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UnHoly Grail War―電脳世界大戦―Part2

145 ◆T9Gw6qZZpg:2024/01/09(火) 06:23:30 ID:9OIw6V/M0
投下します。

146ガールズ・イン・ザ・フロンティア ◆T9Gw6qZZpg:2024/01/09(火) 06:27:27 ID:9OIw6V/M0
.



――20XX年某月某日、人理継続保障機関フィニス・カルデア内、医療室にて――

 『千夜一夜物語』。よければ感想を聞かせてくれるかな。

 無謀……だと感じました。
 多くの女性が殺されているという前提がありながら、凶王の改心に期待するというのは分の悪い賭けです。
 生物の原則として自身の命を最優先に考えるならば、逃げるのが合理的です。

 ……かもしれないね。
 でも――人間の善性とはそういうものなんじゃないかな。
 特別な力を持たず特別な生まれでもない、そんな“普通の人”でも、自分以外の誰かのために立ち上がる事ができる。だからこそ人類という種は、今日まで生き続けてきたんだろう。
 ボクはそれを好ましく思うんだ。そして――いつかマシュも同じように感じてくれたら嬉しいな。







 どこかで気持ちが浮き足立っていたか、もしくは希望的観測に縋りたかったのかもしれないと、ちとせは己を顧みた。
 着回しができるくらいの背格好であるキャスターに手持ちの衣類一式を貸し出して、久々の二人揃っての外出。クリスマス特有の賑やかな街のムードを眺めながら、名もなき人々の成す空間に溶け込みながら。コンビニで買ったカップ入りのホットコーヒーを手に勤しむ、軒下での会話。
 この構図自体が、一時の気分転換の意図も含んでのことであることは、お互いに理解しているつもりだった。それでも、ちとせの憂鬱の元凶である人物への楽観視まではするべきでなかったか。

「『両面宿儺』との和解は不可能。その前提で考えるべきです」

 ぴしゃりと、キャスターは言い切った。
 その雄弁な、しかし冷徹に諌めるようでもある声が、キャスターの断固とした態度を物語っていた。

「…………うん、まあ、私も全然期待できそうにはないなあとは思ったけど、本当にゼロなんだね」
「はい。万に一つの可能性もありません」

 『黒の陣営』の会合を終えてから暫くの後、既に目星をつけていた人物との接触というキャスターの提案に乗り、街へ出ている最中の会話だ。
 アイドルとしての黒埼ちとせのプロデュース方針である、高潔に高貴に大衆を従わせる魔の女王……というキャラ付けとは、根本的に別物。人の理の外側に在る者であると、只人のちとせですらその身で確信せざるを得なかった、本物の邪悪。
 プリテンダーのサーヴァント、両面宿儺。
 彼がちとせ達にとって協調的な働きに終始することは、どの程度期待できるものだろうか。そんな問いかけへのキャスターの返答が、断絶の確信だった。

147ガールズ・イン・ザ・フロンティア ◆T9Gw6qZZpg:2024/01/09(火) 06:29:38 ID:9OIw6V/M0

「あれは、正真正銘の凶王です」

 怒りや癇癪で民を殺す。気慰みか気紛れでも殺す。特に理由が無くとも殺す。
 言葉が通じるのは、ただの戯れのため。意思を尊重し合うことはできない。己以外の命の重みを慈しまず、そのことを恥じる気も無い。
 根本的に、我々とは別の生き物。恐るべき呪いが、人の形を成しているだけ。 

「すごく実感の籠った言い方。一回会っただけなのに……それってやっぱり、生きてた頃の王様が同じだったから?」

 英霊シェヘラザードのルーツとされる説話集『千夜一夜物語』については、ちとせも幼心には知っていて、キャスターとの出会いを機に改めて触れていた。
 シェヘラザードが登場するのは、語り部自身が主役となる物語だ。
 
「ええ、まあ……察しはつくのですね」
「なんとなくね」

 最愛の妻の不貞行為を目の当たりにし、怒りにより発狂したシャフリアール王は、妻を処して尚尽きぬ憎悪に突き動かされるように、国中の処女を一人また一人と招いては殺し続けていた。
 シャフリアール王の凶行に立ち向かうため、シェヘラザードは自ら王の殿へと飛び込み、夜話を毎晩聞かせることで虐殺を食い止めようとした。
 最終的に、シャフリアール王はかつての良識を取り戻し、シェヘラザードと共に子をなし、幸せな家庭を築いたのだという。
 掻い摘んで述べれば、このようなめでたいハッピーエンドのお話であった。

「……王様って、改心したんじゃなかったっけ?」

 キャスターは、沈黙を続ける。その反応こそが、何よりの答えだった。
 伝承とは、後付けの創作の継ぎ接ぎが実態であることも珍しくないとはよく言われるが。もしシェヘラザードの逸話もまた、読後感の良さを求めた後年の編集者によって脚色されることになった、実態と異なるものだとしたら。
 シェヘラザードの生涯の、本当の末路とは。

「ごめんね。やっぱり言わなくていいや」
「痛み入ります」

 今はまだ、語るべき時ではない。
 キャスターがちとせに真相を打ち明けるための、気持ちの整理がつくのを待つだけのことだ。
 ともかく、今のちとせ達にとって重要なのは、両面宿儺の善性を期待してはならないという事実。その上での、彼への対処だ。
 ルール上、『黒の陣営』に所属する宿儺は、ちとせ達の敵ではない。ただし、彼の興味が陣営戦という構図の内側に留められている間に限り、だ。
 この大戦の盤面そのものをいつでも破壊し得る、それだけの自信を持つ宿儺を、いつまで御しきれるものだろうか。この懸念は、『黒の陣営』全員の共通認識といって差し支えないだろう。
 赤羽と名乗ったリーダーは、『黒の陣営』の勝利を保証するとは言ってくれたが。確実性は、既に揺るがされている。

148ガールズ・イン・ザ・フロンティア ◆T9Gw6qZZpg:2024/01/09(火) 06:31:10 ID:9OIw6V/M0

「そのくらい怖い王様が相手だから、今から会いに行く子にも、もしもの時には一緒に倒しましょうって話をするんだもんね」
「はい。あのアーチャーが聖杯の獲得に積極的であるか否かは不明ですが……ひとまずの共闘を持ちかけることには、意義があると考えます」

 宿儺への対抗手段を、早期のうちに確保しておく必要がある。『黒』以外の三つの陣営の力を、一時的に借りてでも。最悪の場合、宿儺の討伐に総出で臨むことも視野に入れながら、だ。
 宿儺の矛先が他の陣営だけに向けられたまま、何の不都合もなく聖杯戦争を完遂できる……なんて、容易く吹き飛ぶ可能性には賭けるわけにいかない。

「その子、何か光るものがあったの?」
「少なくとも、戦闘能力については不足ないかと思います。マスターと思しき女性と話している途中にワイバーンをけしかけてみましたが、彼らは撃退してみせました」
「あっ、奇襲したんだね……」
「ほんの小手調べです。本気で殺すつもりはありません。向こうとしても、修練の機会にはなったでしょう」

 予選期間中に行った偵察で、何組かの主従を捕捉することができていたという。
 本戦開始の時点で、既に殆どが脱落してしまったようだが。その後でも尚残された選択肢が、キャスターが『金色の少年』と評するアーチャーであった。

「これ以上の根拠となると……少し、説明に困ってしまうのですが」
「ふぅん……ま、いっか。ここはキャスターの判断を信じるよ」

 ちとせ達の敵は、他の三陣営と、そして宿儺。その前提を常に意識しつつ、立ち回らなければならない。

「それで、他の人達にも同じことを相談していって、ゆくゆくは対宿儺サークル大結成!」
「ええ」
「どうせ、そのうち解体しちゃうのにね」
「ご尤もです」

 一時的な共闘関係を、いつ反故にするかはわからない。
 たとえば、その者を切り捨てたところで、宿儺の打倒の成功率には影響しないと判断できた時。
 たとえば、宿儺に次ぐ脅威性を持つ故に、いっそ討ち死にしてくれた方が望ましいという邪魔者がいた時。
 たとえば、万が一にも予想外に早く宿儺と再会することになり、面従腹背を疑われたことへの釈明を余儀なくされた時。
 卑劣なやり方との誹りを受けようと、何より自分達の死だけは絶対に避けなければならない。そのためなら、時には礼儀も投げ捨てることになるか。

「必要とあれば、適度に間引く。そのように仕向ける。機を見て、流れを見て、私達の利になるように動く」
「全方位に裏切りの準備しながら、口では仲良しを謳うんだ」
「この方針が最も妥当であると、判断しましたから」

 『不夜城』に下り、『カルデア』と組み、『魔神柱』との同盟に立ち返る。地底を舞台にした特異点でかつてのキャスターが行った、二転三転の鞍替えと裏切り。
 それに近しいことを、この電脳の冬木でも再度行うまでのこと。必勝法には至れなかった手法であるが、今度こそ成功させてみせましょうとは、キャスターの弁だ。

149ガールズ・イン・ザ・フロンティア ◆T9Gw6qZZpg:2024/01/09(火) 06:32:09 ID:9OIw6V/M0

「……鳥と獣は仲直りしたけど、蝙蝠は仲間外れにされました」
「イソップ寓話ですね」
「正解。語り部さんが知らないわけないか」

 『千夜一夜物語』よりも更に前から語り継がれる古典の一節を、引き合いに出す。
 対立する二者のどちらにも愛想を振り撒いて保身に走る者は、最終的に双方から見捨てられて孤立する……という真っ当なメッセージの込められたエピソードだ。
 この話に則れば、ちとせに待っているのはバッドエンドのデッドエンドだが。

「鳥も獣もみんな喧嘩で死んじゃえば、もう怯えなくたって済むのかもね」
「せっかくです。祝宴で出るはずだったご馳走も独り占めしましょう」
「綺麗なお城に引っ越して、優雅な暮らしでも始めちゃう?」
「お天道様の下だって、堂々と羽ばたけますからね」
「あはっ。私達、良い子のみんなには聞かせられない話しちゃってる」

 みんなで力を合わせて、悪い王様をやっつけました。めでたしめでたし。その後、清く正しいお姫様は故郷に帰り、末永く幸せに暮らすこともなく、死にました。
 ……そんな終わり方など、ちとせは望んでいない。聖杯戦争を生き抜いた後も、人生は続くのだ。
 巨悪を打ち破る勇者の首元を噛み千切り、最後に生き残るのは『卑怯な蝙蝠』。無垢な子供の納得など得られるわけもない、悪辣な物語の始まりだ。
 黒埼ちとせはまだうら若い少女であり、しかし、不条理を割り切りその当事者になってしまえる程度には、成熟していた。御伽話(フェアリーテイル)じゃいられないと、開き直れてしまう程に。

「自分の足で歩けシンデレラ」
「え?」
「そんな歌があるなあって思い出しただけ。夢は他人に託すな、ってね」

 ガラスの靴で歩く新たな地平は、憔悴を強いる旅路となることだろう。何人ものお姫様達を踏みつけていく両足は、見るも無惨な真っ赤だろう。随分と酷なことを言うものだと、呆れてしまうが。
 悔しいくらいに、真理でもあった。謳歌を許される勝利者(シンデレラガール)の玉座は、極少数しか用意されていないのだ。

「……さむいね」

 手袋ごしに、隣に立つキャスターの手を握る。
 羽虫を叩くも同然に、ちとせを殺せる両面宿儺。奴を倒すために外部へ協力を求めることが既に陣営への謀反であると、或いは協力を求められたのに不本意に切り捨てられたと、ちとせを殺す理由を得ることになるだろう誰か。
 聖杯大戦という団体戦でありながら、実質的には孤軍での戦いとなるこの街で唯一、絶対に途切れない繋がりだと信じている同胞の手は、暖かかった。

「ちとせ。貴方は、利己的に在ることを是としました」
「そうだね、知ってる」
「……されど貴方にも、万人の幸福に思いを馳せる瞬間が確かに在った。この事実を、私は忘れません。誰に語り継ぐことも、許されないのだとしても」
「そっか……うん」

 キャスターの言葉は、所詮は共犯者同士の慰めでしかないとしても、心地よい響きに思えた。
 とっくに冷めたコーヒーの、最後の一口を飲み込む。吐息が白い寒空の下でも、身体は凍えていない。





150ガールズ・イン・ザ・フロンティア ◆T9Gw6qZZpg:2024/01/09(火) 06:34:42 ID:9OIw6V/M0



 両面宿儺が『黒の陣営』の面々の前に姿を顕し、己こそが絶対の覇者であると皆に知らしめたあの瞬間、キャスターは失意の底へと叩き落とされたような心境にあった。
 ああ、またか。
 私はまた、暴君の膝元に身を置いてしまったのか。
 些細な不手際一つで殺される可能性に、また怯え続けるのか。
 そんな絶望の再来を前にしながら、しかし、キャスターの心はへし折れなかった。
 言葉を失い、恐怖を堪えるように両拳をぎゅっと握りしめていたちとせの後姿を見た途端。ここで弱音など吐いている場合ではないと、無理矢理にでも己を奮わせることは叶ったから。

 ちとせは生を望んでいる。ただし、単に命を失わないだけでなく、充足感のある人生を歩むことまで含めての望みだ。
 両面宿儺という厄災が過ぎ去るのをただ俯いて待つだけになってしまえば、それは最早、隷属という形での魂の固定化。宿儺に、否、死への忌避感という永遠の呪いに苛まれ、生ける屍として余生を無為に終えることを意味する。
 希望の灯を源とするアイドルとしての、死も同然だ。
 ちとせが未来で紡ぐはずの華々しい物語を、黒墨に沈めてはならない。そのために彼女を支え、生命だけでなく自尊心も守らねばならない。
 正義のためには戦えない。己のためにも戦わない。ただ、貴方の未来のために戦うと決めたのではないか。
 籠城という基本方針に軌道修正をかけ、リスクを伴う外出という自発的な行動と。宿儺への反抗の下準備という、生存のためには無謀で非合理的でもありうる方針を提案するに至ったのは、そういう事情も含めてのことであった。

 キャスターは思案する。ちとせの安全な立場を、より確実なものとする方法を選ぶために。
 キャスターは交友する。ちとせのコンディションを心身共に良好に保つこともまた大切だから。
 キャスターは追想する。思い出したくもない大敵に立ち向かうには、彼自身の思想信条、素性に嗜好に所作の中の癖一つも把握しなければならない。
 果たすべき数多くの責務を背負い、それでも身一つでは到底届かぬ限界があることを嫌と言うほど理解しながら、キャスターは身勝手にも祈願する。
 ああどうか、これから邂逅する少年が、私達を都合よく守ってくれる、善良な者であってくれと。

 ……キャスターが何故、かの少年に強い興味を持ったのか、実は、キャスター自身にも判然としていない。
 美少年と呼べる紅顔に惹かれたのか。その瞳に宿るカリスマ性でも感じ取ったのか。或いは、『アガルタ』の地でキャスターの運命を変えた、あのケルトの王のことを思い出したからか。
 キャスターは、未だに知らない。もうすぐ対面しようとしている少年の、その素性を。
 金色の風格を纏う少年の真の名は、ガッシュ・ベル。
 民に慕われながら生涯を遂げた善なる魔王が、全ての命の抹消を目論む化物を絆の力で討ち果たした、幼き頃(リリィ)の姿。
 両面宿儺とは断じて相容れず、そしてきっと、黒埼ちとせともいつの日か決別するのだろう『優しい王様』との謁見まで、あと少し。



【??・??/一日目・午後】

【黒埼ちとせ@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]:健康(持病を除く)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:聖杯を手に入れて、長生きする
1:まずは仲間探し。いつか裏切るとしてもね

【キャスター(シェヘラザード)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:
[思考・状況]
基本方針:ちとせに聖杯を捧げる
1:金色の少年(ガッシュ・ベル)と接触する
2:両面宿儺への対抗手段を確保する

[備考]
※予選期間中、オルガマリー・アニムスフィア&アーチャー(ガッシュ・ベル)の存在を捕捉しました。
 使い魔(ワイバーン)との戦闘を行わせましたが、それ以外に取った行動の有無は、後続の書き手さんにお任せします。
※現在、アーチャー(ガッシュ・ベル)との接触が可能と思われる場所へ移動中です。
 具体的な場所は、後続の書き手さんにお任せします。

151名無しさん:2024/01/09(火) 06:35:46 ID:9OIw6V/M0
投下終了します。

152 ◆sYailYm.NA:2024/01/22(月) 01:50:44 ID:Q8bx2Zgs0
長らく音沙汰のない状態が続いてしまい申し訳ございません。
年末から多忙な状態が続いており執筆および作品へのレスポンスが出来ずにいたのですが、先の能登半島地震によって身辺環境に現在進行形で多大な影響が生じており、もうしばらく活動が出来ない状況が続いてしまう見込みでございます。
書き手の皆様、読者の皆様にはご迷惑をおかけしてしまいますが、今しばらく復帰までお待ちいただけますと大変幸いでございます。
また、私の留守中に投下していただいた方々にはこの場でお礼を申し上げます。感想はまだ書けておりませんがどれもしっかり読ませていただきました、ありがとうございました。
誠に勝手ながら今しばらくリアル優先とさせていただき、環境が整い次第また復帰させていただこうと思っております。連絡が遅れてしまいすみませんでした。

153 ◆sYailYm.NA:2024/04/04(木) 00:48:09 ID:Jktm1fXY0
>臨界ダイバー
向かうは五条悟、対するはかつての痣城剣八。間違いない対戦カードでありながらこの規格外二人の強さを凄絶なまでに書き切った手腕に脱帽です。
しかしこうして文章に起こされると、五条のやっていることはあまりにも無体を極めていますね……。鬼道を使った圧殺戦法を素の呪力操作だけで食い破ってくるの、普通に悪い冗談のたぐいとしか思えません。
その対決の結末が無下限呪術と雨露柘榴の相性という名簿を作った者冥利に尽きるそれに終わったこともまた企画主としてはとても嬉しい。
結果だけを見れば一方的に敗走させた形ですが、その五条をして反則と表現する痣城もまた凄まじい。冷静に、聖杯戦争で全主従の動向と上手くいけばサーヴァントの真名まで自動で特定できてしまうのは反則も良いところなんですよね……
そしてその痣城は当然ひなこの運命が此処に同じく迷い込んでいることも知っているわけで。打ち明けるにしろ伏せるにしろ波乱は必至の布石、お見事でした。


>方舟の救いと洪水の救い
孔富が真っ先にオモリのサーヴァント、新時代の歌姫ウタの存在を発見するというのはまさに意外な展開でしたね……!
ただ頭がいなくても八極道は八極道。極道を従えて既にいち勢力を築き上げている怪獣医(ドクター・モンスター)は伊達ではないと。
会合の内容が内容なので当然ですが、開口一番当たり前のように触れられるすっくんとメロンパンには同情を禁じ得ませんね。
ウタが彼らを止めたいと考えるのも頷ける話で、しかしマスターの二人は似て非なる存在、すぐに手を取り合うことはやはり不可能か。
ウタ→孔富に対する感情がクロスオーバーの美味しい所と言いますか、同じ救済を掲げる者同士捨て置けない部分があるのだろうなと感じ入ってしまった次第です。
ものの見事に愚患者達に囲まれてしまったアスクレピオスは災難と言う他ありませんが、そこで悲観ではなく治療に方向が向かう辺りは流石と言う他ない。此処の関係性が今後どう発展していくかもとても気になる所ですね……!


>ガールズ・イン・ザ・フロンティア
シェヘラザードのキャラ再現度というか理解度というかが文面から伝わって来て思わず膝を打ってしまいました。
率直な感想なのですが、ちとせとシェヘラザードのどこか小気味いいテンポで繰り広げられる会話がなんだか読んでいて落ち着くというか、主従同士の相性のよさを感じさせてくれて大変よろしいなと思いました。特にイソップ寓話の下りの会話が、まさにこの主従ならではのものでキャラの息遣いを感じられる素晴らしさだったように思います。
宿儺という凶王と隣接しまったことをシェヘラザードの生前のトラウマに重ね合わせる発想は陣営分けをした者としても冥利に尽きました。
すべてにおいてちとせのことを第一に考え、その将来のことさえ思考に入れるシェヘラザード。彼女がガッシュを見出した理由がアガルタの彼を彷彿とさせたから、という仄めかしがあったのもまた大変に心憎く、いつか決別するための同盟に向かう姿に無情さを感じましたね。


感想の方たいへん遅れてしまい申し訳ありません。
生活、体調の方もだいぶ安定して参りまして、ようやく趣味に打ち込める余裕が出来てきましたのでゆるりと企画の方を再始動していければと思っております。
ややもするとまた休止に入ってしまうかもしれませんが、何卒ご容赦いただけますと幸いでございます。

つきましては
有馬小次郎&アルターエゴ(黒い鳥)
天童アリス&プリテンダー(両面宿儺)
で予約させていただきます。あらかじめ延長申請もしておきます。

154 ◆yy7mpGr1KA:2024/04/14(日) 00:30:17 ID:TLaMXvmk0
◆sYailYm.NA氏
おかえりなさい。いろいろとお疲れ様です。
ご無理のない程度に、また氏の作品が目にできれば幸いです。


>期末テストに備えて/ロストワンの号哭
眞鍋先生、心底いい先生ではあるんだよな……だからこそ拗らせてワンヘッドにまでいっちゃったわけで
壊れた暖房にオーダーを入れたように、サーヴァントの攻撃意志というあからさまな伏せ札で牽制していくスタイル
時灘はどんな見る目をしてるんだろうな。悪意に染まった色眼鏡とかだろうか、あるいは星を眺める望遠鏡とか
>それはそうと――やはりあのセイバーは駄目だな
残当としか言えない評価に草。草生やしてる場合じゃないけど
そしてワンヘッドのギャンブラーの面を見せつつも良き教師の一面も発揮してるのもさすが
子供と同じものを見て、同じ目線で語って聞かせてくれるのマジ教師の鑑。瞼無しとは違っていろんなものから目を逸らす必要があるけど
プリキュアあらためプリンセスシリーズについて極道さんや忍者くらいに語れるんだろうな
人の命は死で終わるのか。物語的にもメタ的にもきつい問い。意味のある生、意味のある死ね
愛吏はそこに意味のある答えを出せていないけど、仕方ない。でも君より業の深いやつを眞鍋先生は相手してたと思うから、マジでかわいいもんだと思う。ハーフライフの神とか医者と同等のを相手してきた人だろうし。
ただ白の陣営がチームプレイできるかは眞鍋先生が災害にならないか、時灘がやらかさないかは重要な要素だから愛吏の影響は地味に大きい。がんばれ



>臨界ダイバー
メロンパン入れの件は私にも刺さる。でも今どきのJKだからじゃなくて古代文明の存在だから知らないというケイの方が旧いタイプのジェネレーションギャップだから傷は浅い
五条先生VS痣城、相手の手の内を見抜くことにおいて上位の二人の衝突。さすが手札の読み合いがハイレベルだ
完全詠唱であえて鬼道を撃てば詠唱破棄しないのかと問うたり、鬼道の大合唱したり、ちょうどこのころ呪術で宿儺が受肉して口と手を増やすのは強いぜ!ってやったのもあったりいいクロスバトル。やっぱり雨露柘榴が二面四臂のオマージュ元だったりするんだろうか
そして無限に触れてしまっての決着。更木の剣八しかり『最強』にはやっぱり敵わず……と
その最強に今度は自分がチャレンジャーだと言わせるのがいいですね。好き

>方舟の救いと洪水の救い
タイトルの対比がいいですね、箱舟に誘うウタと麻薬水(ヤクミズ)で押し流す孔富先生。一緒にされたノアはキレていい
あとウタも覚醒剤(キノコ)キメるタイプだから揃ってピオ先生に怒られると思う
羂索と宿儺のことが唯一蚊帳の外だった白にも伝わって、クーポンや電伝虫で世界が広がって、ロクでもない救済の気配がひしひしと……ウタと孔富先生、聖杯うんぬん関係ないところを目指してて呪術ボスの陰にいるけど陣営問わず迷惑なんだよな……
愚患者(イカれ)しかいなくて苦労するけどピオ先生には心底頑張ってほしい


>ガールズ・イン・ザ・フロンティア
宿儺とシャフリアール王を重ねるシェヘラさん。呪いの王とはいえ王特攻は刺さらなそうだが、トップクラスの暴君なのは違いない
初っ端から味方陣営から討伐を考えられてる宿儺はさすがの人望といえる
コウモリになることを決めたシンデレラと魔法使いは金色の王様のもとへ
恐らく電脳聖杯で唯一王特攻が効きそうだし、仮初の同盟にはいい相手かもね!いいわけねえだろいろんな意味でオルガの地雷原だぞお前
自作の主従が言及されてるといろいろ想像が膨らみますね、と先々を想定しつつ



月雪ミヤコ&アーチャー(エミヤオルタ)予約します

155 ◆sYailYm.NA:2024/04/18(木) 04:01:22 ID:exJQf8rQ0
投下します

156tartarus_0d01 ◆sYailYm.NA:2024/04/18(木) 04:02:21 ID:exJQf8rQ0


 男の話をしよう。その男はきっと、人類史に名を残せる天才だった。
 ことAI、仮想世界技術について研究した事のある人間の中には、彼を尊敬どころか神と仰ぐ者さえいる。
 十分な時間と資金があれば、彼は紛れもなく現代のアインシュタインになれる逸材だったと言って間違いない。
 有り余る才能と、そして自分の求める到達点を目指して弛まぬ努力と邁進を続けられる不撓不屈の精神力がそれを裏打ちしていた。

 ……過去形で表現しているのには理由がある。彼は既に失脚し、表舞台を追われた身だ。
 いや、そもそも彼の残滓はもうその生まれた世界には一欠片たりとも残っていない。

 神は所詮人だったのだ。誰が彼を何と呼ぼうが本質は何も変わらない、只の一人の人間でしかなかった。
 だからこそ彼は妻を娶り、子を成した。そして当然の帰結として、父親として果たすべき全ての仕事に失敗した。

 男は電脳世界、ゼロとイチの世界の中では造物主にも等しい稀代の才人だったかもしれないが、人の親としては全てにおいて落第だった。
 愛ではなく、理想を押し付ける。それにそぐわなければ叱責する。自分の勧めた道以外を歩こうとするならば許さない。子は親に報いるべく、親の偉大さに相応しい立派な大人に育つべきで、それ以外の腐った生き方など許されるべきではない。
 それが男の理想で。そして、決して叶うことのない夢想であった。

「……おとうさん?」

 傍らで囁いてくる声がある。憂いるように袖を引いて上目遣いで見上げてくる姿は、在りし日の娘そのものだ。
 神の家に生まれた凡人未満。この子は何を教えても三歩歩けば忘れてしまう、常人よりもネジが一つも二つも外れた少女であった。
 言わずもがなの話であるが、自分にも他人にも完璧を押し付け、理想から一寸でも外れた人間が自分の家庭の中に存在する事を許せない“天才”と彼女とでの相性は最悪だった。

 後の顛末は、今更語るのも無粋だろう。父の失敗は、巡り巡って世界を脅かす“呪い”になった。
 自立して思考し、その上で自己を並立化させる事を覚え、増殖し成長する史上最悪のAI。あるどうしようもなく愚かな男が、失敗を失敗のままに捨て置く事が出来なかった天才が、その失敗を取り返す為に作り上げ――そしてまたしても父となり損ね棄てた失敗作。そして、最大の成功作。
 それこそが“黒い鳥”。深海深くから触腕を伸ばして願いという願いを吸い上げ、暴食し、この恐ろしくも悍ましい聖杯戦争を成立させるに至った残骸達の謂わばアーキタイプとなった存在である。

「そんな顔をするな。お前は、何も不安に思う必要はない」

 赤羽士郎など偽りの名。
 全ての枝葉において事象の収束点、“幹”となったあの丘に集った四人の家族を束ねて立った――現実での失敗を架空の家族に転嫁する過程上で生み出した弱者のペルソナでしかない。
 男の名前は有馬小次郎。そして彼は、そのルーツから永遠に逃れる事など出来ないのだ。
 
 “黒い鳥”の氾濫、そして反乱によって世界は星界に呑まれた。
 ……いや、そもそも始まりからして星界だったのかもしれないが。その真偽は今や造物主である彼すら知る術はない。

 それでもだ。神は自分の犯した過ちに、他の誰でもない自らの命を用いる事で責任を取った。
 自作自演のマッチポンプと言われてしまえば返す言葉はない。だがどうあれ、男は世界を救った。始まりが自分の過ちだったとしても、彼が世界の為に命を捧げて“黒い鳥”を祓った事に偽りはない。
 物語は、其処で完結する筈だった。だが、そうはならなかった。彼を許さない者達がまだ残っていた。彼の所業。理想へ近付く為、そして理想を葬る為に重ねた実験と錯誤の副産物。
 生まれては死に生まれては死にを繰り返した、世界の深淵。無限の死、無限の絶望を世界が滅ぶまで繰り返すしかない星の数ほどの仮想生命。
 AI達の無念、そして恩讐。この聖杯戦争の真実とは、そんな仮想の命達による“復讐”である。
 廃棄孔からせり上がってきた悪念の泥に呑み込まれた神は、死を以ってしても濯げない罪と再び向き合う事を余儀なくされていた。
 彼がその結果として選ぶのが贖罪であるか、それとも過去の再生であるのかは別として。

「私が、必ずお前を救う。今度こそ、私は……」

 心の中で黒い鳥が嘲笑っている。また、お前は娘を殺すのか。
 黙れ。振り払っても振り払っても、その幻像が消える事はない。
 有馬家の再生は小次郎にとって至上命題だ。他の何を置いてもそれに優先される事情は存在しない。

157tartarus_0d01 ◆sYailYm.NA:2024/04/18(木) 04:03:13 ID:exJQf8rQ0

 ――だがそれは、今目の前にいる娘を再殺するという事に他ならないのも事実だった。黒い鳥の中枢に在った『アヤ』と『有馬綾』は限りなく同一に近い存在だが、しかし決してイコールにはなり得ない。
 AIはAI。再現は、再現。オリジナルに限りなく近いコピーを作り出す事は出来ても、既に失われたオリジナルそのものを再現するなんて芸当はそれこそ、奇跡にでも縋らない限りは不可能なのだから。
 
 目を背ける理由は、直視すれば足を止める事になると分かっているからだ。
 自分は進み続けなければならない。偽りの救世主、英雄の顔をした道化。神と呼ばれた凡人。ならばせめてそのペルソナは被り続けよう。
 愚かな有馬小次郎としてではなく、星界の造物主たる家長……赤羽士郎として。

「――来たか」

 哀れがましい色を宿していた筈の眼球が、唐突にその色を変えた。
 星界円卓にマスター反応あり。この剣呑極まりない魔力の波長は、一人しか考えられなかった。

 少女二人ならば何という事はない。白兎は警戒を必要とするが、それならそれで交渉の余地もある。
 だがこの来訪者だけは白の陣営を統括する長であり、そして星界の真実とその理に最も親しんでいる小次郎をしても最悪と呼んでいい不確定要素だった。
 
「お前は此処で待っていろ、綾」

 彼は、この世に産み落とされてしまった呪いという点で“黒い鳥”と同じだ。
 ルーツ故に根底にある種の純粋さを隠す“黒い鳥”よりも、性質で言うならば数段以上に凶悪。何しろ其処には悪意がある。誰かの願いが生んだAIではなく、天の気まぐれのように産声をあげた生粋の呪いである彼は、赤羽士郎にとっても他のマスター達と同様に御し切れない獣であった。
 矛としてはこの上ないが、気分機嫌の一つで平気な顔をして後ろを振り向き死を振り撒いて来るその在り方はまさに凶王。

 ――呪いの王・両面宿儺。それこそが、星界円卓へ現れた客人の正体である。

 意思決定の全てが自分の快不快に依る宿儺の中では、聖杯大戦という形式さえある種の茶番のような物と認識されているだろう事は想像に難くない。
 よって彼はそうしたいと思ったならば、当然のような顔をしてリーダーである小次郎にも牙を剥くだろう。
 だが此処で接触を拒否する、もとい誘いを断れば、彼の腹いせは十中八九次に円卓へやって来たマスターに向けられる。
 怪物の気分次第でせっかく整えた盤面を掻き回されては堪ったものではない。だからこそ此処で、小次郎は腹を括る必要があった。

(いざとなれば手はあるが……出鼻を挫かれては敵わん。此処は一つ、悪食家の眼鏡に適うように尽力するよりあるまい)

 “黒い鳥”が、綾とは別の像を一つ結ぶ。
 “黒い鳥”は単一の存在では最早ない。一つの菌糸が地中で根を張り広げて、最終的には巨峰一つにも匹敵するサイズの総体を成すように、この鳥もまた核を分散させる事で並立での存在を可能とする。
 生まれたのは白い仮面の影だった。ある少年が寵愛した、サスマタと呼ばれる形態(フォルム)だ。

 如何に同陣営の協力者とはいえ、自分の手の内を素直に晒して回るほど小次郎は愚かではない。
 先の会議においてもこのサスマタを表に立たせたのはその為だ。とはいえ、これが自分のサーヴァントであるというのも嘘ではない。真実はもっと莫大で茫洋としたものであるというだけ。

「宿儺は我々にとっても紛うことなき災厄だが、しかし同時にこれ以上ない格好の試金石でもある。無様だけは晒してくれるなよ」

 造物主の声に、サスマタは小さく頷いた。
 円卓へ消えていく父の背中を、偽りの娘は何処か心配そうに見つめているのだった。

 



158tartarus_0d01 ◆sYailYm.NA:2024/04/18(木) 04:04:02 ID:exJQf8rQ0



「来たな、臆病者め」
「随分な物言いだな。不躾な呼び出しに応じてやった礼が先ではないのか?」
「抜かせ。理想の皮を被らねば人前にも立てんような雑魚が、臆病者以外の何だというのだ」

 宿儺は組んだ足を円卓に載せ、クックッと笑っていた。
 彼の言葉は辛辣この上ないが、然し的を射ている。驚くべき事にこの凶王は、斯様に僅かな時間の接触だけで有馬小次郎の隠形を見抜いていた。『赤羽士郎』など単なるガワ、虚飾に過ぎないのだろうと彼は指摘しているのだ。
 その事に驚かなかったと言えば嘘になるが、小次郎の動揺を引き出すまでには至らなかった。
 考えるまでもなく当然の話だ。呪いの王などと呼ばれる男が、小手先の略式(マクロ)で被った皮に騙されるなどお笑い種以外の何物でもない。

「何とも耳が痛いが、自覚しているよ。私は君と違って多少繊細でな。他人にどう見られるかをちゃんと気にするんだ」

 言いながら小次郎もまた、変わらず『赤羽士郎』として席に着く。
 こうして一対一で対面してみると改めて感じる圧倒的なまでの凶気と殺気。もし一瞬でも気を逸らせばその瞬間に自分の胴体は千切れ飛ぶだろうと、理屈抜きにそう悟らせてくる恐ろしさがこの英霊にはあった。
 だが遜るつもりは生憎とない。白の陣営の長は他の誰でもないこの赤羽士郎であり、相手が誰であろうがそれが揺らぐ事はないのだと示せなければこの先の戦いはすぐさま立ち行かなくなるだろう。
 
 だからこそ“人間”は、“怪物”を臆さず見据えて続く言葉を放った。

「それに、私も君に言われたくはないな。お互い様だろう、“プリテンダー”。偽りの名を僭称する者よ」
「いい度胸だ。張りぼても必死に貫けば役者か」

 紛れもない挑発であったが、そのくらいでなければこの男とは相対出来ない。
 現に宿儺は多少興が乗ったとばかりに笑みを深め、小次郎の事を推し測るように見つめている。
 敬意を以って忠心を捧ぐ事で満足するのは神だけだ。生まれながらの呪いに興を捧ぐならば、寧ろ下手な好意は逆効果となる。

「用件を聞こう。時に、マスターの彼女は一緒ではないのかね?」
「あれは只の要石だ。この場に連れ立つ意味もない」
「そうか。君も大変だな、さしもの君もサーヴァントの軛からは逃れられないか」
「そうだな、不便なものだ。あれはあれで見所はあるがな、やはり飼い慣らされるなど俺の性には合わん」

 宿儺を召喚してしまった不運なマスター、天童アリスがこの場に同伴していないのは小次郎としても渋い展開だった。
 いざとなればアリスを誑かし、実質的に自分がこの悪魔の手綱を握る事も考えていた小次郎にとっては方策の一つが潰れた形になる。
 
 つくづく思う事だが、やはり両面宿儺というサーヴァントは戦力として見ればこれ以上ない恩寵である。
 彼の存在そのものが他陣営に対する最高の牽制となり、一度暴れ出せばその比ではないアドバンテージを稼ぐ事が出来よう。
 それに――不穏な動きを見せているあの白兎への対処札としても良好だ。其処だけ見れば、小次郎にとって宿儺の存在は好都合でさえある。
 だが今挙げた彼を抱えておく事の強み、その全てを無為にして化すに十分過ぎる欠点が一つ。

「ああ、そうだったな。用件、用件か。遠回しに伝えるのはこれまた性に合わん。よって率直に行くが」

 キンッ、と。そんな、軽い音がした。

 ……初見で反応出来たのは奇跡だったと、後に小次郎はこの時の事を振り返る。
 宿儺がわざわざ対面での面会を望んで来たという時点で予想出来た展開ではあるが、それでもだ。
 予備動作など微塵もなく、その口調以外に一切の予兆などない突然向けられた殺意に対し即応するのは並大抵の芸当ではない。

「言った通りだ。首輪を付けられるのは性に合わん」
「……だろうな。当たって欲しくない予想だったが、やはり君ならそうするか」
 
 宿儺は今、さも交渉でも始めるような口ぶりと共に本気の殺意を放っていた。
 比喩ではなく、現実の事象として凶器を飛ばしたのだ。彼の術式であり、そして最大の調理道具でもある不可視の刃。
 驚くべき事にこの悪魔は、自分の所属する陣営の同胞でありそれどころか王でもある男に対して、何の躊躇もなく刃をけしかけたのである。

「よく防いだ。呪力を用いた身体強化に似ているな。良いぞ、そうではなくては面白くない」

 宿儺の評は当たっている。小次郎は今、略式を用いて自身のステータスを瞬間強化する事によって宿儺の刃――“捌”を防いだのだ。

159tartarus_0d01 ◆sYailYm.NA:2024/04/18(木) 04:04:50 ID:exJQf8rQ0
 それでも流血は避けられなかったが、無策で受けていれば確実に胴体を寸断されていた事請け合いの威力をこの程度の被害に抑えられたのは言うまでもなく最上と言っていい成果だったろう。
 わざとらしく柏手を打ちながら、宿儺が更に術式を使う。今度は小手調べの単発などではなく、確実に小次郎の全身を断割するに足る無数だ。込めた呪力の程度もそれなりに大きい。同じ手は二度使わせぬという捕食者の諧謔がこれでもかと漏出した凶刃だった。

「巧く魅せれば見逃してやる。分かったら頑張れ、張りぼての王。俺の機嫌を此処で取らねば、お前の願いは打ち止めだぞ?」

 小次郎がそれに対し不服を表明するだけの時間は、言うまでもなく与えられない。
 降り注ぐ無数の殺意は、虚構の玉座に坐す造物主を肉片に変えるべく迸っていた。
 回避は間に合わない。身体強化などという小手先で防げる威力でも最早ない。であれば万事休すか。張りぼてなりに王を演じ、傑物を気取り、そうして熾天を目指す愚かな男の願いは此処で膾切りにされて終わるのか。

 ――答えは、“否”だ。それを高らかに吠え上げるように、次の瞬間円卓に吹き荒れたのは絶大なる爆風の一撃だった。

「“爆裂拳”」
「ほう――」

 赤羽士郎の略式であり、星界最強の火力の一つ。
 それこそが“爆裂拳”。管理者権限までもを投入して作り上げた、いざとなれば対“黒い鳥”の為の兵器にもなる予定だった爆裂の拳だ。
 宿儺の全身をも炎の内に巻き込みながら迸ったそれは、端的に言ってマスターが持っていていい火力の範疇を超えている。サーヴァントに匹敵するどころか、下手な手合いであれば一撃で屠り去るだろう。異界なれど元が星界(プラネット)であるのならば赤羽士郎は変わらず最強。その鉄拳は、呪いの王だとて弱しと笑える物ではない。

「これは驚いた。いつかの火山頭と比べても遜色ない……いや、瞬間の火力で言えば上回るか。ケヒヒッ、良いぞ、良いぞ。その調子で頑張ってみろ『赤羽士郎』。百ほど重ねればその拳、俺の心臓を射止めるやもしれんぞ?」

 だが――それでも相手は最強の術師。千年に渡り一度だけしか揺るがされる事のなかった頂に立つ者。
 爆裂拳の威力は確かに絶大だ。並の相手では文字通り鎧袖一触に蹴散らされるのがオチでも、その道理は宿儺には当然適用されない。
 現に宿儺は星界最強の一撃を至近距離で浴びる形になったにも関わらず、損害を多少衣服が焦げた程度に留めていた。御厨子の斬撃に勝るとも劣らない速度で繰り出されたにも関わらず、彼はその並外れた呪力操作技術と術式の破壊力に物を言わせて威力を相殺。後は先程小次郎がしたのと同じように、基礎的な身体強化のみで耐え抜いてみせたのである。
 
 だからこそ宿儺の笑みは崩れず、小次郎は呆れたような溜息を零すしかなかった。
 百ほど重ねれば、というのもあながち大袈裟ではない。
 それどころか形容としては控えめな部類だ。小次郎の脳内には、仮に言葉の通りに百発の爆裂拳を繰り出したとしても、その内一発が彼に届くかどうかだろうという身も蓋もない結論が算出されていた。
 
「悪いが、慎んで辞退させて貰おう。私はこれでもマスターでな。英霊の癇癪に付き合ってやる義理も、それが出来るだけの度量もない」
「ほう。では死ぬか?」
「話は最後まで聞くものだ。私は単に、こう言いたいだけだよ」

 だがそもそも、小次郎に宿儺に認められようという気などこれっぽっちもない。
 試練と呼ぶにも難易度が桁外れ過ぎる。賭けが成立すらしていない。そんな馬鹿げた勝負に本気になるほど、有馬小次郎は夢見がちな男ではなかった。

160tartarus_0d01 ◆sYailYm.NA:2024/04/18(木) 04:05:25 ID:exJQf8rQ0


「これは“聖杯戦争”だ。故に私も、その理に則らせて貰う」


 “捌”が再び轟く。
 無慈悲にして無情の刃が過つ事など決してない。
 だからこそ、宿儺はあらゆる術師から畏れられ崇められるのだ。
 
 絶対的最強。永遠不変の悪意。人の世の移ろいや一時の感情に左右される事なく、常に最上の殺意を導き出し続ける魔性。
 それは当然、生死善悪の悲願を超えて繰り広げられるこの聖杯戦争という営みにあっても変わる事はない。

 ――であるにも関わらず、その斬撃が黒き斬撃によって阻まれ、切断された。これは一体何の道理か?
 
「出番だ『イチ』。星界無双、あまねく枝葉の中でも最も剣呑なる殺意で星界に君臨した者」

 ……サーヴァント化した“黒い鳥”はAIを創造する。
 自らの霊核を分け与える事によって、単なるNPCの枠組みには収まらない戦力を作り上げる事が出来る。
 
 今此処で“黒い鳥”が吐き出した新たな端末は、彼らの物語に連なる仮想世界の枝葉の中でも限りなく最強に近い武力を持つ個体だった。
 造物主の息子という無二の立ち位置。当然のように丘へと集い、そして物語の中核となって活躍していく世界の“幹”。
 その中でも最も破滅的なパーソナリティーを有し、自滅の可能性をさえ秘めるものの、その分他の枝葉の彼とは比にならない力を持って君臨したとある枝の『イチ』。有馬太一郎。有馬小次郎の長男であり、彼に最も強く反発した存在。

 ――“星界無双”。

 黒い鳥の血肉によって再現された大剣聖が今、不遜にも新たな星界にて最強を騙る悪魔に対しその殺意を閃かせた。







 宿儺の顔に浮かんだ驚愕が喜悦の相に変わるまでに要した時間を換算するならば、およそ0.01秒と言った所であろうか。
 彼はこの瞬間に至るまで、赤羽士郎が従える“黒い鳥”の事を単なる呪霊の延長線上に存在する物として然程評価していなかった。
 だが其処は呪いの王と呼ばれる者。竜戦虎争を地で行く千年に渡る呪術の歴史の中で、依然揺るぎなく最強の座に君臨し続ける絶対不変の凶王だ。彼は現れた影と解き放たれた千もの剣が自分の身に降り掛かる今際の際、自分の認識が誤りだった事を改めた。

「ハ――何だ、存外に出来るではないか」

 呪力による身体強化を挟んでいなければ、宿儺でさえ致命傷は免れないと断じられる剣の波。
 それを自身の術式・『解』で切り裂き対処しながら跳んだ宿儺の顔には、最早侮りの色はない。
 完全な奇襲だったにも関わらず、押し寄せた剣々波を一振り残らず撃滅する偉業を平然と成し遂げながら、突撃して来た剣士に相対する。

 剣士の顔に色はなかった。色彩としてではなく、感情としての“色”だ。
 破滅、不吉、凶兆、そして死。そういったありとあらゆる負の観念を混ぜ合わせて貼り付けたようなその顔が、この電脳冬木市に召喚されてから今日に至るまでで一番の高揚を宿儺に与える。

 そしてその期待に応えるように振るわれる黒剣の冴えもまた、平然と呪いの王の期待を超えて来た。
 音にも迫る速度で振るわれる剣は爆発的と呼んでもいい勢いで殺到し、事もあろうに初撃から宿儺の頬に傷を負わせる。
 流れ落ちる流血の重みが理解出来ない者は、彼と同じ呪術の世界からやって来た者でなくとも皆無であったに違いない。

 それほどの速度。それほどの、殺意。虚勢や自棄でなく当然の事として、この剣士は己を屠り去ろうとしている。そう分かったからこそ宿儺の興はすぐさまに乗っていく。
 徒手で剣の側面を打って破壊しながら『捌』を放ち、剣士を達磨落としのようにぶつ切りにしようと目論む宿儺。
 それに対し剣士――『イチ』と呼ばれたその小柄なシルエットは、最初と同じく無数の剣を出現させて盾代わりに使う事で難を逃れた。

161tartarus_0d01 ◆sYailYm.NA:2024/04/18(木) 04:06:15 ID:exJQf8rQ0

 チャフと表現すれば語弊はあるものの、意味合いの大枠としては間違っていない。
 無数の囮(デコイ)を展開して致命の斬撃を無効化しつつ、自らの略式の純粋殺傷力で相殺する様はまさしく鏖殺の無双と呼ぶに相応しかった。

(万めの術式と似ているが……違うな。構築ではなく“複製”か? それも非常に高度だ。物質を完全に複製するその精度も然る事ながら、一度に千や萬の複製をも行う事が出来ると見える。
 術式としての面白みは知れているが、こうまで突き詰めて来るなら食い甲斐もあるな)

 
 剣々波(ワールズエンド)。
 物量を操る。


 宿儺の考察は当たっていた。イチの用いている略式は、小難しい条件を相手に押し付けて詰め将棋へ追い込むようなまどろっこしいものではない。その原理は言ってしまえばごくごく単純な物量操作による釣瓶撃ちであり、面白みもへったくれもありはしない。
 だが問題は、複製の個数である。イチは一度の複製で無尽蔵の物量を作り出す。これを刹那の内に行い、そして最強の戦闘センスと経験に裏打ちされた殺し技として打ち込んで来るのだから始末に負えない。
 元を辿れば最強のゲーム廃人。人生の全て、存在意義の全てを其処に打ち込んだ落伍者。されど全てが星界であるというのなら、彼はまさしく最強の求道者に他ならなかった。
 
 だからこその星界無双。
 呪いの王から興を引き出すに足る無骨な殺意の波、雨、霰が無限大の剣となって御厨子と真っ向相対していた。

(十種を抜くか――いや、未だ早い。それにこの下奴めとは相性が悪いな。出した端から八つに裂かれては割に合わん)

 理論上無限大の手数。星界の管理者たる“白血球”の関与する余地もないこの世界で、星界無双の略式はかつて以上の冴えを見せる。
 “黒い鳥”によって再現された事でサーヴァント級のスペックを得たのも追い風だ。限界と格の差から解き放たれた彼はまさに無双。その手繰る無限の物量は、プリテンダーとして現界した両面宿儺にさえ危機を与えるものだった。

 宿儺の器になっている呪術師・伏黒恵の術式である十種影法術は式神を駆使するものだ。
 手数も質も非常に強力であるが、イチの略式とは非常に相性が悪い。
 何しろ出した端から潰されるのだ。であれば宿儺は今後の戦いで使える筈の手札を秒刻みで失っていく事になり、仮にこの戦いに勝利出来たとしても得る物どころか失う物の方が遥かに多くなってしまう。だからこそ宿儺はプリテンダー霊基の強みである十種影法術を自ら封じ、縛った上で戦うのを余儀なくされていた。
 呪いの王が相性差という凡庸な問題に直面する。そしてその間にも、無双の剣は四方八方あらゆる方向から弑逆の為の波を造り続けている。
 予期せぬ苦戦。予期せぬ強者。二つの問題が王の君臨を妨げていく中、然し宿儺の表情に苦渋の色はなかった。

「想像以上だ赤羽士郎。褒めてやる、そして俺も貴様の奮戦に応えてやろう」

 宿儺が、式神を出さずに自ら前に出る。
 そして振るった拳を前に、星界無双が目を見開いた。

「どうした、無双とやら。よもや俺が殴りかかってくるとは想像しなかったか?」

 宿儺の呪力操作は神業だ。空をキャンバスに見立て、領域という絵を描ける程の怪物であれば当然、肉弾戦の冴えも常軌を逸する。
 信じ難い事に宿儺は今、徒手空拳で星界無双の剣戟と真っ向切って勝負を演じる快挙を成し遂げていた。
 星界無双の覇道の塵となった者達が見れば、きっと瞠目では済まないだろう。然し事実、宿儺は近接戦で無双に食い下がり、あまつさえその攻めを遅滞させて明らかな攻めあぐねの色を引き出している。
 
 無論の事であるが、それだけではない。
 極限の呪力操作で繊細かつ大胆に研ぎ澄ました拳で剣筋に合わせながら、宿儺はほぼ間断なく御厨子による“捌”を発していた。
 そして更に並行して対無生物用の“解”をばら撒き、必殺と迎撃を同時に成し遂げて無限の物量に対抗している。
 無尽蔵に湧き出る剣を全て斬殺するとなれば如何に宿儺でも無理難題だが、自分に迫って来る分以外を無視していいのならその限りではなかった。

162tartarus_0d01 ◆sYailYm.NA:2024/04/18(木) 04:06:45 ID:exJQf8rQ0

「自分が誰の前に立っているのかを自覚しろ。俺が上で、貴様が下だ」

 殺到する“捌”に、黒い剣が唸りをあげる。
 それもその筈。星界無双は圧倒的なまでに最強だったが、恐れられていた理由は只強いからというだけではない。
 
 彼は、いっそ笑えるほどに煽り耐性というものを持ち合わせていないのだ。
 本来なら一笑に付していい程の雑魚が少し悪評を叩いただけでも、無限の剣を従えてお礼参りにやって来る絶望的なまでの身近さ。
 たとえ再現体とはいえ、いや再現だからこそ、星界無双は宿儺の発するあらゆる嘲笑を許さない。
 宿儺の言葉が耳朶を叩いたと同時に目に見えて動きの精度が向上した。徒手を掻い潜って攻撃の片手間に“捌”を斬殺し、無双に楯突いた不遜な格下を滅する為に剣の雨を降らせていく。
 目視でも千本以上と分かる本数が、時速数百kmという超高速で迫って来る悪夢。それを余さず捌いていく宿儺も大概に冗談じみていたが、興の乗った呪いの王を相手に一歩も退かず切り込む星界無双の異質さがその荒唐無稽に狂犬の如く喰らいついていた。

「人形の分際で癪にでも障ったか? 当然詫びんぞ、撤回させたくば俺の首でも取ってみろ」

 宿儺の首筋に、応と答えるように剣閃が傷を作る。
 この悪魔が、負傷を許容する程の殺陣を実現させている事実は驚嘆に値するが、同時に其処までの相手と殺し合いながら未だに高揚の笑みを崩していない宿儺の異様さも戦況の苛烈化と共に際立っていく。
 
 千と三百から成る全方位刺突を切り抜けながら空に飛んだ宿儺が、斬撃を地に向け降り注がせる。
 星界無双はこれを一つ余さず自らの略式で以って斬殺。見下される事が許せないとばかりに同じ視点まで跳んで斬撃を放つ。
 宿儺もこれに応じた結果、足場もない空中で目にも留まらぬ秒間三桁の殺し合いが平然と繰り広げられる異次元が具現化する。
 本家本元の星界であればとっくに白血球が飛んで来て、強制中断とアカウントBANが科される事請け合いの戦闘だったが、妄念だけが作り上げるこの世界においては彼らの決闘を止めるモノは皆無だった。

 宿儺の拳が星界無双の腹を打ち据えて血を吐かせるが、それと同時に剣が彼の右足を肉塊に変える。墜落する宿儺へ落ちて来るのは断頭台、特段深く強く練り上げられた略式の剣だ。
 宿儺を唐竹割りにせんとするそれを、呪いの王は無数の斬撃を一点に束ねた攻防一体の刃によって防ぐ。切り刻まれた右足は既に反転術式での再生を終えており、それが迫る死からの高速離脱を可能とする。
 返す刀に放たれた“捌”が星界無双の進軍を強制的に停滞させ、その停滞を縫って彼のお株を奪う数百単位の斬撃が吹き荒れる――

 ……そんな神話級の殺し合いを、有馬小次郎は諦念と共に見つめていた。

(分かっていた事だが……怪物だな。これほどか、両面宿儺)

 諸刃の剣どころの騒ぎではない。宛ら柄にも刃のあしらわれた、握る事の叶わない妖刀だ。
 仮に天童アリスの略取が成功していたとしても、令呪の一つ二つでこれを御し切れる気はまるでしなかった。
 
 何しろ宿儺は単なる狂戦士ではないのだ。彼はそれだけで余人を圧する力を持っていながら、極めて高度に思考し最適な手を打って来る。
 生半可な首輪は逆にこちらの命運を手繰られる結果しか生まなかっただろうと小次郎は思う。
 それと同時に思ったのは、この悪魔の混ざった陣営が対抗手段を持つ自分のそれであった事は、きっと他のあらゆる陣営にとっても僥倖だったろうという事。
 
 場合によってはこの試練じみた強襲すら跳ね除けられずに挽き肉に変えられていたに違いない。
 そういう意味ではやはり、両面宿儺を陣営に交えてしまった自分はどちらかと言えば不運だったのだろうと思い至る。
 狂犬では番犬は務まらない。少なくとも有馬小次郎に、両面宿儺を飼い慣らす器はなかった。彼自身でさえその結論に至るしかなかった。

163tartarus_0d01 ◆sYailYm.NA:2024/04/18(木) 04:07:16 ID:exJQf8rQ0

「――『イチ』、もういい。下がれ」

 おもむろに発したその言葉に、星界無双の動きが微かに止まる。
 それでも戦闘を継続しようとする凶影に、小次郎は『赤羽士郎』ではなく『父』としての声音を重ねた。

「聞こえなかったか? 『太一郎』。下がれ――これ以上はお前の出る幕ではない。いい大人なら自分の身の丈を自覚しろ」

 再現体であろうと変わる事のない、父への嫌悪。
 枝ごとに多少の差はあれど、星界無双たるイチ……有馬小次郎の息子と彼の関係性はほぼほぼ不変だ。

 有馬小次郎は必ず父としての仕事に失敗する。
 長女を死なせ、その死を契機に長男は父に反目する。
 此処までが大枠だ。なればこそ、彼の小次郎を見つめる眼差しにともすれば宿儺に対し向けるよりも色濃い嫌悪と殺意が滲んでいるのも頷けた。
 
 小次郎としては、逆に安堵さえした。
 良かった――紛い物と分かっていても、自分の罪が生んだ歪みまでもを無かった事にしてはそれこそとんだデウス・エクス・マキナだ。小次郎は間違いなく父としては失格の部類であったが、その虚構に耽溺する事を良しとしないだけの誠実さは持ち合わせていた。
 それは或いは、“持ち合わせてしまっていた”と呼ぶべき不幸だったのかもしれないが……。


「……興醒めな真似を」
「悪いな。私も白の陣営の王として、此処で戦力を二つも潰す訳には行かない。イチが勝つにしろ君が勝つにしろ、生き残った側も只では済まないだろう。そうなっては私の損害が大きすぎる。故に君の不興を買う事は承知で切り上げさせた」
「フン。つくづく、何処までも無様な男だ。見世物としては上出来だが、オマエが俺を従えるというのは変わらず不服だな」
「私も君を従えるつもりはない。その狂気は私の手には完全に余るのでな。今回は君が仕掛けて来たから、已むなく私も剣を抜いたというだけだ」

 席へ座り直し、両の掌を組んで宿儺に再び相対する。
 見事なもので、戦闘が終了したと見るや否や円卓は自動で修復されていた。

「私が君に望む役目は嵐だ。災い、狂乱……呪い。君は変わらずあるがままに、この世界へ痕跡を刻む呪いの王であり続ければいい」
「それがオマエ達の勝利をさえ俎上に載せるとしてもか?」
「君がそう出るのならば、私共も相応の抵抗はする。私が魅せられるのは先のが精々だが、他の三者も黙って殺される程弱小ではないだろう。熾烈なる予選を勝ち抜いて上がって来たマスターとそのサーヴァントを、あまり嘗めない方がいい」
「言うものだ。本来なら刎頸に処す物言いだが――まあいい。味見にしては上々の気分だ。自分の幸運に感謝するといいぞ、道化」

 嵐をやり過ごした事をその物言いから理解し、小次郎は密かに胸を撫で下ろす。

 この場で宿儺が尚も食って掛かって来るようであれば、それは小次郎にとっても最悪だった。
 生き残ったからと言って只では済まないのは小次郎と、彼の飼う“黒い鳥”の方も同じなのだ。
 聖杯大戦という本分を放置して内輪揉めで戦力をすり減らしては元も子もない。必要最小限の消費で宿儺の空腹をある程度でも満たせたのなら、これ以上の僥倖はなかった。

「時に、天童君に会わせてはくれないか? あの様子ではあらぬ考えに走る可能性もないとは言えない。君は兎も角“白の陣営”には話し合うに足る人間が居ると示す事も肝要だと思うのだが」
「抜かせ、詐欺師め。オマエの腹芸は見え透いている」
「ふむ。残念だ」
「それに――既にその役目は間に合っているようだ。どちらにしろオマエの挟まる領分はないな、赤羽士郎」

 小次郎の脳裏に、とある美剣士の姿が浮かぶ。
 宿儺の跳梁に待ったを掛け、あの場限りの話とはいえ彼を引き下がらせたセイバーのサーヴァント。
 ……実際に矛を交えてみて改めて分かる。それがどれほど困難な芸当であるか、その重みが。

「花邑ひなこのセイバーか。君の眼鏡に適うとはよっぽどだな。だが、引き続き抑圧し続けられるのか? 君の要石を」

164tartarus_0d01 ◆sYailYm.NA:2024/04/18(木) 04:08:53 ID:exJQf8rQ0
「オマエに案じられる事ではない。それに、そうでなくても無用な心配だ。あの娘にそれほどの度胸はない」
「であればいいが。まあ――何かあれば、またいつでも気軽に円卓へ座るといい。出来れば次は、こういう荒事は勘弁願いたいがな」

 両面宿儺は最強の剣であり、同時に最悪の脅威でもある。
 戦況に応じて彼への対応の仕方は変える必要があるだろう。其処を見誤れば自分の命だけでは恐らく済まない。最悪の場合、白の陣営そのものが彼の癇癪で消し飛ぶ可能性さえ否定出来ない。

 天童アリス。そして、経緯はまったく不明だが彼女を庇う姿勢を見せた花邑ひなこのセイバー。
 この二人、もとい一人と一体の存在は宿儺を御する上で大きな意味を持つ。可能ならば早い内に接触、ないしは懐柔を測っておくのが賢明だろう。もし宿儺に割れれば今度こそ完全な決裂に至る可能性が否定出来ない為、慎重を要するのは間違いないが。

「そうだ、最後に聞くが」

 熟考を深める小次郎をよそに、宿儺は再び席に着く事なく踵を返した。
 円卓から退出だろう最後の一瞬、言い残した事があるのか宿儺は足を止める。


「俺も今は影を遣う身だがな。参考までに聞かせろ、影を侍らせて息子だ娘だと遣るのは――虚しくないのか? なぁ、硝子王冠の親猿よ」


 ……悪意と嘲弄の滲んだ言葉が、円卓にいつまでも反響していた。少なくとも有馬小次郎には、そう思えてならなかった。

 嵐の去った円卓で、理想の皮を被った愚者は表情から全ての色を消す。
 そして小さく動かした口から出た言葉は、王と呼ぶにはあまりに情けのない弱音だった。

「……黙れ。貴様に何が分かる、人類史の酔夢風情が」

 宿儺の残したその言葉に答えれば、自分はもう二度と戻れない形で破綻するという予感があった。
 その予感が、このまるで答えになっていない負け惜しみじみた悪態を引き出していた。


【黒の陣営・星界円卓/一日目・午後】

【赤羽士郎(有馬小次郎)@グッド・ナイト・ワールド】
[状態]:負傷(小)、おおむね健康
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:膨大
[思考・状況]
基本方針:有馬家の再生の為、願望器を手に入れる
1:両面宿儺。……厄介な災害だ
2:宿儺の利用と切り捨ては適宜判断したい
[備考]
※『プラネット』内部と同様に略式を使用可能です。

【アルターエゴ(“黒い鳥”/ナーサリー・ライム)@グッド・ナイト・ワールド】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:
[思考・状況]
基本方針:???
[備考]
※霊核を分散する事で、サーヴァントとしての力を持ったNPCを生成出来ます。
 現在生み出している文体は以下になります。
 ・サスマタ@グッド・ナイト・ワールド ・イチ(剣界無双)@グッド・ナイト・ワールドエンド





165tartarus_0d01 ◆sYailYm.NA:2024/04/18(木) 04:09:24 ID:exJQf8rQ0



 ……機械の身体。きっと大きな意味を持っていた、大勢の人を不幸にする身体に外付けで与えられた魔術回路が鳴動している。
 それが天童アリスに告げる事実は、自身のサーヴァント――プリテンダー・両面宿儺が何処かで暴を撒いている事実だった。

「……アリスは、これでいいのでしょうか」

 自問する。だが、問うまでもなくその答えは分かっている。
 これでいいわけなどない。あの悪魔を野放しにし、彼の悪意にされるがままになり続ける事はどう考えても絶対的に“悪”だ。
 魔王に囚われた姫という喩えは、今のアリスの立場には適切ではない。自分の存在が魔王を増長させ、より多くの嘆きを生み出すと分かっていながら選択するでもなく停滞し続けている、舞台に上がる価値もない悪党だ。少なくともアリスは、自分の体たらくをそう認識していた。

 宿儺は狡猾だ。付け焼き刃の脅しは現状を改善させるどころか、きっと今より更に酷く悪質な惨劇を生む。
 未だ人の感情を完全に理解しているとは言えないアリスでもその事はよく分かっていた。
 理解するに足るだけの悪意を、アリスは此処までの数週間の時間で嫌という程目の当たりにして来た。
 その記憶と何より実感が、勇者を目指す少女の選択を鈍らせる。令呪を使って宿儺を強制的に止めたところで事態はきっと改善しない。その考えが彼女に無力感という名の呪いを施し、八方塞がりの自閉へ至らせているのだ。

(アリスは勇者になりたくて。でもアリスが勇者として行動する事はきっと、プリテンダーの犠牲者を増やしてしまうだけで)

 考えれば考えるほど、思考は負の堂々巡りを繰り返す。
 体育座りをして唇を噛み締めながら、アリスはせめて今回の“活動”で死者が、傷付いた誰かが出ていない事を祈るしか出来なかった。
 
 この世界において、彼女は勇者などではない。
 両面宿儺という荒御魂を星界に繋ぎ止める為の要石であり、楔のようなもの。だからこそその存在に生きている以外の意味はなく、宿儺はソレ以外を求めていない。
 当然の事だ。勇者と悪魔が手を取り合うなど根本的に不可能。ゲームの世界に現れるコミカルで何処か間の抜けた愛おしい悪魔など、アリスの傍にはいない。いるのは底なしの悪意を秘めた、まさに呪いと呼ぶべき災害だけだ。
 此処には先生はいない。アリスに生きる意味を与えてくれたゲーム開発部の仲間達もいない。
 その事実はアリスにとってせめてもの喜ばしい事実である筈だったが、それと同時に彼女の孤独を際立たせてもいた。

(ああ……分かりません。アリスは一体、どうすればいいのか。剣を抜く事も許されない勇者は、何をすればいいのか)

 光の剣は抜かれないままで、勇者は悪魔の蛮行を止められない。
 八方塞がりの現状の中で、天童アリスに出来る事は只一つだった。

「…………誰か。誰でもいいですから――アリスに、答えを教えてください。アリスを壊してもいい。何をしても構いません。だから、どうか、誰か…………」

 暗がりの部屋の中で、一人祈る。
 聞こえる筈もない、そう誰にも届く筈のない声で。

「…………たすけて」

 ――“せめて誰かが聞いている事を祈って”、呟くのが精一杯。
 
 悪魔の嘲笑を機械じかけの脳内で幻聴として聞きながら、天童アリスは涙を流した。


【??・??/一日目・午後】

【天童アリス@ブルーアーカイブ】
[状態]:健康、絶望
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:中学生のお小遣い程度
[思考・状況]
基本方針:アリスは、勇者として――
1:たすけて。
[備考]

【プリテンダー(両面宿儺)@呪術廻戦】
[状態]:疲労(小)
[装備]:
[道具]:
[思考・状況]
基本方針:享楽
1:赤羽士郎は(道化としては)面白い。“黒い鳥”にも興味。
2:金髪の娘(花邑ひなこ)のセイバーに興味。
[備考]

166 ◆sYailYm.NA:2024/04/18(木) 04:11:06 ID:exJQf8rQ0
投下終了です。
続編である『グッド・ナイト・ワールドエンド』の要素が出ているのですが、星界周りの設定的に把握しておいた方が良さそうですので、後日wikiにその旨を追記しておきます。
また投下中に思いっきり陣営の色を間違えているのに気付いてしまったので、こちらも収録時に修正します。すみません

167 ◆yy7mpGr1KA:2024/04/20(土) 22:26:53 ID:2JZ1MWv.0
延長お願いします

168 ◆yy7mpGr1KA:2024/04/24(水) 12:24:55 ID:bFgInopw0
投下乙です。

まさに唯我独尊というか、グッド・イブニング・ワールドの神を前にしてもどこまでも不遜で宿儺マジ宿儺
挨拶代わりに捌いてくるのまじやめーや
それを防いだのはさすがと思いつつ。次元斬じゃなくてよかったね……縛りは健在なのかな
そして宿儺という妖刀と鎬を削らせるために息子のコピーを抜くの、神がかりというか業が深いというか
>いっそ笑えるほどに煽り耐性というものを持ち合わせていない
こいつら本当揃いも揃って……小次郎がかろうじて収めたけれども、黒の陣営纏まりがまるでなくて笑うしかない
そんな身勝手に巻き込まれたアリス、魔王にも勇者にもとらわれの姫にもなり切れない彼女の呟きがどこかに届くことを祈って

予約分投下します

169 ◆yy7mpGr1KA:2024/04/24(水) 12:26:39 ID:bFgInopw0

アーチャー。
正義の味方の成れの果て。硝子の心であれば腐りはしなかったろうに、鉄の心を得たが故に腐って堕ちた悪の敵。
名は体を表すという。
■■士郎から衛宮士郎になり、そしてエミヤ[オルタ]という真名で呼ばれるようになった彼は、生まれ持ったものをすべて失ったと言えよう。
それでも忘れられないものはあった。
一人の大切な女性のこと。それに冬木という故郷のこともすべて忘れたわけではない。

「……決して平和な街ではなかったが」

記憶の彼方は霞がかかって見渡せない。
怪獣だの幽霊マンションだの連続殺人だの新興宗教だの妙な噂の絶えない地方都市だったような気がする。

「それでもこうまで酷くはなかった。ここはどうにも治安が悪い。ついでに住民の頭も悪い」

呆れと失望の混ざったような息をつきながら剣呑に構える。
視線の先にはヘルメットを被って息巻くチンピラ集団がたむろしていた。

「ッだコラ襲撃(カチコミ)かァァ〜!?」
「黒いのテメェどこのモンだ。鬼畜米英(ヤンキー)か?いやむしろ間抜け(ドンキー)かァ?」

鉄パイプやバールのようなものを手に手に、チンピラどもが威嚇する。
アーチャーは虫の鳴き声より意味も価値もないそれを無視して用件だけを伝える。

「妙なクスリが流行りだしてると聞いてな。このあたりの顔役がご立腹なんだが、おまえたちも何か知っているだろう?天国の回数券(ヘブンズ・クーポン)というそうだが」

その単語を耳にした瞬間、ヘルメットたちの鳴き声が止む。
彼女らの懐や舌下にある麻薬(それ)は、最近流行りだしたペーパードラッグだ。
当然流した組織がいて、そしてそれを良しとしない者もいる。この黒いのもその一人だろう。
自分たちがこの瞬間、裏組織の対立の真っただ中にいることを自覚し。
そして秒で麻薬(ヤク)に魂を売ることを全員が決めた。

「テメェが絶命(し)ねば!うるせえ奴らにしばらく話はいかねえってことかァ!」
「潰せ!肉片(ミンチ)にしちまえ!」

凶器を振るい、襲い掛かる集団をアーチャーは冷たく見据える。
糞にたかるハエのようだな、などと考えつつそれを駆除するために両の腕と魔術回路は既に駆動していた。

「投影開始(トレース・オン)」

現れたのは愛刀が彼の性根と同様に歪んで果てた二丁拳銃。
極東の地方都市にはどう考えてもそぐわない凶器の登場には怖いもの知らずのチンピラもさすがに慄いた。

「テメっ、ここ日本だぞ!?」
「ヤク中が法を語るなよ」

無法者(アウトロー)を気取るなら銃刀法(ルール)に守ってもらえるなどと思うな、と容赦なくアーチャーが引き金を引く。
放たれた銃弾は寸分の狂いもなくチンピラどもの胸へと吸い込まれていく。
彼女たちが地に伏せたのを確かめるとアーチャーは銃を魔力へと還し、こうぼやいた。

「ゴム弾の投影は通常兵器より高くつくんだがな。雇い主の方針に感謝しろ」

剣やそれに類する武器の類ならば得意だが、そこから離れたものは専門外になる。
刀ではなく木刀や竹光、斬るのではなく峰打ちと考えればゴム弾も似たようなものかもしれないが、通常わざわざ投影するものではないため非効率は否めない。
それでも不殺(じこまんぞく)を通したのは

『…報告をお願いします、アーチャー』
『読み通りだ。ヤク中のチンピラが9人、目当てのブツも確保。ターゲットは無事に寝かしつけた。救急車を8人分頼む、打撲とそれから薬物濫用の疑いありでな』
『手配します』
『結構。それではこれより帰投する』

彼のマスターの指示があったから。
目的の達成のためならどんな外道でもするのがアーチャーだが、それを忌避してでも目的に向かうというなら止めることもしない。
突如現れた違法薬物の流れを突き止め、あわよくば止めること。
それがアーチャーのマスター、月雪ミヤコが短期的に掲げた聖杯戦争における目標であり、彼女の正義だった。
黒い鳥の攻略は必須だが、創造主に挑む苦難の苛酷さは計り知れない。
両面宿儺も放っておくことはできないが、あれはいつ炸裂するか分からない大量破壊兵器のようなものだ。
いずれも生半可な装備やメンバーで挑めばこちらが致命的な被害を負うことになるだろう。
少なくとも、正義を共有する仲間が欲しい。
RABBIT小隊の皆のような……町に蔓延る麻薬に怒りを覚えるような善性を持った誰かが。
道中でそんなマスターと出会えることを願って、ミヤコは自らの正義を実行する。

170 ◆yy7mpGr1KA:2024/04/24(水) 12:27:06 ID:bFgInopw0

『アーチャー、そこの住所は?』
『ああ、ここは……』

彼の現在地は深山町のほぼ端あたりだ。その地点をミヤコ越しに救急隊員に伝え、指示を飛ばしていたリーダーらしきチンピラを一人と、その懐の天国の回数券(ヘブンズ・クーポン)を抱えて帰路に着く。
ミヤコの待つ深山町の中央あたりまでそこそこの距離だが、サーヴァントの脚力であればさほどかかるものでもない。
たどり着いたのはNPCに協力を仰ぎ、ミヤコの拠点として確保した大きな武家屋敷。
その玄関前にアーチャーを待ち構える影があった。

「お、おかえりなさいアーチャーさん。その子が例の?」
「…………ああ。ただいま、ミス藤村。雷画翁はお待ちかねかな?」

藤村大河。
深山町に座す極道、藤村組の組長藤村雷画の孫娘であり、穂群原学園の教師でもある。
この世界でのミヤコは通っていた私立柳洞大学付属月海原学園(SRTと在校生は呼んでいたらしい)が廃校になり、学生寮も潰れて行く当てがないというロールだった。
そこで転入先として穂群原学園を志望しているということで、編入試験の手続きや仮宿などを大河の世話になっている、というわけだ。
むろんタダではない。情に篤い大河はそれでもよしとしたろうが、むしろアーチャーのほうがそれを望まなかった。
町の平和のために藤村組に力を貸す。見返りにミヤコの表向きの生活を整える。さらに組の伝手で冬木の異常を知る。
かつて冬木を拠点とした正義の味方の成れの果ては、それが効率的であろうとミヤコに提言して、彼女もそれを受け入れたのだった。

「うん、待ってるけど……ウチの生徒と変わんない歳の子から聞き取りなんて乗らないわ。若い衆が無茶しないように見てないと」
「子供だからこそここで止めてよかったと思うべきだろう。薬で身を崩すなど、年寄りの終末医療で十分だよ」

警察も取り締まるだろうが、蛇の道は蛇だ。
極道の動きは極道が規制したほうが早い。藤村組に挨拶なく麻薬を氾濫させるということは、つまりケンカを売っているということなのだから。

「元締めか売人が分かったら共有してほしいとそちらからも言伝してくれ。鉄砲玉なら任せろ、とも」
「う〜ん、組の面子もあるからお客さんにそこまでさせるのはちょっとねえ……」
「足並みをそろえるのは重要だ。オレが単独でどこぞに乗り込んでも困るだろう?」

しょうがないなあ、と苦笑いする大河にチンピラと天国の回数券(ヘブンズ・クーポン)を引き渡し、組長のもとへ連れられて行くのを見送る。
さすがに少人数、密室で会わせてもらえるほどの信頼を得てはいないが、組長にそれなりに気に入られてはいるし村八分にはされんだろうという自負がアーチャーにはあった。
藤村雷画と衛宮の人間が相性良しなのは偽りの冬木といえど変わってはいなかったから。
いつものシニカルなものとはどことなく違う笑みを口元に浮かべて、エミヤ[オルタ]は武家屋敷の敷居を跨いだ。

「おかえりなさい、アーチャー。無事で何よりです」
「心配は嬉しいが、場末のチンピラに苦戦するようじゃ三騎士のサーヴァントは務まらんよ」

ミヤコからのねぎらいにアーチャーはそんな捻くれた答えを返す。
さらには現状への皮肉まで添えて。

「にしても意外だ。仮にも正義の特殊部隊サマが、極道の世話になるのをよしとするとはな」
「公園暮らしでいいといった私に代案を提言したのはあなたでしょう」
「ああ、このあたりの公園はロクでもない。泥に沈んで死にたくないなら止したほうがいい、とは言った」
「地の利を取れる経験者の提言を無視するほど愚かではありません。それに……」

ミヤコの脳裏で、二人の先生の姿が重なる。

「藤村大河という人物のことは信用してもいいと思えたので。あなたの推挙もありますし」
「フッ」

ミヤコの言葉にアーチャーから失笑が漏れた。

「なるほど。極道の娘が先生というのは、なんとも。なぜだかおまえには似合いのような気がするな?」

どういう意味です、と疑問を返そうとするが。
なんだか苛酷な議論を呼びそうな予感がしたので黙殺することにした。

171 ◆yy7mpGr1KA:2024/04/24(水) 12:29:18 ID:bFgInopw0

「あなたの方こそ。オリジナルの藤村大河という人物に想い入れがあるようですが、聖杯戦争に巻き込むような形になっていいんですか?」

話題を逸らすためにミヤコが返す刀で斬って返す。
それが深く食い込んだのか否かはアーチャーのみが知ることで、少なくとも表面上はあっけらかんと彼は問いに答えた。

「気にするなら提言などしない。天秤に乗せて比べるのはいつだって分銅(いのち)の数だ。腐って欠けた分銅の重さを軽く見ることはあっても、想い入れで重みを増すことはない」
「想い入れがあるのは否定しないのですね」
「武器に愛着を抱く兵は珍しくなかろう?しかしそれを使い捨てることを迷わない兵もまた珍しくない。こと武器を使い捨てることにおいて、オレに並ぶ英霊はそういないだろうしな」

壊れた幻想が常に選択肢に入り続ける者など、古今東西通じて英霊エミヤくらいのもの。
己の半身に等しい宝具を打ち壊せるように、家族であろうと必要ならば切り捨てるのがエミヤという魔術使いだ。
事実そうしてきたし今後もそうなる、とわざわざ口にはしないが。
その『正義』が言葉で変えられるものであるわけがない、とミヤコもまた口を閉ざした。

「問答は終いか?ならもう少し意義のある話をしたいところだが」
「ええ……あ、そういえばもう念話にこだわらなくていいんですよね?」
「ああ。懸案事項の半分は消えた。それについても話す」

予選期間が少し進んだところでアーチャーは聖杯戦争に関する話題では念話を徹底するようにと言ってきた。
どこに耳があるか分からないから、と。
しかし本選に突入したところでその言の撤回を当のアーチャーが求めてきたのだ。

「あなたまさか……」
「忘れたわけじゃあない。そんな肝心なことを控えておかないほど落ちぶれちゃいないさ。黒の陣営と面通しをしてこの辺りも探ったうえでの判断だ」

玄関に上がり、廊下を歩いてたどり着いた居間の席に二人で向かい合い着席しながら話を続ける。
何から話したものかと数瞬視線を泳がせたアーチャーだったが、すぐに手の内に魔力が滾った。
創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、構成された材質を複製し、製作に及ぶ技術を……■■し、成長に至る経験に……■■し、蓄積された年月を再現する。
そうして魔力は像を結び、手の中で一枚の紙きれ……天国の回数券(ヘブンズ・クーポン)として『投影』された。

「まず報告だ。オリジナルのこれに魔力は感じられなかった。魔術と関わりなく化学的に合成されたものだ。おそらくマスター主導だろう」

町の営みから明らかに浮いている作為と悪意にまみれたクーポン。
藤村組との接触の過程で偶然知った、間違いなく聖杯戦争の参加者が流しているだろう異物。
薬品まで作れるのか、とミヤコに驚きが浮かぶがいったん脇において黒の陣営のマスターを思い出す。
赤羽士郎、天童アリス、花邑ひなこに黒埼ちとせ。

「分かりきっていますが天童アリスではありませんね。彼女の在籍するミレニアム・サイエンス・スクールは最先端の技術を擁し、学べる場ですが、だからこそ専門というものがある。確かゲーム開発部……ケミストリよりデジタルを専攻しているはずです。それにキヴォトスにこのようなドラッグはありませんでした」
「ほう。断言できるか?」
「それなりの捜査、閲覧権限はありましたので。そんな大規模な閲覧制限を課すようなことでもないでしょうし、そうなってたらむしろ薬物の噂を耳に挟まないとおかしい。最近あった薬物事件というと……美食がケシを料理に使おうとしてたくらい……?」

いやアレはガセでしたっけ、とミヤコが呟く。
と、そこまでの数言を交わす短時間で投影したクーポンは霧消してしまった。

「ああ、おまえの言うように門外漢では限度がある。オレの拙い投影じゃこんなものだろう。高度な知識と技術が必要。となるとまあ、見た目で判断するものではないが花邑ひなこと黒埼ちとせもシロだろう。薬学のプロには見えん。薬傷もなかったと思うしな。赤羽士郎も専門はデジタルのようだ」

まあお前の言った通り数刻前の記憶もオレは怪しいんだがね、と自嘲する。
そしてそのぼやけそうな記憶を辿って思うことを述べた。

172 ◆yy7mpGr1KA:2024/04/24(水) 12:29:37 ID:bFgInopw0

「オレの投影が劣悪なのを除いてもどうやら理念的に先がありそうだ」
「それは……何でしょう、サリチル酸からアスピリンを合成するような?」
「例えが健全だがまあそうだ。アヘンからモルヒネ、そしてヘロインを合成するようにより上等というか悪質というか、改悪のアテがあるんだろう。オレのアンプルに近そうだ」

アーチャーも手段を択ばないタチだ。魔術髄液に近しいアンプルによるドーピングもやる彼は多少なりクスリにも通ずる。投影できたのもそれがあってだろう。

「そうなっても手を出したいものではないがね。それこそオレのアンプルでいい。まあ敵さんが仮にNPCを財布にしたくてクスリを流しているなら、オレの粗悪極まりない投影品を安く流せれば邪魔できるが」
「アーチャー」

ミヤコの声に怒気が混じる。
戯言であるのは承知だが、万に一つもそんな方針を取ろうとは思わない。

「みなまで言うな。もし乗り気な返事をしていたらその瞬間にお前を物言わぬ骸にしたろうよ、白兎」

試すようなことを言って悪かった、と軽く頭を下げてアーチャーは新たな話題を切り出す。

「さて、クスリについての犯人捜しは無為ではないが無駄ではある。オレたちでは答えの出るものではないし、何より答えを知ってるものがいる。そいつに聞いた方が早い」
「連れてきた少女ですか?売人はともかく、大元に辿りつけるとは思えませんが」
「ああ、あの娘から知れることはたかが知れているだろう。クスリの分析もオレの解析以上の成果は出まい。それより、だ」

アーチャーの手に再び魔力が奔る。
今度投影したのは彼の愛用する中華刀の一振りだった。

「オレの魔術属性、つまり専門分野は『剣』だ。そのことは話したか?」
「ええ、予選中に聞いていますよ」

それに最初に踏み込んだのが剣の丘なのだから、得手とする分野は想像がつく。

「剣であるならば解析すれば大概のことは分かる。見たことないものであっても、異なる文明からもたらされたものでもな」

理解の及ばない神代の兵器などもあるが、それでも刀剣の理解においてエミヤ[オルタ]は随一の英霊、その一角といえよう。
そんな彼故に知ることができたものがあった。
本来ならば異なる枝葉の英霊を知る手段は皆無なのだが、ここに例外が存在する。
手にした剣から創造の理念を、基本となる骨子を、構成された材質を、製作に及ぶ技術を、成長に至る経験を、蓄積された年月を知ることができる異端の魔術使いが。

「予選の時点でこの冬木全域に『剣』を張り巡らせている者がいた。だから念話を徹底させていたんだがその必要は無くなった。何せオレたちと轡を並べる黒のセイバーだったのだからな」

壁に手を触れ、語り掛けるアーチャー。
そこにもいるのだ、とミヤコに教えるように。かつ、セイバーにも伝わるように。

「聞こえているだろう、痣城双也?何やら手傷を負っているようだがクスリを処方してやろうか?お代はクスリの黒幕の情報と、両面宿儺・黒い烏攻略への助力でどうだ?」

173 ◆yy7mpGr1KA:2024/04/24(水) 12:32:11 ID:bFgInopw0
【B-3・藤村組所有の武家屋敷/一日目・午後】

【月雪ミヤコ@ブルーアーカイブ】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:RABBIT-31式短機関銃、他閃光ドローンやクレイモア地雷など各種武装
[道具]:
[所持金]:裕福な学生程度
[思考・状況]
基本方針:SRTの正義を貫き、為すべきことを為す
0:黒のセイバー……!?
1:天国の回数券(ヘブンズ・クーポン)及びそれを流した黒幕への対処
2:両面宿儺、黒い烏の攻略のため仲間を探す
[備考]
※冬木におけるロールは穂村原学園に編入の準備をしている高校生。
※藤村組と被保護に近い協力関係にあります。

【アーチャー(エミヤオルタ)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[道具]:
[思考・状況]
基本方針:ミヤコの正義を見守る
1:天国の回数券(ヘブンズ・クーポン)及びそれを流した黒幕への対処
2:両面宿儺、黒い烏の攻略のため仲間を探す
[備考]
※藤村組と客分に近い協力関係にあります。
※天国の回数券(ヘブンズ・クーポン)を短時間投影できるようになりました。理解が深まれば長時間の投影や『改悪』もできるかもしれません。
※『無限の剣製』による解析により雨露柘榴を感知し、痣城双也の真名を把握しました。

174 ◆yy7mpGr1KA:2024/04/24(水) 12:36:26 ID:bFgInopw0
投下終了です。
タイトルは錆びつけば二度と突き立てられず、掴み損なえば我が身を切り裂く。そう、正義とは刃に似ている
で。
今回NPCが作品内で占める位置がそれなりに大きくなっていますので、それが企画の方針にそぐわないようでしたら該当部分をカットし拠点を双子館に移す修正いたします。
他にも指摘等あればお願いします。

175 ◆sYailYm.NA:2024/04/25(木) 02:06:55 ID:xOsk38Bg0
投下ありがとうございます。感想を書かせていただきます。
NPC共の治安が妙に悪くなっている冬木市、うーんこれは一定の主従の影響が大きい気がしますね。何処の誰なんだろう。
それを相手にしながら情報収集をしていくアウトローじみた泥臭さ、やっぱりデミヤはこういうのが似合いますね。
ミヤコの居住先があの人の家になっていたりと相変わらずニヤリと出来る場所が多く、芸の細かさと発想の豊かさを感じてしまいました。
片やまだまだ荒削りな、そして片や腐り落ちて錆び付いた正義を掲げ続ける二人の戦いは堅実な筈なのに何処か綱渡りのような趣も感じさせ、聖杯戦争という舞台で正義を名乗り貫く事の難しさがひしひしと表れているな、と。
NPCの利用に関してはまったく問題ありません。素晴らしい作品をこの度もどうもありがとうございました。

176 ◆sYailYm.NA:2024/04/27(土) 01:44:56 ID:skzkNFnQ0
滑皮秀信&アサシン(レイン・ポゥ)、宮園一叶&アサシン(築城院真鏖) 予約します。

177名無しさん:2024/05/11(土) 12:53:14 ID:Pm1nc85k0
二週間経ってしまったけど、連絡お待ちしております…


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