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1竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/02/16(土) 15:49:52 HOST:p4092-ipbfp3303osakakita.osaka.ocn.ne.jp

どうも、竜野翔太です。
もう初めましての方はほとんどいないと思われます。

今回は書いていたものが途中で書き込めなくなってしまった作品を書き直そうと思います。
内容はほとんど同じです。ただところどころ変えていたりします。
キャラの名前は全員変わっていないと思いますが、服装は変わっているかもしれません。

コメント、アドバイスなど常時受け付けです。荒らしはやめてくださいね。
では、次からスタートです。

2竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/02/16(土) 16:00:56 HOST:p4092-ipbfp3303osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 序章-Plorogue-

 日本一の人口を誇る首都・東京。街には高いビルがいくつも建てられ、朝から夜まで多くの人が行きかっている。
 そんな大都会である噂が囁かれていた。
 その噂は学生からサラリーマン、主婦に至るまであらゆる年齢層の人に知れ渡っていた。
 ――『繰々師(くくりし)』少女って知ってる?
 学校の登校中に、会社の昼休み中に、買い物途中に。その謎の少女の噂は広がっていた。
 五月も下旬に差し掛かり、そろそろじめっとした暑さが訪れてくる時分、その少女は首から上と手の肌以外を覆うようなゴスロリ衣装に身を包んでいるらしい。髪は腰まで伸びるほど長く、瞳は大きく、とても可愛らしい容姿らしい。更に大きなウサギのぬいぐるみを抱えているあたりが、より可愛さを引き立てるだろう。
 どんな人がその子に話をかけても返ってくる言葉は一つ。
 ――人を探しているの。それだけだ。
 どんな人かは言わない。決して、質問の答えだけを返す。
 そんないわゆる都市伝説になっている少女は、毎日のように街に出ては人を探していた。
 そして時折呟く。
「……何処に、いるの?」
 返事はない。帰ってくるはずもない。
 都市伝説のゴスロリ少女は人通りの少ない場所にある公園のベンチに寝転がる。
 歩き回った疲れが溜まっていたのか、彼女はゆっくりと目を閉じてそのまま規則的な寝息を立てながら眠る。
 夜が更けて朝日が昇っても、少女は愛くるしい寝顔のまま起きなかった。
 ただ朝日を浴びながら、気持ちよさそうに目を閉じていた。
 彼女の顔には、僅かに笑みが浮かんでいた。

3竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/02/16(土) 20:21:35 HOST:p4092-ipbfp3303osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 第一章 噂の少女-Urban myth-

 枕元の目覚まし時計が鳴り響き、朝の訪れを告げていた。
 その目覚まし時計を叩くように音を止め、少年は布団をずっぽりと被ってしまう。あと五分、などと思っていると何の前触れもなく部屋のドアが開けられた。
 部屋を開けたと思われる人物が、ぱたぱたという足音を鳴らしながら近づいてくる。
「起きなよ、おにーちゃん! もう朝だよー! 早く起きないと遅刻さんだよー!」
 明るい声の少女が大声で少年を揺すり始める。
 少年はうーん、と呻きながら布団から顔を出す。
 起こしにきた少女は黒髪をツインテールにした可愛らしい容姿の少女だ。彼女の手にはお玉がある。朝食の準備中に起こしに来たらしい。
「……起きるから、お前は出てろって……」
「ダメだよー! それしたら絶対おにーちゃん二度ねするでしょ? 今日こそはその手に乗らないよ! 学習したもん!」
 少年はむー、と唸りながら上体を起こす。
 身体を起こした少年の頭を、妹と思しき少女がお玉でこんこん、と叩き続けている。対して痛くはないが、少し鬱陶しい。ずっとやられるのも面倒なので、起きることにした。
 兄が起きると理解した少女はぱあっと表情を明るくすると、楽しそうに台所へと戻っていった。少年、澤木霊介(さわきりょうすけ)も欠伸をしながらそれに続く。
 食卓にはトーストとサラダとコーヒーが用意されていた。持っていたお玉は何に使ったんだろう、というメニューである。少年は椅子に座ると、コーヒーを啜りながらテレビでやっているニュースに目を通す。
 丁度占いのコーナーである。占いの類が大好きな妹、澤木亜澄(さわきあすみ)は興味津々でテレビを見つめている。
『今日の運勢第一位は、うお座のあなたー! 最下位はごめんなさい、かに座のあなたです』
「ありゃりゃ、おにーちゃん今日運勢最悪だね。ラッキーアイテム持って行く?」
 ラッキーアイテムは狸のキーホルダー。それをつけるものもないので、別にいいよ、と返す。
「そういうお前だっていい順位じゃないだろ。九位なんだから。ラッキーアイテム持って行くか?」
 彼女のラッキーアイテムは青いハンカチ。あるから大丈夫だよ、と亜澄が返す。
 霊介が朝食を食べ終えると、自分の部屋に戻り制服に着替えて鞄を持って玄関へと向かう。
「おにーちゃん、忘れ物ない? ちゃんとラッキーアイテムさんも持った?」
「だからそれはいらねーって。じゃあ行ってくるよ」
 霊介はそういいながら家を出る。
 今日も朝食を食べきってくれたことを嬉しく思いながら、亜澄がふと台所へと視線を向けると霊介が弁当を忘れていることに気付く。
 亜澄は溜息をつきながら、
「もう、本当に困ったさんだね。私が妹じゃなかったら、おにーちゃんお昼抜きで過ごすことになってたよ」
 亜澄は兄の分の弁当を鞄に入れ、学校へと向かう。昼休みに届けてやろうと思っているのだ。
 世話がかかる、と思いながら亜澄の表情は僅かに綻んでいた。

4竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/02/16(土) 23:17:09 HOST:p4092-ipbfp3303osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 2

 学校の校門前には、霊介の見慣れた顔が二人いた。
 茶髪の髪を横で一つに結っている少女と、紫がかった黒髪を後ろで一つに纏めている少女だ。
 茶髪が夏海涼花(なつみすずか)、黒髪が刀坂明日香(とうさかあすか)だ。
 二人とは中学からの付き合いである。涼花は宿題を忘れがちな霊介に宿題を写させてあげることが多い。また可愛らしい容姿のため男子からの人気も高い。中学二年生のバレンタインデーに逆チョコを大量にもらったという逸話まである。
 刀坂明日香はクールで知的な印象だが、実はかなりの噂好きという女子らしい一面も持っている。しかし、その一面はあまり知られておらず、何処となく格好のいい面が目立つため女子生徒から人気がある。なお、彼女はいつもギターケースを背負っているが、仲には日本刀が入っているらしい。
 高校に入ってからは、霊介が来るのを二人が校門前で待って、三人で教室に向かうのが恒例となっている。
「お、霊介来たよ」
「今日は珍しく疲れてないな。いいことでもあったか?」
 二人が何気なく聞いてくる。
 普段どんな顔してんだよ、と口の中で呟く霊介。三人が校舎へと向かおうとしたところで、
「今来たところか、お前たち?」
 不意に後ろから聞き覚えのある可愛らしい声を掛けられた。
 気品が漂うドレス姿に背中まで伸びた黒い髪。大きめな瞳と小柄な体躯が特徴的な人物。霊介たちのクラス担任である萩原歌蝶(はぎわらかちょう)。担当教科は現代文で生徒からは親しみを込めて蝶ちゃんと呼ばれている。本人はそれを快く思っていないようだが。
 授業を教える者とは思えない服装だとは、とても思えない、と霊介はいつものように思う。
 歌蝶はそんな霊介を指差して、
「時に澤木。君はきちんと漢字の宿題をやってきたか?」
 ぎくり、と霊介の顔が引きつる。
 歌蝶はにやり、と不適な笑みを浮かべると、
「せめて授業が始まるまでに仕上げるんだな。一時間目だし、今日小テストを行うから。まあ……やってないならそれなりの覚悟をしておくようにな」
 霊介は泣きそうな顔になりながら、涼花に訊ねる。
「……宿題のプリントってどれくらい?」
「三十問ある漢字をそれぞれ五回ずつ写す。まあ、私は三十分くらいかかったかなー」
 霊介は携帯電話を開いて現在の時刻を確認する。現在は八時二十分。一時間目開始は八時四十五分。頑張れば行ける。
 霊介の考えが伝わったのか、涼花と明日香はお互い顔を見合わせて溜息をつく。霊介が走り出すと同時に二人も一緒に走り出した。こうなったら教室に駆け込んで一秒でも早く宿題を仕上げるしかない。
 目的が決まった彼は、とても速かった。

5竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/02/17(日) 22:52:56 HOST:p4092-ipbfp3303osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 3

「今日はもう疲れた。何をする気にもなれん」
 現在は昼休みである。にも関わらず、澤木霊介は机に突っ伏してそんな事を呟いていた。
 彼がこんなに疲弊している原因は、一時間目からである。
 何とか一時間目の現代文までに漢字プリントを仕上げたはいいが、書くのに必死で全く憶えておらず、小テストは散々な結果になった。しかも歌蝶から『半分以上の点数を取れてなかったらプリントの量を倍にする』とまで言われ、霊介だけあらかじめプリントを渡されたのだ。しかも二時間目の体育のバスケットボールではパスに出された速球が顔面にぶつかるわ、で最悪だった。以降三時間目から四時間目までずっとこんな調子である。
 そんな疲れきっている彼の机に、涼花と明日香が机をくっ付けている。二人は机に突っ伏したままの霊介をきょとんとした表情で見つめている。
 普段澤木霊介は昼休みになると、真っ先に弁当を広げるような男だ。それをしていないのが、相当珍しいのだろう。
 彼が疲弊している原因を知っている明日香が、励ますように言葉をかける。
「ま、まあ元気出せよ霊介。調子悪い時なんて誰にでもあるし、今日はたまたま運が悪かっただけだよ」
 涼花は弁当を食べながら、
「そうだよ、しょげることないって! いいから早くお昼食べちゃお。昼休み終わっちゃうよ?」
 涼花の言葉に納得して、霊介はようやく鞄の中を漁り、弁当を出そうとするが、
 ない。
 今になって弁当を忘れたことに気がついたらしい。彼の落ち込み振りから涼花と明日香も状況を把握したらしい。
「……弁当忘れたのか、お前。本当に今日は運が悪いな」
「もしかして亜澄ちゃん特製の愛情弁当忘れたの? んもー、食堂行って何か買ったら?」
 霊介は財布の中身を確認しようと財布を捜す。
 たしか千円くらい入っていたはずだが、一応確認しようと思い、
 ない。
 弁当だけじゃなく財布までも忘れたらしい。本当に運が悪いどうしようもない兄である。
「……夏海! 明日返すからお金貸してくんねぇ?」
「いいけど、私今五十八円しかないよ」
 じゃあいらねぇよ、と思わず霊介はツッコんでしまう。
 見兼ねた明日香が貸してやろう、と溜息をつきながら、
 財布を捜すが忘れてしまったようだ。
「……すまん、霊介。私ではお前の力になれなかったようだ」
「と、刀坂もか……!」
 本当に今日はついていない。
 朝の占いは案外当たっていたようだ。こんなことなら素直に亜澄からラッキーアイテムを借りていればよかった、と今更ながら悔やむ。
 仕方なく涼花と明日香が自分の弁当の分を分けてやろうとした瞬間、
「おにーちゃん!!」
 ふと見覚えのある声が響く。
 振り返ると、教室の入り口に鞄を肩から掛けたツインテールの少女、澤木亜澄が腰に手を当てながら、こちらを強い眼差しで睨みつけていた。
「な、何で亜澄が……?」
 彼女がここにいる理由を、霊介は理解できなかった。

6竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/02/18(月) 14:08:31 HOST:p4092-ipbfp3303osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 ずかずかと霊介の目の前まで歩いていき、亜澄は鞄の中から弁当箱を取り出し、霊介の前に差し出した。
 そこで、霊介はようやく亜澄が高校にまでやって来た理由を理解した。
「はい、おにーちゃん。朝忘れてったでしょ? だから出かける前ちゃんと確認したじゃない」
「……お前、わざわざ届けに来てくれたのか……?」
 霊介が驚いたように亜澄に問いかける。
 亜澄はむっとしたような表情で腕を組みながら、
「それ以外に用事ないよ。まったく、感謝してよね!」
 そういうと霊介は泣きながら亜澄を抱きしめる。
 驚いたように亜澄が悲鳴を上げるが、大して抵抗もせず困ったような表情のまま、感謝の言葉を述べ続ける霊介の頭をぽんぽん、と撫でていた。
 もうどっちが上か分からなくなるような状況だが、それを見ていた涼花と明日香はどこか微笑ましい気分になってくる。
 ようやく兄妹の抱擁が終わり、亜澄は思い出したようにもう一度鞄の中を漁りだす。彼女が中から取り出したのは飲みかけのお茶が入ったペットボトルだ。彼女はそれを霊介の机に置いた。
 今度は意味が分からず首を傾げる霊介。どうせ分からないだろう、と思っていたのか亜澄が霊介の心の疑問に答える。
「どうせ飲み物もないでしょ? 私の飲みかけのやつだけどあげる」
「いいって。それだったらお前のがなくなるだろ?」
「いいよ、途中自販機さんで何か買うし。多分お財布さんも持ってきてないでしょ?」
 図星を突かれて霊介は表情を引きつらせる。
 じゃあまたね、と手を振って亜澄が慌ただしく去っていった。ただ走っただけなのに、その動作さえも可愛らしく見えてしまう。
 去った後、霊介を見ながら涼花がぽつりと呟く。
「いやー、相変わらず可愛いね亜澄ちゃん。去年まで髪下ろしてなかったっけ?」
「何で霊介みたいな普通の兄貴の下にあんな可愛い妹がいるんだろうな。まったく、世の中は不公平で不条理だ」
「おい待て刀坂。今のはさすがに失礼じゃないか、特に俺に」
 言いながらも霊介は弁当箱を開ける。
 中学生が作ったとは思えないくらい、きちんとしたお弁当だ。毎日霊介は、亜澄の愛情が篭った弁当を食べているのだ。
 霊介は喉を潤そうとペットボトルに口をつけようとしたところで、ピタリとその手が止まる。
 これは亜澄の飲みかけだ。
 つまり、霊介は妹と間接キスしてしまうことになる。兄妹なんだから気にすることないのだろうが、そういう細かいところを気にしてしまうのが、澤木霊介という男だ。亜澄もきっと、渡す時は無意識だろうが、よくよく考えたら顔を赤くしそうだ、と霊介は思う。そういうところで二人は似ているのだ。
 あれこれと霊介が悩んでいる間に、明日香が霊介の弁当から玉子焼きを一つ攫っていく。それを口に運びながら、
「しかし本当に可愛いよな、亜澄ちゃん。私の妹にほしいぐらいだ。……しかも美味い」
「多分学校でもモテモテなんじゃないかなぁ? 現にこのクラスでも惚れちゃった人少なくないと思うよ?」
 涼花も玉子焼きを一つ攫いながら言う。
 確かにクラスの男子の霊介を見る目が少し怖くなっている。涼花と明日香はそれなりにモテるため、二人といるだけでも結構羨ましがられるのに、その上亜澄という可愛い妹の登場でクラスメートの嫉妬はマックスだ。
 結局ペットボトルには口をつけられず、弁当を食べることにした霊介は、
「……まあ、去年のホワイトデーにいっぱいもらったとは言ってたな。あげてない奴からももらったらしいし。大体モテモテとかお前が言うな」
「兄としてはどうなの? 例えば亜澄ちゃんが連れて来た彼氏が自分のクラスメートだったら」
 それを聞いた瞬間霊介は立ち上がって、
「そんなもん認めるかぁ!! 大体、亜澄に彼氏なんて……っ! いやでも、アイツももう中学三年生だしな……!」
 勢いよく否定はするものの、妹の彼氏について本気で悩みだす霊介。
 それを冷ややかに眺めていた明日香が、
「どうすんだよ、涼花。アイツのシスコンが目覚めたぞ。責任持ってお前が何とかしろよ」
「えー、面倒くさいよ。ああなるとは思ってなかったし」
 霊介の心配をよそに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

7竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/02/22(金) 23:23:24 HOST:p4092-ipbfp3303osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 4

「霊介、お前この後暇か?」 
 六時間目もなんとか乗り越え、霊介が鞄の中に教科書や筆箱を詰めている途中、明日香に声を掛けられた。彼女の隣には明日香と同じく帰り支度を整えた涼花もいる。
 彼女の質問に正直に答えると、何だか面倒ごとに巻き込まれそうな予感がする。明日香も若干口の端を吊り上げているので、何か企んでいることは間違いない。
 霊介は彼女の企みから逃れようと、視線を彼女から僅かに離しながら、
「……いやー、今日は文房具屋に用事が……」
「よーし、暇だな! だったらついて来い!」
 霊介の慌てる声を聞かず、彼女は霊介の腕を引っ張っていく。
 嘘がバレたこととかはどうでも良かったが、何をするかも分からないのに連れて行かれるのは、流石にどうでも良くなくなってくる。
 いつの間にか街に出てしまい、明日香に摑まれた腕を振り解くようにして、霊介は明日香の高速から逃れる。
「一体何処に連れて行く気だよ。連れて行くのは……良くはないけど、せめて目的を言ってくれ!」
 すると、明日香はうーんと考えるような仕草をして、それから面倒くさそうな表情を作った。
 まるで文句でもあるかのような表情である。しかし、今一番不満を募らせているのは、訳も分からないまま連行されそうになった霊介である。
 彼女は落胆したように、額に手を当てながら、
「私とお前の仲だ。言わなくても分かってくれると思ってたのに……」
「どういう仲だそれ! テレパシーなんて送信も出来なきゃ受信も出来ねぇよ!」
「内容的には受信より送信の方が技術的に上じゃない?」
 それはどうでもいいだろ、と涼花の言葉に思わず叫んでしまう。
 涼花と明日香と一緒にいると特に疲れる、と思いながら霊介は何か言い出そうとしている明日香の言葉を待った。
 彼女は腰に手を当てると、
「今噂になってる都市伝説、『繰々師(くくりし)少女』を探そうじゃないか!」
 刀坂明日香は大変噂好きな少女である。
 彼女の噂好きは学校の七不思議から心霊スポット、都市伝説に至るまで幅広い。オカルト好きともいえるほどだ。
 そんな彼女が『ゴスロリ衣装を着た、謎の少女がいる』という都市伝説を無視するはずもなかった。
 明日香は目を光らせながら霊介に協力を頼むが、
「嫌だ。今までお前の噂捜索に付き合っていい思い出がない。俺は帰る」
 言いながら霊介は踵を返す。
 霊介が彼女と知り合ったのは中学一年生の入学式だ。偶然席が隣で、お互い話す相手がいなかったから式が始まるまで話していたところ、仲良くなったというわけだ。その後、二年生になって涼花と同じクラスになり、彼女とも知り合ったわけだが。
 とにかく彼女の噂の捜索に付き合うのだけは嫌だった。中学の頃は七不思議を見つけるため夜遅くまで学校に残り、深夜に帰ってきたら偶然トイレで起きた亜澄に説教を食らった。違う日に七不思議を捜索したが警備員に見つかり、翌日教師にこっぴどく叱られた。
 涼花はそれなりに楽しんでいたようだが、霊介は高校になったら断ろう、と心に決めていたのだ。
 明日香は帰ろうとする霊介の腕にしがみついて、
「まあ待てって! 流石にタダでとは言わないって! 今日付き合ってくれたら……ああ、そうだ。私とキスできるってのはどうだ!?」
「いらん」
 結構言うのに勇気が必要だったのか、ほんのりと頬を赤く染めながら言う明日香だったが、霊介の即答に少しショックを受けている。
「じゃあ私! 私とチュー出来るよ? やらない?」
「やらん」
 涼花の提案もあっさり拒否。うちの学校の男子なら、涼花とキスできるのなら何だってやるだろうが、霊介は涼花信者ではない。
 しかし、それでも諦めない二人。『キスできるぞ』『チューさよ、チュー』などと叫んでいるため、周りからの注目が集中する。
 それに耐えかねた霊介が、だー、と思い切り叫び、
「わーったよ! 手伝えばいいんだろ、手伝えば! しかしお前らからは別のご褒美を要求する! それでいいな?」
 涼花と明日香が顔を見合わせ、笑顔を浮かべると、
「さっすが霊介! 根はやっぱり優しいね!」
「よっし、そうと決まれば早速開始だー!」

8竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/02/23(土) 17:52:04 HOST:p4092-ipbfp3303osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 もうすぐで蒸し暑い日が続く六月になる五月下旬。
 暖かい、というよりは少し暑い気温のため半袖が多く、長袖を着ていても袖を捲っている人がほとんどだろう。
 そんな暑い日差しが照りつける中、うろうろしていた霊介たちは――
「……全然見つからない……」
 デパートの中にある椅子に腰を掛けてぐったりとしていた。
 涼花はシャツの胸元を少し緩めて、下敷きで涼しい風を送っている。霊介は死にそうな顔になりながらペットボトルのお茶でクールダウンし、明日香は霊介に寄りかかって身体を休めている。
 都市伝説を探し始めてから一時間。勿論そんな短時間で探せるはずもないと思ってはいたが、ここまでの疲労は計算に入れてなかった。時計の針も既に四時半過ぎを指している。
 涼花はタオルで汗を拭きながら、
「まあそんな簡単に見つかるとも思ってないしね。けど、こんなに疲れてちゃ探すどころじゃないよ」
「しかも、言いだしっぺの刀坂がこれだしな」
 霊介は自分に身体を預けてぐったりしている明日香を指差しながら言う。
 明日香は涼花から下敷きで仰いでもらいながら、
「……こんなに時間かかるとは思わなかったんだよ……。デパートの中が涼しくって良かった」
「……お茶飲むか?」
 霊介がペットボトルを明日香に差し出す。彼女がそれを受け取ろうとしたところでふと、その手が止まった。
 受け取るのを躊躇った理由が分からず、霊介は首を傾げている。一方で涼花は何かを察したらしく、くすくすと笑っている。
 見てみれば明日香の顔が僅かに赤い。彼女は慌てたような口調で、
「お、お前……、それは、お前の飲みかけだろう……?」
「……そうだけど?」
「……そ、それを私が飲んだら……か、かかか、かん……かん……」
 何かを言いかけている明日香に眉をひそめる霊介。
 そこで彼は彼女が言いかけた『かん』という言葉で、何を言いたいのか思いついた。
 これは霊介が口をつけたペットボトルだ。つまり、これを明日香が飲んでしまうと霊介と明日香が間接キスしてしまうことになる。
 気付いた霊介も顔を赤くして、
「ば、馬鹿かお前! そんなこと気にしてんじゃねぇよ!!」
「気にしたんじゃない、気になったんだ! 私だって女の子だぞ! そういうことには敏感なんだからな!!」
 二人は人目も気にせずに叫んでしまう。
 二人と友達と思われたくないのか、涼花は知らぬ顔で電話をしている振りを演じていた。妙に上手なところに腹が立つ。
 明日香は強引に霊介からペットボトルを奪うと、意を決してお茶を飲む。
 すると演技をし終わった涼花が携帯電話をしまいながら、
「明日香ちゃん。どうしても間接キスしたくなかったら飲み口拭けば良かったんじゃない?」
 あ、と霊介と明日香の動きが固まる。
 あんな小さなことで大声で言い争っていたことが、急に恥ずかしくなってきた。
「涼花、お前それを先に言えよ!」
「いやー、拭けばいいのに何言ってるんだろって思っちゃってさー。結局どうするか結末を見届けたかったし」
 こいつは趣味が悪い、と改めて気付かされた霊介と明日香であった。
 デパートで休んでいるともう五時前になっていた。
 今日はここで解散することにし、霊介は涼花、明日香と別れて家へ戻ろうと踵を返した瞬間だった。
 ふっと、目の前にドレスを着た小柄な女性が目の前に現れる。
 向こうもこちらに気付いたらしく、視線を合わせてくる。
「何だ澤木か。こんな時間まで友達と遊んでいたのか。漢字プリントも手をつけずに?」
「……蝶ちゃん、嫌なこと思い出させないでくれよ……」
 霊介たちのクラス担任、萩原歌蝶はふふん、と鼻を鳴らす。
 彼女は鬱陶しげに髪の毛を耳にかきあげながら、
「時に澤木。君は今暇か?」
「……まあ、暇っちゃあ暇だけど……」
 特にすることもないのでそう答えた。
 文房具屋に行く、というのは明日香から逃れるための嘘である。
 そうか、と歌蝶はついてくるように指で合図をしながら歩き出す。
「ならば少し付き合え。なに、三十分程度で済む」

9竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/02/24(日) 21:07:59 HOST:p4092-ipbfp3303osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 5

 歌蝶に付き合わされた霊介は、再びデパートの中に入る。その中で歌蝶が向かったのは食料品売り場だ。
 大体何をするか分かったが、霊介は一応聞いてみることにした。
「一体食料品売り場で何をするんですか?」
 歌蝶は振り返らずに答える。
 何をくだらないことを、という風な口調である。
「夕飯の買い物だ。食料品で服を買う奴がいるか?」
 いないだろうな、と霊介は答える。それを聞いた歌蝶はふん、と鼻を鳴らした。
 歌蝶はカートの上にかごを置きながら、
「今日は鍋にしようと思ってな。材料選び、そして荷物持ちに丁度良いと思ったのだ」
 鍋かいいなー、と霊介は漠然と思う。
 しかし、ここで霊介はあることに気がつく。
 確か歌蝶は一人暮らしだったはずだ。まさかこんな少し暑くなってきた時期に、一人で鍋を突付こうというのか。なんというか、哀しいを通り越してチャレンジャーだな、と霊介は思う。
 もしかしたら誰か呼んでるかも、と思い霊介は歌蝶に訊ねる。
「……鍋って一人で?」
 すると歌蝶はう、と声を漏らした。一人でらしい。
 彼女は視線だけを霊介に向け、拗ねたような口調で言う。
「……悪いか」
「いや、悪いというか……寂しくない?」
 霊介の問いに、歌蝶はふん、と鼻を鳴らして、
「寂しいと言えば君が付き合ってくれるのか? こんな寂しい独身女性の夕飯に」
 霊介は答えない。
 はっきり答えれば面倒なことになりそうだし、付き合うと言えば面倒なことになるのは確実だ。どっちを選んでも面倒なことになるのだったら、答えない方がマシだと考えた。
 歌蝶は溜息をつきながら、
「君の家では鍋に何を入れる? 一般的な白菜とか肉とかきのこ以外で」
「変り種ってことか? だったら、たまーにソーセージ入れるけど」
 なるほど、と歌蝶はソーセージの袋を両手に一つずつ掴む。
 両方違う会社のもので、どっちがいいのか見極めているようだ。どうやら値段は同じで、重さも大差がないらしい。
 真剣にどっちを買うか見極めて、二つを霊介に向ける。
「君の家ではどっちを使っている?」
「俺の家庭ではどっちも使ってません。ちょっと値段が張るこれです」
 言いながら霊介は自分の家庭が使っているソーセージを見せる。
 歌蝶はそれを取ると、まあいいか、と言いながらかごに入れる。どうやら値段が高くてもいいようだ。
 鍋の材料を買い終わり、デパートから出たところで持たされた荷物を、歌蝶に取られた。
 霊介が首を傾げていると、
「今日はすまなかったな。もういいぞ」
「え? でも、荷物持ちだって……」
 ふっと歌蝶は笑いながら、
「なんだ、本気にしてたのか? 案外可愛らしいところもあるのだな」
 からかわれたことに霊介は怒りを覚えるが、幼い顔立ちでの可愛らしい笑みを見ると、何も言えなくなる。
 それに時間は五時半だ。そろそろ帰らないと、心配性の亜澄からひっきりなしに電話がかかってくる。それはそれで面倒だ。
 歌蝶は背を向けながら、
「じゃあな。明日から一日ごとに漢字プリントを提出しろ。本当は明後日までに三枚提出なのだが、付き合ってくれた礼だ。大目に見てやる」
 ありがとうございます、と霊介が頭を下げる。そして頭を上げると、歌蝶は既に姿を消していた。
「……漢字プリント、か……」
 嫌なことを思い出したな、などと考えながら霊介は家へ向けて歩き出す。

10竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/03/02(土) 00:34:03 HOST:p4092-ipbfp3303osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 6

 いつもより少々遅めの時間で、家路へと向かう。
 五月下旬の空は五時半を回っても、まだ全然明るく、一人で帰っても全然心配などない。歩きながら、霊介は明日香が相当執着していた(ように見えた)都市伝説の少女のことを思い出す。
 ――『繰々師(くくりし)少女』。明日香はそう呼ばれている、と言っていた。
 君は誰? と聞かれればそう答えることから、都市伝説の名前の由来となってしまっている。その少女の容姿は中学生くらいの背丈に、肌の露出を極力控えたゴスロリ姿で身を包み、腰まで伸びた黒く長い髪がある。さらに瞳は大きく、人形さながらな可愛らしい容姿で、常に大きなウサギのぬいぐるみを抱えている――というのが共通の情報らしい。しかし、噂とは変な伝わり方をするもので、冗談交じりで話を付け加えると、その嘘の情報も広がるのだ。例えば、見た目に反してかなりの力持ちだとか、数キロメートル先まで見通せる千里眼があるとか、中にはウサギのぬいぐるみと会話も出来る、という噂まで広がる始末だ。
 霊介は好き放題に色々な情報を流される少女を気の毒に思いながら、家へと向かって歩いていた。
 そこで彼はふと足を止めた。
 彼が立ち止まったのは、小さな公園だ。通学路でいつも通り過ぎる程度の小さな規模の公園。遊具もほとんど存在しておらず、子供たちが遊ぶには少々狭い敷地だ。この辺りは特に人通りが少なく、気を引くほど珍しいものもないはずだ。――ならば、何故霊介は立ち止まったのか。
 彼が見ているのは公園。――ではなく、公園にあるベンチだ。横に二つ青いベンチが並べられている。しかしそこに異様とも思える光景が広がっていた。
 黒いゴスロリ衣装に黒く長い髪、あどけなさが残る顔に中学生くらいの背丈の少女が、ベンチの上で寝転がり、すーすーと規則的な寝息を立てていた。
 霊介は思わず近寄って行ってしまう。眠っている少女の顔はどこか幸せそうで、繊細さを思わせるほど、彼女の身体は華奢で、透き通るような透明感を持つ白い肌は、目を奪われても仕方のないように思えた。
 どっかの変態が見つけたら大変だな、と思いながら霊介は持っていた鞄の取っ手を口で咥え、小さな少女の身体をお姫様抱っこの療養で抱きかかえる。少女の身体は思った以上に軽かった。抱きかかえると、少女は霊介のシャツをきゅっと掴んで、くっ付く。親か何かでも勘違いしているのか、と思った霊介は短く息を漏らした。
 それはさておき、この娘をまずはどうにかしないといけない。
 家へ届けようにも住所など知らない。親と連絡を取ろうとしても何とこの娘は携帯電話を持っていない。警察に身柄を預けるのも気が引けた。
 とりあえずは家に置いておくか、と思い霊介は家へと運ぶため再び歩き出す。
「……やべぇ、亜澄にはどう説明すっかなぁ……」
 唯一の問題点、妹の説得に一つ苦労しそうだが、ちゃんと話せば分かってくれるはずだ、と自己暗示をあっける。亜澄もそこまで酷い人間じゃない。根は優しい女の子なのだから。
 霊介は自分で自分を落ち着かせながら歩き続ける。
 そんな中で、霊介はふとある疑問を抱いた。

 ――都市伝説と一致している箇所が多すぎるこの娘。この娘が都市伝説の『繰々師少女』なのでは? と――。

11竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/03/02(土) 13:53:50 HOST:p4092-ipbfp3303osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 7

 霊介は少々急ぎ足で歩きながら、ようやく家の前に着いた。
 鍵を入れている鞄を咥えていたため、とりあえず鞄から口を離し、眠っている少女を片手で支えながら鞄の中から鍵を取り出す。とりあえずこの動作で少女が起きる様子がないのを見て、ホッと一安心する。
 霊介は彼女を抱えたまま家の鍵を開け、四苦八苦しながらも何とか家の中に入った。既に亜澄が帰っており、前方のリビングの方から慌ただしい足音と共に扉が開き、黒い髪をツインテールにした妹が出てくる。
 妹は少々むっとした表情で、
「おにーちゃん、やっと帰ってきた! もう、洗い物さん済ませないとご飯の準備も出来な……って、どうしたのその子!? おにーちゃん、それ誰から奪ってきた妹さん!?」
 案の定、妹は表情を驚愕の色に染めた。
 勝手な解釈をして、口を開けながらあわあわと慌て始める妹に、霊介は鞄を渡す。
 首を傾げる妹に、霊介は自分の部屋へと向かいながら、
「悪い亜澄。鞄から弁当箱出して洗っといてくれ。この子のことは後で説明するから」
 言いながら霊介は自分の部屋へと消えてしまった。
 亜澄は嘆息しながら、リビングに戻り、椅子に鞄を掛けて中から弁当箱を取り出す。今日もいつもどおり空になった弁当箱を見て、亜澄は嬉しそうな表情を浮かべる。
 弁当箱が空になっているということは、霊介がちゃんと弁当を平らげてくれたということだ。亜澄はそれがたまらなく嬉しくて、陽気に鼻歌を歌いながら洗い物を開始する。

 部屋に戻った霊介は、この少女をどうしようかと本気で悩んでいた。
 都市伝説の少女と容姿が一致しすぎている少女は、霊介のシャツから手を離して、今はベッドの上に寝かせている。今も尚、規則的な寝息を立てて眠っている。
 まずは彼女が起きなければどうすることも出来ない。見た目から察するに中学生だろう。だから親がわざわざ公園のベンチに置いていった、とは考えにくい。まず中学生があんなところで眠るだろうか。眠りの深さから、霊介が通る少し前に眠ったとは考えにくい。
 揺すって無理矢理起こすのもなんだか悪い気がしたので、彼女が目を覚ますまで待つことにした。といっても、亜澄が夕飯の支度をするのは大体六時半から。今はまだ五時五十分。まだ時間があるしなあ、と思いベッドの横に座る。
 ふと、霊介の意識が、偶然寝返りを打ってこちらを向いていたゴスロリ少女の寝顔へと向けられる。
 人形のように可愛らしく端整な顔立ち、透き通るような白い肌に、小さい桜色の唇。細身の華奢な身体に、綺麗な長い黒髪。どれをとっても魅力的な少女で、都市伝説などと呼ばれているのが残念に思えるほどだ。いや、逆に考えれば、ここまで綺麗だからこそ伝説と呼ばれているのか。
 今まで霊介は女子を可愛いと思ったことは何度もある。兄としての贔屓目なしに妹の亜澄は可愛いと思うし、傍から見れば涼花や明日香も可愛いと思われるだろう(明日香はカッコいいの方が合ってそうだが)。しかし、目の前の少女もそれに負けじと劣らずで可愛いことは確かだ。
 そんな事を考えていると、偶然ベッドの上に置いていた自分の腕の袖を、ゴスロリ少女がきゅっと掴んだ。
 一瞬、起きたのか、と思う霊介だったが、少女は変わらず寝息を立てている。どうやら、またも無意識だったようだ。
 ベッドに体重を預けていると、今日の溜まった疲れのせいで、一気に睡魔が襲い掛かってきた。霊介はそれに抗えず、すっと目を閉じてしまう。
 霊介とゴスロリ少女が眠っているさまは、さながら仲の良い兄妹のようにも思えた。

12竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/03/09(土) 23:57:57 HOST:p4092-ipbfp3303osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 8

 霊介はふと目が覚めた。
 特に外部からの刺激があったわけでも、騒々しいわけでもなく目が覚めた。彼は床に転がっている自分の携帯電話を開き、時刻を確認する。表示された時刻は午後六時二十分。亜澄はまだ夕飯の支度は始めていないはずだ。ベッドに体重を預けるうちに眠ってしまったようで、彼は辺りを見回す。そこで、寝る前の光景と今の光景との違いを発見する。
 ――ゴスロリ少女がいない。
 目の前のベッドは、布団がめくれているので起きたのは確かだ。だが、そこから彼女が何処へ行ったかは見当もつかない。
 自然と体が動き出し、彼は玄関の方へと進む。見慣れた自分の靴と亜澄のローファー、そのほかにもう一つ、黒いパンプスを発見した。それは見慣れてはいないが、家に入れる際に霊介がゴスロリ少女から脱がせたものだ。それは記憶にある。まだ靴があるということは、外には出ていない。まだ室内だろう。
 部屋を出たときに、隣の亜澄の部屋から彼女の笑い声がした。彼女の部屋に行っているのだろうか、と考えるがその可能性は低いと思う。亜澄は人見知りはあまりしないタイプだが、見知らぬ少女とこうも早く打ち解けるとは思わない。しかも亜澄の話し声がする割に、もう一人の話し声が聞こえない。亜澄の声の相手は恐らく受話器越しにいるのだろう。
 霊介は一旦リビングに行き、お茶を飲みながら思考を安定させる。まだ探していないのは風呂場とトイレだが、正直そこは躊躇が生じる。風呂場に入っていたら、幸いにもシャワーを浴びている最中なら良いが、服を脱いでいる途中、もしくは入浴直後に遭遇したらとても危険だ。悲鳴を上げられ亜澄に感づかれ、その後妹にのしかかられ、連続パンチで最高ヒットと最高ダメージを決められるだろう。そこは何としても回避したい。トイレとしても同じ結果が予想できる。
 彼はコップのお茶を飲み干して、それを台所に行くと、トイレの前まで行く。別に扉を開けて確かめる必要はない。電気のスイッチが入っているか確かめればいいのだ。扉の横にあるスイッチに目をやると、点けられてはいない。つまり中には誰も入っていないということだ。
 霊介は風呂場の確認は諦めて、ついでに風呂場から誰かが出てくるまで、自分の部屋で待機することにした。
 しかし、

 部屋の扉を開けると、一糸纏わぬゴスロリ少女がそこに――彼女の特徴であるゴスロリ服を一切纏わぬ姿でそこにいた。
 今まさに服を着ようとしている少女は、両手で自身のドレスを掴んでいる。シャワーから上がったばかりなのか、彼女の長い黒髪には水滴が残っており、白い肌の頬には赤みが差している。服の上からでも分かるくらい華奢ではあったが、服が無い状態ではそれがよく見てとれる。腕や足も細く、他の部分も未発達気味だ。幼さを身体中に顕著に現しながら、少女はこちらを見たまま硬直していた。

 扉を開けたまま、こちらも硬直する霊介。開けた扉を閉めることも忘れ、そのまま固まってしまった。
 霊介が何か言い訳を放つ前に、ゴスロリ少女がみるみる顔を赤くしていく。
 何だか彼女の目尻に涙が浮かんでいるような気もする。何か言おうと霊介が言い訳を始めようとした直後、
「いやあああああっ!!」
 少女の甲高い悲鳴が部屋のみならず、家の中に響き渡った。
 その悲鳴を聞き逃すことなく、隣の部屋にいた亜澄が扉を開け、こちらの部屋に駆け寄ってきた。
「どうした、何事だ!?」
 乗り込んできた亜澄は一目で状況を把握した。
 目に飛び込んできた光景は、狼狽する我が兄に、服を持ったまま涙目で縮こまる幼い少女。めくれ上がった布団。亜澄は無言のまま頷いている。霊介にはわかる。我が妹がどういう解釈をしたのか、いや。間違った解釈をしているのが。
 亜澄は口を開く。
「えーっと、状況を整理しました」
 亜澄が敬語になっている。兄として霊介は、これが危険信号だと理解している。
 彼女が敬語になった時は、怒っているかシリアスシーンの時だ。これは前者の方で考えるべきだ。
「私のおにーちゃんがすっごくオロオロして、おにーちゃんが連れて来た女の子が泣いている。そして、微妙にめくれている布団。おにーちゃんが眠っているその子に何をしたのか、なんとなく想像が出来ました」
「布団は関係ないだろ」
 ツッコミを入れる霊介だが、亜澄は意にも介していない。
「つまりこういうことですね。眠っている少女におにーちゃんが手を出して、布団の中で彼女の貞操を奪った、と。その事実を知った少女は泣き崩れ、おにーちゃんが慌てている、と。なるほどなるほど」
「オイ、違う! お前はものすごい勘違いをしている!」
 きらーん、と亜澄の目が光った気がした。
 瞬間、亜澄は霊介に襲い掛かった。
「問答無用じゃ! 年下の女の子を苛めてそんなに楽しいかぁぁぁっ!?」

13たっくん:2013/03/10(日) 00:43:55 HOST:zaq31fa58ac.zaq.ne.jp
>>1
くだらないスレだ
あんたのスレはホントつまらない
くだらない
相変わらずですね〜

しかしそのくだらなさが
私をこの地へ呼び寄せたのです。

ではまた

14たっくん:2013/03/10(日) 00:44:36 HOST:zaq31fa58ac.zaq.ne.jp
貴方がつまらないアホな掲示板を立て続ける限り
私もここに存在し続けるのです。

15竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/03/10(日) 13:46:36 HOST:p4092-ipbfp3303osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 結局霊介は亜澄に馬乗りになられて、顔面に脅威の六十九ヒットを叩き込まれた。
 したたか顔を殴られた後に、リビングに戻り霊介は弁解のチャンスを得た。しかし、亜澄は腕を組みながら霊介を睨んでいる。霊介の隣に座っているゴスロリ少女(着ていた服は亜澄が洗濯しているため、今は亜澄のワンピースを身に着けている)も、ウサギのぬいぐるみを抱えながら、隣にいる霊介に怯えている。
 正直、周りは敵だらけだ。
 こんな完全アウェーな状況で弁解もクソもあるのだろうか、と霊介は考え込むが、このまま誤解され続けられるのも御免だ。
 霊介は未だ痛みが残る右頬を押さえながら、口を開いた。
「まず最初に言っとくが、俺はこの娘に手を出したわけじゃない。そこからまず納得してくれ。つーか、お前もそれくらい分かるだろ。俺が寝ている女の子に手を挙げるような奴かどうかくらい」
 霊介は目の前にいる亜澄にそう言う。
 しかし、尚も亜澄はじとっとした瞳を霊介に浴びせている。彼女は兄の言葉を全く信じていないようだ。昼休みの彼女に帰ってきてほしいところだが、誤解が解ければいつもどおりの亜澄に戻るだろう、と霊介は信じ、必死に弁解を試みる。
 亜澄はうんうん、と頷いて数秒黙り込む。
「……じゃあ何でその娘は泣いていたんですか? そして何で全裸だったんですか?」
 彼女の敬語モードは解かれていない。
 霊介は慎重に言葉を選びながら、口を開いた。
「全裸だったからって、何かしたことにならないだろ」
 霊介は溜息をつきながらそう言った。
 そして彼は説明を始める。
 ベッドに彼女を寝かし、そのまま自分もうたた寝してしまったことを。目が覚めると彼女の姿が見当たらなかったことを。靴があるのでまだ家にいるだろう、と色々探し回ったことを。何処にもいないので、とりあえず一旦部屋に戻ったことを。そしたら例の場面に出くわし、今に至ることを。
 亜澄はその言葉を静かに聞いていた。霊介の隣のゴスロリ少女も、霊介に対して徐々に警戒心を解いているようだった。
「……分かってくれたか? つまり、お前の解釈は間違いだらけなんだよ」
「……私の解釈が間違っていたのは分かったよ、ごめんなさい」
 亜澄の口調が元に戻ったような気がした。亜澄は素直に頭を下げる。
 霊介は思いが通じたことに喜び、心の中でガッツポーズを決める。
 ――が、
「でも、その娘の裸を見ちゃったことは、おにーちゃんの過失にならないのかなあ?」
 亜澄が嫌な表情をした。
 草食動物を見つけた時の肉食動物のようだ。目がきらんと光り、霊介をしっかりと見据えている。
 その言葉に、霊介は思わずうろたえる。確かに、裸を見たことは確かだ。それは弁解のしようがない。
「……そ、それは俺も悪かったよ……。ごめんな」
 霊介は隣のゴスロリ少女に謝る。
 ゴスロリ少女は小さくこくり、と頷くと、霊介に顔を向けて言う。
「……大丈夫、私も勝手に部屋に入って着替えちゃってたし……。あなたには色々迷惑掛けちゃったから……」
 少女は快く許してくれた。
 霊介はほっと胸を撫で下ろすと、亜澄が勢いよく立ち上がる。霊介とゴスロリ少女は同じタイミングで肩をびくっと震わせる。
 亜澄の瞳がきらきらと輝いている。
「よっしゃあ、おにーちゃんの変態さん疑惑も晴れたことだし、今日はその子をおもてなししてあげようじゃないか!」
 霊介は溜息をつかざるを得なかった。彼女は家に友達が来ただけですぐにパーティーを開きたがる。
 中学の頃、何度か霊介の家で勉強会をした時、家にやって来た涼花と明日香も相当に驚いていた。最終的に翌日のテストでは憶えたところを完全に忘れてしまっていたのだが。
 こうなるともう誰も彼女を止められない。
 亜澄の異様とまでいえる高いテンションに、ゴスロリ少女は大いに戸惑っていた。そんな少女に霊介は優しく語り掛ける。
「悪いな、うちの妹騒がしくて」
「ううん。とっても楽しそうだよ、妹さん」
「あ、そーだ! あなた名前はなんて言うの? 呼ぶとき困っちゃうからさ! 私は澤木亜澄! こっちはおにーちゃんの霊介!」
 霊介は亜澄に紹介されると『よろしく』と短く言う。
 ゴスロリ少女は、小さく二人の名前を復唱しながら、ウサギのぬいぐるみを抱きしめる。
 それから、自分の名前を伝えようと小さな口を開いた。
「わたしは……凪(なぎ)。……人乃宮凪(ひとのみやなぎ)。それが、わたしの名前……」

16竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/03/16(土) 13:54:38 HOST:p4092-ipbfp3303osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 ――凪。
 彼女の名前を聞いた時、霊介は正直に美しい名前だと思った。長い黒髪に大きな瞳、端整な顔立ちの少女にふさわしい名前だと思った。字が表すとおり、風も彼女を吹き晒そうとは思わないだろう。
 霊介は無意識に凪を見つめていた。視線に気付いた凪が霊介に可愛い顔を向けてくる。不意に二人の視線が重なり、同時に顔を逸らす。
 その間にも亜澄は自分の部屋に戻って財布を捜しに行っていた。そう分かったのは彼女の部屋がある方向から『あっれー? お財布さん、どこだー?』とか叫んでいるからだ。
 彼女がドタバタしながら財布を手にリビングに戻ってくると、未だに座っていた霊介と凪に立つように促す。
「はいはい、ほら立った! そろそろセールやる時間帯だから、急がなきゃ売り切れちゃうよ!」
 妹のそのテンションに、霊介と凪は椅子から立ち上がり、亜澄の後について家を出る。

 三人が向かったのは、家から十分ほど歩いたところにある大きなデパートだ。
 食料品だけじゃなく洗剤や日用品、さらには調理器具まであったりと、品揃えのいいお店である。澤木家、主に亜澄が利用するのだが、ほぼ毎日行っているため、デパートのおばちゃん店員からは顔を覚えられている。
 亜澄は慣れた手つきで買い物カートの上に籠を載せ、カートを押していく。
「ねーねー、晩御飯何がいい? 私何でも作っちゃうよー!」
 彼女の言葉は強ち間違ってはいない。
 亜澄は家事歴が長いためか、大抵の料理は作れる。さすがにフレンチやイタリアンの店で出される芸術的な料理は不可能だが。
「別に何でもいいよ」
 霊介が返すと、亜澄は頬を膨らませながら反抗してくる。
「むー、そういうのが一番困ったさんなんだよ。じゃあ凪ちゃんは? 何か希望ある?」
 指名された凪は困ったような表情を浮かべて沈黙してしまう。
 彼女も特に希望はないようだ。元々、食べさせてもらう身なので遠慮しているのかもしれない。
 亜澄は困ったように腕を組んで考え込む。
 自分が作れるもので、三人が食べられるものといえば……。
 亜澄は閃いたような表情をしてから、カートを野菜の方へと走らせていった。彼女が見ているのは白菜である。ついでに近くにある大根やきのこにも目を通している。どうやらメニューは鍋に決まったらしい。そういえば蝶ちゃんも今日は鍋って言ってたなー、と思いながら霊介は食材とにらめっこしている亜澄を遠目から見ていた。
 彼の傍らで楽しそうに動き回る亜澄を見ながら、くすっと凪が笑っていた。
「……なんだか、楽しそうだね……」
 凪がそっと呟く。
 今までこっちが話しかけなければ話さなそうな彼女から、口を開いた。
「まあな。アイツは昔から人が大好きだし」
「ううん、彼女じゃなくて――君だよ」
 凪が霊介に視線を向ける。
 はにかむような笑みを見せながら、凪は霊介を見つめている。その凪の表情に、霊介は思わずドキッとしてしまう。
「君――霊介でいいよね? 霊介は亜澄を見てると、とても楽しそうな顔をしてる。彼女と一緒にいるのが楽しいような、一番落ちついているような、そんな感じ。……上手く言えないけど、君には彼女が必要で、彼女には君が必要みたいな」
 霊介は心の中で頷いていた。
 確かに、今の自分には亜澄の存在が必要だ。彼女がいないと自分はきっと生活もままならないだろう。亜澄と一緒にいると楽しいし、一番落ち着くというのも事実だ。
 霊介は凪の手を引く。その彼の行為に凪が僅かに驚いたようだった。
「行こうぜ。アイツ忙(せわ)しないから、追いかけないと見失っちまうぞ」
 二人は先々と食材をカートに入れていく彼女を、駆け足気味で追いかけて行った。


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