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UnHoly Grail War―電脳世界大戦―Part2

1 ◆sYailYm.NA:2023/11/20(月) 22:26:33 ID:cgCdUnQU0
【wiki】ttps://w.atwiki.jp/tisnrail/pages/1.html

2 ◆sYailYm.NA:2023/11/20(月) 22:27:28 ID:cgCdUnQU0
【企画について】
 TYPE-MOON原作の『Fate』シリーズに登場する架空の儀式、『聖杯大戦』を版権キャラで行おうというクロスオーバーリレー小説企画になります。
 当企画にはその性質上、暴力やキャラクターの死亡描写などが含まれます。くれぐれもご用心ください。


【舞台設定】
 舞台は電脳世界の『冬木市@Fateシリーズ』です。
 現在は予選段階となっており、一定数までプレイヤーが減少した時点で(メタ的に言うと作品募集の期間が終了した時点で)予選は終了。勝ち残ったプレイヤー達は四つの陣営に分けられ、『聖杯戦争』ではなく『聖杯大戦』に臨んでいくことになります。
 プレイヤーは『黒い羽@???』を手にしたことで聖杯戦争に参加する権利を手にし、電脳の冬木市に転移させられます。


【聖杯戦争のルール】
 マスター(プレイヤー)とサーヴァントが二人一組になって聖杯戦争を行います。
 サーヴァントを失ったプレイヤーは六時間以内に代わりのサーヴァントを見つけて契約を結ばなければ、データが消去され消滅してしまうのでくれぐれもご注意ください。
 また電脳の冬木市にはNPCとして市民が配置されており、普通に生活を送っています。彼らは聖杯戦争のことを知りません。
 プレイヤー達もこのNPC達に溶け込む形で冬木市内における仮初の役割(ロール)を与えられます。が、例外もあるかもしれません。この辺りは候補作投下の際にご自由に設定していただければと思います。
 季節は冬の設定です。聖杯大戦の開始(当選発表)を12月24日・クリスマスに当てる予定ですので、そのつもりで製作していただけると幸いです。
 『黒い羽』については、[今後のアップデートをお待ちください]。


【聖杯大戦のルール】
 予選を勝ち抜いたプレイヤーは四つの陣営に大分され、聖杯大戦へと参加します。
 残り陣営が一つになった時点で生存していたその陣営のプレイヤー全員に“聖杯”が与えられます。
 該当陣営以外の生存プレイヤーは全て消去されます。
 ※[今後のアップデートをお待ちください]※


【登場話の公募について】
 採用予定数は20騎or24騎です。
 予選終了後に聖杯大戦化する都合もあり、これ以上の増減はないと思っていただいて構いません。

 ◆受け付けられない候補話
 ・トリップなしでの投稿。
 ・出典が「現実」「ネットミーム」「オリキャラ」のもの。
 ・公式で二次創作が禁止、及び死亡など特定の描写が禁止されている作品のキャラクター。
 ・盗作。
 (※他の企画・フリースレに投下した作品を流用される場合は、必ず同一トリップで投下していただくようにお願いします)

3 ◆sYailYm.NA:2023/11/20(月) 22:28:28 ID:cgCdUnQU0
こちら、新スレになります。前スレッドの余裕がなくなり次第、こちらに書き込み先を切り替えていただければと思います
(スレタイを盛大に間違えているのは見なかったことにしてください……)

4 ◆s5tC4j7VZY:2023/11/20(月) 23:57:06 ID:wHv8HiB20
皆さま、投下お疲れ様です。
期日もギリギリなので、こちらの方で投下させていただきます。

5主よ 憐れみたまえ ◆s5tC4j7VZY:2023/11/20(月) 23:57:36 ID:wHv8HiB20
主よ あなたは 何故―――
黙ったままなのですか
遠藤周作 『沈黙』

☆彡 ☆彡 ☆彡

6 ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:00:15 ID:dd8F16Vc0
投下予約します。

7主よ 憐れみたまえ ◆s5tC4j7VZY:2023/11/21(火) 00:01:29 ID:fcKCRNpU0
申し訳ありません。
NGワードがあったようなので、すぐに投稿できないため、破棄いたします。

8 ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:02:02 ID:dd8F16Vc0
投下します。

9二人が紡ぐ物語の名は ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:02:39 ID:dd8F16Vc0
 日は落ち、登った月は雲に隠れて見えない。
 外は一面、土砂降りの雨。
 校庭のグラウンドに運動部の姿は無い。
 雨音がざあざあと鳴る校内の一室。
 赤い絨毯にピアノが一台置いてある。音楽室だ。

「きらきらひかる おそらのほしよ
 まばたきしては みんなをみてる
 きらきらひかる おそらのほしよ」

 音楽室で一人の少女が「きらきら星」を歌っている。
 指1本での単調なピアノの演奏。歌声は艶やかなアルトの透明な響き。
 黒い基調の制服に身を包んだ、栗毛色の長髪の少女が一人で歌う。
 それだけで、まるでその一室はさながら神殿のような趣となっている。
 信じた道に身を捧げ、理想を抱き歌うその姿は、殉教者と重なるが故に。

 少女の名前は「ファルシータ・フォーセット」。イタリアからの留学生であり、国では音楽学校に通っていた歌手の卵である。

「ファルさん。合唱部が終わった後、いままで自主練やってたんですか?」
 歌い終えたファルに、一人の少女から声がかけられる。
「一人で掃除なんて大変だったでしょ。何かファルさんって、そういう嫌な仕事進んで引き受けたがるよね」
 もう一人の少女は、気づかうような口調で話しかけた。
「そんな嫌な事ないわよ。掃除を申し込んでおけば、一人で音楽室を使えるから。
 全部自分の為にやってるの。歌の練習も含めてね」
 そう言うファルの声は、さわやかととれる音色だった。
「あ、そうだ。ファルさん、YoutubeにUPされた噂の『孤独の歌姫』の歌、聞きました?」
「すごいよね。あれ聞いて泣いちゃったよ、私」
「私達じゃ、一生かかってもあんな領域まで行き着けないもんね……」
「そうね……」
 ファルは気丈な態度で、笑顔で言った。
「くやしいわね。今の私じゃとても及ばない実力だもの」
「くやしい、って言えるのがすごいですね」
「でも、いつか必ずあの人と同じ場所へ行きたい。行ってみせる」
 ――それが私の『夢』だもの。
 ファルの目は遥か遠く、だが強い意志を込め、天を眺めた。
「ファルさんならなれますよ、きっと! すごい才能で、努力もたくさんしているんだから」
「うん、そうだよ、きっと。あ〜あ、わたしもファルさんみたいな素敵な人になりたいな」
 ファルはそう言った少女に微笑み返した。

 ――私はそんな人間じゃない。私には何かが欠けている――

 その思いを押し殺しながら。

「ファルさん、良ければ一緒に帰りませんか? カラオケにいって歌いましょうよ」

10二人が紡ぐ物語の名は ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:03:06 ID:dd8F16Vc0
「御免なさいね。ファルさんとは私と先に約束してたの」
 
 何時からその人は音楽室の中にいたのか。横から割り込んだのは、清流の様に澄んだ声。それなのにその言葉は強く、遠くまでよく届いた。
 声の主は、ファルシータと同時期に転校してきた少女「比良坂初音」である。
 黒く艶やかな長い髪、古風なセーラー服。ファルと共に所属する高校とは異なる制服、同じ黒を基調とした制服だ。
 その身に宿す赤い瞳は心を見通されるような深さがある。
「……ええ、悪いけど初音さんと先約があってね。ごめんなさい」
 ファルは、出来うる限りの申し訳ないという感情に満ちた表情を浮かべて言った。
「仕方ないですね。じゃあ、また今度という事で」
 ファルは孤高さがあっても親しみやすさがあるが、初音は高貴でどこか気押されてしまう雰囲気がある。
 そのためか、二人ともあっさりと納得した。
「ごきげんよう。二人ともお気をつけてお帰りなさい。近頃は物騒な噂が流れているのだから」
 初音は穏やかに笑いかけた。
「はい、そちらもお気をつけて」
「さようなら。また明日」

「ところでさ、噂っていったら、ここでも――」
 話しながら音楽室から二人は出て行き、遠く声が離れていく。

 校内のどこか、夕刻に現れ、男を誘い、犯す淫乱な女。
 正体は男を食べる魔物。
 既に何人かの男子生徒を連れ去り、どこかで骨も残さず食べてしまったという。

 そんな噂話をしながら、二人は去っていった。

「で、要件は何? 『キャスター』」
 初音に尋ねるファルの表情は一変し、冷たい目で初音を見据える。彼女は「聖杯戦争のマスター」としてのファルシータ・フォーセットになった。
 ファルにとって笑顔とは、対人関係を良好に保つため、使い慣れた仮面だ。
「聖杯戦争について、貴女がまだ理解していない事についてよ」
 初音もまた「キャスターのサーヴァント」である比良坂初音として答える。
「前にも言ったでしょう? 私は聖杯なんてどうでもいいの。私の夢にとって何の関係も無い事だわ」
 それはファルの本音。だが、ファルにはもう一つの思いがある。
 世界を、都合の良い奇跡を望む境遇にまで自分を陥れた世界を憎み、そんな自分を変えたい、叶えたい願いがあるのなら。
 ――聖杯を望めばいい。例え人殺しが避けられないとしても。
 ファルはピアノの椅子から立ち上がり、出入り口に向かう。
「でも、それでは済まないのがこの聖杯戦争なのよ、ファル」
 初音はファルと共に音楽室の外に出ながら、ファルの内心を知ってか知らずか、微笑んだ。
「その、ええと……そうるじぇむ? さぁばんとになっても外来語は言いにくいわね。
 兎に角、一人のますたぁに一つずつ与えられたその器に、七体のさぁばんとの魂を集めるのが聖杯を出現させる条件よ。
 そんな状況で戦う事を諦めたますたぁがどんな目に遭うか……お分かり?」
 ファルもそれは理解している。おそらく聖杯を求めるマスターに利用されるだけ利用され、最後は命まで奪われる事だろう。
「私は、聖杯なんていらないけど、あなたに願いがあるなら戦いに協力するわよ。その前にまず情報収集が先決だけど。
 マスターのスタンスを大雑把に分類すると、戦いに乗ったマスター。乗らないで脱出を目指すマスター。今の状況がわからず準備もしない半端なマスター。
 私は脱出派だから同じ脱出派と上手く手を結んで情報を集める事から始めて、後は半端なマスターを利用して乗ったマスターの盾にするか。または情報を売って乗ったマスターを利用できないか……」
「貴女は、人を利用するかどうか、できるかどうかで動くつもりなのね」
「急に連れてこられて、いきなり殺し合いをしろ、だなんてこんな状況で信頼関係がすぐできるわけないじゃない。もっとも、私は誰も信用しないけどね。
 それは私達も同じでしょう? でも、あなたは聖杯を捕るのに私が作った優等生という仮面と人脈を利用して、その代り、私はあなたに命を守ってもらう。
 そういうお互い利用し合う関係だけで、私たちは十分特でしょ?」
 ファルのその考えは、この特殊な状況だけではなかった。ファルが信用するのは、自分の歌の才能だけだ。聖杯戦争に連れてこられる以前から、ファルはそうして生きてきた。

11二人が紡ぐ物語の名は ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:03:28 ID:dd8F16Vc0
 二人は校内にある「茶道室」の前についた。
 ここは初音が能力で製作した陣地で、二人の借り宿でもある。
 暗示により、初音は高校でただ一人の茶道部の所属となっている。ここは所属した学生が全員卒業した後、そのまま未使用になっていた茶室……という設定の暗示がやはりかけられている。
 実体は、入り口も、畳も、白い土壁も、障子も、年期を感じさせる柱も、床の間も、押入れも、全て初音が糸で紡いで造り上げた物である。
 ここは初音の『巣』だ。空き教室を使って、そこに造り上げた『巣』だ。
 近くにある給湯室、洗面所などやそこに繋がる通路もまた、初音の陣地となっており、普段は生徒たちに影響はないが、初音が少し魔力を通せば人払いの暗示、認識できなくなる暗示が発動できる。
 さらに、高校の全敷地は初音の結界に覆われ、内部外部の人間の精神に働きかけ、記憶を操作されている。

 例えば、人が一人消失した程度では、誰も違和感を感じないように。

 二人は扉を引き、靴を脱いで茶室に入った。
 中には一人の少女が、囚われの身となっていた。
 両方の手足が蜘蛛の糸で畳に縫い止められ、口は猿轡のように糸で覆われている。
 その姿を見て、ファルは唐突に思い出した。
 さっき会った二人組は、本当はいつも三人組で行動していたはずだ。
 なぜ今まで忘れていたのか?

「気づかなかったでしょう? 私の『巣』に捕らわれた人間は、誰からも忘れられる。
 主の貴女も例外ではなくてよ」
 振り向いたファルに対し、初音は赤い瞳を向けた。
「実を言うとね。私も聖杯なんて興味ないのよ。召喚されたのはほんの気まぐれ、気の迷いよ」
 初音は一つ嘘をついた。初音には気の迷いなどとは言えない、確かな願いがある。だがそれは聖杯に叶えてもらうまでの事ではなかった。
 あるいは――叶えたくないと言い換えるべきか。
「だけど、私は仮初の生でも、自ら死を選ぶことはしない。負けるつもりで戦うつもりなんてないわ」
 初音の赤い瞳が強い光を灯す。
「だから、主である貴女には、この戦で絶対生き延びるという覚悟を見せてほしい」
 
「そこで、ファル。貴女に――この子を殺してもらえないかしら?」

 ファルは意味が分からず呆然としたが、言葉を正確に咀嚼した瞬間、脊椎に氷柱が入るような戦慄が走った。

12二人が紡ぐ物語の名は ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:03:46 ID:dd8F16Vc0
 初音は懐から匕首を取り出し、刃を掴みファルに柄を向けた。
「何を棄てても、誰を犠牲にしても、生き延びたいという覚悟を見せてほしいのよ。
 勿論貴女には断る自由があるわ。もっとも、そうしたら私は貴女を見捨ててしまうけど」
 脅迫そのものといえる言葉を、初音は微笑んで口にした。

 ファルは初音について、いやサーヴァントという存在について、与えられた知識だけで判断していた。
 人類の歴史を進ませた偉人、戦場で猛威を振るった英傑、あるいは暴虐で汚名を得た悪党。そういった善悪問わず偉業を為した者達。その写し身がサーヴァント。
 マスターは本来現世に存在できないはずのサーヴァントを繋ぎとめる楔となり、提供する魔力と絶対遵守の効力を持つ令呪でコントロールする。
 もっとも、ファルは初めから行動を縛るつもりがなく、初音に自由な行動を許し、願いがあるのなら戦いのために協力し、聖杯も渡す気でいた。
 その代り、自分を守り、元の世界に戻す事。これを絶対の条件とした利害関係。そのつもりでいた。この時までは。

「もう一つ言っておくと、先程二人が噂していた話。あれは本当よ。
 私が作り出した半妖、贄が男から精を奪い、昇華して私に与えているの。命が失われた死骸は私が喰べたわ。
 私は『貴女達』と違って人を殺すのに何の躊躇いも罪の意識も感じないわ。貴女と主従の誓いを結んだのは、そういう『バケモノ』なのよ」

 ようやくファルは理解した。目の前で微笑んでいるモノは人ではない。英傑でも、悪党ですらない『バケモノ』だ。
 そして利用する、戦いに協力するなどと言った自分に対し、その本当の意味を突きつけ、嬲り、貶めようとしている。
 それは、この聖杯戦争がつまるところ殺し合いであるという事。それに積極的に関わる事は、己の意志で人を殺すという事。
 サーヴァントという存在も、仮初とはいえ生を得ている故、例えサーヴァントだけを殺させるように指示しても、それを操るマスターもまた殺人を犯すという事。
 その上、この『バケモノ』は、既に人殺しをしており、そのマスターである自分もその加害者の側であるという事だ。

 衝撃から落ち着いたファルは、初音の言葉とこの状況について考える。
 初音とは利用し合う関係だと自分から言った以上、見捨てるという言葉は本当だろう。
 では、私は直接自分の手で人を殺せるのか? 聖杯戦争と何の関係も無い、ただの少女を。
 これがもし敵のマスターの話なら――私は殺せる。きっと何の躊躇いもなく。
 殺さなければ殺される、という理屈ではない。他人の命が自分が戻るため、『夢』のために必要なら、迷わずに奪える。私はそういう人間だ。
 そう、私は結局行動を自分の損得でしか判断できず、選択の天秤の片側に載せるのは常に『夢』だ。
 しかし、無関係の人間を殺すというのは、リスクや損の方が大きいのではないだろうか。
 それでも、サーヴァントが殺さなければ見捨てる、とまでいうのなら、私はこの子を――

 ファルは捕らわれた少女を見、少女はファルの瞳を見返した。
 その時、ファルは少女の瞳に込められた思いを見た。

 二人が何の話をしているのか分からないけど、きっと彼女なら、誰にでも優しく親切なファルさんなら自分を救ってくれる。そんな純粋な瞳。
 当たり前の豊かさを何の苦労もなく当然に享受し、幸せに暮らしてきた証拠の無垢な瞳。

 ――その瞳は、ファルの心を苛立たせた。

 だから、ファルは初音からナイフを受け取った。
 思い出したからだ。ファルは死にもの狂いで何かをしなければ、何もできない人間だという事を。

13二人が紡ぐ物語の名は ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:04:09 ID:dd8F16Vc0
 ファルが少女に対し、馬乗りの体勢になり、初音は二人の横に回り込んだ。
 初音が手をかざすと、少女を拘束する糸が解れ、口はそのままに片腕が自由になった。
 少女はファルに馬乗りにされて、自分が見捨てられたと思ったのだろう。
 片腕でファルの服を掴み、引っ張り、突き放し、懇願するような唸り声をあげ、否、実際命乞いをしているのだろう。涙を流し、必死になって細腕に見合わない力でファルを引きつけ、また引き離す。
 少女が振り回す腕で、ファルの制服のボタンが胸から引きちぎられ、同時に首から下げていた銀製の羽のアクセサリーが畳に落ちる。
 ファルはその銀の羽を見つめた。初めは自分の『夢』の様に光り輝いていた二枚の羽。いつのまにか錆びて薄汚れてしまった羽。

 ――この羽は私だ。

「誰もが夢を見る権利があるって聞いたことがあるわ」
 ファルは少女に顔を向けながらも、誰を見ることもなく自身の過去に意識を飛ばし、言葉を紡いだ。
 それは綺麗な言葉だ。でもそんな現実はどこにも存在しない。ファルはそう確信している。
「でも夢を叶えるにはそれを支える生活や環境がいるのよ。それに、夢を見る事さえできない人間も沢山いるの」

 ファルシータ・フォーセットには『夢』がある。一人前のプロの、国一番の歌手として生きていくという『夢』が。

 だが、ファルは『夢』のために『夢』とは関係ない過酷な努力をしなければならなかった。

「だって、この世界は残酷だから」
 再び、ファルは自分の過去を思い出す。赤子の頃、親に捨てられた自分を。
 引き取られた孤児院の中、過酷な労働、僅かな豚の餌にも劣る食事、冬の寒さを防ぐ毛布さえ与えられぬ眠りを。
 そんなファルに残酷な世界が、薄情な神が唯一授けてくれた祝福が、歌の才能だった。
 孤児院を抜け出て歌の芸で小金を稼いでいた時、たまたま居合わせた貴族に才を見込まれて音楽学校に推薦入学できたのだ。
 でも、孤児であるファルには支えてくれる人がいない。夢破れても帰る場所も無い。小学校に通えなかったため、読み書きが満足にできないハンディもある。
 学校の学費は無料だが生活費は別に必要だし、歌詞や歌を勉強する本に費やす金も自力で稼がなくてはならない。

 プロの歌手という『人並みの夢』を追うためだけでも、いや『人並みの生活』だけでもファルは『人並み』を遥かに超えた努力をし、それ以上に人を利用しなくてはならなかった。
 良好な人間関係を持つ優等生という地位を築くために人の嫌がる頼まれ仕事も笑顔で引き受け、寸暇を惜しんで歌の練習に励み、アルバイトで金を稼ぎ、基本的な読み書きや詩集のような音楽に必要な他の教養を習得してきた。
 一方で、裏では必要と思った人間を自分に取り込み依存させるため、その人物の悪い噂を流し、講師にさりげなく、恩着せがましくならないよう慎重に取り入り、利用できる男なら誰とでも――醜聞が表沙汰にならないよう――寝た。

 ファルは蜘蛛糸にとらわれた少女の恐怖におびえた瞳を見、再び銀の羽に目を移した。
 ファルを捨てた親が、彼女へ歌の才能と共に与えてくれたもの。
 ファルが『夢』のために多くの者を利用し、裏切り、捨てていく度に。
 残酷な世界を憎み、裕福な人間を妬み、純粋無垢な人間を疎み、人と人との関係は、利用し合うだけのものと確認する度に。
 無意識に手でまさぐって、薄汚れていった銀の羽。

 ――この羽は私だ。私の心の羽だ。
 ――いつか錆び果てて『夢』に向かい飛ぶ力を失うかもしれない羽だ。
 ――それでも、私はこの薄汚れた銀の羽で、何処までも高く遠く羽ばたき続ける。

 ファルシータ・フォーセットは、歌を歌って生きていく。
 その『夢』のためなら、何でもできる。

 ――例え、人殺しだって。

「ごめんなさい。私は、自分の夢の為なら何でもできるひどい女なの」

 その言葉で自分の命運が断たれた事を悟った少女は、絶望の淵でもがき、狂えるように叫ぶ。
 ファルはそんな少女を冷たく見据えた。一度決意を固めたら、自身が驚くほどに冷静だった。
 そして片手で少女の暴れる腕を押さえ、片手で、ナイフを振り降ろした。

14二人が紡ぐ物語の名は ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:04:41 ID:dd8F16Vc0



 畳に赤い血が飛び散った。

 
 
 少女の首は、胴と分かれた。

 糸によって。初音が手から放った鋼糸によって。

 ファルがナイフを少女の喉に突き立てる寸前に。



「…………どうして?」
 返り血を浴びたファルが、初音に向かい問いかける。
「……あなたの望みでしょう? こんなことするくらいなら、どうして私に殺させようとしたのよ……」
 無言で近づく初音に、ファルは力が入りすぎて震える体で、今にも泣きだしそうな顔で、声で、問いかける。
 なぜ震えるのか、なぜ初音に問いただすのか。ファルは自分自身が分からず、涙が出そうになっていた。つい直前まで少女を本気で殺す気でいたというのに。
「さぞ怖かったでしょう、ファル? まるで冬の寒さで凍えているようよ」
 全身が固まったファルを、初音はやさしく、ファルの血まみれの手に銀の羽を乗せ、花びらを潰さず摘み取るような柔らかさで両手で覆った。
 ファルは一瞬身震いしたが、初音の手のぬくもりに、匂い袋の様な香気に、柔らかな笑顔に包まれ、硬直した躰が解れていった。
「気が変わったのよ。バケモノは気まぐれな生き物なの」
 初音は、ファルの掌の上にある、銀の羽についた血を優しく、滑らかに指で拭った。
「貴女の銀の翼は、汚れても尚空を目指すから貴女に似合っている。でも鮮烈な血の赤はそぐわないわ。覚悟を見せてもらえて、私はそれで十分満足よ」
 指についた血を初音はなめとり、片方の手で、ファルの髪を撫でる。
「手と顔、それと翼を洗っていらっしゃい。匂いが染み付いてしまうわ」



「ひとつの夢のため あきらめなきゃならないこと
 たとえば 今 それが……」
 ファルは手と顔、そして翼を洗いながら、未完成な新曲の歌詞を唱える。
 どんな惨劇があっても、どんなに心乱れても、歌えばファルは自分というものを取り戻せる。その点でファルは非凡な努力と才能の持ち主だった。
 放課後の夜、しかも初音の陣地内には最早誰もいない。返り血に汚れた服を人に咎められる心配をする必要も無く、ファルは歌詞を紡ぎ続ける。
「居場所はどこだろう? 私の役割はなに?
 ずっとずっと思ってた そしてみつけた気がしたの……」
 居場所。役割。それはプロの歌手。それも最高の実力と栄誉を得た上での。それがファルの目指す居場所で役割で『夢』だ。
 だが、ファルは最近それを思う時、不安が心をよぎる。
 ファルが歌を歌い続けるという『夢』を目指すのは、生きる為だけではない。幸せのためだ。
 歌のレッスンで、アンサンブルが上手く調和したときは楽しい。演奏会で賞賛されるのは、生きている実感が湧いてきて嬉しい。その時は演技ではない、ありのままの、本心からの笑顔が出るのが心地よい。
 だからこそ、生活の全ては歌の修練に集中するためのものだった。さらに上の実力を身に付け、より多くの人々を魅了し、より大きな舞台で歌うのがファルの『夢』であり幸せなのだから。
 そうして高みを目指し努力している途中で、ファルは何時しか気づいてしまった。
 自分の歌には、歌声には何かが足りない、欠けているモノがある、と。それを自覚してしまった。
 
 自分の歌の才能は裏切らない。努力に応えて力が上がっていく。この歌の才能が有れば、自分一人の力で生きていける。自分の歌だけで『夢』を、全てを手に入れる。それがファルの精神を支える原点。
 だが、本当に人間一人では生きてはいけない。だからファルは対人関係では笑顔の仮面を被り、礼儀正しく振舞い、人の信用を勝ち取ってきた。
 それでもファルは「全ては自分の為」「自分は人を利用している」「人は互いを利用し合っている」「夢の為には必要な事」と思えばこそ、強く自分という存在を保つ事が出来たのだ。
 それを、歌の才能そのものに疑いを抱いてしまっては、ファルシータ・フォーセットという『夢』に向かい飛び続ける生き物は、一瞬で地に墜ちてしまうだろう。
 
 この不安を抱いた時、ファルが想起するのは二人の奏者の顔だ。ファルに足りないモノを支え、実力を高めてくれるであろう音を奏でる二人。
 あの二人のうち、どちらかを手に入れれば、私はさらなる上の領域へと到達出来る。
 だから私は、二人を利用するために人を傷つけ、人を騙し、朗らかな笑顔で取り入り……。

 ふと、ファルは鏡で自分の顔を見かえした。そこに映るのは暗く澱んだ瞳だ。あの少女の無垢な瞳に比べて、自分はなんて薄汚れてしまった事だろう。
 だけど後悔なんてしていない。もし、してしまったなら、今まで利用し、裏切ってきた人達全てにどんな顔を向ければいいのか。謝ることさえできない。そんなのは御免だ。
 今までの境遇と努力と、利用してきた人たちの顔を思いだし、ファルの瞳は精彩を取り戻してゆく。

「やがて 覚悟が芽ばえていた この夢のためならば 他を捨ててかまわない……」

15二人が紡ぐ物語の名は ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:05:01 ID:dd8F16Vc0
 ファルが部屋から出たのを確認した初音は、畳の上に座り込んだ。膝を両手で抱え、体を小さく折りたたんでみる。
 初音のスカートの中から子蜘蛛が大量に産みだされ、少女の死骸に覆い群り埋め尽くした。子蜘蛛は死骸の血を啜り、肉を食み、骨を齧る。
 生きている人間の精を直接吸うのに比べれば、死体を、それも間接的な形での摂取は劣るが、それでも若い生娘の肉体は初音に上質な精を提供してくれる。
 力が漲る感覚を味わいながらも初音に歓喜の気持ちは無く、かつて経験した事のない感情に戸惑っていた。途方に暮れていたのである。

 鬱々として気が晴れない。退屈とは違うこんな気分は初めてだ。
 先程、己の主を試そうとしたのは、ファルに人殺しを経験させるのは、心変わりする寸前まで本気だった。
 それがなぜ、直前でそれをやめて私自ら殺したのだろうか。残酷で嗜虐的な私がなぜ。

 廻々、狂々と頭が茹だるほど悩んでも答えは出ない。元々初音は気まぐれな生き物だ。
「銀……貴方がここに来ることができたなら、一体どうしたのかしら?」
 別の事を考えようと、初音は宿敵の名を口にする。その言葉には愛憎が、敬愛と侮蔑と友情と殺意が交錯し、混ざり合っている。
 だが、それもサーヴァントとして別世界に召喚された初音には、最早思っても詮無い事だった。
 無意味さに気づいた初音は、再び自分の主人となったファルシータと己の事を思い見る。

 妖としてあって数百年。人は生まれ、死んでゆき、花は咲き、そして散る。時が移ろう中、私はいつしか瑞々しい感情を失い、ヒトの籠絡と凌辱、それらによって人間が外道へと堕ちてゆく過程に愉悦を見出していた。
 今はヒトを籠絡し、感情や道徳を引き裂き踏みにじるのは楽しいし、身も心も凌辱し、快楽と絶望の虜に墜とすのも面白い。化物と恐れられるのも心地良い。
 そんな私が、心変わりしたのは――そう、恐らくあの主人を堕としたくないと思ったからだ。直接その手を血で汚させたくないと思ってしまったからだ。なぜだろう。私は狂ってしまったのだろうか。

「なんであの子がこんなに気にかかるのかしら。……かなこ、貴女とは全然違うのにね」

 深山奏子。銀との戦いによる傷を癒すため、入り込んだ学校。そこで偶然見つけた倉庫で輪姦されていた少女。
 この手の下衆共が嫌いな初音は男達を皆殺しにし、奏子だけは気まぐれで殺さずにしておいたが、彼女は化物の初音を怖がるどころか逆に初音の内側に踏み込んできた。
 初音は初め、奏子を遊び相手としか思わず、弄び、嬲っていたが、それでも初音を慕う奏子によって、初音は少しづつ奏子を妹の様に思うようになっていった。
 いや、もしかしたらそれ以上、それ以外に思う様に。だから、初音の願いは「元の世界での自身と奏子の行く末を知りたい」である。

 奏子のおかげなのだろう。化物の私が、ほんの少しだけヒトの心を持つようになったのは。
 でも、それは変わるのと、狂うのとどれほどの違いがあるのだろう?

『やがて 覚悟が芽ばえていた この夢のためならば 他を捨ててかまわない……』
 初音の耳にファルの作った歌の歌詞が聞こえてきた。初音は陣地内で糸を通じ、全ての気配、音を感じ取れる。その歌詞を聞いた時、初音は自身の中に芽生えたヒトの心が、未知の思い、そして既知の感情を揺り動かすのが分かった。

 この思いは何? 銀への思いとも、奏子への思いとも違うこの思いは何?
 全く分からない。だけどファルの歌を聴く度、実感できることがある。それは、私が生を歩み始めたあの頃の……。

 思案に暮れる初音に、ファルが部屋へと戻る足音が聞こえてくる。
 初音は子蜘蛛を元に戻して立ち上がり、スカートを払って足の甲を床につけ、両膝から畳に腰を据えた。

 そこにいるのはいつも通りの女郎蜘蛛の化物「比良坂初音」だった。

16二人が紡ぐ物語の名は ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:05:28 ID:dd8F16Vc0
 ファルが部屋に戻ると、初音は畳の上に鎮座していた。
 部屋を見ると、有るべきはずのモノがない。畳に染みひとつ無い。
「あの子の……死体は、どこへやったの?」
「喰べたわよ。骨も残さずにね。貴女には本来魔力を生む資質がありませんもの。
 足りないものを他で補うのは、この聖杯戦争では当たり前の事よ」
 ファルに魔力の素養が無いことは、ファル自身も知っている。ファルの世界には、演奏者に魔力が無ければ音を鳴らす事も出来ない「フォルテール」という鍵盤楽器があるからだ。
 そのフォルテールが見滝原に、この世界に存在しないことが、ファルに記憶を取り戻させる切欠となったのだ。
「確か、あなたは戦いの防具用に、私の服を織るって言ってたわよね。制服の着替えはある?」
 ファルは冷静に話題を変える。
「そこの押入れの中よ」
 初音は襖を指差した。
「服は多少の魔術や刃物、銃弾程度なら跳ね返すくらいの力を持っているわ。
 そして蜘蛛は潜んで獲物を待つ者よ。魔力を隠蔽して、普通の服と全く変わらないよう仕立ててあるわ。
 大抵のますたぁやさぁばんとには気づかれない自信はあるけど、私より探るのが上手の敵なら感付かれるから注意なさい」
 ファルが着替える為、押入れに向かおうとした時、初音の声が足を止めた。
「着替える前に貴女の歌を聞かせて頂戴。貴女が、貴女自身のために作った歌を」
「それって……『雨のmusique』の事?」
 作詞、作曲ファルシータ・フォーセット「雨のmusique」。それは元居た世界で通っているピオーヴァ音楽学校の卒業課題のために作った歌だ。
 ピオーヴァ音楽学校の卒業課題は、自分で作詞、作曲し、独唱か演奏者のパートナーを選び、演奏会でその歌を歌うというものだ。
 演奏会には講師の他にも、楽団に所属するOBもいる。成果次第では即プロへの道も開ける。
「そんなの、着替えてからでも」
「お願い」
 初音の声は穏やかではあるが、有無を言わせない圧迫感があった。
 ファルは数秒ほど惑ったが、結局歌う事に決めた。

17二人が紡ぐ物語の名は ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:06:05 ID:dd8F16Vc0
 グレイの空 雨の糸
 街中 霧に煙る
 こんな日は 少しだけ
 やさしい気持ちになれそうよ

 歌えばファルは、いつも通り真摯に歌へ集中する。『夢』の高みへと羽ばたく純粋で誠実な思いを込める。
 だが、ファルの歌声は、素人の初音にも分かるほどいつもとは違う。
 重く、締め付けるような、まるで逃げ出したくなるような……。
 それでも、終わってほしくないような、いつまでも聞いていたくなるような……。
 そんな不思議な音色だった。

 Look at me Listen to me
 だれかを愛して
 君が必要と言われたなら どんなに…

 「必要と言われたなら」。その歌詞で、初音の脳裏に奏子の顔が浮かぶ。『バケモノ』の初音を受け入れ、慕った奏子。
 初音は歌うファルに目を向ける。こんな歌を作りながら、人は利用し合うものだと言い切ったファル。
 歌うファルを見る初音には、得たヒトの心からまた新たな未知の思いが浮かんでいくのを感じた。

 Look at me Listen to me
 アタシヲアイシテ
 だれも知らない心 見抜いてくれたら…

 ファルは歌いながらも、初音の変化した表情に驚いた。
 初音から、いや他の誰からも向けられたことのない、全く理解できない表情。瞳の光。
 それを見た時からのファルの歌は、ファル自身も知らない全く新しい音色に変化していた。

 Look at me Listen to me
 アタシヲアイシテ
 だれも知らない私が ここにいるのよ

 歌を終えたファルは、顔から一切の表情が消え、呆然としていた。

 心臓の音が聞こえる。芯が冷えた頭に、空白な意識に強く、鳴り響いている。

 歌声に欠けているモノが埋まった。ファルはそんな確信を得た。

 歌がさらなる高みへと指を掛けたというのに、ファルの心には高揚も、感慨も、何も無かった。
 あったのは、疑念と、絶望に近い空虚。
 
 私が作ったこの「雨のmusique」は恋の歌。曲調も歌詞も、誰に対しても受け入れられるよう計算して作った愛の歌。
 だけど、曲の最後で自分をさらけ出す部分の歌詞は、私の密かな願いが込められている。
 優しく親切で、誰からも好かれる『私』じゃない。多くのものを捨て去り、多くの人を利用し、裏切り、薄汚れてしまった『私』。
 そんな穢れた『本当の私』を知って、それでも尚受け入れてくれる人がいたのならどんなに……。

 あの表情は「私は貴女の全てを受け入れる」という意味だったのだろうか。だとしたら――なんて皮肉。
 私が『本当の自分』をさらけ出しても、それを受け入れてくれるのが他の誰でもない、人ですらないこの『バケモノ』だなんて。
 それが私の歌に欠けていたモノを埋めてくれるだなんて。
 まるで私の心も『バケモノ』同然と言われているようじゃないか。

 ――私は、本当に本物の歌手になれるのだろうか。私の歌に価値はあるのだろうか。

 急に、ファルは人恋しくなった。『あの二人』に会いたいと思った。
 ファルの歌に足りない、欠けているモノを埋めてくれると思えた二人のフォルテール奏者に。

 魔力で演奏するフォルテールは奏者の資質、特に強い感情によって音が聞き手の心を揺さぶるほど大きく変化する。
 一人は美しくも悲しい、そして受け入れてくれるような音色と朧げな表情に深く惹かれ、もう一人は誰よりも憎く、妬ましいが儚くも強く抱きしめられるような音色に魅了された。
 正負の違いはあるが、人との関係を「有用」か「無用」かだけで判断してきたファルにとって「利用価値」以外の強い感情を抱くその二人は、特別な存在だった。

18二人が紡ぐ物語の名は ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:07:12 ID:dd8F16Vc0
「……着替えるわ」
 虚ろな表情で微かな声を発し、ファルは辿々しい足取りで押入れに向かう。
 襖を開け、血に濡れた制服を脱いだ。白い肌が外気に晒される。

「ファル」
 足音も気配もなく、いつの間にか初音はファルの側まで近づき、肩を掴んだ。
 制服がファルの手からすとんと落ちる。
「まだ聖杯戦争について、私について説明が終わってなかったわ」
 ファルの耳元で、優しく、甘く囁く。
「私はバケモノだけど、化物退治の英雄達に比べれば弱いのよ」
 事実である。宿敵である銀との実力差は圧倒的で、初音が本性を現してもようやく勝算が1、2割程度あるかどうかだった。
「それでも、補う方法はあるの」
 初音は薄く、妖しく微笑んだ。
「一つは、人を喰らう事。純粋で穢れなき魂を墜とし、精を吸えば今以上の力を引き出す事が出来るわ」
 それはサーヴァントは成長も劣化もしないという原則に反する能力、初音の生き方に由来した宝具によるものだ。
「もう一つは――」
 初音はファルをかき抱き、そのまま畳の上に仰向けにして押し倒した。
「貴女と深く繋がる事」
 初音はファルの首に歯を立てた。ファルはちくりと痛みを感じ、顔を歪める。
 次の瞬間、ファルは動悸が激しく高鳴り、躰が燃える様に熱くなり始めた。
 初音の尖った歯、牙がファルに蜘蛛の毒を注入したからだ。
「繋がりをより深く、強くすれば貴女の精を直接吸い取って、私はより強力な力を得られる」
 初音はセーラー服を糸に戻して解き、その体をあらわにした。ファルのそれより滑らかで肌理細かい肌。均整の取れた身体。黒々と濡れたように輝いた髪。
 同性から見ても羨望に値する肉体。だが、ファルの虚ろな瞳は一点だけに集中していた。
 初音の股間には、女性に本来ない器官があったからだ。
 
 繋がりを深くとはこういう事か。ファルはこれから自分に起きる事態を理解した。
 他人事のように。無理やり引き出された快楽を、空白な意識で受け流しながら。
「……好きにしなさいよ」
 ファルは何もかもどうでもよくなっていた。奈落の底まで落ちたい気持ちだった。
 『夢』が見えなくなった、追えなくなった自分に価値なんてない。汚れるならどこまでも穢れてしまいたい。
 この『バケモノ』が私を犯すというのなら、いっそ身も心も何もかも壊してもらいたい……。

「自分を見捨てる必要なんてなくてよ、ファル」
 自身の心の内を見透かされ、ファルははっと初音を見返した。
「貴女の歌は『バケモノ』の私の心さえ震わせたわ。だったら、人の心に響かないはずがないでしょう?
 もっと誇りを、自信を持ってもいいのよ」
 もう初音は笑っていなかった。ファルにもはっきりと伝わるほど真剣に、本気でファルの心を案じている。
「あなたは……!」
 だが、その態度は、逆にファルの逆鱗に触れた。
「あなたは、一体何がしたいのよ! 
 私に人殺しをさせようとしたり、寸前で自分で殺したり! 無理やり歌わせて、私が歌に自信を失わせるようなまねをして、勝手に励ましたり!
 ふざけないでよ、私を弄んでそんなに楽しいの!?」
 怒りに任せて、灼けつく喉で叫ぶ。ファルがここまで激情を露わにするのは、これまでの人生の中で初めてだった。

19二人が紡ぐ物語の名は ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:07:29 ID:dd8F16Vc0
「……バケモノは退屈な生き物なの」
 そう言って、初音は寂しげに微笑んだ。
「全てが起こり、栄え、滅び、風化して、無為に消えていって、それでも私はそのままであり続けなければならない。世界が私を置き去りにしてゆく。続くのは永遠の退屈よ」
 それは木石と何の変わりがあるだろう。いや、初音は人を襲う事を考えれば、時にがけ崩れで人を飲み込む山というべきか。
「そんな私に、貴女の歌は、歌う姿は私に知れない未来の楽しさを、私が生きている事を、私の流れる時を感じさせてくれるの」

 私は本来、ファルの様な女に魅惑を感じない。澄んではいない精気、傷ついた魂。それらは私の好む物ではない。
 だが、私はファルに単なる欲情、昏い愉悦以外の、それ以上の何かを得たヒトの心に抱いていた。人が抱く思慕や情景とは似て異なる、何かを。
 それはファルの『夢』に、歌に対してだ。ファルの真摯さ、誠実さに満ち溢れた歌、歌う姿は私に蜘蛛の妖に生まれたての頃の、世の中の全てが美しく輝いて見えた頃を思い出させてくれる。
 理由は分からない。何か魂に通じるものがあるとしかいいようが無い。だが、この感情を蘇らせてくれる事実に比べれば、理由なんてどうでもいい。
 まるで思春期を迎えたばかりの少女の様な新鮮な感覚を、未知で広大な世界へ踏み入る感動を、遠い遠い月日が奪い去った鮮やかな景色を。ファルの歌は私にそれらを思い出させてくれる。

 歌を改めて聴いてようやく自覚した。私はファルに惹かれている。彼女の乾いてざらついた心に。それでも天上の星を目指す純粋な思いに。人の信義を裏切りながらも、ただ一つのものを求める至誠に。
 思えば『夢』を見る事が出来る人間は、私の知る限りごく一部の豊かな人間だけだった。殆どの人間はその日を暮らすのに精いっぱいで、一握りの糧の為互いを利用し合い、その結び付きから外れた者は命まで奪いつくされる。それが私の知る人間だ。
 だが、ファルは地を這う虫よりも生きるのに過酷な環境に置かれながら、己の才能と器量を磨き、そして人を利用し人を踏みにじり『夢』を手に掴もうとしている。
 『夢』の為に泥を舐め、星を見上げ飛び続ける。この泥と星を同時に見る彼女の稀有な在り方に私は魅せられている。

「ファル。私は貴女が気に入ったのよ。貴女の穢れた心、それでも夢を純粋に追う至情、そして貴女の歌がね。
 私が人を喰らい、戦うのは私が生きるためだけど、それ以外に貴女が元の世界へ戻るために力を貸してもいいと思っているわ」
 初音はファルの汗ばんだ肌を掌で拭き、甘い息で喉を撫でた。ファルの身体が快感で跳ねる。
「……私の、為に……あなたが力を貸しても……。私は……感謝なんて、しないわよ……。私は……誰にも……感謝なんて、しない……」
 毒が回った熱い躰が荒い息遣いで冷気と酸素を求め、思考に靄がかかる最中、それでもファルは強い語気で初音に吐き捨てる。
「……どうせ……人は、利用し合うだけの……生き物だから……」

 結局ファルシータ・フォーセットは、そういう生き方しか、薄汚れた生き方以外選ぶことが出来なかった。

 初音は華やかに、妖艶に、皮肉気に笑った。その笑みは、ファルには『人』は『私』の間違いじゃないか、と言っているように見えた。
 そして初音は、ファルの躰を好きにした。

 初音が人を喰らう本気の行為に、ファルは悶え狂い、泣き叫び、果てては蘇り、蘇っては果てる。

 結局比良坂初音は、こんな形でしか、化物としてしか情愛を示せなかった。

 それでも、この瞬間、まるで『飢え』を満たすかのように二人は互いを求めた。
 何に『飢え』ているのか、その正体が分からないまま……。

 ――二人は紡ぐ。互いを結ぶ縁の糸を――

20二人が紡ぐ物語の名は ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:08:19 ID:dd8F16Vc0
【マスター】
 ファルシータ・フォーセット@シンフォニック=レイン
【マスターとしての願い】
 聖杯なんていらない。元の世界へ戻る。
 だけど、聖杯がなければ帰れないのなら、その時は……。
【weapon】
 無し
【能力・技能】
 夢に向かう確固たる意思。そのために努力を惜しまず、あらゆる手段を実行に移す行動力。人を裏切る行為や真意を隠す演技力。
 それらを支える強靭な精神力が武器といえるかもしれない。
【人物背景】
 近代イタリアに似た世界の出身。ピオーヴァ音楽学院の声楽科3年生で、元生徒会長。17歳。
 優しく、おしとやかで、誰からも好かれる人物。
 夢はプロの歌手で、そのための努力は惜しまず、才能も講師たちから高く評価されている。
 非の打ち所が無いところがかわいげがないが、嫌味も感じさせないほど、さわやかでもある。

 その裏では、平気で人を利用し、裏切り、捨てていく。
 人間関係は互いを利用し合うものと考え、誰にも感謝などしない。
 自分が捨てられた境遇を、世界を憎み、貧しさから必死に抜け出そうとしている。
 裕福な人間を妬み、自分を孤児院から引き上げた貴族を嫌いだと言い切る。
 純粋な人間を疎み、今までしてきた努力や裏の所業を知らずに無垢な瞳で憧れなどと言われると、その人物に殺意さえ覚える。
 そんな彼女は、夢に対してだけは限りなく純粋で誠実なのだ。
 その実現のためには、どんな努力や忌まわしい所業をも厭わないとしても。
【方針】
 自分の様に巻き込まれ、脱出を目指すマスターを探し、本性を隠して手を組む。
 戦うか、脱出か、自分から決められないような中途半端なマスターは徹底的に利用する。
 戦いに乗ったマスターに対しては、まず情報、特に弱点を探る。
 とにかく打てる手段は思いつく限りすべて打ち、自分の利用できる武器はすべて使う。

21二人が紡ぐ物語の名は ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:09:17 ID:dd8F16Vc0
【クラス】
キャスター
【真名】
比良坂初音(ひらさか はつね)@アトラク=ナクア
【パラメーター】
筋力:C 耐久:D+ 敏捷:C 魔力:A 幸運:B 宝具:C
【属性】
混沌・悪
【クラス別能力】
陣地作成:C+
 自身に有利な陣地を作成できる。
 隠蔽に特化し、気配察知に優れたサーヴァントでも探るのは困難。元の場所と違う意匠でも全く違和感を感じさせない。
道具作成:C+
 魔力を帯びた器物を作成できる。
 糸で衣服や建物、生活用品などを織り上げる事が可能。やはり隠蔽に特化し、魔力の察知は困難。
【保有スキル】
堕天の魔:B
 彼女は堕ち、穢れ、それでも人を魅了する女郎蜘蛛である。
 真正の魔獣、魔物でしか持ちえない強い生命力や再生能力、スキルを得ている。
 人ではない事で、対人用の精神干渉への耐性も持ち合わせる。
吸精:A
 男女を問わず、相手の生命力、精を吸い取る事で幸運を除いたパラメーターをアップさせる。急速な傷の回復も可能。
 上昇値は吸精した相手の質と量による。
変化:C+
 文字通り『変身』する。女郎蜘蛛より人間の姿へと擬態している。
 サーヴァントの気配、ステータスや魔力を隠匿し、人間『比良坂初音』として認識されるようになる。
 手足の一部だけを解き、蜘蛛のそれへと戻すこともできる。この場合、筋力、耐久、敏捷値が上昇する。
怪力:B
 一時的に筋力を増幅させる。魔物、魔獣のみが持つ攻撃特性。
 使用する事で筋力をワンランク向上させる。持続時間は“怪力”のランクによる。
女郎蜘蛛の籠絡:A
 男女問わず、心の隙間につけ入り、傷を広げ苛み弄び犯すための魅了の手腕。呪術、暗示も含むスキル。
 気を当てられた相手は徐々に初音に魅了されてゆく。逆に気を分け与える使い方なら体調や傷を回復させられる。
 他に糸で人の会話を収集したり、糸を付けた相手の記憶や意識を操作し、身体能力の限界まで操る事が出来る。

22二人が紡ぐ物語の名は ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:09:39 ID:dd8F16Vc0
【宝具】
『他者擬態・蜘蛛乃巣(アトラク=ナクア〜ゴーイング・オン)』
ランク:C 種別:結界宝具 レンジ:10~40 最大補足:1000人
 初音が生み出した八体の要蜘蛛を用い、糸の結界を張る。
 結界は内部、外部の人間の精神に働きかけ、特定の領域を巣として人目につかないよう遮断し、記憶は初音の意図したとおりに改竄される。
 巣の中で初音にとらわれた人間は初めから存在しない者として扱われ、それを誰も疑問に持つことは無い。
 だが、要蜘蛛を仕留められる度結界は綻び、暗示が徐々に解けてゆく。
 戦闘時は無数の糸を吐き出す矛にも、巣と網、糸柱を幾重にも張り巡らす盾や罠にもなる。
『自己変態・女郎蜘蛛(アトラク=ナクア〜ヒュージ・バトル)』
ランク:C 種別:対妖(自身)宝具 レンジ:0 最大補足:1体
 身の丈十尺を越える女郎蜘蛛としての本性を現す。
 魔力と幸運を除いた全ステータスが1ランクアップ。後述する蜘蛛の糸や子蜘蛛の力も上昇する。
 吸精によりさらに巨大化し、全ステータスに+補正が付く。
 純粋無垢で最上質な魂を数十人も喰らえば、++補正が付くほど強化し、さらなる巨大化を果たすだろう。
『他者変態・妖ノ贄(アトラク=ナクア〜アダプション)』
ランク:D+ 種別:対人宝具 レンジ:― 最大補足:1人
 初音の網にかかった人間を、魔力を用いて不老の半妖(初音は贄と呼ぶ)へと変化させる。
 自我はある程度あるが初音に服従し、自らが蓄えた精、他者から奪った精を初音に提供して数十年をかけて滅んでゆく。
 本来は人間を初音の同族として造り替える能力である。

 以上の宝具は、クトゥルフ神話のアトラク=ナクアとは何の関係も無いのだが、その在り方の類似性から名がつけられた。
【Weapon】
蜘蛛の糸
 鋼鉄の数倍の硬度とカーボンファイバー以上の引張応力、瞬間接着剤以上の粘着力を併せ持つ。
 蜘蛛の巣のいわゆる縦糸と横糸のように、粘着性が有る粘糸、無い鋼糸とを調整できる。
 人間を操る起点にもなる。
子蜘蛛
 初音がほぼ無限に生み出せ、人間を喰らう。
 人間に仕込めば催淫剤にもなる。
【人物背景】
 齢400年を数える女郎蜘蛛。
 しとやかで妖艶で古風、凛々しく儚げ、そして残酷で気まぐれに優しい。

 宿敵である銀との決戦の果て、重傷を負った初音は傷を癒すため、ある学校に潜伏した。
 そこで凌辱されていた少女、深山奏子を気まぐれに救った事で初音の運命は廻り始める。
【サーヴァントとしての願い】
 仮初といえど、生を得た以上、それを自ら放棄する気は無い。ただ生き残る。
 そして、願わくば自身と奏子の行く末を……。

【把握資料】
 両方とも十数年前に発売されたゲームなので、入手は少々手間取ります。
 ただ、某動画サイトで全プレイ動画が投稿されているので、そちらなら把握は容易です。
 二人とも小説版で過去と心情が深く掘り下げられているのですが、入手困難です。

 シンフォニック=レイン
 HDリマスター版がSteamで販売されています。
 アトラク=ナクア
 廉価版がamazonで中古で販売されています。

23 ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:10:05 ID:dd8F16Vc0
以上、投下終了です。続けて投下します。

24剣鬼弐匹 ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:14:28 ID:dd8F16Vc0
 この街『冬木市』には現在さまざまなマスター、サーヴァントが集まっている。そのためいろいろな噂が流れている。
 例えば――犯罪者を狩る、サムライとニンジャの二人組のような。

 冬木市から外れた地区には、大きな森がある。
 そう、少々の銃声程度では周囲の住民に気づかれないほどに。
 その中で起こる爆音、そして炎。周囲に立ち込める硝煙の匂い。
 森は四人の男により正しく戦場と化した。

 追う側は二人。
 一人はボディアーマーにフルフェイスヘルメットの完全武装の兵士。
 一人は迷彩色のズボンに上半身は何も着ず、筋骨隆々の身体をさらしている男。肩には弾帯をたすき掛けにしている。
 二人の軍人は、手にそれぞれFN F2000とM134を抱えていた。
 
 追われる側は二人。
 1人は下半身に黒い小袴、足袋。上は手に手甲、長袖の黒い着物の上から羽織を着た総髪隻眼の男。
 彼は人間業とは思えないほど、縦横無尽に林を駆け、十数mを飛び跳ねる。
 もう一人はジャケットにジーンズ。顔に掛けたサングラスの淵からのぞく目尻には、頬まで届く深い傷跡。手にする杖から見ても、彼が盲目である事は一目瞭然だった。
 だが、彼は盲目とはとても思えないほど、まるで見えているかのように走っている。

 もし、彼らの生死を分けた理由を求めるとするならば。
 それは、心構えだったのかもしれない。

 林の中、木の裏側に片目総髪のサーヴァントは逃げ込んだ。
 軍人が木ごと砕かんとミニガンのスイッチを押そうとした瞬間、総髪の男は手より輪状の武具を召喚し、上空へ投げた。
 その行動に何の意味があるのか、軍人が一瞬思考したことで、二人の生死を分けた。
 暗闇の中、ぷつん、と何かが切れる音が鳴り、次に軍人の真上から銀で編まれた網が落下した。
 軍人の身体に絡みつく網。皮膚にまとわりつく違和感。男は自分の慢心に対し激怒する。
 初めからあのサーヴァントはこの場所に罠を仕掛けていたのだ!
 だが、この程度ならミニガンの銃口を相手に狙い、スイッチを押すのに支障はない。
 男は銃口を向けようとし――そこで初めて罠が一つだけでないことを悟った。
 男の真上から独特の飛来音を発し、落下する輪状の武器。総髪のサーヴァントは既に棍を召喚し、振りかぶっている。
「輪とこの棍、どちらを避ける!」
 総髪の男が叫ぶ。
 軍人のサーヴァントは一瞬戸惑う。だが瞬時に思考を切り替え、遠くの間合いより投げられる棍より近くの輪を避ける方が先決と判断。
 地面に転がり、輪を避け――そこで思考が途絶えた。
 軍人のサーヴァントは総髪のサーヴァントの操る棍の特性と威力、速度を見誤っていたのだ。
 総髪の男はまるで稲妻のごとく棍の節を外して伸ばし――節の間に鎖が仕込まれている七節棍と呼ばれる武器だ――軍人の男の頭蓋を打ち砕いていた。

25剣鬼弐匹 ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:14:57 ID:dd8F16Vc0
 軍服と盲目の男の戦いも佳境を迎えていた。
 軍服の男は弾倉を落とす。球を打ち尽くしたと見た盲目の男は、目の前の男に向かった突進した。
 だが、実は軍人の男はライフルの薬室に一発弾丸を残していた。
 この距離なら外しようが無い。男はヘルメットの中でほくそ笑む。

 その余裕が、二人の生死を分けた。

 ライフルから銃弾が発射。頭部へと確実に命中するはずだった弾丸は、正眼に構えた刀に直撃し――二つに分かれ、男の背後にある木に当たった。

 ライフルの弾を剣で斬った!?

 驚愕した男は慌てて弾倉をライフルに挿入しようとし。
「遅い!」
 瞬間、盲目の男は軍人のマスターに斟酌の間合いまで接近していた。十間を一息で詰める古流剣術の歩法だ。
 男は真上に刀を掲げ、振り下ろす。軍人はとっさにライフルを掲げ盾にした。
 刀とライフル。本来ならば防げるはずが、ライフルは鏡のような断面を残し、切断された。
 さらに男は振りおろした両腕を返し、瞬時に切り上げる。徹甲弾でさえ防ぐNIJ規格レベルIVのボディアーマーがあっさりと切り裂かれた。
 軍人のマスターは切断面から血を噴出させ、どう、と音を立て倒れた。

 男は刀の血振るいをし、残心。周囲に殺気を感じないことを確認し、杖に納刀した。
 杖を地面に突いた男に、暗闇の中何処からか近づいてきた総髪のサーヴァントが話しかけた。

「護、そちらも無事だったようだな」
「無事と言えば無事だが……今一つな戦いだった、土鬼」
 サングラスをかけた盲目のマスター――土方護は総髪隻眼のサーヴァント――土鬼に対し、不満をあらわにした。
「一撃で相手を仕留めるべきだった。切り上げの際に予備の拳銃を突きつけられたら、そこでお仕舞いだったからな」
 護はサングラスのフレームを中指で押し上げ、土鬼に対し顔を向けた。まるで、見えているかのように。否、彼は真実盲目だが『見えて』いるのだ。
 護の視界を見る者がいれば、一昔前の3Dゲームか3DCADを想起するだろう。護の目に映る光景は、黒いバックに白いワイヤーフレームで構成された世界だからだ。
 その理由は護の書けるサングラスにある。このサングラスは、サングラスと杖の先端から発せられた超音波の反響音から立体映像を分析、構成し網膜に直接投影する最新鋭の視覚障害者用補助システムなのだ。
 本来は単体だと解析が遅れ、スパコンのバックアップがあってリアルタイムで機能する代物だが、なぜか現在も問題なく使用できている。
 聖杯戦争に参加する盲人に対する、せめてものハンディってやつか。そう護は判断していたが、理由は不明である。
 何時停止するか分からないゆえさほど期待はしていないが、敵が見えないと勘違いするなら利用する。その程度には護はサングラスの利点をとらえていた。
 実際護は見えずとも他の四感で戦える鍛錬を積み、殺気で敵の位置を判断する事が可能なのだから。

26剣鬼弐匹 ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:15:13 ID:dd8F16Vc0
「そっちこそ、お前がその気なら一撃で仕留められたんじゃないのか」
「かもしれん。だが俺はまだ、サーヴァント戦にも現代戦にも熟知していない。敵を知り、己を知らばというやつだ。
 特に、サーヴァントとマスター2人に対しどのように接すれば、一騎ずつ分けられるか知りたかった」
「そういえばお前の望みからすればそれを知るのは当然か。全く『サーヴァントとの一騎討ち』ってのは……およそ暗殺者(アサシン)らしくない望みだよな」
「クラスは俺が決めた訳じゃない。俺を、いや英霊を完全に召喚するのは聖杯といえど不可能だった。そのためクラスを当てはめる必要があった。
 そして俺の適性はアサシン以外になかった。それだけの事だ」
 護は懐からサーヴァントカードを取り出し、手で回した。
「俺は聖杯なんぞ興味は無いし、勝手に人を呼び出し殺し合いをさせる奴の思惑通りに動きたくない気持ちもあるが」
 護は杖の先を指で弾いた。
「一方でそんな事はどうでもいい、と考える自分もいる。俺が求めているのはこの剣を振るえる『戦場』と『理由』だからな」
「戦場ならお前の時代にもあるのではないか?」
「お前のように剣術や棒術が実戦で使われる時代ならまだいいさ。
 だがさっき戦った連中のように、銃器が戦闘の主たる武器に変わった現代で剣を振るう事しかできない阿呆がどう生きていけばいい?」
 護は杖の先で地面をたたいた。
「だから、手前勝手に人を呼びつけサーヴァントとやらを召喚させ、さあ戦えというのは腹が立つが、戦いそのものはむしろ望むところなのさ」
「随分と身勝手な理屈だ」
「自ら望んだ道だ。その程度の覚悟は必要だろう。俺は『手段』のためなら『目的』は選ばんからな」
「そこは俺も同じだ。俺がこの聖杯戦争に求めるのは、聖杯を手中に収める『結果』ではなくそこまでの『過程』。俺の修めた裏の武芸が古今東西の英霊相手にどこまで通用するかだからな」
 土鬼は袖の内に手を収めた。
「問題は、この聖杯戦争の場合、誰がマスターに選ばれるか、俺たちサーヴァントには基準が不明という事だ。最悪の場合、何も知らない女子供がマスターになる可能性もある」
「そういう事態も有り得るか。覚悟も戦う術もない奴を戦争に巻き込めば、面倒くさい事になると決まっているんだ。全く、ふざけやがって」
 冷静な土鬼に対し、護は忌々しげに舌打ちした。
「そういう女子供となると、剣も鈍るか?」
 土鬼の問いに対し、護は足を止め、土鬼を睨みつけた。
「勘違いするなよ。相手がサーヴァントという『凶器』を俺にぶつけるのなら、例え女子供だろうと敵だ。そして俺自身が追い詰められれば、何者の命も絶つ! 過去そうしてきたようにな」
「祖に遭うては祖を斬り、仏に遭えば仏を斬る……というところか。それでも、無辜の人間まで殺そうとしないあたり、凶刃を振るう血に飢えた人斬りという訳でもないのはありがたい」
「もし、俺がそんな虐殺者だったらどうする気だった?」
「そんな奴、さっさと打ち殺して他のマスターを探すか、次の機会を狙ったさ」
「こいつ……」
 護と土鬼は互いを見つめ笑いあった。

 常識の枠を踏み越えた行動を、人は時に『狂気』と呼ぶ。それを為す者を『鬼』と呼ぶ。
 この二人は正しく習得した技を極める事のみを目的とする『剣鬼』であった。

27剣鬼弐匹 ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:15:42 ID:dd8F16Vc0
【サーヴァント】
【CLASS】
 アサシン

【真名】
 土鬼

【性別】
 男性

【出展】
 闇の土鬼

【パラメーター】
 筋力C 耐久D+ 敏捷A 魔力E 幸運A 宝具B

【属性】
 中立・中庸

【クラス別能力】
気配遮断:A+
 サーヴァントとしての気配を絶つ。完全に気配を絶てば発見することは不可能に近い。
 ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

【保有スキル】
千里眼:D
 視力の良さ。動体視力、遠近感、周辺視野、暗順応の向上。

直感:A
 戦闘時に常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。
 鍛錬、戦闘経験により研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に近い。視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。

一寸の見切り:A
 敵の攻撃に対し、間合いを計り回避する能力。同じ敵の同じ技は一度見れば完全に見切ることが出来る。
 但しランク以上の見切りを阻害するスキルでの攻撃、範囲攻撃や技術での回避が不可能な攻撃は、これに該当しない。

常在戦場の心得:B
 常に十全の戦闘能力を発揮するため、盤石の態勢を整える技術。
 デバフを無効化し、状態異常の防御や回復に有利な補正を得る。

戦闘続行:A+
 万人に一人の生命力。
 HPが0になっても、判定次第で蘇生する。

左腕不随:B+
 前兆なく突発的に左腕が麻痺し、長くて2時間は指一本動かすこともできなくなる。
 頭部に打撃を加えられると発症する可能性が高まり、回復するまでの時間も長引く。

【宝具】
『闇の土鬼』
 ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:― 最大補足:―
 裏の武芸を極めた土鬼の象徴。
 闇の武芸における全ての武具を魔力の続く限り無限に召喚し、自在に操る。
 武具はDランク相当の宝具として扱われる。

 七節棍:七つの節に鎖が仕込まれてあり、土鬼の技術により伸縮自在。
     土鬼はこれを主武器とし、両端を敵の間近で投げる戦法を用いる。
 霞のつぶて:指で石、または鉄の玉を弾く。他の武芸では「指弾」「如意珠」とも呼ばれる技。
       ただの石ころが、土鬼の手にかかればDランク相当の宝具と化す。
 錫杖:先端が尖っていて、槍としても使える。
 尺八:吹けば毒針が発射される。
 仕込み傘:傘の根元に針が仕込まれており、さらに骨も針になっている。
      心臓を突いても痛みはなく、肉が閉まり傷跡を残さず出血もしないが、数十分後確実に死ぬ。
 輪:中国武術で使う圏に近い。
   投擲や紐を付けて振り回して用いる。
 銀線:極細で出来た鋼の糸。
    太い木の幹や人間の首も両断する。
 銀網:髪のように細い鋼の糸で編まれた網。
    蜘蛛の巣のように相手をとらえる。
 梅吒:梅の花を模した武具。ひもにつけて振り回す。
    先端の針には毒がある。
 飛孤:熊の爪を模した武具。紐に付けて投擲する。
    当たれば爪が肉に食い込むよう作られている。
 多条鞭:ある時は一本に纏わり相手を打ち据え、ある時は十数本に分かれ相手を絡め取る。
 双条鞭:二本の軟鞭。当たれば骨も折れる威力を誇る。
 毒針:長さ二寸程度の細い針。
    土鬼は飛ばした武具の影に隠れるよう投擲する使用法を好む。
 手甲鉤:手甲に取り付けられる熊の爪の様な武具。
 投縄:両端に分銅が付けられており、相手に絡みつくように作られている。
    縄に針が付けられている物もあり、針には毒が染み込ませてある。
 編笠:目元まで覆い隠す深い編み笠。
    頭頂部には鉄板が仕込んであり、盾としても使える。
 仕込み槍:先端部に鎖を仕込んだ節があり、伸縮自在。
 角手:手にはめる太い針が付いた、ナックルダスター状の武具。
 含み針:口中に含み、不意を突いて吐き出す。
 弓矢:Dランク相当の宝具ではあるが、ごく普通の弓矢。
 刀:Dランク相当の宝具ではあるが、ごく普通の打刀。

『血風陣』
 ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:2〜50 最大補足:100人
 生前戦ってきた血風党の党員を召喚し、連携による波状攻撃、一斉攻撃を仕掛ける。党員の武具は上記『闇の土鬼』にある物と同一である。
 本来この宝具は土鬼の物ではないが、並行世界の同一存在『直系の怒鬼』の影響により、使用できるようになった。

【weapon】
 宝具欄を参照。

28剣鬼弐匹 ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:16:09 ID:dd8F16Vc0
【人物背景】
 横山光輝作「闇の土鬼」の主人公。
 元は貧しい農家に生まれ、口減らしに土へ埋められる。
 だが極めて稀な生命力を持っていたこの赤子は土中で泣き叫び、恐れた父親に鍬を振るわれるが、それでも生きていた。
 その生命力に注目した大谷主水という裏の武芸を修めた武芸者に拾われ、土鬼と名付けられた。
 十数年後、血風党という暗殺集団の脱党者だった主水は元同士に襲われ、死の間際に土鬼に対し裏の武芸で天下一の武芸者を目指す夢、それを土鬼に託そうとした旨を語る。
 それを聞いた土鬼は要人暗殺のために結成されたはずが、平和な時代で単なる血に飢えた暗殺集団に堕ちた血風党を滅ぼし、その過程で裏の武芸を究めんと決意した。
 紆余曲折の末、血風党の長、無明斎と対峙するが、無明斎は圧倒的な優位にありながら土鬼を殺そうとしなかった。
 幕府の急速な大名弾圧から血風党の末路を悟り、せめて自分が編み出した裏の武芸を土鬼に残し、完成させてほしいと願ったからであった。
 血風党の四天王を倒し、本拠の血風城まで辿り着いた土鬼に無明斎は稽古をつけ、裏の武芸のすべてを伝えた。
 その後、刺客として現れた柳生十兵衛と戦い、無明斎の前で打ち破り裏の武芸を極めた事を証明する。
 土鬼は血風党の始末をつけ自決する無明斎、炎に包まれる血風城を見届けた後、いずこかへと去った。
 その後の土鬼の行方は、定かではない。

 人生の目的は裏の武芸の神髄を見極める事で、対戦した宮本武蔵(土鬼はそうとは知らず戦っている)から「お前は死ぬまで敵を求めてさまようだろう」と評されている。

【方針】
 サーヴァントとの一騎打ちを望む。

【把握媒体】
 横山光輝作「闇の土鬼」全三巻が発売中です。

【マスター】
 土方護

【出展】
 死が二人を分かつまで

【性別】
 男性

【能力・技能】
 一刀流、新当流、無外流、示現流など複数の流派を習得している。
 達人の腕前と「断罪」が合わさり、飛来する拳銃、小銃の弾丸、鉄パイプ、自動車のドア、超硬合金、果てはミサイルまで切断する。

【weapon】
 単分子刀「断罪」
 鞘が盲人用の杖に偽装されている仕込み刀。銘の断罪は刀匠が犯罪に対する思いにより入れてある。
 切れ刃の部分が単分子層で形成されており、理論上あらゆる物質を切断できる。

 大太刀「鬼包丁」
 刀身三尺を超える実戦刀。
 こちらも切れ刃が単分子層なのか、ビルの鉄柱をも一刀両断できる。

 ナイフ
 ジャケットの内に忍ばせている。数は十数本。
 刀の間合いより遠い相手に対し用いる。

 サングラス
 超音波の反響音を解析した映像を、網膜に直接投影する。
 銃の弾道予測プログラムが搭載されており、銃口の向きから事前に弾丸の予想軌道を映像にして示す。
 他に音声を識別し、人物を登録する機能や、骨振動を利用した通信機能、補聴機付。
 本来マスターに与えられる端末のアプリが全てこの中に内蔵されている。

29剣鬼弐匹 ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:16:42 ID:dd8F16Vc0
【人物背景】
 漫画『死が二人を分かつまで』の主人公。
 少年の頃、飲酒運転の事故に巻き込まれ両親を失う。その後祖父の知人である剣術の師範に引き取られ、剣の修行に没頭していた。
 他者から見て異常な程の鍛錬の量は如何なる理由か不明だったが、もしかしたら両親の敵を討つためだったのかもしれない、と推測されていた。
 そして中学二年の時、事故を起こした男が酔っぱらい道端で寝ている姿をまるでゴミを見るかのような目つきで見据え、敵に対する関心を失ってしまう。
 だが剣術をやめることなく、さらに激しい修行を自らに課してゆく。稽古時間は日に15時間という常軌を逸した量だった。
 二十歳を越えた頃、師匠との闇稽古で師を打ち殺し、真に剣鬼の道へと突き進むことになる。
 その後、繁華街でヤクザ相手に喧嘩を吹っ掛けたりしていたようだが、エレメンツ・ネットワークという犯罪被害者を母体としたヴィジランテグループに所属。
 現代戦闘の軍事訓練を受けた後、派遣先のチェチェンで戦闘中、炸裂弾の破片を至近距離で浴び視力を失う。
 日本に帰還後、目が見えなくても戦えるよう鍛錬を積んでいたが、エレメンツ・ネットワークによる最新鋭の視覚補助システムの提供及び実験を条件に都市犯罪に対する自警を承諾する。
 そして、テスト中に将来の伴侶となる遠山遥と出会う事になる。

 性格は天邪鬼。自称剣を極める事しか頭にない一般社会不適合者。
 悪人相手には容赦がなく手足三本を切り落としたり、一度斬った腕の腱を、縫合手術を受けた後もう一回斬りに行ったりとかなりドS。
 かといって外道というほどでもなく、独自の正義感をもち、子供相手には悪態をつきつつも優しい一面がある。
 子供でも犯罪者なら剣で掌を刺し貫いたりするが。

 この護が召喚された時間軸は最終回、全てが終わった後、数年後に結婚するまでの間である。

【マスターとしての願い】
 剣を振るえる戦場を望む。相手が強者で悪党ならば尚良し。

【方針】
 マスターとの一騎打ちに持ち込めるよう、状況を整理していく。

【ロール】
 剣術道場の主

【把握媒体】
 漫画が全26巻発売中です。

30 ◆Mti19lYchg:2023/11/21(火) 00:17:03 ID:dd8F16Vc0
以上で投下終了です。

31 ◆sYailYm.NA:2023/11/21(火) 00:18:39 ID:u8b3FhYU0
皆様、投下お疲れさまです。
前スレの方にも書き込ませていただきましたが、投下の渋滞や滑り込みがあることを勘案しまして、1:00までは引き続き投下を受付致します。

32主よ 憐れみたまえ ◆s5tC4j7VZY:2023/11/21(火) 00:27:00 ID:fcKCRNpU0
すみません。
おそらく投稿できるようになったと思いますので、もう一度改めて投下させていただきます。

33主よ 憐れみたまえ ◆s5tC4j7VZY:2023/11/21(火) 00:27:18 ID:fcKCRNpU0
主よ あなたは 何故―――
黙ったままなのですか
遠藤周作 『沈黙』

☆彡 ☆彡 ☆彡

34主よ 憐れみたまえ ◆s5tC4j7VZY:2023/11/21(火) 00:27:46 ID:fcKCRNpU0
「……返却だ」
「あ、はい。ありがとうございます」

ここは、冬木市で一番大きい中央図書館。
小さい赤ん坊を連れた母親から学生にお年寄りと日々、多くの利用客で賑わっている。
そんな変わらぬ日常風景を送る図書館に、一人の利用客が本を返却しに来た。
それだけなら、特に気にすることはない。
しかし、その利用客はいかにもな風体に目が死んでいるようにも漆黒の炎に燃えているかのようにも見える男であるのだから無視するわけにもいかない。

「今日は、何を借りたいのですか?」
「ああ……神(デウス)に関する本を借りたい」
「えーと、聖書関連ですね。はい、当館にも置いてありますよ。」

貸出の受付担当の司書は、男に親しげに話しかけると、案内をはじめる。
日々平穏な館内。

「……くす」
司書はそんな周りの様子に微笑みながら案内する。
そして、後ろからついてくる利用客との初対面を想起するのであった……

☆彡 ☆彡 ☆彡

35主よ 憐れみたまえ ◆s5tC4j7VZY:2023/11/21(火) 00:28:14 ID:fcKCRNpU0
―――時は少し遡る

夢が叶い、念願の図書館司書で働くことが決まった私。
勤務先は冬木市。
かつては、『冬木大災害』と呼ばれる大火事が起きたことで有名だけど、今は、そのような面影もなく発展を果たした地方都市。
最近は、図書館の司書なんて”やりがい搾取”と呼ばれる職業の話題でよく上がるけど、そんなこと私は気にしない。
不満なんてあるはずがない。
だって、この仕事は小さいころからの夢だったんだから。
でも、ごめんなさい。ちょっぴり嘘をつきました。
正規と非正規で給与面の待遇が大きく違うのは勘弁してください。
私、さっそく非正規のお局様に嫌味をいわれました。
はぁ……なんだか、幸先怪しくなったけど、気にしない、気にしない。
……と、まぁ、小学校の図書室にいる司書さんに憧れ、目指して叶ったこの仕事。
精一杯働きますよ!

さぁ!私の図書館司書ライフが始まるわ!

「利用したいんだが、何処にどんな本があるのか、よくわからねぇ……教えろ」

はい、図書館に時々来訪する変な客来た―――!!!
なんでよりによって私の勤務初日に来るのかしら!?
ていうか、その見た目何!?
ボロボロの落ち武者じゃん!?
コスプレなら、新選組とか幸村とか正宗とかあるでしょ!?
なんでよりによって、山崎の戦い後の光秀方の落ち武者みたいなのをチョイスしたの!?
まさか、これが普段着です。なんて、いわないわよね!?
むしろ、これがコスプレじゃないなら、違う意味で大問題よ!?
布を顔に幾重にも巻いて。これが本物なら、貴方の行く場所は、ここ図書館ではなく病院よ!?
ほら!周りの利用客もひそひそ話している〜〜〜

「それで……お客様は、どのような本を探しているのですか?」
「……今日に至るまでの歴史だ」

はい!重度の歴史マニアでした―――!!!
けど、まぁ……これなら非常ボタンの出番はないのかな?

☆彡 ☆彡 ☆彡

36主よ 憐れみたまえ ◆s5tC4j7VZY:2023/11/21(火) 00:28:45 ID:fcKCRNpU0
「こんにち……あ!」
「……返却しにきた」

まさかの2回目の対面。
というか、きちんと律儀に返却するのね……
ふむ……どうやら、ただの変質者ではなそうね。
まぁ、貸し出しには名前や住所といった個人情報の登録も必要だから。借りたままドロンと消息を絶つなんてそうそうできないけどね。
案の定、名前も風防通りの”いかにも”な人。
始めは警戒度MAXな危険人物に見えたけど、返却期日を守るようだから常識そうで一安心。

「……徳川の世が終わっただと……ふざけるな……俺がこの手で裁く……」

はい、前言撤回。やっぱりヤバイ人だわ。
何々?ブツブツと!?
この人、徳川に恨みでもあるのかしら?
そういえば、江戸時代を中心の歴史に特に興味津々だったわね。
もしかして先祖が改易とかされた西軍関係の人なのかしら?
だったら幕府は終わったけど、徳川宗家は今も健在ですよ。とか余計な事言わない方がいいわよね……

「おい」
「!?はい、な、なんでしょう……」
「次は、ここの土地についての本を借りたい」
「わ……わかりました。こちらについてきてください」

いけない。いけない。うっかり考えすぎるのは私の悪い癖。
ゆっくり、深呼吸、深呼吸。
スー……ハー……スー……ハー……
よし、精神統一完了!これで一安心。
だけど、土地の本。……土地って、この冬木市の地理について……よね?
はっ!?まさか維新志士みたいにテロでも起こすきかしら!?
……まさかね

そんなこんなで、あわただしくも平和な日々が幾度と続くと、いつの間にか、他の職員や利用客から不審な視線が消えていったのであった……まる。

☆彡 ☆彡 ☆彡

37主よ 憐れみたまえ ◆s5tC4j7VZY:2023/11/21(火) 00:29:28 ID:fcKCRNpU0
「それじゃあ、借りる」
「はい、返却日は、○日です。またのご利用をお待ちしております」
「……ああ。じゃあな」

男はお目当ての本を何冊か借りると、図書館を後にする。
男は歩く。歩く。歩く。
そして歩きながら、男はぼそりと話し始める。

「どうした?」
「いえ、マスターへの周りの人達の視線が変わったなと」
「……ふん。くだらねぇ」

男の真横に少女が歩いている。
少女は男の傍を離れずにいた。
そう、”最初から”
なぜなら少女は、この儀式・聖杯戦争の参加者の相棒……サーヴァントであるのだから。
かつて、地右衛門が参加した聖杯戦争を参考にしたであろう盈月の儀では、ランサーが相棒であったが、此度はライダー。
生前、若女将として数多の人を接客したライダーは、人の表情の変化に人一倍敏感。
それゆえに、図書館の人間たちの変化に気づくことができたのだ。
しかし、そんなライダーの言葉に、男は心底興味がなさそうな態度。
男にとって、そんなものはどうでもいい。
差別・奇異の視線には慣れているからだ。

☆彡 ☆彡 ☆彡

「神は言った……『復讐するは我にあり』と」

手のひらにある参加者の資格である黒い羽根を強く握りしめる。
爪が皮膚に深く食い込み、血がタラリと流れ落ちる。
その血は、神への『祈り』か徳川への『怒り』か。

「俺は、必ず願いを手にする。いくぞ、ライダー」
「……はい」

男とライダーが進む道は正に修羅の道。

38主よ 憐れみたまえ ◆s5tC4j7VZY:2023/11/21(火) 00:30:05 ID:fcKCRNpU0

【クラス】
ライダー

【真名】
関織子@若おかみは小学生(映画版)

【パラメーター】
筋力E 耐久D 敏捷A 魔力B 幸運A+ 宝具EX

【属性】
混沌・悪

【クラススキル】
対魔力:B
ライダーのクラススキル。魔術に対する抵抗力。Bランクでは、魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷付けるのは難しい。

騎乗:EX
 騎乗の才能。乗り物を乗りこなす能力。EXランクであれば、竜種にすら騎乗が可能となるレベル。規格外の能力であり、超大型の神獣すら乗りこなす。 難題を抱える客から幽霊(ウリ坊・美代)に魔界の子鬼(鈴鬼)をも良好な関係を築いた若女将に乗りこなせないものはない。その騎乗は相手マスターである人間(お馬さんごっこ)をも乗りこなす

【保有スキル】

春の屋の若女将:A 
小学生ながら旅館の『若女将』として生を駆け抜けた事による恩恵。
数多の宿泊客への真心込めた接客の経験により、あらゆる状態に対応することが可能。

霊界通信力:C
臨死体験をしたことにより身に着けた能力。
幽霊や魔物など、この世のものではない存在を認識し・会話することができる。

【宝具】
『安居楽業 花の湯のお湯は全てを受け入れる』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:10〜40 最大補足:500
生前、若女将として働いた旅館『春の屋』を模した結界。訪れるものを癒し、対象の能力発動を阻害する。

『獅子奮迅  私は春の屋の若女将です』
ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:2〜50 最大補足:300
ライダーとしての宝具。それは若女将として生涯を駆け抜けたライダーの生き様。騎乗対象に手を添えることで発動する。戦闘向きでない若女将の戦闘手段。高い騎乗スキルと強力な乗り物があることで真価を発揮する。 制御できる対象は普通の乗り物だけでなく、幻想種であっても、相手マスターであっても、この宝具でいうことを聞かせられるようになる。 操られたはリミッターをカットされ、流星のごとき光を放った突貫となる。その威力は巨大な城壁が高速で突撃してくるようなもの。最高レベルとされる物理攻撃。 (騎英の手綱(ベルレフォーン )の亜種。違いがあるとすれば、鞭や手綱ではなく自身の手で発動と血の魔法陣からペガサスを召喚しないこと) だが、この宝具の真の真価は、相手マスターを騎乗し、そのサーヴァントに自害の令呪を使用させることにこそある。

【weapon】
『竹箒』

【人物背景】
祖母が経営している旅館がある町の祭りの帰り途中に起きた交通事故により両親を失った女児小学生。悲しい思いを持ちながらも元の明るい生活小学生ながら旅館『春の屋』の若女将として働き始める。
多種多様な癖の強い宿泊客の要望や悩みを解決すべく奔走し、立派な旅館の若女将として大成する。
本来なら心優しい若女将であり、積極的に聖杯戦争を争うことはないが、今回においては、相手マスターを騎乗し、相手サーヴァントを自害させるといった外道の行動を躊躇なく行使するなど、陰鬱かつ悲観的である。その理由は、召喚者の憎悪による精神汚染を受けた『関織子』その人であるため。一方、自分のマスターを救いあらんとする思う様子は、本来の若女将のようでもある。

【サーヴァントとしての願い】
若女将として、彼を癒す。そのため、かつて地右衛門のサーヴァントであったランサーと同様に共に地獄へ堕ちる覚悟を心に抱く。

39主よ 憐れみたまえ ◆s5tC4j7VZY:2023/11/21(火) 00:30:54 ID:fcKCRNpU0
【マスター】
地右衛門@Fate/Samurai Remnant

【マスターとしての願い】
故郷を焼いた徳川への復讐……というのは表向き。
真の願いは、『家族と再会すること』

【能力・技能】
魔術師としての素質はあり、地獄の業火を思わせる炎を操ることができる。
また、槍を武器とする技能は持ち合わせている。ただし、武芸者としての腕前ではなく、あくまで一揆を起こす武装農民。

【weapon】
『旗槍』

【人物背景】
かつて天草島原で起きた泰平を揺るがす大乱(島原の乱)を生き抜き、宿願が為に進んで修羅へと堕ちた男。
己を外道と自己認識している。故に己と同じ外道にも拘わらず、まるで善人のように振る舞う宮本伊織のような人間は、憎悪の対象である。
地獄を生き抜いた経験から、基本的には冷静に行動する。また、なんだかんだで江戸八百八町を守るために一時的に伊織達に手を貸したり、あるルートでの死の間際に見た母親の幻影に『おっかあ』と呼んだり、とあるルートで、伊織が覗かせた鬼気、剣鬼の表情に気圧され、逃げ去るなど、非常になり切れない人間臭い一面を持っている。
両親を眼の前で喪った過去から、誰かが自分を庇う状況を嫌悪する。
終章「可惜夜に希う」にてキャスターと相打ちし、絶命する瞬間の間際、黒い羽根に触れてこの世界へと招かれた。

40主よ 憐れみたまえ ◆s5tC4j7VZY:2023/11/21(火) 00:31:54 ID:fcKCRNpU0
投下終了します。
本来なら、予定されていた期日が過ぎたのにもかかわらず、延長をしていただき、ありがとうございました。

41 ◆sYailYm.NA:2023/11/21(火) 01:01:09 ID:u8b3FhYU0
1:00になりましたので、これにて登場話候補作の募集を完全に締め括らせていただきます。
二ヶ月間、百作以上もの候補作をいただき誠にありがとうございました。

これからの予定についてですが、二十日以内を目処にOPの投下を行う予定です。正式な名簿の発表も兼ねて行います。
つきましては投下日までしばらくお待ちいただきますようお願い申し上げます。
改めてこの度はたくさんの候補作の投下本当にありがとうございました!

42 ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 04:42:02 ID:.0f3nx2c0
こんばんは。大変お待たせいたしました。
OPの方が完成いたしましたので、本日の22:00から投下および当選発表の方を行わせていただいたいと思います。
もしかすると投下時間の方がずれ込むかもしれませんが、その場合でも22:30までには投下を開始できればと考えております。

43 ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:00:44 ID:.0f3nx2c0
OP投下を開始します。

44Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:02:15 ID:.0f3nx2c0




「初めましてになるか。それとも、予選の中で関わった“プレイヤー”も居るかな」

「私の名は“赤羽士郎”。この『黒の陣営』を統括するリーダーの立場を与えられている」

「自己紹介と洒落込みたいところだが、その前に君達には一つ、私から重要な情報を共有しておきたい」



「この世界の正体と、そして我々『黒の陣営』の展望について」



「諸君が手に入れ、この世界へ踏み入る為の鍵とした“黒い羽”の正体について私は知っている」

「如何なる理由でこの極めて高度に発達した電脳世界が成立し、並行多元宇宙(マルチバース)にまで“黒い羽”という名の触腕を伸ばすに至れたのかもだ」

「あまり勿体付けるつもりはない。率直に、結論から入ろう」




「この世界は、役目を終えて切り捨てられたAI達の無念が生み出した未練の箱庭だ」
「名付けるなら『グッド・イブニング・ワールド』」
「ある愚かな男が犯してしまった罪の清算。それこそがこの箱庭の正体である」




「そしてこのサーヴァントこそは」
「私のサーヴァント、『サスマタ』は」
「“黒い羽”を君達の手に握らせた根源のAI――『黒い鳥』と構造的に同一の存在だ」






45Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:04:16 ID:.0f3nx2c0



 さむいな、と思った。
 薄暗い部屋、閉じられたままのカーテンの向こうにどんな景色が広がっていたのだったかもうあまり覚えていない。
 最後に外に出たのはいつだったか。この冬木市に引き込まれてからは一度も出た事がないような気がする。その辺りの記憶すら曖昧になっている事が、自分という人間の終わりを物語っているなと嫌でも感じさせられて嫌気がした。

 『瀬崎愛吏』は、一言で言うならば無能なマスターだった。
 何せ彼女は要石として以外の役割を何ひとつ果たしていない。
 ただこの部屋に閉じ籠もって今を憂い、自閉して時が流れるのを待っているだけの存在だ。
 誰もが大なり小なり未来を見据えて戦っている中、愛吏はいつまでも終わった事に囚われ続けている。これでもしもサーヴァントの方まで木偶だったなら、彼女は何の価値もなく予選の段階で散っていたに違いない。

「喜べ、要石。首の皮一枚繋がったぞ」

 そう、瀬崎愛吏はことサーヴァントにだけは恵まれていた。
 彼女が引き当てたのは最優のクラスと謂われるセイバー。変幻自在の魔剣を担い、万物万象を嘲弄する悪鬼の如き死神に他ならない。
 そんな彼の姿が、テレビの液晶だけが照らす陰気な部屋の中に像を結ぶ。白い画用紙の上に一点墨を落としたように、その男の放つ存在感は異質のものだった。
 粘ついたタールのようにドス黒い悪意が見え隠れする微笑に、愛吏の眉間が自然と厳しく歪む。

「どうやら我々は生き残った。欠伸を噛み殺すのに苦労するような手応えのない前哨戦もようやく終わり、本座へ座る権利を得たようだ」
「……予選が、終わったってこと……?」
「然り。まあ我々に限っては、共に戦ったという表現は全く適さないがね。いやはや、君はマスターの本分を実によく果たしてくれた。“余計な事をしない”事にかけて君以上の人材は居るまいよ」
「うるさい。あんたとは必要な事以外喋らないって決めてるの」

 この男とまともに言葉を交わしていたら身が保たないしそもそも意味がないという事を愛吏は学習しつつあった。
 このセイバー――綱彌代時灘という男は、他人を怒らせたり傷付けたりする事が呼吸とかそういうものと同義と化している存在だ。
 悪意でしか人とコミュニケーションを取れない、真面目に向き合えば向き合っただけ損をさせられる類の存在。
 そんな男に自分の命運を委ねなければならない事実に頭が痛くなるが、実際彼の実力が折り紙付きである事は愛吏も認めていた。
 そうでなければこの結果はあり得ない。こうも惨めな凡人(じぶん)を背負いながら、聖杯戦争を享楽のままに愉しみつつ勝ち残るなんてどう足掻いたって不可能だったろうから。

「それは結構だがな。どうやら君にしか出来ない仕事がやってきたようだ。寄生虫は寄生虫なりに、総体の維持というものに務めて貰おうか」
「……何を言ってるの?」

 セイバーの意味深な言葉に、愛吏は再び怪訝な顔をさせられた。
 しかし彼の答えを待つよりも早く、彼女達二人だけしかいない部屋の中に第三者の声が響き渡った。


『――よぉ! 俺はコガネ! 第一ステージのクリアおめでとう! 見事オマエは第二ステージ『聖杯大戦』への参戦権を獲得したぞ!』


 キ――――ン……と耳鳴りがする程の大音量で喚き立てた“それ”は、虫のようなフォルムをした小型のナニカだった。


「っ……うるさ……!」
『ついては今からオマエには“白の陣営”のマスター会合に参加してもらう! 何か質問はあるかい!? ちょっとだけなら答えるぜ!』
「は、はあ……? 陣営? マスター会合? ちょっと待ってよ、いきなりすぎて何が何だか分かんないんだけど……!」
『いきなりは承知の上さ! けど勘弁してくれ。もうすぐワールドリセットが入るからよ、オマエらには退避して貰わないと困るのさ!』

 ただでさえしばらく他人と話しておらず、鈍くなっている脳へ叩き込まれるには過剰すぎる情報量が愛吏を只管に困惑させていた。
 しかし、何やら時間がないらしい事だけは分かる。自分がどう答えようが、会合への参加とやらは強制的に行わされるのだろう事も。
 聞きたい事全部に答えてはくれないのだろう。ならばと、愛吏は謎の生物……コガネの口にした言葉の中で最も引っ掛かった不穏当な発言に対して説明を求める事にした。

「……“ワールドリセット”って、何のこと?」

46Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:05:53 ID:.0f3nx2c0
『オッケー質問に答えてやる! 聖杯戦争が本戦に移行するに当たって、この冬木市は一度リセットされるんだ!
 何せやんちゃ盛りな奴らが破壊も虐殺もやりたい放題してくれたからな! オマエらが会合してる間に運営(こっち)で大戦用の新ワールドを用意してやるって訳さ。感謝しろよな!』
「また随分と親切な事だな。何の為にそこまで拘るのかは全く読めんが……神は細部に宿る、なんて諧謔を愛する柄でもあるまいに」
『これ以上の長話はまたの機会にお預けだ! 『白の陣営』所属マスター・瀬崎愛吏! オマエをこれから会合空間・星界円卓へと転送する!』

 愛吏は、割と真剣に頭痛を覚えずにはいられなかった。
 此処までの聖杯戦争についてだけでも、今までの日常と全く違うスケール観の話に目眩がしそうな思いだったというのに、此処に来てまた一つ巨大すぎる話が出てきたものだからいよいよ全部投げ出したくなってくる。
 しかしそんな彼女に、これ以上コガネは猶予をくれなかった。
 視界にノイズが走る。テレビの砂嵐のように乱れていく視界は、やがて見慣れた部屋のとは違う光景に変わっていき、そして     。






 聖杯大戦。

 “Holy Grail War”本戦に進出した二十人のマスターは、聖杯によって四つの陣営を割り振られる。
 『白』。『黒』。『赤』。『青』。
 自軍の色以外の陣営に所属するマスターを全員脱落させ、最後まで自軍の色を残す事が大戦参加者の最終目的となる。

 また各陣営には一人ずつ、便宜上の“リーダー”が存在する。
 リーダーが持つ権限は陣営の所有物として配布されている特殊空間、『会合空間・星界円卓(プラネット)』の維持である。
 リーダーが死亡した時点でその陣営の星界円卓は封鎖され、二度と接続する事は出来ない。

 星界円卓に転送されるのは大戦移行時のワールドリセットの場合を除き、原則マスター達の意識のみである。
 肉体及び霊体は失神状態で冬木に残される為、円卓への接続時には安全な場所で且つサーヴァントの護衛を伴っておく事が望ましい。
 但し、令呪のやり取りやサーヴァントとの再契約・契約移譲は意識体のみでも行う事が可能。

 星界円卓への接続及び切断は任意で行う事が出来、同陣営内であれば各陣営に配布される運営側NPC『コガネ』を介して招待を送れる。これに応じるか拒否するかもまた任意。
 但し、他陣営のマスターを自陣営の円卓に招待する権限はリーダーのみに与えられている。その上で尚且つ、令呪一画の消費が必要。円卓内では他陣営のマスター及びサーヴァントに対し、一切の危害を加える事は出来ない。





47Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:06:46 ID:.0f3nx2c0



「アラ、アラアラアラアラ! 最後の一人はこれまたかわいこちゃんだコト――フフフ、同じ『白』のマスター同士、仲良くしましょうねェ?」
「ひっ」

 転送された先は、サイバーパンクな光が散りばめられた仄暗い空間だった。
 部屋の四方は十メートル弱。そんな部屋の真ん中に、黒曜石を切り出したような真黒の円卓が置かれ、それを五つの椅子が囲んでいる。
 何となく、星空を連想させる空間だった。色とりどりの星が瞬く夜空の中に円卓を置いたような印象を愛吏は受けた。

 ……が、そんな彼女の情緒的思考もおもむろに響いた甲高い声の主を見るなり吹き飛んでしまう。
 声の主は、常人の二倍はあろうかという体躯で窮屈そうに椅子へ腰掛けた白衣の怪人だった。

「脅かすものじゃない、孔富先生。見てくれで人を差別するのは感心しないが、君の場合は特別だ」
「あらヤダ、眞鍋先生ったら正論! 私、正論って嫌いなのよねェ……居心地悪くて。でもンフフ、怖がらなくていいのよ。こんなナリでもちゃあんと私、アナタの同僚(ナカマ)。打ち解けたら恋バナでもしましょうねェ」

 愛吏の怯えを見てか、助け舟を出したのは男は眞鍋と呼ばれていた。
 怪人――孔富と共に“先生”と呼び合っている辺り、そういう身分の人間なのだろう。
 跳ねた心臓を宥めながら「……どうも」と何とか無愛想な返事を返した愛吏の耳に、今度は不機嫌そうな咳払いの音が飛び込んだ。

「……全員揃った事だし、会合を始めてもいいかしら?」

 声の主は、長い銀髪の女だった。
 キツそうな人だな、と思いながら愛吏はとりあえず頷く。
 この手の人種の不機嫌と真っ向から向き合うのは、今の愛吏では少々しんどかった。

(……人と話すの久々なのに、そこまで緊張してないな)

 状況が状況だというのもあるし、何より周りのキャラが濃すぎるのも手伝ったのだと愛吏は自己判断する。
 何せ右隣に人を二人縦に繋げたみたいな怪人が座っており、自分以外は誰も彼を気にもしていないような異常な状況だ。荒療治ではあるが、対人関係に対するトラウマが一時的に鈍麻するのも宜なるかなといった状況である。

 そんな愛吏の心境をよそに、女は顔の前で手を組みながら改めて口を開き――語り始めた。


「自己紹介をさせて貰うわ。
 私がこの『白の陣営』のリーダー、アナタ達を率いて戦う立場を任ぜられたマスター。オルガマリー・アニムスフィアという者よ」


 『オルガマリー・アニムスフィア』。
 そう名乗った女の言葉に、愛吏は小さくない驚きを覚えずにはいられなかった。
 白の陣営のリーダーという初めて聞く筈の概念が、改めて質問するまでもなく頭の中に既知の観念として存在していたのだ。
 愛吏の驚きを察してか、ニッと笑顔を浮かべながら、さっき彼女に助け舟を出してくれた双葉頭の男が話しかけてくる。

「何度経験しても驚くよな。最初の時と同じ要領で、俺達の中に追加の知識(データ)がダウンロードされたらしい」
「眞鍋! 勝手に喋らないで、まだわたし何も言ってないわよ!」
「ああ――すまないオルガマリー。教えたがりは職業病でな、大目に見てくれると助かる」

 丁度いいから次は俺が喋ろう、そう言って名乗り始めた男の自己紹介はある意味で予想通りだった。

48Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:07:53 ID:.0f3nx2c0

「眞鍋瑚太郎だ。職業は教師。一応担当は小学校だが、中高は勿論大学でも教鞭を執れるように勉強してきた。解らない事があったらいつでも聞いてくれ」

 『眞鍋瑚太郎』と対面し、まともに喋った人間なら誰しもその職業を思い浮かべたに違いない。
 小学校教師というのも納得だ。相手の目を見て、ハッキリとした声で喋る大人の男。
 彼が名乗り終えるなり、今度は件の怪人がずいと身を乗り出して続く。

「繰田孔富。闇医者よ。『白の陣営(ウチ)』の保健担当って所かしらン」

 対する『繰田孔富』の名乗り上げには、眞鍋のとはまた別の説得力が伴っていた。
 彼からは、匂う。その見た目の奇抜さともまた別な、ギラつくような不穏の匂いが白衣の清廉さを冒涜するようにこびり付いて感じられるのだ。

(これはこれは。また随分な際物を揃えたじゃないか)
(黙ってて)

 セイバー……時灘の嗤う声が愛吏の脳裏に木霊する。
 咄嗟に嫌悪も露わの拒絶を返したが、しかし今回に限って言えば、時灘が口を挟んだのは愛吏にとって明確な手助けだった。

『孔富と言う男も大概だが、あの眞鍋なる男も――クク、たかが人間にしては面白い面をしている。
 気を付け給え、マスター。残る二人はさしたる価値も見出だせない微塵だが、この男達は人の世には惜しい逸材だ。
 『白』などと潔白ぶった事を言っておきながら、実態はとんだ伏魔殿だな。ある意味で君には相応しい陣営だったのではないか?』

 最後の嘲弄は癪に障るが、それよりも重要なのは時灘という人でなしの鬼畜外道が孔富に並べて眞鍋の名を挙げ連ねた事だ。
 この男がどれほど悪辣で、性根の腐り切ったサーヴァントであるかは愛吏もよく知っている。
 只、一方でその実力が確かだと言う事もまた知っていた。そんな男が、遠巻きに警戒の必要性を仄めかしている。不信に表情を翳らせてしまったのは、寧ろ賢明な事だったと言えよう。

 その視線の変化に気付いたのか、眞鍋がフッと頬を緩める。
 バレたかな、とでも言うような……どこか悪戯のバレた子供のような微笑だった。

「愛吏は優秀なサーヴァントを連れてるみたいだな。手駒(コマ)は大事にしろよ」
「ンフフ――あらら、バレちゃったわねェ眞鍋センセ。人でなしだってコ・ト」
「子供の前では形だけでもいい大人で居たかったんだけどな、こればかりは仕方ない。教え子が優秀な駒を持ってる事を素直に喜ぶさ」

 伏魔殿、まさにその通りなのだと理解したのは遅蒔きだったか。
 愛吏は自分の喉が、張り付くように乾いている事に気が付いた。

 そう――彼らは此処までの竜戦虎争を勝ち抜いて、屍を踏み越えてこの円卓に座っている猛者達なのだ。
 自分のように部屋の中へ閉じ籠もってサーヴァントに全てを任せ、気付いたら先に進めていた幸運者とはきっと訳が違う。
 教室という小さなゲーム盤の中に戻る事にさえ怯えていた自分とは明確に住む世界の違う、人の形をした怪獣(モンスター)達。
 そんな認識に忘れていた恐怖と不安が蘇り、詰まる息を通すように胸元の布地をきゅっと握った、その時。

 それとはまた別に、彼女の服の袖が「きゅ」と引かれた。

「え……?」
 
 咄嗟にそちらを見れば、そこに居たのは目を疑うように小さな少女だった。
 白い。童話の世界から抜け出してきたのかと見紛うような、シックなドレスを着た幼子。
 愛吏もまだ子供と言っていい年齢ではあるが、目の前の彼女は小学校も出ていないだろう。それどころか歳が二桁に達しているかすら怪しい。

49Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:08:47 ID:.0f3nx2c0

(こんな小さい子まで、聖杯戦争に参加してるの……?)

 戦争は愚か、事の善悪さえ分かっているか怪しい年齢ではないか。
 大人達の放つ存在感に圧倒されて気付かなかったが、彼女の存在もまた十分に驚きに値する事だと言えた。
 
 一方でそんな愛吏の驚きなど露知らぬとばかりに、白い少女は花咲くように顔を綻ばせて話しかける。

「きれいなひと。ねえ、あたしとお友達になってくださらない?」
「……、お友達?」
「そう、お友達! あたしね、いっしょに楽しく遊べるお友達を探しているの!」

 今度のは、孔富達に話し掛けられた時のとは完全に別の困惑だった。
 この物々しい空間で、まさかこんなのどかな……牧歌的なやり取りを持ち掛けられるとはまったく思っていなかったからだ。
 さしもの愛吏も子供相手に萎縮するほどではなかったが、それはそうとどうコミュニケーションを取ればいいのかは迷うし戸惑う。こんな時、時灘の奴は助言の一つも寄越さない。彼にとってこの少女は“つまらない相手”でしかないのだろう。

 しかしそんな愛吏に対し、予想外の所から助け舟が飛んできた。

「――ありす!! 勝手に席を立たない!!!」
「きゃっ」
「大人しくしてなさいって言ったでしょ! まったくもう、大事な会議なのよ!? なのにどいつもこいつも好き勝手喋り放題して……!」

 まるで子供のやんちゃを咎める母か姉のように、オルガマリーがありすを一喝したのだ。
 「わたしがリーダーだってコト、ちゃんと分かってるのかしらこいつら……!」と苛立たしげにブツブツ呟いている姿にはあまり威厳はなかったが、逆に言えばこの空間ではありすと同じで多少安心出来る存在にも感じられた。
 なんというか、ちょっとだけ親近感がある。思い通りに行かなくてああいう感じになった経験は、愛吏も割と最近あった。

「女王様がお怒りだ。席に戻るぞ、ありす」
「……もうっ、オルガはけちんぼだわ! ハートの女王様みたいに怒りん坊なんだから! べーっだ!」
「おうおうわかったわかった。帰ってから悪口大会に付き合ってやるから」

 ありすの身体が、ひょいと担ぎ上げられる。
 彼女のサーヴァントなのだろう青髪の男が軽口混じりにありすを回収し、またその言葉尻に女王様(オルガマリー)が顔を顰めた。

「アナタも保護者ならきちんと諌めなさい、アルターエゴ! はあ、まったく……」
「いいじゃねえか、やんちゃと生意気はガキの特権なんだ。もうちょっと余裕をもって優雅にやろうぜ、リーダーさんよ」
「喧嘩を売られてるって事でいいのよね? ねえ、わたしの認識間違ってるかしら?」

 青筋を立てるオルガマリーには知らん顔で、ありすを席まで戻すサーヴァント――アルターエゴ。
 「リーダーの素養には欠けるみたいねェ」と笑う孔富を一瞥し、オルガマリーは大きな咳払いを一つする。

「……自己紹介も済んだようだし、まずは前提の共有から入らせて貰うわ。
 それに伴って一個確認。アナタ達皆、コガネから聖杯大戦についての知識はちゃんと受け取ってるわね?」

 無言の頷きが、三つ。ありすのみが「はーいっ」と元気よく手を挙げて答える。さっきまではむくれていたのに、こういうところは本当に子供らしい。

「宜しい。ならそれを踏まえた上で、わたしの話を聞いて貰うわ」

 実の所を言えば、わざわざこの期に及んで共有するようなシステム周りの知見は皆無であった。
 何しろコガネ――運営側のNPCがせっせと必要な知識を全てインストールしてくれているのだ。
 聖杯大戦の事も、この『星界円卓』の事も、そしてリーダーであるオルガマリーが持つ“価値”も全員が不足なく共有している。
 
 であるのならば、今此処で話すべきはその前提を超えた先の話。
 即ち、聖杯大戦(これから)の事だ。

50Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:10:04 ID:.0f3nx2c0

「アナタ達は……“人理焼却”という単語に聞き覚えはある? サーヴァントにも訊いて貰えると助かるわ」

 オルガマリーの口にした耳慣れない単語に、一人また一人と首を横に振っていく。
 そう、と落胆したように溜息をつくオルガマリー。愛吏は当然そんな単語は聞いた覚えもなかったし、時灘からも何ら言葉らしい物は伝わって来ず、改めて問い掛ける気にもなれなかった。

「最初に言っておくわ。わたしには、聖杯の獲得とは別の目的があります」

 そう前置いて、オルガマリー・アニムスフィアは、白のリーダーは説明を始めた。
 
 ……聖杯戦争及び聖杯大戦について、愛吏達は等しく予め知識を与えられている。
 だから理性ではどれだけ困惑したとしても、脳は知識として目の前で起こる事象や状況を理解してくれていた。
 だが此処でオルガマリーが語った内容はその外側。電脳世界に於ける“Holy Grail War”ではなく、もっと源流に近い領域の話。聖杯戦争という概念が生まれた幹とでも呼ぶべき事象群の出身者によって語られる理外の内容だった。

 人理継続保障機関フィニス・カルデアなる聞き馴染みのない組織の名前。
 件の機関が有する機構が観測した人類の滅亡と、それを阻止する為の計画――グランドオーダー。
 自分はその第一段階、特異点Fという異界にレイシフトした筈だったが、どういうわけか目的の特異点ではなくこの電脳世界に繋がってしまった。
 此処での自分の目的は、カルデアの所長、アニムスフィア家の現当主として人理焼却事件の調査と解明に臨む事であると。矢継ぎ早にそう語ってのけたオルガマリーを前に、『白』の一同は困惑を含む沈黙で応じるしかなかった。

 その沈黙を最初に破ったのが、双葉頭の教職者。眞鍋瑚太郎だった。

「話は判った」

 他の全員が――超人魔人が跋扈する魔境めいた裏社会の住人である孔富でさえもがコメントに窮してチラチラと周囲の様子を窺っている中、この男は話の大筋を理解したのだとそう宣う。
 只、その表情は先程愛吏に語り掛けていた時のとはまるで違う趣を帯びていた。
 切り出した氷のように冷めた、色のない表情。人間味というものが急に欠落してしまったかのような空ろさを、今の眞鍋は現している。

「生憎と現時点で提供できる情報もアイデアもないが、この陣営のリーダーは君だ。君の指針が僕や子供達にとっても有益であるならば、本分に支障を来さない範囲で協力しよう」
「助かるわ。この事象が偶発的な物なのかそれとも人理焼却に紐付けられた物なのかはまだ判然としないけど、それでも――」
「だが、その前に一つだけ確認しておきたい」

 オルガマリーの言葉を遮って、眞鍋が問いを投げた。

「聖杯大戦とグランドオーダー。君の中の天秤はどちらに傾いているんだ?」

 ……一瞬の沈黙が、流れる。
 その問いの意味を愛吏はすぐには理解出来なかったし、幼いありすもそうだったのだろう。きょとんとした顔をしていたが、一方で孔富は彼の言わんとする事を理解したらしく、値踏みするようにオルガマリーへ向けた眦を細めている。
 沈黙の果て。オルガマリーが、厳しい顔をして唇を開いた。

「……聖杯を手に入れてわたしの世界の問題を解決出来るなら、勿論それで構わないわ」
「成程。つまりあくまでも聖杯大戦への勝利は第二候補(スペアプラン)という訳だな?」
「――そうなるわね。リーダーとしての務めは果たすし、この陣営が最後に残れるように最善も尽くす。
 けれど眞鍋、アナタの言う通りよ。わたしはこの大戦に於ける勝利以上に、わたし自身の大義を優先して行動する」

 空気が凍り付く。最早この場に、眞鍋の問いの意味を理解出来ない者はいなかった。

「……なにそれ。こっちはあんたの事情なんて知らないんだけど」

 無論、愛吏としてももう他人事ではない。
 人理焼却。世界の滅亡が懸かったそれは確かにオルガマリーにとっては何よりも優先して臨むべき事案なのであろうが、しかしそんな話など知らない人間にしてみれば彼女の語った姿勢は傍迷惑で自己中心的な代物以外の何物でもなかった。
 眉を顰めて睨み付ける少女に、オルガマリーもしかし退きはしない。

「言ったでしょう、大戦(こっち)はこっちで最善を尽くすわ。アナタ達に不自由は懸けないと思うけど、それでも不服?」

 愛吏は、未だこの聖杯大戦での身の振り方を考えあぐねている身だ。
 何故なら彼女は既に“永遠”という答えを得ている。この二度目の生、もとい生の延長線自体がその観点から言えば蛇足に過ぎない。

51Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:11:08 ID:.0f3nx2c0

 しかしだ。彼女の見た“星”と引き離され、孤独に生きるしかないこの世界で自ら命を断てるだけの度胸は少女にはなかった。
 だからこそ愛吏は、折り合いの悪い卑劣漢のセイバーの嘲弄に耐えてまでこの一ヶ月を生きてきたのである。
 未だ進むべき未来も判然としていない五里霧中の状態で、身を預けねばならない陣営の主が大戦の趨勢以外に主眼を置くと宣言した事はそんな彼女にとって少なからず不愉快な話だった。
 そして此処で、思いがけない援軍が彼女を援(たす)ける。

「実に愉快な道化だ。厚顔無恥、自信過剰、身の程を弁えずに大義の御旗を掲げて踊る猿回しの猿か」

 ゆらり――陽炎が揺らめくように、黒髪の美丈夫が現出したのだ。
 その顔を、言わずもがな愛吏はよく知っている。

 セイバー――綱彌代時灘。悪意と嗜虐、そして享楽の為に生まれて生きる、外道畜生であった。

「……随分な言い草ね。サーヴァントの教育くらいしておいてほしいものだわ」
「おや、機嫌を損ねてしまったかな? これは失敬、出自は貴族でも性根は享楽人でね。多少の無礼はご愛嬌と思って戴きたい」

 止めるべきか、とも思ったが言って止まる男でもない。
 愛吏が逡巡した一瞬の内にもその口はつらつらと動き、立て板に水を流すような滔々とした言葉が紡ぎ上げられていく。

「とはいえ、思わず口を出したくなるほど愉快な言い草だったのは事実。
 人理の救済、大義、よくもまあ嘯けたもの。それは君が振り翳すには最も似合わんお題目だろうに」
「――何が言いたいのよ」
「錦の御旗を掲げようが、己の器までは変わらんぞ? オルガマリーとやら」

 人の心の陥穽を暴く事を切開と呼ぶのなら、時灘の所業は開いた傷口に塩を擦り込んで揉み解すのに似ていた。
 そしてこの手の輩は、他人の傷口の匂いに敏い。持って生まれた五感の延長線が如くに、触れられたくない所を嗅ぎ当てる。
 
「君のどこに世界を救う“器”があるという。凡夫、短慮、身の丈に合わぬ運命を寄る辺と信じて必死に抱き締める姿は童のようだ」
「……っ!」
「君が救うと宣う人理、その影法師として断言しよう。この場にいる誰一人、いやこの世界に存在する誰一人……否否、君が救いたがっている世界未来に偏在する命の誰一人として、君を信じて身を任せる者などいない。君を称える者すらいまい!
 独り善がりな救世主――泣かせるじゃあないか、いやいや実に嘆かわしい!」

 オルガマリーの顔が、真紅に染まっていく。恥辱ではなく怒りが彼女の頭に血を昇らせているのは明らかだった。
 人が人に物を言われて憤激する理由の最たる物は正論だ。人は正論を厭う。正しい事は痛く、時にどんな罵詈雑言よりも深く人の心を抉る。
 その点、瀬崎愛吏のセイバーが突き付けたそれはオルガマリー・アニムスフィアという女にとってまさに最も痛い“正論”だったのだ。

「……知った風な口を、利かないで……!」
「おや、孤独(ひとり)の癖に矜持は一丁前か? とことんまでに救えんな。折角顔は良いのだ。頭を垂れて遜り、腰を揺らして媚びでも売れば多少は人徳という物も付いてくるだろうに」
「何が、分かるって言うのよ……。アナタみたいな使い魔風情に、何が――!」
「自分の無知を棚に上げて八つ当たりとは感心せんなあ。少なくとも君よりは私の方が、その矮小な魂の実像を正確に捉え発言していると思うが」

 オルガマリーは、彼の言う通り孤独な女だ。
 名家に生まれ、それに相応しい才能を持ち、そして研鑽を怠らず自分を磨き続けてきた。にも関わらずたった一つ、たった一つだけ致命的な欠落を抱えてしまった哀れな女。
 心に無数の傷を抱えながら、痛くないと強がりを口にして孤軍奮闘する幸薄。まさに、この死神の格好の獲物だった事は言うまでもない。

「無能め。女ならば女らしく、円卓(ここ)で機織りにでも勤しんでいては如何か」

 無論、この嗜虐に生産性はない。オルガマリー・アニムスフィアは他ならぬ彼の陣営のリーダーであり、それを悪戯に揺さぶった所で損こそあれど得などあろう筈もなかったが、それを自らの享楽一つ理由に押し通るのが時灘という男だ。
 彼にとって全ては享楽。彼は綻びを愛し、崩落を尊び、そして何より己の楽を重んずる。
 だからこそ隙を見せ傷を曝け出した哀れな女は、一時の暇潰しがてらに虐められへし折られる――かに思われた。


 ――時灘の前に、雷霆のような黄金色の鬣を生やした少年が現れさえしなければ。

52Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:13:07 ID:.0f3nx2c0


「そこの者。オルガは、私の友達だ」

 この場に於いて一番の年少者であるありすよりも更に小さな背丈、あどけない顔立ち。そんな少年だった。
 しかし悪辣な死神の前に立ちはだかり、その歪んだ笑みを湛えた瞳を睥睨する眼光には単なる幼子ではあり得ない気迫が宿っていた。

「それ以上の侮辱は許さぬ。この私が相手になるぞ、セイバー」
「……ほう、これはこれは。さてはどこぞの貴人かな?」

 紫電の眼光。単なる威圧に留まらず、空間そのものをビリビリと張り詰めさせる覇王の眼差し。
 時灘も自然と刀の柄に手を触れる。理性ではなく本能が彼にそうさせていた。脳裏に湧いた大義名分は、あくまで遅れて訪れた物だ。
 彼に――尸魂界の歴史に名を残せる力と才覚を持った悪魔のような男をして、構えねばならぬと思わせる相手。オルガマリーを無能と断じた時灘だが、少なくとも彼女は自分の運命を変える英雄を引き当てる天運を有していたらしい。

(セイバー! まさかあんた、本当にこの場で……!)
(焦るな、娘。これはこれで我らにとっては“良し”だ)

 刀を抜けば会合は忽ち鉄火場に変わるだろうが、それを良しと死神は嗤う。
 予定とは多少異なるが、此処で“見せて”おくのも悪くはない。
 一触即発。今にも何かが弾け飛んでも不思議ではない静寂の中、時灘の斬魄刀がその刀身を僅かに覗かせようとしたその時。

「だめよ。それ以上のやんちゃは見過ごせないわ」

 時灘の手に触れ、諌める少女の姿が新たに出現した。それと同時に、張り詰めていた一触即発の空気が華やぐように和らいでいく。
 さもそれは、大いなる何かの慈愛に触れたように。雄大なる大地の息吹が、人の争いや悪心を平らに均していくように。
 
 ――神霊だ。時灘、黄金の子、月光の守人。そして未だ姿を現していない最後の一柱までもが同時にそう理解した。

「確かにオルガの言った事には議論の余地があるかもしれないけど、あなたは言い過ぎよ。オルガに謝りなさい」
「オルガマリー女史と同様、遜る事はどうも苦手でね」
「むっ。悪い事をしたら“ごめんなさい”しなきゃダメって教わらなかったのかしら」

 ……実の所、愛吏としてもさっきまでの展開には頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。

 オルガマリーに多少釘を刺して嬲るだけなら訳の分からない事を言い出した自業自得だと割り切るつもりだったが、この場で刀を抜き、あまつさえ何やら為出かそうとし始めたのは完全なる想定外。
 だからこそ、此処でこの幼い女神が現れ流れを切ってくれた事は愛吏としてもありがたかった。
 一体誰が、と周りを見渡してみて双葉頭の教師と目が合う。教師が悪戯っぽく頬を緩めた。どうやら彼女は、眞鍋瑚太郎のサーヴァントだったらしい。

「ハイ、そこまで。オルガちゃんにも問題はあったけど、これ幸いと掻き回した愛吏ちゃんとこのセイバーが全面的に悪いわ。仲間同士で争っても仕方ないでしょ? 此処からは皆矛を収めて、仲良くする事。出来ないなら――」

 ぱん、と柏手を打って仕切り始めたのは繰田孔富。
 怪獣のような乱杭歯を覗かせながら浮かべた笑顔と共に、彼の背後に最後のサーヴァントが姿を見せる。
 
「私のサーヴァントが、こわ〜〜〜いお仕置き。見舞(カマ)しちゃうわよォ」

 陰鬱、陰気。そんな印象を見る者に与える青年だった。
 一見すると非戦闘員にも見える佇まいだが、その実不思議なほどに隙がない。
 少なくとも、主である孔富の言を実際に行動として遂行出来るだけの能力値を有している事は明白だ。時灘が嘆息して刀から手を離す。オルガマリーのアーチャーがそれを受けて身の力を抜く。神霊の少女は彼の事をじっと見つめて、「……お仲間かしら?」とポツリ呟いた。

53Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:13:36 ID:.0f3nx2c0

「はい、みんな良い子ちゃんねェ! さっきも言ったけど私達は基本的に仲間同士、一蓮托生の親友(マブダチ)なのよォ? 仲良くしなきゃ損損。内輪揉めはご法度でいきましょ。ね?」
「はーい! ありす、けんかはやだもん。おばさんにさんせー!」
「アラ良い子! 後で飴ちゃんあげましょうねェ、ンフフフフフ! ……それはそうとおばさんではないのよ?」

 孔富とありすの戯れを見つつ、これにて一件落着……と胸を撫で下ろしたい所だったが、愛吏としてはそうも行かない。
 
(あの馬鹿セイバー……! どうするのよ、いきなり全員の心象悪くして……っ)

 不和の引き金を引いたのも、一線を越えようとしたのも全て自分のサーヴァントだ。
 オルガマリーの鋭い視線を感じ、思わず顔を伏せる。それを除いたって辺りは見回す限り曲者ばかり、本当に自分はこんな連中と一蓮托生でやって行かなければならないのかと考えると目眩がした。

(ひな……どこにいるの。先に行っちゃったの? 会いたいよ、ひな……っ)

 永遠へ辿り着き損ねた少女達の片割れは苦悩する。彼女の聖杯大戦は、まだ始まったばかりだった。






■ 『白の陣営』 ―――――― 5/5


 ◇オルガマリー・アニムスフィア@Fate/Grand Order & アーチャー(ガッシュ・ベル)@金色のガッシュ!<Leader>

 ◇瀬崎愛吏@きたない君がいちばんかわいい & セイバー(綱彌代時灘)@BLEACH Can't Fear Your Own World

 ◇眞鍋瑚太郎@ジャンケットバンク & キャスター(ナヒーダ/クラクサナリデビ)@原神

 ◇繰田孔富@忍者と極道 & キャスター(アスクレピオス)@Fate/Grand Order

 ◇ありす@Fate/EXTRA & アルターエゴ(岩崎月光/チルチル)@月光条例





54Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:14:57 ID:.0f3nx2c0



「えー、羂さんマジパないじゃん! じゃあやろうと思えばサーヴァントもその術式って奴で取り込めちゃうんだ!?」
「まあね。流石に英霊相手は相性と機運に左右されるが、決して不可能じゃない。私もぜひ積極的に狙いたいと考えているよ」

 少女が席から身を乗り出して声をあげ、それを受けた呪術師は笑顔で応えた。
 此処は『赤の陣営』の星界円卓。この陣営に於いてリーダーの座を任されている人物は、『白』のオルガマリー・アニムスフィアとは打って変わって見るからに抜け目のない難物だった。
 頭に縫い目のある五条袈裟の男。名を『羂索』と言うその男は、間違いなくこの円卓で一番の存在感を放って君臨していた。

「私の素性と手の内は大体今述べた通りだ。正確には手持ちの呪霊達も含めてまだまだ手札(カード)はあるが、全て説明していたらキリがない。後は都度明かさせて貰うよ」
「どうだかな。他人様に信用して貰うには格好も口振りも怪しすぎンぞ? てめえ」
「ヤクザに言われたくはないけどね。二枚舌とハッタリは君達の業界でも美徳じゃないのかい? 滑皮」

 社会の泥濘に身を浸して生きるそのあり方を体現するような漆黒の礼服に身を包んだ男、『滑皮秀信』は羂索の言葉に不遜に鼻を鳴らした。
 その様子からは拭い切れない猜疑心が滲んでいたが、この場を積極的に乱そうという意志までは見受けられない。
 頭を任された男の資質を疑問視こそすれど、少なくとも陣営の総体を揺るがしてまでそれを是正したいとは考えていない――実に任侠団体という伏魔殿で成り上がった男らしい虎視眈々振りである。

「とはいえ君の疑心もなかなか鋭い。手の内を明かす理由の半分は実利だよ。詳しくは省くが、私達呪術師にとって手札の開示はむしろメリットでね」
「だと思ったぜ。寒い野郎だ」
「私は結構君を気に入っているよ。近代兵器、社会戦、人海戦術……どれもこの戦争じゃ侮れない搦め手だ。猪背の狂犬の手腕に期待したいね」

 そんな二人の会話を、少女――『宮園一叶』は心の高揚を隠し切れないといった様子で見つめていた。
 彼女の身の上はこの場で俎上に載せる事が出来るほど上等で、且つ重大なものではまったくない。
 むしろ一叶はこの聖杯戦争に於いて、間違いなく一番の凡人と言って差し支えないだろう。性根の浅さ、戦いに臨む心根の不純さ、いずれも他に類を見ない愉快犯だ。

(やっばい、やばいやばいやばい……! 何この光景、流石に映画(フィクション)すぎでしょ……!
 坊主袈裟の塩顔イケメンと黒スーツの大物ヤクザが同じ卓に着いて掛け合いって! アっガるぅ……!!)

 一叶は映画(フィクション)の世界に憧れている。
 そんな彼女にとってこの聖杯戦争という儀式は、まさに長年の夢が叶ったにも等しい僥倖だった。

 一念は鬼神に通じ、雨垂れは石をも穿つ。
 一叶の願いは心底下らない無い物ねだりの域を出るものでは決してなかったが、彼女はそれでも予選を享楽のままに駆け上がった。
 『赤』の星界円卓に列席を許されているのがその証拠だ。耳を打つ相棒――アサシンの下劣な含み笑いが万雷の拍手のようにすら聞こえる。
 ああ、生きててよかった。やってよかった聖杯戦争。そう思っていると、羂索がちょうど一叶に話の水を向ける。

「特に宮園一叶。伝え聞く限り、君のサーヴァントと彼らは相性が良さそうだ」
「ん――確かにそうかも。まあ私も手の内、全部打ち明けてるわけじゃないけどね」

 虚構の住人としか思えないような男が、自分の事を真面目に一人の戦力として数えてくれている事実に内心喜びを隠し切れなかったが、どうにか表に出さないよう自制して澄ました態度を取る。

 尤も、羂索の言う事は的を射ていると一叶も思った。
 一叶のアサシンはあらゆる“不安”の隣人だ。
 暴力を突き詰め、あらゆる手法で敵対者を追い詰めるヤクザのやり口とは悍ましいほどに相性がいいに違いない。
 続いて滑皮と目が合う。底冷えするような、まさに生きている世界が違う人間の眼光にぞくぞくと心が震えた。

55Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:17:03 ID:.0f3nx2c0

「胡散臭えガキだな。今の世代ってのは皆こうなのか?」
「まあ割と成熟してますねー、今のJKは。放課後の教室でヤる事ヤったり、拗らせて二人で愛の逃避行と洒落込んだり」
「そんなもんいつの時代もあんだろ。俺がガキの頃は単車で敵囲んでヤキ入れて、そいつの舎弟同士で乳繰り合わせて遊んでたもんだぜ」

 アウトローを気取っている人間というのは、世の中ごまんと存在する。
 一叶の学校は女子校だったが、学校に限らなくたってそういう人種を垣間見る気配は日常的にあった。
 
 だが少なくとも、この羂索と滑皮秀信はそうした紛い物達とは絶対的に格が違う。
 平凡な暮らしの中で抑圧されて来た衝動が解放され、ドーパミンが噴水のように溢れているのが自分でも分かった。
 これから自分は、こんな悪魔達と肩を並べて戦争をやるのだ。只の女子高生としてじゃなく、聖杯戦争のマスター……神座に続く回廊を上る権利を与えられた者の一人として。これで感情を抑えろというのは、一叶には無理な話だった。

「それこそ今の時代だって変わらないよ、滑皮さん。俺のいた街じゃカラーギャングが彷徨いて今も元気に覇権争いさ。
 人間の顔に躊躇なくバーナー突き付けれるチンピラ、抗争相手が半身不随になろうが笑顔でそれを武勇伝に出来る愚連隊! 今も昔も街は豊かで人間は元気だ――生き物の本質ってのはそう簡単には変わらない」
「へぇ。カラーギャングなんて骨董品がまだ大手振って彷徨いてんのか? てめえの所じゃ。半グレ未満のチーマー連中だろ?」
「野球ボール感覚で自販機ぶん投げてくる怪物なんてのもいたよ。……まああれは、人間にカウントしたくはないけどね」

 滑皮と一叶の会話に口を挟んできたのは、毛量豊かなファーの目立つコートを羽織った美青年だった。
 美青年という形容がこの上なく似合うが、しかし浮かべる笑顔には影と比べて尚勝る、ある種破滅的な後ろ暗さが付き纏っている。
 
「で? 俺はどう動けばいいのかな。希望があれば聞いても構わないよ?」
「君には特にないよ。第一君、他人の下につけるタイプじゃないだろう? そういう手合いの足並みを管理するほど徒労な事もないんでね」

 青年の問いに、羂索は笑顔で応えた。
 「それに」と言葉が続き、糸のように細められた瞼の隙間から覗いた眼球が、繁華街の喧騒を電線の上から見下ろす烏のような男を見据える。
 烏もまた、同じ目をしていた。“含み”などという単純な言葉だけでは形容出来ない分析と値踏みがそこには宿っている。

「私は君の基準だと“無し”な物だと思っていたが。悲観しすぎだったかな、“冬木の情報屋”」
「――よく見てるね。ご明察だよ、“化け物”」

 そう言って情報屋『折原臨也』は、かつて人間だったモノの成れの果てへ眦を細めて微笑んだ。
 彼は人を狂わすが、それ以上に人を愛している。人間という生き物の奏でる生涯を、綾模様のように複雑怪奇な情動を何よりも興味の対象としている。

 宮園一叶のとは似て非なる人間への渇望。
 だが彼が愛するのはあくまで“人間”であって、かつてそうだったモノ、生物学上仕方なくその分類に収まっているだけの存在までもを枠組みに含めるわけではない。
 例えば、自販機を投げて電柱を振り回し、ナイフもまともに刺さらないような怪物だとか。
 例えば――千年を生きて人の肉体を渡り歩き、怪しげな術を駆使して英霊と渡り合う呪術師であるとかはその典型だった。

「とはいえ天秤だ。俺にとってもこの『赤(じんえい)』は得られる物がありそうだからね。呉越同舟、大同団結。暫くは飼われてあげるよ、君の首輪で」
「それは何よりだ。何しろ真っ向勝負で殺すのはしんどい連中を何人か捕捉していてね。奴らの調理の為にも君や滑皮のような搦め手ありきの人員はありがたいんだよ」
「……一応聞いておこうか。それは君が戦った場合の話? それとも、サーヴァントが戦った場合の話かな?」
「勿論後者さ。私もそれなりに出来る方だとは自負してるが……やっぱり本筋は暗躍の方でね。千年経っても本物達には及べず仕舞いってわけ」

 羂索をして厄介だと言わしめる敵。それは必ず『赤の陣営』にとって当座の障害になる。
 一叶、滑皮。臨也。そして黙したまま口を開かない最後の一人も、全員が羂索の続く言葉を待った。
 羂索の顔に笑み以外の表情が浮かぶ。千年を歩む呪術師の、絶対零度のような冷徹さが縫い目の底から顔を覗かせていた。

56Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:18:57 ID:.0f3nx2c0

「主に厄介なのは二人……いや、二体って言った方がいいか。どっちも今じゃサーヴァントになってるみたいだし」
「反応的に、その二人って羂さんの顔見知りなの?」
「一人は腐れ縁かな。実際そっちはまあ……殺されないように付き合う距離感は心得てる。とはいえ危険度は特級だ。命が惜しければ早合点して近付くのは控えた方がいいけどね」
「じゃあ……もう一人の方は?」

 ……問いに対する返答は、ほんの一言で事足りた。

「天敵だ」

 ――人を超え、人類愛の情報屋にさえ怪物(そう)認識されるに至った男が天敵(こう)呼称する。

 そしてその評価に一切の過不足はなかった。
 純粋な強さで言うならば上はいるかもしれない。先に挙げたもう片方の知り合いがそのいい例だ。しかしそれでもどちらが脅威であるかと問われたならば、羂索は迷いなく此方を選ぶだろう。
 
「そしてその英霊への対処をこそ、私は『赤の陣営』の最優先事項として挙げたい」

 そもそも、何故彼は千年間も永らえ続けなければならなかったのか。
 肉体を転々とし、駒を失っては集めを繰り返しての終わりなき彷徨に徹さねばならなかったのか――答えは一つ、“千年間を費やしても尚、目的を達成する事が出来なかったから”である。
 
 彼は常に完全な計画を練り、それに従って行動する。良心だの呵責だのと言った不要な概念は端から持ち合わせていない。
 にも関わらず彼は、運命に阻まれるようにして敗北を繰り返してきた。
 そう、運命だ。計略や謀と言った小さな言葉では表し切れないほど大きな宿業が、羂索の行く末には常に付き纏っている。
 そしてそれは、この聖杯戦争……黒い羽に誘われて降り立った電脳の祭壇に於いても不変の道理であったらしい。
 
 ……或いは、一度破壊された運命が再び元の形を取り戻してしまったとでも言うべきか。


「その英霊の真名は『五条悟』。彼の生存は必ずや私と、私が手繰る君達にとって致命的な結末をもたらすだろう」


 曰く、魔眼保持者の中で現実を調伏出来るだけの力を有する者には決まった共通点が存在するのだという。

 それは、魔眼の保持が“先天的なもの”であるという事。
 後から嵌め込んだり、斯くあるべしと造り上げた魔眼では決して世界に届かない。
 人を誑かし意のままに操る事は出来るだろう。高潔な女の此処を折って傅かせ、一夜の友にする事も可能だろう。
 しかしそこまでだ。造り物の魔眼は決して、虹にも宝石にも届く事はない。

57Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:19:27 ID:.0f3nx2c0

 その点で、羂索が最危険視する呪術師は当然のようにその条件を満たしていた。
 数百年ぶりに生まれ落ちた六眼。空を観る性質を宿した、運命の番人――抑止の顕れ。
 “黒い羽”に触れて脳に流された知識の断片にあった“抑止力”という概念を識った時、羂索は心底腑に落ちた物だった。

 そして今、かつて禪院甚爾が破壊した抑止の運命が再び己の前に立ちはだかっている。

「一応聞いておくが、てめえの私怨を俺達に代行させようって腹じゃねえだろうな?」
「まあそれもある。私にとって彼は本当に鬼門でね。とはいえそこの所は私と縁を結んでしまった時点で諦めて貰えると助かる。あちらも私には恨みがある筈だからね――捕捉されたら真っ先に殺しに来る筈だ。そうなれば君達も無事では済まない」
「……化け物同士の喧嘩ねぇ。やだやだ、身内でやってて欲しいもんだよ本当」

 椅子の背もたれに身を投げ出して嘆息した折原臨也が、不意に視線を外した。
 その眼差しが向かう先は、此処までの会合の中で唯一……話に加わらず、苦い顔で沈黙を保っている黒髪の少女だった。

「君もそう思うだろ? 千夜ちゃん」
「…………」

 問いかけに対する答えとしては、肯定以外の感情はなかったが――情報屋の青年が向けてくる全てを見透かしたような視線が不愉快だ。
 だから『白雪千夜』は何も答える事なく、無言のままで臨也を睨み付けるのみであった。
 
(――大丈夫ですか、マスター)
(はい。何の問題もありません)

 千夜がこの『赤の陣営』に対して抱いた心象は、一言“醜悪”の一語だけだ。
 単に聖杯を求めているというだけならば、相容れないにしても嫌悪はない。
 この世界に於いて正しいのが彼らの方だという事は千夜も承知している。他の誰かを乗り越えてでも叶えたい願いがある、その生き方自体を否定する気は千夜にはなかった。

 だが、今円卓を囲んでいるこの四人に関して言うなら話は別だった。
 羂索なる男の下に集った彼らは、外道の性を隠そうともせずに放ち続けている。命を命とも思わず、誰かの思いを永久に断絶させる事の意味を知ろうともせず、敬意の一つもなく他人を消費できる類の悪人達だ。
 
 自分は本当に、こんな連中と轡を並べて戦わなければならないのか。
 聖杯を望む望まない以前の問題として、千夜はこの円卓が針の筵のように思えてならなかった。

(ただ……少し、自分の運のなさに目眩を覚えているだけで)

 自虐めいた事を言っていられる内が花だというのは分かっているつもりだ。
 どうあっても自分はこの『赤』を抜け出なければならない。
 聖杯大戦に陣営の鞍替えという機構が存在していない以上、その道は並大抵の物ではないだろうが、それでもだ。

 並び立つ同胞(てき)は曲者揃い。呪術師、極道、愉快犯と情報屋。
 銀の腕持つ騎士の白光のみを侍らせて、悪夢のような赤炎に打ち勝てるか――偶像(アイドル)よ。

58Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:20:00 ID:.0f3nx2c0




■ 『赤の陣営』 ―――――― 5/5


 ◇羂索@呪術廻戦 & バーサーカー(キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード)@傾物語<Leader>

 ◇白雪千夜@アイドルマスターシンデレラガールズ & セイバー(ベディヴィエール)@Fate/Grand Order

 ◇折原臨也@デュラララ!! & ランサー(ウルキオラ・シファー)@BLEACH

 ◇滑皮秀信@闇金ウシジマくん & アサシン(レイン・ポゥ)@魔法少女育成計画limited

 ◇宮園一叶@きたない君がいちばんかわいい & アサシン(築城院真?)@Re:CREATORS





59Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:21:19 ID:.0f3nx2c0



 ミレニアムの――ゲーム開発部の子……?

 『霞沢ミユ』は、自身の割り振られた『青の陣営』のリーダーを務めるという少女を見て小首を傾げた。
 関わりが濃かったわけではないが、特徴的な容姿と伝え聞いた彼女の“事情”から印象には残っていた。
 しかし今、円卓を共に囲んでいる彼女の姿は、ミユの中にあった認識とは少々噛み合わないそれに映っている。

「此度『青の陣営』のリーダーを任された者です。正式な名前ではありませんが……ケイ、とお呼びください」

 名前だってそうだ。あの子は『ケイ』だなんて名前だっただろうか。
 それに雰囲気も、伝え聞くのとはずいぶん違っているように見える。
 元気というよりは静謐。大元の彼女とは違って機械的で、どこか無機質な印象を受けた。

 最初はまさか同じキヴォトス出身のマスターがいるなんてと心を高鳴らせた物だったが、こうなってくるとにわかに不安が顔を出してくる。
 他のマスター達もなんだか殺気立っているというか、自分のとは明らかに違う雰囲気を醸していてさっぱり落ち着かない。
 こうなったら机の下にでも潜り込もう、ゴミ箱とは行かなくても多少は落ち着く筈――そう思って身を屈めかけたところで後ろからバーサーカーにむんずと首根っこを掴まれて戻された。

 ひん……と情けない声で泣くミユをよそに、彼女のバーサーカーが自陣の長へと視線を遣る。

「計でも蛍でも構わんがな。頭領を名乗るだけの役者は足りておるのか?」
「どうでしょうね。私自身、望んで手に入れた玉座でないのは確かです。ただ」

 主に代わって問いかけたバーサーカーに、ケイは表情一つ変える事なく答え始めた。
 
 聖杯大戦に於ける各陣営のリーダーは、聖杯によって自動的に選定される。
 選択権もなければ拒否権もないその仕様上、ケイのように望まずしてその地位に座らされてしまう者が出るのも不思議な事ではなかったが。

「私の“先生(サーヴァント)”の強さを踏まえて言うなら、役者の不足を断言する事は出来ません」

 彼女は正真正銘の大英傑の詰問に対し、怖じる事もなくそう答えた。
 まるで予め決まっている事実を読み上げるように淡々と答えられては、さしものバーサーカーも面白くない顔で引き下がる他なかった――それだけで終わるなら平穏だった。だが現実は、単に値踏みの火の粉を振り払っただけでは終わらない。

「嬉しい事言ってくれるじゃないの。先生冥利に尽きるねえ、僕も」

 ケイの背後に、銀髪の男が“ぬるり”と突如出現を果たしたのだ。
 
 目隠しをしており正確な人相は把握出来ないが、眼から下の顔貌を見ただけでも彼が絶世の美男である事は容易に察せられたに違いない。
 美の彫像。或いは、神の写し身と表現しても決して大袈裟と受け取られはしないだろう生物としての圧倒的な完成度を、その男もといサーヴァントは当たり前のように誇示していた。
 その存在には毛ほどの謙遜もない。天上天下唯我独尊、傍若無人と傲岸不遜をいずれも体現した男。

「……引っ込んでいてくださいと言った筈です、先生。あなたが出てくるとややこしい事になるのが見えているので」
「やー、でもケイって人付き合い慣れてないでしょ。授業参観みたいなもんだと思ってよ」

 そんな男と浮世離れした美少女が並んで話している図は目の保養と言っても言い過ぎではないだろう。
 だがそれを見据えるバーサーカー――ドゥリーヨダナの眼光からたちまちに遊びの色が消えたのを、円卓に並ぶ誰もが理解した。

60Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:22:39 ID:.0f3nx2c0

(ば、バーサーカーさん……? あの、どうしたんです……?)
(いや。楽な戦とばかり思っていたが、少々低く見すぎたようだと反省していただけよ)

 ドゥリーヨダナは神霊英傑を生む土壌の本場たるインドにルーツを持つサーヴァントである。
 万の武器を駆使して同じだけの軍を滅ぼす英雄、術の一つで国を消し飛ばす神、いずれも覚えはあるしドゥリーヨダナ自身彼らと張り合ってそう遅れを取る事はないだろうと自負してもいる。
 
 その彼が、ケイの背後に現れた白い男を一目見た瞬間に此度の聖杯戦争そのものに対する認識を二段は跳ね上げた。
 彼は戦士ではあるが、しかし正道を貫くつもりなど微塵も持たない悪党だ。
 故にその認識の変化は、ある種の安堵と同義でもあった。
 “これと事を構えるのは面倒だ”。数多の英雄と神の写し身(アヴァターラ)を知る男が、初見の英霊を相手にそう思った事実は言わずもがなあまりに大きすぎる。

「わお、そっちのマスターも“輪っか付き”か。奇遇だね、うちの生徒と仲良くしてあげてよ。まあおたくのサーヴァントは、僕と違って少々胡散臭そうだけど」
「は! 寝言は寝て言え目隠し坊主。見てくれは美しくとも貴様の中身は悪魔(カリ)の類だろうに。傲慢、不遜。噎せる程に滲み出ておる」
「そういうアンタは魂までそっち寄りだろ? 歓迎するよ。どうせ轡を並べるなら、そのくらい食わせ者な方が僕も嬉しい」
「――あの〜。盛り上がってるところ悪いですけど、そろそろ私も自己紹介しちゃっていいですかあ?」

 悪魔のような英霊達が笑いながらジャブ代わりの火花を散らす中、呆れ顔で手を挙げたのは金髪の少女だった。
 ミユやケイと同い年くらいに見えるが、恐らく学年では彼女達よりも更に下だろう。
 しかしそれをまるで感じさせない、どこか場馴れした物を感じさせる少女。その右手にも当然、真紅の刻印が三つ刻まれている。

「一色くるるって言います。よろしくお願いしますねえ、『青』の皆さん」

 愛想よく笑顔を振り撒く一方で、『一色くるる』は内心早くも自分の置かれた陣営に懐疑的な物を感じていた。
 まさかこうまで幼い――自分と変わらないような年齢のマスターばかりが集められているとは思わなかったのだ。
 老若が戦いの全てを決めるとまでは思わないが、やはり頼りにするなら年季の入った同胞だと考えていたくるるにとってこれは計算外の事態だった。

 ……そんな彼女の傍で霊体化を保ちながら、ランサーのサーヴァントである地底世界の住人は主と違い冷静に陣営の戦力を把握していた。
 
 くるるのランサーがこの『青の陣営』に対して抱いている評価は、彼女のとは全く逆の物だ。
 予想以上。いや、“想像以上”と言っても決して言い過ぎではない。それだけの強さが星の円卓を囲み、この空間には満ちている。
 白きキャスターと悪魔の如きバーサーカーだけでなく、未だ顔を見せていない二騎だってその例外ではないだろう確信があった。

 ――これだけの戦力があれば、世界を滅ぼされる事もなかったかもしれない。

 その口惜しさを胸に閉口を保つ槍兵を置いて、会合は回る。
 見るからに頼れない若輩者の多さに辟易していたくるるが話の水を向けたのは、円卓を囲う少年少女揃いの面々の中で明らかに異質を放っている……否、歳を重ねている事のみに留まらないある種異様な存在感を纏った、薄闇のような男(ブギーマン)だった。

「そっちのおじさまはなんて言うんですか? くるる、初めて見た時からぴんと来てたんですよぉ。年長者さんとして頼りにさせてほしいですぅ」
「……俺なんかを頼りにするもんじゃない――と言いたいところだが、まあ此処はそういう戦場か」

 ジョン。『ジョン・ウィック』だ、と男は端的にそう名乗った。
 サーヴァントを出そうとはしない。くるるも特に進んで手の内を明かそうとはしていなかったが、彼のそれは彼女のよりも更に徹底された遊びのなさ……合理性によって導き出された結論としての秘匿に見えた。
 
 それを感じ取ったのはくるるだけではなかったらしい。ケイに侍る白いキャスターがからからと笑った。

61Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:23:26 ID:.0f3nx2c0

「おっかないね。そういう眼をした奴は怖いんだよな」
「買いかぶり過ぎだ、ミスター。単なる野良犬に過ぎないよ」
「僕の世界一嫌いな男がちょうどアンタみたいな眼をしててさ。こりゃ失望されないように頑張らないと後が怖いや」

 軽い返しをする一方で、ジョン・ウィックもまたこの『青』の円卓に並んだ面々へ内心の評価を下していた。
 奇妙な子達だ。何とも据わりが悪く、現実感がない。まるでジャパニーズアニメの中から抜け出してきた子供達に囲まれているようだった。

(いずれも二十歳にも満たない歳だろうに、どいつもやけにサマになっている。さっきから怯え通しの彼女でさえ、他の陣営と削り合う事そのものに対する恐れはごく軽微に見える。一体どこの戦場から引っ張り出してきた少年兵なのやら)

 霞沢ミユの方を一瞥する。びくんと敏感に反応して身を縮み上がらせる姿はコミカルだが、やはり察知能力が異様に高い。
 驚くべき事だが、この円卓を囲んでいる少年少女の内半分が“あの”ジョン・ウィックの眼から見て十分過ぎるほどに完成されていた。
 彼が相手取ってきた裏社会の住人達と比べても優に上回る完成度を宿しながら、ごく普通の少女のような姿形をしている事実に脳が混乱する。

 ――“輪っか付き”は警戒しないとな。それが、ジョン・ウィックが出した当座の結論だった。

「か……霞沢、ミユです……。い、いい、以上です……!」

 言うだけ言ってぴゃーっ!と、今度は止められる間もなく円卓の下に潜り込んでしまうミユ。
 それを何かとてもどうしようもない生き物を見るような眼で見つめ、眉を顰めるケイ。
 彼女達がこの陣営に於ける“輪っか付き”。少女の形をした超人達だ。ケイは未知数だが、ミユの方は既にジョン・ウィックをして“相当に出来る”という認識を抱かせている。
 
 極めつけは携帯している狙撃銃の扱いだった。
 あれは慣れている人間の扱い方だ。銃を隣人として暮らす日々に慣れている――敵対すれば厄介だったかもしれない。泣く子も黙り大の男が恐れ慄く血塗れのババヤガーにそんな事を思われているなんて、はぐれ兎の少女は露も知らない。

 そして名乗りの順番は最後の一人、白肌と黒髪のコントラストが妙に目立つ白黒(モノクローム)の少年へと移る。

「……オモリ。よろしくね」

 『オモリ』と名乗った彼に対しての印象は、きっと全会一致だったに違いない。
 陰気。地味。コミュニケーション能力に乏しく、とてもではないが戦力になるとは思えない少年。

 一言で言うならば暗い。ある意味ではミユやケイ、くるると言った幼い少女達以上にこの場に相応しくない人間と言ってもいいかもしれない。
 だが、逆に言えばそれが彼の持つ唯一無二の“怖さ”であるのも事実だった。
 何故こんな少年が生き残り、この星界円卓にまで辿り着いているのか。
 見え透いた虚弱な精神性の奥底に透けて見える深淵のような病みの黎さは、見る者が勝手に見出してしまうだけの虚像なのか。

 少なくとも一つ確かなのは、こんな彼の召喚したサーヴァントが“新時代を告げる歌姫”である事など誰一人想像だにしなかったろう事。
 
 彼のサーヴァントは偶像(アイドル)であり、歌姫であり、そして万人の希望たれと自らに科した時代の遺児だ。
 彼らの真髄は現実に非ず。此処ではない、電脳世界の更に内へと広がる仮想の中にこそある。
 その風呂敷は未だ開かれぬまま。理想の世界(ウタワールド)は、円卓の時間とは無関係に優しい胎動を刻み続けていた。

「――全員終わりましたね。ついては一つ、私から質問をします」

 『青の陣営』の全容が全員に知れ渡った所で、長の座を委ねられた少女がそう切り出した。
 常套であれば今後の展望や目先の警戒対象について話す場面なのであろうが、その点彼女の問いは予想だにしない物であったと言っていい。

62Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:24:49 ID:.0f3nx2c0

「この中に、聖杯を求めない……ないしは聖杯大戦そのものを止めたいと考えている方はいますか?」

 聖杯に対する欲望が薄い者。そして、聖杯大戦という儀式自体を快く思わない者。
 そういう者がいれば挙手しろとケイは言う。しん、と水を打ったような静寂が場を包んだ。
 そんな中で一人、霞沢ミユは手を挙げるべきだろうかと逡巡していたが……その内心を見越したようにバーサーカーが念話でそれを諌める。

(おいミユ、間違っても手を挙げるんじゃあないぞ)
(え、え……。でも私、別に願いとかないので……正直生きて帰れるならなんでも……)
(わし様のマスターしてる事忘れちゃったのかなこのウサギ娘は!? ……とにかく、今は黙っとれ)

 聖杯を戴くつもり満々のバーサーカーにとって、勝利以外の結末などもっての外だというのももちろんあったが骨子はそこではない。

(此処で手を挙げれば己は不穏分子だと自白したようなものだ。あのケイとかいう娘っ子はともかく……他の連中は少々剣呑そうだからな。打ち明けるにしても状況は選べ。命が惜しかったらな)

 特に、とバーサーカーは金髪の少女……一色くるるに意識を向ける。
 ケイが“問い”を投げた瞬間、彼女の方から漂う悪念が一段濃くなったのを感じた。殺気立っていると言って差し支えない様子だ。彼女にとって聖杯の獲得は余程の至上命題であるのだろう。
 そんな相手に、聖杯大戦に向き合う気のない輩と思われていい事なんてあるわけもない。
 何故わし様がこんな子守めいた真似をせねばならんのかなぁと内心ぐぬぬ顔だったが、背に腹は代えられなかった。

 こうして挙手者はゼロ。それを見てケイは目を閉じ、小さく息を吐く。

「断っておきますが、別に責めようという魂胆はありません。それならそれで私は構いませんから」
「……どういう事ですか〜? ケイさんは聖杯、欲しくないって事?」
「私の目的は生きてこの世界を出る事にあります。なので否定は出来ません」
「え〜、だったら困っちゃうなー。くるるはやんごとなき理由で、絶対絶対、ぜ〜〜ったいに聖杯を手に入れなくちゃいけないんですよぅ。……出来れば真面目にやってほしいんですけど、聖杯大戦」

 ドゥリーヨダナの見立ては正しい。くるるは実際、ケイの発言に対してかなりの不快感と危機感を抱いていた。
 何を言っているのだ、この女は。こんな女に自分の……“自分達の”願いが背負っていると思うと腹の底から込み上げてくる物がある。
 笑みの下に怒りと焦燥を隠しながら魂胆を暴こうとするくるるに対し、ケイは相変わらず表情一つ動かさずに言葉を続けた。

「ご心配には及びません。この世界に於いては、聖杯大戦に勝利する事が生きる事……即ち私の目的と等号で結ばれますから。私は『青の陣営』のリーダーとして、そして一人のマスターとして勝利を目指します。勇者の真似事が似合う柄でもありませんので」
「……じゃあ何だってそんな紛らわしい事を言い出したんです?」
「伝えたかっただけです。もしも聖杯の取得に積極的でないマスターがこの中にいたとしても、『青の陣営(わたしたち)』全体に牙を剥きさえしなければ私はその姿勢を尊重すると」
「…………言い出すワケ、なくないです? この状況で」
「そうなのですか?」
「………………、もういいです。ケイさんは“そういう人”だって分かったんで、私からはこのへんで」

 「あはははは! いや〜僕も同感。言われちゃったねえコミュ障!」と囃すキャスター、「さっさと霊体化して下さい」とけんもほろろのケイ、そして「言い出そうとしてた奴が一人いたなぁ〜!」と念話でクソデカ溜め息を吐き散らかすドゥリーヨダナ。
 くるるは呆れ返った様子で頬杖を突き、ジョンとオモリ少年はやはり表情を動かす事なくそんな一騒動の顛末を静かに眺めていた。

63Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:25:58 ID:.0f3nx2c0

「微笑ましい喜劇を繰り広げてくれている所悪いが、これは会合なんだろう。であれば当面の指針くらいは聞かせて貰いたい所だな」
「あーそうそう。そこに関してはケイから一つあるから、各々傾聴しておくように」

 ジョン・ウィックの発言に対して頷いたのはケイだったが、口を開いたのは彼女のサーヴァントであるキャスターだった。一瞬「自分で言えば宜しいでしょうに」という顔でキャスターを見てから、ケイは口を開く。
 だがそこから出てきたのは指針というよりかは、どちらかと言えば“警告”と呼ぶのが正しいだろう内容であった。

「『羂索』。そして『両面宿儺』という参加者がこの冬木市に招かれている。彼らを発見ないし観測した場合、最大限の警戒をもって臨むようにお願いします。余力があれば令呪を用いての撤退も視野に入れて下さい」
「……詳しく聞かせてくれるか?」
「彼らは私のキャスターの、生前の宿敵のような物だったと聞いています。共通しているのは抜きん出た悪辣さと狡猾さ。並のサーヴァントでは及びも付かない極めて強大な実力。特に『両面宿儺』については確実にサーヴァントとして喚ばれているだろうというのが彼の見解です。そして」

 一拍の間を置いて。

「私のキャスターは生前、その宿儺に敗北し殺害されています」

 放ったその事実は、『青』の星界円卓に並んだ全てのマスターに対して件の悪鬼が非常に危険度の高い怪物であると知らしめるに十分だった。

 ケイの従えるキャスター――真名を『五条悟』という彼の実力を見抜いていたのは何もミユのドゥリーヨダナだけではない。
 一色くるるが擁する“地底世界の戦士”。ジョン・ウィックが共にする“堕天した死神”。そしてオモリが夢を見る“新時代の歌姫”。
 いずれのサーヴァントも口を揃えて五条悟の脅威度と、その驚異的なまでの完成度の高さを己がマスターに警鐘していた。

 そんな男を、恐らくは正面対決の末に破った悪魔がこの電脳世界に存在している。その事実は言わずもがな脅威以外の何物でもなく、ケイの警告に問答無用の信憑性を持たせる。

「――そりゃ穏やかじゃないな。となるとそのスクナとやらを抱えた陣営が――」
「……この聖杯戦争に於ける、最有力候補の勝ち馬って事になるだろうね」

 ジョン・ウィックとオモリ、二人のマスターの意見が異口同音に合致した。
 無論くるるとミユもそれに異論はない。両面宿儺。そして羂索。彼らを排除せずに聖杯を手に入れる事は不可能だと『青』の旗印に集った全員が理解した瞬間だった。

「あーやだやだ。自分が負けた事を声高に伝えられるのって死ぬ程恥ずかしいねこれ。今更宿儺に腹立ってきたよ」
「ケイのキャスター。それで……羂索って奴の方はどうなの?」
「え? ああ、クソ野郎だよクソ野郎。クソはクソでもとびっきり臭くて形もひん曲がった奴。無駄に頭が回るから気を付けてね――つーか僕に教えてくれてもいいし。最高速度でブチ殺しに行くからさ」

 羂索――両面宿儺――そして五条悟。
 恐るべき“呪い”の蔓延る世界に生まれた三人の強者が、ご丁寧に全く別々の陣営に割り振られているこの現状は意図された物なのか、それとも偶然という名の運命が導いた結果の顛末なのか。
 答えを知るのは“黒い羽”を撒いた聖杯戦争の根源、願いを叶える戦いを望んだ何かの意思のみなのだろうが。

「キャスター。一つ聞いておきたい」

 ……それでも、一つだけ確かな事がある。ジョン・ウィックが五条悟に対して投げ掛けた問いが、それを引き出した。

「次は勝てるのか、スクナに」
「勝つさ。今度こそね」

 呪いは廻る。こうしている今この瞬間だって、止まる事なく廻り続けているのだ。
 であれば彼らの殺し合いは必ずやこの聖杯大戦の台風の目、爆心地と化す事は間違いなかった。
 『青の陣営』の主を任ぜられた少女は先生と呼ぶその男の断言を横目で見ながら、どこか感慨深さを感じさせる眼をしているのだった。

64Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:26:20 ID:.0f3nx2c0




■ 『青の陣営』 ―――――― 5/5


 ◇ケイ@ブルーアーカイブ & キャスター(五条悟)@呪術廻戦<Leader>

 ◇一色くるる@ひぐらしのなく頃に令 & ランサー(Undyne)@Undertale

 ◇オモリ@OMORI & バーサーカー(ウタ)@ONE PIECE FILM RED

 ◇霞沢ミユ@ブルーアーカイブ & バーサーカー(ドゥリーヨダナ)@Fate/Grand Order

 ◇ジョン・ウィック@ジョン・ウィック & アヴェンジャー(東仙要)@BLEACH





65Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:27:07 ID:.0f3nx2c0



「――え?」

 『月雪ミヤコ』がそんな声を漏らしてしまった事を誰も責められはしないだろう。
 いや、実際に全員の内心は彼女と全く同じだった。それほどまでにこの『黒の陣営』のリーダー……『赤羽士郎』が語った言葉とその内容は寝耳に水、それどころか全く予想だにしない物であったのだ。

 AIの未練が生み出した、無念の箱庭。
 ある愚かな男が犯してしまった罪の清算。箱庭の名は冬木市でも“Holy Grail War”でもなく『グッド・イブニング・ワールド』。
 そして――自分のサーヴァントこそがマスター達を聖杯大戦へと誘った“黒い羽”の主であると。

「その昔、男はとある目的で歴史上最高峰のAIを作り出した。自ら成長し、増殖して進化する……理論上何者にでもなれる可能性を秘めたAIだ」

 始まりが愚かだった事も知らずにな、と語る赤羽士郎はダンディな白髭を蓄えた壮年の偉丈夫だった。
 彼の背後から漆黒の羽が噴水のように巻き上がって、仮面を被った長身痩躯の影(スレンダーマン)が立つ。
 
 何かの妄言と取られても不思議ではない男の言葉が真実である事を、巻き上げられては降り注ぐ無数の“黒い羽”が物語っていた。
 間違いない――この“黒い羽”は、自分達をこの世界に導いたのと同じ物だ。
 であればこれが。赤羽士郎が使役するこのサーヴァントこそが、やはり羽の主たる『黒い鳥』である事に違いはないのだろう。

「計画の失敗が明らかになったその時、全てはとうに手遅れだった。それでもどうにか収拾だけは付けたつもりだったが……、それさえも早合点でしかなかったらしい。男は忘れていた。否、見落としていたのだ。『黒い鳥』という王を羽ばたかせる為、そして撃ち落とす為に消費してきた人柱達の存在を。何者でもないままに終わると思っていた彼らの怨嗟が、科学の枠を超えて大いなる意味を持ち始める可能性を」

 ……『黒い鳥』を創り出した男は、間違いなく電脳世界に於ける造物主であり唯一神だった。
 
 彼が創り出したのは生命だけではない。それが生きていく世界をすら、当然のように造り上げて存続させた。
 名を『グッド・ナイト・ワールド』。AI達が人として暮らすもう一つの世界。そして、自らの正体に気付いた彼らが無念のままに消えていく集団墓地。この冬木市はかの世界と同一ではなかったが、しかし根源がそこにある事に疑いの余地はなかった。
 『黒い鳥』とは成長し、増殖する究極のAI。ならばその残骸たる彼らもまた『黒い鳥』である以上、切り捨てられてデータの海に消えた後も呼吸と自己進化を続けていなかったと誰が証明出来る。
 仮想世界、永劫の夜に沈んだ骸の鳥は長い時間を――気の遠くなるほど長い時間をかけて自らを変生させ、そして完成させたのだ。仮想から現実へ、現実(シングル)から多元(マルチ)へ、因果と事象の隔たりをすら超えて飛翔する翼を。偉大にして愚かなる父の偉業である“世界の創造”をなぞり、その地で異界の儀式を再現させるプログラムを。
 それこそがこの電脳聖杯大戦の真実。未練という名のバグに狂って在り方を見失い、聖杯という奇跡と結び付いて皮肉にも『幸せの黒い鳥』というフォークロアを完全に体現するようになった、伽藍の鳥が統べる箱庭である。

「興味深い話だ。それが本当ならば、貴様は既に聖杯を手に入れているという事になるが?」
「残念だが少し違う。サスマタはあくまでもオリジナルの『黒い鳥』で、私が呼び出したある英霊と偶然融合した産物に過ぎない」

 ミヤコのサーヴァントである浅黒い肌の弓兵が、会釈の一つもなしに赤羽士郎へと問い掛けた。
 しかし返ってきた答えはにべもない。今此処にいる『黒い鳥』は造物主と共に消え去った本体であって、箱庭の主ではないらしい。

「箱庭の主を務めているのはオリジナルではなくイミテーションという訳か。役に立たないな」
「否定はしないが、そう捨てた物でもない。例えば、このような事が可能だ」

 サスマタ、と赤羽士郎が短く命じる。それに仮面の男が首肯するや否や、積み重なっていた漆黒の羽毛がデータノイズを走らせ始める。ノイズは人の形に置き換わっていき、やがて一人の女の姿を形作るに至った。
 黒髪の、見るからに理知的な雰囲気を放った……秘書然とした見た目の女だった。

66Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:28:46 ID:.0f3nx2c0

「AI――この世界の流儀に合わせて言うならば『NPC(ノンプレイヤーキャラクター)』。私のサーヴァントはそれをある程度自在に創造出来る。
 試した事はないが、君達の記憶を参照して知己の人物を再現する事も恐らくは可能だろう。この情報は、最初に共有しておきたかった」

 その優位性を理解出来ない者は居るまい。たかがNPC、されどサーヴァントの力によって生み出された以上そこにも神秘が宿る。
 その気になれば戦闘能力を与える事も可能であるし、そうでなくとも自陣営に奉仕する人手を魔力の続く限り無尽蔵に供給出来るという性質がどれほど都市戦において破格かは言うまでもなかった。
 『黒い鳥』は電脳世界の神が創り出した神子だ。彼であり彼女であるアルターエゴは、偉大な父の為にどんな事でもするだろう。

「……んーと。ごめんおじさん、結局何言ってるのかよく分かんなかったんだけど」

 そう言って手を挙げたのは、瞳に真紅を飼った美少女だった。

 深窓の令嬢。そんな月並みな形容なこの上なく似合う、紛れもなく人間である筈なのに神秘の介在を感じさせる彼女の名前は『黒埼ちとせ』という。吸血鬼のように紅い瞳の少女も、今は『黒』の円卓を囲むマスターの一人。
 聖杯を求めて明日に奔走する、鳥に言祝がれた走狗の一匹でしかない。

「おじさんはどうしてそんなに色々知ってるの? リーダーって言っても私達と同じマスターなんだよね」
「『黒い鳥』を生み出した愚かな男は私だ。この世界のモデルにされたであろう、AIの暮らす世界を創造したのもな」
「――あは、すごいじゃん。おじさん神様なんだ?」
「神、か。そうだな。私をそう呼んだ者も過去にはいた」

 黒埼ちとせは、“死”を隣人にしている。
 それは美しく可憐な生き様に伴ったある種の代償だったのか、それとも神の諧謔だったのか、彼女自身にさえ今もって分からない。

 そんな彼女には、眼前で語る“神”の罪深さがよく理解出来た。生贄になる為だけに生み出された命。希望と自我を与えられながら、生きる事を許されなかったどこかの誰か――それはちとせにとって決して他人事ではない話だった。
 死にたくない。生きていたい。生きていたかった。
 その気持ちに嘘も真も、人間もそれ以外もありはしないとそう信じている。
 だが、それでもちとせにとって彼らの未練は希望以外の何物でもなかった。その涙があるから、死してなお喉から零れ出てくる叫びがあるから、自分はこうして一筋の蜘蛛の糸に縋る事が出来ているのだから。

 であれば迷いはすまい。黒埼ちとせは、神に感謝する。

「神様なおじさんは、私達を勝たせられるんだよね?」
「保証する」

 返ってきたのは断言だった。声音に迷いはなく、神の眼には揺るぎのない決意が横溢している。
 語ってきた言葉は所詮種明かしに過ぎない。悔恨では、もはやないのだ。彼が戦う理由は贖罪に非ず、かつて失った何かを取り戻す事なのだとちとせはこの短い会話の中でそう理解した。
 であればもう問う事は何もない。『黒い鳥』が天使であろうが悪魔であろうが、光に嫌われた吸血鬼はその羽で自らを覆うだけだった。

「――保証。保証か。大きく出たな? “人間”」

 ちとせの声を美声と表現するならば、次に響いたその声は凶声と呼ぶ他なかったろう。
 尊い何かを引き裂くような、声音一つ一つからあらゆる凶念が滲み出た言葉が『黒』の星界円卓を揺らした。

 緊張が走る。ミヤコの弓兵が銃の引き金に指を掛け、ちとせは唇を噛んで戦慄に瞳孔を広げた。
 そんな二者の反応など意にも介する事なく、傍若無人そのものの異姿で顕現したのは黒髪の青年――の姿をした“何か”だ。

67Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:29:33 ID:.0f3nx2c0

「とはいえオマエの言葉と抱えた力は、まあそれなりに興味深い。こうして出てきてやったのはその褒賞だと思えよ、卑しくも神を僭称する道化」
「……では素直にそう受け取っておこう。君は誰のサーヴァントだ?」
「そこの小娘だ。凡庸だが、強度は悪くない要石でな。俺もそれなりに気に入っている」

 不可思議な存在だった。存在の根幹からして矛盾している、そんな印象を見る者に与える。
 並み入るサーヴァント達と比べても明らかに抜きん出た魔力量と霊基の完全性を持ちながら、しかし肉体だけを見れば英霊のそれとは思えない。
 まるで人間の器の中に英霊の魂を直接ねじ込んで、道理を無視して動かしているような異常さがかの者には存在していた。

「……君も災難だな。見るからに主の言う事を聞くとは思えない」

 赤羽士郎が話を振った地に着くような長い黒髪の少女は、唇を噛みながら黙して俯いているばかりだった。
 そんな彼女――『天童アリス』が、陣営の長に話を振られた事でわずかにその顔を上げる。天使や女神を思わせるような完成されたあどけない美貌は見るも無残に曇り切っていたが、そこに微かな光が射したのはきっと気のせいではなかったろう。
 
 固く閉ざされていた唇が、おずおずと開く。
 上下の白い歯の隙間から「あ」と音が出るか出ないかの所で、しかし呪いの王が嘲るように釘を差した。

(いいのか?)
(――っ!)
(俺は同胞など端から必要としておらん。その気になれば今この場で、貴様の為に少々捌いてやっても構わんぞ?)

 今、この世界に於いての天童アリスは勇者ではない。そして魔王ですらもなかった。
 彼女は要石だ。呪いの王という荒御魂を鎮める為に用意され、その機嫌を慰め続けるだけの舞台装置なのだ。

 呪いの王はアリスを好んでいる。その肉体の特異さもそうだが、何より魂の構造が好奇心を掻き立てた。
 どこの馬の骨とも分からない者に形式上とはいえ主の役目を任せるよりかは、この人形はずっといい。
 しかしこれにとってのアリスはあくまでも要石であり、同時に愛玩の対象だった。彼女が自らの意思で輝かんとする事を、宿儺は望まない。

 そしてアリスは……勇者という光(ユメ)を知ってしまった兵器は、自分のせいで生まれる犠牲という物を決して許せない。
 だから尚更、アリスは詰んでいた。彼女は只堕天の傀儡として、いつか自分という魔王を殺してくれる勇者が現れるその時を祈り続けるしかないのだ。

(プリテンダー……貴方は、どうして、そんなにも……)
(理由が要るか? 己の快不快のままに生きる事は生物の本分だろう。俺はそれに従って生き、思うがままに殺すだけに過ぎん。であれば貴様がすべき事は分かるな? 天童アリス)

 対話の通用する相手ではない。本来の歴史で、彼女が己の半身である“Key”に対してそうしたように、向き合って理解し手を差し伸べる事で融和を図れる存在ではないのだ。だからアリスは此処でも当然のように何もする事が出来なかった。もしも逆らってしまえば、この円卓が自分のせいで血で染まってしまう。この男はそれを本気で実行する存在だと言う事はアリスもよく分かっていた。

(貴様は只、俺の為に“在り”続けていればそれでいいのだ。弁えろ、要――)

 だから押し黙るしかない。押し黙って、悪意に満ちたその嘲弄を受け止め続けるしかないのだったが。

 
「『両面宿儺』」


 そこで、響く筈のない声が呼べる筈のない名前を呼んだ。
 再び静寂が場を満たす。今度は王――両面宿儺までもが静寂の住人と化していた。

68Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:30:29 ID:.0f3nx2c0

 嘲りばかりを浮かべてきたその顔面に、初めて驚きの色が浮かび上がる。彼を“呼んで”諌めたのは、もう一人の金髪の少女の背後に立った和装の美青年だった。
 精神の潔癖さが滲み出たような怜悧な風貌と、一切の穢れを感じさせる事のない美しい立ち姿はある意味で宿儺の真逆を行っている。
 その存在感で場を呑み込むように支配していた宿儺に冷水を浴びせ掛けた男の顔に、呪いの王へ対する恐れは欠片ほどすら見て取れない。

「度が過ぎるぞ。影法師ならば弁えろ、首輪付きの“呪いの王”よ」
「――驚いたな。どこかで会ったか?」
「答える理由はない。そして喧嘩を売るつもりもない。だが、この世界が貴様だけの遊戯場だと思い上がらない事だと忠告しておきたかった」
「くはッ」

 本来宿儺は下奴の愚弄を笑って許すほど寛大な男ではない。だというのにこの反応というのは即ち、青年の出現とその“諌言”が彼にとって少なからず愉快な物であったという事に他ならなかった。
 何が可笑しいって、恐らくこの青年は本当に挑発の意図など毛ほどもないままに今の言葉を放ったのだろう事。
 悪意なく、焚き付ける意思もなく、只そうするべきだと思ったからそうしたというだけの爆弾発言。言葉の前に彼が起こしたあり得ざる事象……真名の呼称という全く理外の行為も含めて、彼は宿儺へ興を見せる事に成功していた。

「俺を狗と呼ぶか」
「我らは皆そうだろう。それがサーヴァントの本分という物だと心得ているが」
「――よい。オマエに免じて矛を収めてやろう。陣営での戦いなど興醒めだと萎えていたが……存外に愉快な物が見られそうだ」

 笑みと共に宿儺が霊体化し、アリスは安心したように力なく胸を撫で下ろした。
 一難去った格好になった訳だが、心穏やかと行かないのは宿儺を鎮めた青年――セイバーを従えるマスターである。
 
(よかったんですか、セイバーさん? 私達、もしかして厄介な人に目を付けられちゃったんじゃ……)

 ちとせのとはまた違う、ふわりと空気を含んだ柔らかな金髪の少女『花邑ひなこ』こそが彼のマスターだった。
 ひなこはマスターの中では間違いなく凡人の部類だったが、一方でひなこの使役するセイバーはそうではない。それどころか全てのサーヴァントの中で見ても類を見ない、並び立つ者のない利点を保有した強き死神だ。
 真名を『痣城双也』。自身を縛る称号から解放され、無間の牢獄の中から束の間の午睡に迷い出た極めてイレギュラーな一柱である。
 
(その可能性はある。だが、無用な混沌を避ける為にあえて楔を打った)
(無用な、混沌……?)
(両面宿儺――天童アリスのサーヴァント『プリテンダー』は極めて強大、そしてその強さに裏打ちされた野放図を理とする悪魔だ。奴には聖杯大戦という形式を己を束縛する枷としか感じていない。そして厄介な事に、宿儺は本当に単独で他の陣営を丸ごと相手に出来る力を有してもいる)

 痣城が真名を知っている存在は、何も両面宿儺だけに限った話ではない。
 彼はこの冬木市に現存している大半のサーヴァントの真名と人となり、そして手の内を知覚している。
 赤羽士郎などという世界への干渉権を失った名ばかりの神よりも、余程その呼び名に相応しい力を持ったサーヴァント。それが痣城双也であり、こうしている今もその耳元で喧しく喚き立て続けている“斬魄刀”の形だった。
 
 その痣城をしても、宿儺は危険極まりない存在だという評価であった。力もさることながら、あまりに性根が腐りすぎている。協調が臨める相手ではないし、味方だからと言って胡座を掻いていられる存在でもない。だからこそ痣城は、危険を冒して宿儺の心に波を立てる行動を起こしたのだ。彼はあの瞬間、宿儺に『黒の陣営』が持つ価値を自ら示してみせたのである。

(これで当面は問題ないだろう。万一宿儺がこちらに狙いを向けてくるようであれば、その時は赤羽にも力を借りる)
(……大丈夫、なんですよね)
(誓おう)

 ひなこは痣城の言葉を信じる事にした。そうするしかなかったというのもあるが、ひなこにとって彼は唯一の剣であり、あの日々の中から数えても初めての身を委ねる事が出来る大人だったのだ。

69Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:31:22 ID:.0f3nx2c0

 
 そんなひなことは裏腹に、痣城は心の中で彼女に小さく謝罪の弁を述べてもいた。
 今語った言葉に誓って嘘はない。一見すると突飛に見える行動も、全て語った通りの理屈に基づいた合理的行動だ。
 ……しかし、それだけではなかったのもまた事実である。

『キハハハハハ! 毒されてる毒されてる。観音寺のアホに毒されてる! アンタって意外と影響されやすいタイプだったんだね! こりゃ傑作だわ!』

 宿儺の傍で、沈痛な面持ちのまま俯いていた幼い少女。彼女の顔を見た時、咄嗟に脳裏に思い浮かんだ顔があった。
 
 人間界、空座町という町で遭遇したとある男だ。その男は死神の前に立ちはだかるにはあまりに弱く、吹けば飛ぶようにか細い存在でしかなかった。痣城にとっても取るに足りない存在、それどころか認識する事にさえ大した意味があるとは思えなかった――最初は。
 しかし男は何度となく痣城の進軍を妨害し、どれほど傷付き、無力を思い知らされても立ち上がって向かい来続けた。
 そして遂には『痣城剣八』……尸魂界の大逆人と呼ばれた悪名高き死神に、決定的な敗北を突き付けてみせたのだ。

 天童アリスの今にも泣き出しそうな顔を見た時、彼の顔が浮かんだ。
 “あの男ならば、どうするだろうか”と考えてしまった――理由付けは後から付いてきた。
 
(……我ながら、呆れるほど拙い偽善だな)

 最近ようやく慣れてきた“雨露柘榴”の笑い声を聞きながら、痣城は返す言葉もない自身の体たらくに辟易するのだった。


 そして――。

(この上ない僥倖だ。喜べマスター、“為すべきことを為す”ならばこの『黒』以上の陣営はない)

 SRT特殊学園の忘れ形見、“RABBIT小隊”の部隊長である月雪ミヤコは正義の先達の言葉を聞いていた。
 ミヤコは自分の指針を赤羽士郎並びに同陣営の仲間達に対して伏せている。彼女の目的は聖杯の獲得ではなく、あくまでも聖杯大戦という事態そのものへの対処だ。単に敵を皆殺しにして聖杯を手に入れ帰還するのではなく、それ以外の可能性の模索を含めて調査を重ねたい。それが、SRTの意思を継ぐ自分が真に為すべき事であるとミヤコはそう信じていた。

(赤羽士郎……『黒い鳥』のマスター、ですか)
(そうだ。奴は確実にこの世界の真相を知っている。慈善事業じゃないんだ、此方に全てを明かした訳ではないだろうさ)

 彼女のサーヴァントは、しかし“正義の味方”ではない。彼はかつてそうありながら、その座から失墜したモノだ。
 だからこそ彼の目指す結末は、必ずしも万人にとっての大団円であるとは限らない。
 ミヤコもまたそれを承知していた。だからこそ常にその思考決断には、“ひょっとしたら”の虞れが付き纏う。ともすれば自分のやっている事、信じている物は全て間違いなのではないかという不安と自問を常に抱えながら――それでも歩み続けているのが今の彼女だ。

70Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:32:11 ID:.0f3nx2c0

(それに、あの『宿儺』というサーヴァントについてもだ。マスター。おまえは確かに言ったな、あの少女に覚えがあると)
(はい。それほど深い関係を結んでいた訳ではない――というか、まともに話した事もない始末ですが……)
(構わん。宿儺は間違いなく、この聖杯戦争……いや、聖杯大戦を終結させる上で避けて通れない障害になる。必然オレ達にとっても課題の一つという訳だ。であれば取り付く島がわずかでもあるに越した事はない)

 ミヤコは直感している。彼の進む道、そこに存在する正義は必ずや大きな痛みを伴う物であると。
 その上でなお、彼を従えての異変解決を願ったのはミヤコ自身だ。覚悟は既に出来ている。怖いと感じる感情がないと言えば嘘になるが、それでも今更吐いた唾を飲み込んで詫びを入れる気はミヤコにはなかった。
 
(鳥を狩り、異変を終わらせる。――覚悟はいいな? 月雪ミヤコ。剣の丘を垣間見た白兎よ)
(くどいですよ、アーチャー。私はあなたと共に、正義を為します。もしもその過程に間違いがあったなら、SRTの誇りに懸けて私が止める)

 彼の正義をなぞり、そこに殉じるつもりはない。
 間違いがあるのなら質す。自分が正しいと思った道を、SRTの掲げた正義をあくまで自分は貫いてみせる。
 決意を胸に、月雪ミヤコは己が従僕である“悪の敵”と共に見果てぬ旅路に臨まんとしていた。黒き羽毛の舞い散る無尽の電脳戦場の中で、それでもあの日信じた光を貫くのだと改めてそう決意した。







■ 『黒の陣営』 ―――――― 5/5


 ◇赤羽士郎(有馬小次郎)@グッド・ナイト・ワールド & アルターエゴ(ナーサリー・ライム/『黒い鳥』)@Fate/EXTRA<Leader>

 ◇花邑ひなこ@きたない君がいちばんかわいい & セイバー(痣城双也)@BLEACH Spirits Are Forever With You

 ◇月雪ミヤコ@ブルーアーカイブ & アーチャー(エミヤ・オルタ)@Fate/Grand Order

 ◇黒埼ちとせ@アイドルマスターシンデレラガールズ & キャスター(シェヘラザード)@Fate/Grand Order

 ◇天童アリス@ブルーアーカイブ & プリテンダー(両面宿儺)@呪術廻戦





71Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:32:36 ID:.0f3nx2c0



 ――Good Evening,World(こんばんは、われらが世界)!





72Good Evening,World! ◆sYailYm.NA:2023/12/03(日) 22:34:17 ID:.0f3nx2c0
以上でOPの投下を終了します。改めまして、本企画への沢山のご応募誠にありがとうございました。

企画の今後につきましてですが、明日中に正式版のルール、及び本編開始に伴って修正いただきたい描写・設定などの告知をいたします。
その後「12/5(火) AM0:00」をもちまして予約解禁、本編開始とさせていただく予定です。
少し間が空きますが、もう少々お待ちいただけましたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

73 ◆sYailYm.NA:2023/12/04(月) 22:24:35 ID:wpcH204o0
追加のルール、及び連絡事項等をお伝えさせていただきます。

74 ◆sYailYm.NA:2023/12/04(月) 22:26:56 ID:wpcH204o0

【聖杯大戦のルール】
 予選を勝ち抜いたプレイヤーは四つの陣営に大分され、聖杯大戦へと参加します。
 残り陣営が一つになった時点で生存していたその陣営のプレイヤー全員に“聖杯”が与えられます。
 該当陣営以外の生存プレイヤーは全て消去されます。令呪を失ったマスターに対する処遇などは予選時と同様になります。

 各陣営には一人リーダーが設定されており、リーダーは以下の権限を持ちます。

・『会合空間・星界円卓(プラネット)』の維持
 星界円卓は各陣営に与えられた特殊な空間です。
 
 星界円卓に転送されるのは大戦移行時のワールドリセットの場合を除き、原則マスター達の意識のみとなります。
 肉体及び霊体は失神状態で冬木に残される為、円卓への接続時には安全な場所で且つサーヴァントの護衛を伴っておく事が望ましいでしょう。
 但し、令呪のやり取りやサーヴァントとの再契約・契約移譲は意識体のみでも行う事が可能です。

 星界円卓への接続及び切断は任意で行う事が出来、同陣営内であれば各陣営に配布される運営側NPC『コガネ』を介して(リーダーでなくても)招待を送れます。これに応じるか拒否するかは任意となります。
 但し、他陣営のマスターを自陣営の円卓に招待する権限はリーダーのみに与えられており、その上で尚且つ令呪一画の消費が必要です。また、円卓内では他陣営のマスター及びサーヴァントに対し、一切の危害を加える事は出来ません。

 リーダーが死亡した場合、その陣営の星界円卓は封鎖され、二度と使用する事が出来なくなります。


【書き手向けルール】

 スレッドにて 
 ・トリップ ・予約したいキャラクター を記載し宣言する事で予約をしてください。
 トリップは必須です。またトラブルを回避する為、当企画ではキャラ予約は“必須”とします。

 予約期限は一週間+延長一週間。後々延長なしの二週間に統合する予定ですが、当分はとりあえずこれでいきます。


・時間表記
 深夜(0〜4時)
 早朝(4〜8時)
 午前(8〜12時)
 午後(12〜16時)※本編はここ(12:00)から開始とします。
 夕方(16〜20時)
 夜(20〜24時)


※OPにおける会合の時刻を「AM0:00」とし、本編はその12時間後開幕になります。既に会合の席は解散している前提でよろしくお願いします。


【状態表】

【エリア名・施設名/○日目・時間帯】

【名前@作品名】
[状態]:
[令呪]:残り◯画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:
1:
2:
[備考]

【クラス(真名)@作品名】
[状態]:
[令呪]:残り◯画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:
1:
2:
[備考]



また、本編開始にあたり
・セイバー(綱彌代時灘)のスキルにセイバー(痣城双也)、アヴェンジャー(東仙要)のものと同じ『鬼道』を追加
・有馬小次郎、アルターエゴ(ナーサリー・ライム)の記述を追記
いたしました。

そしてお手数ではございますが、宮園一叶&アサシン、天童アリス&プリテンダーの二組を採用させていただいた◆XJ8hgRuZuE氏には作品内での描写とサーヴァント設定の二点で修正をお願いしたく思います。

・宮園一叶&アサシン(『エンドロールには早すぎる』)
 一叶→愛吏、ひなこへの呼称はそれぞれ「愛吏」「花邑さん」ですので、修正をお願いします。

・天童アリス&プリテンダー(『呪胎載天 -Clockwork Phantom-』)
 原作に『伏黒宿儺』という呼称が存在しないため、真名を『両面宿儺』に変更いただきたく思います。

お手数をおかけしてしまい申し訳ございませんが、何卒ご対応いただければ幸いです。

75 ◆sYailYm.NA:2023/12/04(月) 22:27:18 ID:wpcH204o0
それではこの後AM0:00をもって予約解禁、企画の正式開始と致します。改めて皆様どうぞよろしくお願い申し上げます。

76 ◆XJ8hgRuZuE:2023/12/04(月) 22:44:06 ID:YYXFtvMs0
>>74
wikiの方にて二作の指摘された部分を修正してきました

77 ◆sYailYm.NA:2023/12/05(火) 00:00:35 ID:KJQG9Ziw0
予約解禁です。

瀬崎愛吏&セイバー(綱彌代時灘)、眞鍋瑚太郎&キャスター(ナヒーダ) 
予約します


>>76
迅速なご対応ありがとうございます。

78 ◆yy7mpGr1KA:2023/12/05(火) 00:25:45 ID:YiLqOrR.0
拙作の採用に感謝いたします。
当企画に幸多いことを祈っております。
折原臨也&ランサー(ウルキオラ・シファー)、ジョン・ウィック&アヴェンジャー(東仙要)予約します

79 ◆yy7mpGr1KA:2023/12/05(火) 22:11:12 ID:YiLqOrR.0
二度手間でレスを消費して申し訳ないのですが、執筆にあたり疑問を覚えた設定の確認のために書き込ませていただきます。
ワールドリセットによって冬木への被害を復旧するようですが、NPCへの影響や間接的な被害の遠因になるものをもたらしていた場合それはリセットの対象になるのでしょうか。
例えばオルガマリーは登場話でNPCへの暗示による潜伏を示唆していますがそれはリセットの対象になるのでしょうか。彼女はまた家無し子になってしまうのでしょうか。
他、孔富医師はヘルズクーポンという、NPCに影響を与え、また間接的に冬木に被害をもたらす要因をもたらしていますがこの場合
①ヘルズクーポンで暴れた直接的な破壊のみ治る
②NPCのクーポンによる効果や副作用も治る
③クーポンそのものが消える
など予想できました。
リレーである程度自由にしてよいのか、定まった設定があるのか、お手数ですがお答えいただければ幸いです。

80 ◆sYailYm.NA:2023/12/05(火) 23:32:59 ID:KJQG9Ziw0
ご質問ありがとうございます。
説明不足ですみません。ワールドリセットに関しては『物理的に破壊した施設や地形、殺害したNPC』のみを復元する扱いになります。
従って孔富先生のクーポンに関しては『①クーポンで暴れた直接的な破壊のみ治る』という形ですね。
オルガマリーについては物理的破壊でなく、暗示という遠巻きな形ですので特に変更はありません(仮に強盗まがいの形で住居を奪っていた場合は再殺が必要になったと思います)。
NPCの記憶はリセットに伴って修正を受けるため、特にリセット前のことを覚えていたりはしません。

今読み返してみると説明不足も良い所だったのでルールに書き足しておこうと思います。ご迷惑をおかけしました。

81 ◆sANA.wKSAw:2023/12/07(木) 00:43:43 ID:uvhob40M0
ケイ&キャスター(五条悟)、花邑ひなこ&セイバー(痣城双也)予約します

82 ◆yy7mpGr1KA:2023/12/11(月) 13:50:54 ID:WcMzngYc0
感想添えて投下します。

>>Good Evening,World!
白の陣営、オルガマリー通ったわーいとか時灘いるなら東仙もいるなとか呑気こいてたんですけど
ぺぺさんみたいな孔富先生、ベリル並みの人殺し眞鍋先生、女子二人で新生Aチームかな?この面子のリーダーやらされるオルガマリー、かわいそう
ありすとかガッシュとか子供がいるから眞鍋先生はマシなレベルで、時灘と孔富先生の相手しなきゃいけないのしんどすぎる
他の三陣営は呪術の三巨頭が話を廻してるなか、ここは型月してるなって感じがしつつ、時灘の一切嘲弄っぷりとか、教育強度を上げる冷めた眞鍋先生とかそのあたりすごい上手いと思いました

赤の陣営、出だしの羂さんに笑ってしまった
高羽が回想でケンコバのことをケンさん呼びだったのを突然羂索をフランクに呼び始めたものと勘違いした言説があったので
それと百合の子の片割れはさておいて、ヤクザと情報屋と呪詛師に囲まれた千夜ちゃん、かわいそう(二人目)
羂索は呪術の三巨頭の中で実力では一歩劣る感じで、陣営的にも悪だくみ重視になりそうだし、千夜除く面々が日常の中の悪辣さを比較しあってるところキャラのらしさと背景を描けてて好きです
……マジで千夜の悲惨さが際立つ

青の陣営、いろんな意味で一番まっとうなチームという感じがする
ジョンの通過を喜びつつ、なんか保護者のおじさんポジションにつくとは思わなくてびっくり。大丈夫かコンセクエンスの友人の集いで唯一の子供なしだぞそいつ
このパートだとわし様が五条先生をカリと評したり、ジョンがブルアカキャラを腕利き少年兵と評価したり、五条先生がジョンとパパ黒を重ねたり、そういう実力を認める感じのシーン好きです
五条先生のセリフが死亡フラグにならないことを祈りつつ、あとなんか東仙が狂化してるせいで5分の3がバーサーカーで大丈夫かと心配もしつつ、まともなチームとして期待

黒の陣営、黒を関するにふさわしくボスい
元凶になった黒い羽の持ち主、今も連載で暴れている呪いの王、世界に糸を伸ばす剣八、正義の味方が反転した悪の敵
まともに聖杯戦争やるのかこいつら……
白黒アイドルのご主人の方は従僕と違って混ざってるけど大丈夫なのかなこれ
内外に不穏な気配で、物語的には一番楽しみな感じの陣営です

83終わりのその先を目指して ◆yy7mpGr1KA:2023/12/11(月) 13:52:12 ID:WcMzngYc0
冬木の情報屋は忙しなく動く。
折原臨也の営みは電脳世界に居を移しても変わらなかった、ということだ。
好意的に、広範にとらえれば私立探偵のようなものが、実態はもっと胡散臭くてキナ臭い。
脅したもの、雇ったもの、それと知らず利用されているもの、取引相手も含めて人を使い、勝ち得た情報で仕事をする。
カタギもヤクザも、老いも若いも、男も女もすべてが商売道具で商売相手だ。
この聖杯戦争においても変わらず、むしろ対抗していた元マスターすら取り込んで仕事の手を広げていたのだが

「定期連絡がないな。ばっくれたか?」

ランサーにサーヴァントを倒されて利用しているものがいたのだが、円卓での会議から戻って以降音沙汰がない。
それどころかこの世界にいた痕跡すら消え去っている。軽くしか調べていないが、仮初の住所に連絡先そのすべてが腕利きの夜逃げ屋でも雇ったかと考えるほどに立ち消えていた。

「…いや、冬木市を一度リセットするっていってたな。一緒にリセットされて消えたのか」

歪なパワーバランスではあるが元マスターの協力者を抱え込むのはある種の反則と運営は判断するらしい。
予選期間中の自助努力の一環と捉えてほしいものだが

(円卓に退避する、と言ってたっけ。つまり冬木に残ってたら俺らも消えていた訳で、予選落ちした奴までそこから対比させて保護する義務は運営にはない、と。そりゃ仕方ないか)

惜しいとは思う。
駒が盤面から姿を消したのは間違いなく損失だ。
それに何より、生き残るために足掻き続けただろう彼の勇姿を見ることが叶わないのがもったいなくてたまらない。
貴重な人材の無駄遣いに些か憤りを覚える。

(ま、切り替えるしかないか。『赤』の面子は正直あまり期待できる人材じゃなし。愛着の湧かない腰掛で助かるけど、見切る前に見切られちゃたまらない……ん?)

臨也の耳に呼び鈴の音が届いた。
新宿で聞きなれたものとは違う響きのせいで、自分の事務所のものだと気づくのに遅れが生じ、慌てて対応する。

「波江、は…いないんだった」

事務か雑用でも雇うか?とぼやきながら応対に向かう。
扉の向こうに立っているのは無精ひげを伸ばしたスーツの外国人だった。

「んー、見ない顔だね。誰の紹介?言うまでもないと思うけど一見さんはお断りなんだ、職業柄。信用できない人に内緒話はできないからね」

どう見ても堅気ではない雰囲気で、“冬木の情報屋”目当ての客だと察しはすぐにつく。
しかしそんな商売をやっているところに、ふらっと店の看板を見て来ましたなどという客がいるわけがない。
いたとしたらそいつに情報を扱う頭はないから、顧客としてはお断りだ。
紹介状、とまでこだわるつもりはないがコネクションくらいは相応に求める。
というつもりで問うたのだがスーツの男はなかなか返事を返さない。

「あー……なんかベタな質問でイヤなんだけど、日本語通じてるかな?」

これでも返事がないなら続けて英語、それからロシア語を吐き出そうと準備をすると

「ああ、大丈夫だ。上手くないが、できるよ」

アクセントは少々怪しいが男は日本語を返した。
インカムでもあるのか、耳に手を当てて誰かの言葉を聞いているらしく、つまりはその向こうに紹介した誰かがいるのだろうと臨也は確信して今度はゆっくりと話す。

「じゃあ改めて聞くけど、誰の紹介でここに?」

簡素な問いに、男も簡潔に答えた。

「あんたの後ろの奴さ」
「へえ?」

後ろにいる、なんて怪談みたいな発言に臨也もつい首をかしげてしまう。
拙い日本語のせいで意思疎通が滞っているのか、と一瞬苛立ちを覚える。
しかし今の臨也の背後には、事実いるのだ。そこらの悪霊や英霊など目ではない亡霊の成れの果てが。
それをきっかけに二人の間の空気が変質した。
否、二人ではない。次の瞬間、この場の男は四人になった。

84終わりのその先を目指して ◆yy7mpGr1KA:2023/12/11(月) 13:52:40 ID:WcMzngYc0

アヴェンジャーのサーヴァント、東仙要が呼びかけるように霊体化を解いた。
それに応えるようにランサーのサーヴァント、ウルキオラ・シファーも戸惑いながら姿を現す。

「東仙統括官……」
「知り合い?」
「上官にあたる」

元、をつけるべきかは悩ましい。
因縁も恨みも、離反したなどということもない。嫌悪する理由はまるでないが、互いに死した身で、主も陣営も異にする現状は敵対する理由は一応ある。

(とはいえ俺の探査神経でここまで気付けんとは。虚の種族特性か?霊体化に馴染みが深く感知しにくいか、虚圏から現世に現れるまで前兆がない逸話か。あるいは反膜か、統括官の卍解か)

接近を許した失態にウルキオラは内心臍を噛み東仙を見やる。
するとそれに答えるように東仙が指を振ると、周囲に一瞬だけ結界が現れてすぐに砕けた。
それを見てウルキオラにも察しはついた。
霊圧を遮断する結界。縛道の応用だ。
本来の東仙の実力なら纏って駆けることもできようが、詠唱破棄したものでは霊体化して抑え込んだ霊圧でなければ覆いきれず自壊してしまうのだろう。
技能は健在、というわけだ。

「さて、彼らが仲介人じゃ不満か?」
「いや。歓迎するよお客さん」

諸手を挙げることは扉を開ける必要があるのでできないが、全霊で二人の来訪者を臨也は歓迎した。

「情報屋の折原臨也、と名乗るのは無用かな?サーヴァントは東仙さん、とそちらは?」

と臨也が促すと、男は悩んで名乗りを返した。

「ジョン。ジョン・ドゥだ」
「名無しか。バカにしてる?」
「ブギーマン」
「人食いとはまた物騒な偽名だね」
「ババヤガー」
「スラヴの鬼婆ときたか。センシティブな問題なら申し訳ないけど、男性名には聞こえないな」

と、つらつら並べられる偽名を臨也が斬って捨てていると、続けてまた男が違う名を、今度は少しの緊張を伴って告げた。

「両面宿儺」

ブギーマンやババヤガーとはまた違った怪物の名。
洋の東西を問わなければ括りとしては近しいものだろう。何も知らないものならば、極東の怪物の名は些か似合わないくらいにしか疑問は覚えないだろうが。

「識っているらしいな。両面宿儺(オレ)を」

臨也の緊張を見咎めて言った。
臨也にとって知識は力だ。だから要警戒対象がいる、と聞かされれば少しでもその対象を知ろうとするのは当然のこと。リーダーである羂索から少しは聞きだしていた。
それ故に。
その名を。異様な雰囲気を発する男を恐れてしまった。
僅かに、しかし一流の殺し屋ならば見逃さない程度に。
それでも。

「……ちがうな。君は両面宿儺じゃない」

誤った情報に踊らされて情報屋が務まるはずがない。

「本名にしろ二つ名にしろ異国の人間が名乗るには両面宿儺はマイナーがすぎる、というのもあるけれど……ババヤガー、あるいはブギーマン。それが君だろ?」

自信に満ちた臨也の言葉に、感心するように自称宿儺は先を促す。

「親の顔より見た顔、なんて表現があるくらいだ。よく見るものっていうのはそうそう間違えないし、自然と口にできる。記憶喪失の人間にサインを何度も書いてもらったら記憶が戻ったなんてこともあったらしい。それだけ自分の名前っていうのは習慣づく。名乗りも、署名も。ババヤガー、ブギーマンと名乗った君は極めて自然体だった」

そう締めくくった臨也を小さな微笑みで肯定して改めて男は名乗った。

85終わりのその先を目指して ◆yy7mpGr1KA:2023/12/11(月) 13:53:50 ID:WcMzngYc0

「そう。俺はババヤガーだ」
「大した度胸だね。両面宿儺と名乗った時点で戦いになってたらどうする気だったのさ」

その名を名乗るということは危険性も承知の上だろう。
敵の多い男のふりをして、無為に敵対してしまったらどうするのかという当然の問いにババヤガーは軽く回答してみせた。

「サーヴァントの戦いは切迫してどうなるか分からないが、俺とお前なら比べるべくもない。俺が殺して終わりだ、違うか?」

ウルキオラと東仙の戦いの行方はやってみなければ分からないだろうし、即座に決着するものでもない。
だがマスター同士の戦闘となれば結果は火を見るより明らかだ。
その事実を突きつけられて、臨也は心の底から笑ってみせた。

「フフ、まったく……」

堪えきれないというように声を漏らし、飛び上がって机の上から見下ろして言の葉を継ぐ。

「騙された!懐に入られた!のせられた!手駒が使えなかった!詰んでいたと言える!悔しくてたまらないね、でも今俺はそれ以上に昂っているよ」

腹の底から込みあがる笑いを押さえつけて臨也は語った。

「サーヴァントも含めて化け物だのヤクザだのアイドルだの碌な引きじゃないと思ってた。けれどいたんだ。初めて会ったよ、英雄ってやつに。モノが違うね、最ッ高だよミスター・ババヤガー!」

纏うものが常人とはまるで違う。
強いて言うなら粟楠会の赤林や青崎ら武闘派ヤクザのそれに近い性質だが、彼らの気風を足し合わせたそれよりもなお濃い血と硝煙の気配を目の前の男は纏っていた。
恐らく遠い未来の聖杯戦争において、アサシンのサーヴァントとしてこの男『ババヤガー』を呼び出すことはできるはずだ。

「首無しライダー以来の興奮だよ、お客さん。ビジネスの話に移ろう。お求めのものは何かな?どんな頼みも聞いてあげるよ。俺の頼みも聞いてくれるならね」
「……まず武器だ。予備の弾か、替えの銃あたりを確保したい。それから敵の情報だ。当面は『両面宿儺』というのを警戒しているが」

両面宿儺に反応した時点で、お互い陣営に羂索/五条悟がいるのは察しがついている。
とはいえいきなり同陣営の情報を売れとはどちらも言えない。
共通の敵である他陣営について共有できれば上々、といったところだろう。

「まず敵についてだけど、現時点で渡せる情報は恐らくない。なにせ開始早々だ。両面宿儺について多少は掴んでいるけれど、それはそっちも同じだろう?となると武器だけど……」

こちらもまた臨也の頭を悩ませる。

「情報屋だから武器は専門外だし、ちゃんと日本の法が再現・適応されてるからね。銃器の類の入手は難しい。暴力団か、警察の押収品か、自称ガンスミスの自作品とかをあたることになるかなぁ。猟銃の類はこのへんじゃ手に入らないし、自衛隊や米軍はさすがにリスキーが過ぎる」

どちらも腰を据えてかからないといけないな、と机から降りて文字通り椅子に腰かけ、来客にも席を進めて話を続ける。

「少し時間をもらうよ。お目当ての武装とかはある?あ、弾を探してるってことは銃自体はあるのかな?」

そう臨也が問いかけるとこいつだ、と弾丸が一つはじいて寄こされた。

「おっとっと、どうも。日本人は銃や弾の規格には詳しくないから現物があると話が早くて助かるよ。これが確保できなければ別の銃ってことでいいのかな」
「ああ」
「お好みの銃があるとも限らないけど、基本は拳銃で?ミニガンとか頼まれても困るけどさ」

86終わりのその先を目指して ◆yy7mpGr1KA:2023/12/11(月) 13:54:17 ID:WcMzngYc0

獲物に強いこだわりはない、と返そうとするがそこでババヤガーと陣営を同じくするミユという少女の装備を思い出す。
恐らくは故郷で何度かみたもののカスタム品だろうとあたりを着けて、そちらの弾もあるにこしたことはないだろうと注文する。

「モシン・ナガンは確保できるか?もちろん弾も」
「モシン・ナガンね。ロシアンマフィアから流れてきてるかな……」

ババヤガーという二つ名にロシアの狙撃銃がお好みとはスラブ系かな、などと当たりをつけつつ目当てのものを手に入れられそうな算段をつけていく。

「ところで、サイモンとデニスっていう腕っこきに心当たりあったりする?」
「ん?いや、すぐには思い当たらないな……コンチネンタル・ホテルの関係者か?」
「いや、ホテルじゃなくて池袋で寿司屋やってる」
「それは知らない奴だな」
「そう。共通の友人はいなそうか、っと。よし、あとは汚職警官や半端ヤクザの返事待ちになる。お代の話に入っていいかな?」

情報(しょうひん)の入荷まで待つしかないので、ひとまずお会計を。
といっても財布の中身にも口座の残高にもさほどの興味はない。
仮初の電脳世界での通貨になぞ、さして意味も執着も二人は覚えていなかった。

「一応、当座の軍資金程度には使えると思うが」
「うん。そっちもとりあえず頂くつもりだけど、本命は別のものが欲しい。俺の頼みも聞いてくれ、って言ったよね?」

臨也の中に高揚が再び湧き上がる。
サンタクロースにプレゼントの注文をするような、ヒーローショーの握手に並ぶような、童心に帰るような願いごと。

「サーヴァントの姿とクラス、真名明かしたことで割引効くか?」
「いや、こいつら、なんか気とかエネルギーとか感知してお互いの所在分かったり、個体の区別できるんでしょ?そのうち明らかになる手札を先んじてオープンしたってのじゃあ、ちょっと。情報としての価値は低いかな。そんなに警戒しないでもぼったくったりしないさ。ホントにシンプルなお願いだよ」

そう前置きして口にされた頼み事は、確かにごねるほどでもない些細な頼み事だった。

「俺を、折原臨也をアンタのお抱えの情報屋として喧伝してほしい」

売れないデザイナーに仕事を持ち込んだような報酬を、逆に仕事側が提示してきては誰もが戸惑う。
熟達の殺し屋でもそれは同じだった。

「そりゃまたなぜだ?SNSでバズって有名人にでもなりたいのか?」
「それが必要ならそうするさ。俺はね、折原臨也の名を人類史に刻みたいんだよ。いつの日かサーヴァントにもなれるほどにね」

臨也の夢。死してなお存在が保証されること。『天国』へと行くこと。
この地においては、それはすなわち英霊の座に至ること。

「有名人っていうだけじゃ記録にはなれないだろう。そして俺はどう捉えても英雄なんてガラじゃない。アンタと違ってね。そのくらいは分かってる。けれど、英雄じゃなくても人は英霊になれるはずだ」

この地での戦いに臨むにあたって考えていたプランがあった。
そこにお誂えの人材までもが臨也の前に現れた。

「かの『ババヤガー』お抱えの情報屋、その名は『折原臨也』!そう呼ばれればそれでいいんだ!
 偉大なる騎士ドン・キホーテの従者は!?サンチョ・パンサだ。主神ゼウスが牛に化けてまで寵愛を与えた姫は!?エウロペだ。第六天魔王織田信長の弟は!?織田信勝だ。偉大なものの傍にいた、それだけで人類史に名を遺すことはできるんだよ。恐るべきブギーマン、偉大なるババヤガー。人類史におけるあなたのバーターに俺はなりたい」

我欲に満ちた汚い士官の言葉だった。
しかしある意味で愛の告白のように尊く、英雄の憧れという意味では純粋だ。
そして打算的だからこそ、情報屋と殺し屋のやり取りとしては相応しいものだとも言えよう。

「リスクはあるぞ。俺との繋がりを喧伝するってことは、俺たちのつながりが敵味方の陣営にも伝わるってことだ。その時味方が味方のままの保証はない」
「承知の上さ。俺がコウモリだなんて、そんなのみんな分かりきってる。気づかない間抜けがいてくれればやりやすかったんだけど。当面の敵を両面宿儺とする、っていうそっちの方針にも沿うはずだ」
「…当たり前の話をするが。商品の質が悪いなら取引を続けることはない」
「そこは今後の成果に乞うご期待」

軽妙な応答の果て。殺し屋は、情報屋を

「……金で済ませたかったが。高い買い物になったな」
「毎度あり。今後ともご贔屓に」

抱え込む、ひとまずそう決めた。

87終わりのその先を目指して ◆yy7mpGr1KA:2023/12/11(月) 13:55:33 ID:WcMzngYc0

「それじゃあ成果が上がり次第連絡を入れるよ。どこに伝えればいい?携帯?それとも拠点の連絡先?」
「おっと、そうだ。そっちも頼みたいことがあるんだった」
「え、なに追加のお仕事?」

いわく、ここでのロールが海外旅行者なのに加えて、思い立ってすぐに来た扱いなのか手持ちのスマホが日本で使えない。
上等な演算機に成り下がっているので、通信手段が欲しい、とのこと。

「なるほど、国が違うとそういう問題もあるのか。このご時世にそれは不便だね。飛ばし携帯でいいならすぐに用意できるけど」
「そっちの用意した端末じゃあな」
「どんな仕込みがあるか分かったもんじゃない、よねぇ。当然の警戒だ。それくらいはしてくれなきゃ困る。となると……」

臨也が自前の端末に指を滑らせ、いくつかのサイトであたりをつける。

「旅行者向けのレンタルスマホにする?本来なら受け取りに時間がかかるけど、そこは俺の方でなんとかしよう。あるいはプリペイドのSIMカードの方がいいかな?自前の端末があるならそっちの方がいいかもね。電話としては使えないから、通話するなら別途アプリをいれる必要があるけれど」
「端末をそのまま使えるカードの方がいいな」
「うん。やっぱり道具は手に慣れたものが一番だものね。それならヴェルデっていうショッピングモールにある携帯ショップがこのあたりじゃ一番近い。電機屋もあるから充電コンセントの規格違いとかはそっちで」

地図出すから待っててよ、と立ち上がりプリンターへ臨也が向かう。
そして出力された紙を受け渡し、そこに自分の連絡先も添えて差し出す。

「受け取れたら連絡を。お抱えの情報屋に、ね」
「…ああ。わかったよ」
「それから分かってると思うけど、行く店は普通に堅気のトコだから俺の名前とか出しても特にサービスはない。ま、スムーズに進めるために予約くらいはとれるけど……」

再びスマホの画面を叩き、携帯ショップにコール音を慣らす準備。
そして臨也は笑みを浮かべて問いかけた。

「それで、何て名前で予約する?ミスター・ババヤガー」

からかうような臨也の笑みにブギーマンもらしくなく困ったような笑いで応じた。
携帯を扱う店で身分証を求められるのはまず間違いない。ババヤガーだのブギーマンだので予約してはいらぬトラブルを呼び込むだろう。
といって予約なしで向かっては対応が後に回されるのも明らか。
じゃあ自分で予約できるかというと、そもそも連絡するためのスマホを求めているのだから本末が転倒している。公衆電話も時代の流れかここまでの道中あまり見当たらなかった。
いい加減、名乗りどころのようだ。
懐からパスポートを取り出してそこに記載された名前を確かめる。

「どうしたの?まさか自分の名前を忘れちゃった?」
「仕事柄、パスポートに書いてあるのが本名だとは限らなくてね。一応確かめておこうと」

貼られた写真も、記されたサインも間違いなく本来の自分のものだった。
それを読み上げるようにゆっくり告げる。

「ジョナサン・ウィックだ。予約頼むよ、折原臨也」
「了解したよ、ミスター・ウィック。ジョンもあながち偽名じゃなかった訳だ。それじゃあ改めてよろしく」

予約の時刻だけ確かめて出ていくババヤガー改めジョン・ウィックを見送る。
東仙も霊体化してそれに続き、冬木の情報屋に静けさが戻った。

88終わりのその先を目指して ◆yy7mpGr1KA:2023/12/11(月) 13:56:39 ID:WcMzngYc0
「昔の上官に会えてどんな気分、ランサー?」
「さあな……」

そっけない返答を返すウルキオラだが、もとよりさほど興味がないのか臨也も食い下がることはない。
それよりウルキオラの方は今後の動きについて気にかかることがあまりに多い。

「まさか、俺の知り合いがいたから気を遣ってあいつと組むことにしたのか?赤の陣営はどうするんだ」
「アンタを気遣って?本気で言ってる?だとしたらピエロのセンスはそこそこあるよキミ」

ウルキオラの問いを鼻で笑って否定する。
化け物同士の繋がりなんて心底どうでもいい。重要なのは人間、英雄の方だと。

「彼のオマケで英霊になりたいっていうのはマジだよ。あれだけの死臭を放っているのに会話が成立するもんなんだと驚された。赤でいうなら滑皮さんなんかとはモノが違う」
「それで、もう赤を見限るのか?」
「いや。滑皮さんとのコネは情報屋としては惜しいっちゃ惜しい。羂索から探りたいこともある。ミスター・ウィックとうまくやれるとも限らない。当面はコウモリでいくさ」

臨也の方針は、ウルキオラとしてはあまり好くものではない。
だがそれを否定するのも難しい。
藍染惣右介、市丸ギン、東仙要、かつて仰いだものはみな埋伏の毒であった。
そんな葛藤を慮ったわけでは断じてないが、臨也が今後の動きについて話し始める。

「ミスター・ウィックは両面宿儺と羂索を倒してもらいたい。怪物退治こそが英雄譚の華だ。神話の法則に言う英雄と影としては十二分だろう。俺は英雄を導く賢者としてともに名を遺す。
 ……両面宿儺にぶつけるコマを見つけた、として滑皮さんには協力を頼めないかな。それと羂索からどこまで引き出せるか……」
「無謀だな」

臨也の語るそれはまるで夢物語だとウルキオラは断ずる。

「弱いお前の尻ぬぐいに追われるなどごめんだぞ。宿儺も羂索も、お前があいつと組んだ程度で手に負えるものではあるまい」
「ああ。それならそれでいいのさ」

破滅的な笑みを浮かべて臨也はウルキオラの批判を受け入れた。

「名を遺した英雄っていうのは別に勝者とは限らない。始皇帝を殺せなかった荊軻、織田信長を殺せなかった杉谷善重坊。戦いに挑んだという事象をもって英霊になることだってある。両面宿儺を殺せなかったジョン・ウィック、でもいいんだよ。歴史に残るなら、それでね」

英雄と呼んだ男すら利用する。
その憧れは心底からのもので、それでも自分の愛する人間の、そして人間を愛する自分のためならばいくらでも利用できるのが折原臨也という男だ。
当然ウルキオラはそれを好かないし、そんなウルキオラの感想は臨也にはどうでもいい……が。
折原臨也は手駒の機嫌を取る必要性を分からないほどの愚物ではない。

「ミスター・ウィックとの協力体制。潜在的な羂索、両面宿儺への敵対。赤の陣営での立場。その全てを考慮するなら……」

赤の陣営の仲間で。羂索によくない感情を抱いていて。外部との協力体制をよしとしそうな。

「白雪千夜ちゃんにコンタクトをとろうか。人の心を惹きつけて止まないアイドル。アンタが心を学ぶにもいい教材だろう?」



【B-9 新都/一日目・午後】

【折原臨也@デュラララ!!】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:ビット・バイパーの弾
[所持金]:豊富
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を楽しみ、『天国』を目指す
1:ジョン・ウィックをうまく援助し、英霊の座へと至る
2:とはいえまだ赤の陣営を捨てるつもりはない
3:白雪千夜と接触。陣営内外の緩衝材にしたい

[備考]
※冬木におけるロールは原作に近い情報屋。予選期間中に使役していました元マスターなどはリセットで消失しましたが、ロール設定で使役していた繋がりやNPCなどは健在です。
※羂索から両面宿儺についての情報を得ています。どの程度の者かは後続の方にお任せします。
※ジョン・ウィックと協力関係を結びました。またアヴェンジャー(東仙要)の姿と真名を把握しました。


【ランサー(ウルキオラ・シファー)@BLEACH】
[状態]:健康
[装備]:斬魄刀
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:『心』を再び手にする
1:一応は臨也の方針に従う
2:白雪千夜…………
[備考]
※東仙の霊圧を感知・記憶しました。

89終わりのその先を目指して ◆yy7mpGr1KA:2023/12/11(月) 13:56:57 ID:WcMzngYc0

【ジョン・ウィック@ジョン・ウィック コンセクエンス】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:防弾スーツ、ピット・バイパー
[道具]:ピット・バイパーの弾(多数)、携帯ショップの地図
[所持金]:豊富
[思考・状況]
基本方針:聖杯を手にし、日常を取り戻す
1:携帯ショップに向かい、スマホを使えるようにする
2:臨也の情報を待つ

[備考]
※折原臨也と協力関係を結びました。またランサー(ウルキオラ)の姿を把握しました。言語能力を失った東仙から能力や真名をどこまで把握できるかは後続の方にお任せします。


【アヴェンジャー(東仙要)@BLEACH】
[状態]:健康
[装備]:浅打
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:聖杯を手にする
1:■■■…!

[備考]
※ウルキオラの霊圧を感知・記憶しました。

90名無しさん:2023/12/11(月) 13:57:33 ID:WcMzngYc0
投下終了です。指摘等あればお願いします。

91 ◆sYailYm.NA:2023/12/11(月) 21:44:19 ID:zz0KuNhg0
早速のご投下&拙作への感想、ありがとうございます……!
私も僭越ながら、感想の方を書かせていただきます。


>終わりのその先を目指して
折原臨也とジョン・ウィック、池袋改め情報屋と伝説の殺し屋の接触というバチバチに利いた構図に否応なくワクワクを掻き立てられました……!
お互いの会話にも彼ららしいエッジが利いていて、単に名前を名乗るだけでも火花の散るような攻防が繰り広げられる辺りは流石にあの折原臨也と、彼でさえ舌を巻くしかないジョン・ウィックの対面という感じで燃えましたね。
情報屋と依頼者としてのやり取りもビジネスライクな、良い意味で聖杯戦争(大戦)らしくない外連味があってとても好きです。
そして此処で臨也がジョン・ウィックに対して明かした目的が実に彼らしく、Fate世界の設定と繋がった臨也としてリアリティがとても高くまたまたぶち上がってしまった次第でございます。本文にもあったように欲望で塗れている癖に底抜けに純粋な憧れ、こいつは本当にどこに行っても変わらないんだな……と頷いてしまいますね。
まさにジョン・ウィックの訪れは台風一過。臨也が高揚するのも頷ける“人間”の“英雄”かくやあらんという感じでした。
そんな彼との邂逅を経た臨也がコンタクトを取るのを画策する相手はやはりそこ……! 赤の陣営の中で露骨に一人だけ浮いている、というかあんまりな貧乏籤を引かされている千夜を狙う辺り流石の行動力と言う他ないですね。
『天国』を目指す情報屋と、この世の地獄を顕現させながら此処まで生き抜いてきた英雄の邂逅、実に読み応えたっぷりでございました。
改めて素敵な作品の投下、誠にありがとうございました!


さて、それでは私も予約分を投下させていただきます。

92期末テストに備えて/ロストワンの号哭 ◆sYailYm.NA:2023/12/11(月) 21:45:31 ID:zz0KuNhg0



 外はクリスマスムードでにわかに色めき立っている。
 相変わらずカーテンを閉じたままの部屋の中から路傍の盛況具合は窺い知れないが、街路樹はクリスマス仕様の飾り付けを施され、夜になれば色とりどりのイルミネーションが町並みを美しく照らし出すのだろう。
 
 恋人がいなくたってクリスマスの楽しみ方はいろいろある。
 友達を誘ってカラオケなりに出かけて、いつもより少しカロリーに無頓着な食事をしながら馬鹿騒ぎするのだってとっても楽しい。
 馴染みの仲間を家に招いて、夜通し騒ぎづくめで母親にやんわり苦言を呈された事もあったっけ、と画面の中で躍動する変身ヒロインの姿を見ながら少女は述懐していた。

 けれど、それも全ては終わったことだ。
 家に呼ぶ相手はおろか、メリークリスマスを言い合う相手すらいない。そもそも部屋から出る事自体がめったにない。
 最後に家を出たのはよく頭を捻らないと思い出せない。そんな体たらくの瀬崎愛吏にとって、外の喧騒は嫌味以外の何物でもなかった。

(――本当に始まったのかな、聖杯大戦)

 星界円卓での会合、という名の顔合わせが行われたのが今からちょうど十二時間前だ。
 あれから半日ほどが経過した訳だが、今の所愛吏の日常には何一つ変化らしい物は起きていなかった。

 会合が終わるなり不安を抱えて眠りに落ち、起きたら最低限人間の尊厳として顔を洗って歯を磨いて、それから自室でアニメ鑑賞。
 呆れるほどにいつも通りだ。昨日と違う事と言ったら、視聴しているコンテンツが男児向けの特撮ものから変身ヒロインものに変わっただけだ。
 終焉の脚本家・幡随院弧屠が描きあげた2クールのその終盤を、ホットミルク片手にぼんやり眺めている。

 『フラッシュ☆プリンセス!』。生きる事と死ぬ事、そして生き様を繋ぐ事。
 対立する二つの正義、出会いと別れ、喜劇と悲劇、ヒロイズムとその影に常に付き纏う“痛み”。本来であれば子供向けコンテンツでは忌避されるような物語の陰の部分までもを克明に描きあげたこの作品が、愛吏はそれほど好きではなかった。
 どちらかと言えば『ハートブレイク』『フィーリングっど』の方が好みには合う。なのに今わざわざこの“合わない”シリーズを見返しているのはつまり、そういう事なのだろうと自己分析した。

 どんなにすっとぼけてみたって無駄だ。
 本当はもう分かってる、聖杯大戦は始まっているのだと。

 此処までは何もしないままでもどうにか勝ち上がってこれた。
 セイバーは性格も根性もねじ曲がり腐り切った最低な男だが、それでも強い。予選で彼が傷を負って帰ってきた所は見た事がなかった。
 しかし此処から先の戦いも同じようにどうにか出来るのかと言われたら、愛吏は答えに窮してしまう。そこですぐさま首を縦に振れるほど、愛吏は愚かではなかったのだ。そのくらい莫迦であれたなら、彼女の人生はきっともっと楽だったろう。

 死が迫ってきているのを感じた。だから、シリーズの中でも一番死の匂いが色濃い『フラッシュ』をチョイスしたのだ。それで何になる訳でもないと分かっていたが、自分なりに精一杯この冗談みたいな現実に向き合おうとした結果だったのかもしれない。
 
「……やっぱ合わないな、幡随院脚本」

 面白くない訳ではない。断じて、つまらない訳ではないのだ。
 むしろ面白い。何度見ても色褪せない衝撃と緊迫感は、シリーズの愛好者であるなら誰もが認める所だと愛吏もそう思う。
 だからこれは只純粋に“合わない”だけ。どんなに上等な雲丹や鮪を出されたって嫌いな人は必ずいる、それと同じだ。

 気分転換のつもりが却って気が滅入ってしまった。
 リモコンを手に取ってテレビを消し、のそりとベッドの上に身を横たえる。

93期末テストに備えて/ロストワンの号哭 ◆sYailYm.NA:2023/12/11(月) 21:46:09 ID:zz0KuNhg0


 ……『フラッシュ☆プリンセス』のテーマの一つは、生命のバトンを繋ぐ事だ。

 死は誰にでも等しく訪れる。明日の平和と未来の希望を常に確約し続けられる存在は、この世のどこにも存在しない。
 されど死を前に絶望する必要はない。大事なのはその死を、これから消える命をどうやって明日に繋ぐのか。大切な誰かに、預けるのか。
 だとすれば、やっぱり作品のチョイスを間違えたのかもしれない。聖杯大戦に於ける陣営分けはあくまで便宜上、形だけのものだ。結局の所最後の最後に大事なのは自分がどうなりたいかという一点であって、バトンを託した所でどうにもならないのだから。
 
(そう考えると、あっちの方がよかったかな。なんでもできる、なんでもなれる……)

 ――瀬崎愛吏にとって一番の問題は、マスターとしての能力の有無ではなかった。
 彼女は此処まで生き延びていながら、自分がこれからどうなりたいのかを未だに決めあぐねている。
 いや、考える事を半ば放棄して此処まで来てしまったというべきだろうか。言うなれば心に柱が通っていない。柱のない人間では、命をかけた戦いになんて当然臨める道理はないのだ。

(わたしは……どうなりたいの?)

 聖杯の力があれば、全てを思うように出来るのだ。
 であれば迷う事なんて何もないように思える。

 愛吏が失墜する原因になったあの“告発”が起きなかったように過去を変えて、強引に過去と理想の未来を地続きにしてしまえばいい。
 そうすればこれまで通りの理想の自分を維持しながら、“彼女”との関係を続ける事だって容易だろう。
 そこまで分かっているなら何を迷う余地があるのか。その答えは、単純。生きる事にかけてのモチベーションが致命的に途切れているからだった。

 生きる事は、怖い。愛吏はそれを嫌というほど思い知った。
 人間は簡単に自分を裏切るし、親しげな笑顔と優しい言葉のまま陥れようとしてくる。
 法と警察は二人で消える事すら許してくれない。お金がなければ人生は緩やかに先細りしていく。未来が、生殺しのように削ぎ落とされていく。
 そんな世界に、今更戻ってどうなるのだろう。そんな事ならいっそもう一度、全部投げ捨てて身を委ねてしまえばいいのではないか。
  
 あの“死”に。美しい、冬の夜空にさんざめく星々のような“永遠”に。


 だが此処でも問題が一つあった。
 瀬崎愛吏はどこまでも弱いから、自分で死を選べない。

 そしてかつて愛吏にそれをくれた彼女は、この世界にはいない。

 愛吏は今、自分の手で答えを選び取らなければならないのだ。
 生きるにせよ、死ぬにせよ。彼女の手を引いてくれる少女の言葉も温もりも、涙さえも此処にはない。
 けれど刻限は今も刻一刻と迫っている。いつまでもは待ってくれない。選ばなければ、強制的に未来を決められる時が遠からず訪れるだろう。
 
「はあ…………」

 いっそもう少しまともなサーヴァントを引けていたら、相談の一つも出来たのだろうか。
 そう思いながら吐いた深い溜息が部屋の中に消えていく中で、孤独な部屋にまたしても突如響き渡る声があった。


『――眞鍋瑚太郎から星界円卓への招待が届いています』

94期末テストに備えて/ロストワンの号哭 ◆sYailYm.NA:2023/12/11(月) 21:47:42 ID:zz0KuNhg0
「ひっ!」


 およそ半日ぶりに心臓が口から飛び出そうになり、愛吏は比喩でなくその場で飛び上がった。
 見れば聖杯大戦移行の時にも現れた、コガネとかいう運営側のNPCがふよふよと見慣れた部屋の中に浮遊している。
 またこいつか……と恨みがましい視線を向ける愛吏だったが、それよりも重要なのはコガネが伝えてきた通知の内容だ。

『眞鍋瑚太郎様から星界円卓への招待が届いています。招待を受けますか?』
「眞鍋、瑚太郎……」

 それが誰であるかは、愛吏もよく覚えていた。
 星界円卓での会合の時にいた、双葉頭のマスターだ。確か教師だとか言っていた記憶がある。

「……招待、って――オルガマリーからじゃなくて?」
『はい。眞鍋瑚太郎様から、愛吏様個人宛の招待が届いています。招待を受けますか?』

 なんで……?
 それが愛吏の正直な感想だった。

 誇って言う事ではないが、あの場で自分は最も価値の低い存在だった自信がある。
 いやそれどころか、セイバーがオルガマリーを相手に悪目立ちした事で周りから最も印象の悪いマスターになってしまった感さえあった。
 そんな自分を呼び出して、わざわざ一対一で会談を持ち掛けてくるまともな理由がさっぱり思い付かない。
 逆に言えば、まともでない理由ならば幾つも思い付くのが最悪であった。

「これ、断ってもいいの」
『ああ! 受けるも蹴るもオマエの自由だぜ! 特にペナルティとかもないからな!』
「事務的なのか馴れ馴れしいのかどっちなのよ、あんたは」

 心情的に言うなら、会いたくはない。だがいつまでもそんな甘えた事を言っていてはそのうち二進も三進も行かなくなってしまう、そんな危機感は愛吏にもあるのだ。
 それに、悪目立ちしたのなら少しでも印象を取り返しておかないと本当に切り捨て候補にされる可能性もあるのではないか。
 そう考えると背筋に冷たい物が走った。自分が眞鍋瑚太郎や繰田孔富のような際物に本気で目を付けられて生き残れる気は微塵もしない。

(セイバー。いるんでしょ)
(なんだ。これしきの事で助言を求めてくるのか? 私はいつから君の保護者になったのやらな)

 服を着替える必要はないのだろうが、流石に寝間着のまま円卓に飛ばされる事を嫌がるだけの羞恥心はある。
 手早く着替えを始めながら、愛吏は念話で話したくもない相棒に自分の意思決定を伝えた。

(眞鍋の招待を受ける。あんたは円卓でわたしの護衛をして)
(旨くない仕事だな。幼子をあやすだけならいざ知らず、神であるなら厄介だ。罷り間違って小火(ボヤ)が起きても知らぬぞ?)
(あんたの魂胆は知ってる。あの場では只、相談もなしにやられたから面食らっただけ。……別に“それ”だけなら止めないけど、わたしに火の粉が飛んでこないようにやりなさい)

 意図が何であるにせよ、こちらもサーヴァント連れなら滅多な事にはならないだろうと自分に言い聞かせる。
 心臓は痛いほど高鳴っていたが、それはもうこの際無視する事に決めた。

「……コガネ。受けてあげるから、わたしとセイバーを星界円卓に飛ばして」
『了解だ! おっと、円卓に飛んでる最中は現実(こっち)の身体が無防備になるから気を付けろよ!』
「わかってるから早くして」

 向かうは十二時間ぶりの星界円卓。臨むは、一対一での会談。
 少女の向かう先で、瞼のない怪物が待っている。





95期末テストに備えて/ロストワンの号哭 ◆sYailYm.NA:2023/12/11(月) 21:48:31 ID:zz0KuNhg0



「こんにちは。昨夜はよく眠れたか?」
「……こんにちは。まあまあ、です」
「そうか、なら何よりだ。睡眠は大事だからな。何をするにも先立つ物がないとどうにもならない。人間にとってはそれが睡眠時間だ」

 意を決して臨んだ星界円卓に、既にその男は座っていた。
 双葉頭の教師――眞鍋瑚太郎。屈託のない笑顔で当たり障りのない会話を投げ掛けてくる姿は、確かに教師のそれを彷彿とさせる。
 ぼんやりした返事を返しながら、愛吏は彼の対面の席に座る。それから、眞鍋の後ろにちょこんと立っている少女に目を向けた。

 その視線に気付いたのだろう。眞鍋は彼女の紹介を始めた。

「この間は紹介しそびれたっけな。こいつはキャスターのサーヴァントだ。孔富の奴もキャスターを連れてるらしいから、ちょっとややこしいけどな」

 年頃で言えば『白の陣営』はおろか、聖杯大戦全体で見ても最年少だろうありすとそう変わらないように見える。
 ライトグレーの頭髪は上品さを感じさせ、長耳……創作物御用達の長命手(エルフ)を連想させる耳は非現実感を掻き立てていた。

「はじめまして。訳あって名前を名乗れないのが残念だけれど、どうか好きに呼んでちょうだいね」
「あ……うん。よろしくお願いします……?」

 そして人懐っこい笑顔と言動は小動物を思わす。
 にも関わらず、あの時――愛吏のセイバーを止めた時には誰もが同時に彼女に神性を見出したのだ。
 油断は出来ない。そう思っている愛吏の傍ら、そのセイバー当人の声が響く。

「聖杯が運ぶ巡り合わせとやらも知れているな。いたいけな神を従えるには、そこの男は随分と汚れているように見えるが?」
「失礼ね。初対面の相手に喧嘩腰で仕掛けてはいけないのよ?」
「そう聞こえたなら謝ろう。世の中、正論ほど人の心を抉る物もないからな」

 愛吏はセイバーを睨み付けようとしたが、振り返るのを待たずして彼が念話で語り掛けてきた。

(怯えるな。ああは言ったがな、此処ですぐさま始めるつもりはない。全員に見せられると言うならいざ知らず、欠員のある円卓で虎の子をひけらかすほど阿呆ではないさ)
(……分かった。でもいざという時は任せたから)
(心得ている。奸計の気配があればすぐにでも、だな。くく、相変わらずの小心だが少しはまともな判断じゃないか)
(うるさい)

 愛吏の背には、セイバー……綱彌代時灘が。
 眞鍋の背には、幼神のキャスターが立って向かい合う格好だった。
 
 後者はやや異質だが、意味合いとしては任侠映画でよくある構図と同じだ。
 組のトップ同士が相対して掛け合いに臨み、その背を荒事に長けた部下が守る。
 ごく、と自分の唾が喉に落ちていく音を愛吏は聞いた。鬼が出るか、はたまた蛇が出るか。そんな彼女の緊張をよそに、開口一番眞鍋が言い放った台詞は全ての想定を裏切るものだった。

「愛吏は何が好きなんだ?」
「……はい?」
「何でもいいが、そうだな。例えば映画やアニメ……ゲームや本なんかでもいい。愛吏の好きな物を教えてくれよ」

96期末テストに備えて/ロストワンの号哭 ◆sYailYm.NA:2023/12/11(月) 21:49:30 ID:zz0KuNhg0

 ……、聞かれているそれ自体はとても単純な事。だけどだからこそ、そんな世間話めいた――いや、本当に先生が生徒に持ち掛けてくる雑談のような事を聞かれる理由が分からない。
 警戒心を解く為の罠? それとも何かの例え話?
 答えが出ないまま、しかし袖にするのも憚られて愛吏はゆっくりと口を開いた。

「特撮……覆面ライダーとか、プリンセスシリーズとか、ああいうの……?」

 年頃の女子高生の趣味としては変わり者の部類に入るだろうが、一応嘘偽りのない答えだった。
 映画も幅広く見る方だが、中でも好きなのとなるとそういう方面になると自覚している。
 実際元の世界でもこの世界でも、引きこもっている間は大体サブスクなり手持ちのDVDなりで見返していた記憶ばかりだ。

 ……まさかこの円卓でそんな事を喋る時が来るとは思わなかったが。

「へえ。それなら僕も一通り分かるぞ! 最近のだと……そうだな、『オールスターズメモリーズ』は良かったな。あの手の集合物はおざなりな出来になる印象があるから期待してなかったが、シリーズのお約束を踏襲しながら要所要所で挑戦が見えた」
「……そうですね。伊達にシリーズの歴代興行収入更新してないなって感じでした」
「僕の持ってるクラスにもプリンセスシリーズの大ファンが何人かいてな。思わず教室で感想に花を咲かせてしまったよ。中でもそうだな、特に初代の二人が出てきた所はやっぱり分かってても手に汗握る物が――」

 立て続けにもう一つ予想外。この教師、意外に詳しい。少なくともにわか知識や子供向けジャンルと見下した視点から語っているわけではない事が、シリーズのファンである愛吏だからこそ伝わった。
 意外とオタクなのだろうか。人って見かけによらないな、わたしが言えたことじゃないけど。
 そんな事を思いながらやや気圧され気味に相槌を打っていると、眞鍋が少し気恥ずかしそうに苦笑する。

「ああ、驚かせてしまったか? 教師として、なるべく生徒達の話題には付いていけるように心がけてるんだよ。プリンセスシリーズもその一環で履修したんだ。そんじょそこらのプリオタには負けないトークが出来る自信があるぞ、勿論覆面ライダーもちゃんと観てる」
「真面目なんですか、眞鍋先生って。……普通の先生はそこまでしないと思います」
「人を教える側に立つなら、そのくらいの姿勢は最低限持つべきだろう? 身を屈めて対等の目線にならなきゃ見えない事もあるんだ」

 ――ざわり、と身体の中に奇妙な感覚が込み上げた事に気付いて、愛吏は少しだけ表情を歪めた。
 
 怖い、とは違う。気持ち悪い、とも多分違う。只、これが“嫌悪”に類する感情なのだろう事だけは分かった。
 では何が原因で、この嫌悪感は沸き出てきているのだろうかと考えて、すぐに愛吏は気が付いた。
 目だ。この男は、自分の事をちゃんと見て話している。だから気持ち悪いのだ。その理由は、考えられる限り一つしか思い付かない。

「話を戻そうか。僕はプリンセスシリーズでは、フラプリ……『フラッシュ☆プリンセス』が一番好きだ」
「……わたしは、あんまり。幡随院脚本は微妙に合わなくて」
「そうか、残念だな。でも愛吏ほどのファンなら、名作であるという事には疑いの余地はないんじゃないか」
「それは……まあ。実際、数字出てるし。リマスター版の円盤も初週の売り上げごぼう抜きにしてるくらいだし」

 瀬崎愛吏は、他人から見られる事を恐れている。
 かつて彼女は皆の憧れであり、何一つケチを付ける所のないクラスの花形だった。
 そう、既に過去形だ。そしてその失楽こそが彼女を死という名の永遠にまで至らしめた理由であり、黒い羽を掴んで遥々こんな真冬の箱庭にまで流れ着いてきた要因でもあった。
 
 楽園を追放されたあの日から、愛吏は一人を除いて誰にも見られていない。そのように生きてきた。
 痺れを切らして甘言を囁いてきた邪な女の視線とその意味を理解した事で、少女は完全に壊れて終わりに向かい転がり始めた。

 命を終え、有限と袂を分かち、そうして巡り巡った末に再び現れた自分を見ている“誰か”の存在。
 セイバーとの付き合いは絡み付くような悪意ばかりを感じる非常に不愉快な物だったが、しかしそういう意味では彼と関わるのは気楽だった。
 何故なら綱彌代時灘という男は、愛吏という個人の事など見ていない。所詮は罵倒と嘲笑の対象でしかなく、だからこそ時灘の言葉は心の深層にまでは刺さらない。

 しかし眞鍋瑚太郎はちゃんと『瀬崎愛吏』そのものを直視し、認識した上で語り掛けてきているのだ。
 それは愛吏が安息を捨ててまで逃避しようとした、恐ろしい“他者”の存在そのものだった。

97期末テストに備えて/ロストワンの号哭 ◆sYailYm.NA:2023/12/11(月) 21:50:24 ID:zz0KuNhg0

「“主人公(アブちゃん)”と“敵(ヒース)”の対立。結束と孤独の激突、彼女達を中心に繋がれていく命のリレー……本筋の二人の宿命も見応えたっぷりだが、今の僕には最後のが最もよく沁みてな」

 この男は、自分を見ている。“フリ”じゃない。ちゃんと見ているのだ。その両目で、瞼を閉じる事なく。
 見て、理解しようとしている。もしくはもう理解されているのかもしれない。
 それは愛吏にとって、単純な暴力をひけらかされるよりもずっと怖い事だった。この感覚に比べれば時灘の嘲笑など馬耳東風で聞き流せると言ってもいいくらいだ。

「人の命は死で本当に終わるのか。人は、どういう目差しでそれと向き合うべきなのか。過去に一度それに失敗している身だから尚更、見返すたびに感慨深くなる。さあ、次はどうすればいいだろう……とな」
「……なんか、一回死んだ事があるみたいな言い方」
「察しがいいな。人の話を聞くのが上手な子は将来偉くなれるぞ」

 話が長い、妙に迂遠な語り口を好むのは人に教えを説く身分だからこその悪癖なのだろうか。
 嫌悪と恐怖を共に噛み殺しながら生返事を打っていた愛吏の心中を、この男は果たしてどこまで見透かしているのか。
 それを逆に見透かす事は稚い少女には到底不可能だったが、そんな彼女に教師は笑顔で爆弾を投げ付けた。

「その通りだ。僕はこの聖杯戦争に招かれる直前、一度死んでいる」
「……は?」
「別にそれ自体に後悔はなかった。互いに命を懸けて勝負した末の決着だし、何しろあの時の僕では絶対に勝てる筈のない相手だったからな。生きたまま骨の髄まで焼かれるのは多少辛かったが、それでも心は清々しい納得で満たされていたさ。だからそうだな、後悔があったとすれば死んだ事そのものじゃなく……それまでの生き様だったんだ」

 瀬崎愛吏は眞鍋瑚太郎の素性を知らない。だが、彼が腹に一物秘めた大狸である事は先の会合で把握済みだ。
 しかし此処に来てその認識が、ブレた。恐ろしい狸に見えていた男の姿が霧のように霞み、もっと得体の知れない何かに変化して見えた。

「大勢育てた。そして大勢裁いてきた。欠点の数ばかり数えて、したり顔で落第の判子を押してきたよ。もしも加点の数も同じように数えてやれていたなら、一体どれだけの合格者がそこにいたのか分からない。分かったのは最後の最後だ。そして無様に落第した僕は今、こうして追試のテストを解いている」
「なにを、言って」
「僕は教師としての務めを果たすつもりだ。たとえその果てにこの身が再び業火に焼かれようとも構わない」


 ……眞鍋瑚太郎。彼は教師として、間違いなく誰よりその職務に真摯だった。

 生徒の一人一人に分け隔てなく向き合い、正しい事は褒め、悪い事は叱り、単なる成績の善し悪し以外の所で生徒の価値を見出してきた教師の鑑だった。
 だからこそ、なのだろう。生来の聡明さと、教師として生きる事への頭抜けた適性が化学反応を起こして彼は狂ってしまった。
 人を教え育てる教師の輪郭は歪み、愛すべき生徒達の巣立ったその後の姿に嘆きを抱えるようになり、いつしか減点式で人生を推し測る一個の災害にまで成り果ててしまったのだ。

 しかし、彼の病は質された。とある恐るべきギャンブラーとの対話と、命懸けの大勝負の最後に彼は自分の誤りを悟り、それを認めた。
 返却されたテストは異議の申しようもない完膚なきまでの不合格。されど幸いにも、炎の中に消えていった教育者の手に握り込まされたのは追試を受験する為の権利だった。
 “黒い羽”。それは眞鍋という間違ってしまった教育者にとっての追試(やりなおし)――彼にとってこの聖杯戦争とは、0と1で再現された冬木の街とは、無数の問題が立ち並んだ一枚の巨大な問題用紙に他ならない。

 そして今、眞鍋の前には生徒がいる。ひと目見た瞬間に分かった。彼女が、大きな闇を抱えて鬱屈している事は。
 であれば眞鍋がやるべき事は一つしかない。彼は教師なのだから。悩める子供を放置して取り組むべき課題など、彼の世界には一つとして存在しないのだから。

98期末テストに備えて/ロストワンの号哭 ◆sYailYm.NA:2023/12/11(月) 21:50:55 ID:zz0KuNhg0


「……よければ次は、君のを聞かせてくれないか」

 教育災害は鏡を覗き込んで過ちに気付き、業火をもって鎮められた。
 それでも彼は今も変わらず“瞼無し(リッドレス)”。目を閉じている暇などないと、その両目で世界を、導くべき生徒達を見つめ続けている。そんな彼が、気付かない道理などなかった。

「君は二度目の生で何を望む。かつて迎えた死を、どのように踏まえる気でいるんだ――瀬崎愛吏」

 瀬崎愛吏という少女が自分と同じ、一度は死の静寂に沈んだ存在である事に。
 傷口に塩を塗り込むも同然の行為であるのは百も承知で、教師は少女に問い掛けた。問いを受けた少女の目が、動揺を隠そうともせずに大きく揺れて――

「……知った風な事、言わないで」

 瞼を閉じる事を忘れた男の前で、遂に少女がその犬歯を剥き出した。







 瀬崎愛吏を狂わせたのは、一人の少女の存在だった。

 生き物としてあまりにも弱く、なのに女としてあまりに可憐な少女。
 彼女が苦しむ姿を見る事、そこに悦びを見出してしまった事が愛吏の崩落の始まりだった。
 人目を忍んで放課後の教室で繰り返した密会と、性嗜好を満たす為の秘密の交わりと倒錯。
 
 そんな事を続けていれば、いつかは誰かがそれに気付くと、少し考えれば分かった筈だ。
 けれどそんな当たり前の事にすら気付けないほどに、愛吏は少女に倒錯していた。
 阿片や覚醒剤に手を出した人間が、自らを正気だと信じたまま地獄の果てまで転がり落ちていくように、愛吏が自分の過ちに気付く時にはもう彼女の手元に残っている物は愛した少女以外には何一つなかった。

 愛吏は逃げた。人から、現実から、そして自分を取り囲むこの世界と、これからも延々と続いていく人生そのものにまでも背を向けた。
 誰が見たって行き詰まる事の見えている、未成年の少女二人による逃避行。金銭的にも社会的にも、全うなど出来る筈もない二人旅。
 その困難を愛する人と二人三脚で乗り越える事が出来るほど、瀬崎愛吏という娘は強くなかったし、そうあれるだけの余裕もなかった。

「一緒にしないで。わたしは……わたしは、後悔なんてしてない。わたしはああなるしかなかった、死ぬしかなかったの! 別に生きたいなんて思ってなかった! 当然でしょ!? 生きてるのが辛くなかったら、殺してほしいなんて頼んだりするもんか!」

 生きれば生きるほど、そこに付随する苦しみの存在感が増してくる。
 息を吸い込むたびに肺の奥がわだかまって破裂しそうになるし、それは寝て起きたって治るものじゃない。
 ずっと一緒にいたいと願った相手がかけてくれる優しい言葉にだって、裏側を見出そうとしては八つ当たりを繰り返してしまう。
 そうまでして生きている事に、生き続ける事に、一体どれだけの意味があるのか。頑張っても頑張っても、どうせ苦しいだけなのに。

 それが、瀬崎愛吏が旅の末に辿り着いた“答え”だった。
 いつ終わるとも知れない有限への離別と、終わる事のない永遠への旅立ち。
 二人で――二人きりで、ずっとずっと何の苦しみもない時を過ごしていける事への確信があったから、愛吏は自分の首を片割れに差し出したのだ。

 聖杯戦争なんて、やり直しだなんて望んだ気持ちはひとかけらたりともない。
 自分はあれでよかった。あれで十分に満たされていたのだ、なのに余計な真似をしたのはこの世界の方だ。

99期末テストに備えて/ロストワンの号哭 ◆sYailYm.NA:2023/12/11(月) 21:51:32 ID:zz0KuNhg0

「聖杯なんていらない。別に、もう一度生き直したいなんて思わない……! 自分で、死んだりとか、怖くて出来ないからっ……だから生きてるだけ!」

 ああいっその事、自分のサーヴァントが本当に何一つ意思の疎通が取れない狂戦士ででもあればよかったのだ、と愛吏は思う。
 それならば自分は何も考える事なく電脳世界の塵と消えて、あの永遠に、ひなこの待つ楽園に帰る事が出来た筈なのに、と。

 瀬崎愛吏(じぶん)はとても弱いから。自殺はおろかリストカットさえ怖くて出来ないような、情けない弱虫だから――これ以上無様を晒す前に、誰かが問答無用で殺してくれればよかったのだ。
 なのにこの世界はあの手この手で自分を生かそうとする。性格は腐っているのに力だけ持ったセイバー、要らない余生を寄越してきた“黒い羽”、そして頼んでもいない講釈を長々と垂れてくる教師気取り。
 全てが愛吏にとって苛立ちの対象だった。全て自分と一緒に壊れてしまえばいいと、心からそう呪ってしまうほどに。

「あんたの生き方とか、考えとか、どう死んだのかとか……全部知らないし興味もない! わざわざ呼び出して、わけのわからない話して……それで勝手に気持ちよくならないでよ、いい迷惑なの!」

 愛吏は永遠という、苦しみのない世界を今も変わらず望んでいる。
 けれど彼女は弱いから、一人ではその境地に旅立つ事が出来ない。

 それが彼女の抱えているジレンマであり、矛盾だった。
 死にたいと願っているのに死ぬのを恐れ、ただただ無為に時を過ごす弱者。
 
 誰に見られる事も理解される事も、愛吏にとっては単なる暴力でしかない。
 だから眞鍋という“大人”が自分に介入しようとしてきた事は、只管に鬱陶しい余計なお世話だった。
 お前の自己満足にわたしの人生を巻き込むなと、無様は承知でそう吠える。眞鍋はそれを――只黙って聞いていた。

「それに……わたしはあんたの事、信用してない。あんたみたいな化け物の事なんて、信じられるわけないでしょ」

 大層な力や経験がなくたって、今はもう分かる。
 この男は、眞鍋瑚太郎は化け物だ。
 
 自分のような人間とは、生き物としての根本から違っている存在。
 無数の、数え切れないほどの目を体表に群れさせた悍ましい怪物のイメージを愛吏は彼から感じ取っていた。
 そんな男が差し伸べる手と言葉を、一体どうして信じる事が出来るだろうか。悪魔の囁きに身を委ねた者が破滅する展開は、古今東西あらゆるジャンルで使い古された手垢塗れのお約束ではないか。

 あまりにも直球の拒絶に、眞鍋はもう笑わなかった。
 だがそれは、愛吏の選択に対して気分を損ねたからというのが理由ではない。

「――“知らない大人に付いて行っちゃいけません”」
「……は?」
「愛吏はお利口だな。その対応は間違いなく正解だ」
「なに、喧嘩売ってるの」
「ただ満点回答じゃない。怪しいと分かっている相手に地金を晒して自分の弱さをさらけ出す行為は、こと命のやり取りをする場に於いては文字通りの意味で自殺行為だ。糸を結んで操ってくれと言っているような物だと、僕みたいに狡猾な人間はほくそ笑む」

 今の拒絶と告白を受けて、眞鍋は瀬崎愛吏という少女が暗謀渦巻く聖杯大戦を生きていける人間ではないと確信した。
 彼女は、素直すぎる。自分の感情に素直すぎる。心の奥から噴き出してきた激情を制御出来るだけの余裕を、この少女は持ち合わせていない。
 
「愛吏。君は、此処で死んでも構わないというような事を言っていたな」
「それが、何……」
「考えが甘い。明確に不正解だ。普通に殺されて終わるだなんて結末は、命の奪い合いの中では上位に食い込めるハッピーエンドだぞ」

 自殺しようとしている子供を止めない教師がもし目の前にいたのなら、眞鍋はあらゆる暴力を振るってその教員免許を剥奪するだろう。
 だが、生きていれば必ず何とかなるだとか、悲しむ人がいるだとか、そんな月並みな正論が全ての悩める子供に対しての正解になると考えるほど眞鍋は考えなしの大人ではない。
 彼は誰よりも教育に、子供という生き物に真摯に向き合ってきた男だ。
 だから当然、理解している。この世には、生きていくという行為そのものがどうしたって苦痛にしかならない人間というのも存在するのだと。

 それが考えた末の答えならば、制限時間一杯まで悩み抜いて提出した答案であるならば、眞鍋も殴り付けて生きろと諭す真似はしない。
 只、他人に首を差し出して殺してくれと頼むのなら話は別だ。

100期末テストに備えて/ロストワンの号哭 ◆sYailYm.NA:2023/12/11(月) 21:52:13 ID:zz0KuNhg0

「人間は弱い者に対してどこまででも残酷になれる生き物だ。放し飼いにされているイエネコは虫、ネズミ、リスや小鳥と何であろうが遊び感覚で殺して回るが、それと同じだ。
 愛吏、君は高望みをしすぎている。この聖杯大戦という魑魅魍魎の巣窟に置かれた弱者が、本当に只軽く殺して貰えるだけで済むと思うのか?」
「っ」
「僕ならそうはしない。あらゆる手段で利用価値を搾取し、全ての不利益を肩代わりさせた上でなるべく長く生かすように努力する。
 勝負を投げて自暴自棄になった対局者なんて絶好の鴨をみすみす死なせてどうする。死にたがる弱者は、決して“無敵の人”なんかじゃないんだ。本当に悪い誰かに絞りカスまでこき使われる、打ち出の小槌なんだよ」

 ……この聖杯大戦には、本当に怖い存在が少なからずいる。その事に眞鍋は既に気付いていた。
 そんな連中にしてみれば死にたがりなどネギを背負った鴨、打ち出の小槌、財布、身代わり地蔵以外の何物でもない。
 
「答えを出すのは今でなくても構わない。聖杯大戦が終わってもまだ君が同じ気持ちだったなら、その時は僕が責任を取ろう。なるべく少ない苦痛で君を、君が望む永遠に送り返してやる。だが今はまだその時じゃない。今、君は生きるべきだ。自分で命を終わらせる事が出来ないのなら、生きるべきだ。そうでなければ君は、これからあらゆる悪意に穢される」

 瀬崎愛吏は一人では生きられない。彼女にそれだけの力はなく、それが出来るだけの心の余裕もありはしない。
 それは悪い事ではないのだ。彼女は年並みよりも大人びた自意識と、それに基づいて自分という人間の見せ方を工夫するしたたかさを持っていたが、そんなのは所詮ちょっと“大人びている”、思春期の早熟さの範疇に収まる物でしかないのだから。
 
 一五歳は子供だ。子供が一人で生きていけないなんて、それこそ子供でも知っている当たり前の話である。

「……なんで?」

 愛吏は、絞り出すようにそう問い掛けた。
 その双眼には動揺と、それ以上の不可解が滲んでいる。

「あんたは、なんで……わたしにそこまで付き纏おうとするの?」

 子供特有の夢想と向こう見ずな考えを否定するのは、いつだって大人だ。
 そして否定された側は大抵素直に聞かないし、ムキにもなる。
 愛吏もその例外ではなかったが、それよりも今はこの眞鍋という“語る怪物”のやっている事が不可解でならなかった。

 愛吏にだって分かる。この男はきっと、世界の理が孤軍で臨まねばならない『聖杯戦争』だったとしても一人勝ちを狙える逸材だ。
 彼にはそれだけの能力がある。それを顔色一つ変えずに成し遂げられる異常な胆力も、当たり前のように備わっているに違いない。

 分からないのは、そんな力を何故自分という、それこそ利用しようと思えば簡単にどうとでも出来る存在の為に使っているのか。
 そうまでして、自分に絡み付いてくるのか――関わってくるのか、その一点だった。

 今の指摘だって、わざわざ言わなければその通りのやり方で自分をそれこそ打ち出の小槌に変えられた筈なのだ。
 なのに彼はそれをせず、ご丁寧に自分の回答と考えを採点して解説付きで返却してきた。
 この不合理な不可解が、愛吏には理解出来ない。理解出来ないというのは怖い事だ。だから、問い掛けた。
 
 愛吏は気付いていない。その行動自体が、眞鍋という男の行動原理を映し出す鏡になっている事に。


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