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本のブログ(2013年から新規)

1korou:2012/12/31(月) 18:30:01
前の「本」スレッドが
書き込み数1000に近づいて、書き込み不可になる見込みなので
2013年から新規スレッドとします。
(前スレッドの検索が直接使えないのは痛いですが仕方ない)

50korou:2013/06/23(日) 18:47:27
出雲充「僕はミドリムシで世界を救うことに決めました」(ダイヤモンド社)を読了。

間違いなく、この1年で読んだ本でNo.1である。
なぜなら、個人的に、この2週間ほどずっと
本が読めない状態が続いていて(健康上の理由。目が疲れるため)
そんな状況のなかで、最後まで読み通せたのだから
相当なインパクト、読みやすさと言わざるを得ないのである。

起業、ベンチャー、マーケティングなどのキーワードで
この本をくくってしまうことも可能だが
それ以上のものが、この本のなかに詰まっている。
それは、単なるニッチな世界の創造的発見とか
もっと下世話な金儲けの手法の発見といった次元ではなくて
そうした既存の世界の枠組みのなかでのベンチャーにとどまらず
その起業によって、世界の不完全な部分を少しでも改善したいという情熱が
そこかしこに感じられることに依る新鮮さなのである。

誰もが共感できるコンセプトで起業し
実際に世界をより良いものにしていく・・・これこそ
次世代の起業家のロールモデルではないか。
ベンチャー自体が日本の企業文化の中では定着しているとは言えない状況で
さらにもう一歩先に進んだベンチャーが
ごく普通な形で素朴に推進されていることに
感動を覚えない人は居ないだろう。
今の日本にも、まだこんな希望と未来があるのだ。

ということで、あらゆる人にオススメしたい最高の良書。

51korou:2013/06/27(木) 17:10:23
寄藤文平「絵と言葉の一研究」(美術出版社)を読了。

これも、今年ベスト1に挙げたいほど優れた本だった。
とても重要なことを取り上げているのに
導入の文章がさりげなく始まるので
読むほうもさして構えず気楽に読み始めるのだが
読んでいくうちに
いきなり物事の核心にズバリ迫ってくる話になるので
思わず「えっ?」と驚いてしまうということの繰り返し。

読めば読むほど、その感が強くなり
全くダレることのないまま
最後の最後で情報化社会について核心を突く指摘に出会い
まさに100%ノックアウト状態である。
寄藤氏恐るべし。

読みやすさ、内容の深さが混然一体となっているユニークな良書。
またしても、あらゆる人にオススメしたい本。

52korou:2013/07/07(日) 19:20:04
太田光ほか「爆笑問題と考えるいじめという怪物」(集英社新書)を読了。

太田光という名前と、いじめ問題という普遍的な難題の組み合わせに惹かれて
読み始める。
しかし、予想に反して
太田は真正面からいじめ問題に切り込まず
一般的には些細な問題から取り上げて自分の主張を繰り返すのみである。
憲法についての集英社新書とは、そのへんが大分印象が違った。

結局、通読してみて一番感じたことは
いじめ問題については
実際にいじめに遭った人とそうでない人では
心の奥底で思っていることが微妙に異なる、ということだ。
そして、最近いじめに遭ったのか、昔いじめに遭ったのかということでも
かなりの違いが出てくる。

やはり、いじめ問題で一番気にしなければいけないのは
今いじめに遭っている人のはずだ。
そうなると、最近いじめに遭った人でないと
本当のところは分からない。
その意味で、実際に今中高生である生徒たちの発言が
この本のなかでは一番説得力があったように思う。

意見がバラバラに分かれてしまい、印象としては散漫なのだが
スラスラ読めるというのも、この種の本としては貴重である。
その意味ではオススメではある。

53korou:2013/07/14(日) 18:41:30
綾崎隼「命の後で咲いた花」(アスキー・メディアワークス)を読了。

読みやすく、話の内容もまとまっていて
仕掛けについても見え見えなのに全く緊張感を失わないという見事な構成。
セカイ系の小説として
21世紀の最初の10年を支えた市川拓司の後を継ぐ作家の誕生である。
すでに「蒼空時雨」でその才能は知っていたものの
こうしてハードカバーの小説で期待通りのモノを読んでしまうと
改めて今最も旬な作家だなあという感慨を覚える。
こうした作家の存在により
セカイ系というジャンルが
実は永久不変な、人間の真実を描ける紛れもない文学の一つであることが
証明されたと言ってよい。

市川拓司氏のような儚さと終末観を湛えつつ
この作者には、さらにもっと自然な流れとゆったりとした感情の流れが加わり
セカイ系はますます進化してきたかのようだ。
もはや何も付け足す言葉は要らない。
今最も旬な物語である。
2013年に読まれるべき物語である。

54korou:2013/07/22(月) 11:03:47
長尾達也「小論文を学ぶ」(山川出版社)をほぼ読了。

実に7,8年かけて読み終えた気がする。
7、8年前、初めて読んだときに
この著者の稚気さえ感じる壮大なたくらみに魅了された記憶は忘れがたい。
それ以来、何度もトライして
活字の小ささや、内容の難解さ、文章の生硬さにくじけ続ける日々。

今回、やっと肝心要の第二部を読了し
この著者の言わんとしていることを
なんとか把握できたようである。

しかし、肝心の小論文対策については
ここまで壮大なたくらみは必要ないだろう。
第三部の小論文の実際になると
或る意味頭でっかちの、とってつけたような文章が正解例として提示され
違和感は否めない。

この本は第二部だけが読みどころで
その実態は哲学書である(ポストモダンのそれ)
第一部の小論文入門のところは、もっと簡潔で優れた本があり
第三部の小論文実践は、あまりに抽象的で使えない。
ただし、第二部全体のトータルな哲学書としての魅力は
書名を超えて、なかなかのもので
好きな人には堪えられない内容になっているのも事実である。

55korou:2013/07/27(土) 16:13:48
木崎咲季「天上の音楽」(メディアワークス文庫)を読了。

音楽一家が離散した後
家族として再生していく過程を
まっすぐな感性の男子高校生の目を通して描く佳作。

作者が目指しているものはよく分かるし
設定も悪くない。

しかし、叙述がまどろっこしく、しばしば退屈を覚える。
同じ登場人物が定期的に繰り返し出てきて
それ以外の人物が全く現れないのも
フィクションとしての未熟さを感じてしまう。

高校生がヒマつぶしに読む読み物としては最適だと思う。
大人が貴重な時間を費やして読むべきものではないが。

56korou:2013/08/01(木) 14:28:39
山田宗樹「百年法(上・下)」(角川書店)を読了。

久々の上下2冊本の読破となった。
最初は、読みかけてすぐに設定の複雑さに嫌悪感をもよおし断念。
しかし、評価の高さに再度挑戦し、上巻を力技で読破した。
下巻を読み始めるまで諸事情により間があいたが
下巻そのものは一気読みに近かった。

人物の造形は見事である。
主要人物に関しては、ほぼ常識的な範囲内で納得できる存在感を示していて
人形のような作りものの登場人物は見当たらない。
SFで描く場合、この点は重要で
複雑な設定ではあるが、一度呑み込めば
あとは人物の存在感の確かさで読み進めることができる。

ただし、根本的な疑問が残る。
ここまで複雑な設定のSFにする必然性があったのか?
示されたエンディングが常識的なそれであるとするなら
これは普通に設定で描いても十分可能だったのではないのか、という疑問。
人物造形が確かなだけに、無理にSFでなくてもよかったように思うのだが
そうなると、今回の作品での問題提起は難しくなってくるのも事実で
このへんは高度な判断になるのかもしれない。

まあ、本屋大賞ノミネートは妥当と思わせるクオリティでした。
繊細さはないけれど力技で書き切った迫力は
好みを超えて認めざるを得ないところ。

57korou:2013/08/12(月) 09:52:03
遠藤周作「海と毒薬」(講談社文庫)を読了。

戦争末期に九大で実際に行われた米兵捕虜生体解剖事件を
著者らしい視点で取り上げた話題作として知られる。
必要があって、この時期読み始めたが
期待に反して、これは神と倫理の物語ではなかった。

もちろん、物語の底流としてそういったニュアンスは認められる。
しかし、この作品を、21世紀の今、再読した場合
そのニュアンスはかつてより大幅に後退し
むしろ、戦争に至る時代にあって青春を生きた世代が
どれほど絶望的な気分でその時代を生きていたのかということのほうが
より伝わってくる佳作として印象づけられるのである。

その絶望をもたらした時代の制約こそ
この時代の欠陥でもあっただろう。
言い方次第で、暗い時代にもなるし、いやいやそんなことはない結構いい時代だったのだよ、と
言い抜くこともできる近現代史の曖昧さ。
しかし、遠藤周作は、ごく平凡な、ちょっとだけ知的な層の人物をリアルに描いて
この時代の制約、欠陥を直感させることに成功している。
男尊女卑、権威主義、上意下達など
今の世の中では「社会悪」とされていることが
この時代では当然のように存在し
それらは当然のように弱者を苦しめた。
それらに苦しめられなかった階層の人たちにとっては
逆に、戦前は、戦後の基準のない統一性のない世相と比べて
はるかにいい時代なのだ。

58korou:2013/08/12(月) 10:04:13
そんなことを直感させるリアルな秀作でありながら
そこへ「生体解剖」の事件が挿入され
登場人物は、その異常な状況に対して三者三様の反応を見せる。
しかし、描写は、それぞれの人物の内面にまで入り込まず
むしろ、時代のなかで強者であるか弱者であるかということが最優先され
強者はますます強者になり、弱者はますます弱者になっていくのである。

もちろん、強者とて生体解剖を無条件で受け入れてはいない。
しかし、その直前の普通の手術でまさかの失敗を犯すエピソードが
ここで効いてくる。
自分の出世につながる患者を死亡させていることのほうが
強者には大きなダメージとなっているのである。
つまり、現世の皮相な面が最優先され
神と倫理の問題など、一瞬頭をよぎるだけに過ぎない。

一方、弱者は、直前の出術死にはダメージを受けないのだが
生体解剖にはショックを受ける。
ただし、それによって、弱者が何かの行動を起こすわけでもない。
代表的な弱者である”勝呂”は、予定調和的に出世コースから身を引き
普通の町医者になる。
時系列でそれを描くと、現実としてはリアルだが文学としては平凡になるので
著者は、それを最初に描くことになった。

とすれば、これは日本人が戦中・戦後にどう生きたかという
生き様の小説ということになる。
意外ではあるが、そういうことを、ここまでリアルに描いた小説で
今現在も読み続けられているものは他に数少ないので
ある意味、現代人必読の小説ということにもなる。

でも、いろいろな意味で「誤読」される可能性が高い小説でもあるので要注意。

59korou:2013/08/15(木) 10:19:58
池井戸潤「ようこそ、わが家へ」(小学館文庫)を読了。

まず出だしのエピソードに惹き込まれた。
やはり主人公が気弱な50代の小市民男性というところに
親近感ww・・・を覚えたのである。
ひょっとしてそんなこともあるかもしれない、でもその結果
こんな恐ろしい事態になってしまう、というリアルさ。
気弱で小市民でなかったら、このへんの評価は違うかも・・・

読後の印象としては
かっちり作られた、いかにも池井戸作品ということになるだろう。
とりたてて大きなテーマがあるわけでなく
こじんまりとした設定でこじんまりとした展開のまま
特に大きな欠点も見せず、しかも池井戸作品への期待というものを裏切らず
最後まで引っ張っていく筆力は誰もが認めるところだろう。
もし不満があるとすれば
池井戸作品の他の大作と比べれば、物足りない感があること。
文章に「既視感」ならぬ「既読感」があること(アマゾンでの書評から引用)。

人物描写には以前ほどの不満を感じなかった。
自分が変わったのか?池井戸さんが充実著しいのか?
まあTVドラマ「半沢直樹」のせいで、好印象なことは確かだが・・・

60korou:2013/08/16(金) 12:46:51
安田浩一「ネットと愛国」(講談社)を読了。

なかなかの問題作である。
論点は大きくいって2つあり
その政治的主張がいかに既存のそれと似ていながら実は全く非なるものであるかということ。
それから、ネットの特性の悪い点が、そのまま地続きで現実の世界に投影されているということ。
そして、その両者から現代日本の特殊な状況が浮き彫りにされ
このセンセーショナルな団体(在特会)は”あなたの隣人”でもあるのですよ、というまとめ。

在特会の活動を描いた前半は、ある意味「裸の王様」と叫んだ子どもの声のようでもあり
ここまで描かれると、団体としては取材規制せざるを得なくだろうということもよく分かる。
そして、取材規制の事実が発生した時点で、この団体が偽物であることも判明したのであるが
その部分と、既存愛国団体の差異を、もっときちんと描き分ける必要があっただろう。
やはり、既存右翼団体の歴史、現状の描写が不十分で
そこを対比可能なルポになっているのに結果として描き切れず
結局「在特会」の主張の”非連続性””思想史上の断絶”が分からないままになってしまった。

一方、ネットからの地続きのように行動するこの団体の特殊性は
実によく描写できていて
ヘイトスピーチがいかにその産物であるか、あるいは各構成員がどのようにこの運動に参加し
団体が活発になっていくようになったかが、手に取るように分かる。
そして、この部分の詳細な考察が、いかに著者がこの団体に理解を示していても
結果として、この団体への嫌悪感を煽っていくことになる。

このとおり、2つの論点については、必ずしもこの著作は成功しているとはいえない。
しかし、これだけ嫌悪感を煽っていきながらも
最終的に「これはあなたの問題でもあります。社会全体のことです」とつぶやく著者の最終判断に
否定できない何かを感じざるを得なかったのも事実である。
この点で、この本は、他の類書と違う一線を飛び越えて読者の心を揺さぶる。
しんどいけれども、読みに値する本であることは間違いない。

61korou:2013/09/10(火) 13:47:06
1ヶ月ぶりの書評。
(かつて、こんなに間隔が空いたことはなかった)

阿部真大「地方にこもる若者たち」(朝日新書)をざっと読了。

一般的な新書で、いきなり岡山県のフィールドワークが出てくるのは珍しい。
倉敷市のイオンなどに焦点を当てた若者論で”若者の現在”が語られ
それが(不思議なことに)若者の一般論として次の論に進んでいく。
次の"若者の過去”では、J-POPによる若者論がいかにもな形で語られるが
そもそもJ-POPの歌詞など、添え物に過ぎないのであって
ここまで真剣に論じられると笑止を禁じ得ない。
ムリだろ、それって感じで。

しかし、最後の”若者の未来”論は、意外なほど正攻法でまとまっている。
男女別の考察になって、さらに新しく定義された”ギャル”の存在など目新しいのだが
実際には、目新しさ以外の本来の論旨で読者を納得させる力を持った文章になっている。

若者の現在、過去に関しては、やはり古市憲寿氏の本のほうが厚みがあって面白い。
未来論だけ読むに値する本である。

読みやすいので、一応オススメ、ということで。

62korou:2013/09/15(日) 18:14:00
南場智子「不格好経営」(日本経済新聞出版社)を読了。

DeNAの創業者がDeNA起業から発展までの経緯を当事者の視点から書いた本である。
考えてみると、女性の起業でここまで大きな存在になった起業は珍しい。
それだけでも興味深いのだが
本人のサッパリとした性格とムダのない記述が
読んでいてワクワクさせる臨場感を醸し出していて
一気読みだった。

第2章「生い立ち」に出てくる強烈な父親にまず圧倒させる。
このような環境に育って、よくこれだけ自主独立の精神に満ちた女性に成長したものだと
呆れると同時に感心する。
ここでは、本人の記述とは裏腹に、学業優秀な人間の強みが印象づけられる。

しかし、全体としては、マッキンゼーの人気コンサルタントとしての経歴が
起業後には、それほど役に立たず
むしろ、周囲の人間をうまく活用した点、
修羅場を強烈なパーソナリティで乗り切った点が強調され
まだまだ人間として成長する余地のあった人だったことが分かる記述になっている。
才能と努力、そして「運」を引き寄せる力、これらがすべて備わって
DeNAという会社を切り盛りできたのだという事実。

読みやすく、かつリアルだという点で、なかなか出色の出来のビジネス本である。
惜しむらくは、最後の2つの章が、それまでのリアルさとは全く違う理屈の章になっているので
連続して配置された点で、編集の不備が感じられる。
せめて、組織論については
もっと前の章に挿入されるべきではなかったか。
また、一番最後の章、あとがきなどは完全に内容がダブっていて
スッキリとしないので
そのへんもしっかりと編集してほしいところだったが
大きなキズではないので、目をつぶって斜め読みすれば済む話だろう。

63korou:2013/09/16(月) 18:13:43
井口資仁「二塁手論」(幻冬舎新書)を読了。

意外な掘り出しモノだったというべきか。
この人は、物事の本質を探り当てて、実際にそれを体現し
そして文章でズバッとそれを指摘できる能力を持っている。
最終章の理屈が勝った文章だけはイマイチだったが
そこまでのすべての文章には
優れた哲学書のような鋭さがあり面白かった。

結局、ダイエーホークスで
優れた指導者に出会い(森脇、金森)
それを彼なりにうまく吸収して
選手としてはもちろん
人間的にも成長したのが決め手といえる。
しかし、MLBでは
この本を読む限り
本人としてはやや不完全燃焼の思いが強いようだ。
(実際には高い評価を得ていたと思うが)
結局、パドレス時代のケガが命取りになったわけで
その意味で、ケガについての記述も読みたいところだったが
それについては一言もない。
(ひょっとしたら、意外にトラウマなのかもしれないが)

全体として、優れたスポーツ本である。
現役選手が書いた本として
これほどまとまったものはあまり記憶にないほどだ。
野球好きな人には断然オススメである。

64korou:2013/09/17(火) 22:04:24
野崎まど「know」(ハヤカワJA文庫)を読了。

今まで読んだ野崎作品と同様、何が面白いのかよくわからないまま
それでも何か惹かれるものがあって途中で止めれず
最後まで読み切ることになった。
読後感は予想通りで悪くもないが絶賛もできない。

作品全体から喚起させられるイメージは
非常にシャープで隙がなく知的でいて、それでいてしつこくない。
ただし、細かい描写には伝統的でない手法が目立ち(ライトノベル風?)
それをリアルでないと感じる人も多数いるだろうから
そのへんは、扱っているテーマと文体の齟齬の大きさとして
マイナス材料にはなる。
ただし、アマゾンには、そういう文体でも構わない人が多数いるらしく
そうなると、このテーマでここまで書き切ると「凄ェなあ」ということになるだろう。

自分としては、世代的にはリアルさを阻害された感じで
でも職業的にはこれもアリと思えるわけで
なかなか微妙だ。
そのへんがしっくり来ない人は
何度も何度も読むような作家でないことは確かだ。
ホント、困ったなあ。
バッサリ切り捨てられる作家でもないし、どうしよう?

65korou:2013/09/20(金) 13:48:33
近正宏光「コメの嘘と真実」(角川SSC新書)を読了。

某商社が事業展開の中で農業を視野に入れたために
図らずもその社員という立場で
農業(米作)に正面から立ち向かわざるを得なくなった方の体験記である。
実体験を素朴に記述した奮闘記として
なかなか面白いし
農業にいきなり素人が乗り込んでいくと
どんなことになるか、というシミュレーションとしても読ませる。

ただし、あまりに素人すぎて
実際にはどうだったんだろうか、という場面でも
あっさりとした説明で終始することも多く
その点では食い足りなさも残った。
その点、最終章は、一見用語解説集の体裁を取りながら
思いのほか、自らの意見を踏まえた
米作の現状に対する意見陳述の場になっており
最後の最後で日本農業の展望が開けた感がある。

ルポとしては最高、新書らしい問題提起という面では微妙、という感じでしょう。
普段農業に関する本を読まない人には、オススメかも。

66korou:2013/09/21(土) 22:11:50
東野圭吾「祈りの幕が下りる時」(講談社)を読了。

アマゾンでの書評(今再読して、明記なしのネタバレが多いのでビックリ!)が高評価なので
期待十分で読み始めたところ
最初の20ページでもう憑りつかれたようになってしまい
一気読み必至の東野作品の中でも、これだけの一気読みさせる魅力の作品は稀有ではないかと思われるほど
作品世界の中に惹き込まれてしまった。
面白さ、内容の充実さ、エンターテインメントとして、そしてフィクションとしての巧さ、
どれを取っても、ここ数年ではナンバーワンではないかと思われる
久々の東野圭吾の傑作であることは間違いない。

でも、具体的に何がいいのか?と分析しようとしても
適当な言葉を思いつかない。
何がどうなってどうだから、いつも以上に飽かせず一気読みとなってしまった、という説明が
うまくできない。
いつもと同じではないかと言われても、全否定はできない。
しかし、どこかが、いつもと違うのである。
これが魅力薄の文章であれば、やれ動機が弱い、結局はお涙頂戴か?という批判も正当だとは思うが
(実際、そんな書評も見受けられた)それは、正統な感性ではないと思う。
読書好きであれば、この作品の”奇跡”ともいえる不思議な迫力に魅せられて
読後に頭がぼうっとするくらいの感銘を受けて当然なのである。

今年度オススメ本として、万人向けということであればダントツNo.1であること間違いなし!

67korou:2013/09/22(日) 12:48:49
円谷英明「ウルトラマンが泣いている」(講談社現代新書)を読了。

全体として面白く読めた。
著者が円谷プロの没落についてどの程度関わっている人なのか
判断できないまま読み進めたが
まずます誠実で正直な記載に思えた。

エンターテインメント業界の悪しき先例として
円谷プロの没落は歴史に残るものになりそうだが
その貴重な史料になりそうである。
円谷一族が書いた本は他にもありそうなので
それも読んでみたくなった。

気軽に読めて、ダメな企業経営の一例を知るには最適な書といえる。

68korou:2013/09/23(月) 15:21:32
マイケル・ブース「英国一家、日本を食べる」(亜紀書房)を読了。

3か月も日本に滞在して、ひたすら日本の料理を食べまくる、という企画そのものが魅力的な本。
実際、その企画が見かけ倒れにならなかったのは
著者がライターとしても食文化の理解者としても非凡な人だったということに尽きるだろう。
人生経験と世間知がほどほどあって、しかも、観察したもののの本質を突き詰める純真さも残っていて
イギリス人らしいユーモアにも欠けていない。
この企画をこの著者に任せた時点で、すでにこの本の成功は約束されたも同然だった。

たしかに、この本には「編集」という概念がない。
英語で出版された本を日本語に訳しただけの本である。
具体的な行程は示されず、ひたすら文章ばかりで写真も地図も一切ない。
いわゆるグルメ本に期待されている基本的な情報が抜けているので
「本という商品」という目で見れば、欠点は多い。
ただし、親しみやすい異文化理解本としてみれば、その欠点は指摘するにあたらない。
そういう本なのだと割り切ればいいのであって、アマゾンの書評はその点で見当違いだと思った。
そういう本だと割り切ることを前提に、十分オススメできる本である。

69korou:2013/10/04(金) 17:18:39
藻谷浩介ほか「里山資本主義」(角川oneテーマ21)を読了。

NHK広島放送局がローカル番組として制作したものを元に
藻谷さんの解説を付け加えて出版された新書である。

冒頭から印象的で新鮮かつ強烈なエピソードで心を掴まれる本である。
21世紀になってずっと、
20世紀型の社会ではいけない、もうムリではないかと
皆、制度疲労を懸念していたわけだが
ここにその回答の一つがある。
里山資本主義は、その良さと可能性について
昔からイメージだけはされていたのだが
現実の従来型資本主義が幅をきかせている社会にあって
その方向へのシフトは
なかなか難しいのではないか、と思われていたはずだ。
少なくとも先頭を切ってその論陣を張る論者は居なかったように思う。
居たとしても「変人扱い」が関の山だっただろう。

それが、リーマンショック、それに続く東日本大震災により
流れは変わり始めた。
大震災以降、出版物の傾向が変わりつつあったのだが
この本は、その流れの象徴ともいえるし、代表的著作と言っていいのではないか。

もはや限界だ、という思いを皆共有したとき
大きな流れが生まれる。
そんな流れを、コミュニティという形で具体的に示したこの著作は
話題になることによって、一層その流れを強固なものにするに違いない。

どっぷりと従来型資本主義に漬かっている自分には
もろ手を挙げてその流れに乗っていく勇気はない。
ただ、そういう流れを意識し始めている自分を否定することは、もう出来ない。
人生観、世界観、時代認識のすべてに関わる良書である。

70korou:2013/10/14(月) 22:19:10
堤和彦「NHK COOL JAPAN かっこいいニッポン再発見」(NHK出版)を読了。

NHKBSで長く放送されている番組のディレクターが
番組を通して伝えられたクールジャパンについて語った本。
必要があって読み始め
途中で停滞してくじけていたところを
また必要が生じて読み進めたという読書。

内容そのものについていえば
特に凄いとか素晴らしいとかいうことにはならないが
そもそもの着眼点が、十分21世紀の今の日本にとって最重要な確認地点であるため
どう扱っても興味深い題材になることは確かだ。
その意味では
いくらかイージーな本づくりであるようにも思われたが
番組担当者の番組紹介本という性格上
仕方ない面もあるだろう。

あとは、正しいプッシュで
このクールジャパンを強力かつ具体的な武器にしていくこと。
文化交流として正しい形を保ちつつ
産業効果としても有益なものになれば
実体として永続的な形が出来ていくだろう。
一過性のブームとして
単なる話題で終わってしまうには惜しい題材だと思うので。

71korou:2013/10/26(土) 10:22:01
東野圭吾「どちらかが彼女を殺した」(講談社文庫)を読了。

興奮できた、面白い!という知人の評価を聞いて
急きょ読み始めた一冊。
加賀恭一郎シリーズ初期の話題作である。

登場人物は実質4名で
妹の急死で他殺を疑う兄と
自殺という判断の警察署の中で唯一他殺の可能性を探る加賀刑事。
そして、その妹の友人の女性と、その女性の現在の恋人である男。
ストーリーは、兄が復讐を試みて
女性と男を追い詰め、それを別方面から加賀が察知して
復讐を止めさせようとする展開になっている。
最終的に、兄は犯人を確定しようとして、最後の最後で復讐を断念するが
結局、読者には真犯人が誰か知らされないまま、小説は終わる。

文庫版には、西上心太氏の思わせぶりな解説が袋とじでついていて
それを読むと真犯人は誰かが明確に指摘されているのだが・・・

私にはイマイチ分からず、ネットで検索して、やっと了解・・・

一晩寝て、改めて考えてみて
その真犯人では、この作品の温かみがすべて損なわれると考え直した。
「秘密」にも通じる解釈だが
作者の意図を超越した、もっと斬新な解釈により
作品の力をパーフェクトにすることも可能だ。
以下それをネタバレ解釈として書いてみよう。

72korou:2013/10/26(土) 10:34:24
作者の意図としては
簡単に付き合う女性を乗り換えた男性を真犯人として殺人罪に問い
ある意味共犯的存在となった女性も殺人未遂に問うような結末でOKとしたのだろうと思う。
そして、女性は、殺人を全く実行しなかったにも等しいので、公訴を免れ
男性は、一度断念した殺人を再度実行したのであるから
情状酌量を与えにくいわけで、長期懲役となってしまう。

しかし、殺された女性の手紙のくだりは、かなり真実味があって
むしろ、そこで殺人を断念するという流れのほうが自然である。
もともと殺人を犯すには、動機が弱すぎるのが、この作品の欠陥でもあるから。

となると、話は元に戻って、結局、この死んだ女性は自殺だったと解釈するのが
一番スムーズである。
加賀が「復讐するな」と絶叫するのも、これならうなずける。
すべての状況証拠が、この2人のどちらかの殺人を示唆しながら
結局、兄は復讐することをためらうだろう、でもこの2人を寸前まで苦しめるくらいのことはしてくれるだろう
(そして、予想外にも復讐を実行したとしても、それはそれで構わない・・・)という妹の思い。
あえて右利きのように薬包を切って(さらにドアチェーンを意図してせずに!)
兄にミスリードを与えた妹。
普通なら、そこまで考え抜くことは難しいが
この場合、自殺寸前のお膳立ては、男性がほとんど行っているので
目が覚めたとき、自分に行われた行為を知って
発作的に自殺を図った、そして兄の復讐もどきを確信していた、と解釈するのが
最も後味が良いストーリーだと思われる。

73korou:2013/10/26(土) 10:50:05
加賀は最後に兄に言う。
「ドアチェーンについて本当のことを話していただけますね」
これを読むと、ほとんどの読者は「ドアチェーンがかかっていなかった」と話すのだろうと思ってしまう。
しかし、この時点で、この2人は”どちらも彼女を殺すのは不自然”と分かっていたのだった。
だから「ドアチェーンは間違いなくかかっていました」と嘘の証言をさせて
逆に、警察を自殺説で確定させてくださいという加賀の確認だったのである。
兄へ復讐を頼んだ妹の思い、作為は、真実ではあるが、かえって警察を混乱させるだけで
真実が、もう一つの真実を遠ざけるという皮肉な結果しか生まない。
そして、兄は最後にこう言う。
「どちらかが彼女を殺した、それさえ分かっていれば十分だったのかもしれない」
兄は、妹の意図をすべて汲み取り、涙をこっそりと流した。
そう解釈すれば、いかにも東野作品らしい結末になる。

「秘密」の最後に、魂の移転が完全ではないのか、という疑念を主人公に思わせるシーンがあり
そこから、一気に作品全体の仕掛けを変貌させてしまう凄さを見せた東野作品である。
作者がそこまで意図しているのか、意図していないのにそうなってしまうのかが不明な点が
なんともいえないが
この「どちらかが彼女を殺した」も
そういう不思議なイメージに満ちた
世の中にあまり存在しないタイプの稀な小説である。
こういうものを読んで、こういう風に考えることができるかどうかは
読書という行為の最大の功徳の一つかもしれない。

実に面白い読書体験だった(もっとも、万人にこの面白さを共感してもらうわけにはいかないので
ひとり静かに興奮するしかないのも事実である)

74korou:2013/11/01(金) 08:16:24
大井玄「『痴呆老人』は何を見ているか」(新潮新書)を読了。

これも知人のススメにより読書開始。
しかし、興味深い内容とは思いつつ、スラスラとはいかず(これは本の内容のせいというより、自分の生活習慣のせい)
読破に1ヶ月近く要した。
最後のほうはもう止めようかとも思ったが
残りわずかのページ数でもあったので読破再開。
そして、その最後のほうの章が良かった。
それまで比較的ダラダラと、まとまりのない文章のように思われたが
ここにきて、やっとまとまった文章があって
この方の思考、哲学のエッセンスが窺える内容となっていた。

人は「つながり」の中で生きている。
認知になる老人は、「つながり」を認知し辛くなり、不安になり、生活が乱れる。
老人に限らず、「つながり」を重視しない傾向に急変した現代において
「個の確立」を要求する趨勢にも関わらず
その確立方法をほとんど教えられないまま
生き抜くことを強要された場合
「ひきこもり」が増え、社会現象となるのは当然と、著者は述べる。
閉鎖系社会としての日本と、開放系社会の欧米を比較し
社会の在り方の両極を提示した後
しかし地球というものは有限なのだから、と閉鎖系社会の生活様式も
見直すべきではないかと提言する。
まさに、高齢化社会に限らず、もっと普遍的に主張されるべき意見ではないだろうかと思われた。
隠れた名著である(やや言い回しが大仰で、難解に思えるきらいはあるが)

75korou:2013/12/01(日) 22:21:38
四家秀治「発掘!西本・阪急ブレーブス最強伝説」(言視舎)を読了。

MBさんのつぶやきに反応して
ついつい西本幸雄氏について
「過小評価されすぎ」とコメントしてしまったので
図書館でこういう書名の本を見つけてしまうと
借りるしかない、というハメとなった。

もっとも、期待に反して
この本は、いわば西本さんヨイショ本だった。
スペンサーと組んで頭脳野球にまで発展させた”もう一人の”西本さんは
どこにも登場しなかった。
選手を感激させ、究極まで練習で磨きをかけさせる”闘将”という
世間に流布しているイメージの再確認ばかりだった。
しかも、一次資料の寄せ集めだけで
「発掘」と書名に銘打ったわりには
どこにも出かけず、出会わず、書斎のなかで合成された「加工品」でしかない。

とはいうものの、これはこれで貴重な資料なのだから
日本プロ野球関係の文献が、これまで、いかに貧弱であったかが分かる。
昭和40年代の日本シリーズについて
これほど仔細に再現された本はかつてなかった。
この種の”仔細再現本”は、このところ単発的に数冊出始めているので
図書館のような施設がそれらを洩らさず揃えることによって
やっと大和球士さんの仕事の続きが読めることになった。
ということで、その種のドキュメントとしては十分使える本ではある。

76korou:2013/12/02(月) 21:18:47
東野圭吾「疾風ロンド」(実業之日本社文庫)を一気に読了。

「白銀ジャック」に続く、いきなり文庫で書き下ろしシリーズ第2弾。
前作に登場したパトロール隊員が引き続き登場し
内容からも今後のシリーズ化が期待できる流れになった。
で、出来栄えはというと、前作以上にスリリングな展開で
それでいてB級な雰囲気も十分という
まあこれ以上通俗的に面白いものも珍しいのではないかという感じ。
万人にオススメできる小説という意味では今年一番ではないかと思った。
直前の加賀恭一郎作品は、やはり加賀モノをいくらか読んでおいたほうがいいわけで
その意味で、これは誰にでもオススメできる作品である。

凄いと思うのは
読んでいるこちらは全然スキー用語に詳しくないのに
これだけ専門っぽい用語を駆使して、全然見当違いにならないという点。
そして、これは相変わらずだが
ジェットコースターノベルにしておきながら
ムダな描写がほとんどないという点。
この緻密さは、前作あたりから、以前の調子に戻ってきた感もある。

まだまだ進化していく東野圭吾。
恐るべし。

77korou:2013/12/05(木) 22:34:16
一日に何十冊もチェックするという仕事は過酷だ。
一読、面白くなっても
時間の制約のなかで判断を下すことが優先されるので
好奇心を強制終了させることが何度も続く。
その状態で、新しい、ひょっとして
興味をそそらないかもしれない次の本に向かうのは
なかなか苦痛である。

自宅では、そういう作業から解放されてじっくり読もうと思っていたのだが
ここのところ、そうもいかなくなってきている。
多少葛藤もあったが、もう自宅でも割り切るしかない。

ということで
河野裕「つれづれ北野坂探偵舎」(角川文庫)を途中で断念。
文体というか細かい表現がユニークで面白いのだが
何せ話が細かいし、スケール感が全然ないので、これ以上読み進められない。

入江昭「歴史を学ぶということ」(講談社現代新書)も
前半の自伝部分が「私の履歴書」のようで面白いのだが
後半の歴史哲学の部分を読み切る自信がないので断念。

こうして、ちょっとずつ切っていかないと、なかなか前進できない。

78korou:2013/12/07(土) 21:54:09
谷口忠大「ビブリオバトル」(文春新書)を読了。

最後の章になる「エピローグ」は途中で放棄した(これを全部事細かく読む必要はないと判断)
その前編となる「プロローグ」も、最初は飛ばしていたが
後で読み返してみると、ここはそれなりに意義のある章なので、ここを外すと”読了”にはならないだろうけど。

ビブリオバトルというのは
なかなか実現しにくいイベントだと思っていたのだが
企画側の予想と、イベントに参加する側の”空気”が一緒とは限らない。
先週から今週にかけての出来事は、それを実感させてくれた。
仕事の関係で、そういうイベントに関係し、実際に参加し
そして、この本を読んでみると
全く何もそんな体験なしに読むのとでは、全然違ってくる。

こういう「引き出し」を持っておくのも有効かもしれない。
その程度には認識は変わってきた。
いざ参加してみれば、それほど敷居は高くない。
となると、この本に書いてあったことが地となり肉となるわけで
たしかに、それはそれで非常に効果的なイベントとなりうる。

というわけで、実体験と同時進行という
自分としては珍しい読書体験となった。
誰にでもオススメできるわけではないのだが。

79korou:2013/12/08(日) 10:34:02
江守賢治「字と書の歴史」(日本習字普及協会)を読了。

普通なら、このテの本には手を出さないのだが
偶然手にした結果、叙述の独特さに惹かれて読み進めることになった。
1967年初版でその後改訂もされていないので
まさに昭和真っ只中の時代の文章が、そのまま読めるわけである。
今と違って、著者の心意気もまっすぐなものが感じられ
その世界の第一人者らしい周囲への気遣いといった紳士ぶりも
読んでいて十分に感じられる。
権威が権威であった時代、こういう柔らかい人柄の場合は
こういう温かく親切で優しい文章になっていく。
これは、かつて昭和40年前後の文化人の書いた文章(県総合文セの大熊氏、石村氏、竹内氏など)を読んでいて
感じていたことだった。
懐かしい感覚だった。

もちろん、書道史の入門編として、簡潔に良くまとまった著作である。
その後、類書の発行がない以上、現在でもこの本が定番ということになるのだろう。
書道史に関心のある人には必読の入門書だと思った。

80korou:2013/12/14(土) 14:04:28
「Number WBC戦記 日本野球、連覇への軌跡」(文春文庫)を読了。

2006年と2009年に開催されたWBCについて
日本代表チームの戦いぶりを記録した本である。
おもに第2ラウンドの試合経過と、主力選手への取材記事で構成されており
ライターの人選、構成の手法など、随所にNumberそのものの「体臭」を感じる出来になっている。

今にして思えば、こういう国際大会に通用するタイプは?という問いに対して
ヒント満載という感があるが
おそらく、これらの記事がNumberに掲載されていたその時には
それほど意識されず、なんとなくこんな感じかな、こんな感じで今回は活躍できた選手とそうでない選手とが
できてしまったのかな、という程度の感覚だったに違いない。

「指が長いこと」「手そのものが大きいこと」「ボールの滑りの感覚に速く順応できること」
「下半身で粘るフォームではなく、飛びはねるようなフォームであること(マウンドの硬さと関係)」
などが随所に条件として書かれており
ダルビッシュ、松坂、藤川といったあたりがその条件にあてはまらず
岩隈、涌井、田中などがその条件にあてはまる、という記述がある。
まさにMLBで苦労しているか、そうでないかが一目瞭然だ。
で、未来形にはなるが
マー君はその意味で期待できそうだ、ということが予想できるのが嬉しいところ。

まあ、普通のスポーツ本で可もなし不可もなし。
記録がまあまあきちんと揃っているので、そこは評価できる。

81korou:2013/12/16(月) 16:07:33
「青春の上方落語」(NHK出版新書)を読了。

見計らい本をそのまま読破・・・仕事中にスマソ。
鶴瓶、南光、文珍、ざこば、福団治、仁鶴といった面々が
内弟子時代などの修業の頃を回想した本。
福団治は読まなかったが(あと文珍の理屈っぽい文章も途中でキャンセルしたが)
他はかなり面白く読めた。
どの人の文章にも、小米時代の枝雀の話が入ってるのが興味深い。
それと、この人たちの師匠クラスとなれば
米朝。松鶴(六代目)が必ず登場するのも当然といえば当然だが
こうして、その後の世代の記憶にくっきりと刻まれていることは
上方落語中興の祖と言われた落語の歴史を証明するゆえんでもあろう。

マニアには面白く読める好著で
マニア以外にも意外と入門書として使えそうな本のように思える(人気者が勢ぞろいなので)

82korou:2013/12/27(金) 21:59:08
読破記録ではないが、貴重なリストなので、このスレッドへ。
http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/wfootball/2013/12/27/post_480/index.php
【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】歴代スポーツ本ベスト10(3)

・C・L・R・ジェイムズ『ビヨンド・ア・バウンダリー(壁の向こう側)』(1963年)
・ジョージ・プリンプトン『ペーパー・ライオン』(1965年)
・フレデリック・エクスリー『あるファンの遺書』(1968年)
・イーモン・ダンフィー『オンリー・ア・ゲーム?』(1976年)
・ゴードン・フォーブズ『ア・ハンドフル・オブ・サマー(ひと握りの夏)』(1978年)
・ピート・デイビス『燃えつきるまで』(1990年、邦訳・図書出版社)
・ニック・ホーンビィ『フィーバー・ピッチ』(1992年、邦訳『ぼくのプレミア・ライフ』新潮文庫)
・デイビッド・ウィナー『オレンジの呪縛』(2000年、邦訳・講談社)
・マイケル・ルイス『マネー・ボール』(2003年、邦訳・ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
・ジョン・カーリン『インビクタス?負けざる者たち』(2008年、邦訳・NHK出版)

83korou:2013/12/29(日) 10:19:36
小谷野敦「日本の有名一族」(幻冬舎新書)を読了。

かなり前に購入済みの本で、時々必要なところだけつまみ食いしていた本だが
今回、トイレ読書として通読したところ、無事読了となった次第。

政治家・実業家の類には、それほどの興味がなさげでいて
結構広範囲にフォローしているのだが
やはり、この手の本として異色なのは
作家など文学者たちの華麗なる(?)家族模様について
詳しく述べてある点だろう。
もともと閨閥などとは無縁な世界とはいえ
なかには、家族関係がその作品世界に大きく影を落としている作家もいる。
そういう作家の場合、こういう一族模様を示す家系図は
作品理解のために必須のものとなる。

さらに、歌舞伎関係の家系図がコンパクトにまとめられているのも重宝する。
最後のほうの芸能関係に至っては、無理矢理な感じもしないでもないが
まあ、これはこれで知識の整理にもなる。

というわけで、小谷野先生の趣味につきあえる人にとっては
なかなか面白い本と言えるし
自分のような家系図マニアにとってもなかなか「使える本」になっている。
それ以外の方には、まあ雑学本としての価値だけになるだろうけど。

84korou:2013/12/29(日) 10:27:55
三谷幸喜・松野大介「三谷幸喜 創作を語る」(講談社)を読了。

三谷幸喜が珍しく自らの芸術観を語った本である。
饒舌多才な三谷氏ではあるが、同時に非常にシャイで
他人には疑心暗鬼な人もあるので
こうした本はなかなか出さないだろうと思っていた。
ここでは松野大介という格好の引き出し役が
そうした三谷の「羞恥心」をうまくとりはらって
多くの言葉を引き出しているが
同時に、それでもどうにもならない三谷幸喜の「性(さが)」も感じられ
まさに究極の「三谷本」となっているのである。

200ページあたりからの会話は、この本ならではの展開で他ではなかなか読めない。
靴を履いていないとファンタジーにならない、という意味ありげで、ある意味、意味不明な言葉。
深津絵里に「ジュースをストローで飲んでください」と指示したとき
こちら(三谷)の意図通り、手を添えずに飲むところに
そのシーンの意味がちゃんと理解されている、という共通理解のくだり、とか。

三谷幸喜という、独自のあり方でメジャーな存在になった人が
それなりに苦しみ、それなりに解決していった過程が如実に分かる本である。
ただし、本人としては言及しようもないが、この人は天才でもあるので
そのあたりの部分は、読みながら推察していくほかない。
あくまでも、三谷幸喜という人を、ある程度好きでないと
すべてがつながらないといった類の本でもあるようだ。

三谷ファンである自分には、いろいろとタメになった本。

85korou:2014/01/03(金) 16:16:44
黒田博樹「クオリティピッチング」(KKベストセラーズ)を読了。

ぱっと見で良さげな本であることは一目瞭然。
読み始めて、若干わかりにくい表現、込み入った説明、若干の誤植に悩まされもしたが
まずまず第一印象のまま読み終えた。
およそスポーツに関する本で、これほど「技術」と「メンタルなもの」を関連づけて
説明し得た本は、他にはないと断言しても良いのではないか。

説明は具体的で複雑で繊細で、執拗ですらある。が、しかし
一貫しているのは、「自分を追い込まないこと」「相手より優位にたつこと」
「試合の前には”一期一会”の気持ちになりきること」「試合中は、自分の状態を知って、そのなかでベストを探ること」
ということに尽きる。
それは、才能というものに溺れない、でも才能ある人たちを相手にした厳しい立場の人に
共通の人生訓、世界観、勝負勘だろう。

しかも、この本にはスマホ用の仕掛けすらある。
至れり尽くせりだ。
昨年末から読んでいたが、まず今年最初読破の本がこれであることは
十分意義がある。
「一期一会」「メンタルならコントロールできる」「体のケアがメンタルのため」「自分を追い込まない、選択肢の多い自分」
このようなことを今年最初のスタートの心構えにしていたい。
黒田博樹に感謝。

86korou:2014/01/04(土) 20:34:32
NHKスペシャル取材班編著「インドの衝撃」(文春文庫)を読了。

かねがねインドについて、まとまった知識を得たいと思っていたので
格好の読書となった(およそ1カ月余りの長期読書だが)
書かれたのが、放送のあった直後の2007年頃で
おもに米印接近の動きのあった2006年当時の政治の動き、そして
新都心ともいうべき都会が形成されつつあった当時のインド経済の動きが
事細かく、かつ具体的に取材されている。
その後の6年あまりの動向も気になるが
随所にネール以降の現代インド史についても記述されているので
まとまったインド現代史として、最新の事実抜きではあるが
十分2014年の今でも読むに耐える内容となっている。

ただし、インドの外交官シンの功績を手放しで賞賛しているのはどうかと思う。
その国の尊厳を大切にするのも外交ではあるが
一方的に国際的にタブーとされていることを敢行し
その後で国の尊厳を主張するのは明らかにおかしい。
ヘルムズ議員の変心も納得できない。
これはどうみてもインド外交の失態であり、それを認めてしまったアメリカ外交の大失態だろうと思う。

その反面、経済の面で見れば、日本の出遅れは著しい。
ここでも韓国企業に大きく遅れをとっている。
何だろう、この差は。
日本の政財界の人たちは、こういうことをもっと真剣に考えないといけない。
今のリーダーたちは甘すぎると思う。
そんなことを痛切に感じさせる現代史の好著だった。

87korou:2014/01/05(日) 18:27:46
烏賀陽弘道「ヒロシマからフクシマへ 原発をめぐる不思議な旅」(ビジネス社)を読了。

題名から連想されるストーリーを期待して読み始める。
どうしても原因究明型のドキュメントになりがちな原発モノだが
この著作は、武田徹氏のそれと似ていて、淡々と歴史的な由来を探るだけなので
読んでいて圧迫感はそれほど感じない。
また、新しい史実を発掘するということではなく
歴史的な実験、検証が行われた現場を訪ねて、関係者にインタビューするという形式に徹しているため
その「淡々さ」は尋常でなく、この本も読書に1カ月近くを要した。
決して面白くないわけではなく、絶対に読破できると確信しつつ
でも急がなくても大丈夫という妙な安心感により、それだけのダラダラとした時間となったわけだ。

読了して、痛切に感じるのは、日米での民主主義の熟度の差だろう。
情報公開という面で、それは如実に示されるが
こと原発のようなセンシティブなものを扱う際に
その「熟度の差」が影響する面は大きい。

また、そういうこととは全く別に
ヒロシマ・ナガサキを取り上げるときには
どうしても加害者と被害者という立場の違いが出てしまうのが日米取材の常だが
この著作の中では、加害者としての米国人としての立場をナチュラルに出しつつ
取材者が日本人であることにも思いを馳せ、沈思熟考する知性も持ち合わせている人物も
米国には存在することを知ることができ、読んでいて思わす感涙してしまった。
判り合えないことはない、と確信できる感動的な叙述である。

地味すぎてオススメしにくいのだが
オススメできそうな人にはぜひ読んでほしい好著である。

88korou:2014/01/14(火) 22:04:36
長岡弘樹「教場」(小学館)を読了。

出だしの感触は悪くない。
しかし、読み始めると、伏線の張り方、人物の出し入れが
自分の感性とまったく合わないことを再認識する。
以前「傍聞き」を読んだ時もそうだったことを思い出す。
ただ、他にこれと言って読むものが見当たらず
複数の知人が読んでいることだけを励みに読み続ける。

好みの問題を度外視すれば、まあ読める小説なのかもしれない。
未熟な人間描写とか、皮相な文体とは次元が違うことくらいは分かる。
ただ、これといって感情移入できる人物が見当たらず
面白い、という感覚とは程遠いまま読み終わった。
これといった感動もない。
よく出来た小説、ただそれだけ。

89korou:2014/01/18(土) 18:13:08
秋元康×田原総一朗「AKB48の戦略!秋元康の仕事術」(アスコム)を読了。

市立図書館へ仕事で行った際、新刊コーナーで見つけて「衝動借り」した一冊。
大体、予想通りの内容で予想通りの印象を受けた。
ただ、随所に秋元康の「官僚臭さ」を再認識させる発言を見出し
正月特番で久米宏相手に歌謡曲へのウンチクを語っていた光景でひらめいた彼の真の正体に
確信をもつ読書となったのは収穫。

あと前田敦子、高橋みなみ、大島優子の3人へのコメントは的確で
さらに高橋みなみと田原総一朗との対談も興味深いものがあった。
AKB好きにはあまり意味のない本ともいえるが(こうした分析こそがファンのスタンスと最も遠い地点だから)
そうでもない人で、しかも現代のトレンドについて分析することが習慣になっている人には
これほど格好の本はない。
そして、そういう習慣を持っている自分としては、かなり満足度の高い読書となったのは当然。

90korou:2014/01/26(日) 21:22:00
高野和明「6時間後にきみは死ぬ」(講談社)を読了。

知人が「良かった」というので、ついつい読んでみる。
連作短編となっていて
最初の短編である表題作に主人公が登場し、その後の短編でも要所要所に登場してくる。
最初の短編の出来栄えがかなり良くなくて、山田悠介の作品のように、ご都合主義の作風になっているのが致命傷である。
そんなに都合よく事が運ぶか!とツッコミどころ満載で、さすがに読む気が失せるのだが
2作目、3作目が佳品という評価も入手したので
我慢して2作目以降に突入すると、これが噂通りの佳品だったので驚かされた。
2作目から4作目まで、実によくできていて、1作目のわざとらしさは一体何だったのかと思えるくらい
どの作品も自然にドラマティックな仕掛けが施されているのには感心し、感動もした。
ところが、最後の作品「3時間後にぼくは死ぬ」で、再び、予定調和の終わり方になってしまい
さすがに作者の未熟さがミエミエになってしまうのには、再度驚いてしまう。
同じ予定調和でも、1作目・5作目と、2作目〜4作目のこの出来の違いは何なのか?
不思議な連作短編である。

出来の良い3作は、リアル世界のなかへのファンタジーの溶け具合が絶妙で
小説ならではの感動を生み出している。
出来の悪い2作は、ファンタジーを溶け込ませるポイントがあまりにもミエミエで
結局、作者に都合よく作品世界が収まっている印象が残ってしまう。
全体として予定調和な作風なので、ダメな人にはダメなのだが
出来の良い3作品については、分かる人には分かる素晴らしい世界を展開できているので
他の2作がいかにひどくても、全体として捨て難い作品になっている。

なかなか難しいところだが
読みやすさも加味すれば、オススメ小説と言えるのではないかと思われる。

91korou:2014/01/26(日) 21:31:30
高野和明「K・Nの悲劇」(講談社)を読了。

前作をオススメしてくれた知人が「この本のほうがもっといい」と言ったので
引き続き高野作品を読み続けることになった。
これは長編である。

話の切り出しからどこへ向かっていくのか、いろいろな選択肢が考えられるテーマで始まったが
一番難しい形で展開されていったので「おおっ!」と思い、ついつい熱中して読んでしまった。
もう少しでトンデモ小説になるところでギリギリで踏みとどまるあたりが読みどころで
話自体は結構ヘビーな内容なのに、意外とすいすい読ませるあたりが
映像畑出身の作家らしい巧さを感じさせた。
結局は、男女の愛のエゴを描くために、妊娠・中絶といったシーンを多用した感があり
そのあたりを読み違えると、何か作りモノのフィクションという読後感を得てしまうことになるのだが
そこをきちんと読み進めると、極上のエンターテインメントとなる。
前作で、作者は2006年あたりで描写の巧さを獲得していったように思っていたのだが
この作品の頃でも(2003年)、十分上手く描かれているので、そのへんは勘違いだったようだ。

憑依とか霊感とか、スピリチュアルな内容を含む上に
妊娠・中絶といった重いテーマが前面に出てくるので
読者を選ぶ小説かもしれない。
高野和明ファンなら全然問題なくスラスラ読めるのではないかと思うし
全体に読みやすい作風なので、なんでもOKの人には断然オススメの極上のエンタ小説である。

92korou:2014/01/30(木) 16:49:05
森山たつを「セカ就!世界で就職するという選択肢」(朝日出版社)を読了。

12月頃から読み始め、読了まで2カ月かかったのだが
この本の事情というより、他の事情で読了に時間がかかっただけの話で
本そのものは非常に読みやすかった。
あまりにスラスラと抵抗感なく読めるので
ついつい「いつでも読めるし、短い章の集まりだし」という安心感で
時間をかけてしまったという次第。

内容は、著者が実際に”セカ就」の体験者から聞いたことなどをもとにして
内容を少しだけアレンジしてフィクション仕立てにした
就職モノ小説ということになる。
実際の体験談がベースだけに、話の展開にリアリティがあり
日本の地方都市で地味に仕事をしている自分などは
読んでいて非常にタメになることばかりだった。
小説仕立てであり小説そのものとは言い難いが
こうして”セカ就”のポイントに絞ってフィクションにしてもらうと
タメにはなるし、ある意味リアルさも増してくる。
この仕掛けは十分功を奏したのではないだろうか。

というわけで、将来のある人に対しては断然オススメ。
将来のない人(自分?笑)にとっても決してムダにはならない本だと思われる。

93korou:2014/02/01(土) 13:50:54
太田愛「幻夏」(角川書店)を読了。

導入部から意味深げで惹き込まれるものがあった。
と同時に、場面の切り替えが突飛で少々不満もあったのだが
次第に、そんな些細なことなど忘れてしまう濃厚な描写に圧倒されるようになり
最後の100ページほどは職場で一気読みとなった。
最終シーンも印象的でこの上なく巧く
読後には何ともいえぬ余韻が残った。
これほどの読後感は最近記憶にない。
間違いなく、この1年で読んだ小説の中でナンバーワンの感銘度だし
ひょっとして、この充実感を伴う満足度の高さは
京極夏彦「魍魎の匣」以来、20年ぶりなのではないのか、とも思われた。

アマゾンの書評も皆さん見事の限り。
全体の筋の流れに推進力がある上に、さらに細部の話それぞれに厚みがある、という指摘。
そして、それこそ小説を読む醍醐味なのだというコメントには激しく同意する。
面白い小説は数多く存在するが
最近は全体を貫く筋の迫力、迫真さに負うものばかりだったと言える。
東野圭吾に代表されるそういった力作、名作も、もちろんそれはそれで値打ちのあるストーリーテラーなのだが
本当の意味では、こういう「幻夏」のような細部にも十分生命が宿っている物語こそ
真の偉大な小説の名に値するのだと思う。

いまだに最後のシーンの余韻から抜けない。
本当に得難い読書体験だった。
オススメもなにも、これを読まずして、そして感銘を受けずして
読書が趣味なんてことはあり得ない。

94korou:2014/02/02(日) 22:20:54
宇根夏樹「MLB人類学」(彩流社)を読了。

MLB関係の面白い新刊が出なくなって2,3年経つ。
最後に読んだ面白いMLB本は、ジョー・トーレの自伝だった。
今回はそれ以来初の
まあまあ感心できたレベルの本だったので、少し嬉しい気がする。

この本の美点というか特徴は
ある程度MLBに詳しい人のために
さらにトリヴィアな雑学を提供している点にある。
ビル・リーの人柄とか、アンダーセンのような投手のトリヴィアを
これほど詳しく書いてある本は他にない。
今の日本では、こんな感じの類書は他にないというのが
最大のウリになる。

逆に言えば、イチローも出ず、ダルビッシュも出ず、松井秀喜も出てこないMLB本である。
他人事ながら、こんな本が出版として成り立つのだろうかと
いらぬ心配も浮かぶ。
著者も無名で、企画は世間のニーズ外。
本来ならネットでわずかな購読料をとって提供されるべきトリヴィア本なのだろうと思う。

勇気ある出版社に感謝しつつ
この本のそもそもの構成である「名言集」というスタイルが
どうしてもしっくり来ず
イマイチ、オススメしにくい本であることも事実。
自分としては面白く読めたのも事実であるが・・

95korou:2014/02/04(火) 14:00:00
いとうせいこう「想像ラジオ」(河出書房新社)を80ページほど読んだ時点で断念。

話がふくらまないので想像力がかき立てられない。
人の想像力がテーマで、題材が東日本大震災、広くは日本の戦後の話になっているのだが
片方の翼(想像力)を信じることができない。
話がふくらまないので読書意欲がかき立てられない。
他に面白い本を多く見つけているので、そちらにチェンジ。

96korou:2014/02/05(水) 08:43:36
三秋縋「三日間の幸福」(メディアワークス文庫)を読了。

何気なしに読み始めたら、すらすらと読めるので
「想像ラジオ」で狂い始めた読書勘を取り戻すために一気に読了することに。

読んでいる途中でしばしば、テキトーな描写が混ざるので
やや山田悠介を連想させる(悪い意味での)お手軽感も入ってくるが
それでも山田悠介とかおフザケ満載のライトノベルとかとは違うという印象もしっかり刻まれ
くじけずに読むことができた。
この微妙な違いこそ、メディアワークス文庫を仕事の核としてきた
ここ1、2年の自分の仕事の最重要な意味づけなのである。
それを再確認できただけでも、この読書は個人的に大きな価値があった。

そして、終盤に来て意外なほどリアルさを増してくるワクワク感。
そこまでのファンタジーっぽい恋愛が
一気にリアルな恋愛に昇華するのを体感した。
素晴らしい!ブラボー!!
思わぬ収穫だった。
「幻夏」を除けばベストワンの感覚すらある。
気に入ったので、この作者のもう一つの作品を続けて読むことにしよう。

97korou:2014/02/09(日) 16:31:14
田村大五「昭和の魔術師 宿敵 三原脩・水原茂の知謀と謀略」(ベースボール・マガジン社新書)を読了。

さんざん読んできた水原・三原のライバル劇を
また読んでしまった。
著者が田村さんということで、思わず県立図書館で手に取ってしまったのだが
やはりこんな小冊子(新書のボリューム)では
その思い、記憶、取材内容のすべてを書き込むことは不可能であり
随所に他の追随を許さない独自の内容をチラつかせつつ
結局、消化不良になってしまった感のある惜しい著作である。
田村さんは、この本の発行日の8日後に亡くなられた。
この本のなかで再三記された「また別の機会で詳しく書く予定」とされた数多くの構想は
すべて叶わぬ夢となってしまった。

言うなれば、この著作は
あの古き良きプロ野球の時代を愛した田村大五という人の
「白鳥の歌」なのかもしれない。
そうでないと惜しすぎる。
もう、これだけ詳しく当事者自身の証言を直接聞いている野球関係者は存在しないのだから。
比較的メジャーな場面ばかりで関係者自身の証言も豊富とはいえ
第三者として聞き書きできた田村さんの立場は貴重だった。
この著作でも、三原・水原の人間性は十分に描写し切れているように感じた。

古き良き時代の日本プロ野球と
田村大五氏の人間性を愛せる人ならば
そこで語られているエピソードが既知のものであっても
十分楽しめる本であることは間違いない(まあ、そうでないと全く楽しめない本でもあるが・・・)

98korou:2014/02/12(水) 14:58:14
彩瀬まる「骨を彩る」(幻冬舎)を読了。

雰囲気の良い出だしにつられて、またそこそこ評価が高いということもあって
読み始めた小説。
連作短編で、中の登場人物が少しずつ重なっているという
最近よく見かける形態の作品だった。
評判通り、描写力は十分で、性描写対象の文学賞を受賞しているという偏りもない。
普通に人間が描けている。

あまりに普通の世界を精緻に描いているので
読み続けていると息苦しくなってくるのも事実。
しかし、感触がリアルなので、そう簡単に読むのを止めることは考えられず
読んでいる分には何の不満もない見事な文章力に感嘆しっ放しでもあった。

中脇初枝さんの描く世界にも似ているが、もっと普通っぽく普遍的な世界が展開できている。
沼田まほかるさんの描く世界にも似ているが、あそこまでゾクゾクっとする怖い世界でもない。
普通に怖く、普通に泣ける、意外と万人向けともいえる作品だと思う。

99korou:2014/02/12(水) 15:10:42
書き忘れていたので追記。

三秋縋「スターティング・オーヴァー」(メディアワークス文庫)を「三日間の幸福」読了直後に読み始め
これもほぼ1日で読了。

同じ三秋作品だが、こちらのほうが先に出版されている。
悪くはないが、というより、かなりいいのだが
「三日間の幸福」が全体として不思議なほどのいわく言い難い幸福感に満ちていたのに比べ
こっちのほうは、話のあらすじとか関係なく、なんとなく重たい感じが拭えず
読後感においてやや劣るように思えた。
ただし、この作品においても、この作者の独特の文体、文章のリズムは魅力的で
読んでいて飽きない。
いろいろな欠点も見えるのだが、この文体がすべてを帳消しにしているともいえる。
綾崎隼さんの場合、ストーリーテラーとしての才能が、作品に散在する多くの欠点を打ち消していると思われるのだが
その点が三秋さんの場合、好対照で、ストーリーは設定に全面的に頼りっきりの感があるのに対し
しかし、その設定で人はどう思うのか、どう考えるのかという気持ちの描写の点で
実に優れているのである。

なかなか楽しみな作家が登場したものだ。
三秋縋。

・・・そして太田夏、彩瀬まる。

100korou:2014/02/18(火) 13:53:30
若杉冽「原発ホワイトアウト」(講談社)を読了。

書き出しからしばらくの間、実話風の迫真の描写に魅せられたが
そのうちに陳腐な性描写が挟まってくると
ものすごく質の低い作文を読まされている感覚に襲われ
なかなか一気読みすることが難しかった。
それでも最後まで読み切れたのは
この小説の全描写の背後に感じられた
”公務員処世術の引き出し”が面白かったからである。

こうした世間知に興味のある人には
最も面白く読める小説に違いない。
逆に、興味のない人にとって
この小説は、流行を追った興味本位の実話風小説モドキといった印象もあり得るだろう。

ただし、最後のカタストロフィだけは
現実に起こりうるとはいえ
現実に全く対策されていないシーンでの話なので
かなり、生々しく読めた。
どちらにせよ、今の日本社会の欠陥がまざまざと見えてくるような結末だ。
読後感はここで一気に盛り上がる。

読んで損はないが、読まなくても損はない小説である。

101korou:2014/02/20(木) 14:25:19
山田悠介「パラシュート」(文芸社)を速読、読了。

通常の読書とは違うスピードで読んだので、細部については何とも言えないが
山田悠介作品で細部にこだわるのも無意味だろう。
ストーリーは、まず出だしで例のごとく読者の興味を一気につかみ
そこから設定の特異さで数10ページほどぐいぐいと読ませる。

2007年刊行の今作では、さらに物語の中盤にサバイバルな生きざまを描くシーンがあり
「らしからぬ」リアルな雰囲気を醸し出すことに成功している。
夢の情景の挿入シーン、徹頭徹尾そのキャラに染め上げて描かれる権力者層の人たちなど
いつになく小説技法の王道を堂々と操って、普通でない物語を、それなりに迫力のあるストーリーに仕上げているのは
山田作品として特筆モノかもしれない。

相変わらず随所に??となる描写があるのと
結末が、本当ならいろいろと想像が膨らむような終わり方のはずなのに
どういうわけか不燃焼感だけが残ってしまう点が残念だ。
「パラシュート」という題名も、イマイチ冴えない感じがする。

もう少しこういうのを書き続けていけば、意外と良い作家になるのでは、という思いがした。
この作家は、実際には進化可能なのだろうか?

102korou:2014/03/02(日) 22:39:14
渡邉 格「田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』」(講談社)を読了。

久々に爽快な本を見つけたという感じ。
まず著者のユニークさに惹かれる。
高校卒業から数年間プータローをやってから
23歳で大学の農学部に入学した時点ですでに十分ユニーク。
そして30歳で就職先を考え、最初の就職先で挫折。
そこから(なぜか)マルクスの資本論を読み込み
世界の不変の真理に反した現代社会の”腐らせない”経済体制について
思いをめぐらせ
その不自然さから訣別し、独自の思考により
結局パン屋を目指すことになった過程がもう断然ユニーク。
そこから先は、もうこう歩むしかないという人生となるのだが
運命的な「人」との出会いが、この方の人生をより大きく動かすことになり
さらに東日本大震災を契機に岡山県県北の勝山に移住、本格的なパン屋として
地域に根ざした活動を始めることになるのである。

誰もが思うことだが
あの名著「里山資本主義」の世界を連想させる新しい経済活動の形。
舞台も同じく岡山県北の真庭郡勝山町である。
「里山資本主義」は、いわゆる選択肢としての新しい経済活動の提示だったが
この本が示した経済活動は
選択肢というよりも、信念に基づいた従来の経済活動からの訣別である。
それゆえに普遍性では「里山資本主義」の世界には届かないものの
理論的整合性において勝っているものがある。
そして、その「理」に加えて、著者が無意識に醸し出す「情」の部分が
随所に光る好著といえるのである。
読後の爽快さは、名著「里山資本主義」を超えるものがある。
ある意味、新時代のイメージを掴む最良の書の1つではないかと思われる。

103korou:2014/03/06(木) 09:00:46
阪田寛夫「まどさん」(ちくま文庫)を読了。

いわずと知れた名著である。
先日亡くなられたまどみちおさんの伝記であるが
単に事実を列記した伝記に止まらず、まどさんの心の遍歴を探る優れた作品となっている。

作品の骨格はとらえやすい。
「ぞうさん」が、戦後、象の居ない上野動物園に息子と行って
そこに居るはずのぞうさんを親子で思って書かれた詩、と紹介された新聞記事をもとに
エッセイを書いた阪田さんが
当の本人から、その記事内容はデタラメと否定されたことから始まる。
そこから、まどさんの生い立ち、キリスト教との出会い、おかあさんへの思いなどを綴って
最終的に「ぞうさん」の再解釈などという野暮なことはしないまでも
読者には、ちゃんと「ぞうさん」という詩の真意が伝わるように書かれている。
末尾の谷悦子さんの解説にもあるように、ここでは阪田さんが学んだ歴史学の手法も感じられ
そこに詩人としての感性、宗教のことで苦しんだことによる共鳴などが加わり
本当にもっとも適切な人によって書かれた伝記という感を強くする。
まどさん自身が、自分のことを語らない人柄だっただけに、よけいに貴重である。

いかにも名著という風情で
実際読んでみても全くの名著だった。
まどさんのことを一気に深く知ったように思う。

104korou:2014/03/06(木) 10:25:32
中島京子「妻が椎茸だったころ」(講談社)を読了。

普段なら読まない作家なのだが
知人が読んで感想まで聞いたので
ついつい全部読んでしまった。
とはいうものの、思ったより文章が読みやすく
簡潔に作品世界を提示し、分かりやすく展開するので
読むこと自体に苦痛は全くなかった。

何かを異常に愛し続ける、何かを執拗にやり続ける、といった類の「偏愛」の話を
5つ集めた短編集である。
その「偏愛」の形が日常的とは言いがたく
そのくせ文体そのものは淡々として含みが感じられないので
そのギャップがいかにも文学的な何かを匂わせる・・・といった点で
やや吉行淳之介の作風を思わせるのだが
ところどころに惜しいキズがあって
時々「読んでいる自分」に引き戻されるのが残念。
特に、オチの必要ない展開にオチをつけるところで
作品をあまりにもその世界の中に閉じ込めすぎという印象を受けてしまう。
それと「偏愛」と「伝奇」の境目が難しく
「伝奇」に傾きかけると、また別の作品世界を連想させる点も弱点となっている。

とはいえ「偏愛」がどこかしら人生のある側面をあぶり出す要素であることを
これほど端的に分かりやすく示した短編集もそうざらにはない。
読んでみて損のない小説、得るものが深いかどうかは読者の嗜好次第という類の作品か。

105korou:2014/03/07(金) 14:15:48
石川康晴「アース ミュージック&エコロジーの経営学」(日経BP社)を読了。

縁あって、この本を読む。
中身が詰まっていて息苦しいほどだが
それほど分厚くもないので、何とか読み終えることができた。

今好調な企業の話だけに、実に調子が良い。
これでもかこれでもかと披露されるエピソードと成功談のオンパレード。
読んでいて疲れるくらいだが、これは編集の巧拙と関係があるかもしれない。

参考になる事例は山ほどある。
ただし、わが身に置き換えて共鳴できる部分は少ない。
どこか他人事としての成功例に聞こえるのは何故か?
アパレルという分野への知識の少なさが影響しているのだろうか?

ということで
イマイチ面白みに欠けた、でも一般的には面白さ満載なのかもしれない
迷著、もしくは名著?というところ。

106korou:2014/03/23(日) 16:20:18
綿矢りさ「大地のゲーム」(新潮社)を読了。

震災を取り上げた小説ということで
「想像ラジオ」でくじけた身としては再度の挑戦となる。
しかも、作者は愛しい綿矢さん。
で・・・・読後の印象はというと
まあ失敗作に近い意欲作ということになるだろうか。

震災と日常を彼女なりに近づけた綿矢さんの等身大の小説という位置づけになる。
この位置づけができない人には、この作品の真価は見えてこない。
それだけでも特殊な設定なのに
さらに、恋愛をくどく描くことによって、全体のバランスが失われているとしか言いようがない。
ここまで恋愛を絡ませる必要はなく、むしろ恋人の居ない、いわば、いつもの綿矢小説のヒロインで
書き切るべきだっただろう。
なぜ、ここまで普通に恋愛を絡ませる必要があったのか?
恋愛のない日常というのも普遍的なものではないのか?
震災の絶望的かつ絶対的なイメージと、恋愛の曖昧模糊とした、かつエゴがむき出しになるイメージは
相性が悪すぎると思う。

それでいて、最後まで読ませるのは、やはり震災と日常がうまくつながらない現実を
さすがにリアルに描き切る筆力があるからだ。
それは部分的にしか成功していないが、それでも、そういうことを描こうとする「人としての良心」を感じるので
そのわずかな成功の果実が、とてつもなく素晴らしい試みであるように思えるからである。
判らないのは、ふだんこういう冒険をしない作家なのに、という点。
自分の描ける世界を限定したことによって、作家としての自らの場所を確立した彼女が
なぜ、このような冒険をしたのか?
それは、私のような遠い地点に居る者には分かり辛い。
でも、その疑問も、最初の立ち位置に関係するのだ。
最初の立ち位置が把握できない人には、そういう疑問も生じ得ないので。

107korou:2014/03/30(日) 10:43:00
転勤につき、途中で読書中断の本2冊。
中野明「物語 財閥の歴史」(祥伝社新書)
辻芳樹「和食の知られざる世界」(新潮新書)

どちらも半分まで読んだところで時間切れ。
中野氏著作は個人的興味で読み進め
やや講談調なところが気になるものの、嗜好としてはハマってしまう読み物。
辻氏著作は、誰か有名人の推薦だったと思うが
なかなかの好著で読ませる。
どちらも、いつでも読み続けることができると思っているうちに
転勤となってしまい
所有本でないので中途断念となってしまい残念!

108korou:2014/04/06(日) 11:37:00
平岡泰博「哀愁のサード 三宅秀史」(神戸新聞総合出版センター)を読了。

転勤時なので、ピンチヒッターとして県立図書館の本を読書。
こういう本をのんびりと読んでいる時期ではないのだが(笑)
なかなかやめられない面白さがあった。
読後の印象としては
日本野球関係の本として
ある意味空白の時代を
正確に記述した貴重な本であると同時に
屈折した人生を歩まざるを得なくなった三宅秀史という野球人の人間性に
可能なかぎり肉薄した優れたドキュメントであると感じた。
この時期にこうした佳品に出会えるとは思ってもいなかったので
かなりラッキーである。

期待されずに入団し、本人もそのつもりだったのが
予定外の野球人生を歩むことになり
本人もその気になった矢先の衝撃のアクシデント。
同時進行で家庭生活のほうも崩壊し(普通なら家族が支えていかなければいけない時なのに!)
球団に対して、「現役できます」と嘘を言い続けなければならなかった心苦しさ、辛さ。
そして、予想通りの辛い展開、さびしい限りの現役引退までの過程。
バラバラになった家族、肝不全との闘病、交通事故、マスコミへの不信、といった
ありとあらゆる苦難が彼の心を蝕み
それらを乗り越えて得た友人たちとの貴重な語らいの日々。
奇しくも三宅さんの誕生日であった4月5日にこの本を読み終え
今なお健在という事実を知って感動もひとしおである(昨日80歳になられた)

オールド野球ファン、時にトラファンには必読の書だろう。

109korou:2014/04/15(火) 21:50:22
湊かなえ「豆の上で眠る」(新潮社)を読了。

新しい職場で購入し、さっそく今日は山場を職場で読みふけった。
今の職場で退職予定だから、その意味では記念になる最初の読書ということになる。
湊さんの新作は、期待通りで、それ以上でもそれ以下でもなかった。
大抵の場合、読みなれた作者のものは、正直言って飽きてくるので
最後まで気分を入れて読み通せたということは
それだけクオリティが高いということになる。
「母性」「望郷」と今回の作品と、この作者には
他の人気作家のレベルより一歩抜きんでたものを感じる。

出だしの時間の操作というか、現在と過去が交錯する描写は
久々の小説読書の頭にややキツいものがあったが
そこを越えると、次第に湊かなえワールドが炸裂し始め
もうやめられなくなる。
ある種の謎解きミステリーでもあるので
最後のあたりは、どのような意外な結末に至るのか興味津々で一気読みだった。
さすがに、アクロバット風結末には至らず
その意味では、逆の意味でリアリティはどうだろうという詮索に至り
そうなるとフィクションとしてのリアリティ不足が逆に露呈してしまう、という厄介な構造も含んでいるのだが
それを補ってあまりある心理描写の巧さがあるので
結末の不燃焼感もさほど気にならない。
子どもの一人称というのも、ここまで徹底すると
十分サスペンスになりうるという見本のような小説である。
万人にオススメの娯楽小説と言えよう。

110korou:2014/04/23(水) 22:48:05
「私の履歴書 50」(日本経済新聞社)を読了。
三遊亭円生、武蔵川喜偉と読み進め、前尾繁三郎まではスイスイいったが
がん研究者の塚本憲甫氏のだけは、やや読むのに難渋した。
それと、今となれば活字が小さいのも辛いところ。
まあ、それでも面白い分にはいまだに面白い。
視力の安定している時期を見計らって継続して読むことにしよう。
そういう環境の職場に居て、みすみす逃す手がない。

111korou:2014/05/04(日) 13:44:34
村上春樹「女のいない男たち」(文藝春秋)を読了。

ハルキ氏の最新作。
相変わらず、かつてのハルキ氏とは何か違うと思う。
スピード感が不足している。
物語の手法として洗練されていたはずなのに
そのあたりが、なんとなくつかえ気味なのも気になる。
ただし、もはや他の作家とは全く違う地点にたどりついていることも分かる。
それが文学としての水準の高さとは別物だという懸念はあるが。

多くの人が直感したように「木野」は、かつてのハルキ・ワールドに最も近く
かつ結末の鮮やかなイメージが傑作と確信させるものがある。
それに対して、書き下ろしの「女のいない男たち」は
小説というより散文詩であり、ナマな哲学の表明にしか過ぎないので
ハルキ氏になじみのない人たちには、評価対象外ということになるのか。

どちらにせよ、体験を書く、人間観察から書く、具体的な「生活」」を書く、といった
日本近現代文学の王道から最も離れた地点に存在する作家であることを
改めて実感する。
深い井戸を降りていって、そこで見つけた自分自身の鏡像の欠片を誠実に拾い上げ
再び井戸を上がりながら、井戸の上から差し込む「言葉」という光の力を使いながら
欠片の再現を「作業」する作家なのだと思う。
それは、地域、言語、文化の根幹にあるので、より具体的な環境には適合せず
抽象的な、普遍的な、グローバルな環境には、他のどの小説よりも適合するのだ。
こういう文学こそ、かけがえのない「文化」そのものなのだと強く思う。

112korou:2014/05/05(月) 11:50:37
ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」(みすず書房)を・・・遂に読了。

この本は読まれなければならなかった。
読んでいないのは読書人として怠惰だ、と、今、読了後に心から思う。
読書は自由だ、と言っても、こういう本を飛ばしてしまっては
その本質的な意義は失われてしまう。

いくつか感動的な言葉があった。
引用されたドストエフスキーの言葉―――
「わたしが恐れるのはただひとつ、わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ」

フランクルの言葉―――
「苦しむこともまた生きることの一部なら、運命も死ぬことも生きることの一部なのだろう。
 苦悩と、そして死があってこそ、人間という存在ははじめて完全なものになるのだ。」

最初の10数ページほどは記述が飛躍していて、若干読みづらい。
そこで止まってしまうと、この尊い書物の真価を知ることなく一生を終わることになる。
今回は、なんとかそこを乗り越えて、しばらく収容所生活の具体的な様相を
簡潔で的確な描写により、深く知ることができた。
そして、100ページを過ぎたあたりから、著者の深遠な洞察が始まる。
このあたりは感動の連続だ。
若い頃にこれを読んで、深く心に感じるものがあったとしたら
どれほど感激に身を震わせたことだろう。
いや、56歳の固く閉ざされつつある心にも十分響いた。
いろいろなことを考えさせられた。

若い人には必読だろうし、そうでない人にも必読の書である。
一度はチャレンジしてみるべきだし、我々はその存在を常に知らせて、教えて、薦めて
この人類の英知の最も深い部分を、次の世代に伝えていくべき義務がある。
まして司書なら当然だ。
その思いに身が引き締まる思いを強くした読書だった。

113korou:2014/05/07(水) 21:30:40
長島有「サイドカーに犬」(文春文庫)を読了。

この文庫の表題は「猛スピードで母は」だが、それと「サイドカーに犬」の2つの中編(短編?)が収められた文庫本である。
今回は、別スレにも書いたとおり「サイドカーに犬」の映画を観て気に入ったので
「サイドカーに犬」だけを読んでみた(時間の関係で2つは読めなかった)

映画が、いい意味で原作を逸脱していないことがよく判る。
原作も映画同様、渋く職人風で安心して読み続けることができた。
ただし、映画が多くのエピソードを追加していて、かつ全体の流れもスムーズだったので
原作のほうが簡潔な印象になってしまうのはやむを得ない。
やはり、小説のほうは、少女のナイーブさを頭の中で想像するしかないのに対し
映画は具体的なイメージを俳優、子役たちが十分に演じきっている分、有利である。

優れた児童文学のひとつだとは思うが
映画が優れた出来だった分、後で読むと印象が薄くなる。
もちろん、がっかりする、とかいったこととは全く違うのだが。

114korou:2014/05/18(日) 17:13:26
谷崎潤一郎「細雪」(ほるぷ出版)を読了。

今度の勤務先には、大活字本に近い大きさの活字で日本文学の名作が読めることが分かり
その第一弾としてこれを読んだ。
上中下3巻というのは文庫本と同じだが
各巻650pほどあるので、計2000ページほど読み通したことになる。
さすがに大活字本だけあって、かなり根を詰めて読み続けても
さほど疲れない。
これはありがたい。

作品についてはもうコメントを書くまでもない。
また、以前読んだのが16歳のときなので
そのときの読後感と比較してもあまり意味がないことも途中で分かった。
こういう大人の小説は、やはり大人になってから読むに限るのである。
日本語の流麗さは、以前読んだときにも感じていたのだが
今回読み返してみて、この流麗さは、それにふさわしい題材を得て可能なのだと再認識した。
この題材で、この展開で、この日本語は生きてくる。
まさに奇跡の文体と言えよう。

幸福な読書だった。

115korou:2014/05/27(火) 13:20:46
坪田信貴「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」(KADOKAWA)を読了。

刺激的な表紙(いかにもギャル然とした女の子がこちらを睨んでいる)と
刺激的な書名で、ずっと注目していた本だったが
ついに読むことができ
あまりの面白さ、タメになる叙述のせいで、一気に通読してしまった。

表紙のイメージとは違い、叙述は塾講師の指導記録に終始し
いかにも塾講師という立場が透けてみえるようなお気楽な成功の記録という面もなくもないが
そういうトータルな印象とは別に
このテのノンフィクションに多い個性的な割り切り(この場合は受験勉強法ということになるが)に
魅力を覚えるのも事実。
うすうすそうではないかと感じていることを
思い切って「そうだ!」と宣言、実行してしまうところに
著者の個性を感じる。
その個性のなかに「さやかちゃん」はうまくハマったということなのだろう。
だから、この本のキモは
バカギャルが奇跡的に超一流大学に受かった、というドキュメントの部分ではなく
この個性的な塾講師の述べるメソッドこそ、現代の受験(大学に限らず、資格試験なども)では
もっとも効率的、という戦略面の優秀さにあるのだと思う。
小論文対策なんて、そうだな、これだな、と膝を打つ思いだ。

まあ普通科高校なら必読の書だろう。
読んで損になる箇所はほとんどない。

116korou:2014/05/28(水) 11:34:37
東野圭吾「虚ろな十字架」(光文社)を読了。

このところの東野作品は
一時期の悪い意味でのマンネリを脱して
最初から最後まで一貫したトーンで読者に迫ってくるものがある。
この作品も、プロローグの淡い恋愛シーンからして印象的で
そこから時代も背景も全く関係ない(ように見える)シーンに続く導入が
当たり前のようでいて、全く淀みなく、さすがはと感心してしまう。

話が死刑制度、裁判制度に純化され
やや固い、暗い話になりつつある物語の真ん中へんあたりで
これはエンタメとしては固すぎるのでは、と少々疑義を抱くものの
主人公が、登場人物同士のある接点に気づいたあたりから
一気に、それまでの伏線、不審な部分が氷解していくカタルシスは
東野作品を読む最大の喜びであり、今回も十分にそれを味わうことができた。

「さまよう刃」「手紙」に続く社会派ミステリーということになるだろう。
松本清張が創造したこの分野では
東野圭吾が代表的な存在としてその後を継いでいるように思える。
少なくとも、小出しに出てくる原発問題よりも
こういう形でしっかりとテーマに対峙してもらうほうが
読んでいてスッキリとはする。
間違いなく、東野作品の新しい金字塔と言える佳作だ。

117korou:2014/06/04(水) 13:49:07
池井戸潤「空飛ぶタイヤ(上・下)」(講談社文庫)を読了。

以前、単行本で読み始めて、活字の小ささに閉口して断念。
今回、文庫本を確保できたので、再度挑戦。
再挑戦したかいは十分にあった。
まさに”半沢直樹”である。
半沢の原作が今一つだったのに比べ
今作は、登場人物の造型が見事であり
まさに至福の読書体験だった。

主人公の赤松社長が深く無理なく描かれているのは当然として
赤松と対比される人物として、沢田という大企業の中堅社員が提示され
その沢田の心の葛藤をこれでもかこれでもかといわんばかりに描写する
エネルギッシュな筆力に圧倒される思いだった。
やや類型的に描かれる会社上層部とその手下連中は
物足りないといえば物足りないが
ともあれ、ここまで中小企業社員の人間像と
大企業中堅職員の人間像が強烈な印象とともに描き切れている小説は稀有だろう。

まさに一気読み必至である。
エンタメ小説の企業編として最上の出来ではないだろうか。

118korou:2014/06/27(金) 17:40:03
谺雄二「知らなかったあなたへ ハンセン病訴訟までの長い旅」(ポプラ社)を読了。

知人が、これは面白かったというので、読んでみた。
大きな活字で平易な文章で、たしかに読みやすい。
それでいて、内容は深くシリアスで姿勢を正される思いだった。
「夜と霧」にも似た読後感だった。

訴訟のことばかり書いてあるのではなく
むしろ、日本におけるハンセン病患者への理不尽な扱いの歴史を
わかりやすく具体的に書いてある本だった。
その意味で、ハンセン病理解についての入門書の役割も果たす。
さらに、療養所でのいじめ問題まで取り上げてあり
そこの部分の迫真な記述は
確かに人権問題を考える格好の教材とも言えるだろう。

大切な問題を分かりやすく読みやすく書いてあるという点で
万人必読の書といえる。

119korou:2014/06/29(日) 18:50:59
角田光代「平凡」(新潮社)を読了。

角田さんの本は速いペースで刊行されるので
本当は全部読みたいのだが、とてもすべてをフォローできないうらみがある。
今回も、偶然読むことになっただけで、特に選んで読んだわけではない。
とはいえ、そうしてアットランダムに読んでも、いつも裏切られない。
本当に安心して読める作家という点で
ミステリー、サスペンスなど一切ない作風なのに
そのことは驚異的だ。

今回の作品は
「もし、あのとき違う人生を選んでいたら」というのが共通のテーマになっていて
そういう単なる仮定だけの設定が、こうして6編の充実した短編集にまでなっていくところに
角田さんの凄さ、素晴らしさを実感する。
もちろん、そういう思考、仮定に、正解はない。
正解のない話を、無理なく必然として読ませる手腕が凄いのである。
登場人物は、どの短編のどの人物を取り上げても、確かな息遣いが聞こえてくるリアルさがある。
いろいろな人生の話を聞かせてもらったような気がする。

若い人にはムリだけど
ある程度年配の人なら、この短編集の良さは実感してもらえると確信する。

120korou:2014/07/01(火) 11:26:44
中川右介「悪の出世学」(幻冬舎新書)を読了。

ヒトラー、スターリン、毛沢東という20世紀を代表する「悪の帝王」たちの
生い立ちからトップにのし上がるまでの軌跡を
中川さんお得意の伝記風にまとめた好著である。
少し記述が進むと、出世学のまとめのような要点書きが挿入されるのが
いつものスラスラ読める中川さんの本らしからぬ印象を持ったが
まあ致命的ということでもなく、それはそれで読み流せばよいだろう。

いつも思うのだが
20世紀に生きた人の伝記というものは
あまりに情報が多すぎて、全体像がつかめなくなることが多い。
今回も、中川さんの筆によっても
スターリンがのし上がる過程、ヒトラーがのし上がる過程が
やはりつかみ辛かった。
毛沢東については、やや記述の密度がバラバラな印象も受け
肝心の部分が描き切れていない感じもする。

とはいえ、さすがは中川さんという箇所も随所に見られ
少なくとも、レーニンとスターリンの関係、毛沢東と蒋介石の関係、ヒトラーとヒンデンブルグの関係など
大きな道筋については、見通しがよくなった。
それと、この3人については、どうしても記述が膨大なものになりがちで
うかうかしていたら、ついにその一生の梗概すらも分からずじまい、ということになるのだが
この新書1冊で、3人の「悪党」について、大体の生き様は把握できたので
あとは、その大きな流れのなかに、個々の事実を流し込めばいいのである。

そういう幹になる大きな史実を把握する本として
やはり、この本は現代史研究を趣味とする者にとっては
入門書として必読と言えるかもしれない。

121korou:2014/07/03(木) 22:40:05
悠木シュン「スマドロ」(双葉社)を読了。

小説推理新人賞受賞作らしいが
ミステリーらしい風味は一切ない。
普通に伏線を張って、別の視点からその伏線を解読していくだけの
ごく当たり前の小説である。
むしろ、持ち味は文体にあって
俗っぽい、これ以上卑俗なイメージになると全部台無しになるほどの俗っぽさに充満していながら
不思議と先へ先へと読ませる魅力があって
こんな大したことない構想の物語であっても
最後まで読者を引っ張っていくのである。

それにしても
この文体でこのスケールの小さい物語ではアンバランスも著しい。
もっと大きな構想の物語を、この大胆な文体で書きなぐってほしい。
このままでは、推薦するのも憚られる。
物語全体がちゃちなので。

122korou:2014/07/09(水) 22:21:13
池上彰「池上彰の『日本の教育』がよくわかる本」(PHP文庫)を読了。

かつて、PISAの結果を池上さんらしく分析した記述を読んだとき
目からウロコだった記憶が残っていて
その意味で期待を持って読み始めたら
いきなりPISAの話から始まった。
やはり目からウロコだった。

とにかく、目配りの広さ、公平な視点、正確な事実把握には
いつもながらだが感心させられる。
これだけ広範囲かつ具体的な記述で文庫サイズにまとめた本は
他に見たことがない。
しかも、教育関係者のはしくれでありながら
この本を読むまで、こんな重要なことも知らずに仕事をしていたのかと思わされることが多く
忸怩たる思いである。

これは日本人が自国の教育を語る上での必読書だろう。
共通の正しい事実認識を持っていないと
「空気」だけの虚しい議論に終わるだけだ。
この本で正確な認識をもって、議論に臨みたいものである。

123korou:2014/07/11(金) 13:00:56
樋渡啓祐「沸騰!図書館」(角川oneテーマ21)を読了。

相変わらず、テンポのいい記述でスラスラ読める。
ただし、前回読んだ岩波ジュニア新書とは違って
今回は良くも悪くもこの人のワンマンぶりが文章の端々から漂ってくる。
そして、それが自分の職場でもある図書館に関することだけに
読んでいて、なかなかしんどいというか、複雑な読後感が残った。

やろうとした動機、やってみた結果については
特に問題はないように思う。
ただし、やっている途中での個々の図書館固有の事情に対する態度は
ムダに敵を作って、話が本質的なところから外れる結果を生んでいる。
従来からの業界特有の見解を、全くナンセンスと決めつけるのではなく
なぜそういう見解に至ったかを業界人と意見交換して、より深めていくという努力を
全然行っていない。
図書館人は時代遅れ、世間のニーズを知らなさすぎる、という一点張りで
押し通そうとする態度は
どうしても好きになれない。
若いので早く物事を決めたいのだろう。
自分の決裁で決められる間に全部済ませてしまおうという意図がミエミエだ。
実際、その考えは半分以上当たっているとは思う。
樋渡さんほど、決断の早い首長はそう居ないだろう、と私も思う。
でも、それだからと言って
粗雑な議論で済ませて、とにかく結論ありき、結果が出ればすべてよし、というわけには
いかないのが人の世である。

だから、今回の武雄市の成功も
図書館の民営化の成功の話とは言い切れず
樋渡市長のカリスマ力の成功話という矮小化した評価しか下せない側面がある。
惜しい、と心から思う。

124korou:2014/07/15(火) 21:38:39
池上彰「おとなの教養」(NHK出版新書)を読了。

教育に関する本を読んだ勢いで、これも読み終えた。
実は、もう1つ最新の世界情勢を解説したあの有名なシリーズの最新刊も読んでいるのだが
このスレに書き忘れているので
この2か月ほどに池上本を3冊読んでいることになる。
結論から言えば「ハズレなし」ということになるだろうか。

とはいえ、この「おとなの教養」は、かなりのお手軽本である。
もともと記者としていろいろな知識を蓄積して著者が
さらに、テーマを大きく絞って、その方面の著作を2,3チョイスして読み解き
その成果を「教養」と題して刊行したという経緯が透けて見える。
ゆえに、取り上げている内容から本質的に要求されるほどには
叙述に深みがなく、何を目指して書かれているのか分からない無目的な本になっている。
「われわれは、どこから来て、どこに行くのか」というのがこの本を貫くテーマらしいが
そんな抽象的なことに興味を持たないと教養は身につかないというのは、いかにも苦しい。

ただし、雑学本としてみれば、悪くない。
さすがに池上さんなので、意味不明な叙述などほとんどない。
本当は雑学本でも良かったのだろうが、日頃のスタンスからして
そういう類の本が出しにくかったというのが、出版企画側の本音なのではないか。
もっとも、池上さんは大真面目に出版意図を書き、その意図で全体をまとめようとしている。
その痛々しさが、他の池上本と大きく違う点であり、やや「ハズレ」感が強い理由となっている。
残念。

125korou:2014/07/18(金) 17:01:44
小林信彦「現代<死語>ノート」(岩波新書)を読了。

面白いので勤務時間中に読んでしまった。
こういうのを読んでも生徒に全く還元されないので、自分でもどうかと思うが
時として、こういう勢いのつく読書もしておかないといけないという理由も成り立つ(苦しい言い訳・・・)

以前読んだこともあるのだが、通して読み切ったのは今回が初めて。
まあ、この種のものは、断片だろうが通しだろうが、あまり大差はないのだが。

というわけで特に改まった感想もない。
相変わらず、面白く読めました。
美味しいものが期待通りで「おいしゅうございました」と言いたい感じ、そのまま。

126korou:2014/07/21(月) 17:09:33
山田純大「命のビザを繋いだ男」(NHK出版)を読了。

優れた本だった。
感動と言う意味では今年最高級かもしれない。
「夜と霧」のような深い重い響きではなく
そこには溌剌とした真実への探求があり
きびきびとした文章で、知られざる史実を極めようとする精神の躍動があった。
それでいて、書かれた内容は「夜と霧」の世界の延長上にあって
読む者を厳粛な思いにもさせるのである。
そして、それらの思いが、一身を犠牲にして事態を好転させた男への敬意につながり
このようなインターナショナルな行動を実現したのが
ほかならぬ日本人であったということに驚きと誇りを覚えることになる。

そして、本書の真骨頂は、最後に記された著者のイスラエル訪問にあった。
すでにそこまでの熱意ある探求だけで十分感銘を受けたであろう大多数の読者は
ここで本当に著者の心底からの真情を目の当たりにして
思わず引き込まれたに違いない。
達意の文章ではないが、十分伝わってくる文章というのが
ここでは最大限に生かされていて
イスラエルの神学校周辺の描写など
変に構えて書くと
なかなかここまでリアルに伝わってこないと思う。
まさに異文化理解を活字の上で為し得たような気になった。

文句なし一級品のノンフィクション。
小辻氏にも山田氏にも感謝と敬意を表したい。

127korou:2014/07/22(火) 21:58:31
佐々涼子「紙つなげ!彼らが本の紙を造っている」(NHK出版)を読了。

東日本大震災関連の本を読むことは意識的に避けていた。
全くの偶然とはいえ
自分は、あの日あの時間に
一生涯二度とないくらい
長くて大きな作業を完成させたまさにその瞬間だったから。

それがあまりにも孤独で長くて辛くて
他人には分からない共感不可能な体験だったので
とうてい東日本大震災について考える余裕などなかった。

そして、この本を読めば容易に分かるのだが
震災は、実に多くの人々を
その時の私と同じ感覚に苛んでいったのだ。
もちろん、死と向かい合ったおもに東北の人たちの悲しみは
より普遍的でより深い。
しかし、感情の動きとしては
ベクトルは同じ方向だった。

長い間、そのことが私のトラウマになっていた。
共感しない自分を擁護する自分が居るのは間違いなかった。
それを否定もできず、肯定もできず
そんな中途半端で解決の見えない心象風景を
わざわざ覗きに行く勇気がなかったのである。
ずっと、東日本大震災については
自分自身の極秘の誓いとして
「無関心」を貫いていた。

128korou:2014/07/22(火) 22:04:40
あれから3年半、やっと向き合う気持ちも生まれてきたように思う。
そんな気持ちで、この佐々さんのノンフィクションを読んだ。

読後の感想としては
極めて人間的なドラマが否応なしに出現し
それら一つ一つを追体験するのも、なかなかキツい、やはり「無関心」の代償はあるのだな、と思ったこと。

これは成功したドラマのノンフィクションだが
その影にはとても無邪気に喜べない逸話が満載であることも暗示しているノンフィクションである。
それらの題材の並べ方は、必ずしも適切でなく
作品としては結構破綻しているようにも思えるのだが
読後のインパクトは、どの読者だろうと著者の意図通りになっているはずなので
それだけ重たい事実が提示されていると言えるのである。

また、いろいろと考えてみたい。
読後直後には適切な感想を書くことが難しい本である。

129korou:2014/07/22(火) 22:11:55
海老沢泰久「みんなジャイアンツを愛していた」(文春文庫)を読了。

もう20年も昔の文庫本である。
単行本としてはさらに10年古く
書いてある内容に至っては1978年頃から1982年頃のプロ野球の話なので
もはやマニア本の類といっても良いのかもしれない。

逆に、マニアには嬉しい本である。
まさにあの頃のプロ野球の映像が蘇ってくるようだ。
まだ「ジャイアンツ」の神話が信じられていた時代。
この時代のことを書いて
江川のことが取り上げられていないという手抜かりがあるので
本当の意味でのスポーツ・ジャーナリズムの本とは言い難いが
海老沢さんの「思い」をまとめた本であると思えば
これはこれでアリだろう。

まさに、皆こんな風に思っていた。
強いジャイアンツ、1球団だけ別格のジャイアンツ。
そんな時代が終わって久しい今
こういう主情に満ちた本とはいえ
時代精神の記録を冷静に記述したものとして
これはこれで貴重なのかもしれない。

あとはこれに史実をぶっこんで完成させる。
ドラフトでの江川、長嶋・王解任劇など
材料はいくらでもある。
誰かが書くだろうな。
それまでは、こういう本でノスタルジーに浸るとするか。

130korou:2014/07/30(水) 10:56:19
横山悠太「吾輩ハ猫ニナル」(講談社)を読了。

途中駆け足で読み進んだ部分もあって、全部精読というわけではないのだが
まあ、大筋は読めたと思うので「読了」ということで。

岡山出身の作家で芥川賞候補にもなったということから
なんとなく読み始めたのだが
非常に端正な文章で
この文体でそのままメタ文学の世界に突入するわけだから
読後の印象は人によって全然違ってくることは容易に予想される。
最も多いと思われるのは「なんじゃ、これ」という批判、無理解。
メタ文学は、文学の世界をある程度信じていないと成立しないわけだから
現代の多くの読者には成立し難い作品世界となる。
ただし、主な題材が漱石なので、漱石へのオマージュのようにも読み取れ
その場合は何となくわかったような気にさせる作品にも読める。

でも、この作品をもっとも評価できる人は
メタというジャンルを面白がれる人たちであり
東浩紀が早々と批評を書いたというのも頷けるし
芥川賞選考会で即落選となったのも納得である。

これこそ、分かる人には分かり、分からない人には分からない文学である。
作者は、この方向で書き進むのであれば
さらにメタの手法に磨きをかけなければならないが
残念ながら、この作品を読む限り
メタは偶然の手法で、作者の生き様から自然に出てきた程度と思える。
その意味でも評価のしにくい作品であることは間違いない。

131korou:2014/08/10(日) 12:34:01
(実は7月に読んだ本を2冊)
①海老沢泰久「ヴェテラン」(文春文庫)を読了。
書架整理で廃棄決定した本のなかで
これはと思うものを個人的に確保して読んでいるのだが、その1冊。
読むに足る日本プロ野球の本として有名だが
きちんと通して読んだのは初めてだった。
この本の直前に読んだジャイアンツの本と同様
文章にはクセがあり、思い込みも強い。
ただし人物のチョイスが優れていて
特に高橋(慶)などは、この視点で書くことによって
新しい人物像を提供できているように思える。
西本、牛島あたりは、既知のイメージそのままなのだが
それでも、イメージ以上に具体的に詳しく書かれた文章は稀有である。
つまり、日本のスポーツマスコミが、いかに勝者、成功者ばかり追っているのかが
逆説的に分かる本でもあるのだ。

②小栗左多里・トニーラズロ「ダーリンは外国人 ベルリンにお引越し」(メディアファクトリー)を読了。
これは人気シリーズの最新刊。
特にコメントするほどでもないが
こういう内容になってしまうと、本来シリーズが持っていた魅力が薄れてしまうことにもなる。
以前より、読み進めにくかったのも事実である。
難しいかもしれないが、外国の習慣を紹介しつつも
そこに日本文化を対比させて、その習慣を相対的に評価する作業が必要ではないかと思うのだが
そうなると、普通の主婦レベルの感性では難しいことになり
それはこのシリーズの魅力と衝突することにもなるわけだ。
企画自体が難しすぎるともいえる。

132korou:2014/08/10(日) 13:16:23
田崎健太「球童」(講談社)を読了。

伊良部秀輝の伝記である。
冒頭に著者と伊良部本人との対話のシーンが描かれている。
そのわずかな接触だけで
伊良部の本質を見抜いた著者の感性は大したもので
その後の記述に期待を抱いたのだが
読み進めるにつれ
著者が実際に取材した人たちのそれぞれの言い分をまとめただけの本であることが判明し
失望感も大きかった。
たしかに、なかなかここまで根気よく関係者を探して取材することは容易ではなく
その意味で一次資料としては価値のある本だとは思うが
優れたノンフィクションには不可欠である”真実を多く含んだ全体像の提示”という面においては
何も語られなかった本となった。

交渉がパドレスからヤンキースへ移るあたりの過程は
さすがに豊富な取材源のおかげで、今後このことを語る上で
決定版となる記述になっているように思う。
実際、この件に関して、ロッテの重光オーナーなどに取材したところで
何も真実は語れないだろうと思うので
取材していないことにそれほど致命的なミスは感じられない。
つまり、これはこれでベストだ。
しかし、広岡GMとの確執は、この程度の取材では何も分からないだろう。
この件については、いつも広岡が悪者として描かれるが
広岡にも、あれだけの功績をそれまでに残してきた人である以上
言い分はあるはずである。
広岡による伊良部へのコメントをなぜ入れなかったのか。
ノンフィクションの構成として大きく疑問の残る点である。
伊良部サイドの人間ばかり取材しても、それは事実の一面しか語ったことにしかならない。
それを分かっていて、なぜそうしたのか?私には分からない。

一次資料として貴重、ノンフィクションとして不十分、そういう本である。

133korou:2014/08/11(月) 20:33:52
さて、夏休み野球本読書週間、絶賛遂行中・・・ということで
野村克也「プロ野球重大事件」(角川ONEテーマ21)、
松永多佳倫「マウンドに散った天才投手」(河出書房新社)の2冊を読了。
(福島良一「日本人メジャーリーガー成功の法則」(双葉新書)は、あまりにも初歩的記述ばかりなので、折角図書館から借りたけどパス)

野村本は、典型的な野村本だった。
最初のうちは古い有名な事件を野村流に解釈して、まあまあ読ませるが
だんだんと野村個人の趣味が強くなり過ぎて記述が散漫になり
最終的には、野球好きなオッサンのうんちく話を聞かされた感が強い本で終わった。
良い本もあるのだが、あまりにも短期間で同じようなものを書き過ぎである。
野村本人の良心でもあるのだろうが、こういうのを読まされると
落合の寡黙も、また真実かなと再認識させられる。
まあ、基本的には野村のほうが正しいのだろうとは思うけど。

松永さんの本は、興味本位で借りたものの、文章がパサパサしていて
その割には重たい話題を取り上げているので、読後感が良くなかった。
伊藤智仁なんかは、映像で見る限りもう少し明るい、強い人だと思うが
この人の文章にかかると結構重く感じる。
他の人も同様だろうと連想してしまうのだが
その点、最後の盛田幸妃の底抜けの明るさは、唯一の救いとなった。
こういうのは、7人もいっぺんに扱わず、特定の1人を徹底的に取材すべきだろうと思う。
かけがえのない人生は、連作で扱うには重たすぎるはずだから。

134korou:2014/08/13(水) 11:18:06
村瀬秀信「4522敗の記録 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史」(双葉社)を読了。

302ページの中にぎっしりと詰め込まれた選手たちの言葉が興味を引く本。
饒舌で、(ファンならではということではあるけれど)感傷的すぎる文章には辟易させられたが
その中にこれでもかこれでもかと挟み込まれた選手たちの言葉は
著者が優れたインタビュアーなのか
実感が込もっていて印象的である。
ホエールズの球団史でもあることを謳っている割には
大洋時代の記述が相対的にみて少なすぎるのが不満ではある。
まあ、ベイスターズ球団史と思えば、全然不満はないのだが。
記述は1998年の優勝までの徐々にまとまっていった過程の部分と
そこから先の混迷していく部分とに大きく分かれ
そういう極端な局面を、多くの選手が体験してしまったことが
この本の素材として大きく貢献している。
著者は、饒舌さと感傷の欠点を隠そうともせず
むしろ、それを”横浜愛”として表現しつつ
両極端なプロ野球の世界を、同じ球団の同時代体験として描いてみせた。

プロ野球にちょっとでも詳しい人なら、十分楽しめる本だと思う。
組織論としても秀逸かもしれない(駒田と谷繁の見解が正反対なので面白かったりする。生え抜きの人間と外部の人間の対比について)

135korou:2014/08/14(木) 17:37:49
衣笠貞之助「わが映画の青春」(中公新書)を読了。

1977年の中公新書ということで、今は入手不可能に近い本である(幸い職場の図書館の蔵書にあった)。
まあまあの期待感で読み始めたのだが
その期待感というのが、実のところ女形としての演技論だったにもかかわらず
そのことは全く記述がないのだが、別の意味で非常に面白い本だった。
テレビの揺籃期のことを書いた本が面白いのと同じ意味で
これは日本映画の創始期のことを書いた本として貴重であると同時に
実に面白い。
出てくる人たちも、それほどトリヴィア趣味のない著者とはいえ
さすがに今となっては映画史マニアでないと知らないような人たちばかり。
のっけから杉山茂丸が撮影所の所長を決めていた、とかいう記述があったりするから、それはもう。

謎めいた経歴だと思っていたのだが
こうして時代背景とか経緯を詳しく知ると
それほど不思議でもなく、むしろ映画界の王道を歩んだ人ではないかと思えてくる。
エイゼンシュテインなどの対面とか、ドイツでの堂々とした振る舞い(全然観光気分のない職人っぽい旅の軌跡!)など
ちょっとした内容がすべて面白くて、実に楽しい読書だった。

とはいえ、これはどうみてもマニア向きだ。
廃棄する年代の本なんだが、困ったなあ、どうしよう。

136korou:2014/08/16(土) 22:18:17
村岡恵理「アンのゆりかご」(新潮文庫)を読了。

NHKの朝ドラの原作として、今人気の本である。
実際、読み始めてみて、全く抵抗なくサクサク読める。
決して簡単なことばかり書いているわけではないのに
この読みやすさと分かりやすさは大したものだと思う。
もっとも、祖母のことを孫が書くという制約もあって
際立った主張は控えられており
その意味では教科書的な叙述に止まるわけで
日本近現代史に生きる人物の伝記としては
深い地点に到達することを意識して拒んでいる本とも言える。

とはいうものの、素材である村岡花子という人の社交的な性格もあって
彼女に関係して取り上げられる人物の多彩さは
その掘り下げの制約を十分に補っているといえる。
数多くかつ十分な人物関連の注釈も良心的だし
この本について、執筆面での不足を指摘することは難しい。

ただし、何かが決定的に足りないことも事実である。
それは村岡花子自体の人生の物足りなさにも通じるのだが
どうやら昭和史に登場する人物にはもっと波乱と挫折が必要なのかもしれないのかな?
大正時代のシンプルな世界観を通してみれば、結構これは満ち足りた世界なのかもしれないのだが。

ともあれ、良書であることは間違いなく、安心して人にオススメできる本である。

137korou:2014/08/19(火) 22:02:07
内田樹「街場の共同体論」(潮出版社)を読了。

この本の存在については知ってはいたものの
さすがに同工異曲ではないかと懸念し保留していたところ
某女史が熱っぽく推薦しているのを見て
改めて購入し、読み始めることに。

しかし、書いてあることは、やはり同工異曲の印象が強く
途中で断念。
ただし、読みやすく、読み間違えの恐れがない安心感が捨てがたく
いずれ全部読もうと思っていた。
そして、今日になってやっと再読。そこからは一気で読み終えた。

最終章の「弟子という生き方」だけは
今という時代をうまくすくい上げて
「下流志向」で展開した時代認識の
その次のイメージが発酵されつつあるのを感じた。
ツィッターをこんな風に定義した人は初めてである。
それだけでも面白いが、それ以外でも知的イメージを刺激する叙述が
てんこもりである。
この章だけでも、この本を読む価値はあるだろう。
さすがウチダ先生、降参です。
ただの同工異曲ではありませんでした。

138korou:2014/08/21(木) 15:22:40
岸見一郎・古賀史健「嫌われる勇気」(ダイヤモンド社)を読了。

久々にこういう本を読み切った。
「14歳からの哲学」のような本を何冊か読みかけて
そのたびに、思考訓練を怠っている最近の自分には
こういう類の本は辛すぎて読み切れない、という結論めいたものを感じていたのだが
この本は、そうではなかった。

内容はアドラー心理学入門ということで
いわゆる「因果律の否定」「他者の課題の切り離し」「いまを生きる」というキーワードで
対話編が進められていくというものだが
なかなか、この対話形式の叙述が面白くて読み進めることができた。

この本のなかにも書いてあったが
それまでの人生の半分の期間を費やさないと
こうした新しい考え方を身につけることは難しいらしい。
となると、あと30年弱か・・・死んでるなあ、多分(笑)
まあ、共感できる部分も多いので
あと10数年と考えて、いろいろ考えながら生きていこう。
そんなことを思わせる良書だった。

139korou:2014/08/27(水) 16:15:33
テスト

140korou:2014/08/30(土) 11:48:00
ロバート・K・フィッツ「大戦前夜のベーブ・ルース」(原書房)を読了(県立図書館)。

昭和9年にルースらが来日して行われた日米野球の様子を
当時の日本の世相と絡めて、かなり詳しく記述したノンフィクション。
米国人がそういう題材で書いているのがこの本のミソで
当時の日本の右翼勢力の動きを、外国人が書くとこうなるのかという点は
確かに興味深いものがあった。
しかし、この日米野球との関連でいえば
せいぜい正力を襲った事件くらいで
野球と絡めて、これだけのボリュームを書き切るのはムリがあった。
副題に「野球と戦争と暗殺者」とあるが、少なくとも「暗殺者」をこの題材で絡めて書くという発想は
残念ながら企画の時点で強引だったと言わざるを得ない。
さらに、その後の日米戦争と絡めて書いているのも強引と言えば強引だが
これは本編の事後談という位置づけで書かれているので
そのつもりで読めばそれはそれで納得もできる。
しかし、いい気分で野球の話を読み進めていると、突然日本の右翼の歴史の話が挿入され
それがさして大きな展開にならないまま、再び野球の話に戻るという流れは
読んでいていかにも不自然だった。

もっとも、この本の価値は、実に詳しい試合そのものの描写であり
これは、かつて読んだ読売東京軍の米国遠征記と同様
野球の記録として、それだけで価値がある。
沢村栄治が、一般には好投した静岡だけ語られているのだが
実はその他の試合でも多く登板し、ほとんどめった打ちに遭っていることなどは
こういう本でないと分からない。
ジミー・フォックスの来日直前の致命的な死球のエピソードも
今回初めて知った話で興味深い。
そういうところに価値のある本であり、実際、その価値だけで十分な本とも言えるのである。

141korou:2014/09/03(水) 21:52:00
地図十行路「お近くの奇譚」(メディアワークス文庫)を読了。

偶然にも、作者にお会いし
その縁で読み進めることになった。
設定にひねりが効いていて
情景描写、心理描写も丁寧なのだが
肝心の話そのものが面白くない(微温的すぎる)
好ましいとは思うものの、読み進めるのは結構しんどかった。
事情があって読了必至だったので、かなりムリして読み進めたわけである。

もっとも、その反省が作者の脳裡にあれば
次回作で大きな飛躍も期待できるし
そうなれば、この設定でこの文章力であれば
かなり面白い読み物になること間違いないだろう。
今は人を選ぶが、期待も十分という作風である。

142korou:2014/09/04(木) 21:32:36
東野圭吾「マスカレード・イブ」(集英社文庫)を読了。

最初の短編を読み終えて、やや味の薄さを感じて、それ以上読むのをやめにした。
しかし、また思い直して、2作目以降を読み進め、そこから後は一気だった。
短編の場合、どうしてもトリックがネタ切れの印象を受けるのは
現代ミステリーでは避けられないことだろう。
どんなトリックでもすでに書かれていたり、あるいは単純化し過ぎたり。
東野圭吾でもその傾向は避けられない。

しかし、一度リズムをつかんでしまうと、結構読み進めてしまう。
さすがにムダがなく、不自然な描写もなく、抵抗なく話の筋を追うことができる。
そんな至芸を見せてもらった短編集だった。
キャラがしつこくなく、それでいてしっかりと伝わってくるあたり
なかなか真似ができない作風である。

短編でもイケるなあと思えた作品。

143korou:2014/09/06(土) 21:56:28
海老沢泰久「ただ栄光のために 堀内恒夫物語」(文春文庫)を読了。

相変わらずの海老沢節で、一度そのリズムに乗ると止められない、とまらない・・文章である。
題材は天才肌の堀内ということで、海老沢さんの筆致があまり効果を生まないのだが
それでも、往年の堀内の無敵ぶりを余すところなく描写できていて
ノスタルジーの面からも過不足なく文句なしだ、

ただし、やはり取材対象への過度な感情移入のせいか
晩年の不調時の時期を描いたときに
あまりにも長嶋の監督としての無能ぶりを描きすぎ
堀内にひいき目な描写を行ってしまうのは、この人の性なのか。
ノンフィクションとして致命的な欠陥である。
この時代はこういうのでも通用したのだろうけど
21世紀のネット全盛時代に
こういう素人でもツッコミどころ満載の文章は受け入れられないだろう。
素材そのものもまさに「昭和」だが
文章もかつての良き時代そのままである。

世代を選ぶ好著。
若い人にはちょっと・・・・

144korou:2014/09/18(木) 09:40:18
七月隆文「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」(宝島社文庫)を読了。

こんな一気読みは何時以来だろう?
同じタイムトラベル物の「タイム・リープ」で感じた軽やかさとドキドキ感を
久々に味わった。
面白くて、文章が適切かつ簡潔で、仕掛けを知りたくてワクワクし
想像通りの仕掛けだったのに、その仕掛けがもたらすすべての感情までは想像の域を超え
その結果、ちょっとした描写にさえ涙腺を刺激され
時として、読み進められず号泣状態にもなるという、まさに至福の読書体験だった。

たしかに友だちとか実家の親とかは掘り下げが浅かったと思う。
愛し合う二人しか、この世には居ないような世界。
まさに「セカイ系」の小説なのだが
ある意味、そういう浅い掘り下げが、逆に「セカイ」の深さを印象づけているとも思える。
それは作者の計算ではなく、無意識の展開だろうと思う。
ほかにも、この作者にとって、この作品はとてもラッキーなめぐりあわせで生まれたのではないか
と思えるふしがあるのだが
そうした無意識の部分に意図せざる迫力とか美しさも秘められていて
こういう感覚は「三日間の幸福」以来、そして今までの読書体験で二度目である。

昨年は「三日間の幸福」、今年は「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」、
この2作品は本当に素晴らしい、「神」だ。
言葉で礼賛すればするほど、この高揚した気分、最高の気分から遠ざかっていくのが分かる。
もう言葉はいらない。
礼賛の言葉は止めよう。

145korou:2014/09/20(土) 21:06:38
東浩紀「弱いつながり」(幻冬舎)を読了。

著者の本としては画期的なくらい平易で分かりやすく書かれている。
基本的には、ネットが中心の生活になっている人への
新たな飛躍の方法を説いている本ということで
ネットが中心でない人には、あまり意味がないのだが
そもそも著者の本を手に取るような人は
ほぼネット中心の人だろうから、そのあたりは辻褄が合っている
(もっとも売れている本なので、なかには東浩紀のことを知らない人も
 ついつい手に取ってしまった可能性はあるのだが)

記号としてのネット情報の曖昧さ、自己完結性に警告を与え
その記号にノイズを与えることで、新しい展開を図る
ある意味人生啓発の書とも言える。
書いてある内容は、本当に平明で、しかも100ページちょっとで
1ページわずか14行で、かつ活字は大きいというかなりの「薄さ」なのに
そこそこ深い内容を読んだ感が残るのは、この本の効用かもしれない。
その一方で、記号論の延長にあるその叙述は
やはり感覚的なものに止まっているようでもあり
そこから脱出しようというこの著作のメッセージとは矛盾するが
全く脱出したイメージを掻き立てられない読後感の薄い本にもなっている。
深い内容を読んだ満足感と、それにしては具体的な要約も難しい読後感とが同居する。
これは最近の「好著」でよく体験する感覚である。

悪いところなど何もないけど、なぜかオススメしにくい「好著」。

146korou:2014/09/21(日) 20:36:32
小沢征爾×村上春樹「小沢征爾さんと、音楽について話をする」(新潮文庫)を読了。

文庫本で450ページを超えるロング対談集で
最初は面白いところだけつまみ食いするだけで終ろうかと思っていたが
途中から全部読み進めることに変更した。
やはり、特別な存在の2人がクラシック音楽について語り合うさまは
つまみ食いでは済まされなかったというべきか。

ブラームスの音符のつなげ方、マーラーの音楽への小沢の優れた洞察など
読みどころは多い。
ハルキさんの音楽への深い造詣にも驚かされ、これはかなわないと脱帽する思いだった。

クラシック音楽ファンで、春樹ファンであれば、必読の書と言えよう。
そうでない人にはどうなのか見当もつかないけど。

147korou:2014/09/23(火) 18:11:49
大崎梢「忘れ物が届きます」(光文社)を読了。

短編集。最初の物語の冒頭の部分が読みやすくて、ついつい読み進めていくのだが
ダラダラとした読書にもなり、読み通すのに意外なほど時間がかかってしまった。
読後感も実に複雑で、面白いか面白くないかと言われれば
適度に面白いのだが
この短編集のキモである「忘れ物」の内容がイマイチつかみづらく
(要するに、話の内容が全部把握できず、本当の意味でのストーリーがいまだに理解できていない自分・・・)
その面白さを人に伝えることができないというもどかしさが残る。
話の内容が分からないのに、文章は明快で的確で、いかにも小説を読んでいるという感じがする点で
角田光代さんの小説にも通じるものがある。
この小説に関していえば、角田さんより、話そのものに不気味さがあって
より多くの読者を獲得してもおかしくないのだが
それにしても、最初の短編「沙羅の実」のトリックを皆理解して書評しているのが
そのあたりが分からずじまいの自分には悔しく、なんで多くの読者が満足しているのか不思議でたまらない。

全体としてオススメするに足る見事な短編集なのだが
上記のような読後感なので、自分としてはなんともはや・・・・

148korou:2014/10/01(水) 14:02:38
佐々木俊尚「自分でつくるセーフティネット」(大和書房)を読了。

あまり期待もせず読み始めたが、非常に読みやすく書かれているので
ついつい最後まで読んでしまった。
書いてあることに、予想外なことは全くなく
極めて常識的だが
きれいにまとめているので、頭の整理にはもってこいの本だと思う。

ただし、佐々木さんの推奨する生き方では不可欠なツールと思われるフェイスブックなどでも
やはり負の面はあるはずで
そのあたりの説明が不十分なようにも思える。
この本を読んで、じゃあフェイスブックでも始めるか、と思うかどうか
そこのあたりは微妙ではあるが
ただし、そういう気分に新しい根拠を与えるだけの力は感じた。

公務員である自分は、まだ昭和の高度成長期の象徴である「箱」のなかで暮らしている。
ここに書かれていることは、少なくとも現在の自分には”他人事”としか思えないが
かといって全く直感できないということでもない。
こういう切り口も当然あるだろうという納得はある。
ただ、それが自分自身の環境のせいで、実感がこもらないだけである。

民間人が読めば、もっと共感なり反発なりの意見が出るのだろうか?

149korou:2014/10/08(水) 12:13:33
薬丸岳「天使のナイフ」(講談社文庫)を読了。

最初はゆったりとした展開で、若干疑問が残る描写もあったため
スローペースの読み始めではあったが
次第次第に面白みが出始め
後半はほぼ一気読み状態となった。
これだけ様々な欠陥、記述不足などがありながら
それらを上回る抜群の筆力には驚かされた。
これだけの迫力を持つ作品が
新人賞応募作として届いたら
満場一致で受賞になるのは当然だろう。

少年法について、とことん被害者側のサイドから描き切った小説である。
ゆえに、人権を尊ぶ加害者側の論理の叙述には
若干の偏見が見られ
それが主人公の考えとしてではなく、作者の思想として感じられる点に
この作品の迫力があり、同時に限界を思わせる。
しかし、優れた作者なら、その考えを深めていくことも期待できるのであり
その意味で
この作品で示された方向の先に何があるのか
知りたい気もする。
そういう「起点」としてなら
この小説には難癖などつけようがない。

とりあえず、「起点」として万人にオススメできる作品である。


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