したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

0さん以外の人が萌えを投下するスレ

2244-779 ギタリストとピアニストの恋 1/2:2006/02/07(火) 23:38:56
音楽をやっている奴には、ぶちキレたのが多い。理性に関係ない部分の脳ミソが発達しているせいだろう。
中野はそんなぶちキレた人間の中でも、十指に入るぶちキレ男だ。
まず出会いがひどい。
「THE☆複雑骨折」というコミックバンドみたいなジャズバンドの助っ人ピアニストだったこの男、ステージに立ってリーダーが客にしっとりと挨拶した直後、金切り声と社会がクソだという主張が「イケてる音楽」とカンチガイした霊長目ヒト科ダミゴエロッカーモドキどもがステージに乱入し、マイクを奪って中指立てて「グオー!」と叫んだ瞬間、いきなりそいつの頭をビール瓶でかち割った。
俺は顎が外れかけた。
対バン相手として楽屋で挨拶を交わした時に見た顔は、どちらかと言うと大人しい、お坊ちゃま風情のある美青年だった。
それがビール瓶だ。そんなもんで殴ったら、普通死ぬ。だから普通はしない。それをやりやがった。自動販売機でジュース買ってた時と同じ表情で。

ロッカーモドキとその日登場予定のバンドマン、そして客をも巻き込んだ大喧嘩の後、警察で腫れた顔を押さえて事情聴取の順番を待つ俺の横で、びりびりに裂けたシャツの上から毛布を羽織った中野は「ふふふ」と笑った。
何がおかしいんだと睨んだら、「君、横顔がグールドに似てるな」と言ってまたおかしそうに笑った。
グールドだかぐるぽっぽだか知らないが、この状況でよくそんなことを言えるもんだ。
呆れる俺の顔を見て、中野はまた笑う。白いこめかみから頬まで、赤黒く乾いた血が毒々しい花のように貼り付いていた。
こいつとは二度と会いたくないと思った。


二度目の出会いも、やっぱり警察だった。
あの騒動のあったライブハウスで、支配人のおっちゃんと世間話をしていた際、かかってきた電話に出たおっちゃんが変な顔で俺を振り返った。
「……たぶん君のことだと思うんだけど」
そんな台詞と共に差し出された電話に出ると、相手は刑事だった。
取調室にいた中野は、机に胸から上を伏せてぐったりしていた。
26歳――なんと年上だった――住所不定、無職、自称演奏家。
ダメ人間の典型のようなプロフィールの中野は、「他に名前を覚えている人がいないから」という理由で、苗字しか知らない俺を身元引受人に指定しやがったのだ。
中野は、ホームレスと一緒に飲んで歌って騒いでいたのが、ホームレスの一人が元シャブ中患者で、フラッシュバックを起こして中野を人質に刃物を振り回して暴れたあげく、近くに止めてあった車を盗んで走ったら案の定ガードレールに突っ込んだのだという。
この事件に関する中野の感想は、「びっくりした」の六文字だけだった。
こいつには関わりたくないと思った。

思ったんだ。
思ったのに、足をねんざして動けない中野をおぶって歩くうちに、その背中の軽い痩せた体のかすかなぬくもりを感じているうちに、思ったより低い、驚くほど美しい声で歌う「ジュ・トゥ・ヴ」を聞いているうちに、催眠術にでもかかったのか、俺は中野を連れて自分のアパートに戻り、風呂に入れさせて、ビールを飲ませて、同じ布団で眠ってしまった。
朝起きて中野がいないことを知ると、俺はほっとすると同時に寂しくなった。
20分後、財布から福沢さんが一人消えていることに気付いて、その寂しさは吹っ飛んだ。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板