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川 ゚ -゚)子守旅のようです
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困ったことに世界は急激に縮小された。
都市の大半が潰れた。もちろん人間もたくさん死んだ。
それでも尚、世界は存在し続けている。
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( ^ω^)「──というわけで、新しい政府を作るお。
かつて政治に関わっていた人や、それなりに資産を持っていた人々にお願いです。
協力してもいいと思えたのなら、これより一年の間に、『中央』へ集まってくださいお」
( ^ω^)「……あ、道中のことは自己責任で」
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川 ゚ -゚)子守旅のようです
1:歌が上手い奴
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酒場。
昼でも賑やかな店の一角で、数人の女を侍らせた中年の男が
下品に笑いながら酒を呷っていた。
(*ФωФ)「──おおい! 酒の追加である! 早くせんか!」
その喧しさと見苦しさに、客は一人また一人と店を後にする。
だが男の金払いがいいのは事実で、故に店員もへらへらと男に愛想を振り撒いていた。
(・∀ ・)「……」
バーカウンターでジュースを飲んでいた少年が、それを横目で眺めている。
多くの客が男に不快な目を向けるのに対し、少年の目付きは、それらとは些か異なっていた。
もっと寒々しく、刺々しい──敵意のような。
それが一層研ぎ澄まされた瞬間、真横から声がした。
川 ゚ -゚)「うるさいなあ」
(・∀ ・)「え」
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川 ゚ -゚)「あの客。アルコール中毒で死なないかな。なあ」
(・∀ ・)「え、いや、え、あ、え」
少年より10歳ほど上──およそ20歳くらいの女が、露骨に顔を顰めて件の男を睨みつけている。
彼女の持つグラスの中で、からんと氷が鳴いた。
一瞬、店内が静かになった。
女の声は割合と大きく、その雑言もはっきりと当人の耳に入ったのだ。
( ФωФ)「──貴様、いま何と言った」
川 ゚ -゚)「ん、聞こえたのか。耳が遠いせいで大きな声で話してるのだと思ったんだが……。
まあ痴呆の入った老人も悪口には耳聡いものだというしな」
(#ФωФ)「なんだと!!」
男と女が同時に立ち上がる。
しかし今にも掴みかからんとする男とは反対に、
女は自分のグラスと少年のグラスをくっつけると、
カウンターの向こうの店主にひらひら手を振り、悠然と店を出ていった。
(;・∀ ・)「え、えっ」
少年を連れて。
#
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(;・∀ ・)「ま──待てよ、俺ジュース代払ってない! ってか、あんたも!」
川 ゚ -゚)「私は払わなくていいんだ。お前の分も私の勘定に含んでもらった」
店から充分離れた頃、女は少年の手を離した。
埃っぽい町並みのあちこちに残った瓦礫が、みすぼらしさを掻き立てている。
これでも「5年前」に比べれば片付いた方だが、10年前のごとき華やかさには程遠い。
10年前の町並みなど、少年は知るよしもないが。
川 ゚ -゚)「お前、いくつだ?」
(・∀ ・)「……11」
川 ゚ -゚)「なんだ、それより2つは下かと思った。
まあ何にせよ子供だな。命知らずな真似はよせ」
(・∀ ・)「俺が何したってんだよ」
川 ゚ -゚)「さっきの店で、あの男を殺そうとしたろ」
(・∀ ・)「……」
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川 ゚ -゚)「ああいう手合いは護衛か何かが付いている可能性が高い。
下手なことすりゃお前が殺されて終わる」
女は、膝の高さ程度に積み上がっている瓦礫に腰掛けた。
それから手招き。少年は少し迷って、彼女の隣に座った。
(・∀ ・)「あんた何なの」
川 ゚ -゚)「名前か? クール」
(・∀ ・)「そうじゃなくて。──軍人か何か?」
川 ゚ -゚)「いいや。歌うのが仕事だ。昔から歌が得意だったから雇われた」
クールというらしい女は、退屈そうな顔で言った。
酒場なんて場所に行ったのは今日が初めてだったが、
歌が得意だったり、見た目の良かったりする女を置いておくというのは聞いたことがある。
だからこそ彼女は酒代を払わなくていいのだろう。
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(・∀ ・)「何で俺があいつを殺そうとしたって分かったの」
川 ゚ -゚)「そういう顔だった。あとナイフでも持ってるだろう、不釣り合いにデカいやつ。
ぶかぶかでもないのにズボンがずり下がるのを押さえる姿は、あからさまに怪しい」
ただの歌手にそこまで言われてしまうと、
あの店内のほとんどの者にバレていたのではないかと思えてくる。
少年はやや不貞腐れた顔つきで、内側に括りつけていたナイフを抜き取った。
数ヵ月前に拾ったものだったが、手入れをすれば充分に使えた。
一人仕留めるくらいなら何の問題もない。
少年がナイフを傾けている隣で、クールは目を丸くさせた。
川 ゚ -゚)「そりゃまた立派な……買ったのか?」
(・∀ ・)「拾った」
川 ゚ -゚)「そうか。柄の部分の石、それ外して売れば結構な金になるぞ」
言われて、今まで大して注目していなかった赤い石を見遣る。
日の光に当たると綺麗だ、としか思ったことがなかった。
クールが手を伸ばしてくる。
はっとして、少年は身をよじり彼女の手からナイフを守った。
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川 ゚ -゚)「そんなもの売ってしまえ。
あの男から金を奪うよりはマシだ」
(#・∀ ・)「俺は金が欲しいんじゃない!!」
喉が痺れた。
ほとんど反射によるものであったが、大きな声を出すのは久しぶりだった。
その感触で、にわかに我へ返る。しかし突発的な怒りは収まらない。
己の中に満ちる敵意を、殺意を、小遣い欲しさと思われるのは
ひどく屈辱的だった。
クールは一向に動じない。
「そうだろうな」と、至極冷静な答え。
そこでようやく少年は落ち着いた。クールの瞳が、悲しげだったので。
川 ゚ -゚)「お前、何ていうんだ」
(・∀ ・)「……またんき」
居住まいを直した少年にクールが問う。
またんき。少年の名前。
そうか、と関心があるのだかないのだか、よく分からぬ返事をしてクールは黙った。
またんきも黙る。
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どれほど経っただろう。
クールが沈黙を破った。
川 ゚ -゚)「──『戦争』の最中に生まれた子だな、お前は」
(・∀ ・)「……うん」
川 ゚ -゚)「まあ私もだけどな」
何故そんなことを訊くのだろう。またんきは首を捻った。
──かつて、20年近くにも及ぶ巨大な戦争があった。
世界を巻き込んだ争いは年々規模を増し、このままでは勝ちも負けもなく
この世の全てが叩き潰されるまで終わらない、とさえ言われていたが。
終戦の時は、存外にあっさりと訪れた。
切っ掛けはどの国のどの兵器でも、もちろん人でもなく──「天の怒り」であった。
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世界各地で異常気象が起こり、ひどい災害が発生し、人も兵器も国土も打ち壊したのだ。
残ったのは10分の1以下の人間と、3分の2以下の陸地だった。
生き残った人々は国籍など関係なく身を寄せあい、まだマシな土地へそれぞれ集まり、
その地その地で自分達が暮らしていけるだけの復興をした。
戦の続きをするような愚か者はいなかった。
残された者達の、傷の舐め合いのごとき共同生活は、5年続いて現在に至る。
そして今より3ヵ月ほど前。
各地へ、「中央」からお達しがあった。
川 ゚ -゚)「『中央』のことは分かるか?」
(・∀ ・)「それぐらい知ってる。──いちばん凄い町だ」
またんきの幼稚な返答に、クールは笑った。
まあ間違っていないな、と。
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川 ゚ -゚)「あの町はな、元々は2つの小さな国だったんだぞ」
その2国は他の地域に比べると被害が然程ではなく──もちろん「比較的」ではあるが──、
避難者の数も多かったため、国が手を取り合い、どこよりも早く復興したのである。
結果、その2つの国が併合されて世界の中心となり、「中央」と呼ばれるようになった。
そして「中央」のまとめ役──片一方の国の、元大統領の息子だそうだ──が
世界中へ通達を出した。
(・∀ ・)「通達って、各国の元権力者と金持ちは中央へ集まってくれ──ってやつだろ。
みんな大騒ぎしてたから、俺でも知ってる」
川 ゚ -゚)「ああ。思いきったことするよな。……そうするしかなかった、ってのもあるだろうが」
世界は未だ混迷の中にある。
表面上の落ち着きは見せていても、中身はがたがただ。
今一度、世界を一つにまとめるためには
政の知識を持つ者が集まる必要があった。何より金も。
──これだけ世界が壊されても尚、金は力を持っている。
元々ほとんどの国で通貨が統一されていた。
復興に合わせて中央では新たな通貨が作られたようだが、
旧来のものとの価値に大きな差をつけていないため、混乱はそれほど多くない──らしい。
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川 ゚ -゚)「期限は一年。それまでに集まった者の中から、相応しい人間を選ぶというが……
既に中央には結構な数の元政治家どもが集まってるだろうな」
該当者からすれば、これは非常に魅力的な話である。
新たな世界の統率者、その一員になるということは
5年前に失った権力を取り戻す(どころか更なる地位を得る)のと同義なのだから。
またんきはクールの言葉に頷きつつ、ある男の姿を思い浮かべた。
クールもまた、その人物の名を口にする。
川 ゚ -゚)「きっとあのロマネスクという男も、中央を目指す一人だ」
ロマネスク──先ほど酒場で騒いでいた男。
川 ゚ -゚)「数日前にこの町にやって来たらしい。
ここには列車が停まるから、それに乗るつもりなんだろう」
(・∀ ・)「知ってるよ」
知ってる、とまたんきはもう一度呟く。
そうだ、あの男は「中央」を目指している。
それは──それは決して、許されることではない。
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彼女が何も語らなくなったので今度は自分の番だろう、とまたんきは口を開いた。
奴への殺意を知られてしまった以上、その理由を聞かせることに抵抗はない。
(・∀ ・)「……ロマネスクのせいで俺の母さんが死んだんだ」
クールが片眉を上げた。
幾許かの興味の表れであるのは分かったので、話を続けた。
(・∀ ・)「5年前、あいつはヴィプ国の防衛庁の人間だった。
──災害が起こり始めたとき、あちこちで避難騒ぎがあった」
(・∀ ・)「あいつは俺達が住んでた地域の責任者だった」
川 ゚ -゚)「ヴィプ国は対応が早かったおかげで、比較的生存者が多かったと聞いているが」
(・∀ ・)「俺らの地域は違った。まずロマネスクが、金集めに走った」
川 ゚ -゚)「……ふむ」
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(・∀ ・)「大金を積んだ奴から優先的に避難させるって……」
川 ゚ -゚)「どこでもあったことだ。ふざけた話だが」
(・∀ ・)「まあ、そうだけど。
……俺の母さんは何とかお金を集められた。ロマネスクは金を受け取って、
俺達を第九避難組に入れた」
川 ゚ -゚)「第九?」
(・∀ ・)「いっぺんに避難させるのは無茶だから、何度かに分けて避難者を移動させたんだ。
俺らは九番目の組……充分早い方だった」
結果がどうなったか、既に見当がついているのだろう。
クールは眉根を寄せ、黙った。
(・∀ ・)「……でもあいつは、第三までの人間を避難させたら、ばっくれた」
ロマネスクの逃亡はすぐには発覚しなかった。
想定外に手間取っている、間もなく次の迎えが来る──下っ端にそう説明させて時間を稼ぎ、
自身は第三避難組と一緒に安全な場所へ逃げていたのだ。
全てが発覚したときには、既に手遅れと言える状況にあった。
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(・∀ ・)「みんな別の地域の避難所へ駆け込んだよ。
でもクールが言ったように、あっちこっちで同じことが起こってたせいで
どこもめちゃくちゃだった」
(・∀ ・)「俺と母さんが行ったところは少しはマシだったけど──」
子供を優先させる、と言われた。
中はもう子供と一部の大人でいっぱいで、その言葉に従ってしまえば
母が中へ入れてもらえないことは、幼いまたんきにも分かった。
彼らの後ろにもまだまだ子供が並んでいた。
またんきは別のところに行こうと母へ頼んだが、災害の手はすぐ近くまで迫っていて。
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(・∀ ・)「母さんは」
──ああ。
良かった。
ここを選んで、良かった。
何度もそう言って、涙を流しながら心の底から嬉しそうに笑って、
またんきを軍人へと預けた。
またんきの叫びも、伸ばした手も、続く避難者に遮られて、母には届かなかった。
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川 ゚ -゚)「……」
語る言葉は嗚咽でぐしゃぐしゃに潰れていて、クールに最後まで話せたか分からない。
この5年、何度も夢に見た。何度も後悔した。
災害が落ち着き、外に出て、この町に流れ、大人に混じって外で働かされている間も母を探した。
見付かるわけがなくて、夜には母を呼びながら泣いた。
(;∀ ;)「お、俺っ、俺っ、こんな、苦しいなら、寂しいなら、か、母さんと一緒に、死にたかったよ」
何度同じことを叫んだだろう。
誰かに聞かれる度に、皆、そんなことを言うものじゃないと叱った。
けれど、クールはそれを聞いても何も言わなかった。
またんきを抱き寄せ、かつて母がそうしてくれたように、頭を撫でて額に唇を落としてくれる。
(;∀ ;)「……去年、大人が話してるの、聞いたんだ……。
あのときロマネスクが第四以降の人間を見捨てたんだって……」
そのときに、またんきはようやく、なぜ自分達が本来の避難場所へ運ばれなかったのかを理解した。
それまでは何かの手違いだったとしか思っていなかったのだ。
ロマネスクの卑劣さを知ると、悲しさも虚しさも全て怒りに変わった。
母を恋しがる泣き声は、ロマネスクへの呪詛へと。
そうして3ヵ月前の通達があり──
中央へ向かうロマネスクがこの町に立ち寄ったのを知った。
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川 ゚ -゚)「復讐のために殺すのか」
(;∀ ;)「殺す。殺してやる。たとえ護衛がいたって……俺が殺されたっていい。それでも絶対にあいつを殺す」
川 ゚ -゚)「無茶だ。──私は復讐が悪いことだとは思わない。
でもお前が死んでしまっては、何のための復讐か分からないじゃないか」
(;∀ ;)「あいつを中央に行かせちゃ駄目だ!!」
その叫びだけは、声の震えも消えていた。
瓦礫と半壊した建物に反響し、自身の体にも染み込んでいく。
(;∀ ;)「もしもあいつが新しい政府に選ばれたら!?
そんな世界で生きてて誰が幸せになれる!
俺の母さんがどうやって救われる!?」
もう限界だった。
言葉が出てこなくなって、ひたすらに、わんわん泣いた。
クールが何度もまたんきの頭を撫でる。
どうしようもなく優しかった。
けれども涙は止まらない。
やがて、空気をやわらかく震わす声が降りてきた。
-
川 - -)
クールの歌声だった。
かつて、ヴィプ国で広く親しまれていた子守唄。
またんきの母もよく歌ってくれた。
母の顔が頭に浮かぶ。
子守唄を聴かせて、またんきが眠りに落ちる間際に見た微笑み。
またんきの避難場所を確保できたと喜んでいた泣き笑い。
それらがぐるぐると巡る。
いつも母の笑顔を回想しては、その都度ロマネスクを呪っていた。
ずっと、氷が胸に詰め込まれたような心持ちだった。
なのに今は、ただただ暖かい。
(;∀ ;)「……」
未だ顎が震え、しゃくりあげるように肩も跳ねていたが、涙は引っ込んでいった。
三番まで歌った辺りで、クールの声が止む。
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(・∀ ・)「……クールも、ヴィプ国の人なの?」
川 ゚ -゚)「いや。でも仕事柄、覚えなくちゃいけなくてな」
(・∀ ・)「上手かった。すごく。──綺麗だった」
クールはしばらく目を瞬かせ、それから、照れ臭そうに笑った。
いつの間にか日が暮れかけていて、夕焼けに照らされた彼女の笑みは
この11年間で見てきた汚いものを、全て洗い流してくれるようにも思えた。
川 ゚ -゚)「──さて、そろそろ仕事に戻らないと。お前ももう、お帰り」
(・∀ ・)「……うん……」
川 ゚ -゚)「おやすみ、またんき」
(・∀ ・)「おやすみ……」
ナイフをズボンに括りつけ、またんきは瓦礫から下りた。
彼の動向を探るように、クールはその場でまたんきをじっと見つめている。
監視されなくとも、ロマネスクへの殺意は静まっていた。
きっと今夜、彼女の歌声を胸にしまったまま眠りにつけば、
傷は癒えなくても、この世界でしっかりと生きていく覚悟が出来そうな気がしていた。
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川 ゚ -゚)「──なあ」
呼び止められ、振り返る。
夕焼けが、ひどく赤い。
川 ゚ -゚)「……もし、あの男が中央に着いたとして……
政府に選ばれるかどうかは、まだ分からないだろう?
お前が知っているくらいだから、あいつの所業は中央に伝わってるかもしれないし……」
川 ゚ -゚)「だから──……未来を決めつけないで、その可能性に賭けよう。
自棄にならずに。あいつが政府に入らないよう、祈って生きた方が、ずっといい」
(・∀ ・)「……」
(・∀ ・)「……うん」
頷き、また歩き出す。
ナイフの重みが増した。
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(・∀ ・)(なんだ)
このとき、またんきは。少年は。
失望した。
クールの口から出た言葉が、既に数日前、自身の中に浮かんですぐに打ち捨てた戯れ言だったので。
所詮彼女も綺麗事に縋って生きていける程度の人物なのだと判断した。
自分のことを理解してくれたわけではないのだ。
急激に、冷めていく。
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(・∀ ・)(……明日の昼に、列車がこの町に来る。
それを逃せば次に来るのはしばらく先だから、ロマネスクは確実に明日の列車に乗る。
チャンスは明日の昼まで……)
子守唄など、もう思い出さなかった。
#
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早朝、ロマネスクが宿泊しているという宿を見に行った。
すると宿の前に人集りが出来ていた。
大人たちを掻き分けて最前列に出る。
自警団が宿の前と中を行き来していた。
「──中央へ向かってる元役人を狙って、強盗が入ったんですって……」
隣で、中年の女達が声を潜めて話し合っている。
「じゃあその役人、殺されたの?」
「いいえ。もちろん腕利きの護衛を何人も雇ってるもの、返り討ちよ」
「馬鹿なことしたもんだねえ」
(・∀ ・)「……」
踵を返す。
ロマネスクはもう宿にはいないだろう。
参った、どこへ行ったものか。
宿の入口に広がる血溜まりを見ても、恐怖は一切湧かなかった。
#
-
──良かった。
──ここに来て、良かった。
──またんき、元気でね。
──兵隊さんの言うこと、ちゃんと聞くんだよ。
──良かった……またんきが助かって、本当に良かった。
──母さんもきっと、別の場所を見付けられるから。
──全部終わったら、きっと会えるから。泣かないで。
──ここで、ゆっくりお休み。
──またんき……。
──ばいばい。
(・∀ ・)"
我に返った。
昨夜ろくに眠れなかったので、気を抜いた瞬間に意識を飛ばしてしまったらしい。
慌てて周囲を見渡す。
-
(*ФωФ)
幸い、眠ったのはほんの数秒だったようだ。
標的は、同じ席で同じ女を相手に酒を飲んでいた。
──昨日とは違う酒場である。
小一時間前に、列車の駅近くで時間を潰していたロマネスクを見付けた。
そこでまたんきは、昨夜の内にナイフの柄から外しておいた宝石で
手頃な美女を「雇った」のだ。
昨日見た限りでも、ロマネスクが相当な酒好きと女好きであるのは分かった。
美女に声をかけさせれば呆気なく騙されて、駅から外れた酒場へ付いてきた。
彼が雇っているという護衛達は見当たらない。
早朝の件で警戒を強めてはいないのだろうか?
それとも逆に、早朝の件でロマネスクと離れなければならない用が出来たのか。
まあ離れているのであれば御の字だが、ただ隠れているだけだとしても、別にいい。
ほんの僅か隙を作れるならば。
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(・∀ ・)(11時……)
──約束の時間だ。
ロマネスクの「餌」、女が立ち上がる。
「アラ、もうこんな時間! 列車に乗るんでしたっけ?
今日は列車の到着時間が早まるって話だよ」
(;ФωФ)「何だと!? それはいかん、我輩は今日の内に列車に乗らねばならんのだ!」
「おいで、近道を知ってる」
ロマネスクは余分とも思える金をカウンターに叩きつけ、
女の案内に従い店を飛び出した。
しばらく待って、またんきもジュース代を払って酒場を後にする。
あらかじめ女と相談して決めていた道を駆けていくと、すぐに追いついた。
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(;ФωФ)「待て、我輩はあまり速く走れん!」
「遅れちまいますよう、ほら急いで!」
細く、複雑な道。
そこをちょろちょろと走り回る女に付いていくのでやっとといった様子のロマネスクは、
周囲に構う暇もないようだった。
高い建造物に囲まれた路地。
たとえ護衛が隠れて付いていたのだとしても、こんな場所をすばしっこく移動されては
姿を現さずに追うことは不可能だろう。複数人いるというのであれば、尚更。
それらしい影はない。
となれば、やはり、護衛は今ロマネスクの傍を離れているのだ。
好都合。
見知った道ゆえに手際よく2人の後をつけながら、またんきはほくそ笑む。
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「こっちこっち──」
女が角を曲がる。
数歩遅れてロマネスクも同じ角を曲がり、
(;ФωФ)「──む!?」
姿を消した女に、戸惑いの声をあげた。
(;ФωФ)「おおい、どこであるか!?」
袋小路である。
いや、正確に言うと、決して行き止まりではない。
左の建物に裏口となる細いドアが付いている。
ロマネスクもそれに気付いたか、ドアに駆け寄りノブを捻った。
しかしがちゃがちゃと硬い音がするのみで、開く気配はない。
『ごめんなさいねえ、お願いされたもんだから』
ドアの向こうから女の声がして、すぐにぱたぱたと足音が遠ざかっていった。
数秒ほど呆然としていたロマネスクが再度ドアを押したり引いたりしたが、やはり開かない。
あのドアは内鍵だ。
-
(;ФωФ)「……」
この状況の異様さに、ロマネスクの顔が強張っている。
またんきがわざと足音を立てると、ロマネスクはびくりと身を竦ませ振り返った。
──が。
姿を現したのが子供だと分かるや否や、あからさまに安堵してみせる。
( ФωФ)「貴様の悪戯であるか? 子供の遊びに構っている暇はないのである」
(・∀ ・)「……」
何も言わず、足早に近寄る。
余計な話はしない。殺せればそれでいい。
自分が何故殺されたのか、分からなくたって構わない。死にさえすればいい。
またんきの右手でナイフがきらめく。
ロマネスクの顔が、また強張った。
-
( ФωФ)「──小僧。貴様、何を」
(・∀ ・)
(;ФωФ)「な──ふ、ふざけるなガキが! 小遣いならいくらでもくれてやる!! 来るな!!」
後ずさり、壁に背がぶつかるとロマネスクは右へ逃げた。
けれどもすぐさま瓦礫に躓いて、みっともなく転がった。
腰が抜けたのだろうか。そのまま立ち上がることも出来ずに、
ロマネスクは罵倒と懇願を繰り返す。
滑稽だった。笑えなかった。
ロマネスクの顔と、母の笑顔が交互に視界を満たす。明滅する。自身の鼓動が聴覚を侵す。
勝手に口が開いていた。
何も言うまいと思っていたのに、勝手に声が出ていた。
(#・∀ ・)「母さんを返せ!!」
ひどく陳腐な叫びと共に、ナイフを両手で握り締める。
ロマネスクが情けない悲鳴をあげ、自身を庇うように顔の前で手を交差させた。無駄なことを。
ロマネスクとの距離を一気に詰めるために足を開く、と──
-
またんきの腹から何かが飛び出していた。
彼が持つものよりも一回りは大きなナイフだった。
(・∀ ・)「、え、」
腹がやけに熱く感じられ、視界がぶれる。
両手を固く握っていた。先程よりも、一層強く。
しかしすぐに力が抜けた。ナイフが落ちた筈だが、そんな些細な音など既に耳には入らなかった。
腹から飛び出ている方のナイフが、視界の中でぐるりと回った。
肉を抉られたのか、勢いよく血が吹き出る。
幾度か内部を削ってから、その薄い質量は体内から消えた。ナイフが抜かれたのだ。
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熱い。腹が熱い。
寒い。背中が寒い。
血液が足元に溜まるごとに、寒さが増していく。自分の知らない場所が痙攣する。
膝をつき。地面に倒れ。
そうしてようやく、またんきは己を刺した相手を見た。
川 ゚ -゚)「……やめろと言ったのに」
黒髪の女が、悲しそうな顔をして立っていた。
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(#ФωФ)「クール! 貴様どこで油を売っていた!」
ロマネスクが怒鳴る。
クールは途端に表情を消してロマネスクへ目をやった。
川 ゚ -゚)「お前があんな見え見えの罠に引っ掛かって
こんな面倒な道をうろちょろするから、一度見失った」
(#ФωФ)「だとしても、我輩の危機には一瞬で駆けつけんか!!
何のための護衛だ、まったく──」
それ以降は、もう、またんきの耳には届かなかった。
頭がぼやけてくる。
クールが再びまたんきを見下ろした。
-
川 ゚ -゚)「 」
口を動かしている。聞き取れない。
ただ、ひたすらに、悲しい顔。
頭の奥で彼女の子守唄が流れ、やがて、またんきの意識と共にぷつりと切れた。
#
-
川 ゚ -゚)「お前といると胸糞悪いことばかり起きる」
定刻通りに到着した列車に乗り込み、クールは両手の匂いを嗅いだ。
まだ血の香りが残っている気がしてならない。
ロマネスクは「はあん」と気の抜けきった笑いを鼻から漏らした。
( ФωФ)「人殺しにも、感傷に浸れる感性があるのか。
立派なものである。黙って仕事だけしていればいいのにな」
川 ゚ -゚)「……」
( ФωФ)「それにしても今日は午前中だけで何人殺した?
強盗5人……おっと、さっきのガキを加えて6人であるな。
いやあ強い強い、おかげで我輩は屈強な男を何人も雇っていると勘違いされたのである」
川 ゚ -゚)「……そうか」
-
( ФωФ)「貴様は仕事だけはよくこなしてくれる。
どうでもいいことをうじうじ考える割に、細かい雑事には気が回らんのが難点だがな」
後尾の車両、寝台付きの席に荷物を運ぶ。
まだ昼過ぎだというのにロマネスクは寝台に横たわり、
じろじろとクールを眺め回した。
ロマネスクから顔を背け、目を伏せる。
しかし布団を叩く音が彼女の視線を呼び戻した。
( ФωФ)「ま、そういうわけだ、早速『仕事』の時間である」
川 ゚ -゚)「……まだ明るい。少ししたら車掌も来るし」
( ФωФ)「構うものか」
また布団を叩く。
ここに来い、という意味だろう。
クールは唇を噛んだ。
-
──こんな男の護衛など、さっさと辞めてしまいたい。
けれども出来ない。これは個人間での契約ではない。
クールの所属する「組織」とロマネスクとの契約によるものだ。
彼女の意思など入り込む余地はない。
護衛といっても、ただ彼の命を守りさえすればいいというわけでもなかった。
雑務をこなし、身の回りの世話もしなければならない。
つまりは彼が望むことは概ね聞かねばならぬのだ。
護衛より、召使に近い。
クールはうんざりした様子で寝台に膝を乗せた。
殊更ゆっくりと敷布に尻を落ち着けるクールを、ロマネスクがじっと見つめている。
目が合うと、彼は満足げに頷いた。
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( ФωФ)「護衛だけなら誰でも出来る。
貴様の一番大事な仕事は『これ』であろうよ」
寧ろ、これにしかお前の価値はないだろうが、と嫌味に笑う。
返事はせずに睨むだけに留めるも、それすら一笑で済まされた。
そうしてロマネスクは、目を閉じて。
仰向けになり、腹の上で手を組んだ。
「毛布」と単語で命令。
( +ω+)「──さあ、我輩のために、さっさと子守唄を歌うのである」
川 ゚ -゚)「……」
溜め息。
目の前の男の首を絞めてやる空想をしながら、
クールは彼に毛布をかけつつ口を薄く開いた。
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──歌が一番上手い奴を貸せ。
それが、ロマネスクから組織に出された唯一の条件であった。
護衛の他にも「仕事」をさせる場合は多々あるので、
料理の上手い者、見目のいい者、頭がいい者、反対に頭が悪い者、処女──といった条件の提示はよく聞く。
(もちろん最も多いのは『強い者』なのだが、みな訓練を受けているので条件としては無意味だ)
が、歌唱力を指定してきたのは彼が初めてだった。
歌さえ上手ければ年齢も性別も問わない、なんて。
何かの間違いではないかとすら思えた。
ともかくその条件に当てはまったのがクール。
専門的な訓練を受けた経験はないが、
人前で披露できる──そして賞賛される──程度には上手かった。
-
歌が得意であることがどう役立つのかとひたすら疑問だったが、蓋を開けてみれば何のことはない。
「毎晩子守唄を歌え」と。
そうしなければ眠れないのだと、ロマネスクは言った。
( +ω+) グオー
川 ゚ -゚)「……いびきがうるさいな」
今日は朝早くから襲撃があった上、先程の事件も重なり
疲れてしまったのだろう。
三番まで歌う前にロマネスクは眠りに落ちた。
健やかな寝顔。
対するクールの心は、沈みきっている。
-
──迷子のお守りをしながら家へ連れていくのだと思えば、少しは気も楽だろう。
この任務を受けて出発する前、組織の者にそう言われた。
たしかにこの男は、ひどく幼稚だ。
わがままな子供のごとき振る舞いをする。
けれどもやはり、どうしたって大人なのだ。
かつては権力まで持っていた。
子供の残酷さと、大人の残酷さを併せ持つ。
そんな人間のお守りは、心が擦り切れる。
-
川 ゚ -゚)「……」
発車のベルがけたたましく鳴り響いた。
にもかかわらずロマネスクは眠りこけている。
自分の席に座り直し、クールは窓を開けた。
何の気なしに、駅に溢れる人間を観察する。
先ほど列車から降りたばかりなのだろう、小さな荷物を抱えた女が紙を片手に、
そこらの人々へ声をかけては肩を落としている。
道を訊いているのだろうか。出来れば力になってやりたかったが、もう出発してしまう。
そうして、彼女が窓から視線を外すと同時に列車は動き出した。
-
「息子を知りませんか、この町にいると聞いたんです、またんきという名前です──」
女の声は既に遠ざかり、クールに届くことはなかった。
1:わがままな元役人 終
-
《高等学校教科用図書 歴史》(3054年刊行 シタラバ社)
(中略)
2916年 大戦勃発
2935年 〈天災〉により各国に甚大な被害 それに伴う終戦
東スレッド国とレスポンス国が合併し〈中央〉を名乗る(現「ニチャン国」)
ナイトー・ホライゾンが〈中央〉の首長となる
2940年 〈中央〉が〈新政府案〉を発表
2941年 新政府樹立 〈中央〉を〈ニチャン国〉に改名
(巻末付録・世界年表 より一部抜粋)
──────────────────────────────────────
-
(中略)……これにより新政府が誕生する。
大統領 ナイトー・ホライゾン
国防長官 サスガ・ハハジャ
補佐 シブサワ・オジ
外務長官 ウツ・ドクオ
補佐 ハチマユ・ショボン
財務長官 カネモチ・マニー
補佐 コチ・ミルナ
教育長官 ワタナベ・アヤカ
補佐 イトー・ペニサス ……(後略)
(p117・世界の発展 より一部抜粋)
-
今日はここまで
創作板の方で立てていただいたスレを無駄にしてしまってすみませんでした
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創作板から見に来た。乙乙
ジャンル的には何になるんだろう……
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基本的にオムニバス形式
なるべく十話以内に終わらせたい
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>>49
正直自分でもジャンルはよく分からない
-
乙
-
これから面白そう
おつ!
-
('、`*川「デミタス」
(´・_ゝ・`)「はい」
('、`*川「よそ見しちゃ駄目よ」
(´・_ゝ・`)「申し訳ありません、お嬢様」
正面から目を逸らしていたら、俺の斜め前を歩く女性に窘められた。
すかさず謝罪し、顔を前へ向け直す。
ちゃりちゃり、金属の擦れ合う音が鳴る。
('、`*川「デミタス」
(´・_ゝ・`)「はい」
('、`*川「あなたは少し注意力が散漫なところがあると思うの」
(´・_ゝ・`)「申し訳ありません、お嬢様」
心を無にしていたら、俺の斜め前を歩く女性に窘められた。
すかさず謝罪し、意識を身の回りへ集中させる。
ちゃりちゃり、金属の擦れ合う音が鳴る。
-
('、`*川「デミタス」
(´・_ゝ・`)「はい」
('、`*川「殺しちゃ駄目って、言ったのに」
突然襲いかかってきた輩を仕留めたら、俺の斜め後ろに隠した女性に窘められた。
色々と言いたいことがあったが、
(´・_ゝ・`)「申し訳ありません、お嬢様」
「だったら首輪外せや俺はペットじゃねえんだぞクソアマいい加減にしろ殺すぞ」。
その言葉を飲み込み、すかさず謝罪した。
ちゃりちゃり、首輪に繋がれた鎖の擦れ合う音が鳴る。
-
2:首輪の似合う男
-
(´・_ゝ・`)「てめえが首輪繋ぐから周囲の視線が気になるしくすくす笑ってる奴らを睨みたくもなるし何も考えたくなくなるんじゃねえか。
てめえのせいだろ全部。全部。クソアマ。クソアマ」
川 ゚ -゚)「本人に聞かれたらどうする」
(´・_ゝ・`)「クビになれたら万々歳」
川 ゚ -゚)「だったら面と向かって言えばいいものを」
カフェテリア。
ひたすらテーブルに額をぶつけて愚痴る俺に、向かいに座るクールが呆れた声で言った。
先に座っていたのは俺だ。
クールはつい先程この店に来て、俺に気付くと向かいの席に腰を下ろしたのだ。
俺もクールも、任務を受けて組織を離れたのは同時期だったが
数日前にも隣の町で顔を合わせたので、久しぶりという感じはしない。
どうやらお互い、随分とのんびり移動しているらしい。
適当な町から列車に乗って三月も揺られていれば、いずれ「中央」に到着するだろうに
こちらも向こうも、主人が観光好きなものでうんざりしている。
-
川 ゚ -゚)「いい主人じゃないか。『殺しちゃ駄目』なんて。
うちのアホなんて、ちょっと気に入らない相手がいたら殺せ殺せと喚くんだぞ」
(´・_ゝ・`)「分かりやすく馬鹿な命令する主人の方が扱いやすいだろう。
交換しよう。お前も主人の愚痴ばっかじゃないか」
川 ゚ -゚)「首輪はちょっとなあ」
クールは俺の首元をしげしげと眺めた。
敢えて確認はしていないが、どうせ周囲の客もこっちを見ているんだろう。
視線から隠すように、俺は首を摩った。
そこに巻かれた革の感触。舌打ち。
ファッションとして首輪を着ける人間は戦前からも居たが、
そこに無骨な鎖までぶら下げている馬鹿はそうそう見ない。
しかもこの鎖、そこそこ長いので邪魔だ。土や錆以外のよく分からない汚れもあって不快だし。
-
(´・_ゝ・`)「なぁああにが『殺しちゃ駄目よぅー』だ。
これのせいで動きづらいから思ったように攻撃できないんだろうが。
つか自分を殺しに来てる奴らの命は尊重するくせに俺の人権は尊重しねえのかよ」
川 ゚ -゚)「キレてるなあ」
(´・_ゝ・`)「ストレスで胃が痛い」
川 ゚ -゚)「お前はどっちかというと、他人に首輪着けて喜ぶタイプだもんな……」
(´・_ゝ・`)「ああ……あのアマに首輪着けて引きずり回して泣かせられたら俺もう悔いはないわ」
と、そこでクールが視線を上げた。
足音が近付いてくる。
顔を顰めなかったので、彼女の主人ではなかろう。なので俺の方が顔を顰めた。一瞬。一瞬だけ。
振り返れば、案の定。
('、`*川「デミタス」
俺の主人──ペニサスが立っていた。
ペニサスは俺の名を呼び、「あっ」と声を上げ、屈み込んで鎖の端を持ち上げた。
鎖を揺らし、引っ張る。
-
('、`*川「デミタス」
そうしてもう一度呼んだ。
ざけんな。
犬じゃねえんだよっつうか犬だって普通に名前呼ばれれば分かるわ。
と言ってやりたいが勿論言えるわけがないので、にっこり微笑む。
(´・_ゝ・`)「はい、お嬢様」
('、`*川「お洋服、買いたいの」
買えよ勝手に。
いや、荷物を持たせるから来いと言いたいのは重々承知しているが、
「下着も選ぶから恥ずかしいの」とカフェテリアで待機させたくせに、結局こうやって呼ぶのは何なんだ。
どうせ選ぶだけ選んで、精算はまだなんだろう。結局袋詰めされるときに見る羽目になる。
この女は些かぼんやりしている──というか頭が悪い。馬鹿だ。
護衛だっつってるのに、俺を外に置いてのこのこ一人で服屋に入るし。
俺のことを本気で飼い犬と思っているのかもしれない。
-
(´・_ゝ・`)「分かりました」
頷き、腰を上げる。
そこへ下品な声が飛んできた。今度こそクールが顰めっ面をする。
(#ФωФ)「おいクール! 何をゆっくりしているのである、誰が休んでいいと言った!」
クールの主人だ。
山盛りの料理が乗った皿を、テーブルに叩きつけるように置く。
川 ゚ -゚)「お前が『ここで待っていろ』と言ったんだろう」
(#ФωФ)「まったく、我輩が料理を取りに行く間に飲み物を持ってくるくらいの気も遣えんのか。役立たずが」
川 ゚ -゚)「おい、私の分のご飯は?」
( ФωФ)「は? 知るか。欲しいなら自分で取りに行け。
あ、それよりまず飲み物を持ってくるである! 早くしろ!」
川 ゚ -゚)「……。何飲むんだ」
( ФωФ)「何でもいいから早く持ってこい!」
ああ、やっぱり、こっちが主人でも嫌だな、俺。
何でもいいとか言うくせに、持ってきたものが気に入らないと平気で文句を言って
また別のもの持ってこさせるんだろうな。
-
( ФωФ)「まったく気の利かない……」
('、`*川「スギウラ様、こんにちは」
( ФωФ)「ああ、イトーの。今日もペットとの仲は良好か」
(´・_ゝ・`)「……」
川 ゚ -゚)「おい、下手なことはしないでくれよ」
(´・_ゝ・`)「わかってるよ」
俺がこのオッサンをどうこうしようとすれば、クールが俺をどうこうしようとするわけで。
お互い、殺したい奴を簡単に殺せるくらいの実力はあるのに、難儀なもんだ。
服屋へ向かうため歩き出す。
俺の背へ、クールの声が飛んできた。
川 ゚ -゚)「この町はあまり治安が良くない。女性1人で歩かせない方がいいぞ」
この御時世、治安のいい町の方が稀だ。
俺は右手を挙げるだけの返事をした。
-
その後、服屋からカフェテリアの様子を眺めていたが
クールは5回ほど飲み物を選び直させられて、結局、水に落ち着いていた。
#
-
('、`*川『これが似合う男性を一人、くださいな』
八百屋かっていうノリで、この女は我らが「組織」の仲介人に依頼した。
こいつが持ってきたのは、赤い、革の首輪だった。
他に指定してきた「しっかりした人」という大雑把な条件に当てはまる面々が集められ、
横一列に並ばされたかと思うと、順番に首輪を着けさせられた。
そうして一番似合ったのが俺だった、らしい。正直誰が着けても変わらない気がした。
まあ首輪ぐらいなら。ファッションとして考えればいい。
女も顔は地味だが(人のことは言えないけれど)、体つきはなかなかそそるものがあったので、
むさ苦しいオッサンに仕えるよりは良かろう。
──という俺の下心は、首輪に鎖を繋がれた瞬間に消えた。
-
「お前は大抵のことをそつなくこなせる割に、目立とうとはしない。そこがいいのだけれど、
プライドが高すぎるのが玉に瑕だね」。
昔から、度々そう言われてきた。
目立とうとしない──自己顕示はしないが、なまじ実力がある分、自信は過剰と言えるほどに溢れているので
しっかりと評価され尊重されないと機嫌が悪くなる。
しかもそれを自分からアピールしないので、勝手に気分を害して勝手にむくれているようにしか見えない。
要するに、常にヨイショされていたいクソ面倒くせえ野郎だと認識されていたわけだが、
それは確かにその通りだった。
なので、首輪と鎖のコラボレーションは物凄い勢いで俺の自尊心を傷付けた。
そして俺はこの女が嫌いになった。
-
('、`*川「デミタス、こんな服を買ったんだけれど」
(´・_ゝ・`)「よくお似合いです、お嬢様」
とはいえ仕事は仕事なので、いい顔しなければならない。
宿屋の部屋にて一頻り地味女の地味なファッションショーを見せられて、
俺はその度に同じ言葉を繰り返した。
('ー`*川
そしてその度に、こいつは満足気にちょっと微笑むのだ。
本心だと思っているのか。馬鹿なんだろう。
#
-
('、`*川
──ヴィプ国のイトー家。
ペニサスはそこの末娘だった。
イトー家は先々代が様々な事業に手を出して成り上がった家柄で、
残念なことに、先々代が死んでからは無能な息子達が金を使い込んでいく一方だったのだが
それでもなかなか資産が減らないくらいには、先々代の功績が凄まじかった。
無能が頭を張っても充分な金が入ってくるなんて、本当に夢のような話だ。
そんな夢のような家に生まれて、無能の血をしっかり引いたのが、このペニサスである。
ろくに頭使う生活してこなかったんだろうな。言動からよく分かる。
きっと召し使いの男達にも首輪をつけて飼っていたのだ。
それで先の大戦で、イトー家はこいつだけが生き残ってしまった。
なんたる悲劇。
こいつが「中央」に辿り着いたところで、役立たずと見なされて追い出されるだけだろう。
つまり俺の今の任務は、ただひたすらに時間の無駄でしかない。
-
('、`*川「デミタス」
(´・_ゝ・`)「はい、お嬢様」
お嬢様と呼べ、とこいつは最初に言った。
俺がお嬢様と呼ぶとペニサスはたまににやにやする。
もう20歳になるくせに、お嬢様と呼ばれることの何が嬉しいのか。
世が世ならさっさと適当な金持ちの家へ嫁に出されて奥様と呼ばれている年齢だ。
('、`*川「今日は疲れたから、もう寝ようと思うの」
(´・_ゝ・`)「はい。おやすみなさいませ」
永遠にお休みしてくださっても結構です。
#
-
( ´∀`)『──デミタス。お前はいずれ、人に使われる立場になるのだから。
プライドを捨てろとは言わないけれど、それを傷付けられても平気でいられるようになるモナ』
(´・_ゝ・`)『分かってます。出来ます』
( ´∀`)『分かってない。表面上は「気にしないふり」をしているだけモナ。
そんなんじゃ、鬱憤が溜まる一方モナ』
(´・_ゝ・`)『……分かってます、先生』
( ´∀`)『そら、今、拗ねた。
自分は何でも出来るんだから、いちいち言われなくてもいいと──
それが駄目だと言ってるモナ、デミタス』
(´・_ゝ・`)『……』
「ならば何故、自分をこんな組織に入れたのか」──と。
苛立っていた辺り、やはり俺は、傲慢で馬鹿なクズだった。
-
大戦の最中、「先生」は孤児や、はたまた天涯孤独の大人を集めて組織を作り、護衛となるための教育を施した。
それは敵国と戦うためでも、自国を守るためでもなく。
戦争が終わったときに残された人々──世界を再興させてくれる人々を守るためだと、いつぞや言っていた。
具体的にどんな形で必要となるかは分からないまでも、
少なくとも、守るべき人々は存在するだろうと先生は予想していたのだ。
その日のために人手を集めた。
教育は厳しかったけれど、しかし、逃げ出そうと思えば可能だった。
実際逃げた子供も幾人かはいた。
ただ、外に出たところで、どうせまともに生きてはいけなかっただろうが。
つまるところ、外で野垂れ死ぬしかなかった俺を先生は拾ってくれて、
やがて誰かから必要とされる人間に育て上げてくれたわけだ。
まずはそれを第一に感謝すべきだったのに、当時ガキだった俺は
そこまで文句言うなら拾わなきゃ良かっただろ、と糞に小便引っ掛けたような理屈で不満を抱いていたのである。
あのとき、「分かってます」ではなく「分かりました」とでも言えていたら
俺はもっと素直な人間になれていただろう。
先生は教育上は相手の意思を尊重する人だったので、あれ以降、
傲慢さを直せと言ってくれることはなかった。
もっとしつこく言い聞かせてほしかった。いや、そうされたところで、やはり俺は聞かなかったのかもしれないけれど。
-
(-、-*川 スー、スー
(´・_ゝ・`)(……先生の仰る通りです……鬱憤溜まりすぎて胃に穴があきそうです……)
最近、心身共に疲労が溜まっている。
夜は短時間睡眠を繰り返して体を休めるようにと教わってきたのに、
ここ最近、どうにもサイクルが崩れがちだ。
寝て起きて、寝て起きてを繰り返さなければならないのが、
気付けば睡眠時間の方ばかり延びてきている。
たかが3ヵ月程度ストレスに晒されただけでこの乱れよう、
俺は実はこの仕事に向いていないのかもしれない。
はたまた、こいつとの相性がすこぶる悪いのか。
( ´∀`)『……お前のプライドが守られるようであれば、
きっとお前はこれ以上なく頼もしい護衛になる筈だけど』──
先生はそうも言っていた。
やはり相性の問題か。いや待て、首輪の問題だ。首輪の。
──30分経った。
時間を確認し、俺は眠る態勢に入った。
眠るのも、目覚めるのも、すっと一瞬で済ませる術を覚え込まされた。それは便利だ。
-
(´-_ゝ-`)
きし。
小さな物音に目を覚ます。何かが軋むような。
('、`*川
ベッドの上、ペニサスが身を起こしていた。
ぼんやりと壁を眺め、俺に振り返る。薄目で観察していたおかげか、
俺がまだ眠っているものだと判断したらしい。
一丁前に気を遣って、そろそろとベッドから下りている。
('、`*川「おトイレどこかしら……」
小声の囁き。
安物の宿なので、部屋にトイレが付いていない。
そっとドアを開け、ペニサスは部屋を出ていった。
トイレは、廊下へ出てすぐ右だ。
小用ならすぐに戻るだろう。
とはいえ奴が帰ってくるまでは起きていなければ。
せめて、と目を閉じる。疲れていた。
-
(´・_ゝ・`)
何か切っ掛けがあったわけでもないが、深くまで沈んでいた意識が覚醒した。
その感覚が久しぶりで、ずいぶん寝入っていたことに気付く。
はっとして室内を見渡すと、ペニサスが戻っていなかった。
時計を見る。奴が部屋を出てから、3時間近くも経過していた。
いくら寝入ったといっても、入室すれば気配で目覚める。
ペニサスは、あれから部屋に戻ってきていないのだ。ベッドのシーツも、彼女が出たときと寸分違わない。
(´・_ゝ・`)(何が……)
ほんの一秒、狼狽した。
自分のミスにショックを受ける。
彼女が部屋を出る瞬間、俺は起きていた。
声をかけるべきだった。一緒に出るべきだった。そうでなくても、ドアの傍で廊下の気配を窺うべきだった。
ドアを開ける。
廊下の明かりは絞られていて、薄暗い。
まずトイレへ行ってみたが、誰もいなかった。
-
(´・_ゝ・`)(……ちょっと散歩に行ってるだけなら、それでいい)
あいつは方向音痴のケがある。
迷子になって、帰れなくなっているだけかもしれない──
(´・_ゝ・`)(──何を馬鹿な)
希望的観測を振り払う。
浮かぶ可能性は全て拾って想定しろ。いい方にも悪い方にも偏りすぎてはいけない。
全ての可能性を並べて比べて、最も効率のいい対処を考えろ。
──廊下の先を見る。こっちは宿の南側の最奥。
それとは正反対、北側の奥。
その部屋のドアから、ほんの僅かに明かりが漏れている。
一歩。二歩。むろん足音は立てない。鎖もまとめて左手に。
進みながら耳に意識を集中させた。
どの部屋からも、いびきなり寝息なり男女の睦言なりが聞こえる。
さすが安宿、プライバシーの欠片もない。
-
北側最端の部屋の前に立つ。
その部屋からは複数の男の笑い声と、下卑た猥言と、
ペニサスの呻き声がした。
ドアを蹴破る。
衣服の乱れた男、5人。
(##)、;*川
ベッドの上で男達に囲まれている裸のペニサスが目に入る。
泣いているし、顔が腫れているし、和姦ということもなかろう。
まず一番近いところにいた男の顔を殴った。
鎖を巻き付けた拳で殴ったので、ごりごりと骨を擦る感触や音が肌に伝わった。
そいつが倒れる間に、2人目3人目をベッドから蹴落とす。
ひとまず顎を砕いておいた。
-
残る2人(ちょうどペニサスに突っ込んでいるところだったので対応が遅れたのだろう)が
ようやく武器を手にして向かってきた。
最初に殴った男の首根っこを掴んで引き上げると、4人目の持ったナイフがそいつの脇腹に刺さる。
叫び声がうるさいので口元を殴り、怯む4人目の顔にも拳を叩き込む。鼻を潰した。
5人目。見たところ一番若い。
こういう場は初めてのようで、鉄製の棒切れを取り落とし、足を震わせている。
他の4人の弱さから想像はついていたが、こいつら、ろくに喧嘩もしたことないチンピラだ。
(##)、;*川「でみ、たす」
咳き込みながら──その度に白く濁った液体が口から出ていた──ペニサスが、
俺の名を呼び、這い寄ってきた。
男の呻きと精液の臭いと肌の色。
吐き気を催す光景の中で、ペニサスはまた、ゲロみたいなことを言った。
-
(##)、;*川「ころしちゃ、だめよ」
ドアを蹴破ったときから今に至るまで、俺の中に、忠義心からの怒りはなかった。
アホ面ぶら下げて眠りこけていた己への失望と苛立ちはあったが、
男達への暴力は、護衛という立場上の義務感によるものだ。
ペニサスに対しての見解はといえば、「ざまみろ」などという、
何だかんだ言って一番愚かで下衆で幼稚でゲロみたいな感想であったので。
そんな自分に、また一層苛立った。
#
-
(#)、`*川
非常時にと持たされていた避妊薬を飲ませ、
ペニサスと荷物を抱えて宿を出た。(料金は先払いだった)
それから然程遠くない高級宿に飛び込み、オーナーを叩き起こして部屋を取った。
浴室にペニサスを放り込み、体を洗ってやりながら怪我を確認する。
爪で引っ掻かれた跡や強く掴まれた跡はあちこちにあったが、
あからさまな暴力の名残はというと、顔の他には、腹に殴られた痣が一発分あるだけだった。
ペニサスは何も言わない。
あれからすぐに泣き止んで、顔の腫れもやや収まっていた。
-
(´・_ゝ・`)「……申し訳ありませんでした」
自分が眠っていたせいで気付けなかったという点には罪悪感と後悔を抱いている。
俺がこんなミスをするなんて。
クビになるだろう。それ自体はいい。
しかし先生に幻滅されるかもしれない。クールや他の仲間にも馬鹿にされる。それが嫌だ。
ああ、またクズの思考。
体内からも可能な限り精液を取り除いて、シャワーを止めた。
が、髪にもこびりついているのを見付けたので、再びシャワーのコックを捻る。
(´・_ゝ・`)「朝になったら、すぐに病院へ行きましょう」
頬に触れたペニサスは痛みに眉を顰め、そしてようやく口を開いた。
(#)、`*川「抵抗しなければ殴られないものだと思っていたけれど……
そんなの関係なく殴る人も、いるのね……」
(´・_ゝ・`)「……」
(#)、`*川「お父様と勝手が違うから、ちょっと……びっくりして、泣いてしまったわ……」
シャワーを繰る手が止まる。
──俺は何を聞かされている。
-
(´・_ゝ・`)「『お父様』?」
よせばいいのに、訝る声で鸚鵡返しをしてしまった。
眼前の頭が頷くように揺れる。口からは、薄汚い話がぽんぽん飛び出してきた。
(#)、`*川「お布団の上では、男の人を悦ばせておけば可愛がってもらえるものだってお父様は言ってたの。
私みたいな卑しい女は、お床でしか必要とされないのだから、
せめてそれだけは頑張りなさいと……」
(#)、`*川「私は口淫が上手いから、それさえあれば男を満足させられる──って、言われてたけど……
実際は、それほど上手くはなかったのかしら……ただお父様の好みに合っただけで……
だからさっきの人達、全然離してくれなかったのかしら……」
(´・_ゝ・`)「……何の話です」
ペニサスは、きょとんとした顔で俺を見た。
質問の意味が分かっていないらしい。
-
髪を洗う手の動きを再開させつつ、「お父上とどのような関係だったのですか」と訊くと、
「親子だけれど」と戸惑い気味に返ってきた。
が、今度は質問の意図を正しく理解したようで、間を置かずに次の答えを発した。
(#)、`*川「私は、末の娘だから……それに本妻の子ではなくて。妾が卑しくも子供を欲しがって出来た子で。
だからイトーの子としては扱えないの。恥ずかしい子だから。
そんなの外に出せないし、お嫁さんの貰い手もないでしょう」
(#)、`*川「かといって家の中にいても、雑用なんかは召使さん達がやるし──
だから、せいぜいお父様の『お相手』をするしか、私には役目がなかったの」
「そういうものなんでしょう」とペニサスは付け足す。
そんな馬鹿な話があるか。
金持ちなら庶子などいてもおかしくはないし、
庶子も嫡子も一緒くたにする家はざらにある。
ペニサスは体よく性処理の道具として使われただけではないか。
(;´・_ゝ・`)(それに『お父様』が生きてたのは5年以上前──
それより昔から仕込まれてたんなら、そのときこいつはまだ子供だろう)
年端もいかぬ実子を屋敷に閉じ込めて。
正気の沙汰ではない。
-
湯に当てるため、髪を掬い上げる。
顕になった首筋。
その儚げに白く細いうなじに、赤い革が巻きつく幻が一瞬見えた。
(´・_ゝ・`)「……お嬢様、私につけている首輪は……」
(#)、`*川「元は、私がつけていたの。
所有者に首輪をつけてもらうのは、とてもとても喜ばしいことなんだとお父様から教わっていたのだけれど」
俺の顔を見上げ、ペニサスはようやく不安げに表情を歪めた。
(#)、`*川「……やっぱり、違うのかしら。
お外に出てから私、首輪をつけた人を見かけないから不思議に思っていたの」
(´・_ゝ・`)「犬のような扱いを受けて喜ぶ人間は、そうそういません」
(#)、`*川「そう……ごめんなさいデミタス、嫌な思いをさせてたのね。
犬扱いしているつもりは、なかったのだけれど。
これは、獣のような扱いなのね……」
ペニサスは、俺の首から赤い革ベルトを外した。
ずっと湯に当たっていたのにペニサスの指は冷たく、そして微かに震えていた。
そうして、その首輪を俺に手渡すと、自身の顔をゆるく持ち上げる。
白い首。俺は逡巡の末、首輪をペニサスにつけた。
鎖が胸元に触れ、金属の冷ややかさに彼女はぴくりと体を揺らした。
-
(#)、`*川「やっぱり私がつけていた方が、お似合いかしら」
自嘲じみた微笑み。
立場としては、「そんなことありません」と答えるべきだったかもしれない。
しかし言えなかった。
似合っていた。
昼に買った、どの服よりも。
真っ赤な首輪をつけ、鎖を引かれ、人間以下の扱いを受け、何もかも汚されていく彼女の姿を想像すると、
どうしようもなく興奮した。
そのために生まれたのだと言われても笑えないくらい、彼女に似合っていた。
-
(#)、`*川「……デミタスはさっきお薬を飲ませてくれたけれど、
あんなの、必要ないの」
(#)、`*川「お父様が言うには、手術で……赤ちゃん、できないようにしていただいてるらしいから……」
「していただいてる」、「らしい」。
馬鹿な表現をする。
「正常な判断能力が無い内から強制的に去勢された」の間違いだろう。
しかし幼い内に去勢させれば、二次性徴が起こらなくなると聞くが。
ペニサスの体つきは立派に大人らしい。
そこら辺を上手くやる技術もたしかに戦前はあったようだが、相当な金がかかる筈だった。
実の父親の性欲を満たすためだけに大金かけて体を造り変えられて。
哀れな哀れな「お嬢様」。
ああ、令嬢としての扱いを受けてこなかった彼女は、
きっとお嬢様と呼ばれることに憧れていたのだろう。
腰に熱が集まる。
なんて惨めなお嬢様。
腫れた頬が大層醜い。
-
(#)、`*川「……成人したばかりで、教養がなくて、子供も作れない女が、
どうして中央を目指すのかと不思議に思っているでしょう」
思っていない。
どうでもいい。そんなこと。
(#)、`*川「……そもそも私は長生きする気もないの。
天災のとき、お父様やお姉様たちは私を置いてシェルターに避難しようとして……」
──「お父様」方は前述したように無能で、また人格も最底辺だったので散々やらかしてきたらしい。
そのため、彼らに恨みを持つ人々(かなりの数がいた)から暴行を受けシェルターを奪われたそうだ。
天罰であろう。
そして一般の粗悪な避難所に紛れ込んだペニサスだけが生き残った。
-
(#)、`*川「私が生きていたって、何か残せるわけでなし。
それならせめて、イトー家の遺産を中央の新政府にお譲りしたいの。
天災が終わった直後に何とか掻き集めたから、量だけはあるのよ。どうせ私には使いきれないくらいの」
(´・_ゝ・`)「遺産を……」
(#)、`*川「だから、デミタス。
……犬のお使いに、もうしばらく、付き合ってもらえないかしら」
鎖の先を持ち、ペニサスは、俺の手に鎖を握らせた。
(´・_ゝ・`)「……お嬢様」
(#)、`*川「もう、お嬢様って、呼ばなくていいわ」
(#)、`*川「馬鹿みたいね。お嬢様なんて呼ばせて、似合いもしない可愛いお洋服なんか買って……
人間みたいに振る舞って……。
結局わたしは、お床でお相手をするのが似合いの──ペットなのに」
何が。
何が、犬のお使いか。
犬以下の分際で。
糞っ垂れの汚い欲望を受け入れるだけの道具だった分際で。
-
だが。
(´・_ゝ・`)「お嬢様」
(#)、`*川「だからデミタス、もう、」
(´・_ゝ・`)「あなたを中央までお届けしましょう。
新政府の一員となるよう尽力しましょう」
(#)、`*川「……でも」
(´・_ゝ・`)「あなたにも出来ることがあるかもしれない。
──残せるものがあるかもしれない」
彼女の汚れを知っているのは、俺だけでいい。
首輪を外し、真っ白な首を指先で撫でた。
-
(#)、`*川「……デミタス」
(´・_ゝ・`)「ゆっくり行きましょう。好きなものを食べながら。好きな服を買いながら」
(#)、`*川「……私なんかがそんなことをしても、いいのかしら」
(´・_ゝ・`)「いいんです。
──あなたはこの世でただ1人の、イトー家の娘なんですから」
シャワーの湯が、ペニサスの顔を流れていく。
──ありがとうという囁きも、湯と共に落ちていく。
-
ひどく久しぶりに、心が緩んだ。
#
-
川 ゚ -゚)「もう行くのか」
(´・_ゝ・`)「まずは馬車に乗って、南に向かって2つ先の町へ行く。
飯が美味いと聞いている」
川 ゚ -゚)「ああ、奇遇だな。私達も明日か明後日にはそこへ行く予定だった。
あそこは家畜の育ちがいいらしい」
(´・_ゝ・`)「そうか」
耳元で、ううん、とほのかに呻く声。
俺は口を止め、姿勢を整えた。
両手に荷物、背中にはペニサス。
これらを一遍に運ぶのはなかなか骨が折れる。
だが、苦ではない。
-
川 ゚ -゚)「彼女、どうしたんだ。寝てるのか」
(´・_ゝ・`)「疲れてるようだ。昨夜はあまり寝られなかったから、眠いんだろう」
川 ゚ -゚)「ならそんなに急がなくても、宿で眠ってから出発してもいいんじゃないのか?
それじゃあ大変だろ、お前も」
(´・_ゝ・`)「さっさとこの町を出たい」
川 ゚ -゚)「……何かあったのか? そういえば昨日までと様子が違うが」
答えず、口元だけで笑って、俺はクールに一礼した。
顔を上げ、クールの背後からこちらへ向かってくる男を見付けてまた一礼。
( ФωФ)「クール! 昼飯にするである!」
川 ゚ -゚)「でかい声を出すな。寝てる人がいる」
( ФωФ)「ん──おお、イトーの。その荷物、出発するのか」
(´・_ゝ・`)「はい。それでは失礼します。いずれ、またどこかで」
( ФωФ)「クール、貴様もこの礼儀正しさを見習え。
──む? 首が寂しそうだな」
ロマネスクは自身の首を指差しながら、つまらなそうに言った。
首輪をつけずに外を歩くのも、実に3ヵ月ぶりだ。
それにもまた笑顔のみを返し、彼らに背を向け歩き出した。
-
朝一番にペニサスを病院へ連れていった俺は、医者に彼女を任せている間に
職員に金を握らせ、この町にいる闇医者の居場所を聞き出した。
得た情報を元にして闇医者を訪れてみれば、
やはりペニサスを嬲り者にした男達がそこにいた。
なので、全員殺しておいた。
ペニサスを中央まで届け新政府に選ばれたとしたとき、
あいつらの存在と所業が障害となる可能性も、ないことはなかった。
俺以外の人間が、惨めなペニサスを知っていてはいけない。
事を済ませた後は、最早この世では俺しか知らないペニサスの生い立ちを思い浮かべて自慰をして、
それから彼女を迎えに行き──先のように道端で会ったクールへ挨拶して、今に至る。
-
(´・_ゝ・`)「よっ、と」
馬車に乗り込む。
ペニサスを座らせ、俺も隣に腰を下ろした。
カーテンに遮られた向こうで、「行きますよ」と御者の声がする。
少しして、馬車が走り出した。
(´・_ゝ・`)「……」
かたかたと揺られながら、隣で眠るペニサスを見る。
向こう側へ傾けた顔。髪も同様の方向に滑り落ち、晒された首が青白い。
俺は鞄の一つから首輪を取り出し、そっとペニサスの首へ宛てがった。
喉が渇き、息が上がる。
金具の冷たさにペニサスが瞼を震わせた。
-
('、`*川「……デミタス……?」
(´・_ゝ・`)「起こしてしまい申し訳ございません、お嬢様」
ペニサスは俺が握る首輪を確かめ、怪訝そうに目を見つめてきた。
俺はといえば、何事もなかったように微笑み、首輪をしまう。
そうするとペニサスは合わせるように緩く微笑んで、俺の肩へ顔を凭れさせた。
眠気のためか、元来の性分か、どちらにせよ何も考えていないのだろう。
-
──俺よりもずっと、ずっとずっと浅ましくて汚らわしくて低劣なお嬢様。
あなたほど俺の自尊心を満たしてくれるものは、きっと他にない。
2:首輪の似合う女 終
-
今日はここまで
二話目 >>54
-
乙 いいな、そそる
-
乙
おもしろい
-
乙!
こう……ペニサスにぐっとくるものがあるな。
-
(;` ω ´) ハーッ、ハーッ
(´ ω `)
(;` ω ´)「……水……水……!」
鞄を漁る。
これで水がなかったら目の前の死体から血を啜るのも已む無しという心境だったが、
幸いにして水筒を見付け、一気に中身を干した。
肺が潰れそうなほど、息を吐き出す。
(`・ω・´)「……助かった……」
渇きを潤せば、今度は強烈な空腹感を覚えた。
先とは打って変わって余裕のある様子で鞄の中を探る。
(`・ω・´)「肉が食いてえな……」
そうして、希望通りに肉を発見した。
干し肉なのがやや不満だったが、無いよりはマシだ。
噛み切るのに苦労しながら、少しずつ咀嚼していく。
-
──砂漠のど真ん中。
つい先ほど刺し殺したばかりの死体の横で、干し肉なんぞに噛みつきながら
さらに荷物を漁った。
その男の顔に罪悪感は欠片もない。
(`・ω・´)(こっちだって生きるのに必死だしな)
そんな理屈で済む話だった。
-
(`・ω・´)「──ん?」
革の袋に手をつけたとき。
彼は、顔色を変えた。
(;`・ω・´)「あ──おい! こりゃあ……」
袋を開け、覗き込む。
信じられぬような面持ちで何度も中身に触れ、持ち上げ、眺め回した。
(*`・ω・´)「……金だ!」
紙幣、硬貨、宝石。
経済的に価値のあるものがずっしりと詰まっている。
探してみれば、他の袋にも同様の品々が見られた。
初めは喜んでいた彼だったが、徐々に威勢を失っていった。
金の出どころによっては、持ち逃げすれば自分に災難が降りかねない。
身元を確かめられるものはないかと、死体の纏う衣服を剥いだ。
-
(`・ω・´)「お……」
上等な上着の内側にカードがある。
それは戦前、彼が暮らしていた国で住民一人ひとりに持たされていた
国民の身分を表すカードであった。
ただ──彼はその国のスラムで娼婦に産み捨てられた身だったので、
戸籍など無いし、国民カードも発行されていなかった。
(`・ω・´)「何だ、こいつ同郷か。──ショ……ロン、でいいのか?」
カードに記された名前を読み上げる。
とはいっても、彼は文字の読み書きが覚束ないので自信はなかった。
(`・ω・´)「35歳……歳も大体一緒か。奇遇だねショロン君──って聞こえちゃいねえか」
数字ははっきり分かる。生年月日から年齢の計算も出来る。計算は金勘定で学んだ。
国民ナンバーを数え、満足げに頷いた。
最初の数字が「1」。これは貴族に与えられるナンバーだ。
ならば袋に詰まった大金は本人のものだろう。
-
(`・ω・´)「同郷、同年代のよしみだ。恵んでおくんな」
とはいえ彼は自身の正確な生年を知らないので、同年代といっても
大体そうだろう、程度の認識である。
念のため適当な場所に死体を埋めた。
貴族となると、行方知れずになれば探しに来る者もいるかもしれない。
主人が殺されたというのに逃げるでもなく、ぼうっと突っ立ったままの2頭のラクダを引き寄せる。
近くの街まで行ったら乗り捨てよう。
1頭に荷物を乗せ、もう1頭に彼が乗る。
ラクダの乗り方など知らないが、適当に身を動かすとゆっくり歩き出した。
.
-
間もなく夜になったので、野営することにした。
火を焚き、改めて荷物を漁る。
(`・ω・´)(やけに大荷物だな。
これは──香油か。……甘ったるい匂いがしやがる)
あまり良くない記憶が甦り、香油の瓶を袋の底へ乱暴に押し込んだ。
どうやら日用品をまとめておく袋だったらしく、必要としていた品がいくつかあった。
(`・ω・´)(鏡……と剃刀。こりゃいい)
3ヵ月前にとある町で盗みを働き追い出され、放浪している間、ろくにヒゲを当たっていなかった。
鏡で自分の顔を見るのも3ヵ月ぶり。
(`・ω・´)「おーおー、窶れたな。まあ元から大した顔じゃなかったが」
大雑把に剃り落とし、顎を摩る。
──ふと、彼は眉を顰めた。
どこかで捨てようと思っていた国民カードを取り出す。
カードに付いている、持ち主の顔写真と鏡を何度も見比べた。
-
[ (´・ω・`) ]
(`・ω・´)「……」
似ている。
全体の印象は違うが、それぞれのパーツは似ている。
カード自体は少なくとも5年以上前に更新されたものだろうから、
5年の間に人相が変化したと捉えれば、同一人物と言っても差し支えない。
彼はカードをしまい、鏡を見つめ、何事かを考えながら眠りについた。
#
-
翌日の昼には直近の街に着いた。
彼が5年前まで暮らしていたスラムとは比べるべくもないが、
戦後に渡り歩いたどの町よりも、大きく立派な街だった。
「どちらから?」
街へ入るために審査が行われたのも初めてだ。
垢まみれの男に訝しげな目を向け、係員はぶっきらぼうに訊ねた。
今にも鼻をつまみそうな無礼ぶり。
奪った荷物から服を借りたので、衣類だけが立派で余計に怪しかったのかもしれない。
(`・ω・´)「……」
彼は何も言わずに国民カードを差し出した。
係員がカードを受け取る。怪訝な顔は、5秒と経たずに驚愕へ変わった。
「──ショボン様! これは失礼を!」
(`・ω・´)「あん? ショボン? ……ああ、ショボンって読むのか」
彼の呟きは聞こえていなかったようで、係員は何度も非礼を詫びてから
無線の通信機で何処かへ連絡をとった。
-
それから街の責任者だという老人(町長と呼ばれていた)が男を出迎えた。
繰り返される感謝の言葉から得た情報をまとめると、
彼が殺したショボンという貴族は、戦後、砂漠を挟んだ向こうの街に暮らしながら
こちらの街にも復興資金を提供していたらしい。
ご立派なことだ。
( ´W`)「──お会いするのは昨年ぶりですな……
やはり砂漠を1人で越えられるのは、困難だったでございましょう。
この度は、本当にお疲れ様でございました」
(`・ω・´)「ああ……まあ」
( ´W`)「ショボン様が『中央』に向かわれると聞き、みな喜びました。
あなたのような方こそが新政府に選ばれるべきなのでございます」
(`・ω・´)(中央? 新政府?)
( ´W`)「先立って頂いたお手紙に従い、私の方からお供の手配をしておきました。
きちんと指定された条件に添う者がおりましたよ」
街の中心部、いかにも高級そうな宿へ連れられ、
そこの食堂へと案内された。
漂う香りに、彼の腹が鳴った。
-
( ´W`)「予定より一日ほど早くお着きになりましたので、先ほど準備を開始したばかりで……」
簡単な料理からテーブルに並べられていく。
彼は既に町長の話など耳に入っておらず、一心不乱に料理を口に詰め込んだ。
鉄板で焼かれた牛肉は、干し肉とは比べ物にならないほど肉厚で香ばしい。
ぎゅっと歯に染み込む食感。噛むごとに肉汁が溢れ、然ほど力を入れずとも肉がほどけていく。
下味はしっかり付いているが、そこにスパイスのきいたソースが絡むと極上だ。
( ´W`)「──ショボン様」
幾度か呼び掛けられてから、ようやく彼は顔を上げた。
肉に夢中になっていたというよりは、
そもそも自分が呼ばれているものだと認識できなかった、というのが大きな理由だった。
貴族らしからぬ意地汚さに眉根を寄せつつも、町長は、自身の横を手で指し示した。
( ´W`)「こちらが、あなた様をお守りする用心棒でございます」
食事の手を止めぬまま、何の冗談かと考える。
-
('(゚∀゚∩「よろしくお願いします、ショボン様!」
「用心棒」という響きからは程遠い、
可愛らしい顔立ちの少年がそこにいた。
-
──斯くして。
(`・ω・´)「……よろしく……」
彼は一時、「ショボン」を名乗ることとなった。
.
-
3:敬虔な少年
-
('(゚∀゚*∩「あのっ、あのっ、僕、僕……ショボン様のご功績を伺って、感動しましたよ!
どんなに素敵な方だろうかと、会う日を楽しみにしていて……」
(`・ω・´)「薄汚れたオッサンでがっかりしたか」
('(゚∀゚*∩「そんなこと……!
お一人で砂漠を渡ってみせた通り、勇ましいことでございますよ!
あの、お背中お流しします!」
(`・ω・´)「風呂ぐらい1人にしてくれや」
('(゚∀゚∩「あ……ごめんなさい、お会い出来たのが嬉しくて、ついはしゃいでしまって」
──宿屋の廊下を進みながら、彼は少年の喧しさに辟易していた。
見たところ12、3歳。
少女と見紛う美形。口を開けばぺちゃくちゃべらべらと、本当に女のようだ。
-
('(゚∀゚∩「こちらがショボン様のお部屋です、ゆっくりお休みになってください!」
(`・ω・´)「おう」
与えられたのは、この宿で最も大きな部屋だった。
こんなに広く綺麗な部屋は、かつて子供の頃、食うにも寝るにも困りどうしようもなくなって、
一度だけ通りすがりの男に体を売ったときに入った連れ込み宿以来だ。
(`・ω・´)「あんときゃあケツが痛かった……」
('(゚∀゚∩「?」
見るからにふかふかのベッド。
倒れ込み寝入りたい欲に駆られたが、自身の汚れを思い返し
まずは風呂に入ることにした。
-
(*`・ω・´)「──っかあ! 湯なんざ浴びたのは何年ぶりだチクショー!」
これまで彼が転々としてきた町は、
どこも満足に整備されておらず(というか人手を集めて整備させているところだった)、
一週間に一度水浴び出来ればいいとこ、といった場所ばかりであった。それもあまり綺麗ではない水で。
体に当たり流れていく温かみに、心身がほぐれる。
が、それも一時で、今後を思うと表情が曇った。
(`・ω・´)(……これからどうすっかな……)
「ショボン」の身分をどうにか利用して楽して暮らし、
金が尽きたらまた放浪生活に戻ろうかと考えていたが──
何やら面倒なことになっている。
用心棒とやらが必要な状況だというのか。
そもそも「あれ」に護衛が務まるのかも怪しいが。
-
(`・ω・´)(さっき、じいさんが新政府とか何とか言ってたな……)
情報を得なければ。
彼は浴室を出て、大雑把に体を拭き、裸のまま隣のベッドルームへ入った。
('(゚∀゚∩「さっぱりしましたか!」
少年は顔を上げ、彼の裸体に気付くとすぐに目を逸らした。
手に持っていた分厚い本を閉じる。
(`・ω・´)「何だ、その本」
('(゚∀゚∩「神の教えですよ」
教典の類か。
聞くと、彼でも名前くらいは知っている宗教のものらしい。
神だ何だというのに頼るのが嫌いなので、無論、その宗教も嫌いだった。
少年が首元に手をやる。
宗教の紋章を象った首飾りが下げられていた。
-
('(゚∀゚*∩「ショボン様も熱心な信徒と聞いて、僕は嬉しかったんですよ!
真実、ショボン様の行いは神の御心と合致するものでございました!」
(`・ω・´)「ああ?」
心底鬱陶しそうな顔をして、彼は荷物を引っくり返した。そういえば本があった筈。
するとたしかに、少年の首飾りと同じ紋章が刻まれた本が出てきた。
手垢らしき汚れが見えて、随分と読み込まれたことが分かる。
(`・ω・´)(……面白いもんかね)
ぱらぱらとページをめくる。
ほとんど理解できない。単純に字が読めない、読めても語意が分からないという意味で。
読解は諦めて本を放る。
そこへ、ノックの音が響いた。次いで「ショボン様」と町長の声。
裸で出るのもな、と思い、鞄から引っ張り出した下着とズボンを身につけ、
今度はあまり待たせるのも、と思いそのままドアを開けた。
どうせ男同士なのだし、仮に相手が女としても、己の上半身を晒す程度は彼の価値観では何も問題なかった。
-
( ´W`)「おっと。──これはこれは、お邪魔をしてしまいましたか」
町長はほんの僅か瞠目して、肩を竦めて笑った。
教養がないのでマナーも学問もないが、人間の卑しい部分はよく分かる。
町長の反応に、彼の眉間に皺が刻まれた。
半裸の男、ベッドに座る美少年、ドアを開けるまでの慌ただしい間。
諸々の要素はたしかに誤解を与えたかもしれないが、
かといって「それ」しか浮かばぬのも──ご大層な頭をしているものだ。
不機嫌になったのを悟ったか、町長は「ところで」とわざとらしく話題を移した。
( ´W`)「大変な失礼であるとは承知しておりますが……お手を貸していただけますかな」
(`・ω・´)「何か手伝えってのか」
( ´W`)「ああいや、はは、そのままの意味でございます。
右手を少しばかり」
ドアの死角から、若い男が2人現れた。
その内の1人は、街の入口で会った係員である。
( ´W`)「カードをお返ししておりませんで」
(`・ω・´)「ああ」
-
( ´W`)「それでですな、ショボン様。このカードには──ほれ、ご本人様の指紋が記録されているでしょう」
(`・ω・´)「……ああ」
( ´W`)「……ですので、ご確認のほうを」
カードの裏に、持ち主の右手人差し指の指紋が残されている。
かつて彼が暮らしていた国では、国民一人ひとりの戸籍と指紋のデータが一緒に管理されていた。
故郷は災害で破壊され尽くしたので当然データも残っていないだろうが、
今この場で指紋をとり、カードの指紋と比べることは
コンピュータやデータがなくても出来る。
( ´W`)「疑うわけではございません。しかし我が街では、
徹底的に『審査』をするようにという方針がありますので、形式として……」
(`・ω・´)(街に入れてから審査してどうすんだ)
大方、先程までの振る舞いを見て怪しんだのだろう。
顔は限りなく似ているが、空似と言われれば納得する程度だし、
まさか声までそっくりだなんて都合のいい話はなかろう。
(すぐに看破されなかったからには、全くの別物ということもないのだろうが)
返す返すも、この街に来たのは失敗だった。
まさか「ショボン」がここまで有名だとは。
-
( ´W`)「よろしいですか」
(`・ω・´)「……」
拒否してどうにかなるものでなし。
素直に右手を差し出すと、係員が人差し指にインクを薄く塗りつけ、
拇印の要領で2枚の紙に押し付けた。初めの1枚は余分なインクを除くために。
ああ、ここでバレてしまうのか。
参った。「ショボン」の荷物を持っている以上、自分が奴に危害を加えたこともバレるだろう。
街の恩人を殺して奪ったなどと知れたら、どんな目に遭うか。
どくどくと激しくなる鼓動に耐え、指を離す。
その跡を見て、町長が怪訝な顔をした。
-
( ´W`)「これは……」
──指紋がない。
のっぺりとした跡があるばかりだ。
(`・ω・´)「薬で指を焼いたもんで」
嘘は言っていない。
3ヵ月前、配給目当てで働いていた際に
うっかり素手で薬品に触れて、皮膚の表面が潰れてしまったのだ。
「そういえばショボン様は、あちらの街で主に薬品を使った洗浄作業を……」
係員が言うと、町長は得心したように頷いた。
え、と漏れかけた声を飲み込む。
何だ、都合のいい話もあるものだなと考えを改めた。
-
( ´W`)「お手間をおかけして、申し訳ございませんでした。
それと──こちらにご記入を。
列車に乗る際、席の確認に必要なので」
国民カードと共に、書類らしきものとペンを渡された。
名前を求められる箇所は流石に分かるが、いくつか文字が読めない項目があった。
(`・ω・´)「……おい、──えっと」
('(゚∀゚;∩「……あ、ぼ、僕、なおるよと申します!
ごめんなさい! 浮かれていて、まだ自己紹介を……!」
(`・ω・´)「なおるよ。これ書いといてくれ」
('(゚∀゚∩「はい!」
さも体が冷えたふりをして、上着を身につける間に少年──なおるよに記入を任せた。
シャツのボタンを留めながら、先程の緊張で凝り固まった指先をほぐす。
( ´W`)「たしかに。
それではごゆっくり。夕食は6時間ほど後に、先程の食堂で……」
ドアが閉まる。
安堵の息をつき、ベッドに横たわった。
(*`-ω-´)(やわらけえ……)
-
このまま眠りたくなったが、そうもいかない。
列車、と町長は言った。
列車に乗らねばならないらしい。
どこへ行くのだろう?
(`・ω・´)(あ──と、『中央』がどうとかっつってなかったか?
ショボンが行くのをみんなが喜んだとか何とか……)
(`・ω・´)「なおるよ」
('(゚∀゚∩「はい、何でしょう!」
(`・ω・´)「あー……」
声をかけたはいいが、どう訊いたものか。
下手な質問をすれば怪しまれる。
少し考え、結局、目下の疑問からは遠い問いを口にした。
(`・ω・´)「列車はいつ来る」
('(゚∀゚∩「3日後ですよ! それに乗れば、余裕を持って中央に辿り着けます!」
-
('(゚∀゚*∩「途中途中の街で燃料補給のために一日ほど停留するらしいのですが、
いずれも治安が良くて名物などもある街です、
きっと僕なんか必要ないでしょうが……」
──忘れていたが。
用心棒としてここにいるのだ、この子供は。
('(゚∀゚*∩「だからこそ、ショボン様は僕のような役立たずを選んでくれたんですよね!」
(`・ω・´)「……んあ?」
('(゚∀゚*∩「僕、お話を聞いてとっても嬉しかったんですよ……。
『この時世では子供が旅をするのも叶わない、
ならば安全なルートを行くから、旅仲間として子供を1人連れていこう』──」
('(゚∀゚*∩「なんて素敵なお考えの持ち主だろうって、僕、
無理を言って町長様からお手紙を譲っていただきましたよ」
懐から封筒を取り出し、なおるよはうっとりした表情で手紙を抱き締めた。
──「ショボン」が先の町長に出したという手紙だろう。
-
(`・ω・´)「……ちょっと、声に出して読んでみてくんねえか」
('(゚∀゚∩「? どうしてです?」
(`・ω・´)「説明しないと駄目か?」
('(゚∀゚∩「いいえ! 僕は今日からショボン様の手足となります、どうぞ何なりと!」
──少年は、澄んだ声で手紙を読み上げた。
格式張った表現が多く、理解の及ばぬ点もあったが
要旨は概ね把握した。
3ヵ月前に中央から世界中の権力者・資産家に招集がかかったこと、
「ショボン」もそれに応じると決めたこと。
ついては、列車が来るこの街で準備をしたいので旅仲間の手配を頼めないか、という話だった。
条件は二つほど。
まず一つ。どうせ安全な道を行くので、気楽に旅の供を楽しんでくれるような者がいい。
特に子供の方がいいだろうという理由については、なおるよが先にそらんじた通り。
そして価値観を共有できるよう、自分と同じ神を信仰している者を、というのがもう一つ。
(`・ω・´)(で、こいつか)
('(゚∀゚*∩「とはいえ大切なショボン様です、
町長様は用心棒としての資質も重要視して、我らが『組織』から雇うことにしたようですね。
ああ、本当に、僕が選ばれて良かった!」
(`・ω・´)「おう……」
組織とは何だろうか。
そういうのを派遣しているところがあるのか。
-
('(゚∀゚*∩「ショボン様のお手紙は思いやりに溢れていて、僕、感激しましたよ……」
(`・ω・´)「俺は吐き気がするがな」
呟きは、なおるよの耳には入らなかったようだ。
というより、入れないように声を低めた。
ともかく事情は分かった。
中央へ行ってしまえば、ますます面倒なことになりそうだ。
(`・ω・´)(列車が来るのは3日後……それまでにトンズラこいちまえばいいんだ)
そうと決まれば、あとは豪遊するだけ。
金の詰まった袋から適当に抜き取り、品のいい革財布へ突っ込んだ。
部屋を出る。
('(゚∀゚∩「どちらへ?」
(`・ω・´)「ついてくんな」
('(゚∀゚∩「そればかりは聞けませんよ! ショボン様は旅仲間と言いますが、
やはり僕は、あくまでも護衛ですから!」
(`・ω・´)「……じゃあ、俺をお護り出来る範囲で離れてくれ」
('(゚∀゚*∩「分かりましたよ!」
#
-
『──中央からのお願いです。
新たな政府を作るため──』
(`・ω・´)(分かったっつの)
ラジオは、中央からの招集を延々と繰り返している。
チューナーを捻ると、情勢を告げる陰気な声が流れ始めた。
(`・ω・´)(ラジオが聴けるとはな。まあ真面目な話ばっかだが)
──表通りの酒場。
真昼から酒を飲む人間ばかりが集まっている割に、誰も彼も行儀がいい。
おとなしく酒を飲んで何が楽しいのか分からない。
小綺麗な店の佇まいも、どうにも息が詰まる。
あまりに退屈で、カウンターにあったラジオの操作をして手慰みにしていたが
流れてくるのもつまらない話ばかりなので、飽きた。
-
('(゚∀゚*∩
離れた席でなおるよがジュースを飲んでいる。
どうやら客の1人である中年の女が奢ってくれたらしい。
女は微笑ましげになおるよを眺めている。
(`・ω・´)(可愛い顔してりゃ、それだけで得するもんだな)
高価な酒を大量に買い込み、宿へ運ぶように店員へ指示を出した。
街の住人は「ショボン」の名と功績は知っていても顔までは知らない者が多いらしく、
領収書に記すために名前を訊いて初めて店員が驚いていた。
「ショボン様からお金をいただくなんて出来ません!
あなた様のおかげでこうして商売できているんです、お酒は差し上げますとも」
(*`・ω・´)「お……そりゃマジかい。景気いいな」
さらにサービスだと言って、一般の客には出さないという特級酒がグラスに注がれる。
口に含むと果実に似た甘みが口内に広がり、すっきりとした香りが鼻に抜けた。
アルコールはさして強くない。
美味いは美味いが、彼からするとジュースにしか思えなかった。
-
(`・ω・´)「……お?」
グラスを空け、店内を見渡す。
なおるよがいない。
護衛するのではなかったか。
とはいえ、いない方が気は楽だ。
次はどこへ行こうかと考えながら店を出る。
('(゚∀゚;∩「あ、あのう……でも、僕、大事なお仕事が……」
──店のすぐ前になおるよはいた。
女に腕を掴まれている。
見れば、先程なおるよにジュースを奢っていた女だ。
腕を掴むのとは逆の手でなおるよの首筋を撫でていた。手付きが情欲を表徴するようだった。
どうやら裏通りの連れ込み宿へでも誘われているらしい。
なおるよはあからさまに困っていた。
なのに強く断ろうとしていない。
-
('(゚∀゚;∩「あっ」
不意に、なおるよがこちらに気付いた。
助けを求めるような目。
面倒臭い。無視していこうか。
('(゚∀゚;∩「ショボン様」
が、なおるよが呼んだ名を聞き、女が手を離した。
そそくさと立ち去る背を一瞥して、なおるよに視線を戻す。
(`・ω・´)「一発くらい相手してやりゃ小遣い稼ぎにはなったろ」
ほんの少しの間があく。
意味を解したのか、なおるよは眉間に小さく皺を作った。
('(゚∀゚∩「……僕はそんなこと……」
(`・ω・´)「嫌ならはっきり断れよ」
('(゚∀゚∩「でも、あの人は僕にジュースを奢ってくださいました」
(`・ω・´)「は?」
-
('(゚∀゚∩「年上の方から恵みを受けたなら、その人の言うことを聞かねばならないというのが
神の教えでございましょう」
──だから宗教というものは嫌いなのだ。
先の女も、なおるよが持つのと似た首飾りをつけていた。
「神の教え」を承知の上で、一連の行為に及んだわけだ。なおるよが拒絶できないようにと。
それはそれは。なんと御立派な。
(`・ω・´)「じゃあ小遣いやるから、俺を1人にしてくれ」
('(゚∀゚∩「ならば受け取りません!」
#
-
(*`・ω・´)「──うめえな! あんた、いいもん作ってるよ」
盛り場にあった屋台で、よく分からぬ料理を買った。
厚く切って焼いた肉に甘辛いタレを塗り、小麦粉で出来た生地で葉物と一緒に包んだもの。
今まで碌なものを食ってこなかったので、豚肉か鶏肉かすらよく分からないし、野菜の名前も知らない。
ただ美味いことだけが分かる。正直、宿で出された料理はステーキ以外に「美味」と言い切れるものがなかった。
盛り場は安っぽい屋台があちこちにある。
こういったものの方が、きっと彼の口に合う。
(*`・ω・´)「もう一つくれ」
宿でたらふく食ったことなど忘れて、彼は追加の注文をした。
出来上がるのを待つ僅かの間、人混みに目をやると
きっちり距離をあけて立ち止まっているなおるよが視界に入った。
なおるよの丸い瞳は、護るべき男ではなく屋台の方へ釘付けだった。
そういえばなおるよは昼飯を食べていなかった気がする。
さらにもう一つ、注文を追加した。
-
「はい、どうぞ」
(`・ω・´)「あんがとよ」
手渡された料理の内ひとつを、なおるよの方へ向ける。
3秒ほどで理解したようで、なおるよは顔を輝かせて小走りで近付いてきた。
('(゚∀゚*∩「よろしいのですか!」
(`・ω・´)「おう」
('(゚∀゚*∩「ありがとうございます! ああ、やはりお優しい!」
(`・ω・´)「離れて歩けよ」
('(゚∀゚*∩「はい!」
なおるよが小難しい言い回しで神への感謝を述べてから口をつけた。
食前の祈りだろう。ひどくつまらないものを聞いてしまった。不快感。
にこにこ顔で料理をぱくつきながら一定の距離をあけついてくるなおるよに、
彼はこれといった感慨も浮かばないまま雑踏を進んだ。
金が有り余っているから気まぐれに買い与えてやっただけのことであって、反応に興味はない。
-
自身の分として買った肉を食い終え、賭場でもないかと辺りをきょろきょろ見回していると
大きなだみ声が耳に入った。
「──クール! 荷物を持て!」
特に思うところもなく、何の気なしに声の主を見る。
(#ФωФ)「聞いているであるかクール!」
川 ゚ -゚)「この人混みで両手が塞がれば、何かあっても対応が遅れるかもしれないぞ」
(#ФωФ)「そこを何とかするのが貴様の役目であろう!」
身なりのいい中年の男だ。
なかなか綺麗な女を連れている。
互いに媚びる様子がないので、親子かもしれない。
女の容姿が好みで、思考が下半身主体へ切り替わった。元々単純な頭をしている。
女を最後に抱いたのは3ヵ月前。二束三文で体を売っていたのを買って以来それっきりだった。
最近はあまりに欲求不満で、適当な女を捕まえ犯してやりたいと何度も思っていた。
生憎それが可能な状況になかなかありつけなかったものの。
この街ならいくらでも女がいる、夜でも無防備に出歩く女がいるだろうなと考え、
今は面倒なリスクを抱えずとも高級娼婦さえ買える身なのだと思い直した。
男に媚びるために化粧の匂いをぷんぷんさせた女を、朝まで好きに出来るのだ。
あるいは僅か2メートル先を歩くあの美女だって、
「ショボン」を名乗り宝石をちらつかせるだけで宿までついてくるかもしれない。
-
獣欲に舌舐めずりすると、暑苦しい視線を感じたか、件の女が荷物を抱えて振り返った。
川 ゚ -゚)
女は彼を見、そして瞳を横に滑らすと、薄く口を開いた。
川 ゚ -゚)「なおるよ」
('(゚∀゚*∩「クーさん!」
なおるよが女に駆け寄る。
呆気にとられつつ、彼は何となく2人の傍へと近付いた。
川 ゚ -゚)「どうしたんだ、こんなところで」
('(゚∀゚*∩「僕にも依頼が来たんだよ!
こちら──シベリア国の名家ハチマユ家の現当主、ショボン様!」
('(゚∀゚*∩「あっ、ショボン様、こちらは僕と同じ『組織』の一員、クールさんですよ!
ヴィプ国のロマネスク様の護衛をしています」
組織とやらについて、なおるよから軽い説明を受ける。
どこぞに護衛を育てている機関があって、なおるよとクールはそこから派遣されているという。
宿での推測と大体合致していたので、ほんのりと気分が良くなった。
少数精鋭という方針らしく、1人の客に対して護衛は多くても2人までしか派遣しないそうだ。
-
('(゚∀゚*∩「クーさんは成績がすごく良かったんですよ!
彼女に比べたら僕は全然ダメで、誰かに指名されることもないだろうと諦めていたんですけれど、
僕のような者をショボン様は必要としてくれて──」
以降のなおるよの言葉は聞き流した。
食傷気味だ。
しかしこのクールという女、それなりの実力者か。
しかもこの街の者でないのなら、「ショボン」の名をかざしても無駄だったろう。
恥をかかずに済んだ。
( ФωФ)
クールの雇い主だというロマネスクがこちらを凝視しているのに気付いた。
どことなく蔑むような目だ。
ひどく腹が立つ。クールがいなければ、一発殴っていたかもしれない。
川 ゚ -゚)「──なんて優れた人だ」
クールの声で我に返る。
どうやら「ご活躍」ぶりをなおるよから一通り聞かされたらしく、
ロマネスクとは反対に、尊敬を込めた瞳を向けられた。
(`・ω・´)「……そりゃどうも」
-
川 ゚ -゚)「お前も見習え」
( ФωФ)「偽善で金をばらまいて何になる」
川 ゚ -゚)「人のためになる」
ロマネスクが冷笑した。
不貞腐れるクールの態度は、とても雇われている人間とは思えない。
しかしロマネスクの目付きや振る舞いは鼻につくものの、思想的には同意できる。
「ショボン」の行いが偽善であるか否かはともかく、他者に金を分け与えようとする気持ちが理解できないし、
クールの今の発言も馬鹿馬鹿しく聞こえた。
要人の護衛というものは、冷徹に淡々と仕事をこなすような人間ばかりだと考えていたが、
なおるよといいクールといい、随分と甘ったるい理想が胸の内にあるらしい。
('(゚∀゚∩「クーさん達も、この街から列車に?」
川 ゚ -゚)「その予定だ。たしか5駅先の町がなかなか発展しているらしいので、
そこで降りて、また適当に移動する」
自分もそうしようか、とぼんやり思う。
3日後まで何とかやり過ごし、列車に乗って、めぼしい町に着いたら身をくらませる。
なおるよが困るかもしれないが、知ったことではない。
-
(#ФωФ)「クール、いつまで無駄話をしているのである!
我輩はさっさと休みたいのだ!」
川 ゚ -゚)「……分かった分かった」
ロマネスクが肩をいからせ、踵を返した。
クールが一礼し、ロマネスクの後を追う。
進行方向からすると、恐らく自分達と同じ宿に泊まるのだろう。
(`・ω・´)(クールちゃん、なあ……一発やりてえもんだな)
クールの尻を見つめながら下卑た呟きを心中に漏らし、
彼もまた別の方向へ歩き出した。
#
-
( ФωФ)「あれの何が『名家』であるか」
なおるよ達と離れ、互いに姿も見えなくなった頃、ロマネスクが嘲るように言った。
川 ゚ -゚)「お前のような成金とは違う。やはり貴族は心にもゆとりがあるな」
( ФωФ)「馬鹿が。あれは貴族の顔ではない。
落ちぶれてもいない。
元から底辺の──ドブで産まれて生きてきたような最下層の人間の顔だ」
川 ゚ -゚)「……何言ってんだお前は」
( ФωФ)「成金ですらないということである。
──どのみち我輩には関係のない話だ」
ロマネスクが強く興味を示すのは、酒と女と金、あとは自分自身に直接関係のある事柄だけだ。
それ以降は特に言及することもなく、またクールへの理不尽な叱咤が始まる。
聞き流しながら、クールは背後を振り返った。
ロマネスクが言うような程までは思っていないが──
ショボンの目は、たしかに今まで何度も見てきた、ごろつきのそれに似ていた。
#
-
(*`・ω・´)「ひゃひゃひゃひゃ!」
女がいれば酒が美味い。それは彼が知る一番の「真実」だ。
大きなベッドの真ん中に陣取り、両脇に商売女を侍らせる。
乳房をまさぐれば女達は笑顔で身をくねらせ、
逃げるような素振りを見せておきながら、その実、いっそう体を押しつけてきた。
これくらいの安っぽさでいい。
頭も気もつかわなくて、楽だ。
──夕方に宿へ戻り、やはり微妙に口に合わぬ料理を腹に収め、部屋で一眠りして。
数時間後に目覚めた彼は宿の使用人に命じて、酌婦を呼ばせた。
金をかけただけあって、どの女も見た目は上々。
-
(*`・ω・´)「おい──おい、そっちの酒ェ開けろ!」
既に呂律も怪しくなり始めた彼が、サイドテーブルに並べた酒瓶の中、一番高いものを指差した。
待ってました、と調子よく言って、女が瓶の蓋を開ける。
グラスに注がれたそれを一気に呷ると、口から溢れた酒が顎から胸へぼたぼたと落ちた。
舐めろと命令すれば、彼女らは嫌がりもせずに彼の胸元を舌で撫でた。
徐々に女の頭は下がり、やがて下腹部へと口を触れさせる。
(*`・ω・´)「おお、お、お、あ、それでいい、いいんだ、俺ァ、ショボン様だぞ……
俺がいなけりゃァ、お前ら、ここで、きれーな服着て、暮らすことも、できなかっ、たんだ」
||‘‐‘||レ「わかってますよう」
酒で頭がとろけている。
女の舌が彼の正気を舐め溶かす。
本人ははっきりと喋っているつもりだが、舌が縺れていて発音も不明瞭。
──斯様にだらしない有様であっても、女達は彼が「ショボン」であることを疑わない。
大半の住民は「ショボン」の寄付金の額は知っていても、詳細な人となりを知らない。
だから、現在の彼の振る舞いを前にしたところで、
「まあ聖人君子なんてこの世にはいないのだし」と納得する。
しかし。
('(゚∀゚∩「……」
なおるよだけは、困惑したような顔つきだった。
-
('(゚∀゚∩「ショボン様……」
(*`・ω・´)「ああ? ──ンだよ、その目はよお……。
……出てけ! 外で神様にお祈りでもしてろ!」
('(゚∀゚∩「僕は、護衛ですよ」
(#`・ω・´)「知るか! ガキに見られんのは趣味じゃねえんだよ!」
尚もなおるよが反論しようとしたので、グラスを投げつけた。
なおるよには当たらなかったが、すぐ隣の椅子にぶつかり、
飛び散る破片がなおるよの足元に散った。
('(゚∀゚;∩「っ」
(#`・ω・´)「出てけ!」
今度は何も言わなかった。
破片を避けて、ドアへと歩いていく。
なおるよがドアを開けたとき、「あ」と2人分の声がした。
1人はなおるよ。もう1人は、
川 ゚ -゚)「……あなたの部屋か」
廊下に立つクール。
ノックでもしようとしていたのか、片手を半端な位置に上げていた。
-
('(゚∀゚∩「クーさん、どうしてここに」
川 ゚ -゚)「いや、私達もこの宿に泊まっているんだ。一つ挟んだ隣の部屋なんだが
ロマネスクの奴が『うるさくて眠れん』と……」
('(゚∀゚∩「あ……っと、その……ごめんなさい」
(*`・ω・´)「おうクールちゃん……へへっ、なあ、クールちゃんも来いよ。
どうせあのオッサンともやってんだろ、俺とも一回くらい──」
クールは蔑むような目をしただけで、一歩も入室することなく踵を返した。
なおるよがこちらに一礼し、「何かあれば呼んでください」と言って部屋を後にする。
(*`・ω・´)「けっ」
||‘‐‘||レ「続きは?」
手と口を休めていた女が艶かしく笑う。
答えるまでもない。
彼が頷くと、女の唇は一層撓んだ。
#
-
川 ゚ -゚)「お前の雇い主もなかなか強烈だな」
('(゚∀゚∩「……でもショボン様は素晴らしい方だと聞いてるよ」
並んで廊下を歩きながら、クールは、横目に見ていたなおるよから視線を外した。
廊下は柔らかな照明が定間隔で設置されており、仄明るい。
川 ゚ -゚)「──たとえば……」
呟く。
瞬間、躊躇した。
何を口走ろうとしているのだ。
ロマネスクの言葉など真に受けてどうする。
奴の発言は九分九厘がその場かぎりの思いつきだというのに。
しかし──たった今、目にした光景は。
ショボンの振る舞いは。どうにも。
なおるよの言うような、高貴な人間には見えなかった。
-
('(゚∀゚∩「……『たとえば』、何だよ?」
なおるよが問い掛けてきた。
言葉を濁しても、「言ってください」と食い下がる。
クールは一つ息を吐き出して、飲み込んだ質問を結局口にした。
川 ゚ -゚)「たとえば、あの人が『ショボン』でなかったらどうする?
別人がなりすましてるとしたら……」
('(゚∀゚∩「……? シベリア国の国民カードの写真と顔が一致してるよ。
別人なら、町長様が一目で分かる筈だし」
川 ゚ -゚)「他人の空似ってやつがある。
ショボンは砂漠を1人で渡ったんだろう、何か起きていたとしても周りは分からない」
('(゚∀゚∩「……」
川 ゚ -゚)「もちろん私の勝手な推測だ。そう簡単に同じ顔の人間がいるもんでもないしな」
('(゚∀゚∩「……お祈り……」
川 ゚ -゚)「うん?」
('(゚∀゚∩「食前のお祈りをしないんだよ、ショボン様。
教徒は──それも敬虔な教徒ならば、必ず食前にはお祈りを捧げるものなのに」
川 ゚ -゚)「……ふむ」
-
('(゚∀゚∩「お食事の最中も、マナーなんか欠片も気にしてないし」
('(゚∀゚∩「言葉遣いが乱暴だし」
('(゚∀゚∩「酒癖悪いし」
('(゚∀゚∩「下品だし」
川;゚ -゚)「……おい、なおるよ?」
話している内、宿の受付へ着いた。
使用人を呼び出し、自分とロマネスクの部屋を変更するように頼む。
あの様子ではショボンが静かにしてくれそうにもないし、それならばこちらが移動すれば済む話。
(#ФωФ)『なぜ我輩の方が譲歩せねばならぬ!!』
川 ゚ -゚)(……とか言うだろうなあ)
げんなりしながら新たな鍵を受け取る。
ロマネスクの元へ戻ろうと踵を返したとき、聞き覚えのある声がした。
-
( ´W`)「──おい」
老人が使用人を呼び止めている。
街へ入り身分を証明した際、ロマネスクに媚びていた町長だった。
口を開きかけた町長はこちらを一瞥すると頭を下げ、使用人を連れて受付の奥の部屋へ消えた。
川 ゚ -゚)「……こら」
なおるよが慎重な足取りで受付台の向こうに立つ。
そして奥へ繋がるドアに耳をつけた。
川;゚ -゚)「お前な……」
とはいえ町長の様子が気になったので、クールもなおるよを真似た。
クールの耳もなおるよの耳も、人間の囁き声にはひどく敏感だ。
扉越しの声も難なく拾い上げる。
-
「──ショボン様のことだが、どう思う」
「どう、と言われましても」
「まるで別人だ。あれでは野蛮人そのものじゃないか。
わしが以前会ったときは……──」
町長が語る「ショボン」の人格は、やはり、今まさに部屋で女を侍らしている男の姿とは
どうにも繋がるものではない。
そして町長も、クールが抱いたのと同じ疑問に行き着いたらしい。
「顔はたしかにショボン様だが、似ているだけの他人と言われてしまえば、わしには否定できん。
──問題は、あの男がショボン様の荷物を持っているということだ。
そのせいで全くの別人だという断定も出来ない」
「じゃあ、どうやって確認するんです」
「列車の予約を『失敗』する。そうすれば、しばらくはこの街にあの男を留まらせられる。
その間に、向こうの街や砂漠を調査させるのだ」
「次の列車が来るまでの間じゃあ、とても無理ですよ」
「さらに長く留まらせる理由だって何とかなるさ。
──指紋が無いと言うが、皮膚が完全に再生すれば指紋も出る。
そうすれば国民カードとの照合が出来るぞ。
昼に見た様子からすると、近々治りそうだったしな」
-
川 ゚ -゚)「──だ、そうだ」
間もなく売上金の話に移ったので、扉から耳を離す。
('(゚∀゚∩「……」
なおるよはじっと足元を見つめている。
部屋の鍵を握り込み、クールは踵を返した。
いいかげん戻らないと、ロマネスクが一層騒ぐ。
ややあって、なおるよがクールの隣に並んだ。
無言で歩く。
もしも本当にショボンがショボンでないとしたら、
なおるよはどうするのだろう。
どうするも何も、雇い主不在ということで組織に帰るだけか。
川 ゚ -゚)(私も帰りたい……)
(#ФωФ)「クール!!」
川 ゚ -゚)(ああマジ帰りたい)
部屋の近くまで来たところで、ちょうど廊下に出てきたロマネスクに怒鳴られた。
-
(#ФωФ)「貴様は! ちんたらちんたら何をしておった!」
川 ゚ -゚)「すまなかった。──部屋を変えてもらったから移動しよう」
(#ФωФ)「はあ? なぜ我輩の方が譲歩せねばならぬ!!
迷惑をかけている方が遠慮するのが道理──」
「わあああああああ!!」
──さらに大きな声が轟いた。
男と女の悲鳴。
ロマネスクが肩を跳ねさせ、猫のように飛び退いた。
-
発生源はショボンの部屋だった。
すぐさまドアが内側から開け放たれて、一瞬ほどの間も置かずに誰かが転げ出てくる。
(;`・ω・´)「ひ、ひいっ、ひいっ!!」
ショボンだ。ほとんど全裸。
すると、それを追って半裸の女が飛び出した。
||‘‐‘#||レ「死ね! 死ね!!」
アイスピック(酒を入れるときに使ったのだろう)を握っている。
どう考えてもショボンへ殺意を向けた言動。何事か。
他の商売女達は室内できゃあきゃあ悲鳴をあげているのみなので、単独犯らしい。
-
(;`・ω・´)「あ──あんた! 助けてくれえっ!」
(;ФωФ)「ひいんっ!? く、来るな! 離せ!! いやあああっ!!」
ショボンが一番近くにいたロマネスクに縋りついた。
ロマネスクの口から漏れた悲鳴が少女のように甲高くて、クールはこっそり吹き出した。
結果、腰を抜かした男2人が互いを盾にするように揉み合う、情けない光景が生まれる。
女は他の犠牲が出ようともとにかくショボンさえ刺せればいいようで、自棄っぱちな動きでアイスピックを振り上げた。
そうなると、クールが動かないわけにもいかない。
川 ゚ -゚)「その辺にしとけ」
女の手を足で弾くと、アイスピックは簡単に飛んでいった。
回転した末に、離れた床へと突き刺さる。
にわかに怒りがクールへ向けられたが、
鍛えているわけでもない女がクールに掴み掛かったところで何の意味もなかった。
捩じ伏せるのは一瞬。
申し訳なく思いつつ顔面を床に叩きつけるように倒したので、痛みと衝撃で女が静まった。
部屋の中で騒いでいた女達も静かになっていた。一連の流れに呆然とした、というか。
さて、どうしたものか。
基本的にロマネスクへ危害を加えた人間は殺せと言われているが、
厳密にいえば彼女が狙っていたのはショボンだ。ロマネスクではない。
-
('(゚∀゚;∩「……ショボン様っ」
なおるよがショボンに駆け寄る。
ショボンはというと、真っ青な顔で固まっていた。
川 ゚ -゚)「何があったんだ」
クールの問いにショボンは答えない。
仕方なく掴み上げている女の腕に体重をかけると、女が叫ぶように返事をくれた。
||‘‐‘#||レ「私の恋人が、ショボンに雇われて向こうの街に行ったんだ!
私は捨てられて、体を売るしかなくなって──
それからすぐに、その恋人が仕事中に事故で死んだって知らせが……」
川 ゚ -゚)「何だそりゃ。お前を捨てたのは恋人の独断だし、事故死ならショボンさんに責任はないだろう」
クールの言葉は耳に入らないらしく、ショボンのせいだと何度も何度も繰り返している。
徐々にショボンの硬直が解け、クールのおかげで自身が安全であることに気付いたのか
彼は途端に威勢よく喚き出した。ちなみにロマネスクはまだ怯えている。
-
(#`・ω・´)「ふざっっっけんな! 俺はショボンじゃねえよ、何で無関係の俺が殺されなきゃなんねえんだ!!」
||‘‐‘#||レ「なに言ってんだよあんたは!!」
(#`・ω・´)「だから──」
(;ФωФ)「ひいいひいい」
川 ゚ -゚)(あーあー)
( ´W`)「何です、どうしました」
町長と使用人がばたばたと近付いてくる。
誰も事態は説明しなかったが、この光景で粗方察したようで、
町長はひどく不審な目をショボンへと向けた。
ショボンは気付いているのかいないのか、「自分はショボンではない」という旨を
大声で女に説いている。いいのだろうか。
彼が言葉を重ねる度に、町長が顔を歪めていくが。本当にいいのだろうか。
ついに、町長が痺れを切らした。
( ´W`)「ちょっと待ってくれ、ずっと気になってたんだが、あんた──」
-
町長が口を開き、反射的にショボンが黙る。
直後。
('(゚∀゚∩「え? はい!」
なおるよが頭突きする勢いでショボンに耳を寄せ、続いて頷き、部屋へ駆け込んだ。
さも何かしらの指示があったかのような振る舞いだったが──
クールの位置から見えたショボンの口元は、一切動いていなかった。
ショボンも困惑気味になおるよを眺めている。
何やらごそごそやっていたかと思うと、大粒の宝石を2つ3つ持って戻ってきた。
そうして彼はそれを、
('(゚∀゚∩「どうぞ!」
||‘‐‘;||レ「……え……」
女へ差し出したのであった。
-
('(゚∀゚∩「ショボン様が、これを役立ててほしいと!
先程は混乱して責任を逃れようとしてしまったが、やはりそれでは神に許されないだろう──と仰いました。
どう使うかはあなた次第ですが、納得の行くようにお使いください」
クールが離れる。女は暴れることなく、なおるよから宝石を受け取った。
それから今度は町長と使用人へ歩み寄り、
女へ渡したものほどではないが、なかなか立派な宝石を一つずつ。
('(゚∀゚∩「こちらは、ご迷惑をおかけしたお詫びだそうです」
( ´W`)「……はあ」
ひんひん鳴いていたロマネスクが、ぱっと表情を整えた。
金だの宝石だのが大好きな性分ゆえに、咄嗟に分析する癖がついているのだろう。
( ФωФ)「それ一つでしばらくは遊んで暮らせるほどであるな」
ふてぶてしく言う割に未だ腰を抜かしているようだが。
呆気にとられていた女と町長達が、その言葉に息を呑む。
きらきらと輝く石を見下ろし、両手で抱え込むと懐へしまった。
-
('(゚∀゚∩「遊んで暮らすだなんて! ショボン様はそんなことのために渡したんじゃありません」
なおるよが窘めるように言うと、町長はやや狼狽しつつも「勿論です」と答えた。
「街のために使わせてもらいます」と。
この様子では随分と怪しいところだ。
('(゚∀゚∩「それでは……すみません、ショボン様をお休みさせてあげてください」
なおるよが頭を下げる。
使用人は室内に残る商売女を追い出し、寝台を手早く整えた。
それらを見つめるクールの瞳は生温い。
('(゚∀゚∩「ショボン様」
(;`・ω・´)「あ──ああ」
ショボンに肩を貸して寝台へ横たえさせ、水を与えると、
なおるよはきびきびと廊下に戻ってきた。
ぴしっと綺麗に一礼。
('(゚∀゚∩「おやすみなさい。ショボン様はいつでも皆様の幸福をお祈りしています」
そして、扉は閉められた。
-
女は宝石を見直し、ふらふらと去っていった。
口元が笑んでいる。──結局は金で誤魔化される程度の恨みだったか。
町長達も、扉へ向けて「おやすみなさいませ」と声をかけてからその場を離れた。
ショボンの正体を暴こうという気勢は失せている。
川 ゚ -゚)「……寝るか」
残されたクールはロマネスクを担ぎ上げ、新しい部屋へ移動した。
されるがままのロマネスクがぼそりと呟く。
( ФωФ)「結局何なのだあの男は」
川 ゚ -゚)「さあな」
クールにもロマネスクにも関係のないことだ。どうせまたすぐ興味は消える。
分かることは、ただ一つ。
川 ゚ -゚)「どうせ朝にはいなくなってるだろうし、考えるだけ無駄さ」
#
-
('(゚∀゚∩「荷物をまとめてください」
と言いながらも、なおるよ自ら手当たり次第に鞄へ物を詰め込んでいるので、
彼は何をするでもなくなおるよを眺めていた。
(`・ω・´)「……何でだ」
('(゚∀゚∩「出ていくんです。今は勢いで流されてくれましたけど、朝になればまた疑われる筈ですよ。
『本当にあの男はショボン様なのか』──って。だから逃げましょう」
発言の意味をはかりかねた。
ぼんやりする彼へ、なおるよが顔を向ける。
-
('(゚∀゚∩「長居すればするだけ、ボロが出ます。
まあ今に至るまでで致命的なくらい出してますけど」
そこでようやく、「気付かれている」と悟った。
そもそも先程、勢いあまって自分自身の口で言ってしまったのだけれど。
(;`・ω・´)(──どうする)
なおるよの口を塞ぐか。
小柄な少年1人、簡単だ。
押さえつけて首の骨を折ればいい。
先は油断しきっているところを襲われたので動転したが、
自分から仕掛ける分には自信がある。
いや。待てよ。
落ち着いて見るに、なおるよの今の行動は、こちらに害のあるものではない。
「逃げよう」と言っているのだから。
-
(`・ω・´)「……どういうつもりなんだ、お前」
('(゚∀゚∩「僕はあなたの用心棒なので、あなたを護るために行動しますよ」
(`・ω・´)「……。雇ったのは俺じゃねえぞ」
それへは何の答えもなかった。
荷物をまとめ終えたなおるよが、サイドテーブルの引き出しから備品の便箋と封筒、ペンを取り出す。
('(゚∀゚∩「置き手紙をしていきましょう。
『人助けをしているつもりでも、気付かずに恨みを買うことがあるのだと知った。
いつまた同じようなことが起きるか分からない、再び迷惑をかける前に街を出る』
──こう書いておけば、まあ、それっぽいですか」
(`・ω・´)「言っとくけど俺は字ィ書けねえからな」
('(゚∀゚∩「あなたに書かせるつもりはありませんよ、本人の筆跡に似せなきゃいけませんから」
昼間に見せてもらった「ショボン」の手紙と見比べながら、
なおるよは手早く手紙をしたためた。
小振りの宝石も付けておく。
その目付きは──今まで植えつけられたイメージの、無垢な少年のそれではなかった。
-
('(゚∀゚∩「夜明けになったら窓から外へ出ますよ。
ラクダに乗って、ショボン様の影響が及んでない小さな町へ向かいましょう。
そこから馬車なり何なり使って、駅がある町に移ります」
(`・ω・´)「この街を出るにも審査が必要なんじゃねえのか?」
('(゚∀゚∩「穴はありますよ。あなたがここに来るまでの数日間、ずっと街を観察してきたので分かります」
ふと。
なおるよが、顔を上げた。
('(゚∀゚∩「『本物』はどこにいるんですよ?
──まさか生かしとくようなヘマはしてませんよね?」
#
-
('(゚∀゚∩「こんな浅く埋めたんじゃ、見付かっちまいますよ……」
なおるよの計画通り、夜明けに街を出た。
貸しラクダ屋に忍び込みラクダを勝手に借りて(ちゃんと代金は置いていった)、
半日かけて砂漠を移動した。──「ショボン」の死体を探すため。
全く当てにならない記憶を頼りにラクダを歩かせていたが、
何もない場所から手先がはみ出ていたため、発見は存外に容易だった。
それを見たなおるよの発言が上記のそれである。
ひどく呆れた様子で。
-
('(゚∀゚∩「ここらの砂は特に風に飛ばされやすいんですよ。
もっと深く埋めないと」
(;`・ω・´)「……お、おう」
なおるよはせっせと穴を掘った。
その細腕でどうやって、というスピードで掘っていく。
それを眺めながら、昨夜のクールを思い出した。
クールもすらりとした手足で女を封じ込めていた。彼女と同じ組織から派遣されているのだ、なおるよは。
口を塞ごうなどという考えは愚策だったかもしれない。
昨日は自分自身を役立たずなどと評していたが、嘘だろうなと思った。
-
布で包んだ「ショボン」を穴に転がしたなおるよは、首飾りを外して、それも穴へ落とした。
('(゚∀゚∩「僕、これといって信仰は持ってないんですよ」
(`・ω・´)「……嘘ついてたのか」
('(゚∀゚∩「うちの組織にいる信徒は大人ばかりだったので。
僕ね、一生懸命勉強したんですよ? 無駄でしたけど」
砂を被せる。あとは風が適当に均してくれる。
一仕事終えたなおるよが、美味そうに水を飲んだ。
それを見つめていると──
どうしようもなく、笑えてきた。
-
(*`・ω・´)「……ふ……」
(*`・ω・´)「ふ、ふふ、くっくっく……」
(*`^ω^´)「ははははは!」
('(゚∀゚∩「うっわ、何。どうしましたよ」
(*`・ω・´)「いや──いや、俺もお前もニセモノだったんだなと思うとよ、くっ、ひひひっ」
('(゚∀゚∩「僕はあなたとは事情が全く違いますけど……まあ嘘つきなのは一緒ですよ」
(*`・ω・´)「くくく……お前、ずいぶん猫かぶってたんだな……ぷふ、ふはっ。
しかもお前、ふっ……たとえ本物のショボンと合流してたとしても──
それはそれでまた、はは、どっちも猫っ被りときたもんだ」
('(゚∀゚∩「善人をみんな偽善者扱いするのは捻くれすぎだと思いますよ、僕」
(*`^ω^´)「うひゃひゃひゃひゃ!! ああ何だお前、やっぱガキか! そこら辺の考えは甘ェんだな!」
-
なおるよが怪訝な顔をする。
ますます笑えてきて苦しい。
ひいひいと息を引き攣らせながら、彼は「ショボン」の鞄から小瓶を出してみせた。
蓋を開け、中身をなおるよの頭にかける。
当然ひどく驚いたなおるよが、逃げるように後退った。
('(゚∀゚;∩「ぶわっ! な、何ですかよ! ……油?」
甘ったるい匂い。
なおるよは懐からハンカチを出して頭を拭った。
とろりとハンカチに絡む香油を見下ろし、いっそう顔を歪める。
(`・ω・´)「お姉ちゃん方が夜の商売でよく使う香油だ。
たまに男も使う」
('(゚∀゚∩「男が?」
(`・ω・´)「ケツ穴に塗るんだよ」
なおるよの顰めっ面が最高潮に達した。
いいかげん笑い疲れてくる。
彼はなおるよの背中を叩いて、小瓶を遠くへ放り投げた。
-
(`・ω・´)「年上から恵みを受けたら、そいつの言うことを聞かなきゃならない──だっけか?
大層な教えだよな」
('(゚∀゚∩「……まったくですよ」
なおるよの細い脚が、「ショボン」の埋まっている場所を何度も強く踏みつけた。
しばらくして満足したか、ラクダの鞍に腰を下ろす。
('(゚∀゚∩「じゃ、行きますよ」
(`・ω・´)「おう。町に着いたら、金は山分けにしてやるよ。
……や、待った、やっぱり6:4……いや……7:3で頼む」
('(゚∀゚∩「とりあえず中央へ着くまではあなたのものでいいですよ。
ただし昨日みたいな無駄遣いは許しません」
(`・ω・´)「あ?」
('(゚∀゚∩「はい?」
-
(`・ω・´)「中央? 行くのか?」
('(゚∀゚∩「行きますよ。そのための旅でしょう?」
(;`・ω・´)「はあ? いや、だから、俺はショボンじゃねえんだよ。
行ってどうすんだよ」
('(゚∀゚∩「上手いこと新政府に入れば、すぐには無理でしょうが、
いずれは今持ってる金額がはした金に思えるようになりますよ」
(;`・ω・´)「俺はこの金でしばらく遊べりゃそれでいいんだって」
('(゚∀゚∩「僕はそれじゃ駄目なんですよ!」
(;`・ω・´)「は?」
-
('(゚∀゚∩「世のなか金ですよ、金。
僕は神は信じませんがお金は信じてますよ」
('(゚∀゚∩「あなたが新政府に入って、僕を護衛として雇い続けてくれれば
僕にも組織にもたっぷりお金が入ります!
だから──」
なおるよの乗ったラクダが歩き出す。
彼も慌ててもう一頭のラクダに跨がり後を追った。
先を進むなおるよが振り返って、微笑む。
('(゚∀゚∩「これからもよろしくお願いしますよ、『ショボン様』」
(;`・ω・´)「……、……よろしく」
逃げたい、とは思ったが。
なおるよの乗っている鞍に宝石やら金やらが積んであるので、そうもいかなかった。
-
斯くして。
彼は今後も、「ショボン」を名乗ることとなった。
.
-
('(゚∀゚∩「まずは読み書きを教えないといけませんよ。
マナーや一般常識も。
あ、国民カードの指紋のとこ、削るか塗り潰すかしないとなあ」
('(゚∀゚∩「中央に着くまで、やることがいっぱいありますからね!
覚悟してくださいよ!」
(;`・ω・´)「……なおるよちゃん、あのよう、」
('(゚∀゚∩「ん? 何か文句が? 縛ってあっちの街に突き出しましょうか?」
(;`・ω・´)「……いえ」
3:偽者の貴族 終
-
今日はここまで
(`・ω・´)と(´・ω・`)は父親が同じ。(本編には全く関わってこない設定)
二話目 >>54
三話目 >>100
-
乙
なおるよ強かだなあ
面白かった
-
乙
-
なおるよ強いなぁ。
こうなると(´・ω・`)が本当に善人だったのかも気になるなぁ。
全部話の方向性が違って面白い。次回も楽しみにしてる
-
乙 次が楽しみだ
-
なおるよの二面性いいな
乙
-
なおるよとペニサスがそそるなあ。
次回が楽しみだ
-
(´・ω・`)はやっぱり安定のホモだな。
なおるよいいキャラしてる。
次も楽しみにしてる。
乙
-
>>180
ショボンはお供が男の子でも女の子でも美味しく頂く予定だったのでホモではないです。ホモでは
-
(//‰ ゚)「話を聞いていただけますか」
顔の半分を面に覆われた女──見た目に性別を窺いづらいが、女である──は、
両手を膝の上で組み、十指を擦り合わせた。
滑らかに動くその手は、左右どちらも作り物。
川 ゚ -゚)「話したいなら聞く」
頷き、クールは視線を滑らせた。
──教会である。
かつての災害によりあちこち崩れているが、前面のステンドグラスは
最上部を除いて、「ほぼ」無事だった。
結果として首のない聖女がそこにいる。
そのステンドグラスを一瞥し、クールの隣に座る女は口を開いた。
-
(//‰ ゚)「ここには、あなた以外に話を聞いてくださる方もいないようですし」
川 ゚ -゚)「そうみたいだな」
──いびきが、2人の間に響いた。
( +ω+) グオー
川 ゚ -゚)「……ちょっとうるさいのがいるが、それで良ければ」
(//‰ ゚)「構いません」
2人が座る長椅子の、通路を挟んだ隣の長椅子でロマネスクが眠りこけている。
こんなところで寝られるかと数分前まで喚いていたが、子守唄を歌ってやればこれだ。
仕方がない。
てっきり宿があるかと思ってこの町で列車を降りたのは、たしかにクールのミスだ。
だが、ここのリーダーがロマネスクに恨みを持つヴィプ国人で、
町中の民家、店舗に「ロマネスクを泊めるな」と令を出したのは──
それはロマネスクの行いが悪かったのだと思う。
-
(#ФωФ)『馬車を呼べ! 隣の町に行く!』
川 ゚ -゚)『馬車はないらしい。あっても使わせてもらえないだろうが。
隣の町へは……しばらく歩かないと駄目みたいだな』
(#ФωФ)『ふざけるな! 我輩は眠いのだ、歩いてなどいられるか!』
先まで乗っていた列車が寝台付きではない上に乗客が満員状態だったので、
常に座りっぱなし・落ち着かない・クールが子守唄を歌えないといった諸々の理由で(主に最後の理由が大部分で)
2日程ろくに寝られなかったらしい。
真昼だというのに、ロマネスクの眠気は限界に達していたようだ。
というわけで、ひとまずこの廃墟と化した教会で一眠りすることになったのである。
当然ながらクールは一睡も出来ない。
ここのリーダーがロマネスクに敵意を持っているからには、警戒しないわけにもいかないのだから。
そうしてロマネスクが2日ぶりの睡眠を手にした頃──
この女が、やって来た。
-
(//‰ ゚)「少し、長くなると思います」
川 ゚ -゚)「聞くよ。お前は元来、無口なたちだから。
それでも話したいってことは、大事な話なんだろう」
クールは。
旧知のごとく言って、女を見た。
川 ゚ -゚)「なあ、横堀」
-
4:決断力のある人
-
/ ,' 3「そうだなあ……どんな人にしようかの……」
J( 'ー`)し「やっぱり──喧嘩に強い人、かしら」
/ ,' 3「いやいや、皆さん訓練を積んでいるのだから、大概強かろうて」
J( 'ー`)し「ああ、そうねえ。じゃあどうしたものかしら……」
──仲介人によれば、お二方は、そのような会話をしばらく続けたそうです。
実にあの2人らしい。
仲介人が痺れを切らしかけたところでようやく、こう仰いました。
/ ,' 3「じゃあ、こうしよう。
決断力のある人をお願いします。
私らは見ての通り、優柔不断ですから」
こうして、私はあの老夫婦の護衛となりました。
アラマキ財閥の当主と名乗った旦那様と、その奥様です。
-
──少し私の話をします。
クールさんには聞かせたことがありませんでしたが、
私は今年で30歳近くになるそうです。(細かい年齢は正直なところ曖昧です)
幼い頃に両親が病で死んでからは、クールさんも存じている「先生」のもとで暮らしていました。
ええ、先生がこの事業を考えつく以前から世話になっていた古株なのですよ。
そして──15歳前後のときだったでしょうか、私は顔と体に大怪我を負いました。
思春期ですから。家出していたんです。馬鹿ですね。
それで地雷源にうっかり踏み入って。ええ。馬鹿です。
-
普通なら死んでもおかしくなかったのですが、しぶとく生存しました。
しかしやっぱり、両手と両足は使い物にならなかったようで。
当時先生と住んでいた国は科学や医療の技術がとても進んでいまして、
義肢や顔の整形も、金さえ出せば不自由なく暮らしていけるレベルのものが提供されるほどでした。
けれどもその頃の先生には、それほどのお金はありませんでした。
そもそも拾い子に手術費用を出してくださること自体、ありがたいことなのですけれど。
正直なところ女らしさの薄い顔ではありますが、それでも女ですし──まあ男でも同じでしょうが──
先生としては、もちろん顔の復元を最優先に考えていたようです。
けれども顔の手術は大層お金がかかるようでしてね。
成長に合わせて調整もしなければなりません。
つまりは手術費に加えて維持費もかかるわけです。
手足の方は、もちろん定期的なメンテナンスこそ必要ですが、
顔のそれに比べると手間も費用もよっぽど楽でした。
ですので顔の治療は最低限にして、義肢の方を優先することになりました。
おかげで見た目も機能も本物と大差ない一級品を頂けて。
顔の方は、お面で隠せば事足りました。隠すのは半分だけですしね。
-
ともかくその一件で、私はいたく反省しました。
幼稚な己のせいで自分の人生はもちろん、先生にまで多大な損害を与えたのですから。
感情的にならないようにしよう。
とにもかくにも合理的に行動しよう。
そう決めました。
以降はその通りに過ごしまして、自分で言うのも何ですが、結構優秀に育ったと思います。
顔と手足のことと絡めて「サイボーグみたいだ」とからかう人もいましたけれど。
それでも良かった。私はそれで良かったんです。
私のそういったたちを、「決断力がある」と評したのでしょうね。
私がアラマキ夫妻の護衛に選ばれたのは、それが理由でした。
.
-
/ ,' 3「よろしく、横堀さん」
J( 'ー`)し「よろしくお願いしますね。──わあ、すごい、本当の手足と変わりないのね」
私の顔や義肢については、先に説明がなされておりました。
旦那様も奥様も、純粋な好奇心を隠すことはありませんでした。
どのような仕組みなのか、どう手入れをするのか、不便はあるのか──と
気になったときに気になったことを、はっきりとお訊ねになるほどです。
これまで関わってきた人々の多くは、奇異の目で見るか、気を遣って無関心を装うか、本当に無関心かのいずれかでしたが
アラマキ夫妻はそれらの枠には当てはまりませんでした。
何と言いましょうか。きっぷがいい──というか。
さっぱりとしていて、ともすれば無遠慮に踏み込みかねないところを上手く躱していて。
こちらに何の負い目も感じさせないのです。
簡単に言ってしまえば、気持ちのいい方々でした。
-
(//‰ ゚)「護衛の他に、何か仕事はありますか」
/ ,' 3「すまんね横堀さん。私らは別に、命を狙われてるというわけではないんだ。
ただ、ちょっと遠出することになるもんで」
(//‰ ゚)「ご旅行ですか?」
/ ,' 3「いいや。──西に、私達の故郷がある。
そこで生存者が暮らしとるらしいんだが」
J( 'ー`)し「島国なんです……。
それも、うんと遠くの」
──お2人から聞いた国名は、たしかに、この大陸から遠く離れた小さな島国のものでした。
/ ,' 3「一応、定期的に船で物資は送られとるが、何しろ遠かろ。
それで復興が遅れとるらしいんだな」
2人の望みは分かりました。
故郷へ送るための物資の調達。
定期便が出る港町まで、物資の運搬と2人の護衛。
また、故郷へ寄りたいでしょうから、それにも随行──
少々手間のかかる任務でしたが、難しいものではありません。
-
(//‰ ゚)「あの国には生存者がいなかったと聞いていましたが」
/ ,' 3「うん、私らのように海を越えて避難した者以外は皆、死んでしもうたと思っとった」
J( 'ー`)し「でもね、少ないけれど、たしかに生き残った人がいるって話を聞いたの。
さっき言った理由で物資が不足してるって話も……」
/ ,' 3「だから手助けがしたい。
──故郷を捨てて逃げた身だ。罪滅ぼしもある」
そう言った旦那様の目には、真実、申し訳なさそうな色があって。
ああ、責任感の強いお方なのだと──人間として深く信頼できるお方なのだと思いました。
これが、「中央」からお達しが出るより一年ほど前のことでございます。
#
-
(//‰ ゚)「まずは中央まで行きましょう。
あそこなら物資の調達もしやすいですし、大きな港もあります」
私の提案に、お2人は賛同いたしました。
物資をいっぺんに送ってしまわず、それなりの量を定期的に送る方を優先させるため
まず中央に定住し、そこから故郷へ物資を送り──
頃合いを見て、お2人も故郷に戻るため船に乗る。
スパンの長い計画ですが、私の方には特に問題ありませんでした。
私は望まれる限り傍にいます。
選択権はアラマキ夫妻にあるのです。
物資、発送、私の雇用等々にかかる費用は彼らが負担するわけですから。
/ ,' 3「それがいい。いや、故郷へ支援したいという気持ちばかりが早まって、
細かいところをまだ決めかねていたから。
横堀さんがしっかりしてくれていて、本当に助かる」
旦那様はご自身の額をぴしゃりと叩いて、笑っていました。
.
-
当時運行を始めたばかりだった寝台列車に乗り、中央へ向かいました。
戦前に比べるとゆっくりとした進行だから仕方ないとはいえ、三月近くも乗りっぱなしで、
私はともかく、やはりご老体のお2人には厳しかったことと思います。
J( 'ー`)し「狭いシェルターにぎゅうぎゅう詰めで眠ってた頃よりマシだわ。
大勢のいびきも聞こえないし、寝相で踏んづけられることもないし」
/ ,' 3「あれを経験すると、大抵の場所は天国に思える」
本人は、このように仰っていましたけれど。
-
ところで同じ車両に、幼い男の子とその母親の2人組がおりました。
男の子は小さいながらにとてもおとなしく、
列車の長旅でも、そこらの大人より静かにしていられるいい子でした。
けれどもやはり、決して快適だったわけではなかったのでしょう。
一月ほど経ったある日の夜、男の子が癇癪を起こしてしまいました。
金切り声で、様々な不満を喚き散らして泣いて暴れて──
母親もひどく参った様子でした。
早く泣き疲れて眠ってくれと、多くの乗客が思ったことでしょう。
しかし男の子は一層激しく泣くばかりで、とうとう1人の男性客が怒鳴り始めました。
「いい加減にしろ! 黙るまで貨物車両にでも篭っとけ!」
季節は冬でした。また、通過中の地域の気候もあって、ひどく冷える夜でした。
客を乗せた車両は、やや弱いとはいえ暖房がありましたが
貨物車両になどもちろん暖房はありません。
-
けれど母親は周りの雰囲気に耐えきれなくなったのか、
騒ぎを聞きつけた車掌に、貨物車両へ入れてくれるよう頼み始めました。
そこへ、怒っていた男性が更に言ったのです。
「だからガキは嫌なんだ! 朝に停まる駅で降りてくれよ、迷惑だ」
そのとき、旦那様が小声で私に訊ねました。
/ ,' 3「……私が口出ししてもいいもんだろうか」
(//‰ ゚)「騒ぎを鎮められる自信がおありならば。
そうでなければ静観しておいた方が賢明です」
/ ,' 3「うむ……」
ほんの5秒ほど黙って、結局旦那様と奥様は通路へ出ました。
私も出ないわけにはいきません。
また文句を言われると思ったのでしょう、母親は泣きそうな顔で頭を下げました。
/ ,' 3「これ。小さな子を寒いところへ放り出しちゃいかんよ。
我慢出来ないなら、あんたが貨物車両へ移りなされ。私の毛布も貸してやるから。
あんたなら、毛布重ねときゃ風邪も引くまい」
-
/ ,' 3「この子は今日までの一ヶ月、ずっと静かにしとったじゃないか。
明日も明後日も騒ぐ保証もないのに、この一件で降りろというのも酷な話だ。
大人達のいびきの方が毎晩うるさいってのに」
旦那様は決して声を荒らげず、男性を宥めておりました。
そして奥様が未だ泣き止まぬ男の子を抱え上げて、
J( 'ー`)し「ちょっと場所を変えてみましょうか、毎日毎日同じ場所で嫌になったのかもねえ」
母親に許可を得てから、男の子を旦那様たちの席へ連れていったのです。
旦那様が祖国の民話などを語ってやると、男の子はすっかり静かになって、
自分の席に戻る間もなく眠っていました。
それから男の子はお2人に懐いたようで、時折こちらの席で眠るようになり、
中央に着くまでの残り2ヵ月を平穏に過ごしたものでした。
-
/ ,' 3「──息子と孫がいた」
ある夜でした。
件の男の子と奥様が寝入った後、旦那様は、独り言のように呟きました。
/ ,' 3「4年前に顔を見たきりだ」
4年前。天災により戦争が終わった時期と同じです。
天災か、はたまた戦争か、どちらかの理由で亡くしたのでしょう。
(//‰ ゚)「そうですか」
私は何も訊きませんでした。
私は何も聞きませんでした。
私がその情報を得る必要が、どこにもなかったので。
素っ気ない反応だと思ったのでしょうか、旦那様は苦笑して、ご自身も眠りにつきました。
#
-
──中央は聞きしに勝る隆盛ぶりでした。
戦後の得も言われぬ暗澹さと、同時に生じる活気とが混ざり合い、
どちらも常に肥大し続けるような──闇も光も騒がしい、そんな場所でございました。
貴賤問わず人々が殺到していたため、入るにもいくらか規制があったのですが、
財閥の主人であったことを話して大金を見せると
優先的に仮設住宅へ住まわせてもらえたのが今でも印象に残っています。
J( 'ー`)し「畑、見ました? すっごく大きいの。あんなのがたくさんあるんですってよ」
/ ,' 3「コンクリートばかりかと思っとったが、周りは海と山だ。
こりゃ人が集まる筈だの」
人工的な景色と自然の景色が入り交じる、不思議な街でした。
戦前は然ほど目立った国ではなかったのも頷けます。
つまりは半端だったのですね。
でも今は、その半端さが人々を救っているのです。
-
/ ,' 3「ここなら物資を集められる」
旦那様と奥様は、顔をくしゃくしゃにして喜んでおられました。
が、誤算もありました。
中央付近の港では、2人の故郷への定期便を出していなかったのです。
.
-
「──ああ、あの島へは行ってないな。
北の、ガイドラインとかいう港町が定期便を出してるって話は聞いたけどよ」
地図(戦前のものなので現在の地形とはだいぶ違うでしょうが)で確認してみたところ、
ガイドラインという町は、私達が出発した地と中央のちょうど真ん中あたりにありました。
/;,' 3「あああ、すまん横堀さん、とんだ無駄足を……」
J(;'ー`)し「ごめんなさい、3ヵ月もかけてここまで来たのに」
(//‰ ゚)「いいえ、確認しなかった私が悪いのです。
──しかし決して無駄足ではないと思います。
物資の確保はここでするべきでしょうから」
一月半かけて戻る必要はありません。
中央で購入した物資を列車なり船なりでガイドラインまで運んでもらい、
そしてガイドラインからお2人の故郷へ届けてもらえばいいのです。
とにかく、故郷へ向かう定期便が確かに存在している、という事実が判明したことが、
任務開始から一番の収穫でした。
お2人も大層安堵していらっしゃいましたし。
-
一度目に送ったのは、食料と衣料、水、木材と工具、それとお手紙でございました。
/ ,' 3「横堀さん、手紙はどんな文面にしたらいいかね。
私の身分を明かした方がいいだろうか……」
「故郷を捨てて逃げた」というのが負い目になっていたのでしょう、
旦那様はとても悩んでおりました。
/ ,' 3「もしも私らを恨んでいるなら……名乗ってしまえば、支援を受けてくれんかもしれん」
(//‰ ゚)「たとえ名乗らなくとも、今後も物資を送り続けるならば
いずれ向こうは、送り主が同郷の資産家であることに気付きます」
(//‰ ゚)「最初に名乗っておいた方が、余計な禍根はありません。
もしも向こうが困窮しているのなら誰からの支援であっても受けるでしょうし、
逆に送り主を理由に支援を断るのであれば、それほど切羽詰まってはいないということです」
/ ,' 3「おお──そうか、そうだな、うん。ありがとう横堀さん」
J( 'ー`)し「頼りになるわ」
お2人はよく私を頼ってくださいました。
私が応える度に、褒めてくださいました。
それがとても擽ったかった。
-
しばらくして、ガイドライン港と中央を行き来する船から、
夫妻宛ての手紙が届きました。
物資に添えた手紙への返事──要するに、故郷からのものでした。
/;,' 3「ど、どんな内容だろか……うう、恐い、横堀さんが先に読んどくれ」
J(;'ー`)し「ああもう情けない人」
──旦那様の心配を他所に、手紙の中身はシンプルなものでした。
ありがたく頂戴する、本当に心から感謝している。生きていてくれて嬉しい。
厚かましいとは承知の上だが、赤ん坊のミルクや衣類が不足している、何とかならないだろうか。
そんな内容の。
/;,' 3「それだけか? 他に何か書いとらんか? 差出人の名前は──」
(//‰ ゚)「いえ……」
/ ,' 3「……そうか」
旦那様は、がっくりと肩を落としました。奥様も同様。
救援が叶ったのだから、喜びこそすれ、がっかりする謂れが
どこにあるのでしょうと不思議に思ったものです。
けれども、手紙を何度も読み返し、旦那様は微笑みました。
-
/ ,' 3「……赤ん坊か。新しい命が、きちんと生まれとるんだな」
J( 'ー`)し「ええ、そうですねえ。私達の国はちゃんと、生きているのね」
事前に用意しておいた物資に乳児用品を追加し、
ガイドライン港への定期便へ積んでもらって。
お2人は、私へ礼を言いました。私など何もしていないのに。
──それからは気兼ねなく(というのも変ですが)物資を送ることになりました。
.
-
J( 'ー`)し「横堀さん、今日は何を食べようかしら」
(//‰ ゚)「先日、3区でキャベツが多く採れたと聞きました。
あの地区が豊作になるのは極めて珍しいそうです」
J( 'ー`)し「あら、じゃあ、キャベツ料理にしましょうか」
お2人(と私)は細々とした内職で賃金をもらい、
その中から最低限の生活費を捻出して、余った分をまた援助に回していました。
本来なら、彼らの持っている財産さえあれば余生を豪勢に過ごしても充分足りるほどなのに。
/ ,' 3「私がもっと若ければ、肉体労働も辞さないんだがなあ。
外で体を動かした方が、賃金も高いらしい」
賃金が増えても、きっとこの方々は自身へかかる費用を削って
支援活動に力を入れるのでしょう。
-
/ ,' 3「……恥ずかしい話、金のために熱心に働くのは、これがほとんど初めてだ。
いつも部屋の中で書類に判を押したり面倒な来客と話したり……。それさえしていれば良かった。
私は今まで一体何をしていたんだろうな」
J( 'ー`)し「私なんか本当に何もしてこなかったんですよ。
歳だからって復興作業も参加できなかったのは悔しかったわ」
/ ,' 3「お前はシェルターで子供や怪我人の世話をしてたろう」
(//‰ ゚)「お2人は、そのときそのとき、ご自身のなすべきことをしていたのですね。立派なことです」
差し出がましくもそう言うと、お2人は少しの間をあけて、はにかむように笑いました。
ただ──どこか、寂しそうな瞳をしていたのです。
-
J( 'ー`)し「──大きいキャベツねえ」
3区の市場で購入したキャベツを抱え、奥様はにこにこ笑っていました。
野菜一つでこんなに嬉しくなるなんて、ここに来るまで知らなかったと仰って。
こう言うのは無礼でしょうが、可愛らしい振る舞いでした。
J( 'ー`)し「戦争の最中も、天災の最中も──これで世界は元に戻れるものかと不安だったけど。
人って強いのね」
(//‰ ゚)「ええ」
市場前の広場は騒がしく、奥様は雑踏に疲れ気味のようでした。
ちょっと休憩、と奥様がベンチに腰掛けたので、私も隣に座ります。
旦那様を家に残してきたので、護衛としては、早く帰りたかったのですが。
J( 'ー`)し「ごめんなさい横堀さん、毎日質素な食事ばかりで」
(//‰ ゚)「私は満足しています」
奥様の言葉も私の返答も、事実でした。
食事は慎ましやかでしたが、奥様の作る料理は美味しかったのです。
-
奥様は広場を駆け回る子供達を眺めて、それから腰を上げました。続いて私も。
広場の端に、箱を持った少女が立っていました。
募金の呼び掛け。少女の故郷への復興資金を募るものでした。
J( 'ー`)し「はい。少しでごめんなさいね」
奥様がいくらか入れると、少女はありがとうございますと元気な声で言って、頭を下げました。
他にも募金を求める人がいたので、奥様はそれらへ応えていって。
さて広場を出ようかという折──
「景気いいな、婆さん」
明らかな害意を持って、男が3人ほど奥様を囲みました。
彼らがどのような意図をもってどのような行動をしたか、私がどのような対処をしたかは
言わずとも分かるでしょうから、割愛いたしますね。
護衛として、奥様に一切の危害を加えさせなかったのは勿論のことでございます。
あ、殺してはおりませんよ。
あくまでも、相手が逃げ出せる程度に。
-
J(;'ー`)し「あ、ありがとう横堀さん、ああ、びっくりした……
こんなに人がいるところで、あんなことする方がいるだなんて」
(//‰ ゚)「人混みの中の方が狙いやすいこともあるのです」
私達の周囲はすっかり萎縮していました。
応戦した際に私の持っていた紙袋に穴があいてしまったのでしょう、トマトが一つ落ちました。
ころころと転がって、先程の少女の足元で止まります。
私がそちらへ一歩踏み出すと、少女が怯えた目をして後退しました。
トマトを拾おうとして──これは本当に迂闊だったのですが、
右手が地面へ落ちてしまいました。
悪漢が持っていたナイフの切っ先が、「継ぎ目」の辺りを抉っていたようなのです。
-
群衆から悲鳴があがりましたが、断面から義手であるのが分かったのかすぐに静まりました。
そうして今度は、人混みの中から子供達の声がしたのです。
「サイボーグだ、戦争でいっぱい人殺したんだろ!」
「気味悪い顔……」
「──こわい」
戦時中、人型のロボット類がいくつかの国から投入されたのは事実です。
それらはサイボーグとは違うのですが、子供に違いを求めても仕方ありませんね。
ともかく彼らの言葉は特段、大したものではありません。
昔からたくさん言われて、慣れていたもので。
けれど。
奥様は家路を辿りながら、トマトと共に拾ってくださった右手を撫でて、
J( 'ー`)し「こんなに優しい手なのにね」
と、呟かれました。
-
J( 'ー`)し「手も、お顔も、何にも恐いことないのに」
それは奥様の主観であって。
やはり他者から見れば、この顔も、外れた手も、異質でしかないのです。
それでも私は奥様の言葉が嬉しかった。
#
-
奥様がご病気で寝込むようになったのは、それから何ヵ月も経たない頃でした。
J( 'ー`)し「ごめんなさい……余計な出費を……」
/ ,' 3「いい、いい、ちゃんと薬を飲んで寝ていなさい」
戦争や天災による怪我、病気であれば何かしら補償を受けられますが、
奥様の場合は元々の体質によるものでしたので、そのぶん治療費もかかりました。
夜気のような些細な事象が体に障り、すぐに熱を出してしまうため
私が付きっきりになったことで、内職による稼ぎががっくりと減っていきます。
-
あるとき、奥様を病院に連れていった折、旦那様は廊下で私にこう仰いました。
/ ,' 3「決して確率は高くないんだが、手術をすれば治る可能性も──僅かながら、あるらしい。
だが費用がかかるし、上手くいかなければ、薬代も今より増える。
もし手術をしないのならば、あとは寿命まで現状維持だ」
/ ,' 3「手術が成功する可能性に賭けるとしたら……もう、故郷への支援は、やめなけりゃならん。
どうしたらいいと思う、横堀さん」
(//‰ ゚)「旦那様がお決めになることです」
旦那様は、困った顔をなさいました。
──彼らが私を雇った理由は「自分達が優柔不断だから」というものでしたし、
たしかに彼らの行動を私の言葉が決めることは、多々ありました。
それらの経験から、私の決定なら間違いないと、そう思っていたのでしょう。
-
(//‰ ゚)「……あくまで私の考えです。感情ではなく、計算によるものです。命を軽んじるものではありません。
──故郷では新しい命が生まれています。
旦那様と奥様は、それをお喜びになったでしょう」
老い先短い身内1人と、故郷を立て直す未来を天秤にかけろ──などと
あけすけな言い方は、もちろん出来ません。
そしてこれは本当に、あくまでも私なりの「合理的」な一つの案であって、
どちらを選ぶべきか、どちらを選んでほしいか、などとは思っていませんでした。
私はただ雇い主の意思に従うのみです。
/ ,' 3「……うん、そうだな」
旦那様は何度も「うん」と唸り、目を閉じました。
──手術はしないことになりました。
奥様とも相談した結果、奥様もやはり、故郷を優先してほしいと仰ったようです。
奥様は絶対にそう答えるだろうと分かっていたから、旦那様は先に私へ訊いたのでしょうけれども。
#
-
ある日のことです。
( ^ω^)『──世界再興のためには、各地域が一丸とならなければいけませんお』
市場や駅など各所に設置されていたモニター(主に業務連絡等に使われていました)に、
中央のまとめ役──通称「首長」の姿が映りました。
( ^ω^)『今、世界を正式に管理しているものは何もありません。
この「中央」とて、結局は他より人が多く、他より資材が多いから目立つだけ。
他の地域に対して政治的処置が出来るわけではありませんお』
( ^ω^)『おかげで著しく復興が遅れている町、独裁的に支配されている町、
たちの悪いものでは、周囲を騙して利益を貪るところまでありますお。
そういった場所を取り締まり、管理しなければ、世界は進めない』
-
( ^ω^)『人と金が要るお。
ここ「中央」を、名実共に──世界の中心としたい』
新しい政府を作るのだと、彼は言っていました。
演説の一部始終は、映像あるいは文書で各地に広められたので
知らない人はそうそういないでしょう。
こうして、世界中から権力者(大抵は書面上の権力など消えていましたけれど)が
中央を目指してやって来ることになったわけです。が。
/ ,' 3「ちゃんとしたのが集まってくれるといいなあ」
旦那様はいつもの調子でした。
自分には関係ないといった風情で、
いつものように働き、いつものように奥様の看護をし、いつものように物資を送る準備をしていました。
彼らの財産はだいぶ減っていましたし、政治活動にも興味がなかったのだと思います。
-
その2日後。
ガイドライン港とを結ぶ定期便が到着し、いつものように停泊するというので、
私と旦那様は集めておいた物資を港へ運びました。
「手紙だよ」
故郷からの礼状は毎回旦那様に届けられていました。
手紙の中身は、物資を受け取った旨と篤い感謝の言葉、
それと差し当たって必要なものがあればその要望──という、最低限でシンプルな内容です。
ただ、その日の手紙には追伸と称して、たった一文が付け加えられていました。
──「その方は、探しても見付からなかった。」と。
恐らく前回の物資に添えた手紙で、旦那様は何か人探しとなるような質問をしたのでしょう。
故郷からの手紙は私もチェックするように言われていましたが、
旦那様が送る手紙は、書いた本人である旦那様しか内容を知らないので
彼が探したい人物の名も私には分かりませんでした。
──私は、
(//‰ ゚)「どなたをお探しですか」
帰り道、しょんぼりした様子の旦那様に訊ねました。
-
間もなく旦那様の目が驚いたように丸くなったのを見て、
私も自身の異常を感じました。
旦那様と奥様に命じられたことを黙って聞き、問われたことには正しく答え、
お2人に危険が及べば直ちにそれらを排除する──
そうやってさえいれば、余計な手間も迷惑もかけずに済むのに。
仕事に不要な疑問など抱いてはいけないし、
抱いたとしても、口にしてはいけない──と思っていた──のに。
私は、気落ちする旦那様を見ていられなくなったのです。
私で何とか出来るのならば、何とかしたいと思ったのです。
-
(//‰ ゚)「……申し訳ありません、出過ぎた真似を」
/ ,' 3「いや──いや、いいんだ。……いいんだ、そうだな、聞いてくれると助かる。
人に話せば楽になることもあるものだし」
旦那様は普段からゆっくりとしている歩みを更に遅くして、語り始めました。
/ ,' 3「息子と孫がいた」
いつぞや、列車の中で聞いた呟きと同じ言葉、同じ声。
違いがあるとすれば、今回は続きがあるという点。
/ ,' 3「一人息子でな、よく出来た奴で……優しい嫁さんをもらって、
2人に似た子供も生まれて……幸せそうだった。
大戦の中、国のために仕事をよく頑張っていたよ」
-
/ ,' 3「だが、天災が起きた」
亡くなったのか、と思いましたが、それとはまた事情が違うようでした。
/ ,' 3「初めに被害が出たのは、北の方だったな。
そこから徐々に私らの国へ近付いてきていたもんだから、
船に乗り、こちらの大陸に逃げねばならんと思うた」
旦那様が強引に船の手配をしたといいます。
奥様と息子家族、それと何人かの使用人を連れて船に乗って。
そのときには「天災」は彼らの国に到達しかけていたそうです。
間一髪、助かった。
そう思ったのも束の間、ご子息が──
/ ,' 3「……出航の直前、降りると言い出した。
『国を見捨ててはいけない。民を置いて逃げてはいけない』と。
息子の嫁も、まだ幼かった孫も、息子に賛同してな……」
残ったところで何も出来やしないと旦那様は説得しました。
しかしご子息は、それならそれで、自分は皆と共にこの国で死ぬと。
それが国のためだと仰ったといいます。
-
/ ,' 3「……私は、確実に自分が生き残ることこそが大事だと思っていた。
国に残って死んでも無駄死にだ。国民が死に絶えれば、それこそ『国』は無くなる。
それよりも、よその地へ逃げ、生き残ることこそ──『国』という存在を守ることになるだろうと」
/ ,' 3「息子は違ったんだな。
自分が地に残り、最後まで抗い、民と命運を共にすることが、国を守ることだと考えていたんだろう」
──旦那様の言い様に、私は違和感を抱き始めていました。
彼の口振りは、まるで、まるで──
私の顔を見て察したのでしょう。
旦那様は目を伏せ、頷きました。
-
/ ,' 3「……かつて私は、国王と呼ばれていたことがあった。
──とうにその名は息子へ譲って、隠居しておったが」
「アラマキ」は、偽名でした。
彼の名はスカルチノフ。
かの小さな島国の、王家に継がれる名前です。
/ ,' 3「息子の意志は固かった。
私と妻は、使用人を連れて大陸へ逃げた。
──その直後に天災は国を呑み、然ほど間を置かずにこの大陸も襲った」
/ ,' 3「そのうえ使用人はみんな病気や事故で死んでしもうた。
……あいつと2人きりになってから、ずっと同じことを考えている。
私のやったことは正しかったのかとね」
-
/ ,' 3「残ったのが老い先短い私と妻の2人だけでは、結局、私の考える『国』はすぐに死んでしまう。
それならいっそ、息子達と残って、民と共に死ねば良かったのではないか──
……私の決断は全くの無駄で、民への裏切りでしかなかったのではないか……」
声は徐々に小さくなり、ぽつり、呟かれました。
/ ,' 3「……あれ以来、何かを『決める』というのが、ひどく恐い」
(//‰ ゚)「……」
/ ,' 3「だからこそ、生存者がいると聞いたときは嬉しくて堪らなかった。
『国』はまだ死んでいない。死なない。これからも生きるだろう。
国を生かし続けるためにも援助をしようと、それだけは、すぐに決められた」
/ ,' 3「もしや息子達も生き残ってくれているのではないかと思っとったが──そこまで甘くはなかったな。
まあ、もしも生きていたならば、私が初めに物資を送った段階で
息子から手紙の一つもあっただろうしな、……だから分かっていたことだが。
改めて『いない』と言われると、やはり、辛いものだ」
旦那様の足が、止まりました。
それはたった3秒ほどのことで、再び歩き出した頃には、旦那様はいつもの様子に戻っておられました。
私は何も言えませんでした。
けれど、私に話したことで、旦那様の胸の内はいくらかでも楽になったのでしょうか。
そうであれば、嬉しいのですが。
#
-
──クールさん、中央で暴動が起こったのを知っていますか。
中央は、かつて東スレッド国、レスポンス国と呼ばれていた二国が合併して出来た地です。
首長は元々、東スレッド国の人間でした。
ただ首長とは名ばかりで、実際は、元レスポンス国のお役人だった方々がほとんどの仕事をしていたそうで。
そのためレスポンス国出身の住民には、首長として表に立つ彼の姿が
あまり良いものには見えていなかったのだと思います。
そこへ首長からのお触れがあって、ますます不満が募ったのでしょうね。
主権を東スレッド国の人間が握っているだけでなく、
彼を支えていたお役人方を切って、他所から人員を集めるだなんて、と。
それで、ちょうど私が旦那様のお話を聞いた直後くらいから、暴動が起こるようになりました。
元レスポンス国民による過激派と、首長の意向に納得のいかない方々が街中で暴れたわけです。
J( 'ー`)し「最近、外が騒がしいわねえ」
/ ,' 3「早く治まるといいんだがなあ」
お2人は不安げに、毎日そのようなことを仰っていました。
-
暴動が始まってから4日ほど経った日のことです。
家にあった食料が尽きたので、買い出しに行かねばならなくなりました。
危険な街を旦那様に歩かせるわけにはいきません。
私1人で行こうと決めました。
(//‰ ゚)「行ってまいります。何かあれば、すぐにお逃げください」
/ ,' 3「横堀さん、大丈夫かね。
喧嘩に強いとは聞いとるが、それでも1人じゃあ……」
(//‰ ゚)「平気です」
J( 'ー`)し「気を付けてね。無茶は駄目よ」
-
──いつもならば、走って往復すれば、然ほど時間もかからない筈なのですが。
やはり暴動の影響は大きかった。
営業している店を探すのにも一苦労で、やっと見付けたかと思えば碌な品がなかったり、
高値で極々僅かしか買わせてもらえなかったりと散々な有り様でした。
それに移動するにも、あちこち騒ぎがあるので厄介で仕方なくて。
必要なものを必要な分だけ買って帰るのに、結構な時間が掛かってしまったのでした。
(//‰ ゚)「──戻りました。遅れてしまって申し訳ございません」
J(;'ー`)し「おかえりなさい、あの、横堀さん……」
返事が1人分だけ。戸惑う奥様。
その時点で、嫌な予感はしていました。
-
(//‰ ゚)「旦那様は?」
J(;'ー`)し「それがね、さっき、首長さんの部下だっていう人が来て……」
(//‰ ゚)「首長?」
J(;'ー`)し「『新政府』の件で話がある、って」
そこまで話したところで、奥様は深く咳き込み始めました。
暴動が起こってからというもの、心労のためか体調が悪化していたのです。
それでも何とか合間合間に、成り行きを教えてくださいました。
──首長の部下を名乗った男は、旦那様の本名がスカルチノフだと看破したそうです。
その上で、「首長が新政府について相談したいと言っている」と話し、
旦那様を連れ出したということでした。
J(;'ー`)し「『横堀さんの帰りを待ってから』って、あの人、ちゃんと言ったのよ。
でも、その男の人がほとんど無理矢理連れていって……」
(//‰ ゚)「……無理矢理ですか」
-
J(;'ー`)し「何か変だと思うの、横堀さん……」
(//‰ ゚)「私もそう思います」
どこへ連れていかれたか分からない、と奥様は言いました。
こちらとしても皆目見当がつきませんが、とにかく動かないわけにもいきません。
(//‰ ゚)「奥様。また誰かが来たとしても、出ないようにしてください。
私は旦那様を探してきます」
J(;'ー`)し「よろしくね。何もなければ、いい、けど」
──奥様の様子がおかしくなりました。
呼吸の調子が乱れ、ひゅうひゅうと掠れた音がし始めて。
いっそう咳を激しくさせた奥様が、胸を押さえ布団に顔を沈めました。
いつもよりも酷い発作でした。
-
(//‰ ゚)「奥様」
J(;'ー`)し「お、お薬、飲めば、大丈夫、……だから……」
私が薬を飲ませると、ゆっくりと発作は収まりました。──軽くなった、と言うべきですね。
依然として呼吸は苦しそうでしたが、幾分か楽になったようでした。
J(;'ー`)し「私は寝ていれば大丈夫だから、横堀さん、あの人を……」
(//‰ ゚)「分かりました」
置いていくのも心苦しかったのですが、旦那様を探しに行かなければなりません。
私は急いで家を出ました。
──しばらく辺りを走り回りましたが、旦那様はいませんでした。
本当に首長に呼び出されたという可能性に賭けて、
首長の住まいがある1区へ行ってみようかと考えていたところで。
とある広場が、一際騒がしいことに気付きました。
-
そこかしこで起こっている衝突や抗議活動とは、毛色が違うのです。
誰か1人が拡声器で語り、群衆が声を張り上げる──
演説の類に聞こえました。
あまりにも騒がしくて上手く聞き取れないほどです。
広場へ近付いてみると、
彡#l v lミ『──この男は! 暴君が支配する街に資金を提供している悪魔である!!』
広場の小高い中心に立つ男が、拡声器で叫んでいました。
その脇に複数の男女がいて、それらの前に──
縛られた旦那様が、座らされていたのです。
旦那様の顔中に痣があって、額や口の端からは血が流れていました。
-
彡#l v lミ『この男の助力を得て暴君は付け上がり、人々を苦しめ、俺の弟を死に追いやった!
全ては金と権力が引き起こしたものだ!
──「新政府」とは、それを一処に集める計画に他ならない!
そんなことがあっていい筈がない!』
彡#l v lミ『これは見せしめである!! 打ち据えろ! 石を投げろ!
我々は、新政府計画に断固反対する!!』
歓声。
男女が棒切れで旦那様を殴り、群衆が石を投げ。
周りには自警団もいましたが、男の仲間と思われる集団に阻まれ、まともに機能していません。
(;//‰ ゚)(あの男は何を言っている?)
ささやかな疑問をすぐに捨て去りました。
今は、向こうの言い分を理解するだけの時間が惜しい。
-
(;//‰ ゚)「旦那様!!」
私は人垣を掻き分け、中心に躍り出ました。
そうすれば当然、私が旦那様を守ろうとしているのに気付いた暴徒が一斉に殴りかかってきます。
もちろん一旦は返り討ちにしたのですが、数が多すぎました。
……悪いタイミングというものは、どうして重なるのでしょう。
私の腕は不完全でした。
以前、市場の前で奥様をお守りした際に壊れた右手。
あれを、完全に修復できていなかったのです。
言い訳をするならば、私の義手に使われている素材が中央では一般的ではなかったために
中央で修復を依頼するとなると、多大なお金と時間が必要になるものであって。
ですから──いえ、いいえ。やはり、そんなこと、言い訳にもなりません。
そもそも腕を壊されたのは私の不注意。
あんなことがなければ。全ての四肢が万全であったなら。
きっと私は、あの場にいた敵対者を行動不能にして、旦那様を助けることが出来た筈なのです。
-
私の右手が叩き壊され。
屈強な男達によって私は旦那様の横に転がされ、押さえつけられました。
右手が使えないとはいえ、振りほどくことは簡単です。
その後に全員を倒せるかどうかは置いておくにしても。
しかし旦那様が私にお声をかけてきたことで、私の抵抗が緩みました。
/ 3「横、堀さん……」
口元を砕かれたのか、発音は不明瞭でした。
お声も小さかったけれど、暴徒や群衆の怒声と叫びはどこか遠く、
私の耳は旦那様の言葉を拾い続けました。
喋るのも辛いのでしょう。旦那様の言葉は、とても短いものでした。
-
/ 3「あいつを……頼む……横堀さんが守ってくれ……」
奥様のことだと、すぐに分かりました。
/ 3「私のことは放ってくれていいから……頼む……あいつだけは……」
──旦那様の怪我は酷いものでしたが、今すぐに病院へ連れていけば
きっと助かるように見えました。
けれどもそれが叶う状態でもありません。
私が旦那様を助けようとすれば、向こうも全力で阻んでくるでしょうから。
(;//‰ ゚)(病院……)
ふと、先程の奥様の姿が思い浮かびました。
あの発作は、今まで見た中でも特に酷かった。
-
「彼女を守れ」と旦那様は仰いました。
ならば、私がするべきことは一つ。
──男達を振り払い、私は1人、広場から逃げ出しました。
自分1人で逃げるくらいならば、右手がなくても充分だったのです。
.
-
家に戻ると、奥様が布団の上で震えておりました。
お顔が真っ青で、か細い息を懸命に吐き出し、布団の端を握りながらがたがたと震えていて。
(;//‰ ゚)「奥様……!」
薬を再度飲ませようとしましたが、とうとうそれすらも不可能なほどに衰弱していました。
一刻も早く病院へ連れていかなければなりません。
朦朧とした様子の奥様を、左手と半端に残っている右腕の残骸で抱え上げた、そのときでした。
J(;'ー`)し「……ち……」
奥様がほのかに目を見開きました。瞳に明確な意識を宿して。
彼女は、私の手足や服に散る返り血を凝視していました。
-
J(;'ー`)し「横堀さん……あの人は……?」
(//‰ ゚)「……見付けました」
J(;'ー`)し「どこ……? 無事なの……?」
嘘をついてでも安心させるべきでした。
けれども私は、この方達に嘘をつけなかった。
答えられずにいると、奥様の手が弱々しく私の服を握り締めました。
J(;'-`)し「……生きて、いるの?」
(//‰ ゚)「……生きては、います」
その答えで、何が起きているかは分からずとも、旦那様がどのような状況にあるか悟ったのでしょう。
奥様の手に力が篭りました。
-
J(;'-`)し「なら、あの人を助けて! ……私なんか、どうでもいいから……!」
(//‰ ゚)「あなたを守れと旦那様に言われました」
J(;'-`)し「私だって──私だってあなたの主人なのよ……!
私の言うこと聞いて、聞いて……お願いだから……」
息も絶え絶えに。
奥様は私に縋り、ぽろぽろ、涙をこぼして。
J( ; -;)し「あの人を助けて、横堀さん……お願い、お願い横堀さん……お願い……ねえ……」
悲痛な声で、私に命令しました。
.
-
旦那様は奥様を守れと仰った。
奥様は旦那様を守れと仰った。
病院はやや遠い。奥様を病院へお連れするのには、時間がかかる。
その間に旦那様が殺されてしまう。
広場も決して近くない。何とか旦那様を連れ出せたとしても、
暴徒を相手にし、旦那様とここへ戻ってくるのには、奥様を病院へ連れていく以上の時間がかかる。
2人揃って救うことは出来ない。
どちらかを見捨てなければならない。
いま目の前にいらっしゃる奥様を優先すべき。
しかし奥様がそれを望まない。
けれど旦那様とて同じこと。
私は。
私は。
-
.
-
(//‰ ゚)
広場へ戻ると、援軍が来たのか自警団の方が攻勢に回っていました。
暴徒は既に取り押さえられ、群衆も逃げていき。
旦那様が担架に乗せられていたので、急いで駆け寄りました。
/ 3
旦那様は全身に打撲の痕を残し、事切れておりました。
あのとき私が少しの間でも旦那様を庇っていれば、あとは自警団により助け出されていたでしょう。
-
ふらつきながら家に戻りました。
J( - )し
奥様の呼吸も心臓も、止まっていました。
つい今しがた亡くなったばかりなのか、体はまだ少しだけ温かくて、そして急速に冷えていきました。
あのとき私が迷わず病院へ連れていれば、一命は取り止めていたかもしれません。
-
それから何日もしない内に、暴動は収束に向かいました。
拍子抜けするほど、街はまた、闇と光を孕む平穏な都市へと戻りました。
その間、私は壊れた右手を粗雑に付け直し、旦那様と奥様を弔い、荷物をまとめました。
お2人の故郷へ手紙を書かねば。
ぼんやりとした頭でそう考えたとき、ふと、気付きました。
確かめなければならないことがある。
#
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一月半ほど列車に揺られ、ガイドライン港へ到着しました。
それなりの大きさの港町ではありましたが、
規模の割にはやたらと栄えている町でした。
町並みや一部の住人が、どうにも華美というか。
港町とはいえ──資材や金が「有り余っている」ように見えました。
華やかな町並みの裏では、搾取され、あるいは見捨てられた人々の姿がありました。
中央よりも、格差が激しかったように思います。
資材に富んでいるという印象通り、私の右手も
そこそこの費用と時間でほとんど完璧に直してもらえたことだけは、幸いでした。
-
私の右手が直された翌日、ちょうど中央との定期便が停泊しました。
旅のために別の船を待っている、数日だけでいいから労働させてもらえないかと
港の責任者に言うと、人手は多い方がいいからと承諾していただけました。
作業している間、様々な人と話す機会がありました。
私が街と関係ない人間だと分かると、存外、皆さんの口が緩くなったものです。
この街を管理している夫婦が独裁的かつ差別主義者で、一部の住民以外は苦労していること。
最近、「資金源」が増えて街が恩恵を受けていること──
(//‰ ゚)「資金源って、何ですか?」
私が問うと、相手は少し躊躇いつつも、周りを見渡してからこっそりと答えました。
「──嘘の情報をな、流すのよ。
海を挟んだ向こうには、だあれもいなくなっちまった国がいくつかあるだろ?
そういう国で生存者が暮らしてる、って噂を流す」
-
「すると、こっちの大陸に避難していた本当の生き残りの耳に噂が入る。
愛国心なり良心なりがある奴は、金や物資を故郷に送ろうとする。
わざわざ海を渡って避難した奴ってのは大抵金持ち連中だからな」
「で、うちの港で定期便を出してますよ、って噂も一緒に流すんだ。
当然、金や物資がここに集まるだろ。
でも届け先の国は実際には無くなっちまってるんだから──
この街でありがたく使わせてもらえるってわけだ」
そしてその人は、こうも続けました。
「最近でけえ魚が釣れたらしい。
スカルチノフって知ってるか。とある島国の王様だったってよ。
そいつが引っ掛かってな、毎度たくさん物資を送ってくるから、
それを横流ししてかなり儲けてるんだと」
.
-
たとえ被害者に気付かれたとしても、被害者がどこからか「出どころ不明の噂」を聞いて
勝手に物資を送りつけてきただけであって、ガイドライン港に責任はない。
どこかへ告発しようにも、公的に取り締まる機関がないから告発する先がない。そんな仕組み。
真実を知るのは港で働く者と町の責任者のみで。
住民のほとんどは、「スカルチノフ」が善意でガイドライン港へ支援を送っていると思っているようでした。
彡#l v lミ『──この男は! 暴君が支配する街に資金を提供している悪魔である!!』
あの暴徒も、きっと。
.
-
その後、私は港町を出て、どこを目指すでもなくふらふらと歩き続けました。
旦那様と奥様が遺したお金は全て、実在する土地への募金に回しました。
何もかも手放し、何日も何週間も歩き続けました。
その間どんな町を巡って、どんなものを食べて、どんな場所で眠ってきたのか、
全く思い出せません。
ただ、日々、お2人のことを考えていました。
そして立ち寄った町で教会を見付け、何とはなしに中へ入り──
あなたを見付けました。
#
-
(//‰ ゚)「私は一番大事なことを決められなかった。
旦那様と奥様、どちらの命令を聞けばいいのか分からず
思考を停止し、ただ言われるままに動いて、結局どちらも死なせてしまった」
(//‰ ゚)「もしもあのとき、状況が変わらないままだったら
私はのこのことお2人の間を往復し続けていたでしょう」
(//‰ ゚)「旦那様と奥様は、しっかりと決意なさっていたのに。
私は──最後の最後に、何も決められなかった……」
何のために雇われたのか──と、横堀は俯き、額を押さえた。
無感情な声だったが、ひどく重たい。
クールが何か言おうとする前に、「いや」と彼女は顔を上げた。
-
(//‰ ゚)「中央に住み着いたとき、私だけでお2人の世話をしようとするのではなく、
周囲の人を信用して、いざという時に頼れるようにするべきでした。
それなら奥様を病院へ連れていってもらえることくらいは……」
(//‰ ゚)「ああ、いいえ、いいえ、違う、違います、そもそも私は最初の段階から間違っていました。
噂の真偽を確かめるべきだった。
中央でガイドライン港のことを知ったときに、一月半かかるとしてもガイドライン港へ行くべきだった」
(//‰ ゚)「……彼らの全てを、私は無駄にした」
川 ゚ -゚)「でも」
口を開く。しかし続きは出てこなかった。
「でも」──「でも」、何だ?
横堀の言葉の何を否定しようとした?
否定するだけの論拠があるか?
クールも横堀も、教育された護衛だ。
雇い主のための行動を義務づけられている。
その点で横堀は失敗した。誤った。
沈黙。静まり返る。
ふと気付いた。ロマネスクのいびきが聞こえない。
-
(//‰ ゚)「──……聞いていただき、ありがとうございました」
横堀が呟く。
隣の長椅子の上で、ロマネスクが身を起こした。
( ФωФ)「クール、ここは椅子が固くて碌に眠れん」
川 ゚ -゚)「……隣町まで歩こう」
露骨に嫌な顔をしつつもロマネスクは椅子から下りた。
クールも荷物を背負い、腰を上げる。
横堀は動かない。
川 ゚ -゚)「これからどうするんだ」
(//‰ ゚)「どうしましょうか」
ぽんと返された声は、先よりも軽かった。
-
(//‰ ゚)「何も決められないんです。
ただ歩いて、空腹に気付けば適当に食べて、眠くなれば寝て、……それしか出来ない」
(//‰ ゚)「人に話せば楽になることもあると旦那様は仰った。
だから誰かに話せば何か分かるかと思ったけれど。
ますます分からなくなりました」
横堀が、クールを見上げる。
人工の瞳も、生のままの瞳も、どちらも同じ色。
(//‰ ゚)「クールさん、私はどうしたらいいですか」
その問いは。
──クールには、荷が重すぎた。
-
川 ゚ -゚)「……決断力はたしかに、私よりお前の方が遥かにあった。昔から。
そんなお前が分からないことなら、私にはもっと分からないよ」
(//‰ ゚)「……そうですか……」
横堀が視線を落とす。
クールはしばらく傍らに立っていたが、問いが繰り返されることがなかったので
苛立つロマネスクの呼び声を切っ掛けに、彼女へ背を向けた。
教会を後にする。
何歩か進み、クールは振り返った。
川 ゚ -゚)
立つことすら決められずに、ずっとあの場に座り続けるのではないか。
そんな風に思いながら、前へ向き直る。
誰かが代わりに決めてくれるまで、彼女はきっと何も出来ない。
-
機械に心があるとするならば、きっと今の彼女のようなのだろう。
4:優柔不断な夫婦 終
-
今日はここまで
二話目 >>54
三話目 >>100
四話目 >>182
-
乙
-
乙
切ないなぁ
自分の選択が間違っていたと思ってしまってから何も選べなくなっちゃったんだな
-
乙 哀しいもんだ
-
乙……
辛いな……
-
救いがないな……乙
-
偶然目にしたんだけど面白いな
オムニバスを書ける作者は力がある
-
( ^ω^)「働きたくない」
ナイトー・ホライゾン。
通称首長。
本人は「ブーン」という幼少時代の愛称の方が好きだ。
今や世界を担う立場となった男は、口癖ともいえる呟きを漏らした。
これで本日11回目。ちなみに数分前に目覚めたばかりである。
('A`)「……」
ξ゚⊿゚)ξ「……」
彼と大して年齢の変わらぬ若い男と女が目配せした。
「また始まった」と。
-
( ^ω^)「僕もう降りる。ドクオが首長でいいお」
('A`)「良くねえっすよ」
( ^ω^)「じゃあツン」
ξ゚⊿゚)ξ「遠慮いたしますわ」
( ´ω`)「働きたくなあい」
('A`)「はいはい、しゃきっとする。
今日は畑の拡充についてお知らせ放送があるんすから。
頼んますよほんと」
( ´ω`)「やあおやあお」
ξ゚⊿゚)ξ「ドクオそっち持って」
('A`)「ツンは脚な」
ドクオと呼ばれた男が腕を、ツンと呼ばれた女が脚を抱える形で、
ブーンを寝室から運び出した。
太り気味のブーンに対し2人は細身なのだが(特にドクオは痩せぎすと言っていい)、
彼らがブーンを軽々と運ぶ様はまるで子豚を抱えるよう。
-
ξ゚⊿゚)ξ「はい洗顔」
('A`)「ほい着替え」
ξ゚⊿゚)ξ「はいお食事」
('A`)「ほいスケジュール確認」
ξ゚⊿゚)ξ「はい今朝の新聞」
ぱぱっと朝の支度を済ませた頃には、ブーンも目が覚めて、
先程よりかは幾分ましな顔付きになっていた。
諦めが見える、というべきか。
( ^ω^)「人参の味が落ちてたお。つか人参以外も酷いのがいくつかあったお。
生ごみでも入れたのかってレベル。まじ無理。どっから拾ってきたの」
ξ゚⊿゚)ξ「ブーン様の『食材を一般流通レベルに落とせ』という言い付け通りですが」
( ^ω^)「ありゃ不味すぎるお……あれはいかんお……土食った方がマシだお……。
あんなもん食っててよく生きていけるお一般人」
('A`)「散々っすね」
( ^ω^)「やっぱ、あんなのよりもちゃんと美味いやつが食いたい」
──背後から咳払いが聞こえた。
げんなりしつつ、ブーンは振り返る。
-
(‘_L’)「ご歓談のところ申し訳ないが」
初老の男が立っていた。
勝手に家に上がったわけもないだろうから、ドクオかツンが応対したのだろう。
そして今まで放っておいたと。(ブーンがぐだぐだと起きなかったのが悪いのだが)
( ^ω^)「おー、どうも、フィレさん。どうしましたお」
(‘_L’)「おはよう。……『新政府』とやらの件なんだがね」
ξ゚⊿゚)ξ(しんせーふ?)('A`)
(*^ω^)「ああ、あれ! いい考えですおね?」
(‘_L’)「新しい体制をというのは同意する。
だが、何だあれは。ふざけているのか」
( ^ω^)「おん?」
男──フィレンクトの言い分を理解できず、首を傾げる。
それに苛立ったか、フィレンクトはかっと顔を赤くさせると
右手に持った封筒をブーンに叩きつけた。
-
(#‘_L’)「あんなことが許されるか!! どうあっても我々と協力する気はないと言うんだな!」
(;^ω^)「おっ? え?」
あと一歩で胸ぐらを掴みかねない勢いだった。
それが果たされなかったのは、フィレンクトが理性的であったからではなく──
ξ゚⊿゚)ξ「お引き取りを」
('A`)「旦那はこれからお知らせ放送しなきゃならねえんで」
ツンとドクオが2人の間に立ったからだ。
共に語調は常と変わらなかったが、瞳のみ、険が籠められている。
フィレンクトはたじろぎ、舌打ちをすると踵を返した。
ブーンが胸元に手を当てつつ首を捻る。
-
(;^ω^)「びっくりした……何であんな怒ったのかお」
('A`)「いつものことでござんしょ」
ξ゚⊿゚)ξ「それより、『しんせーふ』って何のことですの?」
( ^ω^)「ああ、ちょっといいこと思いついたから、フィレさんにお手紙で相談したんだお。
だからまだ具体案ではないんだけど……」
今しがた叩きつけられた封筒をテーブルに乗せた。
フィレンクトからの返事のようだが、あの反応からしてお断りの手紙だろう。
( ^ω^)「各地から有力者を募って、新しい政府を作ろうかなーって」
合わせた指先を膝上でもじもじさせながら、上目にドクオ達を見る。
乙女ならまだしも、20代後半の男がするべき仕草ではない。
ドクオとツンは目を見開き、視線を交わした。
それから、笑顔で頷き合ってブーンの手を左右それぞれ握り締める。
ξ*゚⊿゚)ξ「素晴らしいお考えですわ!」
(*'A`)「旦那が真面目に政治のことを考えるなんて!
今朝うだうだ言ってたのは冗談なんすね、とうとうやる気になってくれたんだ!」
( ^ω^)「や、あの」
-
ξ*゚⊿゚)ξ「首長としてのご自覚が身についてきたのですね!
次代を引っ張る主導者として──」
( ^ω^)「違う違う」
(*'A`)「へ?」
2人の手の力が緩み、そして、
( ^ω^)「政治は新しい人達に任せて。僕は引退して小市民として暮らしたいんだお」
その言葉を聞くや否や、ブーンの両手を離した。
急に離された手は肘置きへとぶつかる。
(;^ω^)「いった!」
('A`)「放送の準備できてっか?」
ξ゚⊿゚)ξ「オッケー。あとは座って話すだけ」
-
( ^ω^)「ねえねえ、良くない? 新政府。名付けて『他人任せ大作戦』」
('A`)「移動しやしょうねえ旦那」
ξ゚⊿゚)ξ「原稿はカメラの横に貼ってありますので、
ちゃんと真っ直ぐ前を向いてお話しくださいませね」
( ^ω^)「ねえねえ」
──こんなものだよな、と、ドクオもツンも内心呟いた。
ブーンの怠けぶりは筋金入りだ。
かれこれ5年も彼の護衛(というより側近)をやっている。散々思い知らされたこと。
依頼を受けたときはドクオもツンも驚いた。
最初に派遣される栄えある第一号として、自分達が選ばれたことにも。
「組織」の最初の依頼人が、あの「中央」の首長だということにも。
そして何よりその男が、
( ^ω^)『働き者をなるべくたくさん……え、大勢は駄目? じゃあ働き者の男女1人ずつ……。
僕の代わりに働いてくれるくらいがいいお。うん。うん、じゃあそれで』
こんな条件で依頼してきたことにも。
-
('A`)「──んじゃ、始めまあすよ。3、2、1──」
カメラの裏に設置された機材。中継を示すランプが点灯する。
怠い眠い面倒臭いを繰り返していたブーンは、ようやくここで覚悟を決めたのかしゃっきりと背を伸ばし、
カメラ脇の原稿をゆっくりと読み上げていった。
( ^ω^)「──おはようございますお。
先日も伝えた、畑の拡大とそれに伴う雇用増加について──」
.
-
5:勤勉な男女
-
('A`)「お疲れしゃーす」
(;^ω^)「ふうー。毎度のことながら緊張するお」
ξ゚⊿゚)ξ「お茶を淹れてきましたわ」
(*^ω^)「ありがとうお! ツンの淹れるお茶が一番美味しい。
やっぱ人間、美味いもん飲み食いしないと人生楽しめんおね。
下々の者共よ哀れ」
カメラやらモニターやら、様々な機材が設置された一室。
ブーンがツンから茶を受け取る前に、ドクオはブーンごと椅子を後ろへ引っ張った。機材に茶を零してはいけない。
これほどの機器は、今や大変貴重な過去の遺産だ。
( ^ω^)「あー……首長辞めたい」
一つ仕事を済ませれば、すぐにこれ。
首を振り、ドクオは溜め息をついた。
-
('A`)「旦那、カメラの前で迂闊なこと言わねえでくだせえよ。
もしもスイッチ入ってたらどうするんで。
中央一帯に中継されちまうんすよ」
( ^ω^)「!」
ξ゚⊿゚)ξ「いいこと思いついた、みたいなお顔をなさらないで。
わざと失言して失脚しようとでも考えたんでしょう」
( ´ω`)
──もうお分かりであろうが、この男、好きで首長になったわけではない。
言ってしまえば、そういう「流れ」だったのだ。
-
かつてこの地には、東スレッド国とレスポンス国という小さな国が並んでいた。
両国は先の大戦では消極的で、また領土としても世界的な立場としても特に目立つ国ではなかったので
他の国に比べると、それほど激しい争いには巻き込まれなかった。
それ故に「天災」の被害が少なかったのだ、と言う者もいる。
怒れる神に見逃されたのだと。
偶然にしろ、たしかに天災は両国を完膚なきまでに痛めつけることはなかった。
あくまで他の国に比べればの話であって、壊された都市はいくつもあるし、死者も多く出たものの。
-
何にせよ、東スレッド国とレスポンス国の国境を中心とする形で
それぞれ領土の半分ほどが、ほぼそのまま無事に残った。
一気に両国の領土が半分になった。
そして自国の無事な土地と隣国の無事な土地が、上手いことくっつくように残っている。
自国のみでの復興は厳しいものがある──
となれば、国境を取っ払い、一つの土地にしよう、ということになる。
武力で一方を支配するような元気など、とうに無かった。
さて暫定的にトップを決めておかねば纏まるものも纏まるまい、という段になり。
やはり実際にトップだったものが務めるべきだろうという結論が先に出る。
そしてその結論には問題点も付随した。
-
東スレッドの大統領とレスポンスの国王は、天災で死んでしまっていたのだ。
そうなると今度は、血筋という因子が重要視された。
(ここは両国のお国柄によるものである)
( ^ω^)
大統領の息子、ブーン。
(‘_L’)
国王の息子、フィレンクト。
候補はこの2人。
ブーンは20代。トップとしては若すぎる。
対するフィレンクトは40代。次期国王だった立場から、知識も経験もある。
これはもう満場一致でフィレンクトに決まる──筈、だった。
フィレンクトが、災害時に自分だけ逃げようとしたという事実さえ暴かれなければ。
.
-
ただ逃げようとしたならまだしも、国民を出し抜いてまで助かろうとしたというのだから、信用はがた落ち。
非常時だから已む無しとはいっても、やはり、これはどうにも。
逃亡にこそ失敗したとはいえ彼が生き残り、
一方で、国を守ろうと行動した国王が亡くなったというのも駄目押しだった。
善き王の死を悲しんだ分、息子への怒りも倍増。
対してブーンは大統領と共に残留していた点が評価された。
無論、彼は逃げようと考えるのすら面倒だったから残っただけなのだが、国民が知るよしもなく。
あれよあれよという間に、気付けばブーンは首長と呼ばれるようになった。
しかも何だか「辞めます」とも言えない雰囲気。
言えばますます面倒なことになろうと察知していたので。
( ^ω^)(これはまずい)
また更に運が悪いのが、かつて父に仕えていた者も軒並み死んでいるか心身に傷を負っているかしたため、
親身になってサポート(という名の身代わり)をしてくれる者がいなかったこと。
-
そのとき、彼のもとに「組織」の話がやって来た。
情勢を聞きつけた組織が素早く営業しに来た、とも言う。
お望みの技能・性質を持つ護衛。基本的に忠実で誠実な実力者揃い。
さあいかがですという売り込みに、ブーンは飛びついた。
斯くしてドクオとツンが派遣されてから5年。
どうにかこうにかやってきて、現在、首長様の「辞めたい」欲は日に日に酷くなっていく。
-
('A`)「……旦那ァ。俺達だってさあ。一応、従順が売りの一つですんで、
そりゃ代われるなら代わってやりたいんすけどもォ」
空になったカップをさりげなく取り上げつつ、ドクオは怠けモードのブーンに再び溜め息をついた。
彼の言葉をツンが継ぐ。
ξ゚⊿゚)ξ「今この世に必要なのは、安定ですわ。
『中央』の『首長』といえば、今は世界の顔。
ころっと変わっていいものではありませんの」
('A`)「やっとこさ各地が安定してきてるのに……まあ全部じゃないが……
ともかく旦那が降りればこの中央が乱れ、そっからあちこちにも響き始めますぜ」
ξ゚⊿゚)ξ「はっきり言わせていただきます。
たしかに、首長がブーン様でなければならなかった、というわけではございません」
( ^ω^) オゥ
-
ξ゚⊿゚)ξ「けれどあなたは首長になってしまったんですもの。なった以上は、
せめて世界が今以上に落ち着くまでは首長で居続けるべきですわ。
その『責任』が、あなたにあるんです」
('A`)人" パチパチ
( ^ω^)「責任……一番嫌いな言葉だお……」
ξ-⊿-)ξ=3
毎日のように説教しても、効かない聞かない。
口を閉じてブーンの意向にただただ添うのが、ツンにとってもドクオにとっても一番楽だろう。
しかし彼らはそうしない。
「勤勉な者を」という要望通り、2人は至極まじめで働き者で、主人想いでもある。
故に彼らは、ブーンを首長に据え続ける必要性、
それにおいては政務に積極性を持たせる必要があることを理解している。
5年。
5年も付き合ってやっている辛抱強さも、大したものだ。
-
('A`)「ともかく旦那、この後はフィレンクト氏のとこ行かねえと」
( ^ω^)「さっき怒らせたから行きたくないお」
ξ゚⊿゚)ξ「行かなければますます怒られますわ、きっと。はいドクオ腕持って」
( ´ω`)「やあおやあお」
#
-
2国が合併し協力して──とは言うものの。
やはり「元」東スレッドと「元」レスポンスの間には、それなりの確執もある。
現状、リーダーはブーンである。
しかし彼の後ろで活動するのは、フィレンクトを始めとするレスポンス国の元政治家ばかりだ。
前述の通り、東スレッドの大統領配下の者は大半が死ぬか病むかしている。
僅かに残った者は、ブーンのように若かったり政に疎かったりするので役に立たない。
一方でフィレンクト側は、年齢的にも経験的にも熟した者がそれなりにいる。
(多くはフィレンクトと一緒に逃げようとした者だろうけれど)
-
なので、最終的な決定権はブーンにあっても、
定期的に開かれる会議において言えば、ブーンの存在感は極端に薄い。
('A`)(首長になってすぐに俺らを雇って良かったよなあ)
ξ゚⊿゚)ξ(私達がいなければ、フィレンクトにすぐさま椅子を奪われてたわよね)
('A`)(旦那が完全に落ちぶれる形でな)
──ドクオとツンはブーンの後ろに立ちながら、口をあまり動かさずに小声で言い合った。
眼前では、広く長いテーブルを囲んで男女が議論している。
「……西のウンエイに線路を敷くべきだ。あそこは最近になって栄えてきている」
「それより北のニューソクに──」
( ^ω^)「……」
ブーンは沈黙するばかりだ。
議論する面々も、ブーンに意見を求めることはない。
-
('A`)(ナメてやがるよなあ。議論するなら、てめえらが首長様のところに来るべきだろうに。
それを、こうしててめえらが使ってる館に旦那を呼び出しやがって)
ブーンとフィレンクト(と、それぞれの配下)は、隣り合う建物に住んでいる。
なので距離自体は大したこともないが、だからといって、
フィレンクトの縄張りでのみ事を進めるのがドクオは気に食わない。無論口は出さないが。
一番気に食わないのは、人数が多いからという理由で半ば強引に
フィレンクト達が大きい方の建物を選び、
人数が少ないからと小さい方にブーン達を住まわせた点だ。
別に、住まいの大小が問題なのではない。
('A`)(結局『東スレッド』と『レスポンス』で分けられちまってることが問題なんだ)
統合して出身関係なく協力するのではなかったか。
出身関係なく中央の人々を救うのではなかったか。
-
「──5区に空いている土地がある。大規模な市場を開きましょう」
「ああ、それはいい──」
('A`)(5区はレスポンス国民が一番多く住んでる土地だ。
商業で利益を出させて優位に立たせるつもりだろう。
となれば8区も──)
「──そして行く行くは8区にも……」
('A`)(ほらね)
議論を聞きつつ、ドクオはブーンを一瞥した。
もしも自分がブーンの立場ならば、ここらで一言かましてやるところだ。
自分を主人の代替として思考を巡らすなんて、あまりに無礼なことだが。
( ^ω^)「──5区なら」
ξ゚⊿゚)ξ「!」
('A`)(お)
ドクオとツンのみならず、他の者まで顔を上げたり目を見開いたりした。
ブーンが自ら声を発したというだけでこの反応。正直、首長としては情けない。
さあ何を言うのかと皆が注目する中、その空気に怯んだか、やや声を落としてブーンは言った。
-
( ^ω^)「……土がいいから、市場よりもカブを育てれば、良いのが出来ると思いますお……」
静寂。
呆れられている。
いや、反応に困っているのか。
(‘_L’)「──まあ」
沈黙を破ったのは、ブーンと向かい合う位置に座るフィレンクトだった。
(‘_L’)「彼は、食に関することだけは、立派なこだわりがあるから」
皮肉だ。
あちこちで嘲笑が起こる。
ブーンは僅かに顔を赤くして俯いた。
-
「カブなら他の区で充分に作られているでしょう。
これ以上増やす必要は、現時点では感じられませんな」
「そもそもカブに限らず、畑はもういいのでは?
拡充を決定したばかりなんだから、しばらくはこのままでよろしいかと」
「そういえば拡充の件も珍しくナイトー様が言い出したことでしたなあ」
(‘_L’)「彼のご先祖は田舎の農民だったから、畑が好きなんだろう」
また笑い声。
ツンの目が据わってくるのを横目で確かめてから、ドクオは顔を背けた。
もしもブーンが「腹立つから殴ってこい」とでも命令すれば、ツンは喜んでそうするかもしれない。闇討ちの形で。
('A`)「……市場ならば3区に立派なものが既にありますから、
場所が近い5区に市場を開くのは性急だと旦那……ナイトー様は仰りたいんでしょう。
とにかく生産を優先するべきだと」
仕方なくドクオが補足した。口を挟んで申し訳ない、と付け足して。
皆が鼻白む。
-
(‘_L’)「なるほど。ナイトー様でもそれなりに考えていらっしゃるのですな」
逐一嫌みたらしい。
どうせ、ドクオの言葉がブーンの真意ではないと分かっているのだろう。
あれがフォローになるとは初めから思っていなかったが、ただただ鼻持ちならない。
苛立ちに刺激されたか、少し、腹が減った。
朝はブーンの世話とフィレンクトの訪問があって、あまり食べられなかったのを思い出す。
ドクオはほのかに疼く左足を右足で擦った。
(‘_L’)「そういえば」
場の空気に区切りが出来たところで、フィレンクトが口を開いた。
変わらずブーンを見つめていたので、話題は彼に関すること。
ドクオにもツンにも予想がつく。
(‘_L’)「『新政府』とやらの件だが」
(;^ω^)「お」
既に周りにも伝えておいたのか、案そのものの説明を求める者はいなかった。
-
(‘_L’)「ナイトー様は、これほど熱心に世界のことを考える我々を、切り捨てようと考えておられる」
(;^ω^)「い、いや、そういうわけじゃ……」
(#‘_L’)「足並みを揃えねばならぬというときに、何故そのような提案を!!
はっきり言わせてもらえば、この街、ひいては世界をここまで回復させたのは我々だろう!?
一体なんのつもりで──」
(;´ω`)、
そもそもフィレンクトは勘違いをしている。
彼の頭の中では「ブーンを頭に据えたまま手足を入れ替えようとしている」という図が描かれているようだが、
実際のところはまず頭から新調するつもりなのである。
しかしフィレンクトはブーンの「辞めたい病」を知らない。
もしも知ってしまえば、彼は喜んでブーンを隠居させるだろう。ドクオ達が止める間もなしに。
そんなわけで、真実を話して弁解させるわけにもいかず。
ドクオとツンは、説教を垂れるフィレンクトとどんどん肩を落としていくブーンを、
痛ましい思いで静観していた。
#
-
('A`)「お疲れさんした」
ξ#゚⊿゚)ξ「ああん腹が立つ! ブーン様もブーン様です、一つくらい言い返してごらんなさい!」
( ´ω`)「言い返せば話がもっと長くなるお。そもそも言い返す内容も思い浮かばんし」
ブーン側の東館とフィレンクト側の西館は渡り廊下で繋がれており、
主な行き来はここが使われている。
会議はフィレンクトの説教と共に終了し、先程ようやく解放された。
東館へもどるブーンの足取りは重い。
( ´ω`)「夕方まで空いてるお。街に行きたい」
ξ゚⊿゚)ξ「今日はどちらへ?」
(*^ω^)「久々に4区のギコさんに会うかお」
ξ゚⊿゚)ξ「ではお昼ご飯も外で済ませましょうか」
(*^ω^)「おっおー」
-
('A`)(『仕事もせずに遊び歩きやがって』って、まあたフィレンクトに文句言われんだろうな)
怠惰なブーンではあるが、自分の興味があることにはなかなか尻が軽くなる。
それだけに「遊び呆けている」という印象が強くなるのだろう。
ただ、その印象も、決して真実から遠いわけでもない。
('A`)(旦那は真面目なのが苦手だ)
ブーンは政について、碌に発言も行動もしない。
真剣な空気や深刻な雰囲気が苦手なのだ。
苦手というか──結局のところは、面倒臭い、という意識。それでますます億劫になる。
('A`)(何とかしねえとなあ)
では具体的にどうするかと問われても困る。
ドクオは頭を掻いて、疲れきった顔をゆるゆると左右に振った。
無意識に、左足を右足で掻く。
.
-
( ^ω^)「──不味い。少ない」
腹を摩りつつ、ブーンは料理屋を出るなり小声で言い捨てた。
口直しに、と近くにあった出店で菓子を大量に買い込む辺り、
よほど舌も胃も満足できなかったと見える。
ξ゚⊿゚)ξ「ブーン様、物を買うときは私にお申し付けくださいませ」
(;^ω^)「おーん、お菓子も不味い。」ムシャムシャ
ξ゚⊿゚)ξ(聞いてねえや)
4区の広小路。
昼時は往来が激しい。不審な者がいないかとツンは目を光らせている。
ドクオに留守を任せているため、今の護衛はツン1人。
実のところツンは戦闘の成績があまり良くないので(それでも一般人よりは数段上だが)、
切った張ったの展開は避けたい。
-
とはいえブーンの存在に気付く者がいても、あまり畏まる様子はないし、逆に害意を持つ気配もない。
第一にブーンの若さ。第二にフィレンクトの存在。
皆も結局、裏方でフィレンクトが取りまとめていることを知っている。
だからブーンに対して、それほど強い畏敬を抱いていないのだ。
醜聞ゆえにフィレンクトを首長として立てたくはないが、
ブーンの陰でしっかり働くのならそれでいい──という考えが、内心で共通しているのだろう。
ξ゚⊿゚)ξ(なんだかなあ)
民が安定を望んでいる、と朝に説きはしたが、
正直、今ならばフィレンクトに代わっても、市井の混乱は長引かないだろうなと思う。
.
-
(*^ω^)「おー……すっげえお」
通りをしばらく真っ直ぐ行った場所。
小さな工場を備えた機械屋の中心で、ブーンが目をきらきらと輝かせている。
(,,゚Д゚)「5年前ほど立派なもんじゃねえがな。
やっぱ、車をもっと普及させれば利便性も段違いだろ」
ここの主人である機械工が、ふふんと得意気に笑った。
彼の隣には2人乗り程度の小振りな自動車がある。
自動車の使用率は今、世界的に見ればとても低い。
戦争と天災により数が極端に減ったのは勿論だが、何より燃料という問題が大きいのだ。
ここ中央ですら、動く自動車を目にする機会は少ない。
ツンは、つい先ほど機械工が運転してみせた姿を思い返した。
たしかに天災以前のものと比べれば見劣りするが、
これを個人個人で所有できるようになれば、様々な方面に多大な益がある。
-
ξ゚⊿゚)ξ「動力は?」
(,,゚Д゚)「一応は太陽光だな。こまごました補助で効率よくしちゃいるが、それでも燃費があんまり良くない。
2区でエネルギーの研究してる連中がいるだろ、
そいつらが、ちょっと試してみてくれねえかと頼んできたんだ」
ξ゚⊿゚)ξ「研究費用の打診があった研究所ですわね」
( ^ω^)「おーん……でも研究費用の援助はほとんど1区の研究所に回されたお」
ξ゚⊿゚)ξ「1区の方は、戦前に活躍した研究者の息子達が立ち上げたものでしたから。
期待が大きい分、そちらを優先することになりましたでしょう。
まあ決めたのはほとんどフィレンクト様でしたけど」
(,,゚Д゚)「1区なあ。ありゃ碌な結果出してねえぞ。
あれよか2区の方がいい。
定期的に報告書提出させてんだろ、見てねえのか?」
ξ゚⊿゚)ξ「ブーン様へ回す前にフィレンクト様たちが勝手に済ませてしまうので……。
……2区に研究費用を出せば燃費を改善できるかもしれませんし、
後で改めて話してみましょう、ブーン様」
(,,゚Д゚)「っかー……てめえの一存で決められねえのかよ。本当に首長かあ?
なっさけねえなあ」
機械工は揶揄するように言って、ブーンの額を指で弾いた。
彼はブーンの父の学友だそうで、昔からブーンとの交流もあったらしい。
そのため、他の住民とはまた違った意味でブーンへの敬意が薄い。
-
(;^ω^)「僕の一存だけで決めたら独裁だお。
それよかギコさん、また痩せたんじゃないかお」
(,,゚Д゚)「まあな。お前も昔より痩せたか? ま、それでも標準には程遠いみてえだが」
( `ω´)「横っ腹つかむなお!」
(*゚ー゚)「あー、ブーンだ!」
( ^ω^)「おっ、しぃちゃん」
快活な声と共に、少女が工場へ走り込んできた。
そのままの勢いでブーンの腹へタックルをかます。
ブーンは後ろへよろけ、車のボンネットにしたたか腰を打ち付けた。
(;゚ω゚)「お゙あ゙っ!」
(;,゚Д゚)「あーっ! てめえ、車壊したらただじゃおかねえぞ!」
(;゚ω゚)「僕の心配しろお!」
-
ξ;゚⊿゚)ξ「ブーン様、大丈夫ですか?」
(*゚ー゚)「あはは、ごめんねえ」
(;^ω^)「おー、いいお、いいお。しぃちゃんは相変わらず元気だお」
少女は機械工の娘である。
父の振る舞いを見て育ったためか、彼女もブーンにはひどく馴れ馴れしい。
( ^ω^)「ええっと、しぃちゃんは今年で……10歳にはなるかお?」
(,,゚Д゚)「12」
(*゚ー゚)「やったあ若く見えるんだ」
(;,゚Д゚)「阿呆」
自身の冗談にくすくす笑いながら、少女は手の甲で鼻先を擦った。
その手は土で汚れている。手だけではなく、顔や服も。
-
ξ゚⊿゚)ξ「今日も畑で働いてきたの? 偉いのね」
(*゚ー゚)「お父ちゃんだけじゃ稼ぎが足りないからねー。今は休憩中。
あ、そうだ! あのねブーン、面白い形の人参が採れたよ! 見に来て!」
(*^ω^)「行くお行くお」
土まみれの小さな手がブーンの手を握る。
嫌な顔ひとつせず、ブーンは少女に手を引かれるがまま付いていった。
(;,゚Д゚)「ったく。しぃの奴、口だけは一丁前になって」
ξ゚⊿゚)ξ「活気があるのはいいことですわ」
(,,゚Д゚)「……まあなあ」
ツンはにこりと微笑みを向け、それからブーン達に続いた。
#
-
( ^ω^)「──しぃちゃんに飛びつかれたとき、本当は、よろけるほどじゃなかったお」
日が暮れ始めた頃。
馬車に揺られながら、ブーンがぽつりと言った。
( ^ω^)「12歳にしちゃ軽すぎるお。背も低い」
ξ゚⊿゚)ξ「今は、大抵あんなものですわ」
馬車の窓から外を眺めてブーンは頷いた。
通り過ぎる街並み。行き交う住民達。
重たそうな荷物を運ぶ子供の横を過ぎたとき、ブーンが再び口を開いた。
-
( ^ω^)「2区の研究費用の件、帰ったらフィレさんに話してみるかお。
結果が出てるんだから、きっと分かってくれるお」
ξ゚⊿゚)ξ
( ^ω^)「……駄目かお?」
ξ゚⊿゚)ξ「いえ、全く。……ブーン様が食べ物以外のことでやる気を出すのが珍しくて、驚いてしまいました」
しょっぱい顔をして、ブーンは窓からツンへ視線を移し、また窓へ戻した。
ツンまでそう言う、と恨みがましい呟き。
少しおかしくて、吹き出してしまった。
.
-
( ゚ω゚)
ξ;゚⊿゚)ξ(白目むいてる……)
('A`)「1区の研究所の責任者は、フィレンクト氏の遠縁ですぜ。
だから贔屓してんじゃねえですか」
東館。
ブーンのやる気は、すっかり鳴りを潜めていた。
自室の寝台でごろごろ転げ回っている。
──先程。帰ってきて早々、宣言通りフィレンクトに研究費用の話を持っていったところ
さんざん屁理屈を捏ねて有耶無耶にされてしまったのだ。
そのことをドクオに愚痴った結果が、上記の返答である。
-
( ^ω^)「僕が働いても無駄なんだお。辞めたい。辞めるわ」
ξ;゚⊿゚)ξ「ブーン様……」
('A`)「旦那のやる気が削がれる原因は、本人の気質以外にも周りが関係してんすよねえ」
ξ#゚⊿゚)ξ「んもう! やり返すくらいの根性がないといけませんわよブーン様!」
( ^ω^)「そんな根性あったら今こうなってないお」
('A`)「ですよねー」
ξ#゚⊿゚)ξ「むむむ」
夕食の時間まで一眠りするから1人にしてくれ、とブーンが力ない声で言う。
2人は肩を竦め、言われた通りに部屋を出た。
ドクオがドアの前に座り込み、ツンは食事の準備をするため廊下を早足で進む。
知らず知らず、足に力が入った。
ξ#゚⊿゚)ξ(がつんと言っとかないと、いつか本当に椅子を奪われるってのに!)
#
-
( ‐ω‐) ムーン
( ‐ω‐)(だから政って嫌いだお)
うんざりとした心持ちで、そう思った。
「こうすればいいのではないか」という軽い気持ちが通らない。
誰かの意地や面子や欲がどこかに絡まり足止めされる。
それが面倒臭い。
( ^ω^)(……新政府なあ……)
本当に、自分の代わりに働いてくれる者が現れたらいいのに。
自分はこの立場にはひどく不釣り合いだ。
ひっそりと暮らして、食事にだけこだわっているくらいが丁度いい。
──ああ、美味い飯が食いたい。
#
-
ブーンの無気力はしばらく続いた。
自分が何をしても無駄なのだ、という諦念があまりに大きかった。
ドクオとツンが叱咤しても全く効かない。
会議など、もはや聞いている姿勢すら見られないほど。
今のところは街中への連絡放送の必要もないので行っていないが、
もしもその必要が出たとしても、この調子では放送すらやりたくないと言い出しかねなかった。
(‘_L’)「ナイトー様。ちゃんと聞いているか」
( ^ω^)「おー……」
会議の最中、しばしばフィレンクトはブーンにそう訊ねた。
他の面々は露骨に馬鹿にする態度だったが、
フィレンクトは原因が分かっているためか、いつもの嫌味もない。
(‘_L’)「……」
薄く溜め息をつき、フィレンクトは思案するように顎へ手をやった。
.
-
( ^ω^)「お? 何ですって?」
(‘_L’)「考えを改めると言ったのだ」
──それから3日ほど過ぎた昼。
東館と西館の間、渡り廊下の中央でブーンとフィレンクトは向かい合っていた。
いつもの会議の後、東館へ戻るブーンをフィレンクトが呼び止めたのだ。
この場に2人しかいないというわけでもなく、ドクオとツンは東館の出入口で待機している。
「ブーンとだけ話したい」というフィレンクトの意思を踏まえ、こうして距離をとっていた。
( ^ω^)「考えというと……」
(‘_L’)「新政府の件。採用の方向で」
( ^ω^)「ああ、そっちですかお……」
間をあけて。
(;^ω^)「……ええっ!?」
ブーンは、頓狂な声をあげた。
5区のカブ畑か、2区の研究費用、どちらかのことかと期待したのだが。
最も有り得ない選択肢に、単純に驚いた。あんなに怒っていたではないか。
-
(‘_L’)「もちろん手放しではない。
我々も候補に入れてもらいたい」
(;^ω^)「えっと──じゃあ──僕は──あの。
い、いいんですかお、その、募集しちゃっても」
(‘_L’)「もちろん。早い内に行ったほうがいいかと。
ぐずぐずしていい問題ではないだろうし」
(;^ω^)「どうして急に」
(‘_L’)「頭ごなしに決めつけすぎていたかなと反省したものでね。
それに、たしかに今のままでは我々の負担が大きすぎる。
……だから、せめて会議に参加する姿勢くらいはよろしく頼むよ」
(;^ω^)「あ……──ごめんなさいお」
あやされているかのような言い様に(実際そうなのだろうが)、
ブーンの頬が少し熱くなった。
が、そこにはもちろん嬉しさもあった。
──やっと、首長を辞められる。
-
(‘_L’)「それでは」
( ^ω^)「あの、何か──書類とか」
(‘_L’)「そちらで進めていただいて結構。
今まで、こちらの干渉があまりに過ぎたことも、あなたの自主性を欠く原因だったろう」
(*^ω^)「フィレさん」
深く礼をして、フィレンクトが西館へと踵を返す。
ブーンもまた身を翻して、小走りに東館へ──というか、入口で待つドクオ達の元へ──向かった。
今のやり取りを報告する。表現の大小に差はあれど、2人が驚いたことは変わらない。
ξ;゚⊿゚)ξ「あの人が、そんな急に?」
('A`)「はあ……。……あーんまり旦那が腑抜けっちまったから、見るに見かねたんすかねえ」
(;^ω^)「まあ、そういうことだろうけど」
-
ξ;゚⊿゚)ξ「でも今までの態度が……。怪しくありません?」
('A`)「ま、あれだって人間だ。心変わりくらいするだろう。
たとえ何かを企んでたとしたって──旦那が望んでる通りの結果ではあるしな」
(*^ω^)「そうだお! 僕はどうなってもいいんだお、別に。
とにかく穏便に首長辞められるならそれで」
ξ#゚⊿゚)ξ「ブーン様!」
(*^ω^)「ドクオ、お知らせ放送の原稿、一緒に考えてくれお!」
('A`)「うぃーっす」
#
-
ξ#゚⊿゚)ξ「ちょっとドクオ!」
ツンは、食材の買い出しに行こうとしていたドクオを呼び止めた。
ドクオが返事もなく振り返る。
ξ#゚⊿゚)ξ「あんたもブーン様の辞職は反対してたじゃないのよ!」
('A`)「ありゃ多分もう限界だぜ」
ξ#゚⊿゚)ξ「限界って……」
('A`)「これ以上いまの状態を続けても、旦那が潰れちまうだけだ」
ξ#゚⊿゚)ξ「──、……っ」
それは。
ツンも分かっている。
どうせ今後もフィレンクト達はいいように采配するだろう。
今回の件は、現在進行形で首長であるブーンに拗ねられるのが厄介だから
機嫌をとるために了承したに過ぎない。
だから新政府を結成する折にだって、彼らは存分に口を出す筈だ。
-
ツン達が強固に反対して現在の体制を続行させたとしても、
遅かれ早かれブーンは更にやる気を削がれ、
操り人形として使い倒された挙げ句に捨てられる。
だったら、ブーンの望むように新政府案を受け入れ、引退させた方が彼の精神衛生にはいい。
ドクオもツンも彼の護衛なのだ。
ここまで切羽詰まってきた以上、最終的には彼の心身を優先せざるを得ない。
('A`)「変化を与えねえといけない時期だ」
ξ゚ -゚)ξ「……」
──だが。
それでも。
-
ξ゚ -゚)ξ「……それでも私は……ブーン様がここから退くのは間違ってると思う……」
('A`)「……お前の考えは、関係ねえだろ」
ドクオの言葉は正しい。
ドクオの声音に違和感。
ツンはドクオの顔を注視した。
しかし背を向けられてしまう。
彼はひらひら手を振って、左足を無意味に揺らしてから、その場を去っていった。
#
-
それから一週間ほどが過ぎ。
ξ゚⊿゚)ξ「ん。こんなとこね」
中央第11区の宿に、ツンはいた。
同じ「中央」とはいえ、1区から8区までが中心部に収まっているのに対し、
9区以降は山を一つ越えた向こうにあるので
1区に住むブーン達には内情が伝わりづらい。
そのため、こうして定期的に調査をしに来ているのだ。
2日前に単身11区入りして、ようやく今回の調査を終えられた。
中心部より、作物の質がいい。量産する必要がある。
-
ξ゚⊿゚)ξ(ブーン様がこれを会議で提案したら、また食い物の話かと馬鹿にされるかしら)
──いや、そもそも今後、彼が話し合いに参加するかどうかすら怪しいのだったか。
もう引退するつもりなのだから。
調査結果をまとめていたツンの手が止まる。
ξ゚ -゚)ξ(……新政府はいいとして、引退の件、もう少し考えるよう話してみなきゃ)
どうしてもトップが嫌ならば、もう、それでいい。
ただ、たとえ目立たぬ席に回るとしても、ブーンには政治に関わっていてほしい。
ここ数日考え続けて、昨晩やっとツンが出した結論だった。
ξ゚⊿゚)ξ「──あ」
軽やかなサイレンの音が響き渡った。
お知らせ放送の合図だ。
ξ゚⊿゚)ξ「この間の、市場の件かな」
鞄から携帯テレビを取り出そうとして、やめた。
どうせ各所に設置されたスピーカーから声は聞ける。電池はなるべく節約しなければ。
-
『──今日はとても大事な話をしますお。
中央だけではなく、世界全体に関わる話ですお』
ブーンの声。柔らかいので、ツンは彼の声が結構好きだ。
だが、今日はいつになく出だしが物々しい。
それからブーンは明瞭な話しぶりで要旨を告げていった。
ξ゚⊿゚)ξ(え?)
一言増える度、ツンは動揺した。
市場の件でも、まして畑の件でもない。
やがて結論となる言葉が出て、絶句した。
『──人と金が要るお。
ここ「中央」を、名実共に──世界の中心としたい』
.
-
ξ;゚⊿゚)ξ(新政府の──)
続けて募集する人材についてや期限等が説明されていき、
同じ内容を繰り返してから放送は終了した。
ツンは無意味に立ち上がり、そしてまた座った。
数日前、調査のためにツンが出発した段階では、まだ細かいところまで話が進んでいなかった。
決定が早すぎる。
第一、自分に一切の相談もなく決めたというのか。
いや。
そんなことは最早どうでもいい。
それよりも、あれは──
あの内容は──
ξ;゚⊿゚)ξ(どこにも、ブーン様が引退する旨が無いじゃない!)
あれではブーンがフィレンクト達を切り捨てて、
自分好みの政府を作ろうとしているようにしか聞こえない。
-
首長が突然辞めると言えば混乱もあるだろうから、それを危惧して削ったのだろうか?
だとしてもフィレンクト側へのフォローがなければ、ブーンの印象は悪くなる。
「フィレンクト達も候補に入れる」「新しいトップを立ててから自分は引退する」と言うのが、
確実に、最も誤解が少なく済む。
原稿を手伝ったのはドクオだろう。彼なら、その点に気付く筈だ。なのに指摘しなかったのか。
一体どうしたというのだ。
ツンは急いで通信機を引っ張り出した。
傍受される危険を考慮して、普段はドクオとの軽い連絡にしか使っていないのだが、
今すぐ彼と話さねばならない。
うっかり見落としたというのであれば、すぐさま訂正させれば済む話。
そうでなければ──
ξ;゚⊿゚)ξ「……っ何なのよ!」
いくら呼び掛けても応答がない。
荷物をまとめ、ツンは宿を飛び出した。
-
ξ;゚⊿゚)ξ「馬車を出して! 1区まで!」
馬車の手配に些か手こずった。焦れったくて堪らない。
休み休み行かねばならぬ上、遠回りになるので1区までは一日かかる。
道の整備がされていれば話はまた違ったろうが──フィレンクト達が後回しにしていたのだったか。
あちらは8区までの中心部を優先させているから。ああ、とことん話が合わない連中だ。
ξ;゚⊿゚)ξ(……そのせいで、中心部はフィレンクトを支持する声が年々大きくなってるわけで)
そこに先程の演説。
フィレンクト派の反感を煽る可能性は、非常に高い。というより確実だ。
時おり通信を試みても応答はない。
ツンは、祈るような思いで窓の外を睨み続けた。
.
-
結局、1区に辿り着いたのは翌日の夕方だった。
街の至るところが騒がしい。
声高にブーンへの批判を叫ぶ者までいた。
ξ;゚⊿゚)ξ(──どうなってるのよ!)
駆けるツンの手には、新聞が握られている。
──「フィレンクトら、元レスポンス国側は新政府案に反対し続けていた」──
新聞は、そう報じていた。
ブーンが強行したのだという論調で。
-
ξ;゚⊿゚)ξ(フィレンクトが了承したんじゃないの!)
当然ながら、新聞にはその旨が書かれていない。
たちが悪いのは、記者の憶測や噂などではなく
「フィレンクトの声明」として報じられていること。
──フィレンクトが嘘をついている。
しかしその嘘を知るのはツン達だけだ。
一般人からすれば、新聞が与える印象そのものしか抱きようがない。
今までブーンの裏でフィレンクトが働いていたことは、ほとんど周知の事実。
そんなフィレンクトがすんなり舞台を降りるわけがないのだから、
「新政府案に反対していた」という発言は、多分に説得力を持つだろう。
そこかしこが荒れ始めている。
元レスポンス国民や、ブーンに不信感を抱いた者が批判的な態度をとっていて──
街の空気が、ひどく悪い。
-
ξ;゚⊿゚)ξ「……何これ……」
東館の入口前に、抗議の文書や、丸めた新聞が散らばっている。
抗議活動の名残であろうか。
ひとまず片付けよりも、ブーンとドクオに会うのを優先させなければ。
東館に駆け込む。
少し考え、食堂へ向かった。
(;^ω^)「──ツン!」
ξ;゚⊿゚)ξ「ブーン様!」
食堂の隅にブーンが座り込んでいた。
ツンよりも、ブーンの方が先に「無事か」と問い掛けてくる。
ξ;゚⊿゚)ξ「ええ、私は特に何も」
(;^ω^)「そうかお……良かった、さっきまでデモ隊が来てたらしくて」
ξ;゚⊿゚)ξ「……デモ……」
少し考えてから、誰がスピーチ原稿を書いたのか訊ねた。
訊くまでもないのだけれど、もしかしたら。万が一。
しかしツンの期待も虚しく、ドクオが書いたとブーンは答えた。
-
ξ;゚⊿゚)ξ(やっぱりドクオが……?)
('A`)「──帰ったのか、ツン」
ξ;゚⊿゚)ξ「!」
厨房からドクオが出てきた。
ブーンの前にしゃがみ込み、茶の入ったカップを差し出す。
ξ#゚⊿゚)ξ「ドクオ! どうして通信機に答えなかったの? あんた何のつもりなの!?
あんなスピーチじゃ、こうなって当然──」
(;^ω^)「ツン、ドクオは悪くないお!
僕がフィレさんに急かされて、焦ってドクオに頼んで……
時間がなかったんだお。ちゃんと確認しなかった僕が悪い」
(;^ω^)「ドクオはたくさん謝ってくれたお。──ドクオを怒らないでくれお」
ξ#゚⊿゚)ξ「……っ」
納得はしていない。
だが、怒るなとブーンに言われてしまえば、そうしなければなるまい。
それにまずは現状の把握に努めなければ。
-
ξ゚⊿゚)ξ「……何があったの」
('A`)「お前が出発した翌日に、フィレンクトが新政府の件で旦那をつついたらしい。
今後の予定が詰まってんだから、今の内にやっとかないと、しばらく機会が無いぞってな。
それで急いで原稿を書いて、昨日放送した。内容はお前も知ってるみたいだけど」
('A`)「そしたら、さっきデモ隊が来た。
俺も扱いきれなくて困ってたんだが、フィレンクトが来て説得したら帰ってった」
ξ゚⊿゚)ξ「デモ隊って、まとまって来たの?
たとえば個人個人で来たのがたまたま同時刻だった、とかじゃなくて……」
('A`)「ちゃんと指揮とってる奴がいたから全員仲間だろう。──ありゃ茶番だな。
新聞が配られたのが昼だ。それを受けて団体で来たにしちゃ早すぎる。
フィレンクトの説得に対しても聞き分けが良すぎたし──」
ξ゚⊿゚)ξ「フィレンクトが呼んだってことね」
('A`)「そういうこったろうな。
だがアレに扇動されれば、反対派の活動がどんどん増えてくると思う」
ブーンは部屋の角に一層体を押しつけ、茶を啜った。
顔色が非常に悪い。
-
ξ゚⊿゚)ξ「……新政府案について、フィレンクトが承諾したっていう証拠はないの?」
('A`)「ねえな、口でのやり取りだけだったから。
──反対してたって証拠はあるんだがな」
ξ゚⊿゚)ξ「手紙ね」
まんまとフィレンクトの罠にかかってしまった。
いや、罠と言うほどでもないか。まさか手紙を受けた時点でここまで計画したわけもないだろう。
どちらかというと、こちらが勝手に墓穴を掘っただけなのではないか?
考えれば考えるほど、腑に落ちない。
ツンは上目にドクオを睨んだ。
ξ゚⊿゚)ξ「……書類を通さずに決行することがどれだけ危険か、あんたも分かってた筈でしょう?
どうして──」
( ^ω^)「ツン」
ブーンに制止され、口を噤んだ。
声は決して強くなかったが、ドクオを責めるなという意思は聞き取れた。
-
( ^ω^)「ともかく僕はどうしたら……訂正の放送をするべきかお?」
ξ゚⊿゚)ξ「こうなってしまったからには、残念ながら火に油かと。
それに、この状況で『首長を辞めるつもりだ』と言ってしまえば、
では今すぐフィレンクトに代われ、という流れになりかねませんわ。
そうなればブーン様の処遇が危ぶまれます」
ξ-⊿-)ξ「また、フィレンクト達が嘘をついたのだと告発しても、
考え得る限り最悪の事態を引き起こすだけでしょう。
──とにかく証拠がないのが痛いです」
( ^ω^)「……んむ……」
ξ゚⊿゚)ξ「フィレンクトと話は?」
('A`)「こっちから呼び掛けちゃいるが、応じる気はないらしい。
しばらくこの状態を続けて、旦那が弱りきった頃に交渉する気だろう。
や、交渉するならマシな方か」
ξ゚⊿゚)ξ「そうね。一方的に追い出そうとしてくる方が可能性は高そう」
( ^ω^)「……結局、僕はどうすりゃいいんだお」
('A`)「望み薄なんすけど、フィレンクトに対話の要請を出し続けるしかないっすね」
ブーンの瞳が暗い。
彼にとって、一番面倒な事態になってしまった。
いつ自棄になって全てを投げ出すか。非常に危険な状況だ。
-
ξ゚ -゚)ξ「……」
ツンは、ドクオへの不信感を腹の底へ押し込めた。
何があろうと、彼がブーンを裏切るようなことはない。──ない、筈。
筈、なのだけれど。
#
-
──暴動が起こった。
日に日に騒ぎは大きくなり、怪我人も出たと聞いた。
ξ゚⊿゚)ξ「1区と2区、それとレスポンス出身者が多い5区と8区が特に酷いようですわ」
( ^ω^)「……自警団はどうなってるお」
('A`)「そこらの手配は、一応フィレンクト達がやってます。
間に合ってないみたいですが」
ブーンはポタージュにつけたスプーンを意味もなく回した。
さすがの彼も食欲がわかないようで、ここ数日はスープとパンしか口にしていない。
そのまま掬い上げた一欠片の人参を飲み込んで、
不味い、と小さく呟いていた。
.
-
暴動が起き始めて4日目。
その日、珍しくドクオが慌てた様子で食堂へ駆け込んできた。
(;'A`)「旦那! 5区の広場で、男が暴徒に殺されました!」
ツンから受け取りそこねたカップがテーブルに落ちたが、
それに構う余裕もなく、ブーンが立ち上がる。
暴動により人が死んだのは、これが初めてだった。
-
( ^ω^)「殺された?」
(;'A`)「被害者は老人なんすけど……何で殺されたのか、さっぱり分かんねえんすよ。
見せしめがどうとか言ってたらしいんすけど。
とにかく状況が異常で」
ξ;゚⊿゚)ξ「犯人は捕まったの?」
(;'A`)「自警団に取り押さえられたんだが、連行中に隙を見て自害したらしい」
( ^ω^)「……殺された人は、僕と何か関係あったのかお」
(;'A`)「いや、恐らく関係はないと思います。
たしか名前はアラマキって……知ってます?」
( ^ω^)「知らない人だお」
ブーンは、椅子に腰を落とした。
開いた右手を顔に当てる。
ツンが改めて茶を淹れても、まったく手をつけなかった。
.
-
人が殺されたことで、さらに騒ぎは激しくなった。
( ^ω^)「後で必ず説明します、だからどうか、関係のない人々を巻き込まないでください──」
いくら放送をかけても鎮まらない。
それどころか新たな燃料となってしまう。
フィレンクト派は全ての元凶をブーンとし、ブーン派はその主張を非難する。
ついに東館の前でも、それら対立する者同士の争いが起きるようになった。
日ごとにブーンの目から力がなくなっていく。
ああ、もう、本当に限界なのだ──ツンは焦燥と絶望に苛まれた。
あと少しの刺激で、彼は自棄を起こしてしまう。全てを捨ててしまう。
ξ;゚⊿゚)ξ(……こんなことなら)
こんなことなら、さっさと首長を辞めさせてやれば良かった。
これほどの騒ぎになるなんて。
これほど彼が傷付くことになるなんて。
-
('A`)「──1区と5区、8区の暴動激化によって、よその地区に一時避難する者が増えてます。
避難先はキャパシティ超えちまって衣食住が間に合ってない。
このままだと、今度はそれが火種になって更に争いが増えるかと」
ドクオが冷静な声で報告する。
ブーンの瞳に感情はない。黙って聞いている。
しばしの沈黙の後、ドクオは心底苦しそうな顔をして、深々と頭を下げた。
('A`)「……本当に、申し訳ありませんでした」
( ^ω^)「ドクオが悪いんじゃないお」
ようやくブーンが声を出した。存外に穏やかな。
それから、腰を上げる。
そのまま部屋を出ようとするブーンの素振りに、ツンが慌てて声をかけた。
-
ξ゚⊿゚)ξ「どちらへ」
( ^ω^)「……4区に行くお。ギコさん達が心配だお」
ξ;゚⊿゚)ξ「外に出るのは危険です!」
( ^ω^)「裏口から出るし、隠れながら行けば多分大丈夫だお。
……みんな、僕に気付く余裕なんかないお」
('A`)「俺がついていきます」
( ^ω^)「いや、ツンと行くお」
戦闘に関してはツンよりドクオの方が上だ。
それはブーンも承知している筈だが、彼はツンを連れていくといって聞かなかった。
元より街へ出掛けるときにはツンを連れるのが常だったので、今回もそうしただけかもしれない。
-
ξ゚⊿゚)ξ「帽子、もっと深く」
( ^ω^)「おー……」
ξ゚⊿゚)ξ「俯かないでください。怪しむ人がいるかもしれない」
避難していない住民もなるべく外出しないようにしているのか、
昼間だというのに人通りが少ない。
だが、時おり抗議活動を行っている者は見られた。
目的地へ向かう前に1区の市場に寄ってみたが、
ほとんどの店が営業しておらず、地面の上で潰された野菜が腐敗を進めていた。
.
-
4区は避難者と元々の住民でごった返している。
壁などにブーンを批判する文書が貼られているのが散見された。
いずれ、この地区でも暴動が起こるかもしれない。
工場へ近付くにつれ人が減っていく。
それに伴いブーンの足は早くなり、帽子にもあまり構わなくなった。
ξ゚⊿゚)ξ「ブーン様」
路地に入るため、ツンがブーンの手を引いた。
ξ゚⊿゚)ξ「お2人に交流があったことは多くの人が知っています。
正面から入るのは避けましょう」
( ^ω^)「分かったお」
裏道を進む。
工場と後ろの建物との間、狭い通路に、子供が座っている。
その子供が顔を上げた。
-
(*゚ー゚)「ブーン」
いつもなら大きく呼び掛ける声が、このときはひどく小さかった。
( ^ω^)「……しぃちゃん」
ξ゚⊿゚)ξ「何をしてるの?」
(*゚ー゚)「お父ちゃん、やっと久々に寝たから。邪魔したくなくて」
( ^ω^)「ギコさんは、その、……元気かお?」
(*゚ー゚)「体が丈夫なのが取り柄だからね」
言って、少女は少しだけ笑った。
おかしくて笑ったのでも、楽しくて笑ったのでもなく、惰性の笑みだった。
元から体の小さな子供だが、一層小さく、か細く見える。
-
(*゚ー゚)「お父ちゃんがね、ブーンと仲良くしてたからって、仲間外れにされてるの」
笑みを更に薄くして、少女が呟く。
ブーンの背中が揺れた。
(*゚ー゚)「優しくしてくれる人もいたけどさ、4区に人がいっぱい来てから、
その人達も余裕なくなっちゃったみたい」
( ^ω^)「……そうかお」
きゅう、と小動物が喉を鳴らすような音がした。
少女が腹を押さえて俯く。
お腹空いた、と呟いて。
( ^ω^)「……ご飯、食べてないのかお?」
(*゚ー゚)「うん。よそから人が来てるから。
ご飯食べられない人、いっぱいいるんだって。
それに私、畑にも入れてもらえなくなったから、何も……」
ここら一帯の畑の責任者は、元レスポンス国民だ。
だからといって──それは、あまりに酷くはないか。幼稚ではないか。
ツンが両手を強く握る。
少女の目に涙が滲む。
潤む瞳と声を、ブーンへ向けた。
-
(*゚-゚)「……ブーンが、悪いことしたの?」
しばらく、間があいた。
ブーンがゆっくりと頷く。
( ^ω^)「僕がまいた種だお」
声が低い。冷たい。感情が無い。
ツンの好きなやわらかさが、消えている。
ξ゚⊿゚)ξ(……ああ……)
とうとう壊れてしまった。彼は耐えられなくなってしまった。
これから彼はどんな行動に出るだろう。
きっと、何もしない可能性の方が高い。何もせず、黙って終わりを待つ可能性が。
-
力の抜けていくツンへ、ブーンが振り返る。
──その表情に、沈みゆくツンの心が立ち止まった。
( ^ω^)「ツン。フィレさんに話をしに行こう」
見たことのない顔だった。
聞いたことのない声だった。
出発する前に持ち出していたパンと干し肉を少女に与えると、
彼は謝罪の言葉を口にしてから踵を返した。
#
-
( ^ω^)「フィレさん。──フィレンクトさん」
東館へ戻ったブーンは、真っ先に渡り廊下へ向かった。
西館に通じる扉を叩く。呼び鈴を何度も鳴らす。
返事はない。
何事かと様子を見に来たドクオが、肩を竦めた。
('A`)「旦那。多分まだ出ませんぜ」
( ^ω^)「出るお」
ドクオはブーンの明確な返答に目を丸くさせた。
ツンは一歩下がって、黙ってなりゆきを見つめる。
一体何をするつもりなのかは分からないが、彼に委ねて然るべきだろうという直感があった。
-
( ^ω^)「フィレンクトさん」
何度目かの呼び掛けで、扉が動いた。ブーンが数歩下がる。
ややあって、顰めっ面のフィレンクトが現れた。
さらに彼の後ろには、配下が何人も。
多勢に無勢。
しかし、いつもなら怯むであろうブーンは、真っ直ぐにフィレンクトを見つめていた。
(‘_L’)「──何かな」
( ^ω^)「フィレンクトさんが嘘を認めてくれないと、騒ぎは収まりませんお」
(‘_L’)「……何を馬鹿げた……
君が辞めれば、それこそ丸く収まるだろう」
-
( ^ω^)「お願いしますお。フィレンクトさんが真実を話してください。
新政府案の承認を済ませていたと、みんなに説明してください。
──今の惨状はあなたが仕掛けたことだと白状してください」
(‘_L’)「何のことだか」
( ^ω^)「お願いします」
ブーンが、深く頭を下げる。
頑なな態度に、フィレンクトは僅かに動揺したようだった。
今まで一度も、ブーンがこれほど食い下がったことなどなかった。
( ^ω^)「当然フィレンクトさんの立場は悪くなりますお。
でもそれは、あなた自身の責任であって
僕が守ってやる義理はないし、そもそも出来ません」
(‘_L’)「……頭を上げたまえ。
どうも──慇懃無礼な態度で私に濡れ衣を着せようとしているようだな。不愉快だ」
( ^ω^)「僕の全財産を持っていってもいいですお。
だから、お願いします」
その提案は、フィレンクトにとっては大した魅力もないだろう。
彼が首長になって受けられる恩恵とブーンの財産を天秤にかければ、前者の方が遥かに重い。
事実、フィレンクトは今の発言を聞いて色濃い侮蔑を瞳に込めた。
-
(‘_L’)「──自身の罪を押しつけて安寧を金で買うのか!
嘆かわしい、こんな男に5年もこの世界を預けていたとは!
……ああ、とはいえ世界を動かし救っていたのはほとんど私達だったかな」
背後の腹心どもも煽られ、ブーンへの非難を飛ばした。
ブーンは黙ってそれを受ける。罵声の調子が緩んだ頃に、彼は頭を下げたまま問うた。
( ^ω^)「……僕の話は、どうあっても受け入れてくれませんかお?」
(‘_L’)「愚問だ。こちらは君が辞める以外の結末は認めない」
( ^ω^)「絶対に、ですか」
(‘_L’)「絶対に」
静寂。
ブーンが、ゆっくりと顔を上げた。
( ^ω^)「ならば、僕も絶対に折れませんお」
そのたった一言の意味をフィレンクトが理解するのに、長い時間を要した。
知らず、ツンは息を呑む。
いつものらくらしていた彼が、こんなに真正面から対立するなんて。
ようやく状況を認識したフィレンクトの額に、青筋が浮かんだ。
-
(#‘_L’)「……いい加減にしろ!!
若造が今さら何の意地を張っている!!
このままでは被害が増えるぞ、民を犠牲にしてまで権力が欲しいか!?」
(#^ω^)「あんたにそれを言う資格がどこにある!!」
──びりびりと空気が震えるほどの、怒声だった。
フィレンクトらが怯む。ツンも。
(#^ω^)「元々僕は首長なんかやりたくなかった!
さっさと誰かに押しつけたくて仕方なかった!
新政府だって本来はそれが目的だお!!」
(;‘_L’)「っは、な──なんだと!」
何故それを言わなかった、とフィレンクトが問う。
ますます激昂したブーンが、分からないのか、と答えた。
-
(#^ω^)「あんたらに言えるわけないだろうが!
何でわざわざ新しい人間に委ねようとしたのか本当に分からないのかお!?」
全員、言葉を失っている。
ブーンは地団駄を踏むように絨毯を踏みつけ、それでも足りなかったか、渡り廊下の壁を蹴った。
(#^ω^)「あんたらの中に1人でも!
1人でもまともな奴がいれば、僕はそいつに役目を譲ってやれたんだお!」
(#^ω^)「なのに全員──全員!
過去の国家と自分の権力のことしか考えてないじゃないかお!
この騒ぎだって結局それが原因じゃないかお!!」
5年間、待っていたのだとブーンは言う。
誰か1人でも、己の利益ではなく民の利益を優先するようにならないかと。
今までは利己的な政策であっても何とかなっていた。
ついでではあっても、きちんと復興への筋道が立てられていたのだ。
だからフィレンクト達に任せていられた。
だというのに、ここ最近は──
-
(#^ω^)「5区と8区に大規模な市場? レスポンス国民の多い地区に金を集めたいだけだろうがお!
その2ヵ所にでかい市場を作れば3区に商品が流れなくなるお!
3区は土地柄、畑を多く作れないし作物の質が安定しない! あそこの市場が潰れりゃ路頭に迷う人がたくさん出るお!!」
ξ゚⊿゚)ξ(──……ちゃんと、気付いてたんだ……)
口には出さずとも、ブーンがフィレンクト達を信用していないことは、ツンもドクオも分かっていた。
だからこそ彼が首長でいるべきだと思っていた。
だが同時に、ブーンは政治的な物事への発言もほとんどしなかった。
故に彼がどれほど情勢を理解しているのかが分からず、そこが気掛かりだったのだが──
そんな心配、全く必要なかったのかもしれない。
(#^ω^)「それよか5区は生産に集中させて、8区は9区へ通じる道を開拓させるべきだお!
山の往来が難しいから9区以降からの流通が滞るんだお!
それで市場に並ぶ頃には食料が傷んで、結果9区以降の生産品の需要が減る!!
本当は、あそこで作られる野菜は質がいいのに!!」
-
(#^ω^)「……そういうことも知らない奴らに、全権明け渡す馬鹿がどこにいる!!」
そこまで叫び、軽い酸欠にでもなったか、ブーンがよろけた。
彼がここまで大きな声で怒鳴るのを初めて見た。
本人も不慣れなために、消耗が激しいのだろう。
その間隙。
フィレンクトの顔が憤怒の色に染められる。
(#‘_L’)「戯言を!! 黙って聞いていれば、貴様……!
我々がこれまでに、どれほど苦労してきたか!」
(#^ω^)「そりゃ、あんたらの功績だって僕は充分に認めてるお。僕なんかよりよっぽど働いてくれた。
でもこれから先も任せられるかは別問題だって話をしてんだろうが! 今!」
(#‘_L’)「食い物のことしか考えていない貴様に何が分かる!
口を開けば、やれ畑がどうの、やれ野菜がどうのと……
そんなものより優先すべきことが──」
(#^ω^)「国民にまともな飯を食わせられない国に何が出来るんだお!!」
これまでで、一際激しい声が響き渡った。
今にも噛みつきそうな顔をしていたフィレンクトが動きを止める。
-
(#^ω^)「栄養が足りてない! 量も足りない!
そのうえ不味い飯で、やる気が出るかお!?
体力がつかないから作業効率が下がるんじゃないかお!」
(#^ω^)「僕に言わせれば──屋内に篭って上質な飯だけ食ってるそっちの方こそ、何が分かるってんだお!!
逼迫してる問題から一番遠い場所にいるあんたらに!!」
フィレンクトは握り拳をぶるぶると震わせ、言葉を探っている。
言いたいことが次から次へと出てくるようで、結果的には何も言えていない。
荒らげた息を整え、ブーンは怒りの表情を引っ込めた。
( ^ω^)「……あんたらがここを本格的に治めるようになったらどうなるか、予言してやるお。
レスポンス出身者だけが優遇されて差別が横行する。
食料が改善されずにごく一部の事業だけが進められて、大多数の住民が苦汁を嘗めさせられるお。
それでもあんたらは気付かない。気付かないから悪化して──ここは『中央』ではなくなるお」
ようやく反論らしき声が部下達から飛んできたが、
単なる反発心からの台詞であって、何の意味もなかった。
それらを無視してブーンの言葉が続く。
( ^ω^)「だから僕が新しい政府を作る。
白状するお、僕は最初からあんたらを新政府に入れる気はなかった。使い道のありそうな一部を除いて。
最後の最後に首長の権限でもって、ほとんど新しいメンツにする気だった。……今もそのつもりだお」
-
( ^ω^)「もう金目当てでも権力狙いでも構わないから、
そのついでにでも世界のためになることを出来る奴ならそれでいい。
僕はそういう連中を集めるお」
──後で、落ち着いてからまた話し合いましょう。
そう締めくくって、ブーンはフィレンクトに背を向けた。
ツンも続き、ふと、あることに気付いた。
ξ゚⊿゚)ξ(……ドクオは?)
ドクオがいない。
どこへ行ったのだろう。
が、渡り廊下を中程まで進んだところで、フィレンクトの声により思考を遮られた。
(#‘_L’)「──何が予言だ……」
凄むように低めた声。
そこに収まりきらない怒りが、気配となって漏れ出ている。
-
(#‘_L’)「貴様のような食い道楽が、分かったような口を!
問題から一番遠いだと? 貴様だって、一般に流通している食い物に文句を垂れて遠ざけていたではないか!!
挙げ句『もっと美味いものを寄越せ』などと……!」
(#‘_L’)「粗悪品にほんの少し触れただけで、分かったような面をして!
よくもまあ、さも自分だけが民に寄り添っているかのような言い方を出来たものだな!!」
ブーンからの反論はない。彼の足は止まらない。
しかしこのまま誤解されるのも癪なので、
僭越ながらツンが立ち止まり、フィレンクトへ振り返った。
ξ゚⊿゚)ξ「お言葉ですが」
お前と話すつもりはないとフィレンクトが喚く。
まるで子供だ。
お言葉ですが、と先よりも強い声で言うと、向こうの気勢が緩んだ。
ξ゚⊿゚)ξ「ブーン様はずっと、一般流通レベルの食材しか口にしておりませんわ。
『もっと美味しいものを』というのは、『もっと作物を豊かにしなければ』という意味でございます」
(#‘_L’)「……嘘をつくな!」
ξ゚⊿゚)ξ「出入りの業者にご確認くださいませ。
……それと、お訊きしたいのですけれど」
-
ξ゚⊿゚)ξ「あなた方の内1人でも、どの地区のどの土壌がいいのか、
その土で何を栽培するのが適しているかお分かりになる方はいらっしゃいますか?
どの地区のどの工場で、世界に有益な発明がなされているか、お分かりになります?」
どれだけの実態を把握しているのかと、ツンは問うた。
明確な答えがある筈もなかった。
いや、ある種、その沈黙が答えとも言える。
結構ですと告げ、ツンは早足でブーンに追いつくと、共に東館の扉を開けた。
(#‘_L’)「──引きずり下ろしてやる!! こんなものでは済まさんぞ!
どのみち貴様らの退路など既に断たれているのだ、
徹底的に潰してやる!!」
負け惜しみのような雑言を背に受けても、何も思わなかった。
.
-
('A`)「お疲れさんです」
中に入ると、扉のすぐ傍にドクオがいた。
黒い鞄を右手に提げている。
ブーンは扉に寄りかかり、そのままずるずると座り込んだ。
(;^ω^)「あうあうあう」
足が震えている。
言ってしまった、と情けない声で呟く。
(;^ω^)「勢いで色々言っちまったお……どうしよう……。
暴動の件も結局ろくに話し合えてないし……」
ξ;゚⊿゚)ξ「しっかりしてください、ともかく早く対策を考えないと」
('A`)「いや、もう大丈夫じゃないすかね」
(;^ω^)「いやいやいや、あれだけ怒らせたらフィレさんが更に何か仕掛けてくる筈だお……やべえ……
……お? ドクオ、それ何だお?」
ブーンの目が、鞄に向けられる。
──いや、鞄ではない。持ち手があるのでそう見えたが、表面には様々なスイッチが付いている。
機械だ。
-
機械から伸びているコードが遠くまで伸びていた。
その先は──
ξ゚⊿゚)ξ(放送部屋?)
さらにドクオの左手にも小さな機械が握られていた。
マイク。
マイクだ。普段はあまり使わない、高性能の。
ξ゚⊿゚)ξ「……えっ?」
──まさか。
-
恐る恐る、ブーンとツンはドクオの顔を見上げた。
視線を受けた彼が無表情に言い放つ。
('A`)「おっとっと。『うっかり』生中継しちまってましたわ」
そうしてツマミを指で弾き、マイクのスイッチを切った。
#
-
暴動は収まっていった。
あまりの出来事に毒気を抜かれた、の方が近いかもしれない。
皆の混乱が落ち着いてくると今度はフィレンクト達への非難で荒れ始めたのだが、
ツンとドクオに自警団の管理を任せたところ、あまり悪化しない内に制圧された。
一番危なかったのは、元レスポンス国民の立場が弱くなりかけたこと。
ただ、早い内に手回しをしたおかげで迫害するほどまでには至らなかった。
不満はあくまでフィレンクト、そして今まで怠けて、碌に活動してこなかったブーンに向けられるべきである。
しばらく確執は残るだろうが、そもそも一致団結せねば進めない時代だ。
注意しつつ時間をかければ、改善されていくだろう。
-
( ^ω^)(マジ忙しい……辞めたい……)
最近、とみに忙しい。とても疲れる。
フィレンクト側の配下で「まだマシ」と言えるレベルの人間を引き抜いて部下にしてはいるものの、
やはり信頼できるわけもないので、やたら神経を使う。
そもそもマシと言ったって、あまり意思が強くなかったり日和見主義だったりするだけだし。
そういう連中はツンに教育されれば、やがてはこちらと志を同じくしてくれるだろうが。それまでが長い。
早く来い新政府候補。
早く来いまともな人。
しかし困るのは、ますます首長を辞めづらくなったこと。
トップはブーンのままに、その周りを変更してくれ──という世論になりつつある。
もしも優秀な人材が来たとしても、その人に首長の椅子を譲れば、
今度はまた違った方向で皆から総叩きに遭うだろう。
-
もちろんブーンを信用していない者だって一定数いる。
全てがブーンの計画通りだった、フィレンクトは利用されたのだ、という論調もあるくらいだ。
けれど、そういう層もいてこそ土台がしっかりするというもの。どちらかにばかり偏れば倒れてしまう。
だから今が一番バランスがいい。
ショック療法にも程があると、思わないでもないけれど。
──まあ。ブーンもそれを重々承知して、
気軽に「辞めたい」と口に出さなくなっただけ、充分進歩したものだ。
-
( ^ω^)「2区の方、例の研究所に資金を回して……
ついでに1区の研究員達には2区の手伝いをさせるように言ってほしいお。
一応知識はあるんだから役には立つだろうし」
ξ*゚⊿゚)ξ「はい」
( ^ω^)「あと5区と6区。昔は車関係の事業が盛んだったし技術者もいる筈だから、
ギコさんとこに打診してみてくれお」
ξ*゚⊿゚)ξ「はい」
( ^ω^)「それとツンが調べてきてくれた11区──まずはここと一番近い7区に道を作るかお。
このまえ引き抜いた人に、そこらへん詳しい人がいたから相談してみないと」
ξ*゚⊿゚)ξ「はい」
( ^ω^)「んでフィレさん達に関しては……
立場は弱くした上で、端っこの方にでも置いといてやってくれお。
何だかんだいって今はあの人達の力でも必要だし、あと今すぐ外しちゃうのは色々恐い」
ξ*゚⊿゚)ξ「はい」
ここ毎日ツンの機嫌がいい。
ブーンが真面目に仕事をしているのが大層嬉しいようだ。
とはいえ、資料と自身の足で得た情報を突き合わせながら日々頭を悩ませているので、ガス欠も早い。
その度にツンやドクオに一旦任せているため、自分の手柄という感覚は薄い。
-
(;^ω^)「おー、頭が痛い。ちょっと休んでくるお」
ξ*゚⊿゚)ξ「厨房にドクオがいるので、間食を作ってもらったらいかがでしょう」
(;^ω^)「そうするお」
#
-
( ^ω^)「ドークオー」
厨房に顔を出すと、たしかにドクオがいた。
食器を洗っている。手を休めずに、こちらを見た。
('A`)「どうしやした、旦那」
( ^ω^)「何か食いたいお」
('A`)「そろそろ来ると思ってレモンパイなんぞ焼いてみたんで、とりあえずそれ食ってくださいよ」
(*^ω^)「おー」
('A`)「ああ待った待った、切りますんで直に食わんでください」
( ^ω^)「はよう」
('A`)「はいはい」
大きめにカットされたレモンパイが皿に乗せられる。
戸棚に寄りかかり、ブーンはパイを口に運んだ。
-
( ^ω^)「うーん、やはり質が悪い。でも充分美味いお。甘酸っぱさが体に染みる」
('A`)「テーブルについて食いなせえよ」
( ^ω^)「どうせすぐ食い終わるから」
('A`)「行儀悪ィの」
かちゃかちゃ、食器を洗う音。
ざくざく、パイを噛み切る音。
ざくざくが止んで、しばらく経った。
( ^ω^)「──わざと原稿に手落ちを作ったのかお」
かちゃかちゃも、止まった。
('A`)「そうっすね」
-
( ^ω^)「フィレさんとの間に書類を通さなかったのも、わざとかお」
('A`)「そうっすね。ま、通そうとしたら、それはそれで向こうが別の手を考えたでしょうが。
でもまあ、はい、指摘しなかったのはわざとっす」
( ^ω^)「何のために」
('A`)「世界のために」
そう言われてしまうと、ブーンは怒れない。
ドクオのためとかフィレンクトのためとか、ブーンのためなどと言われれば、気兼ねなく怒れたのに。
('A`)「旦那、分かってたんすか」
( ^ω^)「後になってから、もしかしてとは思ったけど。決めつけることは出来なかったお」
ドクオがそうした理由が、ブーンには分からない。
どう話を続けたものか決めあぐねていると、ドクオの方から口を開いた。
-
('A`)「俺は、どうしても旦那にトップでいてほしかった」
( ^ω^)「……何でだお」
('A`)「戦時中、俺が生まれた国の大統領は碌なもんじゃなかった。
軍事のために過剰な搾取をしていて。
俺や俺の家族や……国民が一番苦しめられたのは、飢えでした」
('A`)「何度も栄養失調で死にかけた。
……隣に住んでたジジイに足を食われかけたこともある。
噛み千切られそうになったときの痕、まだありますよ」
右足の甲で左のふくらはぎを摩り、ドクオは洗い終えた皿を籠に入れた。
こんな綺麗な食器で物を食べることすら夢のようだった、と呟いて。
-
('A`)「だから俺には、誰よりも旦那が世界のことを考えてるように見えて仕方なくて、
──それで心酔しちまったんすよね。
なのに旦那はやる気を出してくれない。出したとしてもフィレンクト達に突っぱねられれば、すぐに諦める」
('A`)「本気になってほしかった。
そのためには、ちょっと無茶するしかねえと思ったんす」
( ^ω^)「僕にやる気を出させるために、街中が荒れるのを承知で……」
('A`)「信じてもらえるか分からねえが、あそこまで悪化するとは思わなかった。
……だが、たしかに、多少の犠牲が出るだろうとは覚悟してました」
( ^ω^)「たくさんの人が傷付けられたお。死んだ人もいるお。
……僕があのまま諦めてた可能性だって、あったお」
('A`)「許されることじゃねえです。
クビにしてください。死罪でもいい。
護るべき旦那を苦悩させた時点で、俺は誰の味方でもなくなってる。みんなの敵だ」
ブーンは、自身の右手を見下ろした。
小刻みに震えている。それを抑えるために拳を握ると、その手をドクオへ向けたくなった。
きっとドクオは甘んじて拳を受ける。何度殴られようとも。何度でも。
-
('A`)「それに今、この結果になって良かったと思ってる。だから俺は、反省はしても後悔ができない。
そんでもって旦那は、そういう輩を許せない」
彼の言葉は微細も違わず正しい。
彼の行いは間違いなく罪であり、結果は良くとも経過に多大な問題があった。
それをブーンは許せない。
しかし、ドクオがその「経過」を必要悪と考えてしまったのは──
ブーンの態度が原因だ。
ドクオを殴るのであればブーンは己も殴らねばならない。
ドクオを追い出すのならブーンも出ていかねばならない。
ドクオを殺すのならば、ブーンも。
( ^ω^)「……僕は、何ですぐに原稿の違和感に気付けなかったんだろうかお……。
せめて、あのとき気付けていたなら……」
('A`)「ああいう書き方をすれば、旦那も手落ちに気付きにくいだろうと計算してました」
( ^ω^)「……本当に真面目で優秀な奴だお」
深く息を吸う。
経過はとうに終わっている。結果は出てしまっている。
その結果を大事にしなければ、これまでの経過が──犠牲が無駄になる。
-
( ^ω^)「……クビにするお」
('A`)「……ええ。今まで本当に、お世話になりました」
( ^ω^)「最後まで聞け馬鹿。ドクオは──お前は。
一年、僕の部下をやれお」
ドクオが振り返る。
ブーンの胸には、やはり怒りと失望がある。
しかし哀れみと、──信頼と希望もあった。
ドクオの目指すものはブーンと同じだ。
そして彼は、ブーンよりも真面目で優秀である。
-
( ^ω^)「一年間、僕と中央と、世界のために働けお。
成果が出れば、そのまま置いておく」
( ^ω^)「成果がなかったり──また一般人を犠牲にしたりするようなことがあれば、
僕は信頼できる人々に新しい政府を任せて、
皆に石を投げられながら、お前と一緒に中央を出るお」
('A`)「……旦那には何の謂れもないでしょうや」
( ^ω^)「今この場でお前を見逃すことが、僕には最大の責任になるお。
その責任は取らないと」
('A`)「いいんすか。責任なんて、旦那の一番嫌いな言葉でしょう」
( ^ω^)「今更だお」
('A`)「……まあ、そうっすよね。
でも旦那、そりゃ甘すぎやしませんか。
フィレンクトのことは守ってやらねえっつってたくせに」
( ^ω^)「お前とフィレさんじゃ、動機が全然違う。
騒ぎを悪化させたのも大体はフィレさんの仕業だし。
……あとは身贔屓も、あるかもしれんお」
('A`)「身も蓋もねえや」
水に濡れる両手を拭い、ドクオは正面からブーンに向き直った。
呆れたような目。心酔していると言った割に、若干馬鹿にしていないか。
-
('A`)「……駄目だったときにゃ、ツンも一緒に出ていくんすかね、やっぱ」
( ^ω^)「多分、ついてきてくれるだろうお」
('A`)「そうなりゃ俺、ツンに殺されそうだ。
まあ旦那を道連れにするなんざ、俺自身が困るし……。
……死ぬ気で頑張らねえといけなくなったなァ……」
面倒くせえ、と。
勤勉な彼にしては珍しい一言を落とし、ドクオは眉を顰めて口角を上げた。
自嘲の笑み。それから、真剣な顔付きをして。
('A`)「本当に申し訳ありませんでした。
世界のために、命を懸けます。例えでも何でもなく」
そう言うと、頭を下げた。
その謝罪は本来ならば民に向けられるべきもの。
しかし実際に直接謝らせようものなら、やはり、今の平穏は再び壊れてしまう。
そうなれば結局、みんなが一番の被害を受けることになる。
だからブーンとドクオは、この負い目を共有して生きなければならない。
行動で贖罪をするしかないのだ。
-
少しして、ノックの音。
ブーンが返事をするとドアが開き、ツンが入ってきた。
ξ゚⊿゚)ξ「ね、私も何か食べたいんだけど」
('A`)「レモンパイ食え」
( ^ω^)「なかなか美味いお、これ」
ξ゚⊿゚)ξ「じゃあいただきます」
薄く切ったレモンパイを、ツンもその場に立ったまま食した。
いつから厨房の前にいたのだろう。
どこから話を聞いていたやら。
咀嚼し飲み込み、ツンはドクオの足を軽く踏んだ。
-
ξ゚⊿゚)ξ「ドクオ。あんた、ちゃんとしなかったら、本当に殺すからね」
(;^ω^)「そんな物騒な」
ξ゚⊿゚)ξ「ドクオはクビになりましたが私は継続してブーン様の護衛ですので。
ブーン様の安定を著しく阻害するものは排除いたします」
('A`)「うーむ、さすが任務には忠実」
新しくパイを切り分ける。3人分。
一番大きなものをブーン、それ以外をツンとドクオが持ったのを確認してから
乾杯するようにブーンが掲げると、2人もそれに合わせた。
この行動に何の意味があるのか、ブーンにも分からない。
ブーンは決して自分もドクオも許していないし、ドクオとて許されたとは思っていないだろうし、
ツンに至っては、彼らの「約束」に半ば強制的に巻き込まれただけ。
それでも一区切りはついた気がする。
-
('A`)「何か臭ェっすよ」
( ^ω^)「焼き立てでいい匂いだお?」
ξ゚⊿゚)ξ「いかにもわざとらしいという意味でしょう」
(;^ω^)「えー、今の格好良くなかったかお? え?」
ξ゚⊿゚)ξ「別に」('A`)
さて、一年後、自分達はどうなるだろうか。
より良い世界になるだろうか。美味い飯が食えるだろうか。
目下、一番興味深いのはそんなところ。
ブーンは怠け者だ。
けれども興味のあることには、どこまでも真面目になれる。
-
ひとまずは、自分が怠けていても平和であるような、そんな世界にしよう。
5:怠惰な次期大統領 終
-
今日はここまで
二話目 >>54
三話目 >>100
四話目 >>182
五話目 >>263
-
おつ
-
おつ。今回も救いが無いかと思ったけど、ブーンがしっかりしていて安心した。
今まで出てきたメンバーが中央に集まったらどうなるんだろ。今から楽しみ
-
乙 今回も読み入った
このドクオがショボンをいいようにこき使うのか、楽しみだな
-
乙
今回は明るめな最後で、ほっとした
面白かった
-
乙
ブーンカッケェ
-
乙。
あの通達の裏にこんなことがあったんだなぁ。
面白い。この後どうなるのか楽しみだ
-
クックルは馬鹿である。
( ゚∋゚)
ごつごつした巨躯に厳めしい顔付きをしているが、馬鹿である。
体術に関しては人並み外れたものを持っているが、馬鹿である。
正直なところ、単純な計算すら不安になることが間々ある。
基本的に「知識を深める」ということが苦手なので、これの知識なら誰にも負けないぞ、というものがない。
体を動かすことは得意だが、それも感覚に依るところが大きいため、やはり頭は使わない。
けれども心根は穏やかでお人好しだ。
彼は大抵の人間が自分より頭がいいということを知っているので、
無意識の内に他者を尊重する。そこは美点と言えなくもない。
そんな彼でも、さすがに犬猫よりは自分の方が知能的に優れているだろうと自負していたのだが──
.
-
▼・ェ・▼ フンフン
▼・ェ・▼ ワフッ
だいぶ先を歩いていた犬が立ち止まり、こちらに振り返ると一声鳴いた。
「さっさと来い」、とでも言われているような気分。
( ゚∋゚)「……」
▼・ェ・▼ フンッ
クックルが後を追うと、犬は頷いて(本当にそう見えた)、また歩き始めた。
この犬と旅を始めて早一ヶ月。
クックルの飼い犬ではない。
というより寧ろ、クックルが飼われている気さえしてくる。
偉そうに前を歩く犬の尻をぼうっと眺めた後、
クックルは片手に持った肩掛け鞄を見下ろし、思った。
( ゚∋゚)(犬って俺より頭いいんだなあ……)
-
6:頑丈な馬鹿
-
▼・ェ・▼ ワフワフ
私の名はビーグルという。
生まれてから約1年と約4万8000時間。分かりづらくて申し訳ないが、年数に換算すれば、合わせて6年半ほど。
いわゆる小型犬。性別は雄だ。幸いにして去勢はされていない。
('ヮ`*川「よしよし。可愛いですねえ」
▼*・ェ・▼ キューン
頭を撫でられるのは嫌いではない。
うら若き女性の手ならば尚の事。
-
('ヮ`*川「スギウラさん、ほら可愛いですよ」
( ФωФ)「うわっ汚い犬であるな。そんなものを我輩に近付けるな。えんがちょ」
▼#・ェ・▼ バウッ!
(;ФωФ)「んがっ! だっ、だから犬は嫌いなのである! 躾もされておらんのか!」
躾をされるべきは君である。
初対面たる相手への口のきき方を知らないのだからして。
──カフェテリアの屋外テーブル。
隣り合う2つのテーブルに、5人の男女と1匹の犬──私がいる。
片方のテーブルにはペニサスという若い女と、ロマネスクという中年の男。
そして私、ビーグル。首輪にも彫られてある誇り高き名だ。
-
もう片方のテーブルには、
川 ゚ -゚)「ついにお前も派遣されたんだな、クックル」
(´・_ゝ・`)「見た目からしてお前が一番早く指名されると思ってたんだけど、だいぶ遅かったな」
( ゚∋゚)「うん」
順にクール、デミタス、クックル。
彼ら3人には、特殊な人材を派遣する「組織」で育てられたという共通点がある。
一番図体の大きな男クックルは、クールとデミタスの顔を眺めてしみじみ頷いた。
宿の一つくらいはありそうな規模の町を見付けたので、試しに入ってみたのが小一時間前。
こうしてクックルが懐かしい顔に──とはいえ彼らの会話によれば
時間的な隔たりは大したことがないようだが──会えたというのは、ある種、収穫であろう。
-
(´・_ゝ・`)「どういう条件で雇われたんだ?」
( ゚∋゚)「『体が強くて』……何だっけか……『頭を使わない奴』?」
(´・_ゝ・`)「……あー」
川 ゚ -゚)「ドンピシャじゃないか」
(´・_ゝ・`)「既にうろ覚えだもんな」
( ゚∋゚)「うん」
クックルの長所は恵まれた体格とそれに見合った運動機能にあるが、
反対に、おつむの方は少々足りない。
単純に勉強が嫌いだったようだ。
以前、野営した際、よほど暇だったのか私に身の上話を聞かせてくれたことがある。
ほんの12歳の「なおるよ」という少年にまで学力で劣ったのは流石に危機感を抱いた、と愚痴っていたが、
かといって改善しようとしなかったらしい程度には頭が悪い。
一応自覚しているだけ、まだ可愛げがあるというものだが。
-
川 ゚ -゚)「お前の雇い主も中央を目指してるのか?」
( ゚∋゚)「いや。人探しだと思う」
(´・_ゝ・`)「『だと思う』って何だよ」
( ゚∋゚)「はっきり言われたわけじゃないからな」
(´・_ゝ・`)「目的すら教えられてないのか……」
川 ゚ -゚)「あの犬は雇い主のペットか?」
( ゚∋゚)「うん?」
クックルは数秒停止した。そら、さっそく会話が噛み合っていないぞ。
クールの言葉や今までのやり取りを反芻して、ゆっくり噛み砕いてから、
彼はようやく認識の齟齬を理解した。
( ゚∋゚)「いや、ビーグルが雇い主だ」
川 ゚ -゚)「ん?」
-
( ゚∋゚)「あの犬が俺を雇った」
(´・_ゝ・`)「は?」
( ФωФ)「あ?」
クールとデミタスのみならず、ロマネスクからも反応があった。
私を抱いていたペニサスが「まあ」と呟き、私を高く持ち上げる。
('、`*川「ビーグルちゃん、お話し出来るの?」
▼・ェ・▼ …キュン?
私を含めたほぼ全員が、ペニサスの発言に首を傾げた。
どうやらクックルだけは彼女の言いたいことが分かったようだが。
少し考え、私もようやく把握した。
私が条件を提示した上でクックルを雇った、という会話の流れを踏まえ、
私が人語を用いて条件を提示した、と考えたのだろう。
このお嬢さんも相当に──
まあ。独特な感性の持ち主といおうか。
知能、いや感性が同等であったクックルにだけ意図が通じた、という点にも納得である。
#
-
──今から一月前。
組織が構えるビルの前で、座り込んでいるビーグルが発見された。
誰が追い払おうとしてもビーグルは動かない。
首輪をしているため飼い犬だろうと「先生」は判断したが、
ビーグルが動こうとしない以上、飼い主の元に帰そうという試みは無駄であるとも考えた。
「帰らない」のか「帰れない」のかは分からないが。
▼・ェ・▼ ワゥッ
( ´∀`)『ここに用があるモナ?
誰か餌付けしたんじゃないモナね?』
先生が訊いて回ったが、誰もビーグルを知る者はいなかったし、
ビーグルも誰かに反応を見せることはなかった。
クックルもまた見覚えはないものの、単純に興味を覚えたので
先生と一緒にビーグルの目的を思索する。
-
( ´∀`)『むーん、どうしたものか』
( ゚∋゚)『護衛を雇いに来たのでは』
クックルが言うと、周りで聞いていた面々は様々な反応を見せた。
吹き出す者、あからさまに馬鹿にする者、揶揄する者、聞かなかったふりをする者──
いずれも真面目に取り合わなかったが、
先生だけは、然もありなんといった風に頷いた。
( ´∀`)『わんちゃん、そうモナか?』
▼・ェ・▼ クゥン
そこで初めてビーグルが動いた。
常に傍らに置いていた肩掛け鞄を、差し出すように示してみせたのだ。
今まで、先生や組織の者が触れようとする度に威嚇して遠ざけていた鞄だった。
( ´∀`)『開けていいモナ?』
▼・ェ・▼ ハフッ
鳴き声なのだか吐息なのだか分からぬ音を漏らすビーグル。
肯定と受け取り、先生が鞄を開けた。
-
中には写真と本が一つずつ、それと現金が入っていた。
写真には白衣を着た夫婦らしき男女と幼い少年少女、
そして今よりもだいぶ小さなビーグルが写っている。
裏に日付が書いてあった。5年前。天災が始まる少し前だ。
ビーグルを抱く少年も、妹であろう少女も、その両親も、薄く微笑む程度に笑っている。
ビーグルは写真に前足を乗せると、ぽんぽん叩くように足を上下させた。
( ´∀`)『君の家族モナね』
▼・ェ・▼ フンフン
写真に鼻先を寄せ、先生を見上げ、それから今度は金を鼻で押し出した。
紙幣やら硬貨やらがたくさん。結構な額になるだろう。
( ゚∋゚)『この金で雇うってことでしょうか』
( ´∀`)『……たとえばこの家族が、怪我か何かで来られなくて……
わんちゃんが代わりに来た、とか?』
( ゚∋゚)『いや、この写真の人達を探しに行きたいのかも』
-
( ´∀`)『何故そう思うモナ?』
( ゚∋゚)『何となくそう見えました』
我ながら馬鹿みたいな答えだと思った。
ビーグルがクックルを見つめてくる。
先生は黙考し、ビーグルの背を撫でてから、「そうなのか」と訊ねた。
▼・ェ・▼ ハゥ
ビーグルは口を動かしたが、もちろん喋るわけもなく、また吐息のような返事をした。
続けて、今度は本を押しやるのでクックルが拾う。
小説だった。出版日は30年近く前。
( ´∀`)『ああ、僕も昔読んだことがあるモナ。
娯楽小説だけれど、啓発的な内容もあって、それでベストセラーになってたモナ』
なるほどたしかに「人生とは何ぞや」「幸せとは何ぞや」というような文章が多く、
持ち主が感銘を受けたであろう箇所には印が書き込まれてあった。
堅苦しい文章は好きではないので、クックルはすぐに本を閉じて先生に手渡した。
ページをめくっていた先生が「おや」と声をあげる。
-
とあるページの端が折られていた。
そのページだけ、他より印が多い。
特に重要だと言わんばかりに傍線が引かれているのは、
( ´∀`)『「傍に置いておくのに理想的な人間というものは」──』
体が丈夫で、あまり頭を使わない者──概ね、そのようなことが書かれてある一文だった。
▼・ェ・▼ ワゥッ、ワゥッ
賛同するように鳴き、ビーグルは再び札束を示した。
こうなると、さすがに先生も「それ」を認めるしかないようだ。
( ´∀`)『……こういう人間を雇いに来たモナ? 家族を探すお供に?』
▼・ェ・▼ アオン
このときもやはり、クックルには、ビーグルが頷いたように見えた。
#
-
( ゚∋゚)「──まあ、そんな流れで」
クックルが、私に雇われるに至った経緯を語り終えた。
昼間から酒なんぞを飲んでいたロマネスクが鼻で笑う。
( ФωФ)「貴様らの先生とやらも、随分とトチ狂っているようであるな」
クックル、クール、デミタスの3人が同時にロマネスクを睨んだ。
大層鋭い殺気に、反射的に私の毛が逆立つ。
ロマネスクは椅子から跳ね上がり、素早くテーブルの下に隠れた。
奇しくもペニサスの足元に座っていた私と正面から顔を合わせる形になった。
先生への侮辱は、彼らにとっても最大の侮辱となる。
道中にクックルから生い立ちを聞かされただけの私にすら分かることだというのに。
愚かな。
▼・ェ・▼ フッ
(#ФωФ)「なっ、あっ、貴様! 犬! 笑ったか今!」
-
川 ゚ -゚)「話を聞く分には、先生やお前の判断はおおよそ間違ってないと思うぞ」
(´・_ゝ・`)「ああ。ちょっとそんじょそこらの犬より賢そうだな、その犬。
まず人間の言葉を大体わかってるみたいだし」
( ゚∋゚)「やっぱりそうか。犬って皆こんなもんなのかと不安だった」
クックルの声は凄みのある低音なのだが、時折、脳味噌の軽さが投影されたような声が出る。
そういうときは概ね、それに見合った頭の悪そうな発言がなされる。
川 ゚ -゚)「金で人を雇うって概念を理解してたんだよな。それってかなり凄くないか?」
(´・_ゝ・`)「もしかして、その持ち歩いてた本ってのもそいつの愛読書だったりしてな。
気に入った箇所にペンで印つけて」
( ゚∋゚)「いや、ペンとか持つことは出来ないみたいだから、それは違うと思う」
(´・_ゝ・`)「……冗談に本気のトーンで返すのやめて」
川 ゚ -゚)「ていうかペンさえ持てれば有り得るみたいな言い方」
クックルが、旅を始めてからずっと預かってくれている肩掛け鞄を見下ろす。
子供向けの鞄ゆえ、クックルの肩に掛けると不格好になる。なので片手で持ち歩いていた。
それまでは私が口にくわえて引きずっていたため、ベルトに歯形があったり角が磨り減ったりしてしまっている。
札束やら本やらが入っていた分、小型犬の私には重たかったのだ。
-
川 ゚ -゚)「下手するとクックルより賢いんじゃないか」
( ゚∋゚)「だと思う」
(´・_ゝ・`)「認めるのかあ」
('、`*川「えらいのねビーグルちゃん」
▼・ェ・▼ オンッ
私を抱え上げ、ペニサスは私の頭を撫でた。
膝の上で腹を見せてやる。腹を撫でるペニサスは楽しそうだ。
腹から顎に手が移った。
ダークブラウンの、自慢の首輪をペニサスの爪が軽く引っ掻いた。
それから喉を擽る。
-
▼*・ェ・▼ キューン
('、`*川「よしよし」
(´・_ゝ・`)「……」
それをじっと眺めていたデミタスが、喉を鳴らして顔を背けた。
どうしたとクックルが問えば、
(´・_ゝ・`)「最近どうにも、首輪を見ると興奮する」
と小声で返していた。
ペニサスには聞こえぬ声量だが、私には聞こえた。犬なので。
何やら気色の悪い人間と仲がいいのだなと、少々クックルを不憫に思った。
川 ゚ -゚)「本当に、あの町で何があったんだお前は……」
クールもまた囁くようにして、デミタスを横目で見る。
と、ほぼ同時にクックルとクールが手元のカップを持ち上げた。
独特な香りのお茶。ここらの地域では親しまれているようだが、
デミタスやらロマネスクやらは、鼻白むような顔付きでそれを見ている。
-
(´・_ゝ・`)「クール、2杯目だよな。それ美味いか……?」
川 ゚ -゚)「私は好きだ」
( ゚∋゚)「美味いと思う。東の街で初めて飲んだが、
気に入ったからずっと水筒で持ち歩いてるぞ」
川 ゚ -゚)「水筒かあ。いいな、ここを離れる前に私も買っておくかな」
('、`*川「癖が強くて私は苦手です」
( ФωФ)「野蛮な輩は野蛮な味を好むのである」
川 ゚ -゚)「なんだとコラ」
今度はこの地域の住人を馬鹿にするか、ロマネスク。
いやはや恐れ入る。
というかそろそろテーブルの下から出たまえ。
#
-
( ゚∋゚)「──おとなしくしてるんだぞ」
▼・ェ・▼ バフッ
言われるまでもない。
宿屋の立て看板と私の首輪を長めのロープで繋ぎ、
クックルは惰性的な注意を口にした。
これまでに一度でも、私が騒ぎ立てたり迷惑行為に及んだりしたことがあったか、よくよく考えてみてほしい。
とはいえ、檻に入っていない動物は歓迎されない傾向にある。
今まで訪れてきた宿の大半でも「犬を外に繋いでおけ」と言われた。
客商売だ。仕方がない。
-
( ゚∋゚)「これ晩飯な」
クックルは縁の欠けた皿を私の前に置いた。
宿屋の主人から譲り受けた野菜の切れ端と、肉片の残った骨が乗っている。
( ゚∋゚)「皿は後で取りに来るから」
▼・ェ・▼ ァオン
クックルが宿に引っ込み、私はゆっくりと食事を始めた。
美味とは言えないが、まあ、こんなものだろう。
骨から肉を削ぎ落とすのは些か苦労したものの、平素は肉を与えられること自体が稀なので、やや嬉しかったのも事実。
('、`*川「あ、ビーグルちゃん」
▼・ェ・▼ クン?
声に顔を上げれば、ペニサスとデミタス、さらにその後ろにクールとロマネスクがいた。
彼らが近付いてくる匂いにも音にも気付かぬほど食事に夢中になっていたのが、少々恥ずかしい。
-
('ー`*川「ご飯食べてるのねえ。美味しい? よしよし」
(´・_ゝ・`)「クックルもこの宿にしたのか」
( ФωФ)「入口に野蛮な犬畜生を放置するとは、この宿には期待できんな。
クール、別の宿にするである」
川 ゚ -゚)「ここ以外だと、あとはもう小汚い安宿しかないぞ?」
(#ФωФ)「ったく、碌な町ではないな!」
大声で文句を言いながら宿に入っていく度胸は認めよう。
クールが疲弊した顔付きでロマネスクに続く。
(´・_ゝ・`)「お嬢様、私達も入りましょう」
('、`*川「もうちょっと撫でたいわ」
(´・_ゝ・`)「代わりに私を撫でていいですから。
さあ、外は寒くなってきました。風邪を引いてしまいます」
何を言っているのやら。
今の台詞の前半部分も大概わけが分からない(というか薄気味悪い)が、
それよりも後半が気になった。
私の体感でいえば、気温はそれほど低くない。
暖かいとまでは言わなくとも、人間が肌寒さを感じるほどでもない筈だ。
-
('、`*川「ん……そうね。冷えてきたわ。
でも、デミタスを撫でてもそんなに楽しくないと思うの……」
ぶるりと身震いしてペニサスが小首を傾げる。
解せない。彼らが特別寒さに弱いだけか。
私はペニサスの顔を見上げた。
私の視力は他の犬のそれよりかは幾分発達しているが、それでも色覚は鈍い。
ペニサスの顔色を上手く掴めない。
声は、昼に会ったときよりやや掠れている気がする。
▼・ェ・▼(彼らは既に風邪を引いてしまっているのかもしれない)
早く宿に入った方が良かろう。
ペニサスの脚を、頭でぐいぐい押した。
(´・_ゝ・`)「ほら、ビーグル……も早く入れと言っています」
あ、今、敬称を付けるか迷ったな。
犬とはいえ仲間の雇い主だものな。
デミタスの再三の催促に、ペニサスが渋々立ち上がる。
('、`*川「ビーグルちゃん、また明日ね」
明日。明日か。明日も構ってくれるのか。それはありがたい。
何時間後のことかは、知らないが。
-
2人が宿へ消えた数分後に私は食事を終えた。
見計らったかのように現れたクックルが皿を回収し、忘れて悪かった、と今度は水の入った器を置いていく。
( ゚∋゚)「おやすみビーグル」
▼・ェ・▼ フゥン
それではまた数時間後にな、クックル。よい夢を。
-
することもないので、地面に伏せて道行く人々を眺める。
たまに私を撫でていく者もいれば、こっそりと間食を置いていく者もいる。
が、夜も更けてくると人通りはなくなってしまった。
しんと静まり返る中、ふと、鼻を擽る匂いに気付く。
▼・ェ・▼(最近よく嗅ぐ香りだ)
然して強くない。風向きが変わり、私の鼻から遠ざかる。
これといって好きでも嫌いでもない匂いなので、どうでもいい。
また別のことへ意識を向ける。
ペニサスとデミタスの体調は如何ほどだろう。
あれだけで済めばいいのだが。
その内に眠たくなってきたので、目を閉じた。
▼-ェ・▼(……ん)
──声がした。
-
美しい声で紡がれる旋律。
これは──子守唄か。
宿の中から聞こえる。恐らくクールの歌声。上手いものだ。
その波浪に身を委ね、私は穏やかな気持ちで眠りへ落ちていった。
間もなくロマネスクのいびきに起こされた。
睡眠を邪魔されるのが一番嫌いだ。私に今少しでも野性があったなら噛み殺していたかもしれない。
#
-
『ビーグル』
『いいかい、おもちゃを3つ投げるから、四角いものだけ持っておいで』
『──よし、いいぞビーグル! その調子だ』
『ビーグル、足し算は出来るかしら。鳴き声の回数で答えてね。4と5を合わせるといくつ?』
『正解よ! じゃあ6と2は?』
『それも正解。素晴らしいわ!』
『お父さんお母さん、ビーグルとお外で遊んできていい?』
『やった! 行こうビーグル』
『すごいね、ビーグルは頭がいいね。うちの自慢だってお父さんが言ってたよ』
-
『あ、もう帰らなきゃ……』
『また明日遊ぼうね、ビーグル』
▼・ェ・▼
気付けば朝だった。
ロマネスクのせいで眠れやしないと思っていたが、まあ慣れたらしい。
夢の名残に囚われる頭を左右に振って、完全に目を覚ます。
-
( ゚∋゚)「起きてたか」
クックルが朝食を持ってやって来た。
私の分と、クックルの分。
私の方は夕餉のメニューと大差ない。クックルは何の変哲もないサンドイッチだ。
私の隣に座り、クックルが食事を始める。かと思えばすぐに食べ終えていた。早食いは良くない。
しばし、2人(正確に言うならば1人と一匹)でぼうっとする。
いつ出発しようかな。それほど急ぐ旅でなし、少しゆっくりしていくか。
川 ゚ -゚)「──クックル」
( ゚∋゚)「お、クール。おはよう」
不意に宿屋から出てきたクールが、クックルを見て安堵したように息をついた。
どうしたのだろう?
川 ゚ -゚)「体調はどうだ? どこか悪いところはないか?」
( ゚∋゚)「特にないが」
▼・ェ・▼(頭は悪いと思うのだが)
下らぬ冗談が脳裏を過ぎって、我ながら辟易した。ユーモアというやつは難しい。
-
( ゚∋゚)「どうかしたのか?」
川 ゚ -゚)「ロマネスクと、ペニサスさんとデミタスが熱を出した」
▼・ェ・▼(やあ、やはり風邪だったか)
所見では、この町に病院は無さそうだった。
医者にかかるとなると別の町まで移動しなければならない。
だが風邪ならば何とかなるだろう、彼らも基本的な薬は持ち歩いている筈だし。
そんな私の思考とは裏腹に、クールは深刻そうな顔で続けた。
川 ゚ -゚)「他の宿泊客も何人か同じ症状を訴えている。
熱と、喉の痛みと、たまに嘔吐──」
( ゚∋゚)「風邪じゃないのか?」
川 ゚ -゚)「咳は出てない」
クールの声からは戸惑いが窺える。
咳が出なくとも風邪は風邪だ。必ずしも咳や発熱等がセットになっているわけではない。
と思いきや、風邪ではないと確信するだけの根拠が別のところにあったようだ。
-
川 ゚ -゚)「体の一部に黄色の斑点が出てるんだ。黄疸みたいな。
色は薄いし、出る場所も人によって違うみたいだが……」
( ゚∋゚)「うーん……?」
▼・ェ・▼ ワゥン?
クックルなりに考えているようだが、彼には正答など浮かばないだろう。
そもそも黄疸を理解しているかも怪しいところ。
案の定10秒ほど後に「分からん」と正直に呟いた。
だがクールの話はそこで終わりではなかった。
深刻そうな顔で言葉を続ける。
川 ゚ -゚)「……困ったことに、私達が疑われている」
それとほぼ同時に宿屋からまた誰かが飛び出してきた。
こちらを睨みつけている。目は吊り上がり、いかにも怒っている様子。
彼はたしか──この宿の主人だ。
<_フ#゚-゚)フ「おい、さっさと部屋で寝てる奴ら連れて出ていってくれ!」
おお、開口一番、結構なことだな。
-
( ゚∋゚)「うん?」
<_フ#゚-゚)フ「あっ、そこのデカいあんたもこの女の仲間だったよな? 出てけ!
これ以上うちで病気まき散らされちゃ困るんだよ、ほら早く!」
ああ、そういうことか。
ほんの十数時間前に町へ入ってきた我々が病原菌を運んできた、と。
言い掛かりと言えなくもない。
川 ゚ -゚)「待ってくれ、あんな病人を下手に動かせない。
荷物があるから運ぶのだって容易じゃないし──」
( ゚∋゚)「医者はいないのか?」
<_フ#゚-゚)フ「西の町と東の町にはいるけど、ここにはいないよ。
さっき、西の方の医者を呼びに行かせた。あんたらの仲間は東に運べ!」
川 ゚ -゚)「どっちの町もかなり離れてるじゃないか。運んでいくにも時間がかかる。
西から医者が来るのなら、私達もここで待たせてくれたっていいだろ」
<_フ#゚-゚)フ「呼びに行って連れてくるのに数日かかるんだぞ!
その間に病人を増やさせてたまるか!」
-
▼・ェ・▼(医者がいない町はこれだからな)
この時代、医師は貴重な存在だ。
全ての町に行き渡らせることなど出来ない。
だから病院や医者が存在しない町も非常に多い。
住人の誰か一人でも医学の知識を持っているならばいいが、全員が全くの無知であった場合は始末に負えない。
身近な病への対処は知っていても、こういうイレギュラーがあると途端に無茶を言う。
何かしらの感染症にかかっただけで、罹患者を殺して焼いて埋めてしまうところもあるという。
それに比べればこの主人殿はまだマシだろうが、それでもまあ、宜しくはない。
-
川;゚ -゚)「ちょっと聞いてくれ、なあ。そもそも私達が原因だと決め付けられても──」
<_フ#゚-゚)フ「他の客は、最低でも2週間以上前から滞在してるんだ。今まで何もなかった。
なのにあんたらが来た途端こんなことになったんだから、原因は明らかだろ!」
▼・ェ・▼(短絡的すぎる)
その程度なら、潜伏期間としてはザラにある。
一方で、我々が町に入ってからまだ24時間も経っていない。
さらに言えば宿に入ったのなど夜だ。12時間経過しているかいないかといったところ。
仮に我々から感染したとすると、潜伏期間が非常に短いな?
なのに、我々はそんな病原体を保持しておきながら一見健康体のまま宿に泊まり、
そして他の宿泊客と全く同じタイミングで発症したと?
ついでに君は「感染者を増やしたくないから町を出ろ」と言うが、
我々を追い出しても、他の客──罹患者はここに残すつもりだろう。
それでは結局、彼らからまた誰かが感染させられるのではないか。
-
まず人から人へ感染するかも怪しい段階ではないのか?
主人殿、君は焦りすぎている。
恐いのは分かる。未知の脅威に怯えるのは仕方のないことだ。
原因(と思っている)我々を遠ざけたくなるのも、心理としては当たり前。
しかし対処は慎重に考えなければなるまいよ。
▼・ェ・▼(獣の身が憎い)
ああ、私が人の言葉で話すことが出来たなら。
幸いにしてクールが私の言いたいことを粗方言ってくれたが、完全ではなかった。
クールもあまり、こういった方面には明るくないらしい。
誰か医学を齧っている人間がいないものか。
私はクックルの靴を前足で叩き、彼を見上げた。
ああ決してクックルに知識を期待しているわけではない。悪しからず。
-
▼・ェ・▼ フンッ
( ゚∋゚)「……」
クックルは私の顔をじっと見つめ、「ううん」と唸った。
( ゚∋゚)「生憎、俺もクールもデミタスも、病気のことはあまり勉強しなかった。
横堀って奴はそこそこ詳しかったと思うんだがなあ……」
そうか。では、言葉で主人殿を納得させることは難しいわけだ。
ならば、最終手段に出るしかあるまい。
これは君に期待する、クックル。
▼#・ェ・▼ シャーッ フシャーッ
声は出さず、牙を剥いて主人殿とクックルを交互に見る。
私なりに精一杯の「恐い顔」だ。
主人殿はクールと言い合っているので気付いていない。
クックルはしばらく難しい顔をして、ようやく理解したか、「嫌だなあ」と呟いた。
嫌がっている場合ではなかろうよ。
-
▼・ェ・▼(雇い主の命令だぞ)
そんな気持ちを瞳に込めると、クックルは観念した様子で一歩出た。
クールを脇にやり、主人殿と相対する。
クックルの巨躯に主人殿が怯んだ。いいぞ。
持ち前の強面を更に厳めしくさせ、クックルが主人殿の胸ぐらを掴み上げた。
おお、主人殿の足が地面から離れたぞ。
( ゚∋゚)「ごちゃごちゃ言うな。とにかくこっちだって困ってんだ。
俺らのせいかどうかは知らんが、苦しんでる病人を追い出せってのは酷くないか」
<_フ;゚-゚)フ「ひっ! な、ちょ、離っ、」
( ゚∋゚)「なあ。なあ?」
<_フ;゚-゚)フ「分かっ……わ、分かった、分かったからっ! 下ろせっ、下ろしてえっ」
胸ぐらを掴むのとは逆の手で拳を作った途端、主人殿は泣きそうな声をあげて頷いた。
うむ。素晴らしいよクックル、君の体格も顔付きも、こういうことには打ってつけだ。
-
川 ゚ -゚)「……クックルはああいうことをする奴じゃないんだが……」
クールが低く囁き、私を一瞥する。
ああ、クックルは割合におとなしい性格だとも。私だって乱暴なことは好かない。
しかし時には、やむを得ない場面だってあると思うのだ。そうだろう、クール君。
とりわけ人間同士でありながら、言葉も通じなさそうなときには。
#
-
宿泊客と従業員は宿から出さないようにする。罹患者も、まだ健康な者も。
感染経路が分からない以上、下手に外へ出してはならない。
発症している者と健康な者は部屋を離す。
もしも新たな発症者が出れば、ふさわしい部屋に移す。
看病はこれまでに客との接触が特に多かった従業員が行う。
今回のことは町中に知らせる。
他の住民は宿に近付かないようにとも言い付ける。
手洗い等は念入りに。
──これらの事項は、誰が言い出すでもなく従業員が自主的に決めてくれたので助かった。
.
-
昼を回った。
今のところ、他に発症した者はいないらしい。
▼・ェ・▼ キュー
( ゚∋゚)「……暇だなあ」
宿屋の広間。
私とクックルは隅に座って、ぼけっとしていた。
我々が感染源である疑いはまだ晴れていないらしく、他の客に近付くことを許されなかった。
発症者の中でも、ロマネスク達3人だけは地下の物置部屋に寝かされているという。
クール1人で看病をしているのだろう。可哀想に。
▼・ェ・▼(……高熱、喉の痛み、嘔吐……ペニサス達は、宿の前で寒気も訴えていたな)
そして黄色の斑点、か。
何の病だ?
熱とは具体的に何度だ。咽頭の腫れは? 嘔吐の頻度は。食欲はあるのか?
-
▼・ェ・▼(斑点はクールの言ったとおり黄疸だろうか。白目の部分も黄色くなっていれば確実だが。
どうなっているのか確かめたいな……)
いくつかの病名が頭に浮かぶが、これと特定することが出来ない。
──そもそも現時点で医学的に認知されている病なのかどうかも分からないのだ。
戦争、そして天災で、環境は大きく変わってしまった。
そのうえ恐ろしい数の人間や動物が死んでしまったため、
多くの地域では死体や廃棄物の処理も追いついていないのが現状だ。
衛生に関して言えば、一部の地域を除いて、水準はかなり低い。
そんな状況では新たな病が生まれてしまう。
戦前までは存在しなかった病。現時点で治療法が分からない病──
-
▼・ェ・▼(今回の病気も、新種の病原体などであれば厄介だ)
朝は否定したが、実のところ、我々が病原体を持ってきてしまった可能性だって決してゼロではないのだ。
体質等によって、発症までにかかる時間が変わることは有り得る。
本来ならば他の客のように12時間程度で発症するものであったが、
ロマネスク達はたまたま潜伏期間が長時間に渡ったとか──
あるいは。ロマネスク達が持っていた細菌をAとし、他の客が別の細菌Bを持っていたとしよう。
彼らが接触したことにより細菌Aと細菌Bが行き交い、
それにより初めて人体に有害となる病原体が完成したという可能性も。この可能性は高い気がする。
いやしかし。
彼らが宿に入ったのは夜だ。他人とそれほど触れ合う機会があっただろうか。
-
▼・ェ・▼ ウー
宿以外から病人が出たという報告は無いらしい。
まだそれほど時間が経っていないから決めつけるのは早計だが、
仮定、あくまで仮定として、この宿でのみ発病しているとしよう。
発症したのはロマネスク、ペニサス、デミタス。他は名も知らぬ宿泊客数人。
それ以外の客と、主人殿含めた従業員は皆健康体そのものだ。
▼・ェ・▼(ペニサスとデミタスの件からして、初期症状は悪寒か?
今のところ無事である者は寒気も感じていなさそうだ)
時々広間の近くを通る従業員や客は、涼しげな服装で平気な顔をしている。
再度断っておくが、決めつけが良くないのは分かっている。
だからここでも仮定。現在発症していない者は、そもそも感染していないものとする。
-
<_フ#゚ー゚)フ『他の客は、最低でも2週間以上前から滞在してるんだ』──
滞在、ということは。
宿泊客はみんな他所者か?
我々のように旅をしている?
あ、待てよ。客に比べれば、従業員の方がロマネスクらと接触する機会が多かった筈。
なのに従業員全員が無事ということは──
▼・ェ・▼(人から人へ感染するのではなく、
どこかの土地から病原体を拾ってきてしまったのではないか?)
だからこの町の住人である従業員は発症しない。
健康な客は、感染源となる土地を通っていないから無事なのだ。
この可能性もまた高い。
-
では、発症にかかる時間はどう見ようか。
宿泊客はいずれも336時間以上ここにいる。
一方、ロマネスク達は約24時間前(宿に限定するならば約12時間前)に来たばかり。
しかし発症の時期が同じ──
▼・ェ・▼(……彼らは、ほぼ同じ時期に感染地を通ったのかもしれない)
恐らく他の感染者は、馬車か何かを使って、感染地から真っ直ぐこの町に来た。
ロマネスクとペニサスは観光好きだと聞いている。
ならば散々寄り道をし、時間をかけて移動してきたのだろう。
で、あれば。この町に到着した時期が違うだけであって、
感染した時期も、発症のタイミングも、大して変わりないのでは?
感染地が、たとえば列車の中継地のような、
同時刻に不特定多数が行き来する町であったなら、この偶然は起こり得る。
──ここまで考えて、私は嘆息した。
仮定だ。たしかめる術もない。
▼・ェ・▼ ジーッ
( ゚∋゚)「?」
ためしにクックルを凝視し、上記の旨を確認したいと訴えたが、
さすがにそれほど細かい事情までは汲んでくれなかった。
-
( ゚∋゚)「難しいこと考えてそうだなあ」
▼・ェ・▼(そこまで分かっているなら、もう少し踏み込んできてほしい)
まあ無理な相談であるのは重々承知している。
私の背を撫でていたクックルが、「腹減ってないか」と訊ねてきた。
どちらかというと、彼の方が腹を空かせたから訊いてきただけだろう。
( ゚∋゚)「昼飯もらってくる」
▼・ェ・▼ キュウ
果たして食料を分けてもらえるものだろうか。
さすがに何か食わせてくれるくらいの慈悲は、彼らにもあると思いたい。
▼-ェ-▼ ハァ
目を閉じる。疲れた。
ここで感染源がどうこうなどと考えても無駄だ。
問題はこれからのこと。医者が来るまで、早くても48時間かかるそうだ。
この病は命に関わるのか否か。
完治──までは望まなくとも、症状を和らげる術はないのか。
考えるべきは、それである。
-
──馴染みのない匂いが近付いてきた。
目を開ければ、私の眼前に2人の男女が立っている。
「……今日の内に出発しないと、列車に間に合わないのに……」
ぶつぶつと何か呟いている。彼らは病気にはかかっていないようだ。
長々と漏らしていた情報を総合するに、どうやら男女は兄妹のようで、
遠く離れた地に暮らす姉(戦争か天災で生き別れたのだろうか)の結婚式へ向かっていたらしい。
東の町に列車が停まる時期まで、この地で時間を潰していたと。
ならば東の町で列車を待っていれば良かったのに──などと言うなかれ。
ここの宿の方が安かったのだろう。駅のある町は発展している場合が多く、物価も上がりがちだから。
姉を想う彼らの気持ちはよく分かる。
罹患していないにもかかわらず、この騒ぎで宿に足止めされてしまったのが悔しいのもよく分かる。
しかし。
何故それを私に言う。
何故、鉄製の棒きれを持っている。
-
▼;・ェ・▼ …ワゥ…
──何故とは訊いたが、実のところ、君達の思考がどんな道を辿ったかも大体分かる。
君達も我々が原因だと思っているのだろう。
けれどクックルに文句をつけるのは恐い。クール達は地下に篭っている。
だから私に怒りをぶつけたいのだな。
▼;・ェ・▼(……って、堪ったものじゃないぞ!)
▼;・ェ・▼ バウッ! バウッ!
兄の方が棒を振りかざす。
避ければいい。あんな大振りなら、小型犬である私が動き回れば当たりにくい。
けれども。
私の身が竦んでしまった。
恐怖が私の体を満たした。
-
▼; ェ ▼ ……ッ!
手が。
振り上げた手が。下ろされる。
きっと痛い。痛い。痛い。恐い。恐い──
──しかし、予期した痛みはいつまで経っても降ってこなかった。
知らず知らず瞑っていた目を開けてみると、
( ゚∋゚)「何してる」
クックルが、2人を押さえつけていた。
ああ、すまないクックル。
せっかくの食事を床に落としてまで止めてくれたのか。
勿体ないことをした。私は獣らしく床に落ちたものでも食おう。しかし君はそうはいかない。すまない。
クックルは主人殿にしたように彼らを脅しつけ、部屋へ戻した。
それでいい。身体に痛みを与えるような暴力はいけない。
-
( ゚∋゚)「大丈夫か?」
それからクックルは、私の背を撫でた。
君のおかげで体は無事だ。心配いらない。
▼・ェ・▼ …キュゥン…
けれども全身の震えはなかなか収まらなかった。
一向に恐怖が抜けない。
( ゚∋゚)「……クール達の様子を見に行くか」
その言葉で、ようやく気分が少し変わった。
病人の様子を見られる。
私の機嫌が持ち直したのを察したクックルは、私を撫でていた手を離し、
落とした食事を片付けてから地下へ向かった。
結局食べてやれなかった。重ね重ね申し訳ない。
#
-
(。ФωФ)「我輩は死ぬ……こんな汚い町の汚い宿屋の汚い地下で死んでしまうのであるぅうう……」
病むとひどく気弱になる人種がいる。
ロマネスクがそうであるらしい。
めそめそ泣きながら、寝台の横に座るクールにしがみついている。みっともない。
川 ゚ -゚)「ビーグルに笑われるぞ」
(;ФωФ)「ふぎゃっ!? いつの間に犬が! 出ていけ、不潔である! 病が進行するゥ!」
_,
▼・ェ・▼ グルゥ
一応、必死にクックルへ意思表示をして風呂に入れてもらってきたのだが。
どのみち、この場所では清潔さなど求めるだけ無駄だ。
しかしまあ、叫ぶだけの元気はあるか。良いことだ、声はひどく掠れているけれど。
-
( ゚∋゚)「すまん、俺達も上にはいない方がいいみたいでな」
川 ゚ -゚)「気にするな。……そうだ、看病を手伝ってくれると嬉しい。
ロマネスクの体を拭いてやってくれ」
(;ФωФ)「こんな巨人に人間の体拭けるぐらいの力加減が出来るわけなかろう!
死んじゃう! ただでさえ弱ってる我輩死んじゃううう」
川 ゚ -゚)「弱ってるように見えないから安心しろ。──私は食事をもらってくるよ」
( ゚∋゚)「あ、結構距離あけてから声かけないと逃げられるぞ」
川 ゚ -゚)「仕方ないとはいえ腹立たしいな」
クールが地下と地上を繋ぐ階段を上がっていく。
それを見送ったクックルは嫌がるロマネスクを強引に剥いで、濡れタオルで腕から拭き始めた。
見ていて楽しい光景ではない。
-
▼・ェ・▼ クゥン…
私は切ない声をあげつつ目を逸らした。
地下は、寝台を3つ並べるのがやっとといった狭さ。
元々ここに収まっていたと思しき備品は、階段を上がった先の脇に寄せられている。
天井から下がっているランプの明かりがあるとはいえ、やはり薄暗い。
もちろん窓はなく、換気は難しそうだ。
薄い毛布に埃っぽい空気。こんな場所でただ寝かされているだけでは、悪化する一方に思える。
-
(´・_ゝ・`)「お嬢様、お嬢様、苦しいですか? 苦しいんですか? お辛いですか? お可哀想に、お嬢様お可哀想に」
何やら気持ち悪い男がいるなと思ったらデミタスだった。
自分も熱があるくせに、彼は寝台から身を乗り出して
すぐ隣の寝台に横たわるペニサスの世話をしている。
甲斐甲斐しく手のひらで汗を拭ってやったり、襟元を緩めてやったり。
その姿自体はいじらしいというか護衛らしく献身的と言えるが、
なぜ恍惚としたような表情なのだろう。
息が荒いのは熱のせいだと思いたい。
ペニサスは彼と2人で旅をしていて大丈夫なのか。
考え直すべきではないか。本人も了承済みであるなら、いいのだけれど。
▼・ェ・▼ ガゥッ!
とにかくデミタスもおとなしく寝るべきだ。病人なのだから。
私が2人の寝台の間で吠えると、デミタスは自分の布団に引っ込んだ。
舌打ちしたのは聞こえているぞ。
それとロマネスク、君は関係ないのだから悲鳴をあげるな。
-
('、`*川「……ビーグルちゃん……?」
ペニサスは意識を遠くへやっていたようで、たったいま私に気付いたらしかった。
ああ、良い良い、そのまま寝ていたまえ。
(´・_ゝ・`)「あっ、おい」
('、`*川「来てくれたの……」
飛び上がった私が寝台の縁に前足を引っ掛けて彼女を覗き込むと、
デミタスからは咎めるような声、ペニサスからは頭を撫でる左手を寄越された。
('、`*川「ビーグルちゃんは、お体、大丈夫……?」
私は平気だ。君は自分のことを気にしていればいい。
それにしても声が酷くか細いな。
喋るのも辛いように見える。
-
▼・ェ・▼(──ん?)
おや。何やら、目の色がおかしくないか?
先に述べた通り、私は犬であるがゆえ色の識別は苦手だ。
だが、前に見たペニサスの目と明らかに違うのは分かる。
おかしいのは白目の部分。
観察していると、デミタスの手で床へ下ろされた。
その際に確認してみれば彼の目も同じ具合であった。
▼・ェ・▼(ではロマネスクも?)
文句を垂れながら体を拭かれているロマネスクに近寄る。
やはり、そちらにも異変が見られた。これは何の色だ?
▼・ェ・▼ アォンッ
(;ФωФ)「ぎええっ!」
寝台に半ばぶら下がっている姿勢から、私は勢いをつけて敷布に乗り上げた。
ロマネスクがまたぎゃあぎゃあ騒いでいるが、それに構ってやる暇はない。
身をよじるロマネスクの周りをうろうろし、クックルの顔を見上げる。
-
▼・ェ・▼ オン、オンッ
彼の状態を説明してほしい。
私だけで診断するのは難しい。
何度も前足でロマネスクを指しながら鳴いてみせると、
クックルはいつものように、私の要望を解してくれた。
( ゚∋゚)「口で言えばいいのか?」
素晴らしいよ、クックル。
-
──と同時にクールが戻ってきた。
果物とナイフ、人数分の食器を持っている。
川 ゚ -゚)「果物なら食べられるかと思って」
ありがとうと礼を言うデミタスにクールが頷く。
それから彼女は椅子に座って、りんごの皮を剥き始めた。
寝込む雇い主の布団に犬が上がり込んでいることは完全に無視か。立派な護衛だ。
喉への負担を考えて、りんごを剥き終えたらなるべく小さく切ってやってほしい。
まあ彼女なら、言われずともそのようにしてくれそうだが。
ああ、そうだ喉。喉の状態も知りたい。
(;ФωФ)「クールううう……犬をどかしてくれえ……」
川 ゚ -゚)「なんて情けない声出すんだお前……すまんビーグル、どいてやってくれ」
( ゚∋゚)「待ってくれ、ビーグルが病人の様子を知りたいらしい」
川 ゚ -゚)「……は?」
クールが顔を上げ、ペニサスが横目でこちらを見、デミタスが上半身を起こした。ロマネスクは顰めっ面。
まあ咎める者はいないようだし、始めさせてもらおうか。
-
▼・ェ・▼ アウ
まずロマネスクの口を前足で示した。
それから喉元。
クックルは無言で頷き、やや力ずくでロマネスクの口を大きく開かせた。
反射だろうか、クールが立ち上がりかける。
(;ФωФ)「あがっ」
( ゚∋゚)「暗いな」
ランプの光量が多い位置にロマネスクの頭をずらし、クックルが口内を睨む。
ロマネスクは緊張か何かで指先まで伸びきっている。
全員の視線がこちらに注がれる中、沈黙が広がった。
しばらくしてクックルが顔を上げる。
-
( ゚∋゚)「まずい」
(;ФωФ)「ひえっ!?」
川;゚ -゚)「そんなに悪いのか?」
( ゚∋゚)「通常時が分からないから比較できない」
全員が脱力した。
うん、そうだな、うん。クックル。クックル。
溜め息をついたクールが腰を上げ、口を開かされたままのロマネスクを覗き込んだ。
先ほど無駄に驚かされたのが効いたか、ロマネスクはめそめそしながらおとなしくしている。
クールはフォークを取って、薄く平べったい持ち手の部分で舌を押さえた。
医者のようだとクックルが感心してみせる。彼の素直な性分は嫌いではない。
川 ゚ -゚)「すごく腫れてる、ように見える。赤いな。
……舌や口内は、特におかしくはない……と思う」
▼・ェ・▼ キュゥ
そうか。そこまで報告してくれて助かる。
口はもういい。クールの手を軽く撫でて離させる。
クールは、明らかに意思を持って触れた私に動揺の目を向け、一歩退いた。今更。
-
さあクックル、あとは、君に分かる範囲での異常を教えてほしい。
クックルに振り返ると、彼はようやくロマネスクの口を解放した。
( ゚∋゚)「朝にクールが言った通り、肌の所々が黄色っぽい。こことか、こことか……。
あ、それと、目が真っ赤だ」
▼・ェ・▼ ワゥ…
川 ゚ -゚)「……クックルに話しに行ったときは、少し充血してるかなという程度だった。
少ししてから悪化したんだ」
充血か。
喉の腫れ、高熱、目の充血、寒気……ああ、嘔吐もあるのだったか。たしかに臭いの名残はある。
▼・ェ・▼(咽頭結膜熱だろうか? 症状が酷似している)
待った、では黄疸のごとき斑点は何だ?
参ったな。病名が見えてこない。
対策も見えてこない。
思案に暮れる私を、向こうの寝台からデミタスが見つめてくる。
あからさまに気味悪がる顔だ。
-
( ゚∋゚)「──そうだ、さっき腕を拭いてて気になったんだが」
すっかり忘れていた様子で言って、クックルがロマネスクの右手を開かせた。
ロマネスクはやはり、されるがままだ。君はずっとそうしているべきだと思う。
( ゚∋゚)「手のひらが所々赤いんだ。全体じゃなく、指の付け根とかが……」
川 ゚ -゚)「あ、本当だ。まだらだな」
──手のひら?
何だ、何かあったぞ、そういう症状がある、何だったか、あれは。
手のひらがまだらに赤い、ええと、たしか──そうだ。
▼・ェ・▼(手掌紅斑だ!)
デミタスが自身の手に視線を移し、「俺もだ」と呟いた。
ならば恐らくペニサスの手も同様だろう。
-
やだこの犬頭良すぎ
-
▼・ェ・▼(肝臓に影響が出ているのか?)
なら、やはり黄色の斑点は黄疸ではなかろうか?
黄疸も手掌紅斑も、肝機能に何らかの障害が生じている際によく見られる症状だ。
その両方がこんなにはっきりと同時に現れるケースはよく知らないが、
ともかく彼らの肝臓に何かが起きていると見ておこう。
ならば──
▼・ェ・▼ ウォンッ!
川;゚ -゚)「わっ、何だ!?」
私はクックルに呼び掛け、急いで階段を上った。
少し遅れてクックルがついてくる。
鼻をひくつかせ、目当ての香りを辿る。
特に匂いの強い場所へ向かうと、ちょうど主人殿が「それ」を持って厨房へ向かうところだった。
-
▼・ェ・▼ ワゥン!
<_フ;゚ー゚)フ「うわ!!」
主人殿に飛びつく。
彼は仰天し、それから後を追ってきたクックルを見付けると、
怒りと怯えが混ざったような複雑な表情を浮かべた。
だが非常事態に陥っている宿屋の主人として最低限の注意はすべきと思ったのか、
目を逸らしつつも、きちんと言うことは言ってのける。
<_プー゚)フ「……あんまりうろつかないでくれ。犬も繋いどいてくれないと困る」
その通りだ。
朝は酷い有り様だったが、落ち着いてさえいれば良識的な人なのだろう。
私をここに置くことを許しているところを見ても、悪い人ではない。
ただ私が言うのも何だが、この状況で犬が宿内を歩いていることについては
もっとがっつり、ぶん殴る勢いで叱るべきだ。本当に私が言うことではないけれど。
( ゚∋゚)「すまない。でもビーグルは賢くておとなしいから大丈夫だ」
<_プー゚)フ「今まさに飛びつかれたんだけど……」
( ゚∋゚)「なら、飛びつく必要があったってことだな」
<_プー゚)フ「何言ってんだあんた」
-
▼・ェ・▼ ォンッ! アォン!
真っ直ぐに主人殿を見つめ、私は吠えた。
腹が減っているのかと主人殿が首を傾げる。たしかに空腹ではあるが、そうではない。
クックルが私の視線を追う。それにつられて主人殿も、そちらを見た。
( ゚∋゚)「それが欲しいらしい」
<_プー゚)フ「……これえ?」
心底納得のいかない顔で、主人殿は自分の右手──
もとい、そこに握っている、乾燥された花を揺らした。
#
-
川 ゚ -゚)「シタラバナ……毒性は無いな」
植物図鑑と左手の花を見比べ、クールが呟く。
さすがに彼女は慎重だ。
顔馴染みであるクックルが持ってきたものでも警戒を怠らない。
ちなみに図鑑は彼女の私物らしい。旅をしている手前、何があるか分からないものな。
▼・ェ・▼ フンッ
やや癖のある香気が、地下室の中をふんわりと漂っている。
私が(正確にはクックルが)主人殿から分けてもらった「シタラバナ」の香りだ。
ここらの地域で多く見られる、白くて小振りな愛らしい花である。
私が夜に嗅いだのも、この花の匂いだった。なんでも、宿の裏手で栽培されているとか。
('、`*川「ビーグルちゃん、お見舞いのお花持ってきてくれたの?」
(´・_ゝ・`)「はは、お嬢様。可愛らしいことを仰る」
と言いつつ小馬鹿にするような目をペニサスに向けているぞ、デミタス。
だが声色は本当に愛おしむような響きだ。随分と複雑なヘキを持っているようだな君は。
-
( ゚∋゚)「ビーグルのことだから、何か考えがあって欲しがったんだと思う」
( ФωФ)「何を馬鹿な」
川 ゚ -゚)「うーん……ん」
クールがページの下部に目を留める。
彼女は、それを読み上げるべく口を開いた。
子守唄もそうだったが、朗読する声もまた美しい。
川 ゚ -゚)「『根、茎、葉をよく洗い、乾燥させた後に煎じて飲めば肝機能の改善、解熱の作用が』……」
(´・_ゝ・`)「薬草なのか?」
川 ゚ -゚)「うん……食用とも書いてある」
▼・ェ・▼ アゥ!
──シタラバナはキク科の花だ。ちなみに多年生。
根と茎、葉の部分は薬になる。
たとえば同じキク科のタンポポも肝臓病への薬効が認められているが、
このシタラバナはタンポポのそれより効き目が強い。
そして僅かではあるものの、解熱作用もある。
──これで皆の病が治るわけではないだろうが、
少なくとも肝臓に異常が出ているのは確かなので、それだけでも症状を和らげることは出来る……筈だ。
-
川 ゚ -゚)「まさか、これを飲めって言ってるのか? ビーグルが?」
▼・ェ・▼ ゥン
( ゚∋゚)「そうらしい」
川;゚ -゚)「……らしいって言われても……。
──あれ? そういえば何でこの花、既に乾燥させてあるんだ?」
( ゚∋゚)「さあ」
クールはしばらく黙考し、それから、シタラバナに顔を寄せた。
さあ気付け、きっと分かる筈だ、クール。
君なら分かる。
私の祈りが通じたか、クールは、はっとした様子で顔を上げた。
川 ゚ -゚)「──お茶の匂いだ」
( ゚∋゚)「……あー。そうか、それだ。何か嗅いだ覚えがあると思った」
( ФωФ)「何のことである?」
-
川 ゚ -゚)「あのお茶と同じ匂いがする。お前らの口には合わなかったやつ」
カフェテリアでクックル達が飲んでいた茶を思い出したか、ロマネスクは苦々しい顔をした。
──かの茶には、普通の茶葉の他にシタラバナの葉が混ぜ込まれていた。
私は香りで気付いていたが、クックル達はあまり気にしていなかったらしい。
ちなみに、香草のように肉や魚料理にも使われていた。
シタラバナが身近に存在している地域であるため、
食文化にも大きな関わりを持っているのだ。
つまり町の住民は、薬草でもあるこの花を常飲・常食している。
それ故この謎の病にかからない。
よそ者である我々の内、茶を気に入っていたクックルとクールだけがぴんぴんしているのも恐らくそのためだ。
他の罹患者も、茶や料理を好まなかったのではないだろうか?
──ここまで来ればクールにも推理は容易いらしく、
上記の旨を、彼女が皆へ伝えてくれた。
こういう形での説得は、クックルには出来ないことだ。彼女がいて良かった。
-
川 ゚ -゚)「現時点では確定とまでは言えないが、どのみち人体に害のある花じゃない。
お茶は簡単に手に入るんだ、騙されたと思って試してみる価値はある」
よし。よし、クール、完璧だ。
従業員に交渉してくる、とクックルとクールは地上へ向かった。
一通り私の望む方向へ話は進んだ。あとは実際に、効果が出てくれればいいのだが。
安堵し床に伏せる私を、デミタスが奇異の目で見つめている。
おとなしく寝ていたまえ。
(´・_ゝ・`)「……何なんだ、お前。絶対に普通の犬じゃないだろう」
▼・ェ・▼ クーン
生まれてから今まで、私はずっと犬だよ、デミタス。
悪い魔女によって犬にされてしまった人間であった方が、却って君には現実的に思えたかもしれないがね。
.
-
──少しして、クックル達が薬缶とカップ、茶を入れるための諸々の器具を持ってきた。
川 ゚ -゚)「宿の主人にも説明はしておいた。半信半疑って感じだったな。
だが実際、病人のほとんどは今まで、シタラバナが使われた食事に手をつけてなかったらしい」
半疑、で済んだのか。それは僥倖。
ならば主人殿も、他の病人に同じ処置をとってくれるだろう。
自分達にとって馴染み深い食生活を他者に勧めるだけなのだから、リスクは低い。
ただし逆効果という最悪の事態になれば、我々への責任追及は免れないが。
そのときはそのとき。
( ゚∋゚)「とりあえずお茶を淹れてみるから、みんな飲んでくれ。
それと、後で茶粥を作ってもらえることになった」
(´・_ゝ・`)「……すこぶる口に合わないが、仕方ないな……」
('、`*川「お薬って、美味しくないものね」
デミタスとペニサスが了承してくれた。
物分かりが良くて非常に助かる。
──だというのに、
( ФωФ)「……いらん……」
この男はこれである。
-
川 ゚ -゚)「お前なあ」
( ФωФ)「貴様ら、本当に犬畜生が医者の真似事をしてると思っているのであるか?
クールもデカブツも自覚がないだけで、病にかかっているのだ。
熱で頭が茹だっている。信じられん。そんな状態の人間が淹れる茶など飲めん。そもそも不味い」
川 ゚ -゚)「死ぬかもしれないんだぞ」
(。ФωФ)「我輩はきっと死ぬである……ここで死ぬ……罰が当たったのだ……」
川 ゚ -゚)「……罰とかいう概念があったのか、お前」
そしてまためそめそと。重症だな。別の意味で。
クールは茶を非常に濃く煮出して、冷ましたそれを強引にロマネスクの口に流し込んだ。
合間に甘い果汁を口直しとして飲ませてからまたお茶を、と繰り返しているが、それは逆に辛いと思う。
ロマネスクが暴れて喚くも(元気があるのかないのか分からないな)、クールに簡単に押さえ込まれている。
川 ゚ -゚)「罰が当たったっていうなら、これも罰だ。ほら飲め飲め」
心なしか楽しそうだなクール。
一方でデミタスとペニサスは、クックルの淹れた茶をおとなしく飲んでいた。
今の内に多く淹れて冷ましておいた方が、後々飲みやすいかもしれないな。
クックルに伝えておこう、私は喋られないけれど。仕草で何とか。
#
-
お茶や茶粥を摂取させるようにして、およそ70時間後。
病状は明らかに良くなっていった。
(´・_ゝ・`)「お嬢様、お加減はいかがです?」
('、`*川「うん……熱も下がったし、少し怠いくらいで、大丈夫。デミタスは?」
(´・_ゝ・`)「それは何よりです。私もすっかり良くなりました」
( ФωФ)「単純な体で良かったであるな、貴様らは……我輩はどうせあと数日の命……」
川 ゚ -゚)「おまえ真っ先に熱下がって斑点とかも消えたよな」
▼・ェ・▼ フゥ
まだ安静にしていなくてはならないが、一山は越えた。
眠いな。ずっと様子を見ていたからあまり寝ていない。
-
少し早いが昼飯の準備をしようとクールが言った直後、階上のドアがノックされた。
階段に一番近かったクックルがドアへと向かうので私もついていく。
ドアを開ければ、気まずそうな顔の主人殿。
何だかんだ、看病の間は彼にも世話になった。
<_プ-゚)フ「……あ、ええと、呼んでた医者が、さっき着いた」
( ゚∋゚)「そうか、良かった」
<_プ-゚)フ「一番症状の重かったお客様を優先して診てもらってる。
それが済んだら──こっちにも来てもらうから、病人に伝えておいてくれ」
( ゚∋゚)「ああ」
何度か言い淀み、主人殿は足を一歩引いて、すぐに思い直したか改めてクックルと向かい合った。
-
<_プ-゚)フ「……あんたらに言われた通り、茶を飲ませたら皆様が快方に向かった。
症状が重いお客様ってのは、それでも茶を飲まなかった方だ」
クックルが満足げに頷く。
表情は変わらないものの、私は雰囲気だけで彼の機嫌が大体分かるようになってきた。
今にも「ビーグルが指示を出してくれたおかげで」などと言い出しそうなのが不安だ。
それは駄目だぞクックル、せっかく向こうが態度を改めてくれているのだから。
<_プー゚)フ「……ありがとう。この間は、悪かったよ」
クックルはあまり気にしていないよ、主人殿。
あとでクールにも謝ってあげてくれ。
#
-
──結論を言うと、私の想像通り、これは戦後から確認され始めた新種の病であった。
主に肝臓へ影響することも、特定の地で感染する風土病の一種というのも合っていた。
私もまだまだ捨てたものではない。
ちなみに、人から人への感染力は弱いという。やはり濡れ衣。
/ ゚、。 /「一月から二月ほどの潜伏期間を経て、突然熱を出すんです。
肝臓というのは症状が現れにくい臓器ですから、
基本的には熱が出るまで自覚できないんですね」
西の街から来た医者殿は物腰穏やかで、我々にも丁寧に教えてくれた。
-
/ ゚、。 /「目の充血や黄疸に似た斑点といった、
見た目に派手な症状が高熱と一緒になって唐突に現れるので
重い病気に見えてしまいますが──
安静にしていれば、せいぜい一週間程度で治癒するものなんですよ」
川 ゚ -゚)「……そうか」
ほっと息をつくクールとペニサス。
寝台に座っているデミタスが、少し考えてから質問をぶつけた。
(´・_ゝ・`)「後遺症とかはないんですか?」
/ ゚、。 /「ないですね。あと数日は気怠い感じが続くでしょうが、それが過ぎればもう大丈夫です」
それにしても、と医者殿は言葉を続ける。
/ ゚、。 /「熱が出てから3日程度でここまで回復したというのは、あまり聞きませんよ。
それも、医者のいない町でなんて」
( ФωФ)「日頃の行いが良かったのであろうな」
72時間前と言っていることが違うぞ。
医者殿はロマネスクの発言を受け流し、「処置が早かったのでしょうね」と微笑んだ。
-
/ ゚、。 /「シタラバナが有効だとすぐに気付けたのは幸いです。
私のいる町では既に知られていましたが、この町にはまだ伝わっていなかったのに……。
どなたか、そういうことにお詳しい方がいらっしゃる?」
( ゚∋゚)「びー……」
川 ゚ -゚)「たまたまです」
ビーグル、と言いかけたクックルを遮り、クールが答える。
ありがとう。私のことを話したところで妙な空気に陥るだけだ。
そうですかと医者殿が頷く。
これで一段落かと気を抜いた直後、
診察道具を鞄にしまいながら続けられた言葉に、私は耳を疑った。
-
/ ゚、。 /「この病が旅人の間で流行り始めたとき、
いち早くシタラバナの有用性を説いた方がいらっしゃいました。
──××という、とても有名なお医者様で……」
▼・ェ・▼ ワゥッ
反射的に声をあげてしまう。
医者殿が驚き、そして犬の気まぐれだろうと解釈したのか苦笑いを浮かべた。
私はクックルの足を前足で叩いた。
たまにズボンの裾を引っ張り、必死にアピールする。
( ゚∋゚)「……その医者っていうのは、どこに?」
/ ゚、。 /「私が来たのよりも、さらに西へ進んだ先にある街に。
お知り合いですか?」
私は部屋の隅に置かれていた肩掛け鞄を引っ張り、医者殿の前でやや乱暴に落とした。
本と写真が床に飛び出る。
これもまた犬の気まぐれと思ったか、医者殿は困ったように笑いながら写真を拾い上げた。
-
/ ゚、。 /「あれっ」
そこに写る一家と私の姿を見て医者殿が目を丸くさせる。
その反応に確信する。先ほど医者殿が口にした名は──
/ ゚、。 /「この方ですよ。あ、じゃあ、このわんちゃんはあの人達の飼い犬ですか?
一緒に写ってるの、この子ですよね」
( ゚∋゚)「ビーグルはこの一家を探してるんだ。西に行けば会えるんだな?」
/ ゚、。 /「ええ。天災の折に、遠くの国から避難してきてからずっと、あの街に住んでます。
ご家族4名とも、ご健在ですよ」
──そうか。
そうか。
元気で、暮らしているか。
(´・_ゝ・`)「医者のペットだったのか。……いや、だとしてもやっぱり異常だろ……」
('ヮ`*川「良かったわねビーグルちゃん、家族に会えるのね」
▼・ェ・▼ キューン…
-
ならば行こう、クックル。
彼らも治ったし、病気の正体も分かったし、気兼ねなく町を出られる。
ズボンの裾に噛みつき、ぐいぐいと引っ張る。
クックルは写真と本を鞄に詰め直すと、私を宥めてから歩き出した。
川 ゚ -゚)「おい、行くのか? 急すぎないか」
( ゚∋゚)「ビーグルがこんなに急いでるなら、行かなきゃいけない」
川 ゚ -゚)「でも、……いや、うん、雇い主がそうしたいって言うならしょうがないか。
ビーグル、ありがとうな。おかげでペニサスさんとデミタスが助かった」
( ФωФ)「なぜ我輩を省く」
-
('、`*川「ありがとうねビーグルちゃん」
(´・_ゝ・`)「気を付けてな」
▼・ェ・▼ オンッ
挨拶もそこそこに、地下を後にする。
主人殿もしばらく休んでいけと気を遣ってくれたが、
そもそも私とクックルの体調は初めから問題ない。
超過分の宿泊料を払って、随分と久しぶりに感じる外へと飛び出した。
早く行こう。
会いたい。早く彼らに会いたい。
彼らに会えたら、まずは何をしよう。
そうだな。
喉笛を、食いちぎってやろう。
#
-
『──びーぐる。びーぐる。わかるか? びーぐる、びーぐる』
私の最初の記憶は、何度も同じ言葉を繰り返す男の声。
幾度か繰り返される内、自身を呼んでいるのだと気付いた。
私の名は「びーぐる」。まずは感覚で理解する。
-
透明なガラスの向こうで数人の男女がこちらを見ている。
私を呼ぶのは、その中心の男。
▼・ェ・▼ クン
再度「びーぐる」と呼ばれたときに返事をするように鳴いてみせると、
彼は満足げに頷き、手元のノートに何かを書き付けた。
名を呼ばれる度に返事をする。その都度、彼は何かを記録していく。
そうして今度は小さな機械──いま思えば、あれは恐らく録音機器──を口元に寄せた。
『たいしょうが、ほんにん……ほんけん、か? まあいい、ほんにんのなまえをにんしき。
だいいちだんかいはくりあした』
正確に彼の言葉を思い出せる。
当時は意味を理解せずに単なる「音」としか捉えていなかったが、
今ならば一字一句、それぞれの単語の意味、それらを繋いだ文を把握できる。
対象。本人。第一段階。クリア。
-
『びーぐる。いーぐる。いーうる。ぎーぎぐ。びーぐる。いーいう』
続いて彼は、私の名と似た響きの言葉を混ぜて呼び掛けてきた。
正しく名前を呼ばれたときにだけ反応してみせれば、彼の顔に喜色が浮かぶ。
『すばらしい! しいんのくべつがついているぞ。
ちょうかくのかいりょうしゅじゅつはせいこうしたとみていい』
子音。区別。聴覚の改良手術。成功。
後で知ったことだが、犬の多くは子音の区別が苦手らしい。
だから響きの似た言葉は混同しがちだし、長い文章を聞き取るのも得意ではないのだという。
私の耳は、そこを改善された。
……元々は無かった筈の機能を勝手に付けられた場合、改善というのだろうか?
私の記憶がここから始まっている以上、「本来の状態」との比較ができないから分からない。
何度か呼び掛けの確認を繰り返した後に、彼は声を低くすると
先の機械へ次の言葉を吹き込んだ。
『──それでは、……ねん、……がつ……にち。
じっけんをかいしする』
.
-
かつて私が生まれた国は、兵器の開発こそ進んでいたものの、
圧倒的に人手が不足していた。
戦前から出生率が下がっていたらしい。
そこで目をつけたのが動物だ。
犬猫は多胎動物だし、人間に比べると成長も早い。
何より、使い捨てることへの抵抗が人間よりも少ない。
初めは単純な作業を行えるように躾けるだけで、一般的な軍用犬と大差なかった。
しかし、「より複雑な命令をこなしたり、時には動物自身が
国益を判断し行動したりするようにも出来る筈だ」と一部の科学者連中が政府に訴えた。
軍事とは、時に悪ふざけと向上心の境界が曖昧になる。
そこで、権威ある医学者と科学者でチームが作られ、
動物の「強化」実験が行われた。
生まれたばかりの私に手術──改造と言うべきか──を施したのは、
そのチームに所属する夫婦であった。
-
『ビーグル。昨夜、最後にお前の顔を見たのはこの中の誰だった?』
▼・ェ・▼ キュンキュン
『彼か? ──うん、当たってるな。
昨夜会ったばかりの人間でもガラス越しに識別できるのか』
チームの中でも細かなグループ分けがされており、
彼らのグループは戦闘技術よりも、知能の底上げに関する研究をしていたようだった。
通常の犬より視覚や聴覚を発達させ、五感で得る情報を増やし、
さらにその情報を処理する能力を高めさせた。
──だというのに、彼らは。
人並みの知能を持った我々に対して、
普通の獣へ対する態度と変わらぬ姿勢を貫いていた。
-
決して愛玩動物としてではない。
敬愛も親愛も、はたまた嫌悪とも侮蔑とも程遠い──
暖かくも冷たくもない、無感動の対応。
訂正しようか。
獣への対応ではなく、手に入れたばかりの道具を自分好みに馴染ませるようなそれだった。
『ビーグル、そうじゃないだろう』
▼;・ェ・▼ ギャンッ!
粗相をすれば、口頭での注意よりも先に直接的な苦痛で分からせようとした。
こちらとしては言葉で叱られれば理解できる、しかし向こうがそれ自体を理解できていなかった。
『計算の間違いがあるぞ。これを何とかしないと。
単純な足し算と引き算くらいは完璧にしてくれなきゃ……』
▼;・ェ・▼(もう一度訊いてくれ! 出来るんだ、人間だって単純な計算を間違うことくらい、よくあるじゃないか!)
──きっと彼らが想定していた以上に、実験の効果は大きかったのだろう。
彼らが思っている以上に、我々の知能は高いところにあった。
しかし彼らはそれが分かっていない。
所詮は獣だという意識が、理解を阻んでいた。
-
知能実験が施されたのは大概が小動物だった。
人間に歯向かえば、良くて「躾」、最悪の場合には処分されて終わりだ。
そんなことを繰り返されれば、抵抗しても無駄なのだと嫌でも学習する。
彼らに理解を求めるための方法を考えることすら放棄するようになる。
この学習は知能の高い低いに関係なく、動物ならば大抵が持ち得るものである。
結果、誰も彼もが人間に従うようになった。
.
-
『──ビーグル、元気?』
たまに研究施設を訪れる、幼い兄妹がいた。
私の担当である夫婦の子供だ。
子供達は実験の詳細など知るよしもなく、
両親の仕事をただ「動物を教育する」ものだと考えていたらしい。
子供達にとって、私はペットと変わりなかった。
ある日、兄妹が懇願するように両親へ訊ねた。
『お父さんお母さん、ビーグルとお外で遊んできていい?』
両親はそれを快諾した。
子供達は純粋に私と遊びたかったようだが、
研究者の面々はそれもまた実験の一環と捉えたらしい。
外へ行く前に、一家と私で写真を撮った。
何やら私と子供達の成長に合わせた実験を定期的に行う計画があったようで、
その記録のために撮影したそうだ。
結局それ以降、写真を撮られることはなかったが。
-
研究所の庭で兄妹と遊んだ。無論、監視付きである。
しかし楽しかった。
私が何か応えれば、兄妹は褒めてくれた。
『すごいね、ビーグルは頭がいいね。うちの自慢だってお父さんが言ってたよ』
実験結果への賞賛ではなく、私自身に感心の目を向けてくれた。
他の実験があったため、2時間も遊んでいられなかったのが残念だった。
夫婦が兄妹を家へ連れ帰る準備を始める。
しかし、妹の方がすっかりぐずってしまった。
私と遊ぶのだと泣きわめき、夫婦は手を焼いていた。
困り果てたそのとき、兄の方が妹の肩掛け鞄を借りて、私の体に引っ掛け──
『ビーグルに貸すから、明日、取りに来よう。いいよね?』
夫婦は少し迷いつつ頷いた。
妹も未だ名残惜しそうだったが、納得したようだった。
-
去り際、幼い彼らは私に手を振って言った。
『また明日遊ぼうね、ビーグル』
──けれども、いくら待っても彼らは来なかった。
鞄から彼らの匂いが薄れていっても、来なかった。
彼らが来てくれることを支えにして「躾」に耐えても、来なかった。
来なかった。
来なかった。
-
──『また明日』。
▼・ェ・▼ …キューン…
人間にとっての「明日」とは、いつのことなのだろう。
私の「今日」はいつ終わるのだろう。
.
-
全く変化のなかった研究所が、慌ただしくなった。
天災が近付いていたのだ。
人間が避難するのに合わせ、実験に使われていた動物達も運ばれていった。
私は──これが最初で最後のチャンスだと思った。
どうせこの天災で戦争は終わる。ここで人間に従えば、用済みとなった我々は処分されてしまう。
-
▼;・ェ・▼ ハッ、ハッ
混乱に乗じて逃げ出した。
安全な場所など分からない。
野性を知らぬ私には、獣の多くが持つ、自然に対する察知能力がほとんど無い。
しかし人間の手で殺されるくらいならば、自然によって殺された方がマシだった。
なのに結局、生き残ってしまった。
匂いや音の異常を感知した際に、知識を総動員させて分析をこなしつつ行動した結果なので、
獣らしい生存方法だったとはとても言えない。
-
天災が過ぎ去った後に研究所へ戻ってみると、
私達の実験が行われていた区域は割合に無事だった。
慌てて逃げる必要などなかったようだ。
▼・ェ・▼ ハゥ
肩掛け鞄を見付けた。
鞄をくわえて所内を回る。かの夫婦が使っていた研究室を覗くと、
兄妹と遊ぶ前に撮影した写真があった。
写真を鞄に入れる。彼らの顔を忘れてはならない。
それから、父親の方がよく読んでいた本も鞄に入れた。
たまに私に読み聞かせていた医学書も近くにあったが、
それよりもこちらの方が彼の匂いが染み込んでいる。彼を探すのに役立つかもしれない。
それから、彼らが金庫から持ち出しきれなかったと思われる金もいくらか失敬した。
金があって困ることはないだろう。
▼・ェ・▼(……彼らを探しに行こう)
-
彼らは私に知能を与えた。
そのせいで私は知りたくもないことを知ってしまった。
理不尽な痛み。苦しみ。恐怖。
果たされることのない約束に縋る惨めさ、悠久のような時間。
その光が潰える絶望。
噛み切らねばならぬ。
私の野蛮な牙で、噛み切らねばならぬ。
獣に立ち返らねば。
私は、人間に弄ばれたまま死にたくはない。
#
-
( ゚∋゚)「──そろそろ着くそうだ」
かの町を出て90時間以上も馬車に揺られた頃、
クックルが私の背を撫でながら呟いた。
君を雇って良かったと思う。
初めから、自分の力だけで探し出せなかったときには人間を利用すると決めていたのだが
相応しい者がなかなか見付からなかったもので、とても困っていた。
君のような扱いやすい人間がいて、本当に良かった。
.
-
──清潔な街だった。
衛生面に気を遣っているのが見てとれる。
病院らしき、一際大きな建物が中心部に見えた。
市場で一家の居場所を訊ねようとしたクックルを抑える。
君は、あまり目立たない方がいい。
▼・ェ・▼ フンフン
本に染み付いた匂いと似た体臭を、ほのかに感じ取る。
匂いを辿っていくと、件の病院が近付いてきた。
やはり彼らはここにいる。
気分が昂揚した。
ああ、どうやって襲い掛かろうか!
-
体は小さくとも、的確な位置を狙い、不意をついてやれば人を殺すことくらい出来る。
だが、全員が無抵抗の内に素早く仕留めていくほどの技術は私にはない。
首尾よく1人を殺せても、すぐに別の人間が私を始末するだろう。
──まあ、正味、殺せなくても構わないのだ。私は。
私の牙が噛みつけられればそれでいい。
私の恨みを思い知らせられるなら、それでいい。
その直後にこの世を去れるのであれば上々だ。
▼・ェ・▼ クン…
──匂いが混じった。
思わず立ち止まる。
これは。気のせいか?
しかし。いや、だが。
▼・ェ・▼(……ともかく進もう)
#
-
民家の立ち並ぶ通りに入り、しばらく進んでいくと、大きな公園があった。
しっかりした造りの遊具と、やや歪な遊具が点在している。
後者は戦後に住民達が作ったものだろう。
公園には幾人かの子供とその家族、あとは1人で行動する若者や老人がいた。
病院が近いのもあって、入院着のような服を着た人間が何人かいる。
公園の周りは林に囲まれており、私とクックルはそこを通って園内を見て回った。
匂いが近付く。
運動場──というか広場──に差し掛かったとき、
少年の声が大きく響いた。
「ビーグル!」
はったと声の方向を見る。
そこには、写真の面影が残る、健康的な少年がいた。
「えらいぞビーグル!」
彼は笑顔で手を振り──玩具をくわえて駆け寄る犬を、優しく抱き留めた。
.
-
「ほら、おもちゃ離して。……本当にえらいなあ、格好いいよビーグル」
見知らぬ犬を私の名で呼んで、少年はその犬の頭を撫でた。
犬は嬉しそうに尻尾を振り、少年の手に頭をぐいぐいと押しつけている。
私とは似ても似つかない大型犬だ。
少年が犬を撫で回していると、少女が走ってきて、少年のように犬の毛並みを手でたしかめた。
少し遅れて、男女が歩いてくる。
老け込んでいたが、あの夫婦だった。
「お父さん、ビーグルにおやつあげようよ」
「そうだなあ。よしよし、いい子だなビーグル。──うわっ!」
食べ物の匂いにつられ、「ビーグル」が男にのしかかる。
尻餅をついた男は、仕方がないなと朗らかに笑った。
怒るでもなく、優しい手付きで「ビーグル」をどかし、犬用のビスケットを与えている。
-
皆が幸せそうだった。
一家も、「ビーグル」も。
▼・ェ・▼(──何をしているんだ)
何故その犬を私の名で呼ぶ?
何故、そんな風に触れている?
私はここにいる。
君達に傷付けられた私はここにいる。
君達を憎む私はここにいる。
なぜ笑う。なぜ撫でる。なぜ褒める。なぜ。
どうして。
どうして私の欲しかったものが、そこにある。
ふざけるな。
私は。私を。私に。君達は。私が。
牙を突き立ててやる。
君達も、その犬も、私が噛み殺してやる。
私の、牙が、
.
-
( ゚∋゚)「ビーグル」
クックルに名を呼ばれても、私はその場に座り、じっと前を見続けていた。
一家と「ビーグル」は、数分前、彼らの住む家へと帰っていった。
( ゚∋゚)「……ビーグル」
ああ、クックル、もっと名前を呼んでくれ。
ビーグルは私だ。私がビーグルなのだ。
彼らが私に付けた名だ。
彼らの呼ぶ「ビーグル」は、私だけだった筈だ。
( ゚∋゚)「行こう。もう夕方だ」
私はようやく動いた。
公園を出て、地面の匂いを嗅ぎ、その匂いを追う。
クックルは黙って付いてくる。
-
悲しいなぁ
-
幾度か道を曲がって、とある家に辿り着いた。
4人で住むのには丁度いい大きさの家だった。
庭先に立派な小屋があり、そこに寝そべる「ビーグル」が私達を一瞥して
興味もなさそうに目を閉じた。
家の中から、睦まじい一家の会話が聞こえてくる。
時折「ビーグル」の名を出して、愛おしむように話している。
そのビーグルは、私ではなく、庭でくつろぐ彼のことだ。
-
▼・ェ・▼ …キュ…
私はクックルの手を見上げた。
クックルがしっかりと私と目を合わせて頷き、
片手に持っていた肩掛け鞄を玄関のドアノブへ引っ掛けた。
あの鞄には、ずっと、同じものしか入れていない。
写真。金──ああ、金はそれなりに遣ってしまったが、そもそも彼ら個人の金ではなく研究費用だ。
そして、本。
-
彼は。あなたは。
いつもその本を持って、部下に語っていたな。
決まって瞳を輝かせて。
『傍に置いておくのに理想的な人間というものは』──
たっぷりと間をあけて、勿体つけて言うのだ。
おかげで部下達も、すっかり覚えてしまっていた。
その様が何だか可笑しくて──微笑ましくさえあると、感じたものだ。
『丈夫な体と、優れた直感を持つ者だ。
頭であれこれ考えるより、本能で物事を察知して的確な行動をとれる者がいい』
.
-
それは真実だと思う。
でも、ならば──私は、あなたの理想と真逆ではないのか。
あなたにとって最も不要なものなのではないか。
これでは私が何のためにあなたに造られ育てられたのか、分からない。
結局私は犬なのだ。
まして野性を知らぬ犬なのだ。
どれだけ厳しくされても、褒められれば尻尾を振る。撫でられれば腹を見せよう。
そうやって尽くしても、媚びても──私は軍事目的で作られただけの道具であって、
あなたに、あなた方に必要とされる「仲間」ではなかった。
戦争が終わってしまった今なら、なおさら私の必要性は無くなっている。
-
笑ってくれ。
私は本当は、彼らに愛されたかった。
私の顔を見て「ビーグル」と呼んでくれたら、
あのときはすまなかったと謝り抱き締めてくれたら許してやろうと、
頭のどこかで、そんな光景を夢想していた。
お笑いだ。
やはり私は、もう誰にとっても、いらない犬だった。
-
( ゚∋゚)「……帰ろうか」
クックルが私を抱え上げて踵を返した。
そうしてくれなければ、きっと、私はいつまでもあの場から動けなかっただろう。
去っていく私達を、「ビーグル」が視線のみで見送る。
「ビーグル」。君の体は頑丈そうだな。
君は私達が危険ではないと即座に判断して、放っておいてくれたな。
「ビーグル」。君は彼が望む通りの存在だ。彼らが欲する通りの存在だ。
けれど、このクックルだって負けていないぞ。
「優れた直感」という言葉を、単に頭の使わぬことだと勘違いするくらいに頭は悪いけれど。
私の言いたいことも、感情も、正しく理解してくれる稀有な人間だ。
あの本の内容は的を射ている。
だからこそ、やはり、私の存在がいらぬものだと裏付けられてしまったとも言えるのだが。
-
『また明日遊ぼうね、ビーグル』
──分かっていた。
戦争の激化により、子供達が研究所に近付けなくなったであろうことは、ちゃんと分かっていた。
夫婦がどういうつもりだったかは知らないが、少なくとも、
兄妹が私を拒絶しているわけではないのだと。
だから諦められなかった。
きっと来てくれると、いつか会えたらまた無邪気に遊んでくれると、信じていた。
けれども君達には、もう、毎日遊んでくれる「ビーグル」がいるのだね。
夫婦はビーグルと名付けたあの犬を可愛がることで、
私への罪滅ぼしをしているつもりなのだろうか。
あの犬がいくら愛されても、私が癒されるわけではない。
けれど彼らは、これからも多大なる愛情をあの犬に注ぐのだろう。
そこに私への愛が、ほんの一欠片でもあるかは分からない。
-
▼・ェ・▼ …ウー…
クックルは私の喉元を擽り、何も言わずに歩いていく。
なあクックル。
私は人間と違って、感情と涙腺が繋がってはいない。
私が泣くとすれば、それは目に入った異物を取り除くときか、著しい緊張状態に陥ったときくらいなものだ。
人間のように、悲しみや怒りや喜びで涙が出ることはない。
けれど、もしも私がそういった理由で涙を流せたとしたら、
私は今、泣いていたのだろうか。
そしてそうだとするなら、それは、どんな感情によるものなのだろうか。
きっと君なら分かってくれるだろう。
私には分からない。分かることができない。理屈を捏ねる頭では答えを出せない。
-
クックルが私の頭を撫でる。
君の力加減は、とてもいい。
( ゚∋゚)「一緒に帰ろう。先生は犬や猫が好きだから、可愛がってくれる。俺もお前と一緒にいたい」
▼・ェ・▼ ……
( ゚∋゚)「暗くなってきたし、どこかに泊まって、
明日になったら出発しような」
明日。
そうだな、明日になったら、そうしようか。
▼・ェ・▼ …アォン
-
およそ4万8000時間に及ぶ私の「今日」は、ようやく日暮れを迎えた。
#
-
川 ゚ -゚)「よう」
5日後、駅がある街の市場でクール達と再会した。
彼らは中央へ向かう。私達は組織のある地へ戻る。目指す方向は逆だ。
市場にいたのは、クールとペニサスという意外な組み合わせだった。
たまには女だけで買い物がしたいということで、一時的に主従を交換しているらしい。
ということはロマネスクとデミタスが一緒に行動しているわけか。すこぶる相性が悪そうだ。
-
('、`*川「ビーグルちゃん、ご家族には会えたの?」
( ゚∋゚)「ああ」
▼・ェ・▼ アゥン
良かったわねとペニサスが私の頭を撫でる。
見たところ、ペニサスの体調は完全に回復したようである。
それこそ良かった。
ひとしきり腹まで撫でさせてから、私は姿勢を正してクックルに振り返った。
列車が来るのはしばらく先だが、手続きは早めに済ませておかねばなるまい。
-
川 ゚ -゚)「2日くらい滞在してから、適当に出発するつもりだ。
もし良かったら、後で一緒に飯を食おう」
( ゚∋゚)「ああ。──って、俺らはもう列車代と宿代くらいしか持ってないから
保存食でやりすごさなきゃいけなかった。すまん」
川 ゚ -゚)「何、ロマネスクが払ってくれる。
──もしもまたビーグルに会うことがあれば、肉の一つでも奢ってやると言ってた」
▼・ェ・▼ ハゥ
ほう。あの男がそんなことを。
話すクールは心なしか嬉しそうな、しかし彼への不信は健在であるような複雑な顔をしていた。
('ー`*川「ビーグルちゃん、また後でね」
ぎゅうと一度抱き締められる。
ああ、ペニサス、また後で会おう。
君はきっと今夜も「また明日」と言って、そしてその通りに明日も私を構ってくれるのだろう。
デミタスは私を鬱陶しがるかもしれないが。
-
( ゚∋゚)「行くか、ビーグル」
▼・ェ・▼ ワンッ!
私の心は存外に晴れやかだ。
考えても分からないことは、隅に押しやろう。クックルを見習って。
色覚は相変わらず鈍いが、それでも世界が鮮やかに感じる。
とりあえず今は、一度と言わず、明日も明後日もロマネスクに肉を買わせるための計画を立てようか。
6:賢い犬 終
-
乙
-
今日はここまで
医学的なあれこれは深く考えてはいけない
二話目 >>54
三話目 >>100
四話目 >>182
五話目 >>263
六話目 >>379
-
乙!
なんだかんだ丸く収まってよかった……
-
乙
クックルいい奴だ
-
乙
悲しい話ではあるけど、これからはたぶん幸せに暮らせるだろうなぁと思ったわ
-
おつ
-
乙
クックルとビーグルはいいコンビになりそうだな
よかったよかった
-
たとえ同じ世界であっても、視点によって全く違う風に見えるのが群像劇の面白いとこだよな
そして、それがこの作者の上手いとこ
-
これすっごい楽しみ
何度も読み返してるわ
-
VIPの総合で見て初めて知った
面白いし読んでると色んな感情が引っ張られる…
長々と褒め殺すのもアレなのでとりあえず今は続きを楽しみにしてる、乙
-
(#゚;;-゚)
その女は、「それ」に気付いていないようだった。
(,,^ ^)
顔も体も血まみれの男が、女の傍にずっとついている。
あちこちに怪我を負い、右足の膝辺りから骨が出ていても、男は痛がりもせずに
張りついたような笑みを浮かべて、ずっと、ずっと女の傍にいる。
女は気付いていない。
女以外の人間も、その男が見えていない──1人の少年を除いて。
( ^Д^)
少年は、プギャーは、その男の顔が自分に少し似ているのが、何となく嫌だ。
#
-
とある夜。とある町のとあるレストランのとあるテーブル。
プギャーが、呆れたような声をあげた。
( ^Д^)「は? オッサン、こんな簡単な文も分かんねえの? 嘘だろ?
信じらんねー。どうやって生きてきたの?」
(`・ω・´)「……」
( ^Д^)「もうイイ歳じゃん。やばくね? 今から勉強しても遅いよ。
あちゃー、字ィきったねえなあ……」
(`・ω・´)「……」
( ^Д^)「あのさオッサン。もし新政府に選ばれたとしたら、まあ選ばれないだろうけど、
仮に、もしも、万が一選ばれたとしたら、書類の読み書きとかいっぱいしなくちゃいけねえんだよ?
無理でしょ絶対。無理無理無理無理」
(`・ω・´)「なおるよ、このガキぶん殴ってもいいのか?」
('(゚∀゚∩「僕は別に構いませんけど」
(#`゚ω゚´)「オラァ!!」
(;^Д^)「いっっってえ!!」
脳天にげんこつが落ちた。
-
プギャーは頭を押さえてじたばた身悶えした後、
向かいに座る「ショボン様」とやらの足を蹴りつけた。
(#^Д^)「子供相手に本気出すとか馬鹿じゃねーの!!」
(#`・ω・´)「大人に本気出させる方が悪いんだろが!! 躾がなってねえガキだな!!
おらっ、おもて出ろ!」
(#^Д^)「上等だよ!!」
('(゚∀゚∩「ショボン様、ついでに逃げようとしないでもらえます?」
(;`・ω・´)「えっ、や、やだなあ、そんなことするわけないだろ、信用ねえなあ、へへへ」
('(゚∀゚∩「座って。今日の分の書き取り練習が終わったら晩ご飯食べていいですよ」
今にも飛び出さんと立ち上がりかけていたショボンが、
へこへこしながらなおるよの隣に座り直した。
彼らに向けて舌を出し、プギャーも改めてソファに腰を沈める。
-
( ^Д^)「あーあ、評判いいレストランだって聞いたから来たのに。
鬱陶しいのと相席になっちまったなあ。飯が不味くなりそ」
嫌味に言って、それから自分の隣にいる女を横目で見た。
(#゚;;-゚)
きょとんとした顔で2人のやり取りを眺めていた女は、
プギャーと目が合うと、首を傾げた。
彼女の手にはこの店のメニュー表。それが渡されてから、かれこれ15分は経っている。
( ^Д^)「注文決まったの? 俺も早くメニュー見たいんだけど」
ぞんざいに訊ねてみれば、彼女は困り顔でますます首の角度を深めた。
苛つき、ショボンとなおるよへ目を向ける。
2つあるメニュー表の内、一つは彼らの手習いに使われてしまっている。
料理に関する丁寧な説明文が載っているので、読み書きの教材として扱いやすいのだろう。
まったく、大人のくせに文字も碌に分からないとは。
よく今まで生きてこられたものだ。本当にシベリア国の貴族だったのか?
なおるよもこんな男の面倒を見させられて大変だろうに。
八つ当たりをするように、プギャーは様々な嫌味を頭の中で垂れ流した。
──けれども。
-
(#゚;;-゚)「……デヲトソブメネオ、ロオヨトアネ……」
言葉が通じる分ショボンの方がましなのだろうとも、思っていた。
(,,^ ^)"
……それにショボンには、あんな血まみれの男などくっついていないし。
.
-
7:ロソサネ、たから
-
( ^Д^)
プギャーは、なおるよと同じ12歳の少年である。
彼が「組織」にやって来たのは6年前、彼が6歳のときだ。
もう育てられるだけの余裕がないからと両親に捨てられ、
そういった子供を保護している団体に引き取られたものの、そこも手一杯で。
里親希望者がいれば精密な審査もせずにどんどん渡していってしまうので、
きっと、ろくでもない場所へ引き取られていった子供達もいただろう。
10歳を超えていれば働き手として連れていっても良いことになっていたから、尚更。
その点プギャーは恵まれていたかもしれない。
( ´∀`)『うちに来るモナ? とても大変だけど、でも衣食住の確保はできるモナ』
護衛になるための厳しい教育があると説明した上で、先生はプギャーを勧誘した。
定期的に保護団体を訪れては、見込みのありそうな子供を引き取っていたという。
-
( ´∀`)『僕は、僕の商売のために護衛を育てているモナ。
お客様第一で、護衛となる君達の安全は二の次。
お客様を満足させるためなら君達には我慢も強いる。
──そんなところでも、いいモナ?』
( ^Д^)『じいさん、もっと子供にわかりやすく言ってよ』
( ´∀`)『生意気な』
大勢の孤児達の中で一日二食の飯を奪い合い、ぼろきれのような服も満足に替えられず、
いつ悪質な人間に引き取られるかと不安で眠れない今の生活よりは、
正直に話してくれる彼に付いていった方がマシに思えた。
それに「商売のため」とわざとらしく明け透けな言い方をしているけれど、
その商売とは、人を護ることで回る仕事ではないか。
ならばそれでいいと思った。正義感ではなく、ただ、自分の存在を肯定しやすくするために。
この頃は──というか現在に至るまで、プギャーの目も頭も普通だった。
皆と同じ物を見て、同じ世界に生きてきた筈だった。
.
-
( ´∀`)「──プギャーが指名されたって?」
(-@∀@)「はあ、随分と熱望している様子でした」
その報告は今より一月半前、ちょうど先生の執務室でプギャーが反省文(イタズラがバレたのだ)を
書かされているときにやって来た。
(-@∀@)「あのですね、ビルの前をうろうろしている女性がいたので声をかけてみたらば、
その方がモララー氏からの紹介状を持っていまして」
( ´∀`)「ああ、近い内に客を寄越すと言っていたモナね……。
知人の孫娘が旅行をしたがってるから、護衛をつけてやってくれとか何とか。
ちょっとワケ有りな娘らしいけど」
先生が嘆息して頭を掻いた。
モララーというのは先生の知人で、ちょくちょくこちらに客を回してくれる男だ。
ただ、こういった──緊急性に欠けた依頼が多い。
中央のお触れ以降要人の依頼が増えたから無駄遣いはしたくないんだがなあ、と呟きつつも、
まあ客は客だと己を納得させている先生の姿を眺める。
-
( ´∀`)「んで、何故プギャーが指名されたモナ?」
(-@∀@)「ええとですね、紹介状に『若い男を』と書いてあったので、
10代から20代の者の写真を並べてお見せしたんです」
( ^Д^)「え、それで俺の写真見た客が俺を指名したの?」
(-@∀@)「うん、まあ、そうなる」
言っては何だが、プギャーはこれといって目立つ容姿をしていない。
体格も平均的。見た目に惹かれる要素は薄い。
( ´∀`)「うーん……」
( ^Д^)「先生、俺行くよ。行けるよ」
これ幸いとばかりに反省文を放り投げ、プギャーは立ち上がった。
何も反省文から逃れたい一心で言ったわけではなく、
「同い年のなおるよだって、とっくに雇われていったのだから」という彼なりの理由があっての発言だ。
そもそも指名された時点でほぼ決定したようなもの。
先生はしゃがみ込み、プギャーの目を覗き込んだ。
-
( ´∀`)「写真を見てお前を気に入ったということは──
それも幼いお前をわざわざ選んだということは、
向こうは護衛としてお前を求めてるわけじゃないかもしれんモナ」
( ^Д^)「そんなの今更だろ。デミタスなんか、絶対アッチの目的で選ばれたんだぜ。
首輪が似合うかどうかで決めるなんてさ」
( ´∀`)「……誰がどんな目的で雇ったかなんて本人にしか分からないけれど、
少なくともデミタスは、もしもの事態も覚悟して行ったモナ。
お前も覚悟できるモナ?」
( ^Д^)「当然じゃん」
( ´∀`)「きったねえオッサンが相手だったら絶対に嫌がってたモナね?」
(;^Д^)「ううっ」
(;-@∀@)「先生、苛めない苛めない」
( ´∀`)「だってあんまりにも得意気な顔するもんだから。
──じゃ、挨拶しに行こうか」
先生がそう言うと、「受付」──報告しにきた男──は、少し奇妙な表情を見せた。
困ったような顔だった。
-
(#゚;;-゚)
ロビーに下りる。客と思しき女はソファに座って待たされていた。
20代の半ばに届くか届かないかといった風情。
浅黒い肌の所々に古い傷痕があったが、
危険な人物という印象はなかった。
(*´;;ー`)
プギャーを見るなりふにゃふにゃした笑みを浮かべたので、尚更。
だが──
(;^Д^)(え? 何あれ?)
(,,^ ^)
気の抜けきった女の表情とは裏腹に、彼女の傍には血まみれの──
どう見たって大怪我を負っているようにしか思えない男が、寄り添うように立っていた。
-
最早どこから出血しているのかすら分からぬほどで、
特にシャツはほぼ全体が赤黒く染まっており、辛うじて汚れていない部分で
ようやく元の生地が爽やかな空色であることが分かるといった具合だ。
右手の指輪やら腕時計やらも真っ赤で台無し。
当然プギャーの目はそちらに釘付けになるが、女も先生も受付も、
プギャー以外の人間は、男を気にする様子を欠片も見せない。
(;^Д^)「せっ、先生、怪我、あの人すげえ怪我してる!」
男を指差し訴えてみれば、げんこつを喰らった。
( ´∀`)「そういうこと言うもんじゃない」
いや、そういう問題ではないだろう。プギャーは思うが、
先生に叱られてしまっては、気にする自分がおかしいのかという気持ちになって、結局黙った。
-
先生は女の前に立ち、申し訳ありませんとプギャーの非礼(と本人は認めていないが)を詫びる。
どうやら彼女の傷痕を指摘したのだと勘違いされたらしい、と数秒遅れて気付く。
そうではなくて。自分は彼女の隣の。
"(,,^ ^)"
その間、男は女の傍をうろうろしていた。
顔を覗き込んだり、べたべたと顔や腰を撫で回したり、
挙げ句の果てに頬擦りまでする姿は正直、目のやり場に困る。
ただ、おかげで、おかしなことに気付くこともできた。
乾いていない生々しい血にまみれた彼がいくら触っても、
女は一向に汚れなかったのだ。
(,,^ ^)"
(;^Д^)「!」
目が合う。咄嗟に俯いた。
視界の端にぼろぼろの足が入り込む。
薄い色合いの革靴にも、点々と赤い染み。
男が自分をじっと見下ろしているのを感じつつ、先生の声に耳を傾けた。
誰も男について触れない──まあここまで来れば、さすがにプギャーも分かる。
彼が自分にしか見えていないと。
-
(;^Д^)(幽霊? そんなのいないだろ。
じゃあ何だよ。俺の頭おかしくなったの?)
今までおばけを見たことなどない。そもそも存在を信じていない。
では幻覚かというと──そうではないと否定できる根拠が後に出てきたのだが、それは追々。
( ´∀`)「──ええと、」
(#゚;;-゚)「でぃ」
( ´∀`)「え?」
(#゚;;-゚)「なまえ、でぃ」
ちらりと視線を上げる。女は何度も自分自身を指差した。
男がプギャーの隣を離れ、また女にまとわりつく。
( ´∀`)「でぃ、さん?」
(#゚;;-゚)"「でぃ。なまえ」
「でぃ」は、こくこくと頭を縦に振った。
変な奴なのかも、とプギャーの胸に薄く不安が浮かぶ。
-
( ´∀`)「えー……でぃさん。今回はモララーからの紹介で我が組織を訪ねてくださったとか……」
(#゚;;-゚)「……」
( ´∀`)「でぃさん?」
でぃは口元へ手をやり、戸惑うように目を伏せた。
戸惑っているのはこっちだ。
男がでぃの背中を撫でている。宥めているつもりかもしれないが、でぃは気付いていない。
しばらくして、彼女が決心したように顔を上げた。
( ´∀`)「あのー……」
(#゚;;-゚)「け、」
(#゚;;-゚)「ケケボ、デヲトテケレトネオ ユキロオラホスヲボ
オルテンウソネノ、イヲムアゾテエメイヲヅシ……
オルワロソサナ、アソゾクホスヲオ?」
( ´∀`)「えっ何何何何待って待って何て?」
.
-
( ´∀`)「──……エーエー語、モナかねえ」
30分後。
でぃの向かいのソファに座り込んで頭を抱えていた先生が、げんなりしながら口を開いた。
この30分間、でぃが色々と話し掛けたり先生が答えようとしたりを繰り返し、
けっきょく会話は碌に成り立たなかったのだが、
先生の中で何らかの答えは出たらしい。
プギャーはといえば、たまに彼女の傍を離れて動き回る男を意識しないよう、
なるべく顔や瞳を動かさず固定することに必死だった。
-
( ^Д^)「エーエー語って、何?」
( ´∀`)「たしか百年ほど前に滅んでしまった言語モナ。
その昔、エーエー族という民族がいたモナが、とても数が少なくて……
民族が途絶えると共に、エーエー語も消滅してしまったらしいモナ」
( ´∀`)「彼らが極々僅かに残した文書を、後世の人間が解読しようと試みたけれど
それも上手く行っていないのが現状モナね」
( ^Д^)「へえ……」
( ´∀`)「ほとんど言語が統一されてしまっているこの世界じゃ、
知らない言葉を一から翻訳するのも難しいのだろうね」
(-@∀@)「しかし先生、こうしてエーエー語を話す彼女がいるということは……」
( ´∀`)「うん……きっと、エーエー族はどこかで生きていて──
ひっそりと暮らしていたのかもしれないモナ」
こりゃあ大事件だなと先生が溜め息をついた。
でぃはずっと首を傾げていたが、「エーエー」という言葉が出る度に反応を見せたので、
彼の読みは当たっているのだろう。
(,,^ ^)"
男もでぃの隣で頭を揺らしているけれど、頷いているのか首が安定しないのか分からない。
-
モララーからの紹介状を先生が何度も読み返す。
シンプルな手紙とこのビルへの地図(これは彼女のために添えたものだろう)があるのみで、
手紙はエーエー族に関して一言も触れていない。
唯一それらしい部分があるとすれば、「彼女には少々面倒な事情が」という一文。
( ´∀`)「モララーの奴、とんでもない客を寄越したもんだモナ……こりゃたしかにワケ有りだ。
まあ、こういうことなら、うちに依頼してきて良かったのかもしれないモナね」
(;-@∀@)「こんなの、他所に回してたら彼女も旅行どころじゃなくなってましたね」
( ´∀`)「うん……それにしても意思の疎通が儘ならないのは痛い。
──モララーに連絡をとってほしいモナ」
(-@∀@)「あ、それは初めにやりました。でも、なかなかモララー氏が捕まらないそうで。いつものごとく」
( ´∀`)「あいつは本当に……。
クックルは? クックルなら雰囲気で彼女と会話してくれそうモナね」
(-@∀@)「クックルなら先程ビーグルと一緒に散歩へ」
( ´∀`)「マジかあ……あいつらの散歩って3日くらいかかるもんなあ……。
散歩っていうか小旅行だし」
ううん、と先生が頭に手を当て唸る。
でぃは、はっとした様子で、土で汚れている鞄から札束を取り出した。
-
(#゚;;-゚)「エオヌ……ケルヅ、ノヨアホシ」
( ´∀`)「何言ってるかは分からんけど雇う気満々モナね……」
(,,^ ^)"
男が屈み込み、指先で札束を撫でている──まあ少し摺り抜けていたが。
先生は一層低く、長く唸って。
ぽんと両手を打った。
( ´∀`)「まあ、行ってみりゃ何とかなるかもしれんモナ、プギャー」
(;^Д^)「……えー……」
──紹介状によると、一月か二月ほど旅行が出来ればいいらしいので、
たしかに危険は少ないだろう。
その程度の旅行ならば、治安のいい街を回らせておくだけで充分だし。
とはいえ。
(;^Д^)(冗談じゃねえ)
(,,^ ^)
当のプギャーは、あの男を見た時点から断りたくて堪らなかった。堪らなかった。堪らなかったのだけれど、
この状況でプギャーに拒否権などある筈もなかった。
.
-
( ´∀`)「気を付けて行くモナよ」
プギャーの荷物をまとめ、体術等のおさらいをして、準備は整った。
ビルの前、でぃと並んで立つプギャーの頭を撫でた先生は
執務室でそうしたように、しゃがんで視線を合わせてきた。
自分の商売のために育てるのだ、客が第一でお前らは二の次──常々そう言っているくせに、
護衛達を見送るときの先生はいつも、こうして親のごとく案ずるような表情を見せる。
先生が善人であるとは言えない。
真に善人ならば、己を捨ててでも客を護れなどという教育はしないだろう。まして子供に。
しかし、かといって、プギャー達を蔑ろにするわけでもないのだ。
だからこそみんな彼を信用する。
-
( ^Д^)「……はい。行ってきます」
なので、先生にそんな顔で送り出されては、プギャーも観念するよりほかなかった。
(*゚;;-゚)
でぃに手を引かれて歩き出す。
二月。二月程度やり過ごせば、またここに帰ってこられる。
"(,,^ ^)"
当然のように男も付いてくることに対して、
プギャーは既に大した感想を抱かなくなっていた。
#
-
('(゚∀゚∩「言葉が通じない人との旅行かあ……楽勝なんだか厄介なんだか」
( ^Д^)「ひたすらに厄介だよ。犬と旅してきたクックルの方が楽だよ絶対」
('(゚∀゚∩「え、犬? どうしたんだよクックル」
そして旅行を始めてから一月半経った現在。客で賑わうレストラン。
でぃに雇われた経緯をプギャーが語り終えると、
なおるよは苦笑いを浮かべ、未だメニューと向かい合う彼女を見遣った。
(#゚;;-゚) ウーン
(,,^ ^)"
無論、男の件は伏せている。
やはりなおるよ達にも彼の姿は見えていないようだ。
それなのに彼のことを話そうものなら、きっと自分が変な目で見られる。
-
( ^Д^)「……ていうかさあ、お前ら中央に行くんだろ?
期限まであと4ヵ月くらいじゃん。こんなところにいていいの?」
('(゚∀゚∩「ちゃんと間に合うように考えてるよ。ね、ショボン様?」
(`・ω・´)「あ? ああ、うん……」
('(゚∀゚∩「そっちはどうなんだよ? 中央には行くの?」
( ^Д^)「わかんね……俺が行き先決めてる感じだし……」
('(゚∀゚∩「えっ、そうなの?」
──旅行がしたい(らしい)割に、でぃには、これといって行きたい場所がないらしい。
どうもプギャーが選ぶに任せているようで、プギャーが適当に歩けば付いてくるし、
何となく列車に乗っても、何も言わずにプギャーをにこにこ眺めている。
彼女に雇われてから一ヶ月半、ずっとそんな調子。
つい数時間前にこの街に来たが、ここがどこか、という疑問も持っていなさそうな素振りだ。
幸いにして数字や単位──特に重要な金に関わる認識は齟齬が無いらしく、
金額を提示されれば、自身の手持ちから正確な分を払ってくれる。それが救い。
-
( ^Д^)「とりあえず有名な街を回ってんだけどさあ」
('(゚∀゚∩「ただのツアーガイドだねそれは……。
そんな行き当たりばったりな旅で何でプギャーが雇われたんだよ?
見た目で選ばれたんだっけ?」
( ^Д^)「……んーと、何か……でぃの知り合いに、俺が似てるらしいんだよ。顔だけ」
ちらり、でぃを──でぃの隣の男を一瞥する。
(,,^ ^)
男と目が合い、すぐに顔を背けた。
不自然な振る舞いをしてしまったかと一瞬後悔したが、
('(゚∀゚∩「へえ〜、顔がそっくり、かあ」
(;`・ω・´)「……」
なおるよは意味ありげな目をショボンに向けていたので、こちらの挙動には気付いていなかった。
ほっと息をつく。直後、でぃがプギャーの服を引っ張った。
-
(#゚;;-゚)「たから」
(#^Д^)「……だからさあ、俺は『タカラ』じゃなくてプギャーだって!」
(#゚;;-゚)「ん……、ぷぎゃー。ぷぎゃー、ケル、トナ?」
(#^Д^)「はあ?」
(#゚;;-゚)「ケル……」
ぷりぷり怒るプギャーに若干申し訳なさそうな目をしつつ、
彼女は肉料理の項目にある一文を指で示した。
( ^Д^)「何、それ食うの?」
(#゚;;-゚)「くー……?」
でぃは戸惑い顔で口を閉ざし、またメニュー表との睨めっこを始めてしまった。
何なのだ。早く決めて、こちらにメニュー表を見せてほしい。
プギャーが溜め息をつくと同時、なおるよが首を捻った。
-
('(゚∀゚∩「『たから』?」
( ^Д^)「俺に似てる……っぽい人の名前。たまに間違って呼ぶんだよ」
(,,^ ^)"
男がでぃと一緒にメニュー表を眺めている。
損傷した体よりも、その顔を見る方がプギャーには不愉快だ。
('(゚∀゚∩「へえ。──プギャー、でぃさん困ってるみたいだけどいいの?」
( ^Д^)「こっちも向こうも何言ってるか分かんねえんだもん、どうしようもねえよ」
('(゚∀゚∩「いや雇われてるんだからさ、考えてあげなよ」
( ^Д^)「何で俺がそこまでしなきゃいけないの」
('(゚∀゚∩「雇われてるからだよ。何かプギャーはニュッさんに雰囲気似てきたよね」
( ^Д^)「あれと一緒にすんな」
(`・ω・´)「何の肉かって訊いてんじゃねえの。──よっしゃ終わった!
書き取り終わったぞ、注文していいよな!」
突然、ペンを放るようにして置いたショボンが声をあげた。
プギャーとなおるよは顔を見合わせてから、同時にショボンへ視線を投げる。
-
('(゚∀゚∩「ショボン様、エーエー語わかるんですかよ?」
(`・ω・´)「んなわけねえだろ」
ショボンは身を乗り出し、でぃが持つメニュー表を覗き込んだ。
でぃの視線の先を辿り、「あー」と唸る。
(`・ω・´)「えー……と、豚肉、の、ソテー。豚肉だな。豚」
(#゚;;-゚)「ぶた……?」
(`・ω・´)「ぶー」
ショボンが人差し指で鼻を押し上げ鳴き真似をしてみせると、
でぃはぱっと顔を明るくさせた。
(*゚;;-゚)「ケルナシリ」
(;^Д^)(蹴るな尻?)
にこにこしながら、豚肉のソテーを指差すでぃ。
その意味はさすがに分かる。食べたいものが決まったようだ。
-
ようやくメニュー表がプギャーの手に渡る。
プギャーは魚のフライを選び、レストランに入店してから30分を経てようやく店員を呼ぶことが出来た。
(,,^ ^)
男は──
「タカラ」は腹を空かせた様子もなく、食事をするでぃの頭を撫でていた。
#
-
(#゚;;-゚)
でぃは、就寝前に小さなアルバムを眺めるのを日課としていた。
たった10枚前後の写真しか入らない薄さのアルバムを、
毎晩毎晩飽きもせずに見る。
(#゚;;-゚)「ぷぎゃー」
でぃが呼ぶので、プギャーは寝台に身を乗せた。
レストランでの夕食を終えた後、近くの宿で部屋をとったのだが、
2人用の部屋なのに寝台は一つしか用意されていなかった。
しかもそれほど大きくない。
でぃはくすくす笑ってプギャーを自分の方へ寄せ、彼にも見えるようにアルバムを傾けた。
-
(,,^ ^)"
「タカラ」もプギャーの反対側に寝転がり、写真を見つめる。
さすがに3人も乗れるような広さではないのに、
「タカラ」はずり落ちることもなく横たわっている。
( ^Д^)(やっぱ人間じゃないんだなあ……)
(#゚;;-゚)「たから」
余所見をするプギャーの肩をつつき、でぃは、写真の中で照れたように笑う男を指差した。
[ (,,^Д^)(*゚;;-゚) ]
でぃと同じくらいの若い男。
右下に日付が書かれている。3ヵ月ほど前。最近だ。
その男を指し、また「たから」とでぃが言う。
-
(,,^ ^)"
ずっと彼女に付きまとっている血まみれの男と、
アルバムの中で笑う無傷の男は同じ顔をしている。
だからプギャーは、この血まみれの男が「タカラ」であることを知っている。
プギャーが彼の写真を初めて見たのは、でぃと旅を始めてから2日目の夜だ。
なのにプギャーは、でぃと会ったそのときから、死体のごときタカラの姿を視認している。
つまり、プギャーの頭の中で勝手に作られた幻覚という線は薄い。
ということは、やはり幽霊の類──
( ^Д^)(……何だっていいけどさあ)
何にしろ、見た目に不愉快ということや、時々怖く感じること以外には
これといって害がないので放っておいている。そもそも放っておく以外の手がない。
(*゚;;-゚)「たから……」
でぃは、紙の中のタカラを指先で撫でた。
今は流血のせいで酷いことになっているが、彼の、人の良さそうな笑みは写真のそれと変わらない。
その優しげな雰囲気だけは、プギャーに全く似ていない部分だ。
写真の数こそ少ないが、2人の距離がやけに近いものばかりであるところを見ても、
彼女らの仲睦まじさが伝わってくる。
恋人だったのだろうか。
-
(,,^ ^)
今、すぐ横で、でぃの頭やら肩やらを撫でているタカラの触れ方からして、
ただの友人や家族ではないだろうなと思う。
でぃがプギャーを護衛に選んだのは、きっと顔がタカラに似ているからだ。
そうするほど、タカラに並々ならぬ思いがあるということ。
最後のページになった。でぃがまた初めから見返す。
プギャーは寝返りをうち、彼女に──彼女と彼に背を向けた。
#
-
閉じた瞼の向こうに明るさを感じ、朝なのだと気付いた。
危険の少ない旅なので、他の護衛のように短時間睡眠を繰り返す必要がないため
こうして朝まで寝通していられる。ただ、気を抜きすぎて、諸々が鈍ってしまっている恐れもあった。
組織に帰ったら特訓のし直しだな、なんて思いながら目を開ける。
(,,^ ^)
(;^Д^)「……うおっ!!」
視界いっぱいにタカラの顔があった。
ちょくちょくこうやって驚かされるのが癪だ。
本人には脅かそうというつもりはないのかもしれないが。
-
腰を屈めてこちらを凝視していたタカラは、ゆらゆらと不気味に体を揺らしながら、
未だ眠っているでぃの顔を眺めに行った。
(;^Д^)「……くっそ」
でぃの考えていることも、タカラの考えていることも分からない。
溜め息をつきつつ、気分を変えるため窓の前に立って街並みを見下ろす。
昨日は気付かなかったが、色鮮やかな織物で作られた幟や看板が多い。
商店の軒先にはよく分からない飾りがついている。それもまた布製だ。
後ろで彼女が起きる気配がしたので、すぐに窓を離れた。
#
-
(#゚;;-゚)「たから」
( ^Д^)「プギャー」
(#゚;;-゚)「ん、ぷぎゃー」
昼過ぎ。
プギャーと共に街を散策していたでぃが目敏く服屋を見付け、誘うように指差した。
こういう、単純なジェスチャーならまだ分かるのだけれど。
-
店に入ると、ずらりと並ぶ鮮やかな衣服に目がちかちかした。
この街は染め物に特化しているのだと、昨夜、レストランの給仕から聞いたのを思い出す。
染料となる植物の栽培に適した気候なのだそうだ。
プギャーはそういった方面に興味がないので、
この街はそういう理由があって発展したのだなという感想しか抱かなかった。
それよりは、
('(゚∀゚∩「あ」
(`・ω・´)「クソガキ」
なおるよとショボンがここにいることの方が、よほど関心を引いた。
昨夜の混んでいたレストランでたまたま相席にさせられたときには単純に驚いたものの、
今度は少々うんざりしてしまう。
-
( ^Д^)「何してんの」
('(゚∀゚∩「服選んでるに決まってるでしょ」
小馬鹿にした言い方にかちんと来たが、その点は人のことを言えないので流した。
見ると、男向けの売り場ではありつつも、小さなサイズばかり並んでいる。
どうやらショボンではなくてなおるよの服を選んでいるようだ。
なおるよが自身の見た目に気を遣うのは知っている。
性別の曖昧な可愛らしい顔は、分かりやすく彼の長所であり、
それに合わせて小綺麗な格好をするべきだと先生達から教わっていたそうなので。
(`・ω・´)「着られりゃ何でもいいだろうがよ……長ェんだよ、俺もう飽きたぞ。女かよ」
('(゚∀゚∩「あ?」
威圧的な声を出されただけで、ショボンは目を逸らして黙った。
妙な上下関係が築かれている。
彼らを他所にきょろきょろしていたでぃは、
今まさに自分が少年向けの売り場にいることに気付くと、顔を綻ばせて手を伸ばした。
ある一着を見付けるなり、嬉しそうに振り返る。
-
(*゚;;-゚)「ぷぎゃー」
凝った模様のボタンがついた、鮮麗な水色のシャツをプギャーに宛てがう。
近くにあった姿見でプギャーも確認できたが、何というか、似合わない。
(,,^ ^)"
( ^Д^)(……見んなよ)
鏡越しにタカラを睨む。
彼の笑顔が、自分を馬鹿にしているように思えてならなかった。被害妄想だろうけど。
(*゚;;-゚)「ケル、デイオト?」
かくんと首を傾げて、でぃがプギャーの顔を覗き込んだ。
質問するように語尾を上げて首を傾げられても、何をどう訊かれているのやら。
-
(`・ω・´)「おら、気に入ったかどうか訊いてんぞ。答えてやれよ」
(;^Д^)「あんた何で分かんの……」
(`・ω・´)「これぐらい雰囲気で分かるだろ。
てか何だ、おまえ雇い主様に貢がせてんのか?」
( ^Д^)「……勝手に買おうとするんだもんよ」
──装飾品やら何やら、でぃは様々なものをプギャーに買い与えたがる。前回の町では靴だったか。
一方、自分自身で使うものはたまにしか買おうとしない。
そうさせているつもりはないが、たしかに「貢ぐ」という表現は合っているかもしれない。
(`・ω・´)「ほーん……。……で、おまえ結局服は気に入ったのか?」
( ^Д^)「全然似合ってないの、見れば分かるじゃん。おっさんセンスねえの?」
(`・ω・´)「おっけーおっけーすごく気に入ったってよ」
(*゚;;ー゚) パァッ
(;^Д^)「おい!」
右手でプギャーを指差したショボンが左手で丸を作って何度も頷くと、
でぃは顔を一層輝かせ、シャツを持ったまま勘定場へ向かった。
プギャーが追い縋って否定しても、はしゃいでいると取ったのか頭を撫でられるだけ。
-
(;^Д^)「いらない! いらないから!
……なんで俺の言うこと分かんねえくせにオッサンの言葉は分かるんだよお!」
('(゚∀゚∩「感覚だけでコミュニケーションとるの上手いんですねえショボン様……」
(`・ω・´)「そりゃスラムの奴らなんて俺も含めて満足に言葉知らなかったからな」
(;^Д^)「は? 何? スラム?」
(;`・ω・´)「あ」
('(゚∀゚∩「ショボン様の故郷にある地名だよ!」
(;^Д^)「ややこしい地名だな」
なおるよが、ショボンの爪先を踵で思いきり踏みつける。
飛び上がる彼に「ごめんなさいよろけました」と頭を下げるなおるよを訝るプギャーだったが、
精算の終わる音を聞いて、そちらへ意識を戻した。
(*´;;ー`)「たから、ゲノヲ、ソブナアケイ」
(;^Д^)「……タカラじゃなくてプギャーな。何回言えば分かるの、馬鹿なの?」
(*´;;ー`)「ん、ぷぎゃー」
(,,^ ^)"
#
-
(`・ω・´)「……わーお」
('(゚∀゚∩「わあ」
( ^Д^)「うっわ」
昨夜と同じレストラン。
プギャーは、テーブルの傍らに立つショボンとなおるよを見上げて顔を顰めた。
昼飯時ということで相変わらず混んでいた店内。
プギャーとでぃは何とか空いているテーブルにありつけたのだが──
その後、相席にしてもいいかと訊ねてきた店員に頷いてみれば、相手はこの2人。
-
( ^Д^)「もう飽きたよ」
(`・ω・´)「こっちの台詞だ」
でぃの向かいにショボン、プギャーの向かいになおるよが腰を下ろす。
プギャーは既に料理を選んだので、自分が使っていたメニュー表をショボン達に渡した。
もう一つのメニュー表は、やはり、かれこれ10分ほどでぃの手にある。
(#゚;;-゚) ウーン
(`・ω・´)「……飯食うとき、毎回そうなのか?」
さっさと料理を決めたショボンが、呆れたように言った。
( ^Д^)「は?」
(`・ω・´)「ずーっとメニュー見てんのかって」
( ^Д^)「……や、写真とか絵がついてるやつなら、それで判断するのかすぐ決めるけど」
この店のメニューはほとんど文字だけでの紹介だ。
そりゃあ、でぃには読めない。
-
('(゚∀゚∩「こういうとき、いつも放っておいてるのかよ? 気の毒だよ」
( ^Д^)「だって説明のしようがないし」
('(゚∀゚∩「そこを努力するのが僕たち護衛でしょ。
それに、ショボン様でさえコミュニケーションとれたんだよ」
(`・ω・´)「いま何か馬鹿にしたな」
責められている気がして──実際責められているのだろうが──、
腹の底が、ぐらぐらと煮えた。
こちらは見たくもない血まみれの男が見えるし、でぃの献身が鬱陶しいし、
その上どちらも言葉が通じず意思が伝わらないときている。
それらを堪えるだけで手一杯なのに何故──
(`・ω・´)「……あー、見せてみろ」
プギャーが幼い意地を心中で暴れさせていると、
ショボンが溜め息をついてでぃに手を伸ばした。
でぃがそれに気付き、ほっとしたようにメニューをテーブルに広げる。
気になったものをでぃが指差すと、ショボンはジェスチャーか、
あるいは私物の紙とペンを用いた絵で説明してみせた。
絵は下手だったが要点は伝わるのか、でぃが何度も頷いている。
-
('(゚∀゚∩「ほら、ちゃんと伝わるじゃない。ショボン様でも」
(`・ω・´)「お前また馬鹿にした?」
( ^Д^)「……」
プギャーは無言で顔を背けた。
この1ヵ月半、何を言っているかは分からなくても旅は出来た。
ならば、それでいいではないか。
自分は彼女に付き合ってやっている身。これ以上こちらから歩み寄る必要がどこにある。
ぐちぐちと脳内で言い訳を捏ねる。
その度にますます腹が立った。もはや何に対する苛立ちなのか分からない。
( ^Д^)「いいじゃん別に。どうせ、もう帰るし」
('(゚∀゚∩「帰るってどこに?」
( ^Д^)「組織に。──元々、旅行は1ヶ月から2ヵ月だけって話だったから」
組織のある地方に向かう列車が、明日この街に来る予定。
あとはそれに乗って数日ほど待てば、組織に着く。
列車で出される食事は大体決まっているのだから、プギャーが面倒を見てやる必要はない。
-
それを聞いて、なおるよが肩を竦めた。
('(゚∀゚∩「まあ、彼女が満足してるんならいいんだろうけどさあ」
(*゚;;-゚)「ケル」
(`・ω・´)「食うもん決まったってよ」
('(゚∀゚∩「じゃ店員さん呼びますよ」
卓上のベルを鳴らすと、然程の間を置かず給仕がやって来た。
それぞれ注文を済ませる。
料理が来るのはほとんど同時。
端からは、仲良く食事をしに来たグループに見えるだろう。
スプーンに手を伸ばしながら、プギャーはでぃの隣を一瞥する。
(,,^ ^)"
食事をする4人の傍で、何もせず立ち尽くすだけのタカラ。
プギャーだけが、この異質な光景を見ている。プギャーだけが体験している。
みんなにとっては普通の光景がそこにあるだけなのに、プギャーだけが。
自分だけが、こんな、不快な思いを。
-
('(゚∀゚∩「ショボン様、ナイフの使い方はこうですよ」
(`・ω・´)「これでも食えてんだからいいだろ」
('(゚∀゚∩「そんなんじゃ、中央でやってけませんよ! ほら直して」
ストレートにコミュニケーションをとれるなおるよとショボンがひどく羨ましい。
それはそうだ、彼らは言葉が通じるのだから。
なおるよがショボンに食事のマナーを仕込んでいる。
ショボンは口で反抗しつつも、彼の言う通りにしている。
とても「やりやすい」だろうな、と思う。お互いに。言葉だけでなく、性格の面でも。
-
なおるよを見ていると、どんどん腹の奥がちくちくして食欲が失せていく。
小綺麗な顔。どこか品のいい振る舞い。
なおるよの言うことを聞き、何の障害もなく交流できる雇い主。
先ほど、軽く叱るように言われた注意が頭をぐるぐる回る。
なおるよはタカラが見えていないし、でぃと関わる必要もないから、あんなに簡単に言えるのだ。
なおるよは──プギャーと違うから、あんなに簡単に。
どろどろとした思いが、手のつけようがないくらいに膨らむ。
きっと、目の前にいるのがなおるよでなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。
なおるよが悪い。彼が悪いのだ。
( ^Д^)「……なんで」
('(゚∀゚∩「ん?」
(#^Д^)「なんでいつも、お前ばっかりさあ!」
──プギャーは、拳をテーブルに叩きつけようとした。
胸に湧く衝動を、それで誤魔化したかっただけだ。
しかし彼の右手がスープ皿の縁に触れ──皿をひっくり返してしまう。
つい今しがた運ばれてきたばかりのそれは、充分すぎるほどの熱で満たされていて、
その熱が右手を覆った。
-
(;^Д^)「あつ……っ!」
(;`・ω・´)「うわっ、何してんだ馬鹿!」
(;゚;;-゚)「!」
一番早く動いたのはでぃだ。
水差しを引っ掴み、プギャーの手に水を流しかける。
(;^Д^)「え、ちょっ、」
手を流れ床へ落ちていく水に、プギャーは思わず痛みを忘れた。
せめて布か何かを手の下に当てられなかったものか。店員に怒られるだろう。
しかし近くにいた給仕は素早く駆けつけると、お待ちくださいと告げて踵を返し、
水を張った洗面器らしきものと数枚のタオルを持って戻ってきた。
その内の2枚ほどを使って、床の水とスープを処理していく。
-
('(゚∀゚∩「ありがとうございますよ」
(;゚;;-゚)" ペコッ
なおるよとでぃが給仕に礼をする。
塗り薬なら持っているし、大したこともないだろうとなおるよが説明すると、
よく出来た給仕は新しいスープを持ってくると言ってその場を去った。
('(゚∀゚∩「うーん、大きな街の有名店は給仕さんからして違うよ……」
感心したように頷くなおるよ。
彼はプギャーに対して、何故あんなことをしたのか、とは訊かなかった。
昔からよく癇癪を起こすプギャーのこと、今回も何かしらが癪に障ったのだろうと理解しているのである。
それがまたプギャーには不愉快なのだけど、今はさすがに、これ以上怒る気にはなれなかった。
こんなことになってしまっては、いくら何でも頭が冷える。
-
洗面器の水に右手をつけて待っていると、新しいスープが運ばれてきた。
が、でぃによって遠ざけられてしまう。
( ^Д^)「いや、もう大丈夫だから……」
言いかけ、鋭い目を向けられたので黙った。
初めてでぃから睨まれた。
本気で心配したのか、瞳が僅かに潤んでいる。
(#゚;;-゚)「ぷぎゃー、デイサツ、ケヲトケテシリネ……
ゾアザトオヨゾナ、カジチキユイトケテサトアヅ……」
( ^Д^)「……なに言ってるか分かんねえ」
ばつが悪い。
顔を逸らそうとしたが、でぃの手がそれを阻んだ。
正面からこちらを見据える目から、一滴、涙が落ちる。
-
(#。゚;;-゚)「……たからネツナ、モクデトヲツ、トオッソヲゾオヨヌ……
ロソサネたからネツナ……」
──タカラの名が、何度か出る。
自分の名前はプギャーだと、もう舌が飽きるほど繰り返した訂正を口にしかけ、
プギャーは唇を噛んで止めた。
今のでぃはきっと、プギャーに語りかけているわけでなく──
タカラ本人のことを思い出しているのだろう。
(,,^ ^)"
彼らがどんな関係なのかは知らないけれど、でぃにとってタカラは大切な人で、
彼らに何があったのかは知らないけれど、タカラはこうして傷だらけになって──恐らく死んでいる。
-
でぃはプギャーにタカラを重ねている。それは明らか。
だから物を買い与えたり、好きなものを食わせたりして大切にする。
であれば、プギャーが怪我などすれば、彼女がこれだけ不安になるのも当然なのだ。
タカラを失ったときのことを思い出してしまうに決まっているのだから。
ちくりと、どこかが痛む。
( ^Д^)「……ごめんなさい……」
初めて、でぃの気持ちをきちんと理解できた気がする。
彼女の心情を考えるのに精一杯で、先ほど浮かんだ不満や怒りが薄れていく。
プギャーが小声で謝罪すると、でぃが強く抱き締めた。
-
('(゚∀゚∩「あ、何か、プギャーが珍しく謝りましたよ」
(`・ω・´)「ほー……」
ショボンはしばらくこちらを眺め、「よく分かんねえなあ」と呟いて食事に戻った。
#
-
(#゚;;-゚)「ぷぎゃー、マガツ、アソキトア?」
自分の右手とプギャーの左手を繋いでゆっくりと歩くでぃは、
心配するような目を何度も向けてきた。
──今はもう夕方で、日が徐々に沈んでいる。
火傷はというと、大して重いものではなかったので
持ち歩いている塗り薬を塗って、適当にガーゼを当てて包帯を巻いた。
それで充分。
だというのに、でぃはまるでプギャーが大怪我を負ったかのように心配してくる。
少し、くすぐったい。
-
( ^Д^)「俺のことはいいから……お土産、何か買ってかないの?」
(#゚;;-゚)「? おみやげ……」
明日の朝には列車に乗って帰るのだから、彼女の身内に土産を買うなら今の内。
これまでプギャーに散々ものを買い与えてきたでぃだが、
思えば、プギャーと彼女自身が使うもの以外は何も買っていない。
旅行といえば土産を買っていくものだろうとプギャーは考えているので、
これではいかんだろうと思い、とりあえず商店の並ぶ通りへでぃを引っ張ってきた。
いつものプギャーならばどうでもいいと放っていただろうけれど。今は、そういう気分。
( ^Д^)「お土産……ええと、どう説明したらいいんだろ……」
数時間前にレストランで別れたショボンの顔が脳裏を過ぎる。彼ならどうするだろうか。
ジェスチャーでも絵でも、上手く表現できない。
土産。どう伝えればいいのか。
-
(;^Д^)「えっと、お土産……あー……」
(,,^ ^)"
プギャーが無意味に両手を揺らしてうだうだやっていると、
でぃにまとわりついていたタカラが動いた。
プギャーの後ろに立つ。
何事かとぎょっとするプギャーの両肩に、タカラの手が触れた──いや、彼には実体がなさそうなので、
触れたというより、軽く添えられたと言うべきか。
途端、口が勝手に動いた。
( ^Д^)「──、」
舌まで動いて何やら声が出たが、何と言ったのか自覚できなかった。
タカラが離れる。プギャーは慌てて自分の口を押さえた。何だ今のは。
-
でぃはというと、目を丸くして──
ぱっと、口元を綻ばせた。
(#゚;;ー゚)「……ん」
左手をぱたぱた横に振る。
断るような仕草──「いらない」、ということだろうか?
何が? ──土産が?
(;^Д^)「お、お前、何したんだよっ」
人目も気にせず、プギャーはタカラに問うた。
タカラはいつも通りに人の良さそうな笑顔(ただし血まみれ)でゆらゆら揺れている。
(,,^ ^)"
(;^Д^)「マジかよお、お前ただ居るだけじゃなかったのかよ……」
まさかこんな風に干渉してくるとは。
別に害があったわけではないけれど。
でぃは疑問に思う様子もなく、とにかく笑っている。
プギャーが複雑な思いで口を尖らせていると、突然そこかしこの商店から店主が出てきた。
-
日は完全に沈みきろうとしていた。
店主達は皆、梯子や踏み台を使ってそれぞれの軒先に手を伸ばした。
大小様々なランプを持っている。
軒先には、布で出来た円筒状の袋のようなものがぶら下がっており、店によって色や柄が違う。
その袋にランプが入れられると──
通り全体に、華やかな明かりが灯った。
赤や青や黄色に緑──様々な布が内側からの光を柔らかく包み、
自身を通して彩りを優しく主張する。
おお、という声が後ろから聞こえたので振り返ると、
恐らく自分達と同じく観光、あるいは列車待ちのために滞在している旅人であろう人々が、
色付く光に目を輝かせていた。彼らの後ろもまた、煌びやかな光に溢れている。
-
それを確認して、プギャーは前へ向き直った。
──綺麗だと思った。
それから、でぃがどんな顔をしているか気になったので、横を見る。
(*゚;;-゚)
ぽうっと、彼女も見とれるようにその光景を眺めていた。
彼女に寄り添うタカラも同様に。
その姿に、得も言われぬ安堵が広がり──すとんと、胸の内に何かが降りた。
-
当然ながら彼女も自分と同じく人間で。
自分と同じように、物事を考え、感じ、この世の清濁諸々を受け止めている。
なのにプギャーはそのことを無視していた。
言葉が通じないというだけで、でぃそのものを「得体の知れないモノ」と判断していた。
──己の許容範囲を超えたものは、拒絶し見下さねばならなかったのだ。
親に捨てられ、拾われた先では全てにおいて自分より優れた同い年の少年がいて。
自分がひどく惨めな人間に思えた。
常に劣等感に苛まれていた。
だから自分の決めた範囲から少しでも外れたものは、自分より下位に置かねば気が済まない。
勿論でぃにもそれを適用し、そして彼女を「範囲」から外れた者だと認識していた。
けれど本当は、彼女だって、プギャーの受け止められる範疇に充分収まる人だったのだ。
-
己の愛した人によく似たプギャーにその人を重ね、それゆえに贔屓し可愛がり、
プギャーが怪我をすれば純粋に心配してくれる。
ごくごく普通の感性の持ち主だ。
そろそろ旅行を終えようという今になって、ようやくそのことに気付いた。
恥ずかしくて堪らない。情けなくて堪らない。──申し訳なくて、堪らない。
これまでのプギャーならば、そんなこと知るかと開き直っていただろう。
だけど繋いだ手が温かくて。柔らかくて。
謝罪できないだろうかと、自然に考えていた。
-
言葉で謝っても、彼女に通じるかどうか。
今まで見せてきた反抗的な態度を改めたいのだと、どうやって行動に表したらいいだろう。
( ^Д^)(……あ、そうだ)
せめて列車で帰る間は、彼女が買ってくれたものを身につけようか。
#
-
(#-;; -) スー、スー
夕飯を食べて宿に戻って、しばらくアルバムを眺めていたでぃが、ようやく眠った。
タカラはでぃの傍らにしゃがみつつも、ごそごそと鞄を漁るプギャーを見つめている。
( ^Д^)「見んなよ」
(,,^ ^)"
今まで訪れてきた町で彼女が買ってくれた装飾品を引っ張り出す。
ずっと仕舞いっぱなしで、全く使っていなかった。
何となく、装着する瞬間を見せるのはまだまだ恥ずかしかったので
こうして彼女が眠りにつくのを待ってから準備を始めた次第。
-
( ^Д^)「いきなり全部つけるのも気合い入りすぎだし……とりあえず、これだけでいいか」
腕時計と指輪を左手につけた。腕時計は2つ前の町、指輪は3つ前の町で買ったもの。
指輪など似合わないと思っていた。実際につけてみると、割合、格好いいかもしれない。
そろそろと寝台に上がる。
腕時計はともかく、寝ている間に指輪が外れやしないだろうか。
あまり寝相が激しくならないようにと祈りながら、
プギャーは腹の上で両手を組んで、目を閉じた。
目覚めたでぃが、腕時計と指輪に気付いてくれますように。
.
-
(,,^ ^)
(;^Д^)「ふぎっ」
目覚めて一番最初に目に入ったのは、タカラの顔面だった。またか。
彼を避けるように右へ傾きながら半身を起こしたプギャーは、
少しぼうっとしてから、はっとして自分の手を見下ろした。
腕時計も指輪もちゃんとついている。寝相は大丈夫だったようだ。
それから次にでぃを探す。
備え付けの化粧台の前で身だしなみを整えていたので、すぐに見付かった。
(*゚;;-゚)「たから、エカソ?」
( ^Д^)「プギャーだって……」
(*´;;-`)「テクアテヤバロ、チクツキルソヲゾヌ。ナンッツリユ」
あからさまに機嫌がいい。
どうやら望み通り、腕時計や指輪に気付いてくれたらしい。
やはり気恥ずかしくて、プギャーは顔を背けた。
腕時計で時間を確認すれば、列車が来るまであと2時間ほど。
自分も支度をしなければ。
-
( ^Д^)(着替えて、顔洗って、歯磨いて……朝飯はどうしよ。食ってくか。
あー、薬塗り直してガーゼと包帯替えねえと……
めんどくせ、結局腕時計も指輪も一回外さなきゃいけないじゃん。馬鹿だな俺)
寝台を下りてぼんやり予定を組んでいると、
ふと、押し寄せる違和感に首の後ろがざわついた。
その違和感の正体が分からない。
思考をリピートする。
着替え、洗顔、歯磨き。別におかしくない。その後は? 朝食。これも変なことではない。
薬の塗布とガーゼ、包帯の取り替え。普通。腕時計と指輪を外す。これも普通。
だって腕時計は包帯の上から巻いているのだから、
包帯を外すにはまず腕時計から外さないと。指輪も同じく──
(;^Д^)(あれ?)
右手を持ち上げた。
間違いなく昨日の昼に火傷を負った手だ。
ガーゼを押さえる包帯、そしてその上に。
その上に、腕時計と指輪が、
(;^Д^)(──俺、時計も指輪も左手につけたよな?)
-
プギャーは右利きだし、何より今は右手を怪我している。
深く考えるまでもなく、左の手首に腕時計、左の人差し指に指輪をつけた筈だ。
なのに今は右手につけられている。
(*´;;ー`)「コヤイホタボッツソオヨ、トエサテアソユ」
つけ替えたとしたら、いま目の前でにこにこしているでぃだ。
何故?
昨日あれだけ心配していた彼女が、何故わざわざ怪我をしている手につけ直した?
(;^Д^)「なあ、これ、」
(*´;;-`)「コン、エカボウメサユイヌ」
戸惑うプギャーを無視して、でぃはいそいそと紙袋や鞄から服と靴を取り出した。
シャツは、この街で買った、あの水色の。
それらを抱えたでぃが近付いてくる。
寝台の傍、立ち尽くすプギャーの眼前に膝をつき、
でぃは彼の寝巻きを脱がしにかかった。
-
(;^Д^)「まっ──待って、まず俺の話聞いてくれよ。俺、ちゃんと話すから……
あんたと話せるように頑張るから──」
でぃは笑顔で頷いている。
何が何だか分からないが、敵意があるわけでないのは気配で読めるし、
ただ着替えさせられているだけなので、強い反抗はしなかった。混乱して動けなかった、とも言う。
服を替え、靴を履かされ。
でぃは満足げに頷き、プギャーの前から退いた。
化粧台の鏡にプギャーが映り込む。
その姿に──ぞっとした。
(;^Д^)「……、」
(,,^ ^)"
背後に立つタカラ。
彼の服装と、今のプギャーの格好は、とてもよく似ている。
細かいところこそ違うものの、シャツの色や右手の腕時計と指輪、薄い色合いの革靴──
どれも、タカラが身につけているものにそっくりだった。
-
(*´;;-`)「エオウラトコア、たから。ケヲデノオッツナサトトアヅヌ」
(;^Д^)「た、タカラじゃなくて、俺、俺……」
(*´;;-`)「たから」
プギャーを抱き締め、ほうと息をつくでぃに背筋が冷える。
鏡の中、真っ青な顔をするプギャーの背後で、真っ赤な顔のタカラが手を動かした。
(*´;;-`)「アレヲトテケレナチルツッツキルリッツ、ミオサ、モキセキサソユヌ。
テツメソネサオッソユ。ケヲデノ、ロソサボアカコカワカムツメアアオト。
たから、たから」
タカラの両手が、プギャーの肩に乗せられる。
触れている感触も温度もないのに、そこからじわじわと何かが入り込む。
逃げ出したい。けれど体は小刻みに震えるばかりで、指先ひとつ動かせない。
徐々に、何かの境界が曖昧になっていく。
-
(*´;;-`)「たから、ヒソラゾクナトルリテケレワ、コボサナアケイヌ」
思考が鈍って。
(*´;;-`)「たから」
それが、後ろの男の名なのか、自分の名なのか、分からなくなった。
#
-
('(゚∀゚∩「ショボン様って下半身に脳みそ入ってそうな品性の持ち主なのに、
でぃさんには性欲向けませんでしたね」
(`・ω・´)「だってあの女、何か恐えーもん。
あとお前どんどん口悪くなってるな」
('(゚∀゚∩「恐いってどこが……ちなみにショボン様の品性がもっと宜しくなれば、僕だって態度を改めますよ」
夕方に街を出て、なおるよと「ショボン」はのんびりと歩いていた。
隣の町までは大した距離ではない。そこに着いたら一泊してから馬車に乗って3つ先の街へ向かって、
次の列車が来るまで滞在した後は、列車で真っ直ぐ中央を目指す。
-
彼への躾をより一層厳しくしなければいけないなとなおるよが考えていると、
向こうから、エンジン音を響かせながら自動車が走ってきた。
(;`・ω・´)「うおっ、車だ車! 動いてるのなんて5年ぶりに見たぞ!」
('(゚∀゚∩「珍しいですよ。──5年前のものよりも、何か、こう、しょっぱいですけど」
近くを歩く者もそれぞれ自動車に熱い視線を送っている。
小さな子供など、車自体を初めて見たのか大興奮だ。
やや小振りかつ、微妙に挙動の不安定な自動車は、
ゆっくりとしたスピードながらも真っ直ぐ進んでいる。
なおるよ達が道を譲るために脇へ避けると、自動車は甲高いクラクションを鳴らし、
一層スピードを落として彼らの前で停まった。
窓が下り、そこから見知った顔が覗く。
-
('A`)「──よう、もしかしてなおるよか? でかくなったなあ」
('(゚∀゚*∩「ドクオさん!」
懐かしい顔に、思わず年相応にはしゃいでしまった。
ドクオ。一番最初に組織から送り出された男。会うのは実に5年ぶりだ。
5年前のなおるよなどまだ7歳だったというのに、成長した自分にすぐに気付いてくれたのが嬉しい。
(`・ω・´)「何だよ、お前んとこの仲間か?」
('(゚∀゚*∩「そうですよ! 今は首長様の護衛をやっておられます!」
(;`・ω・´)「首長!? 中央の!?」
('A`)「いや、護衛はもうクビになったんだ。今は部下として色々……」
(`・ω・´)「何だ無能か」
('A`)
こいつ馬鹿だなあとなおるよは冷眼を向けた。
なおるよやクールと同じ場所で育ったのだと聞いた直後に、何故そのような発言を出来るのか。
ドクオの手にかかれば、車中からでも一瞬でこの馬鹿を再起不能にすることも出来るのに。
というか、何なら、この車を用いて再起不能にするのも容易だろう。
-
('A`)「なおるよ、このお方は?」
('(゚∀゚∩「えーと……シベリア国ハチマユ家の当主、ショボン様ですよ」
('A`)「中央行くの?」
('(゚∀゚∩「はい、新政府狙いですよ」
('A`)「そうかそうか。へえ、そうかあ。楽しみだなあ。
旦那によろしく伝えとくわ」
(`・ω・´)「……おれ何か余計なこと言った?」
('(゚∀゚∩「そう思うなら、是非しばらく口閉じててくださいよ」
(`・∩・´)
失言を自覚してくれたらしく、彼は口を手で覆うと目を逸らしながら一歩下がった。
言葉遣いは勿論だが、思ったことをそのまま言う癖も矯正しなければ。
-
('(゚∀゚∩「ドクオさん、この車どうしたんです?」
('A`)「今、中央で自動車の開発が進んでてな。
実験の一環として、これで各地を走ってこいって言われて」
('(゚∀゚∩「えっ、中央からここまで走ってきたんですかよ!?」
('A`)「いやいや、合間合間は船で運ばれてんだ。
──とりあえず何かしらの実績残さなきゃいけないから俺も必死ですよ。
これ以外にもやらなきゃいけねえことがたくさん……」
事情はよく分からないが、ドクオが真剣な顔付きで言うので
なおるよはうんうん頷いておいた。
('(゚∀゚∩「首長の護衛は、今ツンさん1人で?」
('A`)「おう。まあツンの奴、旦那の方針に賛同してる連中のなかから
腕の立つ奴を何人か雇ったみたいだけどな」
──ところで、と。
ドクオが話題を変える。
-
('A`)「プギャーって、なおるよと同じ歳だったよな?
仲いいか? 俺、あいつと大して関わってないからよく知らねえんだ」
('(゚∀゚∩「仲いいかは分かりませんよ、なんか僕、色々嫉妬されてましたし。
──あ、でも偶然そこの街で会って、結構話したりはしましたよ」
('A`)「おっ、マジか。あいつ女と一緒だったか?」
('(゚∀゚∩「はい。でぃさんっていう女性に雇われて、一緒に旅行してるみたいですよ。
って、今朝の列車に乗って組織に帰るって言ってたから、もう街を離れてるでしょうけど……」
(;'A`)「あー、出ちまったのか……でも帰るんなら大丈夫か……?」
('(゚∀゚∩「? どうかしたんですよ?」
-
(;'A`)「いやあ、このまえ寄った町で『連絡係』に会ってな」
「連絡係」。
言ってしまえば、その名の通りの役職だ。
個人個人で扱える連絡手段が不足している今の時代、
各地に散ってしまった護衛達と即座に連絡をとることは難しい。
そのため、組織から護衛に重要な連絡事項がある場合(あるいは護衛から組織に報告がある場合)、
「連絡係」が両者の間に立って情報を行き来させるのだ。
彼らは各地域の主要な町に駐在させられている。
組織から手紙なり何なりで連絡事項を受け取ったら、
町を訪れた護衛にそれを伝えていく。
そんな方法なので、そもそも伝えるべき対象が町に来てくれないと、彼らもどうしようもないのが難点。
('A`)「プギャーに、先生から大事な伝言があるんだと。
でも連絡係のいる町にプギャーが寄ってないらしくて、
情報を伝えられねえって困ってた」
('(゚∀゚∩「はあ、それで、もしプギャーに会えたら伝えといてくれとドクオさんが頼まれたわけですか?
どんな話ですよ?」
-
(;'A`)「それが厄介なネタでなあ……」
最初にドクオは、プギャーがでぃに雇われるに至った経緯を簡単に語った。
なおるよが本人から聞いた話と同じ。
本題はここから。
('A`)「──まず、プギャーを雇った『でぃ』って女は、モララー氏が紹介状を持たせた女とは違った。
まったく無関係の人間だ」
('(゚∀゚∩「……え」
なおるよは反射的に雇い主と目を合わせた。
喋るなという言いつけ通りに彼はきちんと黙っていたが、瞳に驚きが含まれている。
('A`)「プギャーを送り出した数日後に判明した。
本来紹介状を持ってた筈の女は、道中の山で死んでるのが見付かったってよ。
崖から落ちたらしい」
('A`)「モララー氏が言うには、その女に大金を持たせていたそうなんだが……
山のどこにも金が無かった。
──多分、でぃって奴が拾ったんだろう」
('(゚∀゚∩「……でぃさんが、金を奪うために崖から突き落としたってことですかよ?」
それは分からないとドクオは言う。
滑落はあくまでも事故であって、
その後、でぃがたまたま通り掛かって鞄を拾っただけかもしれない。
拾ったとしても、そのまま大金を持ち逃げするような人だろうか。
考え、なおるよは「あ」と声をあげた。
-
('(゚∀゚;∩「もしかして──拾った鞄に入ってた紹介状と地図を見付けて……
その地図を頼りに、お金を届けに行ったんですかよ?」
('A`)「かもな。もし金をむりやり奪ったんだとしたら、地図の場所に行くとは考えにくい。
恐らく元々は純粋に金を届けに行っただけ──だった、が。気が変わったのかね」
そこでドクオは少しだけ間をあけ、再び話題を変えた。
いや、話題は同じか。視点をずらしただけで。
('A`)「……それで怪しんだ先生が、でぃ……もといエーエー族について調べたところ、
ある学者の存在にぶつかった」
('A`)「タカラ、っていう若い無名の学者だ。
語学について研究していて──特にエーエー語の研究には熱心だった。らしい」
('(゚∀゚∩「『タカラ』って名前、でぃさんがよく言ってましたよ」
-
('A`)「半年近く前のある日、タカラは知り合いの学者に
『エーエー族の生き残りを見付けたかもしれない』っつって、
荷物まとめて研究所を後にした」
('A`)「知り合いはもちろん冗談か何かだと思って本気にしなかったみたいだけどな。
それ以降タカラは帰ってこなかった」
──約3ヵ月前、ある小さな町で土砂災害が起きた。
死傷者数人。その内の一人がタカラであることが判明し、研究所へ連絡が行った。
調べてみると、タカラが発見された場所からエーエー語に関する研究資料と
何者か──恐らく若い女──と暮らしていた痕跡が見付かったのだが、
肝心の同居者の姿が見当たらなかったという。タカラの死後に町を出てしまったのだろう。
これがタカラの写真のコピーだと言い、ドクオは手のひら大の紙を見せてくれた。
[ (,,^Д^) ]
('(゚∀゚;∩「……! 似てますよ、そっくりですよ、プギャーに。
似てるらしいとはプギャーから聞いてましたけど、こんなに……」
('A`)「……組織でプギャーの写真を見せられたとき、でぃは何を考えたんだろうな」
('(゚∀゚;∩「……さっきドクオさんが言った『気が変わった』ってのは、もしかして……」
十中八九、プギャーの写真を見たときだろう。
ぞくり、嫌な予感に寒気がした。
-
('A`)「──先生達は、でぃとまともな会話が出来なかったんだよな?
組織側は『モララー氏による紹介だ』と思って話を進めてたが、
でぃの方は、組織が具体的にどんな事業をしている場所なのか分かってなかっただろうよ」
('(゚∀゚;∩「でも彼女、ちゃんとお金を出してプギャーを雇って……
あ、やっぱり拾ったお金を渡しただけで、先生達が勘違いしたってことは?
……や、でも、雇うための費用以外は普通にでぃさんが持ってったみたいだし……?」
('A`)「そこだ。そこが問題だ。流れからして、でぃは結局、大金を自分のものとして使った。
──タカラの件を知った先生は、そういう諸々の事情を踏まえて、
ある可能性に思い当たっちまった。それでプギャーと連絡をとろうとしてるわけだが……」
('(゚∀゚;∩「可能性って何ですよ?」
('A`)「……もしかしたらでぃは、その金でプギャーを『雇った』んじゃなく──」
-
('A`)「『買った』つもりだったのかもしれねえな、って」
#
-
ともかく、列車に乗ったというなら大人しく組織に戻るかもしれない──そう告げてドクオはその場を去った。
一応自動車で辺りを見て回ってはみるらしいが、果たしてどうなるか。
ドクオは伝言の伝言を頼まれたようなものなのだから、彼の本来の仕事を優先すべきだろうし。
まあ、仮にでぃがプギャーに何かしたとしても──相手は女1人。
プギャーなら簡単に抵抗できる。忠誠心により手を出さない、という性格はしていないし。
だから、心配するほどのことではないのだ。
そうは分かっていても、なおるよとショボンは街に引き返した。
もしかしたら予定を変えて、まだプギャー達が街に残っているかもしれない。
-
しかし──当然、と言うべきか──プギャーもでぃも見付からなかった。
彼らが泊まっていた宿から、何か情報を得られないだろうか。
どこに宿泊していたのか分からないので、手当たり次第に宿を訪れ、
プギャー達の特徴を告げて反応を窺った。
1軒目は外れ。2軒目も外れ。3軒目も。
4軒目。
主人は、いかにも微笑ましいといった顔で答えた。
-
「ああ、あの仲良さそうな2人かい? あれは姉弟かな?
列車が来るより先に、どこかへ出発したみたいだよ」
そうして、笑顔のまま続ける。
「2人の暗号でも決めてたみたいでさ。
ここを出るとき、変な言葉使って楽しそうに会話してたよ──」
7:ぼくの、でぃさん 終
-
今日はここまで
二話目 >>54
三話目 >>100
四話目 >>182
五話目 >>263
六話目 >>379
七話目 >>509
読みながら気付いた人もいるかもしれませんが、でぃの言葉はシーザー暗号的なもので表してます
それぞれの文字を、五十音表で一字後にずらせば何言ってるか分かる。はず。「ン」は「ア」に戻る
※濁音は濁音だけでループします(「ボ」なら「ガ」に訳すといった具合に)
※小さい「ッ」はそのまま。ワ行のヰやヱは無視
例:
(#゚;;-゚)「ケテサメ、ハォキメネボソラネカスチボ タオヂアツホアラホサソ」
↓
(#゚;;-゚)「ことしも、ひゃくものがたりのきせつが ちかづいてまいりました」
解読したところで大したことは言ってませんが、お暇なときにでも是非
(元の文章がミスってたらごめんなさい)
-
ぞくっとした…乙乙
可哀想になプギャー…
-
乙
プギャー…
-
乙
ショボンさん早速未来の上司に目をつけられてしまいましたなぁ
-
おつ
-
(´・ω・`)Gatherさんがまとめてくださってました!!!
ありがとうございます!
http://syobongather.blog.fc2.com/blog-entry-12.html
エーエー語翻訳版まである親切設計
-
乙、面白かった
でぃの言ってること見ても怖かった
そばにいるタカラは幽霊でいいのかな……口ないし
-
ヤンデレとはこういうことか
乙
-
まとめさん翻訳素晴らしいありがとう
しかしプギャーはもう助からんのかね…
-
ドクオとショボンってなんかあったけ?
-
ドクオが外務長官でショボンが補佐になるんじゃなかったか
-
ヒント:>>47
-
今読み終わった。
すごく好きだから続きが楽しみだ
-
結構今更だが二話のペニサスを
ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1724.jpg
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ああ……上手いだけに痛々しさが半端ねぇな……
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>>608
ありがとうございます!!
痣や血が生々しくて痛々しい……
なのに色気も凄まじくてとても好きです
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2937年 5月22日
今日は私の誕生日です!
今日も組織のみんなは訓練やお勉強で忙しいので、お誕生日パーティーとかはないです。
でも、中央でお仕事してるお姉ちゃんからお祝いのカードが届いたので満足!
お姉ちゃんの雇い主さんは中央の首長さん。すごい人。私もいつかすごい人に雇われるのかな?
ちなみに15歳になりました。
私が生まれた国では、15歳って一つの大きな区切りになるそうです。(お姉ちゃんから聞きました)
なので、何か区切りらしいことをやりたいなあと思って、
とりあえず日記をつけることから始めてみます。
長続きするといいなあ。
とか書いてたら寝る時間。
お姉ちゃんのメッセージカードを枕元に飾ろうっと。きっといい夢見られます。
「デレへ お誕生日おめでとう」って、とってもシンプルだけど、とっても嬉しい。
幸せな気分で眠れそう。おやすみなさい!
世界中の人が、こんな風に幸せになれたらいいなあ。
あっ、そういえばニュッさんに「また一歩、寿命に近付いたな」ってヤなこと言われたから
ニュッさんは明日ちょっとだけ罰が当たりますように!
.
-
2937年 5月23日
昨日は私の誕生日でした!
お誕生日パーティーって憧れます。やってみたいなあ。
祝われるより、誰かを祝う側がいい。喜ぶ姿を見たいです!
とりあえず、なおるよ君を祝ってみました。
お誕生日ではないので「計算テスト満点おめでとう!」って、お菓子をあげたんです。
「頭打ったの?」って変なものを見る目をされました……。
私はめげません! 次はデミタスさんに「戦闘訓練5連勝おめでとう!」
……「新手の嫌がらせか」と一蹴されました。
たしかに6戦目でクックルさんに完敗してましたけど、決してそんなつもりは……。
5人勝ち抜いただけでも凄いのに。私なんか全然駄目でしたし。
周りのみんなも、変な顔してこっちを見てました。
うう、お祝いって難しいですね……。
.
-
2937年 5月24日
一昨日は私の誕生日で……もういいか。
さっき、ニュッさんが先生に怒られてました。訓練サボってたって。
それに対して、「うるせージジイ」とか「死ね」とか……相変わらず口が悪いです。
先生にあんな口のききかたする人、なかなかいません。げんこつされてました。横堀さんからも一発。痛そう。
寝る前に、たんこぶ冷やすものをニュッさんのところに持っていこうっと。
#
#
#
-
2940年 5月22日
今日は私の誕生日です! 18歳!
なんだかんだ、この日記も3年続けてきたんだなあ。
机の引き出しには歴代の日記帳が何冊も。
そして今年もお姉ちゃんからお手紙が届きました!
新政府がどうのこうのって通達から、何ヵ月くらい経ったっけ。お姉ちゃん、とても忙しいらしいです。
でも充実してるって。嬉しいな。
そして今年もニュッさんからは嫌味を一言もらいました。ひどい!
おやすみなさい、世界中に幸せを。
ニュッさんは明日だけ、ちょっと嫌なこと起きちゃえ。
.
-
2940年 5月23日
私が昨日、日記にあんなこと書いたせいかなあ。
ニュッさんがとても困ってます。ごめんなさい。
今日、先生に呼び出されたんです。ニュッさんと一緒に。
お客様の希望する条件に、私とニュッさんがぴったりだったんだそうで。
「どんな人間でも愛せる人」と、「他人が嫌いな人」。できれば女性1人と男性1人。
前者はともかく、なぜ後者のような人間を?
お客様は若い女の人と、小さな女の子の姉妹でした。
アスキー国出身の流石姉者さんと妹者さん。
それで、えーと、私もニュッさんも契約することになったわけですけど。
一番最初の主人命令。ちょっと、というかかなり驚きました。
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l从・∀・ノ!リ人「姉者はのう、男の人が苦手なのじゃ。
だから、ニュッさんは姉者をあんまり恐がらせないようにしてほしいのじゃ」
( ^ν^)「は?」
書類一枚と札束一つで雇い主となった少女は、ロビーの片隅で、あっけらかんと言い放った。
ニュッは眉間に皺を寄せ、流石妹者の言葉を反芻し、ようやく飲み込んだ。
これから用心棒として身辺を守れと契約を交わした途端に、そんなことを言われても。
合点がいった、とばかりに、ニュッの隣に座っているデレが
ふわふわした声ときらきらした笑顔で「なるほど!」と答えた。
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ζ(゚ー゚*ζ「道理で姉者さん、ずーっとニュッさんから目を逸らしてたわけですねー」
( ^ν^)「……」
∬;´_ゝ`)" ビクッ
そうなのだ。
対面してからこっち、一向にニュッを見ようとしていなかった。
デレの発言に流石姉者がようやく顔を向けてきたものの、ニュッと目が合うなり俯いた。
ニュッの方も人付き合いは得意でないので、特にフォローはせずに妹者へ視線を戻す。
ζ(゚、゚*ζ「でも避けられちゃうと護衛は難しいですよー」
l从・∀・ノ!リ人「基本的には、ニュッさんは妹者と一緒に行動してほしいのじゃ。
で、そっちの……デレさんじゃったか、デレさんは姉者と」
ζ(´ー`*ζ「かしこまりました、そういうことなら! あ、私のことはどうぞ呼び捨てで。
ニュッさん、これから頑張ろうねっ」
( ^ν^)「あー……」
∬;´_ゝ`)「ぎえっ」
ニュッが唸り声ひとつあげただけで、姉者の口から小さな悲鳴が漏れた。
その反応にニュッは妹者を睨む。
姉者を睨みたくとも、恐がらせるなと命じられた手前、妹の方に向けざるを得ない。
-
( ^ν^)「……喋ることも許されねえのか……」
∬;´_ゝ`)「あっ、だ、大丈夫! 大丈夫! 慣れた! もう慣れたわ!」
l从・∀・ノ!リ人「嘘っぽいのう……」
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさん恐くないですよ!
ちょっと意地と口が悪いですけど、悪い人じゃないです」
l从・∀・ノ!リ人「意地と口が悪かったらもう7割がた悪い人では?」
ζ(゚ー゚*ζ「そうですかね?
……うーん、せっかく一緒に旅するんですから、みんな仲良くしたいところですが」
何か考えるような仕草をしたかと思うと、とつぜん満面の笑み。
「握手しましょう!」。続けて放たれた提案に、姉者が背を震わせる。
その反応に気付いているのかいないのか、
立ち上がったデレは揚々とニュッの右手と姉者の右手を掴んだ。ぐいぐい引っ張られる。
∬;´_ゝ`)「ええっ」
( ^ν^)「いや何でだよ」
ζ(゚ー゚*ζ「人間同士、体が触れ合えば心が通じ合うこともあります!
さあ姉者さんもこちらへ!」
( ^ν^)「今お前と触れ合ってるのに何も通じ合えてる気がしねえんだが」
-
∬;´_ゝ`)「や、待っ、い、妹者っ」
l从・∀・;ノ!リ人「デレ、それはちょっと……」
ζ(゚ー゚*ζ「まあまあ、ほらほら」
この少女は、よくよく思いつきで妙なことを言う。
華奢な、女らしい手指が自分に近付けられるのを見て、
ニュッの指も怖じ気づくように曲げられた。
言っては何だが、ニュッは人間を全般的にゴミか何かだと思っている。
握手などで認識が変わることは決してないし、積極的に仲良くしようとも思わない。
しかし、時間の無駄でしかないこの状況を打破するためには、
とっとと握手するしかないというのも理解している。
姉者も早くこの話題を終わらせたかったのか、覚悟を決めるのが存外に早かった。
∬;´_ゝ`)「ど、どんな反応しても許してね?」
( ^ν^)「……分かったから、早く」
顔を逸らす。デレが満足げに頷いて2人から一歩離れた。
反対に、深呼吸をした姉者が恐々とニュッに一歩近付く。
そうして、そっと彼の手を軽く握り──
-
数秒と経たずして。
手を振り払った姉者が駆け出し、屑籠に嘔吐して、
それを見たニュッが実に不愉快な顔をしながら自身の右手を拭うようにズボンに擦り付けるという、
端から見ても当人達からしても最悪極まりない結末が訪れたのだった。
#
-
初日から、とんでもないことになってしまいました。
私が握手しようなんて言ったのが悪いんですけど……。
ああ、男嫌いと人嫌いが一緒に旅をするなんて、先が思いやられます!
姉者さんもニュッさんも、仲良くなれたらいいんだけどなあ……。
人間の本質は簡単に変えられるもんじゃないって、色んな本で見かけます。先生も言ってました。
でも、そんなことないと思います。
日々成長し、変わっていけるのが人間の素晴らしいところですもの。
たしかにニュッさんの方は最早どうしようもないかもしれないけれど(先生にすらあんな態度をとる人ですから)、
姉者さんはどうでしょう?
もしも彼女の男嫌いが緩和できたなら、きっとニュッさんと仲良くなれるはずですよね!
さて、ニュッさんが起きたので、今度は私が仮眠をとる番。二人体制だとこういう分担が出来て便利。
おやすみなさい、素敵な旅になりますように!
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8:人間好きと人間嫌い
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2940年 5月24日
今日は朝一番で寝台列車に乗りました。
姉者さんと妹者さんの旅の目的は、天災でばらばらに避難した家族を探すこと。
お母様がなかなか目立つ方らしく、お母様を見たという情報を得る度、
それを頼りにあちこち巡っていたそうです。
ただ、まだまだ若い姉妹の二人旅。心細いので護衛くらいはと思い立ち、私達を雇うに至ったわけです。
でも、何故わざわざ姉者さんの苦手な男性まで雇おうとしたんでしょう?
気になって、お夕飯のときに訊いてみました。
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#
l从・∀・ノ!リ人「やっぱり男手もあった方が良かろう、と姉者が死にそうな顔で言うから」
食堂車。隅のテーブル。
パンを真っ二つに割りながら、妹者が答えた。
片方がニュッに手渡される。大振りなパンだったので、妹者には半分で丁度いいのだろう。
妹者の隣にニュッ、2人の向かいに姉者とデレが座っている。
回答を得られたデレは得心したように微笑み、続けて質問した。
ζ(゚ー゚*ζ「どうして人間好きと人間嫌いだなんて、正反対な要望を?」
∬´_ゝ`)「あの、まず、人が好き……というか、どんな相手でも受け入れてくれるような人が1人欲しかった。
私がこんなんだし、あと妹者もいるから、子供嫌いな人は避けたくて」
その問いには姉者が答える。
テーブルについたばかりのときは必死にニュッから目を逸らしていたが、
いざ食事が始まればそちらに意識を向けられるためか、些か落ち着いていた。
-
∬´_ゝ`)「もう1人は、えっと、……それと反対の人。
バランスとるために」
ζ(゚、゚*ζ「バランス?」
∬´_ゝ`)「複数人を部下にするなら、そういう……バランスが大事だと母が言ってたから。
一方だけに偏りすぎないようにって」
( ^ν^)「ふうん」
ニュッの生返事に、姉者が無意味に頷いた。
さすがに、声だけで怯える段階はとうに過ぎている。
l从・∀・*ノ!リ人「デレみたいに明るくて優しそうな人が来てくれて嬉しいのじゃ」
ζ(´ー`*ζ「そんな風に言ってもらえるなんて、私の方が嬉しいですー」
( ^ν^)「もう1人が根暗でキツそうな奴で悪かったな」
∬;´_ゝ`)" ビクンッ
l从・∀・ノ!リ人「……ちょっとニュッさんはアレじゃな、
よりによって姉者と相性最悪なタイプっぽいのう」
-
ζ(゚ー゚*ζ「でも、意地と口は悪くても、
姉者さんをいきなり刺そうとするほど危険な人ではないので安心してください!」
l从・∀・ノ!リ人「そりゃそんな輩だったら今すぐクビにする案件じゃろう」
主にデレと姉者と妹者の女3人が会話し、
たまにニュッがアクションを起こして姉者がびくつくという食事風景が繰り広げられ。
それも済むと、4人は明日の予定(といっても列車の中で過ごすだけだが)を決め、
食堂車を出て席へと戻った。
寝台付きの席は、基本的に2人で一つの個室。
だが彼らは4人で一室を共有している。その方が、部屋分の料金を節約できるからだ。
姉妹の持つ金は、一般人のそれよりは確かに多いが、無闇に散財出来るほどの余裕は無い。
備え付けの寝台は二つ。
片方を姉者と妹者が使い、もう片方はニュッとデレが交代で使うことにした。
一応2人とも護衛なので、一人が寝台で寝ている間、もう一人は床に座って見張りを務める。
-
∬;´_ゝ`)「あの……」
そろそろ車両の灯りを落とすと案内があり、それでは寝るかという折。
ここにきて初めて、姉者の方からニュッに声をかけてきた。
ニュッもやや動揺しつつ、何だと返す。
男嫌いというより、恐怖症と言った方が相応しいであろう彼女から関わってくるとは思わなかった。
∬;´_ゝ`)「妹者に変なことしないでね?」
( ^ν^)「しねえわ」
このように残念な内容だったが。
#
-
まだ2日目なので、姉者さんもニュッさんを信用しきれないんでしょうか。
ニュッさん、あんな注意をされたのがちょっとショックみたい。
そんな人じゃないって私は分かってるよニュッさん!
たしかにニュッさんは子供相手の方が、少しはオープンな態度になります。
でもそれは特殊な性嗜好というわけではありません!
自分より確実に弱い相手だから強く出られるだけです!
実際ニュッさんは内気な方なので分かりづらいですが、
慣れてくれさえすれば、相手が子供だろうと大人だろうと大変失礼な態度をとるように、
ってこれアレですね、もしかして内弁慶ってやつで
後ろから覗き込んできたニュッさんにチョップされました。
人の日記を見るなんて失礼だと思います。
早く寝ろ
↑これニュッさんです。口で言って!
まあ、ランプの灯りが小さくて、文字を書いてると目が疲れてきちゃうし。寝ます。今日はこの辺で。
明日こそは姉者さんとニュッさんが仲良くなれますように!
.
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2940年 5月25日
列車で数日移動するだけなので、正直ひまです。やることないです。
ということで、姉者さん達とたくさんお話をしました。
年齢とか、家族のこととか。
こうやってお互いのことを知って仲良くなっていきましょう。
姉者さんは22歳。妹者さんは10歳。
私が18歳で、ニュッさんは姉者さんと同じ22歳。
みんな若いのです。
姉者さんと妹者さんのお母様は、アスキー国で軍の幹部をやっていらしたとか。
女性でその位置にいたとは、すごいお方だったのでしょう。
お父様は政府のお役人。そして2人いる弟さん(妹者さんにとってはお兄様)達も
どちらかというとお父様似で頭脳労働の方が得意だったので、
いい学校に通って、行く行くはお役人を目指そうという、とても優秀なご家族だったそうです。
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#
∬´_ゝ`)「弟と違って、私は平凡だった。
あのまま何もなければ、普通に育って普通にお嫁に行ってたんじゃないかしら」
窓の外を眺めながら姉者は言う。
景色を見たいわけでもなく、単にニュッを視界に入れないためだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「弟さんがいらっしゃるんですねえ」
∬´_ゝ`)「ええ、馬鹿だけど頭がいいっていうか……
勉強は出来るんだけど、くだらないことばっかしてて」
くすくす笑いながら姉者は思い出を語った。
弟2人が試験でトップをとって褒められた翌日に、学長室を遊び場にしてしこたま叱られただとか。
姉者を引っ掛けようとして弟が掘った落とし穴に父親が嵌まって、母親が激怒しただとか。
話す姉者も聞いているデレも楽しそうだ。
ニュッは一人、どうでもよさそうな顔をして(実際どうでもよかった)、
妹者にねだられた林檎の皮を剥いていた。
( ^ν^)「弟や父親と一緒にいるのは平気なのか、男でも」
何気なく呟く。単純な疑問。
姉者は答えづらそうに口ごもり、浅く頷いた。
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l从・∀・ノ!リ人「姉者が男嫌いになったのは、みんなと離れ離れになった後からじゃ」
ζ(゚、゚*ζ「あら、そうなんですか……」
l从・∀・ノ!リ人「デレは、きょうだいって居るのじゃ?」
ニュッを急かすように足をぱたぱた揺らしつつ、妹者が話題をデレへ移した。
齢10にして、異様に空気を読む。
ζ(゚ー゚*ζ「はい! お姉ちゃんが一人。
頭が良くて優しくて、自慢のお姉ちゃんです。
5年前に中央へ行っちゃったんで、長いこと会ってないんですけどね」
∬´_ゝ`)「デレちゃん18歳だっけ……じゃあ、5年前は13歳か。寂しくなかった?」
ζ(´ー`*ζ「組織のみんながいたから寂しくないですよ。
それに今は、姉者さんがお姉ちゃんみたいなものですね。失礼かもしれませんけど」
∬´_ゝ`)「あ、そういうの弱いわ私……いいのよ、是非お姉ちゃんだと思ってちょうだい。
若いのに立派なもんねえ……」
( ^ν^)「お姉ちゃんっつかババアみたいな台詞だな。いや実際ババアか」
完全に普段の癖で言っていた。口が滑った。
あ、と口を押さえる。妹者がこちらを睨み、デレがおろおろと視線を彷徨わせ、
──予想に反し、姉者はむっと拗ねたような表情を見せた。
-
∬´_ゝ`)「私とニュッさんって歳一緒でしょう。私がババアならニュッさんはジジイじゃない……」
( ^ν^)「死ねばいいのに」
∬;´_ゝ`)「ひょえっ」ビクンッ
ζ(゚、゚;ζ「あーっ、ニュッさん! その口癖、直しなさいって先生に言われてたでしょ!」
l从・∀・ノ!リ人「それ口癖ってヤバいじゃろ。というか雇い主に対してすっげえこと言うのう……」
( ^ν^)「みんな死ねばいいのに」
l从・∀・ノ!リ人「無差別」
ζ(゚ー゚;ζ「ああっ、あのっ、ごめんなさい、ニュッさんはちょっと色々あって、
それでこんな感じで! 謀反とかは起こしませんからご安心をっ」
∬;´_ゝ`)「う、うん……大丈夫……」
癖なのだから仕方ない。
とはいえ今の暴言は流石に駄目だったらしく、姉者は怯えきった顔をすっかり俯けてしまった。
剥き終えた林檎を八等分して皿に盛り、妹者に差し出す。
それを受け取りつつ、妹者は「デレに頼めば良かったかのう」と呟いた。
それだけ聞けば大変失礼な言い草だが、要するに、ニュッが剥いたものでは姉者が食べられないと気付いただけだ。
-
ζ(゚ー゚;ζ「もーっ、ニュッさんも謝って!」
∬;´_ゝ`)「いやっ、いいっ、いらないっ」
l从・∀・ノ!リ人「でも姉者、最初は言い返せてたのじゃ!」
彼女なりに場をまとめようとしたのか、いま思いついたと言わんばかりの表情で妹者が励ました。
その言葉に、はたと姉者が目を丸くする。
たしかに強くはなかったが、嫌味で返してはいた。
∬´_ゝ`)「あ……そうね。何か、むかっとしたから……つい」
ふふ、と笑って、姉者が窓へ瞳を向けた。戸惑いと、僅かな安堵が混じっている。
存外、ぎこちない空気はそれだけで終了した。
しばらくして、あ、と姉者が声を上げた。
∬´_ゝ`)「煙……」
ζ(゚ー゚*ζ「あ、本当ですね。何でしょう、火事とかではなさそうですけど」
遠目に、黒煙が上っているのが見える。
煙の大きさからして、それなりの規模だ。
妹者は窓を一瞥しただけで、何も言わずに林檎をかじった。
姉の方は窓から視線を外さない。
-
∬´_ゝ`)「きっと死体を焼いてるんだわ」
ζ(゚、゚*ζ「死体を?」
∬´_ゝ`)「事故や流行病や争いで人がたくさん死んだときに、集めて焼いてしまうのよ……
色んな町を渡ってるときに、何度か見たわ」
∬´_ゝ`)「……特に天災の直後は、どこからも煙が上がってたっけ」
暗い話をしている割に、姉者の目には力があって。
夕食をどうするか、と乗務員が確認のためにやって来るまで、じっと煙を見つめていた。
#
-
2940年 5月26日
お昼頃、小さな駅で列車が停まったので、
少ししか時間はありませんでしたが外に出ました。
ずっと列車の中にいても退屈ですしね。
妹者さんはニュッさんを引っ張って、近くのお菓子屋さんに走っていきました。
私は姉者さんと一緒に、列車から離れない位置で駅の中を見物。
乗り遅れたら大変ですから!
どこの町の駅にも掲示板や伝言板はありますが、
こんな時代ですので、そういった連絡手段には人が殺到します。
どこそこの町で誰それを待つとか、そういうのが主なメッセージ。
掲示板に入りきらなかった分も周りの壁に貼りつけられているほど。
念のため見てみましたが、姉者さん宛ての伝言らしきものはありませんでした。
ああいうのを利用しないんですか、と姉者さんに訊いてみましたが、
姉者さんは困ったように笑うだけでした。
まあ、メッセージを見て悪戯する人もいるらしいので、難しいところですね。時には勝手に剥がす人までいるとか。
みんな大事な人と会いたくて必死なのに、どうしてそんな酷いことをする人がいるのでしょうか。
子供らしき字体でお母さんを求める手紙を見付けて、悲しくなりました。
ここにメッセージを残した人々が、望む相手と再会できますように。
.
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2940年 5月27日
妹者さんとニュッさんが手遊びで暇を潰していました。
指を折り曲げたり立てたりしながら勝敗を競うもの、歌に合わせて手を組み替えていくもの、色々。
ニュッさんが手加減しないので妹者さんの勝率は低かったです。
途中で、仇をとってくれと妹者さんに言われたので、私がニュッさんに挑みました。惨敗でした。
そしたら、なんと姉者さんがニュッさんと戦うと言い出したんです!
手を触れ合わせなきゃいけないゲームでは触れるか触れないかという際どさでしたが、
ともあれ、姉者さんの方からニュッさんにゲームを持ち掛けるなんて!
少なくとも姉者さんには、ニュッさんとの距離を縮めようという気持ちがあるみたいで安心しました。
ちなみに結果はニュッさんの圧勝でした。
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2940年 5月28日
夜明け頃、寝ぼけまなこでトイレに行った妹者さんが、部屋へ戻ってくるなり
ニュッさんが寝ているベッドに入っていきました。
寝ぼけて間違ったんでしょうね。
ニュッさんはすぐに目覚めて追い出そうとしてましたが、妹者さんに抱きつかれて黙りました。
仲良しだなあと私はほのぼのしてたんですけど、
小一時間後に起床した姉者さんが、愛用のバックパックでニュッさんを殴ってました。全力でした。濡れ衣です。
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2940年 5月29日
本日、目的の町に着きました!
が、結果から言うと、お母様は見付かりませんでした……。
いることにはいたらしいのですが、だいぶ前にこの町を離れてしまったそうで……。
町の人はお母様を褒めていらっしゃいました。
体の大きな方で、力仕事や怪我人の介抱など、たくさんのことをしてから町を出ていったそうです。
それらを聞いて、姉者さんは「たしかに私達の母で間違いないわ」と苦笑していました。
とっても素敵な方なんですね。
お話を聞き終えた後は、カフェで冷たいお茶を一杯。
その後、別行動をとっている妹者さんとニュッさんのところに戻ろうとしたんですが、
姉者は私を引き留め、ある内緒話をしてくださいました。
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2940年 5月29日
本日、目的の町に着きました!
が、結果から言うと、お母様は見付かりませんでした……。
いることにはいたらしいのですが、だいぶ前にこの町を離れてしまったそうで……。
町の人はお母様を褒めていらっしゃいました。
体の大きな方で、力仕事や怪我人の介抱など、たくさんのことをしてから町を出ていったそうです。
それらを聞いて、姉者さんは「たしかに私達の母で間違いないわ」と苦笑していました。
とっても素敵な方なんですね。
お話を聞き終えた後は、カフェで冷たいお茶を一杯。
その後、別行動をとっている妹者さんとニュッさんのところに戻ろうとしたんですが、
姉者さんは私を引き留め、ある内緒話をしてくださいました。
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#
l从・∀・*ノ!リ人「けーん、けーん、ぱっ」
市場の外れで、数人の子供達と遊びに興じる妹者を
ブロックに座り込んだニュッがぼけっと眺めている。
──母親については、姉者とデレが情報を集めに行った。
妹者には待機を言い渡し、そのお守りをニュッに任せて。
何故4人で行動しないのかは分からないが、
こうして勝手に遊んでいてくれるので、楽ではある。
l从・∀・*ノ!リ人「けーん、けーん、ぱっ!」
ルールはよく知らないものの、妹者が勝ったらしいことは分かった。
似たような遊びがニュッの故郷にもあった。名称や細かい箇所に違いはあるが。
ただ、ニュッはその遊びをしたことがない。同年代の友達などいなかった。
不意に、妹者がこちらに向かって右手をぶんぶん振った。
-
l从・∀・*ノ!リ人「ニュッさーん! ニュッさんもやろ!」
( ^ν^)「は?」
l从・∀・*ノ!リ人「ね、やろっ」
( ^ν^)「嫌だ」
l从・∀・ノ!リ人「怪しい面構えの男が黙って子供をじろじろ眺めてる姿は危険すぎるのじゃ」
ニュッさんが捕まれば妹者達の方が困る──そう言う少女にニュッはとびきりの顰めっ面で応え、
渋々といった風を隠しもせず児戯に参加した。
そんな大人が混じってきても楽しそうに遊ぶ子供達に、少し戸惑う。もっと警戒すればいいものを。
あるいは、不慣れな大人にルールを教えてやれるのが、彼らには物珍しいのかもしれない。
ζ(゚ー゚*ζ「妹者さーん、ニュッさーん! あれ、ニュッさん珍しいね」
──しばらくしてデレが姉者と共に戻ってきた。
視線だけで返事をして、シャツの袖を捲る。
暖かい地域なので、体を動かすと少々暑い。
肘の内側にある傷痕に眉を顰め、それが隠れる程度に袖を少し戻した。
-
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさん、みんなと遊んでたの? いいなあ」
l从・∀・ノ!リ人「ルールを覚えた途端に本気出してきて、誰も勝てなくなってしまったんじゃがな……。
他のゲームにしても全力で勝ちに来るし……」
ζ(゚ー゚;ζ「手加減しようよニュッさん、大人げないよ」
( ^ν^)「何で俺がンなことしなきゃいけねえの」
話している間に、悔しがる子供数人がぽかぽか叩いてきたので頭を引っ叩いてみせた。やや本気で。
こら、とデレが叱るような声を出すと、彼女を味方だと判断したのか
子供達がデレの周りに逃げた。自然、その内の少年が、デレの隣にいた姉者とも近付く。
∬;´_ゝ`)「ひあ、」
小声の悲鳴。子供でも男である限りは駄目らしい。
妹者は彼らに笑顔で「帰るから」と告げ、姉者と手を繋いで歩き出した。
姉者が背負っているバックパックが目に入る。
昨朝、起き抜けにそれで殴られたのを思い出して眉根を寄せた。
殴られた箇所を無意識に押さえながら、姉妹の背中を追う。
明日リベンジするぞと言う少年に、明日もこの町にいるかは分からないと正直に返すと、
寂しそうな顔をして駆け寄ってきて、膝裏を蹴られた。もう一度引っ叩いておいた。
.
-
l从・∀・ノ!リ人「母者は?」
軽い足取りで進みながら、妹者が姉者に問う。
いなかった、と姉者。
∬´_ゝ`)「でも、北の方に行ったらしいわ。
今日は宿に一泊して、明日になったら必要なものを買い揃えて出発しましょうか」
l从・∀・ノ!リ人「北に行ったら、母者に会える?」
∬´_ゝ`)「……そうね、きっと」
妹者は微笑み、姉者の手を強く握り直した。
#
-
2940年 5月30日
今日は、私と姉者さんで日用品などの買い出しに行きました。
妹者さんとニュッさんは昨日と同じように別行動です。
市場を歩いているときに、男の人たちに声をかけられました。
ちょっと恐い人たちで、私と姉者さんの腕を掴んでどこかに連れ込もうとしたので本当にびっくりしました!
でも私だって護衛ですからね! 一応、組織で教わった通りの対応はしました……と言っても、
一人を倒した後、隙をついて逃げただけなんですが……。他のみんななら、全員倒せちゃうんだろうけど。
あの暴漢さん、大丈夫かな。手を出してきたのは向こうだけど、でもやっぱり心配です。
逃げた後は、まっすぐ宿に戻りました。
姉者さんが真っ青になって震えていて、買い物どころじゃなくなってしまったので。
「あの人たち追ってきてない?」って、とても怯えた様子で私に何度も訊く姿の、痛ましいこと。
泣いて、吐いて、少し落ち着いた後はシャワーを浴びて。
彼らに掴まれた腕を特に念入りに洗ったのか、少し赤くなってしまってました。
-
しばらくして、妹者さんとニュッさんが帰館。
昨日の少年達のリベンジは失敗に終わったそうです。ニュッさん大人げない。
妹者さんは姉者さんの尋常じゃない様子に驚いて、
私から話を聞くと、ぎゅうっと姉者さんを抱き締めてあげていました。
町を出発するのは明日に延期。今の調子では姉者さんが動けません。
買い出しは、ニュッさんが代わりに行ってくれました。
姉者さんはお夕飯も食べられない様子で、ずっとベッドの上で横になって、そのまま眠りました。
顔はまだ青いし、少し魘されていますが、眠れる程度に落ち着いたのは幸いです。
ひどく疲れてしまっただけなのかもしれませんが。
今夜は姉者さんと妹者さんにはベッドを別々に使ってもらって、
私とニュッさんは床で寝ることにします。
今日のところはこれでおしまい……と言いたいところですが、そうではありません。
さっき、姉者さんが寝たのを確認した妹者さんが
私とニュッさんを部屋の隅っこに集めて、小さな声で話してくれました。
姉者さんが男性を恐がるようになった理由。
.
-
#
l从・∀・ノ!リ人「天災のとき、家族がばらばらに避難したっていうのは、前に話したのう。
姉者と妹者は2人で同じところに逃げたのじゃ」
ζ(゚、゚*ζ「それ、少し気になってたんですけど。
お母様もお父様も、とても偉い方達だったんですよね? それも軍や政府の……。
なら、一家そろって避難することも出来たのでは?」
l从・∀・ノ!リ人「妹者は子供だから、大人の事情は分からん。
でも、母者達が焦ってたのは覚えてるのじゃ。時間がないって」
( ^ν^)「アスキー国は天災の到達が比較的早かったから」
ζ(゚、゚*ζ「あ、満足に手が回せなかったのか……」
( ^ν^)「それとアスキー国および周辺は海や川が多いが、反対に森は少ない。
他にも色々と、自然災害に弱い条件が多すぎる。
安全な避難先なんてあそこら辺には無いな」
l从・∀・ノ!リ人「……あー……」
そっか、と妹者は納得したように呟き、両手を摩った。
-
l从・∀・ノ!リ人「たしかに妹者と姉者の避難したところは、アスキー国から少し離れた国じゃったの」
ζ(゚、゚*ζ「よその国に頼らなきゃいけなかったんですね……」
他の国だって手一杯だった筈だ。まして戦争の最中。
姉妹2人だけとはいえ、よそ者を受け入れること自体、そう出来ることではない。
彼女らの両親は、大金かそれに値するものか、ともかく何かしらを他国に渡して
2人を安全な場所へ逃がした。
それで精一杯だったのだろう。家族全員での避難は無理だった。
ζ(゚ー゚*ζ「家族みんなを守るためには、ばらばらに避難するしかなかった──
お2人のこと、とても大事にしてくださってたんですね」
デレがフォローするように言う。それが事実でもあったろう。
だが、妹者は前向きな表情を見せなかった。
l从・∀・ノ!リ人「きっと母者も父者も、良かれと思ってやったんじゃろうが……場所が悪かったのう……」
ζ(゚、゚*ζ「?」
-
l从・∀・ノ!リ人「その避難所は男の人がとても多くての、若い女の人は姉者と、他には1人2人くらいで。
避難所から出られない日が続いてしばらく経って……
姉者達、いっぱい嫌なことされるようになったのじゃ」
l从・∀・ノ!リ人「妹者のことは、姉者と、少しだけいた優しい人達が守ってくれたけど……」
同じ避難所にいたのなら、当時わずか5歳であった彼女でも
自分の姉がどんなことをされていたか、いやでも理解するだろう。
少なくとも「嫌なこと」と認識するくらいには。
ニュッは壁に凭れ掛かり、姉者を一瞥した。
どれだけ凄惨だったかは知らないが、あれだけ恐怖を覚えるほどなのだから、さぞかし。
彼女らが持っている幾許かの金は恐らく、そういった事態──でなくても何かしらの問題──を避けるために
両親が持たせたもの。しかし予想外に天災の規模が大きく、また、長すぎた。
世界が破壊されゆく中、金に価値を見る者などいなくなってしまったわけだ。そして倫理まで壊された。
l从・∀・ノ!リ人「……そういうわけだから、ニュッさん、姉者に優しくしてあげてね。
デレも、姉者と2人になるときは、恐そうな男の人には近付かせないようにしてほしいのじゃ。
……お願いね」
懇願するように妹者が言う。初めて彼女が年相応に弱々しく見えた。
デレは痛ましげな顔で頷く。ニュッは返事をしない。
-
ζ(゚、゚*ζ「そのお話、勝手に聞いても良かったんですか?」
l从・∀・ノ!リ人「話した方がいいと思ったら話してって、姉者が言ってたから」
今が話すべき時機だと思ったわけだ。
たしかに、どういった点が特に苦手なのかを知っていた方が対処しやすい。
妹者はもう一度「お願い」と繰り返し、部屋の灯りを消すと、寝台に潜り込んだ。
少しして、デレがサイドテーブルからスタンドライトを床へ下ろした。
淡い灯りの下で日記をつけ始める。
かりかりと紙を擦るペンの音が響いていく内に、妹者の寝息も混じるようになった。
日記が閉じられる。
先に寝るねと元気のない声で言って、彼女はニュッの隣で膝を抱えた。
ζ(゚、゚*ζ「……」
闇に目が慣れると、間近にあるデレの顔もそれなりに窺えた。
眠ると言っておきながら、その目は開かれている。
何を考えているのだろう。
彼女は基本的に、物事を深く考えない。
へらへら笑って都合のいいことばかり口にする。
町なかで悪漢に絡まれ、さらに姉者の過去を聞かされておいて、
この期に及んでまだ「人間って素晴らしい」だの「みんな幸せになれますように」だのと言うのだろうか。
──言うのだろうな。ニュッは嘆息した。デレがゆるりと肩を動かす。
馬鹿みたいだ。──思うだけに留まらず、聞こえよがしに呟くと、
デレに手の甲を抓られた。
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2940年 5月31日
昨日、日記を書いた後、何故かニュッさんに馬鹿にされました。
ニュッさんって本当に意地の悪いことを言う。
そして姉者さんにまで意地悪言ってました。
姉者さんが宿泊代の支払いでちょっともたつけば「のろま」とか。
昨日のことで疲れた顔をしている姉者さんに「ぶす」とか。
あのひと昨夜の妹者さんの言葉聞いてなかったのかな……。
妹者さんはその度にニュッさんの足を踏んだりお尻を殴ったりしていました。
毎回やり返されてましたけど。雇い主なんだけど、ニュッさん分かってるのかな。
ていうかニュッさんも妹者さんもそんなことしちゃいけません。
あ、でも、姉者さんもニュッさんにやり返してたなあ。
やっぱり怯えてはいたけれど、たまに、ニュッさんに文句を言い返してました。
そのおかげか夕方頃には姉者さんも結構持ち直してましたし。
……もしかしてニュッさんなりのショック療法?
ニュッさんも姉者さんのこと気遣ってたのかな?
いや、やっぱり、いつも通りに行動してるだけですかね、あれは……。
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2940年 6月15日
駅のある町に着いたら、姉者さんと私、妹者さんとニュッさんで
それぞれ別行動をとるのがお決まりになってきました。
いつものように伝言板をチェック。特に収穫なし。
妹者さん、この町の子供達と遊んでました。(例のごとくニュッさんも一緒に)
すごいなあ、妹者さん。誰とでもすぐに仲良くなれる。
いいことです。
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2940年 7月7日
姉者さんが、ニュッさんの作ったオムレツを食べました。作らせたのは妹者さんですが。
今まで、男性が調理したものだと判明した時点で食事できなくなっていた姉者さんが!
(誰が作ったか分からないものなら、『女性が作ったもの』と思い込むことで何とか食べていました)
でも二度と食べたくないそうです。
仕方ないです、ニュッさん、お料理は苦手なので……。
ナイフの扱いは得意でも、味付けと焼き加減がちょっと。
ふてくされるニュッさんに、姉者さんがオムレツを作ってみせました。
とっても美味しい! ニュッさんも気に入ったみたいです。
お母様から教わったレシピなんですって。
弟さん達も気に入っていて、ご両親が忙しい時期には、姉者さんがよく作ってあげていたそうです。
姉者さんから聞く家族の話は、仲の良さが伝わってきてすごく好き。
そういえば私のお姉ちゃん、お料理が上手だったなあ。
お姉ちゃんと一緒に雇われていったドクオさんも。
2人とも元気かな?
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2940年 8月24日
突然ですが姉者さんはとてもスタイルがいいです。
だから変な目で見る男の人がたまにいて、そのせいで姉者さんが具合を悪くして……
長所が彼女を悩ませているということが、気の毒でなりません。
女性的なお洒落にだってもちろん興味はあるけれど、
自分を飾ることに少し不安があるから、装飾品になかなか手を出せないんですって。
髪飾りの一つくらい付けたって、平気だと思うんですけれど……。
ニュッさんは「太れば」と手っ取り早い(?)解決法(?)を提案していました。
それを受け入れるか本気で悩む姉者さんを、妹者さんが何を言っていいか分からない顔で見ていました。
たぶん私も同じ顔をしていたと思います。
というか、よくよく考えたら、やっぱり解決法じゃありません。それ。
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2940年 9月19日
今日は私が妹者さんと、そして姉者さんがニュッさんと一緒に行動してみました。
提案者は姉者さん。喜ばしいことに。
といっても、一時間ほど別々に市場を巡っただけなんですけどね。
妹者さんは何にでも興味を持って駆け回るので、一緒にいる私まではしゃいでしまいました。
うっかり衝動買いしてしまいそうになるのが危ないところですが。
合流地点に着くと姉者さんの目が死んでいました。
それから「デレちゃんと一緒がいい」って。
どうやらニュッさんとずっと口喧嘩してたみたいです。
裏を返せば、男の人とずっと会話できていたということで……それはさすがに前向きすぎますかね?
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2940年 10月23日
旅を始めてから、もう5ヵ月。早いものです。
同時に、未だ姉者さん達のご家族と出会えていないということでもありますけど。
一体いくつの町を回ってきたでしょう……でも結構楽しいです。
列車に何日も乗っていたときは、退屈な瞬間がそれなりにありましたけどね。
思えば姉者さんの変化が感慨深いです。
最近はニュッさんとも普通に会話をするし、それどころか軽口を叩き合えるようにまで!
嬉しい限りです。
ニュッさんの態度が悪いおかげで、
姉者さんも気安く憎まれ口を叩くようになった感じですかね。
たまに怯えはしますけど、以前よりは少ないですし。
ただ、だからといって、男の人への恐怖心が薄まったわけでもないようで……。
っと、この話をする前に、まず書かなきゃいけないことがありました。
今日、とある町に入ったんです。
鉱山が近くにあって、そのおかげで発展している大きな町。
そこで、クーさんと会いました!
実に半年以上ぶりです!
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ζ(゚、゚*ζ「わあ、すごい人……ちょうど列車が来たとこなんだね」
( ^ν^)「あーそう……」
列車に乗り降りする人々で賑わう駅。
息苦しさにニュッが辟易していると、デレが辺りを見渡し、「さて」と呟いた。
ζ(゚ー゚*ζ「それでは姉者さんと私は用事を済ませてきます。
妹者さんは、ニュッさんと一緒に美味しいものでも食べて待っていてくださいな」
l从・∀・ノ!リ人「はーい!」
∬´_ゝ`)「ニュッさん、迷子にならないでね」
( ^ν^)「俺に言うなよ」
列車に乗るためにここへ来たわけではない。
姉者が駅に用があるらしいので、分かりやすい場所で一時別れるために来た。
母親探しやら何やらは、いつも姉者とデレのみでやっている。
ニュッと妹者は大抵が別行動。なぜ妹者にも手伝わせないのかは分からない。
万が一、悪い情報──たとえば家族の死など──があった場合を考えてのことだろうか。
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4人が2組に分かれようとした、そのとき、
川 ゚ -゚)「おお、デレにニュッさん。久しぶりだな」
馴染みのある声がかかった。
今のように普通に喋るときは凛としているが、歌い始めると途端に繊細に震える声。
荷物を背負ったクールが、薄く微笑んで近付いてくる。
方向からして列車から降りてきたらしい。
クールの隣には彼女の雇い主であろう男がいたのだが、
顔を真っ赤にさせ足取りはふらふらと──要は泥酔しているようだった。
ζ(゚ー゚*ζ「クーさん! 久しぶり!」
l从・∀・ノ!リ人「知り合いなのじゃ?」
ζ(゚ー゚*ζ「組織のお仲間です」
しばし待つように沈黙してから、クールは「相変わらず愛想がないな」と
ニュッの胸元を手の甲で軽く打った。愛想に関しては人のことを言えないだろうに。
デレが姉妹にクールを、クールに姉妹を紹介する。
クールも隣の酔っ払いを簡単に紹介した。ロマネスクというらしい。
列車でしこたま酒を飲んだのだという。
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(*ФωФ)" ヒック
( ^ν^)(酒くせえ)
川 ゚ -゚)「これから列車に乗るのか?」
ζ(゚ー゚*ζ「ううん、さっきこの町に入ったの。ちょっと用があって駅に来ただけ」
川 ゚ -゚)「そうか、私達は列車で来たところなんだ。
もう少し先の町まで行くつもりだったが、
明日は天候が荒れるらしくてな。不安だから降りた」
口を半開きにしたアホ面で辺りを見渡していたロマネスクが、
ふと、視線を一点に定めた。その先には姉者がいる。
(*ФωФ)「女である。よい年頃だ」
∬;´_ゝ`)「っえ、……え、え?」
己に興味を持たれていると悟った姉者が、さっと青ざめた。
クールはロマネスクに対して呆れ顔。またか、とでも言いたげな。
とろりとアルコールに溶けつつも、しっかり値踏みするような視線。
姉者が初対面の男から向けられるものとしては、特に苦手とする部類の目色だ。
顔よりも体の方ばかり見つめている辺り、意図は分かりやすい。
ロマネスクの瞳に欲が滲む。
彼が一歩距離を詰めると、姉者がその倍は後退り、代わりにデレがロマネスクの前に立った。
-
(*ФωФ)「お前の雇い主は、今夜空いているであるか?」ヒック
ζ(゚、゚;ζ「あ、空いてません!」
川 ゚ -゚)「ロマネスク、さっさと部屋をとりに行くぞ。水飲んで寝ろ」
生憎クールの両手は荷物でふさがっていた。
どちらかが空いていれば、ロマネスクの腕でも首根っこでも引っ張っていってくれただろうに。
そこまでは望めなくとも、このとき口の一つでも塞いでくれていれば、
それだけで結果は違っていた筈だ。
(*ФωФ)「そろそろ商売女には飽きたところである。
護衛を雇うからには、それなりに身元のしっかりした娘であろう?
小遣い稼ぎとでも思って、一晩くらい我輩に付き合え」
口説き文句ですらない。
よりによって、姉者が一番恐怖を煽られる、最悪のパターン。
もしかしたら冗談のつもりだったのかもしれないが、
そういう目で見ていることには変わりがないわけで。
-
∬; _ゝ )「……!」
l从・∀・;ノ!リ人「姉者っ!」
姉者が逃げるように駆け出したのは、当然の流れだ。
こんな場所で走ったら男とぶつかる可能性も高いのに。
いち早くデレが後を追い、庇うように姉者の肩を抱いて、
人気の少ない方向へと誘導していった。
面食らっていたクールが、はっと我に返ってロマネスクをきつく睨む。
川 ゚ -゚)「ロマネスク、お前な……」
(*ФωФ)「……何であるか、あれは」
川;゚ -゚)「ああもう……ニュッさん、妹者さん、申し訳ない。うちの馬鹿が」
(#ФωФ)「あ!?」
( ^ν^)「面倒くせえことしやがって」
l从・∀・#ノ!リ人「もー! 姉者は男のひと苦手なの! 何じゃこのオッサンは!」
怒る妹者へクールが改めて謝罪する。
彼女が謝っても妹者は納得しないだろう。無体を働いた主人の方でなければ。
が、当人は悪びれる素振りもなく。
ふん、と鼻を鳴らすと、微妙に呂律の回っていない口を動かした。
-
(*ФωФ)「はあー、たかがあんなもので逃げるとはなあ……
ウブというものを通り越しているであるな」
川 ゚ -゚)「お前の下卑た言動はそりゃお前にとっては平常通りだろうが、
彼女にとっては大きな問題なんだ。端で聞いてる私だって不愉快だった」
クールのささやかな嫌味に気付いていないのか──というより別のことを考えていたから流しただけだろう、
ロマネスクはぴんときた様子で、事も無げに言った。
(*ФωФ)「男に好き勝手陵辱されたクチか」
川#゚ -゚)「ロマネスク!」
クールが本気で怒鳴る。酔っ払いの肩が跳ねた。
口振りは堂々としているが、小心者。彼の気質は、会って間もないニュッにも正確に見て取れた。
説教を始める前にこちらへ頭を下げたクールは、左手の荷物をむりやり右手にまとめると
ようやく空いた手でロマネスクの腕を掴み、踵を返した。右手が辛そうだ。
川 ゚ -゚)「……そういうこと言うな」
(*ФωФ)「ガキに遠慮しろと」
川 ゚ -゚)「全ての人に遠慮するべき発言だ」
言い合う声が遠ざかる。
妹者は目を丸くして立ち尽くしていたが、
「陵辱」の意味は分からずとも、姉の最も慰撫すべき領域に踏み込まれたことは理解したらしく、
怒りの形相を浮かべて地面を何度も踏みつけた。
-
l从・д・#ノ!リ人「……何じゃあいつは!!
ニュッさん! あのオッサンと同じ町にいたくないのじゃ! 早く出よ!」
( ^ν^)「まだお前の親さがしてねえだろ」
l从・∀・#ノ!リ人「探して早く出る!!」
ぷりぷり(と可愛らしい表現では済まないが)怒りながら歩き出す妹者。その後を追う。
姉者とデレはどこだろう。
ζ(゚、゚*ζ「妹者さん、ニュッさん」
あまり探す手間もかからなかった。斜め後ろから声をかけられたので。
振り向けば、ベンチに座って項垂れる姉者と、その背を撫でるデレがいた。
l从・∀・ノ!リ人「姉者! ……大丈夫なのじゃ?」
∬;´_ゝ`)「うん……」
大丈夫そうには見えない。
姉者は青ざめた顔を顰めさせ、ふるふると首を振った。
-
∬;´_ゝ`)「……だめね、私……あれくらいのことで……」
ζ(゚、゚*ζ「『あれくらい』なんかじゃありません。
いいんです姉者さん、辛いことは我慢しないでください」
宿をとりに行きましょうとデレが提案した。
こんな人混みより、宿なり何なりで休ませた方がいいに決まっている。
姉者が頷きかけたところへ、妹者が「あ」と声をあげた。
l从・∀・ノ!リ人「でも姉者、用があって駅に来たんじゃろう?
どんなご用事だったのか教えてほしいのじゃ、妹者とニュッさんで済ませてくるから」
∬;´_ゝ`)「え」
返ってきた反応は、あからさまに困ったものだった。
説明しようとしては何度かつっかえ、それから、妹者にだけ耳打ち。
l从・∀・ノ!リ人「おー……うん、買ってくるのじゃ。出来る出来る。
サイズとかも分かるから大丈夫」
∬;´_ゝ`)「よ、よろしくね」
話はまとまった。
それでは、と、デレが姉者に背を向ける形でしゃがみ込む。
姉者が戸惑い首を傾げた。
-
ζ(゚ー゚*ζ「おぶっていきます! 巧みに男性を避けて歩いてみせましょう」
∬;´_ゝ`)「え、でも、鞄とかあるし」
ζ(゚ー゚*ζ「姉者さんを背負いながら荷物を運ぶことも可能ですが、まあニュッさんに持ってもらいましょうか」
( ^ν^)「勝手に決めんな」
ζ(゚、゚*ζ「お願いニュッさん」
l从・∀・*ノ!リ人「お願い!」
デレと妹者が同時に小首を傾げた。ねだるように。
ニュッは舌打ちを返して、着替えや日用品の入った鞄を抱えた。
これぐらいは持て、と姉者のバックパックを妹者に背負わせる。
姉者が不安げにこちらを見てきた。手を伸ばそうともしていたが、
先の名残でニュッと関わるのも億劫らしく、手を引っ込めた。
∬;´_ゝ`)「あの、妹者、せめて……それは私が……」
l从・∀・ノ!リ人「だいじょーぶ!」
ζ(゚ー゚*ζ「妹者さんが持ってるなら大丈夫ですよ、姉者さん」
デレの一言に姉者は思案するように沈黙し、「そうね」と小さく呟き同意した。
そうしてようやく、デレの背中に身をあずける。
-
ζ(゚ー゚*ζ「途中にあった、青い看板の宿に行ってみます。
空きが無ければ別の宿に行きますね。そこも駄目だったら……」
l从・∀・ノ!リ人「まあ宿を回ってみれば、いずれは合流できるじゃろ」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ、その通り。じゃあ行ってきます」
l从・∀・ノ!リ人「姉者、また後でね」
∬´_ゝ`)「うん……」
( ^ν^)「重いからって途中で落とされんなよ」
∬´_ゝ`)「ニュッさんうるさいわ」
ζ(゚ー゚*ζ「姉者さんその調子ですよ、ニュッさんが余計なこと言ったらどんどん言い返してください。
あ、別に重くないですし落としませんから安心してください」
ふふ、と微笑みを残してデレは歩き出した。
宣言通り、上手いこと男に近付きすぎないように移動している。
-
l从・∀・ノ!リ人「じゃ、妹者達は任務を果たしに行こうかの」
( ^ν^)「なに頼まれたの」
l从・∀・ノ!リ人「下着」
( ^ν^)「ああ」
「なるほど」。それ以外に返事のしようがなかった。
長旅をする者の行き来が増えたためか、どこの町も、服屋を駅に近い場所に置く。
大きな駅ならば構内にある場合も。
まさしく衣料販店は駅の中にあった。
店内に入ると、ニュッはそれなりに距離を置いて妹者の買い物を見届けた。
薄い水色。何がとは、言わないけれど。
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l从・∀・ノ!リ人「じゃ、宿に行こうかの」
とっとと済ませた妹者が、やや急ぎ足で駅の出口へ向かう。姉者が心配なのだろう。
が、トイレの前に差し掛かったところで、ニュッの服を掴んで立ち止まった。
l从・∀・ノ!リ人「えっと、ニュッさん」
( ^ν^)「あ?」
l从・∀・ノ!リ人「んーっと、」
( ^ν^)「小でも大でもいいから、早く行ってこいよ」
l从・∀・ノ!リ人「嫌いじゃな! ニュッさんのそういうとこ嫌いじゃな!」
勿論ニュッまで入るわけにはいかない。
一旦荷物を全て預かり、入口の脇で妹者を待った。
-
一人でただ待つだけというのも退屈だ。
どうでもいいことを考えようとすると、手近な記憶の反芻が始まる。
そうすると、一度は流しかけたような、細かいところに着目してしまう。
( ^ν^)(……何でわざわざ駅に……)
服屋はここにしかないわけではない。
こんな人の往来が多い──必然的に男と接触する確率が高くなる──場所へ、わざわざ来る意味は?
それともう一点。
妹者がバックパックを背負ったとき、姉者はそれをやめさせようとした。
そのときにデレが──
ζ(゚ー゚*ζ『妹者さんが持ってるなら大丈夫ですよ、姉者さん』
こう言った。
妹者なら大丈夫。
では、ニュッが持っていれば──駄目なのか。
妹者とニュッで何が違う?
妹者ならば無くさないがニュッなら無くすかもしれない? そんなことはない。
どちらかといえば、そういうことにはニュッの方が神経質だ。姉者も分かっているだろう。
-
では何だ。
このバックパックは普段、姉者かデレが持っていた。妹者は使っていない。
そういえばこれが開かれるところを、ニュッは見たことがない。
中身は何だ。この中には──
中。ああ。そうか。
中身を見られたくないのか。
妹者が使っていない以上、これは姉者の私物。
ならば妹者は勝手に開けたりしない。そういう性格だから。
妹者が持つなら大丈夫、とデレは言った。言外に、ニュッが持つのは駄目だとも。
デレはよく知っている。付き合いが長いので。ニュッなら平気で開けるだろうと知っている。
正味、気になることは早めに解消したい主義だ。
なのでやはりニュッは、妹者から預かったバックパックを躊躇いなく開けた。
別に、姉者からも妹者からも開けるなと命令されていないのだから、遠慮しなかった。
.
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l从・∀・ノ!リ人「──ただいまー」
ハンカチで手を拭いながら妹者が戻ってきた。
元通りに閉められたバックパックを背負い、服屋の袋を大事そうに抱える。
l从・∀・ノ!リ人「ニュッさん、行こ」
( ^ν^)「おう」
l从・∀・ノ!リ人「何か甘いものが食べたいのう……姉者に買っていったら、食べるかの?」
( ^ν^)「さあ」
l从・∀・ノ!リ人「……ニュッさんは会話を続けないことに関してはピカイチじゃの」
( ^ν^)「妹者。ちょっと、あっちに寄ってこう」
l从・∀・ノ!リ人「とうとう返事も無しか。……何じゃ、あっちに何があるのじゃ?」
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宿で部屋をとってから(いつも通り二人部屋です)、姉者さんはずっと俯いていました。
症状としては軽い方。
酷いときだと、泣いたり吐いたり、身体的にもお辛そうですから。
それから一時間も経たない頃に、妹者さんとニュッさんが宿へ到着しました。
アイスクリームを買ってきてくれたのが嬉しかったです。
冷たくて甘くて口にしやすいから、姉者さんの気分をだいぶ落ち着かせてくれます。
とはいえ私も姉者さんも、妹者さんの様子が気になって仕方なかったんですけどね。
だって、何度も姉者さんを見ては、うふうふ笑ってそわそわして、明らかに変です。
姉者さんがアイスクリームを食べ終わったのを見計らって、妹者さんが急かすようにニュッさんの背中を叩きました。
するとニュッさんが、ポケットから一枚の紙を。
駅の掲示板でこんなものを見付けた、って。
「父者母者と合流。中央へ向かう。弟者も一緒。姉者と妹者の無事を願う。 兄者」
姉者さんの弟であり、妹者さんの兄でもある方からのメッセージでした。
ああ、疲れてきたので、今日の日記はここまでです。
おやすみなさい、また明日。
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……何やら騒がしいので今廊下を見てみましたが、
酔っ払った様子のロマネスクさんと、彼を運ぶクーさんの姿が。(あれからまた飲んだのでしょうか……)
彼らもこの宿にしたようです。姉者さん達と鉢合わせたらまた大変かもしれません。
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2940年 10月24日
クーさんが言ってた通り、天気が大荒れ。
外に出られないので、お部屋の中で話したり遊んだりしてました。
話題はもっぱら、ニュッさんが持ってきたメッセージのこと。
お2人のご家族は全員無事、どころかご両親とご兄弟は合流済み。
それが分かって、妹者さんはとても喜んでいらっしゃいました。
何だか私まで嬉しくなっちゃうような喜びよう。
早く中央に行こう、と妹者さんは朝からにこにこ。いえ、昨日からですね。
この町からなら、中央へはそう遠くありません。
列車の行き来も、他の地域よりは多いそうですから、
何日かここに滞在して、次に来た列車に乗れば数日程度で中央に着く筈です。
次の列車で中央に行きましょうと姉者さんは言っていました。
持っているお金の残高からしても、それが妥当だそうで。
妹者さんのはしゃぎようといったら!
でも、夕食時に食堂でロマネスクさんと会ってから機嫌が急降下。
どうやら昨日、姉者さんと私が離脱した後に、腹の立つようなことを言われてしまったようです。
クーさん達も天気が落ち着いたら馬車でこの町を出るとか。
それなら、私達の方が先に中央に着きますね。
中央と言えば、お姉ちゃんに会えるかな? 5年ぶり。きっと驚くだろうなあ。
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2940年 10月25日
今日は特に何もなく。
姉者さんも妹者さんも元気です。
私とニュッさんも。
今日も外は雨と風がすごいです。
あ。妹者さんが、宿に泊まっていた同年代の女の子と仲良くなったらしく、
ニュッさんを巻き込んで遊んでらっしゃいました。
妹者さんの社交性すごいです。
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2940年 10月26日
ああ、何てこと。
ニュースを聞いてから、さっぱり落ち着きません。
ここのところ続いた悪天候の影響か、朝方に町の鉱山で土砂崩れがあったそうです。
それが線路に直撃したとか。
とはいえ、それ自体は大した規模じゃなかったので
お昼に復旧作業が行われたんですが……。
その作業の最中、再び土砂崩れが起こってしまったらしいんです。
それも、一度目よりも激しく。
大騒ぎです。落ち着きかけた天気もまた荒れてきましたし、もう、どうしましょう……。
怪我人は運ばれて一命を取り留めましたが、まだ、埋まってしまって出てこられない方が何人も。
どうか全員助かりますように!
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2940年 10月27日
天気がまだ回復しません。
下手に現場へ近付けないそうで、救助作業も進まず。
姉者さんがずっと窓を眺めていました。
天災のときのことを思い出してしまうのではと心配でしたが、
「避難所の中じゃ外の様子なんか見えなかったし」と苦笑い。ほっとしました。
妹者さんは例の女の子と遊んだり、従業員さんのお手伝いをしたり。
ニュッさんはいつも通りです。事故の件に関しては「何人死んだかな」の一言。誰も死にません!
食堂で、またクーさん達に会いました。
ロマネスクさんは町を出られないことに苛々、クーさんは事故や天気にはらはら。
ロマネスクさんがまた姉者さんに話し掛けて、妹者さんに怒られてました。
でも姉者さんも頑張ってロマネスクさんの言葉に答えてたんですよ。すごい!
ニュッさん並みに話が続きにくい返答でしたけど……。
あ、何だか、昨日よりは雨が弱まってきている気がします。
このまま止んでくれればいいんですけど。
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2940年 10月28日
昨夜遅くに雨が止み、風も落ち着いてきたので
朝から本格的に救助作業が再開されました。
日が暮れた頃、事故に巻き込まれた方々が全員見付かったそうです。
2人生還。7人の方が亡くなりました。
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2940年 10月29日
線路の復旧作業が始まります。
こちらは救助作業より時間が掛かるそう。
しばらく列車は通れません。
列車が来ないなら、と町を出る人(旅人さんや、中央を目指す方達)がたくさん。
馬車はみんな借りられていきました。
クーさんとロマネスクさんは馬車の手配に間に合わなかったみたいです。
クーさんが文句を言われている姿を食堂で見ました。クーさんも言い返してましたけど。
私達の方はどうなるんでしょう?
近くの町まで歩こう、と妹者さんは言いましたが、姉者さんが乗り気じゃない様子。
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2940年 10月30日
この間までの風雨が嘘のように、最近はいい天気が続きます。
今日は事故で亡くなった方々のご遺体が、町の広場で荼毘に付されました。
たくさんの人が集まって、彼らの死を悼んでいて。
とても悲しい。
.
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#
──焼けるにおいに、ニュッは僅かに眉間へ皺を寄せた。
∬´_ゝ`)「……」
ζ(゚、゚*ζ「……」
隣を見れば、姉者もデレも、じっと炎を──その中で崩れていく死体を見つめている。
見に行こうと言い出したのは姉者だった。
大勢の人間が集まる、男もたくさんいる、とデレが言っても、姉者の意見は変わらなかった。
そこへ「広場を見下ろせる場所がある」と発言したのは妹者。
ここ数日、宿で知り合った少女とあちこちで遊んでいたので
町の地形には些か詳しくなっていたのだ。
宿の近くにちょっとした丘があり、そこから広場はよく見えた。
他にも何人かが丘に来ていたが、まばらに散っていたので姉者の脅威になる程ではない。
-
l从・∀・ノ!リ人「……あれは、家族かのう……」
しゃがんでいる妹者が、広場で泣き崩れている女と子供を眺めている。
被害者は皆、土砂をどかす作業をしていた者達だった。
全員男だ。7人の男が焼かれている。
むせび泣いているのは、妻子や、両親や、きょうだい。
黒い煙が上がっている。
それが人の焼ける色なのか、それとも燃料の燃える色なのか、ニュッには分からない。
ただ、いつぞや列車の中から見た色と同じだった。
誰もが痛ましい顔つきで、焼かれる死体や立ち上る煙や、慟哭する遺族を見ている。
デレが、耐えきれないとばかりに顔を覆って視界を閉ざした。
それらを眺めているニュッは、ああ、人が死んだのかと実感していた。ぼんやりと働く頭。
どうせなら全員、世界中の全員、死ねばいいなと。
いつも通りの思考。
#
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2940年 10月31日
明日、姉者さんと妹者さんの誕生日だそうです。
あんなことがあった直後に言うのも何だけど、と姉者さん。
いいえ、あんなことがあった直後だからこそ、おめでたい話題がありがたいのです。
日付が一緒って、素敵です。二倍おめでたい日ですもの。
そう言ったら、姉者さんがびっくりしたような顔をして、それから笑っていました。
今までは(と言っても5年前まで、ですが)幼い妹者さんの方が中心になりがちだったので、少し寂しかったそうです。
じゃあ、明日は姉者さんも妹者さんも、どちらも丁重にお祝いいたしましょう!
.
-
2940年 11月1日
今日は色々ありました。
うーん。
なんだかなあ。
書くの面倒臭いや。
.
-
#
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさん、姉者さん達の誕生日パーティーやろう!」
また思い付きで馬鹿を言い出した、と思ったら本気だったらしい。
夕食前に姉者と妹者をクールに任せ(当然クールは戸惑っていた)、
デレはプレゼント、ニュッはケーキを買いに行くこととなった。
費用はそれぞれの給料から。当人達には一応内緒で。
適当に4人で食べられそうなケーキを購入して宿に戻ると、
とっくに帰っていたデレが部屋を飾り付けていた。
従業員から借りたシーツやらタオルやらで。器用だ。
ζ(゚ー゚*ζ「よし! ご飯はお部屋に持ってきてもらうことになってるから、姉者さんたち呼んできて!
どうせならクーさんとロマネスクさんの分も頼めば良かったかなあ」
( ^ν^)「それはやめとけ」
切実に。
-
クールはともかく何故ロマネスクまで呼ぶという発想が出来るのか、なんて思いつつ、
ニュッはクール達の部屋へ姉妹を迎えに行った。
妹者が姉者の前に立ってロマネスクと睨み合っていた。
やっぱりどうあっても無理だ、これは。
l从・∀・#ノ!リ人「ニュッさん遅い!!」
(#ФωФ)「貴様ら、このガキにどういう教育をしているのである!
人のものに手を出そうとするとは!!」
( ^ν^)「……ええと、何があった」
∬;´_ゝ`)「クーちゃんを雇いたいって妹者が言ったら、ロマネスクさんが怒っちゃって」
川 ゚ -゚)「私としては、そちらの仲間に入る方が魅力的だけどな」
(#ФωФ)「クール!!」
川 ゚ -゚)「……まあ私がいないと、こいつに差し迫った問題が生じるので無理だ」
てっきり、ロマネスクがまた姉者に妙なことを仕出かしたのかと思ったのだが。
クールの取り合いか。何歳児と何歳児の争いだ。
-
とりあえず早く連れ出さねば、ロマネスクの怒気に、最も無関係な筈の姉者がやられてしまう。
余計なことを言った妹者が悪いということにして、彼女の頭に軽いげんこつを食らわせると、
抗議を無視して小脇に抱えた。
l从・∀・#ノ!リ人「クーさんはいい人だから、こんなオッサンのところにいてはイカンのじゃ!」
(#ФωФ)「やかましい、さっさと去ね!」
川 ゚ -゚)「嬉しい言葉をありがとう。ああ、改めて誕生日おめでとう、2人とも」
l从・ε・#ノ!リ人 ブーブー
( ^ν^)「クールを雇うまでの金はねえぞ、もう」
∬´_ゝ`)「お邪魔しました。歌、ありがとうね」
何か歌ってもらったのか。
それもあって妹者はクールに懐いたのだろう。
ドアが閉まりきるまで妹者とロマネスクは口喧嘩を続けていた。
敢えてもう一度言うが、何歳児と何歳児の争いだ。
-
ζ(´ー`*ζ「ハッピーバースデー!」
姉者と妹者が入室すると同時に、デレが大きな声で言った。
姉妹の反応はというと、はにかむように微笑むだけだった。
ζ(゚、゚;ζ「あ、あれ、反応が薄い……いわゆるサプライズなのに」
∬´_ゝ`)「ごめんデレちゃん、結構ばればれだったわ」
l从・∀・ノ!リ人「うん……でも嬉しいのじゃ」
なら良かったですとへらへら笑って、デレは2人を中心のテーブルセットへ座らせた。
食堂で見た覚えが。これもわざわざ借りたのか。
2人は室内の飾り付けや卓上の料理に目を輝かせた。
本などで見るようなご馳走、とまでは行かなくとも、
宿の規模に鑑みると、充分に贅沢なメニューだった。大振りの肉にたっぷりのソースなんか、特に。
∬*´_ゝ`)「すごい。高かったんじゃないの?」
ζ(゚ー゚*ζ「お誕生日だって言ったら、サービスしてくれたんです。
……この前の事故のことがあったから、宿の人も、お祝い事に力を入れようとしてくれたのかも」
その発言により空気が少し沈んだが、デレがケーキの箱をテーブルに乗せ、
妹者が喜色を湛えたことで場の雰囲気が持ち直した。
-
ニュッとデレも席につき、それぞれのグラスにぶどうジュースを注ぐ。
ζ(゚ー゚*ζ「改めまして! 姉者さん、妹者さん、お誕生日おめでとうございます!
かんぱーい」
4人とも、グラスを軽く掲げるだけで済ませた。
乾杯の直後、各々がグラスに口をつける数秒の沈黙。
先にグラスを置いた姉者が、こちらを見た。得意気に。
∬´_ゝ`)「ニュッさんより年上になったわ」
( ^ν^)「また一段と老けたな」
∬;´_ゝ`)「うるさい! おめでとうとか言えないの!?」
ζ(゚ー゚*ζ「もー。ほらニュッさん、お祝いの唄とか歌おうよ。一緒に歌ってあげるから」
( ^ν^)「さっきクールがやったらしいぞ」
ζ(゚ー゚;ζ「ぎゃっ。クーさんの後に歌う勇気はないなあ」
-
l从・∀・*ノ!リ人「あっ、じゃあ、じゃあ、妹者が歌う!
あのね、クーさんから教えてもらったのじゃ!」
∬´_ゝ`)「教えてもらったっていうか、何回もせがむから覚えただけでしょ」
自分で自分を祝うために歌うというのも、どうなのか。
デレが笑顔で手拍子を始める。ニュッは構わずパンに手を伸ばした。
妹者が披露した祝歌は、短かったが耳に残るような独特のメロディーをしていた。
余韻までたっぷり楽しんでから、姉者とデレが拍手する。
ニュッも数度、手のひらを打っておいた。パン屑を払うために。
ζ(´ー`*ζ「じんわり染みる、素晴らしい歌ですねえ」
l从・∀・*ノ!リ人「そうじゃろう? クーさんの声で聴くと格別じゃ」
∬*´_ゝ`)「知らない曲なんだけど、何となく懐かしい感じがするのよね。
クーちゃんのお国の歌なのかしら」
( ^ν^)「いや、ヴィプ国の歌だろう。クールの出身じゃない」
ヴィプ国の民謡は特徴的だ。組織で学習中、資料として何曲か聴いたことがある。
クールが何故ヴィプ国の祝歌を──ああ、ロマネスクの故郷か。
歌声を理由に雇ったからにはクールに何か歌わせるのが目的だろう。
ヴィプ国の民謡を覚えさせたのは、その業務に関係しているということか。
-
ニュッが1人納得していると、ふと、やけに静かなことに気付いた。
見れば姉妹が沈黙している。何故。
怪訝な顔をするニュッとデレに、姉者が掠れそうな声で問い掛けた。
∬´_ゝ`)「……どうして、ヴィプ国の歌をクーちゃんが?」
( ^ν^)「ロマネスクの出身なんじゃねえの」
ζ(゚、゚*ζ「あ、そうですね、ロマネスクさんってたしかヴィプ国のお役人さんでしたもの。
クーさんが雇われていったときに、ちらっと聞きました」
∬´_ゝ`)「役人?」
ζ(゚、゚*ζ「はい、えっと、防衛庁の人だったかな?」
「そう」。姉者の返事はそれだけ。
そこからは普通の食事会のようだった。
決して空気が悪かったわけではないし、姉者も妹者もよく笑っていたけれど、
時折、何かを考えるような仕草を見せていた。
.
-
──食事を粗方終えた頃、デレが2人にプレゼントを渡した。
揃いの髪飾り。鉱業に突出した町だけあって、銀細工のフチに綺麗な鉱石が嵌め込まれている。
姉者は蜂蜜のような黄金色、妹者は淡いピンク。
ζ(´ー`*ζ「お2人に似合うと思って」
l从・∀・*ノ!リ人「ありがとうデレ、ニュッさん!」
∬*´_ゝ`)「ありがとう、とっても綺麗ね。こういうの貰ったのは久しぶりだわ」
何故だかデレとニュッからのプレゼントということになっていた。
選んだのも買ったのもデレなのに。
とはいえ、ここで水を差すのも無粋だろうと黙っておく。
続けてケーキの箱を開けたデレは、切り分けようとした手を止め、
早く早くとせがむ妹者へ顔を向けた。
-
ζ(゚ー゚*ζ「あ、そうだ! 妹者さん、仲良くなった女の子いましたよね。
今更ですけど、あの子も呼んできましょうか?
ケーキだけでも一緒に食べましょうよ」
3つ隣の部屋に宿泊している親子。
その娘とたまたま廊下で会った妹者は、そのままよく分からぬ流れで仲良くなった。
他に子供がいなかったようなので、お互い、貴重な同年代の友達を得られて嬉しかったらしい。
毎日のように遊んで──そういえば昨日は遊んでいなかった。一昨日も。
たしか廊下ですれ違いざまに挨拶してはいたが、遊ぼうと言う少女に妹者が「後でね」と断って。
デレの提案に、妹者が顔を曇らせた。
l从・∀・ノ!リ人「ん……あの子は、いいのじゃ」
ζ(゚、゚*ζ「どうしてです?」
l从・∀・ノ!リ人「……あの子は、お母さんいるから……」
何となく賑やかだった空気が、また静まり返った。
デレが首を捻る。
-
ζ(゚、゚*ζ「えっと……?」
l从・∀・ノ!リ人「あの子と遊んでると、夕ご飯の時間に、お母さんが迎えに来るのじゃ」
だからどうした、とは思わない。
言葉が続かなくとも、言いたいことは充分に伝わる。
羨ましいのだ。
きっと妬ましくて堪らなくて、それであの少女と遊ぶのが億劫になった。
沈黙。
デレが困り顔で答えあぐねている。
そうこうする内に、妹者がゆっくりと姉者の顔を見上げた。
何度も躊躇いを経てから、思い切って訊ねる。
l从・∀・ノ!リ人「……のう姉者、いつ、ここを出るのじゃ?」
∬´_ゝ`)「……」
l从・∀・ノ!リ人「妹者、早く母者たちに会いたいのじゃ」
∬´_ゝ`)「それは、……私だって」
l从・∀・ノ!リ人「なら、何で、まだこの町にいるのじゃ?」
∬;´_ゝ`)「……」
俯き、妹者は所在なさげに髪飾りを弄った。
-
l从・∀・ノ!リ人「……母者の顔、もう、覚えてないのじゃ……
父者も、おっきい兄者もちっちゃい兄者も」
ほのかに笑いが込められた声。
それは、努めて明るく振る舞おうとして──そして失敗している声だった。
妹者の顔が更に下を向く。
ぽたり。鳴った音は、テーブルに落ちた雫の。
l从;-;ノ!リ人「みんなに、お誕生日おめでとうって、言われたかったのじゃ……」
∬;´_ゝ`)「……デレちゃんとニュッさんが言ってくれたわ。クーちゃんも……」
l从;-;ノ!リ人「は、母者と父者に、ぎゅうって、抱っこしてほしかったのじゃ」
ζ(゚、゚;ζ「妹者さん」
慰めの台詞に悩んでいてもしょうがないと思ったのか、デレが立ち上がった。
妹者へ歩み寄り、小さな体に手を伸ばす。
今は私で我慢してください──彼女の言葉に妹者は首を振り、伸ばされた手を叩き落とした。
-
l从;д;ノ!リ人「デレじゃ駄目なのじゃ! ニュッさんじゃ駄目なのじゃ!
姉者でもなくて……っ」
悲痛な声と共に顔を上げる。
ぼろぼろと零れる涙がテーブルクロスに染み込んでいく。
言っている本人が、誰より傷付いていた。
それは子供として正当な願いなのだが、
姉を困らせていることにも違いはないのだと理解しているらしく、
そのせいで罪悪感を抱いている。また、それ故に理不尽さも感じているだろう。
椅子を倒す勢いで立ち上がり、まだ11歳になったばかりの少女は叫んだ。
l从;д;ノ!リ人「母者達でなきゃ、駄目なのじゃ!!」
彼女の足はほんの僅かな躊躇を見せた後、結局、駆け出した。
ドアを押し開け、廊下へ飛び出す。
-
∬;´_ゝ`)「あ、」
ζ(゚、゚;ζ「待って、妹者さん!」
最初に追ったのはデレ。
ちょうど立っていた分、行動が早かった。
姉者も立ち上がる。そうなればニュッも腰を上げざるを得ない。
とりあえず先にケーキを箱にしまい直した辺り、ニュッのマイペースさは相変わらずだ。
その間に廊下に出ていた姉者が、驚いたような声をあげた。
何事かと急ぎ追い掛けてみれば、すぐ近くにロマネスクとクールが立っていた。
川;゚ -゚)「あ、すまんニュッさん、菓子でもあげようかと思ってさっき来たところで……」
( ^ν^)「聞いたのか」
川;゚ -゚)「……そういうつもりでは、なかったんだが」
クールがしょんぼりと目を伏せる。責めているわけではないのに。
一方のロマネスクは、妹者達が去ったのであろう方向を見遣りながら口を開いた。
-
( ФωФ)「母親が何だというのだ、馬鹿らしい……」
心底苛立つような声色に、普段なら咎めるであろうクールも怪訝な目を向けた。
しかしロマネスクの瞳からはすぐに興味が消え失せた。そのまま踵を返そうとしている。
かと思えば。
突然足を止め、ハハジャ、と呟いた。
何かに思い至ったような声だ。
( ФωФ)「──貴様、もしやアスキー国の出か?
……ああ、イモジャとアネジャ……そうか、そういえばそんな名か」
妹者を追い掛けようとしていた姉者が、勢いよく振り返った。
どうしてという疑問は、その表情には無かった。
どちらかといえば──「やっぱり」といった色。
( ^ν^)(……あー、そうか、ヴィプ国……)
かつての世界地図を思い浮かべ、ニュッは諸々に納得した。
巨大な天災。アスキー国に残るのは危険。ではどこへ避難するか。女2人、内1人は幼児。
なるべく迅速に移動できて、安全な場所。あまり敵対していない国。
距離や情勢、様々な面から言えば、ヴィプ国が最も条件に合う。
かつて姉者達が避難した先は、ロマネスクの故郷だったのだ。
.
-
( ФωФ)「では、男ばかりの避難所に放り込まれた娘とは、貴様のことであったか。
なるほど。それで男嫌いに?」
∬;´_ゝ`)「──え、」
川 ゚ -゚)「……何だ、どういう話だ」
これといって特別な話ではない、とロマネスクは事も無げに返した。
( ФωФ)「天災時、他国からの協力要請は山ほどあった。
アスキー国などという小国なぞ相手に出来んほどな」
( ФωФ)「だが、うちの防衛庁にサスガハハジャと懇意にしている者が居って、
その伝手で娘2人だけでも預かることになったそうだ」
どこの避難所へ姉妹を入れるか。
空きは少ない。既に、どこも──限界だった。
無理に押し込んでも、誰かと入れ替えても、必ず不満が出る。
それで揉められたって、問題解決に割く時間はない。
では、押し込む形であったとしても、彼女らを歓迎してくれる場所は?
歓迎とまでは行かなくとも、彼女らに価値を見出してくれる場所は?
そうして辿り着いた答えが、ヴィプ国軍の第一シェルター。
.
-
( ФωФ)「どうせ小国の軍人の娘。好きに利用してやろうという話でな。
他の似たような境遇の娘達と一緒に、慰み者として放り込んでやれと」
川 ゚ -゚)「お前が仕向けたのか?」
( ФωФ)「馬鹿な。我輩は関わっておらん。話を聞いただけだ。
我輩は自分のことで手一杯だったのである」
川 ゚ -゚)「……そうだな、知ってる。──でも、止めようともしなかったのか、お前」
( ФωФ)「どうでも良かった。そもそも止めたところで我輩に益はあるか?」
川 ゚ -゚)「……。彼女の母親と懇意にしている者が手配したんじゃなかったのか?
どうしてそんなことに」
( ФωФ)「こちらの国もいっぱいいっぱいだったのである。
命さえ無事なら、義務は果たしたと同義と思ったのであろう。
まあ、勿論、親の方には何も言わずに決めたのだろうが」
──そういうものだったのだ。
あの頃の人々は生きるか死ぬか──本当に、その二択しかなかった。
生きるとしたって、どんな形で生き残るかを自由に選択する余裕など、
一部の者にしか与えられていなかった。
-
∬;´_ゝ`)「……」
姉者の顔は青白い。
ふらつきながら歩き出す。妹者を追おうという意思は感じられなかった。
その背を見つめ、ロマネスクがこめかみを掻きながら呟いた。
( ФωФ)「誕生日に聞かせる話ではなかったか」
川 ゚ -゚)「……どんな日だろうと、言うべきじゃなかった」
クールが正しい。言うべきでも、聞くべきでもなかった。
元から「そのため」に避難所に放り込まれたなどと。
姉者の全てと、妹者の心と、娘の無事を願う両親の想いを、最悪な形で踏みにじられていたなどと。
.
-
姉者はふらふらと歩いていく。
ニュッはその数歩後ろをついていく。
共に無言だ。
別に、慰めるためについていっているわけではない。声をかける気もない。
護衛である以上、そして本来の「担当」であるデレがいない以上、自分が姉者を見ていなければならない。
何なら「ついて来るな」と命令してくれれば楽なのだが。
淡い期待も空しく姉者は黙って歩き続け、
人気のない方へと流れていく内に、駅舎へ入った。
灯りこそついてはいたが、誰もいない。
しばらく列車も来ないのだから当然か。
姉者がベンチに座る。
ニュッも、一人分のスペースを空けて腰を下ろした。
何分も黙りこくっていた姉者が、ふと囁いた。
-
∬´_ゝ`)「……死んじゃえば、いいのにね……」
誰がとは言わない。──誰、とも決まっていないのだろう。
恐らくは漠然と。彼女が特に苦手とする種類の男達へ向けて。
そしてきっと、彼女自身もどこかに含まれている。
( ^ν^)「殺せって言うなら殺すが」
∬´_ゝ`)「誰を?」
( ^ν^)「誰でも。お前が命令するなら」
∬´_ゝ`)「そういう命令、していいの?」
( ^ν^)「言われればやらなきゃいけねえし」
∬´_ゝ`)「そう……」
組織にいた頃は、雇われてから数ヵ月、あるいは数日で戻ってきた仲間を何人か見た。
むしゃくしゃするからという理由で、そこら辺のチンピラを殺させるような主人を持った者もいた。
同じように姉者が命じれば、ニュッは従う。そういうものだから。
-
姉者が再び口を閉ざす。
ニュッは首を擡げ、構内の壁をぼんやりと眺めた。
掲示板が目に入る。
ボードから溢れ返るほどのメッセージの数々。
そういえば、と、ある疑問を思い出した。その疑問を初めに抱いたのは10日近く前。
前述の通り、気になることは早めに解消したい主義だ。
10日も我慢したのだから、丁度いい機会でもあるし、ここでぶつけてもいいだろう。
きっとデレは姉者から真実を聞いているのだろうし。
ならば自分にだって知る権利はあるのでは。
( ^ν^)「何で隠してた?」
∬´_ゝ`)「え?」
( ^ν^)「母親と、父親と、弟のメッセージ。
今まで通ってきた町で、いくつか見付けてたくせに。妹者に隠してた」
∬´_ゝ`)「……鞄の中、見たの?」
( ^ν^)「見た」
∬´_ゝ`)「最低」
──あの日、ニュッがバックパックを開けたとき。
中には姉者の私物の他に、数枚の紙の束が入っていた。
日に焼けていたり、比較的新しかったり、紙自体の状態はばらばらだったが
そこに書かれた内容は概ね同じだった。
-
「○○の町へ行く 流石母者」。
「母者と合流しました。××へ向かいます 父者」。
「△△にて待つ。父者と母者、姉者と妹者の無事を願う。 兄者・弟者」
彼女の家族が残してきたメッセージ。
初めはてんでばらばらな方向に行っていたようだが、徐々に近付いていたので、
彼らも駅の掲示板か、でなければ他者からの証言などで情報を得ていったのだろう。
だが姉者は──
このことを妹者に話していなかった。
誰がどの町に行ったか知っていた上で、寄る必要のない町へ寄りながら時間をかけて移動し、
家族に追いつかないようにしていたのだ。
完全に避けているわけではない。それならばメッセージと逆の方向に行けばいいのだから。
だが姉者はそうせず、じっくりと家族の道筋を追っていた。
その足取りが、ニュッには、迷っているように思えた。
.
-
( ^ν^)「何で隠してた」
再度同じ質問をする。
姉者はたっぷりと間を置いて、口を開いた。
∬´_ゝ`)「……家族を探すようになったのは、2年くらい前からね。
それまでは、妹者と一緒に小さな町でひっそり暮らしてた。ヴィプ国から離れて。
そうしてたら、あるとき旅人さんから、母者に会ったっていう話を聞いたの」
∬´_ゝ`)「それからは、普通に……母者のこと追ってたんだけど」
母親はしょっちゅう移動していたらしく、なかなか捕まえられなかったという。
そうする内──初めて、母以外の家族の情報を得られた。
∬´_ゝ`)「ある街の駅で、伝言板に父者の文字を見付けたわ。
そのとき妹者はトイレに行ってたから、私しか見てなかった。
……妹者があの場にいたら、私、あんなことしなかったと思うんだけど……」
∬´_ゝ`)「急いで、父者のメッセージを消したの」
何故とニュッが問えば、「恐くなったから」と簡潔な答え。
-
∬´_ゝ`)「他の町で弟のメモを見付けたときも、恐くなっちゃった。
妹者に気付かれない内に、鞄にしまって見なかったふりをしたわ」
( ^ν^)「何が恐かったんだよ」
∬´_ゝ`)「……」
流暢に語っていた口が、止まった。
静かだ。
じじ、と電灯が小さく鳴く声の他には、呼吸の音しか聞こえない。
隣から聞こえる呼気がほのかに乱れた。
∬´_ゝ`)「私、男の人の死体が焼かれるのを見るのが、好きだわ」
物騒な言葉。
ニュッの問いへの答えではない──いや、答えなのか。
-
∬´_ゝ`)「最初に見たのは、『天災』が終わった頃……
やっと外に出られたとき」
∬´_ゝ`)「避難所で死んだ人をね、みんなで焼却したの。
ほら、私達がいたところ、……荒れてたし──ご老人も少しだけ、いたから。
避難生活の間に何人か死んでて。処理しなきゃいけなくて」
外にもたくさんの死体があったろう。
それらとまとめて焼いたのではないか。
葬る、というよりも、処理、の方が実際正しいのかもしれない。
∬´_ゝ`)「私に酷いことしてた男の人がね、火に焼かれて、原形がなくなっていって……
何て言うのかしら。その、ね、私、……」
姉者の右手が、すうっと空中を撫でるように左から右へと振られた。
かつて見た光景を表現しようとしたのだろうが、何を表したかったのかは分からなかった。
火が、広がる様だろうか。
もごもごと口を動かす姉者。
相応しい言葉を探していた彼女は、やがて、ぽつりと言った。
∬´_ゝ`)「嬉しかったのよ」
本人もしっくり来たようで、嬉しかった、と繰り返していた。
-
∬´_ゝ`)「そりゃ恨んだ相手だからね、死んで焼かれてるのを喜ぶのは、自分でも分かるんだけど」
∬´_ゝ`)「妹者のこと守って、私のことも気にかけてくれてたお爺さんの死体が焼けるのを見ても、
同じような気持ちになったの……
」
じわじわ、彼女の声が震えていった。
そこに滲むのは恐怖だ。
変わらず空中に留まっていた右手が、ぱたりと落ちる。
いつしか震えは彼女の体にまで広がっていた。
「本当に嬉しかった」──確認するように、三度目。
膝の上で両手を合わせる。その手をゆっくりと持ち上げて、口元を覆って。
姉者が眉を寄せた瞬間、ぽろぽろ、涙が零れ落ちた。
∬;_ゝ;)「私たぶん、もう駄目なんだわ。おかしくなってるんだわ」
相手の善悪に関わりなく、「男」であるというだけで、その死を喜んでしまう──
それをおかしいと言う彼女に、ニュッは否定も肯定もしない。
仕方がないのかもしれないとも思うし、たしかにおかしいとも思う。
-
∬;_ゝ;)「父や弟のメッセージを見て──
みんな生きてるって知って、私、恐くなった。
──家族にまで『消えてほしい』って思うようになってたらどうしようって」
∬;_ゝ;)「生きてたのは嬉しいのよ。本当に嬉しいの。
だけど、いざ会ったら、家族だろうと嫌になってしまうかもしれない。
それを確認するのが恐いの……恐いのよ……」
ニュッが男でなかったら、肩の一つでも抱いて優しい言葉をかけてやるべきところだ。
いや、女だったとしても、そのようなことをする性格なぞしていないが。
( ^ν^)「俺を雇ったのも、そこら辺に関係あんのか」
そんなことよりは、質疑応答の方を優先させる人間である。
姉者は頭を小さく縦に振った。
-
∬;_ゝ;)「どうあっても男を受け入れられないのか、試してみようと思ったの。
私のことを大事にしてくれる優しい男の人と旅をしてみて、
それでも駄目だったら……」
( ^ν^)「駄目だったら?」
∬;_ゝ;)「……妹者のことを任せて、私は一人で遠いところに行こうと思ってた……」
ざ、と冷たい風が吹く。
2人の距離は、風が通るには充分すぎる空間を作っていて、ひどく体が冷えた。
「結果は」。
ニュッの問いに姉者が自嘲めいた笑みを浮かべ、今度は首を横に振る。
∬;_ゝ;)「やっぱり駄目だった……。
私ね、ニュッさんにも、死んでほしいって思うときがあるの。
ニュッさんが炎に焼かれて骨だけになるのを想像してしまうの」
笑い声のなり損ないのような吐息が、姉者の唇から漏れた。
今度は自嘲ではなく、可笑しさから笑ったようだった。
∬;_ゝ;)「ニュッさん、私に酷いこと言うから、もしかしたらそのせいかもしれないけど」
たしかに。本来姉者が計画していた実験からは、ピントが外れてしまっていただろう。
要は「家族のように親しい相手でも受け入れられないかどうか」を試したかったわけだから、
その前提条件を丸きり無視するようなニュッの態度では、実験結果に意味など無い。
-
すんすんと鼻を啜り、姉者が小首を傾げた。
∬;_ゝ;)「本当は組織の人に、
『人間好きな男性』と『人間嫌いな女性』を雇いたいってお願いしたのよ」
∬;_ゝ;)「こっちが女2人でしょう。同行者が男の人だけじゃお互い不安だろうし、
かといって優しい女の人が来たら、その人に甘えちゃって実験出来なくなるだろうと思って。
……でも上手く伝えられてなかったみたいで、逆の人達が来ちゃったわね」
ほんの数秒、考え込む素振りを見せて、こちらへ目を向ける。
∬;_ゝ;)「……まさかニュッさん、女の人だったりしないわよね?」
( ^ν^)「男」
∬;_ゝ;)「そうよね、ふふ、やだ、想像しちゃった……おかしい」
笑えない。
逆に考えればデレが男ということにもなる。本当に笑えない、というか気味が悪い。
だが姉者のツボには嵌まったらしい。
初めはくつくつと忍び笑いをする程度だったのが、
だんだん上半身を折り曲げて堪えなければならないほどにまで。
「──我らが先生は、何も間違っていませんよ?」
そこに、ふんわりとした声が飛んできた。
-
驚いた姉者が弾かれたように頭を起こす。
ニュッはこっそりと溜め息。いつ話に混ざってくるのかと思っていたが、ここでか。
∬;´_ゝ`)「デレちゃん」
ζ(゚ー゚*ζ「はい、デレですよ」
姉者が涙を拭いながら声の主の名を呼べば、柱の陰から、妹者を背負ったデレが現れた。
別に気配を消してもいなかったので、ニュッには早い内から彼女の存在を感じ取れていたのだが。
ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさい、盗み聞きしちゃって……あ、でも私の方が先に来てましたからね?
妹者さんをあやすために歩いてて、人がいなさそうだったのでここに来たんです」
l从-∀-ノ!リ人 スー、スー
泣き疲れたのか、妹者はデレの背で寝息をたてていた。
目元が赤く、腫れぼったい。
先程までの会話を妹者にも聞かれていたのか、と姉者が訊ねる。
デレは首を振って否定した。姉者が来る直前に眠っていたと。
静かにこちらへ歩み寄り、妹者を姉者に抱かせると、デレがニュッと姉者の間に座った。
いくらか潜めた声で言う。
-
ζ(゚ー゚*ζ「話の続きをしましょうか。
先生の人選は、いつだって正しいんですよ。姉者さん」
いつも通り、ふわふわして、妙にきらきらした笑顔。
姉者はきょとんとした様子で彼女の笑顔を見つめている。
ζ(゚ー゚*ζ「私だろうと、組織の人だろうと、先生だろうと雇い主だろうと知らない人だろうと、
ニュッさんはいつでも誰に対しても舐め腐った態度をとります。
こんなに平等な人、他に知りません」
ζ(´ー`*ζ「何でこんなに平等かっていったら、そりゃあね。
誰のことでも愛してるからですよ」
丁寧にも右手でニュッを示しながらの説明であったが、
聞かされた姉者は、デレの言葉が誰を指しているのか、すぐには読めなかったようだ。
たっぷり黙りこくって、ようやく「ニュッさんが?」と一言。デレが頷く。
-
∬;´_ゝ`)「みんな死ねとか、いつも言ってるじゃない」
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさんはこの世に生きる全ての命が大好きなので。
誰かが死んだとき、それを悲しむ人々のことを思うと可哀想で堪らないのです。
それならみんな一緒に死んだ方が楽だというわけですね。馬鹿みたいな理屈です」
ζ(゚ー゚*ζ「ね、ニュッさん?」
( ^ν^)「人のことをべらべら喋んな」
認めるのも何となく癪だったので、文句だけ返した。
「喋りますよう」、とデレが甘ったるく囁く。
「姉者さんは聞くべきなんです」とも付け足して。
続けて姉者に向き直り、デレは自身の膝を軽く打った。
ζ(゚ー゚*ζ「言っちゃいましょう。
ニュッさんはね、姉者さんと同じような目に遭いました。
彼の場合は、被害者と加害者の性別が逆転するわけですけど」
∬;´_ゝ`)「え、」
さらりと言い放たれて、また姉者の理解が遅れる。
それが追いつくのも待たずに、嬉々とした表情、声音で彼女は続けた。
-
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさんはとある国の、とある娼館で働くとある娼婦さんから生まれました」
無遠慮に語ろうとするデレをニュッは止めもしない。
姉者に聞かせるべきらしいし、知られて困ることでもないし。
そもそもニュッ自身が昔、詳らかにデレへ話したのだし。今さら隠すほどでも。
ζ(゚ー゚*ζ「雇っている娼婦が妊娠したとなれば中絶か解雇かってところですが、
そのお店は特に下劣極まりなかったので、出産ショーという需要がね。ふふっ。
生まれたときから見世物だなんて、可哀想なニュッさん」
化けの皮が剥がれてきているぞ、と心の中でだけ指摘しておいた。
デレはこういう話が好きだ。ニュッの生い立ちなど特にお気に入りらしく、何度も語らされた。
彼女の姉の方は真人間だったので、いい顔をしなかったけれど。
( ^ν^)「俺はマシな方だから。出産ショーより先に堕胎ショーになる場合もあるし」
ζ(´ー`*ζ「やだあ。ほんと人間ってクソだね。うふふ。
──で、そこでニュッさんは虐待されながら育ったんだよねえ?」
娼館には娼婦達の生活スペースが設けられていた。
要は従業員を店に縛り付けていたわけだ。
3歳頃まではニュッもおとなしく育てられていた(たまに行為を『見る』役目はあった)が、
それを過ぎると、雑用やら何やらを押し付けられた。
売りに出されなかったのは幸い──もはや何が良くて何が悪いのかも分からないけれど。
-
支援
-
とはいえ実際のところ、彼の主な役目は、娼婦達のおもちゃになることだった。
客や支配人に好き勝手されることへの鬱憤をニュッで晴らそうとしたのか、
はたまた、単なる興味や嗜虐心や暇潰しによるものか。
大半の理由は後者だろう。
痛みが多かった気がする。楽しいと思ったことはなかった。
12歳の頃、自分の上に跨がる女が腰を振りながら、火のついた煙管を腕に押しつけてきたことがある。
「萎えて」しまえばもっと酷いことをするぞとニュッを脅しながら笑っていた。
結局仕置きを喰らう羽目になったので、一晩で8箇所に火傷、5箇所に裂傷を負った。
そんなことばかりだ。毎日。毎晩。毎朝。
15歳になって組織に拾われるまで、ずっと。
-
──この世界には、ゴミしか落ちていないのだろう。
ニュッの目に映る光景はことごとく汚かった。男も女も、大人も子供も全て。
みな同じだ。等しく醜い。自他共に。
そう思うと愛しくて堪らないのだ。
誰も彼も自分と同じ。つまり自分も皆と同一。
ゴミ溜めに生まれた時点で、皆ゴミである。少しばかり汚れ具合に違いがあるだけの。
可愛い可愛いゴミだ。
.
-
∬;´_ゝ`)「……」
姉者が絶句している。
姉者さんとニュッさん、どっちが辛かったのかな? デレが首を捻る。
どちらがより、と考えるだけ無駄だろう。比べるものでもない。
ζ(゚ー゚*ζ「……うん、まあ、ともかく。そういうことですのでね。
安心してください姉者さん。姉者さんはたしかに少しおかしくなっていますが、
ニュッさんよりは、普通の感性してると思いますから」
全てを愛するよりも、何か嫌いなものがある方が普通なんですとデレは繋げた。
姉者はニュッとデレを交互に見て、困惑することしきりだ。
-
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、そうだ。ねえ姉者さん、もし誰かを殺したくなったら、
ニュッさんじゃなくて私に命令してくださいね?
ニュッさんにそんなことさせるの可哀想でしょう?」
その言葉で、ようやく姉者はニュッからデレへ思考を切り替えられたらしい。
彼女の要望通り、ニュッは「人間好きな男」。であるならば、
∬;´_ゝ`)「……デレちゃんは……」
ζ(゚ー゚*ζ「はい、私は自分以外の人間がすこぶる嫌いです。たとえ家族でも。
あ、ニュッさんや姉者さんのように、悲しーい過去があるわけじゃないんですけど」
馬鹿にするような言い方。
なんだか懐かしい。久しぶりに彼女の、このような喋り方を聞いた。
-
ζ(゚ー゚*ζ「私はもう、そういう性質なんです。
別に、酷いことしたくなるわけじゃありません。寧ろ優しくしたいくらい。
でも嫌いなんですよね。吐き気がします」
∬;´_ゝ`)「……私のことも、妹者のことも?」
明言を避けて微笑むだけに留めたのは、護衛としての自制心からか。
とはいえそれこそ明確な答えであったので、姉者は少しショックを受けた顔をして、
膝の上で眠る妹者を優しく抱え直した。
ζ(゚ー゚*ζ「……好きになろうとは、努力してるんですけどね」
( ^ν^)「嘘つけ」
ζ(゚ー゚*ζ「本当だよ?
でも、やっぱり、本質って簡単に変えられないものなのかなあ……」
ほんしつ。姉者の口が、単語をなぞる。
-
ζ(゚ー゚*ζ「人間の本質は変えられないって、よく言うじゃないですか。
何か癪なんで、その言葉を否定したくて頑張ってるんですけど、なかなかどうにも」
その発言に、はっと姉者が目を丸くした。
何かに気付いたような顔をして、それから、また自嘲。
目を伏せ妹者の頭を撫でた。
∬´_ゝ`)「……そう、ね。……そうよね。
……私の男嫌いも、きっと変わらないのよね、もう……」
ζ(゚、゚*ζ「やだなあ、そう解釈するんですか?
私、姉者さんの本質はそこじゃないと思いますけど?」
( ^ν^)「そうだな」
デレがどんな方向へ話を収束させようとしているのかを悟り、ニュッも手伝うことにした。
風が冷たい。寒い。早く宿に帰りたい。
-
( ^ν^)「お前の男嫌いなんて、たかだか5年前に降って湧いたようなもんだろ」
∬;´_ゝ`)「な、何その言い方。すごく腹立つ……」
ζ(゚、゚*ζ「だからあ。
男嫌い云々以前に、姉者さん、ご家族のこと大好きだったんでしょう?」
∬;´_ゝ`)「──、」
姉者が息を呑んだ。
口を噤み、ゆっくりと妹者を見下ろした。
ζ(゚、゚*ζ「楽しそうに、お父様や弟さんのこと話してくれたじゃないですか。
あれ、本心でしたよね?」
∬;´_ゝ`)「でも、私……」
ζ(゚、゚*ζ「ニュッさんなんか実験台にしてもしょうがないですよ。意味ないです。
──会ってみればいいじゃないですか、お父様と弟さんに。
会わなきゃ分かりませんよ」
-
逆だったとは
-
ζ(゚、゚*ζ「会ってみて、それでも駄目だったら、逃げればいいです。
そのときには私とニュッさんが付いていきますよ。妹者さんは家族に預ければいいし。
私達に何が出来るか分かりませんけども、いないよりはいいでしょう」
∬;´_ゝ`)「……でも!」
( ^ν^)「せめて中央に着くまでは妹者の傍にいなきゃ駄目だろ」
尚も食い下がろうとする姉者に、ニュッが真っ直ぐ声をぶつけた。
( ^ν^)「途中でお前がいなくなろうもんなら、
妹者は親に会えないこと以上に悲しむんじゃねえの」
親を求めているといっても、姉が不要なわけではない。
幼い内に姉と2人きりになってしまった妹者からすれば、
既に記憶の薄い他の家族よりも、姉者の方が身近で馴染み深いのだから。
妹を抱く腕が、微かに震える。
──小さな手が、姉者の腕に触れていた。
-
l从・∀・ノ!リ人「……」
∬;´_ゝ`)「……い、もじゃ……」
ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさい、寝たふりするようにお願いしてました」
( ^ν^)「狸寝入り下手すぎだろ」
l从・∀・ノ!リ人「うっさいのじゃ。姉者は気付いてなかったじゃろう」
口を尖らせながら、妹者は姉者の膝の上で体勢を整えた。
呆然とする姉の目を覗き込む。
赤い目元と赤い鼻先が正面から向かい合った。
-
l从・∀・ノ!リ人「……さっきはごめんね、姉者。妹者が我侭言って、困っちゃったじゃろう」
∬;´_ゝ`)「わ──我侭なんかじゃないわ。……私の方が勝手に妹者を振り回して……」
l从・∀・ノ!リ人「いいのじゃ。姉者が不安だっていうなら、妹者は我慢できるのじゃ。
姉者が一緒じゃないなら、母者達に会ったって、楽しくないし」
強がりが多分に含まれているのは、ニュッにも感じられる。
姉である彼女には一層強く伝わっているだろう。
けれども、一言一句、本心であることも確かだ。
-
l从・∀・ノ!リ人「まあ、どーうしても我慢できなくなったら、姉者を置いて妹者ひとりで中央に向かうがのう!」
それも本当。
けらけらと笑い飛ばす妹者の声に、重たい空気が消えていく。
姉者が口元を歪める。笑うように。
しかし乾きかけていた目からは、大粒の涙が溢れ出た。
うん、うん、と姉者が何度も頷き、その頭を妹者が撫でる。
そんな姉妹の光景に、デレがうっとりと目を細めた。
ζ(゚ー゚*ζ「……ああ、人間って素晴らしいね、ニュッさん!」
( ^ν^)「心にもねえことを」
ζ(゚ー゚*ζ「うん」
#
-
2940年 11月2日
お昼頃、町を出ました。
姉者さんが決めたことです。
宿を出る前、妹者さんが例の女の子に、ちゃんとお別れの挨拶をしていました。
また遊ぼうねって笑顔で約束。約束はきっと果たされるでしょう。
それとクーさんからお菓子をもらいました!
姉者さんと妹者さんへのプレゼントですって。
お金を出したのはロマネスクさんだとか。自ら進んで、ってわけでもなさそうだけれど。
昨日ロマネスクさんが姉者さんに話したという内容は、ニュッさんから聞きました。
戦争や天災って、とても悲しいことですね。人々から正気や優しさを奪ってしまうんですもの……。
なんだか涙が出てきてしまいます。
-
町を出発した後は徒歩で移動。
日が暮れかけた頃、ようやく次の町に着きました!
私達のように前の町から移動してきた人で宿が一杯になっていたので、今夜は町の外れで野営です。
今までにも何度か経験済みですから、テントを張るのも慣れたもの。
朝になったらまた歩いて、多分お昼には更に次の町に着く筈です。
そしたら馬車なり列車なり、何かしらの手段で中央へ行きます!
姉者さんと妹者さん、お2人がご家族に会うために!
きっと素敵な再会になるでしょう。
どうか、お2人と、そのご家族が幸せになれますように。
そうだ、姉者さんと妹者さんが、私の贈った髪飾りを付けてくれたんですよ!
とっても似合ってて嬉しいです!
ああ、2人とも大好き!
.
-
#
ζ(゚、゚*ζ フゥ
ペンの音が止まる。
デレは日記を閉じて、ペンとひとまとめにすると自分の鞄にしまった。
それを横目に見ながら、水筒から水を一口飲んだニュッが
空いているスペースを指差す。
( ^ν^)「お前から寝ろ」
ζ(゚ー゚*ζ「うん、じゃあ、お先に」
∬ -_ゝ-)l从-∀-ノ!リ人 グー
抱き合うように眠る姉者と妹者の隣に、デレが横たわった。
狭いテントの中、ランプの灯りがゆらゆら揺れる。
毛布をかぶったデレが上目にニュッを見て、いたずらっぽく微笑んだ。
-
真相知ったあとだと日記がじわじわ怖いな
-
ζ(゚ー゚*ζ「おやすみニュッさん。今日も大嫌いだった」
( ^ν^)「おやすみデレ。今日も愛してたぞ」
うげえ、と舌を出すデレ。
彼女の「大嫌い」はニュッだけに向けられるものではないし、
彼の「愛している」もデレだけに向けられるものではない。無意味なやり取り。
どうも昨夜の調子が後を引いているらしく、
今日のデレはちょくちょく「人嫌い」の面が現れていた。
姉者と妹者は一日掛けて慣れたようだから、隠す必要もないだろうが。
-
( ^ν^)(……って、こいつは別に、本性を隠すために
ああいう振る舞いをしてるわけじゃねえんだったか)
昔のデレはとても我侭で、自分勝手な言動ばかりする少女だった。
他人との関わりはほとんど持ちたがらない。そのくせ人の不幸話には興味津々。
嫌いだから話し掛けないでと言った数分後には、嫌な思い出を聞かせてと笑顔で言い出すような。
しかも無差別ではなく、ちゃんと相手を選んでいた辺り、嫌らしい子供であった。
彼女には姉も先生も手を焼いていた。
姉が中央の首長に雇われていってからは、ますますねちっこくなる始末。
-
状況が変わったのは3年前。
誕生日を迎え、彼女はこんなことを言い出した。
ζ(゚ー゚*ζ『あのね、今日で15歳だから、色々変わってみようと思うんだー』
彼女の故郷では、15歳というのは大きな節目に当たるという。
何か儀式があるわけでもないが、一つの区切りを意識しなければならない歳。
そこで彼女は分かりやすい「成長」の証として、態度を改めることにしたというわけだ。
そういえば日記をつけるようになったのもあの日からか。
偽善者にすらなりきれない不自然さに、ニュッは馬鹿らしいとしか思えなかった。
その馬鹿らしさもニュッには可愛く見えたが。そもそも人間がやることなら大抵可愛く思える。
-
ζ(゚、゚*ζ「ニュッさんが気持ち悪いこと言うから目が冴えた……」
もぞもぞと身じろぎして、デレがニュッに背を向ける。
その背中を眺めつつ、やおら口を開いた。
( ^ν^)「珍しいよな」
ζ(゚、゚*ζ「何が……」
( ^ν^)「昨日のお前が。本性出してまで、随分と親身になってたじゃねえか」
ζ(゚、゚*ζ「んー?」
分かりやすく言ってよと、怠そうな声で文句をつけられる。
-
( ^ν^)「普段の猫被り状態なら、上滑りな励ましだけで済ませてただろうに」
ζ(゚、゚*ζ「いや、あそこで上滑りしたら姉者さんが旅から離脱してたでしょ……」
( ^ν^)「お前はそれでも構わねえだろ」
ζ(゚、゚*ζ「いやあ、構う構う」
それは問題だよ、と真剣に否定された。
どう考えても、彼女の性格からしたら、
「気を遣う相手が減って楽」なんて言い出してもおかしくないのだけど。
そっと身を起こしたデレが、手を伸ばした。
姉者が寝る前に外して枕元に置いた髪飾り。
デレの手に持ち上げられると、黄金色の石が灯りを反射してきらきら輝いた。
それを勢いよくニュッに突きつけ、彼女はきっぱりと言い捨てた。
-
ζ(゚ー゚*ζ「折角この私がお情けで買ってあげたのに、
全然使われないまま居なくなられたら癪でしょ!」
( ^ν^)「……ほんと自分勝手だな……」
ζ(゚、゚*ζ「ニュッさんに言われたくないよ」
──やはり本質というものは、そうそう変えられないらしい。
というか、そもそも変える気がないのでは?
ニュッは溜め息とも苦笑ともつかない吐息を漏らし、ランプの灯りを消した。
8:愛しい姉妹
-
今日はここまで
二話目 >>54
三話目 >>100
四話目 >>182
五話目 >>263
六話目 >>379
七話目 >>509
八話目 >>611
>>638の最終行「姉者」はミスです、デレの本性が出たわけではありません。本当です
>>639が正しいです
-
乙乙
今回もよかった
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このキャラ新鮮で良かった。
おつおつ
-
読み終わった
乙です
-
乙です!
おもしろかったよ
-
しまった
もう一つ、物凄く地味なミスなんですが
>>738の最終行、正しくは
× 8:愛しい姉妹
○ 8:愛しい姉妹 終
こうでした。話終わらせられてなかった
-
八話目 >>733のニュッとデレ描かせていただきました
アニメ風で
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1729.png
-
>>745
注意書き忘れた… 擬人化です
-
>>745
すげえ! ありがとうございます!! ついにアニメ化か……
デレ可愛い。なんて綺麗な目をしているんだ
ニュッがピアス付けてるのいいですね
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すげぇ!!!
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おもしろかった
続き楽しみだわ
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キャラの配役が超好き
まぁ穴本の影響なんだけど
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もう何回読み返したかわからん
>1のはみんなそうなんだが
待ってるよー!
-
もう何回読み返したかわからん
>1のはみんなそうなんだが
終わらないでほしいけど続き読みたい!
待ってるよー!
-
ありがとうございます
百物語でどうしても投下したい短編があって、そちらの書き溜めを優先させているため、
こっちの投下はもう少し先になるかもしれません。ごめんなさい
なるべく今月中に第九話を投下したいと思っているので、もうしばらくお待ちを
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うっかり連投してもーた
百物語ももちろん楽しみにしてまっせ!!
-
まってるよーいつまでもー
-
百物語も終わりましたな!
読めて嬉しい、一乙
さてこちらの待機に入るとしよう
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9月になってたァーッ!
-
沈黙してもうた
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旧暦だとまだ8月なのでセーフだと思います!!!!!!!!!!!!!!!!
九話目は前編後編に分けるつもりでして、前編の方は書き終わってます
ただ話の内容的に、じっくり推敲したいのでもうちょっとだけ待ってもらいたい
早ければ今週中に投下します。セーフだと思います
-
生存報告ありがたい
待ってるからゆっくり推敲してくれ
-
セフセフ!!
じっくり待ってるぜ!!
-
たのしみすぎる
-
まってるよお
-
( "ゞ)『私も、その「護衛」の教育とやらを受けることは可能でしょうか』
( ´∀`)『は?』
主人──モナーに、従僕のデルタは恐る恐る訊ねてみた。
モナーは札束を数える手を止め、しげしげとデルタを眺める。
直後、口を開きかけたモナーの胸ぐらを1人の男が掴み上げた。
( ;∀;)『くっそ! ……返せよな! 後で金返せよ!
お前を信じて貸すんだからな、絶対に返せよ!!』
( ´∀`)『はいはい。おい鼻垂らすんじゃないモナ、モララー。汚い』
40歳近い中年男が同年齢の男に縋りつき、泣きながら金の話をする姿はなかなか厳しいものがある。
どちらも貴族であるというのだから、ますます虚しい光景だ。
-
( ;∀;)『ほんとにもう……護衛を育てる機関とかさあ!
そんな本当に必要なのかも分かんないような、
あやふやな計画にわざわざ俺の金使うんだから絶対成功させろよ! そんで金返せよ!!』
( ´∀`)『分かってる、分かってるから。だから鼻水近付けんな馬鹿』
泣き喚く男の名はモララー。モナーの数十年来の友人。
モナーの前に積まれた大金は、このモララーから借りたものである。
溜め息をついたモナーは、モララーの肩を押さえて窘めた。
( ´∀`)『……いいモナか、モララー。
僕らの国が戦争に参加すると決まった今、
他にも多数の国々が参戦せざるを得なくなったモナ。
このままじゃ、いずれ世界が壊れてしまう』
真剣な顔を向けられ、モララーも涙を拭って神妙な表情を浮かべた。
( ・∀・)『……だろうな』
( ´∀`)『大事なのは、その後モナ。
少しでも生き残りが居れば、その人達が協力し合って世界を立て直してくれる。
──同時に、そういった人間の邪魔になるような輩もいる筈』
-
( ´∀`)『ならば少しでも、世界再興の芽が守られる可能性を上げておくべきだと思わないモナ?』
( ・∀・)『……そのために護衛が必要だってんだろ、昨日も聞いた。
そりゃ理屈は分かるよ。分かるけど色々不確定すぎるよ』
( ´∀`)『一度は納得して金貸してくれたんだから、もう黙っててほしい……』
(#・∀・)『納得してないから文句言ってんの、俺は!
お前が一方的に賭け事じみたゲーム仕掛けてきたんだろ!』
( ´∀`)『説明聞いた上でゲームを引き受けたのはお前モナ』
(;・∀・)『うっ』
( ´∀`)『……で? デルタ、何だって?』
一段落ついたか、モナーがデルタへ振り返る。
会話の邪魔にならぬようにと一歩下がって見守っていたデルタは、
礼をしてから数分前の言葉を繰り返した。ただ、先程より率直な言い回しで。
( "ゞ)『私も護衛になりたいです』
( ´∀`)『……お前、何歳だったモナ?』
( "ゞ)『モナー様の2つ上ですので、今年で丁度40歳になります』
-
( ・∀・)『……無理でしょーデルタ君。今から訓練受けてもさあ』
( ´∀`)『そうモナ、無茶すんな。
別に護衛じゃなくても、お前は僕の秘書として連れていくつもりで……』
( "ゞ)『世界のために生かすべき人を護る役目だというのなら、
私はモナー様の護衛になりたい』
そうしてデルタが微笑んでみせると、モナーは面喰らったように口を噤んだ。
それから顎に手をやり、何か考え込む。
( ´∀`)『……好きにすればいいモナ』
しばらくしてそう返したモナーに、デルタは笑みを深めた。
子供の頃から世話をしているのだ、照れているらしいことくらいは分かる。
.
-
──単なる従僕でなく、モナーを守る護衛になりたかった。
それは間違いなく本心であり、心からの願いであった。
だから厳しい訓練にも耐えられた。新しい知識も増やした。
そうして彼は見事に、いち召使から優秀な護衛へ転換してみせた。
のに。
.
-
从*゚∀从「出来たぞじっちゃん!」
( "ゞ)「それは何です?」
从*゚∀从「録音機」
( "ゞ)「……はあ」
あの日から20年以上経った今。
何故かデルタは、モナーではなく奇妙な人間の護衛をやっている。
-
9:なんとなく、この人 1/2
-
从*゚∀从「ほらほら。見てよ、じっちゃん」
日が傾きだした頃にようやく顔を上げた彼──いや、彼女──それともやはり彼──いや──「その人」は、
小石のような塊を掲げてみせた。
じっちゃんと呼ばれたデルタは、原稿用紙の束から視線を上げ、
老眼鏡を外してそれを見る。
( "ゞ)「ははあ……録音機ですか」
──小一時間前、突然「あっ!」と声をあげて地面に座り込み、
ちまちまと細かい作業を始めたので、何かと思えば。
これが録音機だという。この、黒い小石のようなものが。
大きさはせいぜい指先から第一関節までくらいだろうか。
-
「その人」──ハインリッヒから受け取った塊を四方から眺めたデルタは、
一応機械であるらしいそれをハインリッヒの手に戻した。
ついでに原稿用紙を鞄にしまう。いくつか誤字があったので、後で直させよう。
从*゚∀从「あのな、あのな、本体が小さいからな、こっそり仕掛けてもバレにくいんだ!
持続時間はまだはっきりしないけど、これなら結構──」
( "ゞ)「ハイン様、それは盗聴器と言うんですよ」
デルタがやんわり訂正すると、ハインリッヒはきょとんとして全身の動きを停止した。
それから3秒ほど後、ぽんと手を打ち、再び目や口を忙しなく動かし始める。
从 ゚∀从「本当だ! これ盗聴器だなー……便利だと思ったのに……」
どうも、「小さい録音機を作れないかな」という思い付きを発端に、
「小さいと見付かりにくいな」「じゃあ偵察に使えるな」という縦軸の思考を経たようだが、
それが正に盗聴としての利用方法であるという横軸にまでは目が行かなかったらしい。
ハインリッヒはあくまで、極小の録音機を作りたかっただけなのだろう。
本人の名誉のために言っておくと、集中するあまりに時々視野が狭まるだけであって、
少し間を置けば自発的に見落としに気付ける程度の冷静さは持っている。
-
从´゚∀从「ちぇっ」
愛用の白いロングコートを着込みながら、ハインリッヒが口を尖らせた。
立ち上がり、溜め息をつきつつ録音機をコートのポケットにしまう。
( "ゞ)「……でも、それを一から作ったのは凄いことです」
从*゚∀从 パァッ
褒めてみせれば、途端にハインリッヒは顔を輝かせた。
にまにま笑って小躍りを始める。ご機嫌だ。
そのままリズミカルに前進しだしたので、休憩は終了したのだろうと判断する。
デルタは鞄を背後の荷車に乗せると、その把っ手を掴んだ。
ごろごろがたがた、車輪が山道を転がる。
从 ゚∀从「早く町に着かないと、日が暮れちまうなー」
( "ゞ)「もうほとんど目の前だから、すぐ着きますよ」
緩やかに山道を下りながら左へ目をやれば、そこそこ大きな街を見下ろせる。
清潔でありながら乱雑、というか賑々しい。
-
从 ゚∀从「じっちゃん、あれかな?」
( "ゞ)「恐らく」
一際大きな建物を指差してハインリッヒが振り向いたので、頷いて返す。
歓声と共に一回転。それに合わせてコートの裾が舞う。
妙にはしゃいでいるが、早朝に前の町を出てから山を越えてきたので、
ハインリッヒの顔には疲労が見えた。
( "ゞ)「まずは宿を探さないと」
从*゚∀从「煙突ある宿がいいな! 格好いいから!」
( "ゞ)「はいはい……おっ、と」
足元への注意が薄まっていた。石に躓き、がたんと荷車が揺れる。
-
从 ゚∀从「大丈夫か?」
( "ゞ)「荷物に乱れはありません」
从 ゚∀从「じっちゃんの心配してんだよー」
( "ゞ)「大丈夫ですよ。ハイン様はお優しい」
从*゚∀从「そりゃ良かった。良かったー良かったなーあー♪」
前へ向き直り、適当に作った歌を口ずさむハインリッヒは、
街やら山の木々やら、あちこちへ目をやりながら軽快に歩いていく。
その度、白いコートがひらりと揺れた。裾には土汚れ。洗わなければ。
从*゚∀从 〜♪
街を見るときは冒険心に溢れる精悍な男のような顔をし、
樹を撫でるときは愛情深い母性を抱いた女のような顔をする。
やや調子の外れた歌声はハスキーで、粗野に響いたかと思えば、反対に艷めく瞬間がある。
年齢はその時々によって、20代に見えることがあれば、30代くらいに見えることもあったし、
時には大人びた10代程度にも見えた。まあいずれにしろデルタよりは何十も若い。
-
( "ゞ)(不思議な人だなあ)
後方を歩くデルタは、既に60歳を超えている。
その年数分には人生経験を積んできたつもりだけれども、
ハインリッヒに関してはさっぱり分からないことばかりで、いつも新鮮な心持ちだ。
そもそも性別も年齢も知らない。
知らなくとも今のところは問題ないので訊く気もないが。
それにしたって、こんなに近くで見ていながら全く推測できないというのもおかしな話である。
大樹の幹をぺちぺち叩いたハインリッヒが、大きな口を開けて欠伸した。
从 -∀从「んー、眠いな……」
( "ゞ)「背負っていきましょうか」
从 ゚∀从「じっちゃんの腰曲がっちゃうよお」
( "ゞ)「じっちゃんはそんじょそこらの爺ちゃんとは違いますから」
ハインリッヒはデルタより背が高いが、全体的に細いというか薄い体つきをしているので、
背負うことは難しくない。目的地も近いし。
-
从 ゚∀从「無理すんなよじっちゃん」
( "ゞ)「だから無理ではありませんのに」
──デルタを「じっちゃん」と呼ぶが、別にハインリッヒは彼の孫ではない。
初めて会ったときから何故だかそう呼ばれている。
特に理由はなく、爺さんだからじっちゃんと呼ぶ、それだけのことだ。
じっちゃんじっちゃんと呼ばれていると、デルタも何となく祖父のような気分になって、
老齢ゆえの緩やかさが更に加速してしまう。
端からは、ハインリッヒもデルタも随分のんびりしているように見えるだろう。
ちなみにデルタの妻子と孫はちゃんと別にいる。
10ヵ月ほど前にハインリッヒと旅を始めてからは、会えていないが。
#
-
从 ゚∀从『──中央に行きたいんだけど、万一にも死んだら嫌だから守ってくれ』
10ヵ月前。
組織にやって来たハインリッヒの顔には、命の心配をしているような──
不安や怯えなどは欠片も無さそうだった。
ちょうど受付係と一緒にいたデルタが応対したところ、
懐いたのか何なのか、そのまま彼を雇うと言い出した。
そのときも、老人を雇うことへ一切の憂慮は無いように見えた。
-
( "ゞ)『私は既に主人がいますから……』
( ´∀`)『いいんじゃない?』
( "ゞ)『あ、そういう感じですか?』
先述の通り、デルタも護衛としての教育は受けた。
とうが立っているとはいえ、成績は良好。
故に常々モナーが言っていた。「お前も外に雇われていけば稼げるのでは」と。
そこへハインリッヒの登場だ。モナーは非常に軽い調子でデルタを貸した。
デルタはデルタで、モナーがそう言うならそれでいいか、なんて具合。
そもそも彼が厳しい訓練に食らい付けていたのは、ひとえにモナーへの忠誠心のためだ。
主人の意向にはいくらでも従う。
それに、自分がいなくともモナーの身を護ってくれそうな者は、既にたくさん育っていたので。
主人の安全が確保されているのなら、自分など、どう使われても良かった。
#
-
从´゚∀从「腹減ったよう」
日が暮れる前に、街に着いた。
適当に煙突のある宿を選んで部屋をとる。
真っ先に寝台へ転がるなり、ハインリッヒは天井を見上げながら腹を摩った。
( "ゞ)「宿の食堂はまだ準備中のようですから、今すぐ何か召し上がりたいのなら外に行くか缶詰か……」
从 ゚∀从「缶詰食べよ」
( "ゞ)「はいはい」
2人がけの小さなテーブルセットに向かい合って座り、
デルタは行儀よく待っているハインリッヒの前に幾つかの缶詰を並べた。
前の町で買ったものだ。
-
( "ゞ)「どれにします?」
从 ゚∀从「じっちゃんは何食べたい?」
( "ゞ)「これですかね」
从*゚∀从「じゃあそれ食べる」
( "ゞ)「ああ……そうですか」
まさかの無慈悲に奪われていくシステム。あまりに唐突すぎて戸惑いを隠せないまま、
デルタは密かに朝から狙っていた缶詰をハインリッヒに差し出した。
まあ、そこまで執着もしていない。
从 ゚∀从「……あっ、私がこれ食べたらじっちゃんが食えないな!?」
半分ほど食した辺りで、ハインリッヒがようやく気付いたように声をあげた。
本当に不思議な人だなと、改めて思った。
#
-
川д川「おはようございますう……」
( "ゞ)
朝。
デルタが部屋のドアを開けた瞬間、隙間から女の頭がぬらりと入り込んできた。
顔まで隠すほどの長い黒髪、合間から覗く肌は異様に青白い。
手首や手の甲には絆創膏がべたべたと。
川д川「……どうしました?」
( "ゞ)「いや、何でも」
思わず固まったデルタに、女が首を傾げた。
そうして髪が横に流れれば、地味な顔立ちが露わになって、
ようやく普通の生きた人間だと認識できた。
歳を重ねても、幽霊やら怪物やらは怖いのだ。
-
川д川「食堂での朝餉は10時までとなっております……。
ナガオカが昨日説明し忘れていたというので、代わりに参りました……」
( "ゞ)「ながおか」
川д川「昨日、受付をした従業員でございます……」
( "ゞ)「ああ──うん」
この女も従業員らしい。
髪や絆創膏にばかり注目していて気付かなかったが、
たしかに女中のようなエプロンドレスというか、お仕着せを纏っている。
川д川「お部屋で召し上がるのならばお運びしますが、
その場合も、10時までにご注文くださいませ……」
从 ゚∀从「ん? 誰?」
そこへ、真横のシャワールームからハインリッヒが出てきた。
癖の強い髪をタオルで乱暴に拭いている。
川д川「従業員のヤマムラでございます……」
語尾に妙な余韻を残しつつ、女中は自己紹介と共に一礼した。
胸に名札がついている。ヤマムラ・サダコ。
-
サダコが食事の時間を再び説明すると、ハインリッヒは不思議そうな顔をした。
从 ゚∀从「なんで? 11時は駄目?」
川д川「10時から12時までは、厨房の方は仕込みや休憩の時間となっております……。
昼食の提供は12時から15時まで。
夕餉は18時から22時まででございます……」
川д川「うちの食堂は宿泊客以外にも開放しているので、仕込みに手間がかかるんですよ……」
壁の時計を見る。8時を回ったところ。
ハインリッヒが「分かった」と答えてみせれば、サダコはもう一度礼をして去っていった。
( "ゞ)「朝食はどうしましょうか」
从 ゚∀从「まだ缶詰あるから、それでいいや」
言って、ハインリッヒは壁に取り付けられた机へ向かった。
-
从 ゚∀从「原稿直すとこあった?」
( "ゞ)「誤字と誤用が少々。それと、こちらは2章の末尾と3章の冒頭を入れ替えた方が自然かと……」
从 ゚∀从「おー、ありがとじっちゃん!」
机上に原稿用紙とペンを乗せ、いくつか指摘すると、
ハインリッヒは言われた箇所をのんびり直し始めた。
それを見て、何故ドアを開けたのか思い出したデルタは
ハインリッヒに一声かけてから廊下へ出た。
サダコはもう別の場所へ行ってしまったようだ。
従業員を探して歩いていると、庭へ続くガラス戸の前に差し掛かった。
そこで雑草を刈っていた青年とデルタの目が合う。
青年は人懐っこい笑顔を浮かべ、こちらへ近付いてきた。
-
_
( ゚∀゚)「おう、爺さん! サダコから飯の時間は聞いたか?」
( "ゞ)「うん、さっき聞いたよ」
_
( ゚∀゚)「わりいな、昨日は晩飯の説明しかしてなくて。
いやあ、荷物運ぶのでいっぱいいっぱいだったからな!」
( "ゞ)「それは申し訳なかったね」
_
( ゚∀゚)「いやいや、俺の手落ちだ」
青年の胸元を見る。名札。ナガオカ・ジョルジュ。
昨夜、部屋をとる際に受付として対応してくれたのは彼だった。
大量の荷物を部屋へ運ぶ際、見兼ねて手伝ってくれた。印象通り、気のいい男だ。
デルタは穏やかな笑みで昨夜の礼をしてから、「ところで」と話題を変えた。
( "ゞ)「この街は印刷業が盛んだと聞いたのだけれど」
_
( ゚∀゚)「ん? おお、そうだぞ! 海の近くに、この街で一番でかい建物があるだろ。
あれが印刷工場。製紙工場も一緒にある」
山から見た建物を思い返しながらデルタは頷いた。
ジョルジュが自慢気に説明を続ける。
-
_
( ゚∀゚)「天災に負けなかった、自慢の工場だ。
さすがに5年前までのクオリティとは言わないが、
今となっちゃ、この世界で一番の製紙・印刷工場だろうよ」
( "ゞ)「ほほう」
_
( ゚∀゚)「中央からの注文だってたくさんあるんだぜ。
最近は特に多いな。ほら、新政府の件で色々と」
( "ゞ)「もうそろそろだからねえ」
新政府の人員募集期限まで、残り一月ほど。
ハインリッヒには政府の一員になろうというつもりはないけれど、
新政府とやらへの「用」がある。
それまでは、この街で時間を潰そうか。
中央はもう目前だし、あちらは人で溢れ返っているだろうから、
現時点での住まいの確保は難しかろう。
-
( "ゞ)「本なんかの出版も多いのかな」
_
( ゚∀゚)「そりゃ勿論。出版社は中央の方にいくつかあるだけなんだけどな。
いっぺんに刷れる量ならうちの街の方が多い」
( "ゞ)「そうか。それなら良かった」
再び礼を言って、デルタは踵を返そうとした。
が、ジョルジュに呼び止められる。
_
( ゚∀゚)「爺さんも新政府狙いか?」
( "ゞ)「いや──いや、うん」
否定と肯定が混ざったような、おかしな返事になってしまった。
政府に入りたいわけではないが、用があるという意味では確かに狙っているのだし──という葛藤だった。
ジョルジュは肯定の方を受け取ったらしい。
-
_
( ゚∀゚)「気を付けてな。ここは中央に近いから、新政府目的の奴が大勢滞在してる。
だから互いに牽制し合ってるし、何より──」
( "ゞ)「彼らを狙った強盗事件が多い?」
ジョルジュは精悍な眉を持ち上げ、ニヒルに笑ってみせた。
芝居がかった表情に、どうやら言いたいことは別にあるようだと察する。
_
( ゚∀゚)「そうさ。だから気を付けろよ?」
( "ゞ)「何にだい?」
_
( ゚∀゚)「おかげで、うちの街は犯罪行為にゃ厳しいんだ。
強盗なんかするなよな! 優秀な自警団にとっ捕まっちまうから」
豪快な笑い声をあげるジョルジュ。
デルタは苦笑を返して、頭を振った。
( "ゞ)「肝に銘じておくよ」
#
-
10時を過ぎた頃、デルタとハインリッヒは部屋を出た。
箱を2つほど抱えて階段を下りる。
一歩進むごとに、足元がぎしぎしと軋んだ。
( "ゞ)「──街の地図はあるかね」
一階、ロビー。
帳場で宿の主人に訊ねると、彼は新聞から目を上げた。
主人の服にも名札がついている。ハニャン・フサ。40代といったところ。
ミ,,゚Д゚彡「どういう地図?」
( "ゞ)「施設や商店の場所が分かるようなものがいいかな。案内図というか」
ミ,,゚Д゚彡「ありますともありますとも。そこのラックに。
ご自由にどうぞ」
帳場の脇に置かれたラック。
新聞や薄い冊子と一緒に、パンフレットのようなものが並んでいた。
手の塞がっていないハインリッヒが案内図を一つ取る。
-
数十枚の真新しいパンフレットの横に色褪せた小冊子が置かれてあった。
そちらは持ち出せないよう、ボードに固定されている。
从 ゚∀从「この古いのは?」
ミ,,゚Д゚彡「戦前のパンフレットです。
今とは地形も町並みも違っているから、見比べるのも楽しいでしょう」
从*゚∀从「分かってるなあ、君は! へえええ、昔から残ってる店も結構あるんだなあ……。
──お、この宿が取り上げられてるじゃないか」
昔のパンフレットを熱心に読み込むハインリッヒに釣られ、
デルタも横から覗き込んでみる。
とあるページで、歴史ある宿屋としてここが紹介されていた。
ミ,,゚Д゚彡「はは、実は、それを自慢するために飾ってるところもありまして……。
かなり昔から経営していたんですよ、ここ」
( "ゞ)「なるほど」
納得する。
全体的に古めかしい印象があったのだ。
ぎしぎしうるさい階段も、その年月を表している。
-
从*゚∀从「君が後を継いだのか?」
ミ,,゚Д゚彡「ええ。私は元々、ただの従業員でしたけども。
天災の折、避難先でオーナーと御家族が亡くなられてしまったので、
僭越ながら私が後を継ぎましてね。まだまだ至りませんが」
この宿を無くすわけにはいかないのだと、フサが目を細める。
その目に何かが灯ったように見えたが、デルタが疑問を持つ前に、ハインリッヒの声に意識を引っ張られた。
从*゚∀从「後でまた見よーっと。んじゃ、じっちゃん、行こっか」
( "ゞ)「はい」
ほうと息をついたハインリッヒが、コートを翻して出入口へ向かう。
宿の外へ出たデルタは、入口の脇に置かせてもらった荷車(さすがに宿の中までは持っていけなかった)に
抱えていた箱を乗せた。
三つ折りのパンフレットを開き、ハインリッヒが興味津々といった目付きで案内図を眺める。
从*゚∀从「本屋いっぱいだなあ」
( "ゞ)「まずは印刷所の方に行かないと」
从*゚∀从「分かってるよー」
行こう、と先のように促され、デルタは雇い主と共に歩き出した。
#
-
(;-_-)「──すごい」
印刷所の責任者は顔を上げ、呆然と呟いた。
紙とインクの匂いが満ちる工場内。その片隅。
責任者と相対するハインリッヒの前には、何百──何千枚もの原稿用紙が積まれている。
(;-_-)「これ全部、……あなたが1人で書いたんですか?」
从 ゚∀从「うん。何か駄目だったか?」
(;-_-)「いえ、そんなことは!」
原稿は、いくつかの束に分けてまとめてあった。
それらを改めて見下ろし、責任者──ヒッキーという名前らしい──が仕分けしていく。
-
(;-_-)「……論文、絵本、小説……歴史書」
小説の原稿が2束、絵本が3束、科学や歴史等の学術書が5束。
計10冊分の原稿を前にしたヒッキーは、その内の一つを持ち上げた。
要旨を把握できる程度に、ぱらぱらとページをめくる。
これで大体──3度目か。
( "ゞ)(まあ、気持ちは分かるよ)
デルタもハインリッヒと出会ったばかりの頃、
荷物を見せてもらったときに似たような反応をしたものだ。
(-_-)「……ここを任されてる以上、僕も本はたくさん見ますし……
歴史や科学については結構詳しいつもりです」
从 ゚∀从「おっ、ほんとか?」
(-_-)「そういう僕から見ても──この原稿はどれも、一定のレベルを超えている」
( "ゞ)「それは何より」
これまで黙って成り行きを見守っていたデルタは、ほっと息をついた。
まずは原稿の価値を認めさせねば話が始まらない。
その点はクリアした。
-
(-_-)「それぞれを本にすればいいんですね?」
从*゚∀从「そうそう! 出来る?」
(-_-)「ええ、勿論。出版社には見せました? 中央に行けばありますが」
从 ゚∀从「あ、別に、そういうのはいらない。
あのさ、ここって出版取次もやってるって聞いたんだけど本当?」
(-_-)「はい、まあ一応……
出版側と小売り店との、中継ぎのようなことはしてますけど」
从 ゚∀从「じゃあ充分だなー。
出版費用は私が出すから、製本できたら、適当にその辺の本屋に卸しといてよ」
(;-_-)「費用ったって、安くありませんよ?」
ハインリッヒがにっこり笑ったので、デルタは背負っていた鞄を床に下ろした。
どしん、といかにも重たそうな音。
デルタが恭しく鞄を開け、そこに詰まっている札束を見せると、
ヒッキーの瞳から現実感が失せた。
-
(;-_-)「……」
从 ゚∀从「これだけあれば、結構できる?」
(;-_-)「……勿論です……」
満足げに頷いたハインリッヒは、続けて札束の下からファイルを取り出した。
从 ゚∀从「まあ、そっちの原稿は小遣い稼ぎのために書いたやつでさー」
コヅカイカセギ、と鸚鵡返しにするヒッキー。
完全に理解の範疇を超えてしまったらしい。
いきなりやって来て、いきなり大量の原稿と大金を寄越して、この発言。無理もない。
从 ゚∀从「本命はこっちな!」
納得いかぬ顔で原稿と札束を見つめるヒッキーを無視し、
ファイルを彼の手に押しつけた。
文字や図がびっしり書き込まれた紙が、数枚の写真と一緒に綴じられている。
-
从 ゚∀从「こっちも論文みたいなやつ。
これをな、綺麗にまとめて中央に持っていきたいんだ」
(;-_-)「はあ……『エネルギーの効率化』?」
見出しの文字を指でなぞりながら読み上げ、
やや胡乱な顔付きでファイルの中身へ目を通していく。
──直後に見せた、彼の表情ときたら。
デルタが少し愉快に思うほど、分かりやすい「驚愕」だった。
(;-_-)「これは……!」
声をあげ、彼は慌てて自分の口を押さえると辺りに視線を配った。
工場は稼働中で、作業員も大勢いたが、こちらの声が届く距離には誰もいない。
それでも声をひそめて彼はハインリッヒの顔を窺うように見上げた。
(;-_-)「……これは、戦前からも研究されていたテーマです……。
どの研究所も惜しいところまでは行くけれど、そこ止まりでした。
まさか、この時代に研究を完成させるなんて」
从 ゚∀从「この時代だからこそ、だなあ。天変地異の結果みたいなもんだよ」
-
──現在。着実に復興が進んでいく世界ではあるが、
もう少し進むためには、どうしても足りないものがある。
発電量だ。
一度は発展した世界である。天災によりほとんど破壊されたとはいえ、
機械も技術も知識も、あちこちに転がってはいるのだ。
それらを活かせられれば、多大な恩恵を受けられる。しかしそのための電気が足りない。
中央ですら、稼働している発電所は戦前の半分以下だし、供給先も限られていると聞く。
施設や一般家屋は家庭用の小型発電機でやりくりしているのが多数。
場所によってはそれすら無い。
発電というのは、必ず無駄が出る。
使われた資源の100%が電力に変換されるわけではなく、必ず何割かは損失となる。
また、供給された電気も全てがきっちりと消費されることはない。
限られた資源とそこから漏れる無駄を鑑みて、
現状、大規模な運用が出来なくなっているのだ。
-
そこでハインリッヒは考えた、らしい。
発電量を増やせないか。
そして供給された電力を効率良く使用できないかと。
様々な文献を調べた。
手に入れられる分は全て読んだ。良書と呼ばれたものも、そうでないものも。
そうして、ある論文を見付ける。
何十年も前に発表された、電力の効率化に関するものだった。
が、実際に運用してみれば結果が思わしくなかったらしく、あっという間に埋もれてしまったそうだ。
ハインリッヒは首を捻った。
理論としては、そう外れていない。
たしかに間違っている部分はあるようだが、何かが惜しい。
気に掛かりながらも他の文献にも目を通していく内に、
──突然ひらめいた。
例の論文と、現代(といっても最先端と言えるのは5年前だが)の資料を比べる。
数十年もの隔たりがある文献同士が、ハインリッヒの頭の中で解け、組み合わされて──
-
確信した。
論文で語られていたシステムは、当時よりも進んだ技術の補助にしてこそ、多大な効果を齎すのだと。
もちろん数十年前の人々にそんなことが分かるわけはなかったし、
現在だって、碌な光を当てられず消えていった過去の研究を気に留める者などいなかった。
こうして過去と現在の玉石を無差別に見比べたハインリッヒが居なければ、
この発見はあと何年、下手をすれば何十年かは遅れていたかもしれない。
それからのハインリッヒの行動は早い。
更に他の論文へ手をつけ、より良い改善案を探し、論文としてまとめた。
──その結果が、このファイルの中身だ。
話を聞いたときも、実際にファイルを見せられたときも、
デルタはただただ呆気にとられていたものである。
-
从 ゚∀从「文明が世界的に後退したからこそ、過去と今の組み合わせを思いつけたんだ」
(;-_-)「……なるほど」
( "ゞ)「あなたも、こういう研究を?」
デルタはヒッキーに問うた。
彼の先程の発言、あれは実際に首を突っ込んだ者の意見だろう。
しかしヒッキーは否定する。
(;-_-)「いや、僕は少し齧った程度です。
親戚に、そういった研究に従事した者がいたので」
从*゚∀从「それでも話を分かってもらえるのは嬉しいな!
これは、まあ5部くらい刷ってくれればいいや。
そっちの小説とかは、渡した金で刷れるだけ刷って」
(;-_-)「はあ……すぐ始めますか?」
会話しつつも、ヒッキーはどこか上の空といった風情。すっかり論文を読み耽っている。
彼からファイルを返してもらってから、ハインリッヒは首を振った。
从 ゚∀从「本命は後でいいよ、見直したいとこあるし。
まずは、先に渡した方の出来が見たいな。
あ、レイアウトの指示はちゃんと書いてあるから!」
(;-_-)「わ、分かりました」
-
──それから諸々の書類を交わし、ひとまず契約が為された。
一区切りついたとばかりに解放感に満ちたハインリッヒが、
うきうきと辺りを見渡し始める。
从*゚∀从「すっごいな、すっごいな! こんなに大きな機械がいっぱい動いてんの、久しぶりに見たよ!」
( "ゞ)「じっちゃんも5年ぶりに見ましたなあ」
从*゚∀从「コンピュータもあるぞ!」
彼らが話している間も、工場内では印刷や裁断や装丁の作業が常に行われていた。
たしかに機械に工程を任せている部分もそれなりにあるが、
基本的には人間の手作業で回っている部分が多かった。
(-_-)「あの論文が通れば、ぐっと楽になる。……この印刷所も、昔に近付けます」
从*゚∀从「だろぉ?」
ヒッキーが嬉しそうに笑う。
ふと、壁際にずらりと並んだ巨大なタンクにハインリッヒの目が留まった。
-
从 ゚∀从「あれ何?」
(-_-)「インクですよ。この地でしか作られない、結構特殊なインクです。
戦前は一般にも流通してたんですけど、今じゃ、この工場でしか……」
从*゚∀从「見たい! 触りたいな、いい?」
(-_-)「服や肌に付いたらなかなか落ちませんよ」
たしかに、ヒッキーの手や顔、服には黒い汚れがあった。
ハインリッヒの白いコートを一瞥して、デルタは小さく手を振る。
( "ゞ)「そういうことを聞くと、実際に肌や服に付けて確かめたくなる人で」
(;-_-)「……変な人だなあ……」
しかも自分のみならず、デルタの服でも試しかねない。
そうなる前にと、デルタはハインリッヒの好奇心をやんわり引き留めた。
-
( "ゞ)「ハイン様。もうお昼だし、ご飯を食べに行きませんか」
从 ゚∀从「おお、そういえば腹減った」
( "ゞ)「どこか、いい料理屋はあるかな」
問い掛けはヒッキーに。
彼は思案するように視線を斜めに遣って、そうですね、と呟いた。
(-_-)「ここから南に行った先の、3つ目の四つ辻を右に曲がったところに宿屋があるんですけど。
あそこの食堂のご飯、美味しいですよ。僕もよく行きます」
( "ゞ)「ああ──私達が泊まってるところだよ」
宿泊客以外にも食堂を開放している、とサダコが言っていた。
味がいいのなら、食べてみたい。
( "ゞ)「行ってみましょうね、ハイン様」
从*゚∀从「うん! じゃ、よろしくな!」
(-_-)「はい。誠心誠意、頑張らせていただきます」
#
-
宿に戻るため、煉瓦敷きの道を歩く。
街並みを眺めていると、張り紙のみならず、
紙細工の飾りがそこかしこにあることが分かる。
从*゚∀从「綺麗だなー」
( "ゞ)「そうですねえ」
身なりがいい者の行き来が多い。
新政府を目的とした滞在者たちだろう。
用心棒を連れた人間もそれなりにいて、組織から派遣された護衛を何人か見掛けた。
いずれも順調に任務をこなしているようだ。
時折、緑の腕章をつけた、厳めしい男が睨みを利かせながら通り過ぎていく。
ジョルジュの言っていた自警団の者であろう。あれなら、そうそう悪さは出来まい。
-
从 ゚∀从「お?」
物珍しげに辺りを見渡していたハインリッヒが、不意に足を止めた。
小さな店の前に置かれた椅子に、少女が退屈そうに座っていた。
从 ゚∀从「店番かー?」
ハインリッヒが呑気な声をかけつつ近付いていく。
紙製品を売る店のようだ。
シンプルなノートから、ファンシーなレターセット、包装紙等々、服屋のごとき華やかさ。
从 ゚∀从「これちょーだい」
花柄の包装紙を指差し、ハインリッヒが言った。
衝動買いはよくある。
何に使うかも決めぬまま、なんとなく気に入ったという理由で物を買う。
デルタを雇ったときも同じような具合だろう。
が、今回はちゃんと目的があったらしい。
覚束ない手付きで会計に応じた少女に礼を言って、
ハインリッヒはそのまま店先にしゃがみ込むと、包装紙を手頃な大きさに切り取った。
適当に切ったように見えたのに、ほぼ正確な正方形になっていたのには、もはや驚きもしない。
-
从 ゚∀从「まず半分に折ってー。で、もう一回半分」
何か始まった。
少女が首を傾げつつ、ハインリッヒの手元を見つめる。
折られる度に形を変えていく花柄。デルタは手順を記憶していった。
近くにいた通行人達が、何だ何だと覗き込んでくる。
从 ゚∀从「斜めに折ってー、それから……」
最終的に、縦長の六角形としか言えないような形状になった。
何だこれは。
戸惑う皆を横目に見て、ハインリッヒが紙の尖端を軽くくわえる。
从 ゚∀从「下のとこに、小っちゃい穴があるだろ? ここから息を吹き込むとー……」
わあ、と少女が目を輝かせた。
紙が膨れ上がり、ころころと可愛らしい玉になったのだ。
从*゚∀从「風船だぞー」
もう一回作ってと飛び跳ねている少女の頭を撫で、
ハインリッヒは包装紙を再び正方形に切り分けた。
今度は、少女とデルタ、寄ってきた子供達の分も。
从*゚∀从「一緒に折ってみような」
にこやかに言うハインリッヒを眺め、デルタも口角を緩ませた。
#
-
くどいようだが、ハインリッヒという人間は何とも不可思議である。
( "ゞ)『ハイン様は、どこか良家の出で?』
旅を始めて間もない頃、そう訊ねたことがある。
ハインリッヒは尋常でない量の大金を持っていた。
それに対し頓着する様子がないので、どこかで盗んだというわけではなさそうだ。
ならば、元から持っていた金なのだろう──と。
だが、返されたのは否定であった。
-
从 ゚∀从『んーん。普通か、それよりちょっと下ってくらいだったと思うよ』
( "ゞ)『じゃあ、このお金は……』
从 ゚∀从『ここ5年で頑張って稼いだ』
事も無げに答え、ハインリッヒがくるくる回る。
デルタは、しばし言葉を失った。
──稼いだ? 5年で?
戦中や戦前であれば、数年で一財産を築いても──たしかに感心はするが──
不可能でなかろうと納得できる。
しかし戦後の5年間でこれほど稼ぐとなると、
機能を失った銀行や他者などから奪ったか、どこぞの地区のまとめ役となり搾取したか──
何にせよ方法は限られてくる。
( "ゞ)『どのようにお稼ぎに?』
いかなる手段で得た金だろうと、組織が受け取る分には問題ないし、関係ない。
ほんの少しの好奇心からデルタが訊ねてみると、
ハインリッヒは待ってましたとでも言いたげな顔をして、あのな、と口を開いた。
-
从*゚∀从『色んなことした! 私が住んでたとこは結構大きかったから、
商売しようと思えば何でも出来たんだ』
( "ゞ)『……はあ』
从*゚∀从『えっとな、小説とか絵本とか書いたりー。
地質や植物や鉱石の調査したりー、あ、肥料の開発もした!
ほら、大戦と天災で、環境変わっちゃったからさ。調べれば調べるほど新しい発見があってな!』
指折り数えて功績を語っていくハインリッヒ。
その内容に、デルタは唖然とするより外なかった。
从*゚∀从『まーでも、一番手っ取り早く儲かったのはやっぱ機械系かな!
農作業の効率化とか、だいぶ重宝されるんだぞー』
从*゚∀从『昔の機械って無傷で残ってたとしても、今じゃ燃料の確保が難しいからな。
そこら辺を現代に合わせて改善するだけで随分違うんだ。
ま、ほとんど既存の技術を応用するだけだから、私だけの手柄でもないんだけど……』
そこまで言って、ハインリッヒの眉尻が下がった。
沈黙するデルタに不安を抱いたのだろうか。
从 ゚∀从『じっちゃん、こういう話嫌い?』
( "ゞ)『いえ……それら全部、ハイン様が一人で?』
-
从 ゚∀从『手伝ってもらうことはあるけど、基本的に1人だったよ』
( "ゞ)『……あまりに凄いことで、言葉が出ませんな』
从*゚∀从『すごい?』
ぱっとハインリッヒの顔色が明るくなる。
立て続けに褒めそやすと、へらへら笑って満足そうに頬を染めた。
この人は褒められるのが好きだ。嫌がる人間もあまりいないだろうけど。
( "ゞ)『天災以前からも、そういった活動を?』
从 ゚∀从『ううん、天災の後から。
物を作ったり弄ったりするのは昔から好きだったけどさ』
たった5年で、それほどまで。
デルタは驚きっぱなしだ。そうして、思わず呟く。
( "ゞ)『……どうして、そこまで頑張れたんです』
問い掛けつつも、答えは既に分かっていた。
ハインリッヒは両手を広げ、先よりも軽やかな足取りで、くるりと回る。
从 ゚∀从『だってさ──』
#
-
この10ヵ月、ハインリッヒは行く先々で発明品や知識を与えて回った。
それは娯楽であったり、生活の手助けになるような技術だったり、様々。
礼として食糧に衣類、金などを得ていたので、手持ちの財は増えていくばかり。
この時代に、こうして真っ当に大金を稼げる人間は稀だ。
凄い人だと思うし、やっぱり変な人だなとも、時々思う。
.
-
从*゚∀从「美味い!」
──突然の大声に、周囲の人間がぎょっとしてこちらを見る。
ハインリッヒは素知らぬ顔で、右手に持った料理に再び齧り付いた。
从*゚∀从「美味いな! これ美味いぞ、じっちゃん!」
( "ゞ)「ええ、こんなにこってりした料理は本当に久しぶりだ」
──宿の食堂。
料理を絶賛するハインリッヒに、デルタも舌鼓を打ちつつ頷いた。
小麦で出来た薄い生地に、たっぷりのチーズとトマトソースを乗せてこんがり焼いた料理。
それ自体はシンプルなのだが、これほど濃厚なソースやチーズは今では珍しい。
歳をとってからすっかり薄味志向になっていたデルタでも、思わず感動してしまう。
-
追加で注文したハーブティーをハインリッヒの前に差し出しながら、
給仕をしていたサダコが首を斜めに傾けた。
川д川「喜んでいただけて、何よりです……。
身を削ってお作りした甲斐がありましたわ……」
( "ゞ)「……あなた、絆創膏が増えているね」
サダコの右手に新しい絆創膏が貼られているのに気付き、デルタはトマトソースを見下ろした。
いや、まさか。
川д川「私ったらドジで……切り傷とか火傷とか、たまにあるんです……。
お料理には影響ないのでご安心を……」
( "ゞ)「うん……気を付けて」
从*゚∀从「このチーズがいいな! とろとろのもちもちで、甘みも塩加減も丁度いい!
こういうのは熱々が一番だ。ねえ君、これはあの暖炉で焼いてんの?」
びろんと伸びるチーズに満面の笑みを浮かべたハインリッヒが、背後を振り返った。
食堂の奥に暖炉があり、近くの棚には鉄板や蓋のような道具がしまわれてある。
先程その鉄板を使い、パンか何かを焼いているのを見た。
-
川д川「ええ、その通りでございます……専用のお皿に乗せて蓋をして、
一気に焼き上げることで風味が……」
( "ゞ)「暖房としても調理場としても使えるわけだ」
从*゚∀从「立派な暖炉だなー」
煙突を理由に宿を決めただけあって、たしかに、暖炉は堂々とした佇まいでそこにあった。
从*゚∀从「機械とかも好きだけど、こういうのも好きだ。
いい料理作るなあ」
( "ゞ)「このカブのスープが特に美味しい」
从*゚∀从「なー! こんなに美味しいカブ、天災前にも食ったことないよ」
いずれの料理も水準は高かったが、
ぶつ切りの野菜がごろごろ入ったスープは格別だった。
特にカブの甘みが強く、それだけで腹一杯食べられそうなくらいだ。
-
川д川「それは良かった……デザートに、カライモもいかがです……?」
( "ゞ)「カライモ?」
川д川「甘いお芋です。これも暖炉で焼くんですが、
焼いたカライモの皮を剥けば黄金色でほくほくの身が……」
从 ゚∀从「甘藷のことだよ、じいちゃん」
( "ゞ)「ああ」
川д川「最近、中央から届くお野菜の質が良くなっていましてね……
去年に比べると、甘みが段違いで……──まあ5年前ほどじゃあないようですけど……」
( "ゞ)「それでも着実に改善されていってるというのは嬉しい話だね」
从*゚∀从「食い物が美味くなるのはいいことだ。人間、食わんことには始まらない! それちょうだい!」
川д川「かしこまりました……」
それでは準備をしてまいります、と頭を下げるサダコ。
彼女が立ち去ろうとするのを、ハインリッヒが引き留めた。
从 ゚∀从「あ、君、待って!」
川д川「はい……?」
-
从 ゚∀从「これあげる! 美味い料理のお礼な」
言ってハインリッヒが取り出したのは、
淡黄色の薄い布を幾重にも重ね、花のようにして留め具でまとめたブローチだった。
ハインリッヒはたまに、こういったアクセサリーも作る。
こちらは小説などと同様に暇潰しや小金稼ぎを目的としているため、
適当な町に着けば雑貨屋に卸したり、あるいは自分で手売りしたりするのだ。
川д川「あらあ、ありがとうございます……可愛いブローチ……」
从*゚∀从「ここに付けるといいな……おー、似合う似合う!
君は地味だから、こういうので飾るといい」
ハインリッヒが手ずから名札を飾る位置にブローチをつけてやると、
名札自体がそういうデザインであるかのような見映えになった。
サダコ本人の不気味な印象も少しだけ和らぐ。
女性の胸元に軽々しく触れるものではない、と注意すべきかデルタは迷った。
もし異性間の触れ合いであるならば指摘するべきだが、
同性同士なら、サダコが嫌がっていない限りデルタが口を出す必要はない。
( "ゞ)「ハイン様、後半の言葉は失礼ですよ」
なので、とりあえずそちらを注意しておいた。
サダコもまた、男と女、どちらからの贈り物として
アクセサリーと発言を受け止めればいいのか、迷っているようだったので。
#
-
翌日は街の中を巡った。
ハインリッヒの作ったアクセサリーを雑貨屋に卸したり、
ちょっとした機械を売ったりしていると、あっという間に日が暮れる。
手持ちの金がまた増えた。
ほくほく顔のハインリッヒが隣のデルタを見る。
从*゚∀从「いい街だなあ。明日は本屋行ってみような!」
( "ゞ)「ええ、ハイン様のお好きなように」
食事は、いずれも適当な料理屋で済ませたが、そこでの料理も美味かった。
ハインリッヒはこの街を大層気に入ったようだ。
-
ミ,,゚Д゚彡「──……あ、おかえりなさいませ」
_
( ゚∀゚)「おかえりー」
ミ,,゚Д゚彡「こら、そんな無礼な言い方……」
宿に戻ると、出入口の脇にフサとジョルジュが居た。
フサの目が戸惑うように揺れたが、すぐに鋭くなってジョルジュを睨む。
2人の前には一脚の椅子が寝かせてあった。
( "ゞ)「いや、構わないよ。……ここで一体何を?」
_
( -∀-)「ロビーの椅子が一つ、壊れちまってさあ」
見ると、たしかに椅子の脚が一本折れてしまっていた。
折れ口を見るに木材自体が悪くなっていたらしい。
从 ゚∀从「あー、ここに使われた素材が良くなかったんだなー。
他の脚は大丈夫そうだから、たまたま悪い部分が混ざっちまったんだ」
無事な脚を摩ったり指の節で打ったりしながらハインリッヒが言う。
大工か何かなのか、と問うジョルジュを無視して椅子をじろじろ眺め回している。
-
( "ゞ)「なら、新しい脚を付け直せば使えるかな」
_
( ゚∀゚)「そりゃ良かった。
他の椅子やテーブルとセットになってるから、
これだけ新しいやつに買い替えると統一感が消えちまうって、オーナーがうるさくて」
ミ,,゚Д゚彡「お前が無粋なんだ」
安堵するジョルジュを、フサが再び睨む。
彼はまだ納得しかねているようだった。
ミ,,゚Д゚彡「……しかしなあ……」
( "ゞ)「何かね」
ミ,,゚Д゚彡「脚を新しくすれば、その部分だけ他の脚と色味が変わってしまうでしょう。
それが気になりますな」
( "ゞ)「この街には家具職人もいるのでは?
修理を頼めば、ちゃんと色の調整も……」
_
(;゚∀゚)「……いや、それは……」
( "ゞ)「?」
从 ゚∀从「あ、じゃあ私が直してやろうか?」
-
ミ,,゚Д゚彡「え?」
从 ゚∀从「ここじゃ邪魔だし、中庭でやろう」
ハインリッヒが目で指図してきたので、デルタは宿泊している部屋へ急ぎ、
恐らく必要になるであろう道具諸々が入っている鞄を抱えて中庭へ向かった。
既に木材と工具はフサ達が用意してくれたようで、
コートを脱いだハインリッヒが腕捲りをしてノコギリを掲げている。
屋内からの灯りとランプの光で、作業場所は明るい。
从 ゚∀从「始めっぞー」
いくつかある木材を見比べて、ハインリッヒが一つを選んだ。
椅子と同じ材質だという。
从 ゚∀从「じっちゃん、切り出しといて。サイズは測ったから」
( "ゞ)「はあ」
ミ,;゚Д゚彡「ああ、お客様にそんなこと。おいジョルジュ!」
_
( ゚∀゚)「へいへい」
別に無理ではないが、やってくれるというのなら楽だ。
お言葉に甘えて切り出しはジョルジュに任せた。
-
从 ゚∀从「オーナーさんは、この塗料を混ぜてくれ」
ミ,;゚Д゚彡「あ、わ、分かりました」
ややあって、ジョルジュが木材を切り終えた。
程よい長さになったそれをハインリッヒに渡す。
ハインリッヒは他の脚と見比べながら木材を削り、形を整えていった。
脚は単なる直方体ではなく括れや丸みがあるデザインなのだが、
それを忠実に再現する手付きに、ジョルジュが見惚れている。
_
( ゚∀゚)「すげー……」
从 ゚∀从「こういう感じでいいかな」
成形は完了したらしい。
他の脚と比べると、やはり色味が違う。これは経年による違いだ。
フサから塗料を受け取ったハインリッヒが、木材に色をつける。
合間合間にムラを作ることで、単調になってしまうのを避けた。
ミ,,゚Д゚彡「……他の脚と、微妙に色が違うようですが」
从 ゚∀从「少し時間を置いて馴染ませれば、ちゃんと近付くから。だいじょーぶ」
次に、ナイフや別の塗料を使って、細かい木目や傷を付けていく。
そうして出来上がった部品をデルタが取り付け、あっという間に作業は終了した。
-
_
( *゚∀゚)「おお! ほとんど元通りじゃねえか!」
从*゚∀从「わっはっはー。一晩置けば、もう完璧だ!
細かーく観察しちまうとアレだけど、ぱっと見は問題ないよ」
_
( *゚∀゚)「すげえな兄ちゃん! ……ん? 姉ちゃん? ん?」
ミ,;゚Д゚彡「これは……いやはや、すごいな……。あの、費用の方は……」
从*゚∀从「明日の朝食でサービスしてくれりゃいいよ」
ミ,;゚Д゚彡「そんな、それだけでは礼をし足りません」
从*゚∀从「いーって」
ミ,,゚Д゚彡「……では、いずれ、何かお困りになったときには手伝わせていただけますか」
从*゚∀从「そりゃ頼もしいや。
……どうだー、じいちゃん。すごいだろ!」
( "ゞ)「まことに、ハイン様には敵いません」
从*゚∀从「ふははー。もっと褒めろー」
本当に器用なことだ。
何度も礼を言うフサにひらひら手を振り、ハインリッヒはさっさと中庭を出ていってしまう。
褒められたり喜ばれたりするのは好きだが、感謝されるのは照れ臭いのだ。
それを微笑ましく思いながら、デルタも後に続いた。
#
-
──3日ほど経った。
朝食をとるべくデルタとハインリッヒがロビーへ下りると、
ほぼ同時に男が宿を出ていった。
郵便配達人だろう、ここらで一般化している郵便マークが鞄に付いている。
ミ,,゚Д゚彡「……」
帳場に座るフサが、いま届いたばかりであろう手紙を見下ろしていた。
緑の封筒を眺めて溜め息。
封筒は、赤い蝋によって封がされている。
-
封蝋など、戦前からほとんど見なくなっていた。
使うのは──趣味人を別とすれば──精々が古風を重んじる貴族や政府だ。
今の時代には貴族も政府もない。
ただ、あの赤い封蝋を、デルタは最近見たことがある。公的な場面で。
組織に届けられた手紙に付いていた。
差出人は組織の一番最初の「お客様」。ということは、あれは──
从 ゚∀从「今日のおすすめメニューは何だ?」
ミ,;゚Д゚彡「わあっ!」
ハインリッヒが声をかけると、今やっと存在に気付いたのかフサが飛び上がった。
慌てた様子で手紙をポケットへしまう。
ミ,;゚Д゚彡「……ああ、お客様。おはようございます。ええと、カブのステーキが一押しですよ」
从*゚∀从「じゃあそれにしよ」
ハインリッヒが無意味にコートの裾をぱたぱたさせる。
フサはポケットを確かめるように手で押さえると、呼びつけた従業員に帳場を任せて
自身はどこかへと去っていった。
-
ロビーから食堂へ続く扉は開放されている。営業中の証だ。
デルタとハインリッヒが食堂へ足を踏み入れ、手近な席に着いた──直後。
(#ФωФ)「どうしてくれるのだ!!」
あるテーブルの男が、サダコの頬を張った。
怒声は強く響いて周りの客を沈黙させる。
サダコがよろけ、床に倒れ込んだ。
張り手を喰らわせた男は、戸惑うようにサダコを見た。
何やら見覚えのある男だなとデルタが考えた直後、その理由に思い至る。
川 ゚ -゚)「おい、ロマネスク」
(;ФωФ)「いや、我輩それほど強く叩いたつもりは──」
( "ゞ)(クールの雇い主か)
男の連れである女が、男──スギウラ・ロマネスクへ非難の目を向ける。
女の方はクール。組織で育てた護衛の1人だ。
こちらには気付いていない。
-
川д川「……申し訳ございません……」
_
(;゚∀゚)「あ、あの! サダコが何か?」
料理を運んでいる最中だったらしいジョルジュが駆け寄る。
彼もデルタも、ロマネスクの服と、足元の皿を見て状況を察した。
ロマネスクの服にべったりとソースが付いていたのだ。
いかにも高そうなスーツ。あれではなかなか汚れも落ちないだろう。
何やら困惑していたロマネスクもまた、怒りを思い出したようだった。
(#ФωФ)「この女が我輩の服を汚したのである!」
川д川「私がよろけてしまって……」
_
(;゚∀゚)「それは申し訳ありません! ……べ、弁償します」
(#ФωФ)「当たり前である!
これはなかなか手に入らぬものなのだ、慰謝料も払ってもらうぞ!」
川 ゚ -゚)「ロマネスク」
頭痛を堪えるように頭を押さえ、クールが些か強い声で名を呼んだ。
護衛としては随分と不躾な態度だ。
雇われていったときは割合おとなしかったのに。一年近く経って、遠慮も無くなったか。
彼女に咎められてもロマネスクの怒りは収まらぬようで、怒声は更に続いた。
-
(#ФωФ)「何なのだ、この宿は!
由緒ある宿だという触れ込みだが、ただ古いだけではないか!
サービスが悪いし飯は安っぽい、従業員の教育もなっとらん!!」
サダコへの憤りは、そのまま宿そのものへと移ったらしい。
やれ汚らしいだの、やれ野暮ったいだの。
これは良くないなとデルタが内心呟くと、
_
(#゚∀゚)「……おい、あんたこそ何なんだ」
案の定。
怒鳴り声の合間に、ジョルジュの低い声が入り込んだ。
-
_
(#゚∀゚)「服汚しちまったのは、たしかにこっちが悪いけどよ。
そこまで言うのは酷いんじゃねえか?」
(;ФωФ)「な──何であるか、貴様、じゅ、従業員の分際で……」
途端にロマネスクが怯む。
一方でクールは気まずげにな目を、そしてサダコは咎めるような目をジョルジュにやった。
川д川「ナガオカ、お客様に何てこと……」
_
(#゚∀゚)「客なら何でも受け入れてやるわけじゃねえんだぞ!!
そんなに文句あるなら出ていきやがれ!!」
-
( "ゞ)(……危ないなあ……)
他の客が眉を顰めている。
食事をしに来ただけの客はともかく、
宿泊客の心情は、ロマネスクへ寄っている部分もあろう。
何せロマネスクの発言ときたら、ほとんど事実なのだから。
食事が安っぽいというのには同意できないが、
宿の古さとサービスの至らなさは、たしかにある。
もちろん最低限は満たされている。
しかしロマネスクのように元々の生活水準が高かった人間からすれば、不足が目につく筈だ。
そして悪いことに、以前ジョルジュが話した通り、この地はロマネスクのような人間が多い。
実際、身なりのいい客がちらほら居る。
彼らも宿への不満を大なり小なり抱いているだろう。
そこに従業員であるジョルジュが怒りを返してしまえば、ますます印象が下がる。
( "ゞ)(彼がスギウラ氏へ手を出せば最悪の展開になってしまう)
評判が地に落ちる、だけでなく。
今はロマネスクを諫めているクールが、ジョルジュへ行動を起こさなければならなくなる。
それは非常に良くない。
-
从 ゚∀从「……」
( "ゞ)「ハイン様?」
とはいえ自分が首を突っ込む場面ではなかろうと見守っていると、突然ハインリッヒが腰を上げた。
そのままロマネスク達の元へ向かうので、デルタも追い掛ける。
彼が自粛していても、この主人は気が向けば平気であちこちに首を突っ込むのだ。
こちらに気付いたロマネスクとジョルジュ、サダコが顔を向けてくる。
クールは真っ先にデルタを見て、驚いたような顔をしてから、ぺこりと頭を下げた。
(;ФωФ)「だ、誰であるか、貴様」
从 ゚∀从「何か、やだなあって思ったから」
_
(;゚∀゚)「へ?」
軽く頬を膨らませ、ハインリッヒは続けた。
-
从 ゚∀从「ぼろくてもさ、煙突かっこいいから、いいじゃん。
みんなだって一生懸命頑張ってるし。怠けてるよりはマシだよ」
(;ФωФ)「……」
何を言っているのか、という顔──要するに呆れ返った顔で、
ロマネスクがハインリッヒを凝視する。
そんな彼へ、ハインリッヒはコートのポケットをごそごそ探ってから右手を差し出した。
(;ФωФ)「は」
──その手には札束があった。
全員がぽかんとする。
原因であるハインリッヒもまた、きょとんとした顔で首を傾げた。
-
从 ゚∀从「? お金欲しいんでしょ? あげるよ」
たちの悪いことに、本人に嫌味のつもりはなかった。
本心からの声であると誰もが分かるほど、あっけらかんとしていた。
せめて、こう、言い方くらい何とかならなかったものか。
ロマネスクの顔が、かっと赤らんだ。
ひくつく口は反論したげであったが、何も出てこなかったらしく。
せめてもとテーブルを強く叩いた彼は、自棄気味にクールの腕を掴んだ。
(#ФωФ)「──気分が悪い!!」
川 ゚ -゚)「……大変申し訳なかった」
引っ張られながらクールが謝罪する。
サダコとジョルジュ、そして他の客へ。
( "ゞ)(……苦労してそうだなあ)
ロビーへと消えていく彼女の背を見つめ、そんな風に思った。
他人事のような、そうでないような。
-
事態は収束したものの全くもって円満解決ではなかったので、空気が若干重い。
気まずそうではありながらも、周りが食事を再開させる。
動き出した気配のど真ん中で、ハインリッヒは傾げていた首を戻し、
未だ床に座り込んでいるサダコを助け起こした。
反対に、すっかり毒気を抜かれたジョルジュは一緒に力も抜けてしまったのか、
ロマネスクの席にどっかりと腰を落とした。
_
(;゚∀゚)「……助かった。あんたが来なけりゃ、あの客を殴ってたかもしんねえ」
从 ゚3从「喧嘩は駄目だなー」
川д川「あんた、そんなだから『教育がなってない』って言われるのよ……。
最終的に迷惑がかかるの、オーナーなんだからね……。
……ほら、立って。皆様に謝らないと……スギウラ様のお部屋にも謝りに行かなきゃいけないし……」
ジョルジュをせっつくサダコだったが、
唐突にハインリッヒが顔を覗き込んだので、思わずといった様子で口を閉じた。
从 ゚∀从「君、寝不足だろ。前髪と化粧で多少は誤魔化してるけど、隈が酷いぞ」
川д川「……これは、元々ですわ……」
-
从 ゚∀从「嘘だあ。ちゃんと寝なきゃ駄目だよ。
だからミスしちゃうし、強く叩かれてもないのに倒れちゃうんだ」
川д川「……」
( "ゞ)「怪我も増えてしまうしね」
サダコの手に貼られた絆創膏を見ながらデルタが言えば、
サダコはジョルジュと視線を交わし、苦笑するように口を歪めた。
川д川「……ええ、ご厚情、痛み入ります」
休憩した方がいいとハインリッヒが言っても、彼女は曖昧に笑うだけだった。
#
-
朝食後は街を回り、夕方に印刷工場へ赴いた。
数冊の本を抱えて出迎えるヒッキーに、
自分の本だと察したハインリッヒが目を輝かせた。
(-_-)「一通り、製本は済みました」
从*゚∀从「おー! いいないいな、ばっちりだ!」
(-_-)「刷れた分はひとまず倉庫に。少ししたら流通に回しますが──」
从*゚∀从「じっちゃん見て見て! じっちゃんが推敲してくれたからな、私とじっちゃんの本だ!」
( "ゞ)「なんだか感動しますなあ」
(;-_-)「あの、すみません、話聞いてください」
思った以上の出来映えに、デルタもハインリッヒと共にきゃっきゃとはしゃいでしまった。
ヒッキーから強めに呼び掛けられ、2人は同時に顔を上げる。
-
从*゚∀从「うん? 何?」
(;-_-)「……この本は、数日で小売店に卸しますけど……。
例の方は新政府の件が済んでからでよろしいんですね?」
例の、とは、エネルギー効率に関する論文だろう。
本へ視線を戻してハインリッヒが頷く。
从 ゚∀从「ん、そういう感じで!
ぎりぎりまで秘密にしときたいんだ。
──っと、そうだ。あのファイルのこと、誰にも言っちゃ駄目だかんな?」
( "ゞ)「ハイン様、そういう注意は最初に言わないと……」
从;゚∀从「あ。あー、もしかして誰かに喋っちゃった?」
(-_-)「え……いえ。軽々しく言いふらすべきではないと分かっていたので。
……では引き続き、黙っておきます」
从*゚∀从「良かったー! ありがとな、今後ともよろしく」
(;-_-)「痛たたた」
デルタに本を押しつけ、空いた手で掴んだヒッキーの両手をぶんぶん振るハインリッヒ。
肩が外れそうだったので、程々のところでデルタが止めておいた。
#
-
さて。
翌日、昼。
雑貨屋に卸したアクセサリーの売上金を何割か受け取った後、
2人は近くにあったレストランで食事をとった。
食後の茶を楽しみながら本(昨日ヒッキーからもらったもの)を眺めるハインリッヒに、
デルタは薄く微笑む。
( "ゞ)「ハイン様は、ここに住んでしまえばいいんじゃないかな」
从 ゚∀从「私はもっと色んなとこ行きたいよ。
今回のことが諸々終わったら、また旅したい。
小さな町はまだまだ不便で困ってるだろうし」
レストランの窓は開いており、そこから入った風に髪を揺らされて、
ハインリッヒは擽ったそうな顔をした。
目を細めたまま、こちらを見る。
-
从 ゚∀从「全部終わったら、じっちゃん、帰っちゃうの?」
( "ゞ)「ハイン様が雇い続ける限りは護衛を続けますよ」
答えながら、昨日見たクールを思い浮かべた。
ハインリッヒは、やりたいことも行きたい場所もたくさんある。
しかしロマネスクの目的は中央に行くことだ。
それが済んだら、クールとロマネスクの契約は終了するのだろうか。
从 ゚∀从「じゃ、頑張って稼がなきゃなあ。
──お、船だ」
遠目だが、港に船が着くのが見えた。
中央の船だ。ちょくちょく来るので覚えた。
食材等の運搬が主な役目。
積み荷を買うためか、大きな台車や籠を引きずって、人々が港へ向かう。
手ぶらの子供達がそれに続いた。船を見たいのだろう。
デルタが空のカップを置くと、ハインリッヒが早々に立ち上がった。
好奇心に顔を輝かせる子供を見る内、ハインリッヒにも伝染ったらしい。
.
-
──港に近付くにつれ、異様な騒がしさに気付いた。
前述の通り、船など何度も来ている。今さら騒ぐようなことはない。
( "ゞ)(何かあったのかな)
ハインリッヒに気を配りながら足早に進む。
厄介事に近寄りたくはないが、ますます興味をそそられたハインリッヒがずんずん歩いていくので、
それを止めることも出来なければ、いわんや引き返すことも出来ない。
「──誰か殺されたらしいぞ!」
前方から走ってきた男が知人らしき女にそう言った。
その声は辺りに届き、騒ぎが増して、さらに後方へと話が伝わっていく。
从 ゚∀从「……殺されたって」
ハインリッヒがデルタに振り返る。不安げな目。
引き返そうと言ってくれるのを期待したが、その目に新たな好奇が宿るのを見て、諦めた。
-
支援
-
あちこちの台車やら荷物やらにぶつかりつつ、
強引に前へ前へと進むハインリッヒ。その都度デルタが周囲へ謝罪する。
そうしてようやく最前列へと出られた。
そこは路地のようだった。4、5人ほどが並べる程度の幅。
野次馬を入れないためか、緑の腕章をつけた男──自警団の者──2人が目の前で腕を広げている。
身を乗り出すハインリッヒを、デルタと自警団員が同時に抑えた、
──瞬間、目の前に屈強な男が落ちてきた。
その体躯は団員2人を下敷きにする形で着地する。着地というか、倒れ込む。
ハインリッヒはデルタが腕を引いて後退させたので、何とか巻き込まれずに済んだ。
-
从;゚∀从「わっ! 何?」
立ち上がれずに呻く男にも腕章があった。彼もまた自警団の一員。
貴様、と怒鳴る声が前方から響いた。
その先──路地の中央には、更に2人ほど腕章をつけた男がいた。
彼らの先に何者かが居るらしいが、よく見えない。
乱闘が起きているようだ。
ハイン様、とデルタが呼んでも、ハインリッヒは野次馬の先頭から動かない。
-
腕章をつけた男が右側の壁へ飛びかかり、即座に撃退された。
どこぞで起きた殺人事件、そして何者かが自警団に攻めかかられているという事実からして、
そこに居るのは下手人だろう。
ちらりと見えた「下手人」の顔に、デルタは少しばかり目を丸くした。
川 ゚ -゚)
( "ゞ)(……クールじゃないか)
クールが犯人?
いや、彼女と壁の間に誰かが蹲っている。クールはその人を守っているのだ。
なら、「下手人」の正体は見ずとも分かる。
-
「お前に用があるんじゃない、その男をこちらに渡せと言っている!」
やはり。
団員の叫びにデルタは得心する。
その男、とやらも負けじと叫んだ。
(;ФωФ)「クール!! さっさと全員蹴散らせ!!」
川 ゚ -゚)「……おとなしく事情を話すべきじゃないのか」
(;ФωФ)「話を聞くような奴らに見えるか!?」
川 ゚ -゚)「私が手を出さなきゃ、多少は話を聞いてくれたと思うが……」
(;ФωФ)「我輩を殴ったのだぞ、奴らは言葉の通じぬ野蛮な猿だ!」
クールは困ったような顔でナイフを構えているが、
実際にはナイフを持っていない手や足を使って男達を退けている。
故に、鍛えているであろう彼らに大きなダメージを与えることも出来ず、
一度吹っ飛ばされてもすぐに復活してくる団員達に辟易しているようだ。
-
どうも下手人とされているのは彼女の主人、ロマネスクの方らしい。
動転しているのか何なのか、ロマネスクが「殺せ」と命令していないのは幸いか。
ここでクールが自警団員を殺してしまえば、もう言い逃れのしようはない。
かといって、このままでは逃げることも出来ないだろう。
見事に進退窮まっている。
「──何をしているんです!」
この膠着状態がいつまで続くかとデルタが思案したところへ、若い女の声が入り込んだ。
懐かしい声だった。
-
ξ゚⊿゚)ξ「これは何の騒ぎですか」
港の方角から、きっと睨むような目付きをした女が歩いてくる。
野次馬が下がり、路地の入口が開けた。
──ツン。
彼女もまた、組織の人間だ。
群衆に紛れたデルタには気付かなかったらしく、そのまま路地へと入っていく。
それが済むと、また野次馬の波が前へ出ようと動いた。先程よりは幾分か遠巻きだが。
( "ゞ)「おっと」
( ω )「あ、すみませんお……」
フード付きのマントを羽織った男が人混みを掻き分け前へ出て、デルタにぶつかる。
彼は謝罪し、そのまま野次馬と共に路地を眺め始めた。
深く被ったフードで顔は見えないが、その独特な口調にもまた覚えがあった。
-
ξ゚⊿゚)ξ「……クー?」
川 ゚ -゚)「ツンか」
ツンが団員へ手を向けると、彼らは動きを止めた。
それに伴い、クールもナイフを下ろす。
ツンはクールとロマネスクを見てから、団員へ振り返った。
ξ゚⊿゚)ξ「殺人があったと聞きました。彼らが容疑者ですか?」
「被害者の隣で、その男が凶器を持って立っていました。
犯人と見て間違いないかと」
(;ФωФ)「違う! 我輩は何が何やら分からんのである!」
-
ξ゚⊿゚)ξ「……それで、この状況は?」
「は、連行しようとしたところ、突然ぎゃあぎゃあ騒いで抵抗を始め、
そこにその女が来まして……」
(#ФωФ)「貴様らが我輩の話も聞かず、どこぞへと乱暴に連れていこうとしたのではないか!
抵抗して当たり前であろう!」
川 ゚ -゚)「……騒がしいので見に来てみれば、そこの──自警団の人が、
ロマネスクを殴っていた。護衛である以上、こっちも行動するしかなかった」
見に来てみれば、ということは、
ロマネスクとクールは別行動をとっていたのだろうか。
主人の傍を離れ、その間に主人が厄介事に巻き込まれた──あるいは引き起こした──というのは、
護衛として大変な落ち度である。これが組織内でのシミュレーション訓練だったなら、
デルタやモナーがたっぷり叱るところだ。
3名の言い分を聞き終えたツンは、ロマネスクへ歩み寄りながら自警団を睨んだ。
-
ξ゚⊿゚)ξ「……手荒な真似は好ましくありません。
改めて、丁重に連行して──」
(;ФωФ)「……クール!」
ロマネスクのその声は、名を呼ぶだけのものだったが、明確に命令の意思があった。
それに対し、反射だろうか、クールが動いた。
ロマネスクへ伸ばされたツンの手を振り払い、そのまま腕を掴んで捻り上げる。
ξ;゚⊿゚)ξ「いっ──」
顔を顰めたツンは、すぐに眼光を鋭くさせると、
振り上げた足でクールの肘を内側へと強く蹴りつけた。
咄嗟にクールが手を離す。あと少し遅ければ、追撃により、
折れはせずとも骨にヒビが入っていただろう。
組織にいた頃よりツンの動きがいい。実経験でいくらか鍛えられたか。
とはいえ戦闘訓練の成績は昔からクールの方が高かった。
やはりクールは反応が速い。蹴られたのとは逆の手でツンの首を掴み、壁に押しつけた。
(; ω )「わっ」
マントの男が声をあげる。
飛び出そうとした彼を、デルタが抑えとどめた。
-
( "ゞ)「今ここで出ていけば、あなたが怪我をする恐れが」
(; ω )「……あれ、すみません、どちら様で。何となく見覚えが」
( "ゞ)「組織の者です」
(; ω )「あ」
从;゚∀从「?」
──瞬間的な彼女らの応酬に反応できずにいた団員達が、ようやく我に返った。
しかしそれでは遅い。クールは既に、あることを思いついたらしい。
片手でツンを壁に押さえつけた彼女は、もう片方の手で、一度しまった筈のナイフを握った。
ξ;゚⊿-)ξ「ぐう……っ!」
川 ゚ -゚)「……すまない。私達は怪しい者じゃないので見逃してほしい」
その説得力の無い発言は、団員達へ向けられたものだ。
要するに脅し。
これ以上手出しをするならば、ツンを刺すぞという。
-
行動の遅れた自警団員は、結局、そのまま動けなくなってしまった。
ツンが彼らの指揮をとっているのだろうか?
ということは、ここらの地域にいる自警団は中央が管理しているのか。
自警、というより最早、普通の警察に近いかもしれない。
(; ω )「あわわ……ツンが……」
从;゚∀从「……じっちゃん、これってどうなんの? なんかどっちも危なくないか?」
( "ゞ)「うーん」
このままクール達が逃げるとすれば、ツンを連れたままでなければ無理だろう。
しかしツンとてそう大人しくしている女ではない。
自分に構わず捕まえろと彼女が指示を出せば、団員達はロマネスクに襲いかかる。
そうなれば、ツンか団員か、少なくともどちらかをクールは手にかける。
-
从;゚∀从「目の前で人が死ぬのは嫌だな……じっちゃん何とかしてよお」
( "ゞ)「何とかと言われましても」
路地では睨み合いが続いている。
クールは、幾許か悲しげな目をしてみせた。
川 ゚ -゚)「……いや、本当に、ロマネスクは何もしてない、筈だ。
こいつは小心者だから人様を殺すような真似は……」
( "ゞ)(あ)
クールの意識が、僅かにツンから逸れた。
彼女の良くないところは、こういう、話したがりな点だ。
一か八かでも、さっさと逃げていれば助かったかもしれないのに。
人がいいものだから、そうやってなるべく自分の考えを伝えようとする。
だから時おり集中力が途切れるのだ。
その癖は直せと言ったのに。
-
ξ;゚⊿-)ξ「……だったら」
生じた隙をツンが逃すわけがない。
首を掴む手、ナイフを持つ手、それぞれを握り、
ξ#゚⊿゚)ξ「抵抗しないでおとなしく取り調べ受けなさいっての!!」
それを支えにするように自らの体を持ち上げ、クールの首に足を叩き込んだ。
川;゚ -゚)「……ちっ!」
クールの頭が揺れる。手から力が抜ける。
ツンがナイフを奪う。2人同時に膝をつく。
立ち上がらぬままに2人の手が互いに向かう。
その手をデルタが押さえた。
-
( "ゞ)「そこまでにしよう」
川;゚ -゚)「あっ」
ξ;゚⊿゚)ξ「……デルタさん!?」
2人は咄嗟に身を引こうとしたようだったが、デルタが掴んでいるのだ、当然びくともしない。
2人の手首を片手でまとめて、空いた手でツンからナイフを取り上げた。
一連の動作は一瞬で、逃す隙を与えない。
ほんの僅かな間。
我に返った1人の団員が、ロマネスクを取り押さえた。
(;ФωФ)「ぐええっ!」
川;゚ -゚)「!」
クールが慌てて振り返る。デルタは尚も手を離さない。
クールのベルトにナイフをしまってやりながら、デルタは努めて穏やかにツンを見た。
意図を察したツンが口を開く。
-
ξ;゚⊿゚)ξ「あまり乱暴にしては駄目! ──恐らく彼個人は、そう強くはありません」
(;ФωФ)「ぐっ、……やかましい!!」
言われた通り、団員は力を緩めた。ロマネスクは先程より屈辱的に思ったようだが。
続けてデルタの目と声は、クールへ。
( "ゞ)「クール。スギウラ様は、新政府を目指しているのだったね」
川;゚ -゚)「……はい」
( "ゞ)「それならスギウラ様もお前も、下手に騒がない方がいいよ」
クールもツンも戦意は失せているので、今さら止めるような発言をしても無意味だろう。
しかし、これを言っておかねば場が締まらない。
この状況では「彼」も少々、自分で名乗り出るには辛かろうし。
( "ゞ)「彼が見ている」
いつの間にか群衆は口を閉じていた。
突然割り込んだ老人、デルタに、呆気にとられたのかもしれない。
おかげでデルタの言葉は、ロマネスクや野次馬にも届いた。
そこへマントの男がおずおずと一歩前に出る。
フードを下ろす彼を見て、誰かが呟いた。
「──首長だ」
-
途端にざわめく群衆。
ロマネスクが顔面に驚愕を表し、押さえつけられながらも無理に野次馬へ視線をやった。
(;ФωФ)「何ッ!?」
( ^ω^)「……色々言いたいけど、まず、自警団の人が殴ったというのが良くないおね、これは」
首長。ナイトー・ホライゾン。
ブーンというあだ名の方が好きだと、ツン達を雇う際に言っていた。
辺りにいた団員達が姿勢を正す。申し訳ありません、と厳粛な声。
-
( ^ω^)「あと、あなた達も。抵抗するにしても、やりすぎじゃないかお」
川;゚ -゚)「……勿論それは重々承知しているが……」
(;ФωФ)「……し、しかし、この街の自警団は問答無用で私刑を行うという噂を聞いたのである!
我輩は本当に身に覚えがないのだ、それなのに私刑にかけられるなど冗談ではない!」
( ^ω^)「噂の真偽は分からないけど……とりあえず今回は僕も話を聞きますから、
どうか今はおとなしくしてくださいお」
(;ФωФ)「……っ」
( ^ω^)「で、ツン。お前もちょっと迂闊だったおね」
ξ;゚⊿゚)ξ「……はい。申し訳ございません、ブーン様」
一通り言い終えて、ブーンは息をつく。
最後にデルタへ一礼。
(;^ω^)「えーっと、デルタさん、でしたっけ? 止めてくれてありがとうございますお」
( "ゞ)「いえ、主人命令だったので」
ツン達を雇っていったときに比べて、随分としっかりしたものだ。
人目があるのも一因だろうけど。
感心していると、ハインリッヒが自警団員の脇をすり抜けて駆け寄ってきた。
-
从;゚∀从「じっちゃーん、大丈夫か?」
( "ゞ)「何ともありませんよ」
しゅじん、とツンが小さく呟く。
てっきりモナーがいると思っていたのだろう。
手短に「現主人」を紹介してやると彼女は納得し、それから顔を顰めた。
ξ;゚⊿゚)ξ「……あの、腕、離してくださいな。痛いです……」
( "ゞ)「もう暴れてはいけないよ」
ξ;゚⊿゚)ξ「いたたたたっ、暴れません暴れませんからっ」
川;゚ -゚)「折れる折れる折れる」
デルタが力を緩めれば、2人は急いで手を引き抜いて手首を摩った。
──組織での訓練において、2人がデルタに勝ったことはない。
まあ彼女らに限った話ではなく、大半のメンバーがそうなのだけど。
川 ゚ -゚)「……それで、私はどうすればいい」
クールは自警団員に訊ね、促されるままに大人しく立ち上がった。
ロマネスクも。彼の場合、促されるというよりは、ほとんど引っ張られる形だが。
-
ξ゚⊿゚)ξ「……どこで話を聞きましょうか」
ツンが辺りを見渡す。
それへ応えるように群衆の中から声が上がった。
台車をがらがらと引きながら、男が1人現れる。
_
(;゚∀゚)「あの、その人、うちの宿の客なんだ。
うちなら空き部屋もあるし、色々都合がいいんじゃねえか」
从 ゚∀从「あ。君、いたのか」
ジョルジュだ。
港へ買い出しに行くところだったのだと彼は言う。
-
( "ゞ)「どうせ素性や荷物を調べるんだろう。
なら、彼の言うように、泊まっている宿を使わせてもらうのが手っ取り早いと思うよ」
ξ゚⊿゚)ξ「……そうですね、そうさせていただきます」
_
(;゚∀゚)「オーナーに話してくる! 宿の場所は自警団の奴らに訊いてくれ!」
ジョルジュは踵を返し、台車を押しながら走り去っていった。
違和感。
( "ゞ)(……妙なタイミングで現れたもんだなあ……)
とは思いつつ、この場にいる誰に言ったところで意味は無いので黙っておく。
1人の自警団員が案内を申し出た。
彼の後ろで2人の団員がロマネスクとクールを左右から挟み、
更にその後ろにブーンとツンが並ぶ。
収束に合わせて野次馬が少しずつ散っていく。
その波へ戻りかけたハインリッヒが、とつぜん踵を返した。
デルタの制止は間に合わない。
-
( "ゞ)「ハイン様……」
从 ゚∀从「なあ! 本当に、君は殺してないのか?」
宿へ向かう列に並び、ハインリッヒは自警団員越しにロマネスクへ問い掛けた。
追い返そうとする団員をツンが止める。
問われたロマネスクはハインリッヒに憤怒の目を向けてから、ぷいとそっぽを向いた。
昨朝のことを思い出したようだ。
(#ФωФ)「やっとらん」
从 ゚∀从「そっかあ」
ハインリッヒが足を止める。列が遠ざかる。
しつこく話し掛けなかったことに安堵しつつ、デルタは腕時計を確認した。
( "ゞ)「どうしましょうか、ハイン様」
从 ゚∀从「うーん」
この様子では、宿もいくらか騒がしくなるだろう。
夜になるまで街をぶらついた方がいいかもしれない。
-
ξ゚⊿゚)ξ「──被害者の遺体は?」
遠くなっていく声。ツンの問い掛け。ロマネスクの隣の男に対するものだ。
彼は腕章の位置を直し、答えた。
「この路地を進んで、左に曲がったところにあります。今は他の者が調べております」
( ^ω^)「殺されたのはこの街の住人かお?」
「ええ。──ヒッキーという男で、印刷工場の責任者でした」
その声を残して、彼らは大通り方面へ抜けていった。
デルタは横目にハインリッヒを見る。
ハインリッヒも同様にこちらへ視線を寄越した。
その瞳によろしくない光が宿るのを確認し、内心で溜め息。
-
从 ゚∀从「私も調べたい」
そら来た。
( "ゞ)「自警団の方々が調べますよ」
从 ゚∀从「私が個人的に調べたいんだよ」
ハインリッヒの顔には場違いな笑み。好奇心に満ち溢れている。
不謹慎極まりないが、本人にだってどうしようもないのだろう。
ならばデルタにだってどうしようもない。
-
( "ゞ)「無茶はなさらないでくださいよ」
从 ゚∀从「何が無茶なのかは、やるまで分かんないって」
無駄なのは分かり切っていても一応釘を刺しておく。
そんな釘、この人にとってはマチ針ほどの意味もない。
身を翻すなり駆け出して、拳を突き上げたハインリッヒは叫んだ。
从 ゚∀从「私がいち早く真実を見付けてやる! じっちゃんの名にかけて!」
かけられても。
9:続く
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今日はここまで。めっちゃ遅れてすみませんでした
二話目 >>54
三話目 >>100
四話目 >>182
五話目 >>263
六話目 >>379
七話目 >>509
八話目 >>611
九話目 前編 >>764
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おつ!色々きになる展開だわ〜
何よりハインの性別がきになる!
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乙
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おー!これで来月までの生きる気力が湧いてきた
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おつおつ!
次が楽しみな終わり方
楽しみにしてます!
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あー続きが気になりすぎるよ
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デルタかなり強いのな
勝てたのはクックルくらいなのかな?
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>>872
今まで出てきたキャラの中ではクックルだけです
あとは武器の有無などの条件によってはデミタスと横堀がぎりぎり勝てるかどうかって感じで
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よかった、おつ
毎回楽しみにしてる
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おつ!!!
なんだか色々折り重なってるな〜
続き本当楽しみ!!
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乙!面白くて一気読みしたよ
続きが楽しみだ
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来てたんだな、乙!
今回もむちゃくちゃおもしろかった
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一気読みしたわ
2板でこんな面白いのがあるなんて知らなかった
次話もまってる
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次はいつ頃かなー!
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>>879
早ければ来週……
でも8月中に投下するっつって投下しなかった前科もあるので、まあ来週に来れば唾吐いて褒めてやるかってくらいのノリでお願いします
少なくとも今月中には。何とか。多分
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ゆっくり楽しみにしてます
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街は夕暮れに染まっている。
真昼は殺人事件に関する話題で騒がしかったものの、
この時刻になると、もう平常の様相を取り戻していた。
そういえば、ここは強盗事件が多いのだとジョルジュが言っていた。
皆、いくらか慣れてしまっているのかもしれない。
( "ゞ)「──被害者は、製紙・印刷工場の責任者ヒッキー」
とあるカフェの一席。
手帳を開いたデルタが、ゆっくりと読み上げる。
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( "ゞ)「胸を刺されていたそうで。現場にあったナイフが凶器と見られます。
財布が無事だったことから、強盗目的の殺人ではありません」
一度視線を上げると、頬杖をついたハインリッヒと目が合った。
それを確認して、再び目を落とす。
( "ゞ)「──本日の午前11時頃、ヒッキー君は『昼飯を食べてくる』と言って、工場を出ました。
工場の従業員達の証言です」
从 ゚∀从「昼飯かー。どこ行ったんだ?」
( "ゞ)「我々の泊まっている宿だそうですよ」
(-_-)『あそこの食堂のご飯、美味しいですよ。僕もよく行きます』──
ヒッキーは食堂の常連。
宿泊客以外にも開放されているので、出入りは自由だ。
从 ゚∀从「ははあ、じゃあスギウラ君とヒッキー君の間で、何かあったかもしれないわけだな」
( "ゞ)「まあ可能性は、多少」
宿泊客のロマネスク、食堂に通うヒッキー。
接点が皆無なわけではない。
-
( "ゞ)「ともあれ、そのままヒッキー君は帰ってきませんでした」
从 ゚∀从「ふむ」
( "ゞ)「さて、視点を変えまして。
12時半頃に『中央』の船が来る予定だったので、
多くの人々が港へと向かっていました。自警団も同様に」
从 ゚∀从「まー、人が集まるところは警戒しなきゃいけないもんな」
( "ゞ)「すると、路地から現れた男性──第一発見者、としますね。
第一発見者が、『あっちで人が死んでいる』と自警団員に知らせたそうです」
从 ゚∀从「ほー」
( "ゞ)「団員が急いで向かうと、ヒッキー君の死体が転がっていた。
そしてその横に、ナイフを持ったスギウラ氏が立っていた……」
事件発覚までの流れは、ひどくシンプル。
食堂へ行く、と1人で出掛けたヒッキー。
彼は一時間半後に死体となって発見される。
その死体の傍らで、血まみれの凶器を持っていたロマネスク。一目瞭然だ。
-
( "ゞ)「その後の流れはクール……スギウラ氏の護衛が話した通りです」
从 ゚∀从「自警団がスギウラ君を捕まえようとしたらスギウラ君が抵抗して、
遅れて現れたクール君は、スギウラ君を助けるために団員と大立ち回り、か」
ストローを行儀悪く齧りながら、ハインリッヒが視線を斜め上へ向ける。
それをやんわり咎めてから、デルタはコーヒーカップに口を付けた。
从 ゚∀从『私がいち早く真実を見付けてやる! じっちゃんの名にかけて!』
──あの宣言から、4時間近く経った。
一体どうやって調べるのかと思えば、地道な聞き込みによる調査。
しかも主なやり取りはデルタ任せと来たものだ。
関係者のふりをして自警団員にひたすら聞き込みをし、
さらに自警団員を手伝うふりをしてヒッキーの知り合いにひたすら聞き込みをし。
未だかつてないほど質疑応答を繰り返した気がする。
-
( "ゞ)「状況だけで言えば、スギウラ氏が犯人のように思えますがねえ」
从 ゚∀从「まあねー。やってないとは言ってたけど」
そりゃあ否定はするだろう。事実であれ嘘であれ。
カップをソーサーに戻し、手帳のページをめくる。
今は聞き込みで得た情報をハインリッヒに説明しているところ。
まあ、意外性のある情報はほとんどない──ある一つを除いて。
その「ある一つ」を伝えようとした瞬間、
丁度いいタイミングでハインリッヒが質問してきた。
从 ゚∀从「死体の第一発見者って誰?」
( "ゞ)「ジョルジュ君です」
ナガオカ・ジョルジュの顔を思い浮かべながら答える。
昼間は唐突に現れたと思ったものだが、
そもそも自警団に通報したのが彼だったわけだ。
ハインリッヒは更に行儀悪くジュースに空気を吹き込み、眉根を寄せた。
从 ゚∀从「……そっかあ」
そして夕日に顔を向けて。
从 ゚∀从「……宿に戻ってみよう、じっちゃん」
-
9:なんとなく、この人 2/2
-
从 ゚∀从「ありゃ、まだ捜査中なんだ」
忙しなくロビーと階段を行き来する自警団の姿に、ハインリッヒは目を丸くさせた。
ロマネスクとクールを宿へ連行してから、4時間。
取り調べ自体はともかく、部屋や私物の調査に掛かる時間としては随分長い。
ミ,;゚Д゚彡「あ──ハインリッヒ様」
从 ゚∀从「よう、オーナーさん」
宿の主人、フサがこちらに気付く。
疲れた顔の彼に近付き、ハインリッヒが肩を叩いた。
-
从 ゚∀从「大変だなあ、面倒なことになって」
ミ,;゚Д゚彡「まったくです……どうも、凶器がうちの宿で使っていたナイフの可能性があるらしく……
私含め、従業員と他のお客様まで事情聴取を受けることになったもので」
( "ゞ)「それはそれは」
話している間に団員の1人が近付いてきて、ハインリッヒとデルタにも聴取を始めた。
ヒッキーとの面識はあるが、仕事上の付き合いでしかないことを説明する。
最後に彼と会ったのは昨日の夕方だ。
今日は会っていない。
11時頃、売上金のやり取りをするため雑貨屋に赴き、店に長時間留まって、
それが済んだら斜交いのレストランに入った。要するにアリバイがある。
一通り話すとあっさり解放された。
そもそもこちらは大して怪しまれていないのだろう。
団員が離れていく。傍についていたフサが申し訳なさそうに頭を下げた。
ミ,;゚Д゚彡「すみません、こんなことになって」
从 ゚∀从「別にオーナーさんが謝ることじゃないよ」
-
ミ,;゚Д゚彡「そう言っていただけると……。
……彼らも夜までには引き上げるでしょうが、今晩は食堂を使えません。
お申し付けくだされば、簡単なものであれば調理してお部屋に運ばせていただきます。
──おい、その椅子を乱暴に扱うな!」
最後の一言は自警団に向けて。
早足で団員に近付くフサへ、ハインリッヒは大声で質問をぶつけた。
从 ゚∀从「おーい、ジョルジュ君はどこだ!?」
ミ,,゚Д゚彡「は、あいつなら食堂かと」
答えて、フサは再び団員へ怒鳴った。
調度品に気を遣っているらしい彼は、傷を付けられやしないかとはらはらしているようだ。
( "ゞ)「行きましょうか」
从 ゚∀从「ん」
食堂の扉は、すぐそこだ。
開け放された扉の傍には誰もいない。
扉の陰に立ち、ハインリッヒは珍しく抑え気味の声で呟いた。
-
从 ゚∀从「──第一発見者が実は犯人でしたってのは、推理小説じゃよくあるよなー」
随分はっきりと言い切るものだ。
だがデルタも、真犯人とまで言う気はないが、ジョルジュが怪しく感じなくもない。
从 ゚∀从「……あ、ジョルジュ君も取り調べ受けてるのかな」
( "ゞ)「第一発見者なのに加えて、凶器もこの宿の物らしいですからね。
ハイン様のように怪しんでいるのやも」
食堂にはジョルジュの他に、自警団員が2人ほど。
ジョルジュはとある席の傍らに立ち、彼らに何か説明している。
( "ゞ)「……彼が真犯人だとして、それなら、スギウラ氏が死体の横でナイフを持っていた件は?」
向こうの用が終わるまで待つ間に、デルタはハインリッヒの考えを聞いておくことにした。
从 ゚∀从「持たせたに決まってるだろー。どうにかしてさ」
( "ゞ)「スギウラ氏に罪をなすりつけるため?」
从 ゚∀从「そうそう。動機はあるし」
( "ゞ)「昨日のあれですか」
从 ゚∀从「あれあれ」
昨朝、ロマネスクとジョルジュの間でいざこざがあったのは確かだ。
元々の原因はサダコだったが、この宿を馬鹿にしたロマネスクに対し、ジョルジュは大層怒っていた。
ロマネスクを陥れる動機にはなる。
-
( "ゞ)「しかしハイン様。
まさか、そのためだけに無関係の人間を殺すわけがありません。
スギウラ氏を罠にかけるだけなら、他にいい方法がたくさんありますし」
从 ゚∀从「もちろん、ヒッキー君を殺した後で、スギウラ君に被せるのを思いついたんだろうね」
( "ゞ)「……ジョルジュ君にヒッキー君を殺す理由がありますかね?」
从 ゚∀从「顔見知りなら、まあ何かしら不和があってもおかしくないよ」
( "ゞ)「なぜ顔見知りであると、」
訊きかけ、口を閉じる。愚問だ。
従業員、食堂の常連、宿泊客。
この宿が3人を繋いでいる。
これならハインリッヒの推理が正しい可能性もあるか。
从 ゚∀从「……あれ? じっちゃん、ヒッキー君が工場を出たのは何時だっけ?」
壁の張り紙を眺めていたハインリッヒが首を傾げた。
食堂の営業時間が書かれている。
( "ゞ)「11時と聞いてますね」
答え、デルタも首を捻った。
-
从 ゚∀从「11時に出たって、早くない?」
( "ゞ)「……早いですなあ」
──午前10時から12時までの間は、準備と休憩のため食堂を閉めている。
いつぞやサダコから聞いた通り。
从 ゚∀从「工場からここまで歩いてくるのに、15分もかからないよなあ……」
どれだけゆっくり歩いたとしても、11時半になる前にはここに着く。
食堂が開くまでには時間がある筈だ。
( "ゞ)「まあ12時になるまで、適当に街をぶらついて時間を潰したのも有り得ますが……」
从 ゚∀从「んん」
( "ゞ)「しかし、そもそも印刷工場の昼休憩は、12時からと決まっているそうです。
責任者であるヒッキー君なら融通は利くでしょうが、」
从 ゚∀从「それにしたって一時間も早く昼休憩に入ったのは早いな!
サボりか?」
( "ゞ)「責任感のありそうな人でしたし、そのようなことをする人間には思えません」
从 ゚∀从「だなー……」
-
それと、とデルタは言葉を続ける。
( "ゞ)「今日は、手袋を工場に置いていっていたとか」
从 ゚∀从「手袋?」
( "ゞ)「ほら、彼の手は、いつもインクで汚れているでしょう。
洗ってもなかなか落ちないインクだとも言ってましたね」
从 ゚∀从「言ってた言ってた」
( "ゞ)「外で食事や買い物をする際には、備品や商品にインクが移らないよう
手袋をつけるようにしていたそうですよ」
その手袋が、工場の休憩室に置かれたままだった。
単に忘れていっただけだろう、と作業員は言っていたが。
こうなってくると別の意味合いも浮上する。
何か思い至ったか、ハインリッヒが指を弾いて鳴らした。
从*゚∀从「嘘ついたんだ!」
( "ゞ)「はあ」
-
从*゚∀从「昼飯を食うんじゃなく、別の用で出掛けたんだ!
ジョルジュ君と何か話をしようとしたんじゃないか?」
ロングコートのポケットから街の見取り図を取り出し、
興奮気味のハインリッヒはデルタに片手を伸ばした。
ペンを渡してやれば、そのペンで見取り図に印を付け始める。
工場、この宿、そして死体の発見現場。
从*゚∀从「そうだよ、そうなんだよ、だって死体が見付かったのは港近くの路地なんだから。
この食堂に来るとすれば、あの道は通らない」
工場から宿へ向かう場合、工場を出てから、まず南に向かわねばならない。
一方、死体の発見現場は工場から見て北側だ。真逆と言える。
( "ゞ)「あの路地の近くで、ヒッキー君とジョルジュ君が待ち合わせをしていたと?」
从 ゚∀从「そういうこと! そこで何かがあって──
いや、刃物を用意してたなら最初から殺意はあったのかも。
ともかくジョルジュ君はヒッキー君を殺し、スギウラ君に──」
多分に決めつけを含む推論を述べていたハインリッヒは、ふと黙った。
そしてまた小首を傾げて。
-
从 ゚∀从「どうしてスギウラ君があの路地に?」
( "ゞ)「……ハイン様の説を支持するならば、
スギウラ氏も路地に呼び出されたか、逆に自分から呼び出すかしたのでは?」
从 ゚∀从「あ、そっか。──でもジョルジュ君が野次馬から出てきたとき、
スギウラ君はこれといって反応しなかったな」
( "ゞ)「そうですね、特には」
从 ゚∀从「じゃあジョルジュ君とは現場で会ってないのかなあ?
ってことはー……まずジョルジュ君とヒッキー君が2人で会って、ヒッキー君が殺されて……
後から来たスギウラ君に、どうにかして凶器を持たせてから、自警団を呼んだ?」
どうにかして、って、どうすればロマネスクが死体を前にして
血まみれのナイフを握るに至るのだ。
デルタが問う前に、ハインリッヒもその違和感に気付いたようだ。
ややあって、ぽんと手を叩く。
从*゚∀从「催眠術だな! 催眠術でナイフを持たせて、更にジョルジュ君と会った記憶を消した!」
( "ゞ)「……ハイン様がそう思うのならば」
从 ゚∀从「これは違うな」
( "ゞ)「違うと思います」
-
情報が足りないから妙な方向に走るのだ。
まだかなとデルタが食堂を覗き込むと、ちょうど話が終わったのか、
自警団員がこちらへ歩いてきてそのまま食堂を出ていった。
すれ違いざま、じろりと睨まれる。デルタは穏やかに会釈した。
溜め息をついて椅子に座るジョルジュ。
デルタが声をかけるより早く、ハインリッヒが食堂に突入した。
从 ゚∀从「やあジョルジュ君!」
_
(;゚∀゚)「……あんたら、でけえ声で人聞き悪いこと話すのやめてくんねえか?」
( "ゞ)「おや、聞こえていたかね」
デルタは自警団員へ向けたのと同様の微笑を浮かべ、とぼけてみせた。
ハインリッヒだって初めは小声で話していたのだ。初めは。
_
(;゚∀゚)「おかげで変に疑われただろ……つか、そんな目で俺のこと見てたのか」
从 ゚∀从「仮定の話だよ。実際、君だって怪しいところが無いわけじゃないんだろ」
ジョルジュは苛立つように眉根を寄せたが、怒る気力もないほど疲れているのか、
おとなしく反論のみを返した。
-
_
(;゚∀゚)「言うまでもないが俺は殺してねえよ。
それに12時10分頃まではここにいたんだぞ。
他の従業員や宿泊客とも会ってたから、疑うなら訊いてこい」
从;゚∀从「えー!」
_
(;゚∀゚)「ヒッキーさんが工場出たのは11時だろ?
俺は11時からずっと厨房を手伝ってたし、
その後はオーナーに買い出し頼まれて、準備が済んだらすぐに宿を出たんだ」
それではハインリッヒの推理──言いがかり──は成立しない。
ジョルジュが宿にいたのは12時10分まで。
そして死体を発見したのが12時30分前後。
その20分は、現場へ向かうだけで使いきってしまう。
ヒッキーを殺して、己の犯行の跡を消して、他者へ罪を着せるために工作するような時間は無い。
-
_
(;゚∀゚)「……俺は本当に、死体を見付けただけなんだよ。
建物の陰から足がはみ出てるのが見えたから、誰か倒れてんのかと思って近付いてみりゃ──」
( "ゞ)「死体だったと」
_
(;-∀-)「驚いたぜ、ほんと」
ジョルジュが首を振る。
知り合いの死体を見付けたのだ、驚くのも当然である。未だに動揺しているのか顔色が良くない。
( "ゞ)「そのとき、ヒッキー君の近くにスギウラ氏はいたのかな?」
問えば、ジョルジュは腕を組んで唸った。
_
( ゚∀゚)「……見なかった、とは思うんだが……。
はっきりしねえな、死体にばっかり気を取られてたから」
言い終えた彼はハインリッヒに目を向け、途端に肩を落とした。
ハインリッヒの表情はまだ訝しげだった。
_
(;゚∀゚)「ったく……。
そもそも俺には動機がねえっつうの」
まあ最も気に掛かるのはそれである。
いささか直情的に見えるジョルジュといえど、
そう簡単に人を殺しはしまい。
-
从 ゚∀从「ヒッキー君とは何か関わりとかあった?」
_
( ゚∀゚)「そりゃ、よく飯食いに来てたからな。
つっても従業員として話すことはあったが、別にそれ以上の会話は無かったぞ。
おとなしい人だったから嫌な思いさせられたこともねえし」
从 ゚∀从「そうかあ……」
ようやく、ハインリッヒの目から疑惑の色が薄まったようだった。
完全に消えたわけではないが、突出して怪しい人物ではないと判断したのだろう。
( "ゞ)「工場でも、おとなしくて他人と深く関わらない人だという証言が多かったですよ」
从 ゚∀从「恨みを買うような人じゃなかったってこと?」
( "ゞ)「はっきりとは言い切れませんが、まあ、概ねそんな感じかと」
目立った交流は無くとも、嫌われるようなことはなかったようだ。
工場の職員達はヒッキーの死を悼んでいた。
-
从 ゚∀从「従業員で、ヒッキー君と仲良くなった奴はいないの?」
何気ない様子でハインリッヒが訊ねると、ジョルジュは少しだけ困った顔をした。
_
( ゚∀゚)「オーナーやサダコは、たまに話してたかな。仲がいいってほどじゃねえけど……」
从 ゚∀从「ほう!」
目を輝かせるハインリッヒにジョルジュが冷ややかな視線を送る。
だから言いたくなかったのだ、という顔。
それから、「あのな」と窘めるように開口。
_
( ゚∀゚)「とっくに自警団の方にも説明してるし、向こうもサダコ達に取り調べしたから。
あんたらがやることなんかないぞ」
从 ゚∀从「わかんないじゃん!」
( "ゞ)「……そういえば、さっき、自警団には何の話をしていたのかね」
ふと気になり、訊ねた。
あちこち指差しながら話していたようだったが、何をしていたのだろう。
ああ、とジョルジュは後ろに振り返った。
暖炉近くのテーブルを指差す。
_
( ゚∀゚)「……スギウラさんとヒッキーさんが、夜、ここで喧嘩したんだよ」
从 ゚∀从「え」
-
_
( ゚∀゚)「昨日の朝、あったろ、ほら、スギウラさんが……」
( "ゞ)「ああ、怒っていたね」
_
( ゚∀゚)「あれから俺とサダコが謝りに行って、まあ機嫌は直してもらったんだけどよ。
無料でサービスするからっつって、夕飯時にまた来てもらえたまでは良かったんだが」
从 ゚∀从「私達は知らないなー」
( "ゞ)「そりゃあ、夕方にヒッキー君と会った後は近くのレストランに入りましたからな」
宿の食堂にしなくて良かった。
ハインリッヒとロマネスクが顔を合わせていたら、またややこしいことになっていたかもしれない。
_
( ゚∀゚)「スギウラさん、酒飲んだ辺りからまた機嫌が悪くなってな……」
ジョルジュは言いづらそうにハインリッヒを見て、
_
( ゚∀゚)「……まあ、あんたのこと愚痴ってたぜ」
从;゚∀从「えー何で」
何でも何も。
ロマネスクを一番怒らせたのは、確実にハインリッヒの嫌味(自覚はないだろうが)だった。
つくづく、昨夜はここに来なくて良かった。
-
支援
-
──ロマネスクは更に酒を飲み、ますます酔っていったという。
そこへヒッキーが来て、隣のテーブルについた。
注文をとるためサダコがヒッキーのもとへやって来たところ、
ロマネスクがサダコに絡み出した。らしい。
从 ゚∀从「なんでサダコ君?」
_
( ゚∀゚)「サダコのせいで恥かいたんだって言ってたかな……」
从 ゚∀从「ははあ。しつこいもんだなあ」
_
( ゚∀゚)「そしたらヒッキーさんが、サダコ庇ってさ。スギウラさんにちょっと言い返してた。
ほんと、少しだけなんだけどな。『そこまで言わなくても』、くらいのさ」
_
(;゚∀゚)「でもそれでスギウラさんがぶちギレてなー。ヒッキーさんに食って掛かって。
サービスするっつった手前、俺達もあんまり手出しできなかったんだが、
ここまできたら止めないわけにもいかねえだろ?」
( "ゞ)「まあ、いくら機嫌が悪くても他のお客様に迷惑をかけていい道理はないからね」
-
_
(;゚∀゚)「そんでクールさんに手伝ってもらって、スギウラさんを食堂から出したんだよ。
そしたらスギウラさん、飲み直してくるって怒鳴って、そのまま宿を出ていっちまって」
──そして一夜が明けても、宿に戻ってこなかった。
ジョルジュが次にロマネスクを見たのは、路地での乱闘騒ぎというわけだ。
( "ゞ)「ヒッキー君が悪いことをしたわけじゃないが、
スギウラ氏にとっては、いい気がしない相手だったということか」
_
( ゚∀゚)「自警団がスギウラさんの呼気を調べたら、しこたまアルコール反応が出たらしい。
多分、宿を出た後は朝まで……下手すりゃ昼まで飲んでたんじゃねえかな」
从 ゚∀从「泥酔してるところにヒッキー君と遭遇して、かっとなって刺したってか?」
_
( ゚∀゚)「自警団はそう考えてるみたいだ」
-
あれ、とハインリッヒが声を上げた。
从 ゚∀从「ナイフは、この宿の物なんだよな?」
_
( ゚∀゚)「いや、確定したわけじゃない。
ナイフ自体は町中で売られてるし、うち以外の店でも使われてるやつだ」
_
( ゚∀゚)「ただ、そこの棚にしまってあったナイフが一本なくなってるって今朝わかったんだよ。
だから、もしかしたら……」
( "ゞ)「その紛失したナイフが凶器に使われた可能性がある、ということだね」
_
( ゚∀゚)「そういうこった」
从 ゚∀从「凶器がここのナイフだとして、それはスギウラ君に持ち出せたのか?」
_
( ゚∀゚)「夕飯のとき、スギウラさんは暖炉に近い席にいた。
だから、……まあナイフを持ち出すことは出来ただろうって、自警団は言ってたが」
食堂の暖炉は調理にも使われている。
傍の棚には専用の調理器具がしまわれており──
小型ながら、ナイフも数本あるのだそうだ。
見せてもらうと、黒い柄に普通の刃。
たしかに特徴はないし、そこかしこで見かけるような造りである。
-
从 ゚∀从「ふうん……スギウラ君が座ったのはこのテーブル?」
_
( ゚∀゚)「そう。で、こっちのテーブルにヒッキーさんが座った」
ロマネスクが座ったという席とヒッキーの席の間に、ちょうど棚がある。
──器具の管理はサダコがしているらしく、
実際、今朝早くに彼女が棚の確認をしたところ
ナイフが一本足りなかったのだという。
そのナイフと凶器が同一である確証はないが、どうしたって、可能性は高くなる。
从 ゚∀从「なるほどなあ……」
( "ゞ)「……ヒッキー君は、食事のときはいつも手袋をしていたかい?
時々忘れることは?」
_
( ゚∀゚)「毎度確認してるわけじゃねえが……まあ俺が見る限りじゃいつも付けてたよ。昨日もしてたし」
从 ゚∀从「じゃあ、やっぱり今日食堂に行くって言ったのは嘘だったのかな」
( "ゞ)「かもしれませんね」
-
_
( ゚∀゚)「……ま、こんなとこだ。
もういいか? 暖炉の掃除しないといけねえんだ」
从 ゚∀从「んー、ありがとな」
( "ゞ)「忙しいところすまなかったね」
腰を上げたジョルジュの足元には、灰掻き棒と灰バケツ。
死体の発見に取り調べ、そこへ日々の業務までこなさねばならないとは。
ジョルジュの顔も疲れ気味。
踵を返しかけたハインリッヒが、最後に、とジョルジュに問い掛けた。
从 ゚∀从「サダコ君はどこにいる?」
_
( ゚∀゚)「あ? ……あー、スギウラさんの部屋じゃねえかな。
2階に上がって右に進んで、突き当たりをまた右に曲がったとこだ」
.
-
从 ゚∀从「──ジョルジュ君は犯人じゃなさそうだなあ」
食堂を出て。
階段を上りながら、ハインリッヒが呟いた。
( "ゞ)「何故です?」
从 ゚∀从「まあ話の内容から何となく……。
一番の理由は、あの口振りかな」
( "ゞ)「口振り」
从 ゚∀从「スギウラ君を犯人だとは断言しなかったろ?
もしもスギウラ君に罪を着せるつもりなら、もっとぐいぐい行くと思うんだ」
アルコール検出の件、そこから推測される殺害の流れ、凶器の入手先。
いずれもジョルジュではなく、あくまで自警団の意見として語っていた。
ジョルジュ自身の態度はひどく曖昧だ。
彼が真犯人で、ロマネスクを陥れるのなら、自警団の意見に賛同する素振りくらい見せてもいい。
しかしそれすら無かった。
犯人と決めつけることもなく、庇うこともなく──どこまでも第三者の立場を貫いている。
-
( "ゞ)「ではやはり犯行はスギウラ氏が?」
从 ゚∀从「いや、次に怪しいのはサダコ君だ!」
高らかに告げると同時に階段を上りきり、右の廊下へ。
これまたはっきり言ったなとデルタは感心する。
一旦、自分達の部屋に寄った。
鞄に何かを詰め込んだハインリッヒが、廊下に戻って先の話を再開させる。
从 ゚∀从「もし本当に凶器が食堂のナイフだったなら、犯人はこの宿の従業員か客だ。
ナイフの管理をしていたのはサダコ君──怪しいぞ!」
( "ゞ)「はあ、まあ、そうかもしれませんがなあ。動機はありますかね?」
从*゚∀从「そりゃあ痴情のもつれだろう!」
( "ゞ)「……ですか」
それしかない、とばかりに自信満々だ。
とりあえず聞いておこう。
-
从*゚∀从「ジョルジュ君とは最低限の会話しかしなかったヒッキー君が、
サダコ君とはそれなりに話す仲だったそうじゃないか。恋仲かもしれん!」
( "ゞ)「オーナーとも話していたようですが」
从*゚∀从「何なら、ヒッキー君がここの食堂に通ってた理由にもなる!」
( "ゞ)「料理が安くて美味しかったからでは」
从*゚∀从「昨夜スギウラ君に絡まれたサダコ君を、ヒッキー君が庇ったというし!」
( "ゞ)「知人が酔っ払いに絡まれていたら口を挟むくらいはするのでは」
デルタの突っ込みも、今のハインリッヒには届かない。
とはいえハインリッヒの勘は時々当たるし、案外事実かもしれない。
#
-
きったー!
サブタイから推理物の気配を感じない!
-
川д川「申し訳ありませんが、私とヒッキーさんはそういう仲ではありません……」
从´゚∀从「えー」
ハインリッヒの勘は時々当たるが、同じくらい、時々外れる。普通に。
廊下に立つサダコは、ハインリッヒの推理をあっさり切り捨てた。
前方にはロマネスクの部屋があり、2人の自警団員がそこかしこを調べて回っている。
サダコは立ち会いを任されているのだという。
彼女の隣に、同僚らしき女中もいる。
-
川д川「そもそも歳が離れていますし……。
私は本が好きなので、よく、そういったお話をさせていただいただけですよ……」
たしかに比較的、仲がいい方ではあるだろうけど──
そう付け足すサダコに、嘘をついている様子はない。
自警団の方からも似たような質問をされたようで(流石にハインリッヒほど明け透けではなかろうが)、
こちらの露骨な問いに落ち着いて返答してみせている。
さらに続けてアリバイのことも聞かせてくれた。話が早い。
川д川「それに私、今日はずっと宿におりましたもの……彼を殺してなんていません。
みんなも証言してくれますわ……」
从 ゚∀从「ずーっと誰かといたのか?」
川д川「……いえ。お昼の仕込み中、裏口で1人、野菜の処理をしました。
裏口の近くは私以外に誰もいませんでしたから、証明できませんが……」
从*゚∀从「野菜の処理!? 刃物持ってたか?」
川д川「いいえ、洗ったり、手でヘタや根を取ったりするだけでしたので……」
早朝、ナイフが一本なくなっていることに気付いてから、すぐに従業員全員に伝えた。
誰も行方を知らず、探せるところは一通り探したが見付からなかったという。
そんなことがあったので、今日は皆、ナイフのチェックには気を付けていたそうだ。
端的に言えば、厨房と食堂以外の場所へ持ち出すのを禁止した。
サダコが裏口へ行く際も同僚に確認してもらったらしい。
-
( "ゞ)「とのことですが」
从 ゚∀从「ふふふ……甘いな。サダコ君は昨夜の内にナイフを裏口に置いといたんだ。
そして今朝、あたかもナイフの紛失に気付いたように装って……」
川д川「紛失に気付いてから、みんなでナイフを探したと言いましたでしょう……。
裏口もその周辺も、複数人が見ていましたよ……」
从;゚∀从「う」
ねえ? と、サダコは隣の女中に頭を傾けた。女中が同意する。
昼前にはベッドメイクの時間を利用して、プライバシーを害さない程度に客室も調べたと。
それでもナイフは見付からなかった。
諦めきれないハインリッヒが室内の自警団に声をかけ、証言の正否を問うと、
団員は面倒臭そうにサダコ達の言い分を認めた。
从;゚∀从「……いや、それでもどこかに死角はある! たとえば天井裏を確認した人はいるのか!?」
( "ゞ)「ハイン様、ただ疑わしいというだけでは堂々巡りです。
ナイフを隠していたことを示す証拠が無いのですから」
从;゚∀从「ぎいー」
-
( "ゞ)「それで、あなたが1人だった時間というのは?」
奇声を発して悶えるハインリッヒの代わりにデルタが話を進めた。
ナイフの件は置いて、ひとまずアリバイを確認しておかねば。
川д川「ええと……11時半から12時頃まででしょうかね……」
从 ゚∀从「……30分? だけ?」
川д川「30分だけですわ……」
──30分。
ジョルジュ同様、色々と工作するには時間が足りない。
現場と宿の往復だけでも40分はかかるのだから。
まして女、それもか細くて如何にも不健康そうな彼女には、どうあっても不可能だろう。
包帯と絆創膏まみれの手足を見ると、余計にそう思う。
从 ゚∀从「そっかー……」
( "ゞ)「念のため訊いておくけれど、その30分間の前後は誰と?」
少なくとも11時まではヒッキーの姿が確認されているので、
11時から12時半までの情報が欲しいとデルタが言うと、サダコは顎に指先を添えた。
-
川д川「……食堂で、整理や調理などを。私の他に従業員が2人ほどいましたね……。
途中で同僚と一緒に厨房へ行って食材を分けてもらいました、
そのとき厨房にいたのは3人だったかと……」
川д川「それで11半頃、食堂の暖炉でパンを焼いているところにオーナーが来て、
野菜の処理を任されまして……」
从 ゚∀从「オーナーさんが?」
フサはいつも食材の下処理などを手伝っているらしい。
そのときは、用が出来たので代わってくれとサダコが頼まれたのだそうだ。
引き受けたサダコは1人で野菜の処理をし、
食堂を開ける時間になったため、厨房に戻って調理にかかった。
その後はずっと調理と配膳をしていたという。
しばらくすると、買い出しに行った筈のジョルジュが手ぶらで帰ってきて、
首長や自警団が来ると言うので業務を停止せざるを得なくなった。
从 ゚∀从「開店した後、ヒッキー君は食堂に来た?」
川д川「……いえ、見てませんねえ」
お役に立てず申し訳ありません、とサダコが頭を下げる。
ついでとばかりに近くの女中にもいくつか質問したが、
サダコの話と大差なかった。
-
ふうん、と返事とも溜め息ともつかぬ声を漏らし、ハインリッヒはサダコに目を戻した。
「ところで」。唐突に話題を変える。
从 ゚∀从「ブローチなんだけど」
川д川「え? ……あ」
サダコは胸元を見下ろし、はっとした。
名札と、ハインリッヒが贈ったブローチが付いていない。
川д川「申し訳ありません、いつも大事に付けさせていただいているのですけど、今日はうっかり……」
从 ゚∀从「ん、いいよ。……あのさ、君には黄色い花を模したブローチをあげたけれど、
どうにもしっくり来なくてさ。ずっと気になってて、
やっぱり君には青い花の方が似合うと思ったんだ」
女たらしのようなことを言う。
鞄から群青色の布で作られた花のブローチを取り出し、サダコの口元へ寄せた。
先程わざわざ部屋に寄って鞄を持ち出したのは、このためか。
-
从 ゚∀从「こっちをあげる。
以前のは、こんなこと言うのは恥ずかしいけれど、出来れば返してくれると嬉しいな」
川д川「まあ……ありがとうございます、嬉しいです。
すみません、いま持ってきますね……」
立ち会いを同僚に任せ、サダコは急ぎ足で1階へ下りていった。
あまり待つこともなく、黄色いブローチを手にして戻ってくる。
川д川「こちら……」
从*゚∀从「ん、ありがとう! それじゃ、その青い方を大事にしてくれよな!」
にっこり笑って、ハインリッヒが黄色を受け取った。
サダコも笑みを浮かべ、再度礼を言って青いブローチをエプロンに付ける。
ちょうど部屋の捜査も終わったのか、自警団員が部屋から出てきた。
ナイフが数本見付かったらしいが、それはクールのものだ。
それ以外には特に、物騒な、あるいは怪しいものは見付からなかったらしい。
从 ゚∀从「──おかしいな?」
不思議そうに言うハインリッヒに、団員は、うるさがるような顔をした。
-
从 ゚∀从「クール君のナイフがあるなら、スギウラ君は自分でナイフを準備しなくても良かったじゃないか。
それもわざわざ盗むなんて」
その辺りはこれから調査する、と団員がぞんざいに手を振る。
適当にあしらわれたハインリッヒは不満顔。
諸々の処理のため、サダコと共に団員も去っていった。
そろそろ引き上げるだろう。
( "ゞ)「……何を企んでらっしゃいます?」
从*゚∀从「……へへ」
先のサダコへの紳士的な(という表現が正しいかは分からないが)振る舞いはわざとらしすぎる。
デルタの怪訝な問いに返ってきたのは、意味深な笑いだけだった。
──同時に、背後のドアが開いた。
ロマネスクの部屋と向かい合う位置。
振り返れば、
ξ゚⊿゚)ξ「あら」
( "ゞ)「やあ」
目を丸くさせたツンがいた。
空の食器が乗ったトレーを持っている。
-
女中にトレーを渡してから、ツンは改めてこちらに意識を向けた。
ξ゚⊿゚)ξ「何をなさってるんです?」
从 ゚∀从「探偵ごっこ」
ξ;゚⊿゚)ξ「はい?」
( "ゞ)「こういう方なんだよ」
ざっくりと経緯を説明してやれば、ツンは少し間抜けな顔をした。
彼女の肩越しに室内を覗き込む。
寝具を保管している小部屋らしく、折り畳まれたシーツや毛布が壁沿いに積まれている。
その中央に置かれた机。
それを挟むように、クールとブーンが座っていた。
疲れた顔色のクールに対し、ブーンは満足げな表情で腹を摩っている。
川 ゚ -゚)「……デルタさん、と、雇い主さん」
( ^ω^)「どうも。こんばんは」
( "ゞ)「こんばんは。……ここで何を?」
ξ゚⊿゚)ξ「一通り、ロマネスクさんの話は聞いたので。
とりあえずクールとも軽く話しておこうと、ブーン様が」
-
从 ゚∀从「君達も大変だなあ」
( ^ω^)「まったくですお。
まさか、港の調査に来て殺人事件の捜査をすることになるとは」
( "ゞ)「スギウラ氏はどこに?」
ξ゚⊿゚)ξ「地下の物置部屋です」
ハインリッヒが当然のような顔をして部屋の中に入り込んだので、デルタも続いた。
呆れながらも追い出すことはせず、溜め息をついてドアを閉めるツン。
彼女はブーンの隣の椅子をハインリッヒに譲り、
自身は壁に寄り掛かるようにして立った。デルタもその隣に。
从 ゚∀从「みんなでご飯食べてたの?」
(*^ω^)「そうですお、聞き込みついでに食事もと。いやあ、ここは料理が美味い!」
何気なく問えば、途端、ブーンの目が輝いた。ツンが苦笑する。
(*^ω^)「野菜がいい味してるお、あのカブの甘味は中央5区で採れたものだおね」
( "ゞ)「ほう。野菜一つで、そんなことまでお分かりになりますか」
-
(*^ω^)「今年、5区に新しくカブ畑を作ったんですお、あそこは土がいい。
試験的に新種の肥料も使ってみたら、その肥料がまた良くて……
だから、あの鮮度と旨みから、5区のカブで間違いないと」
( "ゞ)「ははあ……」
(*^ω^)「中央の作物の中では高価な部類です。
この宿、肉や魚は標準的だけど、野菜にはお金をかけてるようですお」
( "ゞ)「なるほどなるほど」
ξ;-⊿-)ξ「聞き流してくださって結構です、デルタさん」
とんでもない。非常に楽しそうに話すので聞く方も楽しい。
ただ、彼の話した中に気になることがあった。
高価な野菜を仕入れているとブーンは言うが、それは何だか、腑に落ちない。
-
从 ゚∀从「ね、ね、その肥料ってどんなの?」
(*^ω^)「元気いっぱいタカオカくんとか、何か名前はちょっとアレですけど。
少量で効果抜群なんですお。遠い町で開発されたらしくて──」
从*゚∀从「おお! 私が作ったやつだよじっちゃん!」
( ^ω^)「えっ」
ハインリッヒが作ったものはリストにしてまとめてある。
そのリストの中に、たしかにそんな名前の肥料があったような。
権利は農家に売ってしまったらしく、販売しているのは既にハインリッヒではなくなっているが。
从*゚∀从「そうかそうか、役に立ってるかあ」
( "ゞ)「誇らしいことです。さすがハイン様」
从*゚∀从「うえへへへ」
ξ;゚⊿゚)ξ「まあ。あの肥料、デルタさんの雇い主が?」
(;^ω^)「うわー、マジですかお! ほんと助かってますお、ありがとうございます!
えっと、ハインさん? ……ん? 元気いっぱいタカオカ……
タカオカ……ハイン……」
-
握手を求めるためか片手を持ち上げたブーンだったが、
にわかにその勢いを弱め、手を下ろした。
瞳を揺らし、ぶつぶつ名前を呟き──
(;^ω^)「タカオカ・ハインリッヒ!?」
从 ゚∀从「? うん」
ξ;゚⊿゚)ξ「えっ……作家の?」
( "ゞ)「作家でもあるし、様々な分野の研究家でもあるよ」
(;゚ω゚)「わ───!! 読んでますお、色々読んでますお!
ここ数年をまとめた歴史書はすごく勉強になりましたお! わ───!!」
今度こそブーンはハインリッヒの手を握り締めた。力強い握手だった。
ややミーハーなところがあるらしい。若さを感じられていいと、デルタは思う。
从*゚∀从「ふひひひ」
(;^ω^)「あのハインさんが肥料まで開発してたとは……うわー驚いた……えー……」
川 ゚ -゚)「あなたの本なら、私も少し読んだことがある」
黙って目を丸めていたクールが、口元をほのかに緩めた。
彼女の落ち着いた態度で我に返ったか、ブーンは決まり悪そうにハインリッヒの手を離した。
-
川 ゚ -゚)「ロマネスクの奴、あれでけっこう読書家でな」
从 ゚∀从「おっ、そうなのか。何だ、ちゃんと話せば仲良くなれてたかもなあ」
和やかな雰囲気が流れた。
自分の主人が多くの人々に何かしらの影響を与えている。それはデルタにとっても喜ばしい。
しかし、ロマネスクの名を小さく口にしたかと思うと、
クールの穏やかな笑みはすぐに消えてしまった。
川 ゚ -゚)「ツン。私はいつまでここにいればいい?」
ξ゚⊿゚)ξ「そうね、少なくとも明日までは……」
答えを受け、クールが顔を顰める。
そこに滲むのは──焦燥か。
川 ゚ -゚)「ロマネスクの奴、昨日寝てないんだ。
一昨日も夜遊びして少ししか寝なかったし──」
ξ゚⊿゚)ξ「徹夜で取り調べたりしないわよ、ちゃんと休ませるように言い付けてきたし」
川;゚ -゚)「あ、いや、……私が子守唄を歌ってやらないと眠れないんだ、あいつ」
ツンの瞳に困惑が浮かんだ。
もしかしたらデルタも似たような顔をしたかもしれない。
「歌の上手い奴を貸せ」──彼の出した条件は知っていたが、子守唄を歌わせるためだったのか。
-
( ^ω^)「子供じゃないし、眠くなったら勝手に寝ると思うお」
ξ゚⊿゚)ξ「実際、私達と話してるときも随分眠そうだったわ。
あの様子ならすぐ寝たんじゃないかしら」
川;゚ -゚)「そうじゃなくて……子守唄聴かないと、寝てもすぐに起きるんだ」
クールの声と表情はひどく真剣だ。
面食らったブーンは、頬を掻き、悩ましげに首を捻る。
( ^ω^)「申し訳ないけれど、口裏合わせるようなことがあったら、こちらとしても困るんだお……」
決めつけるわけではないけれど、と付け足して。
ロマネスクの犯行だと決定付けることも、逆に、無実だと言い切ることも出来ない現状。
用心しないわけにもいくまい。
( ^ω^)「君達『護衛』の多くが優秀なのは僕も分かっているし、
──主人からの命令さえなければ、君らが無害なのも分かっているお」
下手にクールをロマネスクに近付けられないというわけだ。
クールは何か言いたそうに口を動かし、そうか、とだけ小さく呟いて、そのまま閉じた。
-
从 ゚∀从「難儀だなあ」
( ^ω^)「あー、とりあえず、話の続きを聞こうかお。
……どこまで聞いたっけ?」
ξ-⊿-)ξ「ロマネスクさんが被害者と口論をした後、食堂を追い出された辺りまでです。
そこまで聞いたところで、ブーン様が食事に集中し始めたため中断されました」
( ^ω^)「だって想像以上に美味しくて……」
依然として気遣わしげなクールだったが、ブーンとツンのやり取りにくすりと笑って、
記憶を手繰るように口を開いた。
川 ゚ -゚)「ええと……昨夜、宿を出た後は飲み屋をはしごしていた」
──明け方、ある飲み屋で若い女と会い、
ロマネスクがその女を買って連れ込み宿に向かった。
さすがにクールは中まで付いていけなかったため、
窓の外に隠れて、変事に駆けつけられるよう様子を窺っていたそうだ。
川 ゚ -゚)「まあ長いこと色々やってたと思う」
げんなりしたようにクールが呟く。
ブーンは「それはまた」と返し、それ以降の言葉が思いつかなかったのか無意味に頷いた。
-
川 ゚ -゚)「……あれは美人局ってやつだったんだろう、昼前にロマネスクが連れ込み宿を出たところで
3人くらいだったか、男に囲まれた。もっと金を寄越せと」
クールが出ていくと、ロマネスクに『全員追い払え』と命令された。
殺せとは言われなかったため、殺さないように対処したという。
殺せという命令なら楽だろう。
手加減せずナイフを振り抜くだけでいいのだから。
ただ単に「追い払え」というのなら、程々に生かしたまま他所へ行かせなければならない。
それで、僅かばかり手間取ったらしい。
川 ゚ -゚)「……終わった頃には、ロマネスクがいなくなっていた」
从 ゚∀从「君を置いていって?」
川 ゚ -゚)「あいつは臆病なくせに、よく私から離れるんだ。
たぶん飲み直しに行ったんだろうと思って、近場の飲み屋から順番に見ていって……」
-
2、30分ほどして、何やら路地が騒がしいことに気付いた。
ロマネスクの声も聞こえる。
急いで路地に入ると──
川 ゚ -゚)「奥から自警団がロマネスクを引きずってきて、暴れるあいつを殴っていた。
それで、……まあ、あの通りだ」
ハインリッヒが街の見取り図を広げる。
たしかに、あの路地のすぐ近くに飲み屋があるそうだ。
( ^ω^)「他に話してないことは?」
川 ゚ -゚)「特にない」
( ^ω^)「昨夜、スギウラさんが食堂からナイフを持ち出すのは見たかお?」
川 ゚ -゚)「いいや。あいつは財布しか持ってなかった」
-
( ^ω^)「被害者の──ヒッキーさんに関して、彼は何か言ってたかお?」
川 ゚ -゚)「酒を飲みながらぐちぐち言ってたが、すぐに話題に出さなくなった……と思う。
そんなことより店の女達と飲む方に夢中になってた」
デルタは横目にツンを見た。
クールの話を、さらさらと手帳に書き付けている。
自分もメモをとるべきかと考え、今はハインリッヒも聞いているから不要だろうと判断した。
街中での聴き込みはメモをとったが、あれは口頭での説明に備えて整理するために書いただけだ。
( ^ω^)「うん……スギウラさんもね、まあね、似たようなことを。
彼の場合は、泥酔してたからか記憶が曖昧で、碌な情報がなかったけど」
川 ゚ -゚)「そうだろうと思う。ひどく酔ってた。
殴られたときは、さすがに酔いも覚めたみたいだが」
从 ゚∀从「スギウラ君は死体のこととか何か言ってなかったのか?」
ξ゚⊿゚)ξ「適当な酒場を探してふらふら歩いていたところ、路地に入って、
そこで人が倒れているのを見たそうです」
-
ξ゚⊿゚)ξ「アルコールで頭がぼうっとしていた彼は、
ナイフを刺したまま倒れている被害者……ヒッキーさんとは気付かなかったようですが、その姿を見て、
ああナイフが刺さっているから痛くて倒れているんだろうと」
从 ゚∀从「思ったのか?」
( ^ω^)「思ったみたいですお」
川;゚ -゚)「まさか」
ξ゚⊿゚)ξ「……それで、ナイフを『抜いてやった』ところに自警団が」
川;- -)「……馬鹿かあいつは……!」
クールが頭を押さえ、心底呆れ果てた様子で吐き捨てた。
反対に、ハインリッヒは腹を抱えてけらけら笑っている。
( "ゞ)「泥酔していたのなら、仕方ないと思うよ」
川;゚ -゚)「それにしたって! ……馬鹿だ、大馬鹿だ!
私はあんな馬鹿の心配を、」
( "ゞ)「心配しているんだね」
クールは、はっと空気を吸い込み、じわじわ顔を顰めていった。
護衛なのだ。心配するのが当たり前。
-
( "ゞ)「そういえば、この街で彼が犯人だと認められた場合はどうなるんだろう?」
自警団は本物の警察ではないし、今は裁判所も刑務所もない。
大抵は、その地域ごとに適当な処罰が決められる。
デルタが疑問を漏らすと、そうですね、とツンが口を開いた。
ξ゚⊿゚)ξ「殺人犯や強盗犯は、まず牢屋──のようなところに留置して、
列車、あるいは船に乗せ、復興の遅れている地域へ送ることになるかと。もちろん監視つきで」
从 ゚∀从「奴隷か?」
ξ;゚⊿゚)ξ「そ、そういうものではなく……あくまで働き手として」
( ^ω^)「地域によっては、奴隷のように扱うところもあると思うお」
はっきり言い切ったブーンに、ツンは咎めるような目を向けた。
その視線に「事実だし」とブーンが返す。
( ^ω^)「今の世界は、ちゃんとした法律ってものがないお。
……誰が誰をどう扱おうと、公的に罰する決まりはどこにもない。
それはつまり、人を殺しても法的には問題ないってことになる」
川 ゚ -゚)「……」
-
( ^ω^)「だから──人を傷付けたり殺したりした場合には
厳しい罰が待っている、という認識を広めるくらいしか出来ないんですお。
……今はそういう方法に頼るしか」
ロマネスクは、この街の自警団について恐ろしい噂を聞いたと喚いていた。怯えていた。
その反応こそが狙い通りなのだろう。
この街において、人命を脅かせば相応の──あるいは過剰な──罰を受けることになる。
そう思わせることで抑止しているのだ。
しかし法的に決まっているわけではないし、
自警団も所詮は民間なので、そこに反感を持つ者もいるだろう。
結局は住人達の良心に頼って、何とか危ういバランスの上で成り立っている。
( ^ω^)「新しい政府が出来たら、そこら辺もしっかり整備しないといけないおー……」
しみじみ呟くブーン。
やはり5年前より、首長としての佇まいを感じる。
从 ゚∀从「なんとか出来そう?」
( ^ω^)「きっと大丈夫ですお。法律関係に強い人も、ちらほら中央に集まってきてます」
-
( "ゞ)「やっぱり、新政府に入ろうって方々がたくさん来てますか」
( ^ω^)「そりゃあもう。この街に滞在してる人にも志望者多いみたいだし、こりゃ選ぶの大変そうですお」
世界的に政治を、という話だから人数もそれなりに必要だろう。
選ぶのはブーンだ、彼の担う責任は大きい。
ただ、デルタが心配する必要はないのだろうとも思う。
ブーンを見るツンの目には、しっかりと信頼が灯っている。
5年間一緒に居続けた彼女が心配していないのなら、デルタが思案しても仕方ない。
語るブーンを一瞥してから、クールはツンに視線を合わせた。
川 ゚ -゚)「……そういえば、少し前の街で、デレとニュッさんを見た。
中央に行くと言っていたが、会えたか?」
ξ゚⊿゚)ξ「あら。そうなの? まだ会ってないわ。
あの子、またニュッさんに迷惑かけてないかしら」
クールとデルタは視線を交わして苦笑した。
ツンが派遣されていったのが5年前。
それ以降、姉妹は軽い手紙でしか関わっていない筈。
3年前、デレが唐突に態度を改めた──表面上だけだが──ことなど、ツンは知らないのである。
再会したらどう思うだろうか。
-
ξ゚⊿゚)ξ「あ、でもデミタスとなおるよには会った。
デミタスは雇い主に向ける目と声が、こう、どろっとしてて恐かったわ。
なおるよの雇い主は言葉遣いおかしいし目がいやらしいし。何あれ」
川 ゚ -゚)「……私もよく分からん」
( "ゞ)(どろっと、とは)
从 ゚∀从「話戻していい?」
川 ゚ -゚)「あ、すまない」
珍しくハインリッヒが窺うように口を挟んだ。
じっちゃんが楽しそうに聞いてるから、と申し訳なさそうな声。
身内の話なので聞くのは楽しいが、こちらに気を遣わず、ハインリッヒのしたい話をしてほしい。
从 ゚∀从「結局スギウラ君の容疑は晴れそうにないの?」
ξ゚⊿゚)ξ「ロマネスクさんとクールの話に食い違いはありません。
ただ、クールが関知できなかった時間があるわけです。
その間にロマネスクさんがヒッキーさんを刺した可能性は充分に」
从 ゚∀从「スギウラ君はナイフ抜いただけだろ?」
-
( ^ω^)「いくら酔ってたからって、死体を見付けておきながら
勘違いして凶器を抜くっていうのは……。
都合が良すぎて、信じきれないんですお」
川;゚ -゚)「都合がいいんじゃなくて、タイミングが悪いんだ、あいつは」
そのまま、全員沈黙。
ここで何を話しても、これ以上は進まない。
ロマネスクが凶器を持って死体の傍にいた──結局は、これだけで十二分に怪しいのだ。
ハインリッヒは天井を見上げ、長く息を吐き出した。
从 ゚∀从「……サダコ君が何か知ってればいいんだけどなあ」
ξ゚⊿゚)ξ「あの長髪の方ですか。彼女がどうかいたしました?」
从 ゚∀从「うん……ほんと、たまたまなんだけどさあ……。
こういうことになるとは思ってなかったんだよ、ほんとだよ?」
(;^ω^)「?」
顔を下ろしたハインリッヒが鞄を開く。
小振りのスピーカーといくつかのコードを引っ張り出し、テーブルに乗せた。
-
ξ゚⊿゚)ξ「スピーカー?」
( ^ω^)「色々ボタンが付いてるお」
从 ゚∀从「昔の音楽プレーヤーを改造したんだ」
スピーカーにコードを繋ぐ。
デルタとツンは壁から離れ、ハインリッヒの背後に回った。
続けて、コートのポケットからブローチが取り出される。
先程サダコから回収したものだ。
( "ゞ)(まさか)
嫌な予感がする。
ハインリッヒが飾りの布をほどいていく。
その中から現れた物体を見て、デルタは目元を押さえて天を仰いだ。
黒い小石のようなもの。
大きさはせいぜい指先から第一関節ほどの──
──盗聴器。
-
川 ゚ -゚)「それは?」
从 ゚∀从「とーちょーき」
(;^ω^)ξ;゚⊿゚)ξ「……盗聴!?」
( "ゞ)「ハイン様、何故……」
从 ゚3从「せっかく作ったから性能とか確かめたいじゃん。
誰に付けるかは適当に決めたんだけどさ」
こういう人なのだ。
好奇心にすこぶる弱い。気になったことはすぐに確かめたがる。
ああ、分かっていたのに、これを予測できなかったとは。
──サダコへの申し訳なさよりも己の不甲斐なさを嘆く辺り、
デルタも些か真っ当な人道からはズレている。
-
( "ゞ)「だからといって、こんな真似。
じっちゃんに頼んでくだされば実験台になりましたのに」
从 ゚∀从「じっちゃんはいつも一緒だから盗聴してもつまんないじゃん」
(;^ω^)「え……本気で盗聴目的で作ったんですかお……?」
( "ゞ)「いえ、初めはただの録音機のつもりだったようです。
ハイン様に悪気があったわけでは……」
川;゚ -゚)「盗聴目的で仕掛けたのなら盗聴器だし悪気の塊では」
( "ゞ)「まあ、結果的には」
法律がない世で良かったと思う。
この程度ならば自警団も動かないだろうし、
罰があるとしても、せいぜい街を追い出されるくらいの筈だ。
新政府が完成して法が制定されたときには、ハインリッヒの行動に一層の注意を払わねばなるまい。
それでもハインリッヒが犯罪行為に及びたいというのであれば、そのときは従うまでだけれども。
川 ゚ -゚)「これ、どういう仕組みなんだ?」
从 ゚∀从「ただ音を拾って記録するだけだよ。電波を飛ばすやつじゃない。
ちなみに電池式な」
(;^ω^)「はー……こんな小さいのに」
-
从 ゚∀从「サダコ君にブローチ渡したのって、いつだっけ?」
( "ゞ)「5日ほど前です」
从 ゚3从「5日か……電池もってるかなあ。ぎりぎりだな」
ξ;゚⊿゚)ξ「5日も持ちますの? ──というか、5日分の記録が残っているんですか?」
从 ゚∀从「や、容量削ってるから、直近6時間までのデータしか残らない設定にしてる」
6時間。まだ電池が生きているなら、
事件発覚の前後が録音されている筈だ。
何か重要な発言でもあればいいのだが。
( "ゞ)「──って、彼女は今日、このブローチを付けていなかったと言ってましたよ。
会話などの盗み聞きは期待できないのでは」
从´゚∀从「それなんだよなー。下手すりゃ無音の6時間かも。
休憩時間とかに、ブローチの傍で雑談でもしてくれてりゃ御の字か」
盗聴器、もとい録音機の先端を外すと端子が現れた。
ケーブルと録音機を繋ぐ。
録音機を眺め回し、ハインリッヒが「あー」と無念そうに唸った。
-
从 ゚∀从「電池切れてるな。生きてるなら、繋いだ時点でランプが光るんだけど」
少し待つ。
録音機の側面が緑色に光った。スピーカー側のバッテリーから給電したらしい。
それを確認して、ハインリッヒが録音機の側面を押した。光が緑から赤に変わる。
続けてスピーカーを操作すると、ぷつりというノイズの後に音声が流れ始めた。
『──ナイフは──』
『どこにも──』
『誰も食堂から持ち出してない──』
複数人の話し声。
一番近く聴こえるのは、サダコの声のようだが。
.
-
『──ナガオカ、ナイフ見なかった……?』
『ナイフ? 何の? ……なんで食堂のナイフが無くなるんだよ──』
ξ゚⊿゚)ξ「ナイフを探しているようですね」
( ^ω^)「ってことは、今朝の音声かお」
証言通り、従業員総出でナイフの捜索に当たっている様子が録音されていた。
早送りのボタンを押して、少し先に進める。
朝食の準備をしなければ、と何人かが厨房へ向かうのが聴こえた。
サダコの声は常に間近で録られている。
デルタとハインリッヒは互いを見交わした。これは変だ。
( "ゞ)「彼女は今日ブローチを付けていなかった筈では」
从 ゚∀从「そう言ってたけどなあ」
ちょこちょこ飛ばしながら音声を確認する。
さすがに、今ここで6時間かけて聞き入るわけにはいかない。
ハインリッヒが望むならデルタが徹夜で書き起こすのもやぶさかではないが。
──これといって真新しいものは得られなかった。
証言に違わず、普通に業務をこなしている。
-
データもそろそろ終盤、というところで再生ボタンを押した。
具体的に何時なのかは分からないが、昼に向けて食堂の準備をしているところのようだ。
『──サダコ』
お、とハインリッヒが眉を上げる。
フサの声だ。
『はい、何でしょうか……』
『頼みたいことがあってな。裏口に……』
『はあ、野菜の処理でしょうか? ……あら、オーナー、その手紙……』
『ん……ああ、燃やしておいてくれないか』
『いいんですか……? それなら暖炉に──』
──ぷつり。
サダコの言葉が途切れ、そのまま無音になった。
-
从 ゚∀从
ハインリッヒがまたデルタを見る。デルタも見返す。
数秒沈黙。頭を抱えたハインリッヒが、机に突っ伏した。
从;゚∀从「……ここで電池切れかあ!」
( ^ω^)「手紙がどうとか……」
川 ゚ -゚)「暖炉で手紙を燃やした──のか?」
( "ゞ)(手紙)
思うところがあり、デルタは顎に手をやった。
焦った様子のハインリッヒが勢いをつけて立ち上がる。
从;゚∀从「とりあえず食堂行こう、じっちゃん!」
( ^ω^)「僕も行きますお」
ξ゚⊿゚)ξ「私も……クール、おとなしくしててね」
川 ゚ -゚)「……分かってる」
ツンは廊下に出ると自警団員を呼びつけ、クールを見張るように命じた。
団員と入れ違う形で、ハインリッヒら4人が退室する。
从 ゚∀从「──私はスギウラ君に関して半信半疑ってところだけど、
何はともあれ真実は暴いてみせるから、待っておいでよ」
去り際にハインリッヒが言うと、クールはぱちくりと瞬きをし
少しだけ微笑んで、「よろしく頼む」と答えた。
#
-
──うたた寝したのだと思う。
ロマネスクは重たい瞼を無理矢理持ち上げ、辺りに視線をやった。
(;ФωФ)「……」
汗が目に入りそうになって、スーツの袖で拭う。
近くにいた男がこちらを見ている。
男の腕、緑の腕章を視界に収め、今の状況を思い出した。舌打ち。
──随分うなされていたが、と、自警団の男が声をかけてきた。
(;ФωФ)「……我輩に話し掛けるな。近寄るな。野蛮人が」
ロマネスクの言い様に、男は顔を顰めた。
-
首長とそのお供が退出して、どれほど経ったろう。
まともな人間の監視がないと不安だ。昼のように殴られるのではないか。
いやしかし、殴られる方がマシなのかもしれない。
そうすれば寝なくて済む。でも痛いのは嫌だ。
(;Фω+)"「……」
とろとろと眠気が絡みついてくる。
昨夜、無茶な飲み方をせず、適当な安宿ででも寝ておけば良かった。
クールを呼べと男に命令しても、あっさり断られる。
眠い。
ああ、また寝てしまう。
どうせ、またすぐ起きるのだろうが。それからきっと、また寝るのだ。
歌がないと。歌がなければ。
(;Фω+)「……貴様、ヴィプ国の子守唄は歌えるか」
訊くと、男は怪訝な顔をした。
逡巡の後に頷く。母親がヴィプ国の出だという。
-
(;+ω+)「歌え」
両目が勝手に閉じる。顔は見えないが、男の戸惑う気配はした。
机に額をつく。早くしろと急かせば、少しの間をおいて、咳払い。
ためらいがちに、馴染んだメロディが紡がれる。
下手なものだ。いや、標準だろうか。
こんな命令を聞くなど、男にとっては最大の譲歩なのだろうが、
生憎ロマネスクが期待した効果は得られなかった。
とろとろ。嫌な眠気が、勢いを増すだけだ。
──クールを雇わなければ良かったと思うことが、たまにある。
彼女の歌声に飼い慣らされた。
時々、行きずりの女に子守唄を歌わせてみるのだが、
クールが歌うときのようには眠れないのだ。昔は誰でも良かったのに。
また、そうした後に諦めてクールを呼ぶと、
雇われた理由が理由だけにプライドが満たされるのか、
いつもより一層やわらかい声で歌うのだから始末に負えない。それもきっと無意識に。
生意気で小うるさくて偽善者ぶって鬱陶しい女だが、
その歌声たった一つでロマネスクの眠りを掌握してしまった。
これほど不便で厄介なことがあるか。
だから、雇わなければ良かったと、たまに思う。
-
(;+ω+)「、」
全ての感覚が沈む。
眠りは死に似ている。
そうしてまた、母の笑顔と会った。
#
-
从*゚∀从「あった!」
──中庭に飛び込んだハインリッヒは、目当てのものを見付けて声をあげた。
灰を集めたバケツだ。
『暖炉なら、ジョルジュが掃除を終わらせたところですよ。
集めた灰は中庭に置いてあると思います、いつも肥料として使いますから』──
今し方、食堂を掃除していた従業員からそう聞いた。
ハインリッヒの研究に灰が必要なのだ、とデルタが大胆な嘘をついたところ、
ここ数日でハインリッヒの性分を把握したらしき従業員は
灰の行方をあっさり教えてくれたのだ。
-
そのついでに、興味深い話も聞けた。
灰の片付けは昨日したばかりなのに、今日もフサがジョルジュに命じたのだという。
いつもは数日あけるそうだ。
また、暖炉を覗いたツンが、全ての灰が取り除かれていることに気付いた。
暖炉というのは基本的に、常に一定の量の灰を置いておく必要がある。
なのに綺麗さっぱり掃除されていた。それもフサに言い付けられたのだろうか。
とにもかくにも、フサが何かを隠そうとしているという方向で4人の見解は一致した。
幸い、中庭に4人以外の姿はない。さっさと調べてしまおう。
早速ハインリッヒがバケツを掴む。
物凄く嫌な予感がした。ハイン様、とデルタが名を呼び──
当然間に合うわけもなく、バケツはその場で引っくり返された。
(;^ω^)「わー!」
ξ;゚⊿゚)ξ「は、ハインさん……」
( "ゞ)「……ちゃんと掃除しないと駄目ですよ」
とりあえず何か言わねばと思ったが、出てきた言葉はそれだけだった。
ハインリッヒが膝をつき、乱雑に灰を掻き分ける。
正直この光景は予測できていたが、実際に目にすると、色々思うところがある。
ああ、ああ、そんな、真っ白いコートを着たままそんなこと。
-
( "ゞ)「ハイン様……じっちゃんがやりますよ、それ」
从 ゚∀从「え、そう? でもまあ、もう遅いからいいや!」
たしかに手遅れである。
灰は少量であったが、だからといって汚れないわけではない。
とりあえずコートだけでも脱がせた。
すっかり日も暮れ暗くなった中庭で、屋内から漏れる明かりを頼りに灰を漁る姿は奇妙極まりない。
顔や髪まで汚したハインリッヒが、ふと手を止めた。
从 ゚∀从「──布だ」
持ち上げられたのは、白い布。片手なら覆える程度の大きさだ。
燃え残りのようで、3方が焦げている。
( "ゞ)「暖炉で燃やされたのでしょうな」
ξ゚⊿゚)ξ「これが燃え残りなら、元は結構な大きさだったのでは?」
从 ゚∀从「ここの宿で使ってるシーツに似てるけど……」
(;^ω^)「シーツ? 何でシーツを暖炉なんかに」
从 ゚∀从「さあ。……これを『手紙』とは呼ばないよな、
オーナーさんが燃やしたのとは違うか」
ひとまず布切れをデルタに預け、ハインリッヒは再び灰に手を突っ込んだ。
それから大して時間もかけず、目当てのものを見付けたようだった。
-
从 ゚∀从「……じっちゃん、これ……」
緑色の紙片。
こちらは小さいもので、元が何であったかを決定づけるのは難しい。
ただ、ここの住所に含まれる文字列──らしきもの──が書かれているため、封筒の類である可能性は高い。
デルタとハインリッヒは、顔を突き合わせて紙片を眺めた。
──手紙。緑の。
なるほど。
ξ゚⊿゚)ξ「それが手紙ですか?」
( ^ω^)「それだけでも燃え残ってたのが奇跡みたいなもんだけど、
その小ささじゃ、何も分かりませんおね……」
从 ゚∀从「だなあ」
ブーンとハインリッヒが肩を落とす。
──だが、デルタは首を振ってみせた。
-
( "ゞ)「昨日、オーナーが緑色の封筒を持っているのを見ました。
封筒には赤い封蝋も」
从 ゚∀从「私も見たけどさ、緑の封筒ってだけじゃ何も……」
いや、と声を発したのは、今しがた落胆したばかりのブーンだ。
( ^ω^)「本当に赤い封蝋が?」
( "ゞ)「老眼は入ってきてますが、あれは見間違えません」
从*゚∀从「首長さん何か知ってんのか!?」
( ^ω^)「……中央のまとめ役が公的な知らせを伝える際に、緑色の封筒を使うんですお。
赤い蝋で封をして……」
以前ブーンから組織宛てに送られてきた手紙にも、その封筒と封蝋が用いられていた。
ドクオという護衛を、ブーンの部下として正式に引き抜きたいという内容だった。彼も元気にしているだろうか。
ツンが紙片の感触を指で確かめ、たしかに、と呟いた。
-
ξ゚⊿゚)ξ「……燃え残ってて当然ですわね。
重要な知らせを守るために、特殊な紙を使っているんです。
水や火に強い素材ですわ。──破いてしまうと、耐水性も耐火性も下がってしまいますが」
从*゚∀从「おお、ホノボノ紙か? 初めて見た! そうなのかあ、こういうの使うんだ」
( "ゞ)「ハイン様は基本的に一所に留まりませんから、手紙にはあまり馴染みがないでしょう」
目を輝かせるハインリッヒ。興味が紙片の中身より素材に向いてしまったらしい。
紙片を返しながら、ツンは眉根を寄せた。
ξ゚⊿゚)ξ「当然、中央からの公式な文書ということになるので毎回ブーン様が確認します。
私が宛先を調べるのですが、ここ最近この町へ出した手紙は一週間前の、船の知らせのみです。
このような宿に手紙を送ったことはありません」
( "ゞ)「……じゃあ、誰が手紙を出したんだろうね?」
中央から手紙を受けたことのある者なら、封筒や封蝋の色を知っているから
真似をすることは可能だろうが──
ホノボノ紙は特殊な素材と製造法ゆえ、やや高価だ。
真似るためだけに用意したとは考えにくい。
ならばやはり、中央の、それもまとめ役の人間が出した手紙ということになる。
-
从 ゚∀从「……オーナーさんって、中央と何か関係ある人なのかなあ?」
首を捻るハインリッヒに、ブーンが答えた。
( ^ω^)「中央というか、元は東スレッド国の人ですお。
東スレッドが『中央』になるより前に国を出ていった人で」
( "ゞ)「はあ、そうなのですか」
中央は、東スレッド国とレスポンス国の2ヵ国が合併して出来た街。
ブーンは東スレッド人だが、フサもそうだったとは。
从 ゚∀从「へー……って首長さんは何でそんなこと知ってんの?」
( ^ω^)「僕の知り合いの、弟さんなんですお。フサさん。
名前しか聞いてなかったから、会ったのは今日が初めてですけど」
その知り合い(ギコという男らしい)が言うには、
戦争が始まる前──およそ25年前──に
まだ20歳にもなっていなかったフサが、故郷である東スレッド国を出ていったのだそうだ。
当時の東スレッドは就職難の傾向があり、
思い切って他所の国で働き口を探そうという理由での出国だったという。
-
( ^ω^)「それで、この宿を経営してたレスポンス人に拾われたと。
そんな感じですお」
元々の経営者がレスポンス人だというのは、ハインリッヒとデルタも知っている。
ロビーに飾られていた昔のパンフレットに書かれていたのだ。
代々レスポンス人が継いできた宿らしい。
天災で後継者が絶えたため、今は、東スレッド人のフサが継いでいるというわけだ。
ξ゚⊿゚)ξ「そういえば、被害者の方はレスポンスの出身でしたわね」
从 ゚∀从「え、ヒッキー君が?」
ツンが思い出したように言う。
先代の経営者といい、ヒッキーといい、やたらとレスポンス人の集まる地だ。
天災前の地理で言うなら、ここはレスポンスに近い国だったらしいので当然なのかもしれないが。
-
( "ゞ)「彼は何故この街で印刷所を……」
ξ゚⊿゚)ξ「元は中央の1区で研究職をやってたんです」
从*゚∀从「え、1区って、有名な研究者の血筋が集まってんだろ!?
何だ、やっぱりそういう仕事してた人だったんだな!」
ヒッキーは、「齧った程度」に科学知識があると言っていた。親戚に研究者がいるから、と。
彼なりに謙遜した結果、ああいう言い回しになったのだろう。大筋は間違っていない筈だし。
ξ゚⊿゚)ξ「4年前、この街の工場がほとんど無事に残っていると聞き、
管理者として彼が派遣されたんです。製紙等の知識もありましたので」
( ^ω^)「そうらしいですお」
从 ゚∀从「『らしい』って、首長のくせに」
(;^ω^)「ぐう」
ξ゚⊿゚)ξ「……当時、ブーン様は首長になって一年経つか否かという頃で、
まだまだ周りの助けを借りていたものですから。
全てを把握してはおりませんでしたの」
物は言いようである。
取り引きの際にブーンの怠け癖を知ったデルタには、おおよその事実を推測できる。
他人に任せきりだったのだろう。
-
何があったわけでもないが、全員が口を閉じた。
情報が出尽くしたため、各自、頭の中で整理するために黙っただけだ。
从 ゚∀从「……つーか結局、ここのオーナーさんが中央から手紙もらってた理由が分かんないな」
少しして、ハインリッヒが沈黙を破る。
フサが中央──というより、「元」東スレッド──に所縁があるのは分かったが、
だからと言って、まとめ役から非公認に手紙を受ける理由にまでは踏み込めない。
そうですねとブーンが同意を示すと、
ハインリッヒは伸びをして、次の方向を定めた。
从 ゚∀从「……直接訊くしかないかあ」
#
-
──4年前にこの街へ派遣されてきたヒッキーが、今日の昼、何者かに殺された。
死体の第一発見者はジョルジュ。
昼までは従業員や客と一緒にいた。
宿を出た12時10分から、死体を発見する12時30分まではアリバイがない。
しかしその20分では、現場へ向かうだけで精一杯だ。殺害する余裕はない。
容疑者はロマネスク。凶器のナイフを持って死体の傍に立っていた。
彼もアリバイはない。
本人は、たまたま見付けた死体からナイフを抜いただけだと言っている。
ジョルジュが死体を見付けたとき、近くにロマネスクがいたかどうかははっきりしない。
昨夜は宿の食堂でロマネスクとヒッキーが喧嘩したらしい。
.
-
凶器であるナイフは宿の備品、かもしれない。
少なくとも、同型のナイフが食堂から無くなっていた。
普段は棚の中に入れてある。昨夜ロマネスクが棚の近くに座っていたため、
彼が盗んだのではないかと自警団は睨んでいる。
しかしわざわざ盗まなくとも、ナイフくらい、彼の護衛のクールが持っているのだが。
前2人が犯人でないなら次はサダコだとハインリッヒは言った。
ナイフを管理していたのは彼女だからだ。
しかし、昨夜ロマネスクから庇ってくれたヒッキーに恨みを持つとは思えない。
彼女が1人になったのは11時30分から12時までの30分間。
ジョルジュと同様の理由で、犯行は不可能に思える。
サダコに仕掛けた盗聴器から、今日の昼頃、フサが手紙を燃やしたことが分かった。
手紙は中央のまとめ役から送られてきた可能性が高いが、首長のブーンは何も知らないという。
フサは、デルタ達に封筒を見られることすら嫌がっていた。何かしら都合の悪いものであったのか。
.
-
フサが事件に関わっているかは分からない。
が、ハインリッヒはこれまでの流れから、今度はフサを疑っているらしい。
明確な根拠を示せと言われると、結局、なんとなく、としか言えないが。
さて、どうなるやら。
デルタは、ハインリッヒと対峙するフサを眺めた。
ミ,;゚Д゚彡「──灰を漁ったのですか」
フサは困惑したような表情を浮かべた。
仮に彼が潔白であっても、ハインリッヒの行動には驚くだろう。
ちなみに中庭に散乱した灰は、デルタとツンが可能な限り片付けた。
どのみち肥料に使う予定だったのだから、多少の取りこぼしは大目に見てほしい。
-
从 ゚∀从「それはともかく。何で手紙燃やしたんだ?」
紙片を翳してハインリッヒが直球に問う。
フサは口を開いたが、思い直したように視線を逸らした。
「とりあえずお座りください」と椅子を引く。
──デルタ達は今、ロビーにいる。
自警団はロマネスクとクールの監視以外は引き上げたそうだ。
がらんとしたロビーは、やけに広く感じる。
ハインリッヒ、デルタ、フサは同じテーブルセットにつき、
すぐ傍の長椅子にブーンとツンが座った。
突然呼び出して突然犯人扱いして突然ごみ漁りを告白した客に対して
こうも丁寧に応じる彼は、経営者の鑑だ。
ミ,,゚Д゚彡「──手紙のことですが」
フサは窺うようにハインリッヒの顔を見て、ゆるりと首を振った。
-
ミ,,゚Д゚彡「大した内容ではありません。
ちょっとしたコネで、質のいい野菜を安値で仕入れておりまして。
それに関する件で……」
从 ゚へ从「じゃあ何で燃やしたんだよ」
ミ,,゚Д゚彡「……」
目を伏せる。
──嘘をついた、というよりは、何かを隠したようにデルタには思えた。
これでは、フサが口を噤む限りはどうしようもない。
嘘なら矛盾を突けばいい、しかし黙秘は手のつけようがないのだ。
ハインリッヒはフサを見つめ、やがて溜め息をつくと背もたれに寄り掛かった。
从 ゚∀从「オーナーさんは、中央のお偉いさんの誰かと繋がりがあるってことだよな。
まあ手紙の内容はこの際、置いておくとして……」
-
从 ゚∀从「──オーナーさんは、元東スレッド人。
で、ヒッキー君は元レスポンス人なんだって?」
ミ,,゚Д゚彡"
フサが目を上げた。
反応があったことに気を良くしたハインリッヒが、にやりと笑う。
そして出し抜けにブーンへ振り返ったと思うと、そちらに質問をぶつけた。
从 ゚∀从「首長さんが『新政府案』を出したとき、中央じゃ暴動が起こったんだろ?」
そのニュースは当時、世界中に報じられた。記憶に新しい。
痛ましげな顔つきをしたブーンが躊躇いがちに首肯した。
( ^ω^)「……そうですお。
反感を持った元レスポンス国の人達がデモをして──
元東スレッドの方も対抗するような形で悪化しましたお」
从 ゚∀从「そう、レスポンス人と東スレッド人に確執が生まれた……というか表面化したわけだ!」
ついさっき座ったばかりだというのに、調子づいたハインリッヒは跳ねるように立ち上がった。
そのままテーブルの周りをぐるぐる歩き始める。
-
从 ゚∀从「中央のお偉いさんと関わりのあったオーナーさん、
中央のお偉いさんから派遣されてきたヒッキー君、
どちらも情勢には色々と思うところがあったろう」
从 ゚∀从「それで、東スレッド人のオーナーさんと
レスポンス人のヒッキー君も仲が悪くなった!」
そうしてフサの背後で立ち止まる。
確信しきった顔はとても凛々しい。
フサの肩に手を乗せて、ハインリッヒは言葉を続け──ようとしたのだが。
从 ゚∀从「それが今日悪化して、」
ミ,,゚Д゚彡「彼とはずっと仲良くさせていただいておりました。
うちの食堂を気に入ってくれていましたから。
それに今あるのは『中央』。東スレッドもレスポンスも関係ありません」
前を向いたまま毅然として答えるフサに、ハインリッヒの手がずるりと滑った。
-
「元」国民として、理想的とも言える回答だった。
ブーンが嬉しそうに頬を緩めたくらいには。
調子を崩されたハインリッヒに、ツンから追撃。
ξ゚⊿゚)ξ「お言葉ですが……
フサさんとヒッキーさんが口論するようなことはなかったと、他の従業員が」
( "ゞ)「……まあ仲がいいとは、ジョルジュ君も言ってました」
从;゚∀从「あ。ううっ」
先程の凛々しさはどこへやら、ハインリッヒがたじろいだ。
さらにツンが手帳を開いて追い討ちをかける。
ξ゚⊿゚)ξ「それに、彼のアリバイについてはいかがでしょうか。
時々10分や20分程度1人になることはあったようですが
基本的に誰かと一緒にいましたし、宿を出たという話もありませんし……」
手帳の2ページにまたがって、タイムテーブルのようなものが書き込まれていた。
全ての従業員に行った聞き取りを元に、各人のアリバイをまとめたのだという。
-
从;゚∀从「えー! 何だこの便利なの! 先に見たかったよ!」
ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、す、すみません、ハインリッヒ様方も色々調べたというので、
最低限これくらいは知っているのかと……。
あんなに自信満々だったから、何か考えがあるのかと思ったのですが」
もぎ取る勢いでツンから手帳を受け取り、ハインリッヒはそのページをじっくり読み込んだ。
徐々に眉尻が下がり、背中が丸まり。
しょんぼりしながらデルタの隣に腰を下ろす。
どの従業員も客も、怪しくは見えないようだ。
がっくりと肩を落として手帳を閉じる。
从;゚3从「何だよお……私の推理、ことごとく外れてるじゃん……」
( "ゞ)「……」
从;゚3从「この宿にいる人じゃ、スギウラ君以外に犯行は不可能じゃないか……
前提から見直さなきゃなあ」
通り魔、事故、自殺、やっぱりスギウラ君が犯人。ハインリッヒがぶつぶつ呟く。
-
──ずっと気になっていたのだが。
どうやら今回も、ハインリッヒの悪い癖が出ているらしい。
「誰が犯人か」──「誰ならば犯行が可能だったか」という、縦軸のみに目を向けている。
誰であれば、ヒッキーに殺意を抱き彼を殺して工作する、この一連の流れを遂行できたのかと。
そこに集中するあまり、横軸を見失っている。
( "ゞ)「何でも1人で出来るハイン様には、それ故、少々難しいかもしれませんなあ」
デルタがそう言うと、すっかり自信の失せたハインリッヒはふるふる頭を振った。
-
从;゚∀从「そんなことないよお、いっつもじっちゃんに頼って、」
──咄嗟に口を閉じ。
ハインリッヒは固まった。
ゆっくり目が見開かれていく。
同じように口も開いていって。
从;゚∀从「……あああああ!!」
そうして叫ぶハインリッヒに、デルタは、ゆったりと微笑みかけた。
.
-
(;^ω^)「わあびっくりした!」
ミ,,゚Д゚彡「……」
从;゚∀从「……ジョルジュ君! ジョルジュ君、彼が、彼は、」
両手をばたばた振って、ハインリッヒがまたぐるぐる歩き出した。
思考に口が追いついていないらしく、変に喚き散らして、
テーブルの周りを5周したところでようやく意味のある言葉を発した。
从*゚∀从「──彼は『後始末』をしたんだな!? ……そっか、そうだ、台車!」
ξ;゚⊿゚)ξ「ハインさん落ち着いて」
(;^ω^)「な、何ですかお? ナガオカさんが犯人という意味?」
从*゚∀从「違うよ、いや違わない、彼も犯人だが犯人じゃない!
殺したのは彼じゃないが──」
一瞬、間をあけて。
从*゚∀从「彼なら、死体を運べたんだ!」
ハインリッヒがそう叫べば、真っ先に意図を察したツンが瞠目した。
-
ξ;゚⊿゚)ξ「死体は移動させられたということですか?
──その、台車を、使って?」
从*゚∀从「そう、彼は台車を引いて宿を出た!
貨物船が来ることはみんな知っていたから、台車を使っても目立ちはしない!」
从*゚∀从「そこに布でくるんだ死体を乗せていても、輸送させるための荷物だとしか思われない筈だ!」
ハインリッヒが、例の布切れを叩きつけるようにしてテーブルへ出した。
それを見たフサの目が揺れる。
何も言わなかったが、顔色は悪い。
从*゚∀从「スギウラ君が捕まったとき、ジョルジュ君は
オーナーさんへ話を通すと言って、自警団より先に宿へ戻ってきた!
そのときに布──恐らくシーツか、死体を包むのに使った布を燃やしたんだよ!」
( "ゞ)「死体を運ぶだけなら、20分あれば行けますね」
(;^ω^)「ちょ──ちょっと待ってくださいお!
その話じゃ、ヒッキーさんは──」
-
(;^ω^)「──この宿で殺されたことになりますお!?」
从*゚∀从「そうだな! ──ああ、それならスギウラ君こそ完璧にアリバイがあるじゃないか!
彼はずっと飲み歩いていたんだから!」
ξ;゚⊿゚)ξ「ナガオカさんが死体を運んだだけ、と言うなら……
刺殺した犯人は別にいるのですよね?」
ハインリッヒが停止する。
しかし、思考まで止まったわけではない。瞳はきらきら輝いたままだから。
きっと、これまでに得た情報を掛け合わせて答えに辿り着こうとしているのだろう。
計算が済んだか、は、と大きく息を吐き出す。
やや上気した顔で、ハインリッヒは答えた。
从*゚∀从「──サダコ君だ」
ξ;゚⊿゚)ξ「ヤマムラさん?」
-
从*゚∀从「物証はないけど、……いや、探せばまだあるかもしれないけど!」
ミ,,-Д-彡
デルタと目が合うなり、フサは瞼を下ろす。
観察していることに気付かれたか。
観察を拒むというのなら、つまり、観測され得る何かがあるのだろう。
だが、
从*゚∀从「盗聴器の内容からして、彼女は昼頃までブローチを付けていた。
なのにさっきは付けてなかった」
ミ,;゚Д゚彡「……はっ!? 盗聴!?」
さすがにこれには反応せざるを得なかったようだ。仕方あるまい。
ばっちり目を開け、どういうことかとハインリッヒとデルタに説明を求めるフサ。
しかしハインリッヒは推理の披露に夢中だし、主人がそうするならデルタは邪魔しない。出来ない。
とりあえず話の流れで察してもらえればと思う。
-
从*゚∀从「休憩時間に外したのをそのまま忘れただけなら、そう言えばいい。
でも、初めから付けていなかったと嘘をついた。──咄嗟についた嘘だったんだろうな」
くるりと一回転したハインリッヒは、無意味にツンへ人差し指を向けた。
从*゚∀从「彼女は、昼に制服を着替えてたんだ!
なぜ着替えた? ──着替えた事実そのものを隠したってことは、
着替えた理由も隠したかったわけだ」
回答を求められたと思ったのか、ツンは黙考した。真面目なたちである。
そして、はっと息を呑む。
ξ;゚⊿゚)ξ「……返り血……?」
ハインリッヒは正解とも不正解とも言わなかったが、
にんまり笑ったので、まあ、そういうこと。
-
从*゚∀从「制服はまだ彼女の部屋にあるかもしれないぞ!
逆に、彼女の制服が一着減っていた場合も怪しいことには変わりない。
制服を丸ごと破棄したわけだからな!」
从*゚∀从「それが確認されれば、殺害はサダコ君、死体運びはジョルジュ君の犯行で決まりだ!
どうだじっちゃん!」
( "ゞ)「お見事です、ハイン様」
デルタは共犯の可能性に気付いていただけで、根拠などはぼんやりとしか掴めていなかった。
こちらが黙っていても、ハインリッヒならいずれこの結論に至っただろう。デルタが少し早めただけ。
拍手をしてみせればハインリッヒはにやにや笑い、再び椅子に腰を下ろす。
一通り称賛して、そろそろ頃合いかと、通路の方へ目をやった。
( "ゞ)「──反論があるなら、早めにした方がいいよ」
ハインリッヒとブーンが首を傾げてデルタの視線を追う。
数秒おいて──陰から、ジョルジュとサダコが現れた。
-
ミ,;゚Д゚彡「……! お前ら……」
从 ゚∀从「あれっ、いたのか! いつから?」
_
(;゚∀゚)「……少し前だ」
川д川「酷いですわハインリッヒ様、盗聴器だなんて……」
从 ゚∀从「うん、ごめんな! 新しい方は普通のブローチだから勘弁してな。
それに君らも、こうして盗み聞きしてたわけだし。おあいこ」
( "ゞ)(立ち聞きと盗聴器では、わけが違うのでは)
ジョルジュは青ざめているが、サダコは元々青白いのでよく分からない。
彼女の腕には白い布が垂れ下がっている。
川д川「……私達は、たまたま通りかかって……出るに出られず」
ξ゚⊿゚)ξ「その布は?」
川д川「……」
ツンが腰を上げ、失礼します、とサダコから布を受け取った。
一度、皆に背を向けてツンが1人で確認する。
ぴくりと肩を揺らした彼女は、すぐにこちらへ振り向いた。
-
ξ;゚⊿゚)ξ「これは」
広げられた布──エプロン。
白い布地に、点々と、血のような赤黒い汚れが付着している。
量はさほど多くない。
(;^ω^)「け、血痕かお」
川д川「……私、よく怪我をするので……今日もお昼の調理中に手を切ってしまって、そのときに」
( "ゞ)「じゃあ、その傷を見せてもらえるかな。
絆創膏や包帯は私が付け直してあげるから」
間髪入れずにデルタが提案すれば、サダコは僅かに唇を噛んだ。
ジョルジュがおろおろしながらデルタとサダコを見比べている。
ミ,,゚Д゚彡「……見せなさい」
フサが低めた声で言うと、観念したのか、サダコは左手首の包帯に触れた。
逡巡。ゆっくりと包帯を剥がす。
-
──傷は、なかった。
代わりに黒い汚れ。
擦ったように掠れた汚れが、3つほど。
デルタはサダコの傍に立ち、そっと彼女の手をとった。
( "ゞ)「この汚れは何かね」
川д川「……事務作業中にインクが付いて……洗っても落ちなくて。見苦しいので、隠しました……」
( "ゞ)「そのインクを持っておいで。本当に落ちないのか試そう。色味も見ないと」
川д川「……」
サダコが黙る。ハインリッヒが身を乗り出す。
デルタは汚れを指先で擦った。乾いているのか少しも薄まらない。
-
( "ゞ)「……ここの印刷工場で使っているインクは、服や肌に付くとなかなか落ちないそうだ」
川д川「……そう、らしいですね」
( "ゞ)「ヒッキー君の手にはいつもインクの汚れがついていた。
──ああ、この汚れ、インクの付いた手でこうされた跡に見えるね」
強く握り締めない程度に、サダコの手首を右手で掴む。
デルタの指先が、汚れに重なった。
川д川「……昨日の、夜に……
ヒッキーさんがスギウラ様から私を庇ってくださったときに、インクが……」
( "ゞ)「昨夜は手袋をしていたんだろう、ヒッキー君。
手袋をしていたならインクは付かない」
_
(;゚∀゚)「あ……」
( "ゞ)「今日の昼に、ヒッキー君と会ったんだね」
ジョルジュが気まずそうに目を逸らした。
昨夜のヒッキーが手袋をつけていたことは、彼が証言してくれた。
-
( "ゞ)「……あなた達は、嘘が下手だね」
やはり、黙られるよりは嘘をつかれる方が分かりやすい。
基本的に本心を垂れ流すハインリッヒの方が、よっぽど分かりづらいのだから。
──手を切った、と言わなければ、こうしてデルタがインクのことまで暴くことはなかった。
適当に他の場所を挙げれば良かった。あるいは肉や魚を捌いたからだと言えば。
また、隠蔽も下手だ。
偶然この場を通りかかったというのは恐らく事実だろう。
大方、エプロンを処分するためジョルジュと一緒に移動する最中だったというところ。
ジョルジュがシーツを燃やしたように、サダコも、
すぐにエプロンを燃やすなり切り刻んで捨てるなりしていれば、まだ言い逃れが出来たのだ。
事の始末が不完全に過ぎる。
ジョルジュにしても。
ロマネスクが捕まった際、ここを使えと彼が自警団に言った。
実際の犯行現場になど、寄せ付けたくないだろうに。
-
( "ゞ)「とても計画的な犯行だったとは言えない。
全てが突発的な思いつきにしか見えないよ」
デルタがそれらを指摘すると、サダコもジョルジュも黙って顔を伏せた。
今度はハインリッヒがデルタに拍手する。
この様子ならば、逃げたり暴れたりはしなさそうだ。
サダコから離れ、デルタはハインリッヒの隣に座り直した。
(;^ω^)「……でも、ナイフの件は?
彼女が犯人なら、ナイフをあらかじめどこかに隠してたことになりますお。
それは計画的な犯行だったと言えるんじゃ……」
ξ゚⊿゚)ξ「……いえ、ブーン様。ナイフを持ち出したのは、『逆』だったのかもしれません」
(;^ω^)「逆?」
ξ゚⊿゚)ξ「ロマネスクさんは、ナイフを保管する棚の近くにいたから凶器を持ち出せたのだ──と疑われました。
ならば、彼の隣の席に座ったというヒッキーさんも同様です」
(;^ω^)「ヒッキーさんが何でナイフを!」
ブーンが戸惑う通り、ヒッキーがナイフを盗む理由はない。
──ない、ように思えるだけか。
実際には理由がある?
-
思考を巡らせ、──デルタとハインリッヒは同時に気付いた。
理由に、思い至ってしまった。
从 ゚∀从「……ああ。そっか……」
ハインリッヒが発した声は、少しばかり沈んでいた。
俯き、デルタの腕を握る。
从 ゚∀从「私のせいだったのかな……もしかして」
(;^ω^)「はい? 何でハインさんが?」
从 ゚∀从「私の研究内容について、面倒なことになってたのかな」
研究って、と首を傾げるブーンとツンに、
鞄を開いたハインリッヒが一冊のファイルを渡す。
ファイルを開いた2人は、まず、訝しむような色を浮かべた。
そしてページをめくるにつれ、信じられないとでもいうような顔つきへ変わっていく。
──ヒッキーと同じ反応だ。
-
从 ゚∀从「そうなんだろ」
問い掛けるハインリッヒの目は、フサへ。
部下が疑われ追い詰められても、彼は不自然に落ち着いている。
無関係であるならばもっと何かしらの反応を見せるだろう。
ならば全くの無関係でもないのではないか。
フサは眉間に皺を寄せて目を閉じ──次に瞼を上げたとき、
瞳に悲しげな色を落としていた。
ミ,,゚Д゚彡「……先代のオーナーが、フィレンクト様の旧友でした」
彼の言葉は、ハインリッヒではなくブーンへ向けられたようだった。
フィレンクト。たしか、ブーンに代わって諸々を決めていたレスポンス人。
新政府案のごたごたがあった際、黒幕とされた男ではなかったか。
新聞で見た程度なので真偽も詳細も知らないが。
ファイルから顔を上げたブーンは目を瞬かせ、不思議そうな顔をした。
-
(;^ω^)「フィレさん?」
ミ,,゚Д゚彡「その縁あって、質のいい野菜を定期的に安値で……」
あ、と声を漏らしたブーンが手を叩く。
ツンと顔を見合わせ、得心したように頷き合った。
(;^ω^)「そうか、5区!」
ξ゚⊿゚)ξ「5区は元レスポンス人の多い土地でしたわね。
流通の責任者もレスポンス人です」
ミ,,゚Д゚彡「おかげで、とても助かっていました。
経営が厳しくなっていて──金が足りなかったものですから。
……本来ならば、もっと安い、質の悪い食材しか買えないほどなのです」
( "ゞ)「椅子を修理に出すお金すらないわけだからね」
デルタの違和感も消化された。
高価な野菜を仕入れているようだとブーンが言ったとき、不思議に思ったのだ。
もっと他のことに金を使うべきではないかと。
経年で劣化した宿を改築することもなく、椅子ひとつ修理に出さず、
人手が足りぬせいでサービスも行き届かない、
果てはサダコが過労で失敗を犯し、ロマネスクを怒らせた。
整えるべきものが整っていないのに食材にばかり気を遣うような、そんな経営者には見えなかった。
-
ミ,,゚Д゚彡「……ここ一年で街に滞在する人間がどっと増えましたが、どうにも贅沢な人ばかり集まってくる。
うちではサービスが追いつかない。……客が離れてますます儲けが出ない」
( ^ω^)「宿泊に関しては知らないけれど、料理はとても素晴らしいですお」
ミ,,゚Д゚彡「逆に言えば、もはや残されたのは料理だけだったのです。
それだって、安くて美味い、というのが売りでしたから……
値上げをしてしまえば、他所の飯屋を選ぶお客様も増えましょう」
宿泊業をやめて食堂のみの営業に切り替えれば──という案も出たらしいが、
どうしても、それは嫌だった。
フサはこの宿に、いや、先代の経営者に誇りと恩義を持っている。
壊れた椅子ひとつとっても、こだわるほどに。
何があったのかは知らないが、そうするだけの恩があるのだろう。
ミ,,゚Д゚彡「そんな折──ヒッキーさんがやって参りました。
仲良くしていたのは事実です、その日も軽い雑談を交わしました。
……そのとき、彼は言ったのです」
ミ,,゚Д゚彡「フィレンクト様へのいい土産が出来そうだ、と」
-
──世界的に大きな一歩となる発見をした者がいる。
その人を、中央1区の研究所へ紹介しよう。
そうすれば、落ち目となっている研究所が一躍注目される。
その研究所の責任者はフィレンクトの親戚だ。
フィレンクトがハインリッヒを見付けたことにし、
権利全てを研究所に移せば、肩身の狭い思いをしている彼らが再び表舞台に立てる──
川д川「……ヒッキーさんは、祖国であるレスポンスのこととなると
いささか己を見失うところがありました……」
( "ゞ)「己を見失わぬために、祖国にこだわったのでは?」
川д川「……ええ、それはたしかに、そうなのかもしれませんね……」
サダコが腕を押さえ、頷く。
彼女もその話は聞いていたそうだ。
──ヒッキーはすぐに、ハインリッヒのことをフィレンクトに伝えた。
フサの客であることも報告していたらしく、
間もなく、フサのもとにフィレンクトから手紙が届いた。
-
ハインリッヒに、研究内容を売ってくれるよう交渉しろ、というものだった。
本人を勧誘するより、手柄をそっくり研究所が譲り受ける方向に固めたらしかった。
フィレンクトには監視の目があるそうで、彼が直接交渉することは出来ない。それでフサに頼んだのだろう。
ミ,,゚Д゚彡「……私はそれに断りの手紙を返しました。
──このときの判断が、間違いでした。
せめてハインリッヒ様に、事情を話せるだけ話しておくべきだった……」
从 ゚∀从「何で断ったんだ? 君には損も得もないだろうに」
ミ,,゚Д゚彡「私の個人的な感情です。
──フィレンクト様の所業は、兄から詳しく聞いていました。
中央の暴動があったとき、首長と仲がいいという理由だけで
兄と姪が苦労させられたことも」
( ^ω^)「……その通りですお」
ミ,,゚Д゚彡「だから私は、彼が他人の手柄を利用して得をしようというのが、
どうしても受け入れがたかった」
すると、また手紙が来た。
昨日デルタ達が見かけたものだ。
内容は、ほぼ脅しとも取れるものだった。
-
言う通りにしろ、こちらに恩だってあるだろう。
こちらに返すものもないのなら、食材の融通も中止する──
意訳すれば、そのような。
これまでの食材が回されなくなれば、いよいよもって宿が潰れてしまう。
追い詰められたが、しかし、対策が何も浮かばない。
そして今日。昼前。
思い悩みながらも裏口で仕事をしていたフサのもとへ、ヒッキーがやって来た。
彼は、この時間、しょっちゅうフサが裏手で作業しているのを知っていた。
.
-
(-_-)『昨日、例の研究内容について他言無用だとハインリッヒさんに言われました。
ぎりぎりまで秘密にしたいと。
──あの研究を知っているのは、きっと、ごく一部の人間だけです』
(-_-)『……論文を強引に奪ってしまうことも出来るかもしれませんよ』
ミ,,゚Д゚彡「彼は本気でした。私が何を言っても聞きません。
挙げ句には、私が東スレッド人だから邪魔をするのだとまで言われました」
「それはたしかに、ある意味では間違っていないのですけれども」。
皮肉るように、フサは言う。
ミ,,゚Д゚彡「そして彼は、フィレンクト様から手紙を受けたろう、と続けました。
中央からの正式な命令なのだから、拒否することなど出来ない……と」
从 ゚∀从「実際は、正式な命令を装っただけなんだけどな」
ミ,,゚Д゚彡「……ああ、そうだったのですか。……私はそんなことにも気付けませんでした」
.
-
次スレ立ててきます
-
次スレ
川 ゚ -゚)子守旅のようです
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/16305/1446036054/
このスレ埋めてから次スレに移動します
-
受け取っていないことにしてしまえば、命令を聞く必要もない。
半ば自棄気味に、フサは二通目の手紙を処分すると決めた。
一通目には返事をしてしまったから無かったことになど出来ないが、
少なくとも「一度は断った」という事実が残っている。
彼は、客の功績を奪い取る行為こそ、宿屋の主人としてやってはならぬことだと判断したのだ。
ミ,,゚Д゚彡「……ともかく私の説得では、ヒッキーさんは聞き入れないだろうと思いました。
なので、サダコに説得を頼んだのです。
彼はサダコのことを憎からず思っていたので、もしかしたら、と」
盗聴器の最後に録音されていた部分であろう。
あの直後にサダコがヒッキーと会ったのか。
ξ゚⊿゚)ξ「でも──駄目だった?」
川д川「……はい。
ヒッキーさんは私にナイフを見せました。
昨夜、食堂から盗んできたのだと言って……」
-
──協力を拒むのであれば自分1人でやる。
ただし、このナイフでハインリッヒ達を刺して、
死体にナイフを刺したまま自警団に通報する。
この宿で似たナイフを見たことがあると証言すれば、
宿の人間がハインリッヒを殺したのだと判断されるだろう──
彼はサダコをそう脅したそうだ。
まさか殺してまで論文を奪うつもりだったとは思わず、サダコは狼狽した。
ヒッキーが恐ろしくなった。
街の中においては、ヒッキーの方がフサよりも信頼性がある。
フサは有象無象の宿屋の主人だが、ヒッキーは、今や世界一の印刷工場の責任者だ。
貢献度が違うのである。皆、ヒッキーの言い分を信じるだろう。
その上サダコは、フサが、あの脅迫じみた手紙を燃やしてしまったことも知っている。
あれが無ければ、フィレンクト側が無茶を言ったことを証明できない。
川д川「私、何も言えませんでした……。
すると決裂したということで、ヒッキーさんはナイフを持ったまま立ち去ろうとしました。
これじゃいけないと思って、私、必死に引き留めたんです……」
-
揉み合いになった。
混乱しきっていたサダコは、もう何が何だか分からず、がむしゃらに動いた。
そして──
気付けば、ナイフがヒッキーの胸に。
川д川「……そこへオーナーが様子を見に来て……
しばらく2人で途方に暮れましたが、ともかく、
ヒッキーさんの死体を別のところへ運ばなければと……」
从 ゚∀从「それでジョルジュ君に頼んだと」
ミ,,゚Д゚彡「ええ、買い出し当番だったので。
ジョルジュには、そのとき初めて事情を説明しました。
──こいつはただ、私に頼まれて仕方なくやっただけなのです。
……いえ、それはサダコも同じです。2人共、私の問題に巻き込まれただけだ」
それは違う、とジョルジュが顔を上げた。
フサの座る椅子の背もたれに手を添え、ぶんぶん首を振る。
_
( ゚∀゚)「俺は断ることも出来た! 頼みを聞いたのは俺の責任だ」
川д川「私だって……結局、刺したのは私ですもの……。
オーナーは、ヒッキーさんがナイフを持ってることなど知りませんでした……」
フサは2人を見遣った。
何かを言いかけ、右手で顔を覆い、俯く。
ミ,, Д 彡「……お前達にも、スギウラ様にも、本当に──申し訳ないことを……」
-
(;^ω^)「そうだ、スギウラさんは……本当に巻き込まれただけ?」
_
(;゚∀゚)「ああ。まさかあの人が近くにいるとは思わなかった。
ましてやナイフを抜くなんて……」
ミ,,゚Д゚彡「あくまで、犯人不明の死体として処理してもらうつもりでした……。
スギウラ様に……他人に罪を着せる気はなかった」
ナイフ自体は珍しいものではない。普通に出回っている型。
路地でヒッキーの遺体が見付かっただけならば、宿へ目が向くこともないだろうし、
宿へ捜査が入らなければ、食堂のナイフが紛失した件も表には出ない。
ロマネスクが余計なことをしなければ、きっと彼らは逃げ切れていただろう。
.
-
普通に推理でしたごめんなさい
しかしヒッキー放置しててもデルタがサクッとやってくれたような……
-
( "ゞ)「あなた達は、スギウラ氏が犯人にされてしまったことに罪悪感を抱いたわけだね」
ハインリッヒが疑問符を浮かべたので、
少しばかり丁寧に言い直した。
( "ゞ)「放っておくのも心苦しくて、つい、宿に来てくれと言ってしまったのかな」
从 ゚∀从「……あ、そういうことか」
彼らが積極的にロマネスクを疑うような発言をしなかったのも、その表れだろう。
真犯人だと名乗り出る勇気はないが、
しかし、ロマネスクに罪を着せたいわけでもない──
結果、中立的な態度をとり、半端な嘘をついてしまった。
フサも、サダコも、ジョルジュも、完璧な悪意を持って立ち回っていたわけではない。
無論、一番は自首するべきだったのだろうが、
この街の人間は自警団に対して恐ろしい先入観がある。
だから彼らは結局──そうするしか、なかったのだ。
重たい静寂が満ちる。
サダコの呼吸が震えた。前髪に隠れた目元から、ぽたり、雫が落ちた。
ミ,,゚Д゚彡「……首長」
フサが、落ち着き払った声で沈黙を破った。
真っ直ぐにブーンを見つめている。
-
ミ,,゚Д゚彡「ヒッキーさんは、普段はおとなしい方でした。
真面目に仕事をし、料理を楽しみ、時おり冗談を飛ばす、普通の方でした。
こと故郷の話になると、ムキになってしまうだけの」
ミ,,゚Д゚彡「……お願いします、どうか、素晴らしい国を作ってください。
レスポンスだの東スレッドだの、既に無い国にこだわる者がいなくなるように。
どうか素晴らしい国を、世界を……」
そこまで言って、フサはくしゃりと顔を歪めた。
後悔と諦念と罪悪感をごちゃまぜにして、
揺れる視線が、震える口が、ブーンに縋る。
-
ミ,,゚Д゚彡「……民が信頼できる、政府を……」
戸惑い続けていたブーンの瞳が、静まる。
正面からフサと向き合い、彼は、しっかりと頷いた。
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