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『劇場版プリキュア』を楽しもう!

149makiray:2018/12/21(金) 22:24:38
origin (3/7)
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「あ、軍手忘れた」
 あゆみは、友人たちに「先に戻ってて」と声をかけると校舎の裏手に戻った。後ろで「軍手くらいいいじゃん」「相変わらず真面目だなぁ」という声が聞こえた。
 あゆみたちの学校では秋に廃品回収をする。近隣の住宅から不用品を集めて売り払い、文化祭の運営費用に充てる、というのが毎年のイベントだった。
 廃品を置いてある空き区画に戻る。目印として甲側にピンクの縫い取りをした軍手がブルーシートの上に置いてあった。こんなところで役に立つとは、とあゆみは小さなため息をついた。
「?」
 足元、ブルーシートの下から段ボールの箱が零れ落ちた
「なに…カメラだ」
“MIDEN”と書いてある。戻そうと拾い上げたが、箱はしっかりしているようだった。開けてみると、確かにカメラで、箱のデザインから考えて古いものだと思われるのだが、中はきれいだった。パーツ類はビニールの袋に入っており、ひょっとしたら未使用なのかもしれない。
「これだったら、ちゃんとしたカメラ屋さんに持って行った方がいいんじゃないかな…え?」
 首筋に熱を感じる。
 いつも一緒にいられるよう、ペンダントにしてあるフーちゃんのキュアデコルだった。
〈ミデン…〉
「たぶん、そう読むんだろうね。
 フーちゃん、カメラに興味あるの?」
 キュアデコルが熱を持ち始める。
「フーちゃん…?」
〈同じ…フーちゃんと…同じ〉
 カシャ、と音がした。こちらを向いたレンズの奥、なにかがうごめいたようだったが、何も見えない。吸い込まれそうだ。それは「闇」、いや「無」と言った方がいいような気がした。
 次の瞬間、あゆみは今度はまぶしさに目を細めた。キュアデコルが光り始めている。
〈ミデン、フーちゃんと友達になるか?〉
〈…こい〉
〈友達になるか?〉
〈来い〉
 それは命令だった。であれば「友達」ではない。
「フーちゃん、だめ!」
 背筋に寒気を感じたあゆみはカメラの箱を投げ捨てると、右手でジャージごとキュアデコルを握り、左手をその上に重ねた。
〈なら、お前も来い〉
 カメラの奥から声が聞こえたような気がした。次の瞬間、あゆみの姿が消える。
 白い軍手が音もなく落ちた。

「ミデンはフーちゃんの力を使おうとしたんだ」
 ミデンが欲しかったのは、貪欲に力を求めるフュージョンの能力だった。
 逆に言えば、ミデン自身はほとんど力を持っていなかった、ということになる。まさに廃棄処分される直前、記憶が欲しい、空っぽの自分は嫌だ、その思いが強くなったときに、フュージョンのかけらであるフーちゃんと出会ったのだ。プリキュアというものの存在を知ったのは、フーちゃんとあゆみを取り込んだ結果にすぎない。
「そして、フーちゃんを守ろうとしたあゆみちゃんも一緒に吸収してしまった、ってことか」
「同じってどういうことなんだろう」
 春野はるかが首をかしげる。
「フーちゃんは…独りぼっちだったんです」
「え、あゆみちゃんは?」
「グレルとエンエンだっているじゃない」
「でも、フーちゃんと同じ存在はいません」
 まだ腑に落ちない者が何人かいるようだった。
「私は、みなさんと会うのが楽しいし。
 グレルやエンエンは、ミップルやメップルと会うのが楽しい。
 フーちゃんにはそういう相手がいません」
「…」
「あゆみちゃんやグレルやエンエンじゃ埋められないところがある、っていうことか」
 56人が黙る。花咲つぼみが口を開いた。
「フーちゃんは、疲れた、って言ってたみたいですけど」
「ミデンの中に取り込まれてすぐ、ミデンが友達を欲しがってたわけじゃない、ということに気づきました」

150makiray:2018/12/22(土) 22:06:37
origin (4/7)
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 ふたりは、フージョンの力を要求するミデンに抵抗した。
 だが、それはフーちゃん、あるいはフュージョンの「本質」である。宝石や現金のように、それを渡せばおしまい、というものではない。絶対に渡さない、という強い意志で抵抗し続けるしかなかった。
〈う…う…〉
〈フーちゃん!〉
〈あゆみ…苦しい〉
〈がんばって、フーちゃん!〉
 学校だったのがまずかった。グレルとエンエンは、ぬいぐるみのふりをしてあゆみの家にいる。一緒であれば、キュアエコーに変身してなんらかの手を講じることができたかもしれない。
 だが、あゆみの中にはプリキュアの光がある。それがフーちゃんの力によって引き出されて、あゆみはキュアエコーに変身するのだ。ふたりなら切り抜けられるはずだ。
〈がんばる。フーちゃん、がんばる〉
〈ミデン、あなたにフーちゃんは渡さない!〉
〈よ・こ・せ!〉

「あ、ミデンが最初、『よこせ』ってしか言ってなかったのは、フュージョンの口癖?」
 あゆみは答えなかった。そのとき、あゆみとフーちゃんはミデンの中にいたので、ミデンがなぎさとほのかを襲った時に何を言ったのかは知らない。
「あの、私、何をしたんですか?」
「いや、あゆみちゃんが何かしたわけじゃ」
「みなさん、どんな目にあったんですか?!」
 琴爪ゆかりが、頭のいい子ね、とつぶやいた。
「教えてください」
 立ち上がる。
 あゆみが諦めることはないだろう。誰が言う? 誰が説明するのがいいだろう、と顔を見合わせる少女たち。
「あのね」
 はなが進み出る。輝木ほまれが止めようとし、薬師寺さあやが心配そうに見ていたが、はなはそのまま説明を始めた。
「…。
 わかりました」
「あゆみちゃん」
 説明が終わった。あゆみは何も言わない。フーちゃんのペンダントを首にかけなおすと、頭を下げた。
「迷惑をかけてごめんなさい」
「あゆみちゃんは悪くない!」
 何人かの声が重なる。
「でも」
「だって」
「わたしがちゃんとフーちゃんを守れればこんなことにはならなかったかもしれない」
「いいえ」
 海藤みなみが反論する。
「ミデンの思いは強かった。早晩、なんらかの力を得ていたと思う。
 キュアエコー以外のプリキュアに出会って、その力を使っていたかもしれない」
「だったら、最初になっちゃった人は、やっぱり同じように謝ると思います」
「それは…」
 当然だ。どの道、ミデンは暴れるんだから最初の一人だとしても自分は悪くない、などと考える者はここにはいない。
「すべてわたしのせいだ、とは言いません。ミデンの寂しさが起こしたことだから。ミデンの持ち主だった人たちにも、もっと大事にしてあげてほしかったとも思います。
 でも、私は防げたかもしれないんです。
 私は、プリキュアだから。
 私は、防がなきゃいけなかったんです」
「それは違うと思います!」

151makiray:2018/12/23(日) 22:22:55
origin (5/7)
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「それは違うと思います!」
 さあやの声は意外に大きかった。本人が驚いている。
「すいません。
 違うというわけではなくて…あの」
「聞かせて」
 あきらが促す。
「わたし、不思議だったんです。ミデンがどうして、何もしなかったのか」
「何もって」
「わたしたちの記憶を集めただけですよね」
「だけっていうか…」
「うん、はなは大変だったと思う。迷惑をかけてごめんなさい。
 でも、それ以外は何もしなかった」
 さあやはみなを見渡した。
「だって、プリキュアの力を手に入れたんですよ。
 それを悪用すればこの世界を征服することだってできたかもしれない」
「ミデンは『思い出』が欲しかっただけなんでしょ?」
 ほまれが口をはさんだ。
「それも事実。
 でも、力を手にしたら人が変わってしまう、というのもよくあることでしょう。
 それを止めていたのが、あゆみさんとフーちゃんじゃないのかな」
「そうだ。
 あゆみちゃんとフーちゃんは十分にその役割を果たしていた、ってことだよ」
 はなの言葉に、そうか、という空気。何人かがあゆみを見たが、あゆみは目を伏せた。
 北条響が、珍しく難しい顔をしていた。
「確かにあたしたちも一度はフュージョンにやられそうになっちゃったからね。
 あの勢いで来られたら大変なことになったかも」
「でも、ミデンはそんなことしなかった」
「自分の『思い出』が欲しい、それだけを…貫いたわけだよね」
「暴走を食い止めた…というか、あれをミデンの純粋な思いにとどめたのが、あゆみさんが持っているプリキュアの光。無理がある推測だとは思いません」
 あゆみは目を伏せたままである。
「あゆみさんは、なぜそんなにつらそうな顔をなさっているのです?」
 愛崎えみるだった。
「…」
「あゆみさんは、プリキュアとして立派に戦ったのです。
 そして、友達であるフーちゃんさんのことも守ったのです!
 これは、とっても素晴らしいことなのです!!」
「そんなこと」

152makiray:2018/12/24(月) 22:11:41
origin (6/7)
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「変身するだけがプリキュアではないのです!」
 ほまれが、え、とつぶやく。はなとさあやの肩が震えた。
「何を笑っているのですか!
 私は今、大事な話をしているのです!!」
 苦しそうな呼吸の下から、ごめん、という声が聞こえる。
「あなたは、昔の私に似ています」
 ルールー・アムールがえみるの隣に立った。
「計算だけで判断していた頃の私のようです。
 ですが、あなたは人間。アンドロイドの私とは違って、柔軟な心を持っているはず。
 その柔軟さを発揮できない局面があるようですね。想像ですが、ご自分のことになったときに」
「…」
「確かに、あゆみちゃんにはそういうところがあります」
 リコがあゆみの手を取った。
「顔を上げて、真ん中にきて。
 あゆみちゃんは、私たち『みんなのプリキュア』なんだから」
「私は、そんな立派なものじゃない!」
 あゆみがリコの腕を払う。だが、リコはもう一度、その手を取った。
「もしあゆみちゃんじゃなかったら、って思ったら、私は足が震えてくる」
 何を言い出すのだ、という視線にも構わず、リコは続けた。
「ヨクバールにドンヨクバール、私たちは色々な種類の敵と戦ってきました。
 もし、ミデンが取りこんだのがフーちゃんとあゆみちゃんじゃなくて、そういう存在だったとしたら」
「負けてたかもしれない」
 宇佐美いちかが言った。
「ラッキーだったわね。そのラッキーを呼び込んだのはあなたよ」
 ゆかりが笑みを浮かべる。あゆみはやはり答えなかった。
「本当に面倒なコねぇ」
 ゆかりの言葉に、立神あおいが、どの口が、とつぶやいた。
「ね、誰かあゆみを元気づけるパーティを企画してくれない?」
 はいはいはい、と手が上がった。

153makiray:2018/12/25(火) 22:24:44
origin (7/7)
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「じゃ、行くよー」
 はなが、あゆみ、ほのか、美翔舞、南野奏の笑顔をファインダーに収めて、MIDEN F Mark-II のシャッターを押す。草原に笑顔の花が咲いた。
「みんな、いい顔!」
「楽しいから。
 ね、あゆみさん」
「はい、絶好調です」
 舞が笑う。
「次は、私たちとですわ」
 調辺アコと円亜久里が隣に並ぶ。
 あゆみは引っ張りだこであった。
 本人はまだ納得していないが、今回の事件があの規模で済んだのはあゆみとフーちゃんのおかげだ、ということでまとまり、「みんなのプリキュア」という評価がまた強まった。
「私たちも一緒に撮るのです」
「あの、ちょっと待って」
「前のルールーに似ているということは、私との相性もいいはずなのです!」
 何度か、ちょっと待って、と言った後、あゆみは頬をマッサージした。撮影のたびに笑顔を作っているので強張り始めている。
「大変だな…」
 グレルが珍しく、意地の悪いことを言わずに本心から同情している。エンエンも心配そうだった。
「そこまで頑張って笑わなくてもいいんじゃないかな…」
「ミデンを笑顔でいっぱいにしてあげたいから」
 それはそうだけど、とエンエンが口ごもる。
「みんなのリクエストだし。
 ここで断ったら女がすたるもん」
 グレルとエンエンが顔を見合わせた。
「じゃ、最後に全員で撮るよー!」
 三脚を据え終わった はなが叫んだ。みなが集まってくる。
「じゃ、あゆみちゃん、掛け声お願い!」
「え、わたし?
 なんて言えばいいの?」
「笑顔にするにはイ段の言葉だよね。『チーズ』とか『1たす1は2』とか」
「イ段…あ、はい」
「決まった?
 じゃ、押すよ」
 セルフタイマーを仕掛けて はなが走る。滑り込むようにしてみんなの中に納まった。
「せーの。
 ウルトラハッピー!!」
 カシャ。
 なぜか拍手が巻き起こる。みな、改めて笑顔になった。
「あゆみ、あゆみ」
 グレルがあゆみの足をつついた。
「なに?」
「大丈夫か?」
「…。
 なにが?」
 グレルとエンエンはまた顔を見合わせた。
「今日のあゆみちゃん、言うことがいつもと違うよ」
 言われていることがわからず、あゆみは首を傾げた。
「絶好調とか。
 女がすたる、とか」
「『ウルトラハッピー』はみゆきちゃんの口癖だよね」
「わたし…そんなこと言ってた?」
 言ってる言ってる、と夢原のぞみ。
「ひょっとして、ミデンの中で、あたしたちの口癖もうつっちゃった?!」
「ねぇねぇ、『ありえなーい』って言ってみてよ」
「そんな…」
「『ワクワクもんだぁ』も言ってほしい!」
 大騒ぎである。
「どうしたの?」
 東せつなは小さな顎に手を当てて何か考えているようだった。桃園ラブが覗き込む。
「せつなも、何かあゆみちゃんに言ってほしいの? 『精一杯頑張るわ』とか」
「あゆみちゃんは自分の力でプリキュアになった人で、キュアエコーは私たちの意思の疎通を助ける『思いを届けるプリキュア』で、誰とも協力できて頼りになる『みんなのプリキュア』なのよね」
「うん」
「あゆみちゃんが、私たち全員の力を身につけたんだとしたら…最強よね」
 草原に風が渡る。
 ゆりの、「そうね」という同意がきっかけとなり、あゆみはもみくちゃにされた。
「私は、ちょっとみなさんの口癖がうつっただけで、そんな…お願い、助けて!」
 その間にも「『やるっしゅ』って言って」「『計算通りだし』は?」「それ、口癖じゃないし!」「『嫌いじゃないわ』もいいわよ」とリクエストが飛ぶ。
「グレル! エンエンー!」
 さすがのグレルにも、55人のプリキュアの中に割って入る勇気はない。エンエンと一緒に、はらはらしながら見ているしかなかった。

154makiray:2018/12/25(火) 22:25:57
 以上です。
 いつもこれくらいコンパクトなサイズにしたいと思っているのですが…。

155名無しさん:2018/12/26(水) 07:31:22
>>154
面白かった!
ミデンの事件が自分のせいなんじゃないかと悩むあゆみも、全力で励ます55人も、最後のもみくちゃにされるあゆみも最高でした。素敵なクリスマスプレゼントをありがとうございます!

156makiray:2019/07/29(月) 22:14:12
毎年恒例、春映画にキュアエコーを絡ませるお話です。
12 スレ、お借りします。大体、一日一スレで行く予定です。

157makiray:2019/07/29(月) 22:16:54
はだしのプリキュア (01/12)
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「うわ…」
 坂上あゆみはおもわず口に出してしまった。50 人ものプリキュアが続々集まってくる様子は壮観だった。もちろん、みな変身前の普段の姿ではあるが、知ってしまうと、プリキュアとしての姿を重ねてしまうのは当然だった。
 春が近づいてやっと暖かくなりかけたある日、四葉邸に集まれ、と星空みゆきから連絡があった。みゆきも何か慌てているようだったが、今日の午後、という急な話にあゆみは驚いた。いつものお花見というわけではなさそうだった。
 それは今の雰囲気でもわかる。これだけの人数がいるというのにおしゃべりに花が咲くこともない。あったとしても、隣と小声で、というのがせいぜいだった。グレルもエンエンも、トートバッグから顔を出しはしたが、あたりを見回して察したのか、何も言わなかった。
(授業みたいだな…)
 ここは会議室のようだった。あるいは、テーブルを並べ替えて飾ればパーティ会場にできるのかもしれないが、今は、正面に演壇があり、机はそれに向かって整然と並べられていた。
 あゆみは、誰かに聞いたりもしなかった。そういう空気でないのも事実だが、昨日あたりから体調がよくない、ということもあった。何をするにも億劫で体が重く感じる。今日だって、単なるお花見だったら断ったかもしれない、という気がする。
「お待たせしました」
 四葉ありすが入ってきた。皆の視線がそれに注がれるのは当然だったが、空気が冷たくなったような気がした。セバスチャンが、今入ってきたドアを静かに閉めた。
 ありすは演壇に立つと全員の顔を見渡した。視線があゆみに来たときに一瞬、動きが止まったような気がしたが、勘違いかもしれない。
「現状からご報告します。
 四葉の科学チームが解析を続けておりますが、まだ仮説を得るにも至っておりません。
 情報取集の段階で足踏みしています」
 何人かが頷く。あゆみはその様子を見ていた。やはりだ。自分が知らないことがあるようだ。億劫さが消えたわけではないが、友人たち、プリキュアたちが真剣な顔をしているのが、何かが起こっているせいだとしたら、このままではよくないような気がした。
「あの」
 手を上げる。やはり何人かが振り向く。咎める視線はなかった。むしろ、何か知っているのか、という期待だった。
「今日の目的は何なんでしょうか」
 眉を顰める人がいる。
「わたし、何か知らないことがあるみたいで――」
 さすがに声が途切れる。ありすは あゆみを見ていたが、わずかに首を傾げた。
「なんか、ごめんな――」
「昨日、あゆみさん、あるいは、キュアエコーと一緒だった方はいらっしゃいますか?」
 声はない。首を横に振った者はいた。昨日、とは。
「あゆみさんかキュアエコーを見た、という方は?」
 同じだった。手を上げる人もいない。
「やはりそうでしたわね。さっき、あゆみさんと目が合ったときにそんな感じがしたのです。
 では、状況の整理を兼ねて、私からご説明いたします」
 それは想像したよりも短く終わった。
 昨夜、ほぼすべてのプリキュアが突然、異次元空間に引きずり込まれたのだという。
「おそらくあれは、『ワームホール』あるいはそれに類するものだと思います。
 その先では、プリキュア・アラモードの六人、HUGっとプリキュアの五人、名称不詳のプリキュアが四人、戦っていましたが、わたしたちがそれに加わる前にワームホールは閉じ、わたしたちはそれぞれ元の世界に戻されたのです」
「…」
「すでに戦っていたプリキュア、それに後から呼ばれた形のプリキュアがいたのに加え、あゆみさんのように、ワームホールに引きずり込まれなかったプリキュアもいたわけですね。その違いが何によるものなのか、ということも解明しなければなりませんわ」
 そういうことか。
 複数のプリキュアが一緒に戦う大きな事件はこれまでに何度も起こっているが、今回は性質が異なるらしい。
「…。
 え」
 あゆみは突然、立ち上がった。
「リコちゃん?!」
 が、すぐに座り込んだ。いや、倒れたのだった。
「あゆみちゃん!」

158名無しさん:2019/07/30(火) 11:37:20
待ってました!!

159makiray:2019/07/30(火) 21:31:05
はだしのプリキュア (02/12)
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 あゆみが気づいたのは広い寝室だった。客用だろうか。
「そうだ、わたし」
 プリキュアたちが集まった会議室で、急に目の前が真っ暗になり、意識を失ったのだ。
「グレル! エンエン!」
 枕の横に小さな布団があり、グレルとエンエンもそこで眠っていた。エンエンが目を覚ます。
「あ、あゆみちゃん、大丈夫?」
「うん。エンエンは?」
「ちょっと眠い…」
 グレルは大の字になって、いびきが響いてこないのが不思議、という様子で寝ていた。
(ふたりも疲れてるの?)
 あゆみは、襟のキュアデコルに手をやった。
「フーちゃん?」
〈あゆみ…大丈夫か?〉
「うん。心配かけてごめんね?」
〈フーちゃんは大丈夫〉
「お目覚めでしたのね」
 短いノックの後、ありすが顔をのぞかせた。
「あの、わたし、どれくらい」
「15 分も経っていませんわ」
「会議は…」
「わからないことが多すぎて決めるもなにもありませんでした。
 まずは調査です」
 そうだ。なぜ自分が倒れたか思い出した。急に立ち上がったからだった。
「さっき、リコちゃんがいたような気がするんだけど」
 ありすは、いつもの笑みをキープしたまま頷いた。
「さきほど、ワームホールが発生した、と申しましたが、つまり、時空そのものが歪んでいるのです。
 本来なら行き来できるはずのない世界にいるリコさんと期せずして再会、ということになったのはそのためだと思います」
 そういうことだったのか。
「さっき、名前のわからないプリキュアがいる、というお話をしましたわね。
 実は、彼女たちが観星町に住んでいる、ということはわかっているのです」
「観星町」
「これからそこに向かいます」
「わたしも行きます」
 あゆみは、ありすの言葉を遮るように言った。
「でも、お体が」
「もう大丈夫です。
 それに、あんなところで倒れてしまって、みんなに迷惑をかけたから、少しでも役に立ちたいと思って」
 ありすはしばらくあゆみを見ていたが、やがて頷いた。
「わかりましたわ。セバスチャンを向かわせることになっていますので、ご同行をお願いします。
 あとは…そうですね、れいかさんにもお願いしましょう」
 それはおそらく、体調が万全でないあゆみのためだろう、と思ったが、あゆみは何も言わなかった。あの仲間たちの力になれるのならなんでもよかった。

160makiray:2019/07/31(水) 21:46:44
はだしのプリキュア (03/12)
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 車が停まる。
「天文台…でしょうか」
 れいかが言った。
 セバスチャンは、あゆみとれいかを残し、中に入る許可を得るため建物に向かっていった。
 あゆみはちらりと後ろを見た。大きめのワゴンが静かに待っている。四葉家の科学捜査チームが中に乗っているらしい。いつもなら、四葉家はいつも大げさだなぁ、と笑うところだが、今回はそういうわけにはいかなかった。改めて今日の参加者の顔を見たら、リコやことはだけではなく、トワもいた。彼女たち自身も、どうやってこの世界に来たのかわからないのだという。みらいは、誰かが「プリキュアを集めたい」とか願いをかけたんじゃないかな、と言ったが笑ったのは数人だけだった。
「返事がありません。やむをえませんな」
 セバスチャンが戻ってきた。やむをえないとどうするのだろう、と思ったが、後ろのワゴンから人が下りてきた。彼らは背中に大きなリュック――ではないのだろうが、ほかに何と言えばいいのか――を背負うと建物に向かっていった。
「おふたりも参りましょう」
 れいかが、どこに行くのですか、と聞くと、建物の裏側でございます、という答えが返ってきた。
「裏側?」
 ふたりの疑問をそのままに、セバスチャンと捜査チームは建物の脇を抜けて裏手に進んでいった。つまり、やむを得ないので許可を得ずに中に入る、というわけだった。
 思ったより広い。顔を上げると星がよく見える。
「しばらくここでお待ちください」
 捜査チームが、色々な器具を背中のリュックから取り出した。早速、調査が始まっているようだ。
「望遠鏡…でしょうか」
 れいかが指さす。確かに、星空の観察に適した晴天ではあるが、一基は倒れていた。あゆみが、何かあったのかな、とつぶやくと れいかが頷いた。
「お待たせしました。
 坂上様、当家のものと一緒に、その望遠鏡の確認をお願いできますか。
 青木様は、こちらの方へ」
「あ、でも」
 れいかがあゆみを見る。心配してくれているのだろう。
「ありがとう。大丈夫だよ」
「わかりました。
 無理はなさらないでくださいね」
 うん、と頷き、捜査チームの後ろをついていく。一人は立ったままの望遠鏡を、あゆみともう一人は倒れた方に近づいた。起こすのを手伝う。
 そんなに、というくらい慎重だった。その望遠鏡で何を見ていたのかを確認したいのだと言う。
「倒れた時に動いたりしてませんか?」
 なんでも、三脚の状態から想像して場所はずれていない可能性が高いという。台の上の望遠鏡自体は動いたかもしれないが、重さや固定の状況を調べれば、少なくともここからここまでのどこか、という範囲は見当がつくらしい。捜査チームのメンバーは、蹴とばしたりしていれば別ですが、と付け加えながら望遠鏡に機器を接続した。装置の数字を見ながら細かな作業をしてファインダーをのぞく。
 何が見えるのか目元だけでなく口元まで一緒に動かしているのがおかしい。あゆみの頬が緩みそうになったが、そういう場合ではない、と思って我慢する。やがて彼は顔を離した。
「何が見えたんですか?」
 特に何も、と言う。うっすらと銀河が見えるだけだったらしい。わたしものぞいていいですか、と言うと彼は場所を譲った。望遠鏡を動かさないようにそっと顔を寄せる。
「…。
 きれい」
 確か「連星」というのだったか。青や緑、黄色のカラフルな星が五つほど並んでいる。
「あれ、なんていう星だかわかりますか?」
 捜査チームのメンバーは、多すぎて「あれ」と言われても、と苦笑した。銀河を形成する星には違いないが、と言う。
「いえ、そういうのじゃなくて。あの五つの星です」
 場所を替わる。彼はやはり、そんな目立つ星はない、と言う。
 自分はまだ疲れていてありもしないものを見えたと思ってしまっているのか、と思っていると れいかとセバスチャンがこちらに来るところだった。
「もうあちらの調査は終わったんだそうです」
「え、もう?」
 こちらは望遠鏡を起こし終わったばかりだというのに。れいかの方の望遠鏡は倒れたりしていないのですぐ終わったのであるらしい。
「あゆみさん、少し顔色が戻りましたね。よかった」
 気づかなかった。あゆみは自分の頬に手を当てた。確かに、さっきよりは暖かくなっているような気がする。いや、それより。あゆみは、れいかにファインダーをのぞかせた。
「あ…」
 れいかも、あゆみと同じように、その星の美しさに笑みを浮かべた。逆に、捜査チームのメンバーたちには困惑が浮かんだ。
「どう?」
「素敵です。心が温かくなるような、勇気づけられるような、そんな光です」
「わたしにも見せていただけますか」
 あゆみと れいかが下がり、セバスチャンがファインダーをのぞき込んだ。
「…」
 あゆみと れいかが下がり、セバスチャンがファインダーをのぞき込んだ。
「…」
「セバスチャンさん…」

161makiray:2019/08/01(木) 21:15:26
はだしのプリキュア (04/12)
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 セバスチャンは、顔を上げると、メンバーに何事かの指示を出した。
「重要な手がかりが得られたようです」
「どういうことですか」
「わたしにはいつもの天の川しか見えません。ほかのメンバーも同じです」
「え」
「ここにいる中では、それを見ることができるのは、坂上様と青木様だけのようでございます」
「わたしと、れいかちゃんだけ…。
 !」
 声にならない声を上げる。ふたりは顔を見合わせた。
 あの星はプリキュアにしか見えないのか。
「実は、この望遠鏡が向いている方向が、昨日、ワームホールで皆さんが向かった方向なのです。
 必要なデータは取得したしました。急ぎ戻り、詳細な分析を加えたく思います」
 れいかが、急ぎましょう、という。あゆみも遅れて頷いた。

 四葉家の会議室。50 人のプリキュアが待っているところに、セバスチャンともう一人、科学捜査チームの技官がやってきた。ひとまず報告できることは二つだけだという。ありすは、よくない方を先に、と言った。
「例の『連星』ですが、みなさんが『ワームホール』状の環境で連れ出された方向と一致することは確認できました。
 ただ、距離が一致しません」
「距離…」
「お嬢様含めプリキュアの皆さんは、『ワームホール』状の環境から脱出する直前までいらしたわけですが、特異な状況とはいえ、おおよその位置はわかっています。それと、あの『連星』が存在する場所とが一致しません」
「偶然ということですか?」
 あゆみの表情が曇る。
「それが…。
 実はあの『連星』の正確な位置がまだ把握できていないのです」
「それは、みなさんに見えないからですか?」
「いえ」
 調べようにもあの星は科学捜査チームには見えない。雪城ほのかと菱川六花がラボに出向き、方向などを指示している。チームは言われた方向から来ている光を解析しているに過ぎない。確かに既知の星とは異なる何かがあることは確認できたが、それは、目隠しをしてやる「スイカ割り」を科学的に再現しているようなものだった。
「計算のたびに異なる数値になっていまして」
「…。
 妨害されている、とか」
「いえ。妨害電磁波の類は確認されていません」
「どういうことでしょう」
 ありすが首をひねる。セバスチャンが技官を促した。
「?」
「こちらが二つ目の報告です。
 あの『連星』のスペクトル パターンを確認したところ」
 誰かが――というには多かったが――「スペクトル パターンってなに?」と言う。光の性質でございます、とセバスチャンが答えた。
「既存の星のどれとも一致しません。類似する星も発見できませんでした。
 ただ、よく似た光のデータが見つかっています」
「何の光ですか」
「ミラクルライトです」
 講堂内にざわめきが広がる。「ミラクルライト?」と何人もがつぶやいた。
 れいかが挙手した。
「あゆみさんの顔色が戻ったのはそれが理由ではありませんか?」
 あ、とあゆみ自身もつぶやいた。
 プリキュアに力を与えてきたミラクルライトの光。
 体調を崩していたあゆみにその光が力を与えたのかもしれない。
「つまり、通常の光ではない、ということですね」
「あの連星の位置が確定できないのはそれが理由かもしれません」
 技官がありすの言葉を補足した。プリキュアの光、ミラクルライトの光は通常の物理法則の埒外にある。通常の物理法則を前提とする現在の地球の計測機器と処理技術で正確な値が出ないのはそれが理由かもしれない、ということだ。
「…」
 ありすは正面のモニタに映し出されている五つの星を見上げた。何人か、ミラクルライトと聞いて喜んでいるものはいたが、それは果たして本当に吉報なのだろうか。
「あゆみさん」
 ありすがあゆみを見る。
「ご気分はいかがですか? 星の光が見えていると思いますけど」
 あゆみは、同じようにモニタを見た。芳しくないようだった。
「モニタごしでは違うのかもしれませんね」
 ありすは、あゆみをはじめ、全員を休ませることにした。

162makiray:2019/08/02(金) 21:02:46
はだしのプリキュア (05/12)
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「脱出できる確率は 0% です」
 ルールー・アムールが言った。
 ここは星系「ミラクル」。
 星奈ひかるたちが出会ったのは、ピトン。ミラクルライト製造の見習い職人である。
 ここは星系全体がミラクルライトの工場なのだ。
 しかし、事故が起こった。製造中のミラクルライトが黒い光を発するようになってしまったのである。ピトンはその犯人として追われていたが、ひかるたちもその仲間と誤解されてしまった。そして今は、スタートウィンクルプリキュア、HUGっとプリキュア、プリキュアアラモードの全員が檻の中である
「まぁ、それくらいあれば十分でしょ」
 立神あおいが、琴爪ゆかりを見ながら言った。
「どうして?」
「またまた。ゆかりさんならいつも」
「さっきの大統領の話、聞いてた?」
「?」
「『この宇宙から思いが消える』ってやつ?」
 ゆかりが頷く。
「大変だよ!
 絶対に防がなきゃ!」
 野乃はなが興奮したように言う。
 それはそうなんだけど、とゆかり。
「どうしたんですか?」
 ひかるが話に加わる。
「この状況、ピンチよね」
「はい」
「誰かが助けてくれるといいな、って思わない?」
「思います」
「それにはどうしたらいいかしら」
「うーん。
 携帯は通じませんよね、きっと」
「そうね」
「無線機」
「持ってるの?」
「うーん、のろし」
「持ってるの?」
「伝書鳩」
「持ってるの?」
「テレパシー!
 これも持ってませんけど」
 ひかるが笑うと、宇佐美いちかが自分の手を鳴らした。
「あゆみちゃん。
 キュアエコー!」
「そうか」
 薬師寺さあやが明るい声を上げた。
「キュアエコーは《思いを届けるプリキュア》だから――」
「ちょっと待って」
 輝木ほまれが止める。同時に彼女たちは、ゆかりが心配していることを理解した。
「宇宙から『思い』が消えてしまったら、多分、あゆみはキュアエコーに変身できなくなる。
 というか、キュアエコーが存在する根拠がなくなる、と考えた方がいいのかもしれない」
「そんな…」
 愛崎えみるが唇を震わせた。
「星はどんどん闇に侵食されている。残ったミラクルライトの光も地球には届かないだろうし。『思いの力』も弱まっていると考えないと」
 剣城あきらが言った。
「つまり、キュアエコーが、わたしたちと地球に残っているプリキュアの橋渡しをしてくれることは期待できない、っていうことね」
 キラ星シエルが厳しい顔になったが、逆に有栖川ひまりは気丈に頷いた。
「わたしたちは、独力でこの危機をのりきらなければいけないんですね」
 ひかるたちスタートウィンクルプリキュアは「キュアエコー」というのが何かをまだ知らない。だが、ひまりの言葉の意味だけは理解した。
「できれば、キュアエコーが消えてしまう前にね」
 ゆかりがつぶやいた。

163makiray:2019/08/03(土) 22:00:50
はだしのプリキュア (06/12)
--------------------------

 あゆみは、科学捜査チームのラボに呼ばれた。そこではすでに、ほのか、水無月かれん、六花がチームのメンバーと協力していた。グレルが、「お前たち、白衣、似合いすぎだろう」と言った。
 ありすは、テーブルに置いてあったミラクルライトを一本、取り上げた。
「あゆみさん、ちょっとこれを持ってみていただけますか」
 言われるままにそれを受け取る。何か期待されているような気がするが、どうすればいいのかわからない。両手で握ってみたりした。ありすに言われて、何本か持ち替える。何が起こるわけでもなかった。
「ありがとうございます」
 横にあったモニタに今の様子が映し出された。画面が映画のような雰囲気なのは何か加工をしているからだろうか。
「さきほどの動画をもう一度見ましょうか」
 画面が二つに区切られる。左側に今の様子、右側には別の動画が映し出された。
「以前、あゆみさんにミラクルライトの回収を手伝っていただいたことがありましたわね」
 あぁ、とあゆみ。
 前に ありす――というより四葉家――の手伝いをしたことがあった。戦いが終わって、人々が放置したミラクルライトを集めて回ったのだった。
「確かに光ってるのよね…」
 ほのかがつぶやいた。
 どちらの動画も画像処理をしてあるようなのだが、以前の動画では、あゆみが手にしているミラクルライトがうっすらと光っているように見えた。
「しかも、ほら」
 かれんが指さす。
 ミラクルライトは、あゆみが手にした瞬間に光り始めるのである。そして、四葉家の担当者に渡すと消える。
「あゆみちゃんに反応しているとしか思えない。
 でも」
 六花が、左側の動画から、あゆみに視線を移した。あゆみは自分が持っているミラクルライトを見た。光ってはいない。
「もちろん、目で見て分かるようなものではないのですわ。
 この処理済み画像も、たまたま見つけたものですし」
「どういうこと…なんですか?」
 エンエンが心配そうに見上げる。
「わたしたちの仮説…っていうか、勝手な想像なんだけど」
 ほのかが控えめに言う。
「あゆみさんは、フーちゃんを説得するために自分の意思でプリキュアになった」
 黙ってうなずくあゆみ。
「その時に作用したミラクルライトの力は、ひょっとしたら想像以上に強かったかもしれない、と思って」
「なんだよ、強いって」
 グレルがややいら立っている。かれんは、グレルとエンエンをきちんと見ながら続けた。
「あゆみ、というか、キュアエコーは、ミラクルライトに対して、ほかのプリキュアよりも敏感なんじゃないかな、って考えてるの」
「わたしが、あの星を見ただけで顔色がよくなったことですか?」
「そう。れいかちゃんは確かに、きれいだとか、勇気づけられる、とかそういう感じはしたって言うんだけど、それでれいかちゃんの体調に影響が出たわけじゃないの」
「キュアエコーは、《思いを届けるプリキュア》であると同時に、《ミラクルライトのプリキュア》なのではないか、ということですわね」
「ミラクルライトのプリキュア…」
「グレル、エンエン、ふたりはどうなの?」
 六花が視線を向けてくる。グレルが視線をそらし、エンエンはうつむいた。
「ひょっとして、あゆみちゃんと同じ?」
 ゆっくりうなづくエンエン。
「あの星を見た時は確かに、体調が戻ったような気がしたんです。
 でも今は、前より悪くなっているような」
 悪いっていうほどではないんですけど、とあゆみは小さな声で付け加えた。
「あの連星の光が弱くなっているような気がするのよ。関係あるのかもしれない」
「観測できればいいのですけどね…」
 連星は「プリキュアである者の目」にしか見えない。弱くなったような気がする、と言ったものは多かったが、「気がする」の域を出ない。一方で、あゆみの体調が相変わらずよくなさそうであることもわかる。手詰まりなのかもしれない、と誰もが思っていたが口にはしなかった。
 チャイムが鳴った。みらいたちが来たらしい。お手伝いすることがないかと思って、と言う。ありすは、残念ながら、と首を振った。
「わからないことばかりなのですわ」
「フーちゃんは?」
 ことはがのぞき込む。以前から、「はーちゃん」と「フーちゃん」で仲がいい。
《フーちゃんは元気だ》
 同じことを繰り返す。納得しているのかどうか、ことはは「よかった」と言った。

164makiray:2019/08/04(日) 22:34:42
はだしのプリキュア (07/12)
--------------------------

「一旦、休憩にしましょう。
 リコさん、あゆみさんをお部屋まで」
「大丈夫だよ」
 子どもでもあるまいし、とあゆみは笑ったが、リコは笑わなかった。じゃ一緒に、とつないだ手に力強さが感じられなかった。

 異変はすぐに起こった。
 空に「ヘビ」が現れたのである。
 節々に原色の輪をまとう、嫌悪感を引き起こさずにはいられない不気味さだった。
「ありす」
 会議室に集まる少女たち。最初に口を開いたのは美墨なぎさだった。
「あの星のこと、何かわかった?」
「いいえ」
 あの「ヘビ」の発生源はあの連星ではあるようだったが、彼女たちの目視によるものだった。確信はあるが、証拠はない。
「あたしたち、ここに集まってる意味ないんじゃない?」
 何人かが なぎさを振り向き、何人かが頷いた。
「ごめん、ありすとか四葉とかを責めてるんじゃないよ。
 ただ、町のみんなが心配なんだ」
 頷く顔が増える。
 小泉学園、夕凪町…それぞれが産まれ、育ち、暮らしてきた町。その人たちも、同じようにあの「ヘビ」に怯えているはずだった。
「そうですわね」
 ありすは、マナが頷くのを見ると決断した。みなが立ち上がる。
「当家の警備部隊に送らせます。急がせますので、少々お待ちください」
 セバスチャンが会議室を出て行った。
「ありすちゃん、ミラクルライトを貸してくれない?」
 はるかが言った。さすがに、みなみも驚いている。
「いちかちゃんたちがきっと突破口を開いてくれるから」
「そうだ。そのとき、あたしたちも力になれる」
「プリキュアの光の力を送れるかもしれません」
 ありすは頷くと、ラボのミラクルライトを持ってくるよう指示を出した。
 やがてそれは全員に行き渡り、護衛となる警備部隊の準備が整ったところから出発していく。それを、「事態が悪化すれば変身できなくなる可能性がある。早めにプリキュアに変身しておいた方がいい」という月影ゆりの意見が追いかけた。
「あゆみさんは、当家にお残りください」
「でも」
「わかってる。
 あゆみちゃんもフーちゃんも横浜の町が大好きだっていうことはわかってるよ」
 マナがあゆみの肩を握る。
「でも、戦える状態じゃないでしょ」
「一人では危険ですわ」
 真琴からも亜久里からも心配があふれている。
 でも、とあゆみは言いかけたが、途中でやめた。「ヘビ」が現れてからの疲労感ははっきりしていた。自分だけでなく、グレルもエンエンも元気がない。
「わたしたちと一緒にいよう」
 六花がのぞき込む。
 その心配はうれしい。とてもうれしいが、自分が「半人前」であることがまた突きつけられているのも事実だった。
(わたしは、いつまで…)
 しかし、それを跳ね返すだけの根拠もない。グレルとエンエンの様子に、それでも変身する、とも言えない。
 わかりました、と答えるしかなかった。

「プリキュア ラブリンク!」
 ゆりのアドバイスの通り、空から星が消え始めるころにマナたちは変身した。四葉タワーに移動する。
 何が起こっているわけではない。だが、地上から光が失われていく。空には、「ヘビ」の毒々しく鮮やかな節だけが見える。人々は絶望し生きる意志を失い始めていた。

165makiray:2019/08/05(月) 21:22:56
はだしのプリキュア (08/12)
--------------------------

 あゆみには、連星の状況を監視しろ、という役割が与えられていた。ありすがキュアロゼッタとなった今では、四葉のラボで連星の位置を示すことができるのは一人しかいない。
「数値を確認させてください」
 あゆみは技官のディスプレイをのぞき込んだ。さっきと同じ。
(うん)
 変わるはずがない。連星は移動するわけではないし、観測できないのだから、そもそも満足な数値が得られない。あゆみには、その光が暗くなっていく一方だということはわかるが、ここに張り付く必然性はなかった。
「わたし、ちょっと」
 あゆみは、小さな声で言うと、グレルとエンエンをトートバッグに入れ、ラボを出た。
「坂上様、どちらへ」
 セバスチャンがいた。いや、立ちはだかっている。
「ありすお嬢様より、坂上様はきっとそのようになさるので、気を付けるよう申しつかっておりました。
 危険でございます。ラボにお戻りください」
 あゆみは、しっかりと首を振った。
「坂上様」
「黙っているなんてできません」
「ですが」
「わたしもプリキュアなんです!」
「しかし、今は」
「変身できなくてもプリキュアなんです!!」
 言葉に詰まるセバスチャン。
 グレルはあゆみのトートバッグから飛び出すと剣を抜いた。
「どけ!
 俺たちだってプリキュアだ! 邪魔するな!!」
「セバスチャンさん、お願い!!」
 エンエンも身を乗り出して叫ぶ。
「行かせてください。
 ありすちゃんには後でわたしから話します。
 それに」
 あゆみはきっと顔を上げた。
「きっとわかってくれると思います」
「プリキュアだから…でございますか」
 頷くあゆみ。
 セバスチャンは、三人の目を順番に見つめた。
 わかる。わかりすぎるほど。
「承知しました」
「セバスチャンさん!」
「二人ほどおつけします」
「いえ、それは」
「四葉も大変なんだろ?」
「それがわたしどもの役割でございますので」
 実際のところ、それぞれの町にプリキュアたちを送り届けたメンバーはここに戻ってきている。人が足りないわけではない。なにより、この三人は絶対に守らなければならない三人だった。
「どちらにいらっしゃる予定ですか」
「四葉タワーに」
 セバスチャンの目が細められる。
「…。
 理由をうかがってもよろしいですか?」
 キュアロゼッタをはじめ、ドキドキ!プリキュアの五人がそこにいる。それに合流しようというのか。
「わたしが今行けるところで、一番、あの星に近いところだから」
「プリキュアの光を届けに行くんだね」
 エンエンの言葉にあゆみが頷いた。
 今、光を失ったも同然の あゆみには、届けられるものは何もない。だが、二手に別れ、意思の疎通もできない状態になっているとはいえ、50 人ものプリキュアがそれぞれに活動している。そのおかげで事態が改善されたとき、できる限り、あの星に近いところにいたい。
「承知しました。
 メンバーをこちらに呼びますので少々お待ちください」
「ありがとうございます。
 あ、ありすちゃんにはわたしが」
 あゆみがスマートホンを取り出すのをセバスチャンが止めた。
「わたしがいたします」
「でも」
「いえ、それがわたしの役目でございますので」

166makiray:2019/08/06(火) 22:38:22
はだしのプリキュア (09/12)
--------------------------

 四葉タワーの最上階。
 キュアハートたちは、すでにラブハートアローを手にして真っ黒な空にとぐろを巻く蛇をにらんでいた。みな避難していて動くはずのないエレベータのドアが開き、警備部隊のメンバーに続いてあゆみが姿を現すと、キュアソードは驚いた顔をし、キュアエースは駆け寄ってきて「大丈夫なのですか」と尋ねた。
「ありがとう。
 わたしのことは心配しないで」
「そうは参りません。
 みなさん、わたしはあゆみさんとご一緒します」
 キュアハートが、わかった、と手を振る。キュアロゼッタが笑顔を見せる。「やはりいらっしゃいましたね」と言われているような気がした。
 顔を上げる。連星の場所はすぐにわかった。蛇のとぐろの中心にある。味方だとは到底思えない蛇の中心にミラクルライトの光がある、というのがどういうことかはわからないが、一つだけわかっていることがある。
(あそこにプリキュアがいる)
 HUGっとプリキュアとプリキュアアラモード、そして、まだ会ったことのないプリキュアがそこで戦っているはずだ。
 何ができるかわからない。何もできないかもしれない。だが、もし、チャンスがあるなら力になりたい。力にならなければ。
(わたしだってプリキュアなんだから)
 その声が聞こえたのか、グレルとエンエンがバッグから這い出してきた。その時のため、小さな手にミラクルライトを持っている。
 あゆみは襟のエコーキュアデコルに手を当ててみた。フーちゃんの「呼吸」がわかる。フーちゃんも気を張り詰めている。
 深呼吸。
 わずかな兆しも見逃してはならない。

 キュアスターは、仲間たちの助けを得て、ピトンを最後のミラクルライトがある部屋に送り届けたが、ほかのプリキュア同様、闇に捕らわれてしまった。
 ピトンは、やっと見つけたミラクルライトに最後の仕上げをしようとしたが、ミラクルライトはくすんだ色に染まってしまった。
 大統領も、言葉を絞り出してピトンをなぐさめたが、それが無力であることはわかっていた。
 キュアスターは体が動かない状態のまま、思いを巡らせていた。これまでの戦いで疲労していたため混乱していた思いは、やがてクリアになり始める。
(みんなの思いをつなげたい)

「?」
 あゆみは、エンエンに言われて肩を上下させてリラックスしようとしていたが動きを停めた。
「あゆみさん?」
 キュアエースが声をかけたが、返事をしない。目元が険しくなっている。ふいにあゆみは展望台のガラスに駆け寄った。
「あゆみさん、危険です!」
 ガラスに顔をつけるようにして何かを探している。
「あゆ――」
「ちょっと待って」
 あゆみには珍しい強い口調。キュアエースは、わずかに後ろに引いて様子を見守ることにした。それに気づいたキュアダイヤモンドとキュアソードが静かに近づいてきた。キュアハートも続きそうになったが、警戒が手薄になることを気にしたキュアロゼッタに手振りで止められていた。
 あゆみの厳しい目つきに変わりはない。追いついたグレルとエンエンが、どうしたんだ、とあゆみの顔と外を見比べていたが、それにも返事をしなかった。
〈…の思いを〉
 あゆみが息をのむ。
〈わたしの手でしっかりつかむんだ〉
「聞こえる」

167makiray:2019/08/07(水) 22:38:00
はだしのプリキュア (10/12)
--------------------------

「え?」
「割って」
「あゆみちゃん」
「このガラスを割って。
 邪魔なの!」
「危険よ」
「誰かの声が聞こえた!
 あの星にいる誰かの声が聞こえたの!!」
 我慢できなくなったキュアハートが駆け寄ってくる。
「あゆみちゃん、聞こえたの?」
「聞こえた。
 まだ途切れてない。
 お願い、このガラスを割って!!」
 背後でキュアロゼッタが警備メンバーに指示を出していた。警備メンバーは車のシートベルトよりさらに頑丈そうなベルトを持ってくると、それを接続したベストをあゆみに着せた。あゆみは、体を動かされ、視界が遮られることにはっきりと不快感を見せたが、キュアロゼッタは譲らなかった。
「失礼しました。これで大丈夫です。
 キュアハート」
 キュアロゼッタの言葉に、キュアハートはラブハートアローを構えた。キュアソードが足元を固めると、キュアダイヤモンドとキュアエースはあゆみの後ろに立ち、いつでもサポートできるように構えた。
「行くよ」
 あゆみが頷くとキュアハートは引き金を引いた。
 まばゆい光線が分厚いガラスに向かって延びる。だが、それをガラスを貫いただけで割れはしなかった。え、とキュアハート。
「早く!!」
 あゆみが叫んだ。
「プリキュア ホーリー・ソード!!」
 キュアソードの手から無数の剣が放たれる。
「これでどう?!」
 今度こそ、その一角のガラスが外に飛び散った。代わりに、地上1000mの強風が飛び込んでくる。
 あゆみはさらに前に進み出た。背後の壁に固定されたベルトのせいで前進を阻まれると、視線を動かさず、後ろ手にそれを引っ張ったが、ベルトはピクリともしなかった。
〈…に思いが詰まっている!〉
 あゆみはミラクルライトを突き出した。まっすぐ伸びた右手に左手を添える。ミラクルライトはわずかずつゆっくりと方向を変えた。後ろで、キュアロゼッタがまた合図をする。警備メンバーは、あゆみの後ろで何かの装置を作動させた。
「あ」
「ミラクルライトが」
 あゆみの手のミラクルライトがうっすらと光った。このタワーの最上階で光を失った空を見守り続けて闇に慣れた目でないと気が付かないほどの明るさ――あるいは、暗さ――だったかもしれない。だが、ミラクルライトは間違いなく光っていた。
 キュアロゼッタが後ろに下がり、無線でセバスチャンを呼びだした。
「あゆみさんが光をとらえました。方向のデータを送らせます」
《承知しました》
 警備メンバーが測定データを送信する。

168makiray:2019/08/08(木) 22:24:48
はだしのプリキュア (11/12)
--------------------------

「わたしたちはここにいる!」
 あゆみが叫んだ。
「あなたが誰だかはわからない。でも、同じ光を持っている。同じ強さの思いを持っている!
 わたしたちはあなたの仲間。あなたの友達!」
 キュアエースがミラクルライトを掲げた。あゆみを見ながら方角を微調整する。それはやがて弱々しくはあるが光を取り戻した。それを見たキュアダイヤモンドがつづき、キュアハート、キュアソードも同じくミラクルライトを持った手を伸ばした。
《方角のデータをプリキュアの皆様に転送いたしました》
「あなたもミラクルライトをそちらに向けてください、セバスチャン」
《わたしがでございますか》
「えぇ、あなたもプリキュアなのですから」
《…承知いたしました》
 キュアロゼッタは小さく笑うと自分もミラクルライトを手に持った。
 蛇がうねった。目のない顔が展望室をのぞき込む。キュアハートはミラクルライトを持っていない方の手でラブハートアローを持ち替えようとしたが、何が見えたのか、蛇は慌てたように後ろに下がった。
「ミラクルライトに怯えてる」
 キュアダイヤモンドがつぶやいた。この弱々しい光に。
「効いてる!」
「何でも言って!」
 あゆみの言葉は続く。
「わたしはひよっこのプリキュアだけど、わたしも一緒に戦いたいの!」
「わたしたちもいます!」
 キュアエースが言った。キュアロゼッタが続く。
「こちらには十分な戦力があります!」
「道さえ開けば、わたしたちもすぐそこに行く!」
「ホイップ! エール!」
「一緒だよ!!」
〈ありがとう〉
「つながった…」
 あゆみが言い終わらないうちに、ミラクルライトの光が増した。
〈みんなの想い、しっかり届いたよ!!〉
「やった!!」
 遠くで光が散った。キュアダイヤモンドが目を細める。プリキュアの誰かがあの蛇に攻撃を仕掛けたのだ。
「ミラクルライトをむけるようお願いしましたのに」
 キュアロゼッタが困った顔をする。が、キュアダイヤモンドが否定した。
「光の力を使えるようになったってことだよ」
「うん。わたしも力が湧いてきた」
「不思議です。ミラクルライトを持っているわたし自身が力を得られるとは」
 キュアソードが力強く言うが、キュアエースは困惑しているようだった。
「当然だよ」
 キュアハートは全く動じていない。
「だってここには、〈ミラクルライトのプリキュア〉がいるんだからね!」
 聞こえているのかいないのか、あゆみもグレルもエンエンも、ミラクルライトを持った手をまっすぐ伸ばしている。三人のミラクルライトは、キュアハートたちのものより明るく、もう「輝いている」と言っても大げさではないほどになっていた。そして、あゆみの襟もとにあるフーちゃんのエコーキュアデコルも同じ色の光を発している。
 その光に導かれるようにして、キュアハートたちのミラクルライトが光を増した。
 それがレーザーポインターとなる。
 やがて世界を満たしたミラクルライトの光は、惑星ミラクルに向かってまっすぐに伸びて行った。

169makiray:2019/08/08(木) 22:29:34
はだしのプリキュア (12/12)
--------------------------

「そうと決まればお花見だ!!」
 なぎさの一声で全員集合のお花見が決まった。
 参加者は 50 人を超える。だが、作業をする人もそれだけいる、ということであり、準備は意外にスムーズに進んだ。
 問題は当日。自己紹介の時間が長い、ということだった。特に、プリキュアになったばかりの星奈ひかるたちは、一度に 50 人を覚えなければならず、見るからに混乱していた。例外は羽衣ララで、「記録は AI に任せればいいルン」と涼しい顔である。
「星奈ひかるです」
「坂上あゆみです」
「…」
 ひかるは、あゆみを顔をしばらくのぞき込むように見ていた。
「あの」
「その声!」
「え?」
「ミラクルライトの人だよね!!」
「…え?」
 驚くあゆみをよそに、ひかるは自分の仲間を呼んだ。
「ララ! えれなさん! まどかさん!
 ミラクルライトの人、ここにいたよ!!」
 その三人が驚いた顔で集まって来る。
「あの」
「聞こえてた!」
「聞こえてました!」
「聞こえてたルン!」
「な…に…が…ですか?」
「わたしたちはここにいる!」
 ひかるが叫ぶと、ほかのプリキュアたちも集まってきた。
「わたしたちはあなたの仲間!」
「あなたの友達!」
「すごくうれしかったルン!!」
「え…」
 困惑するあゆみと、目をキラキラさせているひかるたち。ゆかりが後ろに立った。
「つまり、思いがつながったのよね。
 キュアエコーと」
「えっ?!」
「坂上さんがキュアエコーだったんだ!
 きらヤバ〜!!」
 ひかるの声はさらに大きくなる。
「そうですけ――」
「ありがとう!!」
 ひかるはあゆみの手を両手で握った。ありがとう、と言いながら、何度も振る。
「あの」
「だって、ゆかりさんが、キュアエコーが助けてくれないとどうにもならないって」
「すごく不安だったルン」
「そんな言い方はしてないわよ」
「ほんとうにありがとう!!」
 みなが笑う。マナがありすの腕をつついた。
「ありす、あゆみちゃん、取られちゃうよ」
「あゆみさんはいつも人気者ですから」
「はやくツバつけておかないと。四葉にスカウトするんでしょ?」
「え…えぇっ?!」
 あゆみの悲鳴が上がる。
「セバスチャンがあゆみさんをとても高く買っているのです。
 おふたりで新しいプリキュアチームを結成する、というのはどうですか?」
 それぞれがキュアエコーとキュアセバスチャンの組み合わせを想像した。何人かが吹き出したが、黄瀬やよいが難しい顔をしている。腕を組んで考え始めた。
「あ、やよいちゃんの創作スイッチが入った」
「あかんて。今日は花見やんか…」
 同じく難しい顔をしていたグレルが、プルンスの体を剣でつつく。
「何するでプルンスか!」
「お前、タコじゃないのか」
「プルンスは宇宙妖精でプルンス!」
 フワはエンエンの額の模様が気に入ったようで、手で撫でたり唇で触れたりしていた。
「フワ…フワ…フワ!」
「くすぐったいよ…」
 そのかわいらしい様子に皆の笑顔がこぼれる。
 ひかるたちに何度も感謝されているあゆみだけが困っていた。

170makiray:2019/08/08(木) 22:31:18
以上です。
お騒がせしました。

171名無しさん:2019/08/10(土) 00:31:50
>>170
毎回楽しみにしています。
実にあゆみらしい、エコーらしい戦い方!
楽しませて頂きました。

172名無しさん:2019/08/11(日) 22:18:32
>>157>>170
AYUMI SAKAGAMIへの愛が感じられました。
あとなんかグレルとエンエンのぬいぐるみ的なもの欲しくなってきた

173makiray:2020/12/22(火) 21:58:32
ご無沙汰しております、オールスター映画にキュアエコーが登場するお話です。
タイトルは“Messenger of Light.”
12 スレお借りします。

174makiray:2020/12/22(火) 22:02:06
Messenger of Light (1/12)
-----------------------
「さて、昼飯の前に一頑張りすっか」
 久しぶりに晴れた土曜日の朝。
 休日出勤している母の代わりに掃除や洗濯を終えて坂上あゆみが部屋に戻ってくると、グレルは「れんしゅうちょう」を広げた。エンエンが、「僕もやる」と続く。
「あんまり頑張りすぎないでね」
「いや、一日も早く人間の言葉の読み書きをマスターして、あゆみを導いてやらなきゃいけないからな」
「あ…お手数をおかけします」
「あゆみちゃんからのメモくらいは読めるようにならないとね」
 ふたりは一週間ほど前からひらがなの練習をしている。子ども用の練習帳を買ってやると熱心に取り組み始めた。続くだろうか、途中で飽きるのではないだろうか、と思っていたが、何せ勉強の材料はいくらでも目に入ってくる。飽きたり音を上げたりする様子はなかった。
「あれ」
「なんだよ」
「もう 8p 目なの?」
「そうだよ。せっかくガクシューイヨクが一杯なんだから邪魔すんなよな」
「昨日は 6p 目だったでしょ。だめだよ飛ばしちゃ」
「もうできちゃったんだよ」
「グレル」
「本当だよ。ほら」
 グレルは不服そうに 7p 目を開いて見せた。確かにもう書き込んである。さっき始めたばかりではなかったのか。あるいは昨日のうちに 7p 目まで進んでしまったのか。詰め込み過ぎるとよくないと思って一日一ページと約束したのに。
「俺にかかればチョロいもんだよ。
 ほら、上手いだろう?」
 自慢げに練習帳をトントンと叩く。
「…?」
 あゆみは練習帳を手に取った。確かにきれいだ。昨日今日初めて書いたとは思えない。
「エンエンは?」
 言われるとエンエンは 8p 目を両手で隠した。エンエンもそこまで進んでいるのか。お願い、ちょっと見せて、と取り上げる。同じ。7p 目の字は、小学生と言っても通るくらいきれいだった。その前のページとははっきり違う。ひらがなの書き方に慣れた、ということなのだろうか。
 あるいは、ここからの上達は早いかもしれない。グレルもエンエンも妖精だから体は小さいが、子どもというわけでもないのだし、そう遠くないうちに漢字の練習に進んでもいいのかもしれなかった。
「ありがとう。
 でも、やっぱり一日一ページでね。その一ページをゆっくりしっかりやった方が身につくよ」
 子どもの頃に言われて、ちょっと気を悪くしたことのある台詞を自分が言うことになるとは。
「あゆみもしっかりやるんだぞ」
「…。
 はい」
 グレルとエンエンがひらがなの練習を始めるのと同時に、ふたりからあゆみにも課題が与えられた。プリキュア教科書の文字を読めるようになれ、というものだった。しょうがない。一緒に勉強することにしようか。あゆみは栞を目印にプリキュア教科書のページを開いた。
「…」
 妙に読みやすい。ここは前にやったページではないだろうか。栞を間違って挟んだのか。あゆみは前のページに戻ってみたが、その表情が次第に険しくなる。
 このページだけ、今日初めて読んだはずのこの 7p 目だけが、異常に読みやすい。暗唱できたりするわけではない。内容も覚えてはいない。「読みやすい」のだった。
 不思議そうに見ていたグレルとエンエンと目が合う。なんでもない、と取り繕うこともできない。逆に、背筋を悪寒が駆け上がった。
 同じではないのか。
 グレルとエンエンのひらがなが、練習帳の 7p 目でやけにきれいに書けていることと、プリキュア教科書の 7p 目がやけに読みやすいこととは、同じ現象なのではないのか。
「あゆみちゃん…?」
「どうした?」
〈――み。
 ――ゆみ〉
「フーちゃん?」
 三人の頭の中にフーちゃんの声が響いた。あゆみは襟元からペンダントを取り出した。フーちゃんのエコーキュアデコルが、見たことのない早さで明滅している。
〈あゆみ〉
「どうしたの」
 その声に切迫感がある。グレルとエンエンは、あゆみの手の上のエコーキュアデコルを心配そうに覗き込んだ。
〈あゆみ!〉
「フーちゃん、どうしたの」
〈キュアエコーになって!

175makiray:2020/12/23(水) 20:59:27
Messenger of Light (2/12)
-----------------------
「フーちゃん、どうしたの」
〈キュアエコーになって!
 空を見て!!〉
「フーちゃん!?」
〈お願い。キュアエコーになって!!〉
「落ち着いて――」
〈早く!!〉
 エコーキュアデコルを見つめて困惑しているあゆみの手をグレルが引っ張った。
「変身するぞ」
「でも」
「フーちゃんがこんな言い方するなんて普通じゃないよ」
 エンエンも真剣な顔で言う。
「何か理由があるんだ。
 急ぐぞ」
「…。
 うん」
 あゆみはその場で立ち上がり、左手をグレル、右手をエンエンとつないだ。エコーキュアデコルから滲み出した光が、その三角形を縁取る。光の渦はあゆみの周りを舞った後、あゆみの身体に吸い込まれていった。
「屋上に行こう」
 キュアエコーはあゆみの部屋の窓を開けると、手すりを足掛かりに一気にマンションの屋上に飛んだ。

 カツ、とキャエコーのヒールが音を立てた。
 風のない好天。確か、晴れるのは三日ぶり、とかニュースで言っていた。足元から街の喧騒が聞こえる。
「フーちゃん、外に出たよ」
〈今、何時?〉
「もうすぐお昼じゃないかな。それがどうしたの――」
 どこかから鐘の音が聞こえる。正午だろう。
〈エコー、空を見て!〉
 フーちゃんの声は悲鳴に近かった。キュアエコーは理由を問うのをやめ、周囲を見渡した。自分の町、繁華街、駅、学校のある方角、さらに遠く、緑にかすんだ山の――
「エコー、あれ」
 気づいていた。山の向こうで小さな光が揺れている。三つ。
「…」
「ミラクルライトの…光?」
 そう言っているうちに光は見えなくなった。
「フーちゃん、どういうこと?」
〈あれは――〉

176makiray:2020/12/24(木) 21:27:02
Messenger of Light (3/12)
-----------------------
 あゆみは体を起こすと大きな息をついた。
(変な夢。
 尻切れトンボだし)
 夢に整合性を求めるのは間違っているのかもしれないが。
 今日は母が休日出勤をしている。掃除に洗濯と、やることはたくさんあった。寝坊してもいられない。グレルとエンエンはここのところ、ひらがなの練習に熱中しているから、その間に片づけてしまおう。
 ベッドから降りようとして手をつく。かすかな痛み。
 右手を上げてみて驚いた。エコーキュアデコルを握っていた。こわばった手を広げてみると、掌にデコルの跡がついている。
 いつもは枕元に置いておくのに、なぜ今日に限って握りしめているのだ。
「あゆみちゃん…それ…」
 起きてきたエンエンがそれを指さして何か言いかけた。だが、言葉が続かない。
「どうしたの?」
 また、「それ…」と言ったまま、エンエンは首を傾げた。そのまま、ぼんやりした声で「おはよう」と言う。グレルも起きたようだった。
「まだ眠いぜ。変な夢見るし」
「どんな夢?」
「フーちゃんが…」
「うん」
「フーちゃんが…あれ?」
「忘れちゃったの?」
「もういいよ、夢なんか」
 よくはない、あゆみがそう感じたのと同時に、エコーキュアデコルが熱を持った。
「フーちゃん?」
〈あゆみ…〉
「どうしたの?」
 フーちゃんの声に切迫感がある。
〈あゆみ!
 あゆみ!!〉
「フーちゃん!?」
 様子がおかしい。フーちゃんの声はやがて鳴き声になった。もう止まらなかった。あゆみはエコーキュアデコルを両手に包み胸元に抱いた。

〈またひとりぼっちになったと思った〉
 フーちゃんの言葉に、あゆみたちが驚いた。あゆみたちがフーちゃんをひとりきりにするはずがない。
〈でも、あゆみたちは…フーちゃんのことを忘れてた〉
「そんなことない」
「絶対にないぞ!」
「昨日だって一緒に遊んだじゃない」
〈違う…違う〉
「フーちゃん、お願い。どういうことなのか教えて。
 私が悪いんだったら一杯あやまるから」
〈あゆみは悪くない!〉
「じゃ、俺か?」
「僕なのかな」
〈悪いのは〉
 三人が言葉を待つ。何がフーちゃんをこんなに苦しめているのか。
〈リフレイン…〉

177makiray:2020/12/24(木) 21:29:07
Messenger of Light (4/12)
-----------------------
「時間の妖精…?」
 机の上にエコーキュアデコルを置く。その上に小さなフーちゃんの姿が映し出された。
 フーちゃんによれば、時間の妖精は二人いて、過去を司るリフレインと、未来を司るミラクルンと言うらしい。
 リフレインは自分が宿っている時計塔が解体されるのを防ぐため、「土曜日の正午」が来るたびに時間を巻き戻しているのだという。
〈あゆみたちは、そのたびにみんな忘れて、元に戻る。
 フーちゃんのことも〉
 またフーちゃんの声が小さくなる。あゆみは手を握りしめた。自分が、フーちゃんのことを忘れたらしい、という事実に怯えながら。
「でも、フーちゃんは、違うの?」
 エンエンがおずおずと言った。
 誰も答えなかったが、もともとはフュージョンの一部であるフーちゃんは不自然な時間の流れの影響を受けない、ということなのだろうか。
「フーちゃんは、私たちに何度もそのことを教えてくれたのね?」
〈何回も…何回も…〉
「ごめんなさい」
「ごめんな」
「ごめんね」
〈あゆみも、グレルも、エンエンも悪くない!〉
 また泣き出す。エンエンはもちろんだが、驚いたことにグレルもベソをかいていた。
 そうやってゆっくりとフーちゃんから話を聞いていく。
 どうやらフーちゃんは「毎日」あゆみに事情を伝えたらしい。あゆみたちはそのたびにどうにかしようとアクションを起こすのだが、すぐに時間切れになってしまう、ということを繰り返していた、ということのようだった。
 そして、不自然ではあっても時間はそのように流れて――あるいは、戻って――おり、フーちゃんだけがそれに逆らっている、という状態はフーちゃんの身体にかなりの負担を与えたらしく、まもなくフーちゃんはあゆみにコンタクトをとることができなくなった。疲労困憊の状態から立ち直ったのが「数日前」で、「昨日」になってやっとあゆみをキュアエコーにするところまでこぎつけたのだった。
「フーちゃんのおかげだよ」
〈…〉
 エンエンが言ったが、フーちゃんは答えなかった。
「グッジョブだぜ、フーちゃん」
〈フーちゃんは何もしてない…〉
 どうやら照れている。あゆみはほっとした。
 おそらく「何カ月も」フーちゃんをひとりきりにした。しかも、何度も「フーちゃんのことを忘れた」のだ。それがリフレインという妖精の企みのせいで、正確には「忘れた」のではなく、土曜日の午前中をなかったことにされた、ということなのだとしても、だったらしょうがないよね、と言えるようなことではなかった。
(ごめんね…フーちゃん)
 プリキュアになれたこと、グレルやエンエンと会えたこと、そもそも、この町で最初の友達になってくれたこと――フーちゃんには感謝してもしきれないほどのものをもらっている。そのお返しが、「何カ月ものおきざり」だとしたら、とても許されることではなかった。あゆみは、胸の中で「ごめんね」を繰り返した。
〈あゆみ…?〉
 何かに気づいたらしい。フーちゃんが心配そうな声になった。
「それで、あゆみ。どうするんだ」
「え…?」
「え、じゃないだろう。そのリフレインってやつのせいで、この世界がおかしくなっちまってるんだ」
「プリキュアの出番だよね」
「あ、うん」
 あゆみは最低限の身支度を終えると、トートバッグを肩にかけた。グレルとエンエンが飛び込む。
 すこやか市に向かう。そのリフレインとミラクルンに会わなければ。
 腕時計を見る。9時半。間に合うだろうか。
 いや、考えている間に行動だ。あゆみはバタンと音をさせて家のドアを閉じた。

178名無しさん:2020/12/25(金) 00:00:10
>>177
待ってました、makirayさんのキュアエコーSS!
続き楽しみにお待ちしてます!!

179makiray:2020/12/25(金) 22:24:28
Messenger of Light (5/12)
-----------------------
「なんで発車しないんだろう」
 走りながらスマホで経路案内のアプリを起動し、駅に着いたところで調べた。11 時半前にはすこやか駅に着けそうだ。何度か乗り換える。どの列車も定刻通りに進んだ――と思っていたが、あと駅三つ、というところで電車は長い停車をした。
 もう一度、アプリで確認する。待ち合わせがあるダイヤではなかった。
「もう 11 時半だ…」
 確かに、すぐ発車すれば 12 時前にすこやか駅にはつく。だが、それからその時計塔のところまで行かなければならない。あゆみはつかまっていた手すりを握りしめた。
《ご迷惑をおかけしております》
 車内アナウンス。イライラしていたほかの乗客も顔を上げた。
《運行中に異音を検知、臨時の点検をしておりましたが、本車両の運行を見合わせることといたしました》
「え?」
 エンエンもバッグの中で声を上げた。
《お忙しいところ申し訳ありませんが、ホームで次の列車をお待ちください。
 なお、後続の列車は 10 分ほどで到着いたしますが、本車両を移動してからの入線となります。発車には更に 10 分ほどを見込んでおります》
「合わせて 20 分」
 これからの行程がどれだけスムーズに進んでも、正午までにすこやか駅には着かない。
 あゆみは列車を飛び出した。
「どうするんだよ、あゆみ!」
「ここからタクシーで行く」
 間に合うかどうかはわからない。だが、すこやか駅から時計塔に行くのではなく、ここから直行すればすこしは時間を稼げるのではないか。
 あゆみはホームの階段を駆け上がった。

 タクシーのドアに手をかける――
 あゆみは、自分が息を切らせていることに気づいた。
 随分と気持ちが焦っている。リアルな夢だった。
「…。
 違う。
 フーちゃん!」
 グレルとエンエンも飛び起きた。慌てた顔。多分、自分も似たような表情をしているのだろう。
〈あゆみ!!〉
 フーちゃんは、今度は泣かなかった。
 よかった。覚えている。
 あゆみはジャージのままリビングに走った。テレビをつける。朝のニュース番組の隅に表示されている日付は、昨日と同じだった。天気予報も「三日ぶりの晴天」と同じことを繰り返している。
 一昨日はキュアエコーになって、ミラクルライトらしい光を目撃した。
 昨日は、フーちゃんから説明を聞いて、すこやか市に向かった。
 どちらも時間切れにはなったが、今日は初めから、世界はループしているが自分たちだけがそれを知っている、という状態。事態はいい方向に向かっている。今日こそ。それには、昨日とは違うアプローチが必要だ。
 スマートホンを取り上げる。
「まず、みんなに知らせよう」
「ジョーホーキョーユーってやつだな」
‘P’の文字が光で縁取られたアイコンをタップする。四葉ありすがグループ会社に作らせた、プリキュア同士の連絡アプリだ。最初は既存の SNS を使っていたが、利用不能になるというアクシデントが2回起こったところで、一般のシステムではいざという時に役に立たない、ということになった。
 あゆみは、「リフレインという妖精が時間を操っている」というメッセージを最初に流した。中には数カ月ぶりの人もいる。まず全員に、これが時候のあいさつやお花見のお誘いなどではなく、異常事態発生のアラートであることを認識してもらうためだ。詳細の情報を後から付け加える。
「これでよし」
「大騒ぎになるぞ」
「出かける準備をしておこう」
 フーちゃんのエコーキュアデコルを改めて首にかけた。
 どこに向かえばいいのかはまだわからないが、残り時間は少ない。あと2時間半、正午までになんとかしなければ、また同じ一日が繰り返される。

180makiray:2020/12/26(土) 21:54:14
Messenger of Light (6/12)
-----------------------
 だが。
「もう9時半…」
 昨日も一昨日も、8時過ぎに起きて休日出勤をしている母親の代わりに家事をした。今日はなぜ一時間半も遅れているのだ。
「時間の流れに逆らったからかな…」
 エンエンが言った。
 フーちゃんは、リフレインが繰り返した不自然な時間の流れのせいで力を失いかけた。妖精ではなく、人間に過ぎないあゆみは、たった数日で疲弊してしまうのかもしれなかった。
「急がないと」
 どうしても今日中に解決しなければ。
「誰か返事をしてください!」
 あゆみは、スマートホンを叩くようにメッセージを入力した。
《ちょっと待ってね。整理してるから》
 最初に反応したのは水無月かれんだった。
《誰か異常に気づいた人はいますか?》
 これは雪城ほのか。
《ちょっとレスポンスが悪いわね。朝早いし》
 と蒼乃美希。
「でも」
 つい声に出してしまうあゆみ。
《起こしますわね》
 四葉ありすが言ったかと思うと、あゆみの手の中のスマートホンが震え、大きな音が鳴った。こういうときのために、機器の設定を無視して大きな音を出す機能を用意しておいたのだという。
「びっくりしちゃったよ」
「無茶すんなー、あいつ」
《おはよ…》
《ちょっと、どういうこと?!》
《あゆみちゃん!!》
  星空みゆきに続いて、美墨なぎさ、日向咲と次々に入ってくる。挨拶もそこそこに驚きのレスポンスが続いた。
「ごめんなさい、すぐには信じられないと思うんですけど」
《あゆみがそんな嘘で私たちを叩き起こすとは思わない》
《フーちゃんなんでしょ。納得だよ》
《気になるのは、あゆみが見たっていう光ね》
《方角は?》
「西の方…です」
《もうちょっと絞れない? 建物とか目印にして》
「屋上に上がればわかるかも」
《あまり意味はないと思います。ほんの少しの差でも、遠ければ遠いほどずれが大きくなりますから。四葉のチームが伺って精密に測定できればまだしも》
《今からでも迎えない? まだ2時間以上あるわ》
《四葉を出すことには躊躇せざるを得ません》
《なんで?》
《正午になると時間が巻き戻されるのですよね。そのとき、精密機器や大型機械の動作も正常に巻き戻されるのでしょうか》
《だって、今まで何度も起こってるんでしょ》
《例えばのお話ですが。
 ミサイルが着弾する瞬間に時間が戻されたら、そのミサイルは間違いなく爆発せずに発射した基地に戻るのでしょうか》
 またレスポンスが途切れる。
《その電車の故障というのが気になります。ひょっとしたら、完全に戻るわけではないのでは》
《点検なしにずっと走らせ続けた、ってことかもしれないんだね》
《じゃ、急がないと!!》
《一般的な精度の機器を持って陸路で移動、なら可能かと思いますが、装備と車両の再点検をしてからだと》
《明日に持ち越しになる可能性があるわね》
「それはだめです!」
 あゆみはボタンを連打してしまった。“!”がいくつも並ぶ。
《あゆみちゃん?》
 もう、フーちゃんに、忘れられるかも、という思いをさせたくない。それは絶対にだめだった。今日中に解決しなければ。あと2時間で。

181makiray:2020/12/26(土) 21:55:43
Messenger of Light (7/12)
-----------------------
《よろしいですか》
 香久矢まどかだった。星空ひかるたちからメッセージが来ないのはなぜだろうと思っていたのだが。
《今、私たちの前で同じことをおっしゃってる人がいます》
《!》
《平光ひなたさんという方をご存知の方はいらっしゃいますか?》
 またレスポンスが止まる。知らない名前だ。
《沢泉ちゆさんについての情報を求めます》
 ルールー。そう言えば、野乃はなたちからも連絡がなかったのだった。
《プリキュアだとおっしゃっています》
《マジ?!》
《今、どちらですか》
《すこやか市です》
《え、ルールーたちも?》
《揃ってるの?》
《はい。今日はすこやか市の温泉巡りをする予定でした。トラブルがいくつかあって実現可能性は3.8%にまで下がっていたのですが、さらに下がっているようです》
《私たちはキャンプです》
《いいなぁ》
《それどころじゃないでしょ!》
《その方は本物のプリキュアの可能性が高いと思います。
 実は以前から、すこやか市周辺でプリキュアのものと思しき光を観測していたのです。なかなか確証を掴めなかったのですが、実在したのですね》
「じゃぁ、その人たちも、時間が巻き戻されていることを知っているんですね?!」
《なんで気づく人と気づかない人がいるんだろう》
《パートナー妖精が、フーちゃんみたいな力を持っているとか》
《ミラクルンライトのおかげだと言っています》
《ミラクルライトじゃなくて?》
《見せていただきました。よく似た形状です。ミラクルライトの一種とみなして差し支えないと思われます》
《だからあゆみちゃんなんだ》
《ミラクルライトのプリキュアだから!!》
《フーちゃんとあゆみちゃん、最強!!》
 夢原のぞみが、グレルが聞いたら拗ねそうな書き込みをした。
「これからすこやか市に行きます」
 昨日よりスタートが遅い。また車両故障があれば間に合わないかもしれない。だが、昨日までと決定的な違いがある。
 すこやか市にはプリキュアがいるのだ。正午までに合流できれば、必ず事態を変えられる。
《私たちがあゆみちゃんを乗せていく》
「リコちゃん」
《魔法の箒ならもっと早いから》
《フーちゃんと一緒! はー!》
《行ける人だけでも行きましょう。私も坂本の車で向かいます》
《かれんさん、あたしたちを拾ってくれませんか》
《みんな、ミラクルライトを用意して。
 そうすれば、その不自然な時間の流れに巻き込まれずに済む》
 月影ゆりの指示が飛ぶ。
 あゆみは、グレルとエンエンが飛び込んだトートバッグを肩にかけた。

182makiray:2020/12/27(日) 23:01:54
Messenger of Light (8/12)
-----------------------
 あゆみは腕時計を見た。11 時半を過ぎた。間に合うだろうか。
「ごめんね。急いではいるんだけど」
 つかまっている腕の力が緩んだのでそう気づいたのだろう、十六夜リコが前を見たまま言った。
「ううん。ありがとう」
 箒で飛ぶこと自体は魔法の力によるものだが、ワープするわけではない。確かに、街の景色は足元を高速で流れていき、それは列車などよりは早いのだが、飛行機には遠く及ばない。
(お願い。間に合って)
 もう二度とフーちゃんのことを忘れるわけにはいかない。それは、絶対に、だめだ。
「なんか嫌な感じがする」
 花海ことはが険しい表情で言った。朝日奈みらいやリコは感じなかったが、すこやか市が近づくにつれて、ことはの不快感は強くなっていく。
「ひょっとしたらもうプリキュアたちが戦ってるのかも」
 みらいの箒を握る手に力がこもった。変身してから来ればよかった。変身するにはみらいとリコがモフルンを介して手をつなぐ必要がある。飛んでいる間は無理だ。
「見て!」
 あゆみが指さした。グレルとエンエンも肩のバッグから顔を出す。
 すこやか市と思われる場所から、光が伸びていく。
「はー!
 ミラクルライトの光だ!」
「あそこにプリキュアがいるのね」
 つまり戦いは始まっている。
(あの光の下にプリキュアが)
 知らず、リコに掴まっているあゆみの手に力がこもった。
(キュアスターや、キュアエールや…。
 私たちがまだ会ったことのないプリキュアが)
 そしておそらく、ミラクルライトによる応援が必要になるほど、プリキュアは苦戦しているのだ。
「グレル、エンエン」
「うん」
「行くか!」
「待って、あゆみちゃん、ここじゃ」
「今すぐミラクルライトが必要なの!」
 みらいの箒が隣に寄ってきた。
「はーちゃん、前をお願い」
「はー!」
 ことはが先頭を切る。そうしてできた空気の流れの中を、みらいとリコの箒が進む。これでいくらか安定するはずだった。
「リコ」
 みらいの手が伸びてきた。リコは片手を離すとそれを握った。
 呼吸を合わせる。ふたりの箒は、何度か前後したが、やがてぴったりと並んだ。
「あゆみちゃん、今だよ」
「フーちゃん、お願い!」
 グレルとエンエンはバッグを飛び出し、あゆみの肩に乗った。胸元のエコーキュアデコルが輝き、純白の光が三人を包んだ。
「想いよ届け、キュアエコー!」
 キュアエコーは、みらいとリコの箒の上に立った。キュアエコーの手の中のミラクルライト、グレルとエンエンのミラクルライト、エコーキュアデコルの光が強さを増す。
「みんなの光を預けて!」

183makiray:2020/12/28(月) 22:57:23
Messenger of Light (9/12)
-------------------------
「お邪魔します!!」
 雪城ほのかと九条ひかりは、美墨なぎさの部屋に飛び込んだ。彼女たちが今行けるところで一番、高いのがそこだった。
「誰もいないから。早く!」
 サッシを全開にする。
「すこやか市ってどっち?」
 地図で照らし合わせて、ほのかが指さした。
 そちらに向けてミラクルライトを振る。
「あゆみ、頼んだよ!」

「天文台、開けてもらったから」
「え、いいの?」
「急ごう」
 舞は珍しく父に無理な頼みごとをした。理由は、なぎさたちと同じ。彼女たちがすぐに行ける場所で遮る物がないところがそこだった。
 霧生薫・満とともに、すこやか市の方角に向けてミラクルライトを振る。
「お願い、あたしたちの光を届けて!」

「間に合わないわね」
 水無月かれんは何度も時計を見た。
 週末の幹線道路は混雑していた。渋滞とまではいかないが、正午までにすこやか市に着くのは無理なようだった。坂本が、申し訳ありません、と言う。
「気にしないで」
 秋元こまちはミラクルライトを握りしめた。
 春日野うららがミラクルライトを握って目を閉じる。夏木りんが続いて祈る。美々野くるみは、せめてもと車の窓を開けた。
 見知らぬプリキュアに呼びかける。私たちは、あなたの味方、友人なのだ、と。
 のぞみの手の中のミラクルライトの光が強まった。

「学校の屋上に行こう!」
 桃園ラブからの提案を受けると、蒼乃美希は鳥越学園、山吹祈里は白詰草女子学院へと走った。待ち合わせしている余裕はなかった。
 ラブと東せつなは屋上に飛び出すと、さらに管理施設の上へ登る。
「精一杯、頑張りましょう!」
「受け取って、あたしたちの光!」

「中からぁ?」
 来海えりかが、ゆりの提案に大声を上げた。
「この植物園の窓全てをミラクルライトの光で満たすのよ」
「そうか、ミラクルライトだけの光より大きくなる」
 明堂院いつきが力強くうなづいた。
「おばあちゃんもお願いします!」
 花咲つぼみがミラクルライトを掲げた。
「私たちの心の花は絶対に枯れません!」

「揃ったけど…」
 北条響が事情を把握できない様子で言った。
 ミラクルライトの光を届けたい、と相談してみると、調辺音吉は四人を「調べの館」に集めた。館の中に流れている水路が使えると言う。
「心配するな、水と光は相性がいい。
 おぬしらの友達にも水のプリキュアがおるじゃろう」
「すこやか市は海辺の町だって聞いたわ」
 南野奏が言う。調辺アコはうなづくと自分のミラクルライトを水路にかざした。黒川エレンのライトの光がそれに重なる。
「あたしたちのハーモニー、響かせよう!」

「プリキュア スマイル・チャージ!」
 みゆきたちはふしぎ図書館に集まると変身した。ここなら人目を気にする必要はない。プリキュアになれば光の力を最大限に発揮できるはずだ。
「あゆみちゃんならきっとやってくれるよ」
「うちらはうちらのできることをやる」
「私たちだってヒーローなんだから」
「直球勝負だよ!」
「これが私たちの道です!」

184makiray:2020/12/28(月) 22:59:00
Messenger of Light (10/12)
--------------------------

 剣崎真琴はカメラの前に立っている相田マナたちにサインを送った。今だ。
 配信ライブのクライマックス。マナたちは見学の予定だったが、戦っているプリキュアたちの応援に向かった方がいいのではないか、と結論が出かけたとき、菱川六花が「いい考えがある」と言った。
 真琴のサインを合図に、タイミングを揃えてマナたちがミラクルライトを振る。急いで集めたおそろいのコスチューム、四人の姿がシルエットでカメラに映る。五つのライトの光が全世界に配信されていった。
「ともに上のステージにまいりましょう!」

「プリキュア くるりんミラーチェンジ!」
 キュアラブリーたちはブルーに導かれてクロスミラールームに入った。
 真琴のライブで配信されるミラクルライトの光は、世界中に届きはするが、一般の通信回線を通るので決して強くはない。クロスミラールームを通じて世界中のプリキュアと連携、彼女たちのミラクルライトの光と、配信を映し出しているモニタから発せられるマナたちのミラクルライトを共鳴させる、という作戦だった。
「プリンセス、ヨーロッパをお願い」
「ラジャー!」
 キュアハニーがアメリカ、キュアフォーチュンがアフリカとオセアニア、キュアラブリーがアジアを担当する。
「今こそ、あたしたちの愛とラブとラブリーを!!」

 できれば高いところがよかったが、いかに海藤みなみが信頼篤い生徒会長でも、普段は施錠されているノーブル学園の時計塔の開錠許可を、理由の説明なく緊急に得るのは難しかった。
「そうだ、海は?」
 天ノ川きららが叫んだ。
「さすがです、きらら」
「だてに何度も海を越えてません」
 紅城トワの言葉に、きららは「にひ」と笑った。
 みなみが駆け出す。春野はるかも続いた。
 理屈は響たちと同じ。海は世界中につながっている。学園の前の海をミラクルライトの光で満たすことができれば、それは当然、すこやか市にも届くはずだった。
「咲き誇れ、あたしたちの光!」

 宇佐美いちかがいちご坂を駆け上がる。剣城あきらが追い越していった。彼女には珍しく、いちかを見向きもせず走っていく。今は、誰が一番かは重要ではない。とにかく一秒でも早く光を届けなければ。有栖川ひまりも必死の表情だった。
 いちご山の頂上。あきらがミラクルライトをかざした。次にたどり着いた立神あおいが荒い息のまま続く。
 妖精たちが、何事かと顔をのぞかせた。
「あなたたちも祈って!」
 琴爪ゆかりが叫んだ。
 キラ星シエルがライトを点灯させる。
「これでパルフェよ!」

 その光はすべてそれぞれの頭上へ延びて行き、世界を覆っていく。濃淡を持って揺れる光の波は、まるで太陽の表面で踊るプラズマのようだった。
 キュアエコーが高々とミラクルライトを掲げる。グレルとエンエンも続いた。
 ミラクルライトが熱を持っている。世界中の光に呼応しているのだ。あとは、その光をすこやか市に導くだけだ。
「世界に響け、みんなの想い!
 プリキュア ハートフル・エコー!!」
 ミラクルライトを持った手を前に伸ばす。
 世界を覆った光が、一斉にすこやか市へと向きを変えた。

185makiray:2020/12/29(火) 22:14:37
Messenger of Light (11/12)
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「あ、あゆみちゃん」
「みらいちゃんもお花見ルン?」
「ここで会えるなんて、キラやばー!」
 すこやか市の学校跡。
「あの…解決した?」
 みらいは、天宮えれなに耳打ちした。
 ひかるたちは桜の木の下にシートを広げて花見の真っ最中だったのである。
「あ、うん。おかげさまで」
「のぞみ先輩なのです」
 学校前の道に、水無月家の大きな車は入れなかった。のぞみたちは途中から徒歩でやってきた。
「やっぱり間に合わなかったわね」
「間に合ったんじゃないですかね。お花見には」
 かれんが悔しそうに言うと、りんが混ぜ返した。
 その様子を、花寺のどかは、友だちの多い人たちだなぁ、と思いながら見ていた。
「あ、のどかちゃん、紹介するね」
 お互いの自己紹介の後、はなが付け加えた。
「さっきの光は、あゆみちゃんの光なんだよ」
「え?」
「あゆみさんがキュアエコーなんです」
 薬師寺さあやが、微笑みながら言った。
「あ――」
 さっき説明を受けた。世界中のプリキュアがミラクルライトを使って光を生み出した。それをキュアエコーが誘導したのだ、と。
 この栗色のツインテールの少女がキュアエコー。
「ありがとうございます!」
「やめて、やめて」
 あゆみは笑いながらものどかの体を起こした。沢泉ちゆがやはり会釈をしていて、平光ひなたが手を振っていた。照れくささを感じながらも、あゆみも会釈を返した。
(私は、自分の役割を果たしただけ――)
 いや、それは違う。おそらく今回は、プリキュアの力を利用した、と言う方が正しい。
〈あ…。
 ミラクルンと…リフレイン〉
「え?」
 あゆみはフーちゃんの声に声を上げた。時計台の上に影が二つ。大きな方がリフレイン、小さな方がミラクルン。あゆみはとっさにフーちゃんのエコーキュアデコルを両手でかばった。
「どうしたの、あゆみちゃん」
「リフレインが時計台の上に」
「見えるの?!」
「だって――」
 あゆみはのどかと時計台を何度も見た。のどかたちには見えていないのか。
「もう大丈夫」
 のどかが言った。
「坂上さんが届けてくれた光でリフレインのお手当ては終わったから。もう、時間を勝手に巻き戻したりはしないと思う」
「…」
 そういうことなのだろうか。確かに二人の姿はぼやけ始めている。
〈フーちゃんには見える。でも、本当はあゆみたちには見えないはず〉
 リフレインとミラクルンの姿の向こうに学校の古い屋根が透けて見えるようになった。リフレインは静かな表情でこちらを見ていた。ミラクルンが小さな手を振る。
 そうか。時間の妖精の本来の姿は、人間には見えないものなのか。
 だとすれば今見えているのは、フーちゃんの力を借りているからか、それともミラクルンライトを生み出した妖精と「ミラクルライトのプリキュア」との間になんらかの共通点があるからなのか。
 あゆみは小さく手を振った。ミラクルンが笑ったような気がした。やがてどちらの姿も見えなくなった。

186makiray:2020/12/29(火) 22:21:21
Messenger of Light (12/12)
--------------------------

〈あゆみ〉
「なに?」
〈フーちゃんは怒ってない〉
「…」
 グレルとエンエンが辺りをうかがいながらバッグの縁に登ってきた。
「怒ってもいいんだぞ」
「僕たちのためにフーちゃんが――」
〈怒ってない〉
「うん」
 ありがとう。そして、ごめんなさい。
 私は忘れない。フーちゃんに悲しくて悔しい思いをさせてしまったこと。
 独りぼっちがどれだけ辛いかを知っている自分が、大好きな友だちを独りぼっちにしてしまったことを。
(絶対に忘れないから)
〈怒ってない〉
「うん…」
 グレルとエンエンも困ったように顔を見合わせた。
〈それよりフーちゃんもみんなに紹介してほしい。
 みんなと友だちになりたい〉
「わかった。
 妖精さんたちにも紹介してもらおうね」
 さっきからユニが呼んでいる。しびれを切らしたのか、輝木ほまれが迎えに来た。
 ほまれに手を引かれ、あゆみは仲間たちのもとへ急いだ。

187makiray:2020/12/29(火) 22:23:45
以上です。
お騒がせしました。

188名無しさん:2020/12/30(水) 09:34:20
>>187
楽しませて頂きました!
キュアエコーが、プリキュアみんなの輪の中に普通に居るってだけで凄く嬉しい。
今回のフーちゃんは何だかいじらしいです。

189ゾンリー:2021/05/29(土) 21:20:50
こんばんは、ゾンリーです。
「映画 ヒーリングっど❤プリキュア ゆめのまちでキュン!っとGoGo!大変身!!」のSSです。
ネタバレありですので、DVD含めこれから映画を観る方はご注意下さい。
2レス使わせて頂きます。

190ゾンリー:2021/05/29(土) 21:22:43
 柔らかい毛布のぬくもりを感じながら、私は目を覚ました。腕を枕にして突っ伏していたからか、麻痺してるのかどうにも腕の感覚が薄い。大きく伸びをして感覚を取り戻していると、とある人物と目が合った。
「あら、お姫様のお目覚めね」
「おはようございます……ふあぁ」
 静かに食器を片付けるこの人こそ、のどかちゃんのお母さん――花寺やすこさんだ。
「……早起きなんですね」
「慣れているだけよ。まだみんな起きるまで時間あるでしょうし、寝ててもいいのよ?」
「ううん、手伝います」
 やくそく通り開かれた私のお誕生日会。楽しい楽しいパーティーは夜遅くまで続き、私もお母さんものどかちゃんたち皆も、いつの間にか眠っていたらしい。
 ……その反動で、部屋はひどい有様なんだけどね。
「じゃあ、こっちのゴミを纏めてもらえるかしら」
 手渡されたコンビニエンスストアのレジ袋に、次々とお菓子の空き袋やらを入れていく。
「手際がいいわね。お家でもよくお手伝いしてたの?」
「お母さん、研究に夢中になるとすぐ散らかしちゃうから」
 そう言って苦笑しながら、セレブ堂シュークリームの空き箱を畳む。「箱は潰してから捨てる」お片付けの常識だ。
 散らかったゴミを纏めれば、随分と部屋がすっきりした。
「……このくらいだったら、みんなが起きてからでも大丈夫そうね。そうだ、ちょっとお散歩にでも付き合ってくれないかしら? 朝ごはんも買いに行かないといけないし」
 優しく微笑みかけるおばさま。私はお母さんがまだ熟睡しているのを確認して、大きく頷いた。時刻はまだ午前六時半前。設えられたメモ紙を置手紙にして、私たちはホテルの一室を後にした。

 高く、まだ日が昇りきらない白んだ空。海沿いの公園を私たちは歩く。吹きすさぶ、強いくらいの潮風が寝ぼけ頭に心地よい刺激になっていた。
「この時間でも、やっぱり人はそこそこいるのね」
 公園には散歩に来た人くらいしか見当たらないけど、少し遠くに目をやれば、スーツ姿のサラリーマンが何人も歩いているのが確認できた。
「うん、そろそろ通勤ラッシュ……私も学校に行くときぎゅうぎゅうに押されて、もう大変で」
「あら、すこやか市にくればそんなこと無くなるわよ?」
「ホント? 行ってみたいなぁ……!」
「大歓迎。いつでもいらっしゃい」
 未だ見ぬのどかな風景に想いを馳せながら、それでも愛しいこの街を港越しに眺める。ゆめアールの大規模実験が終了して一日。街はいつもの風景を取り戻していた。
「……この前は、大変だったわね」
 手すりに体重を預け、おばさまが静かに問いかける。おばさまは、私が夢の力の精霊――人間じゃないことを知らない。それなのに心配してくれたのが嬉しくて、でもお母さんの想いが伝わって無いっぽいのが悔しくて、私は息を漏らした。
「うん、ちょっとだけ。でも、私はお母さんの研究を応援する。これからも、ずっと」
 欄干に佇んでいたカモメが一羽、群れを見つけて羽ばたいていく。目で追った先にある太陽が眩しくて、染みた。
「そう……よね」
「だから、また東京に遊びに来てください! その時はもっとすごいゆめアールを見せますから!」
 これはお誘いと、自分への決意。研究を絶対に成功させて、お母さんのイメージアップを実現する。名付けて「お母さんキラキラ大作戦」! ……ちょっとダサいかな? まあいっか。
 私の熱量に押されたのか、おばさまの表情に笑顔が戻る。私は朝の空気を目いっぱい吸い込むと、それに負けじと大きく口角を上げた。
「そろそろ戻りましょうか。のどかたちもそろそろ起きるんじゃないかしら」
「朝ごはんも買わないと、ですね!」
 少し短くなったシェルピンクの髪を揺らしながら、市街地を歩く。港沿いの公園から数分、私行きつけのパン屋さんにたどり着いた。
「ここのサンドイッチ、すごく美味しいんですっ」
 ショーケースに並んだ、色とりどりの断面。まだ目が覚めて間もないのに、どんどん食欲がわいてくる。
「確かに、すごく美味しそう! カグヤちゃんはどれが好き?」
「えーっと、たまごも好きだし……あ、この海老カツもプリプリで美味しいんですよ! のどかちゃん好きそう……ひなたちゃんはこの照り焼きチキンとか?」
 そんな調子で夢中でショーケースを覗いていると、店内で流れるラジオが七時を告げると同時に、私のお腹が盛大に鳴った。
「……ぅ」
「うふふ。それじゃあさっきのやつと……これとこれ、あとこれもお願いします」
「あいよっ!」

191ゾンリー:2021/05/29(土) 21:23:16
 袋いっぱいに入ったサンドイッチを受け取って、再びホテルへと向かう。
「あらほんと、急に人が増えてきたわね」
 行き交うスーツ姿の人、人、人。駅の近くを通るときには、まったり横並びでーなんて言ってられないくらいに混んでいて。
「私のクジラさんで行きます?」
「あら、そんなことしたら目立っちゃうわよ?」
「あ……そっか」
 この人混みの中を空飛ぶクジラで一飛び。きっとすごく盛り上がるんだろうけど、それで騒ぎになったらもっと混み合っちゃうもんね。
「さ、そろそろうちの眠り姫達はお目覚めかしら」
 自動販売機であったかいカフェオレを七本(!)買ってから、エレベーターで上がっていく。数十分ぶりにホテルの部屋へ戻ると、ちょうどのどかちゃん達が目を覚ましたところだった。
「んぁれ? カグヤちゃん起きてたんだ……ふわぁ」
「おはよっ、のどかちゃん」
「んー……おあよーみんなーおやすみー」
「ほら、ひなた二度寝しないの。おはようございますカグヤちゃん、おばさま」
「二人とも、随分と早起きされたんですね」
 ひなたちゃん、ちゆちゃん、ひなたちゃん、アスミちゃんも、続けて起き上がる。
「あとは……」
 黒いポロシャツ姿でコクンコクンと船を漕ぐ、私のお母さん。
「おかーさんっ、みんな起きてるよ!」
「ん? あ、ああもちろん起きてるぞ……はうあっ!」
 目覚まし代わりに、熱々の缶をおでこにピタリ。その様子がおかしくって、みんな一斉に笑い出す。
「カグヤぁ……」
「えへへ、目が覚めたでしょ?」
「覚めたには覚めたが……むぅ」
 どこか不満そうなお母さんの手を引っ張って、大量のサンドイッチが並ぶテーブルへ。
「さあ、好きなものを取って頂戴」
「あったしこれー! 照り焼きチキン!」
「お、カグヤちゃんの予想通り」
「うそマジ? エスパーじゃん!」
「じゃあカグヤはこれか? 人参たっぷりサラダ」
「た、食べれるもん!」
 強がってみたけど、やっぱり別のにしておけばよかったと一口で後悔。お母さんめ、仕返しのつもりだ。

 そういえば、と置きっぱなしの置手紙を手に取る私。大きな窓からはさっきまで散歩していた公園が遠くに見えた。流れる水は変わることなく煌めいていて、空木に小さな撫子色の花が咲いている。

(うん、生きてるって感じ!)

 いつの間にか横にいたおばさまと笑い合う。
 私の心には、今日もすこやかな風がそよいでいた。

192ゾンリー:2021/05/29(土) 21:24:09
以上です。どうもありがとうございました!
(ネタバレありですので、ご注意を!)

193ゾンリー:2021/05/29(土) 21:26:42
書き忘れた💦
タイトルは「空木に撫子色浮かべて」です。

194名無しさん:2021/05/31(月) 22:41:04
>>190
>>191
匂いや彩り、光が漂ってくる、良い作品でR

195ゾンリー:2021/11/23(火) 22:23:03
こんばんは、ゾンリーです。
引き続き「映画 ヒーリングっど❤プリキュア ゆめのまちでキュン!っとGoGo!大変身!!」のSSです。
長くなったので前後編に分けました。
まずは前編、投稿します。5、6レス使います。

196ゾンリー:2021/11/23(火) 22:25:12
「空と春(前編)」


 爽やかな風が髪を揺らす。ガタンと小さく車が揺れた衝撃で、私──我修院カグヤは目を覚ました。
視界いっぱいに広がる緑と青。その清々しさは、寝ぼけた私の意識を覚醒させるのに十分すぎる程で。
「わぁ……!」
「ようやくお目覚めか。もう入ったぞ、ここがすこやか市だ」
 車のルームミラー越しに笑いかけるのは、私のお母さん──我修院サレナ。
 私たち二人とたくさんの荷物(現に私が座っている後部座席の八割も、段ボールに浸食されている)を乗せた軽自動車は、軽快に……とは言えない乗り心地で前進していく。
(のどかちゃんたち、驚くかな?)

 時は一ヶ月ほど前に遡る。
「こうすれば何とか……しかしそれだとカグヤの学校が……」
 仄暗い部屋でひとりパソコンとにらめっこするお母さん。何かに行き詰まると、それなりの声量で独り言を言うのはいつもの癖。もう、前と違って隣に人が住んでるっていうのに。
 ゆめアールの一件以降、私達は住んでいた家を引き取って、都内のマンションで暮らしている。お母さんは「窮屈な思いをさせるな」って謝ってたけど、私にとってはこのくらいが丁度いい……というか元々が広すぎたんだよね。
「どーしたの? お母さん」
 さて、私関係なら無視するわけにいかない。部屋の明かりを点けてから、私はお母さんに話しかけた。
「ん? あぁ、いや、実は精霊……エレメントに関する現地調査の目途がようやく立ったんだが、時期がな……」
「時期?」
「現地調査は三週間。本来ならカグヤの夏休みに合わせておきたかったんだが、一か月後しかスケジュールが合わせられそうにないのだ」
 パソコンに表示された予定びっしりのカレンダー。一か月後というと、三学期の終わりごろと春休みの始めが重なるあたり。
「うーん……」
 私がここで「三週間くらい一人でも大丈夫だよ」なんて言えたらカッコいいんだろうけど、恥ずかしながら料理も洗濯もまだまだ一人じゃ満足にできないのが現状。
「でもさお母さん、春休みも重なるし、二週間くらいなら……学校休んでもいいんじゃない? なんて」
「……」
 あれ? 冗談のつもりだったのに、真面目に考え込み始めたお母さん。そしてまた漏れる独り言。
「確かに、撮影の仕事と言い張ればなんとかなるか……? いやしかし成績に影響が……となると学校へ行くのは必須。待てよ? 別段今通っている学校である必要は無いのだ。よし、カグヤ、転校だ!」
「えええええ?」
 あまりにも話が飛躍しすぎて理解が追い付かないけど、要するに「現地調査の間だけ近くの中学校に転校する」ってことでいいのかな。
「よし、こうしては居れん、早速必要書類をまとめなくては。カグヤも荷物を纏めておいてくれ」
「う、うん」
 ドタバタといろんな所に連絡を入れ始めたお母さんを邪魔したくなくて、部屋に戻ろうとする私。でも一つだけどうしても気になっちゃって、お母さんの方に振り向いた。
「現地調査って……どこなの?」
 お母さんの手が止まる。刹那、待ってましたと言わんばかりに眼鏡が鋭く光った……気がした。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたな。現地調査の場所、それは……」

「すこやか市、着いた〜!」
 車から降りると、私は全力で身体を伸ばす。全身で感じる優しい風は、まるで私たちを歓迎してくれているようだった。
「数時間揺られっぱなしだったもんな。疲れただろう」
「ううん、お母さんこそ運転お疲れ様」
「……あの子たちに会いに行くか?」
 途端、お母さんの目が優しくなる。現地調査だなんて言ってたけど、半分くらいは、私をのどかちゃん達と会わせるのが目的なのかもしれない。けれど、私は静かに首を振った。
「今日は日曜日だし、どこか出かけてるかも。それにね、折角なら……とびきりビックリさせたいじゃない?」
 お母さんに向かって得意の目元ピース! そして小さいポーチから一枚の紙を取り出す。そこには「お客様控え」の文字と「すこやか制服店」のロゴが。
「私、取りに行ってくるね!」
「一人で大丈夫か?」
「だいじょーぶ。地図アプリだってあるし、お母さんと違って方向音痴じゃないもん!」
「流石だな。何かあったら連絡するんだぞ」
 スマートフォンとお財布、制服注文の控えをショルダーバッグに入れて、私は駆け出した。
 知らない景色、どこか懐かしい風。まだ太陽は沈む素振りを見せたばかり。
 ここから三週間、どんなに楽しいことが待っているんだろうか。それを考えただけで胸の奥からワクワクがどんどん湧き上がってくる。
 スマートフォンに表示されたマップはまるで宝の地図。私は時折身体をくるくるさせて向きを確認しつつ、探索ついでに進んでいく。のどかな自然公園に、東京とはまた違う賑わいを見せる商店街。

197ゾンリー:2021/11/23(火) 22:25:44
「すごいすごい、生きてるって感じ!」
 すっかり伝染ってしまった口癖を零しながら、商店街を一つ一つ見て回る。すっかり地図アプリはスリープ状態に入っており、私の目の前にはおいしそうに蒸しあがった饅頭の湯気が広がっていた。
「お、ここらじゃ見ない顔だね。お一つどうだい? すこやか市名物、すこやか饅頭」
「じゃあ……一つと言わず二つ下さい!」
「ぬおっ? そんな顔で言われちゃあ断れねえ。ほれ持っていきな! ただし、美味しかったらお友達にも宣伝してくれよ?」
 コンビニエンスストアの肉まんよろしく、紙に包まれたすこやか饅頭が二つビニール袋に入って手渡される。
「もっちろんです! ありがとうございますっ!」
 受け取った饅頭をカイロ代わりにして再び歩き出しす私。そこから数分ほど歩いただろうか。ついに目的の制服店へとたどり着くことができた。
「我修院さんね。用意できてますよ」
「よし、これで私も……!」
 店員のおばさんから受け取ったのは、ビニールに包まれたすこやか中の制服。ピーコックグリーン──クジャクの羽のような緑色を基調にしていて正に「健やか」って感じだ。
「来年度から中学生? 頑張ってね」
 う、密かにコンプレックスにしてることを突かれた……「もう中学二年生です!」って反論したかったけど、おばさんの慈愛に満ちた笑顔に押されてなにも言えなかった。
「ありがとうございましたあ」
 制服店を出ると、空は真っ赤に染まっていて。
「そろそろ帰らないとだよね。お土産いっぱいになっちゃった」
 制服店のおばさんから持たされたジュースやお菓子でバッグが重い。両手で制服を大事に抱えて、私は来た道を戻っていく。
(のどかちゃん、どういう反応するかな……? ふふっ、思わず「えー?」って叫んじゃったりとか! あ、でもそれはひなたちゃんかも。ちゆちゃんは……)

 太陽が海岸線の彼方に沈んで、薄明の空に細い月が浮かぶ。

 この月が沈めば、また新しい一日が始まるんだ。

 私は太陽に「またね」と月に「こんばんは」を語り掛けて、もう一度彼女の口癖を真似てみた。




「生きてる……って感じ」


 翌日。目覚ましよりも二十分早く起きた私は、起きるや否やベッドを飛び出し、冷え込んだ部屋のカーテンを勢いよく開いた。寒過ぎて太陽の暖かさはまだ感じられないけど、すこやか市に来て初めて迎える朝は明るくて、眩しくて。
 壁にかけられた制服を背伸びして取って、早速腕を通してみる。長袖のブラウスにある袖のボタンをとめて、ジャンパースカートの構造にちょっとだけ悪戦苦闘。
(あれ? ここのボタンがここで……うぅ、こんなことならもったいぶらずに昨日着ておけばよかった)
 なんとか着替えを終えて、寝癖たっぷりの髪の毛をセットし終えたところで、止め忘れていた目覚ましがジリリリと鳴った。
「……よし!」
 すっかり上った太陽に照らされる部屋を後にして、通学カバンを持ってリビングへ。併せて設われたキッチンでは、お母さんが慣れない手つきで卵焼きを焼いている最中だった。
「おはよう、お母さん」
「おはよう。ふふ、よく似合っているぞ」
「えへへー」
  ・
「忘れ物は無いか?」
「何回も確認したよ。お母さんこそ大丈夫? 何か忘れてても私届けに行けないよ?」
「あぁ。カグヤを見習って私も確認したからな」
 東京から持ってきた、使い慣れたローファーに履き替えて、お母さんと二人外に出る。
 お互いに「行ってきます」を言って、私は中学校の方へと歩き始めた。海岸線から少しずつ山の方へ近づくにつれ、同じ制服を着た人が増えていく。
(あ)
 角を曲がって、ひらけた視界のその先に、私は見慣れた人かげを見つけた。見つからないよう細心の注意を払って、その三人組に近づく。
「のどかっちー! ちゆちー! 大ニュース大ニュース??」
「おはよーひなたちゃん」
「どうしたの? 藪から棒に」
 ハイテンションのひなたちゃんがのどかちゃんとちゆちゃんの元へ駆け寄る。
「ウッソ、私そんなに感情無い??」
(?)
「ひなた、それを言うなら『ぶっきらぼう』。藪から棒って言うのは『いきなり』とかそういう意味」
「おぉ?なるほど! さっすがちゆちー!」
「それでひなたちゃん、大ニュースって?」
 心当たりがあり過ぎて、立てている聞き耳がピクンと動く。

198ゾンリー:2021/11/23(火) 22:26:19
「そうそう大ニュース! なんと、今日うちのクラスに転校生が来るんだって!」
(! さっすがひなたちゃん、情報早いなー)
「ふわぁ?! 一体どんな子なんだろうね」
 後ろ後ろ、ここに居ますよー……って言いたいのをグッと我慢して、歩いていると、いつの間にか校門がすぐそこまで迫っていた。
 私は少しずつのどかちゃん達と歩調をずらし、気づかれないように校門をくぐった。
「……またね」

八時三十五分、朝のHRを告げるチャイムが鳴る。私は円山先生に連れられて教室の少し手前まで歩いてきた。
「それじゃあ、しばらくしたら先生が合図するから」
 そう言い残して先生は教室の中へ。一人取り残された私は、自分の鼓動が急速に早まっていることに気づいた。
(ワクワクしてる……それとも緊張? ふふっ、どっちもかな)
「はい席についてくださーい」
「せんせー! 転校生が来るってほんとですかー??」
 教室の外からも聞こえるひなたちゃんの声。それは私に「早く教室に入りたい」とより強く思わせるには十分で。
「平光……ちゃんと紹介するから、まずは席について」
 否定しなかった先生の言葉に、もっとざわつく教室。それも一瞬で収まって、すこやか中学校のHRは順調に進んでいく。
「……えー、それじゃあ、平光の言う通り転校生を紹介します。親御さんの都合で今日から修了式までの丁度二週間ですが、皆さんと一緒に勉強するお友達です。それじゃあ入って」
 ガラガラガラと木製の引き戸が開かれて、みんなの姿が目に入る。手を当てた心臓のバクバクが最高潮に達して、自然と口角が上がった。
「おはようございます!」
 クラスの生徒全員から集まる視線。モデルのお仕事で慣れっこなはずなのに、妙にソワソワしてしまう。
 教室前方から見て右奥にのどかちゃん達を見つけて、少しだけ肩の力が抜ける。……代わりに彼女達がすごく驚いてるようだけど。
「それじゃあ、自己紹介を」
「我修院カグヤです。東京から来ました。えっと……短い間ですけど、よろしくお願いします!」
 拍手もそこそこに、教室内が再びざわつき始める。「カグヤちゃんってあのゆめプリの?」「うっそ、サイン貰わなきゃ」えとせとらえとせとら……。
「それじゃあ席は花寺の後ろで。あ、でも教科書がないのか」
「先生、それじゃあ今日だけ私の隣でもいいですか?」
 のどかちゃんがそう発言して、後ろにある机を動かす。私とちゆちゃんとのどかちゃん、三人横並びのような感じだ。
「ふわぁ、ビックリしたよぉ」
「こっちに来るなら連絡してくれればよかったのに」
「えへへ」
「カグヤちゃんと一緒とかメッチャ嬉しい!」
 暖かみのある木製の机に荷物を下ろして、椅子に座る。東京の学校で座っていた椅子とは全然座り心地が違ったけど、ずっと立ちっぱなしだった体には丁度よくて、私は悟られないように四肢の力を抜いた。
「なんだ、知り合いだったのか。それなら、昼休みにでも学校の案内をお願いできるかな?」
「「「はい!」」」
 四人で笑いあって、再びHRが進んでいく。ワクワクは未だ衰えることのなく私の中から溢れ出してきて、東京の学校とは変わらないチャイムでさえも、愛おしく感じた。

「それじゃあ号令をお願いします」
「きりーつ、礼」
「「ありがとうございましたー」」
「んーーー四時間目終わったぁ!」
「カグヤちゃん、内容分かった?」
「うん、向こうでもうやった内容だったから」
 他愛もない話をしながら、教科書やノートを片付ける。四時間目が終わったということは、みんな大好きお昼休みの時間!
「ねぇ、のどかちゃん達はいつもどこでご飯食べてるの?」
「天気がいい日はお外のベンチかなぁ」
「カグヤちゃんも一緒に来るよね!」
 いの一番にお弁当を取り出したひなたちゃんが振り返る。
「もっちろん!」
「学校の案内もしないといけないし、丁度いいわね」
 四人で教室を出ようとすると、扉の外に大きな人だかりが。のどかちゃんと二人「何だろう?」と首をかしげながら近づくと、何故か視線はこちら側。
「ちょっちょっちょ、のどかっちカグヤちゃんストーップ!」
「「?」」
「あの人だかり絶対カグヤちゃん目当てだって!」
 確かに、目線はのどかちゃんというより私向き。中にはペンとノートを掲げてる人まで。
 のどかちゃんもそれに気づいたようで、少し顔を引きつらせて「どうしようっか」って尋ねてきた。

「うーん、じゃあ全部対応しちゃおう!」

199ゾンリー:2021/11/23(火) 22:27:21

「「「「いただきまーす……」」」」
 結局、私達が解放されたのはお昼休みが終わる十分前。三人とも突発的なサイン&握手会の手伝いをしてくれて、何とかお弁当までありつけた。
「ふわぁ、大変だったね……」
「アハハ……ごめんね、手伝ってもらっちゃって」
「全然かまわないわよ。放課後まで人だかりができるほうが大変だし」
「そうそう、ちゆちーの言う通り! ……てゆーか、ベンチめっちゃ狭くない?」
 裏庭のベンチ一脚に、ぎゅうぎゅうに座る私達四人。ひなたちゃんのツッコミにごもっともと思いつつ、久々に触れる彼女たちの体温が懐かしくて温かくて。私は楽しみにしていた玉子焼きを大きく頬張った。
 木枯らしが凪いで、木漏れ日が笑い合う私達を優しく包む。ずっとこんな時間が続けばいいな……って思ったけど、お昼休みはもう残り僅か。急いでお弁当を食べ終わったところで、終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
「そうだ、今日から掃除場所変わったんだった。私……どこだっけ?」
「私とひなたは体育館でしょ。ということだから、また教室で」
「うん、またね」
 二人が体育館の方に歩いて行って、私とのどかちゃん、二人きり。まだ掃除当番は知らさせてないけど、のどかちゃんの提案で、彼女と同じ教室掃除をすることに。
「ここって、お昼休みの後に掃除なんだね」
「カグヤちゃんのところは違うの?」
 児童玄関で靴を履き替えて、再び教室へ向かう。
「うん、こっちは六時間目終わってからなんだ。お仕事が入ると途中で抜け出すことが多かったから、先に授業やってくれてありがたかったなぁ」
「へぇー、ん? そういえばモデルのお仕事は? ここから東京に行くのってすごく大変なんじゃ……」
「うん。だからここにいる間のお仕事は全部終わらせてきた! 結構大変だったんだよ?」
 二階へ続く階段を上って、少し歩く。窓から見えた教室内ではもう既に机を後ろへ運んでいる最中で、私達は少し急いで掃除用具入れから箒を手に取った。

 あっという間に五時間目と六時間目が終わって、放課後。ちゆちゃんは部活、のどかちゃんは委員会のお仕事があって、学校案内はひなたちゃんと二人で行くことに。
「んでー、ここが家庭科室! 昨日調理実習でシフォンケーキ作ってさ、それがメッチャ美味しかったの!」
「いいなぁ、私も食べてみたかったー」
「え、じゃあさじゃあさ、作ったの家に余ってるから食べに来ない?」
「いいの?」
「もち! のどかっちもちゆちーも誘ってさ、そんなに遅くまで居れないかもだけど……プチパーティしようよ!」
「パーティ?」
 パーティ。その言葉を聞いただけで、胸が高鳴る。
「いよーっしそれじゃあ張り切って次行こー!」
「おー!」
 家庭科室を後にして、歩く廊下が木の板からコンクリートに変わった。

「「「「かんぱーい!」」」」
 部活と委員会を終えた二人と合流して、向かったのはひなたちゃんのお姉さん――平光めいさんがやっているカフェワゴン。テーブルの上に出されたのは、昨日三人が作ったというシフォンケーキと、このカフェの名物、グミ入りというワンダフルなジュース。
「カグヤちゃんどう? この町は」
「とっっっっっても素敵! みんな凄く生き生きしてて、見てるだけでこっちまで元気いっぱいになっちゃう」
「よかったぁ」
「ふふ、のどかもすっかりすこやか市民ね」
 そっか、のどかちゃんもすこやか市には引っ越して来たんだっけ。ふざけて「のどか先輩」なんて言ってみたら、途端に顔を紅潮させて、かわいかった。
「あー、アスミンやニャトランたちにも会わせてあげたいなー」
 そう言って、ジュースを飲み干すひなたちゃん。器用にストローでグミを口に頬張った。
「仕方ないわよ。そう簡単に何度もヒーリングガーデンには行けないし……」
「向こうにはエゴエゴとクジラさんが行ってるよ。ちゃんと仲良くできてるかな……?」
「「「あー……」」」
 あはは、だよねー。でも、エゴエゴもお母さんの協力に意欲的だし、クジラさんも居るからきっと大丈夫。
「でも三週間だけかー……もっと長かったらいいのに」
「私もそうしたいんだけどね。でもさ、また絶対来るよ! あ、でも皆にもまた東京に来てほしいな」
「行く行く絶対行く!」
「私も!」
「私も」
 よかった。あの一件以来、東京に行きたく無いって思われてたらどうしようって思ってたけど、どうやら杞憂だったみたい。小さな肩の荷が一つ降りて、胸のあたりがスッと軽くなった。
「お嬢さん方?、宴もたけなわですけど、そろそろ閉店の時間ですよー」
 その後も他愛のない話に花を咲かせていると、めいさんに声をかけられてはっと時間を確認する。五時四十五分、もう帰らないと「学校で色々あって」とは言い訳し難くなる時間だ。

200ゾンリー:2021/11/23(火) 22:27:51
「わ、本当。それじゃあ、また明日ね!」
 お土産にと持たされた大量のシフォンケーキ(一体どれだけ作ったんだろう……)を手にして帰路につく私達。「また明日」の言葉がなんだか嬉しくって、砂利道を進む感覚を噛み締めながら、私は明日も訪れる学校生活に思いを馳せた。

「ただいまー……って、お母さん今日遅いんだっけ」
 電灯に照らされたテーブルの上には置き手紙とお金。プロジェクトの決起集会で食べて来るって言ってたこと、すっかり忘れちゃってた。
「うーん、どうしよう?」
 地図アプリを起動して、飲食店で検索。惣菜店はギリギリ閉まってて、他のお店は料亭だったり居酒屋だったり、中学生一人で行くのには結構ハードルが高い。

 外食は諦めてお弁当にしようとスーパーで再検索をかけようとしたその指を、呼び鈴の音が遮った。
「はーい」
(宅急便、お母さん頼んでたかな?)
「ごめんくださーい」
 ドア越しに聞こえたのは、予想外な子供の声。驚きつつもドアを開けると、そこには小学生くらいの女の子。愛くるしい二つ結びで、手にはお鍋が握られていた。
「あれ? あなた確か……」
「あ、えっとえっと、私、隣に住んでる……」
 そのキーワードでビビっときた。
「りりちゃん!」
「!」
 私とお母さんが越してきたのは、こじんまりとした小さなレンガ造りのアパート。そのお隣さんとして昨日ご挨拶に行ったのが、このりりちゃんが住んでいる部屋。
「どうしたの? こんな時間に」
「その……シチュー作りすぎちゃったんで、お裾分けに……」
 そう言って、顔を赤らめるりりちゃん。お鍋からは濃厚な甘い匂いが漂っていた。
「ホント? 丁度晩御飯どうしようって思ってたんだ! ありがとう」
「……? 我修院さんも一人なんですか?」
 あれ、我修院さん「も」? その含みのある言い方に追及すると、どうやらりりちゃんもお母さんの帰りが遅いらしい。それも、今日だけとかじゃなくて、結構頻繁に。
「じゃあさ、一緒に食べようよ!」
「えっ、いいんですか?」
「もっちろん! それと、カグヤでいいよ」
「……!」
 りりちゃんはもっと顔を赤らめて「カグヤおねえちゃん」とはにかむ。私はその天使のような笑顔に悶絶しながら、りりちゃんを家へ招き入れた。
「おじゃましまーす……ふふっ」
「どうしたの?」
「部屋の形はうちと一緒なのに、ここまで違うんだなーって」
 そう言われて、挨拶に行ったりりちゃんの部屋を思い出す。言われてみれば、家具の配置は一緒なのにカーテンの色とか食器の置き方で、まるで別の部屋みたいに見える(実際別の部屋なんだけど)。
 私はシンクの下にある棚からパックご飯を二つ取り出しレンジで温めて、同時進行でりりちゃんから受け取ったシチューをコンロで温めなおす。あとはそれをお皿に盛り付ければ、シチューライスの完成。グラスに注いだ麦茶をりりちゃんに運んでもらえば、すべての準備が整った。
「「いただきまーす!」」
 大きく掬ったシチューライスを口に運ぶ。バターのコクと甘みがゴロゴロと入った具材と混ざり合い、更にご飯と絡んで口の中を駆け巡る。
「おいしい! これ本当にりりちゃんが作ったの?」
「えへへ、初めて作ったわりには上手にできたかな」
「初めて? 凄いね」
 発見したサツマイモとシチューの相性の良さにも驚きながら、会話が弾む。
「そうだりりちゃん、よかったら一人の時はこうやって食べに来ない?」
「いいの?」
「うん、お母さんもきっと良いって言ってくれるよ。まあ、三週間だけなんだけど……」
 りりちゃんが、伏し目がちになる。でもすぐに納得したように笑顔になってくれた。
「気にしないで! ジョセフィーヌのおかげで寂しくなんかないもーん」
「ジョセフィーヌ?」
「あ、えっとね、私が前に拾ったペンギンさんでね。お別れしちゃったんだけど、勇気をもらったんだ」
 りりちゃん、強い子だなぁ。
「そっか。ねぇねぇ、シフォンケーキもあるんだけど……?」
「? 食べたい!」
 夜が更けていく。ふんわりとした甘さが口と心に広がって、なんだか温かい。
 二人っきりの女子会は、りりちゃんがコクンコクンと船を漕ぐまで続いた。

201ゾンリー:2021/11/23(火) 22:28:22
続いて後編、お願いします!
やはり5、6レス使わせて頂きます。

202ゾンリー:2021/11/23(火) 22:28:57

「おはよう!」
「おっはよーカグヤちゃん」
「おはよー、カグヤちゃん」
「おはよう。カグヤちゃん」
 三者三様の「おはよう」を受けながら三人の輪の中へ。転校初日から三日。少しずつこの町の生活にも慣れてきた私は、学校生活を満喫していた。
「そういえば今日理科の小テストじゃなかった?」
「ひなたちゃん、この前補習受けてたよね……」
「ふっふっふ、今回はちゃーんと復習してきたから完璧! なんなら勝負してもいいよ〜?」
 にやり顔のひなたちゃんに、心の底から驚いたような表情ののどかちゃんとちゆちゃん。
「そう言うってことは、随分と自信があるようね」
「ふわぁ、負けないよ!」
「私も私も! 理科は得意なんだ」
 四人で笑いあってると、校門はすぐそこに。けれど歩調を遅らせる必要なんてどこにもない。
「えーじゃあさ、一番点数低かった人が一番高い人のお願い一個聞く罰ゲームってのは?」
「自分の首絞めることになっても知らないわよ……?」
「ふふっ、面白そう!」

 そして。
「どおぉぉぉぉしてぇぇぇぇぇぇぇ……!」
 ひなたちゃんが九十二点、のどかちゃんとちゆちゃんが横並びで九十六点。そしてなんと、私が全問正解の百点! ということで……。
「ほらひなた、言わんこっちゃない」
 崩れ落ちるひなたちゃんを苦笑交じりのちゆちゃんがなだめる。
「カグヤちゃん、お願いはどうする?」
「うーん、そうだなぁ……」
 几帳面に間違った箇所の修正を終えたのどかちゃんに言われて、迷う。
「うぅどうか神様カグヤ様優しいの、優しいので願いしますぅ」
「アハハ……あ、こういうのはどう? 『カグヤっち』呼び……なんて……」
 言ってて自分で恥ずかしくなっちゃった。まるでステージの上で眩いライトに照らされているかのように、顔が熱くなる。
 
 直後、テスト用紙を放り投げたひなたちゃんに抱きつかれた。

「もちろんだよ! 『カグヤっち』」
「じゃあ……私も、カグヤ」
「?」
 ちゆちゃんにも呼び捨てにされて、思わず目を見開く。やっと、みんなと一緒の目線に立てた気がして、目が潤んだ。
「わーごめんカグヤっち、痛かった?」
「ううん、なんだか嬉しくって……」
「じゃあ私も呼び方変えてみようかな? カ、カグ……んー、カグヤん?」
 珍しくおどけるのどかちゃん。三人同時に吹き出して、腹を抱える。しかものどかちゃんはいたって真面目だから、余計に面白くって。
「ちょっとのどかっち! なにカグヤんって?!」
「もぅのどか笑わせないでよー」
「えー、いいと思ったんだけどなぁー」
「アハハハ、カグヤんなんて初めて呼ばれたよ」

203ゾンリー:2021/11/23(火) 22:29:30
 その後も、私の呼び方についてはしゃいでると、教室の人気がなくなってることに気づいた。
「あれ、次移動教室じゃなかったっけ?」
「あわっ、いつの間に」
「よしじゃあ行こ、カグヤん」
「それ採用なの??」
「いやぁ冗談冗談」
  ・
 こっちに来てからもうすぐ一週間をむかえる、金曜日。お母さんの調査の方も順調みたいで、「追加調査だー」って夜遅くまで帰ってこないこともしばしば。
 今日も学校から帰るとスマホにお母さんからのメッセージ。
『すまない、今日も遅くなりそうだ』
 寂しい……って思わないわけじゃ無いけど、私とお母さんの夢のためだもん。そのためなら、この位我慢できる。
「とは言うものの……今日はりりちゃん、お母さんとお出かけだって言ってたよね」
 独り言が狭い部屋に物悲しく響く。気丈に振る舞ってはいても、胸の下あたりが沈んだように重くなった。
『?♪』
 不意の着信音にはっと視線を戻す。リズム良く震えるスマホの画面に表示されていた名前は、ちゆちゃん。
「もしもし」
『あ、カグヤ? ちょっといいかしら』――

 着信から十数分後。夕暮れに染まるアスファルトを駆け抜けて、上がった息が白く寒空に溶けていく。
「ちゆちゃん!」
「カグヤ!」
 出迎えてくれたちゆちゃん。私は、旅館沢泉に来ていた。
「今日はよろしくお願いしますっ」

『ご迷惑じゃなければなんだけど……今からウチに来ない?』
「えっいいの?」
『じつはお客様にお出しする予定の料理が余ってしまって。せっかくだし、温泉も紹介したかったし……どうかしら?』
「行きたい行きたい? 丁度ね、今日お母さん夜遅くなるっていうから困ってたの」
 足をブラブラさせながら、耳にあてたスマホに神経を集中させる。

『それなら……泊まりに来ない?』



 ついさっきの通話を反芻しながら、旅館の裏口を通ってちゆちゃんの部屋に。取り急ぎまとめた着替えを入れたショルダーバッグを一旦置いたところで、お盆を持ったちゆちゃんが戻ってきた。
「ありがとう、助かっちゃった」
「こちらこそ。それに、一度は泊ってほしかったし。まあ……客室じゃないのだけれど」
「ぜんっぜん! わぁ畳懐かしい〜!」
 井草の感覚を味わいながら、住んでいた家の寝室を思い出す。暖房で温められた畳はぽかぽかで、夜なのに日向ぼっこしてるみたい。
「お腹空いたでしょ? ついでにいろいろ貰ってきたから、あったかいうちに食べましょ」
 お盆にかけられた布巾を外すと、まるで旅館で出てきそうな料理の数々。実際旅館なんだけどね。
「おいしそう……!」
「カグヤはいつもどうしてるの? 遅くなるってことは我修院博士お忙しいんでしょう?」
 並ぶ料理はどれもお客さんに出す予定だったものだからか、見てるだけで美味しさが伝わってくるようだった。
「うん。だからいつも隣に住んでる子と一緒に食べてるんだ。その子も親の帰りが遅くてね、りりちゃんっていうんだけ」
「りりちゃん?」
 食い気味に身を乗り出してきたちゆちゃん。その珍しく驚いた表情に圧倒されながらも、「知ってるの?」と聞き返す。興奮したように話そうとする彼女を、空気を読まない私のお腹の音が遮った。
「わーごめんごめん、続けて?」
 顔を真っ赤にして話の続きを催促する私。それにツボったちゆちゃんは、ひとしきり爆笑した後、お櫃からホカホカのご飯をお茶碗に盛り付けてくれた。
「うぅーありがと……いただきます」
 一番気になっていたお刺身を一口。さっくりとした脂身と、ねっとりとした甘みのある赤身がコクのある醤油と最高にマッチして、無意識にご飯へ手か伸びる。続いて、茄子の天ぷら! サクッと小気味い音を立てた途端に感じるみずみずしさ。岩塩が優しいお茄子の甘さを引き立てて、これまた最高。
「すごい……こんなにおいしいの初めて!」
「ふふっ、よかった」
「そうだ、話のつづき! ちゆちゃんってりりちゃんと知り合いだったの?」
 一旦お箸を止めて続きを催促。ちゆちゃんは温かい緑茶を啜ると、「少し前の出来事なんだけどね」と前置きしてことの顛末を話してくれた。

「そんなことがあったんだね……」
「ヒーリングガーデンに帰る前までは、私もペギタンを連れて時々行ってたんだけど……最近行けていなかったから」
「うん、ちゃんと学校のことも話してくれるし、今日だって、お母さんとお出かけするんだ?って楽しそうだったから、大丈夫だと思うよ」
 安堵したような表情のちゆちゃん。私は最後のお味噌汁を飲み干して、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。


204ゾンリー:2021/11/23(火) 22:30:03
「おぉ〜広い!」
 温泉特有の蒸気にあてられながら、裸足で平たい石畳の上を歩く。夜風が洗った後の身体に直撃して、私たちは足早に岩で囲まれた湯船に向かった。
「「あったか〜い」」
 トロトロのお湯に四肢を揺蕩わせて、力を抜く。家のお風呂とは違う非日常感も、このリラクゼーション効果の前ではまるで無力で、私は岩に背中を預け、大きく息を吐いた。
「気持ちいぃ……毎日こんなお風呂入ってるの?」
「流石に家のお風呂と旅館の温泉は別よ。使ってるお湯は一緒だけどね」
 髪を下ろしたちゆちゃんと肩を触れ合わせながら、話題は東京の温泉施設について。
「向こうは、あんまり温泉旅館って無いわよね?」
「うん。温泉はあるけど、ホテルとか旅館になってるところはあんまり無いかな……スーパー銭湯とかって聞いたことない?」
「確かに! 旅館よりはそっちのイメージが大きいわね」
「でしょ! あーあ、近所にもこんな旅館できればいいのに」
 掬い上げたお湯を満点の星空に透かしてみる。手から零れ落ちる光が優しくて、私はもう一度お湯を顔に流した。

「それじゃあ、電気消すわね」
「うん」
 ちゆちゃんが紐を引っ張るタイプの電気を消して、目を開けてるのに視界が真っ暗に染まる。それも暫くすると慣れてきて、ちゆちゃんのシルエットくらいなら判別できるようになった。
「……ありがと。今日は誘ってくれて」
「どうしたの? そんな改まって」
 寝返りをうつ私。お日様の匂いに包まれたお布団が、小さく擦れる音を立てた。
「私、こっちに来てから何かしてもらってばかりだなーって」
「そんなこと無いわよ」
「ううん。そして、私は何もお返しできてない……」
 小さな自嘲にも似たため息が、音もなく漏れ出す。
「……私は、カグヤが嬉しそうだったら、楽しそうだったらそれで十分なんだけどな」
「ちゆちゃん……」
「さ、もう寝ましょ? 朝は六時に起きてランニングの予定なんだけど……」
 ちゆちゃんからの提案。私はその小さな無力感のせいなのか、勢いで「私も行きたい!」と即答した。
「それじゃ決まりね。おやすみ」
「うん、おやすみ」
 その朝、ランニングで悲鳴を上げたのは言うまでもない……かな。
 それから数日後の放課後、土曜日じゃないけど、今日は午前授業(半ドン)の日。
「ひーなたちゃん」
「お、カグヤっちー」
 平光アニマルクリニック前に集まった二人。ちゆちゃんものどかちゃんも日直の仕事が残ってて、後から合流。
「いっよーしそれじゃあ〜、ゆめぽーとに出発!」
「おーっ!」
 ひなたちゃんが教えてくれた「裏道」を進んでいけば、目的地まで十数分ほどらしい。かわいい花が咲き乱れるその道を進みながら、私は前を行くひなたちゃんに声をかけた。
「ねぇ」
「んー?」
「ひなたちゃんはさ、何かしてほしいこととか……ない?」
 ちょっとストレート過ぎたかな? と思いつつ、ひなたちゃんの返事を待つ。彼女は少し悩んだ後「特に無いかなー」って両手を伸ばした。
「って、急にどしたの?」
「あー、えっと」
 このままはぐらかしてしまいたい欲求をぐっと抑え、駆け寄って手をつなぐ。
「んーん、なんか、皆にお返ししたいなーって」
「何それめっちゃ偉いじゃん! よし、私も手伝う……てか手伝わせて!」
「もー、それじゃお返しの意味ないよ。でも、ありがと! ひなたちゃんが手伝ってくれるなら百人力! といっても、何すればいいか全く思いつかないんだけど……」
 二人して口を尖らせ、考える、考える、考える……。結局何も思いつかないままゆめぽーとに到着したところで、私たちはひとまず目の前のショッピングを楽しむことにした。
「いよーし、まずはこの店! カグヤっちはさ、どのブランドで買ったりする?」
「私、撮影でもらった物だったり、マネキンそのままだったりするから……実はあんまり詳しくないんだ、あはは」
「うっそマジー?」
「マジマジ。前に東京で買ってもらった服、すっごく可愛くて、ついそればっかり。アレンジとかできるのほんと凄いと思う!」
 そんな話をしながらも、既にひなたちゃんの腕には大量の洋服が。
「ほうほうほう、嬉しいことを言ってくれるねぇ。それじゃあ一皮むけますか!」
 それを言うなら「一肌脱ぐ」じゃないかな……なんてツッコミは手渡された洋服に塞がれて。私は言われるがままに試着室へと向かった。

205ゾンリー:2021/11/23(火) 22:30:35
「おまたせ!」
 勢いよく試着室のドアを開けて、くるっと一回転。まだまだ練習中のポージングを決めて、ひなたちゃんの反応を伺ってみた。
「いい! やっぱカグヤっち最高だよ!」
「ひなたちゃんのファッションセンス、流石だよ。デニムのフレアパンツで大人っぽさと脚を細長く見せていて、フリルの襟付きブラウスで可愛さも表現してる!」
「コメント百点! ……ってこれだああああああああああ! カグヤっちこれだよ!」
「え、どれどれ?」
「これだよこれ、ファッション! モデルやってるんだからファッションショーで決まりっしょ!」
 次々におしゃれな服を私にあてがいながらハイテンションのひなたちゃん。
(ファッションショー……かぁ)
 ずっとお仕事でやってきたけど、思えば誰かのために自分からなんてやったこと無かったな。私の中に、小さな好奇心が生まれた。
「それ、賛成、大賛成!」
「でしょ? じゃあいろいろ買わないとじゃない〜?」
「これは買うしかないねぇ〜」
 うわぁ、私もひなたちゃんもカメラに映せないような、悪の組織みたいな表情しちゃってるよきっと。

「おーい、ひなたちゃーん、カグヤちゃーん」
「おまたせー」


「お〜っ、これはいいタイミングに来ましたなぁ? カグヤ殿」
「そうですなぁひなた殿」

「ど、どうしたの……?」
「この二人、意外と危険だったのかも……」
「「ふふふふふ……」」
 のどかちゃんとちゆちゃんも巻き込んで、一世一代の大ショッピング。言葉の通り端から端まで行ったり来たり、時折あまーいスイーツで休憩をはさみながらも、空が真っ赤に染まるまで私たちは洋服を私の体にあてがっていた。

 もう残された時間は多くない。ファッションショーの準備は急ピッチで進んでいく。……まあ、今日は小テストの勉強会も兼ねてるんだけど。
「じゃあ次の問題、『ありきたりなさまを表す言葉。明治中期まで続いた句合が語源』」
「はい!」
「カグヤちゃん」
「月……月……並み?」
「せいかーい」
「やった!」
「ふふ、今日はこのくらいにしとこっか」
 国語の教科書を勢いよく閉じて、代わりに一冊のルーズリーフを開く。そこにはファッションショー兼お別れパーティの計画がびっしり。
「カグヤちゃん、お料理のほうはどう?」
「うーなんとか! りりちゃん先生様様だよ」
 そう、今回の料理はぜーんぶ私が作るんだ。りりちゃんに頼み込んで、絶賛修行中。
「あ、お母さんとお父さんに許可取れたよ〜。家使ってもいいって」
「ありがと! じゃあ会場はのどかちゃん家で」
「そうだ、お客様からもらった花火あるんだけど、よかったらやらない?」
「いいね、やろうやろう!」――

 準備と学校生活であっという間に時間は過ぎていき、とうとう修了式。
「えー、皆さんご存じの通り、我衆院さんは今日で東京に戻ります。それじゃあ……我衆院から一言お願いします」
「はい」
 これで最後だと木で出来た机をそっと撫でて、席を立つ。でも来週のパーティーがあるから、お別れって感じはあんまりしなくて。
「この中学校で過ごした二週間、絶対に忘れません! これから受験とか大変だと思うけど、体調に気を付けて頑張ってください! 私もまた遊びに来ますっ」
 湧き上がる拍手。円山先生も涙ぐんでるけど……だめだめ、まだ泣くような時じゃない。
「カグヤちゃん、また来週ね〜」
「バイバーイ」
「うん、またね!」
 そう、本番は来週。でも今だけは、この学校との別れを惜しんでもいいよね。

「カグヤっち、こっちは準備OKだよ、どうぞ」
 トランシーバー代わりのスマホ通話越しにざわめきが伝わってくる。
「うん、こっちも大丈夫。どうぞ」
「よしじゃあカグヤっちのタイミングで行っちゃって!」
 通話終了のSEが耳元で鳴って、大きく深呼吸を一つ。みんなと隔てられた扉を開けて、私は勢いよく飛び出した。
「みんなー! 今日は……そして今日まで本当にありがとう! ひなたちゃんプロデュースの特別なファッションショー名付けて『すこやかコレクション』、いっくよー!」
 仲間内の歓声が妙に心地よくて、すぐにモデルの感覚を取り戻していく私。

206ゾンリー:2021/11/23(火) 22:31:36
「まずはこれ、ピンク色のギンガムチェックスカートに白いジャケット。これだけだと結構纏まりがないんだけど、中に着た深緑のシャツが一つにまとめているんだ!」
 控室で早着替えをしている裏で、私がつくったお料理が運ばれる。運んでくれるのは、私のお師匠りりちゃん先生。
「続いて〜、桃色を基調としたお花柄のワンピース! ちょっと子供っぽいかなーとも思ったけど、流石ひなたちゃん、ハットを被れば意外にピッタリでしょ?」
 みんなのお父さんやお母さん、円山先生も思い思いのお酒を手にもって「おぉ〜」と良いリアクション。
「どんどんいくよ、これは前開きの黄色いパーカーにボーダーシャツとデニム生地のショートパンツ。シュシュを使って元気はつらつなポニーテール風!」
「厚底サンダルとシースルースカートの組み合わせ! あえてシンプルなアクセサリーが透明感を引き立ててるんだよね〜」
 その後もくるりくるりとカグヤ七変化。その度にみんなの驚く顔と瞳が私の目の前できらきらと輝きを放っていく。

「さあさあ、パーティはこれからだよ、楽しんでいってね!」

 お酒で顔を赤らめたお母さんの慈しむ表情に、私はとびっきりの笑顔ではにかんでみせた。

「いたいた」
 一人ベランダで黄昏ていると、のどかちゃんが乳酸菌飲料の注がれたグラスを両手に持ってこちらの方に。私は差し出された片方のグラスを受け取って、カチンと小さく打ち鳴らした。料理でお腹いっぱいのはずなのに、後を引かない爽やかな甘味が自然と喉の奥へ流れ込んでいく。
「……カグヤちゃん、今日はありがとう」
「ううん、私だけじゃないよ。ちゆちゃんにりりちゃん、ひなたちゃん、そしてのどかちゃん。みんなが居たから、今日のパーティーは成功した」
「でも、その中心になって動いてくれたのは……カグヤちゃん、貴女なんだよ」
 のどかちゃんの優しく包み込むような笑顔が夕日に照らされて、私の胸の中がじんわりと温かくなる。肩の力を抜いた私は、「ありがと」とのどかちゃんの方へ肩を寄せた。
「大人の皆さんは、すっかり出来上がっちゃったみたいだよ」
「ふふっ、お母さん久々のお酒で二日酔いにならないといいけど」
「うちも。でも、そういう機会じゃないと飲まないから」
「「ねー」」
 親ラブな私たちの思いを知ってか知らでか、お母さんとのどかちゃんの両親の楽しそうな会話が遠くで聞こえる。
「……私、みんなに恩返しできたかな?」
 オレンジ色に染まった芝生が、風に吹かれてサワサワとそよぐ。直後、真下からりりちゃんの大きな笑い声が聞こえてきて、私達は顔を見合わせて微笑んだ。
「ふふっ、聞くまでも無いんじゃない?」
「……うんっ」
 いつの間にかグラスの中身は二人とも空になっていて、ベランダからまっすぐ見える海岸線が、ゆっくりと淡い紫色に染まっていく。
「あ、一番星」
「えーどこどこ? あ、あった!」
 
 明るく浮かぶ光の粒。それは今日という特別な一日を祝福してるようで、同時にその終わりを告げているようで。
「いよいよ明日、かぁ……なーんか全然、そんな気しないんだよね」
「私もだよ。でも、同じ空の下で繋がってるから……なんて」
 照れたようにはにかむのどかちゃん。気づけば空は随分と暗さを増していき、部屋から洩れる明かりでようやく、彼女の表情が伺えるくらいの明るさになっていた。
「……なんて、ベタすぎたかな?」
「あ、のどかちゃん、ベタじゃなくて……」
「「月並み!」」
 キレイにハモって、同時に吹き出す。
「アッハハハ! ううん、でもその通りだよね。東京じゃ、こんなきれいな星は見えないかもだけど、同じ空の下にいる。それに、もう二度と会えないわけじゃないし」
「うん! また絶対、東京に行くね。やくそく」
 真っ暗な手元で数回指をぶつけながら、小指で指切りげんまん。
「そうだ、せっかくなら皆で色んな所に旅行行きたいな」
「ふわぁ〜それもいいね! カグヤちゃんだったらどこに行きたい?」
「三重かなぁ? 実はね、シュークリームの生産量が日本一なんだって! のどかちゃんは?」
「えーとじゃあとびっきり飛んで……北海道とか沖縄とか! 一度飛行機乗ってみたいんだぁ」
 まだまだ冷えるベランダで肩を寄せ合いながらそんな話をしていると、階段をトントントントンと上ってくる音が。
「あー二人ともこんなところにいたー!」
「風邪ひいちゃうわよ?」
 音の主は、心配して私たちを捜しに来てくれたちゆちゃんとひなたちゃん。その手には、季節外れの花火セットが握られていた。
「わ、花火だ!」

207ゾンリー:2021/11/23(火) 22:32:06
「ふふ、今ね、みんなで旅行行きたいねーって話してたんだぁ。ちゆちゃんとひなたちゃんは何処に行きたい?」
 一階へと戻りながら、話を広げるのどかちゃん。意外なことに、二人とも即決だったみたいで。
「私は兵庫。温泉の有名どころは抑えておきたいもの」
「はいはいはいはい! 私はねー福岡! だって美味しいものいっぱいあるんでしょ〜、行ってみたいよねぇ」

 旅行の話は尽きないけど、玄関ではみんなが蝋燭と水入りのバケツを用意してお待ちかね。
「カグヤお姉ちゃーん」
「はーい! みんな行こ」
「よっしゃ花火だー!」
 各々好きな色の花火を手に取って、火をつける。鮮やかな閃光とともに、火薬の匂いが鼻孔をくすぐった。
「ねぇ、次はこれやってみない?」
 私が取り出したのは花火の代表格、線香花火。カラフルな「こより」といった風体のそれを、私は三人に手渡した。
「じゃあ誰が一番長く残せるか勝負だ!」
「またー? 二連敗しても知らないわよ?」――

 あの後、案の定二連敗を記したひなたちゃん。楽しい時間ほどあっという間に過ぎて行って、心地よい疲労感とともに迎えた、引っ越し当日。
「カグヤお姉ちゃん……ほんとに行っちゃうんだね」
「うん……ごめんね」
 通いなれたアパートの階段。その裏側で、りりちゃんの頭をそっと撫でる。
「ううん、大丈夫だもん!」
(本当に、強い子だなぁ)
 りりちゃんの目じりに浮かんだ水滴(なみだ)。私はそれを小指で拭って、ポケットから取り出した花のヘアピンを、そっと彼女の前髪に付けた。
「……!」
「よく似合ってるよ」
 スマホの内カメラでりりちゃんを映す。「なんだか自分じゃないみたい」とはしゃぐ姿に、一安心。
「それじゃ、行くね」

「待って!」

 そんな私を呼び止めたのは、りりちゃんでも、りりちゃんのお母さんでもなく……
「のどかちゃん! ちゆちゃんにひなたちゃんも!」
「よかったぁ間に合って」
 三人とも息が荒く、ここまで急いできたことが伺える。
「もー、ひなたが遅刻するから……」
「ほんっとゴメン! 作ってたら夢中になっちゃってさ」
「作る?」
 不思議そうに首を傾げる私に、ひなたちゃんは一冊のノートを差し出した。
「これ、私流のファッションアレンジまとめてみたんだ! 開けてみて」
 ページを開くと、昨日のファッションショーで着たコーディネートの解説が。蛍光ペンでアンダーバーが引かれてて、とってもわかりやすい。
「次は私。これ、よかったら車の中で食べて」
 ちゆちゃんから受け取ったのは、風呂敷に包まれたお弁当箱。中身を聞いたら「開けてからのお楽しみ」ってはぐらかされちゃった。
「私、ちゆちゃんみたいにお料理上手じゃないし、ひなたちゃんみたいにファッションセンスもないから……これ」
 のどかちゃんからは、淡い桃色のお花があしらわれたフォトフレーム。その中を見ると、写真の代わりに手紙が入っていた。
「は、恥ずかしいから車の中で読んでほしいな……」
「……うん。ありがとう」
 感情が高ぶって、うまく言葉が出てこない。本当はもっと、素敵なこと言えたらよかったのに。
「ねぇ、フォトフレームなんだから、みんなで写真撮らない?」
 そう提案した私は、お母さんにカメラを起動したスマホを渡して、皆のもとへ駆け寄る。
「ほら、もっと寄って寄って!」
 おしくらまんじゅう状態に固まった私たち。
 お母さんがスマホを構えると、全員でおそろいの横ピース! 図らずも全員っ被ったそのポーズにひとしきり大笑いして、ようやく踏ん切りがついた私は、大きなリュックを背負い車へと歩き出した。
 
 
 
 
「みんな……またね!」

208ゾンリー:2021/11/23(火) 22:32:39
 来た時よりも多くなった荷物に後部座席を占領されながら、自動車が緩やかな坂を上っていく。ずっと手を振ってくれていた皆もすぐに見えなくなって、カーオーディオから流れ出す懐メロがなんだかやけに胸に響いた。
 ちゆちゃんからもらったお弁当(豪華な天むすだった!)を二人で平らげて、きちんとお手拭きで手を拭いてからフォトフレームの手紙を取り出す。
『カグヤちゃんへ
 一緒に過ごしたこの三週間、良い思い出が多すぎて、いきなり何を書こうか迷っています。
 東京でカグヤちゃんに出会って、色んなことがあって。こうしてまた会えたことが何よりも嬉しかったです。ぎゅうぎゅうのベンチで一緒にお弁当食べたり、めいさんのカフェでプチパーティしたり、小テストの点数で勝負したり、ファッションショー開いてもらったり、ってほんとにキリがないくらい。だから、カグヤちゃんとのお別れは少し……ううん、とても寂しい。
 
 そうだ、このフォトフレーム、自分で作ってみたんだ。ダイヤモンドリリーっていうお花なんだけど、カグヤちゃんの髪の色とそっくりなんだ。花言葉は……自分で調べてみて!
 
 最後になっちゃったけど、体に気を付けて、元気で過ごしてね。カグヤちゃんの行く先が、希望と夢にあふれていますように。
花寺のどかより』


 彼女の声で再生されるその手紙に見つけた、三粒ほどの小さな水シミ。それを優しくなでていると、私の頬をツーっと何かがつたっていく感覚。それが涙だと分かった途端、目頭が熱くなった。
 
(おかしいな? ちゃんと笑顔でお別れできたのに。ちゃんと……またねって言えたのに)
 せっかくもらった手紙に、一つ、二つと新しいシミが増えていく。だんだんと潤んでいく視界に、太陽の光がやけに眩しく突き刺さって。

「……コンビニで、写真プリントアウトしていくとするか」
「うんっ……!」


 三週間ぶりの懐かしい制服に袖を通して、これまた懐かしい通学かばんを手に取る。
「お母さーん、私先行くね〜」
 棚の上に置かれた、「また会う日を楽しみに」の花言葉を冠した花のフォトフレームに入れられた三週間前の写真。私はあの時の感覚を思い出しながら、使い古したローファーに履き替えた。
「行ってきまーす!」
 ドアを開けた途端に、歓迎するような陽光。それを体いっぱいに浴びながら、階段を下っていく。

 高く、どこまでも続く青空と、これからまた始まる青春。それらに想いを馳せながら、私は精一杯の握りこぶしを突き上げて、走り出した。

「生きてる……って感じー!」

 (終)

209ゾンリー:2021/11/23(火) 22:33:18
以上です。ありがとうございました!

210名無しさん:2021/11/30(火) 01:36:19
読んだー!
丁寧な描写でカラフルな世界が広がる、って感じです。
最初から最後まで、一本筋が通っているのが凄いと思いました。
次回作も楽しみにしています!

211makiray:2023/01/10(火) 20:29:03
ご無沙汰しています。
年も改まり、デパプリがラストに向けて盛り上がっている中、昨秋の映画『夢みるお子さまランチ』でキュアエコーを活躍させるお話をお届けします。
タイトルは“Juvenile”
11 スレ、お借りします。

212makiray:2023/01/10(火) 20:31:16
Juvenile (01/11)
----------------
〈コドモイガイハ ハイレマセン〉
「え…?」
「どういうことですか?」
 坂上あゆみはその声に振り向いた。
 ドリーミア。
 子どもたちのための、おいしい料理とエンターテイメントの楽園。おいしーなタウンの近くにオープンした夢の遊園地に、学校の友人とともにやってきたが、その入園ゲートで、聞き覚えのある声を耳にした。
〈コドモイガイハ ハイレマセン〉
「私は小学生です。入れないとはどういうことですか!」
「亜久里ちゃん」
 声を上げているのは円亜久里だった。隣で困惑しているのは、友人の森本エル。
 ちょっと待ってて、と仲間から離れる。あゆみは亜久里に駆け寄った。
「どうしたの」
「あゆみ…」
 一瞬、笑顔になりかけたが、亜久里は視線を入園ゲートのアテンダント ロボットに戻した。
「私を小学生だと認識してくれないのです」
 ロボットを見る。目が合うと、そのロボットは〈ヨウコソ、ドリーミアへ〉と言った。あゆみは「子ども」に分類されたようだった。
「お友達は?」
「エルちゃんは大丈夫でした」
 小さくうなずくエル。
「さぁ、もう一度、確認なさい。最後のチャンスですわ」
 その意味を理解したのか、ロボットはやや時間をかけて亜久里をスキャンした。
〈コドモイガイハ ハイレマセン〉
「もう結構! 世紀の発明家・ケットシーの技術力も大したことありませんわね。
 あゆみ、エルちゃんをお願いします」
「亜久里ちゃん!」
「私は入れませんが、エルちゃんはドリーミアに来るのを楽しみにしていたので」
 あゆみはエルを見た。エルはあゆみを見てはいなかった。
「私は嫌だよ」
「でも」
「亜久里ちゃんと一緒に来たかったんだもん!」
 はっきり言う様子に、あゆみはいくらかのうらやましさを感じた。
「エルちゃん…」
 ふたりは、かすかに目元を潤ませながら、お互いを見ている。あゆみは静かにそこを離れ、友人たちのところに戻った。
「どうしたの?」
「私の友達なんだけど…ロボットが子どもじゃないって言い張ってて、入れないんだって」
「えぇー」
「しっかりしろよ、ケットシー」
「私、心配だから送ってく」
「え、帰っちゃうの?」
「うん…ちょっとほっとけない」
 振り向くあゆみ。亜久里がエルの涙をぬぐっていた。
「…だね」
「ごめんね。また誘って」
「おう。それが大人の務めってもんだな」
「ありがとう。
 あ、それから」
 あゆみは友人たちを見つめた。
「みんなも気をつけて」
「何に?」
 想像もしなかったからか、三人が同じことを言った。
 自分でもなぜそんなことを言ったのかわからない。しかし、かすかな胸騒ぎがした。
「え、っと…いよいよ食べるぞー、っていう時に、やっぱり中学生は大人だ、とか言い出すかもしれないし」
「あー、そうだねー」
「デジタルは信用できんなー」
「じゃ」
 戻る。お互いに涙を拭き終わった亜久里とエルはもう歩き始めていた。
「あゆみ、あなたは別に」
「うん。また来ることにした」

213名無しさん:2023/01/11(水) 00:50:24
>>212
おお、makirayさんのキュアエコーが活躍する映画SS、キター!
これは続きが楽しみです。
「亜久里ならなぁ……」
と思わず頷いてしまうヒドい大人がここに……

214makiray:2023/01/11(水) 20:02:18
Juvenile (02/11)
----------------
 ここはおいしーなタウンだし、何か食べていこう、と言ってみたが、エルはすっかり意気消沈していた。亜久里が拒絶されたことが相当にショックだったらしい。そのまま帰りの電車に乗った。あゆみは何度か、エルの気を紛らわそうと話しかけてみたが、元気のない返事が返ってくるだけだった。亜久里とエルは、黙って手をつないでいた。
 大貝町のエルの自宅まで送り届ける。早すぎる帰宅に母親は驚いていたが、あゆみが「システムエラーで入れなかった」と説明すると、「まったくデジタルはねぇ」と、友人と同じことを言った。
 次は、亜久里を送り届けて、と思っていると、亜久里が口を開いた。
「あゆみ、グレルとエンエンはどうしていますか?」
「家で留守番しているけど」
 友人たちと遊びに出かけるときは連れて行くわけにはいかない。それはいつもの約束ではあるのだが、今回は説得に手間がかかった。ふたりとも「お子様ランチ」には大いに興味があるようだった。
「一緒にドリーミアへ行きませんか?」
「え?」
「確認したいことがあるのです」
 グレルとエンエンのことを聞いたのはなぜか。プリキュアの力が必要になるかもしれない、と考えているからだ。何が、と言われれば困るが、自分も胸騒ぎを感じたのは事実だった。
「実は今日、クローバータワーでイベントがあって、みんなそちらに行っているのです。私はエルちゃんとの約束があって行けなかったのですが」
「ひょっとしてアイちゃんも…」
「はい」
 亜久里の表情が厳しい。つまり、亜久里は今、キュアエースになれない。
「お願いできますか」
「うん」

 母親は仕事で家にいないので、どうしたの、と聞かれることもなかった。あゆみは、グレルとエンエンが飛び込んだトートバッグを肩にかけてすぐに家を出た。
「久しぶりですわね、グレル、エンエン」
「元気だったか?」
「おかげさまで。フーちゃんもそこにいますわね」
〈フーちゃんはいつもあゆみと一緒〉
 あゆみの襟のエコーキュアデコルが輝いた。
「何があったの?」
 グレルは、どうやらお子様ランチが食べられるわけではなさそうだ、ということに気づいてがっかりしていたが、エンエンは心配そうな声だった。
 電車の中、ほかの客から離れたシートに座ると、亜久里は小さな声で言った。
「実は、ありすが以前から、おいしーなタウンが気になる、と言っていたのです」
「ありすちゃんが?」
「新しい仲間がいる可能性を指摘していました」
「仲間――って」
 その単語を声に出して言うわけにいかず、あゆみは口だけで「プリキュア?」と言った。
「ドリーミアの開園はいいチャンスでした。私はその偵察もかねて向かったのですが…的確過ぎました」
「何が?」
「私が子どもではない、という判定をしたことです」
 もう一度、亜久里を見る。
 円亜久里は、トランプ王国の王女、アンの魂だ。この世界の人間ではない、そして、一度は大人だったことがある。
「レントゲンを撮ったところで、それがわかるわけではありません。
 ですが、この世界のものではない技術、あるいは魔法、魔術のようなものがドリーミアを成立させているとしたら、私という異質な存在を検知――」
 あゆみは亜久里の手を握った。強く。
「ありがとうございます。心配してくれたのですね」
「だって」
「あゆみは大人ですね」
「そんなことない」
「いえ。せっかく友達と一緒に遊びに来たのに、私やエルちゃんのことを心配して一緒にいてくれる。立派なレディです」
「…」
「あなたが友達についてどういう経験をしたかは私も聞いています。その約束をくつがえすのが大変なことだ、ということもわかります」
「私は」
「俺たちもついてるだろ」
「ちょっと、グレル」
 バッグからぬいぐるみがこぼれた、というふりをしてグレルとエンエンが亜久里の膝に乗った。あゆみは慌てて周囲を見回したが、誰かが気付いた様子はなかった。走っている電車の中のことで、ぬいぐるみがしゃべっているところを聞かれてもいないようだった。
「元気出してよ、亜久里ちゃん」
〈フーちゃんも亜久里の友達〉
「ありがとうございます」
「アイちゃんがいなくて寂しいだろうけど、今日は俺が相手してやるからよ」
 いい加減にしなさい、とあゆみはグレルをコツンとやった。亜久里が笑った。

215makiray:2023/01/12(木) 20:23:34
Juvenile (03/11)
----------------
「開かない…」
 あゆみはドリ―ミアの門の大きな扉を何度か動かした。びくともしない。
「ランチタイムが終わった、というわけでもないでしょうに」
「あれ…なんだろう」
「ぬいぐるみでしょうか」
 ゲートのところにいくつもぬいぐるみのようなものが落ちている。売店で売られていたのだろうか。それがなぜゲートに。あんなにたくさん。
「何かが起こっていると考えるべきでしょうね」
「子どもたちは?」
 目を凝らす。ゲートの向こうでアトラクションが動いているのは見える。だが、そこに人が――子どもたちがいるかどうかはを見極めるには遠すぎた。
「変身すれば飛び越えられそうだけど」
 ふたりは高い塀を見上げた。
「それしかないでしょうね」
「お、行くか?」
 グレルはなぜか嬉しそうだった。
「まずは上空から偵察がいいと思います。いきなり入るのは危険です」
「わかった。フーちゃん、グレル、エンエン、お願い」
 あゆみとグレルとエンエンが成す三角形を、エコーキュアデコルからほとばしるフーちゃんの光が満たす。その光がはじけ飛ぶと、あゆみの姿は、長いツインテール、草色の飾りが走る白いドレスの、キュアエコーに変わっていた。
「思いよ届け。
 キュアエコー」
「気をつけて」
 光の力の助けを借りてジャンプ、キュアエコーはドリーミアを一望できる高さにまで飛び上がった。
「?」
 ドリーミアの敷地に赤い点がいくもか浮かぶ。
「エコー、ロボットが!」
 亜久里の声。ゲートの隙間から、入口にいたアテンダント ロボットよりははるかに屈強なロボットたちが見上げているのが見えた。その目が赤く光ったかと思うと、ロボットたちは腕を上げた。
「!」
 その腕が飛んでくる。手は不気味に開閉を繰り返し、キュアエコーを拘束しようと迫ってくる。キュアエコーは身軽にかわしはしたが、数が多かった。よけきれず、手や足、体にぶつかってきた。ついにはバランスを崩し、地上に落下した。
「エコー!」
 亜久里が駆け寄る。グレルが亜久里の腕から飛び降り、キュアエコーの腕をとらえた機械の手をいつもの剣で叩くと、それはパカっと開いて外れた。
「隠れましょう」
 亜久里が駆け出す。キュアエコーがその後を追う。エントランスから遠く離れた岩場の陰に隠れると、ロボットの手はふたりを見失ったようで物音も聞こえなくなった。
「警備ロボットまでいるなんて」
「悪いことをしていると白状したようなものですわ」
 ということは、いきなり戦い、ということになる。自分がどこまで役に立つかは疑問だ、とキュアエコーは思った。
(キュアエコーは戦うプリキュアじゃない。だとしたら)
 中に入って状況を確認する。もし「敵」があの中にいるのなら、その思いを捉えたい。これまでだって、害をなす存在がすべて「敵」なわけではなかった。こちらの「思い」を届けて、あちらの「思い」を受け入れれば、戦わずに解決することはできるかもしれない。
「どうしたの?」
 亜久里が首を振っていた。
「マナたちに連絡が取れないかと思ったのですが、圏外です」
「圏外?」
 道や時間を確認するために何度もスマートホンを見ている。さっきまでは使えたはずだった。
「電波妨害を始めたのでしょう。さすが世紀の発明家、手抜かりはありませんわ。
 ということはやはり、私を排除したのは、子どもかどうかということではなかった、と考えるべきでしょう」
「私は子どもだったんだ」
 キュアエコーは笑ってみせた。
「変身していなかったのですからね。現に、今は攻撃対象となっています」
 亜久里は岩陰からわずかに顔を出した。門のあたりにロボットたちが立っている。
「帰ったかも、とは思ってくれないようですわね」
「亜久里ちゃんは、やっぱり大人だね」
 落ち着いている。
 当然だ。亜久里はトランプ王国の守護神、アン王女なのだから。
「いいえ」
 言下に否定する亜久里。頼りにしている、と続けるつもりだったキュアエコーは言葉を失った。
「今は無力な子どもに過ぎません。足手まといになっています」
「そんなこと」
「私がいなかったら、キュアエコーは中の敵と思いを通わせるためにとっくに突入していたと思います。あなたにはそういうところがあります」
「うん…」
 それがいい結果をもたらし得たかどうかは難しいところですが、と小さな声で言う。

216makiray:2023/01/13(金) 20:10:55
Juvenile (04/11)
----------------
「やっぱり子どもだなぁ…私」
「まっすぐ突き進むことが必要なこともあります」
「亜久里ちゃんに指示してほしいな」
「私など」
「頼りにしてる」
 ふたりは見つめあい、やがて微笑んで拳を合わせた。
「おいおい、仲間外れかよ」
「僕たちもいるんだよ」
「頼りにしろよな」
「うん」
 その上にグレルとエンエンの小さな手が載せられる。デコルも明滅し、フーちゃんの気持ちを伝えてきた。
「それにしても、やはり中に入りたいところですわね」
「うん――亜久里ちゃん!」
 キュアエコーは突然、亜久里を抱き寄せた。その小さい体を放り投げるようにして入れ替わると、ロボットが降り下ろした手を両腕で受け止めた。
「!」
 手首から激痛が走った。だが、引かない。一度、体を下げると、足のパネでロボットを跳ね上げた。
「プリキュア ハートフル・エコー、コルティーナ!」
 両手から広がる光がカーテンのようになり、続々と押し寄せてくるロボットたちを食い止める。
「エコー!」
「逃げて!」
 振り向く亜久里。岩の隙間や切れ目をたどって上に登る道が見えた。
「上に逃げるのは得策ではないのですが、止むをえませんわね」
 グレルとエンエンをカーディガンのポケットに収めるとそれを上り始める。岩を二つよじ登ると振り向いた。
「エコー、早く!」
「やぁっ!」
 光の力ーテンを押しやる。ロボットたちがガラガラと倒れていった。亜久里の後に続く。岩はやがて土の獣道となった。しばらく進むとふたりは止まり、息を整えた。
「追ってこないね」
「あの図体でこの山道は無理でしょう。あるいは、細身のロボットと交代、ということはあるかもしれません」
「そうだね」
 油断はできない、と辺りを見回すキュアエコー。
「腕は大丈夫ですか?」
「うん」
 キュアエコーは赤く腫れた腕に手を当てた。亜久里に見せないように隠しているようにも見えた。
「…」
「地震?」
 思わず体を低くする。長い。
「エコー、あれを!」
 亜久里が指さす。木々の間を透かして、カラフルな色が揺れている。左右だけでなく上下にも。それはまるで暴れているようだった。
「ドリーミアが」
「テーマパークが巨大ロボット…!」
 高い壁はさらに強固になって隙間を埋め、手と足が生えている。それが踏み出すたびに、足元が揺れた。
「…。
 まりちゃん。
 みなちゃん、めいちゃん!」
 キュアエコーが突然、叫ぶ。
「一緒にいらしたお友達ですか」
「あの中に、みんなが!」
 足を進めようとするキュアエコー。まだ揺れる地面がそれを阻んだ。それでも立ち上がり駆け出そうとする。亜久里もバランスを崩しそうになり、ポケットからスマートホンがこぼれた。
「お待ちなさい!」
「だって!」
「落ち着いて。電話番号を覚えていますか」
「電話?」
 何を言っているのかわからない。

217makiray:2023/01/14(土) 20:24:13
Juvenile (05/11)
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 このタイミングで電話とは。堂々巡りしているうちに揺れは収まった。
「電波が戻っています」
 亜久里がスマートホンを見せた。
「あの形態になったことでエネルギーが必要になったとか、そんなところでしょう。であれば、お友達に電話してみる価値はあります」
「でも」
「パニックになって出られない、ということはあるかもしれません。でも、出てくれるかどうか、それが一つの情報になります」
「…うん」
「どなたでも構いません。思い出せますか」
「え、と。0…0」
「深呼吸して。落ち着いて」
 いつも電話帳から名前で呼び出してかけるから、そもそも覚えているのかどうかも怪しい。だが、友人たちの中で、スマホを手に入れるのが最も遅かったのがあゆみで、何度も公衆電話からかけた。思い出せるはずだ。目を閉じ、その時のことを思い出しながら、キュアエコーは 11 桁の番号を言った。
「これで間違いありませんか」
 亜久里が見せた画面の数字を、声に出して読む。キュアエコーはうなずいた。
「かけます。
 もしもし」
 電話があっさりつながったことにはどちらも驚いた。
《えーと、どちら様》
 亜久里の耳に、朗らかな、というよりは楽しそうな声が飛び込んできた。
「円と申します。さきほど、坂上あゆみさんに送っていただいて」
《あー、ケットシーに意地悪された子》
「皆さんにご迷惑をおかけしたので、お電話しました。あゆみ…さんの電話はなんだかバッテリーが切れたようで」
《あ、そうなんだー。わざわざありがとうねー》
 亜久里は、その明るさが理解できないまま、スマホをハンズフリー モードに切り替えた。キュアエコーに目くばせする。
「まりちゃん?」
《あー、あゆみちゃん。無事にお努め果たした?》
「うん。そっち――みんな、どうしてるの?」
《楽しいよー。今はね、スペシャル イベントで気球に乗ってる》
「気球?」
 360 度を見回す。エンエンが、あれじゃない? と指さした。
「どこに向かっているのですか?」
《んー、聞いてないけど、なんか海の方に向かってるね》
 間違いない。あの気球だ。
「楽しそうですわね」
《楽しい! 今度、あなたも一緒に行こうよ》
「是非、お願いしますわ」
 通話を終えると、亜久里とキュアエコーはうなずきあった。理由はわからないが、ドリーミアは巨大ロボットに変形する前に、子どもたちを排除したのだ。
「戦いの邪魔になると思ったのかもしれませんわね。人質にされなくてなによりです」
「ドリーミアを止めよう」
 ドリーミアだった巨大ロボットは地面を踏みしめながらおいしーなタウンに向かっている。キュアエコーと亜久里は、警戒しながら来た道を戻り始めた。今となっては小型と言うことになってしまうロボットたちは見当たらないが、右側はドリーミアが巨大ロボットに変形した影響で崖になっていた。
「掴まりながら行きましょう」
 左側の木やツタを、引っ張って抜けないことを確認してから、しっかりと握って降りる。気は急くが、とても走り下りることができる状態ではなかった。
「…」
 ふたりは同時に立ち止まった。振動を感じる。音はしない。かなり先を行っているドリーミア ロボットの足音だけだ。ほっと息をつく。
「!」
 突然、足元が抜けた。キュアエコーの長いツインテールの先に、遥か地上の土が見える。足元の岩がすべて崩れ落ちた。
「亜久里ちゃん!」
「エコー!」
 背一杯、手を伸ばす。亜久里の小さな手を握った、と思った瞬間、キュアエコーの手に激痛が走った。ロボットの攻撃を受け止めたところだ。歯を食いしばる。だが、力が弱まった一瞬で、亜久里の小さな手はキュアエコーの手を滑りぬけていった。

218makiray:2023/01/16(月) 21:34:24
Juvenile (06/11)
----------------
「亜久里ちゃん!」
 キュアエコーの体も後を追いかけるように落下していく。だが、どれだけ手を伸ばしても、亜久里には手が届かなかった。
「プリキュア ハートフル・エコー、コルティーナ!!」
 光のカーテンがブランケットのように亜久里の体を包む。それがクッションになってくれれば。
 亜久里は、体が暖かなぬくもりで包まれている、と感じた。
 一瞬、転落の恐怖を忘れそうになる。―直線に落下していた体がゆっくりと回転し、仰向けになったとき、光のカーテンの向こうに見えたキュアエコーの姿に亜久里は息をのんだ。
 キュアエコーは目を閉じている。腕や足に力が感じられない。そして胸元の宝石の光が弱い。
「エコー!」
「あいつ…加減を考えろよ」
「エコー、目を覚まして!」
 グレルもエンエンも叫ぶ。だが、声は届かない。キュアエコーも答えない。
「グレル! エンエン!」
「え…?」
「私に力を貸してください」
「どうしたの?」
「キュアエコーの光を分けてもらって、今、私の中に力がみなぎっています。
 後は、妖精の力があれば」
「俺たちに、アイちゃんの代わりをやれって言うのか?」
「疲れていますか」
「そんなことないよ。でも」
「できるのかよ?!」
 わからない。キュアエースは、ほかのプリキュアとは違う。アンの魂である亜久里が、アンの肉体であるアイの力によって変身するのだ。
 それに、グレルとエンエンはキュアエコーの妖精である。だが、初めからキュアエコーの妖精だったのではない。ほかのプリキュアに力を貸すことはできないか。
「お願いします」
「無茶だろう」
「助けたいのです!」
 亜久里が叫んだ。それは悲鳴だった。
「あゆみと!
 あゆみの友達と!
 子どもたちを、助けたいのです!」
「亜久里ちゃん…」
「こんな、なにもできない子どものまま終わるのは嫌です!
 私をプリキュアにしてください! お願い!」
 グレルとエンエンは、カーディガンのポケットから這い出してきた。力強くうなずきあい、手をつなぐ。
 そして、グレルの右手は亜久里の左手に、エンエンの左手は亜久里の右手に。
「!」
 その新たなトライアングルを新たな光が駆け巡る。三人の胸に確信が生まれた。
「行けるぞ」
「変身だ!」
「プリキュア ドレスアップ!」
 いつもとは異なる純白の光をまとう亜久里。まばゆく輝くドレスに、真紅の髪の毛が重なった。
「愛の切り札、
 キュアエース!」
 落ちてくる岩を足掛かりにジャンプする。
「エコー!」
 キュアエースはキュアエコーの体を抱きしめた。息はある。
(よかった…)
 再び、岩の急流を渡り、ドリーミアがあった場所に降り立つ。中央部は大きな沼になっていた。浜にあたる場所に、キュアエースはキュアエコーの体をゆっくりとおろした。
「エコー」
「…。
 あ」
 キュアエースに触れていた短い時間で、力を取り戻したらしい。キュアエコーはすぐに目を覚ました。
「エース!」
「ありがとう。助かりましたわ」
「変身できたの?!」
「はい。
 グレルとエンエンが力を貸してくれました」
 横でグレルとエンエンが胸を張っている。

219makiray:2023/01/17(火) 21:03:18
Juvenile (07/11)
----------------
「すごい…」
「さすがですわね」
 ふたりに向かってほほ笑むキュアエース。
「あれ…でも」
 キュアエコーはゆっくりと立ち上がった。キュアエースも続く。
「いつもと違うような気がする」
「そうですわね」
 キュアエースはドレスの裾をもって軽く振ってみた。
 真っ赤な髪はいつもの通りだが、スカートがブラウンだった。そして白いドレスの縁取りはクリーム色。
「宝石も違う」
「え?」
 キュアエースは水際に駆け寄った。自分の顔を映してみる。
「本当ですわ」
 髪飾りの宝石はひし形、胸元の宝石はハートだったが上下が違う。
「あ」
「?」
「グレルとエンエンの模様だ。額の」
「ということは、このブラウンとクリーム色も」
「そうだよ」
「すごいですわ、グレル、エンエン!」
 キュアエースはいつもと違う装いになっていることを純粋に喜んでいるようだった。むしろ、グレルとエンエンの方が、何がそんなにうれしいんだ、という顔をしていた。
「では、参りましょうか」
 表情を引き締める。巨大ロボットとなったドリーミアはおいしーなタウンに向かっている。止めなければ。
 高いジャンプ。キュアエコーからキュアエースへ、キュアエースからキュアエコーヘバトンのように渡された光の力は、そのたびごとに増幅されていたとでもいうのか、キュアエコーに疲労の色はなかったし、キュアエースにもぎこちなさはなかった。
「もうすぐです」
「うん――えっ」
 突然、ふたりの目の前からドリーミアが消えた。
「…これは」
「気球も」
 海の方に向かっていた気球も姿が見えなくなった。
「みんな」
「エコー、待って」
 キュアエースが言い終わらないうちに、キュアエコーの体は何かにぶつかったように弾き飛ばされた。再びキュアエースに抱きかかえられる。
「大丈夫ですか」
「何…今の」
 キュアエースは足元の石を投げてみた。それは、何の音もたてず、だがキュアエコーと同じように跳ね返された。
「何か…ありますわね」
 ゆっくりと歩いていくふたり。抵抗があった。
 何が見えているわけではない。見回しても、さっきと同じ森が続いているだけだ。だが、進もうとすると押し返そうとする力を感じる。
 グレルはキュアエースの肩に飛び乗ると剣を抜いた。
「気をつけてくださいね」
「心配すんな」
 剣が届くように半歩、前に出るキュアエース。グレルが剣を突き出すと、その先端が消えた。グレルが慌てて剣を引っ込めると、元の長さに戻った。折れたり欠けたりはしていない。
 その剣が消えたポイントにそっと手を当ててみる。やはり何かある。ゆっくりと手を伸ばしてみると、キュアエースの手が見えなくなった。同じように慌てて引く。これも何も起こらなかった。
「空間が歪められているとか、そういうことでしょうね」
「異次元、とか?」
「おそらく。
 ドリーミアはこの向こうにいるのでしょう」
「気球も一緒に」
 うなずくキュアエース。
「行こう」
「お待ちなさい」

220makiray:2023/01/18(水) 21:19:09
Juvenile (08/11)
----------------
「みんな、私の友達も、子どもたちもみんな、この中に閉じ込められている、ってことなんでしょう?」
「わかりません」
「でも、今」
「ドリーミアは、閉じ込められているのかもしれませんが、自分の本拠地に逃げ込んだのかもしれません」
「だったら、今すぐ行かないと」
「さっきも言ったはずです。無闇に突入するのは危険――」
「私は、行く」
 反論しようとするキュアエースを無視してキュアエコーはつづけた。
「ドリーミアが捕まっているとしても、ドリーミアの本拠地だとしても、子どもたちはいるべき場所にいるんじゃない、ということに変わりはない」
「…」
「私はみんなを助けに行く」
 キュアエースはキュアエコーを見ていた。睨んでいるようでもあったが、キュアエコーは譲らなかった。
「わかりました。ご一緒します」
 エンエンがエコーの肩に乗ると、キュアエースとキュアエコーは手を伸ばした。中指の先が見えなくなる。
「私の感触で、証拠があるわけでないのですが」
 キュアエースが言った。
「悪いものではない、という気はします」
「うん」
 それはキュアエコーも感じていた。
「違和感はあります」
「うん」
「例えていうなら、同じ『光の使者』である、ほかのプリキュアと出会った時のような。同じではないけれども、大きく違っているわけでもない、という感じと言えばいいでしょうか」
「それは私にはわからないな」
 キュアエースは空いている右手で、キュアエコーの空いている左手を取った。それは、キュアエコーがどこのチームにも属していないからだ。
「今は、私があなたのパートナーです」
「新ユニットだね」
 エンエンが笑顔で言った。
「エコーとエースだから、『えぇコンビ』でどうだ」
「グレル…」
「この状況でダジャレとは、余裕ですね」
 苦笑するふたり。
「だから、大丈夫です」
「うん。
 行こう」
 一歩。視界から森が消えた。代わりに、様々な色の光が乱舞していた。オーロラの中に入ったらこうだろうか、と思われた。
 だが、体が浮いている感じはない。森の下生えの感触ではないが、しっかりと前に進むことはできる。
 正面から真昼の日差しが差し込んできた
「あそこですね」
「待ってて…みんな」
 ふっと、オーロラが消える。出るときには何の抵抗もなかった。
「え?」
 そこに広がっていたのはまったく予想外の光景だった。
「砂漠?」
「テレビで見たような…」
 一面の砂。それを取り囲む、岩肌の露出した崖。ここは、一体、どこだ。
「いたぞ!」
「気球もいる!」
 その疑間を吹き飛ばす、グレルとエンエンの声。
 キュアエコーとキュアエースの目は、その中間に注がれていた。きらきらと光を反射しながら、ドリーミアに挑むその姿は。
「プリキュア?」
「プリキュアです!」
 四葉の調査網が捉え、ありすが気づいた、新しい仲間。彼女たちがドリーミアと戦っている。

221makiray:2023/01/19(木) 21:01:18
Juvenile (09/11)
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「何人いるんだ?」
「1…2…3…わかんないよ」
 激しく動いているため数えられない。エンエンは諦めてしまった。
「ペアを組んでいるようですね。四組…?」
「地上にもいるみたいだね」
「プリキュア教科書を書き直さないと」
「何ページ使うつもりだよ」
「参りましょう」
「うん」
 走り出す。
 プリキュアの戦いがはっきり見えるようになってくる。やがて、キュアエコーは足を止めた。キュアエースも止まる。
「どうしたのですか?」
「なんか、戦い方が…」
「私も気になっていました」
 全員で当たっているわけではなく、一組のプリキュアをドリーミアにたどり着かせようとしているように見える。ほかのメンバーはその援護をしている、という様子だ。
「どういうことでしょう」
「思いを届けようとしてるのかな…」
 キュアエースはそう言ったキュアエコーを見た。そして、うなずく。
 何度も見てきた。悪事をなすものがすべて敵とは限らない。この巨大なドリーミアもそうなのではないか。
「であれば、キュアエコーの出番ではありませんか」
「おい、ちょっと」
 グレルが空を指さす。見上げたエンエンが恐怖にひきつった声を上げた。
「空が割れている…!?」
 砂漠に似つかわしい強い日差しで埋め尽くされた真っ青な空に、黒いひびが入っている。そこから崩れ落ちてくるのではないか、とエンエンはキュアエコーの首に縋りついた。
「この空間が壊れ始めているのかもしれませんね」
 誰が、なんのために作った空間なのかはわからない。しかし、百メートル単位の直径を持つあのドリーミアが暴れているのだ。何らかの影響を受けているとしても不思議ではない。そういえば、ドリーミアが足を踏み下ろしたときの振動が強くなっているような気もする。
「支えよう」
「どうやって」
「エースが言ったでしょ。
 この空間は悪いものではない、って」
「ええ」
「もし、この空間が、あそこで戦っているプリキュアが作ったものだとしたら、私たちの『光』が役に立つんじゃないかな」
 キュアエースは黒いひびを見上げた。ひびは少しずつ伸びていっている。
「私たちの『光』で補強しよう、ということですか」
「思いを届けることは、あのプリキュアに任せていいと思う」
「…え?」
 キュアエースは、それ以上を表情に出さないように努めた。
 キュアエコーは「思いを届ける」役割をほかのプリキュア――かどうかはわからないが―――に委ねようとしている。
 いいのか、それを許して。
 所属するチームのないキュアエコーは常に、自分の役割を手探りしている。強い技を持っているわけではないことに引け目を感じている様子もある。
 だが、「届ける」時であれ「受け止める」時であれ、「思い」が重要な役割を持つとき、その中心にはキュアエコーがいた。それを他者に任せることを見過ごすのは正しいことなのか。
 いや。
(プリキュアたる者、いつも前を向いて歩き続けること)
 分別臭く他の仲間を導こうとするキュアエースの役割は、ジコチューとの戦いが終わったとき、同時に終わったはずだ。キュアエコーが次のステップを進もうとしている。キュアエースも続くべきだ。
「事情を知らない私たちが参加してからでは時が過ぎます。その環境を整えるほうが適切かもしれません」
 それが「勘」に頼った判断であることはふたりともわかっていた。あの光がプリキュアのものかどうかはわからない。まして、この空間が悪いものではない、というのも「感触」に過ぎない。
 だが同時に、この判断は間違っていない、という確信もあった。
「彩れ、ラブ・キッス・ルージュ!」
「プリキュア ハートフル・エコー!」
「ショット・コルティーナ!!」
 ふたりの体から伸びた光が天に突き刺さった。青い空が金色に染まっていく。その金色がしみこむように消えた後、ひびは跡形もなく消えていた。
「ひびが消えました!」
 それが合図になったように、先頭の一組がドリーミアの中に消えた。
(思いよ、届け)
 キュアエコーは息を整えると、両手を合わせて祈った。

222makiray:2023/01/20(金) 20:54:39
Juvenile (10/11)
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 フォローの必要がなくなったわけではない。ふたりは妖精たちとともにプリキュアの元へ走った。だが、ペースが上がらない。
 どちらも歯を食いしばっている。キュアエースはやはり本来とは異なる形で変身していることが大きい。キュアエコーには疲労の色が見える。「ハートフル・エコー」を何度、放ったのだったか。
 だが、あと一息の筈だ。
「エコー、ロボットが」
 グレルが指さす。エンエンがつぶやくように言った。
「消えていく…」
「首尾よくいったようですね」
 地上にいるメンバーが慌てている様子がない。キュアエースはほっと息をついた。
「気球…気球は?!」
 キュアエコーは激しく頭を巡らせた。それはまだ空に浮かんでいた。だが。
「下降していませんか?」
 早い。加速がついているようにも見える。
「まりちゃん! みなちゃん! めいちゃん!」
 キュアエコーの息が荒い。回復していないのは明らかだった。
「ここから」
 キュアエースの手を振り払うように手を伸ばす。
「エコー」
「フーちゃん、お願い」
〈うん〉
 ゆっくりと息を吐くと、キュアエコーは右手を気球に向けた。
「お手伝いいたします」
 その左手を取るキュアエース。だが、この空間に入った時と比べて力が弱いような気がした。
「大丈夫。
 だれも傷つけさせはしません」
 キュアエースが左手を上げた。呼吸を合わせる。
「グレル、エンエン。もう一度、お願いします」
「任せろ!」
「僕たちだってプリキュアだもん」
 ふたりの手のひらに光の珠が生まれた。
「プリキュア ハートフル・ショット・コルティーナ!」
 ふたりの前に広がった光のカーテンは、魔法のカーペットのように飛んでいく。それは次第に速度を増して落下していく気球の下に滑り込んだ。
「間に合った」
「…。
 速度が」
 いくらかゆっくりになった、という程度だった。もう地面が近いのに、スピードは十分に落ちていない。
「もう一度――あ」
 キュアエコーとキュアエースは、もう一度「ショット・コルティーナ」を放とうとそれぞれの手に力を込める。その瞬間、ふたりの周囲で光が飛び散った。
「変身が」
 坂上あゆみと円亜久里の姿に戻ってしまっただけなく、ふたりは砂漠に膝をついてしまっていた。立ち上がろうにも力がはいらない。
「みんなを、助けないと」
「変身…ですわ」
 両手で体を支えて立とうとする。だが、厚い砂はそのわずかな力を吸い込んでしまう。
「早く」
「もう一度」

223makiray:2023/01/21(土) 21:11:45
Juvenile (11/11)
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「プリキュア パーティ・アップ!」
 光が空間を満たしたように見えた。「ショット・コルティーナ」よりも明るい光が気球を包み込む。
 止まったように見えた気球はゆっくりと着陸した。
「よかった…」
「大丈夫?」
 大人の男性の声だった。グレルとエンエンはあゆみの背後に隠れた。
「はい」
 やっとの思いで立ち上がったがバランスを崩しそうになる。あゆみを青いドレスの少女が、亜久里をカラフルなドレスの少女が支えた。
「みなさんがプリキュアなんですのね」
「はにゃ! わたしたちの秘密が!」
「どうしてそれを…」
 チャイニーズドレスの少女が飛び上がって驚き、和服を思わせる装束の少女が首をかしげる。
「な、なんだ、おまえ!」
「ふたりは妖精コメ?」
「あなたも妖精?」
 あゆみの足元では、グレルとエンエンが、見たことはないが、全く知らない雰囲気でもない動物たちに目を自黒させている。驚いてるのか、フーちゃんのエコーキュアデコルも不規則に点滅した。
「え、妖精?
 ということは?」
 初めて見る少女たちが顔を見合わせている。
「ふたりもプリキュア!?」
 その声が砂漠の砂に吸い込まれていく。
「あの!」
 沈黙を破るあゆみ。
「ドリーミアに来ていた子供たちを助けないと!」
「そうよ。
 そうだわ」
 男性は手を鳴らすと、両手を組み合わせた。そのまま踊るように振ると、さっき見たオーロラのような光に続いて景色が戻った。砂漠は跡形もなく消えていた。
 ドリーミアも、建物に傷はついているようだが、元の場所に戻っていた。気球も、元あった場所に格納されている。あゆみがほっと息をつき、亜久里がほほ笑んだ。
「あのね、たくさん、お話したいことがあるの」
 ピンクの服を着た少女が言った。
 それはあゆみと亜久里も一緒だった。
 みんなの帰宅を見届けて、このプリキュアたちのことを知って、自分たちのことも知ってもらって、フーちゃんやグレルやエンエンの友達になる妖精たちも紹介してもらって。
 亜久里を家に送り届けて、その前に、エルちゃんと一緒に出かける計画も相談したい。
 まだまだ盛りだくさんの一日になりそうだった。

224makiray:2023/01/21(土) 21:12:50
お騒がせしました〜。

225名無しさん:2023/01/22(日) 00:11:23
>>224
意外な組み合わせ!
でも入り口のシーンでは、確かに彼女なら……でした。
相変わらず一生懸命なあゆみと、グレル、エンエン、フーちゃんとの組み合わせが好きです。
楽しませて頂きました。


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