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ジョジョ×東方ロワイアル 第八部

795名無しさん:2020/11/10(火) 20:42:27 ID:YPZO09WE0
投下乙です。ドッピオがボスと分かれた直後にやられたり、もこたんが輝夜と再開することなくやられたり、と志半ばで途切れてしまいショックでしたが、とても読み応えありました。今後の彼女らの因縁含め続きが楽しみです。これからも投稿頑張って下さい。

796 ◆qSXL3X4ics:2021/02/13(土) 19:09:36 ID:WSuwR3hw0
お久しぶりになりましたが、投下します。

797宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:12:26 ID:WSuwR3hw0
『ジョルノ・ジョバァーナ』
【夕方】C-4 魔法の森


 昨日まで全く元気にしていた人の命が突然に奪われてしまう。そんな事例を、ここ最近は何度も目にすることになっていた。ついぞこの間まではギャングスターに憧れるだけの、そこらの学生と何ら変わらない生活を送っていたというのに。
 『生』というのは、一見何気なく享受しているようで、実は想像以上に脆く、儚い。「今日を生き延びた」という事実はきっと、人々が思うより遥かに尊いことなのだろう。普通に生きていたのでは中々気付けないものだ。
 イタリアンギャング、ジョルノ・ジョバァーナは弱冠十五の齢にして、この世の些細な真理の一つを理解できていた。

 レオーネ・アバッキオ。
 ナランチャ・ギルガ。
 ブローノ・ブチャラティ。

 三人はジョルノにとって大きな存在だ。何者にも代え難い、生涯の仲間だと胸を張って言い切れる。だからこそ熾烈な戦いの中で散っていった彼らの遺体は、ディアボロを討ち倒した後に故郷に届けてあげた。乗っ取った組織や部下など使わず、ジョルノ自ら足を赴かせて。
 三人共に家族はいなかった。いたとしても彼らに遺体を届けるような不要な親切を、きっと本人らは望みやしない。『組織』こそが我々の家族(ファミッリァ)であり、元々こういう陽の当たらない生き方でしか希望のなかったアウトローの人間だ。
 それでも、それぞれに立派な墓を作ってあげた。組織の一員としてではなく、無二の仲間として。故郷の土へ埋め、限りない敬意を表すため。墓標を作るという行為それ自体にジョルノは大した意味など無い、無駄だとすら感じる価値観の持ち主だったが、一方で形あるものの証として残すことも重要であるとも思っていたし、だからこそ先程はミスタの墓標も簡素ながら作ったのだから。

 そして、宇佐見蓮子。八雲紫。

 二人の遺体は現在、メリーの持つ『紙』の中に収まっている。正確には〝八雲紫〟の遺体は存在しない。彼女が仮初の肉体として動かしていた〝マエリベリー・ハーン〟の遺体が蓮子の物と同居していた。
 言わずもがなメリーは紅魔の戦乱を生き延び、こうしてジョルノらと共にいる。メリーと紫の肉体が交換されたまま片方が死亡した結果、このような複雑怪奇な状況となっているが、死者である八雲紫本来の肉体をメリーが器としている以上、この世の何処にも紫の遺体は存在しない、といった理屈だ。
 ややおかしな物言いではあるが、つまりこの場に〝死者の遺体〟は蓮子の物だけだった。自分自身の遺体を目にするという奇妙な体験をメリーが如何程に感じたかは他人の目では計り知れないが、彼女にとって重要なのは親友の遺体の方なのだろう。

「蓮子の遺体は、必ず故郷の土に届けます」

 親友の亡骸を見たメリーは、どこか決意を訴える瞳のままにジョルノ達へこう言い放った。勿論ジョルノにその考えを否定するつもりなど一切無いし、手伝ってあげたいと心から思う。現状の余裕の無さを顧みるに、一先ずはこの会場の土に埋めてあげるのはどうかという提言は、心中へ浮かべるだけに留めた。
 こんな小手先の技術で捏造されたような、見て呉れだけは立派な殺伐の世界に埋葬したところで意味はない。蓮子の尊厳を想うなら、彼女の生まれ故郷の土でなければ無意味だ、というメリーの無言の念がジョルノを納得させた。
 到底異議を挟むことなど出来ない。無駄な気遣いだと否定する行為こそが侮辱以外の何物でもない。それくらいにメリーと蓮子の信頼関係は、他人から見ても窺い知れる結束があった。

798宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:16:32 ID:WSuwR3hw0
 今。三人は地下道から抜け、魔法の森と思しき地域を進んでいる。時刻は夜と言うには早いが、深林特有の鬱蒼とした薄暗さは、まるで闇を結晶に閉じ込めたような光明なき針路だった。
 数歩先の草陰からいつ奇襲を受けてもおかしくないほどの暗路を、メリーを先頭にジョルノ、鈴仙と列ねている。本来なら最も対応力のあるジョルノを陣頭に位置すべきだったが、メリーが率先して船頭役に躍り出たのはジョルノ達も意表を突かれた。

 何か、思う所があるのだろうか。
 ふと漏れた、あまりに脳天気な想察をジョルノは恥じてあしらう。
 思う所だらけに決まっている。一人になりたいとか、顔を見られたくないとか、理由は幾らでも考えつく。状況が状況だけに好きにはさせてあげられないが、背中から眺めた彼女の様子や歩幅には、悲壮感といった類の感情は予想に反して見受けられない。
 奇襲に関しては最後尾の鈴仙が波長レーダーを光らせているので問題はクリアしているが、堂々と光源を作動させながら宵闇を裂き歩くメリーの勇ましさに、さしものジョルノといえど心強さすら感じる。そしてその『心強さ』といった印象は、メリーという一般人の少女には如何にも似つかわしくない評価でもあった。

 程なくしてジョルノは、前方の背に語り掛けた。質問の内容自体は、どうでもよい事柄だったのかも知れない。
 ただ〝彼女〟を知るという工程に、言葉と言葉のやり取りを用いただけの話。

「メリー。少し、訊きづらいのですが」
「何かしら? ジョジョ」
「貴方自身の遺体、と言うべきでしょうか。つまり〝マエリベリー・ハーン〟の遺体はどうするのですか?」

 誰が聞いても奇妙としか言えない内容でしかないが、現実にメリーは自分自身の遺体を紙に入れて持ち歩いている状態。本人としては、言ってはなんだが処遇に困るような所持品ではなかろうか。

「そうねえ。このまま蓮子と一緒のお墓にでも入れちゃおうかしら。蓮子は嫌がりそうだけど」

 冗談交じりにメリーはくすりと微笑む。秘めた感情も読み取れない、妖艶さすら連想させる反応だった。そして何事も無かったかのようにすぐまた背を向け歩を進め出す様も、少女の掴み所の無さをより助長していた。
 サンタクロースを信じる純粋無垢な幼子のような。覗く者の目をとろりと蕩けさせる艶美な魔女のような。相反する属性を宿しながらも、一個に閉じ込め調和を成立させる矛盾。そんな不思議な雰囲気を纏う女性を、ジョルノは知っている。

(……似ている。あの人に)

 メリーの意外ともいえる姿を、ジョルノは八雲紫のそれへと重ねる。不自然なほどに酷似した姿の二人はまるで鏡合わせに映る、生き写しの存在。もっとも、今のメリーはまさにその八雲紫そのものの姿形なのだが。
 彼女は元々、こういう笑い方をする少女なのだろうか。こういう、不謹慎とも取れる反応を返せる少女なのだろうか。
 出会ったばかりのメリーの人となりを、ジョルノはまだ掴みきれていない。それ故に、真実は分からない。

 そうでない、とするなら。

 〝これ〟は誰かの影響で顕在化された、彼女本来とは少し───そして決定的にズレてしまったメリーの姿とでもいうのだろうか。

799宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:18:30 ID:WSuwR3hw0

 貴方は〝マエリベリー〟なのですか。
 それとも〝八雲紫〟なのですか。

 ジョルノがメリーへとこれまで幾度か浮かべた疑問が、再び思考を上塗りする。無論、彼女は疑いようもなくマエリベリー・ハーンその人である筈で、八雲紫は確かに死亡した筈である。
 だが容姿そのものは八雲紫の肉体を動かしている。この摩訶不思議なからくりについてジョルノは敢えて問い質すことを自重していたが、肉体の『交換現象』については他人事ではない体験が彼自身にも深く根付いていた。

 肉体の交換。
 魂。そして記憶の在り処。


「……ディアボロ」


 湧いて出てきた数あるピースの一つ。モヤモヤとした幾つかの不定形を解明する、僅かばかりの光明。
 それにまつわる重要なヒントを口走ったのは意外にも、後ろを付いて来る鈴仙からだった。

「鈴仙。どうして今、その名前を……?」

 足を止めて振り返るジョルノ。その視線には生徒へと解答を促す教師ばりの期待感と、かつての宿敵を同じくした異邦の友との同調、それへの僅かな意外性が混合した色合いを含んでいる。

「あ、いやーえっと、なんていうか」

 指摘を受けた鈴仙は不意をうたれ、両手を胸の前でばたばたと振った。思わずジョルノの気を引いた言葉は、どうやら深い意図があったわけでもないらしい。

「ディアボロって、娘のトリッシュの肉体を乗っ取って自由に動かしてるんでしょ? それって今のメリーと少し状況が似てるなって、唐突に思ったの」

 ジョルノの宿した期待感はハードルの上でも下でもなく、平均値ど真ん中に突っ込んで露へ消えた。彼女らしいといえば彼女らしい。
 とはいえ鈴仙と自分の中に蓄えた情報量には当然それぞれに差がある。ディアボロの名を出せただけでも、鈴仙としては及第点と言えた。
 そして偶然にしろ何にしろ、このタイミングでディアボロを連想した鈴仙とのシンクロは、きっと無意味ではない。万事には繋がりという因果がある。

「確かに……ディアボロはどういう手段かで、トリッシュの肉体へと乗り移っています。一方でメリーも、過程に大きな違いはあれど紫さんの肉体と『交換』しています。さらりとやってのけている行為のようですが、僕は少し気に掛かります」

 ジョルノにとって渦中の人間としたいのは、メリーその人である。
 そして、その様な離れ業を可能とした八雲紫の秘めた真意である。

「メリー。何故あの人は、人間である貴方の肉体とわざわざ交換したのでしょうか。僕にはどうしても、そこに深い意図が隠されているような気がしてならないのです」

 彼女にとってはやり切れない喪失の直後ゆえ、詮索は時間を置くつもりであった。当事者間では既に理解を得た措置なのかも知れなかったが、ジョルノらはまだこの肉体交換の理由については何一つ知らされていない。

 〝肉体を交換する〟───今回のような現象は実の所、彼にとっても初めての事ではなかった。それこそ自らの『ルーツ』にも無関係とは言えない体験が、ジョルノの好奇心以上の何かを押し出し、メリーへの詮索へと乗り切らせた。
 過去を一つ一つ紐解くかの如く、ジョルノはゆっくりと想起しながらも語る。他人へ軽率に語っていい出来事では決してない。それでも今という地点から一歩歩み出すには、遅かれ早かれ整理すべき山積みの記憶だという意識もあった。

800宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:20:51 ID:WSuwR3hw0


 頭にまず浮かぶのは、巨大なる円形の石造建築───ローマ・コロッセオの街並み。


「僕にも以前、他人と肉体を交換した体験があります。その際は不本意な形で交換され、そして……不本意な形で元の肉体へ戻りましたが」
「……それは、初耳ね」

 粛々と紡がれる不可解極まる体験談にも、メリーの眉根からはさほどの驚愕は見て取れない。興味欲がそれに勝った故か、度重なる事変にも慣れを経た故か。
 何より今、メリーは〝初耳〟とあからさまな単語を口零した。ジョルノはこの少女との結託から間もないが、その単語から読み取れるニュアンスはあたかも、それなりの対話を交わしてきた間柄特有の語感に他ならない。

 脳が朧気に錯覚する。
 メリーという少女と話していながら、まるで〝もう一人〟の相手と会話しているようだと。

「ジョジョも誰かに肉体を乗っ取られた経験があるって事?」
「いえ、鈴仙。結論から述べると、それは『レクイエム』というスタンドの未知なる力が暴走した結果でした。その規模は恐らく世界中にも拡がり、僕たちは寸での所で暴走を食い止めましたが」

 思い出に浸るように、と美化するにはあまりに狂瀾怒濤の禍事へと肥大化した一件。打倒ディアボロという名目があったとはいえ、あの事件は図らずも背負う物が重すぎた。それらを語る口も比例して重々しくなっていくのは自然な流れだった。

 メリーが手短な場所に生えていた切り株へと腰掛けた。進軍の片手間でやり取りするには、少々長くなりそうな話だと察したのだろう。そして、じっくり腰を据えて耳に入れるべき意義深い内容だとも判断したのだ。
 彼女へ倣うようにジョルノと鈴仙もその場へ腰を落とした。都合の良い切り株も三席は無かったので地面に直接ではあったが、並び立つ森の巨木が傘の役目を果たしていたので冷たい雪の上に直で、とはならずに済んだ。


 粛然とした魔法の森の遠くから、轟音のような何かが響いていた。森の向こうの紅魔館がいよいよ崩落したか、別の何かが今も命を燃やそうとしているのか。
 どちらにせよ、不穏なBGMは今に始まったことではない。足早に駆けつけるには、この森はあまりに底が深く、木霊する物も多すぎる。

 誰もそれを口にしようとはしない。
 暗黙の認識が、ここにいる三人にはあった。


「───世界規模で起こった『大異変』……それがレクイエムというスタンドにより引き起こされた超常現象、か。なんだか、蓮子が飛び付きそうなネタだわ」
「正確に言うと『シルバーチャリオッツ・レクイエム』という、スタンドの〝その先〟の力が暴走した未知の領域、との事でした。ディアボロから『矢』を奪われない為の、苦肉の策として発動したやむを得ない事情ではあったのですが」
「矢、か。確か秘められたスタンドの力を開花させるっていう、ルーツ不明の道具のことね」
「……ええ。その通りです、メリー」

 何度目だろう。また、だった。
 またも視界に座るメリーが、八雲紫の姿にブレて映る。

 ジョルノは前の地霊殿にて、紫との会話で矢の力について軽く触れてはいたが、メリーにその話はしていない。彼女がそれ以前から矢の知識を得ていたならば別だが……。

 ───メリーは今、自身が八雲紫であるかの様にも振舞っている。そしてその前提を、隠そうともしていない。

(前々からその節はあった。この『肉体交換』を通じ、もしもメリーの中に紫さんの記憶と意識が介入したとして……メリー自身が彼女の生前の言動や様式をなぞらえていたとしたら)


 少し、酷な話だとも思う。
 何故ならそれは、

801宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:22:47 ID:WSuwR3hw0


「───貴方は〝マエリベリー〟なのですか。それとも〝八雲紫〟なのですか」


 気付けばジョルノは立ち上がっていた。

 自分で驚く。無意識に立ったことにも。今は問うべきでない疑問を質した、らしくもない焦りにも。
 かつてサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会以降のブチャラティの肉体に抱いた疑問……胸に秘めたままか、問うべきかを迷っていたあの時。今のメリーに抱く疑惑は、あの時とよく似ていた。
 そして今回は、問い質してしまった。かつてと今で、何が違うのか。その差を考えることを、ジョルノは放棄した。口に出してしまった以上、今はただ彼女の返答を聞きたかった。

 隣で目を丸くさせる鈴仙に構わず、ジョルノはメリーと視線を交えた。どこか後悔するようなジョルノとは対照的に、メリーの含む視線はあくまで穏やかであった。一切の波紋すら立たない、広大な海の朝凪のように。


「タブーにでも触れたような顔、しちゃってるわよ。貴方らしくもない」


 脈絡なく会話の流れを断ち切ったジョルノの問い掛けへ対し、メリーは微笑みを浮かべて受け入れる。

「……いえ。貴方らしくもない、って返しもおかしいわよね。私と貴方たちはついさっき知り合ったんだから。うん」

 否定をしないことの意味は、即ちひとつしかない。穏やかではあったが、微笑みの中にある種の物憂げさがぽつんと混ざっていることにジョルノは悟る。

 次に彼女は、ハッキリと答えた。
 持って生まれた力と格を備える、人智及ばぬ賢者の顔ではない。
 先刻の、あの、友を救えなかった無念にも潰されることなく立ち上がってみせた一人の少女の顔だ。
 人間の、顔だった。

「私はこの世で唯一無二のマエリベリー・ハーン。それだけは確かです。ただ、この肉体に紫さんの意志の残滓が介入しているのもまた、ひとつの事実です」

 少女の浮かべる朝凪の海に、一際の波紋が立った。

「物事とは必ずしも一つの側面から覗くものではないわ。安泰の裏では厄災が生じたりもする。逆もまた然り。この世の全ての物事は、そういう相即不離のバランスの下に成り立っている」

 木々の隙間からほんの僅か差し込まれる最後の黄昏が、少年と少女の黄金に輝く髪に迎えられた。
 見下ろす少年の視線に呼応するかのように、少女もゆっくりと立ち上がる。大妖怪の衣を借り受けた、ちっぽけな少女の瞳の奥はどこまでも勇ましく、儚げで、捉えどころのない───ひらひらと蒼空を翔ぶ蝶を思わせる存在感が渦巻いていた。

802宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:23:48 ID:WSuwR3hw0

「紫さんの守ろうとした幻想郷も、そういう光と陰が混在する処。ふとしたキッカケで拙いバランスが崩壊しかねない幽玄の円。そして多分……マエリベリー・ハーンと八雲紫という二元の存在も、表裏が混ざり合った合わせ鏡。本来は決して出逢うことの無かった存在、なのでしょう」

 少女の語る真相を受け、ジョルノの内部にほんの小さな……知覚も困難なほど僅かな頭痛が脳へと訴えた。
 この頭痛の発生源。ルーツたるあの『男』の存在感は、時を経るごとに自分の中で肥大化している気がしてならない。
 或いは、それは漠然とした〝嫌な予感〟と言い替えてもよかった。現在メリーの精神に起こっている変化が、少女にとって必ずしも吉とは言えない兆しだとジョルノは危惧しているのだ。

「月並みだけど、私は私なんだと思ってます。今はまだ、ちょっと困惑したりもしてますけど。紫さんの意志を受け取った、本来とは少しだけズレてしまったマエリベリー・ハーン。今の私に出せる精一杯の返答は、これくらいかしら」

 ジョジョの納得出来る答えかは分からないけども。最後にそう続けて、全部言い切れたとばかりに一呼吸置いた。

 新たな間が生まれる。
 バトンを渡された格好となったジョルノを、横から少し心配そうに見上げるのは鈴仙だ。本人にすら知覚出来ているのか不明な頭痛を彼女が目敏く察していたのならば、それはジョルノの精神に発生した波長のノイズを受け取ったのだろう。

 間は、続いた。
 メリーの答えを受けたジョルノが、納得までに至らず言いあぐねていることの証明だった。
 あの、ジョルノ・ジョバァーナが。


「───ジョジョ。もしかして、DIOのこと考えてる?」


 沈黙に音を上げたのは、二人のどちらかではなく、鈴仙からだった。


「……よく、分かりましたね。鈴仙」
「まあ、全然確信なんか無かったけど。でもジョジョが〝らしくない姿〟見せる時って、私が知る限りDIOの前だけだったから、かな」

 頬を掻く鈴仙の脳裏に思い起こされるのは、紅魔館での一件。
 あの冷静冷徹なジョルノが、静かな激情を携えながら父・DIOへと突撃していく姿を見てもいられず、鈴仙は両者の境に飛び出たのだ。その代償として腹を貫かれたのだから、この先どれだけ頭を打たれようにも到底忘れられない。

「その通り、です。あの男の呪いのような言葉が、さっきから僕の中をずっと反芻している。紅魔館でDIOから投げ掛けられた、あの言葉が」

 ジョルノがその場に腰を落とした。くたり、という擬音が似合いそうなくらい、力無さげに。こうべを伏せ、何か思い悩むように。参っているわけではないが、心を囚われている様子であった。
 紅魔館にてジョルノと共にDIOへ立ち向かった鈴仙には、奴の言動一つ一つが全て呪いじみた風情にも聞こえてくる。頭皮の裏に直接へばり付くような後味と気味の悪さが、生温い空気感を纏って鼓膜から侵入してくるような歪さ。

 あの言葉。
 不思議と鈴仙には、ジョルノがDIOの何を指し示して『呪い』などと称したのかすぐに読み取れた。奴のしちくどい語り口は疑いようもない邪気で塗り固められてはいたが、一方で有無を言わせぬ説得力も確かに含有していたのだから。

 鈴仙は想起する。
 あの男の囁いた一語一句が、すぐ背後から流れてくるほど近くに感じた。
 誰も居ないと分かっていながら、後ろを振り返る。
 そこには闇しかない。木々の狭間の冷ややかな薄暗闇が、煙みたいに質量を纏って男の型へと変貌していく。
 恐怖心が生む馬鹿げた錯覚を払うように鈴仙は、子供じみた仕草で頭を振った。いくら振ったところで、記憶の中の声は止む素振りを見せてくれない。

803宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:26:43 ID:WSuwR3hw0

───人間を丁度半分。左右全く同じ形貌・面積となるよう切断したとする。もしその者に『意思』がまだ残っていたとして……。

───元々の本人の意思は、果たして身体の『どっち側』に残るのだろう? 視界は『右』のみが見えるのか? それとも『左』か? 魂は一つなのだから、必ず左右どちらかを基準に選ぶ筈だ。

───首から『下』はジョナサン。『上』は私だ。そこでこのDIOは考える。私の意思は果たして『どっち側』に存在するのか?とね。

───ジョナサンは百年前に間違いなく死んだ。だがもしも……奴の意思や片鱗が何らかの形でこの『肉体』に宿っているとすれば。
 私は『どっち』だ? この肉体は『DIO』なのか、それとも『ジョナサン』なのか。そういう話をしているのだよ。

───ジョルノ。君は果たして『どっち』なのか? 私の息子か? それともジョナサンの息子か?
 血縁や戸籍の話ではない。もっと物理的あるいは精神的な……『魂』の話と言い換えてもいい。

───君のDNAに刻まれた因子は誰のものだ? 君という人格を形成する魂の構成物質には、誰の記憶が宿っている?







「───そう。DIOがそんな事を……」


 日記へと書き起すように。出来るだけ正確に思い出しながら、ジョルノはかの〝親子対談〟を語り終えた。
 メリーにしろ八雲紫にしろ、紅魔地下図書館にて色濃く勃発したあらゆる軋轢については認識外である筈だ。
 であるならば共有しなければならない。〝DIO〟という男をよく知らなければ、局面の果てに見出せる奴への勝ち筋は限りなく細長い糸以下に等しい。

 少々長話となった。話題に現れた登場人物はDIOのみならず、サンタナや聖白蓮といった大物も雁首を揃えており、それらを余すことなく伝えたのだから然もありなん。合間のメリーも口を挟むことをせず、じっと興味深げに聞き入っていた。その真剣さと言えば、友人を失ったばかりというのに見上げた姿だと感服を覚える。
 やがてメリーも、肩の力を抜きながら言った。どこかリラックスしたようにも見て取れ、ジョルノは戦慄に近い何かすら覚える。

「魂の構成物質、とは上手いことを言ったものね。敵ながら中々興味深い話だわ。色々と合点もいったし」
「合点、ですか?」
「ええ。例えば、さっきから貴方は一体何をそんなに不安がっていたのかって事よ。
 なぁんだ。ようは、ジョジョは私を心配してくれていたのね。嬉しいなぁ」

 すっかり茶化しながらクスりと綻ぶメリーの態度に、作り上げた嘘っぽさは皆無だ。八雲紫の面影を取り入れながらも、等身大のマエリベリー・ハーンが脈動している矛盾。逆に心を見透かされているのはこちらの方だと、ジョルノはつくづくに観念しそうになってしまう。

「……僕は『ブランドー』なのか。『ジョースター』なのか。あの男からそれを問われて以来、不毛だと理解していながらも考えずにはいられません」
「そんな! ジョジョはDIOとは違うわよ! アイツだって言ってたじゃない! 貴方はジョースターの色濃い息子だったって!」

 本当に珍しい、ジョルノの弱気な姿。それを見たくないが為、鈴仙も思わず声を荒らげた。
 前に立ち塞がる試練というのであれば、彼はいつだって持ち前の冷静な判断力と胆力で乗り越えて行く。
 今回は前でなく、過去に立ち塞がるという試練。宿敵ディアボロは己の過去を何よりも恐怖の根源、そして乗り越えるべき試練と考えていたが、ジョルノの場合はどうか。
 過去そのものは消せない。消せないが故に、ディアボロはせめて己が居た痕跡だけでも消そうと手を汚してきた。その為には実の娘をも平然と手に掛けようとする外道であった。

 ジョルノはそれを、やらない。
 苦慮し、受け止めた上で、彼なりの納得を探す。

804宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:28:43 ID:WSuwR3hw0

「ありがとう。しかし鈴仙、これはたとえ他人から……それこそ『親』から突き付けられる言葉や事実の類では答えにならないクエスチョンです。僕自身が納得し、辿り着くしかない『運命』だと考えています。
 僕はブランドーか? ジョースターか? 究極的には、この謎に答えを出す必要すら無いかもしれない。どちらでも構わないと、そう励ましてくれる存在が身近で支えてくれる環境には感謝しかありませんが、この曖昧な感情を心に仕舞ったままでは、きっとDIOには勝てない。そう思うんです」

 そうだ。ジョルノはアウトローの人間だが、その環境に不満など無い。幼少期にこそ骨身に堪える苦慮を強いられていたものの、またその因果の起こりがDIOの常軌を逸した悪意から端を発したものの。
 〝汐華初流乃〟は救われていたのだ。幼き頃、名も知らぬギャングと出逢ったあの瞬間から。裏側の人間の発言としては妙だが、自分は恵まれた環境に居るのだと誇ってよかった。
 自らの選択によって、今の自分はこの環境に立てている。なればこそ、この『先』を作っていくのも此処からの自己選択なのだ。

 自分の運命については、それで納得できる。
 過去とは人を雁字搦めにしてしまう厄介なもの。DIOやディアボロが苦心したように、決して逃げることの出来ない『影』のような存在。
 過去からは逃げられないが、逆を言えばそれは、過去も決して逃げない。だからこそ過去というのは呉越同舟の、つまりは影と言えた。
 どれだけ時間を掛け、悩もうとも。自分の『選択』を待ってくれている無二の存在が、過去というしがらみに違いなかった。ジョルノはそう思っている。


「ですから、僕が心配しているのはメリー……貴方です」


 肝心なのは、少女の方。
 自分とは違い、恐らく。限りなく陽の当たる世界で、およそ一般的な幸福を受けてきた少女。
 歳下の、しかも何とまあ中学生の男子に心配される立場を、この少女は笑って受け入れられている。

「貴方は先程、自分自身をマエリベリー・ハーンだと言っていましたが……既に〝以前〟までのマエリベリーと大きくかけ離れつつある兆しも自覚しているのでしょう」

 言うまでもなく、それは八雲紫の記憶と意志がその肉体に混在している故の現象だ。今でこそ二面性で済ませられる段階であるものの、これが最終的に一面性へと変わり果てないという保証はどこにもない。
 そうなってしまった時、本来の彼女はどこへ行ってしまうのか?

「元ある私───つまりマエリベリーの個性が、紫さんの残存意識に〝殺されかねない〟と、ジョジョは心配してるわけね」

 それは言い換えれば、マエリベリー・ハーンという人間の『死』。肉体はおろか、残った精神性までもが変えられてしまったのであれば、彼女の何処に〝マエリベリー・ハーン〟というかつての痕跡が遺るのだろう。

「記憶転移、みたいな話ですね」

 横から挟んだ鈴仙が神妙な面持ちで告げた。極めて優秀な師のいる医療現場に携わる彼女だからこそ、引き出せた名称かもしれない。

「記憶転移……ですか。確か、何かで読んだことがあります」
「私もその事例なら聞いたことがあるわ。眉唾物ではあるけど、心臓移植したらドナーの記憶が残っていた、みたいな話ね」

 記憶転移。臓器移植の結果、ドナーの趣味嗜好や習慣、性癖、性格の一部、さらにはドナーの経験の断片が自分に移ったという報告が、稀少ながらも存在している。メリーの言う通りに医学的には眉唾物である現象だが、実際にそういった報告があるのもまた事実だった。
 DIOが高々と語っていた『プラナリア』や『魂』……ついては『ジョースターの意志』といった精神論もこれに通ずるものがある。鈴仙の出した事例は的を射ていた。

「DIOが僕に語った言葉は、奇しくも貴方にもそっくり当て嵌ってしまう。メリー自身、それを自覚した。先程の『合点がいった』とは、そういう意味も込めていたのでしょう?」
「……私という人格を形成する魂の構成物質には、〝誰〟の記憶が宿っている、か。本当に、憎たらしいほど皮肉が上手い悪党だわ」

 意識や記憶とは、必ずしも脳にあるとは限らない。これを疑う者は、もはや今この場には居なかった。
 ジョルノの中のジョースター。
 メリーの中の八雲紫。
 その意志が各々の肉体の内に生きているという非常識を謳うならば、彼らこそが記憶転移の体現者そのものという存在なのだから。

805宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:31:14 ID:WSuwR3hw0

「……紫さんの判断は、果たして正しかったのでしょうか」

 大切な誰かを守る為、やむを得ない事情があったにせよ。
 ひとりの人間を妖の者へと変貌させるような行いを、彼女が心から望んだとも思えなかった。
 幻想郷という独自の掟を背負った土地において、それは特に重罪でもあるから。
 八雲紫には郷での比肩なき立場がある。その重役ゆえに、天秤に掛けた秤は傾いた。
 幻想郷の賢者としての肩書き。能力。知恵。どれを手放すにしても、郷の維持に甚大な影響が出ることは火を見るより明らかだった。
 彼女が死の間際……何を思って死んだのか。何を託して死んだのか。

 彼女がもしも───端からただ力を持っただけの〝普通の女の子〟であったならば。
 結果はまた違ったのかも、しれない。

「過去の選択が正しかったのか、過ちであったのか。未来を知る術のない私たちにとってその判断は、きっと……すごく難しい問題なのでしょうね。私に『力』を継がせる判断を決意したあの人も、最期までそこに苦悩していたわ」

 遠い何処かを見つめるように、メリーは虚空を仰いで淡々と言う。
 未来を知る術。そんな手段があるのであれば、まさに『天国』のような場所なのかもしれない。何処かの誰かが執拗に憧れた、そんな夢みたいな到達地点。

 メリーはしかし、夢は夢であるとかぶりを振った。元より其処は、紫が焦がれた虹の先とは違う。
 未来など、やはり知るべきではない。それが成せずに苦心し、手に取ったあの人の選択を否定するような考えはしたくなかった。

「ジョルノ・ジョバァーナはブランドーか、ジョースターか。この命題と同じに、現在の貴方はマエリベリーか、八雲紫か、という致命的な自己矛盾に陥っているのではないですか?
 同情心、なのかも知れません。僕がメリーを酷だと感じているのは、そこです」

 ひとひらの白雪が、ふわりとジョルノの肩へ舞い降りた。小さな妖精が音もなく溶け、少年の体温をちびちびと奪っていく。
 ただ時間が経過する。これだけの出来事に、掻き毟りたくなるほどのむず痒さを覚える。考えなくてよいことを考えてしまう。大切にしてきた色々な何かが色褪せ、どんどんと体から抜け落ちていく感覚だった。

 DIOは百年前、ジョナサンを殺害しその肉体を奪った。意思はDIO。依り代はジョナサン。人の意識や記憶が必ずしも脳に残るのではないとすれば、己の存在とは『どっち』なのか? これが自身に立ち塞がった命題なのだと、DIOは豪語していた。
 そして今また、その息子であるジョルノも同じ命題にぶち当たっている。DIOは既に命題に自ら答えを見出していた節があるが、ジョルノはこれからなのだ。皮肉な因果としか言えなかった。

 もしかしたら。
 娘を殺し、その肉体を奪ったディアボロにも同じ事が言えるのかもしれない。そう思ったからこそ、始めにディアボロの話題を膨らませたのだ。

「───話を戻します。かつて『レクイエム』によって強制的に肉体を交換させられた者……彼らが『最終的』にどうなっていくか、僕は目撃しました」
「それは私も気になっていたの。世界規模で拡がった異変が、どのような形で『終結』を迎えるのか? ジョジョやブチャラティ達は『何』を阻止したのか、是非聞きたいわ」

 レクイエムの齎した肉体交換現象の末路。あの能力の真髄とは、入れ替わった者が最終的にこの世のものでは無い〝別のナニカ〟へと変貌させられるという、げに恐ろしき力である。それも世界規模で範囲が拡がっていくというのだから、ともすれば幻想郷とて被害を受けかねない大異変。水際でこれを阻止したジョルノ一行の功労は計り知れない偉業であった。
 己自身やDIO、ディアボロといった前例だけでなく、このような大規模での実体験もジョルノは通過している。そんな彼が目の前の少女の行く末を危惧するのは、至って自然な思考だ。

806宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:32:40 ID:WSuwR3hw0
 ジョルノはレクイエムが起こした一連の結末を事細かに伝えると、流石に肝を冷やしたのか。メリーも鈴仙も、暫く閉口していた。ただのギャング組織の内輪揉めから始まったよく聞くような事件は、思いの外に巨大な異変に繋がって外界を揺るがしかけたのだから。

「レクイエムはあくまで極端な一例に過ぎませんが、肉体を交換した者が最終的に〝どうなる〟のか? 本質的な所で、それは非常に危ういという意味では変わらないと僕は思っています」

 レクイエムの時は人が化け物のような姿へと変貌した。無論、それと今回の話ではわけが違うが、己の存在意義を問うジョルノの精神的な葛藤とは違い、メリーの場合は実際に物理的な齟齬が現れ始めている。
 人間は、元ある己とは全く異質の外的要因を内に取り込むとどうなっていくのだろう。そしてそれは、何処までのラインを過ぎてしまえば『終わり』が見えるのだろう。
 メリーがメリーでなくなってしまう線引きを割った時、他人の目からは彼女がどう見えてしまうのか。不明瞭な未来を抱える少女を、ジョルノは不憫だと感じずにはいられない。

「……テセウスの船、と言ったところかしらね。今の話のように、これから数年後、数十年後の私が、肉体的・精神的にも全く〝別のナニカ〟に変わってなどないと断言するのは、ちょっと難しいわ」

 あるいは、そんなに未来の話ではないかも知れなかった。紫の力を授かった今のメリーが具体的にどう変わってしまったのか。生物学的な寿命や肉体構造の違いも不明なままだ。
 だが少なくとも、判明している課題もあった。

 人間として生きるか、妖怪として生きるか。

 こんな根本的な二択ですら、メリーに迫られた苦渋の運命なのだ。
 これが酷でなくて、何なのだろう。
 人が人に何かを託す。素晴らしいことだと思う。
 しかし時にはそれが、途方もなく無責任な残酷の刃と化して、背負わされた者の背中を知らずの内に切り裂いてしまいかねない。

 ただの少女だったメリーはこの日、唐突に、あまりにも重すぎる宿命を受け継いでしまった。
 ジョルノの危惧は、それを深く理解している。かつての父が人を捨て、人外へと成り果てた愚かさを知っているからだった。

「このままでは〝マエリベリー・ハーン〟と言う名の個人は死ぬかも知れない。それを免れるには、貴方自身が『真実』へ辿り着くしかないのではありませんか?」

 敢えてジョルノも重い言葉を選んだ。自分と同じ苦悩、と比較すれば彼女に失礼かもしれないが、ここから暫くは運命共同体に等しいのだ。
 知己朋友といった豊かな存在が、少女の命題を綺麗に解決できると考えるのは浅薄だ。しかし共に歩み、悩めることで、彼女の苦悩は支えられるかもしれない。

「ジョジョ……ううん。───ありがとう」

 メリーにも胸に浮かべた色々な言葉はあったけども、まずは少年の根元にある優しさに感謝を告げた。
 真実へ辿り着く。ジョルノが示した言葉には様々な意味があり、個人によってきっと答えは違ってくる。
 秘封倶楽部的には、『謎』あっての『真実』だ。ジョルノにはジョルノにとっての謎があり、メリーも然り。彼女にとっての差し当っての謎とは目下のところ、自分に宿る八雲紫の意識と力との付き合い方。力に溺れた悪役のストーリーは映画などでもよく見かけるが、あのDIOの生き様はあながち他人事だと笑えなかった。

(もっとも、見る限りDIOは決して力に溺れてはいないわ。求めた力を使いこなし、己の手足として完全に支配できているみたい)

 だからあの男は厄介なのだ。力の使い方に迷いがない。己の運命にどこまでも前向きだ。その一点のみを捉えれば、羨ましいとすら思える。
 ジョルノらの前では余裕そうに振る舞うメリーであったが、実際のところ内奥では不安の方が勝っている。世には暴かないままの方が良い謎も多数あり、自分に眠る謎を暴いた結果、パンドラの箱である可能性も否めない。
 ただでさえ自分の中には、DIOが求めてやまない『宇宙の境界を越える力』とやらが眠っているらしい。こんな謎だらけの身体ならば、いっそ全てに蓋をして楽になりたい。

 一応、この問題の具体的な解決法にあてはあった。その答えは到ってシンプルで、メリーが力を返還すれば事足りる。
 身の内に残った大妖の力を使い、再び双方の肉体を交換すればいい。幸いにも遺体は手元にあるのだから、行きが可能で帰りは無理なんて不条理もない筈なのだ。
 身に余る力は元の鞘に収まり、メリーも真の意味で人間へと戻れるだろう。日帰り旅行を試みるなら、今を置いてない。


 メリーはしかし、それを選ばない。

807宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:33:59 ID:WSuwR3hw0

「紫さんの判断は果たして正しかったのか。ジョジョはさっき、そう言ったわね」

 この力はメリーを不幸にするのかも知れない。
 この力はメリーを殺してしまうかも知れない。
 それでも、八雲紫が何を想い、何を信じてメリーに託したのか。

 幻想郷へのたゆまぬ愛情。
 メリーへのたゆまぬ信頼。
 その何もかもが、彼女の意識を通してこのカラダに流れ込んでくる。
 秤に掛けた物もあった。諦めた物もあった。
 正直、今はまだ分からない所も沢山あるけど。
 こんなにも他愛のない小娘を信じてくれた、もう一人のジブン。

 その選択を、メリーは信じたい。

「紫さんは私に、全て託して死んでいった。それがたとえ、本人も心からは望まない不可抗力の結果だとしても……私はあの人の選択を信じるわ」

 弱者が強者に依存するだけの。ただ無条件で無責任な、形だけの信頼ではなく。
 肉体的な繋がりを経て。精神的な理解を得て。
 その末に自分自身がきちんと考え、改めて信じる事こそがメリーの答えであり。
 そして。その答えに応えるのもまた、メリー自身だ。

「選択が正しいか誤りかを重要とするのではなく、選んだ道を〝最後まで信じ抜いて生きる〟のが、今の私に出来る償い……だと思ってます」

 償い。そう言った。
 人に過ぎないメリーに記憶や力を与えてしまった紫の選択を、本人も罪悪を感じていた事と同じに。
 メリーだって、紫に対し途方もない罪悪感を抱いている。
 邪心に魅入られし親友を救わんと我儘を訴えたのは他ならぬ自分だ。小娘の愚かな我儘を律儀にも聞いてくれ、蓮子を救いたてる身代わり役を買って出たのは紫の慈愛だった。

 その結果として、あの人が死んでしまった。
 本来なら、死ぬべくは私の方で。
 此処に立ち、ジョルノと共に異変を解決するこの上ない適役なのは、あの人であった筈なのに。

(……ううん。誰のせいだとか、そういう非建設的な思考はもう止めよう。蓮子と紫さんに叱られちゃうもの)

 胸中に抱いた罪悪感は、とても拭えない。
 だとしても。この感情を鉛だと吐き捨て、唾棄するべきではない。肩と足に重くのしかかるような不快な気持ちとは、きっと違う。
 我が肉体に残ったマエリベリーの部分が、意地っぱりにそう叫んでいた。
 そしてマエリベリー〝ではない部分〟も、陰から自分を応援してくれているような気が、して。


「───私の操縦桿を握れるのは、私だけなのですから」


 大きな大きな勇気が、無限に湧いてくるのだ。


「君は近い未来、道を踏み外すかも知れない。同じく人間をやめたDIOの様な善悪の括りから、という意味でなく、……───」

 その先を、ジョルノは口に出来なかった。
 少女が背負わされた艱難辛苦の運命。それを悲観したことによる心の躊躇い、ではなく。
 予感される前途にも向き合い、先知れぬ暗雲を照らさんばかりの〝黄金〟のような高尚さ。彼女の眩い瞳に、それを見付けたから。

 この顔を前にすれば、全ての助言も忠告も安っぽい虚飾の様に思える。無粋もいいところだ。

 参ったよ。降参だ。
 諸手と白旗の代わりに、ジョルノは賛美の言葉を以て彼女への意を示した。

「いえ…………君は本当に強い人だ。それは誰かから与えられた賜物ではなく、メリー自身が本来持つ純粋無垢な力だと、僕は尊敬します」

 初めてかも知れない。〝マエリベリー・ハーン〟の顔を、正面から覗いたのは。
 少女はこんなにも純朴で、澄み切って、一所懸命なのだ。決して何者と比較するようなものではない。

 勇気を心に宿したメリーの笑顔は、驚くほどに朗らかだ。あの嘘臭い妖怪の賢者が浮かべるそれとは、似ても似つかなかった。素材を同じくして、こうまで似て非なるものがあるのかと、ジョルノは初めに浮かべた少女への印象とは真逆の感想を浮かべる自分に苦笑する。

808宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:35:30 ID:WSuwR3hw0

「……なーんか、二人して雰囲気良いわね。私、おじゃま虫なのかなぁ」

 傍から見れば笑い合う男女という光景。その輪に、どうも自分は馴染めていないらしいと鈴仙は頬をふくらませた。

「あら、そう見える?」
「見えますよ〜。面白くないなぁ」
「じゃあ、鈴仙にはもっと頑張ってもらわなきゃね。これから忙しくなるだろうし」
「ん……?」

 悪態をついてはみせたものの、微妙に蚊帳の外であった空気が悲しくなっただけだ。鈴仙からすれば、ちょっと輪の中に入ってみたいぐらいの幼稚なアピールだった。メリーの言う『もっと頑張ってもらわなきゃ』や『忙しくなる』の意味を理解できない。
 メリーの表情は変わらず笑顔。だというのに、その笑顔には本能的に忌避したくなる程の嫌な予感がふんだんに込められている。
 それは紫が鈴仙を恐怖のどん底に陥れようとする時の笑顔と、何一つ変わらなかった。ガワは同じなのだから、当然といえば当然だが。

 やっぱりこの人、紫さんだ。
 私をからかう時の、あの人の顔だ。
 間違いない。〝メリー〟はやはり演技で、化けの皮はこうもあっさりと剥がれ落ちる。
 いやそもそも。肉体を交換したなんてのはあの人の壮大な嘘八百。つまりドッキリで、普通に最初から八雲紫だったのでは?

 魂の底から叫びたい気持ちを胸に秘め、鈴仙は額に冷や汗を流しながら少女の台詞を待った。

「DIOは遅かれ早かれ、また私とジョジョを狙ってくるわ。今度は本気でね」
「………………………………?」
「その折には是非とも、鈴仙の大活躍を期待しております」

 はて。……はて?
 なんだか前にもこんな感じのことを言われた気がする。前っていうか、めちゃくちゃ最近に。

「も…………もーう! 紫さんったら、相変わらず冗談キツすぎですってば〜!」
「私はマエリベリーだし、大マジな話ですけど」
「アハハ………………誰が、いつ、何を狙ってくるって言いました?」
「DIOが、近い内に、私とジョジョを、です」

 心労で禿げそうだと怯えるのはもう何度目だろう。紅魔館からメリーを救出しますと紫から宣言されたのは、そう昔ではない筈だ。腹を貫かれ、やっとの思いで地下図書館から脱した直後にまたDIOの元へ戻れと命令されたのも、ついさっきだ。
 三度目は無いだろうと……いや、湖越しに単身DIOの邪気にあてられた時をカウントすると、もはや四度目だ。世界中の自殺志願者を掻き集めたって、あのDIOと好き好んで四度もの逢瀬を重ねたいと思うマゾヒストはいないだろう。
 紫(メリー)に抗議をあげる行為が逆効果だと、鈴仙は理解している。せめて欲しかったのは理由───Becauseであるが、胸中に渦巻く憤慨と諦観と絶望を喉元で言語化する術は、今の彼女には残っていなかった。

「どういう意味でしょうか、メリー」

 口をパクパク上下させるだけの鯉に成り果てた鈴仙を余所目に、代わりに疑問の声を上げたのはジョルノである。

「言ってなかったけど、DIOは私の中に眠る『蛹』の能力を狙っているの。紅魔館に幽閉されていたのも、その為」
「さなぎ……? 貴方へと受け継がれた紫さんの能力ではなく、元々の貴方が持っていた力、という事ですか?」
「そう、みたい。蛹と表現したのはつまり、まだ完全に『羽化』したわけではないから。あの男はこの力に相当固執しているみたいだし、絶対に奪いに来るわ」

 それきりメリーも思い耽るようにして押し黙る。人間から妖怪へとすげ替わりつつある実態は、周囲の人間から見れば目下の問題ではあろう。それ以上にメリーを悩ませているのは、寧ろこっちだった。
 曰く、宇宙の境界を越えるらしいこの力を秘めるばかりにDIOから的にされる羽目となった。傍迷惑な力だと自棄にもなるが、この力をDIOに明け渡すわけには絶対に行かない。


 参加者全ての力に『枷』が嵌められた状態で、この催しが始められたというのであれば。
 この世の誰にも知られていなかった、まだ見ぬ私の蛹。
 この力の『真実』を完全に暴き、羽化させることで───あの主催への『切り札』にも成り得る。

 この異変の黒幕は、あくまで主催なのだから。

809宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:38:45 ID:WSuwR3hw0
 数瞬の沈黙の狭間に、両者様々な思惑が交錯していき、気まずい空気が流れた。
 やがて糸を切ったのは、ジョルノの方からだ。

「…………どうやらその『力』についての詳細は、黙秘のようですね」
「というより、今はまだ分からないことが多すぎて話せる段階にない、というのが正確ね。一番混乱しているのも、他ならぬ私自身だし」

 メリーも一瞬、躊躇った。信頼出来る仲間に対しては、隠した虎の子を開示するべきだろうか、と。
 考えて、不確定要素が多すぎると却下した。切り札は最後まで隠すことが効果的であるし、例えばディエゴの翼竜などから情報が外に漏れ出た場合、最悪主催にまで伝わる可能性もある。十中八九、ディエゴは既に気付いているだろうが。メリーからすれば、ディエゴだってDIO並にきな臭い部分を持っている。

 最終的には、主催二人が敵。
 とはいえ、やはり元凶へ辿り着くまでの最大の壁はDIO一派だ。
 奴らを倒す手段……メリーには既に見通しがついていた。

「えっ? えっ!? んっとじゃあ、DIOがジョジョを狙って来る、というのは!?」

 ワンテンポ遅れて、鈴仙が話題を出してくれた。寧ろ良いタイミングで。

「それについては鈴仙も直に聞いていたでしょう。あの男は息子である僕を……もっと言えば、ジョースターの血を恐れていました。ただならぬ執念とも言える、強烈な敵意で」

 ジョルノが語ってくれた、DIOとジョースターの因縁。ヒントはそこにあった。

 始まりは百年前。
 ジョースター家の男───ジョナサン・ジョースター。
 かつてDIOを倒したらしい人間。
 そして、ジョルノの父親……かも知れない人間。
 詳細は、未だ不明。放送ではまだ呼ばれていない。

「〝DIOはジョースターを恐れている〟……それもジョルノという子供を産ませ、ジョースターの因子を再確認した上で殺害を目論むほどに」

 先程ジョルノから語られた話を、メリーは確認の意味も込めて噛み砕く。改めて、人間性の欠片もない話だ。ここまで来れば異常を通り越して臆病とまで言えた。更に言えば、肉の芽で支配したポルナレフを使ってジョースター狩りまで行っていた経緯も判明している。筋金入りだ。
 慎重の上に慎重を重ねるような。叩いて通った石橋を余さず破壊して痕跡を消すぐらいの徹底さと用意周到さを兼ね揃えた男だ。慎重なのか大胆なのか、もはや分からない。

 全てはジョースターから始まった。
 ならば全てを完結させるのも、ジョースターで然るべき。DIOの異様な執念が、それを物語っている。

「ジョースター根絶を狙うDIO。奴を滅ぼすには、同じくジョースターである貴方……『ジョジョ』しかいないと、私は思ってます」

 ジョルノの表情にほんの一瞬、陰が曇った。自分に奴が倒せるだろうか、という不安か。まさか今更、父への情が湧いたわけでもあるまい。
 陰りはすぐに掻き消え、ジョルノの顔はいつもの色味を取り戻した。淡々とした、けれども堂々たる自信を内に構えた顔だ。本人には口が裂けても言えないが、こういう所はDIOとよく似ている。

「つまり、僕らが今後取るべき行動は……」
「……ジョースター、達との接触?」

 メリーがあらぬ思考を浮かべる間、ジョルノと鈴仙が同時に解答を出した。対DIO作戦を重点とするなら、誰であれここに辿り着く最もベターな対抗手段だろう。

「ぴんぽーん」

 出題者としては嬉しい限りの、満足いく解答が無事得られた。何故だかほくそ笑むようなメリーを見て、ジョルノも鈴仙もふうと息を吐いた。またしても八雲紫の悪い癖が垣間見えた、と。
 あるいはそれも、メリー本来の顔なのかもしれない。その判断は付かないが、そうだとすれば喜ばしい限りなのだろう。

810宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:39:42 ID:WSuwR3hw0
「接触というか、出来れば友好条約を結びたいわね。……ジョースターの皆が皆、マトモな人望を持っている前提の話だけども」
「僕の首のアザ……『シグナル』には、会場内に4つか5つ程度の反応を感じてます。正確な位置は……例によって、ですが」
「相変わらずあやふやだなあ。4つか5つって」

 波長を拾う業前に関してはプロをも自称する鈴仙ならではの無意識なる皮肉。彼女の余計な一言を無視し、ジョルノはアザに気を集中させた。ジョースターと接触するという明確な目的を持った上で気配を探れば、もう少し上等な結果が出ないものかと試したが、無駄なものは無駄である。
 それに面倒なことに、DIOやウェスといった厄介者の反応まで拾ってしまうのがこのシグナルの欠点だ。DIOは別にしても、あの天候を操る男の正体もジョースターというのであれば、この方針にはそもそもの穴がある事になる。味方どころか敵を増やしかねない。

「まあ、近くにジョースターの気配があるかどうかが判るだけでも十分よ。先んじるにしても様子見にしても、心構えが出来るという余裕はこちら側のアドだしね」
「特に『ジョナサン・ジョースター』は率先して捜し出したい所ですね。かつてDIOを倒したジョースター……個人的にも思う所がありますし」
「ジョナサン・ジョースター、か……」

 ふと、メリーの脳裏に一人の老紳士が現れる。
 ウィル・A・ツェペリ。この会場に連れられて、初めて出会った参加者だった。共に過ごした時間こそ短かったものの、ツェペリはメリーの恩人だ。孤独の恐怖にオロオロするばかりだったメリーを導き、多大な影響を与えた人生の師と言っていい。
 彼はかつてジョナサン、スピードワゴンと共に、石仮面によって吸血鬼となったDIOを討つ旅の中途だと語っていた。館でのDIOの話しぶりから、その旅の目的は果たされた……とは言えないだろう。
 ジョナサンはDIOを海底に百年間、封印した。代償として、自身の命と肉体を奪われた。これまでの話を整理すると、こうだ。

(あのツェペリさんが全幅の信頼を置いていたというジョナサン……個人的にも会っておきたい人物の一人ね)

 DIOを倒すという目的にあたり、真っ先に協力を願いたい人材であることに間違いない。ただでさえ『ジョニィ・ジョースター』なる明らかなジョースター族が一人、放送で呼ばれているのだ。時すでに遅し、という事態は避けなければ。
 会場内の参加者には、あと何人のジョースターが居るのだろう。それを考えた時、メリーは唐突に気になってジョルノへと訊ねた。

「───ねえ、ジョジョ」
「はい?」
「貴方はどうして〝ジョジョ〟なんだっけ」
「……質問の意図がイマイチ伝わりませんが、あだ名の由来を訊いているのでしょうか?」
「そうそう。まあ、大体分かるから別に答えなくても良いのだけれど」
「はあ」

 じゃあ何故訊いたんだ、と言わんばかりのジョルノの不審顔を尻目に、メリーは再びあの老紳士との会話を回顧する。
 ツェペリはジョナサン・ジョースターを〝ジョジョ〟と呼称していたのを覚えている。だからジョルノからも同じあだ名で呼んで欲しいと言われた時には、内心不思議な共鳴を感じたものだが。
 しかしその〝不思議な共鳴〟は、配られた参加者名簿に目を凝らせば多数存在していた。

811宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:40:33 ID:WSuwR3hw0
 〝ジョ〟ナサン・〝ジョ〟ースター。
(因縁の出発点。あらゆる点でも最重要人物ね)

 〝ジョ〟セフ・〝ジョ〟ースター。
(聞けば、リサリサという女性が捜す家族の名。そのリサリサさんの本名も〝エリザベス・ジョースター〟か……)

 空〝条承〟太郎。
(彼は紅魔館でDIOに一度敗北している。容態が無事であれば、今頃は霊夢さんと一緒のはず)

 東方〝仗助〟。
(……これをジョジョと訳すにはかなり強引かしら? 彼だけまるで情報無し。一旦保留)

 〝ジョ〟ルノ・〝ジョ〟バァーナ。
(歳下には見えないぐらい、すごく気高く、頼り甲斐のある男の子。髪型のセンスだけは合わないかな)

 空〝条徐〟倫。
(承太郎さんを〝父さん〟と呼んでいた、魔理沙と共にいた女性。意思の固そうな瞳をした、姉御肌という感じかしら)

 〝ジョ〟ニィ・〝ジョ〟ースター。
(知る限りでは、ジョースター唯一の死亡者。そしてジャイロさんの相棒、でもある)


 名簿と照らし合わせて、ざっと七名程の〝ジョジョ候補〟を算出できた。一部微妙なのもいるが、ここまで一致すれば偶然とも思えない。
 メリーと八雲紫、双方の持つ記憶。そしてジョルノらの情報を合算すると、大まかではあるがこれがジョースターの候補である。中にはウェスやエリザベスといった、判断の難しい存在もいるが。

 それにしても……この〝七〟という数字にも、運命的な奇縁があるものだ。
 満天の星空であの人が語ってくれた『夢』の内容は、まるでこの事を予知していたかのように───。


 〝赤〟とは、最も目立ち、血や炎の様に漲る生命力を放つ色。
 血は生命なり。強きエネルギーを秘めた始まりの赤/紅は『生命』の象徴。


 〝橙〟とは、パワフルで陽気な喜びの色。
 赤の強きエネルギーと黄の明るさを兼ね揃えた、悪戯好きな『幸福』の象徴。


 〝青〟とは、クールさと知性を内包させた、しじまの色。
 内に秘めた力を静かに、冷静に奏でる調停者は『平和』の象徴。


 〝黄〟とは、一際明るく軽やかな、ポジティブを表す色。
 周囲に爽快を与え日常的な安心へ導く、この世で最も優しい『愛情』の象徴。


 〝紫〟とは、神秘性と精神性を兼ねた、人を惹きつける色。
 古くより二元性を意味する高貴な色は、何者よりも気高き『高尚』の象徴。


 〝藍〟とは、アイデアと直観力を産み出す気丈の色。
 七色では最も暗くあるが、見た目のか弱さの中に活動的な力を秘める『意志』の象徴。


 〝緑〟とは、バランスと調和を融合させる成長の色。
 幾億の歴史から進化してきた生命・植物は、父なる大地と共存する『自然』の象徴。


 『生命』滾りし赤
 『幸福』巡らし橙
 『平和』奏でし青
 『愛情』与えし黄
 『高尚』掲げし紫
 『意志』仰ぎし藍
 『自然』翔けし緑


───それら七光のスペクトルが一点に集うことで、初めて『虹』は産まれる。

───虹は『天気』であり『転機』でもあるの。あるいは『変化』とも。



(紫さんが求めた虹のその先。今、私たちに出来ること。必要な〝何か〟を、集めなくちゃ……)


 必要なものは〝巡〟である。
 必要なものは〝人〟である。
 必要なものは〝絆〟である。

 それら全てを総称して、〝変化〟と呼ぶ。
 齎しを得るなら、対価は己が脚だ。
 早い話、行動しなければ始まらないという戒めである。
 幻想郷も、同じだった。
 あの人も歴史の変遷を経る度に、そうして動いてきたのだ。

812宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:41:53 ID:WSuwR3hw0


「───差し当って、七人」


 メリーが立った。唐突に呟かれた数字は、夢で語られた紫の先見と、情勢を見据えた上での必要最低戦力。
 理屈に非ず。第六感が語る〝七〟という数字への強烈な引力。確信があった。

「いえ、ジョジョ……ジョルノを除けば、あと〝六人〟くらいは欲しいところかしら」
「その数字は、僕のようなジョースター家が後六人、何処かに散っているという意味ですか?」
「まあ……全く根拠のない憶測だし、そもそも貴方のシグナルは後4つないし5つなんでしょう? 後手後手になる前に、最悪でもジョースターと〝近しい立場〟にいる者ぐらいは接触したい所ね」

 メリーの返答は答えになっているような、いないような、曖昧な解答ではあったが。事実としてジョニィなるジョースター族は既にこの世にいない。シグナルの数も合わない現状を考えると、全てのジョースターを回収して回るというクエストの完全遂行は現時点で無理難題なのだ。

「鍵は貴方たちジョースター。捜しましょう、本当に手遅れとなる前に」
「あてはあるんですか? ジョースターさんの居所に」

 荷を整理しながら鈴仙が至極当然の疑問を尋ねる。全く無い、わけでもなかった。ジョースター(候補)の空条承太郎、空条徐倫の二名は幸いなことに霊夢と魔理沙が一緒だ。
 上手く事が運べば、ジョースター(候補)の二人に加え、幻想郷が誇る最高の何でも屋さん二人も合わさり、強力な人材が一気に四人増える。優先する価値の高い目標だ……が。

(魔理沙さんはともかく、霊夢さんは異様な異変解決力を持ち合わせた逸材。F・Fさんが上手くやっていれば、紫さんの遺した手紙が渡っているはず)

 博麗霊夢の驚異的な勘を頼りにするのであれば、わざわざ我々が霊夢らと合流しなくとも、彼女は彼女で自律的に行動へ乗り出しているのは想像に難くない。
 霊夢の性格上、衆を築いて戦力を増強するやり方は〝らしくない〟が、彼女は別に好きで一匹狼を気取っているわけではない。必要が無いから、異変の際はいつも単独で出掛けると言うだけの話である。
 そして何故だか、そんな霊夢の周りにはいつも誰か(主に魔理沙)が居る。霊夢はそれを無下にはしなかったし、人妖問わずに誰をも惹き付ける魅力が彼女にはあった。
 今回の異変もそうだ。本人が頼んだわけでもなかろうに、自ずと霊夢の周りには惹き付けられた者たちが見られた。ならばもう、八雲紫の殻を被っただけの小娘(わたし)の助言など、必要ない。

「ジョースターの居所にあてはないけど、霊夢さんはあてにはなると思うわ。彼女に任せられる部分は、任せちゃいましょう」
「それって、霊夢の勘頼り? それとも霊夢は霊夢で、私たちは私たちでそれぞれジョースターを確保するって事です?」
「どっちもね」
「ですがメリー。まずは合流なりしなければ、我々の新たな目的がジョースターである事すら彼女は知りようがない。僕は霊夢さんの人柄などは詳しくありませんが、そもそも彼女は重体でもあった筈です。任せられる、という根拠は一体?」
「女の勘よ」

 いとも潔く返したメリーの答えに、さしものジョルノもあっけらかん。これを言われたら男としてはこれ以上何も言えやしない。第一メリーも実際、霊夢とは会話したことだってない。心に飼った八雲紫の意識が、そう答えろと言っている気がしてならなかった。
 理想は、単純ではあるが霊夢らと二手に分かれての捜索だ。これからの暗中を占うように、メリーは空を仰ぎ見る。飛び翔る者を遮るように張られた木々の傘、それらの隙間から覗くのはすっかり覇気を無くした夕陽の、最後の煌めきだ。
 夜の帳が下り、妖怪達がざわめき出す時間が来る。それはDIOといった、外の世界の妖も例外ではない。もはや奴らが屋根に引き篭る必要も掻き消え、ここからは鬱陶しい縛りを払い除けての大暴れも予想される。

813宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:42:48 ID:WSuwR3hw0
 ふと、ではないが。
 かねてよりずっと気にかけていた事柄もあった。

(阿求たちは……今どこでどうしているんだろう)

 この場所で友達となった稗田阿求を始め、メリーを支えてくれた様々な人物を放ったままである現状を苦痛にも感じていた。
 優先すべくはジョースター、と偉そうに言ったものの。そもそも自分は霍青娥といったDIOの配下に急襲を受け、紅魔館に攫われたのだ。
 阿求。ジャイロ。ポルナレフ。皆、無事なのだろうか。放送では豊聡耳神子の名があった。つまりは〝そういうこと〟になる。
 ジョースターの居所にあてはないと言ったが、阿求達とはここより南東の『太陽の畑』で離れ離れとなった。流石に今はもう居ないだろうが、戻ってみる価値はある。戻って、再会して、そして。


(……そして、幽々子にも)


 胸中で呟かれたその言葉。
 それはメリーのものではなく、紫の声色で再現されていた。

 唯一無二の従者の訃報を聞かされ、更にその下手人が唯一無二の親友だと知り、半狂乱となった姿。最後に見た彼女の光景は、そんな醜態染みたものだ。
 原因は、紛うことなき自分/紫。魂魄妖夢を撃った時の生々しい痛覚が、今でも腕に染み込んでいる。

(あの子にも、会わなければ。会って、話さなければならない事がある)

 会って「すみませんでした」で終わる話ではない。正当防衛が働いたとはいえ、大事な人の、大事な存在を奪ったというのだ。
 ただでさえ放送時の幽々子の取り乱しようは尋常ではなかった。その後の彼女の容態を知る由はないが、あのコンディションにケアが無いまま会うなどすれば、最悪の事態も考えられる。

 その〝最悪な事態〟が起こってしまった時。
 八雲紫/メリーは、どうすべきなのか。
 良くも悪くも〝託された者〟でしかないメリーにとって。
 そして〝奪われた者〟の幽々子にとって。
 これもまた……あまりに残酷で、皮肉な運命であった。


 間もなく、夜が降りてくる。
 星芒を失った宇宙のように黒々と広がる暗幕に、北斗七星の灯火を添えられるかどうか。
 まるで宇宙を一巡するような。そんな目的の旅。
 永く、壮大に輪廻する───とある少女の、銀河鉄道の夜。
 運命の車輪は、既に道なき宇宙の線路を走っていた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

814宇宙一巡後の八雲紫:2021/02/13(土) 19:43:30 ID:WSuwR3hw0
【C-4 魔法の森/夕方】

【ジョルノ・ジョバァーナ@第5部 黄金の風】
[状態]:体力消費(小)、スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を集め、主催者を倒す。
1:ジョースターを捜す。
2:ディアボロをもう一度倒す。
3:ジョナサン・ジョースター。その人が僕のもう一人の父親……?
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。


【マエリベリー・ハーン@秘封倶楽部】
[状態]:八雲紫の容姿と能力
[装備]:八雲紫の傘
[道具]:星熊杯、ゾンビ馬(残り5%)、宇佐見蓮子の遺体、マエリベリー・ハーンの遺体、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『真実』へと向かう。
1:自分に隠された力の謎を暴く。
2:ジョースターを捜す。
3:南東へ下り、阿求達と再会したい。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『伊弉諾物質』の後です。
※『境目』が存在するものに対して不安定ながら入り込むことができます。その際、夢の世界で体験したことは全て現実の自分に返ってくるようです。
※八雲紫の持つ記憶・能力を受け継ぎました。弾幕とスキマも使えます。
※『宇宙の境界を越える程度の能力』を自覚しました。


【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:心臓に傷(療養中)、全身にヘビの噛み傷、ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:ぶどうヶ丘高校女子学生服、スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(地図、時計、懐中電灯、名簿無し)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)、式神「波と粒の境界」、鈴仙の服(破損)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノとメリーを手助けしていく。
1:ジョースターを捜す。
2:友を守るため、ディアボロを殺す。
3:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。

815 ◆qSXL3X4ics:2021/02/13(土) 19:44:00 ID:WSuwR3hw0
投下を終了します。

816名無しさん:2021/08/23(月) 13:20:02 ID:oycyC9zI0
応援してます!執筆大変かと思いますが、頑張ってください!

817名無しさん:2021/09/19(日) 01:38:59 ID:p.UvvZ7w0
最新話まで追いつきました。自分も執筆してみたいなあと思うのですが、なかなか難しいです。
書き手の皆さんは構図や心理描写や戦闘シーンを緻密に計算して執筆していらっしゃるのでしょうか?

818名無しさん:2022/01/23(日) 00:17:27 ID:UXmBnN6k0
時が止まっているだとッ

819名無しさん:2022/01/23(日) 00:18:01 ID:UXmBnN6k0
時が止まっているだとッ

820名無しさん:2022/01/24(月) 16:39:56 ID:xAaNr6e.0
また前みたいに投下くださいよぉボス

821名無しさん:2022/03/01(火) 18:04:07 ID:A2Q4mu.w0
うむ。

822名無しさん:2022/12/31(土) 23:59:57 ID:1ts0gaqk0
来年はもっとがんばりましょう!

823名無しさん:2023/12/31(日) 23:59:23 ID:xEIMmFO.0
今年は書き込みすらありませんでしたね…
来年こそは頑張りましょう!


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