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「愛国心」について

1しろ:2003/07/02(水) 13:11
新参でいきなりのスレ立て、平にご容赦ください。
皆さんの書き込みを拝見し、かねてからの疑問を投げてみようと思った
次第です。他スレでの議論に参加したいのは山々なのですが、何分にも
軍事・国防関係にまるで疎いもので・・・。

さて、投げかけたい議題は「愛国心」というものについてです。
詳細は追って補足いたしますが、趣旨としては、
「戦後教育における”愛国心”の欠損が、個人のアイデンティティ確立に
多大な影響を与えているのではいか?」という疑問です。

197<未入力>:2003/09/18(木) 13:24
ついでの質問で立ち入ったことを聞くことをお許し下さい。
ぼーん様は、海外経験はお持ちでしょうか? 単なる見学
者としての観光旅行ではなく、学会、国際会議、国際大会
など「出身国を代表する立場」での海外経験はいかがで
しょうか。

なかなか普通に暮らしていると経験する機会は多くありま
せんが、国歌の必要性は「国内だけを見て言っているか」
「海外をも視野に入れているか」で、ずいぶんと答えの変
わってくる問題でもあるように思います。

またifの質問で申し訳ないのですが、「国連歌」があるとし
て(無学なもので、それが実在するかどうかは知らないの
ですが)、「日本のため(だけ)の国歌は唄わないが、国連
の歌だったら唄う」のでしょうか。
それとも、「所属を尊重するために唄うのは、校歌止まり」
でしょうか。
就職先によっては「社歌」というのもあるんですが、これも
「所属先を明らかにし、その歴史を唄い、他社と自社を識
別し、所属意識を高める」ために唄われるんですが。

198ぼーん:2003/09/18(木) 15:21
>>196
本当にどうしようもない奴らだね。
第一に、国だけに関わることなら、国旗掲揚・国歌斉唱に全面的に反対しているわけでもない。
国際試合に日本代表が出かけていってそこで国旗を掲揚するな、などと言っているわけでもない。

第二に、校歌を歌うのが実際に問題になっているなら、そこでそれについて議論すればいい。
校歌を歌うかどうかが切実な問題として議論されている現場を僕は知らない。
現実に争点にも何にもなっていないことを持ち出して、それをもって国旗国歌問題を正当化するのはすりかえだよ。

第三に、仮に校歌と同様国歌も歌うとしても、「卒業式においては、校歌を歌わなければならない」
という命令が国から出たらおかしいのと同様に、「国歌を歌え」という命令が国から出るのはおかしい。
学校ごとに、学校内の自治によって歌う、歌わないを決めればいいだけのこと。
国旗国歌も、せいぜい認めるとしてもそこまでだ。

何故に教育委員会から実施命令が出て、従わない教員に対する処罰までなされねばならないのか。
そこまでのことを正当化する根拠などない。

# もちろん、個々の学校の中で、国旗国歌の思想性を問う議論は出てくるはずだけどね。
  まずはそこまで踏み込まなくてもいい。

# しかし、曲解、誤読のありようが別スレの未入力と同レベルだね。
  未入力の恥はかき捨て?

199ぼーん:2003/09/18(木) 15:33
>>197
> ついでの質問で立ち入ったことを聞くことをお許し下さい。

許しません。
プライベートな質問はお断り。

海外がどうであるかも、基本的には関係がない。
その海外が間違ってる可能性もあるからね。

東チモールの人たちは、今でこそ独立した新しい国の国旗には愛着を持ち、
それこそ日本の右翼張りに敬意を表さない奴に怒りを感じるかもしれないが、
彼らがインドネシアの国民であったときに、それと同様の敬意をインドネシア国旗に払ったかどうか。
また、今後も、インドネシアの国旗に敬意を払うかどうか。それは、東チモールの人、一人一人が選ぶことだろう。

帰化した在日で国旗国歌の嫌いな人もいる。
校旗ならよくて、国旗ならダメだ、とか、そういうレベルの問題ではないだろうに。
すべては文脈によるし、文脈を読み、国家と自分の関係を意味付けるのは一人一人の自由。
自分の所属する国家に責任を持とうとするからこそ、このような係争のさなかにある国旗国歌には安易に組しない、という考え方もある。
「国旗は、とにかく形式的に敬意を払うのが常識だ」とでも言い張る頭の固い形式主義者は、そういう文脈を一切見ないのかもしれんけど。

> またifの質問で申し訳ないのですが、「国連歌」があるとし
> て(無学なもので、それが実在するかどうかは知らないの
> ですが)、「日本のため(だけ)の国歌は唄わないが、国連
> の歌だったら唄う」のでしょうか。

国連のありように本当に誇りを持ち、歌いたい気持ちなら歌うでしょう。
今のようなアメリカの傀儡の国連に対してであれば、歌わないかもしれません。
それはそのときそのときの事情によります。

社歌なんかもそれに準じますね。
しかし、イマドキそんなことやってる企業で仕事している人に、心の底から同情しますね。

200イカフライ:2003/09/18(木) 15:41
ところで、私立学校の場合、どうなっているのでしょうか、国旗国歌法は?

私の出身校は、キリスト教系の私立だったので、日の丸も君が代もなく、賛美歌歌ってたような記憶があるのですが。

201<未入力>:2003/09/18(木) 15:57
>>199
それは失礼しました。
他の方には、「スレ違いを理由に回答をスルーは許さない」
と仰ってましたので、同じ解釈かと思っていました。ぼーん様
に限っては特例があるのですね。了解です。

「校旗ならよくて国旗ならダメ」というのは、「所属を表す旗に
対する姿勢」の問題を述べました。
この場合で、校旗と国旗の差異は、「法律で実施が定められ
ているかどうか」でしたね。

そもそも国旗国歌法が定められるきっかけに遡れば、
「法律で決められていないのに日章旗を国旗、君が代を国歌
とするのはおかしい」という指摘があったため、「既存の慣習
を追認する」ということで日章旗と君が代の有り様が「明文化
された」のが国旗国歌法だったと記憶しています。
だとするなら、その指摘がなければ「強制を伴う国旗国歌法
は制定されなかった」のではないでしょうか?

この場合の比喩としては正しくないかもしれませんが、鳥も
鳴かずば撃たれまい、と。

ちなみに、国旗国歌法制定のきっかけになったのは日本共
産党他の野党の指摘、市民運動によるものだったと思いま
すが、その後、市民運動とそれらの政党は、「国旗国歌法の
違法性、違憲性を指摘し、その廃案を訴える動議」を国会に
提出しているのですか? また、そうした日章旗・君が代を
日本の国旗国歌にしないという世論は、日本社会の多数派
を形成しているのですか?

202<未入力>:2003/09/18(木) 16:01
これも差し出がましい質問で申し訳ないのですが、イカフライ
様にお伺いさせていただきます。
例えば、キリスト教系の学校で、「賛美歌を唄いたくない権利」
を主張した場合、これは認められるのでしょうか?

ぼーん様の主張に従うと、「賛美歌を歌いたい人はどこかよそ
で唄いたいだけ唄えばいいのであって、唄いたくないなら唄わ
ない権利があり、学校側からの賛美歌の強制に従う必要はない」
ということになってしまいそうな気がするのです。

ミッション系の学校については、式次第、校風、旗や唄に対す
る姿勢などの知識がありませんので、もしよろしければ、参考
までにお伺いできれば幸いです。

もちろん、ぼーん様同様、プライベートに関わることにはお答え
いただけないということであれば、そのようにお答えいただけれ
ば十分です。

203イカフライ:2003/09/18(木) 16:17
>>202

>例えば、キリスト教系の学校で、「賛美歌を唄いたくない権利」
を主張した場合、これは認められるのでしょうか?


 極論すれば、学校、辞めるべきなんじゃないですか?

 ただ、私立の場合、受験の際に、入学案内などにもキリスト教に基づく教育を、と、書いてある場合(これは、仏教系の学校でもそうだと思いますが)が殆どです。
 小学校で問題児だったから、ミッション女子校にでも放りこめば大人しくなるだろう、という親戚の口車に親が乗せられて、なんて事情はあったとしても、その学校を選んで受験した。
ということは、その校風を納得した、ということなので、公立の、特に義務教育とは同一に語られるかどうか、という事があると思いますが。

 とはいえ、別に洗礼を強要される、とかいうことはありませんでしたし、もしこれをやったとしたら、憲法にある「信教の自由」に抵触するので、たぶん、こういう学校はないだろうな、と思います。

 私は、クリスチャンではないし、むしろ、そうやってキリスト教偏向教育を受けたせいか、キリスト教に関しては、かなり批判的です。
 まあ、キリスト教についての話は、本題と関係ないので、深くは触れませんが。

204イカフライ:2003/09/18(木) 16:21
 あ、>>203で「学校、辞めるべき」と書いたのは、賛美歌を歌ったりすることがどうしてもいやだ、というのならば、ということです。

 別に唄わなければ退学、とかそういうことではありませんよ。

205<未入力>:2003/09/18(木) 16:40
イカフライ様、ご回答ありがとうございます。

国旗国歌法が公立校での「強制」を伴う点について、私見を
述べますと、同法の成立施行は1999年8月でした。それ以前
の公立校では(小中高ともに)入学以前は「慣習」として、法制
化されていない状態で国旗掲揚国歌斉唱が行われていました。

それで、1999年8月以降(つまり翌年の2000年4月入学)から
は、「(少なくとも)公立校では義務」になったことになります。
だとすると、もし当人及び未成年ですから保護者の意向で
国旗掲揚と国歌斉唱の義務に従いたくない場合は、公立校
ではなく私立校を選択する機会が、2000年4月入学以降には
生まれた、ということになります。2000年4月以前に入学した
小学生を除けばすでに一周しているわけですから、以後は
生徒、児童、学生の側が、「公立校を選ばない」という形で自
己選択すれば問題解決、、、というわけにはいかないかな、と
考えてみたのですがいかがでしょうか。

私立校がもし「公立校と同様の義務を負わない」のだとする
なら、そういう選択肢による解決方法もあるかな、と思いまして。

206大神:2003/09/18(木) 17:31
>>188

         司会 「来賓祝辞。起立!礼!着席!」
じゃない(笑)?

そして、君の書きこみは強制そのものに対して反対だったと思うが?

別に            2本立てで
も良いのだが。

207イカフライ:2003/09/18(木) 17:39
遠い記憶を辿りおこしてみたのですが。

 ミッション系だからといって、生徒がみんな敬虔なクリスチャンということは勿論無く、両親がクリスチャンだったので子供の頃から自然に教会に通って洗礼を受けた、という人もいれば、母親はクリスチャンだが父親は全く無宗教(何故かこの逆はいなかった)という生徒もいた反面、特に高校から入る生徒の場合、都立のすべり止めにちょうど良い偏差値だった、とか、女子校に行きたかった、私立にしては比較的授業料が安かった、通学が便利、といった、実際的な理由があったコも多かったです。

 学校では朝礼代わりに毎朝礼拝があって、あと、二学期の終業式(つまり冬休み前ですね)の代わりにクリスマス礼拝をしたような記憶があります。
 それから、週に一時間聖書の時間があったような。
 これら全て二十年以上前の記憶なんで不確かですが。
 で、生徒の中には、私のように、キリスト教の教えを知る事によって疑問を持った生徒もクラスに何人かはいました。
 ただ、そういった理由で退学した生徒は少なくとも私の知る限り、いなかったんですよね。

 あと、国旗に関してですが、国歌は歌う機会はなかったのですが、なんか講堂の前に旗上げるところはあって、創立記念日とか、卒業式とかには、なんかはためいていたかなあ、と。
 うっすら思い出しました。
 ただ、それが日の丸だったのか、それとも、学校の旗だったのか、解りません。
 わざわざ問い合わせて尋ねる気力も無いですし。
 ただ、もしかしたら、国旗掲揚はしていたのかもしれないですね。

208イカフライ:2003/09/18(木) 17:47
 で、整理になるかどうか解りませんが、少し、話、整理しますと。

 国旗国歌法の問題点は、というと二つあるのかなあ、と。
1・「日の丸」「君が代」は国旗国歌として問題がある。(というか、国旗国歌にすべきではない)
2・「日の丸」「君が代」は国旗国歌ではあるが、卒業式などの学校行事で国旗掲揚・国歌斉唱をすべきではない。

 ですね。

209大神:2003/09/18(木) 17:49
>>ぼーん君へ

                 卒業式の話は
              
              【日本】の学校の卒業式の話

学校の花壇にしろ、備品にしろ、学校で学べることそのものも地域の人、
他の国民の人などを含めた国から与えられて生徒は学ぶ事が出来る。
本人が否定したがっても、生徒は日本国に存在している事により、日本国の
一員であり、外国人も学んだ国に対する礼儀として

    日本国の学校が日本国旗、日本国歌を卒業式に掲げ、歌うのに

               別に政治性はない

      赤旗を掲げて、反戦歌を教師が生徒に歌わせるのとは違う。

210大神:2003/09/18(木) 17:55
>>ぼーん君へ

          公的な場での国旗・国歌を拒否するのは

            個人の良心の自由の発露ではない


そして、歌いたくない人間の権利と歌いたい人間の権利が対立という
問題ではなくて、

ただ単に
       歌いたくない人間が周りに対して礼儀をわきまえないだけ

211<未入力>:2003/09/18(木) 18:07
>>207
細かくご説明いただき、重ね重ねありがとうございます。
なるほど、不思議な世界、、、というわけでもないのですね。
少し自分の中の偏見が消えたように思います。

>>208
なるほど。すると、
1・「日の丸」「君が代」は国旗国歌として問題がある。(というか、国旗
国歌にすべきではない)
 これに対しては、
 あ・日の丸/君が代を国旗国歌として積極的に認めない
 い・日の丸/君が代を国旗国歌として積極的に認める
 う・どちらでもよいが、積極的には認めない/消極的に認める
 え・完全に無関心で認めるか認めないかの判断を放棄する
 の、あ〜えの4通りの態度があるということでしょうか。

2・「日の丸」「君が代」は国旗国歌ではあるが、卒業式などの学校行
事で国旗掲揚・国歌斉唱をすべきではない。
 これは上の1のうち、い〜えの3通りの態度の人が対象で、
 あ・国旗掲揚/国歌斉唱は絶対にすべきではない
 い・国旗掲揚/国歌斉唱は絶対にするべきだ
 う・どちらでもよいが、積極的にしたくはない/消極的にしてもいい
 え・完全に無関心で完全拒否か容認かの判断を放棄する

こんな感じでしょうか。
どちらも、「う」か「え」が多数派のような気もします。この場合、
「積極的に認めない」「積極的に拒否する」という態度表明をしない
場合は、「認めない」ではなく「黙認」、「しない」ではなく「する」が
多数派を作るような感じがします。

212大神:2003/09/18(木) 18:08
>>ぼーん君へ

             【公的な場で歌うこと】 
よりも、 
               【公的な場】で 

            【個人の考えで拒否する】

方が         必然性がない(やる事に意味が無い)し、

                 政治性が強い


歌いたくなければ、
個人の考えだけに従えばいいプライベートなタイムに歌わなければいいだけ
の話。
 そもそも公的な場では個人の考えだけで行動すべきではない。

 だから、
>>188
>歌いたい人は、卒業式以外の場所で思う存分歌えるんですから、

これは逆で、歌いたくない人がプライベートなタイムで歌わなければ
いいだけの話。

213イカフライ:2003/09/18(木) 18:11
>>209

 大神さんへのレスというわけではないのですが。

国歌を歌う事と、反戦歌を歌うことは、矛盾があるものでしょうか?

 反戦だから全て「アカ」ではないですよね。
 同様に「君が代」だから戦争賛美ではないと思うのですが。

214<未入力>:2003/09/18(木) 18:15
態度をはっきりさせない人(選挙で言うと浮動票)が、なぜ多数派
に含まれるのかというと、「決められたことについて追従していて、
際だった反対をしていない(黙認、追認している)から」、というよ
うに考えました。

でも逆に、「態度をはっきりさせない人が黙認だというのは決め
つけ。そうではないかもしれない」という意見もあると思います。
確かにどちらも可能性としてはあると思います。

考え方としては、「慣習を踏まえた立法化」が国旗国歌法の流れ
ですから、大きな反対運動がなかったのは「慣習に則って黙認」
または「反対運動をするほどでもないと思った」というのが主流
意見なのではないでしょうか。
イカフライ様が、「これは問題にするほどのことなのか?」という
疑問を書いていたと思うのですが、これは「そういう慣習だったか
ら」という現状追認の結果だと思うのです。

もちろん、現実にう・えの態度をはっきりさせない人たちが、実は
国旗国歌法や日章旗や君が代を嫌っているなら、今からでも国
旗国歌法は違憲だという憲法訴訟や国会での議題に挙げるなど
をするべきだと思いますが、そういう動きが表だって注目されない
ことから判断すると、やっぱりう・えの人たちは「それほど問題だ
とは思っていない(積極的に反対するほどではない)」と考えてい
るのかな、と思いました。

215イカフライ:2003/09/18(木) 19:51
>>211

私の意見としては、1・2とも「う」です。
 ただ、それによって大きな被害、精神的苦痛を受ける生徒がいる、というのならば、考える必要はある、と思うんです。
 例えば、私に子供がいたとして、クラスでいじめが行われている、先生も見てみぬふりどころか、それに加担するような(お葬式ごっこ、みたいな)そぶりすらある。
 もう見ていられないけれど、自分の力ではどうしょうもできない、という相談を我が子から受けた、とします。
 その時に、
「あんたがいじめられているんじゃないから、ほっとけばいいじゃない」
とは、親として人間として、絶対に言いたくないです。
 なんからの行動に乗り出すでしょう。

 ただ、このいじめをうけている生徒のような苦痛が、学校行事における国旗掲揚国歌斉唱においてあるのだろうか?
 そういうことなんです。

 多数派が黙認しているから良い、というのではなくて、耐えがたいほどの苦痛があるのか? 被害があるのか?
が見えないから反対の意味、というか、意義が見えないのですよ。

216大神:2003/09/18(木) 21:25
>>213=イカフライさんへ

 反戦歌はアカだからという意味ではなくて、
【公的な場においては元々は存在しない歌】で、
なおかつ政治的な考えから歌われる歌としの一つということで書きました。

だから、卒業式に軍歌を歌うようなものですよ。

                反戦歌=アカ

と言うことではありません。

217金玉(こんぎょくと読んでください)</b><font color=#FF0000>(ey0ah8UE)</font><b>:2003/09/18(木) 21:25
>>191
じゃあ、いいんじゃないですか。
私は国旗国歌好きだし、苦にせず当たり前のごとく国歌を歌ってきたので、現状維持でいいと思っていますからね。
反対した事が無い。個人的にはマジで如何でも良い話。

218大神:2003/09/18(木) 21:36
 日章旗、君が代は既に定着しているのは事実であり、それに対して
敢えて排除の動きをするのがイカフライさんを含めて大多数の人間にとっては

                理解しがたい

というのが実情ではないでしょうか?

また、大多数の人は
            学校の卒業式などの公的な場

においては国旗・国歌を掲げて、歌うことに対してなんら政治的なものを
見出していないのではないでしょうか?

で、逆に 「政治的なものを感じる」とか「思想・良心の自由を侵害された」
という人に対しては

「【学校で先生を敬う】、【両親を敬う】、【老人を敬う】というのは
封建的な過去の遺物的な考えだー!学校でそのように教えるのは
【思想・良心の自由に対する侵害】だー!」と

            同じような不自然さ

を感じるというのが実情ではないでしょうか?

219大神:2003/09/18(木) 21:42
>>218続き

 大多数の人にとっては既に定着しているところから、
公的な場において掲げられ、歌われることに対しては

             何ら抵抗無く受け入れられる

ものであり、逆に排除の考えに対しては

                変な違和感

を感じるというところではないでしょうか。

>>216
>歌われる歌としの一つ
歌われる歌の一つ

に訂正

220金玉(こんぎょくと読んでください)</b><font color=#FF0000>(ey0ah8UE)</font><b>:2003/09/18(木) 21:55
ちょっと、そっけなさすぎにも見える自分のカキコに補足追加

てか、個人的に、日本なのに、日の丸や国歌でああだのこうだのなる今の日本の世の中っていったい・・・
それが不思議です。気難しい世の中になったモンだと思う今日この頃。

やっぱり、そっけないかなあ。でも、これ以上書けませんです。これにて、失礼しますです。

221柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>:2003/09/18(木) 22:18
>>182

国旗国歌は「強制されるべきものではない」って論理ですな?
で、その理由が「精神的苦痛を受ける」ってことでOKですかね?

上記のことから中学時代のことを思い出したのですが。
私は恥ずかしながら絵が下手くそでして(イカフライ女史が羨ましい)、まあどんなに描いても上手くはならないんですよ、才能ないから。
で、ハッキリ言って美術の授業は苦痛以外の何ものでもなかった。
こんなもんやるくらいなら、数学の勉強したいと何度思ったことか。
でも、強制だから無理矢理絵を描かされたわけだ、これが(下手くそで恥ずかしかったが)。
もちろん授業を抜け出すなんて許されなかった。

ここで少し疑問なんだが、なんで「絵を描かされる」のはOKで、「国歌」はダメなのかねえ?
反日の輩が国歌歌うのが精神的苦痛なら、絵の下手くそな私が絵を描かされるのも同じ精神的苦痛。
どこがどう違うんです?>うろちい氏

222金玉@こんぎょくと読んでください:2003/09/18(木) 22:50
小学校の時を思いだしたので少し。
通学班での集団登下校よりも、クラスの友人と登下校した方が楽しいと言う理由で、
怒られても罰則されても、何が何でも勝手にクラスの友人と登下校したのを思い出しました。がはは。
規則って言っても、個人的には強制されるような事じゃないと思っていたので、私はとことん逆らいました。
こんなおおちゃくい奴だったので、学生当時の束縛感は此れと言って、無いです。

もっとも、社会人になってからは、こんなアフォは極力しないようにはしていますけど。もう、学生だった時代よりも社会人生活の方が長いモンでして、学校時代なんて遠い遠い昔の事ですわ。

苦痛を我慢する、我慢しなければならない、強制、束縛・・・ねえ。
と言うより、100人いれば100の感じ方があるのだから、100人が同じ事をさせられても苦痛を感じる人もいれば、そうでもない人がいるわけで、
同じく、他の事を強制されれば、今度は他の人が苦痛を味わい、他の人には苦にならないという事であって、全てを含めて考えたら、世の中ちゃんと平等に出来ているんじゃないでしょうか。

223大神:2003/09/18(木) 23:06
 卒業式で思い出しましたが、
 まぁ、海幹候なんかでは卒業式では軍艦マーチがかかるらしいです。

在校している候補生、予定者が挙手の礼で見送って、機動艇にのる
実習幹部らを帽を振ってお別れ。

まぁ、この時に「軍艦マーチだ!軍国主義だ!」と喚く奴はおらんが(笑)

224金玉:2003/09/18(木) 23:13
スレ違いになりますが、
軍艦マーチといえば、昔のパチンコ屋を連想しました。

225JDSみらい</b><font color=#FF0000>(W3va7n4o)</font><b>:2003/09/18(木) 23:33
>>223 大神さん
おそらくは初めまして。現役海自のJDSみらい(byかわぐちかいじ)と申します。
「軍艦マーチ」については、幹部候補生学校に限らず、1術校の海士・海曹課程
及び生徒部の卒業式でも、「帽振れ」の際には必ずといって言いほどに用いられて
いますね。

現在ではどうか知りませんが、生徒部の卒業式では「江田島健児の唄」とか
「同期の桜」も歌われていたそうです。(親しい生徒出身者に聞いた話)
確かに、「江田島健児の唄」「同期の桜」等々の戦前・戦中の軍歌の類は、その
目的が「戦意高揚」にあったと思われます。「戦友」「ラバウル小唄」「轟沈」
などと、枚挙に暇がないほどに。

しかし、その歌が現在の日本で「軍国主義だ!」となるのかには、甚だ疑問では
あります。それが唄われる場面が、当然ながら殆どが自衛隊内部であっても、です。
これは私の個人的な解釈ですが、生まれ育った故国・郷土を愛する心を発露したのが
「軍歌」であったろうと。

226大神:2003/09/18(木) 23:57
>>225 JDSみらいさんへ

初めまして。さすがに今は自衛隊員が自衛隊で軍歌を歌っても問題にされ
ませんね。
 今もし、「軍国主義だ!」と喚くような人がいたら周りはその人を見ながら
頭のまわりで指を回転する仕種をするでしょうね。
つまりあいつはクルクルパーと。

 ちなみにMOCSでは江田島健児の唄だけでなく、同期の桜やラバウル航空隊
も歌われるそうですね。
 まぁ、同期の桜は古鷹山登山の際の隊歌演習でも歌われるようですし、
幹事付き【見学のもと】の別科時にも各学生隊合同で奇数分隊と偶数分隊対抗
で歌われたりとされているらしいですが。

また当然旧軍歌だけでなく自衛隊になってから作られた

「ここに我ら鍛う・・」の「海の幹候」とかも。

自衛隊で軍歌が歌われる時はあくまで歌として歌われているようですね。

227金玉(こんぎょくと読んでください)</b><font color=#FF0000>(ey0ah8UE)</font><b>:2003/09/18(木) 23:58
君が代や軍歌など、卒業式で歌われた歌を、「軍国主義だ!」と、言う人は1人しか見た事がありません。
昔、どこぞの板で一人だけ見たけど、それだけです。

実際にそんな人を見た事が有る方、いらっしゃいますか?
まあ、いてもいなくても、言いたい人には言わせておきます。

228大神:2003/09/19(金) 00:05
>>227

               シューレス・ゲン(笑)

つまらん事をいって済みません(笑)。

229JDSみらい</b><font color=#FF0000>(W3va7n4o)</font><b>:2003/09/20(土) 00:56
>>130 ぼーん氏
うっかりレスを見逃していました。申し訳ありません。m(_ _)m

>その国のマジョリティだけを見てその国を見たつもりになるのは、まったく不適切でしょう。
「正論」ではありますね。しかしながら、ショートステイですらない「訪問」に
過ぎない期間しか滞在し得ない状況で、「その国のマイノリティをも」理解して
いなければ、その国を語ってはいけないのでしょうか?

日本にビジネスで・或いは観光で訪問した外国人は、アイヌ民族や同和問題で
被差別者となっている「その国のマイノリティ」を理解しなければ、日本について
語ることは不適切なのでしょうか?

また、国旗国歌に対する態度の問題ですが、
>国旗国歌の話になると、すぐさま「世界の常識」論を持ち出す人がいますが、
>そういう形式主義的なものでいいんですか?

失礼ですが、ぼーん氏はどの程度の国外渡航の経験があるのでしょうか?
それこそ観光で2〜3日滞在した程度でも、「その国のマイノリティ」のみを
見ているのでなければ、必ずと言って良い程になんらかの形で国旗国歌に関わる
場面に遭遇せざるを得ない筈です。

多数に渡るそのような場面を見聞してもなお、「世界の常識」という表現となり、
かつ「形式主義的なものでいいんですか?」と言う意見になるのであれば、私のような
(敢えて言いますが)「マジョリティ的思考の人間」と、相互理解を深めることは
かなり困難なモノではあるでしょう。

少なくとも、私が訪問した諸国では、「世界の常識」だから国旗国歌に敬意を
表しているとは解釈できませんでした。当然ながら、それは「形式主義的なもの」
でも勿論無く。

訪問国で「何故国旗国歌に敬意を表するのか?」という質問をした事もあります。
かなり少ない頻度で、ですが。何故頻度が少ないのか?と言いますと、はっきり
言って「恥ずかしい」のですよ。返答の殆ど全てが「当たり前だろ?何で当然の
事をわざわざ聞くんだい?」というモノでありましたので。

中には「よく分からないが、敬意を表するべきだと思うから」と言う返答も
ありました。更に突っ込んで聞いてみると、「国家は自分に有形無形のメリットを
与えている。勿論デメリットもあるが、単純にバランスシートで考えれば、
国家から享受しているメリットの方がかなり多い」だから、取り敢えずは
国旗国歌に敬意を表する、と。

続きます。

230JDSみらい</b><font color=#FF0000>(W3va7n4o)</font><b>:2003/09/20(土) 00:56
>229続きです。

>状況が許せば、僕は愛国ではあってもこの国旗国歌に象徴される忠君愛国ではなく、
>滅私愛国でもなく、この国旗国歌に敬意を払うことは僕に対する礼儀にはならない
>ことを、できるだけ丁寧に伝えるでしょうね。
で、上記のような私の拙い国外の経験で語らせて貰えれば、、ぼーん氏の上記の意見
には「????」となる外国人が、「おそらくは」殆どでしょう。何故か?

>日本における具体的な国旗国歌の状況が複雑であり、その対象に対して敬意を払う
>ことがどういう意味を持つか非常に複雑
であるからですね。
確かに、戦後の(特に日教組・及び全教の)自虐的史観に基づけば、国旗国歌の状況が
複雑になってしまった理由も納得出来ます。しかし、そのような特殊な国内事情を外国人
に正確に伝えるのは、相当程度に困難でしょう。

ぼーん氏は「世界の常識」論・「形式主義的」と批判されますが、それこそ日本に於ける
国旗・国歌の問題に対して、近々に明確な解答を導き出す事は、おそらくは不可能では
ありませんか?積極的賛成・容認と、侵略の象徴・消極的否認とでは。
ぼーん氏の仰る「強制するべきではない」と言う意見も、理解出来なくは無いです。
日本国限定では、ですが。そもそも、国旗・国家を公的行事で「強制」している国家は
皆無では?(私の知る限り、です。もしも存在するのであれば御教授下さい)

で、ここからは感想です。

所謂反戦・平和を希求する主張に見られる「日の丸・君が代」は「日本の侵略の象徴」
というモノも、果たして現実は?と、辞書と電子翻訳機を片手に、フィリピン・
ブルネイ・インドネシア・インド・シンガポール・タイ・マレーシア・スリランカ
等々・・・あれ?あとはどこに行ったっけ・・・(-_-;)

少なくとも、私が経験した狭い範囲では「日の丸・君が代」は「日本の侵略の象徴」
としている国(の居酒屋に居た酔っ払いには)は居ませんでした。敢えて中国・韓国・
北朝鮮の例は除いています。
「虐殺された(とする)人数が、年々増加してる国」「米軍が撮影したサイパンで
 日本人が自決した場面を写したカラーフィルムを『自国民の自決の映像』とする国」
 という、意図的に対日敵視を実行している国を例に出しても・・・ですから。

で、>>131
>> 国旗国歌批判 = アナキズム

>ウケ狙いですか?ジョークとしてはつまらないですね。
>マジなら、笑いますけど。

申し訳ありませんが、少なくとも上記に挙げたアジアの諸国家(の居酒屋に居た
酔っ払いは)は、「国旗国歌批判=アナキズム」と理解している皆さんが全部でした。
欧州・米国・南米でも99%がそのまま・或いはそれに近いものではありました。

つらつら書いて来ましたが、以上を踏まえて「変な国だなぁ」と思っています。
日本って。

231うろちい:2003/09/20(土) 22:26
>>221 柏葉英一郎さん
>国旗国歌は「強制されるべきものではない」って論理ですな?

そうです。

>で、その理由が「精神的苦痛を受ける」ってことでOKですかね?

違います。
(ごめん、今日はここまで)

232afodesu:2003/09/20(土) 22:55
強制されるモンではないけれども、だからと言って禁止するものでもない。
日本国内だったら、君が代を歌って、日の丸を揚げて・・・って、これでいいと思うんですが。
苦痛を感じる方は、どうして苦痛なのか教えてください。
暗かろうがダサかろうが、これはわが国のものだからねえ。
嫌だと思った人は、新しく作りかえる方向で頑張ってみたら?
それでいけませんかね?

233武蔵:2003/09/21(日) 08:29
>>232

>強制されるモンではないけれども、だからと言って禁止するものでもない。

こういわれる通りの扱いがなされていればいいんですがね。
式次第に組み入れ、起立して歌ったかどうかがチェックされて
勤務評定で不利な判定がなされたり、
勧告や警告を受けたりする。

世羅高校の校長は、毎日、職員会議の報告を教育委員会にしなければならなかったり
毎夜帰宅したら、電話で報告することを義務付けられたり
していたんですよね。
自殺した夜も、その電話をかけた後で、首をつったんでしたよね。
こういうことは、普通、強制と言うと思うんですが。

>苦痛を感じる方は、どうして苦痛なのか教えてください。

いろんな理由があると思いますが
私なんぞは、公権力が思想信条の分野にまで及んできていることそのものが苦痛です。
アイヌ民族にとっては? 彼らが彼らの主張をしていますし、調べてみてください。
素直に歌えないことには、それなりの歴史があります。
そんな歴史を踏まえたら、「上からの圧力で従わせる」やり方そのものに
危機感を感じます。

234大神:2003/09/21(日) 09:23
>>233

 思うのは自由。しかし、行動には義務が伴う。とくに公的な場において。

犯罪を犯したいと思うのも自由。で、犯罪をおこなった人間を取り締まるのは

             思想信条の自由ではない。


      来賓が来て、ガムを噛みながら起立の時に席を立たない。

          それを注意するのは思想信条の自由ではない

  職場や式などの公的な場においての指導は思想信条の自由の侵害ではない。

235afodesu:2003/09/21(日) 09:35
>>233

236afodesu:2003/09/21(日) 09:38
>>233
あ、そうですか。お答え頂きどうも。

調べてみてはどうですか」と、言われますが、そこまで興味が無いのでね。
調べません。じゃあ。

237武蔵:2003/09/21(日) 09:45
>>234

思想信条というのは、表現する自由があってこそ自由と言います。

キリスタンが処罰されたのは
心の中で思っていたからではありません。
踏絵を踏まなかったからです。

公教育に中に踏絵を持ち込んではいけません。

238武蔵:2003/09/21(日) 09:57
>>236

調べなくてもいいです。
少なくとも、苦痛を感じるマイノリティ―がこの国にいると言う事実くらいを知っておかなければ
日本人としてだけではなく、人間として問題があります。
足を踏んでいることに気付かないことは(加害者としての認識もないことは)
犯罪だとすら思います。踏まれている人は見えていない(存在していない)ことは
踏まれている人を抹殺していることですから。

われわれは、ハンセン病回復患者たちを見ないことで抹殺してきました。
もし、日本という身体があるとすれば、小指が痛んでも苦しい筈です。
小指を切り捨てて、薬を塗って・・・・親指も、足の指も、身体の端の方から
だんだん切り捨てていきますか?
いつか体の大部分が切り捨てられます。

239大神:2003/09/21(日) 09:57
>>237

 魔女狩り裁判は知っているかな?

        「お前は魔女的なことを考えたな。よって火あぶり」

この反省から思想信条の自由が生まれた。

で、行動について責任が生じるのは

           何も思想信条の自由とは関係無い。

封建的なことが嫌いと個人的に考える教師が

            「封建的なことは嫌いだ!」

といって、上からの命令を聞かずに好き勝ってやって、それを

     「表現する自由があって思想信条の自由だ!!!」

といって、

>公教育に中に踏絵を持ち込んではいけません

で正当化できるものなのかな?

もう少し
            何が思想信条の自由なのか

       何が思想信条の自由と関係無いのかを考えよう

240大神:2003/09/21(日) 10:03
>>238

 苦痛を感じるのは自由ではあるが、行動はその苦痛から一切が免罪、正当化
出来るとは考えないようにして下さい。

       苦痛の表明が一切を正当化できると考えるのは、

   それは良識ある人間として、大人として問題があることなのです。

241緑装薬4:2003/09/21(日) 10:31
>238
ハンセン病患者わ、好きで病気になったわけじゃぁないだろ?
病気でないことを自ら選択でけんわけだ。

そして、病気が伝染しなくなったちう医学の進歩から、特別隔離なんぞせん
くてもよくなったから、誰にも迷惑かけないならその主張が通るんだよね。

マイノリティとやらとわ、全然違う前提だと思うんだが(笑)

242afodesu:2003/09/21(日) 11:40
>>238
>少なくとも、苦痛を感じるマイノリティ―がこの国にいると言う事実くらいを知っておかなければ

それは誰でも知っています。はい。ここに居る全員がそんな事は理解しているでしょう。
ここに書くまでもなく。身の回りの人間関係で間接すれば充分わかります。

それとも、それを、いちいち証明しろと?

その程度の事なら基本的なことなので、議論するまでありません。武蔵氏は、話を余分に膨らませすぎ。

243afodesu:2003/09/21(日) 11:43
「間接」→「観察」
すみません。

#もう、これで終わりますね。これから用事もありますので。

244武蔵:2003/09/21(日) 21:44
>>239

>といって、上からの命令を聞かずに好き勝ってやって、それを

「好き勝手やる」という言い方は、誤解を招きます。
上からの命令を無批判に実行する誤りを、日本の教師は犯してきました。
そんな過ちを繰り返してはなりません。
「形式的な愛国心」の強要は
その誤りを繰り返すことです。
国を愛すのも自由です。
国を愛さないのも自由です。
国に切り捨てられた棄民、ハンセン病回復患者に国を愛せなんてことを言うのは
土台無茶でしょう。

245武蔵:2003/09/21(日) 21:53
>>241

>そして、病気が伝染しなくなったちう医学の進歩から、特別隔離なんぞせん
くてもよくなったから、誰にも迷惑かけないならその主張が通るんだよね。

何をアホなこと言ってるんですか!!!
ハンセン病が伝染性のきつい病気でもなく、完全回復する薬もできて(プロミンの有効性が報告されたのは、1943年ですぞ!!)
いるのに、
それ以来、半世紀以上も隔離政策を続け、断種手術まで強要されてきたんですよ!

>そして、病気が伝染しなくなったちう医学の進歩から、特別隔離なんぞせん
くてもよくなったから、誰にも迷惑かけないならその主張が通るんだよね。

主張が通らなかった半世紀のことを言っているんです。

246武蔵:2003/09/21(日) 21:57
>>242

>その程度の事なら基本的なことなので、議論するまでありません。武蔵氏は、話を余分に膨らませすぎ。

そんなに周知のことなら
「君が代」とは、ノー天気に「われらが代」だと自動変換できない
マイノリティ―の気持ちも理解できるでしょう。

247武蔵:2003/09/21(日) 22:27
>>242

>>少なくとも、苦痛を感じるマイノリティ―がこの国にいると言う事実くらいを知っておかなければ
>それは誰でも知っています。はい。ここに居る全員がそんな事は理解しているでしょう。
ここに書くまでもなく。身の回りの人間関係で間接すれば充分わかります。

苦痛を感じるマイノリティ―の存在を知っていながら
その苦痛を強要する事になんのためらいも持たない神経ってなんでしょうね?

248大神:2003/09/21(日) 22:28
>>244=武蔵君へ

>「好き勝手やる」という言い方は、誤解を招きます。
 この場合は必ずしも私利私欲の行動ではない、悪意のある行動ではない
と考えて「好き勝手にやる」という言葉を受け入れがたいのかもしれない
けど、なんら権限も無い者が、

             自分の考えで行動する

というのは実際、行動が逸脱するという点では一緒であるし、考えを異にする
周りの人から見ると結局は

               好き勝手やる

ということと同じになるよ。

>上からの命令を無批判に実行する誤りを、日本の教師は犯してきました。
>そんな過ちを繰り返してはなりません。
 これは二つの点でこの話に関係無いよ。

先ずは、もし戦争に勝つなり、被害が少ないなり、悲劇が少ないなり
すればそもそも
                過ち
という言葉は意味が無いよね?

もう一つは、では教師が【好き勝手】にやれば君の言う先の過ちは起こらなかった
のかな?

結局は君の言う【過ち】とは本件にはそもそも何ら関係無いことではないかな?

>「形式的な愛国心」の強要は
>その誤りを繰り返すことです。

 君の言う形式的であっても、教師が教師の職において教えるべき事を教える
のは何ら悪い事ではない。

 そもそもこの話の場合、形式的という言葉は実際に意味が有るのかな?

例えば教師は道徳や法律に従う事を教えるよね?それを形式的と評するか否か
は人それぞれだろうが、これは別段非難される事なのかな?

       教師はあくまで児童に教えるものでしかない。

>国を愛すのも自由です。
>国を愛さないのも自由です。

 考えるのは自由だよ。しかし、行動には責任が伴うよね。法的にも、
道徳的にも。

>国に切り捨てられた棄民、ハンセン病回復患者に国を愛せなんてことを言うのは
>土台無茶でしょう。

 国を愛しているかどうかはその人の心の中だから、本人以外はわからない。
まぁ、それはいいがその人がどのような経験を重ねようが、やはり

      一個の責任ある人間/大人として行動には責任が伴う

ハンセン病であっても、在日朝鮮人であっても、日本嫌いであっても

そんなのは関係無い。ある国が嫌いといっても、その国の国旗を汚せば
当然警察に捕まる。

249武蔵:2003/09/21(日) 22:37
>>248

あんたとは土台議論が成り立たないのは、経験済みだけどね。

>教師はあくまで児童に教えるものでしかない。

教師は教育ロボットではない。

>ハンセン病であっても、在日朝鮮人であっても、日本嫌いであっても

そんなのは関係無い。ある国が嫌いといっても、その国の国旗を汚せば
当然警察に捕まる。

そんな国家にしたくないんだよ。
国家を歌わない、歌わせないくらいで、警察につかまるような
恐怖国家にはね。
国旗に敬意を表さないくらいで監獄行きになるような国にはね。

250大神:2003/09/21(日) 22:46
>>249

>教師は教育ロボットではない。

 教師は与えられた範囲内以外での行動は認められていない。
それは他の公的職業でも一緒。

>>ハンセン病であっても、在日朝鮮人であっても、日本嫌いであっても
>>そんなのは関係無い。ある国が嫌いといっても、その国の国旗を汚せば
>>当然警察に捕まる。

>そんな国家にしたくないんだよ。

 外国では基本的にみなそう。だからといって全てが恐怖国家なのかな?
刑法が存在するからといって、全てが独裁国家なのかな?

ちなみに日本においては日本国旗以外を燃やせば警察に捕まる。

           それは国旗国家法案以前のこと

         だからといって日本が恐怖国家なのかな?

>国家を歌わない、歌わせないくらいで、警察につかまるような
>恐怖国家にはね。
>国旗に敬意を表さないくらいで監獄行きになるような国にはね。

       国旗国家法案に違反すると警察に捕まるのかな?

        そして捕まえることはいけない事なのかな?


文革かぶれの教師が封建性が嫌いと考えるのは自由でも、
校長、教頭の命令に背けば当然訓戒などの処罰を受けるよね。

            で、それが恐怖国家なのかな?

251OKE:2003/09/21(日) 22:54
>>249
国旗に敬意を表しないというのは、他国の人とのコミュニケーションに対して
非常にマイナスな行為です。また、一国民の安易な行動が国家間の対立を
生みかねない。これが現実の社会です。
他国のシンボルを貶めるような行為は、平和のためにも、容認できません。
であるならば、他国の国旗には敬意をはらう、ということを教育するのは必要な
ことではないでしょうか。

で、他国のシンボルたる国旗は貶めてはいけないが、自国の国旗は貶めてよい、
といったダブルスタンダードもやはり問題。少なくとも教育現場でそういった
整合性の取れない態度はとるべきでない。

むろん、国歌歌わないくらいで警察の御用になる国なんて私も真っ平ゴメンです。
ただし、自国・他国の国旗を貶めて平気な顔をしている大人が大きな顔をしてる国も
真っ平ゴメンです。日本をそんな失礼な大人がいる国にしたくない。

252イカフライ:2003/09/21(日) 23:08
ええっとですね。

 私が、アレる予感必須で、この国旗国歌の話を持ち出したのは、>>213に書いたような気持ちが私の中にあるからなんです。

 戦争に反対し、平和を願う事と、日の丸を揚げ君が代を歌うことは、果して相反する事なのだろうか? と。

 今は、あまりゆっくりと書ける時間が無いので、ここまでにしますが。

253<未人力>:2003/09/21(日) 23:11
でも、韓国では国民的な対外示威行為として定着してますね。
日章旗やアメリカ国旗を燃やして踏みつけにするの。
武蔵さんは韓国流が世界のスタンダードだと?
あれは不当に無礼な行為ということで、相手国から反発を食っ
てるらしいんですが、、、。
普段から旗の扱いをきちんとしてないと、いざというときに、た
いへんなことになっちゃうぞう。

武蔵さんは会食した相手が日章旗で口の周りを拭いても気にし
ないのかもしれませんが、イギリス人と会食するときにユニオン
ジャックで顔拭いたらぶっとばされますよ。
中国のトイレに紙がないからと言って、中国国旗で尻拭いたら
どうなるでしょうね? あなたは相手に日章旗で尻拭かれても
平気かもしれませんけど、世界的に見たらそれって少数派だ
と思いますよ。

254afudesu:2003/09/21(日) 23:12
武蔵氏へ
>その苦痛を強要する事になんのためらいも持たない神経ってなんでしょうね?
なんでしょうねっと言いますが、苦痛を強要された事なんか有りませんからね。
日の丸と国歌のどこが苦痛なんでしょうか?苦痛を持つ人は自分で苦痛を何とかする問題であって、苦痛を持っていない人にまでそれを強要するのはどうかと。
貴方のやっている事も、いわば強要ですよ。もう止めますと言っているのにもかかわらず、そちらの気分で返事を求めるようなレスをつけるのも失礼ですよ。
そんな輩が、何を言っているんだか。わかってます?自分の言っている事とやっている事。

255<未人力>:2003/09/21(日) 23:16
>>252
日章旗と君が代が反戦平和運動と相反する、と捉えられがちなのは、
「日章旗と君が代を、戦前の日本と直結させやすいから」だろうなと
思います。それはわかります。

が、「旗と唄のせいで戦争をした」ってわけでもないだろうにな、とも
思います。そう考えると、国旗国歌法に目くじら立てるのって、坊主
憎けりゃ袈裟まで憎いのと、どう違うのかな、とも思います。

自分は戦争に無条件に賛成しているわけでも、平和がキライなわけ
でもないんですが、そういう言い方だと「戦争に反対せず、平和の邪
魔をする」と言われてしまいます。
「戦争に反対と言い、平和を願う人間は、日章旗や君が代も否定し
なければ反戦平和主義者とは言えない」
という風潮はどうかな、と常々疑問に思っています。
どうなんですかね、ほんとのとこ。

256<未入力>:2003/09/21(日) 23:24
いつもは、ヲチしてるだけの人間です。
どうも武蔵氏の主張が見えませんので、名無しで失礼ですが質問させて頂いても
よろしいでしょうか?なお、名無しには一切レスしない、という事であればこの
質問は無視してください。m(_ _)m

Q1・武蔵氏は地球上に存在する国家(含む日本)に、国旗国家は必要なモノと
   考えるか、不要なモノと考えるか。
Q2・必要・不要のいずれでも、その結論に至った推移はどのようなものか。
Q3・日本にとって日章旗・君が代は国旗国歌として相応しいものであるか。
Q4・「Q3」の回答はどのような理由或いは根拠によるものか。
Q5・以上の問いを踏まえて、日本人は世界的な公式の場に於いて、自国・
   及び他国の国旗・国歌に対して敬意を表するべきか。

回答を頂ければ幸いです。武蔵氏のスタンス・思考の構築過程が見えて来て、
今後の議論に資するモノとなると愚考しますので。

257武蔵:2003/09/21(日) 23:34
>>250

国旗を燃やすことと、国旗掲揚をしない事とをごっちゃにしてはいけないよ。
国旗に敬意を表さないくらいでつかまったりぶち込まれたりする国にはなって欲しくないね。

258武蔵:2003/09/21(日) 23:37
>>253

>武蔵さんは会食した相手が日章旗で口の周りを拭いても気にし
ないのかもしれませんが、イギリス人と会食するときにユニオン
ジャックで顔拭いたらぶっとばされますよ。

あんたも極論を持ってきて、
ごく普通の、国旗に敬礼しない程度のことまで
取り締まり対象にする気だね。
誰が国旗を燃やしたり、ナプキン代わりにするといっているのかね?

259afudesu:2003/09/21(日) 23:37
>「戦争に反対と言い、平和を願う人間は、日章旗や君が代も否定し
なければ反戦平和主義者とは言えない」という風潮

そうなんですか。そんな風潮があるんですか。うっひゃ〜!驚きましたな。

そのような風潮があるとしたら、ワタシャ相手にしません。
それはそれ、これはこれです。
戦争は殆どの人が反対しているけど、
日の丸や国歌、しかも、自分の国の旗と歌にまで反対する人が
殆どの人だとは絶対言えない。
むしろ、「日の丸国歌は軍国だ」みたいに反対する人は稀。

260大神:2003/09/21(日) 23:41
>>257

>国旗に敬意を表さないくらいでつかまったりぶち込まれたりする国には
>なって欲しくないね。

 それはそもそも現実に存在する国旗国家法案の話ではないんじゃない?

261afudesu:2003/09/21(日) 23:49
>>257

>国旗に敬意を表さないくらいでつかまったりぶち込まれたりする国には
>なって欲しくないね。

今のところ、ならないと思うけど。

262武蔵:2003/09/21(日) 23:54
>>256

Q1・武蔵氏は地球上に存在する国家(含む日本)に、国旗国家は必要なモノと
   考えるか、不要なモノと考えるか。
Q2・必要・不要のいずれでも、その結論に至った推移はどのようなものか。

校旗や応援旗程度の意味ではあってもいいと思っています。
愛すべき国だと思えば敬意を表しもしましょうし
涙に咽びながら歌いもするでしょう。
実際は、国民に愛される資格のない国ほど、強権的に忠誠を誓わせます。
北朝鮮の忠誠振りを本物だと思いますか?

>Q3・日本にとって日章旗・君が代は国旗国歌として相応しいものであるか。
Q4・「Q3」の回答はどのような理由或いは根拠によるものか。

国旗は、シンプルなデザインで結構気に入っています。
アジア諸国も、戦後間もなくはナチスの鍵十字同様の恐怖と嫌悪感を持っていたかも知れませんが
もはやそんな気分も払拭されたのではないかと思っています。
君が代の歌詞には問題があると思っています。
前のほうで書きましたが、
あれはもともと挽歌です。
また、明治時代に定めたときに明らかにしているように「君」はどう誤魔化そうと「天皇」をさします。
民主国家にふさわしくない。

Q5・以上の問いを踏まえて、日本人は世界的な公式の場に於いて、自国・
   及び他国の国旗・国歌に対して敬意を表するべきか。

国家を代表する立場の人は、公式の場で敬意を表するべきだと思います。
ただし、理由があって抵抗の意志表示をする場合、その理由を聞く耳だけは持ちたいです。
例えば、東京オリンピックのころだったか、黒人選手が、アメリカ国旗に黒いこぶしを突き上げて抵抗の意思を示したことがありました。
あの行為を否定するのではなく、彼らの主張に耳を傾ける世界でありたいです。

263<未人力>:2003/09/22(月) 00:02
君が代について。
以下は衆議院の第145通常国会での議事録の報道資料
として公開されているもののコピペです。

>「君が代」は,延喜5年(905年)に編纂された「古今和歌集」(賀の巻)に,「わが君はちよにやちよにさざれ石の巌となりて苔のむすまで」(詠み人知らず)として収載されていた。これが,文献に現れる最初であると言われている。この歌は,約100年後(11世紀初期)に成立した藤原公任撰の「和漢朗詠集」(祝の部)にも収められている。
>その後,平安末期頃から,初句を「君が代は」という形で流布するようになり(注),めでたい場合の舞い,謡曲などに取り入れられ,長い間民衆の幅広い支持を受けてきたと言われている。
>明治時代になり,日本にも国歌が必要と考えた鹿児島(薩摩)藩の大山巌らは,その歌詞として「君が代」の古歌を選定したと言われている。当初の「君が代」(フェントン作曲)は,その後,曲の改訂が上申され,明治13年(1880年)に宮内省雅楽課の林広守らによって現行の「君が代」の楽譜が完成された。
>その後,明治26年(1893年)の文部省告示「小学校儀式唱歌用歌詞並楽譜」において,祝日大祭日の儀式で歌うこととされた。
>(注)鎌倉時代の歌人顕昭(1209年頃没)の古今和歌集の注釈書である「古今集註」に,「この歌つねには,きみがよはちよにやちよにといへり」とある。また,鎌倉時代の歌人慈円(1225年没)が古今和歌集の歌を題として詠んだ際にも「君が代はちよにやち世にさざれ石のいはほと成りて苔のむすまで」とある。この歌が広く謡曲などに取り入れられていることについては,柿村重松著「和漢朗詠集考証」などを参照。

ソースはこちら。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/11/09/990906j.htm
ヤスツ卿のガイドにも入れておきました。

264さんぞう:2003/09/22(月) 00:03
国旗や国家、愛国心ですか・・・難しいテーマですね・・
やぁ、こんな真面目な話が盛り上がるってのはすごいですね。
参加さしていただきますです。
話題の中心が国旗、国歌に移ってきたみたいなのでそれに関して思うところをば。

 そもそも国旗国歌をめぐって論争がまきおこるのは
国旗を通して見ているイメージ、つまり国旗が象徴するものの違いに起因する
と思います。
 すごく乱暴に言えば、国旗というのはただの布切れに棒が
刺してあるだけのものです。国歌は音と言葉の組み合わせにすぎませぬ。
それがなにがしかの意味を持つのは、それが何かを「象徴する」からと考えます。
 国旗国歌消極派(とでも申しましょうか)はおそらく第二次大戦の日本の
姿をみていて、国旗が戦争の象徴であるとして反対しているのでしょう。
 まあ、国旗をみて戦争を思い起こす人はそうはいないと私は思いますが。
そこでまた論争が始まるわけですが、これは国旗が何を象徴するのか
確定すれば終わる問題ではないでしょうか?
で、思うのですが、国旗が象徴するべきものとは、日本という国家そのもの
であるように思います。
つまり国家の基本秩序である憲法原則です。
自由・人権・象徴天皇制です。
簡単にいえば、日本国旗は「自由と人権、日本の持つ長い歴史」の象徴である
といってよいと考える次第です。
むしろ私たちは国旗が何の象徴であるのかということを具体的に
子供たちに教えていくべきではないんでしょうか。

265OKE:2003/09/22(月) 00:06
日本の、日本国旗・日本国歌に関する法律には、
実はなんの罰則もないんですよね。法的には。
あるのは、
日本国旗はどういうものかという、図柄に対しての規定と、
日本国歌はどういうものかという、歌詞と楽譜の規定だけ。

自国国旗に関して特に何の規定も罰則も持たない国があるのは事実。
これは、国旗・国歌は習慣として定まっており、
またそれに敬意を払うことも一般的であってわざわざ法制化する必要性がない、
としてるからのようです。
日本もかつてはそうでした。

対して、国旗・国歌に関して厳しく法制化している国もありますね。
以前、中国の国旗にかんする法律を読んだ事があるのですが、それには、
国旗の規定のみならず、国旗を掲げるさいの手順・作法や、
国旗を掲げなければならない場合、国旗を掲げてもよい場合、
国旗を掲げてはいけない場合、半旗を掲げなければならない場合や、
国旗を侮辱してはならないこと、
そしてそれに違反した場合の罰則まで細かく規定してありました。

各国の国旗・国歌に対する取り組みをすべて知ることは難しいでしょうが、
かなり厳しい法制度を布いている国もあるということは知っておくべきでしょうね。

266武蔵:2003/09/22(月) 00:13
再掲します。
18 名前: 武蔵 投稿日: 2003/07/03(木) 01:08

万葉集巻2に
天の原 ふりさけみれば 大君の 御寿は長く 天足らしたり
という歌があります。
「天皇が危篤のとき、皇后が奉る」と題詞があります。

1.「君が代」はその挽歌に似た組み立てになっています。
2.万葉集では、「巖」の語は、死と墓場を意味している。
3.「さざれいしの 巌となりて苔のむすまで」は、挽歌のテーマである死と再生(転生)が歌いこまれている。
4.「我君は」の歌の本歌である「妹が名は」の歌は、水死した乙女のための鎮魂歌である。
5.『梁塵秘抄』は「君が代」を「塵も積もれば山となる」の諺と結びつけ、霊魂が蓬莱山に積もる、死後の世界ととらえている。

4.の「妹が名は」の歌は
和銅4年歳次辛亥 河辺宮人 姫島の松原にをとめの屍を見て悲しび嘆きて作る歌2首
妹が名は 千代に流れむ 姫島の 小松が末に 苔生すまでに(228)
難波潟 潮干なありそね 沈みにし 妹が光儀を 見まく苦しも(229)
434・435・436・437の歌も同様の挽歌です。ご自分で見てくださいね。

苔の下、草葉の陰などは死者の墓、霊魂が安らかにという心で歌われます。

267<未人力>:2003/09/22(月) 00:22
>>266
なるほど、ありがとうございます。
ところで、「君が代」と言う言葉が民主国家にふさわしくない
とすると、武蔵さんは「天皇制は民主国家にふさわしくない」
とお考えでしょうか?

268大神:2003/09/22(月) 00:25
>>武蔵君へ

>>260は見なかったのかな?

それと日本は立憲君主国だから別に【君】が陛下を示す言葉であっても
なんら民主主義にふさわしくないわけではないよ。

        イギリス国歌のタイトル知っているでしょう?

269武蔵:2003/09/22(月) 00:26
>>267

270<未人力>:2003/09/22(月) 00:30
イギリスにせよ、北欧諸国にせよ、タイにせよ、「立憲君主制」で
「君主が行政を行わず、行政組織を下部に持つ体制の国」という
のは、いわゆる近代的な市民主権の民主国家より「国そのもの
の安定性が高い」と言われてるそうですね。最近の研究では。
そのへんどうですか?

271武蔵:2003/09/22(月) 00:31
>>267

指がずれて、「書き込む」を押してしまいました。

>とすると、武蔵さんは「天皇制は民主国家にふさわしくない」
とお考えでしょうか?

今直ちに天皇制を廃すべきなどとは思っていませんが、
天皇制には否定的な気持ちを持っています。
その一番の理由は、天皇家の方々の基本的人権が侵されていることです。
人間扱いされない身分を存続すべきだとは思っていません。

272さんぞう:2003/09/22(月) 00:43
うーむなるほど
>>人間扱いされない
人間扱いされないという部分には一面うなずける部分がありますね。
思想良心の自由・・はまぁ侵害しようがないので別としても
表現の自由、婚姻の自由(皇室会議の了承が必要)等々法律上の
制約がありますね。あ、あと参政権がありませんね(笑
ただ、反面、皇居はじめ数々の不動産をもち(国有財産ですが)、あご足つき
の生活で小遣い銭なんぞももらっています。
というわけえ人間扱いされない=には否定的な意味合いがありますが、
反面日々いきるのにキュウキュウとしている身からすればうらやむような
待遇をうけているのも事実です。
僕はむしろあれは平等原則違反の待遇だと思うんですが^^;
勤労と納税の義務なさそうだし・・
私は、むしろ「普通の人間扱いされない」というのが正確な表現かと(笑)
これが幸か不幸かは両極端な二つの味方がありまして・・
といってたら、なんだかこじきと王子の物語の童話めいてきましたな・・・
普通の人権という概念では割り切れないなにものかがあるのは確かです。

273<未人力>:2003/09/22(月) 00:46
天皇という存在が消失することのデメリットを考えると、多数の
安定のために天皇家に生贄になっていただいている、と考え
ることもできますナ。天皇というのは昔からプリースト・キング
ですから。

仮に天皇がなくなった場合、日本国総理大臣が日本の事実上
のトップ(行政上も権威の上でも)になりますが、短ければほん
の数週で国のトップが変わってしまう(小泉政権は3年続いて
いますから長いほうかもしれませんが)のは、国としてまずく
ないですか?
また、国のトップを選挙で国民が直接選ぶ国(大統領を頂く国)
は、国民が自ら国を割るケースがこの数十年ほど続いています。
天皇制は「行政のトップが舵取りを誤っても、国が割れない」
ための保証である(=天皇機関説を肯定的に解釈)と考える
と、大多数の日本人にとってはメリットが大きい。
天皇家個人のデメリットはもちろんあるでしょう。(首相と違って
交替するわけにはいかないですからね)
その意味で、天皇は現人神とは言いませんが、ヒトではない
のかもしれません。そういう「絶対不可欠で替えが効かない部品」
と言ったら怒られるかも知れませんが、我々にとって重要な
犠牲だとは常々思っています。
犠牲だからさっさとそこを去らせればいいかというと、そんな
簡単な問題でもないですし。

これは、私見ですので特に議題としていただかなくてもかまい
ません。ご意見、参考になりました。

274武蔵:2003/09/22(月) 00:48
>>272

皇室の方々が幸せか不幸せかは分かりませんが、
私はいくら経済的に恵まれていようと、天皇家の人間になりたいとは思いません。
財産ったって、自分の思うように使えるわけではないし・・・・

275OKE:2003/09/22(月) 00:52
>>273
私もだいたい同じような認識です。
多くの人のための犠牲者、といえばそうなのかもしれませんね。
であるからこそ、私は天皇家・皇室に関して感謝と尊敬の念を持っています。
私を含め多くの日本人の利益のために奉仕している存在といえますから。

276大神:2003/09/22(月) 00:55
>>274

 不都合にも我慢しておられる、日本国の御公務のために不都合な御生活に
我慢しておられる皇室の方々には敬意を払いましょう。

で、君が陛下を指し示す言葉であっても、なんら問題無いね(笑)

277<未人力>:2003/09/22(月) 00:56
>>274
あなたが望んでもなれませんから大丈夫です。

天皇家が個人として幸福かと問われたら、いくつかの考え方
があるのでは、と思います。

・財産があり、食いっぱぐれないから幸せ
・自由がないから不幸せ
・疾病などについて万全の体制があるから幸せ
・人生の一挙手一投足を監視されてて不幸せ
・身分が保障されていて幸せ
・望んでいないのに身分を縛られていて不幸せ
(天皇自身以外の皇族は、自主的に皇籍を離れることができましたよね。
平民になった皇族もいますし)
・美味しいものを毎日食べられて幸せ
・食べたいものを自分で選べないから不幸せ

どちらを重視するかは、見る人の角度によるのでしょうけれど、
起きていることの評価はいずれも等価値ではないでしょうか。
どちらか一方を過大に評価するのもどうかな、と。

278<未人力>:2003/09/22(月) 00:58
【殿下の料理番】渡辺誠 著
http://www.books-ruhe.co.jp/recommends/2001/12/dennkanoryouribann.htm

皇族の苦労と幸せについては、上記の書はおもしろく
読めました。高額な本ではないので、機会があれば。

279さんぞう:2003/09/22(月) 01:01
>>273
結局功利主義的な話になっちゃいますよね。
私も未だに「国民にメリットがあるから」という点にしか
象徴天皇制の積極的意義をみつけることができません^^;
外交でもローマ法王、英国王室なみのハイクラスな待遇を
うけるはずです。これは日本にとってメリットになっています。
まあ、あとは「だって憲法に決められてる例外だから」
という理由(になってないけど)みたいなもんもありますが。
最近は、天皇家は何世紀も続いており、日本の歴史の生き証人の一族である。
つまり、天皇制は日本の歴史の象徴であり、それゆえに残す価値がある。
という考えもやや持ち始めています。

>>274
>>自分の思うように
理屈上はお手元金なるものが自由に使えることになってるそうです。
(といっても実際に使う場面を想像するのはちょっとアレですが)
>なりたいとは思いません
武蔵さんは漢ですねー
まあ、僕もあの生活には決して憧れません。
皇居前をサイクリングしてるときは、ちくしょうこの物件買えねぇかな(無理)
とか一瞬思いますが(笑

280大神:2003/09/22(月) 01:05
日本文化の象徴を言葉は悪いが安っぽい同情で否定できるものなのかな?

武蔵君のサイド6に対しての評価ではないけど、

             何か別の目的が・・(笑)

281武蔵:2003/09/22(月) 01:06
別に私は、天皇制廃止を訴えているわけではありませんから・・・
ただし、天皇制廃止を訴える人の存在も、認めています。
また、我慢をしてくださっているから感謝なんて・・・・人の犠牲の上に
甘んじている自分は許しがたいです。
これは、マイノリティ―(天皇もある意味マイノリティ―ですが)の痛みに心しない人間ではありたくないです。

もうひとつ、挽歌であると言うのも問題です。

282大神:2003/09/22(月) 01:14
>>281

        で、結局反対する理由って何なの(笑)?

>>260を無視されたけど、君自身が極論を持って来ているんだよね(笑)。

実際に罰則規定も無いのにいかにも罰則されると

           「刑法の存在は人権侵害」

と主張するような、荒唐無稽な主張に根ざしていた、今は罰則規定が無いことも
解った、立憲君主制の民主主義国では王室を称えても問題となっていない
が解ったから


            今は何ら反対しないよね?

283<未入力>:2003/09/22(月) 01:23
>>657
>国旗に敬意を表さないくらいでつかまったりぶち込まれたりする国にはなって欲しくないね。

実はそういう国がお隣にあったりして・・
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/9133/keihou2.html#第3章 国旗に関する罪
第3章 国旗に関する罪
第105条(国旗、国章の冒涜) 大韓民国を侮辱する目的で国旗又は国章を
損傷、除去又は汚辱した者は、5年以下の懲役又は禁錮、10年以下の資格停止
又は700万ウォン以下の罰金に処する。<改正95・12・29>
第106条(国旗、国章の誹譏) 前条の目的で国旗又は国章を誹謗した者は、
1年以下の懲役又は禁錮、5年以下の資格停止又は200万ウォン以下の罰金に
処する。<改正95・12・29>

284武蔵:2003/09/22(月) 01:28
>>282

君とは議論が成立するとは思わなかったが、やっぱりそだね。

極論を持ってきているのは君の方だ。

私は、旗を燃やすとか、ナプキン代わりにするとは言っていない。
歌いたい人が歌う事にも反対していないし、国旗に忠誠を誓う人がいてもそれに反対はしない。
私は、国歌や国旗を強制するなといっているだけだ。
学校現場に、国歌・国旗の踏み柄を持ち込むなと言っているだけだ。

285武蔵:2003/09/22(月) 01:30
>>283

そうなんですよ。
そんな国になって欲しくないんです。
いたるところに国旗がはためいている国なんてブキミだと、
韓国へ行くたびに思っています。

286大神:2003/09/22(月) 02:00
>>284

 罰則規定が無いのにあたかも罰則規定が存在するように書いたのは
何故かな(笑)?それは実際に存在する国旗国歌の話ではない。

>私は、国歌や国旗を強制するなといっているだけだ。
>学校現場に、国歌・国旗の踏み柄を持ち込むなと言っているだけだ。

        で、君の場合はこの根拠が無いでしょう?

287大神:2003/09/22(月) 02:09
>>286訂正
>国旗国歌の話ではない
国旗・国歌法案の話ではない

288武蔵:2003/09/22(月) 02:16
>>286

>罰則規定が無いのにあたかも罰則規定が存在するように書いたのは
何故かな(笑)?それは実際に存在する国旗国歌の話ではない。

法的に罰則規定がないにもかかわらず、
強力な「指導」のもと「実質的な罰」を受けている事を問題にしています。

289大神:2003/09/22(月) 08:35
>>288

              誰が?どのような?

そして、教師が個人的な考えで教えるべき事を教えないことを処罰されるのが
いけない理由はなんなの(笑)?

君の言っていることだと、封建性が嫌いといって年寄りを敬わなくていいとか、
上司の言うことを聞かない、子供にそう教える人間を

           処罰することも問題なの(笑)?

結局君は先に私が書いたことに対してなんら有効な反論が出来ていないで
しょう?
前にも書いたけど、封建性の話に対してですら反論できずに沈黙してるじゃない。

それが結局は君は

               個人的に嫌いです

という範囲から脱け出せていないからだよ。そして、そのような個人的な
好き嫌いは自分の外に出来る話ではないね

290武蔵:2003/09/22(月) 10:22
>>289

あんたの議論に勝つ人はいないよ。あんたはどんな議論でも、議論と名がつきゃあ
負けることはないよ(笑)勝つことも少なかろうがね(苦笑)
「年寄りを敬わなくてもいい」とか「上司の言うことを聞かない」と教える教師が
例えいたとしても、それで処罰をするべきだとも思わないね。
教師同士の研修・討論をすればいい。
他の教師から他の価値観を教えてもいい。

君にはどんな反論も無効だろうけどね(^^ゞ

291<未出力>:2003/09/22(月) 13:16
>>290ムサイ

( ´,_ゝ`)プッ
反論不能になったら、お得意の負け惜しみと捨て台詞か・・・
哀れだなぁ。
いっぺん、↓に逝ってムサイがどのような評価を受けてるか、
その開盲目の目で読んで来い。

「論客うろ覚え書」
http://hunbook.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/dic/guide.cgi
「ムサイに関する評価」
http://hunbook.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/dic/guide.cgi?action=view&amp;data=553

292武蔵:2003/09/22(月) 14:07
>>291

くだんねえ。
そんな暇があったら、きちんと筋道だった反論したまえ。

293<未人力>:2003/09/22(月) 14:23
>>292
でも、>>291は筋道立った反論には見えませんが(w

294<未人力>:2003/09/22(月) 14:24
>>293
まちがい。
筋道立った反論に見えないのは、>>290でした(w

295<未人力>:2003/09/22(月) 14:42
ときどき思うんですけど、「話し合いで処分を決めればいい」というのは、
処分の指針が決まっていない(対処基準が明示的でない)場合の話で、
「こういうときはこうしましょう」という基準が決まっている場合は、少なくと
も公務員はそれに従わないといけないんじゃないでしょうか?(特に、こ
の国旗国歌噺では)

要点を整理しましょうよ。
・国旗国歌法は、「学校において、生徒児童に日本の国旗と国歌の意
義と、国旗国歌を尊重する態度を教育するために行われる。日本と
同様に、諸外国の国旗国歌を【対等に】尊重する意識を育てるのが目
的である」(145号通常国会議事録より)
 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/11/09/990906k.htm#10
・国旗国歌法そのものには罰則規定はない。
 http://list.room.ne.jp/~lawtext/1999L127.html
・国旗国歌の指導に関する処分は、「学校教職員(公務員?)」が対象
であり、生徒や一般人はその対象ではない。
 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/11/09/990906k.htm#9
・学校教職員は、国旗国歌の意義について、意識・意義を共有するよう
コミュニケーションを図るよう指導があるが、校長は教職員に対して、
「職務命令(公務員の場合)」を行うことができる。これに従わない場合、
職務命令違反に問われる場合があるが、それは「最後の手段」とし、
濫用してはならない、とされている。
・入学式・卒業式などの学校行事で国旗掲揚国歌斉唱を行うことは、
法規的な性格を持つ命令として具体的に学習指導要領に書いてある。
(これは、国旗国歌法の命令ではなく、学習指導要領の命令)
 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/11/09/990906k.htm#14

296<未人力>:2003/09/22(月) 14:47
もし、入学式や卒業式で国旗掲揚や国歌斉唱を疎うのであれ
ば、攻撃/改正すべきは国旗国歌法じゃなくて法規的命令の
性格を帯びている学習指導要領のほうなのでは? でも、学
習指導要領で「式では国旗掲揚国歌斉唱すること」というのは、
国旗国歌法の制定以前からずっとあったわけですよね。
そのことに今までなんで反対を言ってこなかったのに、国旗
国歌法ができたとたん、そっちのほうに強制力があると信じこ
んじゃうのはなぜでしょうか?

とりあえず、「まだそうなっていない、現状がそうでない」ものを、
「将来そうなるに違いない」と拡張して考えて現状を批判するの
は【不正義な態度】では?(w
「お前は将来、独裁者になって数百万の人間を殺すだろう。だ
から未然に防ぐために今お前を処断する」っていうのと、あまり
変わりませんナ。

武蔵さんにおかれましては、まずは現状の把握を根本からきち
んとお願いして、その上でのご判断をお願いします。


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