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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第六章
1
:
◆POYO/UwNZg
:2020/03/27(金) 20:10:47
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?
遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。
ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!
世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!
そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。
========================
ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし
========================
339
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/10/22(木) 09:22:32
「おう、そっちはもう片付いたかい?」
不意に、傍らで声がする。見れば『真理の』アラミガがいつの間にかパーティーのすぐ近くに佇んでいた。
なゆたはあっと声を上げた。ジョンやシェリーにかまけて、アラミガのことを完全に忘却していた。
そして、アラミガがずっと引き付けていた相手のことも。
「アラミガ……マルグリットは!?」
慌てて訊ねると、アラミガはオープンフィンガーグローブの右手親指でちょいちょいと広間の一角を指した。
50メートルほどの距離を置いて、マルグリットとさっぴょんが立っている。
「……ブレイブハンターは敗れ、ブラッドラストの呪いも消失した。
さすがはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……これしきの窮地を脱するは容易い、と。
無念なれど、此度の闘いは貴公らに預けましょう」
「もう、ここにいる意味はないわ。今日のところはそちらの勝ちとしておきます。
けれど……忘れないで頂戴。私たちマル様親衛隊は、まだ本気を出したわけではないのだから。
接待プレイはおしまいよ、次に会ったときには――本気で潰します」
マルグリットが静かに告げ、さっぴょんが怒りに燃えた眼差しでなゆたたちを見据えながら唸る。
気を失っていたきなこもち大佐とシェケナベイベも目を覚ましたらしく、ふらふらと立ち上がってさっぴょんの隣に並ぶ。
「かたがた、くれぐれもお忘れになられぬよう。
我らが賢師、大賢者ローウェルの思し召しこそがこの世界の唯一なる真理、絶対の正義。
貴公らが師兄の走狗となる限り――私は幾度でも貴公らの前に立ち塞がりましょう。
……『真理』の賢兄も。賢師の御意思に反することの意味、充分にお考えを」
「あいよ」
マルグリットの警告にも似た言葉を、アラミガが右手をヒラヒラと振って受け流す。
「――されば。御免」
ぶぉん、とマルグリット達の背後に『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』が現れる。
マルグリットとマル様親衛隊は、すぐに空間の向こう側へと姿を消した。
最大の脅威とも言うべき相手が撤退したことで、この場にアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の敵はいなくなった。
アラミガがう〜ん、と伸びをして首をゴキゴキ鳴らす。
「さてと、これで俺も御役御免ってワケだ。
そんならここらでおいとまさせて貰おうかね……んじゃま、またのご用命をお待ちしております……ってな」
アラミガがバロールから受けた依頼は『なゆたたちの作戦の邪魔をする者の排除』だった。
それが達成された今、ここに残る意味もないということなのだろう。
なお、ゲーム内の設定では依頼達成したアラミガをその場で再雇用はできない仕様である。
あばよ、と軽い挨拶だけを残して、アラミガもまたいずこかへと去っていった。
アラミガが退場するのを見送ってから、なゆたは改めて仲間たちを見回す。
「……フリントはキングヒルへ連れて行こう。帝龍と同じように。
エンバース、フリントを運んでくれる?」
エンバースの方を向き、そう提案する。
だが――エンバースがロイを拘束しようとした瞬間、
びゅおっ!
ロイが豁然と目を開く。
重症を負い、ずっと気絶していたのが嘘のように、ロイはハンドスプリングで一気に起き上がった。
60kg以上の装備を纏ったままハンドスプリングとは、ブラッドラストを差し引いても驚異的な身体能力と言わざるを得ない。
「フリント……!」
たたッ、と身軽にステップを踏むと、ロイは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと距離を取った。
その背後には、紅く明滅するアニマコアがある。
「どいつもこいつも甘ちゃんだな……。貴様らが呑気に喋っている間に、体力は回復させてもらった。
しかも……オレを殺さないだと? 舐められたものだな。
生きている限り、オレは貴様らを狙うぞ……」
表情のない淡々とした様子で、ロイはそう『異邦の魔物使い(ブレイブ)』へ言い放った。
どうやら、とっくに気絶から覚醒していたらしい。
「それに。貴様ら、本当にこのレプリケイトアニマから無事に逃げられると思っているのか?
一巡目にあったこの魔法の欠点を、ニヴルヘイムの連中が放っておくとでも――?」
「……どういう意味……?」
スマホを構え、レイド級から元に戻ったポヨリンを足許に従えながら、緊張した面持ちでなゆたが問う。
「このレプリケイトアニマは、アニマコアを破壊した5分後に消滅する。
中に入っている者ごとな。例えこいつを止められても、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は確実に葬り去る――
そいつがクライアントの狙いだ」
一巡目のレプリケイトアニマは、アニマコアを破壊してから崩壊するまでの間にある程度の時間があった。
だからこそ最深部の大広間から最初の突入口まで戻って脱出することができたし、
寄り道してヴィゾフニールを回収することもできた。
だが、今回の猶予は5分。
それではヴィゾフニール奪取はおろか、突入口への撤退すらままならないだろう。
340
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/10/22(木) 09:23:00
「ご……、5分ですって……!?」
なゆたは戦慄した。
これが事実なら、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はこの巨大ドリルへ突入した時点で詰みだった、ということになる。
例えばスペルカードや体力がフル充電済みの場合なら、
バフを盛りに盛ったゴッドポヨリンの一撃で壁に穴を開けられたかもしれない。
だが、今はダンジョンの魔物たちやマルグリット、マル様親衛隊、そしてジョンとの連戦を経て、全員疲弊しきっている。
まともなスペルカードもない、この状況では5分以内に脱出など到底不可能だ。
アニマコアを破壊せずに脱出すれば制限時間はないが、もう間もなくこの巨大なドリルは霊仙楔へ到達してしまう。
そうなれば、どのみち世界はおしまいだ。
「……なんてこと……!」
文字通り、万策尽きた。せっかくジョンを助けたというのに、すべては最初からニヴルヘイムの思う壺だったのだ。
《やむを得ない! 明神君、ここはみんなでジャンケンして、負けた者が残るというのはどうだろう!》
バロールが人情を度外視した提案をしてくる。
だが、実際問題それくらいしか方法は思いつかなかった。
誰かがこの場に残り、他の皆がヴィゾフニールを手に入れたことを確認してから、アニマコアを破壊する。
ヴィゾフニールのスピードなら、5分以内にレプリケイトアニマから脱出することも可能だろう。
だが。
ここで犠牲に出来る人間なんて、誰もいないのだ。
「……ク……、ククッ……ハハハッ、ハハハハハハ……」
狼狽する『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を見て、ロイが嗤う。
「……いいザマだな。飛空艇が欲しいからと、後先考えず飛び込んできた末路がそれか。
笑えるな……大切な者のために、危険を顧みず遮二無二進む……。
それは、まるで――」
ロイはミリタリーグローブに包んだ右手で顔を押さえながら、肩を震わせた。
「……まるで……どこぞの愚か者と同じじゃないか……」
親友が妹を手にかけたと知った。苦しみから救うために、その手を汚したのだと。
自らの優しさと罪悪感によって苦しむ親友をいつか救い出そうと、ありとあらゆる手段を試した。
そして――どうしようもなく、間違えてしまった。
「ジョン。いい仲間を持ったな……。
もう、ひとりぼっちで……オレやシェリーがいなければダメだった頃のお前は、いないんだな……。
……ああ、それは……いい。安心した……」
よろ、とロイは身体をふらつかせ、アニマコアに凭れかかった。――その口許から血が溢れる。
ロイは体力を回復などしていなかった。その証拠に、ロイはブラッドラストを使っていない。
驚異的な精神力で、身の内の呪いを制御している。
「行け……、ジョン……。
そいつらと……この世界を、救いに……。
……そして……お前の……喪った、二十年の月日を……取り戻して、こい……」
ゆら、と震える右手の人差し指でジョンをさすと、ロイはそう言った。
「その、焼死体が……状況を、一番……よく、理解しているらしいな……。
オレは、ここに残る……。15分やる、その間に……ヴィゾフニールの、格納庫前に……行け……」
ロイが犠牲になれば、確かにアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はヴィゾフニールを手に入れ、
安全にレプリケイトアニマから脱出することができる。
だが、それは言うまでもなくロイの死を意味している。
パーティーが逡巡すると、ロイはショルダーホルスターからコンバットナイフを抜き、目にも止まらぬ速さで投げつけてきた。
カッ! と音を立て、ジョンの足許にナイフが突き立つ。
「早く、行け……!
グズグズしている場合か、このレプリケイトアニマが……霊仙楔に達してもいいのか!」
ごふ、と血を吐きながら、ロイは叫んだ。
「……オレは……人を殺し過ぎた。それが正しい道だと信じて、ジョン……お前を救える唯一の道だと、信じて……。
だが……少し、疲れた……。ジョン、お前がもう……オレやシェリー以外の者たちと歩いていけるのなら……」
もう休ませてくれ。
そう、ロイの眼が言っている。
なゆたは唇を強く噛み締めた。拳をぎゅっと握り、心の中にこみ上げる感情を無理矢理に抑え込む。
「……行こう、みんな」
割り切れない思いを無理矢理に振り払うと、なゆたは踵を返した。
ロイは敵だった。目的のため多くの無辜の民を殺めた、許しがたい存在だった。
――だが、悪ではなかった。ロイは徹頭徹尾ジョンの救済のために行動し、戦い、
そして――その成就を見、すべてのけじめをつけるために死のうとしている。
ロイの気持ちを無駄にすることはできない。
ジョンが大広間から去ろうとすると、ロイは最期の力でジョンの名を呼んだ。
「ジョン!」
そして。
「……じゃあな……オレの友達」
血まみれの顔をそれでも笑ませて、ロイは右手の親指を立ててみせた。
341
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/10/22(木) 09:23:31
「ここがヴィゾフニールの格納庫ね……」
レプリケイトアニマ最深部に位置する大広間を出た一行は、退却路の途中にある格納庫前に来ていた。
一見すると壁しかない行き止まりのようだが、ゲーム内のレプリケイトアニマと同じなら格納庫はここで間違いない。
アニマコアが破壊され、全体の崩壊が始まると同時にフラグが立ち、壁が開いて格納庫に入れるようになるというわけだ。
スマートフォンの時計に目を遣る。ロイの指定した15分まで、あと1分。
「みんな、格納庫の扉が開いたら、ダッシュで乗り込むよ。
――10秒前。9、8、7、6――」
カウントダウンが進んでゆく。本当に、ロイは約束を守るのだろうか。
今更大広間に戻っている時間はない。ロイがアニマコアを時間通りに破壊してくれるかどうかは、賭けだった。
もしロイがニヴルヘイムとの契約を優先し、ジョンとの約束を反故にしたなら、アルフヘイムが滅ぶ。
しかし――
「……ゼロ!」
なゆたがカウントダウンを終える。
同時に眼前の壁が鳴動したかと思うと、それはゆっくりとシャッターのように上方へと開いていった。
その先には、ファンタジーRPGの世界観にそぐわない、いかにも近未来風の格納庫が広がっている。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの前方に、広々とした格納庫の中央に鎮座する流線型の飛空艇が見えた。
黒を基調に紅い部分塗装が施されたカラーリングの、飛竜を模した翼のある船。
強襲飛空戦闘艇・ヴィゾフニール。
伝説の神鳥の名を冠した、バロール渾身の高速飛空船である。
「あった……!」
なゆたは一目散に搭乗用のタラップを駆け上がると、ヴィゾフニールの内部へ入った。
飛空艇の内部はちょっとしたクルーザーくらいの広さで、中央の作戦室にはソファなどの調度が配置されている。
すぐに船内前部のコクピットに取りつくと、なゆたはコンソールを見て軽く気圧された。
「これ、どうやって動かせばいいの!?」
なゆたに飛空船を動かす知識などもちろんない。他の仲間たちにしてもそうだろう。
操縦席はすべてタッチパネルのようになっており、操縦桿などの類は一切見当たらない。
ゲームの中では手に入れた後スマホの液晶画面をスワイプするだけで自由自在に動かせたが、現実世界ではそうはいかない。
せっかくヴィゾフニールに辿り着いても、操縦できないなら意味がない。
レプリケイトアニマ消滅まで、あと3分。一刻の猶予もなかった。
焦りばかりが募ってゆく。だが、
《なゆちゃん、スマホや! コンソールにクレイドルがあるやろ、そこにスマホを挿したって!》
「クレイドル!? ……これかぁ!」
みのりの声が飛ぶ。
言われるまま操縦席を見れば、無数のパネルの中央にこれ見よがしにスマートフォン用のホルダーがついていた。
すぐさまなゆたは自分のスマホをクレイドルにセットした。その途端、フォォ―――ン……という起動音が響き、
コンソールをはじめとして艦内の照明が灯ってゆく。
ヴィゾフニールが起動した証拠だ。
《起動承認(アクセプト)! 後は簡単、スマホの音声入力で動いてくれるはずやわ!
もう時間があらへんで! はよ脱出や……なゆちゃん、やり方は分かっとるやろね!?》
「オッケー、みのりさん!
『咆哮砲(ハウリングカノン)』――発射準備!」
操縦席に座り、シートベルトを締めてスマホに命令する。
ゲームの中のやり方のままでいいなら、後の展開は充分すぎるほど分かっている。
「みんな、用意はいい!? 行くわよ!」
全員が搭乗し、扉がロックされたことを確認すると、なゆたは高らかに叫んだ。
「――『咆哮砲(ハウリングカノン)』、発射! て――――――ッ!!!」
キシャオォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!
飛竜の頭部を模した船首の口が開き、名の通り竜の咆哮にも似た轟音と共に砲が発射される。
強襲飛空戦闘艇ヴィゾフニールの最大兵装『咆哮砲(ハウリングカノン)』。
限界まで圧縮、収束した超高密度の魔力塊を同じく魔力によって発生させた電磁誘導で高速射出するという、
いわゆるレールガンの理論を用いた兵器である。
その破壊力はミスリルゴーレムの上半身を消し飛ばし、レイド級モンスターに甚大なダメージを与えるほどだ。
『咆哮砲(ハウリングカノン)』の撃ち出した魔力の砲弾がレプリケイトアニマの内壁に着弾し、大穴を開ける。
あとは、そこから脱出すればいいだけだ。
「ヴィゾフニール、発進!!」
なゆたが間髪入れずに声を張り上げる。
ヴィゾフニールは一瞬ふわ……と浮き上がると、次の瞬間には船体後部のバーニアを噴射させてレプリケイトアニマを脱出していた。
342
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/10/22(木) 09:24:40
「レプリケイトアニマが……」
脱出に成功したヴィゾフニールの眼下で、レプリケイトアニマが崩壊してゆく。
ドリルの一部が崩れ、剥がれ、そして地面に落ちることなく消えてゆく。
その巨大さに見合わない微かな倒壊の音を響かせながら、螺旋回天はゆっくりとアルフヘイムからその姿を消した。
「…………」
告げるべき言葉は、何もない。
かつてシェリーを喪い、そして今度はロイを喪い。
大切な存在を永久に喪失してしまったジョンの胸中は、察するに余りある。
だから――何も言えない。
今はただ、沈黙だけがジョンの心を癒す帳となるだろう。なゆたはそう思った。
が、いつまでも喪に服し、進むべき道の途中で立ち止まっている訳には行かない。
世界を救うためには、すぐに次の行動に移らなくては。
《みんな、無事にヴィゾフニールを手に入れられたようやね〜。
……その、ジョンさんは……お悔やみ申し上げますとしか言えへんけど……。
あかんなぁ、うち、こういう空気は苦手やわ……》
船内の天井近くに設置された大きなモニターに、片目に眼帯をつけたみのりの顔が映し出される。
日頃は飄々としているみのりも、さすがにジョンが大切な人を喪ったとあってかける言葉がないらしい。
しかし、だからといって次の指示をしないわけには行かない。
みのりはこほん、と咳払いをした。
《つらいやろけど、これが世界を救うってことなのかもしれへんね。
いろんな犠牲を乗り越えて、それでもうちらは前へ進まなあかん……。
気ぃ取り直して……っちゅうのんはすぐには無理かもしれへんけど、元気出していかなあかんよ。
ちゅうことで、次の行き先。ヴィゾフニールも手に入ったし、予定通り聖都エーデルグーテへ行っておくれやす〜。
ジョンさんのブラッドラストを解く必要はななったけど、教帝オデットとプネウマ聖教の協力は取り付けたいよってなぁ》
現場がどういった状況であっても、任務遂行のための指令を下すのがみのりの役目だ。
次の目的地は、アルフヘイムの世界宗教であるプネウマ聖教の聖地、万象樹ユグドラエアのある聖都エーデルグーテ。
そこで十二階梯の継承者のひとり『永劫』の称号を持つ教帝オデットと面会し、共闘を持ちかける。
ただし、以前はオデットの弟弟子であるマルグリットのツテで面会を――という話になっていたが、
マルグリットと袂を別った今はオデットに取り次いでもらうルートも何もない。
バロールの遣いで、などと言おうものなら逆に警戒されるだろうし、
一からオデットに謁見するための方策を練らなければならない――
と、思ったのだが。
《ちょぉぉーっと待ったぁぁぁぁ!!!!》
みのりの横から突然バロールが顔を出す。
いきなりバロールに画面へ割り込まれたみのりは、左に半分ずれながら眉を顰めた。
《ちょ、お師さん? 何ですのん?》
《予定変更! ジョン君の呪いは解けたんだろう? なら、エーデルグーテは一旦後回しだ!
君たちにはそのまま、風渡る始原の草原へ行ってもらいたい!》
「風渡る始原の草原……って……。
あの、シルヴェストルの?」
なゆたが聞き返す。
風渡る始原の草原。アルフヘイムの南東に位置する、世界でも最も旧き地のひとつ。
アルフヘイムに吹く風のすべてを生み出しているという神代遺物『始原の風車』を擁する、シルヴェストル生誕の地である。
「なんでまた……?」
《ああッ、まったく! あいつめ、あれほどもう少し待ってくれってお願いしたのに!
私は兄弟子だよ!? それが『元』であってもだ! 普通、もうちょっとこう……敬ってくれたっていいだろう!》
画面越しにバロールがゆるふわミルクティ色の髪を掻き毟っている。
普段はなんでもお見通しのような余裕の表情を崩さないバロールが、珍しく取り乱している。
《お師さん、落ち着いとくれやす。そない言わはっても、うちらちんぷんかんぷんえ?
エーデルグーテに行ってもらう手筈やったのに、突然風渡る始原の草原とか――…あっ!!》
バロールの急激な作戦変更はみのりにとっても寝耳に水だったらしく、当然のように説明を要求する。
が、すぐに何か心当たりがあったのか、口許に右手を添えて大きな声を上げた。
343
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/10/22(木) 09:25:17
《お師さん、まさか……!》
《そうだよ。オデットの他に、もうひとり。こちらの味方につけようとしていた『彼』が動き出してしまった。
止めなければ……取り返しのつかないことになる!》
みのりとバロールはヴィゾフニール班そっちのけでどんどん話を先へと進めてしまう。
パーティーが説明を求めると、バロールはやっとエンバースたちに気付いて顔を画面へと向けた。
《失敬、取り乱してしまった。
実は私とみのり君は来たるべきニヴルヘイムとの決戦のため、各国各勢力に同盟を持ちかけていてね。
オデットに会いにエーデルグーテまで、というのもその一環だったんだが……。
そのうちの一勢力が、同盟締結前だというのに勝手に動き出してしまったんだ。
『彼』の力は強大だ……是が非でも我が陣営に引き入れたい。『彼』が風渡る始原の草原を戦火に包む前に。
君たちには、それを何としても阻止してもらいたい! それが次のミッションだ!》
「待って、バロール。
それは構わないけれど……『彼』って?」
ヴィゾフニールの操作をオートモードに変更し、コクピットを離れて仲間たちのところへやってきたなゆたが小首を傾げる。
《そうだ、言い忘れていた。
彼は――かつて数十万の大軍団を擁し、この世界に覇を唱えんとした男。
魔剣の主。狂飆と共に歩む者。十二階梯の継承者、第七階梯――》
バロールは荘重に頷くと、
《『覇道の』グランダイト》
と、静かにその名を告げた。
『覇道の』グランダイト。
十二階梯の継承者の中でも屈指の武闘派として知られる男。
野心高く性傲岸な人物で、アルメリア王国の将軍位から突如として叛旗を翻し、一軍を率いて出奔。
瞬く間にアルメリアをも凌駕する大軍団を築き上げ、世界制覇に着手した『覇王』である。
ゲームでは中盤の大ボスとして、プレイヤーはずっとグランダイトの軍勢を敵として冒険をすることになる。
今まで相手してきた敵とは一線を画す強さと、覇王を名乗るに相応しいその王器は、多くのプレイヤーにインパクトを与えた。
『一番苦戦したボスキャラは?』という話題でも、いつも必ず名前が挙がるほどの知名度を有する、
まさに『プレイヤーの宿敵』。
バロールはそんな男にニヴルヘイムに対抗するための同盟を持ちかけていたらしい。
《十二階梯の継承者は一枚岩じゃない。アラミガといいオデットといい、中立を貫いている者もいる。
グランダイトもそのひとりだ。彼は自分の欲望に忠実だからね……彼の望むものを与えれば、必ず手を貸してくれる。
そう踏んでいたんだが……》
グランダイトは風渡る始原の草原にある、あるものを欲している。
バロールはまず最初に風渡る始原の草原にいる風の精霊王に渡りをつけ、グランダイトの欲するものを手に入れ、
その後でグランダイトに交渉を持ちかけるつもりでいた。
だというのに、その計が成る前にグランダイトが風渡る始原の草原へ進軍を開始してしまった。
これでは、シルヴェストルとグランダイト双方と縁を持ち同盟を組もうとしていたバロールの目論見は台無しである。
「シルヴェストルとグランダイトの軍が激突して、両方が損耗しないように。
グランダイトの侵攻を止めるのが、次のクエスト……ね。
その上で、あわよくばわたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が両方と同盟を締結できれば、って感じ?」
《ご名答!》
なゆたの言葉に、バロールは嬉しそうにフィンガースナップを鳴らした。
だが、それは言うほどに簡単なことではない。
ブレモンのプレイヤーならば誰でも知っていることだが、グランダイトは苛烈極まりない性格である。
覇王を自称するだけあって誇り高く、武門の誉れを第一に重視する武人であり、虚言や策謀を好まない。
その強さも折り紙付きだ。十二階梯の中では第七階梯と中の下ではあるが、
継承者たちの序列はイコール強さではない。
自身の武力、王器、覇気のみを恃みとし、佞言を寄せ付けない――それが覇王。
畢竟、半端な覚悟で面会したとしても待っているのは破滅というわけだ。
しかし、だからといって交渉を避け放置しておくわけにも行かない。
特に、グランダイトが侵攻しようとしている風渡る始原の草原はシルヴェストルの地。
カザハにとって縁浅からぬ土地であろう。それは守らなければ。
「……分かった。じゃあ、進路を風渡る始原の草原へ。
みんな、いい? 次のクエストは『覇道の』グランダイトとひと勝負よ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
ロイの死を乗り越え、新たなクエストへ。
なゆたは殊更に気合を入れ、大きく右の拳を頭上へ突き上げた。
344
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2020/10/22(木) 09:28:03
夜になると、ヴィゾフニールを巡航モードに切り替えてパーティーは睡眠をとることになった。
レプリケイトアニマから風渡る始原の草原に行くには、大陸をほとんど横断して反対側へ行かなければならない。
だが、ヴィゾフニールの速度ならだいたい一両日もあれば到着する計算だ。
グランドセイバーや気球ではこうはいかない。馬車で陸路などもってのほかである。
レプリケイトアニマでの戦いは熾烈を極めた。次の目的地に到着するまで、少しでも体力を回復させておかなければならない。
ポーションやエリクサーで肉体の怪我を治癒させることはできても、召喚やデュエルの際の精神消費を回復させることはできない。
使用したスペルカードも、一日の時間を置かなければ再度使えるようにはならないのだ。
幸い食糧ならインベントリに用意していたし、ヴィゾフニールの中にはシャワールームや個別の寝室も用意してあった。
なゆたはシャワーを浴び、仲間たちと夕食を摂ると、即座にベッドに飛び込んで眠ってしまった。
そして。
「……おい……。起きてるか……?」
真夜中。明神の寝室のドアを、ガザーヴァがノックする。
ガザーヴァは漆黒の甲冑を纏わない、ショート丈のトップスにホットパンツという服装で、大きな枕を抱えていた。
「……その。ね……眠れなくて。
は……、入っても、いい……?」
明神から視線を逸らしながら、ガザーヴァは枕で鼻先までを隠し蚊の鳴くような声で言った。
中に入ると、枕を抱いたままでそっと寝台に腰掛ける。
「…………」
ガザーヴァは枕に鼻先を埋めたまま、しばらくむくれたような不満そうな表情で黙っていたが、
「……なんで、ボクは特別じゃないんだろ」
ふと、ぽそり……と呟いた。
「アイツはレクス・テンペストとかいう素質のあるシルヴェストルで。風の精霊王の資格があるんだって。
……特別なシルヴェストルなんだって。
でも、ボクは違う。ボクはパパがアイツに似せて作った、アイツの忠実なコピーのはずなのに……。
なんでアイツは特別で、ボクは特別じゃないんだよ……」
ギリ、と歯を噛みしめる。
「やっと理解できた……、パパが欲しがってたのは、そのレクス・テンペストの力だったんだ。
でも、パパがそれを手に入れようとしたときには、もうアイツは他の誰かのパートナーになってた。
だから……アイツの代わりにボクを造って、レクス・テンペストの力がないか試したんだ」
だが、結果は明神も知る通りだ。
ガザーヴァはレクス・テンペストの力を持たずして生まれ、失敗作の烙印を捺された。
「ボクもレクス・テンペストを持って生まれていたら……パパに愛してもらえたのかな。
いったいどうやったら、ボクもあの力を持てたんだろう。
ねえ、明神……ブレモン詳しいんだろ? いっぱいイベントを攻略してきたんだろ?
教えてよ……。どうしたら、ボクは特別なシルヴェストルになれるルートに進めたんだ?
そのフラグは、いったいどこにあったんだよ……!」
枕を抱き締めたまま、ガザーヴァは明神を見つめて叫んだ。
そんなルートはどこにもない。この世界はゲームによく似て非なる世界。
ガザーヴァがレクス・テンペストを持ち得る可能性など、最初から存在するはずがないのだ。
「どうして……、なんでアイツばっかり……!
あんな根性なしで、弱虫で、人の顔色ばっかり窺ってるようなアイツが!
アイツが特別で! ボクが特別じゃないなんて、おかしいじゃんか……!!」
カザハのコピーであることに大きなコンプレックスを持つガザーヴァにとって、カザハとの力量差だけが唯一の拠り所だった。
レイド級のボスモンスター、ニヴルヘイム最高戦力の一角という自負があったからこそ、
ガザーヴァはカザハへの劣等感に何とか折り合いをつけられたのだ。
しかし、カザハがレクス・テンペストの力を開花させたことで、彼我の実力差はなくなった。
いや、なくなったどころか差をつけられてしまった。カザハが対ジョン戦で見せた強さは、ガザーヴァには真似できないものだった。
だから。
「……ゴメン。オマエにそんなこと言ったって、どうにもなんないよな……。
いい、忘れて。年中ハイテンションなボクだって、たまには落ち込むことだってあるさ。
部屋に戻って寝るよ。……おやすみ」
ハハ、と小さく自嘲を交えて笑うと、ガザーヴァは肩を落とし枕を引きずりながら部屋を出ていった。
そして。
翌日、その姿はヴィゾフニール内から忽然と消え失せていた。
【レプリケイトアニマ崩壊、ロイ・フリント死亡。
強襲飛空戦闘艇ヴィゾフニール入手。
聖都エーデルグーテから風渡る始原の草原へ行き先変更。
幻魔将軍ガザーヴァ、パーティーを離脱】
345
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/10/28(水) 00:45:13
「ん…?」
>「うぇええええええええん!! 良かったよぉおおおおおおお!!」
「カザハ…無事だったのか…でもなんで僕は生きて…?」
>「カザハ君、カザハ君、トドメ刺しにいくなって。肋骨出てんだぞそいつ」
ふと自分の体を見る。
足も折れて変な方向向いてるし、骨も飛び出していた。
「意識し始めたら急に痛みが…いてて!本当に痛い!」
>「怪我をしているって言おうとしたんだけどな。大丈夫か?まだ生きてるか?」
「いてててて!生きてるかどうかで言えばそりゃ生きてるけれど…痛い!!カザハ!いいかげんに離れてくれ!」
>「……おはよ」
「………あぁ…おはよう」
照れくささからか、罪悪感からか…僕はなゆの顔を直視できなかった。
>『シェリーちゃん。ありゃやべえ女だな』
>『ブラッドラストの最終奥義みてえな血の人形すらメスガキムーブしながら瞬殺だもんよ。
ひひっ、お前がいい年こいてもずっと頭上がんねえの分かるわ。すげえ濃いキャラしてた』
「シェリー…?…!そういえば彼女は!どこにいったんだ!?」
周りを急いで見渡す。しかし姿はどこにもない。
>『そんなシェリーちゃんに頼まれたからよ。お前の性根ってやつを、叩き直してやる。
メンタル鍛える特訓をしようぜ。おっと、逃げようなんて思うなよ?
王都で嘔吐するまでお前の訓練に付き合ったこと、俺は忘れてねえからなぁ……!』
明神の一言で確信する。彼女は僕を守る役目をもう終えた事を。
…一言くらいなにか言ってってくれてもいいだろうに…
>『だからジョン、今後ともよろしく。勝手にどっか行こうとすんじゃねえぞ』
>『お前は俺の親友だろうが。俺に……友達を失わせるな』
「すまない明神。君には感謝してもしきれないほどだ…でも僕はロイについていかなくては…ぐっ」
>「話は済んだか?だったらジョン、これを――」「――いや、これだ。これを飲め」
手渡されたのは赤色のポーション
バロール印ではなく入っている瓶にも高級感はない普通のポーション。
まだなにがあるかわからないこの状況で緊急薬は温存しようというエンバースらしい判断だ。
>「言っておくが……死ぬほど痛いから覚悟した方がいい。
なにせその飛び出た肋骨が、急速に体内へと戻っていくんだ」
「さすがにこの状況で文句言うわけないさ。これでも軍人だ、痛みには慣れてる…でもいいのか?僕にこんなもの渡すのは危険が」
>「その重傷は、一本では完治しない。備蓄は幾らでもある――遠慮しないでくれ」
「………ありがとう」
渡されたポーション勢いよく飲み干していった。
346
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/10/28(水) 00:45:30
>『あーっ、早くコアを破壊して脱出しなければ!』
>『やべえ!今何時だ!?イベントバトル中くれえタイムカウント止めとけよクソ運営!』
「…すまない。僕のせいだ。せめて帰り道くらいは役に立って…」
>「慌てる必要はないさ。コアの耐久値はポヨリンさんならワンパンで破壊出来る程度だ。それより――」
その場にいる全員の視線が一人に集中する。当然その先にいるのは…
「まってくれ!たしかに!ロイは許されない事をした!それは事実だ!でも!…でも…お願いだ…ロイを殺さないでやってくれ!!」
>『殺すなら……俺がやる。アイアントラスの虐殺が俺たちを狙って引き起こされたものなら、
俺たちの手で決着をつけるべきだ。俺だって世界ひとつ救うのに手を汚さねえで済むとは思わん』
「明神…!」
僕は素早く立ち上がり、構える。
武器はないし、回復だってし切れてない、そもそもブラッドラストの力を体から感じられない。
でも今ロイを守れるのは僕しかいない。
>「待て、明神さん。それは、やめた方がいい……別に道徳の授業を始めようって訳じゃないけど」
>「ただ……次にブラッドラストの罹患者が出た時も、俺達全員が無事でいられる保証はない」
>「――コイツは、ここに置いていけばいい。どうせコイツを助ける義理なんて、誰にもないんだ」
「待ってくれ!頼む!僕が言える義理じゃないってのは理解している!でも…頼む…ロイを助けてくれ…お願いだ…」
>「……殺さないよ。
明神さん、わたしたちは誰も死なせないで世界を救う。それが味方であっても、敵であっても。
たとえ不可能なことだったとしても……そうしたいっていう気持ちだけは、持ち続けなくちゃいけないんだ。
一度殺してしまえば……きっと。もう、わたしたちはその信念を貫き通せなくなってしまうから」
その言葉を聞いた瞬間――感じた感覚はロイが助かるという感謝――ではなく強烈な違和感だった。
なぜかは分らなかった。ただ…なにかが間違っているように感じた。強烈な違和感を。
なにがおかしいのだろう?僕は一瞬そう思ったが…ロイが助かるならそれでいいと思った。
そんなくだらない事はあとで考えようと…思った。
>「……フリントはキングヒルへ連れて行こう。帝龍と同じように。
エンバース、フリントを運んでくれる?」
「いや、ロイは僕が責任もって運ぶ…大丈夫。傷もだいぶ治った…このくらいなら問題なく運べる」
僕とエンバースがロイを拘束しようとした瞬間。
びゅおっ!
飛んだ。重傷を負い、気絶したはずのロイが僕とエンバースの一瞬の隙を突き、跳躍、距離を取った。
347
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/10/28(水) 00:45:46
>「どいつもこいつも甘ちゃんだな……。貴様らが呑気に喋っている間に、体力は回復させてもらった。
しかも……オレを殺さないだと? 舐められたものだな。
生きている限り、オレは貴様らを狙うぞ……」
>「それに。貴様ら、本当にこのレプリケイトアニマから無事に逃げられると思っているのか?
一巡目にあったこの魔法の欠点を、ニヴルヘイムの連中が放っておくとでも――?」
「ロイ!やめろ!もういいんだ!そんな奴らのいう事なんて聞く理由はもうないだろう!
だから…頼む…いっしょにいこう…ロイ」
「このレプリケイトアニマは、アニマコアを破壊した5分後に消滅する。
中に入っている者ごとな。例えこいつを止められても、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は確実に葬り去る――
そいつがクライアントの狙いだ」
「どうして…どうしてなんだ…」
僕はただ絶望に打ちひしがれるしかなかった。
唯一の希望であるここからの脱出は犠牲者なしにはできない事を聞かされたから…それもある。
でもそれ以上にロイが僕以外を執拗に狙うのか理由がわからなかったからだ。
僕だけを狙ってくれていれば、僕だけを恨んでくれれば…。
>「……ク……、ククッ……ハハハッ、ハハハハハハ……」
>「……いいザマだな。飛空艇が欲しいからと、後先考えず飛び込んできた末路がそれか。
笑えるな……大切な者のために、危険を顧みず遮二無二進む……。
それは、まるで――」
>「……まるで……どこぞの愚か者と同じじゃないか……」
「…いやだ…もうそれ以上言わないでくれ」
ロイがなにを考えているかわかってしまった。
さっき自分がやろうとしていた事だから、わかってしまった。
>「ジョン。いい仲間を持ったな……。
もう、ひとりぼっちで……オレやシェリーがいなければダメだった頃のお前は、いないんだな……。
……ああ、それは……いい。安心した……」
「助けてくれっていってくれ…ロイ」
>「行け……、ジョン……。
そいつらと……この世界を、救いに……。
……そして……お前の……喪った、二十年の月日を……取り戻して、こい……」
「…いやだ…僕は絶対にロイをおいていかない。絶対に!なんでそんな事言うんだ!なあ!ロイ!」
>「……行こう、みんな」
「なんでだよ!?いつもみたいにそこは諦めないって言う所だろ!?まっててくれロイ今俺が…」
なゆは撤退の準備を始める。
いつものおせっかいはどこに行ったのだ?例え世界を天秤に出されても助ける。それが君達なんじゃないのか?
どうしてロイはすぐにそんなに諦めがつくんだ?口では偉そうな事いっておきながら人殺しだから見限ったのか?
所詮は…未成年の掲げる一方的な…上から目線の…深く考えていない曖昧な正義だったのか。
「もういい…君達には頼まない」
僕は…なゆを過大評価しすぎたのかもしれない。
348
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/10/28(水) 00:46:03
「ジョン」
ロイは力なく僕の名前を呼ぶ。今にも消えてしまいそうなか細い声。
「ロイ…もうちょっとまっててくれ今…」
「ジョン」
「黙っててくれ!今は僕は忙しいんだ!」
「ジョン…俺を見ろ」
パニックになった僕を諭すようにロイは僕の名前を呼ぶ。
僕は振り返ってロイを見た。目を、その目から発せられるメッセージを…理解した。
「ロイ…すまない僕のせいで…」
ロイの目はもう真っ赤に染め上がり、僕がいる方向とは違う虚空を見つめていた。
既に目が見えていなかった。僕との戦闘で負った傷もさらに悪化していた。
口では回復したといっていたが…ブラッドラスト発動中は通常の回復を受け付けない。
どれだけ極限状態のブラッドラストによる力が体に負担になるかは僕自身がよく知っていた。
しかも僕と違い、力を完全にコントロールできていないのだろう…ロイはただ借りていただけだ…
力を制御できなければ…飲み込まれるだけだ。今まさに…激痛の中自分の力にロイは文字通り食われているのだ
「僕のせいだ…僕が君を殺すことになってしまった…僕が…全部悪いんだ」
僕がロイを傷つけなければ。僕がロイと戦わなければ…僕が…あの日…シェリーと一緒に死んでいれば…
ロイはこんな非道な道に進むことも…こんな死に方をすることも…なかったはずなのに…
「俺はな…ジョン…自分の意志でこの道を選んだんだ。多くの道がある中で…この道を俺自身の意志で選んだんだ」
喋るのもつらいのだろう。血を吐き出しながら、咳き込みながらゆっくりと喋る。
「初めてなんの罪もない人間を練習と称して殺した時…こうなる事は理解していた…
まともな死に方などできないと…幸せなんて掴めないと…分かっていたんだ」
左腕が崩壊を始める。腕から血の触手が飛び出し、それがまた体に帰る。それを繰り返し少しずつ腕は少しずつ…崩壊し始めていた。
「でも俺は…最後に幸せになれたんだ…ジョン…お前のおかげでな」
「僕は…なにも…してない」
ロイは手招きで僕を近くに呼ぶとまだ無事な右腕で僕を探し、僕の頭をなでる。
「大きくなったなぁ…ああ…本当に大きくなった…」
「ロイ…」
「いいか、ジョン。俺は…自分自身の罪と…罰に裁かれて死ぬんだ。俺が、俺自身が望んで得た罪と罰にな
俺は…お前の貧弱な攻撃なんかじゃあ傷はつけれても殺す事なんてできないさ」
「さて・・・しゃべりすぎたな…少し…疲れた…ほら、さっさといけ、ジョン」
「いやだ!僕は絶対に置いてったりしない!僕もここに残る!」
「まったく…いつまでも手がかかるな…」
バチイッ
ロイは隠し持っていたスタンガンで僕を…
>「……じゃあな……オレの友達」
「自由に…幸せに生きろよ」
僕の意識は闇に落ちていった。
349
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/10/28(水) 00:46:23
気づけば見知らぬ部屋。窓の外は暗くなっており
目の前には食べてくださいという紙に書かれた文字と、料理がおかれていた。
「とうとう夢でも会えなくなったのか…」
いつもきまって僕が気を失うことがあればシェリーがでてきて嫌味の一つでも言っていくのが常だった。
今はそれさえもなく…ただただ静かであった。
「僕は一体これからどうすればいいんだ?」
目の前の食事に手を付ける。どうしようもない喪失感に苛まれても腹は空く。
我ながらなんとも単純なものだ。
食事を終えると、ドアを開け通路にでる。
そこで気づいた…今僕が乗っている物は空を飛んでいる。
なゆ達は当初の目的である飛空艇を手に入れたのだ。それはつまり…
「………ロイ」
名前を呼んでなにが変わるというのだろう。ロイはもう死んだのだ。
僕の原点、僕の目指していた者。僕が本当に欲しかったもの…全て…何一つ…残っていない。
このままの気持ちでこの旅についていくのか?
ブラットラストという力を失い。シェリーを失った事で…僕の身体能力も大幅に低下した。
そしてあまりにも出来事が多すぎた。なゆ達に…みんなに対して夢を持ちすぎていた自分に対して…嫌気が差した。
なゆ達の判断は間違ってなかった。ロイの傷も深く、だれがどうみても助からない傷だった。
その傷を与えたのは僕である事も…ロイのしてきたことが…到底許される事ではない事も…分かってる。
「それでも…僕には…ロイが必要だったんだ…」
いつも通り助けると言うと思ったのに…あっさり見捨てる判断をした事を…僕は絶対に許せないだろう
やっぱりなゆは年相応なのだ。僕が思ってるような英雄ではなかった。年相応に好き嫌いがはっきりしてる…そうとしか思えない。
この旅に同行する理由も、その力も…僕にはもう感じられなかった。
「自由ってなんだ?幸せ?僕の幸せはもうどこにもないのに…シェリーとロイ…二人を殺してどう幸せになれっていうんだ?」
>「行け……、ジョン……。
そいつらと……この世界を、救いに……。
……そして……お前の……喪った、二十年の月日を……取り戻して、こい……」
「僕の20年は…ロイ…君とシェリーがいないのに取り戻しようがないんだよ…」
世界を救う?僕の中の世界はロイが死んだ事によって完全に滅んだのに…なぜ他人まで気を使ってやらなきゃいけないんだ?
むしろこんな世界滅べとさえ思ってしまう僕がおかしいのか?これから自由に生きたとして…人殺しにこの先にどんな幸せがまってるというのか
そこでふとロイの言葉が脳裏を過る。
>「それに。貴様ら、本当にこのレプリケイトアニマから無事に逃げられると思っているのか?
一巡目にあったこの魔法の欠点を、ニヴルヘイムの連中が放っておくとでも――?」
一巡目。そういえばロイが言っていた。いや、王都で盗み聞きをした時になゆ達も言っていた。
二週目がどうだとか…一週目ではなにかがあったとか…
メイドに投げ飛ばされたせいで重要な所は聞きそびれてしまったが…たしかに話をしていた。
重要な部分を聞かなくてもわかる事がある。一週目・一巡目で…そして二週目という単語…普通なら笑い飛ばす推理でしかない。
でも…僕のリアリティのある夢…そして普通の世界ではない…ブレイブ&モンスターズに準ずる世界…異世界である事。
「この世界には…ゲームで言うリセットボタン該当する魔法・技術及びそれに準ずるなにかが可能性がある…!」
あまりにも突拍子もない答え。いくら魔法の世界だってそんな物が簡単に使えるわけがない。
簡単に使えるなら戦争だって起きないだろう。全部なかった事になるのだから
だが両者で奪い合っている。もしくは探している・起動する材料・条件を求めている。その可能性は非常に高い
350
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2020/10/28(水) 00:46:40
この先に幸せがないなら…幸せの可能性がある所まで戻ればいい…!
「なゆ達についていけば…その技術に…近づける」
これは立派な裏切り行為だ。なゆ達のがんばりを全て無に帰す事に他ならない。
それでも…ロイが…どの程度の力かわからないが…もしかしたらシェリーだって…甦らせる事ができるかもしれない。
裏切り行為だからなんだ?なゆ達だってロイを自分たちの為に犠牲にしたじゃないか!
なら僕がなゆ達を犠牲にしてロイとシェリーを蘇らせようとする事をだれが咎められようか!
「…強くならなければ…この旅に付いていくためにも…」
時間の戻し方を今聞いてもなゆ達は答えないだろう。それでもいい。この旅についていけば必ずたどり着くのだから。
僕はいつも通りの自分を演じる。協力だってする。命を懸けて戦おう。それが一番僕の欲しい物にたどり着く一番の近道だとわかっているから。
見つからないかもしれない。そもそも本当は僕が思っている物ではないのかもしれない。
この道は破滅の道なのは間違いない。だからどうした!…もしそこにロイやシェリーがいる可能性がほんのわずかにでもあるのなら…
僕は喜んでこの身を捧げよう。自分の罪と罰を受け入れよう。血にまみれよう。
自由なんていらない。こんな自由なら一生縛られてたほうがマシだ。
「眩しい…もう朝か…みんなが起きてくるまでにまだ時間があるだろうし…体を動かせるようにならなきゃな…」
強くならなければ…この体を今までよりも効率良く動かせるようにならなければ。
この道を突き進もうとする以上、もう一度なゆ達を全員を相手しなければいけない日が必ず来るだろう。
しかもまだまだなゆ達は強くなるだろう…その時…僕の勝てる可能性があるのは…たった一つ。
暗殺だけだ。
「とりあえず今の自分が体をどこまで動かせるのか確認しなきゃ………ん…?」
船の先端。乗るべきじゃないし、今はただでさえ飛行中だ。普通の人間や生物には乗ることができないであろう場所に人影が見える。
よく見る為に目擦る。目をあける。いない。
「くそ…やっぱり疲れてるな…休んでる暇はないが…今だけ…少し休むか…」
次の波乱はすぐそこに来ているという事を…僕はまだ知らなかった。
351
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/11/03(火) 19:08:49
>『やべえ!今何時だ!?イベントバトル中くれえタイムカウント止めとけよクソ運営!』
>「慌てる必要はないさ。コアの耐久値はポヨリンさんならワンパンで破壊出来る程度だ。それより――」
ロイの処遇を巡って一時場は騒然とした。
>「まってくれ!たしかに!ロイは許されない事をした!それは事実だ!でも!…でも…お願いだ…ロイを殺さないでやってくれ!!」
>「殺すなら……俺がやる。アイアントラスの虐殺が俺たちを狙って引き起こされたものなら、
俺たちの手で決着をつけるべきだ。俺だって世界ひとつ救うのに手を汚さねえで済むとは思わん」
>「待て、明神さん。それは、やめた方がいい……別に道徳の授業を始めようって訳じゃないけど」
>「ただ……次にブラッドラストの罹患者が出た時も、俺達全員が無事でいられる保証はない」
明神さんが自分が手を下すと言い、エンバースさんが、ブラッドラストに罹患してはいけないという理由で反対する。
『ごく一部の人間が習得・・・といっていいかは分からないけど自動習得型のスキルでね
代償と引き換えに強大な力が手に入るんだ・・・ジョン君がアジ・ダハーカの首を切り落としたような、ね』
とは以前バロールさんが言っていたこと。
そう、ブラッドラストを習得してしまうのはごく一部の”人間”なのだ。
「そうだよ。君は人間だからブラッドラストに呪われるかもしれない。
言っとくけどエンバースさんもだからね? 今はそんな姿でも元々は人間なんでしょ?」
エンバースさんが自分が殺すと言い出す予感がしたのか先手を打つカザハだったが、その予想は外れたようだ。
>「――コイツは、ここに置いていけばいい。どうせコイツを助ける義理なんて、誰にもないんだ」
>「待ってくれ!頼む!僕が言える義理じゃないってのは理解している!でも…頼む…ロイを助けてくれ…お願いだ…」
「確かに世界を救うのにどうしても手を下したり、見殺しにしたりが必要になる時が来るのかもしれない。
……でも、それは今じゃない気がする。
この期に及んで迎えが来ないってことは……ニヴルヘイム軍から見切りをつけられたんだ。
つまり……生き長らえさせてももうこちらの脅威になることは出来ないと判断された」
ニヴルヘイム軍はまだ使えると判断した手駒は手厚く連れ帰り、裏を返せば使えないと判断したなら容赦なく見捨てる。
その判断は冷徹で合理的で……つまり結構精度が高いんじゃないかと思う。
カザハは最終決定を促すように、なゆたちゃんの方を見遣った。
帝龍も考える余地すらなく助けたなゆたちゃんだ。結論は分かっている。
352
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/11/03(火) 19:10:32
>「……殺さないよ。
明神さん、わたしたちは誰も死なせないで世界を救う。それが味方であっても、敵であっても。
たとえ不可能なことだったとしても……そうしたいっていう気持ちだけは、持ち続けなくちゃいけないんだ。
一度殺してしまえば……きっと。もう、わたしたちはその信念を貫き通せなくなってしまうから」
「なゆ……」
結論はカザハと同じ、しかしそこに至る過程はこの場の誰とも違っていた。
>「おう、そっちはもう片付いたかい?」
>「アラミガ……マルグリットは!?」
マル様と親衛隊は、とりあえず今回は引いてくれるらしい。
マル様達はしれっと『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』で撤退した。
「ど〇でもドーア……! やっぱそれで撤退するとめっちゃ敵キャラって感じするわ!」
>「さてと、これで俺も御役御免ってワケだ。
そんならここらでおいとまさせて貰おうかね……んじゃま、またのご用命をお待ちしております……ってな」
「めっちゃ助かった! 出来ればバロールさんにまたご用命してほしいよ! マジで!」
この人はお金を積めば積むほど強くなるという実に分かりやすいシステムらしい。
――ということはバロールさん、いくらお金を積んだんでしょう……。
……またのご用命は期待できないかもしれません。
>「……フリントはキングヒルへ連れて行こう。帝龍と同じように。
エンバース、フリントを運んでくれる?」
その時、突然起き上がったロイがアニマコアの前に立ちはだかる。。
>「どいつもこいつも甘ちゃんだな……。貴様らが呑気に喋っている間に、体力は回復させてもらった。
しかも……オレを殺さないだと? 舐められたものだな。
生きている限り、オレは貴様らを狙うぞ……」
「時間がない、そこをのいて!」
戸惑う一行に、ロイは衝撃の事実を告げた。
>「このレプリケイトアニマは、アニマコアを破壊した5分後に消滅する。
中に入っている者ごとな。例えこいつを止められても、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は確実に葬り去る――
そいつがクライアントの狙いだ」
「そんな……!」
>《やむを得ない! 明神君、ここはみんなでジャンケンして、負けた者が残るというのはどうだろう!》
明るく非情な提案をしてくる元魔王にカザハがキレている。
353
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/11/03(火) 19:13:09
「こんな時にふざけないで! 元魔王ならど〇でもドーアの一つや二つ出せや!
残ってる攻撃スペルカードを全部ここに置いてって格納庫まで行ったところで発動させるのは!?」
「私が残ってコアを破壊してからカザハにアンサモンで回収してもらうのはどうでしょう!?」
残念ながら距離が離れすぎるとスペルカードの発動もアンサモンも無理だそうです。
右往左往する私達を見て、ロイが笑う。
>「……ク……、ククッ……ハハハッ、ハハハハハハ……」
>「……いいザマだな。飛空艇が欲しいからと、後先考えず飛び込んできた末路がそれか。
笑えるな……大切な者のために、危険を顧みず遮二無二進む……。
それは、まるで――」
>「……まるで……どこぞの愚か者と同じじゃないか……」
>「行け……、ジョン……。
そいつらと……この世界を、救いに……。
……そして……お前の……喪った、二十年の月日を……取り戻して、こい……」
>「…いやだ…僕は絶対にロイをおいていかない。絶対に!なんでそんな事言うんだ!なあ!ロイ!」
>「その、焼死体が……状況を、一番……よく、理解しているらしいな……。
オレは、ここに残る……。15分やる、その間に……ヴィゾフニールの、格納庫前に……行け……」
先ほど、もしもあのままコアを破壊していたら、脱出できずに全員死んでいた。
ロイは私達を逃がすために最後の力を振り絞ってコアの前に立ちはだかったんですね……。
>「早く、行け……!
グズグズしている場合か、このレプリケイトアニマが……霊仙楔に達してもいいのか!」
>「……オレは……人を殺し過ぎた。それが正しい道だと信じて、ジョン……お前を救える唯一の道だと、信じて……。
だが……少し、疲れた……。ジョン、お前がもう……オレやシェリー以外の者たちと歩いていけるのなら……」
>「……行こう、みんな」
ロイの想いを汲んだのだろう、なゆたちゃんが迷いを振り切るように皆に声をかける。
>「なんでだよ!?いつもみたいにそこは諦めないって言う所だろ!?まっててくれロイ今俺が…」
当然諦められるはずはなく、ロイに追いすがるジョン君。
「ジョン君……」
ロイは子どものように駄々をこねるジョン君を、スタンガンで気絶させた。
>「……じゃあな……オレの友達」
>「自由に…幸せに生きろよ」
「君の友達、預かるね……」
354
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/11/03(火) 19:14:44
>「ここがヴィゾフニールの格納庫ね……」
約15分後、私達は格納庫の前まで来ていました。
――馬型に戻った私は、気絶したジョン君を背に乗せています。
>「みんな、格納庫の扉が開いたら、ダッシュで乗り込むよ。
――10秒前。9、8、7、6――」
>「……ゼロ!」
格納庫のシャッターが上がる。ロイは約束を守ったのだ。
なゆたちゃんが操縦席に座り、無事に脱出口を開き発進させる。
>「――『咆哮砲(ハウリングカノン)』、発射! て――――――ッ!!!」
>「ヴィゾフニール、発進!!」
>「レプリケイトアニマが……」
眼下でレプリケイトアニマが消滅していく。
カザハは無言のまま、気絶したままのジョン君を気遣わし気に見ている。
レプリケイトアニマでは色々ありすぎた。しかし、落ち込んでいる暇はない。
>《みんな、無事にヴィゾフニールを手に入れられたようやね〜。
……その、ジョンさんは……お悔やみ申し上げますとしか言えへんけど……。
あかんなぁ、うち、こういう空気は苦手やわ……》
予定通りエーデルグーテに行くように指示を出すみのりさんだったが、バロールさんが突如映像に乱入した。
>《ちょぉぉーっと待ったぁぁぁぁ!!!!》
>《予定変更! ジョン君の呪いは解けたんだろう? なら、エーデルグーテは一旦後回しだ!
君たちにはそのまま、風渡る始原の草原へ行ってもらいたい!》
「えっ、何? よく聞こえなかったんだけど」
カザハが聞こえない振りをしている間に、話は急展開で進んでいく。
>《そうだよ。オデットの他に、もうひとり。こちらの味方につけようとしていた『彼』が動き出してしまった。
止めなければ……取り返しのつかないことになる!》
>《そうだ、言い忘れていた。
彼は――かつて数十万の大軍団を擁し、この世界に覇を唱えんとした男。
魔剣の主。狂飆と共に歩む者。十二階梯の継承者、第七階梯――》
>《『覇道の』グランダイト》
「グランdieトさんそこ攻め込んじゃアカンて! バカなの? せっかく生き返ったのにまた死ぬの!?」
カザハは頭を抱えている。かつて風渡る始原の草原が人間に攻め込まれた時の戦いを思い出しているのかもしれない。
355
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2020/11/03(火) 19:16:27
「覇王の苛烈さはみんな知ってるだろうけど……。
風精王率いるシルヴェストルの一族も……始原の風車を守るためなら容赦はしない。
放っておけば必ず屍の山が築き上がる!」
>「シルヴェストルとグランダイトの軍が激突して、両方が損耗しないように。
グランダイトの侵攻を止めるのが、次のクエスト……ね。
その上で、あわよくばわたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が両方と同盟を締結できれば、って感じ?」
>「……分かった。じゃあ、進路を風渡る始原の草原へ。
みんな、いい? 次のクエストは『覇道の』グランダイトとひと勝負よ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
「レッツ・ブレーイブ!!
…
……
………ジョン君寝かせてくる」
カザハはジョン君を手頃な部屋に連れて行って寝かし、ジョン君は夕食の時間になってもまだ起きなかった。
夕食が終わり、取り分けた食事を持ってジョン君の部屋へ訪れる。ジョン君はまだ寝ていた。
「ジョン君、ボク達は本当に正しいルートに進めたのかな……。君から見れば間違いに決まってるよね……」
ジョン君を呪いから救うことに成功したが、結果的にロイは助からなかった。
ジョン君が目を覚ましたらどんな反応をするだろうか。
今まで通りこの旅に付いてきてくれるだろうか。
「それでも、付いてきてくれると嬉しいな……。ま、ボクもいつまでいられるか分からないんだけどね!
君と斬り合った時に言ったアレ、ハッタリじゃないんだよ? 素性がバレたら追放されるかも!」
《カザハ……》
なゆたちゃんは不殺を誓い、皆も凶悪犯一人を犠牲にするかで逡巡した優しい人達です。そうならないとは限りません。
尤も、風渡る始原の草原ではカザハが死んだことになっているのか、しばらく行方不明扱いになっているのか。
一巡目と同一人物と認識されるのか、別人と認識されるのかも分かりません。
ただ一つ言えるのは、何が起こるか分からないということ。
カザハは静かにジョン君の部屋をあとにし、自分にあてがわれた部屋に戻って眠りにつきました。
――次の日。幸いジョン君は少なくとも見た感じでは普通で、至って平和でした。平和過ぎるのでした。
「妙に静かだと思ったら……騒がしい奴がいないじゃん!
なんだよ〜隠れんぼでもしてんの? 明神さん探しに行ってあげなよ。
出てくるタイミングを失ったら可哀そうだし!」
高速で飛行する飛空艇という密室。まさかガチでいなくなってるとは思いもよらないのでした。
356
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/11/09(月) 04:03:36
赦されざる罪を犯したロイ・フリント。
その処遇をどうすべきか、土壇場で俺たちの意見は割れた。
>「明神…!」
殺すべきだと主張する俺に対し、ジョンが真っ向から立ちはだかる。
開放骨折の傷はおろか、血だって止まってない満身創痍で、それでもロイを守らんと跳ね起きた。
「座ってろよ。そのズタボロの身体で、まだまだ元気いっぱいの俺を止められると思うか?」
ロイを、友達を死なせたくないジョンの気持ちが理解できないわけじゃない。
それでも、俺はジョンと同じ想いでロイに接することは出来ない。
こいつにとっては20年来の親友でも、俺にとっては大量虐殺犯でしかないんだ。
>「待て、明神さん。それは、やめた方がいい……別に道徳の授業を始めようって訳じゃないけど」
エンバースも同様に俺を制止する側に回ったが、単なるヒューマニズムで助命を選んだわけじゃないようだった。
>「ただ……次にブラッドラストの罹患者が出た時も、俺達全員が無事でいられる保証はない」
……確かに。分かってる限り、ブラッドラストの感染条件は『殺人経験』だ。
そして殺しに理由は問わない。殺ったのが20年前だろうが、尊厳死の手段であろうが、変わらない。
俺が報復としてロイを殺すことを、外道と呼ぶ者はいないだろうし、呼ばせやしないが――
例えその殺しに正義や大義があったとしても、呪いは等しく殺人者に降り注ぐ。
>「――コイツは、ここに置いていけばいい。どうせコイツを助ける義理なんて、誰にもないんだ」
「……それもそうだな。アイアントラスの連中も、こいつの首もってこいって言ってるわけじゃねえ」
勝手にここでくたばるのなら、因果応報はそれで成り立つ。
『ただスカっとする』だけのために、感染リスクを冒す必要はない。
>「待ってくれ!頼む!僕が言える義理じゃないってのは理解している!でも…頼む…ロイを助けてくれ…お願いだ…」
ジョンは、放っといて死ぬに任せる方針にも待ったをかけた。
ロイを助けて欲しいと。この場から連れ出して欲しいと。死なせないで欲しいと――そう言ってる。
「流石に道理が合わんだろ。そいつが何人、無関係の人間を殺したと思ってる。
この場で殺さないのは良い。だけど、助けるなら話は別だ。この先ものうのうと生きてて良い奴じゃない。
例えそいつが心を改めようが、死んだ命は返ってこねえんだぞ」
それは、お前が一番良くわかってるはずだ。
どんだけ呪いに振り回されようが、シェリーが生き返ることはない。
ブラッドラストの中にこびりついていた残滓も、今はもうどこかへ霧散してしまった。
「ゴブリン共の練習のために平気で人間マトに出来るような奴だ。助ければ絶対、後の災いになる。
そいつがまた人を殺したとき、お前は今と同じように助けてって言えるのかよ」
例えば俺は、バロールとそれなりに仲良くやっているし、奴の援助を受けて奴の目的に加担している。
それでも、地球のブレイブを何人も拉致して見殺しにしてきたあの男を赦すつもりは毛頭ない。
そうせざるを得ない理由があったとか、世界を救うためとか、知ったことじゃねえよ。
全部終わったら死んでいった全員の骨を掘り起こしてでも、あいつに罪を償わせる。
贖罪をする――そう言った奴の言葉を、それだけを信じてあいつの走狗になった。
357
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/11/09(月) 04:04:21
助けるなら、助けるだけの理由が欲しい。
そしてジョンの言葉だけじゃ、俺はまだ納得できない。
『友達だから死なせたくない』は、ロイと友達でない俺にとって、助ける理由にはならない。
>「確かに世界を救うのにどうしても手を下したり、見殺しにしたりが必要になる時が来るのかもしれない。
……でも、それは今じゃない気がする」
カザハ君は、生かしておいても脅威にはならないって点で助命を選んだ。
確かに待てど暮らせど、あのインチキテレポートでイブリースが迎えに来ねえ。
ニブルヘイムにとって、『ブレイブ殺し』はその価値を失ったってことなんだろう。
マル様親衛隊みたいに、ニブルヘイムを出奔するあっち側のブレイブは居る。
ニブルヘイムにとっても、ブレイブは絶対の強制力をもって動かせる駒ってわけじゃないのだ。
戦力にはならなくても、ロイを捕虜にすれば情報源として多少は生かしておく価値が出てくるだろう。
それこそ、アコライトでとっ捕まえた帝龍みたいに。
助ける理由は、これでひとつだけ出来た。
俺はなゆたちゃんを振り仰ぐ。全員の主張が出揃ったなら、あとは結論を出すだけだ。
>「……殺さないよ。
明神さん、わたしたちは誰も死なせないで世界を救う。それが味方であっても、敵であっても」
「もう何人も死んじまってる。ニブルヘイムがなりふり構わなくなれば、犠牲者はもっと増える。
アコライトまでは俺も全員助けるつもりでいたけどよ。……もう、無理だろ」
>「たとえ不可能なことだったとしても……そうしたいっていう気持ちだけは、持ち続けなくちゃいけないんだ。
一度殺してしまえば……きっと。もう、わたしたちはその信念を貫き通せなくなってしまうから」
俺は黙った。いつものレスバトルみたいに、脊髄反射で返せるような言葉は出てこなかった。
誰も死なせないなんて理想は、アイアントラスで大量の犠牲者が出た時点で潰えたようなもんだ。
こっから先は、血で血を洗う文字通りの戦争をやっていかなきゃならないと思ってた。
……ふざけやがって。なんで俺たちが、ニブルヘイムなんぞのために信念を曲げなきゃならない。
犠牲を強いるあいつらの戦い方に、付き合ってやらなきゃならない理由がどこにある。
相手の土俵で勝負する必要なんかないはずだ。
俺たちは、俺たちのやり方を貫いて良い。一線を超えずに、世界を救って良い。
ニブルヘイムの向こうでせせら笑ってるクソどもに、全力で否定を叩きつけてやる。
「……助けよう。石油王あたりが回復スペル持ってたはずだ。
そんでふんじばって、可能な限り情報を絞り出す。拷問でもなんでもバロールにやらせりゃ良い。
世界救い終わったら、アイアントラスの復興と遺族のケアに残りの人生全部捧げさせる」
俺は、ヤマシタに構えさせていた弓を下ろした。
知らず知らずにじっとりと汗ばんだ手のひらを、汗だくのワイシャツで拭う。
今更ながら震えがきた。あと数歩踏み込んでいれば、俺も人殺しの一線を超えるところだった。
「なゆたちゃん。言っておくがな、お前がこのパーティのリーダーだから従ったわけじゃない。
俺は俺なりに考えて考えて、こうすんのが一番良いと思ったから、こいつを助けるんだ」
冷たくなった指先で目頭をもみながら言った。
「だから、ロイを助けたことがどんな結果に繋がったとしても……抱え込むなよ」
358
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/11/09(月) 04:05:02
俺たちがロイの処遇で揉めている間に、アラミガとマル様親衛隊の戦いも終結したようだった。
気絶していたシェケナベイベときなこもち大佐も目を覚まして、例のインチキテレポで撤収していく。
「便利すぎんだろアレ。俺たちにもあの手のファストトラベル機能とか実装されねえかな」
まぁ今後はヴィゾフニールがその立ち位置になるんだろうけれども。
距離も時間も無視して大陸のあっちゃこっちゃに顔出せるのホントうらやましい。
俺たちここ二ヶ月くらい移動しかしてないよ……。
>「……フリントはキングヒルへ連れて行こう。帝龍と同じように。
エンバース、フリントを運んでくれる?」
>「いや、ロイは僕が責任もって運ぶ…大丈夫。傷もだいぶ治った…このくらいなら問題なく運べる」
ロイの助命が叶い、ジョンは硬直を解いて瀕死の友達に肩を貸そうとする。
しかしそれより先に、ロイは手のひらで床を叩いて跳ね上がった。
>「どいつもこいつも甘ちゃんだな……。貴様らが呑気に喋っている間に、体力は回復させてもらった。
しかも……オレを殺さないだと? 舐められたものだな。生きている限り、オレは貴様らを狙うぞ……」
「寝起きかてめーは。まだニブルヘイムの尖兵のつもりでいんのかよ。
こんだけボロクズにやられても未だにイブリース君がお迎えに来てねえんだぜ。
とっくに切り捨てられてんだよお前はよ。いいから俺たちの軍門に下っとけって」
>「それに。貴様ら、本当にこのレプリケイトアニマから無事に逃げられると思っているのか?
一巡目にあったこの魔法の欠点を、ニヴルヘイムの連中が放っておくとでも――?」
「……ああ?」
ロイの言っている意味は、すぐに脳みそに染みてこなかった。
レプリケイトアニマは構造物である以前に、バロールの攻撃魔法だ。術者以外に改築できる代物とは思えない。
だが――今、ニブルヘイム側にはもう二人、人類最高峰の魔術師が居る。
大賢者ローウェルと、『黎明の』ゴットリープ。
魔術の腕前じゃバロールに劣らないこいつらが二人がかりなら、創生魔法の改造だって出来なくはない。
>「このレプリケイトアニマは、アニマコアを破壊した5分後に消滅する。
中に入っている者ごとな。例えこいつを止められても、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は確実に葬り去る――
そいつがクライアントの狙いだ」
「なんだと」
5分。とてもじゃないがコアのある最深部から引き返せる距離じゃない。
ヴィゾフニールがありゃ強引に脱出出来るだろうが、格納庫に行くにしたって5分じゃ絶対足りない。
俺たちは飛空船の操縦方法すら知らないのだ。
「ふっざっけっやがってぇぇぇぇぇぇ!!!!」
始めから、レプリケイトアニマが再稼働した時点で、俺達は詰んでいた。
アルフヘイム全土を人質にとって、俺たちを死地のど真ん中に拘束する。
このクソでけえ破壊魔法ひとつを使い捨てにして、バロールの走狗を確実に消しにきやがったのだ。
359
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/11/09(月) 04:05:39
>《やむを得ない! 明神君、ここはみんなでジャンケンして、負けた者が残るというのはどうだろう!》
「適当ぶっこいてんじゃねえぞクソ魔王!そのジャンケンにゃてめえも参加するんだろうなぁぁぁぁ!!」
どうする、ガチでくじ引きでもすんのか?
いや。誰も犠牲にしねえって決めたばっかだ。ニブルヘイムの土俵には死んでも上がらねえ。
「そうだ。おいアメ公、お前爆弾持ってたろ。アイアントラスの橋ゲタぶち壊したアレだよ!
時限爆弾にしてコアに仕掛けろ、お得意の破壊工作を役に立てやがれ!」
アイアントラスはアルフヘイムの技術者が粋を凝らして作り上げた、千年の風雪に耐えうる強固な建築だ。
その橋桁はハンパな爆発で破壊できるようなもんじゃない。衝撃を逃がす構造だって備えてる。
そいつをぶっ壊せた事実は逆説的に言えば、ロイ・フリントが建造物の破壊に秀でた技術を有する証明でもある。
だけど、俺は自分で言ってて作戦の穴に気付いた。
魔法建築物の最も重要な駆動中枢が、ただの爆弾で破壊できる構造をしてるはずがない。
防御魔法なんかてんこ盛りだろうし、どんだけ効率よく発破をかけても耐えきる公算の方が高い。
ついでに言えば、爆破可能な仕掛けを施せたとして、タイマー設定した後は全員でここを離れなきゃならない。
無防備になった時限爆弾を、アニマの防衛機構がそのままにしておくとは思えない。
それこそ、アニマゾルダート一匹でも爆弾剥がしてどっかに放り出すことは可能だ。
コアを破壊するには、必ず誰かがここに残らなきゃならない。
そしてそいつは、確実にアニマの崩壊に巻き込まれて死ぬ。
進退に窮した俺たちを睥睨して、ロイは哄笑した。
>「……いいザマだな。飛空艇が欲しいからと、後先考えず飛び込んできた末路がそれか。
笑えるな……大切な者のために、危険を顧みず遮二無二進む……。それは、まるで――」
>「……まるで……どこぞの愚か者と同じじゃないか……」
笑いは、長くは続かなかった。
声の代わりに口から出たのは、赤黒い血反吐だった。
身体は回復してなどいない。ロイ・フリントは文字通りの死に体だ。
>「その、焼死体が……状況を、一番……よく、理解しているらしいな……。
オレは、ここに残る……。15分やる、その間に……ヴィゾフニールの、格納庫前に……行け……」
>「…いやだ…僕は絶対にロイをおいていかない。絶対に!なんでそんな事言うんだ!なあ!ロイ!」
「そいつは……贖罪か?お前が殺してきた連中の代わりに、アルフヘイムを救おうってのか?
わざわざ立ち上がらなくたって、黙ってりゃコア破壊した俺たちと心中できたはずだ」
ジョンはかぶりを振ってロイの言葉を否定するが、俺は不思議と腑に落ちるものがあった。
俺たちがこいつの命を救ったとして、犠牲になったアイアントラスの住人はロイを許しはしないだろう。
本当の意味で、罪を濯ぐことなど出来ない。罪を赦せる人間は、最早この世にはいないのだから。
>「……オレは……人を殺し過ぎた。それが正しい道だと信じて、ジョン……お前を救える唯一の道だと、信じて……。
だが……少し、疲れた……。ジョン、お前がもう……オレやシェリー以外の者たちと歩いていけるのなら……」
「勝手な野郎だ」
俺は、命を擲つ判断をしたロイを、肯定しようとは思わない。
命を救おうとしたジョンの意志さえも放り出して、こいつはここで散ることを決めた。
ブラッドラストなんか比べ物にならない。これは――呪いだ。
「本当に……最後の最後まで、好き勝手やりやがって」
隠し持っていたスタンガンが閃き、ロイはジョンを黙らせる。
気絶したジョンをカケル君の背に乗せて、俺達は振り返らずに最奥部を後にした。
360
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/11/09(月) 04:06:46
>「みんな、格納庫の扉が開いたら、ダッシュで乗り込むよ。
――10秒前。9、8、7、6――」
15分。ロイの指定どおりに、格納庫はその口を開いた。
その先にあるヴィゾフニールもまた健在だ。脇目も振らず乗り込む。
初めて眼にするヴィゾフニールは、ファンタジーらしからぬ外装と内装で、操縦室は大量の計器に囲まれていた。
石油王の指示に従ってなゆたちゃんがスマホをコンソールに挿し、内部に文明の光が灯る。
音声認識で自動的にコントロールできる仕組みになっているらしい。
「こいつを設計したのもバロールだったか。スマホの連携機能なんていつの間に実装してやがったんだ」
>「みんな、用意はいい!? 行くわよ!」
シートベルトなんて安全に配慮されたものはない。
俺は手近な座席に飛びついて、両手で手すりを抱えた。
ジョンは床に寝かせて、適当なロープで身体を固定する。
>「――『咆哮砲(ハウリングカノン)』、発射! て――――――ッ!!!」
発射と破壊の爆音は、不思議なほど室内には響かなかった。
俺の鼓膜がまだいかれてんのか、ヴィゾフニールの防音設備がしっかりしてんのか、判断はつかない。
頭の中は未だにぐるぐるしていて、最奥部でコアに刃を突き立てたであろう男のことを少しだけ想う。
>「レプリケイトアニマが……」
次いで襲ってきた強烈な加速度に視界がチカチカ瞬いて、気付けば俺たちは空に居た。
窓から見える景色の中で、レプリケイトアニマが輪郭を乱し、光の粒となって消えていく。
きっともう事切れている、ロイ・フリントの亡骸と共に。
アルフヘイム転覆の危機は去った。
最速の飛空船を手に入れて、旅を続ける準備は万端だ。
だけども俺たちは、勝利を祝う言葉を誰も発さなかった。
ただ、虚空にかき消えていくアニマの姿を眼に焼き付けることだけしか出来なかった。
石油王から再び通信が入り、当面の行き先が決まる。
聖都エーデルグーテ。呪いはなくなったが、『永劫の』オデットとの面会はどの道必要だ。
十二階梯のほとんどを抱き込んだニブルヘイムに対して、バロール率いるアルメリア一国じゃ荷が勝ちすぎる。
大陸に存在する、もう一つの大勢力――世界宗教プネウマ聖教。
ここと渡りをつけて、俺たちも戦力の増強を図らなければならない。
>《ちょぉぉーっと待ったぁぁぁぁ!!!!》
と、方針を決めた俺たちの会話に雑音が混じる。
通信画面にバロールが顔を出した。
「なんだよ。今ちょっとセンチな気分だからお前のツラ見たくねーんだけど」
>《予定変更! ジョン君の呪いは解けたんだろう? なら、エーデルグーテは一旦後回しだ!
君たちにはそのまま、風渡る始原の草原へ行ってもらいたい!》
俺の冷罵を無視してバロールが言うには、オデットよりプライオリティの高い案件が出来たらしい。
『風渡る始原の草原』。アルフヘイムの四大精霊がひとつ、シルヴェストルの居住地だ。
なんで今さらそんなクソ田舎の限界集落へ出張するかと言えば、のっぴきならない事情がある。
>《そうだよ。オデットの他に、もうひとり。こちらの味方につけようとしていた『彼』が動き出してしまった。
止めなければ……取り返しのつかないことになる!》
361
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/11/09(月) 04:07:15
曰く、そのもうひとりの同盟候補が先走ってなんかやらかしたらしい。
それがシルヴェストルのお家の危機につながる意味。話はなんとも見えてこないが、バロールの焦りようは尋常じゃない。
「始原の草原がその先走り野郎に攻め込まれようとしてるっつうことか?
わっかんねえな。誰だよそれ、お前にまだお友達候補がいるなんて聞いてねえぞ」
>《そうだ、言い忘れていた。
彼は――かつて数十万の大軍団を擁し、この世界に覇を唱えんとした男。
魔剣の主。狂飆と共に歩む者。十二階梯の継承者、第七階梯――》
と、そこまで聞いて、現役プレイヤーの俺には当然ピンと来た。
マジか。そりゃそうか、エリにゃんが生きてるならあいつが元気に侵略戦争やってたっておかしくない。
メインシナリオにおける当初の"ラスボス"。アルメリアに反旗を翻し、覇王の名を轟かせた男――
>《『覇道の』グランダイト》。
それは、プレイヤーなら誰もが記憶に深く刻みつけている名前だ。
穀倉都市デリンドブルクを制圧し、アルメリアに動乱をもたらした軍略の雄。
真のラスボスは言わずもがなバロールだが、手強さで言えばグランダイトの方を挙げる者も多い。
まだ戦力もろくに整ってない中盤に叩き込まれる、圧倒的なステータスの暴力。
バラモスとか言われちゃいるが、どっちかっつうとムドーって言ったほうが妥当だ。
ガザーヴァはデバフと搦め手でプレイヤーを苦しめたが、グランダイトはひたすらにその『強さ』で俺たちにトラウマを残した。
>「シルヴェストルとグランダイトの軍が激突して、両方が損耗しないように。
グランダイトの侵攻を止めるのが、次のクエスト……ね。
その上で、あわよくばわたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が両方と同盟を締結できれば、って感じ?」
>「覇王の苛烈さはみんな知ってるだろうけど……。
風精王率いるシルヴェストルの一族も……始原の風車を守るためなら容赦はしない。
放っておけば必ず屍の山が築き上がる!」
「シルヴェストルっつうからには、あの草原は鳥取に次ぐカザハ君の実家みてえなもんなんだろ。
だったら助けない選択肢はねえな。今度こそ……誰も死なせてなるもんかよ」
>「……分かった。じゃあ、進路を風渡る始原の草原へ。
みんな、いい? 次のクエストは『覇道の』グランダイトとひと勝負よ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
俺は拳を掲げて応えた。
いつもみたいに、高らかに叫びを上げる気には……なれなかった。
二度と同じ思いはしない。グランダイトの髭面をぶん殴ってでも、絶対に止める。
目の前で死なれるのも、その死に誰かが悲しむのも、もう御免だ。
◆ ◆ ◆
362
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/11/09(月) 04:07:41
夜。適当にシャワーを浴びて、備蓄してあった寝間着姿でソファに腰掛けていた。
アコライトで飲み明かした残りの酒がまだインベントリに入ってる。
俺はその中からデリンドブルクの麦で造ったウイスキーを取り出して、ちまちま舐めるように啜っていた。
さっさと寝なきゃならないのに、どうしたって眠れなかった。
窓の外を高速で流れていく雲を眺めながら、少しずつアルコールの染みる脳みそで、ジョンのことを想った。
俺があいつにかけられる言葉はもう、何もない。
友達を喪った悲しみなんて、容易く共感できるようなものじゃない。
受け入れて前に進めるまで、傍らで見守ることしかできない。
ロイ・フリントの死は、妥当な結末だと思う。
あいつは死ななきゃならなかった。死んで当然の奴だった。
ジョンがどう思っていようが、罪に対する然るべき裁きが下ったんだと、そう言える。
だけど、一度助けると決めた人間を、我が身可愛さに見捨てた事実は、うまく消化出来なかった。
もっと何か、やりようがあったんじゃないか。ロイを助けてアニマから脱出する方法は本当になかったのか。
ずっとそればかり考えてる。
結局のところ、覚悟が足りなかった。
俺はロイがアニマに残ると決めたとき、渡りに船だと思っちまった。
どこかで、こいつが犠牲になれば仲間が全員助かるって、歓迎する想いがあった。
ジョンにかける言葉が見つからないなんてのは言い訳だ。
俺は今、あいつに顔向け出来ない。そうして逃げるように、自室に引き篭もって酒に溺れている。
>「……おい……。起きてるか……?」
空になったグラスに二杯目を注ごうという時、ノックの音が響いた。
ドアを開ければそこに居たのは、鎧を脱いだガザーヴァだ。
「どーしたガザ公。お前も今日はヘトヘトだろ、寝とかねえと明日バテるぜ」
ガザーヴァはデカすぎる枕に顔を半分埋めながら、こっちを見ずに言った。
>「……その。ね……眠れなくて。 は……、入っても、いい……?」
「……俺も。まぁ入れよ、一人だと寝酒で一本空けちゃいそうだ」
招き入れたガザーヴァは、迷わずベッドに腰掛けた。
俺と言えば、幻魔将軍とは言え女の子を部屋に招き入れるのは生まれて初めてなので、
不自然に横移動しながら近くの椅子にグラスを抱えて座った。
「お茶ぐらい出したいとこなんだがよ、俺夜中にカフェイン摂ると寝れないタイプの人だから。
お前は酒はやるんだっけ?水割りで良けりゃサっと作るけど。へへへ」
なんで早口になってんだ俺は!
ガザ公相手にぎくしゃくすんのも癪なので、グラスの中身をぐいっと煽った。
一切希釈してないストレートの蒸留酒が口の中をギタギタに蹂躙して盛大に噎せ返った。
>「……なんで、ボクは特別じゃないんだろ」
一部始終を黙って眺めていたガザーヴァは、不意にぽつりとこぼす。
俺は酒でべとべとになった口を拭って、先を促した。
363
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/11/09(月) 04:08:41
>「アイツはレクス・テンペストとかいう素質のあるシルヴェストルで。風の精霊王の資格があるんだって。
……特別なシルヴェストルなんだって。
でも、ボクは違う。ボクはパパがアイツに似せて作った、アイツの忠実なコピーのはずなのに……。
なんでアイツは特別で、ボクは特別じゃないんだよ……」
「あのぶっ壊れバフのことか。確かにあんなもん、ロールアウトからブレモンやってる俺でも見たことねえ。
シルヴェストルってのはゲームの中じゃ、せいぜいがSレア程度のごく普通のモンスターだ」
ジョンとの戦いでカザハ君が発動したバフは、俺の知識にないスキルだった。
自分で言うのもなんだけど俺が知らないって相当やぞ。
つまりはゲームで未実装か、情報が出回ってない極レアのスキルかのどっちかだ。
>「ボクもレクス・テンペストを持って生まれていたら……パパに愛してもらえたのかな。
いったいどうやったら、ボクもあの力を持てたんだろう。
ねえ、明神……ブレモン詳しいんだろ? いっぱいイベントを攻略してきたんだろ?
教えてよ……。どうしたら、ボクは特別なシルヴェストルになれるルートに進めたんだ?
そのフラグは、いったいどこにあったんだよ……!」
「……わからん。幻魔将軍に関わる裏設定はほとんどがマスクデータだ。
俺はお前の素顔すら知らなかった。レクス・テンペストなんて聞いたこともねえ。
バロールが何考えてんのかも、こうやってあいつと協働体制とってる今ですら、ちっとも見えてこない」
そこまで言って、俺はかぶりを振った。
ゲームでどうだったとか、データがどうとか、そんな話をしたいわけじゃないんだ。
ここはブレモンとよく似ていて、俺達はゲームシステムに則って戦うことができるけど、
それでもブレモンとは別の異世界なんだから。
>「どうして……、なんでアイツばっかり……!
あんな根性なしで、弱虫で、人の顔色ばっかり窺ってるようなアイツが!
アイツが特別で! ボクが特別じゃないなんて、おかしいじゃんか……!!」
「それは――」
そういうものだから。生まれ持った資質は、必ずしも性向と合致するわけじゃない。
強力な魔法の才能があろうが臆病な奴はいるし、無力なのに突撃してって死ぬ奴もいる。
望んだ生き方と、身に宿る才覚がズレてるケースなんか地球にだっていくらでもあるはずだ。
だけどカザハ君の資質が性格に見合ってないとは思わない。
根性なしで、弱虫で、人の顔色ばかり窺う――
それは、人の痛みに敏感で、寄り添うことができ、他者を気遣う優しさと言い換えることもできる。
弱き者に寄り添い、その力を賦活するレクス・テンペストの力は、
ある意味じゃカザハ君だからこそ宿すことができたと言えるのかも知れない。
そんなことはガザーヴァにだって分かってるだろう。これまでの旅路で、とっくに承知済みだろう。
なお納得できないことはある。俺には、その気持ちがよく分かる。
自分だけの宝物だと思っていたものが、ただのガラス玉に過ぎなかった。
他人はもっと素晴らしい、輝く宝石を持っていた。
その憧憬と裏返しの絶望が、ガザーヴァを苛んでいる。
それでも、俺は安易にガザーヴァに共感出来なかった。
俺はかつてタキモトだった頃、モンデンキントにこっぴどくやられて鼻っ面をへし折られた。
『強いプレイヤー』という唯一のアイデンティティは、簡単にぶっ壊れてしまった。
俺は何一つ、特別なんかじゃなかったのだ。憧憬は、憎悪に変わった。
俺以外の特別な連中の足を引っ張り続けることで、他人の特別を穢す。
そんな風に自分を納得させて、絶望をやり過ごす術を覚えてしまった。
364
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/11/09(月) 04:09:33
ガザーヴァを苛む苦しみは、俺がかつて辿ってきた変遷とよく似ている。
そして、どうしようもなくクゾに堕ちちまった俺と違って、ガザーヴァはまだまともに戻れる。
『特別』はひとつじゃないって、そう言えるのなら。
「ガザーヴァ」
>「……ゴメン。オマエにそんなこと言ったって、どうにもなんないよな……。
いい、忘れて。年中ハイテンションなボクだって、たまには落ち込むことだってあるさ。
部屋に戻って寝るよ。……おやすみ」
俺がなにか言う前に、ガザーヴァは乾いた笑いで話を切り落とした。
ベッドから飛び降りて、枕を引きずって部屋を出ていく。
いつもより小さくなったような気がするその肩を、俺は掴むことが出来なかった。
「……おやすみ。しっかり寝ろよ、お前は今日、誰よりも頑張ったんだからさ」
ふらふらとドアの向こうへ消えていくガザーヴァの背中は、まるで風に舞う木の葉だ。
神出鬼没の幻魔将軍のように、気付けばどこかへ消えてしまうような、そんな危うさを感じた。
そして俺は、その感覚に従ってガザーヴァを捕まえておかなかったことを、後悔することになる。
悪い予感はいつものように的中した。
翌朝、ガザーヴァの姿はヴィゾフニールのどこにもなかった。
俺の目の前から、予定調和みたいに――姿を消した。
【六章エピローグ】
365
:
明神
◆9EasXbvg42
:2020/11/09(月) 04:09:56
>「妙に静かだと思ったら……騒がしい奴がいないじゃん!
なんだよ〜隠れんぼでもしてんの? 明神さん探しに行ってあげなよ。
出てくるタイミングを失ったら可哀そうだし!」
「もう探してるよ!コクピットも、船倉も、空き部屋のベッドの下まで全部見た!
ウソだろおい、飛んでる船の上だぞ……!いくら浮けるからってどこに行くってんだよ!」
朝っぱらから船の中を駆けずり回って、肩で息をしながらカザハ君に答える。
そう大きくない船の上だ。ずっと隠れ続けられるはずがない。
「そうだ、ダークユニサス……ガーゴイルだったか。あいつは居るのか?
一緒に消えたんじゃなけりゃ、居場所くらい知ってねえかな」
【七章プロローグ】
366
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/11/17(火) 00:43:14
【フラグメンタル・ライフ(Ⅰ)】
『待ってくれ!頼む!僕が言える義理じゃないってのは理解している!でも…頼む…ロイを助けてくれ…お願いだ…』
悲痛な叫び=ジョン・アデルの懇願――遺灰の男は一切取り合う素振りを見せない。
『流石に道理が合わんだろ。そいつが何人、無関係の人間を殺したと思ってる。
この場で殺さないのは良い。だけど、助けるなら話は別だ。この先ものうのうと生きてて良い奴じゃない。
例えそいつが心を改めようが、死んだ命は返ってこねえんだぞ』
明神の反論――遺灰の男はやはり一切の反応を示さない。無意味だからだ。
『……殺さないよ。
明神さん、わたしたちは誰も死なせないで世界を救う。それが味方であっても、敵であっても』
『もう何人も死んじまってる。ニブルヘイムがなりふり構わなくなれば、犠牲者はもっと増える。
アコライトまでは俺も全員助けるつもりでいたけどよ。……もう、無理だろ』
『たとえ不可能なことだったとしても……そうしたいっていう気持ちだけは、持ち続けなくちゃいけないんだ。
一度殺してしまえば……きっと。もう、わたしたちはその信念を貫き通せなくなってしまうから』
理想/生命倫理/人情――全て、この場において既に無意味である事を遺灰の男は知っていた。
かつてエンバースと呼ばれた男から受け継いだ記憶/ゲームセンスが告げていた。
既にダイスの目は決まっている/結末を変えるには遅すぎると。
『……フリントはキングヒルへ連れて行こう。帝龍と同じように。
エンバース、フリントを運んでくれる?』
「よく聞け、モンデンキント。その必要は――」
『いや、ロイは僕が責任もって運ぶ…大丈夫。傷もだいぶ治った…このくらいなら問題なく運べる』
「ジョン、お前もだ。聞け。もう――」
遺灰の男が口を開く/紡いだ言葉をジョンが遮る。
遺灰の右手が、ジョンを制する為の動作を取る。
生じた隙――瞬間、ロイ・フリントが躍動した。
『どいつもこいつも甘ちゃんだな……。貴様らが呑気に喋っている間に、体力は回復させてもらった。
しかも……オレを殺さないだと? 舐められたものだな。
生きている限り、オレは貴様らを狙うぞ……』
「……俺達を狙うだと?舐められたものだな、とでも言えばいいのか?
お前を生かしたままにしておく。だが決して俺達の邪魔はさせない。
どちらもやってのけるのは――そんなに難しい事じゃない、ってな」
遺灰の男の口調=どこまでも諧謔的/事態をまるで深刻に見ていない。
『それに。貴様ら、本当にこのレプリケイトアニマから無事に逃げられると思っているのか?
一巡目にあったこの魔法の欠点を、ニヴルヘイムの連中が放っておくとでも――?』
『このレプリケイトアニマは、アニマコアを破壊した5分後に消滅する。
中に入っている者ごとな。例えこいつを止められても、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は確実に葬り去る――
そいつがクライアントの狙いだ』
「なんだと……?」
闇色の眼光が僅かに揺らぐ/ロイ・フリントを注視――その真意を推し量るように。
367
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/11/17(火) 00:43:30
【フラグメンタル・ライフ(Ⅱ)】
『……いいザマだな。飛空艇が欲しいからと、後先考えず飛び込んできた末路がそれか。
笑えるな……大切な者のために、危険を顧みず遮二無二進む……。
それは、まるで――』
言葉とは裏腹に穏やかな口調/すぐに察した――これは、一つの人生の結末。
『……まるで……どこぞの愚か者と同じじゃないか……』
遺灰の男は、それを見届けたいと思った。
『ジョン。いい仲間を持ったな……。
もう、ひとりぼっちで……オレやシェリーがいなければダメだった頃のお前は、いないんだな……。
……ああ、それは……いい。安心した……』
これも、自分の人生を形作る為の断片――その一つになるに違いないと。
『行け……、ジョン……。
そいつらと……この世界を、救いに……。
……そして……お前の……喪った、二十年の月日を……取り戻して、こい……』
『…いやだ…僕は絶対にロイをおいていかない。絶対に!なんでそんな事言うんだ!なあ!ロイ!』
実際のところ――誰一人犠牲にせず、レプリケイトアニマを停止させる方法はある。
明神の述べたプランBを補強すればいい/エンバースの記憶に頼れば、それが可能だ。
「……ジョン、聞け」
だが、遺灰の男は何も提案しない――無意味だと/結末は変わらないと知っているからだ。
「ブラッドラストだ。分かるだろう……もう、時間がないんだ」
ブラッドラストの重度感染者には、通常の治療法が通じない。
ここを脱出し/ブラッドラスト保持者にも適用可能な治療手段を模索し/確保する。
そんな事をしている間に結局、ロイ・フリントは死ぬ/ジョンから受けた傷と、それによる出血が原因で。
『その、焼死体が……状況を、一番……よく、理解しているらしいな……。
オレは、ここに残る……。15分やる、その間に……ヴィゾフニールの、格納庫前に……行け……』
遺灰の男=小さく呻く/頭を抱える――皆を振り返る。
「――だ、そうだ。行くぞ、みんな。議論の余地も、選択肢も、もう残ってない。
俺は俺の独断で、この場を制圧する。歯向かうなら、力ずくで従わせる事になる」
一方的な宣言――エンバースの記憶が告げていた/皆から選択肢を奪うべきだと。
選べば、そこに呪いが残ると――反抗する気も起こせないほど切実な衝動だった。
「モンデンキント。自分の足で歩くか、俺に担がれて格納庫まで行くか――それくらいは、選ばせてやる」
闇色の炎が少女を見つめる――そして。
『……行こう、みんな』
少女は、心残りを振り払うように身を翻した。
368
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/11/17(火) 00:43:44
【フラグメンタル・ライフ(Ⅲ)】
『なんでだよ!?いつもみたいにそこは諦めないって言う所だろ!?まっててくれロイ今俺が…』
遺灰の男=無言でジョンを待つ/説得しようとはしない――説得出来ない。
『僕のせいだ…僕が君を殺すことになってしまった…僕が…全部悪いんだ』
ロイ・フリントは死ぬ運命にあると告げる事は、その原因がジョンであると言及する事でもある。
そんな事を何度も告げる気にはなれなかった――例えジョン自身がそれを自覚していたとしても。
『俺はな…ジョン…自分の意志でこの道を選んだんだ。多くの道がある中で…この道を俺自身の意志で選んだんだ』
遺灰の男に出来るのは、この最後の時間に水を差さないでいる事だけだった。
そして――不意に遺灰の背後で、空気の爆ぜる音/スタンガンの作動音がした。
振り返る/ロイに寄りかかるように意識を失ったジョンを、カケルの背へ乗せる。
『……じゃあな……オレの友達』
これで、一つの人生が終わる――遺灰の男が、最後にロイ・フリントを見つめる。
別に死にたい訳じゃない/だが、羨ましい――矛盾した感情が空洞の胸中に灯る。
その感情をどう消化すればいいのかは、偽物の存在にはまだ分からなかった。
369
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/11/17(火) 00:43:57
【フラグメンタル・ライフ(Ⅳ)】
『みんな、格納庫の扉が開いたら、ダッシュで乗り込むよ。
――10秒前。9、8、7、6――』
指定の刻限――響く、機械仕掛けの駆動音/ロイ・フリントは約束を果たした。
飛空艇に乗り込む一行/少々の操作――僅かな振動/微かに響く起動音。
そして神鳥の咆哮が轟く――空が、見えた。
『ヴィゾフニール、発進!!』
一瞬、慣性に体を包まれて、気づけばヴィゾフニールは飛び立っていた。
『レプリケイトアニマが……』
眼下に、崩落するレプリケイトアニマが見える/遺灰の男はそれを一瞥――すぐに目を背ける。
己の人生を持たぬ偽物――故に感慨など抱けない/ただ、エンバースとしての記憶が疼くだけ。
「……くそ」
それが不愉快で/妬ましくて、遺灰の男は拳を壁に打ち付けた。
《みんな、無事にヴィゾフニールを手に入れられたようやね〜。
……その、ジョンさんは……お悔やみ申し上げますとしか言えへんけど……。
あかんなぁ、うち、こういう空気は苦手やわ……》
遺灰の男は何も言わない/言えない――紡ぐべき自分の言葉が浮かんでこない。
だが、エンバースの記憶=判断/衝動/言葉に頼り切りでいるのも、嫌だった。
《つらいやろけど、これが世界を救うってことなのかもしれへんね。
いろんな犠牲を乗り越えて、それでもうちらは前へ進まなあかん……。
気ぃ取り直して……っちゅうのんはすぐには無理かもしれへんけど、元気出していかなあかんよ。
ちゅうことで、次の行き先。ヴィゾフニールも手に入ったし、予定通り聖都エーデルグーテへ行っておくれやす〜。
ジョンさんのブラッドラストを解く必要はななったけど、教帝オデットとプネウマ聖教の協力は取り付けたいよってなぁ》
〈聖都エーデルグーテ、教帝オデット……やっと、ですか。
彼女が不死者の扱いに、まこと長けていればいいのですが〉
フラウの呟き――切実な響き/真の主人の帰還を待ち侘びて。
遺灰の男=無言――闇色の眼光が僅かに揺れる/動揺の徴候。
教帝オデットは『永劫』を冠する不死者の王/聖属性魔法の達人。
死霊/悪霊に堕ちた霊魂を元に戻す事など――きっと造作もない。
つまり――聖都に着けば遺灰の男は消える事になる。
遺灰の男は、思った――そんな結末、願い下げだと。
「……明神さん」
明神の名を呼ぶ遺灰の声――スマホの操作を依頼する為だ。
フラウの召喚を解除すれば、少なくともこの場では口封じが叶う。
その後は――最悪、スマホごと置き去りにすれば秘密が暴かれる事はない。
《ちょぉぉーっと待ったぁぁぁぁ!!!!》
だが――不意に、バロールの場違いな声が響く。
370
:
embers
◆5WH73DXszU
:2020/11/17(火) 00:44:11
【フラグメンタル・ライフ(Ⅴ)】
《ちょ、お師さん? 何ですのん?》
《予定変更! ジョン君の呪いは解けたんだろう? なら、エーデルグーテは一旦後回しだ!
君たちにはそのまま、風渡る始原の草原へ行ってもらいたい!》
「……なんだと?」
エーデルグーテは後回し――遺灰の男にとっては、願ってもない方針転換。
《ああッ、まったく! あいつめ、あれほどもう少し待ってくれってお願いしたのに!
私は兄弟子だよ!? それが『元』であってもだ! 普通、もうちょっとこう……敬ってくれたっていいだろう!》
「……お前の尊厳なんてどうでもいい。それより――」
《お師さん、落ち着いとくれやす。そない言わはっても、うちらちんぷんかんぷんえ?
エーデルグーテに行ってもらう手筈やったのに、突然風渡る始原の草原とか――…あっ!!》
「なあ。みのりさん、あんたまで一人合点してどうする」
《お師さん、まさか……!》
《そうだよ。オデットの他に、もうひとり。こちらの味方につけようとしていた『彼』が動き出してしまった。
止めなければ……取り返しのつかないことになる!》
「……そっちで話がまとまってから、もう一度そのツラを見せるようにしてくれると非常に助かるんだが」
《失敬、取り乱してしまった。
実は私とみのり君は来たるべきニヴルヘイムとの決戦のため、各国各勢力に同盟を持ちかけていてね。
オデットに会いにエーデルグーテまで、というのもその一環だったんだが……。
要領を得なかった会話がようやく進む/次なる障害の名が明らかになる。
『覇道の』グランダイト――覇王を自称する十二階梯屈指の武闘派/過激派。
《十二階梯の継承者は一枚岩じゃない。アラミガといいオデットといい、中立を貫いている者もいる。
グランダイトもそのひとりだ。彼は自分の欲望に忠実だからね……彼の望むものを与えれば、必ず手を貸してくれる。
そう踏んでいたんだが……》
「お前、いい加減自分の目を疑うって事を覚えた方がいいと思うぜ。
その魔法の得意な節穴が魔法以外で役に立った事ってあるのか?」
『シルヴェストルとグランダイトの軍が激突して、両方が損耗しないように。
グランダイトの侵攻を止めるのが、次のクエスト……ね。
その上で、あわよくばわたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が両方と同盟を締結できれば、って感じ?』
「……バロールの尻拭いをさせられるのは不満だが、それを除けば俺に異論はない。
マル様もアラミガも、その実力は、ゲーム内のそれよりも遥かに洗練されていた。
奴らを自由に動き回らせると、厄介だ。グランダイトはきっといい抑止力になる」
遺灰の発言=あくまでも合理的な判断に基づいて――内心、胸を撫で下ろす。
『……分かった。じゃあ、進路を風渡る始原の草原へ。
みんな、いい? 次のクエストは『覇道の』グランダイトとひと勝負よ!
レッツ・ブレーイブッ!!』
「……レッツ・ブレイブ」
拳を静かに掲げる/微かに呟く――エンバースならば確実に拒んでいた振る舞い。
遺灰の動機=オリジナルへの反抗心/己の人生を持たぬ故の稚拙で機械的な模倣。
試しに取ってみたその動作は――どうにも場違いに思えて、しっくり来なかった。
それが遺灰の男にはひどく孤独に感じられた。
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