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みんなで世界を作るスレin避難所2つめ

782名無しさん@避難中:2012/02/01(水) 18:25:31 ID:mGvTGkxs0
wikiをPSPで閲覧すると縦一列になってしまいます
どうしたら、通常の状態で閲覧できますか?

783名無しさん@避難中:2012/02/01(水) 23:46:39 ID:vqtFdLCw0
PSPでは見ないので分からんな
雑談か質問スレかwikiスレあたりできけば意見もらえるかも

784名無しさん@避難中:2012/02/04(土) 08:53:21 ID:x4KHd8ik0
このスレの作品ですが、様々な作品があってどれも面白いものばかりですよね。
正義の定義の更新がもう長いことされてないのが残念なのですが。
ちなみに僕のお気に入りは、『白狐と青年』です。何分長い作品ですのでまだ感想をかけるほど
読み込めていないのですが。というわけで、第3話 投下します。


第3話 戦闘

一方、広間に残った高杉たちはというと…

俺は、二人が入っていった扉を眺めながら何気なしにこんなことをつぶやいた。

「霧島、目の色が変わってやがったな」
「目の色、ですか」
「ああ、ありゃあ完全に吹っ切れただろうよ。少なくとも理性を持たねえ異形相手じゃ殺すことを躊躇わねえだろうな」

まあ、これから先霧島と御剣が異形達と関わって連中とどう付き合うかは個人が決めることだしな。ただ、願いとしちゃ異造のようにゃなって欲しくはねえな。
要は、分かり合えんならそれに越したことはねえってことだよ。幕末みたいにでっけえ力引っさげて遥かな高みから開国を迫ってきた外国の連中と
分かり合うなんてハナから無理な話で、だからこそ尊王攘夷っつう考え方も生まれたわけで。そんな殺伐とした世界と今の日本のこのありさまはどことなく似てやがる。
幕末にやってきた外国人共が異形、尊王攘夷を唱える倒幕派の志士たちが異形排斥論者、さしずめ開国論者は坂本のような奴ってことになんのかな。

ただ、当然そんな何百年も前の話と今のこの日本を一緒には出来ねえよな。18年前にこの日本を襲った大異変とそれと一緒に現れた異形ども。
異形どもは現れると同時に人々を襲いやがり、当時の政府も捨て置けねえってんで起きたのが第一次掃討作戦だ。
これから各地で異形どもとの小競り合いが各地で続き、3年前に九州、四国、中国地方、近畿、東海、関東、甲信越、そしてこの東北、北海道の各自治体が一斉に決起して
異形どもとの一大決戦が起きた。これが第二次掃討作戦だ。勝ったとも負けたとも言えねえこの2度の戦いの結果、何とか俺たち日本人は主要な都市を奪還することに
成功する。そんで異形どもはこんな洞窟や森に追いやられることになったわけだが、共存派が主導権を握る自治体じゃ理性を持つ異形と人間が共存してる町が何か所もある。

俺の最終目標は、こんな風に日本という国すべてで人間と異形が共存できる国家をつくることだ。俺の師、吉田影松先生が目指していた理想の国家の形だよ。
当時、異形排斥派が主導権を握っていた中国地方の自治体は影松先生をはじめ共存派を次々に捕縛、弾圧、処刑していきやがった。
そして、この『平成の大獄』と呼ばれる弾圧に反発した共存派の人間が排斥派に対して武力蜂起し、時の中国地方自治組織総統、梨井曲輔(りい・きょくすけ)を
中国地方本部入口付近で奇襲・暗殺したんだよ。この一件で中国地方の政治的な主導権は共存派へと大きく傾いた。そして同じように共存派の九州と同盟を組んだんだが
国内最大勢力の近畿地方、特に大阪は排斥派筆頭で常に牽制し合ってる状況だな。今の日本の大雑把な情勢はこんなところだ。

一度起こったことが起こる前には戻らねえように、この日本はもう二度と異形が現れる前の姿に戻ることはねえ。
ましてやすべての異形を完全に駆逐することなんてできやしねえ。それは異形が現れてからの18年が証明してるだろ。18年かかっても減ってんのか増えてんのか
わかんねえものをこれから排除することなんてできるわきゃねえんだからさ。だったら異形共ともうまく折り合いをつけていくしかねえだろ。
ただ排斥排斥とわめき散らすだけなら猿にもできるが俺たちは人間だ。これからの国のありかたを考える義務と権利がある。だったらまずは考えるべきなんだ。

785名無しさん@避難中:2012/02/04(土) 08:54:02 ID:x4KHd8ik0
「考えることは、人間に与えられた唯一絶対の力である」

俺の師、影松先生の言葉だよ。俺は日本をあるべき姿へと導くために活動している。異形に荒らされたこの日本の勢力図を整えて、
人が異形を支配するんじゃなく、異形が人を支配するでもない、影松先生が描いた理想の国家の形を実現するのさ。
ただ、そのためにはどうしても剣の力が必要になるわけで、そこで俺は上層部に掛け合い多少癖があっても即戦力になる人材を配属してくれと頼んだ。
その結果集まったのが、霧島・御剣・坂本・河上・田中・岡田・中村だ。確かに一癖、いや二癖はある連中だが、先の戦いでその実力は十分に見れたしな。

「…誰か来たぜよ」

その時、唐突に異造がつぶやいた。耳を澄ますと、確かに俺たちが入って来た入口の方から話し声と足音が聞こえてきやがる。
他の部隊からの伝令かもしれねえが、万が一ということもある。俺たちは、腰の剣に手をかけるとその足音の主が来るのを待った。
そうして一分ほどすると、その声の主がやってきた。そいつらは、姿こそ人間と大差ねえんだが、衣服と呼べるものは最低限しか身に着けていなかった。
一人は男で、腰に短いズボンのようなものを履いているだけで、もう一人の方は女で同じようなズボンと大きめの胸を隠すビキニをつけてるだけだった。
そして何より、頭に生えた二つの耳と腰から生えてる尻尾。それはこいつらが異形であることを示すのに十分だった。

「誰だお前たちは!それに…この有様!お前たちがやったのか!?」
「ああ、こいつらが近くの街を襲うってんで義勇兵の俺たちが討伐したって訳だ」

男の方が高圧的に話しかけてきたから俺も強めの口調で言ってやった。早くも親指に鍔を当てて刀身をのぞかせてる異造を俺はたしなめた。

「よくも…!許せない!」
「おいおい、それじゃ俺たち人間は黙ってお前たちに殺されろってことか?確かにお前たち異形にも生きる権利はあるが、それは俺たちだって同じなんだぜ」

女の方が憎しみに顔を歪ませて吠え立てる。同胞を殺した俺たちが憎いっつーのは仕方ねえだろうが、獣が相手じゃやらなきゃやられるだけだ。仕方ねえよな。

「話の通じねえ獣相手じゃこうするよりほかにねえ。だがお前さんらは違うだろう。ここは引いちゃくれねえかい?」
「ふざけるな!仲間を殺されて黙っていられるわけないだろう!それに…!」
「しっ!余計なことは言わなくていい!とにかく、こいつらやっちまおう!あたしたちなら楽勝さ!」

男の方が何か言いかけたのを女の方が止め、鋭利な爪を向けて構える。どうやら交渉は決裂だなこりゃ。まあいい。他にも方法はいくらでもあるしな。

「おいおい、どの口が楽勝なんていうんだよ。2対6じゃ多勢に無勢だし、何より俺の武士道に反するからな。俺と…坂本!頼めるか?」
「任すぜよ」
「…いいか、なるべく殺さずに生かして捕えろ。お前さんならできるだろ」

虎馬の耳元でささやくと、虎馬は一つ頷いて剣を抜いた。俺もそれに習い、剣を構える。

786名無しさん@避難中:2012/02/04(土) 08:54:30 ID:x4KHd8ik0
「舐めた真似を!それを今すぐに後悔させてやる!」
「口の悪い女は好きだぜ、腕が伴ってりゃなおよしだ」

俺は軽口を一つたたくと、狼らしい瞬発力で飛び掛かってきた女の右手の指の間に刀の峰を挟む形で受ける。その刹那、俺は左手で斬りつけられるよりも先に
女のみぞおちあたりに強烈な蹴りを叩きこんだ。が、瞬間向こうが避けようとしやがり、深くは入らなかったが
それでもダメージはあったようで、片腕で腹のあたりを押さえて苦しそうに口の端を歪ませてた。うまくこっちの流れに持ち込めたようでまずは何よりだ。
だが、向こうも同じ手は食わねえだろうな。となるとこっちも攻め手を変えなきゃいけねえわけで、俺は人狼の特徴であるその俊敏さを奪うことにしたんだよ。
互いに飛び道具は持ってねえからどうしても接近戦になる。俺はただの人間だから人狼のような瞬発力も素早さも持ってねえ。したがって間合いを取られたら
その鋭利な爪でバサリだ。向こうの間合いにギリギリ入らない位置で、刀を構えると俺はわざと隙を作る。そうすっと向こうは当然その隙をついてくるわけだが、
俺はまたその爪を峰で受けると、すかさず脇指を抜いて人狼の腿を貫いた。つばぜり合いの形になっていたが故に足元への意識が疎かになってたんだろうな。
反応が遅れた人狼はその刃を避けることができずに腿を貫かれ、絶叫をあげた。

「きゃああああ!!」

脇指を引き抜くと、人狼の足からダラダラと真っ赤な血が流れ出す。異形であってもその体を巡る血は俺らと同じ色をしてる。
なのにどーしてここまで食い違うものなのかね。どっちかが滅びるまで異形と人間は争いを続けるつもりなのか、んなことどっちも望んじゃいねえだろう。
俺は傷口を抑えてうずくまる人狼の首に刃を当てて、降伏を求めた。

「勝負ありだな、さっきも言ったが殺しはしねえ。ただ、その身柄は拘束させてもらうぜ」
「…私の…負けか…くそっ…」

そのままの姿勢で坂本の方を見ると、向こうはすでに勝負がついていたようで、無傷の人狼が後ろ手に拘束されてた。俺もまだまだ、だな。
俺も魔素で強化された手錠を取り出すと、人狼の手を後ろ手に拘束する。と、同時に簡易医療キットを取り出して、まずは留め金のついたゴムチューブで止血して、
出血が収まったのを確かめてから、血液をふき取って脱脂綿に消毒液を染み込ませて傷口に当てる。

「いたっ…!お前、何をしている!」
「怪我の手当てだよ。動くと余計に苦しいからじっとしてやがれ」
「…礼は言わないぞ。別に頼んだ訳じゃないからな」
「いらねえよ。俺も頼まれたわけじゃねえからな。ほい、これで終わりだよ」

そうして消毒を終えた俺は、絆創膏とテーピングで傷口を塞いでその上から包帯を巻いて簡易治療を完了させる。

「これで終わりだ。簡易的なものだから本格的な回復は霧島が戻ってきてから…おっと、噂をすれば」

二人が偵察に向かった扉が開いて、霧島と御剣が姿を現した。が、御剣の手に何かが抱えられていた。まあ、詳しい話は二人に聞こうじゃねえか。

787名無しさん@避難中:2012/02/04(土) 08:59:33 ID:x4KHd8ik0
投下終了です。主人公の二人にもモデルになった人物やキャラクターがいますので、後日
紹介したいと思います。

788名無しさん@避難中:2012/02/04(土) 23:18:03 ID:2zE1152M0
>>787
多分、音無小夜かな?

789名無しさん@避難中:2012/02/05(日) 00:39:37 ID:gNmsVcHo0
乙でした
扉の向こうで二人は何をみたんだろう

790 ◆mGG62PYCNk:2012/02/05(日) 23:56:51 ID:gNmsVcHo0
褒められると嬉しくてうへへへへとかなるもんです
ああもうテンションとかが上がるね!?
そんな感じで投下投下

791白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/05(日) 23:58:13 ID:gNmsVcHo0


            ●

                
 行政区南側にある高層ビル。以前クズハを取り戻す為に行政区に侵入した時に使った部屋の中、
匠は窓を開け、室内に風を通した。そうしながら室内を見回して、不思議そうに呟く。
「この前クズハを連れて明日名さんと一緒に飛び下りた時はけっこう荒らした状態で部屋を放置してたんだが、誰が部屋をここまできれいに整えたんだ?」
 室内で作業をしていた明日名がクズハとキッコに途中の作業を任せて、別の作業に取り掛かりながら言う。
「平賀博士の手助けをしてくれるような人はいろんな所にいると、そういう事だね」
 匠は微妙に頷きづらいなと思いながら、実は頷きづらいと思わせる所こそがあの人の凄い所なのだろうと思う事にする。そんな平賀も今頃は、
「庁舎内での会議中か」
「そうだな」
 彰彦が応じて、部屋の位置取り的に見る事のできない行政区の北側にある庁舎のある方へと視線をやった。
「今日の会議で、異形に対する対応が変わるかもしれないんですよね」
 クズハが呟く。未だに自分に今の状況の責任の一端があると思っているのか、その表情は深刻なものだ。気にし過ぎもあまり良い傾向ではないと思うが、
 ……クズハの性分か。
 無理に気にするなと言うのも酷な話だ。だから匠はクズハの頭を軽く叩く事であまり深刻になるなという合図にする。それを見たキッコが笑みで言う。
「それもあるが、もう一つ、今回の会議で明らかにされるであろうことがあるの」
 匠は頷きを作った。
 今回の会議ではこれまで得た情報をもって、通光への糾弾が行われるはずだ。
 ……爺さんの予想では、おそらく通光を追いつめる事が出来るが、
一方で向こうもそういう流れになるだろう事は今回の会議が設定された時点で分かってるだろうという話だったな。
 故に匠達が行政区まで来て、平賀の用意した手駒として控えている。
こうして高層ビルに平賀が借りた部屋に居るのは、
他の誰にも邪魔される事のない位置で何かが起きてもすぐに対応できるためであり、
また、この部屋からならば各所への連絡も平賀の用意した魔装のおかげでとりやすいためだ。
それらの用意は敵が大々的に動く事があるかもしれないということを示唆するものであり、
 ……穏やかじゃないな。
 そう思うが、これが終われば様々な懸念に決着がつく事にもなる。ならば多少の荒事も望むところかと匠は物思いに沈み、
「匠さん」
 かけられた声に顔を上げる。
「どうした? クズハ」
 クズハははい、と小さく頷き窓の外に目を向け、普段の生活が営まれている街を見た。
「何も起きずに、穏便に全部が解決すればいいですね」
 その言葉に匠は一瞬動きを止めた。
何も起きない、というのは甘い考えだと思うが、自分自身の考えも荒っぽくなっていた事に思い至る。
「匠は我等向けの派手な考え方でもしていたかの?」
 キッコの茶々にそうかもしれない、と苦笑して、
「そうだな、何も起きなければいい」
 深く頷いて、クズハに笑みを向けた。そうしながら内心で会議の場に思いを馳せる。

792白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:00:16 ID:RsHOllVM0


            ●


 行政区庁舎、大阪圏内有数の堅固さと高さを誇る建造物の一室に、大阪圏を代表する有力者達が集まっていた。
大きな会議室を利用して行われているのは、ここ数週間程の期間、行政区や大阪圏全体を悩ませている問題についての話し合いだった。
 円形に配置された議席の一つに着いた平賀は、周囲の者達を見渡しながら演説を打っていた。
「やはり、異形の衆をただ異形というだけで追い出そうとするのはよろしくないのう。もう彼等とわしらは完全に分離した生活を送る事はできはせんのだし、のう皆の衆?」
 そう言って、平賀は手元のスイッチを押した。
 部屋にブラインドが下りて薄暗くなり、席に設置されている装置から映像が出力される。
 映し出された映像には幾つかのグラフが表示されており、それらを示しながら平賀は続ける。
「見てみい、この一週間程でどれだけ大阪圏の生産が落ち込んだか分かるじゃろう?
 特に昔のように輸入に頼ることができん今、食料の滞りが出るのは割と恐ろしい事じゃぞ?」
 分かっているな? と言外に告げて、平賀は別のグラフを出力する。
「それに、残って食糧生産に従事しておる異形達にも武装隊を派遣して監視じみた事を行っておるじゃろう。
そのような圧力をかけて脅して、それでこれまでの生産ペースを維持できると思っておるのかいのう?」
 部屋全体を見渡し、平賀は大阪圏の地図を表示させた。地図の外縁部や中央の一部は赤く染まった折、それらを示して平賀は言う。
「そのような状態を続ければ、当然反発が出て来る。それも、異形達だけなく、彼等と共に生活を送っておる人々からもじゃ。
 異形との関わりが深くなりやすい大阪圏の外縁部からは特に最近の行政区の決定に対しては苦情が上がって来ておるのう」
 地図の赤い部分を点滅させ、平賀は告げた。
「このままでは大阪圏は一つのまとまった共同体としての形を保つ事ができず、崩壊してしまうやもしれんのう。
仮にそこまでにはならなくとも、暴動のような事は近い将来起こる事になるじゃろう。皆はそのようになってしまっても良いのかな?」
 平賀の言葉に会議室に沈黙が降りた。
 やがて、集まった者達のうちの一人が手を上げた。異形排斥派の議員だ。彼は注目が集まるだけの間を置いて口を開く。
「そうは言いましても平賀博士、ここ最近は異形による事件が頻発しております。行政区内でも異形が大量に侵入してきたという事件があったばかりでしょう」
 ゆえに、と彼は告げる。
「そのような危険な者達と共存しようなどというのはなかなか難しい事だろうと思いますが?」
 平賀は会釈し、返答する。
「異形の事件はいきなりの排斥行為に対するせめてもの抵抗と見る事もできるのう。
それに、本当にそれらの事件は異形の手によって起こっておるものなのかのう……?」
「何……?」
 平賀の発言によって会議室にざわめきが満ちた。それらを鎮めるように手を上げ、平賀の対面にいた男が口を開いた。
「平賀博士、根拠のない発言でいたずらに皆を混乱させないでいただきたい」
 平賀は男の発言に口端を上げた笑みを浮かべた。
「通光君、わしが何の根拠もなく、この会議の場を設定したと思うておるのかな?」
 思わせぶりな言葉に、通光は軽く眉を上げた。
「ほう、では一体何を話してくれるのでしょうかな? 平賀博士」
 平賀は表示されている立体映像を操作した。

793白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:02:10 ID:RsHOllVM0
「これを見てもらおうかの。各地域の武装隊達に掛け合って提供してもらったここしばらくの間の大阪圏内における武装隊の行方不明者数じゃ」
 その数は三桁を越えていた。表示された情報を見て、息を呑む音が幾つも響いた。平賀はそれらの音に対して会釈を一つ返し、
「行政区の異形達が侵入してきた時とほぼ時期を共にして件数は増えて、合計数は三桁を越えておるのう」
 それはある程度の安定を得ているはずの大規模の自治都市内の警備についている武装隊が出すにはあまりにも膨大な数だ。
 ざわめきが広まり始めた会議室内で更に、と平賀の言葉が続き、新たな情報が映し出された。
「これが武装隊以外の者達の行方不明者数じゃな。特に異形達の行方不明者有が多いのう」
 そう言って表示される行方不明者の数はやはり異常な数だ。
 故に当然の疑問が会議室の一席から放たれた。
「これだけの数の行方不明者がいて、何故武装隊は何も報告せず、我々の元にも情報が入ってこない!?」
「大阪圏内は広い。各地域ごとの被害者数としては多少多いというだけであまりあからさまな異変は見られんのじゃ。
更に現在、大阪圏内は混乱しておる。各場所ごとでは重大性に気付けないのもまあ、仕方あるまい。
ただし、それらの情報を取りまとめておるはずの武装隊上層部、
特にここしばらくの騒動で対異形の旗頭として立っておった異形排斥派の長が何故報告しておらんのか、
わしはぜひ知りたいのじゃが、答えてくれるかの? なあ、通光君?」
 糾弾の響きをもって発された言葉に、通光は腕を組んで対応した。
「さて、何故でしょうな。私のもとにもそのような情報は入ってはおりませんで」
 そうか、と頷いて、平賀は目を細めた。
「わしとしてはな? この情報の見事な錯乱状態、武装隊や行政区の内側にその原因があるように思えてならんのじゃよ」
「ほう、それはそれは」
「わしが違和感を強く感じ始めたのは行政区への異形侵入の件が最初じゃろうかな。
 防備を固めていた行政区内部への侵入はそもそも内側の警備状態に詳しく無ければ不可能じゃ。
行方不明者の件についても似たようなものじゃな。
情報のまとめや伝達がうまく果たされなかったのには明らかに内側からの関与があったように思うわけじゃ」
 通光がでは、と受ける。
「武装隊、それに行政区の内部を急いで調べさせましょうか?」
「いやいや、それについてはわしは幾つか怪しいとされる事実を掴んでおっての」
 そう言って平賀は画像を表示した。画像は男の写真で、
「彼、今井彰彦という元武装隊の男を知っておるかな?」
 幾人かが頷いた。武装隊としての彼を知っている者達だろう。彼等に平賀は会釈を返し、
「彼の腕は現在人のものでは無くなっておる。異形のものを、無理矢理移植されたんじゃ。その結果がこれじゃな」

794白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:02:39 ID:RsHOllVM0
 画像が切り変わり、白い外殻の腕が映し出された。信じられない、といった調子で声が響く。
「そのようなことが……」
「実物についての詳細は渡辺君経由でそのうち皆に回る事になるじゃろう。そして、次にじゃな」
 画像がまた切り変わった。そこに表示されたのは、
「クズハ君、彼女の事は皆も知っておるな?」
 全員の頷きを受け、平賀は言葉を再開する。
「この子は彰彦君と同じく、異形の体を移植された、元人間じゃ。
わしはな、この二人を人から外した原因となる移植を行ったのは同じ者たちじゃと、そう思っておってな」
「この実験を行うのに必要な材料は移植を受ける側の人体、それに移植する器官を抜き取る異形じゃ。
人と異形が必要になる実験じゃが、ここ最近の大阪圏内ではそれらは比較的揃えやすかったようじゃな」
 平賀の言葉に込められた意味に気付いた者がざわめきの声を上げた。それらのざわめきをまとめるように、通光が発言する。
「それは大変だ。急いで手を打たねばなりますまい」
「うむ、もうかなり出遅れてしまった感があるからのう。急いで止めたいところじゃ」
 平賀は頷いて、通光に煙管を突きつけた。
「わしは、な? 君が怪しいと思っておるんじゃが、どうかのう?」

795白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:05:33 ID:RsHOllVM0


            ●


 平賀の言葉に対して、通光は口許を歪めて応じた。
 いつの間にか会議の場は審問の場の用になっている。そしてその事を咎める声は室内からは生まれない。
異形排斥派の人間は戸惑いの視線を交わし合っており、
異形擁護派は割と落ち着いた様子で事態の推移を黙ってうかがっている。
ここ最近の異形による者とされる事件のせいで排斥派へと転じていた者達も黙って事態を見守っている。
 その事実に根回しをされたと、そう思い、しかし通光は笑みを崩す事無く平賀に応じた。
「そうですね。その判断は状況的にはしょうがないものでしょう。
なにしろ私が武装隊の上層部に噛んでいるのは事実ではあるのですから。
しかし、状況はそうではあっても、実際に私がしたという証拠は無い」
「クズハ君は異形の体を持っておってのう。様々な感覚が人のそれよりも鋭いわけじゃが」
 平賀はそう前置きして言葉を続けた。
「そのクズハ君が言うには、通光君の声紋、それがどうやらクズハ君を実験室へと連れて行った者と同じようなのじゃな」
 平賀は機械を取り出した。
「この場で採った声も、ほれこの通り、合っておる」
 おそらく、と内心に言葉を作り、通光は平賀の取り出した機械について、はったりだろうと考える。
 しかしそのはったりを証明する事は通光には出来ない。
根回しが果たされている現状、反論ができなければ、この場は平賀の思うままになるだろう。
 それを証明するように、平賀がさて、と言葉を繰り出してきた。
「物的な証拠も出てきた事じゃし、ちと、この庁舎の地下研究室を見せてもらえんかな? 
先程の話の通り、この庁舎の地下は何者かに利用されておるかもしれんのでな」
 強引だが、通じはするだろう。その程度には周囲の者達の中には猜疑心が満ちている。だから、通光は頷きと共に答えた。
「そうですね。どうやら皆様気になる様子だ。私としてもここで断って行動の自由を制限される結果になるのは本意ではない」
 悠然と構えて応対する。その対応に対して、平賀が警戒の視線を向けてきた。
 ……流石に掃討作戦を前線近くで二度もくぐり抜けた者は勘が鋭い。
 そう通光が称賛と共に思った時、外で警備に付いていた武装隊の男が入って来た。声は焦ったもので、
「行政区内に異形が現れました! 戦闘が発生しています!」

796白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:06:16 ID:RsHOllVM0


            ●


 突然飛び込んできた異形出現の知らせに、会議に出席していた議員達は一様に驚きの表情を浮かべた。
「異形だと!?」
「何故今の行政区内に異形が侵入できるのだ?!」
 混乱が広がり始める中、部屋に異常を告げに来た男が言葉を重ねた。
「庁舎の地下から異形が突然、それに……」
 躊躇いがちに、男は言葉を続けた。
「更に、行政区の武装隊とはほとんど連絡がとれない状態ですっ」
 男の言葉に、室内の一人が、手元のスイッチを操作してブラインドを上げた。
 窓から見える街では、いつの間にか煙が立ち上っていた。彼は顔を引き攣らせて叫ぶ。
「何故この状態になるまで異形の接近に気付けなかった!?」
 武装隊の男は申し訳ありません、と頭を下げて、
「それが、同時多発的に行政区内にあふれたため、対応が間に合わず、また――」
 再び言葉を濁らせる彼に「どうしたのかの?」と平賀は言葉をかけた。
彼は言おうか言うまいか迷うようにしばし黙り、周囲の無言の促しに折れたように告げた。
「武装隊内部の人間が一部異形化して暴れているため、状況が混乱してしまい、後手後手に回っておりました」
「武装隊員が異形化だと? どういうことだ?」
「一部の異形が化けるのとは状況が違い、我々としても驚いています」
 それ以外に語る言葉が無いと当惑する武装隊の男の肩に手を置いて、平賀は議員達へと言葉を投げた。
「さきほど離した彰彦君やクズハ君と同じようなものじゃよ。ちと資料を確認するとええ」
 その平賀の言葉に促され、先に示した二人の情報を確認しだす議員達を置いて、平賀は武装隊の男に訊ねる。
「異形化した者達は武装隊内におったのじゃな? 行政区の武装隊の機能は今どの程度生きておるのかな?」
「はっ! 現在、行政区内の武装隊の指揮機能は半ば停止、各隊単位で行動し、また、隊同士で連絡を取り合って連絡網を修正しているところであります」
「ふむ……」
 頷き、平賀は確認を続ける。
「同時多発的に異形が現れたというのは?」
「言葉通りといいますか……行政区内に検問を通った形跡もないにもかかわらず、異形が複数個所に出現しておりまして」
 話をしている彼自身もわけが分からないようで、戸惑い気味の言葉が返される。平賀はなるほどと応じて、
「人々の避難はどうなっておるかな?」
「随時行っております。異形がほとんど現れていない南側の居住区に集めております。おそらく居住区の住人にはほとんど被害はないものかと」
「よし、一番に考えるべきは非戦闘員達の命じゃ、よくやったのう。
 ここの警備の人数はどんなもんなのじゃ?」
「は、庁舎護衛の人員は40程度といった所でして、バリケードを作りながら生き残っている者はここに集まる手はずになっております」

797白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:07:09 ID:RsHOllVM0
 平賀は首を捻った。
「ふむ? 随分と少ないのう。事前の話では、その10倍はおるという話じゃったが」
 庁舎は大きな建物な上、今回の会議では、けっこうな重要人物が集まっている。それにしては30人という人数は異常な少なさだ。
 武装隊の男はそれが、と呟き、
「行政区内に居た武装隊は多くが研究区の包囲や各地の検問の設置などで出張っておりまして、人数が足りません。
その事を会議にかけたら庁舎には各議員が雇った護衛が居るのでほとんど人員は割かなくていいと、登藤通光様が決定を下しまして……」
 男の言葉で、平賀は表情を厳しくして煙管を手にした。その上で皆を見回して言う。
「では、わしらもここから出て、南の居住区に避難するかのう」
 その発言に割り込むように、通光が声を上げた。
「この庁舎内ならば護衛がおるのです。今行政区内を移動するよりも彼等に防衛を任せて私たちは籠城する方が安全ではありませんか?」
「たしかに……」
 頷きかける議員に平賀は言葉を挟んだ。
「さて、それはどうじゃろうな?」
 言葉が差し挟まれると共に、武装隊員が数人、室内に飛び込んできた。
 彼等は戦闘をこなしてきたのか、ぼろぼろになった衣服の汚れをはらう事なく、早口に告げる。
「報告します! 庁舎の護衛のほとんどが異形化! 我々以外は護衛、武装隊共々全滅しました! 
武装隊に起こったものと同じ現象です! 行政区内に現れた異形を率いて庁舎を制圧しつつあります!」
「ばかな! 護衛達は全員人である事を確認した筈だぞ!?」
 室内にざわめきが広がる。平賀は彼等が確認している情報の一部に下線部を挿入して見やすいようにしながら説明した。
「彼等がクズハ君や彰彦君と同じような異形化した人であるなら、表向きは人として偽装することも容易くできるじゃろう。
異形の部分さえ活性化させなければ≪魔素≫反応は人のものとたいして変わらなくなるはずじゃ」
 言葉が終わるよりも早く、室外の様子を入り口付近で窺っていた武装隊員が叫んだ。
「異形、このフロアまで辿りつきました!」
 直後、荒々しい、人よりも重々しく、また荒々しい足音が聞こえて来る。
異形がこの会議室があるフロアにまで辿りついたということなのだろう。
身を強張らせる議員達を守るように入り口付近に構える十名程の武装隊を入り口付近から下がらせて、平賀は通光に顔を向けて言葉を放つ。
「武装隊の戦力を割いていき、武装隊内部に手勢を送りこんで、更に今回の護衛にも仕込みおったな?」
「さて、何のことやら」

798白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:07:36 ID:RsHOllVM0
 薄い笑みを張りつけた顔で通光は席を立った。応じるように平賀も席から立ち上がる。
「そうか、既にこの場の皆、わしの考えと同調しておるのじゃがの」
「それはそれは……平賀博士はお人が悪い」
 そう言って通光は手を振り上げた。衣服の袖がまくれて腕に装着された魔装が露わになる。
 突然のその動きに対して、しかし平賀は先んじる動きで煙管を振った。
 煙管の先から煙々羅が迸って通光へと殺到する。煙が通光を包み込む前に、通光は短く名を呼んだ。
「朝川」
 即座の反応が起きた。平賀と通光の間の天井が割れ、煙々羅が砕かれたのだ。
 その結果に平賀は煙管を払うように振って嘆息する。
「先手必勝のつもりじゃったんじゃがな……」
「いきなりですね、平賀博士」
「君も仕込みが早いのう。上にも手勢を待機させておるか」
 そう言いながら、平賀は軽く白衣を揺らした。
 白衣の裾から幾つかの魔装の部品が床に落下し、それらは床に落ちるまでの間にひとりでに短弓へと組み上がった。
 平賀は落下の反動で手元まで跳ね上がった短弓を掴み取ると、
「射抜くぞい」
 言うなり、矢をつがえていない弓の弦を、さも矢がつがえられているかのように引き絞る。
 その動作に応じて、弦に≪魔素≫の輝きが宿り、光で形作られた矢が弓につがえられた。
 弦が離され、空気が鳴る涼しい音と同時に、矢が空を裂いて飛翔する音が響く。
 響いた音の先端は室外に迫っていた足音の主を穿った。
 痛みを訴える鳴き声が響く。
 平賀は二矢目をつがえながら、部屋の入り口の前で倒れた二足の異形に声を投げる。
「破魔矢、≪魔素≫祓いの魔装じゃ、異形にはつらかろうて。――さて、見た所低級の異形かのう。この異形も元は人じゃな?」
「彰彦あたりから得た情報ですか。実験に供した部隊の中に博士の知人がおられるとはまた、ついていなかった。
消し切れなかったのもまたついていない。あの子狐も、逃亡犯として研究区から排除されたところを捕らえてしまおうと思っていたのだが、上手くいかないものだ」
「この老いぼれもまだ役に立ったということじゃな」
「まったく、その通りで」
 頷いて、通光は合図のように、今度こそ手を振った。
 ≪魔素≫の光を帯びた魔装が強く発光し、光に応えるようにして割れた天井から更に異形が降って来た。

799白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:08:27 ID:RsHOllVM0


            ●


 会議室の中央付近を砕いて現れた異形達は、皆が皆、どこかしらに人の体の構造を残した、しかし絶対的に人とは違う生き物だった。
落下物に破壊されて入り口ろ窓側とに分かれた室内で、異形達は入り口側へと退いていきながら、その途中に居る議員達を捕らえていった。
 そんな異形達に指示を出し、今や自らの立場を隠そうとしない通光を睨んで平賀は唸る。
「和泉に異形を大量に招いて来たのもやはり、君じゃな?」
「その通りだと、そう答えよう。あの時は喉を異形化した者でしか異形化した人間を操る事は出来なかったが、今ではこの通り、自由に操る事もできるようになっている」
 平賀は通光が手で示した異形達に目をやった。
 異形達は通光の指示に従っており、そこからは指示内容を吟味している様子は見られない。
「思考力を失くした者達……街に放たれた者達もこのような感じなんじゃな? これだけの数の人と異形の混合体を作るために一体どれだけの数の犠牲を出したんじゃ?」
 通光は首を横に振った。
「犠牲などととんでもない。全ては今に活かされている。ならば犠牲ではなく、それは貢献だろう」
「戯言じゃの」
「認識の違いだ」
 平賀と通光が互いに攻撃的な言葉を交わす中、異形に捕らえられた議員の一人が、現実を認めがたいというように声を上げた。
「何故異形排斥派の異形が異形を率いて行政区内に侵入する?! 何が目的だ!?」
 通光は「答えよう」と頷きを作った。
「異形、彼らはかつての私たちの文明を、そして常識を見事に破壊してのけた。この場の者ならば昔の事を覚えている者もいよう? その破壊に、それを為した力に、私は憧れたのだ」
 通光は異形と朝川を平賀の弓に対して盾にするように前に出して続ける。
「同時に恨みもしたのだがな。何せ、今まで行っていた機械化人の研究も一度は諦めざるをえなかったのだ。
だが、あれならば機械化人とはまた別の形で人を一つ先に進めさせることができると悟った」
「人を一つ先に進める?」
「ああ、そうだ」
 通光は朝川と、次いで異形達を見て口もとを歪め、
「人という種の新たな可能性、人為的な進化だ」

800白狐と青年「話し場の奇襲」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:08:56 ID:RsHOllVM0
 言葉を切り、更に続ける。
「私の目的には多くの被験体が必要だ。人も、異形もな。
 この話し合いの場が用意された時点で計画の露呈は覚悟していたのでな、盛大にいかせてもらう事にした。
実際、こうして事が明るみに出てしまった以上は開き直らせてもらおう」
「何を――っ」
「簡単な事だ。今の世に残った貴重なこの大都市圏、一度武装隊を壊滅させてその位置に異形化した人間による防備を置く。
彼等によって安全を保証する代わりに、人を実験の被験体として徴収してもいい。逆らうならばその者達を捕らえればいい。
大々的に実験隊を集めるというわけだな」
 言葉を失う議員達の中、平賀が一人、低く、切りこむような声で告げる。
「そうはさせんよ」
「やはりそうか。では平賀博士、貴方には消えてもらう」
 通光はそう言うと共に手を振った。その動作が合図だったのか、異形達が突進してきた。
 異形たちの突進の初動を視界に収めながら、平賀は会議室内の映像を操作していたリモコンを取り出した。
「この数、守りながら戦うというのは無理じゃな」
 呟きながらスイッチを押す。
 と、会議室の外側の壁が一斉に爆発して吹き飛んだ。
「――!?」
 驚きに一瞬動きを止めた異形達を無視して平賀は煙管を振った。
再び現れた煙々羅が巨大な腕の形に伸ばした煙で議員達を手当たりしだいに掻っ攫って行く。
「わしらが必ず君を止める。待っておるとええ」
 通光にそう言葉を残して、平賀は追随する煙々羅と共に、庁舎の外へと身を投げた。


            ●


 平賀が議員を伴って身を投げた破壊の後をみつめながら、通光は口を開く。
「わしら……か」
「どういたしますか? 通光様」
 平賀の煙が届かず、手元に捕らえられたままになった議員達を縛り上げた朝川が通光に訊ねた。通光は少し考え、
「行政区南側で抵抗があるという話だったな。平賀博士もそちらに行くと言っていた。潰すぞ、あの老人は危険だ」
「は」
 短く応答した朝川に他、幾つかの指示を出していきながら、通光は制圧されつつある行政区を見下ろした。
「時期尚早か……だが今を逃してはもう機会もなかろう」
 眼下では混乱が広がりつつあった。

801白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2012/02/06(月) 00:10:15 ID:RsHOllVM0
以上!
そろそろ終わりに向けて話を転がしていきますのよ!

802名無しさん@避難中:2012/02/22(水) 17:02:47 ID:dsXshh2k0
異形について質問です。異形は、日本の妖怪限定ですか?
エルフやワイバーンなどの伝説の生物を書きたいのですが、OKですか?

803名無しさん@避難中:2012/02/22(水) 19:43:26 ID:vUTcTARA0
吸血鬼いるし問題ないかと

804名無しさん@避難中:2012/02/23(木) 07:34:28 ID:htRw990k0
ありがとうございます!
投下には時間がかかりますがよろしくお願いします

805名無しさん@避難中:2012/02/24(金) 00:07:27 ID:L2kf6et60
楽しみにしております。
ともあれ投下

806白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:08:54 ID:L2kf6et60


            ●


 異形の侵攻が突然始まった時、匠達は平賀が借りている部屋の一室で、急の知らせを受けていた。
「行政区内の武装隊達から連絡が来た。どうやら他の大阪圏内の街も、異形の襲撃を受けているらしい」
 そう言って明日名は通信用の装置を脇に置いた。
「異形が行政区に現れ、庁舎も危うい。武装隊達の本部にも異形が現れて形勢は不利、
一度本部を放棄して逃げられる者だけ逃げて現在戦線を復帰中、と」
 彰彦が腕組みして呟いた。
 匠はそれらの知らせを頭の中でまとめる。
 行政区への襲撃と時を同じくした各町への襲撃、手際の良さから察するに、
「これは計画された侵攻だな」
「だろうね」
 明日名が同意する。その様子を見たクズハが手を挙げる。
「あの、平賀さん達や行政区の皆さんは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ、始めから最悪の場合を考えているからね。既に事前に根回しをして、
動かす事のできる行政区内の兵力は集めてこの付近、
行政区の南側に陣取って人々の避難をおこなっているようだ。
少なくとも一気に壊滅という事態にはならいよ」
 よかった、と息をつくクズハ。匠も小さく頷いて、明日名に問いを投げる。
「一連の首謀者は?」
「やはり、というべきだろうね、通光だった。会議の場で正体を現わしたみたいだね。
平賀博士は庁舎から力尽くで脱出、さっき言ったように行政区の南側居住区で抵抗を行っているようだよ」
「尻尾ではなくいきなり全身を現わしおったか……小賢しいまねをしおって」
 キッコが不機嫌に呟き、ビルの外を確認していた彰彦が訊ねる。
「明日名さん、行政区の議員連中、平賀のじいさん以外に何人が逃げられたんだ?」
「半数程……、平賀博士が半数程はかっさらってこれたみたいだけど、庁舎内に居た異形の数が多過ぎて
議員全員には対応しきれなかったみたいだ。残った議員達は、まあ利用価値があるうちは無事だろうと思う」

807白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:09:52 ID:L2kf6et60
 僅かに眉を動かし、彰彦は「了解」と頷く。
「武装隊の状態は?」
「行政区内部の武装隊は司令部を異形化した人間に乗っ取られた時に半ば崩壊、
残りの武装隊や検問から急いで割かれてきた武装隊達でなんとか南側の防衛を行っているといった所だね。
消耗率もそうひどいものではないよ」
 匠が少し意外そうな顔をする。
「行政区内部がこんな状態になっているから、行政区の外はもっとひどい状態になってると思ったんだけど、
検問から人を割ける状態なんですか?」
「外見た感じだと、どうも行政区の外は異形の襲撃を受けてねえみたいだな」
 彰彦の言葉に明日名は頷く。
「各所からはいって来る情報から考えて、今回、異形はどうやら行政区の内部から現れたという事らしい」
「外の奴らがこっちに慌てて来てるのを見たからなんとなく外は異常に見舞われて無かったってのは分かるけどよ、
行政区内から異形が湧いてくるってのは一体どういうこった?」
「わからない。でも行政区の外部にいた武装隊はいきなりの救援要請を受けて慌てていたようだ。そうだね? 渡辺隊長」
『その通りだ』
 話を振られた渡辺が、魔装の映し出す映像の向こうで頷いた。
 研究区に向けての突然の呼び出しに、しかし応じた彼は頷きを重ね、
『行政区の武装隊達からの連絡ではそういう事だった。気が付いたら守っていたはずの行政区が制圧されていた、と。
行政区内の武装施設は異形化した者の手で破壊されたともあったか。
こちらの方は未確認情報という事で他言無用になってはいるが……異形化、信じられんものだな。未確認情報扱いになるのも分かる。
今井や坂上から聞いてはいた俺ですらにわかには信じられんのだ。――人の体に異形の体を移しこむなど、正気の沙汰ではない。』
 彼は重々しく息を吐きだした。
『他の異形の襲撃を受けている街ではそのような事は無いそうだ。
外からの襲撃のみ、これも数が多く対処が大変ではあるようだが、行政区程に切羽詰まってはいないようだ。しかし』
「これで各地の武装隊の動きは封じられる」
 渡辺は首肯した。
『おそらくそれが通光の狙いだろう』
「武装隊の戦力を分散させて行政区を支配する。
その上で何をやろうとしているのかは分からないけど、目的は平賀博士が訊いておいてくれたよ」
「なんだの?」
 興味深げなキッコにうん、と応じて明日名は告げる。
「曰く、人を種として一歩先に進める。僕のような人間には多少分からないでもない理由だね」
「人を種として進める……? 匠、分かるか?」
「さっぱりわからん……翔は?」
『現場にすらいない俺に訊くな』

808白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:11:10 ID:L2kf6et60
 結果として問いかけの視線が向けられた明日名が苦笑で説明する。
「例えば、その一つが今回の異形化した人だろうと俺は思う。それに――」
「私、ですね」
 クズハが言った。
 実際に例示されて匠は理解した。
 確かにクズハは本来普通の人間が持つには大きい量の≪魔素≫を操れるし、
和泉に現れた異形化した人間達も、やはり人とは違った部分があった。
 ……あんな歪なものが先に進んでいる証とは思いたくはないが……。
 そう思いながら匠は口を開く。
「行政区の武装隊の数割は確か研究区に派遣されてきていた。
それならそっちの動きを止めるためにそのうち研究区にも他の街と同じように襲撃があるはずだ。翔、準備は?」
『大丈夫だ。いつでも相手をする準備はできている。ただし、今この街は流入者も含めて守るべき対象が多い。
我々も行政区の方には助けを向かわせられない』
「今各町を襲っている異形達が脅威になっているのは、妙に統率のとれた異形の集まりが攻め寄せて来ているからだ。
指令を発している者を倒す事ができれば状況もまた改善されるだろう。それを探して討伐すると楽になる。
こっちはこっちでどうにかするから気にするな」
 匠がそう言った時、画面の向こうで扉が開いて、研究員が飛び込んできた。彼は肩で息をしながら渡辺に報告を急ぐ。
『研究区付近に異形出現! 数は多数! 現在急いで研究区中央にまで人々を避難誘導しています!』
『来たか……!』
 渡辺は今使っているのとは別の通信用の魔装を取り出した。
『渡辺だ。総員攻め寄せる異形を迎え撃つ態勢を整えよ!』
 簡潔に指示を飛ばして渡辺は両面越しに匠達を見てきた。
『またも研究区の者の予想は正しかったというわけだ。各街も平賀名義の知らせに慌てて対応した筈だ。
現状は混乱してはいるが、この防衛戦はそう悪い結果にはなるまい』
 そう言って彼は出口へと向かう。その背に匠は声をかけた。
「気を付けろよ?」
『分かっている。指揮役の存在だな? 元は同じ人間だろうに、なかなかふざけた事をする』
 憤りを隠さない声で言い、彼は口端を曲げて頭を下げた。
『しかし、なんだ……いろいろと済まなかったな。クズハの事など』
「い、いえ、とんでもないです。あれは仕方のないことでしたし」
 あわてて頭を下げ返すクズハに苦笑して、匠は肩を竦める。
「仕事なんだろ? 分かってるさ。今回研究区を、俺とクズハの思い出のある街を守ってくれればそれでチャラだ」
『そうか……お前達は、庁舎に行くんだな?』
「ああ。行政区に居る異形の総指揮者は通光だ。だから奴を倒す。
あの異形の統率を断てば少なくともそれで連中の弱体化は狙えるし、連れ去られた議員連中の救出もできるからな。
できれば囚われてる異形排斥派の連中に恩を売っておきたいという考えもある。そして、これでクズハを狙う輩も消える。
いいことだらけだ」
 渡辺はそうか、と応じて礼をした。
『お前も気を付けろ』
「ああ。行ってくる」

809白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:12:25 ID:L2kf6et60


            ●


 通信の切れた魔装の画面から目を離して、渡辺は研究所の食堂に集った職員たちを見回した。
「この街を守るため、力を貸して欲しい」
 小さく心強い返答が職員たちから返ってくる。それらの返答に礼を返して、
渡辺は同室に集っている武装隊達に目をやった。その表情に力を見て、渡辺は肺腑に空気を入れた。
 力強く声を放つ。
「守るぞ、それこそが――」
 それが渡辺達なりの、この研究区を頼らざるを得なかった異形たちに対する贖罪であり、
「我々の義務だ!」


            ●


 異形たちは下された命令をひたすらに守って行動していた。
命令の内容は単純明快で、ひたすらに人の気配のする場所を破壊せよというものだ。
 その命令は、元は人間だった彼等に植え付けられ、彼等の中から人としての自我を消し去った
異形の体がもつ本能的な破壊衝動との相性もよく、ほとんど思考を挟む必要がない。結果として、
知性というものがほとんど失われかけた彼等であっても現在の状態まで行政区を持って行くことに成功していた。
 行政区の各所から現れた異形の一群は、徐々にその破壊の位置を南の方向へと移していた。
そこに人間が多くいると分かったからだ。
 異形たちの視界に現れる人間は、逃げる者も、抵抗しようとする者達も、皆南の方向へと集まって行く。
だから彼等はそれを追い、やがて急造された防御のための構造物に遭遇した。
 異形の進行方向、人の気配がより多い場所へと向かう途上に築かれていたのは資材や土嚢を積み重ねて即席で作られたバリケードだった。
 バリケードの前方には銃を構えた武装隊十数名が並んでいる。
 異形の姿を見た彼等はそれぞれに手にしていた銃器の狙いをつけて来る。
その動作に対して、異形たちは迷う事なく突撃を敢行した。

810白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:13:22 ID:L2kf6et60
 異形たちにしてみれば、このまま進めば人の気配が多い場所を襲いに行ける事が分かっていたし、
防御側の武装隊が築き上げた壁も、自分達の体格ならばそう労なく崩れるだろうと確信していたからだ。
武装隊たちですら思考能力の大半を失った彼等の前では破壊か捕食の対象でしかなかった。
故に、異形は銃器の先を向けられようとも動じることもなく、ひたすら一直線に突き進み続け、
 地面に描かれていた魔法陣へと無警戒に足を踏み入れた。
 その瞬間、魔法陣に≪魔素≫の輝きが灯り、魔法が起動する。
 地中から立ち上がった土壁が、異形の先頭列を宙へと跳ね上げた。
 足元からの一撃に体勢を崩した異形たちに向けて射撃が叩き込まれ、異形の第一陣はものの数秒で砕かれる。
 第一陣が砕かれるのとほぼ同時に、魔法によって立ち上がった壁に異形の第二陣がぶつかる重音が響いて土壁が大きく震動した。
 崩れかかる土壁に二撃目を加えようとした異形の群れの横面に鬨の声が強かに叩きつけられた。
 声に数瞬遅れて、周囲の建物に潜んでいた武装隊達が手にした近接用の武器で殴りつけた。
 血しぶきが舞い、突然の攻撃に異形たちの動きに混乱が生まれる。
 異形に接近戦を挑んでいた匠と彰彦は、更にそれぞれに墓標と異形の甲殻を叩きつけ、異形たちの混乱が沈静化するよりも早く、異形の群れを潰していった。
 異形の第二陣を壊滅させた事を確認して、武装隊の一人が手を挙げ信号弾の役割を果たす魔法を放った。
その信号に応えて立ちあげられた土壁の向こうから異形の第一陣に射撃を行った武装隊と、
それぞれ手に土嚢などの簡易な資材を持った行政区の住人が現れた。土嚢を持つ彼等は街を守るために手を貸してくれる有志達だ。
急いで武装隊が異形を倒して確保した道の先にバリケードを築いて行く彼等を見送り、匠は土壁の向こうから武装隊に守られながら現れた土壁の作成者たるクズハを迎えた。
 クズハは自分の周囲を固めてくれる武装隊に礼を言い、匠と彰彦に会釈を送った。
そしてクズハは匠の元へと近付きながら周囲を見回して呟いた。
「これで、この道は取り戻した事になるんでしょうか」
 その呟きを聞きつけた匠が答える。
「そうなるな。異形たちもいくら指示があるとは言っても元々考える能力がほとんど残されてなくて基本的に猪突猛進だから、
数はいても元々の備えがある行政区では好き勝手出来ない。なんとか順調にいってる」
 匠たちが行っているような異形との交戦は行政区が異形の奇襲を受けてから一時間と三十分が経過している現在、行政区内の各地で繰り広げられていた。
 一時は人の異形化という不足の事態に混乱をきたしていた武装隊だが、事前にそれとなく発されていた平賀の警告と、
匠たちの通信機による残存勢力の纏め上げを受けて再び組織的な行動を起こす事ができるようになり、こうして徐々に人側はその勢力権を異形から取り戻しつつあった。
 匠は墓標の打撃力強化用に纏わせていた≪魔素≫を納めて周囲の人々の動きに注意を向けた。
 周りでは逃げ遅れの人たちが救出されている。助け出されていく人々を見ながら、匠は僅かに落胆した。
 ……じいさん達はいないか。

811白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:14:22 ID:L2kf6et60
 街の南側から徐々に盛り返している匠たちの陣は既に庁舎の入り口を通りの奥に認める
事が出来る距離にまできていた。平賀たちが逃げているにしても、盛り返しを行っている武装隊の動きは見えているはずだった。
 ……出て来ないってことはここら辺には居ないってことだな。
 あの平賀がそう簡単に殺される事はない。そう思ってはいても、気になるものは気になった。
 ……脇の路地の方を捜しに居た明日名さんとキッコの方はどうだ……?
 武装隊との摩擦の恐れがあるキッコは明日名と共に狭い路地の探索を受け持っている。
そちらの方で何か発見があればいい。
 匠がそう考えていると、クズハが不安そうに匠の名前を呼んだ。
「匠さん……」
「大丈夫だ。あのじいさんだしな」
 匠はそう言葉を返す。と、声が来た。
 それはどこか飄々とした風情を含んだ響きで匠たちの名を呼んだ。
「おお、匠君、クズハ君に彰彦君も。皆前に出て来ておるのか。
今はどんな塩梅になっとるか説明してくれるかのう?」
 そんな言葉と共に路地の影から現れたのは、明日名が喚んだのだろう狐型の式神の群れに守られている一団だった。
その戦闘で埃に汚れた白衣をはたきながら周囲を威嚇するように≪魔素≫を放出しているキッコと肩を並べて歩いてくるのは平賀だ。
「明日名兄さん、キッコさん! じいさんを見つけてきてくれたのか!」
 彰彦の歓声に明日名が頷き、キッコは隣で煙管をくわえている平賀を横目で見た。
「まったく、変な場所に隠れておるせいで見つけるのに手間がかかったわ」
「男たるもの、セーフハウスの一つや二つは確保しておかねばのう」
 そう言って笑う平賀にクズハが駆け寄った。
「平賀さん!」
 飛び付いたクズハを若干姿勢を崩しながら受け止めた平賀は頭を掻き、
「いやあすまんなクズハ君、心配をかけたようじゃ。ちと守らねばならんのが多くてのう。自由に動けなんだ」
 そう言って平賀は狐型の式神に守られている一団を指さした。
 周囲に集まって来た幾名かの武装隊員たちが、そこに並んだ顔を見て礼をとる。
「庁舎で会議に参加しておられた方々ですね?」
「んむ、それと警備の者の生き残りが何名かじゃな。あの場に居た者のうち、
わしがなんとか引っ掴んでこれた者たちじゃ。こんな大事になる前に本当なら食い止めたかったんじゃがな」
 残念そうにつぶやく平賀にいえ、と武装隊の指揮役が応じた。
「皆さんが無事なようでよかった。あなた方がいればこの事態を収拾した後にすぐ秩序が取り戻せることでしょう。
今は皆さん疲労しておられる様子、ひとまず新設した我々の本部か救護施設辺りで休んでいただきたい」
 指揮役に指示で一段に武装隊が護衛に入る。
役目を終えて≪魔素≫の光に還元されていく式神を見送りながら平賀は武装隊員の手をやんわりと断った。
「うむ、他の皆はそのようにしてもらいたいんじゃが、わしはまだ少し働かねばならんのでな、
主立った者を集めてもらえるかな?」
 平賀の呼びかけに頷いた指揮役の男は怪我の処置を行わせながら射撃隊と近接部隊を呼び集め、
臨時の作戦会議の場が設けた。

812白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:15:23 ID:L2kf6et60


            ●


「現在私たち武装隊と有志の者で異形を撃退しながら逃げ遅れた者たちを探しております。
現状、うまく異形への対処はできており、他の部隊も状況は順調です」
「うむ、それは良かった」
 盛り返しつつある戦況を聞いて、平賀は一安心と息を吐いた。今度は武装隊側が平賀に話を促す。
「庁舎内でいったい何があったのか教えてもらえませんか?」
 平賀はそうじゃのう、と考えをまとめるようにしばし時間を置いた。
「……わしらは庁舎内でここしばらくの間の異形に対する厳しい態度に関する話し合いをしておったんじゃが、
その話し合いの途中で通光君が暴走を始めたんじゃ」
 のう? と訊く平賀。議員達は疲れた顔で頷き、
「ああ、通光の態度の豹変の後、行政区内に異形の群れが現れたと聞いて驚いた。
あの口ぶりじゃ、あの場で異形を統御していたのは通光君だろうな」
 そう呟くのは異形排斥派の男だ。彼もまた疲れの強い表情で言い、よく事態が掴めていないとでも言いたげに首を左右に振った。
「通光が行動を起こしたと同時に異形が現れた……か」
 武装隊の指揮役が意味深そうに呟く。
「時間的に見ても行政区、いや、大阪圏各地への異形の侵攻の起点となっていると見ていいのだろうな」
「ああ、その見方に賛成だ」
 匠はそう言って現状を過去と照合する。
 それなりの設備で身を守っている人間の居住地域に対する異形の群れの、不意の、
そして意味が不明瞭な上に妙に組織だった大量侵攻は、和泉の時と状況が似ている。
 ……あの時も裏で手引きしていた人間の筆頭候補は通光だった。
 全ての事件が繋がっているのなら、あの時の犯人も通光であったのだろう。そう考え、匠は意見を主張する。
「登藤通光が全ての元凶だろう。これまで起こって来た事件についても、通光が一枚噛んでると見ていいと思う」
 平賀が首肯した。
「あの事件では異形に対する過剰な規制も行方不明になる者たちも、全て通光君の手引きじゃろうな。
現在各地で起きている異形の侵攻にしても、和泉で行ったように幾人かの指揮役さえ割り振ればいい話なんじゃ、
不可能ではあるまい。行方不明者の数も相当数じゃったことじゃしのう」
 兵力は十分だろう。そう言外に語る平賀。キッコが鼻で息を吐いて訊ねる。
「その通光はどうしたのだの?」
 キッコの威圧的な金瞳の睨みに異形排斥派の議員がたじろぎ、明日名がキッコを宥めにはいる。
 庁舎内を警備していたという者の生き残りの武装隊が議員の代わりに返答する。
「通光は庁舎内に……詳細は不明です」
 彰彦が問う。
「他に、何か庁舎内の状況について詳しく話せるか?」
「……彰彦か」
 どうやら知っている顔らしい。彼は頷いて、
「庁舎内には異形が多数いた。ほとんどは異形化した……かのように見えた人間だったようだが、
それでもあれ程爆発的に数が増えるのはおかしい。
始めの情報には庁舎内の異形は地下から現れたというものもあったからおそらく、
庁舎内には最初から異形が隠されていたのだと……思う」
 彰彦が武装隊の指揮役を見る。彼は考えこむかのようにして口を開いた。
「たしかに庁舎内から異形が大量に出て来ているのは確認されている。
他の街に現れた異形は街の外から侵攻してくるのが報告されているが、
行政区だけは街の外からの異形発見報告がないままに異形の侵攻を受けている。
行政区に限っては異形は内側――街の内部から現れたと考えるのが正しいだろうと私は思う」

813白狐と青年「反撃」 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:16:07 ID:L2kf6et60
「やっぱりか。そうなると、怪しいのはやっぱり一番早くに異形の出現が確認されて、
ついでに今回の事件の犯人である通光が籠城している庁舎だな」
 言いつつ匠は議員に訊ねた。
「庁舎の図面とかはあるのか?」
「あるにはあるが……」
 歯切れ悪く言うと、彼は図面を手元の端末に呼び出した。
「これは第一次掃討作戦の折に製薬会社だった庁舎が改造される前のものだ。
階段などの大まかな位置は変わってはいないが、増築された部分の情報は曖昧だ」
「新しい図面を作らなかったのかよ?」
 彰彦の不満げな声に議員は首を振った。
「作成された図面は全て巧妙に改竄された跡がある。特に地下に関する情報がうやむやにされているようだ」
「地下……か」
 庁舎と地下という単語から匠はクズハを連れ出しに行った時の事を思い出す。
クズハが居た空間のあの現在も稼働しているような実験設備から考えるに、あそこは通光に使用されていたのだろう。
以前は大量の異形を保管しておくようなスペースを見つける事は出来なかったが、よく探せば何か見つかるかもしれない。
「何にせよ、まだ議員の中には捕らえられているのもいるんだ。
通光なら大阪圏で起こっているこの騒ぎを納める手段を知っているかもしれないし、庁舎は調べておく必要があるだろうな」
「しかし、行政区内に溢れている異形の事を思えばあまり庁舎の調査に人員は回せない」
 指揮役の言葉にキッコがひらひらと手を振った。
「問題ない。我等が行ってこよう。通光やその下の人形には個人的に恨みもある。
それに、我などは武装隊の中にいてはそれはそれでさし障りがあろう?」
「そうじゃのう、庁舎内の異形も脱出したわしらを追って結構外にでてきておったし、
少数で潜り込むのならば今かもしれんのう。逆にここで時間を与えて防御を固められてしまうと厄介じゃ」
「それではこのまま庁舎内に侵入しますか?」
 明日名が目をやる新たに築かれたバリケードの先には庁舎の入り口がある。
「急いだ方がいいのは確かだろ。行くんならとっとと行こうぜ」
 彰彦の言葉に武装隊の指揮役が分かったと応じた。
「では他の部隊の者を集めて庁舎を囲ませよう」
「戦力を割いてもらっていいのか?」
 匠の問いに彼は頷いた。
「庁舎が異形の隠し場所だった場合の事を思えば在る程度の戦力を瞠りに回すのも必要だろう」
 そう言って指揮役は他の部隊と連絡を取り始めた。
それを平賀と彰彦が手伝うのを手持無沙汰に見て、庁舎に目を転じた。
 所々破壊の跡が見られる巨大ビルは、黙したまま悠然と聳えていた。

814白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2012/02/24(金) 00:16:51 ID:L2kf6et60
行政区内の人たちは入り組んだ地形での集団戦は異形側に有利で危ういので
大通りだけ、警戒しつつ確保していっている感じですかね

こんな感じの状況でぼちぼち侵入開始です

815名無しさん@避難中:2012/02/24(金) 20:23:19 ID:490sMVu60
投下乙です。
そろそろ大団円といったところでしょうか。
ただ一つ懸念するのは、こういった物語において結構多いのがヒロインもしくはそれに準ずる人が死ぬ
という展開なんですよね。
クズハちゃんはなまじ人気のあるキャラクターだけに心配なのです。

816名無しさん@避難中:2012/02/24(金) 23:31:48 ID:L2kf6et60
ここまできてどん底まで落とす気にはなかなかなれませんねw

817白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 01:55:50 ID:xSdDCJiE0


            ●


 庁舎内で状況を見守っていた通光は、庁舎一階部分に侵入者が現れたのを確認した。
「指揮役の者もやられたか。残りは私が直々に操るしか――」
 言いかけ、通光は口許を歪めた。
「手早いな、流石だ」
「通光様?」
「朝川、侵入者だ。庁舎一階に防衛用に残しておいた異形はほぼ全滅だな」
 表情の変化に気付いた朝川が訊ねるのへどこか楽しげに返して、通光は腕に装着された魔装を起動させた。
 魔装を通して庁舎地下に配置した異形から一階の情報を取得する。
「ああ、庁舎は既に武装隊に囲まれているな。
特攻をかけてきた者がいるのかと思えば、意外に堅実に盛り返してきている。これは驚いた」
「どうやら平賀が既に手を打っていたようで、各地の異形侵攻に対しても防衛は機能しているようです」
「あの男は祟るな」
 通光は庁舎が震動するのを感じた。
「本格的に侵入してきた者がいる」
 目を細め、通光は魔装を通して侵入者を視た。
「坂上匠、安倍明日名、それに子狐と信太主か」
「平賀の手の者達ですね」
「どうやら平賀を捕らえる事はできなかったようだな」
 まあ分かっていた事だと思い、通光は視線を転じた。
「彼等の狙いは議員と……気付いているのならば地下も、だな」
 転じた視線の先には一塊にして拘束してある議員達の姿がある。猿轡を噛まされて声も出せない彼等は、
それでも目線で何かを訴えかけてきている。通光はそれらを黙殺して、彼らを眠らせておくように朝川に指示する。。
「あれでも生きているのと生きていないのとでは事件が終わった後、全体的に混乱した大阪圏の復旧速度が違う」
 人質を取るという作戦は通じまい。平賀は逃げる時に議員を幾人か引き連れて逃走している。
それだけでも混乱を鎮めるには平賀本人を含めれば十分な人材がそろっているであろうし、
平賀や武装隊の上は、この状況で多少の犠牲が出るとしても、それで躊躇はしまい。
通光に時間を与える事の危険性は承知している筈だ。
 ……あるいはこちらのそのような思考を読んでの侵入でもあろうが……。
「通光様、いっそ異形擁護派の者だけでもこちらの手で処理しておきましょうか?」
 朝川の言葉に通光はかぶりを振った。
「いや、彼等も彼等で、京のような異形と友好的な自治都市と繋がりがある者が多い。安易に殺してしまうわけにはいかん」
 苦笑し、
「私たちが仮にこの乱に成功すれば、彼等の名を借りて実験への介入を送らせるように手を回さねばならんのだからな」
 既に負け戦の様相を呈し始めているなかで何を言うのかと思うが、朝川は無表情に文句一つ言っては来ない。
 文明崩壊以降、通光が延命させているこの機械化人はこれだからありがたい。
 だから、と通光は労うように朝川に言った。
「朝川、長い事付き合せたが、そろそろ死に場所をやろう。念願の戦での死だ」
「ありがたいことです」
 口もとだけを笑みの形にした朝川に通光は命令を下した。
「地下の方へ行ってもらいたい。可能ならば施設を守れ。生きのこったのなら私のもとへと戻ってくればいい」
「通光様の護衛の方はよろしいので?」
「ああ、まだ異形化した人間も数が残っているし、彼等を操るための魔装もある。それに、まあ奥の手もあるにはある」
 そう言って通光は少し愉快そうに手元の情報端末にデータを呼び出した。

818白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 01:57:05 ID:xSdDCJiE0



            ●


 庁舎付近の異形を全滅させた匠達は、正面入り口から庁舎一階へと侵入していた。
 受付フロアには異形や人の死体が転がっている。匠はクズハと明日名とキッコに確認して通信機を取り出した。
通信機は武装隊と共に庁舎の外で周囲の警戒を行っている平賀と彰彦だ。
「彰彦、一階に侵入した。とりあえず生きてる奴の気配は今のところ……ない」
『だとしたら敵さんは全員上に集まってんのかな?』
「もしかしたらもう全戦力を放出した後かもしれないな」
 そう言いながら、匠はクズハにちらと目を向けた。彼女は死体に小さく手を合わせている。
どうやら気分を悪くしているような事はないようだと思っていると、
クズハの背後に付いていたキッコがいちいち気にするなと言うように手をぞんざいに振った。
 それに苦笑気味に頷いて、匠は話を続けた。
「とりあえず、上に行ってみようと思う。地下についてはまた後でも調べる事ができるだろう」
『ああ、気を付けろよ。……武装隊もけっこう集まってきた。
あんまり数は回せねえらしいけど、いくらか武装隊をそっちに回すか?』
 いつの間にか武装隊の人事に干渉できる位置に彰彦はいるらしい。
 武装隊と太いパイプを持っているらしい友人に感心しつつ、匠は断りの言葉を返した。
「いや、通光と会う事になればクズハやお前が絡んだ実験についても触れる事になる。
人に化けた異形じゃなく、正真正銘の人間を殺していたと知った武装隊連中の士気が下がるような事態は避けたい」
『あー、そういや知らない奴もいるんだよな。異形は殺れても人は……ってのもいるしな』
「むしろそっちの方が多数派だ」
 特に第二次掃討作戦以降に武装隊に入隊した者達はほとんどがそうだろう。
異形に人が操られて戦う羽目になるという事態も、異形と人が組んで戦争を吹っかけて来るような事もめっきり減った。
平和でけっこうな事だと思う。
 ……だが今はそれじゃだめだ。
 だから今は知らない者達にも知らないまま戦ってもらう。
全てが終わったら平賀あたりが異形化した人間について何かしら言及するのだろうが、
その時には自分に都合の言いように状況を利用しつつ、精神的なフォローも行ってくれるだろう。
 これを機に異形と人を分けて考えるのをやめろなどと言えば、異形擁護派は一時失っていた発言力を回復させる事にもなろう。
 ……たぬきだな。
 たくましいのはいい事だろう。匠はエレベーターを確認した。
呼び出しボタンを押しても何の反応も示さない。電源も、≪魔装≫による動力も生きてはいないらしい。
 ……まあ危なっかしくて元から使う気はなかったが……。
 階段は見つけてある。庁舎から脱出してきた議員の話によれば、庁舎一階にある階段はこの一つだけという事らしい。
通光側も侵入者がこの階段を使ってくる事は分かっているだろう。何かの罠がしかけられていてもおかしくはない。
 ……じいさんは飛び下りたから階段に何か仕掛けてあっても知らんと言ってたしなぁ。
 用心していこうと階段に足を向ける。そこに鋭い声が飛んできた。
「匠さん!」
 同時に、匠は自身の横合いから突然気配が現れるのを感じた。

819白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 01:57:40 ID:xSdDCJiE0
 ――異形!
 体を向けると、赤茶けた剛毛をした人間大の猿のようなものが、鋭い爪がついた腕を振り下ろそうとしている姿が正面にあった。
 猿は口を開き、獣の雄叫びではなく、人語の呪詛を放った。
「死ねぇ!」
 腕が下ろされる。
 その速度より早く、匠は足を開いて姿勢を低くし、墓標を床面すれすれで水平に振り抜いた。
 脚を払われた猿は体勢を崩し、振り下ろしていた腕は匠の体を大きく外れて床を引っ掻いた。
 猿が体勢を整える前に、匠は身を起して墓標の先端に延長する形で円錐状の≪魔素≫の穂先を生み、猿の頭に突き刺した。
 頭蓋を貫く手応えを得た匠は、即座に≪魔素≫で作られた穂先部分を砕いて一歩退き、
痙攣する体から振るわれた最期の一撃を回避し、横振りの殴打で確実に猿の頭部を破壊する。
 猿が完全に動かなくなったのを確認して呟く。
「異形化した人間、人の言葉を話してたな」
「我のような者とは違うの。この感じ、人に異形の一部を取り付けた者の一人だろうて」
「ということは、彼は指揮役の一人かな」
 キッコと明日名がそれぞれ所見を述べる。何にせよ、通光はまだいくらかの手勢を手元に置いてあるという事だ。警戒は怠るべきではない。
 匠は改めて周囲に目を配る。
「しかし、さっきまで気配はなかったはずなんだが……」
 何者かの気配を匠が見逃していたとしても、感覚が匠よりも鋭いキッコやクズハが注意をくれるはずだ。
 その二人からもギリギリまで注意は来なかった。
「どこから……」
 疑問に、クズハが猿を撃つために組んでいた魔法陣を崩しながらフロアの一隅を指さした。
「あそこです」
 クズハが指さした先には破壊されて床に打ち捨てられた扉が転がっていた。
 その通路に匠は見覚えがあった。
「あそこは……地下への通路に繋がってた扉だな」
 以前クズハを連れ出す時に通った通路だ。明日名達がそちらの方を窺っていると、通信機から彰彦の声がした。
『おい、なんか大きな音がしたぞ、どうした?』
「異形化した人間がひそんでいた。知能の残ってる奴だ。どうやら地下の方にまだ戦力が残っているらしい」
 言うと、少しの間を置いて彰彦が言ってきた。
『平賀のじいさんからだ。「地下の調査も急いだ方がいい」って事らしい』
「簡単に言ってくれるな」
 ため息をついて、匠は苦笑いを浮かべた。しかし調べないわけにはいかないだろう。
 通光がこの庁舎の地下部分にどれだけの戦力を温存しているかによって、
外で待機している武装隊の人数をより増やさなければいけないかもしれないし、
人数によっては上階に行く匠達の命にもかかわりかねない。

820白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 01:58:13 ID:xSdDCJiE0
 ……一方向からならともかく、階段の途中で挟み撃ちにでもされたらしゃれにならん。
「地下は元々何に使われていたんだ? 俺が前に侵入した時にはじいさんのとこ並みの研究施設っぽく見えたんだが」
『議員や警備してた奴の話だと元々は製薬会社の研究用の施設だったんだが、
第一次掃討作戦の時に庁舎としてこの建物を扱う事になってからはほったらかしだったんだとさ。
入り口もつい最近までは封印されてたみたいだぜ? 通光が何かのスペースとして使えるかもしれないっつって独自に手を入れるまでは、な』
「通光が直接か……」
 既にその施設が実際の使用に耐えうるものである事は確認している。これはもう確実に地下には何かがあるだろうと匠は判断した。
「上の議員や通光も気になるが、こっちも怪しいな」
『もしかしたらそっちの方が直接的には危険かもしれねえな』
 地下に保有されている戦力の規模次第ではその通りかもしれない。
先に地下を調べておく方が賢明だと思うが、通光に対して時間を稼がせるのも危険な気がする。
 ……もしくはこのタイミングで地下を調べさせて時間を稼ぐ事こそが通光の目的かもしれない、か。
 どうしたものかと考えていると、キッコが声をかけてきた。
「匠よ、ここは時間をかけぬよう、二手に分かれてしまおうか。あまり上の通光に時間をやりたくはないのだろう?」
「二手か」
 ただでさえ少ない戦力をここで二分するのはどうかとも思うが、時間がないのもまた確かだ。
「そうだね、キッコが行くと上階で囚われている議員達は警戒してくるかもしれない。
地下に研究施設があるのなら、研究系に詳しい俺が付いていって確実に破壊する必要もあるだろう。俺たちが下に行くよ」
「そうさな」
「キッコさん、明日名さん……」
「心配するなクズハよ、我らは大丈夫。むしろクズハの方が心配ぞ」
 ≪魔素≫と尾を露わにして、キッコは通路を見据えた。
「先に行っておれ、すぐに潰して追いつこう。匠、クズハを守れよ?」
「ああ、それは俺も頼んでおきたいな」
 明日名が同調する。それらに匠は頷いた。
「そっちもやばかったら武装隊を呼べよ? 彰彦なら異形に理解のある武装隊を見つくろってくれる」
「分かっているよ」
「何を、必要ない」
 二人はそれぞれに応えて、通路の奥へと進んで行った。

821白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 01:58:59 ID:xSdDCJiE0


            ●


 地下へと足を踏み入れた明日名は、符を複数枚取り出した。
 ≪魔素≫を込めると狐型の式が現れる。キッコ謹製の式だ。
安倍の本家でもこれほどの量と質を備えた式を生み出せる者はそうはいまい。
大きな力を持つキッコだからこそ生み出せる式達だ。
 狐の群れを捜索の為に地下へと放ち、明日名自身も周囲を見回した。
 ……たしかに、平賀も研究所並みの機材が揃っている。
 庁舎は元々製薬会社であったため、以前からこの手の機材はあったのだろうとも思うが、
軽く見回し、また狐たちから術を通じて送られてくる情報を検分した限りでは、ここにある機材には≪魔素≫を計測する為の機材が多いようだ。
 以前からあった機材の使いまわしでは無く、通光がそろえたものだろう。
 ……これらの機材、やっぱり俺がクズハの治療を彼等に頼んだ時に見せてもらったものに系列が似ている。
 そう思っていると、放った狐の一匹から報告が来た。その内容に明日名は眉を上げる。
「――これは」
 思わず声を漏らした明日名に、何者かの影がないかと構えていたキッコが訊ねた。
「何かあったのかの? ここは妙に血の臭いが濃いが……」
「うん、放った式が見つけたよ。更に地下に進む道だ」
 明日名は式を自分のもとへと呼び戻し、その内の一匹に頼む。
「案内してくれ」
 狐は尾を一振りすると、明日名とキッコを案内するようにゆっくりと歩き始めた。
 案内されながらキッコは徐々に顔を不快げに歪める。
「薬品の臭いに、それにこの臭いは屍肉だの……どんどん濃くなっておるわ。あの二人を先に上にやって正解だったの」
「そんなにかい? 俺は何も感じないけど」
「ああ、扉か何かで蓋をしておるのだろう、ひどいものよ。進めば進む程ひどくなる。これは、地下はロクなものではなかろう」
 狐が案内する先には開け放たれた厚い扉があった。そこを抜けた瞬間、
明日名は暗闇の中に、自分でも感じられる、まるで重みでも持っているかのような異臭に総毛立った。
「この臭いは……?」
 あまりの臭気にせり上がってきた吐き気を押し殺す明日名の前に割り込むようにキッコが踏み込んできた。
「油断するな」
 言うなり、彼女はいつの間にか出現させていた尾を勢いよく動かした。
 金毛に覆われた尾が横薙ぎに振るわれる。その軌道に合わせて朱色の炎が走って絶叫が響き、何かが燃え落ちる音と新たな種類の臭いがきた。
「これはまた大層な数よ」
 キッコは口から青白い狐火を放った。狐火は宙に浮いて、パキッと軽い音を立てて地下を淡く照らし出した。
「ふん、悪趣味だの」
 照らされた景色の中、正面には今まさに炭に成りつつある異形らしきものの残骸があった。いつの間にか接近されていたらしい。
「すまない、キッコ」
「よい、それよりも周りを見てみい」
 キッコの言う通りに明日名は地下空間に目をやって息を呑んだ。

822白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 01:59:33 ID:xSdDCJiE0
 どうやらこの空間は製薬会社が使っていた地下施設を更に拡張したもののようだった。
打ちっぱなしのコンクリートに魔法陣を刻んで補強を行っている。
 空間内には所狭しと実験器具や大型のカプセルが置いてあるが、それらの大半は既に破壊されている。
 乱雑な壊し方から窺うに、どうやら異形の手による破壊らしい。
幾つかの破壊されていないカプセルの中には形状が崩れかかった異形や人間の姿が見えた。
それらのものが並ぶ中で何より目を引いたのは、地下空間の奥だった。そこにはおびただしい数の異形がひしめいていた。
 彼等は狐火に照らされる中で、何かを食っていた。
 そちらを見ていたキッコが舌打ちして≪魔素≫を集中させ、
「これは武装隊を呼んでくるわけにはいかんの」
 火球を撃ち込んだ。
 放たれた熱の塊に気付いた異形が避けようと動き、幾匹かが回避が間に合わずに、彼等が食っていたものごと燃え上がった。
 明日名は式を放ち、更に符を構えて異形の動きを目で追った。
 四方に放った異形達は食らっていたものをその手や口に未練たらしく保持している
。明日名達に向かってくる異形を牽制しに回った式から彼等が何を食っていたのかの情報が送られ、明日名はおぞましさに顔を歪めた。
「奴ら、人を食ってるのか……!」
「それだけではない」
 キッコは接近してきた異形の頭部を掴み、強引に別の異形に放り投げた。
「異形の屍肉を喰ろうておる。悪食、食屍鬼め」
 投げられた異形が別の異形に衝突し、そこに炎が叩き込まれる。
 断末魔を残して焼失していく異形。その叫びに割り込むように明日名は声を張り上げた。
「キッコ!」
「どうした!」
「地下道があった! たぶん旧下水道だ! 行政区内に現れた異形はここから旧下水を通って現れたんだ!」
「ではここも異形と人と使った実験の現場だという事だの」
「だとしたらここの奴らは通光の用意した戦力か?!」
「だろうの、こ奴らの式には一定の方式がある事は和泉の時に分かっておる。
それ用の魔装なり能力を持った者がどこかにおるのか、あるいは既に滅されたか――」
 キッコはああ、と金瞳を威嚇的に細めた。
「そこにおったか、機械人形め」
「え?」
 キッコの視線の先を追うと、地下空間にある壁の一隅が開いて中から人影が一つ現れた。
「朝川か」
 朝川は二人に頷きかけた。
「お前達が相手か。これはまた面白い巡り合わせだ」
 彼はそう言うと、機械製の腕の先端を向けた。

823白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 02:00:28 ID:xSdDCJiE0


            ●


 向けられた腕の先から化薬の臭いをかぎとって、キッコは咄嗟に尾を振った。
 ≪魔素≫で物理的な干渉能力を付与された炎が金尾を包み、朝川が放った銃弾を払い溶かす。
 その傍で符を宙に浮かべて身を守っていた明日名が朝川へと問いを投げる。
「ここは何だ?」
 確認のための問いだ。キッコ自身としては答えはもう知れた事なのでさっさと朝川を潰しに動きたくもあったが、
明日名は符に隠した手の内で通信機を起動させている。こちらの状況を彰彦達に伝えようという事なのだろう。
この場は明日名に任せようとキッコは思う。
 朝川は狙いを明日名に絞るように両手を明日名に向けながら答えた。
「気付いているだろう? 自身の妹が供されたのと同じ、人体実験のための実験場だ」
 再び銃撃が放たれた。今度放たれたのは≪魔素≫製の弾丸。
弾丸を受け止める盾になっている符が、込められた≪魔素≫を急速に失って次々に地面に落ちていく。
「……っく!」
 明日名が反撃に向かわせた狐達は周囲にいる異形化した人間達に足止めされている。
追加で符を撒いて防御力を上げている明日名だが、これではじり貧だろう。
「やれやれ」
 キッコは符に先回る形で火球を宙に置いて銃弾を受ける役を肩代わりした。
「すまないキッコ」
「話を続けよ。式共もこの数の異形相手では長くは保たんぞ」
 明日名は頷いて問答を続けた。
「行政区内に異形達を放ったのはここから旧下水道を通してだな?」
「外に対して守りを固めるばかりで内には甘かったからな、手も出しやすかった」
 朝川はそう言って両腕を振った。
 その動作一つで衣服の内側にたまっていた弾の俳莢がまとめてなされ、
次いで服の袖が破れて機械製の腕部が露出した。その手には淡い光を帯びた魔装がある。
通光が異形を操る時に使っていたと議員の一人が証言していたものと特徴が似ていた。
周囲の異形化した人間達を操っているのはあれだろうと見当をつけ、キッコは訊ねた。
「それが知恵無し共を操る代物だの?」
「和泉の時には特殊な機構を持つ異形の喉を移植しなければできなかった事が、今ではこの魔装で行える。大した成長ぶりだろう?」
 ふん、と鼻で息をつき、キッコは掌中に火を生んだ。
「明日名、カプセルで眠っておるのも、周りで騒いでおるのも、まとめて潰すぞ? よいな?」
 明日名は通信機を切って符を束で構えた。

824白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 02:01:10 ID:xSdDCJiE0
「頼むよ」
「仮にも妹を延命させた技術を忌むのか?」
「ああ、お前達は人も異形も破壊して貶めているだけだ」
「破壊か、研究が進めば実験参加者の全てが意思を残す事も可能になるそうだが」
「そうなるまでにどれだけの死体を積み上げる気だ」
「さてな、全てやってみなければ分からん。私は研究には疎い」
 そっけなく朝川は続ける。
「しかし、人が進化する為の犠牲であればそれらも救われるだろうと、そう通光様は言っておられた」
「これだけの惨状を作っておいてそれを言うのか」
「強ければ勝ち生きて、弱い者を好きにしていい。分かりやすいだろう。
これが真理だ。異形が現れてからはそれがまた顕著になっている」
「好き勝手されぬよう、我等は群れて身を守ろうとするのだの。そして、害そうとする者に牙を剥くのだ。
お前達が何と理屈をこねようと、ここの一切を焼く尽くす事にかわりはない」
 キッコの言葉を受けて朝川は首を左右に振った。
「少なくとも、今ここで戦力を潰されるのは兵器としての私が許容できないのでな、
お前達も裏に表にと動いていい加減疲れただろう。そろそろ楽にしてやろう」
「ふん、機械人形、古い異物にやられるものか」
 キッコは周囲に展開していた炎の勢いを上げた。
 明日名のいる辺りが炎の壁で隠され、次の瞬間には明日名の姿は消えていた。
旧下水道への道を潰しに行ったのだろう。
明日名の動きに朝川が気付いていても臨戦態勢に入ったキッコから目を逸らすわけにはいかない。
仮に注意を逸らすような事があれば一息に焼いてしまおうと思うキッコの前で、朝川は腕の魔装を操作した。その動きに応じるようにして、
キッコを遠巻きに威嚇していた異形化した人間達がキッコから離れて行った。明日名の追跡に移ったのだろう。
 ……まあ、後は一人でなんとかするだろうて。
 キッコは自分の敵に集中する事にして、手の中の炎を大きく育てる。
「より古い時代の獣には負けん」
 言葉と共に朝川の衣服がはじけ飛んだ。皮下の機械部分が完全に露出する。
 硬質な全身を晒して、朝川は攻めの一歩を踏みこんできた。

825白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 02:02:06 ID:xSdDCJiE0


            ●


 唐突に切れた明日名からの通信の最後に聞こえた切迫した様子に、
彰彦は通信機を握りしめて険しい顔をする。通信内容から察するに、朝川とキッコ、明日名の戦闘が始まったのだろう。
 ……しかも周りには異形化した人間がいるってか……。
 キッコがいる限り、単純な数押しはある程度は笑い飛ばす事が出来る筈だが、
以前明日名は朝川との戦闘で一方的に負傷したという話だし、
キッコも第二次掃討作戦の時には負傷中の身を手ひどくやられたらしい。
手助けに行きたいが、こちらもこちらで忙しい事になりそうだった。
「おい! 旧下水道について詳しい奴! 急いで地図か何かに下水の図を転写してくれ!
 異形はそこを通って出てきてるぞ!」
 彰彦のことばが急速に広がっていく。誰か知っている者が出て来る事を祈る彰彦に、平賀が声をかけてきた。
「彰彦君、下水に対する配慮についてはわしが担当しておこうか。
君はあちらの方の対応をしておった方が性に合っておるじゃろう」
 そう言って平賀は庁舎の入り口へと顎をしゃくった。先程からそちらに神経を集中させていた武装隊の隊員から報告が来る。
「庁舎前! 異形、多数現れました! 中からまだ出てきます!」
 庁舎前には報告の通り、膨大量の異形が現れていた。
種族的な統一感がほとんど感じられない、複雑な異形の群れだ。
ただ注意深く見れば異形達の体にはどこか人体の名残じみたものが窺える。
その意味に、彰彦は舌打ちして自身の腕である異形の甲殻に≪魔素≫を流し込んだ。
 いつでも動けるように態勢を整える。
「こりゃ大したもんだ……」
「侵入経路が割れたと知った通光君が残りの戦力を惜しみなく出してきたというところかのう」
 平賀がそう口にしていると、庁舎の中から人が現れた。
 成人の、一般的な男性に見える彼の姿を認めた周囲の者の中から
「生存者か……?」という声が聞こえて来るが、断じて違うであろう事を彰彦は知っている。

826白狐と青年「接敵1」 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 02:03:00 ID:xSdDCJiE0
「いや、違う」
 言って、彰彦は男に問いかける。
「こいつらの指揮役か?」
「そうだ」
 短く答えて、男は背から第3、第4の腕を伸ばした。
 昆虫が持つような多節の、妙な光沢のある甲殻状の腕だ。
その光景を見た武装隊員が呆然と呟く。
「変化……? ≪魔素≫の動きが無かったのに……?」
「そういう事もあるってこったろうさ」
 正確には変化とは違うが、今はアレが純粋な異形だという事にしておいた方がいいだろう。
騙すのは気が乗らないが、割り切るしかない。そう思いながら、彰彦は武装隊達に相手の動きに気を付けるよう注意する。
 ……さて、武装隊はどう動いてくれっかな?
 現れた異形の数が数だ。
陣を張って構えてはいても、行政区中央に座する庁舎が面する通りは広く、
そこを埋め尽くそうとする異形の威圧感は尋常のものではない。士気やこの場を受け持つ仲間の身を案じて一旦退き、
異形達が行政区内に分散したところを各個討っていくという考えに走られたらこの場で匠達の帰還を待つということはできなくなってしまう。
 ……せめて庁舎の周辺の安全くらいは確保しておきてえんだけど……。
 このままこの場を離れる事になれば、内部に侵入した匠達の方にいくらかの異形は向かうだろう。
それもまた避けたいところだった。
 ……いくらか知己の奴に声をかけて少しでもここに残ってもらうしかねえか。
 知り合い達を武装隊の中に探し始めた彰彦だが、その機先を制するように武装隊の指揮役が言った。
「ここであの異形共を一網打尽にすれば、行政区内に侵入する異形の数が減る。
各所の仲間も助かるぞ。意地でも持ち堪えろ」
 短く鋭い返答が来る。その大音声を聞きながら、彰彦は指揮役に訊ねた。
「いいのか? ここで張るのはしんどいぜ?」
「異形が行政区内に散れば今旧下水道と既に地上にでている異形を相手にしている仲間の負担が増える」
「そうか」
「議員達の件もあるし、異形の侵入経路を見つけてくれた協力者達もあの世にいつ。
見捨てていけるか。正しい判断をしたと私は思っている」
「そうかい」
 妙に理屈臭い指揮役の言い分に苦笑して、彰彦は敵陣を気分よく見据えた。
「じいさん、下水の図は分かりそうか?」
「うむ、有志の者が行政区を今の対異形用の都市にまで改造した頃の事を知っておってのう、
今魔装も魔法も機械も使えるだけ投入して連絡を回しておるぞい」
「うっし、頼んだぜ」
 彰彦は庁舎上階へと進んでいる匠達に連絡を入れるため、通信機を操作した。

827白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2012/03/03(土) 02:05:44 ID:xSdDCJiE0
次回まで微妙に流れが続くのでタイトルは接敵1ってことで
ではでは!

828名無しさん@避難中:2012/03/29(木) 18:56:49 ID:qgUgEIP20
ネラースがないんでこっちに。アリス・ティリアスさんイメージ
http://dl8.getuploader.com/g/6%7Csousaku/555/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%82%B9.png

829名無しさん@避難中:2012/03/29(木) 22:51:33 ID:Qn1F5sCI0
可愛いなー。温泉界にはこんな少女がいるのか・・・

830名無しさん@避難中:2012/03/29(木) 23:24:20 ID:j7tZGO3kO
アリスか…

831名無しさん@避難中:2012/07/02(月) 20:31:09 ID:1nmdNcOI0
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org3156199.jpg

832名無しさん@避難中:2012/07/02(月) 22:32:38 ID:A.UpW1H2O
かわいい!
蔑まれたい!!
・・・どなただろう?

833名無しさん@避難中:2012/07/02(月) 23:46:27 ID:CLwPCAfoO
エリカ様では?

834名無しさん@避難中:2012/07/03(火) 00:15:12 ID:/0qYECvA0

            %ヘ、
           ≦/::::::\
           ≦/:::::::::::::ヽ__
          ≦/::::::::::::::::::\ ̄ ` >-‐''"´ ̄!≧
          ,r''"~ ̄`゙''ー-、/ ̄`〉´::::::::::::::::::::/≧
        /         ヽ、,ノ::::::::::::::::::::::/≧
       / / ̄`       - 、ヽ:::::::::::::::::::〉≧
      ./ /    ,r   ,r   ヽ`ヾ 、:::::::::::::!≧',
     / /    /   /`ヽ   `、 `、\::::/≧. ヘ
     / /  /  .|.  , .|  `、  ト、_ヾ`゙''、〈  ヘ
    /./  |  ̄/!`''ト、|  ,.t‐'"7"\ ヽヽ \   ハ
    /./   |  / |_/| .|   | /_  \! \ `、! |   < 残念、天草五姫よ
   //.   |  r====x、|   ,,r=====ゥ| /'\ヽ、.|
  ∠.|  | i! .《 |!::::i|レ    |!::::::::::i|. ‖! /、.  ト、ヽ
    .|  ii ll lヾ、!::’:|     l!::::’:‖././/9 !  ,' .\ヽ
    .|  ∧ |.! ! !弋;;ノ     弋;;,ノ "./〆./  /  .| \ヽ
    .|  | .! ! ト、| |    `       //,ノ'!  /  |  ヾ 、
    ! .! .!.l |  ヽ、          /::::/ /  ,イ   ヽ、
    ∨l レ |. ....:::丶、  ´`   ,,r''´!:::::/ /:::   |    ヽ、
     ∨、  /  .....:::::::::`>-r'' ´   |::::/ ./:::::::   |     `、
     ヾヽ,/ ::::::::::::::::::::::,.r‐|     |>' /:::::::::::   .|      \
      \、:::::::::::,.-‐一'ハ'/    //'、_:::::::::::   |
      / ヽ、/    .|. \  _,ノ/' |  `丶、   |

835名無しさん@避難中:2012/07/03(火) 18:15:31 ID:hTnJ4Il20
天草さんか!
その視線もっとお願いします!

836名無しさん@避難中:2012/07/04(水) 02:28:33 ID:nemlRMM2O
「はぁ、殿下が仕事さぼって夏休み取っちゃったから代理で目眩印押す役押し付けられちゃったにゃ。最悪にゃ」

「侍女長様、次の罪人が来ましたにゃ」

「早く通すんだにゃ。五時までに仕事終わらせて飲みに行くのにゃ」

「エンマサマ、ふえぇ、わたし、わるいことしちゃったよう…」

「む、幼女にゃ。若さが気に食わないから有罪にゃ」

「えええ!なにしたのかくらいきいてよぉ?!」

「めんどくせぇ餓鬼だにゃ。何したにゃ」

「わすれちゃったの」

「ぶち殺すぞボケこの糞餓鬼擂り潰して血の池の足しにしたろか針山の天辺から簀巻きにしてローリング下山させたろかフザケンにゃ」

「ひいっ、こわっ…ちがうの、罪をわすれたんじゃなくて、わすれたことが罪なの、わすれちゃいけないことをわすれちゃったのっ」

「何にゃ、どういうことにゃ」

「わたし、エンガワっていうなまえで、記録係のおしごとをしてたんだけど、記録したものをどこかになくしちゃったの」

「うん、じゃあ有罪にゃ」

「はやいよぅ!もうすこしきいてよぅ!」

「無辜の一人より定時退庁にゃ。此処では刑法よりも職員のワークライスバランスを重視しているのにゃ」

「ん?それってワークライフバランスじゃないの?」

「反省の色が一マイクロシーベルトも見えないにゃ。地獄トライアスロン600周の刑に処すにゃ」

「ふぇぇぇ?!」

837名無しさん@避難中:2012/07/04(水) 21:54:02 ID:hZZxLzrQ0
円川ちゃん生きてたよ!
生きてたんだよ!

838名無しさん@避難中:2012/07/04(水) 23:10:10 ID:nemlRMM2O
「え?昨日の新入、無罪に判決変わったのかにゃ?」

「そうらしいですにゃ、侍女長様ったらあわてんぼさんにゃ」

「まいったにゃ。もう既に、指万力、深爪、タンスの角に小指、歯科治療、おっさんのあとのやたら陰毛の浮いた風呂まで地獄巡らせちゃったにゃ」

「……そんな地味に嫌な責め苦ありましたかにゃ?」

「わたしが直々に週替わりで考えてるスペシャルコースにゃ」

「侍女長…(あんた暇人にゃ……)」

「なんか言ったかにゃ」

「なんも言ってないにゃ、無辜の一人を連れてくるにゃ」




「ふぇぇ、お風呂はいったのになんかヌルヌルするよぉ……体拭いてもなんかおじさんみたいな臭いがするよぅ……」

「壮年出汁地獄はどうだったかにゃ、エンガワ」

「気持ち悪いよぉ…」

「にゃははは、地獄に相応しい陰険な責め苦に仕上がっとるようだにゃあ。よかよか、にゃはは」

「もういや、わたし、こんなところいやっ。たすけてよぉ!猫のおねぇさま!」

「よし、じゃあ特別に罰を免除してやるにゃ。恩赦に特赦の出血大サービスにゃ」

「ええ?!ほんとうに?ありがとう猫のおねぇさま!」

「いいってことよ気にすんにゃ!但しこれは私、閻魔大帝殿下代行閻魔宮廷侍女長が独断で下した特赦中の特赦にゃ。呉々も内密にしてもらわないと、口外した途端地獄巡り再開なんてこともありえるにゃ」

「ひいぃ…だまってます、ひとにはいいません」




「冤罪の娘、帰っていきましたにゃ」

「にゃ。超チョロいにゃ、ホントはこっちが落とし前つけにゃならんような大失態なのに、私のお陰で帰れたと信じて感謝して帰っていったにゃ」

「侍女長……やっぱあなた、地獄の役人が天職に違いないにゃ」

839名無しさん@避難中:2012/07/05(木) 00:40:13 ID:ndugDkRY0
ばれたら侍女長こそが地獄行きじゃないかww

840名無しさん@避難中:2012/07/05(木) 23:44:23 ID:gTDnkQDY0
侍女長ひどいwww

841 ◆dmfu//97yw:2012/07/06(金) 21:05:18 ID:1yIwCvpc0
円川ちゃん可愛いなあ……この子なら鯖落ちしたのは許せるね

新規で、世界観は閉鎖世界です。まぁツッコミどころが満載ですが、プロローグを投下します。

842 ◆dmfu//97yw:2012/07/06(金) 21:05:54 ID:1yIwCvpc0

 手が動いた。
 足も上下に動かせた。
 指もある程度動く。
 首もある程度回せた。
 目も動くし呼吸は辛くない。
 吸い込まれそうな夢から目を覚ます。吸い込まれていたらと思うと怖い。
 良い目覚めじゃない。頭痛が酷くて目眩がして吐き戻しそうに気持ち悪い。
 そして、如何せん記憶が欠落しているところがこれまた怖い。
 下戸なのに、昨日は久しぶりに酒を飲んだ。しかもアルコール度数もそれなりに高いウォッカを。
 ウォッカを無理矢理に喉へ捻じ込んだ僕はソファーに横になったまま寝ていた。
 こうならない様に酒には手を出さないようにと僕は決めていたのだが、何故飲んだか肝心な記憶自体が無い。
 様々なことを考察しながらも、五体満足を確認できたところで携帯を取ることに決めた。
 ゆっくりと、横になっていたソファーから上半身を起こし、型落ちしている機種の携帯電話を手に取る。
 携帯電話の着信音が無ければ、このまま半年は寝ていたかも知れない。
 起きたばかりで、通話の最初の部分を聞き取れなかったが、怒鳴られていることくらいは分かった。
 電話に出て早々怒鳴られることも考えていなかったためか僕は言い返せず、ただ呆然としている。
 仮にもう少し優しく会話をしてくれたなら携帯を鳴らしてくれたことに感謝できただろうに。
 はっきり言うと、電話でここまで怒鳴る人は失礼にも程がある。
 つまり、こんな礼儀の悪い電話をしてくる口の悪い女性と言う電話の相手と言うのは大体断定できた。

『起きろよゴルァ!! てめぇは仕事サボるつもりか!?』
「痛ててててて…………あまり大きな声は出さないで欲しいなぁ…………」
『遅刻ってレベルじゃねぇぞ!! てめぇは何様のつもりだ!?』
「悪いとは思っているけどさ、呑みに誘ったのギャズだよね」
『ま、まあいい………説教は“事務所”に来てからだ。来なかったらてめぇの家まで行くからな』

 ちなみに、この声の主こそが僕を二日酔いにさせた元凶のギャズ。
 いつものような決まり文句を言って、僕が言い返す暇を持たせないようにギャズは早々と電話を切った。
 なんと言う不幸なことに、祝い酒から始まり呑みっぷりをギャズに気に入られたらしい。
 仕方なく僕はギャズに付き合うわけだが想像通り僕は酒を飲んでこうなる。そして、酔いつぶれる。
 そのため、僕はわざわざ医者に通院し酒に手を出さないように生活してきた。
 あの方は、僕のそんな苦労を知る良しも無い。何て傍若無人な人なんだ。
 別にサボるつもりで遅刻しているわけではないから、恐らくそこまで怒られないといいなぁ。
 とにかく、一件落着。後は身支度をして“事務所”ヘと向かえばいいのさ。



 …………あれ? ここ何処だっけ?
 ギャズとカージャンクとシェパードと一緒に飲んだ酒屋は“事務所”の近くにあるバーだ。
 僕は酔っ払ったギャズにウォッカを口に捻じ込まれてそのまま意識を失った。
 それがどうして、誰か知らない人の家のソファーの上で寝ているんだ?

 いくら二日酔いだからと言って、自分の家じゃないことくらい分かる。
 僕の家はもっと片付けられていないし、何よりここまで広く無くて内装ももっと汚らしい。
 確実に金持ちの家で他人の家だと言うことは分かる。招き入れられた痕跡が無いことも。
 他人の家に侵入してそのままソファーの上で寝たと言うことは証明された。
 いやまさか、他人には言えないような取り返しのつかないような過ちを犯してしまった可能性がある。
 ――――まて、落ち着け。僕は何も間違いを起こしていない可能性だってある。
 一度や二度の話じゃないだろ。落ち着けよ、僕。
 とっ取り敢えずは外に出よう。ちょうど外の空気を吸いたかったところだし。
 場所が把握できるかもしれない。まぁ、無理かもしれないが………頭を冷やすことも大事だろうし。

 その瞬間、僕の体中の汗腺という汗腺からは氷水のように冷えあがった冷や汗が絶えず流れ落ちていく。
 来ていたシャツが汗だけで色落ちするのではないのかと言うくらいに汗をかいて体温を奪う。
 

「動くな!!! 俺の家で何をしているんだ!?」

843 ◆dmfu//97yw:2012/07/06(金) 21:07:30 ID:1yIwCvpc0



        やっぱり他人の家か。



 と言うわけで僕の回想は終了。
 ここまでが僕の一時間前までの行動である。
 見ての通り盗癖と下戸のタッグで僕は人生の大半を損しているような気がする


「私はジョージ・ハウスキー軍曹だ。君の名前と職業を聞かせてもらおう」
「名前はハンネ・トリップです……………仕事はホームランドにある骨董屋の手伝いをしています」
「また君か。まったく、何を目指しているんだ」

 勿論の事ながら自警団に捕まって取調室行きとなった。
 これで不法侵入の前科は七犯だ。まぁ考え様によっては、射殺されなかっただけでも幸運なのかもしれない。
 しかも全て酔った勢いでピッキングした挙句に自警団に逮捕されてハウスキー軍曹のお世話になっている。
 過去六回と変わらない内容で皮肉交じりのジョークを挟んで来ているところから判断するにすぐに帰れそうだ。
 
 まて――――いつもと違う。
 いつもは、ハウスキー軍曹も呆れた顔するが、今回は何時に無く真剣な顔をしている。
 七回ともハンネ・トリップと言う偽名を使い骨董屋の手伝いをしていると言ってきたが、今回は簡単には済みそうではない。
 もしかすると、小型機関銃やら手榴弾やら何かヤバイ物でも所持していたのかもしれない。
 確実に否定ができないと言うことが不安に拍車をかける。
 僕の正体が仮にバレていたならば刑務所に入れられて処刑されるか、最悪の場合は口封じとして殺されだろう。
 だから、とても骨董屋をしている事は嘘で実は殺し屋をやっていますとは言い出せるわけが無い。
 そもそも、誰にどういう状況にでも、殺し屋をしていることを明かしていい顔をされるわけが無い。


 ―――どう動くべきだ? 下手に嘘をつくと疑われる。
 

「どうせ、保釈金が出た頃合だろう。お迎えも来ている事だ帰ってもいいぞ」

 と、何とも曖昧な対応で手錠は外された。もちろん、保釈金が出るわけが無いのに。
 恐らく、自警団の毎日のように起きる軽犯罪に対して対応をしている暇が無いと言う理由だろう。
 これが二回目だから特別驚いたりはしない。いつものように尋問されなかったことが幸運だったと言える。
 しかし、軍曹が真剣な顔をしていた理由が結局分からずじまいだったが、とっと取調室を後にして帰りたかった。
 もう一つ理由があるとするならば、『お迎え』という謎のワードが指し示す物に嫌な予感がしたのだ。
 っというか、早く逃げ出したい。
 とても物凄い勢いで逃げ出したい。
 気持ち悪いくらい早く逃げ出したい。
 嫌な予感は大体的中してしまうから早く逃げ出したい。
 そして、多分それはギャズの事を指しているから逃げ出したい。
 と言うわけで僕は走りながら自警団のビルの出口へとダッシュした。
 今日一日くらい、僕は痛い目に遭わずに平穏に暮らしたい。

「あはははっ馬鹿じゃねぇの!!! バーカバーカバーカバーカ!!!!!」

 出口まで、後数メートルだった。
 唐突に悲壮感がこみ上げてくる。

 場違いじゃないか、と突っ込まれないと可笑しいと象徴しているほどのテンションの女性。
 片方はワイシャツに銀髪の白人女性。嫌な予感的中。予想通りのギャズだ。
 そして安定のテンションだ。出来れば嫌な予感が外れて欲しいのに。
 と言うよりも何も、出来ればこの人にだけは来ないで欲しかった。場違いだ。
 ――――だが、これは予想が的中しなかった人がもう一人来ていた。
 メガネをかけた白人男性。チームリーダーだ。
 流石にチームリーダーが直々僕のお迎えに来るとは思わない。
 というよりも、ギャズ以外のメンバーが自警団の古びたビルへとやってくるとは思わなかった。


「にしても、珍しい。てっきりリーダー達は自警団が嫌いだと思っていましたよ」
「俺が自警団を嫌っているんじゃない、自警団が俺を嫌っているんだ」



○●○●

と言うわけで投下終了です。
15キロバイトぐらいの容量を一ヶ月に一本書くことが目標。

844名無しさん@避難中:2012/07/06(金) 21:33:01 ID:noeODMRYO
ミケブチも元気そうで何よりW

845名無しさん@避難中:2012/07/06(金) 23:17:14 ID:noeODMRYO
↑失礼、携帯なんでリロってなかったがまた投下が!!。
閉鎖都市新作、次回も待ってます!!

846名無しさん@避難中:2012/07/07(土) 21:13:52 ID:j15c4aS20
閉鎖都市が熱いですね!
次回楽しみにしています

847名無しさん@避難中:2012/07/20(金) 04:34:10 ID:.gTKoxgQ0
「うう、地獄ってひどいところだったなぁ、もう二度といきたくないよぉ」

「残念だが、二度といかずにすむかどうかはお前の運しだいだ」

「え?いったいあなた誰?かわいいお洋服だね」

「む?かわいいか?ゴスロリを許容できるとは良い趣味をしておるようだな。私は創作の魔王、ハルトシュラーだ。閣下と呼ぶがいい」

「ふぇぇ、地獄から出たと思ったら今度は魔界なのぉ?!」

「そうここは修羅の住まう煉獄、創発の王が統べる欠番のバグワールド第八層地獄……ってんなわきゃないんだが」

「違うの?」

「そうだ、違う。ここはお前の記憶……いや記録の世界。エンガワよ、お前は一度、記録を失ったな」

「……うん、でももう取り戻したんだよ」

「ああ、だが、実はまだお前は、記録を取り戻していない」

「え……いったいどういうこと?」

「ひっくり返ってしまったんだ。記録を失ったお前が、記録のなかに取り込まれてしまった。という設定」

「設定?」

「魔王はなんでも創作してしまうのさ。というわけでお前は記録世界を旅して、もう一度創発の世界を再構築して貰わねばならん。がんばれ」

「ちょっとまってよ、魔王さんは何でも作れるんでしょ?私の記録を元に戻すこともできるんじゃないの」

「うんそうだね☆おっけー☆テヘペロ。……ってやってしまったら話が続かないだろうが」

「続けなくてもいいじゃん?!話が早いのはいいことでしょ!」

「じゃ、まぁ頑張ってくれ。とりあえず地獄とハルトはお前の記録に戻ったから」

「ああ!取り付く島もない!」


エンガワの冒険、続く

848名無しさん@避難中:2012/08/20(月) 19:49:59 ID:Fs/yaz8c0
また地獄行きだね。エンガワちゃん

849名無しさん@避難中:2012/11/12(月) 22:14:17 ID:FBe8oNBM0
http://uproda.2ch-library.com/599985L31/lib599985.bmp

キャラメイクファクトリーにて作成したクズハちゃん、照れて困っている表情が印象的。

キーは1

850 ◆mGG62PYCNk:2012/11/12(月) 23:04:32 ID:vAgXQLk60
>>849
おお!
かわいく作っていただいて感謝です
巫女服狐系女児はやっぱり浪漫があると思うのです

851名無しさん@避難中:2012/11/13(火) 00:04:37 ID:CiR841sE0
>>850
喜んでいただけたようで何よりです、匠くんも作ろうかと思ったのですが、僕のキャラクターではないので
いまいちイメージが湧かず…(当初の予定では、クズハちゃんの隣に匠くんを配置するつもりでした)
クズハちゃんは何度もイラスト化されているのでイメージもつかみやすかったのですが。

852 ◆mGG62PYCNk:2012/11/13(火) 18:15:13 ID:VUeXMnyg0
>>851
あなたがイメージしちゃっても全然かまわないのよ?(無茶ぶり

自分には絵画系のスキルがさっぱりなので、できる人はすげえなあと思う次第です

いろんなところ出演させていただいていて創発板すげえとか思いますわー

853名無しさん@避難中:2012/11/13(火) 19:28:39 ID:CiR841sE0
>>852
http://uproda11.2ch-library.com/370367WEN/11370367.jpg

お言葉に甘えて作成した匠くんです、僕のイメージですので作者さんとのイメージに食い違いが
あってもご容赦くださいということで。
顔の印象を「強気」か「さわやか少年」にするか迷ったのですが、結局「さわやか少年」の方にしました。

854名無しさん@避難中:2012/11/13(火) 19:30:22 ID:CiR841sE0
>>853
URL間違えました。

http://uproda11.2ch-library.com/370368YB4/11370368.bmp

こちらです、まあ僕個人としては上の写真も好みなのですが。久しく入間航空祭行ってないなあ

855名無しさん@避難中:2012/11/13(火) 21:22:38 ID:VUeXMnyg0
>>854
無茶振りにこたえてくださってありがとうございます!
さわやかで少年とは、まっとうな主人公みたいに思ってもらえててよかったなぁ

戦闘機とはよい趣味を……現代ミリタリーの知識は皆無だったりします

856 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:03:41 ID:tZPqHmSw0
「アリーヤさんの言うとおりだろうね、神谷さん曰く、ここにいない皆への忠告はベアトさんに任せるってことだから心配いらないが…
神谷さんが依頼を遂行した後の事だろうね、問題は」

シオンが問題提起した。そう、ベアトリーチェと名乗る少女が告死天使の情報を欲している以上、こいつらに何らかのアプローチ(おそらく、悪い意味で)を
掛けてくるとみてまず間違いない。ベアトリーチェの背後関係が全く分からない以上、どこからそれを仕掛けてくるのか、ということだ。

「僕から一つ提案なんだけど、常に僕ら、要するに告死天使のことだよ、のうち最低でも二人以上固まって行動するっていうのはどうかな?それなら向こうも
迂闊に手出しはできないはずだよ」

クラウスが提案する。そう、クラウスの言うように単独で外を出歩くよりも、複数人で行動した方が安全性はぐっと高まる。
まあ、それでも懸念材料がない訳ではないのだが。遠距離狙撃などされたらさしもの告死天使と言えどもひとたまりもない。しかし、少なくとも廃民街の中では
その心配は杞憂だということが次のベルクトの発言で分かった。

「まあ、この街は王朝が幅を利かせてるから、余所者がそうやすやすと動けるかって言ったらまあ難しいよな。車か何かでいきなり周りを取り囲むってんならともかく
ジョセフさんがやられたように狙撃ともなるとポイントの確保や銃のセットなんかに時間がかかるわけで。そんなちんたらやってたら、なあ?」

ベルクトの言うように、この街は常に王朝の目が光っている。部外者が下手に動けばたちまち王朝の戦力、通称「子供達」によって排除されるだけだろう。
その後も議論は続き、結局俺がベアトリーチェに告死天使の情報を渡したのち、何らかの動きがあるまではクラウスの言うように外出の際は複数人で行動することで
一致。更に万が一の有事には、味方に引き込めそうな人材に根回しをしておくようにした。金を積めば確実に絶対に裏切らない味方になってくれる
「パラダイス・ロスト」、同じく「ベアトリックス・レストレンジ」、俺のコネを使って「サルカド刑事」とその部下。
ここに「王朝」が加われば盤石の体制と言えるのだが、如何せん不確定要素であるだけに、正直微妙なラインではあるな。

「兄さんたち、大丈夫?兄さんの身に何かあったら私は…」
「大丈夫だよセフィリア、僕はいつでも君のそばにいるからね」

お熱いことで。まあ、兄妹の関係にこの言葉は合っていないような気もするが。そして会議も終わり、いい時間になったということで、
アリーヤ、ベルクト、アスナ、朝倉はそれぞれの住まいへと帰って行った。4人を見送り、再び食堂へと戻ってくると、そこには部屋の片づけが終わったらしい今空が
ステファンが用意したらしいコーヒーを啜って談笑していた。

「今空さんの住んでいる国って、どんな所だったんですか?」
「日本っていう国だよ。東洋の神秘の国。昔の偉い人は『日出ずる国』なんて言ってたね」

セフィリアが今空に彼女の元の世界の話を興味深そうに聞いている、俺も職業柄自分の知らないことには興味があるからな、この話に加わることにした。

857 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:04:06 ID:tZPqHmSw0
「それはそうと、私がここに着いたとき『閉鎖都市』って言葉があったけど、それはどういう意味なんだい?」
「言葉の通りです、四方360度すべてを高い壁で囲まれ、外界との関係を完全に隔絶された世界です。ですが、今空さんのように稀に壁の外の世界からやってくる人もいますよ」
「閉鎖都市ねぇ…まあ、私の元の世界には残してきて困るものもないからね、友達もいなかったし、両親はさっさと死んじゃったし。
そう言えば、ブライトさんには両親はいないの?きっとあなたに似て凄く綺麗な人だってのは想像に難くないけど」

「両親」という言葉を聞いた途端、セフィリアの顔が曇った。無理もない、この双子は生まれつき母親がおらず、自分たちの20歳の誕生日に父親を殺されるという
悲劇を経験してきているからな。そんなセフィリアの表情の変化を察した今空は、

「…ごめん、どうやら触れちゃいけない話題だったみたいだね」
「いえ、この際ですから今空さんにも知っておいていただきたいのです、私達兄妹が背負った業を」

そしてセフィリアの口から語られる自分たちの来歴。貧しいながらも父親の愛情を受け、幸福な毎日を過ごしてきたが、ある日突然その幸福を奪われた兄妹。
そして兄妹は父親を殺した相手に復讐すること誓った。

「…という訳です。これで今空さんにも解っていただけたでしょう。私達が背負った業を…」

その話を聞いた今空はというと、複雑そうな表情を浮かべながら、人差し指で左の頬を掻いている。そして溜息を一つつき、徐に口を開いた。

「復讐、ね。正直あまり関心しないなあ。憎悪はまた新たな憎悪を呼ぶだけだよ。その相手にも大切な存在があるかも知れない訳で。
たとえきみ達に害がなかったとしても、その人たちにきみ達の大切な人が呪われ、恨まれていく。これが良い事であるはずがないからね」
「それは所詮綺麗事です。私たちの大切な人を奪っておいて、のうのうと生きていることが私には許せないのです。たとえ復讐を遂げられずにこの身が滅ぶとしても
私はなおその相手を呪い続けることでしょう」

セフィリアが柄にもない強い口調で捲し立てる。あまりの迫力にその場にいた全員が若干引いてしまったくらいだ。
その美しく整った顔は自分の父親を殺した相手に対する憎しみで歪んでいたな。正直、こんなセフィリアの顔はみたくなかった。
それに対する今空の回答は。

「呪い、ね。じゃあ、さっきちょろっと口に出した『三大怨霊』の話をここではしてあげようかな。そしたらわかってもらえると思うよ。
恨みつらみ、呪いってものがいかにろくでもないものなのか。あ、怖い話が苦手って人は席を外した方がいいよ…って大丈夫そうだね」

858 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:04:25 ID:tZPqHmSw0
そして今空の口から語られる「三大怨霊」の話。一人は、学問の神として祀られている「菅原道真(すがわらのみちざね)」。彼は代々「文学研究」を生業とする
家の長男として生まれ、5歳にして和歌を詠み、11歳にして詩を作るという非凡な才能を見せた。その後もさらに才能に磨きをかけていった道真はやがて「100年に一度の天才」とまで謳われるようになったそうだ。
当然のように当時の政府でも重用され、将来が約束された役職まで与えられたのだが、それを疎ましく思った貴族たちの手により無実の罪をでっち上げられ、
左遷されてしまったそうだ。

「その罪ってのが、当時の天皇、要するに王様だね、を失脚させて自分の娘の夫を即位させようとしたっていうもの。はっきり言ってこんなこと本当に考えてたとしたら
左遷どころじゃすまないよ。さっき話したベアトリーチェの罪なんてくらべものにならないくらいの重罪だしね」

重罪、それはなぜか。要するに時の皇帝に対する明確な反逆の意思だからだ。これが事実なら家族もろとも惨い方法で殺されていただろう。
しかし、実際は左遷で済んでいる。それは何故か。要するに冤罪だったわけだな。
さて、その左遷先での生活はかなり悲惨だったらしく床が腐って抜け落ちたり、雨漏りがする家に住まされたそうだ。毎日の食事もままならない状況で
いつかまたもとに戻れる日を夢見ながら、左遷された2年後、もともとそれほど堅甲ではなかった道真は59年の生涯を終えたそうだ。だが、問題はここからだった。

「道真公の死後、その左遷に関わった人間たちが次々と怪死していったの。当時の政府は『道真の祟り』だって恐れたよ。で、政府はどうしたかっていうと…」

道真の怨念を鎮めるために、彼を左遷させるという旨に関わる書類のすべてを焼却処分することとしたわけだ。しかし、ここでもまた事件が起きた。
その炎が周囲に燃え広がり、近くにいた僧侶や役人たちが焼死した、というのだ。更にその後も災害が続き、その対策のための会議中、
議場に落雷があり、五人の貴族などが死傷するという事件まで起きた。これが決定的となり、これまでの不幸な事件はすべて菅原道真の祟りであると広まり
当時の政府は大混乱に陥った。

「それで、この一件を機に体調を崩した時の天皇はわずか8歳の皇太子、要するに王子様だね。に皇位を譲り、その一週間後46年の人生に幕を閉じたのさ」

と、今空は道真の話を締めくくった、しかし、俺には一つ腑に落ちないところがあった。それを指摘してみる。

「そんな恐ろしい祟りをもたらした怨霊が、なぜ学問の神として祀られるようになったんだ?」
「うん、いい質問だね。じゃあ、その理由をこれから話すよ」

今空が言うには「祟り神は祀ることで守護神になる」という考え方が当時存在していて、その祟りが強力であればあるほど、守護神としての利益もまた強力になる、
というのだ。それで、当時の大臣「藤原師輔」が大きな祠を建てて、丁重に道真を祀ったそうだ。もともと学問の分野に非常に秀でていた道真は、こうして
「学問の神」として祀られることになった、という訳だ。

「続いて二人目は、平将門(たいらのまさかど)っていう武将だね」

平将門は、自分の身内である平家との勢力争いに勝利し当時の関東地方という場所一帯を支配していたが、どうやら辺境の地であったらしく、
また、政府の横柄な政治に日に日に不満を募らせていったそうだ。そんな中、将門はある盗賊の統領を匿った。
その盗賊は関東のある国の国司、まあ要するに役人の長みたいなものだ。そいつから追われていたのだそうだ。
で、将門が取った行動はというと「これ以上彼を追いかけまわさないで欲しい」と書状を持ち、1000人の兵士を引き連れてその国司のところへ向かったんだが、
当局の返事はNO。どうやら関東を平定する際に争った身内の人間がバックについて何か企てているらしい。もうこうなると『戦争』しかない。

859 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:04:44 ID:tZPqHmSw0
「『よろしい、ならば戦争だ』って台詞をのたまったかどうかは知らないけど。その時の兵力でその国の兵力3000を一日で撃破してしまったそうだね」

そして、その国の権力の象徴たる印鑑と、様々な宝が保管された宝物庫の鍵を没収したんだが、そんなことをすれば当然、政府に対する反逆と見なされる。
そこで、完全に開き直った将門は、時の政府に対抗し、関東に新たな政府を樹立し、その新たな王として君臨することを決めた。
この一件で将門は完全に国家に対する反逆者と見なされ、討伐されることになった。そしてその2か月後、将門は政府軍との戦いの中戦死し、その首は都に晒された、
という話だが、

「将門の死後1000年くらいかな。その関東地方を大災害が襲うのさ、「関東大震災」って言ってね。役所の建物なんかも全部壊れて立て直すことになったんだけど」

その建て直し予定地に将門の墓があり、取り壊そうとしたところ、けがや病気にかかる人間が続出する。その後も当時の大臣など2年間で14人の人間が謎の死を遂げ
数えるのも面倒なほど非常に多くのけが人が出たというのだ。

「それで、将門の死後ちょうど1000年目に当たる年に、役所の建物に雷が落ちてね、建物が燃え上がっちゃったのさ。近くに将門の墓があったせいかやはり
呪いだとか祟りだとか騒がれたようだね。さて、話はまだ続くよ。その5年後の事なんだけれど」

日本が戦争に負け、焼け野原と化した街を整備している途中のこと、焼け跡のままだった将門の墓周辺に目を付けた進駐軍は、そこを駐車場にすることを思いつく。
で、重機で土を掘り返してたら墓石が出てきた。それを掘り出そうとした途端、重機が横転し、運転手など2人が死んだ。
結局、それ以上工事を進めることができなくなり、同時の王の墓ということで取り壊しは免れたって訳だ。

「どうかな、ここまで話を聞いてきてわかったでしょ?呪いなんてろくでもないものだって」

流石にこの二人の凄惨な呪い・祟りの話を聞かされてはすぐには言い返せない様子のセフィリア。しかしそれでも必死に言葉を探り、今空に言い返した。

「この人たちは自分が直接的に被害を受けているようですが、私たちの相手は自分が殺されることを覚悟しているはずです。それに、その相手がどんな悲しみ・憎しみを
背負っても所詮自分の事ではない以上、ここまでの呪いを実現できるとも思えません」

だが、そんなセフィリアの反論にも今空はため息を一つついて

「わからないかなあ。呪いの根源ってのは憎しみ・絶望そのものなのさ。自分が直接傷つけられたとか、そんなの全く関係なくね。それじゃあ、
それを証明するために最後の一人の話をしましょう。最強の怨霊・崇徳上皇のお話を」

崇徳上皇は第75代目の天皇で、先代の天皇「鳥羽天皇」とその妻の間に生まれたとされているが、正しくは崇徳上皇の曾祖父に当たる「白河法皇」の子であったことから
鳥羽天皇に疎まれ、嫌われて育った。白河法皇が鳥羽天皇を退位させ、当時わずか五歳の崇徳上皇を即位させたというのも、それに拍車をかけたようだ。
話が動くのは白河法皇が死去し、鳥羽上皇が政治に介入してくるようになった時だ。当時皇位にあった崇徳天皇の立場は不安定になってゆく。
そして、鳥羽上皇のわずか2歳になる息子「近衛天皇」に半ば強引に譲位させられ、さらにこの時彼を崇徳上皇の皇太子とする約束を反故にされたため、
崇徳上皇は政治の場から遠ざけられ、鬱屈とした日々を送ることになった。

「ここに崇徳上皇の一つ目の恨みが生まれたわけだね。尤も、こんなもの2つ目の恨みに比べたら何ともないと私は思うのだけどね」

再び話が動いたのは、その近衛天皇が17歳という若さでこの世を去った時だ。次の皇位継承者として最有力視されたのが、崇徳上皇の息子「重仁親王」だった。
自分の幼い息子が即位するとなれば、当然その間の政治は親である自分が務めることとなる、久しぶりに政治の場に戻れると崇徳上皇は期待したことだろう。
しかし、ここでまたも鳥羽上皇がしゃしゃり出てくる。鳥羽上皇の異母子であり、自分の形の上で弟にあたる「後白河天皇」が即位し、彼の期待は木端微塵に打ち砕かれた。

「さらに崇徳上皇は翌年に死んだ鳥羽上皇の今際にも立ち会うことができなかったのさ。これで崇徳上皇はどんどん不満を募らせていくことになるのだけど」

860 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:05:10 ID:tZPqHmSw0
さて、ここで崇徳上皇がどういう行動に出たかというと、先に話した近衛天皇を呪ったという咎で失脚させられた「藤原頼長」という人物と手を組み、
兵士を集めて時の政権に対して戦いを挑んだというのだ。しかし、後白河天皇側の夜襲に遭い僅か一日で惨敗し、何もかもうまくいかないこの世の中を儚んだ彼は
家を出て僧侶になろうとしたが、政府に反逆した罪人として扱われた為、それすらもかなわなかった。

「さて、罪人として政府に捕まった崇徳上皇。普通なら処刑されてもおかしくないのだけど、さすがに天皇にもなった人間を処刑することはできないからね」

都から遠く離れた「讃岐国」という場所に流されたそうだ。本題はここからで、崇徳上皇は、流された先で自分の起こした戦いで散って行った者たちのため、
その反省の為にありがたい経文を一文字一文字丁寧に写して行ったそうだ。

「自分の血で書いたとも、墨を使って書いたともいわれているけどね。で、全190巻にもわたるそのお経、五部大乗経を完成させた崇徳上皇はそれを
都の近くのお寺に納めて欲しいと、後白河天皇に送ったんだけど」

その後白河天皇が取った対応はあんまりなものだった。「呪いが込められているのではないか」と邪推して、その五部大乗経を送り返してしまったというのだ。
当然、崇徳上皇は激怒した。

「ブライトさん、あなたは自分が心を込めて作った料理を食卓に出したとき、『毒が入っているんじゃないか』って言われて捨てられたらどう思う?
まして崇徳上皇はこれを書き上げるのに三年以上の歳月を費やしているのさ。その怒り・恨みがどれほどのものか、私には想像を絶するよ」

さらにその後、唯一の希望であった重仁親王が死んだ、という知らせが届くと、崇徳上皇はこの世のすべてを呪った、というのだ。
舌を噛み切って、血でその経典にこう書いたというのだ。

「『我は日本国の大魔縁となりて、皇を取って民とし、民を皇となさん』。解りやすく言うと、私は日本の大魔王になって、天皇一族を民衆に落し、民衆を
天皇一族にとって代わらせてやるって意味だね。要するに、呪詛の言葉だよ」

この世のすべてを呪った崇徳上皇は、その後髪、爪を伸ばし放題にし、化物のような姿になり、生きながら妖怪になったとも言われている。
が、今空曰く妖怪になったという話は伝説にすぎず、実際は二度と都に戻れないことを嘆きつつ、失意のうちに悲運の46年の生涯を閉じた、というのだ。

「だけど問題はここから。そう、崇徳上皇の祟りと呪詛が実現してしまうのさ」

崇徳上皇の死後、後白河天皇の息子に当たる二条天皇が23歳の若さで死ぬとその二条天皇の后(きさき)と自分の愛人が一か月もせずに相次いで死に、
更にその10日後には孫にあたる六条天皇までの13歳という幼すぎる死を遂げたのだ。これだけでも十分後白河を追い詰めるに足ることだが、更に

「その後都の3分の1を焼く大火事が起こったのさ。死者は1000人に達し、後白河天皇が暮らす御所も火事の被害を受けてね」

ここにきて都で崇徳上皇の祟りに違いない言う話がまことしやかに囁かれ、政府も無視できなくなって、後白河も崇徳上皇を手厚く祀り、
供養も行われて、祟りの方は収まったようだ。しかし、

「兵士一門が台頭してきてね。後白河天皇はうまく立ち回って好きにはさせなかったようだけど、それ以降は好き勝手やられちゃったようだね」

861 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:05:27 ID:tZPqHmSw0
兵士と言えば、民衆の一部だ。その民衆が天皇一族に代わって政治を行うということは、まさに崇徳上皇の「皇を民に、民を皇に」という呪詛が実現した、と言えるのだ。
更に話はまだ続く。崇徳上皇の死後100年ごとに彼の死を祀る式典が行われたのだが、その前後に必ず災害や、国を揺るがす大事件が起こったというのだ。

100年後には、外国に国交樹立を強引に迫られる、という事件が起こり(元寇)、200年後では天皇一族での内紛(南北朝動乱)、300年後には都を焦土と化した
戦争(応仁の乱)が起こった。オカルトは普段信じない俺もさすがにここまで来ると単なる偶然では片づけられない何かを感じてしまうな。

「けど、菅原道真の話でもしたけど、怨霊は祟りが強いほど祀ることで強力な守り神になるって信じられていてね」

崇徳上皇の死後、実に700年、漸く政権が天皇一族に還って来た時の政府は700年ぶりに崇徳上皇の魂を都に丁重に連れて帰り、
手厚く祀ることで新しい国の守り神にしようとしたわけだ。

「その甲斐あって新生国家『大日本帝国』は世界の名だたる強国に比肩する大国に成長するのさ。漸く崇徳上皇も許してくれたのかと思うでしょ?
そうは問屋がおろさなかったんだね」

調子に乗って侵略戦争を繰り返し、平将門の話にも登場した『太平洋戦争』にぼろ負け。大日本帝国は崩壊し、新しい法律の基、天皇一族は
「政権を威信づける象徴」の地位すら失われ、国民の支持のもとに存続を許される「国家の象徴」となってしまった。
政治の主導権は完全に国民に委ねられ、崇徳上皇の呪いはここに完遂した、という訳だ。

「もっとも、私が勝手にそう思ってるだけで、彼の怨念・呪いは今もなお続いているのかも知れないけどね。これで私の話は終わりだよ」

この場にはクラウス、セフィリア、ステファン、シオン、俺、そして語り手の今空の6人がいたが今空以外全員が何も言えない、という表情でいた。

「私たちが復讐を成し遂げても、その相手の周囲の人たちの怨念で私たちの大切な人に危害が及ぶかも知れないってことですね…」
「そういうことだね。まあ、それでも気が済まないっていうなら好きにしたらいいさ。私にはあまり関係のないことだしね。それじゃ、私は部屋に戻って寝るよ」

と、今空は食堂を後にして、2階へと消えていった。ふと腕時計に目を落とすと、時刻は午後11時を示そうとしていた。さすがにいい時間ってことで
俺たちも休むことにし、その日は眠りに就いた。

そして一週間後、ベアトリーチェに情報を渡す日がやってきた。すでにレストレンジから他の奴らへの忠告も完了したと連絡が入っている。
後は、俺の事務所でベアトリーチェを待てばいいだけだ。当然、向こうも俺自身に何か仕掛けてくるということを警戒し、懐には拳銃を忍ばせ、
ステファンはエスタルク医院に残しておいた。テレビでは、相も変わらずワイドショーが他愛もないゴシップを垂れ流している。俺たち廃民街の住人には
全く関係のない話だ。チャンネルを変えてみても、そんな内容のばかりだが、一つ気になるニュースが目に飛び込んできた

862 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:05:43 ID:tZPqHmSw0
「CW・ジェネシス社、高性能人工知能の開発に成功」

ニュースによると、将来的に自立行動を可能としたアンドロイドの開発を見据えて、まずはその頭脳たる人工知能の開発に成功した、というものだ。
尤も、頭脳が出来上がっても、その頭脳から発せられる命令を受信する身体部ができるのは当分先の話のようだが。
正直、廃民街を消そうとした奴らの筆頭が残した連中が考えていることだ、ろくなことにならない気がするな。
俺がテレビを見ながらそんなことを考えていると、事務所のドアをノックする音が聞こえた。どうやら、「お客さん」のお出ましのようだ。俺は懐の拳銃のセーフティを
解除しつつ、

「空いてるが」

と、扉の向こうにいるであろうベアトリーチェに呼び掛けた。

「失礼します」

と入って来たのは、やはりベアトリーチェ・チェンチだった。ベアトリーチェは俺が促したソファに腰掛け、じっとその正面に座る俺を見据えていた。

「さて、これが依頼されていた情報だ。どうだ、役には立ちそうか?」

早速本題に入った俺は、ベアトリーチェに彼ら告死天使の情報をまとめた書類を計8枚渡した。但し、ジェネシス・ラッツィンガーと朝倉霧香の情報はないが。
依頼内容は、「二年前に」この廃民街を救った告死天使の情報だ。その時にいなかった二人は今回の契約内容には含まれないからな。
その一方で、二人には誰かが周辺を嗅ぎまわっていると警告し、注意を促すことで戦略的なアドバンテージが生まれる訳だ。

「いえ、期待以上の情報量です。それでは、こちらが残りの報酬になります。どうぞお納めください。あと、失礼ですがお手洗いを拝借してもよろしいでしょうか?」
「別に構わないが」

と、彼女が差し出してきた封筒の中身に残りの報酬がすべてそろっていることを確認した俺は、トイレへと向かっていくベアトリーチェを見送った。
そして3分ほど経ったか、水を流す音とともにベアトリーチェがトイレから出てきた、しかし鞄くらい置いていけばいいものをわざわざ持って入るとはな。

「ありがとうございます。それでは、私はこれにて失礼いたしますね。神谷さん、ありがとうございました」
「待て、この街はいろいろと危ないからな。街の出口まで送って行こう」
「いえ、一人で結構ですよ。来る時も一人で大丈夫でしたし」
「いや、実をいうと俺もこの後行くところがあって、そのついでだ」

その瞬間、ベアトリーチェの口元が微かに歪んだのを俺は見逃さなかった。やはりこの女、何か裏があるようだ。

「…そうですか、それではお願いします」
「ああ、行こう」

そして俺は30分程かけてベアトリーチェを廃民街出口まで送って行ったのだがその道中、10本ほど電話をかけていたな。
要所要所で「例の件」だとか重要な部分は伏せられていて何のことかはよくわからないが、この女の背後にはやはり何かがあって、よからぬことを考えているのは
間違いないな。さて、再び事務所近くまで戻ってきた俺が目にしたものはというと…爆破された俺の事務所だった。

863 ◆LBaComaxgI:2013/03/05(火) 09:07:32 ID:tZPqHmSw0
本スレの方で規制を喰らったので、こちらに投下しました。3大怨霊の話は、クラウスとセフィリアに
復讐を考えさせる上でぜひ入れたい話だったので、その語り手として今空都さんをお借りしました。

864名無しさん@避難中:2013/03/07(木) 00:15:44 ID:L6knQv3c0
閉鎖都市、わけても貧民街ははけっこういろんな組織がひしめいているのだなと再確認しました
事務所が大変なことになってて、これから波乱の予感です

865 ヘ ノ: ヘ ノ
ヘ ノ

866ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:49:08 ID:/PIHPH4M0
1-0/11

ゴミ箱の中の子供達外伝
 Funky Fairies

867ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:49:39 ID:/PIHPH4M0
1-1/11

 昼下がりの廃民街を1台のセダン車が進んでいた。フロントガラスの向こうでは、通りを歩く住人たちがわずかに
後ろに耳を傾けると、すぐさま路肩によって背後から迫る車に道を譲っていく。彼らの反応がよいのは別に彼らが
エンジン音を聞きとることに長じているからではない。無駄に高性能なカーステレオから漏れるロックミュージックの
ドラムの響きが車の存在を危険な位までに自己主張していたからだ。車外の人間でこの反応なのだから、車内の
人間の苦しみは推して知るべしだ。車の助手席に座っていた男は、コートの襟元にあるピンマイクを騒音から守るように
口に寄せた。

「フェアリー1より、オベロンへ、チェックポイントを通過、予定に変更なし」

 フェアリー1がそこまで言ったところでステレオからエレキギターが自己主張を始めた。鋭さを持って響き渡るギターの
旋律はフェアリー1にも聞き覚えもあるものだ。それもそのはず、先ほどからカーステレオから流される音楽はどれも
往年の名バンドばかりだからだ。この車の持ち主は相当な懐古主義者だったらしい。それがフェアリー1には不満だった。
 尚も響き渡るギターの旋律の切れ味は素晴らしく、年月を経てもなお人の心に突き刺さるだけの鋭さを持っている。
だがそれだけだ、とウィーザド1は切り捨てる。このギターは聴く人の心に突き刺さり、記憶となってとどまる力は
備えている。が、それで終わりだ。その響きは、せっかく突き刺さった心を揺さぶり、吊り上げ、高揚させ、変化を
もたらすにはいたらないのだ。もっともそれは当然だろう。その技術は音楽界が数十年の試行錯誤の末に獲得した
ものだからだ。とどのつまりこの音楽は古臭くてぜんぜんノれないのだ。ギターソロからマイクを庇う様に手で覆いながら
フェアリー1は思う。エレクトロニックハウスの電子麻薬じみたリズムに合わせて体を揺らすときのあの陶酔感。
これを知った今となっては、数十年前の名曲など前時代の遺物でしかないのだ。
 フェアリー1がカーステレオに自分の音楽プレイヤーのデータを流し込みたい欲求を堪えていると、ギターソロが
ようやく終わった。鳴り響く音楽の中にボーカルが戻ってくる。ボーカルのしわがれた声はエレキほど耳触りではない。
件のエレキも今は脇役の一人としてベースやシンセサイザーとともに控えめなメロディーを奏でている。フェアリー1は
ピンマイクを覆っていた手を離した。

「フェアリー1よりオベロンへ、"タンゴ"の周辺の状況はどうか?」
「オベロンよりフェアリーへ。バンシーによれば、事務所内部に"タンゴ"を含めて20人、事務所正面に兵隊を4人
 確認している。外の4人に関しては武器を確認せず。懐の拳銃だけだろう」

 イヤホンからの答えにフェアリー1は、予想通りだ、とほくそ笑んだ。"王朝"の縄張りの真ん中だからかなり気を
緩めているのだろう。それでも"タンゴ"含めて相手は24人。一方こちらは車に乗っている4人。相手の1/6しかいない。
だが、フェアリー1には、座席の下に隠した銃床を切り詰めた自動小銃がある。服の下には防弾チョッキを着込んである。
さらには外に被ったコートの裏には手榴弾が吊るしてある。ただの拳銃に、よくてトミーガンを持っているだけの相手に比べ、
自分たちはこれだけの装備を持っているのだ。そして何より、フェアリー1はたちはこの廃民街において最高の訓練を
受けてきた自負があった。幾多もの実戦をくぐり抜けてきた経験も持っている。自分たちのこの戦いの技術をもってすれば、
この程度の人数の差を覆すことは容易い。そうフェアリー1は確信していた。

868ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:50:03 ID:/PIHPH4M0
1-2/11

 だがそこでフェアリー1は懸念点を思い出してピンマイクに口を近づけた。

「フェアリー1よりオベロンへ、"タンゴ"の状況について了解した。だが1つ。こっちに"ブラヴォー"はいるか?」

 "B(ブラヴォー)"。それは魂を分けたフェアリー達の兄弟(Brother)を表す符号だ。フェアリー達は廃民街という
名のごみ箱の底に生きる暗殺部隊だ。殺しこそが彼らの家業であり、それ以外にも多くの汚れ仕事を手掛けてきた。
清潔な地で生きた罪のない市民はおろか、同じごみ箱の底の住民ですら、彼らの所業を知れば彼らを人非人と
罵るだろう。だが、そんな彼らとて、自分たちの兄弟を、それも己の職務に忠実に勤めている全く瑕疵のない
兄弟を手にかけるという一線だけは踏みたくなかった。
 フェアリー1の心の奥底でくすぶる不安に対し、オベロンの答えは簡潔だった。

「いない。"ブラヴォー"は予定通り、"タンゴ"の妻と娘を護衛するためにリトルアップルのショッピングセンターにいる。
 こちらでも確認済みだ」

 兄弟はこの場にはいない。オベロンの言葉を聞いてフェアリー1は僅かに背もたれにもたれかかった。
 "偉大な父"から、警護の名目で組織の幹部たちに送り込まれる彼らの兄弟が、幹部たちのお目付け役を兼ねていることは
公然の秘密だった。幹部が謀反の疑いを持てば、その後頭部を撃ち抜くことこそが、彼らのもとに派遣される兄弟たちの
最大の任務である。だがそれでも、己が受け持った幹部が何者かに襲われれば、兄弟たちは死力を持って建前にすぎない
護衛の任務を遂行するだろう。兄弟たちもまたフェアリー達と同じく百戦を潜り抜けた古つわものだ。自らを選ばれた精鋭と
自認しているフェアリー達でも、兄弟たちを一蹴できるとは思っていない。ましてや、死地に追い込まれればこそ冴えわたる、
人間が持つ――否、己たちが持つ戦いの本能を思えば、単なる不意打ちなど用を足さないのだ。この畏怖こそが、偉大な父の
命令で動く処刑人でしかない兄弟たちを、"王朝"の絶対的な守護者としていたのだった。
 だが、"T(タンゴ)"はそれを放棄した。自分の家族を守るためというもっともらしい理由で守護者たる兄弟を街の外へ追いやり、
自分の周りを腹心の部下で固めた。"T(タンゴ)"にとっては、背後で匕首を持った人間を遠ざけて安全を確保したつもりらしい。
だがフェアリー達にとっては、自らを護る盾を捨てて、ただ標的(Target)を増やしただけに見えなかった。
 信号のない十字路に差し掛かったところで車は減速を始めた。この交差点を左に曲がればとうとう"タンゴ"の事務所だ。
フェアリー1は左腕を持ち上げて時計を確認する。時間だった。車は交差点の直前のビルの陰で停止する。エンジンが
止まると同時に、カーステレオから鳴り響いていたロックの騒音が止まった。急に静かになった社内で、フェアリー達は
誰とも言わず座席の下から全長を短く切り詰めた小銃を取り出した。棹桿を引いて激鉄を上げる音が社内に響き渡る。
弾丸を装填した銃を一瞥したフェアリー1は、続いてダッシュボードに手を掛けた。中に入っていた布状の物体を部下達に
配っていく。それは目出し帽だった。自らの顔を隠すためのものだ。これをつけることでフェアリー1は"偉大な父"の子ではない、
何者でもない存在になるのだ。
 戦いのための最後の準備が終わると、フェアリー1は車内を見渡して言った。

「よしお前ら、踊ろうじゃないか!」
「サーッ!」

 フェアリー1の掛け声に、車内の仲間たちは掛け声を張り上げる。その響きを合図にフェアリー1は車から降りた。

869ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:50:38 ID:/PIHPH4M0
1-3/11

 小銃を構えながらフェアリー1は十字路に向かって走った。銃を手に通りに現れた集団に、たまたますぐ傍らを
歩いていた女が悲鳴を上げて走り出す。通りに響き渡る悲鳴は"タンゴ"を警戒させるに十分だ。だが、フェアリー1に
引き返す選択肢はない。すでに状況は始まっている。こうなれば相手に感づかれた事を前提に、機先を制して強襲
するまでだ。フェアリー1は女に構わず駆けだすと十字路の角の向こうに飛び出した。
 角の向こうでは、標的を守るスーツ姿の護衛たちが悲鳴を上げて路地を駆け抜ける女性の姿を見て懐のホルスターに
手を伸ばしていた。だが、懐に吊るされた銃に触れる前に止まる者。把握を握ったはいいが、浅く引きぬいたまま未だに
懐の中に手を入れたままの者。引き抜いたはいいが、その筒先を空に向けた者と臨戦態勢にはあと一歩足りない。
それが彼らの命運を分けた。角から現れたフェアリー1に、既に銃を引き抜いていた者が銃口を向ける。だが、
フェアリー1は始めから彼らに銃口を向けていた。瞬いたマズルフラッシュはフェアリー1の方が早かった。ライフル弾を
浴びていち早く銃を抜いた護衛が崩れ落ちる。その横で、出遅れていた他の護衛たちがようやく銃を抜き終えた。その時
フェアリー1が横に動いた。その背後から新たな銃口が姿を見せる。後に続くフェアリー1の部下達の銃口だ。兵隊たちが
それに狙いを定める前に、新たな火線が彼らを薙ぎ倒した。フェアリー達の連携の前に、事務所前を警備していた標的の
兵隊はあっけなく一掃されたのだった。フェアリー1はそれを確認すると、前進、という掛け声とともに通りの向こうにある
"タンゴ"の事務所へと走り出した。

870ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:50:55 ID:/PIHPH4M0
1-4/11

 "タンゴ"の事務所はどこにでもある雑居ビルの4階にあった。1階のバーのテナントの脇にある入り口から入ると
エレベーターと非常階段を兼ねた階段がフェアリー達を出迎えた。エレベーターの前で一旦立ち止ったフェアリー1は
階数表示盤を見上げた。明りは4階を指して停止している。これから降りてくるのか。それとも、たまたまその位置で
停止しているだけなのか。一瞥しただけでは判別できない。だがフェアリー1は躊躇わなかった。エレベータのボタンを
押すと、背後の部下達に目配せする。監視しろ。フェアリー1の視線を受けた部下は、全てを理解しているかのように
頷いた。部下達への役割はすでに割り振ってある。新たな言葉は必要ないのだ。部下の応答を確認したフェアリー1は
脇にある階段に向かった。
 部下を一人だけ引き連れて、フェアリー1は階段を駆け上がる。3/2と書かれた看板の下にフェアリー1が達したところで、
上から足音が響き始めた。焦った足取りで階段を駆け降りる大きな足音。それが幾つも続く。"タンゴ"の護衛達がこちらに
向かってきているようだ。フェアリー1は足を止めるとコートの中に手を伸ばした。手探りでコートの内側に吊るした手榴弾を
握りしめると、安全ピンにくくりつけた留め具からそっと引き抜いた。安全ピンは外れたが安全レバーをしっかりと握っているため
まだ爆発することはない。フェアリー1は息を潜めてタイミングを待った。上から響く足音はフェアリー達のすぐ頭上を通り過ぎて
3階に達しようとしていた。今だ。フェアリー1は階上に向けて手榴弾を投げ込んだ。放り上げられた手榴弾は空中で安全レバーを
振り落としながら階段の向こうに消えていく。そのとき階上翻った人影がうめき声をあげた。その声は直後に響いた爆発音に
掻き消された。白煙と共にフェアリー1の頭上に粉塵が降り注ぐ。炸裂を確認したフェアリー1は、立ち込める煙をかまわずに、
階段を駆け上がった。靄が消え始めた3階の階段前では5〜6人ほどの人間だったものが死に切れずに呻いている。
爆風により手足を吹き飛ばされた者や、飛び散った破片に体を引き裂かれた者の苦悶の声だ。慈悲も込めて、彼ら
一人一人に銃弾を与えることをフェアリー1は一瞬だけ考える。だが、今回の作戦でそんな悠長なことをしている時間は
なかった。"タンゴ"以外は無力化されていればそれで十分だ。そう判断したフェアリー1は、階段に折り重なって呻吟する彼らを
文字通り踏み越えて更に上階へと向かった。

871ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:51:25 ID:/PIHPH4M0
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 階段を駆け上ったフェアリー1はついに"タンゴ"の事務所がある4階に到達した。4階の間取りはエレベータの正面を
事務所の入扉がふさいでいる。フェアリー1が4階に足を踏み入れた時、丁度その入り口から新手が飛び出してきた
ところだった。フェアリー1の姿を見て、驚いた顔と共に彼らは足踏みする。そんな彼らをフェアリー1は銃弾でなぎ倒した。
新手をねじ伏せたフェアリー1は開けっ放しになった事務所の入り口に銃口を向けた。入口から新たな人影が現れぬよう
フェアリー1が監視していると、その脇を部下がすりぬけて扉に向かっていく。フェアリー1の援護の下、入口の脇に
張り付いた部下は、開かれたままになった入口に手榴弾を放りこんだ。轟音とともに粉塵が入り口が噴き出す様を
確認しながら、フェアリー1は襟元のピンマイクを口元に寄せた。

「フェアリー1よりフェアリー2へ、エレベータ前は確保した。昇ってこい」

 下で待っている部下に命令を告げると、フェアリー1は入口脇の部下の下に向かい、事務所の内部への攻撃に移った。
 手榴弾の洗礼を潜り抜けてスチールデスクやソファーの陰で抵抗を続ける"タンゴ"の護衛たちを2〜3人ほど倒したところで、
背後からエレベータのベルの音が響いた。銃撃の合間を縫って一瞥すると、下に残していた二人の部下がエレベータから
出てくるところだった。これで全員集合。あとは総仕上げだけだ。フェアリー1は入り口の脇の物陰に張り付いた部下に
目配せする。部下は頷くと、懐から手榴弾を取り出し、事務所の中に放りこんだ。時間差を空けて響く轟音。それを合図に
フェアリー1は事務所の中に飛び込んだ。粉塵と残響が渦巻く事務所の中をフェアリー1は進んでいく。フェアリー1が
ソファーの陰に回り込もうとしたところで、奥で横倒しにされていた机の陰から護衛の生き残りが銃を向けて飛び出した。
だが、その健気な抵抗はフェアリー1の背後から響いた銃声によって沈黙する。フェアリー1に続いて事務所内に突入した
部下達が、フェアリー1の死角を補うように事務所全体に目を光らせていた。そこに一矢報いるだけの隙はなかった。
 物陰を隅々まで調べ上げ、室内に動くものがいないことを確認したフェアリー1は視線を別の方向に向けた。事務所の
最奥にあるパーティションで区切られた小部屋だった。事務所の役員室で、監視班のバンシーによればここに"タンゴ"が
潜んでいるはずだ。締め切られたそのドアをフェアリー1は観察する。茶色いマカボニー調に塗装されたパーティションは、
2度にわたる手榴弾の攻撃で表面のプラスチックパネルが剥がれおち、中空の内部を覗かせていた。このパーティションに
見た目ほどの厚みはないらしい。そう判断したフェアリー1は手にした小銃をパーティションに向けた。室内を確認していた
部下達も、フェアリー1に続いてパーティションに銃口を向ける。

「撃て!」

 フェアリー1の号令に、4本の銃身が火を噴いた。放たれた銃弾の群れは満身創痍のパーティションに殺到する。
薄いプラスチックを二重に貼り付けただけのパーティションに銃弾を受けとめるだけの余力などなかった。超音速で
衝突したフルメタルジャケットの弾丸はパーティションをやすやすと貫通し、丸い穴を穿っていく。弾丸を打ち尽くし、
小銃の咆哮が終わった時にはパーティションはさながら穴あきチーズのようになっており、無数に穿たれた穴からは
光が――恐らくその奥に窓があるのだろう――差し込んでいた。
 抜けた!
 ほくそ笑んだフェアリー1は小銃を負い紐に任せて放り出すと、腰の拳銃を抜きながら穴だらけのドアを蹴破った。

872ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:51:37 ID:/PIHPH4M0
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 弾痕がいたるところについた役員室と見渡すと、小さなうめき声が耳に入った。フェアリー1の正面にあるアンティーク調の
木製デスクの向こうからだ。側面から慎重に回り込むと、一人の男が机の陰で倒れていた。白いスーツの腹部に浮かぶ
赤い染色を押さえながら、男はフェアリー1を見据えると口を開いた。

「"子供達"だな、貴様ら!」

 貫禄のある髭面を苦痛に歪めながら、それでもな凄みを感じさせる声で男は続ける。

「この親無し共め! 俺を誰だと思ってやがる。俺は"偉大な父"から――」

 唐突に響いた銃声とともに男の声が途絶えた。

「知らんね、お前の事なんか」

 硝煙の立ち上る拳銃を下ろしながら、フェアリー1はわざとらしく首を傾けた。

「フェアリー1よりオベロンへ、"タンゴ"の制圧完了」
「オベロンよりフェアリーへ、了解した。ちょうど我らが"ブラヴォー"が到着した。撤収を開始せよ」

 空っぽのままだった小銃の弾倉を交換しながらフェアリー1はオベロンに報告する。すると、オベロンは新たな来訪者を
告げた。すぐ脇の窓からそっと通りを伺うと、2台のワンボックスバンが馴染みの黒いアサルトスーツに身を包んだ一団を
吐き出しているところだった。我らが"B(ブラヴォー)"。"偉大な父"に楯突くあらゆる者を殲滅する、愛すべき弟(Brother)達だ。
流石に彼らに銃を向けるわけにはいかない。フェアリー1は踵を返すと襟元のピンマイクに向かって言った。

「フェアリー1より、オベロンへ、了解した。これより撤収する」

 報告と同時にフェアリー1は入り口に向かった。

873ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:51:51 ID:/PIHPH4M0
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 部下を引き連れてフェアリー1は事務所の入り口を抜ける。入り口正面のエレベータは開いたままだったが、フェアリーは
無視して階段に向かった。恐らく下から迫る弟達は一部をエレベータを監視に充てたうえで、残りを引き連れて階段を
駆け上ってくるはずだ。かつてフェアリー1が教えられたように。フェアリー1が今回もそうしたように。弟たちに銃を向ける
わけにはいかない以上逃げ場は一つしかない。上だ。フェアリー達は上階に続く階段を駆け上った。

「上だ。上から逃げようとしているぞ!」

 階段のはるか下から追い立てる声が響く。その声に押されるようにフェアリー1は階段を駆け上る。だが、2階分ほど
上ったところで鉄扉が立ちふさがった。屋上へつながる扉だ。安全のためだろうか、中から開けるためにも鍵が必要
なようで、ノブを回しても扉は開かない。流石にこれは打ち破る他ない。フェアリー1が何か言う前に部下がショットガンを
構えながらが進み出でた。フェアリー1は彼と入れ替わるように階段に向かった。階下から登ってくる足音に銃を向けて
備えていると、背後からショットガンの銃声が響いた。続けてドアを蹴破る音が響き、にらみ続けている踊り場の壁に
フェアリー1達の影が差す。壁に映る人影は次々に減っていき、とうとうフェアリー1一人となった。そこでようやくフェアリー1も
身を翻す。急に流れ去っていく踊り場の景色の端に見慣れた黒いアサルトスーツの人影が映った。

「いたぞ!」

 背後で怒声と共に銃声が響く。辛くも鉄扉をくぐったフェアリー1の背中を銃弾がかすめた。

874ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:52:10 ID:/PIHPH4M0
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 屋上に立ち並ぶ空調の室外機の間をフェアリー1は駆け抜ける。向かう先は隣のビルだ。屋上伝いに脱出する
つもりだった。ビルの間はほとんど開いていないが、隣のビルの方が1階ほど高い。そのまま飛び移ることはできないが、
先んじて屋上に出ていた部下がビルの壁面に背を預けた状態で待機していた。左足を深く折り曲げた上で、太ももの上に
上向きに重ねた手のひらを載せている。人梯子の体勢だ。その脇では壁を登るのを援護するためか、もう一人の部下が
屋上の出入り口に向けて銃撃していた。彼らの支援を受けて、フェアリー1はようやくビルの壁際まで到着した。
人梯子となっている部下の左足、続けてその肩を踏み台にしてフェアリー1は隣のビルの屋上に手を伸ばす。その手を
先んじて上っていた部下がつかんだ。上に引き上げられたフェアリー1はすぐさま身を返すと、下に残した部下の援護に
回った。
 開けっ放しになっている屋上の扉に向けてフェアリー1は銃撃を加える。目的は部下二人がフェアリー1の元に上ってくるまでの
時間稼ぎだ。もっとも万が一でも愛する"ブラヴォー"に弾を当ててしまってはならない。"ブラヴォー"が不用意に扉から身を
晒さないように、フェアリー1は人影が見えない入口に向かって銃撃を続けた。だが部下の一人が引き上げられたところで
"ブラヴォー"側が動いた。銃撃の僅かな隙をついて拳大の何かが入口から宙を飛ぶ。扉のすぐ脇に転がり落ちたそれは
白い煙を噴き出して、辺りを覆い隠した。
 煙幕を焚いて敵の視界を奪う。それはかつて自分たちが兄たちから教わり、そして自分たちが弟たちに教えた十八番と
言うべき戦術だ。"ブラヴォー"達の標準装備ならば、サーマルスコープを全員に支給されているため、視界がない状況でも
戦闘が可能だ。だが、いまのフェアリー達の装備は、任務の都合からトレンチコートに自動小銃という粗野極まりない格好だ。
当然そこにサーマルスコープなどという高級な装備は入っていない。視界を隠す白い煙にフェアリー1は銃床から頬を離すと、
舌打ちをした。
 眼下では自ら踏み台となっていた部下が残っている。彼を引き上げるまでの時間をなんとしても稼ぐ必要があった。白煙を
無視して銃撃を続ける方法がある。だが、視界をふさがれている以上、確実に抑え込める保障はない。また、弾丸が
当たらないという保障もない。大切な"ブラヴォー"に傷をつけるわけにはいかない以上、銃撃を続けることはできなかった。
代わりとばかりにフェアリー1は右手でコートの懐を探った。コートの内側につるされた手榴弾に指先が触れる。フェアリー1は
手榴弾の安全ピンに指を引っ掛けて握りしめると、そのリングごと手榴弾をもぎ取った。手の中の手榴弾は安全ピンを残した
ままであるため、爆発することはない。だがフェアリー1は構うことなく白煙の中に放り込んだ。

「手榴弾だ!」

 煙の中から"ブラヴォー"達の慌てる声が聞こえた。恐らく彼らは放り込まれた手榴弾の爆発を危惧して身を隠している
ところだろう。もっともすぐに彼らは手榴弾が不発であることに気づくはずだ。だが、部下を引き上げるには十分だった。
フェアリー1が視線を下に落とすと、部下が仲間の元に上るべく助走をつけて跳躍するところだった。空中で仲間に向けて
精一杯伸ばされた彼の手を二人の仲間がしっかりとつかんだ。

875ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:52:30 ID:/PIHPH4M0
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 部下が全員揃ったところでフェアリー1は撤退を再開した。一段高くなった視界の屋上を駆け抜けて更に奥のビルに
移動する。奥のビルは一転して一階分低い。フェアリー1は速度を緩めることなく飛び降りた。体全体を折りたたんで
着地すると、今度はバネのように身をはじいて一気に加速する。だが更に走ったところで屋上の床面が途切れた。
フェアリー1は歩を止めると、縁から身を乗り出して下を覗いた。はるか眼下では道路に敷かれたアスファルトが
ビルの谷間を走っている。区画の端に到着したようだった。後に続いていた部下たちもフェアリー1に並ぶと、現れた
虚空を見て流石に足を止める。顔を上げたフェアリー1は身を翻して背後を確認する。その振り向いた先から怒気を
孕んだ声が響いた。

「動くな!」

 フェアリー1が飛び降りたばかりのビルの屋上から、黒いアサルトスーツに身を包んだ男が銃を構えていた。
我らが"ブラヴォー"だ。追いつかれたらしい。1人しか見えないところをみると、他の"ブラヴォー"達は壁を登るところで
悪戦苦闘しているようだ。もっとも一人とは言え、短機関銃に頬付けしている彼の姿に、一分の隙も見当たらない。
妙な真似でもしようものなら、彼は躊躇なく引き金を引くだろう。
 フェアリー1は観念したように息をつくと、手にしていた自動小銃を足元に放り捨てた。そのまま空になった両手を
頭の上にあげる。横に並ぶ部下達もフェアリー1の姿を見て次々と武器を捨てていった。フェアリー達の姿に"ブラヴォー"は
短機関銃から頬を離すと、遅れている他の"ブラヴォー"達を気にするかのように首を背後に向けた。
 眼を離したな!
 "ブラヴォー"が見せた隙に、フェアリー1はすかさず叫んだ。

「ピクシー!」

 返事の代わりとばかりにトラックのクラクションが彼方から響いた。

876ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:52:54 ID:/PIHPH4M0
1-10/11

 路地の奥から突如として大型トラックが姿を現した。対向車線まで巨体をはみ出したそのトラックは、通りに転がる
看板やゴミ箱、そしてフェアリー達が乗り捨てたセダン車すら薙ぎ倒しながら通りを進んでいく。やがてそれは、フェアリー達を
見上げる位置で止まった。
 トラックのエンジン音が自分の足元から響くことを確認したフェアリー1は、続いて両脇の部下達に向かって叫んだ。

「飛べぇっ!」

 言葉と同時にフェアリー1は縁を蹴った。ビルから落ちる最中、フェアリー1は自分が落ちていく先にトラックの荷台が
あることを確認した。その荷台には白い物体で満たされていた。
 落ちてきたフェアリー1に、荷台を満たしていた白い物体が大きな波紋を作って周囲に飛散した。これは緩衝材だった。
梱包用の発泡緩衝材から、裁断した紙ずく、エアーマットに工業用大型スポンジ。あらん限り詰め込まれた緩衝材が
ビルの屋上から飛び降りたフェアリー1を受け止めたのだった。
 粒上の発砲緩衝材に埋もれながらフェアリー1は自分の後に続く3度の衝撃を確認した。

「番号、1!」
「2!」
「3!」
「4!」

 点呼をとるとイヤホンと緩衝材の海の向こう両方から答えが返ってくる。部下は全員荷台に降りたようだ。

「大丈夫だ、車を出してくれ」

 フェアリーが言うよりも先に、トラックのエンジンがうなり声をあげた。車の発進と共に横へ向かう加重にもがきながら、
フェアリー1は緩衝材の海から顔を出す。遠く小さくなっていくビルの屋上では、茫然と見下ろす我らが"ブラヴォー"の
姿があった。

「フェアリー1よりオベロンへ、無事にピクシーと合流した。現在撤収中なり」

 ピンマイクに向かって報告しながらフェアリー1は息をついた。

877ゴミ箱の中の子供達_FF@閉鎖都市:2013/08/17(土) 11:53:22 ID:/PIHPH4M0
1-11/11

 "タンゴ"暗殺の筋書きは既に完成していた。犯人役の死体も既に用意してあった。生前の彼らが、"王朝"と
対立関係にある組織の若手幹部の命令で暗殺を行った、と自白するビデオも撮影済みだ。後はその死体達の
アジトで、このトラックを追跡しているリャナンシーチームと大立ち回りをしばらく演じる予定だ。その後は適当な
タイミングで"子供達"妖精部隊フェアリーチームの装備に着替えて、予め用意してあった死体を表に出せば終了だ。
 "タンゴ"が標的となった理由をフェアリー1は知らない。恐らくそれは"王朝"内部の複雑な政治力学の結果
なのだろう。まつりごとを嫌うフェアリー1にはそれ以上の理由に興味はなかった。そいういうものは自分より頭のいい
兄達がやっていればいい。兄達が不必要だと判断すれば、俺たちはそのことごとくを皆殺しにする。それが
俺達妖精部隊の仕事だ。

878ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2013/08/17(土) 12:01:37 ID:/PIHPH4M0
拝啓。
暦の上でも秋にはなりましたが、相も変わらず酷暑が続く中皆様いかがお過ごしでしょうか?
私はニート生活を脱出して1年半経過しました。
その間に終電を逃したり、泊り込みをしたり、休日出勤をしたり、
盆と正月とゴールデンウィークと盆がなかったりしましたが、私は元気です。
忙しい毎日の中でようやく暇を見つけることができましたので、久方ぶりに筆をとりました。
もっとも、ブランクが長かったため、リハビリがてら軽いものを書こうと思い、外伝の執筆にいたりました。
とにかく楽しく書けるハックスラッシュな作品、
マシンガンをバリバリ撃って、爆弾がガンガン爆発して、人なんかバタバタと死んでいって、ヒャアッハー戦争は本当に地獄だぜ!、
というのを5kBくらいでさらっと書こうと思いましたら、
まさかの20kB越え。原稿用紙30程の分量。
どうしてこうなった!?

879名無しさん@避難中:2013/08/17(土) 14:36:50 ID:vh.yDA/.O
投下乙です! 相変わらず文章上手いですね。自分もひさびさに書いてみたくなりました。

880名無しさん@避難中:2013/08/18(日) 22:10:07 ID:UD7nolUY0
乙です
戦闘妖精なんていうどこかで聞いたようなキャッチフレーズが脳内に浮かびましたぜ旦那!

881名無しさん@避難中:2014/04/10(木) 01:38:27 ID:2RpZsrQ60
ksks


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