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小学校からの英語教育

1やぱーの@管理人:2006/10/18(水) 17:58:51

皆さん、いかがでしょうか?

私は大反対。
前にも書きましたが、外国のことをやる前に自国のことを勉強しないと、意味なしことばの羅列になります。
自国の古典の暗唱、歴史、神話、道徳等を勉強すべし。

それから自分の頭で考える勉強。→問題提起されて「これはダメ。」と意見を言っても、筋道立てて反証できなければ、外国語をやっても意味が無い。
「ダメなものは、ダメ」では単なる阿呆。

2エスペロ:2006/10/18(水) 19:06:20
Ankau mi deklamas kontrau enkonduko de angla leciono en bazlernejon.
私も小学校への英語教育の導入には大反対です。

Sxajnas ke simpatiantoj priaj ne volas esti anticipita de najbaruloj
koncerne anglan lecionon...
導入賛成派は、英語教育で近隣諸国に遅れをとられることを嫌っているように思えます。

Mi,tamen,argumentas ke tia 'timo' tute ne necesas pro suficxe da
informo kaj dokumentoj pere de nia propra lingvo...kompare kun
niaj najbaruloj,kiuj ne povas ne konfidi al angla lingvo ecx NUNTEMPE...
しかし、私は、そのような’心配’は全く不必要だと思います。何故なら
日本語による充分な情報と資料が存在するからです・・・
これは、未だに英語に頼らざるを得ない隣国とは対照的です・・・

3隣の隠居:2006/10/19(木) 09:49:17
国語力もろくにない小学生にたいしたことない英会話を教えるのもどうかと思うが、
ゆとり教育が大問題になってるのにその時間にエスを教えようというエスペランティストもどうかと思いますな。
エスやるくらいなら、国語教育に一家言あるべきだと思いますな。

4kanva:2006/10/19(木) 14:58:40
愚見を述べるなら、私も、小学校での英語教育拡大には反対の立場です。
日本語・算数・論理をじっくり鍛えることを、小学校教育の主眼にするべき
です。言語教育は、高等教育まで受けられる言語を最低一つ、固めることが
大事だと思います。虻蜂取らずにしてはいけません。互いに相乗効果があると
主張する人たちには、それが大多数の児童に保証できることを、論証して
欲しいです。
現代日本語以外の言語を教えるのなら、まず世界の言語分布と、日本語の
発展史について簡単に触れた上で、日本語の古文・漢文・梵語などの紹介を、
英語などより先にして欲しいと思います。それらは、日本人としての教養に
資するからです。
それ以外の言語は、小学生に強制するべきではなく、必要だと思う家庭が、
それらを提供できる学校や教室に、選択的に通わせれば良いと考えています。

5Nemaldekstremistocxjo:2006/10/21(土) 20:52:00
あえて、賛成にしてみます。
現在の国語の一部を英語の時間に割くことによって、現状の「国語」という概念から「日本語」に変換させ、
また、漢字の時間を減らし、挙句の果てにはローマ字化させ、そうすることによって、
最終的にNihongoの存続を図るのです。

また、英語教育によって、アルファベットに慣れさせ、SVOというような語順や関係代名詞というような文法の知識を与え、
一方、自然言語には文法的に不規則が多く、不可解なイディオムも多いということを早い時期に納得させ、
ついには、エスペラントに興味を持たせると言う企みです。

6エスペロ:2006/10/21(土) 21:59:20
>>5
「国語」という概念を外してはいけません。また、漢字の時間を減らしてはいけません。
日本語のローマ字化には反対です・・・
漢字は、東アジアの共通文字です。
漢字を廃止してローマ字化したベトナムでは、文化の断絶が起こっています。
また、漢字を廃止してハングル専用とした韓国でも、思考力の低下が起こっていると
言われています。
ベトナム語も韓国語も、高級語彙は漢字語です。ローマ字化やハングル化して
しまうと、語彙のルーツが分からず、複雑な思想を表わすのが困難なのではないでしょうか?

そして、もちろん、小学校英語教育にも断固反対です。
国語、算数、理科、社会、音楽、絵画等など、小学生に教える教科はたくさんあります・・・
とりわけ、国語が一番大切です。

全ての教科の基礎は、国語ですから・・・

7Kanva:2006/10/21(土) 22:52:13
私の知っているあるトルコ人は、トルコがアラビア文字を捨ててラテン文字
化したためについ百年ほど前の文献でさえ殆どの人が読めなくなったことを
悔しがり、日本がそこまでにならなかったことを羨んでいます。
文化の断絶は、それを起こしてしまってからでは、後のまつりです。
日本語のローマ字化には弊害のほうが大きいと思うので、反対します。

8やぱーの@管理人:2006/10/21(土) 23:54:12

結局、何のために外国語学習を小学校から?ということになります。

国によっては、特定の外国語を習得することが死活問題になっている国もあります。
複数の隣接国にローラーのように行ったり来たりして蹂躙された小国は、それぞれの言葉を習得しなければ生きていけない歴史を持っていたりしました。今日は北隣のX語、明日は南隣のY語をそれぞれ話さなければ命にかかわったのです。

数百年も大国に支配された国の国民は、宗主国の言語を使用できないと役所の手続きさえ不可能。→アフリカにおける英語、フランス語、ポルトガル語。

たとえばインドでは生まれた村で話されている言語、隣接する大きな町の言語、州の公用語、国の公用語の英語とヒンディー語、と五ヶ国語(五言語)をイヤでも習得してしまいます。そうしないと生きていけないから、また母語(両親から教わった言語)だけでは、高度な内容を伝達できないのです。

さて日本は?幸いにも日本語だけで十分用が足ります。
しかも識字率は世界最高水準。ほとんど100%。ローマ字をわざわざ国字にする必要はサラサラありません。

大部分の国民は、英語学校のコマーシャルではないけど、何十年に一回あるかないかの外国人が助けを求めている内容を理解する必要が無いのです。→もっとも、コマーシャルの場面では英語がわからなくても助けが必要なことぐらいはわかりますが...

ただし、なんらかの外国語の知識があったほうが人生の選択肢や幅が広がるということです。
言うまでもなく、その数ある外国語の中で一番通用する可能性が大きいのが英語なのです。エスペランチストの大部分の方々は、この事実を認めたくないようですね。
しかし、どんなに他の言語が頑張っても「現状」では英語にかなう言語はありません。

でも、その前に(外国語を学習する前に)やることが山ほどあります。何回か書いたとおりです。
日本の教育には、世界標準の常識が欠落しています。
左翼運動家や日教組様のおかげです。

9kmns:2006/10/22(日) 13:30:05
ある掲示板に「小學校からの英語教育」と題して書込んだこと。

英語はラテンアルファベットを使用する。ローマ字もさうだ。兩者が無關係といふことはない。ローマ字を教へるのかどうか。その場合、訓令式なのかヘボン式なのか、あるいは第三の方法を考へなければいけないのか。すべて等閑視されたまま、小學校では訓令式、中學校ではヘボン式を教へてゐる。もしラテンアルファベットを表音文字として教へるなら異なる綴りは異なる音を表すといふことが原則。ローマ字もいいかげん。英語も綴りは綴り、發音は發音と別個なものとして教へる。英語圏であれば耳から入った音はアルファベットで表記する以外にない。我が國には假名がある。これが我が國の英語教育がうまく行かない疫學的理由なのだ。

英語教育の効果が悪ければまづ方法が問はれるべき。小學校英語教育を答申した委員には、非効率な英語教育の責任を問はれるべき、英語教師養成機關の人が多かったやうに思ふ。

英語教育といふ薬をのませてもなかなか効果がない、どうしたものかと相談したら、もっと大量に服用させなさいといふのが小學校からな英語教育。相談した相手が業者であった。麻薬賣人とどこが違ふかと言へば、悪事を働いてゐる意識がないことだと、さう見えてくる。

要するに小學校からの英語教育も免許の更新制も自分たちの職域擴大ではないか。免許の更新でなく、研修なら必要な場合があるかもしれない。しかしそれなら、方法論の検討が先。養成のときに教へた指導法に抜かりがあったといふなら納得できなくはない。さうでなければ免許の更新は無限後退に陥る。

10ゑい:2006/10/22(日) 15:16:44
何のために英語を学ぶのかというのが一番の問題でしょう
今の英語教育はまさにそこを喪失しているのです
自分は、英語は英米をはじめとする諸外国の先進的な科学や文化を学び、そのうえで日本固有の科学や文化を発信するために学ぶべきものだと思っています
実際「英語という言語とそれに付随する文化が日本のものよりも優越しているからそれを取り入れ、日本の劣った言語と文化を克服して欧化しよう」という考えで英語を学ぼうとするような人はいまの時代なかなかいないでしょう

それなのに、現在の英語教育はどうでしょうか、本当にその目的を果たすためのものとなっているでしょうか
やたら厳しく発音を訂正してみたり、会話を重視してみたり、そういう現行の教育をやりつづけることに意味があるとは思えません
学ぶのにまず必要なのは「読む力」であり、発信するのに必要なのは「書く力」でしょう
そういうことも考えずにちょっと外国人を連れてきてHelloと言わせてみせる、そういうような英語教育をするくらいなら、小学生のうちから始めることの意味は薄いと思いますね

逆に、ある言語を学ぶのには出来るだけ幼少の頃から学ぶのが一番効率がいいというのは最近の脳の研究でわかってきているらしいですから、そういう意味では小学校どころか幼稚園で英語を教え始めてもいいくらいだと思います
かつての知識人が学んだ漢文のその地位が現在英語に移っているわけで、そういうことを考えると、「学ぶための読む力と発信するための書く力を重視した英語」を小学校に入ってすぐから教えるというのならそれはそれでいいことだと思います
もちろん国民全員がそういう英語を身につける必要はないという意見もあるでしょうし、時間がないということもあるかもしれません
しかし言語というのはほかのものとは違って、幼少の頃には非常に獲得能力が高く成長するに従って急速に獲得能力が失われていくものですから、どうせ英語を身につけるなら出来るだけ早いうちにやらせるのが効率的だし本人にとっても楽なのです

大切なのは何のために英語を学んでいるのかということを常に意識しておくということで、それができるというのならば小学校どころかもっと早くからからはじめてもいいし、むしろそれが望ましいと思いますね

「目的意識も持たずに英語至上主義的考え方で早期英語教育をやろうとしているから反対しているんだ」というような人もあるかもしれませんが、そこから「英語なんて後回しでいい」というふうに展開するのではなく、「『目的に見合った適切な英語』を『英語はあくまで受信発信のための道具だという認識』のもとでやらないといけないのだ」というふうに展開するほうがいいのではないでしょうか
言語というものは単なる知識とは違った特別なものであり、出来るだけ早いうちからやらせたほうがより上達しやすい、というのは事実なのですから、自分は「適切な英語」を「正しい認識」のもとで「できるだけはやくから」始めるべきだと考えます

11kmns:2006/10/22(日) 19:44:00
> 何のために英語を學ぶのかというのが一番の問題でしょう

さうは思はない。小學校からの英語教育つまり義務教育で考へる場合は「何のた
めに英語を教へるか」といふべきではないか。

義務教育で何か外國語を教へるといふのは悪くないと思ふし、その外國語が英語
であっても構はないと思ふ。ただ、それは中學校からでよいではないか。もしそ
れがうまくいってゐなければまづ方法を問題にすべきだ。もっともその場合の英
語は、そのまま役立つことが目的ではないだらう。外國語をやることによって母
語を離れたものの見方といふことを知ることも大事だし、語學の基礎をやってお
くといふことも大事なことだ。

> ある言語を學ぶのには出來るだけ幼少の頃から學ぶのが一番効率がいい

さうなのだらうか。もしさうだとしても、それは母語を損なふ可能性はないのか。
言語が認識を規定するといふこと、これはサピア・ウォーフの假説を持ち出すま
でもなく、實際にあると思ふ。早期英語教育を唱導する人はサピア・ウォーフの
假説をどう考へてゐるのだらうか。



12<削除>:<削除>
<削除>

13<削除>:<削除>
<削除>

14kmns:2006/10/22(日) 19:48:25
多重書込みをしてしまった。お手数なれど12,13を削除願ひます

15ゑい:2006/10/25(水) 15:27:59
たしかに現行の方法が悪いというのはわかりますし、自分もそう実感しています
習わせる時期を早めるだけではなくてその前に方法を改善して指導能率をあげるべきだというのはもっともな指摘です
ただ、自分はそのうえで早くから英語を教え始めても別に悪いことはないんじゃないかということをいいたいのです
やり方を改善すると同時に早くから始めるというのは別にとりわけ変なことではないと思うのですがどうでしょう


>言語が認識を規定する
これについては言語学者によって書かれたこの考えを批判する書籍をこの前読みました
それがどこまで正しいのかというのは自分は判断できませんが、その本を読んで、言語が認識を規定するという考えが正しいとは言いきれないのではないかと思っています
それとも言語が認識を規定するというのは言語学その他の学術界では定説となっているのでしょうか

母語を損なうということが実際にあるとすれば、その原因のひとつは英語を重んじて日本語を軽んずる風潮の蔓延だとか、そういう「外的環境」によるものだと思います
自分はそういうことがないように、日本語とその文化を丁寧に教えるような教育を同時に実施した上で、出来るだけ早く英語教育をするべきだということを言いたいのです
もちろん脳の「構造的問題」として早期英語教育によって母語が損なわれるということがあるか、ということは分からないのでどうともいえませんが、このあたりはまだ学術的にも解明されていないと思います

16ladio:2006/10/25(水) 19:36:40
英語などやっている時間はない。他にやるべき事がある。

と思います。
ただでさえ、週休二日で授業数の確保が難しいのに英語など加えたら、全部の科目が不十分になりかねません。
それより、地球人として数学や理科に時間を割くべきです。
そして、国語に論文の書き方を加えるべきです。
歴史や文化よりよっぽど重要な、現在から未来にかけての知識に力を注がなければなりません。
小異(言語、文化)に目をつぶり、地球人としての大同(科学、真理)をわきまえなければなりません。

英語は必要無いわけではありません。
他にもっと必要なことがあるのです。


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