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中学生バトルロワイアル part6

1 ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 19:54:26 ID:rHQuqlGU0
中学生キャラでバトルロワイアルのパロディを行うリレーSS企画です。
企画の性質上版権キャラの死亡、流血、残虐描写が含まれますので御了承の上閲覧ください。

この企画はみんなで創り上げる企画です。書き手初心者でも大歓迎。
何か分からないことがあれば気軽にご質問くださいませ。きっと優しい誰かが答えてくれます!
みんなでワイワイ楽しんでいきましょう!

まとめwiki
ttp://www38.atwiki.jp/jhs-rowa/

したらば避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/14963/

前スレ
ttp://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1363185933/

参加者名簿

【バトルロワイアル】2/6
○七原秋也/●中川典子/○相馬光子/ ●滝口優一郎 /●桐山和雄/●月岡彰

【テニスの王子様】2/6
○越前リョーマ/ ●手塚国光 /●真田弦一郎/○切原赤也/ ●跡部景吾 /●遠山金太郎

【GTO】2/6
○菊地善人/ ●吉川のぼる /●神崎麗美/●相沢雅/ ●渋谷翔 /○常盤愛

【うえきの法則】3/6
○植木耕助/●佐野清一郎/○宗屋ヒデヨシ/ ●マリリン・キャリー /○バロウ・エシャロット/●ロベルト・ハイドン

【未来日記】3/5
○天野雪輝/○我妻由乃/○秋瀬或/●高坂王子/ ●日野日向

【ゆるゆり】2/5
●赤座あかり/ ●歳納京子 /○船見結衣/●吉川ちなつ/○杉浦綾乃

【ヱヴァンゲリヲン新劇場版】2/5
●碇シンジ/○綾波レイ/○式波・アスカ・ラングレー/ ●真希波・マリ・イラストリアス / ●鈴原トウジ

【とある科学の超電磁砲】2/4
●御坂美琴/○白井黒子/○初春飾利/ ●佐天涙子

【ひぐらしのなく頃に】1/4
●前原圭一/○竜宮レナ/●園崎魅音/ ●園崎詩音

【幽☆遊☆白書】2/4
○浦飯幽助/ ●桑原和真 / ●雪村螢子 /○御手洗清志

男子11/27名 女子10/24名 残り21名

2027th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 22:59:21 ID:xbfq8oaU0
お待たせしてすみません
それでは、後編を投下します

2037th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:01:19 ID:xbfq8oaU0
馬鹿げた発想だと、七原自身も否定するだろう。
『殺し合ったイコール愚かだった』なんてのは川田もがっかりすること間違いなしの短絡的発想だし、
そもそも国家がかりの『システム』として浸透していた『プログラム』と、見せしめの一人もいなかった今回のゲームでは初期条件から違いすぎて比較しようもない。
だからこそアホらしいやっかみだと無視して、意識することなんかできなかった。
それでも、たしかに傷だった。
なぜなら七原だって、最初は叫んでいたのだから。

信じられるはずだ、と。

だから、らしくもない悲鳴じみた叫びをあげる。

「川田は最期に『お互いを信じろ』って言った!
典子は、あんな殺し合いの真っ最中だってのに、最初から俺のことを信じてくれた!
よく知りもしないで、人の思い出に踏み込んでんじゃねぇよ!!」

階段を転がった時に落ちていたグロックを拾い上げ、見えないまま闇雲に発砲する。
しかしガキンと甲高い金属音が響いて、銃弾が銛に弾かれたことを知った。

「嘘ついてんじゃねーよ! 信じろとか言っておいて、テメーはさっきの女を囮に使ってたじゃねーかよ!」

サーブが唸る音が聞こえて、脇腹に刺さった瓦礫がまた秋也を転がす。
全身が軋むような痛みに唸りながらも、秋也は叫んでいた。

「俺のことはいいんだよ! 俺が弱くて、みんなを救えなかっただけだから!!
でも、あいつらのことは汚すなよ! 川田も典子も大木も委員長も榊も! 
俺の手が届いてたら、ちゃんと救えてたんだから!」

痛い。
痛い。
痛い。
喪ったのに、国家を憎むことさえ許されないなんて、許せない。
罪深いのは、仲間たちじゃない。不条理がまかりとおる世界の方だと。
そんな呪詛を、となえていたかったのに。

2047th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:03:07 ID:xbfq8oaU0

「どうせお前なんか、友達が何人か死んだってだけだろ!
元の世界に帰ったら、クラスメイトだって家族だって生きてんだろ!
俺には何もないんだよ! 誰も『おかえり』なんて言ったりしない!
それなのに俺から『復讐』まで取り上げようってのかよ!」
「開き直ってんじゃねぇよ! 家族は残ってたって、副部長はもういねぇんだよ!
それでまた元通りにテニスなんかできるわけねぇだろが!」

今度は直接的に、ラケットで殴りつけられた。
激痛でぼんやりとしていた意識が、異なる激痛によって強制的に覚醒される。

「あぁ――もういいよ。お前」

ぽつりと、興ざめしたとでも言いたげに、悪魔はこぼした。
カラリと床をこする金属音がする。
それは敵がふたたび、ラケットではなく銛を手にしたということだった。

「そんなに弱いなら、強い俺に、負けて死んどけ」

すぐ頭上には、もう悪魔が立っている。
見えない視界に、銛が振り上げられる光景が描かれる。

畜生、とまた呻いた。
自分に世界を変える力なんてないかもしれないことぐらい、知っていた。
けれど、だからって、せめて『革命家』として散らせてくれてもよかったんじゃないか、神様?

2057th Direction  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:04:33 ID:xbfq8oaU0



「秋也くんを殺さないでっ!!」



――詩ぃちゃんを殺さないでっ!!

どこかで聞いた声と同じ声を、聴いた。

ギン、と金属を打突する音が、悪魔よりもさらに背後の方向から刺さる。
おそらくは、金属に金属をぶつけて、銛を食い止める動き。
その『金属』とは、もしかすると研究所での対面時に持っていたシャベルかもしれない。

「んぁあ゛!? 何だテメーのその格好は!」

霞んだ意識の知覚に、悪魔の苛立った声と、金属武器の打ち合う音が届く。
それはしきりと悪魔が持つ銛を攻撃し、七原に刺さるはずだったそれを食い止めようとする小刻みな刺突音だった。

動かない体に力をこめて、七原は制止の声をあげようとする。
おい、ちょっと待て。
アンタがそいつを相手にするのは、いくら何でも無茶だ。

しかし声になる前に、七原を抱き上げるもう一人がいた。

「今のうち」

こちらもまた、聞き覚えのある少女の声。
しかし、優しく七原を持ち上げる両腕は、ゴリラのようにごわごわとした感触だった。
何だこれは、と疑問を出そうとして、思い出す。
真希波とかいう少女を獣のようにさせていた、謎の変身するアイテムのことを。
あれを食べた真希波が、人間離れした腕力で彼女たちを抱えて逃げたことを。

「テメェ……! 獲物を仕留めようって時に、邪魔してんじゃねぇよ!」
「そんなことを言わないで、まずは私に付き合ってほしいかな、かな」
「知るか! 化物の格好のくせに、女みたいな声だしやがって気持ちわりい……」

金属同士が軋む、鍔競り合いのような音。
そして男と少女の口論を背後に聞きながら、七原は抱えられたまま遠ざかる。
口論の内容から、七原は戦っている方の少女――レナもまた、同じドーピングをしているらしいと悟る。
だが、しかし。
この状況は。

2067th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:05:56 ID:xbfq8oaU0
「おい、やめろよ。降ろせ……って」
「降ろしてる暇なんかないよっ。すぐに黒子の方も回収しなきゃいけないんだから」

七原はほっておけと頼んだ。
死にたくはなかったけれど、よりによってレナと結衣に助けらるのも惨めが過ぎる。
まるで、己の弱さをどこまでも思い知らされるかのようで。

「だいたい、降ろして死なれた方が、迷惑だっ。私だって、言いたいことは、たくさん、残ってるんだから!」
「降ろした方が、身軽に、動けるだろーが……どうせ、いい気味だと思ってんだろ?」

ゴリラのような生き物にお姫様抱っこされて、必死に非常口へと向かうシチュエーション。
絵にならないことこの上ない、そんな二人は互いに息を切らせて話している。

「そんなわけあるか! 見下してる相手を、命がけで助けるわけ、ないだろ!」

ぎゅっと、七原を抱える腕に力がこもった。

「悪いけど、だいたいの、話は聴いた。『正義日記』の、予知に、出てきたから」
「ぇ…………」
「ナーバスになってるみたいだけど……これだけは、言っておく」

非情口となる扉をあけて、すこしだけ呼吸を整えて。
ちょっとだけ怒ったような声で、船見結衣は言った。

「誰も一緒にいてくれないなんてこと、絶対にない。
自分の知ってる人たちはいい人達だったってことを、あんなに必死に叫べるのに
――どうして戻った世界では、誰も迎えてくれないなんて言うんだよ」





「なんだお前。テニスの技がまったく効かねぇのかよ」
「石ころで人を傷つけるのは、テニスって言えないんじゃないかな」

レナたちの元に残っていた奇美団子は、それぞれに残り2つずつ。
そして、より多くの団子を口にすればするほど、変身した後の身体能力と体の頑丈さは強くなるらしい。
説明書によれば、本来は『自分が受けたダメージを記憶して癒す』という特殊な体質の人が使っていた薬なのだそうだ。
しかしレナたちにはそんな能力など無かったので……結果として『変身を重ねるごとに、徐々に体が頑丈になる』という程度にとどまっている。

2077th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:07:10 ID:xbfq8oaU0

「たかだか石ころをぶつける攻撃なんて、ちっとも痛くないよ。
むしろ、命懸けの決闘に、飛び道具を使うなんて無粋じゃないのかな。かな」

だから竜宮レナは、そのお団子を2個食べた。
おかげで体中には突起のような羽毛が生えて、これはこれで『かぁいい』けれど、ちょっと圭一くんには見せられないような姿になっている。
でも、格好なんかに頓着していられない。
普通に立ち向かってしまえば『DEAD END』が待ち受けていることを、正義日記から教わっている。
運命を超える奇跡を起こすには、それなりのものを払わなければいけない。

「ハッ。決闘って言ったな。つまり、負けた方は勝った方に好きにされるってことだよな」

しかし、防御力を手に入れたからといって、安心することはできない。
真希波が変身していた時間はおよそ数分。あの時は丸ごと食べなかったから効き目が短かったのだとしても、十数分以上は持たないと覚悟していた方がいい。
それまでに決着を付けなければ、この悪魔の餌食となるだろう。

「だったら、これからテメーには赤く染まってもらおうじゃねぇか。どうせ俺が勝つんだからな!」
「いいよ。勝った方が正義なんだよね。私はそのルールでぜんぜん構わない。
だって『部活動』っていうのは、そういうものだからね!!」

相手は凶暴で、まるで鬼が目の前にいるみたいで、言葉が通じる感じもしない。
しかし、逃げるなんて選択肢はあるわけない。
『正義日記』とは、『守るべきもの』のことを知るための日記だから。
予知によれば白井黒子たちは瀕死の状態で、治療をするための時間が必要になっている。
それに雛見沢の『部活』メンバーの会則に、敵前逃亡はあり得ない。

「分かってんじゃねぇか! 勝ったヤツだけが最後に笑える!
俺はテメーらをぶっ殺して、先輩たちを生き返らせるんだよ!」

勝った者にはご褒美を、負けた者には罰ゲームを。
さぁ、始めよう。
『覚えている気がする別の世界』で、前原圭一が、竜宮レナに教えてくれたように。
再演しよう。
竜宮レナの、がんばり物語。

2087th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:08:58 ID:xbfq8oaU0

踏み込んだのは、同時だった。
少年はテニスラケットの代わりに不慣れな銛を振り回し、
少女は持ち歩いている鉈の代わりに、不格好なスコップを振りかざす。

ガッキンと、不格好な剣戟が、異常なほどの腕力で火花を散らした。
悪魔化によって強化された身体能力と、奇美団子による異常腕力がつばぜり合いを演出する。

「舐めんなよ! こちとら素振りを何千回もやってんだからな!」

さながらインパクトの瞬間にラケット面を傾けるような仕草で手首をひねり、つばぜり合いをするりと外す。
続く動きで、ねじり込むように銛を押し込む。銛の先端がレナの頬をかすめた。
『魔雉の装』によって強化された皮膚に血が飛び散ることはなかったが、それでも皮膚が薄く切れて、擦過は残る。
『傷つきにくい』と言っても、本来の使い手が口にした場合の防御力とは比較にならない。
石ころによる打撲には耐えられても、心臓に銛を串刺しされたりすればどうしようもないだろう。

「でも、させないよ!」

まるで鉈でも振り回すかのように、レナがスコップを横に払った。
それはスコップの面で叩くのではなく、傾けたスコップを刃として斬りつける動きだ。
ガァン、と音をたてて銛はその直撃を受け、横に払われる。

互いにできた隙を庇うように、両者は互いを蹴り合って距離を置いた。

「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ! なんだよその固い羽毛みたいなのは!
俺なんかより、お前の格好の方がよっぽど化物じゃねぇか!!」
「あっはははははははははははははははははははははは!! あははははははははは!
そっちこそ、『生き返る』って言われてあっさり信じ込むなんて、頭は大丈夫かな?
今どき、サンタさんを信じてる幼児だってゾンビやキョンシーなんか信じたりしないよ!
もしかして首が痒くて痒くて我慢できないような、おかしな病気にでもかかったんじゃないの!?」

お互いに、血が上っているせいで奇妙なほどハイになっていて。
それはまるで、どこかの世界で竜宮レナが経験した『決闘』を思わせて。

2097th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:11:05 ID:xbfq8oaU0
だから、レナにも信じることができた。
まだ相手のことをよく知らないけれど、それでも通じない言葉なんてないはずだと。

なぜなら二人は、いずれも『勝ち』を目指しているのだから。





「はぁ…………テンコのおかげかな」

銛が胴体を貫通したボロボロの黒子を見たときは、生きた心地がしなかったけれど。
テンコから、海洋研究所を犬と一緒に探検した報告を聞いていたことが幸いした。

資材置き場を探している時に、曰くありげな『宝物』と書かれた箱を見つけたのだという。
その中に入っていたのは、とても便利らしい支給品と、その説明書で。

『束呪縄』と書かれた茨みたいな形のロープは、黒子たちの体に巻き付けると、バチバチと怪しげな火花を発し始めた。
かえって不安になるような見た目だったけれど『正義日記』によれば間違いなく治癒の効果はあるらしい。

気を喪ったまま治療される二人を見ていると、どっと力が抜けそうになったけれど。
それでも結衣には、まだ立ち上がる理由があった。

「レナを……助けにいかなきゃ」

残された奇美団子はたったの1個。
心もとないし、足でまといになるかもしれないけれど、黙って待っていることはできない。
レナは『DEAD END』という困難な壁に、挑んでいるのだから。

「あ……武器、どうしよう」

黒子と七原を資材置き場まで運び込むのに必死で、黒子を刺していた銛は置いてきてしまっていた。
手元には拳銃があったけれど、扱えるかは心もとない。
こうなったら何でもいいと、黒子のディパックを探り始めた時のことだ。

持ち込んでいた『正義日記』に、ノイズのような雑音が混じったのは。




2107th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:12:47 ID:xbfq8oaU0


「さすがだね……立てないや」
「ハッ……やっぱり、勝つのは俺だったじゃねぇか」

変身は、解けていた。
足が疲労でガクガクと震え、レナは床へと膝をつく。
そんなちっぽけな姿を、悪魔が見下ろしていた。

力は、レナの方が勝っていた。単純なスピードでも、奇美団子の力が上回っていた。
しかし、攻撃を見切る反応速度や、単純な小回りでは悪魔の方に分があった。
それだけは身体能力を底上げしただけでは追いつけないもので。
だから持久戦に持ち込まれることを、防げなかった。

「うん、強いんだね……それ、テニスで鍛えたの?」
「あったりまえじゃねえか。俺の目標にしてる先輩たちなんかは、もっとすげぇんだぜ」

息を切らせながらの会話は、これから片方が殺されるとは見えないほどに、穏やかなもので。
いつもの悪魔がそうしているような、徹底的に破壊する攻撃の嵐は収まっていた
それは相手が勝利の余韻に浸っていたこともあるが、何より双方ともが疲労していたからだ。
来ていたユニフォームは雨にでも打たれたような汗でぐっしょりと濡れそぼり、
その疲労をも心地よく感じるかのように、目を細めている。

そんな悪魔へと、レナは問いかける。

「レナと戦って……楽しかった?」
「何言ってんだよ? 『人間』を潰すのが、楽しくないわけねぇじゃねえか」
「そうじゃないよ。『楽しい』っていうのは、それだけじゃないんだよ」

レナは首を振った。
殺されようとしているのに、心は静かだった。
そこにいる悪魔に対して、確信が得られてきたのだから。
対等の、中学生同士だということを。

「『テニス』のことが、好きだったんだよね。だったら貴方は、知ってるはずだよ。
お互いに相手を讃え合ったりする時とか。いつまでもいつまでも、このゲームが続けばいいのにって思ったこととか。」

知っている。
レナだって、同じ気持ちを知っている。
かつての日常で、そうやって競い合ってきたのだから。
スポーツの公式大会じゃなくて、水鉄砲を打ち合うような、たわいないゲームだったけれど。
いつまでもいつまでもこの時間が続けばいいと、そう思える対戦相手がすぐ隣にいたのだから。
胸をはって、幸せだと言い切れた。

2117th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:13:50 ID:xbfq8oaU0

悪魔が、くしゃりと顔を歪める。

「なんだよ……テメーも思い出させるのかよ。もう戻れないもんをチラつかせてんじゃねぇよ! 皆殺しにしなきゃ、俺はどこにもいけねぇんだよ!!」

「嘘だっ!!」

怒声だけで、銛を振り下ろす動きを食い止める。
怖いけれど、ためらいはない。
竜宮レナには、嘘をついている人が分かるのだから。

「もう笑えないなんて嘘だよ! だって、私と戦った時の顔には、ちょっとだけ『楽しい』って気持ちが見えたから!
あなたは知ってるはずだ! どんなに汚いものを見ても、楽しかった時間に嘘はないってことを!」

いつまでもいつまでも続けばいいと”願う”ような時間は、手をのばしさえすれば取り戻せる。
そのことを、ぼんやりとしか思い出せないどこかの世界で、教えてもらった。
ガクガクと震える足に、力をこめて立ち上がる。

「あなたにとって、その『楽しいこと』は、悲しいことがあったら、全部の価値がなくなっちゃうものなの!?
私は楽しかったよ! 怖かったけど、死にたくなかったけど……それでも、一瞬だけ『殺し合ってる』んじゃなくて、『戦ってる』んだって思えたから!」

悪魔は顔を歪めたままだった。
レナの問いかけを、言葉でも暴力でも否定できないでいる。
なぜなら竜宮レナは『楽しもう』と言っているのだから。
『人間は醜くない』と主張すれば、いや醜いと反論もできるだろう。
お前は間違っていると言われたら、いや正しいと反抗もしただろう。
けれど、『楽しい方がいいはずだ』と言われて『楽しくない方がいい』と答えるほどに……その少年は、好きなことを嫌いになれない。

だから、信じられないと乾いた笑みを浮かべる。

「なんだよそれ……俺は今だって、やり直したくて仕方ないんだぜ。
そんな都合のいい話が、あってもいいのかよ」
「いいんじゃないかな。お手軽な方法で幸せになれるなら、それがいいに決まってるよ」

2127th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:14:55 ID:xbfq8oaU0

私を信じてと、手をのばす。
いつかの世界で、どこかの選択肢で、ずっとそうしてきたように。
負けたからといって、何もかも奪われることはないのだと、それを証明するために。

「私は、みぃちゃんや圭一くんの――ここにはいない仲間の分まで、みんなを盛り上げていかなきゃいけない。
だから、あなたとも一緒に楽しいことをしていきたいな」

手を取ることを逡巡する相手の背中を押すために、さらに一声。
恐れなくていいのだと示すように、相手に一歩を近づいて。

それが、過ちになった。





『圭一くん』と、悪魔は聞いた。



…………ケイイチくん?

2137th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:16:06 ID:xbfq8oaU0
それは、裏切り者のことだ。
思えば、あいつに逃げられたことからすべてが始まって。
悲しくて、虚しくて歩いていたら、あの醜い『人間』たちを見せられて。

思い出す。
今までに起こったことを、思い出す。

楽しかったという高揚が、冷却される。
よく分からないけれど、こいつは『前原圭一』の仲間で。
前原圭一は、自分のことを見捨てた人間で。
そいつは、私を信じればいいのだと、お手軽な救済策を垂らしていて。
だから。
こいつの言うことは。



「嘘つきめ」



考えるよりも先に、嫌悪とも警戒心ともつかない恐れが、銛を突き刺していた。

「あっ」と、目を丸くしたレナが、純粋に驚いたような声をあげて。
そして彼女は、己の腹部に視線を落とす。
脇腹に深く突き刺された銛が、引き抜かれ。
そこから決壊した水道管のように、鮮やかな赤い水が吹き出した。

驚きに固まったレナが、そのまま立ちあがる力をうしなって床に崩れ、
その結果を見て、悪魔が一瞬の間だけ、これで良かったのかと迷いをみせる。
その後悔を振り切るように、ふたたび銛を振りかざして。


「レナから……離れろっ!」

七原秋也を連れ去った猿人が、少女の声を出して飛びかかってきた。

ぶるん、と。
両手に握った鉄の棒で、ぎこちなくも力強く、殴りつける動きをする。

「おぉっと」

新たな敵が現れたことで、悪魔はいくぶんか好戦的な気持ちを取り戻す。
眼前で振るわれた鉄の棒を、余裕さえ感じさせる感嘆詞でもって受け止め、飛び退いてかわす。
解放された竜宮レナが、猿人の少女と悪魔の真ん中の位置で、よろよろと膝をついた。

「結衣、ちゃん……?」
「私がこいつの相手をするから。レナは束呪縄のところまでがんばって」

悪魔はその言葉に、苛立ちを覚えた。
こっちは一人でみんなの相手をしているのに、そいつらから『私たちにはこんなに仲間がいるんだ』と言われているようで。
一人になることを選んだ、ついさっきの選択が間違いだったと言われているようで。

2147th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:17:12 ID:xbfq8oaU0

こうなれば、すべての手を払い除け、すべての『信じて』を裏切ろう。
そう決めて、目視で新手との距離感を測り直そうとして。



新手が構えていた、『鉄の棒』へと、意識が向いた。



「………………………おい、待てよ」

その鉄の棒は、ただの棒ではなかった。
布切れが、房飾りのついた紐で括られて垂れ下がっていた。
つまりそれは、旗だった。

旗に書かれている絵が見えた。
悪趣味だ。
悪魔はそう思った。

よりによって、今この時に、そんなものを見せるなんて。
ひょっとしてこいつも、『亡霊』の同類かもしれない。
真田副部長や手塚国光や跡部景吾の姿をした『あいつら』が『あれ』をちらつかせてきたように。
『それ』を見せ付けられることは、苦痛でしかないのだから。

それは中学テニス部全国大会の、団体戦優勝旗。

過去に立海大附属中テニス部が二度も勝ち取り、
そして、今年の夏に三度目の持ち帰りを果たす予定で、
しかし、青春学園テニス部に譲ることになってしまった、目標だったもの。

振り回された余韻で、ひらひらと揺れていた。



「テメェなんかが……それに触ってんじゃねぇよ!!」



そいつを潰さなければと、決めた。
新手より先に、竜宮レナに止めをさすべきだという考えすら回らない。

ただ、それをチラつかせていることが、どうしても許せずに。
怒れる悪魔に、変化した少女はくるりと背を向けた。

怒気にまみれた声から、時間を稼ぐ最良の方法は、逃げ延びることだと悟ったらしい。
そして時間稼ぎだと気づいていながら、旗を奪い返すためだけに、悪魔は追いかけて走り出す。

悪魔の殺戮は、追いかけっこへともつれこんだ。

2157th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:18:18 ID:xbfq8oaU0





七原さんを救けたい。
決意は本物だったけれど、どうすれば救けられるのか。
分からないまま七原さんに言葉をぶつけて、今だって分からないまま動いている。

だって、『救い』なんて考える必要がないくらい、平和なところで暮らしてきたのだから。
最初から救われている世界……なんて言い方は大げさだけれど、不満なんて見当たらなかった。
お腹がすいたらお菓子を食べて、続きが気になったらゲームをして。
一人がさびしかったら皆を招待する。
曖昧、見えない未来の世界。
みんなそれぞれ、でもくっついちゃう。
なんかちょうどいい、そんな毎日。

でも。
誰かを喪ってしまうことが不安で、自分が消えてしまうことが怖い。
そんな世界に連れてこられて、わたしにも思うことはできた。
昔からの友達と、今の友達のこと。



――ねえ結衣。ごめんね、泊めてもらって。迷惑じゃない?
――え……ううん。
――そか。……結衣は強そうだけど、ほんとは寂しがり屋さんだから。
――えっ……そんなこと、ないよ。
――あはは、ほんとかよー。ねえ、またちょくちょく来てもいい?
――……しょうがないな、京子は。



あの時の私は、もしかしたら京子の存在に救われていて。



――そうだよね、ごらく部だもんね! 四人そろってこそのごらく部だもんね!
――……? うん……
――誓約書でもつくるか。他の部に浮気した人にはラムレーズン一年分ね。
――それはお前が食べたいだけだろ。……大体誓約書なんかなくても、みんなどこへも行かないよ。
――へへっ。



あの時の私は、きっとごらく部の存在に救われていて。

2167th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:19:27 ID:xbfq8oaU0



――大丈夫だよ、なんかごめん。
――それは嘘だよ。
――隠さなくたっていいんだよ、結衣ちゃん。
――怖いのは仕方ないんだよ。レナだって怖い。何時死ぬかわかんないんだもん。怖いに決まってる。
――だけど、ううん。こういう時だからこそ、『仲間』――『友達』に話さないで、一人で耐えるのは、強さじゃないんだよ。



あの時の私は、間違いなくレナの存在に救われていて。



だから、もしかしたら。
『救われる』っていうのは『どんな時でも一人じゃない』ってことかなぁと、思ったりもする。





鬼ごっこは、長く続かなかった。

長くない時間だったけれど、船見結衣にとってはとても怖い時間だった。
後ろから化物みたいな哄笑をあげて追いかけてくる悪魔は怖かったし。
強化された脚力で走っているのに、相手が足元に石ころをぶつけてくるものだから、転ばされるのが怖かったし。
だんだんと変身がとけてきた時に、生身の体であの攻撃が当たったらと想像するのは、さらに怖かったし。

最初にこぶし大の石が膝裏を直撃してから、瀕死になるまでボコボコにされたのは、もう怖いなんてものじゃなかった。

……それでも、海洋研究所から脱出してだいぶ走れたのだから、がんばった方かなと結衣は自分を讃える。
それはすなわち、レナたちのいないところで、一人きりで死んでしまうことを意味しているのだけれど。

死ぬことを、理解した。
死にたくなんて、なかったけれど。
それでも、こんなに手のひらがベトベトになるほどの血が頭から流れているのに、無事でいられるほど船見結衣は人間離れしていない。
頭からぐわんぐわんと変な音がして、身を起こそうとすれば猛烈な吐き気もする。

2177th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:20:34 ID:xbfq8oaU0

それなのに。
とどめとなる一撃は、なかなか振ってこなかった。
不思議がって、そろそろと瞼を持ち上げる。

仰向けになった視界には、夕日を逆光にした悪魔がいた。
輪郭は陽の陰りですこしぼやけているけれど、それでもその顔ぐらいは判別できる。

表情には歯ぎしりがあり、眼光には充血があり。
眉には、苦悶があった。

ぼんやりした思考をどうにか回して、どうしてだろうと考える。
そして、もしかして自分の体の上に、覆いかぶさるように『旗』があるせいかもと閃いた。
これを取り返すために追ってきたなら取り上げればいいし、
これを見ることが気いらないなら奪って引き裂けばいいのに、
苦悶する相手がどちらも選んでいないからだ。
喉は枯れているけれど、声はまだ出る。
だから結衣は、自分を殺す相手に向かって質問していた。

「これ……取り返して、どうするの?」

逆ギレでとどめを刺されるかなと思ったけれど、相手は答えてくれた。
捨て台詞のように。

「――捨てるさ」

苦々しげな声。
不自然に吊り上がった口元。
デジャヴがあった。
誰かと重なる表情。どこかで触れた感情。
そもそもこいつはなんで怒ったんだろうとか、どうして殺そうとしてるんだろうとか。
とりとめない疑問が湧き上がって、そう言えば『やり直すために七原を殺そうとしている』とか正義日記に書かれていたっけと思い出す。

そして、理解した。

(なんだ…………同じか)

つまり、放送後の船見結衣が選ぼうとして選べなかったことを、こいつは選んだ。
竜宮レナがいなければ歩いていた道を、こいつは歩いてきたらしい。

2187th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:21:50 ID:xbfq8oaU0

今さらながら、酷いことをしようとしたんだと思い知る。
だって殺される側に回るというのは、こんなにも痛いのだから。

(レナを殺さなくて、良かった)

そして、だからこそ、こう思ったのだ。

「辛いよね」

もしかしたら、レナを撃とうとして撃てなかった時に、結衣はこいつのような表情をしていたかもしれない。
レナを傷つけた憎い仇であることには違いないんだけど。
運よくレナは無事……ではなかったけれど、助けに入った時点では、まだ死なずに済んでいるわけだし。
だから、ちょっとぐらい言葉をかけても、レナだって怒らないだろう。

「辛くなんか、ねぇよ。俺は『悪魔』だからな」
「もしかして、……『ヒトゴロシの自分』なんて、仲間も喜んでくれない……とか、思ってる?」

自分で言ってて、これはさすがにキレられるかな、と思った。
でも相手は、何も言わなかった。
それだけ、恐ろしいのかもしれない。
こいつの場合は七原さんや黒子やレナを瀕死にして、自分も死にそうになっていて、つまり『一線を超えてしまった』のだから。

「死んだヤツは、何も言ってこねぇよ。
さっきからずっと亡霊みたいなのに文句言われてるけど、アイツらは偽物だ」
「そっか……いいなぁ」
「あ゛ぁ?」

羨ましがる声を出すと、見るからに不機嫌そうにされた。
こんな状況なのに、ちょっとだけおかしかった。

「私はさ……本当は、私に『嫌いだ』って言う京子でもいいから、会いたいと思ったよ」
「…………」
「でもさ……私のところには、亡霊、来なかったんだ。私が、殺し合いに、乗らなかったからかなぁ?」
「今からでも俺を殺しにくればいいじゃねーか。見たくもないものが見えるぜ?」
「んー……やっぱいい。だって、偽物なんだろ?」

2197th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:22:55 ID:xbfq8oaU0
なんで、自分を死の淵においつめている男とペラペラお喋りしているんだろう。
むしろ、私が死にかけていて、相手だって連戦で疲れきっているからこそ成立した猶予なんだけれど。
それに、死んでしまうのはこんなに怖いんだ。
この上、誰もそばにいられないなんて耐えられない。
べつにこの際、自分を殺す男だっていいや……なんて、もしかしておかしいことなのかな。
頭が痛くてぐるぐるしているから、考えることに自信がない。

「レナには、ああ言ったけど……ごらく部のみんななら、最終的には、許してくれそうな、気がするんだよな。
そりゃ、すごく気まずくなるだろうけど、『結衣ちゃん嫌い』ってのは、無いと思う」
「おめでたい連中だな。うちの副部長なら、グラウンド一万周したって許してくれねぇよ」
「でも……責任感じて、『死んでごめん』ぐらいは、言ってくれるだろ? 『本物』の、仲間なら」
「……死んだヤツは、何も言わねぇ。どこにもいねぇよ」
「えー。夢ぐらい、みさせてほしいな……」

実は、七原さんが気を喪う前に、もうひとつだけ言っていた。
『お前にはまだクラスメイトも家族もいる』ってセリフが、そこそこムカついたから。

――ごらく部を、舐めんなよ。京子とあかりが欠けてるごらく部が、『元の日常』になるはずないだろ。

分かりきったことだ。
それでも彼女は、『元の日常に帰る』という黒子やレナの言葉に、頷いていた。

――それでも私は、『帰る』よ。アイツらに追いつく方法は、やり直すことだけじゃないって、信じたいから。

そう。
船見結衣は、自分が信じたいものを、信じる。

「別に、私は天国とかあの世とか……信じてないし、幽霊も……それっぽい心霊体験したことならあるけど、信じてないし。
でも……夢枕にたってくれたりとかさ、また、四人で遊んで、お泊り会して、大騒ぎする夢を見たりとか……それぐらいなら、あってもいいかなって」
「どれも夢じゃねーか。結局、目が覚めたら消えるだろ」
「でも、夢を見た記憶は残るよ……それで目が覚めたら、ちょっとだけ泣いて、今日も一日がんばるぞって……天国でも夢でも、なんでもいい……どっかにいるって……励ましてくれるって、思いたいじゃないか」
「励ましなんかくれるもんかよ! 俺は『悪魔』だつってんだろ!」

バカのひとつ覚えのように、また『悪魔』だと言う。
その言葉を聞いて、気がついた。
いつの間にか、この少年が怖くなくなっていることに。
死ぬのは怖いけれど、こいつは怖くないということに。

だったら。
痛いけど、苦しいけど、がんばるのは辛いけど。
霞みそうな意識をがんばって堪え、だらりと垂れていた指先に、力をこめる。

もうちょっとだけ、真剣さぐらい、見せてみよう。

2207th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:23:40 ID:xbfq8oaU0
起き上がりたかったけれど、それが叶わないから手が届く位置にある銛の先端をつかむ。
くい、と引っ張れば、そいつはあっさりと引っ張られてしゃがんだ。
だから結衣は、その少年の手を掴むことができた。



「悪魔じゃ、ないよ」



証明しよう。
お前は、悪魔なんかじゃない。



「だってお前は、もう一人の『人間(わたし)』なんだから」



『お前(わたし)』と『私達(わたし)』の違いなんて、たった一つだけ。
竜宮レナに、会えなかったこと。
白井黒子に、会えなかったこと。
七原秋也に、会えなかったこと。
1人、だったこと。



「『人間』のことを、信じてくれなくていい。
レナのことも、わたしのことも、信じてくれなくていい。
天国も、あの世も、『亡霊』なんか、信じなくったっていい。
……大切な人、が、『どっか』にいるって、それだけ、信じて、くれても、いいん、じゃ、ないかなっ」


ここではない、どこかに。
歩いていけないけれど、繋がっているどこかに。

「そしたら……『明日』、にも……期待…………持てる、だろ」

握った手は、汗ばんでいた。
体温があることを、確かめる。
やっぱりこいつは、人間だ。

2217th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:24:43 ID:xbfq8oaU0
本当は、レナたちのことだって信じてほしいけれど。
それを教えてやる時間は、もらえそうにないから。
せめて、『帰る場所がない』なんてこと絶対にないって、伝えたい。
時間がないと言えば、七原さんにだって結局、言えないことがたくさんあった。
せめて黒子やレナが、代わりに言ってくれるといい。
人より苦労している分だけ物を知っているんだと自己完結したひねくれ者の先輩に、言いたいことを言ってやれ。

言いたいこと。
ろれつだって回っているか怪しいし、声に伴う呼吸がヒィヒィと掠れて痛い。
でも、せめて、あと一言ぐらいはがんばろう。

「じぶんを、しんじて」

どうにか、噛まずに言えた。





「おい」

まだ体温が残る手を、『切原赤也』は握り返す。
ぬくもりを与えてくれた、名も知らぬ少女へと呼びかける。

「なぁ、起きろよ」

すがるように呼びかけて、呼び止めて。
しかし、その安らかな顔へと怒鳴りつけることはできない。
ほかならぬ自分自身が、その命を摘みとってしまったのだから。

「起きて、くれよぉ……」

研究所に仕留めそこねた獲物がいることさえ、すでに意識から抜け落ちていて。
ただ、もうひとりの『人間(じぶん)』を喪った痛みに、身を折った。
のばしたその手は、たしかに届いていて。
しかし触れ合った直後に、掴みそこねて引き離される。

遺体にかかっていた旗が風でそよめいた。
半ば引き剥がされるようにパタパタとなびく。
その動きを目で追った悪魔は、視線を向けた先に別の発見をした。

「え…………」

2227th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:27:26 ID:xbfq8oaU0
その土地には、クレーターのような凹みがいくつも穿たれていた。
巨大な大砲がいくつも打ち込まれたかのような地面の中心部に、一人の人間が横たわっていた。

その旗の、正統なる所有者が。





「………………手塚、さん」



そして、しばらくの時間が流れた後。
その現場には、死んだ者だけが残された。
置き去りにされてきた2つの死体は丁寧にならべられ、旗の形をした一枚布で覆われていた。
せめてもの義務感に、突き動かされたかのように。
あるいは亡き者に対して、敬意を払うように。

【D−4/市街地/一日目・夕方】

【切原赤也@テニスの王子様】
[状態]:悪魔化状態 、呆然、『黒の章』を見たため精神的に不安定
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様、燐火円礫刀@幽☆遊☆白書、真田弦一郎の帽子、銛@現地調達
[道具]:基本支給品一式、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本
基本行動方針:人間を殺し、最後に笑うのは自分。
1:???


束呪縄による治療を終えた七原と黒子たちが駆けつけた現場では、すべてが終わっていた。

2237th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:28:47 ID:xbfq8oaU0
七原秋也が殺されかけた場所からそう遠くないところに、竜宮レナの遺体は倒れている。
死因は、脇腹を深く刺されたことによる出血多量だった。

黒子はその場にへたりこんで、七原は立ったまま呆然とする。
その光景は、受け入れがたいものだった。
なぜなら、七原はとっくに、彼女たちが邪魔をするなら『殺す』つもりでいたからだ。
だから、おかしい。
どうして彼女たちが、七原を助けようとして死ななければならなかったのだろう。
彼女たちは自分に反発したまま、自分に裏切られて死んでいくものだと思っていたのに。

レナはその手に、ボイスレコーダーを握り締めるようにしていた。
白井黒子が、顔をくしゃくしゃにして録音を再生する。

『正義日記』は、ボイスレコーダーの録音によって未来を記録していくタイプの日記だった。
竜宮レナが契約したおかげで、その対象は彼女にとっての『守るべきもの』と『倒すべき悪』――すなわち、海洋研究所にいたすべての人間が予知範囲に含まれたので、七原たちは状況の推移についてかなり詳しく知ることができた。

船見結衣が、竜宮レナをかばったことで、あの殺人者に殺されたことも。
船見結衣は知らなかったことだが、束呪縄が使いきりのアイテムであり、治療は不可能となっていたことも。

予知は最後に、竜宮レナの声で『竜宮レナは銛による刺し傷がもとで死亡する。DEAD END。』と喋った。
そこまで聞いて、得られるだけの情報は得たからと、七原は停止ボタンを押そうとする。
しかし、そのボタンを押す動きが止まった。

予知機能を果たさなくなった未来日記から、また竜宮レナの声が流れだしたのだから。

『えっと……秋也くん。それに黒子ちゃんも、ごめんね。
レナは先に死んじゃいそうだけど……でも、せめて言葉を残していくことにしました』




2247th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:29:39 ID:xbfq8oaU0

船見結衣が死んだという予知を聞いて泣きそうになって。
次にレナが思ったことはそれだった。

戦闘によって歩く力をも使い果たしていた竜宮レナが、それでもできること。
それは、言葉を発して伝えることだ。

幸いにして、船見結衣が駆けつけた時に残していった『正義日記』がある。
契約者はあくまで竜宮レナだから、殺人者に壊されてレナを殺してはたまらないという判断だったのだろう。

ボイスレコーダーは契約によって『正義日記』となったけれど、しかしボイスレコーダーとしての機能を喪ってしまったわけではない。
だから竜宮レナは、七原たちに言葉を残すことができる。

『えっとね……本当なら、秋也くんが黒子ちゃんと一緒に戻ってきた時に、言おうと思ってたことがあるの。だから』

そして。
竜宮レナは、七原秋也と悪魔との口論を聞いてしまったのだから。
最初は、『正義日記』によっておおよその内容を。
途中からは、七原秋也を助けに入るタイミングを見計らっている最中に、立ち聞きして。

『秋也くんは、すごいね』

だから、伝えたい。
『許されない』なんて、絶対にないと。





「は……?」

七原の口から、乾いた疑問符が漏れる。
その言葉は、否定ではなく。
その言葉は、同情ではなく。
その言葉は、慰めでさえなく。

2257th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:30:42 ID:xbfq8oaU0

その言葉は、賞賛と尊敬だった。

「いや、待てよ。全員助けようとしないのはおかしいって言ったのはアンタだろうが。
ちょっとぐらい人の過去を知ったからって、態度を変えてんじゃねぇよ」

いつもの軽い口調で、せせら笑おうとする。
しかし、いつもほど軽口にキレがない。

なぜなら七原にも、分かってしまったから。
その『すごいね』が、上っ面をとりつくろう演技ではありえないほど熱っぽいことを。

『本当に、七原くんは、すごいよ。
だって私は、何回も何回も失敗してきたから。
大切なたった一人を守ることさえ、諦めてきたから』





結衣ちゃんには、卑怯なことをしてしまったとレナは思う。
それは、彼女にむかって『やり直すのはよくない』と諭したことだ。

竜宮レナは、本当なら人にそんな説教ができる立場ではなかった。

――レナ。仮に俺たちのどちらかが死のうと、俺たちは絶対にまた会えるから。……だから、また会えたなら。
――今度は普通に遊んで、普通に笑い合って、……普通に恋をしよう。絶対に互いを疑わない。絶対に互いを信じあう。

なぜなら竜宮レナとその仲間たちは、何回も何回も『ズル』をしてきたのだから。
やり直しを否定した七原秋也は、そんな『ズル』にがっかりするかもしれない。
でも『やり直し』を行っていたのはレナではないし、そこは勘弁してほしい。
ずっと前から、『別の世界の記憶』はあった。
たとえば、古手羽入と名乗る転校生がみんなの輪に入ってきたとき。
たとえば、古手梨花が交通事故で入院した後に、『別の世界に行く夢を見た』と言い出したとき。
船見結衣に向かって『オヤシロさま』の話をした時だって、『ありえない記憶』のことを思い出していた。
それが、『惨劇』を見たことがとっかかりになって、次々と思い出してきただけのこと。

何度も何度も、大切な仲間たちと殺し合ってきた。
何回も救いの手を差し伸べられて、その手を信じられずに振り払ってきた。
何気ない毎日の一秒一秒が、宝石よりも価値がある宝物だったはずなのに。

2267th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:31:43 ID:xbfq8oaU0
「七原くんは、一度手をのばした女の子の手を、ずっと振り払わずにそばにいたんだよね。
誰も彼も信じられないような場所で会った人と、友達になれたんだよね。
どれも、レナにはできなかったことだよ。
圭一くんがいなかったら気付けなかったことを、秋也くんは最初から実践してたんだよ」

私を信じてと、訴えて。
泣かないで、どうか私の言葉を聞いてと呼びかけて。
泣いている人のそばで、一緒に泣いてあげたいだけなのに。
差し伸べた手は、金属バットで叩き砕かれて。

そして、ひぐらしの声が言う。

――もう、手遅れだと。

記憶の中にいた竜宮レナは、苦しくて辛くて寂しかった。
でも、だからこそ、七原秋也を認められる。
かつての世界で、過ちに気づいた竜宮レナが謝罪するのを見て、前原圭一が『前の世界の俺は気づくことさえできなかった』と讃えたように。

「こんなこと言っても、何言ってるんだか分からないよね、ごめんね。
でも、私の罪は、別の世界の自分がやったことだけじゃないから。
私がいなければ幸せになれたかもしれない人たちがいたの。
私が簡単に人を信じたから、大切な人を守れなかったの。
それでも、そんな『竜宮礼奈』でも、許しをもらうことができたんだよ」

そして、思い出す。
竜宮“レイナ”を殺して、竜宮“レナ”へと、変わってしまおうとした時のことを。
こんな自分は『イ』ヤなのだと、『イ』らないと、そう強く“願った”ときのことを。

自分が甘かったから、母親が出て行って、父親が苦しんだ。
だから自分が『敵』を排除しなければならないのだと、思っていた。
今度こそ失敗しないように、守る義務があるのだと背負い込んでいた。

そんな自分でも、受け入れてくれた新しい仲間がいた。

「結衣ちゃんも、言ってたよ。
一人で耐えるのは、『強くはないかもしれないけど、立派なんだ』って。
だから、秋也くんも、その仲間たちも、『これをしなきゃ許されない』なんてこと、ないんだよ」





「でも、川田は死んだよ! 典子も、三村も、杉村も、みんな死んだよ!」

2277th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:33:38 ID:xbfq8oaU0

七原は、叫んでいた。
竜宮レナの優しさに、耐えることができなかったから。
もう、止めてくれと。
『あの時の七原は立派だった』なんて言葉で、クラスメイトの死を片付けられたくないのだから。

「俺が甘くなかったら! もっとちゃんと動けてたら!
川田の足を引っ張らずに、川田を疲れさせなかったら!
もっとはやくから、ちゃんと殺せてたら!
でも、死んだんだよ! 友達を死なせたんだ!
お前は、友達を殺したやつのことを『許せ』って言うのかよ!!
そんな残酷なことを、言わないでくれよ!」

その言葉は、竜宮レナに届かないもので。
しかしボイスレコーダーからは、答えるように言葉が返った。

『許せるよ。だって秋也くんは、みんなのことを許してるから。』





「秋也くんは、桐山くんとドライな関係だったみたいだけど、
それでも、『クラスメイトを殺した桐山くん』に、普通に接してたよね。
それは、もしかしたら違う世界の桐山くんだったとか、別の事情があったのかもしれない。
でも、あんなに普通に桐山くんの話ができたのは、みんなのことを許してた証拠だよ。
だから、さ……その『仲間』の輪の中に、『七原秋也』くんもいれてあげてくれないかな?」

だんだんと、お腹の痛みがひどくなってきた。
痛いというより、麻痺してしびれるような感触に変わる。
それでも、もう少しだけ伝えたいことがある。

「『お前に俺の何が分かるんだ』って、思われたかもしれないよね?
ごめんね……でも、私だって、秋也くんのことは知りたくて、観察してきたつもりだから」

今はもう、すべての仲間を喪ったと認識している彼に。
『七原秋也』から別の何かへと変わろうとしている、彼に。

「私は、『七原秋也』くんのことを覚えてるよ。
本当にごくたまに、片鱗が見えただけだったけど。
さっき資料を読んで、始めて事実として知ることができたけど。
その人はきっとプラスのエネルギーを持ってて、
自分の力で、世界を変えられると思いたくて、だからこそ、自分に厳しい男の子……だったのかなって」

2287th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:35:12 ID:xbfq8oaU0

七原に覚悟を教えた川田章吾だって、七原秋也の甘さに救われていたかもしれない。
助けの手が間に合わなかった中川典子は、それでも七原秋也を支えにしていたかもしれない。

「秋也くんがやり方を変えられないなら、きっとそれでもいいんだよ。
本当に間違えそうになったら、黒子ちゃんがきっと止めてくれるから。邪魔しあうんじゃなくて、喧嘩して。
黒子ちゃんが間違えたら、その時は秋也くんが止めてあげて……」

それに、今はもうレナだけじゃない。
結衣は七原と一緒に肉じゃがを食べたことを覚えていたし。
この言葉を聴くことで、黒子にだって伝わるはずだから。

「それでも、どうしても行き詰まったら。その時は……」

かつての大切な人が、教えてくれたこと。
殺人は罪だった。
誰かを犠牲にして終わらせるのは、してはいけないことだった。
でも、かつての竜宮レナが、本当に間違えたのはそこじゃない。

最初の分岐点とは、本当の罪とは、そこではなく。



「”仲間”に、相談するんだよ――」



自分が酷い顔をして死んでいたら、黒子や七原はもっと傷つくだろうから。

――だから竜宮レナは、笑って死ぬことにした。


【D−4/海洋研究所前/一日目・夕方】

2297th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:40:35 ID:xbfq8oaU0
【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:健康 、頬に傷 、全身打撲(治療済み)、『ワイルドセブン』であり――
[装備]:スモークグレネード×1、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾7)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
1:???

【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:精神疲労(大)、肉体疲労(大)、全身打撲および内蔵損傷(治療済み)
[装備]:メイド服
[道具]:基本支給品一式 、テンコ@うえきの法則、月島狩人の犬@未来日記
基本行動方針:自分で考え、正義を貫き、殺し合いを止める
1:???
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。
第二回放送の内容を聞き逃しました。

【束呪縄@幽遊白書】
会場に隠されていた10個の”宝物”のうちのひとつ。
暗黒武術会にて、治療班の妖怪・瑠架が用いていた結界を兼ねた治療道具。
飛影の妖力が(本人の回復力もありとはいえ)凄まじい速度で回復していたことから、かなりの高性能。
本ロワでは使いきりの支給品。

【全国大会優勝旗@テニスの王子様】
作中の全国大会での優勝旗。
過去に立海大附属は二連覇を成し遂げたが、三連覇を青学に阻まれた。




2307th Direction 〜こころむすび〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:42:55 ID:xbfq8oaU0

七月だ。

今年の六月は異常気象だとかで、六月にも関わらず夏の到来を思わせる暑さだった。
だが、それでも所詮は六月。
そこからさらに夏に近づく七月となれば、もっともっと夏らしい日々を私たちに感じさせてくれるのだった。


カナカナカナと、ひぐらしがか細く鳴いている。

「あれ? ひぐらしって、夏の終わりに鳴くセミじゃなかったっけ?」

2317th Direction 〜こころむすび〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:44:18 ID:xbfq8oaU0

左隣を歩いていた京子が、つばのひろい麦わら帽子を傾けて小首をかしげた。
夏の匂いが濃い田んぼ道を歩き続けて、首筋にはとっくに玉の汗が浮いている。
その村には、路線バスも鉄道もない。
だから、目的の場所にだって、歩いて向かうしかなかったのだった。

「割と夏中鳴いてるぞ。でも、たしかに夏の終わりのセミって印象が強いかもな」
「七森では、あんまり聞かない鳴き声だよね。遠くに来たって感じがするよぉ〜」
「古き良き田舎とは聞いてましたけど……結衣先輩のお友達って、すごいところに住んでるんですねぇ」

まるで昭和のドラマに避暑地として出てきそうな村の景色に、ちなつもあかりもずっと圧倒されていた。
陽射しは強くて蒸し暑かったけれど、のどかな景色と『もうすぐ会える』という高揚が、ちっとも苦にさせなかった。

2327th Direction 〜こころむすび〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:45:03 ID:xbfq8oaU0

やっと見えてきた『分校』には、校門前でお出迎えの顔ぶれが見えている。
話によく聞いていたから、全員の顔と名前は一致した。
前原圭一。園崎魅音。古手梨花。北条沙都子。……そして、竜宮レナ。

「「「「「ようこそ、雛見沢へ!!」」」」」

手を振って、駆け寄って。
挨拶もそこそこに、『部活動』と『ごらく部』は、すぐにひとつの一団になった。

2337th Direction 〜こころむすび〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:45:38 ID:xbfq8oaU0

「はうぅぅぅぅ〜!! ちなつちゃんかぁいよおおおおおぉぉぉぉ。お持ち帰りいいいぃぃぃぃ!」
「ひゃあああああああああああ! な、なんですかこの人はあぁぁぁぁぁ!」
「こらレナ! 初見の女の子まで持ち帰ろうとすんなって!」
「お、ちなつちゃんの魅力が分かるとはいい目をしてるね! でもちなつちゃんはわたしのじゃあああああぁぁぁぁぁぁ〜!!」
「きゃあああああああああああ結衣せんぱあああああああぁぁぁぁぁぁい!」
「おいこら京子! お前まで参加したら収集つかなくなるだろ!」
「み〜。レナと魅ぃは一週間前から、衣装を準備してとっても楽しみにしていたのですよ。にぱ〜」
「えへへ、嬉しいよぉ〜。ゲームが終わったら、いっぱい可愛い格好をさせてもらえるんだよね」
「騙されてる……あかりさん、完全に騙されてますわ……」
「さぁさぁ、つもる話は教室に入ってからにしようじゃないか。
は〜い!『雛見沢部活動』と『七森中ごらく部』の第一回合同活動、はっじまるよ〜!」
「み、魅音さんにまで、あかりの台詞とられたぁ……!」

2347th Direction 〜こころむすび〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:46:21 ID:xbfq8oaU0

そこからはもう、ドタバタだ。
いっぱいゲームをして、いっぱい罰ゲームをして。
楽しかった。
幸せだった。

泣きたくなるぐらい、幸せだった。
だから、これは夢だ。

きっと目が覚めたら、私は泣いて。
それでも、いい夢だったなって笑って。

夢から勇気をもらえたって喜んで、その日も一日、がんばれそうな気がするんだ。

さぁ、いっぱい遊んで、それから目覚めよう。



――新しい明日は、そこにいた。

2357th Direction 〜こころむすび〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:47:09 ID:xbfq8oaU0

【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に 死亡】
【船見結衣@ゆるゆり 死亡】





解:あなたは今どこで何をしてるの?
私たちはここで、あなたを待ってる。
今度こそみんなで『しあわせ』になりましょう。
ひとつずつしかない、こころを結んで。

2367th Direction 〜こころむすび〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:47:41 ID:xbfq8oaU0
これにて、全編の投下を終了します。

お待たせして申し訳ありませんでした。

237名無しさん:2014/05/15(木) 00:15:54 ID:YTpg/hScO
投下乙です。

赤也も秋也も、死んだ仲間に縛られてるんだな。
赤也は仲間を取り戻そうとし、秋也は仲間から教わったやり方に固執している。

今夜も夢で会いましょう

238名無しさん:2014/05/15(木) 00:54:03 ID:243d/Dd.0
その真剣さを見たかった。


投下乙です。

239名無しさん:2014/05/15(木) 02:30:49 ID:i/Lt54RA0
投下乙です!

肉じゃがを食べた時点で嫌な予感はあったがまさか赤也がここできてひぐらしが最初の全滅となるか

本編の感想?似ているようで違っていて似ている二組とか今後の対主催がどこもかしこも追い詰められてるとか色々言いたいことはあるけどそれを表す言葉が出てこないんで「とにかくすごい」とだけ言いたい

240名無しさん:2014/05/15(木) 02:44:13 ID:mLtIB8DQ0
投下乙
すっげぇ感動した、ありがとう

241名無しさん:2014/05/15(木) 07:38:44 ID:hVRXTbrg0
投下乙です
二人とも、頑張ったなあ……じぶんと仲間のために笑って逝った彼女達に合掌
何かしらに縛られている赤也を、七原を、結衣レナは解き放つことが出来たのだろうか

242名無しさん:2014/05/15(木) 11:37:35 ID:xRYkAcm.0
投下乙です。
真っ直ぐで綺麗だった。直球を飾り気なしで全力で投げてきた。

243名無しさん:2014/05/15(木) 12:46:07 ID:5IsDjiYU0
投下乙です
うわあああああ結衣レナがここで…
うまく言葉にできずもどかしいですが、とにかく二人にお疲れ様を
赤也も七原も心境は複雑だろうしなんとかなってほしいものですが
最後のクロスはやっちゃだめだよ泣いちゃうよ

月報も置いときますね
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
94話(+6) 18/51(-3) 35.3(-5.9)

…二人も入ってるんだよなあ

244名無しさん:2014/05/15(木) 19:47:11 ID:.MERfwAA0
投下乙
まさか非戦闘員ふたりが脱落するとは思わなかった
自分を信じて、自分を許して、
あの二人にとって一番優しくて一番辛い言葉だろうなぁ…

245名無しさん:2014/05/23(金) 15:11:57 ID:/aG.VU4s0
まさか最初に全滅するのがゆるゆり勢でなはくひぐらし勢とは…

246名無しさん:2014/05/23(金) 19:41:27 ID:Jvj3CClA0
一般人キャラは数が重要ってとこか

247名無しさん:2014/05/25(日) 23:37:26 ID:C.Fb95cY0
死んでいった二人の残した言葉は間違いなく生存者にはきついだろうね。
正しいとか間違ってるとかではなく、きつい。そのうえ既に死んでしまってるから言い返すこともできない。
特に赤也にとっては耐え難いことだと思うよ。

248 ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:37:42 ID:fqwDJV1s0
ゲリラ投下します。

249夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:41:33 ID:fqwDJV1s0
じぶんを、しんじて。そう言って、ひとりの人間が事切れた。
悪魔じゃないと言って、消えていった。
その言葉達はぐるぐると渦潮に飲まれながら思考の海に溺れていって、やがて闇の奥に消えてゆく。
しんじる。
声にならない声で、呟く。胸の奥で、もやもやした塊が何かを求めて彷徨う様に、中途半端に浮いていた。











足が、鉛の様に重い。

一歩進む度に、両の足は木の根や蔦に絡まった。指は感覚がなく、痺れている。
肩は神経を針で刺される様に痛んでいて、皮膚は燃えている様に熱い。
関節が、みしみしと軋んでいる。思う様に身体を動かせない。肉が、骨が、細胞が、臓器が。凡そ人を創る全てが、悲鳴を上げていた。
喉はからからに乾いて、視界は霞んで、肌は脂と泥で滲み、僅かにてかっている。
得体の知れない妙な脂汗が額に滲んで、頬をどろりと伝う。気持ち悪さに舌を打ちながら、堪らず腕で拭った。
ーーーひやり。
冷たい感覚に足が止まって、指先がびくりと跳ねる。
そこで初めて服が冷や汗でびっしょりと濡れていた事に気付くのだから、呆れを通り越して笑うしかない。
苦笑を浮かべながら、濡れた指先を震える唇に這わせる。乾いた唇は端が少しだけ切れていて、息をする度にじくじくと痛んだ。
舌を紫色の唇に這わせて、唾で濡らす。鉄と汗と、それから土の味がした。
生きている味だった。
指先に視線を落とす。赤い血が滲んでいた。人間と同じ、赤い血が。
小さなその滴はまだ生温くて、まるで先刻奪ったいのちの様で、少しどきりとした。

ーーー生きている。

少年は思った。胸の奥に、熱い何かが込み上げた。とくん、と身体の内側から血潮が脈打つ音がする。

250夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:43:07 ID:fqwDJV1s0
生きている。生物として、生きている。地に足を立てて、生きている。酸素を吸って、いま、此処に、生きている。
自分を信じてと言った少女も、私を信じてと言った少女も。
その想いも血肉も言葉も命も。全てを擂り潰し、踏み台にして。
俺は、生きている。

人間は、誰だ?
バケモノは、どちらだ?
悪魔は、何処に居る?
生きているのは、死んでいるのは、どっちだ?

ただ茫漠と、泡沫の様に宙に浮かんだ疑問に答える者は無く、そこには耳が痛いくらいの静寂と、やたらと煩い鼓動のリズムだけがあった。

不意に吹くつむじ風。爽やかとはとても言えない、生温くてやけに湿っぽい風だった。
くたびれた前髪を攫って、ばさばさと湿ったジャージを靡かせて、枯葉を巻き込み向こう側へと通り抜ける。
少年は頭をもたげ、拳を握った。冷えた返り血が、べとりと皮膚に絡み付く。

ーーーお前が殺したんだ。

耳元で、何かが動物をあやす様な声で囁く。耳に触れた湿った吐息は肌を伝って、びりびりと脳の内側の神経まで撫で上げた。
耳を澄ませば、そこは夢幻の言霊が蠢く狂気の沙汰。

251夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:45:32 ID:fqwDJV1s0

【お前はお前<だ。悪魔なんかじゃな(ハヒャヒャ「簡単じゃねーか。みんな殺して》違う、それは違うよ、[也<欲しいものだけ生き返ら“、ハッピーエンドだ」ャヒャ)
お前“それで、生き返った俺たちが《悪魔だね。じゃなきゃあんなに〈喜[悦]ぶとでも〉んで殺すわけないだろ〕思ってるのか?
{全員赤く[まだ、間に『もう間に合わねぇよ]合うから」で人を殺したり》ッヒャハ】染めて‘たわけが!
ヒヒャ〈どうして、私『間違ってい“を殺し(痛い、いたいっ[常勝無〝お願い、たす{け〟圭一く〔信じて。
{思い出せよ。人間なんて】お前、潰」[生き返りを願う)喪う>痛みを知って『痛みを与える側に回るん〝目を覚ませ、赤<お前は(ャヒャヒャ
先輩は《気付い‘間違ってなんか’てくれ、赤「じぶんを、[死]んじ‘嫌だ、殺さないでッ”ハハ
〔バケモノはお前だよ〟当は、気付い’俺は帰る家“がなくたって戦える(
【なぁ、お前は、ひとりなんかじゃないだろ」也、
〈かってる。わかっ>でも、殺しちまった罪は消えねぇよ〟だからって、それ以上』
[それは違うぞ。お前はただ〈だから壊すしかな(正しくても、誰ももう戻ってこない’戻れない』からな“そんな悲しいことを言うなよ】

「たわけ。難しい事などあるものか。悪魔も、バケモノも、人間も、全部お前だ。ただ、それだけなのだ}




幻が、落陽に燃えて夢のあと。
踏切の音と、自転車の鈴。雑踏、夕立の音。帰宅ラッシュのクラクション、壊れたように鳴り続けるインターホン、ゆっくり響くメトロノーム。
交差点で歩行者信号が懐かしい歌を流して、蛍の光が遠く聞こえて、ドヴォルザークの家路が重なる不協和音。
辺りには囁き声、笑い声、泣き声、叫び声、断末魔。壁掛け時計から鳩が飛び出して、全部がサラウンドで混ざりあって。
そこに、テニスボールが跳ねる音。ひぐらしが、泣く音。血濡れた旗が靡く音。その向こう側で、いつか聞いた、変なラジカセ。
左官工事の削り音がけたたましく鳴り響き、急かすように目覚まし時計がベルを叩く。
スピーカーが割れた低音を垂れ流し、目玉をスプーンでくり抜かれた妖怪の少年が金切声を上げる。
人魚と雪女が、生きたまま掘削機に身体を砕かれてゆく音。ビデオデッキがきゅるきゅるとテープを巻き戻す。
どこから聞こえたか、鐘の音、ピアノ、コントラバス。
教会の唄が頭の内側から響いて、魔物の少女が左腕からゆっくりと捻じり潰される時の黄色い悲鳴と、
飛び散る肉汁の奏でる交響曲が、鼓膜の裏側から肉を出鱈目に叩き続けた。

やめろ。

少年は叫んだ。やめてくれ。

252夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:47:07 ID:fqwDJV1s0
幻影から逃げる様に瞳を閉じて、崩れ落ちる様に両の膝を折る。耳を両手で塞いで、身体をくの字に曲げた。
網膜の内側で何かがばちりと弾けて、ちりちりと虹色のフィラメントが散る。
幾何学模様のストロボが何度か瞼の裏側に焚かれて、やがてそれはどろりと蕩けて小さな少女の形になった。

恨む様な視線をこちらに向け、小豆色と白の制服姿を血で濡らしの、そこにただ立っている。
氷の様に冷たく尖った眼光は心を抉る様だった。

「見るな」震える唇は、か細い声でそう紡ぐ。「見るなッ……!」

頼むよーーーそんな目で、こっちを、見ないでくれ。

腹から絞り出して、祈る様に、呟く。少し前までは、自分を諭し、止めるだけの幻だったのに。
それがどうしてこんなにも、心が痛い。
「嫌だね。そうやって逃げているうちは、一生見てやる」少女は嗤いながらそう吐き捨てると、霞に紛れて消えていった。





意味もなく、ただ時間だけが徒らに過ぎていった。
薄く目を開き、苔だらけの木の幹に背を預け、膝を抱えて座り込む。
虚ろな双眸は、色も光も映さない。闇の中に浮かぶその二対の鈍い金色はどこまでもくすんで、
合わない焦点はただ齧り付く様に空に浮かぶ虚像を見つめていた。

がちがちと鳴る歯、泥と汗が混じった臭い、荒い息遣い、中空を回る亡霊、何かを責めたてるような風の囁き。
目を開いても、閉じても、膝を追っても耳を塞いでも。
まるでお前に逃げ場などないのだと嘲笑う様に、それらは少年を取り囲んで鎖で縛り、腕を掴んで鉄塊を括り付け足を沼に沈めた。

253夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:48:03 ID:fqwDJV1s0
暫くして、息を深く吐きながら少年は静かに立ち上がる。
ぐにゃり。とたんに視界が曲がって、足が縺れた。地面が急に柔らかくなり、平衡感覚がなくなる様な、そんな幻。
何てことはない。落ち着いて考えればただの立ち眩みだった。木の幹に手を付き、堪らず舌を打ってかぶりを振る。
目の前に灰色の砂嵐が走って、そしてそれが治まるとーーー少年は改めて、辺りを見渡した。

そこは、深い森の中だった。

鬱蒼と茂る木々の手前の世界は、影に侵されモノトーンに溶けている。
枯葉が積もった地面には膝丈まで葦が伸び、そこからは木々の幹がひしめく様に目の前に連なっていた。

……俺は何処を歩いてた?

再び舌を打ち、背後を振り返る。幹から細長く伸びた影は、その向こう側で一点に束ねられ、暗がりの塊になっていた。
人を喰らう化け物の大口のように、ぽっかりと闇が、景色に穴をあけている。
戻る事を明確に拒否しているような力を感じて、少しだけ身震いをする。
こちらへは、進めない。少年はごくりと喉を鳴らして、前へと身体を戻す。斜陽が木々を照らし出し、幹と幹の狭間から光が帯の様に差していた。
そしてその向こう側の景色はーーーーーーーーー嗚呼、他に形容出来ない。


世界は、燃えていた。


空気が、大地が、空が、雲が、光が。その全てが焰の紅に飲まれて、燃えていた。
言葉を失って、思わず立ち尽くす。
光と影のコントラスト。燃える落陽、光の残滓。赤、黒、金色。

呆れるほど、綺麗だった。

溜息を吐いて、空を仰ぐ。寄り添い合う葉々の隙間から、鮮やかな紅が見えた。
しかしその色は殆ど姿を見せず、広葉樹達は炎を恐れる様に、或いは大地を守る様にその葉を重ね、空をすっぽりと天蓋で覆ってしまっていた。
闇夜の世界に色は要らぬと、自然達が謳っているようだった。

競い合う様に伸びた森の木々は、少年の背丈の数倍以上はあるだろうか。
風が少し吹くと、ざぁざぁと森が大袈裟に騒ぎ立てた。そのたびに木洩れ陽は表情を変えて、黄昏に踊っていた。
そうしてただ口を半開きにしてぼうっと天を眺め、首が疲れてきた頃、少年はこうべを垂れて前を見る。
木々の隙間から、光の帯が真っ直ぐ向かうその先へ、赤く燃える光の向こうへ、手を伸ばす。

254夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:50:00 ID:fqwDJV1s0
気付いた時には、足はその血濡れの身体を連れて、前に進んでいた。身を焦がす炎を目指す、蛾の様に。

葦を掻き分けて、闇を泳いで、光を追う。疲労は相変わらずだったし、膝丈まで生い茂る草木は容赦無く体力を奪った。
それでも歯を食いしばり、少年は進んだ。息が切れ、ジャージは汗を吸い、肌に張り付いていた。草で頬を切り、ぬらぬらと鮮血が首を流れていた。
最後に大きな岩を登り切って、そして少年は力を振り絞る様に前を見た。


そこは闇に濡れた森の終わりだった。開けた視界には、燃える世界があった。
地平線に斜陽が沈み、大地が輝いていた。羊雲は茜色に染まり、優雅に空を泳いでいた。
その向こうに、海が見えた。金色に揺蕩って、地平線まできらきらと輝く波を運んでいた。
二対の硝子玉に、黄金の斜陽が映り込む。
ぱちり。瞬きを一回。
景色はどこまでも澄んで、曇りひとつありはしなかった。

どくん。胸の奥で、たましいが躍動して、血潮が流れる。
誰が正しくて、何が間違っていて、誰が人間で、どちらが化け物で、悪魔が何処へ居るのかなんて、どうでもいい疑問の様に思えた。

心が汚れ切って、信念が擦り切れて、自分がこれだけ醜くても、それでも世界は綺麗だった。

だけどもう一度、考えてみる。
やっぱり答えなんて分からない。悩んで、悩んで、足掻いて、ぶつかって、躓いて、走って、叫んで。
それでも分からなくて、ただ生きるしかなかった。奪う以外に道は無かった。やり直す事など、出来るわけがなかった。
人間は汚くて、でもそんな人間に、死んで欲しくないと思って。だけど、人間はあのビデオみたく……どこまででも、酷い真似が出来る。
それでも自分には人間と同じ血が流れていて、だけど、人間の命を奪ってしまった。そしてそいつは自分の事を人間だと言った。
だけど殺してしまった。あのビデオの人間の様に、この手で。
この、手で。

「わかんねェよ」

ぐしゃりと髪を握りながら、自嘲混じりに弱音を吐き出す。何もかも分からなかった。分かるわけがなかった。
ただ、それでもひとつだけ。
ひとつだけ、分かった事があった。

左手に握ったラケットに、少年は右手を添える。瞳を閉じれば、ほら、耳元で囁く亡霊の百鬼夜行。
見知った奴の顔をした何かが、文句を、恨み言を、綺麗事を言う。
その隣で頭がひしゃげた少女と、腸が飛び出た少女がこちらを睨んでいた。
その背後に、腕を組んだあの人が立っている。

255夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:52:36 ID:fqwDJV1s0

【帰るぞ、赤也。もういいだろう。そっちにお前の居場などない。もう、いいんだ。
 お前は、お前だ。それを見失うな】

幻が、手を伸ばす。少年は少しだけ何かに耐える様に空を仰いでーーーそして、腹を抱えて笑った。
何も難しい事はない。自分は、自分だ。悪魔も、化け物も。全部、人間の自分だ。
そんな簡単な事、どうして忘れてた。
涙を目尻に浮かべて、笑う。腹がよじれて仕方がなかった。差し伸べられた手を見て、ゆっくりと手を伸ばす。
……はぁ。全くこんな事を幻に言われている様では、本当に、本当に、ほんとうに。













少年は、ふいに笑い声を止めて真顔で言う。

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー反吐が出るぜ」

空気が、凍った。瞳を開いて、ラケットで亡霊達の頭を薙ぎ払う。



「分かってんだ。あぁ、解ってんだよ」

中空に消えるエクトプラズム。ぐるぐると見知った輪郭が渦巻いて、そのまま太陽に焦げて地平線の彼方へ消えてゆく。
前髪の隙間から、夕焼け色に染まった眼が現実を真っ直ぐに見ていた。

「死んだ奴は、喋らねェ。殺した奴は、戻らねェ。幻は、幻だ。偽物は、偽物だ。誰も、何も、信じねェ。
 俺は、そんな俺を信じる。どうしようもねェ自分を信じる。答えがだせねェ自分を信じる」

悪魔は、人間は、“切原赤也”は、溜息を吐いてにたりと嗤う。

「俺にはもう居場所なんてねぇんだよ。戻る場所も、やり直す事も……できやしねぇ」

人を殺したんだ。そんな甘い話があるものか。やり直すだなんて、やっぱり無理だ。
大切な人がどっかに居るって? ああそうかよ……あの世の事だろ、そりゃ。



「その居場所がねぇって現実が、やり直せねぇ現実がーーーーーー俺の居場所なんだよ」



帽子を外し、風に靡く髪をかきあげ、真っ直ぐに丘から下の世界を見つめる。
少女の声は、少年の心に確かに届いた。惜しむらくは……彼女が死んでしまった事。
生きていれば、少年を独りにしなければ、未来は変わっていたかもしれない。それでも、現実は非情だった。
どれだけ心に言葉が響いても、それを答え合わせしてくれる人間は、誰も居ない。

どうしようもなく、少年は独りだった。

斜陽が沈み、焦げた世界は薄紫に染まりゆく。輝く光が海に溺れて、深い闇が空から落ちてゆく。堕ちてゆく。

「だから、もう黙れ。都合の良い夢も、幻も、副部長も、あの女も、みんな、みんな。もうこの世にはいねぇ。
 それが俺の信じる現実だ。だけどその現実に……帰るぜ、俺は」

誰もいなくなったそこに。黙したままの紫色の中空に、赤也は凄絶な天使の微笑みを投げた。

「俺は俺だ。バケモノで、悪魔で、きたねェ人間で」

凍てつく夜が天を覆ってゆく。過去を切り捨て、現実を見据える体へと影が手を伸ばし、誰も彼も、島をも飲み込む。
こんなに綺麗で残酷な世界の中では、空の下では、人やその悩みなどどうしようもなく些細な事で、嗚呼ーーー人間も、悪魔も。その中ではーーー。



「常勝無敗、立海テニス部の切原赤也だ」


ポケットの中で、無機質なノイズが走った。十八時。携帯電話が下らない話題で騒ぎ出す。
その忌々しい声の中でも、決して目指す場所だけは見失わない様にと、足を前に踏み出す。
沈みゆく光の残る方へ。
誰も居ない現実へ。
戻る道すら閉ざされた、茨の道へ。

256夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:55:04 ID:s.6wkj3Y0
【B−5 森/一日目・夜】

【切原赤也@テニスの王子様】
[状態]:悪魔化状態 、『黒の章』を見たため精神的に不安定、幻影克服、疲労大
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本、瓦礫の礫(不定量)@現地調達
    燐火円礫刀@幽☆遊☆白書、真田弦一郎の帽子、銛@現地調達
基本行動方針:勝ち残り、最後に笑うのは自分。
1:???

257夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ ◆sRnD4f8YDA:2014/05/31(土) 10:56:45 ID:s.6wkj3Y0
投下終了です。

258名無しさん:2014/05/31(土) 11:19:59 ID:I7FMRXPg0
投下乙です。
きれいなお話だった。
自分は醜くて、苦しくて、生きることは辛くて
それでも世界は美しく、生きている限りは足掻いてしまう

赤也自信はずいぶん多くの罪を重ねてしまったけど、
それでも足掻きの必死さに胸を打たれました

259名無しさん:2014/05/31(土) 11:52:55 ID:n3HeNlmUO
投下乙です。

今、独りぼっち。それが現実。

260名無しさん:2014/05/31(土) 14:06:14 ID:cvWm/ULw0
投下乙です

ロワは運含めて自分の行動が積み重なった結果がはっきりと浮かび上がるからなあ…
今の彼の現状は彼自身の…

261名無しさん:2014/05/31(土) 17:36:53 ID:BZ6jQF8I0
投下乙です。結衣の言葉そっちの意味で受け取っちゃったかー。
最初の感想にもあるけどほんときれいな描写だなあ。終わりの描写が過去作と対になっててそれもいい。
ろくな決意じゃないし展開的には鬱方向なんだけどさあ、なんだろこの綺麗な読了感w

262 ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:47:14 ID:4PLmYgDA0
予約分、投下します

263 ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:49:16 ID:4PLmYgDA0

生まれてきた子どもを、『人間』たらしめるものはなんだろう。





電光石火(ライカ)の車輪を走らせて、中学校へと到着する。
夕焼けに薄暗く照らしだされた校庭は、あちこちに燃え残った火の手を燻らせていた。
鉄筋コンクリートの校舎はその外観を焦げ付かせることもなく直立しているものの、一帯の地面はすっかり延焼して黒ずんでいる。

普通の人間ならば恐ろしいことが起こったに違いないと遠巻きにしたがるような光景がそこにあった。
それでも、バロウ・エシャロットにとっては何ほどのこともない。

「地面が焦げたせいで、血痕をたどれなくなったのは残念だな……」

当初の計画では、中学校周辺にいる参加者を掃討しながら、まさに爆心地となっているはずのそこに向かうつもりだった。
火事場のはずれで無防備に会話していた一般人の男女を殺そうとしたら、予想以上の手間を食うことになったり、強制的に別の場所に飛ばされたりして時間を浪費する羽目になった。
学校で起こっていた乱戦はとうに終結してしまったらしく、残されていたのは焼け跡と血痕ばかりだった。

(放送までに、見るものは見ておくけどね……)

土足のまま空いていた窓から、校舎へと足を踏み入れた。
薄暗い廊下へと降り立ち、左右を見回しながら歩く。そして教室の扉を次々に開けていく。
なにも好奇心から探検をしてみようというわけではない。
騒ぎにまぎれて、校舎内へと避難を決めこんだ参加者がいないかどうかを確認するための徘徊でしかない。

(……少しだけ、気がはやってるのかな?)

獲物となる参加者が隠れていないかと期待して、せわしなく目線を光らせる。
そんな己を自覚したバロウは、扉を開けようとしていた右手をぎゅっと握りしめた。

苛立ちの原因は、わかっている。
修羅場に乗り込んで多くを殺すタイミングを逃したことだけではない。

264こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:51:28 ID:4PLmYgDA0

「……あ。そう言えば名前知らないんだっけ」

その『苛立ち』の原因のことを思い浮かべて、今さらに気づく。
戦闘の真っ最中に名前を呼ぶ会話が飛び交っていた気もするけれど、聞き取るつもりで聴いていなかった
『あいつ』という代名詞を使わざるをえないことに。

(……別にいいか。知ってても知らなくても、殺すんだから)

あの不可思議なマントで跳ばされなければ、すぐに殺せていたはずだった。
近距離からの”百鬼夜行”でまず少女を殺し、続けてそいつを含めた三人を皆殺しにする。
それが未遂に終わったことも惜しかったけれど、気に食わなかった理由はほかにある。

思い出したからだ。

――お前は、ただの人間として生きていくことが出来る。……そのことを、俺の仲間が証明してくれる。

有り得ない。

深呼吸をひとつして己を落ち着かせ、引き戸を開ける。
まず鼻をついたのは、湿り気をおびたカビくさい匂い。
そして、薬品の香りだった。
カーテンの締め切られた窓際には小柄な人間が立っていて、いきなり視線がかち合う。
その人間は、服を来ていなかった。
全裸の右半身からは、赤茶色の内蔵を丸出しにしている――どの学校でも見かける人体模型。
室内には長テーブルがひとつあり、左右の壁は薬品や実験器具を並べたガラス棚で埋まっていた。

「……やっぱり、遅かったみたいだね」

テーブルの上には、小さなガスバーナーが一台。
バーナーを囲むろうと台の上には大きなビーカーが設置されていて、こげ茶色をした液体が底に少量残っている。
液体がほとんど乾いていることから、おそらく数時間に注がれたもの。
その脇には同じ液体が入った小さめのビーカーが2つと、ココアパウダーのパッケージが貼られた容器とが置きっぱなしだった。
つまり数時間前まではほかの二人組がここにいて、ガスコンロ代わりのバーナーとコップ代わりのビーカーで一服していたらしい。

(植木君たちといい、『さっきの』といい、ぬるい馴れ合いをする奴らが多いんだ……)

まだ、バロウの知らないところで生きている人間がいる。
少なくとも、第二放送の時点では26人。
バロウ自身が二人ほど殺したことや学校での火災も考えると数人は死んでいるだろうから、現時点では20人前後。

265こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:53:54 ID:4PLmYgDA0
これからのバロウはその全員を、もの言わぬ屍に変える。
手段を選ばずに、過程にとらわれずに、迅速に。

「僕は、殺すよ。『正義』から外れようとも楽しくなかろうとも、そんな『過程』の是非は障害にならない」

そう再確認して、右手を前方へとのばす。
そこに、自らが『人間』ではない証左となる力を呼び出すために。

(そのためなら、大嫌いな『バケモノ』を使うことだって、平気になる)



一ツ星神器。鉄(くろがね)。



母をこの手で傷つけた仇にも等しい、天界人の力。
これを使うのが楽しいのかと聞かれたら、楽しくないに決まっている。
殺し合いが始まる前に参加していた戦いでも、バロウはなるべく仲間に任せて『力』を振るわないようにしていた。
必要にならない限り、能力を人に向けることを嫌悪していたから。

だから、そんな甘えですらも捨てていく。

ドン、と重たい発射音が“鉄”から飛び出し、砲弾がせまい理科準備室を蹂躙した。

それはテーブルをダンボールのように容易く押しつぶし、卓上のビーカーを落下させ、風圧で左右の棚をビリビリと震えさせて、カーテンの向こうへと窓ガラスを破って突き抜ける。
窓枠が円形にひしゃげて大きな穴をつくり、室内の風通しをよくした。
”鉄”の軌道上にあった人体模型は、右半身が吹き飛んで内蔵を粉みじんにしたまま倒れている。
左右の棚は耐震補強で窓枠に固定されていたせいか倒れなかったけれど、窓ガラスの振動にともなって試験管やホルマリン漬けのビンが割れて、内側を汚していた。

ただの襲撃跡地でしかなくなった準備室を見渡して、感想を呟く。

「まずは一つ、覚悟したよ」

万が一にも潜んでいるかもしれない参加者に対する示威効果の意味もある。
それに後からこの学校跡地に来た者が、人体模型やココアで日常を思い出すのではなく、破壊を見て異能の化け物がいることに恐怖するならそれでもいい。

266こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:55:46 ID:4PLmYgDA0
その奥にある理科室ものぞいてから、見回りを再開した。
理科室がちょうど廊下の突き当たりにあったので、反対方向へと歩き出す。
最初に侵入した地点よりもさらに奥手に見えてきたのは、生徒用の昇降口だった。
整然と並んだ白塗りの靴箱に、おそらく全体で数百人分ほどの靴を置くスペースが仕切られている。

たった数十センチ四方の空間なのに、ひとりひとりに自分のスペースが与えられている。
神様を決める大会その他の事情で長いこと学校に行ったこともなければ、建物のなかで靴をぬぐ習慣さえない国で育ったバロウにとっては奇異な空間だった。

それとも、これこそが『学校』という場所なのかもしれない。
いずれひとりひとりが人間社会を構成することになる、未来ある子どもの溜まり場として。
バロウは床に手をつき、能力を使った。
二つ目の武器を使うことを、躊躇しないために。



二ツ星神器。威風堂々(フード)。


意識すると同時に巨腕が床から持ち上がり、下駄箱を打ち上げて跳ね飛ばした。

玄関の床を突き破るというよりは、床から『生えた』とでも言うしかない出現。
突き上げた巨腕の動きは、天井を殴りつけるようにしてしなり、停止。
跳ね飛ばされた靴箱は、さらに左右に立っていた下足箱にぶつかってドミノ倒しをする。
校舎内にいる誰もに伝わるような、そんな振動が力の大きさを響かせた。

「これで、二つ目の踏ん切りも終わり」

能力をふるうための適当な場所を選びながら、見回りを続けていく。



階段をのぼり、二階の教室へと足を運んだ。
一階と代わり映えのしない、整然と並んだ机の群れに出迎えられる。
そして、背面の壁にかけられた習字の作品群。前面の壁には、チョークの文字を消された痕が残る黒板。
人間の子どもたちが勉強をするための空間であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。



三ツ星神器。快刀乱麻(ランマ)。



腕から生やされた、数メートルもの刃をひと振りする。
机とイスがまとめて薙ぎ払われ、引き倒され、あるものは黒板へと叩きつけられた。
同じことを何回か繰り返せば、教室はすぐに竜巻に襲われた後のような姿になる。
普通の人間の子どもだったら、こんな教室を見て胸を痛めたりするのかなぁと思った。
だったら普通に中学校に通っている子どもってどんなのだろうと考えて。
最初に思い浮かべた具体例が、植木耕助だったことに自分で腹がたった。

267こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:57:02 ID:4PLmYgDA0
同じ回想を見回って、突き当たりにあったのは職員室だった。
向かい合うようにして並べられたデスクの上には、マグカップや灰皿など教師の個性を主張するものがこぢんまりと置かれていて。
それ以外は、パソコンや学級日誌の綴りだとか、答え合わせ途中のテスト用紙だとかに机上を占拠されている。
どうやら子どもを教育するのは大変なことらしいと、他人事のような感想を抱いて。
でも、そこそこに広さがある空間なので、四つ目を試すのにちょうどいいと判断する。



四ツ星神器。唯我独尊(マッシュ)。



ガチンガチンと開閉する巨大な顎が教師の成果を尽く噛み砕いていった。
壊してしまうなんて、簡単なこと。
ただ、一から作り上げたり、馴染んだりすることはバロウにとって難しい。

強い能力を持っていても、人間として学校に通っている連中がいることは知っている。
同じ天界人である植木耕助などは、戦いが終わればごく普通の学校生活に戻っていくらしいと聞いている。
あの手塚と呼ばれていた人間も、人間なりに力を持ったまま暮らしていたのかもしれない。
じゃあ彼らと己はどう違うのかと突き詰めれば、周りに『気付かれている』かどうかになる。
自分たちが、異常だということを。



美術室。



そういう名前の部屋が中学校にあったことに、胸がじんわりとした。
ひとたび教室に入れば、慣れ親しんだ油絵の具のいい匂いが嗅覚をくすぐる。

床にこびりついた様々な色の絵の具。
描きかけで残された大小さまざまのキャンパス。
それらは教室や職員室と違って、壊したら胸が痛みそうな気がした。
しかし、だからこそ破壊することにした。



五ツ星神器。百鬼夜行(ピック)。



床に、壁に、柱に、キャンパスに。
突き出した八角柱の杭が、室内のありとあらゆる平面に穴を開けた。

せっかく描かれた絵には、悪いことをしてしまった。
それでも、母親から無視という酷評をされて、丸めてゴミ箱行きになるよりはマシかもしれない。

人間らしく、見なしてもらえるかどうか。
それは、人間社会に受け入れられるかどうかだ。
人間離れした力を持つものは怖がられて、弾かれる。
今は亡きロベルト・ハイドンにとっては、迫害を加えてくる人類全体こそが社会そのものであり。
バロウにとっては、母こそが世界だった。
夢を叶えないかぎり、世界に帰る場所はない。

268こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:57:55 ID:4PLmYgDA0



図書室。
見かけないと思っていたら、渡り廊下を歩いた別の建物にあった。
学校の設備にしては広々としていて、ゆとりのある閲覧スペースを囲うように書棚が並んでいる。
それは植木耕助と交戦した場所のことを、否応にも連想させた。
『正義』について問答した、苦々しい記憶がある。
だから、というわけではないのだが。



六ツ星神器。電光石火(ライカ)。



図書室の戦いで『それ』を操ることができなかったリハビリの意味もある。
モコモコとしたじゅうたんが足場を悪くする床を、縫うようにローラーブレードで走った。
この場所だけを破壊しないのもしっくりこなかったので、右手に快刀乱麻(ランマ)を生やしておいた。
すれ違った棚が勝手に斬れていく。
勝手に倒れていく。

あのときも、少年が一人死んだ。

植木を殺すつもりだったのに、横槍が入って別の少年を殺した。
そいつに対して思うことはない。ただ、その行為は愚かで、できるなら問いただしてみたいものだった。
君が、植木耕助を助けるために切り捨てた自分の『それ』は、そんなに簡単に諦めていいものだったのか。
助けた相手に代わりに成し遂げてもらうつもりだったとしたら、くだらないことだ。
あの時にほかでもない植木が叫んでいたように、自分の力で叶えれば良かったのだから。

叶える力がないなら、そいつは弱い。
忌むべきは、正義。
切り捨てるべきは、心。
必要なのは、力だ。



校舎内の見回りを終えて、立ち寄ったのは校庭の隅にあるプールサイドだった。
鍵はかかっていない。
誰かが隠れ潜むような場所ではないけれど、立ち寄った目的は、『見回り』よりも『リハビリ』よりも、『プールの水』にあった。

269こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:58:37 ID:4PLmYgDA0



七ツ星神器。旅人(ガリバー)。



プールの水面に、マス目で区切るような『光の網』が浮かぶ。
水面を突き破るようにして出現した巨大な”箱”は、その体積の分だけの水量を波としてプールから打ち上げた。
さらに、そこに”鉄”での一撃。
飛散した“旅人”の破片は金網を切り裂き、
直進した”鉄”の突進はプールサイドを砕く。
決壊した大量の水は、校庭へと流れ落ちて燻っていた火の勢いを弱めていく。

鎮火に向かうにつれて、校庭から校門にかけてのまっすぐな道ができた。
直線であるがゆえに、最短の道が。
さて、放送後はどこに行こうか。
海洋研究所。
デパート。
病院。
あるいは、ちょっと遠くのホテルにまで足をのばすか。
もしかしたらホームセンターまで引き返してみる、なんて気まぐれを起こすか。
いずれにせよ、最短距離を選んだからには、蹴散らす誰かにも出会うだろう。


校庭を横切って、最後に見かけたのはテニスコートだった。
体育の授業から放課後の部活動にまで利用されるような、二面張りのクレーコート。
立派な照明設備に囲まれていて、夜間使用にも耐え得る灯りが点きはじめている。

ああ、そう言えば、まだ神器がひとつ残っていた。



八ツ星神器。波花(なみはな)。



腕と一体をなす長蛇のような鞭が、校庭とコートを仕切る金網を叩き割り、近場にあった若木をへし折りコート上のネットやボールかごを引き倒した。
たちまちに、コートの上が無数の『ゴミ』と呼ばれる破壊の痕跡で埋め尽くされる。

(さて、進むか)

自らの腕に宿る力を確かめるように撫でて、顔をあげる。

すでに戻る道は、閉ざされている。
今のバロウのままで、人間として暮らせるなんて不可能事だ。
もはや、5人もの中学生を殺した人殺し。
それは『ただの人間の子ども』が背負える重さをとうに超えている。
『息子が大量殺人者になってしまった母親』に、平穏な暮らしが手に入るはずもない。
ならば、犯してきた罪という『過程』すらもすべて吹き飛ばすような『結果』を勝ち取らない限り。
奇跡にすがらない限り、未来永劫の絶望が待っている。

それを、わがままだと言うのなら。
母親の気持ちも考えない、子どものエゴだと言うのなら。

270こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:59:24 ID:4PLmYgDA0

「僕はずっと、子どもでいたい」

わがままを言える、子供に。
母親に甘えられる、子どもに。
いっしんに愛情を求めることができる、ただの人間の子どもに。

だから、



「僕は、大人にならない」



過去を現実に。
待っている未来を、かつての過去に。

校庭から見上げた時計台は、まもなくして6時の時を刻もうとしていた。

【E−5/中学校/一日目・夕方】

【バロウ・エシャロット@うえきの法則】
[状態]:左半身に負傷(手当済み)、全身打撲、疲労(小)
[装備]:とめるくん(故障中)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2(携帯電話に画像数枚)、手塚国光の不明支給品0〜1
基本行動方針: 優勝して生還。『神の力』によって、『願い』を叶える
1:施設を回り、他参加者と出会えば無差別に殺害。『ただの人間』になど絶対に負けない。
2:僕は、大人にならない。
[備考]
※名簿の『ロベルト・ハイドン』がアノンではない、本物のロベルトだと気づきました。
※『とめるくん』は、切原の攻撃で稼働停止しています。一時的な故障なのか、完全に使えなくなったのかは、次以降の書き手さんに任せます。
(使えたとしても制限の影響下にあります。使えるのは12時間に一度です)

271こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/03(火) 22:59:47 ID:4PLmYgDA0
投下終了です

272名無しさん:2014/06/03(火) 23:06:08 ID:e5Ja2Abk0
投下乙です。
神器の描写がどれも印象的で、とても丁寧でした!
それに最後の台詞を見た瞬間、OPの一説も思い出してしまいましたね……

273名無しさん:2014/06/04(水) 12:58:28 ID:7ihqp9/2O
投下乙です。

旅人は箱が閉じた後なら他の神器を使えますが、電光石火と他の神器は同時使用できません。

274名無しさん:2014/06/04(水) 17:23:23 ID:YoNzgl4s0
投下乙です

275こどものおもちゃ(Don't be) ◆j1I31zelYA:2014/06/04(水) 22:06:56 ID:hA0NsJD.0
>>273
ご指摘ありがとうございます
この期に及んで基本設定の部分を失念するような真似をしでかして申し訳ありません…

「この場所を〜勝手に倒れていく」までの、電光石火使用中に快刀乱麻を使用した描写を削除させていただきます

276名無しさん:2014/07/15(火) 00:59:24 ID:hdlA2eFs0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
96話(+2) 18/51(-0) 35.3(-0.0)

277名無しさん:2014/08/05(火) 00:10:40 ID:0E5kduwU0
放送やってもいい気がする

278 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:49:23 ID:TZA2pd2M0
夜も更けましたが、ゲリラ投下します。

279波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:53:50 ID:TZA2pd2M0
凍てついていた。

黄昏に焼かれて、太陽に焦げて。
それでもその景色は、南極の大地の様に寂しく凍てついていた。

燃えるような斜陽が、世界をべっとりと睨みつけている。
紅に染まる町並み。まるで世界は炎の渦中か、血の海の淵か。
その中で、ただ黙り込んだ小さなラジカセと、冷たいアスファルトと、
赤い水溜りだけが、突き刺さる様に景色に張り付いていた。
風は、なかった。時が止まった様に、景色の動く気配がない。
空に真っ直ぐ伸びる電柱が、路肩に等間隔で生えている。寂れたビルが、建っている。
褐色の鉄骨が剥き出しになっている。錆びた釘が落ちている。
道端には霞草が咲いていた。小さな花は懸命にコンクリートに根を下ろし、半分欠けた太陽に顔を向けている。
影が、舗装された道路の上を東に走っていた。彼等は展翅された様に動かず息を潜め、標本の様にアスファルトに焼き付いている。
錆びた標識が、忘れられたようにぽつんと一本立っていた。酷くくたびれた、一方通行の標識だった。
右に僅かに曲がったパイプは、矩形の鉄板ごとアスファルトに冷たく、重く、深く突き刺さる。
それはまるで死を印す標の様に、血溜まりの中心を貫いていた。
遠く、鉄塔が立っている。橙の空を切り取る様に塔から黒い線が走り、鉄塔から鉄塔へと伸びていた。
やがて線は黄昏の影と光に滲んで、空の彼方へ消えてゆく。
死んでいるのだ。息遣いも、熱も、音も、何もありはしない。

そこには、“いのち”と呼べるものが無かった。

ふと何かを思い出した様に、世界が風を吐く。
かちり。何処からか、止まった時間が動き出す音。
さらさらと草がそよいで、電線が揺れた。
土煙が舞い上がり、道路の向こう側で陽炎が不細工なワルツを踊る。
錆びた標識はその中でも姿勢を崩さずに、茜雲に向かって斜めに伸びている。
すぐ側に、女子中学生が倒れていた。既に息は無く、ぼろ切れの様に事切れている。
腹からはぬらぬらと粘液に濡れた腸が飛び出し、群青のスカートにこびりついていた。
白いセーラーはその身体を純血で赤黒く染め、青白く強張った肌に吸い付いている。
栗色の髪の毛を風がさらった。前髪が揺れて、瞳孔の開いた硝子玉が夕陽を反射する。
優しい笑顔は強張った筋肉にずっと張り付いたままで、解けることはない。
二度と、その笑顔は崩れない。
崩れないのだ。

そこに木は立っていなくて、川も流れていなくて。森も、神社も、あの丘も。
あの校舎もあの祭具殿もあの電話ボックスも、ありはしない。
夕暮れだというのに、こんなにも哀しい黄昏なのに。ひぐらし一匹、そこにはいなかった。
辺りには夏の終わりの様な蒸し暑さと、虚しさと、静けさだけが、取り残された煙草の煙の様にただ茫漠と漂っている。
優しさなど、そこには無い。生きる命など、ありはしない。景色は死に尽くし、そこで完結していた。
ただ影を東に伸ばた気の利かぬ錆びた墓標が、骸の枕元に黙って立ち尽くしていただけだ。

二度と解けぬ、優しい笑顔があっただけだ。

それだけだ。

280波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:54:29 ID:TZA2pd2M0
鉄扉を開けると、そこは真っ直ぐ伸びる廊下だった。
灯りは殆ど無く、申し分程度にぶら下がる裸のフィラメント電球すら切れかけで、ぱちぱちと橙色の残滓を暗闇に振り撒いていた。
壁には得体の知れないケーブルやパイプが縦横無尽に駆け回り、ずっと向こうまで続いている。
錆びた鉄と、油の臭いがした。思わず眉間にしわが寄る様な臭いだった。
ごうん。右壁面を走る一際太いパイプが唸る。赤い塗装が剥げたバルブの側から、ぷしゅうと白煙が噴き出した。
少年は頭をもたげて天井を見上げる。高い。6メートルはあるだろうか。
スラブから下がったチャンネルが大小のパイプを吊り下げ、剥き出しのスプリンクラーが辺りを埋め尽くしている。
溜息を、一つ。吐く息は白く、少しだけ肌寒い。
こつん、と靴のソールがモルタルを叩く無機質な音。その小さな足音は長い廊下を反響して、闇の向こうに消えていった。
長い廊下を歩ききると、角があった。緩やかな弧を描きながら、道が旋回している。その先には錆びた鉄の引き戸があった。
曲がって、前を見て、そして扉を引く。軋む扉を引ききって、目の前を見上げて―――広がる景色に、息を飲む。




「皮肉だな、ホント」




口角を吊り上げて、恨めしそうに呟く。
戦って、傷付いて、喪って。それでも綺麗だと、思ってしまうのだから。

「本当に、皮肉だ」

それは、一面の水の世界だった。
アクリルに閉ざされたブルースクリーン。淡いコバルトブルーが世界を満たし、まるで深い海の底。
黄昏を浴びて金色に煌めく水面が部屋の中へ沈み込み、ゆらゆらと朧げな光が部屋を埋めるモルタルを泳いだ。
透明な境界の向こう側に、優雅にマンタが泳いでいた。鯵の群れが白銀の竜巻を作っていた。
海藻がゆらゆらと揺れていた。イルカが踊り、鳴いていた。
綺麗だ、と。そう思わざるを得ない光景だった。

「……どうして」

こつん、とアクリルの壁面に額を当て、息を吐いた。白い息は冷たい空気を漂って、やがて虚空に溶けていった。
震える拳が、アクリルの一枚板を叩く。どおん、と鈍い音が部屋に反響した。
アクリル面に映り込むのは、冴えない男が一人。酷くやつれた表情の中で、への字に曲がった口から声が漏れた。

「どうして、俺なんだ」

どうしてなんだ、と。腹の底から捻り出す様に言う。
半ば無意識の言葉は、その九文字は、ここまでの苦悩の全てが詰まっていた。

「いつもそうだ……ああ、確かに俺は生きたい。生きたいよ……」

駄目だ。少年は思った。そうじゃない。違うんだ。

「だけどあいつらだってそうだろ。誰だって、死にたいわけじゃなかった! 生きたかったはずだ!」

待て。それ以上言うな、駄目だ。“崩れる”。
今まで積み上げたものも、捨ててきたものも、無視してきたものも、我慢した想いも、叶えたかった願いも。
全部、崩れちまう。だから、言うな。言うなよ。言うな!

「あいつらが何かしたか? 命を奪われなきゃいけないような事を?
 無様に死ななきゃいけない事を? 何かしたっていうのか!?
 …………冗談じゃない……冗談じゃない!!!」

281波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:55:21 ID:TZA2pd2M0
守りたい約束があった。皆で生きて帰ると言ったそばから、呆気なくその約束は破られた。
無関係の少女がいた。別れは一瞬だった。仕方が無かったと割り切った。
殺人鬼が居た。救う道は無かった。撃ち抜いて、落とすしかなかった。
仲間を失って命を奪って、後に残ったのは鋸を引く無機質な感覚だけだった。
渇いた友情があった。命を守って、命を落として、残ったものは押し付けがましい陳腐な言葉。
守りたい笑顔があった。尊い願いがあった。悪魔はそんな想いすら嘲笑って、小さな命を踏み躙り奪っていった。

「奪って、走って、殺して、見捨てて、逃げて。必死に生きて、生きて、生きて、守られてッ。
 そうして残ったものは何だ? 打算と、現実と、あとは何だ? 何が誇れる?
 正しいだけじゃ生きられない、あぁそんな理屈は疾うに解ってる!
 だけどそうして生き残って、その先に何がある!?」

やめろよ、違うだろ。そんなんじゃないだろ。
そんな事を言う為に生きてきたんじゃないだろ。
石に縋り付いて、藁に噛み付いて、這いずり回って泥水を啜ってでも生きるんだろ。その為だったら何だってやるんだろ。
仲間ごっこも、裏切りも、見捨てる事も、手を汚す事だって厭わない。
理想なんてもんに意味はない。そんなもんが叶うわけがないし、叶ってたまるか。
利用出来るもんは全部利用して生きる。奪えるものなら全部奪って生きる。そうだろ?
悲しんでも、嘆いても、何も始まらない。救えない。違うか?
俺は何か間違ってるか? 

「正しい奴からいつも死んでく。俺なんかよりよっぽど生き残ってなきゃいけなかったような奴ばかりが!
 確かにあいつらはどうしようもない甘ちゃんだったよ!
 馬鹿で温くて仲間ごっこが大好きで、理想論ばっかな口先だけの夢見がちな糞野郎ばかりだった!
 だけど、だけどよ……」

わななく口で叫んだ声は、冷たい青に消されてゆく。喉を裂くその独白も、想いも。ただ虚しく平等に壁の向こうの海に沈む。
ふと何かの重さに耐えかねて崩れ落ちる様に、膝を折った。
アクリルに映り込んだもう一人の自分は、馬鹿みたく嗚咽を上げるだけで何も言わない。
光の無い黒い目を、鼻水で汚れた情けない顔を、ひたすらこちらに向け続けていただけだ。
励ます人も、怒る人も同意する人も、愛してくれる人も、慰めてくれる人も、叱ってくれる人や殴ってくれる人すら、此処には居ない。
優しさなどありはしない。温かさなどありはしない。
理想など、疾うに捨てた。夢なんてものは、ありはしなかった。人の形をしたその中身は、ひたすらに冷たく、空虚だった。
でも、でも、でも、だからって。

「……だからって奪われていいわけじゃないだろッ! 人間としゃ、あいつらの方がずっと立派だった! 俺なんかより! よっぽど!」

何度やり直せばいい?           “やめろ”
何度喪えばいい?             “やめろ!”
何度、こんな想いをすればいい?      “やめろ!!”
なぁ、今だけでいい。もう二度と、弱音も吐かないから。泣かないから。逃げないから。
だから今だけは、どうか。         “やめてくれ!!!”

「守られなきゃいけないのは、あいつらの方だった!
 だけど死んじまったよ! 逝っちまった! みんなみんなみんなッ!!!」

吐き捨てて、吐き捨てて、それでも言葉を絞り出す。
行き場の無い怒りと恨みと後悔が、今まで必死に殺してきた想いが、腹の奥から逆流する。
頭の中ががんがんと痛んだ。口と思考と身体が別々の方向に進み、身が張り裂けそうだった。
こんなんじゃない。少年は唇を噛みながら、どうにかなってしまいそうな頭で思った。
目指すものは、歩いて来た道はこんなんじゃない。望んだものは、こうじゃない。
置き去って来た筈だ。切り捨てて来た筈だ。
だから、言うな。言うな!

「ずっと思ってた事だ……ずっと見てきた事だ。自殺していく奴や、戦って死んでいく奴。殺してもらう奴、集団で死ぬ奴。
 少し間違えれば、俺もそうなるはずだった。
 ……少なくとも分かり合えるって、最初はそう思ってたよ。殺し合いなんて起きる筈がないって。
 皆、信じられるって。協力出来る筈だって。手を取り合える筈だって。それが、なんで、なんでっ」

282波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:55:47 ID:TZA2pd2M0

震える両手を目の前に出す。
誰かに守られて生き残ったにしては、優しい言葉で許されるには、その掌はあまりに黒くて、あまりに汚れてしまっていた。
守られていい両手じゃない。褒められる事なんて、何もしていない。優しさに触れていいような人間じゃあなかった。
その掌で、ゆっくりと顔を覆う。
泥と、汗と、血の臭い。死と現実が染み込んだ両手が、視界を塞いでゆく。
不意に目頭が熱くなった。視界が滲んで、頬をゆっくりと濁った雫が流れ落ちた。
手を離し、震える両腕で胸を抱いて、身体を守って、沈むように床に倒れこむ。
痛い。
痛いのだ。
心が、肉が、何かが悲鳴を上げるように軋んでいた。諦めた理想が、胸を抉る。認めた現実が、心を刺す。
白と黒の境界で、ざわざわと汚れた何かが蠢いていた。




「――――――なんで、ここに居る?」




わななく口で、崩れる心で、その一言を絞り出す。
死にたくなかった。生きたかった。信じたかった。守りたかった。喪いたく、なかった。
皆で脱出したかった。誰一人欠ける事ないハッピーエンドが見たかった。
ただそれだけだった。
それが、いつから。どうして。

「こんな、こんな俺が。何も守れなかった、信じなかった、この、俺がっ。
 なんで。なんでだよ……なんでだ……」

全員、ゴミ屑の様に死んでいった。自分なんかよりもよっぽど尊くて価値ある命が、まるで羽虫の様にこの島の呪いに喰い散らかされた。
一体自分は此処で、あの島で何をしてきたのだろう。何を誇れるのだろう。一体何があるのだろう。何を言えるだろう。
リアリズムに沿って、情を捨てて、殺して、助けられて、ひたすら生きて……そんな命に、やってきた事に何の意味がある。
一度も守らなかった奴に、今更何が出来る。

「なぁ、竜宮。すごくなんかねぇよ、俺は……ちっとも、すごくなんかねぇ……」

呪いを吐く様に、呟く。悲しみも、涙も、震える息も。
なにもかもが冷えたコンクリートに染み込んで、消えてゆく。

「……俺は、間違えたのか……?」

アクリルの向こう側で泳ぐ海亀を見ながら、少年は呟く。
だとしたら、何処で間違えた。

「なぁ、誰か……誰か……教えてくれ……誰でもいいから……」

か細い声は反響を繰り返して、黙した空気に沈んでゆく。

「……お前は正しいって、言ってくれ……」

額を床に押し付けて、肌に爪を立てながら、唇を噛みながら、鼻を垂らしながら、呟く。
許しを乞う様なその言葉は、青い暗闇にぽつりと孤独に浮かんでいた。
小さい背中は、なにかに怯えるように小刻みに震えている。
誰かを求めて頭に想い描いても、そこには誰一人生者は居ない。何もない。誰も居ない。
理想が守られなかった現実、それに安堵する心。誰かを喪う虚しさ。自分じゃなくてよかったと思う卑しい心。
正しさも、間違いも、そこには何も無くて、答えは無くて。
ただ、また誰かを喪い己が生き残った現だけがあって。

嗚呼、全ては海に浮かんだ白銀の泡沫。

283波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:57:01 ID:TZA2pd2M0

アスファルトの海が、広がっている。
灰色が、敷き詰められている。
そこに音は無かった。しん、と真っ直ぐで純粋な静寂が、景色に焼き付く様にそこにあった。
張り詰めた空気が胸に突き刺さる様で、少しだけ少女は噎せた。
腰をくの字に折って、咳を吐く。吐いた息は、目の前に広がる血の池の様に生温かった。

少し、一人にさせて下さいまし。

そう提案したのは、他でもない少女だ。
時間が必要だった。それが解決してくれるのかどうかは別として、とにかく必要だったのだ。

咳が止まって、上体を起こして唾を飲み込む。落陽が、眩しい。
絶望と、失望と、苦痛と、後悔と。全てが混ざり合って胸の中をごうごうと渦巻いている。
少しその感情を並び替え咀嚼し間違えば、その気持ちは黒く裏返るであろう事を、少女は勿論知っていた。
だから、少女はその感情を飲み込まない。
それだけのものを認めて前に歩めるほど少女は強くはなかったし、
年相応の小さく華奢な体に、その黒い感情はとても収まりきらなかった。

夕暮れの光の中で、陽炎の向こう側で―――正義が揺らぐ。

守れなかった。共に戦ってきた友人を守れなかった。
助けられなかった。人間に絶望した少年も、それを殺そうとした人も、誰かの間違いのせいで助けられなかった。
届かなかった。必死の説得も、伸ばした手も、叫んだ声も。何一つ心に届かなかった。
伝えられなかった。言うべき事も、大切な気持ちも、感謝も、文句だって。何一つ伝えられなかった。
振り払われ、笑われ、ねじ伏せられ。貫かれ、助けられ。それのなんと、なんと無力か。
何がいつか借りを返す。何が届ける、何が助けられる。何が、自分次第。
何もかもが下らない。結局、何も出来やしなかったじゃないか。

「しっかり、しなさいな、黒子」

両頬をぺちりと叩いて、震える声で呟く。
しっかり、しっかり。自分に言い聞かせる様に、縺れる足を踏み出した。

「自身がないなら、取り戻すまで。不安があるなら、吹き飛ばすまで」

肺から空気を絞り出す様に、呟く。座り込むな、前を見ろ、進め、歩け。
そうじゃなければ、誰が秩序を守って、平和を取り戻すんだ。正義は、どこへ行くんだ。
……いや、違うか。少女はかぶりを振った。そんなものがなくても動く覚悟はした。失う覚悟もした。
だけど、いや、やっぱり違う。
覚悟をしたからって、それを受け入れられるかどうかはまた別なのだから。

「自分の、正義だけは、これだけは、貫いて、信じて、決して曲げずに、わ、わたし、はっ。
 だから、大丈夫、大丈夫ですの。大丈夫、大丈夫……」

無理矢理にでも、笑ってみる。頬を釣り上げて、笑顔を造った。
だけど、おかしい。こんなに笑っているのに、ちっとも笑えない。笑いたいのに、笑い方が分からない。
こんなんじゃ駄目だ。少女は思った。こんな調子では、到底正義など語れない。
少女は頭を後ろにもたげて、空を仰いだ。血が首の中を流れる感覚。じわりと後頭部が暖かくなる。
ふいに、鼻腔に届く血の臭い。噎せ返る様な生臭さに、目眩がした。
目線を落とすと、赤い雫で出来た道。転々と、まるで獣を導く撒き餌の様に。
何も考えずに、それを追う。その赤い印が何を意味するかはきっと判っているけれど、解りなくはなかった。
ただ、今向かう道は、目指すものはその先にある。
それだけが明確に心の中心に刻み込まれていた。

「さぁ、探しませんと……ええ、きっと船見さんは酷い怪我でもして、動けないんですの……そうに決まってますのよ」

284波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:57:25 ID:TZA2pd2M0
船見結衣。レベル0の圧倒的無力なはずの少女は、しかし遥かに自分より強かった。竜宮レナも然りだ。
認めざるを得なかった。
自分は、あの場所で肉じゃがを食べた誰よりも強い能力者で―――そして誰よりも、弱かったのだと。
能力的な強さより、この島で真っ直ぐに生きるためには、彼女達の様な強さが要る。
だからこそ、喪ってたまるものか。
守るんだ。
護るんだ。
まもるんだ。
その心の強さに救われて守られたなら、今度は自分の想いで、物理的な強さで彼女を守ってみせる。
―――もう、喪わない。喪わせない。誰一人、欠けさせない。泣かせない。
少女は前を見る。地面に続く赤い印が大きくなっているのは、きっと気のせい。胸にある嫌な予感も、きっと嘘。
今は泣くより悔いるより、今を見ろ。救う事だけ考えろ。
何処かで誰がが倒れているなら、迷っているなら。それを救うために居るのが、自分の役目なのだから。
「助けに行きませんと……早く、早く……」
何故なら―――





「だって、私は風紀委員<ジャッジメント>なんですもの」





―――それが、最後の葉っぱだったから。
朽ちて枯れ果てた細い樹に繋がった、今にも風に飛ばされそうな、最後の一枚だったから。
誰かを守ってきた過去も、敵を倒してきた過去も、自分への自信も、かつての友も、ここでの友も、救いたい気持ちも、守られた悔しさも。
その全てを喪って、それでも残ったたった一つのアイデンティティだったから。
自分が自分である為、壊れかけの体を保つ為。
少女に残っていたのはそれだけだった。何もかもを砕かれてしまった今、それを失えば“白井黒子”は本当に終わってしまう。
それを失っても立ち上がり進む覚悟は、確かにした。だが、失う事を是としたわけではなかった。
だから、きっと全てを失って最期の正義さえ失えば、本当に何も残らない。
だからこそ、この正義は曲げるものか。
血が滲みくたびれた腕章をぎゅうと握り、汗だくの額を拭い、風紀委員・白井黒子は前を見る。
諦めない。止まらない。折らない。曲げない。最後まで、最期まで。
鋭く尖った刺剣の様に愚直で、敬愛する姉の蒼雷の様に激しく、錆びた鉄屑の様に汚く。
それでも、向こう側に沈みゆく斜陽の様に、炉の中で産声を上げた一振りの剣の様に、どこまでも熱く。

魂の様にこうこうと輝く泥臭い正義が、少女の足を前へ運ぶ。













「ぁ」














――――――――――――だけど、やっぱり現実はいつだって残酷だ。

285波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:57:52 ID:TZA2pd2M0
暫く歩いてそこへ辿り着いた瞬間に、少女の膝ががくりと折れる。がたがたと肩が揺れて、茶色の瞳がせわしなく動き回った。
心臓が、ばくばくと跳ね上がる。唇が震えている。音にならない様な妙な声が、喉の奥から零れ落ちた。
焦点の合わない視線が、赤く濡れた彼女を捉える。うまく、息が出来ない。
落ち着け。少女はからからに渇いた口を開いて、空気を飲み込む。
胸の中で、がらがらと何かが崩れる音。冷たい風が吹いて、樹が揺れる。最期の葉が、ざわざわと不穏な音を立てた。
荒い息を固唾もろとも飲み込んで、縋る様に、腕章を握る。
―――大丈夫。
うわ言の様に、呟いた。
喪うな、震えるな、手放すな、座り込むな。泣くな、止まるな、諦めるな、見失うな。私は、私だ。
被さる旗を剥ぎ取って、隣の焼死体を押し退けて、横たわる彼女をがばりと抱き上げる。だらり、と腕と首が重力に従う様にぶらさがった。
嗚呼。動かなくなった彼女の顔を見て、唸る様に少女は息を吐く。
気付いてしまった。判ってしまった。もう、彼女は、船見結衣は―――

「ちがう」

唇が、震えた。
少女は暗がりの中で首を振って、彼女の頭を持ち上げ、頬に触れた。蝋の様に白い肌は、氷の様に冷たかった。
その頬を優しく包んで、身体を揺さぶった。反応はない。
耳を胸に押し当てる。音がしない。
口を見る。息をしていない。
地面を見る。血が、流れすぎている。
目を見る。瞳孔が開いている。
認めざるを得なかった。船見結衣は、

「ちがいますの」

少女の顔には深い影が落ちていた。表情が、見えない。
喉から出掛けた言葉を飲み込み、再び首を振って、動かなくなった彼女の肩に手を回す。
そうして立ち上がれば、がくがくと笑う膝。
少女は思わず噴き出した。違う、違う。こんなのは。こんな事は望んじゃいない。嘘だ。嘘なんだ。
ぎしぎしと何かが軋んで、残った何かが霞んでゆく。ぱたぱたと何かがなし崩しに倒れてゆく。
世界の色が反転して、赤い夕陽が青黒く染まった。光が黒く世界を照らし、影が怪しく輝いた。
少女は理解した。これがきっと、何もかもが終わる感覚なのだと。


「……しょうがないですわね、まったく」


だけど、違う。それも違う。まだ終わってたまるか。認めてたまるか。

“せいぎ”なんだ、“ふうきいいん”なんだ。諦めるもんか。

少女は犬歯を剥き、唇を噛みながら前を睨む。砕けそうになる心を支える様に、足を踏み出す。
折れるものか、終わるものか。少女はぎりぎりと歯を食いしばると、表情だけでぎこちなく嗤った。
世界に牙を剥くその想いは何よりも強く、気高く、固く……しかし、だからこそ現実を認めなかった。

「……こんなところで寝てましたら、風邪をひいてしまいますのよ? ほら、一緒に、移動しますの」

色を喪った双眸に、暗い光が灯る。強過ぎる意思が、虚構を産み出す。
少女が“白井黒子“である為に、正義が正義である為に、自分が誰かを守る存在である為に、風紀委員である為に。
失う事を是としない為に、失う覚悟を壊さない為に――――――擦り切れた希望が、汚れた世界に嘘を塗った。

「ほら、口の周りもこんなに汚して……」

少女が、物言わぬ彼女へ優しく話しかける。彼女は答えない。少女は首を傾げた。
血で濡れた彼女の顔を制服で拭い、にこりと笑いかける。彼女はつられて笑いさえしない。
―――起きて下さいまし。少女が言った。彼女は答えない。
少女はやがて諦めて、彼女を背負ったままふらふらと道を引き返していった。誰も居なくなった、血濡れた道を。

「貴女達は、私が、守りますの」

魂が崩れて、心が錆びつく。覚悟が腐り、現実が凍てつく。
屍背負い道を迷って、捻れた正義は何処へ逝く。

286波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:58:19 ID:TZA2pd2M0
鴎が空を泳いでいる。
赤から青へのグラデーションの中に、白い鴎はよく映える。

少年は頭を後ろにもたげ、馬鹿みたく口を開けて空を仰いでいた。
くすんだ銀色の手摺に背を預け、腕を乗せ、何をするわけでもなく。
そこは、屋上だった。倒壊した研究所の隣設棟の屋上だった。
嘆くだけ嘆いて、喚くだけ喚いて、少年は何かを求める様にそこへ辿り着いた。
不意に潮風が髪を攫う。ばさばさと黒髪が靡いて、少年はそれを手で抑える。
目線を流せば、真っ直ぐ伸びた横一文字の境界線。広大な海が大空に、悠久の空が大地に。
逆さの世界に溜息を吐く。恨めしい程綺麗で、思わず舌を打った。
全くさっきはどうかしてたな、と少年は起き上がりながら思った。自分らしくもない。

「……何でこうなっちまったんだろうな」

くるりと身体の向きを変え、手摺の向こう側の海を眺める。東西を跨ぐ橋が見えた。

「わかんないよな。本当に」

考えても、仕方ないか。
胸ポケットをまさぐり、煙草の箱を取り出す。皺だらけのマイルドセブンの包装から一本だけ、煙草を抜いた。
それを咥えて火を近付けたが、潮風が邪魔をしてなかなか火が点かない。
かちかちと何度かライターから火花を散らせて、漸く煙草が煙を吐いた。
やれやれと肩を竦めると、少年は目を細めてそれを吸う。口の中で煙が回り、肺を介して鼻から抜けた。
味は、開封して暫く経ったからか、些か風味が抜け落ちてしまっていた。
少年は苦い表情で笑う。唯一の楽しみを奪われた気分だった。
鼻から息を吐きながら、紫煙を目で追う。
煙草は世辞にも美味くはなかったが、夕暮れに漂う紫煙を見ている気分は、何故だか決して悪くはなかった。
苦い感情に不味い煙草、味気ない研究所。尽くミスマッチ。ロックだ、と思った。

「……そろそろ、白井も現実にぶち当たる頃だろうな」

少年は呟くと、くつくつと肩を揺らした。
白井黒子。あの正義馬鹿は、あろうことか船見結衣を助けに行くと宣った。
それを聞いた時、思わず言葉を失った。
馬鹿だと思った。耳を疑うとか、そういった次元じゃない。
そもそもどう贔屓目に見ても彼女が生きているわけがなかった。
竜宮レナが殺されて、船見結衣が生き残るだなんて道理は通らない。
万に一つ死んでいなかったとしても、恐らくもう手遅れだ。死は免れない。それが遅いか早いか、それだけだった。
だから、選択肢がなかったのだ。救いに行くだなんて、ふざけた選択肢は。
それを言わない自分は、性格が悪いのか、どうなのか。
少年はニヒルに嗤うと、煙草の煙を吐いた。紫煙が中空に浮かんで、ぐるぐると螺旋を描きながら消えてゆく。
自分は行かずに待っている。少年はその旨を少女に告げて、この研究所に来た。
決して、彼女が死んでいるだろうとは言わずに。
あの悪魔と彼女が再び鉢合わせる可能性もあったが、自分には関係がない事だった。

ただ……少しだけ、少女が羨ましかった。
彼女が生きていると信じられる気持ちは、もう自分にはないものだったから。少しだけ意地悪を言ったのは、だからだ。
その感情を甘いと吐き捨てる事は簡単だった。
ただ、それは紛れもなく嘗ての“七原秋也”の理想だったのだ。
今は死んだその影の、夢の形だった。だから羨ましくて―――そして無性に腹が立って、仕方がなかった。
そんなものは理想で、叶わないと解っているから。どうせ、船見結衣は死んでいる。殺されている。
そんな解りきった答えを、理想でなんとか砕こうと抗って……それでも現実は嘘を吐くはずがなくて。
結局絶望が待っているだけなのに、わざわざ信じて傷付く彼女が、どうしようもなく気に入らなかった。
ここまで来て、何故諦めない。何故認めない。もう充分なはずだ。気付いているはずだ。
なのに口を開けば綺麗事、世迷言。この島の阿呆共はみんなそうだ。誰も彼もが、甘過ぎる。
それが歯痒かった。皆して甘くて―――まるで諦めた自分の方が、間違ってるみたいだったから。
信じられなくなったお前こそが、咎なのだと。

クソったれ。本当に、反吐が出そうだ。
煙草を手摺に押し付けて火を消して、少年は懐からもう一本を取り出した。
かちり、とライターの火打石が火花を散らす。



「なぁ、川田……何かを信じるってのは、本当に難しいよ」

287波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:58:41 ID:TZA2pd2M0
煙草の煙が、歪んだ口から漏れた。
灰と共に煙が潮風に流されて、金色の海の向こうへと消えてゆく。

「……湿気っちまってら。こんなに不味い煙草はねぇな」

最初から、そこには何もなかったかの様に、脆く、儚く。








来た道を、引き返す。未来に行く事を拒む様に、過去の想い出に縋り付く様に。前を見ず、後ろへと進んでゆく。
悲しみも、痛みも、苦しみも、希望も、現実も、彼女を見つけたあの場所へ置いてきた。
残ったものはただひとつ。ぽつりと小さな塊が少女の中にある。
後は何も無かった。胸にはぽっかり穴が空いた様で、冷たい風がびゅうびゅうと体の中を吹き荒ぶ。寒い。
空洞の心の中に、冷え切った塊が転がっている。
正義だった。
熱をすっかり失って、それでもそこに在り続けている、未練がましい正義の結晶だった。

肩で息をしながら、傷付いた彼女を運ぶ。時折心配そうに声をかけながら、ふらふらと覚束ない足取りで歩いてゆく。
移動に能力は、使わなかった。否、使えなかった。こんなにも冷静なのに、何故だか座標演算処理がうまくいかなかったのだ。
思えば、能力を使わず人を運ぶだなんて随分と久し振りだと少女は思う。
能力使用禁止区域――例えば寮内の様な――では、荷物を運ぶことはあれど人を運ぶだなんて事は滅多になかったし、
あまつさえ風紀委員として応急患者を運んだ事は何度かあれど、仕事中は基本的に能力を使っている。
しかし、どうだろう。レベル0の人は毎回そんな発想にすらならないわけだし、能力が無い世界に至っては、それが当たり前だ。
ならば成程、学園都市の人間より異世界のレベル0の人間の方が、よっぽど精神的に逞しいのかもしれない。

でも、だったら強さとは一体何なのだろう?

レベル5だから優れている? スキルアウトは見下され、レベル0は評価されない?
自分の能力は何の為にあるのだろう。人を救う為?
誰も救えなかったのに?
ぜえぜえと洗い息を吐き、全身から滝のように流れる汗に顔を歪めながら、少女は自問した。
時折ずり落ちそうになる彼女を背負い直し、たまに休憩を挟みながら、少女は歩いてゆく。
虚ろな双眸が、灰色のアスファルトを映す。交差点があった。動かなくなった信号を横目に曲がると、目の前には錆びた標識。
標識の根本まで歩いて、足が止まった。
乾いた血溜りの中に、それがあった。

竜宮レナが……竜宮レナだったものが、横たわっている。

その側で、犬が身体を丸めていた。
テンコはどうしたんだったかと記憶を辿り、嗚呼、と溜息を吐く。一人になりたいからと支給品袋に入れたんだった。
我ながら、自分勝手な話もあったものだ。少女は自嘲して、汗でべたりと張り付いた髪を掻き上げた。
瞳を閉じ、震える口で息を大きく吸う。そうしてゆっくりと、瞼を開く。目の前の景色を、認める為に。
ところが、瞼は開かなかった。まるで石化魔法をかけられた様に、或いは心理掌握にそうしろと暗示を掛けられた様に。
ぐるぐると瞼の裏側に絶望が渦巻いて、みるみるうちに光が歪んでゆく。屈折して、深淵に落ちてゆく。
捻れて歪になった正義が創り出した虚像が、動かぬ肉に息吹を与えた。
少女は熱くなった目頭から溢れようとする何かを堪えながら、覚悟と共に重い瞼を開く。
認めない。認めさせない。失わせない。殺させない。欠けさせない。
誰一人、これ以上奪わせない。



「――――――なに、やってるんだよ、白井」



不意に、乾いた笑い混じりの少年の声。少女は気怠そうに頭をもたげて、声のする方を睨んだ。
色を欠いた視界の中に、少年の険しい表情が映り込む。

「……答えろ。“そこで何をやってる、白井”」

いつもよりワントーン低い声が、死に尽くした虚無の街に響いた。
風が、アスファルトの砂埃を巻き上げる。土と血の臭いが鼻腔をつんと刺す。
じりじりと音も無く後退り、少年は臨戦体制に入った。
何故って――――――少年がそこへ戻ってきた時に見たものは、薄ら笑いを浮かべて二つの屍を運ぼうとしている、メイド服の少女の姿だったのだから。

288波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:59:07 ID:TZA2pd2M0
壊れてしまったか、壊れかけなのか。

経験上、それはどちらかだった。
ただその二つでは圧倒的に前者の可能性が高かったし、
例え後者だとしてもどの道遅かれ早かれ堕ちるであろう事を少年は知っていた。
別に然程珍しい事ではない。明るい人間や正義感がある奴ほど、このゲームでは堕ち易く、死に易い。
友人の死を見て壊れてしまう事は可能性の一つとして充分に在り得た事だった。
何故それをこの時に限って見逃してしまったのか。少年は口の中で舌を巻いて後悔した。
少女の性格を少し考えれば、こうなる事くらい予想出来たはずだったのに。

ともあれ、後悔先に立たず。少年はそれ相応の覚悟をしなければならなかった。
少女が壊れていようがこれから壊れてしまうのだろうが、何れにせよ少年にとっては邪魔にしか成り得ないからだ。
しかし、少年は自分が少女に敵わない事を痛いほど知っていたし、それを知っていて歯向かうほど愚かでもなかった。
だが、少女を相手取って背を向け逃げる事は死に同義だ。ならばどうするのが正解か。
……いや、正解など、きっと無いのだ。少年は思った。
どう足掻いても戦闘態勢に入った少女からは逃げられないし、殺せない。
それは対峙即ちゲームオーバーを意味していた。
リスクやメリットどころの話ではなかった。オールリスク。オールデメリット。得るものなど何も無く、その先には無慈悲な死があるのみだった。
となると跪いてでも命を乞うか、奇跡を信じて歯向かうかだ。どちらにせよ博打。馬鹿馬鹿しいが、それしか道はない。

少年は冷や汗を額に浮かべながら、じりじりと後退る。
腰に下げたレミントンM31RSを抜きこそしないものの、グリップには確りと利き手が添えられていた。
共に釜の飯を食った仲だからと言って、狂ってしまったのならば容赦をするつもりなど毛頭ない。
人は少しのきっかけで変わってしまうものなのだ。そんな事、ずっと前から知っている。

「お前は“どっち”なんだ?」

無意識に出た疑問。答えの変わりに、無言が、五秒。返答次第では、覚悟をしなければならなかった。

―――瞬間、少女の指先が跳ねる。

それを皮切りに少年は銃を素早く抜いて、流れる様な動きで構えた。
狙いを付け、トリガーに指を掛けるまで約一秒。息つく暇すら与えない。
敵を討つに理想的なその一連の動きは、半ば脊髄反射に近かった。
銃口は寸分違わず少女の眉間を向いている。同時に、しまった、と苦い顔。
銃を抜けば最早、戦うしか。


「こんなところに、いましたの」


そう覚悟してごくりと生唾を飲み込んだ時、故に少女の口から発せられたその言葉に少年は面喰らった。
何故ならそう呟く少女から敵意らしい敵意は全くと言って良いほど無く、
且つその表情が、壊れた心から造られたにしてはとても優しいものだったから。
矛盾していたのだ。
向こうまで続く、平行線。交わることのない線が、交わっている。
昼と夜が、同時に訪れている。全てを貫く矛が、全てを守る盾を、射抜いている。
何かが、おかしい。
少年は息を飲んでトリガーの指に力を込めた。目前の少女は、銃口を意にさえ返していないようだった。
光の無い瞳は底無しの常闇の様に真っ黒で、ぶるりと寒気が背筋に走る。
こちらを見ているのに、こちらを何も見ていない。銃を見ているはずなのに、見ていない。
この噛み合わない歯車は、一体何だ。

「白井……お前の目は、何を見てる?」

289波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 02:59:43 ID:TZA2pd2M0
だから少年は混乱した。優しい表情とあまりに乖離してしまった、その淀みきった双眸はなんなのか、と。
遺体の側に座る犬、居なくなったテンコ、膨らんだ支給品袋、横たわる死体、流れる血液。
担がれた死体、正義、風紀委員。光を失った目。
状況を舐めるように飲み込み、経験が解を弾き出す。
バラバラのパズルのピースが、パチパチと嵌ってゆく。導き出された答えは―――嗚呼、成程。
少年は理解した。そういう事か、と苦い笑みを浮かべる。

「聞いて下さいまし。先程」
「いや……解った。もう、いい」

口を開く少女へ向けた銃を下ろし、少年はかぶりを振った。つまり、そういう事だったのだ。
狂ってなどいなかった。壊れてなど、いなかった。
少女は、白井黒子は、変わってしまってなどいなかった。
簡単な話だった。少女はただ、どうしようもないくらいに“白井黒子”だっただけなのだ。
自分が現実を知って、それを認めて“七原秋也”を捨てた様に、
白井黒子は現実を知って、それを認めない様に“白井黒子”であり続けているだけだった。

「船見さんが、もう殆ど息をしてませんの。だから早く、何でもいいですから何か応急処置になるような何かを!」
「白井、もういい」

拳を握りながら、少年が呟く。
理解は出来る。気持ちも分かる。それでもどうしようもなく、目の前の少女が許せなかった。
だって、認めていないだけだったから。見ていないだけだったから。
ふざけるな。
だから、少年は歯を食い縛りそう思った。
ふざけるなよ。
死んだ事すら無かった事にされるだなんて、あの言葉もあの笑顔もあの想い出も、尊い命すらも嘘にするだなんて。
―――そんなの、都合が良過ぎるじゃないか。なぁ、白井。

「竜宮さんも、早く治療してあげないとだめですの。このままでは二人とも、」
「もういい」

砂を噛むような表情で、かぶりを振る。怒りと、虚しさと、やるせなさが身体をぶるぶると震わせた。
……そんなになって、現実を認めずに逃げてまで、お前は何を守りたいんだよ、白井黒子。
なぁ、そんなに大事なのかよお前の守ってる理想は。現実を認めることは、諦めることは、そんなに嫌なのかよ。
何でだよ。そうまでして、何でなんだ。全部捨てて諦めればいいだけだろ。別に辛い事でもなんでもないだろ。
簡単な、事じゃないか。

「今度は私達が御飯を作ってあげませんと。皆さんに笑顔でいて貰いたいんですの。だから早く!」
「黙れよ……」

触れれば崩れてしまいそうな儚い表情で、少女は懇願する。
少年は歯を軋ませながら溜息を吐く。理解出来なかった。どうしてそこまでして、目の前のこいつは強くあろうと嘘を吐くのか。
そうして得た痛みの方が、よっぽど辛いのに。

「ほら、しっかりしなさいな船見さん。寝てしまったんですの? おかしいですの。さっきまで確かに喋って」
「……なあ、話をきけよ、クロコ」
「こちらの台詞ですの。竜宮さんも勝手に喋るだけ喋って、黙って眠ってしまいましたし、まったくもう」

少女が震える唇で答えた。答えになっていない。
うんざりするように、少年はこうべを垂れる。行き場のない感情が、爆発しそうだった。
いっそ激情に任せて全部吐き出してしまった方が、どれほど楽か。

「やめてくれ」

少年はそれでも堪えながら、言った。これ以上その光景を、見ていられなかった。胸が痛んで、仕方が無かった。

290波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:00:06 ID:TZA2pd2M0
「さ、早く探しますわよ。これだけ建物や研究所がありますし、きっと包帯やお薬だってあると思うんですの」
少女が言って、ふらふらと竜宮レナへと駆け寄り、土色の腕を持ち上げる。
「やめろって」
少年は懇願する様に呟いた。やめてくれ。
「そういうわけにはいきませんわ。辞めれば、諦めれば、死んでしまいますのよ? 馬鹿な事言わないで下さいまし!」
「……やめろ」

むっとした表情に向かって、喉から捻じり出す様に、言う。少年の肩は震えていた。
少女は眉間に皺を寄せ、つかつかと少年の目の前へと足を進める。

「あのですね……私だってさすがに怒りますのよ! 一体何をやめろと」
「――――――それをやめろって言ってんだッ!!!」


少女の肩をがしりと掴み、身体を揺さぶる。ぐしゃり、と少女の背から物言わぬ骸が落ちた。
ぎょっとして、少女は体を強張らせる。困惑に、眉が歪んだ。
少年は項垂れた顔を上げて、少女の双眸を真っ直ぐに見つめる。底無しに暗い瞳に、動揺の色が走った。

「もういいだろ! 認めてやれよ! 逃げてんじゃねえ! 見ろよ! ちゃんと!! 現実を!!!」

じわり、と少女の瞳に鈍い光が差す。ぴしりと罅が入る音。はっとした様に少女はふらふらと後退り、少年の両手を剥がそうと身体を揺さぶった。
逃がすものかと、少年の指が肩に食い込む。ずきりと皮膚の内側に鋭い痛みが走り、苦悶に表情が歪んだ。
ぱきり。少女の鼓膜の内側で、罅が広がる。崩れてゆく。砕けてゆく。
灰色の世界に色が差す。虚構の景色が滲んでゆく。現実が、生きた命を屍にしてゆく。
横たわる遺体。広がった血。全身を染める赤。焦点が合わない目。がたがたと肩が震えて、上手く声が出せない。
心臓が跳ねている。息が詰まる。目の奥が熱い。
ぼろぼろと、風化した土壁の様に崩れてゆく。必死になって積み上げた偽物の覚悟と現実が、跡形も無く消えてゆく。

「げ……現実? あ、貴方、なにを、言って」

少女が言って、後退ろうとする。少年は逃がさない。
少女の頭の中で警鐘がけたたましく鳴った。
逃げろ。頭の中で何かが叫んだ。今すぐ耳を塞いで、逃げろ。

「いいか、白井」
「やめてくださいまし……痛いですの」
「よく聴けよ」
「い、痛いですの……や、やめっ」
「船見は! 竜宮はな!」
「や、やめて下さいまし……聞きたくないですの!!」
「あいつらは、もうッ」

暴れる少女の視界の隅に、二つの死体が映り込む。瞳孔の開いた目と、視線が交差する。死が、夢幻を侵食してゆく。
嗚呼、そうだ。少女は諦めた様に表情筋の裏側で自嘲した。
何も、違わなかった。ただ、怖かったんだ。認めてしまえば、最後に縋るものすら喪ってしまいそうで。

正義すら亡くしてしまいそうで。

それだけが、こわかった。






「――――――死んじまったんだよ!」






その一言で、全てが終わっていた。これが現実だ。嘘になんか、していいはずがない。二人とも、もう此処には居ない。
あれもこれも、全部、全部全部全部全部全部全部、ホンモノだったのだから。

291波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:00:38 ID:TZA2pd2M0
「う、そ」
「嘘なんかじゃない! 死んだんだ! 俺達を助けてくたばった! 無力な俺達を救って!
 ちゃんと見てやれよ! こんなの、あんまりだろ! 託して死んだあいつらが馬鹿みたいじゃないかよ!
 あいつらの命を犠牲にして、死体を踏み台にして! 俺達は生きてる! それが現実だ!!」

がらがらとハリボテの外壁が崩れ去って、空洞の肉が剥き出しになる。最早、少女を守る外装は無くなった。嘘で固められた鎧が、錆びて風化してゆく。
ただ、守りたいものはそれでも残っていた。肉の内側に、汚れた正義が一つだけ。
くしゃくしゃの醜い顔が、目の前の少年の瞳の中に映り込んでいる。それが自分なのだと気付くまで、さして時間は掛からなかった。

「自分だけ不幸な主人公みたいな顔してんじゃねぇ!! 辛いんだよ、みんな!
 俺は認めない、認めないぞ白井! あいつらの犠牲を嘘にしちまうなんて、そんなの認められるわけがない!
 あいつらの分まで生きなきゃいけないんだよ! 生きるんだ、死んだ奴の分もな!! 無駄になんかしていいもんかよ!
 現実から逃げようだなんて甘えが許されるわけがない! 死者を冒涜していいはずもない!
 そうやって狂った演技をして自分を守るくらいなら――――――そんな下らないプライドなんて、捨てちまえッ!!!」

夕暮れの街に、感情が爆発する。肩を掴み少女を揺さぶり、少年は喉を焼ききらんと叫び散らした。
少女は鼻水を垂らしながら、嗚咽を漏らしながら、そんな少年の腕を力の限りで振り払う。
反動で、体が転がった。二回転して、漸く止まる。腕が傷んだ。擦れて、血が滲んでいる。口の中に砂が入っていた。土の味がする。

逃げよう。

半秒かからず、当然のようにそう思った。
立ち上がろうと、遁走しようとして、少年に押し倒される。
力の限り逃れようとしたが、とてもマウントポジションの男一人を押しのけることなど出来なかった。

「逃げるなよ白井! そんな勝手が許されると思うな!!」

……解っていた。そんな事、初めから。
知っていた。世界には、哀しい事が沢山あるって。
知っていた。自分が守りたい正義が、この島ではボロクズ以下の下らない代物だったって。
知っていた。きっと自分じゃ誰も守れないって。
知っていた。
知っていたのだ。
それを知っていないように取り繕っていただけで、あれもこれも全部、解っていた。
ただ、それを受け止めるのが厭だった。
だって、もう自分に出来ることが何もないかもしれないのだと、理解しなければならなかったから。
だからそれを他人に言われるのは。解った様な顔で上から説教されるのが。



「ぅ、るッ、ざい……ッ!」



本当に、気に入らない。

少女は震えながら息を吐く。身体中の二酸化炭素を吐き出して、大きく息を吸った。酸素を肺に、肺胞に、血液に、全身に。
今まで言いたかった事。叫べなかった事。沢山ある。一息じゃ言い切れないくらい、後悔も絶望もしてきた。
愛する人が一人で出歩く夜も、傷だらけになって帰ってきたあの朝も、自分じゃ力になれないだろうと自覚してしまう無力さも。
全部、まるごと飲み込んできた。それらが――――――身体を裏返して中身を吐き捨てる様に、全て決壊した。

「五月蝿い五月蝿い五月蝿いッ! 私だって不安になりますの!
 いつもにこにこ馬鹿みたいに騒いでるだけじゃ、忘れられない事だってあるんですのよ!
 何が常盤台、何がレベル4、何が大能力者!
 そんなもの、なんのッ、なんの役にも、立たなかったッ!!
 我慢ばっかりして、堪えて、頼られない事も、弱さも、全部全部全部ずっと飲み込んで!
 本っ当に!! 馬ッ鹿みたい!!!」

声が裏返って、喉が裂ける。拳の中から血が滲む。鼻は垂れ、唾を撒き、歪んだ表情から心の声が漏れてゆく。
止まらない。止められない。止められるわけがない。
自分を拘束する手が緩んだ。すぐさま少年を蹴りあげ、立ち上がる。逃げる気はもう無かった。

292波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:01:02 ID:TZA2pd2M0
「毎回毎回馬鹿の一つ覚えみたいにお姉様お姉様って、おちゃらけて電撃くらってるだけじゃ立ち直れない事だってありますの!
 いつも阿呆みたいにふざけて! 馬鹿みたいに笑って!
 好きでそうなってるわけじゃないんですの!
 私だって、私だって!!
 いい子なだけじゃ生きられない事くらい! 知ってますの!!
 下らないプライドは捨てろ!? 捨てられるもんなら、そんなもんとッッッくに捨ててますの!
 何も知らない癖に、知った様な事ばかり好き放題に!! 貴方に何がわかるんですの!?
 必死でここまでこの生き方をしてきて今更やめられるわけないですのに!
 私だって知っていましたの! 捨てたほうがいい事くらい! でもそうしないと、何も守れないから!!
 私が、私じゃなくなるからッ!!!」

それは、きっと誰にも言った事のない本心だった。
いつだって風紀委員は皆から頼られるヒーローで、学園都市の平和を守るべき強い存在だったから。
それを目指した自分はそうあるべきだったし、ましてやそれを此処でなく学園都市で口にする事など出来るはずが無かった。
期待と信頼と希望と、平和と、そして正義と。全部背負った身体から、こんな言葉を出していいはずがなかった。
ぜえぜえと全身で息をしながら、少女は鼻水を啜る。涙はそれでも、流さなかった。
弱さなんて、見せない。最早今更という感覚はあったが、風紀委員としての最後の意地がそこにあった。

「……わかった」

荒い息遣いの中、最初に口を開いたのは少年だった。腕を組みながら、神妙そうにそう呟いた。

「わかったよ、お前の気持ちは」

少年は暫く目を白黒させて少女の言葉に呆気にとられていたが、やがて諦めた様にそう呟いて肩を竦める。
だけど、と少年は静かにかぶりを振った。そして、悲しそうな顔のまま、言うのだ。




「でもさ……なんで泣かないんだよ、お前。
 もういいだろ。やめてもいいだろ。泣いたって、いいだろ」




はっとして、息を飲む。
少年の言葉を、その意味を理解した瞬間に、糸が切れた様に膝が崩れた。
背負っていた重みが、潮風に消えてゆく。

「白井、もう休め。疲れただろ。お前は十分頑張ったじゃないか。今止まっても、誰もお前の事を責めないよ」

ぺたりとアスファルトに座り込んで、少女はきょとんとした目で少年を見上げた。少年は目を逸らす。

……救われるというのは、きっと、こういう事なのだ。

どれだけ、自分を偽ってきただろう。
苦い感情は全部飲み込んで、こうあるべきだという理想を目指して走ってきた。
足を止めると、今まで風紀委員として積み上げてきた何もかもが終わってしまう気がして、全部胸の中に仕舞い込んだ。
無茶をして、我慢して、転んで、怪我をして。だけどそうして感謝されれば、それで良いと思った。
その一言で全てが救われた。だけど、それはきっと、役割と結果と労力を納得するための言葉。
“ありがとう”。
そうじゃなかった。本当に欲しかったのは、感謝じゃなかったのだ。
“お疲れ様”、と。
ただ、それだけ言って欲しかった。認めて欲しかった。解ってもらいたかった。労って欲しかった。
頑張ったねと、だからもう羽を休めろと――――――その言葉を、誰かに言って欲しかったのに。

「たまには馬鹿じゃなくたって、強くなくたっていいだろ。だって俺達、ただの無力な中学生じゃないか」

293波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:01:20 ID:TZA2pd2M0

背を向けながら、少年が言った。
少女の視界が滲んで、堰を切った様にぼろぼろと大粒の涙が溢れ出す。
馬鹿みたいだ、と思う。
散々頑張ってきたのに、目の前の少年は言うのだ。頑張らなくても良いのだと。年相応だって、いいじゃないかと。
それを、今更。殆ど失ってしまった、今になって。
こんなに滑稽なことって、ないじゃないか。

「本当、馬鹿みたいですの」

少女は鼻水をごしごしと拭いながら、笑って立ち上がった。目の前の少年は背を向けながら煙草を吸っている。
柄にもない事をしたと、きっと後悔しているのだろう。
なんだかそんな少年の事が少しだけ可笑しくて、少女はとてとてと少年の元へと歩き、背に背を重ねた。
背中越しの大きな背中はごつごつしていて、レベル0の彼がこれでも屈強な男なのだと語っている。

「……いまだけ」

少女は呟く。少しだけなら、頼ってやってもいいか。そう思った。

「いまだけ、ほんの少し、煙草を吸うのを許しますの。私、今は風紀委員でもなんでもない、ただの中学生ですので」
「そりゃあどうも」

少年は鼻で笑って、肩を竦めた。背中ごしの温もりはとても儚くて、柔らかな感触は抱き寄せれば消えてしまいそうなほど、脆かった。

不味い煙草を惜しむように、吸う。少しでもその脆さを支えている時間が、長くなるように。
畜生、と少年は煙と共に溜息を吐く。まったく、アンコールは無しだとか言っておきながら随分と甘くなったもんだ。
だけど、たまにはそういうのも必要なのかもしれない。
少年はちびた煙草を指で弾くと、胸ポケットから二本目を取り出す。煙草を吸いたいんだ、と自分に言い聞かせて、空を仰いだ。
橙が、紫に変わりつつあった。もうじき、太陽が沈む。夜が降りてくる。
不味い煙草を咥えながら、少年はポケットのライターに手を伸ばしかけて、指先が止まった。
少しだけ迷ったのだ。
……きっと、今どうすればよいのかを自分は知っている。それは多分正解だし、相手だってそんな事、知っている。
だけどきっとその役目は自分には荷が勝ちすぎて務まらない。それは、自分なんかに求めていい事じゃない。
今更こんなに汚れた手で誰かの手を取り抱き寄せる事など、烏滸がましいじゃないか。
誰かを慰める資格など、頼られる力など、求められる優しさなど、自分にはありはしない。
だから、小刻みに震える小さな肩も、聞こえる嗚咽も、きっと、気のせいだ。

「悪い。もう一本、吸わせてくれ」
「……本当、酷い殿方ですの」

全部、気のせいなんだ。

294波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:02:19 ID:TZA2pd2M0
一面に敷かれたコンクリートが、目の前に広がっている。
しかしそれは真新しいものでは決してなく、随分と年季が入ったものだった。
あちこちに亀裂が入り、苔が生え、海藻とフジツボとカメノテが、側面にびっしりと張り付いていた。
その向こうに、海があった。穏やかな波が、地平線の向こう側まで続いている。
そこは、砂浜の無い人工的に作られた浜だった。

「―――leeps in the sand.
 Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly,Before they're forever banned.
 The answer, my friend, is blowin' in the wind,The answer is blowin' in th―――」
「……何かの詩ですの?」

口を尖らせてなにやら英語を口ずさむ少年に、少女が問う。

「好きな唄さ」少年は言った。「ボブ・ディラン。あの渋い声が聞けないってのは本当に損してるぜ」

学園都市とか超能力は少し羨ましいけどな。そう続けると、少年は背にもたれる骸を横たえた。
二人をちゃんと、埋葬してやろう。そう提案したのは意外にも少年だった。
幾らなんでも忍びないし、今まで放ってきた分、たまには埋葬したってバチは当たらない、と少年は言った。
それがきっと、自分に気を使っているのだろう事を少女は察したが、詮索も野暮だ。少女はその言葉へ素直に頷いた。

「“殺戮が無益だと知るために、どれほど多くの人が死なねばならないのか”。
 ディランはそう言ったよ。答えは、なんだと思う?」

少年が言う。少女は小首を傾げた。

「皆がそれを無益だと分かればよろしいんですの? ……私だったらそれを止めて、ひたすら道を説き、違えたものには償いをさせますの」
「30点だな」ふん、と鼻で笑いながら少年が答える。「“答えなんざ風に吹かれて、誰にも掴めない”。ディランはそう唄ったんだ」

卑怯な答えだ。少女は思って口をへの字に曲げたが、少年の表情が悲しそうなのに気付き、開きかけた口を閉じる。


「分からないんだよ、誰にも。正しい事は分からない」


少年は少しだけ笑った。眉が下がっていて、ちっとも楽しそうには見えなかった。
「だからきっと、無くならないんだ」
夢物語は、所詮夢物語さ。少年はそう続けると、口を閉ざす。

「夢を見て、何が悪いんですの?」少女は言った。「夢物語でも、見るだけで救われることだって、あるはずですの」

「悪くはない」数拍置いて、少年が答える。「だけどな、それは正解でもない」

そこで少年は少しだけ思いつめた表情を見せたが、かぶりを振って言葉を吐いた。
何かに迷っているような声色だった。

「散々解っただろ。何度も言うけどな、現実を見ろよ白井。夢を見て救われるのは最初だけだ。
 夢は醒めるもんだ。いつかは醒めて、その差を知る。その時にあるのは、救いじゃない。絶望だ。
 だから、もう諦めろ。さっきの自分に懲りたなら、いつまでも夢を見るな。理想なんか捨てちまえ。
 期待しても現実に裏切られて、傷付くだけじゃないか。だったら最初から諦めればいいんだ」

少年が突き放すように言う。
少女を見つめるその双眸は、日が沈みかけていることを踏まえても遥かに暗く、潜って来た闇の深さを物語っていた。
反駁しようと口を開くが、それよりも早く、或いはそれを認めないかのように少年は続けた。

「認めろよ。お前の仲間だって死んじまってるだろ。船見も、竜宮もな。
 現実なんだ、此処は。よくある漫画や、ハリウッドの映画じゃない。
 感動のシーンもないし、大逆転劇もありゃしないし、熱血展開も奇蹟の一手もなければ根性論も通じない。
 皆で脱出してハッピーエンドなんざ、世間知らずの阿呆が夢見る御伽噺だ。違うか?」

295波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:04:03 ID:TZA2pd2M0

否定など、出来るものか。少女は押し黙ったまま、視線を滑らせる。
何故って、それが紛れも無い事実だったから。身を以て知ってしまった以上、そのロジックを否定することは出来はしない。
ただ、それでも立ち向かうための理由があった。だから、少女は再び少年の目を見て口を開ける。

「……正義に反します。私は、それでも風紀委員<ジャッジメント>ですもの」

少年が肩を竦め、目を細めた。馬鹿にする様なその仕草に、少女はむっとする。

「なんですの?」
「正義、正義って馬鹿の一つ覚えみたいにな……」
「引っかかる言い方をしますのね。それがどうかしましたの?」

ぶっきらぼうに吐き捨てる少女に溜息を吐くと、少年はやれやれとかぶりを振った。
言うか言わまいか、少しだけ躊躇する。それでも、いつかは当たる壁、いつかは告げねばならぬ事。
ならいっそ、今此処で刺してしまうほうが良いのか。
「潮時だな」
ぼそりと呟くと、少年はその重い口を開く。

「ずっと、黙ってたことがある。あいつらが生きてた手前、言わなかった事だ。
 あいつらにバラすのは可哀想だったからな」

見えない刃が、抜かれる。ぎらりと光る言霊の白刃が、少女の喉元に突きつけられた。
嫌な予感がした。こいうい予感は、厄介な事に大体当たる。少女は生唾を飲み、舌を巻いた。
それでも、ここで聞くのを止める訳にはいかない。

「なんですの、それは。はっきり言って下さいな」
「まだ分からないのか? ならはっきり言ってやるよ―――――――――――――――何が正義だ下らねえ」

思わず、呆気にとられる。開いた口が塞がらない。そこまで、そこまで初撃からストレートに狙ってくるとは思わなかった。
何を言われたのかを理解するのと同時に、足元がふらつく。目眩がした。
青筋がこめかみに浮かぶのが、鏡を見なくとも分かった。頭に血が上ってゆく。表情がみるみるうちに険しくなってゆく。
自分の性格を否定されるのはいい。それはいい。でも正義だけは、それだけは、他人に否定されたくはなかった。

「……もう一度言ってみなさい」

五秒遅れて、震える声で漸く紡げた言葉が、それだった。

「ああ何度でも言ってやる。“何が正義だ下らねえ”。
 だいたいな、お前の言う正義って何なんだよ?
 困ってる人を助けることか? 犠牲を出さない道を目指す事か? 理想を貫く事か? 仲良くする事か?
 それとも、マーダーを殺さず仲間を殺されることか? 都合の良い幻想に逃げる事か?
 それは最早正義じゃなくてただの餓鬼の駄々だろ」
「……貴方に何が分かりますの? 私の正義は、私が守ります。貴方にだって正義はあるでしょう?
 それを、誰かに否定される覚えはないですの!」
「ああ、ある。俺にだって正義くらいあるさ。安売りするほどのものじゃないけどな」
「安売りですって!?」

気付いた時には、少年の胸倉を掴んで吠えていた。拒絶しなければならない。原因不明の警鐘がそう言っている。
息が、詰まる。動悸が激しくなっている。何かが警鐘を叩き続けていた。

「安売りじゃないなら何なんだ、そのわざとらしい腕章は。
 じゃあ聞くけどな、その正義とやらは、本当に自分がそうしたいって思って貫いてるものなのか?」

少年は少女を睨みながら、吐き捨てた。少女は唖然とした表情を少年に向けている。
何を訊かれているのか分からない。そんな表情だった。

296波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:04:37 ID:TZA2pd2M0
「な、なにをおっしゃってるんですの? 当たり前ですの」
「―――いや、違うな。思ってないだろ。お前は、その言葉を口実に、拠り所にしてきただけだ。
 お前は、自分が風紀委員だから安心してただけじゃないのか? その大層な大義名分の中身を考えたことがあるか?」

ばつん、と学生服の第一ボタンが弾ける音。
コンクリートに三度跳ね、やがてボタンは波が押し寄せる石影に吸い込まれて消えていった。

「今までは、誰も否定してこなかっただろうがな。俺は違う……白井。正義ごっこはここまでだ」
「ごっこですって?」

鸚鵡返しのように訊くことしか出来ない自分を、少女は客観的に見ていた。理解が追いつかない。相手が何を言っているのかが、分からない。
ただ、このままではいけないと感じた事だけは確かだった。
だから、反論しなくては。否定しなくては。何かを守るために、失わないために。でも……その何かって、何?

「竜宮や船見はな、馬鹿だし甘いけど、確かに立派だった。あいつらは悩んで悩んで、それで決めた事だったからな。
 自分の正しいと思うことを、無理矢理にでも貫いてた。なるほどそれは確かに正義だよ。すごいと思うさ」
「だったら、なんで」
「だからだよ」

掴まれた胸倉から手を無理やり振り解き、少年は刃を突き刺す様に言った。
そう、それが正義だ。本来あるべき、人一人に備わる正義だ。


「白井、お前の正義は風紀委員<ジャッジメント>の借り物の正義じゃないか」


少女の腕に付けられた腕章をぐいと掴み、少年は少女の体を腕章ごと寄せた。
ずっと、ずっとそれが言いたかった。風紀委員としての正義を、剥ぎ取ってやりたかった。
そんな紛い物の為に桐山が死んだとは言わないまでも、いい加減うんざりしていた。
それを見せびらかす節操の無さも、それに依存して全て風紀委員と正義で話を終わらせてしまいそうなおこがましさも。

「挙句お前はそれほど自分の正義にこだわりがない。
 何故ならお前にとって正義とは、自分の信じるべきものではなく、皆が守るべきものだからだ」

少女の体から力が抜けるのが、腕章越しにも分かった。それでも少年は少女を倒れさせまいと腕章を握る手に力を込める。
何より許せなかったのは、そんなものに依存したまま、少女が光の道を見ていることだった。
絶望して諦めた自分から見て眩しすぎる道に、そんな紛い物を支えにして未練がましく縋る少女が、許せなかった。
風紀委員の正義は、この島では何の役にも立たない。
此処が学園都市ではなく法が機能していない以上は、そんなものに頼り、道を語る事は滑稽でしかないのだから。
その正義は、組織のものだ。皆が守る正義であって、自分が貫く正義ではない。
それをこの殺し合いに持ちだした時点で、最初から間違っていた。

「強くて、頼り甲斐があって、皆から正義扱いされる。それに、憧れて、何が、悪いん、ですの」

少女は荒れた息を飲み込みながら言った。吐いた言葉に対しては全くの見当違いの問いだったが、少年は答える。

「悪くはない。だけど、その正義は此処では何の役にも立たないぞ。
 今まではそれでも平気だっただろうな……お前は強いもんな。否定されるような絶望的な状況もなかったはずだ。
 いいよな、平和な世界はそれでも許されるんだから。きっと、自分を疑ったことなんてないんだろ?
 俺は弱い。でも、お前よりはちゃんと自分を見てるぜ。自分を知ってる。現実を知ってる」

酷い事を言っている自覚は少年にもあった。放って置く事だって出来たはずだった。
これがただの一方的な妬みと知っていたし、そんな事を一方的に突きつけている自分の性格の悪さに、無性に腹が立った。
そしてその捌け口を、目の前の消耗した少女に向けることしか知らない卑怯な自分を、心底軽蔑した。

297波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:04:58 ID:TZA2pd2M0
「なんで」少女が震える声で呟いた。「そこまで。貴方だって、碌なものじゃ、」
「そうだ。俺は最低だよ。でもお前だって似たようなもんだ」

少年は嗤った。とても同年代の女に見せるような笑みではなかった。

「逃げるなよ風紀委員<ジャッジメント>。落とすなよ、全部飲み込め。そして、認めろ。お前の正義は空っぽだ。
 認めて、そこに立て。そうして初めて、同じ土台から見渡せる」
「空っぽなんかでは……ないですの」

青褪めた表情のまま辛うじて呟かれた虚勢に、少年は乾いた笑みを零した。

「そうかい。ま、別に認めずにいるならそれもいいと思うよ。
 だけどな、教えてくれ」

それでも、刃を止めない。喉元を引き裂いて、胸を抉って、腹を捌いて、髄を砕いて背まで突き抜ける。




「―――――――――――そんな中身のない空っぽの正義で、一体何が救えるんだ?」




決定打だった。腕章ごと少女を突き放し、少年は後悔に顔を歪める。
地面に倒れこむ少女を冷静に見ながら、最低だ、と思った。
ただ、同時に安心する自分も居たのも確かだった。これで、少女を守る下らない偽物は無くなった。自分と同じ景色を見れるはずだ、と。
そうすればあんなことにも、もうならずに済む。心をさほど傷めず、現実を直視できるはずだ、と。
そこまで考えて、少年は自嘲した。自分勝手なのはどっちだ。
何の事はない。ただ、自分が正しいのだと、間違っていたいのだと、思いたかっただけじゃないか。


「中身のない正義で、結構ですの」


……だから、その一言が本当に埒外だった。吹っ切れた様な表情で、少女は少年を睨む。
今度は、少年がたじろぐ番だった。何でだ、と思わず口をついて出る言葉。

「わからねぇな。どうしてそこまで、その偽物に縋る?
 今更止まれないからか? その正義が間違ってる事くらい、猿でも分かるだろ? 俺が剥ぎ取っても、なんでまだ認めない!?」

諸手を前に突き出して、少年は叫んだ。少女は起き上がり、尻についた砂を手で払っている。

「私が、私だからですの」
「――は?」
「私が、風紀委員<ジャッジメント>だからですの」
馬鹿か、こいつ? 少年は思った。それを今否定したばかりじゃないか。
「……何かの冗談か?」
少年は質した。
「いいえ」
少女が答える。即答だった。
「馬鹿げてる!!」
少年が声を裏返して叫んだ。

「いつか、きっと後悔するぞ!?
 お前にとっての正義がずっと“せいぎ”でしかない以上、必ず歪む! このゲームは、そういうもんだ!
 それでも自分を捨てないっていうのか、お前は。これだけ剥いでもまだ“白井黒子”を続けるつもりなのかよ?
 何でだ? 辛いだけだろ、またさっきみたいになっちまうだけだろ!?
 捨てる事はそんなに悪い事かよ? 俺が間違ってるってのか? そうまでして苦しんで、何があるんだよ!?
 お前だってもう何も無いだろ、違うか!? なのに何で諦めない? 俺とお前の、何が違うんだ!!?」

否定するつもりが、刺すつもりが、壊すつもりが、自分が必死になって説得していた。
少年は舌を打った。何時の間にか少女のペースに持っていかれてしまっている。
何故だ。少年は思う。どうして、ここまで、違う。自分は、ただ、ただ……。

298波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:06:14 ID:TZA2pd2M0
「違わないですの。私も無力でしたし、何も無いかもしれませんの。
 ……ただそれでも、私は、止まりません。諦めません。逃げて、悩んで、結局いつもいつも駄目な結果で。
 絶望しても、あの時こうしてればとか、私は色んな事を後悔し続けておきます。
 確かに現実は非情ですけれど、まだ私達は生きてるんですもの。全部放り投げて諦めるのは……まだ早いんじゃないですの?」

少女が言った。それでも辛く険しい道を、自分は歩き続けるのだと。
少年は項を垂れて、肩を竦める。理解が出来ない。

「……そうまで言い切れるのは、借り物の風紀委員と、偽物の正義があるからか?」
少年が尋ねた。
「それを本物にする為にも、ここで諦める訳にはいきませんもの」
少女は答える。
「逃げてるだけだ、それは。本物になんかなるはずがない!」
「こうやって不器用に生きる事が、私の生き方ですの。
 それに、それを決めるのは貴方でなく私です」
「詭弁だ!」

少年が叫んだ。あまりに屁理屈がすぎる。楽観的的思考に、希望的観測。役満だ。話にならない。

「何とでも言ってくださいな。私は譲りませんから」
「……。……呆れたぜ。甘いな、本当に。おまけに馬鹿だ」
「馬鹿は余計ですの」
「正気、なんだよな?」
「勿論」

言葉が止まること約10秒。堪え切れず、少年は吹き出した。ここまでくると笑わずにはいられなかった。
これ以上は無駄だ。そう悟るまでもう時間は要らなかった。理屈ではないのだ、きっと。
目の前の少女のきょとんとした表情を見ながら、少年は小さく為息を吐く。

「……分かったよ、もういい。そうだな。それがお前だったな」
目尻に浮かんだ涙を拭きつつ、少年は続けた。今度は、その表情から笑いが消えている。
「でも俺は、俺の生き方を変えるつもりはない。お前の生き方がそうだってんなら、俺の生き方はこうだ。
 認めないぜ、そんな考え。俺はあくまで現実を見続ける。
 だからいつか、またすれ違う。絶対にな。……その時はどうするつもりだ?」

少年の問いに少女は顎に指を当て暫く考えていたが、やがてうんと頷いて人差し指を立てた。

「その時は、また喧嘩をすればよろしいのでは?」

少女の答えに、少年は顔を曇らせる。

「喧嘩すら間に合わない時だってある。遅いんだ、そうなってからじゃ」
「そうならない様にするのが、風紀委員<ジャッジメント>の務めですの」
「ったく、参ったぜ。とんだ我儘なお姫様だ。いいぜ、やってみろよ。そして絶望しろ。きっとその先は諦めしかないんだ。
 でも……」
そう言うと少年は小さく息を吸った。そして、悲しそうに笑って続ける。



「見せてくれないか? あの日あの時あの場所で、俺が理想を諦めてなかったら、信じられていたら、どうなってたのかを」

299波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:06:32 ID:TZA2pd2M0
きっと、それでも待っているのは、真っ黒な未来だ。理想なんてものは叶わない。やっぱり、夢は夢で理想は理想。
黙っていてもゲームは進み続けるし、死人は出る。
これ以上死者を認めないとほざくのは簡単だ。言うが易し、行うが難し。
否が応でも誰かが死んで、誰かが壊れて、誰かが嗤って、誰かが喪って、誰かが涙を流す。
綺麗事なんてものは、直ぐに現実に潰される。
それでも少女の願いを尊いと思うのは、少女の愚直さを羨んでしまうのは、きっと、その理想の行き着く未来を見てみたいから。
自分にはもう信じる事は出来ないけれど、少女にも同じ様に諦めて楽になって欲しかったけれど。
自分は間違ってなかったんだと納得したかったけれど。それでもどこかでその理想を、自分の過去を守りたかったから。
過去を殺す事は出来ても、否定する事なんか、誰にも出来ない。

「ええ。きっと」

少女の笑顔に、少年は口を歪めた。
未だに七原秋也を捨てられない未練が、何処かで燻っている事実には、最早笑うしかなかった。

「……だけど多分、それを貫いたらお前は壊れちまう」

血が流れているのを確かめる様に、自分の手を握る。汗で滲んで生温い。
腰に下がった獲物を手に取る。グリップのひんやりとした温度と、ずっしりとした感触が、掌から伝わってきた。
少年はそれを目の前の少女に構えた。紛れもない。これは、いのちを奪う道具なのだ。

「でも、安心しろ。そうなったら、俺がお前を殺してやる」

少年は言って、バン、と銃を打つ真似をする。暗い未来の予感を、撃ち砕き払拭する様に。

「責任持って、殺してやる。だからそれまでは―――死ぬな」

少女は眉を下げたまま、微笑む。希望が砕けるその時まで、その決意はきっと、揺るがない。

「ええ。約束ですの」

太陽に焼かれて落ちる蝋の翼と知っていながら、それでも飛ぶ事は、少なくとも悪とは呼ばない筈だ。

300波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:07:54 ID:TZA2pd2M0
いざ別れの時となると、やはり辛いものがあった。
灰色のコンクリートで作られた浜の先に、二人は立ち尽くしていた。二体の遺体が、そのすぐ側に横たえられている。

水葬にしようと提案したのは、少女だった。
土に埋めるのは何か妙な罪悪感があったし、そのうえ辺りはアスファルトの地面ばかりだった。
唯一、研究所の入り口周辺は原っぱが広がっていたが、そこを掘る気力は彼等には残っていなかった。
火葬などは論外だった。死体とは言え、焼いてしまうのは何か再び殺してしまう様な気がしたし、煙で自分達を居場所をマーダーに教えかねない。
故に水に目を向けるのは半ば必然で消去法にも近かったが、幸い近くに海もあった。
水葬が良い。少女がそう呟くまでさして時間はかからなかった。
水葬なら、彼女達を綺麗な姿のまま葬る事が出来る。
そうと決まれば準備は直ぐだった。
少女達は彼女等を沈める為の重りを研究所から持ち出し、そして原っぱに生えていた幾分かの白い花を摘んだ。
「マーガレット」少女は言った。
「ふぅん」少年はさして興味がなさそうに相槌を打つ。

そして、岬に彼女達を運んだ。別れの準備は拍子抜けするくらいに直ぐに整った。
少しだけ跪いて、少女は祈りを捧げる。
いざ何を祈るか考えると、ありきたりな言葉ばかりしか出てこなくて、胸の奥が何やらきりきりと痛んだ。

「そういえば、これ」
ふと少年が思い出した様に言って、二つ折りの小さな紙切れを投げる。
「走り書きだけど、多分、船見だ。後丁寧に研究所の入り口に置いてあったよ」

胸ポケットから煙草を取り出しながら、少年はぶっきらぼうに言った。
少女はひらひらと舞うそれを受け取り、開くべきか開かざるべきかを己に問うた。
知ることが、少しだけ怖かった。それでも少女は躊躇を飲み込むようにかぶりを振ると、その羊皮紙の紙切れを開いた。



――――――あと、任せたから。



書いてあったのは、それだけだった。
中学生の女の子らしい小さな丸文字で、掠れた黒いインクで、たった、それだけ。
ああ、と少女は観念した様に項を垂れた。

……かなわいませんわね、本当に。

腹の底から唸る様に少女は泣き崩れ、震える手でその紙切れをくしゃりと握る。ぽたぽたと零れる涙に、黒いインクが滲んでゆく。
嗚咽を漏らしながら、少女はアスファルトに爪を立てた。がりがりと、綺麗な爪が割れてゆく。
たかだか九文字のそのメッセージは、しかしあまりに強くて、優しくて、眩しくて。
とても今の自分では、敵わない。
彼女は、死を享受してまで自分達を助けたのだ。未来を託すために、守りたいものを守るために。
自分の命と私達の未来を天秤にかけて、彼女の腕は未来を、理想を選んだ。
そして彼女自身と、未来と、皆を、信じた。最期まで信じきったのだ。自分達が彼女の死を乗り越えて、理想を繋いでゆく事を。
想いのカケラを、結んでゆく事を。そうでなければ、任せて逝けるもんか。
……あんな、満足した笑顔で。

「任され、ましたの」

生温い雨の中、ぼそりと呟く。湿った海風と、ざぁざぁと波打つ潮に攫われて、その言葉は中空に溶けてゆく。

「なぁ、悪いけどそろそろ」

竜宮レナの骸を背負った少年が、少女の肩を叩く。
言葉の続きは決して紡がれる事はなかったが、それが別れを意味している事くらいは、少女にも理解出来た。
ええ、と呟き、ついでに少年の煙草を奪い取りながら少女は立ち上がる。
いつまでも泣いてばかりではいられないのだ。
立ち上がって前を向いて進まなければ、道は愚か、未来だって見えやしない。
止まるものか。挫けるもんか。確りと、未来を任されてやらなければならないのだから。
少女は少し歩いて横たわる船見結衣の前で膝を折り、足と肩に手を回す。傷付ける事が決してないように、優しく。

「ありがとう」

少女がぽつりと呟いた。

「守ってくれて、ありがとう。救ってくれて、ありがとう。生かしてくれて、ありがとう、ございます」

決して届かぬ謝辞と共に彼女を抱き、ゆっくりと立ち上がる。本当に、幾ら感謝しても足りないくらいだ。

そして、顔を上げて目の前を見て――――――息が、止まった。

301波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:08:10 ID:TZA2pd2M0
心臓が、とくんと跳ねる音。
海が広がっていた。風が吹いていた。夜が空を覆いだしていた。雲が流れていた。波が押し寄せていた。
闇が、降りてくる。太陽が彼方に沈む瞬間だった。
地平線の向こう、空と海の狭間から、細く、それでいて力強く一筋の光が差している。
それは、死にゆく太陽の最後の欠片だった。きらきらと輝いて、さざなみを一直線に儚く金色に染めていた。
まるでそれは、彼方に誘う天の階段。空へと昇る道。彼女達の為に世界が用意したとしか思えない、天の悪戯。
頬を、生温い雫が伝う。我慢しようにも、とめどなく溢れ出た。

「あいつらも、これで少しは浮かばれりゃいいけどな」

後ろで呟く少年へ少女は少しだけ辛そうに笑って、彼方に続く金色の道に寝かせるように、彼女を波に優しく預ける。
掌の傷が、潮水にいたく染みた。



「―――さようなら」



呟かれた言葉は、誰の耳にも届かない。
死人に聴覚などないし、期待など元より無かった。少年に聞かせようと思ったわけでもない。
それは誰の為でもない。自分が彼女達と別れる為の言葉だった。
想いを断ち切り、喪う事を本当の意味で受け止める為の、決意の印。
隣の少年はそれを尻目に、担ぎ上げた骸を海に晒す。
屍達は、海に浮かばない。手を離せば、きっと重力に従うように落ちてゆく。墜ちてゆく。
白い肌が、濡れていく。透き通った青に、染まってゆく。
しかし少女は躊躇しなかった。覚悟を決めるように息を一つだけ吸って、ゆっくりと手を離す。
華奢な足が沈んで、白い指が沈んで、控えめな胸が沈んで、端正な顔が沈んでゆく。
穏やかな波紋を水面に残して、彼女達の輪郭が消えてゆく。紫色の髪が水にゆらゆらと靡いて、金色に吸い込まれてゆく。
夕日と夜、橙と紫。寄せては返す細波の音。波に黄昏、海に夢。
生と死の境の向こう側に、笑顔が溺れて、溶けてゆく。血が滲んで、消えてゆく。
生きた証も、なにもかも。

夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ。
闇に溺れ煉獄に足を運んだ何処かの人間と、同じ景色を見て、同じ想いをして、同じ幻に出会って、じぶんをしんじて。
それでも少女等は悪魔と同じ道を辿らなかった。道を違えれば叱ってくれる、支え合う仲間がいたから。一人じゃなかったから。
それだけの違いが、なんて、大きい。

ほどなくして、太陽が沈んだ。
波に映る金が糸のように細くなり、やがて耐え切れず千切れていった。
地平線が、藍色に染まる。海は暗闇のように深い黒に塗り潰され、底は見えない。
彼女達は、疾うに視界から消えてしまっていた。
目を閉じても、もうそこに都合の良い幻は映らない。彼女達の体と一緒に、きっとあの夢物語は海に飲まれてしまったのだ。
しかしきっとこれでよかったのだ。
少女は最後に、打ち寄せる白波に細やかな花束を放る。白い花びらが、泡と一緒に海に弾けた。
そして何かを納得する様に頷いて、立ち上がる。
立ち上がらなければ、泡沫の様に弾けてしまった小さな命達も、きっと報われない。

無駄になんか、なるものか。するものか。

その決意は、夜の海を照らす灯台の様に。街を彷徨い向かう方角を忘れたあの時に見た、輝かしい“せいぎ”の様に。
誰かを喪って、何かを失って、信じるものもわからぬまま、決意も定まらぬまま。
ただがむしゃらに走って、戦って、泣いて、血を流して、想い出も希望もいのちも、何もかもを犠牲にして。
それでも彼等は進んでゆく。
心に空いた穴を埋め合って、今にも消えそうな灯火を重ねあって、傷を舐め合って、二つの心を寄せ合って。

斬るべきを忘れ、いつかは砕ける折れ曲がった正義の直剣を振るいながら。

醜く足掻いて、生きてゆく。


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