[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
【誕生日スレ】今日は何の日?【総合】
466
:
Republica de Venexia
:2015/01/31(土) 01:24:35 ID:???
1月31日はシルウェステル1世がローマ教皇に即位した日です
>>331
で見たコンスタンティヌス1世がローマ皇帝であった頃、ローマ教会では314年1月31日シルウェステル1世が即位しました
コンスタンティヌスはキリスト教を公認した皇帝として有名ですが、このコンスタンティヌスとシルウェステルが後世、キリスト教会によって利用されることになります
>>373
で小ピピンがフランク王となりカロリング朝を開いたことを見ましたが、その際ローマ教皇ステファヌス3世が王位を承認してくれたことへの返礼として、いわゆる「ピピンの寄進」が行われました
これが教皇領の起源となったわけですが、これに対し東ローマ皇帝コンスタンティノス5世はその返還を要求します
>>265
で見たように、西ローマ皇帝位はオドアケルによって東ローマ皇帝に返上されており、名目上はイタリアも東ローマ支配下にあったからでした
一方ローマ教皇庁では教皇領を正当化するため、「コンスタンティヌスの寄進状」が作成されます
これはコンスタンティヌス1世がシルウェステル1世によって癩病から回復し、その返礼としてシルウェステルとその後継者に帝国の西半分を譲渡したとするものでした
このコンスタンティヌスの寄進状は15世紀になって偽書と証明されますが、それまでの間、ローマ教皇は寄進状を根拠に皇帝権に対する教皇権の優越を主張しました
>>394
のシャルルマーニュへの加冠や、
>>454
のロベール=ギスカールの南イタリア授封、
>>40
のアラゴン王のサルデーニャ授封の際にもコンスタンティヌスの寄進状が根拠とされ、
>>294
や
>>448
で見た教会改革、叙任権闘争においても教皇権優越を示すためコンスタンティヌスの寄進状が用いられることとなるのでした
本日は第33代ローマ教皇の誕生日です、おめでとうございます
参考文献
・ハンス・K・シュルツェ、五十嵐修他訳『西欧中世史事2 皇帝と帝国』ミネルヴァ書房、2005年
・北原敦編『世界各国史15 イタリア史』山川出版社、2008年
・堀越宏一・甚野尚志編著『15のテーマで学ぶ中世ヨーロッパ史』ミネルヴァ書房、2013年
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板