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中学生バトルロワイアル part6

1 ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 19:54:26 ID:rHQuqlGU0
中学生キャラでバトルロワイアルのパロディを行うリレーSS企画です。
企画の性質上版権キャラの死亡、流血、残虐描写が含まれますので御了承の上閲覧ください。

この企画はみんなで創り上げる企画です。書き手初心者でも大歓迎。
何か分からないことがあれば気軽にご質問くださいませ。きっと優しい誰かが答えてくれます!
みんなでワイワイ楽しんでいきましょう!

まとめwiki
ttp://www38.atwiki.jp/jhs-rowa/

したらば避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/14963/

前スレ
ttp://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1363185933/

参加者名簿

【バトルロワイアル】2/6
○七原秋也/●中川典子/○相馬光子/ ●滝口優一郎 /●桐山和雄/●月岡彰

【テニスの王子様】2/6
○越前リョーマ/ ●手塚国光 /●真田弦一郎/○切原赤也/ ●跡部景吾 /●遠山金太郎

【GTO】2/6
○菊地善人/ ●吉川のぼる /●神崎麗美/●相沢雅/ ●渋谷翔 /○常盤愛

【うえきの法則】3/6
○植木耕助/●佐野清一郎/○宗屋ヒデヨシ/ ●マリリン・キャリー /○バロウ・エシャロット/●ロベルト・ハイドン

【未来日記】3/5
○天野雪輝/○我妻由乃/○秋瀬或/●高坂王子/ ●日野日向

【ゆるゆり】2/5
●赤座あかり/ ●歳納京子 /○船見結衣/●吉川ちなつ/○杉浦綾乃

【ヱヴァンゲリヲン新劇場版】2/5
●碇シンジ/○綾波レイ/○式波・アスカ・ラングレー/ ●真希波・マリ・イラストリアス / ●鈴原トウジ

【とある科学の超電磁砲】2/4
●御坂美琴/○白井黒子/○初春飾利/ ●佐天涙子

【ひぐらしのなく頃に】1/4
●前原圭一/○竜宮レナ/●園崎魅音/ ●園崎詩音

【幽☆遊☆白書】2/4
○浦飯幽助/ ●桑原和真 / ●雪村螢子 /○御手洗清志

男子11/27名 女子10/24名 残り21名

340名無しさん:2014/09/11(木) 20:59:02 ID:FI9P0r8Y0
投下乙です

この二人もいいコンビなんだよなあ
その二人のしんみりとしていい雰囲気がよく書けてるわあ…
よかったです

341解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:17:52 ID:gTKxbL7.0
「――ぷはァ。で、おい。都合が悪くなったら閉じ込めて、良くなったら出して、ご感想のほどをまずは伺いたいね」

 開口一番で憎まれ口を叩くテンコに、白井黒子は呆れるよりも安心する気分を味わった。
 渋るテンコを半ば無理矢理デイパックの奥に押し込んだのは他ならぬ黒子であるのだから、「大丈夫か?」などと言われようものなら黒子こそが答えあぐねるところだった。
 不満そうな様子を隠しもせず、デイパックの縁で頬杖をついてギロリと睨むテンコに、黒子は「それは謝ります」と頭を下げた。

「アホ!」
「あいたっ!」

 べしっと頭を叩かれた。思ったよりも重量の乗ったテンコのジャンピングブローが黒子の脳を揺らした。
 遠巻きに見ている七原秋也が、何やってんだあいつらとでも言いたげに大仰に肩を竦めた。

「なんだよもう! やっぱとっくに解決してんじゃねーか! すまし顔で言いやがって! オレなんかいなくてもお前と、ええとシューヤでよろしくやって整理したってか! ざけんな!」
「え、ええと……」
「言わせんなよ! オレなんかいらなかったってことだろ! オレじゃお前の愚痴だって聞いてやれないってことなんだろが!」

 がーがーとがなるテンコは既に涙目で、それは怒っているというよりも拗ねているようでもあり、仲間はずれにされたという寂しさがあるようでもあった。
 実際、状況だけ考えてみればそうとしか取れず、黒子自身もあの時はどうしようもない、という気持ちでしかなく、テンコに話を聞いてもらおうなどとは考えもしなかった。

「別によろしくなんかやってない。それにこっちからも言わせてもらうが、じゃあお前がいれば解決したのかって話にもなるが」

 さらに厄介なことに、七原がそこに割り込んできたので、黒子は「まずいですわ!」という顔になった。
 七原にしてみればテンコなど事情も知らないただのマスコットでしかなく、
 黒子と七原の間にある深い断絶、絶望の深さ、進もうとしている道は一歩間違えば破滅であることなど分かりようもないというところだ。
 それを脳天気に「オレも混ぜろ!」などと言おうものなら七原の感情を刺激することは疑いようもなく、黒子は己の不明を恥じた。
 しかしテンコもテンコで言っていることは正しくはあり、黒子は言い返しようもなかったというか、
 キレられていることに安堵すらしていたので、七原のように正論で黙らせる側に回るわけにもいかなかった。
 が、そんな黒子の困惑と焦りと葛藤など意に介してくれるわけがなく、七原の言葉を受けたテンコが「あぁ!?」と剣呑な言葉で答えていた。
 黒子はこの瞬間、あ、止められない、と他人事のように思った。

「勝手言ってんな! オレはそんな偉くねーよ! 止められんならとっくに止めてるわバカヤロウ! オレが言いたいのはテメーら揃いも揃って自分勝手なんだよ! 身の程知れってヤツだ!」

 その言葉を受けた瞬間、七原のこめかみがピクリと動いたのを黒子は見逃さなかった。
 アカンこの子地雷踏み抜くどころか地雷原で踊ってますわ! と黒子は顔を蒼白にした。
 身の程を知れ、などと目の前の珍獣、それも子供のようにがなり立てるようなのに言われようものなら、七原は多分理屈と論理をを持ってテンコを黙らせにかかる。
 徹底的に現実を目の当たりにしてきた七原の言葉は重く、ひたすらに、冷徹なまでに、理しかないのだ。

342解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:18:38 ID:gTKxbL7.0
 黒子はそれに抗する言葉を持ち得ない。術を持ち得ない。できることと言えば、場当たり的な対処でしかない。それが七原曰くの「中身のない空っぽの正義」だ。
 誰が死んでも、親しい者が殺されようと、敵討ちや復讐をしようとは思わず、『なにか』が裁くに任せる。
 自分で裁こうとは思わない。それをするのは自分ではないという観念がある。それは七原……いや、『理』からすれば判断を放棄し、ここでは意味のないものに縋り付いていることでしかない。
 ここには『正義』なんてものはない。殺さなければ殺されるし、自らが侵される、侵略される恐怖を克服するためには、形のない正義に成り代わって自らが『正義』になるしかない。
 殺さなければ殺される現実を認め、それまで信じていたものは無力だったと認め、はっきりとした価値観を己の中に作り上げ、冷徹に世の中を見据え、為すべきことを為す。
 今必要なのは、綺麗事と言う名の幻想に身を委ねている己を殺し、己の価値観に従って行動することだ。万人の考える『正義』はなく、あるのは己の中に唯一つ打ち据えた頑強で揺るがない『正義』。
 それさえあれば曖昧で形のない、ぼんやりとした万人の正義に惑わされることはない。苦しむこともない。壊れて人間でなくなってしまうよりはマシだ――。
 七原が言いたいことはきっと、そういうことだ。黒子も言っていることは正しいと分かる。いや、紛れも無く正しいのだろう。
 環境に合わせて変えていくのは当然の事であるし、そうなっても誰も責めはしない。各々の中に各々の考えを持つようになった時点で、誰がどういう考え方をしようが気にすることもなくなる。
 誰も否定はしない。誰にも侵されない。――分かっている。分からないほど黒子は愚かではない。赤座あかりが死んだ時点から……、いや、ここに連れて来られた時から心の底では分かっていた。

 だけど、それでも。私は……。

「どうせお前ら、帰ってこないあいつらのことを立派だのなんだの言って、残されてしまった俺達が頑張るとかそんな感じにまとめたんだろ、冗談じゃねえや」
「……なに?」

 だが、テンコの口から飛び出してきたのは自分を置き去りにするなという不満ではなく、既に鬼籍に入ってしまった竜宮レナや船見結衣も含めての、罵倒だった。
 黒子も、そして恐らくは攻撃に備えていた七原でさえも、予想もしていなかった方向への攻撃に対応できずに口をつぐんでしまう。

「本当、冗談じゃねえ。勝手にオレを押し込んで、出たと思ったら死にやがって、何か言おうと思ったらまた押し込めやがって」

 一体何を言っているんだ? 黒子は言葉の中身を理解できない。自分達はともかく、レナや結衣がこうまで言われる理由など、どこを探してもないはずではないのか。
 身を挺して守り、命を賭けて、削って、ついには落としてしまったあの二人を、こいつはなんで責めているのだ? そもそもこいつは、レナや結衣と親しげに話していたこともあったじゃないか。
 それがどうしてこんな口を叩く。何故二人の死を汚すようなことを言う。死人に鞭打つとかそんなのじゃない、役立たずだったと見下げているかのようじゃないか。

「お前」

 頭の中が真っ白に弾け、言葉の意味を論理的に繋げられずにいた黒子の横から、七原が伸ばした腕がテンコを掴んだ。
 思いっきり、握りつぶすように。ギリギリと指にかけられた力は既に柔らかい果物程度なら中身が弾けるくらいには入っていた。
 あまりにも無表情にそれを為す七原は、まるで桐山和雄のように、黒子には見えた。

「何様のつもりだ」

343解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:19:17 ID:gTKxbL7.0
 返答次第ではそのまま殺す。ナイフのように研ぎ澄まされた七原の言葉は、殆ど真っ直ぐな怒りだったと言っていい。
 テンコの答え方次第ではそのまま殺してしまうだろうという確信がありながら、黒子は何も言えなかった。
 あまりの言葉に脳が追いついていなかったというのもあるが、掴まれたテンコが苦しそうにしながらも七原を睨み返していたからだった。
 自分は間違っていない。何の淀みもなくそう主張する視線を、黒子は見ていた。いや、目を離せなかった。薄情者と切って捨てられなかった。

「やっぱりな。お前も、お前も! 死んだヤツが皆正しいと思ってやがる」

 改めて突きつけられた宣戦布告だった。黒子にも、七原にも。お前たちがたどり着いた結論はどっちも間違っていると蹴飛ばす言葉だった。
 違う。否定したいのではない。黒子は拒絶の色もない、心の奥底まで見定めようとするテンコの瞳を見て、それだけは確信した。
 では何だというのだ? 攻撃であることには変わりがなく、そちらに対する結論は得られない。七原も同様に思ったらしく、力の入れ方はそのままに、受けて立つ言葉を返す。

「守ってもらってたお前が、それを言うのか。言う資格があるのか」
「あるね。あいつらはオレからしてみりゃ『逃げた』んだ。死んで『逃げ』やがった。逃げたヤツのどこが正しいってんだ」
「……あいつらはな、立ち向かっていったんだぞ!」

 普段の七原であれば「そんな大声を出すと誰かに気付かれるかもしれない」などと言って窘めるほどの大声だった。
 あまりの声の大きさに、声が反響して聞こえるほどだった。
 それは空間を、空気を、あらゆるものを震わせる魂の慟哭だった。あれほどに黒子の正義をなじり、意味がないと一蹴した七原が。
 死を侮辱されていることに、強い怒りを見せている。
 そうだ、と黒子は思い出す。七原はレナや結衣の死を認めろと言ったし、誰も死なないハッピーエンドなんてないとも言った。
 だが、死そのものを否定はしなかった。二人の死に対して、テンコのように責めるなんてことはしなかった。
 目を逸らそうとした黒子に逃げるなと言った。それほど――、七原にとって『死』とは大きいものなのだと、今更のように黒子は理解した。

「立ち向かってったら死んでもいいのか。それが正しいなら死んだっていいのか! 自分達だけで勝手に行動を決めて!」
「……それはお前の見方だ。あいつらは逃げてなんかいない! そもそも隠れてたヤツが言うんじゃねえ!」
「お前がそう思うんなら、オレはそう思ってるって話だ! それにオレは隠れてたんじゃねえ! 置き去りにされたも同然なんだよ!
 こんなことになるって分かってたら隠れてなんかいなかった! 好き好んで殺させたりするもんかよ!」
「話にならない……。お前は自分を正当化したいだけなんだろうが!」
「正当化したがってるのはお前だ!」

 テンコの言葉もまた正しい。理屈は通っていなくても言い分は認められるものがあり、否定もできない。
 テンコからしてみれば、自分の行動の権利も与えないまま死んでいった二人は置き去りにしていったとも言える。怒るのは、分かってしまった。
 黒子も置いて行かれるような感覚は、何度も味わったことがあるから。知らないまま関われないというのは……無力であること以上に、辛い。
 だが実情を知っている七原からでは、頭ごなしに否定しているようにしか見えない。感情に任せ筋の通らないことをわめいているだけ。
 だがテンコは黒子と違い「レナと結衣はもう死んでしまった」という事実をきちんと理解している。した上で感情を撒き散らしている。
 ゆえに七原は黒子にしたときとは別の怒りを見せているのだ。置き去りにされたとは考えない。託されたと考える。
 いや、そうして自分を少しでも正しいと肯定できなければ……、
 まだ生きている理由があると己を雁字搦めにしなければ、『理』を信奉していられないのかもしれなかった。
 そんな七原と対極にいるテンコが衝突するのはある意味では当然の帰結とも言えた。
 極論ではあるが、七原はレナと結衣を正しいとし、テンコは間違っているとしているのだ。
 己の価値観に従って、自分の理屈をぶつける。わからないならそれでいい。自分の正しさは自分だけが知っていればいい。そんな風に見えた。

344解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:19:46 ID:gTKxbL7.0
 だから。

「ちょっと、待ってよ」

 交わらないことが、無性に悲しくて、黒子は掠れた言葉で割って入っていた。
 しかしそれは思ったよりも強い調子だったらしい。ぎょっとした様子で黒子を見る一人と一匹は、きっと次の言葉も頭から抜けているのに違いなかった。

「なんで、レナさんと結衣さんのことで言い合ってるんですの? 正しいとか正しくないとか、それは私達の視点であって、レナさんや結衣さんが死ぬ直前に考えてたことじゃないでしょう?
 きっとそんなことなんて考えてない、当たり前の人間として、当たり前のことをしようとしただけで……前も後も先も、きっと考えてなんてなくて……」

 結論のない言葉の羅列。断定などできない。真実は分からない。けれど……同じ人間で、僅かな時間であっても同じ時を過ごしたのだから、感ずることは、できた。

「必死だっただけで……それでもなんとか頭に浮かんだ言葉を残して」

 ――――――あと、任せたから。
 そう綴られた紙を取り出す。
 黒子自身、自分が何を言いたいのか判然とはしていなかった。むしろ何かを語ろうとすればするほど、テンコの言いたいことも分かってしまう。
 どうして殺されなければいけなかったのかではなく、どうして死ぬようなことをしたと焦点を変えれば、理解できないと思っていたテンコの言葉もすっと通る。
 一方で、二人が決して自分勝手に死んだのではないことも分かっている。そうでなければこんな言葉を残したりはしない。誰かを、信じたりはしない。
 きっと正しいし、正しくもない。

「そうとしか、生きられなかったんだと思います」

 だが結局のところ、何も分からないし結論もできない。その上黒子には、七原やテンコのように自分を信じきるなんてこともできない。
 恐らくはきっと、この中で最も愚かな人間であるのだろうし、最も凡俗な考えしか持ち合わせていないのだろう。
 それでも。黒子は言葉を重ねるうちに、やっぱり自分は、あいまいで形もはっきりしない正義を信じたいと思った。
 きっとそれは、黒子自身が愚かで平凡な心しか持ち合わせていないからなのだと思える。
 愚かだから『空っぽの正義』を信じていたのではなく、『空っぽの正義』を信じてしまえるから愚かだと言われてしまうのだと思える。
 そう。当たり前の人として、当たり前のことしかできない、そうとしか生きられない人間だから――、
 何かひとつだけを信奉もできないし、これだと結論もできないのだ。
 例えそれで、救えるものが救えなくなったとしても……。

「……すまね。カッとなった」

 黒子の言葉を最後にしばらくの沈黙が泳ぎ、やがて空気が湿った色を見せ始めたころに、テンコはぽつりと漏らして、するりと七原の腕から抜け出した。
 実際のところは、沈黙している間に七原が力を抜いていたのだろう。
 七原もばつが悪そうに顔を逸らし、しかし口にできる言葉がないようで、小さく息をつくだけだった。

345解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:20:35 ID:gTKxbL7.0
「頭冷やしてくるわ。多分オレがガキなだけだから。コースケにもよく言われてたし」
「……お待ちなさいな。私もお供します」

 とぼとぼと離れていこうとするテンコに向かって、黒子が追随する。意外そうに見返してきたのはテンコで、大きな瞳が訝しげにしていた。
 テンコにとっては七原と黒子は同じような考えの持ち主であり、ついてくるなどとは思いもしていないのだろう。

「アイツ置いといていいのかよ」
「テンコさんに逃げられても困りますし」
「逃げねーよ」
「七原さんも、私の目がない間にやりたいこともあるでしょうし」

 振り返って、黒子は七原に対してライターを擦るような仕草をしてみせる。テンコ以上に意外そうに目を丸くしたのは七原で、
 お前それはいいのかと口に出さず指差し動作で伝えてきたので、黒子はぷいっと顔を背けた。目撃していなければ実際やったかどうかなど分からないことだ。
 黒子は今は目撃しないことにしておいた。それに、七原とは別に黒子も黒子でテンコには言いたいこともあった。

「……勝手にしろい」

 心底うんざりしたという様子で、テンコはのしのしと歩いてゆく。
 黒子ももう七原の方を振り向くことはなく、その後を追った。

     *     *     *

「全く、落ちぶれたもんだ」

 黒子達が視界から消えたことを確認してから、七原は疲れたという様子を隠すつもりもなく、地面に身を投げ出した。
 本当に疲れた。体力の浪費でしかない言い合いをどうしてする気になったのか。他者の戯言と流すことがどうしてできなかったのか。
 そもそも現在の状況を考えれば、ここで二手に別れることは危険な行動ではないのか。
 人数が減ったということは貴重な戦力もなくなり、敵に対する攻撃力も防御力も低下しているということだ。
 こんなところで寝ている暇などないだろう。状況を認識しているなら今すぐ起き上がり白井達に合流して、先程の言い合いは適当に落とし所をつけて……、

346解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:21:08 ID:gTKxbL7.0
「やめだ……」

 そういうのを『大人の判断』ということに気がついた七原は、クソくらえという毒と一緒に思考を蹴り飛ばす。
 虫唾が走る。大東亜の大人達の薄汚い顔も思い出した七原は、五分の間だけ判断をかなぐり捨てることにしたのだった。
 気持ちを少しでも切り替えられないかと仰向けになって空を眺めてみるが、既に陽が落ちた空は雲の影で見える程度で、陰鬱とした気分を晴らす足しにもなりそうになかった。
 ならば物に頼るに限る。せっかく黒子が目こぼししてくれたのだ。やらない手はないと七原は煙草を口に咥え、火をつける。
 思い切り吸い、吐き出す。それだけの行為が妙に心地よい。煙草の成分だけではなく、吐き出した煙と一緒に、一時的に賢しい考えを捨てられたように思えるからかもしれなかった。

「言いたい放題言ってくれるぜ……」

 思い出したくなくとも、直前まで言い争っていたテンコの言葉が浮かんできてしまう。
 勝手に死にやがって。置き去りにされた。
 ロクに状況にも関わっていない奴の言い分、と退けつつも、テンコが言い放った言葉の力に絡め取られている自分がいることも認識していた七原は、オーケイ認めよう、ととっくの昔に燃え尽きて灰になっていたはずのものに声をかけた。
 多分それは、昔から声に出したくても出せなかった嘆きの一部であり、今を生きながらえている七原秋也になるために捨てなければならなかった弱さであり、闇なのだろうと思った。
 口に出してしまえば呪詛になり、己を冒し、朽ち果てさせる猛毒。他者の……それも人間でもない奴の口から聞かされることになるとは笑えない話ではある。

「どうしてこうも、俺が選ばなかった最悪の道を選ぶような奴ばかりと出会うんだろうな」

 白井にしろ、テンコにしろ、選んでしまえば破滅か自滅かの二択しかない道を進んでいる。
 自分が利口などというつもりは毛頭ないが、ならばこの数奇的すぎる出会いは一体何だというのか。
 運命や宿命などというものは七原は信じていなかったが、縁というものだけはまだ信用はしていた。
 慶時、三村、杉村、川田、典子、そして桐山でさえ。出会っていなければ今の自分はない。思うところは数多いが、呪うつもりだけはなかった。
 憎んでしまえば、自分を置いていったとその死を怨んでしまえば――、残された選択肢は二つしかなくなる。
 世界を呪い続けて死ぬか、死者を踏み躙って奪う側に回るか。七原はどちらでもない、その死を糧に、因縁を結んで、戦い続ける道を選んだ。
 考えは変えるつもりはないし、揺らぎはしない。勝つまで続けてやると心に誓っている。

「勝たなきゃな」

347解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:21:32 ID:gTKxbL7.0
 その言葉を締めくくりにして、七原はつかの間の休息を終えた。たった数分の間とはいえ、とりとめのない思考に身を浸して考えていられたこと自体は悪い気分ではない。
 それが生産的、建設的かどうかはともかくとして、久々に自由な感覚を得られたという実感があり、この一点についてだけはテンコに礼を言ってもいいくらいだった。
 今まではずっと、眼前の事態をどうするかだけしか考えてこなかったのだから……。
 立ち上がり、少しのびをして体をほぐした七原は、気持ちばかりの駆け足で黒子とテンコが向かったであろう場所に移動を開始する。
 そういえば、と七原はそろそろ放送の時間帯でもあることを思い出した。禁止エリアがどのように設定されるかを聞き逃してはならない。死者の情報についても同様だ。
 ここまでくれば流石に白井も錯乱することだけはないだろう、と七原は思っていたが、不安要素はあるにはある。さらにテンコもいる。むしろ騒ぎだすとすればこちらだ。
 なるべく、放送が始まるまでに合流した方がいいだろう。研究所内に残してきた荷物の回収もある。早いに越したことはない。
 七原は駆け足を、さらに速めた。

     *     *     *

「で、言いたいことってなんだよ。早く言えよ」
「……前置きはしておきますけど。別にテンコさんを否定しようってわけじゃないですの」

 どうだか、といった風に鼻息を荒くし、テンコは手近にあった小さな岩の上に座って黒子の攻撃に備えているようだった。
 黒子には座るような場所はなかったため、樹の幹に体を預ける形でテンコとの話を再開する。

「テンコさん、これだけは何があっても信じられる……、いえ、そのためになら死んでもいいと思えるようなものはあります?」
「なんだそりゃ。殉教者か? …………んー、まあ、役に立ってやっていいと言えるのはコースケくらいだが」
「そうですか」

 黒子にとっての御坂美琴。だとするなら、テンコの考え方には『コースケ』の思想が深く根付いているはずだった。

「そのコースケさんがここにいるとしたら、やっぱり怒っていたでしょうか。テンコさんみたいに」
「そりゃ間違いねえよ。アイツは自分より誰かが死ぬのが死ぬほど嫌いだからな……。『死ぬつもりなら行かさねえ。オレが絶対に行く』くらいのことは言うだろうしやるだろうぜ」
「それ、さっきのテンコさんじゃないですの」
「違うよ。オレは多分出来なかった。いや実際出来てないしな……。オレ、基本的に他人ってヤツが嫌いだったからよ。それが今も尾を引いてる」

 初めて聞く言葉だった。溌溂としていて闊達なテンコが人嫌いだったという話は意外で――、いや、話そうとはしてこなかったのだろう。
 テンコは苦笑して「んな困った顔すんなよ」と努めて軽く言った。

348解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:21:58 ID:gTKxbL7.0
「オレの種族ってヤツは今までさんざ迫害を受けてきたからな。ヒトなんて信じられねえ、自分勝手な野郎ばかりだって考えが今もまだ根付いてる。
 コースケのお陰でちょっとばかしは信じてもいいって程度になっただけだ」
「だったら」
「最初からクロコと別れていりゃ良かった、んだろうけどな。こうして今不貞腐れてるくらいならそうしときゃ良かったんだろうさ。でもよ、なんか出来なかった」
「なんかって……」
「なんでだろうな……」

 自分でも不思議だと言わんばかりに、テンコは長い溜息をつきながら虚空に漏らした。
 理屈でも感情でもない、不可視の力によってここまで来てしまったのだという感嘆が含まれているようでもあり、黒子はテンコが見ているものを見たくて、テンコが視線を向けた先に目を凝らした。
 しかし黒々とした夜の闇が見えるばかりで、何も分かりそうはない。正確な答えなど、ないということなのだろう。

「言っとくけど、あいつらが嫌いだったわけじゃなからな。でもやっぱり除け者にされたって考えは変わらねえ。あいつらが言わない限り変えない。
 ……だけど、もう何もあいつらから答えは聞けない、聞けないんだよ、ちくしょう」

 過去から堆積してきた人間への不信と、ある人間との出会いによって変化してきた『今』、そういうものがない交ぜとなって憎まれ口として飛び出してしまったのだろう。
 それはそれで、遥かに人間らしいとも黒子は思ってしまう。死は簡単に割り切れるものでもなければ、単一の感情だけでまとめられるようなものでもないというのは、
 水が喉を通るようにすとんと落ちてくるものだった。もっと複雑に感じてもいいし、すぐに結論を出せるようなことでもないというのは、分かっていたはずなのに。

「でも、こういうこと言うとコースケは多分ぶん殴りそうなんだよなあ……。死んだヤツのこと悪く言ってんだもんなあ……。そういう意味じゃシューヤもコースケと同じか……」
「なら、相手が私で良かったですわね」
「それは違いない」

 うむ、とテンコが頷くのを見て、黒子はやはり、自分は中途半端な人間なのだと思ってしまう。
 テンコが悪態をつきたくなってしまうのを理解できる一方で、七原が言うような、この場でそのようにごちゃごちゃと正負の感情を混ぜて考えるのはいつか死を招くというのも正しいと分かっている。
 狂いきれず、正しさに染まりきることもできない。当たり前のことというものを捨てられない、凡庸で特別などではない人間……。

「良かったのかもな、クロコがいてくれて。なんというか、多分、一番お前がまともだよ」
「え?」

 出し抜けに紡がれたテンコの言葉が唐突すぎて、黒子はぽかんと口を空けて間抜けな声を出してしまっていた。
 勘違いすんなよ、とテンコは前置きしてから、しかし今度は刺の抜けた柔らかな口調で続きを言う。

「クロコが正しいってことじゃない。コースケが言いそうなことをシューヤが言ってんなら、きっとシューヤが一番正しいんだろうよ。でも理屈じゃねえんだ。
 昔のオレが、『あいつらはオレを置いてったんだ』っていうのに頷いちまう。理屈じゃ自分は切り離せないんだよ。でもそれを分かってくれるヤツがいなきゃ、オレはきっと悪者でしかなくなる」

 いや、一歩間違えばそうなっていたのかもしれない。黒子が七原の言葉に頷いていれば。テンコは単なる身勝手者として扱われ、放り出されていたであろうことは想像に難くない。
 訥々と語るテンコは、どこか安心しているようにも見えた。まとも、の言葉の中身。その輪郭がぼんやりと掴め始めてきた黒子は、身を固くして言葉の続きを待った。

349解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:22:25 ID:gTKxbL7.0
「正しいことは分かってる。でも正しくなくても信じてしまうものがある……。クロコの中にもあるんだろ?」
「それは……」

 ある、と言い切ることはできなかった。言い切れるほど確固としたものではなく、口に出していいのかどうかも定かではない、なんとなく、にしかなっていないなにか。
 そんなものに縋っているなんて馬鹿らしいとさえ言い切れてしまうもの。誰も救えないとまで言われてしまったもの。
 ――ひとの心の中にある、誰もが持っている当たり前の感性というもの。

「別に言わなくていーよ。多分オレじゃ理解できない。出来てたら、シューヤにガチでキレてねえだろうしな。オレから言えるのは、お前がいたからオレはオレを悪者にしなくて済んだってことだけだ」
「……それって」
「はけ口になったってことだよ、最後まで言わせんな」

 憎まれ口を叩くと、テンコはぴょんと岩から飛び降りて、会話の時間は終わりだと示した。
 結局、テンコの話を聞くだけの形ではあったが、本来黒子が聞こうとしていたことはテンコが話してくれたのでおおよそ目的は達せられた。
 迷い、惑い、これだという答えを出しきれない人達。敵と出会っても敵と認めきれず、同情さえしてしまう人達。
 正しくなんかない人達。
 私は、きっと、それを捨てられないから――、

「――ロコ、クロコ! なんか奥に……!」

 黒子の中で結論が固まりかけた、その瞬間だった。
 何かを叫んで、目の前で大きく跳ねていたテンコの体が、赤いものを撒き散らしながら吹き飛んでいったのは。
 飛沫の一部が黒子にかかる。妙に粘度が高く、まるでよく煮込んだソースのようでもあった。

「ハハハ、ヒャハハハハハッ! まずは、一匹……、お前、どうだ気分は」

 耳障りな高笑い。夜の闇が濃くなってもなお爛々と光る深紅の色をした瞳。
 黒子の全身が総毛立つ。こいつは、間違いない。今テンコに致命傷を与えたと思われる、こいつは……!

「言ってみろよ、置き去りにされた気分をよォ!」
「切原赤也……!」

350解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:22:47 ID:gTKxbL7.0
     *     *     *

 この世で一番の呪いがあるとするなら……それは、きっと言葉だ。
 言葉がどこまでも自分を苦しめる。いつまでも体内の奥深くに沈積し、毒を生み出して痛みを与える。
 俺は、ひたすら苦痛だった。頭の底がひりつくように熱い。どんなに忘れようとしても浮かんできてしまう。

 たるんどる。

 亡霊の言葉。未だに聞こえる……、いや、『ここ』を自分の居場所と定めたときから、より鮮明になって聞こえてくる言葉だった。
 副部長。分かってるんですよそんなことは。俺だってガキじゃない。人間を殺しても副部長が戻ってこないなんてとうの昔から知ってますよ。
 でもあんたはもう戻ってこないんだ。殺しをやめたってあんたは戻ってこない。あんただけじゃない、手塚国光も跡部慶吾も。どんなことをしても戻ってはこない。
 ならせめて殺しはやめろって? 冗談じゃないですよ、俺の一番大切な宝物をブッ壊されて黙ってたら負けでしょ? 怨みぐらい晴らさせてくださいよ。
 それに……、そんな俺を、きっと、これから殺しにいく『悪魔』達は誰も分かっちゃくれないんですよ。殺そうとしてますからね、そりゃそうでしょ。
 だから俺はあいつらにとっちゃ『悪』でしかないし、それで上等っすよ。俺もあいつらは血も涙もない最低野郎どもだとしか思ってないですからね。
 耳を貸してくれるかって期待した連中も、結局俺を置き去りにしやがった。綺麗事を言いたいことだけ言って、残される俺のことなんか考えもしないで。
 じぶんを信じろって? 悪魔じゃないからって? なら生きててくれよ。生きて俺の味方を、なんでしてくれなかった。
 俺を救う言葉を吐くくらいなら、なんで俺に殺された。できないなら最初から吐くんじゃねえ。ただの言い逃げだ。俺にとっちゃ最悪の呪いだ。

 こんなのがただの感情だなんてことも、分かっている。
 でもこうすることでしか――、この無茶苦茶な感情を俺だけは正しいと思わなきゃ、俺は発狂する。
 狂って、野たれ死んで、怨みも晴らせず負けて死ぬよりは、このまま全部殺しつくしてから死ぬ方がマシってもんだ。
 そうさ、だから、俺は、俺は……。

     *     *     *

351解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:23:32 ID:gTKxbL7.0
「どうした! 反撃しないのかァ!? ほら、今なら俺はまだ無防備だぜ! 俺がワンゲーム取ったから、次はお前のサーブだ。俺を止めてみろよ、前も、それにさっき言ったみたいにさぁ!」

 哄笑する赤也。持っていたラケット、それにデイパックを無造作に地面に放り、挑発するかのように手をぶらぶらとさせる。
 丸腰の完全なノーガード。絶好の攻撃チャンスだというにも関わらず、目の前のツーテール女は歯をギリッと噛みしめるのみで何もしてこようとはしない。
 どこまでも汚い女だと赤也は思う。奪ってやったのに、あの女から奪って、置き去りにしてやったというのに。
 性懲りもなく「あなたを、止めます」という言葉が出てきたとき、赤也はこの女をいたぶって苦しませてから殺してやると決意した。
 物陰から機を伺い、最も油断したと思われるタイミングで、弱そうな方から不意打ちをかけて殺したという、悪役の見本のような真似までしてやったというのに。
 反吐が出る、と赤也は思った。

 怒れよ。憤れよ。嘆けよ。お前は今俺と同じになったんだ。こんなどうしようもないクソみたいな世界に置き去りにされたんだ。
 醜い心を出せ。何もかもが間違ってるこの世界で、正しいのは自分だけなんだと言え。全てを呪え。そして殺しあって、忘れようぜ。
 俺達はただの敵同士なんだから。敵を倒す自分は正しい。そうだろ。俺達は殺しあっているときだけ正しさを実感していられるんだ。
 倒すべき敵と戦っているときだけ――、俺達は苦しみから解放されるんだ。そう、これは……これは、戦争(テニス)だ!

「理屈じゃ、ない」
「……は?」

 赤也は言葉を待った。どんなことでもいい、自分を悪かどうか確かめようとする言葉でもいい。何かを言えば、赤也は徹底的に神経を逆撫でするような口を叩くつもりだった。
 だが女の口から飛び出てきたのはどれでもない、まるで独り言のように呟かれた「理屈じゃない」という言葉だった。
 話す気がないのか、それとも錯乱でもしているのか。しかし「あなたを止める」という台詞も耳にしていた赤也は、そうじゃねえな、と思い直す。
 哄笑を吹き消し、つま先を、落としたラケットの柄にかけながら赤也はその次を待つ。
 つまらない事を宣うのならば、すぐにでも痛めつけてやる。錯乱させる暇なんて与えない。

「理屈じゃ自分は切り離せない。私が私でしかないように、あなたもあなたでしかない」
「はっ、なぞなぞのつもりか?」
「だから、たとえ間違っていたとしても。自分を裏切らないために、正しいと信じるために、自分で自分を殺してしまわないために。あなたはそれをなさるのでしょう?」

 話す価値はないか。そう思いかけていたところから、懐に隠されていた鋭い刃を喉元に突き付けられたように赤也は感じた。
 一瞬息が止まる。心臓の鼓動が跳ね上がる。頭の髄を揺さぶられ、鷲掴みにされた感覚があった。
 心を読まれた、などという生易しいものではない。識られている。ネットを飛び越えて、こいつは赤也のコートに踏み込んできたのだ。
 敵……いや、違う。ランクが一つ違う。ただの敵ではない。同じ目線に立ち、同じ地平に立つこいつは――真実の敵だと、赤也の感覚が告げていた。
 吹き消したはずの表情が再び笑いに戻る。しかしそれは侮る哄笑ではない。歓喜の笑みだった。

352解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:23:56 ID:gTKxbL7.0
「分かったような口を利くじゃねぇか」
「私は先程、あなたのような方とお話しておりましたから。
 人を恨みもするし、信じたくもなる。そんな自分を捨てられない、愚かでどこにでもいる当たり前の方と」
「……なぁるほど、さっき殺したのがそいつか。そうかそうか、俺みたいなのが死んで良かったな? 道理で動じてないわけだ」
「いいえ、置き去りにされたと思ってます。あなたの言うように。私に危険を知らせるくらいなら、逃げるなり隠れるなりすれば良かったのに……」

 女が拳を強く握り、震わせる。怒っているのだと分かる。だがそれは赤也が当初意図していたのとは違い、怒りの対象は殺した獣に向いているようだった。
 意外な成り行きではあった。先程殺した二人のようになるかと思えば、今度は赤也が自分の知る全ての知り合いに対して思っているように、この女は怒っている。
 それはそれで、赤也には喜ばしいことだった。先程感じたことは正しかった。同じ地平に立っている。同じ場所に墜ちた同類がいる。嬉しかった。

「ヒトなんかまだまだ信じられないみたいなことを言ってたくせに、結局こうして庇って。竜宮さんや船見さんと同じ。同類です。本当に……」
「そういうこった。最後には誰も彼もが自分勝手に置き去りにしていくんだ。俺達のことなんか考えもしねぇ、テメェの論理だけを押しつけてな。だから――」
「――それでも。私は、白井黒子は、あなたを止めます」

 赤也の言葉を遮り、凛とした姿勢、強い口調、そして真っ直ぐな思惟を伴って、女――、黒子はは赤也を見返して言い放つ。
 あなたとは同類だ。だがあなたとは違う。だから止める。放たれた矢のような視線に射竦められ、赤也は次に言うはずだった言葉を失う。
 代わりに出てきたのは「なぜ」という困惑の呻き。
 お前が俺と同類なら、お前は強くなんかないはずだ。強がってんじゃねえ。お前は何を信じている。
 困惑はやがて、強い反抗の思惟へと変わる。赤也はつま先でラケットを蹴り上げ、空中に浮かせ、利き手で掴み、同時に礫を宙に放っていた。

「何も信じられないような『俺』が! いい子ちゃんぶってんじゃねェぞ!」

 ラケットを振り抜く。『悪魔』の超人的な膂力によって打たれた礫は殺人的な加速力を得て一直線に黒子へと向かう。
 この距離で視認してから動いたところで回避する暇はない。しかし黒子は全く身を動かすことなく、フッとその場からかき消える。
 瞬間移動。先の戦闘でも使われたことを思い出した赤也は、ちっと舌打ちして、木の幹に当たって跳ね返ってきた礫を器用にキャッチする。

「分かってんだろうが。そんな綺麗事が無意味で何の力も持たねェってことくらい。そう抜かす奴から死んでくんだ。
 綺麗事で俺達を否定する奴も、肯定する奴も平等にだ。言いたいだけ言って俺達を苦しめる。死んで勝ち逃げだ。俺はそれが許せねぇんだよ。
 お前だって、何人から言われた? 何人に勝ち逃げされた? さっきの放送じゃ何人知り合いが死んだ? 言ってみろよ?」
「……っ、放送……?」

 声は真後ろから。すかさずバックハンドで礫を放つ。手応えはないが、黒子が赤也の真正面に移動してくる。
 その表情に焦りがあったのを、赤也は見逃さない。

「なんだ聞き逃したってか? それともバッグの中にでも入れてて気付いてなかったか? まあいい、俺が教えてやるよ。さっきの放送で死んだのは――」

353解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:24:24 ID:gTKxbL7.0
 滑らかな口調で死者の名前をひとつずつ挙げてゆくと、そのうちの一人に大きな反応を黒子が示した。
 明らかな動揺。明らかな隙。それを見逃すほど切原赤也というテニスプレイヤーは甘くない。
 すかさず礫を取り出しラケットで打ち出す。黒子は赤也の正面にいたため動作は見えていた。しかし能力の行使に精神の影響でも出たのか、
 回避の瞬間移動は少し横にズレただけで先のように大きな距離を移動していない。そうなることを赤也は分かっていた。
 テニスでもメンタルは試合運びに大きく影響するからだ。ワケの分からない超能力であってもそれは同様。そして、次の一手は既に打ってある。
 『取り出した礫は二つあった』。移動した後の黒子がまだ宙に浮いているもう一つの礫に気付いたようだが、遅い。
 二射目。間を置かず放たれた二射目の礫は、黒子に能力行使の暇も与えず右手に直撃させた。まずは利き手を潰す。
 違っていても今度は反対を潰せばいいだけの話だった。
 プロのテニスプレイヤーの打球を受け、なおかつ打球が硬い礫であれば甚大なダメージは免れない。
 黒子は右手をやられた上に球威に耐えられず吹き飛ばされ、無様に地面を転がる。

「ヒャハハハハッ! ビンゴォ! やっぱりいやがったみたいだな。さあ言ってみろよ、ミサカミコトって奴が死んだ感想をよォ!」

 赤也はゆっくりと、倒れた黒子に近づいてゆく。
 あの動揺の走り方からして、相当親しい間柄であったことは想像できる。普通に放送を聞いていれば、ショックで崩れ落ちるくらいには。
 止めようなどとほざいている黒子の知り合いだ。同じように綺麗事を言うような奴で、さぞ立派な奴だったのだろうと赤也は想像する。

「俺も一人死んでたよ。遠山金太郎ってガキでな。そんなに知ってる仲じゃねえが、能天気でバカほどテニスが好きな、いいプレイヤーだった」
「うっ、ぐ……」

 ダメージは思いの外あるらしく、起き上がろうとするが上手く力が入らないようだ。
 赤也は周囲に警戒を払いつつさらに黒子に近づく。

「いい奴から先に死ぬ。でも悲劇なんかじゃねえ。勝利宣言して逃げてっただけだ。こっちから何もできないのを良いことにな。
 正しいことをして死ねば残った奴が魂を引き継いでくれるとか思ってやがるし、改心してくれるとか思ってやがるんだ。副部長も、あの女どもも」
「……そう、でしょうね。正しく受け止めてくれるとばかり思ってる……」
「はっ、やっぱ分かってんじゃねぇか」
「……正しいからって、それがひとを救うとは限らない……。いえ、それが却って毒になってしまうようなひともいる」
「そうだ。後を継いだって、どうしたって……もう取り返しがつかない。俺は別に自分の志なんてなかったんだ……。
 こんなゲームなんてどうだっていい。俺はただ、皆でテニスがしたかっただけなんだ……。テニスの試合をして、勝ちたかった……」
「……そんな『過ち』を、あの人達は認めてくれないと思ったから」
「俺は俺だけを正しいと思うことにした。お前の考えてる通りだ。間違ってる俺を正しいと。
 お前なら分かるだろ? 誰も守れねェ矛盾した正義を抱えたお前なら。そして、俺に残された道はただ一つだ」
「ぐうっ!」

 倒れた黒子の、礫を直撃させた右手。赤也は容赦なくそれを踏みつけた。くぐもった声に合わせて黒子の体が跳ねる。
 相当の激痛であることは容易に想像がついたが、構わず靴底をぐりぐりと擦りつける。

354解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:24:48 ID:gTKxbL7.0
「立海大付属は常勝不敗。俺に残されたものはそれだけだ。勝って勝って勝ち続けて、間違った俺が最後には絶対に勝つんだってことをどいつにもこいつにも分からせる」
「……かはっ、それ、で、勝って……どうする、んですの」
「喋れる余裕があるのか、ちっ」

 横腹を思い切り蹴飛ばす。頭でも良かったが、それでは気絶してしまう恐れがあった。
 気絶なんてさせない。逃げさせない。ボロボロにして、痛めつけて、抵抗の口も利けないくらいにしてから殺す。
 蹴られた黒子は何度か地面をバウンドし、いくらか転がった後に止まった。

「言ったろ、それしかないって。勝った先なんてねぇ。終わりなんてねぇんだ。勝つ俺を示し続ける。俺の未来なんてとうに死んじまってんだよ」

 空っぽの立海大付属テニス部。そんなものでも、赤也は縋ってしまう。黒子が言うように、いまさら自分を切り離すことなんてできないのだ。
 違う、間違ってる、まだやり直せる。分かり切っている。それでも――自分は自分でしかないから。
 だから俺は、大人になれない。

「……ひとりで勝ち続けて……全部振り払って……でも、それは」

 まだ減らず口を叩けるのか。
 転がった先で黒子が掠れた声を出すのを聞いて、赤也は少し早いと思いながらも左腕を潰すために礫を取り出す。
 骨を狙って、折れるまで球を叩きこんでやる――。

「……寂しい、ですわよ」

 そう考え、礫を宙に放った赤也は、しかしそのまま硬直した。
 寂しい。間違ってるではなく、そのように考えるのは寂しいと。白井黒子は投げかけたのだ。
 大切な人、が、『どっか』にいるって、それだけ、信じて、くれても――。
 突然反芻されるあの時の言葉。嘘吐きの言葉。勝ち逃げした奴の言葉。未だに俺を苦しめようとする言葉……!

「だったらなんだってんだ!!!」

 ざわりと、まとわりつく虫を払おうとするように赤也は礫をラケットで打ち出す。
 しかし狙いをロクにつけていなかったためか、礫は明後日の方向へ飛んでいき、黒子には掠りもしなかった。

「本当は、それだけじゃないかもしれない……。正しさだけを伝えようとしたんじゃない……。生きて、欲しかったから出した言葉だってことも、あるかもしれない」
「……そんなワケがあるかよ! だって、それなら、なんで俺に殺され……俺より強いんなら、俺を止められるはずだ! 弱いから、正しいことしか言えないから俺が殺した!」
「そうじゃない……。たとえ殺されるかもしれなくても……、そうとしか生きられなかったから……! 当たり前の人間として、当たり前のことをしようとしたから……!」

355解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:25:24 ID:gTKxbL7.0
 血を吐くように論理を紡いで、白井黒子は立ち上がる。当たり前のこと。礼儀を守る、困っている人がいれば助ける――。
 誰もが持っている道徳。こんな殺し合いの場でも無意識のうちに出してしまう、手を差し伸べる優しい気持ちのこと。
 普通に生きていれば、どうしようもないくらいに奥底に根付いてしまっているもの。
 人を愚かにもしてしまう、憐れで尊い、ただ一つのもの。

「正しくはないです。それどころか無価値で、無意味で、何の力も持たないかもしれない。
 人を救わないかもしれないし、悲しませもする。空っぽで中身のない正義も同然かもしれません。
 でも、それを信じて、従って、行動しているひとがいるから……! 竜宮さん、船見さん、テンコさんのように、最期まで信じてたひと達がいるから!
 私は、その『正義』を守る、《風紀委員》ですの!」

 凛として咲く花の如く。力強く《風紀委員》の腕章を握りしめて告げる黒子は、赤也の目から見ても間違いなく――正義だった。
 そうか、だからコイツは……。
 黒子の信じるものの正体を知った赤也は、薄く緩やかに納得の吐息を出した。

「弱者の側に立ち、弱者を守る。……なるほど、正義の味方だ」

 もう少し早くお前に出会えていたらどうだっただろうな。赤也はその言葉は飲み込む。
 所詮は仮定の話。置き去りにされた自分を救ってくれたかもしれないということも、自分で自分を殺さずに済んだかもしれないということも――。

「じゃあ俺は、やっぱお前が何も守れないし救えないってことを証明しなきゃなァ!」

356解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:25:41 ID:gTKxbL7.0
 全ての空想を掻き消し、赤也は地面に落としていた礫を、地面ごとすくい上げるようにしてラケットで打つ。
 礫と共に黒子に飛来する無数の土と砂塵。殆ど指向性地雷のように前方広範囲に撒き散らされたそれを避けるには瞬間移動しかない。
 果たして赤也の予想通り、黒子の姿がフッと消える。その瞬間に赤也は、お辞儀をするように頭を下げた。

「なっ!?」
「読めてんだよバーカ! 格の違いを知れ!」

 読みは単純。殺さずに戦闘力を奪おうとするなら脳天に強い打撃を加えての打撃しかない。手をやられているのだから、足で打撃を行うしかない。
 ならば蹴りだ。しかし小柄な黒子が赤也の頭に蹴りをぶち当てるためには、高さが足りない。届かせるためには。瞬間移動しかないということだ。
 そして赤也は天才的テニスプレイヤー。ただ回避しただけではない。既に次の攻撃は放たれていた。

「そら、戻ってきたぜ!」
「っ!?」

 黒子の視界には、『木の幹に当たり跳ね返ってきた礫』が映っているはずだった。
 元々初撃で当てるつもりなどない。跳ね返した第二射こそが本命だ。土を派手にめくったのもそのために過ぎない。
 赤也はさらに礫を取り出しながら、さあどうすると黒子にサディスティックな問いかけをする。
 また瞬間移動して逃げるか? したとしてもたかが距離は知れている。即座に見つけて第三射。それで今度こそ左手を潰してやる。
 受けても結果は同じ。ふわふわした空中姿勢でロクにガードもできるとは赤也は思っていない。無駄と分かっていても逃げるしかない。
 ここで逆転する手段などあるものか。そう考え、黒子がどこに逃れても追撃できるようにラケットを構えようとしたところで、
 赤也の培われてきたテニスプレイヤーとしての勘が一つの可能性を告げた。

「……っとォ!」

 高く跳躍し、器用に側転を繰り返しながら、『赤也に向かってきていた銃弾』を回避していく。
 銃弾など所詮は変化球のかからないテニスボールに過ぎない。打ち返すのも容易いが、避けることなどもっと容易い。
 勢いを殺さないまま地面を滑りつつ、赤也は挑発するように、発砲した主へとラケットを向ける。

「まーたやられに来たのか?」
「借りを返してもらいに来たんだよ。……白井、無事か?」
「……すみません、不覚を取りましたわね、七原さん」
「全くだ、間一髪だったぞ」

 瞬間移動を使って、黒子は助け舟を出した七原へと合流する。
 どうやらこの二人はまだ行動を共にしていたらしい。或いは男の方――七原――が、銃口を向けて牽制しつつ黒子に態勢を立て直させている。
 二人には以前にはなかった繋がりが生まれているように思えた。息の合ったダブルスには程遠いが、形にはなっている。
 関係ない。勝つだけだ。手を差し伸べさせてたまるものか。お前達なんかに、負けてたまるものか。

357解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:26:03 ID:gTKxbL7.0
「……助けられておいてなんですけど、しばらくあの方のお相手は私に任せていただけませんか?」
「助けられておいて、随分な言い草だな……。お前、まさかアイツを止めるとかいうつもりじゃないだろうな」
「そのまさかですけど」
「……正気を疑うな。いいか、アイツは」
「竜宮さんと船見さんを殺した。そのうえテンコさんまで殺しました」
「な……」
「だから――、だからこそなんです。あの方はどうしても私が止めなきゃいけないんです」
「……オーケイ」
「ほー、ご相談の結果はシングルスか。いいぜいいぜ、俺はそっちのが得意だ」

 七原が下がったのを確認して、赤也は黒子を見る。
 タイマンで勝負してくれるというのだ。赤也としても願ったりかなったりではある。
 この女は。白井黒子という女は、切原赤也がこの手で始末しなくてはならない。あれは先程殺した二人以上の、真実の敵であるから。
 同じ場所に立っているのに、正しさを認めきれないことを知っているくせに。それでもと言うこの女だけは、自分が殺さなくてはならない。

「七原さん。手出しはしてくれて構いません。やれると思ったら、やってしまっていいです。それも正しいと私は思いますから」
「お前に俺は止められねェし、そっちも俺は殺せねェよ。勝つのは俺なんだからな」
「あなたにも、七原さんにもやらせないつもりではありますけど。どうでしょうね、分かりません。でも私は結局、私でしかありませんから」

 赤也は悪魔のように舌なめずりをし、天使のように笑った。
 俺は俺でしかないし、お前はお前でしかない。
 同じだったはずなのに、可笑しいね。

「さあ――。試合を始めようぜ。俺が勝って、お前のちゃちな幻想をぶっ殺してやる!」
「……想いは、死なない!」

358解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:26:18 ID:gTKxbL7.0


【テンコ@うえきの法則 死亡】




【B−5 森/一日目・夜】

【切原赤也@テニスの王子様】
[状態]:悪魔化状態
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本、瓦礫の礫(不定量)@現地調達
    燐火円礫刀@幽☆遊☆白書、真田弦一郎の帽子、銛@現地調達
基本行動方針:立海大付属は常勝不敗。残されたものはそれだけだ。

【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:頬に傷 、『ワイルドセブン』であり――
[装備]:スモークグレネード×1、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾5)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
1:黒子にある程度は任せるが、いざとなったら自分が赤也を殺す。
2:白井黒子の行く着く先を見届ける。
2:走り続けないといけない、止まることは許されない。
3:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる? 研究所においてきた二人分の支給品の回収。
4:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。

【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:全身打撲および内蔵損傷(治療済み)『風紀委員』
[装備]:メイド服
[道具]:基本支給品一式 、テンコ@うえきの法則、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書(表紙)@バトルロワイアル
基本行動方針:レナや結衣が守ろうとした『正義』を守る。その上で殺し合いを止める
1:七原よりも先に赤也を止めてみせる。
2:初春との合流。
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。

359 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:26:38 ID:gTKxbL7.0
投下は以上となります。

360名無しさん:2014/09/13(土) 21:36:26 ID:mU/BqGzQ0
投下乙です

テンコ、お疲れ様
本当に死ぬ時はあっさりと死ぬのがロワの無常さ
さて、七原と黒子のコンビの前に悪魔が現れた
黒子はその正義を抱えたままこの悪魔を止められるのか…

361名無しさん:2014/09/13(土) 22:48:24 ID:sWdpUijwO
投下乙です。

自分は自分でしかいられない。
変則三つ巴。その勝者は誰か。1か2か3か。


小さいテンコは、手甲から上半身を出してるので、歩けません。

362名無しさん:2014/09/13(土) 22:51:05 ID:F3stySE60
投下乙です。
割り切ろうとした者も辛いし、割り切れるはずないと罵倒する者も辛い
それでも立ち上がるのは、悲しいことを悲しいだけにしたくないから
否定されたままで終わりたくないから

テンコは本当にお疲れ様…こいつも”子ども”の一人だったのだなぁと思わされる

363 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/14(日) 21:36:43 ID:HNPnQbrM0
確認したところ、
・禁止エリア設定はされていないのに七原が言及している
>>361の指摘の通りテンコが歩いている

上記二点がありましたので修正した後に修正箇所部分を再投下したいと思います。
ありがとうございます。

364 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/14(日) 22:58:43 ID:HNPnQbrM0
以下のレス箇所を下記に差し替えたいと思います。この後特に何もなければそのままwikiに収録したいと思います。
>>345

「頭冷やしてくるわ。多分オレがガキなだけだから。コースケにもよく言われてたし」
「……お待ちなさいな。私もお供します」

 とぼとぼと離れていこうとするテンコに向かって、黒子が追随する。意外そうに見返してきたのはテンコで、大きな瞳が訝しげにしていた。
 テンコにとっては七原と黒子は同じような考えの持ち主であり、ついてくるなどとは思いもしていないのだろう。

「アイツ置いといていいのかよ」
「テンコさんに逃げられても困りますし」
「逃げねーよ」
「七原さんも、私の目がない間にやりたいこともあるでしょうし」

 振り返って、黒子は七原に対してライターを擦るような仕草をしてみせる。テンコ以上に意外そうに目を丸くしたのは七原で、
 お前それはいいのかと口に出さず指差し動作で伝えてきたので、黒子はぷいっと顔を背けた。目撃していなければ実際やったかどうかなど分からないことだ。
 黒子は今は目撃しないことにしておいた。それに、七原とは別に黒子も黒子でテンコには言いたいこともあった。

「……勝手にしろい」

 心底うんざりしたという様子で、テンコはぱたぱたと翼をはためかせて飛んでいった。
 黒子ももう七原の方を振り向くことはなく、その後を追った。

     *     *     *

「全く、落ちぶれたもんだ」

 黒子達が視界から消えたことを確認してから、七原は疲れたという様子を隠すつもりもなく、地面に身を投げ出した。
 本当に疲れた。体力の浪費でしかない言い合いをどうしてする気になったのか。他者の戯言と流すことがどうしてできなかったのか。
 そもそも現在の状況を考えれば、ここで二手に別れることは危険な行動ではないのか。
 人数が減ったということは貴重な戦力もなくなり、敵に対する攻撃力も防御力も低下しているということだ。
 こんなところで寝ている暇などないだろう。状況を認識しているなら今すぐ起き上がり白井達に合流して、先程の言い合いは適当に落とし所をつけて……、

365 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/14(日) 23:00:02 ID:HNPnQbrM0
>>347

 その言葉を締めくくりにして、七原はつかの間の休息を終えた。たった数分の間とはいえ、とりとめのない思考に身を浸して考えていられたこと自体は悪い気分ではない。
 それが生産的、建設的かどうかはともかくとして、久々に自由な感覚を得られたという実感があり、この一点についてだけはテンコに礼を言ってもいいくらいだった。
 今まではずっと、眼前の事態をどうするかだけしか考えてこなかったのだから……。
 立ち上がり、少しのびをして体をほぐした七原は、気持ちばかりの駆け足で黒子とテンコが向かったであろう場所に移動を開始する。
 そういえば、と七原はそろそろ放送の時間帯でもあることを思い出した。以前参加させられたときと異なり禁止エリアが設定されることはないが、死者の情報については一緒に聞いておいた方がいい。
 ここまでくれば流石に白井も錯乱することだけはないだろう、と七原は思っていたが、不安要素はあるにはある。さらにテンコもいる。むしろ騒ぎだすとすればこちらだ。
 なるべく、放送が始まるまでに合流した方がいいだろう。研究所内に残してきた荷物の回収もある。早いに越したことはない。
 七原は駆け足を、さらに速めた。

     *     *     *

「で、言いたいことってなんだよ。早く言えよ」
「……前置きはしておきますけど。別にテンコさんを否定しようってわけじゃないですの」

 どうだか、といった風に鼻息を荒くし、テンコは手近にあった小さな岩の上に座って黒子の攻撃に備えているようだった。
 黒子には座るような場所はなかったため、樹の幹に体を預ける形でテンコとの話を再開する。

「テンコさん、これだけは何があっても信じられる……、いえ、そのためになら死んでもいいと思えるようなものはあります?」
「なんだそりゃ。殉教者か? …………んー、まあ、役に立ってやっていいと言えるのはコースケくらいだが」
「そうですか」

 黒子にとっての御坂美琴。だとするなら、テンコの考え方には『コースケ』の思想が深く根付いているはずだった。

「そのコースケさんがここにいるとしたら、やっぱり怒っていたでしょうか。テンコさんみたいに」
「そりゃ間違いねえよ。アイツは自分より誰かが死ぬのが死ぬほど嫌いだからな……。『死ぬつもりなら行かさねえ。オレが絶対に行く』くらいのことは言うだろうしやるだろうぜ」
「それ、さっきのテンコさんじゃないですの」
「違うよ。オレは多分出来なかった。いや実際出来てないしな……。オレ、基本的に他人ってヤツが嫌いだったからよ。それが今も尾を引いてる」

 初めて聞く言葉だった。溌溂としていて闊達なテンコが人嫌いだったという話は意外で――、いや、話そうとはしてこなかったのだろう。
 テンコは苦笑して「んな困った顔すんなよ」と努めて軽く言った。

366 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/14(日) 23:01:25 ID:HNPnQbrM0
>>349

「正しいことは分かってる。でも正しくなくても信じてしまうものがある……。クロコの中にもあるんだろ?」
「それは……」

 ある、と言い切ることはできなかった。言い切れるほど確固としたものではなく、口に出していいのかどうかも定かではない、なんとなく、にしかなっていないなにか。
 そんなものに縋っているなんて馬鹿らしいとさえ言い切れてしまうもの。誰も救えないとまで言われてしまったもの。
 ――ひとの心の中にある、誰もが持っている当たり前の感性というもの。

「別に言わなくていーよ。多分オレじゃ理解できない。出来てたら、シューヤにガチでキレてねえだろうしな。オレから言えるのは、お前がいたからオレはオレを悪者にしなくて済んだってことだけだ」
「……それって」
「はけ口になったってことだよ、最後まで言わせんな」

 憎まれ口を叩くと、テンコはぴょんと岩から浮いて、会話の時間は終わりだと示した。
 結局、テンコの話を聞くだけの形ではあったが、本来黒子が聞こうとしていたことはテンコが話してくれたのでおおよそ目的は達せられた。
 迷い、惑い、これだという答えを出しきれない人達。敵と出会っても敵と認めきれず、同情さえしてしまう人達。
 正しくなんかない人達。
 私は、きっと、それを捨てられないから――、

「――ロコ、クロコ! なんか奥に……!」

 黒子の中で結論が固まりかけた、その瞬間だった。
 何かを叫んで、目の前で大きく動いていたテンコの体が、赤いものを撒き散らしながら吹き飛んでいったのは。
 飛沫の一部が黒子にかかる。妙に粘度が高く、まるでよく煮込んだソースのようでもあった。

「ハハハ、ヒャハハハハハッ! まずは、一匹……、お前、どうだ気分は」

 耳障りな高笑い。夜の闇が濃くなってもなお爛々と光る深紅の色をした瞳。
 黒子の全身が総毛立つ。こいつは、間違いない。今テンコに致命傷を与えたと思われる、こいつは……!

「言ってみろよ、置き去りにされた気分をよォ!」
「切原赤也……!」

367名無しさん:2014/09/15(月) 08:01:43 ID:Kq910CTY0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
100話(+4) 18/51(-0) 35.3(-0.0)

368 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:49:41 ID:rGsWCH4k0
投下します

369――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:51:53 ID:rGsWCH4k0

実のところ菊地善人は、これまでの人生で『後輩』というものを持ったことがない。

もちろん、彼は吉祥寺学苑の三年四組に所属する学生なので、同学苑の一年生と二年生の全員が彼の『後輩』にあたる。
しかし、部活動だとか生徒会のような活動もしていない上に、人間関係もクラスメイトもしくはネット上で作った交友関係のなかで満足している菊地にとって、『自分の後輩』と呼べる存在はいなかった。

それが、ここにきてたくさんの『後輩』を持った。
杉浦綾乃、越前リョーマ、綾波レイ、植木耕助、碇シンジ。
さらに言えば、彼等の友人でありこれからの護るべき対象でもあるアスカ・ラングレーや天野雪輝を加えたっていいかもしれない。
ことに植木耕助や杉浦綾乃とは友人として対等に仲良くしてきたけれど、『先生』になったつもりで年長者ぶってきたのも、先輩としての責任感やら格好つけたい気持ちやらがあってのことで。
相談に乗ったり、見守ったり、からかったりするのは、新鮮で心地が良かった。

『変な意味じゃないぞ』ときつく前置きした上で言うなら――後輩たちは、可愛かった。
『死』を何度も突きつけられて、年相応に泣いたり傷ついたりしながらも、成長しようとしている。
未熟なりにできることを見つけて、大切なものを守ろうとしている。
そんな彼らを応援してやりたい、もう誰ひとりも死なせたくないという想いが菊地にはあった。

(だから、許せねぇ。許せるはず、ないだろ)

耐えるように、痛みを背負ってザクザクと歩く植木耕助。
それを見ていると、やりきれない悔しさで胸が痛んだ。

碇シンジも、神崎麗美も、高坂王子も、宗屋ヒデヨシも、まるで虫けらのように容易く殺されてしまった。
彼らの精一杯に足掻くことを嘲笑うかのように。人の命を奪うことに、何の痛みも感じていないかのように。

(最初は、俺だって信じようとしたんだ。あの常盤がまた手を汚してるなんて、思いたくなかったからな。でも……)

菊地が自ら体当たりでぶつかって本音を吐露させ、人災とはいえ最終的には“キス”までする仲になった常盤愛の改心が嘘だったなんて、いつもの菊地ならまず信じないだろう。
しかし、そうとでも考えなければ説明がつかない。

それは、あの時の常盤たちが“あの場から離れる植木と菊地を追撃しなかった”ことに対してだ。
素直に考えれば、おかしい。
新たな戦力として菊地が参入したとはいえ、あの時の三人は重傷のヒデヨシをかばいながらの撤退で、浦飯の力に対する備えなど何も無かったのだから。
さらに言えば、あの二人組が『殺し合いに乗っていない振りをして参加者を襲う』というスタイルを取っているなら、既にやり口がバレている植木たちの口封じをしないのは明らかに不味い。
『凶悪なビームで植木を殺そうとして何も悪くないヒデヨシを死なせたが、その後は何もせずに見逃した』ことを説明する合理的な理由など、ひとつしかない。つまり――

(つまり、アイツらは”俺たちを利用しようとした”ってことになっちまうんだよ。
『もしかして何かの誤解だったんじゃないか?』って、クラスメイトの俺に思わせるために)

事実、もしあの場に現れた菊地が『植木を探して追ってきた仲間』ではなく『ただの通りすがりのクラスメイト』だったとしたら、常盤を信じようとしていただろう。
植木とヒデヨシの側が悪者だった……とは考えないまでも『植木たちにも殺意を持たれてしまうような落ち度があったんじゃないか? その証拠に菊地のことは攻撃しなかったんだから』と思いなおして、南へと引き返すぐらいのことはしたかもしれない。
そして、そうなっていたら。
彼女が得意とする泣き落しと口八丁で信用させられて、杉浦綾乃や越前リョーマに綾波レイといった後輩たちの情報を全て売りわたしたあげくに――彼らのところまで合流するや皆殺しを実行されていただろう。

370――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:53:59 ID:rGsWCH4k0

だから、ぞっとする。
よりにもよって、『三年四組の絆』を利用して大切な仲間たちを殺そうとした、その謀略に虫唾が走るし、許せない。

「負けるもんかよ。勝ち残るのは――おれ達だ。そうだろ、植木」
「どうしたんだ、急に」

再確認するように声に出すと、植木が足をとめ、振り向いた。

「いや、放送を聞いて色々考えてたのも落ち着いたし、決意表明ってやつかな。
アドレス交換で別行動もとりやすくなったけど、今後もまとまって行動する。
放送前に出くわした連中にリベンジするためにも、今は結束を固める時期だからな」
「ああ。とりあえず、海洋研究所に行って綾乃を探す。そこに誰もいなかったら、『天野雪輝』たちを探すのも兼ねて南下する。
ただし、あの二人組がいそうなホームセンター周りは避ける。それでいいんだよな?」

放送前に打ち合わせしたことを、植木はしっかりと覚えていた。
そして、放送が終わってからもその方針は変わらない。むしろいっそうの急務となる。

「現時点では、そうするしかないな。越前たちの無事は放送で確認できたし、今は杉浦の捜索を優先したい。
放送で知り合いの名前が二人も呼ばれちまったから、動揺してるだろうし……もともと『海洋研究所』ってのは、学校で待ち合わせした後に向かう場所だったからな。
はぐれた杉浦が、そこで合流するために先回りしてる可能性もある。
シンジや日野日向さんの遺言を後回しにするようで、心苦しいところなんだが」

最後に関しては、今は亡き二人だけでなく植木に対しても心苦しいところだ。
亡き友達から天野雪輝や綾波レイを護ってほしいと頼まれたのに、その合流が後回しにされているのだから。

「たしかにシンジ達との約束は大事だけど、後悔なんてしねぇよ。綾乃だってとっくに友達なんだ。
それにシンジだってきっと、『自分の知り合いを守ってほしいから、綾乃を見捨ててくれ』なんて言わねぇよ」
「そうだな」

碇シンジがしっかりと植木のなかで生きていることを再確認して、ほっとする。
気を取り直して野道を歩きながら、しかし思うことがあった。

(植木は今でも、『自分を含めて、全員を救う』つもりでいる。
その『全員』の中には『あいつら』も入ってるのか?
……いや、問題は植木じゃなくて俺だ。俺はたぶん、『あいつら』を救う数に入れてない)

少なくとも、バロウ・エシャロットや浦飯と常盤のような悪党を救いたいという意思はない。
連中が心底から罪を悔いて殺し合いを終わらせるために力を尽くしてくれるというのなら、菊地は後輩たちのまとめ役として、唯一の三年生としてそれを認めて受け入れるべきなのだろう。
しかし、連中がそんな真似をするとはとうてい信じられなかった。信じるには、あまりにも菊地から奪いすぎている。
連中の命と仲間のそれが天秤にかかれば、菊地は後者を優先する自信があった。

(だから……『ここから先は大人の時間だ』ならぬ『先輩の時間』ってわけか?
もっとも、そんなふうにカッコつけて敵を排除するには、覚悟が足りてないけどな)

『全員を救いたい』という植木の夢は、友達として応援してやりたい。
『人を殺さないですむ方法を見つけたい』という綾乃の宿題は、叶ったところが見たい。
綾波レイがバロウを殺そうとした時に止めるべきだったとしたのも、弾みで一線を超えて欲しくなかったからだ。
しかし、そろそろ菊地善人自身の選択をする時が来ているんじゃないか。
自分のために、失いたくないものを護るために、どうありたいのかを選びとらなければ。
そっと、制服の内ポケットに忍ばせたデリンジャーをなでた。
それは図書館で杉浦綾乃に覚悟を問うた時から、ずっと持っていたものだ。
バロウ・エシャロットとの二度目の戦いでは、この拳銃を使わなかった。
その時に使っていたジグザウエルを天野雪輝に与えてしまった今となっては、この武器こそが菊地善人の『最終手段』となる。

371――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:55:05 ID:rGsWCH4k0
(つっても……一人で抱え込んでちゃ世話ねーよな。
アイツらとまた会った時の対処も打ち合わせしときたいし、まずは相方に相談といくか)

煮詰まってきたことを自覚して、ふぅと吐息する。
なぁ植木、歩きながらでいいから聞いてくれるか。
そう切り出そうとした時だった。
植木が、前方を向いていた。
より正確に言えば、進行方向からはやや東にそれた山際の景色を。

「おい、菊地。あれ……!」

指さされた方角を、菊地も見る。
現在地との位置関係を考えればC-6のあたりだろうか。
山裾の手前、少し丘になった地形の上に、背の高い建物が見えていた。
おそらくはホテルだろう。問題は、そのエントランスが遠目にも分かるほど半壊していることだ。
外壁には巨大な鉄球が貫通したような穴があき、地面が黒ずんだようにぼやけているのは夕闇にも焼け跡だとわかる。
学校周辺の騒動の余波にかかずらっていた菊地たちには、その争いがいつ行われたものなのか分からない。
もしかするとまだ負傷者があの場所にとどまっているかもしれないし、もっと言えばここからは確認できないだけで、戦闘は継続しているかもしれない。
さらに言えば、杉浦綾乃がその争いに巻き込まれている可能性も低いけれどゼロではない。
『海洋研究所で待っているかもしれない』というのも彼女に冷静な判断力が残っていたとしての話でしかなく、急にはぐれてしまった上に知り合いも全滅したショックでどこにさ迷い歩いていくかなど断定できやしない。

「菊地」
「その顔を見るに、そっちも同じ意見みたいだな」

二人は頷き合い、進路の変更を決めた。





ヒュン、と空気を裂くような音。
そして、石の礫が反響する重たくて鈍い音。
それらが連続しながら、山の中を駆け抜けていた。

「どうしたァ!! 逃げてばっかじゃ、俺からエースは取れねぇぞ!」
「そういう貴方こそ! 狙いが、甘くなってますのよ!」

狙い放たれた剛速球の数々を、黒子は木の幹を盾とすることで防ぐ。
道中で補充したらしき石の塊は、人間の腕力で撃ったとは思えない威力で木の幹をドカドカとえぐった。
当たらなかった幾つかの礫は後方の木々にあたって反射し黒子の足元を襲ったが、それを黒子は瞬間移動ではない、ただの跳躍で回避する。

「逃がすかよォ!」

しかしタイムラグを利用して、切原は移動していた。
素早く回り込んだのは、黒子の姿が丸見えになる、木の側面方向だ。
次弾を撃つために、ぐるりと弧を描くようにその位置へと移動して――

「まだまだ、です!」
「ぶはっ……!!」

だが、その眼前を塞ぐように太い枝が落下してきた。
直撃は避けた。しかし枝先が白い髪にひっかかり、はらいのけるための時間を要する。
その落下を生んだのは、黒子が拾って転移させた落ち葉だった。
葉っぱを使って枝を切断する――手品のような芸当だが、これも『移動した物体は、移動先の物体を押しのける』からこその応用技だ。
追撃にうつるべく、さらに瞬間移動で跳ぶ。
頭上からの飛び蹴りは読まれると踏んで、低い位置での足払いを選択。
しかしその払いは、スプリットステップによる横方向への跳躍でよけられた。
体勢を立て直すために費やされた時間は、双方ともにほぼ同時。
そして、さらなる攻防を交わすために両者は駆ける。

372――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:56:35 ID:rGsWCH4k0
「お前ら……少しは、付いて行く方のことも考えろっ!!」

拳銃を片手に、機関銃を背負って山を下りながら、七原は悪態を大声にした。
すっかり汗だくになっている。
ぜぇはぁと喘ぎながら、走っている。
七原はこれでも一応、『必要ならば介入してもいい』と双方から了解までもらっているはずなのだが――この二人、かなり、知ったこっちゃないように動いている。
元から速さを強みにしている二人だけに、山の中を追尾するとなると、もう、追うだけでも必死だった。

「とっとと倒れた方が楽だぜ!苦しまずに済むんだからなァ!」
「そう言う貴方こそ、現在進行形で苦しんでるくせに!」

切原は礫を地面から掴み上げて補給しながら、手を休めないために右手の燐火円礫刀を使って手近な木を倒す。
幹を切断された木は、とどめとばかりに蹴りを食らって白井黒子へと直線的に倒れ、しかし黒子は瞬間移動でその姿を消失させた。
礫を携えて返り討ちの姿勢を取る切原だったが、黒子は幾つかの木々を間にはさんで、枝の重なりに隠された樹上へとその姿を垣間見せる。
ちっと切原は舌打ちして、射線を確保するためにまた走る。
黒子が止まっている間に、切原は止まれない。
立ち位置を一秒以上も固定すれば、瞬間移動(テレポート)による遠隔攻撃を受けるからだ。

(――それでも、白井が戦いの場を移したことは正解だったな)

その判断については、七原も認める。
切原赤也は障害物を叩き壊して進むことはできても、あるいは障害物を回避して進むことはできても――障害物をすり抜けることはできない。
彼我の射線を森の木々が邪魔していれば、回り込むかなぎ倒して進むしかない。どうしても動きが限定される。
白井黒子は、瞬間移動能力者(テレポーター)は、違う。
進行方向に壁があろうと木々があろうと関係ない。移動コースも、出現場所も、選び放題になる。
さらに言えば、森の中には木の葉がある。小枝がある。瞬間移動(テレポート)の素材が、たくさんある。
研究所の中庭のような、何もない平地ではない。遮蔽物だらけの地形を、移動しながらの戦いとなれば――黒子の取れる手数が、圧倒的に増える。
研究所では一方的に攻撃されるばかりだった戦いが、膠着するまで肉薄している。
そしてその奮戦に、切原は舌打ちをした。

「ウゼェんだよ!! んなこと言っておきながら、避けてばっかりじゃねぇか! いつまで続くと思ってんだ!」
「それはもちろん、貴方を止めるまで、ですの!」

373:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:58:32 ID:rGsWCH4k0

切原へと宣言して、十数度めかの打球を回避して、黒子は姿を消した。
赤い目をギラつかせて周囲を見回し、気配を尖らせて出現場所を探す。しかし、

「――いねぇ?」

森の中には、切原と離れた位置から走る七原の姿しかなかった。
攻撃音がやんで、静かになった森への困惑で切原の足が、止まる。
その見計らったようなタイミングで、次の手は来た。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン、とテレポートの出現音が連続して鳴る。
それらは全て、悪魔のいた四方の頭上からのもので。

「上か!」

テレポートによる飛び蹴り攻撃が来るよりも、さらに上空。
四方八方に転移させられた木の切断によって、落下する枝と幹の無差別攻撃が切原を襲った。

「なんだこれぁ!」

切原はとっさに持っていた礫を全て打ち上げ、木の幾本かを跳ね返し、吹き飛ばした。
しかし波状になっていた落下攻撃の全てを防ぎ切ることはできず、肩や背に少なくない打撲を受ける。

「ぐっ……!」

そして落下攻撃には、別の効果もあった。
それは、その後に来る“本命”の気配と姿を紛れさせること。

樹上よりもさらに高高度へ瞬間移動していた白井黒子のライダーキックが、突き刺すように迫っていた。
手持ちの打球を撃ち尽くし、フォロースルーのまま体勢も崩れた切原めがけ、黒子は重力も加わった蹴撃を乗せる。
次の瞬間には、ラケットを持った肩を外すはずがない。

「――バーカ。だから、甘いんだよ」

そんな瞬間は、来なかった。
ついさっき撃ち尽くされていた打球の最後の一球が、『時間差をともなって』白井黒子を直撃していた。

「があ゛っ!!」

まるで『一球だけ上空ではなく地面に打ち付けられていたけれど、ぬかるんだ地面にめりこむことなく直前でホップして上空へと逆襲してきた』ような動きで。

「サザンクロス……っつったか。墓標はねぇが、十字架を背負って……死ね」

かつて二回ほど目の当たりにしたその隠し球の名前を呟いて、死刑宣告をする。
上空へと打ち上げられた白井黒子の体は、木の枝に何度も衝撃を殺されるように落下し、地面に落ちた。
体を折り曲げるように身を起こし、幹にもたれかかるようにして上半身を持ち上げれば、円礫刀が首元にあてられる。

「どこが甘いのか教えてやろうか。
『葉っぱで枝を切る』なんて真似が出来るなら、『俺の首を切り落とす』ことだって狙えたはずじゃねぇか。
それが、俺を止めるための甘くない手っ取り早いやり方だったんだよ」

374:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:00:22 ID:rGsWCH4k0
勝負アリと言わんばかりに、赤い瞳が冷酷な目で見下ろす。
枝を切り落され、サザンクロスの余波を受けて、枝が消失した天蓋から月明かりが森に差し込んできた。
差し込まれた月光を背にして、切原の顔が翳る。
赤いようにも白いようにも見える、そんな光だった。

「研究所の時から、そうしてりゃ良かったんだ。あの時なら俺もお前の力をよく知らなかったし、不意打ちで首を切るぐらいはできただろ。
そうすりゃ、あの二人だって俺に殺されることは――」
「そうかもしれません。でも、今の私には……七原さんが、いますから」

やっと追いついてきた七原の足が、十メートルばかりの距離でぴたりと止まった。
ほかならぬ自分自身を、名指しされたのだから。

「理想の行き着く先を見せると約束したんですの。その私が、『私』を曲げたところは見せられません」
「アイツには殺させるけどテメーは殺さねぇのかよ。汚れ役を押し付けてるだけじゃねーか」

血だらけで制圧された黒子に逃げる余地を与えるために、そしてあわよくば切原を仕留めるために、肩で息をしながらもグロックを構える。
構えながら、言われてみればそうかもな、と思った。
出会ったばかりの黒子だったら、七原が誰を殺そうとしても『これ以上の殺人者にするのは見過ごせない』とか言って阻止しただろう。
だとしたら、今の七原と黒子に、『それもまた正しい』と言わせているものは――

「――そうじゃない。どんな形であれ、繋がっていたいんですの。誰もいなくていいなんていうのは、寂しいからっ」
「だったら――どうしてアイツは『居場所がない』って言ったんだよ!」

その言葉のどこが燗に触ったのか、切原は声を荒らげた。
すぐそばに七原がいるのに黒子に向かって叫んでいるのは、ただ無視されたのか、それとも黒子だけが話せる相手として認識されているからなのか。

「アイツは、自分の帰る場所なんかどこにもないって言ったんだぞ!
『俺たち』と違って、勝ち逃げされても文句ひとつ言わねぇくせに。
無念を晴らすとか、仲間を汚すなとか、言葉ばっかり強ぇくせに。
お前が一緒にいても『帰る場所がない』とかぬかすなら、現実なんてそんなもんじゃねぇか!」

――俺には何もないんだよ! 誰も『おかえり』なんて言ったりしない!

「確かにそう言ったけど、根に持つのかよ……」

切原には聞こえないようにぼそりと呟く。
この隙に背中を撃とうかとも思ったけれど、それができなかったのは動悸を自覚したからだ。もちろん、運動後の息切れが原因じゃない。

――誰も一緒にいてくれないなんてこと、絶対にない。 自分の知ってる人たちはいい人達だったってことを、あんなに必死に叫べるのに……

七原秋也にだって、思い出すだけで硬直してしまうことはある。

「七原さんの心のことは、七原さんにしか分かりません。
もしかしたら、七原さんにだって言葉にできないかもしれません」

がっしと、黒子は左手で円礫刀を掴んだ。
手のひらがざっくり裂けるのも厭わずに刀身を首から外すよう押しのける、その動きに切原は驚き、困惑から動きを止めた。

「けれど、貴方が七原さんをそんなふうに怒っているのは……居場所なんか無いと思いたいから、ですか?
居場所が無いと信じ続ける限り、貴方は止まらずにすみますから」

375:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:01:58 ID:rGsWCH4k0
ずざっと、右腕の肘から先を、地面の腐葉土に擦りつけるように動かした。
傷ついた右手がこすれ、顔を歪めながらも、

「だから、わたくしはぜったいに諦めません!!」

そのまま、『触れた物体』に対して転移が実行された。
左手の円礫刀はどこか遠くへと。そして、右手にこすりつけられた大量の砂粒は、

「ぶはっ」

切原の顔面へと転移し、目くらましとなってその体をのけぞらせる。
すかさず黒子は、立ち上がった。

「貴方を、止めます!」

血で濡れた手を伸ばし、ワカメ状の髪の毛をがっしりと掴む。
そして、位置を逆転させる瞬間移動(テレポート)。
ぐるりと切原の上下百八十度が、切原の視界にとっては天地が、入れ替わった。

「――ふんぬっ!」

しかし、切原はその反射神経を人間離れした動きで駆使する。
ぐるんと体を丸め、頭を地にぶつけさせながらも宙返りを果たした。
黒子もすかさず動きを追う。切原もラケットを握り、殴り返しつつも優位を奪い返そうとする。
ラケットが浅く額を掠め、黒子の頭から血の軌跡が走った。

「止まらねぇ! 止まったら負けだ!」
「止めます!『任され』ましたもの!」

そのまま二撃をはなとうとする切原の突撃を、黒子は横に流していなす。
そのまま脇から固めるように切原を組み伏せようとした結果、二人はもつれ合うように木の後ろへとたたらを踏んだ。
そこで、偶然が攻防を左右した。
山の斜面が、急勾配になっていた箇所。
山の麓へと続く、最後の急な獣道。
背後がそうなっていたことを三人ともが見落としていたのは、ひとえに月明かりしかない暗さのせいで。
足を踏み外し、体を傾かせたのは二人同時。
しかし驚くのも一瞬のことと、戦意を失わなかったのも二人ともだった。

「離せっ! 潰れろォ!!」
「離しません! 絶対に!」

鏡写しのように、上下左右が逆転するように交互に。
両者はもつれ合うように斜面を転がり落ち、揉み合い、噛み合いながら、山の出口へと互いを転がしていった。





「……この場所に戻りたくは、なかったぜ」

そう言ったのは切原だったが、追いついてきた七原も同じ感慨を抱いただろう。
急斜面の転倒しながらの空中戦は、麓まで転がり落ちるとそのまま取っ組みあいに切り替わった。
両者ともに打撲と擦過でズタボロになっての乱闘は、集中力を全て眼前の相手へと使い果たし、舞台の移りかわりに気づく余裕を奪う。
やがて二人の動きが止まった時、彼らはやっとその場所に戻ってきたことを自覚した。

そこにあったのは、夜闇に黒々とそびえたつホテル。
そして、周囲から漂う異臭と、それを発するは幾つかの死体の影。
ホテルの玄関からより強い匂いが漂ってくるのは、そちらに犬の群れや桐山和雄の遺体があるからだろう。

「……もしかして、貴方も、『ここ』から始まったんですの?」
「なんだ、お前もかよ。だったら、俺がどんなのを見たのか分かっただろ」

376:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:03:42 ID:rGsWCH4k0
切原の右手は黒子の首を絞めるように掴み、左手は肩を地面へと押さえつけている。
体制の上下関係はさっきと同じで。違うのは、黒子もまた切っ先の鋭い石片を切原ののどにあてがい、血に濡れたもう片方の手でも相手の服を掴んでいることだ。
その腕を痛みと疲労でがくがくと震わせて、それでも両者は力を緩めない。

「お前が見せつけられたのはどれだ? 俺の見た死体は、いちばん酷いことになってたよ……見るんじゃねェぞ。
誰だろうと、『あの人』を見たやつは、みんな殺す」

言葉の後半は、ギロリと後ろを睨みすえて、七原に向けたものだ。
背中をジグザウエルの銃口にさらして、その上で黒子に服をつかまれている以上はテレポートから逃げられないというのに。
戦いの勝ち負けで言えば、黒子と七原の勝ちが見えているのに。
死ぬことさえ乗り越えて復讐を果たすと言わんばかりに、瞳には憎悪が再燃している。

「『これ』を見ても綺麗事を言えるお前には分からねぇ……違うな。
理解できたとしても、越えることなんてできねぇんだ。
『これ』を見てみんな死んじまえって思ったのは、もうずっと前のことだ。
止まれるわけねぇだろうが。今さらなんだよ!」
「でも、止まらずに『自分』を殺し続けるなんて、きっと破綻します。
どこかで終わらせなければ、倒れる時がきます。
現に、私も貴方も、もうボロボロでしょう……?」
「認めねぇ! 負けるなんて認めるかよ。認めるぐらいなら、死んだ方がマシだ!」

もはやラケットも地面に放り出して、空手になった右手で黒子の首を絞め殺さんばかりに圧迫する。
このまま、因縁の戦いを終わらせる。
理解しあって、しかし決定的に断絶したまま、勝利の矜持だけを抱いていく。
そんな意思が言葉にならずとも、のどを潰さんばかりに力をかける少年の手のひらから伝わってきた。

――もう、いいんじゃない? 黒子はよく頑張ったんだから。

頭に、そんなふうに囁く声があった。
七原の声にも聞こえたし、御坂美琴の声のようにも聞こえた。

黒子は黒子の最善を尽くしたし、切原は黒子に負けて止まる。
このまま黒子が切原を殺さなければ、七原が撃ち殺して終わりだろう。
それもまた正しいし、それでいいじゃないか、と。
むしろ、こいつを改心させたところで、誰が救われるの?
こいつは『居場所なんかどこにもない』と信じたがっているんだし。
『じぶんを信じた』おかげで、発狂せずに自分を守ってこれたんだよ?
今さらそれを取り上げて、生きていけるほど人間は強くないんだから。
ここで死なせてあげた方が、こいつにとっては救いなんじゃないの?
最後の最後で黒子みたいな人間と戦えただけ、マシな結末だったじゃない。

377:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:05:05 ID:rGsWCH4k0
分かる。
それは分かる。
そういう結末になったとしても、黒子は自らの《せいぎ》を裏切らずには済むだろう。

だけど、それでも。

「そんな、どこにも帰る場所がないなんて、悲しいですっ!
私は、貴方に手をっ――」

首を絞める力が強まり、声は中途で遮られた。
切原さん。
貴方が私を敵と定めたように、私も貴方を諦めたくないんです。伝わりませんか。
伝わっていたとしても、それは声にならず。

七原がカチリと、撃鉄をあげる音が聞こえて。



「おいおい、これはどういう騒ぎなんだ?」
「何をやってるんだよ。佐野やロベルトが死んじまってるのに……ここにまた遺体を増やすつもりなのか!?」



闖入者、だった。

二人の少年が、ライトを照らしてホテルの中から現れる。
一人は、飄々とした口調ながらも引きつった顔をした眼鏡の少年で。
もう一人は、その手に謎の木札のようなものをぶら下げている芝のような髪をした少年で。
そして状況は、一時停止をした。





下手な誤解をされても仕方のない状況ではあったし、そんな状況下で首を絞めていた切原までもが一時停止していたのは間抜けなことだったかもしれない。
それでもそうなったのは、七原がいつでも引き金を引けるという緊張状態と、少なからず闖入者に興を削がれたところがあったのだろう。
(さらに言えば、とっさに『殺し合いに乗っているのは七原の方です』という類の作戦が浮かぶほど、切原は計算高い頭脳を持たない。少なくともテニスが関係ないところでは)

ともかく、全員にとって頼もしいことに七原秋也が冷静だった。
間の悪いタイミングで乱入されたり誤解されたりをとっくに経験済みとなれば、対処法も学習するのだろうか。
ペラペラと場違いなほど流暢に、殺し合いに乗っているのは切原一人だということ。
分かりやすくかいつまんで、たった今まさに仲間を殺されて何度もぶつかった因縁の戦いの決着がつくところだったのだと説明した。

「分かりやすく言うぞ。『空気読んでじっとしててくれ』。
それから、『他人の問題に首を突っ込むな』」

378:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:06:21 ID:rGsWCH4k0
銃口は切原に向けたままでも、菊地と植木を牽制するようにじろりと睨むのは、横槍を恐れてのことだろう。
そりゃそうか、と菊地は思う。
殺し合いに乗った人間を、他に手段はないと決めて殺そうとしているのだから。
一部の善良な対主催派ならば、『殺して解決するのはよくない』などと止めにかかる危険がある。
……どころか、菊地と一緒にいる植木耕助はまさにそういうタイプだ。

「手を出すなって言われてもなぁ……救けられないって諦めるのは、嫌いだ」

たとえ当人たちが決断したことだろうとも、何もできずに目の前で人が死ぬような理不尽を見過ごす人間ではない。
まして、殺す側も殺される側も苦しそうな顔をしていればなおさらに。
地面から木を生やして三人全員を止める算段くらいはつけていそうな、そういう顔をしている。
植木を止めようと、決めた。
七原が、このまま植木に銃口を向けかねないほどピリピリしていたからというわけではないのだが。
(菊地視点ではさっさと切原を撃って終わらせればいいように見えるけれど、七原視点では植木がどんな能力でどう動くのか読めないから躊躇することも分かる)
その判断は、すっと菊地の心から生まれていた。

「植木、ほっといてやろう。俺は、あいつらの言いたいことも分かる」
「菊地? 分かるって……」
「もし、これが常盤たちと再会した時の俺だったら、あいつらと似たようなことをするかもしれない。
その時は、俺だってあの場にいなかったヤツに邪魔されたくない。たとえ常盤たちを殺して、植木と喧嘩になったとしても」

本心だったけれど、それは裏切りかもしれなかった。
ここで死人を出すばかりか常盤たちをも殺すということは、『全員を救う』という植木の信念を曲げることになるのだから。
愕然とした植木の顔に見つめられることを、菊地は覚悟して顔を引き締める。



「――わかった。手は出さねぇ」



しかし、あっさりと。
さも簡単に気分を変えたかのように、彼はそう答えた。

379:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:08:21 ID:rGsWCH4k0

「でも、これだけは言わせろ」

なぜ、と。
疑問で頭を埋める菊地を横目にして、さらに言う。

「シンジが――友達が言ってたんだ。誰かを――何かを守るために戦うなら、自分自身を救えなきゃ出来っこないんだって。だから俺は、自分のこともちゃんと救うって決めた。
だから……俺が『他人』なら、お前らに『他人じゃないヤツ』はいないのか。
今生きてる人間でも、これから会うことになるのも、死んだら悲しむヤツはいねぇのかよ。
お前らは手を出すなって言ったケド……言ったからには、そこを分かってないと駄目だからな!」

そう言って、両手につかんでいたゴミをばっと捨て、腰をおろして座った。
言いたいだけ捨て台詞を吐いて、手放した。
これまでの植木を知らなければ、そう見えたかもしれない。
しかし、菊地には理解が追いついた。

――『正義』がいつもいつも正しいとは限らない。最後の一点はいつだって自分以外の誰かが持ってる。

植木耕助だって、彼なりに考えて成長している。
出会った人間のことをちゃんと見て、その全てを背負っている。
きちんと背負うことを、約束してくれる。そういうヤツだからこそ、日野日向も、碇シンジも、宗屋ヒデヨシも、後を託すことができたのだろう。





植木という少年のことは、テンコから聞いたばかりだ。
『死なせるぐらいなら絶対に行かせない』という少年。
だから、その彼が許しているこの時間が、特別サービスのようなものだということは察せられる。

少年の言葉を聞いて、頭をよぎったのは初春飾利のことだった。
まだ生きている風紀委員の同僚。
再会して、ともに生きて帰りたいと思っている友人。

(帰り、たい……?)

その言葉が、不思議と意識に引っかかった。

しかしまず気になったのは、水入りを挟んだことで切原が苛立ちを増していないかどうかだ。
植木たちの方へと回していた首を頭上へと戻し、切原の表情へと向かう。
そこに、明確な動揺を見た。
髪から、白色が失せている。
目と全身の充血が、引いている。
怒っている顔はそのままに、しかし上目づかいで植木たちの存在を見ている。

(なんで? さっきの言葉の、どこが?)

一時停止から再開されそうになっているわずかな時間を使って、黒子は考える。
さんざん世界に居場所がないことを、力説してきたばかりだ。
だとすれば彼にとっての『他人じゃないヤツ』は、死んだ人間のことではなく。

380:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:09:22 ID:rGsWCH4k0
(今と、これから……)

盲点に気づいた、感触があった。
他人は自分にとって『悪魔』でしかないし、他人だって自分のことを『悪魔』と呼ぶはずだと少年は言った。
だがしかし、本当に帰りを待っている者がもう一人もいないなんて、誰が決めた。

(七原さんみたいに『どうせお前には家族だってクラスメイトだって生きてる』なんて楽観論は言えませんけれど……)

もしかしたら、失った人の他にも、彼のいたチームにはまだまだ仲間がいるのかもしれない。
同じチームではなくとも、『放送で知り合いの名前が呼ばれた』と言っていたぐらいだから、彼のいた世界にはもっと広い人間関係があったのかもしれない。
その全員が切原を拒絶するなど、どうして決めつけられる。
友達を殺された黒子でさえ、切原と共感することができたのに。

「貴方にとって、まだ貴方を見捨てていない人たちもみんな『悪魔』ですか? 殺されても仕方のない人ですか?」

途切れたはずの、かける言葉が湧いてきた。
切原の黒い眼が、黒子を見る。

「まだ大切な人が残っていれば他の大切な人が死んでも耐えられるなんて、私はぜったいに思いません。
ですが、それでも残された大切な人達は、あなたを心配して待っているのではありませんか?」

あまりに失い過ぎた黒子でさえ、初春飾利を失いたくないと思っているように。
断言するように放たれた声に、悪魔の口元が引きつる。そして、吠えた。

「そんなの、幻想だ!! 人を殺した! 戻る場所なんかねぇ!」

首を絞める殺意が再開される。でも、まだだ。まだ、黙らない。
疲労の積載された神経からなけなしの集中力を使って、瞬間移動(テレポート)を実行。
くるりと、黒子と切原の位置関係が入れ替わった。
切原の背中がジグザウエルの銃口から外れて、舌打ちをする音が背中から聞こえる。
ごめんなさい、と内心で七原に謝った。

「でも、貴方はみんなでテニスがしたかった、とおっしゃいました!
それが貴方の心なら!私の志を幻想だと言うのなら!
貴方のその否定こそ、幻想です!否定させたまま、死にはさせません!」

また首へと向かってくる手を、右拳で殴りつけて制する。
殴った反動で、血を流しすぎた頭がぐらぐらと揺れた。
研究所で負った傷は治療されていたけれど、それは流された血が戻ってきたということじゃない。
ここに至るまでに合わさった裂傷も加われば、体調はおそらく極大の貧血。
テレポートの余裕はおそらく一回きりで、残っているのは言葉と、マウントから振りかざす右手のみ。
それでも訴える。なぜなら、許せないから。

「私、船見さんと竜宮さんを失わせたことを絶対に許せません。
でも、そんな私と貴方が戦って……相容れないけど、言葉を交わしたのに。
『どうせみんな拒絶する』とか決めてかかっている貴方が、絶対に許せません」

許せない。
置き去りにされる痛みを知っているのに、自分が置き去りにする誰かのことは『幻想だ』と否定するこいつが許せない。
ひとりにひとつ、もしかしたらそれ以上。誰にでもあるしあわせギフト。
弱いからそれを失ってしまうというのなら、そんな幻想をぶっ殺したい。

381:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:10:29 ID:rGsWCH4k0



――きみが気にするべきは、きみを待っててくれる人にだ。



(あ……)

カチリ、と噛み合った。
植木の言葉はきっかけだった。
植木に流されたのではなく、その言葉が最後のピースになって全体像が見えてくる。

――もし、もしよ。私が、学園都市に災厄をもたらすようなことをしたら、どうする?

そう言って部屋から出ていった、ひとつ年上の少女の背中。追いかけることができず、『帰ってきてください』と祈ることしかできなかった夜。
『しばらく自分を見つめなおして、もう一度出直してくださいな』と、連行される不良学生に、それとなく言い聞かせていたこと。
『欠けることなく元の日常に帰りたい』と言っていた竜宮レナたち。
友達のことを大切そうに話していた、赤座あかり。
空っぽなんかじゃない。
定形の基準などない虚ろな《せいぎ》だったとしても、その虚ろをかっこいいと思わせ、重力を与えている、目に見えないものは確かにある。
白井黒子が、たどり着きたかった理想の果ては、

「帰った世界でも、ひどい現実が待っているかもしれません。敵意で迎える人もいるかもしれません。
でも、そんな現実を生きると言った七原さんは、私を一人にしませんでした。
相容れないと言いながら、一緒にいてくれました。
ですから、貴方も一緒に帰るんです。どこかで誰かが願い、この私が賛同したとおりに」

――迷子になっている子どもは、家に帰さなければいけない。

首に向かってのびていた切原の手が、だらりと力を失った。

「……やり直すのが、どんだけ苦しいと思ってんだよ。俺がどんなヤツか、お前なら知ってんだろ」
「では、貴方の論理に合わせた言い方をしましょうか。
私は貴方に殺されませんでした。つまり貴方は、甘ったるい私でさえ殺せないくらい、悪い人間ではなかったということではありませんの?」

泣きそうに見える顔で、切原が唇を噛んだ。
続く言葉を、黒子は待つ。
この言葉も届かずに、舌を噛み切って自殺されたらもう私には打つ手がありませんけどねと、嘆息して。

382:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:12:00 ID:rGsWCH4k0





ピシリ、と亀裂の入る音が崩壊の始まりだった。





「「「「「え?」」」」」

傷だらけの外壁を晒していたホテルの外壁が、それでもずいぶんあっけなく天辺から崩れ落ちてくる。
ひとつひとつが大人でも抱えきれないほどの鉄筋コンクリートが、死体だらけの地獄絵図になった広場の全てに落ちる。
それはもちろん人為的な災害だったのだけれど、この時の彼等にはただ『落ちてくる』という認識で精一杯だっただろう。

菊地善人の逡巡も。
植木耕助の成長も。
切原赤也の慟哭も。
白井黒子の答えも。
七原秋也の信念も。

――ホテルは逃走する時間も与えずにガラガラと倒壊して、『一人を除いた全員』を、瓦礫の山へと飲み込んだ。






バロウ・エシャロットが電光石火(ライカ)でホテルのもとへと立ち寄った理由は、およそ植木耕助たちがそこへ向かった理由と同じだった。

ただし、いるかもしれない誰かを救けるためではなく、いるかもしれない誰かと集まってくる誰かを、全て潰すために。
もとより、残り人数が20人を切ってしまった終盤において、非戦派が隠れ潜むための場所もたくさんあるような巨大施設をそのまま残しておくメリットもない。
たどり着いたホテルの外壁に隠れて様子を伺えば、その表面には脆く亀裂が入っていることが伺えた。
日が暮れてから近づいてくる参加者には暗さで判別できないだろうが、おそらくホテルの受けたダメージはざっと見た外観よりも酷い。
神器の力を使えば、崩落させることはいかにも容易だった。

383:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:13:32 ID:rGsWCH4k0
電光石火(ライカ)でホテルを回り込むようにして山を登り、C-6の北側に布陣してホテルの背面を見下ろす。
自然に任せても壊れるかもしれないホテルで、いるかもしれない程度の参加者を探し回るよりも合理的だったからだ。
まずは高所から“鉄(くろがね)”を連続で発射し、ホテルの屋上近くの階層を連続で撃ち抜き、真下へと崩した。
ちょうどダルマ落としの要領で、崩された瓦礫が落下して1階のホールとその前庭を埋め尽くす計算だ。
続けて“唯我独尊(マッシュ)”を呼び出し、ホテルの後ろ壁の二、三階層にあたる部分めがけて突撃させる。
一段階目で広場正面からの逃げ場を塞ぎ、二段階目で裏手にある非常口を崩すように。
あとは、アリの巣に閉じ込められたアリと同じだ。
たっぷり十分はそんな作業を続けて、念入りに虫一匹も逃がさないように破壊し尽くした。

煙が晴れたホテル跡を見下ろし、全てが終わったことを確認する。
ホテルの周囲を囲む街灯に照らされた広場には、それこそ山のような瓦礫が層をなしていた。
そこでバロウは、初めて気付く。
山の下の方に、まるで地面から人為的に生やしたような木が幾本も、下敷きになってはみ出ていることに。

「植木君、いたんだ……」

そこで初めてバロウは、軽率な行動をとってしまった気持ちになった。
いくら『ゴミを木に変える能力』でも、せいぜい木によって瓦礫がぶつかる衝撃をちょっとだけ殺すぐらいで、瓦礫から身を守ることなどできないだろう。
再戦を誓ったのに、こんな形で決着がついてしまった。

そう思ってしまいそうになり、バロウは頭を振る。
どんなに『過程』が酷いものだろうとも、『結果』こそが全て。
あの中学校で神器を使う重みを刻みながら、改めて誓ったじゃないか。

「そうだよ。こんな”結果”を見せられたら、どんな馬鹿でも理解できるよね」

つまり、植木耕助の『正義』は、バロウ・エシャロットの『夢』に敗北した。
彼に乗せられていた人々の想いも、同じく。

「最良の選択肢を選んで勝ったのは……僕だ」

”誰か”によって踊らされることを自ら進んで選んだ”子ども”は、振り返らずに歩み去った。


【C−6 ホテル近辺/一日目・夜中】

【バロウ・エシャロット@うえきの法則】
[状態]:左半身に負傷(手当済み)、全身打撲、疲労(小)
[装備]:とめるくん(故障中)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2(携帯電話に画像数枚)、手塚国光の不明支給品0〜1
基本行動方針: 優勝して生還。『神の力』によって、『願い』を叶える
1:施設を回り、他参加者と出会えば無差別に殺害。『ただの人間』になど絶対に負けない。
2:僕は、大人にならない。
[備考]
※名簿の『ロベルト・ハイドン』がアノンではない、本物のロベルトだと気づきました。
※『とめるくん』は、切原の攻撃で稼働停止しています。一時的な故障なのか、完全に使えなくなったのかは、次以降の書き手さんに任せます。
(使えたとしても制限の影響下にあります。使えるのは12時間に一度です)


【菊地善人@GTO 死亡】
【植木耕助@うえきの法則 死亡】
【白井黒子@とある科学の超電磁砲 死亡】
【七原秋也@バトルロワイアル 死亡】

384eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:15:14 ID:rGsWCH4k0
【残り14 …




その瞬間に、崩落を予測できた人間はいなかった。

ホテルの外壁が傷ついていることは四人ともが知っていたけれど、日が暮れてからの闇はその甚大な亀裂の判別を難しくさせている。
そもそもホテルの支柱が見た目よりずっとボロボロに崩れやすくなっていることは、戦闘が終わった後にそこで破壊活動を振りまいた切原赤也しか知らない。
その切原にとっても、崩落に気を配れるほどの余裕はない。
七原秋也と白井黒子にせよ、研究所で起こったことから、建物ひとつを崩せる力を持った参加者がいることは身に染みている。
しかし、その時に起こった崩落は、順番に手間をかけて建物の柱を崩していくことで実現した『周囲に逃げる余裕を与えてくれる無差別の倒壊』だった。
計画的かつ迅速な破壊で建物の下にいた人間を圧殺するような、大量破壊兵器をその身に宿した中学生のことを、彼らは失念していた。

ただ、真下にいた白井黒子は少しだけ早く、その落下を察知した。

頭上を見上げて、ホテルの上層階が、巨大な『何か』のせいで破壊されるのを、うっすらと視認する。
そして巨大な岩塊が、数秒とかからず落ちてくることを知ってしまった。
直撃される地点には、力尽きて伏している自身と切原がいる。

逃げなければ、逃がさなければ。

壊れていく世界のなかで、強く思ったのは、死なせたくないということ。
それが、『切原赤也を崩落の巻き添えから外れた瞬間移動の射程ギリギリまで転移させる』という無茶を生み出す。
ぽかんと口を開けている切原の腕をつかみ、弱った計算能力を総動員して、飛ばす。
一秒で実行してから、後悔した。

自分ごと逃がせなかったのは、疲労による能力限界だった。
自分を転移させるのは、他人を飛ばすよりもはるかに難しい。
だから自分自身の転移ができる能力者は無条件で大能力(レベル4)認定されるし、それができない間は強能力(レベル3)止まりと規定されている。
自分ごと逃がそうとしたけれど、無理だった。
黒子からすればそうでも、切原にとっては『また自分を置いて死なれた』のと同じことではないか。

――ごめんなさい。

止めると言っておきながら、これでは無責任に放り出したのも同じだ。
力無さと、間違ってしまったのではないかという不安で唇を噛み、視線を遠くに向ける。
切原を飛ばした場所と、七原が逃げられたのかどうかを見ておきたかった。
そのはずだった。

致命傷が降ってくるまでの、短い時間。
スローモーションの視界で、黒子は”有り得ないもの”を見た。
七原秋也が、落下してくる瓦礫を厭わずに、黒子に向かって駆けてくる。

385eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:16:51 ID:rGsWCH4k0
何をやってるんですか、と叫ぼうとした。
切原赤也みたいな人間は殺すべきだし、私みたいな人間は糞食らえと言っていたのに。
それに、私が行き着く先を見届けるって約束したのに。
私が死んだら見せられないけれど、あなたが死んでも実現不可能になる約束なんだから。
だいいち、そんなに必死に駆けてきても、この崩落の規模で救けることなんか――

しかし、胴体を何か大きいものが潰すように貫いたことで、その声は口から出なかった。
視界のなかで、夜目にも赤黒い血液が散ったことと、地面から生えた木々が焼け石に水のように崩落を防ごうとしては折れるのを見届ける。

そこからは、夜の闇ではないほんとうの『漆黒の闇』に包まれた。

かろうじて最初の崩落で二人が埋まらずに済んだのは、ホテルの玄関にいた二人の少年がかばうように引っ張り込んでくれたかららしい。
しかし、月明かりも届かないホテルの中でもまた、崩落は止まらなかった。
七原に抱き抱えながら、黒子はこの場所そのものがガラガラと崩れていく音を耳にする。
崩落の中を逃げ惑いながら、三人の少年たちの会話を聞いていた。

この場所から脱出するための道具は何かないのかとか。
ホテルで犬の死体がくわえていた『宝物』が使えるんじゃないか、とか。
そこに書き込むべき『言葉』が思い当たらないから無理だ、とか。
理解したのは、このままだと全員が死んでしまうということ。
そして、三人の少年がそれぞれに怪我を負っていること。
その三人の誰よりも、まず黒子が先に死んでしまう傷を受けていること。

(嫌ですの……)

終わりにしたくなかった。
誰も守れていない。
切原赤也に、弁解していない。
初春飾利とも、再会していない。
何より、七原に何も伝えられていない。
船見結衣と竜宮レナから『任された』のに。
七原に殺されるまで、死なないって約束したのに。
ようやく、自らが正義を貫いた先で、どこに行きたいのかが見えたのに。
それを知りたがっていた七原に、生きて見せなきゃいけなかったのに。

七原秋也を、一人ぼっちにしたくないのに。

(竜宮さんのことを言えないじゃありませんの……任せたとさえ言えないだけ、彼女たちにすら敵いません)

相容れない少年と。
鏡写のような少年と。

戦ったり争ったり殺し合ったりしながら、それでも少しだけ繋がれた気がしていたのに。

386eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:17:48 ID:rGsWCH4k0
(もっともっと……ずっと先まで、繋がっていたいんです!
殺し合いが終わるまで! 終わってからも! 十年先も、百年先だって!!)

誰にも届かないはずの声で、しかし、誰かに届けたくて。
崩落していく暗闇を薄目で見上げて、光を探した。

(――永遠、それよりも長く!!)



ドクン、と鼓動の脈打つ音を聞いた。



それは、白井黒子の心臓の鼓動の音だった。
しかし同時に、白井黒子ではない、別の人間の鼓動だった。
それも、この場にいない『あの人』の鼓動の高鳴りだった。
なぜか白井黒子はそう思ったし、それが誰なのかも理解できてしまった。

387eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:21:31 ID:rGsWCH4k0
(切原、さん……?)

そして、光があった。

その光は、白井黒子の内側からこぼれだす。
白井黒子が、もっと感知する力に長けた能力者だったならば、それを『AIM拡散力場のようなもの』と知覚したかもしれない。
とにかく、それができない彼女は『それ』を、”不思議な浮遊感”として自覚した。

周囲にいる少年たちから驚きの声が出たことから、それは黒子の錯覚ではない、現実の出来事だと理解する。





白井黒子の体が、うっすらと白く光る、霧のようなオーラを纏って中空に浮かんでいた。








行かなければ、と思った。

自らだけが生き残ったことよりも、
それを『結局、勝ち残ったのは自分だった』と誇るよりも、

切原赤也が思ったのは、『まだ、生きているかもしれないなら』ということ。
生きていれば、まだ間に合う。
動くことに、不思議と迷いはなかった。
白井黒子は、『お帰りなさい』と言った。
それは、彼女自身にも『ただいま』と言える、言いたい場所があったから言えたことなのだろう。
そのことを指摘してきた乱入者の二人組も、きっと似たようなものだ。
あの七原だって、居場所がないとか抜かしていたけれど、自分よりよっぽどマシな人間なのに見つけられないなんてことはないはずだ。
だったら、自分にさえそれがあると主張していたあいつらが、無いなんてことは絶対にない。
白井黒子の言ったことには言い返せなかったけれど。
切原赤也はどんな結末にせよ、あの連中の手によって止められるなら、それでもいいかと思ったのだから。

瓦礫の向こうに行ってしまった白井黒子のことを、どうやって知るのか。
彼女のことを深く知る前の切原だったら、できるわけないと諦めていた。
でも、今の切原赤也ならばできる。
できるはずだ。絶対に、できるようにしてみせる。

だってアイツは『俺』なんだから。
違っていて、でも、もとは同じはずだったんだから。
他人は他人で、自分は自分で。人間なんて一人きりで、居場所なんて無いはずで。
それでも、人と人とが、向き合って『もうひとりのじぶんだ』と繋がる瞬間は、あるはずで。

じぶんを信じろと、暖かい手で、背中を押された気がした。



ドクン、と鼓動の重なる音を、切原赤也は聴く。



そして、切原赤也の『左目だけ』が、赤く染まった。

388eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:22:30 ID:rGsWCH4k0





『Personal Reality(自分だけの現実)』という言葉がある。
学園都市の学生ならば誰もが知っているけれど、具体的にこうだと説明できる者は少ない。
とある人間は、『自分だけにしか見えない妄想』と表現し、またある人間は『可能性を信じる力』だと言った。
手から炎を出す可能性。他人の心を読む可能性。一瞬で別の場所に瞬間移動する可能性。
それが見える人間でなければ超能力は使えないし、逆に言えば見えるようになると普通の人間に戻れない。
現実には見えないものが見えているのだから精神異常者と大差なく、見える者はもはや『正気ではない』とすら呼ばれる。
そして一般人がそれを『見えるようにする』ために必要な脳改造のことを指して能力開発(カリキュラム)という。
時には薬漬けにしたり、時には脳みそに電極をぶっ刺したり、時には洗脳装置による刷り込みを与えたり。

しかし反則的にも、そういった能力開発を受けていない一般人によって能力を発現させる手段がないわけではない。
その反則技のひとつを”幻想御手(レベルアッパー)”という。
ざっくばらんに説明すれば『能力者の脳波と自身の脳波を同じもののように調律して同期(リンク)させることで、そいつの能力を任意で借りうけて使えるようにしました』ということになる。
もっとも、このやり方でも能力を使っているのは貸し主の脳みそでしかないのだから、一般人にも『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』が見えるようになったりはしない。

一方で、テニスの世界には脳波はおろか視界(パーソナルリアリティ)、動き、思惑の全てを共有し、相手の見えている世界を手に取るように理解するすべが存在する。

それは、『同調(シンクロ)』。
心が通じ合った者のみに起こる、ダブルスの奇跡。

そして、無我の境地。
覚醒したテニスプレイヤーは、その目で見て学び取った技を無意識で再現することができる。

その時、切原赤也は見た。
白井黒子に見えているのと同じ『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を。

389eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:23:58 ID:rGsWCH4k0




――七原秋也は、飛んでいた。



白井黒子の体が、不思議な輝きを放ち始めたことは覚えている。

そしてその輝きに呼応するように、切原赤也らしき影が瓦礫の破砕が続くその場に『瞬間移動』してきたのも見えた。
それはおかしなことだった。しかし、瞬間移動と呼ぶしかなかった。
切原赤也に――ただのテニスプレイヤーに、障害物を無視してすり抜けることなど、できないのだから。

そして、同時に死に体だった白井黒子の体も浮遊したまま動きだしていた。
植木耕助の手から、彼が持っていた木札――『空白の才』をつかみとり、指先から滴る血で何かを書き込んだ。
そして、それを七原に向かって、持たせるように押し付けた。

そこから先は、おぼろげな記憶しかない。

ただ、不思議な場所にいた。

高く、高く、ホテルなど豆粒ほどの大きさに見えるような、高い空の中。
上昇気流をつかむように、空を飛ぶ少女に手を惹かれて、雲の上のようなところにいた。
少女は、白井黒子の姿をしていた。
背中には天使のように白くてふわふわした羽根が生えていた。
雲のかたまりを集めて作ったような、そんな形の羽根だった。
強く凛々しく、羽ばたいていた。

お前、その翼はどうしたんだ、と聞こうとした。
笑顔の黒子と、眼があった。
悪魔のような天使の笑顔だった。

その顔を見ていると、どうしてか得心がいった。
悪魔のような、しかし天使のような顔をしていた、あのワカメ頭からの餞別なのだろう。

その時、初めて七原は気づいた。
七原の背中にも同じ翼が生えていて、白井と同じ速さで羽ばたいていた。

その時間は、楽しかったような、ほっとするような。

なんだかツンデレのデレのところばかり過剰放出されているように、白井は優しかった。
そして、言ったのだ。

――泣いていたんですのね。

七原は首をかしげる。
とっさに目元に手をあててみたが、そこは乾いたものだった。
泣いてないじゃないか。
そう言ったけれど、白井はそういう意味じゃないと言いたげげに首を振った。

390eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:25:03 ID:rGsWCH4k0
――こんなこと、本当はお姉さまにしかやりませんのよ?

言葉とともに、抱きしめられていた。
抵抗しようとしたものの、相手はどういうわけかすごく手馴れているように腕を絡めてきて、うずめられるような体温に包まれる。
やめろと言いたかったのだけれど、妙なデジャビュがあって。
こんなに母親にされるように抱きしめられるのは、典子に初めて寄り添われた時以来だったかもしれない。
そして、天使は言った。

――約束を、果たしにきました。殺してください。切原さんが言うには、死者を亡霊にしない方法は、我を通すことらしいので。

ごく短い時間だったはずなのに、それから色々とぶちまけた気がする。
七原秋也だか革命家だか、よく分からない我を晒した。
誰かに正しいって言ってほしかったことや、自分は死んでいった連中が言うほど立派じゃないということまで。
弱いとこりゃカッコ悪いところまで、ダイレクトに伝えてしまった。
こいつにはすでに放送前にも色々と暴露したので、まぁいいかと吹っ切れた。

天使は悲しそうな笑顔で、それをうんうんと聞いた。
そして、教えてくれた。
理想の果てを、見つけたことを。
そして最後に、トンと胸のあたりを叩き、言った。

――私を一人にしないでくれて、ありがとう。私は、ずっと『ここ』にいます。

そこで、意識は戻る。





「自分の知らないところで、知り合いが死んでいくのはキツイもんだが。
知り合ったばかりの人間が、目の前で死んでいくってのも、堪えるんだよな……」

『そいつ』のそばに腰をおろして、七原秋也は現状確認をした。

倒壊した爆心地からは、百メートルばかりも離れているだろうか。
杉林の中にあたる場所なので、ひとまずホテルを壊した人物の死角になることは安堵していい。

まず腕の中には、もうものを言わなくなった白井黒子の遺体があった。
死んでいる。
とても重たいはずの事実なのに、最初からわかっていたことのように、すっとんと胸に落ちた。
違う、本当にわかっていた。
さっき、『お別れ』を済ませたのだから。

391eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:26:30 ID:rGsWCH4k0
握り締めていた木札をよくみれば、そこには『シンクロの才』と書かれている。
おそらく、白井黒子と切原赤也の『同調(シンクロ)』に、七原秋也もまた同調していたのだ。
だから、白井黒子の見ていた『自分だけの現実』を、七原は共有したのだろう。
そしてその後は、切原赤也と七原秋也が行使した『瞬間移動(テレポート)』によって、全員が脱出した。
七原にも『同調』をさせたのは、一刻一秒でも早く離脱しなければいけない場所で、テレポートを使える人材を増やすためか。
確か黒子のテレポートで運べる人数は130キロかそこらだから、五人を一度で運ぼうとしたら、テレポートできる人間が二人は必要な計算になる。

――あるいは、そんな計算を抜きにして、黒子が七原と話をするためだったのか

そんなことを、七原秋也は『同調(シンクロ)』していた間に切原と黒子から伝わった情報によって理解する。

どうやら切原とは着地した場所が別々になってしまったらしく、見渡した限りの森の中には、切原赤也と菊地善人の姿はない。
……崩落する瓦礫の直撃を食らって、テレポートを失敗させた可能性もあったけれど。

その場にいたのは、七原秋也と、白井黒子と。

「眼が、覚めたのか?」

『そいつ』がうっすらと目を開けていて、七原は身を乗り出した。

――寝かされているのは、全身を傷だらけにして虫の息になった植木という少年だった。

当然と言えば、当然のことで。
あの崩落のなかで、全員が逃げ回れるよう、いちばん必死だったのがこいつだった。
月光のある場所で見てみれば、その傷の壮絶さはあらわになる。

「……死にたくねぇ」

そう言った。
それが、彼の語っていた『シンジ』という友人が言わせた言葉だということを、七原はなんとなく察した。

「日向に、天野ってやつのこと、頼まれたんだ。
シンジから、綾波とアスカを守ってくれって言われたんだ。
ちゃんと『おれ』のことも大事にするって、約束したんだ。
いなくなった綾乃のことも探して、守らなきゃいけないんだ。
テンコを探して、神器だって取り戻さなきゃいけない。
それに、ヒデヨシから『任せた』って託されたんだ……!
俺の『正義』を貫くって、決めたんだからっ……こんなっ、ところで……!」

いったいいくつ背負ってるんだよ、と嘆息する。
こいつもまた、『正義』だったのか。
『破滅への道』を選んで、『最良の選択肢』を与えられた側のスタンスなのか。

392eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:27:15 ID:rGsWCH4k0
「俺たちを救けてくれたじゃねぇか。まだ、礼も言ってなかったけどな」

心底から悔しそうに涙をにじませる少年に、何を言うべきか言葉を考える。
幾つか知っている名前も混じっていたけれど、その話をしている時間はなさそうだからスルーしておこう。

「白井が、言ってたんだよ。『想いは死なない』ってな」

なんで自分がそんなことを言っているのか、七原には分からなかった。
想いが死ぬことを、七原は知っているはずなのに。
どんなに綺麗事を言っても、力には潰されるところを見てきたのに。

「俺みたいな人間には、やっぱりできることしかできない。
どんなに言われたってお前や白井みたいに誰も彼もを守るなんて偉そうなこと言えないし、
自分や仲間を守るために誰かを殺さなきゃいけないならそうする。
そんな俺は正しくて間違ってるし、竜宮が言ってくれたように『すごい』のかなんて未だに信じきれない、でもな」

それでも、綺麗事に染らない人間が、しかし誰かのために振りかざすことを、欺瞞とは呼ばないはずだ。

「でも、俺じゃない他の誰か。
理想を信じたがってて、誰かに背中を押してほしいヤツとか。
お前の言う守りたいものを、守ってくれそうなヤツがいたら、
そいつらにお前のことを伝えてやるよ。
『お前もそうしろとは言わないが、こういう馬鹿なヤツがいたことは覚えておいてくれ』って。
そうすりゃ……想いは死なないんじゃねぇか?」

『もしかしたら』を言葉にするぐらいは、罪とは言わないはずだ。

「そっか。佐野や、ヒデヨシに会えたら……謝らなきゃな。会えたら、いいな」
「会えるよ」

そして、即答していた。
それは黒子の言葉ではない、七原の言葉だった。

「お前はまた友達と一緒に、笑い合えるよ、保証する!」

それは、かつて親友に言えなかったことだ。
死んでいく川田に、絶対にまた会えるからと伝えたかったことだ。
でも、あの時は、届かなかった。
伝える前に、親友はどこかに逝ってしまった。
その時の埋め合わせというわけでは、決してないのだが。
きっと、理屈じゃない。

「そうか……『再会』できるのか」

少年はうっすらと開いたその目を、糸のように細めて笑った。

「俺、お前と会えて、良かった」

こうして。
全てを救おうとした少年は、全てを切り捨てようとした少年によって救われた。

393eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:27:45 ID:rGsWCH4k0





なんでこいつを看取るのが俺なんだろう、と菊地善人は嘆いた。

恩ならば、返しきれないほどできた。
例えば、ホテルの太い支柱のひとつが倒れ込んできたにも関わらず、難しそうな瞬間移動を成功させてくれたことがそれだ。
おかげで菊地の命は助かり、そいつの胸部から下は無惨な有様になった。
そして、止血をしようとした手すら撥ね退けられる。

「ああ、馬鹿したな……」

そんなことを呟いて、そいつはゴロリと顔を背けてしまった。
礼の言葉もなにも、期待していないかのように。
もしかするとこいつは別人(たぶん七原あたり)を脱出させようとして、菊地は間違って助けられたんじゃないかとさえ思ってしまう。

因縁のある白井黒子や七原秋也だったら、こいつに何か言ってやれたかもしれないのに。
あの決闘に口をはさむことができた植木耕助だったら、切原という人間から何かを見抜いて、望む言葉を与えられたかもしれないのに。
おそらく、あのばにいた人間のなかで、もっともこいつと縁の薄い人間が菊地だろう。
『切原赤也』で記憶を検索したって、引っかかることなんかどこにも――



――該当データが、検索結果が、1件だけ存在していた。



それを言えるのは今しかない。
だから、菊地は言った。

「切原赤也、だよな。俺は――さっきまで、青と白のユニフォームで白い帽子をかぶった、目つきの悪い生意気そうな下級生と一緒にいたんだが」

名前ではなく特徴を語ったのは、『会っていた』という事実を信じてもらうためだったけれど、そうしたのは正解だった。
切原の目が、ぎょろりとこちらを向いた。
驚愕のような、意外そうな目をされて、ごくりと唾をのむ。
実のところ、そこまで詳しくそいつらの関係を聴く時間なんてなかった。
だがしかし、短い遣り取りの中から、間違いなかったことを口にする。

「お前のこと、心配してたぞ?」

そう言った後の切原の顔を見て。
菊地は、人間にはこんな表情もあったのかと、そんな場違いな驚きを持ってしまった。

「そっか……そう、なのか」

例えば、燃え落ちてしまった我が家の廃墟から、いちばん大切な思い出の写真が無傷で残っていたのを見つけたような。
そんな顔をして、そいつは、その本人にしか意味を理解しえない行動をした。
被っていた黒い帽子を、脱いだのだ。
ぽす、と芝草の上にそれを投げ捨てて、表情を隠すように手のひらでゆるゆると顔を覆う。

「くそ…………いたのかよ」

手のすきまから見えていた口の端で、小さく笑っていた。




394eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:28:33 ID:rGsWCH4k0


ここにいると、彼女は言った。
その部分をトンと手でおさえてみる。
ずっと白井に触れていたからなのか、そこは奇妙にあたたかかった。

され、俺はこれから、どうしたらいい?
問いかけてみても、『そこ』が喋りだすようなことはなかった。
そこはやはり、他人はどこまでも他人で自分ではない、ズルをするなということなのか。
心と心が完全に繋がることなど有り得ないし、生者と死者には絶対的な境界がある。

しかし、心には確かに触れた。

そこに触れると、はやり痛む。
だが、死んだ者に対して恨み言をいうよりもまず、ただの悲しみがそこにあった。
まだ実感が追いついていないのかもしれないし、『あれ』が夢ではなかったと理解しているせいかもしれない。

植木耕助の首元に、手をのばす。
死んだものの首輪は爆発しないだから、失敗しても死にはすまいとたかをくくる。

実行する。
ヒュン、と音がする。
首輪は外れて、七原の手の中へと転移した。

自分にも使えるのかと、いぶかしむ。
黒子から道中で考察がてらに聞いた話では、『幻想御手』のような外部的要因から超能力を獲得したとしても、それを絶ってしまえば力はなくなるという話だった。
しかし、消えていない。
他人の脳みそを借りて力を使ったのではなく、『同調』することで七原自身の『自分だけの現実』を確変させたから。
そして、そこまでの同調を可能にしたのが、『空白の才』によって引き出された『シンクロの才』の効力。
そんなふうに断片の知識から推測することはできたけれど、答え合わせをする手段はない。
何より、ます先にやることができた。

菊地と呼ばれていた少年が、こちらに歩いてくるのだから。
右手には、どこかに落ちていたラケットとディパックを拾い。
左手には、切原が被っていた黒い帽子を持っている。

第一印象は、こいつは中学三年生ぐらいだろうか、ということ。
元からの世界の知り合いと再会したケースを除けば、同い年の少年と敵ではない立場で出会うのは始めてのことだった。

まずは、こいつに話しかけることから始めよう。

「「――教えてくれないか? あいつの最期が、どうだったのか」」

【白井黒子@とある科学の超電磁砲 死亡】
【切原赤也@テニスの王子様 死亡】
【植木耕助@うえきの法則 死亡】

【残り15人】

【C−6 ホテル近辺/一日目・夜中】

395eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:29:00 ID:rGsWCH4k0
【菊地善人@GTO】
[状態]:健康
[装備]:デリンジャー@バトルロワイアル、越前リョーマのラケット@テニスの王子様、真田弦一郎の帽子
[道具]:基本支給品一式×3、ヴァージニア・スリム・メンソール@バトルロワイアル 、図書館の書籍数冊 、カップラーメン一箱(残り17個)@現実 、997万円、ミラクルんコスプレセット@ゆるゆり、草刈り鎌@バトルロワイアル、
クロスボウガン@現実、矢筒(19本)@現実、火山高夫の防弾耐爆スーツと三角帽@未来日記 、メ○コンのコンタクトレンズ+目薬セット(目薬残量4回分)@テニスの王子様 、売店で見つくろった物品@現地調達(※詳細は任せます)、
携帯電話(逃亡日記は解除)、催涙弾×1@現実、死出の羽衣(使用可能)@幽遊白書、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本
基本行動方針:生きて帰る
0:目の前の少年と話をする
1:自分はどうしたいのか、決断をする。
2:杉浦綾乃を探す。海洋研究所が近いが、どうするか。
3:常磐達を許すつもりも信じる気もない。
4:落ち着いたら、綾波に碇シンジのことを教える。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※ムルムルの怒りを買ったために、しばらく未来日記の契約ができなくなりました。(いつまで続くかは任せます)


【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:頬に傷 、『ワイルドセブン』であり『大能力者(レベル4)』
[装備]:スモークグレネード×1、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾5)、空白の才(『同調(シンクロ)』の才)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書(表紙)@バトルロワイアル
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
0:目の前の少年と話をする
1:――――。
2:走り続けないといけない、止まることは許されない。
3:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる? 研究所においてきた二人分の支給品の回収。
4:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。
[備考]
白井黒子、切原赤也と『同調(シンクロ)』したことで、彼らから『何か』を受け取りました。

[備考]
燐火円礫刀@幽遊白書はB-5付近の山中に放置されています


【空白の才@うえきの法則】
会場内に存在する10個の『宝物』のうちのひとつ。
『飼育日記』の犬がホテルを哨戒中に現地調達しており、その死体から植木耕助が入手。
書き込む事でどんな"才"でも手に入れる事が出来る木札。
“才”とは人が持つ才能のようなもの。"才"を持っているとその分野の事が得意になる。
(例えば「走りの才」を持っていると速く走る事ができ、それを失うと一気に足が遅くなる)

396eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:29:25 ID:rGsWCH4k0
投下終了です

397名無しさん:2014/09/24(水) 07:27:43 ID:rzP/WMfk0
投下乙です!
ホテルが崩れて悲劇になるかと思いきや……まさか、こんなにも救いのある結末になるとは!
多くの人からの想いを背負った菊池と七原のコンビがこれからどうなるのか、とても楽しみです。

398eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/24(水) 19:30:25 ID:kE0KFCMw0
すみません。>>380 の黒子の台詞を以下のように訂正させていただきます

修正前:「私、船見さんと竜宮さんを失わせたことを絶対に許せません。

修正後:「私、船見さんと竜宮さんと、テンコさんを失わせたことを絶対に許せません

399名無しさん:2014/09/24(水) 20:58:20 ID:YjaKiqVI0
これは凄いものを出された気分。
あれだけ黒子を否定してた七原がいざという時に誰かを助けようとしてるのが感慨深い。
結局のところ、そう簡単に当たり前は捨てられないというのがぐっと来た。
いいものを見させてもらいました。

400eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/27(土) 13:05:54 ID:Pr1GTOVc0
すみません、本文>>391について、以下のとおり差し替えさせていただきます

――――

握り締めていた木札をよくみれば、そこには『シンクロの才』と書かれている。
おそらく、白井黒子と切原赤也の『同調(シンクロ)』に、七原秋也もまた同調していたのだ。
だから、白井黒子の見ていた『自分だけの現実』を、七原は共有したのだろう。
そしてその後は、切原赤也と七原秋也が行使した『空間移動(テレポート)』によって、全員が脱出した。
七原にも『同調』をさせたのは、一刻一秒でも早く離脱しなければいけない場所で、テレポートを使える人材を増やすためか。
確か黒子のテレポートで運べる人数は130キロかそこらだから、五人を一度で運ぼうとしたら、テレポートできる人間が二人は必要な計算になる。

――あるいは、そんな計算を抜きにして、黒子が七原と話をするためだったのか

そんなことを、七原秋也は『同調(シンクロ)』していた間に切原と黒子から伝わった情報によって理解する。
白井は以前に『テレポーターは同系統の能力者を転移できない』と説明していた気がするが、その白井を運び出すことができたのは、彼女が臨終の際にいたタイミングと脱出が重なっていたからなのか、あるいは『同調』によって繋がったことによる付帯効果なのか、推測の域はでなかった。
どちらにせよ切原とは着地した場所が別々になってしまったらしく、見渡した限りの森の中には、切原赤也と菊地善人の姿はない。
……崩落する瓦礫の直撃を食らって、テレポートを失敗させた可能性もあったけれど。

その場にいたのは、七原秋也と、白井黒子と。

「眼が、覚めたのか?」

『そいつ』がうっすらと目を開けていて、七原は身を乗り出した。

――寝かされているのは、全身を傷だらけにして虫の息になった植木という少年だった。

当然と言えば、当然のことで。
あの崩落のなかで、全員が逃げ回れるよう、いちばん必死だったのがこいつだった。
月光のある場所で見てみれば、その傷の壮絶さはあらわになる。

「……死にたくねぇ」

そう言った。
それが、彼の語っていた『シンジ』という友人が言わせた言葉だということを、七原はなんとなく察した。

「日向に、天野ってやつのこと、頼まれたんだ。
シンジから、綾波とアスカを守ってくれって言われたんだ。
ちゃんと『おれ』のことも大事にするって、約束したんだ。
いなくなった綾乃のことも探して、守らなきゃいけないんだ。
テンコを探して、神器だって取り戻さなきゃいけない。
それに、ヒデヨシから『任せた』って託されたんだ……!
俺の『正義』を貫くって、決めたんだからっ……こんなっ、ところで……!」

いったいいくつ背負ってるんだよ、と嘆息する。
つまり、こいつもまた、『正義』だったのか。
『破滅への道』を選んで、『最良の選択肢』を与えられた側のスタンスなのか。

401名無しさん:2014/09/28(日) 23:56:16 ID:Y6fmE74cO
投下乙です。

これでヒデヨシの事が伝わるけど、植木が死んだ今、素直に聞けるだろうか。

402名無しさん:2014/10/04(土) 09:36:57 ID:BQvKD9UI0
投下乙です

これは凄い…
まさかこうなるとは…
GJ!

404<削除>:<削除>
<削除>

405名無しさん:2014/10/26(日) 19:55:11 ID:tRohTiyY0
おそばせながら投下乙です
よもやの全滅にぎょっとなりましたが、後の彼らの死を送る面子共々、まさかこうなるとは
赤也は散々もうもどれない、もどれないと自分も、居場所も言ってたけど、まだ残ってたものがあったんだな
ここにある、再会、どんな時でも一人じゃないか

406名無しさん:2014/11/15(土) 00:16:24 ID:tEVqJZrU0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
101話(+1) 15/51(-3) 29.4(-5.9)

407名無しさん:2014/11/24(月) 22:35:09 ID:rW/Otu2w0
某所だけではもったいないので、こちらにも今まで書いたもの上げておきます。
陰ながら応援してます。

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ttp://upup.bz/j/my62745xaoYtatCH11_kE4_.jpg
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408名無しさん:2014/11/26(水) 01:48:14 ID:WfMTXwi60
絵上手すぎワロタ
支援絵素晴らしすぎる

409 ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:43:27 ID:nKJI5gdQ0
>>407
支援絵の数々をありがとうございます。
どの絵もすごく情景が伝わってきて、
美琴はかっこよく、海洋研究所組にはホロリとさせていただきました…

時間は期限をオーバーしてしまいましたが、完成したのでゲリラ投下させていただきます

410ぼくらのメジャースプーン  ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:45:30 ID:nKJI5gdQ0
【少女少年?】


陽が、沈む。

ずいぶんと弱々しくなってしまった光に西側から照らされて、しかし地の色はむしろ鮮やかさを増したかのようだった。
ある程度の高さがある建物ならば、その景色を一望できる。
そこには斜陽に染められた荒野があり、雑木林があり、道路があり。
道路にそって視線を追いかければ、地図の西側で目立っている『タワー』の外観が飛びこんでくる。
そしてその景色の先に――

屋上へと開放された鉄扉をくぐり、綾波レイはそれらを視界におさめた。
見知らぬ土地。初めて見た景色。
同じ郊外でも、あの血の色と錆の色をしていた境界線上の場所――電車が地面に突き刺さった旧市街地よりはずっと、見ていて美しかった。
『三人』で見ていた時だったら、他の二人からはよくある郊外の景色だという感想を得られたのかもしれないが、今、屋上にいる綾波は一人きりだ。
ゆっくりと、鉄柵のめぐらされた屋上の縁へと歩いていく。そして『その景色の先』を見る。

オレンジ色の夕陽があり、茜色の雲が浮かぶ。
にじむように燃えながら、太陽が今にも落ちていくのは、西の海。

一度だけ、微かに見えた青い海は、昼間とまた違った色合いを見せていた。
夕陽を飲もうとしている水平線の彼方からこがね色を帯びた白い光が一直線に海面を割り、きらきらと陸地へ続く光の道をつくる。
その光が届かない道の左右は暗く陰っていて、ともすれば何も無い青灰色の砂地にさえ見えてしまう。
しかし波がわずかに動くことで生じるに揺らぎには点描をしたように細かな色合いが混じっていて、そこがとても透明度の高い水だということが分かった。
それが日が高いところにある時はとても鮮やかに青かったということも、感覚で理解させる。

知っている海と、色が違う。それだけのことだ。
それだけのことに、いつまで見ていても飽きないかもしれないと、価値を見出している自分がいた。

411機種依存文字でした正しくは【少女少年1】です ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:48:04 ID:nKJI5gdQ0

――青い海が、気に入ったんだっけ

天野雪輝がランニングの疲れを回復させるための、貴重な休憩時間。
その時間を利用して、夜になってしまう前の海を見てきたらと言ったのは越前リョーマだった。
もう青い海が見られる時間ではないかもしれないけど、それでも赤い海よりはきれいだろうから、と。
当の彼はあいにくと車椅子の上だったので、階段を登るには手間も時間もかかりすぎると下階で待っているけれど。

気晴らしをさせるために、綾波が見たがりそうなものを考えてくれたのだろうか。

ツインタワーではちっぽけな海しか見られなかった綾波は、傍目には残念がっているようだったらしい。
あの後で、越前に海に行ったことがあるのかどうかを聞くと、ぽつりぽつりと話してくれた。
幼い頃に住んでいたロサンゼルスの家は海が近かったので、よく着衣のまま飛びこんでは泳いでいたことだとか。
チームメイトといっしょに出かけた合宿では、房総半島の海で一日遊んだことだとか。
それを聞いた高坂が無駄に張り合うかのように、俺だって海水浴には何度も行ってるだとか、臨海学校もあるのだとか話し始めた。

今さらに思い出して、嘘つき、と呟く。
俺には何も無いと言っていたのに、高坂も綾波が知らないことを、たくさん知っていたんじゃないか、と。
あの話をしていた時は、綾波も『そういう人間らしさ』に近づけるだろうか、と意識していた。
そっち側に行った方が、もっとぽかぽかする何者かになれて、良くなっていけそうだったから。



「でも、もういない」



今はもう、『がんばらなきゃ』と思っていた理由は。
がんばった姿を見せたかった少年は、もういない。
彼の失われた世界に帰ったところで、大人たちは『三人目のアヤナミレイ』を生み出してどうにかやっていくのだろう。
代わりのいない綾波レイは、もう、どこにいてもいなくてもいい綾波レイになってしまった。

何も、できなかった?

そう言葉にすると、否定してくれた人たちがいた。
綾波が動いたことで良い結果になって、ありがとうと感謝の言葉をくれた人たちのこと。
屋上へと送り出される前にも、その中の一人から言われた。
何もしていないのに休めないと頑なになった綾波に対して、そんなことはないと。
高坂と一緒にいた時も、神崎麗美との時も、さっき天野雪輝と話した時も、悲しいことや悔しいことにどう向き合うか分からなかった時も。
綾波がいつでも崩れそうになるのを止めてくれたから、『そっか』と気づくことができたと、たどたどしい言葉で伝えられた。
綾波にさえ分かるほど恥ずかしそうにしながらも言ったのは、彼にとって慣れない褒め言葉を使うよりも、
自らの過ちや助けてくれたことを認めずにスルーしておく方が恥ずべきことだったからだろう。
だが。

412ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:50:08 ID:nKJI5gdQ0
それが真実だとすれば、とてつもないことだ。
エヴァに乗っていない自分なのに、人間として足りないものだらけなのに、求められた。
しかし。
そう、自覚した瞬間に。
ぞわりと身の震えが、身体を貫いた。
両腕で身をかき抱くようにして、屋上のタイルを見下ろす。
少しは成長していた証のはずなのに。『ぽかぽか』すべきことのはずなのに。
こんなのは、知らない。

知らなかった。
碇シンジを失った時は、これ以上の喪失など有り得ないと思っていた。
しかし、高坂王子が死んでしまったことで得たのは、碇シンジのそれとは別の喪失だった。

「無理……私は、越前くんみたいに、強くなれない」

今なら、理解できたのかもしれない。
エヴァに乗ることを怯えていたころの碇シンジが、何を恐れていたのか。
己のことを弱くて臆病だと、自嘲していた理由が。
出会うということは、いずれ別れるということだ。
大切なぬくもりを手に入れたそばから失って。
しかも、彼らが命を落とした原因のひとつが、自分にあって。
きっと、これからも手に入れては失うことが、ずっと続いていく。

足元にぐらぐらとおぼつかなさを感じて。
屋上にひとつ、置かれていたベンチに腰を下ろした。
日没の景色が真正面にあった。
太陽のオレンジ色が、優しかった。
数十人の死体が転がっている場所だとは、思えないぐらいに。

この夕焼けを、まだ生きている他の誰かも見ているのだろうか。
今まさにこの時に、綾波レイの知っている誰かは、越前リョーマの知っている誰かは、この夕陽を見ているのだろうか。
だとすれば、それはなんだか不思議で、とても特別なことのように感じられて。
だから綾波は、もうしばらくこの景色をじっと見ていることにした。

世界は、燃えていた。

呆れるほど、綺麗だった。





屋上へ上る階段とエレベーターが見えて、視界を右に向ければ非常口も見えるような廊下の曲がり角。
そこに自販機のそばにあったベンチを持ってくると、外敵への警戒も兼ねて秋瀬或と越前が腰掛けていた。
雪輝はまだ戻っていない。
待っている二人は、どこか疲れた顔をしている。
特にだるそうにベンチに座っている越前は、綾波が階段から降りて近寄ってきたことにも気づかない様子だった。
不在にしている間に、疲れるようなことでもあったのだろうか。

413ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:51:16 ID:nKJI5gdQ0

「――のど、かわいた」
「飲み物、買ってきましょうか?」

声をかけると、驚いた以上に焦った風な感じで、越前が慌ててこちらを向いた。

「べつにいいっス……それより、海、どうだった?」

首を横に振る。
動転するあまり、とっさに首をそうしてしまった。そんな風な挙動だった。

「暗くなりかけてたけど、ちゃんと見られた」
「そう」
「いいものが見られた。ありがとう」
「べつに」

お礼を言うと、そっけなく顔をそむけたものだから、結果的に秋瀬と見つめ合うような形になる。
ああ、この反応はいつもどおりだと、違和感を解消した。
実は屋上にあがる前に、彼の言ったことが鼻についたから言い合いをしてしまったのだけれど。
もう引きずっていないようだったから、安心する。

「わたし、販売機のところで休んでくるから」

そう言いおいて、またその場を離れた。
廊下の端の方へと歩いていく途中で、枝のように分岐した細い通路へと折れる。
自動販売機は、入院患者用の浴室へと続く扉のそばにあった。
売店のレジから持ってきた小銭でジュースを買い、飲みながら扉の横で待つ。
ここを開けて戻ってくる人物にも、用事があった。

ほどなくしてリハビリ室から拝借したジャージの上下を着た天野雪輝(それまでの服は汗だくになっていて使えなかった)が、さっぱりした顔つきで姿を現した。
ドアを開けた真横に綾波がいるのを見てけげんそうな顔をする。

「……なんで綾波さんが一人で待ってたの?」
「聞きたいことがあったから」
「みんなの前で話すのじゃ駄目なの? 僕とふたりっきりで話してたりしたら『雪輝日記』を持ってる由乃にばれるよ。
今の由乃が嫉妬するかは分からないけど、どっちみち仲が良いとか誤解されたら、狙われやすくなると思う」

なるほど、そういうことも起こり得るのか、と聞かされて納得した。
しかし、聞きたいことはふたりきり――特に秋瀬のいない時の方が、話しやすいことだ。
それに、綾波にとってその危険はピンとこない。

「それは構わないわ。この中で私が優先して狙われるなら、三人が狙われる確率は下がるかもしれないから」

その理由を、分かりやすく説明したつもりだったのだが。

「そういう考え方は、やめなよ」

ほとんど反射的といっていい早さで、否定を受けた。

「そういうの、女の子の側は守ろうとしてるつもりかもしれないけどさ。
男の側が浮かばれないのを二度も見せられるのは……ちょっと嫌だな」

『二度も』という天野の言い方が引っかかり――すぐに、我妻由乃のことを思い出した。
彼と彼女は、『どちらが自分を犠牲にして好きな人を生かすのか』で喧嘩をして、今に至っている。

414ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:52:41 ID:nKJI5gdQ0
「あなたも、そう言うのね」

呟くと、天野はけげんそうな顔をした。
碇シンジは、『綾波レイともう一人の少女を守ってほしい』と言い残した。
綾波レイが無茶をするようでは、その想いが浮かばれないと菊地善人が言った。

「私には、『私を守ること』を望んだって言われても……意味が難しいのに」

考えようとすると、第6使徒を倒した後に『そんな悲しいこと言うなよ』と言っていた碇シンジを思い出して、胸が苦しくなる。
本当に理解して飲み込んでしまえば、そこが張り裂けてしまいそうで。

「言葉通りの意味だと思うけど。その人に守ろうとされたのが、そんなに意外だったの?」
「好きになってもらえるところより、そうじゃないところの方が多いから」

足りないところだらけだった。
綾波レイは、さっき初めて本当に『怖い』ということを知ったばかりなのに。
みんなはとっくの昔にその怖いものを知っていて、克服したり、覚悟をしたり、もう失くさないなどと強いことを言っていて。
その強さには、ちっともついて行けそうにない。

「『自分から見た自分』なんて、そんなものだよ。
ぼくも、最初はぜんぜん分からなかった。由乃はぼくのどこを好きになったんだろうって」

座る場所がなかったので、二人は壁に背中を預けた。

「私の目には、あなたも普通の人に見えるけど」
「ぼくなんて、良いところが無いどころか失敗ばかりだったよ。学校では日記がなきゃ負け組だったし、由乃の足も引っ張ってばかりだったし」

もしかして、天野雪輝と自分は似ているのかもしれないと思った。
以前に高坂と越前が、似ているのかもしれないと思ったように。
どっちにしても、話が我妻由乃へと向いたのは都合がよかった。
本来の聞きたかったことを尋ねる。

「聞きたいことだけど……我妻さんがいちばん大事なのに、私たちと仲良くしてていいの?」
「どういう意味なの?」

天野雪輝は、我妻由乃という少女のために動いている。
その少女は殺し合いに乗っていて、秋瀬や越前や綾波も含めた全員を皆殺しにしようとしている。
ならば、

「私たちと死に別れた時に、辛くなるかもしれないのに」

その女性が遠山金太郎を殺したように、また天野雪輝の身近な人間を殺してしまうことは、ありえることだ。

415ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:54:21 ID:nKJI5gdQ0
越前は強くて鈍いから、受け入れると決めてからは、『天野たちの方こそが正気を失って何かしでかす可能性』を見ていないようだったけれど。
だからこそ綾波が、気をつけておかなければいけない。
ここにいる者に情を移しているような天野の真意は、どこにあるのか。

「遠山が死んだ時は、正直思ったよ。
また僕のせいで、できたばかりの友達が死んだんだなって」

似ているところを、もうひとつ見つけた。
はじめから友達を作ろうとしなければ、我妻由乃だけで満足していれば。
前のサバイバルゲームでの友人たちや、この世界での遠山金太郎を死なせることもなかったのだろうか、と。
そんな風に悔やんでいたとすれば、綾波にはその気持ちがわかる。

「遠山がまだ生きてた時も、思ってたんだ。謝っても許されないことをしてきたんだなって。
みんなは僕のことを思ってくれたのに、僕は由乃のことしか見ていなくて、
最後には皆を殺したんだから……皆からしたら、堪らないだろうなって。
それなのに、皆は僕のことを許すんだ。友達だって言うんだ。
絶交にしてくれた方がマシなのに、僕を一人にしないんだ」

天野は壁にもたれて、天井の方を見ていた。
越前に『許せるのか』と迫ったときのような、笑みの仮面はもうなかった。

「でも、僕はさっき『思い出せてよかった』と思った。
辛いことばっかりなのに、それでも思い出したかった。
その気持ちは、本当だと思うから」

とてもさっぱりとした、顔をしていた。

「だから、ひとつだけ決めた。
これからぼくの『願い』で誰かが犠牲になるとしても、それは昔みたいに
『じゃあ他にどうすればよかったの』って言い訳しながらじゃない。
責任は責任として、それでも譲れないものがあるから押し通しに行くんだ。
だから、みんなのことも友達だって思ってる。
お前なんかにそう呼ぶ資格はないって言われても、訂正してやらない」

直後に顔をしかめて、「あ、別にコシマエとはまだ友達になったわけじゃないから」と付け加えた。
この人はもう吹っ切ったのだと、そう伝わった。

己はどうなのだろうか、と省みる。
出会ってよかったのか、出会わなければよかったのか。
ただひとつ言えるとしたら、かつての神崎麗美のように、『自分を置いて死んだあの人が悪い』で終わらせるのは、悲しいということだった。
だから、飲み込むのが怖くても、知っていかなければならない。
彼が死んでしまったことと、彼を殺した少年について。
だから、『今後ともよろしく』を続けることにした。
碇シンジが『綾波レイには生きていてほしい』と願っていたとしたら。
彼を守りたかったのなら、その意思も守るべきなのだろう。
守ろうとしたのは、命令されたからではなく、自分で決めたことなのだから。
ただ。
それでも。

416ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:55:44 ID:nKJI5gdQ0
『今後ともよろしく』が終わる時が来たら。
どちらかを、生かすとしたら。
浮かばれない選択だったとしても、綾波レイは自分が生きることを選べない。

生きることに不器用な自分よりも。
一人では生きていけない自分よりも。
生きていても、どうしたらいいか分からない自分よりも。
未だに、芽生え始めた『熱』の正体が分からない自分よりも。

生きてやりたいことがある彼の方が。
こちらに手を伸ばして、ともに歩いてくれた彼の方が。
たくさん持っていて、色々なことを教えてくれた彼の方が。
碇シンジの『ぽかぽか』とは違うけれど、それでも不思議な『熱』を与えてくれた彼の方が。

出会わなければよかった。
もしかしたら、出会えてよかった。



「…………私、越前くんに死んでほしくない」


【少女少年2】


天野雪輝のシャワーを浴びたいという申し出を、秋瀬或は快く許可した。
放送の前後というどの参加者も慎重になる時間帯ではあったし、
何よりグラウンド百週を経て疲労根培にあたる彼が汗を流すことさえ許されないのはあまりにも理不尽だし、
そもそも、これから恋する相手に会いに行こうという予定である。
汗だくの上にほぼ一日シャワーを浴びていない身体で向かわせるほど、秋瀬或は非紳士的ではない。

それに、天野雪輝が同席していない間にも、会話をしておきたい相手はいる。
例えば、すぐ隣で車椅子に座って、カセットプレイヤーに似た小型機器から音楽を聴いている少年だとか。
細いイヤホンを耳にあて、むっつりとした視線を階段の上へと向けている。
さきほど綾波が屋上へと向かってから、そうなった。

「何?」

こちらを観察する視線に気づいたらしく、音楽を止めてイヤホンを外した。

「いや……音楽が好きなのかな、と思って」
「そんなに。Jポップなら聴くけど」
「確か遺品だったよね、それ」

ずばり指摘すると、むっつりした顔にさらに苦味が加わった。

「綾波さんに返すつもりだった、けど……タイミング逃した」
「喧嘩でもしたのかい?」

さらに、ずばり。

417ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:57:27 ID:nKJI5gdQ0
「なんで……」
「さっきまで団結ムードだった君たちが、離れ際に会話をしてからぎこちなくなった。
戻ってきた君は彼女の大切な人の遺品だったものを取り出していて、扱い始めた。
探偵じゃなくても、チームを組んだ人たちがこんなことを始めたら気にするだろうね」

チームを組んだ人たち、を強調すると、さらに苦い顔。

「喧嘩は、してない……って言うか、喧嘩ふっかけて、買ってくれる人なら苦労しない」

関係ないじゃん、でバッサリ話を終わらせにかかるかと予想したが、そうはならなかった。

「つまり、相手に対して不満があるけれど取り合ってもらえない……ということかな?」
「…………あんた、探偵じゃなくて家政婦じゃないの」
「これから命を預ける同盟に亀裂があるなら心許ないからね。
それに、女性の扱いに関しては君より自信があるつもりだよ」

果たして帰国子女にも家政婦イコールデバガメという連想ができるのだろうか、それはともかく。
秋瀬の言葉の後半を聞いて、越前の目が興味を示すように動いた。

「だから、喧嘩とかじゃなくて」

まだ出会ってから時間はたっていないが、ここまでのやり取りから彼のプライドが高いことは分かる。
それなのに、弱音の一端でもこぼすということは。



「綾波さんが『明日の昼まで生きて海を見られるか分からないしね』って言った」



そのことに衝撃を受けているということだ。
この際にと他人の参考意見だろうとも、取り入れようとするぐらいには。

「俺が、綾波さんが死ぬわけないじゃんって言ったら、『俺には分からない』んだって。
俺は綾波さんや雪輝さんや神崎さんやバロウ・エシャロットみたいな人とも違うから、分からないんだって。そう言われた」

越前を理解していくためにも、秋瀬は整理する。
雪輝と出会ってから病院に向かうまでの行動や、その後の会話での気持ちの切り替えようを見た限り、彼は基本的に終わったことを引きずらない性格だ。
さらに言えば、雪輝に対しての遠慮のない話し方からは、人とぶつかり合うことを恐れる性分だとも思えない。むしろ好んでいるようにも見える。
だとすれば。

彼が誰かと諍いを起こして落ちこむとしたら、それは。

「神崎さんの時みたいに、言い方が悪かったんスよ。
碇さんも高坂さんも死んだのに、『死ぬわけない』とか言ったんだから。
だから綾波さんも俺が分かってないって言っただけで、それで終わり。
喧嘩じゃなかった。喧嘩売って、挑発して、どうにかなるものじゃないし」

自分が失言をしたせいで相手に距離を置かれたことをはっきり自覚していて、
なおかつ、そんな自分のことをどう改めたらいいか分からないケースではないか。

――越前君には、きっと分からないわ。
――私と越前君では、やっぱり違うもの。
――私とも、天野君達とも、神崎さんとも、あの敵になる人とも、違うもの。

言葉を復元してみるなら、およそそんなことを言われたのではないかと推測する。

418ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:59:14 ID:nKJI5gdQ0

「君は本気で、『これ以上死ぬことなんて有り得ない』と思ってるのかい?」

前提として、尋ねてみた。
単に仲直りの手伝いがしたかっただけではない。
彼にはまだ『何をしたいのか』と恒例のことを聞いていないし。
手塚や真田の遺言に殉じるならば、彼は『柱』になろうという人物だ。
自分たちの協力者となり得るだけならば、まさに猫の手だろうと借りたい状況だけれど、
これから雪輝たちを率いる立場を目指すのなら、その行動方針は確かめなければならない。

「……かもしれない、とか考えないようにしてる」

膝の上の音楽プレーヤーをぎゅっと握りしめて、越前は答える。
淡々と。

「テニスするなら……テニス以外でもそうだと思うけど、試合してる時に『勝てないかもしれない』とか考えてするものじゃないでしょ。
ちょっとでもそんなこと思ったら、絶対にプレーに影響する。動きを鈍らせる。
戦ってる時は、なくすことなんて考えちゃいけない」
「正論だね」

一言で評価すると、相手はむっとしたように顔を上げた。
意地を張る子どものような顔。

「それが悪いんスか?」
「いや、正しいよ。ちなみにその正論だけど、勝てなかった時はどうするつもりだい?」
「諦めない。次はなくさないようにすることだけ考える」
「なら、全てを奪われた後はどうするつもりだい? 負けっぱなしで終わりたくないから、奪っていった相手でも攻撃する?」
「何が言いたいんスか」

反発してくる言葉には、しかし呻くような湿っぽさがあった。
彼もまた、内心では気づき始めているのだろうと察する。
ここまでゲームが進行した現状に至るまで、それなりの修羅場は経験してきたはずなのだから。

「確かに君と僕たち――少なくとも、僕や雪輝君たちとの在り方は違っているよ」

まっすぐな瞳に視線を合わせ、対峙する。
少しずつ、理解は追いついてきた。
なるほど。
協力者になってくれたこと自体は有難い。
命を助けてくれたことには心から有難いし、まず雪輝を受け入れてくれたことだけでも万感の感謝を尽くしたいほどだ。
だがそれはそれとして、
足りない。まだ、若いし青い。

419ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:00:12 ID:nKJI5gdQ0
「僕がかつて出会った日記所有者の中にも、『自分が勝つことだけを想定して突撃する』タイプの人はいた。
でもその人の場合は、過酷な環境を生きてきて、負けることが死に直結するような生活をしてきたからそうなったんだ。守るものも失うものも自分の命だけだったしね。
あるいは、『誰も死なせない』と主張するような理想家なのかとも思ったけど、それも違うね。
君は僕らみたいに困った人を助けてくれたけど、正義の味方になりたいわけじゃないだろう?」

こくり、と頷きがあった。
平和な世界なら、これでも良かったのかもしれない、とは思う。
行くぞと声をかけて皆が付いていくような、誰もがいっしょに高みを目指してくれるような、ストイックなスポーツマンばかりの世界だったら。
すでに彼は、ひとかどの『柱』になれるぐらいの資格は満たしていたのかもしれない。
だが、この世界は違う。

「君はきっと、本当に芯からスポーツマンなんだよ。
優勝賞品が欲しくて戦ってきたわけじゃない。ただ、勝つための戦いだ」

たとえば1つだけ願いを叶えてもらえるとして、『全国大会で優勝させてください』なんて願ったりはしないだろう。
実力で手に入れたものではない勝利など、虚しいだけなのだから。
だから彼に、夢はあっても願いは無い。

「裏を返せば、誰かに叶えてもらう類の望みには慣れていない。
もっと言えば、『大切なものを、自分にはどうしようもできない理不尽によって奪われるかもしれない』恐怖なんて、すっかり想像の外だった。それだけのことだよ」

『神から与えられた意味などに価値はない』と真田が言っていたことを、思い出す。
そして、全てを放棄することを選んだ、神崎麗美の目を思い出す。
神崎麗美が、越前に対して怒りを顕にしたという話も、思い出す。

「それって、命懸けで使徒と戦わされるとか、神様を決める殺し合いをやらされるとか?」
「雪輝君たちに当てはめればそうなるだろうけど……そうだね、実感できるように例え話にしようか」

真田に秋瀬自身のことを問い詰められた時には、言い返せなかった。
その意趣返しというわけではないが、言葉に詰まってもらうのも、いい勉強になるはずだ。

「もし、君が急に難病にかかって、テニスができない体になったらどうする?
それが、どんなに治療しても努力しても、絶対に治らないものだったら、どうする?」

それでも、君は強くあれますか?
まっすぐだった両目が、急に視覚を失ったかのように凍りついた。
唾を飲もうとするように喉を動かしても、口が渇いていてごくりという音さえ出ない。

「絶対……っスか? 手術しても、リハビリしても?」
「その反応は、心当たりでもあるのかな?
どんなに努力しても這い上がれない。戻りたくて血を吐くようにがんばったけど無理だった。誰が何をしても救えない。
君のいる世界だって、そういうことは起こり得たはずだ。君もそうならなかったとは言えないよ」

本人の選択によるものでもなく、過失によるものではなく。
世界を恨みたくなるような理不尽の果てに、生きがいとなるものを奪われる。
そんなのは、どうしようもない。
歯がゆそうな顔が、そんな答えを雄弁に映し出したタイミングで、さらに問う。

「もし、願いを何でも1つ叶えてくれると言われたら、すがりつくんじゃないか?
――そういう時に、『願い』が生まれるんだよ」
「だから、殺し合いに乗ったって言いたいの? 部長を殺したアイツも、我妻由乃さんも?」

420ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:03:06 ID:nKJI5gdQ0
きっぱりと、
不機嫌さを含んだ無表情から言い放たれたのは、肯定であり否定。

「どういう意味かな?」

我妻をはじめとする殺人者達から、そして我妻による『被害者』達からも『柱』として雪輝の前に立つというのなら、
その正しさを、どう行使するつもりなのか。
ラケットさえ持たなければただの傲慢な少年に過ぎない彼に問いかけて、答えを待つ。

「……本当はあれこれ考えて動くのって苦手なんスよ」

その言葉が皮切りだった。
感情を抑えるように淡々と答えていた言葉から、ふっつりと『力』のようなものが抜けた。
理性だとか思考だとかの制御を手放すように、軽くなった。

「でも殺し合いをどうにかすることにして、『柱』になるって決めたから。
だからちゃんと考えなきゃいけないって思うようになった」

いきなり、違和感が生まれた。
答えになっていない、だけではない。饒舌になっているだけでもない。
言葉が、滑らかに流れ出した。
ずっと前から用意していた言葉が、とうとう口をついたように。

「それが、神崎さんを殺しかけてから、余計ややこしくなった。
神崎さんにも、今言われたのと似たようなこと言われたから。
『人を殺さなきゃ生きていけないようなヤツは、生きる価値もないのか』って。
綾波さんがいてくれなかったら、俺はYesって答えるとこだった」

違うと、気づいた。
本当に『いきなり』のことだったのだろうか。
そもそも、さっきまでの彼は本当に『落ち着いて』いたのか。
本当に冷静だったら、いやいやでも素直に相槌を打ったりしないのではないか。
さっき天野雪輝と話していた時のように、相手の神経を逆なでするような言葉でまぜっ返していたのではないか。
いつもの彼ならば、そういう余裕があったのではないか。

予感する。
いつもは深く考えるよりも心に従って、言葉を尽くすよりも行動で示してきた少年がいたとして。
安易にそれができない状況で、どれが正しいのか考えて、ずっと抱えこんできたとしたら。
しかも、肝心の一番にぶん殴りたい神様はどことも知らない観客席にいて、溜め込んできたとしたら。
いったいそれは、どれぐらいの総量になっているのだろう。

音楽プレイヤーを丁寧にディパックの中にしまいながら、越前は言った。



「秋瀬さん、俺、ぜんっぜん正しくなんかないよ」



泣いていない。

遠山金太郎の凄惨な遺体に遭遇した時は、涙を必死に堪えていたらしいのに。
死んでいった仲間のことを話した時は、綾波レイの手を握って泣いていたのに。
現在の『積もりに積もっていたらしき何か』をぶちまけようとする越前リョーマは、ちっとも泣いていなかった。

421ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:03:50 ID:nKJI5gdQ0
「どういうことかな」

それでも秋瀬は、その地雷を踏まずにはいられなかった。
誰か(雪輝かもしれない)に踏ませてしまう前に自分が踏んでおいた方がいいというとっさの判断と。
これ以上、崩さずに積もらせておくのが恐ろしいという直感で。
言葉を促すと。




積もっていた何かが、どっと決壊した。



「ただ、普通にテニスを好きでいたいだけだよ。
人を殺して叶えるなんて夢じゃないとか死んでもいいとか、そんなこと思ってなかったし。
ってゆーか俺、べつに人の夢が何だろうと興味ないっスよ。
神崎さんに怒ったのも跡部さんが関わってたからだし、そうじゃなきゃもっと他人事だった。
他人にそれは間違ってるとか押し付けるのも、押し付けられるのも嫌いだし、正義の味方とか興味ない。
コートでタバコ吸ったりテニスを舐めてる奴はキライだけど、それだけ。
俺、そんなお節介じゃないから、むしろ冷めてるぐらいだし。皆が俺のことを性格悪いって言うけど、自覚あるし。
そりゃ、たまにいいことだってしたよ。目の前で弱いものいじめしてる奴らがいたらムカつくし。そいつらを懲らしめるぐらい普通だったし。
いじめてる奴をいじめるのが楽しかったし。べつに、人助けをしたいとか思ってなかったし。
自分のしてることが人から見て正しいかとか、あんまり考えたことなかった。
でも、それで人から感謝されたりしたから、それも悪くないかと思ってた。
正しくなんかないよ。神崎さんの時も天野さんの時も正しいのか考えて、分からないなりに考えて、結局自分がムカつかない方を選んだだけだよ。
本当は変な理屈ばっかりで頭おかしくなりそうだったんだから」

叫ぶでもなく、ただ静かな静かな言葉で。
濁流のように、『泣いていない泣き言』が吐き出されていく。
『悪い人間』を自称していく。

思った。
皆が守るべき、弱者のための正義を貫くのが正義の味方だとしたら、
自分のわがままのために正義を貫く人間は、悪人になるのだろうか。

思った。
願いに狂い、それ以外の全てを犠牲にする者を『狂人』と呼ぶのなら。
願いに狂わない、しかし狂人から見ると悪い者は『悪人』と呼ばれるのだろうか。

422ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:05:09 ID:nKJI5gdQ0
「俺だって、『そっち側』を選んで楽になれるなら選びたかったよ。
もう絶対にテニスができなくなるなんて、嫌だよ。絶対に地獄だよ。
それぐらい分かるよ。神崎さんも、バロウって奴も、楽しいことぜんぶ忘れたみたいな顔してたから。
べつに、嬉しくて部長や跡部さんのこと背負ったわけじゃないよ。勝手に死んでバカじゃないのって思ったに決まってるじゃん。
神崎さんだってそうだよ。謝って許してもらえたからって安心して死んでどうすんだよ。
俺、アンタに『負けた』ままだったのに。俺も何か返さなきゃいけなかったのに。
でも、死んだ人だって、辛かったはずだから。
遠山だって、あんな風に斬られて、痛かったはずだし、苦しかったし、我慢したに決まってるから。
そういうのを上から見下ろして、嗤ってる奴らがいるんだよ。一生懸命我慢して、頑張ってるのを上から目線で『無駄な努力だった』って言われてるみたいで。
そんな神様がいるって思ったらすごく気持ち悪かった。許せなかった。
こんなに誰かを許せないと思ったの、初めてだった。だから、背負うことにした。
それが見てて殺意湧くって言われて、間違ってるって言われて、そういうこともあるのかって思ったけど、モヤモヤした。
俺だって、自分が死ぬこと考えたら怖い。神崎さんに脅されて、正直怖かった。
自分より強そうにしてるからって、苦しくなさそうとか楽してるとか勘違いしないでよ。
強く見えるからって、分からないからって仲間はずれにするなよ。

……明日には、もう死んでるかもしれないとか、言うなよ!!」

全てを吐き出しつくすような声が途切れたと同時に、越前の息も切れた。
長い長いラリーを終えた後のように、すーと息を吸い。
はー、と息を吐く。

天井を見上げ、浮かぶ表情は、全てを吐き出し尽くした疲労と、
言いたいことをいって、少しはすっきりしたかのような脱力と、
『言ってしまった』とでも言いたげな、羞恥のんじにだ後悔の色。

「それなら、君はどうして『柱』なんてものを目指そうとしたんだい?」

これ以上の質問を重ねることは酷かもしれないのに、それでも聞かずにはいられなかった。
なぜなら彼は、ここまで泣き言を言っておきながら。
それでも、『柱になるなんて無理だ』とか『俺はただの中学生なのに』という類の言葉を、決して口にしなかったのだ。

「勝ちたい……」

死者たちの遺言で押し付けられたのではなく、自分の意思で選んだことだとでも言うように。

「人を蹴落として、自分だけ『願い』を叶えて最後に嗤うんじゃない。
汗流して頑張ってきたことが、『無駄な努力だった』って嗤われるのが嫌だ。
一人だけで勝つんじゃない。そういう勝ち方がしたい」

やり方が良くなかったみたいだけど、と付け加えた。

423ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:05:53 ID:nKJI5gdQ0

逆ギレされるとは予想外だったな、と内心で反省する。
雪輝にグラウンド百週という無茶振りをさせた意趣返しに、本当ならもっときつい言葉を言うつもりだったのに。
秋瀬が口にしたのは、もっと甘い言葉だった。

「べつに今までのやり方を変えろと言ってるわけじゃないよ。
死を覚悟することと、死を起こさせないという気持ちで戦うことは矛盾しない。
大切なのは、最悪が起こらないなんて『油断』をせずにいこうってことじゃないかな」

そう言うと、越前が目を丸くした。

「アンタ……知ってたの?」
「何を?」
「知らないなら、別にいい」

ふい、と顔をそむけられる。
しかし、さんざん愚痴をこぼし終えた後だからなのか、喋り方には調子が戻っていた。

「無駄だったなんてことは無いよ」

そして、その中身には秋瀬或と共通している部分もあった。
だから、話しておくことにする。

「僕にも、自分のしてきたことを意味がないとリセットされたことがあったんだ。
ここに来るまでは思い出せなかったんだけど、雪輝くんから『世界が二週している』ことを知らされて、少しずつ記憶が蘇ってきた」
「リセット?」
「うん、このままだと破滅する不幸な人たちがいて、僕は依頼を受けた探偵としてその人たちを救けたんだ。
でも神様の手先がそれをなかったことにして、また元の不幸だった状態に戻されてしまった」

それは、少しずつ思い出してきた、たった数日の“逆説の日々(パラドックス)”だった。
一週目の世界とも二週目の世界とも異なる、なかったことにされた世界。

「でも、ぼくはリセットされる前の日々が無意味だったとは思ってないよ。
彼等は確かにあそこにいたし、事件が解決した後は笑っていたんだから。
たとえ消されてしまった笑顔でも、笑顔は笑顔だ。
人にどう言われようと、価値が変わるものじゃない」

意味が分かっているのかいないのか。
ふーんと相槌をうち、越前は背もたれにより深く身体を預けた。

「のど、かわいた……」
「飲み物、買ってきましょうか?」

真横から声をかけられ、その肩がびくんと上下する。
綾波レイが戻ってきたことに、越前はその時まで気がついていないようだった。
ぎこちなく言葉を交わして、また送り出す。

424ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:06:54 ID:nKJI5gdQ0
「見たところ彼女の方は、気まずさを覚えたりはしていないようだけど」
「綾波さん的には、当たり前のこと言ったつもりなんじゃないの?」

その『当たり前のこと』が、越前にとっては積もりに積もっていたものを吐き出す最後のひと押しになったわけだが。

「ずいぶん溜め込んでいたようだけど、彼女には打ち明けなかったんだね」

そこが気になった。
リハビリ室でのやり取りを見る限り、二人はずいぶんと打ち解けている様子だったのに。
越前の性格からして簡単に弱音を吐くわけがないことは分かるが、それでも泣いているところを見せるぐらいには、気を許していたのに。

「今の綾波さんに、当たれるわけないじゃん」

綾波が去っていった方向を見ていた越前が、くるりと顔を向けた。

「だって……」

『だって』から続く感情をすべて訴えるように、眼に力のようなものがある。

だって。
だって。
だって!

「だって綾波さん、碇さんが死んでから、一度も笑ってない」

なるほど、と理解するしかなかった。
彼にとって最後のひと押しになったのは、綾波の言葉そのものではなかったことも。
『分からない』と言われて拒絶されたようになっていた理由も。

「さっきの『そっち側』に行く行かないの話だけど……綾波さんは、違うよ」

少しの沈黙をおいて、越前は調子を取り戻すように深く呼吸すると、そう言った。

「綾波さんは、碇さんを取り戻すために殺し合いに乗ったわけじゃないし」
「それはごめん。僕としては『誰もが君のように負けん気だけで生きていけるわけじゃない』という意味も含めたつもりだったから」

言い返せないのか、越前が言葉をひっこめて軽く唇を噛む。

「でも、綾波さんは生きてるよ。バロウ以外は、誰も傷つけてない」

そんな角度から、反論は返ってきた。

「自分のことにも自信無さそうなのに、自分にできることを探そうとしてる。
秋瀬さんが言うみたいな辛いことも遭ったけど、そこで終わりにしてない」

越前は帽子のツバを傾けて、その表情を隠した。

「ずいぶん、評価してるようだね」
「……何回も、助けてくれたから。
他人のこともあんまり関心ないように見えるけど、一緒にいるといつも優しかったし。
俺、ああいう風に素直に優しくするのってできなかったから。
『ぽかぽかする』ってどういうことなのか、なんとなく分かった」

そんな綾波に、パートナーとしてどうしたらいいか分からない。
それはきっと、悔しいはずだ。

「綾波さんが一緒なら、もっと上にいけそうな気がする。
でも、綾波さんにとってはそうじゃないのかもしれない」

425ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:08:00 ID:nKJI5gdQ0
越前は、さらに帽子を傾けた。
それはもう、帽子を深くかぶるのを通り越して顔の正面に帽子があるようなずり落ち方で、その顔はすっかり帽子で隠れてしまった。

今までで一番、力ない声で。

「綾波さんと、いっしょにいたい……」



【少女少年3】


そして、二人が二人の元に戻ってきて.
彼等は四人になった。

「跡部景吾君が残した首輪の図面から分かったこととして、首輪には盗聴器が仕掛けられている。まず、これを大前提としよう」

仕切るのは、秋瀬或だった。
ある程度の情報交換は雪輝がランニングをした時に済ませていたし、休憩から話し合いへと移行する切り替えも、スムーズなものだ。

ただし、一名を除いて。

「うん、それはいいんだけど……コシマエはどうかしたの?」

その約一名は、一同から背中を向けて座っていた。
話しかけても無言だった。
表情を確認すれば、どう見ても『しろめ』とか『しんださかなのめ』にあたる状態。
何か深刻な悩みでも抱えているのかと思ったが……どうも惚けているというか、それとも違う空気だった。
その理由を秋瀬或は知っていたから、答える。

「自分の言った青臭いセリフが、よりによって主催者に一言一句筒抜けだったのがショックだったらしいよ」

実際、さっきは『なんでそれをさっきの話をする前に言ってくれなかったんだ』という顔で睨まれた。
限りなく殺意に近い何かがあったのでヒヤリとした。
それから筆舌に尽くしがたい表情をした後、背中を向けて固まり、現状に至る。

426ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:08:46 ID:nKJI5gdQ0

「でも、盗聴されているなら、この会話は大丈夫?」

綾波が首輪を指差して、話題を切り替えた。
首輪で命を握られているとすれば、それは当然の懸念だろう。
しかし、

「その心配はいらないよ。
主催者は脱出派の首輪を爆発させるために、盗聴器を仕掛けたわけじゃ無さそうだから」

綾波と雪輝が、その意味をつかみかねた顔をする。

「雪輝君。未来日記のサバイバルゲームでは、日記所有者が盗聴されていたかな?」
「ううん、ムルムルならそんなことしなくても…………あ、そうか」

雪輝の顔に、すぐ納得が宿った。
神の領域にいたムルムルは、下界の好きな場所を好きな時に、テレビでも見るように映し出していた。
以前のサバイバルゲームでも、盗聴器など仕掛けるまでもなく、全ての所有者の動きを見ていた。
秋瀬或にも“逆説の日々(パラドックス)”の記憶がよみがえってきた今となっては見た覚えがあることだ。

「そう、本気で参加者を監視するつもりなら、ムルムルがいる時点でずっと確実な方法がある。
それに、もうひとつ。『新たな神』とムルムルたちだけで殺し合いを運営しているなら、盗聴器をしかける必要はない」
「つまり人間の『大人』が――11thみたいな勢力が、殺し合いに協力してるってことだね」

雪輝の理解は早かった。
さすが、サバイバルゲームの経験を全て覚えているだけのことはある。

「そうなるだろうね。『新たな神』の正体にもよるだろうけど、神の眷属が盗聴器を用意するとは思えない。現時点で疑わしいのは何週目かの11thだけれど」
「監視することが目的でないなら、盗聴をしているのは、なぜ?」
「可能性が高いのは、記録をするためかな。人間も使う音声機器なら、録音しての持ち運びも用意だからね。
ちなみにセグウェイで探索している時に調べてみたけど、会場内に監視カメラを仕掛けたような痕跡は見当たらなかったよ」
「秋瀬くん、そこまで調べてたの……?」

驚く雪輝に、たまたまだよ、と否定する。

「ちょっと会場に違和感を覚えたからね。ついでに気がついたんだ」
「違和感?」

首を傾げる綾波を見て、雪輝へと尋ねる。

「雪輝君は、この場所に何か感じなかったかい?」
「おかしいと言えば、ツインタワービルや桜見市タワーがあったことだけど。
それから、建物に入った時に……電気もガスも水道も普通に使えたのは、おかしいと思った。
この地図には自家発電するような発電所とか無さそうだし……どこから引いてるのかなって」

427ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:09:39 ID:nKJI5gdQ0
「そう。綾波さんもツインタワーにいたときのことを話してくれたよね。
レストレランでは食事が調理済みのまま用意されていたし、買い物売り場には開店しているかのように商品が並んでいた。
ちょっとしたマリー・セレスト号状態だね」

綾波のほうはマリー・セレスト号事件を知らないらしい顔をしていたが、結論とは関係がないので先にそちらを言ってしまう。

「まだ推測の段階だけれど……この会場は、仮想空間のようなものじゃないかと思う」

「「え……」」と二人は驚きの声を出した。

いきなり『仮想空間』などという言葉を出したのだから、突飛には違いないだろう。
だが、秋瀬の聞いた話では実例がある。

「この会場で最初に雪輝君とあった時に、聞かせてくれたよね。
前のサバイバルゲームで、我妻由乃とどう決着をつけたのか。
その時、君は不思議な世界に閉じ込められたという話をしてくれた」

雪輝が、思い出すように遠い目をした。
そこは、天野雪輝の望みがすべて叶えられた世界だった。
『我妻由乃だけが存在しない』という設定のもとに、すべての感覚が現実感を伴って存在していた。

「その世界は幻覚のようなものらしいから一概には括れないけれどね。
……でも、『神』の力があれば一から新しい世界を創るぐらいはできるんじゃないのかな」
「できると思う」

今は力を失っているけれど、おぼろげな一万年の記憶では、ムルムルから新世界を創るように促されていた。

「セグウェイで色々な場所を見て回ったけれど――この会場には『この土地の名前』を示すものが一切なかった。
道路標識や公共施設に地名は書かれているけど、ある時は富山県にある町の名前だったかと思えば、ある時は兵庫県、またある時は東京都西部の町、桜見市で見かける地名もある――といった様子だったね。
このあたりは『図書館』に郷土資料を探しに行ったという菊地君たちからも話を聞きたいところなんだけれど。
つまりほとんどの建造物が、元からあったものではなく、どこかを再現して組み合わせて創られたような格好になっている。
それだけじゃなく、電気やガス、レストランや売店の商品なんかの生活空間もすべて再現されていた。
この会場は下手なテーマパークどころの広さじゃない。
仮に国家規模の予算を持った組織だったとしても『ただ再現するためにそれだけの金を使ってたまるか』と辟易するだろうね。
つまりここは、人力ではなく神の力によって一から創造されたと考えた方が自然だ」

さすがに長々と話しすぎたと、秋瀬は一区切りおいた。
沈黙が続く間に、聞き手たちは秋瀬が言ったことを頭の中に浸透させていく。
そして、それぞれの感想を言った。

「私には『神の力』がよく分からないから、なんとも言えない」
「でも、その説が正しいとしたら、納得できることがあるよ」

そう声をあげたのは、雪輝だった。

428ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:10:20 ID:nKJI5gdQ0
「最初に、この場所に連れてこられたときのことだった。
変な壁から説明を受けて、一瞬でこの場所に移動させられて……遠山はワープでもしたみたいだって言ってた。
でも、あれはワープとはまた違っていたと思う。なんだか、眠っていたところから『目を覚ました』みたいな感じだった。
今なら思い出せるけど……あの感じは、因果律大聖堂に意識を飛ばしていた時と似ていたと思う」

なるほど、と秋瀬も思い出す。
一瞬で景色が変わった――というよりも、瞑想から目覚めて、どこかに行っていた意識が肉体に戻ってきたような、あの感覚を。

「僕たちの身体は最初からこの会場に運ばれていて、意識だけを『あの場所』へと運ばれた状態で説明を聞かされた。
そういうことじゃないかと思う。あの場所は、因果律大聖堂みたいなものでさ」
「つまり、僕たちを拉致してこの場所に運んでくることは容易だったにも関わらず、ルールの説明会だけは意識だけの場所で行いたかった。
『主催者のいる拠点』と『会場』は、物理的な距離だけでない『何か』で仕切られているのではないか。そういうことだね」

頷いた雪輝は、知っているのだろう。
世界と世界を分かつ、本来ならば見えないはずの境界線を。
三週目の世界でゲームの決着をしてから二週目に戻された時に、おそらくは何度も時空の壁を越えようとしたのだから。

「じゃあ、ATフィールドが会場を囲っているのは?」

綾波がそう尋ねた。

「発生源までは分からないが……この世界の『時空の壁』を破壊されないための障壁、じゃないかな」

秋瀬は天井を見上げる。
しかし、視線の先にあるのは建物の天井ではない。
この会場と、神の座を阻むその『壁』の天井だった。

物的証拠はないけれど、この仮設そのものに矛盾はない、と前置きして。

「仮説が正しければ、『壁』さえ打開すれば、神の座まではすぐそこだ」

言い放ったのと、同時だった。
4人分の携帯電話が、一斉にコール音を鳴らす。

午後六時。
ぴったり、第3回放送の時間に到達した。





『赤外線通信が完了しました』という文字が、それぞれのディスプレイに表示された。
この画面操作をそれぞれが三度繰り返せば、4人分の携帯電話がアドレスを交換しあったことになる。

429ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:11:11 ID:nKJI5gdQ0
学生の日常では当たり前に行われているアドレス交換だけれど、この場においては『生き延びる確率をあげるため』という目的の元に行われる行為だった。

「じゃあ連絡手段も確保できたことだし、問題のメールについて話そうか」

携帯を握りしめた全員の顔が、その言葉で引き締まった。
雪輝と綾波が、メールを受信した己の携帯を見つめる。
放送のコール音と同時に送られてきた『天使メール』なる文書は、杉浦綾乃という少女がデパートで相馬光子と御手洗潔に襲われているというものだった。

「このメールを送ったのが杉浦さん本人だという証拠はないけれど、『御手洗潔はおそらく殺し合いに乗っている』という情報を浦飯君からも確認しているし、まずはある程度の信憑性があると見て進めるよ」

ちなみに雪輝に送られてきたメールをすかさずチェックしたのは秋瀬であり、雪輝自身はまだそのメールの本文を読んですらいない。
杉浦綾乃の居場所を雪輝が目にしてしまえば、雪輝に関わる予知をする『雪輝日記』が反応して、我妻由乃にその場所を把握されてしまうためだ。
雪輝のいる場所で会話する上でも、その場所を突き止められないように『デパート』の名前は極力出さないようにしている。

「おそらく、菊地善人君とはまだ合流できていないようだね。
合流した後に襲撃されたとすれば、救援メッセージは彼ら三人の連盟で送信するはずだ。その方が情報の信頼度を上げられる」

どちらかと言えば越前と綾波の二人に対して、秋瀬は言った。
二人とも無表情であるはずなのに、どちらも同じく『助けに行きたい』と顔に出ている。
越前にいたっては(さすがに放送を聞いてから気持ちを切り替えた)、『もう問題ありません』とアピールするように車椅子から立っていた。
彼等にとって一度は友好的に接触した人物であり、しかもそれは碇シンジと行動をともにしていた少女であり、彼の最期に立ち会ったうちの一人でもある。
まして、菊地善人が『杉浦や植木をつれて合流する』と言って別れた後にこのようなメールが届いた時点で、彼等を心配させるには十分だと言えた。

しかし、安易に『では急いで助けに行きましょう』というわけにもいかない。

「ぼくらの行動は『雪輝日記』を通して我妻さんにも知られている。
我妻さんがぼくらの後を追って戦闘の現場にやってくる可能性は高い」

却って敵を増やしてしまうリスク……最悪、乱戦になったところを我妻由乃の襲撃で一網打尽にされる危険は十分にあった。

「こっちは車があるし、由乃が追いつくまでには時間がかかるんじゃないのかな?」
「さっきの戦闘からしばらく時間が立っているし、移動時間はアテにならないと思う。
売店に充電器がなかったから、レーダーもまだ使えないしね」

こちらのレーダーが機能せず『雪輝日記』が動いている現状では、未だ我妻由乃の側に主導権があることも否めない。
放送前の戦闘では、諸条件が重なって『退いた方が賢明かもしれない』と思わせることができたからこそ、撤退させることができたに過ぎない。

430ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:11:55 ID:nKJI5gdQ0
「ただし、杉浦さんとは直接の接点がない雪輝君にメールが来た時点で、このメールが無作為に送信されている可能性は高い。
我妻さんの元にも、同じ内容のメールが届いている可能性だってあるだろうね」
「そうなったら、由乃は僕らを後回しにして杉浦さんたちのところに向かうかもしれないよ。複数の参加者が乱戦してる場所なんて、由乃にとってはたくさん殺せる好機だろうから」
「我妻さんがそっちに行くなら、俺らも行かないと最悪のパターンじゃないっスか?
杉浦さんたちは今戦ってる人と我妻さんの両方に襲われることになるし、俺らは我妻さんと会えない上に仲間を見捨てることになるし」
「そう言えば、秋瀬君には浦飯さんっていう協力者がいたんだよね? その人に助力を頼めないかな」
「でも、タイミングよく合流できるかしら」
「白井黒子が実は常磐愛で、今は浦飯さんっていう人といっしょにいるのもなんか胡散臭いっすけどね」

判断材料は出揃ったが、有効な一手を打つための持ち駒は乏しい。
議論することでそれがはっきりと表出して、全員が厳しい顔をする。

「もう、どうするのか秋瀬さんが決めていいんじゃない?」

ふいに、越前が言った。
綾波と雪輝が、驚いた顔を越前に向ける。
ちらりと綾波レイを見てから、気持ちを固めたように頷く。

「この中で一番重傷のアンタに決めてもらった方が、こっちも気を遣わなくて済むし。
俺たちだと、我妻さんならどうするとか知らないし。
天野さんが決めたら『雪輝日記』とかいうのですぐバレるみたいじゃないっスか」
「それはそうかもしれないけど……」

作戦会議を仕切っている秋瀬が決定をするのは、自然な流れだろう。
しかし、綾波と越前の視点では、そうもいかないはずだ。彼等は杉浦綾乃を助けに行きたいはずなのだから。
秋瀬一人に判断を任せてしまえば、『杉浦彩乃の救助』よりも『天野雪輝を危険から遠ざけること』を優先するだろうことは、誰の想像にも難くない。

「僕に預けてしまっていいのかい?」
「『任せる』。この中だと秋瀬さんが一番作戦立てるのうまそうだから。
それに、『油断せずに行こう』ってアンタが言ったんじゃん。
『行く』なら主語は一人称の『I』でいいけど、『行こう』なら『We』ってことになるよ」

何かの思い出でもあったのだろうか。
任せるという部分を聞いて、綾波が納得したように頷いた。
そして後半の部分は遠回しな言い方だったが、伝わるのは秋瀬或を一蓮托生のくくりに入れていることだった。
もしかして皆が納得するような案を出せないから、丸投げしたんじゃないか、という疑惑はあったにせよ。
任されたのならば、探偵は信頼が第一だ。
正式な『契約成立』と認めるにはまだまだ程遠いけれど。

「わかった――その依頼を受けよう」


【G-4病院/一日目・夜】

431ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:12:27 ID:nKJI5gdQ0
【天野雪輝@未来日記】
[状態]:中学生
[装備]:体操服@現地調達、スぺツナズナイフ@現実 、シグザウエルP226(残弾4)、 天野雪輝のダーツ(残り7本)@未来日記
[道具]:携帯電話、学校で調達したもの(詳しくは不明)
基本:由乃と星を観に行く
0:秋瀬の決定を待つ。
1:やりなおす。0(チャラ)からではなく、1から。

※神になってから1万年後("三週目の世界"の由乃に次元の壁を破壊される前)からの参戦
※神の力、神になってから1万年間の記憶は封印されています
※神になるまでの記憶を、全て思い出しました。
※秋瀬或が契約した『The rader』の内容を確認しました。

【秋瀬或@未来日記】
[状態]:右手首から先、喪失(止血)、貧血(大)
[装備]:The rader@未来日記、携帯電話(レーダー機能付き、電池切れ)@現実、セグウェイ@テニスの王子様、マクアフティル@とある科学の超電磁砲、リアルテニスボール@現実
[道具]:基本支給品一式、インサイトによる首輪内部の見取り図(秋瀬或の考察を記した紙も追加)@現地調達、火炎放射器(燃料残り7回分)@現実、クレスタ@GTO
壊れたNeo高坂KING日記@未来日記、『未来日記計画』に関する資料@現地調達
基本行動方針:この世界の謎を解く。天野雪輝を幸福にする。
0:メールへの対応を決定する。
1:天野雪輝の『我妻由乃と星を見に行く』という願いをかなえる
[備考]
参戦時期は『本人の認識している限りでは』47話でデウスに謁見し、死人が生き返るかを尋ねた直後です。
『The rader』の予知は、よほどのことがない限り他者に明かすつもりはありません
『The rader』の予知が放送後に当たっていたかどうか、内容が変動するかどうかは、次以降の書き手さんに任せます。

【越前リョーマ@テニスの王子様】
[状態]:疲労(中)、全身打撲 、右腕に亀裂骨折(手当済み)、“雷”の反動による炎症(ある程度回復)
[装備]:青学ジャージ(半袖)、テニスラケット@現地調達
リアルテニスボール(ポケットに2個)@現実、車椅子@現地調達
[道具]:基本支給品一式(携帯電話に撮影画像)×2、不明支給品0〜1、リアルテニスボール(残り3個)@現実
S-DAT@ヱヴァンゲリオン新劇場版、、太い木の棒@現地調達、ひしゃげた金属バット@現実
基本行動方針:神サマに勝ってみせる。殺し合いに乗る人間には絶対に負けない。
0:秋瀬の決定を待つ。
1:休んだら、菊地と合流。天野たちにはできる範囲で協力
2:バロウ・エシャロットには次こそ勝つ。
3:切原は探す。

【綾波レイ@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:傷心
[装備]:白いブラウス@現地調達、 第壱中学校の制服(スカートのみ)
由乃の日本刀@未来日記、ベレッタM92(残弾13)
[道具]:基本支給品一式、第壱中学校の制服(びしょ濡れ)、心音爆弾@未来日記 、隠魔鬼のマント@幽遊白書
基本行動方針:知りたい
0:秋瀬の決定を待つ
1:休んだら、菊地と合流。天野たちにはできる範囲で協力
2:落ち着いたら、碇君の話を聞きたい。色々と考えたい
3:いざという時は、躊躇わない
[備考]
※参戦時期は、少なくとも碇親子との「食事会」を計画している間。
※碇シンジの最後の言葉を知りました。

432ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:12:43 ID:nKJI5gdQ0
投下終了です

433名無しさん:2014/11/30(日) 21:49:55 ID:fjAJouv20
投下乙です!
それぞれがすごくいい味出してました…!

434名無しさん:2014/12/01(月) 20:24:08 ID:YQ78PMog0
投下乙です

うおおおっ、今回もというかこの組が織りなすドラマは本当に濃いわあ
GJ!

435訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:52:03 ID:Mu2XGxio0
大変申し訳ありません。
ウィキに収録する段になって、まるごと1レス分が投下されずに抜けていたことが発覚しました。

今に至るまで気付かなかったことも含めて大変申し訳ないことですが、
本スレ>>419>>420の修正版を投下したいと思います。

436訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:54:27 ID:Mu2XGxio0
「僕がかつて出会った日記所有者の中にも、『自分が勝つことだけを想定して突撃する』タイプの人はいた。
でもその人の場合は、過酷な環境を生きてきて、負けることが死に直結するような生活をしてきたからそうなったんだ。守るものも失うものも自分の命だけだったしね。
あるいは、『誰も死なせない』と主張するような理想家なのかとも思ったけど、それも違うね。
君は僕らみたいに困った人を助けてくれたけど、正義の味方になりたいわけじゃないだろう?」

こくり、と頷きがあった。
平和な世界なら、これでも良かったのかもしれない、とは思う。
行くぞと声をかけて皆が付いていくような、誰もがいっしょに高みを目指してくれるような、ストイックなスポーツマンばかりの世界だったら。
すでに彼は、ひとかどの『柱』になれるぐらいの資格は満たしていたのかもしれない。
だが、この世界は違う。

「君はきっと、本当に芯からスポーツマンなんだよ。
優勝賞品が欲しくて戦ってきたわけじゃない。ただ、勝つための戦いだ」

たとえば1つだけ願いを叶えてもらえるとして、『全国大会で優勝させてください』なんて願ったりはしないだろう。
実力で手に入れたものではない勝利など、虚しいだけなのだから。
だから彼に、夢はあっても願いは無い。

「裏を返せば、誰かに叶えてもらう類の望みには慣れていない。
もっと言えば、『大切なものを、自分にはどうしようもできない理不尽によって奪われるかもしれない』恐怖なんて、すっかり想像の外だった。それだけのことだよ」

『神から与えられた意味などに価値はない』と真田が言っていたことを、思い出す。
そして、全てを放棄することを選んだ、神崎麗美の目を思い出す。
神崎麗美が、越前に対して怒りを顕にしたという話も、思い出す。

「それって、命懸けで使徒と戦わされるとか、神様を決める殺し合いをやらされるとか?」
「雪輝君たちに当てはめればそうなるだろうけど……そうだね、実感できるように例え話にしようか」

真田に秋瀬自身のことを問い詰められた時には、言い返せなかった。
その意趣返しというわけではないが、言葉に詰まってもらうのも、いい勉強になるはずだ。

「もし、君が急に難病にかかって、テニスができない体になったらどうする?
それが、どんなに治療しても努力しても、絶対に治らないものだったら、どうする?」

それでも、君は強くあれますか?
まっすぐだった両目が、急に視覚を失ったかのように凍りついた。
唾を飲もうとするように喉を動かしても、口が渇いていてごくりという音さえ出ない。

「絶対……っスか? 手術しても、リハビリしても?」
「その反応は、心当たりでもあるのかな?
どんなに努力しても這い上がれない。戻りたくて血を吐くようにがんばったけど無理だった。誰が何をしても救えない。
君のいる世界だって、そういうことは起こり得たはずだ。君もそうならなかったとは言えないよ」

本人の選択によるものでもなく、過失によるものではなく。
世界を恨みたくなるような理不尽の果てに、生きがいとなるものを奪われる。
そんなのは、どうしようもない。
歯がゆそうな顔が、そんな答えを雄弁に映し出したタイミングで、さらに問う。

「もし、願いを何でも1つ叶えてくれると言われたら、すがりつくんじゃないか?
――そういう時に、『願い』が生まれるんだよ」
「だから、殺し合いに乗ったって言いたいの? 部長を殺したアイツも、我妻由乃さんも?」

葉による重圧を押しのけようとするように、声が高く跳ねた。
カセットプレイヤーを握り締める手の力が、さらに強くなる。
その額を、運動によるものではない汗の雫が滑る。
しかし、続く言葉は落ち着いていた。


「だったら俺は、そっちになんか行かない。
テニスができなくなるなんて、ヤダ。でも、そのために人は殺さない」


言い切った。
その落ち着きが、それが虚勢などでは有り得ないことを証明している。
しかし、秋瀬には少し気に入らなかった。
かつての雪輝が願いのために選んだのは、『そっち』側だった。
その結果として犯したのは大量殺人の上に、願いは叶わず死んだ者は生き返らないという報われない結末だ。
それは覆されない大罪だが、当時の雪輝が被ってきた理不尽を知っている秋瀬には、『雪輝だけが悪かった』とも言い切れない。
だいいち、大罪であろうとも雪輝が精一杯に悩んで、気を張って、殺し合いゲームに勝ち残るという決断をしたこと自体は尊いと思っている。
間違える方が絶対的に悪いかのように、『なんか』呼ばわりされるのは愉快ではない。

437訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:55:51 ID:Mu2XGxio0
「いつか、潰れる時がくるよ。生きていけなくなるかもしれない。
生きていく上で必要不可欠なものを失って、その後の一生を過ごすんだから」
「そうかもしれない。でも、……今度は、行かない」


今度は、と言う時だけ、その顔が辛そうに歪んだ。
一度は、踏み外そうとした時――それが、神崎麗美を殺しかけた時だということは、推測がつく。
秋瀬は、さらに追求することを選択した。
越前が『なんでこの人はこんなに突っかかるのだろう』と言いたげに眉をひそめているが、とことん言ってしまうことにする。


「君にとっては、自分の幸せよりも他人の命の方が重いから?
それとも、それが君にとっての正義なのかな?」
「そんなんじゃないよ」


そう否定した後で、さらに何か言おうとした。
しかし、言葉にならなかったのか、「そんなんじゃないよ」とまた繰り返す。


「なら、人を殺した手でラケットを握りたくないからかい?
人を殺して叶える夢なんて夢じゃないと、そう思う?」
「……だから、そんなんじゃないって」


べつに選ばなかった者を貶めようとするほど、秋瀬は気が短くないし子どもじみてもいない。
ただ、ここで示してほしい。
『そちら側』に行くことを間違いだというのなら。
どうして間違いだと断じて、どのように異なる考え者と相対していくのか。


「他に考えられるとしたら、チームメイトが悲しむといった理由かな。
仲間の意思を無碍にしたら、仲間たちが許さないと思うのかい」


越前が答えるのに、少しだけ時間がかかった。


「それもあるけど、そんなんじゃないよ」

438訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:58:50 ID:Mu2XGxio0
きっぱりと、
不機嫌さを含んだ無表情から言い放たれたのは、肯定であり否定。

「どういう意味かな?」

我妻をはじめとする殺人者達から、そして我妻による『被害者』達からも『柱』として雪輝の前に立つというのなら、
その正しさを、どう行使するつもりなのか。
ラケットさえ持たなければただの傲慢な少年に過ぎない彼に問いかけて、答えを待つ。

「……本当はあれこれ考えて動くのって苦手なんスよ」

その言葉が皮切りだった。
感情を抑えるように淡々と答えていた言葉から、ふっつりと『力』のようなものが抜けた。
理性だとか思考だとかの制御を手放すように、軽くなった。

「でも殺し合いをどうにかすることにして、『柱』になるって決めたから。
だからちゃんと考えなきゃいけないって思うようになった」

いきなり、違和感が生まれた。
答えになっていない、だけではない。饒舌になっているだけでもない。
言葉が、滑らかに流れ出した。
ずっと前から用意していた言葉が、とうとう口をついたように。

「それが、神崎さんを殺しかけてから、余計ややこしくなった。
神崎さんにも、今言われたのと似たようなこと言われたから。
『人を殺さなきゃ生きていけないようなヤツは、生きる価値もないのか』って。
綾波さんがいてくれなかったら、俺はYesって答えるとこだった」

違うと、気づいた。
本当に『いきなり』のことだったのだろうか。
そもそも、さっきまでの彼は本当に『落ち着いて』いたのか。
本当に冷静だったら、いやいやでも素直に相槌を打ったりしないのではないか。
さっき天野雪輝と話していた時のように、相手の神経を逆なでするような言葉でまぜっ返していたのではないか。
いつもの彼ならば、そういう余裕があったのではないか。

予感する。
いつもは深く考えるよりも心に従って、言葉を尽くすよりも行動で示してきた少年がいたとして。
安易にそれができない状況で、どれが正しいのか考えて、ずっと抱えこんできたとしたら。
しかも、肝心の一番にぶん殴りたい神様はどことも知らない観客席にいて、溜め込んできたとしたら。
いったいそれは、どれぐらいの総量になっているのだろう。

音楽プレイヤーを丁寧にディパックの中にしまいながら、越前は言った。



「秋瀬さん、俺、ぜんっぜん正しくなんかないよ」



泣いていない。

遠山金太郎の凄惨な遺体に遭遇した時は、涙を必死に堪えていたらしいのに。
死んでいった仲間のことを話した時は、綾波レイの手を握って泣いていたのに。
現在の『積もりに積もっていたらしき何か』をぶちまけようとする越前リョーマは、ちっとも泣いていなかった。

-----
以上になります。
投下時には前後がつながっていない文章を投下してしまった形になり、本当に謝罪のしようもありません

439名無しさん:2014/12/09(火) 12:15:39 ID:gpztIZM.0
修正乙です

悪くないと思います


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