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みんなで世界を作るスレin避難所2つめ

682白狐と青年「信仰に至る信頼」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:38:49 ID:njDphXNU0
 当然、いくら異形を匿う事が研究区の総意とは言っても、
犯罪の参考人としてクズハを捜している武装隊に対してクズハの存在を隠している、というのは厳しいものもある。
 ……ま、それはまた別の問題だな。
 クズハが罪を犯していないと把握しているこちらは黙ってクズハを匿っていればいい。
そう思いながら彰彦は言葉を続ける。
「それに、そのクズハちゃんの説明だと、匠に対する畏れみたいな態度の説明にはなってねえよ。
俺はそっちを聞きたいんだがな」
 先のクズハの発言だけでは平賀や研究区の皆に対する申し訳なさは分かっても、
匠に対してクズハが見せる畏れの説明にはなっていない。
 ……クズハちゃんのあの態度、というかあの目か……ああいうのどっかで見たんだよな……。
 彰彦が眺める眼前、クズハが俯きがちに告げる。
「あの態度は、申し訳ないと思っています。でも、あの……少しだけ時間をください」
「時間を?」
「はい」
 クズハはゆっくりと頷いて、
「そうすれば、私の中の覚悟が決まりますから……」
 ……覚悟……?
「一体何の覚悟だ?」
 問いに対して、クズハは体を抱いて小さく頷いた。
「……ここから去る覚悟です。匠さんに出て行くように言われても耐えられる心構えです」
「おい、クズハちゃん……?」
 クズハの発言の意味を図りかねた彰彦は、僅かに強い語調でクズハの名を呼ぶ。クズハは頷き、
「もう私には皆さんに取り返しのつかない程の迷惑をかけています」
「だがそれはクズハちゃんのせいじゃ――」
「同じ事です」
 彰彦の言を途中で断ち切ってクズハは続ける。
「私は……もう匠さんから武装隊という、元の居場所を奪ってしまっているんです。
これからは匠さんの役に立って生きていこうと、そう決めていたのに……私にはそれすらできなかった!」
 両手で顔を覆って、クズハは自責に歪んだ言葉を吐く。
「匠さんはとても優しいから、私に出て行けとは言わないかもしれません。
でも私は、私がここに居る事の危うさを知ってしまいましたから……もう、居なくなるべきなんです。
 それが私のできるたったひとつの匠さんの役に立つ事で、
それが出来るのなら、私は喜んで匠さんの前から姿を消します」

683白狐と青年「信仰に至る信頼」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:39:56 ID:njDphXNU0
 そう言って口を閉じたクズハを前に、彰彦はこれはクズハが抱えているコンプレックスの表出だろうと得心する。
 ……随分と思いつめちゃってまぁ……。
 実家に帰るのを渋っていた自分などよりもよほど重症だと彰彦は内心で苦笑して、
「無理矢理に覚悟を決めるのは構わねえけどさ――」
 大事なのはそんな事では無いと思い、告げる。
「実際のところ、本心としてはクズハちゃんはどうしたいんだ?」
 クズハは動きを止めた。しばらく悩むように俯いて、
「匠さんの御心のままに。そして、匠さんのためになるのなら、
やっぱり私は匠さんの前から消える事は私の望むところです」
「匠はクズハちゃんを捨てるなんてこてゃ絶対ねえと思うぜ?」
「優しい方ですから、だから本心を私には見せずに私のせいで被る迷惑を背負ってしまうんです。
そんな事は嫌だから、だから、私は自分で匠さんの前から消えるんです」
「結局はそこに行きつくのか」
 彰彦は難儀な思考をしていると思い、いや、と内心で否定を入れる。
 ……そうでもないか。本心から尽くそうとしてるだけだな。自分の全部で。
 文字通り、自らの全てをかけての献身だ。彰彦はクズハの考えの在り方をできるだけ忖度しようとしながら問いかける。
「じゃあ、話を進めてみるか。――クズハちゃん、クズハちゃんは俺たちの前から消えて、それからどうするんだ?」
「どうする……ですか……?」
 きょとんとした顔でクズハは固まった。しばらく考えに沈んだ後、顔を上げ、
「……どうしたらいいでしょうか?」
 そう言って途方に暮れた顔になる。
「行く場所もないんです。今あるものだって匠さんにもらったものばかりで……この居場所だって、この命だって
……だから、だから役に立たなくちゃいけなかったのに、それだけが私が匠さんに返してあげられる唯一のものだったのに……っ」
 細く震えるクズハの声を聞きながら、彰彦は納得を心に得る。
 ……まるで匠を聖人か何かみたいに言うもんだ。
 おそらくそれが、クズハの献身が極まった形なのだろう。危うく揺れ動く彼女の目は、ある種の光を湛えている。
その光とよく似たものを彰彦は記憶の中から思い出していた。
 第二次掃討作戦中、激しい戦闘の中では己の力だけを信じ、協調性に欠ける者がかなりの数存在した。
自分だけはどのような強さの異形を相手にしても負ける事など無い、だから他の者に構う必要も無い。
そのように思わなければ、人など瞬時に殺害しうる化け物相手に立ち向かう精神を維持し続ける事など出来なかったのだ。
 一方で、自分を信じ切る事ができない者は、その対象を外部に向けた。
その結果として己の扱う武器を信じる者や、敵対する異形を愛しい怨敵として崇めるような者などもいた。
全てはいつ凄惨な終わりを迎えるのか分からない戦場で、精神の均衡を保っていくための無意識の上での自衛処置だ。
 そのような者達の目の色と、今のクズハの目の色はとても似ていた。
 今のクズハの状態、それはまるで――
「信仰だな」

684白狐と青年「信仰に至る信頼」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:40:43 ID:njDphXNU0
「信仰、ですか?」
 匠に対する絶大な信頼、そして、自らの存在意義すら匠に委ねて依って立っている状態は、
妄信や狂信に近いものがあるのかもしれない。
 ……匠の為になる、が存在意義で、んでもって同時に教義でもあるってとこか……。
 彰彦の言葉を吟味するようにクズハは沈黙し、やがて頷いた。
「信仰、なのかもしれません。私は匠さんに全てを肯定してもらって生きてきましたから、
匠さんの言う事ならすべて従ってもいいと思っていますし、私が役に立てないのなら
……信仰する資格すらないのなら、もうこのまま消えてしまえばいいとも考えています」
「敬虔なこった」
 よっぽど恩を感じているという事なのだろう。その上にここ最近の事件のせいで、
異形として抱いていたコンプレックスが悪い方向に向かって行ったのだろう。
 武装隊へ自らの身柄を引き渡したのも彼女のこの考え故だろう。そしてベッドに畳み置かれた新聞を読んで、
その行動すら裏目にでてしまったと知って、クズハはここまでの思い詰めたのだ。
 ……ったく、なんでここまでクズハちゃんが追い詰められなきゃなんねえかな。
 事件の裏に居る者達に対する憤りを感じながら、彰彦は説得の言葉を口にする。
「なんだクズハちゃん。つまるとこ、あんたは匠と一緒に居たくねえのか?」
 挑発するような言葉に対して、即答が来た。
「そんなわけないじゃないですかっ!」
 叫びに似た声量で言い放ち、クズハは彰彦に目を向けた。涙が浮かんだ目で重ねられる言葉は、
「だって私は匠さんの事が好きで……っ、大好きなんですから!」
 クズハの本心の発露に応じる形で、彰彦の背後から声がした。
「――――え?」
 呆然、という言葉をそのまま体言したかのような呆けた声だ。
反射的に背後、扉の方へと振り返った彰彦は、そこに声の主を見る。
 匠だった。

685白狐と青年「信仰に至る信頼」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:41:45 ID:njDphXNU0


            ●


 振り返った彰彦の視界の中、部屋に入って来たのはキッコ、明日名、匠の三人だった。
 扉を開いたらしきキッコが、おお、の形に口を開いて動きを止め、その後ろで明日名が気まずそうに視線を逸らし、
匠がそれなりの付き合いがある彰彦から見ても初めて見るような、何とも滑稽な顔をしていた。
「――ぇ……? な……?」
 背後、クズハの居る方からはかわいそうになる程動揺したクズハの、意味を為さない言葉が聞こえている。
 ……顔を見てやらないのが情けってもんだよなぁ……。
 そう思いながら、彰彦は匠達の方を向いたまま、どうしたものかと天を仰いだ。
 それがいけなかった。
「彰彦!」
 キッコの呼号。そして同時に生じる背後での≪魔素≫の動き。
 意味を考えるよりも早く、彰彦は背後、クズハの方へと振り返ったが、その時には既に窓が破壊されていた。
 そして、
「……すみません」
「――待」
 小さな一言を残して、クズハの姿は部屋の中から外へと消え失せた。

686白狐と青年「信仰に至る信頼」 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:42:05 ID:njDphXNU0


            ●


 彰彦は割られた窓と、クズハの居なくなったベッドに目をやって、吐息を漏らした。
 ……目が覚めたばっかでここまで動くとは……。
 窓から地面を見下ろすが、二階相当に当たる高さからの飛び下りでクズハが転んだ様子は無く、
彼女の姿は既に見当たらない。大したもんだと思いつつ、彰彦は扉付近の三人にまず非難の目を向けてやった。
「……あのタイミングで部屋に来るとか、いろいろと空気読めてなさすぎじゃね?」
 妙に力の抜けた、我ながら情けない語調での文句になったが、
未だに固まっている匠よりは遥かにマシだろう。そう思っているうちにキッコが室内に踏み込んできた。
 彼女は数度頷きを作りながら、
「いや、うむ……。我としても、まさかこのような瞬間に出くわすことになろうとは思わなんだでな」
「驚いたね」
 そう言って、明日名は匠を気の毒そうな顔で見る。
 一方匠はクズハが飛び出して行った窓を眺めながら、不可解そうな顔で零した。
「クズハは……俺を嫌ったから拒絶してたんじゃない……のか?」
 発言を聞く限り、先のクズハの言葉を上手く処理出来ていないようだ。
 ……めんどくさい奴め。
 匠は匠で少し考えをまとめる必要がありそうだが、今この研究区内に飛び出して行ってしまったクズハの事も心配だ。
 目配せを交わし合い、彰彦とキッコと明日名はそれぞれ今後の動きを決めた。
「クズハを匿っていた事に対する武装隊の方への言い訳も考えねばなるまい。我らは先に平賀にこの事を伝えてこようかの」
「その後、俺とキッコは飛び出して行ったクズハを追うよ」
「じゃあ俺は――」
「待て、匠」
 明日名達に続こうとした匠を彰彦は止めた。
「だが彰彦」
「いいから」
 キッコと明日名が部屋を出て行く。
 二人になった室内で、匠が彰彦に言う。
「彰彦、クズハが今の研究区内に出て行くのは危険だ。急いで追わないと」
「今のお前が行ってもクズハちゃんはまた逃げちまうよ」
 言って、彰彦は匠に指を突きつけた。
「お前にはいろいろと問い質さなきゃならねえ事がある。あの子の為にもお前の為にも、だ」
 だから、
「答えてもらうぞ?」

687白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2011/11/25(金) 23:43:25 ID:njDphXNU0
ヘタレた匠はクズハとの関係を変化させる事ができるのだろうかとか
クズハのテーマなのかもしれない部分の明示的な感じ

いわゆるヤンデレなのかもしれないなぁとも思いつつ
そろそろ匠にはいろいろ自覚してもらわねば

688名無しさん@避難中:2011/11/26(土) 02:18:06 ID:PZBpHovc0
乙です。人間関係なんて常に平行線なんてありえない。どこかで山があったり、どこかで谷があったりするものだよ。
それを乗り越えてまた仲が深まっていくんじゃないかな。匠くんにはこの谷を越えることができるのかな。
。ただ一つ言えるのは、神様は乗り越えられる試練しか与えないということだけどね。

689名無しさん@避難中:2011/11/27(日) 23:41:30 ID:8wCLZPG.0
ttp://loda.jp/mitemite/?id=2639.jpg

690名無しさん@避難中:2011/11/27(日) 23:42:41 ID:ptQNtO7I0
かわえええええええ

691名無しさん@避難中:2011/11/28(月) 01:17:21 ID:4/4HspnI0
乙です!
なんだろう、こう若干艶っぽくて素敵です!

692名無しさん@避難中:2011/11/28(月) 02:30:35 ID:YEDce.bMO
お二人とも乙です

クズハちゃん意外に頑固だ。
こっからどうなるか……

そんななかで投下された絵には癒やされるぜw

693 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:52:59 ID:jZpLCyzU0
半年ぶりくらいの投下です。

NEMESIS 第13話 とある少女の逃走劇

とある日の金曜日、診療所が休みのシオンとともに聖ニコライ孤児院を訪れたクラウスとセフィリア、それと先日の挨拶以来となるジェネシスと霧香。
お邪魔しますとクラウスが言うと、院長のエレナ・ペトロワが現れる。初老の女性で穏やかな微笑みを浮かべて3人を出迎えた。

「ああ、いらっしゃい。今日はあいにくゲオルグ君たちは外出中で今はいないんですけどねぇ。それでもよければゆっくりしていってください」
「いえ、今日はこの孤児院の子供たちと交流を持ちにきたので。もっと来るはずだったんですけどみんなも自分の仕事があるので…」

アリーヤは剣道場で門下生たちの稽古、シュヴァルツは株式取引、アスナはブクリエでの仕事、セオドールはブルー・スカイハイのレコーディング、
ベルクトは日銭稼ぎ、フィオは自警団第一課長としての業務があったため今日は来れなかった。

「いえいえ、これだけこの孤児院に良くしていただいて、しかも無償で…。とても感謝していますよ」
「そういっていただけると助かります」

と頭を下げたクラウスの鼻についたのは香しい匂い。時計を見ると12時半。どうやら孤児院は昼食の時間だったようで、タイミングの悪い時間に来てしまったと
5人はバツの悪そうな表情を浮かべた。ここに来る前に集合場所となったエスタルク医院にてすでに5人は昼食を済ませていたため、昼食の席に
子供たちと共に着いたところで何も食べないのでは変な空気になること受けあいだ。そこで、最年長であるシオンの提案で、何か仕事はないかと
エレナに尋ねたところ、孤児院の倉庫の整理を行うことになった。エレナによると、この前孤児院内で子供たちがかくれんぼをしている時、その一人が
荷物が収納された棚を倒してしまったそうなのだ。ゲオルグたちは最近疲れた様子であるため手を借りることは憚られた。
結果、誰も手を付けずにそのままになっているそうなのだ。エレナに案内されその倉庫までやってくる一同。子供がかくれんぼに使うだけあり、
鍵はかかっていなかった。扉を開けると、なるほど確かに左側の鉄製のパイプを幾重にも組み合わせて作られた棚が一つ倒れていて、
その棚に収納されていた荷物やら道具がたくさん床に散らばってしまっていた。が、これが何にも思わないほど一同は辛いことを経験してきていた。
(ジェネシスを除く)。エレナから軍手を拝借し、5人は早速片づけに入った。まず棚の下敷きになってしまっている荷物を一度通路に避け、
倒れた棚を元に戻す。その後、重心を下に持ってくることで倒れにくくするため、重い荷物から下に収納してゆく。
そして、五人の連係プレーでサクッと片づけが終わった。そんな時、ジェネシスが足元になにか紙切れのようなものが落ちているのに気づく。
拾い上げてみるとそれは写真であり、黒のワンボックスカーというかマイクロバスを背に迷彩服を身にまとった男達と女性が一人。
先ほど整理していた時にアルバムがあったが,どうやらこの写真はそのアルバムから落ちたものらしかった。
ただ、この平和な孤児院とは縁もゆかりもなさそうなこの写真がなぜこんなところにと疑問が首をもたげたジェネシスは4人に写真を見せた。

「ん、どうしたのジェネシス君。この写真?へえ、軍隊みたいねって…ここに写っている人たちって…」
「うん、間違いない。ゲオルグさんたち…だよね」
「でも、どうしてゲオルグさんたちがこんな恰好を?それにこの写真が撮られた日…父さんが殺された日と同じ…」

そんな疑問を思わず口にしたセフィリアにシオンが答える。

「ああ、これは『子供たち』の写真だよ。この孤児院の自衛部隊みたいなものさ。まあ、自衛部隊と言うにはやや過剰な重火器の類も持ってはいるがね」

シオンはこの孤児院との付き合いが一番長く、故にエレナ、ゲオルグ、イレアナなどスタッフと様々な話をする機会があり、『子供たち』のことも
その数多い機会の中でゲオルグ本人から聞いたものだった。孤児院で育ち今は大人になった者たちが孤児院を外敵から守るために結成した部隊。

694 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:53:21 ID:jZpLCyzU0
それが『子供たち』だと。ではそのための技術をどこで習得したかというと、『ブラックシーヒューマンコンサルティング』という人材派遣会社から
派遣された自警団OBなどがその指導に当たっているとのことだ。しかし、それでもなお腑に落ちないという表情のセフィリア。

「でも…そんな部隊をもつ必要があるんでしょうか…?誰も孤児院に悪いことをしても得をする人はいないんじゃ…」
「そう言い切れる保証がどこにある。それは2年前の貴族たちの馬鹿げた計画が証明している。我々がこの街を守るようにこの孤児院にもそんな存在がいても
いいのではないかな?…少しキツい言い方になってしまったな、すまない」

そしてシオンは最後に4人を見渡した後、いつにもまして真剣な表情と口調で4人に語る。

「ゲオルグさんの側面を知っても、今までと同じように接してほしい。クラウス君が告死天使だと告白してもゲオルグさんは今までと変わらない
態度で接いてくれているだろう?そういうことさ。ゲオルグさんが時として手に取る銃が私にとっては彼らである。ただそれだけのことさ」

といってシオンは羽織っているジャケットの内側に縫い付けられたホルスターに収められたグランシェとルシェイメアを引き抜き、構える。
そしてクラウスに視線を合わせ、あることを問いかけた。

「クラウス君、ケビンさんから託された3つの言葉、覚えているだろう?原文のまま、言ってみてくれないか?改めて師の教えを再確認しておこう」
「うん、わかったよ。一つ!」

そしてクラウスは師から教えられた言葉を原文、つまり英語で口にする。一つ目はこうだ。

When the most important thing for you to protect, you might hurt someone. Be prepared that if you, you'll keep it out.
(訳.君にとって最も大切なものを守りたいとき、誰かを傷つけることになるかもしれない。君にその覚悟があるのなら、君はそれを守り抜けるだろう)

「一つ!」

二つ目の教えを口にするクラウス。二つ目はこうだ。

You'll never walk alone. No matter when you next have their great friends. Can make sure the road to face any difficulty If you believe in they are open.
(訳.君は一人じゃない。どんな時も君の隣には最高の仲間たちがいる。彼らを信じればどんな困難に直面しても道は開ける)

「一つ!」

そして最後の教えを口にするクラウス。3つ目はこうだ。

When you sins against, and to take the responsibility, with not necessarily yours.
(訳.君が罪を犯した時、その責任を取るのが、君であるとは限らない)

「これで3つ全部だね。ゲオルグさんもこの孤児院を守り抜く覚悟を決めたからこそ『子供たち』になったんじゃないかな、セフィリア」
「誰かを守るためには、誰かを傷つける覚悟がいる…そういうことなんだね、兄さん…」

そして整理も終わり、エレナに確認してもらう。件の写真は後日シオンがゲオルグに渡すことになり、シオンの懐の中だ。

「まあ…こんなにキレイにしていただいて、ありがとうございます。ちょうど3時のお茶の用意ができたところですから、あがって行ってください」
「それではお言葉に甘えさせていただきます。お茶と言えば今度実家の紅茶をお土産にお持ちしましょう。ダージリンがいいでしょうか」

695 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:53:40 ID:jZpLCyzU0
シオンの実家は紅茶店を営んでいるのだが、父がもっぱら教会で牧師を務めているため経営は完全に母親である、エヴァ・エスタルクが行っている。
以前ゲオルグがブクリエにいつものようにケーキを買い付けに行った際、紅茶をもらったことがあるがあれはいつも贔屓にしてくれるゲオルグに
シロアムが送ったものだった。お得意様に贈り物をしたいんだけど、何かおすすめはある?というシロアムの問いにエヴァが選んだのが、あの紅茶である。
ゲオルグはまた飲みたいといっていたが、彼はシオンの実家が紅茶店だと知っていてもシオンとシロアムが姉妹だということを知らないため、
シオンから場所を教えてもらいさえすればいつでも買いに行けるのだ。そして、食堂に入ろうとしたとき、入り口から誰かが入ってきた。
モニカだった。5人の姿を発見するなりモニカが駆け寄り、快活な笑顔を見せて挨拶をする、

「こんにちは!今日はどうしたんですか?」
「いや、また君たちとお話をと思ってね。まあ、その前に倉庫の整理をちょちょっとやったんだけど」

モニカの挨拶と質問に答えたクラウス。モニカはこの孤児院の少女たちの中でもとびきり可愛く、ハイスクールでは言い寄ってくる男子が絶えないのだとか。
それを見た先生は、もしかしたら神話再び、なんてことになるかもしれないな、などと冗談めいたことをぬかしおる。
ちなみにその神話というのは言わずもがな、セフィリアが在学中にクラウスを除く全男子から告白されたというあの話である。
クラウスはその話を聞いたとき苦笑を浮かべたがモニカならばあるいは…とも思ったりもした。モニカは明るく元気なところがその長所だ。
反面セフィリアは在学中は控えめであまり目立つことはしなかった。そこがいいという男子もいるのだろうがやはり付き合うなら明るく元気な女の子に限る。
クラウスはそう思っていた。一方、モニカはクラウスをどう思っているかというと、ちょっと頼りない感じがするけど、優しいお兄さんという印象を持っていたりする。
ちなみにベルクトに対しては自分と同年代のためタメ語を普通に使い、ドラギーチのように接し、ベルクトもそのように応じている。
セオドールに対しては、テレビの中のスーパースターが目の前にいて自分と会話をしているという事実に実感がわかなかったり、
シュヴァルツに対しては、礼儀正しいけれどどこか空しさを漂わせていると感じていて、ジェネシスに対しては、女の子みたいな男の子と思っている。

「あ、そうだったんですか。あ、ちょうどお茶の時間みたいだから一緒に行きましょう」

そして、食堂へと入ると、イレアナが人数分のお茶とお茶菓子を用意して待ってくれていた。

「みなさんお疲れ様です。さあ、どうぞおかけください。あと、モニカは先に手を洗ってくるようにね」

イレアナの言葉にモニカはトイレ脇にある手洗い場へと向かっていった。蛇口からぶら下げられた網のなかの石鹸を手に取り泡立て、手を洗っていく。
閉鎖都市でも小学校・中学校はこのような石鹸だがハイスクールともなるとトイレの洗面台に液体石鹸が備え付けられている。もっとも泡立ちがきわめて悪かったと
クラウスは記憶している。そしてほどなくしてモニカが戻り、ようやく5人がここに来た目的が達せられた。

「では、いただきます」

イレアナが号令を行い、クラウスたちはお茶に口をつけた。おいしい。それが正直な感想だった。こんなお茶をおそらくは毎日飲んでいるであろうゲオルグが
少し羨ましく思えた。

696 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:54:06 ID:jZpLCyzU0
「ところでずっと前から聞きたいって思ってたんですが、シオンさんはなんでお医者さんになろうと思ったんですか?」
「私が14歳の時、つまり10年前にある人に救われてね。当時未熟だった私は身の程を知らずに敵に挑み、大けがを負ったところを助けてもらったんだ」
「それが…あのケビンさんっていう方ですか?」
「いや、通りすがりのお医者様さ。名前を聞いても教えてはくれなかったが、全身黒ずくめだったのは覚えているよ」

その医者に命を救ってもらったことでシオンは医術に憧れを抱き、告死天使の修行の傍ら猛勉強し、聖ヘスティア学園に入学、ここでもさらに猛勉強し
首席で卒業後、閉鎖都市中央部に学舎を構えるアシュヴィン医科大学へ進学。4年にわたり外科・内科医療を勉強したのち医師免許を取得。そして、自分が生まれ育った閉鎖都市で改装して間もないある診療所が医者を募集していたため、シオンはそれに応募しなんと履歴書を見せただけで即採用が決まった。
それから一年後、その診療所の所長が老齢を理由に引退、シオンに院長の座を譲ることになり、診療所の名前をエスタルク医院に改め今に至る。

「すごいじゃないですか!超が付くほどのエリートですよね。尊敬しちゃいます」
「そうでもないさ。人間努力すれば何にだってなれるものさ。モニカさんはまだ10代。君にも夢はあるだろう。それが本気なら必ず叶うものさ」
「夢…ですか。クラウスさんやセフィリアさんたちには夢はあるんですか?」

モニカの唐突な切り返しに顔を見合わせるクラウスとセフィリア。しかし、次の瞬間には頷きあってモニカに答えた。

「殺された父さんの仇を討って、父さんの跡をついで酒場を二人で切り盛りすることかな」

しれっと答えたクラウス。その父を殺したのがモニカが憧れるゲオルグだと知った時彼女はどんな顔をするのだろうか。
このまま話が暗い方向へと転がっていくのを防ぐため、ジェネシスが話題を切り替えた。

「そういえばモニカさん、学校での生活はいかがでしょうか?私はずっと父に教えてもらってきていましたので学校生活というものを知らないのです」
「うん、まあまあだよ。友達と一緒に生活して、くだらないジョークで笑いあったり、学食のおかず取り替えっこしたり、毎日が楽しいな」

そしてモニカが語り終えた時、食堂に現れたものがあった。シュヴァルツである。

「仕事帰りに孤児院の前を通りかかったので寄ってみたんですよ。霧香さん、お隣よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞご遠慮なく」

失礼しますと一声かけて腰を下ろすシュヴァルツ。そして皆の顔を一様に見回した後何かに気づいた様子で、モニカに声を掛けた。

「モニカさん、最近何かありました?そう例えば、この孤児院の兄弟たちと喧嘩をしたとか」
「何でそう思うんですか?」

シュヴァルツの言葉にモニカは訝しげな表情で彼に切り返す。確かに先日モニカはドラギーチとゲオルグを巡って口論になり、ドラギーチに手を挙げるという
一悶着があったが、まだそれは誰にも話していない。もっともドラギーチがシュヴァルツに話したというのであれば別だが、モニカはシュヴァルツが
このような意地の悪いカマをかけてくるような人物ではないと知っていた。故にこれは考えられない。つまるところシュヴァルツはただ単にモニカの微表情を見抜き、その原因を探ろうと心を読んだだけなのだが、自分が超能力者であることは
孤児院には伏せておきたい秘密だったためこう切り返した。

「私は仕事柄人の些細な表情の変化を見抜く術に長けているんですよ。モニカさんがどこか浮かない顔をしていると思ったものですから。
私の取り越し苦労であればいいのですが、もし何かあったのなら相談に乗りますよ」

その言葉にモニカは一瞬躊躇するが、イレアナに一言、お兄ちゃんには言わないでと前置きしたのち、先日のドラギーチとの口論の顛末を話した。

697 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:54:56 ID:jZpLCyzU0
モニカが話し終えたあと、場は重い沈黙に包まれたが、その沈黙を打ち破るようにシオンが口を開いた。もっともその言葉場の空気を更に重くさせるものだったが。

「なるほどね。つまり私たちもゲオルグさん同様に蔑まれていたということだ。私たちも『人殺し』なのだから」
「そんな、シオンさんたちはこの街を守るためにやったことでしょう。ドラギーチが貴女たちを嫌いになる権利なんて…」

モニカがシオンの言葉を否定して取り繕うが、シオンは首を横に振り、言葉をつづけた。

「それはゲオルグさんも同じだろう。彼もまたこの孤児院を守るために戦っている。ドラギーチ君が忌み嫌うのは、殺人という行為そのものだということさ」

この一連の話を聞きながらクラウスは思う。ドラギーチはこの街で生きるには純粋過ぎる。人殺しは犯罪、悪いこと、それは小学校低学年で習う道徳の問題だ。
だが、世間にはそれが通用しない場面も多々ある。この廃民街などまさにその典型だ。閉鎖都市の底辺。弱肉強食の世界。生きるために各住民が非合法に手を染めてまで
試行錯誤し生きる術を見つけていく街、それがこの廃民街だ。そんな中ドラギーチはこの平和な孤児院の中で育ってきた。故にこの街のリアルを直視できずに
この街の外の住人達と同じ倫理感を持って育ってしまった。だがドラギーチをそう育てた間接的要因である『平和』はゲオルグたちの『殺人』によって
維持されてきたという訳だ。自分がこれまでこの過酷な廃民街で生きてこれた孤児院の『平和』がゲオルグたちの『殺人』によって保たれてきたという事実を
自らの倫理感故に受け入れることができず、結果それはゲオルグをはじめとする『子供たち』を嫌悪することにつながった。だがモニカはゲオルグを嫌悪することなく
寧ろ頼れる兄として憧れの感情を抱いている。この両者の違いはひとえに、先の『事実』を受け入れられるかどうかにある。
誰も傷つけることなく生涯を終えられる人間などいない。当人にそのつもりがなかったとしても人知れず相手を傷つけている場合など多々ある。
先日のモニカとドラギーチの口論などまさにその典型だろう。ドラギーチはただ純粋にモニカの幸福を願ったのだろうが、ゲオルグに憧れるモニカは
ドラギーチの言葉に悲しみ、怒り、傷つき、ドラギーチに手を挙げた。
ドラギーチは、自分は『子供たち』のようにはならない。誰も傷つけることなく生きてやるという理想を抱いているのだろうが、所詮それは理想に過ぎない。
ドラギーチはいわば鳥かごの中の鳥。まだまだこの廃民街のリアルを直視することができない未熟な部分が目立つが彼もまだ10代。これから成長とともに
それを受け入れられる土台が出来上がっていくだろう。人間の倫理観など十人十色。だからこそそこから様々な考え、思いが作られ、それゆえに違うそれを持ったものと
時に衝突する。だがそうして衝突するごとに人間は成長する生き物だ。ドラギーチには自分と違う考え、思いを持った者を受け入れられる心を持ってほしいと
クラウスは思う。相手の考えが2年前の貴族たちのような傲慢に満ちたものでない限り、必ず君を成長させてくれるはずだから。
そして、クラウスが口を開いた。

「これはどっちが正しくてどっちが間違いだなんて一概に決められる問題じゃないよね。また君たち二人と、必要ならイレアナさんも交えて
みんなが納得できる答えを導いてみたらいいと思うよ。君たちならそれができると思うから」

そして、クラウスはシュヴァルツに目を向けた。この重い空気を作った責任を取れと解釈したシュヴァルツはモニカに切り出した。

「私もクラウスさんと同意見です。この話はこれで切るとしてモニカさん、先日出かけた時にいろいろ食指の動いたものがあったようですが」
「え、なんでシュヴァルツさんがそれを知ってるんですか?表情を読んだ位じゃそこまでわからないと思うんですが」
「いえいえ、この前コンビニに買い物に行ったときに偶然出会ったあなたの姉、マリアンさんから聞いたんですよ。色々欲しいものがあったみたいだって」

流行の最先端を走る若者の街べロスにはモニカの興味を惹く洋服やアクセサリーが並べてあるが、モニカのお小遣い程度では到底手の届く代物ではない。
故にウインドウショッピングに興じるしかなかったというわけだ。もっともその時のモニカはゲオルグと一緒にいられるだけで幸せだったのだが。

「まあ、確かにあなたの言うとおりですが、それがどうかしましたか?」

そのモニカの言葉にシュヴァルツは紅茶を一口口に付け、返した。

698 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:55:14 ID:jZpLCyzU0
「それでは次の日曜日、つまり明後日ですが私がスポンサーについてモニカさんの欲しいものを買いにいきませんか?私たちがボディーガードを務めるので
先日のようなことになる心配もありませんし」
「いや、そんな悪いですよ…私の欲しいもの、結構高いものばかりだったから…」

悪びれるモニカにクラウスが悪戯小僧のような笑みを浮かべて話しかけた。

「心配無用だよ。僕達の年収を棒グラフにするとしたらシュヴァルツのはヤコブの梯子ばりに高いから。今日もいくら稼いできたのかな?」
「最近右肩上がりのある自動車関連企業の株を30%持っているのですがそのうちの5%を売却して、そうですね…純利益で25億、といったところですか」

普通のサラリーマンが一生かけて稼ぐ金額の25倍をたった一日の株取引で稼いでしまうのがこのシュヴァルツ・ゾンダークという男だった。

「そうですか、それなら、お願いします。私も皆さんのこと、もっと知りたいから」

驚きの表情を浮かべるモニカだったが、結局それが後押しとなり明後日再びべロスに買い物に行くこととなった。

「決まりですね。それでは早速残りのメンバーに約束を取り付けないといけませんね」

とシュヴァルツは懐から携帯電話を取り出し、まずはセオドールに電話をかけた。

「…もしもし、俺だけどどうしたシュヴァルツ」
「いえ、明後日ですが空いていますか?」
「ああ、その日は…沙希ちゃん!日曜日はフリーだったっけ?」

沙希ちゃんというのはブルー・スカイハイのマネージャーを務める霧島沙希女史のことで年齢は21になる。
電話の向こうで沙希女史のうっすらとした声がし、セオドールが再び電話口に出た。

「ああ、日曜日はフリーだよ。それがどうかしたかい?」
「いえ、孤児院のモニカさんと一緒にべロスに買い物に行くことになりまして、あなたもよければと」
「マジで!?行く行く!日曜日な。オッケー、待ち合わせはどこになんの?」
「それはまた追って連絡します」
「はいよ。じゃ、またな!」

そして電話が切れた。セオドールはすごい乗り気だった。セオドールはモニカのことを気に入っているため、このように態度に現れたのだろう。
次に電話をかけたのは、フィオだった。

699 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:55:32 ID:jZpLCyzU0
…もしもし、どうしたのシュヴァルツ君」
「ああ、お仕事中すみませんフィオラートさん、明後日ですが非番でしょうか?」
「んー、ちょっち待っててね………うん、非番だよ。それがどうかした?」
「そうですか。実はモニカさんと共にべロスに買い物に行くことになったんですが、フィオラートさんもよければと思いまして」
「んー、べロスか…モニカちゃんも一緒ならボクも行こうかな」
「ありがとうございます。集合場所はまた連絡します」
「うん、待ってるね。それじゃ」

電話が切れた。フィオはべロスのような雑雑とした場所があまり好きではないのだが、モニカが一緒だということで同行してくれることとなった。
そして次に電話をかけたのは、アリーヤだった。

「……どうした、私に何か用か、シュヴァルツ」
「いえ、鍛練中でしたらすみませんアリーヤさん。日曜日ですが、空いていますでしょうか?」
「一応空いているが、それがどうしたというのだ?」
「実はモニカさんと一緒にべロスまで買い物に行くことになったのですが、アリーヤさんもよければご一緒にと思いまして」
「私はべロスのような場所は好かないのだが、彼女が一緒となればいいだろう。集合場所はどこにする?」
「私からまた連絡します、それでは」

そして電話が切れた。三人ともモニカがいることで参加を了承した。ということはモニカには人を惹きつける魅力みたいなものが備わっているのかもしれない。
次に電話をかけたのは、アスナだった。

「…もしもしシュヴァルツくん、どうしたの?」
「お仕事中すいませんアスナさん。明後日ですが、空いていますか?」
「うん、お店はお休みだけど…それがどうかしたのかな?」
「いえ、実は明後日にモニカさんとべロスまで買い物に行くことになり、アスナさんもよろしければ」
「うん、ご一緒させてもらうよ。あたしも前からべロスに行きたいって思ってたし」
「ありがとうございます。集合場所はまた追って連絡します」
「了解だよ。それじゃ、またね」

電話が切れた。前の三人の違ってアスナは少しベクトルが違ったが来ることには間違いないので問題ない。最後に電話をかけたのは、ベルクトだ。

「…………どうした?シュヴァルツ」
「ああ、お仕事中だったらすいません。今空いてますか?」
「仕事が終わって休んでたところだよ。で、何の用だ?」
「明後日の予定ですが、どうなっていますか」
「基本行き当たりばったりの日雇い労働者の俺にそんなもんあるわけないだろ」
「でしたら、モニカさんと一緒にべロスまで買い物に行きませんか?」
「…………まあ、たまには羽を伸ばすのも悪くはないか。俺も行くよ。待ち合わせ場所は?」
「また追って連絡します。それでは」

そして電話が切れ、これでこの場にいないメンバー全員の約束を取り付けることができた。後は…

「さて、この場にいない5人全員が確約となりましたが、あなた方はどうです?」

といってシュヴァルツはみんなを見渡す。しかし、誰も口を開くことはない。無言の了承というやつだ。

「決まりですね。さて、集合場所と時間ですが、明後日の午前九時にエスタルク医院の駐車場ということでいかがでしょうか?」

そのシュヴァルツの言葉に今度は異論を唱える者がいた。シオンである。

「ちょっと待て、車で行くのか?免許を持ってるのは私とアリーヤさんだけだし、車だって12人も乗れるほど…」

しかしシュヴァルツはその言葉を片手で制し、再び口を開いた。

「心配には及びません。私も最近免許を取りまして、車も特別に契約した地下駐車場に預けてあるんですよ。大人数乗りの車もありますから」
「わかった。私と君が車を出せばいいんだね?」
「ええ、そうしてもらえると助かります」

こうして予定もまとまり、他愛ない雑談を繰り広げながらその日は終わった。そして日曜日、午前8時30分。

700 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:55:55 ID:jZpLCyzU0
朝日がさすエスタルク医院の駐車場に一台の大型車がやってきた。ガウディ社製、ノアズアークだ。ワインレッドに彩られたボディに朝日が反射して眩しく光る。
8人乗りで、運転席と助手席の後ろに三人、またその後ろに三人という具合で、しかも長時間の移動を想定して作られたシートはさながらビジネスクラスの
掛け心地。車内テレビも各シートの前に完備、もちろん空調も完璧。一番後ろの座席のさらに後ろには大きな荷物も積みこむことができるスペースが設けられている。
駆動形式は4WDで馬力も抜群。山道の走行も全く問題ない。
そしてさらに運転席はオーナーの体格に合わせてシートが変形するという充実ぶりで、先日シュヴァルツがマニュアルの免許を取った際に購入した車で
オプション込みで800万円。レースに使う訳でもないのにサスペンションやクラッチ、トランスミッションはもちろん、エンジンやマフラーなどの駆動系統や
果てはシャフトまで徹底的な改造が施され、最高速度は時速280kmに到達する。普段は質素な暮らしを送るシュヴァルツだが、こういうところでは金をかけるのだ。
一方、最近医院の経営が軌道に乗り始めたシオンも今までの車を売却することで資金を都合し、新車を購入した。
ヴォランギーニ社製、S‐9だ。本来は二人乗りのスポーツカーしか生産しないヴォランギーニだが、半年ほど前に新たな試みとして4人乗りの家族向け
スポーツカーという新しいコンセプトの元開発されたのがこのS‐9だ。近未来的なフォルムを投影し、ヴォランギーニ社の象徴ともいうべき真紅のボディ。
車内も高級車を専門に生産するヴォランギーニだけあり、シュヴァルツのノアズアークと同等かそれ以上の仕上がりとなっていた。

駐車場にバックで車を入れ、シオンのS‐9と車一台分のスペースを開けて駐車する。そして車から降りるやいなやS‐9まで歩み寄り、じっくりと眺める。

「いや、素晴らしい車ですね…私のポルシェットR999が霞んで見えます」

そして、懐に手にやり、フィリップ・リリスのスーパーライトを口にくわえ、オイルライターで火をつける。紫煙が朝日に揺られる。
シュヴァルツは10人の中で唯一煙草を吸うメンバーであり、あとの9人は未成年や、健康に悪いという理由で煙草には手を出さず、シュヴァルツも彼らの前では
煙草を吸うことはない。心ゆくまで煙を楽しんだ後は、その吸殻を携帯灰皿へとしまう。廃民街の外では路上喫煙禁止だとか口うるさいがこの街では
それを咎める者はない。何気なく左手首の腕時計に目を落とすと、8時35分、約束の時間まではまだ25分もある。昔からシュヴァルツは集合時刻の
30分前に到着するという癖があったがそれは今も治っていなかった。だからこうしていつも待ちぼうけを食らうことになる。

「お早い到着だね、シュヴァルツ君」

そんな時彼の背後から声を掛ける者がいた。シオンだ。この病院は彼女の自宅も兼ねているので、車が入って来たのが見えたからこうして顔を出したという訳だ。

「おはようございますシオンさん。快晴に恵まれてなによりです」
「まったくだね。モニカさんの日頃の行いがいいからかな。おっと、噂をすれば」

エスタルク医院正門から現れたのは、先日ゲオルグと共にべロスに出かけた時と同じ服と化粧を施したモニカの姿だった。
先に駐車場で待つ二人の姿を見つけるなり駆け寄り、屈託のない笑顔で挨拶する。

「おはようございます!今日はよろしくお願いしますね。えっと、他の皆さんは…」
「まだ来てないよ。もっともまだ20分前だからね…私とシュヴァルツ君はともかく、モニカさんは随分早いおつきだけど」
「えへへ…楽しみ半分、不安半分ってところであまり眠れなくて、早く目がさめちゃったんですよ」

普段欲しくても手に入らないものが手に入る機会がやってきたのと、また先日のようにゴロツキに絡まれるのではないかという不安がモニカの心に渦巻いていた。
しかし、そんな心配は無用だった。今日は告死天使10人という最強のボディーガードが付いている。お兄ちゃんたちとこの人たちではどちらが強いのかと
たまに考えたりもするが、実際に戦ってみないと答えなど出るわけもないし、モニカはそんなところなど見たくなかった。
が、願望としてはお兄ちゃんたちであってほしいと思う。モニカにとってゲオルグとは誰にも負けない、強くて頼もしい存在なのだ。
そして五分ほど話し込んだだろうか、エスタルク医院の玄関から誰か出てきた。クラウスとセフィリアだ。二人ともべロスに出かけるとあってカジュアルな格好をしていた。

701 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:56:19 ID:jZpLCyzU0
「おはようモニカさん、昨夜はよく眠れたかい?」
「いえ、変に興奮しちゃってあまりよく眠れなかったんです」
「ふふふ、遠足前の小学生みたいですね。私も遠足や修学旅行の前日は眠れなかったなぁ…」

そしてまた話し込んでいるうちに続々と集まってくる仲間たち。5分前には全員が集まり、シオンの車に、ベルクト、アリーヤ、霧香が乗り、あとのメンバーが
シュヴァルツの車に乗った 。
15分ほど走って廃民街を抜け出し、町の外へと出る。それから30分ほど走って高速道路のインターチェンジに乗り、モニカはノアズアークの助手席から外を眺める。
高速に乗って20分ほど走ったところで、モニカの目に飛び込んできたのはこの閉鎖都市に四つ存在する競馬場のうちの一つ、シャロン競馬場の美しいターフだった。
更に右手側には、ググレビールの本社工場がある。更にそこから30分ほど走ると今度は北武線のイエローボディが走る線路と平行するようになり、そこから五分ほどしたところにあるパーキングエリアで朝食をとることとなった。
ソーセージマフィンや、BLT(ベーコンレタストマト)のサンドイッチなどブレイクファストにふさわしいメニューを注文する一同。
そして朝食をとり終え、コーヒーブレイクタイムだった時、ジェネシスが売店で何かを買ってきた。
見ると…土産物の般若の面で、しかも被ることができるのだという。更にそれだけでなく彼はこの面についてあるゲームをしようというのだ。
12本の線からなるあみだくじを引き、見事あたり?を引いたものがべロスについてからこれをつけるのだという。
最初はみな嫌がったが確率は12分の1。一割にも満たないその確率に誰もが自分は当たらないと高をくくり、全員が思い思いの場所を選び結果見事当たりを引いたのは…
よりにもよってセフィリアだった。言いだしっぺであるジェネシスもこの展開に言葉を失う。

「よりにもよって妹君とはな…絶対似合わないだろ。だってブロンド髪に般若の面ってどんな濃い味のコンボだよ…」

ベルクトが言葉を漏らす。誰もセフィリアが般若の面をつけているところを想像することができず、ただ言葉を失う。しかし、これがみなの承諾したゲームの結果だ。
そうしてセフィリアがべロスに着いてから般若の面をつけることになったのだが、これが結果としていい方向に転ぶのだ。
その後また車は走りだし、かつてこの閉鎖都市を作り上げた者たちの王の住む城の跡を臨むところで高速を降り、べロスへと向かった。
西に向けて30分ほど走ったところに目的の場所、べロスはある。若者文化の発信地としてにぎわい、多くの人々が行きかう駅前には犬の銅像や、
昔走っていた電車の車体がそのまま残されていたりする。そんな光景を見ながらスクランブル交差点で信号待ちをし、眼前を横切る人波を見送るモニカ。
そして信号が青を灯し、五分ほど走ってコインパーキングを見つけ、そこに駐車することとなった。若者の街とはいえ治安は廃民街と比べれば
遥かにいいので、地下の駐車場を用意したり、鎖で止めておかなくてもいいという訳だ。車を降り、まずはモニカが好きそうな商品がラインナップされたべロス901に向かうことになった。と、ここでセフィリアが先のゲームの結果
付けることになった般若の面を被る。目の部分には穴が開いているから視界を遮ることはないし、大きく開かれた口にも目立たないように呼吸口が開けられているので
息苦しくなることもない。しかし…

「セフィリアさん、無理をして付けなくても…私も正直悪ふざけであのゲームを提案したのですから」

しかし、セフィリアはくぐもった声で優しく答えた。

「大丈夫ですよ。あなたがそうしたように私もたまにはふざけてみたいんです。兄さん、似合っているかな?」
「…とても残念だけど全く似合ってない…」
「そうだろうね、うふふ」

すると何を思ったか、ジェネシスも懐からあの仮面を被る。そしてくぐもった声で言った。

「セフィリアさんがそうする責任は私にあります。かくなる上は私も仮面を被ることでその責任を果たさせてください」

こうして仮面を被る二人を見てクラウスは思う。傍からみたらただの変人集団なのでは?と。
そしてべロス901まで歩くことになったのだが、ここで面をつけることでいい方向に転ぶ出来事がやっていた。
たくさんの人が行きかう道を歩いていると、後ろからいかにも軽薄そうな感じの声を掛けられる。あの時の出来事を思い出し、ビクっとするモニカ。

702 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:56:43 ID:jZpLCyzU0
「へい、そこのブロンド髪したお姉さん、ちょっと!」

どうやらセフィリアのことを呼んでいるようだ。面の奥で意地悪く微笑んで、相手の方へと振り向く。

「ひぃっ!」

振り向いたのは、白く彩られた面に金色の眼、眉尻は大きく歪み、頭には角が生え、大きく歪み開いた口には牙が生えた般若の面。
セフィリアに声を掛けたその男は、怯えた表情を見せながらも何かを手に持ってやってきた。見るとそれはピンク色のハンカチで、セフィリアのものだった。
セフィリアがこれを落としたのに気付き、ナンパがてら声をかけたのだが振り向いたのは般若の面。これではナンパどころではない。

「あ…あのこれ…落とされましたよ…それじゃ…」

踵を返して男は走って逃げていく。その男をセフィリアは呼び止めようとしたのだがすでに見えない位置まで行ってしまった。
その後も道行く人々が般若の面におびえた表情を浮かべていく。だが、何事もなくべロス901にたどり着くことができた。
まずはモニカお目当ての洋服が取り揃えられたブティックコーナーに向かう。地価がものすごく高いにも関わらず閉鎖都市中央部近郊にある
ショッピングモール並みの広さを誇るこのコーナー。その中から自分の年代に合った一角を見つけ、気になった服を手に取って首のあたりからぶら下げてみる。

「この服可愛いな、えっと値段は……9800円、高いなぁ…シュヴァルツさん、本当に大丈夫なんですか?」
「まったく問題ない金額です。せっかく来たんですからもう3、4着ほど買っていかれたらどうですか。スタッフの方にコーディネートしてもらうというのもいいでしょう」

上目使いでシュヴァルツを見上げるモニカに彼はアドバイスを交えて答える。ハッキング、株式取引に関しては超一流と言えるシュヴァルツだが
ファッションに関しては疎い。自分に出せるのは金だけだから着こなしなどの専門分野に関してはスタッフのアドバイスを仰ぎたいところだ。
大所帯でいるおかげで洒落た服に身を包んだスタッフが1,2人、モニカたちの近くを歩いていた。そのうちの一人、ショートボブのヘアスタイルをした
キュートな女性スタッフにセオドールが声を掛けた。

「はいお客様、どうなさいました?」
「実は彼女の服を買いに来たんだけど、お姉さんのセンスで可愛くコーディネートしてやってくれないかな」
「かしこまりました。ところでお客様………もしかしてブルー・スカイハイのヴォーカルの…」

その女性スタッフが小声で聞いてくる。そういえばべロスについてからセオドールに気付いたのはこれが初めてではないだろうか。
その原因はおそらく、セフィリアの付ける般若の面があまりにも人の目を引きつけたからだろう。そのおかげでブルー・スカイハイのヴォーカルという
スーパースターが道を歩いていても、人々に取り囲まれることなく早く到着できたという訳だ。

「否定はしないけどさ、今は俺が何者かより彼女のコーディネートの方が大事だろ。可愛くキメておくれよ」
「あ、申し訳ございません!今お伺いいたします」

接客を疎かにしたことに気付き、慌てて頭を下げながらモニカに歩み寄るスタッフ。胸から下げられたネームプレートには、『クラン・オルステッド』とあった。

「お客様はどのような服がお好みですか?お客様の好みに合わせて私がお客様に最も似合う着合わせをコーディネートいたしますから」
「あ、はい、私はこんな服が…」

先ほど手に取った服をクランに見せる。その服を見たクランが即座に頭の中でモニカに似合うコーディネートを何通りも組み上げる。
店頭に並べられたラックからハンガーに下げられた、モニカが手に取った服とデザインや雰囲気が似ている服を何着か取り、モニカに提案する。

「まずはこれらの服でコーディネートさせていただきたいのですが、よろしいですか?」

クランが選んだこれらの服はどれもモニカの好みにバッチリのものだった。これを組み焦るとどうなるのだろう。期待に胸を膨らませてモニカは試着室へと向かった。

703 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:57:01 ID:jZpLCyzU0
クランの親切丁寧な説明に一つ一つ頷きながら彼女の提案する組み合わせで試着してゆく。どれも素晴らしい組み合わせだった。こんな服を着てまたお兄ちゃんと
一緒に出掛けられたら、と思わずにはいられない。しかし、気になることが一つあった。

「クランさん、全部でおいくらになりますか?」
「そうですね…今計算しますね……全部で8万4千円になりますね。お財布の方は厳しいでしょうか…?」

懐から電卓を取り出し、金額を計算してその数字をモニカに見せる。本来ならば絶対手が届かない金額だが今日は事情が異なる。

「では、これでお願いします」

シュヴァルツが財布から取りだしたのは、PIZAのプラチナカードだった。それを見たクランは絶句するが、次の瞬間には笑顔でモニカとシュヴァルツを
レジまで案内し、そのま会計を済ませる。会計が終わり、クレジットカードの明細書とレシートを渡されたが、それと一緒にクランが名刺を差し出してきた。

「私の連絡先が記されてありますので、何かご不明な点がございましたらいつでもご連絡ぐださいませ。それではまたのご来店を…」

とクランが言いかけた時、シュヴァルツは財布から1万円札2枚を取り出し、それをクランに差し出した。

「ええと、お客様…このお金は?」
「今回のあなたのコーディネートに対する報酬です。最高の仕事には常にそれに見合う対価が支払われるべき、というのが私の信条でして」
「いえ、私は仕事として当然のことをしたまでです。このお金は受け取れません。その代わりと言ってはなんですが…セオドールさんのサインさえいただければ…」

したり顔で語るシュヴァルツの言葉を頑なに断り、さりげなくセオドールのサインを要求するクラン。そしてチラリとセオドールの方へと目をやると、
ジャケット一着とベルトと、黒いハットに白いTシャツ、ジーンズを持ってきた。これは彼自身が見立てたものであるようで、クランの立つレジまで持ってきた。

「お姉さん、これ会計お願い」
「あ、はい…かしこまりました」

一つずつ商品に付けられたバーコードを読み取り、商品を丁寧にまとめていく。すべての商品をレジに通し、表示された金額は、ちょうど2万円だった。

「ではこれでお願いします」

といってシュヴァルツは先ほどの2万円を再びクランに差し出す。事情が呑み込めないセオドールがそれを制すが、

「では代わりに彼女にセオドールさんのサインを」

とにべもなく会計を済ますようクランに促した。その2万円を受けとり、会計を済ませ商品を袋に詰めてセオドールに手渡す。

「まあ別に減るもんじゃねえし、いいよ。なんか書くもんあるかい」
「はい、こちらに!えっと…できればクラン・オルステッドさんへって書いていただけると…」
「はいよ、了解さん」

受け取ったメモ帳とボールペンで、見開きで『Theodore Burroughs』とサインを印し、その下に『Dear Clan Olstead(親愛なるクラン・オルステッドへ)』
と記した。そのままメモ帳とボールペンを彼女へと返す。

「ありがとうございます!一生の宝物にします!」
「んな大層なものじゃねえさ。じゃ、縁があったらまた会おうよな」

踵を返し、彼女に背を向けて振り向きながら手を振る。その背中をうっとりとした表情で見送るクラン。
その後もモニカの好みにマッチしたアクセサリーや小物などを次々と購入し、使った金額は15万円を超えた。
買い物も終わり、たくさんの買い物袋を持って出てくる一同。その買い物袋を持っているのはクラウス、ベルクト、セオドール、アスナだった。
ふとモニカが小腹が空くのを感じ、べロス901の最上階に備え付けられた巨大デジタル時計を見上げると、時刻は13時半を示していた。

704 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:57:18 ID:jZpLCyzU0
「そろそろ何か食べませんか?こんなにたくさん買ってもらって悪いので、お昼はコンビニのサンドイッチか何かで…」

と、モニカが提案するが、ここで一悶着が起きる。食べたいものがばらばらになったのだ。クラウスとセフィリアはそれでいいというが、ベルクトとアリーヤ、霧香は
和食がいいと言い出し、シュヴァルツ、アスナ、シオンは洋食がいいと言い、ジェネシス、フィオ、セオドールは成り行きを見守っている。
洋食と和食双方を提供するレストランなどそうそうない。ましてや若者の街べロスにおいてそんな特殊な店舗など望むべくもない。そこで、フィオがみんなに提案する。

「あの、それならみんなが好きなものを食べに行ったらいいんじゃないかな?べロスにお出かけなんてまたとない機会なんだし、こんな時くらい食べたいものを
食べようよ。ボクはモニカちゃんともっとお話したいから、モニカちゃんと一緒のものを食べようと思うけど」
「俺も賛成。チームだからってなんでも同じにする必要はねえじゃん。みんなが自分の食べたいものを食べて満足すりゃあいいさ。
ほら、俺たちの曲にもあるじゃん。サティスファクション(満足)って曲が」

その結果、食べたいものを食べるということになり、一時間後にイチ公の銅像前で落ち合うことになった。

「じゃあ、みなさん、行きますか」

モニカに同行することになったのはクラウス、セフィリア、フィオ、セオドール、ジェネシスの5人。901から5分ほど歩いたところにあるコンビニ
業界最大手の『ナインボール』へと入っていく。ビリヤードの『9』の球をモチーフとした看板が目印で、閉鎖都市全域で120店舗を構える一大企業だ。

モニカはサンドイッチやおにぎりなどが置いてあるコーナーへ歩いていき、サンドイッチを2つと清涼飲料を購入する。クラウスたちもそれぞれ菓子パンやおにぎりなど
各々の食べたいものを買い、昼食をとる上で都合のいい場所を探し、そしてそれはすぐに見つかった。イワシタパーク。閉鎖都市中央部を駆ける環状線沿いに作られた
公園で、つい最近まで大勢の路上生活者がテントを構えていたが、ヤコブの梯子行政部により強制退去が執行され、今はバスケットコートやスケート場などが
整備された、若者たちの憩いの場となっている。その公園のベンチに腰を下ろし、買い物袋から先ほど購入した昼食を取り出し、ほおばっていく。

「おいしい!普段こんな陽のもとでご飯なんて食べる機会ないから余計においしくかんじられるんですね」

廃民街で暮らしていると、外で食事をとることなどまずありえない。モニカはこれまでハイスクールの学生食堂や孤児院の食堂で蛍光灯の無機質な明かりに
照らされながらずっと食事をとってきた。もちろん、マリアンをはじめとする孤児院の同年代の子供たちや、ハイスクールの友人たちと語らいながらの食事は
楽しいが、モニカにとって太陽の光に照らされながらこうして食事をとるというのは初めてと言っていい経験だった。

「そうだね、廃民街の外の学校なら遠足とかもあるんだろうけど、僕らは何せその手に予算を回す余裕なんてなかったから…」
「おいおいクラウス、せっかくの楽しい場なのにそんな暗くなること言うなって。そんなだからKYなんて呼ばれるんだよ」
「僕がいつそう呼ばれたっていうのさ」

昼食を取りながらそんな冗談で笑いあい、他愛ない雑談で時は過ぎていく。そして、昼食も終わり、他の皆と合流しようかという話になった時、それは起こった。
モニカたちから見て公園の右側の方から、非常に長髪で、前髪で目を隠していて男か女かの判別もつかない人物がモニカたちの方に駆け寄ってくると
そのままクラウスにしがみついて、か細い声でこう言った。

「助けて…怖い人に追われてるの…」

その声を聴く限りどうやら性別は女性、歳はだいたい10代中盤〜後半くらいだとクラウスは推測したが、突然の出来事に呆然となるモニカたち。
しかし、突如現れた謎の少女を追うようにして現れた男がモニカたちの前に立ちはだかり、いかにも高圧的な口調で言った。

705 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:57:35 ID:jZpLCyzU0
「自警団第2課、特殊任務部隊所属の黒崎恭平少尉だ。その少女の引き渡しを願おうか」

と、黒崎と名乗った男は懐から自警団所属であることを証明する手帳を取り出し、それを見せつける。

「嫌だと言ったら?」
「残念だが公務執行妨害で君たちも連行せざるを得なくなるな。前科など持つものではない。さあ、早くその少女の身柄を渡したまえ」

前科?これまで9人の人間を手にかけてきたこの僕に今更前科だって?笑える冗談だよお巡りさん。それに、僕の腕の中で怯えて震える小さな女の子を
はいそうですかって渡せる訳ないよね。是が非でもこの女の子を渡すわけにはいかないね。

「拒否します。それにこの女の子を連行するというのなら当然逮捕令状はあるんですよね?黒崎恭平さん?どうなんですか?」

瞬間、黒崎の顔が苦虫を噛み潰したように歪む。やはり令状は取っていないようだ。同時に現行犯で逃走していたわけでもないということになるため、
何か深い事情があるのだろう。しかし、黒崎は再び懐に手を伸ばすと今度は黒いボディが鈍く光る自警団の隊員に支給されている拳銃、トカルトⅨを取り出し、
それをあろうことかクラウスに向ける。

「君もまだその若い命を無駄に散らせたくはないだろう?死にたくなかったらさっさとその娘を渡せ」

しかし、その行動が結果として黒崎自身の首を絞めることになった。フィオが右手にグレイスを構えてそれを黒崎のこめかみに突きつけ、
左手には、自警団第一課課長・フィオラート・S・レストレンジ大尉と表記された手帳を構えて、宣告に近い口調で言った。

「自警団第一課課長・フィオラート・S・レストレンジ大尉です。一般市民に銃を向けるとはどういうつもりですか?今回の貴官の一件、アンドリュー団長に報告します。
『軍法会議』も覚悟していてください」

人間は、目的に集中するあまりその他の事が一切目に入らなくなってしまうことが時としてある。結果的に何も起こらない、もしくはちょっとした失敗だけで
済む場合が圧倒的多数だが、時としてそれが自らの破滅を招く場合も稀にある。黒崎という男はまさにその好例と言えるだろう。
青ざめた表情でその場を後にした黒崎。それを見届けた後、ようやく一同は深いため息をついた。

「ありがとうフィオ。君がいてくれて助かったよ」
「ううん、お礼には及ばないよ。寧ろ、自警団の負の部分をモニカちゃんに見られたってことが痛いなあ…」
「いえ、私は別に気にしてないですよ。自警団が先の人みたいな人ばかりじゃないってことはフィオさんを見ればよくわかりますから」
「そう言ってもらえると助かるよ、モニカちゃん。さてと、この女の子に名前と住所と年齢を聞かないと。教えてくれるかな?」
「沙天瑠詩愛(さてん・るしあ)…歳は15…住所はわからない…」

706 ◆SU1jujxKjE:2011/11/28(月) 02:59:24 ID:jZpLCyzU0
(住所がわからないってことはストリートチルドレンなのかな。このイワシタパークはつい先日までホームレスの人たちがテントを構えてたから
この子もその口なのかもしれないけど、それにしては妙に身なりが綺麗なんだよね。でも、この子をこのままにしておくわけにはいかないし、保護しないと)

「とりあえず今は休息が必要だね。体力的にも精神的にも疲労してるだろうから。この子は保護して、シオンちゃんの病院で休んでから後でゆっくりと
お話を聞かせてもらえればボクはそれでいいよ」
「そうだね。僕も賛成。ところでフィオ、さっき『軍法会議』って言ってたけど、それにかけられたら、その人はどうなるの?」
「う〜ん、有罪と認められたらその重さにも寄るんだけど最悪、即刻銃殺刑かなあ…ちなみに自警団の規則だと民間人に銃を向けたことが発覚した場合、
よっぽどの事情がない限り、軍法会議で銃殺刑が下ることになってるの。さっきの人は第2課特殊任務部隊って言ってたよね」

そして語られる第2課特殊任務部隊の実態。特殊任務部隊は、言ってみれば自警団の諜報機関のようなもので、その性質上、存在を知る者は自警団の中でも
各課のトップをはじめとする幹部クラスの人間のみである。さらに彼らは自分たちの任務の妨げになる存在を秘密裏に排除することが許されているのだ。
ただ、あくまでも『秘密裏』であって、白昼の公園で民間人に銃を向けるという行動が秘密裏であるはずがなく、さらにその場に第一課課長が同席していたこともあり
黒崎の銃殺刑は免れないだろう。さらに彼女は、各課には第二課のような特殊部隊が存在すると語るが、機密に関わるとのことで、それ以上は語らなかった。

「ま、ここでうだうだ話しててもしゃーねえべ。とりあえずみんなと合流して、そこからまたどうするか決めればいいんじゃね?」

セオドールの言葉に同調する一同。そして一行はべロス駅前の忠犬イチ公前へと向かうのだった。

投下終了です。長い、長すぎる。さて、華麗?に復活を決めたところで、クズハちゃんと匠くんのこじれた関係の行方を
見守りましょうかね

707名無しさん@避難中:2011/11/29(火) 17:15:58 ID:mMCdvZ2.0
乙! お久しぶりです
(ほぼ)殺伐としないのんびりと買い物タイムは落ち着きます

708 ヘ ノ: ヘ ノ
ヘ ノ

709名無しさん@避難中:2011/11/30(水) 00:48:05 ID:kpsp0rkQO
投下乙です!!
件のシェアクロスに告死天使は参戦しないのかな?

710 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 18:07:12 ID:uUH/bE.c0
>>689
なんと愛らしく描いていただけているのでしょうと感動です!

>>NEMESIS
荒事成分の少ない閉鎖都市も珍しいもので、見ていてほっとしますw

711白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:15:23 ID:uUH/bE.c0
では投下させていただきます

712白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:19:29 ID:uUH/bE.c0


            ●


 彰彦に引きとめられた匠は、彼に向き直って訊き直した。
「問い質すこと?」
「ああ」
 彰彦は頷いた。その上で、
「クズハちゃんのさっきの告白だけどな」
 未だ混乱している事についての言及がいきなり来た。
 匠が思わず身を固くしているのに気付いたのか、彰彦はもう一度頷きを作り、
「あの子がお前を好きだった事、お前は本当に気付いてなかったのか?」
 まるで彰彦は以前からその事を知っていたかのような口ぶりだ。そう思いながら匠は自身の思う所を素直に言葉にした。
「好き、かどうかは分からないけど、それなりに慕われている、とは思ってた」
 ある程度の信頼があったからこそ、クズハが感じていた寂しさに気付けなかったような自分を見捨てず、
未だに行動を共にしてくれていたのだろうと匠は思っていた。
 しかしそれは、
「ただ、その慕うってのは、第二次掃討作戦の時にクズハを保護した、そして、
その後諸々の手続きを整えて人の社会でとりあえず生きていけるように状況を整えた俺に対する里親とか、
兄とか、そんな感じの意味合いのものじゃなかったのか?」
 先程いきなり聞く事になったクズハの告白は、そのような意味での告白だっただろうかと今更思うが、
「匠、お前そこまであの子の言葉をひねて考えるか?」
「……いや、違う。分かってはいる、つもり、なんだ、が……」
 つまり先程の好きは異性としての、恋愛感情に基づく好き、という事なのだろう。
そうでなければ言葉の訂正も言い訳もなく部屋から飛び出して行ったクズハの行動の意味を図る事ができない。
そして訂正も言い訳もないという事は、それがクズハの本心であるという事なのだろうとも思う。
 匠とて、その程度にはクズハの気持ちを推し量る事は出来る。
 だが、
「クズハは。俺が拾って助けたから、クズハに対して俺は影響力があるんだ……。
あまり下手な事を言ってしまうと、クズハは良い子だから俺の言葉の通りに心を変えて、
無理にでも俺に付き合う事になってしまうかもしれない」
 大事だからこそクズハの自由意思を阻害したくは無かった。そう思う匠に、
「なるほどな……まあ色々と理解したけど、お前クズハちゃんに甘いよな。いいじゃねえか、
お前がクズハちゃんに対して持つ恩であの子を捕まえる事だって出来るだろうによ」
「そういうのは好かない」

713白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:20:25 ID:uUH/bE.c0
 彰彦は快さそうに笑った。
「いいねぇ、そうでなくちゃ」
「ほっとけ」
 緩い笑みを浮かべている彰彦にぞんざいに言う。彼はいやいやと言って笑いを収め、
表情をしんみりとしたものに変えた。
「でもよ、それでクズハちゃんをあんな風にさせてちゃだめだろ。
あの子はあの子で恩を強く感じ過ぎてお前を信仰してるような状態なんだぜ?」
「信仰……」
 口の中で言葉を転がす。クズハが自分を信仰している、というのは不思議と違和感なく呑みこめてしまった。
彼女のそれを、自分は慕われていると受け取っていたのだろう。
 ……どうも認識がずれてるな。
 あれほど長く一緒に居てすらなかなか理解し合えないものか。思わずため息を吐くと、彰彦が付言してきた。
「クズハちゃんな、自分には何も出来ないと思いこんで、皆の前から消えるなんて言い出しやがった」
「それで、俺たちの前から逃げたってのか?」
「だろうな」
 また随分と思い詰めさせてしまった。眉を顰める匠に彰彦は別の問いを投げてきた。
「匠、お前はぶっちゃけクズハちゃんをどう思ってんだ?」
「家ぞ――」
「家族なんていう微妙に曖昧な関係性の説明は無しな。お前の心をお前の言葉で答えろよ?」
 その指摘に、匠は言葉を詰まらせた。
 反射的に用意されていた言葉を止められて、匠は自分はクズハをどう思っているのだろうかと今一度真剣に考えてみる。
 ……クズハは、最初研究区の皆のような、新しくできた家族のような存在で――
 新しい家族、という存在は、平賀の研究所で知らない大人達と共に幼い頃を過ごした匠にとっては馴染みの深い感覚だった。
記憶を失っていたクズハは、ほとんど一からこの国の事を教えていかなければいけない存在で、
徐々に自分に懐いてくれる様は妹がいたのならばこのような感じなのだろうと思えるような近しさがあった。
 和泉に移る頃には、食事の面倒をみてくれたりしておおざっぱな料理しか作れない匠としてはありがたい存在になっており、
キッコが絡んだ事件で随分と自分の付き合い方が良く無かった事を思い知った。
 その失敗を雪ごうと匠としてはいろいろと考えてきたつもりだったが、
それらの結果として今の状態というのはなんとも話にならない状態だ。
 クズハに拒絶され、愛想を尽かされたと思った時の自分の調子の崩れた状態を思い返す。今ではクズハは、
「居なくなると自分の調子が狂う……というか、落ち着かない位に俺の中で大きな割合を占めてて……」
 先程聞いてしまったクズハの言葉を思いだす。
 好きだ、という言葉は確かに心に響き、匠はその言葉に湧きあがるような嬉しさを感じた。
 つまり、
「ああ、俺、クズハにずっと傍に居てほしくて――クズハが好きなのか」

714白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:21:59 ID:uUH/bE.c0
「今更かよ」
 目から鱗が落ちた気分で思ったままを口にする匠に彰彦は盛大なため息を見せつけると、よし、と頷いた。
「そこまで分かってりゃ大丈夫だろ。クズハちゃんを捜しに行こうぜ。
そう遠くにゃまだ行ってねえだろうし、匠はさっきのクズハちゃんの告白に答えなきゃいけねえしな」
「そうだな」
「しっかり答えろよ。クズハちゃんのあの拒絶はお前のはっきりしねえ態度におびえての事なんだからな」
「……そうか、ああ、分かった」
 答えながら、匠はクズハが誰にも見つかっていなければいいと思う。
 ……クズハが見つかっていた時は……。
 その時はその時だ。そう考えながら、墓標を携えて、彰彦と共に匠は研究区へとクズハを捜しに出る。
 走りながら思う事は先程の彰彦の言葉だ。
「はっきりしない態度におびえていた、か」
 自身の想いにすら無自覚だった自分に呆れながら自責する匠に、彰彦が軽い口調で言ってくる。
「ずっと異形相手に野郎どもに囲まれた環境で戦ってばかりいたからそっち方面の感覚が鈍るんだよ童貞野郎」
「……俺たちの部隊、第二次掃討作戦出陣前に対淫魔対策と銘打って隊長に色町に連れて行かれたぞ」
「マジかよ、羨ましいなおい。その隊長紹介しろよ」
「もう死んだよ」
「……嫌な時代だ」
 研究区居に騒ぎが起きている様子は今の所無い。このまま間に合え。そう思いつつ二人は勝手知ったる街を駆ける。

715白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:22:53 ID:uUH/bE.c0


            ●


 研究区から勢いのままに飛びだしたクズハは、研究区の裏路地を選んで走り続けていた。
 行くあてなど無い。ただ研究区の外に出なければならないという思いだけが彼女を走らせている。
 必死に走る彼女の顔は赤く染まっていて、見る者がいれば尋常な状態では無い事が分かった事だろう。
 幾つかの路地を渡ると、クズハは家々の壁の間の空間で足を止め、壁に背を預けた。
 荒れた呼吸を繰り返しながら思うのは先程の自分の部屋での事だ。
 ……聞かれてしまった……。
 あれだけの迷惑をかけておいて、なんて浅ましい事だろうとクズハは思う。
 ……もうあそこには戻れない。
 元々近いうちに出て行くつもりだったし、そもそも研究区に長く居れば、それだけ武装隊に見咎められる可能性は上がる上、
研究区の皆が感じる重圧もストレスも増える。それらを慮っての、この逃走だ。
この逃走の後の見通しは彰彦に語った通り、ありはしない。それでも、研究所を出て来てしまった以上は、
知り合いが多く、見咎められる可能性の高いこの研究区を出て行くしか選択肢は無かった。
 ……ともかく、正門を通らずに、それでいて武装隊の皆さんの検問を抜ける道を探さないと。
 そう思って壁から背を離した直後、路地の奥から人の気配がした。
「そこに居るのは誰だ?」
 誰何してくるの声は男のものだ。薄暗い空間でのことで、相手からはこちらの姿は見えていないだろうが、
夜行性の獣の目を持っているこちらにはその姿がよく見える。衣服からしても、
歩いてくる動きと共に聞こえて来る金属が鳴る音からしても、相手は間違いなく武装隊だ。
 ……いけないっ!
 クズハは咄嗟に身を翻し、男がやってくる方向とは逆に走りだした。
「――待て!」
 その行動に不審を濃くした武装隊の男が制止の声をかけながら追いかける。
 クズハは複数の路地を縫って街を走る。しかし、どうも追いかけて来る相手の様子が変だ。
 武装隊の男は捕縛用のネットを射出してくるが、その狙いがクズハが進もうとする路地の入口に向いている。
クズハとしては別の道に紛れこんで行くしかなく、
 ……誘導されている?
 路地裏の道を抜けてしまえば、はっきりと姿を相手に見られてしまう。
そう思うが、相手を撒こうにも、なかなか相手はしつこく、下手に攻撃を行って怪我をさせるわけにもいかない。
 ……どうにかしないと。
 思う間に進路の先に光が見えた。
 裏路地を抜けようとしているのだ。

716白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:24:24 ID:uUH/bE.c0
 こうなってしまっては姿を見られてしまうのは仕方が無い。
クズハは熱くなる肺に更に空気を入れて走る速度を上げようとして、路地の先に人が待ち構えているのを見た。
 路地の出口に近付くにつれてクズハにも光が刺してきた。さほどの光量が無くとも、クズハの銀髪と銀毛は人目に鮮やかに映る。
 路地の先に構えた士官服を着た男、渡辺は光に照らされるクズハの正体を看破した。
「クズハか――止まれ!」
「……っ」
 相手の構えは万全だ。
路地の影になって見えない部分にも既に他の武装隊が控えているのだろうと人々のざわめきから判断して、
クズハは正面から相手とぶつかる事を避ける事にした。
 走りながら≪魔素≫を集中する。手元に陣を描いて集積した≪魔素≫を冷気へと変換する。
 魔法の作成は即座に完了した。
 ――行って!
 手の一振りによって放たれた冷気の塊を纏った魔法陣は、路地を形作る壁の右側、家屋の壁へと激突して、壁に対して直角に氷柱を生やす。
「足場か!」
 後方の追っ手が言う間にもクズハは二段、三段と氷の足場を作成して階段を上るように地上から離れて行く。
 そのまま男たちの頭上を飛び越えようとして、クズハは渡辺が≪魔素≫をその身に纏うのを見た。
 彼が纏う≪魔素≫の練り込みと密度は、
 ――匠さん並み!
 危険だ、と思い≪魔素≫を反射的に全力展開して陣を組む。
 足元に氷の床を築いて下方からの追っ手を防ぎ、更に現在位置から研究区の外にまで橋をかけるのが狙いだ。
街の一部に氷の屋根がかかることにはなるが、
 ……氷製ならすぐに溶けて皆さんの迷惑にはならないはず――
 そう考えるクズハの眼前に、渡辺は既に辿りついていた。
「――!」
 クズハが数段の階段を踏んで至った高さに一跳びで達した渡辺は、腰から警棒に似た魔具を抜いた。
 そして、
「魔法を組ませはせん」
 言葉と共に衝撃がクズハを襲う。
 地面に向かって落下していると気付き、
クズハは陣を組み損ねて霧散しかかった≪魔素≫を風の形で再構成し、落下の衝撃を抑えるクッションにした。
 落下速度を緩めると同時に新たな魔法陣を築き上げようとしたクズハを更に追加の衝撃が襲い、息が吐き出される。
「――っ!」
 地面に倒されたクズハは即座に起きあがろうとして、周囲を武装隊に囲まれている事に気付いた。
 下手に動く事の出来ない状態だ。仕方なく地面に伏せたまま動きを止めたクズハの前に、渡辺が着地する。
彼は路地を少し出た所で引き倒され、日の光を浴びて明らかになったクズハの顔を確認した。

717白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:25:44 ID:uUH/bE.c0
「補助無しの一個人であの≪魔素≫の量
……和泉で群れごと異形を吹き飛ばしたのは本当らしいな。やはり異――」
 続く言葉を途中で切り、渡辺は別の事を口にする。
「坂上のもとに来ていたか」
「渡辺隊長、どうしますか?」
 追いついてきた武装隊員の問いに彼は思考し、
「研究区が組織ぐるみで匿っていたにせよ、坂上が個人的に匿っていたにせよ、
クズハ個人でここに逃げ込んできていただけにせよ、クズハを捕らえたのならばこれで追加の派遣部隊は撤収する事になる。
研究所には報告が必要だろう。クズハは……そうだな。研究所の判断を図る意味でも、平賀博士に引き合せるのがいいかもしれん」
 武装隊たちの間で交わされる会話を聞いて、クズハはまずいと思った。
 ……このままでは平賀さんや匠さんに会ってしまう……。
 今の自分が上手くあの二人――特に匠の前で平静でいられるとは到底思えない。
二人に会えば、研究所がクズハを匿っていた事がばれてしまうかもしれない。
その事を恐れたクズハは地面に引き倒された状態で叫びを上げる。
「待ってください! 私は留置所の破壊なんてしていません! もちろん人だって襲ってなんていません!」
「やっているのかやっていないのかの判断は別の者がする事だ。――連れて行くぞ」
 冷たく言い放って渡辺が部下の武装隊を促す。クズハを囲んでいた武装隊員が、
手と魔法を封じる為の手錠型の拘束具を取り出して背に回させた彼女の手を取り――
「――痛ッ!?」
 苦痛を訴える声と共に隊員の手が離れた。
「……?」
 隊員の苦悶の声に釣られて注意が一瞬逸れた瞬間に咄嗟に起きあがったクズハは、何が起こったのかと周囲を見回した。
 クズハと同じように、武装隊たちも皆が周囲を見回していて、その中の一人が、渡辺が一点に視線を向けているのに気付いた。
 彼の視線を追ってみると、その先には研究区の住人がいた。それも、10や20を越える数だ。
 クズハを囲んだ武装隊を更に囲むようにして集まって来ている人々の手には、棒や石が握られている。
「お前達、一体何のつもりだ!」
 渡辺が人々を怒鳴りつける。住人達はその怒声に怯む事無く返した。
「そっちこそ、クズハちゃんに何しとるんじゃい!」
 渡辺に負けない怒声で返す男を先頭に、幾人もの住人がそうだそうだと続いた。その数の多さに武装隊側が怯む。
 集まってくる住人の数は未だ増え続けている。彼等はその手に洗濯竿や石のようなものを持ちだしてきていた。
「お前達!」
 武装隊の一人が、魔法の初動として≪魔素≫を集め始めた。
 ……いけない!
 クズハが思う間に、渡辺が隊員を手で制した。
「待て!」
 彼は続いて武器を手にしている住人達へと向き直った。
「お前達、クズハは重罪を犯した可能性がある。我々は彼女を捕らえにきたのだ! 邪魔をしないでもらいたい!」

718白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:27:26 ID:uUH/bE.c0
「重罪ってなんだ、納得できるか!」
 感情的に返す声を聞き、クズハは割り込むように声を上げた。
「皆さん、やめてください!」
 声に、視線が向けられてくる。知ってるものも多い視線を受けながら、
クズハは自らの罪を告白するように言った。
「私は、そんな風に皆さんに庇ってもらえるような立場じゃありません!
 私が居なくなれば武装隊も多くがここから引き上げます。皆さんも楽になるんです!」
 この研究区に避難してきた異形達も、研究区と行政区が対立しているのも、たしかにクズハに原因の一端がある。
 それに、
 ……私は……もう匠さん達の前から居なくなるって決めたんです。
 だからこそ、このままここで揉め事を起こして平賀達に余計な迷惑をかける事はできない。
だから、とクズハは渡辺の方へと歩み出ようとして、住人の一人から待ったをかけられた。
「平賀博士とそこの武装隊の兄ちゃんの会話は聞いたからな、クズハちゃんが追われてる理由も知ってたよ」
 だが、と言葉が続く。
「なんでクズハちゃん一人でここまで大事になるんだ?」
 武装隊に向けられた問いに、渡辺が答える。
「留置施設を破壊、その上職員二人を殺害しての逃走、この二件の罪は重い。特に今の行政区の方針ではな」
「職員殺しはまだ疑いがあるってだけなんだろ? 脱走だけでこの大人数での押しかけはおかしいだろ」
 その言葉に周りがそうだそうだ、と同意して敵意の目を武装隊に向けた。
「どうせ前から研究区を気に入ってない人間が一枚噛んでるんだろうよ」
「元々火種なんてのは腐る程あったわけさ、で、一番火を点けやすそうなクズハちゃんの件に大げさに火を点けて、
それを口実にしてこの研究区に圧力をかけようとしたんだろ」
 じゃあ、と別の声が続く。
「クズハちゃんが連れて行かれるのは研究区の負けでもあるわけね」
 人々は、既に相当数が集まって武装隊を囲んでいた。
「み、皆さん駄目です!」
 見る見る険呑な気配を満たして行く周囲の様子にクズハが制止の声を上げるが、状態は落ち着く様子を見せない。
 武装隊も住人達に対抗する為に身構えた。今度は渡辺も止める様子が無い。
 研究区の一角で、徐々に争いの気配が満ち始めていた。

719白狐と青年「内心の自覚と燃える火種」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/02(金) 22:28:58 ID:uUH/bE.c0
渡辺さんあれで結構やり手なのよ?
そんな感じで次回、告白に続く

720名無しさん@避難中:2011/12/06(火) 20:17:44 ID:wnc34FlwO
みんな避難所にいたのか……
各書き手さんたち乙です!!
今夜読ませてもらいます。

721名無しさん@避難中:2011/12/10(土) 19:07:04 ID:tnIvjGSE0
ところで、シェアクロススレで「『魔素』がいまいちどんなものかつかめない」という声があったが。

722名無しさん@避難中:2011/12/10(土) 20:26:29 ID:TIqZXUf20
書いてる人間も実はだいたいこんなもんだろ! 程度のものだったりするからなw
シェアクロススレ>>194でおおむねいいのではと思う

723名無しさん@避難中:2011/12/10(土) 20:44:30 ID:tnIvjGSE0
ところで、シェアクロススレで「『魔素』がいまいちどんなものかつかめない」という声があったが。

724名無しさん@避難中:2011/12/10(土) 20:45:19 ID:tnIvjGSE0
ご、ごめん!何故かカキコされてる!

725白青 ◆mGG62PYCNk:2011/12/10(土) 21:00:24 ID:TIqZXUf20
ちなみにシェア』クロスすれ>>193が私だ!

スレ内でもなんかこう言うもんだよね! 程度で詳しく詰められてない設定だから曖昧でいいよね! とか思う

自分用の走り書きでは大体以下のようなものを魔素にしています
でも>>194のが短く分かりやすいからあれでいいと思う

≪魔素≫
 異形が世に現れた時分に発見された、以前より世界に存在していた要素。
 魔法や術式、魔装の燃料ともなり、武器や肉体に纏わせることによって様々な効果を発揮する存在。
 空気中にも存在するが、基本的に視る事は出来ず、何らの干渉能力も持たない。
 魔法や術を使用するなどして魔素に加工(術の使用など)を施すと可視化し、
加工方式に応じた干渉能力を持つ。
 空気中にある魔素に直接働きかける事によっても術や魔法を行使できるが、
空気中の魔素は濃度(錬度?)が低く、術の完成にかかる時間や手間、労力に差が生じるため、
通常では体内に保有された魔素を使用して術を行使する。
 異形は先天的に体内に魔素を生成・取り込み・保有する機能を持つ者が多く、
体内の魔素を元にして火を吐いたり術を扱ったり巨大な体を支える為の肉体強化などを行っていたりする。

 第一次掃討作戦中期以降、人間も魔素を体内に微量持つことがわかり、
訓練によって後天的に魔素を生成・取り込み・保有する能力を拡張することができるようになっているが、
基本的には異形よりも一度に体内に保有したり扱う事のできる魔素の総量は低い。

(ニュアンス的にはMPの上限値が異形よりも低く、
一度に消費出来るMP量も低いため、強大な魔法は基本的にはしかるべき準備を行わなければ行使できない感じ)

726白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:38:59 ID:4ssjZwL.0


            ●


 人気の無い場所を順次捜し回っていた匠と彰彦は、大通りの辺りでおかしな人の流れが出来ている事に気付いた。
 多くの人が通りに出ては、ざわつきながら一定の方向へと向かっている。
特にイベントがあるわけでもないのにこの流れはおかしい。
 匠は隣で人の流れを目で追っている彰彦を見た。
「……どう思う?」
「どう思うって……なぁ?」
「だよな……」
 タイミングから考えて、この騒ぎにクズハが絡んでいる可能性は高いだろう。
そう思いながら、匠は改めて通りの方へと歩いている人々へと目をやる。
道行く人同士が隣の人に何があるのかと話し合っている声が聞こえてくる。彼等の表情を見る限り、
どうも多くの人が何が起こっているのか分からないままに、近くの人々と話しをしながら騒ぎの元を見に行こうとしているようだ。
 ……とりあえず誰か、状況を知ってる人を捕まえて話を訊きたい。
 そう思って事情に明るそうな人を探していると、人の流れの中から武装隊の男が現れた。
 匠達を認識したらしい彼は、手を振りながら近付いてくる。
「坂上さん! 今井さん!」
 その顔は一連の事件が始まる以前から研究区に派遣されていた武装隊員のものだ。
既知であり、匠の記憶ではどちらかというと研究区贔屓の男だったという印象がある。
 彼は走って来ると、匠たちが何が起こっているのかと質問するより早く口を開いた。
「大変ですよお二人とも! このままじゃ本当に暴動が起こりかねませんって!」
「落ち着けよ、一体どうしたんだ? この人の流れはなんだ?」
 武装隊の男は息を切らしながら彰彦の問いに頷き、
「く、クズハちゃんが見つかって、それで渡辺隊長が捕まえようとしたところで
その場に居合わせた研究区の住人の反抗にあいまして、その騒ぎが更に研究区に流れてきていた異形達も巻き込んで、
住人と研究区に流れてきた異形達、それに武装隊とで三つ巴の口論が起こっています!」
 武装隊の男の言葉に、彰彦が表情を険しいものにする。
「クズハちゃん、見つかっちまったか……」

727白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:40:10 ID:4ssjZwL.0
 匠は苦笑を浮かべた。
「武装隊も流石だ」
 武装隊の男が、複雑な目で匠達を見る。
「クズハちゃんの行方、やっぱり知ってたんですね」
「まあいろいろとあってな。武装隊に本当の所を話すわけにもいかなかったんだ」
 そう言いながら匠は人の流れを見る。騒ぎの中心部は人が流れて行く方だろう。
 ……なら、そっちに行けばクズハにも追いつけるか。
 通りの方は多くの人や異形で満たされていて、進むのは大変そうだ。
 近くの建物の屋根を見上げると、隣で同じく建物を見上げていた彰彦が頷いた。
「じゃあ、行くか」
「ああ」
 匠は≪魔素≫を纏い、一足飛びに屋根へと跳んだ。
人の流れの先までの屋根の道筋を確認しながら、その場に残された武装隊の男に向かって声をかける。
「悪いけど、できるだけ騒ぎが派手なものにならないように頑張ってくれ!」
「ああもうわかってます! 全部終わったら何かおごってくださいよ!」
「覚えとくよ!」
 言い置いて、匠は彰彦と屋根伝いに駆けながら通りを見下ろす。研究区の住人も、
保護を求めてやって来ていた異形達も騒ぎの正体を掴もうとしており、
それらの動きを制止するように武装隊が声をかけて回っている。
 しかし理由を明確にしないその制止は上手く機能しているとは言い難く、
むしろここ最近の情勢から、武装隊の制止行動は武装隊とその他の集団の間で新たな争いを起こそうとしていた。
「おい匠、なんか本当にヤバくないか?」
 下を見ながら彰彦が言ってくる。匠は頷き、
「どうも互いに溜まっていたストレスが限界に来てるっぽいな」
 異形達は行政区の一連の異形排斥への不満をもち、
武装隊も行政区への異形侵入からの留置施設破壊から来る緊張が続いている。
そして研究区の住人も彼等の急な、そして大量の流入によって生活を乱されている。
互いが互いに対して感じていたストレスは十分に解消される事も無く、これまで溜めこまれていた。
このまま放っておけば先程の武装隊の男が言っていたように、大規模な暴動が起きかねない。
「急ごう」
 彰彦を促して先へと進んで行くと、住人や異形達が武器になるような長物を持っている様子が見えるようになってきた。
あからさまな刃物や攻性の≪魔素≫の動きは見られないが、
それが見られるようになるのも時間の問題で、そうなればもう大規模な争いは避けられないだろう。

728白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:41:23 ID:4ssjZwL.0
 もしそうなれば、
 ……混乱した研究区は機能を停止する。
 暴動の末に研究区の機能が停止すれば、大阪圏内における異形の扱いは確定するだろう。
 それだけは止めたい。そう考えている内に、匠達は人や異形達が通りの左右で睨み合っている中心地にまで辿り着いた。
 屋根の上から見下ろすと、多数の武装隊を率いている渡辺と研究区の住人達、
そして住人の側から武装隊に糾弾の声を上げている異形達の姿が見えた。
それらの人々の間で動き回っている小さな人影を見て、彰彦が指をさす。
「居た、クズハちゃんだ」
 クズハは武装隊側からは捕縛の対象のはずだが、手を出されている様子は無い。
武装隊も住人達と異形達の相手の睨み合いのなかで身動きが取れないようだ。
 それらを確認して、彰彦がうわぁ、と引き攣った声を出す。
「やっぱけっこうな騒ぎになってるな」
「どうするかな」
 騒ぎの中心さえ止めてしまえば、後は武装隊が他の場所の騒ぎも抑えてくれるだろう。そう考えながら匠は言う。
「派手にやって虚を衝けば注目を集められるとは思う。後はじいさんの威を借りて
――それで武装隊以外は丸めこめるはずだ」
「派手にか、望む所だな」
 笑顔で返してくる彰彦に、この騒ぎの原因の一端を担っている匠としてはどうしたものかと思うが、しかし、
 ……やるしかないか。
 覚悟を決めて墓標に≪魔素≫を流し込んだ。彰彦が光を帯びて行く墓標を見て訊いてくる。
「それって刃物以外になんか花火とか打ち上げられるような機能ねえの? そっちのが楽じゃね?」
「残念ながら刃物だけだ。それにこれ、あんまり燃費よくは無いぞ? 砲撃なんかできるようになってもすぐにへばる」
「なるほどねえ」
 応えながら、彰彦も腕に≪魔素≫を集中させる。
 ≪魔素≫の集中を受け、彼のとして移植された異形の外殻が解放された。
「じゃあ、武装隊の頭は俺が押さえる。お前はクズハちゃんと研究区の奴らをしっかり押さえろよ」
「分かった」
 頷き合い、二人は同時に屋根を蹴った。

729白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:43:59 ID:4ssjZwL.0


            ●


 住人と武装隊の睨み合いは、流れてきた異形を巻き込んで大きく発展していた。
 クズハを捕らえに来た武装隊もクズハ一人に構っていられなくなっており、少しでも今のこの場の膠着状態のバランスを崩せば何が起こるのかクズハには想像もできない。
「クズハちゃんを置いてとっとと研究区から出てけ。異形の奴らにこれ以上変な圧力をかけるな!」
 研究区の住人、知り合いの声だ。そうだそうだと合唱する声が聞こえる。それらを聞いた上で渡辺が鋭く告げる。
「そうはいかない。クズハは重要な捕縛対象だ。それに研究区には我々が来る前程度には武装隊を残していく。行政区の決定だ。そこは譲れん」
「クズハちゃんは連れて行かせねえぞ。ただでさえ今の行政区は異形の扱いがおかしくなってるんだ。危なっかしくて連れて行かせられるか!」
 その声に疑問を挟む声が住人達の中から聞こえる。流れてきた異形のもので、
「待て、そこの異形の娘がいなくなれば武装隊の数は減るんだろ? それなら――」
「何言ってやがる! クズハちゃんはお前らを援助してる平賀博士のだな――」
 もはやそれぞれの主張が入り混じっていて争いの原因の一つでもあるはずのクズハでもこの場を止める事は出来なくなっていた。
 ……どうすれば。
 自分に一番近しく、話を聞いてくれそうな住人たちを説得しようとしても、彼等も殺気だっていてクズハの言葉では止まってはくれない。
 徐々に皆から冷静さが無くなっていくのが分かる。武装隊も渡辺以外は余裕が無くなっている。渡辺は武装隊達が暴走しないように制御しつつ、他の集団の相手もしているので手が空かない。
 ……どうにかしないと……!
 このままでは危険だ。方策もないままに思うクズハには焦りが募っていき、そして、ふと頭上に≪魔素≫が集中する気配を感じ取った。
 ――っ!
 誰かの暴走がついに始まってしまったのかと首筋を凍りつかせ、
「――え?」
 次の瞬間には、目の前に青に近い色合いをした半透明の壁が突き立っていた。
「!?」
 同時にもう一つ、何かが落下する音が響いて、地面が掘り返される。
「何だ?!」
 その場に居た全員が突然落下してきた二つの何かを注視する。
 衆人環視の中、済んだ砕音が響いて半透明の壁が破砕した。
「これは……」
 壁は破砕と共に≪魔素≫をまき散らして散っていく。その中、軽い着地音と共に人影が降りてきた。
 匠だ。

730白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:44:54 ID:4ssjZwL.0
 砕かれた壁は巨大な刃だったのだと気付いた時には、刃の破砕によって生まれた風に土埃が払われ、もう一つの落下物の正体が目に映った。
 払われた土埃の向こう、渡辺達武装隊の前には、腕の外殻を露わにした彰彦が立っている。
 驚きに目を瞠っていた武装隊の一人が、彰彦のその姿を見て呟いた。
「彰彦……お前、その腕はなんだ……?」
「ちょっと改造されちまってな。――翔、ちょっと待ってろよ? 今重要なイベントが始まるからな」
 彰彦の、苦笑の色をもった声に渡辺が眉をしかめた。
「今井か……重要なイベントだと?」
「ああ、まあ聞いとけよ。なかなか見られねえ代物だぜ?」
 二つの轟音で途切れた人々の間に声が戻り始める。そのざわつきが再び制御できなくなる前、匠が墓標を地面に突き立てた。
 ≪魔素≫の流された墓標が踏み固められた地面を抉る音が響いて、三度目の轟音に再び場が静寂に包まれた。
 その静寂のなかで匠が声を張り上げる。
「皆! この場での諍いを止めてもらいたい! 色々と不満もあることだろうが、
今、平賀博士がそれらの解決の為に動いている。この場で争いを続ければ、平賀博士のその努力が水泡に帰してしまう。
皆にとってもそれは望んではいない状況のはずだ!」
 匠も彰彦も、研究区内では平賀に近しい人物としてよく知られている人間だ。
彼等の派手な登場で生じた虚を衝くタイミングでの発言は、一定の効果をもってその場を鎮めさせた。
 それぞれが互いの顔を見つつ攻撃的な態度を収めたのを確認すると、匠は一つ頷いて、クズハへと目を向けた。

731白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:45:58 ID:4ssjZwL.0


            ●


 突然の匠の登場に呆然と停止していたクズハの思考は、匠の視線を受けて復帰した。
 ――っ、
 息を詰め、咄嗟に逃げようとして、周囲には人が多く逃げられない事に思い至る。そんな状況の中で、匠が近付いてきた。
 しっかりとした歩調で近付いてくる匠に対して、クズハは反射的に言葉を放つ。
「こ、来ないでくださいっ!」
「そうはいかん」
 匠は歩みを止める事無く、どこか決然とした様子でクズハへ近付き、周囲を見回してため息をつく。
「外に出たらどうなるのかくらい、分かっていただろうに」
 この騒ぎを引き起こした事に対する非難の言葉に、クズハは面を伏せた。
 動揺のあまり研究所を飛び出し、その挙句にこの事態を引き起こす原因になってしまった。
あまりにも無思慮のままに行動し過ぎた。その事実をはっきりと突きつけられた気がして、クズハは言い訳のしようもなく謝る。
「すみませんでした」
 言葉と共に頭を下げ、顔を上げる。
 正面でクズハの謝罪を聞いた匠は、何度か頷いた後、首を横に振った。
「だめだ、許さん」
「……っ」
 匠の言葉に、クズハの肩は震えを得た。
 なんで、と思うと同時にやはり、という言葉が浮かんできた。これだけの騒ぎを起こしてしまって、
もう匠も平賀もクズハを庇う事は出来ないだろうし、これまでの数日、
クズハの存在を武装隊や街の人々に対して隠してきてくれた彼等や研究所の皆に対する、これは裏切り行為だ。
何らかの罰が下る事になっても仕方ないだろうと思う。
 ……でも、罰を与えてくださるのが匠さんなら……。
 どのような罰であろうと受けられるだろう。そう思いながら匠の、
何かを決断したかのような表情を見上げ、クズハは罰を粛々と受け容れる心積もりで目を瞑った。
 匠の足音は、クズハの近くにまで接近すると停止し、クズハの頭には柔らかい感触が乗った。掌の感触だ。
「……?」
 目を開けて匠を見上げると、彼はクズハの目を見返してきた。

732白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:47:11 ID:4ssjZwL.0
 しばらく目を合わせていると、匠が僅かに目を逸らし、
「だから、その……なんだ」
 そう口の中で呟き、手遊びのようにクズハの頭を二、三度軽く叩いて、
「どこにも行くな。少なくとも今は。……できれば、これからも」
「え……?」
 都合よく受け取ってしまいたくなる言葉に対して、クズハはとりあえず、という形で疑問の言葉を発した。
 匠はクズハに言葉の意味が通らなかったと思ったのか、言葉を探すように眉を寄せ、
「だからだな。この一連の事件が全て収まるまでは……できればその後もずっと俺の傍に居てくれってことだ。
クズハが良ければなんてもう言わない。俺の為に居てくれと、そう頼みたいんだ」
「え……な、なんで……?」
 心の方は匠の今の言葉に頷いている。しかし匠の傍にいる資格が自分には無いとクズハは思う。
故に、クズハは心を押し殺して、自らに対する否定の言葉を口にした。
「お役に立てませんよ? いえ、そればかりか迷惑ばかりかけてしまっています……今だって、ほら」
 そう言ってクズハは周囲を示す。そこにはつい先ほどまで争いを起こしかけていた人々の姿がある。クズハの軽率な行動の結果だ。
 それらを見て匠は頷き、
「人付き合いなんてこんなもんだ。俺だってクズハに迷惑も心配もかけてる。それと、この件については気にするな。悪いのはクズハじゃない」
 匠はそれに、と言葉を続ける。
「クズハの料理は美味い」
「……?」
 意味を受け取りかねてクズハは首を傾げた。その反応に怯んだように匠は一瞬目を泳がせ、
「あー……クズハの飯がずっと食べたいとか、そんな感じで、だな……」
 尚も視線を彷徨わせながらつらつらと言葉を並べる匠の背後から、彰彦が声をかける。
「しまらねえなぁ。いいからもうストレートに言えよ馬鹿」
 言われた匠は困った風に頭を掻き、改めてクズハを見据えた。
 一つ咳払いをして、
「クズハ、お前が好きだ。離れたくない。ずっと傍に居てくれないか?」

733白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:48:37 ID:4ssjZwL.0
 匠のその言葉を聞いて、クズハは動きを止めた。
 先程のものよりも、より意味が明確にとれる、その言葉の意味は、
 ……そばに……すき? え? 好き? 私……? え……?
 思考がまとまらず、クズハはもう一度聞き返した。
「す、すみません……えっと、もう一回言ってくださいませんか?」
 匠の顔が僅かに引き攣った。
「もう一回……か?」
 そう言って彼は周囲に再度目を向け、その上で何かを吹っ切るように深くゆっくりと息を吸い込んだ。
吐き出す動きと共にクズハの肩を掴んで、再び、今度は大きく息を吸い込み、
「クズハ、いいかよく聞け。俺はお前が好きだ! ああ、愛してるとも!」
 周囲一帯に響き渡るような大音声で発された言葉は今度こそ、聞き間違いや解釈の余地を残す事無くクズハの耳に入った。
 まるで戦場で他の音を圧して意志を通す為に上げられるような大声に体を震わせたクズハは、続いてその震えを心にも得た。
 その震えの源は嬉の一言に還元できるものであり、しかしそれを素直に受け入れるのを拒んだのもまた彼女の心だった。
 でも、という言葉を前置きとして、自分に対する否定の言葉がクズハの口を衝く。
「私は、あなたに命を救ってもらって、居場所を与えてもらって、勝手にあなたを信仰して、でも役に立つ事も満足にできなくて、こんな騒ぎを起こしてしまって――」
 言っていて自分が情けなくなって涙が出て来る。連ねられる言葉も震えを帯びて来た。それでもクズハは言葉を続ける。
「そんな身の上で、私は浅ましくもあなたを好いてしまってるんですよ? こんな私で……いいんですか?」
 心中の思いを吐き出したクズハの言葉に、匠は強く頷いた。
「両思いって事だな、うん」
 そういう問題ではない。そう返そうとしたクズハの機先を制する形で匠が口を開いた。
「身の上なんか気にするな。いいか? 俺はクズハが好きだ。男と女――雄と雌でもかまわない。そういう関係として共に在りたい。
 なぁ、クズハ。今色々と大変だけどさ。そんなのは抜きにして、お前の気持ちを俺に、もう一度聞かせてくれないか?」
 その言葉はクズハの中の震えを強くした。
 肩にある匠の手を強く握り、熱を帯び始めた顔を意識しながら、彼女が常に抱えてきたコンプレックスを取り除いた、本心が吐露される。
「私は、ずっとあなたを――」
 ……命を救ってくれた人を、生きる意味を肯定してくれた人を、信仰して、よすがにしてきたあなたを――
 幾つもの言葉が浮かびあがるが、それらの言葉が辿り着く名前は一つしかない。
「――匠さんが、好きです……!」
 それを始めに、次々と言葉が溢れてくる。
「大好きです。一緒にいたい……です。離れたく……ないです……っ」
 言葉が崩れ、同時に視界も涙に歪んで、溢れた感情に赤熱する頭は何も考える事が出来なくなった。
 子供のように泣く事しかできなくなったクズハを匠が抱き寄せた。体に手を回して顔を押しつけるクズハの背を、匠の掌が撫でた。
 優しい声がする。
「ああ、もう離さない」

734白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:49:21 ID:4ssjZwL.0


            ●


 互いを離さないとばかりに抱き合っている二人を見て、彰彦はほっと息を吐いた。
 周囲の人々も匠の大声での告白に毒気を抜かれたのか、戸惑い気味の気配と共に、ぽつぽつと拍手が聞こえてくる。
 ……やっと収まる所に収まったか……。
 そう思った直後、正面の方向から咳払いが聞こえた。渡辺だ。
 この場の皆が静まった事によって行動の自由を得た彼は、彼の目的の為に声を張り上げる。
「めでたい事だと言いたい所だが、クズハはこちらの重要参考人である事に変わりはない。身柄を引き渡してもらおうか」
 渡辺の言葉に彰彦は脱力した。うらみがましく武装隊一同を見回しながら文句を零す。
「お前、空気読めよなー……」
「そうはいかんぞ、今井」
 彰彦を睨みつけ、渡辺は二人に近付こうとする。
 渡辺の進路上にさりげなく移動しながら、彰彦はどうしたものかと考える。
 ……異形の奴らや、元からのここの住人を止めた匠のさっきの説得でも武装隊は止められねえか……。
 平賀が元の生活を取り戻すまで耐えてくれという言葉で不満を抑えてもらった住人や異形達も、
目の前でまたクズハが連れて行かれる流れになればどうなるのかは分からない。
 ……どうすっかな。
 ちらと背後を振りかえると、同じくこちらを振りむいて来た匠と目が合った。
彼はしゃくりあげるクズハを腕に抱えて背中をさすりながら、目だけで彰彦に訴えて来る。
 ……くそ、そんな微妙に期待に満ちた目で見るなよ。
 顔を正面に向けて渡辺を見た。彼はいざとなれば強行突破する事も辞さないようで、
全身に≪魔素≫の気配を滲ませている。彼は彰彦の、
≪魔素≫の集中を解いても異形のもののままの姿をしている腕を警戒しているらしく、視線はそこに集中していた。
「……変化の類ではないらしいな」
「いろいろあったんだよ」
 肩を竦めて彰彦は渡辺の視線を受け止めた。

735白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:50:59 ID:4ssjZwL.0
 渡辺は相当戦えるタイプではあるが、匠とクズハを逃がす事だけを考えれば、
なんとかこの場を切り抜けさせる事は可能だ。
 しかし、そうすれば渡辺は二人を追おうとするだろう。武装隊との間で争いが起きてしまい、
やはりこの場の皆を多少なりとも巻き込んでしまう事になる。巻き込んでしまうというだけならば皆を逃せばいいが、
そう簡単にいくものでもないだろうし、二人の恋路を邪魔しようという武装隊に対してならば喜んで争いに巻き込まれに来るような者もいるだろう。
 ……そうなるのも匠とクズハちゃんの人徳かねぇ……、さてどうするか。
 渡辺に対して手を広げて構えながら考えていると、人々の間からざわめきが聞こえてきた。
 ……また何か問題でも起きたのか?
 背後を振り返りながら、これ以上事態を混乱させられるのはごめんだと思い、
さっさと次の行動を起こそうと全身に力を入れようとして、彰彦はざわめいていた人々が道を譲るように左右に割れるのを見た。
 人々の間を通って来たのはよく知る人物だった。
「じいさん、それにキッコさんに明日名兄さんじゃねえか……」
 キッコと明日名が研究所をクズハが飛び出して行った事情を平賀に話して連れてきたのだろう。
名を呼ぶ彰彦に手を振りながら、キッコが匠とクズハを見て感心したような顔をした。
「おや、先を越されたようだの」
 明日名がそのようだね、と頷く。
「何となく話だけはここに来る途中で皆に聞いて来たけど、どうも喜ばしい事になってはいるみたいだね」
 平賀が、匠とクズハの状態を見て惜しそうな顔をした。
「何かとても大事なシーンを見そびれてしもうた気がするぞい」
 研究区の人間なら誰かしら先程の告白シーンを撮っている者がいそうだ。そう思いながら彰彦は平賀たちに声をかける。
「この場を収拾しに来てくれたって事でいいんだよな?」
「うん、騒ぎを収める為に平賀博士まで引っ張って来たんだ」
 明日名の言葉を聞いた皆が平賀に視線を集中させる。それらの視線に手を上げて応じ、平賀は匠に近付いてその肩を叩いた。
「うまくいったようじゃの」
「じいさん、また迷惑かけた」
「気にするでない」
 平賀は笑いながら匠の横を通り過ぎ、彰彦の隣まで来る。
「やあ彰彦君、がんばってもらって悪いのう」

736白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:52:17 ID:4ssjZwL.0
「いいってこった。俺だって和泉に戻る事ができたのは匠やクズハちゃんのおかげなんだしな。その恩返しだと思えば安い安い」
「カッコいいこと言うのう」
 平賀は笑んで、正面へと顔を向けた。
 正対する事になった渡辺は平賀を真正面から見据えて口を開く。
「五大派閥の一つの長であろうと、行政区の決定に逆らうのは良い考えではないと思いますが?」
「そうじゃのう」
 平賀は目元に皺を刻んだ笑みを浮かべて、懐から紙面を取り出した。文面を渡辺に見せるように広げ、
「ここに行政区から来た紙面がある」
 そう言って、紙面の文意を告げる。
「行政区の異形排斥運動の過激化からこっち、
ここ最近起こった事件全てを議題とする行政区側との話し合いを持つ事が決定された。
そこでの話し合いの終了までは武装隊も研究区保護下にある異形への手だしは控えてもらおうかの」
 渡辺が目を見開いた。文面を確認し、
「留置施設破壊や殺人の疑いのあるクズハの処遇については?」
「うむ、君等が来たすぐ後、クズハ君はわしらが保護したのじゃな。もう研究区保護下に入っておる故、手出し無用じゃ」
 渡辺は平賀の顔を疑り深そうにねめつけ、やがて諦めたようにため息を吐いた。
「……手回しが早い、と、そう言っておきましょう」
「そう褒めるでない。もしその文面に気になる所があるのなら、上に確認をとってみると良いぞ?」
「了解した」
 渡辺は紙面を指さし、
「その紙面、確認を取るために頂いて行きたいのですが、よろしいか?」
「うむ、かまわんぞい」
「頂きます」
 平賀から紙面を受け取った渡辺は、部下達に向かって手を振った。
「詰め所まで戻るぞ。以降は通常時の巡回を続けておけ」
 武装隊達は渡辺の言葉に応じて引き上げて行く。渡辺は平賀から受け取った紙面を懐にしまって匠に抱かれているクズハに目を遣り、次いで平賀に視線を合わせた。
「話し合いがどのような結果になるのか、楽しみにしておきます。
我々としても、あの混乱の場で強引に逃げる事を選ばなかったあの娘の心根を思うと捕らえるのは気が引ける。
そちらの言葉が真実だと証明していただきたい」
「任されようかの」
 請け負う平賀に会釈を返し、渡辺はついでとばかりに言う。
「それと、坂上には一応おめでとうと伝えておいてください。今は泣く子の相手で忙しそうだ」

737白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:53:09 ID:4ssjZwL.0
 平賀がおや? という顔をした。
「知り合いかの?」
「第二次掃討作戦の時に一緒に戦った仲なんだよな」
 彰彦が言い、渡辺が頷く。
「短い間でしたが、そこの今井とも共に戦った事があります。
坂上も、第二次掃討作戦の後は異形の娘を囲っているとは聞いていましたが……まったく、幸せそうな」
「じゃったらクズハ君をあんまりいじめないで欲しいんじゃがのう?」
「仕事は別です」
「相変らずきっついのな」
「……今井や坂上が奔放すぎるんだ」
 そう言って去っていく渡辺を見送って、平賀はさて、と呟く。
「皆の衆! さっきも言ったように、近いうちに今の大阪圏の状態について話し合う場が設けられる事になった。
この状態も長くは続かんじゃろう。皆、もう少し辛抱してもらえるかな?」
 響いた言葉に動静を窺っていた周囲の人々が一人二人と応えていく。徐々に増えるその応答を代表するように、大きな声が届いた。
「あーもう! くそじじい、信じるぞ!? そこの二人みてえにうまく大阪圏の不仲をくっつけてみせろ!」
「任されようかの」
 飄々と、それでいて妙に頼れる調子で平賀は請け負った。
 普段は微妙な扱いなのにこういう時にはしっかりと信頼されている。面白い人だと思う彰彦の横で、平賀が演説の続きを打つ。
「色々と状況が移り変わっとる。皆の衆には不便をかけるじゃろうが、わしを信じて争い事は避けてもらいたい。頼むぞい!」
 そう言って、平賀は匠に意味ありげな視線を向けた。
「――それと、わしの息子の嫁の事を守ろうとしてくれたそうじゃのう。感謝するぞい」
 頭を下げる平賀に続くように彰彦も頭を下げた。明日名も同じように頭を下げている。
下を向いた視界の隅で匠も泣き続けているクズハを抱いたまま頭を下げるのが見えた。
 それらの行動に対して慌てて頭を下げ返しているのは外から流れてきた者達で、
適当に手を上げて三々五々に散っていくのは研究区に以前から住んでいた者達だろう。

738白狐と青年「相聞歌」 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:55:41 ID:4ssjZwL.0
 頭を下げていた人や異形達がやがて研究区の住人達に倣って去り始めた頃、
しばらくしてキッコが、彼女にしては珍しく大人しく下げていた頭を上げた。
 彼女は未だ頭を下げている匠に振り返ると、興味深げに匠の頭頂部を見ながら訊いた。
「で、告白は成功という事なのだの? まったく、またクズハを泣かせおって」
 彰彦も頭を上げて匠を見る。匠もゆっくりと頭を上げた。キッコを見返して、
「あんたのせいでクズハが一度逃げ出すハメになった事を忘れてないよな?」
「あれはヘタレておったお前が悪いし、あの時はああするのが一番だったのだ。それに、だ。結果として匠、お前は今腕の中にクズハを抱えておるではないか」
 ならば問題はないと喉を震わせて機嫌よさげに言うキッコに呆れ気味の目を向けて、彰彦は呟く。
「武装隊を敵に回した恋路もやっと終わりか。心配かけやがって」
 明日名が匠とクズハを見ながら緩く笑んだ。感慨深げに頷く。
「なんにせよ、落ち着いてくれてよかったよ。そうか、そんな年になったのか……」
 クズハの兄である彼は今どのような気持ちなのだろう。
 ……まあ、わかんねえよなぁ……。
 だが、少なくとも悪いものではないはずだ。そう思って彰彦も笑みを浮かべた。
 キッコがようやく泣き止む気配を見せたクズハの背を撫でてやりながら声をかける。
「ようこの朴念仁に想いを気付かせたの。これで我も早う子の顔を見られるというものよ」
 クズハの背がビクっと震えた。赤くなった目と顔でキッコを振り返り、
「こど……も?」
「何だの? 別にその身体の素体は人なのだから人の子を孕む事もできるはずぞ? のお、平賀?」
「うむ、大丈夫じゃ」
 ブイサインで答える平賀に匠が言葉を差し挟んだ。
「キッコもじいさんも気が早い」
「そんな事もなかろう。はれてつがいになったのだから早いも何もないと思うが?」
 ……何かがずれてるな。
 彰彦がキッコと匠の問答に笑みを噛み殺していると、キッコを窘めに走った明日名が声をかけてきた。
「彰彦君も博士も、研究所に戻ろうか。確認する事が幾つかあるし、それに――」
 匠達を見て、彼もまた苦笑した。
「あんまり見世物にしてもかわいそうだ」

739白狐と青年 ◆mGG62PYCNk:2011/12/22(木) 22:56:56 ID:4ssjZwL.0
よし、がんばった! やっと告白した!

いろいろ問題は残ってますが、関係性が変化した彼等はどうするんだろうな

740名無しさん@避難中:2011/12/22(木) 23:15:05 ID:KBRLk0QQ0
プロポーズキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
によによしながら読んでたw

741名無しさん@避難中:2011/12/25(日) 11:42:15 ID:0qspmsUsO
乙です
二人とも不器用な感じが素敵です
末永く爆発しちまえ!

742ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 00:59:21 ID:8vWTDq9s0
27-0/7

前回(26話)
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/1187.html

・前回までのあらすじ
ドラギーチが"CCC"という怪しげな新興宗教に入りこんでると聞いたゲオルグは、
探偵神谷に教団の調査を依頼する。
果たして"CCC"の実態とは……?

743ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 00:59:42 ID:8vWTDq9s0
27-1/7

 講壇の上で青いオーバーオールを身にまとった初老の男が演説していた。

「つまり、どこまで行っても人間は不完全だということです。気分に惑わされる人間はミスを無くすことができず、それ故に
 人間は決して完璧足りえないのです」

 学校の教室より一回り大きい部屋の中では、並べられたパイプ椅子を埋めている聴衆達が講壇の男の話に耳を澄ましている。
ここは閉鎖都市にあるとある文化センターの一室。"CCC"――正式名称救世コンピュータ教会――が開く講演の会場だった。
"CCC"について調査をしていた神谷にとってこの講演は渡りに船だった。何食わぬ顔で潜り込んで今に至る。青いオーバーオールの
男の言葉に聞き入る聴衆に混じって、端末とタッチペンを手にした神谷は、一見熱心にメモを取っている素振りである。だが、実は
端末のカメラはシャッター音が切られた盗撮仕様、タッチペンもレコーダーが内蔵されており、講演の様子を画像と音声両方から
記録していた。

「翻って機械は、完璧な存在です。彼らは純粋な物理学の原理に従って動いており、彼らの動作に一切の矛盾はありません。
 1+1=2という機械の世界の方程式を見てください。なんと美しいことでしょうか。翻って、1+1が10になるとも100になるともいう
 人間の世界の方程式のなんと醜いことでしょうか。この醜さが、貧困や暴力といった人間社会の歪の原因なのであります。
 はるばるここに来て下さった市民の皆さん、もうこの世界に猶予というものはありません。今この瞬間にも貧困の中で
 死んでいく人がいるのです。暴力によって殺される人がいるのです。一刻も早く、人間はその全権力を機械に移譲して、
 機械の統制の下に暮らすべきなのです」

 青いオーバーオールの男の弁舌はますます熱を帯びていき、周囲の聴衆は息を飲んでその言葉に耳を傾けている。そして
神谷のすぐ隣では、金髪頭の助手が舟を漕いでいた。

「おい起きろ、仕事中だぞ」

 神谷が脇腹を小突くと、ステファンは弾かれた様に頭を上げた。

「ごめんなさい」

 謝罪の言葉を口にする助手に、神谷は返事代わりに鼻を鳴らした。

744ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 00:59:58 ID:8vWTDq9s0
27-2/7

 まどろみの世界から引き出されたステファンは改めて壇上の男に眼を向けると、次は手にしたパンフレット、そして左右を
きょろきょろと伺い始めた。

「何してる」

 助手の不振な挙動に神谷は声を漏らす。神谷の言葉が聞こえたらしいステファンは恥ずかしそうに頭をかいて神谷の方を
向いた。

「いやー今何をしてるのかな、って。えーと今あそこで喋ってるおっさんが教祖様でいいの?」

 助手とはいえ探偵家業をしているには随分間抜けな言い草だ。神谷は舌打ち一つ打つと、ステファンが持つパンフレットを
タッチペンで叩いた。

「今演っているのはこの"機械政治の完全性と人治政治の不完全性"ってやつで、話してるのはミハイル・"ブルー"・モルゾフっていう
 大学の教授様だ」
「ふーん」

 神谷の説明にステファンは納得したのかしてないのかよく分からない返事をした。そのまましげしげとパンフレットを見るステファンに
とりあえず理解したものと考えて、神谷は講演の観察に戻った。

「機械は冷血で人の心を知らず、人間を制御することができない、と言う人がいますが、彼らはその舌の根が乾かぬうちからこう言います。
 今の機械こそ人間に制御されているが、機械が高度な知性を持ちえたら、必ず人間に反乱を企てるだろうと。なんと矛盾した言葉でしょうか。
 人の心を知りえないという機械の非人間性をあげつらいながら、反乱という人間的な行為をするだろうと彼らは信じているのです。市民の皆さん、
 思い出してください、機械が何に従うのかを。どのような方程式に沿って機械が動いているのかを。そう、機械はただ物理法則によってのみ
 動いているのです。1+1=2という完全無欠の方程式によってのみ機械は従っているのです。1+1=2。なんと美しい式でしょうか。この数式にの
 どこに反乱の余地があるでしょうか。この数式のどこに人間の悪質たる嘘が混じっているでしょうか。ありません。ないのです。無なのです。
 ですから機械は決して嘘をつかないのです。ましてや反乱など犯しようがないのです。ここで市民の皆さんに尋ねます。皆さんはどちらを
 信用しますか? 嘘をつき、人を欺き、矛盾した事柄を平気で信じる人間と、完全無欠の物理法則によってのみ動く、一片の矛盾すら
 ありえない完全な機械と。……そう機械です。機械の方こそ信用に値するのです。機械こそが人間の真の友達なのです」

 熱く語られる壇上の男の話を聞き流しながら、神谷は男の風体に注目した。身を包む青いオーバーオール。ふと壇上の男の名前、
ミハイル・"ブルー"・モルゾフのミドルネームと合致することに気がついた。何かの糸口を見つけた気がした神谷は、目を横に移した。
視線の先は、壇上の脇、このシンポジウムで講演する他の演者が待機している。彼らも一様に青いオーバーオールに身を包んでいた。
手の中身をパンフレットに持ち替えて、彼らの名前を確認する。ビル・"ブルー"・フィールドマン。アルバート・"ブルー"・クッツェー。
ヴィンコ・"ブルー"・パンドゥレヴィッチ。全員ミドルネームが"ブルー"だ。続いて神谷は聴衆に目を移した。演者の弁論に聞き入る私服や
スーツの聴衆の背中にオーバーオールの者が混じっている事が見て取れる。その数はだいたい1/3程。ただしその殆どは赤色で、所々に
橙色、僅かに黄色が見える程度である。青いオーバーオールは見えなかった。恐らくミドルネームとオーバーオールの色は教団内部の
ヒエラルキーを現しているのではないだろうか。赤や橙色の暖色系は教えを請う下層部の信者で、青色などの寒色系が説法を教える
上層部の信者を表しているのではなかろうか。

745ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 01:00:15 ID:8vWTDq9s0
27-3/7

 そう神谷が推測したところで、脇から腕を軽く突かれた。

「ねえねえ神谷さん、次のやつなんだけどさ、これ何?」

 パンフレットの一点を指差して、ステファンは尋ねてくる。やれやれ、こういうものはたいてい講義内容の概要が一緒に書かれているものだ。
そうでなくても、題名から内容が推測できるはずだ――できないこともあるが――。お前は字も読めないのか。半ば呆れながら神谷はステファンの
指先を覗き込んだ。ステファンが指し示す先、"CCC"が主催するこのシンポジウムの目録の一点には、ただ一言こう書かれていた。

『・14:58〜15:00 憎悪』

「なんだこれは」

 取り合うつもりがなかった神谷もおもわず声を漏らした。他の演目が概要や演者の経歴等で字面を水増ししているのに対し、これには演者すら
書かれていないではないか。前後の演目の隙間を縫うように僅か2分で行われるところも怪しい。だが何よりも、一言だけ書かれた"憎悪"の文字が
あまりにも禍々しかった。
 取っ掛かりを極限まで削り取った簡素なタイトルに、それでも内容を吸い出そうと神谷が頭をひねろうとしたちょうどそのとき、周囲から拍手が上がった。
神谷が顔を上げると壇上で演説していた青いオーバーオールの男が拍手を浴びながら舞台脇へ下がっていく所だった。どうやら講演が終わったようだ。
神谷はステファンの方に傾けていた姿勢を戻しながら言った。

「とりあえず見れば分かるさ」

 開き直りついでに、神谷は背もたれに体重をかける。神谷が悠然と見つめる壇上では、スタッフと思しき赤いオーバーオールの男の手によって
スクリーンが下ろされようとしていた。何かを上映するつもりかもしれない。神谷の読みどおり明かりが消され、スクリーンに映像が投影され始めた。

746ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 01:00:35 ID:8vWTDq9s0
27-4/7

 スクリーンに映ったのは花畑だった。単一ではなく、様々な種類の花を入り乱れさせた色とりどりの花畑。そして響き渡る子供の笑い声。
間もなく画面脇から二人の子供が駆けてきた。。赤いオーバーオールを着た、互いに金髪碧眼の少年と少女だった。手を繋いで現れた二人は
画面中央で座り込むと花畑の花をいじり始めた。一本一本丁寧に摘み取っては手にまとめて小さな花束を作る少女に対し、少年は花弁を
ちぎり集めると少女の上で振るい落とし始めた。頭上から舞い落ちる花弁に少女は僅かに、きゃっ、と声を上げ、そして、笑った。白い歯を
見せて楽しげに笑った。
 と、ここでナレーションがかかった。穏やかな、知性を感じさせる男性の声だった。

「幸福は人類誕生以来、常に課せられていた最大の義務です。有史以来人々はこの義務を果たそうと多くの努力を重ねてきました」

 スクリーン上で遊び続けている少年と少女に影が差した。スクリーン手前から奥へと伸びた大人と思しき人型の影だった。少年と少女は
遊びの手を止めてこちらを見上げてくる。二人の笑い声がぴたりと止まった。
 尚も続くナレーションに力が入り始める。

「だが、その試みはことごとく失敗しました。人々は互いにいがみ合い、争い、幸福とはかけ離れた所で生きることになりました。何故か」

 こちらを見つめる少年と少女の笑顔はたちまち恐怖に染まった。映像が意思を持ったかのように揺れる。それを合図とばかりに二人は
こちらに背を向けて駆け出した。
 熱がこもったナレーションは更に続ける。

「それは"彼ら"が居たからだ。幸福という市民の義務を妨害する"彼ら"がいたからだ。人類が持つ悪徳の結晶とも言うべき"彼ら"がいたからだ」

 逃げる少年少女をカメラは追いかける。二つ並んだ小さなオーバーオールの背中にカメラはたちまち追いついて、暗転。入れ替わりに少女の
悲鳴が響き渡った。
 ナレーションの声が燃え上がる。そこに始めの穏やかさはなかった。 

「さあ市民よ、叫べ! "彼ら"の名前を! 有史以来世界を覆っていた諸悪の根源の名を」

 響き渡る悲鳴に新しい悲鳴が加わった。少年と思しき声色の悲痛な叫びだ。更に一つ成人女性らしき悲鳴が加わった。そこに今度は男性の
断末魔が重なる。もはや性別すら分からないうめき声も追加された。さながら怪獣の泣き声のような、加工され引き伸ばされた悲鳴が上乗せされる。
ガラスを引っかいたような倍速に倍速された悲鳴も付け足される。更に、更に……。
 室内に響き渡る悲鳴の多重奏。それは生物が持つ原始の危機感が否応なしに想起させる。流石の神谷も毛が逆立つ感覚を感じずにはいられなかった。

747ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 01:00:51 ID:8vWTDq9s0
27-5/7

 依然続く悲鳴の中で、暗転していた画面から映像が浮かび上がった。口だった。接写され、画面いっぱいに広がった赤い女性の口だった。口が開く。
どこか癪に障る女の声で画面上の口は語り始めた。

「コンピューターに支配されたいって、あなたたちバカじゃないの? コンピューターが人間の何が分かるって言うのよ。コンピューターなんて結局
 機械じゃない。最初に決められた事をそのまま繰り返すだけで、人間のような融通っていうのがまったくないのよ。それに……」

 画面からついて出たのは"CCC"の機械信仰に対する反論だった。神谷が意外に思ったところで、前方の席から人影が伸びた。

「このヒューマニスト!」

 片手を振り上げた影の主は、画面の口からの言葉を遮る様に叫んだ。彼に勇気付けられたのか、周囲から続けて立ち上がるものが現れた。

「人治主義者!」
「不幸の元凶め!」
「野蛮人が!」

 立ち上がった者達は、それぞれに画面の口に向かって声を張り上げる。それは罵倒だった。恐らくこの"CCC"にとっての最上級の罵倒が
画面の口に向けてぶつけられる。己への罵声に対抗するかのように、画面上の口はヒステリックさを増して行き、そしてそれに対抗するように
立ち上がった者たちの怒号は更に勢いを増していった。彼らに加わる列も増えていく。

「コンピュ 「うるさい黙れ!」 は人間の道具なの。それをひっくり返して、人間がコンピューターの道具に 「その口を閉じろ!」 バカじゃないの。
 コンピューターは決められたことしか 「消えうせろ!」 分からないの。それがどうして人間をどう 「屑! 屑! 屑!」 よ。そもそも……」

 感情的になった口の反駁を聴衆たちの怒号が掻き消し始めた。暗く、さして広くもない部屋の中に、憎しみで満ちた言葉があふれかえる。
騒ぎの様子を唖然として見ていた神谷は思った。なるほど、これが"憎悪"か、と。教団の意見とは逆の意見に対し罵倒をさせる。それにより
反対意見に対し憎しみを教え込ませているのだ。正に演題通り"憎悪"の時間だ。
 演目の真意に薄ら寒さを感じたところで、神谷は周囲の人間が既に全員立ち上がっていることに気がついた。右隣ではスーツと整髪剤できっちりと
固めていた男が口角に泡を立てんばかりに大声を張り上げているし、背後では赤いオーバーオールの中年男性がfuckやshitが混じった言葉を
繰り返し叫んでいる。前に座っていたセーターを着た女性は上体を前に突き出して、体全体で絶叫していた。自分達だけが声を上げずに椅子に
座っている。途端に走る危機感が神谷を立ち上がらせた。隣でぽかんと口を開けてスクリーンを眺めていたステファンにがなりたてる。

「立て、立って叫べ」

 立たなければいけない。叫ばなければいけない。でなければ周囲の人間から異物とみなされる。スクリーン上で罵倒を一手に引き受ける口と同類に。
それに彼らが気づいたら、憎しみの矛先がこちらに向くのは火を見るよりも明らかだった。

「叫ぶって、何を?」
「何でもいいから罵っとけ」

 目を丸くしながら立ち上がるステファンにそう答えると、神谷も叫んだ。

「こん畜生があぁぁっ!」

748ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 01:01:18 ID:8vWTDq9s0
27-6/7

 最早座っている人間はいなかった。室内にいた全員が立ち上がって叫んでいる。スクリーンからの声もかき消されて聞こえない。参加者が一丸と
なった怒声は部屋の空気すらも震わせていた。そのとき小さな塊が宙を舞った。丸められたパンフレットか何かだろうか。放物線を描いたそれは
スクリーンにぶつかり、投影されている口に波を残す。それに呼応されたのか、更にもう一つ紙くずが口に向かって投げられた。また一つ。もう一つ。
空のペットボトルも舞った。果ては革靴までが宙を飛ぶ。異説を垂れる口を石打の刑にするかのごとく、数多の礫が放たれる。そこに部屋を物理的に
振るわせる地響きも加わった。感極まった参加者達が足を打ち鳴らし、部屋全体を揺らしていた。
 周囲の狂乱を醒めた目で見ていたつもりだった神谷も、いつの間にやら己の絶叫に合わせて拳を力いっぱい振るっていた。これはあくまで演技だ。
そう己に言い聞かせているのだが、拳を振り下ろし、喉も焼けんばかりに、糞ったれがぁっ、と叫ぶごとに、脳髄の芯からなにか得も知れぬ物が染み出てきて、
己の理性をゆっくりと溶かしていっているのを感じた。ぼんやりとし始める頭の中では、代わりに理性とは別の物が広がり始めていく。それは野生だった。
かつて人類がまだ動物だった頃の闘争本能。この文明社会の中でひたすら抑圧され続けた原始の野生が、雄たけびを上げながら肉体を占有していく。
抗うことなどできなかった。今更になって絶叫を、振るう拳を止めるわけにはいかなかった。止めれば周囲の人間により袋叩きにされてしまう。その危機感が、
本能を呼び起こして、野生の勢いを加速させていく。そしてついに野生が勝ち鬨の声を上げた。理性を、文明をねじ伏せて、肉体を奪い返した野生は命令する。
怒れ。憎しめ。これは演技だ、という理性の建前を打ち砕いて、仮初だったはずの憎しみに実体を加えていく。嘘と真実が逆転し、神谷の中で憎悪が形を帯びた。
感情を抑える理性はとうに捻じ伏せられていた。神谷は己の感情の赴くまま、振るう拳に更に力を加え、限界のはずの喉を更に張り上げて叫んだ。

「死ねぇっ! 殺せぇっ!」

 そこに人類が万物の霊長たるゆえんはなかった。むき出しの敵意が空気を震わせ、露になった野生が大地を響かせていた。
 室内の狂騒が最高潮に達しようとしたところでスクリーン上の口が唐突に消えた。憎悪の対象を突然失い、参加者達の怒声もたちどころに消える。
呆然となった参加者達の沈黙が室内を満たす。ちょうどそのとき、ラッパの音が高らかに響きわったった。甲高いファンファーレ。そしてスクリーン上に
男の顔が浮かび上がった。穏やかな顔をした、皺の浮いた初老の男。"CCC"の教祖ホリア・"ウルトラバイオレット"・シマの顔だった。教祖の尊顔の
登場と共に周囲で声が上がった。それは理性を取り戻した安堵の声。人間が野生の生物でないと知った歓喜の声だった。彼らは揃って同じ言葉を
口にする。それは唱和となって室内に響き渡った。

「U・V! U・V! U・V! ……」

 それは教祖のミドルネーム、ウルトラバイオレット(Ultra Vaiolet)の略だろう。そう推測した神谷もこの唱和に加わっていた。
 周囲の参加者から奇妙なポーズが上がった。握りこぶしの手首と手首を重ねて、頭上に掲げるポーズだ。恐らくこの教団なりの敬礼のポーズだろう。
神谷も同じポーズをとっていた。どういうわけか自然と周囲の参加者に習って体が動いていた。他の参加者と共に神谷は、U・V、U・V、と繰り返す。
ふと神谷は自分の体を突き動かした原因を悟った。それは一体感だった。この憎悪の狂乱を通じて他の参加者と同化した。そんな気がしたのだ。
 手首で重ねた拳を頭上に掲げる敬礼のポーズをとりながら、神谷は自然な素振りで腕時計を見る。時刻は3時。濃密な2分間だった。

749ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 01:01:42 ID:8vWTDq9s0
27-7/7

 探偵からの報告を受けた帰り道、報告書の入った封筒を片手にした兄はとても難しい顔をしていた。

「何悩んでいるのさ、兄サン。あそこは絶対ヤバいって。早く院長に言ってドラギーチを連れ戻さないと」
「ああ、その通りだ。俺もそう思ってる。だがな……」

 アレックスの言葉にゲオルグは思うところがあるのか言葉尻を濁して封筒の中に手を入れた。そのままがさがさと音を立てて封筒を漁っていた
ゲオルグは程なく一枚の紙切れを取り出した。

「アレックス、こいつを見ろ」
「何コレ?」

 差し出された紙を受け取ったアレックスは、それに印刷されたものを見て声を上げる。紙には写真がプリントアウトされている。壇上で演説する
青いオーバーオールの男だ。写真下のキャプションから、この男がミハイル・"ブルー"・モルゾフという名前であることは分かる。だが、それ以上は
分からなかった。
 アレックスの言葉にゲオルグは依然眉間に皺を寄せたまま答えた。

「今は大学の教授という肩書きらしいが、このミハイル・モルゾフという男は、公安の元局長だ」
「へー、公安の……」

 ゲオルグの説明を受けたアレックスは感嘆しながら写真を眺めた。公安局は中央政庁の下、閉鎖都市の公共の安全を守るために様々な
工作活動を行う情報機関だ。危険な組織にスパイを送り込んで監視しているという噂は絶えないが、その実態は明らかにされていない。

「こいつが厚生省なり文部省なりの元官僚なら別に問題ないんだが、公安というのがどうもクサい」

 確かに、とアレックスは思う。現役を退いた老人が宗教に目覚めるというのはよくある話で、それ単体では気にするまでもない。だが、
カルト団体に精通した元公安局長が、それなりに名の通った団体でなく、よりにもよってカルトらしい新興宗教に入れ込むというのは、
何か裏があるように思える。

「うちで更に調査する必要があるな。ともあれ……」

 アレックスがしげしげと眺めていた写真をつまんで取り上げたゲオルグは、したり顔で続けた。

「ある意味朗報かもしれんな」
「朗報? 何で?」

 アレックスの疑問にゲオルグは悪戯っぽく笑った。

「経費で落ちるぞ。こいつは。」

750ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2011/12/27(火) 01:04:27 ID:8vWTDq9s0
皆様お久しぶりです。
一度筆を止める習慣ができると、なかなか再出発できないものですね。
重要なのは、ほんの数文字でも良いから、創作する習慣を作るものですね。
来年こそは、来年中には、なんとか物語の区切りをつけたいところです。
それでは皆様、よいお年を。

751名無しさん@避難中:2011/12/27(火) 22:14:15 ID:8Gcdx/wwO
GJそしてお帰りなさい!!
それにしてもBBじゃなくてUVとは……
次回にも大期待!!

752名無しさん@避難中:2011/12/28(水) 01:01:37 ID:HjvWa6WY0
お帰りなさい、そしてよいお年を!
過激な宗教に公安とはまた危険な香りがする組み合わせでドキドキです

753名無しさん@避難中:2012/01/01(日) 03:03:35 ID:wHLns0NIO
あけましておめでとう!!

754名無しさん@避難中:2012/01/02(月) 03:22:13 ID:02uNc2SY0
http://loda.jp/mitemite/?id=2735.jpg

755名無しさん@避難中:2012/01/02(月) 03:49:49 ID:6FrncUcI0
ハァハァ

756名無しさん@避難中:2012/01/02(月) 09:09:08 ID:DBV9l3P6O
ふう・・・

混浴ですかな?
私も浸からねば

757名無しさん@避難中:2012/01/02(月) 12:05:24 ID:NwxCrCCg0
はっぴーにゅうよく

758名無しさん@避難中:2012/01/02(月) 15:13:48 ID:42FtxH5MO
初春gj!!

759名無しさん@避難中:2012/01/05(木) 00:04:13 ID:M1XzqQsE0
異形世界に新作、といってもプロローグですが投下します。


プロローグ

僕の名前は霧島 沙夜(きりしま・さや)。齢18になる見ての通りの普通の少年…だったと言えばいいでしょうか。僕らの住まうこの日本を突然襲った大異変。
それと同時に現れた人とは違う新たな存在、『異形』。人々は銃を手に取り異形と戦い、その戦いは異変から数年の時を経た今もまだ続いています。
それに、異変の影響で各地に起きた災害のせいで日本の文明は戦国時代あたりまで後退してしまう有様です。
ですが、悪いことばかりではありません。異形出現に伴って新たに発見された『魔素』という物質。これを5人の聡明な学者様方が研究することによって
魔法という、おとぎ話の中の出来事が現実のものとなりました。日本は今海外と国交を断絶していますから、この技術は世界で唯一日本だけが持つものという訳です。

この技術は素晴らしく、僕達人類が異形と戦ううえでの大きな武器となりました。まあ、一つ懸念があるとすればいずれ日本がまた世界と国交を取り戻した時に
この技術が世界に広がり新たな争いのための手段となることですが。もっとも今の日本の状況を鑑みるにしばらくは杞憂でしょうけれども。

さて、今は異形達との2度にわたる戦いから3年が経過した頃ですね。僕は異形と戦うために義勇兵に志願して東北地方異形対策本部第四大隊、第二中隊、第二小隊へと
配属されました。そこで僕は出会ったのです。そう、『彼女』と。

私の名は御剣 明日奈(みつるぎ・あすな)。歳は18になる。こうして『異形世界』における表舞台へと立った今、私の来歴を簡単に述べなくてはいけないな。
私は、生まれて間もなく両親を亡くした。18年前というとちょうど第一次掃討戦のあたりだな。私を育ててくれた祖父の話によれば、異形達と人々の間の戦いの中で
流れ弾が運悪く当たってしまったということらしい。異形さえ現れなければ私の両親は死なずに済んだのではないかと幼いころには思ったりもしたものだが
今ではそんな考えはすっかり打ち捨てている。人の寿命とはこの世に生まれ落ちたその瞬間に神によって定められたものだからだ。

異形が現れずとも、他の要因で両親はきっと命を落としたのだろう。それに、まだ私にとって両親がどんな存在となるのか定まってもいなかったしな。
愛情をたくさん受け、尊敬の対象となるか。はたまたその逆か。そんな理由もあって私は異形が跋扈するこの世界においても特に異形を憎むこともなく
厳格な祖父の元で育てられまた、御剣流の宗主でもあったため私は物心つくころから来る日も来る日も剣の修行に明け暮れた。
そして、齢16の時に私の祖父がこの世を去ってから数か月、私にとって一生忘れ得ない出来事が起こった。
その出来事を思い出すたび私は、どうしようもなく苦しんでしまう為にここでは割愛させてもらう。
そして、あの忌まわしい出来事から二年がたったある日。私は、祖父の知人のつてで、東北地方に本部を置く義勇軍に志願し、その結果第四大隊、第二中隊、第二小隊に
配属されることとなった。そこで私は出会った。そう『彼』と。

760名無しさん@避難中:2012/01/05(木) 20:08:44 ID:VqneQ6Z60
新しい切り口に期待

761名無しさん@避難中:2012/01/08(日) 00:04:37 ID:MNRWsFKA0
第一話 女を憎む少年と男を嫌う少女

「俺がこの小隊の隊長、高杉久作少尉だ。歳は27になる。じゃあ、お前らにひとりずつ自己紹介をしてもらおうか」

そう名乗った422小隊(いちいち第四大隊からはじめるのは面倒ですからこう略させていただきます)の高杉隊長が自己紹介とこの隊の今後の活動方針を説明した後、
僕達隊員に自己紹介を求めてきました。まあ当然の流れでしょう。得体の知れないものに背中を預けるわけにはいきませんしね。
ということで、僕は真っ先に挙手をして先陣を切ろうとしたのですが、高杉隊長が指名したのは果たして僕ではなく、この隊の紅一点でした。

「じゃあ、そこの髪を結んだ御嬢さん、お前さんからだ」
「私の名は御剣明日奈。歳は18になる。こう見えても剣の腕には覚えがある。異形との戦闘の際には信頼してくれて構わない。が、私は皆を一切信用、信頼するつもりはない。
いや、一つ語弊があるな。男を信用、信頼するつもりはない。以上だ。では、次の者」

…なんですかこの人。開口一番でこんな宣言をするなんて。頭がおかしいのではないでしょうか。もっともそれは彼女に限らず、世の中の女性すべてに言えることですが。
さて、今度こそ僕の番でしょうか。隊長は僕を指名し、僕は息を一つ大きく吸い込んで自己紹介を始めます。

「僕の名前は霧島沙夜。18歳です。僕の専門は五行魔法、得意なのは水・氷です。戦闘では皆さん前線メンバーのアシスト的役割を担うことになりますが
 一つよろしくお願いします。ああ、ついでに回復もお任せください。ですが最後に一言、僕は御剣さんを、いえ、女性を一切信用、信頼するつもりは皆無です」

売り言葉には買い言葉、ではありません。僕は本当に心の奥の底から女性という存在が大嫌いなのです。それはもう、憎悪という言葉がピンとくるほどに。
僕の髪の色は18歳でありながら老人のように真っ白です。この髪と僕が女性を憎む原因は生後間もないころから16歳までの期間に起因しているのですが、それはまた後日に。

僕と御剣さん二人の奇怪な自己紹介に他の隊員さん方はやや怪訝な表情を浮かべていましたが、そのあとも僕と同じ422小隊に配属された
隊員さんたちが次々と各々の名を名乗っていきました。

762名無しさん@避難中:2012/01/08(日) 00:05:08 ID:MNRWsFKA0
坂本虎馬、下の名はトラウマと読みます。歳は31。やな名前ですね。しかもあの大偉人と一文字違いですよ。龍を虎にしただけでここまで印象が変わるとは。
しかも出自も同じ、四国は高知。それだけに「〜ぜよ」という語尾がよく耳をつきます。

河上紛斎。歳は25。最初に聞いてびっくりして、小声で「偽名ですよね?」と尋ねたら、しれっと「本名にございます」と感情のこもらない声で答えてきました。
自己紹介の時も感情のこもらない声で淡々と、話してるというよりは独り言をつぶやいているかのような声で進んでいましたし。

田中九兵衛。歳は31。随分昔にやっていた魔法少女に登場する謎の生き物とは何の関係もありません。出自は九州だそうです。
ですが、本州にきて長いらしく地方特有の方言の訛りなどは一切なく、流ちょうな標準語で話します。

岡田異造。歳は27。なんでも、このご時世で、他とは違うものを作り出してほしいという願いからつけられた名前だそうですが、それにしても眼光が鋭すぎます。
この方も坂本さんと同じく高知の出身です。

中村全一郎。歳は40。この方も田中さんと同じく九州、それも鹿児島の出身だそうで、薩摩弁で話します。といっても西郷さんみたいにガタイはいいとは言えず、
どちらかと言えば優男という言葉がしっくりくるでしょうか。

さて、各々自己紹介が終わったところでいざ活動開始、と思ったのですがここで岡田さんがやたら低い声で口を開きます。

「隊長さんよ、こげな小娘に本気で戦える力があると思っちょるのか?俺は信用できん」
「ほう、ならばお前の剣で試してみるか?」

岡田さんが御剣さんに食ってかかります。どうやら戦場で女の力など信用できないようですね。僕と気が合いそうです。
ですが、対する御剣さんも負けてはいません。敢然と立ち向かいます。やめておけばいいものを、売り言葉に買い言葉という奴ですね。
これからどうなるか展開の静観を決め込んだとき、すかさず坂本さんが二人の間に割って入りました。

「おいおいお二人さん、俺たちの仕事は仲間内で争うことじゃなかろうが。街を襲う異形を成敗することが目的じゃて、さっき隊長どのも言うてたきに。
ほら、もっとしゃんとするぜよ」

と言って二人の手を取ると、強引に握手をさせます。坂本龍馬は薩長同盟の時に西郷隆盛と桂小五郎に頬ずりをさせたと言いますからこれくらいは。
そして、二人は一瞬で手を放しました。岡田さんは「ふん…」と鼻を鳴らして、抜きかけた日本刀を鞘に収めます。一方の御剣さんはというと。
すでに何事もなかったかのように自分がもといた場所に戻っていました。まるで岡田さんなど眼中にないかのようなすまし顔を浮かべています。
彼女も僕と同じように異性を憎悪しているのでしょうか。先ほどの場合、僕が彼女の立場でしたら歯にもかけずにあしらう所ですが、
相手をしたあたりどうやら憎悪という訳ではなさそうです。さしずめ『敵視』といったところですか。
そしてその場が持ち直されたところで、いよいよ高杉隊長から今回の作戦内容が説明されます。
概要は、この本部基地から南に1里ほどにあるという異形たちの巣食う洞窟に赴いて、そこの異形を殲滅することだそうです。
文明後退によって自動車はおいそれと使えませんが、1里など大した距離ではありません。僕達は任務のための装備を身に纏うと、異形達の巣食う洞窟に向け
歩を進めてゆくのでした。

763名無しさん@避難中:2012/01/08(日) 00:24:44 ID:NEy8zXL.0
乙です
新しい話に今後を期待です
投下の終わりに終了宣言があるといいやもしれません

764名無しさん@避難中:2012/01/08(日) 00:26:29 ID:MNRWsFKA0
>>763
了解です。これからアルバイトなので、帰ってきたら人物設定など落とし込みたいと思います。

765名無しさん@避難中:2012/01/08(日) 00:38:46 ID:NEy8zXL.0
待ってるぜ
バイトもぼちぼちがんばれw

766名無しさん@避難中:2012/01/08(日) 21:46:37 ID:MNRWsFKA0
人物設定

霧島 沙夜
端正な顔立ちをした18歳。まだあどけなさの残る少年であるにも関わらず、その頭髪は齢80を過ぎた老人のように真っ白であり、長い前髪で左目を隠している。
鬼太郎のようなヘアスタイルだと思っていただければわかりやすい。また、この世界の女性という存在そのものを憎悪している。
それらの原因は彼が生まれて間もない時から16歳の誕生日を迎えるまでの期間にあるが、詳しいことは後々語られることになる。
五行魔法(火・水・風・土・雷)をすべて使うことができ(と言っても、水以外は中級に毛が生えた程度の腕前)、回復魔法も駆使して小隊のバックアップ要員として
期待されている。
いついかなる時でも、敬語で話すのが特徴。

御剣 明日奈
18歳。沙夜とは対照的な黒髪を後ろ髪に束ねて腰のあたりまで流すというポニーテールが特徴で、凛々しい表情が印象的な美人。
生まれて間もないころから厳格な祖父の元で育てられたため、口調は硬く性格も融通が利きにくい。
祖父が亡くなってからしばらくして起きた、数か月間におよぶある出来事のせいで、世間の男性を嫌悪、敵視するようになった。
しかし、剣の腕は若干18歳にして超一流であり、異形討伐において多大な戦果を挙げることが期待されている。

高杉 久作
27歳。山口県出身。およそ軍人とは思えない軽いノリが特徴的。柳生新陰流剣術、免許皆伝の腕前の持ち主。
自らが率いる422小隊を『奇兵隊』と名付け、本部の命令のままに異形討伐を行うが、その裏である計画を進行中。
名前の由来は、幕末に活躍した長州藩士、高杉晋作より。

坂本 虎馬
31歳。高知県出身。土佐弁で話すのが特徴。北辰一刀流免許皆伝の腕前。20代前半のころは四国を中心に異形討伐に当たっていたが、
その中で数々の異形と出会うことで『分かり合える存在』という認識を得て、四国を出た後は主に大阪、京都などで活動し、
東北の義勇兵募集を受けて志願し、『奇兵隊』に配属された。
名前の由来は、かの大偉人、坂本龍馬より。怒られないか心配。

河上 紛斎
25歳。熊本県出身。感情のこもらない無機質な口調で話すのが特徴。剣は我流だが、その腕前は他のメンバーに比べても全く遜色のないものである。
物腰こそ丁寧だが、人に仇なす存在や自分たちの行動の障壁となる存在は、人であろうが異形であろうがすべて切り捨ててきた冷徹な人物。
志願の際には、上層部よりその性質を危険視する声も上がったのだが、それよりもその剣による戦果の方が結果として利益が大きいと判断され、
高杉率いる『奇兵隊』に配属された。
名前の由来は、幕末四大人斬りの一人、河上彦斎(かわかみ・げんさい)より。

767名無しさん@避難中:2012/01/08(日) 21:48:04 ID:MNRWsFKA0
田中 九兵衛
31歳。鹿児島県出身。少年期から関東周辺で暮らしていたため、流暢な標準語で話す。河上と同じく、剣は我流である。
人の能力を見抜くことに長け、そのため中央政府の無能ぶりに辟易し、まだ足を延ばしたことのない東北で義勇兵を募集していることを知って志願。
『奇兵隊』に配属される。血の気が多い、河上、岡田を諌める役回りが多くなりそう。
名前の由来は、幕末四大人斬りの一人、田中新兵衛より。

岡田 異造
27歳。高知県出身で土佐弁を話しまた、非常に低い声が特徴的。小野派一刀流剣術を使う。大変好戦的な性格で、四国で活動していた時は、あまりに多くの異形を殺した
事から、上官にそれを咎められたことがあったほど。しかし、ただ好戦的というだけではなく、的確な状況判断や、伏兵の気配の察知、罠の有無などをかぎ分けることができ
一戦士としては非常に優秀な人材であるのは誰もが認めるところである。
名前の由来は、幕末四大人斬りの一人、岡田以蔵より。

中村 全一郎
40歳。鹿児島県出身で、薩摩弁を使って話すのが特徴。その剣は我流で、最年長であるがゆえに熟練されている。
必要でない時には決して剣を抜かないという信念を持ち、異形と対峙しても意思の疎通ができるのであればまずは話し合うべきという考えの持ち主。
このご時世においてその考えはなかなか受け入れられないが、坂本と出会い共に活動することで、義勇兵に志願、『奇兵隊』に配属される。
名前の由来は、幕末四大人斬りの一人、中村半次郎より。

こんなところです。今後の登場人物も歴史上の人物がモデルになるかな、と思います。

768名無しさん@避難中:2012/01/17(火) 22:20:17 ID:ES.yJCwM0
登場人物の名前ww
虎馬がツボだw

さて、投下じゃ

769白狐と青年「落ち着く場所の行き場」 ◆mGG62PYCNk:2012/01/17(火) 22:21:02 ID:ES.yJCwM0


            ●


 研究所内へと戻った匠はキッコ、彰彦、明日名らと共に平賀の部屋で話を聞くことになった。
 未だに先程までの泣きの気配を引きずっているクズハは俯きがちに匠の服の裾を引いてついてきてはいるが、
何も喋らない。誰も彼女に発言を求める事は無く、ただ彼女を見守っている。
 そんな皆を見ながら匠はこう思う。
 ……俺も何も話しかけなくて正解、だな?
 疑問形で思うのは、自分のこういう場面での感覚が当てにならないという事をこの数時間で悟ったからだ。
 自分を知ってまた一歩成長した。そう前向きに考える事にして、匠は平賀に問いを投げた。
「じいさん、さっき行政区との話し合いがもたれる事になったって聞いたけど?」
 キッコと明日名は既に平賀から聞いていて知っているようだったが匠は詳しい事を知らない。
同じく詳細を知らない彰彦が相槌をうって、
「俺もその話を詳しく聞きたい」
「そうじゃろうな」
 平賀はそう言って頷き、
「ここ数日、行政区相手に色々と根回しをしての、ようやっと行政区のお偉いさん達と話す場をセッティングする事に成功したんじゃよ」
 そう言って彼は紙を一枚ずつ匠と彰彦に渡す。
「渡辺君に渡したものと同じ内容の紙じゃ。会議での議題は『異形への対応の再検討と大阪圏の今後』と題してな、
参加者となる大阪圏行政区の議員連中も、今はほとんどが防備を固めた行政区内に閉じこもっておることじゃし、ここらで皆で話し合って大阪圏全体の方針を定めてしまおう、というわけじゃな」
 彰彦は感心したように唸る。
「話し合いの席を設ける事ができたってだけで十分すげえよ。ところでよ、さっき翔と話してる時に聞いたんだけどさ、
クズハちゃんが研究区内に居るって事はもう大々的にばらしちまったって事でいいのか?」
「うむ、クズハ君の所在をあまり長く隠しておいても得にはならんからのう。
どうせ黒幕は匠君や明日名君がクズハ君を救出に行ったことから逆算して、クズハ君の居場所はほぼ掴んでおるじゃろうしな。
下手に隠し続けてはその事実を利用してわしらを攻めて来かねんからのだなあ。
 話し合いが終わるまでは研究区保護下の異形には手出し無用を確約させた上でバラしてしまったわい」
 じゃあ、と匠が問う。
「クズハはもう追われていない、という事か?」
「ひとまず、公の戦力には。と但し書きがいくつか付く事になるがのう」
 それだけでも、これまでに比べれば劇的な改善だ。匠はほっと息を吐いてクズハの背を撫でる。
「じゃあこれから警戒しなきゃならねえ敵さん――行政区の奴らのうち、怪しい奴らの裏は取れたのか?」

770白狐と青年「落ち着く場所の行き場」 ◆mGG62PYCNk:2012/01/17(火) 22:21:50 ID:ES.yJCwM0
 彰彦の言葉に平賀は難しい顔をした。
「異形排斥派、共存派問わず今の状態に違和感を感じておる者は多いようじゃが、
本命の通光君はやはり尻尾を見せんのう、やり手じゃな。しかしまあ、皆が違和感を感じているというのならば攻めようはある。
彰彦が持ってきてくれた情報から根回しをして、話し合いの場では通光君を差していこうと思っておるんじゃよ」
「俺の持ってきた情報……?」
「うむ、行方不明者の情報じゃ。調べてみたら結構これが使えそうでな」
 そう楽しそうに笑む平賀に、キッコが確認するように言う。
「とは言ってもこれで平賀も追いつめられてきてはいよう? 状況確認をするのなら、不利な部分も説明しておいた方がよかろう」
「不利な点……?」
 平賀は「こりゃ一本取られたのう」とおどけた。その上で彼は一つため息をついて、
「そうじゃのう――わしらは今回の件、最初から異形を匿ったり保護するなりをして、
ただでさえ大阪圏の主流から反した動きを取っておる。
異形の手によるとされる事件もまた多発しておる中でその態度を固持しておるせいで、
けっこう反感も集めておってのう、以前から少しずつわしの大阪圏内での発言力が低下してきてはいたんじゃな。
 それらの積み重ねの結果として、今回の話し合いの席をセットするのにも時間がかかったわけなんじゃが――そうじゃの。
今回の話し合いで事態の進展が望めなければ、研究区はわしごと潰されてしまうかもしれんのう。
少なくとも大阪圏内に居場所は無くなってしまうじゃろうな」
 平賀の進退がかかった重大な事だ。驚き半分、心配半分で息を詰め、匠は平賀に問う。
「大丈夫なのか?」
「いざとなれば安倍君辺りに皆の保護を頼むとするわい。それに、先程も言ったが異形排斥派も共存派も、
現状に違和感を感じておるのでな、それゆえにこの話し合いの席も設けられたのじゃからの。
ならばその違和感を加速させてしまえば、少なくとも共存派は取り込めよう」
 平賀は口もとの円弧の笑みを深く刻んだ。
「そんな感じで、まあ土壇場じゃが、行政区のお偉方を味方に引き入れるチャンスでもあるわけじゃな」
 言う程簡単なものでもないだろうと思いつつ、匠はそうか、と頷く。今更心配してもしかたの無い事だ。そう割り切った上で、紙面を確認して、
「会議は三日後だな」
「それまでは久しぶりに休憩タイムじゃな」
 平賀は深呼吸して伸びをする。あくびまで一つ入れたところで周りを見回した。
「わしの方は根回しに走るからもうちとがんばるが、皆は疲れていよう? 特にクズハ君は起きたばかりじゃ。
もう今日は休んでしまうとええ」
 そう平賀に言われたクズハの顔は、少し集中力を欠いてぼっとしているように見える。
彼女にとっても匠にとっても変化が激しい一日だった。確かに少し考えるための休息の時間も欲しい。
 だから、と匠は頷き、
「わかった。それじゃあ今日はもう休ませてもらうよ、じいさん」
 そう言って、クズハの背を叩いて退室を促す。
 クズハは黙って匠に付いて来た。

771白狐と青年「落ち着く場所の行き場」 ◆mGG62PYCNk:2012/01/17(火) 22:22:28 ID:ES.yJCwM0


            ●


 部屋に戻る途中でクズハを部屋に連れて行く。
 部屋の扉を開けると、正面に吹き飛ばされて風通しがよくなった窓が匠を出迎えた。
「あー……」
 そういえばクズハに破壊されたままだったと思い出していると、クズハが小さく言ってきた。
「す、すみません」
 ようやく口を開いたクズハの謝罪がいつもの調子で、匠は改めて安堵交じりにため息をついて苦笑した。
「うん、まあしょうがないよな……どこか空いてる部屋でも適当に探して――」
 言っていると、クズハに服の袖を強く引かれた。
 目をやると、彼女は袖に目を落としたままで、
「あの、私、匠さんの部屋で寝ちゃ、いけませんか……?」」
 そう言ってクズハは、固まった匠の顔を見上げる。だって、と前置きして、
「昔は……拾ってくれた時には、一緒に寝てくれました」
「あれは記憶もなくて寂しかろうと思ってだな……」
 異形であるクズハが人に敵意や警戒を必要以上に抱かないように、そして逆に向けられないように、
当初は傍で見守る必要があったが、ある程度人の社会に対する知識が付いた時点で必要以上に傍に居る事もしなくなったものだ。
それが彼女の為になると、保護者の立場でかつてはそう考えたのだが、
「和泉に行ってからもそうでした」
 不満の色をのぞかせるクズハの口調に、匠はまた何かミスったのだろうなきっと、と半ば投げやりに思いながら返答する。
「そりゃな、師範達がクズハ用にも別で母屋に部屋を用意してくれたし、そっちの方が便利だったろ?」
 クズハは頷いた。その上で、
「それでも、寂しかったです」
「だが――」
「寂しかったです」
「……」
 ……どうもその言葉には弱いな。
 寝るとは言っても一緒の部屋で寝て近くに匠が居る事を感じたいとか、そういう事だろう。せっかく想いが通じ合ったのだ。
無碍に断る事もないと匠は首を縦に振った。
「分かった。行こうか、クズハ」
「はい!」
 返事と共に、久しぶりの満面の笑みがクズハの顔に浮かんだ。
 ……この表情にも勝てない。
 惚れた弱みなのかもしれないと思う事にして、匠は風通しの良い部屋を後にした。

772白狐と青年「落ち着く場所の行き場」 ◆mGG62PYCNk:2012/01/17(火) 22:22:58 ID:ES.yJCwM0


            ●


 日が昇るのと同時に目覚めた匠は、右脇の辺りに感じる温もりに一瞬眉を動かした。
 温もりの源からは甘い匂いが漂って来ており、それに混ざって微かに、
 ……獣の匂いが……。
 武装隊時代の習慣か、獣の匂いは意識を素早く覚醒させてくれた。
 血の生臭さを含まない獣の匂いは、人に近しいものとして感じられる。
 匠は右脇の方、疲労のためにか深く寝入っているクズハに目をやった。
 クズハの衣服に乱れが無い事を確認して、内心でほっと息を吐く。
 ……いやいや、そりゃそうさ何もしてねえんだから。
 言い訳じみた事を心に呟いた。そもそも、匠は昨夜は床で寝ようとしたのだ。しかし、
 ……クズハに床では寝かせられないと言われたからなあ……。
 その後、一緒に寝ようと言われた時に断り切れなかったのは、昨日からクズハに対して強い態度を取れなくなっているためだろう。
 強い態度を取れなくなっている原因そのものは分かっていて、匠としては精進しなければと思うのだが、
 ……どうにもクズハを拾ったばかりの時を思いだす。
 その懐かしさを悪く無いと思ってしまうのは、歳をとったという事だろうか。
 クズハの髪を撫でながら自分の年齢について思案していると、クズハが寝返りの動きで身を寄せてきた。
 安心しきった顔で密着してくるクズハの体の感触に匠は思わず息を詰める。
 ……まだ小さいが……大きくなったなぁ。
 頭を擦りつけるようにしてくる彼女の拾った時よりも成長した体は、確かに女狐の影を覗かせている。
若干の戸惑いとともにそれらの成長を確認した匠は、
 ……いかん。
 何がいけないのかは深く考えないようにして、クズハから身を離して体を起こした。
 クズハの体に布団をかけ直してやり、顔を洗って着替えに手を伸ばす。
 新しい服に着替えながら、今後寝床は分けようと匠は決心した。
 着替え終わる頃にはクズハが起きて来た。
 彼女は目元を擦りながらあくびをして、
「おはようございます……」
「ああ、おはよう」
 挨拶を返すと、クズハははにかんだように笑みながら布団を抱きしめた。
「どうした?」
 問うと、彼女は布団に顔を埋めて微かに眠気の尾を引く声で呟いた。
「匠さんの匂いはとても安心します」
「……そうか」
 そんなに臭うだろうか、とか自分が匂いに反応するのはクズハの嗜好が移ったのだろうかと思いながら、
クズハが妙に嬉しそうなので寝床を分ける話はもうしばらく後にしてから切り出すことにした。

773白狐と青年「落ち着く場所の行き場」 ◆mGG62PYCNk:2012/01/17(火) 22:23:44 ID:ES.yJCwM0

            ●


 クズハが着替え終わるのを待って二人で朝食を食べに食堂まで出て行くと、
入口付近で先に朝食を食べていたキッコが目ざとく匠達を見つけてきた。
「匠、クズハ、起きてきたのか、疲れは抜けたかの?」
「おかげさまでな」
「はい、随分と良くなりました」
 ああは言ってはいるが、クズハはまだ本調子ではないだろう。もう何日か、ゆっくりと様子を見た方がよさそうだと匠は考える。
キッコも同じ事を考えていたのか、クズハに対しては「無理はせぬように」と言って、
「……ふむ?」
 不意に首を傾けた。
 彼女は同じように首を傾けたクズハに近寄ってその頭に顔を寄せて、鼻をひくつかせる。
「……ほう」
「あ、あの……?」
 クズハが戸惑った声を上げた。キッコは顔を離して、
「匂いは付いておるが、この感じでは種は受けておらぬか」
 残念の色をもって発された言葉に、クズハが顔をさっと赤らめ、匠はあきれ顔で応じた。
「あたりまえだ」
「あたりまえとは何ぞ? この香りならば同衾はしたのであろう? にもかかわらず手を出さなかったのかの?」
 一瞬手を出しかけたような気もするが、それらの記憶を敢えて意識から弾きだして匠は頷いた。
「そうだ」
「なんと……!」
 キッコは殊更に驚いた顔をした。
「据え膳食わぬは何とやらという言葉を知らぬのかの?」
「据え膳ってお前……」
 何か言い返そうとして、咄嗟に反論の言葉が出て来なかった。
匠はごまかすように咳払いを一つして、クズハの頭に手を置く。
「こういうところはほんと動物的なのな。クズハにはまだ早いだろ」
「早い……かの」
 キッコはクズハへと視線を転じた。
「どうだの?」
「え……?」
 話を振られたクズハは一瞬口ごもり、顔を更に紅潮させ、
「わ、私は……匠さんになら、いつでも……」
 尻すぼみに消えて行く言葉で言われ、匠は天井を仰いで振り切るように頭を二、三度振った。
 クズハの頭の上の手を力を込めてぐりぐり動かしながら、
「そういうのは時期を見て、ゆっくりとだな」
「うむ」
 キッコがもっともらしく頷いた。煽って来るのかと思ったら、彼女は別段そういう意図もなさそうに、
「そうだの、別に焦る事もなかろう。あれほどはっきりと告白したのだしの、自然と行きつくところには行きつくだろうて」

774白狐と青年「落ち着く場所の行き場」 ◆mGG62PYCNk:2012/01/17(火) 22:24:33 ID:ES.yJCwM0
 そう言うと、身を翻してキッコは食堂へと足を進め、朝食を食べている皆に聞こえるように声を飛ばした。
「皆よ、聞いて知っている者も多かろうが、昨日、匠とクズハのつがいが成った。
めでたい日ぞ。武装隊の視察も探りも気にする必要も無くなったのだ。今日は匠の奢りで食って飲むがいい!」
 即座に大きな歓声が返ってきた。
「あの女狐……」
 視線の先ではキッコがクズハを手招きしている。クズハがどうしたものかという表情でこちらを見てきたので促しの頷きを作った。
「行ってこい。皆クズハの事を心配していたんだしな」
「はい」
 走って行くクズハの背を見送りながら、匠はまだどうにも距離感をつかみ切れていないと思う。
 ……今までの距離感に甘えてきてたツケだな……。
 キッコがつがいと言っていたが、実際のところ、自分とクズハはそういう関係になり切れていないのだろう。
クズハが身を寄せてくるのも、自分が今の関係での確たる安心を得られていないからだと匠は考えている。
「いろいろと不足してるな……」
 吐息交じりに弱音を吐いていると、肩を叩かれた。
 振り返ると、そこに居たのは、
「彰彦」
「どうした、朝っぱらからため息なんかついて」
「さっきの聞いてただろ? どうやら今日は俺の奢りらしいぞ」
 そう言って示す食堂はにわかに活気づいている。皆、遠慮なんて一切せずに食い散らかす気満々だろう。
それは今日までこちらの都合に付き合って来てもらった皆に対する当然の礼ではあると思うが、
 ……これで貸し借り無しにしてくれるって事か。
 ありがたいことだ。そう思いながら彰彦に言う。
「まあ、そんなわけだから彰彦も遠慮せずに食え」
「そうだな。せっかくだから幸せを分けてもらうとするか」
 食堂のクズハとこちらを見比べながら言う彰彦に匠はあのなぁ、と抗議する。
「幸せとか言うけどな、けっこう大変なんだぞ? 昨日もクズハが一緒に寝たいとか言い始めるし」
 彰彦が「あーはいはい」とぞんざいに手を振った。
「本当に幸せそうだな、武装隊の世話になるか?」
 彰彦の言葉のニュアンスに匠は意思の疎通がうまく出来ていない事を悟って急ぎ弁解を開始する。
「いや、ただ一緒に寝ただけで特になにもないぞ? というか、話の大事な部分はそこじゃねえ」
「じゃあどこが大事な部分なんだ?」
 横目で見て来る友人に匠は頷いて、
「俺は本当にクズハを安心させてやれるようにならないといけないって事だ」
 どうにもこれまでの人生、戦う事ばかりにかまけていたせいか、そういう安心や安定を戦場以外の場で意識して築くのが苦手な自覚がある。
 故に、匠は反省として自身をこう評する。
「まだまだ未熟だ」
「それが分かってんなら上等だろ」
 彰彦は微笑し、
「それに、クズハちゃんがわがままを言って匠を困らせたってだけで、クズハちゃんの方にもでっけえ変化があったってもんだ」
「そういえば、珍しくわがままを言ったな」
 それも、他者の身を心配してのものではなく、自分自身のために言う種類のわがままだ。
「信仰気分も抜け始めてるんだろ。対等に近付いたってことだぜ、それは」
 そう言って彰彦は匠の胸を小突いた。
「喜べよ、あの子の為にな。んでもってそれを肴に今日はお前の金で乾杯だ」
 そう言って彰彦も食堂へと駆けて行く。一応ある程度遠慮するようにと言うだけ言っておかねばと思いながら、
匠は食堂にいつの間にか設けられているお誕生日席に座らされているクズハの困ったような笑顔を見る。
 それを見て心に浮かべるのは心が軽くなるような幸せの感情だ。
 この幸せを続け、クズハにも同じ感情を抱いてもらう為に、今、大阪圏を巻き込みつつある不安の元凶を叩く。
 そう心に思い、匠は食堂に入ろうとして、ふと立ち止まって財布の中身を確認しだした。

775白狐と青年「落ち着く場所の行き場」 ◆mGG62PYCNk:2012/01/17(火) 22:25:03 ID:ES.yJCwM0
健全ですよ!(しょっぱなから何を)
新年明けましておめでとうございます
明けてしまったなぁ……年
このまま何もなければ新年度になる前には完結させる所存です。何もなければ

全体の事件の方は今後の予定が見えてきた感じ。もうしばらくお付き合いいただければ幸いです

776名無しさん@避難中:2012/01/18(水) 02:49:09 ID:7ydLQtqU0
さて、まだタイトルが決まってませんが二話、投下します

第2話 祈り

さて、一里の距離を一時間ほどかけて歩いた僕達422小隊は、奥羽山脈は八甲田山の麓に位置する、異形達が救う洞窟までやってきました。
八甲田山と言えば、百年以上も前に軍隊がここで演習中に遭難し、210人中199人が死亡したという悲惨な事件がありました。1902年の出来事です。
それはさておき、高杉隊長の指揮の元、僕達はいよいよ洞窟に乗り込むことになったのですが、その前に作戦が練られました。
作戦といっても何のことはありません。見敵必殺(サーチアンドデストロイ)です。それに坂本さんや中村さんは浮かない表情をしていましたが、
今回本部から下った命令は『異形の殲滅』ですから仕方のない部分もあるでしょう。そうしていよいよ洞窟に踏み込もうとしたのですが、高杉隊長が皆さんを静止させました。

「ちょいと待て。この洞窟の中は真っ暗だぜ。夜目の利く奴がいりゃあいいが、そうじゃない奴はだた異形に殺されに行くようなもんだ。明かりがいるな」
「それでしたらこれでどうでしょうか?」

と言って僕は、手のひらから魔素で作り上げた炎をかざします。

「やるねえ霧島、よし、それじゃあいくぜ!」

高杉隊長以下、僕を除いたメンバー各員が腰の刀に手をやり、いつでも抜刀できる態勢を作りながらゆっくりと洞窟内部に踏み込んでいきます。
先頭に高杉隊長、その後ろに御剣さん、坂本さん、僕、岡田さん、中村さん、河上さんの順番です。挟撃の恐れがあるため、僕よりも後ろについている
3名は後ろを見ながらゆっくりと歩いています。そして5分ほど歩いたでしょうか。細い洞窟の路を抜けると、広間へと出ました。この広間ですが、洞窟の壁そのものが
発光成分を含んでいるらしく、火をつけなくても十分この広間全体が見渡せるほどの明るさを放っていました。そしてそれ故に…
鋭い眼光でこちらを睨みつける異形達の姿もはっきりと見えました。その数、ざっと見積もって50以上。対してこちらは…8人。
分が悪すぎます。しかし、不幸中の幸いといいましょうか。異形達はただ獰猛な唸り声を上げるだけで、理性のかけらも感じられません。
野獣相手に坂本さんも中村さんもためらうことはないでしょう。僕達は中央に集まると各々に背を向けるようにして八角形を作ると、周囲を取り囲む異形達を見据えます。
そうして、士気高揚のために高杉隊長が僕達に号令を発しました。

「お前ら、覚悟は出来てるな?」
「おう、血の雨降らそうぞ」
「大丈夫だ、問題ない」
「問題ありませぬ」
「さっさと済ますきに」
「いつでも行けます」
「はよ行きもんそ」
「僕も大丈夫です」

岡田さん、御剣さん、河上さん、坂本さん、田中さん、中村さん、僕の順番で高杉隊長の号令に応えていき、僕が答え終わると高杉隊長は満足そうにうなずきました。

「よおし、覚悟はできてるな。よし、じゃあ行くぜ!」

高杉隊長のその言葉に、僕達8人は異形達に一斉に攻撃を仕掛けました。僕は空気中の水分を凍らせることで氷柱の矢を作り、それを異形に放つことで攻撃します。
ですが、四本の足で素早く動き回る異形に当てることは簡単なことではありません。右に左へと躱され、確実に僕は異形達に距離を詰められていき、
漸く一匹の異形を仕留めた時には僕は壁際に6匹の異形に追い詰められて、窮地にたたされていました。
その異形達は狼とよく似ていますが、その大きさは一回りも二回りも大きく、やはり怪物なのだということを認識せざるを得なくなります。
その異形たちが牙をむき、口の端を歪ませて嗤ったような気がします。獲物を追い詰めてどう甚振ろうか獣なりに考えているのでしょう。
さて、困りましたね。この状況を打開するために僕が取った行動はというと…

777名無しさん@避難中:2012/01/18(水) 02:50:12 ID:7ydLQtqU0
「火炎術式第三号、開放」

両手を広げて、手のひらから長さ5mほどの火柱を作りだし、そのまま腕をぐるぐる回して渦状にすると、出来上がった二本の炎の渦を右側、左側へと放ち、
操ることで異形を僕の前方だけに集めました。二本の炎の渦を高速で移動させることで、異形をその渦の中に閉じ込めることに成功したのです。

「大地術式第四号、開放」

次の手は、その炎の渦を消滅させると同時に地面に手を当てて魔法を発動、異形達の周囲の地面を高く隆起させ、その壁の中に閉じ込めました。
これで6匹の異形の無力化に成功すると、他の方々の援護に向かうべく周囲に目を向けたのですが、僕が見たのは河上さんが最後の一匹を斬り捨てているところでした。
獣にも多少の知恵はあるようで、唯一丸腰であるこの僕に最も多くの数を差し向けたようです。同時にその嗅覚で相手の強さがわかるのか、岡田さんは
なにやら物足りないといった表情を浮かべていました。何匹斬りました?と僕が尋ねると。

「たった3匹じゃ。つまらんきに」

…この人は四国でどれだけの異形を斬り捨ててきたのでしょうか。意思の疎通ができる、できないに関わらず、異形は人類の敵という認識を持ち有象無象の区別なく
その剣で数多の異形を斬り捨ててきた。それがこの岡田異造という男なのです。この時世で斬る、斬らないがこの人にとってはすべて。
正直、同じ隊に配属されたといってもあまり関わりたくない存在です。

「さて、これで終わりか。うん?霧島君、この壁はなんだ」
「…この中に6匹の異形が閉じ込められてます。こうして無力化して援護に回ろうとしたら、もう決着がついていたので。それにしても」

男を敵視しているあなたの方から話しかけてくるとは意外でした、と僕が言うと御剣さんは「ふん…」と鼻を鳴らして再び言葉を続けました。

「敵視か、言い得て妙だな。確かに私は世界の男という存在すべてを敵視しているが人は一人では生きられない。だから敵視していても何処かで折り合いをつけなければ
ならないのだ。そういうお前は、世界の女性すべてと今後一切関わらずに生きていけると思うのか?」
「思いません。悔しいですが貴女のいうことは正論です。以上」

これ以上話す必要はないと判断して、僕はさっさと会話を切り上げました。そんな僕の態度に御剣さんは一瞬面食らった表情を浮かべましたが、
すぐにいつものすまし顔に戻りまた「ふん…」と鼻を鳴らして行きました。そんな彼女を僕は心の奥で侮蔑して、この壁の向こうの異形を高杉隊長に委ねました。

「このまま放っておいても餓死するだけでしょうが、今すぐでも元に戻せます。果たしてどういたしましょうか?」
「そんなら、さっさと元に戻すがじゃ。わしは足らなくてうずうずしとるんじゃ」

岡田さんが割り込んできました。確かにこの場は岡田さんに委ねるのが一番早いのですが、高杉隊長が口にしたのはこんな問いでした。

778名無しさん@避難中:2012/01/18(水) 02:51:00 ID:7ydLQtqU0
「霧島、お前、異形を殺したことはあるか?」
「恥ずかしながら、ありません。殺すということが苦手なものですから」
「ならお前が止めを刺せ。今は避けられたとしてもこれから先、絶対にお前の手で異形を手にかけなきゃならねえ時が来る。何事も経験だ」

現実とは残酷なものですね。いえ、義勇軍に志願した以上いつかはこんな場面に出くわすと覚悟は決めていたつもりですが、これほど早いとは正直予想外でした。
僕は徐に異形を閉じ込めている壁に手を当てると、せめてもの手向けに異形達に祈りを捧げます。

この世のあらゆるものの創造主、かつ贖い主に召します天主、主の僕たる6つの獣の御魂に、すべての罪の許しを与えたまえ。
願わくば、彼らが絶えず望み奉りし赦しをば我の切なる祈りによってこうむらしめたまえ。主よ、永遠の安息を彼らに与えたまえ。
絶えざる光を彼らの上に照らしたまえ。彼らの御魂が安らかに憩わんことを。神の名のもとに。

そうして祈りを終えると、異形達を天へと召すために呪文を詠唱します。

「…火炎術式第二号、開放」

瞬間、その壁の向こうを埋め尽くす火柱が立ち上がります。『ギャイイイン!』という異形達の断末魔が一瞬聞こえましたが、すぐに燃え盛る火柱の音しか聞こえなくなりました。
僕が初めて、虫以外の生き物を手にかけた瞬間でした。と、同時に僕の中で何かが吹っ切れました。生き物を殺すことがこんなに容易いことだということに気付いたのです。
一分ほど、その火柱を眺めた後それを消滅させ、高く盛り上がり壁を作っていた地面を元に戻すと、もうそこには塵も残っていませんでした。
灼熱の業火で骨すら燃やし尽くしてしまったのです。僕は高杉隊長に軽く目を向けるとそのまま一礼し、僕達8人以外に誰もいなくなったこの広間を見渡します。
すると、目に留まったものがありました。この洞窟の更に奥へと進むための通路です。その入り口には扉が据え付けられていました。
つまり、人工的に作られたものだということです。誰がこんなものを作ったかはさておき、僕はそれを高杉隊長へと報告したのです。すると

「よし、それじゃあ霧島と、御剣!お前さんらであの扉の向こうを偵察してこい。俺たちはここで待機だ」

などという命令が下されました。いえ、別に偵察に行くのは構わないのですが、なぜに御剣さんと一緒なのでしょうか。
おそらく向こうも同じことを思っているのでしょうが、意見したところでその決定が覆らないということも同時に二人とも理解していました。
だからこそ、御剣さんも反対意見を言わないのでしょうし。

779名無しさん@避難中:2012/01/18(水) 03:00:56 ID:7ydLQtqU0
「了解しました」
「了解した」

僕ら二人は高杉隊長の命令に素直に従い、扉まで歩いていくと僕は扉を開き、御剣さんを先に通るように促しました。すると御剣さんは訝しげな表情を浮かべながらも
黙って扉の向こうへと歩を進め、僕もその後ろへと続きます。先ほどの広間と違い、壁が発光しないため、再び僕は掌に小さな炎を作って明かりにし、
一歩一歩慎重に進んでいきました。そうして、50歩ほど歩いたところで僕の前方を歩いていた御剣さんが唐突に語りかけてきたのです。

「先ほどお前に聞きそびれたことがある。お前は、私たち女性をどう思っているのだ?当然、いい感情は持っていないのだろうが」
「…答えるは必要ないです、と言いたいところですが特別にお答えしましょう。憎悪です。僕はこの世界のあらゆる女性を心底憎んでいるんですよ」
「…なぜお前がそうなってしまったか尋ねても答えは返ってこないのだろうな」
「ええ、少なくとも今は。あなただって同じように答えるでしょう?」
「…まあ、確かにその通りだ」
「ならばこの話はこれで終わりです。僕はあなたが憎い、あなたは僕を嫌う、ただそれだけの話です。以上」

先ほどと同じように僕は一方的に話を切り上げました。御剣さんも、もう話すことはないという感じでその後は二人とも一言も発することもなく、3分ほど歩いたでしょうか。
僕達の前方10m先に先ほどと同じような人工物の扉を発見したのです。この扉の向こうには果たして何が待ち構えているのでしょうか。
罠が仕掛けられている可能性もあります。僕はその場合の今後の展開を頭の中でシミュレートします。罠にかかった僕は死に、御剣さんは撤退するでしょう。
そして小隊には新しいサポート要員が配属される。まあ、正直なところ僕程度の魔法の使い手ならばこのご時世、いくらでもいるでしょうし。
僕もこれから先、女性と一切関わらなくて済むということになります。尤もそれらはすべて、致死性の罠が仕掛けられていたという仮定での話ですが、
こんなことを考えてしまうあたり、僕は心の何処かでこうなることを望んでいるのかもしれません。そして僕はその扉に手をかけると、
一気に押し開けて中へと踏み込んだのです。するとそこには。

投下終了です。霧島沙夜と御剣明日奈という二人の主人公を作るにあたって考えたコンセプトは、
『反目・対照』です。他の書き手さんの話では、主人公とヒロインの仲がいいものが多いので、それに一石を投じるという意味で、
今回のような形にしました。白髪と黒髪、黒い服と白い服など様々なものを対照的にしてみました。
ですが、名前は沙夜=鞘と御剣の剣で相性ピッタリなんですが。

780名無しさん@避難中:2012/01/19(木) 11:58:32 ID:VPVAqHSk0
>>775
戻った途端ラブラブじゃないですかー

>>779
霧島冷めてるなあw
さて、何があったのか

781名無しさん@避難中:2012/01/20(金) 01:44:26 ID:yIUhoUcw0
なんか過去に相当な事があったような
霧島の過去が気になるぜ


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