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川 ゚ -゚)子守旅のようです
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困ったことに世界は急激に縮小された。
都市の大半が潰れた。もちろん人間もたくさん死んだ。
それでも尚、世界は存在し続けている。
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街は夕暮れに染まっている。
真昼は殺人事件に関する話題で騒がしかったものの、
この時刻になると、もう平常の様相を取り戻していた。
そういえば、ここは強盗事件が多いのだとジョルジュが言っていた。
皆、いくらか慣れてしまっているのかもしれない。
( "ゞ)「──被害者は、製紙・印刷工場の責任者ヒッキー」
とあるカフェの一席。
手帳を開いたデルタが、ゆっくりと読み上げる。
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( "ゞ)「胸を刺されていたそうで。現場にあったナイフが凶器と見られます。
財布が無事だったことから、強盗目的の殺人ではありません」
一度視線を上げると、頬杖をついたハインリッヒと目が合った。
それを確認して、再び目を落とす。
( "ゞ)「──本日の午前11時頃、ヒッキー君は『昼飯を食べてくる』と言って、工場を出ました。
工場の従業員達の証言です」
从 ゚∀从「昼飯かー。どこ行ったんだ?」
( "ゞ)「我々の泊まっている宿だそうですよ」
(-_-)『あそこの食堂のご飯、美味しいですよ。僕もよく行きます』──
ヒッキーは食堂の常連。
宿泊客以外にも開放されているので、出入りは自由だ。
从 ゚∀从「ははあ、じゃあスギウラ君とヒッキー君の間で、何かあったかもしれないわけだな」
( "ゞ)「まあ可能性は、多少」
宿泊客のロマネスク、食堂に通うヒッキー。
接点が皆無なわけではない。
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( "ゞ)「ともあれ、そのままヒッキー君は帰ってきませんでした」
从 ゚∀从「ふむ」
( "ゞ)「さて、視点を変えまして。
12時半頃に『中央』の船が来る予定だったので、
多くの人々が港へと向かっていました。自警団も同様に」
从 ゚∀从「まー、人が集まるところは警戒しなきゃいけないもんな」
( "ゞ)「すると、路地から現れた男性──第一発見者、としますね。
第一発見者が、『あっちで人が死んでいる』と自警団員に知らせたそうです」
从 ゚∀从「ほー」
( "ゞ)「団員が急いで向かうと、ヒッキー君の死体が転がっていた。
そしてその横に、ナイフを持ったスギウラ氏が立っていた……」
事件発覚までの流れは、ひどくシンプル。
食堂へ行く、と1人で出掛けたヒッキー。
彼は一時間半後に死体となって発見される。
その死体の傍らで、血まみれの凶器を持っていたロマネスク。一目瞭然だ。
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( "ゞ)「その後の流れはクール……スギウラ氏の護衛が話した通りです」
从 ゚∀从「自警団がスギウラ君を捕まえようとしたらスギウラ君が抵抗して、
遅れて現れたクール君は、スギウラ君を助けるために団員と大立ち回り、か」
ストローを行儀悪く齧りながら、ハインリッヒが視線を斜め上へ向ける。
それをやんわり咎めてから、デルタはコーヒーカップに口を付けた。
从 ゚∀从『私がいち早く真実を見付けてやる! じっちゃんの名にかけて!』
──あの宣言から、4時間近く経った。
一体どうやって調べるのかと思えば、地道な聞き込みによる調査。
しかも主なやり取りはデルタ任せと来たものだ。
関係者のふりをして自警団員にひたすら聞き込みをし、
さらに自警団員を手伝うふりをしてヒッキーの知り合いにひたすら聞き込みをし。
未だかつてないほど質疑応答を繰り返した気がする。
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( "ゞ)「状況だけで言えば、スギウラ氏が犯人のように思えますがねえ」
从 ゚∀从「まあねー。やってないとは言ってたけど」
そりゃあ否定はするだろう。事実であれ嘘であれ。
カップをソーサーに戻し、手帳のページをめくる。
今は聞き込みで得た情報をハインリッヒに説明しているところ。
まあ、意外性のある情報はほとんどない──ある一つを除いて。
その「ある一つ」を伝えようとした瞬間、
丁度いいタイミングでハインリッヒが質問してきた。
从 ゚∀从「死体の第一発見者って誰?」
( "ゞ)「ジョルジュ君です」
ナガオカ・ジョルジュの顔を思い浮かべながら答える。
昼間は唐突に現れたと思ったものだが、
そもそも自警団に通報したのが彼だったわけだ。
ハインリッヒは更に行儀悪くジュースに空気を吹き込み、眉根を寄せた。
从 ゚∀从「……そっかあ」
そして夕日に顔を向けて。
从 ゚∀从「……宿に戻ってみよう、じっちゃん」
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9:なんとなく、この人 2/2
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从 ゚∀从「ありゃ、まだ捜査中なんだ」
忙しなくロビーと階段を行き来する自警団の姿に、ハインリッヒは目を丸くさせた。
ロマネスクとクールを宿へ連行してから、4時間。
取り調べ自体はともかく、部屋や私物の調査に掛かる時間としては随分長い。
ミ,;゚Д゚彡「あ──ハインリッヒ様」
从 ゚∀从「よう、オーナーさん」
宿の主人、フサがこちらに気付く。
疲れた顔の彼に近付き、ハインリッヒが肩を叩いた。
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从 ゚∀从「大変だなあ、面倒なことになって」
ミ,;゚Д゚彡「まったくです……どうも、凶器がうちの宿で使っていたナイフの可能性があるらしく……
私含め、従業員と他のお客様まで事情聴取を受けることになったもので」
( "ゞ)「それはそれは」
話している間に団員の1人が近付いてきて、ハインリッヒとデルタにも聴取を始めた。
ヒッキーとの面識はあるが、仕事上の付き合いでしかないことを説明する。
最後に彼と会ったのは昨日の夕方だ。
今日は会っていない。
11時頃、売上金のやり取りをするため雑貨屋に赴き、店に長時間留まって、
それが済んだら斜交いのレストランに入った。要するにアリバイがある。
一通り話すとあっさり解放された。
そもそもこちらは大して怪しまれていないのだろう。
団員が離れていく。傍についていたフサが申し訳なさそうに頭を下げた。
ミ,;゚Д゚彡「すみません、こんなことになって」
从 ゚∀从「別にオーナーさんが謝ることじゃないよ」
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ミ,;゚Д゚彡「そう言っていただけると……。
……彼らも夜までには引き上げるでしょうが、今晩は食堂を使えません。
お申し付けくだされば、簡単なものであれば調理してお部屋に運ばせていただきます。
──おい、その椅子を乱暴に扱うな!」
最後の一言は自警団に向けて。
早足で団員に近付くフサへ、ハインリッヒは大声で質問をぶつけた。
从 ゚∀从「おーい、ジョルジュ君はどこだ!?」
ミ,,゚Д゚彡「は、あいつなら食堂かと」
答えて、フサは再び団員へ怒鳴った。
調度品に気を遣っているらしい彼は、傷を付けられやしないかとはらはらしているようだ。
( "ゞ)「行きましょうか」
从 ゚∀从「ん」
食堂の扉は、すぐそこだ。
開け放された扉の傍には誰もいない。
扉の陰に立ち、ハインリッヒは珍しく抑え気味の声で呟いた。
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从 ゚∀从「──第一発見者が実は犯人でしたってのは、推理小説じゃよくあるよなー」
随分はっきりと言い切るものだ。
だがデルタも、真犯人とまで言う気はないが、ジョルジュが怪しく感じなくもない。
从 ゚∀从「……あ、ジョルジュ君も取り調べ受けてるのかな」
( "ゞ)「第一発見者なのに加えて、凶器もこの宿の物らしいですからね。
ハイン様のように怪しんでいるのやも」
食堂にはジョルジュの他に、自警団員が2人ほど。
ジョルジュはとある席の傍らに立ち、彼らに何か説明している。
( "ゞ)「……彼が真犯人だとして、それなら、スギウラ氏が死体の横でナイフを持っていた件は?」
向こうの用が終わるまで待つ間に、デルタはハインリッヒの考えを聞いておくことにした。
从 ゚∀从「持たせたに決まってるだろー。どうにかしてさ」
( "ゞ)「スギウラ氏に罪をなすりつけるため?」
从 ゚∀从「そうそう。動機はあるし」
( "ゞ)「昨日のあれですか」
从 ゚∀从「あれあれ」
昨朝、ロマネスクとジョルジュの間でいざこざがあったのは確かだ。
元々の原因はサダコだったが、この宿を馬鹿にしたロマネスクに対し、ジョルジュは大層怒っていた。
ロマネスクを陥れる動機にはなる。
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( "ゞ)「しかしハイン様。
まさか、そのためだけに無関係の人間を殺すわけがありません。
スギウラ氏を罠にかけるだけなら、他にいい方法がたくさんありますし」
从 ゚∀从「もちろん、ヒッキー君を殺した後で、スギウラ君に被せるのを思いついたんだろうね」
( "ゞ)「……ジョルジュ君にヒッキー君を殺す理由がありますかね?」
从 ゚∀从「顔見知りなら、まあ何かしら不和があってもおかしくないよ」
( "ゞ)「なぜ顔見知りであると、」
訊きかけ、口を閉じる。愚問だ。
従業員、食堂の常連、宿泊客。
この宿が3人を繋いでいる。
これならハインリッヒの推理が正しい可能性もあるか。
从 ゚∀从「……あれ? じっちゃん、ヒッキー君が工場を出たのは何時だっけ?」
壁の張り紙を眺めていたハインリッヒが首を傾げた。
食堂の営業時間が書かれている。
( "ゞ)「11時と聞いてますね」
答え、デルタも首を捻った。
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从 ゚∀从「11時に出たって、早くない?」
( "ゞ)「……早いですなあ」
──午前10時から12時までの間は、準備と休憩のため食堂を閉めている。
いつぞやサダコから聞いた通り。
从 ゚∀从「工場からここまで歩いてくるのに、15分もかからないよなあ……」
どれだけゆっくり歩いたとしても、11時半になる前にはここに着く。
食堂が開くまでには時間がある筈だ。
( "ゞ)「まあ12時になるまで、適当に街をぶらついて時間を潰したのも有り得ますが……」
从 ゚∀从「んん」
( "ゞ)「しかし、そもそも印刷工場の昼休憩は、12時からと決まっているそうです。
責任者であるヒッキー君なら融通は利くでしょうが、」
从 ゚∀从「それにしたって一時間も早く昼休憩に入ったのは早いな!
サボりか?」
( "ゞ)「責任感のありそうな人でしたし、そのようなことをする人間には思えません」
从 ゚∀从「だなー……」
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それと、とデルタは言葉を続ける。
( "ゞ)「今日は、手袋を工場に置いていっていたとか」
从 ゚∀从「手袋?」
( "ゞ)「ほら、彼の手は、いつもインクで汚れているでしょう。
洗ってもなかなか落ちないインクだとも言ってましたね」
从 ゚∀从「言ってた言ってた」
( "ゞ)「外で食事や買い物をする際には、備品や商品にインクが移らないよう
手袋をつけるようにしていたそうですよ」
その手袋が、工場の休憩室に置かれたままだった。
単に忘れていっただけだろう、と作業員は言っていたが。
こうなってくると別の意味合いも浮上する。
何か思い至ったか、ハインリッヒが指を弾いて鳴らした。
从*゚∀从「嘘ついたんだ!」
( "ゞ)「はあ」
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从*゚∀从「昼飯を食うんじゃなく、別の用で出掛けたんだ!
ジョルジュ君と何か話をしようとしたんじゃないか?」
ロングコートのポケットから街の見取り図を取り出し、
興奮気味のハインリッヒはデルタに片手を伸ばした。
ペンを渡してやれば、そのペンで見取り図に印を付け始める。
工場、この宿、そして死体の発見現場。
从*゚∀从「そうだよ、そうなんだよ、だって死体が見付かったのは港近くの路地なんだから。
この食堂に来るとすれば、あの道は通らない」
工場から宿へ向かう場合、工場を出てから、まず南に向かわねばならない。
一方、死体の発見現場は工場から見て北側だ。真逆と言える。
( "ゞ)「あの路地の近くで、ヒッキー君とジョルジュ君が待ち合わせをしていたと?」
从 ゚∀从「そういうこと! そこで何かがあって──
いや、刃物を用意してたなら最初から殺意はあったのかも。
ともかくジョルジュ君はヒッキー君を殺し、スギウラ君に──」
多分に決めつけを含む推論を述べていたハインリッヒは、ふと黙った。
そしてまた小首を傾げて。
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从 ゚∀从「どうしてスギウラ君があの路地に?」
( "ゞ)「……ハイン様の説を支持するならば、
スギウラ氏も路地に呼び出されたか、逆に自分から呼び出すかしたのでは?」
从 ゚∀从「あ、そっか。──でもジョルジュ君が野次馬から出てきたとき、
スギウラ君はこれといって反応しなかったな」
( "ゞ)「そうですね、特には」
从 ゚∀从「じゃあジョルジュ君とは現場で会ってないのかなあ?
ってことはー……まずジョルジュ君とヒッキー君が2人で会って、ヒッキー君が殺されて……
後から来たスギウラ君に、どうにかして凶器を持たせてから、自警団を呼んだ?」
どうにかして、って、どうすればロマネスクが死体を前にして
血まみれのナイフを握るに至るのだ。
デルタが問う前に、ハインリッヒもその違和感に気付いたようだ。
ややあって、ぽんと手を叩く。
从*゚∀从「催眠術だな! 催眠術でナイフを持たせて、更にジョルジュ君と会った記憶を消した!」
( "ゞ)「……ハイン様がそう思うのならば」
从 ゚∀从「これは違うな」
( "ゞ)「違うと思います」
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情報が足りないから妙な方向に走るのだ。
まだかなとデルタが食堂を覗き込むと、ちょうど話が終わったのか、
自警団員がこちらへ歩いてきてそのまま食堂を出ていった。
すれ違いざま、じろりと睨まれる。デルタは穏やかに会釈した。
溜め息をついて椅子に座るジョルジュ。
デルタが声をかけるより早く、ハインリッヒが食堂に突入した。
从 ゚∀从「やあジョルジュ君!」
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(;゚∀゚)「……あんたら、でけえ声で人聞き悪いこと話すのやめてくんねえか?」
( "ゞ)「おや、聞こえていたかね」
デルタは自警団員へ向けたのと同様の微笑を浮かべ、とぼけてみせた。
ハインリッヒだって初めは小声で話していたのだ。初めは。
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(;゚∀゚)「おかげで変に疑われただろ……つか、そんな目で俺のこと見てたのか」
从 ゚∀从「仮定の話だよ。実際、君だって怪しいところが無いわけじゃないんだろ」
ジョルジュは苛立つように眉根を寄せたが、怒る気力もないほど疲れているのか、
おとなしく反論のみを返した。
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(;゚∀゚)「言うまでもないが俺は殺してねえよ。
それに12時10分頃まではここにいたんだぞ。
他の従業員や宿泊客とも会ってたから、疑うなら訊いてこい」
从;゚∀从「えー!」
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(;゚∀゚)「ヒッキーさんが工場出たのは11時だろ?
俺は11時からずっと厨房を手伝ってたし、
その後はオーナーに買い出し頼まれて、準備が済んだらすぐに宿を出たんだ」
それではハインリッヒの推理──言いがかり──は成立しない。
ジョルジュが宿にいたのは12時10分まで。
そして死体を発見したのが12時30分前後。
その20分は、現場へ向かうだけで使いきってしまう。
ヒッキーを殺して、己の犯行の跡を消して、他者へ罪を着せるために工作するような時間は無い。
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(;゚∀゚)「……俺は本当に、死体を見付けただけなんだよ。
建物の陰から足がはみ出てるのが見えたから、誰か倒れてんのかと思って近付いてみりゃ──」
( "ゞ)「死体だったと」
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(;-∀-)「驚いたぜ、ほんと」
ジョルジュが首を振る。
知り合いの死体を見付けたのだ、驚くのも当然である。未だに動揺しているのか顔色が良くない。
( "ゞ)「そのとき、ヒッキー君の近くにスギウラ氏はいたのかな?」
問えば、ジョルジュは腕を組んで唸った。
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( ゚∀゚)「……見なかった、とは思うんだが……。
はっきりしねえな、死体にばっかり気を取られてたから」
言い終えた彼はハインリッヒに目を向け、途端に肩を落とした。
ハインリッヒの表情はまだ訝しげだった。
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(;゚∀゚)「ったく……。
そもそも俺には動機がねえっつうの」
まあ最も気に掛かるのはそれである。
いささか直情的に見えるジョルジュといえど、
そう簡単に人を殺しはしまい。
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从 ゚∀从「ヒッキー君とは何か関わりとかあった?」
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( ゚∀゚)「そりゃ、よく飯食いに来てたからな。
つっても従業員として話すことはあったが、別にそれ以上の会話は無かったぞ。
おとなしい人だったから嫌な思いさせられたこともねえし」
从 ゚∀从「そうかあ……」
ようやく、ハインリッヒの目から疑惑の色が薄まったようだった。
完全に消えたわけではないが、突出して怪しい人物ではないと判断したのだろう。
( "ゞ)「工場でも、おとなしくて他人と深く関わらない人だという証言が多かったですよ」
从 ゚∀从「恨みを買うような人じゃなかったってこと?」
( "ゞ)「はっきりとは言い切れませんが、まあ、概ねそんな感じかと」
目立った交流は無くとも、嫌われるようなことはなかったようだ。
工場の職員達はヒッキーの死を悼んでいた。
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从 ゚∀从「従業員で、ヒッキー君と仲良くなった奴はいないの?」
何気ない様子でハインリッヒが訊ねると、ジョルジュは少しだけ困った顔をした。
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( ゚∀゚)「オーナーやサダコは、たまに話してたかな。仲がいいってほどじゃねえけど……」
从 ゚∀从「ほう!」
目を輝かせるハインリッヒにジョルジュが冷ややかな視線を送る。
だから言いたくなかったのだ、という顔。
それから、「あのな」と窘めるように開口。
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( ゚∀゚)「とっくに自警団の方にも説明してるし、向こうもサダコ達に取り調べしたから。
あんたらがやることなんかないぞ」
从 ゚∀从「わかんないじゃん!」
( "ゞ)「……そういえば、さっき、自警団には何の話をしていたのかね」
ふと気になり、訊ねた。
あちこち指差しながら話していたようだったが、何をしていたのだろう。
ああ、とジョルジュは後ろに振り返った。
暖炉近くのテーブルを指差す。
_
( ゚∀゚)「……スギウラさんとヒッキーさんが、夜、ここで喧嘩したんだよ」
从 ゚∀从「え」
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_
( ゚∀゚)「昨日の朝、あったろ、ほら、スギウラさんが……」
( "ゞ)「ああ、怒っていたね」
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( ゚∀゚)「あれから俺とサダコが謝りに行って、まあ機嫌は直してもらったんだけどよ。
無料でサービスするからっつって、夕飯時にまた来てもらえたまでは良かったんだが」
从 ゚∀从「私達は知らないなー」
( "ゞ)「そりゃあ、夕方にヒッキー君と会った後は近くのレストランに入りましたからな」
宿の食堂にしなくて良かった。
ハインリッヒとロマネスクが顔を合わせていたら、またややこしいことになっていたかもしれない。
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( ゚∀゚)「スギウラさん、酒飲んだ辺りからまた機嫌が悪くなってな……」
ジョルジュは言いづらそうにハインリッヒを見て、
_
( ゚∀゚)「……まあ、あんたのこと愚痴ってたぜ」
从;゚∀从「えー何で」
何でも何も。
ロマネスクを一番怒らせたのは、確実にハインリッヒの嫌味(自覚はないだろうが)だった。
つくづく、昨夜はここに来なくて良かった。
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支援
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──ロマネスクは更に酒を飲み、ますます酔っていったという。
そこへヒッキーが来て、隣のテーブルについた。
注文をとるためサダコがヒッキーのもとへやって来たところ、
ロマネスクがサダコに絡み出した。らしい。
从 ゚∀从「なんでサダコ君?」
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( ゚∀゚)「サダコのせいで恥かいたんだって言ってたかな……」
从 ゚∀从「ははあ。しつこいもんだなあ」
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( ゚∀゚)「そしたらヒッキーさんが、サダコ庇ってさ。スギウラさんにちょっと言い返してた。
ほんと、少しだけなんだけどな。『そこまで言わなくても』、くらいのさ」
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(;゚∀゚)「でもそれでスギウラさんがぶちギレてなー。ヒッキーさんに食って掛かって。
サービスするっつった手前、俺達もあんまり手出しできなかったんだが、
ここまできたら止めないわけにもいかねえだろ?」
( "ゞ)「まあ、いくら機嫌が悪くても他のお客様に迷惑をかけていい道理はないからね」
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(;゚∀゚)「そんでクールさんに手伝ってもらって、スギウラさんを食堂から出したんだよ。
そしたらスギウラさん、飲み直してくるって怒鳴って、そのまま宿を出ていっちまって」
──そして一夜が明けても、宿に戻ってこなかった。
ジョルジュが次にロマネスクを見たのは、路地での乱闘騒ぎというわけだ。
( "ゞ)「ヒッキー君が悪いことをしたわけじゃないが、
スギウラ氏にとっては、いい気がしない相手だったということか」
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( ゚∀゚)「自警団がスギウラさんの呼気を調べたら、しこたまアルコール反応が出たらしい。
多分、宿を出た後は朝まで……下手すりゃ昼まで飲んでたんじゃねえかな」
从 ゚∀从「泥酔してるところにヒッキー君と遭遇して、かっとなって刺したってか?」
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( ゚∀゚)「自警団はそう考えてるみたいだ」
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あれ、とハインリッヒが声を上げた。
从 ゚∀从「ナイフは、この宿の物なんだよな?」
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( ゚∀゚)「いや、確定したわけじゃない。
ナイフ自体は町中で売られてるし、うち以外の店でも使われてるやつだ」
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( ゚∀゚)「ただ、そこの棚にしまってあったナイフが一本なくなってるって今朝わかったんだよ。
だから、もしかしたら……」
( "ゞ)「その紛失したナイフが凶器に使われた可能性がある、ということだね」
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( ゚∀゚)「そういうこった」
从 ゚∀从「凶器がここのナイフだとして、それはスギウラ君に持ち出せたのか?」
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( ゚∀゚)「夕飯のとき、スギウラさんは暖炉に近い席にいた。
だから、……まあナイフを持ち出すことは出来ただろうって、自警団は言ってたが」
食堂の暖炉は調理にも使われている。
傍の棚には専用の調理器具がしまわれており──
小型ながら、ナイフも数本あるのだそうだ。
見せてもらうと、黒い柄に普通の刃。
たしかに特徴はないし、そこかしこで見かけるような造りである。
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从 ゚∀从「ふうん……スギウラ君が座ったのはこのテーブル?」
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( ゚∀゚)「そう。で、こっちのテーブルにヒッキーさんが座った」
ロマネスクが座ったという席とヒッキーの席の間に、ちょうど棚がある。
──器具の管理はサダコがしているらしく、
実際、今朝早くに彼女が棚の確認をしたところ
ナイフが一本足りなかったのだという。
そのナイフと凶器が同一である確証はないが、どうしたって、可能性は高くなる。
从 ゚∀从「なるほどなあ……」
( "ゞ)「……ヒッキー君は、食事のときはいつも手袋をしていたかい?
時々忘れることは?」
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( ゚∀゚)「毎度確認してるわけじゃねえが……まあ俺が見る限りじゃいつも付けてたよ。昨日もしてたし」
从 ゚∀从「じゃあ、やっぱり今日食堂に行くって言ったのは嘘だったのかな」
( "ゞ)「かもしれませんね」
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( ゚∀゚)「……ま、こんなとこだ。
もういいか? 暖炉の掃除しないといけねえんだ」
从 ゚∀从「んー、ありがとな」
( "ゞ)「忙しいところすまなかったね」
腰を上げたジョルジュの足元には、灰掻き棒と灰バケツ。
死体の発見に取り調べ、そこへ日々の業務までこなさねばならないとは。
ジョルジュの顔も疲れ気味。
踵を返しかけたハインリッヒが、最後に、とジョルジュに問い掛けた。
从 ゚∀从「サダコ君はどこにいる?」
_
( ゚∀゚)「あ? ……あー、スギウラさんの部屋じゃねえかな。
2階に上がって右に進んで、突き当たりをまた右に曲がったとこだ」
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-
从 ゚∀从「──ジョルジュ君は犯人じゃなさそうだなあ」
食堂を出て。
階段を上りながら、ハインリッヒが呟いた。
( "ゞ)「何故です?」
从 ゚∀从「まあ話の内容から何となく……。
一番の理由は、あの口振りかな」
( "ゞ)「口振り」
从 ゚∀从「スギウラ君を犯人だとは断言しなかったろ?
もしもスギウラ君に罪を着せるつもりなら、もっとぐいぐい行くと思うんだ」
アルコール検出の件、そこから推測される殺害の流れ、凶器の入手先。
いずれもジョルジュではなく、あくまで自警団の意見として語っていた。
ジョルジュ自身の態度はひどく曖昧だ。
彼が真犯人で、ロマネスクを陥れるのなら、自警団の意見に賛同する素振りくらい見せてもいい。
しかしそれすら無かった。
犯人と決めつけることもなく、庇うこともなく──どこまでも第三者の立場を貫いている。
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( "ゞ)「ではやはり犯行はスギウラ氏が?」
从 ゚∀从「いや、次に怪しいのはサダコ君だ!」
高らかに告げると同時に階段を上りきり、右の廊下へ。
これまたはっきり言ったなとデルタは感心する。
一旦、自分達の部屋に寄った。
鞄に何かを詰め込んだハインリッヒが、廊下に戻って先の話を再開させる。
从 ゚∀从「もし本当に凶器が食堂のナイフだったなら、犯人はこの宿の従業員か客だ。
ナイフの管理をしていたのはサダコ君──怪しいぞ!」
( "ゞ)「はあ、まあ、そうかもしれませんがなあ。動機はありますかね?」
从*゚∀从「そりゃあ痴情のもつれだろう!」
( "ゞ)「……ですか」
それしかない、とばかりに自信満々だ。
とりあえず聞いておこう。
-
从*゚∀从「ジョルジュ君とは最低限の会話しかしなかったヒッキー君が、
サダコ君とはそれなりに話す仲だったそうじゃないか。恋仲かもしれん!」
( "ゞ)「オーナーとも話していたようですが」
从*゚∀从「何なら、ヒッキー君がここの食堂に通ってた理由にもなる!」
( "ゞ)「料理が安くて美味しかったからでは」
从*゚∀从「昨夜スギウラ君に絡まれたサダコ君を、ヒッキー君が庇ったというし!」
( "ゞ)「知人が酔っ払いに絡まれていたら口を挟むくらいはするのでは」
デルタの突っ込みも、今のハインリッヒには届かない。
とはいえハインリッヒの勘は時々当たるし、案外事実かもしれない。
#
-
きったー!
サブタイから推理物の気配を感じない!
-
川д川「申し訳ありませんが、私とヒッキーさんはそういう仲ではありません……」
从´゚∀从「えー」
ハインリッヒの勘は時々当たるが、同じくらい、時々外れる。普通に。
廊下に立つサダコは、ハインリッヒの推理をあっさり切り捨てた。
前方にはロマネスクの部屋があり、2人の自警団員がそこかしこを調べて回っている。
サダコは立ち会いを任されているのだという。
彼女の隣に、同僚らしき女中もいる。
-
川д川「そもそも歳が離れていますし……。
私は本が好きなので、よく、そういったお話をさせていただいただけですよ……」
たしかに比較的、仲がいい方ではあるだろうけど──
そう付け足すサダコに、嘘をついている様子はない。
自警団の方からも似たような質問をされたようで(流石にハインリッヒほど明け透けではなかろうが)、
こちらの露骨な問いに落ち着いて返答してみせている。
さらに続けてアリバイのことも聞かせてくれた。話が早い。
川д川「それに私、今日はずっと宿におりましたもの……彼を殺してなんていません。
みんなも証言してくれますわ……」
从 ゚∀从「ずーっと誰かといたのか?」
川д川「……いえ。お昼の仕込み中、裏口で1人、野菜の処理をしました。
裏口の近くは私以外に誰もいませんでしたから、証明できませんが……」
从*゚∀从「野菜の処理!? 刃物持ってたか?」
川д川「いいえ、洗ったり、手でヘタや根を取ったりするだけでしたので……」
早朝、ナイフが一本なくなっていることに気付いてから、すぐに従業員全員に伝えた。
誰も行方を知らず、探せるところは一通り探したが見付からなかったという。
そんなことがあったので、今日は皆、ナイフのチェックには気を付けていたそうだ。
端的に言えば、厨房と食堂以外の場所へ持ち出すのを禁止した。
サダコが裏口へ行く際も同僚に確認してもらったらしい。
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( "ゞ)「とのことですが」
从 ゚∀从「ふふふ……甘いな。サダコ君は昨夜の内にナイフを裏口に置いといたんだ。
そして今朝、あたかもナイフの紛失に気付いたように装って……」
川д川「紛失に気付いてから、みんなでナイフを探したと言いましたでしょう……。
裏口もその周辺も、複数人が見ていましたよ……」
从;゚∀从「う」
ねえ? と、サダコは隣の女中に頭を傾けた。女中が同意する。
昼前にはベッドメイクの時間を利用して、プライバシーを害さない程度に客室も調べたと。
それでもナイフは見付からなかった。
諦めきれないハインリッヒが室内の自警団に声をかけ、証言の正否を問うと、
団員は面倒臭そうにサダコ達の言い分を認めた。
从;゚∀从「……いや、それでもどこかに死角はある! たとえば天井裏を確認した人はいるのか!?」
( "ゞ)「ハイン様、ただ疑わしいというだけでは堂々巡りです。
ナイフを隠していたことを示す証拠が無いのですから」
从;゚∀从「ぎいー」
-
( "ゞ)「それで、あなたが1人だった時間というのは?」
奇声を発して悶えるハインリッヒの代わりにデルタが話を進めた。
ナイフの件は置いて、ひとまずアリバイを確認しておかねば。
川д川「ええと……11時半から12時頃まででしょうかね……」
从 ゚∀从「……30分? だけ?」
川д川「30分だけですわ……」
──30分。
ジョルジュ同様、色々と工作するには時間が足りない。
現場と宿の往復だけでも40分はかかるのだから。
まして女、それもか細くて如何にも不健康そうな彼女には、どうあっても不可能だろう。
包帯と絆創膏まみれの手足を見ると、余計にそう思う。
从 ゚∀从「そっかー……」
( "ゞ)「念のため訊いておくけれど、その30分間の前後は誰と?」
少なくとも11時まではヒッキーの姿が確認されているので、
11時から12時半までの情報が欲しいとデルタが言うと、サダコは顎に指先を添えた。
-
川д川「……食堂で、整理や調理などを。私の他に従業員が2人ほどいましたね……。
途中で同僚と一緒に厨房へ行って食材を分けてもらいました、
そのとき厨房にいたのは3人だったかと……」
川д川「それで11半頃、食堂の暖炉でパンを焼いているところにオーナーが来て、
野菜の処理を任されまして……」
从 ゚∀从「オーナーさんが?」
フサはいつも食材の下処理などを手伝っているらしい。
そのときは、用が出来たので代わってくれとサダコが頼まれたのだそうだ。
引き受けたサダコは1人で野菜の処理をし、
食堂を開ける時間になったため、厨房に戻って調理にかかった。
その後はずっと調理と配膳をしていたという。
しばらくすると、買い出しに行った筈のジョルジュが手ぶらで帰ってきて、
首長や自警団が来ると言うので業務を停止せざるを得なくなった。
从 ゚∀从「開店した後、ヒッキー君は食堂に来た?」
川д川「……いえ、見てませんねえ」
お役に立てず申し訳ありません、とサダコが頭を下げる。
ついでとばかりに近くの女中にもいくつか質問したが、
サダコの話と大差なかった。
-
ふうん、と返事とも溜め息ともつかぬ声を漏らし、ハインリッヒはサダコに目を戻した。
「ところで」。唐突に話題を変える。
从 ゚∀从「ブローチなんだけど」
川д川「え? ……あ」
サダコは胸元を見下ろし、はっとした。
名札と、ハインリッヒが贈ったブローチが付いていない。
川д川「申し訳ありません、いつも大事に付けさせていただいているのですけど、今日はうっかり……」
从 ゚∀从「ん、いいよ。……あのさ、君には黄色い花を模したブローチをあげたけれど、
どうにもしっくり来なくてさ。ずっと気になってて、
やっぱり君には青い花の方が似合うと思ったんだ」
女たらしのようなことを言う。
鞄から群青色の布で作られた花のブローチを取り出し、サダコの口元へ寄せた。
先程わざわざ部屋に寄って鞄を持ち出したのは、このためか。
-
从 ゚∀从「こっちをあげる。
以前のは、こんなこと言うのは恥ずかしいけれど、出来れば返してくれると嬉しいな」
川д川「まあ……ありがとうございます、嬉しいです。
すみません、いま持ってきますね……」
立ち会いを同僚に任せ、サダコは急ぎ足で1階へ下りていった。
あまり待つこともなく、黄色いブローチを手にして戻ってくる。
川д川「こちら……」
从*゚∀从「ん、ありがとう! それじゃ、その青い方を大事にしてくれよな!」
にっこり笑って、ハインリッヒが黄色を受け取った。
サダコも笑みを浮かべ、再度礼を言って青いブローチをエプロンに付ける。
ちょうど部屋の捜査も終わったのか、自警団員が部屋から出てきた。
ナイフが数本見付かったらしいが、それはクールのものだ。
それ以外には特に、物騒な、あるいは怪しいものは見付からなかったらしい。
从 ゚∀从「──おかしいな?」
不思議そうに言うハインリッヒに、団員は、うるさがるような顔をした。
-
从 ゚∀从「クール君のナイフがあるなら、スギウラ君は自分でナイフを準備しなくても良かったじゃないか。
それもわざわざ盗むなんて」
その辺りはこれから調査する、と団員がぞんざいに手を振る。
適当にあしらわれたハインリッヒは不満顔。
諸々の処理のため、サダコと共に団員も去っていった。
そろそろ引き上げるだろう。
( "ゞ)「……何を企んでらっしゃいます?」
从*゚∀从「……へへ」
先のサダコへの紳士的な(という表現が正しいかは分からないが)振る舞いはわざとらしすぎる。
デルタの怪訝な問いに返ってきたのは、意味深な笑いだけだった。
──同時に、背後のドアが開いた。
ロマネスクの部屋と向かい合う位置。
振り返れば、
ξ゚⊿゚)ξ「あら」
( "ゞ)「やあ」
目を丸くさせたツンがいた。
空の食器が乗ったトレーを持っている。
-
女中にトレーを渡してから、ツンは改めてこちらに意識を向けた。
ξ゚⊿゚)ξ「何をなさってるんです?」
从 ゚∀从「探偵ごっこ」
ξ;゚⊿゚)ξ「はい?」
( "ゞ)「こういう方なんだよ」
ざっくりと経緯を説明してやれば、ツンは少し間抜けな顔をした。
彼女の肩越しに室内を覗き込む。
寝具を保管している小部屋らしく、折り畳まれたシーツや毛布が壁沿いに積まれている。
その中央に置かれた机。
それを挟むように、クールとブーンが座っていた。
疲れた顔色のクールに対し、ブーンは満足げな表情で腹を摩っている。
川 ゚ -゚)「……デルタさん、と、雇い主さん」
( ^ω^)「どうも。こんばんは」
( "ゞ)「こんばんは。……ここで何を?」
ξ゚⊿゚)ξ「一通り、ロマネスクさんの話は聞いたので。
とりあえずクールとも軽く話しておこうと、ブーン様が」
-
从 ゚∀从「君達も大変だなあ」
( ^ω^)「まったくですお。
まさか、港の調査に来て殺人事件の捜査をすることになるとは」
( "ゞ)「スギウラ氏はどこに?」
ξ゚⊿゚)ξ「地下の物置部屋です」
ハインリッヒが当然のような顔をして部屋の中に入り込んだので、デルタも続いた。
呆れながらも追い出すことはせず、溜め息をついてドアを閉めるツン。
彼女はブーンの隣の椅子をハインリッヒに譲り、
自身は壁に寄り掛かるようにして立った。デルタもその隣に。
从 ゚∀从「みんなでご飯食べてたの?」
(*^ω^)「そうですお、聞き込みついでに食事もと。いやあ、ここは料理が美味い!」
何気なく問えば、途端、ブーンの目が輝いた。ツンが苦笑する。
(*^ω^)「野菜がいい味してるお、あのカブの甘味は中央5区で採れたものだおね」
( "ゞ)「ほう。野菜一つで、そんなことまでお分かりになりますか」
-
(*^ω^)「今年、5区に新しくカブ畑を作ったんですお、あそこは土がいい。
試験的に新種の肥料も使ってみたら、その肥料がまた良くて……
だから、あの鮮度と旨みから、5区のカブで間違いないと」
( "ゞ)「ははあ……」
(*^ω^)「中央の作物の中では高価な部類です。
この宿、肉や魚は標準的だけど、野菜にはお金をかけてるようですお」
( "ゞ)「なるほどなるほど」
ξ;-⊿-)ξ「聞き流してくださって結構です、デルタさん」
とんでもない。非常に楽しそうに話すので聞く方も楽しい。
ただ、彼の話した中に気になることがあった。
高価な野菜を仕入れているとブーンは言うが、それは何だか、腑に落ちない。
-
从 ゚∀从「ね、ね、その肥料ってどんなの?」
(*^ω^)「元気いっぱいタカオカくんとか、何か名前はちょっとアレですけど。
少量で効果抜群なんですお。遠い町で開発されたらしくて──」
从*゚∀从「おお! 私が作ったやつだよじっちゃん!」
( ^ω^)「えっ」
ハインリッヒが作ったものはリストにしてまとめてある。
そのリストの中に、たしかにそんな名前の肥料があったような。
権利は農家に売ってしまったらしく、販売しているのは既にハインリッヒではなくなっているが。
从*゚∀从「そうかそうか、役に立ってるかあ」
( "ゞ)「誇らしいことです。さすがハイン様」
从*゚∀从「うえへへへ」
ξ;゚⊿゚)ξ「まあ。あの肥料、デルタさんの雇い主が?」
(;^ω^)「うわー、マジですかお! ほんと助かってますお、ありがとうございます!
えっと、ハインさん? ……ん? 元気いっぱいタカオカ……
タカオカ……ハイン……」
-
握手を求めるためか片手を持ち上げたブーンだったが、
にわかにその勢いを弱め、手を下ろした。
瞳を揺らし、ぶつぶつ名前を呟き──
(;^ω^)「タカオカ・ハインリッヒ!?」
从 ゚∀从「? うん」
ξ;゚⊿゚)ξ「えっ……作家の?」
( "ゞ)「作家でもあるし、様々な分野の研究家でもあるよ」
(;゚ω゚)「わ───!! 読んでますお、色々読んでますお!
ここ数年をまとめた歴史書はすごく勉強になりましたお! わ───!!」
今度こそブーンはハインリッヒの手を握り締めた。力強い握手だった。
ややミーハーなところがあるらしい。若さを感じられていいと、デルタは思う。
从*゚∀从「ふひひひ」
(;^ω^)「あのハインさんが肥料まで開発してたとは……うわー驚いた……えー……」
川 ゚ -゚)「あなたの本なら、私も少し読んだことがある」
黙って目を丸めていたクールが、口元をほのかに緩めた。
彼女の落ち着いた態度で我に返ったか、ブーンは決まり悪そうにハインリッヒの手を離した。
-
川 ゚ -゚)「ロマネスクの奴、あれでけっこう読書家でな」
从 ゚∀从「おっ、そうなのか。何だ、ちゃんと話せば仲良くなれてたかもなあ」
和やかな雰囲気が流れた。
自分の主人が多くの人々に何かしらの影響を与えている。それはデルタにとっても喜ばしい。
しかし、ロマネスクの名を小さく口にしたかと思うと、
クールの穏やかな笑みはすぐに消えてしまった。
川 ゚ -゚)「ツン。私はいつまでここにいればいい?」
ξ゚⊿゚)ξ「そうね、少なくとも明日までは……」
答えを受け、クールが顔を顰める。
そこに滲むのは──焦燥か。
川 ゚ -゚)「ロマネスクの奴、昨日寝てないんだ。
一昨日も夜遊びして少ししか寝なかったし──」
ξ゚⊿゚)ξ「徹夜で取り調べたりしないわよ、ちゃんと休ませるように言い付けてきたし」
川;゚ -゚)「あ、いや、……私が子守唄を歌ってやらないと眠れないんだ、あいつ」
ツンの瞳に困惑が浮かんだ。
もしかしたらデルタも似たような顔をしたかもしれない。
「歌の上手い奴を貸せ」──彼の出した条件は知っていたが、子守唄を歌わせるためだったのか。
-
( ^ω^)「子供じゃないし、眠くなったら勝手に寝ると思うお」
ξ゚⊿゚)ξ「実際、私達と話してるときも随分眠そうだったわ。
あの様子ならすぐ寝たんじゃないかしら」
川;゚ -゚)「そうじゃなくて……子守唄聴かないと、寝てもすぐに起きるんだ」
クールの声と表情はひどく真剣だ。
面食らったブーンは、頬を掻き、悩ましげに首を捻る。
( ^ω^)「申し訳ないけれど、口裏合わせるようなことがあったら、こちらとしても困るんだお……」
決めつけるわけではないけれど、と付け足して。
ロマネスクの犯行だと決定付けることも、逆に、無実だと言い切ることも出来ない現状。
用心しないわけにもいくまい。
( ^ω^)「君達『護衛』の多くが優秀なのは僕も分かっているし、
──主人からの命令さえなければ、君らが無害なのも分かっているお」
下手にクールをロマネスクに近付けられないというわけだ。
クールは何か言いたそうに口を動かし、そうか、とだけ小さく呟いて、そのまま閉じた。
-
从 ゚∀从「難儀だなあ」
( ^ω^)「あー、とりあえず、話の続きを聞こうかお。
……どこまで聞いたっけ?」
ξ-⊿-)ξ「ロマネスクさんが被害者と口論をした後、食堂を追い出された辺りまでです。
そこまで聞いたところで、ブーン様が食事に集中し始めたため中断されました」
( ^ω^)「だって想像以上に美味しくて……」
依然として気遣わしげなクールだったが、ブーンとツンのやり取りにくすりと笑って、
記憶を手繰るように口を開いた。
川 ゚ -゚)「ええと……昨夜、宿を出た後は飲み屋をはしごしていた」
──明け方、ある飲み屋で若い女と会い、
ロマネスクがその女を買って連れ込み宿に向かった。
さすがにクールは中まで付いていけなかったため、
窓の外に隠れて、変事に駆けつけられるよう様子を窺っていたそうだ。
川 ゚ -゚)「まあ長いこと色々やってたと思う」
げんなりしたようにクールが呟く。
ブーンは「それはまた」と返し、それ以降の言葉が思いつかなかったのか無意味に頷いた。
-
川 ゚ -゚)「……あれは美人局ってやつだったんだろう、昼前にロマネスクが連れ込み宿を出たところで
3人くらいだったか、男に囲まれた。もっと金を寄越せと」
クールが出ていくと、ロマネスクに『全員追い払え』と命令された。
殺せとは言われなかったため、殺さないように対処したという。
殺せという命令なら楽だろう。
手加減せずナイフを振り抜くだけでいいのだから。
ただ単に「追い払え」というのなら、程々に生かしたまま他所へ行かせなければならない。
それで、僅かばかり手間取ったらしい。
川 ゚ -゚)「……終わった頃には、ロマネスクがいなくなっていた」
从 ゚∀从「君を置いていって?」
川 ゚ -゚)「あいつは臆病なくせに、よく私から離れるんだ。
たぶん飲み直しに行ったんだろうと思って、近場の飲み屋から順番に見ていって……」
-
2、30分ほどして、何やら路地が騒がしいことに気付いた。
ロマネスクの声も聞こえる。
急いで路地に入ると──
川 ゚ -゚)「奥から自警団がロマネスクを引きずってきて、暴れるあいつを殴っていた。
それで、……まあ、あの通りだ」
ハインリッヒが街の見取り図を広げる。
たしかに、あの路地のすぐ近くに飲み屋があるそうだ。
( ^ω^)「他に話してないことは?」
川 ゚ -゚)「特にない」
( ^ω^)「昨夜、スギウラさんが食堂からナイフを持ち出すのは見たかお?」
川 ゚ -゚)「いいや。あいつは財布しか持ってなかった」
-
( ^ω^)「被害者の──ヒッキーさんに関して、彼は何か言ってたかお?」
川 ゚ -゚)「酒を飲みながらぐちぐち言ってたが、すぐに話題に出さなくなった……と思う。
そんなことより店の女達と飲む方に夢中になってた」
デルタは横目にツンを見た。
クールの話を、さらさらと手帳に書き付けている。
自分もメモをとるべきかと考え、今はハインリッヒも聞いているから不要だろうと判断した。
街中での聴き込みはメモをとったが、あれは口頭での説明に備えて整理するために書いただけだ。
( ^ω^)「うん……スギウラさんもね、まあね、似たようなことを。
彼の場合は、泥酔してたからか記憶が曖昧で、碌な情報がなかったけど」
川 ゚ -゚)「そうだろうと思う。ひどく酔ってた。
殴られたときは、さすがに酔いも覚めたみたいだが」
从 ゚∀从「スギウラ君は死体のこととか何か言ってなかったのか?」
ξ゚⊿゚)ξ「適当な酒場を探してふらふら歩いていたところ、路地に入って、
そこで人が倒れているのを見たそうです」
-
ξ゚⊿゚)ξ「アルコールで頭がぼうっとしていた彼は、
ナイフを刺したまま倒れている被害者……ヒッキーさんとは気付かなかったようですが、その姿を見て、
ああナイフが刺さっているから痛くて倒れているんだろうと」
从 ゚∀从「思ったのか?」
( ^ω^)「思ったみたいですお」
川;゚ -゚)「まさか」
ξ゚⊿゚)ξ「……それで、ナイフを『抜いてやった』ところに自警団が」
川;- -)「……馬鹿かあいつは……!」
クールが頭を押さえ、心底呆れ果てた様子で吐き捨てた。
反対に、ハインリッヒは腹を抱えてけらけら笑っている。
( "ゞ)「泥酔していたのなら、仕方ないと思うよ」
川;゚ -゚)「それにしたって! ……馬鹿だ、大馬鹿だ!
私はあんな馬鹿の心配を、」
( "ゞ)「心配しているんだね」
クールは、はっと空気を吸い込み、じわじわ顔を顰めていった。
護衛なのだ。心配するのが当たり前。
-
( "ゞ)「そういえば、この街で彼が犯人だと認められた場合はどうなるんだろう?」
自警団は本物の警察ではないし、今は裁判所も刑務所もない。
大抵は、その地域ごとに適当な処罰が決められる。
デルタが疑問を漏らすと、そうですね、とツンが口を開いた。
ξ゚⊿゚)ξ「殺人犯や強盗犯は、まず牢屋──のようなところに留置して、
列車、あるいは船に乗せ、復興の遅れている地域へ送ることになるかと。もちろん監視つきで」
从 ゚∀从「奴隷か?」
ξ;゚⊿゚)ξ「そ、そういうものではなく……あくまで働き手として」
( ^ω^)「地域によっては、奴隷のように扱うところもあると思うお」
はっきり言い切ったブーンに、ツンは咎めるような目を向けた。
その視線に「事実だし」とブーンが返す。
( ^ω^)「今の世界は、ちゃんとした法律ってものがないお。
……誰が誰をどう扱おうと、公的に罰する決まりはどこにもない。
それはつまり、人を殺しても法的には問題ないってことになる」
川 ゚ -゚)「……」
-
( ^ω^)「だから──人を傷付けたり殺したりした場合には
厳しい罰が待っている、という認識を広めるくらいしか出来ないんですお。
……今はそういう方法に頼るしか」
ロマネスクは、この街の自警団について恐ろしい噂を聞いたと喚いていた。怯えていた。
その反応こそが狙い通りなのだろう。
この街において、人命を脅かせば相応の──あるいは過剰な──罰を受けることになる。
そう思わせることで抑止しているのだ。
しかし法的に決まっているわけではないし、
自警団も所詮は民間なので、そこに反感を持つ者もいるだろう。
結局は住人達の良心に頼って、何とか危ういバランスの上で成り立っている。
( ^ω^)「新しい政府が出来たら、そこら辺もしっかり整備しないといけないおー……」
しみじみ呟くブーン。
やはり5年前より、首長としての佇まいを感じる。
从 ゚∀从「なんとか出来そう?」
( ^ω^)「きっと大丈夫ですお。法律関係に強い人も、ちらほら中央に集まってきてます」
-
( "ゞ)「やっぱり、新政府に入ろうって方々がたくさん来てますか」
( ^ω^)「そりゃあもう。この街に滞在してる人にも志望者多いみたいだし、こりゃ選ぶの大変そうですお」
世界的に政治を、という話だから人数もそれなりに必要だろう。
選ぶのはブーンだ、彼の担う責任は大きい。
ただ、デルタが心配する必要はないのだろうとも思う。
ブーンを見るツンの目には、しっかりと信頼が灯っている。
5年間一緒に居続けた彼女が心配していないのなら、デルタが思案しても仕方ない。
語るブーンを一瞥してから、クールはツンに視線を合わせた。
川 ゚ -゚)「……そういえば、少し前の街で、デレとニュッさんを見た。
中央に行くと言っていたが、会えたか?」
ξ゚⊿゚)ξ「あら。そうなの? まだ会ってないわ。
あの子、またニュッさんに迷惑かけてないかしら」
クールとデルタは視線を交わして苦笑した。
ツンが派遣されていったのが5年前。
それ以降、姉妹は軽い手紙でしか関わっていない筈。
3年前、デレが唐突に態度を改めた──表面上だけだが──ことなど、ツンは知らないのである。
再会したらどう思うだろうか。
-
ξ゚⊿゚)ξ「あ、でもデミタスとなおるよには会った。
デミタスは雇い主に向ける目と声が、こう、どろっとしてて恐かったわ。
なおるよの雇い主は言葉遣いおかしいし目がいやらしいし。何あれ」
川 ゚ -゚)「……私もよく分からん」
( "ゞ)(どろっと、とは)
从 ゚∀从「話戻していい?」
川 ゚ -゚)「あ、すまない」
珍しくハインリッヒが窺うように口を挟んだ。
じっちゃんが楽しそうに聞いてるから、と申し訳なさそうな声。
身内の話なので聞くのは楽しいが、こちらに気を遣わず、ハインリッヒのしたい話をしてほしい。
从 ゚∀从「結局スギウラ君の容疑は晴れそうにないの?」
ξ゚⊿゚)ξ「ロマネスクさんとクールの話に食い違いはありません。
ただ、クールが関知できなかった時間があるわけです。
その間にロマネスクさんがヒッキーさんを刺した可能性は充分に」
从 ゚∀从「スギウラ君はナイフ抜いただけだろ?」
-
( ^ω^)「いくら酔ってたからって、死体を見付けておきながら
勘違いして凶器を抜くっていうのは……。
都合が良すぎて、信じきれないんですお」
川;゚ -゚)「都合がいいんじゃなくて、タイミングが悪いんだ、あいつは」
そのまま、全員沈黙。
ここで何を話しても、これ以上は進まない。
ロマネスクが凶器を持って死体の傍にいた──結局は、これだけで十二分に怪しいのだ。
ハインリッヒは天井を見上げ、長く息を吐き出した。
从 ゚∀从「……サダコ君が何か知ってればいいんだけどなあ」
ξ゚⊿゚)ξ「あの長髪の方ですか。彼女がどうかいたしました?」
从 ゚∀从「うん……ほんと、たまたまなんだけどさあ……。
こういうことになるとは思ってなかったんだよ、ほんとだよ?」
(;^ω^)「?」
顔を下ろしたハインリッヒが鞄を開く。
小振りのスピーカーといくつかのコードを引っ張り出し、テーブルに乗せた。
-
ξ゚⊿゚)ξ「スピーカー?」
( ^ω^)「色々ボタンが付いてるお」
从 ゚∀从「昔の音楽プレーヤーを改造したんだ」
スピーカーにコードを繋ぐ。
デルタとツンは壁から離れ、ハインリッヒの背後に回った。
続けて、コートのポケットからブローチが取り出される。
先程サダコから回収したものだ。
( "ゞ)(まさか)
嫌な予感がする。
ハインリッヒが飾りの布をほどいていく。
その中から現れた物体を見て、デルタは目元を押さえて天を仰いだ。
黒い小石のようなもの。
大きさはせいぜい指先から第一関節ほどの──
──盗聴器。
-
川 ゚ -゚)「それは?」
从 ゚∀从「とーちょーき」
(;^ω^)ξ;゚⊿゚)ξ「……盗聴!?」
( "ゞ)「ハイン様、何故……」
从 ゚3从「せっかく作ったから性能とか確かめたいじゃん。
誰に付けるかは適当に決めたんだけどさ」
こういう人なのだ。
好奇心にすこぶる弱い。気になったことはすぐに確かめたがる。
ああ、分かっていたのに、これを予測できなかったとは。
──サダコへの申し訳なさよりも己の不甲斐なさを嘆く辺り、
デルタも些か真っ当な人道からはズレている。
-
( "ゞ)「だからといって、こんな真似。
じっちゃんに頼んでくだされば実験台になりましたのに」
从 ゚∀从「じっちゃんはいつも一緒だから盗聴してもつまんないじゃん」
(;^ω^)「え……本気で盗聴目的で作ったんですかお……?」
( "ゞ)「いえ、初めはただの録音機のつもりだったようです。
ハイン様に悪気があったわけでは……」
川;゚ -゚)「盗聴目的で仕掛けたのなら盗聴器だし悪気の塊では」
( "ゞ)「まあ、結果的には」
法律がない世で良かったと思う。
この程度ならば自警団も動かないだろうし、
罰があるとしても、せいぜい街を追い出されるくらいの筈だ。
新政府が完成して法が制定されたときには、ハインリッヒの行動に一層の注意を払わねばなるまい。
それでもハインリッヒが犯罪行為に及びたいというのであれば、そのときは従うまでだけれども。
川 ゚ -゚)「これ、どういう仕組みなんだ?」
从 ゚∀从「ただ音を拾って記録するだけだよ。電波を飛ばすやつじゃない。
ちなみに電池式な」
(;^ω^)「はー……こんな小さいのに」
-
从 ゚∀从「サダコ君にブローチ渡したのって、いつだっけ?」
( "ゞ)「5日ほど前です」
从 ゚3从「5日か……電池もってるかなあ。ぎりぎりだな」
ξ;゚⊿゚)ξ「5日も持ちますの? ──というか、5日分の記録が残っているんですか?」
从 ゚∀从「や、容量削ってるから、直近6時間までのデータしか残らない設定にしてる」
6時間。まだ電池が生きているなら、
事件発覚の前後が録音されている筈だ。
何か重要な発言でもあればいいのだが。
( "ゞ)「──って、彼女は今日、このブローチを付けていなかったと言ってましたよ。
会話などの盗み聞きは期待できないのでは」
从´゚∀从「それなんだよなー。下手すりゃ無音の6時間かも。
休憩時間とかに、ブローチの傍で雑談でもしてくれてりゃ御の字か」
盗聴器、もとい録音機の先端を外すと端子が現れた。
ケーブルと録音機を繋ぐ。
録音機を眺め回し、ハインリッヒが「あー」と無念そうに唸った。
-
从 ゚∀从「電池切れてるな。生きてるなら、繋いだ時点でランプが光るんだけど」
少し待つ。
録音機の側面が緑色に光った。スピーカー側のバッテリーから給電したらしい。
それを確認して、ハインリッヒが録音機の側面を押した。光が緑から赤に変わる。
続けてスピーカーを操作すると、ぷつりというノイズの後に音声が流れ始めた。
『──ナイフは──』
『どこにも──』
『誰も食堂から持ち出してない──』
複数人の話し声。
一番近く聴こえるのは、サダコの声のようだが。
.
-
『──ナガオカ、ナイフ見なかった……?』
『ナイフ? 何の? ……なんで食堂のナイフが無くなるんだよ──』
ξ゚⊿゚)ξ「ナイフを探しているようですね」
( ^ω^)「ってことは、今朝の音声かお」
証言通り、従業員総出でナイフの捜索に当たっている様子が録音されていた。
早送りのボタンを押して、少し先に進める。
朝食の準備をしなければ、と何人かが厨房へ向かうのが聴こえた。
サダコの声は常に間近で録られている。
デルタとハインリッヒは互いを見交わした。これは変だ。
( "ゞ)「彼女は今日ブローチを付けていなかった筈では」
从 ゚∀从「そう言ってたけどなあ」
ちょこちょこ飛ばしながら音声を確認する。
さすがに、今ここで6時間かけて聞き入るわけにはいかない。
ハインリッヒが望むならデルタが徹夜で書き起こすのもやぶさかではないが。
──これといって真新しいものは得られなかった。
証言に違わず、普通に業務をこなしている。
-
データもそろそろ終盤、というところで再生ボタンを押した。
具体的に何時なのかは分からないが、昼に向けて食堂の準備をしているところのようだ。
『──サダコ』
お、とハインリッヒが眉を上げる。
フサの声だ。
『はい、何でしょうか……』
『頼みたいことがあってな。裏口に……』
『はあ、野菜の処理でしょうか? ……あら、オーナー、その手紙……』
『ん……ああ、燃やしておいてくれないか』
『いいんですか……? それなら暖炉に──』
──ぷつり。
サダコの言葉が途切れ、そのまま無音になった。
-
从 ゚∀从
ハインリッヒがまたデルタを見る。デルタも見返す。
数秒沈黙。頭を抱えたハインリッヒが、机に突っ伏した。
从;゚∀从「……ここで電池切れかあ!」
( ^ω^)「手紙がどうとか……」
川 ゚ -゚)「暖炉で手紙を燃やした──のか?」
( "ゞ)(手紙)
思うところがあり、デルタは顎に手をやった。
焦った様子のハインリッヒが勢いをつけて立ち上がる。
从;゚∀从「とりあえず食堂行こう、じっちゃん!」
( ^ω^)「僕も行きますお」
ξ゚⊿゚)ξ「私も……クール、おとなしくしててね」
川 ゚ -゚)「……分かってる」
ツンは廊下に出ると自警団員を呼びつけ、クールを見張るように命じた。
団員と入れ違う形で、ハインリッヒら4人が退室する。
从 ゚∀从「──私はスギウラ君に関して半信半疑ってところだけど、
何はともあれ真実は暴いてみせるから、待っておいでよ」
去り際にハインリッヒが言うと、クールはぱちくりと瞬きをし
少しだけ微笑んで、「よろしく頼む」と答えた。
#
-
──うたた寝したのだと思う。
ロマネスクは重たい瞼を無理矢理持ち上げ、辺りに視線をやった。
(;ФωФ)「……」
汗が目に入りそうになって、スーツの袖で拭う。
近くにいた男がこちらを見ている。
男の腕、緑の腕章を視界に収め、今の状況を思い出した。舌打ち。
──随分うなされていたが、と、自警団の男が声をかけてきた。
(;ФωФ)「……我輩に話し掛けるな。近寄るな。野蛮人が」
ロマネスクの言い様に、男は顔を顰めた。
-
首長とそのお供が退出して、どれほど経ったろう。
まともな人間の監視がないと不安だ。昼のように殴られるのではないか。
いやしかし、殴られる方がマシなのかもしれない。
そうすれば寝なくて済む。でも痛いのは嫌だ。
(;Фω+)"「……」
とろとろと眠気が絡みついてくる。
昨夜、無茶な飲み方をせず、適当な安宿ででも寝ておけば良かった。
クールを呼べと男に命令しても、あっさり断られる。
眠い。
ああ、また寝てしまう。
どうせ、またすぐ起きるのだろうが。それからきっと、また寝るのだ。
歌がないと。歌がなければ。
(;Фω+)「……貴様、ヴィプ国の子守唄は歌えるか」
訊くと、男は怪訝な顔をした。
逡巡の後に頷く。母親がヴィプ国の出だという。
-
(;+ω+)「歌え」
両目が勝手に閉じる。顔は見えないが、男の戸惑う気配はした。
机に額をつく。早くしろと急かせば、少しの間をおいて、咳払い。
ためらいがちに、馴染んだメロディが紡がれる。
下手なものだ。いや、標準だろうか。
こんな命令を聞くなど、男にとっては最大の譲歩なのだろうが、
生憎ロマネスクが期待した効果は得られなかった。
とろとろ。嫌な眠気が、勢いを増すだけだ。
──クールを雇わなければ良かったと思うことが、たまにある。
彼女の歌声に飼い慣らされた。
時々、行きずりの女に子守唄を歌わせてみるのだが、
クールが歌うときのようには眠れないのだ。昔は誰でも良かったのに。
また、そうした後に諦めてクールを呼ぶと、
雇われた理由が理由だけにプライドが満たされるのか、
いつもより一層やわらかい声で歌うのだから始末に負えない。それもきっと無意識に。
生意気で小うるさくて偽善者ぶって鬱陶しい女だが、
その歌声たった一つでロマネスクの眠りを掌握してしまった。
これほど不便で厄介なことがあるか。
だから、雇わなければ良かったと、たまに思う。
-
(;+ω+)「、」
全ての感覚が沈む。
眠りは死に似ている。
そうしてまた、母の笑顔と会った。
#
-
从*゚∀从「あった!」
──中庭に飛び込んだハインリッヒは、目当てのものを見付けて声をあげた。
灰を集めたバケツだ。
『暖炉なら、ジョルジュが掃除を終わらせたところですよ。
集めた灰は中庭に置いてあると思います、いつも肥料として使いますから』──
今し方、食堂を掃除していた従業員からそう聞いた。
ハインリッヒの研究に灰が必要なのだ、とデルタが大胆な嘘をついたところ、
ここ数日でハインリッヒの性分を把握したらしき従業員は
灰の行方をあっさり教えてくれたのだ。
-
そのついでに、興味深い話も聞けた。
灰の片付けは昨日したばかりなのに、今日もフサがジョルジュに命じたのだという。
いつもは数日あけるそうだ。
また、暖炉を覗いたツンが、全ての灰が取り除かれていることに気付いた。
暖炉というのは基本的に、常に一定の量の灰を置いておく必要がある。
なのに綺麗さっぱり掃除されていた。それもフサに言い付けられたのだろうか。
とにもかくにも、フサが何かを隠そうとしているという方向で4人の見解は一致した。
幸い、中庭に4人以外の姿はない。さっさと調べてしまおう。
早速ハインリッヒがバケツを掴む。
物凄く嫌な予感がした。ハイン様、とデルタが名を呼び──
当然間に合うわけもなく、バケツはその場で引っくり返された。
(;^ω^)「わー!」
ξ;゚⊿゚)ξ「は、ハインさん……」
( "ゞ)「……ちゃんと掃除しないと駄目ですよ」
とりあえず何か言わねばと思ったが、出てきた言葉はそれだけだった。
ハインリッヒが膝をつき、乱雑に灰を掻き分ける。
正直この光景は予測できていたが、実際に目にすると、色々思うところがある。
ああ、ああ、そんな、真っ白いコートを着たままそんなこと。
-
( "ゞ)「ハイン様……じっちゃんがやりますよ、それ」
从 ゚∀从「え、そう? でもまあ、もう遅いからいいや!」
たしかに手遅れである。
灰は少量であったが、だからといって汚れないわけではない。
とりあえずコートだけでも脱がせた。
すっかり日も暮れ暗くなった中庭で、屋内から漏れる明かりを頼りに灰を漁る姿は奇妙極まりない。
顔や髪まで汚したハインリッヒが、ふと手を止めた。
从 ゚∀从「──布だ」
持ち上げられたのは、白い布。片手なら覆える程度の大きさだ。
燃え残りのようで、3方が焦げている。
( "ゞ)「暖炉で燃やされたのでしょうな」
ξ゚⊿゚)ξ「これが燃え残りなら、元は結構な大きさだったのでは?」
从 ゚∀从「ここの宿で使ってるシーツに似てるけど……」
(;^ω^)「シーツ? 何でシーツを暖炉なんかに」
从 ゚∀从「さあ。……これを『手紙』とは呼ばないよな、
オーナーさんが燃やしたのとは違うか」
ひとまず布切れをデルタに預け、ハインリッヒは再び灰に手を突っ込んだ。
それから大して時間もかけず、目当てのものを見付けたようだった。
-
从 ゚∀从「……じっちゃん、これ……」
緑色の紙片。
こちらは小さいもので、元が何であったかを決定づけるのは難しい。
ただ、ここの住所に含まれる文字列──らしきもの──が書かれているため、封筒の類である可能性は高い。
デルタとハインリッヒは、顔を突き合わせて紙片を眺めた。
──手紙。緑の。
なるほど。
ξ゚⊿゚)ξ「それが手紙ですか?」
( ^ω^)「それだけでも燃え残ってたのが奇跡みたいなもんだけど、
その小ささじゃ、何も分かりませんおね……」
从 ゚∀从「だなあ」
ブーンとハインリッヒが肩を落とす。
──だが、デルタは首を振ってみせた。
-
( "ゞ)「昨日、オーナーが緑色の封筒を持っているのを見ました。
封筒には赤い封蝋も」
从 ゚∀从「私も見たけどさ、緑の封筒ってだけじゃ何も……」
いや、と声を発したのは、今しがた落胆したばかりのブーンだ。
( ^ω^)「本当に赤い封蝋が?」
( "ゞ)「老眼は入ってきてますが、あれは見間違えません」
从*゚∀从「首長さん何か知ってんのか!?」
( ^ω^)「……中央のまとめ役が公的な知らせを伝える際に、緑色の封筒を使うんですお。
赤い蝋で封をして……」
以前ブーンから組織宛てに送られてきた手紙にも、その封筒と封蝋が用いられていた。
ドクオという護衛を、ブーンの部下として正式に引き抜きたいという内容だった。彼も元気にしているだろうか。
ツンが紙片の感触を指で確かめ、たしかに、と呟いた。
-
ξ゚⊿゚)ξ「……燃え残ってて当然ですわね。
重要な知らせを守るために、特殊な紙を使っているんです。
水や火に強い素材ですわ。──破いてしまうと、耐水性も耐火性も下がってしまいますが」
从*゚∀从「おお、ホノボノ紙か? 初めて見た! そうなのかあ、こういうの使うんだ」
( "ゞ)「ハイン様は基本的に一所に留まりませんから、手紙にはあまり馴染みがないでしょう」
目を輝かせるハインリッヒ。興味が紙片の中身より素材に向いてしまったらしい。
紙片を返しながら、ツンは眉根を寄せた。
ξ゚⊿゚)ξ「当然、中央からの公式な文書ということになるので毎回ブーン様が確認します。
私が宛先を調べるのですが、ここ最近この町へ出した手紙は一週間前の、船の知らせのみです。
このような宿に手紙を送ったことはありません」
( "ゞ)「……じゃあ、誰が手紙を出したんだろうね?」
中央から手紙を受けたことのある者なら、封筒や封蝋の色を知っているから
真似をすることは可能だろうが──
ホノボノ紙は特殊な素材と製造法ゆえ、やや高価だ。
真似るためだけに用意したとは考えにくい。
ならばやはり、中央の、それもまとめ役の人間が出した手紙ということになる。
-
从 ゚∀从「……オーナーさんって、中央と何か関係ある人なのかなあ?」
首を捻るハインリッヒに、ブーンが答えた。
( ^ω^)「中央というか、元は東スレッド国の人ですお。
東スレッドが『中央』になるより前に国を出ていった人で」
( "ゞ)「はあ、そうなのですか」
中央は、東スレッド国とレスポンス国の2ヵ国が合併して出来た街。
ブーンは東スレッド人だが、フサもそうだったとは。
从 ゚∀从「へー……って首長さんは何でそんなこと知ってんの?」
( ^ω^)「僕の知り合いの、弟さんなんですお。フサさん。
名前しか聞いてなかったから、会ったのは今日が初めてですけど」
その知り合い(ギコという男らしい)が言うには、
戦争が始まる前──およそ25年前──に
まだ20歳にもなっていなかったフサが、故郷である東スレッド国を出ていったのだそうだ。
当時の東スレッドは就職難の傾向があり、
思い切って他所の国で働き口を探そうという理由での出国だったという。
-
( ^ω^)「それで、この宿を経営してたレスポンス人に拾われたと。
そんな感じですお」
元々の経営者がレスポンス人だというのは、ハインリッヒとデルタも知っている。
ロビーに飾られていた昔のパンフレットに書かれていたのだ。
代々レスポンス人が継いできた宿らしい。
天災で後継者が絶えたため、今は、東スレッド人のフサが継いでいるというわけだ。
ξ゚⊿゚)ξ「そういえば、被害者の方はレスポンスの出身でしたわね」
从 ゚∀从「え、ヒッキー君が?」
ツンが思い出したように言う。
先代の経営者といい、ヒッキーといい、やたらとレスポンス人の集まる地だ。
天災前の地理で言うなら、ここはレスポンスに近い国だったらしいので当然なのかもしれないが。
-
( "ゞ)「彼は何故この街で印刷所を……」
ξ゚⊿゚)ξ「元は中央の1区で研究職をやってたんです」
从*゚∀从「え、1区って、有名な研究者の血筋が集まってんだろ!?
何だ、やっぱりそういう仕事してた人だったんだな!」
ヒッキーは、「齧った程度」に科学知識があると言っていた。親戚に研究者がいるから、と。
彼なりに謙遜した結果、ああいう言い回しになったのだろう。大筋は間違っていない筈だし。
ξ゚⊿゚)ξ「4年前、この街の工場がほとんど無事に残っていると聞き、
管理者として彼が派遣されたんです。製紙等の知識もありましたので」
( ^ω^)「そうらしいですお」
从 ゚∀从「『らしい』って、首長のくせに」
(;^ω^)「ぐう」
ξ゚⊿゚)ξ「……当時、ブーン様は首長になって一年経つか否かという頃で、
まだまだ周りの助けを借りていたものですから。
全てを把握してはおりませんでしたの」
物は言いようである。
取り引きの際にブーンの怠け癖を知ったデルタには、おおよその事実を推測できる。
他人に任せきりだったのだろう。
-
何があったわけでもないが、全員が口を閉じた。
情報が出尽くしたため、各自、頭の中で整理するために黙っただけだ。
从 ゚∀从「……つーか結局、ここのオーナーさんが中央から手紙もらってた理由が分かんないな」
少しして、ハインリッヒが沈黙を破る。
フサが中央──というより、「元」東スレッド──に所縁があるのは分かったが、
だからと言って、まとめ役から非公認に手紙を受ける理由にまでは踏み込めない。
そうですねとブーンが同意を示すと、
ハインリッヒは伸びをして、次の方向を定めた。
从 ゚∀从「……直接訊くしかないかあ」
#
-
──4年前にこの街へ派遣されてきたヒッキーが、今日の昼、何者かに殺された。
死体の第一発見者はジョルジュ。
昼までは従業員や客と一緒にいた。
宿を出た12時10分から、死体を発見する12時30分まではアリバイがない。
しかしその20分では、現場へ向かうだけで精一杯だ。殺害する余裕はない。
容疑者はロマネスク。凶器のナイフを持って死体の傍に立っていた。
彼もアリバイはない。
本人は、たまたま見付けた死体からナイフを抜いただけだと言っている。
ジョルジュが死体を見付けたとき、近くにロマネスクがいたかどうかははっきりしない。
昨夜は宿の食堂でロマネスクとヒッキーが喧嘩したらしい。
.
-
凶器であるナイフは宿の備品、かもしれない。
少なくとも、同型のナイフが食堂から無くなっていた。
普段は棚の中に入れてある。昨夜ロマネスクが棚の近くに座っていたため、
彼が盗んだのではないかと自警団は睨んでいる。
しかしわざわざ盗まなくとも、ナイフくらい、彼の護衛のクールが持っているのだが。
前2人が犯人でないなら次はサダコだとハインリッヒは言った。
ナイフを管理していたのは彼女だからだ。
しかし、昨夜ロマネスクから庇ってくれたヒッキーに恨みを持つとは思えない。
彼女が1人になったのは11時30分から12時までの30分間。
ジョルジュと同様の理由で、犯行は不可能に思える。
サダコに仕掛けた盗聴器から、今日の昼頃、フサが手紙を燃やしたことが分かった。
手紙は中央のまとめ役から送られてきた可能性が高いが、首長のブーンは何も知らないという。
フサは、デルタ達に封筒を見られることすら嫌がっていた。何かしら都合の悪いものであったのか。
.
-
フサが事件に関わっているかは分からない。
が、ハインリッヒはこれまでの流れから、今度はフサを疑っているらしい。
明確な根拠を示せと言われると、結局、なんとなく、としか言えないが。
さて、どうなるやら。
デルタは、ハインリッヒと対峙するフサを眺めた。
ミ,;゚Д゚彡「──灰を漁ったのですか」
フサは困惑したような表情を浮かべた。
仮に彼が潔白であっても、ハインリッヒの行動には驚くだろう。
ちなみに中庭に散乱した灰は、デルタとツンが可能な限り片付けた。
どのみち肥料に使う予定だったのだから、多少の取りこぼしは大目に見てほしい。
-
从 ゚∀从「それはともかく。何で手紙燃やしたんだ?」
紙片を翳してハインリッヒが直球に問う。
フサは口を開いたが、思い直したように視線を逸らした。
「とりあえずお座りください」と椅子を引く。
──デルタ達は今、ロビーにいる。
自警団はロマネスクとクールの監視以外は引き上げたそうだ。
がらんとしたロビーは、やけに広く感じる。
ハインリッヒ、デルタ、フサは同じテーブルセットにつき、
すぐ傍の長椅子にブーンとツンが座った。
突然呼び出して突然犯人扱いして突然ごみ漁りを告白した客に対して
こうも丁寧に応じる彼は、経営者の鑑だ。
ミ,,゚Д゚彡「──手紙のことですが」
フサは窺うようにハインリッヒの顔を見て、ゆるりと首を振った。
-
ミ,,゚Д゚彡「大した内容ではありません。
ちょっとしたコネで、質のいい野菜を安値で仕入れておりまして。
それに関する件で……」
从 ゚へ从「じゃあ何で燃やしたんだよ」
ミ,,゚Д゚彡「……」
目を伏せる。
──嘘をついた、というよりは、何かを隠したようにデルタには思えた。
これでは、フサが口を噤む限りはどうしようもない。
嘘なら矛盾を突けばいい、しかし黙秘は手のつけようがないのだ。
ハインリッヒはフサを見つめ、やがて溜め息をつくと背もたれに寄り掛かった。
从 ゚∀从「オーナーさんは、中央のお偉いさんの誰かと繋がりがあるってことだよな。
まあ手紙の内容はこの際、置いておくとして……」
-
从 ゚∀从「──オーナーさんは、元東スレッド人。
で、ヒッキー君は元レスポンス人なんだって?」
ミ,,゚Д゚彡"
フサが目を上げた。
反応があったことに気を良くしたハインリッヒが、にやりと笑う。
そして出し抜けにブーンへ振り返ったと思うと、そちらに質問をぶつけた。
从 ゚∀从「首長さんが『新政府案』を出したとき、中央じゃ暴動が起こったんだろ?」
そのニュースは当時、世界中に報じられた。記憶に新しい。
痛ましげな顔つきをしたブーンが躊躇いがちに首肯した。
( ^ω^)「……そうですお。
反感を持った元レスポンス国の人達がデモをして──
元東スレッドの方も対抗するような形で悪化しましたお」
从 ゚∀从「そう、レスポンス人と東スレッド人に確執が生まれた……というか表面化したわけだ!」
ついさっき座ったばかりだというのに、調子づいたハインリッヒは跳ねるように立ち上がった。
そのままテーブルの周りをぐるぐる歩き始める。
-
从 ゚∀从「中央のお偉いさんと関わりのあったオーナーさん、
中央のお偉いさんから派遣されてきたヒッキー君、
どちらも情勢には色々と思うところがあったろう」
从 ゚∀从「それで、東スレッド人のオーナーさんと
レスポンス人のヒッキー君も仲が悪くなった!」
そうしてフサの背後で立ち止まる。
確信しきった顔はとても凛々しい。
フサの肩に手を乗せて、ハインリッヒは言葉を続け──ようとしたのだが。
从 ゚∀从「それが今日悪化して、」
ミ,,゚Д゚彡「彼とはずっと仲良くさせていただいておりました。
うちの食堂を気に入ってくれていましたから。
それに今あるのは『中央』。東スレッドもレスポンスも関係ありません」
前を向いたまま毅然として答えるフサに、ハインリッヒの手がずるりと滑った。
-
「元」国民として、理想的とも言える回答だった。
ブーンが嬉しそうに頬を緩めたくらいには。
調子を崩されたハインリッヒに、ツンから追撃。
ξ゚⊿゚)ξ「お言葉ですが……
フサさんとヒッキーさんが口論するようなことはなかったと、他の従業員が」
( "ゞ)「……まあ仲がいいとは、ジョルジュ君も言ってました」
从;゚∀从「あ。ううっ」
先程の凛々しさはどこへやら、ハインリッヒがたじろいだ。
さらにツンが手帳を開いて追い討ちをかける。
ξ゚⊿゚)ξ「それに、彼のアリバイについてはいかがでしょうか。
時々10分や20分程度1人になることはあったようですが
基本的に誰かと一緒にいましたし、宿を出たという話もありませんし……」
手帳の2ページにまたがって、タイムテーブルのようなものが書き込まれていた。
全ての従業員に行った聞き取りを元に、各人のアリバイをまとめたのだという。
-
从;゚∀从「えー! 何だこの便利なの! 先に見たかったよ!」
ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、す、すみません、ハインリッヒ様方も色々調べたというので、
最低限これくらいは知っているのかと……。
あんなに自信満々だったから、何か考えがあるのかと思ったのですが」
もぎ取る勢いでツンから手帳を受け取り、ハインリッヒはそのページをじっくり読み込んだ。
徐々に眉尻が下がり、背中が丸まり。
しょんぼりしながらデルタの隣に腰を下ろす。
どの従業員も客も、怪しくは見えないようだ。
がっくりと肩を落として手帳を閉じる。
从;゚3从「何だよお……私の推理、ことごとく外れてるじゃん……」
( "ゞ)「……」
从;゚3从「この宿にいる人じゃ、スギウラ君以外に犯行は不可能じゃないか……
前提から見直さなきゃなあ」
通り魔、事故、自殺、やっぱりスギウラ君が犯人。ハインリッヒがぶつぶつ呟く。
-
──ずっと気になっていたのだが。
どうやら今回も、ハインリッヒの悪い癖が出ているらしい。
「誰が犯人か」──「誰ならば犯行が可能だったか」という、縦軸のみに目を向けている。
誰であれば、ヒッキーに殺意を抱き彼を殺して工作する、この一連の流れを遂行できたのかと。
そこに集中するあまり、横軸を見失っている。
( "ゞ)「何でも1人で出来るハイン様には、それ故、少々難しいかもしれませんなあ」
デルタがそう言うと、すっかり自信の失せたハインリッヒはふるふる頭を振った。
-
从;゚∀从「そんなことないよお、いっつもじっちゃんに頼って、」
──咄嗟に口を閉じ。
ハインリッヒは固まった。
ゆっくり目が見開かれていく。
同じように口も開いていって。
从;゚∀从「……あああああ!!」
そうして叫ぶハインリッヒに、デルタは、ゆったりと微笑みかけた。
.
-
(;^ω^)「わあびっくりした!」
ミ,,゚Д゚彡「……」
从;゚∀从「……ジョルジュ君! ジョルジュ君、彼が、彼は、」
両手をばたばた振って、ハインリッヒがまたぐるぐる歩き出した。
思考に口が追いついていないらしく、変に喚き散らして、
テーブルの周りを5周したところでようやく意味のある言葉を発した。
从*゚∀从「──彼は『後始末』をしたんだな!? ……そっか、そうだ、台車!」
ξ;゚⊿゚)ξ「ハインさん落ち着いて」
(;^ω^)「な、何ですかお? ナガオカさんが犯人という意味?」
从*゚∀从「違うよ、いや違わない、彼も犯人だが犯人じゃない!
殺したのは彼じゃないが──」
一瞬、間をあけて。
从*゚∀从「彼なら、死体を運べたんだ!」
ハインリッヒがそう叫べば、真っ先に意図を察したツンが瞠目した。
-
ξ;゚⊿゚)ξ「死体は移動させられたということですか?
──その、台車を、使って?」
从*゚∀从「そう、彼は台車を引いて宿を出た!
貨物船が来ることはみんな知っていたから、台車を使っても目立ちはしない!」
从*゚∀从「そこに布でくるんだ死体を乗せていても、輸送させるための荷物だとしか思われない筈だ!」
ハインリッヒが、例の布切れを叩きつけるようにしてテーブルへ出した。
それを見たフサの目が揺れる。
何も言わなかったが、顔色は悪い。
从*゚∀从「スギウラ君が捕まったとき、ジョルジュ君は
オーナーさんへ話を通すと言って、自警団より先に宿へ戻ってきた!
そのときに布──恐らくシーツか、死体を包むのに使った布を燃やしたんだよ!」
( "ゞ)「死体を運ぶだけなら、20分あれば行けますね」
(;^ω^)「ちょ──ちょっと待ってくださいお!
その話じゃ、ヒッキーさんは──」
-
(;^ω^)「──この宿で殺されたことになりますお!?」
从*゚∀从「そうだな! ──ああ、それならスギウラ君こそ完璧にアリバイがあるじゃないか!
彼はずっと飲み歩いていたんだから!」
ξ;゚⊿゚)ξ「ナガオカさんが死体を運んだだけ、と言うなら……
刺殺した犯人は別にいるのですよね?」
ハインリッヒが停止する。
しかし、思考まで止まったわけではない。瞳はきらきら輝いたままだから。
きっと、これまでに得た情報を掛け合わせて答えに辿り着こうとしているのだろう。
計算が済んだか、は、と大きく息を吐き出す。
やや上気した顔で、ハインリッヒは答えた。
从*゚∀从「──サダコ君だ」
ξ;゚⊿゚)ξ「ヤマムラさん?」
-
从*゚∀从「物証はないけど、……いや、探せばまだあるかもしれないけど!」
ミ,,-Д-彡
デルタと目が合うなり、フサは瞼を下ろす。
観察していることに気付かれたか。
観察を拒むというのなら、つまり、観測され得る何かがあるのだろう。
だが、
从*゚∀从「盗聴器の内容からして、彼女は昼頃までブローチを付けていた。
なのにさっきは付けてなかった」
ミ,;゚Д゚彡「……はっ!? 盗聴!?」
さすがにこれには反応せざるを得なかったようだ。仕方あるまい。
ばっちり目を開け、どういうことかとハインリッヒとデルタに説明を求めるフサ。
しかしハインリッヒは推理の披露に夢中だし、主人がそうするならデルタは邪魔しない。出来ない。
とりあえず話の流れで察してもらえればと思う。
-
从*゚∀从「休憩時間に外したのをそのまま忘れただけなら、そう言えばいい。
でも、初めから付けていなかったと嘘をついた。──咄嗟についた嘘だったんだろうな」
くるりと一回転したハインリッヒは、無意味にツンへ人差し指を向けた。
从*゚∀从「彼女は、昼に制服を着替えてたんだ!
なぜ着替えた? ──着替えた事実そのものを隠したってことは、
着替えた理由も隠したかったわけだ」
回答を求められたと思ったのか、ツンは黙考した。真面目なたちである。
そして、はっと息を呑む。
ξ;゚⊿゚)ξ「……返り血……?」
ハインリッヒは正解とも不正解とも言わなかったが、
にんまり笑ったので、まあ、そういうこと。
-
从*゚∀从「制服はまだ彼女の部屋にあるかもしれないぞ!
逆に、彼女の制服が一着減っていた場合も怪しいことには変わりない。
制服を丸ごと破棄したわけだからな!」
从*゚∀从「それが確認されれば、殺害はサダコ君、死体運びはジョルジュ君の犯行で決まりだ!
どうだじっちゃん!」
( "ゞ)「お見事です、ハイン様」
デルタは共犯の可能性に気付いていただけで、根拠などはぼんやりとしか掴めていなかった。
こちらが黙っていても、ハインリッヒならいずれこの結論に至っただろう。デルタが少し早めただけ。
拍手をしてみせればハインリッヒはにやにや笑い、再び椅子に腰を下ろす。
一通り称賛して、そろそろ頃合いかと、通路の方へ目をやった。
( "ゞ)「──反論があるなら、早めにした方がいいよ」
ハインリッヒとブーンが首を傾げてデルタの視線を追う。
数秒おいて──陰から、ジョルジュとサダコが現れた。
-
ミ,;゚Д゚彡「……! お前ら……」
从 ゚∀从「あれっ、いたのか! いつから?」
_
(;゚∀゚)「……少し前だ」
川д川「酷いですわハインリッヒ様、盗聴器だなんて……」
从 ゚∀从「うん、ごめんな! 新しい方は普通のブローチだから勘弁してな。
それに君らも、こうして盗み聞きしてたわけだし。おあいこ」
( "ゞ)(立ち聞きと盗聴器では、わけが違うのでは)
ジョルジュは青ざめているが、サダコは元々青白いのでよく分からない。
彼女の腕には白い布が垂れ下がっている。
川д川「……私達は、たまたま通りかかって……出るに出られず」
ξ゚⊿゚)ξ「その布は?」
川д川「……」
ツンが腰を上げ、失礼します、とサダコから布を受け取った。
一度、皆に背を向けてツンが1人で確認する。
ぴくりと肩を揺らした彼女は、すぐにこちらへ振り向いた。
-
ξ;゚⊿゚)ξ「これは」
広げられた布──エプロン。
白い布地に、点々と、血のような赤黒い汚れが付着している。
量はさほど多くない。
(;^ω^)「け、血痕かお」
川д川「……私、よく怪我をするので……今日もお昼の調理中に手を切ってしまって、そのときに」
( "ゞ)「じゃあ、その傷を見せてもらえるかな。
絆創膏や包帯は私が付け直してあげるから」
間髪入れずにデルタが提案すれば、サダコは僅かに唇を噛んだ。
ジョルジュがおろおろしながらデルタとサダコを見比べている。
ミ,,゚Д゚彡「……見せなさい」
フサが低めた声で言うと、観念したのか、サダコは左手首の包帯に触れた。
逡巡。ゆっくりと包帯を剥がす。
-
──傷は、なかった。
代わりに黒い汚れ。
擦ったように掠れた汚れが、3つほど。
デルタはサダコの傍に立ち、そっと彼女の手をとった。
( "ゞ)「この汚れは何かね」
川д川「……事務作業中にインクが付いて……洗っても落ちなくて。見苦しいので、隠しました……」
( "ゞ)「そのインクを持っておいで。本当に落ちないのか試そう。色味も見ないと」
川д川「……」
サダコが黙る。ハインリッヒが身を乗り出す。
デルタは汚れを指先で擦った。乾いているのか少しも薄まらない。
-
( "ゞ)「……ここの印刷工場で使っているインクは、服や肌に付くとなかなか落ちないそうだ」
川д川「……そう、らしいですね」
( "ゞ)「ヒッキー君の手にはいつもインクの汚れがついていた。
──ああ、この汚れ、インクの付いた手でこうされた跡に見えるね」
強く握り締めない程度に、サダコの手首を右手で掴む。
デルタの指先が、汚れに重なった。
川д川「……昨日の、夜に……
ヒッキーさんがスギウラ様から私を庇ってくださったときに、インクが……」
( "ゞ)「昨夜は手袋をしていたんだろう、ヒッキー君。
手袋をしていたならインクは付かない」
_
(;゚∀゚)「あ……」
( "ゞ)「今日の昼に、ヒッキー君と会ったんだね」
ジョルジュが気まずそうに目を逸らした。
昨夜のヒッキーが手袋をつけていたことは、彼が証言してくれた。
-
( "ゞ)「……あなた達は、嘘が下手だね」
やはり、黙られるよりは嘘をつかれる方が分かりやすい。
基本的に本心を垂れ流すハインリッヒの方が、よっぽど分かりづらいのだから。
──手を切った、と言わなければ、こうしてデルタがインクのことまで暴くことはなかった。
適当に他の場所を挙げれば良かった。あるいは肉や魚を捌いたからだと言えば。
また、隠蔽も下手だ。
偶然この場を通りかかったというのは恐らく事実だろう。
大方、エプロンを処分するためジョルジュと一緒に移動する最中だったというところ。
ジョルジュがシーツを燃やしたように、サダコも、
すぐにエプロンを燃やすなり切り刻んで捨てるなりしていれば、まだ言い逃れが出来たのだ。
事の始末が不完全に過ぎる。
ジョルジュにしても。
ロマネスクが捕まった際、ここを使えと彼が自警団に言った。
実際の犯行現場になど、寄せ付けたくないだろうに。
-
( "ゞ)「とても計画的な犯行だったとは言えない。
全てが突発的な思いつきにしか見えないよ」
デルタがそれらを指摘すると、サダコもジョルジュも黙って顔を伏せた。
今度はハインリッヒがデルタに拍手する。
この様子ならば、逃げたり暴れたりはしなさそうだ。
サダコから離れ、デルタはハインリッヒの隣に座り直した。
(;^ω^)「……でも、ナイフの件は?
彼女が犯人なら、ナイフをあらかじめどこかに隠してたことになりますお。
それは計画的な犯行だったと言えるんじゃ……」
ξ゚⊿゚)ξ「……いえ、ブーン様。ナイフを持ち出したのは、『逆』だったのかもしれません」
(;^ω^)「逆?」
ξ゚⊿゚)ξ「ロマネスクさんは、ナイフを保管する棚の近くにいたから凶器を持ち出せたのだ──と疑われました。
ならば、彼の隣の席に座ったというヒッキーさんも同様です」
(;^ω^)「ヒッキーさんが何でナイフを!」
ブーンが戸惑う通り、ヒッキーがナイフを盗む理由はない。
──ない、ように思えるだけか。
実際には理由がある?
-
思考を巡らせ、──デルタとハインリッヒは同時に気付いた。
理由に、思い至ってしまった。
从 ゚∀从「……ああ。そっか……」
ハインリッヒが発した声は、少しばかり沈んでいた。
俯き、デルタの腕を握る。
从 ゚∀从「私のせいだったのかな……もしかして」
(;^ω^)「はい? 何でハインさんが?」
从 ゚∀从「私の研究内容について、面倒なことになってたのかな」
研究って、と首を傾げるブーンとツンに、
鞄を開いたハインリッヒが一冊のファイルを渡す。
ファイルを開いた2人は、まず、訝しむような色を浮かべた。
そしてページをめくるにつれ、信じられないとでもいうような顔つきへ変わっていく。
──ヒッキーと同じ反応だ。
-
从 ゚∀从「そうなんだろ」
問い掛けるハインリッヒの目は、フサへ。
部下が疑われ追い詰められても、彼は不自然に落ち着いている。
無関係であるならばもっと何かしらの反応を見せるだろう。
ならば全くの無関係でもないのではないか。
フサは眉間に皺を寄せて目を閉じ──次に瞼を上げたとき、
瞳に悲しげな色を落としていた。
ミ,,゚Д゚彡「……先代のオーナーが、フィレンクト様の旧友でした」
彼の言葉は、ハインリッヒではなくブーンへ向けられたようだった。
フィレンクト。たしか、ブーンに代わって諸々を決めていたレスポンス人。
新政府案のごたごたがあった際、黒幕とされた男ではなかったか。
新聞で見た程度なので真偽も詳細も知らないが。
ファイルから顔を上げたブーンは目を瞬かせ、不思議そうな顔をした。
-
(;^ω^)「フィレさん?」
ミ,,゚Д゚彡「その縁あって、質のいい野菜を定期的に安値で……」
あ、と声を漏らしたブーンが手を叩く。
ツンと顔を見合わせ、得心したように頷き合った。
(;^ω^)「そうか、5区!」
ξ゚⊿゚)ξ「5区は元レスポンス人の多い土地でしたわね。
流通の責任者もレスポンス人です」
ミ,,゚Д゚彡「おかげで、とても助かっていました。
経営が厳しくなっていて──金が足りなかったものですから。
……本来ならば、もっと安い、質の悪い食材しか買えないほどなのです」
( "ゞ)「椅子を修理に出すお金すらないわけだからね」
デルタの違和感も消化された。
高価な野菜を仕入れているようだとブーンが言ったとき、不思議に思ったのだ。
もっと他のことに金を使うべきではないかと。
経年で劣化した宿を改築することもなく、椅子ひとつ修理に出さず、
人手が足りぬせいでサービスも行き届かない、
果てはサダコが過労で失敗を犯し、ロマネスクを怒らせた。
整えるべきものが整っていないのに食材にばかり気を遣うような、そんな経営者には見えなかった。
-
ミ,,゚Д゚彡「……ここ一年で街に滞在する人間がどっと増えましたが、どうにも贅沢な人ばかり集まってくる。
うちではサービスが追いつかない。……客が離れてますます儲けが出ない」
( ^ω^)「宿泊に関しては知らないけれど、料理はとても素晴らしいですお」
ミ,,゚Д゚彡「逆に言えば、もはや残されたのは料理だけだったのです。
それだって、安くて美味い、というのが売りでしたから……
値上げをしてしまえば、他所の飯屋を選ぶお客様も増えましょう」
宿泊業をやめて食堂のみの営業に切り替えれば──という案も出たらしいが、
どうしても、それは嫌だった。
フサはこの宿に、いや、先代の経営者に誇りと恩義を持っている。
壊れた椅子ひとつとっても、こだわるほどに。
何があったのかは知らないが、そうするだけの恩があるのだろう。
ミ,,゚Д゚彡「そんな折──ヒッキーさんがやって参りました。
仲良くしていたのは事実です、その日も軽い雑談を交わしました。
……そのとき、彼は言ったのです」
ミ,,゚Д゚彡「フィレンクト様へのいい土産が出来そうだ、と」
-
──世界的に大きな一歩となる発見をした者がいる。
その人を、中央1区の研究所へ紹介しよう。
そうすれば、落ち目となっている研究所が一躍注目される。
その研究所の責任者はフィレンクトの親戚だ。
フィレンクトがハインリッヒを見付けたことにし、
権利全てを研究所に移せば、肩身の狭い思いをしている彼らが再び表舞台に立てる──
川д川「……ヒッキーさんは、祖国であるレスポンスのこととなると
いささか己を見失うところがありました……」
( "ゞ)「己を見失わぬために、祖国にこだわったのでは?」
川д川「……ええ、それはたしかに、そうなのかもしれませんね……」
サダコが腕を押さえ、頷く。
彼女もその話は聞いていたそうだ。
──ヒッキーはすぐに、ハインリッヒのことをフィレンクトに伝えた。
フサの客であることも報告していたらしく、
間もなく、フサのもとにフィレンクトから手紙が届いた。
-
ハインリッヒに、研究内容を売ってくれるよう交渉しろ、というものだった。
本人を勧誘するより、手柄をそっくり研究所が譲り受ける方向に固めたらしかった。
フィレンクトには監視の目があるそうで、彼が直接交渉することは出来ない。それでフサに頼んだのだろう。
ミ,,゚Д゚彡「……私はそれに断りの手紙を返しました。
──このときの判断が、間違いでした。
せめてハインリッヒ様に、事情を話せるだけ話しておくべきだった……」
从 ゚∀从「何で断ったんだ? 君には損も得もないだろうに」
ミ,,゚Д゚彡「私の個人的な感情です。
──フィレンクト様の所業は、兄から詳しく聞いていました。
中央の暴動があったとき、首長と仲がいいという理由だけで
兄と姪が苦労させられたことも」
( ^ω^)「……その通りですお」
ミ,,゚Д゚彡「だから私は、彼が他人の手柄を利用して得をしようというのが、
どうしても受け入れがたかった」
すると、また手紙が来た。
昨日デルタ達が見かけたものだ。
内容は、ほぼ脅しとも取れるものだった。
-
言う通りにしろ、こちらに恩だってあるだろう。
こちらに返すものもないのなら、食材の融通も中止する──
意訳すれば、そのような。
これまでの食材が回されなくなれば、いよいよもって宿が潰れてしまう。
追い詰められたが、しかし、対策が何も浮かばない。
そして今日。昼前。
思い悩みながらも裏口で仕事をしていたフサのもとへ、ヒッキーがやって来た。
彼は、この時間、しょっちゅうフサが裏手で作業しているのを知っていた。
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(-_-)『昨日、例の研究内容について他言無用だとハインリッヒさんに言われました。
ぎりぎりまで秘密にしたいと。
──あの研究を知っているのは、きっと、ごく一部の人間だけです』
(-_-)『……論文を強引に奪ってしまうことも出来るかもしれませんよ』
ミ,,゚Д゚彡「彼は本気でした。私が何を言っても聞きません。
挙げ句には、私が東スレッド人だから邪魔をするのだとまで言われました」
「それはたしかに、ある意味では間違っていないのですけれども」。
皮肉るように、フサは言う。
ミ,,゚Д゚彡「そして彼は、フィレンクト様から手紙を受けたろう、と続けました。
中央からの正式な命令なのだから、拒否することなど出来ない……と」
从 ゚∀从「実際は、正式な命令を装っただけなんだけどな」
ミ,,゚Д゚彡「……ああ、そうだったのですか。……私はそんなことにも気付けませんでした」
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川 ゚ -゚)子守旅のようです
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受け取っていないことにしてしまえば、命令を聞く必要もない。
半ば自棄気味に、フサは二通目の手紙を処分すると決めた。
一通目には返事をしてしまったから無かったことになど出来ないが、
少なくとも「一度は断った」という事実が残っている。
彼は、客の功績を奪い取る行為こそ、宿屋の主人としてやってはならぬことだと判断したのだ。
ミ,,゚Д゚彡「……ともかく私の説得では、ヒッキーさんは聞き入れないだろうと思いました。
なので、サダコに説得を頼んだのです。
彼はサダコのことを憎からず思っていたので、もしかしたら、と」
盗聴器の最後に録音されていた部分であろう。
あの直後にサダコがヒッキーと会ったのか。
ξ゚⊿゚)ξ「でも──駄目だった?」
川д川「……はい。
ヒッキーさんは私にナイフを見せました。
昨夜、食堂から盗んできたのだと言って……」
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──協力を拒むのであれば自分1人でやる。
ただし、このナイフでハインリッヒ達を刺して、
死体にナイフを刺したまま自警団に通報する。
この宿で似たナイフを見たことがあると証言すれば、
宿の人間がハインリッヒを殺したのだと判断されるだろう──
彼はサダコをそう脅したそうだ。
まさか殺してまで論文を奪うつもりだったとは思わず、サダコは狼狽した。
ヒッキーが恐ろしくなった。
街の中においては、ヒッキーの方がフサよりも信頼性がある。
フサは有象無象の宿屋の主人だが、ヒッキーは、今や世界一の印刷工場の責任者だ。
貢献度が違うのである。皆、ヒッキーの言い分を信じるだろう。
その上サダコは、フサが、あの脅迫じみた手紙を燃やしてしまったことも知っている。
あれが無ければ、フィレンクト側が無茶を言ったことを証明できない。
川д川「私、何も言えませんでした……。
すると決裂したということで、ヒッキーさんはナイフを持ったまま立ち去ろうとしました。
これじゃいけないと思って、私、必死に引き留めたんです……」
-
揉み合いになった。
混乱しきっていたサダコは、もう何が何だか分からず、がむしゃらに動いた。
そして──
気付けば、ナイフがヒッキーの胸に。
川д川「……そこへオーナーが様子を見に来て……
しばらく2人で途方に暮れましたが、ともかく、
ヒッキーさんの死体を別のところへ運ばなければと……」
从 ゚∀从「それでジョルジュ君に頼んだと」
ミ,,゚Д゚彡「ええ、買い出し当番だったので。
ジョルジュには、そのとき初めて事情を説明しました。
──こいつはただ、私に頼まれて仕方なくやっただけなのです。
……いえ、それはサダコも同じです。2人共、私の問題に巻き込まれただけだ」
それは違う、とジョルジュが顔を上げた。
フサの座る椅子の背もたれに手を添え、ぶんぶん首を振る。
_
( ゚∀゚)「俺は断ることも出来た! 頼みを聞いたのは俺の責任だ」
川д川「私だって……結局、刺したのは私ですもの……。
オーナーは、ヒッキーさんがナイフを持ってることなど知りませんでした……」
フサは2人を見遣った。
何かを言いかけ、右手で顔を覆い、俯く。
ミ,, Д 彡「……お前達にも、スギウラ様にも、本当に──申し訳ないことを……」
-
(;^ω^)「そうだ、スギウラさんは……本当に巻き込まれただけ?」
_
(;゚∀゚)「ああ。まさかあの人が近くにいるとは思わなかった。
ましてやナイフを抜くなんて……」
ミ,,゚Д゚彡「あくまで、犯人不明の死体として処理してもらうつもりでした……。
スギウラ様に……他人に罪を着せる気はなかった」
ナイフ自体は珍しいものではない。普通に出回っている型。
路地でヒッキーの遺体が見付かっただけならば、宿へ目が向くこともないだろうし、
宿へ捜査が入らなければ、食堂のナイフが紛失した件も表には出ない。
ロマネスクが余計なことをしなければ、きっと彼らは逃げ切れていただろう。
.
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普通に推理でしたごめんなさい
しかしヒッキー放置しててもデルタがサクッとやってくれたような……
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( "ゞ)「あなた達は、スギウラ氏が犯人にされてしまったことに罪悪感を抱いたわけだね」
ハインリッヒが疑問符を浮かべたので、
少しばかり丁寧に言い直した。
( "ゞ)「放っておくのも心苦しくて、つい、宿に来てくれと言ってしまったのかな」
从 ゚∀从「……あ、そういうことか」
彼らが積極的にロマネスクを疑うような発言をしなかったのも、その表れだろう。
真犯人だと名乗り出る勇気はないが、
しかし、ロマネスクに罪を着せたいわけでもない──
結果、中立的な態度をとり、半端な嘘をついてしまった。
フサも、サダコも、ジョルジュも、完璧な悪意を持って立ち回っていたわけではない。
無論、一番は自首するべきだったのだろうが、
この街の人間は自警団に対して恐ろしい先入観がある。
だから彼らは結局──そうするしか、なかったのだ。
重たい静寂が満ちる。
サダコの呼吸が震えた。前髪に隠れた目元から、ぽたり、雫が落ちた。
ミ,,゚Д゚彡「……首長」
フサが、落ち着き払った声で沈黙を破った。
真っ直ぐにブーンを見つめている。
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ミ,,゚Д゚彡「ヒッキーさんは、普段はおとなしい方でした。
真面目に仕事をし、料理を楽しみ、時おり冗談を飛ばす、普通の方でした。
こと故郷の話になると、ムキになってしまうだけの」
ミ,,゚Д゚彡「……お願いします、どうか、素晴らしい国を作ってください。
レスポンスだの東スレッドだの、既に無い国にこだわる者がいなくなるように。
どうか素晴らしい国を、世界を……」
そこまで言って、フサはくしゃりと顔を歪めた。
後悔と諦念と罪悪感をごちゃまぜにして、
揺れる視線が、震える口が、ブーンに縋る。
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ミ,,゚Д゚彡「……民が信頼できる、政府を……」
戸惑い続けていたブーンの瞳が、静まる。
正面からフサと向き合い、彼は、しっかりと頷いた。
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