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昭和初期抒情詩と江戸時代漢詩のための掲示板

127:2006/04/24(月) 16:40:11
井口蕉花の資料引用について
 初めまして。私は愛知県立明和高校の図書館長をいたしております中山と申します。名古屋市「東区まちそだての会」というグループで活動しております。併せて「橦木倶楽部」(旧井元為三郎邸)の維持・管理、保存に向けての活動もいたしており、その一環として「橦木倶楽部通信」というブログを運営しています。私のブログでは現在、尾張や名古屋に関係のある人物の業績を取り上げています。今日は「岡井隆」を紹介しました。明日は「丸山薫」を紹介しようと思っています。この後、「春山行夫」や「井口蕉花」を取り上げていきたいのですが、浅学にして手持ちの資料がありません。年表や詩集の写真など一部使用させていただければ、ありがたいのですが無理でしょうか。むろん、こちらのサイトの紹介とリンク先を載せさせていただきます。
 なお、われわれの仲間の西尾典祐が「文化のみち二葉館」の副館長をしており、文学関係資料の責任者をしております。西尾は毎日新聞紙上に毎週「文化のみち通信」を連載しており、4月11日付けの記事で「春山行夫」「井口蕉花」「折戸彫夫」を取り上げています。一度、二葉館西尾とご連絡頂ければ、寄贈を考えられている資料などの企画展示や常設展示が可能か調整ができると思います。保管庫は空調の完備した蔵造りの立派な代物です。
 橦木倶楽部通信 http://gold.ap.teacup.com/syumoku/



128やす:2006/04/24(月) 23:30:01
管理人です
こちらこそはじめまして。中嶋康博@管理人です。
お申し越しの件につきましては、どうぞ御自由にお使ひ下さいませ。井口蕉花については木下信三氏の論考が詳しく、すでに収集済みかも知れませんが「東海地域文化研究(名古屋学芸大学短期大学部附属東海地域文化研究所編)」に「井口蕉花ノート」(Vol.2, 73-82p / Vol.3, 254-69p)が所載されてをりますので、合せ書き添へます。
「文化のみち二葉館」にはまだ伺ったことがありません(橦木倶楽部ともに素敵な建築ですね)。いづれ拝見に伺ひたく、寄贈の件につきましても、あらためて御相談を申上げたいと存じます。
掲示板にては取り急ぎ用件のみ申上げます。

129masa:2006/04/25(火) 08:00:28
感謝します。
ありがとうございます。正直なところ、井口蕉花も春山行夫も高木斐瑳雄も、本当に最近その存在を知ったばかりです。自分の暮らしている街に、かって詩や文学を志した青春群像があったということに感激しています。私も高校生の頃、同人誌を作ったりしていましたが、今、井口や春山の事歴を勉強し始めて、大正・昭和期の詩人たちの動向に目が向くようになりました。改めて、お礼申し上げます。

130やす:2006/04/26(水) 21:18:01
城北古書会展目録
石神井書房さんの出品より四季コギト関係書目。03-3995-7949 Fax:03-3995-1084
1865『雑誌 果樹園』 \10,000 1-36号合本 昭和31年-33年
1874『コギト詩集』 \12,000 函欠 昭和16年 山雅房
1877『父のゐる庭』 \10,000 函日焼 昭和17年 臼井書房
1878『日まはり』 \30,000 帙少痛 昭和9年 椎の木社
1879『測量船』 \25,000 皮背少痛・函少染  昭和5年 第一書房
2015『田中冬ニ葉書』 \2,000 昭和31年
2020『木下夕爾葉書』 \9,000 戦後

今月いっぱいは公務、来月は高校訪問に忙殺。詩を思ふことしきりなれど。

131やす:2006/05/03(水) 20:42:14
何十年ぶりに金シャチ見学
連休初日。「文化のみち二葉館」を見学。副館長おみえにならず残念でしたが和洋折衷の瀟洒な建物に感銘。帰途、御書物処“永楽屋”に立寄って江戸時代の漢詩集を物色(うそ名古屋城)。藤棚の見ごろはもうすこし先の模様です。

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132やす:2006/05/04(木) 19:41:05
城めぐり
連休二日目。「昨日名古屋で今日岐阜城。あした明後日○○城?」
稲葉山山頂で読む漢詩もまた一興(へとへと)です。

 岐府山  金龍道人

古音號稲葉、或稱金華。中古以似中華岐山名岐阜。後至平將軍信長公、移此修覇業、改號岐阜。其地東山右河、山水明麗、爲一都會。信長之孫、信雄黨石田而亡矣。今爲尾州属城、覇業餘風猶存矣。

憶古將縦目 古へを憶へば将に縦目せんとす (縦目:遠望)
城墟聳碧空 城墟、碧空に聳ゆ
路連飛鳥外 路は連る、飛鳥の外
身入亂山中 身は入る、亂山の中
危石徒天險 危石、徒らに天險
老松思國風 老松、國風を思ふ
覇圖雖已矣 覇圖は已むといへども
裁賦欲爭雄 賦を裁して雄を争はんと欲す

 又
岐山雨霽碧崔嵬 岐山、雨霽れて碧、崔嵬
上有平公天主臺 上に平公の天主臺あり
路轉七盤登絶頂 路は七盤を転じて絶頂に登る (七盤:七曲登山道)
千村萬落掌中開 千村萬落、掌中に開く

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133:2006/05/06(土) 18:47:24
二葉館副館長と話しました。
こんばんは。今日、二葉館の西尾副館長と話をしました。日時を指定していただければいつでもお会いさせていただくそうです。今日の書庫内では、文学ボランティアの方が城山三郎寄贈の資料を整理されていて、本の間から昔の百円札を見つけ皆で懐かしがっていました。
未整理の寄贈資料の中に「小谷剛」のものと「佐藤一英」のものが目に付きました。「佐藤一英」のものは、たまたま二葉館を訪れたご子息が、寄贈されたもので全集や記念展のパンフレット類、記念切手など比較的新しいものでしたが、これからまだ寄贈されると言うことでした。

134やす:2006/05/07(日) 14:52:40
「橦木倶楽部通信」拝見致しました。
ありがたうございます。今月は高校訪問の出張(三重・新潟)が引き続き、休みはどこにも行く気がおきないかもしれませんが、次回お伺ひする際には事前に御連絡を申上げます。西尾副館長様にはよろしくお伝へ下さいませ。
ともあれバブル崩壊後に出てきた郷土資料を、どこでどう管理するのか、考へなくてはならない時期かもしれません。新たな予算が付き難く、一旦収まってしまった資料はお蔵入りといふ状況は略、図書館と同様なのだらうと拝察いたします。
佐藤一英資料、初期の稀覯詩集や詩人が関はった同人誌の類ひ、これは万一寄贈されればコレクションの核になるかと存じますが、残ってゐてほしいものですね。

http://white.ap.teacup.com/syumoku/124.html

135やす:2006/05/07(日) 18:01:32
薹立ちぬ
家人に所用あり、われも上京一泊。折角なので土曜日に神保町を回ったのですが…。
連休中、店の半分は閉まってをりました。本はぐろりあ展で300円の本を一冊拾っただけ。
といふか、念願の『故園の歌』が懇意の本屋さんの「放出棚」に出てゐたのに手が出ませんでした。結局恥かしくて挨拶も出来ずに退散・・・・こんなことは初めてです。戦前抒情詩の分野、(現実的な範囲で)もう欲しい本は数へるほどしかない筈なのに、たうとう収集にも焼きが回ったかな。薹が立ったかな。(あとで「そんなに欲しかったら買へばよかったのに」と云はれてさらにショック。)
U^エ^;U 「いや今回の状況下、選択は正しかったんぢゃないかな。」

136やす:2006/05/11(木) 19:58:51
旅人かへる。
 自分が「晴れ男」であることはうすうす自覚してゐましたが、今回の出張はまさに雨を避けるやうに北上、雨をやり過ごしてふたたび晴れ間に帰還。御当地新潟では月別気温の記録更新に与ることにもなりました(笑)。
 昨年の担当地区、兵庫・淡路から今年は新潟へ。大地震の痕跡も著しく、と思ったのは、しかしこれは雪害の爪あとでありました。なにしろ三十度近い暑さの中、山間部は道端にもまだ雪が残ってゐるといふ今年の大雪。ゆくりなくも土筆や蕗の薹を摘んで帰るとは思はなかったです。
 ともあれ越後もまた詩人たちの故郷であります。高校訪問の際には校庭の碑や玄関に掲げられた校歌の作者をみてゐるのですが、なんと小千谷高校には西脇順三郎の胸像が!これには驚いたです。今度伺ふときには初版本もって行かうかな(笑)。
 ただ「江戸漢詩先賢追慕行脚者」としては、良寛さんの史跡は沢山あるものの、館柳湾には故郷とて何もない様子。地元高校の国語の先生も御存知なかったのは…当世仕方ないのかな。

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137やす:2006/05/15(月) 20:34:30
本の紹介『漢文歳時記』
館柳湾の『林園月令』、伊勢で訳出が刊行されてゐたんですね。
『漢文歳時記』館柳湾著 杉野茂訳 伊勢新聞社 112p B5 1500円

 わが出張先である伊勢と越後。かたや日本で一番雨の降る地区ならかたや日本で一番雪の降る地区。江戸時代に風流を極めた二人の詩人と昭和初期モダニズムを極めた二人の詩人を生んだ土地。明日からはその伊勢へ参ります。尤も良寛でなく館柳湾を偲んでハンドルを握った旅路は、今回も芭蕉ぢゃなく斎藤拙堂や北條霞亭を偲んで走ります(笑)。

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138やす:2006/05/15(月) 20:57:23
本の紹介『高森文夫詩集』
 調べものできのう県立図書館へ立ち寄った際に見つけた本。
『高森文夫詩集』本多寿編・解説 -- 本多企画, 2005.6 , 218p, 図版[7]p.
生前の集成的詩集『舷灯』に未刊詩篇を付したもの。なので『舷灯』を手に入れられなかった人はもとよりですが、むしろ本冊の半分を割いて書き下ろされた、詩人の伝記ともいふべき本多寿氏の懇切な解説ゆゑに、お薦めしたいです。ことにも中原中也との交渉に関して詩人が折々に記してきた文章をもれなくあつめて紹介してあるので、安原喜弘の他にもう一人、気を許した親友であった高森文夫といふ詩人の目から眺められた中原中也を知るための格好の一冊となってゐます。新たに公表されて話題となった、藁の上に寝転がる中也の写真も載ってます。ISBN:4894451182 \2000

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139やす:2006/05/24(水) 18:38:26
本の紹介『舷燈はるかに』
「日本古書通信」古書目録(騎士亭文庫)で見つけた本。
『舷燈はるかに』長谷川敬--木食工房, 1999.2 , 410p ; 19cm, ISBN:なし \3000
 あとがきに、
「・・・(前略)この書下ろし作品は既存の出版社からの発行が決定していたが、私自身で設立し、 すでに仲間の詩集を数点発刊した『木食工房』での出版を最終的に決めた。作品を汚したくなかったからである。(後略)・・・」
 とあるやうに、他にも多く著書はあるのに不思議なことにこの本のみが世に出回ってゐない。大学図書館はおろか公共図書館にも(豊橋市立図書館を除いて)ない様子である。さて何部刷られたものか。丸山薫の評伝は、未亡人による『マネキンガール 詩人の妻の昭和史』の証言が貴重ですが、著者はそれを企画、執筆の協力もされたとのこと。ただし第四期「四季」編集にも与ったといふのに、潮流社のことにあまり触れられてゐないのも不思議といふか残念。同じ1999年には雁行して『涙した神たち』(八木憲爾著 -- 東京新聞出版局, 1999.10, 331p)が上梓された訳ですが、八木会長からもこの本のことやこの方について仄聞した記憶がありません。
 生前の詩人から「誤解されやすいから気をつけなさい」と再三にわたり心配された由。しかしこれだけの内容・分量のオマージュが世に知られないのは残念なので、書影を掲げてみました。
 読みたい人は図書館に行ってもないですから、直接版元に尋ねてみられたら如何。礼を尽くしてお便りをすれば(残部があれば)頒けて下さるかもしれません。
 木食工房 〒351-0105埼玉県和光市西大和団地2-4-501長谷川様方

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140やす:2006/05/25(木) 20:14:29
今週末は岐阜でも古書展
福地書店、一誠堂、和洋会、浪速書林、落穂舎、などなど目録たてつづけに着。
注目は[玉]睛さんの『聖家族』の初版本\50,000(和洋会No.1117)かな。
ともあれ浪速書林から眼福の一冊を掲げます。

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141やす:2006/06/02(金) 21:14:06
和洋会は敗北。
岐阜駅での古書展では地元漢文集を購入(結構な値段でした。up済み)。
今週目録は、古書かつらぎ、誠心堂書店などから。眼福の一冊は『良寛道人遺稿』誠心堂書店
さて近世・近代両聖人の詩集、期せずゼロが一つ違ってゐますが「26」は何か意味があるのかな(笑)。

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142やす:2006/06/05(月) 18:22:06
「丸山薫 : ランプの灯りに集う」
 豊橋市役所文化市民部文化課より、丸山薫研究会会誌「丸山薫 : ランプの灯りに集う」(第1号99p 2005,3 第2号83p 2006,3)をお送り頂きました。厚く御礼を申し上げます。
 この研究会、会長はかつてわが職場の国文学科でも御講義頂いた冨長覚梁氏、御尊父は梁川星巌全集を編纂された冨長蝶如先生にあらせられます。戦後、全国はもとより中部日本の詩人達を鳩合する核にも成り得なかった抒情詩ですが、現代詩全盛時代の波が引いた後に顕彰されることになったのが結局、地域組織の中心で積極的に活動することを意識的に避けてゐたやうにもみられる抒情詩人丸山薫だったことは、彼が他の四季派詩人とは一線を画し、現代詩詩人からも一目おかれてゐたコスモポリタン的な立場を有した詩人であったことと思ひ合はせて何かしら勝慨を覚えます。つまり郷土文化人として顕彰にそぐはない条件と、優れた詩人として顕彰されるべき条件を二つながら持ち合はせてゐた詩人が、田舎とも云へない小都市に隠遁せざるを得なかったことが、没後すぐの顕彰にならなかった理由の状況だったのだ、と云ったら過ぎるでせうか。
 通りいっぺんの読者にすぎない私には、どうも山形岩根沢で親しみをもって地元の人々から敬愛せられてゐる詩人の姿と、その後何倍もの年月を過ごしたものの結局は邸宅も残せなかった豊橋における姿との間に落差を、詩人の不運を見ようとする向きがあっていけません。
 ともあれこの会がきっかけとなり、詩人があらためて追善されるのは何よりのことであります。また今後詩人の肉声をを知らない世代にバトンタッチされてゆくこれら全国各地に点在する近代詩詩人顕彰活動が、それぞれの地方の単なる観光・町おこしの動機付けに終らないことを祈ってやみません。

【連絡】また明日よりしばらく出張に入ります。

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143やす:2006/06/10(土) 12:25:00
「丸山薫の魅力」
今週は週末も土曜開館とオープンキャンパスで出勤です。
愛知大学国文学会と丸山薫研究会が主催する明日の会にも、八木憲爾潮流社会長の講演があることゆゑ、行きたいですが叶ひません。ここにて宣伝のみさせて頂きます。

某目録より念願の長戸得齋『得齋詩文鈔』ほか漢詩集を数点購入。また、むかし集英社が出した富岡鉄斎の掛軸(山荘風雨図 解説は西岡様のサイトにて)を手に入れたのですが、これも複製ながら素晴らしいの一言。

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144やす:2006/06/10(土) 22:13:52
西脇順三郎記念室
 新潟県出張より帰還。小千谷市立図書館内に併設されてゐる西脇順三郎記念室に立ち寄り見学。壁面を填る貴重本の多くがカラーコピー貼りの“ハリボテ”だったことと、文学アルバムのパンフレット三分冊のうち、肝心の戦前期の一冊目が売切だったこと(再刷未定)は残念でしたが、館員の方の温かい応対に、郷土びとの敬愛を鍾めた詩人の人徳を実感したことでした。
 来週は三重県出張。さて北園克衛は郷土詩の詩集を三冊も刊行しながら記念室はありません。帰郷せず、校歌もつくらず、晩年まで若いモダニズム詩人達にかこまれ中央の一線にあったことは、地元資金による記念室設立には結びつかなかったものの、「ふるさとはとほきにありておもふもの」を貫き通した詩人のこれもまたひとつの節操、生家が風景とともに遺されてゐる奇蹟は以前報告したとほりであります。

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145やす:2006/06/15(木) 20:55:41
夭折漢詩人
 三重県出張より帰還。途次、的矢の北條霞亭一族の塋域に憑弔。墓地は聚落背後の丘の上にありましたが、道も狭いし分り辛い。郷土資料館の司書さんに訊ねなければたどり着けないところでした(懇切に地図を描いて頂き有難うございました)。それからもう一人、このたび遺稿集を入手した小川其瀾(おがわきらん)といふ夭折詩人についても訪ねたかったのですが、こちらは次回にでも。江戸時代の書生は必ず漢詩を勉強しましたから早死にすればみな「夭折詩人」なんですが、現代詩詩人のそれとは大分風格が違ひます。長ずれば必ず一家を成したに相違ない、地元の尊敬と期待を一身に鍾めた選手であります。けだし北條霞亭も長生きとは云へないのですが(44歳)、斎藤拙堂、安積艮斎、羽倉簡堂に将来を嘱望されたこの雋鋭、其瀾小川萬甫は24歳(文久2年)。また最近サイトにupしました郷土美濃の林伯英に至っては、享年なんと19歳。言葉がありません。

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146やす:2006/06/16(金) 12:30:11
『其瀾遺稿』
『其瀾遺稿』小川萬甫(粛寛)著 ; 上,下 -- 安田丑作, 1894.8, 2冊.
跋は穴津(安濃津)の茅原治清といふ詩人と面識のなかった後輩が書いてゐるが、序は三島中洲と、署名が無いものの岡鹿門(旧号:天爵)である。『在臆話記』に何か記事があるだらうか。

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147やす:2006/06/17(土) 18:02:13
岡鹿門『在臆話記』より
 小川萬甫のこと、(第二集巻十二)に記載を見つけたものの、素気なく遺稿集序文の内容を出ませんでした。安積艮斎から、(学資なき者は食客として遇したといふ)羽倉簡堂の許に転塾した模様にて、文才については「さすが拙堂門下の素養なれば文章はやや見るべし」と一言。
 むしろ記事検索中、旅中に訪ねた石野雲嶺や小原鐵心、張紅蘭について興味深い逸話を拾ふ。

【石野雲嶺】(第三集巻一):(藤枝にて) 刺を通じて見を求めるに意、客に在らず。けだし東海道にありて一々遊歴書生に応接せば、これ日足らざる也。吾が聖堂に学ぶと聞き、手書きの小冊を検す。(松本)奎堂の言を記したる中に吾が名姓あるを見て、頓に礼容を致し坐上に延く。これ「その人を知らずしてその交はる所を見る」の謂なり。

【小原鐵心】(第三集巻三):(酒宴中) 鐵心、美人に蘭を作るを教ゆるとて、坐中の絵を善くする者に蘭竹の手本を作らせ、(その美人を)細香女史の替人となさんと。それには雅号が必用。此は遠来の珍客、此詩を贈る者の責任と云ふ。美人(作画後に困って)奉書紙を折り捧出拝請。余、尊名を何と問ふに「をよう」と答ふ。すなはち「某姓第幾女」、次行に「夭々女史」。これを毛詩桃夭之篇にとる。年月落款せしに満坐拍手、妙を称ふ。余、鐵心の人物に推服。

【張紅蘭】 (第四集巻四):(星巌没後京都に訪ねるに) 此時、余当惑せしは紅蘭、陽明全集を持ち出して、読めぬ所分らぬ所一々質問せらる。吾は伝習録の何の書たるを知らざる学者なれば、紅蘭の分らぬ所は吾も分らぬ。紅蘭も余の虚名に失望の様子也。
:(また岡本黄石の談とて、大槻磐溪とともに京都で懐旧談に興ずる際に) 紅蘭出て見、何が不興か容貌顔色の意外なるに磐溪も当惑の様子。少頃ありて其の言に「磐溪サン、あなたの江戸に在りし時は美男子の立派なる色男と思ひしに、何ぞ料らん御一新の今日となり、満面皺皴(しわしわ)短髪白頭の醜悪極まる見ともなき老人とならんとは。」此一言には磐溪も一言の答ふべきなし。紅蘭、此一言の外更に無言なれば吾も側に在りて此意外な挨拶に当惑し匆々にして辞出せりと。
「・・・・・。(^△^;)」

148やす:2006/06/19(月) 19:53:19
『一日集』
 「石神井書林古書目録69」到着。めずらしいもので目に留まったのは1362『保田與重郎アルバム』\8400/ 3189『正義の兜 シミ有り』\15750などなど。和本にかまけて最近あまり買はなくなった近代詩詩集ですが、四季・コギト・モダニズム系全国区の詩集で買へるものはあらかた揃ったので、あとはなかなか手が出ない領域に突入した感じです。巻頭の『春と修羅』はもとより高鍬光佑『月に開く窓』1922とか米倉壽仁『透明ナ歳月』1937とか、詩集を集め始めるやうになってからその名だけは知ることになった夭折詩人たちについても、どうやらその詩を知らずに過ごしてゆくことになりさうです。そんななか先日「日本古書通信」から、復刻で諦めてゐた『一日集』の原本が到着(札幌弘南堂書店)。このところのレスが収集運気を呼びこんだのか、初期四作の収集で残った最後のピースでした。

 八戸の圓子哲雄様より「朔」158号をご寄贈頂きました。ここにても御礼申し上げます。ありがたうございました。一戸謙三特集(4)は引き続き戦後訳詩の紹介。いづれ坂口氏の編著として、戦前の書影資料などとともに刊行されることを期待したいと存じます。

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149やす:2006/06/20(火) 21:00:05
古本屋さんの移転
いつもお世話になってゐる鯨書房さん、長年営業の場所から歩いてすぐの処へ移転。引越しもほぼ完了の様子にて6/26より営業再開の由。これで隣の騒音[ペットショップの倉庫になってゐて、ワンワンギャンギャン、閉じ込められたまま何年も「おがーちゃーん」と叫び続けてる鳥もゐる(^_^;)ゾー。]から開放されますね〜(笑)。あはせて木曜休みから→日曜・祝日休みに変更されるとのこと。ごん太の散歩コースからの告知でした。

【移転先】〒502-0071 岐阜県岐阜市長良191-15
           Tel:058-294-5578 Fax:058-294-8461

150やす:2006/06/21(水) 20:22:27
立原道造記名入り『天文年鑑』
【五反田古書展(6/23-24)古書目録より】
 神保光太郎旧蔵本がいっぱい月の輪書林さんから出てゐる。なかでも立原道造記名入り『天文年鑑 昭和3年版』は蔵書整理の際、形見分けとして神保光太郎の有に帰したものなんだらうが、元祖オタク少年の感性を裏付ける嬉しい発見です。クラブさへあったら天文同好会のほか、切手、ラジオ、鉄道、みなかけもちしたことでせう(ちなみに『天文年鑑』が最初に出たのがこの昭和3年版らしい)。
 しかし今月の日本古書通信『ルウベンスの戯画』一部本(玉英堂書店)といひ、四季派の発見が斯くにも高額に評価されるべきものか・・・。

151やす:2006/06/24(土) 11:29:59
2006明治古典会七夕古書大入札会より
珍しいところで今年は殿岡辰雄の処女詩集『詩集月光室』が出てゐました。七夕市に出されるなんて名誉なことですが、印刷所が同じ(神戸長瀬:市川合名印刷所)だからって、海港詩人倶楽部の詩集とカップルにされてもどうかと。
ほかにも名古屋の同人文学雑誌一括19冊が入札最低価格「ナリユキ」(?笑)で。

また、四季・コギト関係では、神保光太郎旧蔵本のよいものがこちらで出てゐました。
『山羊の歌』神保光太郎宛献呈名入
中原中也葉書 神保光太郎宛
『愛する神の歌』神保光太郎宛献呈名入
『詩集 鵲』への礼状は昔、玉英堂書店の階段でみたことがあったかな。
津村信夫 竹下彦一宛書簡
『詩集わがひとに與ふる哀歌』
『四季』創刊〜81号・再刊1〜5号
北園克衛詩稿「四季」(『句集 村』には未収録)。“銀一色”を夏に使ふなんて詩人の句ですね。

   「四季」 北園克衛

  椽
高僧の山路たどるや春の雨

  独居
松も雲も銀一色の団扇かな

  散歩
よきほどの風にまかせる萩の原

  旅
大淀の時雨れて暗し旅の旅

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152やす:2006/06/24(土) 23:11:59
村瀬太乙遺品
 本日午後より犬山を散策、お城に展示中の村瀬太乙遺品を興味深く拝観、巻子仕立の「梅荘百年楼記」は『藤城遺稿』にも漏れた村瀬藤城の文にて、撮影を試みるも不首尾。その後城下町をひとめぐり、
『村瀬太乙の世界』犬山市文化史料館1998 47p, 29.5cm \1500
『村瀬太乙名品展』向井桑人監修 岩田洗心館1983 16p, 25.5cm \300
『村瀬太乙とその周辺展』向井桑人監修  岩田洗心館1984 23p, 25.5cm \400
のパンフレットを購入、徳授寺の墓石を展して帰還。

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153やす:2006/06/26(月) 21:56:26
『玉振集』
『玉振集』upしました。
 頼山陽文化圏による美濃詩壇の再編成が行はれる一世代前、山田鼎石・宮田嘯台・左合龍山といった詩人達の周辺を知る上で貴重な資料です。生憎県立図書館には続巻の所蔵が在りませんでしたが、若き頼春水が名を連ねてゐることも興味を引くところです。
「李杜を左提し王高(王維高適)を右挈し而して左氏司馬二陸(陸機陸雲)三謝(謝霊運謝恵連謝元暉)に旦暮するにあらざるよりは、我は吾が好む所に従はん。 序より」

また本日立原道造記念館より夏季企画展「立原道造の出発」のご案内、および館報38号をお送り頂きました。ありがたうございました。
(草野心平記念文学館の「立原道造展」ポスター、いいなーと思って某館に貼ってあったのを頼み込んで頂いたのですが、なるほど。館報みて理由がわかりました)

154世界名著刊行会:2006/07/04(火) 08:34:09
羽澄不一詩集
羽澄不一の詩集「裸の魂」、「天鵞絨の天使」を刊行しています。
作家志望者のための小説形式の文章読本「ことばのお花畑」も刊行されます。
詳しくは〒497-0004 愛知県七宝町桂下り戸1086−71 世界名著刊行会までどうぞ。

155やす:2006/07/04(火) 21:24:40
五百旗頭欣一詩集『故郷』
 JIN様より『故郷:ふるさと』五百旗頭欣一第二詩集,1956 光線書房(川崎) /78p/21.5×15.0cm上製函/\250 をお贈り頂きました。厚く御礼を申し上げます。
 序文を北園克衛が書いてゐます。八十島稔ほかファミリーはあとどれだけゐるんだらう。『風土』『家』につらなる郷土詩特有の、ぼそぼそに切れる蕎麦のやうな味はひが嬉しい。

  山径

小さな
話し声でも
澄んでゐる

山桑の花
うつる
波もんを掬うて

ひよ
ひよ

夏草の
明るみに出た

>「ひよひよ」ってペダルを踏んでゐたのかな。

  むべ

むべが
紅く照つてたれてゐるのを

ひとつもらつて
たべた

くろい種子がばらばらつづいて、
なにか冷たい
気がして

よく味ははれなかつた

主人がいかがですと
問うた、
私は何も云へずに
ただうれしかつた。

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000249.jpg

156やす@管理人:2006/07/04(火) 22:38:39
「近代詩と江戸漢詩のための掲示板」
掲示板の名をホームページの趣旨に沿って変更しました。
恐縮ですが現代詩ほかのよろず報知ごとは他所の板にてお願ひを申上げます。

157やす:2006/07/07(金) 22:14:13
『昧爽』第12号
『昧爽』第12号をお送り頂きました。岩崎文子氏の保田與重郎にまつはる回想文にこころ癒されました。中村一仁様の浅野晃論、その膨大な著作群を読むこと能はざる者にとって、詩人の力作『楠木正成』を中心に据えた創見に、今後の展開がたのしみなところです。ここにても取り急ぎのお礼まで。ありがたうございました。

158やす:2006/07/14(金) 12:50:15
汗やす充棟(湿度80%)
暑いですね〜。ただいま図書館は書庫の蔵書を大移動中です。

【趣味の古書展(7/21-22)】出品目録より
 1141『在りし日の歌』初版見返切並本\12,000(文学堂)
 1947『北の窓』中山仁詩集 函欠\3,000(畸人堂)
 2507『映画評論集』杉山平一処女作品集 初版函\10,000(月の輪書林)

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000252.jpg

159やす:2006/07/15(土) 23:19:19
尾張攻め
 本日36度の気温を突いて名古屋へ出陣。定徳寺に高木斐瑳雄大人を展墓、武運祈願して、尋いで古本屋数軒を掃討するうちにもう暑さで頭がぐらぐら。本丸の丸栄古書即売会にたどり着くことなく退却致し候。といふか、軍資金が潰えてしまひました(笑)。ぐったり。されど戦果は赫々、帰途は犬山経由にて、徳授寺太乙墓前に報告は以下の通り。

『柏木如亭集』揖斐高編 限定150部、太平書屋、昭和54年
 当時の詩集復刻本五点(別冊解題付)をほぼ当時の頒価で。
『海鴎遺稿』菱田海鴎著 安藤又三郎 昭和3年 \2,000
『美人香草集 下巻』吉田?橘編 明治18年 \600
 最後は名古屋の香草吟社なる同人社集の端本。大沼枕山の評あり。

 「登天守閣」 (坂嵜[門+良]苑)
第五層の頭(いただき)、眼界ひろし。人、金鯱を兼ねて(凌いで)雲端にあり。この中まさに他郷の人あるべし。二百余窓に面々看る。
 枕(山先生)云ふ。天守閣の全存するはただ尾張城となす。しかるにその二百余窓そなはること、土人(地元の者)といへども或ひはこれを知らざる。この詩よろしく天守閣の図にならいて、もって四方に伝へるべし。

近代詩の詩集探索と同様、今は失はれた風景との出会ひが一興です。

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000253.jpg

160やす:2006/07/17(月) 20:11:16
山川弘至記念館竣工
 山川京子様主宰歌誌『桃』7月号(619号)をお送り頂きました。高鷲村の実家の屋根裏から、病気により休学を余儀なくされた山川弘至少年の、通信教育で用ゐられた作文類が発見された由。斯様な紙片類はなかなか残らないものですが、早熟の文才はともかく、これを誰にも告げず保管せられた御母堂の、長男に寄せる期待と愛情が察せられることです。
 合せて詩人の記念館の竣工落成をお慶び申し上げます。ちかく地元新聞の記事にて紹介されることでせう。
 ありがたうございました。

161やす:2006/07/18(火) 12:28:51
『海鷗遺稿』
『海鷗遺稿』upしました。戊辰戦争に際して壮絶な体験に触れてあります。

 岐阜県警部長久保誠之君に贈る 并びに引
戊辰人日前一日(慶応4年1月6日)、余、伏見の長人(長州)軍営に縛に就く。伍長等と論議、諤諤数刻に渉る。是夜、余とともに同縛の者、十有余名、之を前庭にひき出し壮士輩、抜刀先を争ってその頭を斬る、すでに六名に及べり。余たまたまその次に当り、まさに斬られんとす。是において北に向ひて天位を拝し、従容として詩を賦すに、にはかに免を得る。君、時に年十七、その営に在り、親しく余の状をみる。今茲、君と大垣の嘯東館に逢ひ、談たまたまその事に及べり。乃ち慨然として此詩を作り以って贈る。実に明治癸巳(26年)六月某日也。

我れ囚に就く時、君は少年。快刀争ひ斬る夜営の前。文山(文天祥)死せずして虚名在り。かち得たり丹心の詩一篇。

幕僚を感服させ、死を免れることとなった詩はこちら。

 まさに屠腹せんとして自らおくる [明治戊辰(元年)正月七日作、先生時三十三歳]
苦学、君父の恩に酬いんと欲す。一燈空しく伴ふ三十余年。從容死に就くこれ今夕。ただ恨む、丹心いまだ天に徹らざるを。

162やす:2006/07/20(木) 12:22:27
(無題)
はじめまして。わざわざの御連絡をいただき有難うございました。
時代を異にしたため今は忘れられた詩人たちを顕彰してをります。舌足らずのホームページですが今後ともよろしく御贔屓下さいませ。

163やす:2006/07/27(木) 21:33:07
小原鉄心
 またまた掛軸を買ってしまひました。詩人と呼ぶよりは一藩の重臣であります。小原鉄心。
 戊辰戦争の際、諸藩に先駆けて大垣藩の藩論をまとめあげた、傑物にして当路の人ですが、関ヶ原を東西にはさむ地で彦根藩の岡本黄石とともに最も苦しみ、組織の歩むべき道を誤ることなからしめた英雄といってよいのではないかと思ひます。両者ともに維新後早々に役職を辞すところ、いいですね。で、詩句に「理財」なんて、と思ってネット検索してゐたら、山田方谷の理財論にゆきあたりました。
 (前略)それ善く天下の事を制する者は、事の外に立ちて事の内に屈せず。而るにいまの理財者は悉く財の内に屈す。(中略)
 君子は其の義を明らかにして其の利を計らず。ただ綱紀を整へ政令を明らかにするを知るのみ。饑寒死亡を免るると免れざるとは天なり。(中略)
 なほ此の言を迂となして、吾に理財の道あり、饑寒死亡を免るべしと曰はば、則ち之を行ふこと数十年にして、邦家の窮のますます救ふべからざるは何ぞや。(後略)
 涙が出るやうな言葉であります。

 一首。 ひととなりしのぶよすがの真蹟の許で本読むその先哲の

 さて扶桑書房さん目録到着。
『三好達治全集』12巻\3500 『間花集』\4500 ・・・これまた絶句。

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000258.jpg

164やす:2006/07/31(月) 17:39:04
かわほり堂和本目録
 かわほり堂さんから、記念すべき和本目録(壱)号が到着。
 地元の漢詩集は今回なかったのですが、好評嘖嘖たる近代文学分野に続き、この分野でも特色を放つ古本屋さんになられることと期待◎です。

(前略)心ある好事家や研究者に渡つた一部の珍籍・稀観本は、その情報が世上に上ることもないではありませんが、個人蔵書にはたとえ天下の孤本であっても顧みられることなく姿を消してしまう場合があります。否、和本いっさいが消え去る命運をはらんでいると言っても過言ではないかもしれません。目力値がつかずに終わる書籍の山を目の当たりにして、いっそうそうした感を強くいたします。一古書肆のできることは至極限られておりますが、書籍の集散地に立ち会う者として、水際で救いあげられる書物・情報もまた尠しとはしません。日々感じる漠としたそうした思いの幾らかでも当目録に反映できていればと今は祈る気持ちでいっぱいです(後略) (目録同封「ごあいさつ」より)

 今後ともよろしくお願ひを申上げます。

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000259.jpg

165:2006/08/10(木) 17:16:44
宇田栗園
漢詩にはど素人ですが、宇田栗園に興味があって、書き込みをしました。彼についてご存知の方、ご連絡をお待ちしています。漢詩以外での彼の業績、行動の足跡など。よろしくお願いします。
宇田豊四郎の家族はどこかにおられるのでしょうか。

166やす:2006/08/13(日) 12:56:33
残暑見舞申し上げます
高橋様初めまして。もとよりど素人の私からは詩人について知るところございませんが、掲示板御覧の方でどなたか心当たりの方にはよろしく御教示御連絡頂けましたら幸甚です。
旅先より御挨拶申し上げます。

167やす:2006/08/29(火) 17:25:18
夏バテ
 旅から帰ってきて夏風邪を引いてしまひました。熱も一度下がったと思ったら今度は首筋(リンパ腺?)が腫れてきて体調すぐれず、折角の残りの夏休も、終日を家でぼうーっと過ごす始末。夏風邪はしつこいですから、皆様もお気をつけ下さい。
 加へて二冊の新刊(杉山平一先生の『詩と生きるかたち』と、自分が選んだ先生のアンソロジーがおさめられてゐる『大東亜戦争詩文集』)について何か紹介したいのですが、他の事も書けないまま、掲示板の更新がずーっとお留守になってをります。
 少し落ち着いたらまた何か書くでせう。しばらくは夏バテといふことで更新御免・・・。

168やす:2006/08/29(火) 19:55:52
寄贈書御礼
あはせて『東区橦木町界隈』西尾典祐氏,健友館, 2003.11.7, 266p.の御寄贈に与りました。学生にも読んでもらひたい内容なので大学図書館に収めたいと存じます。厚く御礼を申し上げます。ありがたうございました。

169高坂:2006/08/30(水) 12:43:21
大東亞戰爭詩文集
やすさん、大變ご無沙汰してをりました。良い本を御寄贈頂きまして忝く存じます。田中克己の詩はやすさんが選ばれたのですね。樂しみにじつくり讀みたいと思ひます。

私の方は『論泉』といふウェブ言論誌をやつてをります。今後、文藝の方面を充實させたいと思つてゐますので、何かありましたらまた宜しくお願ひ致します。

http://www8.plala.or.jp/Kusimitama/ronsen/

170やす:2006/09/01(金) 23:48:16
『大東亜戦争詩文集』について
 高坂さま、今後ともよろしくお願ひを申上げます。

 『大東亜戦争詩文集』ですが、献本少数につきお送りできなかった皆様には不義理をお詫び申上げます。ご海容下さい。収められてゐるのは、戦死・自決・処刑された人々による「大東亜戦争殉難遺詠集」を前半に置き、右翼の大物三浦義一、影山正治御両人の歌集、続いて田中克己の戦争を背景にした24編の詩のあと、若手ロマン派詩人の選手であった戦没詩人、増田晃、山川弘至のアンソロジーといった構成で、読んで頂ければわかりますが、前半の歌集部分と後半の詩集部分は若干異なった印象を与へる内容になってゐます。残念なことに編集後記等はありません。といふことで、私が風日社の方から依頼を受けて選んだのは田中克己先生の部分だけですが、それについてあとがきを記したいと思ひ、考へ中であります。しかしこの本について触れるには、選者として戦争詩とどう向き合ったのか、つまりさきの大戦をどう観ずるのか、態度表明を迫られることでもあり、戦慄すべき詞書をもつ遺詠集と一緒に収められてゐますから、所謂靖国問題についても私なりの思ひを述べなくてはならない気が致します。思想的信条に乏しい詩人としては大変な課題であります。
 ともあれ、他所の巻に収められた立原道造や伊東静雄など仲間達の作品、或は此の巻に収められた後輩筋にあたる増田晃、山川弘至らに対する選詩の基準にも比して、何かこの文庫叢書では「ベストセレクション」を採られずひとり損な役回りを演じることとなってしまった先生に対しては、今回「戦争詩」といふ制約のもとで却って明らかにされたひとつの世代を代表する詩人の精神史を、作品を通じて理解してもらへるやう、選択と順番に私なりの心配りをしました。それが後年キリスト教に改宗された泉下の先生に対して申し開きになったかどうかは甚だ覚束無いのですが、大東亜戦争を謳った詩人たちに対する先入観が変ってほしいといふ私の願ひが、今回選んだ詩を順番に読んでゆくことでひとに伝はるのなら、またそれを介添へする説明がこれから書けるのなら、嬉しく思ひます。昔に記した『夜光雲』解説の続編のやうなものにできたらと思って、現在あれやこれやと考へてゐる最中です。

171高坂:2006/09/02(土) 18:06:26
文藝の仕事
>しかしこの本について触れるには、選者として戦争詩とどう向き合ったのか、つまりさきの大戦をどう観ずるのか、態度表明を迫られることでもあり、戦慄すべき詞書をもつ遺詠集と一緒に収められてゐますから、所謂靖国問題についても私なりの思ひを述べなくてはならない気が致します。思想的信条に乏しい詩人としては大変な課題であります。

歴史や政治を踏へつつも、あくまで文藝の立場からの率直な批評を期待してをります。

http://www8.plala.or.jp/Kusimitama/ronsen/

172やす:2006/09/12(火) 12:39:29
梁田蛻巌遺墨
新村堂書店古書目録到着。No.3679『月光室』(\36,750)は明治古典会で出品された片割れでせうか。
山田翠雨ほか地域の漢詩集もいろいろ出てますが・・・この掲示板で騒いだのが祟ったかな(ごめんなさい)。

 このところオークションとかで傷物の掛軸をああだかうだと値踏みしてる方が面白いです。
 先日入手したのは四千円で手に入れた二百五十年前のマクリ、わが家最古のお宝を更新しました。
 出張続きで原稿書けさうもないのにこんなことばっかりやって・・・。

戯欲寒秀山人諧歌集後 寒秀山人の諧歌集の後に戯せんと欲す

 抜去海棠栽芭蕉 海棠を抜き去って芭蕉を栽す
 不将穐夕換春朝 穐(秋)夕をおくらず春朝に換ふ
 快哉惟有聖咲識 快哉、惟だ聖く咲くを識る有りて
 如丈山牕慰寂寥 丈山の牕の如く寂寥を慰む

 蛻翁八十一書

丈山は石川丈山? 『諧歌集』って寛延元刊の滝野瓢水の俳書だと合点がゆきます。寒秀山人は別号か。

ならば一句。手に取るなやはり捨て置け『丹生樵歌』(苦笑)

173高坂:2006/09/20(水) 18:50:46
サイト移転のお知らせ
サイトの移転を行なひましたので、お知らせ致します。

『奇魂』URL
http://kusimitama.net/
『論泉』URL
http://kusimitama.net/ronsen/

今後ともよろしくお願ひ申し上げます。高坂

174やす:2006/09/22(金) 17:43:48
【情報募集】『高山連月並会狂句柳桜初編』
以前メールにてレファレンスを頂いた、飛騨の文化人について探求されてゐる方から、
「江戸時代の俳諧を研究なさっているような先生、あるいは学生さんで、
 興味のある方がいらっしゃったら、資料をお貸しします、あるいは複写を差し上げます」といふことで
文政十三年『高山連月並会狂句柳桜初編』(東都川柳翁社中松鱸大人撰 飛騨圓永蔵板)といふ本について、情報募集のお願ひがありました。
 自分も浅学ゆゑ、珍しいものかどうかは分かりません。
 郷土の近世文学資料といふことで掲示させて頂きますので、メール転送希望の方はお知らせ下さいませ。

175やす:2006/09/26(火) 12:51:34
ユリイカ臨時増刊号総特集 稲垣足穂
『ユリイカ2006年9月臨時増刊号』総特集 稲垣足穂でました。ふむふむ新発見作品10篇とな。

ではこちらからも新発見「幻のレターセット」(うそ)♪

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000271.jpg

176やす:2006/09/30(土) 15:02:03
業務連絡
停電に伴うサーバー復旧作業完了。

177やす:2006/10/02(月) 20:43:27
新修 筑摩書房版 立原道造全集
立原道造記念館より館報No.39ならびに企画展「立原道造の世界?」の御案内をお送り頂きました。ありがたうございました。今回、館報は小田久郎氏の講演録ですが、いよいよ新修全集も11月に刊行の運びとなる由。別巻(?)に思潮社版『立原道造研究』の改訂版を出してほしいですね。詩人のエピソード満載なのに「誤植がひどいから」といふ理由(本当かな)で復刊されてゐません。
装釘は中原中也全集の轍を踏まず、落ち着いた色合ひの、堅牢な作りの本となる模様です。

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000273.jpg

178やす:2006/10/12(木) 12:34:44
稲川勝二郎
 久野治様より詩誌「宇宙詩人」5号を御寄贈いただきました。
 連載「黎明期の中部詩人」では、「青騎士」の時代から名古屋詩壇と関はりを持ちながら、いつも詩史の記述からは敬遠気味が窺はれる詩人、稲川勝次郎(勝二郎・敬高)。木下杢太郎を師と仰いだ、高木斐瑳雄の盟友ですが、如何せんページの制約があり、一般の読者のための、本題に入るための説明文がもったいない気がしてなりませんでした。印象批評のやうなもので結構ですから、さらに久野様しか書き得ない、詩人の風貌や肉声を、エピソードなどを交へて単行本所載の際には書き加へて頂けることを切望してをります。
 ありがたうございました。

 石神井書林古書目録70号お送り頂きました。
 今回の稲川勝次郎の詩集(『大垣の空より』1922.2)など、検索するところ衣笠詩文庫位にしかない稀覯詩集ですが、目録に現れたら一体幾ら位になるのでせうか、見当もつきません。(御店主の最近の活躍は 「scripta」や「月刊Moe10月号」で 笑)


 蛙とともに泣く 稲川勝二郎

稲田の蛙が鳴いてゐる
声をかぎりと鳴いてゐる
短かい夏の夜が更けてゆくに従って
その声はいよいよ激しく
ますます悩ましく
私の眠りをかき乱す

眠られないままに起き出でて
机に頬杖をついて
じっと其声に聞き入つてゐると
そぞろに私の瞳は
熱い涙にくもり
蛙のやうに
私の心も泣きつづける

おお 蛙よ鳴けよ
私と共に泣きつづけてくれ
総ては悩みだ――
世の中は苦しいのだ
泣く者はお前達ばかりではない
幾万の若い男女が
幾万の人類が
夜に昼に泣きつづけてゐる

さうして泣きながら
皆死んでゆくのだ
母の胎内から生まれ出る時に
既に泣くことを教へられた人間は
其短い人生を泣き暮らして
淋しく黄泉(よみ)の道を辿りゆくのだ

恋に泣き
親に別れて泣き
子を失つて泣き
自らの衰へたるに泣く
泣くことが人生なのか
おお 蛙よ
私はいま お前とともに泣きつづけてゐる

179西岡勝彦:2006/10/18(水) 08:25:54
(無題)
こんにちは。
珍しくオークションに江戸の絶句集3種が出てますね。
歴代絶句集はできれば現物を持ってたいものですが、幾らまで行くんでしょう?
私はグッと抑えて、安全な所を入札中です。

丹生の山田の里に秋長けて
 跡をとどめぬ木こり歌かな

180やす:2006/10/18(水) 12:50:19
(無題)
西岡勝彦さま

落札予定の品物を掲示板なんかに載せますと、ここは書痴が覗いてますから知らないですよ〜(笑)
と、おどかしっこは無しで、無事に落札されますことをお祈りしてをります。
当方最近の収穫は後藤松陰、篠崎小竹、梁川星巌、村瀬雪峡の掛軸など。
星巌と太乙は、数ある贋物の少しだけ癖がわかって参りました。
あらたに始められたブログ、相変らず目の覚めるやうな美しい山岳写真であります。
今後ともよろしくお願ひを申し上げます。

丹生の山田の里の週末に
 跡をとどめんコギト歌もて

181やす:2006/10/22(日) 17:10:11
御礼
昨日は神戸松蔭大学会館で行はれた「四季派学会秋季大会」にて、田中克己先生の戦争詩の周辺について熱弁(?)一時間半。
まづは御歳まもなく92歳、矍鑠たる杉山平一先生に御挨拶。関西四季の会の矢野敏行・舟山逸子先輩と久闊を叙し、懇親会の後は今回お世話になった國中治様ほか「泊り組」の人達と傾蓋旧の如く、久しぶりに夜半まで熱く熱く詩を語り合ひました。
只今無事帰還致しました御報告まで。みなさま本当にいろいろと御世話になりました。
ありがたうございました。

182やす:2006/10/23(月) 23:26:24
御礼2
山本直人様より『昧爽』13号を御寄贈頂きました。特集は「天皇・皇室」といふ直球です。
今回中村一仁様の浅野晃論は休載。次号に思ひの丈をぶつけて擱筆の由、これはこれで少々残念。
とりいそぎの御礼を申し上げます。有難うございました。

183やす:2006/10/24(火) 22:12:36
御礼3
 さきほど中村一仁様からメールあり、けりをつける旨後記に書かれてゐたのは、浅野晃論そのものではなく「伊藤千代子を論じる」ことの由。はじめは不穏なことのやうに思ってましたが、メールを拝見、安心しました。世の中は節操がない人が、まま大きな顔をするやうに出来てゐますが、少なくともメールで伺ったやうな人から、浅野晃のことを節操がないなんて云ってほしくはありませんよね。私は伊藤千代子のことも英霊達のことも同じやうに考へます。思想に殉じた人間の魂を情勢論から救ふことを一番に考へなくては、と切に思ふのです。浅野晃論、「絶対に時間をかけても書き上げ」て下さい。御健筆をお祈り申上げます。
 再びの御礼を申し上げます。御自愛ください。有難うございました。

184やす:2006/10/29(日) 22:34:39
御礼4 山川弘至記念館 新館見学会
本日は郡上市高鷲町にある山川弘至記念館新館の竣工、見学会に推参。京子様主宰の「桃の会」から、大勢の篤志の皆様が馳せ参ぜられるなか、亡き山川大人には詩人冥利につきるに違ひない秋旻の一日を、よそ者ながら満喫させて頂きました。過分なるお土産まで頂き恐縮の至り。とりいそぎの御礼をここにても申上げます。世間知らず且つ人見知りしますので、御挨拶できず失礼申上げた皆様には御海容のほど。追って訪問記をupします。皆様ありがたうございました。

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185やす:2006/11/01(水) 12:47:16
『詩集西康省』
田中克己先生の処女詩集『詩集西康省』をupしました。先日の講演録は、いづれ加筆したものをWeb上に載せる予定でをります。その前に基本的な文献を誰もが読めるやうにしておく必要があらうものかと、これまで故意に手をつけてゐなかったデジタルアーカイヴの製作に着手しました。今後順々にupして参りますので御覧頂けましたら嬉しく存じます。

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186やす:2006/11/11(土) 23:30:21
詩集『大陸遠望』
田中克己先生の第二詩集『大陸遠望』をupしました。
文藝文化叢書の一冊として同人諸氏の著作とともに書棚に並べると、先生の本だけ丈がちょこっと短い・・・。
つまらんことにまで目がゆくのは本好きだからか、それとも僻み心ゆゑでありませうか。

さて先の連休は親戚の不幸で潰れたので、明日の休日は大垣市郷土館「郷土の書人展」にゆかうか、家でゆっくり本を読んで過ごすか検討中。皆様もよい週末を。

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187やす:2006/11/12(日) 21:58:13
其無如之何
 結局今日は大垣市郷土館で行はれてゐる「郷土の書人展」に行ってきました。そしたらたかだか20点ばかりのなかに、過去に自分が買った掛軸と全く同じ詩を書いたものが何と二本も(汗)。
 気を取り直し、過去の図録を買って大垣城見物、さらに小原鐵心の墓がある全昌寺へ。お墓は建て替へられて立派になってゐました。元の石碑は・・・哀れにもボロボロとなり無縁墓石たちと一緒に入口に置かれてをりました。
 寺内には彼の別業「無何有荘」の一部も移築されて残ってゐて、「無にして何ぞあらん」とユートピアの意を込めた紅殻塗りの酔狂な庵ですが、築150年だけに流石にこちらも今はもの寂びて映ることです・・・こんな処に住んでみたいんだけど。
 さて帰宅後。早速買った図録の印譜と照合するまでもなく、以前オークションで手に入れた鐵心と星巌の書は展示物のまるまる写しであることが判明(笑)。よく見たら鐵心のは裏に「写」とちゃんと書いてあるぢゃないか。掛軸の文句通り「それこれをいかんともするなし」なのでありました。おしまひ。

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000289.jpg

188波江究一:2006/11/12(日) 23:46:19
字数歌美術館
お久しぶりです。この度ジオシティーズで新たにサイトを開設せしにつき各位へ紹介までと思ひ来てみれば画像掲示板にされてをられたは丁度よい。古今東西の名画にいろはで画賛をつけた趣向です。下記その一例。広告が目障りかと思ひますが、いづれ有料版に移行も考へますのでよろしく。百篇近く収載。追々に追加致しますのでよろしく。名画を楽しみながら国語問題も考へて貰ふ趣旨です。


彌勒佛の指先から
零れ落ちる種はぬめり
西窓へ水仙萌え
絢な腕輪を活けそよ笑む

みろくふつのゆひさきからこほれおちるたねはぬめり
にしまとへすゐせんもえあやなうてわをいけそよゑむ

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000290M.jpg

http://beauty.geocities.jp/jungleroad91/index.html

189野嵜:2006/11/13(月) 02:48:18
(無題)
>広告が目障りかと思ひますが、いづれ有料版に移行も考へますのでよろしく。

いやあんたの投稿も廣告だらう。

190やす:2006/11/13(月) 09:11:49
天才は忘れた頃に
竜巻なみの登場ですね♪ お久しぶりでございます。
謹んで“広告”させて頂きます。続けての広告投稿は自粛お願ひ申し上げます。

191波江究一:2006/11/13(月) 09:31:56
ついでに漢訳も
昨夜紹介の文は漢訳もありますのでご専門の管理人氏にはどんなものかと思ひつつ下記紹介致し置きます。韻だけは揃へても平仄はでたらめなものですが。

彌勒佛の指先から       自彌勒佛指頭零
零れ落ちる種はぬめり     靈種帶潤育上庭
西窓へ水仙萌え        水仙正萌西窓下
絢な腕輪を活けそよ笑む    化爲腕釧微笑屏

野嵜さんにもご光来いただいてお懐かしいですな。
但し以後特にあらはれることはありません。

http://beauty.geocities.jp/jungleroad91/index.html

192やす:2006/11/13(月) 12:05:29
(無題)
広隆寺の国宝、弥勒菩薩の半跏思惟像は、始皇帝の末裔を自認(?)された田中先生が秦氏の護持仏として尊崇、絵葉書を立原道造の枕元にも届けた仏像です。ありがたうございました。

193てら:2006/11/22(水) 03:59:09
地球温暖化
 はじめまして。エッセイを書いている「てら」と申します。

 いま私は、地球温暖化についてのエッセイを連載していますが、その深刻さに驚いています。 一人でも多くの方に、そのことを知って頂きたいと思い、声をかけさせて頂きました。
 とくに、私のHPの「エッセイ217」と「エッセイ218」に、私の恐れていることが書いてあります。宜しければ、ぜひ覗いてみて下さい。

 すこし場違いのような気もしましたが、今や地球温暖化は、分野によらず全ての人に関係している問題ですので、書き込みをさせて頂きました。

http://www2.odn.ne.jp/seimei/

194やす:2006/11/22(水) 17:09:12
(無題)
はじめまして。ここでは日本の伝統的な詩精神の絶滅が焦眉の関心事ですが、本当にさうですね。
(過去ログでは消させて頂きます。)

195やす:2006/11/26(日) 22:40:36
「感泣亭秋報」第一号
横浜の小山正見さまより「感泣亭秋報」第一号をお送り頂きました。『感泣旅行覚え書き』『詩人薄命』『未刊ソネット集』『小説集 稚兒ヶ淵』とこれまでに、選集と呼ぶべき四冊の作品集がまとめられてをります詩人小山正孝でありますが、つまりは作品といふものもただ出されるのでなく、批評をもってはじめて世の中に所を得るものであること、さらにその人物が作品の真実を裏打ちしなくてはひとに愛されることは不可能でありませう。詩人といふ誤解の多い存在については尚更のこと、周辺の空気さへも人物に染められたところのものを取り出して提示することが必要です。そのための証言は、やはり同時代人それから御遺族からしか得られないのではないでせうか。このたびの「感泣亭秋報」はそのための紙媒体による年刊小冊子、例ふるなら「風信子」の小山正孝版、詩人を偲ぶ会会誌の趣きであります。刊行者の抱負にありますやう、今後ホームページ「感泣亭 ・小山正孝の世界」につきましても一層の充実が図られることの切に祈念する次第です。
ここにても御礼を申上げます。ありがたうございました。

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000298.jpg

196やす:2006/11/27(月) 12:49:06
「田中克己散文集」
 さて今回、詩集の部とは別に「田中克己散文集」といふ題目のもと、詩人の小説や批評、エッセイ、また同時代人による詩人評なども合はせて公開してゆけたらと考へてをります。さきに紹介致しました小山正孝の「初期短編小説群」を読んだひとなら分るでせうが、詩人の散文といふのは若書きであっても(むしろ若書きのものが)たいへん面白かったりします。将来小説家になるならうと考へてゐたかどうかはともかく、否それが潰えるものだったからこそ、未熟な部分とともにそっと伏せられた、当時の赤裸々な心境も窺はれるからです。初期の田中克己におけるさうした、不安なモラトリアムの心情を綴った散文といふのは、大岡信氏が中公版『日本の詩歌』で巻末解説を書いた際に引いてゐますが、コギトに掲載した「多摩川」、またそれを変奏した「冬の日」といった小品にみることができます。
 今回手始めにこれら二篇と、またこれは刊行された文集ですが、『楊貴妃とクレオパトラ』のなかから「始皇帝の末裔」の一篇をテキスト化して上しました。いづれもページの余裕さへあれば潮流社版の『田中克己詩集』に収めておきたかった、詩人の出発期と少壮期が偲ばれる作品であります。
 後者の「始皇帝の末裔」は、叙述において鹿爪らしく装ふコギト流の歴史高踏派ぶりがうまい具合に出てゐるエッセイです。北支侵攻中の当時、日本人がどんどん偏狭な民族観に傾斜してゆくなか、自らの出自を故意に秦の始皇帝にまで溯って説いてゐるのが面白く、取って返して敷衍するうち、現在の日本人で大陸・半島と血縁上無縁の者などゐさうもないことを、嫌でも再認識させてしまふといった一文。詩人はこの時期、同時に『大陸遠望』に収められる皇国史観を背景にした詩を書いてゐる訳ですが、「西康省」「詩人の生涯」等の長編詩にもみられるやうな彼の、アジアを広範に視野に収めた民族主義が、盟友保田與重郎とは少しく視点を違へて散文では如何やうに語られるものか、伺ひ知るには好個の読み物と思ひます。

「しかしわたしは何も好んで大名や貴族におのが同族を求めてゐるのではない。ただ島津氏や宗氏がその明らかな系図や史料にも拘らず、これを抹殺し隠蔽せんとした始皇帝の血統を私の家は決して隠さうとしなかつたことに興味が惹かれるのである。(始皇帝の末裔より)」

197てら:2006/11/30(木) 02:34:26
ありがとうございます
 書き込みを残して頂き、ご協力に感謝します。

>日本の伝統的な詩精神の絶滅が焦眉の関心事です

 何となく気持ちが分かるよな気がします。私は、仏教思想やキリスト教思想をすこし齧ったことがあるのですが、人類の思想遺産として、この先何千年も何万年も残ってほしいと思っています。しかし、温暖化によって生態系や人類までもが壊滅的な打撃を受けてしまったら、それも望めません。私が温暖化問題を優先しているのは、そのような動機もあるのです。

http://www2.odn.ne.jp/seimei/

198やす:2006/12/31(日) 00:11:32
悲喜こもごも
の一週間のできごと一括。

【喜】神奈川近代文学館から、マダムブランシュと椎の木のコピーが到着。第一級品の稀覯資料なので難しいかな、といふ気持で申請したのですが、励ましのコメントつきでお送り下さいました。早速「詩集西康省・拾遺詩篇」に追加♪
【悲】 (略)
【喜】田中先生夫妻の声を収めたテープを御遺族よりお貸し頂き、早速CDRに焼いてコピー。これぞ在りし日の謦咳、十五年ぶりに拝聴。
【悲】 (略)
【喜】御寄贈感謝:山川京子様より山川弘至の同人誌「帰郷者」のことを連載紹介(五十嵐勉氏)してゐる雑誌「文芸思潮ウェーブ」14号、ならびに歌つき詩篇朗読CD第二弾(シャンソン風?)を。彦根の藤野一雄さまよりは年末恒例の「ふーが」33号を。
【悲】 (略)
【喜】ぐれむん様より突如「FAXおてまみ」。お元気でらっしゃいますか♪
   またこの週末、いい大人がはまってゐるといふ「風雲児たち」を吾もまた耽読。徳川の世の尊王論者たちが変人に描かれてあるのも御愛嬌なれば、そのうち漢詩人も出てきさうな気配(現在第10巻読了)。

199やす:2006/12/04(月) 20:47:02
詩集『神軍』
 田中克己先生の第三詩集『神軍』をupしました。
 詩集は日米開戦直後の昭和17年、文士徴用の第二陣で詩人がシンガポールへ派遣された留守中に、保田與重郎の斡旋によって刊行されました。大変目に立つ『神軍』といふタイトルですが、戦争詩を前面に打ち出した詩集を自ら出版するといふ形をとらなかった、その結果であります。確かになかには同名の「神軍」といふ詩篇がありますが、一巻のタイトルとして掲げるに相応しいかどうかといへば、含羞を旨とした詩人自身は面食らったかもしれません。さりとて晴れがましさが無かったかと云へばさうとも思はれず、保田與重郎が跋文で「『神軍』は大東亜戦争を熱禱した新時代の詩集である」と書いてゐますが、今や得意の絶頂にあった詩人の心を見透かし、これを元気よく後押しする配慮があったのではないでせうか。
 その後、詩集は当時の日本出版文化協会の推薦書となり、初版1000部に続いて5000部が再刷されることとなりました。結果的に現在古本屋で一番簡単に手に入る詩人の詩集となってをります。そのため「神軍」といふ言葉は戦後、戦争責任を論ずる際に詩人を一言で片付ける殺し文句、レッテルともなり、キリスト教に改宗した詩人を長らく苦しめる言葉となりました。読んでみればわかりますが、開戦以前の佳品を多く収めてゐます。

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000302.jpg

200やす:2006/12/06(水) 20:44:56
【最新】公開捜査
現在アーカイヴ作成中の「田中克己詩集」ですが、以下の拾遺詩篇が未だに不詳です。
どなたかこれらの詩篇について御存知の方、御一報頂けましたら感謝に堪えません。よろしくお願ひを申上げます。

千年 (昭和9年11月 鵲[大連] 30号)
山村訪問(昭和11年2月 椎の木 5年2冊)
市井事(昭和14年2月 學藝展望)
風景(昭和14年2月 學藝展望)
老兵士(昭和14年3月 あけぼの)

201やす:2006/12/10(日) 22:55:17
筑摩書房版 立原道造全集 第一巻
 職場の図書館にはもう高額な文学書が入れられないので、県立図書館で借りて参りました。清楚な装釘と意匠、版型は前回より小さく堀辰雄全集と同じになり、大変好感がもてるものです。オフセットのつるつる感・・・・こればかりは致し方ないです。ともあれ中原中也全集みたいなことにはならなかったことに安堵。
 私自身は研究者ではないので、やはり活字版でジャンル毎がいい。戦前の山本書店版と第三次角川書店版の評論ノート(4巻)書簡集(5巻)の組合せで満足してゐるのですが、今回新版での建築図集ほか新資料が収められる巻は注目です。この第一巻での見ものは・・・・詩集の寄贈先リストでせうか。田中克己は27番目也。ほかにコギト同人大高関係者では保田與重郎、中島栄次郎、松下武雄、三浦常夫、小高根二郎。

202やす:2006/12/11(月) 22:52:57
『漢詩閑話 他三篇』 『竹陽詩鈔』
 昨日の岐阜県図書館ではまた、郷土資料コーナーで自費出版と思しき漢詩関係の本に出会ふ。しかしながら郷土資料は貸出禁止でネット書店・古書店でもみつからない。不躾とは存じながら巻末記載の発行所名から電話番号を調べ、問ひ合はせてみれば非売品だが残部があり、事情を説明したらば何と頂ける由。諦めずに何でも当たってみないとわからないものです。
 その一。
 『漢詩閑話』([竹陽]中村丈夫著 1991.11関市千疋メインスタンプ刊行19cm上製299p)は、美濃漢詩人の最後の血統を継ぐ方の遺著ですが、初心者を相手に語った晩年の漢詩談話を中心にまとめられた濃いい一冊です。かつては郷々の旧家に隠棲してゐたらう、そんな漢詩人である「翁」の、その文章と回想には儒学精神を伝へる折り目正しい日本人最後の人柄を見る思ひがします。著者の御孫様より一緒に頂いた遺稿詩集『竹陽詩鈔』(1972.11私家版23.5cm和綴62丁)の解説によれば、詩人の家は天保14年、水利権の紛争に当った村瀬藤城が双方を調停する場所として泊り込んだ中立派の大庄屋であって、当時の当主が著者の祖父に当る由。なんとその時のこされた藤城の墨蹟が伝へられてゐるさうであります。それが職場の目と鼻の先だったんだから、まあ驚いた(笑)。
 ここにても御礼を申し上げます。ありがたうございました。

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000305.jpg

203やす:2006/12/14(木) 12:52:35
従軍詩歌集『南の星』
 田中克己先生の南方派遣活動の所産といふべき詩歌集『南の星』をupしました。
『田中克己詩集』には歌を割愛して収録しましたので、全貌は序・跋とともに、今回が初の御目見えです。戦争詩集の倣ひである此度の刊行斡旋は三好達治に係る由。作品は、向かった南方でも実体験となることはなかった戦争といふ題材、そして思考を停止させる気候風土が、詩風に少なからぬ影響を及ぼしてゐるやうに思ひます(詩人自身は「南方ボケ」と表現)。
 ところで杉山平一先生がこの度の新著のなかで、この大東亜戦争遂行中に書かれた所謂戦争詩について、
「詩人は校歌をたのまれて書くやうに、頼まれて戦争詩を書いたと思う。校歌に、山高く川清し、の慣用句を使う様に、慣用語で戦争を述べている。そういう仕事だから、出来はもとよりよくない。詩集に、校歌を入れないように、戦争詩を入れない。それは出来が拙いからである。そういう作品を他の作品と比較するのは、校歌に川清しと書いた人に川の汚染を書け、と責めるのは酷である。(『詩と生きるかたち』50p 編集工房ノア2006)
 と、大変わかりやすい説明を書いてをられます。しかしながら田中克己をはじめとして戦争詩の作者は、当時「出来がよくない」と思ってこれらの詩を書いてゐた訳ではないことは云ふまでもありません。はっきり云って戦争詩に価値が失はれたのは、「戦争に負けたから」に他なりません。校歌を作った学校がなくなってしまへば、校歌もまた存在価値を失ふ、さういふことであります。
そして敗戦の年になって自身が二等兵として戦線に送られ、全ての元凶である日本陸軍の体質を肌身で感じることになります。詩集を出して後、戦争末期の日本で次のやうな追悼詩を商業誌に書いてゐますが、或は保田與重郎とともに徴兵にとられる讖をなしたかもしれません。

ますらを還る昭和19年12月初出

ちちははの国は紅葉し
篠原に霰たばしる時ちかづきぬ
たよりあり、功(いさを)し立てて
つはものはそのふるさとに神とし還る──

はじめての召しにゆきしは
北支那の紅葉するくに
かへり来て紅葉を見つつ
いひしことわれは忘れず
大陸の空いや青くその紅葉さらに紅しと

ふたたびを召されてゆきし
濠北はマダン、メラウケ、アイタベか
さだかに知らず──常夏の国にありける
紅葉なく青き空には
敵機のみ日がな舞ひたり

ますらをやいさを語らず
飛機のみか弾丸(たま)も送らぬ
ふるさとに恨みも云はず
三年経しけふたよりあり
──ふるさとに神とし還る。

 最後に。この『南の星』に収められた詩篇に関しては、昭和18年2月4日消印で、東京の自宅から大阪中央放送局文芸課(佐々木英之助)宛速達の放送用原稿が管理人の手許にありますので、合せて御覧下さい。詩集収録に当って若干の異同がみられます。

204やす:2006/12/18(月) 20:17:16
「あ・ほうかい」 / 『悲歌』
 いつもお世話になってをります鯨書房さん御店主山口省三様と太郎丸の詩人藤吉秀彦氏がつくられた、なんとも人を食ったタイトルの同人誌「あ・ほうかい」1号をお送り頂きました(岐阜弁で「ああ、そうかい」の謂かと)。
 山口さんの詩は初めて読みました。言葉遣ひの緊密さに目を瞠りましたが、松田優作ばりに凶暴のより(笑)、ひらがなの詩が私は好きです。ありがたうございました。

「悲歌」       山口省三

ふらつくあし
したたらずなことば
しきりにくうをきるて
じゅうけつしため

みずわりやビールのならぶカウンターをすべるかなしみや
やさしさのかずかず
うすめるわけにはいかないあれやこれや
のみくだせないそれらすべて
カラオケのリズムにのってくるいたい
さけびやふるえ
ボリュームがんがんの
のどをふるわせしぼりだすかぎりないいくつものおもい

コップにうかべるふちどりのあるむすうのゆめやきぼう
ながすにしても
すてるにしてもおもくてもちあげられない
こおりをわるようにはわれないものがあふれているかた

そまつなつまみにもみえてくるおもいで
つりさげるにも
かぜにまきちらそうにもつかめない
はかろうにもはかりきれないきたいでいっぱいのくちびる

かきあげるかみ
なでさするほおやあご
わらいなきでくしゃくしゃのかお
たえることにすらたえているゆみなりのせなか

しやくりあげるのど
たれさがったみみ
なりひびくどうきのくろいセーターのふくらみ
うすいこころをふいごにしなつているちいさなからだ

あたたかな
ゆれているひざしをあびて
いきることを
そのままにみつめようとぶざまにあがいている
ぼくがなぞる
くものむこうに
あなたはいまどうしてる?

といふわけでもないですが、私も田中先生の『悲歌』を本日upしました。

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000307M.jpg

205やす:2006/12/18(月) 22:05:56
『五つの言葉』
 田中克己先生が編集兼発行者になってゐながら、長らく入手できずにゐた本、コギト同人松浦悦郎の遺稿集『五つの言葉』(昭和10年5月刊行)ですが、此度コピーを国立国会図書館から送って頂きました。遺稿はほとんどが音楽論で、巻末の追悼文も同人の文章はコギト追悼号(昭和8年7月14号)からの転載ですが、保田與重郎一人だけ稿をあらためて書いてゐます。流石であります。友誼に感じ入りました。

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000308.jpg

206やす:2006/12/22(金) 12:52:43
『神聖な約束』
田中克己先生の最後の詩集『神聖な約束』をupしました。クリスマスに間に合ってよかった〜♪

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207やす:2006/12/24(日) 21:29:53
Merry X`mas
皆様に素敵なクリスマスを!!

「Ein Märchen」初出誌 昭和15年8月むらさき8月号(貴公凡様より寄贈)

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000310.jpg

208やす:2006/12/27(水) 12:06:27
訂正
「Ein M醇Brchen」→「Ein Märchen」
投稿するブラウザがIEでないと特殊文字はIEで文字化けを起すやうです。

209やす:2006/12/29(金) 00:56:57
『杉山平一詩集』/『國風の守護』/『紀行・挹源詩集』
 本日は仕事納め。年末年始はどこゆく予定もなく、家に居って読書に耽られたら云ふことはありません。さて先週から今週にかけて三冊の寄贈本がございました。とりいそぎの御報告・ここにての御礼を申し上げます。

 まずは長年に亘り思潮社から刊行されてゐる新書版の叢書、現代詩文庫第2期近代詩人篇による『杉山平一詩集』。
 一瞬改訂版かと思ったら、それは1984年に出た土曜美術社版の『杉山平一詩集』でありました。当時われらが杉山先生の詩がまとまって読むことが出来る単行本が出た嬉しさとともに、思潮社版にどうして迎へられないのか、戦後現代詩の系譜優遇の方針に釈然としなかった若い日の自分が思ひ起こされました。あの土曜美術社版の新書版は実にかゆいところに手の届くやうな人選で、戦前に活躍した中堅詩人達の詩業を押さへ、詩集愛好家も随分裨益を蒙りましたが(尤も戦争詩を書いた人たちは除かれましたが)、一旦あれに収められてしまふと当時ポピュラーで権威も感じられた思潮社版の文庫で出ることは放棄、みたいな雰囲気があったのも事実です。そして時がくだり土曜美術社版から出ることのなかった大木実、小山正孝といった詩人達が一足早くこの思潮社版に収まり、このたびは杉山先生、実力でその二文庫制覇の偉業を遂げられた、といふ感じです。尤も裏表紙に印刷される一言コメントが示すやうにこの文庫、純正抒情詩人に対しては抒情の限界を前提に辛口の姿勢で接するのが伝統ですから、今後、四季・コギト・モダニズム系列の抒情詩人たちが続いていかほど収められるかとなると、需要・魅力とは関係なくまだまだ難しいかもしれません。
 さても御歳92才の先生にはお慶びとともに御体の御自愛を切にお祈り申し上げるばかりであります。

 つぎに山川京子様よりかねて予告のあった、郡上八幡の詩人山川弘至の評論集『國風の守護』復刊。
 初版本は、戦後世相のなかで顧みられること少なく、また造本も頁を思ひ切って披くことができない戦時中の稀覯本。此度のハードカバーによる復刻意義は大きく、しかも棟方志功の挿画を配した意匠の再現は、泉下の詩人もさぞ満足されることではないでせうか。今の世にこれを出す意義を、京子様による跋文もしくはどなたか当代識者による解題として付せて頂けると、市販本として初めてこの著者の本に触れる読者にはありがたかったかと、望蜀するほどに立派な一冊に仕上がってをります。

 そして最後に、これも郡上八幡の詩人の遺稿詩集。川崎市香林寺の岡本冏一様より『紀行・挹源詩集』の御寄贈にあづかりました。さきのブログで紹介した『竹陽詩鈔』同様、岐阜県図書館の郷土資料コーナーで出会った漢詩集ですが、著者は幕末郡上藩の江戸詰め藩士、岡本文造(号:高道)。かつて『濃北風雅』を刊行し文教の奨励に努めた郡上藩ですが、その後どのやうな道を辿ったのか、ゆくりなくも幕末の動乱を契機として、最後の学者が遺していったこれは志の文学であり貴重な歴史の証言です。「白虎隊」は知ってゐても地元「凌霜隊」の史実を、恥ずかしながら職場の図書館で外部からのレファレンスがあるまで私も知りませんでした。藩の思惑のままに厥起したことが独断行動と見捨てられ他ならぬ藩命によって処断される悔しさ。放免された後も後ろ指をさす郡上の地を捨てて散り散りにならざるを得なかった隊士たちの知られざる余生。直系遺族は昭和の初期にすでに行方が分らず、追善するこの本を墓前に手向けることも叶はないといふ歴史の現実にも驚き・悲しみを禁じえません。

 挹源詩集自序
古語日、江河不撰細流矣。蓋従明治戊辰仲冬、到明年己巳秋
謫居之余間、曾所渉危、踏険而経歴、猶以存於其胸臆者、詩之。
随就書。終積為編。素不撰細流之妍媸、謾挹所流出、題以挹源詩集。
不知、果成江河否。竟笑而序焉。
 明治二年九月既望、光耀山中書、竝題
    岡本高道

 古語に日く、江河は細流を撰ばずと。蓋し明治戊辰の仲冬より明年己巳の秋に到り、謫居の余間に、曽て危ふきを渉り険しきを踏みて経歴する所、猶ほ其の胸臆に存する者を以て之を詩にす。就(な)るに随って書せば終に積もりて編を為す。素より細流の妍媸を撰ぶにあらず、謾りに流出する所を挹(く)み、題するに挹源詩集を以てす。知らず、果たして江河と成るや否やを。竟(つい)に笑いて序とす。
  明治二年九月既望(十六夜)、光耀山中にて書し竝びに題す
    岡本高道


 年の瀬、映画「硫黄島からの手紙」を観て敗北を定められた者たちの心情にこのところ過敏になってゐる管理人であります。ではでは。

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000313.jpg

210やす:2007/01/04(木) 01:17:17
御挨拶
今年もひきつづき郷土漢詩の修養ならびに「田中克己文学館」の充実に力を注ぎたく。
本年もよろしくお願ひを申し上げます。【返信不要です】

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000314.jpg

211mmmk:2007/01/05(金) 20:38:54
(無題)
はじめまして!!わざわざ書き込むことではないと思われてしまうかもしれないのですが、
どうしても急いでいます。

漢詩の『也』という漢字は、助動詞ですか??書き下ろし文にするとき、平仮名にしなくてはいけませんか??

ほんとくだらないと思うのですが、急いでます。よろしくおねがいします。

212やす:2007/01/05(金) 21:22:07
(無題)
『也』は助字(の助詞)で、平仮名にするかどうかはケースバイケースではないですか。漢詩文では「や」「なり」といった普通の訓みかたのほかに 「また」と訓ませたり、置き字で読まないこともあります。この手の質問はインターネット掲示板でのいい加減な回答はあてにしないで、先生に尋ねたり、しっかり辞書ひいた方がいいですよ。

http://homepage2.nifty.com/kanbun/izanai/izanai1/04-17mondaiten3.htm

213やす:2007/01/07(日) 00:35:33
「パルナス」Vol.8
旧モダニズム防衛隊斬込隊長kikuさまより「パルナス」Vol.8 お送り頂きました。前号から実に五年ぶりの刊行の由、巻頭には故串田孫一氏の寄稿を再掲、同人誌にこれだけの作品を書き下ろして寄せられた詩人に感銘です。
ここにても御礼申上げます(早期のネット復帰をお祈りします)。ありがたうございました。

214やす:2007/01/08(月) 23:28:29
『漢詩閑話 他三篇』
 この連休、さきに掲示板で紹介いたしました中村竹陽翁の遺文集『漢詩閑話他三篇』を読み、その魅力に惹き込まれてをりました。書評コーナーにて御紹介致します。

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000319.jpg

215やす:2007/01/15(月) 22:39:18
歌集『戦後吟』
歌集『戦後吟』をupしました。
戦後吟とはいふものの、戦中吟、年少吟とともに収められた、全歌集と呼ぶべき内容であり、ことにも年少吟は素晴らしいです。和歌のわからない自分も、次のやうな歌は愛誦してゐます。

冬花(ふゆばな)のマーガレットの白ければきみに買はむとかねておもひき

ゆくさきをまじめに思へばなみだ出づゆでたまごをば食はざりにけり

ゆふぐれはやもり硝子をはひのぼりかはゆきかもよ腹うごかしゐる

埃みちわがゆきしとき匂ふ花ほかになければ葛と知りたり

わがまへにならびゐませるみはらからことごとく泣けばわれも泣きたり

さて、次回予定は戦争末期に刊行され評判を読んだ長編『李太白』、いよいよ先生から漢詩講義を受ける気持して何がなし初心に戻った気分です。

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216やす:2007/01/17(水) 17:49:00
久しぶりに古書目録速報。
本日到着ほやほや「石神井書林古書目録」71より(03-3995-7949)
今回は乾直恵ほか詩人達の昭森社森谷均あて書簡類を多数掲載。
『ペリカン嶋』渡邊修三 昭和8年 函付き染みあり。\21000(早い者勝ち。)
『百万遍』一戸謙三津輕方言詩集 昭和9年私家版孔版 \52500(眼福。)

「趣味の古書展1/26-/27目録」より(抽選1/26 03-5280-2288)
臥遊堂さん(頑張って下さい。03-6909-1359)
 No.11『花ざかりの森』昭和19年 カバー欠。並。\24000
扶桑書房さん(03-5228-3088)
 No.780『象牙海岸』竹中郁 昭和7年 函きず。\4000(函付きですよ!)
 No.781『間花集』三好達治 昭和9年 背題簽欠。\3500(復刻ではありませんよ!)
 No.788『野村英夫詩集』昭和28年 函きず。\3000(これも函付きで!)

217やす:2007/01/17(水) 23:41:23
『桃』1月号
 山川京子様より『桃』1月号(622号)をお送り頂きました。山川弘至記念館の拝観記(野田安平氏)をなつかしく拝読。そして後記につづられた京子様の回想。
 昭和19年、前線へ送られることが決まりそれが最後の面会となった折に
「お帰りになるまで東京へは帰りません。郡上でお待ちします」
 の言葉に対して詩人が放った
「よして下さい。そんなことをされたら、僕が忘れられてしまふ」
 といふ一言。その一言にこめられた滲むやうな思ひと、その一言に殉じてこられた年月の重みに今更ながらうろたへる私です。記念館落成式の際にも感じたことですが、御遺族はともかく「桃」社中の方々が詩人を慕ってこられた心情には、京子様の存在を通じて仰がれる象徴としての日本の姿があるやうに存じました。
 とりいそぎこの場におきましても御礼認めます。ありがたうございました。

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218やす:2007/01/28(日) 10:56:30
一週間のできごと
新村堂目録(よくよく新収分を見ないとね。残念。) 和洋会古書展目録では酒井正平の遺稿詩集『小さい時間』が玉睛さんから。
まつもとかずや様(元下町風俗資料館館長)より、執筆依頼分掲載の「銀河系通信」第十九号をご寄贈頂きました。地方発の辞書級(厚みです)口語俳句個人誌に驚嘆。
雑誌「暮しの手帖」第四世紀26号記事 「ヒヤシンスハウス」。

杉山平一先生奥様訃報 謹んでお悔みを申上げます。

https://img.shitaraba.net/migrate1/6426.cogito/0000325.jpg

219mmmk:2007/01/28(日) 14:46:02
(無題)
やすさん、お礼遅くなってすみません!!

学校の先生に嫌われてるので、なかなか質問できなかったので、、、

でも、ありがとうございました!!

220やす:2007/01/28(日) 16:53:56
(無題)
漢文は媚びないところが好きです。
むかしはこんなものをすらすら読むお爺さんがどこの村にも居ったのです。面白いですね。

221:2007/02/10(土) 08:19:00
教えてください
どなたか教えてください。
1、飛騨山川(岡村利平著)という古書にある赤田臥牛の「孝池水」という漢文は、どこの詩集にありますか。
2、また、同書に記載されている、書(画像)の「尾張泰胤」についてご存知のかたあれば教えてください。



222やす:2007/02/10(土) 09:32:26
とりいそぎ
はじめまして。
1、赤田臥牛について知るところは公開しました『臥牛集』の限りです。どなたか御存知の方はよろしくお願ひを申上げます。
2、画像が小さいのでよく分らないのですが「尾張泰胤」は「尾張秦鼎」の記し間違ひといふことはないですよね。

以上管理人よりはとりいそぎ。

223やす:2007/02/10(土) 11:56:20
尾張秦鼎
尾張秦鼎つまり尾張の秦鼎は『臥牛集』の序文を書いてる秦滄浪であります。
レファレンスありがたうございました。この件につきましてどなたか御存知の方はよろしくお願ひを申上げます。

224:2007/02/10(土) 12:57:15
秦滄浪について
ご指導いただいたことから、秦滄浪(尾張秦鼎)は、江戸時代中期の儒者、尾張藩校明倫堂教授(1831年没)であることが分かりました。おかげさまで大変参考になる情報が得られました。赤田臥牛と秦滄浪は深い親交があったようですね。



225やす:2007/02/10(土) 16:27:31
をはり・はた・かなへ
尾張秦鼎は、尾張の国の秦(はた)氏、名は鼎(かなへもしくはテイ)と読ませるのではないでせうか。
秦氏について詳しくは田中先生の「始皇帝の末裔」まで(笑)。

貴重な掛軸、もしできますことでしたら写真を大きく掲げて頂けましたら眼福です。

226やす:2007/02/10(土) 19:21:24
(無題)
掛軸拡大画像再掲ありがたうございました。郷土の漢詩人についてこれからも学習を続けて参ります。拙いホームページですがどうぞ長い目で見守って下さいませ。


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