゆいところに手が届く」であり、まったく彼と出会えた事は私の人生の中でも最も大きな収穫の一つであると思う。
 だから今日、彼の多少困った一面を見ることになったくらいで、私の彼に対する信頼が揺らぐわけは、もちろんない。

「ほら…白河君、そんなところにいたら危ないだろう。こっちにおいで。」
「…専務…っふ、くっくくっ……お、お父さんみたい……」
「ははは…。」
浴衣姿の優秀な部下に、温泉旅館の庭園にある松の木の上から見下ろされるというのはなかなかシュールな情景だが、いくら細身とはいえ男の体重をいつまで松の枝が支えられるかわからない。
「…部屋に戻ろう、白河君。ほら。」
「…専務。」
私が差し伸べた腕が彼の腰を支えると、彼はぎゅっと私の首元に抱きついてきたので、そのままなんとか引きずりおろすことができた。ぐったり私に体を預けている彼の体重を両腕で確かめて、私はようやく胸を撫で下ろした。
 これまで彼が酒で平常心を失ったことなど一度もない。実際かなりの酒量をたしなんでも顔色も変わらず、てきぱきと私の世話を焼いてくれていたものだ。それでは一体何が彼をここまで酔わせてしまったのか、というと。
「ねー専務、だから言ったでしょ?!僕…特異体質でですね、温泉に入るとぉ…酔っぱらっちゃうんですよー…っぷ!くっくくくくっくく……」
「…ああ、本当だったねえ…」
そんな話は聞いた事もないからといって、彼の申告をまじめに受け取らなかった私が悪かったのだ。もともと出張帰りにこの旅館をとったのも日頃の彼の労を労いたい気持ちからだったから、つい無理に温泉を勧めてしまい、私からそう勧められれば彼も少しなら…と思ったのだろう。
「専務…、汗で浴衣がぐちょぐちょですねぇ……」
「走り回ったからねぇ、君を追いかけて。」
私の喉に額をぐいぐいと押し付けながら、白河君が忍び笑いをする。
「じゃあもう一回入らなくっちゃ、温泉!…っぷぷぷ!あは、あははははは…!」
「白河君…。」
君が楽しそうで、なによりだよ…。

2616-319 バッドエンド成立の瞬間:2006/05/07(日) 03:25:35
「でも俺、お前の絵は本気ですごいと思うんだよ!なんつーか…本物って感じ。」
俺の熱意に一瞬たじろいで、そのあと、初めてお前は笑顔を見せてくれた。
…あの時だっていうのか、お前の中で何かが蠢きだしたのが。

体が痺れて、触れられても感じ取れない。優しく掴まれたのか、乱暴に捻り上げられたのか。深皿にぽたりぽたりと溜まっていく赤い液体を見ても、それが自分の体から出ている感覚がない。
「だって…もう君しか残ってないんだよ。僕の大切なもの。」
お前の声が、やけにでっかく、頭に響いて聞こえる。
俺に褒められて、本当に嬉しかった。あの絵は自分の血を使って描いた初めての大事な絵だったから。でも、それからもさらに「本物」の絵を描き続けるためには、材料を追求し続けなければならなかった。…
「『痛み』を伴う材料じゃないと、本物にはならないんだ、どうしても。ところが自分の体を削っても、もう僕は痛くも何ともない。…別の大切なものも、使い切ってしまったんだよ。だから」
一番大切な君を使うしかないんだ、と耳元でささやかれる。
だんだん、視界が暗くなっていく。俺は…。
せめて最後の瞬間まで、お前の絵を目に焼き付けていたい、そう思った。

2626-319 バッドエンドフラグ成立の瞬間:2006/05/07(日) 11:26:29
「――カズシ」
「んー?」
「俺、今すっごく幸せ」
「どうしたんだよ急に」
カズシが優しい瞳で俺の顔を覗き込む。
答えずに、俺はカズシの胸に頭をこすりつけた。

幸せ。
カズシがいるから、幸せ。
カズシを好きだから、幸せ。
カズシと愛し合っているから、幸せ。
とても、幸せ。


食欲がない。
食べた物はすべて吐いてしまう。
昨夜、とうとう吐瀉物に血が混じった。
熱っぽい。身体が重い。視界が霞む。
すべて、病死した父と同じ症状だ。
多分、もうじき俺は死ぬのだろう。
ごめんね、カズシ。ひとり残してしまって、ごめんね。
でも、俺は十分幸せにしてもらったから。だから、カズシは新しい人と、今度こそ幸せになって。


隣で何も知らずに眠っているカズシの頬にキスをすると、俺は少しだけ泣いた。

2636-339ロボット×人間:2006/05/08(月) 21:22:57
投下させて下さい。
______________________________

「ごめん、ごめんな…。」
お前の気持ちが恐かった。
…いや、『気持ち』としてプログラムされているという事実が。
何が起きても穏やかな笑顔で俺に「愛しています」と囁く不変さが。
後悔なんて、死ぬほどしている。
それでも俺は他の選択肢を選ぶことなんてできなかったし、もしやり直せたとしても、選べない。
横たわって目を瞑り、充電しているお前に足音を忍ばせて近寄った俺に「いいですよ」と一言言ったお前。
…穏やかにふんわりと笑いながら。
「ごめん、ごめんな…。」
熱を失いつつある、人の皮膚そっくりに作られた人工皮膚のお前の頬は、俺の涙を吸わずに俺の腿へ伝えた。

2646-369 最後のメール:2006/05/10(水) 00:42:01
『別れたい。』


恋人からの突然の別れ。
なぜこんなことを言うのか・・・
それすら分からず、部屋の中に立ちすくむ。
理由を聞くことすら阻む、決定的な四文字。
電話することが震えて出来なかった・・・

彼はいつでも俺を喜ばす言葉をメールで言う。
たとえば、デートの予定とか。
たとえば、好きとか愛してるとか。
俺だってまぁメールするけど、圧倒的に電話することが多かった。
彼にも、たまには電話しろとよく言った。
俺は感情が見え隠れする彼の声が聞きたかった。

だからメールは嫌いだった。
メールだと一切の感情を消してしまう気がするから。
それ故に、『別れたい。』の四文字が今、一層と際立った。

未だ立ち尽くしたままの俺はそれを感じて携帯を閉じた。

265本スレ370のウラ:2006/05/10(水) 00:52:05
いつもどおり、今日も日が暮れる。おれはそれを、ぼろアパートの二階からぼんやり眺めている。
こんな暇な時間を過ごせるほど経済的余裕はないけれど、でも、この時間は仕方ない。

だってあいつが来るから。
頼んでもいないのに、いつもいつもコンビニ袋に二人分の食料を詰め込んで。
へらへら笑って、ドアからひょっこり現れるのだ。
やかましいし、うっとうしいし、酒癖も悪いし、ちょっとうざいやつ。
だけどあの顔を見るたび、一日の鬱々とした気持ちが嘘みたいに晴れていく。
そしてそれが、とても、とても嬉しい。……若干餌付けされてる気もしないでもないけど。
かれが会いに来てくれることが、おれの一日の中で一番の楽しみだった。

ところが、その男が来るのが、今日はどうも遅い。
来ないなら来ないでいつもはうっとうしいくらいがっかりメールをくれるはずだけど、
それを忘れてるんだろうか。

連絡でもつけてみようかと、携帯電話を開いた。

『今日の夕飯どーする?』
実に一時間も前の着信だった。一時間も気づかなかったとは、さすが。自慢にならない。
『たまには作ってやるから早く来い。待ってるよ』
送信ボタンを押して、携帯をすぐ閉じる。

どうせ会社でポカやらかして、残業でもしてるんだろう。あいつはあほっぽく見えて、本当に
あほだから。大学生のころから、ちっとも変わりやしない。
だからきっと、今も携帯電話を見てないんだろう。さっきのおれみたいに。
せっかく料理してやるって言ってるんだから、早く来ればいいのに。
こんなに待ってるんだから、早く来ればいいのに。

早く、早く来ればいいのに。

266萌える腐女子さん:2006/05/10(水) 18:28:18
『拝啓、お元気ですか。僕の方はぼちぼちやっています。
 そっちはどうですか?変わりなくやっているでしょうか。
 …堅苦しい文はやっぱり苦手です。
 会いたい。会いたい。今どこにいますか。何をしてますか。
 僕は相変らず、君を
そこで僕は我に返って、便箋からペンを放した。これ以上、言葉になんて
出来ない。言葉にしたって、仕方ない。

あいつは僕を置いて、遠いところへと行ってしまった。
…それは少し語弊がある。僕たちは、別々の道を行くことにした。
今でも僕はかれのことを愛しく思っているし、かれも僕を嫌いになんてなっていない。
だけど、かれの目指す未来は、僕の横にはいてくれなかった。
「行きなよ。今しかないんだから」
笑ってそう言ってやれて、ほんとによかった。泣きながら送り出すなんていやだった。

分かってた。
ぼろぼろの男二人暮らしの部屋の中でひとつだけ、ぴかぴかに磨かれたギターを
大事そうに抱える姿を、僕はずっと見てきたから。
君はいつか僕の手の届かないところに行ってしまうんだって。
なんでもない振りをして、送り出してやるのが一番いいことだって。

書きかけの手紙をあて先のない封筒に入れる。胸がぎゅっと鳴った。
『僕は相変らず、君を愛しています。』
そんな言葉を伝える必要は、もうどこにもないのだ。

――こんな風に誰かを好きになることは、もうきっとない。

だけど、もう振り返らないと決めた。後悔も未練も永遠に置き去りにして、
僕は君の夢が叶う日を夢見ながら、生きていこうと思う。

267萌える腐女子さん:2006/05/10(水) 18:31:34
266は本スレ399の「永遠に置き去り」です
書き忘れスマンソン

2686-409 βエンドルフィン:2006/05/10(水) 23:47:00
 密林に生息する植物を採集するためにこの国にやってきて十日になる。
本国のお偉い大学教授殿からは、ばかばかしくなるくらい依頼料と必要経費をふんだくる事ができた。どうやら俺のような裏に通じるハンターに依頼なんかする事は御名誉に差し障るらしく、口止めの意図が多分に含まれているようだった。
 俺は三日目から、ガイドに雇った現地の美しい青年を自分のコテージに寝泊まりさせた。密林の沼と同じ色の肌は滑らかで、ひんやりと気持ちがいい。長い睫毛に隠れた黒い瞳が、ちょっとした事で敏感に潤む様子がたまらない。
「まったく…ここは天国だな。…食い物はうまいし、ずっと暖かいし。」
「外国の方でそんなふうに思われるのは珍しいですよ。皆さん、大抵こんな汚い国に長居したくないっておっしゃいます。」
「…上品ぶってる奴らにはわかんねーのかもな。俺は、手で食べるのとか、裸足で歩けるのとかも、全部嬉しいんだけど。」
汚い…なんて、この清らかな国の何を見てそう言えるんだろうか、あの豚どもは。…俺は腕の中の男をまるでこの国の化身のように感じている。隅々まで身を浸したくて、何度も何度も夢中でその体に顔を埋めた。
「…この仕事が終わっていっぺん国に帰ったら、俺こっちに移り住もうかな。そうしたらお前一緒に暮らさないか…?」
男は微笑んで、いたずらっぽく俺の愛撫をかわす。
「お前普段施設で怪我した野生動物の世話手伝ってるんだろ。…ケダモノの世話やくの得意じゃん。」
「でも…ケダモノに快楽はないんですよ。ケダモノにあるのはただの快感。」
「へぇ?」
「溺れる程の快楽は、人間の知性が初めて作り出す幻影なんです。あなたは」
惑わされてるんですよ、自分の作った幻想に。
男はそう言うと、俺にとろけるようなキスをした。
決して手に入らない恋人の幻に口づけている気がした。

2696-409 エンドルフィン:2006/05/11(木) 00:28:44

――君といるとどきどきします。

「きっとさ、β-エンドルフィンが分泌されてってやつだよね」
ふたりでぼんやり、いつものように時間を過ごす。見たかったテレビドラマも終わったので、
僕はふと隣の男に話題を振った。
「だから俺、お前と一緒にいたりエッチしたりすると幸せなんだ」
すると、ソファの上でだらしなくくつろいでいるそいつは、僕の方を見もせずにへぇボタンを
押す仕草だけをしてみせた。
「へぇへぇ。2へぇ」
「微妙にふりぃよ」
「微妙なのかよ」
「やっぱ大分古い。まあそれはともかく、β-エンドルフィンですよ、β-エンドルフィン」
「ベタ・エンゼルフィッシュね。金魚でも飼うの?」
「せめて熱帯魚って言えよ」
「べーた…べた…煙突……やっぱおれギャグのセンスないのかも」
ああ、聞いてて悲しくなってきた。そこまで寒いともう一つの才能だ。
僕が「今更気づいたわけ?」とおちょくると、「言ってみただけなわけ。んなもん小学生の
ころから知っとるわ」と帰ってきた。いや、自覚してるって知ってるけど。僕も聞いてみただけ。
「で、何でβ-エンドルフィン?」
「いや、こないだうちの妹が授業で習ったって」
「ふーん」
「脳内麻薬でモルヒネで痛み止めらしい」
「何じゃそれ」
食いつきの悪いやつめ。人付き合いも悪いやつめ。うん、まあそんな君も好きですけど。
「で、で、好きなこととか嬉しいことがあると分泌されるらしいのね」
「うん」
「ほら、俺の趣味は僕の目の前のあなたです!から」
びしぃっと人差し指を突きつけてやったら、特に感じ入った様子もなくあくびをひとつ返された。
ちょっとムカツク。うん、まあそんな君も好(ry
「はいはい。ありがとうありがとう」
「えー、つまんねーなー、前はもっと照れてくれたのに」
「つるんで4年目になるのにいちいち照れてられないから」
「あっそう。別にいいけど」
「まあつまりあれだよ、あれ」
「どれ」
「たとえばーきみがいるだーけでこころがー。…はいっ」
「つよくなれるーことー」
「なによりーたいせつなもーのを、…続きは?」
「きづかせーてくれたねー。これでいい?」
「うん、いい。つまりそういうことなのよ。オーケー?」
つまり、毎日こうして馬鹿馬鹿しい話をしたり、じゃれあったり。君がいるだけで、そういうことが幸せなわけだ。
エンドルフィンだのアドレナリンだの、むつかしいことはよく分かんないけど、まあそういうことだろう。

そして君は笑って言う。
「オーケー」

2704-429 vvvlove(ノ^^)八(^^ )ノlovevvv:2006/05/11(木) 19:47:40
「矢追君、この文字列の意味がわかるかね?」

教授が振りむいて言った。手には、今日回収した学部生の課題論文。
その一本の末尾にさりげなく印字されている絵文字に、僕は平静を装いながら説明した。

「ふむ、記号を組みあわせて絵に見立てているのだね」

成程、若者はいつも面白いことを考えるものだねえ。
そう言って屈託なく笑う教授に、僕も思わず頬が綻む。
しかし、内心はそんなに穏やかではない。
一緒に研究をつづけられるだけで、幸せ。
教授への、崇拝にも似た感情を見透かされつつ、
僕は彼の手管にいつしか溺れてしまっている。
彼の若い滑らかな肌が、瑞々しい指が、僕を優しく凶悪に捉えて離さない。
挙句、僕が指導した、教授が採点するこの論文にこの絵文字……。

「おや、矢追君、首筋は毒虫にでも刺されたのかね」

堂々巡りの思考の坩堝にはまっていた僕は、再度平静を装う必要にせまられた。
ええ、もう蚊がでているみたいで、今年は暑いようですね……。
そんなふうに口を動かしながら、僕の頬も急激に熱くなっていった。

271270:2006/05/11(木) 19:51:02
失礼、名前欄は「6-429」でした。

2726-479 雨に濡れて:2006/05/13(土) 01:59:00
「イヤだ、イヤだ……諦められない」
 人気のない屋上には、梅雨の走りの雨が降りこめていた。跳ね返ったしぶきが煙のように視界を曇らせる。
 後ろから追いついて抱きかかえるようにした風間の腕を振り払おうと、駄々をこねる子どものような仕種で朝比奈がもがく。
「絶対に行かせない」
 風間はあらんかぎりの力をこめて、柵のほうへにじり寄ろうとする朝比奈の動きを封じんとする。
「どうして!!」
 濡れた黒髪を振り乱して朝比奈が絶叫した。
「あんたに関係ないだろ!? 離せ、離してよ!」
「嫌だ、離さない」
 見舞いに来た風間が居合わせたことは幸運だった。朝比奈は、医師からなんらかの宣告を受けたらしく完全に自暴自棄になっている。
「あんたに何が分かる!」
 暴れる朝比奈の指が風間の頬をかすって、爪が皮膚を裂く。鋭い痛み。手の甲でこすると血が滲んでいた。
 舌打ちして風間は、朝比奈の身体を地面から抱えあげる。
「な…! にすんだ! 下ろせよ!」
 脚をばたつかせる朝比奈を、反動をつけすぎないよう受け身を取れるよう注意して床に転がす。 背中を地面につけて目を丸くして見上げている朝比奈の腹に跨ると、風間はその頬を平手で張った。ぱん、と小気味よい音が響く。
「確かに俺には何も分かってないかもしれねーよ」
 茫然と自分を見上げる朝比奈に、抑えようとしても抑えきれずに震える声で風間は告げる。
「けど、けどなあ、……っ」
 それ以上はもう、言葉にならなかった。
 朝比奈の胸に、風間は顔を伏せる。雨に濡れて肌に貼りついたシャツの下であたたかい心臓がことり、ことり、と動いている。
 それがすべてだ。それだけでいいんだ。

2736-479 雨に濡れて:2006/05/13(土) 02:02:18
あいつの部屋を一歩出たら、雨が頬を打った。
 「あれ、つきさま、雨がぁ」
頓狂な声をあげるあいつに、苦笑しながら乗ってやる。
 「春雨じゃ、濡れて参ろう」
目を見合わせ、ひとしきり二人で大笑いした。
 「ほら傘。いくら五月でも、風邪ひくでしょ」
 「これはこれは、かたじけない」
あいつは再びの笑いにむせながら、じゃあね、とドアを閉める。
俺がアパートの角を曲がると、待っていたかのように窓から頭を突き出したあいつが手を振った。
借りた傘をちょいと上げて、挨拶を返す。灰色の空に鮮やかな、真黄色のビニール傘。

駅までの道を歩きながらふと振り返ると、あいつの窓がまだ開いている。
もう顔が確認できる距離ではないけれど、人影が見える。
そうか、この黄色い傘のせいだ。向こうも俺は見えていなくても、傘が見えるんだな。
霧のように街をつつみ、新緑の木々に恵みを与える初夏の雨。
このぐらいで傘をさすのは面倒で、普段ならば雨に濡れていくのだけれど、
今日はそうもいかないようだ。きっと大袈裟なあいつが心配するに違いない。
「あなたが死んだら、僕もすぐに雲の上まで追いかけていくから!」なんつってな。
そんなことを考えながら、子供の持ち物のように色鮮やかな傘を透かしてふと見上げた空は、
天国もかくやと思わせるような金色に輝いてみえた。

274 6-479 雨に濡れて:2006/05/13(土) 02:28:40
「うわ,もうビショビショ,最悪」
 ようやく,歩道橋の階段下の狭いスペースを見つけて滑り込んで,あいつが自転車を止めた。
 ほとんど前も見ずに豪雨の中を走りに走ってきたので,俺もあいつも呼吸が荒い。
 自転車通学を余儀なくさせられている田舎の高校生である俺達にとって,
帰宅時間の突然の雨は,まあ,たまにあるハプニングだ。
 女子は雨が止むのを待ったりしてるが,たいてい男は突っ切って走って帰る。
 俺達もいつものように走り出して……常より激しい降りに降参して,こうして雨宿りとなった。
 確かに最悪だ。
 雨に濡れて,奴の制服のシャツが,その下の肌色を浮かび上がらせてしまっている。
 自転車は濡れるに任せるとしても,こう狭いスペースじゃ距離が近すぎて,
目をそらしたところで伝わってくる体温は遮断できない。
 いつまでも,いつものように,一緒に帰れる友達でありたい。
 そんな俺の切実な思いを,いつもと違うシチュエーションが壊してしまいそうだ。
「パンツまでビッショリ」
 屈託無く笑うあいつがヤバイ。
 濡れた体から立ちのぼるあいつの匂いがヤバイ。
 俺の最後の理性がヤバイ。
 腕を伸ばさずとも容易に掴めてしまった濡れた肩を,とうとう俺は引き寄せてしまった。
 
 雨に濡れた唇は,それでも暖かかった。

2756-489 今夜もひとり生け贄に〜:2006/05/13(土) 14:58:32
今夜も一人生贄になる。
手足も口も動かぬままに。
今日の男は巨大な長物とぬるぬるしたものを持っていた。
ぬるぬるする物を体中に塗りこめる。
長物を無理やり胎内に挿入する。
もう慣れた、そう思う躰が衝撃に揺れる。
内から外から別の物に変えられていく。
私が我慢すれば良いだけの話だ。もう慣れた。


「…今年の銅像は意外とシンプルっすね」
「単に色を塗り替えて、のぼりを突っ込んでか」
「疾…如く?はやしおかすな?なんて読むんだこれ?」
「はやきことかぜのごとく、しずかなることはやしのごとく。
 武田騎馬軍団だな、これ」
「ヤンキーじゃなかったんすね」

2766-489 今夜もひとり生け贄になる〜:2006/05/13(土) 17:25:45
外はもう日が暮れたのだろうか。この部屋には窓がないので分からない。
夜の訪れと共に父さんがこの部屋にやってくる、その時だけ、廊下の明かりが僕をわずかに照らす。
『あぁ、ジャック。私の愛しい息子よ』
父さんのしわがれた声が聞こえ、父さんのかさついた指が僕の頬に触れる。
僕は動くことも声を出すこともできず、ただじっとこの儀式めいた淫靡な時が過ぎるのを待つ。
『この陶器のようにすべらかな肌、絹のようになめらかなブロンド、サファイヤよりも透き通った瞳。
おぉジャック、お前は私の最高傑作だ!』
父さんは近頃、仕事をしていない。昼間は酒ばかり飲み、夜には僕と淫らな行為をする、その繰り返しだ。
僕は、父さんが生きるための贄なのだ。
『ジャック、ジャック……』
父さんの舌が全身を這い回り、父さんの手が肌をまさぐる。
それらは全て、僕にえも言われぬ快感をもたらす。あぁ、僕が父さんの贄であるなら、父さんこそが僕の糧だ。
やがて父さんは僕の顔に吐精すると、後始末のために一度部屋を後にした。
温かな白濁液が僕の頬を伝って、それはまるで流すことのできない僕の涙の代わりのようだった。


人形の僕には繋がるための楔も蕾もないけれど、身内に潜む父さんへの愛だけは本物なんだ。

________________

なんか本スレと似たようなネタになっちゃった(´・ω・`)

2776-499 アメフラシとてるてる:2006/05/13(土) 22:38:08
うねうねと雲が踊っている。雨雲はそのまんまアメフラシみたい。
暗くなったせいで軟体感を増す空を見上げて、帰ろ、と決めて傘を探した。
馬鹿馬鹿しい。何時間もあいつを待ったりしてホント馬鹿だ。
「今日こそは一緒に帰る!」と言い切ったあいつ。
「イヤ、待つの俺だし。夏前だろ?何時間練習するのさ?」
と聞く俺に、
「今日はミーティングだけだから」と言った。
そうなのかと思った俺も馬鹿だけどね?夏大会前の野球部がミーティングのみで終わるはずもないんだよな。
あぁ、降って来そうだな。今土砂降りになったら野球部も練習終わるのかな。
今情けない顔してるから、あんまり見られたくないな。
ロッカーの奥から折り畳み傘を引っ張り出して、開いてみる。空気は湿っているのに埃が舞って、咳と一緒に涙が出た。
あ、やべ。今から傘置いて帰ったら、泣いてるのバレないかな。
俺の心の中みたいな重い空が泣き出そうとしている。カバンを取って帰ろうとしたら、机の上にあったはずのカバンが無かった。
教室のドアのところに、ユニフォームのままのあいつが俺のカバンを持って笑っている。
「帰ろーぜ」
むしろ腹が立った。
「お前、サイアク」
「うん、ごめんな」
「お前なんか最悪だ・・・」
「うん、ごめん」
最悪なのは、顔見ただけで晴れてゆく俺の心の方。
声だけはすまなそうに、しかし笑顔なお前はてるてる坊主みたい。
空が泣き出した。

2786-499 アメフラシとてるてる 1/2:2006/05/13(土) 22:40:40
バイト帰りの疲れた体をひきずって、安アパートの古びた廊下を
歩いていると、ドアから味噌のいい匂いがただよってきた。
児玉の部屋だ。アイツ、また朝から何かとってきたのかな。
「…児玉、何か美味いの作った?」
ドンドンとドアを叩くと、「おー」というのんびりした声が
返ってくる。ドアが開くと、満面の笑みの児玉が、エプロンつけて
立っていた。
「あさとぉからよぉござんしたの!」
「は? 何て?」
「いや、気にするな。今日は、俺の実家の名物料理作ってたんだよ。
 食ってくか? ん?」
「あー」
いつも落ち着いている男の、珍しいハイテンションさに、徹夜明けの頭が
あまりついていかない。しかし、俺の頭は、睡眠欲よりも食欲の方を優先
するよう指示を出した。だって給料日前で、ここ数日ロクなもの食べて
いないのだ。カップラーメンカップラーメン、のり弁、カップラーメン。
俺はあがりこんで、児玉の部屋のちゃぶ台の前に、チョコンと座り込んだ。
…あぁ、同じアパートで同じ間取りの部屋なのに、どうしてコイツの部屋は、
こんなに居心地がいいんだろう。男の一人暮らしで、自炊したり、部屋を
キレイに片付けたりするヤツは、コイツの家しか知らない。しかも、病的な
までにキレイというわけではないから、まるで母親のように暖かみがある
部屋で、妙にこう…落ち着くというか、眠くなるというか…。

気が付けば、俺はウトウトしていたらしい。ガツンと何かで頭を叩かれて、
目が覚めた。いつのまにか、魔法のように、俺の目の前に食事が置かれている。
「うぁ、うおー! すげぇ、料亭みてぇ! 何このナマコみたいなの」
「あー、ベコだよ。こっちじゃ食べないんだよな。遠慮しなくていいから食え」
児玉が、暖かい味噌汁を俺に渡してくれた。
どうしよう。児玉が神様に見えてきた。
「ありがとう、児玉ぁ」
「気にするな。具材は今朝海で獲ってきたヤツだから、無料だ」
炊きたてのゴハンに、暖かい味噌汁。焼き魚に、「ベコ」の和え物。
俺はむさぼるように食べた。ベコは初めて食べる味だが、コリコリしていて
美味しい。こんなのが獲ってきて作れるなんて、児玉は何て天才なんだ。
ふと目線を横にやると、窓のところに何かかかっているのに気が付いた。
あれは…てるてるぼうず…?
「…児玉、あれ何?」
俺の向かいで味噌汁をすすっていた児玉は、てるてる坊主に気づいて、
はにかんだ笑みを浮かべた。
「あぁ、日曜日、海に行く」
「日曜日?」
「そう。安藤先輩、誕生日だろ? 魚でも獲ってきて、ご馳走作ろうと思ってさ」
恥ずかしそうに笑う児玉の顔に、俺は胸のあたりが重くなった。
お前、日曜日は俺と遊びに行く約束してたのに、忘れてるのか。
反射的に、Tシャツの上から胸をつかんだ。
なぜだか胸が痛い。
児玉と遊びに行くからって、バイトまで休んだのに、児玉はあっさり忘れてるのか。
安藤先輩とは、この安アパートの同じ階に住む人で。
貧乏人が多いこの学生アパートで、毎日笑顔を振りまいて、アパート住人全体の
飲み会などを取り仕切っていたりする人で。
男なら誰でも憧れるような人で。
「…あぁ、飲み会するんだ」
「そう。皆で先輩びっくりさせて、飲み会しようってさ。お前も参加だぞ」
児玉の顔に、「先輩の喜ぶ顔見たい」という気持ちが書いてあるのが分かった。
あぁ、児玉は先輩のこと好きなんだなぁ。
じゃなきゃ、わざわざ日曜日まで日にちがあるのに、てるてる坊主なんて
作って吊るすわけがない。しかも布とゴルフボールで作ったらしく、まん丸の
頭で輝くような笑顔を欠いている。
心臓のあたりが、ギュウッと収縮するのが分かった。
どうしてだろう。吐きそうだ。
「…どうした? 小峰」
「いや…何でもな…」
さらに胸のあたりがざわついて、俺はうつむいた。
何でだろう。俺は何にこんなに胸をざわめかせてんだ。子供じゃあるまいし、
たかが一緒に出かける約束忘れられただけで。
「おかしいなぁ、何か腹壊すようなもの、入ってたか?」
不思議そうな児玉に、俺はかぶりをふった。
しかし、胃や腸まで痛くなってきたあたりで、俺は気づいた。
これって、もしや嫉妬ってヤツか?
痛みがだんだんひいてきたので、俺は話を変えるために、ちゃぶ台の上に目をやった。

279 6-499 アメフラシとてるてる 2/2:2006/05/13(土) 22:42:34
「なぁ、そういえば、『ベコ』って何?」
「ベコ? …こっちで何て言うのかな。あ、そうだそうだ。てるてるぼうずの
 反対だよ」
「反対? ……何? ナマコ?」
「違う。『アメフラシ』」
聞いたことのないものだった。しかし、その名前に少し自嘲する。
日曜日、雨が降ればいいって思っている俺は、ある意味このナマコみたいなもんか。
児玉が、わざわざ人のために海に行かなければいいのに。俺と一緒にいればいいのに。
そんな子供じみたことを考えた瞬間、俺の胸がまたギュウッと痛くなってきた。
「見てみるか? アメフラシ」
そんな俺に気づかず、児玉は台所の隅に置いてあったクーラーボックスを持ってきた。
ガチャリと開けて、「これがアメフラシだよ」と手の上に乗せて、俺に見せてくれる。

汗が出た。
そこには、信じられないほど大きなナメクジがいた。

俺はそのまま、トイレに駆け込んだ。吐いた。
しかし吐きながら、妙な安堵感を覚えていた。
良かった。これは腹痛で嫉妬じゃない。

日曜日、寝込んでいる俺に、児玉が済まなそうに俺の部屋にやって来た。
「こっちのアメフラシは、毒持ってんだってなぁ。ごめんな、俺知らなくてさ。
 これ、お詫びの魚だ。今度改めて、一緒に海行こうよ。
 また、てるてる坊主作っとくからさ」
児玉の言葉に、思わず胸がざわめいた。
これは腹痛じゃない。はず。

2806-429 vvvlove(ノ^^)八(^^ )ノlovevvv:2006/05/14(日) 04:14:57
『☆*:・°★:*:・°やっほ〜シマちゃん\(^O^)人(^O^)/起きてるー?(ρ.-)
俺は大学に遅刻しそう〜ε=┌(;>_<)┘ヒー
いやー、昨日は飲み会★⌒(*^^)d_||_b(^^*)⌒☆が長引いちゃって(^_^;ゞナハハ
おかげで二日酔い…{{{{(+_+)}}}}ズキズキ
寝起きにシマちゃんの顔を見たら♪( ^o^)\(^-^ )♪一発で治るo(゚ぺ)○☆んだけどなぁ|_・)チラッ
うーん、早く会いたいよ〜v⌒ヽ(^ε^*)チュッ(*^3^)ノ⌒vチュッ
シマちゃーん、(^O^)ア(^o^)イ(^o^)シ(^o^)テ(^o^)ル(^O^)よーVvV
vvvlove(ノ^^)八(^^ )ノlovevvv(*ノノ)キャーテレチャウ///
シマちゃん、今夜はうち来る?.....((((*^o^)ノノ
ものすごーく掃除しとくから(^-^)ノシャランラー∵・∴・★きっと来いよ!(^_^)-c<T_T)キュゥ
今夜は寝かせないぜ〜{[(-_-)(-。-)y-]}なーんて(*>▽<)キャッ☆
返事、待ってるよー(^-^)ノシ』
送信。ぱらりら〜ん。
まだかなー。おっ。
返信キタ━━(゚∀゚)━━(゚д゚)──('A`)……orz
『シマちゃーん、俺ロシア語なんて読めないよー。・゚・(ノД`)・゚・。』
『日本語で書いてほしけりゃ、そのうっとうしい顔文字をやめろ。
あと、さっきのはただの英悟だ』
『……2ちゃん語でもいい?(ノД‘)チラッ』
『受信拒否すんぞ』

2816-529 豆乳×牛乳:2006/05/16(火) 01:29:58
「最近元気ないですね。牛乳らしくないですよ」
「うるせー。だまれ豆乳」
「ほら、今日だって機嫌が悪い」
「こっちくんな。お前なんか嫌いだ」
「どうしてそんな心無いことを言うんです。ぼく何か気に障るようなことしました?」
「うるせーってんだよ」
「悪いところがあるなら直しますから、言ってください」
「ほっといてくれよ!俺にかまうなっ」
「え…ちょ…泣いてるんですか?」
「泣いてねーよっ!何言ってんの!?馬鹿じゃねーの?泣くわけねーじゃ…」

「何があったんですか」
「…やめ……はなせ」
「何か、あったんでしょう?」

「………俺、俺…嫌われてんだ、もう、いらない子なんだっ!…うぅ…うわぁぁぁああん!!」

「ぎゅ、牛乳?そんな泣かないで…いらない子って、一体」
「うっ…うぅ…ひぃいっく……豆乳なんか、豆乳なんか大っ嫌いだぁぁあ!!」
「ぼくが悪いんですか!?」

「……俺、捨てられてるんだって…最近あんまり売れてなくて、
 たくさん余ってどうしようもなくて捨てるしかないんだって
 ……全部、お前のせいだぞ!豆乳!!
 お前が、イソフラポンだかボンだかで女の気チャラチャラ惹いてさ、
 俺より低カロリーで美容にもいいとか言われて
 調子にのって石鹸やローションなんかにまでなって、すげー人気じゃん」
「そんな…誤解です」
「ヨーグルトやプリンにもなるし、クッキーだってお前使ってるってだけでもてはやされるし、
 もう俺なんてみんな要らないんだよ、全部お前で代わりがきくもん…
 温めたとき表面にできる膜だってさ、俺のはキモイとか言われてわきによけられちゃうのに
 お前のはユバだ!ユバ様だ!刺身醤油で美味しくいただかれてんだ!
 植物性ってのもいいよな、自然にやさしそうで今っぽいじゃん?
 俺なんか動物性で短気っぽいし獣臭そうだし、どうせ俺は雑巾で拭いたら臭いし…んっ………ん」
「………」
「……っ…」

「もう、言ってることめちゃくちゃですよ…」
「………っにすんだ…」
「…少し黙ってください」

「……ぼくが、豆乳が牛乳に適うわけないじゃないですか」
「……だって、現に」
「ぼくは所詮あなたの模造品に過ぎない。今のは単なるブームです…
 本物の味を求めたら、牛乳にはかないません。ぼくは、いつだってあなたに憧れてるんですよ」
「…うそだ」
「あなたのようになりたくて、ここまできた。あなたに認めて欲しくて、あなたの横に並びたくて…
 成分の調製にはずいぶんと苦労させられました。
 みんなだって、本当はわかってる、あなた無しじゃいられないことを。あなたの良さを」
「………」
「そのうちまた、ぼくなんか足元にも及ばない人気ものになっちゃいますよ。
 で、ぼくはまた、棚の隅っこで一列陳列に戻ってるんでしょうね。
 離れ離れは寂しいですけど…」

「…んなこたねーよ……お前のよさだって、みんなわかってる」
「牛乳…」
「……お前が模造品だなんてことはねーよ

「…乳くせぇキスしやがって」

2826-549 君の背中で眠らせて:2006/05/16(火) 17:22:30
新幹線の発車時刻まで、あと1分。
ホームは、長い階段の上にあり、歩いていたのでは間に合わない。
あれに乗り遅れたら、次の仕事に遅刻してしまう。
前の会議が、想像以上に長引いたりなんかしたからだ。
そんな時に限って、すれ違ったサラリーマンに、階段で足をひっかけられた。
とっさに左足をついたら、階段を踏み外してしまった。足首に激痛が走る。
無様に転んで、階段の角に膝をついた。
あまりの痛さで声が出そうになったけれど、2、3歩先を走っていた尾上が振り返ったので、
耐えてすぐに起き上がる。部下の前で、無様な姿は見せられない。
「主任、どうかしました?」
「大丈夫」
手短に言って、俺は走り出そうとした。しかし、左足がそれを許してくれなかった。
「大丈夫ちゃうやないですか」
尾上が、腕をつかんだ。振り払いたいが、今はそれどころじゃない。新幹線に乗り遅れる。
左足は、完璧に筋がイかれたようで、地面に足をつくだけでも、脳天を痛みが襲った。
尾上の手を借りて、ヒョコヒョコと、ケンケンしながら階段をのぼるが、無常にも新幹線の
発車を知らせるベルが鳴り響く。
「…あかん。俺のことは置いてってくれ」
俺は断腸の思いで、その言葉を口にした。仕事に穴あけたら、どうなるか分からない。
尾上は、俺の言葉に、本気でマズい状態なんだと気づき、一瞬迷った顔をした。
アホ、迷ってる暇なんてあるか。早く行け。お前なら、一人でも場を持たせることは
できるはずだ。しかし、尾上は、意を決したように、俺の前にひざまづいた。
「最後まであきらめたらダメです。乗ってください」
「はぁ!?」
「おんぶしたげます」
アホ。君はアホか。
しかし、俺がその背中に乗らない限り、尾上は動きそうにない。
迷ったが、二人で遅刻か、二人で間に合うかやったら…間に合う方にかけるしかないか。
俺が乗ると、尾上は立ち上がった。ちょっとよろけるが、前を見ている。
俺よりもガタイはいいけど、俺だって男だ。筋肉ついて重い男を担いで、そんなに早く走れる
わけがないのに、尾上は足を前に出して、ヨタヨタと走り出した。
アホだな、君は。でも…行けるかも。

そして、新幹線のドアが閉まる寸前、尾上の右足がドアに入った。
もう一度開くドア。入る俺たち。駅員さん、駆け込み乗車、ごめんなさい。
尾上は、満面の笑顔で振り返った。
「間に合いましたね。主任、仕事に遅刻したら、半月近く落ち込んじゃうから、必死でしたよ」
至近距離の笑顔と、思いがけない言葉。
あぁ、一ヶ月前、列車事故で遅刻した時のこと、気づいていたのか。
俺は、尾上のまっすぐな言葉に、思わず胸を熱くさせてしまった。
目の奥がジンとして、鼻がツンとする。顔が赤くなっていくのも分かって、うつむいた。
「あれ? どうしました? 眠くなりました?」
「アホ」
尾上のアホな発想に、つっこみを入れたが、その声は無様にかすれていた。
感動したのだ。俺の仕事に対する姿勢とか、努力とか、そういう人に見せない点を、
尾上が分かっていてくれたことに。仕事での関係でしかない、と思っていたのに。
「…ん? 『君の背中で眠らせて』ってやつですか? ええですよ。そういうことなら、座席まで
 連れてってあげますから、眠ってください。最近、忙しかったですもんねぇ」
「ちょっと黙っててくれ…」
うつむいたからって、背中で眠りたいと思ってるなんて、どういう脳してたら考えつくんだ。
しかし俺は、顔もあげられず、声も出せず、ただうつむくことしかできなかった。
「恥ずかしがらんでええですよ。スーツしわにならんように、座席に降ろしますから、眠って下さい」
「うるさい! 歩き出すな! ちょっと待ってくれたら、降りて自分で歩くから!」
涙でゆがんだ声が聞かれたかもしれない。
尾上は、歩きだそうとした足をひっこめた。そして、壁に肩でもたれて、俺が降りようとするのを
待ってくれた。
俺は、涙をひっこめるために目を閉じた。
「…ほんまに、主任やったら、俺の背中ぐらいいつでも貸しますよ…。
 主任が頑張ってるの、よく知ってますから」
背中ごしに、尾上のささやきが聞こえた。

今は、もうちょっとだけでいいけど…。また今度…君の背中で眠らせて。
心の中でだけ、返事しておいた。

2836-549 君の背中で眠らせて:2006/05/16(火) 20:31:45
意外にガッシリとした背中。
最近ジム通ってるんだって?周りから聞いたよ。
少し痩せたと思っていたのは絞ったせいなんだ・・・
そんなことすら知らなくて・・・ごめん。
ここのところの俺たちは、なんだか会話がないね。
俺もお前も元々おしゃべりじゃなかったもんね。
それでも・・・それでもどこかで繋がってると・・・

だから眠るとき、お前の背中におでこを寄せる俺に何も言わないでいるんだよね。
お前の心音が聞こえて俺は目を瞑る。
やがて俺の心音も重なって・・・
こうしてひとつに繋がっていたいよ・・・

ここのところ会話もない俺たちだけど、
今はまだその背中で眠らせてほしい・・・

2846-559 サディズム:2006/05/17(水) 01:52:00
僕にはパパがいた。
パパと言っても、血の繋がりはない。
代わりに金と身体と、愛で繋がる僕とパパ。

パパには奥さんと子供がいて、いわゆる僕は愛人。
それでも週の半分はパパと過ごすことができていたから、
僕は充分幸せだった。

なのに、パパはとても優しい人だったから、そんな関係にいつも心を痛めていたんだ。
本当は奥さんと別れて、僕とずっと一緒にいたいけど、弱い自分は、
いろいろなしがらみを取り払うことができずにいて、僕を苦しめているとか…
僕は全然平気なのに、こうしてパパが来てくれるだけでいいのに、
パパはいつも、すごく自分を責めるんだ。

そしてパパは、僕にお仕置きをお願いする。

ごめんなさい
許してください

そう繰り返し反省するパパを、僕が叱咤する。
時にパパを汚く罵ったりしながら、縄で縛ったり、ベルトで叩いたり、
そりゃ最初は戸惑いもあったのだけど、
泣きながら縋ってくるパパを見てると、さらに愛しさが増して、
お仕置きをしてると、どうしようもないくらい興奮するようになって、
そういうときのセックスが、また譬えようもないくらい気持ちよくて、
そのうち…ああ、愛って暴力なんだなぁ…なんて思ったもりして。

僕らの愛には、暴力が欠かせなくなっていった。

そんなある日、パパが言ったんだ。
「絞めながらやってみない?」
「絞めるって何を?」
「首をさ…気持ちいいらしい」
ああ、どっかで聞いたことがあるね。どこだっけ?
「失楽園?」
「阿部定だよ」
ああ、あの“チン切り”か…。
情夫を絞め殺して男根を切断し、それを大事に懐にしまって逃げてたっていうんだから…すごい話だ。


…そのとき、ぽわっと、僕の中に何かが生まれた。

いや、今までもきっとそれはあったのだろうけど、
ずっと隠し続けてきた、嫌われたくなかったから無視してた、
きっと独占欲って正体のそれ。
考えもしなかった。
永遠にパパが僕だけのものになるなんて。

一度顔を出した欲望は、急激に成長して、無視するどころか、
僕のすべてを急速に支配し始める。

「絞めてみてよ」
無邪気に言ったときのその笑顔も、家に帰ったら奥さんや子供にも向けてるんだって、
知ってたけど、知らないふりをしてきた今までの僕。
ごめんなさいって、繰り返し言っていても、ちっとも反省してないのだって、
僕に悪いなんて思ってないって、それもわかってた。
見ないようにしていたものを見てしまえば、もう無視なんかできない。
これは嫉妬。

あたりまえじゃん、誰にも渡したくないよ。
僕だけを見て、僕だけを抱いて、僕だけのものでいて欲しいよ。
他の誰かと話しているのさえ、嫌だよ。
僕以外の何ものにも触れてさえ欲しくない…。

でも僕は知らなかった。
叶える方法があったんだ。
どうして気付かなかったんだろう。


「うん」
僕はパパの上に跨って、パパのモノを中に入れたまま、
パパが用意して、既に自分で首に巻きつけた腰紐を手に取る。
ゆっくりと顔を下ろして、口付けをする。


「絞めるよ、パパ」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
本スレ560です。
向こうでは投下してくださったかたが既にいらしたのでこちらに。

2856-569 勘違い:2006/05/17(水) 12:08:58
佐倉は俺を選んだわけじゃない。
男が切れて寂しかったから。
ルームメイトが俺だったから。
俺が佐倉の性癖を嫌悪しなかったから。
ほら、理由はいくらでもある。

だから、「もしかして佐倉も俺のことを……」なんて勘違いしちゃ駄目だ。

佐倉の好みは年上の渋いパパ。
間違っても俺みたいな青臭い同級生じゃない。
佐倉の基準はお金持ち。
自立もできていない俺なんて問題外だ。
佐倉が俺に目を向けるはずがないんだ。

勘違いしちゃいけない。
いくら俺が佐倉を好きでも、アイツにとって俺はセフレなんだ。

あぁだけど、分かってはいるけれど。
隣で眠る佐倉のあどけない顔を見ながら、思わずにはいられない。


この考えこそが、勘違いだったらいいのに。

2866-569 勘違い:2006/05/17(水) 12:10:42
大丈夫。分かってる。
梅宮は、ただ同情してくれてるだけ。

男が切れたなんて嘘。
誰かと付き合ったことすら、一度もない。
年上のパパが好みっていうのも嘘。
好きなのは、今までもこれからも一人だけ。

気持ちごとなら重くても、身体だけなら慰めてくれるかもしれない。
そう思って、浅ましく誘った。
抱いてくれてありがとう。
優しさを利用してごめん。
大丈夫、勘違いはしない。
僕は梅宮を好きだけど、彼は僕を好きじゃない。
ほら、ちゃんと分かってる。

いつものように布団を抜け出して、眠る梅宮を横目に服を着る。
それから彼の髪にちょっと触れて、目覚ましをかけて部屋を出る。
昼間はただのルームメイト。
この関係は夜だけ。
ちゃんと区別する。


勘違いしたり、しない。

2876-599 あの舞台に立ちたかった:2006/05/18(木) 17:40:27
彼が袂を翻せば、薄紅の花びらが舞い散った。
彼が腕を伸ばせば、剣戟の響きが満ちた。
彼が虚空を見据えれば、そこに愛しい相手が、憎い敵が、過去が、未来があった。
まだ小学校にも上がらない僕は、その時彼の舞台に魅せられたのだ。

あの舞台に立ちたい、と思った。
あの美しさを自分のものにできたら、どんなにかいいだろう。
僕は宗家の跡継ぎだった彼に弟子入りした。
舞はなかなか身体に馴染まなかった。それでも僕は、懸命に稽古に励んだ。
あの舞台に立つために。
あの美しさを手に入れるために。

結局、僕には才能がなかった。
やめる直前、一度だけ舞台に立った。
奇しくも彼に感銘を受けたのと同じその場所に立った時、僕は気付いてしまった。
僕が立ちたかったのは、ここじゃない。
ここには彼がいない。
美しさそのものだった、彼がいない。

当時、彼はすでに第一線から退いており、共演は叶うはずもなかった。
僕は溢れそうな涙をこらえて演じきり、つつがなく舞台を終えた。
こうして僕は、彼と完全に道を違えた。


今でも時折思う。
一度でいい。彼とともに、あの舞台に立ちたかった、と。

________________

なんか本スレ600と似たような終わりになってしまった悪寒

2886-599 あの舞台に立ちたかった:2006/05/18(木) 18:21:39
もう動かない足に爪をたてる。
もう立てない足に憎しみを込める。

「何やってんだよ。」

勝手に部屋に入ってきたのは今度の公演で俺の代わりに主役をするあいつ。前は二人で頑張ってきたはずなのに、今は殺したいほど憎々しいあいつ。めりこんだ爪を足から離された。
血が、出てた。
「せっかくの綺麗な足が台無しじゃねぇか。」
その言葉に泣き叫びすぎて枯れたしまった声が蘇った。
「・・・もう・・・いらない・・・こんな足、いらない・・・・・・。」
ああ、まだ溢れ出すほどの涙が残っていた。声と共に枯れたと思っていたのに。
「・・・事故って恐ぇもんだな。あんな強気だったお前が今じゃまるで人形だ。」
ゆっくりと顔を上げる
「人形・・・?」
俺を見下ろすあいつはとても綺麗に見えた。
「ああ、人形だよ。綺麗なまんまなのに、まるで生きてる気がしねぇ!足ぐれぇでなんだよ!!お前はそんないじいじしたやつじゃねぇだろ!!!」
いきなりの叱咤に、俺は動くことができなかった。
見開いた目からなおも流れる涙。止めたくても止まらない。
「でも、俺はもう舞台に立てない・・・。生きる意味を失った・・・そうだろ?」
何とか微笑んだつもりだがうまく笑えただろうか?

2896-599 あの舞台に立ちたかった:2006/05/18(木) 18:22:42
続き



家族もいない天涯孤独の俺たち。そんな俺たちを拾ってくれた義父さん・・・親孝行するために、義父さんの劇団で働いて・・・俺のファンたんだぜ?客が一気に俺目当てで増えたんだぜ?なのに、こんなタイミングで俺は動くことができなくなった・・・。

「もう・・・義父さんに合わせる顔がねぇんだ。だから、お願いだよ。お前が客を集めてくれ。お前が、劇団を盛り上げてくれ。」
最後の方なんて押し寄せる泣き声でちゃんと声が出なかった。情けない。そう思った瞬間あいつは胸倉をつかんで、無理やり俺を立たせた。
「ざけんなよ!やれることやろうとも思わねぇのかよ!!今のお前だってやれることはあるだろうが!」
俺は目を見開いた。今の俺にやれること・・・?ぽかんとした顔をしていると床に叩きつけられると共に一冊の台本を投げつけられた。
「足で立てねぇって言うんなら、這いつくばりゃいいだろ。別に立たなくったってやれることはあるんだ・・・!」
扉を乱暴に閉めるとあいつは走り去っていった。
這いつくばる?俺は今だ放心状態で、ちょっと時間がたってから投げつけられた台本を読んでみた。
内容に、俺は涙した。
義父さんが病気の少年が主人公の台本を書いてくれていたのだ。俺は車椅子での生活をしている少年。あいつはその親友役。

台本の最後には義父さんと劇団員全員からのメッセージがかかれていた。
俺は顔をくしゃくしゃにしてあいつからのメッセージをよんだ。

『早く復帰しろよ。俺にお前の変わりはできない。お前しか主役はハれない。』

あの舞台に立ちたかった。

いや、もう立たなくていい。

這いつくばってでも、俺は―――――――、

2906-609 踏めやゴラァ:2006/05/18(木) 23:37:03
 講義を終えて食堂へ向かう途中で気がついた。
 周りのみんなが俺をちらちら見ては、くすくす笑っている…ような気がする。
 なんだろう、俺そんなに可笑しな格好してるかな…あ、寝癖でもついてるとか?
 髪を撫でつけてはみたけれど、梅雨も間近の湿気を含んだ猫っ毛が指に絡むばかりで、真相は判明しない。
 あ、また。後ろから俺を追い抜いていった二人連れの女の子が、何か言いたげに俺を見ながら足早に去ってゆく。
 ちぇ、と小さく舌打ちしてみたのと同時に、何かを踏んで前につんのめる。見下ろすと、靴紐がほどけていた。
 ほどけたのが右なら××左なら○○ってジンクスがあったよな確か。などと思いながらしゃがんで結びなおしていたら、背中にどかっと衝撃がきた。
「ぐぁ……!」
 反動で地面にしたたか膝をぶつけてしまい、俺は思わず涙目になる。
「あ、すまん、ちょい勢い余った」
 まるですまなさそうでない口調で言いながら覗きこんできたのは、同じクラスの斉藤だ。
「おま…! 何すんだよ!!」
「や、だって、ほら…」
 斉藤が俺の背中に手をやる。何か剥がす気配がする。目の前に掲げられた紙切れを見て、俺は脱力した。
 笑われていた理由といきなり蹴り飛ばされた理由はこれか…
 誰だ、人が寝ている間に背中にこんなものを貼った奴は――

『踏めやゴラァ』

2916-620 伝わらない:2006/05/19(金) 19:15:27
いやいやいやいや、ありえないから。
絶対ないね。まじでない。
伝わってるわけねーじゃん。
だってほら、今だってすごい目で睨まれてるわけで。
はい、すいません。静かにしますよ。
俺なんかちょっとうるさいクラスメイトくらいの存在です。

いいのいいの伝わらなくても。
俺、今のままで充分天国。

大体、引っ込み思案な俺っちは、伝えられるようなことを何にもしてないからね。
精々できてるのは、授業中にじっっっっっと背中を見つめるとか、
プリント渡すときにそっと手を握るとか、
体育の授業のときにさりげなく身体をすり寄せてみるとか、
登下校のとき、10メートル後からついてってるとか、
あいつのバイトしてるコンビニの周りを、2〜3時間うろうろするのが日課とか、
そんな程度ですから。

「立派なストーカーだな」
ストーカーとは失礼な!
失礼なことをスルッと言っちゃうお友達ですね、君は。
ストーカーと言えば、あれだろ?無言電話。
俺は無言電話とかしたのは一回しかないんだからな!
だいたいあれだって、無言電話しようと思ったんじゃなく、
結果として無言になってしまっただけなんだからな。

隠し撮り?携帯の待受けになってるアレのこと?
またまた失礼な奴だな君は!
あれは隠れて撮ったわけじゃないから隠し撮りではないのだよ。
自分撮りをするふりをして、外側カメラを起動させてたってテクニックだ。
どうだ、まいったか、デスクトップの背景もあいつだ。


お、席を立ったぞ、帰るのかな。
んじゃ、今日も一緒に下校の時間♪(10メートル差で)

「おい!」

うわっ!びっくりした。なんで目の前にいるんだ!?
帰るんじゃないの?え?ってか、俺に言ってる!?
ヤベェ距離が近いよ!(俺10メートルに慣れすぎ)
どうしよう、どうしよう、ドキドキする。
俺きっと顔真っ赤だ〜。

んー?あれ?珍しいな、あいつの顔も真っ赤だ。

「お前な、言いたいことがあるならハッキリ言えよ。
 ハッキリ言わなきゃわかんないんだからな!」

はい、伝わるわけないと思ってました。

「絶対わかんないからな!」




えっと…

「好きです」

2926-629 さぁ俺を踏み越えていくが良い:2006/05/20(土) 00:22:12
どうしてこうなったのだろうと、考えるのはやめにした。
考え方の違いは出会った時からわかっていて、それでも互いに手を伸ばしあった、
その過去は決して変わらない。
七年も前に袂を分ったからといって、今、敵軍の将として遭い見えたからといって、
貪るように抱き合ったあの日の想いに嘘などない。
たとえ、互いに遠慮容赦ない戦いを繰り広げようとも。
たとえ、今この瞬間に、お前の剣が俺を切り裂こうとも。
わざわざ跪いて、倒れ伏した俺を哀しげに見つめなくたって、いいんだ。
一軍の将たるものが、そんな様でどうする。
「―――…に、してやがる…」
どうにも掠れる声を振り絞る。情けないほどに弱々しいが、こいつに聴こえればそれでお十分だ。
「さっさと、行け…!」
さぁ、俺を踏み越えて行くがいい。お前ならきっとどこまでだって行けるから。
俺の信念も忠誠も今の国を守りたいという願いも全て、お前の心には届いているだろう。
それこそ、七年前から、ずっと。
そんなお前だからこそ、辿り着ける未来もあるだろう。
「―――」
すぅっと息を吸う気配を感じて、目線を上げる。睨み付ける。
謝罪の言葉を紡ごうものなら、死んで後でも刃を取ると、そう瞳で突き放す。
踏み越えるとはそういうことだと、ほんの少しでも楽になることなど許されないのだと、
見開かれた懐かしい双眸がやがて細まり、そして最後に、まっすぐにこちらを射抜いた。
今この国に必要なものが何か、夜が明けるまで語り合った頃の、迷いのないそれを
思い出させる眼差し。記憶より重みが見て取れるのは、気のせいなんかじゃない。
―――…それでいい。
上がらない口の端の代わりに、瞼を伏せた。
立ち上がる気配がし、間もなく響き出した足音が、遠ざかり、おぼろげになり……消えた。

2936-630 さぁ俺を踏み越えて行くが良い:2006/05/20(土) 00:24:18
 死屍累々。
 そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 オレたちは今日、高校を無事に卒業した。
 問題ばっかり起こしてたけど、いざ卒業してみるとサミシイもんがある。
 いやでもめでたい。何にせよめでたい。
 そんなわけで、卒業式のあとにはお決まりの宴会がスタートしたわけだ。
 みんな浴びるように酒を飲んでいたが、オレは味覚がコドモなのか、酒をあまりうまいと思わない。
 必然的に、飲む量は誰よりも少なくなった。
 大量にあった酒がどんどん減っていって、酔いが回っておかしなことになる奴が増えてきた。

 そして、この有様だ。
 もちろん本物の死体というわけではない。死体はこんなにぎゃあぎゃあうるさくないはずだ。
 素面なのは自分一人。もしかして後片付けも自分一人、だったりするのだろうか。
 未だ見ぬ悲しい未来を思い浮かべながら、とりあえず空いた缶をポリ袋に入れてゆく。

 喧噪の中で、チャイムが鳴った。
 家の主もその仲間も、みんな酔っ払っていて出られる状態じゃない。
 そんなわけでしかたなく、誰に命令されたわけでもないが、オレが客人の応接をすることになった。
 ただ残念なことに、玄関までの道のりには死体がごろごろ。踏まずに進むにはちときつい。
 手始めに、一番かさの高い渡辺を踏んづけてみる。
「ぅおえっ! おま、オレの屍を踏み越えていくなよ……」
「いや普通逆じゃね? つか踏み越えさしてくれよ屍くらい。」
「屍くらい、て。今のオレはデリケートなんだから、優しく扱ってくんねーとリバースしちまうぞ。」
「はいはい、もうおまえがキモいのはわかったから。」
「ちょっとこの子反抗期?!」
 渡辺と同じように邪魔な奴らを片っ端から踏んづけて、やっとのことで玄関に辿り着き、ドアを開ける。
 そこに立っていたのは結構意外な人物、だとオレは思う。
「あれっ、鳥井じゃん。どしたの?」
 鳥井は同じクラスだったが、オレはあまり接点がなかった。
 勉強も運動も得意で、寡黙な男前。元・弓道部部長。オレの知っている鳥井情報はこんなもんだ。
「もしかして、おまえも宴会呼ばれてた?」
「いや……」
「でももうちょっと早く来るべきだったなー。もうみんなべろんべろんだぜ?」
「……オレは、宴会に参加しにきたわけじゃない。」
「あ、そうですか……。」
 そんな、そこまできっぱりと否定しなくても……。
 鳥井はオレの周りの連中みたいに冗談を言ったりするタイプではないので、二人で話すとなると結構困難だったりする。
「えーっと、じゃあ鳥井は何で」
「鳥井?!」
 ここに来たんだ、と尋ねようとしたのを遮られた。
 遮ったのは鳥井を呼ぶ悲鳴にも似た声で、足音やらうめき声やらも一緒に聞こえてきた。
「鳥井っ!」
 恐らく死体の中の一人であろう誰かがオレを押しのけ、そして、鳥井を力いっぱいビンタした。
 鳥井はその衝撃によろめいたが、何とか体制を立て直す。
 オレは目の前で繰り広げられた光景に、茫然自失することしかできなかった。
 こいつは、鳥井はビンタをされにきたのか? いやいやそれはないだろう。そもそもこの後ろ姿は……
「トモ?」
 先程の悲鳴のような声と足音はトモのもので、うめき声は誰かがトモに踏まれたときのものだろう。
 鳥井に強烈な一発をお見舞いしたトモは、肩で息をしながら耳まで真っ赤にしている。
「何でもっと早く来てくんねーんだよ!!」
「……悪かった。」
「鳥井が追っかけてこなかったらと思うと、おちおち酒も飲めねーよ!」
 うーん、どう見ても泥酔状態ですけどねトモさん。口に出したら怒られるから言わないけど。
「おまえなんか、きらいだよ……」
 いつも明るく笑っているトモが、ぼろぼろと涙をこぼしながら鳥井を睨みつけている。
 鳥井はと言うと更なる謝罪をするでもなく、ただそっと、トモを抱きしめただけだった。
 しばらくして我に返ったトモに、またビンタをくらってたけど。

 あとから話を聞いたところ、オレはこいつらの痴話喧嘩に巻き込まれただけのようだった。
 それにしても、痛い愛だなぁ。オレは絶対にお断りだ。
 頬を腫らしてるところ悪いが、鳥井にも後片付けを手伝ってもらうことにしよう。

 あ、そうそう。ちなみにオレは、安田。ただの狂言回しである。



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長文な上、あまり指定されたものに添ってませんね…申し訳ない。
今度からは踏み台に徹しますorz

2946-660 帰っておいで:2006/05/20(土) 06:34:19
 僕は、その門を見上げていた。

 高校に通った十代の三年間は、忙しく目まぐるしい日常のなかに埋もれている。
しかしとある瞬間に、僕は世界と、そして自分の存在に言い様のない不安と不実を感じ、
そしてそのとき、僕は昔の通学路をたどり、その門を訪れた。
大学に入り、大学を出て、就職し、様々な仕事をこなし、
立場も周囲も日々変化をくりかえしてもはや形もとどめない僕を、
かつての校舎は時が止まったように変わらない姿で迎えてくれる。
 そして、大杉先生も何も変わらなかった。
 先生、お久しぶりです、と僕がいうと、驚いたように振りむく。
黒縁の大きな眼鏡を手で持ち上げながら、やあ、斉藤じゃないか! と嬉しそうに言って、
机のうえをバタバタと片付けようとしてくれた。
分厚い専門書や学生のレポートに紛れ、先生の出身校である大学の校章が印刷されたマグカップが、
先生の好きな国産メーカーのティーバッグをぶら下げながら覗いているのも同じ。
大変な作業のうえにひっぱり出されてきたお茶を恐縮して受け取ると、
僕たちはかつて教師と生徒であったころのように、
ひとしきり近況や、他愛のない雑談に花を咲かせた。
三角法や微積分を教わったあのときと同じ、先生の低く優しい声に耳をまかせるうちに、
立ち止まる暇もなく走り、揉まれてきた自分自身が、一瞬のうちにあのころの姿に戻っていく。
 柔らかな時間はまたたく間に過ぎ、懐かしい鐘が夕暮れを告げた。
時がたつ早さに驚きながら、一緒に飯でも、という先生に、僕は明日も出張なので、と暇乞いをする。
先生は、そうか、とつぶやいてから、笑って立ち上がり、肩をたたいて言った。
 「ここはお前の母校だ、いつでも帰っておいで」

 校舎を出て、僕は振り向き、もう一度その門を見上げた。
夕日に照らされたその白い柱は、そのまま先生の声を僕に伝える。
 いつでも帰っておいで。
 僕は心のなかで、いつかあなたに恥じない人になって帰ってきます、と呟き、
薄暗くなりはじめた街を、行き交う人々に混じって歩きはじめた。

295294:2006/05/20(土) 06:35:10
名前は6-630の間違いですた。

2966-660 愛しい人:2006/05/20(土) 15:02:47
今まで出会った者は皆俺の姿に怯え、逃げて行くばかりだった。
だけど君だけは何も言わずにいつも傍に居てくれたね。
俺にとって君は太陽のように大きく暖かい存在だった。

『俺も君のような姿に生まれていたら皆に愛してもらえたかな…?』

そんなつまらない愚痴さえも君は静かに聞いてくれたね。


愛しい君よ…
君を遺して独り行く事をどうか許して欲しい…

2976-669 福岡デリヘル元アイドル:2006/05/20(土) 15:05:08
「やあ。久しぶり」
待っていたよ、と彼は微笑んだ
あなたを忘れられず、流れ流れて結局此処まで戻って来たよと
笑った目尻に時の流れを感じた。
世間体や不釣り合いだなんて言って、つまりあなたは逃げたんだよね、という言葉に、俺は何も言えず俯く
「会いたくなかった?」
落ちぶれたと思う?
けどあの世界もこの世界も、似たようなもんだよ。
セックスも人の体温も、同じように気持ちいいもんだよ。
皮肉な声に、俺は彼の横に腰を下ろした
路上に座り込む俺達は、通り過ぎていく人の波にあの日を探した
彼と出会ったこの道
初めて唇を重ねたのもこの道
別れたのも、この道だった

今はもう無い、親不孝通りで
俺は彼を探し続けていた
…俺達はまた親不孝を続けていくのだろうか
あの頃よりずっと狡くなって、無力になったのに。
それでも。
行き場のない指を、はぐれないように絡めた

2986-669 福岡デリヘル:2006/05/20(土) 15:17:24
「なー福岡、『デリヘル ヴィーナス』に元アイドルが働いてるって知ってた?」
仕事帰りの居酒屋で同僚の長崎にそう訪ねられ、俺は飲んでいたビールを吹き出した。
「デ、デリヘル?」
「何こんな話くらいで慌てんの?お前は乙女か」
長崎は普段の爽やかさからは想像できない意地悪な顔でニヤリと笑った。
「い、いや、急に『デリヘル』とか言うからさ……で、アイドルが居るって?」
そう答えて笑ったものの、俺は正直女の子には興味はなかった。
目の前のこいつにも内緒にしているが、俺は同性愛者だった。
自分の性癖に気付いたのは大学生の時。だからといって出会いを求める勇気も無く……
「福岡ってさ、もしかして女に興味ナシとか?」
「なッ、何でだよ!?」
「あんまりこの話に食い付いてこねーし」
「そんな事は−−」
「つーか普通興味あるんじゃねーの、男だったら」
まるで俺を探るように長崎はそう答える。
「そりゃまぁ……」
「男のデリヘルだったらどうよ?」
「えっ?そんなのあるのか!?」
つい声を大きくした俺に、長崎はしたり顔で「やっぱりそうなんじゃん」と言った。
俺はあきらめたように肩を落とした。
「そんでさっきのデリヘルの話なんだけどさ」
「……なんだよ」
引っ掛けられたショックでやけ酒をあおる俺に、長崎は笑みを浮かべてこう言った。
「『デリヘル長崎』って言って今出来たばっかなんだけど。
従業員も俺だけなんだけど、早速どう?」
俺はまたもや飲んでいるビールを吹き出した。

2996-689 好きで好きで それとこれとは:2006/05/20(土) 19:40:39
「本当に、辞めるのか?」
「はい」
迷わず答える俺に部長は少しためらって、でも引き止めようと身を乗り出してきた。
「スタメンになれたりなれなかったりするのは、監督が相手に応じて考え抜いた結果だ。身長というネックはあるが、お前のテクはうちの部にとって…―――」
「部長。それとこれとは、関係ねーっスよ」
間接的には関わってるけど。心の中で続けた言葉は部長には聞こえない。
名門と呼ばれるこのバスケ部に不満があったわけじゃない。部長でさえ時に外されるっていうのに、スタメン落ちに今更文句を言う奴はいない。
監督の鬼のような厳しさも、本気で最強を目指してのことだと誰もが知っている。同じように突っ走っている。
だからこれはただの、いや、どうしようもないわがままだ。
「……そうか」
それ以上何も言わないで、これは俺から監督に渡しておくよと退部届を手に微笑む姿に、申し訳なさと感謝で一杯になりながら部室を出た。
馬鹿だと自分でも思った。けれど何でここまでしているのか、自問自答するのももう疲れた。
答えは、どう足掻いたって一つきり。
『また、やりたいな』
耳に蘇るのは、上から降ってきたくせに、俺よりも少し高い声。
勝ちが見えてるどころか、相手に戦意の欠片もなくなったような試合を観戦する気になんてなれなくて、ちょっと外に目をやったのがある意味運の尽きだった。
会場の外のバスケットゴールでは試合を観に来てたらしい連中が1on1や3on3をやっていて、何となく眺める内にその中の一人に釘付けになった。
高い身長と、パワフルなプレー。それに、楽しくて堪んねぇとばかりに浮かんだ笑顔。
どれも自分とは正反対で、強く、強く、惹きつけられた。
解散になってからもまだその人が残っていたことも、じゃんけんで決まったチーム分けも、今は奇跡みてぇに思ってる。
今までのどんな試合より、その人と組んでの2on2が楽しかった。
別れてからも、部活に出ても、夢の中でさえもあの勝負が頭の中を回って、回って、現実の物足りなさに息が苦しくなった。
腹の底から叫びそうなほど、でけぇ願いが膨れていった。
もっと、もっとアンタと勝利を追いかけたい。
アンタからのパスを俺が、俺からのパスをアンタがキメる、あの一瞬一瞬を味わいたい。
これっきりなんて、ゴメンだ。このまま忘れられちまうなんて、嫌だ。
好きで好きでどうしようもないアンタを、どうしたって諦められねぇ。
この近くの市立に転校したばかりと言っていた。バスケ部がなかったんだと笑っていた。
これから創ると、宣言した。
敵として戦うその時まで、待ってなんていられねぇ。

お袋を泣かせ、親父に勘当される覚悟を固めながら、家へと急いだ。

3006-709 レイヴ:2006/05/20(土) 23:06:35
じいにあす英和辞典(第3版)片手に、萌え語りいきまーす。

・うわごとを言う…受けが熱を出して寝込んでいて、それを看病する
攻めが一瞬で浮かびます。熱で火照った顔を攻めの方に向け、
愛しい人の名前を掠れた声で呼ぶ受け。ところが何故かそれが
攻めの名前ではなく、受けの幼馴染の名前だったり。
鬼畜攻めならその場で襲いつつ問いただします。
ヘタレ攻めならショックのあまり家に帰ってしまいます。
オチは、ベタに幼い頃の夢を見ていたでも良し、
悲恋で行くなら幼馴染に叶わぬ恋をしているでも良し。

・どなりちらす…独占欲の強いワガママ攻めの定番ですね。
受けがクラスメイトと話していた。→「俺以外の奴と話すなrftgyふじこ」
受けが用事があるからとデートを断った。→「俺の事大事じゃないんだろえdrftぎゅhじこ」
そして、断られなければデートの予定だった土曜、受けがクラスメイトと街を歩いているのを発見。
いつもなら、どなりながら割り込む所だが、受けのあまりにも楽しそうな様子に「ああ…俺振られるんだ…」と、この世の終わりのような顔をしながら家に帰り、布団ひっかぶって寝てしまいます。
日曜日、受けが攻めを迎えに来ます。
この日は攻めの誕生日。実は内緒で誕生日パーティーを準備していたんだよ、と。
攻めはそのベタなオチに、泣きじゃくりながらどなりちらして怒ればいいと思う。

・激賞する…これは受けでも攻めでもいい。むしろ両方だといい。
お互いもう褒めまくり。ただしこれは、相手に直接言わないのがポイント。
お互いが、心の中で相手を素晴らしい人だと思い募り、そして
自分なんかが釣り合うはずがないと落ち込むのです。
続くすれ違い。お互いがどれだけ思い合っているのか気づくまでは、まだまだ時間がかかります。
ただ、周りに言わせれば「恋は盲目」だったりしますが、そこは「あばたもえくぼ」ということで。

・(海が)荒れる、(風が)うなる…弱気受けとツンデレな攻め。もしくは意地っ張り同士とか、強気受けと意地悪攻めなんかでもいい。
とにかく素直じゃない奴らを、嵐の海だとか台風の街中とか
とにかく普段とは違う危険な状況に放り込みます。
極限下では、意地を張っている場合ではありません。
普段は、「僕には無理だよ」なんて言ってる弱気受け、
小さな体でツンデレ攻めを守ろうと、必死に頑張ります。
ツンデレ攻めも、「だれも助けてなんて頼んでないだろっ」
なんて言ってる場合ではない。結局失敗して怪我をした
弱気受けを本音ぶちかましで病院に運びます。
まあ、あとはお決まりの展開で。

長々と萌え語り失礼しました。楽しかったー。

3016-709 レイヴ:2006/05/20(土) 23:30:45
あの日も熱い夜だった。
俺たちが初めて出会ったのは、国内最大の屋内レイヴで。
いつものレイヴじゃ周りのことなんて覚えてないけど、あの日だけは別だった。
俺より少し前で踊ってたお前に俺の目は釘付けだった。
顔なんて一瞬しか見えなかったし、当然お前がどこの誰かも知らない。
それでも俺は、あの時お前に恋したんだ。

あれから数年。
無理やり声をかけて連絡先を聞いて。
何度目かにいっしょに参加した野外レイヴで、2人きりのテントで告白して。
同棲しだすまではあっという間だったっけ。
でも、別れるまでもあっという間だったよな。
まるでレイヴの間のような、熱に浮かされた恋だった。

だけど、俺の熱はまだ冷めてないらしい。
今年もまたあの独特の空間で、お前を探しながら俺は踊り続ける。

3026-709 レイヴ:2006/05/21(日) 01:15:46
この時期の子供はむずかしい。

「わあ、シュンくん上手に描けたねぇ。かっこいいロボットだ」
シュンくんはバラ組で一番絵がうまい。
僕の声に気付いた他の子供たちが、シュンくんのまわりに集まって口々に褒めそやした。
「すごーい」
「かっこいー」
「うまーい」
だが、声が重なるにつれてシュンくんの機嫌は降下していく。もともと山なりの彼の唇が、ますますへの字に曲がる。
ついにシュンくんは、黒のクレヨンでせっかく描いた絵を塗りつぶしてしまった。
「ああぁっ、シュンくん、なんてことを……」
「うええぇぇん」
唐突に泣き出したのは僕でも彼でもなく、同じ組のアキオくんだった。
「アキオくん?!」
「ぼく、しゅんちゃんのえ、すきだったのにぃ」なだめてもすかしても、アキオくんはぐすぐすと泣きやまない。
と、シュンくんはじっとアキオくんの顔を見ていたかと思うと、突然画用紙を裏返し、猛然と何かを描き始めた。
泣くのもあやすのも忘れ、僕とアキオくんがぽかんと見守ること十分。
驚異的なスピードで描かれたそれは、満面の笑みを浮かべるアキオくんの顔だった。
「すごい、そっくり…」
シュンくんは仕上げに小さくサインのようなマークを書くと、描いた絵をアキオくんに差し出した。
アキオくんはぱちぱちと瞬きし、絵を見つめ、再びシュンくんを見て、ふんわりと笑った。
「ありがとう。しゅんちゃん、だいすき」
シュンくんの頬がわずかに赤くなる。いっちょまえに照れてるんだなぁ、と思うと、こちらまで微笑ましく感じた。

本当に、この時期の子供はむずかしい。
なにしろ、周囲の称賛よりも、たった一人の笑顔を選ぶくらいなのだから。

3036-729交番勤務の警官×本庁の刑事:2006/05/21(日) 19:16:15
「売り切れだぁ?」
ほかのコーヒーはあと20円入れないと買えない。
「あーあ、うまくいかねえな」

「これでうまくいきますよ!」
突然、スーツの腕が俺の脇から伸びて、自販機に20円を投入れた。

振り返ると、背は低いが利発そうな若い男が、俺を見て笑顔をうかべていた。
「とっても機嫌が悪いみたいですね」
なんだこいつ。慣れなれしい。
「何でもないですから」と言い財布を出そうとしたら「あ、いいです、ぼくのおごりです」
こいつ人を馬鹿にしてるのか?
「君、あのね。警察を馬鹿にすると」
「それより早く交番にもどりましょう。聞きたいことがいっぱいあるんです」
な、何だって?
「ぼく、広域指名手配犯某号捜査本部の××です」と名乗った男からは、
さっきの笑顔は消え、ひきしまった表情があらわれていた。

こいつが本庁の?
でも本庁のやつらは必ず「××課から」とか肩書きから名乗るのに、
この男は「捜査本部の」としか言わない。
一応確認するか。「本庁の方ですか?」
「早く行きましょう、ぼくは交番のお茶か水でいいですから」
男は、先にたって歩き出した。でもよく見れば、
こいつの身につけてるものは、俺ら番勤めにはおよびじゃない高級品ばかりだった。

でも「お茶か水でいいです」なんて言うやつ、はじめてだ。
こいつ変わってる。
「お茶くらい、ありますから」
「そうですか。なら、自分でやりますから。邪魔はしません。
忘れないで。ぼくたちは同じ警官です」

この男の声が一瞬で、俺の心の尖がりを洗い流した気がした。

________________

下手で木綿

3046-679 4年後にあの場所で 1/2:2006/05/22(月) 10:44:14
また4年後、今度はあのスタジアムで会おうと笑って約束した日。
互いに、約束はいかにも簡単に実行出来る事のように思っていた。
だがそれから3年後俺とあいつの国の間で戦争が起こり、再会を約束したスタジアムも瓦礫と化して野戦病院となった。
当時、みながそう信じていたように「クリスマス迄には帰れる」と言う予想を疑わぬまま俺も戦地に駆り出されたが、予想されたクリスマス迄には戦争は終らず、約束の4年が過ぎても俺は今だ西部戦線の冷たい塹壕の中にいる。


*****


「なあ、あの桜の咲く丘覚えてるだろ?またいつかあの場所で会わないか?そう……4年後、4年も経てばこの戦争も終わるだろう。」
「ああ。生きてたらな。」
「そんな事言うな。絶対帰って来いよ。」
「はは。お前もな。生きてるんだぞ。じゃあ、今日から4年後の夕日をあの場所で一緒に見よう。」
そう言ったあいつの笑顔が涼やかだった。


程なくして俺も戦地に駆り出され、地獄の南方戦線で数知れない戦友の死を見取る間、俺が考えていたのは絶えずあいつの事。
別れる間際のあの涼やかな笑顔が絶えず俺の脳裏をかすめていた。あの時予想したように戦争はそう長くは続かず2年程で終戦を向かえ俺もなんとか生き延びて帰って来たが、約束の4年が過ぎても、あいつの消息は最後には満州にいたというだけで知れず、遺骨すら戻らない。
当初から果たせる保証もない約束だとは分かっていたが、諦め切れず俺は今も時々約束のあの場所に足を運ばずにはいられない。


*****

3056-679 4年後にあの場所で 2/2:2006/05/22(月) 10:45:20
俺はこの4年間あいつの事をずっと考えていた。
4年前、たまたま入ったバーのカウンターで隣り合わせただけの名前も連絡先も知らない若い男。初対面なのに妙に気が合って話が弾み、気が付くと俺は誰にも話した事もない心の内まであいつに話していた。
そのまま別れるのが心残りに思っていると、あいつの方から「また会いませんか?」と言ってきた。
俺が頷くとあいつは
「良かった。でも会うのはやっぱり4年後にしましょう。今はまだあなたは別れた人を諦めていないみたいだから。だから4年後の今日、今くらいの時間に、あなたが愛した人と別れたというあの場所で。」と、少し謎めいた事を言った。
それだけ。何故4年後なんだと聞いても「それが乗り越えなければならないキーワードだから」としかそれ以上は答えず、せめて連絡先いや名前くらいはと聞いても答えずにあいつは言った。
「じゃあ、それもこれも全て4年後にお話ししますよ。あなたが忘れず来てくれたら。」
「なんだそれ。随分勿体ぶるんだな。第一、4年後なんてお互い何が起こっているか分からないじゃないか。会える保証もない。」
「それはそれで仕方ない事です。まだ私達の間にはその時が訪れていないという事ですから。」
そう言ってあいつはどことなく寂し気な笑みを浮かべた。
あの笑みが忘れられず、俺はなぜあの時もっと積極的にあいつを誘わなかったのか悔やみつつ、約束の4年が過ぎるのを待ち続けた。
あんな、たまたま一度会って少し話しをしただけの相手と交わした約束を心待ちにするなんて、我ながら柄にもない事だとは思う。
そうは思いながらも何かにつけ、あいつの事を考えずにはいられず、約束の日を向かえた今日、俺は約束のあの場所に足を運ぶ。
どうしても会いたい。
ひどく心が騒ぐ。
あいつは本当に来るだろうか。

3066-759 ヤクザとその幼なじみの堅気(1):2006/05/23(火) 02:53:21
扉を開けたら、目前に薔薇、薔薇、真っ赤な薔薇。

薔薇の隙間から、声が聞こえて、男が見える。

白いスーツに柄物のシャツ、夜なのに色の入ったグラスをかけ、
一目で素人のそれではないとわかる雰囲気…
「よ!久しぶり」
その声に覚えがなければ、思わず扉を閉め戻しているところだ。
けれど、そう言って顔を綻ばせた男の頬には、見覚えのある懐かしい笑窪。
つられて笑ってしまうくらい不似合いだった。
笑ったら、懐かしさが込み上げてきて少し喉が詰まった気がした。

「なんつー…格好だ、おまえ」
とにかく早く部屋に入れ、近所に見つかったら俺の品格が疑われそうだ。
その風体に加えて、片手で抱えきれないほどの薔薇の花束を持っている。
どこのホストがやってきたのかと思うじゃないか。
「お前、全然変わってないなぁ」
何をそんなにうれしそうに言うことか。
「お前はまんま、ヤクザだな」
俺がそう言うと、アハハと声を出して笑いながらグラスを外した。

お前だって、目は全然変わってないじゃないか。
そうして笑ってる顔は、俺の知ってるままじゃないか。

『今から行っていい?』
突然電話がか掛かって来たのが30分前。
まさか本当に来るとは思ってなかった。
やつが高校を中退してから、ずっと連絡は取り合っていたものの、
この12年間一度も姿を見せたことはなかったからだ。
世間様に顔向けできないようなことをしている自覚があるからなのか、
はたまた他の理由があるのか知らないが、会うのを避けていると分かったときから
俺はそれ以上の詮索はしなかった。
家族にもろくに消息を知らせていないやつが、俺にだけは欠かさずメールやら電話やらで
連絡をくれるのだから、まあいいだろうと思っていた。


「結婚おめでとう」
玄関へ招きいれ、スリッパを出したところで、奴はそう言って花束を再度差し出す。
「ああ…え?」
「招待状届いた」
来ないだろうとわかっていたが、それでも一番出席して欲しい友人だったから。
「ほれ、結婚祝い」
薔薇の花束を俺の胸に押し付けられる。
ああ、それでこんなもの抱えて来たわけ…って、結婚祝いに、女相手ならまだしも、真っ赤な薔薇の花束って?
いろいろ思うところはあったが、とりあえず「ありがとう」と受け取ってみた。
花束を持った俺を満足したように見るあいつは、一向に玄関から動こうととしない。

「まあ上がれよ」
「いや、それ渡しに来ただけだから」
「何言ってんだ。久しぶりなんだから、ゆっくりしてけって」
「悪いな、この後用事あんだわ。すぐ行かねーと」
「はあ?マジでこれ渡しに来ただけなわけ?」
12年ぶりなんだぞ?何を言ってるんだ。
「まあ、式には出れそうもないんで、顔見とこうかと思ってな」
…今頃何を、と思ってると、腕をつかまれて抱き寄せられる。

3076-759 ヤクザとその幼なじみの堅気(2):2006/05/23(火) 02:54:30
「あーあ、お前もとうとう人のもんになっちまうのかぁ」


俺の肩口に顔を乗せて、大きくため息をつきながら何を言うのか。

「…別に、お前のもんだったこともないけどな」
「いんや、物心ついてからこっち、ずっとお前は俺のもんだったの」
「…ふーん、そうだったか」
こいつがそう言うのなら、そうなのだろうと、特に抵抗もなく思う。
一番最初の記憶に、既にこいつは存在してて、何をするのも、どこへ行くのも一緒だった。
俺のもんだと言われても仕方ないくらい、こいつと一緒の記憶しかない。12年前に突然姿を消すまでは。
「12年間もほっとかれれば、人のもんにもなるだろ」
「…だーよな」
苦笑交じりの返答が、あまりに弱弱しくて、俺は思わず身体を離してやつの顔を見た。
なんだか泣きそうな顔をしていると思った。
泣きそうな顔が泣きそうな顔のまま、さらにとんでもないことを言い出す。
「よっしゃ!んじゃ、サヨナラ記念にチューでもしとくか!」
「はぁぁぁあ?」
「独身生活のラストキッスをファーストキッスの相手となんてお前、なかなかできねーぞ!?」
そういや俺のファーストキスもこいつだった…ほんと、俺の青春時代、全部お前のもんだな
なんて妙に納得したところで、掠め取るようなキス。

「…」
そうそう、あのときも、こんな風にちょっとふざけた感じでお前がキスしてきて、
俺は怒るのも、ドキドキするのさえ忘れちまったんだ。
まあでも、甘酸っぱい思い出だよ。
いやいや、そんな思い出に浸ってる場合じゃない。
ここは俺、一応抵抗して怒っておかないと……?



今度は息も付けない、激しいキスをされた。

頭をかき抱かれて、深く舌を差し込まれ、口腔の奥まで弄られる。

唇が合わされる音と、お互いの息遣いだけが、玄関に響いていて、
頭の芯がドロドロに融けてく気がした。
酸欠だ、きっと。
酸欠だから、動けないんだ…。


「もう、いかねーと…」
唇を話した後、あいつはそう呟いて、俺のあたまをグシャグシャに掻き回した。

今の、キスの、言い訳も何もなしに、行くのか。
俺はまだぼんやりした頭で精一杯考えた。

これは言い訳が必要なキスじゃないのか…?
いくらなんでも、青春の1ページに収まってるキスとは同じじゃないだろ。
サヨナラ記念って、こんなんでサヨナラされたら俺は放置プレーだろ。
お前の所有物だってマーキングされた気分だぞ?

なんだその、愛しそうな目は。
そんな目で見ながら、俺の頭を掻き回すのはやめてくれ。
その上また、泣きそうな顔とかしてるんじゃねーよ。

「…幸せになれよ」

ふざけたことを言ってんじゃねぇ。
そんなセリフ残して去ってんじゃねぇ。
俺をこんな気持ちのまま残してくんじゃねぇ。
なんて勝手な奴だ、12年前と同じだ。

今度は俺は追いかけるからな。
今の言い訳を聞きに、押しかけてやるからな。
このまま、また、行方くらますなんて許さないから。

俺は一晩中、咽返る薔薇の香りの中でそうなことばかり考えてた。



数日後、新聞やテレビのニュースが暴力団の内部抗争を比較的大きく取り上げた。
敵対する勢力の幹部を刺殺したとして出頭してきた男が、
警察に移送中、拳銃で撃たれ死亡したことが伝えられていた。



――――――――――――――――――――――――
ヤクザっぽくない…

3086-759・760 893と堅気・醜聞 1/2:2006/05/23(火) 03:07:49
エリートを思わせるその外見にそぐわず、剣呑な空気を持ったその男は口元だけ笑わせて私を見た。
笑わない目にぶつかって私は思わず顔を逸らす。彼はまた少し笑ったようだった。

「で、どうする?断りたいなら断ってもいいが」
「・・・どうしても、今日中に答えないと駄目か?」
「今日中だ」

冷たい言葉に体が凍った。


武田はいきなり私のラボにやってきて、どちらかを選べと私に二つの仕事を提示した。
一つは、会社保存の禁薬の持ち出し。一つは、彼の持ち込んだ新薬の被験者を見つけること。
この新薬は毒ではないよ、と武田は言ったが、違法ではないとは言わなかった。碌なものではないのだろう。
某広域指定団体が後ろにあると誰でも知っている、輸入会社の名刺を改めてチラつかせて、
武田はまた「どうする?」と言った。

「相応の報酬は支払う。来月には子供が生まれるんだろう?金が必要じゃないのか?」
「・・・金には困ってない」
「ああ・・・それはそうか研究所長補佐殿。でも・・・なぁ?」

意味深に、武田は言い含めた。解っている。彼と旧知の仲であることが世間に知れたら、
それは醜聞となって世を駆ける。
重役の娘である妻は私を見限るだろう。会社も私を追うだろう。
製薬会社と指定団体の癒着はそれほどに嫌われるものだから。

「会社の薬は・・・持ち出しできない」
「そうか」

武田は短く答えて、私に薬包を示した。ろくでもない新薬。

「これは?」
「良くなる薬だ。解るだろう?」

解らない。色々意味がありすぎて、どれを選べというのだ。

「被験者は男に限る。年齢は問わないが、まぁ・・・お前くらいで丁度いい」
「私くらい?」
「お前でもいいんだ、大塚」

恐ろしいことを武田は言った。正体をまともに告げれらないような薬を私に飲めと?
どうかしている。この男はどうかしている。
私が結婚したくらいから、この男は急に私に連絡をつけてきて、無茶を言うようになった。
私に守るものができたからか?まだ独身の彼にはそんな辛さは解らないのだろうか。

3096-759・760 893と堅気・醜聞 2/2:2006/05/23(火) 03:09:23
「誰も犠牲にしたくないなら、お前が飲め」
「そんな・・・どんな薬かも解らないのに」
「だから被験者が必要なんだ」

彼は昔からこんな口調だった。頭は良いのに陰険な性格、他人を思い通りに動かそうとする傲慢さ。
ランドセルの頃から変わらない、私には特に無体を仕掛けるところも。

「ちょっと筋肉が弛緩して、記憶がトブだけさ。痛みはほぼ快感に変わる。
 まぁ・・・常習性のないアレみたいなもんだ」
「それだけ解ってるなら、なぜ今また被験者を探す?」
「まだ売るにはデータが不足しているからな」

言って、武田は私の手に薬包を捻じ込んだ。

「観察器具は用意しないでいいのか?」
「俺が見ててやる。それで十分だ」

お前が崩れていく様をな。そう言ってまた武田は声だけで笑った。
私には犯罪は犯せない。誰かを犠牲に選ぶことも出来ない。
酷い嘘だけは吐かなかった武田を信じて、私は包みを開いた。
「お前の子供は可愛いだろうな?」という一言が、私に決心を促した。
薬を飲むのは慣れている。水と一緒に一気に飲み下すと、訪れるであろう波に備えた。
意識がふわりと浮いて、暗転する一瞬、「こうでもしないと・・・」と武田が何か呟いた気がした。
目を閉じたので武田の顔が見えないのが残念だったが、私の意識の下から彼を呼ぶ私の声が聞こえ出していた。

310769 思い出になった恋:2006/05/24(水) 00:37:20
別れを告げたあの日がよみがえる。
彼と、それまでの総てを思い出に変えてしまったあの日。

彼はいつもどこか線を引いていて、
俺がそれを踏み越えることを許してはくれなかった。
でも向こうが線を越えたときは、俺に思う存分甘えてきたりして。
そんな風に付いたり離れたりしながら俺達は過ごしていた。

出会って別れがくるまで、
俺が彼について知っていることが減ることは無く、また増えることも無かった。
彼は自分のことをあまり話さなかった。
それが表面化したとき俺達は衝突した。
彼は俺だけの彼ではなかった。
「俺以外の奴と…」
彼を責めたが彼は潔白を主張した。
その目に涙が浮かんで、静かに落ちた。
俺は彼が泣くのを初めて見た。

あのときの俺は経験も浅くて、若くて、子供だった。
ただ…許せなかった。

独占欲や未熟さを抱えながら
それでも、精一杯愛していた。
あまりにも愛していた…
だからだろうか、


今は愛すら思い出になってしまった。

3116-779:2006/05/24(水) 22:28:25

とりあえず放課後、俺たちは図書館に行ってみた。
「アナルセックスのやり方」を調べるためだ。
調べ物といえば図書館、俺の中でごく当たり前の図式だった。
結構広い私立図書館は3階まであって、フロアごとにジャンル分けされてるわけだが、
俺は入り口の館内地図の前でフリーズ。
ジャンルですか…分類ですか…どんな本をお前は探してるんだよと、早くも関門登場ですね。
そもそも、どんな本に記載されているものなのか?
ええっと…性の指南書とかそんな感じか?正しい性生活?ん?正しくないかも?
あれか、子供の作り方が載ってそうな…いや、子供はできないから違う!
なんて、グルグル考えているうちに、あああああああ…
俺の後ろにおとなしく控えているかと思ってた俺が間違っていました。
「すいませーん」
パタパタと小走りで、貸し出し口のおばさんに向かっていくあいつ。
ちょっと待て――――!!!待ってくれ!!!
「あの、アナルセ……ムゴゴ」
はいそうだねー。聞いたほうが早いよねー。そう思うよねー。
でもやめて!絶対やめて!勘弁して!!
そう懇願気味で、俺はあいつの口を手で押さえつつ、図書館から引きずり出した。
そして気付いた。そもそも、本があったとして、見つかったとして、
それをこいつとふたり、ここで読むっていうこと自体、さらなる関門じゃないか。
同じ理由で本屋もスルー。
結果落ち着いた先、俺んち。
こういうとき一番役に立つとひらめいたもの、インターネット。
我ながらよくここに気がついた。最良の選択だ、なんて俺、自画自賛。
「へー、委員チョの部屋初めて来た。きれいだね。俺の部屋なんてきたねーしくせーし」
ほめてくれてありがとう。でもなんで君は、早速ベッド直行で寝転がるのか。
まあ、いいけどね…でも「あ、委員チョの匂いがする」とか言うのはやめてくれ。
なんか恥ずかしいから。なんかドキドキするから。なんか知らんけども。
パソコンの電源を入れ、起動を待つ間に母親がおやつを持ってやって来た。
ああ、今日の俺のプチトラウマなコーヒー牛乳がありますよ。
「あは、コーヒー牛乳だ。委員チョ好きなの?」
好きですよ。牛乳嫌いの俺だけど、コーヒーが入ってれば飲めるってんで、
我が家の冷蔵庫には常備してあるわけだが、今日は飲みたくなかったよ母さん。
アナルセックスのために奔走した今日の一日…ほろ苦いコーヒー牛乳を飲む度に思い出してしまいそうだ。
パソコンが立ち上がったところで、検索サイトを表示し、検索語句を入力する。
『アナルセックス』…なんだか、俺のパソコンが汚された気がするよ。
時にお前、俺にこんな単語を入力させている張本人は、なんでそんなにくつろいでいるのか。
俺が見てないと思って、ベッドの下とか覗いてもマットレスの下とか探っても、エロ本なんか出てこないぞ。
俺の視線に気付いて、イタズラを見けられたときの子供の顔をする。
「いいの見つかった?」思い出したようにそう言って近づいてきた。
まったく、調べる気があるのかないのか。
そもそもなんでそんなことを知りたがっているのか?
そうだ、肝心のそれをまだ聞いていなかった。
俺の背後からパソコンを覗き込むあいつに、問うてみた。
「ん〜、なんか俺、男から告られてさ。付き合うとかわかんねーけど、一応真剣に考えないと悪いじゃん」
さらりと返ってきた。
俺はまた、コーヒー牛乳を吹いた。パソコンの画面に向かって。
その上こぼした。キーボードはコーヒー牛乳でひたひた。
変な音を立てて、俺愛用のノートパソコンはダウンした。
はい、完璧なコーヒー牛乳のトラウマ完成。いろんな意味で。
今日は『アナルセックスのやり方』を調べるのはもう無理だと思った。

312:2006/05/24(水) 22:34:49
あ、すんませんタイトル忘れた。
6-779「コーヒー牛乳吹いた」

べ、別にGJって言われたから続編書いたわけじゃないんだからね!
暇だからやっただけなんだから!
雷にビクビクしながら書いたりしてないんだからね!

313金魚すくいにいる亀:2006/05/27(土) 02:14:35
暗めスマソ
================
 自分より小さい「魚」は、自分の餌だ。

 私は長い間かけて自分の居場所の特徴を悟った。このつるんとした場所は
仕事場。自分の仕事は「そこにいる」こと。もう大人となったこの身体で。
 ごく稀に、遊びとして<モナカ>の―あるいは<紙>の―網を身体の下に
滑り込ませる客もいる。しかしもちろん自分を持ち上げられるはずはない。

 そんな時興行主はこう言う。
「お客さん、あの亀、とって帰ってくれませんかね。こいつ、金魚を喰っちまう
 んですよ。全く仲間意識のない奴でね」

 時には、私が水槽中で食欲を抑え切れなかったときには特に、こう話すことで
彼は客からの更なる数回分の散財を引き出すことに成功するのだ。
―ばかな。餌をちゃんともらっていれば、彼らを食べる必要などないのに。
 
 ああ神様、彼を食べさせないで下さい。どこで聞いてきたのか、
「くまのみといそぎんちゃく」や、「きょうぞんかんけい」等と言いつつ、
私の甲羅についたミズゴケをついばみ、むず痒さを紛らわせてくれる彼が
近くにいるときに、私が常に飢えていることを思い出させないで下さい。

―お願いです。どうかどうか神様。

3146-839 しーずむ ゆうーひにー:2006/05/28(日) 00:40:21
沈む夕日に照らされて
真っ赤なほっぺたのキミとボク


部活動の声があちこちから響いてくる放課後のグラウンドを、一人ゆっくりと通り抜ける俺、帰宅部。
いや、本当はいくつかの部活を掛け持ちしてるんだけど、現状として帰宅部。
けど今日は、各クラスの学級委員の集まりがあって、さらに帰りがけ担任に捕まり雑用を仰せつかって大分帰りが遅くなった。
もうすぐ部活も終わりの時間じゃないか…校門に向かっているつもりが、いつの間にか立ち止まってグラウンドの一団を見ていた。
ストレッチをしている陸上部の面々のうち、一人がこちらに向かって手を振っている。
あ、見つかった。
あ、こっち来る。
まったく、俺にはときどきあいつの尻にシッポが見えるよ。
ブンブン千切れんばかりに振ってるシッポがね。
「委員チョ!何してんの?今帰り?」
別にお前を待ってたわけじゃないんだからな。ただ通りかかっただけなんだからな。
「俺ももう終わるからさ、一緒に帰んね?」
そりゃ家の方向が同じだから、ちょっとくらい待ってるのはかまわないけどさ。
部活の奴らと一緒に帰らなくていいわけ?
なんだか最近、以前にも増して懐かれてる気がする。
まあ、嫌な気はしないけどね。いいんだけど。別に。
それに俺も、あいつがちょっと気になるわけだ。いや、変な意味じゃなく。
興味?うん好奇心とかそういうやつ。
原因は、先日聞いたビックビックリ発言のせいですよ。
『なんか俺、男から告られて』
何で俺、あの時もっとつっこんで話を聞かなかったのかな。
そうすればここ数日、こんなにあいつのことばっかり考えなくてもすんだんじゃないかと思うわけ。
相手は誰なのか、クラスのやつか、部活のやつか。
仲がいいのか、どう思っているのか。
その後どうなったのか、返事はもうしたのか、その、何て、返事をしたのか…。
もう、考えすぎて脳みそが液状化しそうです。
今日こそは、今日こそは聞いてやろうと思う次第であります。

3156-839 しーずむ ゆうーひにー(続き):2006/05/28(日) 00:42:34
川沿いの土手をぶらぶらと二人で歩く。
影が長くなってることにはしゃいで、あいつが影踏みを始める。
仕方なく付き合う俺。仕方なくだけど、汗を掻くくらい真剣にやる俺。
そのうち息が上がって、二人して土手に寝転んだ。
「お〜!夕焼け!!」
空を指差して、俺に向かって満面の笑み。
上気した頬が、夕日を浴びてさらに赤く見える。
それを見た俺はというと、訳の分からないものが身体の中心から湧き上がってきて、
顔がより熱くなるのがわかったので、逃げるように目を逸らした。
あー…なんだ、これ。何だってんだ。
そうだ、聞かなきゃなんないことがあったんだ。
聞かなきゃ、聞かなきゃと思うと、もう自分の心臓の音が聞こえるほどに動悸が激しくなって言葉が出ない。
あいつが何かしゃべっていた気もするけど、それすら耳に届かなくなっていた。
ヤバイ…何だか分からないけど、これはヤバイ。むしろ分からないことがヤバイ?
ってゆーか本当に分からないのか?分かってんじゃないのか俺?
いや分からん。まったくもって分からん。
という、エンドレスの自問自答を繰り返し始めた俺は、いつまでそうしていたのか。
気がつくと、あいつが、俺の顔を覗き込むようにして、目の前に迫っていた。
「顔、赤いぞ?大丈夫?」
そう言って、手のひらの甲を俺の頬にあてる。
俺はびくっとして思わず身体を引いてしまった。
あいつはそれを気にするでもなく、まだ俺の顔を覗き込んでいる。
大きい目だ。黒目が普通よりでかい気がする。
その目の中に俺が映ってた……それ見つけた俺は、今度は目が逸らせない。
こういうのを捕まったっていうのか?
ああもう…血管が切れそうだよ。苦しいから、早く開放してくれ。
いつまでこうしているんだと、半ば泣きそうになったところで、
「あはは、委員チョの眼鏡が鏡みたいに夕焼け反射してる」
俺の眼鏡を取り上げて、勝手に緊張の糸を切ってくれた。
ぼやけて見える川面に、夕日がキラキラ反射してるのがきれいだった。

3166-849 ドアをはさんで背中合わせ:2006/05/28(日) 01:26:07
逃げるようにして部室に入ると鍵をかけた。
と同時にノブを回しドアを叩く音と瀬田の声が聞こえる。
「先輩ここ開けてください、先輩?」
「嫌だ!絶対開けねー!」
「開けてくださいよ、どうして逃げるんですか!?」
「瀬田があんなことするからだろうが!!」
そう言うとドアを叩く音が止んだ。
俺は深く息を吐くとドアにもたれて座った。
「…すみません、でも俺…」
気配はするが、その後に続く声は聞こえない。
正面の窓から見える青空をぼーっと眺めながら考える。
瀬田の事は好きだ。
部活も熱心だし、賢いし、性格も良いし、話も合う、一番仲の良い後輩だ。
しかし、だからと言って、その、あんなことをする対象として見た事なんか無い。
「俺さ、瀬田のことそういう目で見たことないんだ。」
正直にそう話すとややあって「知ってます。」と答えが返ってくる。
瀬田も座っているらしく、その声はさっきより近くから聞こえた。
「なあ。」
「はい。」
「俺のどこがそんなに気に入ったわけ?」
「そういう所です。」
「『そういう所』ってどこだよ。」
「今、俺に話しかけてくれている所とかです。」
うーむ、さっぱりわからん。
人の好意は素直に受け取るべきだ。と、昔誰かに言われたことを思い出す。
しかしこれは受け取って良い好意なのか?
でも嫌いでもない瀬田に嫌いと言うのは何か違う気がする。
いつまでもぐるぐると考えながら、俺は窓の向こうの青空を見た。

3176-849 ドアをはさんで背中合わせ:2006/05/28(日) 02:04:49
「迷惑だ」
強く言い切った瞬間、彼の目が凍りついた。
「そんな戯言、二度と口にするな。不愉快だ」
向かい合えば少し見上げる彼の顔。
紅潮していた頬が蒼褪めていくのを睨むように見つめる。
「今の言葉は忘れてやる。明日までに頭を冷してこい」
言外にチームを辞めることは許さない、と告げると彼の凍り付いていた瞳がひび割れた。
裂け目から溢れてくるのは苦しみ、怒り、絶望。そして悲しみ。
かすかに震えだした彼のふっくらとした唇から目を逸らし、背を向けた。
そのまま部屋を出て、ただ一人、彼を置き去りにする。
後ろ手にドアを閉めてはじめて、身体が震えだした。
だいじょうぶ。彼の前では冷徹さを保てていたはずだ。
口調も表情も、眼差しさえも揺るぎはさせなかった。
かみ締めた奥歯が、今ごろのようにカチカチ鳴る。
目の奥が刺すように熱く痛む。だが泣くことは許されない。
苦しいのは傷ついたのは彼であって私ではない。
それでも全身から抜けていく力に膝が笑い、もう立っていることすら覚束ない。
ずるずるとしゃがみ込むと、そのままドアに背を預けた。
だいじょうぶ、彼はしばらく出てこない。それだけのショックは与えた。
そのくらいの判断ができないような、浅い付き合いじゃない。
そうとも。
彼のことは良く知っている。
人当たりの良い、誰にでも好かれる、如才ない才能ある男。
その優秀な男が。
どうして。どうして、こんな馬鹿なことをしたんだ。
お前が馬鹿げたことを言い出さなければ、もう少しあのままでいられたのに。
お前を可愛がることも、構うことも、好きなだけお前に優しくできたのに。
「愛している」――だなんて、何を勘違いをしている。何を血迷った。
馬鹿な男。頭がいいくせに、途方もなく愚かな男。
お前なんてこのまま順風満帆、友人にも将来にも恵まれた陽の当たる道をそのまま
歩いていけばいいんだ。いっときの勘違いで後ろ指を差されることはない。
お前ほどの器量を持つ男には焦らなくとも女は群がる。そのうちからつりあいの取
れた最高の女を選べ。
そうして似合いの女性と共に過ごす健やかで幸福な日々に、いつか私への気持ちが
友情や尊敬だったと気がつく。愚かな真似をしなくてすんだと、胸をなで下ろすだ
ろう。
そう、いつか。
お前の横に相応しい女性が。
切り裂かれるように胸が痛むのは、先刻の一瞬で噴出した汗で背中が濡れているか
らだ。湿ったシャツにドアが冷たいから。
だがその背に、ふと温もりを感じたような気がした。
……ああ、お前もそこで項垂れているのか。
力なくこのドアに背をもたれているんだな。
わかるさ、お前のことは。
伊達にお前のことを見ていない。他の誰よりもお前を見つめ、お前のことを考えて
きたんだ。
お前を傷つけた、それはわかっている。
すまない、と謝ることはできない。
それがお前のためだから。
罰も罪も、辛さも苦しみも、未来永劫の業火すらも、全て私が引き受ける。

だから今だけ――この一瞬だけ、この背の温もりを許してくれ。

3186-859 人形のような男:2006/05/29(月) 18:34:53
興味を引く人物がいる。
二月ほど前に会社の向かいに出来たコンビニのバイト店員だ。
その男ははとにかく何をしていても無表情で愛想のカケラも感じられ無い。
このコンビニの店長は一体彼のどこが気に入って雇う気になったのかと不思議に思う。
いや、もしかしたら顔でバイトに選ばれたのかもしれない。
初対面の子供には大抵目が怖いと泣かれるような俺とは違い、少し可愛らしいが『人形のような男』という形容がよく似合う、彼の端正な顔立ちに表情が浮かぶ瞬間を見てみたいと俺は思うようになっていた。

「いらっしゃいませ。」
自動扉が開くと同時に、小さな声で彼が挨拶をする。
最近は仕事帰りに雑誌の立ち読みをしつつ、窓に映る店内から彼を観察するのが俺の日課になっていた。
店の商品を並べている、やはり無表情。
「ありがとうございます。」
そう言って客に小さな袋を手渡す、やはり無表情。

雑誌を読み終わり、いつもと同じ缶コーヒーを一本購入して店を出ようとしたその時、
「お忘れ物ですお客様。」
と差し出されたのは数枚の硬貨、つり銭を受け取り忘れているのを思い出し、
「すっかり忘れていたよ、わざわざありがとう。」
再び財布を取り出しながらそう言うと、彼がわずかに驚いたような目をしているのに気づいた。
俺は何か変なことを口走っただろうか?
先ほどの会話を思い出しながらそう尋ねる。
「いいえ、あの、お客様の笑顔を初めて拝見しましたのでつい…。」
そう言って彼は下を向く。
無意識に笑っていたらしいことに少し気恥ずかしさを感じていると、彼はこちらを見て言った。
「あの、私もお聞きしたいことがあるのですが、何か私の接客に不手際がありましたら今言っていただけませんか?」
真っ直ぐこちらを見る眼に驚きつつ、どうしてそんな質問をするのかと聞いてみた。
彼の話を要約すると、彼はいつもいつも俺にものすごい目で睨まれていると感じているようだった。
そしてそのせいで失敗しないように意識するあまり無表情になっていたらしい。
なるほど、観察するときはじっと彼を見つめていたから、何か苦情があって睨まれていると勘違いされていたのだろう。
「それは誤解で君の接客に不手際はないし、睨んでいるように見えるのは俺の目つきが悪いせいだから、気にしないで欲しい。」
出来るだけ優しい声でそう答えると、彼の表情がパッと明るくなる。
「はい!ありがとうございます、変な質問をしてすみませんでした。」
いつもより元気な声で彼がそう言った。
俺はヒラヒラと手を振って店を出る。

数歩あるいた所でふと振り返ると彼と目が合った。
嬉しそうな笑顔でお辞儀をする彼を見て、今日は少し暑いな、と思いながら駅へと歩きはじめた。

3196-869 40年ぶりの再開 1/2:2006/05/30(火) 08:32:32
先に見つけたのは奴の方だった。
「有川?有川じゃないか?」
「う、植野?」
少し離れた、取引先からの帰り道。
直帰しようかなぁ、書類を取りに帰ろうか。そんなことをつらつら考えながら上っていた階段の途中。
呼び止められて振り返ると、そこには懐かしげに笑う、旧友の顔があった。
「久しぶりだなぁ」と言いながら俺の横に並ぶ。少しも変わらないその態度に戸惑った。

もう20年も前になるのか。俺と植野は、一人の女性を取り合った。
幼馴染の3人組。仲良く手をつないで歩いていた頃から続いていた争いは、
互いに大人になり、働き出し、それなりの蓄えと責任を持つ立場になって真剣なものとなった。
「みぃちゃん」が選んだのは植野。物静かに笑う、優しい植野を、彼女は望んだ。
転勤が決まっていた俺は、みぃちゃんが妊娠したのを聞いた頃に遠くに移った。
何だかんだと転勤による転居を重ねたせいで、植野たちは俺の居場所を見失ったのか、
その後植野家がどうなったのか俺は知らなかった。

「呑んでいかないか?」という植野の誘いを断る理由はどこにもなかった。
適当な呑み屋を選んで、奥の席を陣取る。奴は好物の芋焼酎の水割り、俺はビールを頼む。
「ビールは悪酔いするから」と焼酎なのも変わらないのに笑いそうになった。
「有川、この辺住んでるの?いつ戻ったんだ?」
「いや、今日は営業の帰りだよ。お前は?」
「俺?俺はこの辺だよ。少し行ったところに家を買ったんだ」
「へぇ・・・」
「あと20年くらいローンが残ってる」
そりゃ大変だ、と気の毒がってみる。そういえば、もう50近くなるのに、植野はすっきりと細い。
苦労してるのか。みぃちゃんは案外鬼嫁だったか。
「みぃちゃんは?」
「あぁ・・・死んだよ。胃癌であっさり逝っちまった。
デキの悪い子供を3人も残してな。」
意外だった。
「そうか。・・・何も知らなくて済まなかったな」
「全くだ。連絡したいのに、お前ときたら居場所も教えてくれないんだからな」
「いや、悪かった。転勤ばかりでな、次第におっくうになったんだよ」
「冷たい奴だなぁ」言って、植野は嬉しそうに笑った。俺との再会を本当に喜んでくれてるようで、俺もふつふつと喜びが沸いてくる。

320 6-869 40年ぶりの再開 2/2:2006/05/30(火) 08:33:21
それからは互いに近況をもう少し話した。
植野の子供はみんな男の子。植野はみぃちゃんが亡くなってから3人の子供を一人で育てたらしい。
子供のために残業もほとんどせず休日出勤も断り、部屋数が必要だからと家を売りもしなかった。
ただただ必死で子供を育て、気がついたら長男は大学生、植野自身は再婚もせずに十何年も経っていた。
デキの悪い子供と植野は言ったが、少なくとも長男の大学は俺でも知ってる有名大学だ。
下のちびが今年やっと高校受験だよ、と植野は笑った。
植野に比べて、俺が語れることは極端に少ない。結局この歳まで結婚しなかった俺は、
独身故に気軽に転勤を命じられ、独身故にしっかりした信頼を置いてもらえず、
今でも場合により現場に駆り出されるのが実状。
しかしもう歳も歳なので、会社はやっと今のところに落ち着かせてくれる気になったらしいこと。
俺が独身だと聞いて、植野は少し悲しい顔を見せた。お前のせいじゃない、とはとても言えなかった。
互いに出世コースからは少し外れていて、そんなところでも話は尽きなかった。

すっかり遅くなって、店を追い出される。夜風が酔った体に冷たい。
駅に向かって歩いてゆく。タクシーを拾うつもりでいると、植野が「グミチョコパインして行こう」なんて言い出した。
「なんでいきなりグミチョコパインよ?」
「40年くらい前さあ?美代子の家に誰が早く着くかでやっただろ?
アレ、途中だったからさ」
覚えている。次の日、どっちがみぃちゃんと一緒に登校するかを賭けたのだ。
3人でやり始め、夢中になった俺達はみぃちゃんを置いてけぼりにして泣かしてしまった記憶がある。
「イヤだよ、家に帰るのが遅くなる」
「俺の家に泊まっていけばいい。明日は休みだって言ってたろ?」
植野にしては強引な言い様。そんなにこの再会が嬉しかったのだろうか。
「ゆっくり帰ればいいさ。いくぞ有川ー」
俺より一歩前に出て、目尻の皺を更に深くした植野が振り返る。
植野。植野知ってるか。
20年前も、40年前でさえ、俺が賭けてたのはいつだってお前だったんだ。
みぃちゃんはそれに気づいてたから、お前が好きだったんだよ。
幼い日に諦めたあの賭けを、ここで密かに再開しても構わないだろうか。40年ぶりに。
そばにいられるかどうかだけでいいから。
あれから誰を好きになっても、お前ほどそばにいたい奴はいなかったよ。
くたびれたスーツをくるりと翻して、40年前と変わらない笑顔で植野は「グミ!」と拳を振った。
俺は泣きそうになりながら、ゆっくりと応えて腕を上げた。

3216-889 握り返された手:2006/05/30(火) 21:04:46
お互いに嫌いだったはず。
相手は違う人だったけど、俺もあんたも長いこと片思いしてた。
その人を見る目や、気持ちが、手に取るようにわかった。
おんなじ、叶わない思いを持て余してた。
お互いの気持ちがわかる分、俺たちは近かった。
自分を見ているようで、あんたの事大嫌いだったんだ。

片思いの相手を諦めなきゃいけない時も、おんなじにやってきた。
気まぐれ、寂しさ、理由なんて何でも良かったんだけど、俺はあんたの手を握ってみた。

まさか、握り返されるなんて思ってもなかった。

いつのまにか近くにいる相手が大事になっちゃった所まで、おんなじなんて。

3226−869 40年ぶりの再会:2006/05/31(水) 21:41:39

定年を期に私は、十六まで過ごした故郷へ帰ることにした。
両親はとうに他界し、独身の私には家族と呼べるものもない。
いざ自由の身となって何がしたいのかを考えたとき、私の中にはひとつの選択肢しか浮かばなかった。
会いたい人がいる…故郷を離れて以来、会いに行くことができなかった、あの人に会いたい。

初恋とは、こうも忘れられずにいるものかと、この歳になって恥ずかしく思う。
今でも自らの内に鮮やかに痕をのこす、情欲の日々。

あの頃、私の世界はまさに彼一色だった。
日がな一日彼のことを考え、時間が許す限り触れ合っていたかった。
まだ年若かった私は、自分の内にある熱を、ただただ彼にぶつけることしかできずにいて、
時に卑怯とも言える手段で陥れることもした。
それが彼をどれだけ苦しめ、追い詰めていたかも気付かずに。

私たちの関係はあまりに危険だった。
彼は、私の通う高校の教師であった。

ろくに家に帰らない私を両親が不審に思いだした頃、彼は私の前から姿を消しのだった。


数年前、古い友人から、彼が再びこの地に戻ってきていることを聞いた。
教師を定年退職後、自宅で小さな私塾を営んでいるという。
30年連れ添った奥さんと昨年死別したことも知った。
二人の娘も既に嫁いで、彼は今、ひとりだ。


夏を前に大分長くなった日も、すっかり落ちてしまった。
「先生さよーなら」の声と次々に飛び出してくる子供たち。
家の門前で待つ迎えの親の元に走りよっていく。
一人の母親が玄関口に向かって会釈をする。
他の親たちもまた、家の中を覗くように挨拶をした。
二言三言言葉を交わした後、再び頭を下げ、皆帰っていく。
それらを見送るためにか、一人の老人が家の中からゆっくりと現れた。
白いシャツにスラックス姿の、白髪の老人。
子供たちは何度も振り返りながら手を振っている。

記憶の中の背中より、幾分小さくなったかもしれない。
薄明かりの中で一人佇む姿が、どうにも頼りな気に見えてしまう。
いつまでも手を振る子供たちに、老人は「さよおなら」と穏やかな声で応えた。
その声を聞いて、私は身体が熱くなるのを感じた。
喉の奥が詰まって苦しい。涙がこみ上げてくるのを抑えることができない。

子供たちが見えなくなってもなお、彼はそこに立っている。

外灯に気の早い夏の虫がぶつかる音が聞こえる。
静かな夜だ。

なんと、声をかけよう…。

3236-909 今日で五年目:2006/05/31(水) 22:39:52


吸い込まれる人、人、人、人。
吐き出される人、人、人、人。
毎日、毎日、繰り返される風景。
駅の前に、ボクは佇む。

春、夏、秋、冬、春、夏…何度繰り返したかな?
今日は晴れで、昨日は雨。その前も雨で、その前は曇り。
明日はきっと晴れで、その次の日は、曇りだったかな。
ボクは毎日、ここに来る。

通り過ぎていく人たち。
誰もボクを見ないし、ボクも誰をも見てはいない。
誰にも気に留められなくなるくらい、ボクはこうしているのだろう。
ただ、そこにいて、ただ、そこで待っている。
待っている。
ずっと待っている。

帰りを待っている。

きっと帰ってくる。
ボクは信じている。
ボクだけはずっと。

だって、おかしいじゃないか。
どうして死んだなんて言うのか。
遺体もないのに。
信じられるわけがない。
どうしてお墓があるの。
中はからっぽなのに、おかしいじゃないか。
なんで泣くの。
彼のために、何を悲しむの。

わからないよ。

ただいまって言うときの、あの笑顔をまだ覚えている。
それを信じて待っている。

まだ、まだまだ、待っていられるんだ。
だからお願いだよ、新しい真実はいらない。
探さないでいい。知らせないでいい。
ボクは、待っているんだから。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
本スレ910さんと思い切りかぶった?
しかも「五年目」あんまり関係ないことを反省している。

3246-909「今日で五年目」:2006/05/31(水) 22:53:17
朝起きて、何も変わらない部屋を見渡して、ああすっかり慣れたんだな、と思った。
相変らず散らかっていて汚い部屋だな、としか感じなくなってからもう大分経つ。
妙に広くて寂しいとかそういうことを考えなくなって、もう大分経つ。

顔を洗って、ひげをそって、食パンをかじって、歯を磨いて、寝間着から外に出られるだけの格好に着替える。
今日もバイトだ。未だに僕はフリーターだ。
夢なんか追いかけて馬鹿みたいだと母は言う。僕もそう思う。そう思うけど、まだ踏ん切りがつかない。

あの頃、僕たちはふたりで夢を追いかけてた。目指す方向は違ったけど。
あいつのCDジャケットは僕がデザインするんだとかぬかして、そりゃお前ミュージシャンとデザイナーが
恋人だったら一大スキャンダルだとか冗談を言って笑い合った。

そのあと僕を置いてかれは夢を掴み取った。このおんぼろアパートを出て、知らない町へと去っていった。
いつかそういうときが来るんだと思っていたから、覚悟は出来ていた。
ううん、そんなのは嘘だ。
振り返らないと決めたのに、僕はまだこうして何となく諦めきれずにいる。
追いかけているのが夢なのか、かれの背中なのか、それともただ単に思い出にしがみついているだけなのかは、
僕自身よくわからないけど。

僕ももうすぐ三十歳になる。地元の父も僕に仕事を継がせたがっている。
潮時があるのなら今なんだろうと、最近ようやく思うようになってきた。

『それでは×月×日、今日の天気は……』

お天気お姉さんの声で今日の日付をようやく飲み込んだ。ああ、そうだ。今日だったんだ。
何の記念日でもない、ごく普通の日。
――あいつを笑顔で送り出して、もう五年。

来年はちゃんと思い出せるかどうか、ちょっと自信がない。

325今日で五年目:2006/06/02(金) 00:42:47
手首に当てた刃に、ぐっと力を込める。
全身から汗がどっと吹き出し、ガチガチと歯が鳴った。
切りつける腕に力が籠もりすぎて、刃がうまく刺さらない。
それでも赤い線が走って色が零れる。血は雫になって腕を伝っていく。
体の震えが増す。生理的な涙がこみ上げたそのとき―――
「開けろ!ここに居んだろッ!クソッ…クソ…がァァァ!」
ガシャン、という音とともにガラス戸が破られた。
「こん……ッの馬鹿!!」
ガラスの散乱する浴室にためらいなく足を踏み入れた弟は、
茫然と見上げる僕の手から刃物を取り上げ、頬を張り飛ばした。
「な……なんで………」
「なんで、なんて言うなボケ!」
憤怒の表情で現れた弟の顔が、泣きだす寸前のように歪む。
「ちくしょ……誰が許したよ…こんな…こんな…!」
弟の激情に圧倒されて、僕は体をこわばらせてその場に固まっていた。
弟はケータイで救急車を呼びつけながら、着ていたシャツを脱ぎ捨て
僕の腕に巻きつける。
「なんで…5年も経ってんのに…なんで今更……畜生、畜生ッ!」
僕を抱えこむ弟の腕の中は、怖いくらいに暖かかい。
僕は押さえられたのとは反対の手を床に這わせて、刃物を探す。
…僕は怖いんだ。怖くて、怖くてたまらない。
彼の死から5年目の今日。
胸の傷がとっくに癒えていることに僕は気づいてしまった。
あんなに愛していたのに、もう思い出しかここにはない。
怖いんだ。あの胸が引き絞られるような痛みを思い出せない。
彼を愛していたのに。愛していたのに。
「愛してるんだ…まだ愛してるはずなんだ…」
壊れた蛇口のように、とめどなく涙が零れていく。
「お願い、逝かせて…。お願い…お願い…」
弟の腕が痛いくらいに力を込めて僕の肩を抱く。
「…アイツのとこになんか、やんねえよ」
弟の吐息を首筋に感じながら、僕は近づいてくるサイレンの音を聞いていた。

3266-909「今日で五年目」:2006/06/02(金) 15:38:22
しかし、彼は大学を卒業して、バンドを辞める決意を固めていたんです。
その決意を聞いた僕は、彼を引き止めました。必死で引き止めたんです。
今思うと、常識が無い行動ですが、彼に「行かないでくれ」と言うにとどまらず、
彼の両親に直接会いに行って説得したり、彼の先生に「単位をやらないでくれ」
とお願いしたり、常識では考えがたい行動をとっていたんです。
結果、彼は、卒業して就職しました。
しかし、「卒業する。就職する。しかし、バンドは辞めない。僕からも離れない。」
彼は、そういう約束を、してくれました。
僕は、大学を辞めて、彼と一緒に暮らすようになりました。
その頃にはもう、僕は彼無しの人生なんて考えられなくなっていたんです。
だから、もし次、彼が僕から離れていくようなことが起こったら、僕はおかしく
なるだろう、と、思っていました。僕は、それを何よりも恐れました。
今日懺悔しに来たのは、そのために、僕がやったことです。

まじないって、知ってますか? ええ、おまじないではなく、「呪詛」の方です。
ある日、僕がポストを開けると、「まじない代行」というチラシが入っていました。
その頃、何よりも彼と離れることを恐れた僕は、すがるような気持ちで、その
チラシに載っていた番号に、電話しました。いまだに覚えています。
ワンコールも鳴らない内に、受話器がとられました。
僕は、まとまらない頭で、彼と一生一緒にいたい、ということを30分ぐらいかけて
訴えました。電話の向こうでは、時々あいづちが打たれるだけでしたが、僕が
話し終えると、金額と効力が続く期間が提示されました。僕が、アルバイトで
一週間働いた程度のお金で、5年間効力が続く、と言われました。
僕は、それをお願いして、彼と一緒にいられるまじないをかけてもらいました。
そちらから、見えますか? …これが、そのまじないを注文した後、送られてきた人形です。
ええ、藁人形です。ボロボロですが、まだ形はとどめています。

まじないをかけてから、彼は、ずっと、僕と一緒にいてくれました。
離れるという話は、一度も出てきたことがありません。
僕は幸せでした。彼さえいれば、何もいらなくなっていました。
いや、その気持ちは、いまだに変わっていません。
むしろ、その気持ちだけで、僕は生きているようなものです…。
…しかし、昨日、彼に告白されました。
……教会では、同性愛は、タブーでしたよね…。すみません。
でも僕は、昨日すごく嬉しかったんです。人生で、二度目の天にも昇る気持ちでした。
彼は、僕の目を見て、「ずっと一緒にいよう」と言ってくれました。

…でもね、神父さん。僕、怖くなったんです。
彼の気持ちに、嘘は無いと信じています。そんな、嘘をつけるような人じゃありません。
でも、彼がそういう気持ちを僕なんかに持ったのは、僕がまじないをかけたからではないでしょうか。
そう思った理由は、今日で5年目だからです…。
もし、まじないが本当だった場合、今日でまじないの効果は終わるはずなんです。
この藁人形は、5年間毎日持ち歩いても、藁がほどけたり抜け落ちたりはしなかったのに…、
今朝、腕の部分がパラリとほどけました。今は、足の部分もほどけて、藁にもどっています。
もし、彼が昨日、僕に言ってくれた言葉が、この人形が言わせたことだったとしたら…。
だとしたら、僕は…間違ったことを、やってしまったのではないでしょうか。

327 6-909「今日で五年目」 2/2:2006/06/02(金) 15:38:51
ええ。足元の荷物は、僕の荷物です。
怖くなって、家を出てきてしまいました。
彼の告白には、応えました。…気持ち悪い話かもしれませんが、昨夜、初めて彼とつながった時…、
世の中に、こんな幸せなことがあるか、と思うぐらい、幸せでした…。
でも、僕には怖いのです。今日の彼と会うのが、本当に怖い。
だから、僕は逃げることにしました。
もう…一度寄り添ったのに、離れられるなんて、無理です。
ですから、ここで自分勝手な自分に、懺悔していきたいと思います。

すみません、神様。
僕は、同性を愛し、まじないで心をゆがめ、彼の心を手にしました。
…幸せでした。ですから、地獄に落とすのは、僕だけにしてください。

…すっきりしました。
ありがとうございました、神父さん。
次に会う時があれば、いいですね。それでは、失礼いたします。

3286-909「今日で五年目」:2006/06/02(金) 15:44:19
326、冒頭の部分が消えていましたorz スミマセン
======================
ここで、懺悔したのでいいんですか。
あ、この板の向こう側に、神父さんがいらっしゃるんですね。
すみません、こういった所ははじめてなもので。
キリスト教徒じゃなくても、懺悔ってしていいんですよね。
…ええ、では話させてもらいます。

彼と出会ったのは、僕が大学に入学した時でした。
彼は2つ上の先輩で、岩のような顔をしているのに、優しくて小心者な
ところがあり、僕はいつのまにか、彼の飼い犬のように、彼の後ろを
ついてまわることが、至上の喜びとなっていました。
彼が、僕に「バンドやらないか」と話をしてくれた時は、天にものぼる
心持ちでした。
僕はその頃、この幸せな時間が、いつまでも続くものだ、と思っていました。

状況が変わったのは、僕が大学2年になった時です。
彼と一緒にいることが、僕の生活の全てになっていました。

3296-980 身代わり:2006/06/04(日) 02:01:17
リロって良かった…でもせっかく書いたのでこっちに投下します。



耳慣れない名で呼ばれたそのとき僕は気づいた、色々な事に。
いや、もう本当は随分前から気づいていたんだ彼の矛盾に。
でも僕のような人間でも人並みの愛情を貰えると思って浮かれて、全てをどこかに押し込めてた。
もう限界か、残念だけど、悲しいけれど。

「じゃあ、行ってきます」
玄関先で見送る彼に手を振った。
何も言わずに消えるのは、せめてもの虚勢だ。

3307−9「かたつむり」:2006/06/05(月) 02:42:29
駅前のパン屋で朝食用のパンを買って、通勤の道すがら食べるのが日課だ。
店の脇に自転車を止めながら、はやくも店内に並ぶ焼きたてのパンに思いを馳せる。
昨日も食べたけど新作の麻婆パンはやっぱりいいな、しかし今日はツナジャガパンの気分かも……
そんな事を考えながら店に入ると、
「いらっしゃい……あ!お兄さん、待ってたんすよ!」
レジにいた店員が、そう言って俺に駆け寄ってきた。
この若い店員は去年の夏頃からこの店で見かけるようになったヤツで、確かにそれから
ほぼ毎日顔を合わせている仲ではあるが……
「……え、な、何?」
「あのっすね……コレ。」
店内にはおれたちしかいないのだが、彼は声をひそめ、辺りを憚るようにしておれに紙袋を渡した。
おれが紙袋の中身を確かめようとすると、
「あっ、あっ、あのっ……目の前でっつーのはちょっとかんべん……!!」
と妙なうろたえかたでおれを制止する。
「実は、自分が初めて考えた創作パンの試作品なんすよ。……そんで、ゲンカツギみたいな感じで、
うちのプラチナ常連のお兄さんに、一番に食べてもらえたら……その、勇気が湧くかなーって」
しどろもどろになりながらも真っ直ぐおれをみつめてくる眼差しに痛いくらいの誠意を感じて、
……って、おれがここで赤くなるのはおかしい。
「わかった、お前の大事な第一作はおれが確かに受け取らせてもらう。これからもがんばれ。」
「……!!やった!ありがとうございますっ!」

「明日も来てくださいねーっ!いってらっしゃーい!」
明るい声に見送られてパン屋を後にする。
駅前の通りを曲がって商店街に差し掛かった辺りで、ようやくおれは紙袋に手をかけた。
中には粉チーズをまぶしたデニッシュ生地で形を模した『かたつむりぱん』が入っていて、
そいつは食べてしまうのがもったいないくらいかわいかった。

3317-19 寝不足です 1/2:2006/06/06(火) 02:23:09
 ローションをたっぷり使いよくほぐす。
 挿入の際にはコンドームを必ず付けましょう。
 * 油性のローションはゴムを溶かすので水性を使ってね


家族が寝静まった後の深夜のリビングで、ひとり、ひっそり、パソコンに向かう。
室内照明やテレビをつけるわけにはいかない。誰か起きて来るかもしれないから。
これは秘密裏に行われなければならない。履歴もきちんと削除する。
暗闇に薄ぼんやりと明るいデスクトップにうつし出されているのは『セックス講座』
その中で俺が熟読した項目は「アナルセックス」
見紛うことなきアダルトサイトが次々と表示され、いつも母さんが料理のレシピなどを検索しているパソコンなのに、
とても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。ごめんなさい、ああ、本当にごめんなさい。
もし見つかったら…なんてことは考えない。考えちゃいけない。
見つからないようにするんだから考える必要はないんだ。うん。
わけあって自分のパソコンは修理中につき、やむを得ずの隠密行動。
暗いところで何時間も画面を見ていたから、目が疲れて、頭も痛い。
ぶーんと低くうなる機械音が、脳みそに響いて思考力を低下させている。

 指が2本入るようになったら準備OK
 ゆっくり無理せず挿入しよう

体験談もFAQもグッツ販売まで読み漁った。
広くて深い大人の世界…大波小波に飲み込まれ打ち上げられ、深海に引きずり込まれ、海面に叩きつけられ、
すっかりボロボロの遭難者です。ありがとうございます。

 受け入れる側がリラックスしていることがとても大切です。
 力が入っていると痛いし、入らないよ!

当たり前だが、挿入する側とされる側がいるんだな…と今更気付く。
男同士でもどちらかが、どちらかで、どちらかは、どちらかなんだ。
ぼんやりした頭に、あいつの笑顔が浮かんできた。
…ホント、無駄にかわいいよな。そう、かわいいんだ、こいつ。
だから男に告白とかされるんだ。あんな風に笑ったりするから。
あいつはどっちなのか?あいつに告白したって男はどっちなのか?
そこまで本人は考えてるんだろうか…考えてるわけないな、あいつだもんな。
「アナルセックスのやり方」なっかに興味を持って、そいつとする気があるってことか?

脳みそが疲労困憊していてよかったと思う。
これ以上の妄想は今はできない。できなくていいんだけど。

…何やってんだろ、俺。
別に頼まれたわけでもないのに、こんなこと調べて俺は、親切に教えてやる気なんだろうか?
あいつが誰かとセックスする時のために?
まだ夜はちょっと肌寒い。風呂上りで髪も乾かさないままだったから、身体が冷え切っている。
へっくしっ!っと中途半端なくしゃみがひとつ…もう寝よう。
プリンタの電源を入れて印刷開始。
口頭で説明なんか到底できないから、紙で…って結局教えるつもりなのか、俺。
少し考えて、印刷した用紙をシュレッダーにかけた。

3327-19 寝不足です 2/2:2006/06/06(火) 02:24:13
翌日、あまり眠っていないことで、とてつもなく身体がだるかった。
もう、昨日詰め込んだ知識におなかがいっぱいで、吐きそうだ。
授業開始ぎりぎりの教室に入るなり、机に突っ伏してダウン。
一時間目の授業はほとんど聞いていることができなかった。

休み時間、あいつがやってきて前の席に座り、俺の方を向く。
無駄にかわいい笑顔を振りまきながら。
「んん?珍しいね。眼鏡してないなんて」
昨晩の疲労が祟って、かけると頭が痛いんです。
見えてるのとばかりに至近距離に顔を近づけ手をヒラヒラさせる。
見えてる、見えてるからあんまり近づくな。…なんかクラクラする。
そして、俺の顔をまじまじと見ていたと思えば「なんか調子悪そう」とあいつは言った。
笑顔が心配顔に変わる。
ただの寝不足だよ、大丈夫だからと答えれば「そう?」と心配顔が少し和らいだ。

やっぱり笑顔のほうが、俺は好きだな…

一瞬そんなことが浮かんできて、妙に恥ずかしくてひとりで焦る。
かわいいとか笑顔が好きとかもう、昨日から俺は何を考えているんだ一体。
昨日に引き続き思考力低下中。やっぱりちゃんと寝ないと駄目だな。
頭に血が上っていって、身体が熱くなった。きっと顔も赤くなってるだろうと思って、慌てて眼鏡をかけた。
急にクリアになる視界。
目の前に、机に顎を乗せて俺を見上げるあいつがいる。
黙ってじいっと俺を見ている。
いつもならうるさいくらい喋りつつけているのに、どうしたんだろう?
はじめて見るだろう神妙な顔つきに、俺も声をかけることができない。
そのうち、どうやらあいつの視線の先が俺の口元だとわかった。何かついてるのか?
無意識に唇に指を当てたとき、あいつが言った。
「なあなあ…」
こいつの「なあなあ」は要注意だ。嫌な思い出がある。
でも前回とは違い、随分と趣が違うようだが。
「なあなあ」の後にまた、俺をじいっと見る間を置いて、続く言葉。
「委員チョ、キスしたことある?」


いろんな思いが頭の中で膨らんで、ボンッっと爆発したのだと思う。

席を立っら、グラリと教室が回転するんだもの驚いた。
机といすに身体のあちこちがぶつかったけれど、床に打ち付けられることはなかった。
誰かが支えてくれたんだってことだけわかった。

とりあえず、保健室で寝不足を解消すればどうにかなると思ったら、
どうやら俺は、熱があったらしく、早退させられた。

委員長、風邪をひきました。

3337-79「左翼×右翼」:2006/06/09(金) 01:34:00
「はい、あーん。」
「…ちょっと待て、何だそれは。」
「何ってりんごだよ。おいしいよーフレッシュだよー。」
「どこの世界にりんごを輪切りにするヤツがいるっっ!!」
テーブルの上から新しいりんごをひったくり、台所で実演してみせる。
「りんごって言ったら…こうだろっ、こう!!」
「…おー、ウサギさんだねぇ。」
すると、やつは何か思いついたように立ち上がって、部屋を出たと思ったらすぐ戻ってきた。
「かわいいウサギさんと記念写真撮ろう、笑って笑ってー。はい、ビーフ!」
「なんっだよビーフって!!チーズだろ!そーゆーもんだろ?!貸せっっ」
カメラを奪い取って、やつをりんごの脇に座らせる。
「笑え!…はい、チーズ!」
パシャ
「あ…そういえば、洗濯物乾いたかな。取り込んで畳まなきゃ。」
「…………………おい。」
「なに?」
「な・ん・な・ん・だ、その畳みかたは…折り紙じゃねぇんだよ!」
ヤツの手から洗濯物を取り上げ、我が家に先祖代々伝わる伝統的な畳みかたを教えてやる。
「いいか、だからシャツはこの襟元をこう!これが一番……聞いてるか?!」
「うんうん。」
「…まったく。で、この引き出しにしまうんだな……ってお前なぁぁあ!!」

人の作った規則やマニュアルに従うのが大っ嫌いな僕と、伝統や慣習が大好きな彼。
正反対で相容れないけど、そこに惹かれてしかたがない。
「なめてんのかお前?!なんだこのカオス空間!パンツはパンツ、靴下は靴下、無地と柄モノできちんと分けろっ!!」
怒鳴り散らす彼がかわいくて、ほんとは少しわざとやってることはナイショだ。

3347-99 優しく踏んでね?:2006/06/10(土) 15:22:52
・・・遅い。
奴は今日の2時に、俺の家にに遊びに来ると言っていた。
それなのに。
・・・もう3時になる。

さっきまではまだ心配ではあったが、ここまで遅いと心配も苛立ちに変わる。

まさか、奴は自分で言った約束を忘れているのではないか?
そう思った俺は、奴に電話をかけるために携帯に手を伸ばした。
その時。

ピーンポーン
「わりーわりー 遅くなった!」

ドアが開く音と同時に、間抜けな声が響く。
アパートで大声を出すな、と何度言ったら・・・!

そんな俺の苛立ちをよそに、奴は俺のいる部屋にずかずかと入ってきた。
アパートだから静かに歩けと、何度言ったら・・・!

「遅い。 何をしていた?」
「いや、ここに来る途中に自転車のタイヤがパンクしちゃってさー
 仕方がないから歩いてきたんだ」

そう言うと、奴は俺の横にうつぶせになった。

「・・・? 何のつもりだ?」
「いや、ずっと歩いて足が疲れたんだ。
 マッサージ代わりに、足の裏を踏んでくれよ」

・・・俺の心配は一体なんだったんだ。

奴の足の裏に自分の足を重ねた途端、奴は慌てて
「あ、優しく踏んでね?」
と言ってきた。

・・・知った事か。
俺は、今までの苛立ちをぶつけるように、奴の足を思いっきり踏んでやった。

3357-109:2006/06/10(土) 19:55:46
なーなータカユキぃ。遊ぼうよー。つまんねーよー。

「はいはい、あとでな」

さっきからずぅーっと『あとでな』ばっかり!俺をほったらかして何してんだよ。

「今宿題してるんだから、邪魔しないで」

なんだよ。俺よりそんなもののほうが大事だってのかよ。
俺とらぶらぶしようよー。
「ご飯はさっき食べただろ」

ちげーよ腹なんか減ってねーよ!タカユキの飯なら胃が破裂しても食うけど!
あーもう、かーまーえーよー。

「いい加減にしろ!これ明日提出なんだぞ!お前に構ってる暇はないんだよ!」

……そーかよ。そーですか。
つまりタカユキは、もう俺のこと愛してないんだな。
いーよいーよ!俺もタカユキなんか嫌いだよ!もう知るもんか!
あとで謝っても許してやんないからな!


「こらー!!あそこはトイレじゃないって、何度言ったらわかるんだ、タマ!!」

ふーんだ。あれはタカユキが悪いんだもんね。

「もう、気に入らないことがあるとすぐこれだ」

お、謝るか?謝るのか?まぁ謝ったって許さないけどな。

「罰として明日の朝は飯抜き!」

えーなんだよそれ!俺が悪いのかよ!
いーけどな。勝手に袋破って食うから。

「あと、俺の膝の上は一週間禁止」

すいませんごめんなさいホントそれだけは勘弁してください。


____________

不可抗力ではなく意図的になりました。

3367-79 左翼×右翼 1/2:2006/06/10(土) 23:28:36
後半に残虐+グロ描写があるので注意してください。

――――――――――――――――――――――――――――

ずっと、どこかで会ったことがあると思っていた。

その男とは、挨拶をする程度の仲だった。
特に趣味というものを持たない俺は、週末の暇を図書館で潰すのが常で、
数年前から隣町まで足を伸ばして、少し大きな公立図書館に通っていた。
男はそこの司書をしている。
毎週末通ううちに、お互い顔を覚えてしまい挨拶を交わすようになったのだが、
先日、駅前で偶然出会い、立ち話をするも不思議と話が尽きず、そのまま飲みに行った。
気の合う相手というのは、時間をかけずとも分かるもので、男がまさにそれであった。
物腰が柔らかく、おっとりとして見えたが、実はずいぶん芯のしっかりした性格で、
そんなところも気に入った。

驚いたことに、十は下だと思っていた男は、自分とそう変わらない年齢で、今年五十になると言う。
若く見えるだけでなく、たいそう整った顔もしていて、館の職員はもとより近所の主婦にも人気があった。
「噂を聞かない日はないですよ」
と言うと、
「こんな歳まで一人身でいる男の私生活が気になるだけですよ」
そう自嘲気味に答えた。
確かに、噂の仲にはひどく下世話なものもあり、俺はそれを思い出したのだが口にはしなかった。

そうして俺たちは、お互いの仕事帰りに落ち合って飲みに行ったり、図書館の休憩時に昼食を共にしたりと、
頻繁に会うようになっていた。
暇を潰しだった図書館も、いつのまにか男に会うのが目的に変わっていて、俺は少々照れくさかった。
男といると何故かとても懐かしい気持ちになり、心がむず痒くなるのだ。
何か大切なものを忘れているから思い出せと、急かすものがあるようで。
初めて見たときから、どこかで会ったことがあると思っていて、しかし、あまりに直感的すぎて、未だに言えずにいる。

あるとき、男が返却された本を棚へ仕舞うのを見ていると、襟首に黄色い紙切れが付いているのに気付いた。
俺は、読んでいた本を閉じて背後に近寄り、
「ちょっと下を向いてください」
と肩をつついた。
「え?」
「上着、クリーニングに出したでしょう」
そう笑いながら言うと、男は恥ずかしそうに頭を垂れた。
クイッと軽く襟を引くことで、俺は男のうなじを見ることとなる。

全身を電気が走り抜けたような衝撃に、息をすることもできなくなった。
ずっと、どこかで会ったことがあると……。
ほの白く、皮膚が突っ張ったように盛り上がった楕円形の傷痕。
その位置、形、何よりその首筋に、忘れていた記憶が蘇ってくる。


降り止まない雨の音。
ベニヤが打ち付けられた窓。
締め切った火薬臭い部屋の蒸し暑さ。
響く呻き声と、荒い息遣い。

3377-79 左翼×右翼 2/2:2006/06/10(土) 23:28:55

それはまだ、大学がバリケードで囲まれていた頃の話だ。
机や椅子、はてはロッカーまでが高く積まれ、人一人がやっと通れる通路を
壁に肩を擦り付けながら抜ける学生会館の階段。
その先に俺たちの溜まり場はあった。
大学に入りたての時分、時代と周囲に流されて俺はそこにいた。
しかし、元来の負けず嫌いが援けて、バリケードの内側で夢中で本を読んだ。
マルクスはもちろんサルトルやカミュ、キルケゴール、カント、デカルト…
後にも先にもこれほどたくさんの本に、思想に触れたことはない。
そして一年も経たないうちに俺は、一端の新左翼学生となっていた。

当時、学生運動は全学連の細分化が進み、党派闘争へと発展しつつあった。
ノンセクトラジカルである俺たちは、セクト間の対立を一歩ひいたところから見ていたものの、
このまま運動を続けていくのには、いずれどこかに身を寄せなければならないのだろうと気付いていた。
そんな変革にあって皆、苛立ちを隠せずにいたとき、
一人の学生が持ちかけた、それは糾弾という名の下に行うリンチ計画だった。
学生の中に、公安のスパイがいると、そいつはいった。
数日前に、懇意にしていたセクトの幹部が逮捕されたばかりだったので、仲間は皆、その話に食いつく。
俺は正直あまり乗り気ではなかったのだが、実際、スパイだとして連れられて来られた学生を見て、
その場から立ち去るどころか、動くこともできなくなってしまうのだ。

学生は、必死に無実を訴えていが、浅はかにも自ら明かした父親が公安幹部という情報だけで、
糾弾するに充分な材料となった。
後ろ手に縛られ、抵抗して殴られたのか、既に口の端が切れて血が滲んでいる。
男にしては白すぎる肌に、血の赤がひどく艶かしく見え、俺は喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
血のせいだけではない。その青年は一種独得の色気を持っていた。他人の加虐欲を刺激する色香だ。
隣にいた仲間が、俺と同じように喉を鳴らしたのがわかった。
先ほどまでの詰問はどこへか消え、皆一様に押し黙っている。
どのくらいその状態が続いてからか、誰かが振り切るように、青年の腹部を蹴り上げた。
するとそれが何かの合図であったかのように、次々と暴力が加えられていく。
リンチが始まると、青年は一切の弁明をあきらめたのか、助けを求めることさえしなくなった。
ただ小さく呻く声が時折聞こえ、その声に俺は、俺たちは、異常なほどに興奮を覚えたのだ。
俺たちもまた、誰一人として言葉を発せず、部屋は異様な空間となっていた。

青年は、血を流せば流すほどに艶かしく変貌していく。
ベニヤが打ち付けてある窓の隙間からわずかに光が入って、その姿態を見せ付ける。
締め切った部屋は、蒸し暑く、汗と火薬と血の臭いが混じり合い、男たちから思考を奪った。
誰が最初だったかわからない。いつの間にか、暴力は性的なものへ移行していた。
俺もまた、未だかつて経験したことのない、猛烈な加虐欲と性欲に支配され、青年を犯した。
静かだった。
行為は激しく、凄惨さを極めているのに、俺は静寂のなかにいた。
雨の音が聞こえていた。
入梅の記事を読んだのは今朝。
これからしばらく雨は降り続くだろう。
そんなことを考えていた。

青年の身体が自分の動きにあわせて揺れるのをぼんやりと見ていたら、
いつのまにか、そのうなじに噛み付いていた。
犬や猫が交尾の際するのと同じように、首筋に噛み付き、動きを抑えた。
そしてそのまま噛み千切る。
初めて、青年が叫び声をあげた。
鮮血が流れ落ち、コンクリートの床にパタパタと音を立てる。
その瞬間、俺は青年の内で果てたのだ。
彼の血肉を味わいながら…。


あのときの状態を、後から説明しようとしてもどうにもうまくいかない。
男に欲情したのも、加虐欲を感じたのも、それきりだ。
俺たちはその後、衰退する学生運動から遠のき、散り散りとなった。
社会に出てから何度か顔を合せることもあったが、あの日のことは一切口に出さなかった。
もちろん、青年の行方も、俺は、名前すら知らなかったのだった。


盛り上がった傷痕に、指先を触れさせる。
男の身体がわずかにこわばった気がする。

俺の口の中に、血の味が広がった。

3387-99 優しく踏んでね?:2006/06/11(日) 00:07:21

「待って…いた…い…ッ。」
「痛い?それくらい、我慢しろよ。」 
 ユウヤは何とか体勢を変えようとしているようだが、痛みと俺の重みで身じろぐことも出来ずにいるようだった。
「ごめん、俺、上は、初めてだから。」
 少し冷た言い方をしたと思った俺は、バランスを取りながら言い訳をした。
「わかって…るから、…ッ…ごか…ないで。」
 些細な揺れも感じ取るのか、息を詰めながら話すユウヤを見て俺は出来る限り動きを止めた。
 
 しばらくして笛の音が聞こえて、俺はユウヤの上から降りた。
 立ち上がったユウヤが自分の足に付いた砂を払う。
 膝に食い込んだ砂粒が痛そうだ。
「足、痛そうだな。」
「ううん、もう平気。でも次はもうちょっと優しく踏んでね?」
 ユウヤの笑顔にどきりとして下を向く。
 笛がまた鳴った。
 組体操なんて考えた奴はきっとサドかマゾだったのだ、などと思いながら俺は出来るだけそっと足を乗せた。

3397-119 また、明日:2006/06/11(日) 04:42:54
夕日が遠くて、朱すぎて目が痛くなった。
沈む太陽を背に、もう一度奴は投球フォームに入る。スローなその動作の最中、ズバンと音を立ててボールが俺のミットに納まった。
慣れてるとは言え、もう何時間。いい加減手が痛い。
目が痛いのも、見えにくくなったボールのために目を凝らしたせいだと気がついた。
俺の返したボールを受けて、奴がまたフォームに入る。もうちょと、か。
腰を落として構えた俺に、奴は少し妙な顔をした。振り上げた腕を下ろす。
「?どうした?」
「いや、いい。・・・今日はもう止めとこう」
「何言ってんだ。夏のレギュラーの発表までそんなに間はないぞ。
ベンチ、入りたいんだろ?」
「いいんだ、今日は。もう帰ろう」
言いながら、奴は俺の横をすり抜け、フェンスの後ろのバッグを手に取った。
「待てよ」
俺は慌てた。置いていかれるのが嫌だったんじゃない。
「お前、俺に気ィ遣ってるだろ」
肩に手を置いて留める。利き腕じゃない方の肩。
「気を遣ってる訳じゃない。お前が壊れると俺が困るから、今日は止めるんだ」
「俺は大丈夫だ」
「大丈夫じゃない。・・・目、赤い」
防具を除けて、近くに目を覗き込んでくる。
心臓がばくばくウルサイのを、気付かれたらどうしよう。
「お前、自分が壊れても俺をベンチに入れようとしてるだろう」
「そんなこと、」
「いいか。俺の女房はお前だ。お前もベンチに入るんだ。
だから壊れるな」
無愛想な短い言葉だけを吐いて、「帰るぞ」と歩き出した。
泣きそうに感動している俺の言葉も、聞いてくれたっていいのに。

「また、明日な」
「あぁ。明日な」
「フロでちゃんと肩をほぐせ。マッサージは覚えたな?」
「はいはい」
「湯には10分は浸かれよ」
「うるせぇな」
「じゃ、明日」
「おう」
昨日と同じような会話を、今日もまた繰り返す。
いつかテレビの向こうで白球を投げるお前を見る、その日まで。

3407-149 今年の紫陽花は何故か青い:2006/06/12(月) 20:01:44
死にネタ注意
――――――――――――――――――――――――

「おお、綺麗に晴れたなあ!」

若旦那が太陽と一緒に笑いながら庭へ出てきた。
しばらく雨続きで出られなかったから嬉しいのだろう。
下駄をころころ鳴らし、機嫌よく庭の植木を見て廻る。

「うん、皆元気そうだ。お前の様な腕のいい庭師を雇えて俺は幸せもんだなあ。
 で、これはなんてえ木だい? みかんか? 柿か?」
「みかんも柿もこの庭には植わってませんよ…」
「何ぞ実がなるモンは無いのかい。楽しみがないよ楽しみが」
「大旦那が虫が寄るからと言って嫌ってらっしゃいますからね。さ、薬を撒きますよ」

ひゃいひゃいと子どもの様にはしゃぎたて、若旦那は口元を押さえて逃げ出す。
少しユルいとは思うが、こんなに喜んでくれるならば庭師冥利に尽きるというものだ。

「これは知ってる。紫陽花、だ」

撒いたばかりの露を弾き、若旦那は紫陽花を指差して笑った。

「でも、今年の紫陽花は何故か青いな。去年は赤だったのに色が変わってる」
「赤いのがお好みですか?」
「……いや、今年は俺の親友が長い長い旅へたった。
 紫陽花もそれを悲しんでるんだろ。やつもこの庭が大好きだったからな」

そういって土を少し握り、口元へ一度やると撒きながら部屋へと戻っていった。

――薬を撒いたんです、若旦那。
虫が、俺の大事な木に虫がつきそうだったから。
食い荒らされるくらいなら俺は毎夜悪夢にうなされても良い。
目が覚めれば可愛い木の愛らしい笑顔が見られるから。

俺は眉を寄せて、土からはみ出た虫と着物の袖を埋めなおした。

341 7-149 今年の紫陽花は何故か青い:2006/06/12(月) 20:32:18
トロトロ書いてたら投下されてたので、こちらに。
―――

「これ、一緒の買おうよ」

そう言われたのは確か、大学二年の夏だったと思う。
二人で出掛けた神社の縁日で恵介にそう誘われて買った指輪は、つけるのが恥ずかしいほどチャチな作りだった。
どう贔屓目に見ても子供の玩具にしか見えないそれは、けれど当時の俺たちにとって確かに宝物だった。
安っぽく、下品な輝き方をする、ギラギラしたアルミの指輪。
それを人気のない陰で、結婚指輪か何かのような慎重さで互いの指に嵌めあったのを覚えている。
頬を真っ赤に染める恵介にその場で口付けて、「ずっと一緒にいような」と囁く。
それにこくんと首を頷かせる彼をきつく抱きしめて、もう一度、今度は深いキスをした。

――大抵のカップルは、自分達に終わりがあるなんて予想していない。
俺たちも当然その例に漏れず、この指輪を外す日が来るなんて事は夢にも思っていなかった。

月日は巡り、指輪は色褪せ、相思相愛だったカップルは倦怠期を迎える。
俺たちは些細な、本当に心から下らないと思えるようなことで言い争いを重ね合った。
それはゴミの出し方だったり、エアコンの設定温度だったり、着信履歴の見知らぬ名前だったりした。
恵介と俺は徐々にすれ違っていき、ついに決定的に崩壊した。
「別れよう」と、先に結論付けたのがどちらだったか、どうしてか記憶にない。
覚えているのは、俺の部屋から無言で出て行ったあいつの後姿だけだ。
あいつが出て行ってすぐ、やけに広く感じられる部屋で、数年ぶりに人差し指の指輪を外した。
強くぐっと手に握って、力任せに窓から庭へ放り投げる。
それはきれいな山形を描いて、アジサイの植え込みの辺りに落ちた。

数ヵ月後、恵介を忘れようと努力する俺を嘲笑うように、庭に青いアジサイが咲いた。
忘れることなど出来ないのだと、思い知らされたような気がした。

3427-149 今年の紫陽花は何故か青い:2006/06/12(月) 23:40:49
今年の初めに日本へやって来たばかりの、金髪の友人。
彼は梅雨の湿気にやられてか、ここのところ随分と気が沈んでいるように見えた。
ちょっとでも気晴らしになればと、やってきたのは紫陽花で有名な寺…は混んでいるので、
その近くにある、あまり知られていない紫陽花園。
平日の昼前だから僕たちの他に人影はなかった。
こじんまりとした敷地内に、所狭しと咲く紫陽花。
小雨がぱらつき出したが、傘を差すほどではないと思った。
雨に濡れて、花はしっとりと美しさを増す。
僕の少し前を歩く友人は、園の入り口でその光景を見渡し、すぅっと大きく息を吸い込んだ。
そして小さく呟く。
「青い…」
ああ、紫陽花の色に、驚いているのか。
確かに、ちょうど盛りの紫陽花は、インクを流し込んだように深い青色をしていた。
「日本は雨が多いから、紫陽花は青が一番濃くなるのが普通です」
「へえ…」
ちゃんと聞いているのか、心ここにあらずな声が返ってくる。
「ヨーロッパみたいな乾燥した土壌だとね…」
アルミニウムが吸収され難くってピンク色になるんですよと、説明しようかと思ったが、
彼は僕を置いてどんどん奥へ入っていってしまうのでやめた。
まあ、気に入ってくれたみたいだからいいけれど…。

彼はちょうど園の中央あたりで立ち止まり、自分の周りに広がる青い風景をゆっくりと見渡している。
近づくと、彼の見ているのは紫陽花のようでいて、実は違う遠い場所のような気がした。
そして、何故だろう、とても悲しげな表情だ。
何か話さなくちゃと思って考えを廻らせ、思いついたのは、
「花言葉!」
僕のほうを向かせたくて、ちょっと大きな声を出してみる。
彼はこっちを向いたが、でもまだだ。まだ、心ここにあらず。
「紫陽花の花言葉知ってます?」
青い色の瞳を見ながら僕は話す。
「紫陽花って、咲いてから色々に色が変わるでしょう?だから『移り気』とか『心変わり』なんて言うんですよ」
恋人にあげたら怒られちゃうから覚えておいたほうがいいですと、僕は笑いながら言ったのだが…。

彼は僕を見ていた。しっかりと僕を見つめた。
そしてみるみるその目が潤んで、水滴が零れ落ちた。
青い瞳が溶け出したのかと思って驚いた。
そのくらい唐突に、微動だにせず、彼は泣き出したのだ。
「なんで泣いてるんですか?」
僕は何か気に障ることをしてしまったのかと焦る。
おろおろする僕を見つめたまま、ポロポロと涙を流す彼。
暫くの間そうして二人立ち竦み、霧雨に髪が濡れて、雫になりだした頃、彼が口を開いた。

「…私には、最愛の妻がいました」
知っている。彼が肌身離さず持ち歩いている写真の女性。
彼女が既にこの世にはないことも、知っている。
「彼女の死の間際、私は生涯、彼女以外を愛さないと誓いました」
頬を雨水がつたっていく。
雨は彼の頬も濡らしていたが、後から後から溢れる涙の痕を、消すことはできない。
「誓ったのに…」
そう言って彼は、堪え切れないというように表情を崩す。
泣き顔になる。唇が震えている。
それでも青い目は、僕を見たままだ。
「私は、彼女に謝らなければならない」
僕も馬鹿みたいに突っ立ったまま、彼の目を見ていた。
青い…。
「あなたを、愛しています」

3437-149 今年の紫陽花は何故か青い:2006/06/13(火) 02:40:12
瀟洒な家々の建ち並ぶ住宅街の小道を折れると、いきなり鮮やかな蒼が目に飛び込んで来た。まるで海の色をそのまま映したかのような鮮やかな蒼。
小さな庭先に丸い球を幾つも並べて咲き誇っている紫陽花が皆、それはそれは見事な蒼に色付いていた。
彰の蒼い紫陽花だ。


彰と出会ったのは20年程前の事。
彰は俺たちの海辺の小学校にやって来た少し内気な転校生だった。
海の無い地方で育ったという彰が海を見たのは、それが初めての事だったらしく、まだ海水浴には相応しくない季節だったが、彰は転校してすぐに仲良くなった俺にせがんで海岸に行き何時間も飽きずに目を輝かせて海を見ていた。
海があるのが当然の事として育った俺にはそれが大層不思議な事で、思えばその時から俺は彰に惹かれていたのだろう。
俺はよく彰に付き合っては海辺に行って遊び、海を見詰める彰のキラキラと輝く笑顔に見惚れていた。
高校に入ってから、そんな彰が再び海の無い地方へ帰るという事を聞かされた時、俺は彰を誘って海に行った。
何を話したらいいか分からず、ふたりとも押し黙り勝ちになってただ海を眺め、足下にかかる波と戯れた。
そうして何時間も経ち、海が夕日に紅く染まり、次第にそれを飲み込んでゆくのを、俺たちはふたり砂浜に座り肩寄せ合って眺めていた。
俺がそっと肩を抱き寄せても彰は抗わず、ただ海だけを見詰めていた。
ただ、それだけ。
キスすら出来ずに、たったひとつ見付かった言葉は「また会おう。」それだけだった。
すっかり日が落ち、それでも別れがたく少しあてどなく街を散歩しながら歩いた帰り道、暗闇の中、常夜灯に照らされて鮮やかに浮かび上がる紫陽花の蒼が目に入った。
ちょうど今日と同じように。
「この蒼、海に染められたようだな。」
彰が言った。
「持ってきたいか?」
「ああ。出来ればな。」
「じゃあ、あれはお前の海だ。」
そう答えたのを思い出す。


今年の紫陽花はあの時と同様やけに蒼い。
あれは彰の蒼い紫陽花だ。
彰はどうしているだろうか。あれっきり会えず終いだったが。
また会いたい。


紫陽花の蒼が目に染みてにじむ。
ほんとに…、やけに蒼いな。

3447-159 一万円札×千円札+五千円札:2006/06/13(火) 05:27:04
「おい滝、こーら起きろ」
 よく知った声が耳元でする。ちかちかと、規則正しい音と低音でまとわりつく振動が、なんだか耳障りだ。
「う? 何ですマキさん……」
 好きなひとの声がこんな近くなのに、本当にうるさいなこの音。
「おめー酔い過ぎだ。タクシー着いたぞ」
 ほれ、と乱暴に引き起こされる。しっかりした胸に転がり込んで、俺はその時多分笑ったのだと思う。
「平和な顔しやがってこの。財布出せ、払っとくから……って、げ。おめー五千円と千円一枚ずつしかねーのかよ、やっべー……あ、済みません運転手さん。俺も降りますから。はい、確かに。おら立て。滝、タキ? シノブちゃん、いー加減にしねーとだっこするぞ」
「はぇ?」
 両足と背中を支えられて、俺は耳障りな空間から連れ出された。
「マキさんなに……」
「おめーが面倒がって金降ろしとかねーから俺までタクシー代なくなっちまったぞ。今夜はお前んちに泊まりな」
「え、今何……」
 このひと今何て言った? 俺は好きなひとの腕に抱かれながら、酔っ払った頭を懸命に動かそうとする。
「後で一万円、返せ」


---
うまく書き込めなかったので早漏してみるorz

345どうして自分じゃなくてあの子なんだろう:2006/06/15(木) 06:16:21
ずっと、欲しかったんだ。
俺は震える手でそっと彼の頬に触れた。
酒に潤んだ目には普段の鋭い光は宿っていない。
いつもは堅く引き結ばれた口元も、わずかだけど弛んでいる。
頬から瞼、額へと、触れるか触れないのかのタッチで辿っていく。
短く刈り込んだ髪が、触ると意外に柔らかいことを知った。
俺は手をとめて、じっと彼の顔を見た。
酔いに濁った目は俺を映しているのに、何も見ていない。
「……も……」
何か呟いたと思ったら、急に腕をとられて引き寄せられた。
びっくりして固まっている俺の腰を硬くてゴツゴツした指先が掴んで、
服の下に無遠慮な手のひらが潜りこんでくる。
「ちょ…ちょっと滝…!?」
本当に酔ってるのかと疑いたくなるような巧みさだった。
硬い指先に官能を引きずりだされて、あっという間に茹で上がる。
酔った男は、しきりに何かを囁いていた。
「……とも………とも……」
繰り返される言葉は、誰かの名前を呼ぶ声だった。
急に体が冷えていく。なのに頭の芯だけは熱が去らない。
―――こんなに、
こんなに好きな人の一番傍にいるのに、その目に俺は映ってなくて、
肌を合わせて、熱を分け合って、だけど彼の心はここにはなくて、
「馬鹿だ………俺…」
なんで喜んでるんだろう。それでもいいと思ってしまえるんだろう。
まるで針金の指で鷲掴みにされたみたいに、胸がキリキリと痛む。
自分への自嘲と、トモという見たこともない子を羨んで、胸がひどく灼けた。

3467-199恋のプロセス:2006/06/15(木) 22:30:20
空きっ腹で部屋に帰ると、食料がなんにもなかった。外は土砂降り。
「おい…じゃんけんで負けたほうが買い出しな。」
俺は窓際で何か熱心に読んでる従弟に、いやいや声をかけた。当然のように返事がない。
「何読んでんだよ。」
俺が覗き込もうとすると奴は無言で、読んでいたものを俺との対角線上に遠ざける、が…
しょ、少女漫画…見るんじゃなかった…
「例えばの話だが」
奴が無駄に重苦しく口を開く。いつものことなんだが、目線は明後日のほうをむいている。
「…今日みたいな雨の日にだ。もし俺が道端で捨てられている子猫を抱き上げて、優しく
話しかけている場面を目撃したとしたらどう思う?」
…。
「キモいと思う。」
「…もし学校が終わったら大雨で、朝傘を持って出るのを忘れたからどうやって帰ろうか
迷っているところに俺が現れて、無言で傘を渡して自分はそのまま雨の中を走って去って
行ったとしたら、どうする。」
「怖すぎるからおばさんに相談する。」

「お前は本当に最悪だな!!」
「俺なんか悪かったか!?」
認めたくもない話だが、ここ数日こいつが以前に増しておかしい理由が、ようやく俺にもわ
かりつつあった。どうやらこいつは先週末一緒に出かけた俺の親友に一目惚れしたらしいのだ。
「ふざけんなよ…いいか、よく聞け。…あいつは男だ!」
「……」
「あのなぁ…」
RRRRRRR
俺の携帯が鳴る。
『もしもし、今江古田なんだけどさぁ、今日秋んち泊まっちゃダメ?買い物とかあったら
してくからさ。』
…なんてタイミングだ。
「ダメなわけない!!5分で迎えに行くから南口の本屋で待っててくれ!」
奴は光の速さで俺の携帯を奪って通話口に向かってそう叫ぶと、猛烈な勢いで玄関から飛び
出していった。
『…もしもし秋?今のシロウ君?』
「あ、ああ。わりぃ、なんかあいつ、もうそっち行っちゃった…んだけど…」
逃げてくれ清瀬、って言うべきなのか…?
『あははは、シロウ君て何か、かっこいいのにおもしろいよね。…仲良くなれるといいなぁ。』

もしかして、俺の知らないうちに、何かが初期段階に突入しているのだろうか。

3477-19 寝不足です:2006/06/15(木) 22:58:31
ぼんやりと目を開ける。
時計の時刻は午前6時半。
休日でも寝不足でも時間が来れば目が覚めるのは会社勤めの悲しい性だな。
そんなことを考えながら寝返りをうつと、隣で眠る彼が身じろぐ。
彼の頬にかかる髪をかき上げ、親指でその唇に触れる。
昨夜、絶えず甘い声を聞かせてくれたそれに唇を寄せ、俺はもう一度幸せな惰眠を貪る
ため目を閉じた。

3487-209 アナリスク:2006/06/16(金) 22:10:39
「アナリスクって何?」とあいつが呟いた。
「は?」
「昨日知ってるか?って聞かれた、アナリスクって何?」
「何?って俺も知らねーよ、聞いた奴に聞けよ。」
「そいつも知らないって言うから何なのか気になってさ、お前なら知ってるかなと思って。」
「…場所かなんかの略語じゃねーの?」
「略語!そうかも、アナリースクエアーとか?」
「そうなんじゃねーの?」
「やっぱお前頭いいな。」

俺たちが馬鹿だと気づくのはそれから一日後の事だ。

3497-329 唇でなく:2006/06/22(木) 22:14:06
貴方の唇にくちづけしたい。
顔を見るだけで満足して帰るはずだったのに、涙に濡れる貴方を見た途端、そんな思いが抑えられなくなった。
かつては何度も重ねた唇だ。荒れてカサカサした固いこの唇が、私にとって最上の唇だった。
私は思いを込めてくちづける。
これはくちづけであってくちづけではない。重ねられているのは唇だけれども唇ではない。
私の唇はもう温度を無くし棺に納まっているはずで、目の前にいる貴方は私を見ることすら出来ない。
私の唇に貴方の固く荒れた唇は感じられず、貴方もまた私の唇を感じることは出来ない。
貴方の唇には何も残らない。
貴方に、私はなにも残せない。人並みの幸せも家庭も子供も私自身さえ。
それでも、この唇の重ならないくちづけで、私は貴方となにかを重ね合わせられるだろうか。
貴方に、なにかを残せるだろうか。

3507-339 メガネクール受:2006/06/23(金) 13:26:56
メガネと言えばクール、これ結構鉄板
しかも受け、となるとやんちゃ年下攻めとか包容力ある紳士攻めが沸いて来ます
会社員なら年下上司攻め辺りとも相性が良いです
そしてクールは脆い内面を隠す仮面だったり、対人関係処理の下手さの裏返しだったりも、
あるあるあるある100人に聞きました、なのです
しかしメガネクール攻めとはイマイチな相性なようです
これはクールインフレが発生するから、が主説ですが
その実は、キスの時にメガネがぶつかるから説も有力です
え?ガキみたいな事を言わず、顔を傾ければいいじゃないか?
もっともです
が、あくまでも相手が顔を傾けるのを待つクールさ、これは捨てがたい!
いっそ、がっつんがっつんフレームぶつけてYOU、キスしちゃいなyo!とも思いますが如何でしょう
しかし最近はメガネクール受という名のツンデレ族もいます
と、いうか純正メガネクール受は風前の灯火かも知れません
ですので、メガネクール受を見付けた攻め様はその取扱いに重々注意して下さい
失って初めて気付くメガネクール受!
メガネクール受を守れ!
…ええと、つい熱くなりましたすみません。

温暖化とメガネクール受けとの関係についてはまた後日。
テストに出ますので、しっかりと復習して下さい。
はい、今日はこれで授業終わります

3516-679 4年後にあの場所で:2006/06/27(火) 21:53:07

『四年後に、あの場所で』
 非道なことに、俺がその言葉を思い出したのは、まさにその当日が終わる三時間前だった。
「っていうか、行って良かったモンなの? ホントに居た訳?」
 更に非道なことに、最早過去形で語ってます俺。正に外道だね俺。まぁ三時間切ったしね。仕方ないんじゃね?
 だって四年後とかイキナリ言い始める奴がおかしいよな。四年後だよ? 国際的なスポーツの祭典ですか? そんでその二週間後に別れたワケです。鉄のような俺たち。熱しやすく冷めやすく、おまけにしょーもないことに利用されがちな俺たち。鉄は鉄でもクズ鉄だったね。お互いが別々の磁石に引っ張られていく形で、ごくアッサリとお別れ申し上げました。

 で、二時間も切る頃に、俺はその場所に向かっていた。
 や、ホント馬鹿だよね俺。だって四年前に、別れた奴とした約束を守ろうとしてんの。律儀でしょ? 損な奴でしょ。涙でそうだよ俺。カッコ悪っ。

 ……意地も張らずに正直に言うと、俺は心底そいつに惚れていたんだ。そんで、今でもずっと焦がれている。
 ただ、俺たちこのまま付き合ってたら、お互い駄目になっちゃうかもね? ってあいつが言って。
 んー、お前がそういうなら、そうかもしれねーな。って応えて。
 じゃあさ、別れよう。
 そうか、じゃあな。
 って。今思えば何だかよく分からない最後だった。ただ、その少し前に、あいつが俺じゃない、別の奴に惚れているらしいとうわさが立って。そうなのかな、と少し疑問に思って。

「遅いだろ、馬鹿」
 約束の日が終わる一時間前に、その場所に行ったら、あいつが泣き笑いの顔をしていた。
「何でいるんだ?」
 訊ねたら、あいつは昔みたいにただ笑ったりせず、「馬鹿野郎!」と怒鳴りながら、思いきりどついてきた。
「約束したろ! 四年したらここで、って!」
「その後すぐに別れたじゃねーか!」
「当たり前だ! あのまま付き合っていられる訳なかっただろ!」
「何でだよ!」
「だって、俺とお前は!」

 言われて、久々に気づいたけれど。
 こいつって教師だったっけ。

「だから四年って言ったんだ! 生徒たぶらかした上にそいつが同性だなんて、世間様にバレたらお前も俺も終わりだったんだからな! この馬鹿生徒!」
 で、四年前にそんなこと言われたら、ただ「ごめん」って言っただけの俺だったけれど。
「もう生徒じゃねーよ。学生ですらないんだぜ?」

 四年ぶりに抱きしめた小柄な身体は、相変わらずいい匂いだった。

3527-429M攻め×S受け:2006/06/30(金) 04:07:50
「公の場で糞の匂い振りまいてんじゃねぇ。おとなしく下水を流れてろよ糞は」

初めて彼に出会ったとき、彼は俺(とその他数人)を睨みつけて、そう言った。
小柄でまるで地上に舞い降りた天使のようなその容貌と裏腹のクールな低音ボイス。
俺たちは、そう、確か4〜5人いて、それなりにそれぞれ刃物などを隠し持っていて
ちょうどその時小金を持ってそうなカモを路地裏に連れ込んで、圧倒的に優位な立場から
「交渉」を行っている最中だった。

にもかかわらず。

わけのわからぬ威圧感、有無を言わせぬ命令口調。…何よりそのあまりにも冷ややかな眼。
「本当に自分が糞であるかのような心地になった…」
と、後にその場にいた一人が語っていたが
俺はと言うと、まるで聖なる雷に心臓を貫かれたかのように…生まれて初めて味わう
甘美な痺れに、頬を染め、呼吸が浅く速くなるのを押さえられずに、思わず―

「…ご不快な思いをさせて申し訳ございません。どうか貴方様の御御足でこの糞めを土に
お帰しください。」

そう言って彼の前に跪いてしまった。
(背後からはその場にいた仲間+カモの「ええー」という驚きの声が聞こえてきたが、
それすらもそのときの俺にとっては羞恥心を煽る心地よい調べでしかなかった。)

「…なぁ、一つ聞くが」
「は、はい…」
「この世に好き好んで糞を踏み付ける奴がいると思うか?」
俺はハッとして彼の顔を見上げた。
その瞬間俺の耳の真横を彼の靴が通り過ぎ、転がっていた酒瓶が壁に当たって砕けた。
「…二秒待ってやる。消えろ」

「”逃げ遅れたら殺られる”―そう思いました…」
後に、その場にいた一人がそう語っていたが
俺はと言うと、その日から運命と言う名の鎖に繋がれた恋の奴隷に成り果てたのだった。
(例え全人類の口から「ええー」という非難の声を浴びせられることになったとしても
それは今の俺にとって火照った体に優しくなびくそよ風でしかない。)

3537-439鎖と手錠と流れた液体:2006/07/01(土) 00:47:24
首に繋がれた鎖で逃げる事も叶わず、
昔抵抗したのがきっかけで暴れるといけないと手首には柔らかいタオルが巻かれた。
まるで手錠みたいだ…。恐怖に怯える僕をご主人はそっと抱きしめた。
「お前が悪いんじゃないんだよ…」
優しい顔で微笑むご主人。大好きな微笑みの筈なのに…この日ばかりは恨めしい。
「じゃあ我慢してね、ポチ」
ご主人の手に光る注射器からは予防接種の薬がキラリと一筋垂れた。
動物病院の飼い犬はこういう時損だ。

3547-389 愛するが故に別れる:2006/07/02(日) 18:41:56
 あと、二時間。二時間もすれば、今日が終わる。
 今日という、約束の日が終わる。
 あいつは来ない。まだ、来ない。……きっと、来ない。

「専門学校行ってさ、美容師になりたいんだよ俺」
 教員として採用された途端に押し付けられたあいつは、良く言えば今風のファッションセンスに基づいた、悪く言えば昔の科学者コントのオチみたいな、ツンツン爆発頭の生徒だった。外見通りに成績もよろしくなく、中身は空っぽなのか……そういう印象しか持っていなかったそいつから、そんな熱意ある言葉が出てくるとは思わなかった。
 それにしたって試験に受かるだけの学力が必要だと言うと、猛然と勉強してグッと成績を上昇させた生徒。
 良い意味で、目が離せない奴だった。

 外見は斜、中身はこれ以上なく真っ直ぐ。
 気付けば既に惚れていて、でも幸運なことに、あいつも俺を好いてくれた。

 でも、幸運なのはそこまで。
 俺とあいつは、教師と生徒で、男同士だったのだから。
 抱きしめ合い、キスし、こっそり学校から離れたところまで行ってデートして。
 けれどいつも、そこまでだった。それ以上進んではいけなかったから。本当はそこまで進んでもいけないのだから。

 あんまり幸せすぎてさ、と前置きして。
「俺たちこのまま付き合ってたら……お互い、駄目になっちゃうかもね?」
 んー、お前がそういうなら、そうかもしれねーな……という返答に泣きそうになった。
 たとえ駄目になっても、一緒にいたかった。あいつさえ隣にいれば、どんなに飢えていたって幸せだと思っていたから。
 けれど、あいつの夢を摘み取ることなんて、出来なかった。
 世間は冷酷だ。もしこの関係が周りに露呈したら? あいつを好奇の目に晒すことなんて出来るか?

 だから別れた。誰よりも大切だから、手放した。あいつには飛び立つべき空があるのだから。
 振り向かなくても良いように、思わせぶりな噂すら流して。
 最後に取り付けた約束は、叶わなくて良いとすら思った。誰よりも幸せになって欲しいと思う気持ちで、想いを封じ込めて。

 そろそろ一時間を切る。今日が終わる。あいつとの関係も、この沈黙をもって終わる。
 愛していたよと呟くと同時に、音もなく雨が降ってくる。土の匂いが濃くなっていく。

 うつむいた睫毛に水滴がかかった。
 その水滴が、きらきらと耀き出したのは何故だろう?

 顔を上げると、忘れられなかったエンジン音が近づいてきた。あんなに乗ってくるなと注意したのに。あの時より四年分古ぼけたバイクが。
 馬鹿、卒業したからって、騒がしくて迷惑じゃないか。

 ここは真夜中の学校なんだぞ。

3557-469 そんな顔したりするから 1/2:2006/07/04(火) 03:47:15
乗る人も降りる人もいない各停の鈍行列車が、目の前をゆっくりと通り過ぎていく。白地に青と水色の二本線が入った車体を見送っていたら、小窓から顔を出した車掌と目が合った。加速の緩い列車に乗った車掌は、たっぷり十何秒かはおれたち二人を怪訝そうな顔つきで見ていた。
 地味な夏服のおれと、大きなドラムバッグを斜めに背負った先輩。
 地元の私鉄の小さな駅の、プラットホームの端っこ。
 一時間に一本の各停を見逃したのは、これで3回目だ。
 そもそも2両編成の鈍行は、こんな端のほうまでは届かない。
「……あーあ、また乗れなかった」
 線路がきしむ音が聞こえなくなって随分たってから、おれの傍らに立つ先輩がやけに間延びした声で言った。おれは黙って、自分の足元を見下ろした。何か言い返してやりたかったけど、あと一時間は一緒にいられるという切ない安堵と、一時間後には先輩はいなくなってしまうかもしれない怖さが綯い交ぜになって、どうしたらいいのか分からなくて、声を出したら意味もなく泣き喚いてしまいそうだった。
 おれが何も言い返さなくても気にしたふうでもなく、先輩は「あちー」だの、「喉渇いたー」だの、悪態をついている。
 おれが黙り込めば何時間でもそうやって傍らにいる。
 そんな気の長い、優しい先輩がどうしようもなく好きだった。
 この人が夏休みで里帰りして、本当はすぐにでも逢いたかったのに、意地を張って痩せ我慢して、電話でもメールでもそっけなくして、やっと二人きりで逢えたのは昨日の夕方。
 逢わないつもりだったのに。
 夏期講習の放課後に押しかけられて無理やりに連れ出されて、そう言って不貞腐れたおれを、先輩は痛いくらいに抱きしめた。
 それからは機嫌を損ねたふりで一言も口をきかなかったけれど、本当は死んでもいいくらいに幸せだった。
 だから別れの時間は、余計に絶望的なものになる。
 小さな田舎町で、知り合いばかりの地元の進学校で、おれと先輩は男同士で。
 通じ合ってしまった想いを恨んだのは一度や二度じゃないし、周りに隠すことに疲れ、隠し事をすることに謂れのない罪悪感を持ち、それでも終わりの見えない自分の想いに恐怖すら抱いて。
 先輩がおれのことなんか忘れてしまえばいいと思った。
 おれの世界から、先輩がいなくなればいいと思った。
 だから、もうこれっきりにしよう。
 長時間直射日光にさらされて、もうまともに思考できない頭で、馬鹿の一つ覚えみたいにそれだけは胸の中で何度も繰り返した。

3567-469 そんな顔したりするから 2/2:2006/07/04(火) 03:48:06
やがて数分後の列車の到着を知らせるベルが、ピコーンピコーンと間抜けな音で静寂を破る。
「四時間」
 不意に先輩が、そう呟きながらおれの腕を掴んだので、驚いて思わず俯けていた顔を上げた。
 おかしそうな、困ったような笑いをこらえた先輩と目が合って、心臓が跳ねる。苦しい。
「俺ら四時間もただぼーっと突っ立って。馬鹿みてぇだな」
 こらえきれずに笑った先輩とは反対に、おれは自分の顔がどうしようむなく歪むのを止められなかった。掴まれた腕が熱い。顔を逸らす寸前に見た先輩は、優しそうな微笑を浮かべていた。
「俺さー、お前が俺とつきあってるのしんどくて、いつもつらそうにしてるの、ちゃんと分かってるつもり」
「……なら、おれと別れて」
 遠くから聞こえていた線路の鳴る音がだんだん近づいてベルが止み、ホームに入ってきた列車がおれたちの立つ場所のはるか手前で停止した。例のごとく、乗り降りする人はいない。
 先輩は、この列車にも乗らなかった。
 今度は目の前を通り過ぎていく車掌と目を合わすことはなかった。先輩に腕を掴まれているおれを、どんな顔で見るのだろうと思ったら、顔を上げられなかった。
「お前がいつかそう言い出すってことも分かってた」
 先輩はやっぱり、線路の音が聞こえなくなった頃に静かに口を開いた。
「お前にしたら俺らの関係は常識はずれなことだろうし、俺はお前を置いて勝手に遠くの大学に行ったひどい奴だろうし」
 それは違う。先に先輩を好きになってさんざん困惑させたのはおれだし、学年の違う寂しさに拗ねてわざと遠くのいい大学に行くようにけしかけたのもおれだ。先輩はなにも悪くない。
「それでも俺はお前と別れたくないよ。たとえ俺のわがままでも」
 おれは奥歯をきつく噛み締めた。
「俺がこういうこと言うからお前は傷つくんだろうけど、それでお前のこと傷つけても、お前が俺のこと想ってくれる限り、俺は絶対にお前のこと手放さない」
 腕を掴んだのと反対の手で、先輩は俺の頬を包んで掬うように上を向かせる。
「好きだよ」
 そう言った先輩の目は優しくて、けれど怖いくらいに真剣で切なげで今にも泣き出してしまいそうな目だった。
 本当におれのことが好きなんだと分かるそれは、おれを雁字搦めにして捕らえて放さない。
「先輩が、そんな顔したりするから、おれは……っ」
 先輩から離れることができないんだ。
 声は悲惨に引きつって、呻くような泣き声になった。
 分かっていた。先輩を忘れることなんてできないし、先輩が俺を忘れてしまうことに怯えていたし、別れるなんてできっこないこと。
 別れたくない。離れたくない。行かないでほしい。ずっと傍にいてほしい。
 しゃがみこんで泣き声をあげるおれの肩を抱いて、先輩は何度も好きだと繰り返した。

3577-489世界史板×日本史板:2006/07/05(水) 03:15:11
思いついちゃったんで、空気読まずに投下。本スレに落とさなくてよかった。↓


「私から目をそらすな!お前はもっと……私のことを考えろ」
世界史板はもどかしさにかられて日本史板の腕をつかんだ。
自分より小柄でどう見ても細いその腕は、しかし力で引き寄せることはできなかった。

「……お前、いつも苦しそうだな世界史板。どうして苦しいか、教えてやろうか?」
「な、わ、私は……」
日本史板の手が、すっと世界史板の首筋を撫でた。
かと思うと、次の瞬間音もなく口づけをしてきた。

「お前こそ、ちゃんと俺を見ろ世界史板。俺はいかなる時もお前と供にある」

3587-499 攻めを泣かせる受け:2006/07/05(水) 14:50:25
「なんでだよ!夜、空けとけって言ったじゃん!」
「つーかマジで空けられるか分かんねーって俺も言ったはずだけど?」
「そうだけどっ・・・ならもっと前に言ってよ!」
「急に仕事入ったっつってんだろーが。
子供じゃねーんだから駄々こねるような真似すんなよ。」
「ッ!!」
「もういいだろ。こんなことでケンカしてどうすんだよ。」
「こんなことじゃないよ、俺楽しみに・・・・・・あー!もういい!もういいよ!」
「はいはい。じゃあ俺は仕事行くから。」
「もう終わりだよ!ほんっと呆れた!」
「あぁっそ!勝手にしろ。つーかいいかげん大人になれよ。
 お前、これからこんなことあるたびキレんのか?
・・・これじゃあお前に付き合う奴も苦労するよな。」
「てめえマジ出てけ!ふざけんじゃねえ!!」
「言われなくても出てくけどね。」
―バタンッ

「くそっ・・・!なんでだよ・・・」

*****************

―ピンポーン 「郵便でーす。」

「・・・・・・?」

『誕生日おめでとう。
 手紙でごめん。今、会社のデスクでこれを書いています。
 多分夜には届いてると思うんだけど・・・
 
 色々書きたいことはあるけど、時間がないので短めにしておきます。
 生まれてきてくれてありがとう。
 こんな俺と付き合ってくれてありがとう。
 いつもケンカばっかしてて言えないけど、好きです。
 どうしようもなくお前が子供っぽくて困ることもあるけど、
 ほんとは、そんなところもかわいくて好きです。

 遅くなってからでもいいなら、ちゃんとお祝いしようね。』

「・・・ばっかじゃねーの・・・」

―ガチャ
「届いた?」

「・・・・泣いちゃったよ、俺・・・」

3597-519駄菓子屋:2006/07/06(木) 23:41:15
アイス食いたい。

部活帰りに寄り道して久々に小学校前の駄菓子屋に足を向けたら、
店先を絵に描いたような外人の兄さんが行ったり来たりしていた。
「あのさ、…日本語オーケー?」
「あ、はい。大丈夫です」
金髪碧眼、貴公子みたいなその兄さんは、予想外に流暢な発音で俺に答えた。
「ここのばあちゃん耳遠いから、この呼び鈴押さないと聞こえないんだ。」
俺らの代から学校前と言えば万引き商店、とかも言われていた。
まあ実際は、近頃のガキは駄菓子屋で万引きするほど貧しくもかわいらしくも
ないし、最近は小学校の警備員もいるんで実害はそれほどでもないんだそうだが。

呼び鈴で出て来たばあちゃんは相変わらず無愛想で無口で小さかった。
俺はばあちゃんにアイスと言って小銭を渡し、クーラーの中をまさぐった。
「あとさ、ばあちゃん、そこの外人さんの兄さんがなんか用みたいよ?」
俺がでかい声でそう伝えると、ばあちゃんはじろりと兄さんを一瞥した。
「あ、あの、……私も、彼と同じものを一つ、いただけますか?」
ばあちゃんは兄さんから小銭を受け取ると、無言でまた奥に引っ込んでいった。

店の外の色あせたベンチに並んで座って、俺達は棒アイスをしゃぶった。
「……うまい?」
俺が訊ねると、
「そうですね」
兄さんは笑った。俺も、なんだか楽しかったので声を出して笑った。
「本当はお店の写真を撮らせてくださいと、お願いするつもりだったのですが」
「えっ、なんだよ!じゃあなんで言わねーの」
「あの老婦人の気難しそうな顔を見たら、申し出る勇気がなくなってしまい……」
そう言うと、情けなさそうな笑顔を俺のほうに向ける。
……うわ、まじまじ見ると、めちゃめちゃかっこいいなこの人。
「…写真、何に使うの?仕事とか?」
「いえ、日本の街並を、故郷の家族に見てもらいたいと思って。」
「そっか、ならいいじゃん!撮っちゃえよ。つーか俺が撮ってやるよ」
俺は兄さんの手からデジカメを奪うと道路に出てカメラを構えた。
「ええ、あ、あの、でも…!」
「いーからいーから。よし、笑ってー」
フレーム越しに、溶けかけの棒アイスを持って困り顔の兄さんをとらえると、
俺はシャッターを押した。
「……もう。じゃあ、貴方も」
そう言うと、兄さんは俺にアイスを渡してハンカチで自分の手を拭い、
俺からデジカメを取り上げた。
「こっちを見てください。いいですか?」
俺はカメラの向こうのその人の眼差しを思うと何だか照れてしまい、
思いっきり変な顔をした。

「写真ができたら送りますね。」
別れ際に俺と兄さんはメールアドレスを交換した。
帰り道、妙に気分がうきうきして、俺は家まで走って帰った。

3607-529 七夕:2006/07/07(金) 23:02:13
今年もまた
今日が来る・・・

―リリリン…
午前零時、ドアベルが鳴った。
そして一人の男が入ってくる。
鍵は開けておいてある・・・
今日は特別。
俺は男の姿を確認してふと笑った。
男もなんとなく眉を下げて笑い返して、カウンターに着いた。
「こんばんは。」
「・・・ピッタリだったね。」
「まだやってる?」
「バカ言え。もう終わってるよ。」
「ふふ、これ去年も言ったっけ。」
「・・・その前も、その前も聞いたよ・・・」
「・・・・・・」
最初の俺たちの会話は大抵2、3言交わした所で終わってしまう。
そうすると俺はこう言う、
「飲み物は?」
「・・・・いつもの。」
「かしこまりました。」
「・・・・・」
―シャカシャカシャカ
「今度はどこ行ってたの?」
シェーカーを振りながら尋ねた。
「ん、インドの方にね・・・」
「ぷはっ、インドって!」
「・・・笑わないでくれる?仕事なんだけど・・・」
笑いを堪えながらカクテルを注いだグラスを男に差し出す。
と、グラスの脚を抑えている俺の手に、男が自らの手を添えた。
意外と筋張って大きい・・・いつだったか気づいたことだ。
「そろそろ俺のこと認めてくれた?」
男の手は暖かい・・・いや、熱い・・・
「写真いっぱい撮れた?」
わざと逸らした。
男も分かっているのだろう、ふと仕様がない顔をして、
「いっぱい撮ったよ、いっぱいね。」
「・・・ちゃんと買ってるよ、写真集。」
「そっか・・・よかった・・・あなたに見てもらわないと、意味ないから・・・」
「・・・・」

いつから始まったのか・・・
俺たちが逢うのは七夕のこの日だけになった。
「あ、短冊書いてきたよ。」
ク、とカクテルを飲み干して男が言うと、俺たちの別れが近いことを知る。
逢瀬の時間は短い・・・
「俺も書いといた。」
願いはいつも

『来年も逢えますように。』

書いた言葉は、あの星にだったか、
俺たちにだったか・・・・

3617-539 本当にそれでいいの?:2006/07/09(日) 17:58:48
 また、こいつはそれだけを問う。もう何度目のことだろうか。
 ずっとずっと、物心ついたときから既に無二の存在だったこいつ。幼馴染兼親友から、紆余曲折あって恋人に昇格して、更にそこから十余年経った。その長いが一瞬だった年表の、いつごろあたりだったろうか? 喧嘩だとか、俺が癇癪起こしたときだとかに必ず出てくる言葉が出来た。
 本気でそう思ってるなら、俺はシュウには逆らわないよ。
 そんな感じの前置きがあって、後はいつも同じ言葉。
 ねえ、どうなの? と続けられると、何故かいつも逆らえなくなってしまう、魔法の言葉。
 あるときは、怒りながら。
 あるときは、微笑みながら。
 泣きながら、無表情で、歌うように……感情のバリエーションは色々あったが、出てくる言葉はいつも同じだった。同じで良かった。それだけで、充分だったのだから。

「なあ、でもさ、そろそろ限界だと思うんだ。俺も、お前も……いくら晩婚化だからって、生涯独身が増えてるからって……そんな理由じゃ、切り抜けられないだろ。それに、なかなか良さそうな女性じゃないか。お前の……見合いの相手」
 だから別れようと、手を変え品を変え、俺は何度こいつを諭そうとしただろう。付き合い始めて間もない頃から、今に至るまで。かなりの回数に上るはずだ。でも、こいつは折れない。また、あの言葉を繰り返す。
「シュウはさ、本気でそう思ってるんだ?」
「良介、俺だって、お前が一番だよ。お前が好きだ。お前以外誰も要らないよ。けれど、その見合い話の出所はお前の両親だろ。お前の両親は、お前がちゃんと女と結婚することを望んでるんだよ」

 俺の親と俺は別物だよ。ましてやシュウはもっとだろ?
 ねえ、シュウ。
「          」

 なあ、知ってるか? 俺はいつも、お前のその言葉を待ってるんだ。
 お前は俺にいろんな言葉を寄越してくれるけど、どんな熱っぽい告白よりも、俺はその言葉を望んでる。
 真っ直ぐな言葉に隠された、歪んでしまいそうなくらい切羽詰まったお前の心が見えるから。
「いいわけないだろ」
 俺の返事にほころぶお前の顔が、愛しくてならないから。

 お前がその言葉を使うように仕向けて、お前が俺に縛られるように仕向けて。お前は俺を悪人だと思うだろうか。俺が悪人だと知って尚俺を好いてくれるだろうか。
 お前のそれが聞きたいためだけに、俺はお前の世界を引っ掻き回す。お前がそれを言ってくれる限り、きっとずっと繰り返す。

 その言葉に縛られているのは、俺のほうだ。
 このどす黒い感情を全部お前にぶちまけたら、きっとお前は繰り返すだろう。
 本当にそれでいいの? と。
 俺だけに、向けて。幾重にも、縛り付けるように。

3627-599 世界を救った勇者×勇者の故郷に住んでいる村人A:2006/07/11(火) 16:33:19
お帰りって言いたかった。

君は小さいころからいかにも「俺様」ってかんじのやつで。
でも不可能を可能にするすごいやつで。
…だけど世界を救うって言いだしたときは
「こいつ池沼だ。」って確信したよ。

ねぇ?君が旅に出て何年たったと思う?
その間僕は何を感じて何を思ったと思う?
ねぇ?君が世界を救ったら帰ってくるっていって何年たったと思う?
その間君は何を感じて何を思っていたの?

何くたばってんだよ?
余裕こいてたじゃん?楽勝楽勝って何回も言ってたじゃん?褒め称えて迎えるんだぞって、パレードしてやるって、もう大物気取りで、ただいまって言ってやるよって、言ってたじゃん。

英雄になれたとたん、死ぬとか、君はやっぱ馬鹿だったんだね。

ねぇ?君は世界中の皆を救ったけど、僕を救えてないよ。

3637-609 その瞳に映るもの:2006/07/13(木) 02:49:55
あいつはよく哀しそうな顔をして俺に言う。
今の世の中が辛い、と。

欲望、混沌、狂気。
そんなものに染められた現代社会が、耐え難いほど辛いと。


――人は人としての生き方を、なくしちゃったのかもしれないね。―

あいつの何気ない一言が、いまだに俺の胸に突き刺さっている。

『人としての生き方をなくす』というのは、俺の事も指しているのだろうか。
人が恋心を抱く相手は、普通は異性と決まっている。
そうでなければ、人は子孫を遺す事ができないから。
同姓であるこいつを愛した俺は、こいつがいう所の『人としての生き方をなくした』人なのかもしれない。

こいつの瞳は、同姓を愛した俺をどう映すのか。
そんな事はこいつに聞いて見なければ分からないが、聞く勇気は俺にはない。


俺と同じく同姓を愛した自分に対する自嘲の言葉だったなんて、そのときの俺には分かるはずもなかった。

364629開かない扉の向こうとこっち:2006/07/13(木) 17:02:53
「そこに誰かいないのか?」
閉ざされた扉の内側で、幾度も幾度も扉を叩く。
もうどれくらいこうしているのだろう。声は枯れ、握り締めた拳は腫れて紅くなっても、呼び掛けずにはいられない。
喩えようもない孤独。
この扉の内側は狭くて明かりも射さず、聞こえるのは虚しく壁に跳ね返る自分の声ばかりだ。
誰からも返事は返らない。
「そこに誰かいないのか?」
「そこに誰かいないか?」
「そこに誰かいないの…か……?」
呼び掛ける声が弱々しく掠れて、黙り込んだ。
もう本当に誰もいないのだろうか。外はどうなっているのだろう。
絶望に襲われ、その場に屈み込みそうになりながら、それでも一縷の望みを棄てられず、再び扉を叩いた。
自業自得。
こんな孤独の闇の空間に陥ってしまったのは、自分の保身のためにあいつを裏切ってからだ。自分を信頼し、自分だけを見詰め愛していたあいつ。
あいつは今はもう、この扉の向こうにすらいないのだろうか?
一番大切なものを失ってしまった時から、この扉が閉ざされた。
「誰かそこにいないのか?」
何度目か分からない呼び掛けが、また扉に跳ね返され闇に消えた。

3657-629 開かない扉の向こうとこっち:2006/07/13(木) 23:53:32
「そこ、自転車」
言うまでもなく、彼は歩みを緩めることなくひょいと障害物を避ける。
「ありがと。大丈夫だよ、杖の扱いも慣れたし」
彼は微笑みながら手を伸ばし、寸分違わず僕の頬に触れた。

数か月前の事故で視力を失った彼。傷ついたその目に、光が戻ることはないらしい。
事故より後に出会った僕の顔を、だから彼は知らない。
「元からあまり目はよくなかったからかな、見えなくなったことにはそれほど未練はないんだ」
彼はいつもそう言う。そして、こう続ける。
「ただ、君の顔を知ることができないのが、残念だけど」
「……僕は、酷いかもしれないけど、かえってほっとしてる」
だって、もしも彼が僕の顔を知っていたなら、こんなに近しい関係にはなれなかったはずだ。
「どんな顔してても、君は君だろ」
けれど、そう言ってくれるのはきっと、今の彼だからだ。
そうして僕は何も言えなくなって、小柄な彼の身体をただ抱き締めるのだ。

「俺は、君がどんな顔でも好きだよ」
彼はそう言って、まるで見えているかのように僕の唇にキスをする。
彼の開くことのないまぶたはこちらとあちらを隔てているけど、それは僕らを完全には分かち得ない。

3667-669かっこいいナンパ:2006/07/16(日) 05:30:56
曰く、雑誌にだまされたのだそうだ。
彼曰く、これが礼儀なのだと雑誌に書かれていたそうなのだ。
つまり彼はホモで、目覚めたてのホモで、衆道の礼儀として、
初心者なりに、カタギと間違われないための礼儀として、
聞いたままにアロハシャツを着、サングラスをかけ、
出来れば髪も染めたいがちょっと照れるのでせめて刈り上げ、
万全を期して初夏のナンパに臨んだのだそうだ。
  
ところがいざフタを開けてみれば、万全どころか、シーズンを
外してキャンプ地はガラガラ、ヤブ蚊はブンブン。
虫を払いつつ川面に出てきたものの、わずかに存在した、
哀愁漂う釣り客に「ひぃっヤクザ!」と怯えた声を出され、
(この時点で雑誌にだまされたと気付いたそうだ)
やむなく彼は、今度は人気のない上流へと向かったのだ。
  
途中で別に好みの男を見つけたものの、さすがにパパママボクの
一家団欒を乱す気にもなれず、自殺志願と思われることもない
能天気なシャツに感謝しつつさらに岩場を越え、そこでお互い何を
間違えたのか、溺れる子犬に出くわしたとか。
  
曰く、幸せは歩いて探すタイプなので、守りに入らず迷わず
飛び込み、子犬をつかんだその後に、自分は鋼の肉体を持つ男、
つまりカナヅチであったことに気付き、さらなる運命の激流に
翻弄されたのだそうだ。口も鼻も胸も水でいっぱいにして、
ただ、もがいてもがいて、抱いた子犬の温もりにすがり、二人で
なら怖くないね、と諦めかけたその時、曰く、光が見えたらしい。

実際、水面に光ったそれはオレの垂らした釣り針だったわけだが。
彼にとっては救いの使者に他ならず、襟首に引っかかった釣り針が
神の御手に思えたとか何とか。言わばこれは導きであり、決して
オレの川釣りを邪魔する意図はなかったとのこと。
「つまり、運命なんですよ」
週末の息抜きをぶち壊しにしてくれたアロハ男は、何の因果か
リールを巻いた先にくっついてきたという重々しい事実をオレが必死で
受けとめようとしている間に立て板に水と喋りまくり、最終的には
紫色の唇でそうほざき、この南国男は、防寒ブランケットを脱ぎ捨て、
胸元からニョイ、としおれた薔薇を一輪取り出し、くちづけを軽く落として、
オレに差し出してきやがった。
「アナタの瞳に、恋をしました」
ああ、こいつをどうするべきか。
傍らで子犬がひとつ、くしゃんと鳴いた。

3677-679 お前は幸せになればいい。:2006/07/17(月) 02:18:47
「お前、何やってんの?」

金曜の夜。強か酔って帰ると、アパートの部屋の前に後輩の須藤が立っていた。
飲み終わったコーヒーの缶にタバコを捻り潰し、立ち上がる。
何が面白くないのか、たいそう不機嫌な面構えだ。

「飲んでたんですか」
「来るなんて聞いてなかったからな」
「誰と」
「誰でもいいだろ。それよりお前、こんなとこいていいのか?」
「いけませんか?」

こいつは明日、結婚する。
俺が今夜、飲まずにいられなかった理由である。

「今日中に伝えておきたいことがあって」
ドアの前から須藤をどかし、鍵を探して鞄の中を掻きまわす。
酔いの回った頭も手先も言うことを聞かず、鞄の中身がいくつか零れ落ちた。
スッと目の前に影が落ちたと思うと、須藤が俺のポケットから鍵を取り出していた。
身体を抱え込むように反対側に手を回したので、思わぬ顔の近さに、俺は赤面した。
「何?伝えたいことって」
動揺を覚られまいと、鍵を奪い取り、急いて鍵穴に差し込むがうまくいかない。
古いアパートだからか、この鍵はいつも開けづらい。

「明日の披露宴で、先輩にコメントもらうことになってるんで、考えといて下さい」
「は?急になんだよ。聞いてない」
「あいつは内緒でって言ったんだけど、先輩こういうの苦手だから」
「苦手だよ、知ってるなら勘弁してくれ」
「二人のキューピットなんだから絶対…だそうです」

ガチャガチャと半ば力任せに鍵を回していると、そっと手を重ねられた。
「壊れますよ」
耳元で聞こえた声に、一瞬で身体が強張る。
重ねられた手が、俺の手を握り、鍵を一度引き抜かせ、再度差し込んでゆっくりと回す。
カチッと軽い音を立てて、容易く鍵は開いた。

手の甲に、そして背中に感じられる体温が、俺の目頭までも熱くする。
自ら手放した、けれど今も変わらず愛しい温もり。
正直、今夜だけは会いたくなかった。
今夜を乗り越えられれば、明日から笑って二人を見守ってゆく自信があったのだ。
…いや、まだ堪えられるはずだ。自分が望んで指し示した道なのだから。

「…離せ」
ようやくしぼり出した声は、しかし掠れて、須藤には届かなかったのだと思う。
俺の後ろから伸びた腕がドアを開ける。
そのまま押し込まれるように部屋へ入れられる。
乱暴にドアが閉まる音と同時に、俺はきつく抱きしめられていた。

悲鳴に近い声で、俺は須藤の名を呼んだ。
もがいて逃げようとするが力で適わないことはわかっている。
須藤の手が、明確な意志を持って俺の身体を弄り始める。
「やめっ…」
俺は何とか身を捩って身体の向きを変え、その手から逃れようとした。
向き合う形になって初めて見た須藤の目は、その行為とは裏腹に、やけに冷めて見えた。
冷たい眼差しに射止められ、逃げることを忘れた俺に、今度は乾いた言葉が向けられる。


「全部あんたの言う通りにしてきたんだ。最後くらい俺の言うことも聞いてくださいよ」

そのとき初めて思った。
俺は、間違っていたのかもしれない。


「最後にもう一回やらせてよ、先輩」

感情のない声に涙が出た。

3687-699 性格悪い人×根性曲がった人 攻め視点:2006/07/18(火) 00:35:45
「やっぱ連れて歩くんだったら女の方がいいなあ。
 男二人ってなんか華ねーじゃん?」
俺はそいつの真っ黒の瞳を見て一息ついてそういった。
なんのことはないように、ああ、そう、と呟いて時計をちらりと見た。
全く、こいつの考えていることは分からない。
さっきの嫌味も効いてるんだか効いてないんだか効いてないふりをしてるんだか。
ああはいったが俺はこいつよりも美しい女も人間もはたまた物も今までに見たことはない。
「早くしないと映画が始まるよ。」
振り返る人がこいつを見てため息をつく。
鞄からペットボトルの水を取り出して一口飲んだあと聞いた。
「お前なんの映画みるかわかってんの?」
「そんなことは知らなくていいだろう。
 アンタの見たいもので構いやしないんだから。」
死にネタの感動もの、美談、ホラー、どんな映画でもまゆ一つ動かしやしない
俺がどんなに浮気しようがこいつが男であるということで嫌味を言おうが
その表情は頑なで決して表にだしてはこない。
「コメディだよ。」
「へぇ。アンタそんなの見たかったんだ。」
少し馬鹿にしたような言い方だった。
ああ、俺の気持ちなんて知らずにいい気なもんだ。
俺が本当にみたいのはな、
「お前が笑うかと思ったんだ。」
そういうとこいつきょとんとした顔をしたあとその口角はあがった。

3697-719今夜すべてがパーに:2006/07/19(水) 04:00:45
もともと酔った勢いで体から始まった関係だし。
しかもそれを脅しにして、半ば強引に続けてきた関係だし。
もともとノーマルなあんたにゃ、荷が重かったのもわかってたし。
「ま、今夜は盛大に飲むか」
わざと明るい声を出して、煙草を灰皿に押し付ける。
改札口からあふれ出す人波。
みんな似たようなスーツ姿だってのに、なんであんただけすぐに見つけられるんだか。
「早かったね、待たせちゃったかな」
「おー、遅かったじゃねーか。残業?」
「うん。ごめんね」
そんな顔して笑うなよ。こっちまでしんどくなっちまう。
「ハラ減った。今日はあんたの奢りな」
「はいはい」

不毛な関係は今夜で終わり。
優しいあんたに甘えてきた関係も、
それ以前に数年かけて築いた友情さえこれでパーだ。

別れてやりましょ。
可愛い奥さんと産まれてくる子供の為に。

3707-719今夜すべてがパーに:2006/07/19(水) 15:56:59
外は嵐だった。
実を言うと、中も嵐だった。分厚い唇が唇にあたる。
湿り気を帯びた大胸筋同士を、肌と肌とで擦り
合わせる。ぐしゃぐしゃになったシーツの上で、
ずぶ濡れになったスラックスの足を絡めれば、
革のベルトが軋んで鳴いた。

こいつはこんなに鼻息の荒い奴だったんだろうか。
オレの頬やら首筋やらにキスの雨を降らせながら、
葛西は喉から声を絞り出した。
「三年だ。三年間黙ってた。ずっと目を閉じて、おまえの
側で、一日一日をやり過ごしてきたんだ」
雨に打たれて脱ぎ捨てられたワイシャツが雑巾のようだ。
二人分、まとめてベッドの下に丸まっている。
「なのに、今夜、全部パーになっちまった。どうしてくれる」
葛西の腕がオレをまさぐる。
どうしてだと、そいつはおまえだけのセリフではない。
そうだ、今日という日がなければ、一生気付かぬ
ふりをしていた。耳を塞ぎ、きれいな嫁さん貰って、
家族を持って、のんびり余生を送ったはずなんだ。
それがビルの谷間で数十秒、そろってどしゃ降りに
遭っただけでこの様だ。濡れた体を言い訳にして、
葛西のマンションにもつれこんだ。いい様だ、
二人とも何一つ分っちゃいなかった。

オレ達に必要だったのは勇気などではない。
ましてやいい年をした男の、引き際を見極める分別や、
敢えて身を引く潔さですらなかったのだ。

パンドラの箱を二人で開けた。果たして箱の底に
希望は残されていたのか、それすら知り得ない。
ただ嵐が吹いていた、それだけだった。

3717-729:2006/07/19(水) 22:25:18
「ああ、随分昔よりも夏は暑くなったなぁ。
 といってもあの頃ァミサイルで家が燃えて
 夏でなくとも十分に暑かったがな。」
くくっと隣に住む爺さんは歯を見せて皮肉そうに笑った。
爺さんが出してくれたスイカに被りつき
サンダルを履いた足をぶらぶらさせた。
「坊主、うまいか。」
蝉の鳴き声が遠く響く。
うん、と頷くと爺さんは目をくしゃっとさせて、
そりゃいい、と笑った。
「お前さんはよく焼けてるな。
 野でも山でも駆け回ってんだろ?
 俺ァガキんときゃ体が弱くてな、
 なまっちょろい体に真っ白な色してたよ。
 そのせいで戦争にさえ行けなかった。
 ま、そのおかげで今もこうやって生きてんだけどな。」
そういった後この爺さんの憧れの源さんの話が始まった。
何度も聞いたよと訴えても何度でも聞け坊主、
と理不尽に諌められるので黙って聞くようにしている。
源さんとやらはこの爺さんの憧れていた人で
その武勇伝は数知れない。
例えば山に言ってはウサギだのイノシシだの熊だのを狩って
皆にふるまっていたことだの、
日射病で倒れた子供を担いでは10キロ先の病院まで運んだだの
もちろん尾ひれはついていると思うが
とにかく爺さんはこの源さんとやらをとても尊敬していたらしい。
今の爺さんの喋り方も源さんの喋り方が
うつってしまったのだという。
「あんな人が逝っちまうなんてなぁ。
 あの戦争で一番失って惜しかったものはあの人だよ。
 あの人が死んで俺は一人で60年も生きちまった。」
爺さんは遠い目で呟いた。それは嘆いているようにも見えた。

なぁじいさん、と声をかけ
俺は爺さんがポストから取り忘れていたであろう手紙を渡した。
白い封筒からでてきたのは一枚の手紙と
色褪せて黄ばんだもう一つの封筒。
古惚けた封筒の差出人は富田源造と書いてあり、
白い手紙は爺さん宛の手紙が蔵から出てきたということでの
源さんの遺族からのものだった。
源さんからの封筒を切り、
爺さんは少しの間、読むでもなくじっと見つめ
何度も何度も繰り返し指で文字をなぞったあと
灰色の瞳でじわりと涙を浮かべそれが皺くちゃな頬を伝う。
爺さんの声が震えている。
「源さん、俺ァ幸せだよ。
 アンタは還ってこなかったが、俺ァ今幸せな気持ちで一杯だよ。」
爺さんはそういった後、
ありがとう、ありがとう、と抱きしめてきた。

3727-749 寒がり×暑がり:2006/07/20(木) 15:00:51
「う〜寒いよー・・・そっち行っていい?」
キンとした空気漂う寝室で僕は呟いた。
「ヤダ。暑苦しい。」
隣りで眠る恋人はマジな声で言って背中を向けた。
「クーラー効きすぎだよー・・・布団独り占めしないで〜。」
設定いくつにしたんだよー・・・地球温暖化徹底無視かよー。
「俺はクーラーガンガン効いた部屋で布団にくるまって寝んのが好きなの〜。」
そう言ってさらにモソモソと布団にくるまる。
あなたは猫か!
「そんな〜っ。僕が寒がりだって知ってるだろ〜?風邪引いちゃうよ〜。」
あまりにも寒くて自分を抱きしめてシーツに身体をこする。
摩擦で一時的に熱くなるけど、それは確かに一時的なものなわけで。
「もう一枚出せばいいじゃんか。こんなバカでかいベッドなんだからよ。」
ふたりで選んだ愛の巣(と言ったら思いっきり殴られた。昔。)なのに・・・
なのに別々の布団で寝るなんておかしいじゃないか!
なんだか自分の置かれた惨めで寂しい姿にだんだんと怒りが・・・
「ううう・・・もういい・・・あなたは僕が風邪引いてもいいってゆうんだね?」
悪いけどあの手を使わせてもらうよ。
汚い手だが仕方あるまい。
「・・・逆ギレか?ウザー。」
ウザーとか言う?!しかも逆ギレとも思えないんだけど!
「どうなっても知らないよ?僕が風邪引いたら明日出かけることもできないんだからね?」
「!」
「明日は水族館行く予定だったよね?あ〜あ寒い寒い、このままじゃマジで風邪引いちゃうよ。
 残念だな〜明日せっかくいい天気でお出かけ日和なのになぁ〜・・・ハックション!」
と、我ながらヘタクソなクシャミもおまけしてみる。
といっても、目の前の恋人はそれこそ口は悪いし態度も悪いが、
見かけに反して中身が結構天然なので案外バレないのだ。
(以前、家の何もないところでコケてるのを見て確信した。)
「う〜・・・」
「風邪引いたら車も運転できないし、家に居るしかないね。どうせあなた運転しないでしょ?」
「く〜っ・・・」
どうもにもよく分からない唸り声を漏らした後、ペッとぶっきらぼうに布団を寄越す。
依然として背を向けたままの恋人に、僕は満足気に微笑んで、いそいそとそこに潜り込んだ。
「ん〜あったかい。」
「絶対明日連れてけよ!!これで風邪引いたら許さねえからな!!」
「分かってるよ・・・ふぁ〜・・・」
持ち前の気性を取り戻した恋人の悪態をアクビ混じりに聞きつつ、
そのまましっかり抱きしめて眠りについた。

3737-770 受で夫・攻で妻:2006/07/21(金) 16:50:44
剣道2段、弓道5段、柔道3段、合気道免許皆伝のこの俺は、
ずっと怖いものなんてないと思っていた。
そりゃ苦手なものはあったさ。
香水くさい女だのちゃらちゃらした男だの、
それでも怖いと思ったことはない。
あいつに出会うまでは。

「あっなったァ〜!お帰りなさーい!」
寮に帰ると野太い声で色めいた声をあげ
エプロン姿のガタイのいい男が突進してきた。
それをさっと交わし、首根っこに一撃を与える。
「いったぁい!なにすんのよダーリン!」
ダーリンという単語に不快感を覚え、
眉間に皺を寄せて睨みつける。
そんなことは全く気にしてない様子で腕を組んできた。
「ご飯にする?お風呂にする?それとも」
「風呂」
最後まで言わせるものか、と遮った。
たまたま不運にも同じ寮になったこいつは女装癖の持ち主で、
それを俺が偶然、女にしてはずいぶん大きめのワンピースを
発見してしまったことからだった。
こいつは勿論あせり、
いいわけの常套句を並べたわけだったが、
それはお粗末なもので
自らの性癖をより露見させてしまうものだった。
それを誰に言うでもなく蔑むわけでも嫌悪するわけでもなく
ただ今まで通りの生活をしていただけで
俺はよっぽど気に入られたらしい。
風呂からでると慎ましやかに飯を盛っているこいつがいた。
沢山食べてね、とにっこりと微笑む。
確かにこいつの作る飯は旨いし風呂の温度も丁度いい。
俺が疲れているときはかいがいしくマッサージだの
栄養ドリンクだのと労わってくれ、
こんな関係が続いても構わないかもしれない、
と思ってしまうときもある。
俺たちの寮は元来二段ベッドなっているのだが、
あろうことかこいつはそれを解体し
作りなおしてダブルベッドにしてしまった。
最初は嫌がって床に寝ていたのだったが
あまりに寝痛がひどく結局一緒に寝るようになってしまった。
ここまではいい。
ここまでは構わない。
問題なのは毎晩毎晩俺が寝付いた後、
こいつが息を荒立て上にのしかかってくることだった。
その度にこいつの殺気を感知し、
今まで培ってきた技を駆使してねじ伏せているのだが、
更なる問題は夜な夜な俺と格闘することで
必然的にそして確実にこいつは鍛え上げられ
最近では負かすのがいっぱいいっぱいになってきていることである。

ただ、俺が本当に怖いのはこのことではなく
焼き魚をほおばる俺を愛おしそうに見つめ、
おいしい?とにこやかに聞いてくる
このガタイのいい男を若干可愛いと思っている
俺自身の感情であった。

3747-770 受で夫・攻で妻:2006/07/21(金) 16:56:02
×寮
○寮の部屋

間違えてた。すみません。

3757-779 背の高いひまわり:2006/07/21(金) 23:29:52
「とうとう君に抜かれちゃったなァ。」
真夜中、小柄な少年は僕に水をくれながら笑う。
言葉もなにも持ってないから
僕は想うだけだけど
僕は君が大好きで誰より感謝してる。
僕は君に種を植えてもらった。
沢山の水を与えてくれて、
毎日笑いかけてくれた。
日当たりの良いところに埋めて貰えた。
僕はなにかを君に返したい。
けれど、僕は薔薇のように美しくなんてないし
椿のように甘くないし
ラベンダーのような香りも持っていない。
ただのしがない背高のっぽのひまわりで
夏が終わる頃には首をもたげ死んでいく。
それまでに、なにかを。
君に僕の精一杯のなにかを返したい。
けれどもそれすら思いつかない僕は
本当にふがいない。

「ねぇ親友。
 僕はね皮膚の病気で一度もみたことがないんだ。
 でも君を見ていたら太陽っていうものがなんとなく分かるよ。
 君を見てると元気になるんだ。
 今年君が死んでも君が残した沢山の種で、
 来年はここにいっぱいの太陽ができる。
 僕だけの太陽だ!」

ああ、僕は泣くことすらできないけど、
ありがとうと伝えることも出来ないけど
それでもひとすじの風が吹いたので
こくんとはうなずけたかもしれない。

3767-769 受で夫・攻で妻:2006/07/22(土) 00:01:00
「お前…アレだな、パ○パタ○マ。」

ガーガー掃除機を掛けていた僕は思わず手を止めた。
「は?」
何?なんか言った?と、問い返すと少し大きな声で、
「お前、パ○パタ○マみたいだな。」
と言った。
僕は掃除機を掛けるポーズのままフリーズし、
ベランダで喫煙中の彼を目を丸くしてまじまじと見つめた。
そのときの僕の頭には昔よく見聞きしたあの歌と映像がこれでもかと流れていて…
(パー○パタ○マー パー○パタ○マー)
「…ぅ、ウソだっ!!な、なんでっ?!」
ガシャッと掃除機から手を放して、動揺しまくりカミまくりで彼を問い詰めた。
肩を掴まれた彼ときたら、大げさな…という顔で片眉を上げ、服に灰が落ちないよう
煙草を遠ざける。
「ね…なん、なんで?」
もう一度聞いた。
「なんかねえ…今お前見ててふと思ったの。」
「…………」
そりゃ僕は元々綺麗好きだけど…
パ○パタ○マは酷すぎる…
「つーかあなたが何もしないからじゃん!」
「や、俺こういうの苦手だし。」
「………………」
甘やかしすぎたか…と心の中で毒づく。
以前、あまりにも何もしない彼に腹を立て、お灸を据えるつもりで
掃除洗濯炊事の家事全般を放棄してみたことがあったのだが、
1日経っても、3日経っても彼は何もせず、危うく
やっとふたりで借りた新居を廃墟にされそうになった。
それ以来、僕は彼に対して家事を求めるのを諦めた…
というか、僕たちが円満である為には僕がやるしかない!という究極の答えに達したのだ。
(ちなみにその3日間、彼は一日一食カロリーメイトで過ごしていた。ある意味感心した。)
「まぁ頑張ってちょーだい。俺、出掛ける仕度してくるから。」
僕が回想してる間に彼は煙草を吸い終えて、さっさと部屋に入っていってしまった。
「支度って何すんだよ!」
「いろいろ〜。」
いろいろってなんだよ!つーかどこの女だよ!
ツッコミたいことは山ほどあるけど、掃除も終わらせなきゃならない。
僕は黙って掃除を再開した。
その後、もちろん僕の用意した昼ごはんを仲良く完食して、僕が運転する車で買い物に出掛けた。

夕食の片づけを終えて、お風呂にお湯を落として…リビングを覗くと彼が借りてきたDVDを
ひとりで鑑賞中。
つーか声かけろよ……もうこんなことはしょっちゅうなので口には出さないが。
静かに隣りに座る。
その映画はこの前ヒットした恋愛ものだった。
(僕はアクションものが好きなんだけど…意外にロマンチストなんだよね、この人…)
とはいえ、恋愛もの。ついついムードに流されて僕たちもいい感じ。
流行の女優、最大の見せ場をほっといてキスしようとしたその時…
バシャァ、と言う音がしてふたり閉じていた目をパチっと大きく開けた。
「ああ!お風呂かけっぱだったっ!!」
ドタドタと風呂場に駆け込む。
後ろから、
「お前、それマジでパ○パタ○マっっ…」
とゲラゲラ笑う声が聞こえてきて…
いろいろ聞きたいことは山ほどあるけど、
それでもやっぱり僕は黙ってお湯を止めた。

3777−790 打ち上げ花火×線香花火:2006/07/23(日) 00:05:35
カランカランと、夕暮れ時に下駄の音を響かせます。
八幡様の石段を駆け上がり、幾つも鳥居をくぐり抜け、
境内を巡り、浴衣の裾を翻し、本殿の脇に小さく
設けられた、お狐さんのお堂の裏をひょいと覗くと、
うなだれた黒い頭が目に飛び込みました。ぐずぐずと
した水っぽい鼻の音、それに合わせるわけでもなく、
線香の白い煙がゆるゆる昇り、ちんまり盛られた
土饅頭に手を擦り合せて拝んでいる花太郎と、いきせき
切って彼を探した、火之助の着物を抹香臭く染め抜きます。
「カマ助が、死んじゃったんだよう」と、花太郎は声を震わせ
ました。何やら不穏な命名ですが、大方カマ助とは
カマキリのことでしょう。
小さな虫が大好きで、地面に屈みこんでは愛おしげに
それらを眺め、「いつ見てもうなだれて、まあ、年中
線香花火つけてるみたいな子だよ」と大人から笑われる
始末で、可愛がっていた虫が死ぬとぐずぐずべそをかき、
出会った場所に墓を作ってはまた死なれる、
全く懲りない花太郎でありました。

花太郎の目は赤く腫れています。たった今まで、随分と
泣いたのでしょう。火之助は慣れたもので、巾着袋から
真新しい手ぬぐいを取り出し、惜しげもなくべそをぐいぐい
拭ってやります。「たかだか小虫にそこまで泣いてやるのは
お前くらいなもんだよ」と、腕を引っぱって立たせ、膝の土を
払いました。と、どおん、と太鼓を打つような大きな音が
響きます。
「ああ、始まっちまった」頭を掻く火之助の頭上でまた一つ
空に花が咲き、花太郎は目を擦りました。
「ごめんね、僕を探してくれてたせいで、間に合わなくなっちゃった」
「いいさ。ほんとは、ここからの方が眺めはいいんだ」
遥か洋上の船の上から、次々と花火は昇っていきます。
港の町の、夏の宴の始まりでありました。
鮮烈な光が花太郎の顔に濃い影を浮かばせ、
火之助はそっと彼の手を握ります。そう、地面の上で虫を
追う君も好きだけど、今夜ばかりは、それではつまらない。
打ち上げ花火は天を仰いで見つめるものです。
金の光が瞬き、花太郎の濡れた瞳にわずか、星が宿ります。
そうして二人して、ゆっくりと濃くなる夕闇の中、一緒に空を
見上げておりました。涙はもう、零れ落ちることはないでしょう。

3787-809 恋が始まる直前:2006/07/24(月) 01:51:53
ひやりと冷たいものが頬に触れ、目覚める。
閉めたはずのカーテンが開け放たれ、月明かりが部屋をぼんやりと照らし出していた。
夜の虫たちが静かに鳴いている。
生暖かい夜風が微かに俺の身体を掠め、通り抜けていく。
ベッドの端を僅かに傾かせているのが誰なのかは、目を遣らずともわかっていた。
プシュッっと空気が勢いよく抜ける音がして、夜の訪問者たる彼の喉が、液体を流し込まれてゴクリと鳴る。
俺は、頬に押し付けられた缶ビールを手に取り、ゆっくり身を起こすと、その缶はそのままに、彼の手の中から奪い取ったビールを口にした。
俺がそれを一気に飲み干す様を、特に不満気でもなく彼は見ていたのだが、目を合わせると何も言わずに前を向き視線を逸らせた。
肩に手をかけ、少し上身をこちらに向かせて、唇の端に口付ける。
彼は目を閉じる。
触れるか触れないかの距離で唇の上をなぞるように移動し、反対側の頬に口付け、耳の付け根に口付け、舌を尖らせて耳の中に入れると、少しだけ逃げるように身を引いた。
肩に置いた手を彼の後頭部に回し、柔らかい髪の中に手を入れて掴み、軽く引っ張って顔を上向かせる。
そうして少し開いた口元を塞ぐように、自らの唇を重ねる。
真夜中の静寂を乱す卑猥な音を立てて、何度も角度を変えながら、俺たちは長いことキスを貪りあった。

俺の手が彼のシャツをたくし上げ、その肌に直に触れようとしていたときだった。
ふいに「ふぅ…」と深く息をついて、彼が俺の片口に頭を乗せた。
「なんか…久しぶり」
「何が」
「お前とするの」

そりゃあんたは、振られて傷ついたときにしか俺のとこに来ないからね。
恋は50m走でダッシュが基本なあんただから、それでも結構頻繁にこうしていると思うけど。
そうだね、今回はいつもより長かったかもしれない。
初めてセックスしたのはもうずっと昔だけど、この関係は変わらない。
そういうのが、あんたは安心できるんだと、わかってはいるつもりだ。
だから俺は、いつまでも変わらずにいようと思っている。
ただ、あんたが帰ってくるのを待ってるだけなんだけどね。

でも、今みたいに、ため息というのじゃなくて、心からの安堵を得て思わず漏れた…みたいな、そんな息をつかれると、いつもと違うあんたを見せられたりすると、少し期待してしまう。
変わることも、あるのかな…なんて。

でもそれは、悲しいことかもしれないんだ。

3797829:2006/07/24(月) 20:33:08
白色とクリーム色が支配する部屋の窓から、揺れる最後の花を見ていた。


ノックの音に振り返れば、四角く切り取られた空間に
いつも通りの感情を読ませない顔がある。
今日の授業の内容を告げる口調にも一切の私情は見られない。

(知ってるくせにッ……!)

学校に行けない俺のために、
せめて遅れないようにと気遣ってくれていることはわかっている。
届けてくれるノートのコピーもわかりやすいようにと丁寧に書いてくれている。
それでも、その無表情が辛い。

「もし……もし、明日の手術に失敗したら……きみの苦労もムダだよ」

流れるように続けられる言葉を遮るように口を開く。
知っているはずなんだ。俺の気持ちも、明日の手術の成功率も。

無言で、ただまっすぐに見つめてくる視線。
耐えられず、顔ごと逸らした。
逸らした目に入ったのは、季節外れの一輪の花。
俺の視線を追って、きみの目が窓の外へと向いたのが視界の端に入った。
思い出したのは、きみの聡さと優しさ。そして、授業で習った老画家の最期。
振り向いて、できるだけ明るく笑顔を浮かべる。

「なんて、ね。ごめん。ちょっと悪趣味だったな。成功するに決まってるよ」

俺も知っているから。
きみが俺を大切に思ってること。
ただ、それが俺の思いと違うだけだって。
俺がアイツじゃないだけだから。


きみは何度も振り返りながら病室を出て行く。
これからアイツのところへ行くのだろう。
俺は見ていることしかできない。

俺を閉じ込めている牢獄の窓から、
今にも吹き飛ばされそうな一輪の花を見ていることしかできなかった。

3807-829 もし明日死んでしまうとして:2006/07/24(月) 22:56:31
もし明日死んでしまうとして、
俺が18年間生きてきたこの世界に悔いを残さないよう締め括る為には何をしようかと、
退屈な授業の合間に、そんな意味のない事をふと考えてみた。
(まずエロ本捨てるだろ、んで、美味いモン腹いっぱい食って……つーか俺童貞じゃん。そりゃせつねえだろ…誰でもいいからヤって…)
そこまで考えて顔を上げると、目の前にイライラ顔の山田がいて驚いた。
「てめぇ聞いてんのかボケ!」
「ボケじゃねーよ!何だよいきなり」
「いきなりじゃねーよ!ずっと話しかけてんだろ」
いつのまにか授業は終わったらしく、気の短い山田は前の席にドカっと座り込んで不機嫌そうに眉を寄せていた。

山田とはかれこれ10年近くの付き合いだが、いまだに切れどころが掴めないで困る。
(そういやコイツ、彼女とか聞いた事ねぇなぁ…)
「なぁ、お前ヤった事ある?」
「セックス?あたり前じゃん。いまどき中学生でも済んでんだろ」
「うぇ!?}

何の気なしに訊ねるとさも当然と言わんばかりの返事が返ってきて、アホみたいな微妙な声が出た。つーかそんなの初めて聞いたんですけど俺…。

俺中学生以下?

言葉に詰まっていると、山田は意地の悪い顔で覗き込んできた。

「あれ?ひょっとしてお前童貞?その歳で?!」

図星を突かれて俯く俺と、うっわ、ありえねえ〜などと楽しそうな山田。

その声に集まってきたクラスメイトも、なんやかんやと一緒になってバカにしてきた。

俺は頭にきた勢いで机をバンっと叩き、思わず叫ぶ。

「うっせぇな、じゃあ山田おめえがヤらせろよ!」

しーんとする教室。続いて起こる爆笑の渦。

やべぇ、俺変なこと言った?

「何お前、そうだったの?!!」

「まぁ男子校じゃあな、そう思うときもあるよ」

笑いながら適当なことを言ってくるクラスメイトに何も返せなくて、

助けを求めるように山田を見るとこれまた笑いをかみ殺しながら言った。

「まぁ俺は偏見ないからさ。お前の事好きだし相手してやるよ」

からかってるのか本気なのか。

山田のいたずらな上目遣いに不覚にもドキっとした瞬間、

俺はコイツが好きで、さっきの言葉は本心から出た事に気づいてしまった。



このままじゃ明日死ぬなんてとんでもない。

3817-889 もうちょっとだったのに:2006/07/27(木) 23:35:29
ごめん、すみません、面目無い、と
思いつくままの言葉で謝り続ける攻めを、受けは煙草をふかしながら横目で見ている
謝られたって、お人好しにいいよ、気にしないでなんて
この状況じゃ口が裂けても言えない
「…自信満々だったくせに」
汗で湿った髪をかきあげて、受けはわざと大きく煙りを吐き出しすと、
「あーもう!」
と唸るように言い、乱暴に煙草をもみ消した

攻めが悪い訳ではないと、分かっているけど
この火照ったカラダをどうしてくれよう

「…もうちょっとでイケたのに」

ぶーぶー文句を言いつつ。
最中も最中、めちゃめちゃいい時に気の毒にも情けなく
ぎっくり腰を発症させた攻めを病院に連れて行くかと、
受けはタクシーを呼ぶべく携帯を手にした

3827-889 もうちょっとだったのに:2006/07/28(金) 00:08:04
パチ
まるで漫画のような擬音が聞こえそうな勢いで、アイツが綺麗に目を明けた。
「あーあ、もうちょっとだったのに。」
もうすでに起き上がりながら、アイツが俺に聞き返す。
「え、何が?俺何かした?」
「あー、いいから。こっちの話。気にするな。」

そう、今はまだ知らなくてもいい。
俺がお前のことを好きだとか、
寝ているお前にこっそりキスしようとしてたとか、そんなことは。

そのうち、このもうちょっとの距離を埋めてやるから。

3838-9 朝までいちゃごろ:2006/08/06(日) 22:17:19
襖一枚隔てた隣の部屋から、いつまでも聞こえる話し声。
何をやっているのか、時折、押し殺した笑い声もする。
明日は朝早くに出発なのに、さっさと寝なくていいんだろうか。
まあ、仕方ないか。
従兄弟の孝ちゃんが家に泊まりに来たのは一年ぶりだ。
毎年恒例になってる親類集まっての旅行も、昨年は兄と孝ちゃんの二人が受験生というやつで行けなかったから。
もともと遠方に住んでる孝ちゃん家族と会えるのは、旅行のときくらいだった。
兄は夏休みになってからそわそわしっぱなしで、どんんだけ従兄弟好きなんだ、と妹ながらに思う。
同じ高校に行きたいと父に頼み込んでいたことを知っている。
独り暮らしはまだ早いと諭され諦めさせられたことも知っている。
大学は絶対同じとこ行こうな!とか電話で話していたのも知っている。
妹は何でも知っているんだよ、お兄ちゃん。
中学生になってから、孝ちゃんが泊まりに来ると、私だけ襖のこちら側に布団を敷かれてしまうのだが、
本当はそういう心配をすべきはあっち側の二人なんだってことも、もちろん知っている。

襖一枚隔てた隣の部屋から、いろんな音が聞こえてくる。
明日は朝早く出発なのに、さっさと寝なくちゃいけないのに。
雨戸の隙間から見えた空は、既に白け始めていた。

3848-29 一方通行の両思い:2006/08/10(木) 17:51:38
「俺、おまえのなんなんだよ」
ついに急ききってしまった。
こいつの部屋から長い髪毛がみつかる度にうんざりしていた。
酔っぱらって向こうから、というこいつの言い訳も許してきたわけじゃない。
譲歩してただけだ。
「なにって…。
 だってあんたが俺を離してくれないから一緒ににいるんだろ?」
ああうんざりだ。もういい。
こいつに妬くのももう疲れた。もういい。
長く俺はこいつに尽くした。
別に見返りを求めるわけでも押しつけるわけでもない。
ただただ好きというだけでその感情のままに動いていた。
額に手をあて俺はため息をつきながら言った。

「わかった。さよならだ。じゃあな。」
クソガキ。
結局俺はいつまでたってもこいつの良いところひとつ
見つけられなかった。
あまりに無神経で幼稚すぎる言動。
理想とはかけ離れている。
それでも好きだった。
本当に好きだったのに。
今にも泣きそうになってドアの方向に早足で歩く。
「待てよ!おまえ俺を捨てるのかよ!」
「…なんだって?」
信じられないことを言う。
先ほどの自分の言葉を忘れただろうか。
「捨てる?なんだと?ふってんのはおまえだろうが。」
「なんだよ。そんなもんだったのかよ、おまえの気持ちは。」
「オイオイオイオイ。」
そう泣き出したこいつを愛おしいと思わずにいられなくて抱きしめていた。
自己中心的な考えをもつこいつにまだまだ俺はふりまわされるらしい。

385萌える腐女子さん:2006/09/01(金) 22:27:58
夏休みは終わった。
久しぶりの教室、俺の席……に、何故かすでに机に顔を伏せて寝ている奴がいる。
「どけ」
椅子を蹴ると、そいつはごろんとうつろな顔をこっちに向けた。
「おー……てっつん、おはよ。」
移動するどころか起き上がるそぶりすら見せないそいつを椅子ごと押しのけ、
代わりにまだ登校していない隣の奴の椅子を持ってきて、俺は席についた。
それでもそいつはまとわりつくように俺に倒れかかってきて、俺はそれを払いのける。
休み前と全く変わらない日常の光景だ。
「おれさぁ、けっきょく昨日もアレでさー、寝てねーんだよ。ねっむー。」
「アホか」
「……あ、てっつんはどうなった?」
「まだ。この前のあそこ」
「あー、あれは意外とヤバいよねー。」
「そういえばお前、この前言ってたアレ何なんだよ。どう見ても……」
「えー?ウソ違うって!何言ってんの!!絶対まじだって!」
「ほんとかよ」

「……新学期だなぁ。」
後ろの席から、いつの間にかそこにいたクラスメイトの、そう呟く声がする。
「な……なんだよ、そんなしみじみと」
俺が訝しげにそう訊ねると、
「いや、お前らのその熟年夫婦ばりに指示語だらけのツーカー会話聞いてたら、
ああ学校が始まったんだなぁって実感すげぇ湧いてきて……。今学期もヨロシクな!」
「おーヨロシク!」
「……っ誰が熟年夫婦だ!!」

そんなふうにまた新しい一学期が始まった。

386萌える腐女子さん:2006/09/01(金) 22:29:52
すみません!
>>385は8-199「新学期」です

3878‐219 1日違いの誕生日:2006/09/04(月) 02:49:38
どうして俺はもう1日早く生まれなかったんだろう。
いや、せめてもう数時間早く生まれてくればこんなに苦しむこともなかったのに。

俺は、春が嫌いだ。
自分の誕生日が大嫌いだ。
4月2日、この日が1年で1番嫌いだ。
生まれてきたことには何の不満も持ってないし、生んでもらったことも感謝する。
でも、何でよりによってこの日だったんだろう。
もう少し遅く生まれてきたのなら、きっと諦めもついたのに。
1日しか誕生日は違わないのに、俺はあいつといっしょにいることができない。


進学する年が違う。
当然、校内行事もバラバラで。
年を重ねるごとに、どんどんすれ違いが増えていく。
少しでも傍にいたくて同じ部活を選んだのに、それが逆に悩みの種を増やす。
あいつは『先輩』で、俺は『後輩』だから。
あの頃のように「ナオ」って呼べないことが、1番辛かった。

それでも傍にいれるならよかったのに。
俺が何より恐れていたことが、現実になろうとしてる。


今日やっと、あいつの志望校を聞き出せた。
あいつが進む大学は、俺たちの住む町からずっと離れた遠い地方の大学だった。
やっと指定校推薦をもらえる目処がついたと、
どうしても学びたい憧れの教授がいるんだと、嬉しそうに話すあいつの顔が見れなかった。

小学校と中学にわかれても、中学と高校にわかれても、
あいつにはいつだって会えた。
1年我慢すれば、また同じ場所までいけた。
でも、今度は今までとは訳が違う。
会いに行くのに一日がかりで、交通費だけでもかなりかかる。
俺の頭じゃあいつと同じ大学に進めるかどうかもわからない。
今まで勉強を教えてくれたあいつもいないのに。


どうして俺はもう1日早く生まれなかったんだろう。
どうしておまえはもう1日遅く生まれなかったんだろう。
1日しか違わないはずの俺たちの時間が、俺にとっては10年にも20年にも感じる。

3888-310両思い未満純情エロス(流血注意):2006/09/17(日) 09:53:37
夜勤明けで目をしばたかせながらフラフラ歩いていると、後方からガンっと派手な音がした。
振り返れば高校生のガキが何やら蹲っている。電柱にでもぶつかったのだろう、鼻を覆った
手の指の間から赤い血が見えたので、持ち合わせの脱脂綿を詰めてやった。
ついでに自販機からポカリを買って、鼻の頭に押し付けて冷やす。詰襟から覗いている
首筋に垂れ落ちたものが多少付着してはいたが、後で洗えばよろしい。
ガキは学校に行け。俺は寝る。

日暮れに公園の脇を通りかかると、見覚えのあるガキがいた。
先日は有難うございました、と、思ったより折り目正しく頭を下げてくる。
並んで立つと俺より図体がでかい。腹の立つ奴だ。公園のベンチに腰掛けて、奴がお礼です、
と差し出した缶コーヒーを受け取った。奴はそのまま横に並んで座ったが、何故か何も
喋らない。構わず、温かかったのでコーヒーをぐびぐび頂く。頭上で照明が数度瞬き、
周囲を白々と照らし出す。枯葉が足元でカサカサいってるのを聞いていると、いきなり突風が
起こった。丁度目の前を歩いてた姉ちゃんのスカートがふわりと巻き上がる。
「あ、いやあん」
黒!黒だよ!しかもガーター!思わずコーヒーを吹きそうになったが、ふと横を見ると、やはり
びっくりした様子で奴は鼻血を垂らしていた。
俺は遠慮無しにゲタゲタ笑い、脱脂綿を詰めてやった。

今日は河川敷で奴を見た。公園のベンチで大量のチョコレート、ナッツ入りを鼻血を垂らしながら
バクバク食ってたのを発見して脱脂綿を詰めてやったのが2月の14日、数日前のことだった。
市内を突っ切るように流れる一級河川、それを横切る電車がガタガタ鉄橋を震わす下で、
同じような制服の高校生が5人、一斉にあのガキに飛びかかっていく。さすがに仰天した。どこの
青春ドラマだ。最近は校舎裏でどつきあうのが流行じゃないのか。お前も応戦してんじゃねえよ。
いくらガタイがいいからって敵うわけあるか馬鹿たれ。
これだからガキは嫌だ。粗暴で、低脳で、考え無しに直ぐに感情に走る。鼻骨が折れでもしたら
どうするんだ。呼吸難は困るだろうが。しかもすごく痛むんだぞ。
奇妙な雄叫びが響く。奴の顔面が幾度も殴打され、血がプワッと散った。鼻から出血か。
口を切ったのかも知れない。もういい。十分だろう。やめろ。やめろ。そいつを殴るのは、やめろ。
水際で俺は叫び声を上げた。が、走ってきた電車の音にすぐにかき消された。まあ自分でも
何を怒鳴ったのか分らなかったのだ、誰の耳にも届くことはなかったろう。

西陽に照らされながら、そいつは興奮が鎮まらないという顔をしていた。ふ、ふ、と
口から息を吐いている。鼻栓のせいで呼吸し難いのだ。
あれから、河原に膝をついていたこのガキの襟首を引っ掴んで無理やり立たせ、俺は走った。
一心不乱に走って逃げた。奇声を放つ闖入者に興を殺がれたのか、乱闘相手の高校生達は
追ってこなかった。運のいいことだ。はずみで振り落とした俺の眼鏡、今頃あいつらに
踏み潰されていないだろうか。とにかく俺の住家に連れこみ、こいつの血に濡れた
顔下半分を洗面所でざかざか洗わせた。その後、鼻に脱脂綿を詰めてやると、
ガキはごめんなさい、と謝った。謝られる理由が分らなかった。
「何であんなことになったんだ」頭を撫でたら嫌がったので、両手でがっしり包んだ。
「お前、喧嘩だけは、やめろ」説教は無駄かもしれん。こいつは俺の知らない所でだって血を流す。
「流れたら血がもったいないだろうが。節約しろ。そんで、18になったらその分を献血にまわせ」
白い脱脂綿がじわりじわり染まっていく。五畳一間に橙色の光が満ちる。腫れた頬、切れた唇の
赤が曖昧になる。奴はぽっかりと口を開いた。
「最初に会った日のこと、覚えていますか。おれが電柱にぶつかって鼻血を出したの、あなたに
見蕩れてたからだって、まだ話してませんでしたよね」
それどころか互いの名前すら知らないのだ。俺は阿呆、と笑った。今は笑ってやる事しか
できないと思った。奴は鼻から脱脂綿を抜いた。俯いた頭を撫でると、今度は嫌がらなかった。
それから二人伴って、放り投げられた学生鞄を取りに河原へ向かった。途中、脱脂綿の予備を
買い足さねばと頭が一杯だった俺の指に、絆創膏の巻かれた指がそっと絡んだ。気付かない
ふりをすべきか、少し悩んだ。その日結局、俺の眼鏡は見つからなかった。

3898-89/パチンコ×パチスロ:2006/09/21(木) 23:23:35
ドンドンガチャガチャガラガラガンガンジャンジャン。

音の洪水の中で、だるそうに咥えタバコでスツールに腰を預けて、
手元の操作盤を弄っているヤツがいる。

その足元には、山と詰まれた箱と
そこからあふれて転がっている銀色の玉。

面白くもなさそうに
盤の中をビコンビコン跳ねる玉を眺めていた茶色い目が、
ふいにこっちを見て、これまたにやりと口元をゆがめて見せるのが。
負け犬の自分としては、非常にムカツクワケで。

「何万負けたよ? 」

咥えタバコで余裕の質問に、
自分は今月の生活費が底をついた事を白状する羽目になった。

「ったく。頭わりぃクセして生意気にスロットなんてやってからだろ? 」

ボケ。オツムのできと、スロットの勝敗なんて関係あるか。
と言いたいところだが、今の自分には、こいつは大事な金ヅルだ
機嫌はとらなければいけない。

ニコニコ愛想笑いなんぞしつつ『オニイサマ、お金貸してくんない?」と
可愛く聞いてみたら、このボケはやたら満足そうに笑いやがった。

「あぁ? そうだな……」

ニヤニヤ笑いながらヤツが見ているのは、床に転がっている銀色の玉。
……イヤな予感がする。

「“あの穴”に、1個入れたたら500円。どうよ? 」

頭わりぃのはテメェだろうよ! このボケがぁ!!

怒りに任せて、ヤツの壊れた頭を思い切りどついてやったが。

まぁ、あれだ……。
金も欲しいし、なんか既にケツもモゾモゾしてたりするし。

……今夜は、泣きを見る羽目になりそうだ。
と、ちょっぴり覚悟している自分もいたりするわけである。

3908-359 悲しい夜明け:2006/09/23(土) 01:59:47
ふと、目が覚めると空は白みかけていた。
もうすぐ、夜が明ける。
それと同時に、俺たちの関係は終わる。
少なくとも今のこの、夜を共にするような関係は確実に。

今、隣で眠っているこいつは、今日結婚する。
いわゆる政略結婚というやつで。
しかも、親父さんの会社を救うためなんて定番な理由のために。

わかっている、こいつの肩に何百人もの社員とその家族の運命がかかっている事ぐらい。
結婚してもこの関係を続けられるような器用な奴じゃないってことも、わかってる。
だから、これが最後だ。
独身最後の夜くらい、俺がもらったって罰は当たらないだろ?


夜が明ければ、こいつは去っていく。
俺が生きてきた人生の中で、一番悲しい夜明け。
きっと俺は、この夜明けを忘れない。

3918-339ひげ(リロミスのため再投下):2006/09/23(土) 23:44:45
じょりじょり……
「……」
じょりじょりじょり……
「……」
後ろから俺のことを抱きしめる男は、無精ひげの生えたあごをしつこく俺のほほに擦りつけてくる。
耐えかねて俺は、勢い付いて振り返り、噛み付くように男に言った。
「おい!お前いい加減やめろよな!暑苦しい!それに痒いんだよ!」
「ふふ……。そんなこと言われたら傷ついちゃうな、オレ。」
全く傷ついてない調子で男は言う。
「宮野。宮野はオレだけのものだよ。他の誰にもこんなことさせちゃダメだからね。」
こいつ、むかつく。俺がこいつから離れられるわけがない。それをわかっててこんなこと言ってきやがる。
だったら、お前はどうなんだ。
こいつの甘いところ、優しいところ、さらっと恥ずかしいこと言ってのけることろ。
好きだけど。悪い気はしないけど、不安になる。
お前こそ、別のところで、別のヤツに同じようなことやってるんじゃないのか。
他のヤツにも、この胸が疼くような、他の事はどうでもよくなるような感覚を味あわせてるんじゃないのか。
「どうしたの?宮野。ほら、こっち向いて。」
こいつと一緒にいる限り、このどこか寂しいような感覚はなくならない気がする。
でも、それでも。俺はこいつから離れられない。
俺は、自分から男の無精ひげに手をのばした。

3928-389 6万人の声援:2006/09/25(月) 17:42:26
0さんはバンドものでしたが、スポーツもので萌えちゃったので、ちょっとこちらに…。

彼こそが自分の最大の好敵手である。
自分こそが彼の最大の好敵手である。
初めて会った時から、零れ落ちそうなまでのその才能に、華やかさに、全身の細胞が震えるのを感じたあの時から。
彼の唯一無二の存在でありたいと願い続けた。ともすれば、子供じみた一種の執着ですらあった。
それがどうだ。

彼に向けられる6万の声援。別れを惜しむ叫び。感謝をうたう横断幕。
こうやって、いざ彼の最後の試合に立ち会ってみれば、僕もその6万人のうちの一人でしかなかった。
他の全ての観客と同じく、他の全ての選手と同じく、
彼を愛する一人でしかなかった。
それは心地いい感覚だった。

「お疲れ様」
「ああ…ああ、ユニホーム、お前にやろうかと思ったのにな。若いやつにやっちゃった」
「うそつけ」
涙の跡を残しながらも、笑っていけしゃあしゃあと言う彼に思わず吹き出す。
「凄いよ。いい引退試合だ」
「ああ」
「お疲れ様…本当に」
「ああ、ありがと。でもこれからさ。球を蹴らない俺が、何者になれるか。これからだ」
予想しない答えに顔を上げた。聡い彼は、こんなところでも僕の上を行く。
別れ際に、本日二度目の抱擁を交わした。
抱きしめた瞬間に、今まで平気だったのに、なにかが壊れたように涙があふれた。
「今泣くのかよ。遅いよ」と笑う彼の肩に、額を押し付ける。
「少し、勝ち逃げされた気分だ」

馬鹿みたいに心の大きな部分を占めていた彼が去っても、僕にはまた次の試合があり、チームでの役割があり、成し遂げようと決めたことがある。
走れるうちは走らねばならぬ。それが僕の矜持だ。
だがそれを一瞬忘れるほど、久しぶりに借りた彼の肩は、暖かくて気持ち良くてたまらなかった。

3938-459コスモス・時間旅行者:2006/10/06(金) 12:32:24
現在ではコンピューター制御されたホログラムの中でしか見ることのできないコスモス。
しかし今、獄中で俺が見つめているのは紛れもなく清楚な一輪のコスモスだ。
まるで昨日手折ったばかりのような鮮やかさでそこにある。

タイムトラベルが特権階級のものだけではなくなった今でも、
平行世界を極力作らないためにトラベルの規制は厳しい。
旅先の人物との交流はもちろん、いかなる事物も損壊持ち帰りは厳禁、
そこに存在した痕跡を最小限に留めなければならず、
違反すればパスポートは剥奪され厳罰に処せられる。

『滞在日数超過罪』
『人物事象に係る痕跡残留罪』
それが俺の罪状だ。まもなく刑期を終え自由の身となる。


文明開化の波が押し寄せ、着物姿の中にちらほら似合わぬ洋装の人々が混じり始めたあの時代に
長く短い1年間、俺とおまえは深く静かに愛し合った。

「綺麗だろ?ほんの数十年前に渡来した花なんだ。」

旅立ちの日、おまえはそう言って傍らのコスモスを手折って俺にくれた。

「またいつか会えるさ、それまで元気でな。」

泣きながら微笑んだおまえはそんな日がやって来るはずのない事を知っていたのだろうか。


バイオテクノロジーの進化により5年間鮮やかに咲きつづけてくれたこの花もやがて枯れるだろう。
それでも、おまえを抱きしめたぬくもりと想い出は褪せることなく俺の中にある。
あの一面のコスモス畑とともに・・・。

3948-459 コスモス・時間旅行者:2006/10/07(土) 14:00:09
彼の実験室には用途の不明瞭な、奇妙としか言いようのない物が多い。
と言うよりも、奇妙な物しか無いのではなかろうか。
目に付く物で奇妙でない物なんて、古びたテーブルに飾られた小さな花ぐらいのものだ。
薄暗い部屋に不釣合いに揺れる白い花は、まるで逆境に置かれているようでいじらしく、愛しく思えた。
……まあ、この部屋にある以上はただの花でない可能性の方が高いのだが。
「あまり触らないでくれよ。危ないからね」
奇妙な陳列物を物色していた私に、彼の柔らかな声が注意を促す。
しかしそうは言ってもせっかく招かれたのだから、このチャンスをのうのうと見過ごす手は無い。
御婦人方との話の種として少しでもこの部屋を見て回るのが今の私の義務であろう。
激しく燃え上がる使命感に駆られた私は、耳が聴こえなくなった振りをして物色を続ける事にした。

数十分後、私はとんでもなく奇妙な物を発掘してしまった。
これ以上に奇妙な物はそうそう見つからないだろう。
奇抜なフォルムに、人間の色彩感覚としては有り得ないようなカラー。
一体何に使うと言うのだ。これは不明瞭どころの話ではない。
まさかどこかにスイッチが……あっ、ああっ!そんなっ……!
「――ねえ、君。そろそろ時間じゃないのかい?」
とんでもなく奇妙な物と戯れていた私の状況に気づいていないのか、それとも気づいていない振りをしているのか、
相変わらずの穏やかな声で彼が私に尋ねた。
……ああ、あった。これ以上に奇妙な物が。
「そうだな。もう約束の時間になるか」
とんでもなく奇妙な物を棚に戻しながら答える。
正直まだ帰りたくはなかったが、そんな理由で以前からの約束をキャンセルする訳にもいくまい。
「次はいつ招待してくれる?」
仄かな期待を抱きながら、椅子に座る彼の顔を見遣る。
その視線に私と同じくらいに端正な顔が一瞬だけ揺れ、少し困ったような声で返事を返した。
「忙しくなるから、まだ今度だよ」
「――君の『今度』は信用ならないな。十年後? 二十年後?
言って置くが百年後に招待されたって、私は来れないんだぞ」
まるで冗談でも言うように、軽い調子で反論する。
しかし私としては強ち冗談でもないのだ。
彼に関する噂の全てを信じた訳ではなかったが、それでも「もしかしたら」と思わせてしまう何かが彼にはあった。
「……それでは、これを」
彼は駄々をこねる子供をあやすようにふっと笑うと、音も無く立ち上がってテーブルの花を一輪手に取った。
それを私に差し出し、今度はまるで姫を守る騎士のように恭しく微笑む。
「その花が枯れる頃に招待しよう」
「……伯爵。この花、枯れないって事はないんだろうな?」
花をそっと受け取り、まじまじと見詰める。
見かけこそ普通の花だが、彼の事だ。やはり信用ならない。
「まさか。ただのコスモスだよ」
「本当に?」
「本当に」
「それじゃあ、信じるしかないな」
小さな花を大切に胸に挿しながら、半ば根負けしたように言う。
いくら疑った所で私に真偽を知る術など無いのだから、それならば疑う意味も無いだろう。
部屋を出ようと扉に手を掛ける。
それを見送る彼と別れの挨拶を交わし、私は恋する少女のように微笑んだ。

「永遠に君を愛しているよ。サンジェルマン」
「――何千年経っても君を忘れないよ。カサノヴァ」

3958-469 人でなし×お人よし:2006/10/08(日) 00:02:14
「僕はね、医学生であって医者じゃないんですからね」
真夜中に呼び出されて、傷の手当てをさせられるのはもう何度目だろう。その度に同じことを繰り返す。
「頼みますから、ちゃんと病院に行ってください…必ずですよ?」
今まででも一番ひどくやられている様を見て、少し厳しい口調で言った。
彼は曖昧に返事をして誤魔化すように笑ったが、すぐ苦痛に顔を歪めることとなった。

どうして、あなたがこんな目にあわなけりゃならないのですかと、聞いたことがある。
こんなことくらいしかできないからだと、彼は答えた。
答えになっちゃいないと言ってやった。
「確かにあいつがやったことは人としてあるまじき行為かもしれない。
 それでも俺は、それが正しいことだと思ってる。あいつは間違ってない」
信じてるんだと続けた彼が何故か少し妬ましく、僕は意地悪を言う。
「法が禁じていることだ」
彼は挑むような目をして不敵に微笑んだ。
「だから俺はこうして、暴力を甘んじて受けてきたんじゃねぇか」
やっぱり答えにならないと思った。

明け方、世間から人でなしと罵倒される男が息急き切って僕らのいる部屋へと駆け込んできて、
目の前に横たわる傷だらけの彼を見るなり「ばかやろう」と叫んだ。
そしてその場に崩れるようにして泣き出した。
顔を大きく歪ませて、しかしそれを隠そうともせず、声をあげて泣くのだった。

3968-459 コスモス・時間旅行者:2006/10/10(火) 00:57:45
風のない穏やかな秋の日に一人、思い出の丘の上にあるコスモス畑。
立てかけた画架に白いカンバスを置いて、それを少し離れた木陰からいつかのように眺めてみる。
ちょっとだけ視線を逸らせ遠くの雲を見るふりをすると、目の端にお前の姿を捉えることができた。
ぬるい陽射しを受けてコスモスたちは時間などないのだよとばかりに、ただそこにいつまでも。


一枚の絵ハガキが届いたのだ。
見覚えのあるその風景を描いたのが誰なのかは、すぐにわかった。

 このハガキが届く頃には帰る
 会って話したいことがたくさんあるんだ

描かれていたのは、上京するまで共に過ごした故郷のコスモス畑。
お前はよくそこで、時間を忘れて絵を描いていた。
俺はその側で何をするでもなく、ただそんなお前をいつまでも見ていたっけ。
今でもその風景は同じくここにあり、コスモスは今日も完璧な均衡を保ち続けそこにいる。
だから俺は一人コスモス畑に佇む。

 ハガキが届いたぞ

帰ってきてるんだろう?と、遠くの雲に言ってみる。
目の端のお前は黙って絵を描いている。
話したいことって何だよと、足元のコスモスに問うてみる。
学生服姿のお前は黙って絵を描いている。
俺も伝えたいことがあるんだと、目を閉じて呟く。
旅立つ前のお前が微笑む。

流れるものなど何もなく、何も動かず、何も変わらず、
まるで宇宙の中にいるような静寂に包まれ、今という感覚はとうに消えた。
触れ合うことで一度は崩れた俺たちの、失ったはずの均衡のなかで、
俺はいつまでもいつまでもこうしてありたいと、完璧なる均衡の中に、思うんだ。
決して目合うことのないこの均衡の中に。

ふと、目の端のお前が、振り向いた。
それと俺の背後から一筋の風が起こったのは、同時であった。


いっせいに身を倒し、震えるようにしてコスモスは
ざあぁっと、風が吹き去るのを待っていた。

生まれたばかりの風が俺を通り抜け、花の中のカンバスを画架ごと倒す。
きえ逝く間際の風はいくつもの花びらを宙に舞い上げ、コスモスたちは秩序を失う。
めに見えたのは時間。俺は今に引き戻され、また一人。
やわらかに秋の陽が、長い影を作っていた。遠くの雲は薄紅の色。
もう一度お前の名を口にし、俺は初めて、お前のために泣くことが出来た。


一枚の絵ハガキが届いた。
どうして一年も前に投函されたハガキが今頃になって届いたかは知れない。
ただ俺は、生きていかねばならないのだと、思った。

3978-489 嘘でもいい:2006/10/12(木) 00:49:17
「ねぇ、愛してるとか言わないの?」
「嘘でもいいなら好きなだけ言ってやるよ。」
「・・・可愛くないね。リップサービスって言葉知ってる?」
「一回千円ね。」
「ちょっと、金取るの?それサービスじゃないよ・・・」
「俺はお前の望むままヤってやったじゃん。
 SEXのあと愛してるって言ってほしいなんて聞いてない。」
「・・・あのね、貴方はもう身体売ってるわけじゃないだし、
 僕に付いてきたってことはそれなりに好意があると思ってたんだけど・・・」
「もちろん、男娼から足を洗わせてくれたのはお前のおかげだけど、
 そこに恋だの愛なんて感情が生まれるなんて俺は思わない。」
「・・・・・・哀しいよ、そんなの・・・」
「お前はあそこから抜け出すキッカケを与えてくれた。それには感謝してる。」
「僕と居て、楽しくない?少しでも僕を考えたことはない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「僕はね、貴方が好きなんだよ。だからどうしても辞めて欲しかった。
 ちょっと強引だったかもしれないけど、今一緒に暮らしてることがずごく嬉しいんだ。
 だからきっと・・・愛してるなんて言われたらさ・・・」
「嬉しい?」
「うん・・・きっと嘘だと分かってても喜んじゃうと思う。もうしょうがないんだ、こればっかりはさ・・・」
「なんで、分かってるのに許せるの?」
「愛してるから。たとえ貴方が愛を知らなくても・・・」
「バカじゃん、そんなの。結局弄ばれてるだけじゃん・・・」
「うん・・・」
「愛してる。」
「うん・・・ありがとう。」

3988-529 平民低身長×貴族高身長(のほほん…?):2006/10/14(土) 16:18:12
「まったく、こんなご立派な靴で山道を歩けばこうなるってわかりそうなもんだけどな」
盛大にため息をついてみせながら、男は青年の白く伸びやかな足を手に取って眺めた。
くすみすら見当たらない肌理細やかな美しい肌に、泥がこびりつき、爪先は皮が剥け血がにじむ。
桶に水を汲んで洗い流してやると「ひゃっ」っと青年が声を上げた。
「冷たかったか?我慢しろ、こんな山小屋じゃ湯なんざ用意してやれねぇ」
「違う、傷にしみただけ」
じゃぁ尚更我慢しろと、取れかかってぶらぶらしている小指の皮膚をちょいと千切ると、青年は息を呑んで恨みがましい目を向けたが、黙って為されるが侭でいた。
泥のついた手で拭ったのだろう頬の跡が、まだ大人になりきれない幼い表情を引き出している。身体ばかりが先に成長して、今ではもう男を見下ろすほどの背丈になっても、まだまだ考えなしの子供なのだと思う。
昨日の雨で道は相当泥濘んでいたはずだ。服の彼方此方が泥で汚れている。平坦な道しか歩いたことがないと容易に想像がつくこの青年が、雨上がりの山道をよくもやって来れたものだと関心しながら、男はやはり呆れずにはいられなかった。さほど険しくはないといえ、山は山。一歩道を誤って迷いでもしたら、こんな軽装備で一晩とて過ごせはしない。
世間知らずじゃ済まされないぞと、呆れる一方で腹立たしくも思った。
「きれいな服がドロドロですよ、ぼっちゃん。靴だって中まで泥が入って、もう使い物にならない」
「だって、会いたかったんだ。店に行ったら、ここにいるって聞いて」
「それで?共の者も付けずに一人でいらしたんですか?ぼっちゃん」
少し不機嫌そうに、青年は押し黙った。
「まさか、また黙って来たのか?」
男の顔から視線を逸らせることでそれを肯定する。予想はしていたものの、男は天を仰がずにはいられなかった。深いため息が出て、肩から力が抜けた。
「…勘弁してくれよ。それで何度大騒ぎになってると思ってんだ」
「日暮れまでに帰れば何も言われないよ」
「日暮れまでにねぇ…俺はねぇぼっちゃん、あんたみたいにデカイ奴背負って山下るなんざ御免ですよ?ぼっちゃん」
わざと青年が嫌がる呼称を強調して、男は自らの憤懣をぶつける。
この足では、今すぐ出発したとしても日があるうちに山を出るのは不可能だろう。夜の山は慣れた者でも避ける。今夜はここで夜を明かすのが賢明ということだ。
それがわかったのか、青年は酷く落ち込んだ態で項垂れ、小さな声で「ごめんなさい」と謝罪した。
そんな萎らしい様を見ると、男はどうにも愛おしさが込み上げてきて全てを許してしまいたくなるのだが、立ち上がり棚の手ぬぐいを取りに行くことでそんな気持ちを断ち切った。
そして少し冷酷さを湛えた声を敢えて使うことにした。
「もう来ないでくれと言ったはずだな?」
いつもとは逆の立場で、椅子に座った青年を見下ろす。
数年前までいつも見えていた旋毛が変わらずあって、何だか懐かしく感じた。
青年は差し出された手ぬぐいを受け取ろうともせず、俯いたまま。
待っても返答がないので、追い討ちを掛けるように男は続ける。
「聞きましたよ、お相手が決まったそうで。日野の子爵のご令嬢といやぁ、たいそう美しいと評判」
すると青年は、男が最後まで言い終わらぬうちに目の前の男の腰に手を回して、顔を埋めるように抱きついた。
おいおいと、もう何度目かわからないため息を男はついて、青年の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「…結婚なんかしない」
「それは無理だろう。お前は華族様の御嫡男で在らせられるんだから」
「会いに来るのもやめない」
「もう数えで二十歳になる男が、そんな駄々捏ねるんじゃないよ」
自らの優しく甘い声音に気付き、男は苦笑した。そしてもう一度青年の頭を撫でてから、腰に回された手をゆっくりと外し、足元へしゃがみこむ。
青年の目が自分を追うのを感じながら、知らぬふりをして濡れた足を拭く。
苦労をしらない白い足に、草木に付けられた無数の引っかき傷と、痛々しいほどの靴擦れ。自分のために彼が負った傷である。
「…好きなんだ」
頭上で消え入りそうな声が告げた。
知っているよそんなこと、そう返す代わりに、男は、青年の足の指を口に含んだ。

こんなことが伯爵家に知れたら、俺は生かしておかれんのじゃないかな?

そんな暢気な不安を抱えつつ。

3998-489 嘘でもいい(490です。リロミスだったためこちらに投下):2006/10/14(土) 23:04:03
あぁ。なんであんなヤツのこと好きなんだろう。
軽いし、嘘つきだし、時間にルーズだ。
今日だって、あいつから誘ってきたくせにもう30分以上、遅刻してる。
遅れるならメールのひとつ位入れやがれ!
ありえない。本当に。

今日はおれの誕生日で、いつも通りなら家族で外食のはずだった。
でも、この年にもなって誕生日に家族で外食なんてダサいかなって思ったし、
なによりあいつが、この日に遊ばないかって言ってきたから……。
まぁ、あいつがおれの誕生日なんて知るわけないし。それでも、嬉しかったんだけど。
あーあ。
おれはみじめな気持ちでおろしたてのブーツのつま先を見つめた。

「いやぁ。遅れてマジごめん。」
軽く叩かれた肩。振り返ると、悪びれない笑顔のヤツがいた。
「……」
怒りのあまり、おれはリアクションもできない。
「いやぁ、おばあさんがペットボトルの大群に襲われててさぁ。」
こいつのこういうところには殺意すら覚える。
「……嘘つくなら、もうちょっとマシなのにしろよ。」
「うん。そうだね。」
その時、突然首のまわりにあったかい感触がした。で、目の前に突き出された花束。
「このマフラー、おまえに似合うなぁ。って思って。はい花も。誕生日おめでとう。」
そしてひときわ声を潜めて、耳元を掠めるようにヤツは言った。
「好きだよ。」

こいつのすること、言うことのどこまでが本当で、どこからが嘘なんだろう。
あぁ。でも、もう。嘘でもいいや。
こみ上げてくる涙が、悔し涙か、嬉し涙なのか、呆れからくるものなのかもわからずに、おれはそう思った。


※本スレ490です。本当にすみませんでした。
しかも投下もこんな遅くなってしまって_| ̄|○
もうしません。今はとっても反省している。

4008-569懐いてる×懐かれてる1/2:2006/10/19(木) 10:19:09
幽霊ネタ注意 長文すみません

チリ、チリと、夜風に吹かれて風鈴が鳴いている。ヒビでも入っている
のか安っぽい無機質な音しか出さないが、ここのところ、そんなものは
問題にならないほどの音害に悩まされる日々が続く。日が暮れるまで
は蝉の放吟、月が出たなら蛙の合唱。そうして深夜ともなれば、俺の
部屋を支配するのは幽霊のラップ音だ。
「騒いでも昼間は誰もいないからつまんなくってさあ。でも夜はあんた
が帰ってくるもんね、頑張っちゃうよ、オレシャウトしちゃうよー」
鬱陶しい事この上ない。
背後からべたりと張りついてくる半透明の男を剥がそうという努力は一
週間でやめた。俺の背中を特等席と決めたらしく、てこでも離れないの
だ。自分の名前すら忘れてしまったというこのおんぶおばけ、俺が家に
いる間は逞しくも色のない腕を肩口に回し、首筋にむしゃぶりつい
てはバキバキと怪音を立てる。郊外の借家で人家も他は疎らであるの
が幸いだが、霊との強制二人羽織のせいで、盛夏だというのに震えが
走って止まらない。

思えば、奴と会ったのは春も彼岸を過ぎた頃だった。格安の値に惹かれ
て古家に居を構えたその日の夜、騒音と共に天井からにゅるりとぶら下
がってきたのだ。大して知恵の有りそうな顔ではなかったが、物は試し
とアルバムを取り出し、鬼籍の者同士消息を知りはしないかと他界して
久しい父と母の写真を見せてみたら、会ったこともないという。ならば
と成人せずに死んだ妹や事故で亡くした友人、声すら知らない祖父母に
何時の間にかいなくなった猫など手当たり次第に写真を突きつけたが、
どれにも首を振るばかり。終いには幽霊だからといって死人全てと顔見
知りではないのだし、そもそも自縛霊に横の繋がりを期待する方が間違
いなのだと言い訳しやがる始末なので、役立たずめと罵ったら泣きが
入った。あまりに辛気臭いのでそれなら仕方ない、幽霊でも構わんから
お前が側にいろと命令したのだが、そこで仏心を起こすべきではなかっ
たのだ。おかげで今のこの様だ。勝手に風呂について来ては湯船を冷や
す。仏前にはミネラルウォーターを要求してくるし、野良猫には喧嘩を
ふっかける。おまけにこの悪寒。俺の最近の持病は冷え性だ。
「どうしたの、黙り込んじゃって。何を考えてるの、教えてよ」
てめえを成仏させる手段だよ、と胸中で毒づく。何で未だにフラフラし
ているのか聞いたこともあったが、さあね、何か執着を残してるんだろ
うねと頼りない。では死因が分れば手掛かりにならないかと思いもし
たが、食中りか何かだったかな、とやはり曖昧で当てにはならない。
今が良ければそれで良いよと、おんぶおばけは刹那的だ。

4018-569懐いてる×懐かれてる2/2:2006/10/19(木) 10:20:34
「いきしゅん」
くしゃみをして時計を見上げると既に午前二時。八月十二日の丑満時
だ。やたらと活きのいい背後霊を扱いあぐねていると、携帯電話がビリ
リと震えた。会社の後輩がメールを送ってきたらしい。添付されたフォ
トデータを開いた途端、俺は吹き出した。「先輩、愛してまっす」の書
き文字とともに、唇を突き出した後輩の顔が画面いっぱいに広がってい
る。深夜には生者のテンションも上がるのだ。くつくつと笑いを堪えて
いると、バチリと目の前で火花が弾けた。
「誰、そいつ」
いつの間にか正面に立っていた幽霊が、パチリパチリと放電している。
「あのな、こいつは会社の後輩で」
「オレには、そんな顔して笑ったことないくせに。あんた、そいつが好
きなのか?そいつはあんたにさわれるのか。忘れたの、最初にオレに
側にいろって言ったのあんただよね。そいつの方がいいの?
生きてるから?」
「おい待てよ、お前のことは」
「あんたがオレを無視するってのなら!」
ポルターガイスト、いつも戯れに小石を放っているのとは桁違いの力
で、俺の身体は壁に激突した。普段は漬物石一つ手伝わないくせに、こ
の野郎。衝撃に梁や柱がゆらゆらと揺れ、大量の埃が舞う。入居した当
初から掛かっていた「四面楚歌」の額から、バサリと何かが落ちてき
た。幽霊からは興奮が掻き消え、ただ茫然と浮いている。俺は腰をさす
りながらそいつを拾い上げた。
「お前の執着って、もしかしてこれか?」
ボロボロに古びた日記帳だ。マジックで名前の書き込まれた表紙を、
透き通った指がそっと撫でた。

「どうしてあんな所から降ってくるんだ」
「秘密の日記は秘密の場所に隠すものだよ」
近所の寺から、勤行の始まりを告げる鐘の音が聞こえてくる。幽霊と頭
をつき合わせて相談した結果、中身も見ずに、庭で一切合財を燃やしち
まうことにした。おそらくそれで奴は執着とやらから解放され、晴れて
天へと召されるのだろう。寂しいかい、と顔を覗きこんでくるので、サ
ラダ油をぶっかけて即座に点火した。コンマ二秒の速さだ。
「あ、ちょっとひでぇや」
黒々とした煙が立ち昇り、黄ばんだ紙を橙色の火がなめていく。さなが
ら二度目の火葬だ。芋が無いのが残念だ。
「オレは、あんたを残していくのが不安だ。変な後輩に渡したくねえ
し」
「幽霊に焼かれる世話は無いよ。さっさと逝け」
「そうじゃなくて、同じだ、同じだから分るんだよ、あんたは」
ゴオン、と寺の鐘が響く。どうせならと夜明けの太陽が一番照り輝く瞬
間を選んだのだが、正解だったようだ。男の透明な体が光に満たされ、
朝日と一体となる。
「ああああこんな事なら一回くらい取り憑いて鏡の前で一人エッチしと
くんだったあああ」
「さ、最低だ、お前」
悪霊のような断末魔を最後に、幽霊は俺の前から去った。静かに燃え
続けていたノートのページが熱に煽られて捲れあがる。八月の日付が
見えた箇所を、俺は声に出して読み上げた。
「八月十日。独りぼっちで居続けるのは、寂しい。寂しい。寂しい」
なおも言葉の書き連ねられた部分が炭の塊に変わっていく。そんな
ものを書くことで紛らわせると思っていたのなら、あいつは本物の馬
鹿だ。格好つけて自分の感情に背を向け続けていた俺は更なる馬
鹿だ。ああ、でも俺と居た時は、あの野郎、寂しいなどとは一言も言
わなかったな。
「八月十一日。小金が入ったので、明日は好物のフグを食べに行く。
楽しみ」
最後のページを炎が呑みこむ。風に吹かれてチリ、チリと、風鈴が
安っぽい音で鳴いていた。

4028-619 さあ踏んでくれ:2006/10/20(金) 22:14:44
……え?ホントにいいの?
いつもパリッとしたスーツを着て、颯爽とビジネス街を歩く一流企業のサラリーマンが
僕の前に素肌を晒している。

「……でも……」
「いいんだ。思い切り踏んでくれ……それが快感なんだ」

高校時代、ラグビーで鍛えた体はうっすらと日に焼けて、逞しくて。
綺麗な逆三角形を描く、胸から腰のライン、引き締まった太腿。まるで彫刻のような体。

あぁ、どうしよう。
身長も体格も、体重だって完全に負けている僕なんかが、この人を踏みつけにするなんて。
いつもなら、乗っかられるのは僕の方なのに。

「なぁ、頼む。我慢できないんだ。酷くしていいから」

そんなに、切なそうに切れ長の目を潤ませないで。
あなたの望むように、僕は何でもするから。

「あっ……あぁ、イイ……」

僕の体の下から、快楽の声が聞こえる。
うつ伏せに床に体を伸ばして投げ出したその足裏を、
僕は彼が望むままに踏み続けている。

ビジネス街を颯爽と歩くのは、存外に足が疲れるものらしい。
足裏の次は、多分、腰を揉まされるんだろうな……。

4038-679遠足帰り:2006/10/26(木) 04:31:59
オレンジ色の焚き火の上で、コトコトと湯が煮えている。使っているの
は道で拾った鉄鍋だが、随分と役に立つものだ。くべた枯れ木がパチリ
と弾けて、火の粉を散らす。遠くではフクロウの声。頭上でムササビの
滑空。地を這うような、野良犬の遠吠え。炎から少し離れた所では双子
の姉妹、ブルーとホワイトが身を寄せ合い、すやすやと寝息を立てて
いる。それに重なるように聞こえるのは、朽木の欠けらを踏みながら、
わざと気配を絶たずに近づいてくる足音だ。じっと見守るうちに、夜闇
の中にゆらりと影がうごめき、一人の少年が姿を現わす。漆黒の髪、
普段通りの仏頂面に何故か無性に安堵を覚えつつ、白湯を汲んだ
カップを差し出した。
「お帰り、ブラック。見張り番、ごくろうさん」
「お帰りじゃねえよ。寝てなかったのか、レッド。見張りを交代でやる
意味が無いだろうが」
「寝つけなかったんだよ。グリーンはどの辺にいるんだ」
ブラックは無言で空高くを指差した。小さな休憩の場を取り囲む樹木の
群れは黒々とそびえ、無数の生き物をたたえてざわめいている。ぽっか
りと拓けた空き地の真上に月が浮かび、それを貫くように一際鋭く、
杉の大木が伸びる。人の影、グリーンの姿が見えているのはその先端
だった。自分の背丈よりも長い鉢巻を揺らし、きょろきょろと風見鶏の
ように落ち着きが無い。どうしてあんなに高いところを好むのだろう
と、いつも不思議に思う。
「先生は?」
「ハンモックの上。あの野郎ぐーすか眠りこけやがって、のん気な
もんだ。消し炭でヒゲでも描いてやりゃ良かった」
ぶつくさ洩らすブラックにそっと微笑むと、レッドは視線を彼方に
転じた。山を降った遥か裾野では、星が瞬くように町の家々に明かりが
灯っている。ようやくここまで辿り着いた。人間の生活が息づく所ま
で、あと一歩。あの日、秘密基地を出発してから早三ヶ月が過ぎて
いた。熊を倒すことは十一匹、猪を屠ること十七頭。その間、遭遇した
怪人組織の戦闘員、ゼロ。医薬品はなく食料も乏しいまま、落ち武者の
ごとく山野を駆け巡ったのだ。何度師の「あれ、ここどこだっけ」の
言葉を聞いたことだろう。何度「ああ、水、全部飲んじまった」の
言葉に歯軋りしたことだろう。思えば長い道程だった。
もはや五人の若人は、旅立った当初のヒヨコのままではなかった。
胸を張って、帰るべき場所へと還るのだ。あの明かりの中に、自分達を
待つ人々がいる。三ヶ月前に遠足に出ると言い残してそれっきり
消息不明の自分達を待つ人々が。あの明かりこそ、悪の手から自分達が
守るべきものなのだ。
「これ、遠足じゃなくて、既に遠征の域に達してるんじゃねえのか」
あの野郎、町に着いたら覚えて居やがれ、と、ブラックが喉の奥から
声を搾り出す。その時はおそらく、鉄鍋が恐るべき武器へと変貌を遂げ
ることだろう。明日には帰れたら良いなと、レッドは大きく
伸びをした。
「基地に帰るまでが遠足だからな。油断するなよー」
早く、あんなおっさんに頼らずとも済むよう、一人前にならなければ。
図らずも、見習いレンジャーの子供達は同じ事を思ったのだった。

4048-699恥ずかしいけど手を繋ぐ:2006/10/28(土) 00:39:54
自宅のアパートまであと100メートルというところで、突然彼は俺の手を掴んだ。
なんの前触れも無かったから、それが初めて彼からの積極的な行動だったことに気づくのは
家に帰って二人で冷たい布団に潜ってからだった。
ただ今は、氷のように冷えきった彼の手に驚きながら、俺は数歩先を歩く彼の様子をうかがっていた。
まるでこれじゃ、スーパーで駄々をこねた子供とそのお母さんみたいだ。
「…いや、でも俺の方が身長高いからな。やっぱり、子供というわけにもいかないなぁ」
「はぁ? お前、何一人でブツブツつぶやいてんの?」
「ん、俺のことはあまり気にするな。……っていうかさぁ」
「……何だよ」
夜の10時を過ぎると、一日の仕事を終えて点滅を繰り返す信号の交差点。
車が走っている気配などまったくしないのに、赤信号の点滅に、彼は足を止めた。
その交差点を渡れば、アパートは目の前である。
「どうして手を繋いでるのに、いきなり急ぎ足で歩くわけ?」
「ちょ、バカか? 俺は手なんて繋いでいない!」
「じゃあ、これは一体何なんだよ」
「こ、これは…だからその…違うんだってば!」
そう言うと、また彼はずんずんと歩き出した。
それに引っ張られるように歩く俺。

俺は、このときはまだ思い出していなかった。
二人で見た朝のニュースの、最後の5分でやる血液型占いの結果の
B型のあなたは、恋人と手を繋いだりすると恋愛運がアップ!という女子アナのナレーションを。

4058-719 あぁ勘違い:2006/10/29(日) 00:55:23
カブってしまいすみませんでした。改めて投下させていただきます――――――――――
「目が覚めたか?」
耳元から聞こえる声に覚醒しきらぬ頭は事態を把握できない。

「あぁ悪いな、客布団ねぇんだよ。狭苦しかったか」
…えっと…そうだ、昨日は商談成立させた祝杯をってTさんのマンションで飲んだんだっけ。

「スーツ皺になるから掛けといたぞ」
あぁどうも。。
…って俺いつパジャマに着替えたんだ!?
つーか客布団ないからってなんで一緒に寝てるんだよ!
うぁああぁぁ〜!ヤバいよ、ヤバい!どうしよう。

「くくっ…覚えてないのか?気持ちよさそうに寝てたもんなぁ。
着替えさせんのも大変だったぞ。」
ぇえーっ!じゃあ、あんなとこやこんなとこも見られちゃたわけ?
慌てる俺を見て事もなげに笑ってくれちゃってさ。
いつもと変わらぬ大人な余裕で…いつもと変わらぬちょっと悪ぶった態度で…。


マンションにまで誘ってくれて嬉しくて嬉しくて舞い上がっちゃって、
もしかしたらTさんも…なんて期待した俺はバカだ。
Tさんはいつも冷静で、ほんの些細な言動にも一喜一憂して翻弄されるのは俺だけで

なんかひとり酔っ払って身も心もぐるぐるしちゃって。
あ〜ぁ、どうせ俺の勘違いですよ。
女にもてるTさんが俺なんか相手にしてくれるわけないよな。


「オイ、飯作っとくからシャワー浴びてこい。すっきりすんぞ。」
シャワーの言葉にもビクッとしちゃう俺の気もシラナイで。

「美味いか?やっぱ朝は味噌汁だよな。もっと食え」
なに?仕事できてかっこよくて、その上料理までできちゃうわけ?
ドキドキして味なんかよく分かんないけど美味いに決まってるじゃん。

だけど…飯食う俺をそんな優しい目で見ないでよ。
ほら、また勘違いしちゃうじゃないか。

4068-690接触過多な変態×常識人なツンデレ:2006/10/29(日) 20:14:06
扉を開け放つと同時に体をやわらかな光に包まれ、視界に満ちた
清冽なまぶしさに、思わず息を呑んだ。窓際ではかすみの色の
カーテンが風をはらんで波打ち、その合間を小魚の泳ぐように、
白衣のナースが動き回っている。室内に備えられた二台のベッドの
うちの片方には、午後の日差しを一身に受けて、所在無い様子で
新見が腰を下ろしていた。

お友達ですか、はいそうです。必要な物を届けてくれるよう頼んだん
です。いきなりの事でも頼れる奴が他にいなくて、などと二人が
会話を交わしている間、紙袋を手にぶら下げ、服部はただ新見の
頭部に白く巻きついた包帯を凝視していた。
「服部、そこ、邪魔」
扉の前に立ち尽くしたその脇を、ナースが一礼し、きりきりとした
足取りで去っていく。後姿をぽかんと見送っていると、「いつまで
そこにいるんだ、さっさと入れ」と苛立った声がした。
「済まなかったな、仕事帰りに」
「あ、ああ、平気。そっちは」
「頭と肩と、あちこちを打った。前に言ってた、例のビルの壁画
修繕中に足場が崩れたんだ。高さは大したことがなかったけれど、
色々検査をして、安静をとった方が良いらしい」
色の薄いシャツにジーンズと、新見は普段通りの格好をしている。
おそらく事故の時の服装のままなのだろう。ただ手首には、患者の
取り違えを防ぐための認識票がブレスレットのように巻かれている。
短期入院患者専用の室内に今は二人以外の人影は無く、空の
ベッドに面積の半分を埋められた部屋は妙にがらんとしていた。

「い、痛いか、まだ」
「何しろ落ちたてだからな。それよりさっきから何なんだ、お前は。
変におどつきやがって、借りてきた猫じゃねえかよ」
やましいことでもあるのかと胡乱な目つきを寄越されて、服部は
大きな体を一段と縮ませた。
「なあ、今日は抱きついてこないんだな」
普段は剥がしても剥がしても藻みたいにへばりついてくるくせによ、
と新見はそっぽを向いて呟いた。
「え、いや、オレは」
どっと肉の落ちたような背に服部は泡を食ったが、ほれ、と顎を
しゃくられ、晒された喉に本能的に飛びついた。放り出した
紙袋が壁に激突して沈黙する。頬に触れ、喉を撫で、肩の
稜線に指を這わせて腕ごと抱えこみ、包みこむ。大事な名前を
呼んで、何度も唇に刻ませた。
「おい、そこでどうして乳首をさわるんだ」
「ああごめん、ついいつものくせで」
ラッピング用紙になったつもりで背中をゆっくりとさする。痛くは
ないかと耳元で囁いたが、返事の代わりは心地よさげな吐息だった。
「今日のことがきっかけで、高所恐怖症になっちまったらどうしよう。
ただでさえ作業に遅れを出してしまうのに、そんなことになったら、
オレは」
「大丈夫、大丈夫だよ。君は根っからの高い所好きだから」
どういう意味だ、と激昂しかけた口元を指の腹で押し止める。新見の
唇をなぞって往復させながら、大丈夫だよと繰り返す。それ以上
騒ぐことは無かった。されるがままの様子に、どちらが猫の子だか
分かりはしないと思いながら、この温もりを手放すまいと胸元に
繋ぎとめた。
数日の後、入院中に使用した下着をちょろまかしたことが露見して
二時間ほど正座させられながら、ああいつもの新見だと、服部は
ほっと安堵の息を吐いたのだった。

4078-749 着物:2006/11/01(水) 15:00:44
小袖の手をご存知でありましょうか。
江戸は寛政年間、とある古刹へ一枚の小袖が納められました。
小袖とは文字通り、袖の小さく活動的に動けるような、公家から
武家、庶民にまで広く着られた衣装のことです。
名の売れた遊女の亡き後、苦界をさすろうたその身の供養の
ためにと祀った衣に香を手向け、日々菩提を弔っていたところ、
夜な夜なちりん、ちりんと鈴を鳴らす音がありました。
怪しみてそっと覗いてみたところ、衣紋掛けの小袖からぺらり
とした紙のような白い手がすうっと伸び、壇の鈴棒をつまんでは、
そうっと鈴を打つのです。
思えば人の、女の執着とは、儚くした後もその衣服に留まり、
過ぎた浮き世を偲んでは、帰らぬ日々に、消えぬ未練に亡き身を
妬くものなのでありましょうか。
ね、聞いてる?ちゃんと聞いてる?

「いや、そんなポエムは今はいいですから、背中!背中、のいて!
借り物なんです、皺になっちゃう!」
羽織くらい、自分で着られますから、と必死で叫んでも、背中にくなりと
圧し掛かった男は聞き分けなく甘えるように密着してくる。彼の言う
小袖の手の話ではないが、羽織の肩越しににゅうと手が伸ばされて、
かいぐりかいぐりと頭を撫で、ときおり目測を誤った指が鼻の穴に
突撃する。こうした時はやりたいようにさせておくのが一番の得策
なのだが、このはしゃぎようは普段の比ではない。

「しかしよく似合うねえ。馬子にも衣装、とは言わないよ。自慢の
息子だもん」
今度はくるりと前面に回って、頭の天辺から足袋の先までしげしげと
見やる。紋付羽織に、長着に、袴。日本男子の礼装である。
ひどく気合が入れられているのは今日が成人式だからだ。
一生に一度の記念だからと、彼は本人よりも嬉々として準備に奔走
していた。当の成人は満面の笑みの親を前にして途方に暮れるのみだ。
「あっと、そろそろだね。式の会場へ行くのに、友達と駅で待ち合わせ
してるんだろ。ほい、外に出た出た」
皺になるというのに、背中を両手でぐいぐいと玄関の方へ押してくる。
その背を頭ひとつ分追い抜かして、もう幾年も過ぎた。今は逆らわず、
為されるがままに滑るように廊下を渡り、雪駄の鼻緒をひっかけて表に出る。

「ああ、いい天気だね。小春日和だ」
君を引き取って二人でこの家にやってきた日のことを思い出すよと、
庭の梅に目を注ぎながら義父は目尻に皺を寄せた。黄の蝋梅が盛りを
誇っている。まさに晴れの日、晴れ着だねと手をかざし、空を仰ぎ見た。
つられて見上げた空はとても高く、澄んでいた。
「お父さん。駅まで、一緒に歩いて行きませんか」
今日は暖かいし、散歩代りにね、と顔を窺うようなねだり方をすると、
彼の目はまん丸に見開き、ついて来て欲しいだなんてまだまだ子供だね、
とにっこり笑った。春の陽のようだ、と思った。
過去はすでに遠く、現在は不透明に流れる。
見透かし難い霧の中を、それでも貴方の隣で歩いて生きたい。
その手を取って、共に未来を。

4088-769冷たい手:2006/11/04(土) 00:56:35
大きな手が汗ばんだ頬を撫でる。
ゆっくり、ゆっくりとあやされるような赤ん坊の
気分になったので、どういうつもりだと熱に
かすんだ目で問いかけたら、大きな手の
持ち主の、黒く澄みきった夜の葡萄みたいな
瞳が、こちらの様子を案じて見守っているのが
滲んだ視界にぼやけて見えた。
「僕の手は冷えているので、あなたの頬を撫でています」
その通りだ。確かにそうだ。男の手は大抵いつも冷えている。
そうして俺は、そのことを知っている。
「あなたが言ったんです。お前の手の冷たさには
意味があると。手が冷たい奴は、その分心が
温かいんだ、心配するなと」
確かにそうだ。その通りだ。いつかの日に、何かの拍子に
俺が言った。どっかのドラマで使い捨てのセリフだったが。
「僕のことを。僕自身を、そんな風に肯定的に
捉えてくれた人は、いなかったから」
だからこうして、あなたの頬を撫でていますと、大きな手で
男は俺の頬を包んだ。
いつか俺の熱は冷たい指に吸い取られ、掌をぬるめたあと、
空気中に分子のように散らばるだろう。そしたらその時は、
今よりずうっと楽になっているだろうから。
その時は遠慮なく、俺の手を一晩でもいつまででも握って
いるといい、冷たさも温かさも包みこむその大きな手で。

4097-779 熱血受け:2006/11/04(土) 19:01:55
お母さん、
あの熱血受けはどこへ行ったでしょうね
とは、かの有名な偉大なる801詩人の言葉ですが。
最近は巡り会うのは難しいようですね
でもそれは、
熱血の前に、はみ出してたり捻れてたりやけにスタイリッシュだったり、なヒーローが増えましたから
皆さんが見落としてるという事も多々あると思いますので
安易に「熱血受けじゃないや」と判断すると損をします。

まず、熱血受けとは何か。
燃えています
どこぞのキャッチフレーズのような、
ど力・ゆう情・勝りや
協力する・一致団結することが基本的に好きです
心も体も明日を夢見る瞳も、内に秘めてる場合もありますが、とても熱いです。
それはベッドの中でも同様です。
パートナーと快楽を共にする努力も惜しみません
しかし押さえ付けたりすると、戦っている気分になるのか強い抵抗を示す事もあります。
攻める際は怪我に注意しましょう。強いです。
ツン入り受けはキツい言葉を投げかけて来たりもしますが、
別な意味で口が達者かどうかは、個人差がありますので、それぞれで確かめて下さい。
たまには熱血受けでも恥じらいモードが入ると、他の受けのように声を押し殺したりします。
漏れ聞こえてくる声はなかなか悩ましげです。テレビなどで敵に一旦斥けられた時に零す声を想像すると分かりやすいかも知れません。
まぁ実際はその数十倍は艶めかしいですが。
先にイクと、負けた気がして悔しがることもありるようです。
攻めは熱血受けの気持ちを上手いこと汲むようにしましょう。
熱血受けは言い訳を嫌います。割とナイーブです。

相性がいいのは
主に共に戦ったり、支えてくれた仲間ですが
ライバルや敵もなかなか良いです。
ただ、始まりは難しいです。
ゴーカンからが多いです。
ゴーカンが苦手な場合は改心しましょう。
かつての味方が敵になるののは辛いでしょうが、障害は愛を更に燃え上がらせると思います。

さて、冒頭の詩についてですが。
余談ですが、
我が家には私の帰りを20年来待ってくれている熱血受けがいます。
…これはテストに出ませんからメモしなくていいです。
はい、ではこれで特別授業を終わります。
またの機会にお会いしましょう。

4108-789こたつ出しました:2006/11/05(日) 20:37:12
イチョウの葉が、扇の如く宙を舞っている。
見蕩れていると、突如けたたましい犬の声が耳をつんざいた。
一瞬、ほんの一瞬ぐっと身を竦ませる。何でもない些細な事にも
怯えて反応してしまうのは、昔からの悪い癖だ。

てやんでえ、ばっきゃろおおおめえええ。

間を置かず、男の胴間声が後に続いて響き渡る。立ち止まって
いた歩を進め、吹き抜けの廊下を伝って縁側に出ると、ごましお
頭で半纏姿の男が庭に倒れ伏し、子牛ほどもある大きな犬の
下敷きになって襲われていた。否、じゃれつかれていた。
「あああんた、来てくれたか、この犬っこをどけてくれえ!」
「今度は何をやったんですか、松さん」
「知らねえよう、一仕事終えて息継ぎしてたら、いきなり
まみれついてきゃあがったんだ」
「仕事が済むのを待ってたんでしょう、ははは。マッハ有明は
本当に松さんが好きですねえ」
金色の毛皮を震わせて、犬が屋敷抱えの庭師の顔を唾液で
べろんべろんにしている様子を微笑ましく見守っていると、ふと
馴染みの痛みが、肩を、背中を、体中に残る傷の跡を、懐かしい
甘さを伴って走り抜けていくのを感じた。

「おまえの姿は目障りだ。這い蹲って犬の真似でもしているがいい。
人の言葉を喋るな。鳴くんだ。しゃがみこんで、舐めろ。
歯を立てたりしてみろ、どうなるか分かっているだろう?」

鞭のしなる音。硬い靴の踵で打ち据えられる音。過去に消えた
はずの音が耳の奥に潜み、幻聴となって蘇る。
そう、全て幻聴だ。なかなか思い通りにならない己の心に、
辛抱強く何度も言い聞かせた。
「旦那を探しているのかい」
「ええ。居場所は分かっているんですが」
「なら、桜の手入れが終わったと伝えといてくれ。気になすってた
からな。いやその前に犬を、犬をおおお舌があああ」
承りました、と戯れる彼らを尻目に屋敷の奥へと足を向けた。
今時の桜は葉を紅く色づかせ、夕日の照る頃になるとなお一層
その姿を松明のように燃えたたせる。春には煙の化身のような
霞む花弁を、夏に若葉の瑞々しい生命力を、見送ることのできる
日々のなんと幸福なことか。

「その、御主人様って呼称は何とかならないの。気味が悪いん
だが、え、すぐには無理。定着しちゃってるからか。じゃ、せめて
様を取って呼んでくれ。近所の奥さん連中もそうしてるから。
私は未婚なんだけどね。君にはしっかり働いてもらうよ。
春には、花見。庭の桜は私が子供の時からあるんだ。お弁当を
重箱に詰めて、桜餅を用意して。薫風の頃なら、柏餅も忘れず
にね。夏には流し素麺のできるほど庭は広いし、そう、近くに
野原もあるから、秋桜も見に行こう、マッハ有明を連れて。
楽しみだね。楽しみだねーえ」

なんの気紛れであれ、この身をすくって拾い上げて下さった時から
変わらぬあの方の笑顔を、一生忘れはしまい。ここに在る日々の
全てが、自分にとっては連綿と続く奇跡だ。
調理場の土間には入り口に尻を向け、一心不乱に
巨大な冷蔵庫の冷凍室をまさぐっている男がいる。冬の準備が
出来たら、せっかくだからアイスクリームを食うのだと、小一時間
前に子供のようにはしゃいでいた男だ。
「御主人、御主人。こたつ出しましたよ」
その言葉にばね仕掛けのように跳ね上がり、カップアイスを
抱えたまま男がくるりとこちらを向いた。
「やっぱり、バニラだろ、バニラ」
にんまりと極限まで相好を崩したその笑みは愛らしく、ひどく
妖怪じみていて、せめて布団にこぼさぬよう、机に起き上がって
食わさねばと、新たな決意を促すのだった。

4118-819 ハリネズミのジレンマ/1:2006/11/08(水) 08:18:59
知ってるか否かの前に
間違えてるよ、ソレ。
と、小さく肩を竦めると
「んん?」
間抜けな声を上げて、ヤツがきょとんとした表情を浮かべた。
「…それ、ハリネズミじゃねーって」
「え?え?」
溜息が出る。
「ヤマアラシだよ…」
「ええっ!ハリネズミじゃねーの?」
…夜中なんですが。
リアクションでけーよ。煩い。

「うん。ハリネズミじゃねーの…」
だから俺はごく静か小さく応える。眠い。
「ヤマアラシ?」
「…ヤマアラシ」
まだ疑わしそうな声に、厳かに言い返せば
ちぇ、なんて
ヤツは似合うような似合わないような、少し拗ねた顔をして
「おまえは何でも知ってんだなぁ」と、次の瞬間には笑顔。
なのに。

「そーでも無い…」
気恥ずかしくなって、さり気なく視線を逸らし目を閉じかけた俺に
「あぁ、そういやそーか。ふはははっ」
…おい。即答かよ。しかも笑うのかよ
安眠妨害、断固反対。

「…で?」
「へ?」
「何か…言いたかったんじゃ、ねぇの?
“ハリネズミの、ジレンマ”」
「あー…うん、いや…なんかで読んで、いい話だなーって思って、」
教えてやろうと思ったんだ。
「…イイ話?」
「うん」
ヤツは非常に素直に頷いたが、俺は眉を顰めた。

4128-819 ハリネズミのジレンマ/2:2006/11/08(水) 08:37:54
…いい話だったか?

ハリネズミ、もとい
ヤマアラシのジレンマ。

寒い夜、二匹のヤマアラシがいる。
くっついて暖め合えば凍えない。
けれど体を覆う硬い針のような毛が互いを傷つけるんで、体を寄せ合えない。
…っていうような話で。
求め合っても、一緒になれない、みたいな
悲しい、淋しい感じの話じゃなかったか?
いや、確か固い話だと哲学かなんか、自己の自立がナントカカントカで…

「違うんだよなー、それが」
「へ?」
アホみたいな声を出した俺の体を、グイと胸元に引き寄せたのは
目が覚めそうな、力強い腕。
「…たとえ、すぐにはうまく行かなくても、
二人なら見付けられるんだって」

…何を?
ヤツの優しい声と鼓動と体温を感じつつ、少しぼんやりした声になってしまったのがわかった。
…眠いせいだ。

「お互いを、じょうずに暖め合う方法を、だよ」
最初は傷付け合っても、傷付け合わないような方法を。
小さな傷が沢山出来ても、二人で探せば、必ず何か方法はあるんだよ。
それってスゲーことだろ?
イイ話だろ?なっ?
嬉しそうに。
幸せそうに、ヤツは笑う。
「………」
ハリネズミもヤマアラシも、ちゃんと見たことがないから
正直なところ、本当かどうかはわからない
やっぱり無理じゃないの?とも思う。
わかることは、こいつが底抜けに楽天家で明るいってことだけ。
だけど俺は、コイツのこういうところが。

「…わかったわかった…すごいすごい…だから、」
もう黙って目も口も閉じて
おとなしく抱き合って
幸せなハリネズミとヤマアラシの夢でも見ようや、と
俺はヤツの裸の背中に腕を回して、肌をぴたり合わせて、今度こそ目を閉じた。

こいつに逢うまでは
俺はハリネズミだった
こいつに逢わなかったら、
きっと凍え死んでいた。
…こいつに逢わなかったら

でも、こいつとなら
俺はハリネズミでもヤマアラシでも、
きっと、凍え死にしない。

4138-839ネズミ×ネコ:2006/11/11(土) 01:02:31
「おまえさぁ、いい歳こいてそのかぶりものやめてくれよ、
まったく恥ずかしいったらありゃしない」
久しぶりのデートで家族連れやカップルなどで賑わうこのテーマランドに来たはいいが、
すれ違う子供たちがあれ欲しーとばかりに振り向き指を指している。
だいたい俺はこういう人混みは苦手なのに、その上恥ずかしいこいつ連れじゃいたたまれない。
「なんでさ、デズニンランドと言えばこれでしょ!この耳がないと盛り上がらないじゃん」
「せめて土産にして家で被れよ。ほらまたガキが見てったじゃん」
「えっ?じゃあベッドで被ろうかなぁ。ネコに襲われるミッキ☆ってよくね?」
「……、…」

ベッドではいつも甘く激しく抱いてくれるのに、なんでこいつはその男らしさが昼もつづかないのか…。

「俺は逃げまどうミッキ☆。ネコの舌であそこもここもペロペロされて…。うは〜楽しくなってきた」
ロマンチックなホテルを予約してるのに
きっとロマンチックな夜は…。

惚れた弱味だ。
ミッキ☆を襲う腹空かせたネコに成りきってやろうじゃないか。
俺は舌なめずりしつつ夜を待つ。

4148-869 やさしいライオン:2006/11/14(火) 00:40:19
「……お前まで辞めるこたなかった」
「なに、潮時だったさ。あのオーナーの下じゃ、どのみち長くは働けなかった」
「俺はごめんもありがとうも言わないぞ。必要ないのに、勝手にかばったんだ、お前は」
舌打ちして、苛立ち紛れに壁をどんと叩く。
ベッドに腰掛けた男は、視線を軽く下げて、口元には微かに苦笑を浮かべている。
その穏やかな様子からは、さっきオーナーに激しく噛みついていた姿は想像できない。

まとめて首を切られた俺たちは、この店の寮となっているアパートの荷物を早々にまとめなければならなかった。
まあいい。これで、この狭い二人部屋ともお別れだ。奴との生活もここまでだ。
「……必要は、あったさ。お前が怒っていたものな」
焦燥にも似た苛立ちが募って、俺は突然泣き出しそうになった。
奴が味方してくれた時、一瞬嬉しさを感じた自分が嫌でしょうがなかった。

その哀しい穏やかな目で見られると、どうにも苦しいのだ。
俺なんか守らなくていい。たいしたものじゃないのだから、あのオーナーと同じようなモノなのだから。
その喉元にくらいつきたい。そうすれば、俺を喰い尽してくれるだろうか。
食い荒らして、骨なんて、その辺に捨ててくれて構わないのだ。

4158-879で、どうする?1/2:2006/11/15(水) 03:14:12
人生はまるで塵(ごみ)溜めだ。塵溜めに捨てられ、塵溜めに育ち、
塵溜めで反吐を吐きながらゴミのように暮らす。
自分を引き取った男は大したタマで、年端もいかぬ子供にマスクを
被らせ、見事リングの上でのかませ犬に仕立て上げた。刺青のごとく
痣は散り、血尿に悩まされ、日本に地下プロレスを持ち込んだ奴を
呪わぬ日はなかったが、今じゃ立派な覆面レスラー、身長百八十越えの
謎のマスクマンである。
泣いて膨れる腹はない。塵溜めで過した餓鬼なら皆知っている事だ、
闘わねば食っていけないのは分かっている。だが稼いだ賞金は全て
養父の懐へ納まるのだ、ならば自分は何のために闘うのだろう。
何のために人を傷付け、また自身も傷付かねばならないのだろう。

「と、いう訳なんですが」
「そこまで詳しく聞いてねえ。何で途中から身の上相談になってんだ」
俺が語っている間中、男は頬づえついて、渋面を崩さなかった。色白
の、思わずはっとするほど顔の整った男だ。
「そもそも、お前誰だよ」
「通りすがりの覆面レスラーです」
「バッキャロー、銀行強盗でもねえのに昼間日中を覆面でほっつき歩く
奴があるかよ」
紛らわしいトコ歩いてるから、仲間と間違えちまったじゃねえかと、
男はぶつくさ文句を言った。マスクで歩くと周りの人がビックリして
くれるので気に入っているのだが、先ほど裏路地を散歩している最中に
いきなりここへひっぱりこまれたのだ。訳も分からず付き合っていた
が、途中で男の本来の仲間から「盲腸で緊急入院」の報せが入らなけれ
ば、まだ勘違いされたままだったろう。
「とにかく」と男は冷たそうな拳銃を俺に突きつけた。
「お約束だが、『計画を知られたからにゃ、ただじゃおかねえ』。
で、どうする?」
玩具会社のロゴマークが悲しく拳銃に光っていた。

4168-879で、どうする?2/2:2006/11/15(水) 03:15:24
「目的は金じゃないんだ」と、男は言った。
「あの銀行には個人的な恨みがあンだよ。とりあえず侵入したら、
コイツを店の壁一杯に貼り付ける。そこらに同じ写真のビラも撒く」
でかでかと広げられた特殊紙製のポスターには肩を寄せ合い、いざ
ホテルへ赴かんとする男女が印刷されている。女の顔にはご丁寧に
モザイク入りだ。
「男の方は、元いた銀行の上司だ。信用商売、スキャンダルは御法度
だからな。ちなみに不倫だ。どうせ暴露するなら、最高の舞台を演出
してやろうと思ってね」最高のえげつなさだ。
「あんた、一体何をされたんです」質すと、男はひょいと首を竦め、
「そいつにゲイをバラされた」
オレもクビになったクチだよ、と寂しそうに笑った。塵溜めに生きる者
の鈍い光が、この男の目にも宿っていた。
「いいか。銀行強盗と覆面レスラーを間違えるくらいだ、元々根本的に
適性に問題があンだよ。最初から逃げ切れるとは思っちゃいない。
一応逃走経路には農道空港を利用できるよう手配はしたが」
そこまで辿りつけやしないだろうな、と息を吐く。これは復讐なのだ。
それでもついて来る気かと尋ねる男の手を、ぎゅっと握った。
これは裏街道マスクマンの最低で最高、最後の舞台。
と、思ったのだが。
ピーマンや胡瓜、トマトの箱がうず高く積まれ、カタカタ揺れている。
外では轟々たるエンジンの音。今や地上は千メートルの彼方に霞む。
どうしたことか俺達は大量の現金袋に埋もれて呼吸難になりながら、
「で、どうする?」
輸送機の底で途方に暮れつつ、二人で顔を見合わせていた。

「誰です、金目当てじゃないなんて言ったのは」
「うるせえ。店員のオッサンが早とちりしたのが悪い」
本来の目的は達した訳だし、と覆面を脱ぎ捨て、髪を風に晒した男は
上機嫌だ。適当に拝借したトラクターでガタゴト走る北の大地は、
あまりに雄大だった。
「まさか成功するとはなあ」
エゾタヌキもびっくりであろう。トラクターのあった場所には持ち主に
簡単な謝辞と、風呂敷に数百万ほどを包んで置いておいたが、出来れば
盗銭だと発覚するより先に速やかなる買い換えを望む。
「で、どうするんです、このお金」
「どうするったって」
男は一万円札の肖像部分をぐにぐにと三つ折りにし、偉人の目をにたり
と笑わせて遊んでいたが、
「オレはもっといいものを手に入れたよ」
俺からマスクを剥ぎ取ると、音を立てて、素早く頬にキスをした。
「うわ、ちょっと暴れないで、ハンドル狂っちゃいますよ」
風が吹き、大きく穴を開けてやった袋から幾枚もの紙幣が舞い躍る。
蛇行する轍の跡を尾を引くように流れ、やがて雁の群れのように、
大金がゆっくりと空に消えていく。縁があったらまた会いたいものだ。
「まあ、金を空にぶち撒けるのは銀行強盗のお約束だしな」
でも悪くない光景だろ、と去り行く紙吹雪を見送りながら、男は
ぐしゃぐしゃに俺の髪をかき乱した。
そうとも、悪くはない。男の細い指にじゃれつかれながら、
人生も悪くはないと、俺は思った。

4178-909 一番星:2006/11/16(木) 18:11:47
それが言い訳ではないなどと訴えたところで、一体誰が
信じるというのだろう?
彼も、自分自身ですらも。

今もなお、根限りと力の込められた指の強さを忘れられない。
「分かっています、あなたにとって今が一番大事な時期だと
いうことは。俺なんかに構っちゃいられないって事も。
けど、どうか忘れないで。あなたが大事。
あなたが大好きです。
いつだって、どんなあなたでも見つめていたいんだ」
それが、最後に会った彼の言葉。

「あ、いちばんぼしーい」
小さな指が紺色の天を差す。
ああ、そうだなと適当に相槌を打ちながら、買い物袋を
提げた方とは反対の手で、幼稚園鞄をカタカタいわせて今にも
駆け出しそうな手をしっかりと握る。それをブンブンと振りながら、
「いちばんぼしは、お父さんのほしー」
「おいおい、何だそりゃ。一番でっかいからか」
「ちがうの。ぼくらのこと、いつもいちばん見守っててくれるのが
お父さんだから、いちばんぼしはお父さんのほし。
ヒロくんと二人で、そう決めたの」
幼子はなおも星を指す。あなたの負担になりたくは
ないのだという、彼の微笑が不意に蘇る。あなたにとっての
一番が俺ではないという事くらい分かっていると、それでも、
だからあなたが好きなのだと迷いもなく言い切った男の笑みを。
「君は信じたのか、子供を盾にしたあの薄っぺらな言葉を」
その場凌ぎの苦しい言い訳にしか過ぎないと誰にも分かった
はずなのに、男は微笑んで身を引いた。
「ヒロくん、またあそんでくれるよね。やくそくしたもんねー」
ゆびきりしたもんねとはしゃぐ無邪気なその指は、強力なしるべの
ように、ただひとつの星を指し示していた。

4188-919 小さな死:2006/11/17(金) 02:10:17
 大きな体を震わせて、君が泣いている。
 太陽のように明るくて、何時だって元気な君。そんな君がこんなに泣くだなんて思っていなくて、俺は慰めることも出来ずに立ちすくんでいた。
 足元には小さな墓石。良く見なければ庭に落ちている単なる小石と思ってしまいそうなそれに、君の歪な字が並んでいる。
 君の目から溢れる涙が墓石と土を濡らして、まるで雨の跡のように大地が色付いた。
「笑うなら、笑えよ……」
 何も言えず立ちすくんでいた俺を、見る事無く君が言う。自嘲気味な色を含んだ沈んだ声は、押さえきれぬ涙を笑って欲しいといっているようだった。
 俺はゆるりと首を振って、静かに君の頭へと手を伸ばした。母親が子供を慰めるように、ゆっくりと撫でてやる。
 ごわりとした短い毛が掌にあたって、ほんのりくすぐったい。
「笑うもんか。大切だったんだろ」
「……格好悪いだろ、小鳥一匹死んで泣くなんて」
「死は死だ。悲しんで何が悪い」
 身近な死に泣けない奴の方が問題だ、と言ってやれば君はまた嗚咽を大きく響かせる。
 図体が大きくて、顔もどちらかと言えば厳つくて、涙なんて流しそうにも無い君。けれど俺は、君が心の優しい人だって良く知っている。
 ――君がどれだけあの子を好きだったかも、俺は良く知って居るのだから、笑う理由なんて何処にも無いのだ。
「胸、貸してやる。誰にも言わないから安心しろよ」
 ぐいと顔を引き寄せて、無理やりに俺の胸へと押し付ける。君は大きな体をくの字に曲げて、シャツにしがみ付きながら声を枯らしながら泣いた。
 鼓膜を擽る君の嗚咽が愛しい。口元に浮かびかけた微笑をぐっと飲み込んで、俺は優しく背を撫でた。
「……本当に、誰にも……言うなよ。約束、だぞ」
 泣きながら君が懸命に言葉を紡ぐ。安心させるように二度ほど頷いて、約束だと笑ってやる。
 
 ――誰が言うものか。君の優しい、可愛らしい部分は、俺だけが知っていればいい。

4198-859三人麻雀:2006/11/17(金) 02:37:34
同居している弟が風邪をひいた。
奴も子供ではないので、ひどくなるようなら病院に行くよう言い聞かせて朝は家を出た。
しかしまあ相当苦しそうだったから残業も繰越して看病のために定時で帰ってやれば、
弟は部屋の真ん中で、見知らぬ男二人と雀卓を囲んでいた。
「あ、お兄さん帰ってきた?あーどうもどうも、お疲れ様です」
「おじゃましています…。」
客人はよく見ると同じアパートの住人、東の角部屋大西さんと、一階のホスト君だった。
「兄ちゃんおかえり、はやかったんだ」
「…智、お前」
どういうつもりか問いつめようと肩を掴むと、思いがけず弟の体は朝よりずっと熱い。
「な…、お前、薬ちゃんと飲んだのか!?…病院は?」
智は何か言おうとして、顔を伏せて咳き込んでしまった。すると大西さんが、
「薬は昼過ぎに飲みました。病院には行けていないんですが」
「え、あ、はぁ、そうですか…」
心配そうな顔つきで弟の背中を擦りながら、しかし簡潔に俺に説明してくれた。
いや……何故あんたが答える?
「智君、はい…リンゴジュース。」
かと思えば限りなく金髪に近い茶髪のホスト君が、いつのまにか咳き込む弟の傍らに
ひざまづいて飲み物を差し出している。
え?何この状況。
「って、とにかく寝てなきゃダメだろ!?何麻雀なんかやってんだお前は!」
「……だって」
だるそうに呟いて弟は卓の上に両手をそろえるとその上に額を乗せ、
それから少しだけ顔をこちらに向けて言った。
「朝からずっと一人で寝てるの、寂しかったんだもん…」


「…!?い、今『きゅん』って音がしたよな、二カ所から!ラップ音か…!?」
「何言ってんの兄ちゃん」
「…ははは…お兄さん面白いなー」
「ゴホン…。」
いや、あんた達、何頬染めて顔そむけてる…。
「まあお兄さんも帰ってらした事だし、智君ももう眠ったほうがいいよな?
 俺達はそろそろおいとまさせてもらいますわ」
「あ…どうもなんか、弟がすっかりお世話になっちゃって」
ていうかあんた仕事は…大西さん。
「智君、何かあったら電話して。いつでもいいから…。」
…こいつ男だよ?貧乏学生だよ?ホスト君。
「うん、二人とも…今日は一緒にいてくれてありがとう。今度は四人で麻雀やろうね」
智の笑顔に見送られ、二人は名残惜しそうに各々の部屋に戻っていった。
その後弟を布団に寝かしつけて、俺は雀卓を片付けにかかった。
と、そこでふと恐ろしいものに目が留まった……やけに片寄りのある点棒。
「……なあ、何荘打ったんだ?」
「んー…さあ。昼くらいからずっとやってたし…」
布団の中から眠そうに答える弟の声に、俺は奴の悪行を確信した。
「レートは?」
「…………ぐーぐーぐー。」
「おいっっ!!」
「ぐーぐー……あ、そうだ兄ちゃん、明日は松坂牛ですき焼きにしようね、ぐー。」
「いったいあの二人からいくら巻き上げたんだぁぁぁぁ!!」

420 8-879 で、どうする?:2006/11/19(日) 21:07:22
「ま、待て。ちょっと待て!」
俺は近づいてくる唇を手で塞いだ。手の下でくぐもった声がなにかしらのことを呟く。
濡れ場に突入する寸前の所で止められ、いつもニコニコと気のいい親友は明らかに機嫌を損ねた顔をしている。
酒癖悪いなあ、コイツ。
口を塞ぐ俺の両手を無理矢理引き剥がし、フローリングに押しつけて頭の上で固定した。
じたばたあがくが、上から遠慮なく体重がかけられた手首の拘束を解けるはずもない。
標本にされる虫の気持ちがわかる気がすると言うのは言い過ぎかな。
「手が痛え」
「うるせえ。黙って押し倒されてろ」
いつもとは人が変わったような荒々しい手つきで制服のボタンを外す親友を刺激しないよう、やんわりと話しかける。
「なぁ、お前なんか溜まってんの?いや性欲以外で。相談乗ってやってもいいぞ」
ぐだぐだと言う俺の口を唇が塞いだ。
「ん…」
口内でビールと日本酒の香りが混ざり合う。飲みすぎたかもしれない。
大学の合格祝いぐらいは未成年飲酒も見逃されてしかるべきだ。
と言うつもりはないが、飲まずにはいられなかった。卒業後、俺は北の大地へ飛び立つ。
コイツの第一志望は俺の大学に程近い国立大だが、コイツの頭では到底ムリだと言われている。三年間の腐れ縁ともお別れってことだな。
口の中を動き回る舌に自分の舌を絡み付かせた。舌の裏を舐めあげ、前歯の裏に舌を這わせる。
三年間ずっと好きだった。
俺はれろれろと舌を絡ませるのに夢中になる。
「ッ…はぁ」
唇が離れた。
ディープなキスに体の力と思考を奪われ、ぼんやりとしていると、シャツの合わせ目から手が侵入してきて乳首を軽く摘んだ。
「んッ!」
思わず漏れた甘い声に、奴がニヤニヤしながら真っ赤に染まった俺の顔を覗き込んだ。
「お前、乳首が好きなんだな」
おっしゃる通り。誰に教え込まれた訳でもないが、俺は男なのに乳首を弄られるのに弱いんだ。
見て見ないふりしてくれればいいものを、ねちこくねちこく舐めたり噛んだりつねったり…。
俺が乳首責めが好きな変態なら、そんな俺が泣いて許しを乞うまで男の胸を弄り倒したコイツだって立派な変態だ。
「で、どうする?」
「……もっと触れよ…」
つまりは割れ鍋に閉じ蓋ってヤツだ。
「愛してるよ」
俺も勢いでクサイセリフ言っちゃうお前を愛してるよ。
で、これ酔いが覚めた後はどうする?
で、コイツがまかり間違って第一志望に合格しちゃったらどうする?
……どうしよっかね…。
国公立入試まであと○ヵ月。

4218-949 ジャイアニズム:2006/11/19(日) 22:04:00
「お前のものは俺のもの」
とか言って上に乗っかって咥え込んでくれるのは大変うれしいんですがね?
俺もお前のを触ったりとか、イタズラしたいわけですよ。

なのになんで
「俺のものは俺のもの」
って怒るわけですか?とろけそうな可愛い顔してるくせに。

自分で弄ってないで俺にも触らせろ。

抗議の言葉に返ってきたのは、キッツイ締め付け。
「だ〜め。今日は俺が王サマなの」なんて、すっげ色っぽい目をして言うな。

俺様の超我がままジャイアンに、うまうまと翻弄させてる自分が情けない。

4228-949 ジャイアニズム:2006/11/20(月) 00:11:29
分からないのか?
分からなかったよ。
気付かなかったのか?
気付かなかったとも。
君が名残惜しそうに語りかける。その声は弱弱しく、全てを悟り、諦め
きったように奥底に響くので、小心者は居た堪れなくなり、傲慢だった
君の昔の面影を、ついどこかに探してしまう。
そもそも君は、僕から分捕った本をまだ返してくれてはいないんだ。
あの時のゲームソフトはどこへやった。壊したプラモは壊れたままか。
君の前で、僕はてんで意気地の無い子供だった。粗暴で凶暴、恐怖
政治の暴君に、逆らえる奴などいなかった。君の素顔に、君の心に
近付ける者はいなかったのだ。少年時代は取り返せない。それは
きっと、かけがえのない時間だったに違いない。

僕の体をどうどうと、潮騒のように血液が巡る。繰り返されるその流れ
を支配するのは、中央付近に宿るこぶしほどの塊だ。どくりどくりと
収縮は絶えず、網の目よりもなお細かい、無数の血管を通じて無限に
エネルギーを送り出す。心臓は叫ぶ。血となれ、肉となれ、生命を
絶やすなと訴える。
その胸に手の平を押し当てて、かすかに残る君の声を聞く。日々新しく
生まれ変わる血液の中の、残滓のような君の声。永久に伝えられる
ことのなかったはずの秘められた君の思いが、僕の糧となり、体中を
駆け抜けていく。移植された心臓に提供者の記憶が宿るなどと信じる
者は笑われるだろう。それでも確かに、これは君の鼓動だ。僕の体に
取り込まれた瞬間に蘇った、君の最後の言葉。

君は結局僕の物は何でも自分の物にしてしまって、戻してはくれな
かった。僕の全てを奪い去ってしまおうという性分は、今でも変わりが
ないようだ。僕の中心は君によって支配された。君の音がそこで鳴り
響いている限り、僕は君のものだ。

4238-969 震える肩:2006/11/22(水) 02:34:29
沈黙は時として何よりも雄弁である。アルバイト先の上司、桂木は
正に沈黙を武器として備えた男だった。声を荒げて叱責するという
事が無い。
急須をはたき落として冷めた湯を被った時も、観葉樹の鉢に足の小指を
ぶつけてそこらじゅうを飛び跳ねた時も、間抜けなバイトの様子を冷や
やかに眺めて桂木は沈黙し、ただ肩を震わせては眉間に皺を寄せ、静か
な怒りに耐えているようだった。怒られる自覚のある者としては、それ
が怒号よりも堪える。最近では視線すら合わせてくれなくなった。
「そりゃ、軽蔑されてもおかしくないですよね」
昼の休憩時にまで近くの公園で泣きを入れる不甲斐なさである。
大学OBにして桂木とは同期に当たる三谷はモンシロチョウチョを眺める
のに夢中で話を聞いているのかどうかも分からなかったが、不意に立ち
上がり出店の方へノコノコ向かうと、たこ焼きパックを買って帰ってき
た。真っ先に自分が頬張り、残りを「急いで食え」と押し付けると、
携帯電話で「俺だ、今出られるか。なら近くの公園まで来い。
出店のある所だ」と素早く喋って一方的に切り上げた。
五分と立たぬ間に現れたのは桂木である。
自分の配下と三谷が親しげに歓談している風を見てやや不審がったよう
だったが、その不機嫌そうな桂木の方へ、
「上司に、昼のご機嫌を伺ってごらん」と三谷に頭を押しやられ、
さらには「笑え。にっこりとだ」とドスの効いた小声で命令されれば
逆らう術は無い。
「ど、どうも」もっと気の利いた受け答えは出来ないのかと暗澹とした
が、目の前の桂木の様子を見て顔色を変えた。上司はまたもや肩を
震わせ、怒りを抑えているではないか。
「三谷さん、ヒドイ」唆した張本人の方へと振り向いたが、その三谷は
桂木の伏せられた顔を覗き込み、やはりニタリ、と笑った。白い歯には
見事に先ほどのたこ焼きの青海苔がくっついていた。
ふと音を感じた。自転車の空気入れから漏れ出づるような、そんな
間抜けな音。唐突に桂木が膝から崩れ落ちた。ガクリとズボンに土を
つけ、口から息を洩らしながら這うようにしてベンチにしがみつく。
こちら側からは表情は見えない。震える肩、痙攣する背を呆気に取られ
て見守っていると、「怯えることは無い。笑っているだけだから」
ティッシュで歯を拭いながら三谷が説明を加えた。
「こいつは昔から笑い上戸でな、しかも絶対声を立てずに呼吸
困難になるような苦しい笑い方をする。
普段、肩を震わせているのは君が喜劇役者顔負けの才能で彼を
可笑しがらせるからだ。今こうしているのは、俺たちの歯に青海苔が
くっついているのが堪えきれないからであって」
最近君と目も合わせないというのは、君の右の鼻毛が出ているからだ。
そう言って三谷は片鼻を押さえ、フン、と息を吐いた。
どうして教えてくれなかったんですかと抗議すると、済まんと全く
悪びれない様子で謝った。教えない方が面白かっただろとでも言うに
違いない。この数日の自分の事を考えると、顔から火が出る
思いだった。早々に手入れをしなければならない。
もう行きますと挨拶してその場を立ち去った。桂木はまだ発作が
収まっていないようだった。一度だけ振り返ると、三谷が桂木の
耳元で「ふとんがふっとんだー」と囁いているのが見えた。息の通じ
合ったその仲の良さを少しだけ羨ましく思った、ある麗らかな
何でもない午後のこと。

4248-989(:2006/11/24(金) 02:30:39
学校長式辞も卒業証書授与も、送辞も答辞も校歌斉唱もとどこおりなく済んで、おれは式の間中眠っかたし、端のほうの席からは、退場する卒業生の中に先輩の姿を見つけることもできなかった。
まあそんなもんだろうな、と思う。
教室に戻れば、さっきまでの静粛な空気が嘘のように、もう普段どおりのにぎやかな教室だった。
3年の教室に花を届けに行く者もいれば、部活か何かで集まって3年に挨拶するとかで、みんな浮き足立っている。
居た堪れなくなって、おれは教室を抜け出した。
廊下にも校庭にも、胸に花を飾った3年や、彼らを取り囲む下級生があふれていた。
誰もいない図書室に、逃げるように入り込む。
窓からの光はあたたかく眩しく、遠くに聞こえる歓声や笑い声がやわらかく体を包んだ。
かなしい。さびしい。
本当はその感情に押しつぶされそうになっているのに、一人になっても泣けなかった。
それはどこかでほっとしているからだ。
これで終わりにできる。
やっと諦めることができる。
あの人を、解放することができる。
おれのわがままに巻き込んでしまった、あの人とはもう二度と会わない。
泣きたいのに泣けなくて、胸の中で何度もごめんなさいとつぶやいた。

4258-989(2/2):2006/11/24(金) 02:33:22
「あ、やっと見つけたし。」
ドアの開く音と、場違いなほど陽気で穏やかな声に、思わず振り返ると、さっきから何度も思い描いた優しい笑顔がそこにあった。
「探したぞばか。メールしても電話しても出ねぇし。」
「…部活のお別れ会に行くとか、言ってたじゃん。おれ関係ないし。」
足元を見ながら悪態をついたけれど、罪悪感とか嬉しさとかが綯い交ぜになって、声も体も震えていた。
胸に花を飾った先輩がじっとおれを見ている。
もう二度と会わないなんて思いながら、探しに来てくれるのを期待していた。
だからせめて、最後くらいはちゃんとお別れを言おう。
それなのに、声を出したら今更のように滲んだ涙がこぼれてしまいそうで、何も言えなかった。
「ほんとばかだね、お前。」
先輩のあたたかい手がおれの頭を撫でる。
「思う存分切り捨ててください、みたいな顔で告ってきたお前のこと構ってたのは、最初は確かに単なるヒマつぶしだったけど。」
その言葉に驚いて無意識に瞬きをして、しまった、と思ったときには涙が一粒右の頬を転がっていた。
「俺だってちゃんと、お前のこと見てて、それで好きになったってなんで信用しないかな。」
先輩の指先が、かすかに濡れた頬をたどる。
顔をまっすぐ見られなかったけれど、きっと先輩は困ったように微笑んでいる。
「俺はさよならとか言わない。もう単なるヒマつぶしじゃないんだ。」
とうとう溢れ出した涙を、指先を濡らして受け止めながら、先輩がおれの額に唇を寄せた。
「遊びに来いよ。大学の近く、すげえいいところでさ。でかい街だけど自然も結構残ってるし、景色がきれいなんだ。何より知ってるヤツ誰もいねぇし。そしたら誰にも気兼ねしないで会えるだろ?」
先輩の声が直に体に聞こえる。
頷くことも首を振ることもできなかったけれど、結局いつも、逃げられない、逃げる気もないのはおれのほうだ。
あやすように抱きしめる先輩の腕の中で、おれは先輩に聞こえないようにごめんなさい、と呟いた。






…いつも書き終わると0さんがいるトロい漏れ…orz
本スレ990姐さんGJ!

426990-991姉さんの続き妄想:2006/11/25(土) 05:23:39

俺の大好きだった、君へ。
俺たちが出逢ったことは、間違いじゃ無かったよな。
ありがとうって君に胸張って言えるように、俺は生きていくよ。


「もう、苦しいんだよ、おまえといるの。」

そう言って、俺の一番愛しい人は離れていった。
一緒に過ごした季節が走馬灯みたいに蘇る。
全てが鮮やかで、大好きだった。

でも、思い出にする気はない。

どのくらいの時間がかかるか分からないけれど。
俺は君の幸せを祈りながら、生きていこう。

君は真っ直ぐで優しい人だからすぐに素敵な人が現れる。
そのときは、もっともっと幸せになってください。
でももしも、その人より俺のほうが良かったら、覚悟してください。
俺はどんなことをしてでも、君を俺のものにして、今度こそ離しません。

4278-999ありがとうを伝えるために(0以外の萌え):2006/11/28(火) 18:07:33
「どうして帰ってきたんだよ」と中島様は声を震わせました。はて
どうして、どうしてこんなに早くばれてしまったのか、私にも分かり
ません。今の私は中島様より背も高く、波打つ髪の持ち主の、
一般的な青年であるはずです。かつての名残は跡形も無く消え
去ってしまっているのに、再会した瞬間に、中島様は私の正体を
見破ってしまわれました。

出自を述べさせていただきますと、私、元々は東京都は伊豆諸島に
連なる小さな無人島、鳥島(とりしま)を出身地といたします、
しがない海鳥にございます。
出会いを運命と申しますなら、それは今を去る事二ヶ月前、日差しの
眩いある五月晴れの日のことでありました。長々と翼を広げ、若鳥
特有の黒い背毛を陽光に照り返しながら、自由に空の散歩を楽しん
でおりましたところ、助っ人外人の打ち放った8号場外ホームランが
額に直撃し、私は脳天もくらくらと、駐車してあった中島様の自動車
めがけてきりきり舞しながら落下したのでございます。
ピンクのくちばしに愛車の天井をぶち破られたにも関らず、また少々
乱暴な言葉遣いをなさる方でありながら、中島様はたいそう親切な
御仁でありました。元来環境の調査と保全、また私のように迷い込んだ
者の保護をお仕事となさっておいでだったようで、そのような方に拾わ
れましたこと、誠に僥倖でございました。

私専用の餌入れを用意してくださいましたのも中島様です。海の水で
染めたような青いバケツ、可愛らしゅうございました。私専用のゲージ
も用意してくださいました。歩き回れるほど広い、贅沢なものでありま
した。中島様専用の寝袋も用意してくださいました。一時でも中島様の
お姿が見えなくなると私が鳴き騒ぐので、寝食を共にできるよう苦肉の
策としてご用意してくださったのですが、少々甘えすぎたかと反省して
おります。数多の夜を共に過していただきました。鳥の体温は人様
よりも8度ほど高うございます。初夏の夜明けは冷え込むもので、
お抱えになった私の体は、中島様に安らかなる眠りをもたらすに
十分であったでしょうか。たまに風切り羽で脇の下や鼻の穴を
くすぐったこと、まだお怒りですか。

六月も半ばを過ぎた、やはりよく晴れた日の事、それが生涯初めて
のドライブでございました。天井の穴をガムテープで塞いだ車の
助手席に私を乗せ、中島様はどこでお知りになったのか、火サスに
でも出てくるような、波濤(はとう)も砕く崖の上へとお連れください
ました。野生に戻れぬままテレビを見ながら煎餅をかじる、そんな
私の身を案じてくださったのでしょう。
荒い風を真っ向から浴び、私は細長い翼を迷うことなく広げ、海へ帰る
ために走り出しました。我々は羽ばたくのが苦手な鳥であるため、飛び
立つには助走を必要とします。崖から伸びる長い長い道がついに
途切れ、眼前に飛び込む深い青、一瞬の落下、そしてゆっくりと浮き
上がっていく体に、懐かしい風の力を感じ、幾度も幾度も旋回を
繰り返し、ひとつ円を描くごとに、さらに高く上昇していきました。
気が付くと中島様のお姿は既に点のようになっておりました。私の目の
捉えましたるところ、中島様は随分と長いこと、腕を振っていてくださ
いました。おそらく私の姿を洋上に確認なさる限り、その場を立ち去ら
れることはなかったでしょう。そういうお方でした。私は翼を傾け、鳥
島へと向かう勢いを強めました。それが我らの別れであったはずです。

けれど今、私は姿を変え、人の子として中島様の前に立っています。
「中島様に受けた御恩をお返ししたく、戻って参りました」
「テレビと煎餅の味が忘れられないだけじゃねえのか」
違いますとも!と私は大仰に叫び、中島様に飛びつきました。同じ
二本の腕、同じ体温、同じ言葉。ああ、またひとつ、私はあなたに感謝
の気持ちをお伝えしなければならない。助けてくれてありがとう。海へ
返してくれてありがとう。出会いを、人間の温かさを教えてくれて、
ありがとう。伝えるために、再び私は帰ってきたのだから。
この、アホウドリめ!そう、罵倒にならない罵倒をなさりながらも苦笑
なさる中島様の脇を、私は思わずくすぐり、特大の雷を落とされてしま
いました。

4289-59×綺麗なニューハーフ ○ごっついオネエ:2006/11/29(水) 22:24:11
高校時代の同級生に久米川という男がいて、俺はそいつとバンドを組んでいた。
ヴォーカルだったのだが、頭の出来と反比例に顔が良かったから女にモテて、
根拠もなく自信家で自己中、金持ちの坊な上考えるより先に手が出る単細胞。
空気が読めない(読む気もない)から友達らしい友達もいないくせに
本人はそんなことは全く気にしない。結局奴がずっとそんな調子だったために
徐々にメンバーの足並みも揃わなくなり、バンドは卒業前に自然消滅した。

正直俺は久米川のことを友達だと思ってなかったのだが、向こうは違ったらしく
卒業してからも突然連絡があったり毎年手書きの年賀状が来たりしていた。
その久米川から昨日、結婚式の招待状が届いた。

『おお、元気かよ!小平オマエ、どうよ最近!?』
「…どうよじゃねぇよ。招待状見たよ、おめでとう。けどこれ、お前な…
 日時しか書いてないんだけど。つーかお前の手書きだし。」
『あれ、まじで?ワリぃまた地図送るわ。まぁ知り合いの店なんだけどさ』
意外だった。てっきり金にあかせたド派手婚を想像していたので。
社会に出て数年、この歩く迷惑にも、少しは変化があったという事だろうか。
「そういえば奥さんの名前なんて読むんだ?“深夏”って」
『あはははっ、読っみにくいよなぁ!?…ミナツって言うんだけどさ!』
電話越しに照れているのが伝わってくる。…変われば変わるものだなぁ。
「かわいい名前だな」
『ははは、名前だけはなっ!つーか本名じゃねぇし、本名は裕司っつって』
「……?…は?」
『女なんだけどさ、心は。ただ戸籍は男ってやつ?いるだろ、ときどき。』
「ああ、え、うん、あー…うん?」
『まあ籍は入れられねぇからほんとに形だけだし、俺も家とは縁切ったから
 オマエらと今やってるバンドの奴らしか呼んでないし。気軽に来てよ?』
「ああ、…おう」

結婚式当日、久米川の隣で真っ白なウェディングドレスに身を包んでいたのは
俺達のなけなしの想像力を振り絞って思い描いたいわゆる「綺麗なニューハーフ」
…とは清々しいまでにかけ離れた、新郎よりひと回りほど体躯の頼もしい
いかにも頑健な…個性派美人だった。
しかし二人の照れくさそうな、嬉しそうな笑顔を見ていたら、
心から幸せになって欲しいという気持ちだけが、ただただ湧いて来た。

4299-109 けんだま:2006/12/03(日) 01:48:41
「あーだめだって、そこだけは。絶対だめ!!」

そもそも、ちょっとした好奇心だった。
あいつが絶対にそこだけは開けさせないから。
キツめのエロ本かAVでも入ってるのかと思ってた。
見つけてちょっとからかってやるつもりで、
あいつが目を離した隙にその引出しを開けた。


でも、中に入ってたのは古ぼけたけんだま。
それから、おもちゃのピストルとビッ●リマンシール。

「これって、もしかして…」
「……だから、おまえにだけは見られたくなかったんだよっっ!!」

そう、それはまだほんのガキだった俺があいつにあげたものばかりで。
こんなに大事にしてくれてるなんて、知らなかった。

「女々しいだろ、もらったものずっと大事にしまってるなんてさ。」

真っ赤になりながらそう言うおまえのことを俺は思わず抱きしめた。

「実は俺も、おまえがくれたサッカーボールもうボロボロだけど捨てずに置いてる。」

4309-89 てぶくろ:2006/12/03(日) 02:25:17
眼鏡はすぐ曇るし雨混じりの雪は降るし、だから冬は嫌いだ。
校舎の入り口で眼鏡を拭いていると後ろから背中を叩かれた。
「純、今日一緒帰ろうぜ!」
振り返ると勇太が立っている。
傘が目当てだなと思いながら僕は勇太との間に傘を差して歩き出した。

天気や授業の話をしながら帰り道を歩く。
言わないようにしているけれど、一緒にいると心が温かくなる気がして、やっぱり僕は勇太が好きだなと再認識する。

雨混じりの雪はすっかり雪なった。
冷たい手をさすって暖めていると、勇太が手袋を片方押し付けてきた。
「片方貸してやる。」
「いいよ、借りたら君が寒いだろう。」
手袋を返そうとするが勇太は受け取らない。
仕方なく手袋を右手にはめると、左手を掴まれて勇太のコートのポケットへ押し込まれた。
人のコートの中で手を握られて歩くのはなかなか歩きにくいな、と考えながら僕は勇太の手を握った。
「純の手はいつも冷たいな。」
「冷え性だからかな?君の手はいつも暖かいね。」
視線を合わすと、勇太は何か言いかけてから口を閉じてうつむき、僕の手を振り払った。
「……俺が子供だって言いたいのかよ、半年と十日しか誕生日違わないくせに!」
表情は見えないけれど赤くなった耳から察するに怒っているのだろう。
「そういう意味で言ったわけじゃないよ、ごめんね。」
そう言ったけれど、勇太は何も言わずに走って帰ってしまった。

最近の勇太は僕といると怒りっぽいし目を合わそうとしない。
もしかしたら僕は勇太に嫌われたのかもしれない。
右手の手袋をじっと見て、手を振り払った勇太を思い出した。
これ以上嫌われるよりは少し距離を置いた方がいいのかもしれない。
そう考えながら僕は家へ歩き始めた。



ある日の「俺」の日記

今日は純と一緒に下校した。
寒そうにしてるから純に俺のてぶくろを片方貸してやった。
純の手が冷たいって言ったら「君の手はいつも暖かいね。」って言われた。
「純と手をつないでたらあったかくなるんだ。」って言おうとしたけど、なんか恥ずかしい気がして言うのをやめた。
言うのをやめたらなんだかイライラしてきて純に八つ当たりをしてしまった。
明日、純に片方貸したままのてぶくろを返してもらうときに今日のことを謝ろう。

4319-119 dat落ち:2006/12/04(月) 00:26:31
神が先にみえたようなのでこちらに
──────────────────

「それじゃ!名無しにもどるよ」

そう書き込んだ君は、それを最後に本当に現れなくなった。
見慣れたトリップはもう使われないんだろう。


『ボロ原付で日本を一周するスレ』
そんなスレがたったのは、一ヶ月くらい前だったか。
「スペック 男 18歳 童貞 原付歴1年半 相棒もうpしとく」
お決まりの文句とともに書き込まれていたURLをクリックすると、
そこにはホントにボロとしか言いようがないカブが
どこか頼りない後姿の君とともに写真でうpされていた。
君は左手を細い腰に当てて、右手は人差し指を伸ばしたポーズで立っている。
その指先をたどると『名古屋駅』の文字が見えた。

細い体の君と、ボロボロのカブ。

「無理だってwwwwwもう止めとけwwww」
そう煽られる事もあった。
でも君は気にする様子も無く、旅を続けた。
そしてその様子をスレッドに書き込み、
時には美しい写真を、時にはちょっとバカな写真を、
うpしていった。

俺は毎日そのスレに通った。
君の書き込みがとても面白かったし、
何より、自分も旅に出ているような気分になれたから。
ともに笑い、ともに悩み、ともに迷い…
そう、まるで君と一緒に…

永遠に続くように思った旅路は、長くは続かなかった。
「この調子で行けば、明日には名古屋につくかもしれん」
その書き込みに、俺は胸を締め付けられた。
君との旅も、もう終わる。
「支えてくれたスレ住人達よ!アリガ㌧!
 駄目かと思った時もあったけど、
 もまえらが励ましてくれたり、助けてくれたからココまで来れた。
 皆!でら愛しとるよ!」
君の書き込みを読んだ瞬間、ブラウザが滲んで見えなくなった。
マウスを握る手が震えた。

俺…君と旅をしてる間に君を…

そんなキモイ事、書き込めるはず無かった。
立ち止まった俺に、君は気付くはずもない。
君は最後に名古屋駅の前でカブに跨り、
大きくガッツポーズした写真をうpすると、
旅の余韻に浸る間もなくスレから消えてしまった。

残された俺は、dat落ちと書かれたスレタイ一覧を見ながら、
目から汗を流してた。

「はは…俺きめぇ…超きめぇ……っ」

4329-139 慟哭:2006/12/05(火) 21:45:41
「どうして…どうして君がっ」
血塗れの俺を見てやっと理解したのか、奴が叫んだ。
回りには奴の仲間の死体が転がっている。
「…それが、俺の任務だからだ」
俺は奴を正面から見据えた。
こんな小さなレジスタンス組織に何ができるというのか。
国お抱えの暗殺者が紛れ込んでも気付かないような間抜けな組織に、何が。
「お前を殺して、任務完了だ」
深い海の色をした瞳が。悲しみと憎悪を湛えて、俺を見詰め返してきた。
「…君の事、大好きだったよ」
奴が口を開くのと同時に、右腕が一瞬ブレて。

血を流して地面に倒れたのは俺のほうだった。
…虫も殺せない奴だと思ってたんだが、とんだ検討違いだ。
頬に熱い雫がポタポタと落ちてくる。
バカ、自分でやったくせに泣いてんじゃねぇよ。

奴が叫んでいる名前が、俺ではなく俺が殺した誰かの名前だったのが

ひどく残念だった。

4339-139 慟哭:2006/12/05(火) 23:34:01
最低の人だった。
俺のことは、商品としてしか見ていなくて。
「どうしたらあなたがもっと輝くか」とか歯の浮くようなことを、毎日毎日考えて。
俺のために身を粉にして営業して、仕事をひとつでも多く取ってきて。
いい大学出ているのに、中卒の俺の言うなりになって、頭下げて。
俺が仕事が多いからと機嫌を悪くすれば、何時間でも俺のワガママにつきあって。
俺が寝ている間も、経費削減とか言って、衣装をアレンジするのに徹夜したりして。
ラジオの時間姿が見えないと思ったら、車の中で聴衆者のふりして応援メール送ったりして。
「売れないアイドル」だった俺を、「世界一のアイドル」にすると息巻いていた人だった。

「俺のどこが好き?」と聞くと「全部」と言うくせに、俺の仕事しか見ていなかった。
「俺を俺自身として見てよ」というワガママに、いつも困っていた。
俺のワガママで、彼女と別れさせた。俺しか傍にいなくなれば、俺のこともっと見てくれると
思ったから、一人暮らしさせた。無理やり体もつなげてみた。
でもそれら全て怒らなかった。拒否もしなかった。ただ困った顔をするだけだった。

そんな彼に耐えかねて、マネージャーを変えてもらったのが、俺の最後のワガママだった。
彼は嫌がって泣いたと聞いた。
最後に挨拶に来た時も、俺は耳をふさいで顔も見なかったから、彼が最後に俺に何を伝えた
のか、知らない。手紙も渡されたが、破って捨てた。

まさかその彼が、こんなあっけなくいなくなるなんて。

「脳溢血ですって。大家さんが部屋に入ったら、もう冷たくなっていたらしいわ。
 …あの病気、若い人もなるものなのね」
新しいマネージャーは、淡々と事実を俺に伝えた。
俺はその間、ただ自分が彼にやったことだけを、考え続けていた。
俺のことばかり考えていた人。彼の手を離したのは俺。
ひとつも本心を見せない人。その最後の抵抗として、傷つけたのは俺。
彼の気持ちばかり気にして、自分の気持ちを伝えなかった俺。
「…一人で逝っちゃうなんて、寂しいわね…。あんな良い人だったのに」
あんなに良い人だったのに。その言葉が、胸を鋭角にえぐった。
信用できないなんて、心底思ったわけじゃなく、ただ否定してほしかっただけで―――
ただ俺のことだけを考えて、愛してると言ってほしかっただけで。

『どうしたら、あなたに信じてもらえるんでしょう。こんなにあなたを愛しているのに』

いつか言われた、彼の困り顔とその声が頭に響いた。
俺は、喚いていた。そうしないと、もう耐えられなかったから。

4349-69 毛布に包まる:2006/12/06(水) 01:40:38
「適当に座っててくれ。」
「おー……。」
と言いつつ奴は辺りを見回している。
珍しいものなんか何も無いぞ。
「布団発見!突撃ー!」
俺の布団に寝転ぶな、子供かお前は。
ゴロゴロと転がっているリュウジを無視してお茶を用意する。
茶葉を急須に入れていると何度も俺を呼ぶ声がする。
茶を入れるのに集中したいのに何事だ。
「五月蝿いな、白湯飲ますぞ。」
「これすっっっっごく気持ちいい!なにこれ!」
何って、
「毛布だろ。」
リュウジは何が楽しいのか毛布に包まって笑いながら脚をバタバタさせている。
そうかと思うと急に体を起こしてシャツを脱ぎ始めた。
「なっ、何やってんだよ……。」
「これの感触をもっと味わおうと思って。」
相変わらず突拍子も無いことを思いつく奴だ。
「風邪ひくからやめろ。」
そう言っても「えー。」とか「お前も一緒にどうよ。」とか言うだけで止める気配が無い。
腕を動かしたり頬擦りしたりするたびに鎖骨や胸や背中が見えて目のやり場に困る。
「今日はDVD観るんじゃないのか?」
「観るよ、寝ながら観る。」
結局奴は借りてきたDVDを見ている間ずっと毛布と戯れていた。

――俺はもうあの毛布をただの毛布として見る事は出来ないだろう――

「か、買い換えようと思ってたところだし、そんなに気に入ったならその毛布お前にやるよ。」
「え……本当に?ありがとう!」
ちょっと困惑した顔の後、素直に喜ぶリュウジの純粋な笑顔に心が痛んだ。




見送りを断って、大きな袋を抱えて玄関を出る。
ドアが閉まったのを確認すると笑顔を崩す。
「……ばか。」
どこまで鈍感なのか分からない想い人からのプレゼントを抱えなおすと、リュウジは早速次の作戦を考え始めた。

4359-59 ×綺麗なニューハーフ ○ごっついオネエ:2006/12/06(水) 02:23:33
超遅ればせながら…でも萌えたので語る
カマ萌えでポイントになるのはギャップ。そして、ギャップを重ねていくことにより、様々な萌え方が見えてくるのだ!

1 まず基本のギャップ「男なのに女言葉」「ごっつい男なのに乙女」

2 明らかに男にしか見えないわけである。欲求を突き詰めて体を作り替えたわけではない。
そこには、「どうせ自分はあんな綺麗にはなれないし…」という羨望や、自分の男性性への諦めや葛藤、また誇りがあるかもしれない。

3 カマキャラってとかくギャグに使われがちだ。だが普段陽気なほど、シリアスが映えるというのはお約束。
かっこいい活躍に萌えてもいいし、
ひたすら笑いや倒錯を重ねることで到達するカタルシスだってある。

4 外からは世慣れているように見えても、内心で初恋の人など一人を想い続けているとかだと、もう、もうね。

5、オネエなのに攻め…というギャップを求めるとオネエ攻めに。

哀愁、倒錯、切なさがキーワードだ。
ただ、オネエにもいろいろあるが、特に完全乙女仕様の場合、
たまーに「中身が女ならやおいじゃなくね?」と悩んでしまうのが玉に傷。まあその辺は個々の判断で。

436年賀状を書きながら:2006/12/07(木) 01:45:46
明けましておめでとう。今年も・・・よろしく・・・か。」

なんとも短く愛想の無い文面を見つめるが、他の言葉が浮かばない。
何故ならこの手塚智弥と俺は、今まで3回程度しか話した事がない。
同じバンドが好きで、同じクラス、席が斜め前って事くらいしか近しい記憶はない。
話しかけるタイミングだって逃してばっか・・・8ヶ月で話した記憶が3回て・・・

「年賀状出しても、俺のこと知らないんじゃねぇか?」

最悪の予感がよぎる・・・っていうかあいつ、俺の名前知ってるのか?
俺なんて名前どころか顔すら思い出せない程度の存在なんじゃないかとも思う。

「あああああーーーー冬休み前にもっとアピっとけば良かったああああ・・・」

あのバンド、年明けにアルバム出すんだよな。
2月には武道館でライブもあるし、行けたらいいよなー・・・って、話題あんじゃん。
もう新学期まで会えないのに・・・ヘタレすぎだろ俺。

あーあ、うるせーな携帯のヤロー。チャラチャラ鳴ってんじゃねーよ!
イタズラメールだったら・・・・・殺す!!!!!!!!
イライラ最高潮の俺だったのに、見慣れないアドレスとやけに丁寧な文面を見て、指先が震えた。

「こんにちは、手塚智弥です。分かるかな?
青田から山本がRoseのファンって聞いて、色々話したくてメアド聞いたんだ。」

その後に延々続くバカ丁寧なメールを何度も何度も読み返して、忘れて机に向かった。
落ち着きたくて机に向かい、形式的な年賀状を書きながらも俺は。

あの心いっぱいのメールになんて返そうか・・・どうしても、そればかり考えてしまうのだ。

4379-219:2006/12/10(日) 14:39:36
書いてみたけどもう*0いってたのでこっちに

「お前さ、いい加減、諦めろよ」
「あー俺って運悪ぃー」
「誰が書いたんだろうな、あの罰ゲーム」
「俺」
「は?」
「俺が書いた。したらば自分でひいた」
「それは、ご愁傷様」
「まさか自分に回ってくるとは思わなかった」
「まあ、そういう運命だったんだよ」
「ああくそ。…しかも付き添いお前だし」
「俺だって嫌だよ。前説なんて。まあ、ひいたものは仕方ないからやるけど」
「俺の方が数倍恥ずかしいんだぞ」
「こうなったら、お前の一世一代の告白をしっかり見届けてやるよ」
「ううう」
「到着。寒いな」
「げ。なんでグラウンドにあんなにギャラリーできてんだよ。三年とかいるじゃん」
「山田たちが宣伝して回ったんじゃないの」
「あいつら〜。あとで覚えてろよ」
「ま、なんだかんだ言って逃げ出さないお前はかっこいいと思うよ」
「……なんだよ」
「あ、あのへん女子が固まってる」
「え」
「鈴木さんはいるのかな」
「……あ、いる」
「目がいいな。じゃ、前フリするから、呼ぶまでお前はそこで待機」
「やべえ、泣きそう」

「泣きたいのは俺の方だよ。俺の居ないところでやってくれればいいのに」

4389-219 可愛い!先生優しそうで萌え(ry:2006/12/10(日) 14:42:18
「それでね、それでね!」
「せんせい、あのねー」
「いまオレがはなしてんだよ!」
「オレはカンソウだからオレがはなしていいの」
「オレがはなしてたのに!」
「まあまあ、二人とも。落ち着いて、ね?」

先生にそう言われると黙らざるを得ない。
こんなに優しい先生を困らせるわけにはいかないのだ。

「お話はちゃんと順番に聞きますから」

にっこりと微笑まれればもうそれだけで頭がいっぱいだ。
ちらりと横を見れば同じことを考えているのか、奴の顔も赤い。
そしてぽつりと言葉をもらした。

「せんせいかわいー……」

なんだと!?
その可愛い笑顔はオレだけのもののハズだったのに!

「かわいいかなー?」
「かわいい! ちょーかわいい!」

まずい。非常にまずい。
オレそっちのけで話がはずんでる。

そんなの許さない。
なんとしてでもこっちを見てもらう。

「せんせい!」
「ああ、うん。お話の続きは?」

にっこりとこっちを向いた先生の『ひよこぐみ』と書かれたピンクのエプロンを
無理矢理ひっぱって頬に唇を寄せた。
硬直する先生。
隣からあがる叫び声。

ずるい、オレもと叫び出す子供たちの中で先生はまた笑顔になった。

439タンポポ:2006/12/11(月) 01:43:33
春になると幼稚園以来の友人がよく持ち出す話題がある。
幼稚園の頃オレがあいつを苛めて困らせた思い出話だ。
当時あいつはタンポポの綿毛を飛ばすのが大好きで、
綿毛になっているのを見つけては吹き飛ばしまくっていた。
あいつがあんまりタンポポに夢中だったから、まわりの子どもや先生も
あいつにタンポポの綿毛をあげたりしていた。
でもオレはそういう奴らの差し出すタンポポの綿毛を横から
ぷうぷうと吹き飛ばしまくった。
オレは結構そういう悪戯をする子どもだったけど、あの時は
徹底的に邪魔をした。
そうするうちにタンポポはどれも葉っぱだけになった。
「あれすごく嫌だったなあ」
「…ほい、どうぞ」
友人に綿毛のタンポポを差し出した。
友人は笑みを浮かべて受け取るとふうっと校庭に向かって吹いた。
友人にタンポポの綿毛を差し出すのが昨年以来の二人の遊びになった。
タンポポの綿毛を吹き飛ばす、いい年して子どものような友人の横顔を
見つめながら「あの頃は多分友達になりたかったんだよな」と思う。
でも今は、タンポポの綿毛を吹き飛ばすその口に触れてみたい。

4409-279 点と線:2006/12/14(木) 00:57:39
今、俺の斜め向かいで、ゼミの助教授が講義をしている。
左手で専門書を押さえ、右手の人差し指でテーブルの端を叩きながら、
小難しい顔で小難しいことを朗々と話している。

周りの奴らはそれに聞き入っていたり、ノートにペンを走らせていたりしている。
俺もノートを広げて講義に聞き入っている……振りをしている。
ノートには、講義の内容など一文字も書かれていない。

斜め向かいに視線をやって、俺は軽くため息をつく。

そりゃ、ね。
確かに俺は、周りにバレないようにしようと言いましたよ。

俺はいいとしても、向こうは社会的地位とかあるわけで。
大学で教鞭とってる人間が教え子と付き合ってるなんてバレたら、色々と問題があるし、
しかも、俺は男で相手も男なわけで、危険度は更に倍率ドン。

ところが向こうはそういうものに頓着がなかった。なさすぎた。
ゼミが終わった直後に「今日はどうする?」と聞いてこられたときは本気で眩暈がした。
本人曰く、「そうなったら、そうなったときに考えればいいだろう」とのことだったが。

「あんたはそれでいいのかもしれないけど、俺が良くない。
 あんたの講義が受けられなくなるのは嫌だ。平穏無事な学生生活が送りたい」

とか色々言って、頑固な相手にとりあえず一つ約束させた。
周りに大学関係者がいるときに恋人という立場からの呼びかけ・発言はしないこと。

とは言っても、今日の予定とか飯とかその他諸々、ちょっとした用事はお互いに出てくる。
大学にいる間、その手の用件にまで口を閉ざすのは難しいだろう。
そういう話に展開した。

俺は携帯のメールでやり取りすればいいと普通に考えてた。

だが甘かった。
俺が好きになってしまった相手は、何かが致命的にずれていた。



今、俺のノートには点と線が羅列されている。
小難しい顔で小難しいことを話している助教授の、人差し指。

(モールス信号案却下……さて、どうやって説得するかなぁ……)

4419-279 点と線:2006/12/14(木) 01:12:05
「俺は【線】だから」
そう言って誇らしげに奴は笑った。
邪気なんて微塵もないその笑顔に胸の奥がもやもやする。
「…お前、それでいいの?」
俺の言葉にきょとん、と奴は首を傾げる。意図が伝わらないことに少しイライラする。
「だって、吉田のやつ、最近お前放置で吉田と仲良いし…あとお前、酒井のこと、好きだったんだろ?なのに」
「嬉しいよ」
遮った声にも暗い影は見当たらない。
「ただの点同士で繋がりのなかった奴らが、俺っていう線で繋がって仲良くなって幸せになるんだぜ?」
それって凄いことじゃん、なんて、やっぱり笑顔で奴は言う。
…凄い事なわけあるか。
仲の良かった友達が自分経由で知り合った別の友人と自分より仲良くなる。
想い人が自分経由で知り合った別の誰かと付き合い始める。
…それが笑い事なわけがあるか。寂しくないわけがあるか。
そんな俺の苛立ちをよそに、笑顔を少し真剣に引き締めて奴は宣言する。
「ナオちゃんのことも、絶対幸せになれるヤツと繋ぐからな。っつーかそれが一番重要だし!」
任せとけ!なんて親指を立ててくるのが最高に癪に障る。
「はいはい、それはありがたい。出来る物ならやってみな」
「あ、バカにしやがったな?!こーなったら泣いて感謝したくなるくらい幸せにしてやる!」
見てやがれー!と握りこぶしを振り回す姿に眩暈がして大きく溜め息が出た。

何やら見当違いな使命に燃える【線】に、【点】たる俺の想いはいつか届くのだろうか。

4429-289 変態仮面氏リク「物凄い受けの俺」:2006/12/15(金) 16:31:11
「ありがとう、変態仮面! 今まで男同士で悩んでいたのが嘘みたいだ」
20歳前と思しき内気そうな青年が満面の笑顔でそう言った。
青年の前に立つのは奇妙な格好の男。
スレンダーな肢体に黒いズボンしかつけておらず、惜し気もなく晒された
胸板は白く滑らかだ。顔を覆う白い仮面が妖しい魅力を醸し出していた。
「悩めるゲイを救うのが我が使命! どんな激しいプレイもいとわない!
体に漲る『物凄い受けパワー』! その名は 変 態 仮 面 !!!」
ヒーローさながらにポーズを決め、男はそう言い放つ。
「何かあればまた呼んでくれ!ではさらばだ!」
男は不敵に微笑むと素早く身を翻し、闇の中に消えた。


「はぁ…疲れたー」
自宅に戻ると、俺は仮面を外してソファへぐったりと座り込んだ。
俺は瀬崎真・21歳。昼間は大学生、夜は素顔を隠し裏稼業に精を出している。
瀬崎家の男が代々受け継ぐ裏の仕事――それは悩めるゲイの手助けをする事だ。
俺が18になったその日、親父からコスチュームが渡された。
「お前も今日から『変態仮面』の一員だ」
それ以来、俺は親父や一族の男達と共に変態仮面をやっているという訳だ。
親父は「俺達は”性技の味方”だ」と陽気に笑うが、この仕事は酷く消耗する。
体が辛いのは俺が受け役専門だからなのだが、精神的にもかなりキツい。
助けを求める男性の中にはプレイそのものより、悩みを聞いて欲しい・或いは
これからの生き方について助言が欲しいという人も多く、その望みにとことん
つき合わなくてはならない。
どんな時も厳しく己を律し、心の均衡を保たないと到底できない仕事だ。
俺はテーブルに置かれた予定表の束を手に取る。
変態仮面への依頼を受け、仕事を割り振るのは瀬崎家の女の仕事だ。予定表の
一番上に貼られたメモには母の筆跡で、
「真へ。今月は依頼が多いけど体に気をつけて。ご飯ちゃんと食べなさいね」
と書いてあった。
小さな子供に聞かせるような言葉に苦笑しつつ、書類に目を通す。
「明日も忙しくなるな」
しかし俺は内心安堵していた。忙しさが心の迷いを忘れさせてくれるから。

『驚かないで聞いて欲しい。俺、瀬崎が好きだ』
『……! 大嶋、何言って――』
『ごめんな、こんな事言って。ずっと前から悩んでた。
友達としてずっと側に居る方が良いとも思った。だけど――』
『大嶋!』
『やっぱり友達じゃ駄目なんだ』

親友の真剣な表情を思い出してしまい、胸が苦しくなった。
(俺だって……でも……)
【誰にでも分け隔てなく体を与えよ。しかし決して心は与えてはならない】
これが俺達変態仮面の鉄則だった。
それは変態仮面だけが発する『物凄い受けパワー』を生み出す為の絶対条件だ。
心が乱れると”性技の味方”としての絶大な能力が失われてしまう。
「大嶋……ごめん……」
瀬崎家の一員として、使命を捨てて大嶋を選ぶことなど俺にはできなかった。


その時の真は、まさか思いつめた大嶋が「変態仮面ホットライン」に相談依頼
をして来るとは予想だにしていなかった。
そして偶然大嶋の担当になった真が、正体を隠す辛さや恋心を抑える苦しみを
味わうようになる事も。

何も知らない真は、どうすれば大嶋との関係を元に戻せるのか思案を巡らせて
いるのだった。

4439-299 屈辱:2006/12/16(土) 01:57:20
唇が離れ、二人を繋ぐ透明な糸が途切れる。
ほうっと吐いた息が妙に卑猥に聞こえて口元を押さえる。
「もっとしたい?」
その質問に少しだけ頷いて視線を合わせる。
「したいなら、「もう1回して。」って言って。」
「い……嫌だよ。」
そんな恥ずかしい台詞言えるわけが無い。
「嫌だから聞きたいんだよ。」
あいつはくすくす笑って俺の髪を梳く。
「それとも、もうしたくない?」
耳元で囁かれるくすぐったさに首をすくめる。
「……も、っかい、して。」
震える声に耐え切れずぎゅっと目をつむる。
あいつの顔が近づく気配を感じながら、今なら恥ずかしさで死ねるかもしれないと思った。


=========
何かエロい雰囲気のを書きたかったの。

4449-309変人でサイコな攻とついついチョッカイを出すツンデレ:2006/12/18(月) 02:25:47
俺の考えが甘かった。
……だって大学のオープンテラスだったし、
昼どきは過ぎたけど、外はいい天気でたくさん人もいたし。
二人きりになったりしなければ大丈夫だと、どこかでたかをくくっていた。

テーブルの上にはたった今勝負のついたままのチェス盤と、剥がされた俺の手袋。
奴は剥き出しになった俺の左手を、両手で弄んでいる。
「……さて。どうしようか……」
他人の大きな手で無造作にいじり回されるなんてことに、俺の左手は免疫がない。
幼少期の怪我のトラウマから左手だけはいつも手袋をして過保護に扱ってきたのだ。
こいつは、そのことを知ってから、異様に俺の左手に興味を示すようになった。
将来を嘱望される才能あふれる若き助教授、というのはあくまで研究面だけの話で、
学内では有名な変人、触らぬ神に祟りなしと敬遠される胡乱な男。
そのうえ、人の弱点を隙あらば慰み者にしようと付けねらう迷惑きわまりない奴。
……で、それなのに、
何だって俺はそんな男についついちょっかいを出してしまうんだろう。

突然、奴がアイスティーのグラスを倒した。
中身が溢れてテーブルを濡らし、奴は片手で氷を掴み取ると俺の左手に押し付けた。
「……っ!!や、め……っ」
「勝ったほうの言うことを、この場で、何でもきく約束だろ?」
俺の左手に氷を握り込ませて、奴の手がその上からぐりぐりと揉む。
普段から外気にも触れない敏感な肌への刺激に、息は上がり目には涙が浮かんだ。
「……それは、っ……だから、なんかおごるとか……んっ」
「ふーん……まあ、じゃあそれでもいいけど」
そう言うと、奴は俺の左手から氷を取り上げ、自分の口に放り込んで噛み砕いた。
氷の感触から解放されて、心から安堵のため息が漏れた。
しかし、俺はこの男に捕まってしまったということを、甘く考えていた。
この程度で満足するような男でないことは、……気付いていたはずなのに。

「じゃあ、何か食べさせてもらおうかな、この子に直接。」
「この子」と言いながら奴は俺の左手を指でつつく。
「……は?」
「そうだな、ナポリタン……がいいかな。」
「……はい?」
「すみません、ナポリタンひとつ。フォークはいらない。」
「かしこまりました」
その日、俺は公衆の面前で男にケチャップまみれの左手を舐め尽くされるという
人生最大の屈辱を味わわされるのだが、その後雪辱をはらそうとするたびに
返り討ちに合い、次第に取り返しのつかない深みに嵌ってしまう事は
知る由もなかった。

4459−390 ライナス症候群:2006/12/24(日) 22:34:44
阿鼻叫喚の地獄もかくや、逃げ惑いながら、絞められる寸前の雄鶏の
ように憐れな奇声を放つ友人を居間の隅に追い詰め、容赦なく襟首を
引っつかみ、その着物を剥いで、剥いで、剥いで、剥ぐ、私の様は正に
悪鬼、三途の川の奪衣婆の如くである。光のどけし埃の舞う中、頭を
抑えず尻を抑えて果敢に抵抗する友人の頭を素足で踏みつけ、漆の
色に黒光りする越中褌を掴んでぐいぐいと引きずり下ろし、奪い取った
布を首級の如く、高々と頭上に掲げた。垂れ下がった褌には斑の紋様が
点々と浮かび、得体の知れぬ異臭を澱のように纏うていたが、周囲の
大気を汚染する前に友人の紺木綿の着物で手早く包み、手でこねるよう
に玉にすると、長屋の戸口で仁王立ちし、逆光を浴びながら踏ん張って
いた大家のおかみに向けて一直線に投げ渡した。どっしりとした
鏡餅型のおかみは着物の玉を片脇に抱えると、何の符丁か知らないが、
ぐ、と左手の親指を私に向けて立ててみせ、それからピシャリと長屋の
障子戸を閉め、後は知らぬと立ち去った。

やあ一仕事終えた、と私は額の汗をついと拭うた。足元では白兎の如く
赤裸に剥かれ、寒々しく背を丸めた胎児のような格好で尻も隠さず、
友人がひいひいと震えている。この有様を見ては、彼がこの界隈にて並
ぶべく者の無い名医であることなど信じられはせぬだろう。友人には悪
癖がある。診療所を訪ぬる者、先ずは徒ならぬ気配に驚かされる。聞い
て正気を保てるものか、客すら寄せつけぬ瘴気の正体、それ即ち彼奴の
褌から漂う悪臭である。問えば最後に洗濯したのは八年前だと言う。
医師たる者、身を慎み、清潔に備える事は万全なれど、問題は下帯で
ある。この男、同じ褌を使い続けて離そうとせぬ。その様はやや常軌を
逸しており、まるで歯も生え揃わぬ幼子がかつての産着を、赤子の頃の
敷布を愛しがり、執着する様のようで、肌身に付けておかねば不安の
あまり、怯え、揺らぎ、前後不覚に陥る体たらく。一本の褌がまるで
彼奴の存在を支える命綱のようだ。これでは如何に名医と言えど、
嫁も、助手すらも寄りつかぬ。医師の恩恵を授かる一方で腐れた褌にも
悩まされ続けた長屋の住人一同一計を案じ、同じく友人の身空に不安を
覚えていた私共々、強硬手段に打って出たのだ。
今日は良き日だ、大安だ、今頃大家のおかみは晴天の下、もはや
褌やらくさややら分からぬ代物の洗濯に精を出していることだろう。

荒療治であったが、思いの他穏便に済んだ事に私は安堵した。
血を見ずには終わらないとの確信が外れ、うっかりと気を緩めたその
瞬間に、虚を突かれた。がばりと身を起こした友人の動きに情けなくも
遅れを取り、一転、柔の技にてあっという間に体勢を逆転させられる。
染みだらけの土壁に叩きつけられるより早く受身を取り、私はおかみを
追って裸のまま通りに飛び出そうとする友人の前に大手を広げて立ち
はだかった。観念しろ、と説くと、普段理性的な友人はこれ以上無いと
いう程顔をくしゃくしゃにし、だらだらと鼻水を垂らしながら、錯乱し
たか、貴様の褌をよこせ、と股間の虎の子を振り乱しながら私に
むしゃぶりついてきた。あれよと言う間に帯を解かれ、懐ははだけ、
袴が引き抜かれる。しゃくりあげながら胸板に鼻汁を擦りつけてくる
友人の短髪に、私は指を這わせた。そうして思い切って男の体を自分
の下に敷きこむと、深く、深く口づけ、私は自ずから褌を解いた。
友よ、時代の騒乱の中に父を亡くしたお前が、生きねばならぬと足掻
いていたのは知っている。寄る辺を求め、彷徨うた先に、肌に馴染んだ
あの褌に行き着いたこともだ。どこか稚気の抜けきらぬ友よ、しかし、
もはや身を守られる脆弱な子供でいる日々は過ぎたのだ。侍は城を
去り、私は刀を捨てた。変わらねばならぬのだ、お前も私も、
皆、我らは。
ふと我に帰ると、けばだらけの畳の上に素裸のまま大の字になって寝転
がっていた。紙障子を通して赤い陽が差し込み、何に使ったか、
ちぎって丸められた懐紙がそこら中を散らかしていた。友人は私の傍ら
にいた。やはり裸で、涙の跡が頬を横切り、指をちゅうちゅう
吸って、すんすんと鼻を啜っている。私は己の褌を取り上げて友人の
顔にあてがい、ちん、と洟をかんでやった。しみるなあ、と言って友人
は、さらに落涙した。

446499いかなくちゃ:2007/01/06(土) 02:01:09
リロったのにかぶったのでこちらにも一応。
スマソorz


ドアを開けて1歩踏み出し、直後戻ってきた。

「寒い」
「……学校行け」

寒いのは分かる。
今お前がドアを開けた瞬間一気に廊下が冷えたし。
路面も凍ってる見たいだし?

「転んだ事は黙っててやるからさっさと行けよ」
「嫌だ。こんな道歩いて行けるか」
「寒くても世の中動いてんだよ。可哀想な受験生はさっさと勉強しに行け」
「……家でもできる」

確かにこんなに寒い日くらいはと思うけれど
ここで甘やかす訳にはいかない。
今まで頑張ってる事を知ってるから。
後悔はしてほしくないし。

……それ以上にオレが困る。

「……バカ兄貴」
「バカで結構」
「なんで兄貴は休みなんだよ」
「大学生は休みが多いの。……お前も大学生になるんだろうが」

お前、オレのところに来るんだろ?

「なる。なってラブラブキャンパスライフ」
「……バカ」

本当にバカだ。
そんな事の為に頑張るなよ。
それが嬉しくて仕方がない自分はもっとバカだ。

「だったらさっさと行けよ」
「うん。行って来ます」



送り出した寒い世界。

暖かくなる頃は、
きっと一緒に。

4479-489冬のバーゲン:2007/01/06(土) 02:28:13
新年の挨拶でもしてやるかと訪れた古道具屋の店先には、
「冬のバーゲン開催中」と毛筆で書かれた半紙が貼られていた。

店に入ると、店主である男が俺に気づいて片手をあげた。
「おう、あけましておめでとう」
部屋着にどてらを羽織って椅子に座り、ストーブにあたっている。店の中に俺以外の客はいない。

「外のあれは何だ?書初めか?」と聞いたところ、
「見たまま。バーゲンを開催中」と、なぜか自慢げに言われてしまった。
なんでも、有名百貨店の初売りバーゲンの様子をテレビで見たそうだ。それで「ぴーんときた」らしい。

「すげーんだよ。福袋買うための行列ができてたりしてさ。お客さんが大勢押し寄せてんの」
「それで自分の店でもバーゲンやろうって?」
「そうそう。気合い入れて福袋も作った」

見ると、店の隅に風呂敷包みがいくつか並べてある。
そのうちの一つを解いてみたところ、古道具というかガラクタが満載だった。
俺はその中のいくつかに見覚えがある。

「……お前これ、処分するんじゃなかったのか」
去年の暮れ、あまりに物が溢れて店内が雑然とし過ぎていたため、俺が音頭をとって大掃除を決行した。
その際『処分箱』に放り込んだはずの、商品価値なしと判断されたもの。

「いざ捨てるとなると、可哀想でさあ」
物を大切にするのは良いことだと思うが、この男の場合は度が過ぎる。
そんなことを言いながら持ち込まれる古道具を見境なく買い取るから、店の『商品』は増える一方だ。
結果、店内は更に混沌とし、一部の客を除いて更に客足が遠のいていく。悪循環だ。

「だからこうしてバーゲンやってるんだって」
お気楽そうな笑みを浮かべる。
「捨てる前に売れるのが一番良いじゃん。俺は儲かるし、道具は使ってもらえるし」

「その肝心のバーゲンの成果はどうなんだ。客じゃなくて閑古鳥が押し寄せてるじゃないか」
「そんなことないぞ。昨日は上川さんに、あそこにあった硯箱をお買い上げ頂きました」
「あの人は常連だろ」
「市原さんが胡桃釦をがっぽり買ってくれたりとか」
「常連だろ」
「それから秀峰堂の旦那さんとか、ミラクルショップの秋さんとか」
「同業者だろ」
「あと鈴木のばあちゃんも来てくれた。あ、そうそう。ばあちゃんに餅貰ったんだよ、餅」

俺はため息をついて、福袋ならぬ福風呂敷包みを元に戻した。
おそらく『冬のバーゲン』期間が終わっても、この中身が処分されることはない。
今年もこの男は、ガラクタが大半を占めるこの店で、この調子でのほほんと笑っているのだろう。

そもそも、本気で客を呼び込みたい店主は、営業時間中に餅を焼くための金網を店内から探したりはしない。

「なあ、黒砂糖と黄粉と砂糖醤油、お前はどれにする?」

4489-509 日曜大工:2007/01/07(日) 01:26:43
ぎこぎこぎこぎこ
「…あれ??」
がんがんがんがん
「…あれ???」

時間経過に比例して徐々に増えていく疑問符。
だから止めておけと言ったんだ。
「材料は揃ってるんだから作ってみる!」なんて言っても、カレーと本棚とじゃ訳が違う、と。
おまけに設計図も無し。
あいつは頭の中に本棚を描き、それっぽいパーツの形に板を切り出し、それっぽく適当な釘を打って組み立てる。
『緻密な計算』『綿密な計画』なんて言葉はあいつの辞書にはきっと載っていない。だってバカだから。

「……〜〜!!!」

どすっ、と鈍い音がして、あいつが突然カナズチを放りだしてうずくまる。また指を叩いたらしい。
「…もう止めたら?」
「止めないっ!」
がばっ、と身を起こして作業続行。そしてやっぱり「あれ?」と首を傾げる。
心なしか先程より渋い顔。事態は深刻化しているらしい。
「…あーあ、やるコト大雑把すぎっから」
「るせー!何とかなる…や、何とかするんだよこれから!」
「強情っ張り」
「ほっとけ!」
拗ねたようにむくれて再びカナヅチを手にする。

さて、あいつが素直に「手伝って」と言ってくるのが先か、材料が木っ端みじんになるのが先か、それとも奇跡的に本棚が完成するか。

「…ま、どうでもいいけど」

無関心を装って呟いてきつつ、何となく『完成すればいいな』なんて思ってしまう。

本棚と言い張れなくもない不格好なシロモノをなんとか一人で組み上げて自慢げに笑うあいつの顔、実は物凄く見てみたかったりするのだ。

「…やべ、こっち切りすぎてる…」
「リタイア?」
「なっ!だ、誰がするかっ!こんなのは反対を切り落とせば…!」
ごまかすように作業を再開したあいつの背中に向けて、柄にもなく笑って「頑張れ」と小声で応援してみた。

4499-439「会社で年越し・上司と部下」1:2007/01/07(日) 06:28:32
 そろそろ、疲労がピークだ。キーボードを叩く手を止め、片瀬はいい加減休ませろと疲れを訴える目元を押さえた。
 大きく溜息を、一つ。そこから前方へと腕を伸ばし、伸びをする。途端、椅子がぎしりと悲鳴を上げた。人気のない室内にやけに大きく響き、片瀬は僅かに身を竦めた。普段は人がひしめくはずの場所に、一人きりという孤独感がそうさせるのか。暖房が効いているはずなのに、やけに薄ら寒い。
「あー、……疲れたっつーか、眠いっつーか、……早く帰りてェ……」
 思わず、情けない声が出る。流石に部下の前では零せないが、今は一人きりだ。多少の愚痴も許されるだろう。
 まったく何が悲しくて、この年末に居残って残業しなければならないのか。
 納期が近いのは分かっている。思ったように進行しなかったのも、事実だ。そして、独身である身で、上司。残業に問題のない身であることも、十分理解しているつもりではあるのだが。
 もうすぐ年が変わる時間に、一人で残業というのも、なかなか厳しい。
 さて、と気合いを入れ直して再びディスプレイに向き直る。どうにか、終わりそうな目処がついたから部下を帰したのだし、ここでいつまでもへこたれている訳にもいかない。
 不意に、近付いてくる足音が耳に届き、片瀬は緩く首を傾げた。自分の所の人間は、皆帰した筈だ。どこか、別の部署の人間が残っていたのだろうか。
 もう年も変わろうとしているのに物好きな。そう思いかけて、思わず口元に苦笑が浮かぶ。
 それは自分もか、と苦笑を深めた時、近付く足音が止まり、部屋の扉が開く。
「お疲れ様でーすっ。年越し蕎麦の出前に来ましたァ、……なぁんて言ってみたりして」
 底抜けに明るい声が響く。いつも通りの満面の笑顔で、コンビニ袋を嬉しそうに掲げる男の姿に、思わず力が抜ける。深く背もたれにもたれかかると、ぎしりとまた椅子が大きな悲鳴を上げた。
「さー、ほらほら、のびちゃいますよー。さっさと食いましょ。ね、ね?」
 先程帰したはずの部下、中村はにこにこと満面の笑みで、相変わらずのテンションだ。彼の持つ袋からは、生麺タイプの掛け蕎麦が二つ、既にお湯が注がれた状態で出てきて、ますます片瀬は力が抜けた。
 早く早くとせかす中村に、片瀬は大きく溜息を吐くと、勧められるままに蕎麦の器を取った。冷えた指先に、じわりと温く熱が伝わってくる。
 はい、と中村が割り箸を差し出してくる。素直にそれを受け取りながら、蓋を取った。ふわりと香る出汁の香りに、腹が減っていた事を思い出す。そういえば、前回の食事はずいぶんと前だったような。ゼリー食だったか、固形栄養食だったか。
 ぼんやりと、前の食事を思い返しつつ、蕎麦を啜る。……暖かい。
 なんだかんだで力の抜ける部下の中村だが、見ている所はしっかり見ているというか。ちゃんとした食事を取っていない所も見られていた、というか。こういう気遣いをしてくる辺りは、捨てたものではないと改めて思う。
 ふと、にこにことやけに嬉しそうに自分を見つめてくる中村の視線に気付き、片瀬は眉根を寄せた。
「……なんだよ」
「あー、いや、……うん」
 あんまり見つめられると落ち着かない。気になって問いかければ、やけに中村の歯切れが悪い。
 睨んで先を促せば、ぼそぼそと呟くように白状した。

4509-439「会社で年越し・上司と部下」2:2007/01/07(日) 06:29:13
「や、ほら、片瀬さん、美味いモン食ってる時、黙り込む癖があるから、美味かったのかなーって。や、それがなんか無性に嬉しかったっていうか、可愛かったっていうか」
 白状された言葉に、思わず片瀬は噎せた。
 そこまで観察されていたのか、とか、三十路手前の男に何言ってんだ、とか。色々問いつめたい事はあれど、噎せて噎せて言葉にならない。
 慌てて背を擦ってくれる中村の手を、恨めしく思いながらも、どうにか呼吸を立て直す。
「……バカ言ってないで、とっとと食え。んで、さっさと家に帰れ」
「えー。あともうちょっとなんでしょ?なら、二人でやって、ちゃっちゃっと終わらせちゃって、二人で帰りましょうよ」
 ねえ、と脳天気に笑う中村に、目眩がする。
「一人で帰る部屋は寒いんですよ、智之さん」
「……まだ仕事中だ」
 ぴしゃりとはねのけるように片瀬は返すが、耳が熱いのを自覚している。不意の名前呼びに、こんなにも動揺させられて、悔しいやら、恥ずかしいやら。きっと、頬も赤くなっているのだろうとは思うが、それを認めるのもどこか悔しい。
「一緒に帰りましょうね」
 先程の言葉に、改めて念を押すように中村は繰り返してくる。こうなってくると、ちゃんと答えるまで中村は粘るのだ。諦めたように片瀬は大きく息を吐き出した。
「……ああ」
「へへー」
 まるで子供のように素直に感情を表に出して、満面の笑みを浮かべる中村に、片瀬はどうしても勝てないのだ。
「あー、でも、これだけ頑張ってるんですから、明日は予定通り休みですよね?」
「……あァ、まあ、そうだろうな。……つーか、もう、今日、になるけど」
「あ、ホントだ」
 パソコンのディスプレイの時計が、0時を示す。ニューイヤーを祝う花火の音が、どこか遠くで響いた。
「あけまして、おめでとうございます。今年も、どうぞ宜しくお願いします」
「……宜しく」
 満面の笑顔で言う中村に、片瀬は妙な照れくささを覚えつつ、ぼそりと返して視線を逸らせた。
「……蕎麦、とっとと食って、仕事片付けて帰るぞ」
「はいッ。あ、片瀬さん、明日お休みなら、初詣してから帰りましょうよ。俺、どーしてもしたいお願い事があるんですよねー」
「初詣?」
 不意の言葉に、片瀬は眉根を寄せて首を傾げる。
 ええ、と力一杯中村は頷きを返して、ぐっと拳を握りしめる。
「今年も、来年も、そのまた来年も、そのずーっと先も。片瀬さんと、一緒にいられますように、って。こう見えても、俺すっげェ不安なんですよー?片瀬さん狙ってる女、多いんですから」
「……バカか」
思わず、呆れた溜息が出た。
「願い事は人に話すと、効果なくなるんだぞ」
 片瀬の言葉に、衝撃を受けた中村の表情が、へにゃりと泣きそうなものに変わる。その、あまりにも情けない表情に、思わず妙な仏心が沸いてきてしまう。片手を伸ばして、くしゃりと中村の髪を撫でた。
「それに、そんな心配なんか、すんな。……大丈夫だから」
「智之さぁんッ」
「だぁっ!そば!そば、こぼれるっての!」
 犬だったなら、きっと尻尾が振りちぎれているだろう。そんな勢いで、飛びついてきそうな中村を制しつつ、片瀬は残った蕎麦を片付けてしまおうと口元に器を運んだ。
 先程までの情けなさは、どこへやら。喜色満面で、中村も再び蕎麦に箸をつけている。
 翻弄されているのは自分ばかりかと、仄かに浮かんだ感情は悔しさだろうか。器から口を離し、ちらりと中村を見やる。
「初詣より、早く俺は家に帰りてぇんだけど」
 片瀬の言葉に、何でですかぁ、と口をとがらせる中村を見、わざとらしく視線を外す。ちらりと、再度照れくさそうに中村を見やり、
「……バカ、たまには、俺だって誘いたい気分になるんだよ」
 意趣返しのつもりで返した科白の効果は、いかほどか。程なくして意味を理解した中村が、真っ赤になって噎せ返るのと、してやったりとばかりに片瀬が会心の笑みを浮かべるのは、ほとんど同時だったという。

4519-509日曜大工:2007/01/07(日) 12:35:11
電動ドリル: 強気攻め。日曜大工道具の中でもお高いお坊ちゃま。
       これと決めると目標に向かって一直線。行動が早く、すぐ相手を落とす。
       彼に開けられない穴はない。

プラスドライバー: プラスネジだけを回す一途な男。プラスネジのことしか頭にない。
          しかし彼は知らない。
          マイナスドライバーが強引にプラスネジを回していることを…

ノコギリ: 見た目がトゲトゲしていて「うかつに触ると怪我をする」と恐れられているが、
      本人は寡黙で地道にコツコツ鋸引く真面目な男。引いては押し、引いては押し。

トンカチ: 彼の一撃は重い。が、本人はそれほど激しくしている自覚がないのが難点。
      鉄製である釘は、彼のせいで一本気な生き方を曲げざるを得なくなってしまった。

紙やすり: 裏表のある性格。
      相手を彼の思うように変えてしまうが、その行動はさりげないため
      当の本人は自分が変わったことに気づかないという。

木工用ボンド: 某諜報員と同じ名前を持つが、気弱。想いが成就するまで時間がかかってしまうタイプ。
        過去、『木工用』の意味がわかっていない小学生に紙をくっつけるために勝手に使われ
        「ボンドくっつかねー使えねー」と言われたことが未だトラウマ。

木: 電動ドリルに穴を開けられ、ネジや釘を押し込まれ、ノコギリには刃を入れられ
   紙やすりには撫で回され、木工用ボンドにもくっつかれる、総受け体質。
   しかし本人は前向きに、立派になることを夢見ている。彼の明日は犬小屋か、本棚か、台風対策か。

4529-509日曜大工:2007/01/07(日) 20:50:53
降り止む気配は一向に無く、どうやら長雨になりそうだった。
軒の下ではおっさんが紫煙をくゆらす。今にも無精ヒゲに燃え移り
そうな赤い火は、そぼ降る雨の狭間にちろちろと揺れ、昼なお薄暗い
庭先に頼りない灯りを燈している。
煙草の量、増えたんじゃないかな。ぼんやりとあてどのないおっさん
の顔を気にしながら、俺は濡れそぼった前髪から飛沫を散らして金槌を
振り上げ、ガンゲンと不揃いな音を立てて板に釘を打ち付けた。

三ヶ月前、勤めていた警察庁を辞し、おっさんは警察官ではなく
なった。ちょうどその日、署を去り行く長い長いその廊下で、俺は
おっさんに体当たり気味の愛の告白をした。以前に起きた事件で知り
合い、関り合いになった頃から既におっさんは疲れ切った気怠げな目を
していたが、この時もやはり、俺は邪険に追っ払われかけていた。同僚
にも、職場にも愛想を尽かし果てていた時期だ、変な民間人に構う気力
すら残っていなかったのも無理は無い。が、俺も必死だった。今まさに
二度とくぐることの無いであろう出口に向かわんとするおっさんの道を
塞ぎ、脚に喰いつかんばかりの勢いで土下座して、
「犬、犬でいいから!俺を、あんたの犬にしてください!」
と、とんでもないことを口走ったのだ。俺を見下ろすおっさんの目は
一瞬にして凍りついた。思うに、長年「犬」と陰口を叩かれ蔑まれる
ような奉職を続けていたおっさんに、俺は致命的な間違いをしでかした
のだろう。否、そうでなくても嫌悪されて仕方の無いほど見事な
マゾっぷりを披露してしまったのだが、ともかく、そうして俺の立場は
決定した。「犬なら犬らしくしてろ」とおっさんは吐き捨て、その後ろ
をニョロニョロと、俺は這うようにしてついていった。

要するに、犬らしくすれば側に居てもいいという事だ。俺はそう解釈
し、その日から涙ぐましく奮闘し始めた。おっさんは俺が家の中に入る
事を許してはくれなかった。そのくせ自分は室内に閉じこもって散歩
にも出ようとしない。そんなだからヒゲは伸びるし、俺の犬小屋計画
にも気付くのが遅れたのだ。おっさんが引きこもっている間に、
おっさんの両親が遺したという六坪程度の裏庭には着々と資材が運び込
まれた。と言っても大した量はない、目指すのは大人一人が悠々と寝そ
べることの出来る犬小屋だ。天岩戸のごとくピシャリと閉めきられた
ガラス戸を尻目に、俺は設計図を広げた。板を揃え、ノギスを走らせ、
墨で線引き、鋸を振るった。帰る時には掃除もしておいた。恋に燃える
犬だからといっても、一朝一夕には完成させ難い。自分の職務もあった
し、何しろ自宅の建造なんて初めての事だった。そう、これが落成した
暁には、俺は一家一城の主となる。俺はおっさんの犬となって、
側近くに控えているのだ。属していた組織を離れ、独りぼっちになった
おっさんと、いつでも一緒に居られるようになる。犬はいつだって最良
の友だから、寂しい思いをさせはしない。不器用なりに完成を急ぎ、
仕事の日々を縫っては金槌を響かせる、俺の作業をおっさんが見守る
ようになったのはいつからだったか。咥え煙草の頬はこけてはいた
が、鋭い眼差しを意識せずにはいられなかった。
どこか遠くで鳴っていたはずの雷を、ふと耳元に感じる。悪天候の中で
つい没頭しすぎていたか。おっさんがすぐ側にいた。軒下でいつも暗い
目をしていたおっさんが、雨水に身を打たせ、金槌を振りかぶった俺の
腕をとどめるようにして掴み、俺の側に立っていた。
「もういい」久しぶりに聞いた声には、かつての棘はなく、
「もういいから、風邪をひく前に家に入ろう」「お、おっさん」
「犬は雷を怖がるものだから、家に入れてやる。それだけだからな」
おっさんは無愛想に、俺の合羽を剥いだ。
「お、おっさん、おっさん!」
玄関の扉からもれる暖かな光に眩みそうになり、俺は寒気と動揺と
嬉しさとでガタガタ震え、おっさんに縋った。おっさんは顔をしかめ、
「俺の犬なら、飼い主の名前ぐらい覚えるんだな」
そう言って、扉は閉められた。
なあおっさん、俺は室内犬になれるんだろうか。

4539-529男ばかり四兄弟の長兄×姉ばかり四姉弟の末弟:2007/01/09(火) 01:31:05
「駄目だ」
掴んだ腕は、簡単に振り払われてしまう。
「お前には背負っているものがあるだろう」

それでも僕は追いすがる。
離すものかと、両の手で彼の右腕を掴む。
「背負っているのは総一郎さんだって同じことだ。僕も一緒に」
「それは出来ない」
「どうして」
「お前がいなくなったら、家督は誰が継ぐ」
「元々僕には家を継ぐなんて無理です。知っているでしょう、僕は絵描きになりたいんだ」
「……」
「それに、才覚だったら夏子姉さんの方がずっと」
「篠塚の家に、男子はお前だけだ」

突き放すように言われた言葉に、僕は言い返すことができない。
――嫌だ。
彼に会えなくなるのは嫌だ。
彼が僕の前から姿を消すなんて、耐えられない。

「黙っていますから」
気がつけば、自分でも惨めだと思うほど、彼に縋り付いていた。
「今度の席で初めて顔を合わせた振りをしますから。心の奥底に沈めます。
 ……いえ、本当に忘れて貰って構わない。だからどうか」
「無かったことにしたいのか?」
その言葉に呼吸が止まる。
「俺には出来ない」
そう言って、彼は僅かに視線を落とした。

「……もしも」
声はひどく震えていた。
「もしも僕が、春江姉さんの弟でなかったから」
「同じことだ。俺があのひとを裏切っていたことに変わりはない」

一番上の姉を思い出す。綺麗で優しくて気丈な姉。
姉があんな風に泣いているのを見るのは初めてだった。
――姉を、傷つけたかったわけではない。

「無かったことにはできない。だが、あのひとをこれ以上裏切ることもできない」
確りとした、迷いの無い口調だった。
「うちにはまだ三人いる。俺が消えても、なんとでもなる」

彼は左手でゆっくりと、僕の両手を引き離していく。
空気の冷たさに、指の感覚はなくなっていた。

「しかし騒ぎにはなるだろう。両家に泥を塗った、そのけじめはつける」
「総一郎さん」

初めて出会ったとき、僕が彼を綿貫総一郎だと知っていたら。
抱き合うよりも前に、彼が僕を篠塚冬樹だと気づいていたら。

否、あの晩、僕が自ら打ち明けさえしなければ。
こんなことには、ならなかったのだろうか。

「さようなら」

彼の手は、暖かかった。

4549-579かごめかごめ:2007/01/11(木) 21:18:34
「かごのなかのとり、とは腹の中の赤ちゃんのこと。夜明けの晩に滑って流産したって比喩だ。
しかし一説には息子を溺愛する姑に背中を押されたって説もある。いずれにしろ悲しい唄なんだ。軽々しく口にすんな」
まーた始まった。
『日本の民話童謡研究会』なるサークルの一員である彼は、何かにつけ俺の話の腰を折る。
「じゃいいよ。明日ははないちもんめで遊ぶから」
「花一匁とは花=子供、匁=金銭単位。つまり口減らしのための人身売買の唄だ。
あの子が欲しい、この子が欲しいと売られていった子供の気持ちを考えた事あるのか」
「…。」
そんな唄なんかよ。
「あっえっとさ、今日さ、初めて絵本読ませてもらったんだ。純真無垢な瞳に見つめられてドキドキしたよー」
「何読んでやったんだ?」
「ピーターパン!ちょっとトチッちゃったけどどうにかうまく、」
「ピーターパンなんて野蛮な話を聞かせるな。あれはなピーターパンが成長した子を殺してるから子供の仲間しかいないんだ」
「…、じゃ明日は狼と七匹の子やぎにする」
「子やぎちゃんもダメだ。あの話は中世の西欧の森に住む犯罪者と犠牲になった子供や人間狼裁判など、事実から作られてるんだ。
腹を裂かれ石を詰められる刑も実在した。そんな背景を知ってお前は笑顔で語れるのか?」
「ダァー、もうウザイ!ウザイ!黙って聞いてりゃいい気になって。
だいたいお前日本民話研究してんだろ。いちいち文句つけるな」
「日本の民話を知るにはまず外国の民話や童話も知らねば深く洞察できない。
文句言ってるわけじゃない。真実を教えてやっただけだろう」
「真実がどうあれ現代の解釈じゃファンタジーなんだよ!ファンタジー!かごめもはないちも楽しい遊び唄!
俺はただ憧れの保育士になるための初めての実習での出来事を、お前に聞いてもらいたかっただけなんだよ。
頑張れよとか良かったなとか、言って欲しかったんだよ。 誰が講釈垂れろって言った。」
頭に血が昇り一気にまくしたてた。
隣りにいたくなくて、流しに向かい黙々と洗いものをする。
誰がお前の皿なんか洗ってやるか。
怒り心頭でブツブツ言っていると、いきなり後ろから抱きすくめられた。
「うしろの正面だぁ〜れだ」
アホか、お前しかいねえだろがよ。
おいこら、首筋キスすんな。
あぁウゼぇー。
ついお前の皿も洗っちまったじゃないか。

明日はやっぱり、かごめかごめで遊ぼう。

4559-599センター試験:2007/01/12(金) 23:27:03
「センター試験直前とはいえ、根詰めすぎじゃない?」
「んなことねーよ」
「たまには息抜きした方がイイと思うんだけど」
「私大の推薦決まってるお前に言われたくないね」
「でも、クリスマスも大晦日もお正月も」
「ウルサイ。邪魔するなら帰れ」

「やほー」
「よう。昨日は本当にあのまま帰るとは思わなかったぞ」
「あは。実はさ、これ」
「お守り?…北野天満…お前京都まで行ってきたのか!?」
「ウン」
「…暇人」
「愛が深いって言ってよ」
「ん。まぁ…ありがとう。もらっておくよ」
「それじゃ、体調崩さないようにしてよ。じゃ」
「ちょいまち」
「ん?何?手?繋ぐの?」
「ん」
「え…そりゃ、願ったりだけど、どういう風の吹き回し?珍しい」
「菅原道真よりお前の方が御利益あるだろ。俺の右手にパワー送れ、学年主席」
「君だって次席じゃん…」
「うっさいな!お前が良いんだよ言わせるな!」
「……じゃ、じゃあ、もっとこう俺のエネルギーを送り込むようなそういう行為の方が効き目無いかな…?」
「なっ!?赤い顔して何言い出すんだよこのバカ!?」
「いいじゃんちゅーくらいー」
「…え?あ、…うっさい何がちゅーだこのバカ!!!」

この日だけは試験勉強休んで主席君と一緒に息抜きをした次席君でした。
試験前こそリラックス!

4569-629年下の先輩:2007/01/16(火) 22:29:36
昨今の囲碁ブームに踊らされて、初級者教室の門を華麗にくぐったのが
半年前だ。仕事帰りに一端緩めたネクタイを、鉢巻代わりに、も一度
きりりと締め直すのが毎週水曜夜七時。パチリパチリといい音響かせ、
「音は良くなりましたね」と無理のある褒め方をしてもらったのが、
ついこの間の水曜日。たまにはサロンの方にも顔を出して、へぼ碁の
相手を探そうかなあと同じビルの階段を一つ昇ったところ、人の影、
聞き覚えのある話し声、震える言葉、駆け降りてくる、駆け抜けていく
見慣れた学生服の見知った少年の背に不穏なものを感じ、踊り場を
見上げると、いつも馴染んだ羽織姿の、温かな笑みを崩したことのない
指導の先生のその瞳、縁なし眼鏡の奥の底、青ざめた表情に反射的に
きびすを返し、何があったのか、とにかくさっきの高校生の姿を求めて
追っかけっこを始めたのが五秒前、日曜日の午後のことで、こうなる
ことならもう少し考えて服を選ぶべきだったと後悔しながら、俺は背広
の裾を翻した。
あの年頃であれば自分はもっとあほ面を晒し、悪くすれば鼻水すら垂ら
していたかもしれないというのに、最初に対面した時から彼の態度は
しれっとしていて、この子は一月前から通い始めたんですよとの紹介を
受け、「じゃあ俺の方が先輩だね」などと目を細めて言ってのけたもの
だ。お互い初級者という立場は違わないが、高校生のあの子が対局に
負けて悔しがる姿というものをおよそ目にしたことがない。
老若男女、十に満たない生徒数の、様々な人々が集まる中で、大体に
おいて静かに笑み、勝負の最中、首を捻って頭を絞るうちにのぼせて
しまう俺の前では一層楽しそうな顔を見せ、必要もないだろうに横に
ついては助言を与える、プロ棋士である先生の前では、何やら
はにかみ、ひたすらに俯いているので、面白がって覗き込めば、白い
碁石の吹雪のような激しさで猛撃される、その表面上だけは平然とした
顔、生意気な顔、得意げな顔、黙考する顔、思い起こされるのは捻くれ
た根性と、それですら覆いきれない、年相応の無邪気さが入り混じった
何とも不思議な表情だ。
大人げの無さでは渡り合えるものの、革靴の音もバタバタと、次第に
顎を上げてひいひい言い始めた日本のおっさんに哀愁を感じたのか、
風を裂くように我武者羅に走っていた若人は後ろの様子を気遣い、
やがて立ち止まり、茜差す川面の道端でぜいぜいと肩を上下させて
いる俺の側にゆっくりと戻ってきて、静かに声を掛けた。
「イトウさん、俺、ふられちゃったよ」
「だ、誰に」
「知ってそうだから、わざわざ教えない」
「俺は相手の一手先どころか自分の手すら読めないへぼ碁の打ち
手なんだぞ。人の気持ちなんか分かるか」
だろうね、とあっさり肯定し、
「俺、気持ち悪いって思われたかなあ」
少年がポツリと呟くので、そいつは君に告白されたぐらいで気持ち悪い
と考える奴なのか、違う、違うだろうと熱弁をふるえば、やっぱり
さっきの見てたんじゃないか、と文句を言われた。
「だからって、まさか、もう教室に顔を出さない気じゃないだろうな」
ふいと背けられた顔に、俺は焦れた。焦れて、怒鳴った。
「それは困るぞ!俺は君に勝った試しがないんだから、せめて、
せめて一勝できるまでは、君に居てもらわなきゃだめだ!」
これだから、冷静さを忘れてはいけませんと毎度同じ説教をもらうこと
になるのだ。
「イトウさん、それじゃ俺、あの教室に一生通うことになっちゃうよ」
襟元の金ボタンがきらりと光を反射し、俯いていた少年は笑い顔を
見せた。八の字に下げられた眉の、涙を堪えた笑顔というのはこれまで
に見たことがなく、やはり不思議な表情をすると、俺は思った。

4579-669色鉛筆:2007/01/19(金) 01:59:19
「おい、何とろとろしてんだよ。置いてくぞ」
「待ってよぉ。みんな慌てて走ってくから僕にぶつかっていくんだもん。転んじゃうんだもん」
「だぁーからおまえと遊びに行くのヤダったんだよ。トロいし鈍いし運動神経ないし」
「それ全部同じじゃん。そんなに怒らなくてもいいでしょ。」
「だいたいなぁ、おまえは八方美人なんだよ。言い寄ってくるやつみんなにイイ顔してよ、
ちったぁ自己主張ってもんしろ。あぁまったくイライラする」
「酷い。そんな顔真っ赤にして怒らないでよ。激情型なんだから」
「煩せぇ!顔が赤いのは生まれつきだ。悪いか。嫌なら一緒に遊ぼうなんて誘うな」
「だって、いつもみんなの中心で人気者の君に、なかなか声かけられなかったんだもん。
昨日、マリコちゃんが初めて隣同士にしてくれて…嬉しかったんだ。
せっかく…勇気出して、、誘ったのに、怒らなくても…」
「おまっ、な、なに泣いてんだよ。俺がいじめたみたいじゃんか。わかったから涙拭けよ」
「もう怒ってない?」
「あぁ、怒ってねぇよ。」
「ほんと?」
「あー、しつこい!怒ってねぇっつってんだろ。だからよぉ、おまえがとろとろしてっと、
ゴロゴロぶつかってきた奴らの色がつくから嫌なんだよ。」
「僕に色ついちゃ嫌なの?」
「そう!嫌だっつってんの!おまえは他人の色に染まりやすいんだから」
「ねね、さっきより顔真っ赤だよ」
「煩せぇー!ほっとけ!夜が空けるぞ。ダッシュだぜ、白」
「待ってよー、赤君!」



『ママぁー、マリコの色鉛筆いじったぁ?昨日ちゃんとしまったのに青だけ箱から出てるの。
端っこから赤、白、青、って入れといたのに』

4589-689人間と人外 (1/2):2007/01/21(日) 00:36:26
その青白い男は、やはり雨の日に現れた。

庭先に浮かぶぼんやりとした陽炎が、徐々に確りと姿形を成していき、
地面に落ちていくはずの雨が、いつの間にか男の肩で撥ねている。
足を地につけているのに泥濘に足跡が残らないのは何故だろう、と
ぼんやり考えているうちに、男は軒先の三歩ほど先で立ち止まった。

雨に打たれるその男の肌は異様に白く、瞳の色は水底の泥を思わせる暗い色をしている。

その場に佇んだまま視線を彷徨わせる男に、俺は自分から視線を合わせてやる。
男の目があまり利かないことに気づいたのは、二月ほど前だ。

「そろそろ来る頃だと思っていた」
「決心は、ついたか」
俺の言葉を無視した唐突な問いかけにも、いい加減慣れていた。
雨に打たれながら、男は繰り返す。
「決心は、ついたか」
「いいや」
俺が首を振るのも、半ばお決まりの挨拶になっていたが
それでもこの男は毎回、律儀に困ったような顔をする。

「まだ、時間が足りぬか」
「……。そこの睡蓮な」
男の問いには答えず、俺は軒先の瓶を顎で示した。
「お前に言われたとおり、三丁先の池の水を汲んできたら生き返った」
「…………」
「今年は花が咲くといいが」
「…………咲く」
沈黙の後、男は微かに頷いた。

「実を言うと、俺は睡蓮の花というものを見たことがない」
この家に越してきたのが去年の夏の終わり頃で、そのときからこの瓶はここにあったが、
その頃は花どころか葉も茎も枯れかけていた。
「絵や写真で見たことはあるんだが。赤い花と白い花があるのだろう?」
「白が咲く」
瓶の方に視線をやって、男は僅かに目を細めた。
「嬉しそうだな」と言ってみると、また困ったような表情になる。

この男の僅かな表情の変化を読み取れるようになったのはいつからだろう。

「生き返ったのはいいとして、今度は瓶の水が凍ってしまわないかと心配している」
「枯れはしない」
「だといいが。それにしても、この辺りの土地は、毎年雪が積もるのか? ここ数日物凄く寒い」

4599-689人間と人外 (2/2):2007/01/21(日) 00:37:45
しかし、男は答えなかった。

「私と共には、行けぬか」

その声は消え入りそうなのに、雨音に掻き消されることなく、はっきりと耳に届く。
目を逸らそうとしたが、灰色の瞳に捉えられて叶わない。
水底の泥が僅かに揺らいだのを見て、俺は奥歯を噛み締めた。

「逝けない」

それはとうの前から出ていて、しかし胸のうちに仕舞いこんでいた答えだった。
男は動かずに、こちらをじっと見つめている。
両目を閉じてしまいたい気持ちを抑え、俺は男を真っ直ぐ見て、声を押し出した。

「このままでは駄目か。これからも、お前とこうして会うのは許されないか」

ほんのひと時、お前とこうやって他愛のないことを語るのは許されないか。
この庭で、一緒に睡蓮の花を愛でることは許されないのか。

「俺は、お前とこうして話すのを気に入っている」

最初はこちら側にだけ未練があった。だから猶予を乞うた。逃げ出すつもりだった。
しかしいつの頃からか、この男がやってくるのを待つようになった。
そして、どちらかを選んでどちらかを捨てることに、迷うようになっていた。

「お前と共に生きていくことは、出来ないのか」
「……ひとは、欲深い」

半ば独り言のように、男は呟いた。

「しかし、私とて、あのとき直ぐに攫うべきだった」

庭に植えられた木々がざわりと揺れる。
雨脚が先刻より弱くなっていることに気づく。
そして、雨が再び男の身体をすり抜けていることにも。

「待て」

――骸となったお前を引きずり込めば、共に暮らせたものを。
――だが、お前を知った今となっては

まるで水の底にいるかのように、男の声が辺りに反響している。
俺は縁側から飛び降りて、雨の中に手を伸ばす。

「待ってくれ、俺は」

――雪は、七日の後に積もる。

その言葉を最後に陽炎は虚空に消え、伸ばした手が青白い男に触れることはなかった。

4609-699ふみなさい:2007/01/21(日) 09:58:14
「ホントに踏んでいいの?俺でいいの?」
「いいって言ってるだろ。早く踏めよ」

裕人と俺が今見つめているのは、パソコンだ。
サークルの連絡と親睦の目的で作られたパスワード制のHPだ。
管理人は裕人。メンバー数50ほどの一大学のサークルのHPにしては本格的だ。
何故か大学の全景、雑多な部室の風景などのフォトコーナー、
メンバー全員のプロフや連絡掲示板、画像アップもできるなんでもBBS、ご丁寧にチャットまで備えている。
webデザイナーを目指している裕人らしくセンス良く効率的に配置されたページは使い勝手が良い。
しかしせっかくのBBSやらチャットは開店休業状態。
週に2、3度顔合わせるのに、わざわざネットにまで出向いて親睦をあたためようなんて輩はそういない。
せいぜいスケジュールの確認に訪れるくらいだ。
なんでもBBSには、裕人のつぶやきや先日行ったという北海道旅行の写真などが虚しくアップされているだけだ。
何故かいたたまれず、ある日、チャットに足跡くらい残してやろうと入ったところ、
ちょうど管理中だった裕人に見かった。
サークルではあまり話したこともないけど裕人の楽しいおしゃべりに俺はすぐにハマった。
以来、ほぼ毎日深夜一時は二人のチャットタイム。

そして、今日も俺が訪れたら、トップのカウンターが999を示したのだ。
900を過ぎたあたりからトップページには
『記念の1000を踏んだ人は申し出て下さい。管理人より愛を込めてささやかなプレゼントをあげちゃいまーす♪』
と大々的に書かれてあった。
そんなプレゼントに深い意味はないと思いつつも、誰かに渡るだろうそのプレゼントが、
いやプレゼントを貰うだろうその誰かが気にかかっていた。
一瞬もう一度リロードしてしまおうかと頭をよぎった。
しかし気にしているのを見透かされそうな気がして、急いで裕人の待つチャットに入ったのだった。

「だからもう一回トップに戻ればいいじゃん。プレゼントが何か気になるんだろ?」
「気になるわけじゃないけど、何かなぁと思っただけ」
「だから踏めよ。そしたらお前のもんだ。明日会ったら渡すから」
「俺でいいんだね?じゃ踏むよ、ホントに踏むよ!」


翌日待ち合わせのファミレスで、俺は小さな切符を貰った。
踏んだのが誰でもこれあげちゃうんだと思うと複雑だった。
「それからこれも。はい」
「なに?カップメン?」
「そう、北海道限定ウニ入りカップメン 。ホントはプレゼントはこのカップメンだけなんだ」
「じゃあ、この切符は?」
「それは大智に渡したくて買ったんだ。でもへんだろ、いきなりそんなの。渡しそびれちゃってさ」
「これ俺に?。」
「そうだよ。もう廃線になった国鉄時代の駅の切符のレプリカだから使えないけどね。
 BBSの写真見た?あの廃駅が記念館になってて、大智に渡したくて買ったんだ。
 ほら、おそろい。キリ番踏んでくれてサンキュな」

俺は手の中の切符が、どんなプレゼントより愛しく思えた。
切符にはこう書かれていた。[愛国→幸福]と。

4619-699ふみなさい:2007/01/21(日) 15:28:37
「お、早いね。じゃあ八さんいってみようか」

ふ ふざけあってた少年時代
み 見つめる横顔 頬に朱さし
な なぜか苦しい胸の内
さ 再会してから気づいた恋は
い 言い出せもせず、笑みの悲しき

「まとまってるね。一枚あげとこうか……はい、菊ちゃん」

ふ ふうん、こういうのが好きなんだ?
み 見せ付けてやろうぜ
な 啼けよもっと
さ 桜にさらわれるかと思った
い イキたいか?

「おーい、座布団全部持ってちゃいなさい」

4629-699ふみなさい:2007/01/21(日) 16:18:26
「踏みなさい」

 居間でごろんとうつ伏せに寝転んだ智也さんが、柔らかな口調で俺に言った。
 突然、そんなことを言われても困る。
 
「あの、俺、高校せ……」
「大丈夫。父さんなら大丈夫だ、信じなさい」

 何が大丈夫、なんですか。何を信じろというんですか。
 項垂れた俺を肩越しにちらりとみて、智也さんはまた大丈夫だと言った。

 俺はもう高校3年にもなる男だ。背も高い方だし、結構体重もある。
 大丈夫、踏みなさい――といわれても、そう簡単に頷けはしない。
 俺は案外常識人なんだ。
 対する智也さんは、よれよれのスーツを着た線の細い――よく言えば繊細な、悪く言えばもやしみたいな人だ。
 俺なんかが踏んだら、ぼきっと骨が折れてしまいそうだ。
 40をとうに超えた、義理の父。
 母が再婚相手として連れてきたこの人のことを、俺はまだ『智也さん』と呼んでいる。
 別に智也さんのことが気にいらないわけではない。
 俺自身は、智也さんのことをとっても気に入っている。
 智也さんは、優しくて大らかな、陽光のような人だ。俺は、そんな智也さんが大好きだった。

 だけど――踏みなさい、なんて言葉はいただけない。
 俺はもう一度、ぶるりと首を横に振った。

「裕貴……踏んではくれないのかい?」
「俺が踏んだら絶対痛いから……」
「大丈夫だ! 私は踏まれるのが好きなんだ。痛いぐらいが気持ちいい」

 智也さん、その発言はいろいろ危ないような気がするんですが。
 体を起こし、眼鏡をずるりと落としかけながら力説する様子に、俺は小さく嘆息した。
 こうみえて智也さんは頑固なところがある。
 今日やってあげなければ、明日もあさっても――下手すると一年ぐらい言い続けかねない。
 だったら、早く済ましてしまおう。
 
 恐る恐る右足を出して――智也さんの細い腰に添える。

 そのまま、ぐっと全体重を乗せ――

「……ッ!! い、痛ッ」
「ごっ、ごめん!」

 直ぐに飛び退けば、智也さんは腰を摩りながらほろりと涙を零す。
 やっぱり、大丈夫なんかじゃなかったじゃないか!

「智也さん、大丈夫?」
「あ、ああ……大丈夫、大丈夫。あだだ、こ――腰が」
「ああほら、起き上がらなくっていいから!」

 只でさえ、智也さんは腰が悪い。
 腰を押さえながらも無理に起き上がろうとする智也さんを制して、俺は直ぐにシップを取りに走った。
 シャツをぐいと捲り上げ、先ほど踏んだ箇所に張る。

「足の裏を踏んでもらうマッサージ、あるだろ? あれを子供にやってもらうのが私の夢だったんだ」

 座布団に顔を埋めながら、智也さんが言った。
 母は再婚だが、智也さんは初婚だ。智也さんに、実の子供は居ない。
 二人の間の子供は俺だけだ。
 つきん、と胸の奥が痛む。

「足の裏は流石に痛いだろうから、と思って腰にしてもらったんだけど――やっぱり痛かったな」
「当たり前だろ。マッサージなら俺、ちゃんとやってあげるよ?」
「いやいや、子の体重をぎゅっと感じたかったんだよ。それが父親の幸せってもんだろう?」

 智也さんはそう言うと、手を伸ばして俺の頭をわしわしっと撫でた。
 節ばった細い指が髪を掻き乱し、くすぐったくて心地良い。

「父さんって呼べとは言わないよ。だけど裕貴も、私の子供なんだからね」
「うん――分かってる」

 智也さんの薄い唇が、俺の名前を呼ぶ。
 それが妙にせつなくって、俺は俯きながら呟いた。
 智也さんは、俺のことを実の子供だと思い接してくれている。
 ギクシャクさせているのは、俺の方だって言うのも分かってる。
 智也さんのことは、好きだ。だけど、どうしても父さんとは、呼べない。

 ごめんね、智也さん。
 俺は貴方に、父親以上の愛情を抱いています――。

4639-729お墓参りの帰り:2007/01/22(月) 21:25:03
さっきから小さな足音がついてくる。
振り返るのがこわい。
逃げるのもこわい。
(大丈夫。きっとばーちゃんが守ってくれるから)
最後にばーちゃんから貰ったお守りをギュッと握りしめて、何度も自分に言い聞かせていた。

今日は三年前に死んだばーちゃんの命日だった。
お墓には花とまんじゅうだけで、お線香の煙も寂しかった。
去年は三回忌で、一昨年は一周忌だった。
父ちゃんも母ちゃんも『今年は特別じゃないからさみしいね』って言ってたのに。
でも、ぼくがいるからね。
ばーちゃんの大好きだったビールと、いい匂いのするお線香を、お年玉の残りで買って来たよ。

ばーちゃんに『また来るね』って言って、お寺から出るときに気付いた。
さっきからずっと、誰かが後を歩いてる。
ぼくが早足になると、足音も速くなる。
ゆっくりにすれば、ゆっくりになる。
おばけが出るのは夜のはずなのに……。
きっとばーちゃんが助けてくれるって、握ったお守りを胸に抱きしめた。
でも、そのとき……
「あのー、えーと……」
「う、うわーーーーん!ばーちゃーん!助けてー!」
低い声といっしょに肩に乗った手で、我慢してたこわさが破裂した。
思いっきり走り出そうとしたのに、大きな手に捕まえられる。
手や足を振り回して逃げようとしたけどビクともしない。
「うう、……ばーちゃん、助けてよ」
「ボクはいつでもじーちゃんを助けるよ?」
聞こえた声は聞いたことのない声。
でも、ぼくを『祐二』とか『祐ちゃん』じゃなくて『じーちゃん』って呼ぶのはばーちゃんだけ。
「ばー、ちゃん?ほんとに?」
手も足も動かなくなって、体が凍ったみたいに固まった。
振り返ったら本当にばーちゃんがいるの?
「うん。本当に双葉だよ。ボクがじーちゃんに嘘なんて吐けるわけないじゃない」
いつもの言葉。
振り返れば、きっといつもの笑顔。
だから『なんで大きいの?』とか『ばーちゃんはお化けなの?』とか、みんなみーんな吹っ飛ばして抱きついた。

4649-739あの星取ってきて:2007/01/23(火) 03:41:08
あいつと初めてあったのは、ネオンきらめく夜の街だった。
色とりどりの偽物の星の輝くネオン街が好きだと言っていた。特に、昼間は緑の川面に映る不確かな灯りが好きなのだと。
そんな関係になったのは出会って一月ほどした頃か、身体を重ね、まくらごとに過ぎない甘い言葉を重ね、ふと気づけば、抜け出せないほど本気になっていた。

夜景が綺麗だと評判のホテルのラウンジでそれを告げたとき、あいつは酷く傷ついた顔をして眼下の街を指差して一言
「あの星取ってきてくれたら、付き合ってやる」
と言った。
白くて細い指の先には、きらきらと輝く猥雑な地上の星々。
その先になにか特別に魅力的な店でもあるのかとガラスを覗き込んで、後ろからしたたかはたかれた。

考えて考えて考えて、未だかつて無いほどよくない頭をひねって、俺は生まれて初めて多大なる借金を作ってマンションを買った。
あいつの好きなネオン街からさほど遠くもない、中古で2DKでこじんまりとした、小さな、正直あまりパッとしない部屋だ。
だけど、機能的には申し分ない、多分。
あいつが外にいるときは、帰り道に迷わないように灯りをともす。あいつが帰っているときは、地球が命を育むように、あいつを包み込む安らぎになるような灯りを…温かい光を。

ありふれたキーホルダーにつけたありふれた形の鍵を手にプロポーズまがいの言葉を持って行った俺に、あいつは初めて見るような笑顔を見せた。
それからはずっと、この小さな部屋にはオレンジの星が灯る。

4659-739 あの星取ってきて:2007/01/23(火) 04:26:39
「すげーだろ、超偶然に田舎のばーちゃんちに落ちてきたらしくてさ」
「…ふーん」
「あ、ひで。リアクション薄っ」
「…これでも充分驚いてるんだけどね」
そう。表面上冷静を装っているものの十分に驚いてるし、何より動悸がおさまらない。
『僕と結婚したいなら、あの星取ってきて』
お前と結婚できたらな、と冗談めかして言った彼に、かぐや姫を気取ってそんな事を言ってみたあの日。
他愛ない日常。それでも僕は覚えている。
冗談でもいい、あの時素直に『結婚しよう』とでも返していればよかった、と今でも後悔する。
だから期待してしまった。隕石のカケラだという石を持って僕を訪れてきた彼に。
…馬鹿みたいだ。彼が手に入れた宝物を見せに来るのは昔からの事じゃないか。
そう自分に言い聞かせても、早鐘はいっこうに鎮まらない。
「…唐突に全っ然関係ない事聞くけど」
裏返りそうな声を必死で抑えて聞く。
「…もしも誰かが本当に宝物を見つけてきたとしたら、かぐや姫は本当に結婚したと思う?」
「しただろ。っつーかする気なかったとしても言い出したケジメで結婚しろ」
笑顔を急に引き締めて真剣にこちらの目を覗き込んで彼は言う。
「…な、何だよ。僕がかぐや姫本人みたいな言い方して」
「【星取ってきて】なんて無茶な難題出す奴がかぐや姫以外の何だってんだよ」
「!!…お前、覚えて…?!」
「っつーか…取ってきたわけじゃないし本当に隕石だって証明できないし、
【あの星】ってお前が示した星のカケラってわけでもないけど…」
それでもいいか?と彼は顔を赤くして手の中の星をこちらに差し出す。
「…合格に決まってるだろ」
差し出された手を両手で包み、取り繕えない泣き笑いの表情でようやくそれだけ告げた。

4669-529男ばかり四兄弟の長兄×姉ばかり四姉弟の末弟:2007/01/26(金) 20:53:45

 ぴぃんぽぉーん、という平和ボケをそのまま音にしたようなインターフォンが聞こえた途端に、
俺の周りをちょろちょろと走り回っていたチビギャングどもが玄関に突撃した。その数、三匹。
 「だれー?」だとか「なにー?」だとかうるさいったらない。あいつらのツルツルな脳味噌には
まだ『近所迷惑』という言語が刻み込まれていないのだ。そしてそれを刻み込まなければ
ならないのが俺。破滅的に面倒くさい。
 舌足らずな弟どもは興奮していて、余計に何を言っているのかサッパリ判らない。ので、客人が
誰であるのか、部屋の中まで出向いてくださるまで分からなかったのは事実であったのだが。
「やあ久しぶり、お兄ちゃん」
「うわぁっ先輩!?」
 敬愛する先輩に、ひよこ柄の黄色いエプロンでホットケーキを焼いているという、およそ格好
悪さの極致みたいな姿を見られただなんて、あんまりだった。

「いやー、まいったな、ホットケーキ焼いてるなんてさ。反則だよお兄ちゃん」
「先輩お願いだから……ホント後生だからその『お兄ちゃん』ってのヤメテくださいよ」
 ハイスピードでホットケーキを焼き上げ、ダイニングキッチンの皿の上にてんこ盛りにして放置し、
チビ猿人たちが喰らいつくのを確認してリビングに引き上げる。勿論エプロンは速攻で外す。
 それだけで心身ともに疲労が溜まる感じがするのに、加えて先輩の『お兄ちゃん』には正直堪えた。
「いいじゃないか。正直憧れなんだよ。『お兄ちゃん』て呼ばれるの」
 というのも、先輩はどうやら末っ子であるらしい。姉ばかり三人いるという話だ。俺はむしろ
先輩の環境に憧れる。
「ホットケーキ作らされるのにですか」
「まだマシじゃないか? 俺はクッキーにスポンジケーキ、パウンドもブラウニーもトリュフチョコも
手伝わされて覚えさせられたさ」
 壮絶な背景を髣髴とさせることをサラリと言って、先輩は「実はそれが原因なんだが」と、弱った
顔をして切り出した。
「ジンジャークッキーが我が家で大量に余ってしまったんだ。食いもしないのに姉が作ってな。
それで甘いものを消費できそうなお前の所に持ってきたんだが」
 先輩はそこでちらっとダイニングに眼をやった。ミニサイズ腹ぺこグール三匹はそろそろ大量の
ホットケーキを食い尽くすことだろう。しかしその上クッキーを食ったら流石に、夕食に響く。
「遅かったようだな」
「ビニール袋に入れて封しとけば、明日まで持ちますよね? 明日の三時に食わせますよ」
 良いのか? 助かるよ。と言って紙袋を差し出し、ほんわりと笑う先輩は妙に艶っぽい。
ジンジャーとバニラエッセンスの香りがふと俺の鼻を掠めた。今日も手伝わされたんですか。
うーん、いい匂いだ。

「今度何か余ったら、すぐ電話かメールするから。ごめんな」
「や、こちらこそすいませんでした、お構いもせず」
 所帯じみた俺のセリフに先輩は爆笑した。

「じゃあな」

 俺がそのクッキーを弟たちに与えることなく、ひとりで平らげたのを先輩が知るのはずっと後のこと。
 先輩がそのクッキーを手伝わされてでなく、自主的に作って俺に届けたのを俺が知るのは、更に
もっと後のことである。

4679-800昼ドラ:2007/01/27(土) 00:39:02
<前回のあらすじ>

相澤家を出て幸平の元へ行こうとした春樹だが、良一に見つかってしまう。
「うちからの援助を打ち切られても良いのか」と詰め寄る良一に「構わない」と返す春樹。
しかし「お前の妹の将来も閉ざされる」という言葉に決心が揺らいでしまう。
更に「お前は俺のものだ」と言われ、春樹は絶望する。

その場面を偶然目撃した雄二は、ほくそ笑みどこかへ電話をかける。
電話の相手は外科医・秋野だった。「兄貴の弱みを見つけた」と告げる雄二。

一方、相澤総合病院の小児科へボランティア公演にやってきていた幸平は、真山と鉢合わせる。
病院の取材を続ける真山は、患者として病院に潜り込んでいた。
真山から院長一家の噂を聞いた幸平は、春樹のことを案じ電話をかけるが繋がらない。

院長室で写真を眺めている相澤。古びた写真には、妻ではない女性と少年が写っている。
相澤は悲しそうな表情で「もう十五年か……」と呟く。

幸平たちの公演は好評のうちに終わる。

その帰り、小児病棟の廊下で幸平は『安藤あずさ』の名札を見つける。
「年の離れた妹がいる」という春樹の言葉を思い出し室内を覗くが、検査中であずさの姿はない。
しかし、ベッド脇にあの折り紙が置かれているのを見つけ、確信する。

病院を出る幸平。再び春樹に電話をかける。
呼び出し音が鳴る春樹の携帯に手を伸ばしたのは、良一だった……。


<今週のみどころ>

遂に、幸平に良一との関係を知られてしまった春樹。幸平にはもう会えないと告げる。
良一もまた幸平の存在を知ったことで、春樹に一層の執着をみせるようになり……
一方、病院内の派閥抗争も表面化。雄二の策略に、春樹も巻き込まれていく。

468萌える腐女子さん:2007/01/27(土) 00:41:09
しまった違った。800ではなくて799だ
>>467は「9-799昼ドラ」です

4699-809喉仏:2007/01/27(土) 22:38:35
「子供の頃は歌手になりたかったのだよ」
林檎を口に運びながら、彼は言った。
「地元の少年合唱団に所属していてね。クリスマスには教会で賛美歌を歌ったものだ。
 周りから天使の歌声だと褒められて、その気になっていた」
「天使か。今じゃ悪魔の癖に」
精一杯の皮肉にも、相手は「その通りだ」と鷹揚に頷くだけだった。

「この林檎は少々酸っぱいな。日の当たりが悪かったか」
「暗闇の中で生きてきたあんたにはお似合いじゃないか」
「上手いことを言う」
怒るどころか、可笑しそうに喉の奥でくつくつと笑う。
そして、酸っぱいと言いながら、また次の一切れを口に運んでいる。
彼はこちらを僅かに見て「私は林檎が一番の好物でね」と言った。

「そういえば、かのアダムも林檎が好きだったか」
唐突に呟いて、彼は手元に視線を落とす。
「彼が林檎を喉に詰まらせなければ、私は天使の声を失いはしなかっただろうね。
 そうすれば今頃は歌手を現役引退して、神に祈りながら静かに暮らしていたかもしれないな」
「後悔しているのか? 今更……」

大勢の人間を踏みにじり、屍の山の上に君臨していたあんたが。
命乞いをする人間に慈悲の欠片も持たなかったあんたが。

「最期の最期で悔い改めれば、救われて天国に行けるとでも」
「ふふ、後悔などしておらんよ。仮にそうしたところで、君は私を許さんだろう?」

優雅に微笑んで、彼は最後の一切れを口に含み、咀嚼し、飲み込む。
皺だらけの喉元が、ゆっくりと上下する。
俺は銃を突きつけたまま、その喉元を見ている。

彼は俺を正面から見て、嬉しそうに――なぜか、本当に嬉しそうに微笑んだ。

「賭けは君の勝ちだ」

4709-829ノンケ親友に片思い:2007/01/29(月) 01:44:06
兄さん、お元気ですか。そちらは相変わらず暑いですか。
今日は下宿先に春日が、貸していた本を返しにやってきました。
上は白い袖なしのランニングシャツに、紺色のジーンズを履いて、
足元は健康サンダルと、いつも通りの気安さでした。
春日とオレは本の好みが似ているみたいで、
この時の本も気に入ってくれたようでした。
板塀沿いの木戸をくぐったら裏庭があって、犬小屋があって、
縁側が張り出していて、棹に干した洗濯物が揺れていて、
お世話になってる下宿先のご夫妻は旅行に行ってて、だから今日は
日がな一日オレが留守番をしていて、冷蔵庫を開いて麦茶のグラスに
氷を入れて、しま模様のストロー立てて、
風鈴がちんちろ鳴ってる下で、サンダルの足をぶらぶらさせながら、
春日とオレは本の話をしました。今度映画になるのもあって、
それは見てみたいなあと、春日は言っていました。庇(ひさし)の影が
顔に斜めに落ちていて、くっきり二色に別れてました。

もまの話はした事があるでしょうか。この地方ではムササビのことを
もまと呼んでいるんですが、ここのご夫妻が飼っている犬も、
もまという名前です。尻尾の形が似ていると仰っていたのですが、
オレにはよく分かりません。
そのもまなんですが、とりとめの無い話をして、そいじゃ帰るわ、と
春日が腰を上げて、
裏木戸に向かいかけた時に、それまで犬小屋の陰でべったり
地面に寝そべってたはずが、いきなり起き上がって春日に飛びつき、
ジーンズの脚に二本の前足で離すまいとしがみついて、
後ろ足で立ち上がり、ぐんぐん腰をつかい始めました。オレは
慌てましたが、土でズボンを汚されても、春日は怒りませんでした。
何だお前、帰って欲しくないのか、いい子だなあオイと、
もまの頭をわしわし撫でて、へっへと舌を出しているもまの横で
上機嫌にオレに手を振り、そうして帰っていきました。

もまはパタパタと尻尾を振っていました。
オレは縁側に腰掛けたまんま、
しばらく春日の去った後をぼんやり見つめてました。
春日は勘違いをしていたようですが、別にもまは春日を
引き止めようとしてあんな行動に出たのではありません。
あれは一種のマウントです。犬は自分の上位を下位の者に
示そうとする時に、相手にのっかって自分の股間を擦りつけ、
腰を振るのです、まるで性行為を見せつけるかのように。
もまはオスです。
マウントはメスにも見られますが、先程のあれは明らかにオスの行為
でした。オレが言うんだから間違いありません。

繰り返しますが、もまはオスです。毛も生えています。
オレは思いました、その滾る獣欲でもって春日を征服しなんとした
もまは、既にオレよりも遥かに良く春日の体に通じてしまったのだと。
何せもまはオレですらできなかったのに、暴力的な肉球で春日を
押さえつけ、ぶ厚い毛皮で春日を蹂躙し、
熱く涎を滴らせながら春日の肌を嘗めしだいたのですから。
嫌がる春日の悲鳴が耳に聞こえます。引き裂かれる白いシャツ、
爪跡が赤く線を引く小麦色の背中、背の窪み、履き古しの
ジーンズをずり下げて、尾骨に、尻のえくぼに指を沿わせて、
それから、それから、それから、それから!

兄さん、オレはもう色々とダメかも分かりません。
この手紙は読んだら焼き捨ててください。
焼いて、灰にして、青い空に振りまいてください。
お願いします。         次郎

4719-839 嫌われ者の言い分:2007/01/29(月) 18:13:17
美術準備室。この部屋の主の性格を表すように整頓されたテーブルの上に、
先生のあの絵が大きな賞をとったことを報せる通知が、無造作に置いてあった。

「ここ、辞めるんだろ」
ドアが開き、先生が入ってきたんだと分かった瞬間、俺はそう言い放った。
「――はっきりいわれると、ちょっと寂しいね」
先生が苦笑する。おめでとう、という言葉なんか、思いつきもしなかった。
空気こもってるなぁ、窓開けよう。独り言みたいに言って、先生は窓に近づき、
思いきり開け放った。強い風が吹き込む。
高台にあるこの場所からは、山に囲まれた市街地が一望できる。
「見晴らしいいから、ここ。いざとなるとちょっと離れがたいな」
笑ってそう言う先生は、吹き込む風に膨らんだカーテンの陰に隠れてしまった。
そんなの嘘だろ。小声で言うと、先生は、カーテンを押さえ込んでから、
首をかしげるようにして視線をこっちによこした。
「嫌いだったんだろ、こんなとこも、俺たちも」
好きだったはずがない。大学受験しか頭にない者の集まるこの学校では、
誰も美術の授業に真面目に取り組みやしない。どころか、美術なんてなければいい
と皆思っていて、5分かそこらで仕上げたような適当な絵を平気で提出する。
美術の時間に、他の教科の教科書を広げることを、悪いなんて誰ひとり思ってない。
そんな生徒たちを、そんな学校を、この人もまた好きなはずはないのだ。
美術教師としての仕事なんてたかがしれてるこの学校は、彼が画壇に出てゆくまでの
ちょうどいい腰掛けだったんだろう。給料を貰って、準備室をアトリエがわりにする。
ただそれだけのことだ。

吹き込む風に煽られて、テーブルの上の通知がかさかさと音をたてて踊った。

ふいに先生が、こちらに向き直った。肩越しに見える青空が、眩しくてどうしようもない。
「……君だって、君たちだってそうだろう?」
そう言って笑う先生の顔はひどくすっきりしていて、それが悔しくて仕方なかった。
俺は違う。言いたいのに、口に出せない。好きだったんだ。
素直に言いたいのに、どうしても言えない。
どんな荒んだ絵でも、かならずどこかを誉める寸評をつけて、全員に返していた。
穏やかな筆跡。思い出すと、震えそうになる。
うつむいて歯を食いしばった瞬間、先生が呟くように言った。
「嫌われ者の言い分だけど、でも、僕は君の絵が好きだった」


弾かれたように、俺は顔を上げた。
先生の、その笑顔が目に入った瞬間に堰を切ったように流れ出てきた感情を、
どう言葉にしていいかわからなかった。
呆然としたまま、何も言えずにいる俺に向かって、静かに先生が言葉を継ぐ。
「いつもていねいに、誠実に、描いてくれてうれしかった。
君の絵があるから、僕は好きだったよ、ここ」
見晴らしもいいしね。そう言って先生は、再び窓の外に向き直る。
窓枠に身を預けて外を眺める先生の後ろ姿から、目を離すことが出来ない。

先生いかないでよ。
思わず口に出した瞬間、先生の後ろ姿は、にじんでうまく像を結ばなくなった。

(*9さん素敵な萌えシチュありがとうございました!がっつり萌えました!)

4729-859送り狼:2007/01/31(水) 18:46:09
土曜日の夜は、彼をあのマンションまで乗せていくことになっている。
家族も金も仕事もない状態で拾われ、彼の専属運転手として雇われてから数年間。
あのマンションに通うようになってからも、もう随分経つ。
「送り狼、って言葉があるだろう」
後部座席に悠然と座り、手にした書類と窓の外とを交互に眺めていた彼が言った。
「ええ」
「この前、彼女と外で会った時にさ。遅いから送っていくって言ったら、『送り狼に
なられちゃ困るからいい』なんて言われちゃって」
苦笑いをする彼の顔をバックミラー越しに見ながら、私も笑い声を出した。
「ははは。若社長も形無しですね」
「参っちゃうよ、ほんと」
土曜日の夜の彼は、いつも幸せそうに笑う。
「送り狼にまつわる昔話をご存じですか」
「知らないな、どんな話?」
「…昔ある男が、女の元へ通う山道の途中で狼に会いまして。狼の喉にものが刺さっていて
とても苦しそうだったので、手を突っ込んで抜いてやったんです。狼はとても感謝して、
それ以来その男が女の元へ通う夜は、男の後をついて歩いて彼を守っていたそうです」
「へえ……じゃあ本当の送り狼は、取って食ったりしないんだ」
「まあ、そういう話もあるということですね」
週末気分に浮かれて混雑する道路を抜け、車は狭い道に入る。
「彼女に教えてやろう、その話」
次の角を曲がれば、幸せな彼の恋人のマンションに着く。

4739-839 嫌われ者の言い分:2007/02/01(木) 20:29:50
「お前ってさ。本当嫌われ者だよな」
「何?藪から棒に」
「いや、結婚したくない男一位だったんだよ、うちの女子社員のなかで」
「僕が?」
「当たり前だろ」
「ふーん」
「仕返しにいたずらしようと思うなよ」
「おー、エスパー?」
「やっぱりか。そんなんだから嫌われんだよ」
「いいよ別に。女はあいつらだけじゃない」
「どーかねえ。お前自身の問題だと思うぞ、おれは。このままじゃまずいんじゃないの」
「何が?」
「お前はさ、上司受け悪いだろ」
「うん」
「同僚の評判も悪いだろ」
「うん」
「おまけに友達も少ない」
「まあ、否定はしないよ。で?」
「まじで性格改善しないと、一人ぼっちになっちまうぞ」
「あーそうかもねえ。でもこの性格は今さら変えられないし、変える気もないよ」
「・・・まあ、そう言うと思ったけど。お前はそれでいいわけ?」
「うん。だって、絶対に一人ぼっちにはならないし」
「ほう。そりゃまた、どうして?」
「だってさ。世界中の人間が僕を見捨てたとしても、君だけは僕を見捨てないからね」
「またえらく言い切ったな」
「だって、そうでしょう?」
「まーな」
「だったらいいじゃない、このままで。特に問題はないでしょ?」
「ああ、確かに」



「ところでさ、君はもっと僕が他の人に好かれて欲しいわけ?」
「んー……まさか」
「じゃあ、やっぱり今のままでいいんじゃない」
「そうだな。お前は今のままでいい」

4749-859 送り狼:2007/02/02(金) 01:27:37
「えーんえーん」
僕は周囲に響き渡るように大きく声を出しました。
「えーんえーん、迷子になっちゃったよぅ」
すぐそこに彼がいることはわかっていたのです。
両の手を目に当てて、泣き真似をしながらも、手の間からそっと茂みのほうを見てみると、
僕の声を聞きつけた彼が、草の影からこちらを窺っています。
僕はさらに声を張り上げ泣いてみせます。
「えーんえーんえーん、お家に帰れないよぅ」
こちらの備えは万端整っているはず。
今朝は念入りに手入れをしたので、自慢の巻き毛もふわふわだし、
寒いのを我慢して露出度高めの装いをしてきたのですから。
ここ数日まともな食事にありつけていない彼が、この僕のを見過ごせるわけないのです。
しかし、草むらからガサゴソと物音はすれども、一向に彼の現れる様子がないのに僕が少し
イラつき始めたとき、「コホンッ」と躊躇いがちな咳払いがひとつ、背後から聞こえました。
そして、緊張した様子で
「き、きみ、どうかしたの?」
僕に呼びかける声がします。
「よっしキタ!」と心の中でガッツポーズをとりながら振り向くと、そこには、彼の、
白粉で顔を真っ白にした、彼の姿がありました。
…僕は、僕自身を、よく堪えたと、褒めてあげたい。よく、笑い噴出さずに耐えたと。
一瞬、泣くのを忘れてポカンとしてしまったた僕を、不思議そうに見ている白い顔。
それ以上直視することはできませんでした。
おそらくは、僕を怯えさせまいと、少しでも僕の姿に近付こうとしてのことでしょう。
彼らしいと言えば、この上なく彼らしい、間抜けた思考と行動です。
そんなんだから、いっつも餌に逃げられるのさと思いつつ、僕は泣き真似を再開しました。
こんなことで出足を挫かれちゃたまらない。
「えーん、迷子になっちゃったんだよぅ」
「か、かわいそうに。私が送っていってあげるよ。きみのお家はどこ?」
用意していた言葉を一息に吐き出すように彼は言いました。
言い終わると、全ての仕事を終えたとばかりに、ほっと息をつきました。
彼としては、こう言ってしまえば僕は言うことを聞いて、大人しく後をついて来るだろうから、
人気のない道にすがらことに及ぶ…というように、万事うまく運ぶと思っていたのでしょう。
しかし、そうは問屋が卸さない。
僕はさらに声を一段大きくし、激しく泣いてみせます。
予定外の反応に途端に慌てふためく彼。
「大丈夫、ちゃんと家まで送っていくよ、本当だよ」
「えーんえーん」
「わっ悪いことしようなんて全然考えてないんだからね!私を信じておくれ」
「えーん」
「ほら、泣かないでお家を教えて」
「えーん!お家がわからないから迷子なんだよーぅ」
「そ、そうだね。そうだよね」
「えーん…」
「どうしようか。どうすればいいかな。弱ったな」
僕をなだめるのに精一杯で、彼は本来の目的など忘れてしまっているようです。
そこで、潤んだ目をして少し上目遣いに見上げれると、彼の咽喉がゴクリと唾を飲み込んで
動くのが見えました。
「お腹が空いたよぅ」
「…私もだ」
ともすると白粉の下から現れそうになる欲望を、必死に押し鎮めようとする様は、
見ていてとても楽しい。
まったく要領を得ない問答に半ば呆れながら、それでも僕は、そんな彼を可愛らしく思います。
初めて彼を森で見かけたあの日から、彼の存在は常に、僕の加虐心を煽情してくるのです。
喰う者と喰われる者という本来の関係を越えて、僕は彼に近付きたいと、
そう願わずにはいられない。
僕はか弱き存在だが、知恵という偉大な力で、今日それを叶えるつもりです。
「寒いよぅ」
「うん、日がだいぶ傾いて来たからね…じゃあ、こうしよう。今夜は私の家へ泊まるといい。
 明日になったら、お家を探してあげるから。家で、あったかいミルクを飲もう」
彼にしては上出来の、僕が思い描いた通りの回答です。
「ミルク?はちみつ入り?」
「ああ、はちみつ入り」
僕は、か弱さと可愛らしさを過剰に演出しながら、彼の袖を掴んで寄り添いました。
泣き止んだ僕にほっと胸を撫で下ろし、彼は歩き出します。
二人の重なった長い影を携えて、彼は今日の狩の成功を確信したのでしょう、
満足そうな顔で独りごちました。
「送り狼なんて言葉、知らないんだろうなぁ…」
そんな彼の影を踏みながら、僕は今夜の成功を確信して、ほくそ笑みました。
羊の皮を被った狼なんて言葉、彼はきっと知らないのでしょうね。

4759-899 シャワー中に濃厚なキスで:2007/02/03(土) 15:25:43
目が回る。
アイツを伝いながら落ちてきたお湯が顔の上を流れていく。
鼻側を通るそれに呼吸もままならない。
口の中を蹂躙しているアイツの舌。
何度も歯を立てかけ、思い止まる。
俺はアイツの声が好きだった。

馬鹿なことをした。
アイツと俺、どっちのキスが巧いかなんてどうでもいいじゃないか。

ああ、目が回る。

震えた膝がタイルに当たる寸前、アイツの腕が俺を支えた。



「……の決着はオレの勝ちだったんだぜ」
「へー、マジで?で、どうやったのよ?」
浮上した意識が最初に捉えたものはシャワー室ではない天井だった。
どうやら気を失っていた俺を運んでくれたらしい。
次いで把握した声はアイツの美声とくぐもった友人の声。
ドアの外にいるらしい友人に得意気に話している。
「いやー、シャワー中だったから後ろに回ってがーって襲ったわけよ。濃厚な一発でクラクラーって…」
「酸欠でだ」
延々と話し続けそうな声を聞きながら、口から出た言葉がアイツの口を一瞬止めた。
今度は「えーそんなー」とか言いながらいじけた振りをしている。
そんなふざけた声でも俺を惹く力は変わらない。
背後から近付いて額を押し下げ、軽く唇を合わせる。
唇を離したと同時に力を抜いて倒れてきた。
「シャワー室で続きをしてやってもいいぜ?」
小さく耳元に囁けば白旗が上がった。

4769-839 嫌われ者の言い分:2007/02/03(土) 18:01:25
彼は一瞬目を丸くして、それからけらけらと笑い始めた。
「俺は別にそんなつもりないですって」
「嘘だ」
「ホントですよ。奪うなんてこと自体、ちっとも思いつかなかった。
 そっか、そういうのもアリか。略奪愛かー…あ、でも愛がないや」
なおも可笑しそうに笑う彼を、俺は睨みつける。
「遊びのつもりなのか」
「いーえ、本気は本気ですよ。佐伯さんと会うようになってから、他の人とはヤってない」
その言葉に眩暈がする。
「いつから」
「んー…元々、二人の関係を知ったのは二ヶ月ちょい前かな。
 俺、裏の倉庫で二人が濃いーキスしてるの見たんですよね」
「……覗いてたのか」
「偶然。奥の棚で探し物……あ、そーいえばあれ頼んだの和泉さんですよ」
「……」
「で、ちょっと興味がわいて近づいてみたっつーか」
「…それで、あいつは受け入れた」
「や、まさか。最初は全然相手にされなかったですよ。冗談だと思われてたみたいで。
 言い寄られたからってすぐフラフラするようなタイプでもないじゃないですか、あの人」
その口が、あいつを語ることにどうしようもない怒りを覚える。
しかし、彼は怯んだ様子も無く喋り続ける。
「で、いつだったかなー…これまた裏の倉庫で、今度は喧嘩してましたよね」
「それも覗いてたのか」
「超生々しい痴話喧嘩。あの後、仕事場じゃ二人とも普通に喋ってたけど。
 そこへメーカーとのトラブルが起きちゃって、和泉さんはそのまま出張へ」
「……そこに付け込んだ」
「うーん、そういうことになっちゃうか。でも佐伯さん、すげー落ち込んでたんですよ?
 その日一緒に飲みに行って、べろべろになったところをもう一押ししたら、落ちました」

あの喧嘩は、今思えば本当に些細なことが原因だった。
しかしあのときの俺は頭に血が上っていて、あいつと顔を合わせるのが嫌で仕方なく、
だから急な出張にほっとしていた。
結局、トラブルを片付けて後始末をして、その間に頭も冷えて落ち着いて、
次にプライベートで会えたのはその二週間後。

――二週間。

「大丈夫ですよ。本当の本当に、和泉さんから佐伯さんを奪おうとか思ってないですから」
「……だったら別れてくれ」
「だからぁ、佐伯さんにそう言われたら大人しく諦めますってば」
「あいつはまだ、俺が気づいたことには気づいてない」
「だったら胸倉掴んで『俺とあいつのどっちを選ぶんだ!』って迫ればいいんですよ。
 百パーセント、あの人は和泉さんを選ぶから」
そう言って彼はまた笑う。
「一応、俺も本気なんで」

俺はその笑顔が憎らしくて仕方なかった。

4779-909 お母さんみたい:2007/02/05(月) 01:28:07
「あったかい格好してけよ」から始まり「受験票は?」「地下鉄の乗り換えはわかる?」と続いて、
「切符はいくらのを買えばいいか」に到ったとき、俺は去年のことを思い出していた。
世の受験生は、皆このような朝を過ごすものなのだろうか。
昨日まで散々繰り返してきた会話を、当日の朝の玄関先で再びリピート。
俺、受験二年目ですが、昨年はかーちゃんがこんな感じだった。
そんで、朝っぱらからカツ丼食べさせられて、油に中って、惨憺たる結果を生んだのだ。
そのことについては恨んでいない。むしろ感謝している。
なぜかというと、一年間浪人させてくれた上、都内の叔父さんところに下宿を許してくれたからだ。
「それからこれ、頭痛くなったりしたら飲んで。眠くならないやつだから」
手のひらに錠剤を数粒のせて、差し出すこの人が、俺の叔父さん。
「お腹下したらこっち。気持ち悪くなったらこっち」
まったく、心配性なところも、お節介なところも、かーちゃんそっくり。
かーちゃんみたいだと指摘したら、神妙な顔つきで
「最近自分でも似てきたと思う」と答えたので笑ってしまった。
まあ、血の繋がった姉弟なんだから、似ていて当然なんだけど。
叔父さんは、かーちゃんとは十以上も歳が離れていて、むしろ俺とのほうが歳近く、兄弟のように育った。
高校卒業と同時に、家を出て一人暮らしをすると知ったときは、俺はダダをこねて泣いたのを覚えてる。
会いたい一心から、毎月一度は、電車で一時間ちょっとの距離を一人で訪ねたりした。
そのまま都内に就職を決め、実家に帰ってこないとわかったとき、俺も上京することを決意した。
本当は、大学生になって、近くにアパートを借りるつもりだったのが、浪人という立場ゆえ、
一人暮らしよりは…と、何だか勝手によい方向へ転がって、同居なんて嬉しい状況を手にしている。
おかげでこの一年、結構バラ色の浪人生活を送らせてもらったと思う。
「そんなに心配なら、一緒に行けばいいじゃん。どうせ同じとこ行くんだし」
この人は今、大学の事務で働いている。
俺が去年見事に不合格となり、今年は余裕で合格するつもりの大学だ。
「じゃあ一緒に出ようよ。ほら、すぐ着替えて来い」
「やだよ。今出たら早く着きすぎちゃうもん」
「受験生なら余裕持って出かけるべきだろ!?」
だから、余裕なんですよ。一年も余計に勉強したからね。そんな心配しないでよ。
「そっちが俺に合わせてくれたらいいじゃん」
冗談のつもりで言ったのに、全部真に受けて困った顔なんてされると、もっと我儘言いたくなっちゃうんだよね。
「仕事だもん無理に決まってるだろ」
いい歳した大人が、口尖らせてみせたって…可愛いから。上目遣いとか、可愛いから、やめてください。
あーあ、不貞腐れちゃって…こういうとき俺、どっちが年上かわからなくなるよ。
「いいの?時間」
俺の声にハッとして時計を見ると、慌てて靴を履いて飛び出した。
玄関の扉を開け身体を半分外に出したところで、彼はまた振り返って俺を見る。
まだ何かあるのかー?と思っていたら、扉の閉まる音がして、彼が近付いてきて、
頬を両手で挟まれて、ぐいっと引っ張られたと思ったら、キスされてた。
身長差に加え玄関の段差のため、俺は前屈みでアンバランス。されるがまま口付けを受ける。
ゆっくりと唇の形を確認するように味わって離れていった顔は、それでも名残惜しそうで、
物足りないと、目が、唇が、語っていた。
あーもー、自分から勝手にキスしておいて、そんな顔すんなよな。
もっと色々したくなっちゃうじゃないか。俺、受験生だぞ。
まったく、そういう無意識に甘え上手なところも、かーちゃんそっくりだ。
ま、かーちゃんとはキスはしないけど。
俺はこの人たちには一生敵わないと思うよ。
「じ、じゃあ俺、先行ってるから」
自分の行動に今更、耳まで真っ赤にしながら、彼は俺の目を見て言う。
「頑張れよ」
しっかりと力強く響いた言葉を残して、今度は振り返らず出て行った。

頑張るに決まってるじゃん。
もうアンタにあんな物足りなそうな顔させられないからね。

4789-919 あやかし×平安貴族:2007/02/05(月) 02:30:14
雨が降り始めた。最初は小粒の雨だれだったが段々と雨脚が強まっていく。
勝利に沸き立っていた周りの人々は、その興奮に文字通り水をかけられたのか、
足早に山道を引き返していく。

しかし、彼――私の仕える主人だけは、その場に佇んだまま動こうとしなかった。
右手に剣を携えたまま、雨に打たれている。

私は主人の元に走ろうとして、一瞬だけ躊躇した。
彼の足元に転がるそれが、また起き上がり牙を剥くのではと思ったのだ。
しかし、すぐにその考えを打ち消して傍に駆け寄る。
「中将様、お怪我は」
訊くと、彼は足元から目を離さず、ただ「ない」と短く言った。
その視線につられるように、私も足元を見る。

それは、漆黒の毛並みを持つ獣だった。今は骸となって地に横たわっている。
大きな体躯をしたそれは山狗に似ていたが、本来は何という獣なのか私には分からない。

宮中に災いをもたらす妖の者だという話だった。
元は獣であっても気の遠くなるような月日を生き長らえるうちに、知恵をつけ
恐ろしい力を振るい、妖の術を使い、ときには人に化けることもあるという。

仕留めたのは、彼だった。

「あまり雨に濡れると御身体に障ります」
それでも彼は、骸から目を離そうとしない。
「…それは、もう事切れておりましょう。心配なさらずとも」
「なぜ此処で待っていた」
「……は?」
「逃げろと、言ったのに」
見れば、彼の剣を握るその手が微かに震えている。
「攫わないどころか逃げもしないとは、お前は本当に…」

意味が分からず、どう返事をしたものかと逡巡していると
彼は顔を上げ不意に「戻る」と言った。
そのまま、私の返事も待たずに歩いていく。私も慌てて後を追う。

「中将様が仕留められたとお聞きになれば、主上は一段とお喜びになるでしょうね」
主人を和ませようとして出た言葉だったが、彼は何も答えなかった。
硬い表情のまま、後ろを振り返ることもなく、足早に歩いていく。

この三日後に、彼が自らの身を湖に投げ出すとは、このときの私には知る由もなかった。

4799-879 探偵と○○:2007/02/07(水) 01:14:24
「先生! 何を呑気に食事してるんですか!」
「やあ黒木君。ここのモーニングは美味しいね。スクランブルエッグが半熟で絶品だ」
「卵の固さなんかどうでも……」
「一流の美術館の向かいにある喫茶店は、モーニングも一流なのだね」
「そんなものいつだって食べられるでしょう!」
「モーニングは午前中にしか食べられないよ。君はおかしなことを言うねぇ」
「あの泥棒を捕まえてから食べればいいじゃないですか!」
「まあまあ。いいじゃないか、そんなに急がなくても。怪盗君が逃げるわけじゃなし」
「逃げますって! 寧ろモーニングの方が逃げません!」
「予告の時間にはあと二十分ある。あの怪盗君は時刻には正確じゃないか」
「先生は泥棒の言うことを信用するんですか。怪盗を名乗っても所詮は犯罪者ですよ」
「手厳しいね」
「今回は先生宛に挑戦状まで送りつけてきて」
「買い被られて光栄だ」
「僕は怒っているんです。先生を馬鹿にしてる!」
「余程の自信があるのだろうね」
「さあ先生、僕たちも早く美術館へ行きましょう! 警部たちも待ってます」
「そうだね。……うん。それじゃあ、そろそろ行こうか」
「今度こそあの泥棒を捕まえてやりましょう!」
「……あ、ちょっと待ってくれ黒木君」
「何ですか!! 食後のコーヒーが飲みたいとか言うんじゃないでしょうね!?」
「違うよ。どうやら財布を忘れてきたらしい。すまないが、貸してくれないか」
「……。まったくもう。ではこれで……ってうわっ!?」
「黒木君が助手でいてくれて幸せ者だと、私は常々思っているんだよ」
「せっ、先生、今はこんなことしてる場合じゃ……」
「失敗だったねぇ」

紙幣を握り締めた彼を抱きしめたまま、私は耳元で囁いた。

「捕まえたよ、怪盗君」

4809-949 妻子持ち×変態:2007/02/09(金) 23:35:04
通話を終了して携帯電話をテーブルに置く。と、ベッドの方からくぐもった声がした。
「奥さん?」
「……起きてたのか」
「気ィ失ったままだと思ってた? あ、だから普通に喋ってたんだ」
毛布にくるまったまま、にやにや笑っている。
「なんでこの時間に電話……ああ、今の時間って会社の昼休みか」
「……」
「奥さん何の用だった?今日は早く帰ってきてね、ってラブコール?」
「お前には関係無い」
「まさか旦那が仕事抜け出して昼間から男を抱いてるとは思ってないだろうなぁ」
睨みつける。
しかし悪びれた様子もなく「俺なら夢にも思わない」と頷いている。
「ねえ、奥さんからの電話が十二時過ぎにかかってきてたらどうしてた?」
「知らん」
「ヤってる最中でも誰からかは分かるよね、着メロ違うから」
「……いつから起きてた」
「もし今度そういうシチュエーションになったらさ、
 『電話に出ないで今は俺だけを見て』って泣きながら健気にお願いしてやるよ」
「馬鹿なことを」
「俺が泣いたらアンタいつもがっついて来るじゃん。俺の泣き顔が好きなんだろ?」
「ふざけ――」
「やっぱり奥さんと娘さんが一番大事?」
怒鳴りかけた言葉が喉元で止まった。
「ちなみに俺はね、アンタが家族と俺を天秤に乗っけて悩んでるときの表情が一番クる」
そう今みたいな感じの、とこちらを指差すその顔は楽しそうだった。

4819-949妻子持ち×変態:2007/02/10(土) 02:23:29
散る火花、電動ドリルの回転音、荷を積載して行き交うトラックの軋み、砂埃、
天を突く事を恐れず真っ直ぐ伸びていくクレーン車の腕が、白日の空には余りに
不調和に過ぎる黒い鉄骨を高々と吊り下げる下で、労働者達の怒号が交差する。
決して気短な人間ばかりではないのだが、種々の工程に付随した騒音が
鼓膜を刺激しない建設現場など未だ有り得ず、スピード、効率を高めることに腐心する
人々は拡声器を握り締め、腹の底から大いに声を張り上げる一方で、かつ瓢箪型を
した小さな耳栓に世話になりもした。
作業音に限らず、どんな職場にも耳を塞いでしまいたくなるような害音は存在
するもので、特にそれが人の喉から発された聞くにも耐えない言葉であり、己が身を
おびやかす予感すら匂わせていた場合、鉄拳の一つも見舞いたくなるのが
人情というものだ。決して、自分は気短な性質ではなかったはずなのだが。
「愛しています」。
そう口にして縋りつこうとしてきた若者の頬を一発、殴り飛ばした瞬間にこそしまった、
と思ったが、未舗装の赤土の上に上等のスーツで尻餅をつき、脚を広げて
ポカンとした顔がやがて我を取り戻し、敢然と同じ愚言を繰り返そうとするので、
二発目は全く遠慮無しに腹に打ちこんだ。
「この、ド変態が!」
男の多い職場である。世に同性愛を嗜好する者があることも分かっている。
しかし自分がその対象にされるとなるとただ黙っているわけにはいかない。
長く現場第一線に立ち続ける中、まさかこの身が他人に向けてそういった種類の
罵倒を吐こうとは思いもしなかった。
大手建設会社から工事管理、現場にて細かな調整に当たるために派遣されてきた
建築士であるというこの男も、初見ではまともに映ったのだ。育ちのよさそうな顔立ち
に堅実な仕事、現場監督としてのこちらの立場を軽んじることもない、非常な好青年
ぶりを発揮していたはずが、
「調子に乗るなよ、若造が」
「むしろあなたが僕に乗るべきだ!」
今では二者の間には静電気のようにピリリとした緊張が流れ、四六時中
獣のように気を張っていなくてはならなくなってしまった。
どうしてこんなことになったのか。俺が一体何をした。
隙を見せないよう、化粧前で剥き出しの鉄筋の壁で尻を隠しながら横伝いにじりじりと
歩く。若者の頬には痣が増えた。血を吐いて鳴くホトトギスのように鋭く、愛して
いますと迫るたびに一撃、また一撃を加えたためだ。言葉の激しさに応えたわけでは
なかったが、一切の手加減をしなかった。
目障りな変態相手に情けは無用と感じたからだ。
ボクサーのように痣を誇りこそしなかったが、若者はそれを隠そうともしない。こちらの
拳の痛みなどお構い無しに日々青に黄色に、斑に広がっていく模様に声をかける者
もいたが、明確な返答をした事はなく、目元に満足そうな笑みを刻むのみだった。
ホモでマゾか。救いようがない。
アブラゼミの声を聞きながら、「夏場のヘルメットは頭がサウナですねえ」
などと気負いのない会話をしていた頃がひどく懐かしかった。
たまらず、泣きを入れた。自分は妻子ある身だから、これ以上付き纏うのはやめてくれ
と拝み倒したのだ。彼は不意を突かれたようにきょとんとしていた。
どうやらこちらが既婚であることを知らなかったらしい。
申し訳ない事をしたと、頭を下げる様は潔かった。
「僕は我侭を言って、現実を受け入れたくなかっただけなのかもしれない。
あなたはちゃんと、最初から答えをくれていたのにね」
そう言って、若者は頬を押さえた。
こちらについての十分な知識もなく、そんな余裕もなく、ひたすら心の滾るままに
彼は突っ走っていたのだろうか。だからといってあのしつこい猛勢に得心が行くわけ
ではなかったが。自分はかつて妻に限らず、これほどまでの情熱でもって誰かに
接したことがあっただろうか。
あなたを好きでしたと、振り切るように彼は最後に告白し、およそ一月後、我々の
手掛けた建物は無事竣工式を迎えた。
式典から帰宅して玄関で黒光りする靴を脱ぐ間もなく、小学生になる娘が駆け寄ってきた。
「お帰りなさい、お父さん!」
見上げてくる、澄みきった黒い二つの輝きにふと何かを思い出しかけた。そう言えば
こんな目をしていた、ひどく一途な目をして追いかけてきていたんだと、彼の熱を
今更のように胸をよぎらせ、両手を差し出して、ゆっくりと娘を抱え上げた。

4829-979 息子の友人×父親:2007/02/10(土) 02:47:19
「おとうさんを僕にくださいっ!」

それは我が最愛の息子の、晴れの成人式の日のこと。
本日はお日柄もよく滞りなく式も執り行われ、凛々しい紋付袴姿に惚れ惚れと
息子の健やかなる成長を、天国の妻に報告しようと仏壇に向かって手を合わせた時だった。
先ほど帰宅した息子が、友人と二人で引き篭もった奥座敷から、大きな声が聞こえてきた。
何事かと思い襖の陰から中を窺えば、袴姿の若者が二人向かい合い、
我が息子の親友A君が、畳に頭を擦り付けるようにして土下座をしている。
息子は神妙な顔で腕を組み、そんな彼を見下ろしている。
そして再び、
「おとうさんを僕にください」
今度は噛締めるようにしっかりと、腹の底から響くような頼もしいA君の声。
何か昔のテレビドラマなんかであった結婚を許しをもらいに行くシーンみたいだなと、
少しワクワクしてみたけれど、ちょっと待って?お父さんって俺のこと?
普通「お嬢さん」を「お嫁に」くださいを「おとうさん」に言うのであって、
「おとうさん」が「ください」の対象ってどういうことデスカ?
俺、お嫁に行かされちゃうんデスカ?
ちょっと待ってクダサーイ。
私には永遠の愛を誓った人がいるんです。亡くなった妻への愛を生涯貫く覚悟なんです。
いきなりお嫁に来いとか言われても困ります。
そもそも息子の親友A君とそんな関係になった覚えはないのです。
そりゃ彼は、息子がいようがいまいが、毎日のように我が家へ遊びに来ているので、
よく知っているし、既に家族の一員みたいな気持ちはあるけれど、あくまで俺にとっては
息子が一人増えたようなものだというだけで、それ以上の感情などあるはずもなく…。
いやいや、それより、いきなり本人の承諾もなくだね、息子に了解を得に行くのは順序が違うんじゃ?
そんな不束者に、大事なお父さんはあげられないよな?息子よ。頼りにしてるぞ、言ってやれ。
「お前の気持ちは知ってた」
張り詰めた空気を割るように、息子が口を開く。
「いつかこんな日が来るんじゃないかと思ってたよ」
えええええ!?そうなんだ!?俺は全然知らないんですけど?
「けど…何から話せばいいかな」
よし、丁寧にお断りするんだ。
親友といえども、大事なお父さんはあげられませんって言え。ガンバレ。
「あれは俺の祖父だ。おじいちゃん。親父はさっきからあそこで、赤くなったり青くなったり
 一人煩悶してる挙動不審者」

ああ見えて今年で三十七歳だ。若作りっていうか、精神的にも幼いっていうか、よく兄弟に間違われるよ。
高校卒業前に俺が出来ちゃって、まあオフクロが結構年上だったから何とかなったみたいだけど、
はっきり言って俺もあんまり親父と思ったことないんだよね。頼りないし。ガキだし。
子供の頃から一度もお父さんとか呼んだことないし。呼び捨て。間際らしくて悪かったな。
で、お前が親父だと思ってた祖父だが、十五で親父が生まれたって聞いてるから、まだ五十代だけどさ、
あの人は、お前の手におえるような人じゃないぞ。悪いことは言わないから、引き返せるうちに引き返せ。
化け物みたいなもんだ。男も女も、あの人の毒牙にかかって破滅してった奴を何人も知ってる。
まさか未成年にまで手を出すようになったとは…歳の差なんて関係ないって、まあそうだけど。
ああ、そうだな。もう今日から成人だ。だからもう犯罪にはなんないって、お前は来たわけだ。
でも、一度嵌ったら抜け出せない、底なし沼に飛び込むことになるんだぞ。
そりゃ今は、それでもいいって思ってるだろうけど、それはわかるけど。
親友のお前の背を押すようなことは、俺にはできない。
いや、仲を引き裂くとか大げさなもんじゃなくて、いや、そうなんだけど。
お前は今病気にかかってるんだ。病だ病。だから俺の言うこと聞いとけ。
許してくれないなら駆け落ちするって、馬鹿かお前は。
ああもう、だいぶ毒がまわってるな、もう手遅れか?
おぉい、目を覚ませー!

4839-989ふたりだけにしか分からない(1/2):2007/02/11(日) 18:44:02
市民公園の大きなケヤキ、それをぐるっと取り囲むベンチに座る人影ふたつ。ケヤキを挟んで背中合わせのふたり。
つまらん昔話でもしようか、と、片方が呟く。昔を語るにはあまりに幼すぎる声。
「…昔々、黒い妖(あやかし)がいてな。ここらの村人は皆、夜になると家に閉じこもって震えておった」
背中合わせに座った人影が続ける。
「妖は家畜を襲い、作物を荒らし、井戸の水を濁らせた。
 挑みかかった剛の者は皆、翌朝には骨になり転がっていた」
「…訂正しろ。骨なら食えんが、あれはまだ食えた」
「細かいところにこだわるな、お前」
「犬畜生と一緒くたにされるのが不快なだけだ」
明らかに機嫌を損ねる幼い声に思わず苦笑を漏らす、その声も決して年経ているとは言い難い。
「…まぁよい、続けるぞ。
 ある日、村に武者修行なんぞという名目で旅をする若造がふらりと現れた」
「話を聞いた若者は、一宿一飯の恩義にその化け物を退治しようと申し出た」
「そして…」
幼い声が言葉を紡ごうとするのを遮り、もうひとつの声が語る。
「夜に暴れるならば昼に討てばよかろう、と、若者は妖の寝倉と噂される山へと分け入った」
「!」
「若者は山の奥深くで木漏れ日の日向に寝転ぶ妖を見つけた」
「……」
「漆黒の毛並みは艶やかに日に輝き、血の如く朱い目は満足げに細められていた。
 ぐるぐると鳴らす喉の音は離れた場所から様子を窺う若者の所まで伝わり響いた」
一気に語り、ふぅ、と息をつく。
「やがて妖は寝入り、若者はゆっくりと近付いた」
「何故そこで斬らなかった?」
「妖の毛並みがあまりに綺麗だったので、撫でてみたいと思った」
「っ!!」
「自分の背丈以上もあるその妖の喉を、耳の後ろを撫でた。
 寝ぼけているのか、妖はされるままになり、ぐるぐると喉を鳴らして若者の手に頭を擦り寄せた」
「……不覚。あの日に限って寝呆けたとは」
「不覚という事はないだろう。おかげで妖は生き長らえたんだ」
「ほんの数刻だがな」
幼い声が忌ま忌ましげに呟き、もうひとつの声は続ける。
「あとは、あそこの立て看板に書いてある、この公園の名前の由来になった伝説の通り。
 その晩から妖と若者は三日三晩の死闘を演じ、ついに若者は妖を討ち果たした」
「嘘をつけ。あれは俺と若造の骸を見つけた輩が勝手に

4849-989ふたりだけにしか分からない(2/2):2007/02/11(日) 18:47:20
でっちあげた話だろう」
「…そうだな、決着はあっという間だった。
 若者は妖に捩伏せられ、瀕死の重傷を負った。
 死を目前にして若者は強く思った。この妖を他の誰かに倒されるのは嫌だ、と」
「何故」
「惚れたのかもな。宵闇に躍る強く美しい姿と、木漏れ日の下で眠る愛らしい姿を見せられて」
「……はっ、馬鹿馬鹿しい。人と獣だぞ?」
「最期の力を振り絞り、若者は妖の首を撥ねた。
 薄れる意識の中、若者は思った。何故、妖は自分にとどめを刺さなかったのか、と」
「…いらん事を思い出しただけだ」
幼い声に、ふっ、と自嘲めいた笑いが混じる。
「とどめを刺そうと覗き込んだその顔が…
 そのまた昔々、妖のその二叉の尾がまだひとつであった頃、その頭を撫でられた主君にうりふたつだっただけの事よ」
「……」
しばし沈黙が辺りを支配する。街の喧騒がやけに遠い。
「…あの夜は曇りだったな」
「ああ。だから、人はおろか月や星すら本当の事を知らない」
「二人だけにしか分からない真実、か」
悪くない、とふたつの声が笑いあう。
「笑うか、若造。貴様を殺したこの俺と共に」
「お前こそ笑うか、黒猫。俺こそお前を殺しただろう」
「憎しみや怨みはどうにも妖の骸に忘れてきてしまったらしいな」
「俺はもとよりお前を怨んではいないさ」
片方の人影が立ち上がって何かを背負い、反対側の人影へと歩み寄る。
「…とりあえず、若造呼ばわりをまず止めろ。今はお前が年下だ」
声をかけられた少年は、目の前の相手のランドセルと自分の小さな肩掛け鞄を見比べ、「そうだな」と呟いた。
「なら、何と呼ぶ?」
「ヒロキ。ちなみにお前と会った当時の名は…」
「いらん。現世を生きるには必要ない」
「幼稚園児には不似合いな言葉遣いだな」
「たわけ。貴様と話すから合わせてこの口調にしているだけだ」
黄色い帽子を脱ぎ、悪戯めいた笑みでランドセルの少年を見上げる。幼児独特の柔らかな黒髪がさらりと揺れた。
「…撫でたいか?ヒロキ」
「おう。撫でてじゃらして可愛がりまくってやるぞ、黒猫」
「貴様も、れっきとした人間に向けて猫よばわりは止めろ。【コウタ】だ」
ヒロキにくしゃくしゃと髪を撫でられてコウタが笑う。
妙な縁の妙なふたりが互いに懐古以上の感情を抱きあうのは、まだまだ遠い先の話。

48510-19 捨て猫がついてくるんですけどww まじどうしよう:2007/02/13(火) 01:26:35
「おっす」
「……それは何だ」
「向こうの公園に捨てられてた。ちょっと構ってやったら懐かれちゃって」
「それで無責任に連れて来たのか」
「だって、みーみー鳴きながらちょこちょこ付いてくるんだぞ。ほっとけない…」
「お前と似てる」
「ん?」
「都合のいいときだけ寄ってくるところが」
「ちょ、都合のいいって、俺が?」
「こっちの事情お構いなしに転がり込んできて、それなのにある日ふっといなくなって、
 忘れた頃にまた何食わぬ顔して戻ってくる。自分の都合じゃなくて何なんだ」
「え。もしかして、怒ってる?」
「ああ」
「えーと……ごめん、図々しかった」
「……」
「…それじゃこれで」
「どうして出て行った」
「はい?」
「どうして何も言わずに出て行った」
「あの。割のいい長期バイトがあってさ。それが現場に泊り込みで」
「……」
「貯金が底を尽きそうってバレたら、またお前に怒られると思って」
「だからって今まで連絡の一つも寄越さないのはどうなんだ」
「うん。…すいませんでした。ごめん」
「分かればいい」
「……あれ?」
「何だ」
「怒ってるのって、黙って出て行った方にだけ?」
「は?」
「いや、元々の転がり込んだ方には怒ってないのかなーって」
「それは……今更」
「良かったー。ついにお前に見捨てられるのかと思って本気で焦った」
「……大袈裟な」
「じゃあ、上がらさせてイタダキマス。あ、コイツは」
「勝手にしろ」
「ありがと。良かったな、お前も上がっていいってよ。命拾いしたなぁ、お互い」
「さっさとドアを閉めろ。寒い」
「ういー。なあなあ、牛乳ある? こいつ腹減ってるみたいなんだけどさ――」

48610-49 この胸を貫け:2007/02/15(木) 23:35:11
「よ、お疲れ」
顔を上げると西崎さんがいた。俺も「お疲れさまです」と返す。
壁際の自販機にコインを入れながら、西崎さんは俺を見て少し笑った。
「どうした。なんだか本当にお疲れ風に見えるぞ」
「やっぱりそう見えますか?」
そう返すと、彼は僅かに目を瞠ってその笑みを引っ込めた。
「何かしんどいことでもあったのか?」
心配そうに訊ねてくる。俺は何秒か逡巡して、思いきって口を開いた。

「……俺、近いうちに死ぬかもしれないんです」
「おいおい」
俄かに深刻な表情になる西崎さんに、俺は慌てて説明する。
「いや、あの、別に死にたいとか、そういう訳じゃないんですよ。ただ」
「ただ?」
「その…。最近、殺される夢をよく見るんですよ」
笑われるだろうかと様子を伺うが、彼は指を止めたまま真顔でこちらを見ている。
「同じシチュエーションで、毎回、同じように殺されるんです。
 最初の頃は疲れてるのかと思ってただけなんですけど…」
しかし、それが五回も六回も続くと、さすがに気になってくる。
「いわゆる予知夢みたいなもんじゃないのかって、心配になってきて」

「なるほど」
西崎さんは頷いてから、自販機ボタンを押した。がこん、と音がする。
「確かに気味悪く思うかもしれないが、こういう話もあるぞ」
言いながら、「おごりだ」と取り出した缶コーヒーを、俺に投げて寄越す。
「殺される夢は、今自分が抱えている悩みやトラブルが解決する予兆である」
「解決の予兆、ですか」
「特に現実に問題が起こっている相手に殺されるのは、その問題が解決する前触れなんだと。
 殺され方によって色々意味が違うらしいぞ。首を切られる夢は仕事の悩み、とか」
そう言って、西崎さんはにっと笑った。
「良いことの前触れだと思っていた方が気が楽だぞ」
彼の笑顔につられて俺も無意識のうちに笑っていた。

「じゃあ、俺のはとりあえず仕事の解決ではないですね」
「お前の場合は?」
「刺されるんです。胸を刃物でこう、ブスッと一突き。腹を刺されたこともあります。
 刃物が入ってくる感覚だけ妙に生々しくて、でも不思議と痛くはないんですけど」
刺殺の場合は何の悩みなんでしょうねと言うと、不意に彼の笑顔がにっ、からニヤリに変わった。
「それはあれだ。欲求不満だ」
「よっ……」
「刃物で刺されるという感覚のイメージが共通している、らしいぞ。
 ま、それは女の場合のような気もするが………、っておい。東、大丈夫か?」
「…………」
「あー…とは言っても、以前読んだ本の受け売りだから。あまり気にしないでくれ。すまん」
俺が返事をしないのを、ショックを受けたからだと思ったらしい。
申し訳なさそうに、こちらを覗きこんでいる。

俺は、彼の顔をまともに見ることができなかった。

(夢で俺を殺す相手、西崎さんなんですよ…)

48710-49 この胸を貫け:2007/02/16(金) 18:22:36
2月16日、会社員芦野基彦(27)が仕事を終えて自宅アパートに帰宅すると、
六畳の日に焼けた畳の真ん中に、不釣合いなストロベリーブロンドの美少年が、
正座をして待っていた。

「…どちらさまですか?」
「こんばんわ。私はキューピッドです」
「すいません、部屋を間違えたようです」
「芦野基彦さんでいらっしゃいますね?」
「…はい」
「初めまして。私はあなたの恋心を奪うためにやってきました」
「はあ?」
「さる2月14日午後6時24分15秒、○×駅前広場噴水横ベンチにて、
 同僚花丸希美子さんから差し出されたチョコレートを受け取りませんでしたね?」
「はあ?」
「受け取りませんでしたね?」
「…はあ」
「契約により、この鉛の矢を撃ち込んで、あなたの恋心には死滅してもらいます」
「ちっ、ちょっと待って!何それ弓矢!?こっち向けないで危ない!」
「逃げないでください。すぐに済みます」
「ひぃ〜っ殺される〜!!」
「生命に危険はありません。安心して」
「安心できるかっ!!」
「あっ何するんですか、返してください!」
「没収!こんな危ないもの子供が持ってはいけません!」
「子供とは違います。キューピッドです」
「まずは話し合おう。話を聞こう…って君、何で裸なの?」
「キューピッドですから」
「…キレイな肌してるね」
「キューピッドですから」
「……君、キレイな顔してるねぇ」
「キューピッドですから」
「ほぁ〜」
「あれ?恋色メーターが反応してる。私、間違って黄金の矢を撃ちましたか?」
「黄金の矢ってこれ?これ撃つと恋しちゃうの?」
「あっ黄金の矢までいつの間に!?」
「これ黄金で出来てるの?結構軽いね」
「あ〜ん、返してくださ〜い」
「そんな涙ぐまれると困っちゃうなぁ。もう俺を狙ったりしない?」
「それはできません、契約ですから」
「何その契約って」
「チョコレートを買ってくださったお客様へのオプションサービスです。本来なら、
 意中の相手がチョコレートを受け取り、箱を開けると私たちキューピッドが現れ、
 黄金の矢を撃ちこむことで、目の前の相手に愛情を芽生えさせるという内容です」
「最近のバレンタインはすごいことになってるんだな」
「しかし花丸様の場合、チョコレートをあなたが受け取らなかったので、本日、
 鉛の矢を撃って相手が恋を嫌悪するようになるオプションを追加で購入いただきました」
「それ何て呪い代行業?」
「契約をきちんと履行しなければ、私が上司に怒られるんです〜ぅ」
「可愛い声出してもだめですぅ」
「矢を奪われたことまでばれたら、クビになっちゃいます〜ぅ」
「俺だって恋が出来なくなるなんてごめんですぅ」
「私キューピッド失格になっちゃいます〜ぅ」
「じゃあ、うちにくればいいじゃない」
「え?」
「えいっ」

ぷすっと、芦野が伸ばした手の先の、黄金の矢が少年の胸を貫いた。
後に彼はこのときのことを、次のように語っている。

矢が胸を貫いた瞬間、世界は大きく色を変え、全てのものが美しく輝きだし、
天使が祝福のラッパを吹いていた。頭の中では絶えず鐘が鳴り響き、熱き血潮に
顔が紅く染まるのを止められなかった。そして、目の前には軍神マルスの如き
逞しく美しい男がおり、自分に熱い視線を向けていたのだ。

「鉛の矢は返すよ。さあ、この胸を貫いてごらん」

男は両腕を大きく広げ、少年に向かい微笑んだが、少年は矢をつがえることすらできなかった。
それよりも、高鳴る胸の音を聞かれやしまいかと恥ずかしくて、どこかに逃げ隠れてしまいたかった。

4886-279 教師二人:2007/02/18(日) 16:26:34
さあ帰るかと、車のキーを取り出しながら中庭を横切っていると、
どこからともく「花村せんせー」と名前を呼ばれた。
立ち止まって辺りを見回すが、薄暗い中には誰の姿も見えない。
「ここですここー。上です」
見上げると、二階の理科準備室の窓から同僚が手を振っていた。
「鳥井先生。まだ残ってらっしゃったんですか?」
若干声を張り上げると、「それがですねぇ」と呑気な声が返ってきた。
「ちょっと今、大変なことに」
「は?」
「花村先生、もう帰るんですよね?」
「え。あ、はい」
「もし良ければ、ちょっと時間とってもらえないですか」
「え?」
「お願いします。このとおり。俺を助けると思って」
二階から拝まれては「いえ、お先に失礼します」とも言えない。
仕方なく、キーをポケットに仕舞って第二校舎へ入って二階へ上がる。

理科準備室のドアを開けると、そこは真っ白な世界だった。
比喩ではない。本当に白かった。机も、椅子も、床も、粉まみれになっていた。
「鳥井先生、これは一体……」
「いやぁ、授業で使う重曹を袋ごとぶちまけてしまいまして。あはは」
白い世界の中で白衣を着た男は、能天気に笑っている。
「明日必要なんで準備をしてたんですが、大五郎にぶつかってしまって」
「大五郎?」
「そいつです」
指差す先には人体の骨格標本があった。
「ガイコツに名前をつけてるんですか?」
「俺じゃないですよ。昔からそういう名前らしいです」

骨格標本の他にも、人体模型やら鉱石の標本やら実験器具やらが置かれている。
準備室というくらいだから、本教室よりも物が多くて雑多なのは当たり前だ。
当たり前なのだが…
「なんだか、物凄く散らかってるように見えるんですけど」
「それが、重曹を拭こうと思って雑巾取ろうとしたら、そこの台にぶつかって」
「よくぶつかりますね」
「積み上げてた物が、ガラガラドーン!」
三匹の山羊ですかと言いそうになったのを飲み込んで「崩れたんですか」と相槌をうつ。
「そうなんですよ。連鎖反応って怖いですよねぇ」
「はぁ」
「お願いします、花村先生。片付けるの手伝ってもらえませんか」
また拝まれてしまった。
「お礼に、今度ケーキをご馳走しますから」
「いえ、別にお礼とかそういうのは……」
と言うよりも、何故唐突にケーキなのか。思考の展開がよくわからない。

「でも、知ったからにはこのまま帰るわけにも行きませんし。手伝いますよ……うわっ」
頷くやいなや、もの凄い勢いで両手をがし、と掴まれた。粉まみれの手で。
「ありがとうございます」
そのままぶんぶんと上下に振られる。まるで世紀の実験に成功した研究者だ。
「力を合わせて、跡形もなく片付けましょう」
「あ、跡形も無く?」
そこでその言葉の使い方はおかしくないだろうか。
「何の痕跡も残しておかないようにしないと。風見先生にバレたらどうなるか」
「風見先生?」
「今度こそ雷が直撃だ。容赦ないんですよ、あの人。
 あ。花村先生も、どうかこのことは黙っておいてください。ケーキに免じて」
「あの、だからケーキは別にいいですよ」
件の風見先生とは、別の理科担当の教師である。
以前にも何かやらかして怒られたのだろうか。失礼だが、容易に想像できてしまった。

「とりあえず。いきなり雑巾で拭いても駄目ですよ。高い所から順番にやらないと。
 最初は机や椅子を叩いて、それからから拭く。床は最後に掃きましょう」
「おお、なるほど。位置エネルギーに則るわけですね」
そんなに感心されても困るのだが。というか、その納得の仕方に納得がいかない。
ため息をひとつついて、着ていたコートを脱いで、腕まくりをする。
(帰れるの、何時になるかなぁ……)
自分の心配を他所に、彼は鼻歌を歌いながら、人体模型にかかった粉を払い始めている。
妙に楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
(……。頑張ろう)


翌日、『手伝いのお礼と口止め料』という名目で、彼は本当にケーキをご馳走してくれた。
化学反応の実験の副産物、電極が差し込まれたカップケーキを。

4897-419 自分の萌えを熱く語れ!:2007/02/18(日) 23:17:39

 皆さん今晩は。
萌えについての勉強ですが、今日は『自分の萌を熱く語れ!』というテーマで少しお話しをしたいと思います。
 大きく分けて属性というものは装備系統と基本系統にわかれますが、属性は日々誕生し、増え続けるものであります。
その多くの属性を全て理解することは不可能に近いと思いますが、理解を広げることにより自分自身をより深く理解、分析することが出来ますし、また新たな属性を発見する手助けになると思います。

 たとえば青木君、君の萌え属性は、この用紙には猫耳と書かれていますね?
中にはもとから生えている物でないといけないという方もおられますが、猫耳というのは系統に置き換えると装備系と言えるでしょう。
何の変哲もないキャラや人物でも、そのアイテムを付加することによって簡単に萌えるキャラや人物にレベルアップするというものです。
猫耳に代表される耳以外にも角や翼、私が今着用している眼鏡と白衣、巫女服や軍服などの制服もこのオプション型と考えて良いでしょう。

 次は神崎君、君の萌え属性は、黒髪と褐色の肌ですか、比較的相性のいい属性ですね。
こういった外見的特長を取り入れた萌は基本系と言えるでしょう。
この属性は先程の装備系と違い、キャラクターや人物が素の状態で持っていることが多く、そのため付加や取替えすることが出来ない物が多いです。
一つの例として神崎君の基本属性を上げると……あ、嫌ですか?
えー、それでは私の持っている基本系属性を上げると、黒髪、黒目、色白等になります。

 次に藤川君、君の萌え属性は、ツンデレな喫茶店店主ですか、店主限定な所に藤川君のこだわりを感じますね。
喫茶店店主は職業萌と言うものですね、基本系にあたるものですが転職可能なキャラや人物もいますので装備系とも言えるでしょう。
刑事、スポーツ選手、ファンタジー世界ですと魔法使いや戦士、それから皆さんの生徒や私の先生という職業もそうですね。
 ツンデレは性格を表すものであり、ある程度そのキャラや人物を知らないと分からない属性でもあります。
性格は大体において容易に変えることが出来ないものなので基本系にあたりますね。
では私を例として上げると、なんでしょう?んー、えー。
ああ、よく天然と言われるので天然なのだと思います。

 自分の性格を属性で例えるのは難しいですね、いい機会ですからこれは宿題にしましょう。
次回までに各自自分の性格を属性に例えること、その理由も簡潔に添えるようにしてください。

 では時間も無くなってきたので最後に湯川君、君の萌え属性は、眼鏡、白衣、黒髪、黒目、色白、先生、天然ですか、随分多いですね。
湯川君のように様々な属性を同時に……なんですか?湯川君。
先生が好き?
そうですか、湯川君は特に先生と言う属性が好きだそうですが、様々な属性を同……なんですか?
だから先生が好きなんですよね?え?耳を貸してくれ?
……え……あ、その、じ、時間が来ましたので、今日の講義はこれで終了します!

49010-119 ピロートーク:2007/02/25(日) 11:15:16
睦言に憧れていた。

子供の頃からの夢だった。いつか好きな人が出来て、その人と結ばれることが叶ったら。
情熱的な告白とかじゃなくてもいい、映画に出るような洒落た言葉じゃなくたって。
ただ朝ごはんは何にしようかとか、ドアちゃんと閉めた?とか、そんな他愛のないことを確認し合いながら、
おやすみ、とどちらともなく穏やかに眠りに落ちるのだ。それで十分甘いはずだ、そんな些細なやりとりさえも。

だけどぼくはゲイだったし、だから好きになったのも当然男のひとで、厳しい目をしたそのひとは
その上妻子持ちと来た。諦めるべきだと思った。初めての恋も、子供の頃からの夢も。

未だにぼくはあなたが何故ぼくを抱いたのか分からずにいる。

ぼくは自分が思ったより遥かに諦めが悪かった。言ってみればそれだけのことだ。
潔く身を引くことも出来ずぼくはあなたとのことを引き摺り、そうして長引いた初恋は今年で十年目に突入し、
あなたの子供はあなたに出会った時のぼくの歳になり、今ぼくの前で恐ろしい形像で何故あなたがぼくと
寝ていたのかを問い質している。顔怖いな、とちょっと思う。顔立ちは幼いが、怒った表情はあなたにそっくりだ。
あまりにも似ているものだから、つい問い返したくなってしまう。ねぇ、あなたは何故ぼくを抱いたのですか。

一緒に朝を迎えたことはなかった。あなたには帰るべき場所があった。
一緒に映画を見たり、買い物に出かけたり、外で食事をしたことだってなかった。そんな関係じゃなかった。
人々の視線を恐れ、あなたに呆れられることを恐れ、ただ黙ってあなたに抱かれていた。
そこに睦言など介在する余地もなく、今思い返してみれば熱さえもなかったような気がする。
あなたはいつも淡々と、ほぼ事務的にぼくを抱き、ことが済んだら先に帰っていった。
その背中にいつも問いかけようとし、そして結局呑み込んでしまった言葉をこうしてぼくは持て余している。

問いたかった。答えを知りたかった。
あなたとデートがしたかった。一緒に朝を迎えたかった。あなたにおやすみを言いたかった。
だけどぼくはあなたを奪えなかった。だってあなたが何故ぼくを抱くのかさえぼくは知らなかった。
あなたは奪ってくれなかった。

ねぇぼくはあなたものになりたかった。

49110-119 ピロートーク:2007/02/25(日) 11:17:11
ずっと言いたかった言葉はあなたの厳しさに戯言だと切り捨てられることを恐れ、ただぼくの体中を巡り、
なるべき声を切り裂き、そして永遠にあなたに伝わることはなかった。
だけどその厳しい目であなたは見出せたのだろう。ぼくの縋り付く腕に。何の抵抗もなく開く体に。
特記するエピソードもなかったこの十年間、淡々と、事務的に、それでもずっとぼくを抱きに来てくれたあなたなら。
病床で最期に、熱にうかされ、うわごとのようにぼくの名前だけを呼び続けたというあなたなら。

子供の頃憧れていた甘い言葉はなかった。たった一度も、そんなやりとりが交わされたことはなかった。
あなたはぼくを奪ってくれず、ぼくはあなたのものになり損ね、
ただあなただけ最後の最後にぼくのものだったと、ぼくさえ知らなかったことをあなたの息子さんは怒っている。
それはどんな睦言よりも甘く、この十年間を実際在り続けていたものとは違うものにしてしまう程に甘く、
そしてぼくは分かってしまうのだ。

それで今、幸せなはずのぼくは、報われたはずのぼくは、否、多分だからこそ、こんな甘さより別のものを
欲しているのだ。望んでいるのだ。
ぼくのものになったあなたのことを聞かされるこの瞬間より。こんな短絡的でいてそれでこそ絶対的な答えより。
ただただ流れていくだけだった、あの甘さなど欠片もなかった時間がまだ続くことを、
ねぇ、あなたは何故ぼくを抱くのですか、と声にならない言葉を問いかけるように。

でももう遅い。あなたはもういないのだから。

それでもぼくはもう一度、未だに分からないフリをして。
もうぼくを見ることはないその厳しい目を恐れるフリをして。
今はもういない、あなたに呼び掛ける為に、まるで睦言のように。

ねぇ、教授。

49210-119 ピロートーク:2007/02/25(日) 15:14:30
おかしい。

いわゆるピロートークってもんはもっとうこう、甘いもんじゃないのか。
普段は恥ずかしくて言えないこととか、他愛のないこととか、
とにかく二人で余韻に浸りながらイチャイチャと話をするもんじゃないのか。

なのに、どうしてこいつは俺の隣に寝そべったままノートパソコンのキーボードを叩いてるんだ。

「いける!これでいけるぞ!なんで今まで思いつかなかったんだ俺!」
なんだその生き生きした目は。なんだその溌溂とした表情は。
『いける』じゃねーよアホ。今しがた俺にイカされたばっかだろお前。
「……楽しそうだな」
「楽しいというか嬉しいというか、俺って天才?みたいな」
テンション最高の満面の笑顔でこっちを見るな。
ついさっき涙目で俺を見上げて言った「もう駄目」「もう限界」っつー言葉は嘘か。
まさか「早く」とねだったのは早く終わらせたかったからじゃねぇだろうな。
「仕事か、それ」
「まーね。急な仕様変更があって、どうしようかここ数日悩みっぱなしだったんだけど」
こいつの職業はSEだが、『SEとはシステムエンジニアの略称である』ことくらいしか俺には分からない。
「閃いた!唐突にぴかーんと!アドレナリンがどばーっと!」
「へえ」
「解決した。多分ね。明日書き換えてテストしてみないと分からないけど、多分オッケー」
「ああ、そうかよ。良かったな」
わざと機嫌の悪さを滲ませて言ったのに、明るく「うん、ありがとう」と笑う。
本当に嬉しそうに、鼻歌を歌いながらノートパソコンを撫でている。

おかしい。甘くないどころか、すごく苦い。
こいつは表情はとても幸せそうなのに。俺の隣で笑っているのに。
さっきまで何度も好きだと囁いて、囁かれて、最高に幸せな気分になっていたのに。

苦い気分が着地した先は、情けなくも『パソコンへの嫉妬心』だった。

俺たちの甘いピロートークを奪いやがってこの野郎。
次やるときは、絶対隠す。

49310-179:2007/03/05(月) 13:54:08

「一番嬉しかったこと」
「そう。ただのアンケートなんだけどどーにも、思いつかなくてさ。参考くれ」
「俺の意見が参考になるとは思えねーな」
「それでも! 一般論でいいから何かない?」
「……強いて言えば」
「言えば?」
「お前に蹴り倒されてそのまま踏まれたことだな」
「……は?」
「そうなんだよ。俺はきっと、お前に踏まれる為に生まれたんだと思う」
「え?」
「さあ。踏めよ。ていうか踏んでくださいお願いします!」



「てめぇみてーな変態M男に聞いた俺が馬鹿だった」
「ううううさっきみたいな容赦無いビンタも今みたいなシカトも結構クるけど
やっぱり踏まれるのが一番嬉しいよ受けー」
「攻め、お前は死ね。お前を殺して俺は生きる」
「そんなどっかのラノベみたいなこと言わないでもう一回踏んでくれよ
受けーあいらびゅーあいにーじゅうぅー」

 受けは足を高くたかく振り上げ、期待に目を潤ませた攻めの脳天に
勢い良く打ち下ろしました。
 攻めは昏倒しながらも幸せそうな顔でした。     〜FIN〜

4946-159最後のキスと押し倒しにうほっwwとなりつつ踏まれます(1/2):2007/03/11(日) 03:24:43
 寝転がってテレビを見ていると、先輩は必ず俺のことを踏み付ける。
 先輩はいつもの無表情で淡々と「お前の前世が玄関マットなのが悪い」なんてわけのわからない理屈を言って煙に撒こうとするが、わざわざ進路を曲げてまで人のことを踏みつけていくその行動は、自分に注意を向けたくてわざわざ人を踏んでいく俺の実家のネコの行動とそっくりだったりする。
 ……なんて言うと切れ長の目を細めて「それで?」なんて冷たく言われて、以後最低三日はご機嫌ナナメ・下手をすれば料理ボイコットにより毎食うまい棒(たこやき味)が出されかねないことは目に見えているので、とりあえず今日も黙っておとなしく踏まれている俺なのだった。
「お前が見てる話って、いつもワンパターンだな」
 踏まれることにスルーを徹底する俺の反応がお気に召さなかったのか、先輩は俺の腰に乗せた片足に全体重をかけながら声をかけてきた。
「えー、全然違うじゃないっすかー!どこ見てそういうコト言うかなー」
 踏まれた足の下で手足をじたばたさせて抗議をアピールしてみるが、先輩は俺の方を見ようともせず、つまらなそうにテレビを眺めている。
「どうせこのあとキスして押し倒して一発ヤってはいサヨナラ、だろ。別れるつもりのくせに未練がましい」
「うーわー、俺の燃えかつ萌えシチュ・ラストキスをさらりと全否定しましたね?!」
「あぁそういやお前、切な萌えとやらについて無駄に熱弁を奮ってた事があったな。途中からアイスの賞味期限について考えてたんで聞いてなかったが」
「アイス>俺、ってコトですか!?」
「不満そうだな」
 腕を組んで軽く首を傾げた見下し目線が俺を捕らえる。無論、右足は俺を踏み付けたまま。あぁもう本当そういう尊大な態度と表情似合いますね。Mのケはないけど目覚めてしまいそうです。
 ……なんてぐだぐだしているうちに、テレビに映るシーンは別れを告げられ泣きじゃくるヒロインを抱きしめる主人公。最後に一度だけ、と交わすキスは徐々に熱を帯び、やがてゆっくりとベッドへと倒れ込む。漂う切ない雰囲気や悲壮感、胸を締め付ける感覚がたまらない……エロが目的で見ているわけではないのだ。断じて。

4956-159最後のキスと押し倒しにうほっwwとなりつつ踏まれます(2/2):2007/03/11(日) 03:27:13
 浸っていると、いきなりぎゅっ、と俺を踏み付ける圧力が強まった。ぐへ、と間の抜けた悲鳴が勝手に口から飛び出る。
「ちょ、一番いい時になにすんですか!」
「なんかムカついた」
 俺を踏み越えて台所へ向かいながら先輩は淡々と告げる。
「俺なら離さない。最後だっていうなら最期にしてやる」
「さらりと恐い発言しないで下さい!唇に毒でも塗るつもりですか?」
「いや、腹上死狙い」
「なっ……」
 絶句する俺になんてお構いなし。持ってきた牛乳をパックから直に飲んで唇をぺろりと舐める。赤い舌が妙になまめかしい。
「自分から跨がって腰振って、からっからに干からびてミイラになるまで俺の中に搾りとってやるつもり……どうした、いきなり丸くなって」
「いや、なんでもない、です……」
 うっかり乱れる先輩を想像して体育座りになる。ただでさえベッドでの可愛さは普段とのギャップと相俟ってえらいことになっているのに、そこに積極性が加わったら正直洒落にならない。
 更に丸くなる俺なんて眼中にないように、やっぱり先輩は淡々と続ける。
「問題は下になっているのに【腹上】と呼んでいいかどうかだな。どう思う?」
「……どうでもいいです!」
「どうでもよくないだろう。お前の死因だぞ?」
「え」
 どういう意味かを問おうとした口は、素早く先輩の口で塞がれてしまった。

×××

『シチュが好きなだけであって、先輩と別れようなんて気は1ミクロンもありません!』

先輩の艶やかな痴態にうっかり酔ってしまい、ようやくそう告げることが出来たのは、死なないまでも散々搾られて身動きできないほどへろへろにされた後の話。

49610-249 卒業:2007/03/13(火) 01:27:23
先週、俺はこの学校を卒業した。
進学が決まった報告に訪れた今日が、この校舎に来る最後の日だ。
地元を離れることも決まったから、あの人と会うことももうない。

あの人が誰を見ているかぐらい、とっくにわかってた。
俺は3年間ずっとあの人だけを見てたんだから。
1年半が経つ頃には、アイツのあの人を見る目つきが変わったのにも気付いた。
あの人がアイツといる時、どれほど幸せそうな顔をするのかも。

それでも諦められなかった。
望みがないとわかってても、あの人を想う気持ちを止められなかった。
告白する勇気もない、ましてやアイツから奪うことなんて出来ないくせに。
でも、それでも終わらせることはできなかった。

今日を逃したらもう、あの人と会う機会はない。
合格した日に決めた。
最後にあの人に会って、それで終わりにしよう。

きっと、すぐに忘れたりできない。
何度も思い出して、その度に後悔するかもしれない。
せめて、何か出来たらよかった。
頑張って告白するべきだったろうか。
あの人を悩ませたくないなんて、振られるのが怖くて言い訳してるだけだ。

それでもやっぱり告白はできないだろうから。
その代わり、ちゃんとサヨナラを言おう。
先生への別れと、叶うことのなかった恋への決別。


俺は今日、この恋から卒業する。

49710-241:2007/03/18(日) 14:24:59
「お前の辞書に辛抱って文字は無いんだな」

…と言いつつ、されるがままになっている俺も俺か
こいつに「いい…?」って上目遣いにせがまれると
どうにも抵抗出来ない
今日もせめてシャワーだけでも浴びさせてくれって言ったのに
シャワールームまでやってきて背中流してやるよ…って
そのままコレだもんな

「いつ見ても綺麗な背中してるな〜」

俺の苦手な所だけは、ホントしっかり覚えてやがるし
こら、そこは自分で洗えるってば!
気持ちいい?とか聞くな!答えられる訳ないだろ!

「ここだったら洗濯の手間とか無いし…いいよね?」

はいはい、参りました。



12時間反応待ちがある所を見落としてました、すいません
明らかな嵐は無いものとして扱っても良いと思うけどなぁ…

49810-289党首×捕手:2007/03/20(火) 07:30:53
『八神海渡、八神海渡、海を渡る八人の神。もうこりゃ縁起もんです。
しかし皆さん、名前負けするような男ではありません。
お手々繋いで幼稚園…そうかれこれ30年近くの腐れ縁ですが、
一度たりとも約束を反故にしたことのない誠実な男です。
高校時代デッドボールを受け、足を打撲した私を担いで医者まで走ってくれた、そんな優しい男です。
お嫁に貰ってもらいたいほど…あっいや女房役はグラウンドだけで手一杯でして、
それは未来のお嫁さんにお任せしましょう。
また皆さん、……』

私は横で微笑みを浮かべながら、嫁という言葉にあの日の自分を思い出し真っ赤になった。


和人とゆっくり会ったのはもう3ヶ月も前だったろうか。
お互い忙しくいつもこんな調子だ。
あの日、逞しい和人に何度も貫かれ追い上げられ快楽の淵に突き落とされた私は
「そろそろお嫁に貰ってくれてもいいのに。
 いつもおまえと一緒にいたいんだ」
積もり積もったストレスと快楽の余韻の為せる業とはいえ
正気に返れば恥ずかしさにいたたまれないような言葉を紡いでしまった。
「俺はいいよ?いつでも嫁に貰ってやるさ。
 だけどプロの投手になる夢を捨てて政治の道を志ざしたのはおまえだろ。まだまだ先だ」
「政治家の引退って遅いの知ってるだろ?そんなの待てない。」
「一党の党首が男と暮らしてるなんて許してくれるほど世間は甘くないぞ。
 先だっていい。おまえが隠居してゆっくり暮らせる日まで俺は待ってるよ。」
そう言って子供をあやすように背中をトントンとして抱きしめてくれた。
ただの弱音、おまえにだからこその甘えだと分かっているんだろう。
それでも優しい言葉が嬉しかった。

党首とは言っても3年前に立ち上げたばかりの若い党だ。
派閥抗争に嫌気が差した若い議員、既成の党の体制に合わない議員、
国政に新しい風を起こしたい同志で立ち上げのだった。
今回の総選挙の応援演説を和人に依頼するのは抵抗があったが、私たちが親友だと知る周りの者たちからは、
東海ランナーズの正捕手であり昨期の打率トップでもある真鍋和人の力を借りない手はない、
と押し切られこの現状だ。


『明日の投票日には是非「八神海渡」とお願いします。
政治の事は疎い私ですが、万一手抜きしようものなら親友として一国民として容赦はしません。
必ずや私が、彼が真っ直ぐな道を勧めるよう支えていく事をお約束します。
まぁ酒を飲んだり愚痴聞いたりしかできんですけどねぇ。
皆さんのお力をこの日本新風クラブの八神海渡に是非是非貸してやって下さい!』

そうだな。どんな時もおまえは私の支えだ。
会えるのはたまにでも幸せだ。
のんびりゆったりするのはまだ先でいい。

49910-169 痛かったら手を挙げてくださいね:2007/03/23(金) 05:07:51
…これが常套句ってやつなんだと、恐怖と緊張のさなか、何故か冷静に国語の宿題のワークを思い出していた。

マスクで隠れてるが、見えなくても想像が付いた。
先生の形良い瞳が優しく細められる。
白い歯っていいねーなんとかかんとかっ、て古いCMばりに爽やかな笑顔と、
穏やかな、安心させるような声。
けど、騙されねぇ。
痛みに手を挙げても
「もうちょっとだから、我慢してね」とか
「偉いぞーかっこいいぞー男の子は我慢だぞー」
とかなんとか言う、悪魔になるんだ。
天使じゃねーぞ。全然。絶対。
…あれ?
白衣の天使って、かんごふさん限定?
そんなことを思いつつ、
ぜったい、しかえししてやる、と
ガリガリ歯を削られながら
そう心に誓った小6の俺――


バシッ。

50010-169 痛かったら手を挙げてくださいね:2007/03/23(金) 05:35:25
「あんたはいつだってそうだ!
ずっと、昔っから。
俺の事、子供扱いしてっ
…そうだよ!15も違うよっ…追いつけねぇよっ…けどっ、」
今更不毛だの、何でそんなこと言うんだよ!
最初から分かってた事じゃねーかっ!
それこそ、あんたは大人なんだからっ!!
一気にまくし立てた。

些細なすれ違いから、エスカレートしてく感情の発露。
どうして、伝わらないんだろう。
好きなだけじゃ駄目だって、そんなこと分かってるよ。
けど、けど――。
…手のひらが熱い。
興奮のあまり喉が詰まって言葉が続かなくなり、俺はぎゅっと目を閉じると背中を向けた。

「……ごめんね」
「…!」
淋しそうな声と、拳を包んだ温もりに振り返ると、
先生は赤い頬のまま、
昔とは違う、悲しそうな笑顔を浮かべていた。
その痛々しさに、はっとして
すうっと興奮が冷めてゆく。
「ごめ…」
謝らないで、というように先生は静かに首を振った。

「…痛かったのは、
歯じゃなくて君の手と
君の心だから…」

50110-169 道しるべ:2007/03/23(金) 07:31:43
…春ニ貴方ヲ想フ

あの人を失った、河原の道を歩く。
あの日も、今日と同じように、日差しが柔らかく暖かい春の日だった。
あの人は凛とした瞳で俺を見つめていた。
涙は無かった。
ただ、癖で噛んだ唇が赤く、痛々しかった。
どちらかが悪かったのではなく、多分、どちらもが悪かった。
子供だったと、幼かったと、若さのせいにしたら
あの人は怒るだろうか。
それともあの日と同じように、冴え冴えと美しく微笑むだろうか。

俺とあの人は、何もかも危ういバランスの上で存在していた。
キスをして、抱き合って、笑い合っても
俺たち二人はいつも小さな傷を付け合って、いつも怖がっていた。
――何を?
考えようとして、頭を振る。

今ではもう、思い出せない。

ただ、大切だった。
それぞれ違う道を歩もうとも
憧れで、目標で
…本当に、大切な人だった。


それは、思い出の中のワンシーン。

「…つくしって、何でつくしって言うか知っとる?」
「は?」
唐突な事を言い出すのは彼の十八番。
へぇー、ということから
で?ってことまで、
豆知識や宇宙の謎、答えられる事もあったけど、返答に困る事まで。
けど、そんな時の彼は、いつもどこか楽しそうだった。
「つくしのつくしって、ミオツクシから来とるんやって」
「ミオツクシ…?」
飲み込めない俺に、彼は
そこらに転がってた小石を拾うと
澪つくし、とゆっくり地面に文字を綴った。
「あ、その澪つくし、か…」
「うん」
彼はぱっと笑顔を浮かべ頷いた。
「それでな、
その澪つくしに、立ってる感じが似とるから、
つくしって言うんやって」
他にも色々説はあるらしいけどな。
「…けど、海の標識が澪つくしなら、」
つくしは春の道しるべみたいで、しっくりくるな。
と、菜の花のようにふわりと彼は笑った。

…春の道しるべ。
普段は現実主義者の振りをしてるくせに、
その実、ロマンティストで。
なのにそう指摘すると、照れて怒った表情をした。
けど、本当に強い人だった。
「……」
俺は。
淋しかった。

違う道を進んでいる事は分かっていた。
あの人が誇るもの、大切なもの、守るものも知っていた。
そんなあの人が好きだった。
けれど、それでも淋しくて、もどかしくて
…悔しかった。

何かが記憶に引っかかった。
「…っ、」
目の奥が熱くなって、俺はその場に立ち止まった。

50210-169 続き:2007/03/23(金) 07:44:02
俺は。
あの人の、道しるべになりたかった。

…あの人は。

「二人で歩いて来た足跡が、」
二人の道しるべだと
そう言って、笑った。

「行き先を教える道しるべはいらない。
来た道を教えてくれればいい。
間違ったら、間違った場所まで戻って
二人でまた歩い行けばいい」と。


…戻れるだろうか。

あの、道しるべまで。

5036-159:2007/03/23(金) 08:03:16
オイっ、6-159よ。
まだそんな格好してんのか?
ヨソさまのラブシーンにうほっwwとなってる余裕も
踏まれてるヒマもお前さんにはねーんだよ!
さっさと…と言っても
はるか超亀になってしまったが、
はるばるやって来たこの俺サマを、押し倒してキスせんかいっ!
…ナニ、嫌だと?
なーに言ってんじゃワレ!
なら、この俺サマがとっととヤったる!!
ホラ、目くらい閉じろよ。

…おながいします。
目を閉じて下さい。
実はちょっと、かなーり、
恥ずかしいんだお。

50410-119 ピロートーク:2007/03/29(木) 03:24:16
(…妹はいつもこんな風に抱かれているのだろうか…?)
 悠樹は気だるさの残る身体でぼんやり考えた。
その隣で煙草を吹かしている『悠樹の妹の彼氏』、迅は相変わらずの
余裕たっぷりな態度で悠樹にニッと笑いかけた。
「ちゃんとイけたか? ゲイの悠樹君?」
 もはや彼に反発する気も起こらない悠樹は、
「…ああ、イった、…良かった。もの凄く…」
 と、答えた。
「今日はエラく素直なんだな」
 迅はそう言ってククッと笑い、
煙草を灰皿に押し付けて、布団を捲って再び悠樹の隣に寝転がった。
悠樹の瞳を覗き込む様な彼の仕草に、悠樹の心臓の鼓動が高鳴った。
「…俺は素直だよ。あんたがわざわざ怒らせなければ」
 悠樹は迅の事が好きで好きで堪らなかった。
妹より自分を愛して欲しいと願う様になっていた。
「…迅…、俺ってキモいだろ?」
「…まぁな。キモいよ」
 迅のストレートな物言いは、やはり悠樹を傷付けた。
「……じゃ、何で抱くの…」
 迅はニヤニヤしたまま悠樹の惨めな表情を見つめて言った。
「…キモ可愛いってやつだろ?」
「茶化すなよ、俺はマジで…んっ」
 悠樹の口唇は迅のキスで塞がれた。
「……もうちょっとさ…、楽しもうよ…、誰にも内緒で」
 迅はそう囁いて悠樹の上にのし掛かった。ベッドが軋む。
悠樹は舌に残る煙草の匂いがいつまでも消えなければいいのに…と願った。

50510-359 キリスト教徒同士 1/2:2007/03/30(金) 15:58:04
「仕方ないと思うんだよな俺」
「何がだ」
「こうなること」
「何でだ」
「だってほら覚えてる?神様って人間をご自分に似せて創造なさったって」
「それがどうした」
「似せたのってなにも形像だけじゃないんだよって話」
「言っていることが分からない」
「旧約だよ旧約、神様って嫉妬深いってあったじゃん」
「ただ似せられてるだけだというのか」
「責めないでやってくれよ。あの人は俺達を愛してるだけなんだよ」
「人じゃないと思うが」
「別にいいじゃん、親密感わくし」
「よくない。あの方のせいにしたくない」
「あんたって信心深いのな」
「君ほどじゃない」
「へ。俺何かしたっけ」
「君は真面目ではないかも知れんがとてもまともな生徒だと評判されている」
「あーここミッションスクールのわりには結構アレだもんな」
「君は目立つ生徒だった」
「転校生だったからだろ」
「誰もが君を愛していた」
「知らねぇヤツに愛されても嬉しくない」
「それは君が愛される人だからだ」
「俺はあんたを愛してるよ」
「・・・心にもないことを」
「ミッションスクールなんて冗談じゃないって思ってた。
あんたがいたからなんとか我慢できたんだと思う。感謝してるよ」
「それは買い被りすぎだ」
「あんたは俺と逆だね、まともだとは言いがたいけど真面目すぎる。
それが面白かった、でもだからずっと心配だったんだ。なぁ馬鹿なことするなよ」
「すでにしている」
「いいんだよこんなことは」
「いいはずないだろう」
「いいんだよ。あの人は許してくれる」
「こんなことをか」
「あんたが教えてくれただろ。何でも何度でも許してくださるって。
例え世界中のやつらがあんたが悪いってあんたのしたことは罪だってあんたを許さなくたって」

50610-359 キリスト教徒同士 2/2:2007/03/30(金) 16:00:54
「あんたが誰を愛しても誰を殺しても」

「あの人だけは」


「それでも君は死ぬ」
「あんたが生きればいい」
「嫉妬に血迷って生徒を刺すような人間だ、生きる価値などない」
「馬鹿なこと考えるな、自殺だけは駄目だ、許されなくなってしまう」
「許されなくていい、許さないでくれ、どうせ君は愛してくれない、せめて側に居させてくれ」
「じゃあ許さない、許さないから馬鹿言ってないで逃げろ、もうすぐ人がくるはやく逃げろ」
「居させてくれ!」
「先生」
「・・・血が」
「愛してるよ」
「あああ血が」
「あんたに逢えてよかった」
「わ、私はなんてことを」
「あんたじゃなくてごめんな」
「なんてことを!」
「ごめんな」



我らに罪を犯す者を我らが赦す如く我らの罪をも赦したまえ
我らを試みに遭わせず悪より救い出したまえ



主よ!

50710-359 キリスト教徒同士:2007/03/30(金) 19:06:30
 その感触は少し気持ち悪く、それでいてとても気持ちが良かった。
そして必ず罪悪感を心に引き起こした。
ジョルジュの舌と自分の舌が触れ合う時、
リンドはいつも幼い頃飼っていた蛙にさわった時の事を思い出した。
 突然小屋の外で物音がした途端、二人は長い時間行っていた唾液交換を中断させ、
そのまま耳を澄ませてピクリとも動かなかった。
「…大丈夫、人じゃないよ、リンド」
 ジョルジュは力を抜いて優しく微笑んだ。
その(お気に入りの)笑顔を向けられると、大してビクビクしている訳でもなかったリンドは
ふいにジョルジュに甘えたくなった。
「…ジョルジュ…、もっとして…」
「…ん?キス?」
「うん…キスして…」
 リンドは、ジョルジュはとても大人びていると思った。
彼らは同い年だったが、ジョルジュは穏やかで他の誰とも違っていた。
「…リンド…」
 濡れた口唇を離して二人は息も絶え絶え見つめ合った。
「…リンド、僕たちは地獄に堕ちる」
「……」
 リンドは息を呑んだ。
然し、解っていた。この事が誰かに知れたら二人とも殺される。
リンドは静かに震える口を開いた。
「…そうだね…、神様は全部見てる、絶対に…。」
 その間ジョルジュの瞳は真っ直ぐリンドへ向けられていた。
その目には怖れなど全く映ってはいなかった。
そしてリンドは、自分ももう既に子供ではない事を悟った。
 リンドは言った。
「…最後の審判のラッパが鳴って蘇った時に、
君と一緒にいられるなら…
僕はその後どうなっても構わないよ」
 ジョルジュは少し驚いた顔をして、そして微笑った。
リンドは誇らしげに、しかし照れた様な笑みを返した。

50810-419囚人のジレンマ:2007/04/05(木) 02:01:00
愛しい貴方へ。
 
真円だった月が、半分に欠けました。僕らの処刑が執り行われるという新月まであと半分です。
 
『自分が間違っていた』と一言告げさえすれば、晴れて自由の身になれる事は保証されています。二度とお互いに会えなくなるという一点を除いて。
 
僕らがいかに不道徳か、非を認め改心しろと説いていた父親も、無駄と悟ったのかここ三日程姿を見せません。
僕は、貴方を愛した事、貴方に愛してもらえた事を決して後悔も恥じもしていません。
だから、貴方と重ねたこの唇で貴方との愛を否定するような真似はどうしてもしたくないのです。
例え命を絶たれるとしても。
 
……けれど、貴方はどうなのでしょうか。
約束してくれましたよね。『新月の日に一緒に逝こう』と。
命が惜しくなったりしていませんか?
もしかして、僕らの在り方を否定してでも、生きる道を選びたくなりましたか?
……貴方は、僕を裏切りますか?
 
そんな事を考えてしまった自分が腹立たしくて情けなくて、けれどどんなに振り払っても不安は纏わり付いてきて涙が溢れます。
『裏切られる前に裏切れ』という悪魔の囁きと、貴方を信じる心がぶつかって、胸が裂けそうに苦しい。
貴方のいない孤独と寂しさがどんどん負の感情を増幅させ、新月を待たずに気が狂いそうになる。
 
もう結果なんてどうでもいい。誰が死んで誰が生きようとも関係ない。
ただ、今すぐ貴方に会いたいいです……兄さん。

50910-489裏切り者の烙印を押されても:2007/04/14(土) 21:27:11
薄暗い牢獄に、靴音と叫び声が入り交じる。
ランタンの光も届かないその片隅で、ひとりの青年を抱き込み庇うようにひとりの男が蹲っていた。
銀色の冴えた光に似つかわしくない鮮血を纏わせる剣が、傍らに投げ捨てられている。

立派なのは文言だけで、民衆の声を聞き入れない王政を覆そうと反乱軍の先鋒を切り城内に侵入したはいいが、
もう何十回目の争いに耐え抜いただけあり内部は要塞の如く複雑に入り組んでいた。
農園のようにベリーの木々が生い茂るこの庭を突っ切るとしても時間の浪費は避けられないなと、
喉元で小さな笑い声を漏らした男は、淡い水色の髪を揺らし空を見上げた。
「…ラグズ?」
苦悩と困惑を色濃く表した声に、反射的に右手に握っていた愛剣を相手の方へ突き出す。
一本の直線を描いた切っ先は彼の金の髪を数本散らし、頬を掠めて一筋の傷痕を残した。
「んっと、ラグズだよ…ね?」
「…、………を、俺の名を何故知っている」
「覚えてない?隣の家に預けられてた…ダエグって少年を」
叫び声を上げそうになり、思わず少年…いや、ダエグ王子に唇で口を塞がれていた。
恋愛未満であったとしても、隣人の彼と過ごした時間は今でも男の中に燦然と蘇る。
手を離れる時が来たんだと預かり主の老夫婦から聞いた晩は、彼と別れの酒を酌み交わそうと年上らしく提案したものの、
朦朧とした意識の中にあるのは彼を掻き抱いて泣く己の姿と、背伸びをして何度も髪を撫でる彼の潤んだ笑顔だった。
気付かないうちに曖昧にはぐらかしてきた関係を悔やんでも悔やみきれず、その後戦いに身を投じた結果が、
身分の明かされた彼との―しかも反乱軍の有力人物と王子となった互いの再会の場だと、誰が予測できただろう。
「とびきり大きく育つぞってもらった鉢植え、覚えてるかな…ここの庭の、全部あれから株分けしたんだよ。
…のんびり話すのは、もうちょっと後かな。僕も頑張ったんだけどね…」
と、理知そうな顔を少し切なげに歪めて彼は片手を差し出す。
僅かに躊躇いを見せて、男は、一呼吸置いてから、彼の荘厳かつきらびやかな正装を剥ぎ取り投げ捨てた。
が、簡素な下着姿になった彼に己の外套を羽織らせて、自分の中折れ帽を深く被せる。
「…本当にいいのか。逃げても」
「茂みを抜けると地下牢への抜け道に辿り着けるんだ。そしたら多分、見つからないよ」



「いたぞ!…ラグズ?それに…ダエグ王子?…まさか―」

『裏切り者の烙印を押されても、君との永久が欲しい』

51010-269 受けよりよがる攻め:2007/04/20(金) 21:36:33
無神経な奴だ、勝手な奴だ、ほんと下らない、どうしようもない男だ。
入れるのが駄目だったら、せめて素股でときたもんだ。
せめてって何だ。最初は手淫だけって言ってたじゃないか。
「あ、はあ、ああっ」耳障りな音が絶えず降り注ぐ。
シーツを噛み締め、内股を擦りあげられる、なんとも言い難い感覚に耐える俺とは対象的に、
奴は盛大に声をあげて、やりたい放題だ。
俺の眼球は渇き、唾液はシーツに奪われて、からからだというのに。

奴がはああと息を吐いて腰を引くので、あ、終わり?と思えば、
体を仰向けに返された。
「おい……」
だが文句をつけようとした俺の喉は詰まる。
視覚は暴力だ。
目を濡らし、頬ばかりか全身を赤く染めて、腿を震わせる男の姿に、思わず言葉を呑み込んでしまった。
ひどく甘ったるい調子で名を呼ばれる。
お前は何で、俺の脚でそこまで気持ちよくなれるというんだ。
俺はなんだか目やら鼻やらから変な汁が出そうになった。

おい、やめろ!お前のその情けない声が、姿が、俺にまで伝染ったらどうしてくれるんだ?
お前のやっていることは、あくまで俺の体を使った自慰であって、決してそれ以上ではないというのに!
だからお前は俺に何も聞かせるべきではないし、何も見せべきではないのだ。
だって、万一俺がほだされたとしたら、
そんな顔で求められることに喜びを覚えてしまったとしたら、
一体どうしてくれるっていうんだよ!

51110-459 君が代:2007/04/24(火) 19:03:45
体育館で彼は言った。君が代を聞いたことがないのだと。
これからこの地域に越してきて初めて聞くのだと。
唖然とした僕を見つめて広島出身なんだ、と笑った。
その歌は彼の親や彼の教師、彼の故郷によって禁忌とされ、どのような歴史があり、
どんな意味でどんな風に国民が歌ってきたかを知っているからこそ歌えないし
絶対に歌いたくないのだと言った。
僕はそのような環境には育っていないし、ましてやその歌を憎んでもいない。
何故歌うのかもその意味も考えたこともない。
無知な自分を環境の違いだ、と恥じもしなかったが、普段共にふざけあい笑う彼の真剣な眼差しに小さな隔たりを感じた。
そっと隣にいる彼をみるとその顔はぐっと口をつぐみ、まっすぐ前を見据えていた。

5129-999 かえって免疫がつく:2007/04/28(土) 02:29:21
聖地バラナシの朝はガンガーでの沐浴で始まる。

「嫌だ」
「まあそう言わず」
「嫌だ嫌だ嫌だ! こんな河に入ったら病気になる!」

俺と奴は、聖なる河のほとりで手を引っ張り合っていた。

「インドだぞ、バラナシだぞ、ガンガーに入らずしてどうするよ!」
「入ったら死ぬ!」
「お前それはここにいるインド人たちに失礼だぞ」
「日本人だからいいんだよ! 水の国の人だからいいんだよ!」

俺が引っ張る。
ふんばられる。
ふと力が抜けると逃げようとされる。
また引っ張る。
以下繰り返し。
周囲のインド人の視線が痛い。日本人の恥ですいません。

「だいたいどこが聖なる河だよ、ひどいよこの色、綾瀬川より汚いよ!」
「大丈夫だって! だいたいなぁ、日本人は潔癖すぎなんだ、だから免疫力が低下してアトピーとかアレルギーとか蔓延するんだ」
「極論だ!」
「そうでもないぞ、だってインドやカンボジアにはアトピーいないからな!」
「……うそっ」

ふんばりが弱くなった。よし、あと一押しだな。

「嘘じゃないぞ、三度目のインドな俺が保障する。ガンガーは確かに汚いが、飲まなきゃなんともないんだ。俺だってホラ、元気元気」
「でも……」
「失恋して『もう何もかも嫌になった、俺もインドで自分探しをしたい、さもなきゃ大学やめて死にたい』って言ったのはお前だろ?」
「……おれだけど……」
「日本と同じ生活しててどうすんだよ、違うことしなきゃ新しく見つからないだろ」

勝った。

1分後、奴は腰まで水に浸かって、居心地悪そうに周囲を見回していた。

「ま、まあ入っちゃえばどうってことないか……」
「そうそう、どうってことないない。見ろよ悠久のガンガーの流れを……悩みなんかふっとぶだろ?」

二人で並んで目線を遠くにやる。日本には、都会にはない雄大な景色。
茶色い、ゆったりと流れるガンガーの水面。昇り行く朝の太陽の下、何もかもを押し流す大いなる自然。
ゆったりと、目の前を流れて行く、水死体。

「あ」

次の瞬間、奴は甲高い悲鳴を上げて俺の腕の中に飛び込んだ。

5139-999 かえって免疫がつく:2007/04/28(土) 02:31:29
――ということがあったのが三年前。

「あ、また死体だ」
「大きさからして子供かしら」

俺と、奴と、インド仲間(アメリカ人女性)とは、並んでチャイなんかすすりながら、今日もガンガーを流れる死体を眺めていた。
二人でインドももう三回目。しかも毎回夏休み中ずっといるとなれば、そりゃもう馴染む。慣れる。死体や牛の糞や人糞くらいじゃ動じない。

「あのさあ」

奴がぽつりと呟いた。

「俺、昨日ガンガーの水ちょっと飲んじゃってさ」
「ええっ!?」
「下痢覚悟してるんだけど、さっぱり来ないんだよね。むしろ快便というか……」
「あら、もしかして便秘してたんじゃない?」
「あ、そうか」

インド仲間と二人で笑い合っている。

免疫つきすぎだ。心も身体も。

俺は無言でチャイをすすった。

「ねえ、そういえば今日宿屋に来たゲイのカップル」
「ああ、いたね」
「前に同じ部屋だったんだけどそれが――」

ものすごい猥談が始まった。

チャイを噴出した俺の横で、奴はやっぱり笑っている。
むしろ腹を抱えて大喜びしている。

「あっはっはっはっは、そ、そんなの入れるか普通!?」
「ねえ、入れないわよねえ」
「せ、せめてヘアスプレー缶とかさ……あはははは!」
「やだっ、この暑さで爆発したらどうするの、アッハッハ!!」

大盛り上がりだ。かなりクレイジーに。ラリってもいないのに。素で。

……そんな免疫までつけなくていいんだよ。

俺は目頭を押さえながら、聖なるガンガーに視線を戻した。
流れた河の水がポロロッカしない限り戻らないように、俺の好きだった、あの恥ずかしがりやで潔癖な、好みのタイプどまんなかでしかもゲイという好物件の同級生は戻らない。



ただ、その……すっかり図太くたくましくなった同級生のことが、最近気になるんだ。
俺にも免疫がつきつつあるらしい。人間って、すごいな……。

51410-619女装デート:2007/05/01(火) 00:49:15
「ねえお願い。女の子になって?」
「は?」
いきなりの言葉に耳を疑った。
「だから、女装して」
そういいながら差し出される服はヒラヒラだ。
「こんなもんいつの間に用意したんだ!」
「今日。さっき買ってきた」
「無駄使いすんな!」
いやまて、そういう問題じゃない。
「……女装したオレにヤられてみたいとか?」
「バカか。デートすんだよ、外で」
「羞恥プレイかよ!」
「まだ恥ずかしいと思うだけの理性はあったのか」
「普段理性飛ばしっぱなしですいませんね」
「悪いと思うなら言うこと聞けよ」
「それは嫌」
キラキラと見つめてくる目は期待に満ちている。
……諦める気はないらしい。
「そもそもどっから出てきた思いつきだよ」
そう言うと目を反らして口ごもってしまう。
言えないような理由でもあんのか。
「理由次第ではやってやる」
「……本当か?」
「本当に」
迷いは少しだった。
「デート、したかったんだ」
「は? いつもしてるだろ?」
昨日は映画。先週は買い物。
先先週なんて夢の国まで行っただろ。
2日間フリーパス買って。
「そうじゃなくて! その……」
なんだ?
男同士では行きづらい所にでも行きたいのか?
「ラブホに行きたかった?」
「バカー! 違う! 色ボケジジイ!」
「じゃあなんだよー!」
「オレはエスコートしたいの!」
「はぁ?」
間の抜けた声を出すのは本日二回目。
「そんなの、女装しなくたって出来るだろ?」
「だってお前、気がききすぎて先になんでもやっちゃうんだもん」
なるほど。
女相手なら少しはリードしやすいだろうってことか。
……大して変わらないだろうに。
「だから女装やれ!」
「そんなにデートしたいの?」
「したいからやれ!」

だだっこのワガママのような願い事。
こんな事すら叶えてしまいたい自分はどうなのか。
とりあえず、化粧の仕方でも勉強するか。

51510-609:2007/05/04(金) 12:47:03
「犯人はいます。それも、ぼくたちの側にいる」


「おいおい刑事さん、いったい何を言うのかね?」
「そうですわ! 刑事さん私たちをお疑いになるの?」
「犯人が夫人を事故にみせかけて殺害しようとしたのは間違いないでしょう」
「でも。。奥様は。。一人で。。部屋に。。いらっしゃったと。。おっしゃって。。」
あいつは涼しい顔で言った。
「一人きりだと思わせたんですよ。目隠しと手錠と鏡を使ってね」

その場にいた十数名の人々は一様に驚きの表情を見せた。
夫人の顔からは血の気がひき、今にも倒れそうだ。

でも俺は違う。
何度もこんな場面を見てきた。
これから始まるだろう痛快な場面が楽しみでならない。

「ちょっと待ってくれ。俺たちが夫人の部屋に行ったとき、鍵は内側からかかってたんだぞ?」
「そうだ、そうだ!」
あいつは顔をうつむかせた。

さあ幕を上げろ。
謎解きの始まりを告げる、いつものあの言葉を言ってくれ。

「ぼくのような一介の刑事に、まるで探偵まがいのことをさせるなんて、犯人は。。ひどい人だ」

あいつはうつむいた顔に、かすかな笑みを浮かべた。もうすぐ犯人は捕らえられるだろう。

51610-809 飛んでいくよ。:2007/05/25(金) 07:05:34
「もしもーし、繋がってる?
 あんたが向こう行っちゃったのっていつだっけ。もう随分会ってないよな。
 ……うん。思ってたより、すげー寂しいよ。そりゃちょっとは頑張ろうかとも思ったけどさ、ちょっと無理みてぇ。あんたもさんざん言ってくれたじゃねぇか。俺は甘ったれなんだよ。
 好きだとか、幸せだなんて感じたことねーんだけどさ、やっぱあんたといたときの時間て、特別だった。飯食って飲んで、セックスしたりしてさ。
 あんたがいなくなってからも誰かと寝てみたけど、バカ、おこんなよ。寝てみたけど気持ちよくなかったよ。やっぱあんたって特別。
 だからすげー寂しいの。
 なんかさ、飛行機とか飛んでんじゃん、空。あんたのいるとこめちゃくちゃ遠い気してたんだけど、あれ見てたらけっこー近いかなと思って。
 だから、あんたは迷惑かもしんないけど、俺、やっぱそっち行くことにするわ。
 追い返したりすんなよ。いろいろ考えて決めたんだよ。
 あんたは特別なんだ。だから、飛んでいくよ」







「先輩、ケータイありましたよ」
「おう、壊れてないか?」
「多分。あれ、直前に電話してたみたいっすね」
「かけてみろ」
「はい。……ん、『現在使われておりません』だって。でも発信履歴、こいつの名前ばっか」
「待て、その名前みたことあるぞ」
「俺もっす。えーと、あぁそうだ、去年ここでバイクで事故った被害者っすね。俺初めて担当したやつ」
「……そうか。追っかけたんだな」

51710-779 ピアニスト×ヴォーカリスト:2007/05/26(土) 23:59:29
ツアーバンドピアニスト×ポップヴォーカリストで

 ピアニストにとって今回が初めての大舞台だ。『彼』のツアーバンドに選ばれたのは
幸運だった。―彼の代表曲にはピアノが欠かせない。
この経歴は今後、自分の役に立つだろう。

―コンサート準備の喧騒の中、『彼』が一心にピアノの鍵盤を見つめていた。
微かに口元を動かしながら。

 ピアニストがそれに気づく。
「なにか気になることでも?」
 ヴォーカリストが軽く舌打ちする。ピアニストを振り返って軽く睨みつける。
「……数えていたのに。また数え直しだ」

「88鍵ですよ。ご存知でしょう?」
 ヴォーカリストは軽く片眉を上げる。
「さあ、この前はそうだったけど。皆もそう言っているけど…
 皆、僕に嘘を吐いているのかもしれないし、変わっているかもしれないから、
 毎回確認するんだ」 そして微笑む。あけっぴろげな、5歳児のような笑顔。
 
 ヴォーカリストが今度は無事に数え終わる。
「やっぱり88本だったよ」彼はなぜか少し得意気だ。
「そういったでしょう?誰も嘘なんて吐いてません」

 ヴォーカリストは唇の前に左手の人差し指を立てる。冗談めかした口調で小声で囁く。
「他の人には黙っててくれる? 疑っていたなんて思われたくないから。お礼はするよ」

 それを耳にしたピアニストの口から、無意識のうちにつるっと言葉が滑り出る。
 あの曲の最初の一音を鍵盤で叩く。
「なら、今夜はこの曲を、私に捧げて下さい」
 ヴォーカリストは微笑み、頷く。

 その夜、永遠の無償の愛を歌うその曲を歌うとき、ヴォーカリストは伴奏に聞き入って
いるかのように、ずっとピアニストを見つめ続ける。

 ピアニストは夢見る。その歌詞が、メロディではなく、喘ぎ声に乗って彼の口から零れる
光景を。自分の両手が、ピアノではなく彼の身体の上を走っていくことを。

51810-769 オカマ受け:2007/05/27(日) 21:49:22

「な?一度だけだから。本当にこれっきりって約束するから」

懇願するヤツの右手にあるゴムが、生々しいほどのリアルを見せている。
スカートの裾を押し上げようとするヤツの左手から、どうにか逃げられないだろうか。

「止めてください!ココはそういう店じゃないんですよっ!」

小さく叫んでもヤツの手は止まらない。
片手で押さえているが、体格の違いは力の違いを見せ付ける。

「イイじゃん。どうせ誰かにヤられちゃうんでしょ?ヤられたいんでしょ?」

口調はふざけているように聞こえるのに、ヤツの目は笑っていない。
手に入った力が強くて、すごく怒っているのだとわかる。

好きでこんなカッコしたり、店に出たりしているわけじゃない。
何の資格も持っていないオレにとっては、コレが一番金になっただけだ。
おまえと離れたくないから、どうしても金が欲しかっただけだ。
それなのに、何でこんなコトになったんだろう。
友情よりも気持ちが熱い。オレも、おまえも。
カッコだけのバイトじゃなくて本物になっちゃったってコトだろうか。
自惚れだと笑われるかもしれないけれど、頭を過ぎったセリフにすごく喜んでしまう。


『おまえ、オレが好きなの?』

言ってしまおうか?

51910-669 腐兄:2007/05/28(月) 01:14:49
やっぱり基本はショタかガチムチなんかな?少数派の中の少数派じゃ厳しいよなぁ。
みんな見る目がねぇよ。
萌えキャラはキャ○バル兄様筆頭に兄キャラ!コレ世界のジョーシキNE!
萌えカプはド●ル×キャ○バル筆頭にゴツ男×兄キャラ!コレ宇宙のホーソクYO!
あーあ、アイツ、なんでわかんねぇのかな。数少ないオフのオタ友なのに。
この頃イっちゃってるしなぁ。アイドルの何とかっつー男追っかけてるっていうし。
さすがにナマはさ、そのうちホモと間違えられるぞって言ったんだけど。
やっぱりダメなのかなぁ。ジョーシキもホーソクも通じねぇし。
ううっ……きもち入れ替えてサイトの日記でも更新しよ。
『今週のサ○デーはつまんなーい!お兄様にふさわしいガタイのイイ男出ないかなぁ(メソメソ』
あ、ココは大きい人のがカワイっぽいかな?えーと、顔文字コピっといたのドコいった?
ん?チャイム鳴ってる?あー、そういやアイツ来るんだっけ。
まあ、鍵持ってるし勝手に入るだろ。よし、日記はおわりっと。次はコッチ。
誰かいねぇかなぁ。見てるヤツはサイトより多いんだから一人ぐらいはさぁ。
お、このレスはお仲間かも……て、そんなわけねぇか。結局ショタじゃねぇか。
スクロールスクロールっと。あーあ、今日もいねぇなぁ。
うおっ!何だよ!テメェいきなり抱きつくな!ビビらせやがって!
は?いや、確かにおまえ最近はナマ好きとか言ってたけど!
ソレとコレとは話が別だろ!ちょっ、待てって!あのアイドル追っかけてんだろ!
タイプ違いすぎじゃねぇか!いや、似てねぇって!
それに俺はノーマル!二次元専門だし!って、おい!んなトコに手つっこむな!
話聞けって!やーめーろー!ダメだって、マジで!あ……、ソコもダメ!
ダメ、なんだってば!ぁ………いや、きもちくねぇ、から!ホントだっ……て……

………………………………俺はノーマルなんだからな!おまえが特別なんだからなっ!
うるせぇ!常套句だっていいだろ!ちきしょー!コレ書いてアップしてやるからな!覚えてろ!

52010-849 攻よりでかく成長したかわいい受:2007/05/30(水) 03:35:24
「…本当にお前なのか」

別れて居たのはほんの2年の事なのに、時とは残酷なものだ
最後に彼を見たのは向こうが14の春の事だったか
声が少女の様に甲高い事と華奢な体を大層気にしていたのに
たった2年で私を追い抜く程背も伸び、声変わりも済んでいた
彼はお父さんの仕事の関係でアメリカに行っていた
…向こうの食事が体に合った、という事なんだろうか?
「ショックだ、何たる悲劇」
あの、かわいらしかった天使の声も、少女とも少年ともつかない
曖昧な容貌も残っていなかった…これは世界遺産の遺失に近い
がっくりと肩を落とした私を彼はきょとんと見ていた
いや、悲しむまい
米食で見るも無残な姿にならなかっただけでも良しとしようではないか
「まー、向こうでバスケとか色々やってた所為かな〜」
ちょっとは見られるようになっただろ?と彼は胸を張るが
私には以前のままの方が良かっただけに素直に頷けぬものがある
「俺がごつくなったから嫌いになっちゃった…?」
うなだれた私の横から彼が覗き込んでくる
ドアップの顔が突然目の前にあって心臓が飛び出そうになった
ああ、そうだ、このくるりとした小動物的な瞳はそのままだ
「いや、追い越されたのが少しショックだっただけさ」
彼の前髪をくしゃりと混ぜて、肩を組む
「俺だっていつまでも餓鬼じゃないもんね〜!」
心地よい彼の腕の重みを感じつつ
いつまでも私の前でだけは餓鬼で居て欲しいと心の中で願った

52110-859 鼻歌:2007/05/31(木) 03:53:30
風の強い高台の広場に、彼は立っていた。
足下には、薄っぺらいメタルプレート。
彼はその上にそっと花束を置く。
「……あなたって、本当にどうしようもない人ですね」
答える声はない。
「知ってますか?なにも残ってないんです。僕らの手元には」
語尾が震えた。風の音だけが辺りに響く。
「どうやって信じろって言うんですか!?あなたにもう二度と会えないなんて……っ」
笑顔で戦地へと立った男の顔を、彼が再び見ることはなかった。
彼の元へ届いたのは、男が永遠に還らないことを告げる一枚の紙切れ。
この場所に葬られたものは何もない。
ここには、同じようなプレートが見渡す限りに並んでいる。
「あんまり遅いと、あなたのこと、忘れちゃいますよ?」
笑おうとして上手くいかなかった。男の記憶が薄れつつあるのは事実だから。
「…あなたが教えてくれた歌の歌詞が思い出せないんです」
いつか男が教えてくれた、古い異国の歌。愛の歌だと男は言っていた。
彼は鼻歌でメロディをなぞる。
「僕は何も忘れたくない……だから、早く帰ってきてくださいね」
そして、僕にもう一度歌詞を教えてください。
涙混じりの鼻歌で辿る旋律は、風に紛れていつまでも続いていていた。

52210-769オカマ受け1/3:2007/06/04(月) 19:59:23
僕が『彼女』と出会ったのは、南へ向かう汽車の中だ。
僕は出発間際のデッキ、煙草をふかす彼女の足元に転がりこんだのだった。
目の周りに痣をこさえ、ちゃちな鞄ひとつを抱えたぼろぼろの僕を、
彼女は暫くぽかんと眺め下ろしてから
「こんにちは、家出少年」と言った。

汽車が南端の街に着くまでは、二日かかった。
その間僕は暇をもてあます彼女と、とりとめもなく話をしたり、
呆れるほどヒールの尖ったブーツを磨いて駄賃を貰ったりした。

「どうせ行く宛なんかないんでしょう」
「とりあえず南だ。友達がいる」
「そんなもん、あてにしない方が身のためよ」
「そういうあんたはどうなのさ」
「私はね、生まれ変わりに行くのよ」
「生まれ変わり?」
「医者がいるのよ、そういう…。体を思う通りにしてくれるの。性別だってね」
馬鹿な!そんなことってあるだろうか。担がれてんじゃないのか、この人?
「あとは、ま、ついでにね、人と会うの」
「友達?」
「違うわ、あんたじゃあるまいし。友達でもないし頼りに行くわけでもないわ」
「じゃ、誰さ」
「男よ」
なんて漠然とした言い方だ。人類の半分は男じゃないか。
「じゃ、何しに行くっていうの」
「殴りに」
「…そりゃ…穏やかじゃないね」
随分間の抜けた返事をしたものだが、その時はそうとしか言えなかったのだ。

52310-769オカマ受け2/3:2007/06/04(月) 20:04:44
到着を翌朝に控えた夜、僕はなかなか寝付けなかった。
あの家から逃れたのだという安堵と、新しい世界を前にした高揚と不安が
ないまぜになって体の中で渦巻いていた。
それは二日間で収まるどころか、僕にとって未知の象徴ともいえる『彼女』と過ごすにつれたかまるばかりで、
おそらくその夜、満潮を迎えたのだった。
僕は起き上がり、そっと彼女の寝台を覗き込んだ。
「もう、寝た?」
反応はない。
毛布の上からでも、彼女の肩が広くて骨っぽいのがよくわかった。
聞いていない相手に向かって呟く。
「ねぇ、姐さん、僕はあんた今のままで、すごく魅力的だと思うよ」
「ガキが……」
地を這うような唸りが漏れる。なんだ、起きてたのか。
「あんたにどう思われたところで仕方がない…意味がない」
肩越しに昏い眼差しを寄越される。
だが、すごまれても僕は何故か怖くなかった。
ただただ彼女が不思議と愛しく思えた。
「それなら誰なら…
誰かなら意味があるの?例えばあんたが会いに行く男なら?」
妙な高揚が僕を口走らせる。
「僕も会ってみたい、あんたが殴りたい人間ってどんな奴なのか…」
「見世物じゃないわよ、何考えてんの」
「ねぇ、邪魔にはならないから…」
「居るだけで邪魔よ!
なんなの、あんたは…ほんとどういうつもりなの!」

52410-769オカマ受け3/3:2007/06/04(月) 20:35:32
僕は知っている、さっきの昏い眼、あれはおとといまでの僕の眼だ。あれを絶望と呼ぶんだ。
誰が彼女を絶望させた?
一体誰なら彼女を絶望させることが出来るんだ?
僕がそれを知らないってことが、まるで理不尽なことのように思えた。通りすがりのただの他人であるというのにね。

僕の絶望が全てあの故郷にあったように、彼女にとっての絶望が『彼』であるなら。
僕は一方でそれを許せないと憤り、
一方で、僕もそんなふうに、
彼女に、うんと傷つけられたり傷つけたりしてみたいと羨んだ。

52510-979傘があるのにずぶ濡れ1/2:2007/06/18(月) 05:03:17
「ええええええ、お前、なんでそんな濡れてんの!」
土砂降りの雨の日曜日、来ちゃった☆、とばかりにうちの玄関先に立つ
親友の顔を見て、俺は思わず大声を出した。
「傘!傘、お前持ってんだろ!?」
玄関のたたきにみるみるうちに水溜りを作りながらにこにこしてる
そいつの手には、見間違いでなければしっかりと傘が握られている。
「えー、雨降ってたら濡れるの当たり前じゃん」
傘という人類の知恵を全否定するようなことを言いながら、そのまま
家に上がりこもうとする。冗談じゃないよ、このバカ。
「雑巾とって来る、動くな。ステイ」
手の平を向けてそう命令すると、風呂場に雑巾をとりに行く。
「え、タオルじゃないの?」
贅沢なことを言ってるのを無視して、適当な雑巾をとって玄関に戻ると
ぶるるるる、と犬のように髪を震わせてるそいつがいた。
「あああ、ばか、水が飛び散るだろ!今日親いないの!俺が全部掃除すんの!」
がしがしと頭を拭いてやりながら、せっかくの一人きりの休日を惜しんで俺はため息をついた。

52610-979傘があるのにずぶ濡れ2/2:2007/06/18(月) 05:04:03
「で、なんで傘さしてるのにそこまで濡れたんだよ、プールにでも行った?」
遠慮なくうちのシャワーを借りて、俺のシャツとパンツを着て、うちの冷蔵庫からコーラを出して
えーペプシじゃないの、なんて言いながらリビングの俺の隣(近いよ!)に
座るやつを横目で見て、俺は一応聞いてやった。
今度はシャワーの水滴をちゃんと拭かないせいで、
また中途半端に長い茶髪が束になって顔の周りにへばりついてる。
なんか、なんていうか、その上気した顔は……。
「今、俺の顔見てただろ」
どきっとした。
「見てねーよ、つーか水滴落すなよ、今日親いないから掃除すんのお……」
ふふっふふふっふ、と変な笑い声をたてながら、そいつはいきなり俺に抱きついた。
「見てたせに、見とれてたくせに!だいたいさ、親いないとかそんなに
何回も言っちゃって、襲うよ?」
嫌というほど雨を吸い込んだ大きな目が、きらきらと光って俺を見つめる。

「ふざけんな!もう知らねー、誘ったのそっちだからな!」

ぶち、と何かが切れるのを感じながら、俺はそいつをソファに押し倒す。
一瞬びっくりしたような目で俺を見たそいつは、笑って俺の耳に囁いた。
「お前に会いたいって思ってたらさー、傘さすの忘れてたんだよね」
ああ、さようなら、平穏な日曜日。俺はこれからこの愛すべきバカととても背徳的なことをします。

527萌える腐女子さん:2007/06/18(月) 05:06:17
以上、10-991,992からの再掲です。

52810-789 ミ/ス/タ/ー/ド/ー/ナ/ツ:2007/06/25(月) 02:36:51
『いいことあるぞ♪ミ/ス/タ/ー/ド/ー/ナ/ツ♪』


30歳の誕生日。
ゆうべ寝る前に仕掛けた洗濯機、ホースが外れてベランダが水浸しだった。
通勤電車で痴漢に間違えられた。
教室に入ったら俺のかわいい生徒たちが、「先生30歳おめでとう」「マジおっさんだね」と笑いやがった。
階段でふざけていた生徒にぶつかって落ちた。鼻血が出た。
誕生日を祝ってもらう飲み会で、学生時代からの友人達の三角関係が発覚。殴り合いの大喧嘩に。
止めに入ったら「ホモのてめぇに何が分かる!」と怒鳴られて店内の空気が凍った。

……。
俺は何か悪いことでもしたんだろうか。

飲み屋の店員にひたすら謝って解散し、疲れと空腹からふらふらと近所のドーナツ屋に立ち寄った。
「いいことあるぞ♪」ってキャッチのCMを流してた有名なあの店だ。
ドーナツを何個か取って、飲み物と一緒に購入して、さあ席に着こうとしたその時。

「あっ!」

という声がしたと思ったら、頭からアイスコーヒーを浴びていた。
そして顔にぶつかるドーナッツとトレイ。
俺の目の前には、ふざけていてトレイをひっくり返したらしき女子高生たちがいた。
そしてその女子高生たちは――逃げた。
きゃあきゃあという悲鳴を残して。

……。
俺は何か悪いことでもしたのか?
どこに「いいこと」があるんだよ。

情けない気持ちのまま、店員から渡されたタオルで顔を拭き、代わりに出されたドーナッツと飲み物を前に、俺は食欲も失せて椅子に

座り込んだままだった。
本当は今すぐ帰りたかったが、なんだか力が抜けて立つことができず、とりあえず店の奥の人目につきにくい席に隠れるように座るしか

なかった。
本当に今すぐ帰りたい。消えたい。透明人間になりたい。誰にも存在を認識されたくない……。

「大丈夫ですか?」
いきなりかけられた声の主は、さきほどからこちらをちらちらと見ていたサラリーマンだった。

……今日は本当に運が悪い。
こんな状況で知らない人に優しい声をかけられるなんて、あまりに運が悪い。
耐え切れず涙を流した俺に、サラリーマンは相当慌ててしまったのだろう。
彼は焦ったように俺の隣の席に座ると、子供を慰めるように肩を抱いてあれこれ話しかけてくれた。俺はついつい今日の自分を襲った事

柄に関する愚痴をこぼし、彼は辛抱強くそれを聞いてくれた。

声を殺してはいたものの、たっぷり泣いて気が済んだ頃、着替えに来ないかと誘われたが、こちらも近所なので断った。初対面の相手

にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないだろう。
別れ際、彼はそっと名刺を差し出した。「愚痴ならいつでも聞かせてください」という心の広い言葉を添えて。

家について何とはなしに名刺を裏返すと、ボールペンで殴り書きされたメッセージが目に入った。


――男性に興味がないならこの名刺は捨ててください。軽いと思われるかもしれませんが、ひとめぼれでした――


俺は今日の不運をすべて忘れた。



『いいことあるぞ♪ミ/ス/タ/ー/ド/ー/ナ/ツ♪』

52910-889 煙突のある風景():2007/07/10(火) 01:42:52
投下させてください。あと長くなってしまいました、すみません。
______________________________


僕の住んでいる町には巨大な煙突がある。
町のどこからでも見える、とても大きな煙突だ。
煙突の横には小さな家がちょこんと建っているのだが、空き家のようなので誰が
何のために建てたのかさっぱりわからない。
両親や祖父母にも聞いてみたが知らないと言う。なんとも不思議な話だ。

煙突と、まるで煙突のおまけのように小さな家(廃墟と言ったほうがいいかもしれない)は
子供たちの絶好の遊び場だった。
まわり一面原っぱで民家がなく、雨をしのげる家までついている。
これで秘密基地にならないはずがない。
僕とあいつも毎日ここで遊んだ。道で拾ったエロ本や捨て犬を持ち込んだりしたな。

そしてなんともありがちな話だが、煙突には足場がついていて、高く上ったヤツが偉いという子供内ルールがあった。
田舎だったので木登りが得意なやつが多く、途中まではみんなするすると登っていく。
でも木の高さより高くなると、怖くてだんだん足が進まなくなってくる。
僕は木登りすらもろくにできなかったので、煙突なんてとても登れなかった。
「こわい!こわいって!!もう無理!絶対これ以上登れんわ…」
「まだ10段登っただけやろー!根性出せや!」
というやりとりを数回繰り返して、やっとあいつも「こいつには無理だ」と悟ったらしい。

あいつは僕と違い、なんと記録を打ち立ててしまった。今でも子供たちの間では破られていないらしい。
さすがにてっぺんまでは登れなかったが、今までの記録を大きく更新してぶっちぎりの第一位だ。
自分のことのように嬉しくて、降りてきたあいつがこちらに向かって誇らしげに笑った瞬間、涙まで出てしまった。
落ちないか心配だったんだろうか。

自分のことを「僕」から「俺」と呼ぶようになったころ。
中学に入学したころには自然と煙突には近づかなくなった。
あいつとはよく遊んだが、秘密基地ではなくお互いの家でゲームをしたり漫画を読んだりした。
中学・高校とずっと同じ学校で、俺たちは相変わらずの仲だ。
煙突も取り壊されることもなく、ずっと原っぱに建っている。

53010-889 煙突のある風景(2/3):2007/07/10(火) 01:44:35
そんな高校最後の夏休み、あいつから突然電話がかかってきた。
いつもはメールなのに、と思いつつ通話ボタンを押す。

「おう」
「おう。どうしたんや」
「お前暇やろ。今から煙突まで来い」
「は?お前受験勉強「いいからちょっと来い」
そう言い放って切りやがった。
かけなおしてみたら電源が入っていないか…のアナウンス。
いったいなんなんだあいつは。
もしかして前借りた漫画にジュースこぼしたのがばれたんだろうか。
それとも電子辞書の履歴をエロい言葉で埋め尽くしておいたのがばれたんだろうか。
心当たりがありすぎて困る。とにかく煙突まで行ってみることにした。

台風が近づいてきているんだろうか。風が強くて自転車がなかなか進まなかった。
汗だくになりながら俺が着くと、すでにあいつは着いていたようだ。自転車が停めてある。
でも姿がどこにも見えない。
「おーい、着いたぞー。なにやってんだー?」
声をかけながら家の中を探してみるがちっとも見つからない。
探しつくして外に出ると、煙突から声が降ってきた。
「おーい、どこ探してんだよ!」

あいつは上にいた。それもかなり高い。昔あいつが自分で作った記録より高いところにいて、
顔もはっきり見えない。
「何やってんだバカ!さっさと降りて来い!あぶねーだろーが!!」
声も自然と大声になる。こんな高さから落ちたら間違いなく即死だぞ。しかも今日は風も強いのに。
落ちてきて地面にぶつかるあいつを想像してぞっとした。
「いーやーだー!てっぺんまでもうちょっとなんだよ!」
「なにがもうちょっとだよ!!いいから早く降りて来い!」
「うるせーよバカ!だまって見とけ!」
そのあとは俺が何回降りて来いと言っても、止まらずにひたすら登り続けた。

53110-889 煙突のある風景(3/3):2007/07/10(火) 01:46:18
1時間後、あいつは地面に落ちることもなく登りきり、そして無事に降りてきた。
降りてきたときの得意そうな笑顔は数年前とまったく変わらない。
絶対殴ってやろうと思ったのに気が抜けてへたりこんでしまった。こいつは飄々とした顔で
「あれ、今回は泣かんかったなー」
とか言っている。まあ、後で殴ると心に決めたところで重要なことを聞いておこう。
「…おい、なんであんなことした?」
「お前の泣き顔が見たいと思って」
「はあ!?」
俺が本気で殴りそうだと思ったのか、慌てて否定してきやがった。
「ごめんごめんごめん嘘!それは嘘!」
そのあと3秒ほど間を空けてこう呟いた。
「もうてっぺんまで登る機会なんてないなーと思って」
あるだろ、いくらでも。そう言おうと思ったけど言えなかった。こいつが今何を言おうとしているか、俺にはなんとなくわかってしまう。
俺の顔を見て、こいつも気付いたらしい。でも話を止めはしない。
「俺さ、東京の大学行くわ。やっと決めた」
やっとお前との腐れ縁も切れるわ!とか東京でも達者で暮らせよ!とか言ってやろうと思ったけど、
「そうか」
としか言えなかった。なんでだ。っていうか、なんで俺はこんなに泣きそうなんだ。
こいつは俺の顔を見て話し続けるが、俺はうつむく。こいつの目を見ていられない。

「ほら、こういうことして大目に見てもらえるのって高校生までじゃね?」
「おう」
「だから思い立ったら吉日ってことで登ってみた!」
「おう」
「いやー、4月になったらこの煙突ともお別れやなー」
「おう」
「お前とはお別れじゃないけどなー」
「お……は?」
「俺お前のこと好きだから」
「……な」
「遠恋というやつだ。もしくは俺といっしょに東京に来い」
「いや、ちょっと待て」
「お前が煙突登れなかったころからさ、俺がいっしょにいなきゃってずっと思ってて。
 最近気付いたんだけどこれって恋だわ。俺お前に触りたいとか思うし」
「やめろ!恥ずかしいわ!それ以上しゃべんなアホが!!」
「そんでお前はどうなんだよ?」
にやつきやがって。明らかに答えを知っているって顔だ。
やられっぱなしでムカつくので、胸倉引っつかんで頭突きしたあと、口に噛み付いてやった。


煙突のあるこの町を、こいつは4月に離れていく。山と田んぼ、それと煙突しかないこの町。
俺もいつかはこの町を離れ、煙突のある風景を懐かしく思う時が来るのだろうか。
懐かしいと思うとき、隣にこいつがいて、懐かしささえも笑い飛ばせたらいい、と心から思う。

53211-279 ボケ×ツッコミ:2007/08/07(火) 05:27:07
投下させていただきます。

ありがとうございました、と頭を下げて拍手が聞こえる中、二人で裏に
引っ込んだ。そしたらいきなり相方に頭を小突かれた。
「いって、なにすんねん」
「下手な関西弁使うなバカ。……お前、さっきのなに? 
あの、『意味わかんねえ』のとこ。ナニ、あの変な間は」
ああ、また始まった。いつもこれだ。なんで終わってすぐに相方から
ダメ出しをくらわにゃならんのだ。反省会がとても重要なのは分かっている。
けれどそうやって言われるたびに自分の中の自信が風船みたいにシワシワに
しぼんでゆく。
「なぁ、なんか最近変だぞお前。なんかあったのか」
心配そうに聞いてくる相方に俺が出来ることと言ったらせいぜい鼻で笑うこ
とぐらいだ。
「べっつに。ちょっと疲れてるだけだ」
悩みがあった。ここ二ヶ月、俺を睡眠不足に陥らせているほどの悩み。
「大丈夫か」
相方に言っても理解されない。それこそ『意味が分からない』と素で
返してくるだろう。
それになんて突っ込みを入れればいいのか、俺は分からない。だから隠す。
当たり前の図式だ。
日常生活でもボケとツッコミなんてやっていられない。こいつはボケで俺の
相方。それ以上はいらない。

お前に見とれてたんですよ、と白状するのはまだまだずっと先の話。

53311-362 補完:2007/08/23(木) 04:53:21
超展開ホラー触手注意

その夜
村のスタア様ご帰還に沸いた村人たちによる大歓迎会が開かれた。
季節感ナシのマグロにカツオが豪勢に並び、酒が振舞われた。
長身の青年が提案し、さらに宴会参加者全員が賛成挙手し、エイジが強制的に裸にひんむかれたりする場面もあった。

裸に腰タオル、全身酒まみれというズタボロのエイジは歓迎会の行われた海辺の旅館から、長身の青年に抱きかかえられるようにして脱出した。
「くそーーー総一の馬鹿ーはなせー、俺を裸にした奴のてなんかーかりたくねーーーーー」
「エイジうるさい、酔っ払いすぎ」
そのまま旅館の隣にある総一の家へと何とかたどり着く。
まるで荷物でもおくように、べちゃっと玄関先にエイジを放り出し総一はウーロン茶のペットボトルに口をつけた。

「うーん、うーん、さけくさいー、べたべたするー」
「そりゃ日本酒を頭から浴びりゃーそうなるよ」
玄関先でタオルいっちょでうねうねするエイジが可笑しくて、つい意地悪をしてしまう。
飲みかけのそれなりに冷たいウーロン茶をエイジにぶちまける。
「うわ、冷た!」
そのままエイジの腹に触れると日本酒と汗とウーロン茶が混ざり合ってぬるりと妙な感触がした。
「う、わ、ちょっと、やめ」
そのぬめる感触のまま、日焼けしてない腹から胸へと手を滑らせていく。
「都会でも大人気みたいじゃないか。ねえ、さつまあげ?」
玄関先であるにもかかわらず総一はエイジにのしかかり、肩や喉を噛み散らす。
「な、なんでお前がそれを…!」
「俺が広めたんだもの」

さつまあげ、とはネット上のコミュニティにおけるエイジのあだ名、というかエイジを指すスラングだ。
大物声楽家の作品に参加するうちに頭角を現し始めたエイジにはネット上でも話題になることが多くなった。
そんなとき
「エイジって英語でageだよね、苗字とつなげたらsatumaage さつまあげじゃん」
という話がどこからともなく広まり、すっかりエイジのあだ名がさつまあげになってしまったのである。

53411-362 補完2:2007/08/23(木) 04:54:33
「あ…そーいちが?まさか…、ホントに?」
顔を上げ至近距離で目を合わせると、にたりと人の悪い笑顔を滲ませ総一は頷く。
「こんなど田舎にもネットはつながってるんだよ」
なんでそんなこと…と思うのと同時に、総一が自分への批判や称賛、嫉妬や慕情が渦巻くネット上でのコミュニティに
参加していたことにショックを受けてしまう。
「なっ、なんでだよ!なんでそんなことしたんだよう!」
酔いもあいまって、なぜか涙腺が崩壊しそうになってしまう。
勝手に総一たち故郷の仲間のことは聖域としてしまっていたようだ。
その仲間があんなコミュニテイに参加していたなんて!
軽くパニックに陥っているエイジを落ち着かせる為に、総一はついばむようなキスを繰り返す。
「だって、エイジが遠くに行ってしまうような気がしたから。
だから、中学時代のあだ名でつなぎとめようとした。稚拙な手だと思うだろう」
「…へ?」
そうだ、もともとさつまあげとはageという綴りを習った時に発生したあだ名だった。
「約束したよね?週に一回はメール頂戴って。忘れてたでしょう」
「あ……ごめん」
「本当にそう思ってる?俺がどれだけ不安になったかわかってる?わかってないよね?」
その問い詰めるような口調にひゅっと息を呑んでしまう。
ここは玄関だ。外の街灯の光しか明かりが無い状態で、総一の表情は逆光になってよく見えない。
しかしゾクゾクと恐怖とそのほかの感情がエイジの尾てい骨から背骨を這いあがる。

「おしおき、だね」

53511-362 補完3 閲覧注意:2007/08/23(木) 04:57:12
ぞるっ、と総一の影からいそぎんちゃくのような触手が這い出てくる。
それは自在に動き、逃げようとするエイジの足首と手頸を掴み縛り上げてしまう。
「総一、そういち、やだよやめてよ…ひぐっ!」
「やめない。エイジは触手が苦手だよね、おしおきにはちょうどいいよね」
確かに、エイジは触手が苦手であった。見るのも、触るのも、単語を聞くことすら嫌だった。
それは幼馴染で、仲間で、…恋人でもある総一が普通の人間ではないことを示すものだったから。
この他地域から隔離されたような僻地に人が住み続ける理由。
それは、この触手を操る人によく似た生き物が平和に暮らすため、それだけである。
最近では大分触手も減り、ただの寒村になりつつあるが時折思い出したように強い力を持つ子供が生まれることがある。

「む、ぐぅっ、うん」
蛸足のような触手がエイジの口にねじ込まれる。それは喉を犯すように侵入し、窒息と紙一重の快感を与える。
総一だって滅多に触手なんて出さないし使わない。
しかし感情が振り切れたり、何かのたがが外れてしまうと無造作に触手を繰り出してしまう。
おかげで総一はどんなに都会に住みたくとも、この里を離れることはできないのである。
口に気を取られている間にも無数の触手がエイジの肌を這いまわり、仄かな快感に火をつけていく。
気持ち悪いのに、キモチイイ。
「キモチイイ?」
玄関マットの上で触手の粘液や汗にまみれ芋虫のように転がるエイジとは好対照に、
総一は相変わらず街灯の光を背負い、エイジを真上から観察していた。

「良くない!」
答えを得るために解放された口からは、叫びがとびだした。
それは宣戦布告、触手には屈しないといった攻めの一手であった。
スッと総一のまとう空気が冷やかになり、さらに無数の触手が鎌首をもたげ始める。

そのまま、朝まで、玄関先での常軌を逸した痴話げんかは続けられたのであった。

(終了)


さつまあげが苦手 さつまあげが触手 さつまあげに挙手 さつまあげの一手
さつまあげは歌手 今日のおかずはカツオにマグロ ウーロン茶☆ヌルヌル
をすべて入れてみました。

53611-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層1/4:2007/09/04(火) 12:54:38
「大体いつもさ、作戦が悪いんだよ作戦が」
「はあ…」
「あと一歩って所で秘密兵器が出てくるのなんて分かりきった事だろ?
 なに、それとも今回は出てこないとでも思ったわけ?
 まさか出てこないといいな〜とか希望的観測で作戦を進めたとかじゃないよな?」
「いや、そんなことは、…ないと思うんだが…」
「思うんっだがってなんだよハッキリしろよ!いつも現場で動くのは
 俺たちなんだよ俺たち。それわかってんのか?」
「それは、申し訳ないと思っている」

もう小一時間説教を食らっている。その間正座させられっぱなしの私は
しびれが足全体に渡ってすでに感覚はなかった。
おそるおそる手を挙げて提案してみる。

「すまない、次は善処したいと思うので、もうそろそろ、その…」
「お・ま・え・が言うなお・ま・え・が!」

ピシピシとプラスチックのものさしで額を叩かれる。痛い。
戦闘員Dの怒りはまだ収まっていないようだ。
それもそのはず、今日の地球防衛側の反撃はそれはすごいもので、
最下層戦闘員の彼らには恥辱にまみれた、としか言いようがないものであったからだ。

53711-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層2/4:2007/09/04(火) 12:55:14
「大体なあ、俺がどんな目にあったと思ってんだ?…お、俺が、あんな…」

変化した声にふと視線を上げると、まっかになった戦闘員Dの顔があった。
おそらく昼間の醜態を思い出しているのだろう。握りしめた手は小刻みに震えている。
その姿は小鳥の様で、全治万能の力を与えられた幹部の私からすると、
哀れみをさそいながらもなぜか背中の辺りがぞくぞくとする。

彼が一体どんな目にあったか?
忘れようにも忘れられない。敵の長官が「こんなこともあろうかと」開発していた
秘密兵器は、巨大な蛸のような生き物で、あと一歩の所で司令塔を制圧できていた
はずの我々は、その触手によって全戦闘員の攻撃力を奪われたのだ。
とりわけ中心部に近付いていた戦闘員Dは、からめとられた手足を拘束され、
戦闘服は見るも無惨な布切れとなって地に落ち、全身を弄られ擦り上げられ
肛門に触手を挿入されたあとは強制射精で意識を失うまで喘がされ続けたのだ。

正直に言おう。最後まで見たいために命令を出しませんでした。

しかしそんな事を口に出せる訳もなく、この作戦の指揮官を任されていた私は
作戦失敗の叱責を、なぜか部下の戦闘員Dから受けているわけなんだが…

「敵の本部の職員すべてと、巨大生物が現れたと集まったヤジ馬ども、
 そしてつぶさに記録を残そうとするテレビ局!全国放送だ!!
 そ、そんななか、俺がっ…おれ、おれは…くそっ…!!」

53811-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層3/4:2007/09/04(火) 12:55:34
悔しさのあまり俯いてぽろぽろと泣き出してしまった戦闘員Dを、私は後悔の念を
持って見つめていた。そうだ、戦闘員Dにも普通の生活や人生という物がある。
あんな映像が全国に流れてしまったら、どこへ行っても「強制射精の人」
と後ろ指を指され続けるに違いない。最悪「化け物にやられてよがるくらいなら
俺たちだって相手できんだろへへへ」とか言い出す狼藉者にレイプされた挙げ句
裏ビデオを取られて売られ薬付けにされて敵の地球防衛隊とやらの性奴隷に…!!
そうなったら私は戦闘員Dの家族になんとお詫びをすればいいのか…!!
そうだ、そんな心の傷は上司である私が癒さなくては…!!

「すまないっ……!!」
「えっ…!?」

堪り兼ねた私は、正面に座っていた戦闘員Dを抱きしめた。
いや抱きしめようとした。
が、しびれていた足がからまり、鈍い音と共に戦闘員Dを床に押し倒してしまっていた。

「あっ…だ、大丈夫か!?戦闘員D!戦闘員D…!!」

ゆさゆさと揺さぶるが返事はない。ただのしかばねのようだいやいや違うこういう時は
あれだ!まず気道の確保をして…あ、ハイネックのセーターだな…
仕方がない、上は脱がせるとして…ベルトも外して楽にさせてやろう。
緊急時に的確な判断が出来てこそ頼れる上司というものだからな。
次は人工呼吸をして胸のマッサージを……

53911-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層4/4:2007/09/04(火) 12:56:03
「……なにやってんのお前ら」
「総帥……!?いえ、あの、これは…」
「……いやいいんだけどさ、せめてベッドの上でやったらどうなの?」
「はっ…ご助言ありがとうございます。なにかありましたか?」
「いいや大した用じゃねーし。まあ明日休みだからいんだけどさ、ほどほどにね」
「了解いたしました」

翌日、なぜか秘密基地内食堂の黒板に相合い傘で『幹部/戦闘員D』と書かれていた。
冷やかされてまっかになって怒りまくる戦闘員Dの横で
「誤解だ。私は服を脱がせて体中をマッサージしていただけで、
 その際不可抗力で勃起したペニスを射精させたが、それだけだ」
と隊員に説明したら、さらに赤く怒った戦闘員Dにみぞおちを殴られた。
なぜ私は戦闘員Dにこんな暴挙に出られても許してしまうのかは謎だが、
仕事に対する意欲も増しているので問題がないと思う事にした。

54011‐09「雨宿り」:2007/09/08(土) 03:29:00

---------------------------------------

前略。芹沢様。

君は元気でしょうか? 風邪などひいていないでしょうか? ちなみに、僕は元気です。それなりに
やっていますので、ご心配なく。……もしよかったら、ちょっと心配してくれると嬉しいけど、さ。

そういえば、最近、また新しくアルバイトを始めました。友達や縁遠くなった両親はいい加減に
定職につけと言うだろうけれど、フリーター人生が、僕には今のところ一番似合っている気がします。

芹沢。君は何て思うかな。こんな僕のこと。まだ、忘れないでいてくれてるのかな。
僕は今、君の住む(らしい)町で暮らしています。君のすぐそばで、君との思い出にしがみつく
ようにして生きています。
あなたはどこにいるでしょうか? 僕のこと、まだ覚えてくれているでしょうか?

馬鹿馬鹿しい話だと、我ながら思います。

もう何年前になるのかな。最後に二人で並んで歩いたのは。
あのとき約束したよね。
また明日って、約束したから。
それだけのために、君に会うためだけに、僕は生きているのです。

直接話したいことがたくさんあります。
「大好きだ」って、ふざけないで、芹沢、お前に言ってみたいです。
「愛してる」って、笑わないで、本気で伝えてみたいです。


……………
……

---------------------------------------


住所も知らぬ相手への手紙につづる文章をとうとうと考えながら、時間は流れ過ぎていく。
そうやって時間を殺すことが、最近の僕の常套手段になりつつある。

雨降りの午後、傘を忘れた僕は小さな酒屋の前で一人たそがれる。
コンビニにでもいけばビニール傘くらい買えるだろうけど、そんな合理性に従うよりも僕は
情緒溢れる「雨宿り」をたしなんでいたかった。

雨に降られながらも、東の空はぼんやりと明るい。雨がやんだなら、もしかしたら虹が出るかも
しれない。そう思ったら、少しだけ、何だか気持ちが明るくなった。

54111-589「どうでもよくない」:2007/09/25(火) 00:38:54
ギリで間に合わなかったので投下

____________________________

「実は俺、お前の事好きだったんだ」

突然の告白に、頭が真っ白になる。
今の今まで、そんなの全く臭わせなかったくせに。
おまけに、なんでこんなタイミングで言い出すんだ。お前、明日転校すんだろ?
HRの最後にクラスの皆にも、涼しい顔で「お世話になりました」って挨拶してたじゃないか。
今だってそれは変わらなくて、こっちは動揺しまくりで背中やら掌やら汗かきまくりだってのに
お前はいつものように飄々としてて、無様な俺を面白がって観察してる。

そうだよ、こーいう奴だったよ。
いつだってひとり平然として、周りの心配をよそに無茶も平気でやらかす。
実力と同じくらいプライドも高くて、手持ちのカードは絶対誰にも見せない。
自分と他人の間にきっちりラインを引いて、一歩も立ち入れさせない、それがお前だったのに。
なんで、今になってそんな事を言うんだ。

「あ、別に返事とかいらないぜ? どうでもいいし。
 一応最後に言っときたかっただけだから気にすんな、じゃあな」

…何という自己完結っぷり。
そんな捨て台詞を丸きり冷静な顔で言ってのけて、さっさと立ち去ろうとする奴に、
呆れを通り越してムカついた。

「よくないだろう!?」

思わず通りすがりの腕をありったけの腕で掴んでいた。

どうでもいいって。気にするなって。
そんな言い分通るか。
忘れられる訳がないだろう、お前と、お前と同じくらい酷い告白を。
お前は最後にすっきりぶちまけて、逃げて、それでいいのかもしれないけど俺はどうなる。
密かにお前を想って悶々と葛藤した日々までどうでもいいって、切り捨てるつもりか。
許さない。俺自身の想いまで勝手に終わらせようとするなんて、お前にだってそんな権利はない。

「…そうか、どうでもよくないか」
「あ?」
「俺は正直ホントにどうでもよかったんだよ。フラれて当然と思ってたしな。
 けどお前がそう言うんじゃ仕方ない」
「仕方ないって…」
「つきあうしかないだろ? この場合」

…やられた。
にっこり笑う奴の顔が、悪魔に見えてくる。
そうだよ、こーいう奴だったんだよ昔っから!
絶対最後まで手の内は明かさず、いつの間にか相手を自分のペースに引き込んじまう。
分かってるのに、俺は何度懲りずに引っかかって振り回された事か。
けど、そばにいられるならそれでも構わないと思ってしまう俺は、もう末期だろうか。

「電話しろよ。メールも」
「お前からしろよ」
「おー強気じゃん」

けらけら声を上げて笑うその笑顔に、ああ俺たちはこれからも何も変わらないんだろうと
妙な安堵と喜びと、少しの諦めが胸によぎった。

___________________

初参加なんでベタにいってみたよー

54211-749「若者×お父さん系オサーン」:2007/10/19(金) 15:18:53
「正夫くん、ちょっとそこに座りなさい」

俺の下にいた義夫さんが突然むっくりと身体を起こして、
敷かれた布団の上を指差しながらそう言った。
あの、何ででしょうか。俺とあなたって、ついさっきまでなんかこう、エロエロ!って
感じでいましたよね?で、義夫さんが仕事から帰ってきて風呂入って、その湯上り姿が
すごく色っぽかったからキスして、そのままお布団の上まできましたよね?
それで義夫さんが真っ赤になってとろーんとしてて
もうセックス開始一歩手前!まで来てましたよね?あれ、何で俺が悪いことして
これからお説教されそうな雰囲気になっちゃってるんですか?
言いたかったことはこれだけあったんだけど、俺はあの、すら言うことも出来ないで
義夫さんが指示した場所に正座した。ちゃんとしました、半裸で。
義夫さんも半裸で俺の前にきちんと姿勢を正して座った。

「正夫くん、明日が何の日か分かってるかな?」

静かに話しかける声。それなのにその声音には荘厳?な響きがあって、びくびくとする。
小さなころ、お父さんが大事にしてたコップを思いっきり割ったときがあるんだけど、
今の義夫さんと向かい合うのは、そのお父さんの前にいたときと同じくらい怖い。
この人が、俺の下で可愛くあんあん喘ぐ人と同一人物だとはとても思えないです。

「あ、あした?」
「そう、明日」

冷静な表情で腕を組みながら、義夫さんが俺に問う。
じーっと俺を見てる。
あした。あした……。

「……あしたって、何かありましたっけ」
「覚えてなくても仕方ないかな。明日は僕、朝早い出張の日なんだ」

出張。
その言葉で俺はようやく思い出した。
明日の朝、4時半には家を出るからセックスは絶対しないでと指きりしたんだ。
それなのに俺は約束破って、義夫さんのことを押し倒してしまった。
俺のバカヤロウ!義夫さんを困らせるようなことはしたくないのに、約束を忘れるなんて。

「すみませんでした」

謝罪の意をいっぱいこめて土下座した。
床に頭をすりつけて、悪かったという思いを伝えようとすると、
顔をあげなさいって義夫さんが俺の肩に手を乗せた。

「僕こそちょっと迂闊なことをしたね。うっかりしてた、君とはそういうことする関係なのに」
「義夫さんはわるくないです!……出張のこと忘れた俺が悪いんです」

鼻の奥が、つーんとした。やべ、泣きそう。俺泣きそう。
年に合わないみっともない顔は見せたくなくて下を向くと、頭を撫でられた。

「ならどっちも悪い、ってことだね。ごめんね、正夫くん」
「……俺もごめんなさい」
「うん。もうこの話は終わりにしようか」

手のひらは優しくて、お父さんに似ていた。
俺のお父さんは俺よりも子供みたいで、俺がコップを割った後
ぎゃおすと怪獣のように怒鳴りながら泣いて、お母さんがどっちが子供なんだと
困ったように笑いながらあやされる人だった。
こんな落ち着いた大人の義夫さんとは全然似てないんだけど、こうやって撫でる仕草はお父さんにそっくりだ。
悪いことをしたら怒って、謝ったら偉いねと撫でてくれて、厳しいけど優しい人。
お父さんとは別の意味の好きだけど、俺は両親と同じくらいこの人が好きだ。

「僕はもう寝るよ。君はどうする?」
「俺も寝ます」
「うん。分かった。」

義夫さんが、俺が脱がしたパジャマをきちんと着なおして床につく。
俺も自分で脱いだパジャマを着て、義夫さんの隣の布団に入る。
電気を消す。
オレンジ色の光が、ぼんやりと光っている。

「出張から帰ってきたら、しようね」
「はい、待ってます!」
「……おやすみ」

きゅう、っと手のひらが握られた。
おやすみなさいって言いながら、俺はそのあったかい手を握り返した。

543萌える腐女子さん:2007/10/20(土) 20:01:06
由緒正しい勇者の血統だそうである。

「それやったら、代々伝わる伝説の剣とか鎧とか、あるんやないの?」
「家にはありません。今は国の宝物庫で保管されています」
「よし。まずは、それ返して貰いに行こうや」
「あー…それは無理です。何代か前に、お金と引き換えに所有権を譲渡してしまって」
「アホ。命がけの旅に出るのに、所有権もなにもあるかいな。ていうか売るなや」

王の勅命を受けて魔物討伐に出発する『勇者様』の装備が、鉄製の小剣と布製の服なんてありえない。
しかも、王から渡された旅の資金は雀の涙。屈強なお供もなし、馬もなし。
現在の旅の仲間は、勇者自身が仲介人を通じて雇った商人ただ一人。(勿論、仲介料も自己負担)
これで魔王を倒せとは、タチの悪いの冗談だ。
そのことを言うと、人の良さそうな青年は苦笑した。

「ロクに訓練を受けていない僕に宝物やお金を与えるほど、国の台所事情は良くないみたいです」
「そのあんたに魔王倒して来い言うたのは、他でもない王様やんか」
「仕方ないですよ。予定より早く魔王が復活してしまったんですから。それに、倒すのではなくて、封印するんです」
「ああ、そうやったな」

なんでも、五百年前の大昔に世界を恐怖に陥れたという魔王は、倒されたのではなく封印されたのだそうだ。
しかしその封印の効力が永久ではないため、定期的に封印をしなおさなければならない。
魔王を封印することは、勇者の血統にしか出来ないのだそうだ。それが目の前にいる青年らしい。

効力が切れる前に再度封印すればよく、魔王と対峙するわけではないので、封印自体は比較的簡単に行える。
ただ、魔王が封印されているのは魔物が多数生息する魔境の奥深くで、行くにはそれなりのレベルが必要だ。
そのため、代々勇者一家は、再封印の時期に合うように『勇者』を育成しているそうなのだが……

「本当は、もう五年は大丈夫だった筈なんですけどね。でも現実に復活してしまったから、修行してる場合じゃなくなって」
「なんや、緊張感のない話やなあ」
「そんなことないですよ。魔王も今はまだ復活したばかりで力が弱ってますけど、それも時間の問題です。
 ですから、早くお金を貯めて、ワンランク上の武器と防具を買わないと!」
「だから、そういうのは王様に頼めばええやん。あの伝説の魔王が復活したんやろ?国もケチっとる場合やないんと違うか」
「寧ろ、伝説だから仕方ないんですよ」

青年は僅かに苦笑を浮かべたが、すぐに真面目な顔になり、握りこぶしをつくった。

「とにかく、当面の目標は5,000イェン!目指せ、破邪の剣と青銅の鎧!」
「…………」

天下の勇者様が、まるで便利屋の如く町人の依頼をこなしたり、まるで猟師の如く狩りをしたり、
まるで行商人の如く交易をこなしたりして小銭を稼いでいると誰が思うだろう。
二言目には『お金を大事に!』と叫んでいると、誰が思うだろう。
そもそも、最初の仲間に商人をセレクトする勇者がどこにいるというのだ。

「近場の遺跡に挑むにはちょっと装備が心もとないですし。とりあえず先立つものがないと。
 でも僕、ずっと田舎の村で育ったんで、ものの相場が良く分からないから」
「まあ、確かに俺らは『モノの相場』の専門家やけれども……」
「でしょう?特に行商をする人は世界各地を旅しているから色々なことを知っているでしょうし、魔物とも戦うこともあるでしょうし」
「戦えるいうても、それなりやぞ?」
「それに、魔王もまさか商人とひよっこ冒険家の二人組が、勇者一行とは思わないでしょう?」
「自分でひよっこ言うなや……」

まあ、無駄に使命感に燃えて魔物の群れに突っ込んでいくよりは、賢いやり方だとは思うが。
そうでなかったら、馴染みの仲介人の頼みとはいえ、危険な子守まがいの役を引き受けてはいない。
しかし、本当にこの青年に魔王を倒せ……もとい、封印できるのだろうか?

「大丈夫ですよ。なんたって勇者の血統ですから!」
「あ、そう。早いとこ金貯めて、戦士とか魔法使いとか雇おうな」
「そうですね!頑張りましょう!!目指せ、5,000イェン!!」
「5,000イェンはもうええって」

544萌える腐女子さん:2007/10/20(土) 20:03:15
名前欄を忘れていました
>>543は「11-809商人×勇者」です
失礼しました

54510-129 たまにはこういうのもアリだろ:2007/10/24(水) 10:06:46
体中の汗と、白濁した液が、暖かい濡れタオルでふき取られる。
「いらない」と静止しようとしても体が動かない。
体が限界なのか、させてやればいいと本当は思っているのか判らない。

手首足首に残った荒縄の跡、擦り切れた皮膚に軟膏が塗られる。
つんとした臭いのそれは傷口にしみるけれど、
やさしく塗布されるのが心地いい。

首に残った指の跡にそっと額が寄せられる。
殴られた頬に手が添えられる。
優しく、なでられる。

「なんなんだ、さっきから」

掠れた声がやっと出た。起き上がる気力は無いから寝転んだまま腕を組む。

「……たまにはこういうのもアリだろ」
「自分でやっといて治療か。そんなら最初からすんなっつう話だよ」

二人で、内緒話をする子どもの様に声をひそめて笑った。
ひとしきり笑えば、また部屋がシンとする。

「本当に好きなんだ」

俺の首に顔を埋めたまま、泣いていた。

54610-859 ペンのキャップと本体:2007/10/27(土) 02:14:52
月曜の居酒屋はとても暇だ。
俺は鍵を預かっている身なので最後まで残っていなければならない。小さな居酒屋だからいざとなれば俺一人でも何とかなる。
と、言うことでホール係の女の子と調理バイトを先に帰らせ、俺はカウンターに座ってテレビを見ていた。
「ひまだなあ、もうしめちゃおっかなー」
テレビにも飽き、暇を持て余した俺は独り言を言いながらくるくる回ってみる。
その勢いで、胸ポケットに挟んでいたペンを取り出してキャップを外し、合体ロボごっこなんぞをやってみた。
「きゃぁぁぁぁぁっぁぁぁあああっぷぅ!いくぞぉっ!」
「おう!ペン!合体だあああぅ!!ズギャーーーーーーン!」
そこで回転を止め、仁王立ちしてペンを掲げる俺。
「超合体!ZE=BUR=A GR_inkーーーーーー―ーーー!!!!」
わざわざスポット照明の真下で格好をつけた。
その瞬間テロリーンと間の抜けた音が響き俺の陶酔を邪魔する。
音の主は…オーナー!?
店の入り口でオーナーが携帯電話のレンズをこちらに向けたまま腹を抱えて呼吸困難になるほど笑い転げている、いや笑いすぎて座り込んだ。
さっきの音はもしかして、写メ?
「あ…あ、オーナー?その…、…、わらいすぎだああああああ、わああああん!!!」
冷静さを取り戻すにつれ、俺はあまりの恥ずかしさに顔が燃えるようだった。
「ひっ、まさかお前が合体ロボすきだとは、くくっ」
「もういい加減笑うのやめて下さいよオーナー。あと携帯のデータ消してください」
「やだね」
のちのちこの画像をネタにいつまでも脅され色々な無理難題を吹っ掛けられおちょくられることになろうとは、その時の俺には知る由もなかった。

★お約束
あんな奴なんか俺には必要ない、俺は一人で生きていける、マジックはそう思っていた。
「もう、駄目か…」
蓋を捨ててからの一週間、マジックは言いようのない渇きを覚えいつしか強く蓋を探し求めていた。
たった一人の兄弟、生まれた時から一緒だったのに、あまりに過保護な蓋にいつしか反感を抱くようになっていた。
「許してくれ、蓋。俺が間違っていた、俺はお前なしでは…」
渇いてゆく指先、色を失う髪。先端から自分が死んでゆくのを感じながら、マジックは願った。
蓋よ、俺が乾いて死んだあとも他のマジックを抱き締めるような事だけはしないでくれ…。

54712.5-129 @田舎:2008/01/29(火) 17:50:44
「お前、東京の大学行くんだって?」
オレがそう聞くと、松田はちょっと驚いた顔をした。
「あれ、なんで知ってるの。まだ先生と親にしか言ってないのに」
「…や、昨日な」
昨晩の松田とおやじさんの大喧嘩が、隣りのオレん家まできこえていたのだ。
「ああ!やっぱりあれ聞こえてたのか。ごめんな〜近所迷惑で」
松田はへへっと笑って頭をかいた。
「…なんでオレに教えてくれなかったんだ」
「だってまだちゃんと決まったわけじゃないし…でも絶対に行くよ。
やりたいことがあるんだ。地元じゃできないんだよ」

「おまえまで故郷をすてていくんかぁ!」
昨晩、そう怒鳴るおやじさんの声を聞いた。
この町にはなんにもない、だだっ広い畑と、年寄りと、雪があるだけ。
若者は職を求めて、あるいは寂れた町を嫌って都会へ出ていく。そうしてオレた
ちの同級生もたくさん町を去ることを決めた。
けど、オレはここに残る事を決めている。
一人息子のお前まで町を出たら誰が畑を継ぐんだと親に泣き付かれたせいもある
が、
オレはこのなんにもない町を、生まれ故郷を捨てて出て行くことが後ろめたくで
できないのだ。

「研究者になりたいんだ」
いつだったか、目を輝かせて松田は話してくれた。
松田ならきっとなれるだろう。こいつの頭の良さはオレが保証する。
物心付いた時から一緒にいた。お互いの事はなんでも話した。
だから東京へ行くなんて重大な決意をオレにすぐ教えてくれなかった事に腹が立
つし、すごく寂しく思う。
松田はオレの知らない土地で、オレの知らない世界を見るんだろう。そうして他
の若者たちと同じようにこの町を忘れていくんだろう。
…オレの事も忘れるんだろう。
こいつはこんな田舎で一生を過ごす奴じゃないと、ずっと前からわかっていた。
それでも、この先この町でオレひとり残って送る生活なんて、隣に松田のいない
日々なんて想像もつかない。

かけるべき言葉が見つからなくて、オレは黙って松田を見つめていた。

54812.5:2008/02/22(金) 01:16:18
「正気か!? 身体を機械にするなんて……! クローン技術だってあるだろ!」
「生身のままじゃ、奴らを殺せない!!」

幸せだった2人に突然襲い掛かった悲劇。
テロに巻き込まれ、目の前で恋人を殺され、自分も瀕死まで追い込まれた彼はすっかり復讐鬼となっていた。
この前まで、虫を殺すことも嫌がるような奴だったのに。
そしてあいつも、死んでいい理由なんか何一つなかった。
本当に、いい奴だったのに。

「だけど、あんたがサイボーグ技術士でよかったよ。他の奴だったら、理由知ったら絶対やってくれないし」
「……だろうな」

復讐のためか、こいつのためか。
どっちにしても不毛なこと。
ただわかるのは、他の奴にだけは任せられないってことだけだ。

549萌える腐女子さん:2008/02/22(金) 01:17:19
しくった。
>>548は12.5-289「機械の身体」

55012.5-339 @水の中:2008/02/29(金) 18:11:43
水の中では、僕らに言葉は要らなかった。
ただ泳いでれば、水は僕とアイツを繋いでいて、言葉を使わないで互いを分かり合えた。


「俺、水泳辞める」
「え、何で」
高校からの帰り道、唐突に天野は言った。いつもみたいに、ぶっきらぼうな声で。
あんまりあっさりと言うもんだから、僕の耳がおかしくなってしまったのかと思ってしまった。
小さい頃からあんなに水泳好きだったのに。なんで辞めるなんて言うんだろう。
「何でだよ」
立ち止まった僕から数歩歩いて、天野は振り向いた。
よくわからない、恥ずかしそうな、気まずそうな複雑な顔をしていた。
「お前は、大会とか行きたいんだろ」
「うん」
「俺は、そういうの、思ってなくて、ただ、水泳が好きなだけで、泳げれば、それでいい」
口下手な天野は、ちょっとずつ考えながら言葉をつむいでいる。
「うん、知ってる」
昔から、天野は泳ぐのが好きだった。誰よりも泳ぐのが速くて、人間のくせに魚みたいなやつだった。
僕は、そんな天野が好きで、ちょっとでも天野とおんなじ楽しさを共有したくて水泳を始めたんだ。
プールや海で泳いでるとき、僕らは言葉なんか使わなくても楽しいのが分かったし、笑いあってた。
だから、どうしてそんな天野が水泳辞めるんだろう。
「笑うなよ」
「え?」
「これから言うこと、笑うなよ」
「う、うん?」
「俺さ、人間になりたい」
「へ?」
人間。人間ってなんだ。人間になるってなんだ。それが水泳を辞める理由か。
「なに、それ」
天野は、ガシガシと頭を掻いた。あんまり他人に言いたくないことを喋るときの天野の癖だ。
「泳いでると、楽しい。けど、よく考えてみたら、べつに、水泳部じゃなくても、いいし」
「そりゃ、そうだけど、自由に学校のプール使えるのは水泳部くらいじゃないか。大体、人間になりたい

ってなんだ。お前はちゃんと人間だろ。違う?」
そう言うと、天野は苦しそうな顔をした。なんか、僕不味いこと言っただろうか。
「お、お前、には」
「なに」
「お前には、わかんないよ」

551萌える腐女子さん:2008/02/29(金) 18:12:10
お前には分からない。僕には分からない。今は少しも、天野の気持ちが分からない。
人間になりたいなんて、分かるわけない。天野は、なにが言いたかったんだろう。陸の上での天野は

喋るのが苦手で、言葉が少ない。
陸の上だと、こんなに天野のことが分からない。水の中なら、水の中でなら……分かるんだろうか。
「おーい、もう部活終わりだぞー」
「あ、え、はい」
顧問の先生の声がした。プールサイドでちょっと呆けていたみたいだ。
「……あの、先生、天野」
「ああ、朝聞いたよ。退部したいってなぁ」
「はぁ。その」
「凄い才能あるのになぁ。でも本人がもう辞める決意してたみたいだし。先生じゃ止められなかったよ」
はっはっは、なんて笑う先生。はっはっはじゃない。
「天野、なんて言ってました。退部理由」
「え? お前にも言ってないの? うーん、実は、よくわかんなかった」
え?
「ちょっと教師失格だけど。なんか言ってたんだけどね、ただ、もう辞めますってだけは分かったんだ」
もしかして、先生にも人間になりたいなんて言ったんじゃないだろうな……。
「あ、ありがとうございました。あと、もうちょっとだけここにいてもいいですか?」
「えぇ? まぁ、僕もしばらく残ってるからいいけど……なにするの?」
「ちょっと、考え事です」
家よりも、こっちのほうが考えがまとまりやすいから。


プールサイドに腰掛けながら、僕は水面を見ていた。夕焼けが反射して眩しい。
なんで僕には分からないんだろう。今まで一番天野を分かっていたのは僕だったのに。
いや、そんなことはないか。僕が天野と繋がっていたのは水の中だけ。陸の上では、そんなにたくさん

喋ったことがなかった気がする。喋っても、僕が話しかけて、天野が相槌を打つくらいで。
「あれ……」
ふと、気付いた。天野は、喋ってただろうか。僕以外と、家族以外と。
段々、鼓動が早くなる。天野は、天野は、
天野は、僕以外とまともに喋れてない。
「………」
誰もいないプールを、記憶の中の天野が泳いでいく。まるで魚のように。水の中の生き物みたいに。
そうか。そうだったんだ。人間になりたいって、そういうことだったんだ。
人間の祖先がそうだったように、天野は水から上がって、魚から人間になりたかったんだ。
魚じゃ、陸の上で上手に生きられないから。陸の上で上手く喋れないから。
「……馬鹿」
天野の馬鹿。僕の大馬鹿。

552萌える腐女子さん:2008/02/29(金) 18:12:56
「天野、今からすぐそこの公園に来い」
深夜。僕にしては珍しく、高圧的な命令口調で電話した。案の定、天野は少しビクッとしたようだが、嫌

とは言わずに、ちょっと待て的なことを言った。
苛苛していた。天野がこんなことで悩んでたことと、そのことに気付かずにいた自分に。本当に、馬鹿

みたいとしか言いようのない自分。
なんて、自嘲してると、天野が来た。公園の入り口できょろきょろしている。
「こっちこっち」
「……なに?」
あからさまに、僕と目線を合わせようとしない。昨日僕に言った言葉を後悔しているんだろうか。
「っ?!」
「こっち見ろ。今から大事な話するから」
無理矢理頭を抑えて僕と目が合うようにする。天野は苦しそうで、泣きそうな顔をした。
「よく聞けよ。僕はある男の子のことが好きで好きでしかたないんだ」
「………え」
「そいつは小さい頃から泳ぎが凄く上手くて、僕はそいつに憧れてた。一緒に遊びたくて水泳始めた」
「………うん」
「でもそいつすっごい口下手っていうか、喋るの苦手でさ。陸の上じゃ、まともに話したことなかったんだ

。でも、水の中では違った。泳いでると、言葉なんか使わないでも通じ合ってるって思えた」
「………俺も、そう」
「うん。だけどさ、そいつに昨日、人間になりたいって言われて、お前には分からない、とまで言われて

さ」
「………」
「そんでそいつ、今日僕のことほとんど無視してさ」
「う、あ」
天野は、ぎゅっと目を瞑ってしまった。
「あのさぁ、天野。僕が人間にしてやるよ」
「え?」
「天野のことは僕が一番分かってるんだから。人とどう喋ったらいいのか、どうコミュニケーションとった

らいいのか、全部僕が教えてやるよ。天野が嫌じゃなければ」
「い、嫌じゃない! けど……お前は」
「いいんだよ。僕は天野が好きだから」
「あ、あ、俺も、いっくんのこと、好きだ」
「うん。よろしく、あっくん」
いつのまにか手を握り合って、昔のあだ名で呼び合って、凄く幸せだった。


水の中は、凄く心地がいいけれど。
僕らは人間にならなくちゃ。
水を出て、大人にならなくちゃ。




55312.5-479「強敵と書いて〜」:2008/03/19(水) 00:17:42
「はーっはっはっはっ、また俺勝っちゃったじゃん?ごめんねー俺強くって」

うぜえ、こいつすげえうぜえ。
初めて見たときは強くて綺麗な奴だと思っていただけに
このギャップにへこたれそうだ。
ちくしょう、何で一緒の学校になっちまったんだお前。
お前と部活一緒じゃなけりゃ、俺にとってはただの強くて見た目のいいやつってだけだったのに。
口は災いの元とはよく言ったもんじゃねーか。

「次はお前だろ?かかってこいよ。今日は絶対に俺が負かしちゃうけどねー?」

ケツを叩いて挑発って子供かお前は。
つか何で俺にばっかりうざさ三割り増しなんだ。
弁当のおかずの大きさが自分が大きいっていっちゃ自慢して、
身長が0.3センチ高いっていっちゃ自慢して、
俺よりも多く連勝したっていっちゃ自慢して
俺に何か恨みがあるのかお前。
しかもお前、勝負では俺に一度も勝ったことねーだろ。
うっぜえすげえうぜえ。

「…また俺が負かすにきまってんだろ。バーカ」

なのに、しかとできない俺。何故だ。

55412.5:609 死亡フラグをへし折る受け:2008/04/06(日) 16:58:17
「本当に行くのか」
「うん」

信孝は写真家だ。戦争の現状を撮りたいと言い、
今まさに紛争の只中にある某国へ旅立とうとしている。
…あの国で外国人が何人も拉致されたり殺されたのをまさか忘れたか?
全部自己責任だぞ自己責任。わかってんのかこのバカ。

「なぁ、悠」
「なに」
「一年以内には帰ってくるから…。そしたらさ、その、お前に話が…」
「…わかった。一年だろうが十年だろうが待っててやるから、
 五体満足で帰って来いよ」

そんなに顔赤くしながら「話がある」なんて、バカじゃねーのかこのバカ、俺より10も年上のくせに。
全部つつぬけだっつうの。しかしバカに惚れた俺も相当バカだ。

「じゃあ、行ってくる」
「…ん」

気をつけてなとか、しっかりやれよとか、言いたい事は色々あったのに
なぜか言葉にならなかった。
俺がまごついている間にあいつは笑顔で手を振り、
バックパックを背負って遠ざかって行ってしまった。

俺はその背が見えなくなるのを確認すると、ポケットから携帯電話を取り出す。

「もしもし?ああ、そう、今発ったから。交通手段は前伝えた通りな。
 現地ではくれぐれも姿を見せるなよ。緊急の場合のみ許す」




そして一年後。

「悠!ただいま!」

そう言って嬉しそうに手を振る信孝は、一年前に比べて随分日焼けしていて
ヒゲも伸び放題で、体つきも心なしかたくましくなった気がする。
見た目は小汚い感じなのに、なぜだか格好いい。

そして俺は予定通りに信孝の告白を受け、めでたく恋人同士となった。

「それにしても、不思議なんだよなぁ」
「なにが?」
「向こうでさ、実は結構ピンチになった事が何回かあったんだよ。
 でもその度に運よく逃れられて…。
 強盗のグループに襲われそうになった時は、たまたま通りかかった遠征軍が助けてくれたし
 いつの間にかパスポートをスられてた時も、次の朝手元に戻ってきたり
 撮影に夢中になりすぎて山の中で遭難しそうになった時も、
 同じ日本から来たっていうジャーナリストにバッタリ会って、ふもとまで案内してくれたんだ」
「へぇ、すごいじゃん」
「俺もう一生分の運使い果たしたんじゃないかな〜」

そうかもね、あはは〜などと笑いながら俺は
心の中で自社のSPと追加で雇い入れた傭兵達に向かってグッと親指を立てた。

俺が某財閥会長の孫である事は秘密にしている。
信孝は俺の事をごく普通の大学生としか思っていないだろうし、
実際そう見えるような生活しかしていない。
じーちゃんは俺の事を可愛がりすぎ過保護すぎで正直うっとうしい時もあるけど
今回ほどじーちゃんの孫に生まれて良かったと思った事はなかった。

さて次は、どうやってじーちゃんに信孝の事を認めさせるかだな。
まともに恋人ですって紹介しても、じーちゃんが脳卒中で倒れるか信孝が殺されるかだ。
まずは周りの役員から味方に引き入れよう。うん。

55512.5:629青より赤が似合う:2008/04/09(水) 00:38:19
せっかく書いたのに規制にかかって書き書き込めない。。
あんまり悲しいのでこちらに失礼。


放課後。
「ねえ」
あきれた君の声。
「いつまでかじりついてんの」
これ見よがしの溜息さえ、夕暮れに似てこの胸を鮮やかに染める。
目印を残して僕は厚い本を閉じた。朱に透ける瞳はまるで、何かの監視員気取り?
「信じらんない。もう間に合わない」
「そんなに見たいドラマなら、どうしてさっさと帰らないんだ。机にかじりつこうが図書室に根を生やそうが、とにかく俺の勝手だ」
「ちょっと! どこ行くんだよ!」
よく喋るから無駄が多い。身振りが大仰だから行動が鈍い。鞄を掴んだ君はやっと、僕が廊下を抜ける途中で追いつく。ほら、加減なく後ろ手を掴む。
「待てよ!」
「おまえこそ『どこ行くんだよ』?」
「どこ、って……」
いつも明るいから沈黙が深い。さっき綺麗だと思った夕焼け色の瞳がさっと伏して、けれど弾かれたようにまた僕を見上げた。長いまつげ。
「おまえが教えてくれないから俺は、どこにも行けないんじゃないか」
僕を睨む。鬱陶しい前髪をかきあげながら……かきむしりながら、君は、君が。
「あのときあいつ、何か言った。最後の言葉なんだ。俺に言ったに違いないんだ」
君が僕を。
「それ、やめてくれないか」
「え」
「ほらまた。そうやって髪をかきあげる」
「え、なに……」
「おまえ以前はそういう癖、なかっただろう」
いつか僕は唐突に気づいた。奴の仕草が君にうつった。奴の気さくな性格を心に宿して、君はそれを恋と知った。
再放送のドラマ。苦手なブラックコーヒー。似合いもしないブランドの鞄。なぜあの日一緒に燃えなかった。バイクもトラックも燃えた。アスファルトは黒くただれた。
駆け寄った僕に、奴は何事かを語った。声にはとうとうならなかった。あの唇は何と動いたろうか。口唇術? まさか。まさか。僕に読めるわけが無い。
「髪? そんなのいま関係ない……、おい、触るなよ」
「赤」
「ちょ、み、耳! 触んなってっ……え?」
「赤がいいって」
夜によく映える、深い青が美しい、自慢のバイクは炎に消えた。
「赤いピアスのほうが似合うのにって、言ったんだよ」

556萌える腐女子さん:2008/04/09(水) 01:06:16
あああああ555です。携帯から本スレ投下できました。
重複大変大変申し訳ない。すいません!

55712.5:719 青春真っ只中:2008/04/22(火) 15:51:43
青春18きっぷって年齢制限無いのは有名だけど、乗車期間限定なの知ってた?

新宿から山形まで8時間かかるなんて事聞いてない。しかも全部各駅停車と来たもんだ。
反対側の座席の窓からは、梅雨真っ只中のどんよりした暗い空しか見えない。今どの辺だろう。

今年の夏切符は7月から使えるんだけど、さくらんぼ食べれるの10日くらいまでなんだよね。

さくらんぼと聞くとドキッとする俺は変なんだろうか。
一年でこの時期しか味わえない果実。とろけるほど甘くて酸っぱくて、すぐに傷ついて膿んで腐って。
茎を結べるとキスが上手。2個くっついて描かれる。どう考えてもレモンより青春ぽくて恥ずかしい。
よりによってそんな物、今じゃないと駄目だから一緒に腹いっぱい食おうぜなんて熱心に誘うなんてさ。
冬は毛蟹となまこ、あと明石焼きを食べにいったんだ。うまかったよ〜と思い出しよだれを垂らさんばかりに
笑う彼を見たら、なんだか断れなくなっていたんだ。
貧乏旅行と贅沢品食べ歩きのミスマッチな組み合わせに興味がわいたって事にして、OKした。
2人ならお土産一杯もてるしなんて言い訳もくっつけて。

次は北仙台〜北仙台〜

急停車の衝撃に、緩んだ手のひらから滑り落ちた傘を直してやる。
ガラスにぶつけるように預けたぼさぼさ頭から起きる様子のない安らかな寝息が続く。
そういや、さくらんぼと飯食った後の予定聞いてないや。こんな雨じゃ野宿は無理だよな・・・・・・。
取りすぎたさくらんぼをどうやって持って帰ろう?なんていう出かける前にした心配より
未成年二人連れを泊めてくれる場所があるかどうかの方が俺には気になった。

558萌える腐女子さん:2008/04/22(火) 15:52:54
720さんがいらっしゃったのでこちらへ。
sage忘れましたごめんなさい!

55912.5:909 アリーナ:2008/05/22(木) 20:41:57
ここはコンサート会場前で、手元にはチケットが二枚ある。
昨日、付き合ってくださいの言葉と共に渡されたものだ。
二枚とも渡したことで奴の馬鹿さ加減はわかろうというものだが。
あと30分で開場だ。誘った当人はまだ来ない。
もしかしたら来ないのかもしれない。
告白された瞬間、俺は思わず「アリーナじゃないとヤダ」と答えてしまった。
素直に頷いておけば良かった。頷ける性格だったら良かった。
きっと来ないんだろう。
一歩を踏み出せない俺に、お前から手を差し出してくれたのに、それを突っぱねたんだ。
来るはずがない。絶対に来ない。
俯いていたら涙が零れそうで、空を見上げる。

……何か、見た。

妙なものが、上を向く際に視界を掠めていった。
徐々に視線を下げていく。
その妙な物体は明らかに近付いていた!ってか、来るな!


「ア○ーナ姫とーじょー!どう?どう?似合う?」

手作りらしきお面を被り、某RPGのキャラのコスプレをした物体は、奴の声でそう言った。
俺は無言のまま顔面に拳を叩き込んだ。
潰れたお面を引っぺがして、奴の手を引いて会場に向かう。
口を開いたら号泣してしまいそうだった。
幾らなんでもこれはないだろう?普通ならこんな間違いありえない。
そう思うのに、嬉しかった。
きっと奴には一生敵わない。

56012.5:969:2008/05/30(金) 04:05:21
「頼むから乗って」

バイト帰り見覚えのある黒いワンボックスが止まると同時に窓が開いた。
びっくりしたじゃないか。
必死な形相で言ってくるモンだから助手席側に回ってドアを開けるとあからさまにほっとした顔になる。
ムカつく。
何も言わずにシートベルトを締めると車は走り出した。

「…車に俺を乗せて逃げ場無くす作戦か?」
「…ごめん、でも、乗ってくれるなんて思わなかった」
だってお前必死な顔してたもん。

駅前のCD屋の洋楽コーナーでよく見かけるスーツの男 という印象が変わったのは1年前
少女漫画みたいに一枚のCDを同時に取ろうとして手が触れ合った。
お互いびっくりしたけどスーツの男が「この店良くいらっしゃってますね、洋楽好きなんですか?」
なんて言ってくるから「好きですよ」なんて返しちゃって。
その後意気投合して俺たちは友達になった。
相手が三個上だと知ったのは半年前。
俺のことが好きだと告白されたのは一週間前。
返事しない俺に業を煮やしたのか無理やり押し倒されたのは四日前。

「無理やり、あんなこと…してすまなかったと思ってる」
「俺の方向くな、前向け、信号変わってんぞ」
俺の指摘に慌てて前を向く、傍から見りゃエリートサラリーマン風なのにどっかしら抜けてるんだ。
「許して欲しいなんて思ってないよ」
「じゃあ許さなくていいのかよ」
「いや!許して欲しいけど…」
「どっちだよ」
「ごめん」

勝手知ったると車のサイドボードにあるCDケースを引っつかんで何枚か見てみる。
…少女漫画再びか。
あの時手が触れ合ったCDで目が留まってしまったのである。

これも運命?

CDをかけると
「許して欲しけりゃ今夜一晩ずっと首都高ドライブだ。このCD延々リピートでな」
言ってやると

「あ、あぁ…わかった」

なんて訳分かってない顔と嬉しそうな顔をしやがった。
一晩中運転だぞ?マゾかお前は。

56113:19 春雷と桜:2008/06/05(木) 10:10:47
激しい音を立てて降る雨と時折混ざる雷の音を褥の上で聞いていた。
近頃暖かい日が続き小康を保っていたというのに、この急な冷え込みは体調の悪化を予想させた。
「なあ、障子を開けろよ。縁側で桜を眺めたいんだ」
十五畳程の座敷の片隅に鎮座している大男に命じるも反応がない。
「聞こえないのかでくのぼう。障子を開けろ。おまえは花を愛でる心も知らんのか」
「…いけません。お体に障ります」
数度罵って初めて、男はごろごろと妙に人を不安にさせるような響きの声を出した。
自分の声の醜さを自覚して極力声を出すまいとする様は謙虚だと評価できなくもないが、
父からこの男をあてがわれて六年も経つ今となっては、最早瑣末なことであった。
「そんなことは分かっている。無理なら、ここから眺めるだけでも構わない。いいだろう?」
男の表情は揺らがない。
「寂しいじゃないか。あれだけ咲き誇っていた桜が一夜にして枝葉となってしまうのは。
 せめて散る様を惜しみたい。」
言葉を重ねると、男は観念して溜息を一つ吐いた。
「お待ちください。上掛けを持って参ります」
「いらん。おまえが上掛けの代わりになればいい」
もう抗弁する気もないのだろう。
大人しく障子を開け放ち、半分起こしていた無体な主人の体を後ろから包み込む。
するりとその懐に身を寄せると、男は念を入れてその上から更に掛け布団を羽織った。
二人羽織のような不恰好さに思わずくすくすと笑みが溢れる。
「ああ、やっぱり」
外では雨粒が容赦無く桜の木をそぎ落とし、稲光で照らされる地面は白い花びらで汚れていた。
男の腕の中で桜の木がその衣を剥がされていく様子を見ていると、
雷鳴の中、ひゃあひゃあと明るい声がかすかに聞こえるのに気が付いた。
おそらく本邸の方で六つになる頃の弟が女中達と騒いでいるのだろう。
その騒ぎの中には、きっと父もいるはずだ。
「…もういい。閉めてこい」
そう言って男の顔へと視線を向ければ、真剣にこちらを見てくる黒い双眸とかち合った。
「私にも、花をいとおしむ心はあります」
体から離れる間際男が残したその謎の言葉は、妙な響きをもって心を震えさせた。

56213-89 女形スーツアクター:2008/06/19(木) 22:49:12
「ぷはっ…」
「お疲れ様です、筒井さん!」
今日の収録が終わってようやく『着ぐるみ』から出た僕たちは、互いの
汗だくの体を見て、今日も大変でしたねえ、と笑い合う。
僕たちはスーツアクターだ。よくあるレンジャーもので、僕は主人公、
筒井さんは敵の女幹部。ちなみに僕も筒井さんも男性である。
筒井さんの役は、チョイ役とまで行かないものの出番が少なく、
僕の役と絡むことも少ない。けれど今日は、スタッフのいわゆるテコ入れで
試験的に主人公と敵幹部のエピソードを入れるということになり、
僕と筒井さんは一緒に撮影をしたのだった。
話の流れで、その夜、僕は筒井さんと一緒に飲みに行くことになった。
「あの…本当に奢ってもらっちゃって…」
「いーんだって。芹沢くんはいつも大変でしょ。たまには飲みなよ」
確かに、昼間の撮影のせいで体中はボロボロ、一杯煽りたい気分だった。
けれど年上でキャリアも上な筒井さんに奢って貰うわけにも―。
「うらっ、飲め飲めぇ」
僕が迷っていると筒井さんは無理矢理ビールを飲ませ、笑った。
「しっかし筒井さんって、細いですよねえ」
ひと段落した後、僕は筒井さんの体をジロジロ見ながら呟く。
筒井さんはちょっと浮かない顔で、よく言われるよ、と言った。
ひょっとして気にしているんだろうか、自分の体のこと。
「ごっごめんなさい、僕」
「いいよいいよ。俺だって好きでこの仕事をやってるわけだしね」
そう言いながら日本酒を煽る筒井さんは、何だか色っぽい。不覚ながらどきりとしてしまった。
「しかしさあ、あのシーンで思ったんだけど」
「え、あ、はい?」
「芹沢くん、力持ちだよねー…って、この仕事だから当たり前かあ、あはは」
茶化すように笑う筒井さんは、やっぱり色っぽい。女形スーツアクターだからか、
仕草がいちいち女っぽいっていうか…。僕にそういうケは全くないはずなんだけどなあ。
「でもそれにしても、この仕事にしては細い腕なのに、と思ってさ」
そう言って筒井さんは、シャツに包まれた僕の二の腕を触る。女みたいな手つきで。
「僕だって力はあるほうだけどさー、あっそうだ、芹沢くん、腕相撲しようよ腕相撲」
「あ、は、はい…」
「この仕事長いとは言えないけど、君よりはキャリアあるんだ。意地見せなきゃなー」
ぎゅ、と手を握らされて、僕は思い出していた。今日撮影したシーンのこと。
敵の女幹部―つまり筒井さんがピンチになって、そこを偶然(随分なご都合主義だ)通りかかった
主人公がなぜかお姫様抱っこで女幹部を助ける、というものだった。
筒井さんを抱きかかえた時の、ふんわりとした感触、男性とは思えない体つき―
薄い胸板に、細い腰、やわらかな尻肉。こんなことを思い出してしまう僕って変態なんだろうか?
「うーん…う…」
腕に力を込めて呻く声が、どこかいやらしい。そう考えてしまう僕って変態だと思う。
「ふ…っ」
ひっくり返りそうな声を聞いて、力なんて入らなかった。僕の腕は、テーブルに力なく倒れる。
「やったねー。俺だって女形ばっかりじゃないんだ、力には自信があるんだよ、要はキャリア…」
言いかけて筒井さんは、俺の熱烈な視線に気付いたようだった。どうした、という視線を僕に向ける。
「あの…筒井さん、そのキャリアを見込んでお願いがあるんですけど」
「おおっ、何?」
「僕、いまいちアクションの演技に自信がなくて。それでよかったら―」
意志とは無関係に、口が動いて、喉が勝手に言葉を搾り出した。止まる気がしない。
「僕の家に来て、演技指導、してくれませんか」
僕は無意識の内に、不敵な笑みを筒井さんに向けていた。俳優でもないのに。
断るかと思った筒井さんは、酒に飲まれて真っ赤になった顔で、いいよ、と言った。
「えっ…いいんですか!?」
「俺は厳しいよー、筒井くん」
べろんべろんになりながらも表情だけは真面目さを保とうとする筒井さんに噴出しそうになりながら僕は、
お手柔らかに、と言った。

56313:369 通り雨 通る頃には 通り過ぎ:2008/08/21(木) 00:34:23
 掌を握っているとしっとりと湿った体温が伝わる。
外は相変わらずざあざあざあと雨が降り注いでいて俺達は此処半時間シャッターのしまったぼろい店の
看板のテントの下で難を逃れている。唯の友人同士だと、もしこの夕立の中側を通る人があれば思った
かもしれない。しかし隣同士で立ち尽くしたまま、二人しっかりと手をとりあっている。胸に充満する
雨の匂いに満たされた学校の帰り。着込んだ制服は雨を含んで肌に張り付く。恋人同士のような格好で
、俺達はいる。
 しかし握る力は俺のほうが甚大なのだ。
 俺はお前が好きだった。だけどお前は俺のこと何かどうでもいい。
 多分雨が降り終わる頃にはこの掌は俺のものではない。降り終ったねと笑うお前は俺の側を軽々と通
り過ぎて世界に紛れてしまうだろう。そう言う約束だった。お互いの世界だけで関係を完結させて、決

して他には漏らさないと、仔犬みたいな笑顔で約束をせがんだお前を俺は許容した。(せんせいにもと
もだちにもおかあさんにもおかあさんにも)だけど許容さえすればお前が手に入るんだから、俺に逃れ
る術はなかった。(そしたらぼくもすきになったげる)そうやって始まった俺の恋。
 雨を機に人通りの少ない商店街の、テントの下にお前を連れこんだのは俺だ。そしてその内にお前の
掌をぎゅっと浚うように握ったのも。お前が全てに抵抗しなかった。ただただ天使のようないつもの柔
らかい微笑で、にこにこと俺の行動を見つめていた。児戯に微笑む大人のように。所詮何をしたって俺
の行動なんてお前の思考には登らないのか。何故隠したいのかと戯れを装って尋ねた時だって、その笑
顔で笑うだけ。俺の声になんて答える意味がないとでも言うように。

 これは同等が与えられないと知っている恋。それでもお前が欲しいから、俺はその苦難を甘受する。だけど、だけど。それはいつ崩れぬと知らぬ砂礫の上に立つかのように辛く苦しいことだと、お前は知
っているか。

 お前は酷い奴だ。俺の確かな恋情を、劣情を知りながらそれを同等のもので受け入れるなど思いもせ
ず、俺を玩具のように弄びながら遊んでいる。飽きたら捨てるのか。お前は全ての始まりと同じように
、なんとも無い様にあっさりと俺に終わりを言い渡すような気がして俺は心底恐ろしくて怖くてたまら
ない。

 そうやって俺の側を通り過ぎる。

 ざあざあ。ああ、地面を叩く音が徐々に静まる。雨が弱くなっていく。通り雨のせいで人通りが消え
た街中に人の声が聞こえ始めてきたらこの体温は俺のものではなくなる。人に触れては壊される俺達の
関係は。それが普遍的な物になりつつある事を思えば俺の心臓は簡単に破裂しそうなほど締め付けられ
た。握った掌を強く握りしめる。雑踏で母親においてかれそうになる子供みたいに。だけどその手は握
り返されない。俺とは違う、いつまでも俺となじまない体温で、俺はお前を繋いでいる。違う。
 繋いでいると、思い込もうとしている。
 おもいこもうと。
 誰にも囲えない奔放なお前を、誰に助けてもらう事も知られることも無くこの頼りない腕で捕まえて
しまわなければならない。その不安。その苦悩。お前は何も知らないよとにこにこと外ばかりを眺めて
ばかり。隣にいる存在の不在を嘆くのは俺だけなのだと今更ながらに思い知る。全ては俺の無様なのか
。だけどお前しか欲しくない。欲しくないのに。

 ああ。

 白皙の、美しい子供のようなお前。ふと首を傾げて俺を見た。その笑顔が愛しくてならなくて、だけ
ど俺を踏みつけていくのはいつだってこれなのだ。
「どうしたの、芳樹、泣きそうだよ」  
 な、此処で雨の代わりに尽きぬ涙をお前に捧げたら何処にも行かないでくれるのか。

 ざあざあざあ。通り雨が過ぎていく。俺の叫びを置いていく。ざあ、ざああ。

56413:793 異国人同士、まったく言葉が通じない二人:2008/10/19(日) 02:56:33
間近で見た瞳が、凝縮された空のようだと思ったのだ。
この手に触れた髪が、光そのもののようだと思ったのだ。
ああ何故僕は真面目に勉強しなかったのだろう。こんなにも後悔することになるなんて。
貴方の言っていることが分からない、こんなにも貴方を愛しているのに言葉を通わすことができない。
絡めた指が、擦れ合う鼻先が酷く熱い。
僕の目じりにじわりと滲んだ涙を涙を見てか、絡んでいた手を離して、彼は僕の頬を包むように触れた。

彼がその時、眼鏡越しの僕の目を見て、ガラスの向こうに見える夜空のようだと言った事がわかるのは、まだ先のこと。

56513-819 自称親分×無理やり子分:2008/10/25(土) 12:30:21
「おい、行くぞ」
「またですか」
 僕はため息をついた。金曜日、午後五時四十五分。
 手元の書類は、まあ週明けの朝イチで処理しても間に合うもの、ではあるの
だが。
「面子がたりねんだよ」
「やですよ。先輩ひとりで行ってくださいよ。そもそも先輩の友だちじゃない
ですか」
 マージャンならともかく、ポーカーに厳密な面子なんてあるものか。
「いいから、ごちゃごちゃいうなって。親分の言うことにさからうなよ」
「誰が親分ですか」
「え? オレオレ」
 先輩は自分の鼻先にちょんと人差し指をつけたあと、その指で僕の鼻先に触
れた。
「子分」
「勝手に決めないでくださいよ」
「そー言うなって。新人研修のとき、面倒見てやったろ?」
 この部署に配属されて最初に仕事を覚えるとき、この人が僕の「教育係」に
なった。3年先輩だから、まだまだひよっこの彼にも、後輩を教えることで業
務について自己研鑽を深めてほしい、という狙いがあったと思う。だいたい、
この人と来たら、業務に関する知識は僕より下で、何度か実地の作業中にやば
いことをしでかしそうになったのをあわてて止める羽目になったくらいなのだ。
 以来、腐れ縁である。
 彼は自らを親分と称し、嫌がる僕を無理やり子分と呼んでいる。
「こないだお前連れてったときさ、バカ勝ちしたろ。験がいいんだよ。勝った
らラーメンの一杯もおごってやるからさ」
「勝ったら、って。僕のほうが勝ったらどうすんですか」
「お前がおごる」
「なっさけないなあ。それでも自称親分ですか?」
 僕は手元の書類をそろえてフォルダに収め、デスクの引き出しに鍵をかけた。

56613-819 自称親分×無理やり子分(2/2):2008/10/25(土) 12:35:07
 この人はけしてバカじゃない。むしろ、むちゃくちゃ切れるほうだろう。た
だ、興味の焦点が今の仕事にはクリアに合っていないだけなのだ。大学時代に
つるんでいたというお友だちだって結構な人間ばかりで、切れのいいジョーク
を飛ばしあいながらワイン片手にポーカーを楽しむ姿は、はたから見れば成功
した男たちの集団といった趣だろう。常識的なレートやチップの上限といい、
白熱しても二時間で切り上げる、掛け金はその場の飲食代に充てて後に引かせ
ない、というローカルルールといい、紳士的な集まりだと思う。場のジョーク
に若干下ネタが多いのはご愛嬌だ。
 なのに、この人単独で話していると、とんでもない場末の賭場でなけなしの
給料をかけて目の色を変えたオヤジどもが冷や汗をたらしているような、饐え
て煮詰まった空気の場のイメージになってしまうのはなぜなんだろう。
「何も、僕をつれてかなくてもいいじゃないですか」
「いーや。つれてく。俺が決めたんだよ。二時間で終わるからさ、そのあと
ラーメン食って、うちでサシ呑み」
「……そこまで決まってるんですか」
「ったりめえよ。あ、サシ呑みの分はおごってやっから心配すんな」
「いいですよ無理しなくて。先輩の給料想像つきますから」
 家呑みをおごったくらいでいばられたんじゃたまらない。
 僕は立ち上がり、ジャケットに袖を通した。
「連れてってください、どこへでも。こう横で騒がれたんじゃ仕事になりゃし
ない」
「ひゃっほう! 行くぞ行くぞ! あ、お前これ持て」
 よれた紙袋を押し付けられた。とっさに受け取ると、ずしっと重い。中を見
ると、トランプの箱やチップのケースが押し込まれていた。今日の道具か。
 足取りもかるくエレベーターホールに向かう背広をにらんだ。
 ……まさか、荷物持ちがほしかっただけじゃないだろうな。
 大学時代の友だちも、だんだんオトナの紳士になり始めて、学生のノリでバ
カやってる自分がなんとはなし寂しくて僕を引っ張り込もうって算段なのかと
想像して、ちょっとだけ同情したのは深読みのしすぎだったんだろうか。
「おい、早く来いよ! エレベーター来てんぞ!」
「行きますよ、大声出さないでくださいよ」
 僕はため息をついて小走りで追いつき、彼の横に並んだ。

56713-909 活動家攻め政治家受け:2008/11/01(土) 21:23:14
「選挙は来年に先延ばしになるらしいね」
「そうらしいですね」
目の前にいるのは、去年選挙で俺に負けた立候補者だ。野党からの公認を蹴って無所属で出馬した。馬鹿だよな。そんなんで俺に勝てるわけないだろう。選挙なんて落ちればただの人。今は政治活動家として活動しているらしい。NPO団体の何かをしているとか聞いたかな。
もともとこいつに白羽の矢がたてられたのも、こいつの身内に犯罪被害者がいて、その支援活動をしていたからだ。身近で苦しんでいる人の為に出来ることをしていたら、知名度があがり対立候補として担ぎ出された。よくある話だ。
俺の場合は、長年議員をやっていた親父が脳卒中で急逝し、準備期間もないまま弔い合戦に担ぎ出された。これもよくある話だ。昔から世話になっている支援団体のおっさん達に泣きつかれてどうにもならなかった。親父の地盤は強固で、とにかく俺が出れば勝つと言われていた。実際に勝った。
理不尽だけど、選挙ってのは勝てば官軍。そんな訳で俺は若くして政治家になっている。

訳もわからず政治の場に席を置いて、目の前の事をこなすのが精一杯だ。やりたいと思うことも自分に何が出来るのかも、薄ぼんやりとしか見えてこない。
本当は、こいつが受かった所を見てみたいとは思う。どんな政治家になるのかを見てみたい。けれど、俺と同じ選挙区から出るのをやめない以上は、俺の当選はゆるがない。それだけの磐石な基盤を親父は築いて、多くの人の支援と期待を俺は引き継いでいるからだ。
答えはわかっているけれど俺はこいつに聞いてみた。
「他の選挙区から出ていただけないですか?先輩」
「うん。それは無理だ」
ずっと好きだった。こいつは俺の高校時代の先輩だ。だからどんなに政治家に向いているかも俺は知っている。ただ人に奉仕するのが好きなだけ。自分の利益なんかどうでもいい人だから。
本当はこんなことで争いたくなかった。でも、絶対に俺は負けるわけにはいかない。
ロミオとジュリエットみたいだと苦笑いしてみる。あんな若造達みたいに馬鹿な心中はしないけど。

56813-929 小説家志望の書生:2008/11/03(月) 01:47:17
「書生さん、今日は月が綺麗ですね」
「坊ちゃん。珍しいですね。酔っていらっしゃるのですか?」
「たまにはいいじゃないですか。すみません。僕が不甲斐ないばっかりに、住むところがなくなってしまった」
「そんな…私はとてもよくしていただきました」
うちは住居の一角に書生を住まわせるくらいの余裕がある資産家だった。だが事業に失敗し多額の借金をかかえた為、明日は家を出て行かなくてはならない。金にかえられるものはすべて金にかえ、それでも足りない分をある貿易商に肩代わりしてもらい、その代わりにその家の娘と結婚し婿に入ることになった。
「荷物はもうまとめたの?」
「私にまとめるような荷物なんてないですよ」
確かに彼には荷物なんてなかった。小説家を希望したのは、紙とペンさえあればはじめられるからだと言っていた。
「君は結局、僕に自分の書いた小説を見せてくれなかったね。それだけが心残りだ」
彼が小説を書いている時に部屋に入ることは度々あったけれど、彼はその度に頑なに僕に見せるのを拒んだ。
「私の小説は、いつもある人への想いを書いています。ただの恋文です」
「恋文」
「例えば、こうして月を見ています。同じ月をそばでその人が見ているだけで、私は胸が何かゆるやかであたたかなものに満たされるような気がするのです。月が美しいと私に教えてくれたのはその人だと思います。美しいものを見るのなら、私はこれからもその人と一緒に見ていたい」
僕は彼がこんなに情熱的な事を考えている人間だなんてまったく知らなかった。
「私は口下手ですからね。文字でしか自分の中の想いを吐き出すことが出来ません。でも、もう書けないかも知れません」
思いもかけない一言だった。
「どうして?実家に帰ったら小説をやめてしまうの?」
「小説ならどこでも書けます。でもその人がいないと私は書けないから。書けてもそれはただの文字の羅列です」
聞いている方が胸に詰まるような告白だった。
「……君に想われている人は、とても幸せな人だと思う」
うらやましいと思った。うらやましすぎて涙が出そうになった。
ふいに、彼が僕の手をとった。そしてうつむいて必死な声で僕に言った。
「私は口下手で。でも、言わないとあなたはもういってしまう。だから…」
彼の手から震えが伝わってくる。
「あなたが好きです。私と一緒にどこか遠くに逃げて下さい」

逃げてどうなるというのだろう。ふたりとも金なんてない。これから先に明るい未来などないだろう。多くの人への裏切りだ。でも、目から涙があふれて止まらなかった。僕が一番今欲しい言葉を言ってくれたと思った。酒ではなく彼の言葉に酔ってしまった。もう他に何もいらないと思った。

569959:2008/11/04(火) 21:37:58
『お客様でございます。
 お取次ぎいたしますか、マスター?』
スピーカーからのノイズが混じる機械的な音声、それが私の声だ。
私の呼びかけに、主人は無言の仕草で答えた。
ひらひらと振る手の平、そしてたまらなく嫌そうな顔。
その客は通すなという意思表示だ。
『先日、マスターがお連れになっていた女性のようですが、よろしいのですか?』
「だからなんだ」
重ねて問うと、ずいぶんといらだった口調が返ってきた。
初めてつれてきた先日の夜には下心たっぷりの笑顔で歓迎していた相手だと言うのに。
まったくこのお方はとっかえひっかえ、二回と同じ相手と夜をすごそうとしない。
本当にこの人は薄情なニンゲンだと思う。
訪ねてきた女性を慇懃無礼に追い返し、主人の元に戻った。
長年愛用しているカップで紅茶を飲む主人。
居心地はいいながらも古い椅子に根を生やしたように座って新聞を読んでいる。
そんな主人の顔を見て、ふと、眼鏡の端にヒビが入っているのに気がついた。
『マスター、眼鏡の右レンズが破損しているようですね』
話しかけると主人はこともなげに答えた。
「ああ、どうも昨夜何かしたらしいな。酔ってたから記憶にないが」
そう言うが、主人は特に気にした風でもない。
『新しいものに取り替えるべきかと。注文いたしますか?』
半ば答えを予想しながらもそう問いかけた。
「いや、いい。まだ使える」
ああ、やはり。
この方はニンゲンに対しては非常に飽きっぽい。
けれど。
『相変わらず、物持ちがいいというか……。本当にそのままでよろしいのですね?』
私が問うと、主人はうるさそうに答えた。

「ああ、まだ使えるだろ。道具は愛するものだ、簡単に捨てるものじゃない」

『かしこまりました、マスター』
おとなしく引き下がりながら、こう思う。
この身が機械でよかった。
私が道具でよかった。
決して叶うことはない想いだけれど、それでもずっと傍に置いてもらえるのだから。

570569です、陳謝。:2008/11/04(火) 21:40:02
すみません、一つ前に投稿したものです。
名前(タイトル?)を入れ忘れました……。
「959 ロボットの恋」でした。すみませんでした。

57113-959 同じく「ロボットの恋」:2008/11/04(火) 21:49:30
もう勝ち目がないと悟った瞬間、奴は自分の最後の砦である戦艦を自爆させた。
ブリッジの奥で奴と相対していた俺は逃げるまもなく爆発に巻き込まれ……
翼や手足の一部をもがれながら、無様に地面へ叩きつけられた。

地上で私の勝利を信じて待っていた主人が駆け寄ってくる。
その足音が、半壊してノイズ交じりのセンサーから聞こえた。

「――…!――、……っ!!」

カバーが外れて露出したカメラのレンズに主人の姿が映る。
その映像にすら砂嵐が混じり、
主人がしきりに口を動かして私を呼んでいるらしいことは分かったが
音声はもう聞き取れなかった。あの少し甲高い声が私を呼んでくれるのが好きだったが。

瞬く間に、主人の目からぼろぼろと涙がこぼれ始めた。
少し泣き虫なのは出会った頃から変わっていないんだな。
ああ、もう泣かないでくれ。
私は君の笑顔を守るために戦った。
人の平和のために戦った。
これでもう、世界は平和になる。
だからそんなに涙を流さないでくれ、
私の一抱えもある指にしがみついて泣き叫んでいる、君のその姿だけで
剥き出しになった配線がショートしてしまいそうだ。

「さ。よ……な、――rあ、…だ…―」

さよならだ。
残りわずかな動力を振り絞って発音機構を動かしたが、主人にはちゃんと聞こえただろうか。
唇はちゃんと笑みの形を作れただろうか。

既に私の中のプログラムは、主要な回路や記憶装置が
致命的なダメージを受けてしまったことを感知している。
機械的な修理は可能だろうが、次に目覚める時、私は私ではないだろう。

ロボットに命があるとして、その私の命がここで終わってしまうのなら
せめて君の笑顔をメモリーいっぱいに焼き付けたまま壊れたいと思った。

572誤字修正:2008/11/04(火) 21:52:59
>>571の二行目の一人称は「私」の間違いでした。
確認不足で申し訳ありません。

57313-989 たき火:2008/11/07(金) 00:09:32
「修ちゃん、やっぱりやめようよぉ」
「大丈夫だって。ちゃんと水だって用意してあるし」
子供というのは好奇心旺盛である。かつ悲しいことに正確な状況判断能力がない。それがこの過ちの原因だ。その当時、俺の家の周辺は開発したての新興住宅地でまだ空き地が多かった。同じ地域に住んでいた孝也を巻き込んで俺は、木切れや枯葉を集めて空き地でたき火をしようとしていた。
「おー、燃えた、燃えた。すげー。ほら孝也、見てみろよ」
俺はかなり調子に乗っていた。臆病な孝也に対する優越感もあって、嫌がる孝也の腕をひっぱって火に近づけた。今でもあの白い腕は覚えてる。その直後に孝也はバランスを崩して火に突っ込み、その右腕は熱傷で皮膚がはがれ見るも無残な状態になったからだ。

「修ちゃん?どうしたの?」
今俺たちは大学生になっている。カフェテリアで無言になった俺を不思議そうに孝也が覗き込む。なんでこんなことを思い出したんだろう。ああ、たき火をしたのが今頃だからか。
孝也は暑がりで今くらいの時期まで平気で半袖を着る。初めて孝也の腕を見る奴は一瞬ギョッとするが、すぐになれるらしく気にしないようだ。利き腕でも後遺症は残らなかったので、見た目以外はまったく問題なかった。たぶん一番気にしているのは俺なんだろう。
「修ちゃん、今度の連休どっか旅行に行かない?」
「旅行?おじさんとおばさんは?」
「ハワイに行くんだって。新婚旅行でいけなかった所だから二人で行きたいらしいよ。一人で家にいるのも嫌だし」
「わかった。いいよ」
「良かった。ありがと」
俺がお前の頼みを断らないのを、お前は知っているけどな。

ラブホテルのベッドの上で、俺は孝也を抱く前に孝也の右腕にキスをする。何がきっかけではじまったのかは忘れてしまった。今となっては懺悔の儀式のような気がする。
「ねえ、修ちゃん。俺のこと好き?」
「なんだいきなり」
「好き?」
「好きだよ」
「この傷痕があっても?」
「関係ないだろ」
「じゃあ、この傷痕がなかったら?」
答えにつまった俺を孝也は一体どう思ったんだろう。
孝也はふっと笑って、両腕を俺の肩にからめてきた。
「いじわるだった。ごめんね、修ちゃん。俺も大好き」
そのまま孝也は俺の口をふさぐ。その先の答えは言わなくていいとでもいうように。

57414-49 日本昔話風:2008/11/09(日) 22:43:08
 昔々、あるところの小さな村に、ゴンベエという働き者とクロという名の真っ黒い猫が住んでいました。
ゴンベエは日が昇る頃から畑を耕し、日が沈む頃帰ってきてクロと一緒に眠りました。
ゴンベエはクロが大好きでした。
クロもゴンベエが大好きでした。

 ある朝、ゴンベエが起きると枕元にクロがいませんでした。
ゴンベエはその日から畑仕事もそこそこに、クロを探して歩きましたが、とうとうクロは見つかりませんでした。
 そうして三年ほどたったある日のことです。
ゴンベエが目覚めると、枕元に黒い着物を着た少年がすやすやと寝息を立てています。
ゴンベエは飛び上がるほどビックリしました。
少年は自分のことを猫のクロだと名乗り、
「大好きなゴンベエさんにご恩返しをしたいと思い、お山の仙人様に人間になる術を習いました。
一生懸命働きますからどうかおそばにおいてください。」
と言いました。
ゴンベエはクロが戻ってきたことをたいそう喜び、その日からクロと暮らし始めました。

蜜月蜜月。

57514-69 親の言いなり攻めとそんな攻めに対して何も言わない受け:2008/11/12(水) 20:41:59
クールビューティーが怒っている姿というのは、
個人的にはとてもそそられる。
ただソレが自分のパートナーだとちょっと話は違ってくるけど。

「そ…それでね。オトウサンが正月には家に帰ってこいって
いうから…。コレ、チケット…」

包丁をまな板の上にドスッと刺すような音がした。
対面カウンターキッチンじゃなくて良かった。
今どんな顔をしているのか、想像するだけで恐ろしい。

「い、嫌ならすぐに帰ってこようよ! 顔だけ見せれば満足するって!」

無言で鍋に火をかける後姿。
マンガでよく見る炎のオーラが俺にも見えるようだ。

「勘当覚悟でカミングアウトしたのはわかるけど、理解してくれたんだしさ」

テーブルの上に料理が並べられた。一人分だけ。いいけど。

「孫の顔を見る機会は来ないんだから、せめて息子の顔は
見たいとか言われちゃうとさァ。俺も弱いんだよ」

この会話を始めて、初めてこっちを見てくれた。
でも般若みたいな顔なので、あまり見ないで欲しかった。

「もう何年も帰ってないじゃない? そろそろ良くない?」

ガツガツと食事を口の中にいれ、サッサと食器を流しに持っていき、
スタスタと寝室に入っていった。鍵を閉める音がした。
俺は今日はリビングのソファーか。寒いんだけど。

プルルルと電話が鳴った。ナンバーを見る。今日の喧嘩の原因だ。

『どうだったかな?』
「無理です。俺じゃどうにもなりません」
『頼むよ。君だけが頼りなんだよ』

泣きつかれても困るんですけど。
自分の親でもないのにいいなりになってる俺は
実はかなりえらいんじゃないかと自分で自分を慰めた。

57614-119「タイムリミット」:2008/11/16(日) 00:44:35
駅までチャリで15分。
時計は午後6時48分。
<今日午後7時の新幹線。>
メールが届いたのが、今朝。

無視するつもりだった。
行かないつもりだった。
『忘れてやるよ、お前のことなんて』
心にもない言葉が、ずっと枷だった。
よりによって最後の日に喧嘩した。
理由は忘れた。たぶん些細なこと。
苛立っていた俺は、酷い言葉ばかり吐いた。
苛立っていたわけは、子供のような独占欲。
…離れたくない。
ただ、それだけ。

『忘れてやる』と言ったくせに、ちっとも忘れられなかった。
嘘。あいつの笑顔やふざけた顔が、全然浮かんでこなかった。
最後に見た泣きそうな顔だけが、脳裏に焼き付いたまま離れなかった。
…俺の記憶の中のあいつは、ずっと泣きそうな顔のままかもしれない。

絶対、嫌だ。

遠くで列車到着のアナウンスが鳴る。
階段を一段飛ばしで駆け上がる。
必死で切符のボタンを押す。
改札を抜けて疾走する。
発車ベルが鳴って、
嫌だよ待てよ、
まだ俺は、
まだ、


ぼやけた視界の向こうに、
遠ざかる新幹線が見えた。

…おしまいだ、
まにあわなか、

「おせえよ」

お前待ってたら行っちまったじゃねえか。
息を切らす俺に、こいつは不機嫌そうに、
だけど明るい声で、そう言って、笑った。

57714-119 タイムリミット:2008/11/16(日) 01:06:19
「おい吉井、話は聞いたぞ!何でもっと早く言ってくれなかったんだよ!」
「……は?」
昼休みが始まるや否や、目を輝かせながら僕に寄ってきた坂下の唐突な台詞に、僕は大層間抜けな声を出してしまった。
「そうかそうか、吉井がなあ。うん、あんな奴だけど俺協力するからさ!何でも言ってくれよ!」
「ちょ、ちょっと待って。話が見えない、何のことだよ?」
すると坂下は、またまたー、とぼけるなって!と僕の背中をバシバシ叩いた後、

「お前、俺の妹に惚れてるんだろ?」

実に楽しそうに笑いながらそう言い切るものだから、
「…………へ?」
僕は更に間抜けな声を発しながら、坂下の言葉を脳内リピートしていた。
惚れている?僕が、坂下の妹に?
「待っ…何でそんな話になってるんだよ」
平素を装って尋ねる。坂下の回答は、至極単純な物だった。
「ほら、俺が弁当とか忘れるとさ、あいつよく届けに来るじゃん。そんときお前、ずっとあいつのこと見てるって聞いた」
「………」

否定はしない。だって、それは紛れもなく事実だから。ただ、そこに込められた意味が違うだけで。
「いやー知らなかったなぁ。けどさ、俺が言うのもなんだけど、可愛いぞーあいつ。料理上手いし、あ、でもちょっと――」「…坂下は」

楽しそうに捲し立てる坂下を遮って、僕は尋ねた。
「坂下は、僕と…坂下の妹が、一緒になればいいと思う?」
すると坂下は、やっぱり楽しそうに笑って、
「勿論。だって吉井いい奴だし、うん、吉井なら安心だな」
それを聞いて、僕は確信した。
もう――限界だと。

初めはただのクラスメイト、それから過程を経て、気の置けない親友になった。けれど一緒にいるうちに、いろんな顔を知るうちに、その感情は形を変えてしまった。
伝える気はなかった。けれど、いつまでもぬるま湯のような関係に浸ってはいられないとも分かっていた。
きっと、ここが潮時だ。
彼がそれを望むなら、それで彼が幸せなら、僕は彼の妹を好きになる。
たとえ今は、嫉妬しか感じられないとしても。

僕はゆっくりと息を吸い込み、出来るだけ自然に笑顔を作った。
「ありがとう。協力、お願いするよ」
「ああ、任しとけって!まずはやっぱデートだな、いきなり二人きりはアレだから…」
坂下に相槌を打ちながら、僕は心の中でそっと呟く。

さようなら、親友。
さようなら、僕の大好きだった人。

57814-119 タイムリミット:2008/11/16(日) 01:47:26
俺の命にはタイムリミットがあった。
小さい頃に心臓疾患が見つかって、俺の両親は『成人式を迎えられたら神様に感謝してください』と言われていた。でも奇跡は起きて、とりあえず俺は成人式を迎えられる。
そしてもうひとつタイムリミットがある。これは自分で自分に決めた時間制限。

「はい、じゃあ胸見せて」
聴診器があたる瞬間はいつも体がこわばる。聴診器が冷たいせいもあるけれど、心臓の音がいつもより早くて緊張するからだ。
「今度、成人式だって? 良かったね。ドーム行くの?」
目の前の人のいつもよりしわくちゃの白衣が気になる。また病院で寝たのかな。
「行かないよ。友達と麻雀大会する」
「何、それ。もったいないな。一生に一度だよ?」
髪もボサボサ。でも暇な先生よりいいけどね。
「一生に一度だから、つまらない話を聞くのに時間を使う方がもったいないじゃん」
「この時を一番待ってたのはご両親だよ。親孝行しておきなよ」
「いいんだよ。俺、親不孝だもん」
診察室ではいつもたわいもない話だ。
「後で絶対後悔するよ」
「後悔って? いつ頃すんの?」
「君が子供を持つ頃くらいかな」
「じゃあしないよ」
服を着ながら俺は答えた。俺は親不孝だって言ったでしょ。
「今の医学の進歩はすごいんだぞ。大丈夫だよ」
「そうじゃなくて。医学が進歩しても、俺、女の子を好きになれないもん」
「え?」
絶句するよね。でも、そんな話題ふる方が悪い。
「……そうか。そうだよなあ…。でも……」
「いいよ。無理して答えようとしなくても」

このまま行けば俺は成人式まで生きていられるだろう。
神様がくれた奇跡だ。だから贅沢は言えない。もうひとつ奇跡を下さいなんて。
「俺、成人式を過ぎたら先生に言おうと思ってた事があるんだ」
「今でもいいじゃない。何?」
「今はダメだよ。何の準備もしてないから」
「準備って?」
「発作、起こすかもしれないから」
「脅すなよ」
「脅してないよ。親切心だよ」
この恋心をかかえたままだと、俺の寿命は確実に縮まる。それだと先生も悲しむだろう。悲しんでくれるよね?
だから決めた。
もうすぐこの不毛な恋が終わる。

57914-351 ツンデレになりたい 1/2:2008/12/01(月) 18:26:26
「おまえ彼女と上手くいってんの」
「あ、あの可愛い受付の子ね」
「いや別れたよ。先週振られた」
「おまえが振られるって珍しいな!」
「なんて言われたの?」
「『私、あなたが私を愛してくれる程あなたを愛しているのかわからなくなっちゃって』だって」
「あいつ言いそうだな。それもブリッコしながら」
「大好きだったんだねぇ」
「いやベタベタすんのが好きな女だと思ってたんだよ。そしたら意外と冷静なタイプだった」
「ていうかやっぱギャップが必要なんじゃね? おまえら優しいからさぁ、女には優しいだけじゃだめなんだよ」
「ええ、それって僕も入ってるの?」
「そりゃこの三人の中で一番優しいのはおまえだもん」
「どうせ今付き合ってる奴にもベタボレしてんだろ?」
「うんまあそうなんだけど」
「気をつけろよ、時代は紳士よりツンデレを求めてるからな」

僕は悩んでいた。
男は優しいだけじゃだめで、今は紳士なんか求められていないって言いきかされても、
僕は本当に本当に彼が大好きで、できることならちっちゃな瓶に入れて持ち歩きたいとか、
もういっそ女の子になって彼の奥さんになってもいいとか、
でもその場合は僕の腕の中で声を押し殺して小さく震える姿を見れなくなってしまうから
やっぱりそれはちょっと止めとこうかなぁとか、とにかくそれくらい彼を愛しく思っているんだ。

58014-349 ツンデレになりたい 2/2:2008/12/01(月) 18:27:25
でも普段、彼からのリターンはあまりない。ほとんどない。
キスすれば応えてくれるし、抱けばすがってくれるけど、
それ以外の部分では鬱陶しがられることの方が多い。
僕の大きすぎる愛が原因で彼に愛想をつかされたら、それは本意じゃない。
そこで僕は思った。ツンデレになりたいと。
彼に愛されるためにデレデレは卒業だ。
そうだ、ツンデレになろう。

「ただいま」
(おかえり、今日遅かったね。ずっと待ってたよ。疲れた? 大丈夫?)
「どうした、帰ったぞ」
(ごはん作っておいたよ、君の好きな豚のしょうが焼きだ)
「喉でも痛いのか」
(痛くないよ、僕身体だけは丈夫だから風邪ひかないんだ。
それより君の方が心配だ、今週働き詰めだしちょっと痩せたんじゃないか)
「何か怒ってるのか? 言わないと俺はわからないぞ」
(怒ってなんかない、今すぐおかえりのキスをしたいけど君は嫌がるじゃないか)
「……遅くなったのは悪かった。携帯の充電が切れて連絡できなかったんだ」
(あれ、自分から言ってくれた! 謝罪と理由がセットなんて滅多にあることじゃないのに)
「代わりにこれを買ってきた」
(僕がずっと探してたバルセロナ特集号のサッカー雑誌!)
「うわーん、ありがとう! ありがとう!! びっくりさせてごめんねえ、大好きだよぉ!」
僕はもうたまらなくて、彼に飛びついて頬ずりをして、そのまま何度も何度もキスの雨を降らせた。
彼はなんとも言えない表情をしてたけど、僕の背中に手を回してシャツをきゅっとつかむ仕草は素直で、
とてつもなく可愛らしかった。
こうして僕はツンデレを一瞬で卒業した。
だって、不安になったり傷ついたりしてる彼を見ているのに耐えられなかったから。
そして無愛想な彼が、案外僕のことを気にかけてくれていることに気付いたから。

58114-399 いじめっこ勇者×いじめられっこ魔法使い:2008/12/05(金) 00:38:10
紅蓮の炎が蛇のように地をはしり、轟音とともに爆ぜた。
断末魔の悲鳴をかき消すように、二発三発と容赦なく炎の塊が撃ち込まれる。
闇の眷属であった獣は苦痛に身をよじりながら地に崩れ、一抹の灰に還った。
魔法使いはロッドを掲げたまま、すこしの間無表情に火柱を見つめていたが、
はっと我に返って、すこし離れた場所にいる仲間のもとへ駆け寄った。

「ゆ、勇者さんは!?」
「生きてるわ。気を失ってるだけね」
戦士に抱きかかえられ、勇者はぐったりと目を閉じたまま身じろぎもしない。l 
僧侶が呪文の詠唱をはじめるとじきに出血は止まったが、損傷は大きく、すぐには意識が戻りそうになかった。
「よかった……死んでしまったかと……思い…ました」
魔法使いは、へなへなと勇者の傍らに膝をついた。既に涙目である。
(やっぱり変わった子だわ)
戦士は、勇者にすがりつく優男を、珍獣のようにまじまじと見遣った。

旅は道連れ。年々危険を増す旅路にあっては、得手不得手を補い合う仲間が不可欠だ。
そんなわけで、彼らは五人でパーティを組んで旅をしている。
ある日突然「勇者になる」と言い残して実家を飛び出した漁師の次男坊(現勇者)、
精悍な見た目に反してなぜかおネエ言葉の戦士、
普段は陽気だが、酒がきれると震えが止まらなくなる僧侶。
武闘家に至っては中型犬である。

少々風変わりなこのパーティの中で、魔法使いだけが明らかに浮いていた。
そもそも箱入り息子なのだ。代々、絶大な魔の力をもって王家を支えてきたという、
覚える気も失せるほど長ったらしい名の名門一族に生まれた。
長の嫡子で、生まれながらに抜きん出て魔力が高く、当然、跡取りとして将来を嘱望されていた。
それがどういう気の迷いか勇者に同行すると言い出して、家出同然にパーティに加わってしまったのだ。
黒魔法に長けた者が仲間にいるのは助かる。
おおいに助かるが、マイペースな性格が災いして、魔法使いは連携が大の苦手だった。

そのせいかどうかは不明だが、魔法使いはしょっちゅう勇者にいびられていた。
子供のような他愛のないいじめだが、全く免疫のない魔法使いはその都度多彩な反応を示し、
調子にのった勇者が徐々に行為をエスカレートさせ、武闘家に窘められて一応反省したフリをするのが常だった。
魔法使いからすれば勇者を煙たがって当然なはずだが、なぜあれほど勇者に懐いているのか。
戦士でなくとも、不思議に思うところだろう。
「ねえねえ、アンタ勇者のことどう思ってんの?」
戦士の言葉に、魔法使いはこくりと頷いた。
「照れ屋ですが、根はとてもいい人だと思っています。なんだかんだで面倒見はいいし、
 武闘家さんの仰ることはよく聞くし。……生憎と、僕は嫌われてしまったようですが」
「嫌ってる、っていうんじゃないとは思うけどね。ほら、アンタはさ、元々が努力しなくても人並み以上じゃない?
 血筋とか素質とか、おつむの出来とか。そういうところがこう、鼻につくんじゃないかしら。
 あいつ負けん気強いし、隠れて相当努力するタイプだもの。ムラムラ〜っと、いじめたくなるんだと思うわ」
勇者は庶民の出だ。争いを避けて鄙びた土地に根を張り、代々地道な暮らしを守ってきた人々の末裔である。
あらゆる面で、魔法使いとは対照的といえる。
魔法が使えないから勇者になった、などといつぞや本人も言っていたくらいだから、
魔法使いと見ると反射的にコンプレックスを覚えるのかも知れない。
「よくついて来るよなぁって、正直感心するわ。あれこれつつき回されんるの、イヤじゃないわけ?」
「いやでは……ないです。故郷では血族以外の者からは基本、口をきくのも避けられてましたから、
 はじめて対等に扱ってもらえたみたいで、嬉しいんです。ずっと僕のこと見ててくれるし」
なんとも両極端な話だ。しかし普通の世界ではあれを”対等の扱い”とは呼ばない。
「うわぁ……マゾいわねぇ……」
「心底憐れんだような目で見ないでください!そういうんじゃないです!」
「アンタってさあ、あれよね。そのうち勇者をかばって死んじゃったりするタイプよ」
「よしてくださいよ。俺より先に死んだりしたらブッ殺す!って常々勇者さんに言われてるんですから」
思いがけない言葉に、戦士は目をまるくした。
「なんだ、実はめちゃくちゃ気に入られてるじゃない。……へえ、そうだったんだ」
自分一人が要らぬ心配をしてしまったようで、戦士は急に馬鹿馬鹿しい気分になった。
当の魔法使いは言われた意味を掴みそこねた様子で、きょとんとしている。

58214-439 きみといつまでも:2008/12/07(日) 00:25:02
command:きみといつまでも Y/N?

801はファンタジーだ!! と割り切ってるがどうしてもNのルートに考えが行って
しまう私を許してください。決して不幸話が好きなんじゃないんです。

仮にA君とB君がいるとしましょう。
この2人が「いつまでも」何かを共有または同じ状態(精神的なものも含む)に
いられるでしょうか? 答えは圧倒的にNOだと思うんです。

たとえA君の隣にB君がいるのが当たり前の世界であっても
「いつまでも」そのままって言うわけには行きません。
歩き始めたならいつかは終点にたどり着きます。朝は夜になり、人は年老います。
感情が動かない人はいないでしょう。うつろうのが人の心。記憶もいつか薄れます。
A君は年をとっても「B君が好きだ」と思う、そこまでが事実だと仮定しても。
どちらかが先に死んだら? 社会的な圧力に負けて誰かと結婚てしまったら?
物質だって永遠に残りません。いつかは破壊され燃やされ分解され再生されます。
すべての物質の質量が変わらなくても、その中でサイクルはあるのですから
いつまでも何かを所有する・共有するということも不可能に思えます。

お話の中には時間がループしているものもあるけれど、それはここでは考えません。
閉じた時間軸の中で同じことが繰り返されるのならそれは「一時」のコピーであって
何も進まない。(お話の様式としては好きなのですが)
確実に時間が流れ、その中での無限のif連鎖が今生きてる世界だとすれば
100%2人だけのために働く事象は数えるほどではないでしょうか。

だから余計に私は「きみといつまでも」と祈ります。
Nに行く選択肢を一つでも少なくすれば2人はそれだけ長く「いつまでも」を実現できる
と信じるから。
人の気持ちは変わると言ったそばからこんなことを書いて変ですよね。
でも今は心からA君とB君に少しでも長く時間を共有してほしいと感じます。
本当にお互いが「きみといつまでも」と思える2人でいてほしいから
今日も私はYを選択する2人を、成長していくssを書くんだとおもいます。

萌え語りにも満たない年食った中2病のたわごとを最後まで読んでくれてありがとう。
A君B君、だいすきだ!

583萌える腐女子さん:2008/12/07(日) 00:34:36
───なんかさ、あいつって変に色白じゃん。
身体つきなんかは意外とがっしりしてたりするのにさ、あいつの印象っていうのがまた、
ニュルニュルっていうかニョロニョロっていうか… なんかとにかく掴みどころもないし、
すっごく変なヤツじゃね?

他のみんながそんな風に僕を噂してるのは知っている。

どうせね、そうさ。
色白なのは生まれつきだし、どうせニュルニュル?ニョロニョロ??どっちの表現でもいい
けど、掴みどころなんてありませんよ。
なんだよ、みんなだってゴツゴツしてたりペラペラしてたりヒョロっとしてたり、どうせ
五十歩百歩のくせしてさ。
───まぁ、中には。とんでもなくカッコのいい、オイシイ奴だっていたりするけれど。
でも、彼らがすき好んでそういう風に生まれたわけじゃないのと同じに、僕だって望んで
こんな風に生まれてきたわけじゃない。なのになんで、陰口ばっかり叩かれて。

「やぁ、こんにちは。…どうしたんだい?そんなに悲しそうな顔をして」

「え?あ、こ、こんにちは」

突然声をかけられて、驚いて振り向くと。こっそり憧れている彼が、すぐそこにいた。
まるで太陽みたいに綺麗で明るい色を放つ、誰とでも相性のいい、仲良くできる彼。
みんなが憧れる───そして僕も例外なく密やかに思い続ける彼。

「そうだ。ね、今日は君が一緒においでよ」
「え?で、でも…」
「大丈夫、だって僕たち、最強に相性がいいんだから!だから、ね?」
「だ、けど、でも」
「なんてね。一番の理由は時間が全然ないからってことらしいんだけどさ。でも、僕たちの相性が
いいってのはホントだろ?僕たちがトロトロに混ざり合えば、誰にも負けないくらいに、お互いを
高め合って絡み合って…最高に蕩け合う。君だって知ってるだろ?」

ね?と微笑みかけられて、うっかり頷いてしまう。
遠慮しないで、と手招かれて、彼の後におとなしくついていった。
だって、彼はすごく魅力的なんだ。みんなが憧れてるんだ。本当に。

今日彼と「蕩け合える」という白羽の矢が立ったのはホントに僕らしい。
他の誰かだと色々と手を加えなきゃならないことが多いらしくて、今はそんな時間がないらしい。
どんな理由だっていい。僕らの相性がいいのは本当で、実はものすごく自信があるんだ。
とんでもなくカッコのいいオイシイ奴よりも、僕は彼と混ざり合うことで、もっとオイシクなれるってこと。

僕がまとっていた薄い、ぺらぺらの服を手早く剥ぎ取られる。
ちょっと恥ずかしい───だって本当に、情けないくらいに色が白いんだ。
でも。

「ふふ。ホントに色白。…キレイ」

隣で見ていた彼がそんな風に呟くから。
僕は促されるまま、足先からとろとろに蕩かされていった。
身体が。…グズグズに溶けていく。彼と混ざり合うために。───どこまでも最高に高め合うために。
やがて全身とろりと崩された僕の中に、「今日は不要だから」と、透明な膜を捨て去った太陽の色を
した彼が、とぷん、と入り込んできた。

「きもちいいね?」

そんな風に囁かれて、もう何も判らなくなる。
全身をかき混ぜられて、とろとろに彼と混ぜられて。どこが境目かも判らないくらいに一緒になって。

「とろろごはんって簡単で最高に美味しいよね?」

誰かのそんな言葉が聞こえてきた時───やっぱり僕は僕に生まれてこれて良かったなって思ったんだ。
これから先も、何度生まれ変わっても僕は僕のまま。
ずっといつまでも、黄身といつまでも混ざり合えるように。

584583:2008/12/07(日) 00:38:54
ごめんなさい。名前欄入力したけど消えてた。
583は 14-439 きみといつまでも です。

58514-439 きみといつまでも:2008/12/07(日) 00:52:37
「せんぱっ……卒業おめでとうございまっ……うえええええ」
卒業式の後、派手に泣き出した後輩を前に、俺は苦笑する。
卒業するのは俺で、コイツはまだあと1年この学校に通うはずで。
なのに、あまりに大泣きするものだから、俺の方は感傷やらなにやらは全てどこかに行ってしまった。
「コラ、泣くな。どっちが卒業生だか、分からないだろ」
「だって、だってぇ」
涙を隠そうともせず、鼻水まで垂らして泣いている後輩を、俺はずっと可愛がってきた。
そして、相手も慕ってくれていたことは、現在目の前に繰り広げられている光景からすれば、疑いようもない。
「たかが卒業だ。そんなに、大したことじゃないだろ?」
「大したことですよ!! 大したことなんですよ!! だって、俺、先輩の「後輩」ってポジションしかないのに!!」
「は?」
訳の分からない内容で食って掛かられて、思わず聞き返すと、悔しそうに噛み締められた唇が目に入った。
それに、ゴシゴシと袖で乱暴に目を拭うから、目元が赤くなってしまっている。
「だってっ……同じ歳じゃないから、友達ってわけに行かないし、女の子じゃないから付き合うわけにも行かないし、俺は「後輩」以外になれないのに、先輩が卒業しちゃったらその繋がりまで無くなっちゃうじゃ無いっすかっ……」
心底辛そうに呟かれた言葉に、俺は思わず苦笑した。
「まるで、愛の告白みたいだな」
「告白すれば、先輩とずっと一緒に居られるなら、俺告白します」
むっとした様に唇を尖らせての言葉に、俺は笑って、その頭を撫でてやる。
「じゃあ、告白してもらおうか。付き合えば、ずっと一緒にいられると、そう思ってるんだろ?」
「へっ?」
本気で驚いたらしく、ずっと止まることなく流れ落ちていた涙が、ぴたりと止まった。
俺はそんな後輩の手をとって、上向きに手を開かせる。
「へ、え?」
その手のひらに、学ランの第二ボタンを千切って載せてやると、後輩はボタンと俺の顔を、首ふり人形のように見比べた。
「で、俺は、ずっとお前が好きだったことを、いつ告白すればいいんだろうな?」
「〜〜っ! 先輩!!」
飛びついてきた後輩の身体を、俺は笑ってしっかり受け止めた。

58614-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 01:41:38
本スレに投稿しようとしたらPC携帯共に規制食らってたのでこっちに
―――――――
じゃあたまには萌え語りでもするか
なおこの萌え語りはフィクションです。気分を害してしまったら申し訳ありません

「学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん
でも冬休みはクリスマス前後からだよなあ、まわし」

このレスから勝手に妄想したのはおっさん、もしくは高校中退した若者です。
おっさんの場合は、あるやもめ暮らしの冬の日、突然見知った少年が訪ねてくる。
学校はどうした、さぼりじゃないのかとうろたえまくるおっさんに、
「今冬休みだから大丈夫」なんて少年は笑いながら答えます。
そして寂しそうに上の言葉をぼやくおっさんに少年はいとおしさを感じるのです。

若者の場合は街ではしゃぎまわる学生らしき集団を見て、いらいらしながら言ってくれるといいと思います。
「俺の大学はもっと早いよ」なんて隣からかけられた言葉に、
学校をやめて働きに出てしまったことに対するコンプレックスを感じつつ、
「いいよな学生は。どうせ勉強しないで遊んでるんだろ」なんて口を尖らせるのです。
それでも高校をやめてもずっと付き合ってくれていた隣の友人に感謝と、友愛と、
そして「なんで俺に声をかけてくれるんだろう」と少しの疑念を抱きます。

どちらにせよ、クリスマスの夜にはぜひとも二人きりで腰に手をまわしつつ温めあっていてほしいものです。

58714-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 01:42:42
本スレに投稿しようとしたらPC携帯共に規制食らってたのでこっちに
―――――――
じゃあたまには萌え語りでもするか
なおこの萌え語りはフィクションです。気分を害してしまったら申し訳ありません

「学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん
でも冬休みはクリスマス前後からだよなあ、まわし」

このレスから勝手に妄想したのはおっさん、もしくは高校中退した若者です。
おっさんの場合は、あるやもめ暮らしの冬の日、突然見知った少年が訪ねてくる。
学校はどうした、さぼりじゃないのかとうろたえまくるおっさんに、
「今冬休みだから大丈夫」なんて少年は笑いながら答えます。
そして寂しそうに上の言葉をぼやくおっさんに少年はいとおしさを感じるのです。

若者の場合は街ではしゃぎまわる学生らしき集団を見て、いらいらしながら言ってくれるといいと思います。
「俺の大学はもっと早いよ」なんて隣からかけられた言葉に、
学校をやめて働きに出てしまったことに対するコンプレックスを感じつつ、
「いいよな学生は。どうせ勉強しないで遊んでるんだろ」なんて口を尖らせるのです。
それでも高校をやめてもずっと付き合ってくれていた隣の友人に感謝と、友愛と、
そして「なんで俺に声をかけてくれるんだろう」と少しの疑念を抱きます。

どちらにせよ、クリスマスの夜にはぜひとも二人きりで腰に手をまわしつつ温めあっていてほしいものです。

58814-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 02:40:15
「なに言ってるんですか。久しいもなにも、先輩が卒業してまだ一年経ってませんよ」
「俺は過去に囚われない男だ」
「もう一度言いますけど、一体なにを言ってるんですか」
「俺は常に未来しか見ていない。過去は振り返らない。学生時の習慣もまた然り」
「去年の今頃、先輩は年賀状用の芋版を作る!とか言ってサツマイモ買い漁ってましたよね」
「ああ、あの焼き芋うまかったな!やっぱ焚き火でやるとホクホク感が違うよな」
「思いきり覚えてるじゃないですか」
「あの後小火になりかけたよなー。あれは焦ったな!」
「その様子だと、全然反省してないですね」
「あーなんか焼き芋食いたくなってきたな。食っとけばよかったなあ」
「……だったら、今から買いに行きますか」
「んで、話を戻すけどさ、冬休みって確かクリスマス前後からだったよなあ」
「え?」
「だから、確かまだ冬休みじゃないだろって話だよ。まだ学校は営業中だろ?」
「営業……まあ、そうですね」
「ってことはだ。お前、学校サボって俺ンとこ来たの?」
「いけませんか」
「良くはないだろ。学生の本分は勉強だ。親の出してくれた授業料を無駄にしちゃイカン」
「先輩に言われたくないですよ」
「ははは、だよなあ。……お、そろそろか」
「……」
「でも正直、驚いたわ。誰にも言ってなかったのにさ。まさかお前が来てくれるなんてな」
「……いけませんか。俺にだって、学校より何より優先したいことくらい、ありますよ」
「あのなあ、そういうくさいセリフはカノジョに言え」
「彼女はいません」
「じゃあ早く作れ。クリスマスまでまだ時間はあるぞ。今年もまた去年みたいに俺と二人で馬鹿やるのは寂しいだろ」
「馬鹿なことをしてたのは先輩一人だけです」
「うわ、きっつ。ほぼ一年振りだっつーのに相変わらずだなお前。……って、ヤベ。もうマジで時間が」
「……先輩」
「じゃーな。元気でな。風邪ひくなよ。雪道で滑って転ぶなよ。勉強頑張れよ。家に篭ってばかりじゃなくて外でも遊べよ。変なもん食うなよ」
「先輩」
「向こうから年賀状出してやるからな。エアメールの出し方わかんねえから、正月ジャストは無理かもしんないけど」
「先輩!!」
「見送り来てくれてありがとなー!すげー嬉しかったー!」

満面の笑顔でこっちに大きく手を振って、先輩は空港の通路の奥に消えていった。

58914-449 学生やめて久しいので休みなのかどうかもう全然わからん:2008/12/07(日) 02:50:47
「優希くん、学校どうしたの?」
「休みだけど」
「こんな時期に? 普通クリスマス前後じゃない?」
「今は試験休みだってば」
「俺だまされてないよね?」
「じゃあ学校に問い合わせれば?」
「あー。学生やめて久しすぎて休みの時期なんてもう全然わかんねー」
「親でもないのにうざいよ、達也さん」
「親以上ですよ、俺は」

この人は俺の後見人。
火事で家族も家もなくした俺を血のつながりもないのに
周りの反対を押し切って引き取ってくれた人。
もちろん簡単に出来たわけじゃない。
後見人になる時には変な勘ぐりもあったらしい。たぶん今もある。
俺の知らない所で、達也さんは俺がなるべく傷つかないようにしてくれている。

「早く大人になりたい」と言うと、
「そんなに急いで大人にならなくていいのに」と達也さんは笑う。

大人になりたいのは、この家を早く出たいからなんて言えないけれど。
父親もどきの人に恋をしてるから苦しすぎるなんてもっと言えないけれど。

せめて金銭的負担をかけたくなくて大学もあきらめるつもりだったのに
俺の可能性を狭めたくないと許してくれなかった。
せめて俺は一生懸命優等生になる努力をする。周りに達也さんを認めさせる為に。
そんな俺を「子供っぽくなくてつまらないな」と達也さんはまた笑う。

「あ、そうだ。サンタさんに、優希くん何お願いした?」
「ハァ? 今なんて言った? サンタって言った?」
「言ったよ」
「……達也さん俺のこといくつだと思ってるの?」
「いくつになっても、いい子にしてたらサンタさんは来るものです」
「……そうですか」
「何、その冷めた反応」
「馬鹿じゃねーとか言わないだけ感謝してよ。達也さんのそーゆーとこたまについてけないなー」
「だって俺には来たからさ。いい子にしてたから」
「いい子ね……。自分で言っちゃうし。で? 何貰ったって?」
「君」

願ってもいいんだろうか。願いは叶うだろうか。この人が欲しいと死ぬほど願ったら。
世間の目も先のことも何も考えないで、今だけはワガママになってしまいたいと
駄々をこねる小さい子供のように泣き出した。

59014-459 1/3:2008/12/07(日) 15:40:12
「…で、どうしてお前がここにいるんだ」
「…それ、俺が一番言いたい台詞」

ほんの好奇心だった。
ほら、あるだろ、少し前に流行ったメイドリフレってやつ。メイドさんがマッサージしてくれるやつ。
可愛くてうまい娘いるって後輩から聞いて、ちょっとだけ興味沸いたわけよ。
…まさか、昔からずっとつるんでるこいつ(もちろん男)が出てくるなんて予想もしてなかったわけよ。

「人手が足りないと頼まれたんだ。こんな制服だけど、給料がよくて助かる。何より腕を買っていただいた。それだけでありがたいよ」
整体師として開業するのがこいつの夢だ。そういやこないだ、新しい仕事先ができたと言っていた。力を発揮できると嬉しそうにしていた。真面目なこいつらしくて微笑ましかった。
…が、よりによってこの店かよ。いくら頼まれたからって、女装してまで働かねえよ、フツーは。これも真面目で片付けていいもんなのか…。頼むほうもどうかしてるよな。本当に腕見込んで頼んでんのかな。
そんなことをグダグダ思いつつ、ベッドに横にされて、肩や腕をほぐされながら、俺はこいつを改めて眺めた。メイドリフレってだけあって、こいつもばっちりメイド姿だ。恥ずかしげもなく堂々と接客してるのがこいつらしい。化粧とウィッグで微妙に雰囲気変わってる。
…まあ、元々顔は悪くない奴だし、痩せてるし、一見すると中性的な美人って感じかな。ちょっと腕周りとかきつそうだし、スカートも短いけど。
……似合ってるとか思うのは、結構可愛く見えたりとかするのは、たぶん俺が頭おかしいんだよな。…たぶん。

59114-459 2/3:2008/12/07(日) 15:42:07
……揉まれるのが気持ちいいのも相まって、なんか変な気持ちになってきた。気を紛らわそうと悪態をつく。
「…可愛い姉ちゃん来てくれると思ったらさあ、お前だもんなあ。詐欺だろこれ。店長訴えてもいい?」
「駄目だ。せっかくの仕事の機会を反故にしないでくれ」
「つーか、喋ったら男だってバレバレだろ。客ドン引きだよ」
「普段はなるべく声を出さないようにしているよ。黙っていれば分からないみたいだな」
「サービストークできないメイドなんて人気なさそうだけどなー」
「そのぶん、技術で満足させるさ」
こいつはそう言ってふっと微笑んだ。
うっ、…な、なんだこの感じ…!女の子に可愛いとか思うのと一緒じゃねえか!……こいつに?どうしちゃったの俺!?
おかしい、俺おかしい。メイド姿のこいつを見てから何かがおかしい。なんでこんなに顔が熱いんだよ。…畜生、この部屋に何か変なもん撒いてあるんじゃねえのかよ…

「よし。次はうつ伏せになってくれないか」
内心動揺する俺にはお構いなしに、こいつは次の指示を出した。言われた通り寝返りをうって背を向けると、…あろうことか、こいつは俺を跨いでベッドの上に仁王立ちして、
「い…!?」
突如踵で太股を踏まれ、思わず身体がびくんと反り返ってしまった。
「あででで、なんか痛え!けどくすぐってえ!!うはは、ああ、やめ、」
「ずいぶん張ってるな、かたいぞ…こら、動くなっ」
…少しすると、だんだん押されることが快感になってくる。気持ちいい。うまいな、こいつ、…ていうか踏むの!?こんなこともされんの!?
ふと我に返って、自分が置かれている状況を把握した時、俺は軽く混乱した。
メイド姿の、こいつに、踏まれて、……な、なんだよ、なんで俺、こんなに息荒くしてんだよ!!……うー、なんか変態みてえ…泣きそう。

59214-459 3/3:2008/12/07(日) 15:57:05
「…ごめん、痛かったかな」
「ち、ちげーよ、踏まれんのが気持ちイイんだよ、…」
眉をひそめて黙りこんだせいか、心配そうな声が頭上から降ってきた。とっさに返した言葉もなんか変態じみてて、余計に泣きそうになる。
対するこいつの声は、ほっとしたものになった。
「そうか、よかった。…それにしてもお前、ずいぶんあちこち凝ってるな。今度、家でも施術しようか?」
「…へ?」
身体を起こして振り向いた俺に、屈みこんだこいつの顔が急接近する。…う、また動悸が…
「むしろ、やらせてくれ。俺はもっと上達したい。練習台にするようで申し訳ないけれど、お前の身体が整うなら一石二鳥だ。未熟な施術だけど…駄目かな」
真摯な眼。…ああ、こいつは格好とかそういうのも全然気にしないで、ただ技術を高めたくて頑張ってんだな、…そう思った。
こいつのそういうとこが、俺は、
「…メイド服着んの?」
って何どうでもいいこと聞いてんの俺ー!!バカすぎるだろ俺!!
「流石に着ないが、…お望みか?」
「い、いや、冗談だからな!」
ちょっとだけ開いた新しい扉を閉じようと必死で頑張る俺の努力を、
「構わないぞ。お姉さんに任せなさい」
こいつは、こいつなりの冗談ととびきりの笑顔で、…あっさり無駄にした。

593傍若無人なくせに天然:2008/12/10(水) 00:40:19
「傍らに人無きが若し」
「ん?」
「お前のこと。一般的には傍若無人。近くの人にとって迷惑な行動をするって意味」
「俺、迷惑なんかかけてないよ?」
「ほー。よくそんなことが言えるな」
「そりゃ言えるでしょ」
「この間、同じゼミの女の子に何をした?」
「失恋話を聞いてなぐさめた」
「こう言ってな。『あいつ浮気者だよ。この間俺も食われたよ。まだつきあってた時期じゃね?』」
「なんで聞いてるんだよ!」
「聞きたくないのに聞こえたんだよ」
「え? ああ…、いたね。そういえば」
「男に男とられたって、あの後大変だったぞ」
「でも、あれで未練がなくなったはずだ。俺は役にたったと思う」
「そうくるか」
「そうだよ」
「教授たぶらかして、やめさせるし」
「ちょっと待て! 向こうが勝手にやめたんじゃないか!」
「『生徒でいるのがつらい』って言ったからなぁ」
「別れたいって意味だって普通わかるだろ!」
「わかるかよ」
「国文が専門なのに日本語の機微がわからないはずがない」
「へーえ」
「へーえじゃない」
「後輩には貢がせるし」
「勝手にくれたんだってば!」
「雑誌みながら『コレいいね。そう思わない?』って同意求めて?
カード限度額まで借りちゃったぜ、あいつ。どーすんの」
「だってお金持ちのボンボンだと思ってたし」
「金持ちならいいってこともないだろ」
「……そうだけど……」
「ペット不可物件の部屋に住んでる先輩に犬は飼わせるしさァ」
「俺なんも言ってないよ!」
「ペットショップで『こんな犬がいる家だったら毎日でも通っちゃうな…』」
「独り言も禁止?!」
「しかも大家さんにばったり会って『犬に逢いに来たんです』って。馬鹿だろ」
「アレ? そういえば引越したって言ってたのは……?」
「気がつくのが遅いよ」
「えー?!」
「おまえ自覚しろ。お前の行動が周囲の人に多大なる迷惑をかけているということを」
「……お、俺のせいなの?!」
「どう考えてもおまえのせい」
「……意識してやってるわけじゃないし……」
「じゃあ、つきあう人間を少なくしろ」
「ひとりいればいいけど」
「気の毒だけどしょうがないよな。誰だ」

(目の前の人を指差した時、ひきつったような気もしたけど、
ちょっとは嬉しそうな気がしたのは気のせいか?)

59414-519 体育会系×体育会系 1/4:2008/12/12(金) 00:37:04
松田がアパートに帰ってきたのは10時を過ぎた頃だった。
風呂から上がったばかりの竹原がおかえりと声をかけると、松田は玄関に座り込み手招きをした。
「何」
「脱がして」
泥だらけの両足を投げ出してそんなことを言う。
松田は子供のような驕慢さがあるのだが、生まれ持った愛嬌のおかげで何故か憎まれない男だ。
「甘ったれ」
そう言いながらも竹原はシューズの靴紐を解き、汚れたソックスを脱がしてやるのだった。

机の上に用意されていた野菜炒めと鶏の竜田揚げをレンジで暖め、すぐに遅い夕食が始まった。
「それどうしたの」
食べながら話すので、松田の口元から米粒がこぼれ落ちる。
黙ってティッシュを渡すと松田はそれで洟をかんだが、もう竹原は口を出す気も起こらなかった。
「それってどれ」
松田は箸で竹原の右腕を指す。
そこには握りこぶし程の大きさの青黒い痣が広がっていた。
「今日の打撃練習でぶつけられた」
「いたそー」
練習用の投球とはいえ、硬球が当たればもちろん痛い。痣はしばらく残るだろう。
まぁでも体育会の宿命だからな、と呟くと、俺のもある意味そうだと言って松田が笑った。
彼の頬は赤く腫れ上がり、熱を持っていた。

59514-519 体育会系×体育会系 2/4:2008/12/12(金) 00:38:07
竜田揚げの味付けが濃いせいか、二人ともよく食が進んだ。
野菜炒めは多少火の通りが悪いが、食べれない程ではない。
「今日遅かったな」
「ミーティングが長くてさぁ」
生焼けのにんじんをかじりながら松田が答えた。
「試合前なんだろ」
「無駄に話なげぇんだよ、途中で3回寝ちったし」
サッカー部の“魔のミーティング”は大学内で有名だった。
野球部と並んで長い伝統を持つ部活ということで、規律も練習も厳しく、毎年多くの新入部員が止めていく。
竹原の所属する野球部は数年前に部則を見直し、彼が入学する頃には時代錯誤な風習は消え、学年間の風通しも大分良くなっていた。
「寝てんのバレた?」
「超バレた」
「そんでこれか」
竹原は食卓ごしに手を伸ばし、松田の痛々しい頬に触れた。
「佐々木先輩マジ容赦ねーの」
松田は表情を変えずに白米を口に運んでいる。鉄拳制裁に対して恨み言を言うつもりはないらしい。
竹原は彼のそういうタフな部分が好きだった。

食べ終わって眠くなった松田が畳の上で横になったので、竹原は慌てて彼の肩を揺さぶった。
「おまえシャワー浴びろよ」
「明日でいい」
「着替えもしないで何言ってんだ」
「だって眠い……」
こうなるとまるで子供と変わらない。
竹原は松田の両脇に手を差し入れ、上半身を抱き起こした。
汗のにおいがした。それが少しも不快ではなく、むしろ欲をそそられることに、竹原はとっくに気付いていた。
自分の肩にもたれかかる頭を上向かせて、キスをする。
最初は触れるだけのキス。それから唇を食むキス。
それだけでも良かったのだが、まだ松田が体重を預けたままだったので舌を入れた。
松田がわずかに身をよじったが、とくに嫌がるわけでもなく、案外素直に受け入れられた。

59614-519 体育会系×体育会系 3/4:2008/12/12(金) 00:38:49
舌がある場所を掠った時、松田が竹原の胸を軽く突いて離れた。
「いてぇ」
松田は顔をしかめて口元を押さえている。
「どっか切れてんのか」
「殴られたとこ」
竹原の顔から血の気が引いた。そんなに強く殴られたのか、と思った。
今までも練習で作った生傷や上級生からのしごきで出来た痣は見てきたが、血が出るほど顔を殴られているとは知らなかった。
「見せてみろ」
「たいしたことない」
「見せろって!」
思ったより大きな声が出てしまい、松田が目を丸くした。
竹原が声を荒げることはほとんどない。自分自身も驚いていた。
沈黙が続き、気まずい思いをかみ締める。

先に口を開いたのは松田だった。
「……タケ」
「悪ィ」
先に謝ってしまえば気が楽だと考え、竹原は俯いたまま謝罪の言葉を口にした。
松田は何も答えない。
思い切って顔をあげると、目の前にいる松田は満面の笑みを浮かべていた。
「タケってさぁ、ほんと俺のこと好きなのな!」
「はぁ?」
松田はにやけた顔で竹原の首に腕を回してきた。
「“俺の可愛い松田”が殴られて心配しちゃったんだろ?」
そのまま松田はなだめるように竹原の背を叩いた。ずいぶん調子にのっている。
「愛感じたぜ」
「おまえなぁ……」
どっと肩の力が抜けた。
このタチの悪い男をなぜ愛しいと感じてしまうのか、自分の本能を恨めしく思った。

59714-519 体育会系×体育会系 4/4:2008/12/12(金) 00:40:07
「シャワー浴びてくるよ」
急に立ち上がった松田の背中を、竹原は戸惑いの目で見つめた。
さっきまで眠くてぐずっていたのに、この豹変ぶりは一体どういうことだ。
疑問に思っていたら、バスルームの手前で松田が振り返った。
「タケ、先に寝んなよ。今夜は俺の愛を見せてやるぜ」
憎らしいほど良い笑顔だ。腹も立たない。
「いいのかよ、試合前だろ」
「それはタケ次第だな」
松田の肌にそういった意味で触れるのは2週間ぶりだった。
理性がきくか、無理をさせないか、自信は正直ない。
しかし、汗のにおいで目覚めた欲望はいまだ冷めていないのだ。
「緑山大学サッカー部の次期エースの実力を見せてもらいますか」
松田が声を立てて笑い、待ってろよ、次期4番打者! と言い残してバスルームのドアを閉めた。

59814-589 お前なんか大嫌いだ 1/4:2008/12/15(月) 03:14:06
春日亨は出来た男だった。
成績優秀、顔も良ければ社交性もある。
ギターが弾けたり、ダーツが得意だったりもする。
「俺はなぁ、お前みたいな男は気に食わないんだよ」
「オレは佐々木さん好きなんだけどなぁ」
――おまけに悪意や皮肉を受け流すのも得意と来ている。
この同じゼミの後輩は、まったく出来た男なのだ。

俺たちはいつものように喫煙所で煙をふかしていた。
この男と一緒にいるのは癪だが、学内で煙草を吸える場所は限られている。
「オレのどんなとこが嫌いなんですか」
「顔が良くて頭が良くて要領が良くてモテること」
「モテると思います?」
「思うっていうか、現在進行形でモテてんじゃねぇか」
ゼミの女の子は全員春日を好意的に見ていたし、うち3人は本気で春日に恋していた。
そのうち1人は俺が狙っていた女の子だった。まったく頭にくる。
「好きな人からモテないと意味ないじゃないですか」
鼻にかけない上に、いかにも誠実な発言。
「そういうことがむかつくんだよ」
「佐々木さんって子供みたいっすね」
「あぁ?」
春日が反論するなんて滅多にないことだから、ムキになって語調が荒くなってしまった。
俯いてマフラーに顔の半分をつっこんでいるので、春日の表情は読めない。
「ないものねだり」
くぐもった声に、痛いところを突かれた。
男としてのプライド、年長者としてのプライドを打ち砕かれた気分だ。
「……お前にはないものなんてねぇからわかんねんだよ」
「あんたにだってオレのことなんてわからない」
どうしたんだ春日、普段のお前なら笑って俺の僻み話なんて受け流すじゃないか。
本当はそう問いたかったが、口から出てきたのは「あんたって言うな」というくだらない言葉だった。
春日はずいぶん灰の部分が長くなった煙草をもみ消し、校舎の方に歩き出した。
後を追う気にもなれず、俺はもう一本吸ってから授業に出ることにした。
おかげで10分遅刻し、厳格な教授に睨まれる羽目になった。

59914-589 お前なんか大嫌いだ 2/4:2008/12/15(月) 03:15:08

その夜、バイト先の小さな居酒屋に春日が現れた。
以前もゼミ生たちが面白がって見に来たことがあったが、今日は1人だった。
気が乗らないまま注文を取りにいくと、春日は囁くほどの声で尋ねてきた。
「今日何時までですか」
「2時までだけど」
「じゃあそれまで飲んで待ってます」
「あっそ」
春日はケンカの気まずさなど気にしていないようだが、俺は次の日まで引きずる面倒なタイプだ。
つい返答もぶっきらぼうなものになる。
悔しいが、人間としての器の差を認めざるを得ない。
春日はホタテとほっけをつまみにして黙々と1人酒を飲んでいた。
途中何度もメールの受信音が聞こえたが、横目でうかがっても春日が携帯を開く様子はなかった。

「お疲れ様です」
店を出ると、すぐに春日に声をかけられた。
「お前、何しにきたの」
「謝ろうと思って」
春日の表情は柔らかい。そのことに安堵する自分が嫌だった。
「今日やつあたりしちゃってすみませんでした」
深々と頭を下げられた。
こう素直に謝罪されては、拗ねてるわけにもいかないだろう。
「いや、むしろ俺もやつあたりしてたし」
「許してもらえます?」
春日が握手をもとめて右手を差し出したので、仕方なくその手を取った。
「良かったぁ……」
思ったより強く手を握られて、俺は少し顔をゆがめた。
「オレね、本当に佐々木さんが好きなんですよ」
「はっ、ホモかよ」
「結構そうかも」
予想外の返事に、返す言葉が見つからなかった。

60014-589 お前なんか大嫌いだ 3/4:2008/12/15(月) 03:15:42
「泥臭いとこを繕わないとことか、文句言っても実は正当に評価してくれるとことか、
あと弱音吐くけど全然あきらめないとことか、全部オレの逆だから尊敬してるんです」
「尊敬だけにしとけよ」
「でもオレ、佐々木さんの顔も好きなんです。吊り目の奥二重ってツボで」
「やめろよ」
「佐々木さんで勃起するし」
「やめろって!」
貞操の危機を感じた俺は、つながれた手を振り払った。
「だからね、あんたにオレの気持ちなんてわかんないって言ったんです」
見ると春日はひどく傷ついたような顔をしていた。
あの時マフラーの中に隠されていたのは、この顔だったのだ。
「オレだってほしいものはあるのに……」
嘘だろ、止めろよ、冗談じゃない。
春日の彫りの深い印象的な瞳が潤み、みるみるうちに涙が溜まっていくのが見えた。
お前が泣いてどうすんだ、春日亨は出来がよくて、とてつもなくタフで、むかつくほどモテる男じゃないか。
何を血迷ったか、俺は動揺のあまりとんでもない行動に出てしまった。
泣き出す寸前の春日を抱きしめたのだ。
「佐々木さん?」
「泣くんじゃねぇよ」
戸惑いながら自分より高いところにある春日の頭に腕を回すと、春日は額を俺の肩に押し付け、その両手を俺の背中に回した。
きつく抱かれて息が詰まる。
涙目のままの春日にキスされた時も、自分が何をしてるか、されているのか、混乱していてよくわからなかった。
それでも、俺はもう春日の腕を払うことはしなかった。

60114-589 お前なんか大嫌いだ 4/4:2008/12/15(月) 03:16:15
結局その日から、俺と春日は恋人と呼ばれるような関係になった。
良い店に案内してくれたり、しんどい時には美味しいコーヒーを淹れてくれたりと、春日は恋人としても出来た男だった。
ある時、からかうつもりで最初の夜のことを持ち出した。
「お前さ、あの時だけは可愛かったよな。泣いちゃってさぁ」
春日は照れる様子もなく、爽やかに笑っていた。
「あれは本当に可愛かったのは佐々木さんなんですよ」
「どういう意味だよ」
「あんな古典的な泣き落としにひっかかっちゃったじゃないですか」
しゃあしゃあと言われて、唾を吐きたくなった。
「困った顔して、ぎゅってしてくれましたよねぇ」
「……やっぱお前なんか大嫌いだ」
「オレは佐々木さんが大好きです」
無駄にいい笑顔しやがって。
最高にむかつくが、今の俺はこの出来た男を愛しいと思ってしまうのだった。

60214-599 悪に立ち向かう少年:2008/12/16(火) 18:07:53
少年がどんなにもがこうとも、戒めは緩みもしない。
最大の脅威は今や掌に。世界を支配せんと企む邪悪なる存在はほくそ笑んだ。
身を魔道に堕とし、陽炎のように揺らめく黒い影。憎悪で形作られた悪そのもの。
そんなものに身をやつしてしまうと、今度は輝きが欲しくなった。
「さあ、諦めるがよい。我が僕となるのだ」
「いやだ!お前の言うことなんか聞くものか!」
キッと向けられた真っ直ぐな眼差し。
恐れを知らぬ少年。純粋な魂よ。
自由を封じられてもまだ絶望せぬか。
「ならば、これではどうだ?」
手始めに悪は、少年の故郷を魔法の像で映し出した。
懐かしい木々の緑。暖かい人々。
それらを一瞬に焼き尽くし、灰燼に変えた。
「嘘だ、この場から村を焼くなんて、お前にそんな力はない!」
震えは隠せぬものの、気丈につぶやく声。
見透かされている。そうとも、これは心への攻撃なのだ。
利発な少年、だがそれ故に残酷な映像に耐えるしかない。
やめてくれ、とひとこと。その懇願が欲しいのだ。それで少年は悪のものとなる。
次に、恋しい生家を、愛する父母ともども焼き尽くす。
「……信じない、これは嘘のことなんだ……」
さすがに目を背け、それでも少年は屈しない。
悪は焦れた。
「ではこれでは……?」
変わる映像。映し出されたのは少年の守り人。
かつて、氷の心と剣を持つとうたわれた、腕の立つ剣士。
悪は知っている。剣士が少年と出会い、苦難の旅を共にする中で心を溶かし、
踏み入れかけた魔道から救われたことを。
あれは、もう一人の己であると。
「だめだ!あの人はだめだ!」
初めて少年の声に焦りが混じった。この城にほど近い場にいる剣士を気遣って?
そうではあるまい、少年は恐れているのだ。
もし、ここで少年が剣士を見捨てたことを剣士が知ったなら、
剣士の心は今度こそ凍てついてしまう。
少年を守り、少年に守られる存在。
妬ましい。
──悪は、剣士を焼いた。
その映像が真実なのか、虚像なのか、もはや問われぬ。
「だめだ……やめて……やめてください……」
涙が一つ、二つと石の床を濡らした。これこそ悪の欲しかったもの。

60314-619:冷たい人が好きなタイプだったのに何で?:2008/12/18(木) 02:11:40
「なんでおまえ手袋もしてないんだよ。」

ほら、手貸せ。
一方的に繋がれた手から、相手の体温が流れ込んでくる。
冷てーなおまえの手。昔から、冷え症だっけか。
彼は、優しい苦笑いを潜ませた声でそう言って、歩き出す。

温かすぎるその熱にめまいを感じながら、手を引かれて歩いた。
半ば俯けていた視線を少し上げて、繋いだ手を視界の中心に据えた。
手を引っ込めようとするのに、その度に掴み直されて、指は絡め合ったまま。
その内に互いの温度が混ざり合って、何処から何処までが自分のものなのか、
境界が曖昧になってしまう。
堪えきれなくなって、眼を逸らした。
胸が痛い。悲しさや苦しさでなく、得体の知れない切なさが喉を締め上げる。

辺りはもうすっかり冬景色で、明け方には雪が降った。
時折氷点下の空を過ぎる風は首筋を脅かし、靴の下で、さくさくと雪がなる。
新雪の降り積もった道が、眼前に広がっていた。

この、雪のような人が好きだった。
綺麗で冷たい、凛とした人。
三年越しのそれは、告げることも出来ずに終わってしまった恋だったけれど、
その透明な硬質さを、今でも忘れられなかった。
温かいものは鬱陶しくて持て余して苦手で、冷たい人が、好きだった。
だから次に好きになる人もきっとそうなのだろうと、
なんの根拠もなく漠然と考えていた。


「兄貴のことはさ、」

今まで精一杯、好きだったんだろ。だったらそれでいいじゃんか。
一歩先を歩く幼なじみが、こちらも見ぬままにぽつりと呟く。
俺の前でまで強がってたら、おまえどこで泣くんだよ。
指の先に、ぎゅっと力が籠もった。
彼の短い髪が、小さく冬の風に揺れている。


「ばーか」

辛うじて出した声は、酷くゆらいだ。
涙が溢れそうになって、慌てて立ち止まり、空を見上げる。
夏空よりも淡い、けれど透き通って高くにあるひんやりとした、眼底に焼き付く青。
眼を閉ざせば、温かで微弱な太陽の光を瞼に感じた。
眸を開けたらその瞬間に掻き消えてしまいそうで、細かく震えながら立ち尽くす。
その光の向こうから、自然同じように立ち止まった彼の声が聞こえた。


「泣いたらいいんだよ」

優しすぎる声は、柔らかく内耳に入り込んだ。
喉元までこみ上げた何かが、呼吸を苦しくさせる。


冷たい人が好きだった。
温かいものは苦手だった。
その筈だったのに。


「俺が、そばにいるからさ」



この手だけは、離し難かった。

60414-629 ふんで:2008/12/20(土) 00:00:58
「は?」
短いムービーを見終え、俺が真っ先に発した言葉はそれだった。
新幹線の到着時間を知らせるメールにくっついてきたそれには、音が入っていなかった。
画面の向こうでは、座席に座ったあいつが満面の笑みを浮かべている。
掲げて見せる漫画やゲームを見るに、これで遊ぼう!と言いたいのは何となく分かるが、
……問題は最後だ。突然真顔になったこいつは、口を尖らせて「う」の形を作り、
続けてかたく引きむすび、
最後にわずかに開きながら顎を下げ、困ったように眉を寄せて視線を落とし、
……映像はそこまでだった。
「……謎解きかよ」
何かの言葉なのだろうか?
車内でうるさくできないのは分かるが、こんなの読唇術の心得があるわけでもなし、
俺にはさっぱりわけがわからない。メールで問い返したが返信もない。
「……ったく」
苛立ちまぎれに画面のあいつにデコピンし(爪がちょっと痛かった)、俺はため息をついた。

あと十数分もすれば、本人に直接確認できるが、暇にかまけて考えてみた。
「う」「ん」「え」……とりあえずこんな口の形に見えた。分家?軍手?いやグ○ゼ?
下着忘れたから買っといてくれって?んな馬鹿な。
貧困な語彙力でうんうん考え込んでも、それっぽい言葉は出てこない。
と、足の下でぱきりと小気味良い音がした。どうやら足を動かした拍子に小枝でも踏ん、
「……あ」

――『ふんで』?

***

「っていきなり何すんの!?」
「あ、違ってたのね。わりい」
「違ってたって何がだよ!」
「あのメール、『踏んで』って言ってたのかと」
「マゾかよ俺!?」
「てっきり都会で悪い人に目覚めさせられたのかと思って焦ったんだぞ」
「全然焦ってなさそうなんだけど、……つーか気持ち悪いこと考えないでね」
「んで、何て言ってたの、ほんとは」
「……言えたら無音にしねえよ」

(ちゅー、して、……なんて)

60514-649 人事部 1/4:2008/12/21(日) 22:10:49
「こちらとしてもまことに心苦しいのですが、どうぞご理解ください」
「はぁ……」
 なで肩の男は怒ることも落胆することもなく、達観しているようにさえ見えた。

 人事部人材構築2課――内部から「肩叩き課」と呼ばれるこの仕事は、簡単に言うとリストラの対象になった社員に首切りを宣告し、退職を勧めるというものだ。
 論理的に話を進めて相手の感情を逆撫でしないよう配慮し、会社の意向を伝えてもう逃げ場はないと諭す。
 決して気持ちの良い仕事ではないが、かといってエネルギッシュに営業先に愛想を振りまく性分でもないので、佐伯は「肩叩き」であることにそこそこ満足していた。
 
 退職勧奨を受けた人間は、様々な反応を返した。
 逆上して掴みかかる者、顔を覆って泣き出す者、動揺のあまり支離滅裂な話を始める者。
 自分より1周りも2周りも年上の社員が心を乱す様子を見ていると、哀れみと軽蔑がないまぜになったような複雑な感情が沸いた。
 しかし、今日の男は違った。
「そうですか」「はい」「わかりました」、無表情にこの3つの言葉を繰り返し、反論もせずに帰っていった。
 その落ちた肩は絶望のためにゆがんだわけではなく、生まれ持った骨格なのだった。
 佐伯は彼に関連するファイルを手に取り、書類をたぐった。 
 古河実、35歳。営業部所属。借り上げ社宅在住。実家は自営業の定食屋。未婚、扶養家族なし。
 いかにもパッとしない営業マンのデータだが、佐伯にはどうしても気になる点があった。

 古河が入店してからきっかり5分後、佐伯は居酒屋ののれんをくぐった。
 目当ての男はカウンターの隅にひっそりと座っていた。
「古河さん、偶然ですね」
「あぁ、人事部の……」
「佐伯です。お隣いいですか」
「どうぞ」

60614-649 人事部 2/4:2008/12/21(日) 22:11:41
「今日はどうも」
「人事部のお仕事も大変ですね」
「いいえ、営業の方にこそ頭が下がります」
「営業はね、好きなんですけど僕には向いてなかったみたいです」
「まったく、何ていったら言いか……」
「ビジネスですから仕方のないことですよ」
 曖昧に笑って熱燗をすする古河の手元に、鰐皮の時計が光っている。
 佐伯は一呼吸置いてから切り出した。
「時計、お好きなんですか?」
「え?」
「ブランパンの少数限定モデルですよね」
「詳しいんですね」
「憧れの時計なんです」
「まぁ、時計は一生モノですから」
「私なんかには一生かかっても手が届きません」
「佐伯さん、言いたいことがあるならはっきり言ってください」
 古河の横顔に変化はない。
 怒りも動揺も一切見えない、まさにポーカーフェイスだ。
「古河さん、何をなさってるんですか? 産業スパイって時代でもありませんよね」
「僕はただの無能なサラリーマンですよ」
「そんな方がこの時計を? 失礼ですが、あなたの給料では無理だ」
「……飲みながらする話じゃありませんね。出ましょうか」
 
 古河に連れてこられたのは、雑居ビルの中の薄暗い雀荘だった。 
 冗談のようなレートを聞き、佐伯は気が遠くなった。
 そこに居合わせた、どう見ても堅気ではない男達を相手に、半荘勝負が始まった。
 リーチ、平和、一盃口。東場は佐伯の安手の早上がりも通用した。
 しかし南場――相手に高い手で上がられ、苦しくなる。
 最後の親は古河だった。ここで勝たないと、二人の負けは大きくなる。
 牌を取り終え並べ直していると、ふいに古河が手を上げた。
「天和です」
 配牌の時点で上がっているという非常に確率の低い役満貫だ。
 雀荘全体がざわめいた。イカサマではないか、という声も聞こえてくる。
「おいあんた、俺らの目の前でサマやったってんじゃねぇだろな」
 強面の男にすごまれても、古河は動じなかった。
「やったように見えたなら、やりなおしましょうか」
 その声には怯えのような響きは全くない。
 しばらく睨みあった末、男達が舌打ちをして万札の束を雀卓の上に投げやった。
「どうも」
 ひょうひょうとその金を拾いあがる古川を、佐伯は呆然として見ていた。

60714-649 人事部 3/4:2008/12/21(日) 22:12:43
「いつもあんなことをなさってるんですか」
「そんなことしたら命がいくつあってもたりません」
「じゃあ一体……」
「要するにね、ギャンブルが得意なんですよ」
 古河は飲み終えた缶コーヒーを、離れた場所に向かって投げた。
 美しい放物線を描いて空き缶がゴミ箱に収まった時、ようやく佐伯も合点がいった。
「株ですか」
「自慢じゃないですけど才能があります」
 真面目な顔で言うので、妙にリアリティーがあった。
「気付いたら会社の給料よりそっちの収入の方が増えてました」
 淡々とした引き際の理由はそれだったのか。
 佐伯は納得し、ずっと気に留めていた古河の時計に目を向けた。
「じゃあリストラなんて痛くも痒くもありませんね」
「いや、不安ですよ。会社を辞めると一日中パソコンの前にいてしまいそうで」
「では一応未練があると?」
「引っ越したり保険を切り替えたりするのもおっくうですし」
 佐伯はにやりと笑った。
 きっと古河ならどんな時もこんな笑みはこぼさないだろう。
 彼が営業に向かない原因がわかったような気がした。
「古河さん、私と取引をしていただけませんか?」

 事業戦略部新規開拓3課――内部から「博打打ち課」と呼ばれる場所に古河はいた。
 1課や2課の綿密なデータを基にした堅実な戦略とは違い、従来の常識に捉われないユニークな戦略を打ち出す遊撃手的なポジションだ。
 リスクを恐れない肝の太さと、過酷な状況の中でも勝ちの道を探す冷静さを求められるこの部門に、佐伯はコネを伝って古河を推薦したのだ。
 成果はすぐに出た。
 古河の研ぎ澄まされた勝負感覚により、3課の担当したあるプロジェクトが大成功を収めた。
 リストラ目前の他部署の平社員の返り咲きとあって、人事部の英断も評価されることになった。
 佐伯が直接登用したわけではないのだが、人事部長はわざわざ肩叩き課までやってきて、彼に握手を求めた。
 佐伯が差し出した手には、ブランパンの時計が嵌められていた。

60814-649 人事部 4/4:2008/12/21(日) 22:13:17

「プロジェクトのご成功おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「株の方はいかがですか」
「最近はもっぱら逆張りですね」
 二人は以前来た居酒屋で杯を交わしていた。
 古河は酒が入るといくらか表情がわかりやすくなるということに、佐伯は最近になって気付いた。
「おかげで一発逆転できました」
「それもご自身の持っている運でしょう」
「実はね、自分より強い勝ち馬を知りません」 
 軽口のように聞こえるが、まぎれもない事実なのだろうと今ではわかる。
 酢の物をつまんだ瞬間、佐伯の目はある一点に集中した。
「古河さん、それって……」
「あぁ、ブレゲのクラシックタイプです」
 佐伯は息を呑んだ。
 それは彼が取引の条件として譲り受けたものより、更に高価な腕時計だった。
「佐伯さんも、僕なんかよりずっとお似合いですよ」
 古河は佐伯の手首を柔らかく押さえ込み、曖昧に笑ってみせた。
 この男は本当に油断ならない。
 くたびれたスーツも、ずり落ちた肩も、すべては彼の強さを隠す鎧なのだ。
「もう一つ取引をしませんか」
 いざという時はやはりポーカーフェイスらしく、彼の感情は読めない。
「……出ましょう」
 この勝ち馬に乗るのも、悪くはない気がした。

60914-699 渡せなかったプレゼント 1/2:2008/12/25(木) 17:06:27
(惨敗だ……)
これ以上なくみじめな気持ちに、思わずうずくまる。
暗澹たる気持ちをよりいっそう落ち込ませてくれる部屋の惨状からも、目を背ける。
昨夜はクリスマスイブ。世間的には恋人達の甘い夜、ということになっている。
彼氏いない歴二十ウン年の哀れなホモである自分だが、街のクリスマスムードについ浮かれて、
密かに片思い中の同僚、鈴木にアタックしてみる気になった。
二人で、買ってきたチキン食べて。ビール飲んで。ワイン飲んで。ケーキ食べて。
良い感じになったところでプレゼントの包みを渡す。
『プレゼント?何……香水? 男が男に香水をプレゼントだなんて、なんだか意味深だな』
『……そんな意味に取ってくれても俺、全然構わないよ……?』
流れる微妙な雰囲気、そして二人は……なんて。妄想してたのに。

鈴木にアポを取ると二つ返事。
「ああ、いいねー篠田。寂しいもの同士、パーッとやるか。大野も水田も呼んでさ」
「えっ、……あ、ああ、うん、パーッとね……」
と瞬く間に人数が増えて総勢8人。それが1DK6畳の俺のうちに大集合となった。
忘れていたが鈴木は、柔道部あがりのバリバリの体育会系、面倒見のよい兄貴肌なのだ。
料理は焼き肉。飲み物はビールのみならず日本酒と芋焼酎。
ホールのケーキは「めんどくさいからいいか!」と箸で無惨につき回され、
つまみが足りないからとコンビニに行って、さきいかとポテトチップスをあてに朝までノンストップ。
「大野ー、今度合コン企画しろよー」
「や、厳しいっす、この間の看護師さんでネタ切れです」
「そんなこと言ってるから、イブの夜に男ばっかりで飲む羽目になるんだぞ?
 だいたい篠田もさぁ、『男まみれのクリスマスパーティ』なんぞ、正気で企画するかー?」
そんな企画、したつもりはないんですが……

61014-699 渡せなかったプレゼント 2/2:2008/12/25(木) 17:08:02
昼近くになって、ようやく一人起き二人起き、全員が帰ったのは午後になってからだった。
鈴木も、いつのまにか帰ってしまった。
テーブルの汚れていない所をさがして、本当なら昨夜渡すはずだったプレゼントを置いてみる。
香水は買えなかった。やっぱりどう考えても踏み込みすぎだろう、と思い、
鈴木が前に話題にしたゲームソフトを、中古ショップで入手した。
これなら、同僚にプレゼントしても
「たまたま目に付いたからさ、今度おごれよ」ぐらいでごまかせる。
……そもそも、そういう意気地のなさが招いた事態だったのだ。
鈴木とどうかなるつもりなんて、本気じゃない。
ただ仲の良い友達でいられればそれでいい。
そういうことなら今回の『男まみれのクリスマスパーティ」、成功じゃないか。
鈴木も楽しそうだったし。
……ため息が出る。膨大な片付けものにも、ため息が出る。
一度思い描いてしまった虫のよすぎる妄想と、あまりにかけ離れた結果に涙が出そうだ。

「悪い、悪い。片付け手伝うから。何、あいつら帰ったの? 今度締めないといかんなー」
突然降ってわいた声に心臓が飛び上がった!
ベルトをカチャカチャさせながら、鈴木がキッチンから入ってくる。
「鈴木! 帰ったんじゃなかったの?」
「トイレ借りてた。飲んだ次の日ってちょっと下すよね。
 ……あれ、それ何? ゲームランドで買ったの?」
ああ、やっぱり理想とはかけ離れている。甘い雰囲気になりようがないです。
でも、それでも、これが、神様のくれたチャンス。
いや、クリスマスだから、サンタさんからのプレゼントなのか?
昨夜じゃ、その気もないような俺に、サンタさんも渡せなかったよな。
俺が受け取る気になれば。このチャンスをものにする気があれば。
「これ、これね……鈴木へのプレゼント。前に言ってたやつ」
「わざわざ俺に?」
「……そうなんだ。鈴木にね、あげたかったんだよ。
 本当はもうちょっと、違うものを考えてたんだけどさ」
「篠田? 何で……泣いてるんだよ」
「は、はは、何でもない。……鈴木、ちょっと、話があるんだけど──」

61114-709 地下牢 1/2:2008/12/26(金) 19:08:41
カツ―――……ン…………と、
冷え切った空気に鋭い靴音が響く。
一部の隙もなく磨き上げられたそれは、身に着けているスーツと同じように
きっと彼に合わせて作られたものだろう。それも質の良い。
靴ばかり見ていてもしょうがないので、私は顔を上げた。
左腕の鎖がじゃらりと鳴る。

「――話す気には、ならないかい?」

あまりにも貫禄と威圧感に溢れているその雰囲気に、不釣合いなほど若い姿。
その唇からこぼれるシガーの吐息が、私に尋ねた。
冷たい床にうずくまる私の視線に合わせて、彼が膝を折る。
汚れるのを構う風もなく土埃の舞う床にいつも着ているスーツの膝をつけ、
無精ひげだらけの私のあごに指で触れた。
ここに囚われて何日が経ったのか、もう記憶は定かでない。

「私は喋らないよ」

涼やかなオリーブグリーンの目に間近で見つめられながら首を振る。
あごに触れた指はそれでは離れようとしなかったが、
目の前の瞳はわずかに悲しそうに笑った。

「どうしても?」
「何度言われても同じだ」
「そう」

君は実に有能なエージェントだね。これまで受けたどんな拷問でも口を割らなかったし、
自白剤も催眠術もてんで効きやしない。でもね……

「そんなに、組織に――いや、君のボスに忠実な君が、いまだに舌を噛み切らないって事は
 まだ逃げ出せるチャンスがあると思ってるんだよね?」
「…………」
「残念ながら、そんな物は無いよ」

また少し悲しそうに笑って、彼は立ち上がった。
指は、するりと私の喉をなぜてから離れる。

「でもねえ、私の組織もあまり暇じゃあないんだ。
 吐きもしない捕虜をいつまでも飼っておくなって、上の方が煩いんだよ……。
 私は君がとても好きなのに」

61214-709 地下牢 2/2:2008/12/26(金) 19:09:09
何だか自分の理解の範疇を超えた言葉を聞いた気がした。
確かに、組織の幹部であるというこの若い男が
ただの捕虜に過ぎない私の下へやってきたのはこれが初めてではなかった。
しかしそれは、私が重要な情報を握っているという事と
それをなかなか喋らないために、彼がわざわざやって来て
毎回説得なり拷問なりを行っているものだと思っていた。

「殺すには惜しいけど、このままここに居させてあげる事も出来ないんだ……。
 だからね、今日はいい案を持ってきたんだよ」

言いながら、私の身体を抱き上げるようにして立たせる。また鎖が鳴った。

「君が、私の物になればいい」

一体何を言っているのか。
私は、私のボスにだけ忠誠を誓っている。それを裏切るなどありえない。
ましてや他人の手でそれを強制されようと言うのなら、
それこそ真っ先に舌を噛み切って死んでやる。
そんな思いを込めて目の前の顔を睨み付けると、彼は今度は至極嬉しそうに微笑む。

「大丈夫だよ。何も心配しなくていい。私が君を作り変えてあげよう」

ぐにゃ、と視界が歪んだ。
どんな薬もマインドコントロールも効かないように訓練されたはずの体が
急速に幻惑の中に落ちていくのが分かる。
覗き込んでくるグリーンだったはずの瞳が、今は極彩色に見えた。

「次に目が覚めるとき、君は私のものだ」

君は君のアイデンティティを残したまま、私のものになる。
残念ながら、記憶が残るかどうかは保障できないんだけど……
けれど記憶を失っても君は君だものね。
前の君と違うのは、私を愛してやまなくなるって事だけだ。
そしたら2人であの男に……君のボスに会いに行こう。
どんな顔をするか見ものだよ。
さ、ほら、目を閉じて。おやすみ。

そんな独白にも似た語りかけを聞きながら、
私は目の裏に弾ける色彩の世界に意識を投じた。

61314-769 野:2009/01/01(木) 00:36:15
『野』(や)という言葉には「官職につかないこと、民間」という意味があります。
対義語は『朝』(ちょう)。朝廷の『朝』です。

『朝』と『野』は、光と影のような存在です。
『朝』があるからこそ『野』という言葉が意味を持ちます。
反対に『野』が存在せず『朝』のみがあったとしたら
その『朝』の存在はとてつもなく無意味なものとなるでしょう。

多くの場合、『朝』は大変に支配欲が旺盛です。
そのため常に『野』を支配したいと思っています。
『野』はただ自分に奉仕するために存在すればいい
とすら考えているかもしれません。

『野』は『朝』にどれだけ虐げられても、最後まで『朝』に寄り添おうとします。
たとえ重税を課せられても、理不尽な法令がしかれても
文句を言いつつ結局は『朝』に従ってしまいます。
それは罰則に対する恐怖ゆえではありますが
自分には『朝』になり変わる実力がないのだと諦めているのかもしれません。
またあるいは、己を支配せんとする『朝』の輝かしく力強いことを
誇らしく思っていた時代もあったかもしれません。

けれどきっといつか、『野』の裡につもりつもった不満が爆発するときが来るでしょう。
『野』は死力を尽くして『朝』に反抗し、己も大きな傷を負いながら
ついには『朝』を滅ぼすでしょう。
しかし『朝』なしには存在できぬのが『野』。
かつての『朝』と入れ替わるように、『野』の中から新しい『朝』が生まれます。
一旦生まれ出てしまえば、『野』と『朝』はやはり別個の存在。
新しい『朝』はやがて以前の『朝』と同じく暴虐を尽くすようになります。
『野』はそれに耐えつつ、かつて己が滅ぼした『朝』を
今となっては懐かしく思い起こすのです。

61414-839 卵性双生児:2009/01/09(金) 01:36:28
「もういい。佑子、お前とは別れる。涼、お前とは縁を切る。勝手にしろ!」
明はそう言い捨てて立ち上がった。
「明!明、待って!」と、バカみたいに大声を出す女に縋られながら、
部屋を出て行く。

これで何人目だろう?明の女を抱いたのは。バレたのは三人目か。

初めて明が彼女を紹介した時、明がどんな風にこの女を抱くのかと
考えたらたまらなくなった。
「兄の恋人を好きになるなんて、いけないことだとわかってるんだ。
でも、抑え切れない。好きなんだ!」
陳腐な禁断の恋バージョンの口説き文句は、面白いように効果的だった。

どんな風に明とするのか、一つ一つ聞き出しながら、同じことをする。
そうしているうちに明に愛された女の体が憎たらしく思えてきて、
最後にはその憎しみを叩きつけるように酷く乱暴に責め立ててしまう。
「一卵性双生児なのに、全然違うのね」と、女達は決まって言ったっけ。

そうして女達は時に明を捨てて俺を選び、時に秘密の三角関係の
気まずさに俺達二人と距離を置き離れていき。今回のように図々しく
明とも俺とも付き合い続けようという女には俺が明にばれるように仕向けて
やり。
結局、明と別れることになるのだ。

縁を切る、か...
ダメだよ。お前がいくら縁を切ろうとしても、俺はお前を追ってしまう。
お前が誰かと幸せに笑いあうのを黙って見ているなんてできない。

いっそ...いっそ、憎んでくれればいい。一生許さないほどに。

いっそ、憎んでくれればいい。
俺をその手で殺してしまいたくなるほどに...

「ああ、そうか。その手があったんだ...」
がらんとした部屋に、俺の声だけが取り残された。

615614:2009/01/09(金) 01:48:30
>>614
コピペミスだよ、一が抜けたよorz
お題は「一卵性双生児」です。

61614-939 押し入れの匂いのするおじさん受け1/2:2009/01/20(火) 14:40:23
孝叔父さんは、一緒に暮らしていた叔父のお母さん、つまり僕の祖母が亡くなってから、
すっかり駄目人間だった。
「聡史、また孝に持って行ってくれる?」
僕の母は、実の弟である叔父さんをひどく心配して、3日に一度の割合で
おかずやら何やらを僕に持たせるのだ。
幸いというか何というか、僕の学校は家から1時間もかかるが、叔父さんの家に近い。
つまり僕は、3日に一度の割合で叔父さんを訪ね続けて、もうすぐ1年になろうとしている。
「──聡史君、いつもすまないね。姉ちゃんにもよろしく言っておいて」
叔父さんは、相変わらずちゃんと食べてるんだかわからない様相で、でも笑顔で、僕を招き入れる。
これでも随分よくなったとは思う。祖母が亡くなった直後は憔悴して、ボンヤリして、まるで頼りなかった。
長男ということで喪主を務めたが、ほとんどひと言も話さない喪主だった。
うちの父が代理のようにあれこれと動き回っていた。
(嫁さんでももらっていればなあ……)(お母さんも心配なことだろう……)
そんなささやきが親戚連中から上がるのは当然だった。これで大学講師が聞いてあきれる。
……でも、叔父の喪服姿はちょっと印象的だった。
いつもボサボサ一歩手前の長めの髪をちゃんと流して……なんというか、格好良かった。
いや、違うな。
綺麗だった、というのは変だろうか。

「姉さんと義兄さんにはすっかりお世話になりっぱなしだ、今度の一周忌もほとんど手配してくれたよ」
持ってきたおかずで一緒に晩飯を食べながら、孝叔父さんが言う。
「僕は昔から親戚づきあいとか苦手なんだ。母さん……聡史君のお祖母ちゃんにまかせっきりだった」
「それって跡取り息子としては駄目なんじゃない?」
約1年間聞き慣れたような弱音を、これもいつものような文句で返してあげる。
「みんな心配してるんだってよ? 母さんが言ってた。お嫁さんもらわなきゃ、だって」
叔父は苦笑する。これも繰り返されたいつもの会話だ。
「お祖母ちゃんが死んでまだ1年だよ? そんな気にはなれないな」
叔父はいわゆるマザコンというやつだったのだろうか、と時折思う。
黙っていればそこそこ格好いいし、並収入高身長なんとやら、という
お手頃物件のはずなのに、浮いた話がない。

61714-939 押し入れの匂いのするおじさん受け2/2:2009/01/20(火) 14:43:20
「……どうしたの。僕なんか変? そんなに見つめられると照れるな」
気がつくと叔父の顔を凝視していたようで、慌てた。
「そ、そういや母さんにさ、孝叔父さんの喪服を見てこいって言われてたんだ、
 ちゃんと一周忌に着られるよう準備しておけ、って」

その押し入れはナフタリンとカビ臭かった。
喪服は、祖母の布団やら洋服やらがきっちり納められた横に、紙袋入りで放置されていた。
「初盆は……着てたよね?」
「一応たたんだつもりだけど。駄目だったかな」
「駄目でしょう!? お盆暑かったのに!」
「着てみようか」
止めるまもなく上着を羽織る、と「あー駄目だね」
所々にうっすらと白いカビが生えていた。そもそもの押し入れの臭いの元凶っぽい。
「クリーニングで落ちるかな……」
「叔父さんー、もう、早く脱いだ方が良いよ、ほら」
きったねー、とか言ってるあいだにおかしくなって、僕は笑いながら叔父の上着を脱がせにかかった。
「危なかった、姉ちゃんが言ってくれなかったらこれで一周忌出るところだった」
「ちょー、駄目だよ、勘弁して」
手に当たる肩が骨っぽい。叔父の背は、こんなに薄かったか。
葬式の姿がよみがえる。あの端正な姿。
ふと、息詰まる感覚に襲われた。
「叔父さん……早く、結婚した方がいいよ。しっかりしなきゃ」
無理矢理上着を剥がした。……その裾を、叔父の細い手がつかむ。
「僕は結婚したくないんだ。もうきっと、しっかりなんてできない。仕方を忘れたよ。
 ……聡史君が、ずっと面倒見てくれるといいのにな」
俯いたまま呟いた叔父は、およそ色っぽくない押し入れの臭い。

61815-19 二人暮らし:2009/01/28(水) 13:00:16
「家賃払えなくて追い出されちったてへ」
大荷物を持ち玄関先でそう言い放った友人を数日の約束で居候させることにしたのは一ヶ月前のことだ。
今、私は彼に侵略されている。

玄関を開けるといい匂いが漂ってくる。
「おかえりーぃ」
あるかなしかの廊下を通ってキッチンへ行けば友人が大忙しで腕をふるっていた。
「すぐできるから待ってて」
言い放って再び料理に向き合った友人に頷き、うがい手洗いをしてからリビングに座りテレビをつけた。
今、私は彼に侵略されている。胃袋を。
出来たよーと明るい声がしてエプロンをつけた友人がパエリアを運んできた。スープにサラダに何だかおいしい付け合せがどんどんテーブルの上に並べられる。
その料理を皿が見覚えのないものであることに気づき彼を見ると、悪びれなく言い放った。
「料理は相応しいお皿に載せてあげなきゃいけないんだよ」
そういうものだろうか。私は美味しければどんな皿に載っていたって気にしないけれど。
しかしこれでまたセットのものが増えてしまった。彼は居候になってしまってからこっち、こんな風にどんどんペアで何かを買ってくる。食器は勿論、歯ブラシなどの日用品やクッションに至るまでこまごまと。
最初はこんなものを買うくらいなら早く新しい家を探せとせっつきもしたのだけど、ここ最近強く言えないでいる。
「ど、おいし?」
にこにこと尋ねてくる彼に言葉で返す余裕もなく、頷いてご飯を平らげる。
こちらの好みをこれでもかというくらいついてくる味付けに箸がすすみ皿の中身はどんどんなくなってゆく。
「おいしそうに食ってくれるから作りがいあるわぁ」
おかわりは?と尋ねられ、二杯目のパエリアを所望した。

美味しいご飯とこの笑顔。
居候が二人暮らしになる日も遠くなさそうだが、まぁいいかと思っている自分がいる。

61914-910・911続き 1/3:2009/01/29(木) 03:39:05
お題「バカップルに振り回される友人」で書いたものの続きです。長くなってしまいすみません…。


一年経った。
俺は松居さんと同じ大学に入った。理由は家から通える距離だから。そう言うと松居さんは、「お前はスラダンの流川か」と呆れていた。後日、俺は兄貴からその漫画を借りた。小説とは違うスピード感があって、面白かった。
新歓の時期に文芸部へ入ると、ひとつの部室を二つのサークルで区切って使うという、なんともな弱小サークルだった。ちなみに隣は松居さんの所属する漫研である。
「松居さん、漫研だったんですね」
「絵が下手だから読み専だけどな。でも消しゴムかけは得意だ」
「確かに、絵は下手ですよね。年賀状の虎を見たときはまた丑年が来たのかと思いましたよ」
「うっさい、ペン軸で刺されたいか。もうっ、お前はあっち行ってろよ!こっちは漫研の領土!」
ぎゅうぎゅう背中を押され文芸部に戻されて、仕方なく狭いスペースへパイプ椅子を出して座った。そこには部長が一人、雑学書を読んでいるだけだった。
俺も図書館で借りてきた本を読もうと、鞄を開ける。
「…小林くんは、今夜の新歓コンパに出るの?」
と、お笑い芸人のナントカさんに似た部長が話しかけてきた。
「はい、参加します」
と言うより、強制参加だと副部長の女の人に言われている。
「そっか。今日は漫研と合同だから、松居くんもいるよ」
「合同?」
「うん、今年は漫研もうちも一年の数が多いわりに上の数が少ないからね、コンパ代の負担額が大きいんだよ。だから合同にしようか、って。」
「はあ、そうなんですか」

62014-910・911続き 2/3:2009/01/29(木) 03:41:59
そんな内部事情を聞かされてもね。もしかして暗に「注文し過ぎるな」と言いたいのだろうか。
片手を突っ込んだ鞄からサリンジャーを取り出して眼鏡のフレームを上げたとき、部長は声を潜めてこう言った。「副部長には気をつけろ」、と。
俺はそこで、部長が誰に似ているかを思い出した。


…なるほど、気をつけろとはこのことか。
飲み会が始まって一時間後、部長の忠告の真意を知ることになった。あの副部長、酒乱だ。絡み酒だ。
今も絡んでいる、日本酒の一升瓶片手に肩をがっしりと掴み、絡んでいる。松居さんに。
酒の入ったそれぞれの声が大きくなって、離れた席にいる二人の会話は聞こえないけれど、明らかに松居さんは引き気味だ。
あーあ。
松居さん、女に弱いからなあ…。立場的な意味で。
目の前にあるくし形のフライドポテトをつまみつつ、ちらちらと向こうを窺ってしまう。さっきから俺は、ポテトばかり食べていた。
ここの居酒屋のポテトは塩辛い。水分が欲しくなる。
松居さんは副部長の方を向き、苦笑いを浮かべている。
「あっ、小林くん、それ僕の烏龍ハイ!」
遠くを眺め自分の烏龍茶を喉に流したつもりだったのに、それはどうやら隣にいた部長の酒だったらしい。アルコールの味だと気付いたのと部長の声を聞いたのは、ほぼ同時だった。


「…こばやしくん?大丈夫か?」
肩を遠慮がちに叩かれる。
うるさい、誰ですかあ。
短く呻いてテーブルに突っ伏した状態から顔だけ横に向けると、芸人の長井ナントカさんがいた。気を付けろ!の人だ。

62114-910・911続き 3/3:2009/01/29(木) 03:44:22
「…離婚、したんですかあ?」
「は?」
「浮気ばっかりしていたらあ、だめですよう」
ああ自分の声がいつもと違うなあ、面白いなあ。
「ふふっ、ふふふ」
俺、笑っちゃってるよ、はははは、楽しいなあ。なんだかいつもより重力もかかって体が重いし。愉快だなあ。

「こ、小林くん?ひょっとして、酒に弱い?」
「そんなことないですよう」
「いや、そんなことあると思う。すっごく笑ってるし…。ねえ!松居くんっ、ちょっと来て!」
えっ、何!?と驚く松居さんの声が遠ーくから聞こえる。
少しして、背後で二人の声が聞こえてきた。酔っぱらってるんだとか、もう二次会へ移動しなきゃとか。
「おーい正二、大丈夫かー?」
ぺちぺちと頬を柔らかく叩かれて、俺はまた閉じていた目を開ける。
松居さんのどアップ。近い、近いですよ松居さん。
「あー、まついさんだあ」
松居さん、ようやくこっちに来ましたねえ。ようこそ、ようこそ。
目の前にある首に腕を回してみる。あ、松居さんの匂い。よく晴れた日に干した洗濯物みたいな匂い。おまけに温かい。
「お、おいおいおい、正二、どどどどどうしたよ」
わざと俺に触れないように、座ったまま後ずさろうとする松居さんに体重をかける。だってそっちに重力がかかるからね、仕方ないよねえ。
「松居さん、俺ねえ、」
俺ねえ松居さん、俺ねえ…。
松居さんの柔らかくて栗色の髪の毛に鼻を押しつけて、その後。そこから先は、記憶に、ない。


「正二、あのときのこと覚えてないの?」
「覚えてません、記憶にありません、だから松居さんもさっさと忘れてください」
「忘れないよー、あのときの正二ってば素直で可愛かったなあ。俺に子犬みたいに甘えてきてさあ、そのあと…」
「俺、よく石頭って言われるんですよ。花道みたいに頭突きしましょうか?」
「ごめんなさい」

62215-29 ツンデレ泥棒×お人好しな刑事 1/2:2009/01/29(木) 12:08:42
「では、男爵家の秘宝『アドニスの涙』は確かに頂戴した」
高らかにそう宣言すると、さえ渡る月光の中、黒い影はさっと身をひるがえしました。
「待て!怪盗赤鴉!逃がすものか!」
赤鴉を宿敵と定め、もはや3年の長きにわたる戦いを繰り広げてきた蟹村警部が、
ここで逃がしてなるものかと腰のサーベルをスラリと抜くも、
男爵家の豪奢なホールの高い天井、そこに取り付けられた高窓にとりついた赤鴉、
その名のとおり、カラスでもなければ到底届きはしないのです。
「蟹村君、毎度忠勤ご苦労である、そして我が仕事への御協力いたみいる、さらば!」
「待て!」
蟹村警部はぎりり、と歯噛みします。なんという人を馬鹿にした態度でしょう。
変装の名人、怪盗赤鴉は、こともあろうに宝の持ち主である男爵に化け、
宝を守らんとする警部の手ずからまんまとお宝をせしめたのです。
「くそ……!なんとしても逃がさんぞ! これまでの数々の失態、
 これ以上重ねては総監殿に申し訳がたたん!」
地団駄を踏み、しかし万事休す。警部の顔は憤怒で真っ赤です。
……と、急にがっくりと肩が落ちました。サーベルが石の床にカラン、と音を立てます。
「うむ、そうだ。私はもう何度も何度もお前に負けた。そして今回の失策、失態。
 私の責で男爵殿の宝を失うはめになろうとは……もはや引き時かもしれん」
「どうしたね、蟹村警部、随分弱気じゃあないか」
「部長殿に申し上げよう。お役目を交代させてもらうように。私では力不足だ」

62315-29 ツンデレ泥棒×お人好しな刑事 2/2:2009/01/29(木) 12:09:22
今にも中有へ飛び立たんとしていた赤鴉が、ハッとしたように振り向きます。
「何を言う、蟹村君。僕の華麗なショウをいつも引き立ててくれた君が。
 君が去って、いったい誰が君の後を継げると言うんだね」
「田尾警部補に一任しよう」
「ハッ、あのひよっこが? 君の後任? 晦日市の掏摸でも追っかけてるのがお似合いだ 」
薄闇の中、赤鴉は肩をすくめたようです。
しばらくして、やや憤然とした声が蟹村警部へ落ちてきました。『アドニスの涙』と一緒に。
「……今回は、僕としたことが、犯行予告時刻を3分過ぎていた。失敗だ。
 後日改めて頂きに伺うことにしよう」
驚いたのは警部です。
「赤鴉! 一体君は何を!……まさかこの私を憐れんで」
「勘違いしていただいては困るね、警部。私は完璧を望むだけだ」
「しかし……しかし……」
警部は思わぬ事態に混乱しています。宝を胸に抱きながら、
「それでは、君の事件で初めての不首尾になるじゃあないか。
 明日の新聞には大きく載るぞ。世間の人の物笑いの種になる」
ホールに沈黙が満ちました。
「蟹村君、君はお人好しだね。僕をして3分遅らせただけでも大したものなのだよ。
 新聞には、君のお手柄が載るのだ」
闇へ身を躍らせた怪盗赤鴉。まさにその背に羽を持つがごとく滑空していきます。
「──蟹村警部。次回もまた、全力で僕を阻止したまえ」

62415-29 ツンデレ泥棒×お人好しな刑事 1/2:2009/01/29(木) 14:24:36
投下してみる

まったくあの馬鹿野郎が!
飛んでくる弾丸をかわしつつ、床で蹲っている男に対し、悪態を吐いた。
男の腹部からは大量の出血。背後には金を盗まれた怒りで目が血走っているマフィア。
あのままだと、あの愚かな刑事は死んでしまうだろう。
長年、自分を追いかけている正義感の塊のような男。
見るたびにイラついてしょうがなかった。
刑事が勝手にしくじったというのなら、「馬鹿な奴」と嘲笑い、そのまま放ってさっさと逃げ出しているのに。
あの男が自分を庇って撃たれたのでさえなければ。
泥棒助けて、自分が死にかけるなんて笑い話もいいとこだ。
世の中、善が報われるとは限らない。むしろ、自分の生きてきた世界ではお人よしであればあるほど早死にしていたのだ。
一向に逃げずにいる自分に苛立ちを覚えつつ、刑事の方に目を戻せば彼の周りは十数人のマフィアで取り囲まれていた。
刑事の息はかなり荒く、最早抵抗する事も出来そうにない。
――あのままだと殺される。
そう思った瞬間、どうするべきかを考えるまでもなく、勝手に身体が動いた。
部屋中に煙幕が充満する。混乱するマフィア達をよそに素早く地面に下りると、刑事を抱かかえ、ワイアーを使って宙を飛んだ。
助け出したのがどこかの可憐なお嬢様とかだったら楽しかったが、残念ながら腕の中にいるのは体格のいい男だ。しかも商売敵。
身に起った事が理解出来ず、目を白黒させている刑事をよそにワイアーの反動を使い、建物の外へ出た。

62515-29 ツンデレ泥棒×お人好しな刑事 2/2:2009/01/29(木) 14:26:00
「何で……」
しばらくして落ち着いたのか、刑事が口を開いた。いつもは煩いぐらい声を張り上げるのに今は酷く弱弱しく、これは早く病院に連れて行ったほうがいいと思った。
「何でと聞きたいのはこっちの方だ。何で助けた」
「……だっておれは刑事だから、目の前の人間に危機が迫っているのに見過ごすわけにはいかない」
「それで死に掛けるんじゃざまあないな」
「確かに。でも、助けてくれたじゃないか。……本当にありがとう」
その言葉に小さく舌打ちをし、何ともいえない感情で刑事を見た。庇った相手に助けられ、それでも素直に礼を言うなんてどこまでお人よしなんだか。
「私は泥棒だけどな、物は盗んでも人の命は盗まない主義なんだよ。私を庇って死なれたら、私のポリシーに反する事になるからね」
「ははっ。だからお前は嫌いにはなれないよ」
刑事が静かに笑った。
「さて、もうすぐ病院だ。お前を預けたら、私はさっさと消えるからな。お前を助けて捕まるなんて馬鹿みたいだからな」
「心配するな。今回は見逃してやるよ。ただし今回限りだかな」
「上等だ。そうでなくては面白くない」
この異常に早い心臓の動きは予測できない事でいろいろ起ったせいという事にしておこう。
泥棒が心を盗まれたなんて洒落にもならない。

626ある日目覚めたら魔法がかかっていた:2009/01/31(土) 23:55:29
ある朝目覚めると、俺に魔法がかかっていた

「おはようございます、旦那様」
―早く起きていただかないと、予定が狂ってしまうんですよ。
「あ…ああ…おはよう。済まない、すぐに起きるから…」
「いえ、ごゆっくりどうぞ。ところで本日は紅茶と珈琲、どちらになさいますか?」
―いつも紅茶に角砂糖三つを召し上がられますよね。意外にも甘党でおられますから。
「えーと…じゃあ…今日は珈琲をいただこうかな…」
―はい?用意しておりませんよ!?
「かしこまりま…」
「あ、やっぱりいいよ!いつも通り紅茶にしよう!」
「ではお砂糖は三つで宜しいですか?」
「あ、うん…そうだね…三つがいいかな…」
「かしこまりました。…ところで本日は体調がお悪いのですか?」
「えっ?」
「先程から顔色が優れないように見えますが…」
―風邪でもおひきになったのですか?珍しいこともあるものですね…。
「いや…あの…全然元気…うん…」
「そうですか?あまりご無理をなさらないでくださいね。旦那様に何かあったら、皆が心配致します」
―…多分、誰よりも、この私が。
―旦那様にもしも何かあったら、私は……
「…旦那様?」
「いや、うん…あの…」
「やはり熱がおありでは?顔がお赤いですよ」
「……言わないでくれ…」

ある朝目覚めると、俺に魔法がかかっていた
好きな奴の心が、全部分かってしまう魔法
それはこの俺を赤面させるほど恥ずかしくて
でも少し暖かい魔法だった

62715-79 芸術家の悩み 1/2:2009/02/02(月) 01:13:25
――暁さんが旦那様の愛人だってのは本当かね?
――さてねえ……屋敷に置いて寝食の面倒を見ている上に、金の援助までしているそうだけど。


この気持ちは雑音のようなもの。

僕は常に静かな気持ちでいることを望んでいました。怒ったり悲しんだりするのは苦手です。
弱いだけなのです。静かな気持ちでいるには、外は煩すぎる。
そもそも僕がキャンバスに向かうようになったのも、外の雑音から耳を塞ぐためだった。
自分の境遇が他より恵まれていることを是幸いと、内側に閉じこもったのです。
何のためでもない、僕はただ逃げるために絵を描いていた。

もう一人の僕がいつも傍で囁いていた。『お前の絵はお前にしか価値がない。そしてお前の価値は絵にしかない』
そんなことは、僕自身がよく知っていました。

しかし、初めて会ったとき彼は言ったのです。
「難しい理屈は分かりません。でも俺はあなたの絵を見ていると優しい気持ちになります」と。
そして屈託無く笑って「きっとあなたの優しさが滲み出ているのでしょうね」とも。
僕は優しくなどない、弱いだけだ。そう言いましたが、彼は微笑むばかり。
それから彼は頻繁に離れを訪ねて来るようになりました。
茶菓子を差し入れだと言って持ってきて、他愛の無い話をして、帰っていく。
ときには僕を外に連れ出して、川縁の桜や並木道の銀杏を見せてまわることもありました。

いつの間にか、僕はキャンバスに向かう時間よりも、彼と話す時間の方が多くなっていました。
彼の訪問を待ち望み、彼との会話を心待ちにするようになり、僕は絵を描かなくなった。

ああ、彼と居ては絵が描けないのだな、と思いました。
そしてこの気持ちは雑音のようなものだとも思いました。僕が避けて逃げていた筈の、外の世界の雑音。
けれど、それでも構わないという気になっていました。
僕は逃げるために絵を描いていた。逃げる必要が無いのなら、絵を描く必要もない。

しかし、その気分も長くは続かなかった。やはり雑音は雑音でしかなかった。
窓の外の世界は、僕の心を乱すものでしかなかったのです。僕は耳を塞ぎ続けるべきだった。
だから彼を視界から消すよう努めました。
彼に話しかけられても碌に返事をしなかったし、彼に微笑みかけられても目を逸らした。
彼は戸惑ったように「何か気に障ることをしましたか?」と訊ねてきました。
僕は答えようとして、結局は黙ったままでした。
何も言わぬ僕を見て、彼は悲しそうな表情を浮かべました。

62815-79 芸術家の悩み 2/2:2009/02/02(月) 01:14:04
するとまた僕の心に小波がたつ。
波紋は心の内に広がって、僕を追い詰め、逃げ場を奪っていく気がしました。
堪りかねた僕は、彼を乱暴に追い返しました。
もう来ないでくれだとか、酷い言葉を投げた気がしますが、よく覚えていません。

もう一人の僕が冷笑しました。『お前はまたそうやって逃げるのだな。これで何度目だ?』

その通りだと僕は叫びました。
僕は再び、逃げるためにキャンバスに向かいました。
しかし、絵の具を取り出しいくらキャンバスに塗っても、何の形にもならなかった。
窓の外の風景も、部屋の中に置きっ放しの絵たちも、酷く色褪せて見えました。
ふと見ると、戸口に追い返した筈の彼が立っていました。

呆然とする僕に彼は「俺はあなたの絵が好きですよ」と言いました。
もう一人の僕が、僕の代わりに答えました。『僕はきっと、君のことが好きなのだ』
すると彼はいつもと変わらない、柔らかな微笑を浮かべたのです。
酷い言葉を投げた僕を、彼はいとも簡単に許してくれたのです。
彼は繰り返しました。「俺はあなたの絵が好きです」と。

だから僕は絵を描く。逃げるための絵は僕にはもう必要ない。
この気持ちは雑音のようなもの。一度見失えば、もう二度と聞けない微かな雑音。
忘れぬように、僕は絵を描き続けなければならない。そしてまた彼にこの絵を見せるのです。

ねえ兄さん、この絵を見たら、彼はどう思うでしょう。また、笑ってくれるでしょうか?




19××年2月1日深夜、久崎家の次男・洸耶が、庭で笑いながら自身の絵画を焼いているのを使用人の一人が発見。
慌てて取り押さえるも、洸耶は意味のわからない言葉を繰り返し、他者の認識が出来ない状態であった。
同日、彼がアトリエにしていた離れで、屋敷に下宿していた書生・安藤暁が死んでいるのが発見される。
解剖した医師によれば後頭部の打撲痕が致命傷とのことだったが、他殺なのかまでは判断できず、結局事故死として処理された。
使用人たちによれば、洸耶は人嫌いであったが安藤とは不思議と仲が良く、だからこそ洸耶が彼を殺すなど考えられないとのこと。

その後、洸耶は神経衰弱と診断され、彼の兄であり久崎家の当主でもあった総一郎により静養所に送られた。
彼はそこで絵を描き続け、二十八歳で急逝するまでに十三点もの絵画を遺すことになる。
そしてそれらは全て、現在において高い評価を受けている。

62915−89 お次の方:2009/02/02(月) 03:21:05
規制中なのでこちらに投下させてもらいます。


俺、ブラックIT企業の社会人2年目、東京出身。
最近は困ったことに年下の男の子に片思い中。
片思いの相手、バイト2ヶ月目(たぶん近所の大学生)、福岡出身。
元野球部のホークスファンで、背が低いのがコンプレックス。
なんだかんだで20時間労働で朦朧となって帰って来ても、
コンビニの店員さんに癒される日々なのだ。

「今年こそホークスの優勝ばい」
秋山監督だもんな、そりゃ期待するよな。
「あー、のど痛か。昨日腹出して寝たけん」
寝相悪いのか、一緒に寝ることがあったら気をつけてやらなきゃ。
「オレ、煙草吸う子は好かん」
ええい、それなら今日から禁煙だ!
俺はこの2ヶ月間で、聞き耳を立てて店員同士の会話を拾うのが上手くなった。
決して褒められたことでないのはわかっているが、この恋は長期戦なのだ。

立ち読みしてした漫画雑誌をラックに戻し、いつもの品を買い物カゴに次々に入れる。
会計をしている先客の後ろに並ぶと、すぐに掠れた声が飛んできた。
「お次の方どうぞー! お待たせしました」
隣のレジで軽快に手を上げたのは、愛しの彼だった。

スポーツ新聞、週間ベースボール、パックの麦茶にヨーグルト、鶏カツ弁当。
彼が手際よくバーコートを読み取り、袋に詰めていく。
「お弁当あたためますか?」
「お願いします」
家でやってもいいのだが、電子レンジが回ってる時間分、彼の側にいられる。
くだらないようだけど、俺にとってはとても重要なことだ。
「あ、今日はマルボロは?」
なんて気が利く! 彼は俺の好きな煙草の銘柄を覚えていてくれた。
いやしかしここで尻尾を振っちゃダメだ、だって俺は君のために――。
「いいです、禁煙するんで」
途端に彼の目尻に僅かに皺が寄って、幼い笑い顔になった。
「がんばってくださいねー、オレ超応援しますよ」
ああ、この八重歯はやばい。超絶スーパーキュートだ。

63015−89 お次の方:2009/02/02(月) 03:24:17
「お客さん、どこファンですか? いつも週べ買ってますよね」
おお、決まった物を買って印象付ける作戦が効いていた!
アドバイスしてくれた会社の事務の女の子に感謝しなければいけない。
「パ・リーグ好きなんで、日ハムとかソフバンとかの試合良く見ますね」
「マジすか!」
盗み聞きで相手の好みを把握しておく策も成功だ。
これは大学時代の悪友に礼を言おう。
「最近スカパー入ったから、今シーズンから全試合フルで見れるんです」
「うわ、それ良いっすね! うらやましかー」
彼の口から、接客中には決して出さない博多弁がこぼれた。
学生に真似できない経済力を見せ付ける技が、こんなに効果的だとは。
合コン番長の先輩、ありがとうございます。

「あ、すいません。オレつい方言……」
彼が照れた様子で頭を掻いた瞬間、レンジの中から破裂音が響いた。
何事かと驚いたが、俺以上に彼の方が慌てていた。
手荒くレンジを開けて弁当を取り出し、彼は肩を落とした。
「申し訳ありません、ソースの小袋も一緒に温めたので、破裂してしまいました……」
見ると、たしかに弁当のパック全体にソースが派手に飛び散っている。
鶏カツ弁当はそれが最後の一つだった。
自分が買い取ります、それか他のお弁当をお出ししますと彼は必死に言ってくれたが、
好きな子が困っているのを見たら優しく励ますのが男というものだろう。
誰かに教えられたわけではないが、これくらい馬鹿な俺にでもわかる。
「良いですよ、家に醤油あるんで」
「でも……」
「はい、お金ちょうど。レシート要りません。いつもありがとうね」
俺は彼が好きだから、いくらでも優しくする。
割に合わない仕事をして身も心も擦り切れた夜、彼の笑顔がいつも俺を温めてくれた。
彼の気を引くためにちょっと格好つけて去ることは、果たしてどう出るだろうか。

63115−89 お次の方:2009/02/02(月) 03:26:31
「オレ、生まれかわったけん。昨日までとはちごうとよ」
素のままで十分魅力的なのに、一体彼に何があったんだろう。
「あのお客さんが……って言ったっちゃん」
いまいちよく聞こえないけど、迷惑な客でもいたのかな。
「やけん、初心にかえったと!」
彼らしい前向きな言葉だ。なんだかこっちまで元気が出る。

いつもの商品を持って列に並ぶと、すぐに横から彼がやってきた。
その姿を一目見て、思わずカゴを落としそうになった。
「お次の方、どうぞー」
手を挙げてはにかむ彼は、高校球児のような坊主頭になっていた。

「お弁当温めますか?」
「お願いします」
「はい」
「あの、髪の毛……」
「思い切って短くしました」
「す、すごい似合いますね」
「昨日失敗しちゃったんで、自分なりにけじめをつけてみたんです」
「俺のせい?」
「お客さんのおかげ、ですよ。オレ最近たるんでたんで」
「いや、いつも君はよくやってくれてるよ」
「ありがとうございます、なんか逆に気使わせちゃって」
「俺はただ、その、君が……」
「お客さんにお礼というか、お詫びというか、させてもらいたんですけど」
「そんなのいいんですよ、ホントに」
「一緒に開幕戦見に行きません? チケット奢りますよ」
「え!」
「迷惑だったらいいんですけど」
「ううん、嬉しいんだ、嬉しすぎてもう泣きそう…」
「あはは、お客さんがば面白かぁ」
彼が八重歯を見せて笑った時、レンジがチンと音を立てた。

潔い五厘刈りも、直球のお誘いも、彼がやるとなんでこんなに素敵に見えるんだろう。
鷄カツ弁当のおかげで、ただの客と店員の関係からは抜け出せそうだが、
忘れてはいけない、この恋は長期戦だ。
俺は明日も明後日もコンビニに通い、彼が呼んでくれるのを待つのだ。
いつかこちらから彼に愛を告げ、頷いてもらう日のために。

63215-129「その弱さと醜さを愛す」1/2:2009/02/04(水) 02:36:45
「・・・いい加減帰ろうぜ、ほら」
立てよ、と脇の下に手を入れて持ち上げると、唸り声と共に手を振り払われた。
「んーだよ・・・いいだろ別に・・・すいませぇーん、これおかわりぃ」
「ああいいですいいです!帰りますから、おあいそお願いします」
心配顔で寄ってきた店員に、愛想笑いを浮かべながら伝票とカードを差し出した。
「水村くんいつにもまして飲んでたね、大丈夫?タクシー呼ぼうか?」
もう顔馴染みとなってしまった店長が困ったように笑いながら声を掛けてくるのに、
大丈夫ですから、と首を振った。
「こいつ今日は俺んち泊めるんで」
「そうだね、そのほうがいいかもね、」
ああちくしょー!なんであいつが・・・あいつのが・・・・・・、急に大声をあげる水村に
ぎょっとしてそのうつ伏せの背を見つめた後、店長と二人顔を見合わせて苦笑した。
ぐっと声のトーンを落として、店長が「・・・また?」と問いかけるのに頷いた。
「・・・ええ、またコンテスト落ちちまって・・・・・・今度は最終選考までいってたから余計・・・」
「そっか・・・つらいとこだね」
支えてあげなよ、友だちなんだからさ、と軽く肩を叩かれて、曖昧に笑顔を浮かべた。
友だち。その言葉に胸の奥がギリと焼け付くように疼いた。
「―――じゃあ、ごちそうさんでした」
俺は水村の肩を抱いて、店を後にした。
「うん。あっ、今度またメニューの写真撮りに来てって云っておいてね〜」
背中に届いた店長の言葉に片手をひらりと振って答えた。

はあ、と吐き出した息が白く立ち上る。
俺とそう身長は変わらないとはいえ、酔った千鳥足の男を支えて歩くのはいささか辛い。
「・・・・・・檜山ァ」
「んだよ起きてんならちゃんと歩けよな」
いつも自信満々怖いものなしって水村の顔が歪んでいた。
俺のすぐ横で、水村が囁くように吐き出す。

63315-129「その弱さと醜さを愛す」2/2:2009/02/04(水) 02:37:46
なぁなんで俺の作品じゃ駄目だったんだよ、最優秀とったやつの写真、お前も見たろ?
あんなの誰だって撮れるじゃねぇかよ、露出と倍率と・・・あんな小手先の技術で撮った作品の
何処がいいんだよ・・・俺なら、俺ならさぁ・・・
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら水村が何度も呟く。畜生、畜生・・・なんでだよ・・・・・・。
俺の肩口を濡らしながら、水村は今日何度目か知れない愚痴を零した。
俺は何も云わずに、ただだらだらと頬を伝う水村の涙は甘いだろうかだなんて
馬鹿なことを考えていた。
「・・・審査員の奴ら目がないんだよ。
大丈夫だって、絶対いつかお前の凄さに気付くひとは出てくるって」
「そ・・・かな、お前がそういうんなら、そうかもな・・・・・・」
やっとぎこちなく笑顔を浮かべた水村の目じりからつ、と涙が零れ落ちた。
なんとなくそこから目を逸らしながら俺は空を仰いで、馬鹿みたいに明るい声を出した。
「そうだよ。水村は立派な写真家になって、
そんで毎晩お前の奢りで飲みに行くのが俺の夢なんだからさ」
だから諦めてもらっちゃこまるんだよ、と云うと、
馬ッ鹿お前ふざけんなよ、と水村は笑って俺の頭を軽くはたいた。
ああいってーと俯いた先のアスファルトに向かって俺は呟いた。

立派な写真家なんかにならなくていい
お前の価値をわかるやつなんて、俺以外誰もいなきゃいいのに

コンテストに落ちるたびにこうやって弱音を吐いて、
愚痴と不満と憤りでぐちゃぐちゃになるお前が好きなんだ。
こんなこと云えるのはお前だけだよと泣きそうな顔で云って、
そんな些細な言葉に俺は一喜一憂して、泣きたくなって、
次のコンテストこそ賞取れるといいなと唇に乗せる言葉は本当なのに、
でも一生賞なんて取れずに終わればいいんだと思ったり、
俺は頭のなかがぐちゃぐちゃになって、罪悪感とやるせなさと嬉しさと苦しさで
どうしようもない気持ちになっていることをお前は知らないだろうし、
こんなどうしようもない俺を、お前は一生知らないでくれ。

「なあ、水村・・・・・・次のコンテストこそはさ・・・」

その次の台詞を俺は知らない。

63415−229 両親とご対面 1/3:2009/02/11(水) 12:59:22
マッチを持つ手がぶるぶると震えてうまく煙草に火を点けられないでいると、
助手席から白い手が伸びてきて、俺の代わりに点してくれた。
「あ、ありがとう」
「いいえ」
小野寺は頬を膨らませ、マッチの小さな火を消した。
普段余り見ない幼い仕草に、ほんの少しだけ心が和む。
「明石さん、そこ右です」
「ええっ、マジでぇ!?」
思いっ切りハンドルを切ったら、周りの車に短いクラクションで非難されて、心臓がとび跳ねた。
「次からもうちょっと早めに言って、俺まだ右折苦手だから」
「だって明石さんが一人でニヤついてるから」
――わざとかよ。
一人じゃ煙草も吸えないほどいっぱいいっぱいなパートナーに、この仕打ちはあんまりだ。
「出た、小野寺くんの意地悪」
「意地悪というより、もともと根性が悪いんです」
「あーもう、親御さんの顔が見てみたいね」
「これから見に行くじゃないですか」
しれっとした顔で返されて、言葉に詰まった。煙草の煙を吐き出し、少し間を取る。
「嘘だよ、君が良い奴なのは俺が一番知ってるよ」
そんなくだらないやり取りをしながらも、カローラは着々と彼の実家に近づいていく。

63515−229 両親とご対面 2/3:2009/02/11(水) 12:59:58
「どどどどどうしよう、腹痛くなってきた」
「ここまで来て何言ってるんです」
「君にはこの扉を開けるのが俺にとってどれだけ重大なことかわからないんだ」
「あのね、確認しておきますけど、一人の先輩として紹介するんですから
 何も緊張する必要はないんですよ。結婚するわけじゃあるまいし」
そこら辺は事前に二人で話し合って決めたのだが、それでもこの不安は拭えない。
小野寺のイライラがびんびん伝わってくる中、俺は更に口を開いた。
「だってさぁ、好きな人の大切な人に好かれたいって思うのは当たり前だろ」
どさり。小野寺が手に持っていたボストンバッグを落とした。
彼はこうやって直接言われるのに弱い。
俯いて首の後ろを触るのは、照れている時の癖だ。
ああくそ、かわいいな。しかしさすがに実家の玄関先ではキスもできない。
「……大丈夫です、明石さんは本番に強いから」
「それはそうだけどさぁ、俺、ちょお緊張しいなのよ」
「でもいつだって最終的には上手くやってみせるじゃないですか」
肩を軽く叩かれて、しゃんと背筋が伸びた。
俺も彼も、お互いの操縦法がよくわかっている。
小野寺は叱って伸びるタイプで、俺は褒められて育つタイプなのだ。
「俺、ちゃんと出来ると思う?」
「もちろん」
「よしっ、お邪魔しよう」
俺は冷え切った手でドアノブを回し、小野寺家に足を踏み入れた。

63615−229 両親とご対面 3/3:2009/02/11(水) 13:00:57
「一週間お世話になりました」
「明石さん、またいつでも遊びに来てくださいね」
目元が良く似ているお母さんが、お漬物を渡しながらそう言ってくれた。
「こんた子だがら大学じゃ友達も出来ねんじゃねがと思っとっだけど、
 明石さんがいでくれるなら安心だす。こえがらもよろしくお願いします」
お父さんは訛りがきついが、笑顔が穏やかな人だった。
「いえ、僕の方こそ小野寺くんがいてくれて本当に良かったと思ってるんです。
 いつも良くやってくれてますよ。友達も多いですし。」
荷物を積み終えた小野寺が、後ろから靴のかかとを踏んできた。
余計なことは言うなという意思表示だろう。
「それじゃ、失礼します」
「気付げてな」
バックミラーに映る二人は、姿が見えなくなるまでずっと手を振っていてくれた。
俺はハンドルを握りながら片手を振り返し、小野寺も振り返ってじっと後ろを見ていた。

「最後のアレ、ああいうの要らないんで」
「嘘も方便って言うだろ。嘘つくのが嫌なら友達作りなさいよ」
「……努力します」
「いやでも素敵なご両親だったな。君が大事にされてるのがよくわかったよ」
これは言わないけど、君が家族をとても大切にする人だと言うこともね。
「今度は明石さんのおうちに行きたいです」
「ええほんと?! 一体どういう心境の変化よ、嬉しいなあ」
「だって、好きな人の大切な人に会いたいって思うのは当たり前でしょう」
「言うよねぇ、小野寺くん」
ポケットを探って煙草を取り出すと、何も言わずに彼がマッチを擦ってくれた。
ああ、そう言えば彼のお母さんはお酌がとても上手だったし、
お父さんは見送りの際、お母さんの外履きを出してあげていた。
顔以外の部分も似ているんだなと思い、口元が緩んだ。
「明石さん、そこ右」
「ちょ、ちょっと! 早く言ってって頼んだじゃないかぁ」
カローラは二人を乗せて走る。ずっと走る。

63715-239 襲い受け:2009/02/11(水) 18:47:41
なんかコレいいのかなあ。
俺、寝そべってるだけなんですけど。
上で先輩がいろいろやってますけど。
先輩、上だけ着てるってエロさ倍増。
白いシャツって本当反則だよね。
下半身が見えるようで見えないってのもそそるなあ。
茶色くて少し長めの髪が乱れて色っぽい。
ああ、キスしたい。触りたい。許してくれなかったけど。
「気持ちいい?」
「はい、気持ちよすぎてヤバイです……」
「はは。素直でいいね」
先輩の動きが激しくなって、俺は意識が飛んだ。

スキーに行って先輩と接触して俺だけ骨折して入院して
今は家で安静にしてますけど、
お見舞いとお詫びと称してこういうことされて、
少しだけ骨折して良かったとか思ってますが。

足が治ったら先輩につきあってくださいって言ってみよう。
『あれは単なるお詫びだよ?』
哀しいことにそんな答えがかえってきそうだが。
おそらくその予想は正しいとは思うが。
でも、そうなったら今度襲うのは俺ってことで。
簡単に襲わせてはくれなさそうだけどね。

63815−239 襲い受 1/2:2009/02/11(水) 21:15:06
「…まだ起きてる?」
「寝かけてるけど起きてる」
「オレ昔さぁ、母さんのおっぱい触ってないと寝れない子供で」
「なに、触りたいの」
「うんでも、おまえには胸ないから」
「じゃあ何だよ」
「代わりにちんこ触らして」
「はあ?」
「お願い、触るだけだから」
「だってそのまま寝て、夢うつつのまま握ったりしたらどうすんだよ」
「大丈夫、ソフトタッチにするから」
「えー」
「優しくするから」
「それはなんかちげーだろ」
「じゃないと寝れない」
「仕方ねーなぁ」
「失礼しまーす」
「ちゃんと寝ろよ」

63915−239 襲い受 2/2:2009/02/11(水) 21:16:10


「ふふふ、ふにゃふにゃ」
「ケンカ売ってんの?」
「いつもお世話になってます」
「てめぇ寝ろよ」
「ここ好きだよね」
「ちょ、やめろって」
「でもこっちは起きたがってるみたい」
「ほんと死ねよ……」
「生きる!」
「うわ」
「耳も気持ちいいんだね」
「あ」
「首も」
「……っ」
「このままじゃかわいそうだから、オレがしてあげるね」
「お前、最初からそのつもりだったろ」
「あ、気付いた?」
「もうそういう次元じゃねーだろ!」
「ふん、バレちゃぁ仕方ない、目茶苦茶にしてやるぜ」
「……優しくしろよ」

64015-250 くだびれたオサーン2人  1/2:2009/02/12(木) 22:08:38
店屋物で各自遅い夕食を終える。署に泊まるのもこれで五日目だ。追い込みのかかった捜査本部は段々と殺気立った気配を漲らせてきている。
その張り詰めたような空気が嫌で、安藤はわざと唸り声のような溜息をついた。爪楊枝を吐き出し、ごみ箱めがけて投げる。それは小さな金属製のごみ箱のふちに跳ね返り、無残に床に落ちた。安藤は片目を細めて舌を打つ。
安藤は斜め向かいのデスクで書類を書いている横山に向かって声をかけた。
「外行くか」
屋内禁煙。押し寄せる嫌煙の波に、警察署とて無縁ではない。取調べ室すら禁煙とされて現場の刑事は不平を漏らしたものだが、あるか無きかの抵抗は果たして無駄に終わった。今では皆、この寒空に屋外で情けなく煙をくゆらすことしかできない。
「ん…おお、ちょっと待て」
横山は眉間に皺を寄せて、つたない指づかいでキーボードを叩いている。未だにタイピングタッチの出来ない同僚を見て安藤は小さく笑う。太い指にノートパソコンの小さなキーボード。熊がレース編みをしているような奇妙な眺めだった。
「先行くぞ」
「いやいやいや、ちょっと待て、もう終わる……ん、終わっ、た、と」
言葉に合わせてとん、とん、とん、とキーを叩き、横山はにやりと笑って立ち上がる。

64115-250 くだびれたオサーン2人  2/2:2009/02/12(木) 22:11:16
五年ほど前に購入した黒いトレンチコートは、とうに色はあせて青とグレイを混ぜたような奇妙な色になっている。生地はよれてところどころ裾が擦り切れてしまいそうだ。しかしこのコートが一番自分の身体に馴染んでいる。雨上がりの空気は清冽で、澱んだ部屋の空気に慣れた肺には心地いい。水溜りを踏まないように気をつけながら署の裏手に回った。
安藤はごそごそとポケットを探ってライターを出す。オイルが少なくなっているのか、何度か石を鳴らしても火花が散るばかりだ。
「ほらよ」
隣からライターが飛んでくるのを辛うじて受け止めた。
「おう」
二人で肩を寄せ合い、薄ぼんやりとした宵闇の中で煙草を燻らせた。寝不足で不明瞭な頭には、苦い煙草の煙すら何の刺激にもならない。
「そろそろ帰りてえよなあ」
「全くだ」
建物の壁にもたれ、上を向いて煙を吐き出した。背を丸めて煙草を吸う横山の後姿を見る。彼も似たり寄ったりのくたびれたコートを身に着けている。
「なあ」
声をかける。横山は煙草を咥えたまま振り返る。疲れたような顔で笑って見せると、横山もゆっくりと頬を緩めた。薄暗い闇、建物の裏手、見る者は誰もいない。
指に煙草を挟んだまま、横山のコートを焦がさないように気をつけながらその襟を掴んで乱暴に引き寄せる。指にかかった抵抗はほんの僅かで、横山はすぐに安藤に身体を寄せてきた。
自分よりも随分高い上背と拾い肩幅。今でも柔道をやっている彼の身体に余分な肉は少しも無い。
「煙草、邪魔だ」
言うと、横山は苦笑して咥え煙草を指に持ちかえる。
顔を寄せる。自分からは口付けない。少し待つと、身をかがめるようにしてゆっくり横山が口付けてきた。
自分のものとは違う煙草の味。伸びてきた髭がお互いの皮膚にちくちくと痛い。薄っすらと唇を緩めると横山の舌が忍び込んできた。
指から力なく煙草が落ちる。まだ随分と長いそれは上手いこと水溜りに落ち、不平を言うようにじゅっと鳴った。

64215-259 パティシエの恋:2009/02/13(金) 17:20:03
 厨房の向こうでふたりのやりあっている声がする。

「僕がオーナーだ。私の方針に従ってもらう」
「出来ません」
「バレンタインのデザートにはにチョコレートを使え。それだけのことだろ」
「私はパティシエです。ショコラティエではありません」
「だからなんだ。パティシエはチョコレート菓子を作らないとでも?」
「ショコラはデリケートなんです。私はショコラティエの技術を尊敬している。
納得のいかないデザートをお客様には出したくない」
「君の職人精神は素晴らしいと思うが、私はレストランの『経営』をしてるんだ。
自分の作りたいものだけを作って、レストランが運営できるか」
「では、この期間だけショコラティエを雇ってください」
「この時期に暇なショコラティエが役にたつか!」

 堂々巡りの話の決着はまだつきそうにない。結果はわかっているので、
俺はメインの肉料理でカカオでも使おうかと考える。

「オーナーとやりあうパティシエなんてはじめてみました。すごいっすねえ」
「手を動かせ、新人。そのうち慣れるよ。オーナーが負けるし」
「なんでですか? お前なんかクビだって一言いえば終わりでしょ」
「言えるわけないだろ。あいつほどの腕があれば雇うところなんか
いくらでもあるし、独立してもいいし」
「なるほど」
「まあ、他の理由もあるけど」
「他の理由?」
「あー、まー、いろいろ」
「あ、オーナーが負けた」
「今まで勝ったことないけどな。このソースどうだ?」
「お、チョコレート風味っすか? いいっすね」

 うちのパティシエは本当に意地が悪い。サドかもしれない。
そんなやつに惚れたオーナーも本当に気の毒だと思う。
 蛇の生殺し状態はもう何年続いているだろうか。
気持ちに気がついているなら返事をしてやればいいのに。

 バレンタインはキューピッドでもしてやろうか。
 そんなことを言ったら、「余計なことをしたら殺す」と脅された。
 今年は少しはオーナーが報われるのかもしれない。少し安心して店を閉めた。

64315-259 パティシエの恋  1:2009/02/13(金) 23:10:13
初投下で勝手がわからなかった…まとまりなくて本当にスマソ

チリンと鈴の音が鳴って男が入ってきた。
雑誌やテレビを賑わしている様なお洒落なパティスリーではない、「パティシエじゃねえ、菓子職人と言え」という
頑固親父が長らく経営していた寂れかけた製菓店には、貴重な客だ。
店を継いだ二代目パティシエ、もとい菓子職人は、週に一度は必ず買物に来る大事な常連客に
飛び切りのにこやかな笑顔で「いらっしゃいませ」と声をかけた。
男は挨拶に無反応なまま、ショーケースの前で長身を屈めじっくりとケーキを吟味する。
それこそ下段の棚から上段まで、左から右へと隙間なく視線を巡らす。それを何度か繰り返した後に、
おもむろにこちらに視線を向けてきた。
「…この間のケーキは?」
投げかけられた問いに答えられるまで数秒かかる。それが先週まで並んでいた新メニューのケーキの事を
言っているのだと気づいて、ああ、と思わず溜息をついた。
「あれはもう店頭から下げたんですよ。林檎のシブーストですよね」
「シブ……」
「タルト地に林檎とクリームを載せて焼いたやつです。でも見た目が少し地味だったみたいで
あまり人気がなかったんですよね。その代わりに、ほら」
ケースの向こう側から身を乗り出して中央の棚、右から二番目を指し示す。
「今週から並べたんですけど、評判がいいんですよ。よかったらいかがですか?」
「いや、これは…」
指差されたケーキを見た途端、無意識なんだろうが男の顔が渋くなる。当然だ。無数のハートでデコレーションされたケーキなど、
三十路を過ぎた男が買うものではない。もしそれが「大の甘党の男」だったとしてもだ。
「…じゃあ、これとこれ」
男は店の定番のチーズケーキと新作ケーキの二つをオーダーすると、鞄の奥から財布を取り出した。
その際に中からラッピングされた箱がいくつか見えた。明日は土曜日。なるほど今日はバレンタインの前倒しというわけか…と
どこかもやもやした気分で考える。
「…もてるんですね」
一万円札を取り出した男が不意打ちを食らった鳩のような顔をする。それがなんだかおかしくてくすっと思わず笑ってしまった。
「だってそれ」
「…義理だから」
自慢すればいいのに取り付く島もない素っ気無さ。けれど、嫌な感情は湧かない。
「そういえばこの間、駅前の居酒屋で見かけました。団体だったから会社の同僚の方たちですよね、きっと。すごく盛り上がってたし」
「…たぶん、会社の子の送迎会」
「ああ、なんかそんな感じでした」
それきり落ちる沈黙。商品を交えない会話はキャッチボールにならず、ミットも掠らない。…そんなお堅い態度じゃなく、
オヤジギャクの一つでも飛ばして見せろよ。そんな事を考えながら、レジからお釣を取り出そうと手を伸ばした。
…けれど少し考えて腕を引っ込める。ちらりと男を見ると胡乱そうな目を向けられた。

64415-259 パティシエの恋  2:2009/02/13(金) 23:13:04
「すみません。細かいお札足りないんで少し待っててもらっていいですか?」
ぺこんと頭を下げると、男は了解したとばかりに店の隅においてあるベンチに腰をかけた。
とはいっても長く待たせるわけにはいかないので、急いで奥に向かうと手早く目的のものを手に持ち小走りで戻ってくる。
男は所在なさそうにチラチラと店内に視線を漂わせていた。
「お待たせしました。…これ、お釣です」
「ああ、ありがとう」
そのまま財布を仕舞い込んで出て行こうとする男を呼び止め、ショーケースの外側にまわると、まだ半開きの鞄に小さな包みを捻りこむ。
男は驚いたように体を固くした。
「おまけです。いつもありがとうございます」
微笑みかけると、いつも無反応な態度なのが嘘のように、男はぽかんと口を開けて無防備な顔をした。
そんな思いがけない様子を見ると、今度は自分のした事が妙に気恥ずかしくなり、咄嗟に俯く。数秒後、チリンと鈴の音が鳴る。
顔をあげると男はいなかった。けれどうろたえるように呟いた「ありがとう」の言葉が、型押しされたように胸の奥に強く残った。

最後の客を見送り店を片付けると、厨房スペースにおいてある椅子に腰掛け一息入れる。
お菓子作りは体力勝負だ。製造と接客でくたくたになった上半身や足をもみほぐしていると、
店の隅においてあった携帯電話からメールの着信音が流れる。
送信元は今でも仲がいい大学時代の友人だった。内容はいつもくだらない。彼女の話や、仕事の話、会社の同僚の話…。

『…それでさ、根津さん今日も例の彼女のとこ行ったらしい。
普段の仕事の鬼ぶり知ってるからすごい笑えるよ。大の辛党のくせにケーキ屋通いだぜーー』

 他の部分は全然頭に入らなくて、友人が何の気なしに打ったはずのメールの一文を、呆れるくらい何度も読み返す。
奇跡のような偶然は、油断すれば涙が出るほど嬉しくて幸せで、それなのにやっぱりどこか切なくてたまらなくなる。

 男はきっとパティシエの名前も知らない。けれどパティシエは男の名前も知っていれば、好きな食べ物から趣味まで知っている。
お喋りで何かとマメな友人が、会う度電話する度、堅物で変わり者な同僚の話をおもしろがって一から十まで話して聞かせるからだ。
パティシエは今までに書き溜めていた脳内メモを、頭の中で反芻してみた。
無口で頑固な変わり者。けれど実は世話好きで情に厚い。時折身内に飛ばすギャクはオヤジ。目下、ケーキ屋の菓子職人にご執心。


…それを当の男が知ることになるのは、あとほんの少しだけ先の話。

645大事な事なので二回言いました:2009/02/15(日) 20:15:27
「好き、だーい好き」
「はいはい」
「大好き、ものすごく好き」
「あっそ」
「すきすきあいしてるー」
「……いい加減うるさいんだけど」
「なんだよ、そこは俺も好きだよって返すとこだろー?」
「うるさい、誰が言うか」
「お前滅多に好きとか行ってくれないじゃん。俺の事好きじゃないのー?」
「嫌いな奴だったらこうやって膝に頭乗せてきた時点で殴ってるよ」
「それはそうだけど」
「俺なりの愛情表現なの。いいだろこれで」
「ダメ、口に出さないと伝わらないの!大事な事は2回言うぐらいで丁度良いんですー」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ」
「へぇ……好き、好き」
「えっ、いや、えっと」
「2回言うぐらいが丁度いいんだろ?好きだ、大好きだ」
「た、タンマ!耳元で囁くの反則!低い声出すの反則!」
「そうやって顔を真っ赤にするお前も可愛くて好きだ、大好きだ」
「もういいっ…いいから、そのやらしい声禁止っ!」
「愛してる、愛してるよ」
「や…だから待てって…っ」
「何?もう満足した?」
「十分すぎるぐらい。……なぁ」
「ん?」
「好き、好き、愛してる」
「うん、知ってる」
「な……!くそ、お前も照れろ馬鹿!」

646忘れないで (300に萌えたので二次創作です):2009/02/16(月) 12:49:36
「イヤだ、どうしてレナードがこの家を辞めなきゃならないんだ」
「申し訳ありません。坊ちゃまが私に抱いているその感情がある限り、私は坊ちゃまのお傍にはいられないのです。」
「じゃあもう困らせないから、ワガママ言わないから。」
「それでもダメなんです。私も気付いてしまって申し訳ありません。」
「一体どうすればいいんだよ、どうすればレナードと一緒にいられるんだよ」

涙は流していないものの、彼は拳を握ってドンとテーブルを叩いた。
彼の気持ちに気付いてからは私だって辛かったことをきっと彼は知らない。
今ならまだ間に合う、そう思っての行動だと分かって欲しい。

「坊ちゃま、ひとつ提案を聞いていただけないでしょうか」
「なに、レナード」
「今の私の雇い主は坊ちゃまのお父さまでいらっしゃいますよね。
 でしたら今度は、坊ちゃまが私を雇ってください」
「え!?そうすればレナードと一緒に居られる?」
「ええ、但し、将来坊ちゃまにご子息が産まれた時の話ですが」
「えーーーー!!僕はレナードが好きなのに結婚しなきゃいけないの!?」
「そうですよ、坊ちゃまは大事な跡継ぎですからね」
「なんだよそれ・・・。いつになるか全然想像つかないし・・・」
「坊ちゃまは今15歳でしょう、早ければあと10年もすればまた会えますよ」
「10年!!長すぎるよ!!」
「でしたら、もう一生の別れになってしまいますよ」
「それもイヤだ!」
「じゃあ私の提案を受け入れてみるのもいいんじゃないですか?感動の再会になるかもしれませんよ」
「10年後かぁ・・・。レナード、白髪増えてるかもね」
「ええ、きっとロマンスグレーな執事になっていると思います」
「僕もすごくかっこよくなってるかもね」
「そうですね、絶対なると思います」
「一生の別れはイヤだから、レナードの提案を受け入れるよ」
「ありがとうございます、坊ちゃま」

「絶対だよ、約束だよ?僕のこと忘れちゃダメだよ?」
「私が坊ちゃまのことを忘れるわけはないでしょう」

そうだ、これでいい。
彼にはこの家を継ぐ重要な役目がある。
一時の気の迷いでこの家を壊すわけにはいかない。
立派になった彼と、彼の幼少の頃にそっくりであろう新しい坊ちゃまと
また幸せに暮らせることを考えると、
感動の再会で涙を流すのは私かもしれない。

647ハリボテ完璧王子様と人畜無害なふりをした蛇 1/3:2009/02/16(月) 23:39:48
むかしむかしのお話です。

ある国に、王子様がおりました。
王子様はたいへん賢く、心優しい美しい方でした。
ある日、家来を連れて歩いていた王子様は、花の咲き誇る湖の畔で立ち止まりました。
「なんと綺麗な風景だろう!家来たちよ!私を一人にしておくれ!この美しさを心ゆくまで味わいたいのだ!」
利発そうな瞳をキラキラと輝かせて王子様は叫びました。
「かしこまりました、王子様。」
家来たちは思わず微笑んで、王子を残して去りました。

「……疎ましい…。」
どかっ、と王子は湖畔に腰をおろしました。
お尻の下では花がいくつも折れ、ぺちゃんこになってしまいました。
「…どいつもこいつも馬鹿ばかり。もうウンザリだ。」
それは低い低い、ヒキガエルの鳴き声のような声でした。
どんよりと淀んだ沼の面のような目は、なにも映していませんでした
「分かりきったお追従。お世辞。おべんちゃら。何もかも下らない!」
王子がそう吐き捨てた時です。
かさり!
背後の藪がなりました。王子ははっとして振り向きました。

そこにいたのは、小さな小さな蛇でした。

「聞かれたからには生かしておけぬ。」
「お許し下さい!誰にも言いませぬ!!」
蛇は身をすくめ、必死で命乞いしました。
「いいやお前は喋るだろう。皆から慕われる私の正体が、ギラギラと飾りたてた只の空箱だと、いつか言いたくて堪らなくなるに違いない。」
「信じて下さい王子様!私は決して!!」
今にも蛇を踏み潰しそうだった王子の表情が、ふと緩みました。
「…決して言わぬか。そう誓うか。」
「誓います!我が命にかけても!」
「…ならばこうしよう。お前を今日から、私の側に置いて監視する。万が一お前が喋ったその時は…。」
遠くの方からがやがやと、賑やかな声が聞こえてきました。
家来たちが帰って来たのです。
「…"国の宝"とも呼ばれる私の中身が、実は空虚なハリボテであることを、こんなにちっぽけなお前だけが知る、か…ふふ、なかなか面白いな。」
王子はズボンの泥を振るって立ち上がりました。

648ハリボテ完璧王子様と人畜無害なふりをした蛇 2/3:2009/02/16(月) 23:42:26
「わあ!王子様!何を手にお持ちなのです!」
「蛇君だよ。先ほど友達になったのだ。」
「王子様ともあろうものが、そのような醜いものを…」
「命に貴賤はない。そのように言ってはいけないよ。それに蛇君はこんなに美しいじゃないか。」
王子様の手に握られた蛇は、確かにとても綺麗でした。
水に濡れたターコイズの様な深い青色の鱗が、光にあたるとぴかぴか光って色を変えるのです。
明るい笑い声に包まれながら、小さな蛇は王子の手のひらで、そっと震えておりました。

その日から、王子は蛇を片時も離しませんでした。
最初は気味悪がっていた侍女達も、蛇のたいへん小さく弱々しい様子を見て、次第に慣れてゆきました。王子様は自分の食べ物を手ずから蛇に与え、蛇もまた大人しく王子様の側に控えておりました。
そうして見た目は睦まじいまま、日々は過ぎてゆきました。

ある夜のことです。
少し膨らみ始めた王子の喉仏を、蛇は眺めておりました。
蛇は大きく口を開けておりました。
むき出しになった牙を伝って、透明な液体が、今にも王子の喉に零れ落ちそうになっておりました。
「…なぜ噛まぬ。」
「!!」
「なぜためらうのだ。お前の毒なら私ごとき、一噛みであろう。」
「…っ!!」
「そもそもお前はその為に…我が元に潜り込んだのであろうに。」
「…知っておられたのですか?」
「何をだ。
 お前が猛毒を持つ毒蛇であることをか?お前があの時、一か八か覚悟を決めて、わざと私に見付かったことをか?お前が私に殺意を抱いていたことをか?」
「い…いつから御存知で…?」
「初めから、だ。」
蛇は月の光を受けて、ぴかぴか光っておりました。
「…私の母を…覚えておいでですか…?」
「覚えている。私が殺した。本当に美しい蛇だった。
 どうしても我がコレクションに加えたかったのだ。…だが殺すと、鱗は色を失ってしまった。」
王子は手を伸ばし、蛇の鱗をなでました。
「下らない理由で、馬鹿なことをした。」
蛇は身動ぎせず、王子を見据えておりました。
「…復讐に燃えたお前の瞳は、実に美しかった。決意を秘めたあの輝き!どのような宝石でも、あの美しさには敵わないだろう!」
王子はうっとりと、夢見るように言いました。
「あれこそ本物だ!真実の持つ輝きだ!」 …嘘で固めてきた私のまわりには、もはや嘘しか残っていないのだ…」

649ハリボテ完璧王子様と人畜無害なふりをした蛇 3/3:2009/02/16(月) 23:44:53
「…何を考えておいでなのです…?」
「空っぽの虚構の城に住む私を、真実の目をもつ小さな小さなお前が殺す。
 ふふ…昔話のようではないか。
 きっと美しい寓話になると思ったのだ。」
王子は大きく腕をひろげました。
しかし蛇は動きません。
「どうした!毎晩機会を伺っていたのだろう?なぜ私を殺さない!?」
「…貴方は私に殺されたいと仰る…私に殺されるのが望みだと…」
「そうだ。さあ、早くしろ。」
「…ならば貴方には生きて頂きます。」
「なんだと!?」
「貴方の望むことをして何の復讐になりましょう。貴方には一人で孤独に生きて生きて生きて、天寿を全うして頂きます。そして私は…」
蛇は言います。
一言喋るたびに、燃えるような真っ赤な舌が、ちろちろと見え隠れしていました。
「私はずっと傍らで、四六時中離れず、貴方を見張っておりましょう。」
蛇の真っ黒な瞳が、夜のなかできらきらと輝いておりました。


ある国に、王様がいました。
とても立派な名君で、たいそう民に慕われていました。
またたいへんな美男子だったのですが、不思議なことに、生涯お妃様はお作りになりませんでした。
そして王様のお側には、四六時中、片時も離れず、美しい大蛇が控えていたそうです。
王様が長い長い天寿を全うされ、天に召される時までも、ずっとずっと。

むかしむかしのお話です。

65015-349 数学者:2009/02/18(水) 00:19:02
素数は孤高の数だという。
何者にも分解されず、常に自分であり続ける、孤独で気高い数であると。

元々、学校は好きでも嫌いでもなかった。
机と椅子が規則性を持って並べられている教室や、
多くの直方体を積み上げた構造の下駄箱は興味深かったけれど、
周りの生徒が何故あんなにも楽しげなのか、僕には全然わからなかった。
喜ぶ、怒る、哀しむ、楽しむ。
誰もが簡単にやっていることが僕には困難で、
他の人の感覚や感情をうまく想像できないのだ。
そのため外からは、何を考えているかわからない人間として見られた。
クラスの45人の中で、まるで僕だけが素数のようだった。

しかし、数学の時間だけは違う。
ほとんどの生徒が授業を投げだしていても、
僕はその人の言う言葉、書き出す数式の全てを理解している。
「この3次方程式の3つの解を、それぞれα,β,γとする」
彼の指先から零れる数字は、優しく語り掛けてくる。
僕はただ一つの答えを求めて必死に式を追う。
ノートにボールペンを押し付けるようにして数を並べる。
「右辺を展開すると……七瀬、わかるかな」
「α2+β2+γ2=32、です」
「うん、正解だ」
僕達が辿りつく答えは、いつでも一致していた。
その人と僕は同じことを考え、同じ答えを見つける。
僕はそれがとても好きだ。

素数は孤高だというが、素数は自身の他に唯一つ、
1という数字でも割り切ることが出来る。
僕は学校で彼を見つけた。
たったひとりの人を見つけた。
だから僕は、もう二度と孤独を感じることはないのだ。

651イー:2009/02/18(水) 21:18:00
本スレ360です。
萌えを書きなぐったのですが、まだ萌え止まらないので小ネタ集を少々。

・マッドサイエンティスト×戦闘員
「気持ちいいですか?感覚は消していませんから、気持ち良かったらきちんと言うんですよ?」
「イー!」
「ああ、僕がそれしか言えないように改造したんでした。ふふふ…しかしこれでは少し楽しみ甲斐がないですねぇ。」
「…イ、イー…」
「おやおや、そんな涙目で…どうしたんですか?ねぇ?」

・戦闘員×戦闘員
「イー!」(危ないっ!)
ズバシュッ
「ッ!!イー!」(せ、戦闘員!)
「…イー…」(…良かった、無事で…)
「イー、イー!!」(喋るな、出血が酷くなる!!)
「…イー。」(…どうせもう助からんさ)
「イー!イー!イー!」(馬鹿言うな!なぜ俺を庇った!しっかりしろ!)
「イー…イ…」(お前と一緒に戦えて…楽しかったぜ…)
がくり
「イー!イー!!」(戦闘員!戦闘員ー!!)

※番外編
YAOI戦隊 HOMOレンジャー!!
男なら裸と裸で語り合え!恥ずかしくない、男同士だろ!? 熱血野郎 HOMOレッド!
甘いマスクと甘い声!繰り出される言葉攻めに敵はどこまで耐えられるのか!? 爽やかアイドル HOMOブルー!
マニキュア!ルージュ!アイシャドウ!オネエ言葉は使うけど〜、下はまだまだ工事前ぇ〜、みたいな? オカマヒロイン HOMOピンク!
いいのかい俺にホイホイ付いてきて?俺はカレーもノンケも構わず喰っちまうヒーローだぜ! 夜の食欲魔神 HOMOイエロー!
眼鏡は標準装備です!むっつりではなく、知的好奇心が旺盛なだけですよ? 変態紳士 HOMOブラック!

359さん良いお題をありがとうございました。
ああヤバいくらい楽しかったw
…お目汚し失礼しました。

65215-390 神隠し・本編修正版1:2009/02/22(日) 22:40:11
本スレ15-390です。
お題「神隠し」を投下後、続編を書いたので投下します。

整合性を取るために多少本編修正もしたので、本編、続編、連続投下します。
続編は、長いといわれた本編より長いです。エロ描写チョイありです。

では以下本編です。


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文化人類学のゼミの追い出しコンパはザル組のオレと大川先輩以外が全員ヘロ
ヘロに出来上がるという壮絶な最後を迎えた。
酔ってないオレ達が会計を済ませて店を出ると、ヘロヘロ組は勝手にどっかに行
ってしまっていた。大方、二次会にカラオケにでも行ったんだろう。
「しょうがない、俺達も勝手にやるか。まだいけるなら、一杯つきあわないか?」と
誘われて先輩の部屋へ行った。
女の出入りが激しいと聞いていた先輩の部屋は、意外なくらいに女の気配を感じ
させない。そりゃそうか。女の気配を感じる部屋じゃ、別の女を連れ込めないもん
な、と納得しているオレに、先輩はグラスを差し出した。
「実家の近くの酒なんだ」と聞いた事の無い銘柄の日本酒を注いでくれる。
「実家って、どこなんですか?」
「S県の山奥のほうの小さな村」
「遠いんですね。帰省、大変でしょう?」
「大学に入ってから、一度も帰ってないんだ」
「何かと忙しいし、金かかりますもんね」
「それもあるけど...怖くてな...」
「怖い?」
聞き返したオレに、先輩は「長くなるぞ」と前置きをして話しはじめた。

「俺の生まれ育った村には小さな神社があるんだよ。
神社の裏の林は禁足地になってて、そこには神様の住む奥社があるんだ。
年に一度の祭りの前夜に、村の年男の中からくじ引きで選ばれた神男が事前に
精進潔斎をして、神様を饗応して神社...中社へお迎えするために奥社で一晩の『お
こもり』をする風習があってさ。
俺、十二歳の時に神男に選ばれたんだよ」



「いいか?何があっても、その面は外してはいかんぞ」
白いひげの生えた爺さんのようなシワクチャ顔の面をつけてくれながら神主様は
そう言った。
面の目のところは大きな穴が開いていて、視界はまあまあ確保されていた。口の
辺りは切り取られていて、鼻の下から横へ長くのびたヒゲを掻き分ければ物も食
べられるしペットボトルの水も飲めた。
「ゲームボーイ、もってってもいい?」と聞くと、意外にも神主様は笑って頷いた。
「ああ、いいぞ。本を読んでもゲームをしてもいい。お供え物も飲み食いしていい。
ああ、お前は未成年だからお酒は駄目だがな。誰かが来たら、一緒に遊んでも良
い。テレビは無いけれど、音がなくて寂しいならうちのラジカセを持っていってもい
いぞ」
「おこもりって、そんなのでいいの?」
「ああ。だけど、朝になって中社に降りてくるまで絶対にその面は外してはいかん
ぞ」
「はあい」

結局俺は、精進潔斎の部屋においてあった古いラジカセと、ゲームボーイを持ち
込んだ。
明かりは社務所から引っ張ったドラム式延長コードから電源を取ったライトがひと
つ。暖房はホットカーペット。
社の中には祭壇が作られていて、沢山のお供え物があって、下座に畳んだ布団
があった。
「朝になって明るくなったら、面をつけたまま中社に降りて来るんだぞ」と言い残し
て神主様が帰った後、とりあえずお供え物をチェックする。焼いた干物や煮物や
漬物や押し寿司が色々と並べられている中に、俺の好物の母さんの作ったから
揚げとサンドイッチもあった。俺のために用意してくれたんだろう。
精進潔斎の時には三日も味気の無い精進料理を食べさせられたのに、神様のい
る社では肉を食べて良いって変だなとは思ったけれど、喜んで食べることにした。
冷めたから揚げは運動会の弁当のから揚げと同じ味で、俺は面のヒゲが邪魔だ
なと思いながらも美味しく食べていた。

65315-390 神隠し・本編修正版2:2009/02/22(日) 22:42:31
「美味しそうだね」
声を掛けられて振り向くと、神主様のような白い着物に袴のお兄さんが立っていた

「お兄さん、誰?」
「神社で神主様のお手伝いをしているんだよ。僕は時々君を見かけてたけど、君
は僕に気づかなかった?」
神主様の他にそういう人達がいるのには気づいていたけど、この人の顔は覚えて
いなかった。
「君くらいの小さな子一人だと寂しいだろうから、やっぱり、大人が一人一緒にいる
ことにしたんだよ。僕もそれを食べていいかな?」
「うん、いいよ」

それから、俺たちは一緒に色々な話をしながらお供えを食べた。
「お酒も飲んじゃおうかな...内緒にしててくれる?」
俺が頷くと、お兄さんは嬉しそうに笑って、お供えの中の瓶子と白い杯を持ってきて、
お酒を飲み始めた。
お兄さんはお酒を飲みながら、俺はお供えの中にあったポテトチップスを食べな
がら、学校の話をして、家族の話をして、好きなゲームの話をした。
お兄さんは俺の話をニコニコと聞いて、時々質問をして、感心をして、褒めてくれ
た。
それから、一台しかないゲームボーイで交代で落ちゲーをした。
お兄さんは初めてだと言ったくせにすごく上手くて、俺のハイスコアを越えた記録
を出した。むきになった俺は、「もう一回!もう一回やったら交代ね!」と交代でや
るはずのところを連続でプレイし始めた。
夢中でやっていると、面で作られる死角がうっとおしくなってきてしまった。
「もう!このお面があるから上手くいかないんだよ!」
「外しちゃうかい?」
「...内緒にしててくれる?」
「君が僕がお酒を飲んだことを内緒にしてくれるなら、僕も君が面を外したことを内
緒にするよ」
お兄さんの優しい笑顔に安心して、俺は面を外したんだ。

「ああ、君はそんな可愛い顔をしていたんだね」
お兄さんの声に、俺はどきりとした。
さっき、お兄さんは俺を時々見かけていたと言っていたじゃないか?俺の顔は知
っていたはずじゃないのか?
するりとお兄さんの両手が、面をはずした俺の頬を包んだ。滑らかな指はひんや
りと冷たく、お兄さんの白い整った顔が目の前に近づいてきた。
吸い込まれそうな黒い瞳が俺を見つめて、いっぱいお酒を飲んでいたのに全然酒
臭く無い吐息がかかるほどの距離で、お兄さんは言った。
「己を守る面を外した儺追人は連れて行っても良い約束だけれど、君はまだ幼い
から、僕はしばらく待つことにするよ。全てを捨ててもいいほどに僕が恋しくなった
ら、またここにおいで。これは約束の印だよ」
破裂しそうなくらいの心臓のドキドキと、唇を重ねられた時の柔らかい感触と甘い
香り、初めて感じる駆け抜けるような快感が最後の記憶。
気がついたら朝になっていて、俺はホットカーペットの上に敷かれた布団の中で寝
ていた。面は枕元に置かれていて、食べ散らかしていたはずのお供えの器は綺
麗に祭壇の横にかたづけられていた。
俺は面をつけなおして、神主様に言われていた通り、一人で社を出て朝の光の中、
石の階段を下りて中社に戻った。
中社では夜通し酒を飲んで待っていた氏子達が「神男が神様を連れてきてくださ
ったぞ」と大歓迎で迎えてくれて、自分の手で神様の宿った面を外して神主様にそ
れを渡して神男の仕事は終わり。お父さんもお母さんも、無事に神事を勤め上げ
たと喜んでくれた。その後の村総出の祭りで俺はお兄さんを探したけれど見つけ
られなかった。
俺は、言えなかった。お兄さんに会ったことも、面を外してしまったことも、その後
のことも。

翌年の神男は隣の家の還暦のおじさんだった。
祭りの後でおこもりのときの様子を聞いたら、一人になって酒を飲み初めて、気が
ついたら面をつけたまま布団の中で寝てたんだそうだ。

65415-390 神隠し・本編修正版3 end:2009/02/22(日) 22:43:14
「俺は、怖かった。実家は僻地だから高校の時から寮住まいだったけど、できるだ
け実家には帰らなかった。大学もできるだけ遠くを選んだ。色んな女を抱いた。で
も、忘れられなかった、お兄さんのことが」
「先輩、先輩、タイム!」
オレは片手を上げて先輩を制した。
「話の腰を折ってすみません。文化人類学ネタはいいですけど、なんでホモネタが
組み合わされるんですか?どうせなら綺麗な女神様で行きましょうよ」
「......うん.......そうだな」
先輩はちょっと笑った。
「じゃ、女神様ということで続きをどうぞ」
「続きは...四月になってからだな。春休みに帰省するから、久しぶりに禁足地へ行
ってネタを仕込んでくるよ」
「楽しみに待ってますよ」
オレは地酒の入ったグラスを掲げて言った。


四月、先輩は大学に帰ってこなかった。
実家に帰省した翌日から行方不明になっているのだそうだ。
先輩の両親が大学に来て、息子の行方不明の理由に心当たりが無いか、ゼミ生
に聞いて回っていた。
オレは、言えなかった。あの夜、先輩が話したことを。
ただ思い出した。お兄さんのことを話す先輩の、とても柔らかい優しい表情を。

65515-390 神隠し・続編:2009/02/22(日) 22:44:40
飛行機で空港に着き、取ってあったビジネスホテルで一泊、そこから電車で乗り換
え駅まで行って、汽車で最寄り駅まで行って、駅から日に六本出ているバスに乗っ
て小一時間、昼過ぎにやっと俺は自分の生まれ育った村の入り口に着いた。
最小限の着替えの入った荷物を肩に、山の斜面に張り付くように作られた道路を
歩いていくと、後ろから自動車の近づく気配がした。
念のためにガードレールに身を寄せながら歩いていると、白い軽トラが俺を追い
抜いて、少し先で止まった。
「もしかして、本家の巧か?」
軽トラの運転席から降りてきたのは、分家の賢兄だった。俺より五つ年上で、小さ
な頃は良く遊んでもらった。一応血縁らしいのだが、はとこなんだかはとこの子な
んだか良くわからない。田舎の親戚関係なんてアバウトなもんだ。
「バスで来たのか? おじさん達、駅まで迎えに来てくれなかったのか?」
「S駅から電話しろとは言われてたんだけど、忙しいだろうから...」
「おばさん達なら、迎えに行く手間がかかっても、早く会えるほうが喜ぶって。去年
の祭りでも『全然帰ってこない』って愚痴ってたから。乗ってけよ。三十分歩くより
は早く着くって」
荷台に荷物を放り込み、賢兄の軽トラのスプリングの薄いシートに座る。
「祭り、今もやってるんだな」
「当然だって。オレ、去年の神男だったんだぜ」
どきりとした。
「やっぱり、面をつけておこもりしたんだ?」
「おう!でも、ありゃ、なんか変な夜だったなあ」
「変って?」
「オレ、酒には強いんだって。お供え食べ放題飲み放題って聞いたから、一晩飲
み明かすつもりでおこもりはじめたんだけど、気がついたら布団で寝てたんだって。
飲み始めの三十分くらいしか記憶がないんだって。酒飲んで記憶をなくしたこと
なんか、一度もないのにだぞ? お供えを飲み食いした跡は残ってたんだけど、
オレが記憶をなくすほど飲んだとは思えない量しか酒は減ってなかったんだって。
しかも、後片付けしてあったんだって。家じゃ茶碗下げたこともないオレが、いくら
神様のいる奥社って言っても、後片付けなんて思いつくか?
よくよく思い出しても、なんか変な感じなんだって。凄く気持ち良い夢を見たような
気もするんだって。でも覚えてないんだって。変だろ?」
「面を...外さないように寝るの、大変じゃなかった?」
「気がついたら、面をつけたまま寝てたからなあ。そういや、巧も十二の時に神男
やったんだったな」
「うん。俺も、すぐ寝ちゃったけどね」
俺はそう嘘をついた。

道の両側にポツンポツンと家があるバス道からコンクリート舗装の旧村道に入っ
て川沿いをしばらく行くと、山間にぽかんと開けた空間が広がる。村の一番奥、川
の一番上流にある村の中でも一番古い大川という集落で、ここの住人は殆どが大
川姓だ。俺の家も神社もここにある。
狭い土地に田んぼと畑を作って、冬の間は獣を獲って自給自足で細々と暮してい
た小さな集落。元は平家の落人の隠れ里で、だからこんなに不便なところにある
のだと聞いた。
段々と村人が増えて谷沿いに田を作りながら少しずつ集落を拡大していった。分
家の賢兄の家もバス道沿いだ。
平成の大合併でこの村もS市の一部になったが、とてもS県S市から始まる住所と
は思えない僻地なのだ。
狭い農地と少ない人口、後は江戸時代あたりから始めたらしいこうぞを使った和
紙作りくらいしか無かったこの村がやっていけたのは、「凶作知らず」だからなの
だと親は教えてくれた。
「この村は神様が守ってくれているの。だから、しっかり神男を務めるのよ」と、
十二歳の時に村育ちの母親に言い聞かせられたのを思い出す。

家の前まで軽トラが寄ると、縁側で干ししいたけを広げていた母さんが顔を上げた。
「おばちゃん、巧、連れてきたよー!」
トラックの窓から賢兄が言う。
「あら、賢ちゃん、ありがとー!巧っ!あんたは電話しろって言ったのに!親の言
うこと聞かないから、賢ちゃんに迷惑かけちゃったじゃないのっ!あ。賢ちゃん、
ちょっと待ってね。丁度、しいたけがいい具合になったから、持って行ってね」
母さんは賢兄にはにっこり笑って、トラックを降りた俺をキッと睨みつけて、それか
らまた賢兄に優しい笑顔を向けて言ってから、バタバタとタタキへと入っていった。
「あいかわらず、うるせーわ、あわただしいわ...」
「母親なんてそんなもんさ」
俺の言葉に、賢兄が笑う。
「本当にわざわざありがとうね、賢ちゃん。これ、皆さんでどうぞって、お母さんに
渡してね。お父さんにもご隠居さんにもよろしくね」
「はい、ありがとうございます。じゃあ、巧、またな」
「送ってくれてありがとう」
俺は賢兄に手を振った。

65615-390 神隠し・続編2:2009/02/22(日) 22:46:07
「久しぶりだから、その辺、歩いてくるわ」
とりあえず荷物を縁側に置き、俺は母さんに言った。
「お昼ごはんは食べたの?」
「バスの中でパン食った」
「夕飯はあんたの好きなから揚げだからね」
「楽しみだな。じゃ、行ってくる」
実家から歩いて五分も行くと神社に着く。
石の鳥居の手前、参道の階段で小学校低学年くらいの子供二人がじゃんけん遊
びをしていた。
「ちーよーこーれーいーとっ!じゃんけんポン!」
「勝った!ぱーいーなーつーぷーるっ!」
そういえば、俺も子供の頃は境内とかでよく遊んだっけ。
思えば、あの夜より前には禁足地にも入り込んだことが何回かあった。うっかりそ
のことを親に話してこっぴどく叱られたこともあったけれど、別に、何があったわけ

でもなかったはずだ。
鳥居を抜けて、手水を使って、形ばかりのお参りをする。
神主様も村に畑を持つ農家なので、普段の日中は神社にはいない。
子供達が階段の下のほうへ行くと、人目がなくなった。
俺は意を決して、神社の裏手へと足を踏み出した。


注連縄の張られた小さな鳥居が禁足地の境だ。
俺は鳥居をくぐって自然の石を適当に組んだだけに見える曲がりくねった石の階
段を上り始めた。奥社までそんなに距離は無いはずなのに、なんだか妙に遠い。
弾む息と次第に早くなる鼓動にせかされるように、俺は足を速めた。
曲がり角を抜けて林の向こうに奥社が見えた。俺は駆け出していた。
靴を脱ぐのももどかしく奥社の木の階段を上がり、木の扉に手を掛けた。奥社の
木の扉には大きな黒い和錠がかかっていたはずなのに、扉は勢い良く開いた。

「大きくなったね」
祭りの時とは違う、お供え物の無いすっきりした祭壇の前に、お兄さんが立ってい
た。
あの時と同じ、白い着物と白い袴と白い足袋、あの時と同じ、優しげな笑顔。
俺は駆け寄ってお兄さんを抱きしめた。まだ落ち着かない呼吸もかまわず、唇を
むさぼる。冷たくて柔らかい唇を割り、舌を押し込み、跳ねる舌を甘い香りの
吐息と共にからめとる。
思うまま唇を奪っておきながら、それでもまだもどかしくて、俺は唇を離し、抱き潰
さんばかりの力でお兄さんの体を抱きしめた。
背中に回されたお兄さんの手が、そっと抱きしめ返してくれるのがわかった。そし
て片方の手が、やさしく俺の髪を撫でてくれた。
その手が俺の頬に触れる。
あの時と同じ、ひんやりと滑らかな手が俺の頬を包む。その手に導かれてお兄さ
んに顔を向けると、あの時と同じ、吸い込まれそうな黒い瞳が俺を捕らえた。
「好きにしていいんだよ」
お兄さんはそう言って笑った。あの時とは違う、ただ優しいだけではない妖しい笑
みで。
後は無我夢中だった。
押し倒し、着物を剥ぎ取り、無駄な肉の無い、でも十分な筋肉のついた細い体を
組み敷き、反りかえる腰を押さえつけ、まるで尽きる気配のない自らの欲望を叩
きつけた。

65715-390 神隠し・続編3:2009/02/22(日) 22:47:25
「こんなにも、君は僕の事を思い返してくれてたんだね」
気がついたら、お兄さんが横になった俺の顔を覗き込んでいた。俺は眠ってしまっ
ていたのかもしれない。
「お兄さんの名前、なんていうの?」
「内緒だよ、巧君」
「ずるい!教えてよ!」
「ダメ」
「じゃあ、別の質問。お兄さんの言う儺追人って、どういうもの?」
現在、一部の神事にその名の残る儺追人は、他の人の厄を引き受ける者だ。こ
の村の神事の神男とは役割が違う。
「儺追人は、僕を楽しませるためのいけにえだよ」
お兄さんは笑った。
「元々は毎年村人全員でくじ引きしていたんだけどね。昔、若い女の儺追人が面
を外して僕のものになってしまって以来、年男だけになったようだよ。子供を産む
村の女がいなくなってしまったら困るからね」
「あの面はなんなの?」
「僕の世界と君の世界を隔てるもの。儺追人を現世につなぎとめる命綱。現世の
神主の言葉を守り続けること、現世を忘れないことが、儺追人を守るんだよ。
もっとも僕も、本当に気に入った相手以外には面を取って欲しくないけどね」
「面を取った女の人はどうなったの?」
「僕と一緒に暮らして、子供を一人産んで、寿命で死んだよ。僕の世界でだけどね」
「子供は?」
「人から生まれた子供は人だからね。生まれてすぐに神主の家に。大川の集落に
上子(かみこ)姓が何件かあるだろう? あれが彼女の子孫。今の神主も子孫だ
ね」
「何でそんなことまで知ってるの?」
「仮にも神様だもの。僕は、年に一度の祭りの夜、僕の世界と君の世界が一番濃
く重なるこの場所で、儺追人と好きに遊ばせてもらう。代わりに、この地に豊穣を
もたらす。もしも儺追人が自分を守る面を外したら、僕は儺追人を僕の世界に連
れて行っていい。それがこの地に人が暮らすようになった時からの約束なんだよ」
「もうひとつ、質問」
俺は、体を入れ替え、お兄さんの顔を上から覗き込みながら、軽トラの中で賢兄
の話を聞いた時に思ったことを口にした。
「去年の年男とも、こういうことをしたの?」
「うん。彼とは話しても面白くなかったからね」
さらりと、お兄さんは言った。
喉の奥に、カッと熱い塊が生まれた気がした。その塊を飲み下すようにしながら、
唇を重ねる。
長い口付けの後、顔を離した俺の目を下から覗き込みながら、お兄さんは言った。
「苛立ってる?嫉妬しているんだね。とても可愛いよ」
ああ、お兄さんは人間じゃないんだ。唐突に、奇妙な絶望感と共に、そう感じた。
俺の知っている人間とは違う、別のものなのだ。
そんな俺の心さえ見透かすように、お兄さんは笑いながら俺の股間に手を伸ばし
た。
「苛立ってる。嫉妬してる。絶望してる。それでも猛ってる。本当に、人は面白いよ
ね」
耐え切れなくなって、俺はまたお兄さんを抱きしめた。
荒々しく貫く俺を軽々と飲み込み、白い肌をわずかに上気させる。その全てが俺
を翻弄するための幻かもしれないと思いながら、何もかもごちゃ混ぜになっ
た自分自身を叩きつけるように、俺はお兄さんの体を抱いた。


自分が果ててもまだお兄さんの体を抱きしめ続ける俺の髪を撫でながら、お兄さ
んは言った。
「君はやっぱり人だから、君のいるべき場所にお帰り。もう、ここに足を踏み入れ
てはいけないよ。あの夜、面を外した君は、僕の世界に凄く近い存在なんだ。僕
が君を返してやれるのは、きっとこれが最後。今度ここに来たら、もう、君は帰れ
なくなってしまうからね。二度とここに来てはいけないよ」
とてもとても優しい声。
「さあ、お帰り」

「お兄ちゃん、そこは入っちゃダメなんだよ!」
突然、子供の声が聞こえて、俺ははっとした。
俺は禁足地の鳥居の手前に立っていた。奥社で脱いだはずの服も靴も、家を出
た時のままだった。
時計を見ると家を出てから四十分程しか経っていなかった。
「入っちゃダメなんだってば!お兄ちゃん、聞いてる?!」
「ああ、教えてくれてありがとう」
俺は鳥居に背を向けて実家へと帰った。

65815-390 神隠し・続編4:2009/02/22(日) 22:48:52
夕飯は母さんが言った通りにから揚げもあったが、それ以外のおかずもいっぱい
あった。どれも俺の好きなものだった。
村役場に勤めていた父さんは、市町村合併で市の職員になったんだそうだが、や
っている仕事も給料も大差ないそうだ。
「まあ、飲め」と、ニコニコしながら俺のグラスに地酒を注いでくれる。
考えてみたら、十八で大学に行ってから初めての帰省、成人してから初めて父さ
んと一緒に飲む機会に恵まれたということだ。
「息子と飲むのは正明の夢だったもんねえ」と、ばあちゃんが笑う。
「あ〜。父さんの前じゃ、確かに飲んでなかったか」と、俺が言う。
「高校の頃から、家に帰ってくると夜に冷蔵庫のビールをくすねてたのは、みんな
気がついてたわよ」と、母さんが言う。
「気がつかれないと思ってるのが巧の底の浅さだよねえ」と、ばあちゃんが笑う。
「まあ、堂々と酒を飲める歳になったのは良い事だ。飲め」と、父さんは一升瓶を
持上げた。

飲んで食べて、また飲んで、やがて父さんはコタツで横になっていびきをかき始め
た。
「父さんもお酒に弱くなってきてねえ。昔はザルだったのに、歳のせいかしらね」
毛布を掛けながら母さんは言って、男達が飲み散らかしたコタツの上を片付け始
めた。
一度立ち上がったばあちゃんがもどってくると、立てた人差し指を唇に当てて、そ
っと俺の手にティッシュに包んだ紙幣を握らせてくれた。
「少しだけど、お小遣いにしなさい」
「ありがとう」
小声で返事をするとちょっと笑って、「お風呂先にいただこうかね」と大きな声で言
いながら行ってしまった。
入れ替わりに台拭きを持ってきた母さんは、コタツを拭きながら「無駄に使わない
のよ」と釘を刺した。ティッシュの中には3万円があった。
「うん、わかってる」
「あんた、好きな子できた?」
「ん...うん」
「告白した?」
「あ...あ〜〜、まだしてないな」
「なによそれ」
「色々あるんだよ。...そうだ、母さん」
「何?」
「大学行かせてくれてありがとう」
「やあねえ、急に」
母さんは笑いながら逃げるように台所へ行った。どうやら照れたらしい。
その背中に、俺は口の中で小さく「ごめん」とつぶやいた。

65915-390 神隠し・続編5 end:2009/02/22(日) 22:49:45
朝の光の中、俺は禁足地の鳥居の前に立った。
「お兄ちゃん、そこは入っちゃダメだって昨日も言ったじゃん!」
何時の間にそこに来たのか、昨日の子供が俺の隣にいた。俺を見上げながら口
を尖らせる。
「うん。知ってるよ。だから、君は入っちゃダメだぞ」
「入ったらもうおうちに帰れなくなるんだよ。神隠しって言うんだよ」
「難しい言葉、知ってるんだな」
「お母さんもお父さんも、きっと泣いちゃうよ?」
「うん。わかってるよ。俺、酷い息子だよな。でも、決めたんだ」
俺は鳥居の中に足を踏み入れた。
「もう帰れなくなるって言ったのに」
背後から聞こえたお兄さんの声に振り向くと、そこにいたはずの子供の代わりに
お兄さんが立っていた。
「わかってるよ。でも、俺は来たんだ」
俺は、お兄さんをまっすぐ見つめて言った。
「お兄さんが好きだ。お兄さんの側にいたいんだ」
お兄さんは鳥居をくぐって俺の側に来た。
「まだ、迷いがある。少し後悔している。不安が大きい。でも、喜びも大きい。本当
に、人は面白いよね」
そっと俺を抱きしめる。
「本当に...本当に、人は愛しいよね、巧君」
「名前、教えてよ。名前を教えると俺を返せなくなるから内緒にしてくれてたんだよ
ね? もう帰らないんだから、教えてよ。俺も、お兄さんの名前を呼びたい」
抱きしめ返した俺の耳に、お兄さんはそっと内緒の名前を囁いてくれた。




最初に書きます。これは遺書ではありません。

お父さん、お母さん、ごめんなさい。
俺は行きます。

お父さん、お母さんには、これ以上ないほどに愛してもらいました。
俺はこの家の息子でよかった。心の底からそう思っています。
こんなに愛してもらったけれど、俺は行くことに決めました。
好きな人ができました。その人の側で一生を終えるために、俺はもう戻れない場
所に行きます。
ここまで育ててもらったのに、学費出してもらったのに、こんな選択をしてしまって
すみません。
大学中退の手続きと、アパートの引き上げをよろしくお願いします。

繰り返します。これは遺書ではありません。
俺は自殺をするわけではありません。
戻れないけれど、多分手紙も電話も使えないけど、きっと俺は元気でやって行き
ます。
だから、心配しないでください。
全ては俺の我侭です。許してくださいとは言えません。ただただ、謝るしかありま
せん。ごめんなさい。
どんなに遠くにいても、俺はお父さんとお母さんが元気でいることを願っています。

お父さん、お母さんも、どうかお体に気をつけてください。
ばあちゃんも、長生きしてください。

大川巧

追申
十二歳のおこもりの時に、神様に言われたことを思い出しました。
お母さんのから揚げがとても美味しかったので、またお供えにして欲しいと言って
いました。
今年から、できたら毎年お供えに加えてやってください。

660萌える腐女子さん:2009/02/23(月) 00:34:05
ここの感想ってこっちでいいのかな…
>659
うおおおおおお、なんだこの萌えは!!もうつるっつるのぴっかぴかだよ!

66115-449 大好きだからさようなら:2009/02/25(水) 23:54:47
何か変だなと思ったのは3ヶ月前。
携帯電話を盗み見たりなんかしなかったけれど、
自分のいるところで話をしない通話が多くなった。
たまたま鳴りっぱなしの携帯に出た時は、相手の人が無言で切った。
残業だと言っていたけれど、職場の人から緊急の電話が家にかかってきた。
服の趣味が変わった。
知らないシャンプーの匂いがした。
俺の吸わないタバコの匂いもした。

でも、一緒に暮らして長いから、仕方ないかと思ってた。
病気だけは気をつけて欲しいと思っていたけど。
俺は今でももてるから。他のやつより魅力的だと自信があったから。

「鍵を返して欲しいんだ」

それなのに、なんでそんな言葉が俺につきつけられるんだろう。

この間、そいつと一緒のお前を見た。
俺と一緒の時には見せなかった顔をしていた。
俺とつきあい始めた時にも見せていなかった顔だったかもしれない。
安心と愛情が混じった、たぶんあれが『幸せそうな顔』って言うんだろう。

離れたくない。
今でも好きだ。
でも、お前が大好きだから。
だから言ってあげる。

「さようなら」

66215-449 大好きだからさようなら:2009/02/26(木) 00:39:40
この日を、笑顔で送ろうと思っていた。
お前と俺がさよならをする日。
お前が心配しないように、俺頑張ったんだぜ?
苦手だった料理もするようになったし、嫌いだった掃除機もかけるようになった。
洗い物もちゃんとやってるよ。
じゃんけんで代わりにやってくれる人、もういないもんな。
あ、あと就活も頑張ったんだぜ。
希望してたとこ、なんとか潜り込んだぞ。
これからやってけるか不安だけど、やれるだけやってみるよ。
人付き合いも面倒くさいけどお前見習って友達もつくってみる。
この部屋とも今日でさよならだ。
お前とたくさん話して、泣いて怒って笑った部屋。
笑顔でお別れしたいのに。
写真に写るお前を見ると、今でも会いたくてたまらなくなる。
なんでお前がいないんだろう。
俺の隣にはお前の場所しかないのに。
一年間、俺はがむしゃらに頑張ったよ。
お前とさよならするために。
今までありがとう。
最後に一度だけ泣いてもいいだろうか。
本当に大好きなんだ。
でも大好きだから、俺は前に進まなきゃ。
いつか会った日に、情けない姿なんか見せられないだろ?
俺、頑張るから。
後ろから見ててくれ。
お前より先へ進む俺を見守っててほしい。
お前の一周忌、俺はお前とさよならをするよ。

66315-479 仲間はずれ:2009/02/27(金) 21:50:58
僕はSFCを持っていない。だから休み時間も会話に入れなかった。話題の中心はこのあいだ出たゲームの話ばかりで、すっかり時代遅れになってしまったFCの話なんて全然出ない。
前はこうじゃなかったのに。ソフトを貸し借りしたり、一緒に対戦したり楽しかったのに。いつの間にか、みんなSFC世代になっていた。お父さんが生きていればなぁ。そうしたらSFCだって買ってもらえたし、仲間外れになんかされなかったのに。ねだり続けてようやくFCを買って貰った僕には、SFCはとても手の届かないものだった。
「お、どうした斉藤」
「あ……先生」
昼休みなのに遊びに行かずに教室でボーッとしていた僕に
、先生が声をかけてくれた。僕の担任の山口先生は、お父さんと大の仲良しだったんだって。お父さんのお葬式でわんわん泣いている男の人がいたのを、僕はうっすら覚えていた。そのせいか先生は僕を気遣って声をかけてくれるんだ。お父さんが生きていればこんな感じだったのかなって思うと、僕は山口先生が大好きだった。
「あのね、僕だけSFC持ってないの。だから仲間に入れなくて、僕……。お母さんSFC買ってくれないんだよ」
「うーん、お前のお母さんも大変なんだよ。お前のために夜遅くまで働いてるんだろ?」
「それは、わかってるけど」
でも、欲しいんだ。仲間外れはいやだよ。
「ねぇ先生、お父さんが生きていれば、お父さんは僕にSFCを買ってくれたかなぁ?」
「うーんどうだろうな。……そうだな、テストで満点をとったら、もしかしたら買ってくれたかもしれないな」
テストで満点かぁ。いつも70点台の僕にはちょっと難しいだろうなぁ。それに本当に100点が取れてもお父さんがいないなら意味がないよ。
「ハハ、そう口をとがらすなよ。……斉藤、ちょっと耳を貸せ」
そういって先生は腰を屈めた。内緒話をするように手を丸めて口に当てている。一体なんだろう?僕は先生に一歩近づいた。
「実はな、先生はお前のお父さんと約束しているんだ。お前が本当に望むことを一つだけ叶えてやって欲しいって。一つでいいから、どんなことでも叶えてやってくれってな」
こそばゆさを耳に感じながら僕はとても嬉しくなった。お父さんが僕を気遣ってくれていたこと、先生が僕の願いを叶えてくれること。なんだか先生がサンタさんに見えてきた。
「先生ぇ耳かして」
ちょっと背伸びして、さっきの先生と同じように手を丸めて口に当てた。
「じゃあ僕がSFCが欲しいって言ったら先生は買ってくれる?」
「お前がテストで100点をとったらな」
やった! 夢みたいだ! 僕もSFCが出来るんだ! またみんなと一緒に遊べるんだ!
飛び上がって喜ぶ僕に先生は呆れながら、テストで100点とれたらだぞ? と言ったけど、SFCが手に入った想像で頭がいっぱいだった僕の耳には入らなかった。
「だがな、斉藤」
そう告げた先生の声はなんだかいつもと違う感じがした。先生の両手が僕の肩に掛けられる。怖いくらい真剣な顔をしていた。前に、みんなで飼っていた金魚が死んでしまったときに話してくれた、命の大事さの授業と同じくらい。
なんだかいつもの優しい先生じゃないみたいで、緊張してしまう。
「お前のお父さんとの約束で、願いを叶えてやるのは一つだけなんだ。もしSFCを買ってやったら、ほかにどんなお願いがあっても先生は叶えてやれないんだぞ。本当の一生のお願いなんだ」
僕はよくお母さんに一生のお願いって何度も言うけど、そうじゃなくて本当に最初で最後なんだ。……どうしよう。
「もしSFCを買って貰ったら、ほかには買ってくれないってこと?」
「ああ」
「……でも僕は、SFCが欲しいんだ……」
「わかった。……まぁそのためにはテストで100点を
とらないとな! 98点でもダメだぞ?」
ニカって笑う先生はいつも通りで、僕はほっとする。そして先生に向かって勢いよく手を挙げて、ハイっと返事をした。

*** *** ***

あの時、どうしてあんなくだらないことに親父の遺言を使ってしまったんだろう。先生は「どんなこと」でも一度は叶えてくれると言っていたのに。
俺の恋人になってよと泣いてすがって見せても、先生は「一生のお願いはもう使ってしまっただろ?」と苦笑するだけだった。
先生の心は親父がずっと支配していたのだ。どうしてガキの頃のあの状況を、仲間外れだなんて思えたのだろう。仲間にいれてと勇気を出して一言告げれば良かっただけなのに。
本当の仲間外れは、こういう状況こそ言うんだろう。先生の心に俺が立ち入る隙などどこにもなかった。

66415-509お互いに妻子ありの幼なじみ:2009/03/01(日) 22:54:34
「久方ぶりに時丸をみたが、ありゃあ本にお前さんの生き写しじゃなあ、なあ」
「阿呆、もうあやつはとうに時丸ではないわ」
もうろくじじいが、領主の名も忘れたのかと、同じく白髪のまじる年寄りが何やら皮肉を言っているが、もうろくと一緒に耳も遠くなったわと茶化してやれば、あの頃と変わらぬ血気盛んな剣幕で拳を振りあげてくる。
若い時分は、顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた。元服して髷を結い、戦陣を駈けるようになっても、共に妻を娶り、子を持つようになっても、二人の関係は変わらず年ばかりを重ねたように思う。
齢17にして家督を継いだ男の、頭主としての双肩にのし掛かったその重圧や、己なぞが測り得るものではなかった。
だか、こやつを取り巻く周りが、目まぐるしく渦巻いては黒々と追いつめるようにこの男をせき立てていたことだけは、20に足りぬ若造にも嫌と言うほど感じることができた。
ならばワシにできることは何か。変わらずに、変わってゆくこやつを、変わることを強いられる我が主を、己の前だけでは変わらず、言いたいことを言い、童のままでいさせることはできまいか―――――
そんな風に考え、その後考える間もないくらい激動の時代を共に生き抜いて、結局幼い思いつきを改める暇もなく今日に至っている。
「まったく貴様はジジイになってもちいとも変わらんな!」
「いやいや、こうしてお前さんをあやせるくらいの余裕は出来たからのう」
「何を言うか、昔からワシを一方的に振り回していたのはどこのどいつじゃ!」
「はっは、そう怒るな怒るな。綺麗な顔が台無しじゃあて」
「………!」
なにをふざけたことを…と、小さくなる言と紅の指す顔は、生娘のように可愛らしい。さすがに惚れた弱みと言いながらも、ぼけたものだと内心己に呆れたが、それでもやはり美しいものは美しいのだから仕方がなかろうと一人納得する。
「こんな皺の寄った顔のどこが綺麗じゃ、阿呆たれ…」
「んにゃ、お前さんは綺麗じゃあ。いくつになっても、この目に映る姿はあの頃のままじゃて」
にこりと笑ってやれば、ふざけるなと拳固が一つ。しかしまったく威力のないそれは、拳までが真っ赤に染まっている。
肩の荷が幾ばくか降りた今、余生を過ごすこの城はあまりにも寂しかろう。目の前の美しい主の幸福を切に願いながら、赤い御手を見つめながらこそりと一人笑みを深めた。

66515-509お互いに妻子ありの幼なじみ:2009/03/01(日) 23:53:26
「美咲さん今何ヶ月だっけ?」
「えーっと……8、かな。来週実家帰るって。あ、智子さん何度も飯お裾分けしてもらってありがとな。美咲より旨いから助かるよ」
たまたま帰りが一緒になって、駅から家までの10分を共に歩く。俺が住んでいたマンションにこいつが越してきて以来、よくある光景だった。
「あいつなんかの飯でよければ何度でも。そうか、もう8ヶ月か。じゃあウチんとこの圭介と一緒に学校通えるのか」
「だな。男の子らしいから、俺たちみたいに仲良くやっていけたらいいな」
「まったくだ」
そういってあいつは笑った。俺たちみたいに仲良くか。自分にしちゃ皮肉が効いているな、と内心自嘲した。こいつも笑って流せるくらいになったんだな。
俺とこいつは物心が付く前からのつき合いで、気づけば側にこいつがいた。喧嘩もしたし、親に言えないような悩みをいくつも相談しあった仲だ。
唯一無二の親友だと胸を張って言えるし、俺が妻を最初に紹介した友人もこいつだった。逆もまたしかり。こいつに子供が出来た時も素直に祝うことが出来た。
思春期の気の迷いで結んだ肉体関係。高校から大学にかけて、こいつとは何度も体を交えた。
きっと何年何十年と年を重ねてもこいつとずっと一緒にいると思ったし、こいつ一人を愛し続けるものだと思っていた。
だが、時の流れというのは残酷なもので。いや、これ以上は思い返しても仕方ないことだ。
結局俺とこいつの関係は世間でいう幼なじみに落ち着いたのだ。それ以上でも以下でもない。俺たちの妻も、俺たちの過去に疑問を持ったこともなかった。
「美咲さん実家帰ったら家に来いよ。一人じゃ帰ったとしても寂しいだろ」
「バカ言え。もう俺も一児の父だぞ?寂しいもクソもあるか」
「子供を持っても一人寝は寂しいもんだ。それになんでだか圭介はお前が来ると機嫌が良くなるんだよ。パパとしては心中複雑だ」
「俺のこともパパだと思ってるんだろ。少しは俺の種も混ざってそうだしな」
「あの頃は散々中に出してくれたしな。そういえばしょっちゅう腹をこわして大変な目にあった」
ちょっときわどい冗談を口にしても、もう沈黙が生まれることもなくなった。お互い大人になったのか、それとも傷が癒えたからだろうか。
「まぁマジな話、飯くらいは食いに来いよ」
「考えとく……った」
「ん、どうした?」
「あー、唇切れた」
チリッと走った痛みの箇所を舌でなぞると血の味がする。この時期になるといつもこうだ。俺は顔をしかめた。
「またかよ、お前も本当学習しねぇよな」
「うるせーよ」
俺をバカにするように笑ったこいつはポケットをまさぐったかと思うと、深緑色のスティックを取り出した。
「ほらよ」
「ん、悪いな」
「いいってことよ」
それは微妙に使い込まれたリップ。こいつが使ってたので形は斜めに削れている。唇に塗りつけると、独特の爽快感を唇に覚えた。
「ありがとよ」
「やるよ、お前しょっちゅう切れてるし」
「これくらい自分で買うっての」
そう言いつつポケットに押し込んだ。家に帰れば、同じようにこいつから貰ったリップが一体いくつあるだろうか。
これだけは俺とこいつの関係が変わっても、変わらない習慣だった。
また来年、俺の唇が切れる時にもこいつは側にいるだろうか。俺がリップを携帯しないことを追求せずに、また新しい物をくれるのだろうか。
直接唇を合わせることはもうないけれど、こうして俺たちは間接的に唇を重ね続ける。

66615-529 家で散髪 1:2009/03/03(火) 01:30:34
「あっ。」
呟いて、コウキが手を止めた。うつらうつらしていた俺は奴の声で覚醒し、目を開けた。
風呂場の鏡に写っているのは俺。風呂椅子に座って前掛けをしている間抜けな格好。
それでも、自分で言うのもどうかと思うが、なかなかの色男だ。
……が、問題はそこではない。
「なぁ。」
「はい。」
「なんかここ……」
「何のことでしょうか?」
鏡の中のコウキはにっこりと笑った。だが俺はつられない。
「ここだけ変に短くなってんだけど。色男が台無し。」
「自分で色男とか言うんじゃねえよ! だいたい変とかなんだ! わざとだわざと! アシンメトリーって流行りなんだぞ。流行遅れが。」
さっきまできれいに微笑んでいたのに、あろうことかキレやがった。この場合怒る権利は俺にあるはずだ。
だいたい流行遅れとはなんだ。これでもモテるんだぞ。
「正直に失敗したって言えよ! だいたいテメエが出来もしねえのに『切ってやろうか』なんて言うからこうなるんだ。」
「は!? バカにすんなよ!? 俺今カット習ってるしこの前母さんの髪だって切ったんだからな。」
「まだ専門卒業してねーだろ。俺の髪切るなら国家試験受かってからにしてくれ。」
むっとした表情を崩さない奴に俺は続ける。どう考えても調子に乗った奴が悪い。
「ったく。とりあえずこれどうにかしろ。絶対友達には笑われるし。あー女の子にも指差されたらどうすんだよ。」
奴が黙った。僅かに顔を伏せたのが鏡ごしに見えるが、表情は見えない。
急に静かになったのが不思議で、何の気なしに振り向いた。

66715-529 家で散髪 2:2009/03/03(火) 01:34:44
奴は鬼の形相だった。
怒りにうち震えるとは正に今の奴のような状態を言うのだろう。
内心気圧されていると、徐に奴が口を開いた。腹の底から捻りだしたような声だった。
「アキは、女の子に指差されたら、困る、のか……」
「はぁ?」
「俺がいんのに、女の子からどう見えるかとか気にすんのか……」
「いや、ちょ……」
分かった。こいつは誤解をしている。
俺が大学で女の子にモテてウハウハしてるとでも思っているのだろう。可愛い嫉妬だ。どうせなら怒り方も可愛いともっといいのだが。
「ごめん。コウキがいれば女の子や友達からどう見えても関係ない。」
こういう時は謝るに限る。実際今の台詞は100%……いや、99.9%くらいは本音のはずだ。多分。
「本当だな?」
「うん。」
俺の本音の0.1%には気付かずに、奴の機嫌は上を向いたらしい。
しかし、次に告げられた一言には流石の俺も面食らった。
「よかった。じゃあ俺も本当のこと言うけど、さっき短くなってるって言われたとこ失敗した。あとついでに言っとくと、母さんの髪切った時も実は失敗して、N海KディーSのYちゃんみたいな髪型になって泣かれちった。」
一息に言って奴はけらけらと笑った。
Yちゃんの髪型がそんなにあれか、失礼だろう。母親にも謝れよお前。それより、まだカットに慣れてないそんな腕前で俺の髪切ると申し出たのか。
頭がくらくらした。しかしここで怒鳴っては先程の状態に逆戻りだ。ポジティブに考えよう。

66815-529 家で散髪 3(終):2009/03/03(火) 01:38:39
「お前俺のこと大好きだな。」
「当たり前じゃん。じゃなきゃ恋人って言わないし。」
「そうじゃなくてさ、もしお前がお前の母さんの時みたいに失敗して俺の髪型がYちゃんになっても、俺のこと好きってことだろ?」
奴が黙った。てっきり「当たり前だ」と鼻で笑うと思ったのだが。
そして奴は言った。
「アキ」
「ん?」
「ごめん。やっぱり美容室行って切り直してもらってください。」
結局そうなのか。
なんて奴だ。可愛くない。
俺がキレそうなのを我慢した甲斐がどこにもない。



「でも」
「俺が卒業して試験受かって上手くなったら、俺だけに切らせろよ。」
前言撤回。やっぱり可愛い。

66915-569 数学教師と不良生徒:2009/03/09(月) 19:43:58
【3x&sup2;+15x+12=0を因数分解しなさい】
「この問題どうやって解くか知ってるか」
俺は、高校生ならば解けてほしい問題を指さす。
北村はうちの進学校一の問題児だ。進学校には相応しくない不逞な行動・授業妨害・成績の悪さから、教師たちは彼をけむたがっていた。
何故か北村は俺だけにはあまり反抗しない。多分俺が一番生徒教育にやる気がないからだろう。そのためか、俺は北村の専属補習教師という肩書きをつけられてしまっていた。
今日も放課後、誰もいない教室に残り数学を教えてやっていた。
「わかんねぇ」
「こうやるんだ。たすき掛けって知ってるか?組み合わせを考えるんだ」
やり方を説明する。しかし北村は俺の手元など見向きもせずに「知るか」と言った。
「知ろうとしろ」
「俺には数学なんて必要ない」
北村は少し前髪にかかる髪をくるくる手でねじりながら言った。
「なぁ、なのになんで数学なんて勉強しなくちゃなんねんだよ」
「…」
俺は黙った。すると今まで強気な相手の態度が少し和らぎ、その代りに不安げな表情が顔に現れた。
「なんだよ。…怒ったのかよ」
「いや…、なんでだろうな」
「は」
「なんで、勉強するんだと思う?」
俺が代わりに質問すると、北村は語気を荒げた。
「てめぇ、教師だろ」
ふ、と笑う。
「落ちこぼれのな」
それを見ると北村は潜めた眉毛を緩めた。
「…俺が知るか。ていうか俺は勉強しなくてもいいと思ってる。だから今までもこういう成績だ」
「そうだな」
ちらりと、北村は俺の方を見る。
「お前らはなんで俺らをそんな勉強させたがるわけ?」
「…」
「言っとくけど、俺のためとか訳わかんねぇこと言い出したらぶん殴るからな」
自分のため、と言われたいのだろうか?俺は少し考える。
「お前のため、か」
北村の目を見ながら、俺はしばらく考えた。北村は何故か俺の行動に少し狼狽しているようだった。頬がほんのり上気しているようだった。
「なんだよ、こっちジロジロ見やがって」
「考えてるんだ」

67015-569 数学教師と不良生徒 2:2009/03/09(月) 19:52:18
「ふん…答えてやろうか」
「言ってみろ」
なんだ、自分の答えを持っていたのか。俺は北村の答えに興味を持った。
「俺みたいな奴が野放しだったら都合が悪いからだろう。私達は落ちこぼれも見てあげてるのに彼は反抗する。だからこちらとしては彼が問題を起こしたときも精一杯対応しましたーっていう体制を整えたいんだ」
「そうなのか」
「そうに決まってる」
こういう簡単な言葉で他人の心理をつく北村は、本当は頭は悪くないのだと俺は思う。
「まぁ、確かに他はそうかもしれないな」
「お前は違うのかよ」
「個人の気持ちとしてはな。…俺は数学が好きなんだ」
しばらく考えた末に、やっと思い立った自分の答えを、俺はゆっくり導き出した。
「は」
「あらゆる無駄を一切省いた公式が美しいと思う。xy座標に描かれるサインの曲線にみとれる。地球を何周しようがお互い一切交わることのない平行線の力強さに心を奪われる」
「それがなんだ」
「俺にはそういう美しさを数学の中に見る」
「で?そういうウツクシサを俺にも見せてやりたいって?」
シニカルな笑みを見せて、北村は聞いた。それに俺は北村の目を見て応える。
「いや。多分俺が見たいんだ。お前と」
「は…」
「俺はお前の発言とか、考え方をこの補習の間に少しでも知って興味が沸いてるんだ。だから一度お前と一緒にそれを見てみたい。…お前をもっと知るために」

67115-569 数学教師と不良生徒 3:2009/03/09(月) 20:02:24
「…告白?」
しばらく時間が経ってから、北村が喉の奥から絞り出したような声を出した。
「…そうとるのか」
「違うのかよ」
ちょっと俺は自分の言ったことを思い返して言う。
「いや…違わない」
「…まさか、こんな風にこんな告白をあんたからされるとは」
目をそらしながら北村が言った。
「俺も想定外だ。…少し熱くなりすぎたよ」
本当にその通りだ。普段こんなに喋らないのに。明らかに喋りすぎだ。
「へぇ」
「恥ずかしいな…忘れてくれ」
やっと今言ったことの影響が二人にとっていかほどなものかを実感して、羞恥がどんどん自分にふりかかる。
「忘れられるか」
「やっぱりだめか」
「…嘘なのか」
ぽつりと北村が言う。
「いや…今いった気持ちは確かだ。話してみたいよ、一度。お前と。
だって知らないだろ?πもiもベクトルも」

67215-569 数学教師と不良生徒 4(終):2009/03/09(月) 20:08:00
「…アイなら知ってる」
黙って聞いていた北村はそう言うと、いきなり椅子から立ち上がり、俺に唇を重ねてきた。
「!」
「こういうことだろ?」
赤い顔をして、にやりと笑う。
「で、パイはこれだ」
そして俺の胸に手をあててきた。
「…親父ギャグだな」
「違うのか」
「まさか本気で?」
「誘ってるのかと」
「馬鹿野郎」
俺は笑って接近してきた北村を優しく押し戻す。
北村もそんな俺をみて、穏やかに笑った。そして小さな声で言う。
「…あんたがそう言うなら、数学やるのも悪くないかもしれない」
「え」
今度はおれの方をみて、勝ち誇ったような顔ではっきりと言った。
「ウツクシサってやつがわかるように、これから数学だけは努力してやる。感謝しろよ」
「…ふ」
子供じみた言い方だ。そうだ、コイツは8歳も年下なんだったな。今更思い当たる。
「笑うなよ」
口をとがらせる北村に俺は素直に自分の気持ちを打ち明けた。
「嬉しいんだよ」
それを聞いて、赤かった相手の顔がさらに耳まで赤くなる。
「なんだよ…」
俺はすかさず二人の間にしかれている問題用紙をあらためて指さした。
「じゃあ、まずはこの問題が解けるようになることからだ」
「げ」

さっき彼が「i=愛」という式を証明しようとした。
iは虚数解だ。実数で上手く表すことが出来ない虚ろな解。
今の俺とこいつの関係は果たして「愛」なのか?答えは限り無く不明。
俺には理解出来ない。
でもだからこそ。確かにこれは、この関係は。

「『アイ』だな」
「は」
「なんでもないよ」

67315-629 長い冬の終わり:2009/03/14(土) 12:44:18
雪が溶け始める頃に、今年もあいつはやって来る。交代に来たよと優しい笑顔を浮かべて。

「何か変わりはあった?」
自分の軽い体を枝の上に座らせながら、春が聞いてくる。枝に残っていた雪は静かな音を立て、真下に落ちていった。
「あの赤い屋根の家に赤ん坊が生まれたよ」
すっと俺が指差すと、春は思い出したように目を細めた。
「そうだったね、この前はお腹の中にいたのに、早いもんだね」
後で見に行ってみようと楽し気にはしゃぐから、俺はわざとらしく溜め息をついた。
「お前は少ししかこの町にいられないから早く感じるかもしれないけど、俺はもう飽きるほどだ」
この町の冬は長いから、その間ずっと一人でただただ雪を降らせるだけの仕事。降らせ過ぎれば嫌われるし、降らさなければ心配される、加減の難しい仕事。
春はけたけたと、柔らかな髪を揺らして笑う。
「冬の仕事は大変だねえ。僕なんて、ほら、こうやってれば良いんだから、楽なもんだよ」
そう言ってクイッと指先を動かすだけで、俺が地面に眠らせていた植物や動物を起こしてしまう。簡単な動作なのに、その瞬間から止まっていたものが動き出す。
柔らかな日差し、楽しそうな人達。そういったものは、冬にはなかった。
時々、春が羨ましいと思う。出来ることなら春になりたかった。
黙って春の横顔を見ていると、雪が溶けて小川になる音がした。
「行く時間だ」
すっかり流れてしまった雲を合図に腰を上げると、春が驚いたように顔を上げる。
「もうそんな時間?」
俺を惜しんでくれるのは、春だけ。俺は照れ臭い気持ちで頷く。
春は立ち上がって、俺に手を差し出す。別れの握手。いつもの、お決まりの挨拶。握った手は、俺と正反対に温かかった。
「またね」
春の頬は俺と入れ違いに咲く花と同じ色。二人並んで見ることはない、花の色。
「ああ、また来年」

冬として生きて、またお前に逢えることを楽しみにしているよ。

674恋すてふ〜:2009/03/16(月) 02:06:46
「まさにコレだよな?」
『恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思いそめしか』
古文の教科書を読みながらそんな話をしたのは、確か放課後の図書室でだったと思う。
「まさにだね」
教科書をめくって勉強のポーズを取りながら、たわいない恋愛話を小声で交わしていた。
「で、噂は本人には伝わってないの?」
「それがさあ!」
思わず大声になった俺に、彼は人差し指で静かに、の合図をした。
「…なんかもう伝わっちゃったみたいでさ、」
「…何か言われた?」
「や〜、彼女の友達の、小林っているじゃん?あいつがさ、エミちゃんは『友達以上には見れない』って言ってたよ!って」
「そう…」
その時の彼の表情は、教科書で隠され読み取ることが出来なかった。
「告白してもないのに振られるってなんだよ…せめて告るまで待ってくれよ〜」
「君はすぐ顔に出るからね」
「おまえは全然顔に出さないよなー」
「……そうだね」
すると彼は教科書を差し出し、
「僕の場合はこれ」
そう言ってある短歌を指差した。
『玉の緒よ 絶えねば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする』
「これどんな意味?」
「たまには自分で調べなよ」
「なんだよ〜教えてくんないの?」


結局その歌の意味を俺が知るのは、だいぶ後になってのことだった。

67515-679:2009/03/16(月) 23:53:53
身長差というお題に萌えて勢いで書き上げたけどその前の*0をゲットしてしまったので連投を控えこちらに投下。
あとなんか身長差っていうお題の割りに身長差が目立ってないかもしれません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺を見上げる日野のしぐさ。俺はそれが好きだ。
必然的に上目遣いになるし、俺のいろいろな補正も加わってとにかく可愛い。
やはり毎日息を止めて牛乳を一リットル飲んでたのは正解だったと思う。
そのおかげで今の俺があるのだ。
身長180cm。必死こいて筋トレしたおかげで俺はいい具合に筋肉のついたソフトマッチョだ。
そしてイケメン。自分で言うのもなんだが俺はもてるほうだと思う。

でも、一番告白してほしい人には今日も振り向いてもらえない。
あいつが「如月ってもっと姿勢をちゃんとすればもっとかっこよくなるよ!」っていったから俺はちゃんとするようになった。
あいつが「服に着られてる如月より着こなしてる如月のほうがずっといい」っていったからおれは雑誌を読み漁って着こなせる男を目指した。
でも増えるのは知らない奴とかからの告白ばかりで。一番望んでいた「あいつからの愛とか告白とか」はまったくないまま。
それとなくアピールしてみたりだってした。
ちょっと昔の歌みたいにわざとらしくラブレター見せたり。偶然を装って帰り道で待ったり。
好きなタイプはちっちゃくて茶髪ショートな子。身長差があるといいなあ。
あいつの前でそんな「俺の好きな人」の話をしてもあいつはただにっこり笑って話を聞いてくれるだけで、俺の思い人が日野だってことにまったく気づいてくれない。
告白してみようか。でも、もしそれで関係が崩れたら?それが怖い。
(世界中のどんな奴より日野のことが好きなのに)



僕を見下ろす如月の視線。僕はそれが好きだ。
なんだか優しい感じがするし、とてもかっこいい。
だから僕は身長を伸ばしたくなかった。
牛乳なんて飲まなかったし、カルシウム系統も嫌った。
そのおかげで今の小柄な僕がある。
如月以外の人には小さいってからかわれるけど、そのおかげで如月の大きい手に頭をなででもらえるんだから別に気にならない。

でも、最近如月がもっともっとかっこよくなった。
僕が健康を心配して姿勢のことを言ったら次の日から如月は背筋をピンと伸ばして生活するようになった。
しゃんとした姿勢の日野はいつもよりもっともっとかっこいい。さすがだと思う。
別の日に、僕が如月のファッションの相談に乗った。
何を言ったかはあまり覚えてないけど、その次の日から如月がものすごくかっこよくなったのを覚えている。
かっこいい如月がかっこいい服を着こなすんだからそりゃもうかっこいいんだ。
そんな如月の隣を、僕はずっと占領してきた。
でも、でも。最近如月がいろんな女の子に告白されるようになった。
そのたびに如月が断っているみたいだけど、僕は知ってる。如月には好きな子がいるんだ。
帰り道にいつも話してくれる、ちったい茶髪ショートな可愛い子。身長差がいいんだって如月は言う。
如月が時々僕のことを優しい目で見るのは、きっと僕にその子を重ねているんだと思う。
話を聞くたびに、その子が僕に似てるのがわかるから。
きっとその子より、僕のほうが如月のことをずっとずっと好きなのに。
(でもそんな醜い僕を知られたら、如月は軽蔑して去ってしまう)


((どうすれば、思いを伝えられるんだろうか?))

67615-679 身長差:2009/03/17(火) 00:56:51
「背が高いんですね」
 そう後ろから声をかけられたのは、俺が新入生に部活の案内をしていた時だった。
「バスケ部に興味あるのか?」
 そう勧誘したものの、彼の身長は俺よりも頭一つ低かったので、正直戦力として期待できず、
俺はそれほど熱心ではなかった。
 だが彼は嬉しそうに俺から入部用紙を受け取り、そのままその日に入部した。

 今は俺の隣でバスケットボールを磨いている。
「先輩、あの上の荷物とってもらえませんか?」
 実は俺がいない時に、自分で台に乗って荷物を降ろしているのを知っているのだが、
なんとなくこいつには弱くて言うことを聞いてしまう。
「ありがとうございます」
 こういう笑顔をもらえるのは悪くないし。

「先輩、こっちに来てください」
「何だ?」
「はい、ここ立って」
 俺は柱の前にたたされた。
「オレの身長がここなんですけど、先輩はここだから…。15cm差かな」
 そう言われて俺は言葉につまった。
 こいつは選手としては身長が低いので、いつもベンチに座っている。
 背はそのうち伸びるなんて、気休めは言いたくなかった。
 彼の家族は身長の低い人ばかりだと言っていたし、今伸びていないならこの先も見込みは薄いだろう。
 きっと永久にレギュラーにはなれない。
 彼がうつむくと俺にはまったく顔が見えないので、いつも慌てる。
「落ち込むなよ。好きなんだろ? それでいいんだよ」
「いいと思います?」
「そうだよ。好きだって気持ちが大事なんだからさ」
「先輩も?」
「おう、大好きだ」
「オレこんなに身長低いのに」
「関係ないって」
「嬉しいです」
「そうだよな。同じ思いのやつがいると嬉しいよな」
「でも不便ですよ」
「何が?」
「ちょっと下向いて下さい」
「ん?」
 チュッと音がした。あれ?と思っていたら、あっという間に机の上に体を押し倒された。
「こういう時。でも身長なんて関係ないですもんね」
 あれ? なんかおかしい。
「先輩の試合の邪魔はしないようにしますから。ああ、やっぱり同じ部活に入って良かったなあ。
スケジュールがばっちりわかるから」
 試合の邪魔って?

 その答えは数日後に充分すぎるほどわかった。
 とてもじゃないが、試合どころではなかったが。

67715-729 はじめてのおつかい:2009/03/20(金) 23:59:37
「『ベルナード通りのメリーナさんにこの手紙を届けてください』…って
これはどう見てもラブなレターです本当にありがとうございました」
「中身を見たら依頼は失敗扱いだぞ」
「いやだって表に堂々とハートのシール張っといて実は中身は『決闘を申し
込み致しますで候』とかいう線はないだろう」
「まあその方が冒険者の酒場に張られるのには適した依頼だと思うがな」
「というか荒くれものが集まる酒場に依頼できる根性があるならラブレター
渡す位楽勝だと思うんだよな。…つーかこの依頼主、あの親父にこの依頼を
渡したんだよな」
「個人的にはウェアウルフをこんぼうで撲殺しに行けと言われた方がまだ気が
楽な気がする」
「やべ、俺ちょっとこの依頼主尊敬しちゃいそう…応援したくなってきた…」
「…やる気が出てきたか?」
「おうよ!千リールの道も一歩からっつーし、それに俺らが冒険者になってから
初めての依頼が勇気ある青年の恋路を応援するってのは幸先がいいじゃねーか!」
「多分そのことわざは間違っている。…幸先がいい、とは?」
「ま、それはこっちの話だな!それじゃーちゃっちゃか行ってちゃっちゃか次の
依頼を貰いに行こーぜ!まだまだ先は長いんだからな!」
「…そうだな。これから、二人で旅をしていくんだからな」
「そういうこと。まあ俺に任せとけって!」
「…何をだ?」
「それもこっちの話だな!」

67815-729 はじめてのおつかい:2009/03/21(土) 00:03:57
豚肉と、玉ねぎと、福神漬け。
…たったそれだけの買い物でも、その時の俺にとっては大冒険だった。
一緒に遊んでたマサキを無理矢理引っ張ってって、近所の八百屋に行ったら玉ねぎがなくて、
子供の足で歩いて20分かかるスーパーに行ったら、帰りに思いっきり道に迷って、
こけて、袋破れて、玉ねぎ転げて、悔しくて、…すっげえ泣いたのを覚えてる。
マサキが服の裾で玉ねぎ抱えながら、もう片手で俺の手をぎゅっと握ってくれて、
それが痛いけど暖かかった。とにかく心強かった。
でもマサキは口ひんまげて、泣くの必死で堪えてて、
…家の灯りが見えた途端、俺より大泣きしてたのも、覚えてる。

***

「絶対欲しいの何よ」
「えーと、福神漬け、肉、…豚肉安いからそれで。あと玉ねぎ」
「了解。…マジで?」
マサキが挙げた3つは、見事にあの時と被ってた。
「わざとじゃねえだろな」
「わざとじゃねえですよ。…いやホントだって、偶然」
笑いを噛み殺しながら、マサキは続ける。
「道に迷うなよ」
「迷わせたのお前。俺は大丈夫ですー」
「コケても泣くなよ」
「はいはい」
「ホントかねえ。俺一緒じゃないよ、手繋いでやれないよ」
「いらねーよ、バカ」
ニヤニヤするマサキに苦笑しつつ、俺はキーを手に取って、
「んじゃ帰ってきたら繋いでね」
「へ」
不意打ちくらってぽかんとするアホ顔に見送られながら、新居のドアを閉めた。
…んじゃ、こいつと暮らしてから初めてのおつかい、行ってきますかね。

67915-699 別れの言葉:2009/03/21(土) 16:43:15
ちょっと古いお題ですが。

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平日朝イチのN駅新幹線ホームは、静かだった。
三月終わりとはいえ朝はまだ冬の気配が色濃くて、キンと冷えた空気が人気の少ない静かなホームを包んでいる。
「なんで、入場料わざわざ払って、ホームにまでくるかな。...つか、こんな朝早くに見送りに来なくたっていいのに」
「えー?誰かが見送った方が『旅立ち』って感じがしね?」
「裕介はあさって出発だっけ?」
「そう。入寮日が決まってるから」
この四月から、俺は京都で裕介は北海道で、それぞれ大学生活が始まる。
小中高と同じ学校で、気がつけばいつも一緒にいて、一緒にいるのが当たり前で。
でも、俺は高校に入った頃から一緒にいるのが辛くなってきていた。
裕介のことが好きだと、俺自身が気がついてしまったから。

自覚してしまうとどうしようもなかった。
一緒にいればいたで裕介の言動に内心で一喜一憂し、離れていればいたで今頃裕介は何をしているだろうかと悶々とし、夜寝る前にはその日の自分の行動に自分の気持ちが現れた不自然な行動がなかったかを思い返してドキドキし、一度は裕介を見ないようにすれば少しは楽かと部活に熱中して裕介から距離を置こうとしてみたが、裕介はそんな俺の気持ちなんか知らずに無邪気に近寄ってくるからあえなく挫折し。
お互い、どうしてもやりたいことがあるから選んだ大学は遠く離れていて、俺は寂しく思うと同時にほっともしたのだ。

ホームに滑り込んできた掃除済みの始発新幹線が、俺の立っていた乗車位置表示の前に、ぴったりとドア位置を合わせて止まった。
乗車案内のアナウンスと圧縮空気の抜ける音とともにドアが開く。
俺はバッグを持って新幹線へ乗り込んだ。
デッキで振り向くと、裕介と目が合った。
「新生活、がんばれよ」
「ああ、明日にはもうこの笑顔には会えないんだ」と思った時、俺の胸の中に大きな熱い塊がうまれた。

何を言うつもりだ?止めておけ。盆や正月にたまに顔を合わせて、思い出話に花を咲かせて笑いあう、そんな未来を捨てるのか?
でも、遠い場所で俺の知らない人間達と出会う裕介に、次第に忘れられていくことに俺は耐えられるのか?
ならばいっそ、ここで自分の気持ちを口にしてしまえば楽になるじゃないか...

喉元にせり上がるものを押さえつけるように唇を噛み、グルグル考えていた俺の耳に発車ベルが聞こえてきた。
俺は、その音に背中を叩かれたかのように、その言葉を口にしていた。
「裕介。俺、お前が好きだった。ずっと好きだった!」
裕介の目が大きく見開かれる。
その表情から目を逸らし、「元気でな!」と捨て台詞のように口走りながら俺はデッキの奥に逃げ込もうとした。

突然、ぐいと、腕をつかまれた。
発車ベルの響く中、無理矢理振り向かされて、デッキの壁に押し付けられる。
俺を追いかけるようにデッキに乗り込んだ裕介の顔が、目の前にあった。
「本当?本当に?!」
裕介は俺の返事を聞くより先に俺の唇を自分の唇で塞いだ。
発車ベルが途切れ、ドアが閉まり、新幹線が動き出す振動が体を揺らした。
唇を離した裕介に、俺は力いっぱい抱きしめられた。
「夢じゃないよな?嘘みたいだ。お前も同じ気持ちでいてくれたなんて」
裕介の言葉が聞こえてくるけれど、意味がよくわからない。...え?あ、いや、それよりだ。
「裕介、新幹線、出発しちゃったぞ」
「んなこと、どうでもいいって!」
「よくないだろ。切符持ってないだろ」
「...あ...ああああああ!!...京都までいくらだ?」
「新幹線で2万円ちょい」
「往復4万....って...あああ、貯金箱のお年玉が飛ぶ....」
「いや、次の停車駅で降りて帰ればいいんじゃないか?」
「お前、この状況でその選択があると思ってるのかよ?」
「いや、その選択が普通だし」
俺の両肩を掴んで、裕介は俺の顔を覗き込んだ。
「せっかく、実は両思いだったことがわかったのに、すぐに別れ別れなんて我慢できるかよ!ああ、話したい事がいっぱいあるぞ。話せなかったことがいっぱいあるんだからなっ!」
「両思い....え...え?」
「オレも、お前が好きだ。ずっと、こうしたかったんだ」
軽く唇に触れるだけのキスをした裕介は、まだ状況が信じられない俺の様子に少し困ったように笑って、取り落としていた俺のバッグを持つと自由席の方へ俺の手を引いた。
「切符は改札が来たら買うことにして、とりあえず座ろう。京都まではまだまだ時間があるんだ、ゆっくり納得させてやるよ」

結局、京都まで一緒に来た裕介は、まだ荷物もろくに無い俺の新居に一泊して帰った。
手持ちの金が足りなくて、帰りの切符代の一部を俺に借りて。
京都駅まで送りにきた俺への別れの言葉は、「今度会った時、金、返すから!」だった。

68015-739 何も伝えられないまま:2009/03/22(日) 17:52:26
「愛していると言ったら、お前は笑うか?」
「あはは、何の冗談だよ。陽気で頭がイカれちゃった?」
「全てを捨てて、お前と逃げてもいいと考えていた」
「止めといて正解だね。今までの上等な人生を、俺みたいなので棒に振っちゃ駄目だよ」
「最初に会ったときは、お前ほど腹立たしい奴は居ないと思ったのに」
「俺も初めは、そこら辺にいるお堅い軍人だと思ってたよ」
「不思議なものだな」
「そうだねー」
「あの手紙を読んだ」
「お、読んでくれたんだ?破り捨てられるかと思ったんだけど」
「結局、俺がお前を追い詰めたんだな」
「違うって。あのさあ、ちゃんと読んだ?あんたの所為じゃないって書いたよね、俺」
「お前を傷つけてしまった。俺はお前に対して厳しく接するばかりで」
「ンなことないよ。あんたと出会って、俺は随分と救われたんだぜ?」
「そのくせ、本当に伝えたい言葉は何一つ言えなかった」
「うん、それでよかったんだよ」
「……なんとか言ったらどうなんだ」
「あー、やっぱ聞こえてないか」
「目を開けろ。もう一度笑ってくれ」
「俺はここで笑ってるよ。あんたの右斜め上。あんたを見下ろせてるのがちょっと新鮮だ」


「本当は俺も伝えたかったよ。あんたのことが大好きだって」

68115-819 海の底:2009/03/25(水) 13:02:52
ひい爺さんが死んで3ヶ月。
俺はチャーターしたクルーザーで沖縄の海にいた。


ひい爺さんは、白内障の手術もしたし、補聴器も手放せなくなり
もしたし、足腰も弱くなったけれど、80歳を越えてもボケたり
せずに新聞を毎朝隅々まで読むしっかりした老人だった。
ゲイカップルの俺と淳司にひい爺さんは最後まで味方をしてくれた。
カミングアウトして親父に勘当されそうになった時、「ワシの所有
株は全部正樹に生前贈与する。それでも勘当できるもんならして
みろ」と言い放って親父を黙らせた。

言った通りに生前贈与の手続きをすことになった時ひい爺さんは、
「正樹と二人きりで話がしたい」と言い出した。
親父も弁護士も部屋から追い出すと、ひい爺さんはセピア色の
ボロボロの写真を出した。
それは男たちの集合写真だった。
皆、そろいのつなぎ姿だ。襟元に白いマフラー、頭には耳当ての
ついた帽子とゴーグル。背後にはゼロ戦。
真面目な顔をしている人も、にこやかに笑っている人もいる。
「戦争の時の写真?」
「特攻隊を知っているか?」
どきりとした。
第二次大戦末期、日本軍が実行した航空機による体当たり作戦。
パイロットの命と引き換えに敵の船を沈めるスーサイドアタック。
特攻隊員として出撃することは、死ぬことを意味していた。
「ワシはここにいる。右から、井沢海軍一等飛行兵曹、藤岡海軍
一等飛行兵曹......」
ひい爺さんはよどみなく20人ほどの写真の人物の名前を挙げて
いった。
「皆、沖縄の海に散った。ワシだけが、機体不良で出撃できず、
次の出撃命令を待っているうちに終戦を迎えてしまった」
ひい爺さんはそれだけ言って、しばらく言葉を切った。
何度か口を開いて何かを言いかけて、でも何も言えないまま口を
閉じて。
やがて、ひい爺さんは言った。
「正樹、お前に頼みがある」
「頼み?」
「ワシが死んだら、ワシの骨の一部を沖縄の海に沈めてくれ」


デッキから見た南の海は穏やかで、俺はかつてここが戦場であった
ことが信じられなかった。
淳司が見つけてくれた遺骨を入れるためのアッシュペンダント。
中にはひい爺さんの遺骨のかけらが入っている。
俺はそれを思い切り遠くに投げた。小さなペンダントはすぐに
見えなくなって、俺は着水した瞬間さえしっかりとは確認できな
かった。


「必ず後から行くと、あいつに約束したんだよ」


どこまでも青く平和な明るい海の上で、俺はほんの少しだけ泣いた。

68215-869 1:2009/03/30(月) 01:34:00
「お前そろそろ捨てられるんじゃねーの」
幼なじみでもある友人の一言に俺は少なからず動揺した。
実際、最近田辺がそっけないのは自覚している。
いや、考えてみれば最初からそうだったのかもしれない。
大学の入学式で一方的に一目惚れした俺が最初に告白したときも、
断られても月一で告白を続けて、十回目にOKを貰ったときも、
なかなか手を出さない田辺に焦れて、泣き落としで抱いて貰ったときも、
いつも田辺は呆れた顔をしていたような気がする。
田辺に捨てられるのだけは嫌だ。
それだけは避けたい。
「どうしたらいいと思う?」
藁をも掴む思いでつめよった俺に、幼なじみは当然の顔をして答えた。
「愛情表現を控えめにしてみるとか」

68315-869 2:2009/03/30(月) 01:35:28
愛情表現を控えめに。
友人のアドバイスを頭の中で何度も唱えていると田辺が来た。
「あ!田辺!!おはよう!!!」
田辺はちらっとこちらを見ると近寄って来た。
「朝から元気だな。今日お前は昼からだろう」
相変わらず田辺は優しい。
いつもならここで田辺を褒めるのをぐっと我慢する。
「うん!あ、これ今日の弁当な」
「……ああ」
今日は田辺の好きなシャケ弁だ、なんてアピールはしない。
「あ、あとこれお前が休んだ時のノート」
「お前その授業とってないだろ」
「たまたま暇だったから出たんだ」
さりげなさを装う。完璧だ。
「……俺、これから授業だから」
「頑張れよ!」
そのまま、教室の中に入って行く田辺を見送る。
愛情表現はかなり控えめになったはずだ。
これで俺と田辺は安泰だ。
教室前のベンチに座った友人に向かって、得意げに振り向く。
しかしながら奴は、俺と目を合わせようとはしなかった。

684ハンター:2009/03/31(火) 14:54:23
「決めた!おれハンターになる!」
「はぁ?お前なに言ってんの?」
「今日からおれのこと、"愛の狩人"と呼んでくれ!」
「ぶっ!!」
それなりに真剣だった俺の前で、親友は吹き出した。

「なあなあ、"愛の狩人"」
「…小学生の頃の話だろ。…もう忘れてくれ、頼むから…」
「いや、あれは忘れられないだろ。死ぬほど笑ったもん。」
奴の顔に笑みが浮かんだ。未だに思い出し笑いをこらえられないらしい。
「…ヒーローに憧れる純朴な小学生だったんだよ、俺は。」
「でも何で"愛の狩人"だったわけ?」
「当時かーちゃんが読んでた小説のタイトルに書いてあったんだよ!格好良いなと思っちゃったんだよ、子供心に!」
今でもかーちゃんの愛読書、ハーレクイン。
「あ〜、懐かしいな『スーパーハンター・矢雄威』」
「すげぇ流行ったもんな。変身シーンとか、みんな真似たりしてさ。」
「『君のハートをロックオ〜ン』」
「おお、似てる似てる!」
「最終的にはヒロインのハートをハンティングして、二人で去っていくんだっけ。」
「そうそう。『狙った獲物は逃がさない!』」
「お前も似てるじゃん。」
「練習したからな。」
「…ところでお前が狙ってた獲物は手に入ったわけ?」
「へ?」
「当時言ってたじゃん、ハンターになりたい理由。"どうしても欲しいものがあるから"って。」
「あ〜…まあ、手に入れたっていうか、奪われたっていうか…」
「ふーん、まあいいや。
 ところで、今日うちの親、出張で居ないんだけど、このまま泊まってく?」
「お前ソレ狙ってやがったな!」
「俺と一緒にいるの嫌?」
「…嫌じゃねーけど…」
「今日は痛くしないから」
「!!」

獲物に食われた俺は、多分ハンター失格。

685きつね:2009/04/04(土) 02:15:30

真っ赤な鳥居を潜り抜けたその瞬間、きつねは嬉しく嬉しくて思わず笑ってしまいました。
生まれてから今まで何度挑戦してもべしんと無常にはたかれる、その境をようやく彼は越えたのです。心の底から暖かいような走り回りたいような気持ちがあふれ出て、きつねはおもわずくふんと笑ってしまいました。そして舌を噛みました。きつねが笑ったのは今が初めてなんですからしょうがありません。人間も動物も神様も初めてのことをする時にはちょっと失敗するものです。
きつねはちょっとじんじんする舌を冷やそうとべろりと顎から出しながらそれでもくるんと一回転しました。葉っぱはいりません。きつねはきつねですから小道具に頼らなくてもそのぐらいはできるのです。
ぼふん、と古典的な音と煙がきつねを包みました。その煙を見ながらあー俺所詮アナログ世代よね、ときつねは思います。彼は案外人間の世界に精通していました。
やがて現れたのは二十代前半の男性にきつねのもこもこした金色の耳とふかふかした立派な尻尾をつけた、微妙に漫画でよく見るような人物でした。きつねはすぐに自分の失敗に気がつきましたがなんというか、結構一杯一杯でした。きつねはきつねなので変身するのに葉っぱは使いません。使いませんが、生まれてこの方『ここは通さんでごわす』みたいな壁のこちら側で生きてきて、なんだよ修行しても意味ねえじゃん! それじゃあ、さー(↑)ぼろー(↓)みたいな逆ギレで修行をサボっていたきつねには耳と尻尾を隠すほどの力はついていませんでした。
きつねはあわあわし、何回か失敗とリトライを繰り返し、最終的に開き直りました。大丈夫! きっとこのままで行ってもああ電波な人だわ、で済むに違いない!
きつねは本当に日本の文化について精通していました。
「あ、あー……。やあ初めまして君ってどこから来たの? ええマジで俺もなんだよじゃあ山の向こうの赤い鳥居のお稲荷さんを知ってるかい?」
人の口の形になれるために繰り返したのはあの子に会った時に言おうとしている言葉でした。
あの子、と思い出してきつねは思わず俯きました。先ほどまでピンと立っていた耳も尻尾も今は力をなくしてしょんぼりと項垂れています。
あの子は、きつねの記憶に間違いないなら十年前からいつもここに来ていた子でした。最初は小さい人間だと思っていました。きつねはそれが子供という人の形であることをその日初めて知りました。
子供は、毎年ここに来ていました。赤い鳥居を抜けて、きつねの眠る場所の一歩手前で足を止め、いつも笑って頭を上げて「こんにちは、お邪魔します」と言いました。
きつねはその子が大好きでした。その子が男の子でなかったら神隠すくらいに好きでした。その子が受験だといえば学問の神様に頭を下げ、宝くじを買ったと言えば運の神様のところに酒を持っていくくらい好きでした。
幸いあれと、きつねは願っていました。幸いあれ、彼の行く道に光あれと。
けれどその子は先月別れを告げました。大学に行くからここにはもう滅多に帰ってこられないんだと言って、日本酒と草団子を置いていきました。おまえここはあぶらげだろうがよ! と思いながら草団子をかじったきつねは泣いて、舌を噛みました。だってきつねは生まれて初めて泣いたのです。
じんじんする舌をだらりと下げて考えて、きつねはついに思いつきました。
あの子の幸いを自分の手で生み出すのだと。傍にいて、ああけれどきっときつねだと引き離されてしまうから人に化けて、大学生のふりをして、そして彼の傍で幸福を。思った瞬間にきつねは走り出し、そして真っ赤な鳥居を抜けました。
けれどきつねは知りません。ここからあの子のいる東京までは車で四時間半かかります。
けれどきつねは知っています。誰だって初めてのときはちょっと失敗するものです。

68615-939 きつね:2009/04/04(土) 12:58:28
大学の授業の合間。ちょうど昼時だから飯でも食おうと
食堂に向かっている途中で、後輩の間山と会った。
先輩も昼ごはんなんだ!一緒にいい?
と、キラッキラの笑顔で聞いてくるので、ついいいよと言ってしまった。
今日は1人でゆっくりしようと思っていたのに、よりによってこいつに会うとは。

「先輩って、きつねみたいだよね」
きつねってなんだ、いきなり。
そう思ってテーブルを挟んで向かいに座る奴を見上げると、
えへへと笑い、俺の食べているものを指差した。
「きつねうどん!油揚げ!」
「だからなんだよ」
「お味噌汁に油揚げ入ってるときも嬉しそうだったし、
 きつねと好きなもの一緒でしょ?」
ああ、まあ嫌いじゃねえな。お前よく見てんなあ。
つーか俺そんな顔に出てんのか?
「先輩の目とか、笑った顔とかもきつねっぽい」
目はツリ目なだけだし。
笑ったら悪人みたいだとか言われるこの顔が狐に見えんのかよ。

「じゃあお前、狐に憑かれてんぞ」
「え?本望だよ、きつねかわいいし大好きだし」
……意味わかって言ってんのか、この鈍感。

68716-49 夜桜 1:2009/04/10(金) 22:33:55
「今年もやってるな、及川君」
声をかけてきたのは毎年参加組の工学部の只見教授だ。
「今年もやってます。さ、どうぞ、教授」
俺は自分の隣にスペースを開けて言った。
教授は、小脇に抱えていたマイ座布団を敷いてブルーシートに席を確保した。
ゼミ生がプラコップを差し出し「何にしますか?」と聞くと、教授はちらと俺の横に
まだ封を切られずに置かれている緑川を見た。
「まだ開けてないのか。じゃあ、適当な日本酒を。純米大吟がいいなあ」
「教授、それ、適当じゃないです」
俺出資の純米大吟醸を注がれて、教授は俺に向かって軽くコップを上げてから、
酒を口に含み、ずるずると音を立てて空気と酒とを口の中で混ぜてから嚥下し、
鼻から息を吐いて香りを確認する。
「うむ。美味いな」
ただの飲み会でも、つい、その銘柄の最初の一杯を利き酒の飲み方で飲んでしまう、
俺と同じ癖の教授に、思わず笑ってしまう。

周囲が暗くなる頃には、飛び入りのゼミ生の顔見知りで花見の参加者は膨れ上がり、
ブルーシートのスペースが足りなくなってきた。
念のために用意していた新聞紙を広げていると、後ろから声を掛けられた。
「今年も盛況だな」
水落の声だった。
振り向くと、ジーンズにコーデュロイのジャケットの水落が立っていた。
「よく来たな。教授、水落、来ましたよ」
「おうおう、よく来た水落。これで緑川が飲めるぞ!」
「相変わらずですね、教授」
水落が呆れたように苦笑した。
教授の隣に水落を座らせ、俺は水落の隣に腰を下ろした。
「今年も親父さんからもらったぞ。お母さんも親父さんも元気だそうだ」
緑川の封を切りプラコップに注ぎ、俺はそのコップを水落の前に置いた。
「私にもよこせ」と一気に前の酒を飲み干して開けたプラコップを俺に突き出す教授に、
はいはいと俺は緑川を注いだ。
自分のコップにも緑川を注ぎ、俺達は軽くコップを掲げて乾杯をした。
三人で、ずるずると酒を利いて飲み下す。舌に広がるまろやかながらも複雑な味と、
鼻を抜けるさわやかで華やかな香。
「く〜〜、美味いなあ〜〜〜!」
コップを持ったまま、水落が心底嬉しそうに言う。
「美味いよなあ」
「うむ。美味いな」
教授が言った。

688687:2009/04/10(金) 22:37:32
すみません、間違えて2番目の段落をアップしてしまいました。
もう1度仕切りなおしますので、改めて16-49 夜桜 1 改からお読みください。

68916-49 夜桜 1 改:2009/04/10(金) 22:40:27
人文学部棟と教育学部棟を結ぶ道の両脇には桜が植えられていて、北国の遅い
春に合わせて四月半ばに満開を迎える。
道の途中に作られた小さな広場の横にはひときわ大きなソメイヨシノ
があって、その広場がN大文化人類学ゼミの花見の定位置だ。
20年前、俺が文化人類学ゼミに入った頃にはもう、そこが定位置と言われていて、
俺が、院生になり、オーバードクターから助手になり助教授になって、退官した教授
の後釜として文化人類学ゼミを担当するようになった今までも、ずっと伝統を守って
ここで花見をやっているのだ。
近所のスーパーの惣菜やら乾き物やらのつまみと、俺が資金を出して
銘柄指定で買ってこさせた俺好みの地酒5升と、水落の父親から今年も
送られてきた緑川純米吟醸と、軽い酒が好きなゼミ生達のための大量の
ビールやらなにやらを広場の半分を占めるブルーシートの上に広げて、
花見は始まった。

普段の人通りは多くは無いが公共の通路でやっている文化人類学ゼミの花見には、
参加者の顔見知りの飛び入りは歓迎というルールがある。おかげで、「美味い酒が
ただで飲める」とちゃっかり毎年参加する者もいたりするのだ。
「今年もやってるな、及川君」
声をかけてきたのは毎年参加組の工学部の只見教授だ。
「今年もやってます。さ、どうぞ、教授」
俺は自分の隣にスペースを開けて言った。
教授は、小脇に抱えていたマイ座布団を敷いてブルーシートに席を確保した。
ゼミ生がプラコップを差し出し「何にしますか?」と聞くと、教授はちらと俺の横に
まだ封を切られずに置かれている緑川を見た。
「まだ開けてないのか。じゃあ、適当な日本酒を。純米大吟がいいなあ」
「教授、それ、適当じゃないです」
俺出資の純米大吟醸を注がれて、教授は俺に向かって軽くコップを上げてから、
酒を口に含み、ずるずると音を立てて空気と酒とを口の中で混ぜてから嚥下し、
鼻から息を吐いて香りを確認する。
「うむ。美味いな」
ただの飲み会でも、つい、その銘柄の最初の一杯を利き酒の飲み方で飲んでしまう、
俺と同じ癖の教授に、思わず笑ってしまう。

周囲が暗くなる頃には、飛び入りのゼミ生の顔見知りで花見の参加者は膨れ上がり、
ブルーシートのスペースが足りなくなってきた。
念のために用意していた新聞紙を広げていると、後ろから声を掛けられた。
「今年も盛況だな」
水落の声だった。
振り向くと、ジーンズにコーデュロイのジャケットの水落が立っていた。
「よく来たな。教授、水落、来ましたよ」
「おうおう、よく来た水落。これで緑川が飲めるぞ!」
「相変わらずですね、教授」
水落が呆れたように苦笑した。
教授の隣に水落を座らせ、俺は水落の隣に腰を下ろした。
「今年も親父さんからもらったぞ。お母さんも親父さんも元気だそうだ」
緑川の封を切りプラコップに注ぎ、俺はそのコップを水落の前に置いた。
「私にもよこせ」と一気に前の酒を飲み干して開けたプラコップを俺に突き出す教授に、
はいはいと俺は緑川を注いだ。
自分のコップにも緑川を注ぎ、俺達は軽くコップを掲げて乾杯をした。
三人で、ずるずると酒を利いて飲み下す。舌に広がるまろやかながらも複雑な味と、
鼻を抜けるさわやかで華やかな香。
「く〜〜、美味いなあ〜〜〜!」
コップを持ったまま、水落が心底嬉しそうに言う。
「美味いよなあ」
「うむ。美味いな」
教授が言った。

69016-49 夜桜 2:2009/04/10(金) 22:41:21
ゼミ生達はすっかり出来上がり、なにやら賑やかに笑いあっている。
水落は賑やかな宴会を黙って楽しそうに観察しながら、ちびりちびりとコップに
注がれた一杯を飲んでいった。
俺は、今年もそんな水落の嬉しそうな横顔を眺めながら、やっぱりちびりちびりと
酒を飲んでいく。
教授は俺から奪い取った緑川の瓶を手酌で傾けながら、ぐびぐびと飲んでいく。
やがて、コップが空になると、水落はそれをブルーシートの上に置くと立ち上がった。
「ああ、美味かった。ごちそうさま。またな」
「またな」
うっすらかかる靄の中、街灯にソフトフォーカスがかかったように照らされたわっさりと
重そうな満開の桜並木の間を歩いていく水落の背中を俺は見送った。
「いったか?」
教授が言う。
「はい。今年も美味そうに飲んでいきましたよ」
水落が置いたコップを俺は見下ろした。
コップの中には、最初に私が注いだ酒が、そのままあった。


俺の同級生の水落が、飛び入り参加した文化人類学ゼミの花見の帰りに飲酒運転の
トラックに突っ込まれて死んで今年で20年。
当時、水落の入っていたゼミの助教授だった只見先生はすでに教授に、3年生だった
俺は準教授になっていた。
でも、水落はあの夜と同じ格好、同じ笑顔のままだった。
「飲酒運転が原因で死んだのに毎年酒を飲みに化けて出て来るんだから。根っからの
酒好きってのは、水落のことを言うんでしょうね」
「その水落君に毎年一杯注いでやるために大学に居残りたいと、ついに準教授にまで
なった君もずいぶん物好きだと思うがね」
只見教授はそう言うと水落の残していった酒を持上げ、俺に差し出した。
俺は、その酒を一口含み、その味に思わず「うへえ」と声を上げてしまった。
教授が空コップを突き出すので、水落のコップから少量を分けてやる。
その少量を味見すると、只見教授は眉をしかめた。
「毎年のことながら、同じ酒がこのわずかな時間にこんなにも味が変わるのは驚異だな」
「水落が、美味しいところを飲んでいってしまった残りだから不味いんですよ、きっと。
本当に、嬉しそうに、美味そうに飲んでましたよ」
「うむ。幽霊などという非科学的なものは私には見えないし、信じたくは無いのだが...水落
君が嬉しそうにしていたと聞くと、私もそうあって欲しい気分になってしまうのだよなあ」
味も香もすっかり飛んでしまっている酒は、不味いけれど、水落が来てくれた証でもある。
教授が口直しに新しい緑川をコップに注ぐのを見ながら、俺は水落の残した一杯を
夜桜を眺めながらゆっくりと味わった。

69116-46夜桜:2009/04/10(金) 22:50:33
夜を迎えた桜の庭にふらりと顔を出しても、縁側で手酌する家主は表情を変えることさえしなかった。
勝手に俺は隣に腰を下ろし、家主は徳利と空いた杯を寄こす。それが挨拶の代わりとなった。
そのまま互いに一人酒を続けるようにただ黙々と酒を注いでいたが、
先に一本呑り終えたので、俺の方から口を開くことにした。
「盛りは過ぎた。風も出ている。おそらく桜は今晩で散ってしまうのだろう」
「そうかもな。わざわざ人の家の庭にまで押しかけて呑もうとする酔客も随分と減った。
 あとは、もうおまえぐらいのものだ」
もっともおまえは季節を問わず押しかけてくるがな、と淡々とした調子で家主はぼやく。
その物言いの底にあるくすぐったくなるような親しみは、おそらく俺だけが感じとれるものだ。
近所ではこの家の桜は評判で、満開の頃には昼夜問わず花見目当ての客がやってくる。
しかし、少しずつ花が若葉に変わるにつれそうした輩も減り、
葉桜が目立つようになったここのところは再び人が立ち入らないようになっていた。
その若葉が夜に融けてしまうと、一つ一つの小さな花が闇の中からほの白く浮かびあがってくる。
恐ろしさすら感じさせるほどの美しさは、日中には決して見せない桜の夜の貌だった。
「一本もらうぞ」
まだ中身が残っている徳利を引っ掴んで一本の桜の木の下に歩み寄る。
そしてその根元へと中身を全てひっくり返した。
酒で出来た小さな水溜りの上に花びらが数枚滑り落ちる。
「何をする。もったいない」
「こいつにあんまり生白い顔をされると黄泉から覗かれているようでいい気はしない。
 見てみろ。すこしは酔って赤らんだように見えはしないか」
吐いた溜息の深さから慮るに、得心しなかったらしい。
「もう手遅れかもしれんが、あまり酔って無粋な真似をするんじゃないぞ」
「そう野暮なことを言わんでくれ。俺は、お前と呑んでいるときが一番酔えるんだ」
笑いながら家主の首筋に鼻先を擦り付ける。
嗅ぎ取った酒精の匂いにすら酔いが深まるような気がして、頭がくらくらする。
そうしてじゃれついた俺に笑い声をこぼす程度には、こいつの体にも酔いがまわっている。
全てが夢のようだ。夢のように、心地よい。
桜は、今晩で散ってしまうだろう。
この春宵を忘れないように、この光景を忘れないように、
家主に体を預けながら暖かな夜の空気と共に酒を腹へと流し入れた。

692夜桜 定番のオマージュ◇1:2009/04/11(土) 19:39:29
「桜の樹の下には、屍体が埋まっている」
「――君は梶井基次郎が好きだったか、」

四月とはいえ、夜は冷えていた。強い夜風が頬を撫で、外套が靡く。
地面に敷き詰められた桜の絨毯が、
自ら闇に呑まれるように、漆黒の境界に溶けていった。

「いや――妻がね、好きだったんだよ。美学がある、と云ってね」
今日は彼の妻の一周忌だった。彼女の輪郭を辿るかのように、彼は目を細めた。
「早いものだな。……彼女はね、君と映画に行くのが好きだったんだよ。
蘊蓄が聞けるといってね、喜んでいた。妬けるから、黙っていたけど」

「少しは、落ち着いたか」
 私は口早に云った。
「ああ、お陰様でね。君にも随分世話になった」
眠りという一時の安息にも身を委ねることができなかった彼の深酒に付き合うのは、私の役目だった。
 泡沫の酔いの中にいる間、彼はよく笑いよく話し、そして、それが醒めると鬱ぎこんでいた。
 十日に一度はあった真夜中の訪問は、今では間隔を広げつつある。

「本当にね、感謝しているんだ。――学生の頃は、君とこんなに長くあるとは思っていなかった。
満開の桜の下でドストエフスキーを読み耽る様な奴だからな、君は。確か、此処だったろう」

覚えていたのか。

「桜とドストエフスキーは、合うのかい」
柔らかな陽射しのもと、学生帽の影に隠された彼の表情は読み取れなかった。
「このコントラストが好いんだ」
そう云った自分はあの時、どんな顔をしていただろうか。

693夜桜 定番のオマージュ◇2:2009/04/11(土) 19:54:29
夜桜が、まるで昔日の亡霊のように闇に浮く。この桜のある母校へ誘ったのは彼だった。
「君は、変わらないな」
ふいに彼が云った。
ひとつ息を吸って、私は嘯く。
「変わったさ。俺も、お前も」

違う、変わることができなかったのだ、逃れることができなかったのだ。
この愚かしいエゴイズム、肥大し続ける妄執、劣情、そのすべてから。

お前は知りもしないだろう、
お前に恋人を紹介される度に、この桜の下に埋葬した私の屍体を。

お前は知りもしないだろう、
彼女が逝ったと知らせを受けた時、私の口元が悦びのかたちに歪んだことを。

お前は知りもしないだろう、
彼女と映画に行く度に、食事に呼ばれる度に、お前の相談を受ける度に、
お前が幸せだ、とつぶやくその度に埋葬し続けてきた私の屍体を。

(ああ、桜の樹の下には屍体が埋まっている!)
いくつもの私の屍体は腐敗し、ぬらぬらと澱んだ血を地中に吸わせている。
迷路のような根はそれを一滴残らず絡めとる。
(何があんな花弁を作り、何があんな蕊を作っているのか、毛根の吸いあげる水晶のような液が、
静かな行列を作って、維管束のなかを夢のようにあがってゆくのが見えるようだ――)

彼の手が肩に触れた。
己の屍体を、狂い咲く桜を、その幻を見ていた私は、驚いて彼のほうを向く。

「行こうか」
変わらない笑みだった。
そうだった。この桜の下で出逢った時、お前は同じ顔をしていた。
晴れやかな笑顔ではない、少し寂しさをたたえたその、顔。

――ああ。
埋葬したはずの屍体が息を吹き返そうとしている今、彼に触れられた肩だけが熱いのだ。

694気圧の知識がない 文章の雰囲気は好き お次どうぞ◇1:2009/04/12(日) 16:26:21
「お前、気象予報士にでもなんの?」
うるさい奴が来た。どう考えても人種が違うのに
しつこく絡んでくるこいつとは、入学式で隣だったというだけの関係だ。
「考え中」
短く言って、僕は奴を視界から追い出し、
『石原良純のこんなに楽しい気象予報士 (小学館文庫)』に視線を戻す。
「はっ、おまえ、良純って」
「うるさい」
「――前は『小説家になる方法』読んでなかったか」
そうなのだ、こいつはことごとく嫌なタイミングで現われる。
その時は、本を開きながら書いていた散文を読まれたのだった。

「あれは……いいんだ、もう」
ため息をつきながら言うと、
「なんだ、お前の書く文章の雰囲気、好きだったのに」と奴は言った。
思わず奴を見る。目が合って、しまった、と思った。
畜生、不意打ちだ、こいつはことごとく嫌なタイミングでこういうことを言う。

695気圧の知識がない 文章の雰囲気は好き お次どうぞ◇2:2009/04/12(日) 16:27:42
気圧の知識がない 文章の雰囲気は好き お次どうぞ◇1
「空気は気体であるから、その性質として容積を限りなく増大しようとする。
それで空気を容器内に閉じ込めると、どこまでも膨張しようとする結果、
その容器の内面を押すことはもちろん、器内にあるものはみな押される。
この押す力を空気の圧力すなわち気圧という」
僕が覚えたての薀蓄を一息に言うと、奴はあっけにとられた顔をした。
「なにソレ」
「気圧だ、気圧。いいか、良純はなぁ、もっと膨大な知識蓄えてんだよ、
なんの知識もないくせに良純を馬鹿にするな」
睨み付けながら言うと、奴は口の端をチェシャ猫みたいに吊り上げて、
「やっぱ、面白いな、おまえ」
と言った。ああ、これだから嫌なのだ。

こいつが僕に言う言葉はどれをとっても、きっと本気ではない。
僕の文章を好きだと言った言葉も、どうせ信じられたものではないのだ。
なぜ気圧の薀蓄をすぐさま覚えることができたのかといえば、
それがどこか、自分が奴に抱く感情に似て――と、思いかけたとき、にやけた笑いのまま奴は言った。
「で、次はなにになんの?」
引きずられそうになった思考を元に戻し、
「うるさい、良純に謝れ」と、僕は奴の脛を蹴った。

696萌える腐女子さん:2009/04/12(日) 16:29:35
おあ、>>695の冒頭にコピペしたままの文が入ってしまった、スマソ

69716-89 愛馬1:2009/04/13(月) 22:11:40
夜の闇をつんざく呼子の音に、僕は飛び起きた。
夜襲だ。
直後に、抑える必要がなくなった敵のときの声が驚くほど近く
で、とどろくように上がった。
馬番の寝所は厩の隣。息も凍るような寒さの中、上着を羽織る
のも忘れ駆け出し、厩に飛び込み、入り口にある領主様の馬具を
抱き上げる。
他の馬達が外の騒ぎに鼻息荒くざわめく中、入り口に一番近い
柵の中の領主様の白馬は泰然としていた。
僕と目が合うと、早く鞍をつけろと催促するように前足を掻いた。


国王様から贈られた外国の白馬はとても大きな体をしていた
けれど、とても気難しくて何人もの馬番を蹴り飛ばして怪我
させていた。
馬番見習いだった僕に白馬の世話が回ってきたのは、馬番として
たいして役に立たないから蹴り殺されても惜しくないからだった
のだと思う。
「汗を拭いておけ」と布を渡され、厩で初めて白馬の前に立った
時、白目が見えるほど大きく開いた目でぎろりと見下ろされ、
僕は困ってしまった。
こんな風に敵意満々の目を向けられているのに、近づくなんて
無理だ。
仕方が無いから、僕は白馬に話しかけた。

69816-89 愛馬2:2009/04/13(月) 22:13:35
こ、こんにちは。
僕は君を見たことがあるよ。
前の戦いを終えて砦に帰って来たとき、領主様を背に歩いていたよね。
他の馬も騎士も、疲れてヨレヨレだったけど、領主様も君も、返り血に
濡れながらも胸を張って堂々と歩いていた。
とても格好よかったよ。
領主様はね、とてもお強いんだよ。ああ、君は間近で見知ってるか。
じゃあ、君は知ってる?領主様はね、とてもお優しいんだ。
ついこの間までいた前の領主様は、子供にひどいことをする人だったんだ。
僕も、ひどいことをされた。他にもそんな子供達が一杯いて、ひとところに閉じ込め
られてたんだ。
でも、今の領主様はそんな前の領主様をやっつけてくれて、僕達をそこから
出してくれたんだ。望む者には砦の仕事も与えてくれた。
ね?お優しい方だろう?

つい興奮して大きな声になった僕は、白馬に鼻を鳴らされて我に返った。
白馬はいつの間にか、僕をにらみつけるのをやめていた。白目が見えなくなった
黒い瞳は、穏やかに僕を見つめているように感じられた。

僕は、早く一人前の馬番になって、領主様のお役に立ちたいんだ。
だから、蹴らないでいてくれると嬉しいんだ。君に...触れてもいいかな?

僕が言うと、白馬はその鼻面を僕の顔に押し付けてきてくれた。

以来、領主様の愛馬は僕の担当になったのだ。


他の馬番や騎士見習い達が次々駆けつける中、僕はいち早く
白馬に鞍をつけ終わり、厩から引き出した。
直後、領主様の声が聞こえる。
「おのれ、裏切りかっ!!誰か、馬をもて!」
「はいっ!!」
僕は叫んで白馬と共に領主様の下へ走った。

69916-149 「誇り」:2009/04/17(金) 18:37:43
うっかり萌えたので一応投下。
連投気味なのでwiki収録は辞退させて下さいませませ

HO・KO・RI――またの名をプライド。
男はそれなしには生きられないと言っても過言ではないだろう。
自尊心・自負心とも呼ぶそれらは、ただ存在するだけでは意味を成さない。
それが崩れる瞬間、または対峙する瞬間にこそ、「萌え」は産声を上げるのである。
ここに短くはあるが例を示してみたい。

①プライドの崩壊
「――でさ、掘っても掘られたことはないってのが俺の誇りってわけよ」
「へぇーそりゃ凄いねぇ」
「……なのになんで俺、あんたに乗られてんの」
「まぁまぁ任せてみなって」
「いやいやいやいや舐めんな!んなとこ舐めんな放せこのっ…」
「実は俺もなんだよね」
「はっ?」
「掘っても掘られたことないの♡」
「ちょちょちょっちょとmtk」

②プライドの対峙
「お前、堅気のが向いてんじゃねぇのか」
「馬鹿抜かせ、さっさと行けよ」
「タコが、肩外れてんだろ」
聞き流し、力任せに立ち上がろうとして、膝が笑う。
唐突に肩に衝撃と痛みが来た。奴の靴が俺の肩を躙る。
唇を噛んで悲鳴を殺す、額に脂汗が滲む。
動く方の腕で靴を掴み、怒りを込めて睨んだ。
「退かせ」
「痛いって泣いたら退かしてやるよ」
「そんな趣味があったとはな、反吐が出る」
奴は口の端を吊り上げたまま靴を退かした――と思った瞬間、髪を掴まれた。
「ッう」
声が漏れて、思わず舌打ちをする。
俺を見下ろしていた奴の顔が正面に来て、囁いた。
「逃げんじゃねぇぞ」
「はっ、誰が」
笑える。今更だろう。足蹴にしようと膝を引くと、察したのか、素早く立ち上がった。
「先、行くぞ」
そこに別の意味を見出す自分に嫌気がする。
壁に体重をかけて立ち上がり、口の中に溜まっていた血を、唾とともに吐き捨てた。


拙い例ではあったが、プライドは応用によって無限大に広がる、
「萌え」に欠かせない神器なのである、ということをお分かりいただければ幸いに思う。
また、今回示した「プライドの崩壊」は「性的プライド」の崩壊であったが、
別パターンとして「下剋上」など、プライドが屈服する様される様、
逆転する様なども非常に美味しい例であるということも忘れてはならないだろう。

妄想すればするほど愉しい、萌えに欠かせない要素。それが「誇り」と言えたし。
以上、ご理解・お萌え頂ければ至極光栄であります。

70016-149 誇り1:2009/04/18(土) 02:19:00
 自分なりの誇りを模索しつつ戦う王子の話はいかがでしょう。
 以下、無駄に膨大なあらすじ&シーン抜き取りです。女の子も出てくるので注意。

 舞台は小さいけど豊かな国。
 美しい港、肥沃な大地、実直で勤勉な人々のおかげでその王国は栄えていた。
 しかしその恩恵を受けようと、強欲な隣国の軍が王国への侵略を度々企んだ。
 その度に人々は結束し、勇敢に戦って敵を退けてきた。
 主人公は王子。若くして戦線に立って指揮を執り、
圧倒的に不利な状況をひっくり返して勝利を収めたために
他の国からも自国の民からも希代の名将として特別視されている。
 王子は自国の平和を乱し、搾取を狙う隣国を激しく憎み、
「国のために戦い、誇りのために死ね」というモットーで鬼神のごとく戦った。
 兵士達は王子の言葉に奮い立ち、死を恐れずに敢然と敵に立ち向かったのだった。
           ――ここまで前フリ――

 戦いが終わり、国内も落ち着いてきた頃、王子は町へ降りる。
 と言っても本人だとバレると囲まれるので、一介の兵士の服を着て変装済み。
 港の方に出かけると、何やら人垣が出来ていて騒がしい。
 様子を伺ったところ、異国から来た若い商人が珍しい果物を売っているらしい。
 王子は隣国絡みの密偵ではないかと疑い、しばし物陰に隠れて監視する。
 商人は気前がよく、美人や年老いた者にはどんどん値引いてやっていた。
 ほとんどの果物が売り切れた頃、商人が立ち止まっていた少女に声をかける。
「お嬢さん、お一ついかが?」
「ううん、要らない」
「おや、どうしてだい? この実はなかなか美味いんだぜ」
「私のうち、父さんも兄さんも死んじゃったからあまりお金がないの」
「へえ、奇遇だな! 僕も父を失ったばかりなんだ。お互い苦労するね。
 じゃあこれは僕からの賄賂だ。お母さんと一緒にお食べ」
「わいろって何?」
「友達の証さ。これを受け取って僕の友達になってくれないかい?」
「もちろんよ! ありがとう、母さん甘いものがとっても好きなの」
「そりゃ良かった。また会おうな」
「うん、それじゃあね」
 笑顔で帰っていく少女を見て、王子は複雑な気持ちになる。
(誇りのために死ね、と言ってたきつけた結果を目の当たりにしたため)

70116-149 誇り2:2009/04/18(土) 02:19:43
「そこの兵隊さんもどうですか」
 王子は突然呼ばれて驚くが、先ほどのやりとりから密偵ではないと判断し、
 商人のもとに近づく。
「あんたは商売上手だな」
「あの子も君も、ずいぶん長いこと見てるからさ」
 商人から最後の一つだった果物を手渡され、王子は金貨を差し出す。
「俺は賄賂は受け取らない主義だ」
「まいった、ここの兵隊さんは清廉潔白なんだね。貢ぎ物って言えば良かった」
「それを言うなら贈り物だろう」
「あるいは勇敢な戦士への供物ってとこかな」
 王子の表情が微妙に変わったのを見て、商人は話を変える。
「悪いけど、入り用でお金が必要なんだ。お釣りが現物になっても良いかい?」
 商人が取り出した作りの良い懐中時計を見て、王子は頷く。
「ここは良い国だね。あの子はお金がないと言ったけど、盗みを働こうとはしなかった」
「ああ、みな気の良い者達だ」
「お隣りの国ではこうはいかない」
「あんた、あっちにも行ったのか」
「財布をすられたよ。果物が売れなかったら国に帰れなくなるところだった」
 飄々と語る商人に王子は驚く。
 また、切羽詰った状況にあっても子供への思いやりを忘れない商人に興味が沸き、
彼の話をもっと聞きたいと考える。
「それは難儀だったな。何かの縁だ、一緒に酒でも飲まないか」
「おや、賄賂が効いたかな?」
「友情の証なら受け取る」
 こうして二人は心を交わし、海を越えた友情を育てる。

 酒場にて。
王子「あんたの父上はどのような方だったんだ」
商人「お偉いさんさ。下の者に命令を出して、自分は煙草をふかすような」
王子「戦場には指揮官が必要だ。立場に見合った仕事がある」
商人「求められるのは優秀な指揮官だ。無能な指揮官は国を滅ぼす」
王子「お父上は無能だったと?」
商人「そうだね。頭の回る人だしそれなりに結果を残してたけど、
   僕は蛮勇を奮う者を優秀とは言いたくないんだ。君はどう思う」
王子「勝てば優秀で負ければ無能だ」
商人「シンプルだなぁ」
王子「この国は長い間ずっと隣国からの干渉を受けてきた。戦いにも慣れている」
商人「“誇りを賭けた戦い”だね」
王子「知っているのか」
商人「海の向こうでも有名になってるよ。悪魔のように強い将軍様がいて、
   絶体絶命の状況を逆手にとって向こうの軍をなぎたおしたって」
王子「何匹分も尾ひれがついてそうだな」
商人「もう一つ知ってる。“国のために戦い、誇りのために死ね”」
王子「誓いの言葉だ」
商人「もしも僕が将軍だったら、この台詞は決して言わない」
王子「……何故だ」
商人「なんだい君、ちっとも飲んでないじゃないか。ほら、杯を貸してくれ」
王子「あ、ああ。悪いな」
商人「ここは本当にいい国だね。酒が美味いし、女もきれいだ」
王子「あんたの国はどんなところだ」
商人「まあまあってところかな。父は失敗したが、兄は優秀だ」
王子「兄上がどうしたって?」
商人「いや、こちらの話さ。とりあえず飲みなよ、夜はまだ長い……」

70216-149 誇り3:2009/04/18(土) 02:20:22
 次の朝、王子は港まで商人を送る。
 そこには昨日の少女も来ていて、商人の姿を見つけて駆け寄ってくる。
少女「果物とっても美味しかったわ! 母さんも喜んでた」
商人「そうか、気に入ってくれて良かった。大きくなったら僕の国においで。
   夏になればそこら中に実がなるんだ、いくらでも食べ放題だよ」
少女「もう帰るの?」
商人「残念ながらね。君に会えてよかった」
少女「私もよ。じゃあお別れにこれあげる、航海のおまもり」
商人「わあ、ぬいぐるみ? 君が作ったの?」
少女「うん、母さんに習ったの。これがあれば、お父様を思い出してもさみしくないでしょう」
商人「君は心優しいレディーだね。ありがとう、大切にするよ」
少女「そこにかがんで。キスしてあげるわ」
商人「嬉しいな。大人になってからもしてくれよ」
少女「結婚する前ならね」
商人「慎みは女性の美徳だ。レディ、僕はもう帰るけど、僕の友達とも仲良くしてくれる?」
少女「あら、兵隊さんもキスしてほしいの?」
王子「いや、俺は……」
商人「彼はシャイなんだ」
少女「いいわよ。この国を守ってくれる誇り高き戦士だもの」
商人「良かったな」

 頬にキスされて黙り込む王子の顔を、少女が下から覗き込む。
少女「でも死んじゃいやよ、友達まで死んじゃったらさみしいもの」
 王子が少女の境遇に思いを馳せていると、商人が王子の背を軽く叩いて
大丈夫、この男は悪魔みたいに強いんだと少女に告げる。
王子はぎょっとして商人を見つめるが、相手の態度は何も変わらない。
丁度その時、商人の乗る船が出港の準備を終えて海に出ようとしていた。
少女「やぁね、悪魔だって不死じゃないのよ。今度兵隊さんにもお守りを作ってあげるわ」
商人「感謝するよ、レディ。兵隊さんも、有意義な夜をありがとう」
 商人は進みだした船に向かって走り出し、すんでのところで飛び乗った。
王子「待て、あんた一体何者だ」
 船は、徐々に遠ざかっていき、二人は互いに声を張り上げる。
商人「僕に会いたくなったら海の向こうの国を訪ねてくれ。
   あの時計を見せれば、誰かが取り次いでくれる」
王子「私のことを知っていたのか」
商人「普通の兵は商人に金貨なんか渡さないよ、次からは気をつけるべきだ」
王子「あの果物は――」
商人「友情の証さ! 僕はこの国も君たちもすっかり気に入ってしまったからね!」
 更に小さくなっていく船に、少女が大きく手を振る。
少女「私もあなたのこと気に入ったわー!」
 また会おう、という商人の声を最後に、船は国に帰っていった。
 王子は呆然として、ポケットから懐中時計を取り出す。
 その裏側には、海を挟んだ国の王家だけが使うことを許されている紋章が掘り込まれていた。
少女「兵隊さんもわいろをもらったの?」
 聞く人が聞けば大事件として取り沙汰されるようなことを少女に言われ、王子は頭を抱えた。

70316-149 誇り4:2009/04/18(土) 02:20:48

 王子は商人(のフリをした他国の王族)の言葉の意味を考える。
「もしも僕が将軍だったら、この台詞は決して言わない」
――国のために戦い、誇りのために死ね。
 人々は奮起し、隣国に打ち勝った。この国は守られたのだ。
 何も間違ってはいない、兵士たちは勇敢に戦い、見事な生き様を見せてくれた。
 そう思う一方で、少女の言葉も耳に残っていた。
「死んじゃいやよ、友達まで死んじゃったらさみしいもの」
「今度兵隊さんにもお守りを作ってあげるわ」
 彼女と母の貧しい食卓に、あの果物はどれだけの潤いを与えたのだろう。
 父や兄を失ってなお、他人を慈しむ心を忘れないこの国の子供はなんと美しいだろう。
 王子が一つの結論に至った頃、国境に隣国の兵が向かっているという知らせが届く。

 すみやかに軍議が設けられ、もちろん王子も呼び出された。
 いくつかの守備・攻撃の戦術が提案された後、王子は意見を求められた。
王子「戦わないという方法もある」
 周囲の軍人はざわめき、名将、気が狂ったかと口走る者もいた。
軍人「どういった方法です、凡兵にもわかるようにおっしゃってもらわなければ」
王子「海向かいの国と同盟を結び、その旨を隣国に伝えるのだ。
   あの国は隣国を上回る勢力を持っている。大きな威嚇になるだろう」
軍人「は! 猫のケンカじゃあるまいし、威嚇などにどれほどの意味がありましょう。
   戦って血を流さなければ、愚かな奴らはわからんのです」
王子「そうやって今まで幾度も戦ってきたではないか。結果、何も変わらない」
軍人「もしもあの国が隣国以上の脅威になったら如何されるのです」
王子「いや、それはない」
軍人「何故言い切れるのですか」
王子「――内々に上部と話をつけておいた」
軍人「何ということを……!」
王子「もちろん国境には兵を置く。しかしこちらからは手を出さぬ」
軍人「この国の誇りをお忘れになったのか! 他国に助けを請うなど許されない行為だ。
   私はあなたに余所の王の靴をお舐めさせて勝とうとは思わない!」
 悲痛な叫びが響き、広くはない会場が静まり返る。
 王子は侮辱ともとれる発言にも落ち着いたまま、穏やかに語りかけた。
王子「お前にとって誇りとはなんだ」
軍人「この土地と我が血でございます」
王子「私にとってはおまえ達すべてが誇りだ」
 その場にいた全ての者が王に注目した。
「全ての民は私の父であり、母であり、兄弟である。みな愛しい家族だ。
私の統べるべき国に生まれてきてくれた美しい者たちだ。
皆がいなければこの国もなかった。民こそが私の誇りだ。  
誇りを守るために、私は最良の方法を選ぶ。それだけだ。
民のために戦い、誇りのために生きるのだ」
 王子が話し終えると、もう反対する者はいなかった。
 兵の割り当てと渡航の詳細を決め、王子は商人のもとへ行くことになり、
 最後まで王子に反対していた軍人が国境を防衛する役割を担うことになった。
(王子は名将と言われる自分に、信念のために逆らった軍人を信頼した)

70416-149 誇り5:2009/04/18(土) 02:22:00
 出航の際、王子は港で人待ち顔の少女を見つける。
 声をかけると、少女は以前と違って立派な服を着ている王子に驚く。 
少女「いやだ、すっかり見違えちゃったからわからなかった!」
王子「あいつに会ってくる」
少女「よろしくって言っておいてね。あ、約束のお守りよ。やっと渡せるわ」
王子「心強いな」
少女「キスは要る?」
 王子は彼女の前に跪き、両頬にキスを受ける。
少女「王室式なのね、すてき! 片方のキスはあの人にあげてね」
王子「君のためなら、レディ」
少女「いってらっしゃい、王子様」

 こうして王子は異国に着き、商人(の振りをしてた王子)にキスをして面食らわせ、
あれやこれやしてすばやく同盟を組み、隣国に脅しをかけて
戦争を回避&今後の侵攻の禁止を約束させます。
 民衆はもう隣国に脅かされることがなくなったと聞き、お祭り騒ぎ。
 希代の名将はそのうち希代の賢王として期待されるようになりました。
 王国同士の国交は末永く続き、二人の友情も更に深まり、
少女の結婚式の際は三人でヴァージンロードを歩いたのでした。

70516-180 昨日:2009/04/20(月) 19:52:32
昨日のことを思い出した。
村上と、夕方まで一緒にいた。
駅で別れる時間まで、駅ビルのでっかい本屋で心ゆくまで新刊漁ったり、専門書パラ見したりした。
本屋に入る前に公園で飲んだ暖かい缶コーヒーのおかげで、実にゆったりした気分で過ごした。
公園の桜はすっかり散ってしまっていたが、枝変わりなのか、
一枝だけ、もうまばらな花を残している木があって、
それが風に吹かれて最後の花びらを散らすのを、ベンチで見ながら飲んだ缶コーヒーだった。
村上が、
「まるで祝福の」
言ったと同時に、自分でも無意識の正拳突きが奴の腹に決まったっけ。
「さっき食べた天津飯がぁ……」
悶えた村上。これ見よがしに大盛りなんか食べたからだ、馬鹿。
あいつのアパート近くの中華料理屋は天津飯が美味いんだ。ラーメンは不味いけど。
俺の方は少々食欲不振だったから、嬉しそうに注文する村上にちょっとむかついたな。
意地でも残したりしなかったけど。
幸い、昼前の早い時間だったから、店内は二人っきりで。
昼飯っていうか、朝昼兼用だったから早めの時間だったんだ。
朝飯は食べてなかった。そんな暇無かった。
とにかく人に見られたくない気分だったから、他に客がいないのはありがたかった。
店に行くのに村上の部屋を出るときは、なんかもう、顔上げられないぞって感じだったもん。
世間様は、みんなとっくに休日を元気に満喫してるっていうのに。
お天道様はあんなに明るく真っ当に輝いてるのに。
後ろめたい。
そのつい30分まで、暗い部屋で俺達は布団の中だったから。
男二人で。昨夜のまま素っ裸で。外の喧噪を聞きながら。
目を閉じたまま聞いた、低い、好きだって言った村上の声が耳に残る。
そういう朝は初めてだった。
俺も、と呟くのが精一杯だった。

ああ、明日どんな顔して村上に会えばいいんだろう。

706萌える腐女子さん:2009/04/20(月) 22:04:22
>>705
最後の行は
「ああ、今日どんな顔して村上に会えばいいんだろう。」
でした……orz

707昨日:2009/04/20(月) 22:23:44
実は僕は超能力者でしてね、妙な時間に俺を呼び出したそいつは素っ頓狂な事を言い出した。
「といっても気づいたのは最近で、どうやらある『1日』を何度もループさせる力があるんみたいなんです」
じゃあお前は『今日』を何度も体験してたりするのか?
「その通り。かれこれ1週間は今日…というか僕にとっては、昨日であり一昨日でもありそのまた前の日でもあるというややこしい状態なんですが、4月20日が続いています」
ずっと同じことをやり続けているのか?
「仮説ですが、僕が今日という日にやり残した事を悔やむ思いから、こんな力が芽生えたのかと思いまして」
起きる時間、通る道、食事のメニュー、話相手などなど、とにかく片っ端から違う『今日』を試してみたのだと言う。
「試行錯誤した結果、やはりあなたしかいない、と思いまして」
確かに俺は明日から結構な期間海外研修に出る身だが、なんか俺に恨みでもあんのか。
「いえ、」
不意打ちのように腕を引かれた。口と口が重なる、信じがたいことだが、俺とそいつの。
時計は今まさに23時59分59秒。
「ずっと、好きだったんです」
次の瞬間、そいつは『昨日』からの脱出に成功した。

70816-209「死ぬ気でがんばります!」:2009/04/22(水) 01:07:52
敵はもう目の前まで迫りつつあった。
どうするか、王族である私が残って士気を高めるべきか。
それともここは敗戦を見越して、再起を計るべきか。
眠れぬ夜が続き、斥候の報告では明日あたりにいよいよ全面対決になるのでは、という夜、幼馴染みの奴が訪ねてきた。
「あれ〜王子どうしたんですか〜そんな深刻そうな顔をして!」
……こいつはいつもいつも、空気を読まぬ行動をしてきた。
王子である私の勉学の友として、王宮に初めてやって来た日もヘラヘラと笑って、隠れんぼしましょ〜と言ってのけた男だ。
王子に向かってその物の言い様が出来る程肝が座っていた、悪く言えばアホな男はこの敵が迫り来る危機的状況にもいつもと変わらぬ物言いが出来るほど肝が座っていた。
「深刻にもなると言うものだ。敵軍はもう間近、しかしこちらの軍は臨時徴兵されたものが殆どのズブの素人ばかり。敗戦は濃色だ。深刻な顔をしたくもなるだろう」
「あ〜んダメだよ王子笑って笑って?」
そう言って奴はニヤけた笑みを浮かべた。
この状況でなければ、見る人を笑いに誘う、そんな笑みだ。
しかしこの状況では俺は笑う所ではなかった。
「それは無理だと言う物だ……私はどうするべきかな……死ぬと分かっていて、戦に赴き士気を高めるか。それともここは命を惜しんで兵達を見殺しにして脱出するべきか」
フッとため息を漏らす。これは自嘲だ。どうにもならぬ状況への、どちらにしろ兵隊を見殺しにせざるをえない状況への。
しかし奴はまた笑ってみせた、こんなどうしようもない状況だと言うのに。
「大丈夫!俺たち死ぬ気で頑張ります!この国のため!……そして王子のためにも」
奴は俺にそっと手を伸ばしてきた。その手は彼自身にも死が迫っているにもかかわらず震えてはいなかった。覚悟とでも言おうか、彼の気持ちが伝わってくる気がした。
「……いいか、あくまでも死ぬ『気』だぞ!僕を残して本当に死んだら、絶対許さないからな!」
奴はいつものように「は〜い」とふざけたポーズを取ったが、今の僕には、それを信じるしかなかった。

70916-149「誇り」:2009/04/24(金) 12:04:00
作戦決行前夜。
「頼みがある」
小さな明かりをつけて使い慣れた小銃を手入れしていると、藤堂が俺の部屋を訪ねてきた。
無口だが、ある種の鋭さを瞳に秘めた二十代後半の男。
喋ってみると博識で豊かな知恵もある教養人であることがすぐに解った。
徴兵される以前はさぞかし栄誉ある職に就いていたに違いない。
どちらかというと無教養で快活な性格の自分は、そんな藤堂とは共通点が同年代という以外はほぼ皆無で、
だからこそ他人より仲よくすることができた。
自分の部屋にやってきて、藤堂さんが改まって頼み事をするなんて珍しい。
俺は一瞬そう思ったが「入れよ」と普通に返事をした。
「こんなことを君に突然言うのは間違っているのかもしれないし、もしかしたら俺という人格を疑われるかもしれない」
「…何が言いたいんだ?」
入ってくるなりそう切り出す藤堂に、俺は眉間にしわを寄せる。
「多分、俺は明日死ぬ」
突然のセリフに、俺は一瞬言葉に詰まった。
「…ここにいる奴らは、藤堂も俺も含めて明日死ぬかもしれない奴ばかりだろ。なんでいちいち俺にそんなことを言うんだ」
かろうじて尋ねると、相手はすこし間を開けた。
「そうだな。これはきっと言い訳なのかもしれない。けど」
言葉を切って軽く息継ぎをして、そいつは言った。
「だから、俺を抱いてほしい」
銃の手入れをしていた手が止まる。改めて俺は奴を見た。灯りがうす暗くて表情が見えない。
「それを、言うために、ここに?」
「そうだ」
「…何故」
死が隣り合わせの戦場では、男性同士のセックスはよくあることだ。
おそらく生き物としての本能がそうさせるのだろう。
しかし奴は本能よりも理性が勝つタイプだと思っていた。なのにそいつがそんな物言いをする。
俺は正直戸惑った。
「俺がこんなことを言うのが理解できないという顔をしているな」
声のトーンを変えず、淡々と奴が喋る。
「当たり前だ。明日死ぬかもしれないから抱いてほしいなんて、理屈に合わない。お前らしくない」
「理屈に合わないのが人間だ。そしてそれは性欲も戦争も一緒だろう」
一歩一歩自分に相手が近づく。
『奴らしい』とはなんだろう。自問しながら体を緊張させる。
「どうしたんだ。本当にお前らしくもない」
それでも俺はそう言うしかない。
「俺らしいとは何だ。理屈に合わないと俺らしくないということは、普段人間らしくないのが俺ということか」
「そんなことは言ってないだろ」
相手の顔が近づきアルコール臭がして、初めて彼が酒を飲んでいることに気がついた。そして眼下が赤く腫れていることも。
「なあ、頼む」
銃の扱いを覚えて半月余りの細い腕が、自分の襟を固く握りしめる。相手の顔が自分の顔に寄せられた。
互いの唇が触れた後、消え入るようなかすれた声で奴が言った。
「…おかしくなりたいんだ」
その言葉で藤堂の自尊心の崩壊を知った俺は、突き動かされるように奴を抱きしめた。
相手の唇を奪ってそのまま背後のベッドに押し倒す。下衣をはぎ取り相手に自分を叩きつけるように、乱暴に交わった。
交わる間、奴はずっと泣いていた。
何度も口付けて、俺を慰めながら何度も「助けて、助けて」とうわ言のように繰り返す。
無性に悲しくて、俺もずっと奴に慰められながら、同じように泣いた。

710萌える腐女子さん:2009/04/24(金) 12:07:39
>>709
11行目「藤堂さん」⇒「藤堂」です。誤字すみません!

71116-239 「そろそろ本気だしていいですか?」:2009/04/28(火) 22:47:29
「そろそろ本気だしていいですか?」
凝ってきた肩と首を鳴らして、あくびをかみ殺した。
社長の手慰みにつきあうのも一仕事だ。
いい大人の男が、もう数年来、昼休憩のゲエムにうち興じているのだった。
昼餉をかき込み終えると、社長はニコニコと道具を出してくる。
最初のうちは碁や将棋といった馴染みの遊びだったが、
マンネリズムを感じたのか五目並べ、回り将棋、将棋崩しと手を変えてきて、
それも回数を重ねて後は、何やかんやと様々なゲエムの類をどこからか持ってきて、
時には説明書きを読み読み、試行錯誤に遊ぶようになったのだ。
西洋骨牌はポオカア、お婆抜きが定番となった。
行軍将棋をやった時は審判役がおらず、二人でやるとこれは揉めた。
野球盤はなにしろ乱暴で、あっさりと破れてしまった。
源平碁は簡単な手順ながら良くできた遊戯であった。
麻雀、花骨牌、西洋双六、チェス……枚挙にいとまがないほどやった。
人類はかくも暇をもてあます生物なるか、と思わず考えさせられるくらい、いろいろなゲエムを社長と遊んだ。
そう、社長の相手はいつも僕だ。こちらは社長と違って、
いつも店内にいて、客に帯を見せたり紐を出したりがそも仕事だというのに、
こうして奥へ引っ込められて、茶まで持ってこさせて、
「柿本君、一番勝負、一番だけだから」
などと言って、調子よく延々つきあわされるのだ。
そのくせ社長は下手の横好きであった。
目新しいゲエムは僕も勘所がわからないが、将棋や碁なら多少の定石は知っている。
そうして指したり打ったりしていると、格段勝ってやろうとか思いもせぬがいつも勝つ。
素人目に見ても、社長の筋は目茶苦茶だろう。
下手な相手と遊ぶのは、それはそれでくたびれるものだ。
大概僕は飽きっぽい方だし、店も気になる。そこで常に良い頃合いで、
「そろそろ本気だしていいですか?」
と社長に宣言する次第だった。終了宣言であった。

今日に限って、社長の返答は否だった。
「駄目だよ」
にやりと笑って、本日のゲエムである碁の盤から目を上げた。
「あんまり早く終わっちゃつまらない、せっかくの時間だよ」
ふ、とその笑みが苦さを加えたものになって、
「酒も煙草も悪い遊びもやらないお前さんが、ただ付き合ってくれるのはこれだけだからな」

71216-259 「漢を目指す受とそれを必死で止める攻」:2009/04/29(水) 17:28:06
『ボビーになってきます。2週間で帰ってきます。何も言わずにいなくなってゴメン』
いつも通りネギのささった買い物袋を提げ、合いカギを使い、上機嫌で部屋の扉を開けた俺を待っていたのは
誰もいない片づけられた部屋と一枚の簡単な書き置きだった。
「…は?」
俺の頭の中をあらゆるクエスチョンマークが埋め尽くす。
いやいやいやまてまてまてまて待ってくれ
ボビーになる?誰が?お前が?お前は生粋の日本人だろう?いやその前に人は他人になれるのか?2週間てなんだ?それって国籍変更の申請期間?というかこの部屋は?てかなんでお前いないの?なんでキレイなの??
しばらく呆然と立ちすくむ。どさりと買い物袋が崩れ落ちる音がした。その音で思考停止だった頭が再びフル回転し始める。そしてやっと、理解した。
「あ…のや、ろーーーーー!!!!!」
魂の限り雄たけびをあげると、ベランダに出て紐で縛られたチラシや雑誌をチェックする。あるだろうか。あった。
『君もボビーになろう!2週間の筋肉強化合宿!見違える体!!鍛えられた肉体美!!! 日時…場所…』
「畜生!」
急いで携帯を出して、アイツに連絡する。
俺に何も言わず、書き置きだけ残して消えたんだ。携帯なんて出ないだろうという気持ちはあったが、それでもかけずにはいられない。
『本物の漢(おとこ)ってやつになりたいんだ』
そういって、白く細い腕を自嘲気味にあげてみせたアイツが脳裏をよぎる。
『あぁ、そうだな。お前は漢ってやつを知らなさすぎるもんなぁ』
冗談交じりにそう返したのを覚えている。いや、しかしまさか、だからといって、こんなことになるとは。
「出ろよ…出ろよ…」
電源は切ってはいないようだ。プルルルルという電子音が耳に響く。繰り返す無機質な音を聞きながら、説得の台詞を必死に練った。
いいか、良く聞け。俺はお前のそのホワイトアスパラのような白さが好きなんだ。いや、ちがう。抱いた時の物質的な硬さが、いや駄目だ。
もやしのような…いやむしろこの表現は逆効果だ。思いつく台詞は全て酷い。まるで悪者。
俺が言いたいのはこんな事じゃない。こんな事じゃないんだ。
「…はい」
アイツの声が電話越しに聞こえた。まさか出るとは思わなかった分、不意をつかれて今まで頭に渦巻いていた台詞が全て吹っ飛ぶ。しかし時間は待ってくれない。
ごくりと唾を飲み込む。伝えられるだろうか。いや、伝えなければ。俺は、お前が、好きなんだ。
「あのな…」

71316-259:2009/04/29(水) 22:02:40
レスいただきありがとうございます。
なんか思いついてしまったのでスピンオフ。

「岩城竜之介さんってこちらですかー? 宅配便です、はんこ下さい」
「いつもご苦労様です。わー、やっときた」
「竜ちゃん。それ、この間頼んでた通販の家具?」
「うん。一目ぼれしちゃって……。うわ〜、思ってた以上に可愛い!」
「いつも以上にバラがたくさんついてるねえ」
「さとりん、ごめんね。本当は嫌なんでしょ、こんな部屋……」
「いや、別世界にいるみたいで楽しいよ。携帯の模様替えも面白いし。また変えた?」
「気がついてくれて嬉しい! このチュールフリルとテディベアが可愛いの!」
「可愛いけど、現場で驚かれたりしない?」
「驚かれたから現場用は他に用意したんだ。ほらほら、とにかくご飯食べよ! お腹すいたでしょ?」
「ありがとう。今日は何?」
「炊き込みご飯と、魚の味噌ホイル焼きと、あさりのお吸い物、五目豆」
「くー、いいね。いつもおいしいご飯が家で待ってて幸せだよ」
「もう。今日は嫌なことあったけど、さとりんがそんなこと言ってくれるから全部吹き飛んじゃう!」
「ああ、なんか現場で怒鳴ってたね。竜ちゃんがゲンコツで殴ってたから、
職人さん相当な事したんだろうなーって思ってた」
「見てたの?!」
「進行チェックに。一応、親会社の人間ですから」
「いやー! さとりんに見られてたなんて!」
「竜ちゃんが真剣に仕事をしてる所を見るのは好きだよ。
それにきちんと仕事してくれる人の方が会社としてもいいのは当然だろ」
「でも……そんな所ばかり見られてたら、いい加減嫌われるから……」
「嫌いになんかならないよ。竜ちゃんほど可愛い人は他にいない」
「……さとりん!」
「……り……竜ちゃん、ちょっと苦しい」
「あっ! ごめんね! もう、こんなごつい腕最低!」
「そんなこと言わないで。僕はこの腕から芸術的な建物が出来るのを見るのが好きなんだ」
「さとりん……」
「君と出会えて僕は幸せ者だよ」
「ううん、それはこっちの台詞……」
「なんか照れちゃうね。ご飯温かいうちに食べようか」
「うん、食べて」
「後で竜ちゃんも食べさせてね」
「……ばかっ!」

71416-289 「1cm」:2009/05/03(日) 01:10:52
しこたま飲んで酔いが回り始めると、シュウはいつも決まってこう言う。ごめんねえ、と。
「ごめんねえ、またクビになっちゃった」
僕の知っている限り、シュウがバイトをクビになるのは今回で四度目。僕の部屋に転がりこむ前も数えたら、一体何回になるのだろう。いつも誰かと喧嘩をしては啖呵をきって辞めてきてしまう。
リビングに散乱するビール缶をごみ袋へと入れながら、僕は酔っ払いの覚束無い言葉へ返事を返す。
「いいって。家賃だってちゃんと半分入れてくれてるんだしさ、僕は何も困ってないよ」
「だって、俺がいたら、彼女も部屋に呼べないっしょ?」
そしてまた、ごめんねえ。
そんな、もうほとんど眠りに落ちかけているシュウに、苦笑いを浮かべた。
「そんなのは僕に彼女が出来てから心配してよ」
彼女なんて大学以来いたためしがない。
「俺のことは、いつでも追い出していいから。だから良い彼女作れよな」
「はいはい、ありがとね。分かったからもう寝なよ。毛布持ってくるから、ね」
綺麗になったリビングを見渡して溜め息をつき、寝室へ毛布を取りに行く。絨毯の敷かれていない部分のフローリングは、驚くほど足先に冷たかった。
暗い寝室に電気を点け、押し入れから寝具を引っ張り出して、柔らかい毛布へ顔を埋める。
泣いてしまいたかった。
シュウに僕の心の内なんて、何一つ伝わっていない。
高校時代からずっとシュウが好きだった。不毛な恋をしても仕方がないと恋人を作っても、辿り着くのはシュウへの気持ちだけだった。
それなのになあ。
報われることなく、シュウとは平行線の友達のまま。交わって傷つくことも、触れ合うこともない。
リビングへ戻るとシュウはソファーに体を折り畳んで眠っていた。
音を立てないようにソファーの前まで行き絨毯へ跪く。薄いシャツを着た肩まで毛布を掛けてやると、シュウの小さな寝息が聞こえた。
すうすうと安らかな寝息。
僕はシュウの顔へ自分の唇を寄せる。そして、僅かな隙間を残して、そっと呟く。
「好きだよ」
好きだ、シュウ、好きなんだ。
僕はシュウの心を動揺させたくない。この居心地の良い友情を壊してまで、シュウに気持ちを伝えることなんて出来ない。
結局のところ僕は、こうやって最後の1cmを踏み越えられない臆病者なのだ。
ごめんだなんて僕の台詞だろう。
ごめんね、僕はシュウが好きなんだ。だから、シュウが思っているような友情を、僕は思えない。
「好きだ」
小さな小さな声は冷たい部屋にひっそりと消えていく。
臆病者の想いに相応しい、うらぶれた墓場だと、僕は泣きながら笑った。

71516-339「アスリートでライバル同士」:2009/05/08(金) 00:11:21
 その日、退部届けを出した。

 玄関で靴を履いていると、いつの間にか杉田が俺のすぐ目の前に立っていた。
 おい、まだ部活中の時間だろ? 陸上部期待のエースがこんなところで油売ってていいのかよ。
「なあ木下、お前……」
 ぜいぜいと息を荒げているのは、きっと向こうのグラウンドから一直線に駆けてきたからなんだろう。
 いつも後ろから見るしかなかった、流れるような綺麗なフォームで俺の所まで真っ直ぐに。
「ん?もう聞いたのか?」
「聞いたのか、じゃねーよ! 何で部活辞めちまうんだよ! もうすぐ県大会あるんだぞ! 俺とお前どっちが選手に選ばれるかって競い合ってた仲じゃねーか! なのに何で!」
 真っ赤な顔で噛みつくように俺に向かって怒鳴る姿に、ああコイツ理由聞いてないんだなと気付くのは容易だった。
「……脚」
「え?」
「脚、怪我したんだ。だからこの一週間程学校に来れなかった。まあたいした怪我でもないけどこれじゃ練習出来ないし、そしたらお前に勝つことなんてもう絶対無理だからな」
 どうせ大会終われば引退だし、と一言加えて身体を起こす。
「お前まだ練習残ってんだろ? 県大会、俺の分まで頑張ってくれよ。な?」
 立ち尽くしたままの杉田の肩をぽんと叩いてそのまま出て行こうとしたけど、次の瞬間強い力が腕とそして背中にかかった。
「……んで、何でそんな簡単に割り切れんだよ! 俺、お前と走るの楽しみにしてたのに! まだ時間あるじゃねーか! 怪我治して、それからでもまだ間に合うだろ! なあ!」
 ぎゅっと強く抱きしめられて、一瞬言葉に詰まったけれど。
「……ごめん」
 それだけ言うのが精一杯で、俺はそっと杉田の腕を振り解くと一度も振り返らずに学校を後にした。
 頼むから、無茶なこと言わないでくれよ。
 一度たりともお前に追いつけなかった悔しさを、もうこれ以上は知りたくないんだ。
 本当は、ずっと誓っていたことがあるんだけれど。
 お前に追いつき、追い越せたなら、その時絶対言ってやろうって誓ったことが。
 けれども俺は走るのを辞めてしまうから、これから先はお前にずっと追いつけないから。
 だからもう、俺はお前に言えないんだよ。

 ずっとずっと昔から、お前のことが、好きだったって。

71616-359「いたずら」:2009/05/10(日) 03:54:12


「お前のことが、好きだったよ。ずっとさ」
 笑いながら紘介が言った。口の端が奇妙に歪んで、震えたようにみえた。……気付かない振りをした。

 高校時代の友人の結婚式で、5年ぶりに紘介と再会した。
 特に何があったわけでもないが、紘介とは大学が離れて以来どちらからともなく連絡をとらなくなった。よくある話だ。
 中学高校といつも二人でいて、ワンセットとして扱われていた。部活も同じテニス部で、弱小だったけれど6年間ダブルスも組んだ。当時の自分は屈託がなくて、しょっちゅう紘介にいたずらを仕掛けては二人で笑い転げていた。
 大学を離れてからも何度も連絡をとろうとしたのに、メールの文章に悩んで、電話の話題に困って、結局連絡の頻度は減っていった。紘介の口から自分の知らない誰かの話を聞くのも嫌だと思った。
「俺の家近くなんだけど。…明日休みなんだったらさ、うちで飲みなおさない? 泊まっていってもいいし」
 結婚式の帰り、声が震えないように気をつけながら誘うと、笑って康平は頷いた。
 酒を大量に仕入れて、途切れがちになる話題を埋めるようにとにかく飲んだ。普段なら飲むとすぐ眠くなるのに、鼓動が速くなるだけでちっとも眠くならない。
「今付き合ってるやつ、いるの?」
「……紘介は?」
「いないけど。なんか、忘れられなくてさ。こういうの、言われてお前は引くかもしれないけど」
 好きだ、と言われた。
「寝ようか」
「紘介、」
「布団借りてもいい?」

 電気を消して部屋に闇が広がると、途端に息遣いが気になり始める。自分が何度も寝返りをうっている内に、紘介は眠ったようだった。
 ふと、この前高校のクラスメイトだった友人が電話で話していたことを思い出した。
「紘介はさー優しすぎんだよなー。変なとこ臆病っつーかさ。この前の同窓会、お前も紘介も来なかっただろ? 愛美がさ、あ、今実はこの前の同窓会から愛美と俺付き合ってんだけど。愛美がお前と紘介がそーゆーとこそっくりだって言い出してその話でみんなで盛り上がったんだぜ」
 逃げてばかりだった自分に、言う勇気はなかった。「好きだった」と言った紘介の顔を反芻する。
 一番最初に二人でダブルスを組んだとき、練習試合で自分が球を取りに行って紘介とぶつかるのが怖かった。二人とも譲り合って、自分の場所から動けなくて、結局その日のスコアは散々だった。
 いつからだったんだろう。でもそのときも、最初に踏み出したのは紘介だった気がする。
 ……手が震える。ゴクッと唾を飲み込むと、紘介が目を覚まさないように体を起こす。
 眠っている紘介の顔にはうっすらと髭がはえていて、一緒にいた頃よりも男ぶりがあがった気がした。
 唐突に、好きだ、と思った。好きだ。好きだ。…もう、逃げられない。
「……なに」
 紘介に気づいたら口づけていた。ぱっと紘介が目を開ける。
 一生分の勇気を振り絞って笑った。あの頃みたいに。

「いたずら」

71716-369「盲目の正義」:2009/05/10(日) 18:56:15
なんだかファンタジーな萌え語りここに置いてきますね

盲目の正義、ときめく響きです。
ヒーローでも革命の士でもむしろ悪役側でもとてもおいしくいただけます。
正義の名を借りて、自分のやっていることに何の疑いも持つことなく突き進む。
良く言えばとても素直でまっすぐな、悪く言えばとても愚かで意固地な人物だと思います。

私はそうして今まで信じてきたものが揺り動かされる瞬間というものがとても好きです。
敵役に自分の矛盾や見てこなかったものを指摘されて必死になって否定するのもいい。
(その際にお前らとは違う!などと、むしろ正義であるはずの彼のほうが酷い言葉を投げかけるのは多分お約束です)
彼を憎む人物がその坊ちゃんっぷりや偽善をせせら笑うのでもいい。
悪魔の誘惑のように感じられるそれらの台詞で、自分の基盤がぐらぐらになって、
荒れすさんだり、思い悩んだりと、精神的にぐちゃぐちゃになる彼の姿にはとても嗜虐心がそそられます。

着地点としては素直でまっすぐな彼のこと、
それまでむしろ忌み嫌っていた人物の言葉を聞き入れて一緒に戦うのもいいです。
彼はより賢く、よりいいリーダーとして人々を導いていくことでしょう。
もちろん、愚かさや意固地さをを発揮して自分の持つ正義に固執するのもありです。
狂気さえ孕んだようなその様には、もはや救えないという哀れみを感じるでしょう。

ですが個人的には、彼の愚かさを知りつつも傍に控える存在がいるとより萌えます。
自分のやってきたことに疑いを持つ彼に対し、
「お前は間違っていない。考えるな、そのままでいい」と、せっかく開きかけた彼の目をまた閉ざそうとするのです。
彼を利用する奴でもいい。彼やその思想を盲信する人物でもいい。
その弱さや脆さを知ってなお、ただ彼にどこまでも付いて行こうとするのでもいいんです。
死別、決別、彼らに幸福な結末は待っていないかもしれませんが、それでも共にいてほしいと思うのです。

718 16-369「盲目の正義」 1/2:2009/05/10(日) 23:20:25
真昼の病室に風が流れ、赤褐色の髪を遠慮がちに揺らした。
白いベッドに仰臥した青年は、目を閉じたまま、塑像のように動かない。
その冷たい手を取って、上から掌を重ねた。
大丈夫、眠っているだけだ。胸の内で繰り返しながら、昔のことを思い出していた。

ただ一度、心の底から愛した人を、理不尽なかたちで喪ったことがある。
当時はまだ年若く、状況に強いられ、納得のゆかぬ死をただ受け容れるよりなかった。
到底割り切れるものではない。無理と異物をのまされて、心のどこかが歪んだ。
力が欲しい。その一心で、ひたすらに権力の座を目指した。
いつしか位人臣を極め、手にした力で片端から不正を潰して回った。
そうしているときだけ、許されているような気がした。
復讐のつもりであったかも知れない。
厳しさのあまり、方々から恨みを買っていることは承知していたが、
自分の死をもって完結することならば、それはそれで構わないと思っていた。

だが、どうだ。己に返ってくるはずの報いは、無辜の若者に降りかかった。
あのときは非力ゆえに、今また傲慢ゆえに、私はかけがえのない人間を失おうとしている。
また、同じことを繰り返すのか。贖罪の機会すら与えられぬのか。
「君さえ、そばに居てくれれば……」
両掌の間に包んでいた手を、無意識に握り締めた。そのとき―――
「……さま」

どきりとした。蒼灰色の目が、真っ直ぐにこちらを見つめ返していた。

719 16-369「盲目の正義」 2/2:2009/05/10(日) 23:23:10
呼ばれたような気がして、ふと夢から覚めた。
誰かが傍らに付き添っていて、左手を握っているのが分かった。
瞼を開けたとき、視界に入ってきたのはただ光と影だった。
眩しさに馴れてくると、曖昧な影であったものは見慣れた男の像を結んだ。
途端に安堵がこみ上げてきて、思わずその名を口にした。
彼は握り締めていた手を離して、咳払いをひとつする。
「ご無事……でしたか」
「無事に決まっている。私を庇って刺されたのだぞ、君は」
「では、あの男は」
「死んだ。護衛に捕えられ、その場で毒を噛み砕いた……らしい」
らしい、と伝聞形で話をするのは、いかにも彼らしからぬことだった。
まだ、きちんと事実の確認を済ませていないのだろう。
「何故だ」
唐突に彼は言った。意味をはかりかねているのを察して、先を続ける。
「君は、わらったのだ。あのとき……刺された君を抱き起こしたとき、
 君は私を見て、確かに微笑んだ。血を流しながら、息も絶え絶えの状態で、何故」
言われて、徐々に記憶が蘇る。広間に飛び交う怒号と悲鳴が、遠く聞こえていた。
痛みと、噎せ返るような血のにおい。駆け寄って僕の名を叫ぶ彼の姿が、逆さまに映った。
わらっていたのかも知れない。あのとき、薄れゆく意識の中で何を思ったかといえば。
「おかしかったんです」
要点だけをかい摘んで答えると、彼は胡乱げに眉をひそめた。言葉が足りなかったらしい。
「あなたがあんまり取り乱したりするものだから、おかしくなって、つい」
「……君は馬鹿だ」
「ええ、そうでしょうとも」
「救いようのない馬鹿だが、国に必要な人間だ。これからも馬車馬のように働いてもらうぞ」
「素直に長生きして欲しいと仰ればいいのに」
「こういうことは年功序列だ。後から生まれてきた君が先に逝くのでは筋が通らん。
 私は筋の通らぬことが嫌いだ。だから、そのような真似は決してしないと誓いなさい」
生死は神の御業、いずれが先に召されるかは天の決めるところだろう。
しかし、今の彼が求めているのは、そんなありきたりの正論ではない。
「約束します。天地が引っ繰り返っても、あなたを残して死ぬことはない。
 ……だからもう、泣かないでください」
彼はハッとしたように顔をあげ、袖口で乱暴に頬を拭った。
その片腕を捉えて引き寄せ、手首の内側に唇で触れた。
薄く柔らかな皮膚の下には、温かな血が脈打っている。
「あなたも人の子だ。血も涙もあって、 時に間違いを犯すこともある。
 そう気付いたからには、暴走したあなたを止めるのは僕の役目です。
 是が非でも、死ぬわけにはいかなくなってしまいました」
人間誰しも、鍛えようのない脆い部分を持っている。
世に鋼鉄の男と畏れられる彼とて、決して例外ではないのだ。
彼は手首を預けたまま、観念したように苦笑を浮かべた。

72016-499 「次男」:2009/05/30(土) 18:15:45
「ただいま」
がちゃり、と扉の音と一緒に聞こえた声で、一気に気分が落胆する。
俺の隣で本を読んでいた佐藤が、あれ、といってからすぐに本を置いて振り返る。
「お邪魔してます」
「あれ、佐藤。久しぶりだなぁ」
「そうですね。え、いつもこんな時間に帰ってきてましたっけ?」
「今日から中間テストなんだよ」
二人の会話を背中で聞きながら、心の中で舌打ちする。ああ、テストか。
俺と佐藤の高校ではテストは再来週なので、兄が早く帰ってくることなんて
忘れていた。なんでもいいから、早く、部屋を出て行け、と思う。
結局それからしばらく佐藤は兄と喋り続け、兄がこれから塾に行くから、というまで終わらなかった。

兄が部屋を出てすぐに、佐藤が俺の腹を裏手で軽くはたく。
「一言くらい喋りなよ」佐藤の顔は笑っていた。少し困っているようにも見えたが。
「うるせえよ」はたき返して、溜息と一緒に言う。
「せめて振り向くとかさあ。お兄さんと喋るのは楽しいのに、隣からギスギスした空気が漂ってるから、一人気まずくなってたよ」
佐藤の顔を見る。その表情が笑っていたので、少しホっとする。
「お前、あいつと喋るの、楽しいのか」
「楽しいよ。頭がいい人と喋るのって、なんか新鮮っていうか」ああもう喋るな、やめてくれ。泣きそうだ。
俺の気持ちを察したのか、佐藤はそれ以上何も言わなかった。代わりに沈黙がおりる。
くそ、と一人悪態づく。さっきまでは、佐藤が本を読んで、俺がゲームをして、何てことない話をしてて。
なのに、なんでこうなるんだよ。兄が、あいつが。・・・兄は、何も悪くないのが
わかっているから、余計に腹立たしいのだ。
佐藤は、俺が、兄を好きではないことを、兄が好きになれない俺を好きでないことを、知っていた。
知っていて、そばにいてくれる。
けれど、それはいつまでだ?と思う。本当は、俺ではなく兄の隣にいたかったのではないか、と。

72116-499「次男」2/3:2009/05/30(土) 18:17:17


たとえば母と近所のおばさん達が話しているとき、近所のおばさんが兄を褒める。
母は、照れ隠しに俺をつかう。上の子はよくても、下の子はこうなのよ、というふうに。
照れ隠しだとわかっていても辛かった。
兄の担任をしたことのある先生が、翌年俺の担任になったとき、先生は俺に
「あいつの弟なのか」と歯をみせて笑った。けれど、一学期の終盤に入るころには、
「兄にできていたことが、お前はできないんだな」と何かを諦めたように、冷えた目で俺を見た。
中学までは兄と一緒の学校だったから、クラス替えのあと、初対面で喋るやつは
必ず兄の話題から俺に近づいた。兄に近づきたい下心があるわけじゃない。
ただみんな、純粋に、兄が有名だから、その話題から俺と親しくしようとしただけなのだ。
でも、俺は嫌だった。「君の兄貴は─」という言葉を、もう聞きたくなかった。

ぼんやり昔のことを思い出していると、佐藤が俺に勢いよくもたれてきた。ぶつかってきた、に近い。
急な衝撃に耐えられず、俺もそのまま倒れる。ぐえ、と変な声がでた。
「馬鹿だなあ、お前は」俺の胸の上に頭を乗せて佐藤が喋る。
「なにが」お前は思春期男子の性欲にたいする体のちょろさを知っててやってるのか、と思う。
「別に、頭だとか、才能だとか、いい、悪い、しか評価がないわけじゃないだろ」
ああ?とガラの悪い声が出た。佐藤とここまで密着するのは初めてだった。動揺する。

「お兄さんと喋るのは楽しい。でも、じゃれるんなら君がいい」
小さい、呟くような声だった。佐藤の顔は見えないが、髪からのぞいて見える耳は赤かった。
どうすればいいだろう。なんて返せば。そんなふうに言われるのは初めてだ。
上体を起こすと、佐藤が倒れかけるので、自然と腰に腕をまわして支える形になった。
佐藤の顔は真っ赤で、頭より先に体が勝手に動いて、キスしていた。

72216-499「次男」:2009/05/30(土) 18:19:37
腰のあたりで服をギュッと握られる。でも、舌をいれようとしたら、頭突きされた。
「そうやってすぐ調子にのるから、甘やかしたくなかったんだ」佐藤が笑いながらいう。
「仕方ないだろ、調子にのれる場面があまりにも少なかったんだよ」
褒められるのも好かれるのも、全部兄の役目だったから。
言いながら、俺はさっきまで暗い気分だったのを忘れていることに気がついた。
ほんとすげえなコイツは、と思う。ずっと傍にいてほしい。照れ臭くて言えなかった。
「ていうか、これ、どうするんだよ」
これ、とはズボンの中のことだ。佐藤の熱も伝わっていた。これを我慢しろと言われるのは辛い。
佐藤は俯いて、言いにくそうに口をモゴモゴした。
少ししてから、触りあってみる?と聞こえて、思わず聞き返したらはたかれた。
「言っとくけど、お兄さんが出かけてからだからな」
「わかってるよ」笑いながら頭をコツンと重ねた。
少ししてから、行ってくる、といってまた兄貴が部屋を通ってきたけれど、
俺は佐藤と隠れて手を繋いでいたので、兄貴が帰ってきたときに感じた煩わしさはなかった。



汚れたティッシュを詰めたビニール袋の口をしっかり縛りながら、
手を洗っている佐藤に話しかける。「思ったんだけど」
「俺が兄貴絡みで嫌なことがあるたびに、エロいことしてくれたら俺兄貴大好きになるかもしんねぇ」
「思ったんだけど、君って調子にのるとうざいから皆褒めなかったんじゃないの」

723萌える腐女子さん:2009/05/30(土) 18:25:19
これで終わりでした。ナンバリング付け忘れすみませんでした。

72416ー569「君が好きだ」:2009/06/08(月) 07:55:11
雨がざぁざぁと降っていた。
僕はそれを教室の窓から憂鬱な眼差しで眺めている。
――傘がない。
今朝は寝坊をして天気予報がチェック出来ていなかった。
朝、家を出るときには晴れていたから、まさか夕方になって急激に天気が悪くなるだなんて思ってもみなかった。
そうして大降りの雨を見ながら溜め息をついていると、後ろで教室のドアの開く音がした。
「どうして、まだ残っているの」
「あぁ、君か」
振り向けばそこにはクラスメートの鈴木がいた。
少し大人しいけれども明るくてとても良い奴だ。
僕はあまりクラスメートのことに興味など持ったりしない、所謂『変わった奴』だ。
そんな僕が何故彼の印象だけは覚えているかといえば、単純な話、彼に好意を持っているからだ。
他のただ馬鹿騒ぎをしているだけの奴らと違って、彼は明るいのに控えめで空気の読めるお人よしだ。
だから僕がクラスでわざと孤立していようが孤立してさせられていようが、構わず僕に話しかけてきては他のクラスメートとの仲を取り持ってくれたりする。
最初は煩わしくて仕方のなかったその行為が、いつの間にか温かくてどうしようもなくなっていた。
そしてそんな彼だから、クラスでもとても人気者で、一緒に下校する仲間には事欠かない。
だから今日もきっと彼はとっくに帰ってしまっているのだろうと、そう思っていた。
「どうしたんだい?今日はいつもみたいに早く帰らないんだね」
「君が此処にいるのが見えたから、それで」
「それで?」
僕が首を傾げて言葉の続きを促すと、何故だか彼は少し焦ったような顔をして視線を僕の斜め上に向ける。
「それで、気になったから」
「そう」

72516ー569「君が好きだ」2/3:2009/06/08(月) 07:58:45
彼はそう短く応えて、少し考えるように間を置き、また口を開ける。
「じゃぁさ、僕の傘に入って帰らない?一緒に」
少し照れながらそんな提案をしてきた彼に、思わず僕は顔を赤くする。
「何を馬鹿なことを言っているんだい?男同士でそんな、そんな」
破廉恥な。
僕はそう言って顔を俯けた。
きっと今僕の顔はとてつもなく真っ赤に染め上げられているだろう。
あぁ、こんな反応をしてしまっては彼に不審に思われてしまうじゃぁないか!
彼への想いは学生生活のほろ苦い思い出として将来一人で笑い飛ばすために、胸の内に秘めておこうと思っていたのに。
よりにもよって彼の目の前でこんな馬鹿な反応をしてしまうだなんて。
彼に気付かれなくとも、気持ち悪がられたらどうしよう。
そんな考えが頭の中をぐるぐると廻っていて、いつの間にか目の前に彼が接近して来ていることにさえ気付かないでいた。
「ねぇ、そんなにかわいい反応をしないでよ」
え?と思った時にはもう遅く、反射的に上げられた顔を彼は両手で固定して、僕の唇には何か温かくて柔らかいものが当てられていた。
視界いっぱいには彼の顔。
頭が混乱してもうわけがわからなくなって、それでもさっきより顔が赤くなっていることだけはわかった。
「そんなに固まらないでよ。またキスしたくなる」
キス。
その単語で漸く頭が何をされたのかを理解しはじめた。
つまり僕は彼に接吻をされたのだ。
そして理解した瞬間に僕の身体の力はふっと抜けてしまい、僕は床に盛大な尻餅をついた。
「初めてだった?ごめんね」
「な、なな、なに、なんで」
「好きだから」

72616ー569「君が好きだ」3/3:2009/06/08(月) 08:00:03
すき?すきってなんだっけ。すき、すき。好き?
……好き!?
誰が、誰を!?
まさか、そんな、彼が、僕を?
ありえるわけがない。
だって彼はクラス一の人気者で、それに比べて僕はクラス一の変わり者で。
そんな彼が、こんな僕を、好きになるなんて、そんなはずは。
「好きだよ。君が好き」
あぁ、そんなまさか。
これは夢じゃないのか?
そう思って僕は思い切り自分の頬を抓った。
痛い。夢じゃない。
夢、じゃ、ない。
そう思った瞬間、僕の両目から涙がこぼれ落ちた。
彼の前で泣いてしまうのが恥ずかしくて必死に涙を拭おうとするけど、次々と涙は溢れ出して止まらなかった。
涙で滲んだ視界の向こうで、彼が苦笑したのがわかった。
「ねぇ、返事は今すぐもらえるのかな?」
彼が手を差し出しながらそう問いかける。
僕は彼の手に自分の手を重ねながら嗚咽で途切れ途切れになりながらも、必死で彼に想いを伝える。
「ぼく、も、きみが、す、き。きみが、すきだ。」
彼は笑顔で僕を立たせ、そのまま抱き寄せキスをする。
僕は彼の背中に腕を回して、彼に身を任せていた。
「相合い傘、する?」
「……破廉恥」
ぼそりと呟いた僕の言葉に、彼はまた苦笑した。

雨はいつの間にか小雨になっていた。

727萌える腐女子さん:2009/06/08(月) 08:01:25
初投下させていただきました
最初ナンバリング忘れてすみません

72816-569「君が好きだ」:2009/06/09(火) 03:13:01
本スレ570です。踏み逃げみたいになって申し訳ありませんでした。
遅くなりましたがこちらに投下させていただきます。
_________________________________

「君が好きだ」

「へえ、俺は白身も好きだけどな」
朝食のサラダをフォークでつつきながら、彼は答えた。
頬杖をつき、かき回すだけで一向に食べる様子はないサラダに視線を据えて。
僕はもう一度繰り返す。
「君が好きだ」
「そんなに好きなら、俺のやるよ」
ぐちゃぐちゃになったサラダから、スライスされたタマゴを探し出し、僕の皿へと移す。
タマゴが形を崩してテーブルにいくつも落ちたが、彼は気に留めはしないようだ。
白い輪になった白身だけが、僕のサラダの上に積まれていく。
「君が」
「ああ、白身ばっかりになっちゃったな」
彼はそう言って、僕の言葉を遮った。
「悪い悪い。白身は嫌いなんだっけ?俺が食ってやろうか」
気怠く笑うその時の目も、僕に向けられはしない。
「ふざけないで聞いてくれ」
「ふざけてんのはお前だろ」
小さく吐き捨てるように彼は呟いた。
弄んでいたフォークを皿に投げ出す。
そして彼は深くため息をつき、椅子の背もたれに身体を預け俯いた。
「ちゃんと聞いて欲しい」
「何だよめんどくせえな。それ今話さにゃならんこと?俺朝メシ中なんですけど」
「こっちを向いてくれないか」
「…」
「僕を見て」
僕の声など聞こえていないかのように、彼は俯いたままだった。
だから、僕は、彼の名を呼んだ。
恐る恐る発せられた、小さく消え入りそうな声だったと思う。
しかしその声に彼は弾かれたように顔を上げ、僕はやっと彼の目を見ることが出来た。
驚いて見開かれた目には、確かに僕が映っている。
この部屋に来てから、彼の名を口にしたのは、これが初めてだった。
捕らえた視線を逃すまいと、僕はもう一度、今度はしっかりと相手に届く声で、彼の名を呼んだ。
懐かしい響きを持つ、その名を呼んだ。
彼は息を飲み込み、全身を強ばらせる。
追い詰めるつもりはないのだと、出来る限りの優しさを込めて、僕は再び告白をする。
「君が好きだ」
彼は顔を歪め、両手で耳を塞いだ。
「…やめろ」
聞きたくないとばかりに、首を横に振る。
耳を塞いだ両手の、白いシャツから覗いて見える手首には、布が強く擦れてできた赤い傷痕。
僕はゆっくりと、彼へ近寄った。
「来るな」
震える声で彼が言う。
テーブルの上の皿を、僕に向かって投げつけようとしたが、それは虚しく床を転がっただけっだった。
近づく僕を避けようと、彼は椅子から立ち上がり数歩後ずさった。
重い鎖の音が部屋に響き渡る。
その音を聞いた彼は、再び動くことが出来なくなる。
微かに震える彼の前に、僕は立った。
視線すら逸らせずに、目には涙が滲んでいた。
「好きだ」
そっと手を伸ばし、彼の頬に指先が触れたとき、その涙が零れた。
「嘘だ」
「嘘なものか」
僕は微笑み、彼の頬を両手で包み込んだ。
彼はまるで発作でも起こしたように、肩を震わせて息を吸い込む。
そして搾り出すような声で僕に訊ねた。
「じゃ…なんで、こんなこと」
小鳥のさえずりが聞こえる。
格子窓のから注ぐ朝の太陽の光は、僕たちに影を作っている。
僕は彼の目を見つめて答えた。

「君が、好きだから」

72916-569「君が好きだ」:2009/06/12(金) 01:35:12
 あまりにも時間の過ぎ去るのが早くて付いていくのが精一杯で、とうとう走るのをやめてみたら周りに誰もいなくなっていた。
 そこでようやく、本当は走りきらなければいけなかったのだと、初めて気付いた。
 中途半端な場所に止まって息を整えてみても、もう何の意味もない。時間は私を置いてどんどんと前へ進んでしまった。
 私は、取り残されたのだ。

「君が好きだ」
 そう言ってくれたあの人は、空で火となったと聞いた。
 優しかったあの人が敵とは言え誰かを犠牲にしようとするだなんて到底信じられないが、戦争とはそういうものだ。
「お国のためという大義名分を掲げているが、僕はね、ただ君に生きていてもらいたいだけなんだ。君を生かすために僕は行くんだ」
 あの人はそう言った。
 馬鹿馬鹿しい、女子供じゃあるまいし、私だって男です。戦地に出るんですよ、生きていられる保証は何処にもない。
 私が反論すると、あの人は笑った。あの人はよく笑う人だった。
「君は生きるよ、僕には分かる」
 そう確かに、こうして私は生きている。
 戦争は終わった。帰ってきた人もいた。その中にあの人はいなかった。海は変わらず広く空も変わらず青く呼べば犬だって来るのに、あの人だけは私の元からいなくなってしまった。
 私は取り残されたのだ。
 あの人のいた過去と現実の間に足を取られ、ゆっくりと沈んでいる。そんな私でも、あの人は生かしたいと思うのか。
 私は空を睨む。あなたはそこにいるのだろう。
 あなたの最期を知った日から、私は夢を見る。あなたを殺した火から鳥がひとつ飛んで行くのだ。それは、真っ黒な鴉だ。
 私の頭上に飛ぶ鴉よ、お前はあの人だろう。私が死人のように地に沈んでそれでも生きているのを見続ける、お前は、あの人だろう。
「私も連れて行けよ」
 あなたの優しさなぞいらない。あなたの望みなぞ知らない。
 私はただあなたに会いたい。
『君が好きだ』
 あの言葉に、私はまだ返事もしていないのに。

73016-609「死ぬまで黙ってる」:2009/06/15(月) 16:21:37
貴方の声が、今も何処かで聞こえている。
「お前が死ぬのはすなわち私が死ぬ時と心得よ」
仰せのままに、と私は返事をし、そして強く心に誓ったのだ。
私の身が滅ぶまで、この想いは決して口にすることなく胸の底へ底へとしまい込み
誰にも悟られることなく、貴方を想い続けながら死んで逝こうと。

秘めた想いは強く、痛く、そしていつでも私の心を暖めた。
私のどんな小さな幸せも、貴方に差し上げられたなら。
貴方のどんな小さな悲しみも、私が代わりに受け止めることができたなら。
どこかの戯曲のような甘い言葉さえ、私は毎夜のように胸の底へ底へとしまい込んだ。

貴方に伝えたかった言葉が何百と浮かんでは、その度に飲み込んだ。
しかし私は私と交わした愚かな約束を、この先も守らなければならない。
その言葉たちは私を、たとえば貴方の写真の前で、我慢できぬと駆り立てた。
墓の前で、形見の前で、この先も私は人知れず涙を流すだろう。
貴方が最期に口にした言葉が、この先も私を縛り付けるだろう。
私がその言葉を聞いた時、貴方は既にその目を閉じておられた。
手から温もりが消えていくのを感じながら
私もですと小さく呟いたその言葉は、貴方に届いていたのだろうか。
後悔など役には立たず、貴方がいない事実だけが私を苦しめる。
もう、貴方はこの世にはいないのだ。
貴方が私の想いを知ることは絶対にないのだ。

今日も私は貴方の墓で――ホトトギスが一輪だけ咲く墓の前で、貴方を想って泣くのだろう。
胸の中で告げられなかったその想いを、一つの言葉に紡ぎながら。

73116-619「閉じこめる」1/2:2009/06/16(火) 21:16:25

綾乃と駆け落ちをする、と、透は俺の眼を真っ直ぐに見つめて告げた。
叶わない恋だと嘆く、かつての弱々しい眼差しの面影は既に無く、瞳は強い光を帯びているのに気づいた。
遠くで蜩が鳴き、畳には、ふたつの影が這うように伸びていた。

「家はどうするつもりだ」
尋ねると、透は痛みを堪えるような顔をしたが、それも一瞬のことだった。
「知るものか。あいつらの傀儡にはならない。そんなものはもう御免だ」
「――いつ、発つんだ」
「明日の深夜、綾乃と峠で待ち合わせる。……和志、すまないがおれを助けてくれないか」
瞳の輪郭が和らぎ、幼い頃と変わらない眼差しが俺を捉えた。透が頼みごとをするときの眼だ。
頷くと、食い縛っていた透の唇が綻んだ。
「助かる。おれひとりでは囲いを越えられないんだ」
しばらくの間の後、透は大きく息を吐き、眉根を下げた。
「本当にすまない。……お前をひとりにしてしまう」
「……いいんだ。それより何時に本家に行けばいいのか教えてくれ」
「金に換えられるものを取りにゆくから、二時に蔵へ来てくれ」
「分かった」
透は安心したように俺の肩に手を乗せ、有難う、と微笑った。

73216-619「閉じこめる」2/2:2009/06/16(火) 21:23:34

ひとつになった影を、俺は眺めた。
――綾乃とは、終わったと思っていた。両親に知られることとなったその恋は、引き裂かれたと聞いていた。
もとより遊女が相手では、上手くいく筈がないと思っていたが、未だ続いていたとは。
強く握り締めていたため強張ってしまっている掌をゆっくりとひらき、
握りしめ、「いいんだ」と自身に言い聞かせ、透を想った。

「あの子には表情がない」と、幼い頃から厭われていた俺の感情を読み取ることができたのは、透だけだった。
透は有力な商家の子息だった。利欲のまま息子を服従させようとする両親を厭い、分家で歳が近かった俺に居場所を求めた。
どんな時も一緒だった。あのころ、俺たちだけは変わらないでいよう、と誓いを立てた――のに。

今日の透はおかしかった。俺の気持ちが解らないらしかった。
「お前をひとりにしてしまう」などと、可笑しなことを言っていた。そんなことがある筈がないのに。
綾乃だ。あの女が透をおかしくしたのだろう。透は俺のものなのに。俺だけのものなのに。あの女が。

また、いつの間にか掌を強く握り締めてしまっていた。今度はひどく痛む。
開こうとすると、ぱき、と間接が音をたてた。何故だか手が震えている。
先刻よりも時間をかけて開ききると、掌にはぽつぽつと爪の跡が赤く残り、血が滲んでいた。

――いいんだ。俺は深呼吸をして、もう一度自身に言い聞かせる。
いいんだ。透はあの女の元へなど行かないから。俺のそばにいるから。
蔵に――あの蔵に、透を閉じ込めるから。ずっと。俺のそばにいるから。
どれだけ叫んでも、正気に戻るまで出してやらない。俺が。そばにいるから。

ぷくり、と掌に滲む血が膨れる。そうっと舐めとると、鉄錆びに似た味が口の中に広がった。
そういえば、透の血の味を、俺は知らない。

73316-179 女好きのノーマルが男にハマる瞬間 1/2:2009/06/26(金) 16:42:35
今日も終電間際になってしまった。
 サービス残業はするなと言われているけれど、仕事が減る訳ではないので、
どうしても時間超過はしてしまう。
 無能の証だと言われても、物理的に出来ないものは仕方がない。
 オフィスの中は俺しかいない。
 携帯電話には約束していた彼女の着信とメールが大量にあった。
 文章では怒っていないが、そこはかとなく怒りを感じる。
さすがにこう何度も続くとダメだろう。いい女だったのになあ。おしいな。

 鞄を手に取り、電気を消す。廊下の明かりは補助灯くらいしかないのでよく見えない。
 足下に気をつけながら廊下を歩いていると、どこからかうめき声のような声が聞こえたような気がした。
 社内で強盗なんてあるわけないだろうが、万が一事件性があったら困る。
 何もないよりはいいだろうと側にあったモップを片手に声がする方に近づいた。
「んんっ…!」
 テンションが一気に下がった。
 まあ、ようするにそういう最中だった。ここは職場だぞ。
 俺だってさすがに職場ではしたことないのに。…いや、そうではなく。
 見なかったことにして借りを作ろうか、それとも人事に言って地方に飛ばそうか。
 とりあえず何かの時に役にたつかもしれない。そんな打算的な考えで、目をこらした。

 男女かと思っていた二人はどうみても男同士だった。
 そのまま見入っていたら、こちら側に顔を向けていた一人と目があってしまった。
 向こうは俺に気がつくと、一瞬驚いたような顔をしたが、その後すぐに艶っぽく笑って、
そのままこちらを見ながら男にされるがままになっていた。
 扇情的な姿に俺は訳がわからなくなってしまい、すごすごとその場を立ち去った。

      ***

「良かったらお昼を食べに行きませんか?」
 翌日、会社でいたしていた男からあっけらかんと誘われた。
 口止めの話であれば、言う気はないとさりげなく匂わせたが、彼はまったく意に介さないように
おいしい蕎麦屋があるので行きましょうと半ば強引に誘う。仕方なく俺は彼につきあった。
「あんなに夜遅くまで、仕事熱心ですね」
「あ、え? ああ、うん、能率悪くて…」
「真面目なんですよ。途中で切り上げられないんだから」
「ああ…ええと…」
 昨日のアレの話題が出るようで出ない。蕎麦の味などわかるような状態ではなかった。
 彼は何事もなかったかのように蕎麦をすする。
 目の前で蕎麦をすする奴の唇は、少し濡れてエロいなと、馬鹿な事を考えていた。

73416-179 女好きのノーマルが男にハマる瞬間 2/2:2009/06/26(金) 16:43:43
 針のむしろに座っていたかのような食事が終わった後、俺達は会社に戻った。
結局昨日の話題は出ずじまいだった。
 話題が出ないことに安心したような、でも結局結論が出なくて蛇の生殺しのような…。

「じゃあ、これで…」
「すみません、昨日のことなんですが」
 後ろからいきなり言われて、慌てて俺は振り返った。
「いや、あのさ……!」
 気がつくと目の前に顔があって、俺は彼とキスをしていた。
 しかも横からカシャッと携帯カメラのシャッター音がした。
「……え?」
「すごい顔」
 彼は俺を見て笑った。
 真っ昼間。人通りのあるオフィスの通路。一歩間違えれば、食事を終わらせた人間が横を通る。
「僕は真面目な人って凄く好きなんですけど、人間不信な所があって、
あなたが僕を裏切らないっていう証拠がないと、とてもじゃないけど落ち着いて仕事が出来ないんです」
「いや、心配しなくていい! 本当に大丈夫だから!」

 さっきのシャッター音はあれか? 脅しか? ああ、こんなことなら俺も昨日のアレを撮っておけば
良かった! 俺だけ弱み握られてどーすんだよ!

「今日は仕事残して切り上げてください」
「な、なんで」
「うちに来て欲しいから」
「なんで?!」
「共犯になりましょうよ」
「きょ、共犯っ?」
「ああ、心配しないで下さい。はまったら面倒みますから」

 はまったらって、いや、俺は女にしか興味ないし!
 そんな言い訳が出来るのはあと数時間だけだなんて、その時の俺は知るよしもなかった。

73516-589 君と会うのはいつも真夜中:2009/06/30(火) 19:14:34
草木も眠る何とやら、テレビの画面の向こうはやたらと騒がしい。
疲れた目に決して優しくない派手な色合いのセットの中で、あいつは一際大声を上げては周りの共演者にはたかれていた。

「俺、芸人になって、ゴールデンで冠持つのが夢なんだ」
高3の秋、図書館でせっせと勉強する俺の隣で、至って真面目な顔であいつはそう言った。
「東京行ってさ、休みなんてないくらいガンガン売れて、毎日テレビ出てさ、」
その夢物語には俺も登場するらしい。ある日一緒にコンビを組もうと誘われた。
「バカ言ってんなよ、俺は家継がなきゃいけないんだっつってんじゃん」

ひいじいちゃんの代から続いている医院を継ぐ事が、生まれた時から俺ら姉弟に決められた将来だった。
元々両親と反りの会わなかった年の離れた姉貴は、俺が小学生の時に外国人と結婚してそっちに移ってしまい、俺はそれから両親の期待を一身に受ける事になった。
幸い勉強も家業も嫌いじゃなかったから、親に勧められるまま大学受験をし、今は研修医として大学病院に勤めている。
夜勤の合間、休憩中に何となしに点けたテレビにあいつの姿を見つけたのは2ヶ月ほど前のことだった。

決してお笑いが嫌いだから、誘いを断ったのではなかった。
病院の息子と言ってもうちはそこまで躾が厳しかった訳ではなく、寧ろ家族揃ってテレビのお笑い番組を見るのが好きだった。
高校生の時も、あいつと一緒にバカばっかりやって、担任のマネをしたり2年の文化祭では漫才の真似事をしたりもした。身内ネタばっかりだったからかそこそこウケた。
見ている人が笑ってくれた、ということが気持ちよかった。
あいつはその時の気持ちよさが忘れられなかった。だからそれで食っていく道を選んだ。
その後の道が決まっていた俺にとって、それは一つの「思い出作り」でしかなかった。
あいつと俺は、考え方が全く違った。
卒業してからは何となく連絡が減っていき、成人する頃にはついに途絶えた。

全国ネットではないし、深夜の30分程の番組で、大勢芸人がいる中の1人。
だがあいつは、着々と夢に近付いているのだと思った。
古い小さなブラウン管に映る、あいつの表情は輝いていた。

もし、俺が医者の息子じゃなかったら、今あいつの隣にいるのは俺だったんだろうか。
姉貴が家を継いでいたら。俺がド文系の人間だったら。
そう考えかけて、やめた。
有り得ない話をして何になる。
あいつはあいつで夢に向かって邁進している。俺は俺で充分やりがいを感じている。
それでいいんだ。

白衣の胸ポケットでPHSが震える。お呼び出しだ。
まだまだ荒削りな感の否めないあいつの姿を眺めて、ゴールデンで姿を見るのはしばらく先だろうと思いながらテレビを消した。
直後暗くなった画面に映った自分を見て、どこか清々しい顔をしているのに気が付いた。

73616-829 男の娘受け4-1:2009/07/06(月) 01:18:07
長い・無理矢理あり・厨 注意

世界は危機に瀕していた。
異次元からの侵略者が刻一刻と進攻してきており、この世界を我が物にせんと画策しているのだ。
しかし、地球に住む人類はその脅威を知らず平和に暮らしている。
なぜならば…!!

「ダイナミィイイイイィック!イクァイブリリウム!」
真紅の短髪を逆立てた少女がそう叫ぶと、彼女が持つステッキの先から火球が飛び出し、宇宙空間に浮かぶ戦艦を破壊した。
「よし!頼んだぞイエロー!」
「了解レッド!…本当の秘密は永遠に秘密のまま…クオリア…マリーズルーム!」
小爆発を続ける戦艦に向かい金髪を波打たせた美少女が手を広げると、空間がぐにゃりとゆがみ、月よりも大きな戦艦がたちまち収縮を始める。
「「ブルー!止めだ!!」」
「らじゃっ!」
軽快に答えたのは青のポニーテールもりりしい少女で、手に日本刀型のステッキを持ち、ゆがみ続ける敵艦に音速で飛びかかる。
「キヨモリブレード!青海波あああっ!」
そして、縮んだとはいえいまだ高層ビルほどの大きさを持つ戦艦を真っ二つにする。
ついに異世界からの侵略者は分子レベルで破壊され、光の粉となって真空に溶けていった。
「やったね!今回も!」
『大☆勝☆利』
地球を背景にして、レッド、イエロー、ブルーと呼ばれた少女たちはどーんという効果音がどこからか聞こえてきそうな決めポーズをとり、満足げに勝利宣言をしたのだった。
そう、今日も地球が平和なのは、このエキセントリックな変身少女たちのおかげなのである。

「しかしまあ、なんと言うか、人間って慣れるもんなんだよなあ」
「そうですねえ…」
レッドとイエローがため息をつく横で、ブルーはきょとんとしている。
「いいじゃん、たのしいしレッドもイエローもかわいいし?」
「いやお前はもともと女装好きだろう」
「日常生活もほとんど女の子として過ごしてますからねえ、ブルーは」
だって女の子大好きなんだもん!と的外れな回答を返すブルーを見やり、レッドとイエローはがくりと肩を落

73716-829 男の娘受け4-2:2009/07/06(月) 01:19:25
「俺、こんな格好で魔女っ娘してるとか周囲に知れたら死ぬわ…」
レッド、という名前に相応しいショートカットの真紅の髪には大きな水晶のついた髪飾りがつき、洋服も体に沿う形の赤いタイトなワンピース。
しかしスカート部は腰の辺りからフレアになっており膝上二十センチの危うい短さでふわふわ揺れている。
闊達そうにきらきら輝く大きな瞳としなやかに伸びた手足は中性的な危うさを有しており、それが魔女っ娘の格好と相まって元気な女の子にしか見えなくなっていた。
「僕もこれがばれたら社会的ひきこもりになって一生外に出ませんね」
背は高いもののしなやかな体躯のイエローは、長めのふわふわしたレモン色のドレスを着せられており、変身と同時に伸び緩く波打つ髪が大人しげな雰囲気に拍車をかけていた。
「じゃあ二人ともばれたら私のお嫁さんになってよ!」
やだ、いやです!と即答をくらい、ちぇーっと口を尖らせたブルーの格好は、高く結った真っ青なポニーテールに青を貴重とした女物の袴もどきだ。
なぜ、彼らが男だてらに魔女っ娘をやるハメになったのか。

「突然だが、地球がピンチだ。君は救世主、僕は司令官」
ドゥーユーアンダスタン?とばかりにニヤニヤ笑う黒いコートの男が現れたことまでははっきり覚えている。
少年が目を覚ますと、そこは絵に書いたような秘密基地だった。手足はとくに拘束も怪我もなく自由に動かせる。
『ハイ!お目覚めかいボーイ!』
うわん、と空間に響くようにあの男の声が響き渡る。このあまりにも意味不明な展開に短気な少年は耐えられず、怒りを爆発させた。
「うるせー!なんでこんなわけわかんねーことすんだよ!帰せ!今日は空手の道場に行く日なんだよ!」
『ノン!そんなに怒らなくても、直ぐ帰してあげるよ!ひとつ、約束をしてくれたらね!』
響く声に呼応するように、少年の目の前にふわりと何かが落ちてくる。
それは、棒に大きなガラス玉のようなものが嵌め込まれたもので、少年の妹が振り回しているおもちゃに良く似ていた。
「なんだよこのおもちゃ!」
『それを振って、アフィニティークロマトグラフィー!と唱えるんだ!じゃないとお家には帰せないぞ!』
「はぁ?」
その後、本気で抵抗してもどうにもならないと諦めた少年は涙ながらに変身を受け入れ、変色した髪と瞳、思いの他似合う女装に涙したという。

73816-829 男の娘受け4-3:2009/07/06(月) 01:20:30
強制的に渡されたこれまたファンシーな通信機により次に呼び出しを受けた時には、同じ手を使って嵌められただろう背の高い大人しげな眼鏡の少年とえらくノリノリな女とも男ともつかない奴と顔合わせさせられた。
『やあ、これで三人そろったね!これからキミタチはこの次元を奪おうとするわるーいやつらと戦うことになる!
悪い奴らは異次元からやってきて、この世界を飽和させる気だ!まあ詳しいことはおいおい解るだろうからとりあえず戦ってくれ!』
指令らしい声が途切れると、さあ変身してくれといわんばかりにステッキが輝き始める。
「ひとつだけ、教えてくれないか!」
今にも泣き出しそうな眼鏡が、搾り出すような声で叫ぶ。
『なんだい?』
「なぜ…男に魔女っ娘をさせるんだ…っ!」
根本にして最大の疑問をぶつけてくれた眼鏡に、少年は目を見張った。
軟弱そうな奴かと思ってたけど結構やるな、と見直し援護するように声を張り上げた。
「命を懸けさせるなら、それくらいの疑問には答えてくれよ!」
『まあ知りたいなら教えてあげるよ。さっきも言ったけど敵の狙いはこの世界の飽和だ。
だからこちらは少しでも飽和のリスクを下げる必要がある。
魔女っ娘戦隊なんて掃いて棄てるほどいるけど男の娘戦隊はほとんどいないだろ?』
それだけだよ!とぶつりと声が途切れた。
「そんな理由で…ただの保険掛けのために…っ」
ついに泣き出してしまった眼鏡も輝きを増し続けるステッキの圧力に逆らえず、ついに三人は叫んだ。
「「「アフィニティークロマトグラフィー!」」」
かくして世紀の男の娘戦隊がここに誕生したのであった。

レッドの受難
「放せ、放せぇ…」
拳で流星を割り炎で一個艦隊を凪ぎ払う敵の戦士が、弱弱しく自分の体の下で暴れる様を青年は見下ろした。
青年はある世界では救世主と呼ばれ、別次元への進攻を一手に任されている。しかし容易かと思われた進攻は思わぬ妨害により頓挫してしまっていた。
「はなせよう…っ…うっ」
「は、散々我々の邪魔をしておいて何を言う、紅め」
悪趣味なフリルとリボン満載の洋服をむしりとり、下着も引きちぎる。
「所詮どんなに強かろうと貴様も女だ、こういったやり方にはかなわな…」

73916-829 男の娘受け4-4:2009/07/06(月) 01:21:21
そう、異次元侵略を妨害し続ける少女三人組の赤いリーダーを捕らえ、薬を盛った上で強硬手段に出ようとしたのだが。少女めいた服と下着の中では色の薄いペニスが恐怖にちぢこまっていた。
あまりの事に呆然とする青年の下で、紅は泣きじゃくり始める。
「ちが…ちがうもん、おれ、好きでやってんじゃないもん、やだ、みるな…」
のどをひゅうひゅう鳴らして首まで赤くしぼろぼろと大粒の涙を流し続ける紅は、やはり青年の目にはやや中性的であるが少女にしか見えない。しかし健康的な太股の付け根にはそれを全力で否定するものが鎮座している。
ずくり、と青年の腰に重い欲望が走った。自分は倒錯趣味があったのかと戸惑うものの、本来の目的達成を口実に、欲望に身を任すことに決める。
「ま、まあ、男でも女でも構わん。俺はお前を再起不能に出来れば良いんだ!」
「や、やあ、いやぁ!」

毒されイエロー
「ほら、こっち向いて口の中に唾液をためて」
「こう…っですかっ…」
イエローは少し戸惑いながらも唇を差し出してくる。
司令官はそんな彼の様子に頬を吊り上げ、遠慮なく口腔を味わった。
みるみるうちに手足から力が抜けていくイエローの腰を抱き、すでに熱を持ち始めている股間を押し付ける。
「昨日も散々レッドと愚痴ってたねえ、なんで女装しなきゃいけないんだ、って。
女の子みたいに犯されるのが好きなくせに。キスだけでもうすっかり出来上がっちゃうイエロー?」
薄い素材で出来ているイエローの戦闘服の上から、すでに立ち上がっている乳首を転がすと火照った体が震えて、舌っ足らずな声が漏れる。
「しこんだのは、あんただろおっ」
「はいはい、そうでしたっと。それにしても女の子の格好で女の子みたいに犯されてる君に、女装を否定する余地はないよ」
ロングスカートの裾を捲り上げると、イエローの性器が女物のショーツとストッキングを三角テントよろしく膨らませていた。その二重の布の上から、呼吸に合わせて開閉を繰り返している肛門をぐりぐりと指で押し込んだ。
「ひん!」
「フン、どうせこっちでもオナニーしてるんでしょ。ブルーに聞いたよ?変身して男の娘同士でセックスしたんだってねえ?変態だなあ」
「あれはブルーがっ!」
「別に君が誰としようと何をしようと、僕には関係ない。ちゃんと地球を守ってくれるだけで良いんだよ」

740 16-829 男の娘受け:2009/07/06(月) 23:09:38
                  
         ,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
         (.___,,,... -ァァフ|          あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
          |i i|    }! }} //|
         |l、{   j} /,,ィ//|       『おれは女の子に痴漢をしていたと
        i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ        思ったらいつのまにか男の子だった』
        |リ u' }  ,ノ _,!V,ハ |
       /´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人        な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
     /'   ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ        おれもナニを触ったのかわからなかった…
    ,゙  / )ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉
     |/_/  ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ        股間がどうにかなりそうだった…
    // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \     いい男だとかガチムチだとか
   / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ    そんなウホッなもんじゃあ 断じてねえ
  ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...       イ  もっと恐ろしいものの快感を味わったぜ…







 __[警] 川
  (  ) ('A`)
  (  )Vノ )
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741萌える腐女子さん:2009/07/08(水) 01:16:48
遅かった〜。一応書いてみました。

主「四つん這いになれ」
従「あの、今夜だけあなたが跪いてくれませんか」
主「断わる」
従「一度でいいんです」
主「生意気だな。私の上に乗ろうなんて」
従「さすがに身体が持ちません。連日連夜で疲れてしまって」
主「知らん。下っ端のくせに」
従「あなたひとりでいつも高みへ……。結局私は自分でどうにかしなきゃいけないなんて、辛いんです」
主「うるさい! 静かにしろ誰か来てしまう。おとなしく身体をまかせろ」
従「ううっ」
従忍は仕方なく跪く。
主忍は軽く勢いをつけると、四つん這いになった従忍の背中を思いきり蹴って館の塀の上に登った。
主「ほら、お前も早く登ってこい」
従忍は恨めしそうな目を上に向けると、背中をさすりながらノロノロと塀をよじ登っていった。
従「(やってらんねー)」

74216-889 来ないで 1/3:2009/07/10(金) 01:47:21
先に書いてらした方がいらっしゃったので、こちらに。


だめだよ、と言って彼は笑った。

「どうして」
「まだ根を上げるには早すぎるんじゃない?もうちょっと頑張りなよ」
「俺は十分頑張った」
「まだ、まだだよ。君にはまだ、与えられた分が残っているだろう?」

そう軽い口調で俺を窘める目の前のこいつを、少しだけ睨みつける。
俺は今まで、精一杯この世の中で頑張ってきたはずだ。
俺の頑張りを俺の傍で見ていなかった奴に、何が分かる。

「あ、今ちょっと失礼なこと考えたでしょ」
「人の思考を読むな!」
「見てたに決まってるじゃない、そこら辺の草の陰から」
「な、うわ、お前そんな悪趣味な奴だったのか」
「別に、誰も彼もを覗き見してるわけじゃないって」

君だからだよ、
少しだけ目の前の男から身を離した俺との距離を詰めるように、
一歩こちらへと近づいたそいつは、俺の耳元でそう囁いた。

頬が熱くなり、半ば条件反射の様に囁かれた方の耳を押さえ、飛び退く。

74316-889 来ないで 2/3:2009/07/10(金) 01:48:37

「っ、この変態!」
「変態で結構」

しれっとそうのたまった目の前の男は、俺と目を合わせると少しだけ笑った。
こいつと最後に会ったのはもう何年も前のことだ。
柔らかい、感情が読み辛く俺を度々惑わせたその笑顔は、久し振りに会ったというのに全く変わっていなくて。
その懐かしさに胸が軋んで、鼻の奥がツンとした。

「相変わらず泣き虫だね」
「っうるさいな!」
「でも、泣き虫の君にしては、良く頑張ってる」

食ってかかろうとした俺をいなすように抱きしめる腕も、変わらない。
温度の低い手が、あやすように俺の頭を緩く撫でる。

「別に、僕の分まで頑張れとは、言わないよ」

耳元にそっと囁かれる、声の感触に耐え切れずに涙が溢れる。

74416-889 来ないで 3/3:2009/07/10(金) 01:49:42

「やだ、もう」
「大丈夫、君が頑張りきるまで僕は待ってるから」
「そこら辺の草の陰で?」
「そう、覗き見しながら」

くすくすと笑い合う、その声が少しずつ小さくなって、そっと消える。
俺を撫でる手は止まらず、そして言い聞かせるようにこいつの声が耳元で響いた。


「君は、君が与えられた分の命を生きるんだ。
それまで、僕を追ってこっちに来ちゃいけないよ」


ふと目が覚める。
あいつがいない事に耐え切れず走ってきた、深夜のマンションの屋上。
どうやらフェンスを乗り越えたその先で、街の灯りを眺めながら眠ってしまっていたらしい。

深呼吸を一つして、目をしっかりと開いた。
夢と現の間で逢ったあいつの声、笑う顔、手の感触、その全てを覚えている。

「帰る」

小さくそう呟いて、フェンスに手と足を掛ける。
もう、どんなにきつくても、泣き言を容易に口に出すのは止めよう。
草の陰で俺を見ているらしいあいつに、今度会ったときに絶対笑われてしまうから。

振り返ることなくフェンスを登る俺の頬を、温い風が撫でていく。

夏が、すぐそこまで来ていた。

74516-779 攻めが美声すぎて照れる受け:2009/07/12(日) 01:54:51
奴は基本が卑怯だ。
生まれながらの立ち位置がすでに卑怯だ。右の頬を叩かれたなら左の頬を札束ではたけみたいな家柄に生まれて、しかも賢くて見目麗しくて剣道とか柔道とか空手とかで黒帯取っちゃって、かと思えばいきなり白いピアノ弾いちゃったり
ぞっとするほど美しい絵を描いてみたり、とにかく全部卑怯だ。
こちとら右の頬を叩かれたら左の頬に苗を投げつけろみたいな農民の生まれで物の数え方なんて「1,2,3、たくさん」だし田植えの成果か腰は強いけどスポーツなんて「え、サッカーさんてどこの国の人?」みたいな感じだしピアノなんて触ろうもんなら
白い鍵盤が茶色く汚れるし絵なんて生まれてこの方じい様がたまに描くすげえおかしい春画の劣化版みたいなのしか描けない。
奴に似合うのは薔薇と紅茶とクラシックで、俺に似合うのは稲穂の黄金とうっすい番茶とよさこい節だ。
なのに。
「ねえ、もっと呼んで」
なのに、そのくらい違うのに、元々生きてる場所の立ち位置が違うのに。
「あんたが僕を呼ぶ声を聞くと、それだけで全部報われる気がする」
お前の名前を呼ぶときに心臓がばしこんばしこんいうのはお前の名前がこの辺から明らかに浮くくらい綺麗だからだ。
この辺の名前なんてどんだけハイセンスでもせいぜい「与作」だ。すげえな、そんな中でお前言い切るのかよ。
「ねえ、もっと呼んでよ、……僕の名前」
それなのに、お前、こんな俺の声が欲しいのか。俺のお前を呼ぶ声が好きだと、恐ろしく綺麗な笑顔で言うのか。
「ねえ、呼んでよ……。たごじろう」
何はともあれとりあえず。とりあえず、その綺麗な声でオレのだっさい名前を言うのだけはやめてくれ。

74616-929 年の差主従1/3:2009/07/13(月) 01:37:22
「今日からあなたさまにつかえることになりました、あーさーです!」
目をきらきら輝かせながらそう言ったその子を、僕はひきつりながら見下ろした。
「どうしましたか?あなたさまはこのお城のりょう主さまのこうけい者となったんですよ」
そうだ。僕は本当はしがない農夫だったのだが、
ひょんなことからここら一帯を治める領主様の命を助けて、養子になった。
大怪我をしながらも幸い一命を取り留めた領主様の口から飛び出たそれは夢のようなおいしい話で、
毎日腹の音を子守唄にしていた僕はすぐに飛びついたものだ。
しかし、うっかり口をぽかんと開けてしまったくらい立派で重厚な門をくぐり、
初めて乗った馬車に揺られながら美しい庭園を抜けて、車から降りようとしたとき、
門の外で僕を待ちかまえていたかのように手を差し出してきたのが、この、金髪の男の子だった。

「え、あ、あの…」
戸惑う僕の手を礼儀正しく取って、”あーさー”は僕を馬車から下ろす。
とても機能的で、訓練されているような仕草だ。

そうして向かい合うと、あーさーの背丈は僕の腰ほどしかない。
馬車から降りてもやっぱり同じように僕はあーさーを見下ろすし、
あーさーは僕をきらきらとこっちが眩しいくらいに見上げっぱなしだ。

「あ、あの、君はいったい…」
「ですから、ぼくはあなたさまのじゅう者なんです!
ぼくのかけいは、代々りょう主さまに仕えています。
今のりょう主さまのじゅう者は僕のお父さんです。
したがって、あなたのじゅう者は、ぼくがつとめるのがシキタリなんです。
今日から僕はあなたさまのタテとなりホコとなります。どうぞよろしくおねがいいたします」

まるで子供とは思えない流暢な物言いに、僕はただ口をぱくぱくとしながら聞くしかなかった。
だって僕は28歳で、この子は見たところ7、8歳くらいだ。
それなのに、どうしてこんなにも喋り方や佇まいに差があるのだろう。
いやいやそれより、農夫の生まれとはいえ、とうに成人している領主の息子に、
どうしてこんな小さな従者をつけるのだろう。
と、初めはそう思っていた。
けれども……。
「どうされましたか?」
あーさーが心の底から案じているように首を傾ける。
「い、いや…。う、うん。分かったよ。君は、僕の従者だ」

そう、僕は上流貴族のしきたりなんてもの今まで全く無縁だったのだ。
だから、この子が真っ直ぐとした眼差しで、こんなになめらかに答えているのだから、
きっとこれが上流階級のシキタリなのだ。
そう思いながら、僕は改めてあーさーの手を握った。
あーさーは嬉しそうに小さな手で僕を握り締める。

「あくしゅですね」
「う、ん。握手だ」

74716-929 年の差主従2/3:2009/07/13(月) 01:38:02
(握手、か…。こんなこと、農夫の間じゃやらないな)
そのときはまだ僕の中では、
あーさーは、格式とか上流階級とか、僕がよく分からないものの体現みたいだった。
だってあまりにも、あーさーは整いすぎている。
言葉づかいも、立ち佇まいも、見た目だってそうだ。
卵みたいな白い肌と綺麗に切りそろえられた柔らかそうな金色の髪は、
畑仕事を手伝ってもらうとの名目でよく子守りをしていた、
近所の子供達の日焼けた肌とすすけた髪は全然違う。
と、あーさーを僕が見ている間に、あーさーは未だ手を繋いで僕の節くれだった手をまじまじと見ていた。

「あなたさまの手は、とてもすてきな手ですね」
「えっ、どういう意味?」
不意を突かれるように変なところを褒められて、僕は驚いた。
「だって日に焼けていて、ごつごつしていて、とっても格好いいです。
りょう主さまとは違って、ぼくのお父さんと一緒です」
僕はまたぽかんとあーさーを見つめていた。
そんな僕の様子に、あーさーが慌てる。
「…あっ、ごめんなさい、りょう主さまのアトツギなのに。
ぼくのお父さんと一緒にしてしまって」

僕はこのとき初めて、とても緊張していた自分に気がついた。
「いや、いいんだ」
そう言って僕はあーさーの頭をぽんぽんと撫でた。
あーさーは恐縮しきったような顔をして、
それから怒られないことが不思議だとで言いたげに僕を見ていた。
僕は安心させるように微笑んだ。



それまで僕は生まれて初めての異質な場所の中で圧倒され、気圧されまくっていた。
そんな中、あーさーが僕の人生の証だともいえる農夫の手を褒めてくれたのが、とても嬉しかったのだ。
そうして気がついたのだ、僕は初めから受け入れられていたのだと。
言葉遣いだとか、立ち振る舞いだとか…そんなものは気にしなくていいと、
あーさーの目が言っていたじゃないか。
きらきらして僕を見つめてた、「よろしく」と。
こんなにしっかりしているあーさーが受け入れてくれているんだ、
(上流世界の中だって、今までの僕のままでいいみたいだ……)



「あーさー。どうやら僕たちはこれから一緒に学んでいかなきゃいけないみたいだ。
僕はこれからここ一帯を幸せにしていく方法を、あーさーはいい従者になる方法を。
一緒に、頑張ろうな。あーさー」
「……はい!」
歯切れのいい返事だ。僕はにっこりと笑った。
一緒に、という言葉が嬉しかったのだろうか。
僕と一緒に笑ったあーさーの顔は、どれだけ整えられた見目をしていようと、
やっぱり近所の子供達と同じ、子供らしい無邪気なものだった。

74816-929 年の差主従3/3:2009/07/13(月) 01:38:49
今もあの笑顔が思い浮かぶ。
そうだ、僕がここに来てから初めて笑ったのは、アーサーのおかげだった。
それからずっと……。

「アーサー…。ありがとう…」
「いえ…とんでもございません……。私こそ……」




**************




以下は後世に残されたアーサーの当時の回想録である。
「その人にはその場にはそぐわないほどの温かさがあった。
厳しく冷たい権力階層の中で、外から来た彼はまるで新しい風のようだった。
事実彼は生涯を通して様々な改革をやってのけた。
彼は領民の生活を第一に考え、部下はおろか領民にもよく慕われる名領主となり、また円満な対外関係を持続させた。
幼かった私はまるでそれらを予感したかのごとく、
彼が馬車から降り立った瞬間、一目で彼に魅せられたのだ。
そしてそのとき、厳しい躾作法の中で私が失っていたものを、彼は与えてくれた。
彼から教えてもらった温かさは何にも代えがたい私の糧となった。
そう、私にとってその人とは、主人であり、兄であり、親友であり、心の支えであり、
出会ってから彼の死を看取るまでただのひとときも離れることのなかった、かけがえのない存在である」

749萌える腐女子さん:2009/07/13(月) 01:41:01
>>746の10行目の
>門の外

>馬車の出口
の間違いです…orz

75017-19 売れっ子俳優の弟と普通のサラリーマンな兄:2009/07/19(日) 16:24:31
上司のやけ酒に付き合って終電で帰宅。
誰もいない狭苦しい部屋に帰ってテレビをつける。
先に風呂に入ってから持ち帰った仕事をやろうか、などと考えながらチャンネルを回すと、
とても見慣れた、だが何度見ても不思議に見飽きない顔が現れた。
本当に同じ両親から生まれたのか?と思わず親の不義を疑ってしまいそうな、
自分とは違う繊細で、だが男らしい面立ちの男。
ちょうど主役の女性を追い掛けて走ってきた所で苦しそうに肩で息をしている。
その顔ですら男前だから軽くムカつく。
これはたしか去年の秋ドラマの再放送だ。
何度も見たから知っている、この後、男は女に「愛してる」と囁き口づけるのだ。

「俺はさぁ、台詞で愛してるって言う時は全部兄ちゃんのこと考えてるんだ」
「…それは相手の女優さんに失礼じゃないか?
それに役者ってのは役に成り切らないといけないもんだろう」
「役作りなんて人それぞれだよ。
俺は本当に愛してる人の事を考えながら演技する。
そうすると俺の嘘の演技に本当の感情が乗る」
「…なんだそりゃ。
まぁお前がどういう気持ちで演技しようが、どうでもいいけどな。
お前の出る番組なんて見ないし」
「ひでぇなー」

テレビではちょうど嫌がる女を宥めるように、しかし少し強引に男が抱き寄せ、優しく囁く。
「愛してる」
男に合わせて自分も呟いてみる。
けれどこんな言葉自分は彼に一生言ってやれそうもない。

すると計ったようなタイミングで、
玄関でガチャガチャと騒がしい音がし急いだようにドアが開いた。
「兄ちゃん帰ってるー!?」
俺は慌ててチャンネルを変えるためにリモコンを探す。

751萌える腐女子さん:2009/07/29(水) 22:43:25
酒の後の喉の渇きで目が覚めた。
室内が暑くて、エアコンの設定温度を一気に3度下げる。
すぐ横に横たわる大きな寝姿。同僚の鈴木が飲んだ後で泊まっていったのだ。
着替えたTシャツと、トランクスから伸びる重たそうな足。

鈴木と組んで2年目になる。長くとも1年でチームが代わるうちの職場では異例のことだ。
仕方がないだろうと自他共に認める。
「何しろベストコンビだからね、俺と上川先輩は」
自信満々に鈴木が笑う。何言ってるんだ、去年はあんなに不安そうな顔してたくせに。
無理もない、転属してきて、まったく経験のない部署に来て、
面識もなかった俺と組んで、それが噂になるほどの愛想無しと来ては不安にもなるだろう。
うち解けるのに、さほど時間はかからなかった。
人間、相性というものがある。俺と鈴木はよく合った。
人柄が軽快で愛想の良い鈴木と、堅苦しく押しの強い外見の俺という組み合わせは、
奇妙なでこぼこコンビとして、クライアントに受けた。
図や写真は多いがともすれば薄くなりがちな鈴木の作成資料は、
経験で長じる俺が適切な情報を加えることで、完成度を増す。
雰囲気から敬遠されがちな俺が、鈴木の入れる茶々で課内にとけ込めるようになった。
ツーといえばカー。定食屋で黙ってマンガを読む昼食も、社用車の中でする雑談も、
サッカーのひいきチーム、野球の相容れない好みすら、聴く歌まで、
鈴木とはうまく合った。まさにベストパートナーといえた。
業績も上がり、結果2年目のコンビ続投となった。
また一緒にいられる。会議の席で隣の鈴木と目があったら、やっぱり嬉しそうな顔をしていた。
屈託のないその笑顔。気持ちが通じ合う。
一生に何度も出会える相手ではない、と思った。
ずっと一緒に、できることなら3年目も。4年目も。

今、そのかけがえのない相手の唯一の難点に気づいた。
……これが、女であったなら。
いや男だとしても、いっそ公私ともに。一生離れず。もっと側に。もっと親密に。ずっと一緒に。
酔いは冷めていた。初めて、これと思って鈴木の膚を見た。
濃紺の下着のその下なんか、ついさっきまで俺にとって何の意味もないものだったのに。

目をつぶって、明日の鈴木の笑顔を思った。
エアコンが、急激に冷気を送ってくる。
そっと、下着の上から寝具代わりのバスタオルを掛けて、部屋を出た。

752751:2009/07/30(木) 01:10:00
すみません。
>>751は「17-119 下着の上から」でした。

75317-119 下着の上から:2009/07/30(木) 09:25:15
──あと7ヶ月もある。本当にうんざりだ。

「木島は夏は嫌いかー」
相変わらずのほほんとした口調で先生が話しかけてくる。
放課後の教室はそれなりに暑い。
先生がおごったって言うのは内緒にしとけよ、と言って先生は
俺の額に冷たい缶ジュースを押し付けてきた。
自分でも缶のお茶を飲みながら、先生は俺の机に腰を下ろす。

礼を言って缶を受け取り、一気に飲み干した。
「夏は別に嫌いじゃないんですけど。早く時間たたないかなーって思って」
「早く時間がたったらやばいんじゃないのかー?お前今年受験生だろう」
「受験とかどうでもいい。早く卒業したい」
俺がそう言うと、先生は飲んでいたお茶から口を離して少し笑った。
俺の好きな笑い方。我慢が出来なくなって、先生の隣に座る。
「せんせー…」
「何ー?」
先生は俺の方を見ずに、窓の方を見てる。
「こっち見てくれない?」
「やだ。ほだされるもん」
「いいじゃん。ほだされればいいじゃん」
「…卒業までは、って決めただろー」
お前、自分じゃ知らないかもしれないけど、凄く必死で可愛い顔してるんだよ。
俺から目をそらしたままで先生が言う。
「思わずぐらつきそうになるので、今はお前の顔を見ません」
「じゃあ顔は隠す」
俺は先生の首筋に顔をうずめた。少しだけ汗の匂いがする。
「木島」
「心配しなくても卒業まで何にもしないよ」
「今何かしてると思うけど」
先生の笑う気配がする。俺も少し笑う。
「あーあー、ちくしょう。先生に触りたいなあ」
「今触ってるじゃんか」
「そういう意味じゃない」
「どういう意味だよ」
「…下着の上からでもいい」
「変態」
先生はそう言って軽く俺を突き飛ばした。やっぱりちょっと笑っている。
俺もまた少し笑う。
「お前らほんとやりたい盛りだからなあ」
そう言いながら先生はお茶を飲み干すと立ち上がった。
もう帰るぞ、と言う合図なのだろう。
俺も自分の鞄を手に立ち上がる。

やりたい盛りなのを否定はしないよ、先生。
「だけど俺が触りたいと思うのは先生だけだよ」

先生の体中、触りたい。先生の全部が欲しいんだよ、先生だけしか要らない。

教室を出ようとしていた先生が、俺の方を振り向いた。
え?と聞き返してくる。聞こえなかったのか。結構恥ずかしい事言ったんだけど。
「もういいよ」
先生の横をすり抜けて教室を出ようとする時、先生に腕をつかまれた。
そしてそのまま少しだけ引き寄せられる。

「…知ってるし、俺もだよ」
耳元から全身へ熱が伝わっていく。それなのに首の後ろはぞくぞくした。
そんな俺を置いて、先生はさっさと廊下を歩いていく。
──我慢しろと言う癖に、協力する気は全くないよな…。

この状態で7ヵ月は、あまりにも長すぎると思った。

75417-139 禁断の恋に走る者と愛より安定を選んだ者:2009/08/02(日) 03:17:16
勇者と村の司祭でどーぞ

「本当に行ってしまうのか」
「ああ、俺を待っている人が居る」
「行くなよ、この村にいてくれよ」
「すまない。俺が勇者である限り、俺は自分の運命に従う義務がある」
「お姫様か」
「ああ。魔王に囚われた姫君が、俺の助けを待っている」
「姫を助ければ、お前は間違いなく勇者から王子様へジョブチェンジだな」
「ああ。この運命からも解放される」
「その先に待っているのは輝かしい未来だな」
「そうだな。飢えも寒さもない、一生を保障された生活だ」
「そこに愛はないのか」
「えっ」
「見たこともない姫を愛しているという訳でもあるまいに」
「しかし運命から解放されるためだ、致し方あるまい」
「そうか、わかった。気を付けて行って来い」
「ああ。ところでお前はどうするんだ」
「この村で生活するさ」
「まさか、俺がいないというのに無理だろう」
「そんな事はない、何とかやっていくさ」
「ぬめぬめとした粘液を纏いうねうねと動き、月に一度男の精を求めて村を襲う軟体植物をどう退治するつもりだ」
「それはこれから考える。何なら私はあいつらと共生したっていいのだから」
「えっ」
「それはまあいい。ほら、早く行くがいい、姫様がお前を待っている」
「あ、ああ」
「二度と振り向くな、真っ直ぐ進め、お前の輝かしい未来のために」
「ああ。わかった、行ってくる」

75517-189 花火 1/2:2009/08/09(日) 22:53:33
岡田が、花火大会に誘ってくれた。
「あれ、俺なの?誰か女の子誘えばいいのに」
内心嬉しかったが、同時に不思議に思った。
岡田はバイト先の女の子やらゼミの後輩やらにもてまくり、よりどりみどりのはずだ。
「んー、いいのいいの。……どう?行く?無理?行けるよな?」
自分でそう豪語していたくせに、今日は俺を強引に誘う。
「……はいはい、行くよ、人が多いの苦手なんだけどな。早めに帰ろうな」

小さな地方都市である我が市の、この夏唯一の大イベント。
当然結構な人出だろうと思っていたが、これは想像以上だった。
これでも余裕を見て、始まる30分前には会場の駅に着いたのだ。
だけど、駅から河川敷までの道が、すでに人の波に逆らえない状態。
「……これじゃ、屋台でビールって無理かな?」
「無理じゃないかな、並ぶのも厳しい」
「ッ……はぐれそうだ、加野、手ぇつなぐ?」
「どこのラブラブカップルかよって」
手ぐらいつなげば良かったのだ。せめて肩なりと掴んでいれば。
……俺としては、とても無理だったけど。
気がつけば、案の定というか、いつの間にか岡田を見失っていた。
開始時間まであと5分。見回してもわからない。
(そうだ、携帯)
時間がない、とあわててポケットから携帯を取り出し、かけようとした途端に着信がくる。

75617-189 花火 2/2:2009/08/09(日) 22:54:54
──加野?どこ?
「岡田?俺、たこ焼き屋の前あたり、お前は?
──たこ焼き屋?わからないな……俺は500円くじの前なんだけど。
見回すが、そういう屋台は見あたらない。
「他に近くの店は?もう始まっちゃうよ」
──イカ焼きとわた菓子、なんかピコピコ光るおもちゃの店……あ、始まった。
パッと周囲が明るくなって、一発目の大きな花火が空に咲く。
「岡田、わからないな、もう。このまま花火見て、終わったらまた電話する」
──ばっか、お前、それじゃなんのために一緒に来たかわからないじゃん。
「いいよ、俺、こんなに近くに花火見たの初めてだから。綺麗だな……」
屋台の明かりが少々邪魔だったけど、遠くから眺めるだけじゃない間近の花火は、
腹に響くドーンという重低音や、パパパとはぜる火薬の音が効果音となって、感動的だった。
「来て良かったよ、本当、綺麗だ、言われなきゃ来なかったから岡田に感謝だな」
携帯から聞こえてきたのは、低い小さなつぶやき。
──俺は、喜ぶ加野の顔が見られなくてつまらんね。
「え、何?」
──俺は加野と一緒に花火が見たかったの。好きな奴と花火大会、これ常識でしょ。
ひときわ大きな花火が上がって、その音と同時に心臓が止まるかと思った。
「岡田、何言ってる……」
──加野、好きだ、ずっと好きでした。
「岡田!こんな所で!いっぱい人がいるのに!」
──電話だから、誰が相手かなんてわからないよ。それに、皆、花火見てる。
うろたえる俺に、少し笑いを含んだ声が指摘する。
──加野のことが好きなんだって、ずっと、言いたかった。
「……ウソだ、お前、女の子にもてるって、女の子好きって、ずっと言ってたじゃん……」
──ちょっと、意地になってた。加野にだけわざと言ってたんだよ。なんでかな。
周りの人は、綺麗な浴衣を着た女の子も、仲良さそうな家族連れも、みんな、
次々と上がる花火に夢中で、岡田の言うとおり誰も俺なんか見ていない。
俺だけが、携帯を壊れるほど握りしめて、真夏の夜に震えてうつむいている。
今言っても、きっと、花火の音にかき消されて誰にも聞こえないんだろう。
──加野?言ってくれよ、俺にも。
「岡田……ずるい……俺が、ずっと岡田を好きなんだよ」

75717-189 花火:2009/08/10(月) 01:35:05
 高層マンションで見る花火は素晴らしい。
 必死になって場所を取らずに済むうえに、人込みも気にしなくていい。
 革張りのソファに座りながら、私は優越感を覚える。これに酒があれば最高だった。
 夜空に咲き誇る花達に見とれていると、ドアの開く音がした。玄が帰ってきたらしい。
「ただいま」
「遅かったな。どこに行ってたんだ?」
 振り向きもせずに問いかける。玄は隣に座り、片手に持っている袋を見せる。
「花火大会だよ」
「花火ならここで見られるじゃないか」
「いや、花火を見ていたら急に食べたくなったんだ」
 彼は袋から次々と中身を取り出した。
 たこ焼きに焼きそば、ベビーカステラやチョコバナナ。様々な食べ物がテーブルに並べられる。
 落ち着いた色合いのテーブルクロスにはいささか似合わない面々だ。
「わたあめも買おうか迷ったんだが……」
「いい年した大人が買うものじゃないだろう、あれは」
「子どもがいっぱい並んでいたからやめたよ」
 玄は目を細めながら、子どもたちの分がなくなったら困るからな、と付け足す。  
 私はチョコバナナを手に取った。表面には蛍光色のカラースプレーがたっぷりとまぶされている。
「きれいだろう?」
「きれいと言うより毒々しいが」
 子どもの頃ならば玄と同じことを思っただろう。
 母にねだってはみたものの、ああいうのは体に悪いのよ、と説教をされた過去を思い出す。
 おかげで屋台で売られているお菓子はほとんど食べられなかった。
 大人になったら絶対食べてやるんだ。幼い頃に抱いた野望はいつの間にか忘れていた。
 チョコバナナをパックに戻すと、玄は不思議そうな顔をする。
「食べるんじゃないのか?」
「気になっただけだ。それにこれは一個しかない」
「分ければいいじゃないか」
 驚いた。まさか甘党のお前からそんな言葉が聞けるとは思わなかった。
「私は君と食べたいんだ」
「なら二個買ってくればよかったじゃないか」
「最後の一個だったんだ」
 カラフルなチョコバナナはいつの時代も子どもたちのあこがれらしい。
「それなのに子どもには譲らなかったんだな」
 指摘すると、玄は気まずそうに視線をそらす。
「……どうしても食べたかったんだ」
 玄の頬はほんのりと赤くなっていた。微笑ましい、と素直に思った。
 彼はいつまでも童心を忘れない大人だ。それが時に煩わしく、羨ましくもある。
 私はテーブルに並べられた品々を隅から隅まで見てみた。
 りんごあめ、たい焼き、ポン菓子、べっこう飴。
 昔、指をくわえて眺めていたものばかりだ。ああ、どれもこれも懐かしい。
 黙っている私を玄は訝しげに見る。何か言ってやりたいが、上手く口を動かせない。
 その瞬間、花火が打ちあがり、室内をオレンジ色に染めた。
「そろそろ乾杯でもしようか」
 玄は袋からラムネを二つ取り出す。どこまでも徹底した男だ。
「酒じゃないのか」
「酒にチョコバナナは合わないだろう」
「タコ焼きと焼きそばは?」
「口直しだ」
 どこまで甘党なんだ、お前は。
 玄は穏やかな笑顔でラムネを差し出す。私は呆れながらも口元を緩め、ラムネを合わせた。
 ビー玉がからん、と音をたてた。

 革張りのソファに座り、ラムネを飲むながら花火を見る。
 たまにはこんな夜の過ごし方もいいかもしれない。

75817-189 イヨイミ:2009/08/10(月) 04:54:36
イヨイミ、マソヘオ、、ヌ、ケ、ヘ。ェ
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759758:2009/08/10(月) 05:05:40
>>758、ヌ、ケ、ャ。「ハクサ*�ス、ア、キ、ニ、゙、ケ、ォ。ト。ゥ
オョスナ、ハ・琨ケ、*�ケ、゚、゙、サ、*�ェ
イソ、ヌ、タ、綃ヲ。「クォ、ハ、ォ、テ、ソサ*�ヒ、キ、ニイシ、オ、、。トorz

76017-189 花火:2009/08/11(火) 02:12:30
>>758-759文字化け本当に失礼致しました!
大したものではないですがせっかくなので改めて。

「たまやーっ」「かぎやーっ」
カラコロと楽しそうな足音が表を駆けていった。
がらり、戸を開けると待ちきれぬ高揚が通りを埋め尽くしている。
とろけるような夕日が、江戸の町並みを照らしていた。

「何だ、お前ぇんとこのがよく見えるってのによ」
裏から上がり込んだおれを見て、弥太郎は変な顔をした。
「親父が棟梁達と酒盛りだ。わざわざ相模から親戚まで見物に来やがってうるせぇったらねぇ」
はは、と弥太郎は眉を寄せて笑うと、つけていた帳面を閉じる。
「今日は商売になんねぇな」
早めに店仕舞ぇだ、と云って立ち上がった。


屋根に登ると日はすっかり落ちていた。
川辺の喧騒からは遠く、川から吹く風が心地良い。
隣で胡坐をかいている弥太郎は、蚊に食われたと云って脛をぼりぼりと掻き毟っている。
「どれ、貸して見ろ」
「止せ、お前ぇまた噛むんだろうよ」
伸ばした手を笑いながら蹴られる。
と、しゅるるる、という音が聞こえた。
「お、始まったな」
どぉん、という轟音と共に光が花開く。
辺りが一瞬明るく浮かび上がって消えた。
「おれはよ、この音が好きだな。腹にどんと来る」
目を閉じてまるっこい耳を傾ける弥太郎の顔を、次々上がる花火が照らす。
困った犬っころのような顔は、年なりに柔らかくなってきた。
こんなにまじまじと顔を眺めるのも随分と久し振りで、
その薄い唇をぺろりと
「っ、何しやがる」
舐めた瞬間目が合った。鼻が触れる程近い。
「親戚によ、」
どぉん。
「縁組み勧められて」
どぉん。黒目が赤く揺らめく。
その中の自分の顔は情けない位強張っている。

「おれァ、腹くくったよ」

どぉん、どぉん。

一際明るく照らされた弥太郎の表情は変わらない。
その頬を両手で挟むと、意外な程ひんやりしていた。
一息ついて、言葉を吐き出す。


「おれァお前ぇがいりゃいい」

「嫁も子供もいらねぇよ。お前ぇがいてくれりゃ満足して死ねる。だからお前ぇも腹くくれ」
「おれといてくれ、弥太郎」

どぉん。

少年の日、花火というものを初めて見た事、横にいた弥太郎と口をぽかんと開けて見とれた事、弥太郎の体温、歓声、いろんなものが一気に胸に押し寄せる。

手が、弥太郎の手がゆっくりと、顔を挟むおれの手の上に重ねられた。
その時初めて、自分の手が震えていたことに気付いた。
「しょうがねぇ野郎だな、お前ぇがくたばるまでいてやるよ」
闇に浮かぶ眩しい程のその笑顔を、おれは一生忘れるまい。

76117-239 絶対絶命:2009/08/13(木) 20:01:40
(229「人間×人外」を書かせて頂いたものです。
お題にそって「絶体絶命で続編を書いたのですが、続編投下はこちらということに
直前に気づき、こちらへ投稿させていただきます。」)

76217-239 絶対絶命1:2009/08/13(木) 20:02:30
大変だ。夢なのに頬をつねっても痛い。
というか、頬をつまめてる。指がある。毛が無い。
他にもおかしいことがありすぎて訳がわからない。
辺りをきょろきょろと見渡していると、見たこともない人間が驚いた顔をしていた。
いや、違う、鏡だ。

「…嘘だ」

話したかった言葉だ。アイツと同じ言葉、俺の声だ。
俺、人間になってる。
嬉しいけれど、けど。状況をアイツに言って信じるのだろうか。
信じるわけが無い。いつも聞こえていたテレビもラジオも、
猫が人間になったニュースを報じたことは無い。
無理だ。絶体絶命だ。
せっかくのチャンスなのに、駄目だ。
チャンスでもない、これは寧ろピンチとしか言えない。

76317-239 絶対絶命2:2009/08/13(木) 20:03:08
「今、何時だ」

午後8時前。そろそろアイツがバイトから帰ってくる。とりあえず服くらい
アイツの服を拝借し、少し緩いと重いながらも苦労してボタンを留めた。
落ち着いて鏡を見てみると、なかなかの顔立ちだと自画自賛してみる。
もとが猫だからか多少目がきついものの、年相応の可愛さもある。

と、見とれている場合でもない。
アイツが帰ってきて不法侵入だとか騒ぐ前にここを出て行かなくては。
寝ている頃に戻って俺は廊下で寝たりしていれば、朝には戻る、だろう。
確証は無いけど。
靴のサイズは合うだろうか。そしてこの不慣れな二足歩行に慣れるだろうか。

「ただいまー…って、ええええ!?」

ウォーキング練習をあわただしくしているところに、アイツが帰って来てしまった。
やばい。やばい。驚いてる。怖がらせてる。
窓から飛び降りることは、猫の体だったらできるだろうけど、人間の体は脆いから。
そんなこと絶対出来ない。しぬ。

76417-239 絶対絶命3:2009/08/13(木) 20:03:40
走れるかわからないのに走り出して、案の定転びそうな俺を、アイツがゆっくり抱きしめた。
オマエ、意外と力あるんだな。
高校のとき野球部で万年補欠だったくせに。
ばたばたと動いてもまったく離してくれない。

「お、まえ…あ、あ、成功だ。おまえの匂い。リオの匂い。…うっそだろ、俺すげえ。凄すぎ。レポートは駄目だけどやっぱり俺、実験なら出来る子だ。」

「何が成功だ馬鹿野郎。離せ離せ。」

「リオ、おまえ口調が可愛くない。でもリオだ。俺の大好きな猫。」

いつものように、いつもと違う頭をくしゃくしゃと撫でる。
俺の好きなように、やわらかく。気持ちよいように。

「こうやっておまえの声聞くの、夢だったんだよ。超幸せ。今度は長持ちっつーか、もう永久に変身できる薬作るから、待ってて。」

「オマエ、そんな余裕ねえだろ。いっつもレポート提出前日に慌ててるオマエが。」

「いいから任せて。おまえが欲しかったんだよ。」

76517-239 絶対絶命4:2009/08/13(木) 20:04:26
「俺、がオマエを好きになるかなんてわかんねーだろ。」

「頼りないところ全部知ってると思うけどさ。リオが知らないところだって沢山あるんだよ。」

頭を撫でることだけでは足りないのか、嫌がる俺を無視して頬やら首、耳にキスしてくる。
唇がこんなに軟らかいなんて知らなかった。
そこは弱音やら俺に語りかけることだけしか出来ないと思っていたのに。
言葉と同じような優しさを持っているとは。

「だから、好きになって。頑張るから。」

「知る、かよ。」

「朝までしか持たないからさ、お願い、添い寝させて。夜行性だとは知ってるけど。」

いつもベッドに連れて行くくせに。何で今日だけ丁寧に、しかも目をまじまじと見て聞くんだよ。
それに、オマエ、ちょっと待て。

「風呂はどうしたんだよ。歯磨いたりとか。そもそも着替えとか。」

「あ、忘れてた。」

「それで朝に困るのはオマエなんだからな。」

「焦りすぎた。ごめんごめん。一緒に入ろうか。」

「狭いだろ、二人じゃ。」

「狭いからいいんだよ。それで着替えて、歯磨いて、ごろごろしながら話そう。
どうやってリオを人間にしたのか、教えてあげるよ。」

いつも繋げなかった手を繋いで、指を絡め合って、確かめ合う。
ここにオマエがいるんだって、いつもより深く感じるよ。

「おいで、愛してるよ。」

そんなに優しく他の誰かにも語りかけるのかな。
手を繋いだことも沢山あるんだろうな。
俺は初めてだよ。ずっとオマエがいいよ。
ずっとこのまま一緒に居たいよ。
だから、このままでいさせて

76617-239 絶対絶命5(ラスト):2009/08/13(木) 20:04:54
「うん」

こうやって返事をさせて。意味のある言葉を発したい。会話をしたい。
もっと手を繋ぎたいし、抱きしめたいよ。
今度は俺から言わせて。今のうちに。今だけしか言えないみたいだけど、沢山言わせて。

「愛してる。」

76717-239 絶体絶命:2009/08/14(金) 04:00:19
規制で書き込めなかったので、こちらに投下します。


目の前には見知った男、背中合わせには壁。
ついでに左右は目の前の男の両腕に阻まれ、逃げ道すらない。

目の前の男は心底楽しそうに目をにんまりと細め、んふふ、と笑った。
その微妙に低い声が耳の底を柔く擽って、思わずぶるりと身震いをする。

「さぁ、もう逃げ道はないね」

甘い毒を含んだ、魅惑的な声。
騙されてはいけない、逃げなくてはいけないと思うけれど、耳を這い首を伝って背骨の付け根を痺れさせるその声に、
自分を曝け出し屈伏してしまいたいという気分にすらなってくる。

「君は、これから僕のものになるんだ」

違う、お前のものになんてなってたまるか。
家には腹を空かせた兄弟が、俺の帰りを待っている。

「君が僕のものになれば、君の兄弟は一生の安泰が約束される」

それはわかっている、でも、それだけじゃなくて、俺には。
想い人が――想い人が。

「そんなものが、君たち兄弟の腹を満たしてくれるとでもいうのかい?」

だから、忘れてしまえ。
目の前の男は愉快そうにそう囁いて、俺の首筋に口付けた。
軽い音を立てて首筋に吸いついたその唇が、俺のそれへと近付く。

後は壁で、目の前には男がいて、左右は両腕に阻まれている。
絶望に足を取られて、反論する言葉さえ奪われて、見動きをすることも出来ない。

助けて。
心が悲鳴を上げる。

目の前の現実のその全てを見たくなくて目を閉じれば、
そこに浮かんだのは愛しいあの男の残像だった。

76817-259:2009/08/16(日) 18:37:52
5分差で投下負け++
微妙にお題とズレてるから、いいかな



「良い事を思いつきました」
主人が何か言い出す時は大抵碌な事がない
館に入ったその夜に覚えさせられた事は今でも忘れられない
主人は自分と同じ様に長い銀の髪をした私がいたく気に入りらしかった
そして、いつも私の髪を指に絡めてくすくすと笑う
「おいで」
主人が手を叩くと、もう一人従者として使えている
ホムンクルスが寝室に入ってきた
昔主人が愛した少年をモデルにして造ったと聞かされている
「今夜の相手は『彼』にさせましょうか」
これまで共に主人に仕えて来た仲ではあるけれど
自立した行動が一切出来ない上に
言葉も返事くらいしか出来ない同僚だった
主人が何をする気なのか見当も付かず
不安な気持ちで主人を見つめると
主人はいつもにも増して優しく微笑んだ
この微笑が無かったら私は今の生活に耐えていないだろう
私をベッドに寝そべらせ、主人は傍のカウチに腰掛けると
呼び寄せられた『彼』がベッドの前に立った
「や…止めさせてください…」
「私が良く教えてありますから、大丈夫ですよ」
主人が指を鳴らすと、『彼』が口付けしてきた
「服を脱ぐのを手伝って上げなさい」
『彼』は主人の指示の通りに行動する
私は『彼』に弄ばれながら、主人の視線に耐えた
私の弱い所も何もかも、良く知っている主人だから
主人の指示は的確だった
乱れる私をカウチから微笑みすら浮かべて見ている主人が
それでも私は恋しくて、知らずに涙を浮かべていた

76917-259 従者×従者:2009/08/17(月) 10:57:59
ゆっくりと押し込むと、彼のそこはそうあるのが当然のように私を飲み込んだ。
眉根を寄せて体の中に入り込む私という異物の感触に耐える彼を見下ろしながら、
私は励ましの言葉をかけた。
「そう、最初は声を上げてはいけない。でも、体の力は抜かなければいけない。上手だぞ」
「はい...ありがとうございます...」
律儀に返事をするまだ幼さの残る声に、「我らが主には言葉で返事をするなよ?」と
一応釘を刺す。彼はこくりと頷いた。

我が主は従者の好みが五月蠅い。従者といっても実質的には稚児だ。
容姿年頃が好みであることはもちろんだが、舌技に長けている、痛がって
興を削がない、やたらと大声を出さない。無口で従順に命令に従い奉仕する従者が、
最初は声を殺して快感に耐えているのが、次第に耐えられなくなって最後は声を上げて
乱れるというのが良いらしい。
領地を回りながら主好みの田舎者を見つけ、連れてきて主好みの従者に仕込むのが、
かつて主の一番のお気に入りの従者であった私の今の仕事だ。

「動くぞ」と声をかけてから、まだ体が慣れていない彼のためにゆっくりと小幅の
出し入れを始める。
やがて、目尻に涙を滲ませ耐えるように引き結んでいた彼の唇がゆるんでくる。
舌で、指で、与えられる快感を覚えさせることから始めた。幾晩もかけて、
休み休み、でも繰り返し。
昨晩は初めて根元まで私を受け入れ、その状態で私にしごかれて彼は快感に
身悶えしながら果てた。今晩は動く私によって与えられる快感を受け止める訓練だ。
はあっ....
彼の唇から、熱い吐息が漏れる。指よりも太いその大きさに体が慣れてきたようだ。
ぐいと強くえぐると、彼は声を殺して頭をのけぞらせた。晒された白い喉がまぶしい
ような気がして、私は目を眇めた。
「痛かったか?」尋ねると、彼は首を振った。
「気持ち良いのか?」尋ねると、彼は頷いた。
「そうか。でも、主の心に余裕があるように見える間は主には首を振るのだぞ。
『気持ち良いのだろう?』と問われたら首を振るのだ。『気持ち良いと言え』と
問われても、最初の1・2回は首を振るのだ。あっさり認めるのもいけない。
でも、いつまで経っても気持ち良さそうにしないのもいけないのだ。匙加減には
注意するのだぞ。不興を買えばお前の命にかかわる」
「...ち良いのは...」
ふと、熱っぽく潤んだ目を私に向け、彼はあえぐように言った。
「あなただから...あなただからです...あなただけ...」
「そんなことを言ってはいけない」私は彼をたしなめた。
「お前が主好みの年頃である期間はわずかだ。その間、主好みの従者でいさえ
すれば、お前は殺されることはない。じきに飽きられて他のお気に入りの従者に
取って代わられ、ただ、主の世話をするお気に入りの従者の手伝いをする役に
回され、次第に主から遠ざけられる。主から遠くなればなるほど、お前が不興を
買って殺される確率は下がるのだ。田舎にいた頃のように飢えることなくこの城で
生きていけるのだ。だから、余計なことを考えてはいけない」
「あなたは、僕が主様にこうされても平気なんだ...」
平気なものかと、口には出せなかった。ここでは、主に逆らっては生きていけない。
彼がここで生き残るためには、私などに心を残していてはいけないのだ。
「平気も何も、私がお前を抱くのは主にこうしていただくためなのだぞ?」
みるみるうちに、彼の目に涙が盛り上がり、目尻から流れた。
「くだらないことなど考えられないようにしてやろう」
彼の瞳に浮かぶ絶望を無視して、私は彼自身に手を伸ばした。
えぐって、擦り上げて、じらして、長い時間をかけて私の言葉に一度は冷めて
しまっただろう彼の体の奥の焔を外から熾しなおし、煽り、彼の理性を押し流し、
快感にのた打ち回らせる。彼の気持ちも意志も関係なく、与えられる刺激に彼の
体が反応するまで。何の気持ちも伴わない、憎んでさえいる主に抱かれても、
彼の体が快感を貪ることができるように。
それだけが彼が生き残ることのできる道なのだから。

体中を汗と体液でドロドロにし、疲れ果て、泥のように眠りに落ちた彼の体を、
冷えないように私は綺麗に拭き清めてやった。
寝顔はまだあどけない。
顔にかかる前髪をよけてやって、私は彼が目を覚まさないように用心深く、
そっと、そっと、彼の額に口付けた。

77017-299 なんて男らしい 1/2:2009/08/20(木) 18:20:16
話があると部屋に呼んで、小柄な体をすっぽりと胸に包んだ。
……堪らない感情からと、顔を見ずに済むという理由のためだった。
「祐一のことは大好きだ……でも、別れよう」
髪にそっと口づけながら、とうとう言った。この3ヵ月、考え続けた結論だった。
同僚から恋人へ、想いがゴールを迎えてハッピーエンドのつもりだったが、人生はそう単純じゃなかった。
人は、恋だけに生きられない。
三十という年齢を過ぎて、社内での責任が重くなり、他の同僚が家庭を築き、
家族や親戚から圧力が高まり……
ありがちな、しかし誰でも直面する壁が俺達に立ちふさがった。
祐一はひとり息子だ。これ以上、俺に縛りつけておく訳にはいかない。
「このまま関係を続けても、俺達は幸せになれない。
 このあたりが潮時だよ……素晴らし思い出をありがとう、祐一」
なんとか、重くならずに言えたと思う。しかし語尾は震えた。
誰よりつらいのは、俺だと思った。しかし、祐一の幸せのためには耐えるしかない。
力を込めて、祐一を抱きしめた。わずかに抵抗された。
納得できないか?祐一。でも、それがお前のためなんだ。
俺だって決心できてるわけじゃない。でも、俺は男だから。
祐一の細い肩が震える。俺の視界も柔らかく曇った。
こんな顔は見せられない。ますます強く抱きしめた。

77117-299 なんて男らしい 2/2:2009/08/20(木) 18:23:33

「……っざけるんじゃねぇ」
低い、地獄からの声とともに、頭が揺れて気がついたら尻餅をついていた。
あごに一発をくらったと気づいたのは、そこから脳天に突き抜ける痛みと、口中の血の味のため。
「別れたいんなら別れてやる。どうせ俺のためとか思ってるんでしょ?」
冷たく見下ろす祐一の顔。一滴の涙もない。
「馬鹿じゃないの。逃げてるのは宏伸、お前のほうだから」
立とうにも立てない。あごを打たれて脳震盪を起こしているのだ。
祐一がきびすを返した。部屋から出て行こうとする。
「祐一……ちょっと、待っ」
「俺は跡継ぎとか、社内の立場とか出世とか、世間体とか、どうでもいいの。
 宏伸さえ覚悟してくれたら、今の仕事を辞めてどこか遠いところで頑張ってもいい。
 家族にだってカミングアウトしたって、それで縁を切られたって平気だ。
 それをお前は……」
「いや、だって、お前のためを考えて俺は」
言った途端すごい勢いで振り返られて、顔面に腕が伸びてきた。
──もう一発、殴られる。ぎゅっと目をつぶって身構えた……頬に、手のひらの感触。
「宏伸が俺のことだけ考えてくれたってのはわかるけどさ、君は本当に……
 馬鹿だとは思ってたけど、本当に馬鹿だ。自己完結しちゃって、情けないなぁ、それでも男か?」
ヒリヒリと腫れた唇に、冷たい唇の感触。
「ついてこい、って言われても困るだろうけど。
 ……俺だけじゃ駄目なの?他は全部あきらめて、俺をとれよ、宏伸。
 男二人、何したって食っていけるとは思わないか?」

77217-379 高すぎる腕枕:2009/08/27(木) 14:26:58
「なーいいじゃん、してくれよー腕枕」
「は? 何で男のオマエなんかにしてやんなくちゃいけない訳?
つか、体格からして逆じゃね?」
「だって、お前の腕で眠りたいんだもん。うーん、何ていうのかなぁ、
『母性』っていうの? そういうの感じてみたいんだ。
そんで、子守唄歌ってもらえたらサイコーなんだけど」
「それだったら、自分のカーチャンにでもしてもらえ!」
「えーと……うちお袋いねーんだわ」
「あ」
「何つー顔してんだよ。もう昔のことだって」
「そっか。あの、悪かったな……」
「悪いと思うならさー、やってよ腕枕」
「わ、わかったよ! ……ほら」
「やったー!! いやー言ってみるもんだなー。
んー何か落ち着く、お前の腕……」
「い、言っとくけど、俺の腕枕は高いぞ! 某無免許医の手術より高い。
10億だ!! 子守唄はプラス5億で歌ってやってもいい。
代金は一生かけてでも払ってもらうからな!」

俺が照れ隠しにそう言うと、奴は何故か幸せそうに笑った。

77317-419 思い出のなかに生きる人と見守る人:2009/08/30(日) 13:35:01
双子の弟が事故でいなくなってしまった。
しばらくして、弟のパソコンを開くと沢山メールが届いている。
全部同じ人物からで、英語だった。
内容は、メールが返ってこないことへの不安がひたすら書かれていた。
弟は最近まで留学していたから、多分そこでできた友達だろう。日本の知り合いには一応連絡をしていたけれど、彼のことは気づかなかった。
僕は弟のメールソフトから、彼に弟はもういないことを告げた。

なのに、未だに彼から毎日のようにメールが送られてきている。
内容は、今日何をしたとか、こんなことがあったとか、そんな些細なことが綴られていた。勉強し始めたのか、短い拙い日本語でメッセージが添えられていた。

「あいたい」「さびしい」「またあいましよ」

彼のメールを読んでいると、まだ弟がここにいるような気がする。

「日本 いきます 来週」

来週彼はやってくるらしい。
会ったこともない弟の親友。彼は弟と瓜二つの僕を見てどう思うだろう?

774萌える腐女子さん:2009/09/02(水) 22:10:39
神様、僕は何か悪いことをしたでしょうか。
思えば幼稚園から大学まで地方の中流を渡り歩き、我ながら何の変哲も無い人生でした。
それなのになぜ僕は今、見も知らぬ男に圧し掛かられているんでしょうか。

「突っ込みたい?突っ込まれたい?」

舌を噛んで死ぬべきか、なんていってもそんな根性僕には無い。
死ぬなら男とでもセックスしたほうが良いのか?
どうなんだ?逃げるのか?
ああ、けっきょくあまりにも平凡な僕はするかしないかではなくて、
ヤるかヤられるかしか選べないんだろう。

「突っ込みたい?突っ込まれたい?」

頬を吊り上げるようにして男が耳元で囁く。
答えはそのどちらかしか選べないだろうとばかりに、

775萌える腐女子さん:2009/09/02(水) 22:16:05
774は、17-439 どちらかしか選べない に対する萌です
タイトルミス済みません

77617-469 厨二×厨二(1/2):2009/09/10(木) 16:45:26
「サラリーマンだけにはなりたくねぇな」
俺はそう悪態をつくと最近覚えた苦いブラックコーヒーに口を付けた。
苦っ。苦みに一瞬顔を歪めるが、それを誤魔化すように瞳を閉じた。
俺はこの日も脳裏によぎった三文字を口に出さぬよう必死に取り繕う。
旨い。俺は違いの分かる男。同世代のガキとは違うんだ。
本音を言えば苦くてまずいが、
そう思うことでシュガーポットに手を伸ばそうとする未練を断ち切る。
ビルの三階にあるカフェは通りに面している壁がガラス張りになっていて、そこから下の様子などが見える。
俺は冷めた瞳で行き交う灰色の群衆を見つめていた。
スーツで武装し表を歩く生気も表情もない顔は見ていて不愉快で、いっそネクタイを窒息してしまうまで締めてやりたい。
見下ろした灰色の蠢きと自分に干渉する父親とダブり、余計に憎悪が増す。
ムカムカする気持ちを押さえつけようとコーヒーに口を付けたが、苦みのせいで余計気持ちが落ち込んだ。
気が重くなる理由はもう一つある。
目の前に座っている海斗だ。
文庫本に視線を落としたままうんともすんとも言わない。
この男はなかなか読書家で、愛読書は赤川次郎だ。
最近バンドを始めたらしく、いい詩、いや海斗曰くいいリリック(こう言わないとキレられる)が書けるようなインスピレーション探しに
俺は毎回付き合わされる。

77717-469 厨二×厨二(2/2):2009/09/10(木) 16:45:58

そして今日もご多分に漏れずそのインスピレーション探しに付き合っていて、今は小休止中だ。
目の前の相手は話しかければ返事は返すものの皆一言で終わりなかなか話が続かない。
雄次は諦めてブックスタンドから持ってきた英字新聞を広げた。
よ、読めねぇ……。だが俺は怯まない。何故なら俺は全能の眼(ゼウスズプレシャスアイ動揺の余りにガタンと机を揺らしてしまい慌てふためく。
そんな俺の様子など意に介さない海斗は相変わらず涼しい顔をして本を読んでいた。
「別に何にも変わんねぇよ。世の中平和、めでたいことだな」
「だがつまらないだろ。」
「え?」
「見てろよ。俺のバンドがそのしけた一面記事に大輪の花を飾ってやる」
その一言に背筋がぶるりとなった。
きっとこいつは俺の知らない世界を見せてくれるに違いない。
「行くぞ」と小さく呟き領収書を持ち席を立つ背中。
肩幅が広いとか背が高いと思ったことはあったが頼もしく見えたのは初めてだった。

77817-499 指舐め 1/2:2009/09/15(火) 14:56:35
校舎の屋上で、俺と高梨は5限のグラマーをサボっていた。
高梨は、屋上の入り口のドアのところにある段差に座りながら、誰かが置き捨てていったらしい
エロ漫画雑誌をどうでもよさそうにめくっていた。立って反対側からそれを覗き込みながら、
ふと思いついて俺は言った
「口でされるのって、どういう感じなんだろうな?」
「口でされる...?」
俺の言葉に、高梨はきょとんとした表情で俺を見上げた。
「フェラだよ、フェラチオ」
「ああ...そういう意味か」
なあんだという高梨の表情に、俺はちょっとむっとした。
「なんだよ、お前、興味ないのかよ...それとも、経験済みか?!誰だ?クラスの女か?!」
「女と経験なんかしてねえよ。興味も、ないわけじゃない」
経験無いという高梨の言葉に、俺はほっとした。
高梨は顔立ちの整った、穏やかな性格で、女子の間でも人気がある。ぱっと見はとっくに
童貞捨てていても不思議じゃないんだが、高校に入ってから始終つるんでいる童貞・
彼女いない歴=年齢の俺としては、敵わないのはわかっていても先を越されると面白くない
という複雑な感情を持たざるを得ない相手なのだ。
「...............るか?」
「え?」
疑問系の語尾にふと我に返る。
「ごめん、聞いてなかった」
「だから、『試してみるか?』って聞いたんだよ」
「誰が?!どうやって??!!」
「俺たちが。......指舐めたらさ、その感じでチンコ舐められてると思えば、どんな感じかは
わかるんじゃねえ?」
「そうか....そうかもな」
「やってみるか?」
「お、おう。頼む」
「じゃ、手を出せよ」
俺は妙にドキドキし始めた心臓の鼓動を「フェラの感触を味わうことへの期待」だと解釈した。
ワイシャツの腹のところでごしごしと拭ってから、自分の左手を差し出す。
高梨は、俺の左手を親指と人差し指、薬指と小指を軽く押さえるように両手で持ち、口を開けた。
ぱくりと咥えるかと思ったら、舌を伸ばしてぬろりと残った中指の腹に触れ、指先の方に一度舐め上げる。
ぞくりと、俺の下半身に何かが走った。
もう一度中指の腹にそっと舌を当ててから指先に移動させると、今度は昨夜切ったばかりの爪と指の間を
横にちろちろと舐め、それから改めて、舌全体を中指の掌側に当てるようにする。ぬらぬらな温かいものが、
吸い付くように中指にとりつき、指先に向かって動いていく。舌の先のほうにはちょっとざらつく感触があって、
それが移動していくのがわかる。
ざらつく舌先が指先に達するよりも早く、指の腹に高梨の下唇の内側の粘膜が触れる。舌先とは違う、
ただただ柔らかくぬめる粘膜がほんの数瞬与えた感触は、今までに感じたことの無いものだった。

77917-499 指舐め 2/2:2009/09/15(火) 14:57:00
....なんか変な感じがする。
見下ろした高梨の整った顔が、いつもと違って見える。俺の指を見ながら、口を開け、舌を差し出す表情が、
やけにエロい。目元がほんのり赤くなってるように見えるのは気のせいか?
俺の言う事を全然聞かないモノが、パンツの中で下を向いたまま段々固くなってくる。高梨の目の高さに近い
それに、高梨が気づかないでいてくれと祈りながら、俺は高梨がこれから何をしてくれるかを心臓をバクバク
させながら待った。

高梨はそんな俺の事情には気づいていないのか、俺の中指を舐め続けた。
指先に、ちゅっと吸い付くと、一瞬、指先が熱い粘膜に包まれる。けれど、すぐに唇は離され、外気が指に
ついた唾液から体温を奪う。
「もっと...」と思ってしまった俺の心の声が聞こえない高梨は、今度は中指と薬指の間、中指の側面に吸い
付いた。唇の粘膜を滑らせるように左右に動かし、不意に舌を出して指に絡ませる。握りこませていた指を
開かせると、指の股に舌を這わせる。
初めて感じるなんともいえないやるせないもどかしさに、俺は思わず言った。
「そこ、チンコにはねえんじゃね?」
「足の付け根とか、あるだろ?」
高梨は俺のほうを見もしないで言うと、いきなり俺の中指全部を口の中に咥えた。
唇の粘膜の輪が指の全周を柔らかく包み、その中で温かい舌が指に張り付き、吸い上げながら上下する。
その感触....!
もっとして欲しい。指だけでなく。

「ヤバイ...ヤバイって。コレ、気持ちよすぎる...」
言いながらも手を引けない俺の矛盾する気持ちを知ってか知らずか、高梨は口を開けて指を解放した。
左手をひっくり返し、掌をちろりと舐め、軽く唇を押し当てながら、高梨はそれを始めてから初めて俺を
見上げた。
「指なのに、そんな気持ちいいわけ?」
「...イイ」
「じゃ、交代な」
高梨はそう言って笑った。

差し出された高梨の右手を手に取りながら、今日一番鼓動を早くする俺の心臓。
秋の昼下がりの日差しの元で眩暈すら感じながら、何かとんでもないところに足を踏み入れようと
していることを自覚しながら、俺は高梨の指を自分の口元に導いた。

78017-539 高嶺の花:2009/09/20(日) 21:00:25
なんで、言っちゃったんだ。頭の中ではその重たい後悔がぐるんぐるん回っていて、誰を責めるべきなのかわからなくなる。
学年一の美少女に恋した自分か。それともいけるいける、なんて軽く背中を押してきた同級生だろうか。止めるどころかおもしろがったクラスの女子か。
考えているうちにこの世の全部が敵のように思えてきて、ぐったりと屋上の柵にもたれかかった。
天気がいい。山のてっぺん近くに建てられたこの学校は屋上の見晴らしがよく、絶望するにはもってこいの場所である。
「俺は馬鹿だぁ」
「そうだ馬鹿だ」
賛同の声がいきなりして、ぎょっとして後ろを振り返る。唯一、美少女に告白するなんて暴挙に出た自分を静観していた男が立っていた。
高校まで一緒の腐れ縁のくせに止めてくれなかった彼を恨めしいとはなぜだか思わなかった。
「そう思うなら早く止めてくれればいいものを」
「水戸黄門の歌思い出してみろって」
人生、苦楽あり。十七歳にしてしぶすぎるチョイスに力が抜ける。
がっと、力強く肩を組まれた。眼を見開き、真横の顔を見つめる。
「馬鹿だよ、ありゃ高嶺の花だってわかるだろ。摘んでみようって考えるだけお馬鹿さんだ」
「……うん。馬鹿ですよ」
「だからな」
「うん」
ふいと、彼がそっぽを向いた。黒い髪が風にたなびく。それが頬をかすめ、くすぐったかった。
「低いところのを摘めばいいと俺は思うわけだよ」
「低いところねえ」
「そう、低いところ」
「で、それどこに咲いてんだ」
目が合った。彼が愕然とした顔を一瞬浮かべて、やがてがっくりと首を倒してため息をついた。
「馬鹿だなあ。そんなんだから振られるんだって、俺以外に」
からりと彼は笑った。
なぜだか、なにも言い返せなかった。

78117-529 恋人を庇って銃で撃たれる:2009/09/23(水) 05:23:14
強盗犯に撃たれた傷口をガーゼで押さえられ、人工呼吸器をつけられ手術室へと運ばれる谷澤は寧ろ穏やかな表情で、ただ眠っているだけの様に見えた。
アレを瀕死の状態と言うのならば、横で座っている津嶋はなんと評すれば良いのだろう。
その顔はまるで死人のように蒼白で、廊下の蛍光灯が、手術中のランプの照り返しが、彼の頬に赤味があるのだと、生きた健全な人なのだと錯覚させる。
だが、その頬は確実に人の色とは言いがたいのだ。

「津嶋。もう帰れ。んで、寝ろ」
「いやだ。例え、それが命令だとしても、帰らない」
「お前、顔も白いし目もどっかいっちまってるぞ。谷澤が起きた時に、お前がそんな状態だったら……――」
「起きないかも知れない……あいつみたいに。だろう?」
「…………」

手術室のランプが赤い光を放っている。
病院の廊下は、外ではもう夜明けを迎えているはずだというのに、酷く余所余所しい人工的な暗さを保ったままだ。
どこまでも続くような、薄暗い、廊下。永遠に夜明けの来ない、薄暗い廊下。
時が過ぎ、そのときに最も嫌な結末を迎えるのであらば、いっその事時が止まってしまえば良い、とそう思っている心のうちを全て見透かすような、薄暗い廊下。
赤いランプと蛍光灯に照らされて、漸く人なのだと認識できる男を、仕事仲間を、友人を、俺は見下ろす。

「何で……俺じゃねぇんだ……!」
搾り出すような言葉は、前にも聞いた事のある言葉。
だからこそ、あの時の事を知る俺にとって、あの時も、今も、何も出来なかった、何も出来ない俺の心が痛み、悲鳴を上げる。


15年前と同じ状況だった。
津嶋は15年前、愛した人を目の前で……それも、本来撃たれるべきであった自分を庇い、そして死なせてしまったという傷を心に負っている。
以来、一匹狼で過ごして来たのだ。誰も傍に寄せないようにして。幼馴染だった俺さえも諦めるような頑固さで。
そこに谷澤がやってきた。若さ故の無鉄砲さと鈍感さで、まとわり付いて、せっかく津嶋も心を開いて…冗談だとしてもこの俺に、津嶋の馬鹿が、恋人とそろいのものを持つなら何が良いか、と聞いてきたばかりだったというのに。
犯人が津嶋に向けた銃口の前へと、手術室の向こうで寝ているであろう馬鹿は立ちはだかったのだ。


今ここで、谷澤も喪えば、津嶋は……――


死人のような顔でただ祈り続ける津嶋を見つめながら、俺は、手術室のランプが消える瞬間を恐れていた。


――――――


「……だからすみませんて」
「だからもくそもあるかてめぇ!」
「だって先輩絶対あそこで死ぬつもりにみえ……いたっ!」
「誰が死ぬつもりだって、あぁ!?」
「だ、だって前、何時でも死んで良いって……」
「あの時はあの時!今は今!いまさらてめぇを残して死ねるかよ!」
「えっ、って事は先輩!」
「だまれ。怪我に響くぞ」

……心配した俺がバカだった。
谷澤が目覚めた時からずっと、二人はあんな調子で喧嘩ばかりしている。
あぁ畜生。
色んな意味で満腹だから、次はどっちも撃たれないように互いをフォローしやがれってんだ。

78217-579 中ボス 1/2:2009/09/27(日) 14:39:37
腹に熱の塊が食い込んで、俺の身体を容赦なく吹き飛ばした。柔らかい葉を焦がし、華奢な木々をへし折って熱風が後を追ってくる。瞬間目の前が暗転し、気がついたときには濡れた地面の上で、木々の間の狭い空を見上げていた。体中が痺れて感覚が無い。声も出ない。
 積もった葉を踏み潰して、人影がこちらに近づいてくる。目がかすんで顔は見えないが、今しがた俺を吹き飛ばした魔術師か、勇者としてその名を轟かせている青年のどちらかだろう。他の者は皆彼等に殺されてしまったのだから。
 彼等が何の為にこんな森まで来たのか、予想はつく。恐らく、あちらこちらで暴虐の限りを尽くしている俺の主を殺しに来たのだろう。
  胸倉を掴んで引き起こされた。鎧の固い感触。唇が何事か動いているが、言葉が聴こえない。何事か俺に尋ねているようだったが、視界が水の中のようにぼやけていて、何も判らなかった。
 殺すか。
 きっと大声で魔術師に言ったのだろう、その言葉だけがぼんやりと聴こえた。
 身体がすっと冷たくなる。
 ついにこの時がきたか。戦いに負けて殺される時が。
 眼前に迫る金属の輝きから逃れるように、俺は目を固く閉じた。
 俺は死ぬのが怖かった。情けないことに、主の配下でそんなことを考えて居る者は俺だけのようだったから、誰にも打ち明けたことなど無かった。
 親しかった部下が殺されたと聞く度に、悲しみ、次は我が身かと怯えもした。次は俺が行って奴等を殺すのだと、息巻く同輩の気が知れなかった。
 冷たい感触が喉にあたり、どうしようもなく手足に震えが来た。灰になって散って行ったかつての同輩達は、この醜態を見て嗤うだろうか。
 長い時が過ぎたように思えたが、刃が俺の頸に食い込むことは無かった。酷い恐怖と、何故か湧き上がってくる焦燥感に耐えかねて目を開くと、やけに綺麗な色の瞳が、こちらをじっと覗きこんでいた。
「お前……」
 死ぬのが、怖いのか。
 半ば嘲るような調子で吐き出された言葉に、俺は頷いた。
 青年は紋章が入った鎧を震わせて笑った。殺した魔物の中に死を怖がった者などは居なかった、お前は変わっていると。はっきりと蔑まれているのは判ったが、俺は何も言わなかった。負けた者が蔑まれ甚振られ殺されるのは当然のことだ。
 胸倉を掴んでいた手を離され、俺はまた濡れた地面に倒れこんだ。未だに手足は動かなかった。とどめをさされずとも、放っておかれればこのまま死ぬのだろう。
 ぼんやりと主の顔を思い出していると、不意に、防具をつけた腕が俺のことを抱え上げた。俺の鎧も残骸だけとはいえ未だ残っているから相当な重さであろうに、事も無げに肩

78317-579 中ボス 2/2:2009/09/27(日) 14:41:40
の上に担ぎ上げられる。
 傷に身体の重さがもろにかかり、酷い悪寒が来た。背筋が冷え、嫌な汗が頬を伝う。青年が一歩踏み出すごとに肩が揺れて酷い痛みが走った。最早もがく気力も無くなった俺の耳に、青年が楽しげに笑う声が届く。
「……なあ、こいつ連れて行こうぜ」
「連れて行くも何も、じきに死ぬだろ」
 呆れたような声は魔術師だろうか。
「お前なら治してやれるだろ?」
「何で俺が手前でつけた傷を治さなきゃならんのだ」
 乱暴に地面に放り出され、俺は蹲った。視界がぐらぐらと揺れて、急激に薄暗くなっていく。
「いやなに、魔物の癖に死ぬのが怖いなんてほざくもんだからさ。なら殺さずに飼ってやろうかと思って。躾ければ番犬ぐらいの役にはたつだろ――――」
 薄れていく意識の中で最後に聞いたのは、勇者と呼ばれる青年の笑い声だった。

78417-579 中ボス:2009/09/27(日) 14:56:07
裏切ったわけじゃなくて、最初から決まっていたことだったんだよ。
俺は最初からおまえの仲間じゃなかった、だからこれは裏切りではないんだ。
おまえがもし俺のものになってくれるなら、俺はおまえを殺さなくてもいいし、世界をほんの少し分けてやることもできる。
あの方が世界を掌握した暁には、半分は俺に下さると仰っているからさ。
おまえの生まれたあの村、おまえの家族や友人が住んでいるあの村をあのままに残してやることもできる。
でもおまえはそういうことを望みはしないんだろうな。
軽蔑するか?俺を。世界の半分をくれてやるといわれてたやすく靡いた卑怯者だと。
そう思われるのはかまわないし信じてもらえなくてもいい。
だけど俺はあの方を信じただけなんだよ。
あの方の統べる世界を、俺は見てみたかっただけなんだ。
生も死も捧げようと思った、だから死ぬことは怖くない。
ただおまえとここで別たれることだけが今は―――……。

どちらにせよ、ここが俺の死に場所だ。
おまえの手にかかるのなら悔いはない。
勘違いしてくれるなよ、負けてやるつもりはないさ。
おまえのことは俺が殺そう。
ただ、勝ちを確信するにはおまえが強すぎることを俺は知っているし、俺はおまえに情をかけすぎている。
おまえの刃に焦がれる体を制する自信は、正直なところあまりない。
もしかしたら、俺はあの方を裏切っているのかもしれない。

もしおまえが俺を殺すことができたら、そのときはあの方の前に出るだろう。
俺がおまえにどれだけの深手を負わせていても、あの方はおまえをすぐに殺しはしない。
世界の半分、俺の取り分を、おまえに継がせてくださるはずだ。
そうしたら受け取って欲しい。俺の形見だと思って。
それでもおまえは受け取らないんだろうけどな。

俺を殺せないか?
それでもいいさ、それならおまえを殺すだけだ。
おまえを貫くことを、おまえのあえぐ声を、ずっと夢見ていた。
それから俺もすぐに行くよ。
言っただろ?

どちらにせよ、ここが俺の死に場所だ。

785立ち切れ線香(1/3):2009/09/29(火) 00:22:25
「お前が死んでしまったら、俺は嫌だなぁ」
なんとなく呟いた言葉に、お前は薄らと微笑んで俺の頭を一つ撫でる。
「もしも貴方より先に死んでしまったら、そのときは貴方にこの三味線を線香一本立ち消える間だけ届けてあげますよ」
よくわからないことを言われて眉根を寄せれば、お前の唇がそこに落ちてくる。
「そういうね、お噺があるんですよ」
「ふぅん、そうか」
よくわからなくてもそういう噺があるのだと言われれば、それで納得するしかない。もとより興味があるわけでなし、どういう筋の噺なのかは聞かずにおいた。
それよりもお前の膝が気持ち良くて、俺は目を閉じて意識を眠りの淵に追いやることにした。お前の手が俺の頭を撫でるのもまた気持ちいい。
「……私は、貴方がいなくなっても嫌ですから、どこにもいかないで下さいね」
お前の淋しそうな声に、どこにもいかないと答えたかったけど、俺の口はもう溢れんばかりの眠気に動きを封じられてしまった。
ただ、起きたときにお前の笑顔が正面にあればいいなと、ぼんやり思った。

786立ち切れ線香(2/3):2009/09/29(火) 00:23:50
目が覚めて、自分が泣いているのがわかった。
今更どうしてあんな夢をみてしまったのか、随分と昔のことなのにと不思議に思っていると、どこからか三味線の音が聞こえてきた。
ああ、そういえば。今日は彼の命日だった。
毎年、彼の命日になるとどこからともなく三味線の音が聞こえてくる。果たしてそれがただの幻聴なのか、それとも彼が本当にあちらから私の為に僅かの時間だけこちらに音を送ってくれているのかはわからない。
だけどもこうして、彼の三味線が私の耳に届くことだけは確かな事実だ。
だからそれが一体なんであれ、それでいいのだと思う。
彼の為に私は線香など立ててはやっていないから、やはりただの幻聴なのかもしれない。それでも彼が私に音を聞かせてくれているのだと思いたいから。
これは彼があちらから私に聞かせてくれている音なのだと、私は思う。
そうして三味線の音が途切れ、そのまま立ち消えてしまうまで、私は彼との思い出に涙を流す。

787立ち切れ線香(3/3):2009/09/29(火) 00:25:46
あの日、どこにもいかないで下さいとお願いした私を残して、彼はあちらへといってしまった。
私が死んだら嫌だなどと、彼の方が先にいってしまうことがわかりきっていたというのに、そう言ってくれた。
私だって嫌だ、彼に先に旅立たれるなんて絶対に嫌だった。
それでも彼はいってしまった。好きだと言った私の膝枕の上で、眠るようにいってしまった。
彼の頭を撫でていた手で、必死に彼の身体を揺さぶった。でも彼は二度と目を覚ましはしなかった。
私は泣いた。泣いて泣いて、涙が枯れ果てるかと思うほど泣いた。
けれども涙は枯れなかった。
彼の為に線香を立ててもすぐに涙で湿気てしまうから、線香は未だに立てられない。
それでも彼の三味線が私の耳に届くことが嬉しかった。
覚えが悪くてたどたどしい旋律しか奏でられなかったけれど、その音色はどこか優しくて、彼の不器用な優しさをそのまま弾き表したようなその三味線の音が好きだった。
そうして、彼の音が立ち消える瞬間、彼の声が聞こえた気がした。
今までなかった現象に、私は驚いて辺りを見渡す。けれども誰の姿も見えはしない。
これもあちらからの彼の声なのか、それともただの幻聴か。
ああ、もう幻聴でもなんでもいい。
あの言葉だけで私はこんなにも彼を側に感じることができる。
涙は止まり、彼の好きだと言ってくれた笑顔をこの顔に宿すことができる。

『どこにもいかない。ずっと側にいる』

ただの幻聴だとしても構わない。ただ、彼の言葉が嬉しかった。


その日私はずっと押し入れに仕舞っていた三味線を取り出し、彼の好きだった曲を弾きつづけた。
彼が私の側で聞いてくれているのを感じながら。

788立ち切れ線香 1/2:2009/09/29(火) 00:54:49
初めて会ったのは、大学の落研だった。
人情物や心中物が好きな俺に、アイツは笑ってよく言ったものだ。
「いやー!あかんあかん!上方落語は辛気くっさいのー!」
゙立ち切れ線香゙…俺の大好きな噺。繰り返し繰り返し、テープが擦りきれるまで聞く俺に、
「何回目やねん!」
アイツは毎回呆れた顔で突っ込んだ。
周りを標準語に囲まれながら『オレは関西を捨てへん!』と息巻いていたアイツの関西弁は、その時にはもう崩れていた。
「お前が悪いんやぞ!なんつーか…ほら…、一緒に居りすぎて東京弁がうつったんじゃ!」
アイツの言葉通り、2年になる頃には俺たちは四六時中一緒だった。
『お前らは夫婦か!』と周囲に突っ込まれると、なぜか嬉しくて心が踊った。


大学4年生の夏。
実家に帰省したっきり、アイツは帰って来なかった。
携帯は不通で、アパートも空。
周りの誰に聞いてもアイツの消息はわからなかった。
大学には休学届が出されているようだった。
藁にもすがる思いで、年賀状のために聞き出した実家の住所宛てに手紙を書いた。
一通。また一通。
書けば書くほど、アイツに話したいことが沸いてきた。
さらに一通。また一通。
最初は大学内で起きた、他愛のない出来事。
徐々に…お前が居なくて淋しいこと。
何かが欠けたようで、全くやる気が出ないこと。
返事は一通も来なかった。
だけど俺は送り続けた。枚数はどんどん増えた。
…我ながらキモいと思った。


半年が過ぎ、3月。
俺はハガキにただ一言、「お前に会いたい。」と書いた。
これで最後にしようと思った。

789立ち切れ線香 2/2:2009/09/29(火) 00:59:51
卒業式に、汗だくになって駆け込んで来たのはアイツだった。
「…っ…おま…!生きてた!?生きてたんやな良かったー!!」
そのままギュッと強く抱きすくめられる。
「…いや…生きてたんだってコッチの台詞だし…」
訳がわからない。半年ぶりなのに。
「ずっと返事書けんくてすまん!実家に監禁されてた!」
「…監禁?」
アイツは黙って、携帯を開いて見せた。
「…コレが、見つかってな…」
待ち受け画面一杯に広がる、俺の寝顔。
親に何故成人男性の寝顔を待ち受けに使っているのか問い詰められて。
「スッとうまい言い訳が出来んかったんや…お前のことが好きやったから。」
ああでも良かったお前が死んでなくて本当に良かった…と尚もキツく抱きついてくる。
「イヤ、死なないし…なにそれ…」

「お前がな手紙送ってくるから!」
叫んだ後、アイツは俺の首筋にそっと顔を埋めた。
「…立ち切れ線香の女郎みたいに、お前が死んでたらどうしようかと…」
ああ、そうだった。立ち枯れ線香はそういう噺だ。
見世で出会って惚れ合う二人。
しかし未来ある身の若旦那は、女郎を諦めるまで…と家に閉じ込められる。
監禁が解けて若旦那は初めて知るのだ。握りつぶされていた女郎からの幾通もの文と、彼女の死を。
「両親説得してきたから!オレお前と添い遂げるからな!」
「…は?…いや俺まだお前に好きとか言ってないし…」
「こんだけ熱烈な恋文送りつけてきて、今さらか!?」
アイツの片手に握り締められた、手紙の束。
どれもこれも内容は、空で言えるほどに覚えていた。
今さらながら恥ずかしさのため総身が震えてくる。
「とりあえず。…会いたかったでお前に、オレも。」
「…うん。」
赤くなった頬を隠すように、俺はアイツの胸に顔を押しあてた。

790788-9:2009/09/29(火) 02:46:10
>>788
上方落語 じゃなくて 江戸落語 でした。
すみませんでした。

上方落語じゃまんま関西の落語だよ…orz

791立ち切れ線香 1/4:2009/09/29(火) 04:17:06
>>788-9 を書いた者です。
萌えが止まらなかったので、勢いで書いた
上記の悲恋バージョン置いていきます。
死にネタ注意です。
※監禁される側が逆です。


********
初めて会ったのは、大学の落研だった。
人情物や心中物が好きな俺に、アイツは笑ってよく言ったものだ。
「いやー!あかんあかん!人情噺は辛気くさくて好かんわー。」
「いいじゃんか、゙立ち切れ線香゙。茶屋、芸者、身分違い、悲恋…俺の好きな古典落語のエッセンスが全部詰まってるんだぞ?」
「落語と言ったら落とし噺や!やっぱり笑えてナンボやで!」
「いいや落語の真骨頂はいかに人間性を深くえぐり出すかだ。異論は認めない。」
俺たちは、よくそんな愚にもつかない議論をして夜を明かした。
口から先に生まれてきたようなアイツと、人見知りで口下手な俺。
楽観的なアイツと、悲観的な俺。
持つ性質は正反対だったが、不思議と一緒にいるのは苦痛じゃなかった。
…いや、むしろ俺は、今までにない居心地の良さを感じていた。
それが恋心だと気付くのには、さして時間はかからなかった。


恋心を自覚したところで、アイツとの関係は変わらなかった。
変わらないように、強いて自分を律した。
どうせ叶わない恋なのだから、秘めておくに限る。
俺はアイツとの関係を、失いたくはなかったから。


全ての歯車が狂ったのは、大学4年の初夏だった。
実家に帰省した際に、この恋心が両親に知れたのだ。
携帯の待ち受けに設定していたアイツの画像を手に『どういうことか!?』と詰め寄られた俺は、ただ黙って俯くしかできなかった。
「ただの学友だ。」と答えるにはあまりにも、アイツのことが好きだったから。
『気の迷いだと解るまでは一歩もこの家から出さん!』と、親はすごい剣幕で俺を叱りつけた。
『跡取りとしての自覚を持て!』と。
…実家が下手にバカでかい旧家だったことも災いした。
人手も土地も部屋数も、俺一人を閉じ込めるには充分足りた。
大学にも休学届を出されたようだった。
携帯もなにもかもを取り上げられ、俺は世間から隔絶された。


何度か脱走を試み、そして何度め失敗する内に、俺は気力を無くしていった。
何一つ為すことなく、だが親の『諦めろ』と言う言葉にだけは頷けぬまま。
只ぼんやりと日々を過ごすうちに、窓の外の季節は移り変わっていった。

792立ち切れ線香 2/4:2009/09/29(火) 04:23:17
「…お兄ィ…!」
顔面蒼白な妹が部屋に駆け込んで来たときには、季節は冬を過ぎ春になっていた。
妹の髪の毛に、桜の花弁がひとひら貼り付いていた。
何か大変な事があったのだということは、妹の顔から知れた。
何か重大な、取り返しのつかない事が起きたのだと。
妹は、自分の部屋に飾るため庭の桜の枝を手折ろうとしたのだそうだ。
そして横着者の妹は、木に登るのではなく、一番桜に近い父の書斎の窓から身を乗り出して、花を取ることにしたのだと。
そういえば先ほど、二階から凄い物音がした。
おそらく無茶をしすぎて、書斎にひっくり返ったのだろう。
そして様々なものを巻き込んで転倒して…。
「…これ…見つけた…」
隠されていたものを、見つけてしまったのだ。
束ねられた俺宛の、十数通に及ぶ手紙と、…その上にのった一枚の葉書。
黒枠で縁どられた、事務的な印刷の葉書。
真ん中に、アイツの名前。
そこに記された日時は、もう疾うに過ぎていた。


「まあ!わざわざ遠い所から…あの子の為に、ありがとうねぇ。」
柔和に微笑んで俺を出迎えた顔は、アイツにそっくりだった。
「…すみませんでした。式にも、出られずに…。」
「いいえ、とんでもない。はるばる東京から来てくれる友達がいたなんて、あの子は本当に幸せものだわ。」


明るい家の中に、漂う線香の香り。
どうぞと通された仏間の真ん中、仏壇の中には、真新しい位牌が立てられていた。
線香に火を灯し、手を合わせる。
…なんだか現実味がなくて、涙すら出ない。
まだ、アイツが其処らから、ひょいと顔を覗かせそうな気がする。
出されたお茶を頂きながら、暫し世間話をする内に、
「そうだ!あのビデオ見るかしら?」
おばさんがふいに思い出したように、そう言った。
「後期を休学してたんなら、見てないでしょう。9月の文化祭の時の、落研のビデオがあるのよ!…あ、でも興味無いかしら?」
「是非!是非見せてください!」
俺は思わず頭を下げた。


思い出した。
夏に帰省する前、アイツと散々話したんだ。
文化祭でやる噺について。
「やっぱ落とし噺やろ〜!サゲでドッと会場をわかせたるで!あ、でも大学やし、艶話でもエエかなぁ?…うひひ」
など馬鹿なことを言いながら、アイツは笑っていた。
アイツがどんな噺をやったのか、どうしても知りたかった。

793立ち切れ線香 3/4:2009/09/29(火) 04:24:56
デッキにテープが吸い込まれる。
部の備品の、古いため酷く荒いホームビデオの画像が写し出された。
大学の講堂の舞台の真ん中に、ちんまりとした手作りの高座が設えられている。
しばらくズーム調整をし、画面中央に高座が来たところで固定される。
客席の入りはまあまあのようだ。
陽気な出囃子が流れ、噺家が入場する。
その姿に、俺はしばし呆然とする。
それは俺が覚えていたアイツよりも、遥かに小さく細かったから。
俺の様子に気付いたおばさんが、
「あの子、夏休みが始まって直ぐに発病したのよ。進行が早くてねぇ…本当は9月にはもう入院してないといけなかったの。
だけど、どうしても文化祭には出るんだって聞かなくて。
これが最後になるからって…。」
と言って目元を押さえると、
「本人は、ダイエットしてエエ男に磨きがかかったやろ!て胸張ってたわ〜」
と笑った。


ビデオの中では、アイツが着席し、指を揃えて口上を述べ始めた。
『え〜。お集まりの皆様、本日はようこそお運び下さいました。しばし皆様の時間をお借りいたします。どうぞ宜しくお願いたします。』
高座でしか見せない、丁寧な喋り方。折り目正しい態度。
俺はこれを見るのが、何より好きだった。
いつも、ここからガラッと口調を変えて、腹のよじれる落とし噺に持っていくのだ。
だが…ビデオの中のアイツは、どうも様子が違う。
指をついたまま、丁寧な口調のまま話し続ける。
『落語、ということで、笑いを求めてこられた方も多いかと存じますが、本日は趣向を変えまして、人情噺を一席お目にかけたいと存じまする。
古典といえば人情噺。笑いのなかに、人間の物悲しさが香る中々深いお噺で御座います。』
スッと身を起こす。
伸びた背筋、真っ直ぐ見つめる強い瞳。
多少痩せてはいるものの、まごうことないアイツの姿だ。
そしてニヘッと笑ってみせる。
『…言うてもコレ実は、オレがいっち好きなヤツからの受け売りなんですけどね!』
客席から笑いが起こった。


「どうやら好いた人がいたみたいなんよ。
私には最後まで、『秘密じゃ』言うて教えてくれなかったけど。」
「…そう、ですか…。」
ノイズ混じりのマイクでも、はっきり拾えるほど良くとおるアイツの声。
今その声で、何を言われたのだろう。
好き?いっち好き?
アイツが?


…俺を?

794立ち切れ線香 4/4:2009/09/29(火) 04:30:57
『昔の若い者が遊ぶとこで、お茶屋さん言うとこがありましてな。…今で言うたらメイド喫茶になるんかな。
まあそのお茶屋さんですが、昔のことなんで時間を図るのに、線香つこてたんですな。1本燃え尽きたら何時間。まあ、そないして料金をはかってたんですな。』


混乱している間も、噺はどんどん進んでいく。
若旦那。定吉。番頭。娘芸者。茶屋の女将。
表情も声音もくるくる変わる。
剽軽な場面。シリアスな場面。
アイツは次々に演じてゆく。
…今まで見たどんな“立ち切れ線香”より、面白い。
「あの子、床についてもずーっと練習してたのよ。もう、こればっかり。
私相手に、やれ今のは三味線に見えたか、今のは文を書くように見えたかて、五月蝿くて。」
最終的には図書館やビデオ屋で、江戸時代の風俗や三味線の弾き方を研究する程の騒ぎになったらしい。


『「三味線が止まった!小糸?」
 「若旦那、…小糸はもう三味線は弾けしまへん。」
 「なんでや?」
 「ちょうど線香が…立ち切れました。」』
噺が終わり、アイツが深々と頭を下げた。
『これにて私の一世一代の高座、終わらせて頂きます。』
そして一瞬、顔を上げ、こちらを見た。
どうや!と言いたげな笑みを浮かべ、得意気な顔で。


確かに、その目で、俺を見た。


プツとテープが止まり、画面が暗くなる。
…仏間の線香が、ふっと立ち切れた。




俺はそこで初めて、声を殺して泣いた。

795親友が再会したら敵同士 1/2:2009/10/06(火) 02:19:23
「君とは違う形で会いたかった」
私は鉄格子の向こうにいる彼にそっと語りかける。
「それはこっちの台詞だよ。ビックリしたぜ。皮肉な再会だな。感動も何もあったもんじゃない」
彼は昔と変らない不敵な笑みを浮かべ言った。

長く長く続く戦争。だが、つい先日戦局を決める大一番の戦が起こった。制したのは己が所属する軍。これにより、敵の軍はほぼ壊滅し、我々の勝利がほぼ確実となった。
数の上ではこちらの方が有意だったのにも関わらず、戦いが長引いたのは相手方に敵、味方問わず、伝説となった騎士がいたからだった。颯爽と戦場を駆け抜け、敵をなぎ倒す姿はまさに鬼そのものだと噂だった。
しかし、その鬼にもとうとう年貢の納め時が来た。負けが濃厚の中で最後の最後まで戦ったが、とうとう捕らえられてしまったのだった。
私はその男とは違う前線にいたため、彼を見たことはなかった。だから、その報告を聞いた時、興味をそそられたのだ。あれほど自軍を苦しめた男とは一体どんな姿をしているのだろうと。
しかし、実際に男を眼にした時の衝撃は自分の思っていたものとは全く違うものだった。
昔、まだ国が分裂し、争い合う前。私には兄弟と言ってもいい程の仲の良い友達がいた。彼は何でも知っていて、何でもでき、私の憧れだった。彼が親の都合で遠くの町に引っ越すまでいつも一緒にいたのだ。
そんな彼は今、捕虜になって自分の眼前にいる。
どうして、どうして、どうしてと私はただ運命を呪うことしか出来なかった。

「で、何の用? 思い出話を語りに来たんじゃないだろう?」
「……君の処刑が明日に決まった」
 私はゆっくりと静かに告げた。
「ああ、そう……随分と早いね」
 彼は特に恐れも驚きもしなかった。きっと覚悟が出来ていたのだろう。私と違って。
「君を晒し者にする事で相手の戦意を完全に消失させたいのさ」
「一気に畳み掛けたいわけね。そちらさんだってもう余裕はだろうから。ところで、親父さん達は元気?」
「……いや、6年前に死んだ。私を除いて」
「そうか。お前もか。本当、嫌なものだな戦争は。昔はあんなに綺麗だった国なのに今やボロボロだ」
「……そうだな」
牢屋を隔てて、私と彼はぽつぽつと昔話を始めた。川辺で足を滑らせ、溺れた私を君が助けてくれたことや森を探検しようとして2人して迷子になったこと。
ほんの少しの間だけ私達は過去に戻っていた。敵兵同士ではなく親友として。
しかし、そんな幸せな時間も終わりが来てしまう。

796親友が再会したら敵同士 2/2:2009/10/06(火) 02:20:10
「もう、そろそろ戻らなくては……」
「そっか、残念だな。けど、楽しかったぜ」
「君は……本当にこれでいいのか?」
「これでいいって、何が?」
私はここに来る前からずっと考えていた事を告げようする。
「例えばだ。例えば今なら看守は見ていない。だから……」
しかし、その先を彼が遮った。
「だから、お前がおれを逃がしてくれるってか。それでお前はどうなる」
「それは……」
 敵を逃がしてしまったら、もちろん自分は反逆者として処刑されるだろう。そんな事は分かっている。私も彼も。
「おれの代わりにお前が死ぬのはごめんだぜ」
「……私は君を死なせたくないんだ」
「なら、一緒に逃げるか。この広い国から逃げ果せる確立はあまりにも低いけどな。2人とも死ぬのが落ちだ」
「でも、何か、何か方法が」
「ないよ。考えようとしているところ悪いけど」
彼はそう冷静に私を諭した。彼は私よりずっと大人で自分が置かれて状況も理解していた。ただ、私が受け入れようとしなかっただけの話だ。
「……私は神を恨むよ。こんな残酷な運命を与えた神を」
「仕方ないさ。戦争ってのは色んなものを奪っていく。でも、おれは少しだけ神に感謝してるよ」
「え?」
「最後にお前に会えて良かった」
その言葉で私の最後の理性が破壊された。
膝を付き、喉がはりさけんばかりに泣き叫ぶ。
涙が枯れ果てるまで、私はただ泣き続けた。

797自分は当て馬ポジションだと半ば諦めてたけどそんなことなかった攻め:2009/10/12(月) 17:37:25
「この野郎!!」
殴られてふっとばされ、背中を壁に打ち付ける。
咳込みながら止まった呼吸をなんとか取り戻し、俺は口元を拳で拭って河野を睨み返した。
「早かったな。こっちとしてはもうちょいゆっくりでもよかったんだけど」
「てめぇ!」
怒りに顔を歪ませ、河野が俺の胸倉を掴む。もう一度殴られるかもしれない。
あーあ、やっぱこういう役回りか。カップルの片割れに横恋慕なんざするもんじゃねーな。
ま、いっか。全裸で俺の部屋にいる長谷、なんて滅多に見られないだろう場面も拝ませてもらったし。ひん剥いたの俺だけど。
そんなことを走馬灯レベルのスピードで考えていると、第三者によって俺を締め上げる手が振りほどかれた。
「やめろって言ってるだろ!」
「ユウ?!」
あれ?なんで長谷が俺を庇ってんの?
てかなんで裸のままなんだ。せめてシャツを、せめてシャツ一枚でも。
「なにしてんだ、そいつはお前を無理やり」
「無理やりじゃない!合意の上だった!」
えっマジで?!聞いてないよ襲っていいかどうかなんて!
そもそもなだめすかして家に呼んで、有無を言わさず押し倒したんだけど。
って、わわわ待て待てしがみつくな、服を着てくれ服を!
「けど、服も破れてるし、さっきまで悲鳴も」
「あっ、あれはそういうプレイだったの!」
そんな事実はございません。
俺は本気で傷つけるつもりだったし、長谷も本気で嫌がってたし。あぁ、思い出したらなんか罪悪感がひしひしと。
「それに……ケンちゃんは知ってるだろ。……俺がずっと、タクミのこと好きだったの」
えーっ、誰だよそれ!
目の前のこの男は河野健太で、幼なじみの長谷はずっとケンちゃんって呼んでたし、タクミなんてやつ 俺 じ ゃ ん !!
何が起こっているのか理解できず呆けていると、河野はけわしい顔のまま俺に近づき、
「ユウを泣かせたら許さないからな」とドスを効かせてから足音高く出ていった。
……とりあえず状況を整理しよう。
俺は幼なじみカップルの片割れ・長谷を好きになって、自宅に呼んで襲ったら彼氏の河野に殴り込まれて、そしたら長谷が河野を追い返して、
あれ、俺前提から間違ってる?
俺にしがみついたままだった長谷の顔を眺めていると、視線に気付いてこちらに情けない笑みを向け、すぐさま俯いて涙をこぼしながら
「……さっきのは忘れて。俺、セフレでもおもちゃでも、なんでもいいから」
なんて殊勝通り越して自虐的な言葉を吐くもんだから、俺は迷わず震える肩を抱きしめた。

798「初恋の女の子」1/2:2009/10/15(木) 05:27:36
"ひろみちゃんが来てるわよ。あんた仲良かった……"
お袋からのメール、最初の一文で俺は即効きびすを返した。
合コンはパスだ。わりぃ、岡本。

ひろみちゃんは天使みたいに可愛い子で、まぎれもなく
俺の初恋だった。原点と言っても過言ではない。
小学校に上がる前に親の転勤とかで引っ越してしまって、
お互いにこどもだったから連絡先も何も聞かず
それっきりになってしまったが、けして忘れはしなかった。

思えば、今の俺はひろみちゃんの言葉で出来ているようなものだ。
「強い男って憧れるよね」体を鍛えました
「でも賢くないと駄目なんだよ」勉強もしました
「楽器の演奏とかカッコいい」ピアノ教室に通いました
……
おかげで、自分で言うのもなんだが今やかなりの高スペック。
ぶっちゃけモテる。でも、可愛いと思う女の子と付き合ってみても
長続きはしなかった。それも、心の奥にひろみちゃんがいたからかもしれない。

だが、そのひろみちゃんが俺に会いに来たのだ!
何でもこっちの方に用事があって、記憶を頼りに訪ねて来てくれたらしい。
うちは引っ越してなくて良かった! 自営業の親父万歳!

799「初恋の女の子」2/2:2009/10/15(木) 05:28:43
「でも驚いたわぁ。昔はうちの孝明より華奢で女の子みたいだったのにねぇ」
「はは、母や姉には残念がられます」

玄関を開けた時に違和感は感じたんだ。見慣れない可愛い靴は無くて、
見慣れない、30cmぐらいあるんじゃね?という大きな靴が並んでいたから。
だが、お袋は何を言っているんだ。そしてなぜ青年の声がするんだ。
俺は恐る恐る客間を覗く…お袋の前に背の高いマッチョが座っている。

「孝明遅いわねぇ。ごめんねひろみちゃん」
待ってくれお袋、今そのマッチョにひろみちゃんと呼びかけましたか?

「あ、博己くんって呼ばなきゃね。つい昔のくせで」
敬称の問題じゃない。

なんだ、この状況はまさかあのマッチョがひろみちゃんなのか?
いやそれは無い。無いだろ?誰か無いと言ってくれ。
ひろみちゃんはフワフワで、ニコニコしてて、可愛い女の子のはずだ。
必死で記憶を探るものの、しかし俺と仲の良かったひろみくんは居なかった。
やっぱり、まさかなのか?あの俺より強そうなマッチョが?

「お茶のおかわり入れてくるわね」
お袋が立ち上がってこっちに来る。逃げようかと思ったが間に合わなかった。
「あら、あんた帰ってたの。ほら、ひろみちゃん待っててくれたのよ」
お袋につかまり、半ば押し込まれるように客間に入る。

「孝明くん!」

マッチョがこっちを見て立ち上がった。やっぱりデカイ。
ああ、こいつが俺の初恋の天使だなんて認めたくない。
断固認めたくない…けど

このとびきりまぶしい笑顔は、間違いなくひろみちゃんだ。

800「思われニキビ」1/2:2009/10/18(日) 23:10:35
「あー、思われニキビ!」
「はあ?何言ってやがる」

頬杖をつく右顎にポツリとできた吹き出物を指差して言えば、彼は面倒臭そうに視線だけをこちらへ寄越した。
朝日が射す教室でキラキラと照らされた彼の顔に、不似合いな赤い印。
プクリと腫れたそれはいやに性的で、硬派な彼の整った顔を、自分の劣情が汚しているんじゃないかなんて、自惚れた幻想がちらりと頭を過る。
自分のことながら朝っぱらからおめでたい頭だ。

思い思われ、振り振られってね、顔にできたニキビの場所で占いができるんだって
そう説明すれば、一段と呆れたような顔をして、ナンパなテメーが女相手に話すネタだな、なんて嫌味を吐かれた。

「もー、こんなの女の子じゃなくたって誰でも知ってるでしょーよ」
「俺はそういう占い事にも、色恋沙汰にも興味ねえよ」

第一こんなの、テメエに言われるまで気付きもしなかったよ。
そう言うと、彼はこちらから視線を外して、また元のように窓の外を向き直ってしまった。
僕にも、その真っ赤な出来物にも、まるで興味がないかのように。

801「思われニキビ」2/2:2009/10/18(日) 23:12:24
「・・・誰かに想われてたとしても、興味がないってこと?」
「ああ、どうでもいいね」

今度は、話しかけても、もうこちらを向いてすらくれない。
素っ気無い彼の態度に、この教室に入ってきた時の僕のテンションはすっかり下がってしまった。

その赤に少しでも手を添えてくれたら。
僕の話に少しでも何かを意識してくれたら。なんて。
期待した僕が馬鹿だった。彼はその出来物と同じように、この想いさえきっと知らぬ気づかぬ振りをするのだから。

そうやって何度想いを絶たれてきたのかわからないけれど、それでも期待してしまう僕は、どこまで浅はかで、図々しくて、諦めが悪いんだろう。
どうか彼のその顎の印が、できるだけ長く消えずいてほしいだなんて、女々しい祈りだけをしながら、彼の綺麗な横顔をただ眺めていた。

(もしそれが、あと一週間消えなかったら?)
(彼の顎に触れてみてもいいだろうか)

心配する振りを装って。勇気を出してもいいだろうか。
臆病で情けない僕は、こんな小さなニキビに頼ることでしか、彼に近づくほんの一歩すら踏み出せないでいる。

802「元カノの元彼」1/1:2009/10/20(火) 23:19:25
母さん、事件です。
僕、22歳にして、初めて告白されました。

「好きなんですよ君のことが」

なんて、頬を染めて言うのは、俺の上司です。
この慣れない生命保険の仕事を、手取り足取り教えてくれた、
2歳年上にも関わらず、ダンディな上司、高倉課長です。
確かに最近、二人で呑みに行くことは多いし、同期のやつらと
比べても、何か上司と距離が近いな、とは思っていたんです。
でもそれは、俺の意思でやっているんだと思っていました。
俺の大好きなタカコちゃん。俺が高校の時に1年つきあって、
他に好きな人ができた、とふられたタカコちゃん。
俺が唯一、誰かを好きになれて、告白してつきあえた人です。
あの時のタカコちゃんが、俺をにふった理由である、「他に好きな人」
が、この上司の高倉課長なんです。
なんたる偶然でしょう。高校時代の先輩が、俺の上司なんです。
高校時代から、頭が良かった高倉先輩は、課長となって、俺の
目の前に現れたんです。
あの後、高倉課長に告白して、1ヶ月だけ彼女になって、その後
ふられたタカコちゃん。そんなタカコちゃんに、再度告白しにいった俺。
そしてタカコちゃんの涙ながらの答え。

『…ふられても、好きなの。松前くんなら、分かってくれるよね』

分からないわけがありません。だって俺も、同じ状態ですもの。
「…驚くのは分かるけど、固まらないでくれないか」
まさかあれから5年以上経った今、こんなことになるなんて!
タカコちゃん、お互い気づかなかったね! この人、ホモだよ!!

803「元カノの元彼」2/2:2009/10/20(火) 23:20:06
ああ、あんなにかわいくて、タカコちゃんがふられた理由が知りたくて、
毎日毎日、仕事内外で高倉課長につきまとうんじゃありませんでした。
「…松前、お前さ…何か言ってくれよ」
固まったままの俺の手が、握られています。
その握られた手が。指が。何かくすぐったくて、顔の熱がどんどんあがって…。
『あの人に見つめられると、うっとりするの』
あの時のタカコちゃんの声が、頭にわんわんと響きます。
高倉課長の瞳を見ると、確かに体の力が奪われる気がします。
確かに恐るべき力でs。
『それで、抱きしめられたくなるの』
「お前、抵抗しないのは、オッケーだと勘違いするぞ」
おそるおそるといった感じで、高倉課長が、俺の後頭部に手をまわします。
高倉課長の右手は、俺の左手と絡みあい、左手が髪をすいて―――
何だかその近さと体温に、高倉課長に空気ごと抱きしめられたくなってきました。
恐い! これが高倉課長にメロメロになったタカコちゃんの気持ちでしょうか。
ふわりとその胸に抱きしめられたら―――
『…抱きしめられたら、心臓が止まりそうになって…。
 それが好きだってことなんだと思う』
え、ちょっと待って? マジですか? タカコちゃん、俺、君を思うあまり、
君が好きだった男と、え、ちょっと

初めての男とのキスは、タバコの味で。

『好きなんだと思う』

思わず腰を抜かして床に座り込んだ俺に、高倉課長が驚いた顔をしています。
まだ入社して半年近くですが、こんなにまぬけな顔をしている課長の顔は、
初めて見ました。
「課長…」
「な、何だ? いや気持ち悪いなら、そう言ってくれても……」
「俺、課長…いや先輩のこと…好きみたいで……」
オロオロしながら俺がそう言うと、高倉課長の顔に汗がぶわっとふきだして、
次の瞬間、一気に真っ赤になりました。
それを見て、俺の顔も、一気に熱く熱くなりました。
『でもあの人、いつも冷静なの』
母さん。
俺、今、多分、タカコちゃんがが見たことない、この人の顔見ています。



*****
すみません。通し番号素で間違えました。

804元カノの元彼 1/2:2009/10/21(水) 21:19:46
新婦招待客控え室でぼーっとしていると、ゼミ同窓生の山中が
新婦控え室から戻ってきた。
「大竹君、控え室行かないの?明留、キレイだったよ」
「どうせすぐ見るんだからいらねえよ」
「ふーん。でもさ」
山中はちょっと声を潜めて続けた。
「元彼を結婚式に呼ぶってアリなの?」
「元彼っつっても、わずか半年の清く正しい男女交際だったから
な。アイツ、招待状に『ご祝儀奮発するのを忘れないように』って
書いてきたんだぞ?」
「いくら包んだの?」
「5万」
「奮発したわねえ!」
「俺、アイツに借りがあるからさ...」
俺はボーナスが出るまでをいかに乗り切るかをに思いを馳せて、
ため息をついた。


明留は、男兄弟に囲まれていたためかさばさばした話し方をして
いて、いつもジーンズに男物っぽいシャツを着ていて、背が高くて
貧乳で、ぱっと見は線の細い男に見える、大学入学当初から目立つ
存在だった。
同じプレゼミに入ったことをきっかけに話してみると、女と話す時
にどうしても感じていた気構えのようなものが必要がなくて、とても
気楽な相手だった。好きな小説が同じだったり、音楽の趣味が一致して
たりで、さらによく話すようになってみると性格が良いのもわかってきた。
人間として、とても魅力的なヤツだった。
「なあ、俺と付き合わね?」
俺がそう聞いたら、明留は小首をかしげてきょとんとした顔で俺を
見返したっけ。
今から考えれば、あれは告られた女の顔じゃないよなあ。
「アンタと私が付き合うの?」
「そう」
「まあ、試してみるのもいいかもね。いいよ」
返事も変だったよなあ。

一緒に遊びに出かけるのには良い相手だった。....だったんだが、
結局、俺達はキス止まりの関係だった。
「ごめん、別れてくれ」
「いいけど、条件あるよ?」
俺が切り出した別れ話に、明留は言った。
「もう二度と、本当に好きだと思った人以外とは付き合わないって
約束したら、別れてあげるよ」
「いや、俺、お前のこと本当に好きだぞ!」
「じゃ、なんで別れなきゃいけないわけ?」
「それは....」
「アンタの言う『好き』が、『人間として好き』って意味だって、
わかってるから。アンタ、忘れてるかもしれないけど、私にだって
『女として好かれたい』って気持ちがあるんだからね?女と付き合うって
ことは、そういう気持ちに応えるってことだからね?『女として好き』
じゃないんなら女と付き合っても意味ないって、試してみてわかったでしょ?」
「あー。はい」
「じゃあ、約束しなさい」
「はい。もう二度と、本当に好きだと思った人以外とは付き合いません」
「OK。別れてあげる。これ、貸しだからね。あ、この後は普通に友達って
ことでよろしく。避けたりしたらぶん殴りにいくから」
明留らしいさばさばっぷりで別れ話は終わったっけ。

805元カノの元彼 2/2:2009/10/21(水) 21:23:14
「本日はまことにおめでとうございます」
「おめでとうございます。ご親戚の方ですか?」
山中と知らない男の声に顔を上げる。
「会社の後輩です」
つるんと肌が綺麗で女顔の、カラーフォーマルを嫌味なくすらりと
着こなした男がそこに立っていた。
俺と目が合うとにっこりと笑いかけてくる。
その時、控え室の入り口の方で歓声が上がった。
見ると、白無垢の明留が付き添いの女性に手を引かれて入ってくる
ところだった。
「これは見違えますね」
「別人のようだな」
「二人ともひどいですよ」
明留は新婦のために用意された椅子にかけると、俺達に気づいて
ちょいちょいと手招きをした。
「私はもう挨拶したから」と動かない山中を残して、明留の後輩の
男と一緒に、明留のところへ行く。
「今日は来てくれてありがとう」
明留が笑う。
「紹介するね。大学のゼミで一緒だった大竹君、会社の後輩の工藤君」
どうもとマヌケに会釈をしあってる俺達に、明留は言い放ちやがった。
「で、私に借りのあるアンタ達、しっかりご祝儀包んだんでしょうね?」
「アンタ達って、一括りかよ」
「だって、アンタ達、私に同じことしてくれたんだもん」
「同じって、あなたも明留さんと交際を?」
「え?」
俺は工藤と呼ばれた彼と顔を見合わせた。
「とりあえず、アンタ達、趣味似てるし話が合うと思ってさ。いやあ、
一度会わせてみたかったんだよね。じゃ、アンタ達は私のハンサムな
元彼として、私のダンナを引き立てる役を真っ当してね。これも貸し分の
取り立てよ」
「あけるねーちゃん、おめでとう〜!」
「ありがとうー」
親戚らしい子供たちが飛んでくるのに応えながら、明留は片手で
しっしと俺達を追いやった。


披露宴会場で明留の隣で笑う新郎は、絵に描いたような冴えない
ハゲの中年のおっさんで、招待客は俺とその隣の工藤君を盗み見ては
ひそひそと囁きあっていた。
「居心地ワリイなあ」
「仕方ないですよ。こんなこととご祝儀で借りが返せるなら安いものです」
俺のつぶやきに、工藤が笑う。
「そういや、その借りってどういう意味だ?」
「僕、女の人が苦手なんです」
工藤はちょっと照れたようにうつむきながら言った。
「僕、小さな頃から女の子と間違えられるような子で、上に姉が二人も居て
散々おもちゃにされてたんですよ。そのせいか、ずっと、女の人を好きに
なれなくて、でも、そんな自分を肯定できなくて、そんな時に明留さんと
出会ったんです。明留さんは僕の苦手な女性的なところが少なくて、
こういうタイプの女性なら、自分もお付き合いできるだろうと思って交際を
申し込んで、でも、実際付き合い始めてみると、ああ、やっぱりこれは違うんだって
思って」
「別れる時、アイツに言われたろ?『もう二度と、本当に好きだと思った人
以外とは付き合わないって約束しろ』って」
「はい」
「俺も言われた」
「あなたも?」
「アイツ、付き合ってくれって言われた時から判ってたんだろうな。
俺が、アイツのこと本当に好きなわけじゃなかったって。自分で自分を
誤魔化して、好きなつもりになってたってこと。その上で、俺が自分で
そのことに気づくまで、付き合ってくれたんだから、大した器だよ」
「本当に、大した人ですよね」
「そういえば、アイツ、俺達の趣味が似てるって言ってたな。工藤さんも
時代小説好きか?」
「はい。最近は上田秀人とか読んでます」
「お、若手もチェックしてるんだ」
「大御所は読みつくしてまして」
照れたときにうつむくのは、工藤の癖なのか。
妙に子供っぽく見える整った横顔を見ながら、俺はなんだかこいつの
頭をワシワシとなでてやりたい気分になってしまった。


その後、時代小説話で盛り上がって、工藤の本を借りる約束をして、
それを返して代わりに俺の本を貸す約束をして、何度か会ってるうちに
友達になって、あれやこれやがあって、俺と工藤は付き合うことになった。
工藤がそのことを明留に言うと、明留のヤツ、「そうなると思ってたよ」と
言いやがったらしい。

「『これ、貸しだからね。出産祝いは弾みなさいよ』だそうですよ。
もう、どこまで見通しているんだか....」
「しゃあねえ、せいぜい奮発してやろう」
うつむく工藤の頭をワシワシとなでてやって、俺は言った。

80617-799 敏腕秘書とアラフォー社長 1/2:2009/10/24(土) 02:59:51
3時のコーヒーをローテーブルに置き「ご休憩をどうぞ」と声をかける。
会社規模にふさわしからぬ手狭な社長室の、重厚な木製に見えるが実は既製品のオフィスデスクに座って、
私が仕える我が社の代表取締役は山と積まれた資料の中で
「ああ、ありがとう、もう3時か」
と、没頭していたパソコンからようやく頭を上げた。
「そろそろ一息お入れになった方がよろしいです、
 今日はどうぞこちらで。資料を汚すといけません」
「うん、久しぶりに講演なんか頼まれたからね、なかなか勘が戻らない」
そう言いながらさも美味そうにカップをすする。淹れ方も豆もお好みのはずだ。
「おっしゃいますね。この業界、現場を離れたといえやはり社長は第一人者でいらっしゃるというのに」
我が社は中堅菓子メーカー、社長はその3代目だ。
社長の息子でありながら食品化学の分野で博士号をとり、ずっと製造部門に身をおいていた技術屋で、
6年前に亡くなった先代の跡を継ぐまで、社長業は一顧だにしたことのない人だった。
私は先代の晩年の数年間を努めた秘書で、そのまま新社長の秘書となったのだった。
……つくづく、立派になられたものだと思う。
この方が社長になったばかりの頃は、越権と思えるほど手取り足取り仕事を教えた。
それは本来社長秘書の仕事ではなかったかもしれないが、他に人がいなかった。
私も有能とは言えなかったかも知れない、
影となってさりげなく導くのが敏腕秘書というものだったろうに、何度社長を叱りとばしたことか。
十近くの年齢差と、比肩無き社長と仰いだ先代への思い入れのせいだったろう。
今となっては反省しきりである。
現社長の技術が、我が社を先代以上に成長させることとなった。
この不況の中でも業績は悪くない。取材が増え、講演依頼まで舞い込んできた。
社長の嬉々とした準備の様子だと、製造ノウハウを惜しげもなく披露する気らしい。
それでも、この人なら信頼できる。6年経って、ようやくそう思えるようになった。
僭越ながら、社長を一人前にお育て申し上げた。
あとは、プライベートな、しかし我が社にとっても重要な案件、これを解決するだけだ。

80717-799 敏腕秘書とアラフォー社長 2/2:2009/10/24(土) 03:04:13
「さて、社長……資料に埋まりそうですが、こちらはご覧頂けましたか?」
埋まりそう、ではなくあらかた埋まっていたが、掘り出して何気ない口調を装う。
いわゆる釣書。そう、今年38才になる社長は独身なのだ。
これは社にとっても重大な問題である。早急な解決が望まれる。つまり早く結婚させねばならぬ。
しかし社長のことだった。就任当時の激務の中、やめろとどれだけ言っても
新製品開発に携わり続けたような頑固者だ。
頭ごなしに言えば意地になる。私はそれをよく知っていた。
「うーん?……ああ、それか。まだ見てないよ、見てないがお断りできないかねぇ」
そして自分のことに無関心な人のこと、おそらくそのように言うと予想はしていた。
作戦はあった。ここは逆を張るべきなのだ。
やめろと言われると意地になる、むしろやりたくなる。そういう性格だ、社長は。
「そうですね、一応お受けした話ですが……わかりました、お断りしましょう」
ほら、目をむいた。数年前まではチクチク結婚を勧めたこともあったものだから、意外だろう。
「結婚、跡継ぎなどと、そうお焦りにならなくともよいのです
 社長はまだまだお若い。人生の伴侶ぐらいご自分でお選びになりたいのでは?
 ま……こちら、かなりお綺麗な方ではありますが。写真、ご覧になりましたか」
「あ……いや。……美人?」
ほら、乗ってきた。
「そうですね、私は好みですかねぇ……」
「あなたの好みですか!? ちょっと拝見」
おもむろにひったくられた。これはいい。
「ああ、ああ、ウム、本当だ、美人だね。あれだ、この間のドラマの女優さんに似てる」
かなり興味を持ったようだ。かつてこういう事は一度も無かった!
上手くいきそうな手応え。内心勢い込んで、あくまで口調はさり気なくもう一押しする。
「正城女学院大学英文学部御卒業、フライトアテンダントを務められている才女でいらして、
 それでいて趣味は料理、それも得意は和食という家庭的な方だとか」
「ふーん……それはそれは……こういう人が好みなんですか、伊藤さん」
「はい?」
「伊藤さんはキリッとした和風美人がお好み、と。──僕、顔立ち濃いめだからなぁ、どうかなぁ」
「は?」
釣書を丁寧に閉じてカップの横に置きながら、社長は何故か私を見つめた。
「会社の跡継ぎなんてね、身内でなくても有能な人が継げばいい。僕はそう思います。
 それより人生の伴侶だ。伊藤さんも、自分で選びたいだろう、と言ってくれた。
 僕は……これでも迷っていたんですが……
 伴侶となる人は、お互いに分かり合えていて、苦楽をともにできて、気の置けない人が良い。
 そういう人はもう見つけてあるんです、6年のつきあいです。
 その人がどう言うかは判らないんですが、少なくとも僕はその人がいればいい
 その人と出会って人生が変わりました。これからもその人と歩いていきたいんです。」
押さえつけられている訳ではない、手もつかまれていない。しかし、何故か微動だにできない。
夕方近い陽が差し込んできて、部屋と私を染める。
「伊藤さん、どう思いますか……?」
有能な秘書なら、なんと答えるだろうか。
答えるべき言葉を持たない私は、やはり有能ではないのだろう。

808君だけは笑っていて 1/2:2009/11/15(日) 11:29:26
痛みという感覚は最早殆どなかった。
しかし死ぬんだなという静かな覚悟だけが存在していた。
その中で思い出したのはやはり弟たち2人の姿。
弟とはいっても俺とは血の繋がらない二人。
寡黙だが心根の優しい慎二と明るく穏やかな幸成。
(兄貴・・・)(兄ちゃん!)
こんな頼りない俺の事をそれぞれの形で慕ってくれた。
事故で両親を失って以降はあいつらを幸せにする事だけが俺の生き甲斐だった。
哀しい、辛いと感じた事などは一度たりともない。

ああ、でも結局俺の貞操は保たれたままだったな・・。
薄れゆく意識の中で未だ煩悩が残っている事に冷静に驚く。
好きな人に抱かれるのはやはり何より気持ち良かったんだろうか。
体験してみたかった。
一度でもいいから触れてみたかった。
あいつはどんな顔をしたんだろう。

ここまで考えたところで己のくださなさに気付き、軽く哂う。
何を必死に守ってきたのだろう。
そもそも死ぬ時ってもっとまともな事考えるのかと思っていたが・・。
いや・・、俺の根っこはこんなもんだろう。分かっていた事じゃないか。

そんな俺のことですら、頭の中のあいつ・・慎二は静かに微笑みかけてくれた。

(・・・)
慎二の口が何かの言葉を紡いでいる。
何を・・・言っているのだろうか・・・。
でも、ありがとう・・・。
最期くらい都合よく解釈してもいいよ・・・な・・・・・・。

涙がいつの間にか零れていた。
そして優しい気持ちのまま目を閉じた。

809君だけは笑っていて 2/2:2009/11/15(日) 11:29:58
兄貴が知らない病院で亡くなった。
俺たちに何の相談もなく、病気も手術の事も告げずに一人勝手に逝ってしまったと聞かされた時から俺は違和感を感じていた。

俺が兄貴の自室から見つけた手帳には何の情報も残っていなかった。
綴られていたのは俺たち兄弟との優しい日常だけ。涙が止まらなくなる穏やかな過去だけ。
でも、最後に一つ残されていた言葉。それだけが別の空気を纏っているように感じられた。
その意味を知りたくて必死になった。・・そして俺は辿り着いてしまった。
会社の負債を抱え込まされた挙句に風俗業、更には臓器売買を強要され、その手術中に失敗した医者に放置されて命を失ったという真実に。

そこから先はあまり覚えていない。
兄貴の会社の上司、風俗店店主、臓器売買のブローカー組織幹部、執刀した外科医、事件をもみ消した警察関係者、そして俺にこのネタを与える代わりに金をせびった元組織の情報屋・・
そいつらの大事なものを全て失わせ、その命をもって罪を贖わせた。
そして今の俺は完全に死に魅入られている。魂を売り続けた挙句、人ならざるものへと変化した悪魔そのものだ。
笑い方など・・・忘れた。

兄貴、俺約束守れなかった・・・ごめん。この先の世界でも逢いたかったけど、それは叶わないみたいだ・・・。

兄貴の最後の言葉に隠された哀しみに囚われてしまった。
俺だけ笑えなんて無理だ。兄貴が・・遼平が笑ってくれなけりゃ意味が無いんだ。

俺の腕の中で幸成が震えている。その細い首に軽くナイフを滑らせた。
それを見た刑事の目が大きく見開く。まるで自分が斬られたかのように痛々しく顔が歪む。
・・ああ、こいつなら大丈夫だろうか。俺のように狂気に堕ちぬよう、幸成を救ってくれるのだろうか。
今はただこの直感を信じたい。

一瞬幸成の耳元に口を寄せる。ごめんな、ありがとうなと軽く告げ
その反応を待たずして心の中で泣き叫びながら幸成の頭を拳銃の柄の部分で強く殴った。

幸成・・・、お前は一緒に笑い合える人と生き遂げろ。
俺も、そしてきっと兄貴もお前の笑顔に何度となく救われてきた。
でもな、自分の笑顔ってのは自分じゃ見えないんだ。
だからいっぱい微笑んでもらえ、いっぱい愛してもらえ。

それで天寿を全うして、もし向こうで兄貴に逢う事があったら、もう一人の兄ちゃんがこう言ってたと伝えてくれないか。

「ずっと愛してた・・・」と。

81017-969 極悪人と偽善者:2009/11/30(月) 23:37:55
「……ですから、彼のことは見逃して頂きたいのです」
ひとしきり語った後、真摯な口調で神父服の男は言った。
「貴方に僅かでも慈悲の心があるのなら、どうか」
「俺にそんなモンが欠片でも残っていると本気で思ってんのか?」
嘲笑ってやると、相手は困ったような表情を浮かべた。
「あの野郎の人柄だの哀れな境遇だの、俺には関係ない。奴は俺のシマを荒らした、それだけだ」
「彼本人が意図したことではありません。ただ単に利用されて…」
「うるせえよ」
言い募ろうとするのを切り捨てる。さっきまでの長々とした演説を再び繰り返されてはたまらない。
すると、男は小さくため息をついた。
「……議会の方々は、今だって貴方を十二分に恐れていますよ」
「あ?」
「無意味、ということです」
それは先程『彼の哀れな身の上話』を語ってみせたのとまったく変わらない口調だった。
「議会は既に、彼の存在を記録から抹消しています。元から捨て駒だったのでしょう。だから彼が死んでも痛くも痒くもない。
 それどころか、自分達の手を汚さずに彼が始末できるとあらば、貴方に感謝するかもしれませんね」
「何が言いたい」
「貴方にとって、彼の命にそこまでの価値はないということです」
どうか彼を殺さないで欲しいと懇願したその口で、さらりとそんなセリフを吐く。
その終始変わらない調子に、毎度のことながら軽く寒気を覚える。
「……。俺が気に入らねぇのはな」
「はい?」
「お前がいつもそうやって、誰かの為、何かの為と大義名分振りかざして来やがるところだ」
軽く睨んでやるが、男は表情を崩さない。真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「なにが『彼は真面目でお人好しな人間』だ。なにが『病身の妹がいる』だ。
 哀れな子羊にご慈悲を? 寝惚けたこと言ってんじゃねえぞ、エセ神父」

今回の一件は飽くまで、マフィアと議会の諍いだ。
捕らえた男とこの男の間に直接関係があるとも考えにくい。
それなのに自分のところへ態々『慈悲を乞いに』やってくるということは。
「お前があの野郎を助けようとするのは、単に教会連中にとって利用価値があるってだけなんだろうが。
 それがなけりゃ、あの野郎が始末されようがどうしようが、お前は気にも留めない。違うか?」
一応それなりに凄んでみたのだが、やはり相手はまったく動じなかった。
それどころか、あっさりと肯定の意を示す。
「確かに仰る通り、こちらにはこちらの思惑がありますが」
でもいいじゃありませんかと、男は言い切る。
「それで助かる命があるのなら、善いことです。必要であれば、私は何度でも貴方に頭を下げましょう」
「……反吐が出る。教会の犬が」
「貴方ほどの人にそう言われると、逆に光栄です」

この男が厄介なのは、己に利があると認めた上でなお自分の行いを『善行』だと言い張ることだ。
否、言い張っているのではなく、心からそう信じているのだろう。
自覚的な偽善者は、そこいらの悪人よりタチが悪い。

「どうか彼と彼の妹さんの為に、ご慈悲を」
そう言って神父服を着た男は、今日ここを訪れてから初めて微笑んだ。

81117-959 休日街で偶然上司に会った 1/2:2009/12/04(金) 21:37:30
師走の人ごみの中を歩いていた。休日の、お馴染みのコース。
なんとなく、いつもの店で冬物を眺める。
なんとなく、本屋でサブカル本をパラパラ見る。
なんとなく、雑貨屋の店内を一周したところで喉が渇いた。
(…今日は何の収穫もない予感…)
コーヒーショップで軽く食事をして、来た道を戻る。まあ、よくある事だ。

街を歩く人は皆、キラキラした表情でどこかへ向かっている。
店頭のディスプレイも必要以上に瞬いている。
俺は無表情で駅へと向かう。これでも空腹が満たされて気分は良いのだけれど。
(さっきの本屋でなんか雑誌買おう…後は電気屋でプリンタのインクと…)
「・・・・・・・。」
ふと立ち止まって振り返る。知った顔はどこにも見当たらない。
これもいつもの事。なのに誰かをつい探してしまうのは、この寒さのせいなのか。
(やっぱクリスマスのムードって、すげーな…)
なんとなく、心がざわついた。「いつもの」俺でいられなくなりそうで怖い。
足早に雑誌を購入し、大型電気店の前を素通りして駅横の駐車場へ向かった。
車に乗り込む、と同時にポケットの携帯が震えた。慌てて携帯を取り出すと、一気に力が抜けた。

『電気屋行くならお風呂場の電球買ってきてネ!』
・・・母親からのメールだった。
「はぁぁぁぁぁぁ〜期待した自分乙…」
力なく車を降り、電気店へと向かった。
(これが、俺の日常。いつも通り。何も起きないのがとーぜん。分かってるだろ)

81217-959 休日街で偶然上司に会った 2/2:2009/12/04(金) 21:38:42



「!!」

電球を購入して店を出ようとしたその時、その人の背中が見えた。
「や、(じま、かちょー?)」
言いかけて止めた。そんなラッキーな偶然あるわけない。でも。
少し白髪の混じったあの頭。ひょこひょこ歩く後ろ姿。ちらと見えた横顔が。

「やじまかちょうっ! こんっ、にちはっ!」
驚きと焦りでおかしな発音になる。くるんっと振り返ったその人はまさしく谷島課長だった。

「んおおうっ!おーー、白井くーん。どしたの」
「どしたのって買い物ですよw 課長こそ何買いにきたんですか」
「んーー、いろいろっ☆」
「よく来るんですか、ココ」
「あんまりぃ〜。だって遠いじゃないの。今日はついでがあったから」

(なんだよソレなんでいるんだよなんで会えちゃうんだよ)

「これから何か用事あるんですか?」
「ん〜ん、帰るだけ」
「じゃ、ご飯でも食べにいきませんかっ? 私今日車なんで送りますよ!」
「ご飯ねぇ…行こうか? でもいいの?送ってもらうなんて。
 てゆーか白井君ち地下鉄の駅近いのに車? 駐車代もったいないよ〜」
「運転好きですからね。ついつい…」

街で見る課長はいつもと同じで穏やかな顔をしていた。いや、もっとユルイかも。
「ハイ、お車代★ よろしくお願いしますね」
そう言って缶コーヒーを差し出す課長の顔。ふにっと上がる口角に、俺はつられて笑う。
笑いながら、心は忙しく駆け回っている。このチャンスにしがみついてシッポを振っている。
逃げないように、消えないように・・・。さっきまでの期待を殺した自分はどこかへ消えた。
どうすれば今日、長く一緒にいられるのか。俺は固まった頭を目一杯使って考えていた。

81318-69 静かな雪の夜 1/2:2009/12/20(日) 03:47:31
「あの、ウチ、客用布団とかないんで。あの、ソファじゃ寒くて寝られないんで」
 一緒のベッドで、とはあまりに生々しい気がして言えなかった。
 そんな岡田をよそに、伊勢崎はふわふわと、楽しげに揺れている。
「あの、スーツしわになりますから脱いでください」
「らーい」
 そう言いながらも脱ごうとしない。ふらふら揺れて、岡田にしがみついてくる。
「この酔っ払い!俺は彼女じゃないですよ!脱がせますよ!いいですね!」
 なんとはなしに目を背けながらジャケットを引っぺがし、ベルトに手をかけて――ためらった。
「しわになりますからね!脱がせますよ!」
 苦情がきそうなほどでかい声で叫んで、岡田はベルトをはずしてズボンを下げた。
 ジッパーをおろしたとき、手がわずかに伊勢崎の股間にふれたことを頭を振って意識から追い出す。
「足、あげてください」
 らーい、と今度はおとなしく従った。まるで岡田にまかせきりだ。
 ネクタイをゆるめ、ふと思い付きを口にする。
「俺にSM趣味とかがあったら、これで伊勢崎さんのこと縛るとこですけどね」
 とろん、と、眠そうな目で笑っている伊勢崎を見る。
「もうちょっと警戒してくださいよ・・・・・・いや、されたら悲しいんですけど」
 スーツをハンガーにかけて、パジャマ代わりのスウェットをかぶせる。
 外は雪が降り始めていたのだ。Yシャツ一枚では寒すぎる。なにより岡田が落ち着かない。
頭を出させたら、ごそごそと自分で袖を通した。前後ろが反対だが、この際気にしないことにする。
下もはかせて、やっと伊勢崎を直視できるようになった。
「先に寝ててください。俺はシャワー浴びてきますんで」

 岡田の使っているシャンプーは女性用のものだ。
 伊勢崎はいつもいい匂いがして、何のフレグランスを使っているのか尋ねたら、
同棲相手のシャンプーの匂いだ、と教えられた。
風呂場が狭いのであまり物が置けず、同じシャンプーを使っているらしい。
 それから、岡田も同じものを使っている。
 男性用のシャンプーのような爽快感はないが、むしろ冬にはこちらの方がいい。林檎の香りだ。
 ときおり、伊勢崎とその顔も知らない女が、この香りでベッドを満たしながらセックスすることを
想像して抜いた。とても悲しくて、とても興奮した。

81418-69 静かな雪の夜 2/2:2009/12/20(日) 03:49:04
 伊勢崎は、きちんと布団をかぶって眠っていた。
「えーっと・・・・・・隣、失礼しますよ」
 そっと、ベッドの端におさまる。端と言ってもシングルベッドだ。少しでも身動きすれば
伊勢崎に触れてしまいそうで、体は半分ずり落ちそうだ。
(眠れるかな・・・・・・無理だな)
 触れないように、起こさないように、岡田は息さえも殺した。数時間前の忘年会の騒ぎが
壁を隔てて遠くに感じられるほど、夜は静かだった。
 雪の降る音が聞こえそうな気がして、岡田は耳を澄ませた。伊勢崎の、規則正しい寝息が聞こえた。
 静かに静かに、伊勢崎と向かい合うように姿勢を変える。
(あー、やっぱり睫毛長いな。ひげが生え始めてる。あ、発見。耳のうぶ毛けっこう長い)
 肩が、呼吸に合わせて規則正しく上下している。
 ふいに泣きたくなった。このまま時は止まらないだろうか。
 泣くまいとしてこらえたら、喉がグッっと鳴った。
(ダメだ。伊勢崎さんが起きたらまずい)
「えっ?」
 唐突に、岡田は抱き寄せられた。
「ちょ、」
 鼻を、髪にうずめてくる。心臓が飛び出そうに鳴った。
「何・・・・・・」
 だが、伊勢崎のまぶたはとじたままで、寝息もまったく乱れなかった。

 もう、どうにもならなかった。

 朝には雪が積もっているのだろう。その雪をサクサクとふんで、伊勢崎は帰るのだろう。
恋人のところへ。
 吹雪かないだろうか。歩くことが困難なほど吹雪かないだろうか。
 この寒い部屋で、唯一暖かい布団から出たくなくなるほど吹雪いてはくれないだろうか。
 そして、自分と体温を分け合ってはくれないだろうか。

 岡田は声を殺して、静かに静かに泣いた。

81518-129 行く年来る年:2009/12/31(木) 20:52:11
「もう行くよ」
とあの人が言う。
「待って下さい、もう少し」
引き止める言葉は反射的に出るが、時間がないこともわかっている。
全てを終えようとしているあの人は、ちょっと困ったように笑った。
「仕事は全部引き継いだよ。みんなも次の新担当の話を始めてる。
お前、期待されてるよ、頑張れ新人」
「でも、俺……」
口ごもる俺を静かな声が励ます。
「自信ないとか言わないよな? 大丈夫、お前は立派にやれるよ。
俺もたくさん悪いことがあったよ。お前ならきっと、俺より上手くやれる」
「……俺なんかどうなるかわからないです。あなたみたいにはできない」
「もともと今月末までの一年の約束だ。
来月からはお前しかいないんだ、わかってるじゃないか」
「……はい、でも」
どうしようもないことは始めから知っている。
でも、教えてくれた様々なこと、俺のためにしてくれた丁寧な準備、去るにあたっての潔い始末……
あなたを思い返せば思い返すほど、別れ難いこの感情が沸き上がる。
……あなたが行ってしまうのは寂しい。
今頃、みんなそれぞれに暖かい居場所で親しい人と過ごしながら、
あなたのことをいい思い出にしているのかもしれないけど、
俺だけはあなたを特別に思う。
「行かないで下さい」
顔を上げられない俺に、無茶を言うな、とはあの人は言わなかった。
黙ったまま俺の肩をぽんぽんと叩いて……その手が背にまわる。抱き寄せられる。
最後なのに。暖かい。
この人は明日にはもういなくなり、
俺も新しい仕事に追われて、この人のことを思い出しもしなくなるかもしれないのに。
さようなら。ありがとう。浄暗の闇の中、やがて俺達はすれ違い、永遠に別れる。

81618-179 冗談っぽく「好きなやついる?」 1/2:2010/01/14(木) 03:07:41

179 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 01:51:55 ID:QSlQ0VRmO
冗談っぽく「好きなやついる?」と聞いたら真顔でうなずかれたorz

180 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 01:55:04 ID:Gtr5sd23O
kwsk

181 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 01:57:13 ID:QSlQ0VRmO
こんな時間にごめんな、飲み会の帰りなんだけど、その飲み会の席で言われた
真顔だぜ真顔、俺も真顔で「うん…、上手くいったら紹介しろよ」とかどもっちゃったよ

スペックは当方フツメン、向こうイケメン。

182 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 03:30:55 ID:soHts4q1O
アッー?まだ起きてるなら相手が誰か聞いてもよくねとマジレス

183 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 03:35:23 ID:QSlQ0VRmO
起きてるよ、寝れるかチクショー!あと、うん、アッー!で合ってる
電話はどもる。メールなら出来る、文面どうしようか

184 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 03:40:41 ID:soHts4q1O
181へ
「好きなやつってもしかして俺?」

185 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 03:55:12 ID:Pisg7bweO
182ww
179まだ起きてるかー?www 上の送ってくれw

186 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 04:05:34 ID:QSlQ0VRmO
飲み直してたよ。明日あいつに代返してもらう
182送った

81718-179 冗談っぽく「好きなやついる?」 2/2:2010/01/14(木) 03:08:23
187 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 04:12:18 ID:Pisg7bweO
  送ったんかいwwwww

189 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 04:31:09 ID:QSlQ0VRmO
  意味不な返事が来た。「今ちょっとそっち行くから」
  ちょっと出迎えてくるww冗談が過ぎたかもしれんが飲み直してた俺に敵は無いぜwww

190 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 04:50:01 ID:soHts4q1O
  その相手のイケメンの好きな奴って口止めしたい奴だったりしたんかな

191 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 05:37:17 ID:ts2lt8ssO
  それ179可哀相過ぎないか
  好きな奴に好きな相手がいるって言われて口止めされるとか
  二次元嫁に置き換えてみたらなんかこうきゅってなった

192 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 06:03:28 ID:qBgr4xzO
  二次元嫁に置き換えるなよwwww
  ……彼女持ちの俺もきゅってなる

203 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 11:02:26 ID:Gtr5sd23O
  179ですが報告いいですか?

204 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 11:05:38 ID:ts2lt8ssO
  しむらー!ID!ID! 180?マジどうなってんの?

203 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 11:10:09 ID:Gtr5sd23O
  俺が酔ったときにここのURL教えてたのを失念してたらしい。馬鹿にされた
  書き込んだのもあいつだってさwwwww
  あと上手くいきました。すぐに報告できなくてごめんな

204 名前:相談したい名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 11:23:45 ID:Pisg7bweO
  相手も乙。とりあえず有休取った俺に長文で報告してくれるよな?

81818-230 うつらうつら:2010/01/28(木) 03:28:37
隣の席から、とんとん、と俺の軽く肩をたたきながら、
「おい、もうすぐ当てられるぞ。今、出席番号七番のやつが当たったから。」
と小声で囁く、上原の声がした。
「あー、ありがと。」
今の時間を担当している教師は、いつも出席番号順に生徒を当てて答えさせるやつだった。
つまり、俺は出席番号八番で、次に必ず当てられるのだ(後ろのほうの生徒はずるいよなー20番台のやつなんかぜんぜんあたんねーじゃん)
ただただ教科書を読み上げるだけの、つまらん上に受験勉強にもならない授業なので、みんな、当てられるとき以外は寝るか、内職している。
俺は前者の居眠り派だ。
いつも真面目な、この授業をクラスで唯一ちゃんと聞いている超優等生上原が隣の席でよかった。
当てられる直前に、ちゃんと起こしてくれる。
その時だけは起きてないと。…あのクソハゲ眼鏡教師は、教科書で生徒の頭をひっぱだいて起こすのだ。

そして放課後、同じ部活で、最寄の駅が一緒の小川と、駅で帰りの電車を待っていたとき、ふと、小川がつぶやいた。
「お前いいよなぁ。いっつも上原が起こしてくれて。俺なんか今週だけで4回も叩かれたし。」
「たまたま隣の席だからなーそれにあいついいやつだし。」
「でも俺、一学期、ずっと上原の隣だったけど、ぜんぜん、起こしてもらったことなかったんだけど…」
「え?そうなん?俺みんなのこと起こしてると思ってたんだけど、違うんだ?」
「うん。何でお前は起こしてもらってんだろうなーふしぎだよな。」
「確かに。何でだろう?」

81918-249 仮性包茎を気にするドSな上司:2010/01/28(木) 21:20:13
最初に思い浮かんだのはこちらだったんだけど、
どう考えてもSじゃない仕上がりになってしまったのでこちらへ供養させて下さい…
================================================================================

「毎回シャワー出た時からギンギンだったのって」
「言うな」
「おれのこと責めてる時に道具しか使わないのって」
「黙れ」
「っていうか日本人の6割以上がそうだって言いますし」
「馬鹿が。アレ絶対嘘だからな。
銭湯行ってみろどいつもこいつもズル剥けだろうが!
アレは世のホーケー共を哀れんだプロパガンダに過ぎん!!」
「いやー……
あっ、ホラ、ホーケーは銭湯行かないんですよきっと!」
「そんな『アイドルはうんこしない』話法で
誤魔化される俺ではないぞ……」
「っていうか課長、ベッドの上では王様のくせに
そこ指摘されると弱いんだからー。
でもそんな所が好きです!」

「だからおれのチンコがズル剥けで課長よりデカくても
気にすることないんですからね!」
「貴ッ様ァァァ!
覚えていろよ!!後で泣かすからな!」

82018-259 早漏改善合宿:2010/01/30(土) 21:26:05
普段いっしょにメシ食うノリで部屋に押しかけ、昨日の話の合宿だと言うと冗談だと思ったらしく
「そうかー、じゃ気合い入れて特訓しないとな!」
と笑った。その笑顔にむかつく。
入学して一年近く経つのに、昨日までお前の元カノ話なんか知らなかった。
親友とか勝手に思ってた俺馬鹿みたい。
何食わぬ顔でチビチビと、でも動揺をジョッキに隠しながら
上木モテモテだもんなー、今まで何人もスーパーテクでヒィヒィ言わせてんの、なんて露悪的にあてこすったら、
「いやー、なんか俺怒られるんだよね、痛いとか早いとか言われてさ」
と照れられた。なにその余裕。なにマジで複数かよ。
「早いのはいかんよー、上木、訓練、修行。特訓が必要なんだって。俺が教えてやる!」
って混ぜっ返したら、ジッと俺の顔見て「本当に?」とか言いやがった。
本当なわけないだろ、そんな方法知るもんか。腹立つからいじめてやろう……そう思った。

そばに人がいる、という状況が効果的なのだと説き伏せた。
「あくまでこれは訓練だから最終的には出すんだけども、そのことに集中しすぎないことが大切なんだ、
 一人っきりじゃないこのシチュエーションでは適度に気が逸らされていいんだよ」
俺の目の前でオナニーしろ、と言われて困る上木に内心ニヤニヤが止まらない。
「やり方は教えたとおり……
 早くフィニッシュしたくてガシガシこいてた若気の至りを改善すべく、
 ストロークは大きくゆっくり、柔らかい力加減で刺激を少なく、持続時間を延ばすことを第一の目標として行う。
 その際夢中になりすぎないように、具体的なオカズは用いず手だけを動かす。いいか?
 刺激に慣れること、緩やかな刺激で出せるようになることが大事だ」
『亜鉛を摂取すると男性の性的能力が向上する』とか言ってレバニラとカキフライを食べさせ、
『感覚を鈍らせリラックスするため』とアルコールをを飲ませたら、俺のでまかせをすっかり信じ込んだらしい。、
無茶ぶりに少々ためらいつつも、背中を向けてジッパーを開く。
優位に立つものをいじめるのは楽しい。内心のドキドキが止まらない。と思ったのに。
「ちょっと……あっち向いておけよ館野」
真剣に顔を伏せる上木に、ふと胸が詰まった。
こんな俺の騙りに騙されるほど深刻な悩みだったのかな、と思いあたったのだ。
本気で協力したくなった。シチュエーションは既に変だが、こうなったらとことん行ってみよう。
「そうそう……ゆっくりな、最初は起たなくてもいいからさ、気を楽に」
ハァーッ、と息を漏らす上木が可哀想になる。
「こっち向いた方がいいんじゃね?……俺の顔見た方が萎えて持続するかも」
言われて、振り返って上木が俺を見た。
俺を見ながら、上木の手がゆっくりと動くのが見えた。
「館野、館野……俺、なんかいつもより……無理」
急速に切羽詰まった上木の声に、俺の心臓も聞いたことない音を打ち始めた。

早い。駄目だ、改善できてない。5分くらいか。
まだまだふたりとも特訓が必要らしい。

82118-279 普段コンタクトの奴が珍しく眼鏡:2010/02/02(火) 03:53:08
「兄ちゃん…おかえり」
「おや、眼鏡なんだ?」
「コンタクト切らしちゃってて」

兄貴は荷物を解いているところだった。
分厚い本や、大学の意味のわからない講義テキストを、
小学時代から使っている古びた学習デスクの上に並べてる。
そんな重いもん、東京に置いてきてゆっくりすればいいのに。

使い捨てコンタクトを切らしたというのは嘘だった。
ただ、俺の持ってるのはギラギラのド緑の色したやつだし
くそ真面目の兄貴はそれが大っ嫌いでぐちぐち怒るから、
アレが帰省してる一週間は眼鏡っこぶろうというわけだ。ピアスも一個に減らした。

「…今日は先輩とメシ食う約束してっからまたすぐ行かなきゃなんねんだ。
 また帰ってからな」
「えぇ〜?久々に兄ちゃんカレー作ってやろうと思ってたのになんだよぉ。
 ってそんな格好で行くの? 外寒いでしょうが。ほらこれしていきな」
「いらねーよ…んなマフラー俺のかっこにも合わねーだろ」
「暖かければいいじゃない。早く帰っておいでね」
「過保護ヤロー」


結局、兄貴がひとりで家にいるってわかってるのに、
深夜になってもドリンクバーで粘っていた。

「先輩、なんで今日そんなに嬉しそうなの?」
「そんなことねえよ」
「ねえねえ、なんかあったの?」

先輩の前だと俺は変に浮ついたテンションになる。
女の子みたいで、自分でもキメェけど、なっちゃうものはしょうがない。
先輩はお洒落だしカッコイイし話も面白いから、遊ぼうといわれると嬉しいし、
一緒にいるとずっと帰りたくない気分になってしまう。
先輩が嬉しそうだと俺も嬉しいな。
それに、気づいてる。今日はいつもと違う雰囲気なこと。
グレイアッシュのカッコイイ目で俺のことチラチラ見てる。

「いやぁ、面白いこと思い出してよぉ」
「なに?」
「なんでもねぇ」

なんの期待というわけでもないけど、胸がドキドキ高鳴ってた。
浮かれてた。
だけど、俺の心の奥底は、嫌なうずきもしていた。

「つか今日お前眼鏡じゃん」
「…カラコンなくしてさ。ってか、え?今さら?」
「似合ってる。ずっとそれでもいいんじゃね? 黒い目もあどけなくてカワイーよ」

愛おしそうに言われると嬉しいけど、でもだんだん心がモヤモヤしてくる。
このモヤモヤは…。

「高校時代のスグル思い出すわ。
 こうして見ると、やっぱあいつと兄弟なんだなぁ」

ハイやっぱりきました。ですよねー。
こういう流れですよねー。ここから先ずっと兄貴の話題になるんだよねー。
高校時代ぜんぜん相手にされてなかったくせに。
チャラいし馬鹿だし乱暴だし、一番兄貴が嫌いなタイプじゃん。
もう名前すら忘れられてんじゃねぇの。

「あいつ今度いつ帰ってくんの?」
「いつだろ? 大学忙しいって言ってた」
「国立だもんなぁ。しかも特待だろ?すげーよなぁ。
 家計支えてるし俺には真似できねーよ。あいつは俺らとは違って…」

ああ、聞きたくないな。
いつも図太い先輩の自虐。

82218-299馬鹿が風邪ひいた1/4:2010/02/06(土) 06:08:26
吉田はバカだ。
もう中学生なのに、真冬でも半ズボンでTシャツしか着ない。
学校でも、体育の授業もないのに勝手に体操服でうろついている。先生も最近はほったらかしてる。
しかも体育があると、終わった後手洗い場で頭まで洗って、あちこちびしょぬれのまま教室に入ってくる。
去年幽霊の足跡だと思って廊下の水の跡を辿ったら、上履きの中ギュポギュポ言わせて歩いてる吉田でムカついた。
給食の時間は人一倍食べるし、余った牛乳は必ず吉田が持っていく。ゼリーの争奪戦にも出る。
吉田は雨の日でも傘を差さない。穴の開いたボロボロの運動靴で自分から水溜りに突っ込んでいく。

吉田はバカだからあんまり友達がいない。
俺以外の奴らとは喋るというよりバカにされてるか怒られてるかばっかりで、
それを吉田がいつもみたいにニコニコ笑って聞いてる所しか見たことない。(多分何言われてるか判ってないし。)
そんなだから、吉田が風邪を引いた時に家なんか知ってる奴がいなくて、なんか俺がプリントを持っていく事になった。

82318-299馬鹿が風邪ひいた2/4:2010/02/06(土) 06:08:50
実際に見るのは初めてだけど、吉田の家はあんまり綺麗じゃない。
詳しくは知らないけど大野とか村田が言うには貧乏だかららしい。

玄関から出てきた吉田の話では、今母ちゃんが丁度パートに出てるらしくて、その間一緒に遊ぼうと言われた。
風邪で寝込んでるのに、やっぱりバカだ。
お前今遊べないし、風邪が移るから嫌だと言ったけど、それでも「お願いやから帰らんといて」とか言って、
棚からたくさんお菓子やジュースを出してきてしつこく引き止めるんで、仕方がないから居てやる事にした。

ジュースを飲みながら対戦してたら、だんだん吉田がしんどそうにしだしたんで、無理矢理布団に戻した。
給食のゼリーがあったのを思い出して渡してやったら、またアホみたく鼻水顔で喜んでて、
それからずっと俺が一人でゲームやってる後ろから「藤田くん凄いなぁ!」とかニコニコしながら言ってた。

吉田のデータを勝手に3面くらい先に進めた頃、いつの間にかもう塾に行く時間になっていて、
俺が急いで帰り支度を始めると、吉田が慌てたようにまたお菓子や漫画を出して引きとめようとしてきた。
俺塾あるから帰らなきゃ、って何度言っても判らないみたいで、べそかきながら
このお菓子あげるから、この漫画あげるから、って言うんで凄く困ったけど、塾をさぼると母ちゃんが恐い。

82418-299馬鹿が風邪ひいた3/4:2010/02/06(土) 06:09:13
結局吉田は玄関まで追いかけてきて、泣きながら帰らんといて、帰らんといてとずっと言っていた。
靴も履き終わって、じゃあ帰るから。と振り返ったら、吉田が鼻水垂らしながら
「もう藤田くん僕の家来おへん?藤田くんまた来てくれるん?」
と言ってきた。「じゃあまだやってないゲームあるから来るわ。」と返すと、いきなり笑顔になって、
「来てな!絶対来てな!!」と鼻水まみれの顔のままでぶんぶん手を振っていた。
吉田は単純でバカだ。


なんとか塾に間に合って教室に入ると、大野に肩を叩かれた。
何かと思えば「ただの知り合いなのに吉田の家なんかに行かされるなんて、お前も災難だなあ」等と言われる。
確かに吉田の家は宅配係りをさせられる程近くはない。しかしそんなに損でもなかった。
俺は鼻で笑って、吉田の家でジュースとお菓子を貰った事や、散々ゲームで遊んだ事とかを大野に自慢してやった。
すると俺だけ得した自慢話にむっとしたのか、だんだん大野が不機嫌になってしまった。
ちょっと意地が悪かったと思って、帰り際の時に吉田に握らされたお菓子を一つやったら、なぜかもっと不機嫌になった。

82518-299馬鹿が風邪ひいた4/4:2010/02/06(土) 06:09:24
家に着くと母ちゃんがテストについて訊いて来た。
成績の話と塾と勉強の話をしたあと、いつものように「成績の悪い子とは付き合わないのよ」と言われる。
吉田の家に行った事は内緒にした。塾には間に合ったけれど、遊んでた事がばれたら叱られるから。
「クラスに吉田君って子がいるらしいじゃない?いつも言うけど絶対関わらないようにね?」「うん」
去年から吉田とたまに話す事があった事も内緒にした。

帰り際の吉田は、わんわん泣いたせいか顔が真っ赤になってたけど、よく考えたら
あれは動き回ってまた熱が上がってたんじゃないんだろうか。
吉田だといつまでも玄関前で手を振ってそうだけど、ちゃんとすぐ布団に入ったかな。
明日の給食は揚げパンとゼリーだから、両方持って行ってやろう。
バカは風邪引かないけど、引くと長引きそうだから。

82618-309 手袋 1/2:2010/02/08(月) 20:25:45
「なあ、頼むよ。この通り」
「頼むよってったってなあ……」

俺は困り果てた。
目の前には、フローリングに頭をこすり付けんばかりに懇願してくる男やもめがいる。
美人だった奥さんに先立たれて5年、当時産まれたばかりだった息子を抱えて
こいつは今まで本当に良くやってきたと思う。奴とは学生時代からの親友で、
そんな事になってから俺も出来ることがあれば今まで協力はしてきたし、
これからも望まれるならいつだって力になってやるつもりだ。
しかしこれは。

「頼む。俺、編み物できる知り合いなんかお前しかいないんだ」
「出来るって言ったって、俺も素人に毛が生えたようなもんだぞ……
 それに、そんなやり方でいいのかよ」

事の発端はこうだった。
奴が目の中に入れても痛くないほど可愛がっている一粒種が、
幼稚園で手編みの手袋を友達から自慢されたのだそうだ。
甲の部分にアニメキャラクターのワッペンをつけたどこにも売っていない手袋は、
小さな子供にとってよほど魅力的だったのだろう。そしてその日の晩から、
「どうしてうちにはお母さんがいないの」「僕もお母さんのてぶくろがほしい」という
こいつが最も恐れていた事態に陥ってしまった。
そろそろ考えなくちゃいけないってことは分かってたんだ、とこいつは言う。
幼稚園や小学校に進むにつれ、自分の家庭が周囲と違っていることに息子はやがて気がつくだろう。
その時、片親はなんと答えるか。非常に難しい問題だった。
そして今ようやく幼稚園を卒業しようとしている息子に真実を、「死」を説明しても、
彼には理解できないだろう。もっと色んな経験をつみ、色んなものを見て
自分なりの理解が出来る歳になるまで言わずにおきたいのだそうだ。
その気持ちは分かる。

そして、お母さんは今近くにはいないけれども、お前を大切に思っているんだよと。
その証拠に手編みの手袋を渡してやりたいんだそうだ。
何度も言うが、気持ちは分からないでもない。だがこんな生半可な嘘をついて、
大きくなったときに逆に傷つきやしないかと俺は心配なんだ。

82718-309 手袋 2/2:2010/02/08(月) 20:27:44
「だって、俺アホだから、こんな方法しか思いつかないんだよ。
 あいつに寂しい思いなんかこれっぽっちもさせたくない。だから頼む!」
「…………」

ほとんど半泣きで訴えてくる情けない親友の顔を見て、俺もなんだか情けない気持ちになった。

「……なあ、勘違いすんじゃねえぞ。たとえ俺が手袋を編んだとしてだな、
 お前がそれをお母さんからだよって言って渡したら
 その時点で偽物の愛情をあいつに与える事になるんじゃないのか。
 お前はあの子に偽者をやっていいのかよ。俺はやだね。
 それならぶすくれて駄々こねられた方がよっぽどいい」
「……お前…………」
「わかったか」
「……わかった。うん。俺ちょっと、周りが見えなくなってたみたいだな……
 悪かった。もう手袋編めなんて言わないから」
「バカ、誰が編まねえって言った」
「え?」

翌日、青や水色の毛糸とキャラクターのワッペンを山ほど持って訪れた俺に
昨日はぶすくれてリンゴのようだった坊主はうって変わって興奮しきりだった。
毛糸の色もワッペンも好きに選ばせて、目の前で小さな手袋を編み上げてやると
飛び上がって喜び、まだ片方しかないそれをはめて家中を駆け回る。

「ほら見ろ。変にひねくれたことするより、こういうのが一番だって」
「なるほどなあ。うん、母親がいなくたって、お前がこんなに愛情注いでくれるんだもんな。
 寂しがってる暇なんてないか。
 ……それにしてもお前、あれだな、これは今流行のツンデレって奴か」
「だいぶ流行から遅れてるぞ。いいから転んで流血しないようにちゃんと見とけ」
「らじゃ」

見るどころか、一緒くたになってはしゃぎ始める親子の歓声を聞きながら
俺はもう片方の手袋を仕上げてしまうと、また同じ色の毛糸を編み棒に巻きつけた。
幅はさっき作ったのの3倍。こっちには白いポンポンを付けてやろうとほくそ笑む。

828敬語紳士×ガテン系オヤジ:2010/03/06(土) 15:19:59
「アイツはなぁ、いいヤツなんだよぉ」
「ええ、分かりました、分かりましたから…」
「ぅ…ぐす…アイツは、アイツは両親事故で亡くしてな、それでも頑張って高校行ってなぁ…」
「ええ、本当に、頑張ったんですね」
 静かなジャズの流れるバーには、マスターのほかその2人しかいなかった。
 片方は細身にグレイのスーツ、オールバックの髪に細縁の眼鏡と、公務員のようないでたちで、シックなバーの雰囲気に溶け込んでいる。
 もう片方は連れ合いとは対称的で、髭面でさほど背は高くないが、ほの暗い照明にも薄いTシャツの下に逞しい筋肉が盛り上がっているのがわかる。アスリートというよりは、肉体労働で鍛えられたようだ、とマスターはグラスを磨きながら思った。ついでに、珍しい組み合わせだ、とも。その髭面が、顔中をくしゃくしゃにして泣いている。すっかり酔っ払っているのか、呂律も回っていない。
「なんで…なんでなんだよぉ…」
「鈴木さんにそこまで思ってもらえて、伊藤さんもきっと喜んでますよ」
 スーツのほうが、髭面の背を撫でながら慰める。1時間ほど前に店に入ってきてから、2人はずっとそんな調子だった。聞くと話に聞いていた会話で分かったのは、髭面の親友が亡くなったことと、2人が今日出会ったばかりだということくらいだった。
 髭面がびず、と鼻をすすった。
「いまさら喜んだって意味ねぇよ…」
「でも、俺は羨ましいですよ、伊藤さんが」
「…アンタいいヤツだなぁ…」
 酔眼でとろんと相手を見つめ、また涙ぐむ。苦笑して内ポケットからハンカチを取り出した。
「ほら、涙拭いてください。そんな顔で帰ったら、奥さんが心配しますよ」
「奥さんなんかいねぇよ」
「……え?」
 スーツのほうが一瞬手をとめた。それには気づかず、髭面が受け取ったハンカチで涙を拭う。そして照れくさそうに、小さく首を傾げた。
「それより、アンタはいいのか。こんな時間まで…」
 髭面の言葉に、マスターはカウンターの内側に置いた時計に目をやった。店の営業時間はまだまだあるが、終電がなくなってしまう時間帯ではある。そろそろお勘定だろうか、とマスターは音を立てずにグラスを置いた。
「俺も、奥さんいませんから」
 言われて、髭面はしばらく目をぱちぱちさせた。
「…だから、今夜は貴方につきあいますよ。今の貴方を、放ってはおけませんから」
 にっこりするスーツを見遣って、マスターは小さく微笑む。そして、友人の死に傷心している男のためにウィスキーの水割り一杯くらいサービスしようかと思った。

829828:2010/03/06(土) 15:21:26
名前欄ミスりました。
正しくは
「18-439 敬語紳士×ガテン系オヤジ」
です。

83018-449 照れ隠しで抱きしめる:2010/03/08(月) 13:52:33
あまりに関谷が俺を褒めるものだから、照れ隠しに抱きしめてみた。
関谷はぎゅむ、と声ともつかないうめき声をあげ、じたばたしている。
参ったか、これで黙らざるを得まい、どうだ俺の嫌がらせは。言葉にすればそんな気持ち。
とにかく、いつも生意気な後輩に一矢報いたつもりだった。

実のところ、逆襲の必要はもうなかった。
真面目だが一本気すぎて扱いにくいと評判だった関谷は、
一緒に担当した今回のプロジェクトを通じて、徐々に素直になっていたから。
鼻っ柱の強い後輩に認めさせる……先輩としての勝利だ。
だからもう気は済んでいた。まさか薬が効きすぎているとは思いも寄らなかった。
「いい仕事でした……加納さんの企画は的確だった。
 客も予測以上に入ったし……内容もよかった。ゲストも受けた。
 地味なテーマなのに満足度高かったですよ。取材も結構来ましたしね。
 加納さんの人脈があってこそでした。いや良かったです。本当にいいイベントになりました、大成功でした。
 加納さんは……すごい人だと、僕は思います」
饒舌というよりは訥々と、それでも心から思っているのだろう、何度も同じ事を繰り返す。
酒に弱い関谷は、褒め上戸だったのだ。
先輩冥利に尽きる。こんなに心酔されることなんてなかったと思う。
大げさに持ち上げられるよりじんわり気持ちが伝わってきて、嬉しいと同時にすごく照れた。
酒が入る直前まではいつもの落ち着いた関谷だったので、面はゆさに拍車がかかる。
最初は驚き、次第に苦笑い、ついには恥ずかしくていたたまれなくなった。
俺も酔っていた。冗談に紛らせて関谷を黙らせるつもりだった。
「お前の気持ちは分かった。俺も、お前がいたから今回頑張れたと思うよ!」
オーバーに叫んで、力一杯抱きしめた。

締め上げた、といった方が良いベアハッグだったから、息が詰まって関谷はあえいだ。
パッと離すと、顔が赤い。耳も、首筋まで真っ赤だ。
「感謝、感謝。もう、あんまりお前が褒めてくれるから感謝の気持ちね。
 関谷のこと俺、本当、愛してるから!」
テンション高くうそぶくと、火傷したように関谷の体がはねた。
……予想した罵詈雑言が返ってこない。急速に酒の力が抜けてくる。
黙ってしまった関谷に、俺はようやく何かいけないことをしたと……悟った。

83118-459 割烹着が似合う攻め:2010/03/10(水) 18:16:37
「おっはよー」
 朝っぱらからやたらテンションの高い声に起こされて不機嫌なところへ、はた迷惑な声の主の現れた姿にぎょっとした。
「…なんだ、それ」
「タクちゃんほんまお寝坊さんやなぁ。そんなんやとお仕事大変やん」
「いやだから」
「あ、この割烹着? 俺が東京出てきたときにオカンがくれたんよ」
 似合てるやろ、とくるりと回って見せる。
 顔はいいくせに妙に庶民的なせいか、似合ってはいる、と思う。
「…お前、料理できたのか」
「できるわぁ! 俺のたこ焼きは天下一品やったやろ!」
「ああ……そうだったか」
 そういえば、先日目の前の奴が押し掛けてきて作っていったたこ焼きは美味しかった。
 天下一品かどうかはともかく。
「タクちゃん、朝ごはんできてるで。俺桃子ちゃん起こしてくるわー」
「あ、ああ……」
 二階の子供部屋に上がっていく長身を見送ってから、顔を洗いに洗面所に向かった。
 冷たい水で顔を洗うと眠気も吹き飛び、漂ってくる焼き魚の匂いにいくらか心を弾ませながらダイニングに向かう。
 テーブルの上には、3人分の茶碗や焼き魚を載せた皿が並んでいる。
 そういえば昨日そんなものを買ったな、と3人での買い物を思い出しながら箸を並べる。
 朝食の見た目は悪くない。
 小葱の散った豆腐の味噌汁はほこほこと美味しそうな湯気を立てているし、皿のアジの開きもちょうどいい具合に脂が乗っていて、焼き加減も申し分なさそうに見える。
 なんだか少し照れくさい。
 こんなふうに朝食を作ってもらったのは妻が死んで以来だ、とふと思い出して、慌てて頭を振った。
「わぁ、お魚ー」
「そやねん、残したらあかんで?」
「残さないもん。桃子、ちゃんと食べるもん!」
「桃子ちゃんはええ子やなぁ」
 二階から降りてきた2人が、賑やかにはしゃいでいる。
「あれ、タクちゃんまだ食べてなかったん?」
「あ、ああ……」
「俺のこと待ってくれたん!?」
「え、あ…」
「嬉しいわぁ!」
 ぎゅ、と抱きしめられる。
 こんな愛情表現は少し苦手だ。
 距離を置かなければと思っているのに、心の枷を振りきってしまいたくなる。
「は、離せ……それより、食べないと遅れる」
「あ、そうやな…」
 慌てて離れ、少しうなだれるさまは大型犬のようで、なんだか微笑ましい。
「お前が作ってくれたんだ、ありがたくいただくよ」
 ぎこちなく微笑んで腰をおろし、味噌汁の椀を取り上げた。
 味噌の香りを吸い込んでから、口に含む。
「………!!!!!」
 とたん、吐き出した。



「あのときは、まさかお前があんなに料理が下手だとは思わなかったな」
「……なに、今さら?」
「あんな不味い味噌汁飲んだのは初めてだ」
「…そやから、もうたこ焼き以外作ってへんやん」
「ああ。けど、コーヒーくらいはもう少し上手く淹れられるようになれ」
「……努力します」
「…………不味いコーヒー飲まされるのは嫌だからな。俺も手伝う」
「!!!!」

83218-479 卒業:2010/03/16(火) 13:29:04
間に合わなかった…。供養させて下さい。

−−−−−−−−−−−−
「卒業式でー泣かないーと冷たい人と言われそおー」

 眼下に別れを惜しんで泣いている女子があちらこちらに見えた。
 屋上から下を見ながら、あいつは古い歌を歌った。

「女って浸るなあ。会おうと思えばいつだって会えるくせにさあ」
「いいだろ別に。それより卒業ソングだったらいくらでも他にあるだろ。
そんな昔の曲、チョイスすんなよ。」
「お袋の十八番だよ。いいだろ。わかるお前もお前だけどな」
 そういってあいつは笑った。
「お前、親とカラオケに行くのか。すげえな」
「俺しか相手いないじゃん。会社のストレス発散カラオケなんだから」
「それでも普通はいかねーよ」
 卒業証書が入った筒を手に持ちながら、なんとなくこの場から離れがたくて、
俺達はさっきからなんでもない話をしていた。
「歌詞なんかみないで歌えるぜ。でもー、もおっとー」
「うわー、やめろー、耳が腐るー」
 俺が耳をふさいごうとしたら、それを阻止するようにあいつに腕をつかまれた。
お互いに近くなった距離に気まずくなり、あいつの方が先に目をそらした。

 日が暮れて、さっきまで大量にあった制服の群れはまばらになっていく。 しばらく沈黙が続いた後、あいつがポツンとつぶやく。
「今日でもうここに来なくてもいいんだなあ」
「なにそれ、お前学校嫌いだったの?」
「嫌いじゃなかったけどさ。楽しかったし」
「まあね」
「でも、なんか苦しかった」
「そうだな」
「すごく苦しかった。やっとそれから解放されると思うと涙が出る」
 顔を下にいて俺に見せないようにしていた。
 もしかしたら本当に泣いていたかもしれない。

「お前、卒業アルバムに変なこと書いてたな」
「いい会社に就職して、結婚して、幸せな家庭を作るってどこが変?」
「当たり前な事を書きすぎて変だっつってんの」
「バーカ、今はその当たり前のことが大変な時代なんだよ」
「じゃあな」
「ああ」
 またなという言葉も喉の奥にひっかかった。
言えなかったのか、言わなかったのか、それは自分でもわからない。

 お互いの間に薄い壁を作ったまま、俺達はここを出る。
 こんな壁は簡単に崩せたかもしれないのに、俺達にはそんな勇気も、
こんなことはたいしたことじゃないと笑える飛ばせるほどの無神経さもなかった。

 毎日同じ場所に来れば会える。たわいもない会話で日が暮れる。
体に触れても何も不自然じゃない、そんな環境が今日で終わる。

 屋上から降りる途中の階段で、「女みてー」と同級生に笑われた。
そう言われて自分の頬が濡れているのに気がついた。

83318-589 盲目のご主人様:2010/04/05(月) 23:49:05
「今日の天気はどうだ?」
ベッドの背に寄りかかり俺の手を握ったままご主人様が聞く
今日の彼は機嫌が良さそうだ
「とても良い天気ですよ。ぽかぽかしていて、風も丁度いいです」
手を握り返して俺はそう答える
きっとピクニックをするには最高の天気だ
「そうか…そういえばなんとなく光が明るい気がする」
ふわりと笑う横顔が、俺の心を撫で上げる
貴方の目が見えなくなってどのくらいたっただろう
幼かった貴方は、今でも俺の顔を覚えているだろうか
「そういえばお母様たちへの手紙は出してくれたか?」
ああ、貴方はいつまでも無邪気なままでいて
握った手をそっと置いて俺は答える
「ええ、もちろんです。きっとまたすぐに返事が来ますよ」
俺の顔が貴方に見えていなくて良かった
「うん、返って来たらまた読んで聞かせてくれ。返事も僕が直接書けたらいいんだけど」
少し悔しそうに言う貴方の頭を撫でようとして、寸前で手を止める
「ご主人様の字はあまりきれいではないですから。目が見えていても私が代筆いたしますよ」
そうおどけて言うと、的確な位置にパンチが飛んでくる
「そうだ、屋敷中の窓を開けてくれ。たまには風を通さなくちゃな」
俺の方に顔を向けて無邪気な笑顔を見せて、貴方は哀しいことを言う
ああ、貴方はいつまでも無邪気なままでいて
何も知らずに、現実なんて知らずに、そのままで
「はい、今すぐに」
ベッドの横から腰を上げると、部屋の扉を開けて外へ出る
今日は本当に天気がいい
俺はポケットから一通の手紙を取り出して開ける
『お母様、お父様、元気ですか』
俺が代筆したその手紙に、返事を書くのは俺だ
貴方は、哀しい現実など知らないままでいて
目の見えない貴方に真実を隠し続ける俺のことなど、知らないままでいて
小さな小さなこの家で、窓などたった一つしかないこの家で
出すあてのない手紙を書きながら、返ってくるはずのない返事を読みながら
俺は貴方を守り続ける

83418-539 冷血なギャンブラー:2010/04/13(火) 18:40:19
伝説のギャンブラーがこのカジノに来ていると聞いたのは、数ヶ月前のことだった。
ブラックジャックしかしない。そしてめっぽう強い。だが、その程度なら伝説にはならない。彼が伝説になったのは、勝った金をすべて慈善事業に使うからだ。世の中には物好きな人間がいるものだ。あぶく銭なら俺みたいな男娼にもっと使ってくれればいいものを。
いつかはそいつを自分の客にしたいと思っていたが、彼はめったに来なかった。そして今日、はじめて俺はその伝説のギャンブラーに会ったのだ。
*****
わざと彼にぶつかり、酒をかける。古典的だが知り合うには意外と効果的だからだ。
「す、すみません! 大丈夫ですか? クリーニング代を…」
「いや。たいしたことは……。ああ、君か。見違えたな」
「え?」
「この間、同じ手で男をひっかけていただろう。どこのカジノだったかな。彼は僕の取引相手でね」
顔が赤くなるのが自分でもわかった。男娼であることがばれていたのもそうだが、使い古された手を使っていると笑われているようで恥ずかしかった。だが、致命傷じゃない。俺は戦略を変えた。
「恥ずかしい…俺の事を知っていたんですね…」
「この服は彼に? 彼はマイフェアレディが好きだから、さぞかし楽しかっただろうな」
「ええ、あの方は慈悲深い方で、俺に身寄りがいなくて、自分の身ひとつしかないからこの仕事をしていると言ったら、食事や服を……」
哀れな子供を演出したが、彼は笑いを堪えて肩をふるわせた。
「それで彼はだませても、僕は無理だよ」
「う……嘘なんてついてません」
「君は選んでこの仕事をやっている。そうだろ? 君はもっと強かだ」
真正面からきっぱりと言われて言葉につまった。カードが強いということは、人の心理を読むのが強いということだ。俺は演技をあきらめた。
「……ここは社会的にステイタスのある人間が多くて、金払いもいいし、病気のリスクも少ないから。はじめるのに元手もかからないし」
「悪くない選択ではあるけれど、もったいない。君は体よりも頭を使う仕事の方が向いていると思うけどね。あの男の要求をのらりくらりとかわして、自分のいい値で自分を買わせた手管には感服したよ」
「あなたは俺があまり好みじゃない?」
「いや、魅力的な子だと思うよ」
「なんでも言う事を聞くよ。今夜、俺を買ってくれない? 金がないんだ。これは嘘じゃないよ」
それは本当だった。この間の客から貰った金はすべて使ってしまっていた。
「なんでも?」
「ええ、なんでも」
「だったら賭けをしないか?」
「賭け?」
「一夜で終わるような関係じゃつまらないじゃないか。そうだな。マイフェアレディを僕もやってみたい。僕は仕事が忙しい。自分と同じ能力をもった片腕が欲しいんだ。探しているんだが、なかなか人材がいなくてね。君は僕と同じで場を読むのがうまい。君に教育をほどこしたらビジネスでも物になるかもしれない。僕に君を教育させてほしい」
「――物好きだね。俺が物にならなかったら、どうすればいい? 俺にかけた金がいくらになるのかは知らないけど、その時の俺に返せるかどうかわからないよ」
「君が物にならなかったら、君自身を僕にくれればいいよ」
「俺?」
そんな回りくどいことをしなくても、今夜誘っているのは俺の方なのに。訝しがっている俺に彼は笑って言った。
「君は自分の価値がわかっていないなあ。君を欲しいと思っている人間はこの世にはたくさんいるんだよ」
彼は俺の頬に手をやる。
「この肌。この瞳――――」
その手が下に下がる。
「この心臓……とかね」
「え?」
「僕がギャンブルで勝った金を、困っている人の為に使っているのは知っているだろう? おかげで僕の元には、失明した人や火傷をした人、心臓に生まれつき穴が空いている人とか、様々な臓器の移植を待っている人から助けて欲しいというメッセージがたくさんくるんだ。僕はお金を出せるけど、臓器までは用意できなくて」
彼の手が俺の体をなでた。
「君が勝ったら、君に投資した金は返さなくていい。君に会社のひとつも譲ってもいいよ。でも、もし君が負けたら、その体を僕にくれないか。それがこの賭けの条件だ」
まったく表情が読めなかった。
俺はこいつを見くびっていたのかもしれない。
「どうする?」
こいつはギャンブラーだ。とてつもなく強く恐ろしい魔物だ。

83518-639 顔が唯一のとりえだろ? 1/2:2010/04/16(金) 05:10:09
「貴様いい加減うっとうしいぞ」
今日も今日とて姿身の前に立ち、己の美しさを存分に堪能していたところ、
同僚であるむさ苦しい男が声をかけてきた。
彼は気品のカケラもない所作でソファに腰を下ろすと
眉間にしわを寄せてじろりとこの僕を睨み上げる。
ああなんと野蛮、なんと美しくないしぐさだろう。
彼をこのような人間に生まれつかせた神の采配が呪わしい。

「休憩室にでかい鏡なんぞ持ちこみやがって……」
苦々しげに、まるで独り言のような呟きを漏らす。
まったく、この僕と会話をしたいのならばもっと素直な言葉で話しかければいいものを。
とは言え僕はこの美しい外見にみあった広い心の持ち主なので
彼の心情を汲んで言葉を返してやることにしよう。
僕は、彼が美しくないからといって邪険に扱うような狭量な輩ではないのだ。
「休憩室とはくつろぐためのスペースだろう?
君の顔なんか見てても全く心安らがないからねえ。
加えて調度品もあまりに貧相で、心まで貧しくなってしまいそうだよ。
この部屋の中で美しい存在はたった1つ、この僕だけだというのに、自分で自分の顔は見られない。
君の目に美しさを提供してあげているこの僕が、美しくないものばかりを見て
休憩時間を無為に過ごすなんて、許されることではないと思わないかい?
鏡は必需品として認めるべきだよ」

「……もういい。貴様の話を聞いていると頭が痛い」
彼は額を抑えると、あろうことかこの僕の顔から床へと視線を落とし
僕の声を振り払うように頭を振る。
この僕が鏡を見るのをやめて、わざわざ彼の方を
振り返って会話してやっているというのに、だ。
「何という言いぐさだい?
この僕が、君の無粋な脳みそでも理解できるように
分かりやすく噛み砕いて説明してやったというのに……
というか僕の玉声を聞いて頭が痛いとは何事だ!」

83618-639 顔が唯一のとりえだろ? 2/2:2010/04/16(金) 05:10:47
俺は後悔していた。
こんな変人にわざわざ文句なんかつけるんじゃなかった。
まともに話を聞けば聞くほど頭痛がひどくなる心地がする。
「分かった……俺が悪かった。鏡のことはもう何も言わん」
だから大人しく鏡と見つめあっていてくれ、と胸のうちでつぶやいた。
しかし奴はなぜか鏡から離れ、俺の向かいに腰掛ける。
それから、珍しく殊勝な表情を作って口を開いた。
「分かっているよ、僕にもっと働いてほしいと思ってるんだろう?」
出鼻をくじかれ、口に出すことさえ諦めた俺の本心をずばりと言い当てる。
分かっているなら働け。
「けれど高貴な生まれであるこの僕は、君のような
下賤の者と肩を並べて働くのには向いていない」
「……」
「君が幼いころから長い時間をかけて身につけてきた能力にしたって、
僕は習得する機会も必要もなかったからね。
そういった素養のない僕が今さらながらに努力しても、能力の向上など微々たるものだ」
膝の上で手を組んて、悪びれた風もなく言い放つ。
「だから、この僕の唯一にして何物にも代えがたい長所である美しさに磨きをかけることで
君に至上の眼福を味わわせてあげようと思い、鏡の前で身だしなみの確認にいそしんでいるわけだ。
毎日僕の分までノルマをこなしてくれている君への感謝の証と受け取ってくれたまえ」
唯一の長所って自分で言いやがったこいつ、などと思いながら、
俺は長々と喋りつづける目の前の相手を何となく眺める。
休みなく言葉を紡ぎながら、落ちつかなげに指を組み換えるしぐさが妙に目についた。
そう言えば、以前はすべらかで傷一つなかったはずの奴の指先は
いつの間にかずいぶんと荒れていて、血のにじんだ切り傷が目立つ。

俺は奴の顔を見る。
その表情は、いつもの通り自分に酔いしれているようにしか見えなかった。
だから俺も、いつもの通り顔をしかめて無愛想に言葉を返すことを選んだ。
「……確認というか、心底自分に見とれているように見えたんだが」
「確認の過程でそういった事態が発生するのは仕方のないことだ。
何しろこの僕の美しさは――」
「それは分かったからいちいち説明するな」
「……分かった、とは?」
言葉を遮られていささか不満そうにこちらを睨んでくるが、
今日はすでに何度も長台詞を聞かされていい加減にうんざりしている。
だから俺は大した考えもなく軽口を返した。

「貴様のとりえは顔だけだということだろう」
そう言った途端、奴の顔色が変わった。しまった、と俺は思う。
本人が自分で口にしたこととは言え、他人が踏み込んではいけない領分というものがある。
俺はそれを侵した。
軽率だった。一度口にしてしまった言葉を取り消すことなど、誰にもできはしないのに。
奴は怒りに唇を震わせ、言葉をほとばしらせた。

「顔だけとは何だい!? この僕の体は爪の先、髪の一筋に至るまで全てが美の極み!
全身のバランスだって申し分ない! 神が生み出した奇跡とも言うべき存在だよ!?
断じて顔だけなどでは――!」
ああ、こいつの話を聞いていると本当に頭が痛い。

83718-649 チンコ見られた!:2010/04/16(金) 20:45:26
800 名前:801名無しさん[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 04:07:51
   |
   |A`) ダレモイナイ・・ロシュツスルナラ イマノウチ
   |⊂
   |

         (  ) ジブンヲ
         (  )
         | |        +。
           * ヽ('A`)ノ *゚
          +゚   (  )   トキハナツ!!!
              ノω|

801 名前:801名無しさん[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 04:08:01

<●><●>

802 名前:801名無しさん[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 04:18:40
 ('A`) ミナイデェェェェ
 (ヽノ)
  ><



ごくごく普通のスレで、深夜にたまたまこういう流れに
なったのに遭遇して笑い萌えたことがあるw
たぶん最初に露出AA貼った人は

  _[警]
   (  ) ('A`)
   (  )Vノ )  ショデハナシヲキコウカ・・・
    | |  | |

こういうレスがつくのを期待してたんだろうに、
まさかガン見されるとはw

83817-499 指舐め:2010/04/22(木) 18:30:26
古いお題ですが、書いたはいいが規制にあって&未だ規制されてるのでここに昇華させてください。


僕が子供の頃、近所にケーキショップがあって、いい匂いをいつも漂わせていた。
甘いもの好きの僕は、毎日のようにショーウィンドウから店内を眺めていたものだ。
奥でケーキの飾り付けをしているのを見て、僕も将来あんな仕事につきたいと思ったのもこの頃。
飾り付けをしている人の指示で厨房をせわしなく動いている人がいる。
ああいうのはやだな、と子供心に思ったっけ。今だから分かるけれど、彼は見習いの若いパティシエだった。
ある日、いつものように店の前に行くと、その日は見習いの彼一人だった。準備中らしく、客もいない。
僕を見かけると、彼は微笑んで、おいでと言うように手招きした。
言われるままに店の中に入ったのはいいが、母親がいる時と違って一人なので少し心細くなる。
「君いつも見てるよね。ケーキ好きなんだ」
僕は答えに困った。もちろん好きだけど、食べるのが好きみたいに思われてる気がした。
そうじゃなくて、作ることに興味があるのに。子供だから上手く言えない。
「今誰もいないから、ちょっと待ってて」
そう言うと彼は、奥から大きめの瓶を持ってきた。琥珀色の何かが入っている。
ふたを開けて、指でひとすくいそれをとると、僕の口元に寄せた。
「ハチミツ?」
「メープルシロップ。それも極上の奴。昨日仕入れられたんだ。舐めてごらん」
少し行儀悪いな、と思いつつも鼻をくすぐる甘い香りに耐え切れず、彼の指を口に含んだ。
濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。虫歯が痛んだけど、それも気にならないほど素晴らしい。
僕は味がしなくなるまでずっと彼の指を舐めていた。
「甘くて美味しいね。でも高いんだろーな」
「そりゃあね。でもいつも見にきてくれるから、特別に君だけ」
そして彼はかがんで僕の口に人差し指をあてた。
「誰にも言っちゃダメだよ。僕らだけのヒミツだ」
ヒミツという言葉が何となく大人っぽくて、嬉しくて頷いた。

今、僕はパティシエ見習いとしてその店で働いてる。
極上のメープルシロップの味を教えてくれた彼の元で、いろんな甘いものに囲まれて。

83918ー689 長年の同居人が人外だと今知った1/2:2010/04/23(金) 20:31:16

パキッ

猫缶を空ける音で、俺は目を覚ました。
窓を見る。きらきらと浮き上がる埃の向こうにやや傾いた日が見えた。
俺はひとつ欠伸をするとベッドを降り、よたよたとリビングに向かった。

「おー、起きてきた。食事の気配にだけは敏感なんだね」
「うるせぇ」
「今日はちょっと高いやつだよ、ほら」
「ほらじゃねぇよ。横着してないで皿に出せ」
「えー」
「缶のまま食うなんて畜生のやることだろうが。一緒にすんな」
「……それは俺に対する挑戦?」

そう言う奴の背後には、空になった焼き鳥缶とフォークが転がっていた。
俺はため息をつきつつ、奴の使ったフォークを再利用した。



「なぁ」
「ん」
「原稿どんくらい?」
「あとちょっと」
「人間って大変だよな。かまえよ」

机に向かう奴の背に、べたりと寄りかかった。
奴は器用に、後ろ手で俺の頭を撫でる。違う、そういうのじゃない。
俺は這うようにして、あぐらをかいた脚の間に上半身を割り込ませた。

「もうちょっと」
「お前のちょっとは長い」
「何百年も生きてたら大概のことは『ちょっと』にならない?」
「ならない」

奴はふっと苦笑して、俺の体を引っ張り上げた。ぎゅう、と抱きしめられ溶けそうな気持ちになる。

84018ー689 長年の同居人が人外だと今知った2/2:2010/04/23(金) 20:32:43

「よしよし」
「ガキ扱いすんな。お前の何倍生きてると思ってんだ」

こう言うと決まって、奴が困ったような顔で口をつぐむことを俺は知っている。
年功序列はこの国の守るべき伝統だ。人間の若造風情が少しでも調子に乗りそうな時は、こうしてぴしゃりと押さえつけることにしている。
が、今日は少し勝手が違っていた。

「じゅうぶんのいち、ぐらいかなぁ?」

奴が珍しくとんちんかんな答えを寄越してきたのだった。
冗談にしても悪趣味だ、何千年も生きるような人間があるか。

「は?何をふざけ」

ているのだ、とは続かなかった。
奴の目がやや獰悪な光を帯びながらにぃっと笑う様子に、感じたことのない躊躇をおぼえたからだった。

「今日でちょうど15年だし、そろそろネタバラシといきますか」

奴はそう言うと、すうっと息を吸い込んだ。
みるみるうちに奴の頭が狐の顔にすげ変わる。

元のままの声で「こん♪」とおどけてみせる奴に、俺はすっかり言葉を失ってしまった。

「おかしいと思わなかったの?人間ってもっと年取るの早いんだよ」

嘘だろ。

嘘だろ……

「ごめんね、年下をからかうの大好きなんだ」

ショックに垂れて震える耳を、奴の肉球がやさしく撫でた。

841萌える腐女子さん:2010/05/09(日) 20:51:29
新まとめスレへ移行します
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/13789/
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