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从 ゚∀从は鋼鉄の処女のようです Яeboot

1 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 05:30:51 ID:ytUFOiFEO

 

010100010110101010100100101110110101010001010101110

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.

541執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:01:03 ID:m7k0Y3tk0
……最も、全てをこの子に任せられるかと言うと、そうでもない。
小型も小型な為、バッテリーはそこまで長くはもたないし、ハッキングを防ぐ為に、
敢えてスタンドアローンとして設計されているので、リアルタイムで映像を中継する事も出来ない。

なので、調査の際はこの子の他にも、この子が集めて来た記録を再生する為に、ハンディカメラも持っていく。
何より、ジャーナリストとして、カメラが無いというのは矢張り格好がつかない。

o川*゚ー゚)o「そう思わない?」
 _,,,_
/::o・ァ「ジャーナリズムハファッションジャ――」

o川*゚ー゚)o「そ、う、お、も、わ、な、い?」
 _,,,_
/::o・ァ「…ハィ…キュートチャンノィゥトォリダトオモィマス……ハィ……」

設計者に似たのか、時々生意気な口を聞く事もあるが、この子が頼りになる事は疑いようも無い。
寂しい夜の話し相手にならない事も無いし、何だかんだで私の相棒と言えなくもないのだろうか。

o川*゚ー゚)o「相棒…相棒、か――」

機械が相棒だなんて、まるで誰かさんみたいだ。

o川*゚ー゚)o「……」
 _,,,_
/::o・ァ「ョ!ァィボゥ!タョリニシテルゼ!」

o川*゚ -゚)o「……」
 _,,,_
/::o・ァ「ォーィ?ァィボゥ?ドーチタ?キューチャンノァィボゥサン?ドーチタノ?」

542執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:01:47 ID:m7k0Y3tk0
o川*゚ー゚)o「……ううん、何でも無い」
 _,,,_
/::o・ァ「ソゥナノ?ナンデモナィノ?セィリトカジャナィ?」

o川*゚ー゚)o「……おい」
 _,,,_
/::o・ァ「ゴメンネ!キューチャンジョークダョ!ユルチテネ!オチャメダカラネ!ネ!ネ!――グゲッ」

……ともあれ、一つ多くなってしまったが、これで私の“お気に入り”の紹介を終わろうと思う。
さあ、待ちに待った休日が始まる。

543執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:03:31 ID:m7k0Y3tk0

#track-3


――クリーム色に塗られた六角形の柱。
自分が住むマンションの外観を説明する時に、私は何時もそう答えるようにしている。

「コーポ・ミナミ」。
ニューソク区は8番街。
住宅街の真ん中に立つ、このクリーム色の建物の四階二号室が、今現在の私の“ネグラ”だ。

o川*゚ー゚)o「ネグラ、って響きはカッコ良いと思います」
 _,,,_
/::o・ァ「カッコィィ?カッコィィ?ェ?ェ?」

構造的な話しをすれば、それは見た目通り。
中央の吹き抜けに沿って渡された六つの辺の一つ一つにそれぞれ個室が割り振られ、それが六階建てで連なっている。
……ので、全部で36の世帯がここに暮らしている事になるのだろう。

「ハッ――ハッ――ハッ――」

今しもその36世帯のうちの1人が、朝もや煙る通りの向こうから走ってくる所だった。

o川*゚ー゚)ノシ「モナーさーん!おはようございまーす!」

(;´∀`)「ハッ――ハッ――ハッ――ア」

その場でジャンプしながら手を振る私に気付くと、彼はよろよろと片手を上げる。
少々前に突き出したお腹のお肉が、彼が脚を止めるのと同時にぷるるんっと揺れた。
彼を見ると、何故か私は中華マンが食べたくなる。どうしてだろう。

544執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:04:39 ID:m7k0Y3tk0
(;´∀`)「ハッ――ハッ――キューちゃん、おは――おはようモナ――ゼハァ――」

膝に両手をつき、息も絶え絶えに挨拶を返すと、モナーさんは首に巻いたスポーツタオルで顔の汗を拭った。
人の良さそうな丸顔は、有酸素運動の為にリンゴみたいに真っ赤っかになっている。

o川*゚ー゚)o「お疲れ様です!何時もこの時間はジョギングしてるんですか?」

(;´∀`)「そ、そうモナ――ハァ…ハァ…ほら、僕――ホフゥ…こんな体系だから…ブヒュゥ」

o川*゚ー゚)o「ダイエットってやつ?」

(;´∀`)「モナッ。もっと痩せて――見返してやるんだモナ――プフウ……」

モナーさんは、吹き抜けを挟んで丁度私の部屋の向かい側に住んでいる男の人だ。
越してきた当初は、こんな感じの見た目とあまり社交的と言えない性格も相まって、失礼ながら「アレ」な人だと思っていた。
それでも何だかんだと挨拶をかわして行くうち、誤解を招きやすいだけで、
性根はとても優しい人だと言う事が分かって、今では顔を合わせる度に長い立ち話をするだけの間柄にはなっている。
この前も、買い過ぎた干し柿を分けて貰った。実家からの仕送りだって。甘みが利いていて大変に美味しうございました。

o川*゚ー゚)o「見返す?」

(;´∀`)「っとと!こんな場所で立ち話をしている場合じゃなかったモナ!早いとこ準備しないと!」

o川*゚ー゚)o「バイトですか?」

(;´∀`)「モナッ!夜勤明けは店長の機嫌が悪いから、遅刻したらお目玉モナッ!」

545執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:05:52 ID:m7k0Y3tk0
o川*゚ー゚)o「コンビニっていうのも大変ですねえ」

(;´∀`)「モナ、モナ。なんか慌ただしくてごめんモナ。今度またゆっくり!」

フリーター、というのだろうか。
詳しくは分からないけれど、モナーさんは幾つかのアルバイトを掛け持ちする何かと忙しい身だ。
私が知っている限りでも、工事現場、コンビニ、居酒屋、フラワーショップ、とそのジャンルは多岐を極める。

資格だとかも沢山持っているらしく、スキューバダイビングの講師だとか、
危険物だとか、TOEICだとか、こないだは秘書検定なるものまで取ったと喜んでいた。
どうしてそんなに沢山の資格を持っているのに定職に就いていないのかは分からないが、きっと何か事情があるのだろう。

( ´∀`)「あ、そう言えばこないだ貰ったお米有難うだモナ!月末で厳しかったから助かったモナ!」

o川*^ー^)o「いいえー。何時も貰ってばっかりなのは私の方ですからー」

しゅたっ、と手を上げてマンションの玄関に吸い込まれて行くその背中に小さく手を振る。
どういった事情があるにしろ、頑張っているモナーさんの姿には、何時も何かと元気を分けて貰っている。
私も彼を見習って頑張らなければ。

o川*゚ー゚)o「……まあ、今日の所はゆっくりと羽を伸ばすんだけどね」
 _,,,_
/::o・ァ「ハネ?ハネ、ノビル?ノビナイョ?ゴムジャナィョ?」

今度また、お米の差し入れでも持っていこう。
胸の中で秘かに誓って歩きだす。
肩の上では、“きゅう子”が自分の桜色の羽をつついては、不思議そうに首を傾げていた。

546執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:06:58 ID:m7k0Y3tk0

#track-4


――午前八時に十四分前。
携帯端末を忙しなくいじるサラリーマンや、ヘッドホンを首から下げた学生の群れが、
私達(……達?)の横合いを、何かに追われるように駆け抜けていく。

未だシャッターが半開きのセンターアーケードの真ん中をぼんやりと歩きながら、
「そう言えば世間様は今日も通常運転だったか」などととりとめも無い事をぼんやりと考えた。

o川*゚ー゚)o「ちょっと前は私も毎朝あんな感じだったなー……」

目覚ましアラームに慌てて飛び起き、締切に追われたアニメーターの如く化粧を整えて、
腕時計を気にしつつリニアに飛び込み、車内で毎朝開催されるエクストリームおしくらまんじゅうのVIP大会を経て出社……。

今にして思えば、よくあれで身体がついて行ったものだ。若かったからか。

――いや、今だって十分若いし。花の二十代だし。ふざけんな。責任者出てこい。

(;><)「ぽ、ぽっぽちゃん待って下さい〜!く、靴紐が〜!」

(#*‘ω‘ *)「もー!ワカはどーしてそんなドンくさいっぽ!?ホンっと、しんじられないっぽ!」

益体も無い事を考えている私の横を、二人の小学生が忙しなく駆け抜けていく。
流石にあの二人の若さには負けるな、なんて考えながらも頬が緩むのを禁じ得ない。

547執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:09:27 ID:m7k0Y3tk0
o川*゚ー゚)o「くすっ、かわいい」

幼馴染とか、そういうのだろうか。
私を追いぬいた所で靴紐を結ぶ為にしゃがみ込んだ少年に、気の強そうな少女がランドセルを揺すって可愛らしい嫌味を吐き出している。
少女が何か言う度に、彼女の首から下がった銀色のチョーカーが陽光を反射してキラキラと光った。

(#*‘ω‘ *)「ぐず!のろま!ぐどん!ろどん!しゃかいのおにもつ!
あんたみたいなのがプロジェクトのあしをひっぱるって、パパが言ってったっぽ!」

……いや、可愛らしい嫌味というのは訂正しておこう。今時の小学生こわっ。
どこでそんな言葉覚えて来るのよ。インターネッツは規制すべきだと思いました。

( 。><)「そ、そんなこと言ったって〜」

男の子も半泣きだし。私が教師だったら、言葉のナイフは無闇矢鱈に振り回したらいけませんと教えている所だ。
ナイフを抜くのは、確実に相手を殺せると確信した時だけだ。

(#*‘ω‘ *)「ほんっと〜あんたはわたしがいないとなにもできないっぽね〜……」

ため息をついて、少女が妙に大人ぶった仕草で「やれやれ」と首を振る。
何だかんだと憎まれ口を叩いているが、少女の目元には優しげな表情が浮かんでいた。

(*‘ω‘ *)「はぁ…二分だけまつっぽ。それ以上経ったら置いて行くっぽ」

腕組みをして「いーち、にー」とカウントダウンをする少女。
だが、きっとこの子は二分が経っても少年を置いて行ったりはしない。

恐らくは小学6年生くらいかと思われるが、この歳で既にその域に達しているのは凄い。
きっと、将来的には駄目な旦那の尻を蹴飛ばして顎で使う肝っ玉カーチャンになっている事だろう。

548執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:10:26 ID:m7k0Y3tk0
(*‘ω‘ *)「ひゃーくいち、ひゃーくに」

(。><)「ロスタイム!ロスタイムをください!」

o川*゚ー゚)o「……」

その時まで、この二人の仲が続いていますように。
余計なおせっかいだろうが、胸の中で居るか居ないかも分からない神様に祈っておいた。

(*‘ω‘ *)「はい、ロスタイムしゅうりょうー。じゃ、そういうことで私はお先に」

(。><)「ま、まってください〜!」

o川;゚―゚)o「……」

……結局待たないのかよ。
私の祈りを返せ。返して下さい。ちょっとなんか惨めです。

o川*゚ー゚)o「……はぁ」

ため息と共に苦笑を浮かべると、背中のエア・ボードを担ぎ直して歩きだす。
そう言えば、私の子供時代はどんなだっただろう。

自分では、概ね人並みの子であったとは思っているけれど、それが真に客観的なものだという確証は無い。
高校の頃の友人は、「キュートって話しやすいよねー」と言っていた。
中学二年の頃、斜め後ろに座っていた守山さんは「キュートさんって男子にモテるよね…ねたま、羨ましい」と言っていた。
母親は、「あんたのおへそがボリューム調節のつまみだったらいいのにね」と言っていた。

549執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:11:54 ID:m7k0Y3tk0
o川;゚ー゚)o「どういう子だ……」

総評すると、ちょっと声が大きいけど(ちょっと、ね。ちょっと)快活で人好きのする子という事で良いのだろうか。
むむ、もしかしてそれはとっても素晴らしいことではないか?何だか知らないけれど自信が湧いてきたぞ。割と無根拠だけど。
 _,,,_
/::o・ァ「ァンタノオヘソガヴォリュームチョウセツノツマミダッタラィィノニネ!ネ!」
  _,
o川#゚ー゚)o「うっさい!焼き鳥にするわよ!」
 _,,,_
/::o・ァ「ドウブツギャクタィハンタィ!ハンタィ!キューチャンハォィシクナィデス!」

パタパタと頭の周りを飛び回っては騒ぎ立てる“きゅう子”を追いかけ回していたら、周囲の視線が突き刺さった。
気付いてそっちの方を見れば、通勤途中の人々が胡乱な眼で私と“きゅう子”を見つめている。
“きゅう子”の足を鷲掴みにしてその嘴を塞ぐと、私は大きく咳払いをした。

o川;゚ー゚)o「も、もー困ったなー!この子、どっか故障しちゃったのかなー?
      まいったな―!修理に出さないとなー!電気屋さんもう開いてたかなー?」
 _,,,_
/::o・ァ「クギュゥ……」

私の迫真の演技に、群衆は白けた視線を送ってから再び流れ出す。
完全に私が痛い子扱い。これで私の声が大きい、というのは証明されたわけですね。お母さん、これで満足ですか?

550執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:13:08 ID:m7k0Y3tk0
o川;‐д‐)o「ハァ……」

ため息をつきつつも、そう言えば、と私は先の思考の続きに戻る。
小、中、高、大、と友人に困らなかった私だが、あの頃の友人達は今頃どうしているのだろうか。

大学の時点で携帯端末のアドレスの「友人」の欄は800件を超えていたが、今ではその中でも連絡を取り合っている子は殆ど居ない。

GMNに勤めていた頃は、それでも定期的に集まっては、カラオケやら飲み会やらと騒いだりもしたが、それすらも年々頻度が減って行った。

大人になると、何かと仕事を優先させがちで、お互いがお互いに気を遣ううち、自然消滅するかのようにして会えなくなるものだと良く言う。

世間一般ではそうなのだろうが、私の場合はフリーランスとして独立した時点で、自ら友人達との繋がりを絶った。
自分がしようと決めた事に、他の子達を巻きこむわけにはいかない。
多分、そんな風に恰好をつけてのことだったと思う。

後悔は、していない。
少なくとも、頭の中の「お利口さんな私」は、そう言い続けている。

でも、アドレスは変えていない。あの頃からずっと。

連絡しようと思えば、向こうから連絡がつくし、たまに半年に二回くらいのペースでバーベキューのお誘いが来る。

でも、私は返信しない。しちゃ、いけない。そしたらきっと、私は挫けてしまうから。

o川*゚ー゚)o「っておいおーい!暗いぞキュートー!ダメでしょー!スマイルスマーイル!」

から元気を振り絞って頬を叩く。
通行人の視線が再び集まりかけたので、慌てて口笛を吹いてごまかす。古典的過ぎるでしょそれ。

551執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:15:45 ID:m7k0Y3tk0
o川*゚ー゚)o「……ん?」

一人新喜劇を演じながら歩いていた私は、右手のショーウィンドウの中に、あるモノを見つけて駆けよる。

セクサロイド専門風俗の如何わしいピンク色の看板の隣、錆ついた立て看板には「おもちゃのフミヲ」とある。
おいおい、こんな所におもちゃ屋とか立てていいのか。大人のおもちゃと勘違いしたカップルが入店しちゃったらどうするの。
いや、乙女的にはここで顔を赤らめる所でしょ。……失礼、取り乱しました。

錆ついた立て看板や、傾きかかった店構えといい、「おもちゃのフミオ」は築うん十年を回ってそうである。
だとすれば、隣の「にゃんニャン☆パラダイム」とか言うえっちぃお店の方が後から建った形になるので、「おもちゃのフミヲ」に罪は無い。
きっとノーギルティ。勝訴です。

私の目を引いたのは、そんな老舗玩具店のショーウィンドウの中で、埃を被ってこちらを指さす等身大のポップだった。

o川*゚ー゚)o「うわ、五臓六腑たんだ!懐かしー!」

ピンク色のフリフリがついたドレスっぽい衣装。
アニメチックにデフォルメされた幼い少女が握るのは、魔法のステッキ「とらぺぞ☆ヘドロ」。
あのステッキの先の花びらが開いて、ヘドロみたいな何かが出て来る。

忘れもしない。
目の横でピースサインをして、右足をぴょこんと跳ねあげた決めポーズは、
十数年前の日曜朝七時のアイドル、「マジかるラジかる!?どぴゅきゅるっ!ハートビート乙女ちっくアイドル!魔法少女五臓六腑たん」に他ならない。

552執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:17:08 ID:m7k0Y3tk0
o川*゚ー゚)o「うわ!うわー!懐かし過ぎるんですけど!
      なんで!?なんでまだこんなの残ってるのー!?」

あまりの懐かしさに、思わず妙なテンションになってしまう。
再び周囲の視線が集まってくる前に声のボリュームを落とさねば。

でもほら、中学校とか高校とかに上がった時、別の地区の子と小さい頃やってたアニメの話しとかすると、変に盛り上がったりしない?

しないですか?……はい。

――それにしても五臓六腑たん。懐かし過ぎる。
第一作が放映されたのは、私がまだ幼稚園を上がるか上がらないかの頃だから、下手をすればもう二十年も前になる。

当時は、変身グッズ的なものを親に買って貰い、隣の部屋の男の子とマンションの駐車場で五臓六腑たんごっこなるものをしたものだ。
無論、私が五臓六腑たんで、男の子(たしかショウタ君だと思う)は怪神マユゲルゲの役だ。

o川*゚ー゚)o「あれ?マユビルゲだっけ?」

まあいい。
兎に角、そんな感じでなりきりごっこまでするほど、私は五臓六腑たんに入れ込んでいた。

話しの筋としては、「何処にでもいる小さな女の子が、ある日突然魔法の力を手にいれ、
マスコット的な小動物や仲間と共に悪者と戦う」というよくあるものだ。

日曜朝七時と言えば伝統的に子供向けのアニメが放送されているという事で、
概ね五臓六腑たんも分かり易い勧善懲悪なストーリーラインだったが、一つだけ、私の記憶の中に今なお強烈に焼き付いている回がある。

553執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:18:29 ID:m7k0Y3tk0
それは確か、私が小学二年生の頃だから「マジかるラジかる!?どぴゅきゅるっ!ハートビート乙女ちっくアイドル!魔法少女五臓六腑たん 〜the another birthday〜」(確か第六シーズンくらいまであるうちの第二シーズン目)の中の一エピソードだ。

何時ものように怪神が出て来て街で悪さを働き、それを五臓六腑たんとその仲間達がやっつける、
という筋書きは変わらないのだが、その回だけは少し捻りが利いていた。

悪役として出て来たのが、事実無根の悪い噂をばら撒いて人々の猜疑心を煽り、仲間割れを目論む、という何ともえげつない怪神だったのだ。

この怪神(何かメガロマニアンとかそういう名前だったと思う)によって、
五臓六腑たん(本名は五蔵カレンだ。今思い出した)達の担任の女の先生は浮気の嫌疑をかけられ、結婚目前の恋人に振られそうになる。

そこで、先生を信じる五臓六腑たんと仲間達、そして怪神が噂をばら撒く際に名前を騙られたジャーナリストの男の人が、
先生の潔白を証明する為に奔走するのだ。

信用は、崩すのは一瞬だが築き上げるのにはとても長い時間が必要だ。
子供向けアニメである筈の五臓六腑たんも、そこは徹底してシビアに描いていた。

悪い噂の元を辿る傍ら、火消しに躍起になる五臓六腑たんの努力をあざ笑うように、悲劇は加速して行く。
今まで笑顔を向けられていた子供達から、蔑みの視線を送られる担任の先生は、見ていてとても辛いものがあった。

であるからして、何とか噂の元である怪神を突き止め、五臓六腑たんが「らじかるビーム」でやっつけた時には、幼心に心底ほっとしたものだ。

554執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:19:36 ID:m7k0Y3tk0
エンドタイトルの一歩手前。
何とか今回の騒動が解決した事で、みんなに笑顔が戻ってきた所で、ジャーナリストの男の人が言った台詞が忘れられない。

「今回は、怪神の仕業だったから、何とかなったけど、これが誰か悪意のある人間によるものだったらどうなっていただろう」

アニメでは、分かり易い悪の根源が出て来て、それを倒せば全部解決する。
実際、その回も怪神を倒した事で、全てが解決、元通りめでたしめでたしだった。

今までアニメ調の路線でやってきた臓六腑たんの中で、ジャーナリストの男の人が言ったその台詞は、だからこそ深く私の中に刻まれた。

「一体誰が嘘をついているか、誰を信じていいか分からない、というのはとても怖いことだね……。
 だから僕は、僕だけでも、この嘘だらけの世界で本当の事を報道し続けるんだ!」

o川*゚ー゚)o「……」

思い出せば、割かし陳腐な台詞のようにも思える。
でも、多分、あの頃から、私の中で不確かながらも将来のビジョンというものが形づくられていたのだろう。
当時、テレビの前で「あたし、ジャーナリストになる!」なんて言った記憶は無いが、
あの回が報道関係に興味を持つきっかけとなったのは確かだ。

そして今、私はかつて目指したジャーナリストとしてVIPの街を駆けずり回っている。

現実世界では分かり易い悪なんてものは存在しないし、悪者をやっつけた所で全てが解決するなんてことはあり得無い。

世間に居るのは人間だけで、そこには善いも悪いも無くて、みんながみんな、自分こそが正義だと思って、必死になって今日を生きている。

誰かが笑えばその陰で泣いている誰かが居て、何が正しいのか何が正しくないのかなんて、考えても考えても、決して答えなんて出ない。

555執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:22:52 ID:m7k0Y3tk0
それでも世界は回り続ける。

幾億、幾兆の人生を乗せて、その数割を振り落としながら、止まる事を知らずに回り続ける。

その回転から振り落とされないように、今はしがみつくだけで精一杯だ。

何時かは、立ち上がることが出来るのだろうか。

私も――そして、願わくば――。

o川*゚ー゚)o「……」

いや、信じるしかないのだ。それこそ、五臓六腑たんが担任の先生の潔白を信じたように。
何時か立ち上がり、しっかりとした足取りで歩きだす事を。

o川*゚д゚)o「…っしゃー!」

思考の迷路から脱出した所で、玩具店のドアを叩く。
折角だから、記念に魔法のステッキ「とらぺぞ☆ヘドロ」でも買っていこう。
ネットオークションで多分マニアに高値で売れると思うし。
――あ、ヤバ、既に思考がとらぬ狸の何とやらに染まりそう。乙女的に自粛せよ。

556執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:24:20 ID:m7k0Y3tk0

#track-5


――センターアーケードを抜けて二分程歩くと、ニューソク駅前の大交差点に辿りつく。
現在時刻は午前九時をちょっと回ったあたり。
既に目覚め切った街では、地下鉄の入り口が今日もひっきりなしに人の波を吐いたり飲み込んだりを繰り返していた。

o川*゚ー゚)ノ―☆「まっほうのち〜か〜ら〜がみっなぎる丹田〜♪
        はーなて勝利のっマッジカル・ラッジカル・アルアジフ〜♪」

魔法のステッキとらぺぞ☆ヘドロ(税込2980円)を振り回し、私は人混みから少し外れた歩道の上をご機嫌な気分で歩いていく。
ここまで人の波が大きくなってくると、私一人が電波な歌を歌いながら歩いた所で、さして気には止められない。
だがきっと、顔には出さないが誰もが心の中でこう思っている筈だ。

「なんだこの女キモ。伝染るとあかんから近寄らんとこ」

貴方は正しい。正しいが……気分が良くて何が悪い?
ついでに言わせて貰えば、サイバネ置換で頭に動力パイプみたいなのを這わせている人の方がどうかと思います。
え、ニューソク駅前までそんなパンクな人が足を延ばしてきてるの?こわっ。近寄らんとこ。

o川;゚ -゚)o「……って、マジで?」

自分の述懐に、思わず背後を振りかえる。
今しがたすれ違ったばかりの三人組の男たちのうち、右の男は左腕にクロームメタルの義体を、
真ん中の男は両目がサイバネ義眼に、左の男に至っては顔面の六割を薄緑の鉄板が覆い、
先の私の述懐通り、スキンヘッドの上をうねうねと動力パイプが這っていた。

557執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:26:11 ID:m7k0Y3tk0
 _,,,_
/::o・ァ「ャクザモノダ!ョタモノダ!」

o川;゚ー゚)o「こ、こらっ!」

白痴的に囀ろうとする“きゅう子”の口を慌てて抑える。
幸い、件の三人には聴こえていないようで、ほっと胸を撫で下ろした。

o川;゚ー゚)o「――にしましても、ねぇ……」

フリーになってからと言うもの、この手のパンクス達の姿を見る事には大分慣れていた。
ニュースでは報道されないような事件に首を突っ込んで行く手前、社会の裏側とは、
嫌が応にも膝を突き合わせる距離でにらめっこをしなければならない。当然のことだ。

それでも、あの手の「カタギじゃない」人種は、ニーソクや万魔殿にまでお出かけしないとお目にかかれないものだ。
あくまでも、ニューソクは平凡な表の世界の人々が住まう地だと思っていた。

o川*゚ー゚)o「最近、治安が悪いのかな……」

それとも、私の認識が間違っていたのだろうか。
世間には既に昼と夜の境目なんてものは存在しなくて、私達は長く白夜の中をそれと知らず歩いて来ていたのだろうか。

o川*゚ー゚)o「むむっ。これは次のコラムのネタに使えるかも」

一抹の不安は残れど、それで思い悩んでも仕方が無い。
悩む前に、記事を書け。私の武器は、銃でも振動実剣でも無くペンだ。
ペンは剣よりも強し。銃は剣よりも強し。つまり、ペン最強。それを握る私は超最強。超最強って頭悪そうな響きだね。

558執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:27:36 ID:m7k0Y3tk0
 _,,,_
/::o・ァ「ュケ!キュートチャン!ゲンコーリョーノタメニ!タタカェ!キュートチャン!」

人聞きの悪い事を言われては困ります。
これは、ジャーナリズムの為の戦いです。
その戦いの中で、少しのご褒美が貰えれば、ちょっと…いや、結構切実に嬉しいなあっていうだけです。
あくまで聖戦。ジハード。……あれ、途端に胡散臭くなったなあ。

o川*゚ー゚)o「おろ?」

大交差点から少し歩いた先、歩道が膨らんで大きくなった所には奇怪なオブジェが立っている。

黄金色に光り輝く高さ五メートルのそれは、巨大な人間がブリッジの姿勢で天に右手を伸ばすという、何ともコメントのしづらい造形だ。

「希望へ」というタイトルを付けられたこの前衛芸術的なオブジェの周囲には、囲むようにしてベンチが置かれており、
ニューソクの人々にとっては待ち合わせスポットとして親しまれて(親しまれて?)いる。

そんな名状し難いオブジェの足元に、私は見知った人影を見つけた。

「……マジかー。それじゃしょうがないかー」

黄金巨人に右の手をつき、左の肩と耳で携帯端末を挟みつつ、更に左手で別の携帯端末をいじる彼。
前に二、三度会っただけではあるが、ちゃんと覚えている。

男の子にしては艶のあるさらさらな茶髪を、頭の後ろでお団子にして、襟足をそのまま伸ばしたユニセックスな髪型は、間違いない。

559執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:28:44 ID:m7k0Y3tk0
o川*゚ー゚)ノ「フォックスさーん、ちわーっす!」

爪;'ー`)】「ヒッ――!?」

私の呼びかけに、メッシュの黒いカーディガンに包まれた肩がビクりと上下する。
まるで浮気現場を押さえられたジゴロのようだ。悲しいのは、多分「ようだ」じゃない所だ。

ヽ爪;'ー`)】「な、なんだキュートちゃんか…ち、ちわーっす……脅かさないでよ……。
        ――え?ああ、知りあい。…うん?違うって。俺はお前一筋だって…うん、うん、愛してるよ…うんマジで」

振り返りつつ私に挨拶を返し、そのまま電話の向こうの相手へ愛を囁くその手際は実に鮮やかだ。
しかも同時に左手でいじっている携帯端末は、間違い無くまた別の女の子へのメールだろう。
恐らく彼は脳核が三つくらいあるのだろう。あと、下半身も三つくらいある。少なくとも今確認出来るだけでは二つずつある。

o川*゚ー゚)o「あーなんですかー。またスケコマシですかー?」

爪;'ー`)】「違うって、人聞きが悪いな!それとスケコマシは動詞じゃな――え?だから違うって!マジ勘弁してよ!ホント、ただの知り合いだから。
       うん、ちょっとお脳が可哀相な子なんだよ…うん…え?…大丈夫、それ以外は普通…だと思う…うん……」

すったもんだと揉めつつも、何とか会話を切り上げ、フォックスさんはコバルトブルーの携帯端末をパタンと閉じる。
何やら最後の方で私のネガティブキャンペーンが行われた気配があったが、私は大人の女なので追及はしない。
その代わり生温かい視線をプレゼントしてやろう。――もわっ。

560執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:30:57 ID:m7k0Y3tk0
爪;'ー`)y‐「ひ、久しぶりだね、キュートちゃん。今日は何?取材?」

気を取り直して、と言う感じで柑橘類の弾ける爽やか笑顔を浮かべるフォックスさん。
高い鼻梁を中心にして、中性的に整った顔立ちは、私から見ても十分以上に美男子だと思う。
なるほど、これなら女の子に苦労はし無さそうだ。ギルティな殿方であらせられる。

o川*゚ー゚)o「今日はですね、オフなのでゆっくりお散歩なのです。そういうフォックスさんはスケコマシですか?」

爪;'ー`)y‐「いや、だからこれには深い訳があって……」

o川*゚ー゚)o「ほどほどにしないと、リリちゃん、泣いちゃいますよ?」

爪;'ー`)y‐「だからね、ホント違うの!あとあの子の名前は出すの止めて!ね!」

o川*゚ー゚)o「えー…何が違うんですかぁ……?」

尚も食いさがろうとする私を前に進退極まったフォックスさんは、そこでポンと手を打つ。

爪;'ー`)y‐「そうだ!キュートちゃん、こないだレ・パルシェのブラマンジェが食べたいって言ってたよね?」

その単語を耳にした瞬間、私の瞳にはきっとお星様が瞬いていただろう。

o川*゚∀゚)o「え!?奢ってくれるんですか!?」

爪;'ー`)y‐「え?ええと、まだ何も言って無いっていうか、まあ、そのつもりではあるんだけど…ええー……」

マジですか!

o川*゚∀゚)o「マジですか!?」

561執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:32:02 ID:m7k0Y3tk0
爪;'ー`)y‐「う、うん、奢る。奢るよ。だから、さ――」

o川*゚∀゚)o「じゃあカボチャのアドリア海風タルト〜パティシェのメランコリー〜も食べても良いですか!?」

爪;'ー`)y‐「え?何が“じゃあ”なの?いや、別にいいけど……」

o川*>∀<)o「じゃあじゃあ、おまけでコーラル・スカイ・マリン・ブルー・トリニティ・モンブランも三つくらいつけちゃってもいいですか!?」

爪;'ー`)y‐「え?なに?コーラル――なに?……ま、まあいいよ…だからさ――」

うおおおおお!

o川*゚∀゚)o「あざっす!ざっす!ざっす!うっひょぉ〜!フォックスさんマジ唯一神〜!テンションあがってきた〜!」

語尾も上がってきたあ!

爪;'ー`)y‐「は、はは…有難う…ていうかそのテンション何?ぶっちゃけ引くわ……それでね、奢る代わりに――」

天にまします我らがフォックス神よ!貴方の恵みに感謝します!

o川*゚∀゚)o「行きましょう、フォックスさん!今日は聖誕祭です!フォックス神の誕生を祝してスイーツ三昧っすよお〜!」

爪;'ー`)y‐「いや、だからね、奢る代わりに――ちょっと!聴いてる!?ねえ!」

いざ、聖地へ!

562執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:32:58 ID:m7k0Y3tk0

#track-6


――神!

o川*゚∀゚)o「マジで神!フォックス神!超!唯一神!」

爪;'ー`)y‐「その神っての止めてくんない?何か馬鹿にされてる気がする……」

o川*>∀<)o「やだなあ!本心からの私の気持ちですよぉ!ホント!あ、私今日からフォックス教に改宗しますね!ニュー・テスタメントです!」

爪;'ー`)y‐「ていうかキュートちゃんってそういうキャラだっけ…?痩せるとか言われて、変なクスリに手出したりとかしてない?」

o川*゚∀゚)o「そぉおんな訳無いじゃないですかぁ!ただちょっと、神の誕生を前にして感極まってるだけですよぅ♪」

爪;'ー`)y‐「そ、そう…?なんか、肩の上の“きゅう子”ちゃんも引いてるけど、大丈夫?」
 _,,,_
/::o・ァ「……ナィヮァ」

o川*゚∀゚)o「この子、最近ちょっと調子悪いんですよね―!でも大丈夫!
      今日のうちになんか直ると思います!叩けば!斜め四十五度で!」
 _,,,_
/::o・ァ「――ピギッ!」

爪;'ー`)y‐「や、その、精密機械なんでしょ?叩くとか……」

o川*゚∀゚)o「そう言えばそうですね!忘れてました!」

563執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:34:34 ID:m7k0Y3tk0
爪;'ー`)y‐「そう…そうなんだ…うん…うん……」

ニューソク区は六番街。
ウラハラ・ストリートの中に立つシュークリームショップ「レ・パルシェ」の店内。
まるでこの世の終わりが来たかのような顔で、フォックスさんは項垂れる。

o川*゚д゚)o「あ、この苺美味しっ!フォックスさんも一口いかが?」

爪;'ー`)y‐「いや、俺は遠慮しとくよ……」

私達二人の間、それそのものが、パティシェの手によるお菓子にさえ見えるテーブルの上には、
フォンダンショコラ、タルト、マドレーヌ、ブラマンジェ、オレオ、古今東西色とりどりのスイーツがトレイ狭しと並んでいる。

我々純真なる乙女の間で話題沸騰、業界騒然なレ・パルシェは、シュークリームをメインに取り扱うお店ではあるが、スイーツ全般に渡ってとても美味な事で有名だ。

前に一度、週刊ルージュ(働く女性のバイブル)のスイーツ特集の記事を書く為に訪れて以来、私もその味に骨を抜かれた一人だ。
抜かれたのは主に脊髄とかだと思います。

o川*゚д゚)o「ホンッと、マジ感謝してます!レ・パルシェって、美味しいんですけどお値段も結構なものだから、フリーでやってると中々……」

実際、今日のオフは大奮発してここのジャンボシュークリームを一箱買って締めにしよう、と秘かに決めていた。
私の経済能力ではそれが限界なのだ。
それを、このフォックス神は好きなだけ食べていいと言って下さる。

o川*´ー`)o「やーん私もうフォックスさんのお嫁さんになっちゃおっかなー」

爪;'ー`)y‐「はは、冗談でも嬉しいよって言おうと思ったけど、やっぱり全然嬉しくないや……」

564執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:35:34 ID:m7k0Y3tk0
o川*^ー゚)o「まーたまたぁ!こんなに可愛いキュートちゃんを前に、スケコマシなフォックスさんがそんな事言うわけ無いです!
      ホントは嬉しいくせにぃ!照れちゃってぇ♪このこのぉ〜♪」

爪;'ー`)y‐「もうそろそろそのウザキャラやめない?あと、そのスケコマシっていうの止めてくれる…?」

はぁ、とため息をついて、フォックスさんは目線で煙草を吸って良いか尋ねてくる。
無論、私が神を前に首を横に振る筈も無い。

とろけるような私の笑みに、フォックスさんはずっと指に挟んでいた煙草に火をつけると、
周りのお客さん(殆ど女の子)にも多少の気を遣いながら、なるたけ煙が散らないよう肩身が狭そうに煙草を齧る。
煙草に限ったことではないけど、こういう細かい気配りが出来るのも、モテる理由の一つだろう。

ただ、本当に気を使うなら女の子と一緒の時は煙草に火を灯さないのが正解だけどね。乙女の私が言うんだから間違いない。

爪'ー`)y‐~「でさ、ここは俺が奢るからさ、さっきのはリリには黙っててくれないかな?」

o川*゚д゚)o「ほらー!やっぱり浮気だったんじゃないですかー!」

爪;'ー`)y‐~「いや、だから違うんだって……」

o川#゚ー゚)o「何が違うんですか!そんなんで――モグ――私はごまかせません――モグ――あ、この栗きんとん美味しっ――よ!」

爪;'ー`)y‐~「え?栗きんとん?」

o川#゚д゚)o「ごまかさないで下さい!」

爪;'ー`)y‐~「なにこれ、なんでこの子こんな理不尽なの……」

565執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:36:45 ID:m7k0Y3tk0
o川#゚ー゚)o「と、に、か、く!一人の乙女として、フォックスさんのその浮気癖は許せません!
      幾らスイーツ神と言えど、やって良い事と悪いことがあります!私がスイーツ如きで買収されると思ったんですか!」

爪;'ー`)y‐~「いや、実際めっちゃちょろい感じだったよ…俺が人攫いとかじゃなくて良かったよね、ホント……」

o川#゚ー゚)o「甘い!この苺のタルトよりも甘い!」

爪;'ー`)y‐~「あー来ると思った、その台詞……」

o川#゚ー゚)o「だまらっしゃい!」

裁判官の振るうハンマーのようにして、テーブルに拳を叩きつける。
衝撃でフォークとナイフが音を立てた。危ない。もう少しで食べかけのクランベリーパイが皿から落ちる所だった。
甘味はとても尊い。主にキュート条約とかで保護されてる。

o川#゚ー゚)o「ホント、信じられませんよ……。あんなに可愛くて、健気で、ちっちゃくて、一途で、それからちっちゃいカノジョが居るのに……。
      一体、何が不満なんですか!?ちっちゃくちゃダメですか!?」

爪;'ー`)y‐~「いや、別にカノジョじゃないし…あと、ちっちゃい言い過ぎだよ……。
        あの子、あれで背の事結構気にしてるから、本人の前では言わないだげてね…」

o川#゚ー゚)o「カ〜ノ〜ジョ〜じゃ〜な〜いぃい〜?どぉの口がそう言う事を仰るんですか?
        この口ですか?この、女の子みたいに形の良い唇が言ってるんですか?」

爪;'ー`)y‐「いや、だって、別に、どっちかが付き合おうとか、そう言う事は全然言って無いし……」

o川#゚д゚)o「ハァ〜?この期に及んでその言い訳ですかぁ〜?」

566執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:38:19 ID:m7k0Y3tk0
言っていて、何だか少し泣けて来た。
あれで恋人じゃないというのは、リリちゃんにとってはあまりにも、あんまりだ。

o川;‐_‐)o「見損ないましたよ、フォックスさん…私の知ってるフォックスさんが、まさかこんな中学生みたいな言い訳をするなんて……。
       スイーツも奢ってくれるし、もっと誠実な人だと思ってました……」

爪;'ー`)y‐~「君の誠実さの基準って面白い所にあるね……」

はふん、と重油のように重たいため息が口をついて出る。
どうでもいいけど、重油って「重い」って書くけど実際の所は重いの?

o川;゚ー゚)o「だって、だって、毎日お弁当を作って持ってきてくれてるんでしょ!?
       しかも、あのおピンクなお店の中まで届けに来てくれるんでしょう!?
       女の子があんなお店に足を踏み入れるのにどれだけの勇気が居ると思っているんですか!?」

本当に信じられない事だけれど、この美男子スイーツ神(そろそろ邪神になる予定)は、
えっちぃゲームを専門で売っているお店の雇われ店長をやっている。

私もあの人の紹介で初めてお店に入った時は、正直引いた。

いや、女の子であの異様な空間で三秒以上呼吸が出来る子なんて、きっとそうは居ない。
男の子の中でそういう趣味を持っている人が結構居ると知っていても、やっぱり無理。

何であそこはあんなに禍々しい空気を漂わせているのだろうか?
多分、スライムのお化けとかが居たらそいつの体内はあんな感じだと思う。
めっちゃねばっこい。あと、変な汁とか滴っている。比喩どころじゃないのが怖い。

そんな異空間に、毎日決まった時間にお弁当を届けに来てくれるリリちゃんは、私から見ても凄いと思う。
男の子から見たらきっとあの献身っぷりは天使だ。仕える神がフォックス神という邪神だけど。

567執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:40:49 ID:m7k0Y3tk0
◆就寝時間だ◆静かにして下さい◆

568執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/29(土) 02:42:42 ID:m7k0Y3tk0
■RADIO塊IM■フジファブリック-虹 http://www.youtube.com/watch?v=-1PwXs-XHas&amp;feature=relmfu■貴方?筒■子守唄■

569名も無きAAのようです:2012/09/29(土) 02:51:52 ID:II41TV5o0
おつ
キューちゃん可愛い

570名も無きAAのようです:2012/09/29(土) 03:10:23 ID:0EAeVnvI0
乙!おやすみなさい

571名も無きAAのようです:2012/09/29(土) 04:48:14 ID:JAks1pRk0
キャラクターが文字通り生き生きしてるNE!!
支援

572名も無きAAのようです:2012/09/29(土) 10:19:18 ID:bUTa5we20
キューちゃんsoキュートじゃないですか・・・何ですかこれは・・・

573名も無きAAのようです:2012/09/29(土) 12:40:28 ID:wZogdVTY0

次は二日後か・・・

574名も無きAAのようです:2012/09/29(土) 17:03:50 ID:K4FpSB6g0

五臓六腑たんが気になって仕方ないな
モナーがいるならシャロンだって…

575執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 10:49:15 ID:FzV8uf/k0

◆コールドスリープ終了◆ウラシマ効果?◆

576執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 10:50:18 ID:FzV8uf/k0

 

            【IRON MAIDEN】

 
.

577執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 10:57:01 ID:FzV8uf/k0
爪;'ー`)y‐~「――まあ、あいつはその、ほら、ちょっと特殊だし…それに、昔からの付き合いだから、えっと、その延長線上だろ?」

o川#゚ー゚)o「それだけであの魔窟に足を踏み入れるなんて普通できません!それ以上の何かが無いと!絶対無理!
      ていうか、普通の女の子だったら、あんなお店に勤めてるって時点でもう引いちゃいますよ!」

爪;'ー`)y‐~「あ、やっぱそうなの…?分かってたけど、ちょっと傷ついたわ…」

o川#゚ー゚)o「だーかーらー!そうまでしても、会いに来てくれてるってのが!ね!
      特別だって言うのがっ!わっかんないんですかねえこのスケコマシさんは!」

何時までも煮え切らない態度のスケコマ神(とても邪悪。乙女的にアークエネミー)に、私の堪忍袋の緒も遂に千切れた。
思わず手が出る。耳たぶを思い切りひっぱってやった。

爪;'ー`)y‐~「だだだだっ!痛い痛い痛い痛い痛い!千切れる千切れる千切れる!」

o川#゚ー゚)o「リリちゃんの心の声も聞こえないような耳なんか、千切れちゃえば良いんです!」

――そう、私の堪忍袋の緒のように。
……どやぁ。

爪;'ー`)y‐~「だー!わかったわかったわかったわかりました!わかりましたから離して!ホント、マジで血ィ出るって!」

o川#゚ー゚)o「ホントに分かってますぅ!?」

578執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 10:58:08 ID:FzV8uf/k0
爪;'ー`)y‐~「分かってる分かってる!だだだだ!あ、今ぶつっていった!ぶつって!」

o川#゚ー゚)o「反省してますか!?」

爪;'ー`)y‐~「してますしてますしてますしてます!ああ何かあったかいの垂れて来た!
        これ血じゃない!?ねえこれ血ィ出て無い!?」

o川#゚ー゚)o「じゃあ、仮釈放です」

言ってから、最後に思い切り力を込めて引っ張り、そして離す。
ぱちんっと、ゴムが弾けるような音がして、フォックスさんは苦悶の表情を浮かべた後、テーブルに突っ伏した。
これが恋の痛みだ。思い知ったかスケコマ神め。

爪;'ー`)y‐~「つぅ〜――!…なんでスイーツ奢らされた上に耳まで千切られなきゃいけないんだ……」

o川#゚ー゚)o「フォックスさんが悪いんですよ。リリちゃんに、もっと誠実になってあげるべきです。
      ラブコメ漫画の主人公じゃあるまいし、本当はリリちゃんの気持ち、気付いてるんでしょ?」

全くだ。
あんなの、誰が見たって丸わかり。私ですら、初めて二人を見た瞬間に分かったぐらいだ。
ましてや、このスケコマ神(次からあだ名として使う予定)ほど女の子に慣れている人が気付いていない訳が無い。

赤くはれた耳たぶ(ちょっと裂けて血が滲んでる)を摩りながら、フォックスさんはばつが悪そうに視線を逸らす。

爪 ')y‐~「勿論、とっくに気付いてるよ――」

線の細いその横顔に、一瞬苦々しい表情が過った。

579執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 10:59:14 ID:FzV8uf/k0
o川#゚ー゚)o「じゃあ、なんで――」

身を乗り出して、その横顔に私は食らいつく。
フォックスさんは、煙草を一吸いしてから視線を戻す。

爪'ー`)y‐~「ほら、キュートちゃんも言っただろ?ああ言う店の店長やってるって女子的にかなりポイント低いって。
       だからさ、あの子みたいな良い子は俺と付き合わない方がいーの」

再び私の方を向いたその顔には、何時ものいい加減な、それでも女の子を騙すにはもってこいの、魅力的な笑みが貼り付いていた。
  _,
o川*゚ぺ)o「それは、まあ、事実ですけど……」

爪'ー`)y‐~「ね?自分のカレシがピンクなお店に勤めてますよ〜なんて、友達には言えないっしょ?」
  _,
o川*゚д゚)o「でも、リリちゃん、今更そんな事気にしないと――」

爪'ー`)y‐~「はは、だったら嬉しいんだけどねー。どうだかなあ……」

困ったように笑いながら、フォックスさんは窓の外に目をやる。
遠くを見つめるようなその瞳には、やんわりとした隔絶の色があった。

多分、フォックスさんの本音は、今しがた彼が語った“理由”とはまた、別の所にあるのだろう。
気にはなるが、それ以上突っ込んで聞く事も出来ず、私はもてあまし気味にチョコミントクッキーを頬張るしか無かった。
  _,
o川*゚ぺ)o「むー……」

あ、このチョコミントまいうー。

580執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:00:26 ID:FzV8uf/k0
o川*゚ぺ)o「じゃあ、一つだけっ」

爪'ー`)y‐~「ん?」

o川*゚ー゚)o「フォックスさん自身は、リリちゃんの事をどう思ってるんですか?
      女の子として、好きなんですか?それとも、ただの幼馴染?」

爪'ー`)y‐~「んー……」

「どうなんだろうなあ」とぼやき、フォックスさんは考え込むように、ぼんやりと天井を見上げる。
ぷかぷかと吐き出す紫煙を追うその瞳は、切なげな色を帯びているような気がした。

爪'ー`)y‐~「あんま、深く考えたこと無かったなあ……」
  _,
o川*゚д゚)o「じゃあ今考えて下さい!」

爪;'ー`)y‐~「んな事いきなり言われても……」

困ったように後ろ頭をかきながら、フォックスさんは煙草をいっきに吸い終えて、新しいのに火を灯す。

爪'ー`)y‐~「まあ、好きなんじゃないかな?わかんないけど」
  _,
o川#゚д゚)o「だー!もうっ!」

……この分では、リリちゃんが報われる日が来るのは、まだまだ先のようだ。

581執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:01:22 ID:FzV8uf/k0

#track-7


――カウベルのお洒落な音に見送られつつ天を仰げば、光化学スモッグの切れ間からは、南中したお天道様がひょっこりと顔を覗かせていた。
腕時計を確認すれば、現在時刻は午前十一時半。
気の早い人々が今日の昼飯を探し出す頃合いだが、フォックス神のお陰で心行くまでスイーツを堪能できた私にランチは要りそうもない。
ここからなら駅前のPINKも近いことだし、昼前からウィンドウショッピングと洒落込もうかと思った所で、隣の彼の事を思い出した。

o川*゚ー゚)o「それで、フォックスさんはこれからどうするんですか?」

爪'ー`)y‐「え?俺?」

o川*゚ー゚)o「そう言えば、“希望へ”のトコで誰かと待ち合わせしてたんじゃないんですか?」

爪'ー`)y‐「いや、あれはいいんだ。向こうに急用が入ったとかでキャンセルになっちゃったから」

o川*゚ー゚)o「ふーん、そうなんですか」

爪;'ー`)y‐「ていうか、そう言う事はレ・パルシェに入る前に聞くよね、普通……」

o川*゚ー゚)o「もしこれから暇だったら、一緒にぶらぶらしません?」

爪;'ー`)y‐「……聞いちゃいないよ」
  _,
o川#゚д゚)o「一緒にぶらぶらするんですか!?しないんですか!?」

爪;'ー`)y‐「何だこれ…何なんだこれ……」

582執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:03:31 ID:FzV8uf/k0
何故かぐったりと項垂れると、フォックスさんは疲れたようなため息をつく。

爪;'ー`)y‐「はあ……まあ、どうせ家に帰っても暇なだけだからいいんだけどさ」

o川*゚ー゚)o「それは、着いてくると言う事ですか!?」

観念したように頷くと、フォックスさんはまた煙草に火を点けた。

o川*゚ー゚)o「“しゅしょー”な心がけですね。ま、こんなに可愛いキュートちゃんのお誘いを断るなんて、考えられない事ですけどっ!」

爪;'ー`)y‐~「ていうかもう一回聴くけど、キュートちゃんって何時からそんなキャラになったの?
        俺、君はもう少し常識のある子だと思ってたよ……」

o川*‐へ-)o「今日は思いっきりを羽を伸ばすと決めているゆえ、ぶれいこーです」

爪;'ー`)y‐~「ああ、自分が常識の無い事してるって自覚はあったんだね…安心した…安心したけど納得はしないよね」

どうでもいいけど、無礼講とブレイクルをネイティブに発音したのって似てるよね。
ぶれいこう。ブレイコゥ!……ほらね?

o川*゚ー゚)o「フォックスさんだから、こういう私を見せてるんですよ?誰にだってこんな風に接する訳じゃありません!」

爪;'ー`)y‐~「えーと、それは喜んでいいの…?」

o川*゚ー゚)o「フォックスさんの中のキュート株がどんなに下がった所で、全然、全く、どうでもいいんで!」

爪;'ー`)y‐~「あっそう……」

583執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:04:25 ID:FzV8uf/k0
o川*゚ー^)o「なーんて、冗談ですっ!冗談、ね?こういう冗談が言えるくらいには、私、フォックスさんとは打ち解けてるつもりですよ?」

爪;'ー`)y‐~「ああ、うん、有難う。嬉しいよ。出来ればもうちょっと俺が疲れない感じの冗談にしてくれるともっと嬉しいかな」

o川*^ー^)o「あはっ♪」

華が咲くように(と自分では思っている)笑ってから一回転すると、私は歩きだす。

爪;'ー`)y‐~「やれやれだ」

フォックスさんも、携帯灰皿(革勢のお洒落な感じのやつだった)に煙草を押し付け、その後に続いた。

お洒落な外観のショップが立ち並ぶウラハラ・ストリートを歩くのは、街の雰囲気に示し合わせたかのような、お洒落な格好をした今時の若者たちだ。
「ストリート・ジョーカー」だとか、「ファンファン」だとか言ったファッション雑誌の中から抜け出て来たような彼らは、まさに青春真っ盛りと言った所。
友人や恋人と談笑しながら、時折弾けた様に笑う彼らのそんな姿に、少しばかりの気遅れを感じて、私はフォックスさんの腕に抱きついた。

爪'ー`)「んん?」

180cmは身長のあるフォックスさんが、上から怪訝な顔で覗きこんでくる。
突然女の子に抱きつかれても、慌てたりしない所は、何だかちょっぴりずるいなと思った。

o川*゚ー゚)o「こうしてれば、私達も恋人同士に見えますかね?」

爪'ー`)「そう言うのはね、本当に気になる男の子にしてあげなさい」
   _,
o川*゚ 3゚)o「居たらこんなことしませんよーだ」

584執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:05:39 ID:FzV8uf/k0
爪'ー`)「またまた、そんな事言って……」

苦笑しながらその次の言葉を継ごうとして、フォックスさんは「しまった」という顔をする。

爪;'ー`)「あー、えーと…そう言えば、こないだ観たホロ・ムービーなんだけど……」

ばつが悪そうに話題を変えようとするフォックスさんだったが、それは乙女的には0点の対応だ。
ていうかなんだその誤魔化しかた。漫画か。
   _,
o川*゚д゚)o「はいアウトー!」

罰として、わき腹をつねってしんぜよう。つねりっ。

爪;'ー`)「いてててっ!ちょっと!本気でつねるの止めて!抉れるからっ!ねっ!」

o川*゚ー゚)o「乙女に気を遣わせた罰ですっ」

爪;'ー`)「っつー…ホント、容赦無いなぁ……」

o川*゚ー゚)o「ついでに、今日一日は私の恋人役を演じなさい。これはめーれーです」

爪'ー`)「はいはい、分かりましたよ、お姫様」

やれやれ、と困ったように笑いながら、フォックスさんはごく自然な形で私が絡めた腕を解く。
誤解も、下心の入る余地もない、自然な横並びの距離。
うむうむ、今のはなかなか悪くない対応ですな。80点と言った所でしょう。

585執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:12:53 ID:FzV8uf/k0
o川*^ー^)o「うむっ、くるしゅうない」

爪'ー`)「それで、どちらへ向かわれますか?」

o川*゚ー゚)o「姫はお洋服が見たいので、可愛いお洋服があるお店にあないせいっ」

爪'ー`)「――はいはい、仰せのままに」

苦笑交じりに、芝居めかして恭しい一礼と共に、フォックスさんは私へ騎士か何かのように掌を差し出す。
一日お姫様になった私がそれを取ると、私達はしゃなりしゃなりと歩き始めた。
肩の上で、“きゅう子”が退屈そうに欠伸のフリをした。

586執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:13:57 ID:FzV8uf/k0

#track-8


――店を出た所で私がその背中を見かけて立ち止まった瞬間、後ろからフォックスさんの抗議の声が上がった。

爪;'ー(#)「っつー……なに?キュートちゃん、実は俺を謀殺しようとか、そういう事を企んでるのかな?滅茶苦茶痛いんだけど」

恐らくは、私がいきなりドアの取っ手を離したから、ドアに額をぶつけでもしたのだろう。
文句を言いながら私の横に並んだフォックスさんのおでこは真っ赤になっていたが、
買い物袋で両手が塞がっているせいで、額を摩る事も出来ないようだ。

一瞬可哀相だなと思ったけれど、これも罰の一環として私は再び視線を前に戻した。

爪;'ー`)「やれやれ……」

現在時刻は午後の二時に十五分ほど。
今しがた、私達がショッピングを満喫してきた(満喫したのは主に私一人だけど)セレクトショップのはす向かい。
青とピンクと白を基調とした、花弁舞い散るような乙女的色彩の看板を掲げるアパレルショップ「kos-mos」の入り口の前に立ち尽くす一つの影に、私はぼんやりとした既視感を覚えた。

o川*゚ー゚)o「えーと……」

相も変わらず若者たちが行き交うウラハラ・ストリートの青春色の中にあって、そのトレンチコートの背中はとても浮いている。
一体何処で見たのだろう。いまいち思い出せない。
記憶の糸を手繰り寄せていると、その背中がゆっくりと振り向いた。

587執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:16:36 ID:FzV8uf/k0
<;ヽ●□●>「冗談じゃあねえ…なんでウリが…大体だ、そういう柄じゃあねえだろうが……」

ハンチング帽子と丸サングラスに大きなマスクをつけたその顔は、まさに不審者そのものだ。
こんな人物に見覚えがあるなんて、私の人生はちょっと不味いのではないだろうか。何かの勘違いじゃ?
せめて、顔の仔細が分かれば、すっきりもしようものだけれど。

<;ヽ●□●>「……チッ!ああ、くそったれめい!」

件の怪人物は、苛立たしげに爪先を上下させ、再び背後のファンシーな店構えを振りかえる。
憎々しげに「kos-mos」の看板を見上げるその立ち姿は、討入り前のヤクザのような鬼気迫るものがあった。

<;ヽ●□●>「ぐ、ぐぐぐ……」

革の手袋に包まれた拳を握りしめ、看板を見上げた姿勢で男の背中が固まる。
道行く人々は、そんな一人任侠ホロを演じる男を、気味の悪いものでも見るようにして遠巻きに見つつ歩いていく。
時折、面白がった誰かが足を止めて携帯端末のカメラで写真を撮ったりもしているが、男がそれに気付いた様子も無かった。

o川;゚ー゚)o「えー……」

えー、なんで私こんな人に見覚えがあるんだろう。
勘違いだよね?勘違いであって下さい。勘違いじゃないと私の社会性がヤバい。

……なんて事を考えていると、今まで看板を睨み続けていた男に動きが生じた。

588執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:17:31 ID:FzV8uf/k0
<;ヽ●□●>「ええいっ、ままよ!」

何かを振り切るような一喝と共に、男の足が店の入り口向けて踏み出される。
裂帛の気合を乗せたその声に、周囲で写真を撮っていた若者達がビクりと肩を震わせた。
思わず私も息を呑み、男の様子を見守るように口の前で拳を握りしめる。

<;ヽ●□●>「……」

o川;゚ー゚)o「……」

(;-@∀@)「……」

爪;'ー`)「……」

張り詰めた糸のような空気が、ウラハラス・トリートを席巻していた。
道を往く者は誰しもが足を止め、空を飛ぶ鳥すらも今は電柱の上で翼を留め、男の様子に固唾を呑んでいる。
――恐らく、この場の誰もが思っていたことだろう。

「一番最初に動いた奴が、死ぬ」。

ヤバい脇汗滲んできた。帰ったらシャワー浴びよっと。

<;ヽ●□●>「ぬううう……おおお……!」

右足を前に踏み出したままの姿勢で固まっていた男の肩が震える。
群衆の間に戦慄が走る。
“その瞬間”に向けて、皆が皆、全身の筋肉を緊張させた、まさにその時だ。

589執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:18:31 ID:FzV8uf/k0
<#ヽ●□●>「馬鹿野郎っ!何が悲しくて小娘の使いッパシリなぞせにゃならんのだ!
       ふざけるな!ウリを誰だと思って居やがる!」

やけっぱちな怒声と共に、男が「kos-mos」に背を向けた。
破れかぶれな男は、そこに来て初めて、自分を取り巻く群衆を目にする事と成る。

<;ヽ●□●>「がっ――!」

丸サングラスの下で、恐らく彼は驚愕に目を見開いたことだろう。
奇異の視線を注いでいた群衆達は、慌てたように目を逸らし、努めて何事も無かったかのようにして、三々五々とウラハラ・ストリートの方々に散らばっていく。
二次会のカラオケで気合を入れて歌ったら、思いの外みんなが引いていた時の、
何とも言えない気まずさのような空気が、ウラハラ・ストリート全体に広がっていた。
なんで私の番になるとみんな一斉にトイレに行くの?何なの?膀胱緩いの?

<;ヽ●□●>「くっ…!」

トレンチコートの裾を翻して、男は足早にその場から退散して行く。
心なしかその背中が、煤けて見えた。

o川;゚ー゚)o「……」

――で、結局誰だっけ。
疑問はしかし、解決しない方が良さそうでもあった。主に私の安らぎの為に。

590執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:19:36 ID:FzV8uf/k0

#track-9


――基本的に、私自身にあまり音楽を聴く様な趣味は無い。
周囲の友人はレゲエだとか、ガールズロックだとか、ヒップホップだとか、色々と聴いているような子も居たりはしたが、
概ね私はテレビで流れているようなポップスをカラオケ用に覚えたりするくらいで、
本腰を入れてME(ミュージック・エレメント。音楽素子)を買ったりするようなひいきのアーティストが居たりはしない。

なので、フォックスさんに連れられて駅裏の「バベル」に足を踏み入れたのは、かれこれ二年ぶりの体験であった。

爪'ー`)「ごめんね、俺の買い物に付き合わせちゃって。どうしても欲しいMEがあってさ」
   _,
o川*゚ぺ)o「ホントですよー。あまり待たせないでくださいねー」

爪;'ー`)「え、今までの流れでそんな事言うんだ…俺ちょっとショックなんだけど……」

未だ買い物袋で両手の塞がれたフォックスさんが、ひきつった半笑いを浮かべる。
現在時刻は午後の三時に二分を過ぎた所。
ウラハラ・ストリートで私の荷物持ちをやらされている間も、文句の一つも垂れなかったフォックスさんは、
私の言葉に今まで信じて来た女王に裏切られた騎士のような悲愴さを漂わせていた。

o川*^ー゚)o「だーかーらー、冗談ですって。冗談っ♪」

爪;'ー`)「そっか…良かった。キュートちゃんも堕ちる所まで堕ちたかと心配になってた所だったんだ……」

o川*゚ー゚)o「ほらほら、ぶれいこーぶれいこー」

591執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:20:41 ID:FzV8uf/k0
そう言いながら、フォックスさんの手から紙袋を奪う。
フォックスさんの顔が、束の間驚愕に歪んだ。何その反応。私だって弁える所は弁えますし。失礼しちゃう。ぷんぷん。
 _,,,_
/::o・ァ「ケッ!ブリッコブリヤガッテョ!」

肩の上で何やら雑音が聞こえたので、今夜のおかずはシーチキンにしようと思いました。
 _,,,_
/::o・ァ「……」

o川*゚ー゚)o「あれ?シーチキンって鳥じゃなかったっけ?」

爪'ー`)「……」

フォックスさんが、縁側で戯れる初孫を見守るおじいちゃんのような瞳でこちらを見つめている。
脛を蹴っ飛ばしてやろうと思ったけれど、淑やかさとか女子力とかいう単語が脳裏をよぎったので、私は照れ隠しににへらっと笑ってみせた。
因みにシーチキンはマグロとかカツオのお肉です。最初から知ってたし。
ユーモアのある乙女っぷりをアピールしただけだし。ホントだし。信じろし。

o川*゚ー゚)o「所で、フォックスさんはどんな音楽を聴くんですか?」

爪'ー`)「んー……」

フォックスさんは直ぐには返さず、「これは言って良いのだろうか?」とでもいった様子で唸っている。
何だろう、人には言い辛いジャンルなのだろうか。アニメ・ソングとか?

592執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:21:50 ID:FzV8uf/k0
爪'ー`)「ヘビーメタル、ってキュートちゃんは聴く?」

o川*゚ー゚)o「ヘビメタって、あのドコドコギュイーンってするやつですか?聴かないですね―」

爪;'ー`)「ドコド――」

かくんっと小首を傾げて訊き返すと、フォックスさんは束の間スゴい顔をした。
この世全ての憎悪を掻き集め、大釜で煮込んだかのようなその表情が顔を過ったのは、
ホンの一瞬の事だったけれど、私は身の危険を感じてちょっと身を引いた。
こわっ。何今の顔。取り殺されるかと思った。

爪;'ー`)「ま、まあ聴かない人からしたら五月蝿いだけだもんねー」

o川;゚ー゚)o「あーいやー、えー」

取り繕うかのように笑ってはいるが、その頬からは未だ引き攣った痕が拭いされていない。
何なの?フォックスさんは心の中に獣でも飼っているの?
時々抑えきれなくなって、殺戮衝動に屈しちゃったりするの?左手が疼いたりしちゃうような人なの?

爪;'ー`)「まあ、そういうわけで、ちょっと引いちゃうと思うから、キュートちゃんはどっか適当にベンチとか座っててよ」

o川;゚ー゚)o「あ、いや、えーと、うー……」

正直な所を言えば、メタルというのにはあまり興味が無い。
更に言えば、趣味人にとって趣味の時間は一人にして欲しいものなのだろう。
だから、ここは大人しくベンチで待つのが正解と言えば正解なのだろうけど、今まで私の買い物に付き合って貰った手前、引き難い所がある。
文句も言わずここまで荷物持ちをしてくれた人に対する、最低限の礼儀は守るべきだと思った。
何度も確認するけれど、私だって常識が無いわけじゃない。今日は“ぶれいこー”なだけだ。確認。

593執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:23:30 ID:FzV8uf/k0
o川*゚ー゚)o「ううん、私もついてきますよ。ヘビメタとか分かんないですけど、相槌くらいは打てますし」

爪;'ー`)「あ、そう?あんま無理しなくていいよ?」

o川*^ー゚)o「だいじょぶだいじょぶ!今更フォックスさんの異常な性癖の一つや二つ、知った所で引いたりしませんよ!」

爪;'ー`)「あはは、有難う…でも別に、エロゲ屋に勤めてるからってセックスマイノリティな訳じゃないからね?」

o川*^ー^)o「ふたなり、とか最初聞いた時は危ないお薬やってる人かと思いましたけど、私、フォックスさんがホントは良い人だって知ってますから!」

爪;'ー`)「天下の往来でそういう事言うの止めて!あと、俺は至ってノーマルだからね!勘違いしないでね!割とマジで!」

o川*゚ー゚)o「あ、もしかして複数の人と同時にお付き合いしてるのは、幾つもの性癖を持っているからとか?日替わりでアブノーマルプレイですか?」

爪;'ー`)「ホント、勘弁してよ!さっきから乙女的にもかなり問題な発言してるって事にいい加減気付いて!」

o川*^ー゚)o「ジョークですって、ジョーク!キューティージョークですよう♪」

爪;'ー`)「ジョークだとしてもキツいんだってば…はぁ…ホント、なんで俺こんなに疲れてるの……」

フォックスさんは何やら「どっと疲れたー」という顔をしている。
景気付けにその背中をどんっと叩いてあげた。
乾いた笑いが、フォックスさんの口からカラカラと漏れた。人間打楽器の完成だ。
あまり荒く演奏すると直ぐに壊れちゃいそうなので、これからは優しく取り扱って上げようと思いました。

594執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:24:53 ID:FzV8uf/k0
そんなこんなでエレベーターに乗り、私達は七階のHR/HM(ハードロック、ヘヴィメタルの意味なんだそうだ)のコーナーに降り立った。

┏爪#゚д゚)┛「ファッキューガバメェェエエンツッ!」

エレベーターのドアが開くと同時、フォックスさんは謎の雄たけびを上げるや、マサイの戦士が如く駆け出し、林立する陳列棚の影に消えた。
残された私は、鉄の箱の中から、フォックスさんが消えた棚の間を呆然と見つめるしかない。
何だあれ。ファッキューガバメントって何だ。フォックスさんも疲れてるのかな。
ごめんなさい、引くとか引かないとか、もうそういう話しじゃありませんでした。
 _,,,_
/::o・ァ「……マジキチ」

――っく。フォローしなきゃいけないのに言葉が出てこないっ。

o川;゚ー゚)o「……取り合えず、探せばいいのかな」

見つけ出した所で、何と声をかけていいのか分からないけれど、一応ついて行くと言った手前、はぐれたままなのもいかがなものか。
ライオンとチーターが殺し合ってでもいるかのようなギターが鳴り響くホールへと、仕方なく歩み出し、棚の間を見て回る。

o川;゚ー゚)o「うわっ、ひろっ!」

とは言え、ミクロな体育館ほどの広さを持つフロアを探し回るのはとても骨が折れる。
加えて、狭い通路には、黒革のジャンパーやシルバーなアクセサリーをじゃらじゃらとつけたメタラー達が犇めいていて、ちらっと見ただけでは通路全体を見渡せない。
なんでこの人達こんな無駄にがたいがいいの?あと、髪とかめっちゃ長いし。
ていうか、女の私よりサラサラした髪のおっさんが居るのは何?コンディショナーは欠かさないの?
そんなのメタルじゃねえ!このファッションメタルめ!メタルとか知らんけど。

595執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:26:39 ID:FzV8uf/k0
 _,,,_
/::o・ァ「ロクオン、キルョ!ウルサシュギッ!」

フロア内に鳴り響くアグレッシブなサウンドに、肩の上の“きゅう子”も相当まいっているようだ。
いやちょっと待て。「録音切る」って今まで録音してたのか。おいどういうことだそれちょっとカメラ止めろおい。

o川;゚ー゚)o「うーん、何処行っちゃったのかなー……」

頑張って、頑張って、十分ほど棚と棚の間を見て回ったが、あのユニセックスでありながらも爽やかさを失わない後ろ姿を見つける事は出来ない。
諦めて、携帯端末にメールだけ残して下で待とうかと思っていた時だ。
フロアの隅、「インディーズ・コーナー」と書かれた吊り下げポップの下、
大量のMEがごちゃごちゃと入ったワゴンの前に、私は場違いなものを見つけて立ち止まった。

o川*゚ー゚)o「んん?あれって……」

筋肉ムキムキマッチョマン(死語)なメタラー達の中にあって、150cmにも満たない低身長。
ちいちゃい角がちょこん、ちょこん、と二つ突き出した紫のフード。
パーカーのおっきなポケットに手を突っ込んでワゴンの中を覗きながら、
時折リズムを取るかのように身を揺らしているのは、ヘッドホンで音楽を聴いているからだろう。
呼びかけても聴こえないだろうから、私は彼女の肩を背後から叩く事にした。

o川*゚ー゚)o「シュ〜ルさんっ♪」

lw´‐ _‐ノv「アーハン?ファッキンガバメンツ?」

なんだそれ。流行ってるのかそれ。挨拶か。メタラー同士の合言葉か何かか。

596執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:28:00 ID:FzV8uf/k0
o川;゚ー゚)o「ち、ちわーっす」

何と返して良いのか分からず、若干どもりながらの挨拶をかけてしまう。
ていうか、後ろから声を掛けたら驚くだろうと思ったのに、こっちが不意打ちを食らった気分なのが釈然としない。
恐るべしシュールさん。この人は底が知れない。

lw´‐ _‐ノv「あー…えー……っと」

o川*゚ー゚)o「……?」

lw´‐ _‐ノv「――待って、今思い出す。アカシックレコードにアクセスしてるから。大丈夫、もう直ぐ引き出せる」

あー、もしかしてこれ、私、忘れられてる?
確かにリアルで会ったのはこれで三回目だけど、ちょっとショックだ。

o川;゚ー゚)o「あの、私、キュ――」

lw´#゚д゚ノv「言うなって!今思い出すんだから!ああほらチャネリング途切れた!
       あーあーあー!何なんだよもー!何なのキミ!?ホント、キミは何なの!?」

o川;゚ー゚)o「え、えー…キュートですけど……」

lw´#゚д゚ノv「知ってるよそんな事!あーあーもー!せっかく繋がりかけてたのになー!
       どうしてくれんだよーもー!あーマジ萎えるわー!あーあーあー!」

え?え?なんでこんな私怒られてるの?
ていうか何?アカシック……何?

597執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:28:53 ID:FzV8uf/k0
o川;゚ー゚)o「え、あ、えう、その、何か、ごめんなさい……」

lw´#‐ _‐ノv「あーあー…マジ萎えるわー…マジファッキンガバメントだわー…どうしてくれんだよー…おいよー…」

o川;゚ー゚)o「……」

うわ、マジで怒らせちゃったの?でも私、何かした?え?これって、なに?私が悪いの?

lw´#‐ _‐ノv「くっそー…もうちょっとだったのになー…もうちょっとで大宇宙の神秘が欠片でもつかめたんだけどなー。
        くっそー…何なんだよも―…ホント、逆に泣けてくるわー」

o川;゚ -゚)o「す、すいませんでした……」

lw´‐ _‐ノv「――ふっ」

o川;゚ー゚)o「へ……?」

┗lw´^ _^ノ┛「なーんて、冗談でした〜!シューちゃんギャグだっぴょ〜ん!ごめんねごめんね〜♪お茶目だから〜♪」

ばびろ〜ん、とかいう擬音が似合う感じで、シュールさんは形容しがたいポーズを取る。

o川;゚ー゚)o「え――」

どういうリアクションを取って良いか分からず言葉に詰まっていると、ポンと肩を掴まれた。

lw´‐ _‐ノv「――笑えよ」

真顔で紡がれた彼女の言葉は、底冷えがする程に低かった。

598執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:29:46 ID:FzV8uf/k0
o川;゚ー゚)o「ひ、ひいィ――!?」

思わず変な悲鳴を上げてしまう。
いや、笑えって、そんな、急に言われましても――。

lw´‐ _‐ノv「――それとも……つまらなかったか?」

o川;゚ー゚)o「あ、あはは、あは。そんな事、無い、ですよ〜?」

lw´‐ _‐ノv「――ホントに?」

o川;^ー^)o「ほ、ホントに!超面白かったですっ!めっちゃ面白かったです!ファッキンガバメントとかの辺りが!」

lw´‐ _‐ノv「――え」

o川;^ー^)o「――え」

lw´‐ _‐ノv「……」

o川;^ー^)o「……」

lw´^ _^ノv「そっかそっかー。面白かったかー。良かった―。新作ギャグだったから、ちょっと不安だったんだよね―。いやー良かった良かった―」

o川;^ー^)o「あ、あははは。そうなんですかー。いやー、全然大丈夫だと思いますよ〜?」

ほっ。
取り合えず、何とか凌ぎ切ったと思っていいのかな?
今日一日散々フォックスさんの前でボケ倒して来た私だけど、この人のジョークのセンスは未だに良く分からない。
ハッカーという人種は、みんな彼女のような人ばかりなのだろうか。いやまさか。
少なくとも、もう一人、彼女と知り合うきっかけとなった彼は割と普通だった。……あくまで、割と。

599執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:30:48 ID:FzV8uf/k0
lw´‐ _‐ノv「え、キュンキュンってメタル聴くっけ?」

青みがかった髪の間から、シュールさんは眠たげな眼で私を見上げて来る。
顔の造形自体はお人形さんみたいに可愛いのだけれど、ぬぼーっとした表情のせいで美少女からは今一歩遠い。
いや、私の蔑みとかじゃなく。いやいや、ホント、そんなんじゃないです。
実際、私より遥かにシュールさんの方が可愛いと思います。違うっす、「可愛いって言ってるアタシ可愛い」とかそういうのじゃないっす。ホント。

o川*゚ー゚)o「いえー、私は音楽とかは全然―。フォックスさんについてきただけで……」

そいでもってうっかり聞き流す所だったけど、「キュンキュン」ってもしかして私のあだ名なのかな。
なんか、大昔のアイドルのぱちもんみたいに聞こえるので、出来れば改名を要求したいです。

lw´‐ _‐ノv「そかー」

ほんの少し残念そうな顔をして、シュールさんはちょびっとだけ俯く。
ちいちゃな顔とアンバランスな程におっきなヘッドホンが、首の動きに合わせて揺れる様は、
女の子の私が見てもきゅんっと来るほどに可愛らしかった。
リリちゃんと言い、シュールさんと言い、私は小ちゃい女の子に弱いのかもしれない。
違うよ?ロリコンじゃないよ?仮にそうだとしても、私女の子だから何もやましい所なんて無いよ?

lw´‐ _‐ノv「キュンキュンが同士だったら嬉しかったんだけどな―」

o川;^ー^)o「はは、こういう激しいのはあまり得意じゃなくて……」

lw´‐ _‐ノv「そかー……」

しゅんっ、という擬音が聞こえてきそうなほど、しょんぼりするシュールさん。
寂しげに視線を逸らして、ワゴンの中のMEのジャケットを見ては、ふっとため息をつく。
ああ!もう!何でさー!そんなさー!可愛いさー!仕草をさー!もー!たまらーん!

600執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:33:09 ID:FzV8uf/k0
o川;゚д゚)o「やや!でもさ、シュールさんがそこまで好きなら、ちょっと聴いてみたいなーとか、思っちゃったりなんかりー!?」

lw´‐ _‐ノv「――マジで?」

o川*゚д゚)o「マジ!マジ!」

lw´‐ _‐ノv「超マジ?」

o川*゚∀゚)o「超マジ!」

lw´‐ _‐ノv「ファッキューガバメンツ?」

o川*゚∀゚)o「ファッキューガバメンツ!」

lw´*^ _^ノv「おお…おお…!おおお!」

開いているか開いていないか分からないシュールさんの目が、至福の胡桃型に見開かれる。

lw´*^ _^ノv「じゃ、じゃあさじゃあさ!これ!パペマス!ね!これ、おす、おす、オススメだからさ!
        ききききき聴いてみてよ!ファッキュン・ジーザスだよ!マジ!マジ!」

痙攣でも起こしたかのようにたどたどしい口調で言いながら、彼女はワゴンの中から一つのMEのケースを凄いスピードで取り出すと、私に差し出した。
インディーズ・バンドコーナーだからか、私が普段知っているようなケースよりも少しばかり安っぽいジャケットの中では、
アメリカンなタッチの骸骨がトゲトゲしたギターを振り回している。
おどろおどろしいフォントでジャケット上部に描かれた「地獄の盆踊り野郎、テキサスへの帰還」というのはアルバムのタイトルだろうか。
ぶっちゃけ何処の何を目指しているのかさっぱり不明なタイトルだが、シュールさんの笑顔が見れるならどうでもよかった。

601執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:34:26 ID:FzV8uf/k0
lw´*^ _^ノv「パペマスはさ、メジャーからもちょろっと出したけどさ、個人的にはアレはメタルっていうよりポップスって感じで好きくないっていうか!
       やっぱ、インディーズの頃からやってた、下水道ヴォイスが無いとパペマスじゃないっていうか!」

o川*^ー^)o「ふーん!」

lw´*^ _^ノv「だからWMEと別れたのは正解って言うか!やっぱり初期三部作が至高!窮極!
        その地獄の盆踊り野郎は三部作の二つ目なんだけど、一番聴きやすくて尚且つパペマス本来の――」

o川*^ー^)o「うん!うん!」

lw´*^ _^ノv「これぞグラインドコアの地平線!インディーズメタルバンドの極北!
        パペマスと言えばあのワタナベアーコロジーでの決死ライブが一番有名な伝説だけど、既にしてこの三部作がもう伝説なので――」

o川*^ー^)o「へー!そうなんだ!」

lw´*^ _^ノv「つまり、何が言いたいかって言うと、“ヘッドスピン・キルミー”最強です!はい!」

o川*^ー^)o「なるほどー!」

……別に聞き流してるわけじゃないし。ただ、知識が無いから口を挟めないだけだし。
シュールさんの話自体はちゃんと聴いていますよ?
要約すると、このアルバムはパペットマスターというバンドのもので、シュールさんは彼らがインディーズでやってた頃の音楽性の方が好き。
中でも、初期三部作と呼ばれるアルバム群が名盤揃いで、その中でも真ん中の、
今私が握っている「地獄の盆踊り野郎、テキサスへの帰還」というアルバムは、
初めての人にも聴きやすく、それでいてパペットマスター本来の持ち味も良く出ているのでベスト。
そしてシュールさん個人は、このアルバムの“ヘッドスピン・キルミー”という曲がとても好き。

……どうだ。ちゃんと正確に理解しているでしょう?一片の興味も無いけどね。
一生懸命喋るシュールさんが可愛いんだから、それでいいじゃない!

602執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:35:38 ID:FzV8uf/k0
「はぁ?“ヘッドスピン・キルミー”?――はっ、これだからにわかは……」

突如として、私とシュールさんの甘甘空間に切りこんでくる声があった。

「あんな売れ線狙ったかのような媚び媚びの曲聴いて喜んでるとか、マジ分かってねえよな……。
 そういう奴がパペマス語るとか、マジで虫唾が走るんで止めて貰えませんかねえ…?」

lw´;‐ _‐ノv「な、何だとこら!ざっけんな!ヘッドスピン・キルミー最強だろうが!マジで神曲だろうが!」

そうだそうだ!私とシュールさんの楽しい語らいに土足で踏み込んでくるんじゃねえ!

爪'ー`)「最強〜?神曲ぅ〜?ぷっ!何でもかんでも神、神、神!神様のバーゲンセールかよ!
     ちょっと頭悪く聞こえるんで、止めて貰えますぅ〜?」

とか思って振り向いたら、フォックスさんでした。
うわあ、何このテンション。さっきのマサイの戦士みたいなのも大概だったけど、これはこれで痛々しさがヤバいです。

lw´#‐ _‐ノv「ああ!?神曲を神曲って言って何が悪いんだよこら!
        大体ニホンは八百万の神様っていうだろうが!アニミズム舐めんな!裁き下すぞ!」

爪'ー`)「はいはい厨房乙―。アニミズムってネットで調べたんでちゅかー?お利口さんでちゅねー!」

lw´#‐ _‐ノv「このっ!てめっ、やんのかこらあ!住所教えろやあ!
        ヤクザに頼んでお前ぼこぼこにすっからな!あたしの彼氏ヤクザに知り合いいっから!」

爪'ー`)「ぷぷぷー!ヤクザに頼むとか!おめーは一人じゃ何もできねーのかよ!やるんならてめえでやってみやがれってんだよ!」

603執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:36:30 ID:FzV8uf/k0
lw´#‐ _‐ノv「おめー、マジ泣かす……」

爪'ー`)「あーあー、聞こえなーい。口だけちゃんが何か言ってますね―?何を言ってるんでしょ―ねー?」

lw´#‐ _‐ノv「ぐぬぬ……」

爪'ー`)「ぷーくすくす!」

o川;゚ー゚)o「……」

何だか知らないうちに、曲から離れた所で口の殴り合いをしている。
これはそろそろ止めるべきなのだろうか。
割と洒落にならない雰囲気で睨みあってるけど……と私が心配をしていると、
二人は突然どちらからともなく不敵な笑みを浮かべるや、がっしりと握手を交わした。

爪'ー`)「……お久しぶりです、メンター。元気そうですね」

lw´‐ _‐ノv「……貴様こそ、相変わらずそうで何よりだよ」

爪'ー`)「――“ヘッドスピン・キルミー”、最強っすよね。組手とは言え、メンターのソウル・ソングを愚弄した罪、どうかお許しを……」

lw´‐ _‐ノv「……ふっ、気にするな。ぶっちゃけ、あの曲のリフとか若干くどい気もするし」

爪'ー`)「そっすよね…それを除けば、ドラムの疾走感とかたまんないっすけどね……」

lw´‐ _‐ノv「うむ……クックルはインディーズメタル界の千手観音だよ……」

爪'ー`)「マジ唯一神っすよね……」

604執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:37:49 ID:FzV8uf/k0
うんうん、うむうむ、などとしきりに頷き合いながら、二人は“ヘッドスピン・キルミー”、引いては“パペットマスター”への愛を滔々と語らう。
完全に置いてけぼりをくらった形となった私は、一人、ワゴンの中のMEを漁っていた。
「急降下爆撃〜BAKU‐GEKI〜」というタイトルのアルバムが目にとまる。
副題をつけようとしてめんどくさくなったのだろうか。私だったら〜KYU‐KOUKA〜とつける。KYU-TOだけに。……上手くない。

lw´‐ _‐ノv「おっと、愛すべき愚弟との再会で忘れる所だった」

一人脳内新喜劇の第二幕を演じていると、シュールさんが慌てて私の方を振り返った。
つられて視線を向けたフォックスさんの顔が、みるみるうちにひきつっていく。

爪;'ー`)「あ、キュートちゃん、い、居たんだ……」

o川;゚ー゚)o「や、やっはっはっは〜。――どもー……」

私自身、何と声をかけて良いものか、非常に判断に困る。
何時もは爽やか柑橘系イケメンをやっているだけあって、先のシュールさんとの会話が普通の女の子にとってどんな風に聴こえるかは、
フォックスさんにも分かっていたようだ。
浮気現場を押さえられたジゴロみたいに(あれ?本日二回目?)ぎくしゃくした笑顔を浮かべる彼は、
あまりにも痛まし過ぎて、とても直視できるようなものではなかった。

爪;'ー`)「あ、あっはっはっはっはー!いやーこれは恥ずかしい所を見られちゃったな―」

必死に何時もの瑞々しい笑顔を浮かべようとして、フォックスさんの口の端が針で縫ったようにして歪む。
これは流石に、私が「全然別に気にしてないよ―」みたいな感じを出して行かないと可哀相だ。
何か無いか。何か、誰も傷つかず、この場を切り抜ける上手い返しは。

605執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:39:02 ID:FzV8uf/k0
o川;゚ー゚)o「い、いやー驚いちゃったな―。まさか、フォックスさんとシュールさんって知り合いだったなんてー。仲良いんですねー」

良しっ!これだ!
これなら、「さっきちょっとぎこちない感じだったのは、二人が知り合いだと知ってびっくりしたからでーす」みたいに見える筈!完璧!

lw´‐ _‐ノv「フォックスさん…?」

爪'ー`)「シュールさん…?」

……え?

爪;'ー`)「えーと……あ、ああ!名前か!」

lw´*‐ _‐ノv「ああ、なるほど!そうか、“此ノ世ヲ滅ボス者†ルキフグス†”くんはリアルではフォックスという名前なんだね!」

爪;'ー`)「っ――!」

o川;゚ー゚)o「……」

コノヨヲホロボスモノダガーマークルキフグスダガーマークくん。
長い、名前だ。オレノナマエハイッパイアッテナくんよりも長い。

lw´*‐ _‐ノv「いやー、一瞬何か分からなかったけど、そうかー。
        そう言えば私達はまだお互いの名前すら知らなかったんだなー」

606執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:40:14 ID:FzV8uf/k0
爪'ー`)「そ、そっすねー…そう言えば、そっすねー……」

魂の抜け切ったような顔で、フォックスさんは虚空に呟く。
私は何も間違った事はしていないと思います。事件があった当時、被告人の精神は大変混迷を極めていましたが、それでも最善の行動を取りました。
よって、ここに彼女への責任能力が発生しないと結論付けます。以上、閉廷。閉廷ったら閉廷!

o川;゚ー゚)o「あー、えーっと、二人は、ネットで知り合ったとか、そういう感じ……?」

lw´‐ _‐ノv「うむ。メタラー同士の情報交換を目的としたチャットルームで罵り合って以来の仲さ。あの頃はまだ若かった……」

爪;'ー`)「あ、え、と……」

lw´‐ _‐ノv「そう、あれは確か、秋口にしては随分と寒い…丁度、今日のような日の事だった……」

爪;'ー`)「……」

しみじみとした口調で、二人の想い出を語り出そうとするシュールさんを前に、
フォックスさんは絞首台の階段を一段一段と登る死刑囚のような顔をしている。
所謂一つの「黒歴史博覧会」と言った状態なのだろう。
可哀相に。せめて骨だけは拾ってあげましょう。

なんて思っていると、ふいにキュートさんの糸のような目が、私の肩の上に注がれていることに気付いた。

607執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:41:10 ID:FzV8uf/k0
lw´‐ _‐ノv「おや、これまた懐かしい奴と再会したな」

o川*゚ー゚)o「?」

はてな?と小首を傾げる私に構わず、シュールさんは私の肩の方に手を伸ばす。
血管が透けて見える程に白い彼女の右手の甲に、桜色の小さな影がちょこんと跳び乗った。
 _,,,_
/::o・ァ「シューチャン!ヒサシブリ!ヒサシブリネ!ネ!」

lw´‐ _‐ノv「ああ、久しぶり。今日はどうも、再会の日か何かなのかな?ふふっ」

細く甲高い電子音声を上げる“きゅう子”に、シュールさんは慈母のような優しい笑みを浮かべる。
彼女にとっては、丸一年ぶりだろうか。ある意味、親子の感動の再会、でもあるのかしらん。
視界の隅では、話題がそれた事に安心したフォックスさんが、ほっと胸を撫で下ろしていた。おめでとう、おめでとう、おめでとう。

lw´‐ _‐ノv「ふふっ、元気にしてたかい?」
 _,,,_
/::o・ァ「ワリトネ!ワリトゲンキダョ!ワリト!」

lw´‐ _‐ノv「そうかそうか…何処か、調子が悪い所とかは無いかい?」
 _,,,_
/::o・ァ「ンットネ!タマニキュートチャンガイヂメルケドネ!ダイジョブョ!ワリト!ワリトネ!」

……ぎくっ。

608執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:42:28 ID:FzV8uf/k0
lw´‐ _‐ノv「むっ――」

開いているのか閉じているのか分からない視線が、じとっと注がれる。
いまいち迫力に欠けるが、ばつが悪いのに変わりは無いので、明後日の方向を見ることにした。

o川;゚ー゚)o「あ、あははははー!いやー可愛さ余ってなんとやらと言いますかー!」
 _,,,_
/::o・ァ「デモネ!オオムネヤサシィノデ!ダイジョウブカモョ!オオムネネ!オオムネ!」

lw´‐ _‐ノv「そかー」

ナイスフォローだ“きゅう子”。
焼き鳥にするのは免除してあげよう。
 _,,,_
/::o・ァ「パパンハゲンキシテル?シテル?」

lw´‐ _‐ノv「……」
 _,,,_
/::o・ァ「キョーモヒキコモリ?コモリッキリデチカ?」

lw´‐ _‐ノv「ああ、相も変わらず、出無精この上ないよ」
 _,,,_
/::o・ァ「ソカー。コンドアソビィクョ!メンテナンスシナイト!メンテナンスネ!」

lw´‐ _‐ノv「……」
 _,,,_
/::o・ァ「ゴクジョーノオィルヨゥィシテテネ!パパンニィットィテ!ゴクジョゥノヤツ!ネ!」

lw´‐ _‐ノv「……」
 _,,,_
/::o・ァ「シューチャン?ドッチタノ?シュー!チャン!」

609執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:43:30 ID:FzV8uf/k0
o川*゚ー゚)o「……」

lw´‐ _‐ノv「……ああ、伝えておくよ。だから、何時でもおいで」

言って、 “きゅう子”のちいちゃな頭を撫でると、シュールさんは私を見上げて笑った。
最後まで、彼女は優しげな笑顔を崩す事は無かった。
だから、私もそれに確かな頷きを返した。

lw´‐ _‐ノv「……さて、それじゃあ私はここら辺でお暇するよ。お前のお陰で、パパンの世話が残っているのを思い出した」

最後に悪戯っぽく笑って“きゅう子”に小さく手を振ると、シュールさんは私達に背を向ける。

lw´  ‐ノv「アディオス。次のループでまた会おう……」

角付きのフードを被った、その紫色のパーカーの背中は、ウィザード級のハッカーのものでも、
不思議電波系人物のものでも無い、沙緒シュール、という少女のそれだった。

o川*゚ー゚)o「……」
 _,,,_
/::o・ァ「……」

その背中がエレベーターの中に吸い込まれて行く所までを見届けてから、私と“きゅう子”はどちらともなく見つめあった。
視界の隅では、フォックスさんが不思議そうに首を傾げている。
私はそれに、適当な笑みを返しておいた。

610執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:44:49 ID:FzV8uf/k0
o川*゚ー゚)o「……私達もそろそろ出ますか」

爪'ー`)「ん?ああ、そうだね、もう四時だ」

o川*゚ー゚)o「最後にちょっとだけ、寄りたい場所があるんですけど、着いて来てくれます?」

爪'ー`)「寄りたい所?これから?」

o川*゚ー゚)o「フォックスさんの帰り道でもあるんで、今日一日のお礼にお見送りって形になるかもしですけどね」

爪'ー`)「まあ、今更何処に行こうと文句を言うつもりはないんだけどね」
   _,
o川*゚ー゚)o「あっ、嫌味ですかー?」

爪'ー`)「ははは、御想像にお任せってことでここは一つ」

軽口をたたき合いながら、私達はレジでそれぞれ手にしていたものを買い、エレベーターに乗った。
私は「地獄の盆踊り野郎、テキサスへの帰還」を。
フォックスさんは、「大殺界ネバーエンド」を。

三部作の最後である「悪夢の終局、或いは黄金の夜明け」は、今度シュールさんと一緒に買いに来ようと思った。

611執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:46:13 ID:FzV8uf/k0

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――秋の空は早くに落ちる。
窓の外を流れ行くビルの森は、急速にその影を伸ばし、朱色の時間はリニアと同じ速度で流れていってるようですらあった。
ニューソク駅からニーソク駅までの所要時間は十分に満たない。
その十分の間に、夜の足音は慌ただしくやってきて、黄昏の時間は刹那のうちに過ぎ去って行く。

夕日を見上げて物思いに耽るには、この橙の時間は短すぎる。
それは果たして喜ぶべきことなのか、はたまた憂うべきことなのか。
私のようなちっぽけな者にとって、それは答えの出ない禅問答と同じような愚考だった。

o川*゚ー゚)o「……えーっと、ここまでで良いです」

ニーソク駅を出てから三十分ほど歩いた所で、夕暮れの残照は撤収を始めていた。
フォックスさんの左の手から、残りの紙袋を受け取る。
昼間にニューソクの大交差点で見たようなパンクスが一人、うらぶれた足取りで私達の横を通り過ぎていった。

爪'ー`)y‐「大丈夫?この時間帯にここら辺を女の子が歩くのは、あまり宜しくないと思うけど……」

そのツインモヒカンのパンクスから私を庇うようにして、フォックスさんは立ち位置を変える。
どぎつい色彩のネオン看板が、両脇をびっしりと固める路地の隅では、しゃがみ込んだ襤褸布姿のジャンキーが、
焦点の定まらない目で私達の方を見つめていた。

o川*^ー゚)o「だーいじょーぶでーすよーぅ!これでも、伊達にフリージャーナリストなんてやってませんって!
      その手の揉め事が起こったら、どうするべきかぐらい、心得てますって♪」

612執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:47:10 ID:FzV8uf/k0
爪'ー`)y‐「……」

底抜けに明るい感じで言ってみたが、フォックスさんは真面目な顔を崩さない。

o川*゚ー゚)o「それに、心配するんだったら、私じゃなくてリリちゃんの事を心配してあげた方がいいですよ?
      リリちゃんだって、毎日毎日、この辺の道を歩いているんでしょう?ちゃんと、送り迎えとかしてあげてます?」

爪'ー`)y‐「あの子の事は今は関係ないだろう?」

真っすぐに私を見つめて来るその瞳は、まるで私の心の中の全てを見透かしているようだった。
いいや、ようだった、じゃない。
きっと、この人には、何もかもお見通し何だろう。分かっているからこそ、こんな事を聴くんだろう。
心底、この人はお人よしだ。

爪'ー`)y‐「――俺が、ついて行こうか?」

その優しさが、今は、辛い。

爪'ー`)y‐「それか、また今度にしないか?今日は、もう、こんな時間だし……」

あくまでも、「夜道の心配」という形を崩さないフォックスさん。
その優しさに、縋りたくなる。
なるけれど。

o川* ー )o「――大丈夫。一人で、大丈夫ですから」

それに縋ったら最後、きっと永遠に私は前に進めないまま、立ち尽くしてしまう。

だから。

613執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:48:08 ID:FzV8uf/k0
爪'ー`)y‐「……そう」

フォックスさんは、それ以上は何も言わなかった。
ただ、真っすぐに、揺らぐこと無く、私を見つめ続けるその目だけが、「頑張れ」と言っていた。

o川*゚ー゚)o「今日は、有難うございました。色々と、私の我儘に付き合ってくれて、嬉しかったです」

爪'ー`)y‐「……ああ」

o川*゚ー゚)o「……今度、何か、お礼しますね。焼き肉とかで良いですか?」

爪'ー`)y‐「……ん」

o川*゚ー゚)o「――えっと、それで……」

爪'ー`)y‐「……」

o川*゚ー゚)o「えっと…えっと…えっと……」

駄目だ。
何をやっているんだ、私は。

o川;゚ー゚)o「そ、それじゃあまた今度!」

意気地の無い自分を振り払い、フォックスさんに背を向け走り出す。

遠耳に、「グッドラック」、と彼が呟くのが、聴こえたような気がした。

確かめる為に振り返るような事はしない。そうしたらきっと、また動けなくなる。

前だけを向いて、私は地面を蹴る力を強める。止まらないように。くじけないように。

614執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:49:34 ID:FzV8uf/k0
o川;゚ー゚)o「ハッ――ハッ――ハッ――」

アンモニアと魚の腐敗臭が混じり合ったような、独特の臭気が漂うニューソクの大通り。
猥雑なネオン光と、その中で浮き沈みする、与太者達の頽廃的な喧騒。
貸しビルと貸しビルの間を、ビールの空き箱の上を、蹲って動かないジャンキーの死体の上を、走り、飛び越し、走る、走る、走る。
両手の紙袋の重みがそろそろきつくなりかけて来たころ、私はそこに辿りついた。

o川*゚ー゚)o「……」

宵闇の帳がおりかけた小路、ニーソク区13番街。
ピンク色のネオン看板を掲げるソープランド「兎夢猫〜トム・キャット〜」と、錆ついたシャッターが半開きのままの違法バイオ端子屋の間。
そこだけが、ウラハラ・ストリートのピンナップから切り取ってきたかのような、小洒落たバーか喫茶店のような外観。
青銅を模した小さなドアには、「Яeboot」の切文字の貼られたドアプレートが下がっている。
ネットにも碌な広告を出していなかったから、探すのには苦労した。だが、ここで間違いない。

o川;゚ー゚)o「……スゥ…ハァ…」

五つの窓からは、薄らぼんやりとした明かりが漏れている。
ドアのノッカーを叩けば、恐らくは“彼”か“彼女”が出て来るだろう。
何の事は無い、ただ、数歩にも満たない距離を歩き、ノッカーを二、三度軽く鳴らすだけ。難しいことなど無い。

簡単なことなのに。

615執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:50:46 ID:FzV8uf/k0
o川* - )o「……」

――やっぱり、今日は止めようかな。
別に、無理して今日でなくてもいいんじゃないかな。
むしろ、ここまでやってこれただけでも上出来じゃないかな。
今日は、場所を確認しにきただけって、それで良いんじゃないかな。

o川* - )o「うぅ…うぅぅ――」

馬鹿、馬鹿、馬鹿、意気地無し。
泣いてどうなる。それで何が解決する。
泣くな。泣くなってば。

o川*;へ;)o「だって…だって――」

嗚呼、なんて、なんて情けないんだろう。
こんなの、って無い。
私って、どうしてこんなに弱いのだろう。
あーあ……。最低だ。

o川*うд;)o「う…ぅう……」

後から後から溢れて来る涙を拭いながら、“彼”に背を向ける。
自己嫌悪に苛まれる私の視界に、向かいの路地の暗がりで話しこむ二人の人影の姿が映った。

「おい、サツの方は大丈夫なんだろうな?」

「ああ、ちょいとおクスリを握らせてやったら、上機嫌で口笛吹いてやがったぜ」

616執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:51:41 ID:FzV8uf/k0
o川*うд;)o「……?」

不吉なものを感じ取って、手近な電柱の陰に隠れて、そっと様子を窺う。
ネオン看板のけばけばしい明かりも届かない暗がりの中。
タンクトップ姿のスキンヘッド男と、アロハシャツを着崩したサイバネ義眼の男が何やら話しこんでいた。

「……しかし、最近は楽じゃねえぜ。ここらの奴らも妙に身持ちが堅くなっちまいやがってよ。
 なんで、ニューソクくんだりまで出稼ぎにいかにゃならねえんだってんだわな」

「全くだ。ま、そこら辺の手数料は今日これから交渉させて貰おうぜ。上物も手に入った事だしな」

下品な笑い声を上げて、タンクトップの男が右肩に担いだずた袋を叩く。
筋骨隆々の腕に叩かれたずた袋が、束の間びくんっとマグロのように痙攣した。

「それじゃあ、ちゃっちゃといきますかね。さっさと帰って“PK”キメてぇ」

「おい、今度俺にも分けてくれよな。こないだ“マサムネ”でのまれてよぉ……」

「ああ?まーだお前“マサムネ”やってんのかよ、馬鹿だねえ――」

気だるげな声を残して、男たちの背中が路地の闇の奥に遠ざかっていく。
三分ほど待って、完全に二人の気配が消えたのを確認してから、私は二人が立っていた暗がりに近寄った。

o川*゚ー゚)o「今のって……」

暗がりではあったが、あれは恐らくは昼間にニューソクの大交差点の所ですれ違ったパンクス達に間違いないだろう。
顔面の殆どを覆う鉄板装甲と、スキンヘッドの上でうねる動力パイプは、忘れようも無い。
問題なのは、彼らが話していたその内容だ。

617執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:52:26 ID:FzV8uf/k0
o川*゚ー゚)o「……人身、売買」

肝心な所がぼやけた会話ではあった。
だが、彼らが担いでいたずた袋。米俵程のあの中には、恐らく――。

o川* ー )o「……」

乾いた吐瀉物が貼りついたアスファルトの上、銀色に輝くそれを、屈みこんで拾う。
銀色の十字架を模した、安臭いチョーカー。
先に、ずた袋が揺れた時、落ちたのだろう。
朝に出会ったあの子達の顔がフラッシュバックして、私は唇の端を僅かに噛んだ。

o川;゚ー゚)o「今すぐ警察に――」

携帯端末を取り出しかけて、先のパンクス達の会話を思い出す。
あれが真実だとするならば、政府警察は先ず役に立たない。
ニーソクにおける政府警察など、ヤクザの延長線上のようなものだ。
市民の盾が、市民の敵と仲良しこよしなど、最高の皮肉だ。

――では、企業警察は?

駄目だ。

企業警察も、あくまで企業。そこらのバウンティハンターが、徒党を組んだのとなんら変わらない。
実利を優先する彼らは、ニーソクで起こる殆どの事件に首を突っ込みたがらない。
リスクとリターンのつり合いが取れないからだ。

――となると、私が取れる選択肢は二つしかない。

618執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:53:33 ID:FzV8uf/k0
背後。小路を出た所にある“あそこ”を、束の間振り返る。
青銅を模したドアのノッカーまでの距離が、果てしなく遠い。

そんな場合じゃないと、分かっている。
分かっているのに。

o川;゚ー゚)o「……っ!」

逃げるように目を背けると、両手の紙袋を放り出し、背負っていたエア・ボードを起動、アスファルトの上に放る。
ぶうん、という低い音を立てて、「ピクシーⅡ」の桜色のボディが、アスファルトの上に浮かんだ。

o川;゚ー゚)o「“きゅう子”!」
 _,,,_
/::o・ァ「ァィ!ァィ!サッキノャロゥドモヲダョネ!ネ!ネ!」

水を得た魚(この場合は餌を見つけた鳥か)のようにして“きゅう子”は私の肩から飛び立つと、
ビルとビルの間から暗灰色の空へと吸い込まれて行く。
やがて五秒と立たずして急降下で戻ってきた“きゅう子”は、忙しなく特殊樹脂製の羽をばたつかせて言った。
 _,,,_
/::o・ァ「クルマニノリマシタ!クルマネ!ャロゥドモクルマニノッタョ!」

囀る“きゅう子”を肩の上に乗せて、自分もまたエア・ボードに飛び乗り地面を蹴る。
上体でバランスを取りながら、ベルトポーチを漁りハンディカメラを取り出すと、
結線ケーブルを伸ばして“きゅう子”の首筋のプラグに接続。
流れる空気の中に投影されたホログラフ上で、先の与太者達が小型バンに乗り込む様子が鮮明に映し出される。
ナンバープレートの文字列を覚えると、“きゅう子”の首筋からケーブルを抜いた。

619執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:54:40 ID:FzV8uf/k0
o川;゚ー゚)o「NAB-898774‐JIK、車種はS&Kのリーガリー…!」
 _,,,_
/::o・ァ「ルートヨソクシュルョ!タブンネ、ィキサキハ、コーワンブダトオモィマス!ソゥダネ?」

港湾部。
この手の人売り屋が拠点としている所となると、ニーソク第三埠頭辺りだろうか。
あの辺りは貸倉庫が林立している為、後ろ盾のある無しに関わらず犯罪のお供に持ってこいなのだそうだ。
前に、“彼”がそんな事を言っていた。

o川;゚ー゚)o「となると、ここからは――」

頭の中でニーソクの大まかな地図を描く。
万魔殿の外周を擦る事になるが、七番街の闇市通りを突っ切るのが一番早いだろう。
この一年で、随分と私もニーソクの地理に詳しくなったものだ。これも、“彼”のお陰なのだろうか。

o川;゚ー゚)o「っ――!」

ワン・アクション毎に湧きあがってくるノイズを振り払い、エア・ボードの尾部、速度調節ペダルを一番下まで踏み込む。
急加速に頭の上のニット帽が飛ばされそうになりながらも、私と“きゅう子”を乗せたエア・ボードはニーソクの黄土色に汚れた街並みを飛び越えていく。

酔っ払い達で溢れる歓楽街を縫い、路上で殴り合うジャンキー達の頭上を飛び越え、
ネオン看板がぶら下がるビルの壁面を舐め、地下道の手摺に着地。

一気に下り、付き辺りの壁にボードの底をぶつけてターン、勢いもそのままに地下道の壁を疾駆。
段ボールに寝そべるホームレスを見下ろし、そして駆け抜け、再び地上へ。

目の前に見えたガードレールを踏み台にして跳躍、車道を流れ行く車の上を飛び越える。
けたたましいクラクションと人々の驚きの声を無視して、闇市通りのアーチを潜った。

620執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:56:04 ID:FzV8uf/k0
 _,,,_
/::o・ァ「ヒュー!トバスネー!ンンンキモッチィィィ!」

肩の上で忙しなく羽ばたき、“きゅう子”が電子の歓声を上げる。
目深にフードを被った露天商達が犇めく闇市通りを突っ切ると、饐えた空気に微かに潮の匂いが混じってきた。

o川;゚ー゚)o「そろそろ、ぶち当たる筈だけど……」

“きゅう子”の導きだしたルート予測と、ここまでの所要時間を照らし合わせれば、
そろそろリーガリーの青く角ばったシルエットが見えて来る計算だ。

ボードを滑らせつつ、視線も左右に滑らせる。
遠く、左手に海を望む倉庫街の一歩手前の国道。歩道橋の上からその流れを見下ろす事、約三秒。
正面、車の波の向こうに、それらしき影を見つけた。

o川;゚ー゚)o「きゅう子!」
 _,,,_
/::o・ァ「マチガィナィョ!ナンバーモァッテマス!」

ハイレゾ・カメラの確度を、今更疑う必要など無い。
その場でターンして歩道橋から飛び降りると、再び小路の中へと滑りこむ。
ここからは道路も細くなり、第三埠頭への一本道が残るのみ。
あとは、向こうが辿りつく前に先回りして、隙を窺うだけ。

予測通り過ぎて、自分が怖くなるくらいだ。

621執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:56:58 ID:FzV8uf/k0
o川;゚ー゚)o「は、はは…私、正義のジャーナリスト出来てるじゃん……」

塗炭壁のサイコロめいた貸倉庫が、碁盤の目のように並ぶニューソク第三埠頭の倉庫街。
貸倉庫と貸倉庫の間、ドラム缶の陰に屈みこんで、辺りの様子を窺う。
ややあって、控えめなエンジン音と共に、リーガリーの青いボディが倉庫街にゆっくりと滑りこんできた。

「それじゃあ、俺はここいらで」

「やっこさん方は何時頃御到着で?」

「今日はモーター・フィストの開幕戦だ。それからディナーやらを済ませて、八時くらいだろうよ」

「……今季はどこが来ると思う?」

「マクレーンの奴が前シーズンみたいにぶちかましてくれれば、ボーンズが行けるだろうがなあ……」

「エクストか」

「ああ。あいつが居るから、ホーネスツってのもあるかもしれねえぞ?」

「はっ!どうだかね!」

世間話の声と共に、二人分の足音が寂れた倉庫街に虚ろに響き渡る。
息を殺し、ドラム缶とドラム缶の間から覗いていれば、与太者達は丁度向かい側の貸倉庫の中に入って行く。
青のリーガリーも、それを見届けると、早々にその場から走り去った。

622執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:57:48 ID:FzV8uf/k0
o川;゚ー゚)o「……」

完全に人の気配が消えたのを確認して、そっと立ち上がる。
腕時計で確認した今の時刻は、午後五時を十分過ぎた所。
与太者達の話を信じるなら、三時間の猶予がある事となる。

だからと言って、呑気に構えているような余裕など無い。

倉庫の中に彼らの仲間が居るのかどうかは知らない。
知らないが、こちらがたった一人であるという事実だけは変わりようが無い。
サイバネティクスで武装した与太者達を相手に、女の細腕一つで立ち回らなければならないのだ。
加えて、あの子達を無事に助け出す、というのが難度を更に高くしている。

たった一つの失敗が、全ての破滅につながり兼ねない。

背中の毛穴に怖気が立つのが分かった。

o川;゚ー゚)o「――“きゅう子”、お願い」
 _,,,_
/::o・ァ「ァィァィー!」

何は無くとも、先ずは情報だ。
都合がいい事に、ここから見える倉庫の二階の窓の桟の下の塗炭が緩んでおり、丁度隙間が開いている。
ドラム缶の陰にしゃがんだままで、“きゅう子”を件の貸倉庫へ偵察に向かわせた。

623執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:58:31 ID:FzV8uf/k0
o川;゚ー゚)o「――ふぅ」

桜色の小鳥を見送ると、ドラム缶に背を預けて束の間私は目を閉じる。
ここまでの追跡の間は、無我夢中で意識する暇も無かったが、一人になった瞬間、途方も無い不安と恐怖が腹の底から湧きあがってきた。

o川;゚ー゚)o「……大丈夫、大丈夫」

自分に言い聞かせて肩を抱く。
それでも身体の震えは止まらない。
何なんだ。一体私は何なんだ。

こんな事でビクつくぐらいなら、どうしてここまであのパンクス達を追ってきた?

――結局の所、ただ、現実逃避がしたかっただけなんじゃないのか。

“彼”に会う事に怯えている自分を忘れたくて。
安っぽい義侠心を振りかざして、弱者の為だとか、正義の為だとか、そんな事を言っている自分に、ただ、酔いたかっただけなんじゃないのか。

o川; へ )o「うぅ…ぅぅ…」

止めろ。止めろ。止めろ。
今、そんな事を考えて、何になる。
下らない自己嫌悪で、自分を追い詰めて、それで何になる。
自分を責める事なら、あの子達を救い出した後で、幾らでも出来る。
今はただ、目の前の事に集中しろ。

624執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 11:59:23 ID:FzV8uf/k0
 _,,,_
/::o・ァ「タラィ…マー……」

何の得にもならない思考を遮るよう、“きゅう子”が戻ってくる。
途切れがちになった電子音声は、この子の残りバッテリーが少ない事を意味していた。
 _,,,_
/::o・ァ「モ…ダメ…ゲンカィ……」

生憎、休日と言う事でバッテリーを持ってこなかったのが裏目に出た。
よろけるようにして膝の上に着地した“きゅう子”の首筋に、直ぐ様結線ケーブルを繋いで映像と音声を吸い出す。
ハンディカメラにデータの転送が終わった所で、“きゅう子”は眠るようにしてLEDの瞳を閉じた。

o川*゚ー゚)o「よく頑張ったね…今日はゆっくりお休み」

動かなくなったその頭をそっと一撫ですると、ベルトポーチの隣にぶら下がった“寝袋”の中にそっと収める。
いよいよこれで、本当に独りぼっちだ。

o川;゚ー゚)o「……」

再び湧きおこってくる恐怖と不安を必死で押さえこみ、両の頬を力強く叩く。
怖がるのも、自己嫌悪をするのも、今は、後回しだ。
   _,
o川*゚д゚)o「ビビってんじゃあないわよ、キュート…あんたがやるんだから…他の誰でもない、あんたが……!」

ハンディカメラの内臓プロジェクタで、立体ホロを立ち上げる。
あらゆる角度から撮影された画像が紙芝居めいて次々と流れ過ぎた後、それから組み立てられた、倉庫内の予測見取り図が浮かび上がった。
私には勿体ないくらいに優秀なAIだ。

625執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:00:34 ID:FzV8uf/k0
o川;゚ー゚)o「――さて、作戦タイムね」

倉庫の作りは至ってシンプルで、メインとなる大きな箱の後ろに、三つの個室が接続されたような作り。
ドラム缶や木箱が雑然と散らばるだけの、その大きな箱とも呼べるメインガレージの中央に、
一つのずた袋を囲むよう、先の二人の与太者達が椅子を引いて座っているようだった。

貸し倉庫への侵入経路は四つ。
先に与太者達が使った、正面シャッターの脇のアルミドア。
もう三つは建物の裏側、メインガレージへ繋がる三つの個室それぞれについた窓だ。

油断しきっているのか、はたまたこのビズ自体に大した熱意が無いのか、与太者達は倉庫の戸締りに手を抜いている。

それこそが、私の付け入るべき隙だ。

o川;゚ー゚)o「……やってやるわよ」

生唾を飲み込み、立ち上がる。
エア・ボードの板を掴む手に、力を込めた。

626執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:02:01 ID:FzV8uf/k0

#track-11


――回って、回って、回って、回り続ける私の頭、大混乱。
貴方が、貴方が、貴方が、来てから回りっぱなしの私の頭、どうにかしてよ、この混乱。

ヘッドスピン・キルミー。
早く止めてよ、この回転。
ヘッドスピン・キルミー。
静めてよ、この想い。
ヘッドスピン・キルミー。
そう、そうね貴方のその手で殺して。

o川*‐ -)o「……」

両耳を埋め尽くす音の洪水。
絨毯爆撃のようなドラムと、狂気のようなギターサウンド。鳥の悪魔が上げる断末魔のような、女性グロウル。
最大ボリュームで小型ヘッドホンから流れ込んでくる、「ヘッドスピン・キルミー」のサウンドは、矢張り私には少しばかり理解しがたい。

だが今は、この轟音も、心臓の鼓動を誤魔化すにはちょうどいい。

o川*゚ -゚)o「――さて、行きますか」

627執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:02:54 ID:FzV8uf/k0
精神集中を終えた後のサムライめかして両目を開けると、私は窓の下にしゃがみ込み、短距離走者のように、クラウチングポーズを取る。

最後に一度、深呼吸。

“ヘッドスピン・キルミー 止めてよ、この鼓動”

サビの歌い出しと同時、私はバネに弾かれるピンボールのようにしてスタートダッシュを切る。

瞬間、閑散とした倉庫街に、大音量のヘビーメタルサウンドが響き渡った。

「うおっ!な、なんだ何だ!?」

僅かに開いた窓の隙間から、倉庫内の与太者達が泡を食ったような声が微かに聞えて来る。
背中にそれを聴きながら、私は倉庫の壁に沿ってスプリントすると、隣の窓の下で急ブレーキをかけた。

o川;゚ー゚)o「間にあって――!」

仕掛けは至って単純、小学生でも思いつく。
窓と、窓のサッシの間に、携帯音楽プレイヤーを挟み、小型ヘッドホンを接続して大音量で音楽を流す。
小型ヘッドホンをしたままの私が走りだした事で、配線が引っ張られて携帯音楽プレイヤーから抜ける。
スプリントを切りつつ、突然流れ出したメタルサウンドで室内の与太者達を陽動して、隣の個室の窓から中に侵入。

あとはそのままメインガレージへと抜け、中の子供を救出。
シャッター脇のドアから飛び出し、予め入口の前に待機浮遊させたエア・ボードで、夜の街へととんずら。

単純故に、一つのミスも許されないプランだった。

628執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:04:17 ID:FzV8uf/k0
「くそったれが!何なんだよこの喧しいのはよぉ!」

「チンドン屋でも来てるってえのかあ?ああ!?」

隣の個室で、壁を蹴飛ばす音が聞こえる。
シュールさんとフォックスさんが神曲と崇めた例の曲は、散々な言われようだ。

窓枠を飛び越えた私は、段ボールがうずたかく積まれた個室の中をコンマ二秒で横断し、ドアを開ける。
メインガレージの中央。
パイプ椅子から腰を浮かし掛けた、サイバネ義眼のパンクスと目があった。

(*く*#)「なんだてめっ――」

灰色に濁ったその瞳から直ぐに目を逸らし、彼の足元に転がるずた袋を見る。
大きさは米袋程。眠らされているのか、ぐったりとしてピクリとも動かない。
乙女の細腕で、これを抱えて逃げなければならない。
相当に、骨の折れる仕事だ。

o川#゚口゚)o「わあああああ!」

我武者羅に叫び、サイバネ義眼の男へと走り出す。
突然の事に、男の反応が遅れる。

チャンス。

だるだるに伸びたニット帽を脱いで、男の頭にすっぽりとかぶせ、首まで引き降ろした。

629執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:05:12 ID:FzV8uf/k0
( く #)「ンガッ!?ガガッ!?ウゴッ!?」

一瞬にして視界を奪われた男が、両腕を滅茶苦茶に振り回す。
サイバネ義眼を相手に、こんなのは一瞬の時間稼ぎにしかならない。

だが、その一瞬が重要なのだ。それこそが、生死を分ける。
その為なら、お気に入りのニット帽も涙を飲んでくれてやる。

「おい、なんだ!?何があった!?」

個室の奥から、もう一人のパンクスの声。
時間が無い。
米俵程もあるずた袋を、渾身の力で抱えあげ、再び走り出す。

シャッター脇のドアまで、目測九メートル。
歩数にして、約八歩。
抱えたずた袋が重い。
重いが、構っていられない。

(*く*#)「こぉおのクソアマァッ!舐めやがってぇえ!」

サイバネ義眼の男が、転がっていた鉄パイプを拾い上げ、後ろに迫る。

(,#゚J゚)「おい、てめえ!何してんだこコラァ!」

個室から飛び出してきたもう一人が、右のサイバネ義手から突出式ブレードの刃を生やす。

o川#゚口゚)o「私だって!私だってええええええ!」

ドアまで、残り一歩。
迫る足音。背後で震える空気。ノブに手を伸ばす。今、掴んだ。捻ろ。

630執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:06:30 ID:FzV8uf/k0
(゚Ё゚ )「何だか知らんが、とっ捕まえてバラしゃあいいんだな?」

筋肉と鉄板装甲で覆われた太腕が、伸びて来る。
サイバネ義腕に掛れば、私の身体など、プラスチックの玩具にも等しい。
殺される。抵抗も出来ずに、殺される。

(゚Ё゚ )「へへへっ、しみったれた仕事だと思ってたが、こいつぁ願ってもねえアクシデントだぜ」

o川;゚ロ゚)o「イヤ…イヤ……」

(゚Ё゚ )「どうせなら、バラすまえに一発お楽しみ、ってのもいいかもなあ?」

錆の浮いた鉄板装甲の中で、パンクスの濁った瞳が下卑た色を浮かべる。

(゚Ё゚ )「よぉし、子猫ちゃん。大人しくしててくれよぉ…手元が狂っちまうからなあ…!」

o川;゚д゚)o「イ、イヤ……」

涙が、ジワリと滲む。
結局、何も出来ないのか。
矜持も無い、正義も無い、下卑た暴力によって、私は殺されるというのか。
蹂躙され、凌辱され、使い捨てのセクサロイドのように、路上に放り捨てられるというのか。

o川; д )o「うっ――うぅ――」

ふざけるな。
そんな、馬鹿げた最期など、あってたまるか。

631執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:07:13 ID:FzV8uf/k0
o川#゚口゚)o「うわあああああ!」

背中に手を伸ばし、バックの中の“それ”を掴む。

ふざけるな。
このまま抵抗もせず、されるがままに殺されてやるほど、安い命じゃない。

o川#゚д゚)o「あんたら何かに!殺されてたまるかあああああ!」

バックから引き抜いた“それ”を巨漢に付きつけ、私はそのスイッチを押す。
瞬間、眩いばかりの閃光が迸った。

(゚Ё゚; )「ぬぉっ――!?」

狙ってやった事では無かった。
破れかぶれだった。やけっぱちだった。
それでも、こんな所で何もしないで殺されるなんてまっぴらだった。
その気持ちが、天にでも通じたのだろうか。

経年劣化で、内部の回路がおかしくなっていたのだろう。
二十年もの歳月を玩具店のショーウィンドウの中で過ごした「とらぺぞ☆ヘドロ」のステッキは、
突如として入れらたスイッチに驚き、通常の何十倍という光を、まさしくアニメ内のそれのようにして、放った。

(゚Ё゚; )「くそっ!なんだこの光は!」

スタングレネードの爆発が如き閃光に目を覆う巨漢の手から、ピクシーⅡの桜色のボディが滑り落ちる。
即座にそれを拾ってスイッチを入れると、巨漢がたじろいで出来たドアの隙間に、私は滑りこんだ。
本能というか、予感のようなものがあったため、発光の瞬間に目を閉じている事が出来たのが幸いだった。

632執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:08:00 ID:FzV8uf/k0
o川;゚ー゚)o「はあ…!はあ…!私だって…!私だって…!」

ガレージを脱し、ずた袋を抱えたまま、エア・ボードを目線の先に放って浮かべ、それに飛び乗る。
許容重量を僅かに逸脱した事で、桜色の板ががくがくと揺れるが、構ってなどいられない。
フットペダルを蹴飛ばしギアを最大まで上げると、夜の帳の下りた倉庫街へと飛び出した。

「クッソがああ!待てやこらああああ!」

「ざっけんな!ぶっ殺してやる!ぜってえぶっ殺してやる!」

虚しく響く怒声を背後に、エア・ボードはどんどん加速して行く。
秋の日は短い。午後六時を前にして、既に港湾部は闇の中。
このまま適当に街中を駆けまわり、頃合いを見てどこかに身を隠せば、パンクス達をまくのは難しいことではない。

o川;゚ー゚)o「やった…私、やったんだ……」

掌に滲んでいた汗が、じわりと引いて行く。
アドレナリンで白熱していた頭が、徐々に冷めて行く。
換わりに、腹の底から、言いようも無い達成感とも喜びともつかぬ、激しい感情がせり上がってきた。

o川*;ー;)o「やってやったんだ…私…!」

溢れ出たのは、涙だった。
夜のしじまに、視界がぼやけるが、気にはならなかった。
身体全体がじわりと痺れるような感覚も、今は、許容出来た。

633執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:09:10 ID:FzV8uf/k0
だから、ヘッドライトの明かりが突如として闇を切り裂いた瞬間、私は反応できなかった。

o川*;д;)o「っ――!?」

上体が仰け反る。バランスが崩れる。ぐらり、とエア・ボードが傾ぐ。
成す術も無く、私の身体がアスファルトを転がる。
パアーン、という強烈なクラクションの音。
ぎゃりぎゃりという、タイヤの摩擦音。
地を這う私の目の前で、横腹を見せて小型装甲バンが止まった。

「いたぞ、こいつだ!」

バンのドアがスライドし、堰を切るようにしてアロハシャツの集団が降りて来る。
手に手に、ジャックナイフや特殊警棒、サブマシンガンを握った彼らは、私を取り囲むとそれぞれの手の得物を足元の私に向けた。

「乳臭えガキの分際で、俺らを舐め腐りやがって……」

「こんなアマ一人に舐められるたあ、アイツらもヤキが回ったかねえ」

o川*;д;)o「そん――な――」

この短時間で、仲間を呼ばれたと言うのか。
そんな事が、あのようなゴロツキ達に出来ると言うのか。
あんな、油断しきって倉庫の戸締りにも手を抜く様なゴロツキ達に――。

――いや、違う。油断しきっていたのは、私だ。
あんなゴロツキ達など、とタカを括っていたから、こうして彼らが本気になった瞬間、足元をすくわれたのだ。

最後の最後で、私は自分に負けたのだ。

634執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:10:00 ID:FzV8uf/k0
「こりゃあよぉ、ちぃっと俺らのメンツ的にも…なあ?」

「ヤキ入れだけじゃ、済ませれねえわなあ…?」

「へへへへ…嬢ちゃん、おめえもさあ、分かってんだろ?お?」

「へっへっへっへっへっへ……」

o川*;д;)o「あっ――あっ――」

下卑た笑いが伝播して、包囲の輪が一歩狭まる。
魔法のステッキのスイッチを入れてみるが、反応は無い。
エア・ボードから転がった時に挫いたのか、足がずきずきと痛む。
包囲網を形成する人数は、全部で八人。
どう足掻いた所で、私一人すら逃げられるようなものではない。
痛みよりも、それよりも、恐怖で足が動かない事には、どうしようもない。

o川*;д;)o「ぅぅああ……」

「おいおい、泣いちゃったよぉこの子!カーワイイー!ヒュー!」

「誰に泣かされちゃったんでちゅかー?お兄さんに教えてごらーん?」

「ギャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」

怖い。情けない。こんなのって、ない。
必死に虚勢を張って、無い知恵を振り絞ってここまでやってみたが、最後の最後で私はどうしようもないくらいに無力だ。
ペンは銃より強し?笑わせる。ペンが銃よりも強いのは、あくまでも弾丸が届かない範囲での話だ。
こうやって、安全地帯から引きずり出されれば、小さくなって震えることしかできない。
そう、そうだ。最後は何時だって、暴力が全てを終わらせるんだ。

635執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:10:48 ID:FzV8uf/k0
「さあて、それじゃあ順番決めっかあ。俺が最初で良いよな?」

「ああ?何言ってんだテメエ。こないだ俺に負けた10万、まだ払ってねえだろうが。
 見逃してやるからここは俺に譲れよ」

「ヘイ。ヘイヘイヘイ、ちょっと待ちな。この中で誰が一番年長だと思っている?
 てめえら、年功序列って言葉を知らないのか?」

「知るかよ。何時まで経ってもパシられてるだけのクズなだけだろうが」

「おうおうおう、醜くも争っちゃってまあまあまあ。こういうのは早い者勝ちだろうが」

言い争うパンクス。その環から外れた一人の手が、私の方へと伸びて来る。

o川*;д;)o「ヤッ……!」

身を捩って避けようとするが、後ろ髪を掴まれ、そのまま引きずり倒される。

「ヘヘヘ、そいじゃあお先に〜」

無遠慮な指先が、チューブトップの裾に掛る。
生理的な嫌悪感に、吐き気がこみあげて来る。
服が捲りあげられる。夜風が素肌に触れる。
男の指先が、下着のホックに伸びる。

私は目を閉じ、思考を止めた。
ただ、ただ、それが終わる瞬間だけを待った。

その時、風が、夜を切り裂いた。

636執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:11:46 ID:FzV8uf/k0
「――ぎゃあああああああ!?」

つんざくような男の絶叫。
私は目を開ける。

从 ∀从「――」

目の前を、黒と銀の風が駆け抜けた。

「い、いきなりなんだコイツァ!?」

「クソっ!クソッ!クソッ!死ね!死ね!死ねえ!」

「うおおおおお!?」

混乱するゴロツキ達。
倉庫街に響き渡る虚しい銃声。
それら全てを、侮蔑し、嘲笑うよう、大鎌を握った黒銀の影が、ゴロツキ達の間を舞う。

「あ、相手はたった一人だ!囲め!囲め!」

「畜生!畜生ぉぉお!」

夜闇を照らす、マズルフラッシュ。
怒号と、それをかき消す連射音。
靡く銀の髪、駆け抜ける黒い影、ひるがえる大鎌の刃。
それは、まさに一瞬の事だった。

637執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:12:39 ID:FzV8uf/k0
「がっ――あぁ――」

「う――そ――だろ――」

私が気付いた時には、ゴロツキ達はその全員が身体中から血を流して倒れ伏しており、辺りには静寂だけが残っていた。

o川;゚д゚)o「……」

暫く、その光景を呆然と見つめていた私は、初めは何が起こったのか分からなかった。
漸くにして、頭が思考能力を取り戻すと、私は慌てて先の黒い影を探して辺りを見渡した。
そして、見つけた。

o川;゚ー゚)o「あれは――」

遥か遠く、日本海を望む物資搬入用クレーンの上。
暗黒の海と、雲の切れ間から覗く三日月を背負って立つ、二つの影。

(  ') 从从 ゚)

もっとよく見ようと目を凝らした所で、月明かりを雲が遮る。
再び闇に塗り込められた視界では、確かめようも無い。

o川* - )o「ど――」

思わず呟きかけたその時、足元のずた袋が動く気配がした。

638執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:13:29 ID:FzV8uf/k0
「う、うーん……」

幼さのある声に、はっとして周囲を見渡す。
血の池地獄と化したこの光景は、彼女には刺激が強すぎるだろう。

o川*゚ー゚)o「ひとまず、何処かに移動しないと……」

乱れた衣服を整え、ずた袋にくるまれたままの少女を抱き上げる。
ここまで来る途中は気付かなかったが、その重さは矢張り私一人が持ち上げるには中々にしんどいものだった。
それはそのまま、人一人の命の重みのように思えた。

o川*゚ー゚)o「……有難う」

束の間、私はその感触を確かめるよう、ずた袋越しに彼女を抱きしめる。
十月の夜の肌寒い空気の中で、その体温は確かに私を温めてくれた。

639執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:14:24 ID:FzV8uf/k0

Epilogue


――目を覚ました少女を家まで送り届けてから、自分のマンションまで戻ってくると、時計の針は既に深夜を回っていた。
結局、最後の最後であんな大イベントがあったせいで、逆に疲れる休日となってしまった。

o川*゚ー゚)o「……ふぅ。ていうか、やっぱ最近の小学生って頭いいのね」

自分が誘拐されかけた、なんて事実をそのまま伝えるのはあまり宜しくないと思い、
適当な嘘で誤魔化そうと思ったが、これがこれで中々骨が折れた。
何とか、公園のベンチで眠っていた所を保護した、という事で納得はしてくれたみたいだが、
一歩間違えれば、私が通報されていたかもしれない。
恐るべし、現代っ子。

o川*゚ー゚)o「……ふふっ」

それでも、何だかんだで可愛い所もある。
自分の首から下がっていたチョーカーが無くなっている事に気付いた時の少女の顔と、
私のポケットからそれが出て来た時の顔は、年相応の少女のそれだった。

彼女自身がはっきりとそう言った訳ではないが、恐らくはあの朝一緒に隣を歩いていた少年から貰ったものなのだろう。
チョーカーを握り締めながらお礼を言ってくる少女の笑顔は、ただ、それだけで、
こんな風な休日があっても悪くない、と思わせるだけのものがあった。

640執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/10/01(月) 12:15:15 ID:FzV8uf/k0
o川*´〜`)o「んあー、疲れたー」

……ともあれ、身体の方の疲れはしっかりと残っている。
メールチェックの後、シャワーを浴びて、今日は早々にベッドにダイブしよう。
そう思って、情報端末(ターミナル)のスイッチをつけると、ホロ・ブラウザの隅で手紙のアイコンがぴっこりと点滅していた。

o川*゚ー゚)o「あ、シュールさんからメールだ。珍しいこともあるなー」

今日の事で、何かあったのかな、と思いつつメールを開く。
件名の無いメールには、短いセンテンスと、音楽データが一つ添付されているだけだった。

o川*゚ー゚)o「悪夢の終局、或いは黄金の夜明け……?」

なんだそりゃ。
ウィルスとかじゃないよね?いや、まさか。知り合いにウィルス送りつける人とか、前代未聞だ。

クエスチョンマークを浮かべつつもクリックする。
聴き覚えのある女性ボーカルが、しっとりとした歌声で唄い始めた。

o川*゚ー゚)o「んん……?」

誰だっけ、この声…と思考を巡らせる事、約一分。
サビの前の、しゃくりあげるような独特のアクセントに、それを思い出す。

o川*゚ー゚)o「……もしかして、パペットマスター?」

ヘッドスピン・キルミーでは、野獣のようなグロウルだったせいで、直ぐには分からなかった。
そう言えば、シュールさんとはパペットマスターの話題で盛り上がった(シュールさんだけが)んだっけ。


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