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从 ゚∀从は鋼鉄の処女のようです Яeboot

1 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 05:30:51 ID:ytUFOiFEO

 

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356執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:54:35 ID:n4n6KyEc0

  ※ ※ ※ ※


――その日最後の煙草に火をつけながら、俺は耐えがたいまでの苛立ちを堪えるのに必死だった。

<ヽ●∀●>】「……そうか。矢張り、残りの車両も全部ダミーだったか。
       ……ああ、ウリ達をだまくらかすなんぞ、太ぇ根性をしてやがる。
       そこら辺は、後できっちりお灸を据えさせてもらうとするさ」

バックミラーの中。
携帯端末で部下とやり取りをするニダーの大親分の顔に、表情は無い。
淡々とした彼の受け答えと反比例するよう、受話口からは爆発寸前のダイナマイトみたいなだみ声が、運転席にまで聞こえて来る。
コンクリート詰めだとか、硫酸のプールだとか、ぶつ切りの単語だけでもゾッとしないものばかりだった。

<ヽ●∀●>】「ああ――そうだな。この借りはきっちりとさせて貰うさ。……ああ、それとは別に野暮用が出来てな。
       ――何、大したことじゃあねえ。ちょいと、昔の知り合いと会ってな。思い出話に花が咲いちまっただけさ」

レンタカーの窓を開けて、煙草の灰を落とす。
黄昏は終わりを迎え、フロントガラスからは暗黒の沿岸道路が見えた。

<ヽ●∀●>】「――そう言うわけで、今日は遅れるから先に上がってろ。事務所の鍵はきちっと閉めておけよ。最近は物騒だからな」

あんたがそれを言うのか、と心の中で俺が毒づくのと同時、香主殿は通話を終えると携帯を懐にしまった。

357執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:55:16 ID:n4n6KyEc0
<ヽ●∀●>「――で、見つかったか?」

('A`)y-~「アンタが部下とのラブコールを始めてから何分経ったと思う?早々に見つかるわけがねえだろ。ハッカーを神様か何かと勘違いしているんじゃないのか?」

<ヽ●∀●>「違うのか?」

大陸流の冗談か何かだろうか。
当然の様な顔で聞き返してくる香主殿に、俺は胸中で溜息をつく。

('A`)y-~「進行ルートから大まかな潜伏先が予測出来ると言っても、相手はあの黒狼だ。
    幾らあの塩豚が“電子の王(笑)”を自称しているとはいえ、アンタの視覚データだけを手掛かりに調べるとなると、そう容易いものじゃあねえよ」

<ヽ●∀●>「細けえ事情なんざ、ウリの知ったこっちゃあねえ。急がせろ。ケツの穴にベレッタを突っ込むとでも言え。そうすりゃトクガワのマイゾウキンだって掘り当ててくれるだろうよ」

('A`)y-~「オーライ、ボス。アンタがそうしろって言うんならな」

今度は実際に溜息をつきつつも、本音の所では俺自身、後がつかえているのでこの仕事はさっさと終わらせたい。
バックミラー越しに顎で促すと、鋼鉄の処女は無言で携帯端末を取り出した。

从 ゚∀从「尻の穴から硫酸を注ぎ込まれつつ口から煮えたぎった重油を飲まされたく無かったらさっさと仕事を上げろ。依頼じゃない。これは命令だ」

携帯端末越しに塩豚の憤怒の声が聞こえてきたが、ハインリッヒは涼しい顔でそれを無視して通話を終える。
白磁の仏頂面には、幾分か恍惚とした表情が浮かんでいた。
俺の背筋が無意識のうちに冷たくなっていた。

358執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:56:30 ID:n4n6KyEc0
o川;*゚ー゚)o「……」

シートベルトをきっちりと締めて、助手席の上に縮こまるように座ったキュートは、三十分程前から一言も言葉を発する事は無い。
二流のクライム・ホロのような車内の空気に耐えられないのか、その顔は真っ青だ。
同情はしない。ついてくるなという俺の弁を無視したのはこいつ自身だ。

o川;*゚ー゚)o「あの、私ちょっとおトイレに――」

<ヽ●∀●>「窓からしな、お嬢ちゃん。目は瞑っててやる」

o川;*゚ー゚)o「は、はひっ――!」

アヒルの玩具みたいな声を上げて、小さくなった身体を更に小さくするキュート。
だから言ったんだ。碌な目に合わないと。

o川;*゚ー゚)o「ちょっと、どっくん!なんなのこのコワイおじさま…聞いて無いんだけど……」

('A`)「顧客情報には守秘義務があるからな」

小声で聞いてくるキュートに、俺は当然の返答を返す。
横目で見れば、その可愛らしい眉がげじげじ虫のように歪んでいるのが分った。

o川;*゚ー゚)o「まあ、そこは無理言ってついてきた私が全面的に悪いのは認めるけどさ……」

そのとーり。

o川;*゚ー゚)o「こんなことしてて良いの?明日の飛行機、間に合うの?」

359執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:57:18 ID:n4n6KyEc0
('A`)「それについては、俺も不本意だとは思ってる」

o川;*゚ー゚)o「じゃあ何で断らなかったの?」

('A`)「……」

電話があったのは二時間ほど前、キュートとハインと共に旅支度を纏めている最中の事だった。
別件の依頼で、明日の朝九時までにはハネダに到着していなければならない身としては、電話そのものを無視する腹積もりであった。
気が変わったのは、留守電に変わった瞬間、彼の声が聞こえてきた時だった。

o川;*゚ー゚)o「ねぇ、どっくん?聞いてる?私としてはお肌の事も考えたいっていうか……」

真っ直ぐに前を向いたまま、視線だけでバックミラーの中を窺う。
後部座席、鋼鉄の処女と並んで腰を埋めたニダーは、つがいのベレッタなんたらかんたら(憶えていないが相当な骨董品だったと思う)を分解し、スプリングの調子を確かめていた。
黙々と、淡々と、愛銃の手入れをする彼の表情は、サングラスに覆われていて窺えない。
だが、何を考えているのかぐらいは大体想像がつく。

俺は、二時間ほど前、予感めいたものに突き動かされ、沿岸道路に駆け付けた所にニダーが放った第一声を思い出す。

<ヽ●∀●>『決着だ。黒狼との決着をつけに行く』

一体そこで何が起こったのかまでは分らない。
裾という裾が破れ血まみれになったトレンチコートと、青あざと擦り傷だらけの顔からその時の俺が予測できたのは、既にひと悶着があった後だという事だけ。
その時俺が思っていたのは、予感なんてものは当たった所で碌でもないだけだという、どうしようもないことだった。

360執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:58:14 ID:n4n6KyEc0
o川;*゚ー゚)o「ねぇ、どっくんってば!ちょっと!」

('A`)「……」

あの冬の事を、クリスマスが間近に迫ったあの冬の日の事を、思い出さずにはいられない。
何より、家を出る時点で俺の頭の中にあったのは、その日の事だけだった。

皮肉なものだ、と自分でも思う。
結末が先延ばしになっただけの復讐劇。その狂言回しの役目が再び回ってきたのは、どういった偶然か?
もしも神様なんていう、クソ下らないモノが居るとして、そいつは俺に何を期待している?見届けろと?この男達の復讐を?俺に?

o川#*゚ー゚)o「ねぇ、どっくん!あんま無視してると私、怒る――」

('A`)「……だとしたら、迷惑も良い所だ」

o川;*゚ー゚)o「ひぇ!?え!?あ、あう、あの、私そういうつもりじゃ…えと、その……ごめん……」

隣であたふたするキュートの口に、板ガムを突っ込んで塞ぐ。

o川;*゚Ж゚)o「ふぐっ!?へべ!?ひょっほ!?ひょっほあひ!?ひほふはい!?」

俺は振り返らず、後部座席に声をかけた。

361執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:01:00 ID:n4n6KyEc0
('A`)「もう一度確認させて貰うが…黒狼の居場所が割れたらアンタをそこまで送り届ける。俺達の仕事はそこまででいいのか?」

愛銃の手入れを続けながら、香主は微かに頷く。

<ヽ●∀●>「上出来だ、坊っちゃん。これで月末の試験も安心だな」

苛立ちを堪えながら、俺は繰り返した。

('A`)「本当に、それでいいのか?」

銃をいじるニダーの手が、ぴたりと止まった。

<ヽ●∀●>「――どういう意味だ、それは」

香主の言葉が、剣呑さを帯びる。
俺の苛立ちも、大きくなった。

('A`)「言葉通りの意味だよ。黒狼の居場所を突き止めて、アンタを送り届けて、本当にそれだけでいいのかって事さ」

バックミラー越しに、俺達はにらみ合う。
鋼鉄の処女は、俺達のやり取りにさして興味を示す事も無く、窓外を流れる道路灯の光の帯をぼんやりと眺めている。

<ヽ●∀●>「……手出しは無用だ。余計な事はするな」

ややあって、ニダーは歯と歯の間から絞り出すようにして呟いた。
俺の中で、行き場の無い苛立ちが余計に募った。

362執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:01:43 ID:n4n6KyEc0
('A`)「……」

言うべきかどうか、迷った。
それでも俺は口を開いた。

('A`)「アンタ一人で、黒狼に敵うわけがねえだろ」

助手席で、キュートが恐ろしい物を見る目で俺を見ている。
それを無視して、俺は言葉を継ぐ。

('A`)「自覚があるかどうかは知らねえけど、はっきり言ってやるよ。復讐だケジメだって言って、アンタがのこのこアイツを追っかけて行った所で、アンタにゃ万に一つも勝ち目なんか無い」

<ヽ●∀●>「……」

('A`)「何しろ向うは百戦錬磨の始末屋で、強化外骨格を身につけてると来た。アンタも知ってるだろう?
    ありゃあもう人間じゃあねえよ。化け物だ。そこにウェット(生身)のアンタが挑んだ所で、犬死にも良い所だ」

苛立ちを表に出さないよう、俺は努めて淡々とした口調で吐き出していく。

('A`)「復讐?大いに結構、殺し合いなら好きなだけやってくれ。ヤクザなあんたらにとっちゃ、それが仕事みたいなもんだもんな。
   だがよ、それは俺の目の届かない所でやってくれないか?付き合わされるこっちとしちゃ、たまったもんじゃないんだよ」

結局、淡々としていたのは口調だけで、俺自身の苛立ちは隠せなかった。

363執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:02:58 ID:n4n6KyEc0
o川;*゚ー゚)o「どっくん…?」

その証拠に、にぶちん世界選手権代表のキュートが、真っ先に俺に心配そうな眼差しを俺に向けてきている。
どうにも、ハードボイルドには今一つ遠そうだ。

<ヽ●∀●>「さっきから聞いていれば、随分と知った風な口を聞くようになったじゃないか?ええ?どうした、坊っちゃん?何か辛い事でもあったのか?」

俯けていた顔を上げて、ニダーがサングラスとバックミラー越しに俺の目を見据える。
皺の深く刻まれた顔からは、相変わらず表情らしい表情は読み取れない。

<ヽ●∀●>「人さまの生き死にが、そんなに怖いのか?それとも何か?お前さんは、御大層にもウリの心配でもしてくれているのか?」

自分で言って可笑しかったのか、そこでニダーは場違いな程に大きな声で笑う。

<ヽ●∀●>「だとしたら傑作だ。今世紀最大のスケッチだぜ。モンティパイソンも敗北感に首を括りかねんな」

('A`)「別に、アンタの心配なんてしてねえよ。アンタが死のうが、万に一つ黒狼が死のうが、そんな事はどうだっていい」

<ヽ●∀●>「その割には、随分とぶるってるみてぇじゃあねえか?」

自分でも自覚していた事なので、敢えてそれを取り繕おうとはしない。
代わりに俺は、キュートにやったのと同じ板ガムを口の中に放り込んだ。

364執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:05:07 ID:n4n6KyEc0
('A`)「アンタの言う通り、俺は臆病もんだよ。救いようの無いチキン野郎さ。
    だから、てめぇの知ってる範囲で人死にが起きる、っていうのに耐えられないんだ。
    寝覚めが悪いって奴さ。分るか?つまり俺は、俺自身の安らかなる眠りについて話しているんだ」

車体が緩やかなカーブに差し掛かる。
ハンドルを右に傾ける。左手に見える夜の海では、海上石油コンビナートの常夜灯の明りが、ちかちかと点滅していた。

('A`)「そこんとこを勘違いしないで欲しいね。わざわざ忙しい中呼び出されて、今から自殺するから崖の端まで送迎してくれ、って言われて良い顔する奴は居ない。違うか?」

o川;*゚ー゚)o「自殺…?」

未だに事情を飲み込めないまでにも、俺達の会話に不穏なものを感じ取っていたらしいキュートの顔が俄かに曇る。

<ヽ●∀●>「迷惑料ならもう払っただろう?何のためにわざわざお前さんを選んだと思っている?何時からお前さんところは人生相談所になったんだ?」

呆れた事に、俺が電話を受け取った時には既に、手付金のつもりか口座にはここ半年の稼ぎ分にも足る額の大金が振り込まれていた。
金は払うから、口は挟むな。それは実にスマートで筋の通った話で、俺達の業界では最低限の常識でもある。

<ヽ●∀●>「それにお前さんもこの依頼は飲んでくれたんじゃあなかったのか?なのに何を今更口を挟む必要がある?」

365執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:06:16 ID:n4n6KyEc0
('A`)「……」

ニダーの言葉は理屈の面では完璧だ。
俺は既に(半ば強制的にだが)仕事を受けて、塩豚に黒狼探しまで依頼している。
故に、俺が今更何を言った所で、それは業務怠慢からの愚痴にしかならないのかもしれない。
否、最初からこれは、俺の勝手な戯言でしかない。

('A`)「なあ、もう一度聞くんだが、アンタはあの黒狼に勝てるつもりでいるのか?」

味の薄くなってきたガムを、それでも俺は何度も何度も噛みしめながら言葉を紡ぐ。

('A`)「決着とか言ってるけどよ…アンタ、本当にアイツに勝てる気でいるのか?」

<ヽ●∀●>「……」

ニダーは、答えない。
手元の愛銃を見つめ俯いたままのその顔は、復讐者のそれではない。
二時間前に駆け付けた時点で、薄々は分っていた。

('A`)「なあよ、俺の口から言うべきじゃないってのは分ってる。だがこっちもいい加減苛々が限界なんだ」

相変わらず、ニダーは答えない。
よれによれたトレンチコートに包まれた肩が、酷く小さい。

('A`)「――アンタは、楽になりたいだけだ。仇だとか、復讐だとか、そう言った面倒くせえ事から、さっさと解放されたいってだけの、ただのクズだ」

366執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:07:02 ID:n4n6KyEc0
o川;*゚ー゚)o「……」

从 ゚∀从「……」

助手席で、キュートが表情をこわばらせる。
後部座席のハインが、微かに眉を顰めて俺を見つめる。
車内の空気が、僅かな緊張感を帯びた。

<ヽ●∀●>「……」

ニダーの肩が、小刻みに震える。
怒りからではなく、それは笑いから。
枯れた柳のような、それはとても虚ろで、乾いた笑いからだった。

<ヽ●∀●>「クズ…くはは…クズか…香主なんざやるようになってから、てめぇ以外にクズ呼ばわりされたのは初めてだな」

('A`)「そいつは光栄なこって」

俺は努めて不機嫌な顔を作って吐き捨てる。
ひとしきり、痛々しい笑いを上げた後、ニダーは溜息をついて天井を見上げた。
皺の刻まれたその顔が、急に老けこんで見えた。

<ヽ●∀●>「本当の所なら、今すぐにでもそのお利口さんなオツムの風通しを良くしてやるんだが……。
        行きがけの駄賃だ。今のは聞かなかった事にしてやる。その減らず口は大事にとっておけ」

ニダーは、疲れ切ったような笑みを口の端に浮かべる。
老衰前の翁のようなその達観した態度が、俺にはたまらなく気に食わなかった。

367執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:07:58 ID:n4n6KyEc0
('A`)「……そうかよ」

押し殺すように呟くのが限界だった。
これ以上、何を言っても、何かが変わるわけじゃない。
俺は、ハンドルを握る指に力を込める。
沈黙の帳が、車内にゆっくりと降りてきた。
カーステレオからは、歪んだパイプオルガンをバックに、がらがらに枯れた男の声が、陰鬱な調子で唄う英語の声が聴こえてくる。

Today I am dirty

I want to be pretty

Tomorrow, I know I'm just dirt

――今日の俺は醜くて。美しくなりたいと思っている。でも分ってる。明日になっても、俺はゴミ。

前にアラブに飛んだ時に入れたままの自動翻訳アプリが、視覚野の隅のウィンドウに和訳の歌詞を綴っていく。

We are the nobodies

Wanna be somebodies

We’re dead, we know just who we are

――名もなき俺達は、素敵な何かになりたいんだ。俺達が死ねば、あいつらも気付くだろう。

そこまで表示された所で顔を顰めると、俺はカーステレオのスイッチを切った。
何もかもが、気に食わなかった。

368執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:13:45 ID:Uk3FUys.O
◆ブギーマンが来るので寝なさい◆

369名も無きAAのようです:2012/09/06(木) 23:20:30 ID:ySBzC5zQ0
どういうことだってばよ…!

370名も無きAAのようです:2012/09/06(木) 23:43:52 ID:lSkeMhjw0
とりあえず乙

371名も無きAAのようです:2012/09/06(木) 23:47:31 ID:66X0fJgc0


このニダ−はどうしてこんなにかっこいいんだろう…

372名も無きAAのようです:2012/09/06(木) 23:51:28 ID:yqrpIhQc0
アッハイ、寝ます

373執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:10:50 ID:HZSLFZ1g0
■RADIO塊IM■凛として時雨 ‐ telecastic fake show http://www.youtube.com/watch?v=G0tA92rW3y8&amp;feature=related■接続■貴方?筒■

374執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:12:21 ID:HZSLFZ1g0
◆ブギーマンとか居なくなりましたか?◆再開◆

375執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:14:02 ID:HZSLFZ1g0
o川;*゚ー゚)o「あ、あの……」

今まで黙っていたキュートが、出しぬけに口を開いた。

o川;*゚ー゚)o「わ、私、その、えと…事情とか、全然、分らないんですけど、その……」

ホットパンツの短い裾をぎゅっと握りしめ、彼女はおずおずといった風情で後部座席のニダーを振り返る。
ニダーの纏うヤクザ者の雰囲気に慣れないのか、言葉の端々からは僅かな怯えの様なものが残っていた。

o川;*゚ー゚)o「じ、自殺は良くないなって!その、お、思います!自殺だけは、ダ、ダメだって!」

('A`)「……」

<ヽ●∀●>「……」

恐らくは、彼女なりの精いっぱいの言葉なのだろう。
場違いな台詞ではあるが、その大粒の瞳に宿った真剣さは、偽りの無いものだ。
今日初めて会った人間の事を、分けが分らないなりにも、心の底から心配する。
先のクソッたれた歌の歌詞が頭を過って、俺は思わず苦い顔を作った。

ニダーは、そんな彼女の言葉に一体何を思うのだろうか。
前の席から首だけを覗かせて真剣な(彼女なりの)表情を作るキュートに、彼はやんわりと苦笑を返して再び座席に深く身を沈めた。

376執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:14:49 ID:HZSLFZ1g0
<ヽ●∀●>「……そうだな。ああ、自殺はいけねえな。おっかさんを悲しませちまうもんな」

o川;*゚ー゚)o「そ、そうです!だから、ね?げ、元気を出して――!」

<ヽ●∀●>「ああ、ああ、そうだな…そうだとも……」

キュートの言葉を、聞き流すでもなく、遮るでもなく、ニダーは腰の上で手を合わせると、首を仰け反らせて天井を仰ぐ。

<ヽ●∀●>「そうとも…そうともさ……」

虚ろなその呟きだけが、語る者の居なくなった車内に零れ続けた。

377執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:15:58 ID:HZSLFZ1g0

  ※ ※ ※ ※


――ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「見てんじゃあねえぞ、クソガキが」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「気に食わねえ目え、しやがって……」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「――ああ?なんだ?聞こえねえぞ?」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「おい、おい、おい、なんだ?なんだってんだ?何を泣いてやがる?俺は悪者か?ああ?」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「てめえ、なんだそれは――舐めやがって、クソ。舐めやがって……どいつもこいつも――」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「その目だっつんでだろうがよぉ!聞いてなかったのかよクソガキがぁ――!」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

378執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:16:53 ID:HZSLFZ1g0
「ごめんね、ごめんね、ごめんね……」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「このッ!ガキがッ!目ぇ!見るなっ!」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「ごめんね、ごめんね、ごめんね……」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「ぶっ殺して――!ハァー!ハァー!ハァー!」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「ああっ!?てめえ、そりゃ――なん――」

ぶつん。

379執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:18:23 ID:HZSLFZ1g0
油まみれの換気扇。フリーザーの低い唸り声。
開け放した窓。蝉の大合唱。ノイズ。四畳半。ちゃぶ台。酒瓶の山。
染みだらけの安カーテン。ノイズ。ささくれ立った畳。倒れた角刈りの男。
壁際で啜り泣くネグリジェの女。ノイズ。部屋の柱に刻まれた爪の跡。ノイズ。
血、血、ノイズ、血、ノイズ、包丁、ノイズ、ノイズ、少女、ノイズ。

かちり。

「あ……」

少女はその白く細い腕から包丁を取り落とすと、自分の胸元から下腹部までを見下ろした。
胸元の肌蹴られたワンピースは、返り血で真っ赤に染まっていた。

「ああ……」

吐息を零しつつ、少女は宙を見つめる。
部屋の隅から母親の啜り泣きが聞こえてくる。
開け放した窓から聞こえる蝉の大合唱が耳に喧しい。

「――そっか。そっか、そっか」

得心が言ったように頷くと、少女はふらふらと立ちあがり、玄関へ向かって歩いて行く。
母親は、その後ろ姿を見送る事もせずに、動かなくなった男をぼんやりと眺めていた。

「そっかぁ。こうすれば、良かったんだ。こうすれば。そっか――」

少女のノイズ虚ろノイズな笑ノイズ。ノイズ。ノイズ。ノイズ。

ぶつん。

380執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:19:29 ID:HZSLFZ1g0
ノイズ。ノイズ。ノイズ。
ビールの空き箱の塔。罅の入ったコンクリ。ノイズ。水たまり。吐瀉物の臭い。
使い捨て記憶素子の破片。ノイズ。火花を上げるネオン看板。

「ハァ、ハァ、ハァ――そうだ、大人しく――大人しくッ!――ハァ…してろよ――ヘヘハハハハ……」

息を荒げて、ズボンを下ろすヤクザ男。肩に光る綾瀬の代紋。
埋め込み式サイバーサングラスに映る、女の白い顔。
ノイズ。白い肢体を這う生傷。青あざ。ノイズ。みみずばれ。ノイズ。

「いや…イヤァ……!」

乱れるプラチナブロンド。ノイズ。馬乗りになる男。
ノイズ。殴打。ノイズ。殴打。ノイズ。殴打。ノイズ。殴打。

「ヘ、ヘヘ…こんな上玉、滅多にいねえ…ハァ、ハァ……。
 どうせ、これから何人の男に抱かれるかも分ったもんじゃないんだ。だったら、今俺に抱かれた所で――」

「止め、止めて――イヤだ…イヤ、イ――」

剥ぎ取られる下着。縄で縛られた両手。嬲られる乳房。
ノイズ。男。ノイズ。突き入れられる。ノイズ。赤。ノイズ。赤。ノイズ。ノイズ。赤。

「ヒャハ!ヒャハハハ!しょ、処女だぜこいつ!ヘハハハ!安心しろよぉ…お前の初めては――」

突く。突く。突く。ノイズ。痛み。ノイズ。耐えがたい痛み。ノイズ。
裂ける。ノイズ。破ける。破裂する。ノイズ。

痛いノイズ痛ノイズい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いノイズ痛い痛い痛い痛い。

ぶつん。

381執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:20:23 ID:HZSLFZ1g0
ノイズ。ノイズ。白。ノイズ。リネンの香り。ノイズ。
リノリウムの床。ノイズ。ノイズ。正面に座った医師。ノイズ。
寿命の近くなった蛍光灯。ノイズ。膝の上で揃えられた手。はれ上がった顔面。ノイズ。

「――落ちついて、聞いて下さいね」

ノイズ。ノイズ。眼鏡の奥。ノイズ。
無表情の医師。ノイズ。ノイズ。止めろ。ノイズ。

「貴方の身体では、子供はもう――」

止めろ。

「子宮が著しく傷つけられ――」

止めろ。

「卵巣そのものが――体外受精も――」

止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ。

ぶつん。

382執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:21:31 ID:HZSLFZ1g0
ノイズ。ノイズ。ノイズ。
黒い空。星の無い夜。ビルの屋上。摩天楼のネオン。

【+  】ゞ゚)「――で、身体の調子はどうかしらん?“死の淵から蘇った”感想は?」

女は掌を見つめた。
包帯だらけの皮膚の上に、バタフライナイフを這わせる。
滲みだした血がぶくぶくと泡立ち、掌の上で蠕動した。
悪くない気分だった。

【+  】ゞ゚)「ラボの連中、驚いていたわよ。アンタみたいな体質は百年に一人居るか居ないかだって。
        ウェイク・アップ・ザ・デッドに適合するだけならともかく、ソレまで使いこなせるなんて、天が与えた逸材だってサ」

掌の上の血に、女は意識を集中する。
殺せ。そう命じるだけで、血は赤い鉤爪となって女の掌を覆った。

【+  】ゞ゚)「液体金属だっけ?ウチのチーフも妙なモノをこしらえたもんよね。まるで化け物じゃない、アンタ」

面白くもなさそうに言って、オサムは夜の街に視線を馳せる。
夜の帳の下では、相も変わらず人の波がごった返していた。

【+  】ゞ゚)「そう、化け物と言えば。綾瀬のトコで、アタシ面白いもの観たわよ」

懐から取り出した掌サイズの小型プロジェクターで、オサムは空中に映像を投影する。
立体ホログラフの中では、一人の強化外骨格の男が日本刀を振るって、次々とヤクザ達を斬り伏せていっていた。
返り血を浴びながら荒い息を着く男の顔は、修羅か鬼神のようであった。

383執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:22:49 ID:HZSLFZ1g0
【+  】ゞ゚)「西村の生き残りかしらね。綾瀬への復讐だか何だか言ってたみたいだけど、この子もかなりキテるわ」

楽しげに言いながら、オサムは映像を早回し、目当てのシーンで止める。
再び動き出したホログラフ映像。
ヤクザの死体の山の中央で、強化外骨格の男は突如として吠えたけると、
手にした日本刀を振るって、既に動かなくなったヤクザの身体を更に細切れの肉片へと変えていく。
およそ、人間的な理性の欠片も見られない、獣の食い散らかしにも似たその様に、女は目を見開いた。

『足りない!足りない!足りない!足りない!足りないんだよぉぉおぉぉお!』

刻む度飛び散る、血、皮膚、肉、内蔵、皮下脂肪、骨。
黄、白、赤、朱、黄土、人を形造る、肉の絵の具の醜怪なコントラスト。
今にも泣き出しそうな顔で、叫び、刀を振るうホログラフの中の男。

彼女はしかし、その男の悲壮な表情の中に、確かにそれを見つけた。

「なあ、コイツ、なんて言うんだ?」

ホログラフを見つめたままに、女は問いかける。

【+  】ゞ゚)「は?名前?このワンちゃんの?アタシが知るわけ無いじゃないの」

興味なさそうに返すオサム。
女はそれを聞き流しながら、食い入るようにホログラフの映像を見つめ続けた。

384執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:23:30 ID:HZSLFZ1g0
『はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…』

鬼気迫る表情で、荒い息を着く強化外骨格の男。
自分の作りだした屠殺場の光景に気付き、彼の顔に恐怖とも後悔ともつかぬ表情が過る。
その一瞬。まさにその一瞬前、男の顔に浮かびかけて消えた表情を、女は見逃さなかった。

「――同じ、だ」

【+  】ゞ゚)「はぁ?」

問い返すオサムにも、女は言葉を返すことなく、呆けたようにしてホログラフの中を見つめている。

(*゚∀゚)「――アタシと、同じだ」

その時彼女の顔に浮かんでいたのは、砂漠の中でオアシスを見つけた旅人のそれのようであった。

385執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:24:32 ID:HZSLFZ1g0

  ※ ※ ※ ※


――生ぬるい浮遊感の中で、ツーは目を開く。
視界いっぱいに広がる闇にも、人工タペタムを通して見えたのは低い石造りの天井が見えた。
鼻が腐れ落ちてしまいそうな程の饐えた臭いからして、ここはVIPの街の地下を走る下水道網の一端だろう。
自分はその下水の上にぷかぷかと浮かんでいるのだ、と言う所までを自覚した所で、ツーは頭の中からぼんやりとした霞が引いて行くような感覚を覚えた。

(*メ∀゚)「アァ――畜生――血が――血が足りねえ……」

左側頭部を手で触る。
砕かれた骨と皮膚組織は液体金属により無理矢理に縫合したが、失った組織に関しては再生にもう少しばかり時間が掛りそうだ。
本物のIps細胞ならば、もっと迅速な治癒が見込めただろうが、実際その真似事が出来るだけでも彼女の血中に潜む「カーミラ」は非常に優秀な人工血液であると言えよう。
今やツーの全身の血管の八割の中を流れるこの液体金属兵器は、彼女の生命活動そのものに影響を及ぼす段階にまで浸透していた。

(*メ∀゚)「あの、ウリナラヒョウタン――外野が、出しゃばりやがって――クソッたれがよぉ……」

汚水の川の中でツーは身を捩る様にして泳ぐと、壁際の足場の上に身を横たえる。
今まで餌を求めてうろついていたドブネズミが、彼女の登場に驚き泡を食うようにして逃げ出す。
生皮の剥がれたままの腕を振るってそれを捕まえると、ツーは何のためらいも無くドブネズミの頭に齧り付いた。

386執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:26:10 ID:HZSLFZ1g0
犬歯が皮を貫くぶちりという音と、弾力のある肉を咀嚼する音、そして小骨をかみ砕く微かな音が、湿った地下下水道の中に陰鬱に響く。
常人ならば七度も死亡している程の重傷を治すには、「カーミラ」による縫合以外にも、
ウェイク・アップ・ザ・デッドの代謝促進に頼る必要がある為、タンパク質と鉄分の摂取は欠かせない。

無論、ツー自身がそのような事を理解しているわけではない。
最早彼女に理性と呼べるものが存在するのかは、神のみぞ知る領域だ。

ただ、腹が減っていて、傷を癒すには捕食が必要だと言う、それは獣が知りうる本能レベルでの判断だった。

(*メ∀゚)「クソ、まじぃ…クソ…クソ…クソが……!」

彼女にとって幸いなことは二つあった。
一つは、行動不能となったツーを完全に死亡したものと、あの中華系の男が勝手に思い込んでくれた事。
もう一つは、倒れた近くに偶然にもマンホールが存在していた事。
この二つの幸いが、ツーの命を寸でで繋ぎとめた。

彼女とて、けして不死身では無い。このどちらかが欠けていたら、万に一つも助かる見込みは無かっただろう。
最も、そのようなことでさえも、今の彼女にとっては瑣末な事でしか無かった。

(*メ∀゚)「ギコ…ギコォ……」

鼠の小骨を咀嚼するぽきり、ぽきり、という音を口の端から零しながら、ツーはその名を口にする。
自らの生き死ににすら、微塵の興味を抱かない彼女が、唯一執着するもの。

初めて彼の存在を知ったあの日から、壊れ尽くした彼女の人生の中に、確かな変化が生まれた。

387執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:27:22 ID:HZSLFZ1g0
(*メ∀゚)「アア…ハァ…クソ…ギコ…ギコが…遠くに行っちゃう……」

欲しい。どうしても、それが欲しいのだ。
一体、何が欲しいのかは、ツー自身にとっても良くは分らなかったが、たまらなく欲しいのだ。

(*メ∀゚)「連れ戻さなきゃ…逢いに行かなきゃ……」

汚水の中を泳いできたドブネズミをもう一匹捕まえ、ツーは咀嚼する。
思考が幾分かクリアになってきた。
先ずは、作戦を練るべきだ、と彼女は思った。

ギコの事ならば、彼女は誰よりも詳しいのだという自負があった。
彼の存在を知ってからこっち、彼女は今日に至るまで彼の行動の全てを調査してきた。
フリーの情報屋を使う時もあれば、オサムに袖の下を通してCIAの監視衛星を使ったりもした。
どのような経歴の下で、どのような環境に置かれ、どのような生活サイクルを送っているのか。
それら全てを、彼女は把握していた。

(*メ∀゚)「やぁっぱ、アレかな――」

ドブネズミの小骨の端を吐きだしながら、ツーはゆっくりと立ち上がる。
傷口から漏れ出た赤い流体金属が、まるで彼女の意志に呼応するかのようにして、微かに震えた。

388執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:28:52 ID:HZSLFZ1g0

  ※ ※ ※ ※


――かつて、24世紀最後の詩人と言われたVIP出身のさる芸術家がこう言った。

「この街の星達は、皆空から地に落ちてしまった」

彼の言葉を示すように、夜の帳が降りた天には分厚い光化学スモッグが垂れこめ、
その代わりでもあるかのようにして、ビルの大樹海の中で煌めくネオン光は、年々その輝きを増していっている。

被害妄想の強かった詩人は、その言葉を残した五年後に、風呂場で拳銃を咥えたまま動かなくなっているのを政府警察に発見された。
何処にでも居るような詩人の最後は、何処にでもある様な自殺事件として処理され、何時の時代もそうであるように、
次第にその名前を忘れ去られ、今では誰一人としてその名を覚えている者はいない。

……珍しく、それは月の出ている夜だった。
ナイフ傷のような暗雲の切れ間から、青白い月明かりが降り注ぎ、その姿を浮かび上がらせる。

モノリスVIP。
ラウンジ区とニューソク区の境目にある、黒塗りのオベリスクめいたそのビルは、
渡辺所有のアーコロジーを頭二つ分追い越し、VIPの最高建築記録の一位を五年間守り続けている。
ニホン国特別政令指定都市の象徴として建造された、その観光シンボルの頂上。
地上一千メートルの高さで、四角錐のてっぺんから突き出すポールの上に、まるで止り木に停まる鴉が如き一つの影があった。

389執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:30:29 ID:HZSLFZ1g0
<ヽ8w8>「……」

青ざめた月光の中に浮かび上がる、漆黒の装甲。
昆虫と爬虫類と地獄の悪魔の混血染みた、異形のシルエット。

かつて、黒狼と呼ばれたその男は、狼らしく月に吠えるでもなく、ただ、
ただ、黙したままに、眼下に広がる地上の星屑の海を見下ろしていた。

<ヽ8w8>「……」

一体、どれ程の時間をそうしていたのだろうか。
一瞬かもしれないし、途方も無い時間かもしれない。

黒狼は、かつてそう呼ばれていた始末屋は、ギコは、その悪鬼の髑髏めいたヘッドピースの奥底で、何時果てるともしれない、葛藤の内に沈んでいた。

(´・ω・`)『君の新しい身体と、脳核についての非常に重要な話だ』

――君も、実感で分ると思うけれど、今の君の“身体”は以前の君の“身体”に比べたら、途方も無い程の力を秘めている。
詩的な言い回しを止めるなら、今の君の強化外骨格は、以前と単純比較して四倍、いや、それ以上のスペックを持つ。
運動能力、反応速度、装甲そのものの強度、そのどれもが桁からして違う。

ああ、表情で君が何を考えているかは分るよ。
そうだね、何時の時代も大いなる力には相応の代償が付き物だ。

これから話すのは、その代償についてだ。

390執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:32:08 ID:HZSLFZ1g0
<ヽ8w8>「……」

――君はどうやら、以前から神経加速装置(イグニッション)や、ペインキラーとか言ったアッパー系のドラッグのお世話になっていただろうから、とても説明がし易くて助かる。

……先ずは原理から説明しようか。
君の強化外骨格は、素体であるマシーンボディとの脊椎直結で動いている。
分るかい?平たく言えば、ニューロジャックだけじゃなく、脊椎、つまり全身で一つの自動化鎧と繋がっている様なものだ。

初めて聞いた?無理も無い。ニューロジャックのみでの通常結線と違って、脊椎直結は心身ともに直結者への負担が半端じゃない。
もしも痛覚をオンにでもした日には、銃弾が掠めた感触だけで発狂してしまうことだってある。
まあ、この期に及んで君がそんな失敗をする間抜けだとは思わないけれどね。

初めに言ったオーバースペックは、この脊椎直結がその殆んどを齎していると言っても過言じゃない。
僕達みたいなハッカーは、度々電脳空間にジャックインしたときに、肉体という枷から解き放たれて、
思考するだけでどこまでも一瞬で飛び立てるような全能感を感じる。

今の君は、さしずめそんなところだろうね。「生身以上に反応が良い」、ってのが僕の考えた売り文句さ。

さて、そこで君の心身に掛ってくる負担だ。
今現在、君は全く持って意識はしていないだろうが、既にその“身体”を着て動いている、
という時点で君のニューロンには微小な負担が掛っている。

恐ろしいだろう?自覚はしていなくとも、少しずつ君のニューロンはこの異常加速した世界に侵されていっているんだ。
これが、銃弾飛び交う戦場に出たら、一体どうなると思う?

391執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:35:39 ID:HZSLFZ1g0

――答えは、「僕にも分らない」だ。

その気になれば、君は全てが静止した世界の中をゆっくりと歩いて、宙に浮いた弾丸を摘まんで、
そのまま指で握りつぶす事も可能かもしれない。

或いは、降り注ぐ瓦礫の雨の中、たった数ミリのずれさえも許されない安全地帯をコンマゼロ秒以下で見つけ出し、
その中に刹那の内に身を翻す事が出来るかもしれない。

そうしてもって、君の身体が、ニューロンが、精神が、どうなるのかは、僕にも未知数だ。

一科学者として、この「未知数」という単語は胸躍るものだよ。

何処まで行けるのか、それとも限界など無いのか。知りたくてしょうがなくなる。

……そこで、君に僕からの提案だ。

もしも、その強化外骨格を着用し続けるのに不安があるのなら、言って欲しい。
少しばかり時間は頂くけれど、直ぐに別のまともなものを用意しよう。

スペックは遥かに劣るけれど、少なくとも着用しているだけで精神が侵されるような危険な代物ではないと約束する。

だが。だが、もしも、だよ。

もしも、君が僕の好奇心に付き合って、その強化外骨格を着続けてくれるなら……。

そう、君には義理の妹が居たね?名前は、確かシィだ。

何故知ってるかって?悪いとは思ったけれど、君に最初の仕事を持ってきた時点で調べさせてもらった。

392執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:36:58 ID:HZSLFZ1g0
――で、だ。

その、義理の妹さんは、ニューロ・リジェクションを患っている。違うかい?

――血友病で、手術もままならない。……可哀想に。

<ヽ8w8>「……」

僕が、治してあげるよ。

<ヽ8w8>「……」

君は、その強化外骨格を着て、あちらこちらで戦ってくれれば良い。
その時の戦闘データを、君は僕に提供してくれるだけでいい。

何の事は無い。その強化外骨格には、無線中継機能が付いている。
君が特別何かをするわけでもない。ただ、刀を振るってくれれば、それでいい。

――どうだい。この話に、君は乗るかい?

<ヽ8w8>「……シィが治る保証が、何処にアる」

ミンチ寸前だった君を、ここまでに復活させた僕の腕を疑うって言うのかい?

問題ないさ。大体、君の“リアニメイト”に比べたら、ニューロ・リジェクションくらい、盲腸の手術をするみたいなものさ。

その昔はニューロマンサーを名乗ってた事だってあるんだよ?

393執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:38:11 ID:HZSLFZ1g0
<ヽ8w8>「オ前が、約束ヲ守るトいウ保証は――」

おおっと。まあ、そうくるだろうね。
それについては、御安心を。さっき言った、データ送信用の無線リンクを辿れば、君からでも僕の居場所は直ぐ分る。

これなら、僕がとんずらしようとしても、君は安心してその場に駆け付け、僕に刀を突き付ける事が出来るってわけだ。
最も、僕は約束を破るような、プライドの無い男だと思われるのは心外だけどね。

<ヽ8w8>「……」

どうだい?受けて見る気は、無いかい?

<ヽ8w8>「……悪魔メ」

ははは!確かにそうかもしれないね。願いをかなえる代わりに、莫大な代償を要求してる!

成程、まさに僕は悪魔だ。でもよく言うだろう?
悪魔は決して約束を破らない、ってさ。

<ヽ8w8>「……」

――まあ、返事は気長に待つとするよ。

さしあたっては、最初の依頼分の二人の首を上げて貰うのが何よりの優先事項だしね。
その間、その強化外骨格はお試し期間、って事で。

ああ、そうだ。“その強化外骨格”、じゃ呼び辛いね。名前をつけよう。

そうだな…君は、僕を悪魔と呼んだ。

それなら、悪魔からのプレゼント、という事でそいつにも相応しい名をつけようじゃあないか。

394執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:39:22 ID:HZSLFZ1g0
“666”

スリーシックス。ロク、ロク、ロク。発音は、まあ、適当に。
字面だけ見ると、型番みたいで乙だろう?

あは。

それじゃあ、良い返事を期待しているよ。

………。

……。

…。

<ヽ8w8>「フザケ――タ…事ヲ……」

拘束具のようなフェイスガードの奥で、ギコは奥歯を噛みしめる。

何処まで行けるか、試してみたい?

先のツーだとか言うイカレ女との戦いだけでも、ギコにはそれが十分に良く分っていた。
神経加速装置(イグニッション)やペインキラーのフィードバックなんかの比では無い。

人類の、生物の限界を超越したその軌道のバックファイアは、さしずめ身体の内側からナパーム火薬で責め苛まれるような、耐えがたいまでの苦痛という、非常に分り易い形で現れた。

強化外骨格などでは無い。
これは、棺桶だ。

もしくは、中世の拷問器具たる鋼鉄の処女、そのものだ。

395執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:40:59 ID:HZSLFZ1g0
<ヽ8w8>「アアグ――ガッ――ハッ!」

顎部の装甲が開き、髑髏の怪物のような剥き出しの牙の間から、ギコは喀血する。
体内ドラッグホルダーのペインキラーで抑え込んだ所で、そう長くはもたない。
強化外骨格の表面装甲に痛覚が無いとはいえ、培養物とはいえ、内臓は未だに生身だ。

一体、何時までこの身体がもつと言うのか。

<ヽ8w8>「ハァ――ハァ――ハァ――」

奴は。
ショボンと名乗ったあの男は、シィを治すと言った。
本当なのかどうか。それは、重要ではない。元より、彼は嘘だとしてもそれに縋るつもりであった。

<ヽ8w8>「ヤット――ヤット、アイつを幸せニ出来るンだ――コレしキの痛み――」

幸せに。
そう、幸せに、するのだ。

彼女は、シィは、長い間、不幸の沼の中に、浸かり続けてきた。

抗争、復讐、抗争、復讐、そして復讐。

彼女は何一つ悪くない。周りの我儘に振り回され続けてきた彼女こそが、最大の被害者なのだ。

もう、彼女は幸せになってもいいのだ。

<ヽ8w8>「ソウ――ダ……シィを治しテもらッて――ソレデ、一緒ニ――」

一緒に。
一緒に?自分が。彼女と。一緒に?

396執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:42:07 ID:HZSLFZ1g0
<ヽ8w8>「ガ――ガガッグッゲ――」

ならば。
ならば何故、あの時、あの瞬間、奴にトドメを刺さなかったのか。

<ヽ8w8>「ニダー…ニダー…ニダー……」

ニダー。ニダー。ニダー。

幸せな生活を送るのならば。シィと、共に歩むのならば。
排除せねばならない。禍根は、残せない。そうだとも。

復讐を成し遂げ、シィを治療して、それで、ハッピーエンドなのだ。

なのに、どうして。どうしてあの時、トドメを刺さなかった。

<ヽ8w8>「アグォ――ゴッ――ググ――」

どうしてあのときとどめをささなかったのかしあわせなせいかつをおくるのならばかこのかこんはのこして
おくわけにはいかないいますぐにやつにとどめをさせいますぐだとどめをいますぐいますぐいますぐいますぐ

<ヽ8w8>「アア――!……ハッ、ハッ、ハァー…ハァー……」

ギコは、自らの首を絞めつけていた。
無自覚の事だった。
空では蒼い満月が、尖塔の悪鬼の如きギコの姿をぼんやりと照らしている。

397執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:44:01 ID:HZSLFZ1g0
<ヽ8w8>「……ニダー」

ギコは、もう一度だけ、呟いた。
慢性的に歪んでいる合成音声も、その瞬間だけは、淀みの無い音階で空気を振るわせた。
光学センサの青と白の視覚野の隅で、脳核通信を知らせるアイコンが点滅していた。

『――第二ターゲットの所在地が判明したよ。これから転送するね』

アノニマス表示のアイコンウィンドウの中で、送信中の無機質な三文字が躍る。

『これが最後のターゲットだ。義妹さんの為にも、頑張って』

ギコはそれに返事を返す代わりに、後ろ腰から横一文字に吊るした日本刀を鞘走らせると、正中線と平行になるようにして構える。

<ヽ8w8>「GRAAAAAAATH!」

満月に向かって一声吠え、ギコは飛翔する悪魔の如く、モノリスVIPのてっぺんから飛び出した。
地上の星屑の海は、一匹の魔獣のシルエットを、無関心な表情で出迎えた。

398執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:45:44 ID:HZSLFZ1g0

 

         Next track coming soon...

 

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399執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:53:27 ID:HZSLFZ1g0
■ジョルジュは■親愛なる読者のみなさんへ■ロリコン■

前回の投稿の際、次で今回のエピソードが完結すると言っていましたがあれは嘘では無かったなのです。

ただ構成担当と執筆担当がなんか文量が増えると言いだしたので投稿担当者としては分割しなければならないと思ったので、私は悪くない。

悪いのは執筆担当者と構成担当者なので私を責めるのはお角違いだ。わかるね?私は正しいですね?

次の投稿は分らないけどその時こそはサマーなんとかの締切日なのでちゃんと告知するし大丈夫。安心しよう。尚意外と早く出来上がるかもしれないもよう。

400名も無きAAのようです:2012/09/07(金) 17:22:40 ID:5sUduzJ60
おちゅ
ジョルジュは流石の紳士

401名も無きAAのようです:2012/09/07(金) 18:10:17 ID:Pa1dAlwk0
正しいですか?おかしいと思いませんか?アナタ

402名も無きAAのようです:2012/09/07(金) 19:40:26 ID:4hDNoqY20


403名も無きAAのようです:2012/09/15(土) 00:49:53 ID:GYHzbJ1k0

左道外道に踊らされてどうにもならなくなるのはギブスンやシャドウランやN◎VA、サイバーパンクの決まりごとだけどやっぱり救いがあってほしいなあ……。

404執筆担当者 ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/15(土) 10:29:29 ID:WY1j8W2g0
■親愛なる読者の皆さんへ■お知らせ■約束が大事です■

我々はサマーうんたらの締切日がやってきたら、三日前に告知すると言ったね?

それはもちろん嘘ではないのでこれは告知だ。

ナンバーなんとかは三日後に完結する。意外と速くできたので執筆担当者(これを書いている私だ)もびっくりしている。投稿担当者はもっとびっくりしている。

公式まとめサイトブーン芸ヴィップさんの方でも告知しましたがたぶんなんかこれで出尽くした感があるのでなんか大丈夫だとおもう。

あとなんかメインストーリーに絡まないみたいなことを言っていたかもしれないが忘れた。

もしかしたらケミカルなアレが起こってメインストーリーのラインに組み込まれたりもするかもしれないけどそれは選んでみないと分からないので落ち着こう。

つまり、発表は作品の掲載を持ってのお知らせとなる、という方式を採用することになりました。

今現在もすでに応募された中で、我々はどのような話が作れるかどうかを模索中だ。これは非常にDIYめいていて実にユニーク。構成担当者もタノシイだ。

まだ締め切りまでは三日あるので、その間も皆さんは応募してくれていいし、カキゴリを食べててもいい。それをリバティと言います。

採用されたプロットにもよりますが、これはたぶん比較的に早く出来上がる予感がすると、スイカ畑のおじいさんが言っています。

以上、業務連絡の終了です。

405名も無きAAのようです:2012/09/15(土) 11:43:41 ID:q9gYSGuE0
待ってまーす

406名も無きAAのようです:2012/09/15(土) 18:59:58 ID:GYHzbJ1k0
了解です
カラダニキヲツケテネ!

407執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 12:53:06 ID:xtON.OOM0

 

                【IRON MAIDEN】

 


408執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 12:58:53 ID:xtON.OOM0

Track-δ


――広大な地下空間を席巻するのは、黒く濁った汚水である。
水底から天井までの高さは7メーター弱。

地下にしては広々としたそのドーム状のホールの中央には、浮島のようにして鉄筋組みのブラックボックス染みた管理小屋が立つ。

四方八方の壁には錆ついた巨大な水門がそれぞれに並び、これらが中央の管理小屋のコマンドを受け、
定期的に開閉しては汚水の流れをコントロールしている。

ニホンという国の汚濁の中心であるVIP。
その欲望の街が吐きだした汚濁の全てが最後に行き着く下水処理施設。

ドーム状の天井の隅に空いた下水口から、今まさにこの掃き溜めの中の掃き溜めに滑り落ちてくるものがあった。

「イイイイイイヤッホオオオオオォォォウォウォウォウォウ!?」

最初に落ちてきたのは棺桶だった。
ボブスレーめいて滑走飛行した棺桶が、下水の上にざぶりと着水した。

その上に、それを追いかけるようにして枯れ枝のような人影がすとんと着地した。
棺桶が、人影の体重を受けて僅かに浮き沈みした。

【+  】ゞ゚)「ヒュウー!これはこれで、刺激的ン。お股、ヒュンッてなっちゃった♪」

ボア付きレザーコートの前を肌蹴た異形の人物オサムは、身体をくねらせて誰にともなく言う。
起伏の少ない蒼白な顔の半分は、黒く焼けただれ、所々が炭化していた。

409執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:00:02 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ゚)「全く…折角おめかししたってのに、あの子ったら乱暴なんだから……」

枯れ枝のような指を自身の首元に這わせると、オサムはまさぐるような仕草の後に爪を立てる。
ずるり、という音と共に皮膚が捲れ、まるで蛇の脱皮の如くして彼は自身の顔面の皮膚を脱ぎ捨てた。
粘液でテラテラと光る、生まれたばかりの赤子のように皺の寄った顔が現れた。

【+  】ゞ゚)「ンー、ンー、ンー……ンン!メイキャップ!」

化粧水を肌に馴染ませるような仕草でオサムは自身の顔面を叩き、伸ばす。
一瞬の後には、以前と変わらない起伏の少ない青ざめて蛇染みた顔がそこにはあった。

ウェイク・アップ・ザ・デッド。
生命を冒涜する投薬強化の、それは禍々しい一側面であった。

【+  】ゞ゚)「……何よ、アイツまだ来てないじゃないの」

機械的に無感動な表情で周囲を見回してから、オサムは左手に提げた強化ポリカーボンのアタッシュケースに目を落とす。
最後に通信をかわしたのは、ヴォルフの尻尾回収の報告の際。今から三時間前だ。

目的物も手に入れて、後はここから用意した小型潜水艇で本部の回収部隊と合流。
そうすれば、今回の長い仕事もようやく終わるというのに。

【+  】ゞ゚)「あの気狂いが…何処をほっつき歩いてやがる……」

普段は見せないような、ドスの効いた低い声が知らずオサムの口から零れる。
任務の度、オサムは彼女の独断行動に振り回されてきた。

大かた、あのギコとか言う始末屋絡みだろう。最後の通話の時も、心ここにあらずと言った様子だった。
最も、あの気狂いに心があるのかは、オサムにも謎ではあったが。

410執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:01:08 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ゚)「クソが…アタシがスカウトした方だと思って好き勝手にやりやがってよ……」

平坦な表情とは裏腹に、オサムの胸の中では苛立ちが募っていた。
ギコ、ギコ、ギコ。そしてギコ、だ。

手当たり次第に壊し、殺し、ばらすだけだったあの気狂いは、数年前から変わった。

全てを憎むだけの希望も意味も無いあの娘の呪われた生に射したそれは、一筋の光明なのだろうか?

だとしたら、全く馬鹿げた光明もあったものだ。

オサムは知っている。
それがたとえ光明だとしても、その先には何も待っていない。

【+  】ゞ゚)「……いっちょ前に人間の振りか?おめえには、何も出来ねえんだよ」

結局のところ、彼女には壊すことしかできない。
たとえ、その狂った頭の中に一片の理性が残っていたとしても、あの娘には建設的な事など何一つ。

【+  】ゞ )「破壊を振りまくだけで、なあんにも生み出す事なんか出来やしねえ…出来やしねえんだよ……」

あの夜の事を、オサムは思い出す。

ネオンの中に浮かび上がる摩天楼。
星明りも月の光も射さない、暗く、無慈悲な血臭漂うあの夜を。

かつて死体だった肉の塊の屠殺場のただ中で、狂ったように泣き叫ぶ、あの娘を見つけ出したあの日の夜の事を。

411執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:02:17 ID:xtON.OOM0
『憎いんだ。何もかもが憎いんだ。だから殺したんだ。滅茶苦茶にしてやった。ぶっ壊してやった』

『でも何なんだ。――コレはよ?何でだ?ムカつくぜ…クソ!私は何を憎めばいい?
 何もかもが憎いんだ。なあ、私は何を殺せばいい?何を壊せばいい?クソ!クソッたれ!』

あの時、彼女は泣いていた。

返り血で真っ赤に汚れた両手を胸の前で振るわせて。
何が憎くて、自分がどうしたらいいのかもわからず。

それは、途方に暮れた幼子のようでもあった。

『ナイフだ。困った時は、全部こいつが解決してくれるもんだと思ってた。
 ガキの頃だって、全部こいつが何とかしてくれたんだ。――でも、でも……』

『――畜生!何なんだ!何なんだよ!何なんだよこれは…!』

『なぁ……アンタ、教えてくれよ。私はどうすればいい?何を殺せばいい?
 何を壊せばいい?全部か?全部、ばらばらにしてやれば、これは終わるのか?なあ!?』

【+  】ゞ )「……」

それは、正真正銘の化け物だった。
オサムが見つける以前から、彼女は既に壊れた化け物だった。
そのまま生きていても、ストリートの路地裏に転がり、下らない生を終えるだけだった。

それでも、殺意だけは一人前以上だった。

だから、拾い上げた。不純物を取り除いて、完璧な化け物にしてやった。

412執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:05:02 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ )「お前は、化け物なんだよ…化け物以外の、何者にもなれやしねえんだよ……」

知らず、オサムは拳を握りしめていた。
黒くチークで縁取った蛇の目は、表情を消して虚空を見つめていた。

【+  】ゞ゚)「アンタもそう思うでしょ――ねえ!?」

虚空を八条の緑光が駆け抜け、ドーム状の壁の一点を穿った。
コンクリの欠片と土煙が舞う。
その中から、周囲の景色を歪ませる半透明のシルエットが飛び出した。

「――」

それの着水の勢いで汚水が跳ね散らかる。
静電気めいたバチバチという音と共に光学迷彩の覆いが解かれ、闇よりも尚濃いその姿が露わになった。

〈ヽ8w8〉「……」

日本刀を片手に提げた、地獄の悪鬼の様な姿の、それはギコであった。

【+  】ゞ゚)「……久しぶりね、ワンちゃん。アタシの事、憶えてるかしら?
        って言っても、七年前に、一度会ったきりだから、憶えてないかしら?」

〈ヽ8w8〉「……」

【+  】ゞ゚)「――それとも、獣にそんな事を聞くこと自体、間違ってたかしら?」

地獄の悪鬼は、金色に光る四つのアイカメラで真っ直ぐにオサムを見据えた。

413執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:06:01 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――そして言った。

〈ヽ8w8〉「貴様ヲ、殺シテ、シぃを幸セニすル」

【+  】ゞ゚)「そう……」

オサムの顔から、一瞬表情が消える。

【+  】ゞ゚)「なら、やって見やがれってンダよ!このクソ化け物があああああ!」

咆哮。
無数の緑光が地下の闇を切り裂いて乱舞する。

〈ヽ8w8〉「――SHAA…!」

身を沈めて、ギコが駆ける。
初速から最速へ、それは刹那の内に。

黒い水飛沫が、緑光に貫かれて水煙に変化する。
闇色の虞風が、エメラルドの格子の嵐を吹き抜ける。

【+  】ゞ゚)「くたばれ!くたばれ!くたばれ!アンタは!アンタは!アンタは!」

憎悪の塊を音にして吐きだし、オサムが吠える。
エメラルドの光条の一つが、ギコの右大腿を掠り、外骨格の装甲を削り取った。

ギコの体勢が、一瞬崩れた。

【+  】ゞ゚)「そこぉおおおおお!」

その隙を見逃さず、虚空から一斉に緑光がギコへと殺到する。
縦、横、斜め、前、後ろ、頭上、凡そ三次元の全ての包囲から飛来するそれは、回避不能。

414執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:06:48 ID:xtON.OOM0
――否。

〈ヽ8w8〉「clock-up」

ギコの金色の瞳が一瞬光る。
瞬間、彼の視覚野の中で、時間が汚泥の中にどっぷりと浸かった。

〈ヽ8w8〉「AAAAAARRRAAAAAGGHHH!?」

それは、光の速度をも超越した、究極の加速。
ニューロンが焼けつき、全身の人工筋肉が千切れる寸前の絶叫の大合唱を送る。

ドラッグホルダーから即座にペインキラーを投与。
痛みは殺し切れない。

それでも構っている暇は無い。
視線をさ迷わせ、脱出路を検索。発見。右斜め後方に微かな隙間。

身を沈ませ、手足を無理な姿勢にねじり、そこへ滑り込む。
その動作の直前で、泥沼の中から時計が浮上した。

【+  】ゞ゚)「死ぃいに腐れええええ!」

エメラルドの集中豪雨が着弾。
大瀑布となり、汚水を、コンクリートを、沸騰爆発させる。

黒々とした水柱が、高く、高く、上がり、汚水の雨を降らせる。
その中から、地獄の悪鬼が飛び出した。

〈ヽ8w8〉「GRAAAAAAATH!」

粘つくタールのような汚水の糸を引きながら跳躍するギコ。
悪鬼のような強化外骨格の各所からは、レーザー光により抉られた傷が煙を上げている。

415執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:08:34 ID:xtON.OOM0
全体損壊率25%。
視覚野の隅に表示された人体モデルが、右半身にかけて点滅していた。

『ふーん。どんな手を使ってくるかと思ったけど、オサムも相変わらずだねえ。
 ……うん。何てことは無い。ジャマーを起動しなよ。それで大概は何ともない筈さ』

脳核通信の向う側で、ショボンが欠伸混じりに言うのを聞きながら、ギコは制御中枢に命令を出す。
ドレッドヘアのようにして後頭部から伸びた、ワイヤー・スタビライザーの束が励起。
チェレンコフ光染みて青白い燐光を発する。

同時、下水処理施設の各所でバチバチという音が鳴り、鬼火のように浮かぶ髑髏型オービットの群れが露わになった。

『あっは。オービッドのデザインまで変わって無いよ。これはちょっと笑えるかも』

【+  】ゞ゚)「腐れ犬畜生がぁああああ…運良く生き延びやがってよおおおお!」

髑髏の群れが、ランダムな動きで宙を舞い、時間差でレーザー光を吐きだす。

『本当なら、無線機能そのものにまで干渉出来るスペックを用意したかったんだけど、そうなると小型化がちょっと難しくてね。
 でもまあ、君なら姿が見えただけでも十分だろう?』

光子の槍に合わせて身を捩り、ギコは飛び跳ねる。
発射地点と、発射角が分れば、そこからの弾道予測によりレーザー光をかわすのも不可能ではない。

否、それは“666”の規格外のスペックがあってこそ出来る芸当だ。
人間の反射神経、運動能力では到底それは到達し得ない、まさに神業の領域。


416執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:09:28 ID:xtON.OOM0
〈ヽ8w8〉「GYARRRAAHHHTH!」

剥き出しの牙めいた顎部装甲を開いて喀血しながら、ギコは背中の脊髄鞘から蛇腹剣を引き抜く。

刃の連結を解除。
鞭状にしならせたぶつ切りの刃で、レーザー光を受ける。
ミラーコーティングされた刃が、緑光を受けるそばから霧散させていく。

【+  】ゞ゚)「小細工を…化け物の分際でっ――!」

右手に日本刀型振動実剣を、左手に蛇腹剣を握り、汚水と緑光が飛び交う中で、剣舞うギコ。

跳ね、飛び、時に身を沈め、捩り、左手を振りまわしてレーザーを弾き、返す刃で宙の髑髏を貫く。
全身を軋ませ、血反吐を吐くその姿は、さながら修羅か悪鬼羅刹か。

〈ヽ8w8〉「AAAAALLAAAGGGGAAAAA!」

四つのアイカメラが、金色の光が、闇の中で残像を引きずりながら輪舞する。
七つの髑髏を落とされた所で危機感を覚えたオサムは、蛇腹剣のリーチの外へと残りの髑髏達を退避させる。

奇しくもそれは、自身もまた壁際に追いつめられるような形となった。
まるでそれを見計らっていたかのように、ギコの身体が弾丸のようにオサムへと直進して来た。

【+  】ゞ゚)「クソが!クソが!クソがああああ!」

自身の背後の宙空に退けた髑髏の口から、我武者羅にレーザーを吐きださせるオサム。

無意味。
発射角が見えている事に加え、直線的で立体性を欠いた弾道では、ギコが見切る事など造作も無い。

身を低く保ち、鞭状の蛇腹剣を振り回し、エメラルド光を弾きながら突っ込んでくるギコは地獄の暴風、漆黒の竜巻。

417執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:11:05 ID:xtON.OOM0
〈ヽ8w8〉「トォオオォオオドメエエエエ!」

地獄の悪鬼が、壮絶にして虚ろな咆哮と共に振動実剣を振りかぶる。
汚水を跳ね上げ跳躍、狙うは棺桶の上に立ち尽くすオサム。

【+  】ゞ゚)「フレェェェエエエッド!何を寝ていやがる!てめぇの出番だ!さっさと起きやがれえええ!」

憎悪と焦燥の蛇が吠え叫ぶ。
直後、オサムの足元の棺桶の蓋が内側から爆発したように跳ね跳び、鋼の質量が伸びあがった。

〈ヽ8w8〉「GRYU!?」

地雷の炸裂に嬲られるような怒涛の勢いで宙高く舞うギコの身体。
鋼の八つ腕が、八方からそれをがっちりと包み込んだ。

〔φ@φ〕「KHOOOOO……」

ガスマスクのようなクローム装甲の顔面が、苦しそうな呼吸音を吐きだしながら、ギコを見つめる。

ぎりぎりと締め上げてくる八つの腕は、配線が剥き出しの基礎骨格そのままなクレーンアーム。

棺桶の中から立ち上がったカーボンナノ装甲の下半身は、まるで蛇かムカデの様にとぐろを巻き、
汚水の中で痙攣するようにして脈打っていた。

【+  】ゞ゚)「ハァ――ハァ――ドイツもコイツも、化け物の癖に夢見てくれちゃって……そういうのさあ……虫唾が走るってのよね……」

汚水の中で片膝をついた姿勢で、オサムは頭上にそそり立つ“フレッド”と、その腕の中のギコを見上げる。
のっぺりとした鼻と、黒く縁取られた目元からは、どす黒い血の筋が幾本か垂れていた。

418執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:12:24 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ゚)「――殺すしか、ないのよ。壊れたら、それしか無いのよ。
        脳みそを弄られて、身体も弄られて…アタシ達みたいな奴らには――」

黄色の蛇の瞳が、束の間絶望に歪む。

【+  】ゞ゚)「フレエエエエッド!そのままソイツを絞め殺せ!バラバラに引き裂いて、ミートロ―フにしちまえ!
        プレジデントはそれをお望みだ!俺とお前で撃墜勲章だああああ!」

〔φ@φ〕「KHOOOO……!」

ガスマスクの間から、腐臭にも似た息を吐きだして、“フレッド”が絞め付ける力を更に強める。
みしみしと、ギコの強化外骨格が軋みを上げた。

<ヽ8w8>「GWHOOOO!」

【+  】ゞ゚)「殺して!殺して!殺して!ぶっ壊して!ボーナスをもらって!次の休暇は何処で過ごそうかしら!?
        ねえフレッド!アハハハハハ!フレエエエッド!聴こえてるかしらあああああ!?」

耳から、鼻から、目から、血を流しながら、上体を仰け反らせてオサムは吠える。
痩せ細ったその肩から、ボア付きのレザーコートがずり落ち、裸の上半身が露わとなる。

蝋人形のように生白い、骨の浮いた背中には何本もの無線制御用端子がサボテンの針のように突き立ち、
首筋のひと際大きな襟巻状の無線通信回路は、ぶすぶすと黒い煙を上げていた。

人の限界を超えた多重同時ジャックインに、彼のニューロンは焼ききれる寸前だった。

419執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:13:57 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ;)「フレッド!フレエエエエッド!また俺達の勝利だなあ!?向かう所敵無しだ!畜生め!
        本土に帰ったらこのままペンタゴンまでぶっ潰してやるか!?あの腐れ爺共をぶっ殺してやろうか!?そしたら自由だ!ハハハハハ!」

<ヽ8w8>「グ――ギギッ――」

〔φ@φ〕「KHOOO…!」

狂ったように血の涙を流しながら、泣き笑うオサム。
ギコの身体を絞め付ける腕に力を込める“フレッド”の目に、理性の光は無い。
首筋に巻かれた、無線制御用通信回路が、オサムの叫びに呼応するかのように点滅を繰り返すだけだ。

【+  】ゞ;)「俺達を縛るものなんかねえ!あの爺共をぶっ殺したら!
         もう、何も殺さなくて良いんだ!最高だ!最高だなあ!ええ!?そう思うだろう!お前もそう思うだろおおおお!?」

<ヽ8w8>「ググ――ギィ――ガッ――」

八つのクレーンアームの中でギコがもがく。

満身の力で絞め付けてくる“フレッド”の膂力は、ギコが知る由もないことではあるが、
先刻、環状ハイウェイの上に廃車のバリケードを築くのにも用いられている。

人間性を捨てて、理性を捨てて“フレッド”が手に入れたのは、高層ビル建設に用いるパワー・アームのそれだった。

420執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:15:02 ID:xtON.OOM0
『フレッド、フレッド、フレッド…ああ、居た居た、こいつかあ。そう言えば、こんな奴も居たっけなあ。
 何があったのか知らないけど、これまた随分と面白おかしい有様になっちゃってるねえ』

チタン製の内骨格に亀裂が入り、腕の人工筋肉が悲鳴を上げる。
そんな事はどこ吹く風とでも言わんばかりに、ギコの視覚野の隅でアノニマス表示のショボンがぶつぶつと呟く。

『ああ、大丈夫?抜けだせそう?無理そうなら言ってね?今回はデータ回収を優先したいかな、って思ってるからさ』

<ヽ8w8>「ガ――グッ――ギ――」

青と白の光学センサーフィルタを通したギコの視覚野に、ノイズが走り始める。
警告メッセージが、引っ切り無しに脳髄で鳴り響く。
遠くで、爆音が聞こえた。

〈ヽ§〉「ゴー!ゴー!ゴー!ゴー!ゴー!」

ドーム状のコンクリ壁の一部が崩れ、そこからクリーム色の強化外骨格を纏った一団がなだれ込んでくる。
対物アサルトライフルや、対戦車榴弾砲で武装した彼等の肩には、ナナフシ・ワークスの社章である「Ж」の字を横にしたようなマーク。

激しい銃撃の音が、ドーム状の地下空間に響き渡った。

【+  】ゞ;)「自由だ!自由ってのは素晴らしいなあ!?ええ!?
        爺共をぶっ殺したら、その次はお前をそんな身体にしたラボの連中を血祭りに上げてやろうぜ!
        復讐ってやつだ!みんな、みんな、俺達を縛りつける奴らは皆殺しだ!なあ!」

421執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:15:49 ID:xtON.OOM0
〔φ@φ〕「KHOOO…KOHH…!」

ギコの身体を絞め付けたまま、“フレッド”は突入して来たナナフシの私設部隊を、身を捩って見下ろす。

〈ヽ§〉「何だ、何なんだこの化け物は!?」

モノ・アイ型のカメラで“フレッド”の異形を認めた隊員達の間に、束の間戦慄が走る。
何人かが、その場で一瞬後じさりもした。
それでも、彼等は挫けそうになる士気を何とか保ち、その異形へ向けて銃撃を開始した。

【+  】ゞ;)「アタシ達は最強よ!最強のコンビなのよ!誰も、誰にも止められやしないわ!」

〔φ@φ〕「KHHOOO…!KHOOOO!」

鋼百足のような装甲板を、鉛玉の集中豪雨が容赦なく叩く。
鎌首をもたげるように上半身を捻ると、足元のナナフシ私設部隊に向けて、“フレッド”の巨体が突進を始める。

〈ヽ§〉「来るな…来るな…来るなああああ!」

矢じり型の陣形の先端で、隊長らしき外骨格が悲鳴を上げる。
闇雲に乱射された銃弾が、“フレッド”のガスマスクめいた顔面装甲に当たり、弾かれた。

胸の中にギコを抱き込んだまま、上体を叩きつけるようにしてフレッドは突進する。
ナナフシ私設部隊の隊員達がボーリングのピンか何かのようにして吹き飛ばされて宙を舞った。

あらぬ方向に放たれた対戦車榴弾が、ドームを支える柱の一本に着弾した。
地下空間が、束の間昼間のように明るく照らされた。

422執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:17:41 ID:xtON.OOM0
〔φ@φ〕「KHOOO!KHOOOOO!」

大瀑布のようにしてナナフシ私設部隊を蹴散らした“フレッド”の巨体は、勢いもそのままに下水ドームの中を突進する。

進行方向には、地下ドームを支えるコンクリの柱。
八つのパワー・アームでがっちりとギコを抱え込んだまま、“フレッド”はそれに正面から衝突する。

<ヽ8w8>「グヌ――オォ――グギ――」

最早それは、黒銀の砲弾か。
ギコを前面に押し出す形で、次から次へと柱に突進してはそれを砕く“フレッド”。

衝突の度に、全身を打ちつけられる衝撃がギコを襲う。

初撃の突進を運良くかわしたナナフシの隊員が、破れかぶれに対物アサルトライフルの引き金を引くが、
“フレッド”の怒涛の突進は止まらない。

〔φ@φ〕「KOHHHHHHHH!KHOOOOO!」

〈ヽ§〉「うわ!うわあ!うわあああああ!?」

丸太のような“フレッド”の蛇腹の下敷きになり、隊員の一人が悲鳴を上げる。
重戦車が如き行進に轢きずられ、クリーム色の外骨格の装甲プロテクターがひしゃげて飛び散った。

〔φ@φ〕「KHOOO…KHOOO…」

“フレッド”もまた、無傷ではいられない。

柱への衝突を繰り返した上半身は、所々の配線が千切れて火花を上げ、ガスマスク状の顔面装甲も剥げている。
ナナフシ私設部隊の放った銃弾も、カーボンナノ装甲の蛇腹にチーズめいた穴を空け、
そこからは潤滑油と人工血液がどぼどぼと零れ落ちていた。

423執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:18:50 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ;)「フレッド!フレエエエッド!俺達は最強だ!そうだろう!?
         俺とお前となら、何処までだって行ける!そうさ、あの爺共だって、殺せる筈なんだ!違うか!?」

それでも。
それでも、“フレッド”のパワー・アームを絞め付ける力が緩まる事は無い。

それは、オサムの無線制御のコマンドによるものか?それとも、“フレッド”自身の意志によるものか?

〈ヽ§〉「クソ!クソ!クソ!何だってんだ!何だって俺達がこんなに目に合わなきゃいけないんだあああ!」

ナナフシの生き残りが放った流れ弾が、オサムの裸の上半身に何発か食らいつく。
着弾の衝撃に枯れ枝のような身が傾ぐが、それでもオサムは倒れることなく泣き笑いを続ける。

【+  】ゞ;)「あいつらをぶっ殺して、逃げるんだ!もう、クソ共の言いなりになる事なんてねえ!
        南の島にでも飛んでよ…俺とお前と、気に食わないがあの娘も連れて行ってやるか。
        そこで、三人で好き勝手やって暮らすんだ!誰にも文句を言わせねえで、好き勝手によ!」

血の涙を流しながら頭上の“フレッド”に叫び続けるオサム。
突進を続ける“フレッド”の腕の中で、ギコの意識が薄らいでいく。
視覚野に亀裂が入る。黒い霞みが脳髄に降り始める。

<ヽ8w8>「――ゴフッ」

視界が、赤黒に染まっていく。

424執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:19:57 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――交差点でブレーキを踏む。ビルのネオンが降り注ぐ。人の波が、黒と白の縞の上を渡っていく。
ぼんやりと眺めていると、横合いから腕を掴まれた。

o川*゚ー゚)o「……」

無言で見つめてくる、キュートの大粒の瞳は、何時ものように俺の薄汚れた心を流れ弾のように削り穿って行く。

('A`)「……」

俺は、適当に冗談めかした表情を作って、視線を逸らそうとした。
キュートの指が、腕に食い込んだ。

o川*゚ー゚)o「……本当に、行かせて良かったの?」

バックミラーの中で、ハインリッヒが自身の指先をぼんやりと見つめている。
交差点の中央では、酔っぱらったサラリーマンが座り込んで何やら熱心にクダを巻いていた。
俺は、溜息をついてキュートの指を剥ぎ取った。

425執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:21:07 ID:xtON.OOM0
('A`)「良いか良くないかで言えば、どっちでも無いな」

o川*゚ー゚)o「それ、答えになって無い」

流麗なキュートの眉が、真面目に答えろと俺を糾弾する。
肩を竦めてみせると、その表情が更に険しくなった。

o川*゚ー゚)o「……単純な話じゃない、ってのは分るよ。私も、そこまで馬鹿じゃないし。――でもさ」

('A`)「俺にあいつを止める権利は無い」

o川*゚ー゚)o「それは言いわけでしょう?」

自身の胸中で今しも自己嫌悪の台詞として使おうと思っていた言葉を、彼女が先に口にした。

o川*゚ー゚)o「事情はさ、詳しく分んないけど。それくらい、私にだって察しがつくって言うか――」

('A`)「肩入れする、義理は無い」

o川*゚ー゚)o「……」

俺達は、それから少しの間押し黙った。
交差点の真ん中の酔漢は、寝転がった拍子に企業警察の巡視員に引きずられ、路地の暗がりに消えた。

信号が青になって、車の波が動き出す。
後部座席のハインリッヒは、相変わらずの仏頂面で流れ行く景色を見るともなしに眺めていた。

426執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:22:26 ID:xtON.OOM0
('A`)「――そのうち、慣れるさ。こんな業界じゃ、ごろごろ転がっている様な話だからな」

歩道橋の上を飛ぶ、浮遊型街頭モニターの液晶パネルの中で、ムービースターがタフガイらしい笑みを浮かべている。
右手に銃を、左手に美女を抱いた彼の背後で、作り物の爆発の華が咲いた。

ここから数キロもいかない環状ハイウェイの上では、昼間に爆発事件があったらしい。
つい二時間前に、携帯端末で知った情報も、こうして思い出しもしなければ、脳核の隅で錆ついて行った事だろう。

o川*゚ー゚)o「どっくんはさ、もう慣れたの?」

('A`)「……」

どうだろうか。
俺は、この灰色の日々に慣れたのだろうか。

o川*゚ー゚)o「慣れたら、ダメなんだと思う。それは……」

俯きがちに言って、キュートはもう一度俺の腕を掴む。

o川*゚ー゚)o「……ねえ、辛くなったら、言ってね。お酒くらいなら、付き合うから」

潤んだ瞳で、真っ直ぐに俺を見つめるその瞳から、目を逸らす。

('A`)「で、その後の面倒も見てくれるのか?」

耐えきれず、冗談が口をついて出た。
キュートの顔が、みるみる真っ赤に染まる。

427執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:23:53 ID:xtON.OOM0
o川*//へ//)o「ど、どっくんの馬鹿!知らない!」

俺の腕を抓って、キュートはぷいっとそっぽを向く。
「人が本気で心配してあげてるのに」、とぼそりと呟く彼女を横目で見ながら、俺の口から乾いた笑いが漏れた。

('A`)「はは、冗談だ。本気にするな」

そうだ。
これでいい。良くなど無いが、これでいいんだ。

从 ゚∀从「おい、運転手。局地的な温暖化のせいで車内が釜茹で地獄だ。冷房を上げろ」

o川*//Д//)o「ハ、ハインちゃんまでにゃにゃにゃに言ってるの!べ、別にそんなんじゃ――!」

从 ゚∀从「“にゃにゃにゃにゃ”か。ドクオ、今のは何点だ?」

('A`)「うーん、三十七点かな。無自覚だというので加点して、五十八点って所か。
   萌えるにはちょっと時代的に遅いかなあと」

o川*//Д//)o「ふ、二人して私を馬鹿にし腐ってからにぃい!」

空気の読める相棒の茶化しに、一瞬にして車内のムードが百八十度で転換する。

俺はアクセルを緩めない。

今はただ、“車”を転がす事だけを考える事にした。

428名も無きAAのようです:2012/09/18(火) 13:24:28 ID:4BDREpvo0
おお 来てる
支援

429執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:24:53 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――ギコは、実の親の顔を知らない。

物心がついたころには、彼は万魔殿の裏路地でナイフを握り、その日のパンと寝床を他人から奪って生きていた。

生きる為なら、自分よりも背の高い大人の男にすら牙を向けた。
毎日、血の臭いを落とす為にドブ川で身体を洗っていたような憶えがある。

その頃の記憶はあまり確かではない。
その日、その瞬間を生き残る為に精一杯だったためだろうか。
少なくとも、彼自身、それが思い出したくない記憶である事は確かだろう。

ともあれ、彼の「人生」が動き出したのは、一人のヤクザと出会ってからだった。

西村組の頭目を名乗るその人物は、どんな気紛れからか、彼を拾って寝床を与えたばかりか、学校にまで通わせてくれた。

温かい食事と、安心して眠れる寝床。
そして、何より家族と呼べる人物ができた事は、ギコの人生の中で一等に価値のある事だった。

当時のギコは、毎晩ベッドの中で眠りに就く度に思ったものだ。

「果たして、こんなに幸せでいいのだろうか?
 薄汚い出の自分が、ヤクザとはいえこのような心やさしい人々に囲まれて、
 何の不自由も無く暮らしていて、本当に良いのだろうか?
 その内、天罰が下るのではないだろうか?」

彼の予想は、皮肉にも現実のものとなった。
恩人にして実の父のように接してくれた、西村の頭目が殺されたのだ。

それは、あまりにもあっけない幕切れでもあり、幕開けでもあった。

430執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:26:05 ID:xtON.OOM0
その時よりギコは、刀を手に取り復讐の道をひた走ってきた。

父同然の存在を殺めた綾瀬会と陣龍の事務所を襲った。
憎悪を叩きつけるように、手当たり次第に殺して回った。

綾瀬会は潰えた。
それは、ギコがまき散らした殺戮とは、また別の形で終焉を迎えた。

復讐はそれでも終わらなかった。残った陣龍との抗争は長らく続いた。
多くの人々が、ギコの手に掛り、もしくはギコが救いきれずに、死んでいった。

西村が消えた。義兄がオオカミを興した。

そして、あの冬の日がやってきた。

結果から言えば、ギコは世界に二人ぼっちになってしまった。

志半ばで義兄は倒れ、彼が興したオオカミは消滅。
後には、無様に生き残った自分と、忘れ形見の義妹だけが取り残された。

それは恐らく、代償なのだろう。
仇ばかりを追いかけ続け、手当たり次第に殺戮をばら撒き続けてきた、それはギコへの罰なのだろう。

ギコは思う。

だからこそ、終わらせなければならない。
連綿と続く、この復讐の鎖を断ち切らなければならない。

そして、何が何でも守り抜かなければならない。
最後に残った絆を。自分に残された、最後の希望を。

何時か。
何時か、全てを終わらせた後に、再び帰るべき場所が無くならないように。
命を賭してでも、守り抜かなければならない。

431執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:27:09 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――“フレッド”は……“フレッド”と無線接続により繋がったオサムは、その時、自らの八つの腕の中に、微妙な違和感を覚えた。
それは、よくよく注意しなければ気付けない、ともすれば気のせいとして忘れ去られてもおかしくない、とても小さな違和感だった。

<ヽ8w8>「……」

彼の標的が意識を失ってから、数十秒が経過している。
その間も“フレッド”は柱や壁面、地面に向かって絶え間なく衝突を繰り返し、更なる追撃を加え続けてきた。

如何様に強固な装甲を誇る強化外骨格と言えども、内臓までは鎧うことは出来ない。
これだけの衝撃を加え続けたのだ。既に肺あたりが潰れていてもおかしくない。

事切れこそすれ、それが動き出す事など、決してありえない。

あり得ない、筈だ。

<ヽ8w8>「……――ィ」

それなのに。

<ヽ8w8>「――シィ」

髑髏めいた顎部装甲が僅かに開閉し、呟きが漏れる。
“フレッド”の聴覚と繋がったオサムは確かにそれを聴いた。聴いたうえで、八つの腕に更に力を込めた。

432執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:28:11 ID:xtON.OOM0
〔φ@φ〕「GHOOOOO!」

所詮は虫の息だ。
このまま力を込めれば、数秒と経たずミンチだ。

<ヽ8w8>「シィ…シィ…シィ……」

うわ言のように標的は一つの名前を繰り返す。
オサムは、“フレッド”のパワー・アームのリミッタ―を外した。

そこまでする必要など無いと、理性では理解していた。それでも、彼はそうせずに居られなかった。

【+  】ゞ;)「クソが…クソが…アタシ達は無敵なのよ…無敵なんだから……!」

濃密な白い蒸気を吐きだして、“フレッド”のパワー・アームが苦鳴のような軋みを上げる。
無線制御リンク用のソケットを通して、フレッドの八つ腕の感触が、オサムのニューロンに流れ込んでくる。

硬い、金属の感触。このまま、押しつぶしてやろうと力む。
力むが、腕が動かない。

【+  】ゞ;)「な――」

なんで。
そんな筈は。まさか、抗っていると言うのか?

<ヽ8w8>「シィ…シィ…シィ……」

息をするだけでも精一杯な筈なのに。
声を発するだけでも血を吐きだしそうなのに。

あのギコとかいう男は、それでもまだ抗っているというのか。

433執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:29:24 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ;)「なんで……」

なんで。
そこまでして抗って、何になるというのだ。

<ヽ8w8>「シィ…シィ…シィ…!」

ギコの黒い装甲の下で、人工筋肉が千切れるぶちぶちというくぐもった音が響く。
装甲と装甲の継ぎ目から、人工血液と潤滑油が勢いよく噴き出す。

無駄だ。強化外骨格を着ていようが、人間一人がどうこう出来る様なものではない。

それなのに。

【+  】ゞ;)「なんでよ…無駄なのに…そんなことしても、無駄なのに……」

<ヽ8w8>「シィ…!シィ…!シィ…!」

【+  】ゞ;)「無駄だって言ってんでしょおおおおおおお!」

血塗れの叫びと共に、“フレッド”の身が蠕動して再び突進を開始する。
宙でくねらせた上半身は、折れた柱の礎部、尖って槍のようになったそこへとギコを叩きつけるべく進む。

【+  】ゞ;)「抗ったって無駄なのよ!どうしようもないのよ!
         所詮化け物は化け物でしか無いのよおおおおお!」

オサムのニューロンの中を、様々な光景が過っては消えて行く。
初めての殺し。初めての任務。肉体改造。髑髏と骨。首輪。楔。楔。楔。傷。

そして、檻。

視界いっぱいに広がる檻。どうやっても破る事の出来ない檻。

434執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:30:22 ID:xtON.OOM0
<ヽ8w8>「――」

轟音が響いた。
衝突によって舞いあがった土煙が、地下の下水処理施設を満たした。

【+  】ゞ;)「うっ…うっ…ああ…ああええ……」

血の嗚咽を漏らし、オサムは汚水の中に膝をついた。
彼には既に分っていた。

【+  】ゞ;)「何でよ…何でアンタは……」

土煙が、晴れて行く。
槍のように尖った柱の礎部。胸郭を貫かれ、動かなくなった“フレッド”。

配線だらけのその背中に、体重を感じさせない様子で降り立つ影。

<ヽ8w8>「……」

装甲と装甲の継ぎ目から、千切れた人工筋肉の繊維をぶら下げて。
開き切った顎部装甲の間から、赤黒い血の筋を幾つも垂らして。

半死半生の様相で、それでも四つのアイカメラを爛々と光らせて、オサムを真っ直ぐに見据えるその影は。

<ヽ8w8>「シィが待っている。手短に終わらせるぞ」

【+  】ゞ;)「…アンタは…アンタは…アンタは……」

汚水の中で、オサムはぬらりと立ち上がる。
ギコが両手の得物をそれぞれに構える。

435執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:31:40 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ;)「アンタはああああああああああああああ!」

オサムが、叫んだ。
周囲の髑髏が、一斉に口を開いた。
ギコが、右脚に力を込めた。

「邪魔してんじゃねええええええええええええええええええええ!」

咆哮が、オサムの胸を貫いた。

【+  】ゞ;)「な――」

オサムの口の端から、血の筋が一筋垂れる。

【+  】ゞ;)「なんで――」

彼は、自身の胸を見下ろした。
赤黒い槍が、背中から胸板までを貫いていた。

なんで。

もう一度呟こうとする前に、彼の身体は汚水の中に倒れ込んだ。
髑髏の群れが、一斉に落下して虚しい水音を立てた。

「私はよお、ガッコなんか碌に行って無かったから、間違ってるかも知れねえけどよ……。
 良く言うだろぉ?人の恋路を邪魔する奴は……ってよぉ」

ドーム状の壁の上部。
四メーターほどの高さに空いた下水口の暗がりから、汚水を跳ね上げて歩いてくる者が居た。

436執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:33:19 ID:xtON.OOM0
(*゚∀゚)「――邪魔、してんじゃあねえぜ。ええ、オサムさんよお?」

赤黒い触手を右の手首の傷口から伸ばしたそれは、ツーだった。

【+  】ゞ )「アンタ――は――」

がぼがぼと喉を鳴らすオサム。
その胸板を貫く触手をするすると手元に戻して、ツーは下水口から飛び降りる。

ギコは、我が目を疑った。

(*゚∀゚)「ようやくだ。スゲー、面倒だったけどよ。ちゃあんと、準備も整えてきた」

ツーの左脇。
米俵のようにして抱えられたそれが、もぞもぞもと動く。

(*゚∀゚)「――これで、アタシの事を見てくれるだろ?」

「――コにぃ……」

(*゚∀゚)「否が応でも、アタシとヤらなきゃなんないだろぉ?」

437執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:34:22 ID:xtON.OOM0

 

 

(*;ー;)「助けて……ギコにぃ」

 

 



438執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:35:12 ID:xtON.OOM0
(*゚∀゚)「なあああ!ギコォオォォォォォオォォオォォォォオ!」

凶声。
殺到する血の刃。

<ヽ8w8>「お前は――」

束の間、ギコは深く息を吸い、吐き出してからそれを見つめ。

<ヽ8w8>「――お前は、殺す」

短く。
だが、それでもはっきりと。
純粋な殺意の言葉と共に、地を蹴った。

439執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:37:53 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――爆音、轟音、そしてノイズ。
金属の悲鳴を吐き出し続ける無線機から耳を離し、通信兵は背後のジョルジュを仰ぎ見た。

(;´・L・`)「せ、先遣隊壊滅…続く第二小隊も、全20人のうち、11人が死亡、残り9人は負傷で身動きが取れない状況です」
 _
( ゚∀゚)「……ふーむ、これはまた手強い相手ですなあ」

オールバックから一筋だけ額に垂れた金髪をいじりながら、ジョルジュはそれに返す。
仮設作戦本部となった電脳基地めく小型バンの中には、彼とナナフシの通信兵の二人の他に姿は無かった。

(;´・L・`)「わ、我々が出せる戦力はこれで全部です。もしも増援をお呼びになられるなら――」
 _
( ゚∀゚)「いや、その必要は無い」

(;´・L・`)「ええっと……」
 _
( ゚∀゚)「今、目撃者を増やすような事を、何故する必要がある?」

(;´・L・`)「――は?」

通信兵が疑問を顔に浮かべた時には、既に遅かった。

440執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:39:01 ID:xtON.OOM0
 _
( ゚∀゚)「――今、車内には君と僕だけしかいない。だから、いいんじゃあないか」

ぐしゃり、と。
湿った音を立てて、通信兵の頭が、軽装ヘルメットごと、砕けた。
ごとん、と。
重苦しい音を立てて、刺鉄球が、小型バンの床に転がった。
 _
( ゚∀゚)「――ふう。やれやれ、“使い捨ての偵察機”と言えども、人が死ぬ所を見るのは心が痛むね」

背広の胸ポケットから煙草を取り出し、ジョルジュは眉一つしかめずに呟く。
彼の背後の空間がぐにゃりと歪み、刺鉄球の主がその姿を現した。

ミ*゚∀゚彡ノ「はい!せんせー!フーそれ知ってまーす!“ぎまん”って言いまーす!」
 _
( ゚∀゚)y-~「いいや、違うよフー。これはね、“礼儀作法”と言うんだよ」

ミ*゚∀゚彡「れいぎさほー?」
 _
( ゚∀゚)y-~「ああ、礼儀だ。ニホンに古来より伝わる、とっても由緒正しい、洗練された言語モデルなんだ。
     大人の社会ではね、偉くなればなるほど、この“礼儀”がしっかりしてるかどうかが、重要になってくるんだよ」

ミ*゚∀゚彡「ほえー」

441執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:41:39 ID:xtON.OOM0
 _
( ゚∀゚)y-~「うちのワタナベ会長もよく仰ってるだろう?“誠に遺憾でありますが”だとか、
      “前向きに検討します”だとか、“誠心誠意、問題解決に向けて善処します”だとか、さ」

ミ*゚∀゚彡「おー!そうだ!そいえばアヤカちゃんも言ってた!
     こないだも目ん玉のじーちゃんに“まことにいかんであり、とーしゃとしてもふほんいなじたいです。
     なので、まえむきにけんとーしたうえで、せいしんせーい、もんだいかいけつにむけてぜんしょします”って!言ってたぞ!」
 _
( ゚∀゚)y-~「彼女ほど偉くなると、いついかなる時でもすらすらと“礼儀”に則った会話が出来るものなんだ。
       それほど、彼女が大人のレディーとして洗練されている証拠だね」

ミ*゚∀゚彡ノ「なるほどー。それじゃあフーも大人のれでぃーになる為に“れいぎ”を頑張りたいと思います!」
 _
( ゚∀゚)y-~「うむ。大いに励みたまえ」

ぴょこん、と跳ねて手を上げるフーの頭をくしゃりと撫でてから、ジョルジュは携帯端末を取り出しコールする。
  _
【( ゚∀゚)y-~「ジョルジュよりアンダータスクへ。ナナフシ先遣隊の全滅を確認。予定通り、回収作戦の第二段階へ移行する」

手短に用件を伝え、終話ボタンを押した所で、つぶらな瞳が彼を見上げていた。

442執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:43:11 ID:xtON.OOM0
ミ*゚∀゚彡「なーなー、フーのお仕事はまだー?」
 _
( ゚∀゚)「ああ、今丁度その話をしていた所だよ。大丈夫、もう直ぐさ」

ミ*゚∀゚彡「おお!?マジで!?」
 _
( ゚∀゚)「ああ、“死ぬほど眠たくなーるガス”で地下の皆さんが“お休みになられたら”、また連絡が入る。
     そしたらフーが下に降りて行って、“目標物”を“拝借”してくるんだよ」

ミ*゚∀゚彡「おおー!ジョ“オ”ジュの“れいぎ”もすげーなー!」
 _
( ゚∀゚)「はは、そうだろう?なんたって僕も、いっぱしのジェントルメンだからね」

ミ*゚∀゚彡「じぇんとるめん!?じぇんとるめんすげえー!なあなあ、フーもじぇんとるめんなれる!?」
 _
( ゚∀゚)「さーて、どうだかなあ……」

双眸に綺羅星を瞬かせるフーに苦笑を返して、ジョルジュは彼女の頭に掌を乗せる。
腕時計の針が、作戦決行の時間へ向かってのろのろとした歩みを進めていた。

443執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:43:55 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――ふわり、と自らの身体が宙を舞った次の瞬間。
シィは、化け物の伸ばした赤黒い血の鎖によって、自分が天井からぶら下げられた事を知った。

(*゚∀゚)「ギィィイィイイィィイコォォオオォォオオ!」

<ヽ8w8>「AAARRRAAHHHA!」

真っ暗で、臭くて、広い、地下空洞。
眼下には、浮島のような管理小屋。
そして、その足元でぶつかり合う、二つの異形。

(*;へ;)「ギコ、にぃ…?」

数十分ほど前。
突如として、病院の窓ガラスを突き破って現れた、異形の風によってここまで連れて来られる間。
彼女は、途切れることなくその名を呼び続けて来た。

(*゚∀゚)「アヒャヒャヒャヒャ!楽しい!楽しいねえ!これだよ!これ!この感じだ!」

<ヽ8w8>「殺す。――殺す」

(*゚∀゚)「それだよ!それ!それが!欲しかったんだ!私はさああああ!」

だが。
何だ、これは。
ギコ。あの化け物が。あの、黒い悪魔のような異形が、ギコだと。そう、言うのか。

444執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:44:50 ID:xtON.OOM0
<ヽ8w8>「貴様は、殺す。内臓を引きずり出し、殺す。全身の骨を砕いて、殺す。
      血管の中の血を1cc残らず絞り出して、殺す。脳髄を砕きミンチにして、殺す」

全身を軋ませ、二振りの刀を振るい。
悪鬼のような鎧を身に纏い。
憎悪と怨嗟で編んだ殺意を剥き出しにして切り結ぶ。

あれが。
あれが、自分の義兄の姿だと言うのか。

(*;へ;)「ああ…ぅあ…あぁ……」

そんな筈は無い。
自分の知っている兄は、あんな、化け物のような姿をしていない。

ギコは。ギコにいは。

(*゚∀゚)「ヒャヒャヒャヒャ!アーヒャヒャヒャ!たまんねえ!たまんねえぞお!ええ!
     これじゃ、今すぐにでもイっちまいそうだ!ウェヘヘヘハハア!嬉しい悲鳴が出ちまうぜええええ!」

<ヽ8w8>「――耳障りな声だな。先ずはその舌を切り落としてくれる」

私の知っているギコにいは、こんな。

(*;へ;)「こんな――」

私の知っている?
何を、知っている?自分は、ギコの、何を知っている?

445執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:45:44 ID:xtON.OOM0
(*;д;)「あぁ……――」

知らない。
私は、ギコにぃの事を。
病室の外の彼を。
ベッドの前ではにかむようにして笑う彼の、その下に隠した顔を。
私は、何も知らない。

(*゚∀゚)「アアアア!良いぜ!良いぜえ!もっとだ!もっと強く!もっと激しく!もっとくれえええ!」

<ヽ8w8>「GRRAAATH!」

(*;д;)「私……」

あの日、あの時、あの冬。
世界にたった二人だけになったあの夜。
もう、こんな仕事は止めにすると。もう、側を離れないと言った彼の言葉に安心して。

私は、見ようともしなかった。
知ろうともしなかった。
彼が、どれだけの憎悪と呪詛と血に塗れて、日々を生きて来たのかを。
その苦しみの一端も、何も知らないで。

<ヽ8w8>「死ね…死ね…死ね…死ね…死ね…――苦しんで、死ね」

たった一人で苦しんで。もがいて。足掻いて。
こんな姿に成り果てて。

(*;д;)「ごべ――ごめんなさ――私――」

涙が頬を伝った。
後悔が、胸の底から湧きだしてきた。

446執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:47:11 ID:xtON.OOM0
(*;д;)「なんで……」

なんで、私の脚は動かないのだろう。
脚が動いたのなら、こんな事になる前に、気付いてあげられたのに。
病室を出て行こうとする彼の後を追えたのに。

だって、そうだ。
私には、分かるんだ。
彼は、ギコは、ギコにぃは、そういう人だ。

いっつも一人で抱え込んで。
大事なことは、何も話さないで。
私が。私の脚が動かないから。私のことを、守るだとか、勝手に背負いこんで。

だから、私がちゃんと聞いておかなきゃいけなかったのに。

(*;д;)「ギコにぃ…ギコにぃ…ギコにぃ……!」

汚水の上では、未だに化け物たちの殺し合いが続いている。
最早それは、人間の領域を逸脱した自然災害に近かった。

(*;д;)「……」

シィは、祈るように目を閉じた。
助けて、という言葉を飲み込んだ。
無力感を噛みしめながら、彼女はただ、我武者羅に胸の中でその名前を呼び続けた。

447執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:48:42 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――人工筋肉は、とっくの昔に限界を迎えていた。

<ヽ8w8>「AAAAAAAAGH!VHGAAAAAAAEEE!」

脊椎を中心とした神経系も、既に焼き切れる寸前だった。

(*゚∀゚)「アヒャヒャヒャヒャ!いよいよ獣らしくなってきたぜええええ!たまんねえなあああ!」

それでもギコは動き続けた。

“フレッド”のクレーン・アームから抜け出した時点で、彼の内骨格は急激な疲労骨折により三割が使い物にならなくなっていた。
ツーの初撃をかわす際の神経加速で、人工培養の肺には大きな穴が空いていた。

それでも彼は止まらなかった。

最早、妄執に近かった。

本能が、彼を突き動かしていた。

448執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:49:38 ID:xtON.OOM0
■お昼寝をするぞ■

449名も無きAAのようです:2012/09/18(火) 13:53:11 ID:4BDREpvo0
かわいいなおい

450名も無きAAのようです:2012/09/18(火) 13:54:30 ID:/CLIVcps0
ゆっくりおやすみw

451名も無きAAのようです:2012/09/18(火) 15:47:08 ID:qLk0D7M20
おやすみ

452名も無きAAのようです:2012/09/18(火) 16:39:12 ID:vEnWOG16O
不覚にも吹いた

453執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:15:29 ID:xtON.OOM0
■ホーク、フジ=ヤマ、おナスが強い■再開だ■

454執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:16:51 ID:xtON.OOM0
(*゚∀゚)「もっと!もっと愛し合おうぜええええ!
    なああギコォォォオオ!愛してるんだあああああ!」

赤黒の刃の群れ。
我先に、入り乱れるよう、絡まり合うように殺到する、血の豪雨。

上半身を逸らし、右足だけで飛び、左腿を掠った一本を日本刀型振動実剣で切り捨て、頭を狙って飛び来るもう一本を歯で噛んで止める。

<ヽ8w8>「シィを…シィを…シィを……」

着地。
全身の装甲の隙間から人工血液と潤滑油が噴き出すが無視。
走る度、装甲板が剥がれ落ちるがそれも無視。
刀を握って再びの低跳躍。右足の腱が乾いた音を立てて千切れたが無論無視。
赤黒の槍が胴を、腿を、肩を、腕を、胸を、貫いていたが、しかし無視。
蛇腹の刃を振るって触手の群れを切り払い、開けた視界、日本刀を振り抜く。

<ヽ8w8>「シィィィイイイィィイイィィイイヲヲヲヲヲヲ!」

それは、呼びかけではなく、咆哮。
空気を、原子を切り裂く、神速の一撃。

(*゚∀゚)「ヒャヒャヒャヒャヒャ――!」

赤黒の触手の塊となったツーが、狂笑する。
黒鋼の悪鬼が、その横を駆け抜ける。

455執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:18:31 ID:xtON.OOM0
汚水が跳ねあがる。
血の飛沫が踊る。
時間が止まる。

<ヽ8w8>「――」

(*゚∀゚)「――」

どさり、と音がする。

(*゚∀゚)「ゲ――ブッ――」

ツーの首が、ぐらりと傾ぎ、そのまま汚水の中に転がった。

<ヽ8w8>「ハァ…ハァ…アア…アアア……」

ギコは、振りかえらなかった。
日本刀型の振動実剣を振り抜いたままの姿勢で。それは、残身のようでもあった。
四つのカメラ・アイは、金色から一点、仄暗い鬼火の赤に変じていた。

<ヽ8w8>「シィ……」

彼は、最後の力を振り絞るようにして、首を上向けた。
ドーム状の天井の錆ついた鉄パイプから、血の鎖で吊るされた、“彼の唯一の希望”を見上げた。

(*;д;)「ギコにぃ…!良かった…良かった……」

<ヽ8w8>「――今、迎えニ、行く、かラ、な」


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