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あの作品のキャラがルイズに召喚されましたin避難所 4スレ目

1ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 13:53:15 ID:tnRMCI/M
もしもゼロの使い魔のルイズが召喚したのがサイトではなかったら?そんなifを語るスレ。

(前スレ)
避難所用SS投下スレ11冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1392658909/

まとめwiki
ttp://www35.atwiki.jp/anozero/
避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/9616/

     _             ■ 注意事項よ! ちゃんと聞きなさいよね! ■
    〃 ` ヽ  .   ・ここはあの作品の人物がゼロ魔の世界にやってくるifを語るスレッドよ!
    l lf小从} l /    ・雑談、SS、共に書き込む前のリロードは忘れないでよ!ただでさえ勢いが速いんだから!
   ノハ{*゚ヮ゚ノハ/,.   ・投下をする前には、必ず投下予告をしなさいよ!投下終了の宣言も忘れちゃだめなんだからね!
  ((/} )犬({つ'     ちゃんと空気を読まないと、ひどいんだからね!
   / '"/_jl〉` j,    ・ 投下してるの? し、支援してあげてもいいんだからね!
   ヽ_/ィヘ_)〜′    ・興味のないSS? そんなもの、「スルー」の魔法を使えばいいじゃない!
             ・まとめの更新は気づいた人がやらなきゃダメなんだからね!

     _
     〃  ^ヽ      ・議論や、荒らしへの反応は、避難所でやるの。約束よ?
    J{  ハ从{_,    ・クロス元が18禁作品でも、SSの内容が非18禁なら本スレでいいわよ、でも
    ノルノー゚ノjし     内容が18禁ならエロパロ板ゼロ魔スレで投下してね?
   /く{ {丈} }つ    ・クロス元がTYPE-MOON作品のSSは、本スレでも避難所でもルイズの『錬金』のように危険よ。やめておいてね。
   l く/_jlム! |     ・作品を初投下する時は元ネタの記載も忘れずにね。wikiに登録されづらいわ。
   レ-ヘじフ〜l      ・作者も読者も閲覧には専用ブラウザの使用を推奨するわ。負荷軽減に協力してね。

.   ,ィ =个=、      ・お互いを尊重して下さいね。クロスで一方的なのはダメです。
   〈_/´ ̄ `ヽ      ・1レスの限界最大文字数は、全角文字なら2048文字分(4096Bytes)。これ以上は投下出来ません。
    { {_jイ」/j」j〉     ・行数は最大60行で、一行につき全角で128文字までですって。
    ヽl| ゚ヮ゚ノj|      ・不要な荒れを防ぐために、sage進行でお願いしますね。
   ⊂j{不}lつ      ・次スレは>>950か480KBからお願いします。テンプレはwikiの左メニューを参照して下さい。
   く7 {_}ハ>      ・重複防止のため、次スレを立てる時は現行スレにその旨を宣言して下さいね。
    ‘ーrtァー’     ・クロス先に姉妹スレがある作品については、そちらへ投下して盛り上げてあげると喜ばれますよ。
               姉妹スレについては、まとめwikiのリンクを見て下さいね。
              ・一行目改行、且つ22行以上の長文は、エラー表示無しで異次元に消えます。
              SS文面の区切りが良いからと、最初に改行いれるとマズイです。
              レイアウト上一行目に改行入れる時はスペースを入れて改行しましょう。

146ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:27:21 ID:Xfy8vrRQ
「要だけかいつまんで言えば、恐らくその巫女はお前の一つ前…つまりは先代の巫女の筈だ」
「…は?先代の…巫女ですって?」
 少し渋った末に聞かされたその答えの突然さに、霊夢は目を丸くする。
 思わず素っ頓狂な声を上げる霊夢に藍は「あぁ」と頷きつつ、雨上がりの晴れた青空を仰ぎ見ながらゆっくりと語っていく。
 それは人間にとっては長く、妖怪である彼女にとってつい昨日の様な出来事であった。

「今から二十年前の幻想郷での出来事か、今のお前より年下の少女が新しい博麗の巫女に選ばれた。
 霊力、才能共に十分素質があり、何より当時の先代が幼年の頃の彼女を拾って修行させいたのも大きかった。
 何よりあの当時は今と比べて雑魚妖怪共による集団襲撃が相次いでいたからな。なるべく早く次代を決めざるを得なかった」

 藍の話をそこまで聞いて、霊夢は成程と幾つもある疑問の一つを解決できた事に満足に頷いて見せる。
 つまりあの夢の内容はその先代巫女とやらが妖怪退治をしていた時の光景を夢で見たのであろう。
 そこまで考えたところでまた新しい疑問ができたものの、それを察していたかのように藍は話を続けていく。

「お前が言っていた人面に猿の体の妖怪の事なら、当時私も現場にいたから良く覚えてる。
 それで、まぁ…実はその当時既に幼いお前さんを紫様が少し前に拾って来ていてな、
 気が早いかもしれんが、何かあった時の跡取りにと二十二なったばかりの先代巫女にお前の世話を押し付けていたんだ。
 まぁ紫さま自身ようやく赤ん坊から卒業したばかりのお前さんの面倒を見てたり……後、妖怪退治にも連れて言ったりもしてたな」

 勿論、紫様がな。最後にそう付け加えて名前も知らぬ先代巫女の名誉を守りつつもそこで一旦口を閉じる。
 一方で、そこまで話を聞いていた霊夢はこんな所で自分の出自に関する事が出てきた事に少し衝撃を受けていた。
 放して欲しいとは言ったが、まさかこんな異世界に来てから幻想郷で告白するような事実を告げられたのであるから。
 藍も雰囲気でそれを感じ取ったのか、若干申し訳なさそうな表情を浮かべて彼女へ話しかける。
「流石に堪えるか?…すまんな、お前の出自に関してはお前が色々と落ち着いてから話そうと紫様と決めていたんだが…」
「…ん、まぁー大体自分がそうじゃないかなって思ってたりはしてたけどね?両親の事とか全然記憶にないし」
 今はここにいない紫の分も含んでいるであろう藍からの謝罪に、霊夢はどういう感情を表せばいいか分からない。

 確かに彼女の言うとおり、今現在も続いている未曾有の異変解決の最中にカミングアウトするべき事じゃなかったのは明白である。
 恐らく異変を解決した後で、更に自分が年齢的にも精神的にも大きくなった時に話すつもりでいたのだろう。霊夢はそう思っていた。
 最も霊夢自身は両親がいないという事実を何となく察していたし、一人でいて特に不自由する事もなかったが。
 しかしここでふと新たな疑問がまた一つ浮かぶ。霊夢はそれをなんとなく藍に聞いてみることにした。
「んぅ〜…でも私、その先代の巫女とやらと一緒にいた記憶がスッポリ抜け落ちたかの如く無いのよねぇ〜」
「……………まぁ大抵の世話は紫様がして、巫女はそういうのを面倒くさがって全部あのお方に任せていたからな」
 しかしこの時、霊夢の質問を――ー先代の巫女と一緒にいたという記憶が無い―と聞いて一瞬だけ表情が変わるのを見逃さなかった。
 それを見逃さなかった霊夢であったが、その内心を読み取ることは出来ずひとまず彼女に話を合わせることにした。

「…?……んぅ、まぁ例え私が紫にそういうのを押し付けられたとしても確かにそうするかもね」
「まぁオムツはやら離乳食は卒業したばかりであったし、大して世話は掛からなかった…とも言っておこうか」
「そういうのを、普通にカミングアウトするのやめてくれないかしら?」
 藍からしてみればほんの少し前の幼い昔の霊夢と、成長して色々酷くなった今の霊夢を見比べながら彼女は言う。
 そんな式に苦々しい表情を向けつつも、霊夢は昨日から悩んでいた事が幾つか取り除かれた事に対してホッと安堵したかった。

147ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:33:53 ID:Xfy8vrRQ
 どういう理由かまでは知らないが、どうやら自分は昔見たであろう血なまぐさい光景とやらを夢で見たのだという。
 そしてあの巫女モドキはこの世界の出身者ではなく、同じ幻想郷の同胞――それも自分の先代である博麗の巫女であるかもしれない事。
 何故今になって、こんな厄介かつ長期的な異変に巻き込まれている中でこのような事態が起こったのかは分からない。

 解決すれはする度に新しい疑問が湧きあがり、霊夢の頭の中に悩みの種として埋められてしまう。
 そして性質が悪い事にそれはすぐに解決できるような話ではなく、それでも異変解決を生業とする身が故に自然と考えてしまう自分がいる。
(全く…チルノや他の妖精たちみたいな能天気さでもあれば、そういう事に対して一々気にもせずに済んだのかもしれないわね)
 知性が妖精並みに低くなるのは勘弁だけど。…そんな事を思っていた霊夢は、ふと頭の中に一つの疑問を藍へとぶつける。
 それは、かつて自分の前に巫女もどき―――ひいてはその先代の巫女かもしれない人物についての事であった。

「じゃあ聞きたいんだけど、私とルイズ達が私とそっくりな巫女さんに会ったって言ったでしょう」
「あぁ、そういえばそんな事も言っていたな。確か夢の中に出てきた先代巫女と瓜二つだったのだろう?」
「だから聞きたいのよ。どうしてこんな異世界に、先代の巫女とよく似たヤツがいるのかについて」
「…………」

 意外な事にその質問を耳にして、藍は先程同様すぐに答える事ができなかったのだ。
 まるでとりあえずボタンは押したは良いものの、答えがどれなのか思い出そうとしている四択クイズのチャレンジャーの様である。
 それに気づいた霊夢が怪訝な顔を浮かべて彼女の顔を覗き込もうかと思った、その直後であった。
「―――悪いが…それに関しては私の知る範囲ではないし、紫様も同様に答えるだろうな」
「つまり、あの巫女もどきの存在は完全にイレギュラー…って事でいいのよね?」
 大分遅れて答えを口にした彼女に怪訝な視線を向けつつも、霊夢は念には念を入れるかのように再度質問する。
 藍はそれに対し「そうだ」と頷くと、もう話は終わりだぞと言うかのようにベンチからゆっくりと腰を上げた。
 彼女が立ち上がると同時に霊夢も視線を上げると、金髪越しの陽光に思わず目を細めてしまう。

「私が確認しない事には分からないが、生憎未だ見つかってない。最も、何処にいるか皆目見当つかんがな」
「そう…じゃあ私とルイズ達はいつもどおり異変解決に専念するから。アンタは巫女モドキを捜す…それでいいわよね?」
「それでいい。何か目ぼしい情報があれば教える、それではまた今夜にでも…」
 互いにするべき事と任せるべきことを口に出した後、藍は霊夢が歩いてきた道を歩き始める。
 市場へ向かう人の流れに逆らうように足を進める九尾の背中を、霊夢は無言で見つめていた。
 やがて通りの横に造られている路地裏にでも入ったのか、人ごみとと共に彼女の姿は掻き消されたかのように見えなくなった。
 霊夢はそれでも視線を向け続けた後、一息ついてから立ち上がり横に立てかけていたデルフを手に取る。
 太陽に熱されて程よく暖まった鞘に触れた途端、それまで黙っていた彼は鞘から刀身を出して霊夢に話しかけた。

『余計なお節介かもしれんが、お前さんあの狐の話を端から端まで信じる気か?』
 いつものおちゃらけた雰囲気とは打って変わって、ややドスの利いたその声に霊夢は無言で目を細める。
 ほんの数秒目と思しき物が分からないデルフと睨み合った後、彼女は溜め息をつきつつ「まさか」と返した。

148ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:39:40 ID:Xfy8vrRQ
「アイツといい紫といい、何か私に隠してるってのは分かってるつもりだけど…一番問題なのはあの巫女もどきよ」
『あの狐がお前の前の代の巫女と姿が一致してるって言ってたあの長身の巫女さんの事か』
 デルフもタルブで助太刀してくれた彼女の後姿を思い出しつつ、藍が言う前に霊夢より一つ前の巫女と似ているのだという。
 しかしここはハルケギニアであって幻想郷ではない。ならばどうしてこの世界にいるのか、その理由が分からない。

 文字通り情報が圧倒的に不足しているのだ。
 まだ親の顔すら分からぬ赤ん坊に、魔方陣を一から書いてみろと言っている様なものである。
 恐らく藍や紫たちも同じなのであろうし、この謎を解くにはもう少し時間が必要なのかもしれない。
 そしてデルフにとってもう一つ気になる疑問があり、それは今すぐにでも霊夢に問う事ができた。
 さてこれから何処へ行こうかと思っていた彼女へ、デルフは何の気なしに『なぁレイム』と彼女に話しかけたのである。

『アイツらは随分と一つ前の巫女を覚えてたようだが、お前さんの先輩だっていうのに肝心の本人は全く覚えてないってのか?』
「ん…?そりゃ、まぁ…そんな事言われても本当に物覚えがないのよねー。…まぁ私がこうして巫女やってるから何かがあったんだとは思うけど」
『何かって?』
 霊夢の意味深な言葉にデルフが内心首を傾げて見せると、彼女はお喋り剣に軽く説明した。
 博麗の巫女は継承性であり、基本は霊力の強い女の子を紫か巫女本人が跡取りとなる少女を探す…のだという。
 当代の巫女は跡取りの少女に霊力の操り方や妖怪との戦い方、炊事選択などの一人で暮らせる為の知恵を授けなければいけない。
 そして当代が何らかの原因で命を落とした場合は、一定の期間を置いて跡取りの少女が次代の巫女となるのだという。
「私の代で妖怪との戦いは安全になったけど…昔は一、二年で死んでしまう巫女もいたらしいわ」
『ほぉ〜…そりゃまた、随分とおっかないんだなぁ?お前さんの暢気加減を見てるとそうは思えんがね』
 一通り説明した後、暢気に聞いていたデルフが感心しつつも漏らした辛辣な言葉に彼女はすかさず「うっさい」と返す。
 まぁ確かに彼の言うとおり、スペルカードや弾幕ごっこのおかげで幻想郷全体がひとまず平和になり、自分もその分暢気になれる余裕ができたのだろう。
 時折そうしたルールを理解できないくらい頭が悪い妖怪が襲ってくる事はあるが、これまで余裕で返り討ちにしている。
 幻想郷で起きた異変で対峙してきた連中は幸いにも弾幕ごっこで挑んできてくれたし、それなりにスリリングな勝負を味わってきた。
(まぁ弾幕って綺麗だし避けるのも中々面白いけど…ハルケギニアの戦い方と比べれば何て言うか…命の張り合いが違うというか…)

 だがその反面、この世界での戦い方と比べれば幻想郷側である霊夢も多少相性の悪さを覚えていた。
 弾幕ごっこは基本被弾しても多少の怪我で済むし、当てる方が加減をすれば無傷で相手との雌雄を決する事ができる。
 だがその反面、最低怪我だけで済む命の保証された戦いはハルケギニアの血生臭い命のやり取りとは『真剣さ』に決定的な差がある。
 例えれば、鍛え抜かれた剣と槍を持った鎧武者相手に水鉄砲と文々。新聞を丸めたモノで勝負を挑むようなものなのだ。
 相手がキメラなら霊夢も容赦なしで戦えるが、ワルドの様な人間が相手ではそう簡単に命を奪うような真似は出来ない。
 もしもあの時、自分ではなく魔理沙がワルドの相手をする羽目になっていたら――――…そこで霊夢は考えるのをやめる。
 慌てて頭を横に振って考えていた事を振り払うと、そこへ間髪入れずにデルフが話しかけてきた。

『…それにしてもお前さん、結局一昨日の事はあの二人に話さなくて良かったのかい?』
 最初は何を言っているのかイマイチ分からなかったが゙一昨日゙という単語でその日の出来事を振り返り、そして思い出す。
 そう、一昨日の夜…自分たちのお金を盗んだ少年をいざ気絶させようとしたときに、何故か巫女もどきが突っ込んできたのである。

149ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:40:33 ID:Xfy8vrRQ
 おかげで気を失うわ、あの少年にはまんまと金を持ち逃げられるわで散々な目に遭った。
 さっきまでデルフ言った『暢気発言』のせいで変に考えすぎてしまっていたせいで、ほんの一瞬だけ忘れてしまっていたらしい。
 その時魔理沙の元にあったデルフが知っているのは、昨日他の二人が寝静まった後に顛末を聞かせてくれと頼んできたからだ。
 霊夢本人としてはあまり自分の失敗は話したくなかったものの、あんまりにもせがむので仕方なく教えたのである。
 その事を思い出せた霊夢はあぁ!と声を上げてポンと手を叩き、ついでデルフに喋りかける。
「まぁ説明しようかなぁ…ってのは思ってたけど、下手に一昨日ここで出会ったって言うのは何か不味い気がしてね」
『それは案外正解かもな?あの狐、あまり騒ぐのは良しとしてないようだがそれもあくまで『大多数の人が見ている前』だけかもしれん』
「……それってつまり、藍のヤツがあの巫女もどきを見つけ次第どうにかしちゃうって言いたいの?」
 霊夢の言い訳にデルフはいつもの気怠そうな声とは反対に、きな臭さが漂う事を言ってくる。
 やけに過激な発言なのは間違いないし、そこは霊夢も言いすぎなんじゃないかと諭すのが普通かもしれない。
 しかし、彼女もまたデルフの言葉を一概に否定できるような気分ではなかった。

 昨日、あの巫女もどきと似ているという先代の巫女が出てきた夢の話だけで掴みかかってきた藍の様子。
 物心つくまえの自分が見たという光景を夢で見ただけだというのに、あの反応は誰がどうも見てもおかしかった。
 とてもじゃないが、自分が昔の巫女を夢で見たというだけであんなに驚くのははっきり言って異常としか言いようがない。
 それを聞いて酷く動揺し、豹変した藍を無理やり連れて部屋を後にした紫も加えれば…何かを隠しているのは明らかであった。
 そして、その先代の巫女と姿が似ていると藍が言っていた巫女もどき。
 彼女が街にいるのなら藍よりも先に見つけ出して、色々彼女の出自について聞いてみる必要があるようだ。

 やるべき事を頭の中で組み立てた彼女はデルフを背負い、市場の方へと歩きながら彼にこれからの事を話していく。
「ひとまず金を盗んだ子供を捜しつつ、あの巫女もどきもできるだけ早く見つけ出して話を聞いてみないと」
『だな。お前さんのやるべき事が一つ増えちまったが…まぁオレっちが心配する必要はなさそうだね』
「まぁね。ついでにやる事が一つできただけなら、片手間程度ですぐに済ませられるわ」
 暗にルイズや魔理沙たちに相談する必要は無いという霊夢の意見に、デルフは一瞬それはどうかと言いそうになる。
 確かに彼女ぐらいならば、今抱えている自分の問題を自分の力の範囲内で片付ける事が出来るかもしれない。
 しかし知り合いに相談の一つぐらいしても別にバチは当たらんのではないかと思っていたが、彼女にそれを言っても無駄になるだろう。

 変に固いところのある霊夢とある程度付き合って、ようやく分かってきたデルフは敢えて何も言わないでおくことにした。
 ここで自分の意見を押し連れて喧嘩になるのもアレだし、何より今の彼女は自分を操る『使い手』にして『ガンダールヴ』なのである。
 彼女がよほどの間違いを起こさなければ咎めるつもりは無いし、間違っていれば咎めつつもアドバイスしてやるのが自分の務めだ。
 だからデルフはとやかく霊夢に意見するのはやめて、ちょっとは彼女の進みたい方向へ歩かせてみることにしたのである。
(全く、今更何だが…つくづく風変わりなヤツが『ガンダールヴ』になったもんだぜ)
 デルフは彼女に背に揺られながら一人内心で呟くと、霊夢より一つ前――自分を握ってくれたもう一人の『ガンダールヴ』を思い出そうとする。
 昨日、ふと自分の記憶に変調が生じて以降何度も思い出そうとしてみたが、全然思い出す事が出来ない。
 まるでそこから先の記憶がしっかりと封をされているかのように、全くと言って良い程浮かんでこないのである。

 少なくとも昨日の時点で分かったのは、かつて自分を握った『ガンダールヴ』も女性であった事、
 そして彼女と主である始祖ブリミルの他に、もう二人のお供がいた事だけ…それしか分かっていないのだ。
 しかも肝心の始祖ブリミルと『ガンダールヴ』の顔すら忘れてしまっているという事が致命的であった。
(それにしてもまいったねぇ。相談しようにも内容が内容だから無理だし、他人の事をとやかく言ってられんってことか)
 自分と同じように一つ前の巫女の顔を知らない霊夢と同じような『誰にも言えぬ事』を抱えている事に、彼は内心自嘲する。
 互いに多くの秘密を抱えた一人と一本はやがて人ごみが増していく通りの中に紛れ込みながら、ひとまずはブルドンネ街へと足を進めた。

150ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:42:38 ID:Xfy8vrRQ
 それから時間が幾ばくか過ぎて、午前九時辺りを少し過ぎた頃。
 『魅惑の妖精』亭の二階廊下、屋根裏部屋へと続く階段の前でルイズはシエスタと何やら会話をしていた。
 しかしシエスタの表情の雲行きがよろしくない事から、あまり良い話ではなさそうに見えるが…何てことは無い。
「…と、いうわけであの二人は外に出かけてるのよ」
「そうなんですか、お二人とも用事で外に…」
 今日と明日の貴重な二連休をスカロンから貰った彼女が、ルイズ達三人を連れて外出に誘おうと考えていたらしい。
 しかし知ってのとおり霊夢達はそれぞれの用事で既に外へ出ており、早くとも帰ってくるの昼食時くらいだろう。
 暇をしていたルイズが空いた水差しを手に階段を降りたてきたころでバッタリ出会い、そう説明したばかりであった。

「まぁマリサはともかく、レイムは泥棒捜しで忙しいだろうし断られたかもしれないけどね?」
「あっ…そうですよね、すいません。…レイムさん達に王都の面白い所を色々見せてあげようと思ってたんですが、残念です…」
 ルイズの言葉で彼女達の今の状況を思い出したシエスタハッとした表情を浮かべ、ついで頭を下げて謝った。

 どうやら彼女の中では色々と案内したい所を考えていたらしいようで、かなりガッカリしている。
 落ち込んでいる彼女を見てルイズも少しばかり罪悪感という者を感じてしまったのか、ややバツの悪そうな表情を浮かべてしまう。
 普通なら魔法学院のメイドといえども、貴族である彼女がこんな罪悪感を抱える理由は無い。
 しかしシエスタとは既に赤の他人以上の関係は持っていたし、何より彼女にとって自分たちは二度も我が身の危機を救ってくれた存在なのだ。
 そんな彼女が自分たちにもっと恩返しをしたいという思いを感じ取ったルイズは、さりげなくフォローを入れてあげることにした。
「ん〜…まぁ幸い明日も休みなんでしょう?アイツら遅くても夕食時には帰ってくるだろうし、その時に誘ってみたらどうかしら」
「え、良いんですか!でもレイムさんは…」
 途端、落ち込んでいた表情がパッと明るくなったのを確認しつつ、
 気恥ずかしさで顔を横へ向けたルイズは彼女へ向けて言葉を続けていく。

「アイツだって、一日休むくらいなら文句は言わないでしょうに。…案外泥棒も見つかるかもしれないしね…多分」
「ミス・ヴァリエール…分かりました。じゃあ夕食が終わる頃合いを見て話しかけてみますね!」
「そうして頂戴。まぁアンタが空いた食器を持って一階へ降りる頃には、安いワイン一本空けて楽しんでるだろうけどね」
 ひとまず約束をした後、ルイズは何気なくシエスタの今の食事環境と昨夜の苦い体験を思い出してしまう。。
 この夏季休暇の間、住み込みで働いている彼女の食事は三食とも店の賄い料理なのだという。
 賄いなので量は少ないのかもしれないが、少なくとも自分たちの様に余分な酒代が出る事は絶対に無いだろう。
 昨日は魔理沙の勢いに押し負けて安いワインを一本を頼んだつもりが、気づけばもう一本空き瓶がテーブルの上に転がっていたのである。
 安物ではあるが安心の国産ワインだった為にそれ程酷く酔うことは無かったものの、その時は思わず顔が青ざめてしまった。

 幸い王都では最もポピュラーな大量生産の廉価ワインだったので、大した出費にはならず財布的には軽傷で済んで良かったものの、
 あの二人がいるとついつい勢いで二杯も三杯も飲んでしまう自分がいる事に、ルイズは思わず自分を殴りたくなってしまう。
 ただでさえ金が盗まれた中で簡単にワイン瓶を二本も空けていては、一週間も経たずに財布が底をついてしまうのだ。
(本当ならこういう時こそ私がキチッと節制するべきだっていうのに…あいつらに流されてちゃ意味ないじゃないの)
「…?あ、あの…ミス・ヴァリエール?」
 霊夢が泥棒を見つけて、アンリエッタから貰った資金を取り返すまでは何としてでも少ない持ち金だけで耐えなければいけない。
 ある意味自分の欲との戦いに改めて決意したルイズが気になったのか、シエスタが首を傾げている。
 シエスタ…というか他人の目かから見てみると、ルイズの無言の決意はある意味シュールな光景であった。

151名無しさん:2017/09/30(土) 23:44:14 ID:Xfy8vrRQ
 その後、今日は霊夢達を外出に誘えなかったシエスタはひとまず私物等を買いに店を後にし、
 手持ち無沙汰なルイズは誰もいない一階で、旅行鞄の中に入れていた読みかけの本の続きを楽しむことにした。
 本自体は春の使い魔召喚儀式の前に買った魔法に関する学術書であり、霊夢が来てからは色々と忙しく集中できる機会がなかったのである。
 故にこうして屋根の修理で騒がしくなってきた屋根裏部屋ではなく、静かな一階で久々に読書を嗜もうと考えたのだ。
 藍の式である橙も用事なのか店にはおらず、ジェシカ達住み込みの数名は今夜の仕事に備えて就寝中。
 スカロンは起きているが、昨日の雨漏りを治す為に呼んで来てくれた大工数人と共に屋根の上に登って修繕作業の真っ最中である。
 丁度霊夢と魔理沙が外へ出た後ぐらいにやってきた大工たちに腰をくねらせてお願いし、難なぐ難のある゙助っ人として急遽加わる事になったのだ。
 本当なら手伝わなくても良い立場だというのに、わざわざ工具箱を持って意気揚々と梯子を上っていった彼はこんな事を言っていた。

「長年お世話になって来たんですもの、このミ・マドモワゼルが誠心誠意を込めて直してあげなきゃ店の名が廃るってものよ!」

 寝る前に様子を見に来たジェシカやシエスタに向けられた彼の言葉は、確かな重みがあった。
 最も、その大切な言葉も彼のオカマ口調の前では呆気なく台無しになってしまうのだが。
 ともあれ今の屋根裏部屋はその作業の音で喧しく、とてもじゃないが読書はおろか仮眠すら取れない状態なのである。
 故にルイズはこうして一階に降りて、作業が終わるまで暇を潰そうと決めたのだ。
 幸いにも店内は外と比べてそれ程暑くはなく、入口と裏口の窓を幾つか開ければ風通りも大分良くなる。
 水もキッチンにある水入りの樽から拝借するのをスカロンが許してくれたが、無論飲みすぎないようにと注意された。
 しかし外にいるならばともかく屋内ならそれほど汗もかかない為、ルイズからしてみれば余計な注意である。

 五分、十分と時間が経つたびに捲ったページの枚数を増やしつつ彼女は熟読を続ける。
 例えまともな魔法が使えなくとも知識というものは、自分に対してプラスの役割を付加してくれるものだ。
 逆に魔法の才能があるからといって学ぶことを怠ってしまうと、魔法しか取り得の無い頭の悪い底辺貴族になってしまう。
 かつて魔法学院へ入学する前に一番上の姉であるエレオノールが、口をすっぱくしてアドバイスしてくれたものである。
 普段から母の次に恐ろしく厳しい人であったが、ツンとすました顔で教えてくれた事は今でも記憶の中に深く刻み込まれていた。
 だからこそ入学した後も教科書だけでは飽きたらず自ら書店に赴き、底辺貴族なら見向きもしない様な専門書を買うまでになっている。

 霊夢を召喚する前の休日にする事と言えば専門書を開き、夕食の後はひたすら魔法の練習をしていた。
 今のルイズから見れば成功する筈の無い無駄な努力であったが、それでもあの頃はひたすら必死だったのである。
 その時の苦い思い出と努力の空振りが脳裏を過った彼女はページを繰る手を止めて、その顔に苦笑いを浮かべて見せる。
「思えばあの時の私から、大分成長した…というか変わっちゃったものねぇ」
 誰にも見られる筈の無い表情を誤魔化すように呟いた彼女は、ふと今の自分は読書に耽って良いのかと考えてしまう。
 今は親愛なるアンリエッタ王女――近々女王陛下となる彼女――の為に、情報収集を行わなければいけない時なのである。
 本当ならば霊夢達に任せず、自分が先頭に立って任務を遂行しなければいけないというのに…。

 折角貰った資金は賭博で増やした挙句に盗られ、更に平民に混じっての情報収集すら上手くいかないという始末。
 結局情報収集は霊夢の推薦で魔理沙に任してしまい、自分のミスで資金泥棒を逃がしてしまった霊夢本人が責任を感じて犯人探しに出かけている。
 それだというのに自分は何もせず、悠々自適に広くて風通しの良い屋内で読書するというのは如何なものだろうか。
 その疑問を皮切りに暫し悩んだルイズは読みかけのページに自作の栞を挟み込むと、パタンと本を閉じた。
 決意に満ちた表情と、鳶色の目を鋭く光らせた彼女は自分に言い聞かせるように一人呟く。
「やっばりこういう時は私も動かないとダメよね?うん、そうに決まってるわ…そうでなきゃ貴族の名が泣くというものよ」

152ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:46:16 ID:Xfy8vrRQ
 閉じた本を腕に抱えた彼女は一人呟きながら席を立ち、着替えや荷物のある喧しい屋根裏部屋へと戻り始める。
 まだ釘を打つ音や金づちによる騒音が絶え間なく聞こえてくるが、着替えに行くだけならば問題は無いだろう。

 今手持ち無沙汰な自分が何をすればいいのか…という事について既に彼女は幾つか考えていた。
 とはいってもそのどちらか一つを選ぶことがまだできてはおらず、一人呟きながらそれを決めようとしている。
「まずは…情報収集かしら?…それとも頑張って資金泥棒を捜すとか…うーんでも、うまくいくのかしら」
 傍から見れば変な人間に見えてしまうのも気にせず、一人悩みながら二階へと続く階段を上ろうとした…その時であった。

「おーい、、誰かいないかぁ?」
 階段のすぐ横にある羽根扉の開く音と共に、若い男性の声が聞こえてきたのである。
 何かと思ったルイズが足を止めてそちらの方へ顔を向けると、槍を手にした一人の衛士が店の出入り口に立っていた。
 気軽な感じで閉店中である店の羽根扉を開けてこっちに声を掛けて来たという事は、この近くの詰所で勤務している隊員なのだろう。
 外は暑いのか額からだらだらと汗を流している彼は、ルイズを見つけるや否や「おぉ、いたかいたか」と笑った。
 ルイズはこの店に衛士が何の様かと訝しむと、それを察したかのように二十代後半と思しき彼がルイズに話しかけてくる。
「いやーすまないお嬢ちゃん、少し人探しに協力してもらいたいんだが…いいかな?」
「お…お嬢ちゃんですって?」
「―――!…え、え…何?」
 いきなり平民に「お嬢ちゃん」と呼ばれたルイズは目を見開いて驚いてしまい、ついで話しかけた衛士も驚いてしまう。
 生まれてこの方、平民からそんな風に呼ばれたことの無かったルイズの耳には新鮮な響きであった。
 だが決してそれが耳に心地いい筈が無く、むしろ生粋の貴族である彼女にとっては侮辱以外の何者でも無い。
 本来ならば例え衛士であっても、不敬と叫んで言いなおしを要求するようなものであったが…

「う……うぅ……な、何でもないわよ」
 ついつい激昂しそうになった自分の今の立場を思い出すことによって、何とか怒らずに済んだのである。
 今の自分は任務の為にマントはつけず、街で買ったちょっと裕福な平民の少女が着るような服装で平民に扮しているのだ。
 だからここで無礼だの不敬だのなんて叫んで、自分が貴族であるという事を証明する事などあってはならないのである。
 故にこうして怒りを耐え凌いだルイズは怒りの表情を露わにしたまま、何とか激昂を抑える事が出来た。
 危うく怒ったルイズを見ずに済んだ衛士は「あ…あぁそうかい」と未だ怯みながらも、懐から細く丸めた紙を取り出した。
 一瞬だけそっぽを向いていたルイズが視線を戻すと同時に、タイミングよく彼も紙を彼女の前で広げて見せる。

 その紙に描かれていたのは、見た事も無い男性の顔のスケッチであった。
 年齢はおおよそ四〜五十代といったところか、いかにも人の上に立っているかのような顔つきをしている。
 自分の父親とはまた違うが、もしも子供がいるのならいつもは厳格だが時には優しく我が子に接する父親なのだろう。
 そんな想像していたルイズが暫しそのスケッチを凝視した後、それを見せてくれた衛士に「これは?」と尋ねた。

「ウチの詰所じゃあないが別の詰所担当の衛士隊隊長で、昨日から行方不明なんだ。
 それでもって…まぁ、今も所在が分からないうえに自宅の共同住宅にもいないからこうして探しているんだよ」

「衛士隊の隊長が行方不明ですって?」
「あぁ。…それでお嬢ちゃん、この顔を何処かで見た覚えはないかい?」
 丁寧にそう教えてくれた衛士はルイズの言葉に頷くと、改まって彼女に見覚えがあるかと聞いた。
 またもやお嬢ちゃん呼ばわりされたことに腹を立てそうになったものの、何とか堪えてみせる。

153ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:48:09 ID:Xfy8vrRQ
「み…!みみみみみ、見てないわよ、そんなへ―…男の人は」
 思いっきり衛士を睨み付けつつも、彼女は歯ぎしりしそにうなる口を何とか動かしてそう答えた。
 危うく平民と言いかけたが幸い相手はそれに気づかず、むしろ怒ってどもりながらも言葉を返してきたルイズに驚いているようだ。
 まぁ誰だってルイズのやや過剰気味な返事を前にすれば、思わず面喰ってしまうのは間違いないだろう。

「そ、そうかい…はは。まぁ、もしも見かけたんなら最寄りの詰所にでも通報してくれ」
 自分を睨み付ける彼女を見て後ずさりながらも、衛士は最後にそう彼女に言ってから踵を返し店を出ようとする。
 たった一分過ぎの会話であったというのに疲労感を感じていたルイズが落ち着きを取り戻すのと同時に一つの疑問が脳裏を過り、
 それが気になった彼女は自分に背中を見せて通りへ向かうおうとする衛士に再度声を掛けた。
「そこの衛士、ちょっと待ちなさい」
「え?な、何だよ?」
「ちょっと聞きたいんだけど、その行方不明になった隊長さんと言い…何か朝から事件でも起きてるのかしら?」
「え……な、何でそんな事聞きたいんだよ?」
 呼び止められた衛士は、単なる街娘だと思っているルイズからそんな事を言われてどう答えていいか迷ってしまう。
 振り返って顔を見てみると、先程まで腹立たしそうにしていたのが嘘の様に冷静な表情を浮かべているのにも気が付いた。

 これまで色んな街娘を見てきた彼にとって、ここまで理性的で意志の強さが見える顔つきの者を目にしたことが無かった。
 だからだろうか、彼女からの質問を適当にいなしてここを後にするのは何だか気が引けてしまう。
 今ここで忙しいからと無下にしてしまえば、それこそ彼女からの『御怒り』を直に受けてしまうのではないかと…。
 ほんの少しどう答えていいか言葉を選んでいたのか、難しい表情を浮かべていた彼は周囲を見てから彼女の質問にそっと答えた。

 今朝がたに浮浪者からの通報で、衛士隊の装備を身に着けた白骨死体が水路から発見されたこと。
 死体には外傷と思しき瑕は確認できず、また第一発見した浮浪者も発見の前日や数日前には目撃したことがなかったのだという。
 そして昨晩、先ほどのポスターに書かれていた顔の主である衛士隊隊長が行方不明の為、白骨の事もあって全力で探しているらしい。
 短くかつ分かりやすい説明で分かったルイズはルイズは「成程」と頷き、説明してくれた衛士に礼を述べる。
 今朝の朝食時に見た何処かへと走っていく衛士達が何だったのか、今になってようやく知る事ができたのだから。
「ありがとう、大体分かったわ。…じゃあ今朝見た衛士達の行先はそこだったのね」
「あぁ、何せ通報受けたのはウチの詰所だったしな、もう朝っぱらからテンテコ舞いさ。じゃあ、そろそろ…仕事の途中でな」

 本当にさっきまでの腹立たしい彼女はどこへ行ったのかと言わんばかりに、落ち着き払ったルイズに目を丸くしつつも、
 こんな所で油を売っていてはいかんと感じたのか再び踵を返し、今度はちゃんと羽根扉を閉めて大通りへと出る事ができた。
 思わずルイズも後を追い、羽根扉越しに見てみると今度は外――しかもこの店の屋根の上にいるスカロンへと声を掛けるところであった。
「おぉーい、スカロン店長ぉー!ちょっと聞きたい事があるんだが、降りてきて貰えないかぁー?」
「はぁ〜いィ!…御免なさいね皆さん、ミ・マドモワゼルはちょっと下へ降りるわよ〜!」
 その声が届いたのか、数秒ほど置いて頭上からあの低い地声を無理やり高くしたような声のオネェ言葉が聞こえてくる。

 そこで視線を店内へと戻したルイズは壁に背を預けてはぁ…とひとつため息をついた。
 危うく貴族としての『地』が出てしまいそうになった事を反省しつつ、結局これからどうしようかという悩みをまたも抱えてしまう。
 平民を装って話すだけでも自分にはキツイと言うのに、一人で街へと繰り出して情報収集などできるのかと。

154ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:50:07 ID:Xfy8vrRQ
 さっきの衛士はまだ良い方なのだが、街へ行けば確実に彼より柄の悪い平民にいくらでも絡まれてしまうだろう。
 そんな相手を前にして、自分は平民として装い続けられるのか?迷わず『はい』と答えたいルイズであったが、そうもいかないのが現実である。
「………結局、レイムの言った通り私はこの仕事に向いてないんだろうけど。…だからといっではいそうですが…なんてのは癪だわ」
 結局のところ、あの二人に任せっきりにするというのは、自分の性に合わない。
 先程はあの衛士のせいで上りそびれた階段目指して、今度こそ外へ出ようとルイズは壁から背を離す。

 その時であった、入口の方から階段の方へ向こうとした彼女の視線に『何か』が一瞬映り込んだのは。
 タイミングがずれていたなら間違いなく見逃していたかもしれない、黒くて小さい『何か』を。
 それはゴキブリともネズミとも言えない、例えればそう…縦に細く伸びた人型――とでも言えばいいのだろうか。
 一瞬だけだというのに本来ならお目に掛からないであろうその人型を目にして、思わずルイズは視線を向け直してしまう。
 しかし彼女が慌てて入口の方へ視線を戻した時、既にあの細長い影の姿はどこにも無かった。
「ん?………え?何よ今のは」
 ルイズは周囲の足元を見回してみるが、どこにもそれらしい影は見当たらない。
 それどころかネズミやゴキブリも見当たらず、開店前の『魅惑の妖精』亭の一階は清掃がキチンと行き届いている。
(私の見間違い?…いえ、確かに私の目には見えていたはず)
 またや階段を上り損ねたのを忘れているかのように、彼女は先程自分の目にしたものがなんだったのか気になってしまう。
 だけども、どこを見回してもその影の正体は分からず結局ルイズは探すのを諦める事にした。
 認めたくはないが単なる見間違いなのかもしれないし、それに優先してやるべきことがある。
 ルイズは後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、二階へと続く階段を渋々と上り始めた。
 外の喧騒よりも大きいスカロンと衛士のやり取りをBGMにして、ひとまずは何処へ行こうかと考えながら。

 ……しかし、彼女は決して目の錯覚を起こしてはいなかったのである。
 彼女が背中を向けている店の出入り口、羽根扉下からそれをじっと見つめる小さな影がいた。
 それは全長十五サント程度であろうか、小動物程度の小さな体躯を持つ魔法人形――アルヴィーであった。
 人の形をしているが全身木製であり、球体関節を持っているためか人間に近い動きもこなす事が出来る。

155ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:52:14 ID:Xfy8vrRQ
 何より異様なのは頭部。本来なら顔がある部分には空洞が作られ、そこに小さなガラス玉の様なものが収まっている。
 青白く不気味に輝くガラス玉はまるで目玉の様にギョロリと動き、ルイズの後ろを姿をじっと見つめていた。

 やがてルイズの姿が見えなくなると、アルヴィーは頭の部分を上げて周囲を見回してから、スッと店の出入り口から離れる。
 横では衛士とスカロンが会話をしているのをよそに、小さな体躯にはあまりにも大きすぎる通りを横断し始めた。
 人通りが多くなってきた為か、アルヴィー視点では巨人と見まがうばかりに大きい通行人達の足を右へ左へ避けていく。
 少々時間が掛かったものの二、三分要してようやく反対側の道へ辿りついた人形は、そのままそさくさと路地裏へと入る。
 日のあたらぬ狭い路。ど真ん中に放置された木箱や樽を器用に上り、陰で涼んでいる野良猫たちを無視して人形は進む。
 やがて路地裏を抜けた先…人気の全くない小さな広場へと出てきた所で、元気に動いていたアルヴィーがその活動を急に停止させる。
 まるで糸を切られた操り人形のように力なく地面に倒れた人形はしかし、無事主の元へとたどり着くことは出来た。

 人形が倒れて数十秒ほどが経過した後、コツコツコツ…と足音を響かせて一人の女性が姿を見せる。
 長い黒髪と病的な白い肌には似合わぬ落ち着いた服装をした彼女は、地面に倒れていたアルヴィーを拾い上げた。
 前と後ろ、そして手足の関節を一通り弄った後、クスリと微笑むと人形を肩から下げていた鞄の中へとしまいこむ。
 そして人形が通ってきた路地裏を超えた先――『魅惑の妖精』亭の方へと顔を向けて、彼女は一人呟く。

「長期戦を覚悟していたけど、まさかこうも簡単に見つかるなんて…全く、アルヴィー様様ね。
@to 人形ならば数をいくらでも揃えられるし、何より私にはその人形たちを自在に操れる『神の頭脳』があるんだからね」

 そんな事を言いながら、黒い髪をかきあげた先に見えた額には使い魔のルーンが刻み込まれている。
 かつて始祖ブリミルが使役したとされる四の使い魔の内『神の頭脳』と呼ばれた使い魔、ミョズニトニルンのルーン。
 ありとあらゆるマジック・アイテムを作り出し、そして意のままに操る事すらできる文字通り『頭脳』に相応しき能力を持っている。
 そしてこの時代、そのルーンを持っているのは彼女―――シェフィールドただ一人だけであった。

156ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:56:44 ID:Xfy8vrRQ
以上で八十七話の投稿を終わります。

気のせい…もしくは自分の住んでる地域だけかもしれませんが、
去年と比べて九月からグッに気温が下がって、あっと言う間に夜風が寒くなったような気がします。

それではまた来月末、今よりもっと肌寒くなってるだろう頃に。ノシ

157名無しさん:2017/10/03(火) 22:28:55 ID:O2FwYnhI
乙 めっちゃ応援してる!

158暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/11(水) 23:51:38 ID:u91fS3DU
こんばんわ皆さま。お久しぶりです。
よろしければ0時ちょうどあたりから22話の方を投稿させてください。

159暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:00:04 ID:RnTYwnAY
ここニューカッスルは、浮遊大陸アルビオンの端部に位置する王軍所有の城である。
陸から突き出た岬の先端に位置するこの城は、幾度もの戦乱のたびに強固な守りを誇る城塞とされてきた。
三方が雲海のため、陸上からは一方向のみしか攻められず、大軍による包囲が薄くなるのが理由の一つである。
しかし、その堅牢さも、そこに籠城する王党派も、もはや意味がなくなろうとしている。
たとえここが攻城の上での難所にあろうと、目前の地には、王軍勢力の数十倍の敵が終結するのだから。

暗の使い魔 第二十二話『仮面の下』


「少なく見積もっても、万以上ってとこか」
ニューカッスル目前、その大陸を埋める尽くす灯を見て、官兵衛が漏らした言葉がそれだった。
見通せる城壁によじ登り、身を屈めて目を凝らす。
あたりは闇夜。暗雲立ち込め、肌寒い風が彼の素肌をなぶる。
敵軍の全貌の把握は困難。だが、城前方の平地七割以上を敵軍が占めているのが見て取れる。
無数のかがり火がそこを埋め尽くす光景は、王軍にとっての逃れえぬ窮地を思わせる。
まさに圧倒的。
レコン・キスタの、一万を超す軍団がそこにいた。
「小田原の時以来か。こんな光景は」
「オダワラ?相棒の故郷か――……」
言い終わらぬうちにキンッ、とうるさい隣人を硬く鞘へ閉じ込める。
背中のこいつは油断すると途端に喋り出すので実に面倒である。
せめて隠密行動時には自重してほしいものだ、と官兵衛は内心ため息をつく。
(……しかしながら、こいつはどうにもならんな)
相手方の軍容を見て官兵衛は、ウェールズがパーティで話してくれたおおよその戦況を思い出していた。
数日前のことである。
王党派に与し抵抗を続けていた、最後の支城が落ちたのだ。物資も豊富で、まさに要ともいえる場所であったが、レコンキスタはそちらを重点的に叩いたらしい。
レコンキスタ本隊は現在、灰になったそこを後にしてこちらに合流しようと進軍の最中である。
(ここに、昨日支城を落とした本隊が合流すると約五万は下らず。本拠もろもろの戦力もあわせて――)
逆立ちしてもかなわないな、と官兵衛は思う。
物資も味方の大半も失い、この地において王軍は孤立した状態である。
そして、ニューカッスルに籠る軍は、王の手勢三百程度。そのうえ殆どがメイジで護衛の兵士は皆無。
王軍はその戦力で、やがて集まる数万の敵と戦うことになるのだ。


官兵衛は静かに息を吐くと、城壁備え付けの石段を下りて行った。
じゃらりと鉄球を引きずり、一段、また一段と下る。
その足取りは微かに鈍い。
(どこもかしこも、同じか……)
昔、そう、まだ自分が豊臣の陣営に居た頃だ。
自分は『あちら側』で、幾度も采配を振るった。
即ち現在でいう、包囲するレコン・キスタ側の立場だ。
(やっぱ小田原のときと同じだな……)
ウェールズ皇太子は差し詰め、北条殿と同じ立場になるのか。いや、むしろそれは現国王のジェームズか。
そして、立場はかなり違うが、自分は外国からの客人。
いわば第三者であり、手紙の交渉が終わった今では、この国の行く末とは無縁の傍観者である。
アルビオンが滅ぼうが、最悪ハルケギニアの諸国にそれがどう影響しようが、官兵衛には関係がないのだ。
だがなぜか、彼にはどうにもここが重苦しい。
足の裏が鉛になったように、歩が進まない。
枷の重みとは違う、身にかかる気だるげな重鈍さを、官兵衛は感じていた。

160暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:02:32 ID:RnTYwnAY
やがて、階段を下りきると、官兵衛は背中のデルフリンガーの鞘をずらしてやった。
「寝るか、おいデルフ」
「あいよーもう喋っていいかい」
解放された、とばかりに魔剣がくっちゃべる。
実にやかましいが、こんなんでも貴重な話し相手だ。たまには時間を作ってやろうとも思う官兵衛であった。
「で、忍びの偵察は終わりかい?」
妙にデルフは軽々しい。
官兵衛はやや面倒そうに言葉を交わす。
「無理そうだ。どーにもひっくり返せそうにない」
「アテが外れたかい」
音を立てて笑うデルフに、官兵衛は不満げに口を曲げた。
城内へ戻り、客室へ続く長い長い廊下を歩く一人と一振り。
「こうなりゃ王女様へ取り入る方法を――……いや待て。ルイズを上手く……」
ぶつくさ言いながら歩く官兵衛。その背中でデルフはこっそり呟いた。
「浅い悪だくみは足元すくわれるぜ?」
「だー!足まで使えなくなってたまるか!」
とっさに大声が出て、城の廊下に声が響く。それを、おいおいとデルフが咎める。
「相棒。叫ぶと聞かれちゃうから」
「ああっ!小生としたことが……」
とっさに口に手をやって黙り込む。きょろきょろと周囲を見回しながら、ほう、とため息をついて、官兵衛は肩を下した。
すべてが寝静まったかのようにしんと静まりかえる城内。
最期の宴も終わり、非戦闘員は出立の準備をしている。ウェールズ一行は明日のことで手一杯。
こんな敵陣営が望めるような、城の端には人はまばらだ。
したがって、幸いにも今この場には、二人の会話を耳にする者はいなかったのだ。
(危ない危ない、うかつなこと喋るんじゃないな。全部が水の泡だ)
ここに来て自分の思惑を他人に聞かれるのはまずい。そう考えると、官兵衛は余計なことを喋らないうちに、眠ることを決意した。
まっすぐ歩いて寝室を目指す。
先に見えるのは、人も明かりもない長廊下。
戦時中だから物資も少ないのだろう。灯りは申し分程度で、窓から差し込む薄青白い月明かりが、ほぼ頼りの光源になっている。
(そりゃこんだけ物がなければな……)
ふとしたことで、王軍の圧倒的窮地が連想される。まったく嫌なものだ、と官兵衛はげんなりした。
やがて角を曲がり、自分の客室がある廊下へさしかかろうとした、その時だった。
「――……っ。うっ……」
突然の音に硬直する。
不意に鼻をすするような音を耳にし、官兵衛は立ち止った。
「んなっ?」
少々びくびくしながら、官兵衛はあたりを見回す。
「どうしたね相棒」
「いや、何か聞こえたような……」
デルフの問いかけに落ち着かなそうに答える。
改めて周囲を確認するが、あたりは長い廊下と窓のみで何も見当たらない。
「なんもいないか?」
おそるおそる歩みながら官兵衛がデルフに尋ねる、すると。
「……相棒。よく見てやんな」
デルフが静かに促した。
「んん?」
官兵衛が目前をこらして見ると、そこには。
「……ぐずっ」
目前、長廊下の奥の奥。
薄暗いが、月明かりに照らされて小さな人影がそこにいた。
窓枠にもたれかかり、薄桃の長髪が良く映る。
「相棒、行ってやれよ」
再びデルフが言う。
言われるがまま、ずるずると鉄球を引きずって歩み寄る。
その聞きなれた音にハッとして、人影は振り返った。
「……カンベエ?」
「なんだ、お前さんか」
人気のない廊下にポツンと、ルイズがいた。

161暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:05:05 ID:RnTYwnAY
「……月見か?空模様は生憎そうだがな」
曇り空で隠れそうな月を見上げながら、官兵衛が言う。
立ち尽くしたままのルイズに、官兵衛が歩み寄る。
しかし、近づく官兵衛から表情を隠すかのようにルイズは顔を背けた。
「……こないで」
短くか細い声が、彼の耳に届いた。
「おい?」
「おねがい」
普段のルイズから想像もつかず、声は弱くふるえていた。
どこかすがるようなそれに、官兵衛は思わず立ち止まる。
二人の間に、しばしの静寂の時間が流れた。
「…………ひっく」
肩を引きつらせ、ルイズが背を向ける。
仕方なしに、ルイズがいる窓から反対の壁に寄りかかると、官兵衛は言った。
「お前さん、皇太子と話したのか」
しばしの間の後、ルイズはこくりと頷く。
それを見て、官兵衛は短くそうか、とつぶやくと言った。
「姫さんの願いは、届かなかったか」
「えっ……?」
その言葉を聞き、ルイズが驚きの顔で官兵衛を見やる。
なんでそれを、とでも言いたげな表情である。
官兵衛は笑いかけながら言う。
「おいおい、小生は二兵衛の片割れだぞ?あの時、手紙をしたためる姫さんの顔見りゃその程度察しがつくよ」
よっこいしょと鉄球に座り、じっとルイズを見る。
みればルイズの顔は涙の跡新しく、相当泣きはらした様相である。
官兵衛は静かな口調で続けた。
「異国の王子と姫君が、ってのはどこでも同じだな。たとえそれが実らなくても、そいつに生きて帰ってほしいって願うのは、皆そうだろうよ」
ルイズの自室で、ブリミルに懺悔しながら手紙に一文を付け足していたアンリエッタを思い浮かべる。
「姫さんは想い人に亡命をすすめた。『その恋文』を出すほどの愛の人にな」
ルイズが懐にしまってある、目的の手紙を指しながら、官兵衛は言う。
「だが奴さんはつっぱねたんだろ?」
官兵衛の言葉に、ルイズはぐっと唇を噛む。しかし耐えても、瞳から玉のような涙がこぼれた。
「……ウェールズ皇太子殿下は否定したけど、姫様は間違いなく手紙にその旨を記されていたはずよ。あの時、姫様からの手紙を見てた殿下の表情は……」
そこまで思い出して辛くなったのか、ルイズは再び背を向けた。
なるほど、と官兵衛は頷いた。
「ねえ、どうして?」
ルイズが涙交じりに官兵衛に問う。
「……っく、どうしてっ、ウェールズ殿下は死を、選ぶの?」
言葉に嗚咽が混じる。しかしルイズは続ける。
「姫様は逃げてって言ってるのに……。愛する人がそれをのぞむのに……」
ヒックヒックと泣きはらしながらなお続けるルイズに、官兵衛が歩み寄り肩を叩く。
しかし、ぽんぽんと肩にかかる優しい感触に、彼女の悲しみは膨れるばかりである。
そして、言うか言うまいかしばし悩んだが、官兵衛は静かに答えた。
「皇太子が姫を想ってるのは同じだ」
ついとルイズが官兵衛を見やる。
「だが、その想いがあるから、戦の火種を恋人の国に持ち込みたくないんだろうよ」
官兵衛が淡々と話し始めた。だがルイズは。
「なによそれ。意味わからない」
どうにも納得できないという顔である。
「愛してるなら、どうしてそばに行かないの?姫様のそばで一緒に……」
「おいおい」
官兵衛は再びなだめるようルイズに言う。
「貴族派の勢力を見ろ。あんだけ勢い付いちまったらもう止まらない。そしたらその矛先はどこに行く?」
アルビオンを制圧し、レコンキスタは次に何をするのか。それは、立地的に間違いなくトリステインへの進行だろう。
彼らが掲げるのは、ハルケギニアの統一そして聖地の奪還なのだから。

162暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:07:16 ID:RnTYwnAY
官兵衛の説明を、ルイズが黙って聞く。
「もしここで皇太子がトリステインに逃げこめばどうなる?」
静かに、言い聞かせるように。
「貴族派連中は、戦争の口実ができたとばかりに意気揚々と進軍してくるぞ」
官兵衛は続けるが、しかしルイズは俯いたまま微動だにしない。
「そして、トリステインがそんな爆弾を抱えたと知ったら、ゲルマニアは同盟をどうする?」
そう、トリステインは同盟を破棄され、孤立するのである。
そう官兵衛が締めくくる。
ルイズがぎゅっと拳を握る。
官兵衛はそこまで話して、ふうとため息をついた。
そして、目の前で俯くルイズを見て、少々話しすぎたかと頭を掻く。
「……まあなんだ。今日はもう寝たほうがいい」
ルイズからやや目をそらし、官兵衛は窓から外を見る。
「戦場の真っただ中だからな。部屋に籠ってねりゃあいい。そんで明日、お国に無事帰ることを考えとけ。今日のことはもう――」
――忘れろ。
そう付け加えながら、官兵衛はルイズに向き直った。しかし。
「――いやよ」
唐突にルイズが顔をあげて、言い放った。
「お願い!皇太子殿下を、王軍を説得して!」
なかば睨むようにしながら、ルイズが続ける。
「アルビオンは正当な王家の血筋よ!それを擁護する名目なら、問題にならない可能性だってあるわ!姫さまだってその可能性を信じて――」
それは、必至の形相である。嫌というほど伝わるそれには、どこか意地のようなものも見て取れた。
ルイズは言う。姫の個人的感情でなく、あくまで王家の血筋を保護する名目ならばいいだろうと。
官兵衛からしたらどうにも苦しい言い分に感じるが、未だハルケギニアの歴史や風土に疎い彼には、ありえないなどと否定はできない。
王家の血筋の尊さも何も、身に染みて解るわけではないのだ。
だが官兵衛は頷かない。
「お願いよ。皇太子殿下が首を縦にふればそれだけでトリステインへお連れできる。私からももう一度説得する。だから!」
お願い――その言葉に強い想いがこめられる。
しかし、官兵衛はかぶりを振って言う。
「そいつは無理だろうよ」
「なんでよ!」
「お前さんが思ってるほど、理屈だけで事は進まん」
官兵衛がぴしゃりと言い放った。
彼にとっては、亡命の名目や戦争の口実よりも、動かしがたい障害がある。
それは、ルイズも官兵衛も、先ほどまで目にしていた光景が物語っていた。
あの賑やかな光景を思い起こしてほんの少し、官兵衛は口を噤む。
しかし意を決したように口を開いた。
「見ただろうあの宴の様を。王軍連中の声を、表情を、眼を」
官兵衛が声を低める。
「あいつはな、もう後に引かない、退けない連中の眼だよ」
アルビオン万歳!そう声を張り、去っていく男たちのギラついた目を、官兵衛は思い出す。
敗北につぐ敗北。それを重ね、本土を守れなかった彼らにとっては最早、死ぬことでしか誇りを示す道はない。
自分たちが勇敢に死に、その様を誰かに残すことでしか未来を救う手立てがない。
そう信じているのだろう。
「意地と覚悟をもって、少しでも王家の精強さを見せつけるのが皇子の狙い。
それで少しでも貴族派が勢いを削がれりゃ、それも姫さんの助けになる」
それが、王軍が命を賭して全うする最後の使命だ。
官兵衛は続ける。
「皇太子はもう後には引かんよ。
少なくとも、昨日今日でここに来ただけの小生らが、連中の覚悟を曲げることはできん」
つながりの浅い自分たちが、彼らの最期を遮ることなど出来ない。
語調こそ静かだが、官兵衛は強く強く言い放った。

163暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:13:15 ID:RnTYwnAY
「……そんな」
官兵衛の厳しい様子に、ルイズは愕然とした。じっと官兵衛を見つめるルイズ。
「じゃあ、どうして?どうしてよ……」
一通りの官兵衛の言葉も、考えも、全て耳にした。
どうしようもない、状況は動かしようがない。
嫌というほど、十二分に理解できた。
しかし、しかしそれでも、ルイズは納得が出来なかったのだ。
今の官兵衛の言葉ではなく、『あの時』の彼そのものに。
「あんなに、ずっと殿下と話してて!どうしてよ!」
芯の底に響くよう、ルイズが言い放つ。
いきなりの悲痛な叫びに、官兵衛は押し黙った。
「まるで、いつもみたいに……」
宴の最中、ウェールズと酒を酌み交わし談笑していた官兵衛。一連のその光景を、ルイズは見ていた。
いつもと変わらない様子で食事をし、宴に参加する官兵衛を、彼女は会場の隅から見つめていたのだ。
ルイズが宴の空気にこらえきれず会場を飛び出す、その直前まで。
「どうして平気なのよ!みんな死にたがってるのをわかってて、なんであんなに楽しそうにしてるのよ!」
どう飲み込もうとしても、ルイズには理解ができなかった。
すすんで死地に赴く皇太子。王軍。
そして、そんな彼らと笑い酒を酌み交わす官兵衛。
いつもと変わらず、明るく振る舞うだけの使い魔なのに、その時に限っては彼が恐ろしく異様であった。
どこか恐ろしくもあった。
ともかく、ルイズにはすべてが歪に映ったのである。
「……ルイズ」
ルイズが内に抱えていた思いの一端に触れ、官兵衛はそれ以上言葉が出てこない。
「もういや……嫌いよ。この国はおバカな人ばっかり」
そう言うや否や、ルイズは官兵衛を睨みつける。
その瞳には、こらえきれない涙ばかりか、強い強い憤りが宿る。
「大っ嫌い!!」
悲鳴に近い声が廊下中に響き渡った。瞬間、バシンと何かがルイズから投げつけられる。
一瞬きらりときらめく何かが、乾いた金属音とともにぶつかった。
カランカランと響かせ床に転がるそれは、手のひらサイズの平たい缶。
それに一時視線を落とす。そしてふと前を見れば、そこにもうルイズは居ない。
暗い廊下の向こうへ走り去る靴音を耳にして、官兵衛はじっと目をつむった。

いつの間にだろうか、開けっ放された窓から、肌寒い空気が流れ込んでくる。
「なあ相棒」
「なんだ?」
そして、これもいつの間にか、鞘から出たデルフが官兵衛に話しかけた。
どっかり鉄球に座り込んで、話をきいてやるとばかりの様子の官兵衛。
「わかってやんな。あの娘っ子だってさ、色々理解はしてるよ」
床の缶を拾いながら、官兵衛はデルフの言葉に耳を傾ける。
「あんなでも貴族の娘さ。戦争ってのがどういうもんか知ってるし、犠牲だとか責任だとか身に染みてわかってるよ。
けどな、頭でわかってても気持ちがついてこないのさ」
ましてやあんな生々しい宴なんか見せられたらさ、と付け加えながらデルフが言う。
生々しい。
確かに、ルイズにとってはそうに違いない。

――どうして平気なのよ!――

ルイズの叫びが再び思い起こされる。
平気かどうか言えば違う。
官兵衛も乱世の住人だが、あの場で心が揺れぬほど冷徹でも、無関心でもない。
それが、たった一度とはいえ、酒を酌み交わした相手ならなおさらだ。
ただ、たとえ官兵衛の心内がそうだったとしても。
「……年頃の娘に見せるもんじゃあなかったか」
彼流の、ウェールズへの手向けは、ルイズにはさぞかし堪えただろう。
頭をかきながら官兵衛は立ち上がった。

164暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:15:55 ID:RnTYwnAY
「時にデルフ。こいつは?」
ふと官兵衛が、手の中の小さい缶を見て尋ねる。
よくよく見ると平らな蓋が外れるようになっており、開くと白い軟膏が詰まっている。
デルフがそれを見てしゃべり出した。
「そいつは薬だよ。たぶん打撲とか痛みに効くやつじゃねーか?」
「塗り薬か」
そっと指で軟膏をすくう官兵衛。なるほど、なにやら指先に感じる清涼感と、独特の臭いは薬の類に違いない。
「あの娘っ子、そいつを渡したかったんじゃないのかい?ほら、相棒ここまででずっと体張ってきただろ」
道中の襲撃の数々が思い起こされる。
いくら官兵衛が異常な頑丈さを備えるとはいえ、ルイズからしたら気が気でなかったに違いない。
加えて、長曾我部との激闘の末の昏倒。
城についてからもずっと気を回していたのだろうか。
皇太子と手紙のやり取りをする傍ら、倒れた使い魔に薬まで用意して。
「……よくばりな娘っ子だな」
親友から賜った任務も大事、しかしその想い人も救いたく、さらには使い魔も心配。
一体どこまで背負い込むつもりなのだろうか。
「無茶なご主人だ、まったく」
「ははは、相棒みたいだねぇ」
ため息交じりに言う官兵衛に、かちゃかちゃとデルフが愉快そうに応じた。
「で、どうすんだい?相棒」
ひとしきり笑ったデルフが、先ほどとは打って変わって真面目に問う。
官兵衛も、一仕事すべくと伸びをしながら答える。
「おう、とりあえずそろそろ敵さんも動き出す頃合いだろう。皇太子には悪いが、ひっくり返すのは厳しい。だったら――」
華々しく戦果をあげさせてやろう。
そう言うや否や、官兵衛が暗い廊下の奥を見据える。
「そろそろ出てきたらどうだ?」
官兵衛が腕を構え、ジャラリと鎖がこすれて球を引きずる。
「覗き見野郎」
そして、そう言い終わるのとほぼ同時であった。
ふっ、と全ての灯りが掻き消え、廊下が、周囲が、暗闇で閉ざされたのは。
「相棒!気を付けろ!」
「おう!」
全ての視界が遮られた空間で、デルフを引き抜き、周囲を探ろうと五感を研ぎ澄ませる。
音が、空気が不気味なほど静かだ。
しかし何らかの視線が自分に注がれるのだけはひしひしと感じる。ある種の殺気と言い換えてもいいだろう。
確実に何者かが、今この場で自分の命を狙っている。
「相棒みえるかい?」
「ハッキリとはわからんな」
暗がりで目を凝らしながら、官兵衛は言う。
月明かりも雲に隠れ、辺りはまさに黒一色。
光りない空間では一寸先も目視できない有様である。
そんな状況で命を狙われてるにかかわらず、官兵衛はなんとも落ち着いた様である。
「相手はメイジだね。こんな闇で襲撃するんなら『暗視』の魔法か、もしくは……」
デルフが言い終わらないうちに目前からそよ風が漂う。
何かが一直線に向かってくる、唐突な風のゆらぎ。
しかし、長期間の穴倉生活を過ごした官兵衛にとっては、闇でそれを感じ取るのは造作もない。
研ぎ澄まされた感覚で微妙な空気の揺らぎ感じ、官兵衛はデルフを横なぎに一閃する。
瞬間、ギン!と金属音が鳴り響いた。
剣先に確かな硬い感触を感じる。同時に、目前に確かな人の息遣いを感じとった。
「おらっ!」
すかさず、鉄球を前方へ向かって蹴り飛ばす。
重たい鉄球が鞠のように軽々飛ぶ。しかし、その威力は大砲のごとき重さ。
そんな一撃が、前方の何者かをとらえて吹き飛ばした。
「ぐっ!」
何者かのうめき声とともに、ドン!と手枷に伝わる確かな感触。
してやったり、と官兵衛は叫ぶ。
「どうだ!暗がりも襲撃も慣れっこでね!」
それを聞いてか聞かずかしてか、やや先で、カランカラン、と音が響く。
おそらく相手はメイジ。攻撃を食らい、手放した杖が床に転がる音であろう。
「そこか!とどめを喰らえ!」
全神経を耳に集中させ、音源へ駆ける。そして目前にうずくまる確かな気配をとらえた。
そして、全力でそれに鉄球を振り下ろそうとした、その瞬間だった。
「ほう、確かに闇は慣れているようだな」
官兵衛の耳に、愉快そうな声が届いたのは。

165暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:17:10 ID:RnTYwnAY
「だが真のメイジは。闇を制すことすら造作もない」
誰もいない、息遣いも空気の揺らぎも、何一つ感じなかったはずである。
穴倉で培われた官兵衛の五感が、武将の感覚が、それを見逃すはずもない。
にもかかわらず『そこ』から、囁くように声が届いた。
「なあ?ガンダールヴ」
官兵衛の、まっすぐ背後の場から。
「……なっ?」
バカな、と動きが固まる。そしてそれと同時に気づく。
たった今目前にとらえていた、今しがた鉄球を喰らわそうとした気配が無い。
「なんっ……だと?」
苦しそうに、呻くように、官兵衛は言葉をひねり出す。
それが、その場での彼の精いっぱいの声であった。
闇の中で突如現れた気配と、この旅で幾度も耳にした声。
そして、背中から腹にかけてを、抉られるような激痛。
それらが、官兵衛の表情を苦悶に歪めてた。
「がっ……」
体の内側から広がる激痛に、口から空気が漏れる。
ぼたりぼたり、と甲冑の隙間から液がしたたり落ちて、血だまりを作る。
背後の気配はそれを見て満足そうに笑むと、再び口を開いた。
「……死ね」
どす黒い、怨嗟を込めた呟きが耳に届く。
同じく、バチバチと空気が弾ける奇怪な音も。
デルフが叫ぶ。
「『ライトニングクラウド』だ!風系統の!まずい相棒!」
二人の周囲に電撃がスパークし、襲撃者の顔が照らされる。
首だけ振り返りながら、官兵衛は照らされるその顔を睨みつけた。
「てめぇ……!」
瞬間官兵衛を、背中から腹へと貫いた杖が、まばゆく輝く。
周囲を停滞していた雷がまっすぐ杖へと伸びた。
「死ね!ガンダールヴ!」
バリバリと、けたたましい轟音とともに、高圧の電流が官兵衛の体内へと炸裂した。

166暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:20:22 ID:RnTYwnAY
「来やがったぜ」
フーケはその唐突な呼びかけにハッとした。
ウトウト船をこいでいたが、あわてて周囲を見回し、次いで隣の長曾我部を見やる。
「……?なんだい、いきなり」
先ほどから貝殻のように口を閉ざす長曾我部が、いきなり話し始めたのだ。
フーケが何にか問いかけても、一向に返さなかったのに。
「来やがったって……?」
目を丸くしながら、フーケは長曾我部を見やる。
険しい表情の彼は、全身から張り詰めたような空気を作り出している。
そう、まるで自分が貴族相手に盗みを決行する、その直前のような、あの雰囲気だ。
「……まさか」
それに気づき、フーケは牢の外へと注意を払う。
ふと見ても、一見変わりはない岩壁の牢獄だ。獄中の薄暗さも静けさも、冷たい格子に揺れる灯もなにも同じだ。
ただ一つの違和感を除いて。
「(ちょっと、静かすぎるね)」
そう、今が皆が寝静まる深夜であることを除いても、まるっきり人の気配がないのだ。
普段囚人を監視する看守の息遣いさえ皆無。
戦時中で、今の牢獄にはフーケと長曾我部しか繋がれてはいないのだが、それでも牢番が持ち場を離れることなどあるはずはない。
「おい!牢番!おいっ!」
大声で呼びつける。
しかしつい先ほどまでなら、煩わしがる怒声の一つでも飛んできたのだが、まるで何もない。
「おい?どこいったんだい!」
「無駄だ」
尚のこと呼びかけるフーケに、長曾我部が言う。
「もう殺されてるぜ」
それを聞き、フーケの額に汗が浮かぶ。
そして、まさか、と口にしようとしたところでそれも遮られた。
突如聞こえ始めた、拍車の混じる足音に。
「……この足音」
聞き覚えている音だ。あのときチェルノボーグの監獄でも、状況は同じであったから。
長曾我部が、低い声で言う。
「もう下手な行動はとれねぇ」
それを聞き、フーケは浅く唾を飲み込んだ。
かつんかつん、と響く足音が真っすぐに近づいてくる。
そして、やがて足音は二人の牢獄にさしかかって止む。
鋼鉄の戸に開いた格子窓、その向こうに白い仮面が顔をのぞかせた。
「……ふむ」
仮面が短く呟く。
同時にガチャリと鍵が開き、思い軋みとともに扉が開く。
そして音もなく立ち入ると、男はスラリと杖を抜いて見せた。
「また会ったな土くれ」
その皮肉を込めたセリフに、フーケと長曾我部は苦い顔を浮かべる。
牢の戸が開いても、鎖で壁につながれた二人は自由が利かない。
何より、杖も碇槍も、仕込みの短剣も、すべて取り上げられた二人には成すすべがない。
それを十分わかった上で、仮面は実に愉快そうに言葉を続けた。
「ここまででずいぶん手を焼かされたぞ。本来ならチェルノボークで事が済んでいた筈が、よもやこんな雲の上まで来ることになるとはな」
なあ、と仮面はフーケを見下ろす。長い杖の先端が、彼女の顎に添えられ、ぐいと乱暴に顔を持ち上げる。
「……っ!」
彼女は白仮面を睨む。しかし、諦めと怯えが混じった顔には力が籠らない。
かすかな震えを隠すように添えられた杖を振り払うと、彼女は言い放つ。
「殺すならさっさとしなよ。つまらない前置きは時間の無駄だろ」
長曾我部も観念したように押し黙る。しかしその眼は鋭い。
仮面の男はそんな二人を見ると、微かに笑いながら言った。
「なんとも哀れだな。かつてトリステイン中を恐れさせた世紀の怪盗フーケが、こんな異邦人とつるみこそこそ逃げ回っていたのだからな」
「なんだと?」
異邦人――その言葉に、長曾我部がギロリと仮面を睨む。そんな視線を受け仮面は、今度は長曾我部を見下ろす。

167暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:22:21 ID:RnTYwnAY
「貴様だ。どこかは知らぬが、遥か彼方ヒノモトから来た、異国の者ども」
フーケも驚いたように長曾我部を見やる。
「あの時、『ライトニングクラウド』を喰らわせたにもかかわらず効果が薄かった、その時点で気づくべきだったな。
貴様らには、異常なまでに体躯や力に秀でたものがいる」
言い終わるや否や、仮面の杖先が魔力を帯びる。
空気の層が、形になった様に無数の矢に姿を変えて凝縮される。
「モトチカ!」
フーケが叫ぶ。無数の発射された矢が飛び、壁につながれた長曾我部へ降り注ぐ。
「チッ!」
短く舌打ち、急所を守るように咄嗟に体を捻る。
ざくざくざく!と腕が足が、胴体が、矢に穿たれ、壁に縫い付けられた。
「があっ!」
どうあっても避けきれぬ空気の矢は、突き刺さった後でも形を保ち、彼の動きを完全に封じる。
その痛みに、さすがの西海の鬼も声を上げた。
その様に、仮面は一層愉快そうに言葉を続ける。
「無様だな。忌々しい異邦の者も、こうなってしまえば赤子同然か」
クツクツと、笑い続ける男に、怒りの形相で長曾我部が言う。
「てめぇ、異邦だか異国だがしらねえが、ただで済まさねえぜ。鬼を怒らせたらどうなるか……!」
仮面がふと笑いを止め、ついと杖を振るう。新たに一本矢が追加され、長曾我部の脇腹へと打ち込まれる。
「かっは……!」
「黙れ賊が」
仮面が吐き捨てるように言う。
「これだけされてまだ口が利けるか。呆れた気力よ」
長曾我部の口から乾いた空気が漏れる。
しかし、全身を貫かれても意識を保つ彼に嫌気がさしたか、仮面は再びフーケと向き合った。
「さあ土くれ、最終通告だ。我々の仲間になれ」
脅す口調で、仮面はフーケに迫る。
そして今度は容赦しない、とばかりにフーケの喉元に杖が向く。
断れば魔法で首をはねる、とでも言わんばかりだ。
その杖先から仮面へと視線を映しながら、フーケは恐る恐る言う。
「な、なんだいまだアタシを諦めてないの?」
意外な誘いにフーケは動揺する。
これだけ逃げれば次は死だろうとたかをくくっていたが、どうにもそうではないらしい。
フーケの言葉に、仮面が続ける。
「我々の今後にはどうしても、裏に通じる人材が必要だ。特にお前のようなメイジは、上としても見過ごせぬらしい」
そして一応は、俺の評価も変わらぬ。
仮面はそう付け足した。
「さあ選べ、マチルダ・オブ・サウスゴータ。我らのもとに来て名誉を取り戻すか、それとも落ちぶれた盗賊として生涯を終えるか」
仮面が凄む。
改めて、かつての名を呼ばれ、フーケはやれやれとうなだれた。
「仕方ないね」
フーケは、観念することに心を決めた。
どうせここで意地を張って死んでも、何一つ得にはならない。
何より自分がここで死ねば、この大陸で帰りを待つあの子に申し訳が立たない。
鬱蒼と茂る森の奥で、誰にも知られないようひっそりと暮らす子供たち。
そして子供たちに囲まれ、あの娘がそこに――
「(今はまだこんな所で終われない)」
その光景を思い浮かべ、フーケは仮面に答えた。
「いいさ、手を貸してやるよ。ま、その分報酬ははずんでもらうけどね」
口元に笑みを浮かべながら、フーケは笑いかける。
「いいだろう」
仮面も満足げに頷いた。
即座に鍵を用いてフーケの枷を解除する。
じゃらりと鎖が外れると、彼女は立ち上がってうーんと背を伸ばす。
「はぁ〜窮屈だったよ」
軽口を叩きながらも、フーケは仮面の動向を探る。
相手はじっとこちらに注意を向け、佇む。
どこかこちらを見透かそうとしているような探る視線である。
そして、壁に魔法で縫い付けられた長曾我部には目もくれていない。
それに気づくと、フーケはわき目で長曾我部の様子を確認した。
四肢に喰らった魔法で、長曾我部は満身創痍。
傷口からの出血もおびただしく、早急な手当が必要だろう。
しかし目の前の仮面がそれを許すはずもない。
「(……悪いね)」
フーケは内心で詫びを入れる。
ここまで道中世話にもなった。
多少言動の非常識さに手も焼いたが、気の悪い男でもなかった。
だが、その連れ合いもここまでなのだ。
自分には死ねぬ理由がある。
さらには見ず知らずの荒くれと心中する気にもなれない。
そう思い、フーケは長曾我部に向き合った。

168暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:23:38 ID:RnTYwnAY
「……ま、道中世話になったわね。悪いけどあたしはこいつと行くよ」
息を切れ切れに、長曾我部がフーケを睨む。
しかしフーケは意にも介さず、長曾我部の顔を覗き込みながら言う。
「恨むんじゃないよ。有利な方につかなきゃ生き残れないだろ?」
こっちはお前とこれ以上付き合う気はない、と、暗に言い含める。
フーケはにやにやと作り笑いを浮かべてみせた。
長曾我部は傷が痛むのか、うめき声を上げながら俯く。
なんとも痛々しい様だ。
「……じゃあね」
フーケは静かに呟く。踵を返して、さあ牢を出ようとばかりに歩き出しす。
しかしその時だった。
「待て」
仮面が懐から杖を取り出してフーケに突きつける。
ここに来て取り上げられた、フーケの杖だった。
「あらあら、随分気が利くじゃない」
差し出された杖を、満足そうに受け取るフーケ。
しかし仮面は彼女の目前を塞ぐとこう言った。
「最初の仕事だ土くれ。こいつを殺せ」
仮面の重々しい口調が、フーケに投げかけられた。
「……は?」
一瞬、言葉を詰まらせて、フーケは聞き返した。仮面は変わらず繰り返す。
「この男を、この場で殺せと言ったのだ」
仮面の杖が、まっすぐ長曾我部を指す。
その動作と言葉の意味するところに、フーケは身を硬直させた。
「な、馬鹿だね。放っておきゃいいじゃないか」
唐突な殺しの命だった。意図も分からず、フーケは必死で言葉を取り繕う。
「もうじきここは軍勢が攻め入るんだろ?そうでなくともこんな虫の息なんざ長くもたないよ」
時間の無駄だ、とばかりに手を振ってみせる。
「それより早く行こうじゃない。長引くと兵士が感づくよ?」
フーケとしては、早めに逃げて身を隠したい意味もあった。かつて盗賊として仕事をしていた経験からいっても、時間の浪費は避けたいのだ。
ましてやここで殺しなど、何一つ得にはならないではないか。
「ほらどきなよ!さっさと逃げないと――」
「城の人間は皆殺しだ」
その言葉と同時にずいとフーケに杖が向く。同時に仮面の怨嗟の籠った声色に、フーケは言葉を遮られた。
「今頃城内では襲撃が始まっている。ここに人は来ない、いや来ても困ることはないだろう」
どのみち殺せば同じなのだから、と仮面は付け加える。
「だが困る事は別にあってな。貴様自身だ土くれ」
仮面は強い口調で続けた。
「我々は目的のためなら手段は選ばぬ。この地の統一と大いなる聖地奪還の為にはな。
だが貴様はどうにも違うようだ」
自分へ向けられた杖とその話から、フーケに冷や汗が流れる。
「これまで貴様の盗みの手口を見るに死人は出ていないようだ。たとえどれほど大掛かりな手口で、相手であっても、な」
それを聞き、フーケも反論する。
「そりゃあ、下手に殺したら大きく手配されるしね。それにアタシは宝を奪われてうろたえる連中が好きなのさ。死んじまったら――」
「慌てる事もできない、か?」
言葉の先を引き取られ、フーケは思わず押し黙った。
クックと含みをこめて仮面が笑う。
「我々にはその甘さが、何よりも不要なのだ」
その言葉で、フーケはここに来てようやく悟った。
目の前の仮面の組織、レコンキスタは、自分が思うよりも苛烈で残忍。
そして思うよりも、自分が取り入るのに適していない、イカレた集団だということを。

169暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:25:59 ID:RnTYwnAY
「甘さを捨てろ土くれ、いや……マチルダ」
再び仮面がその名を言う。
「貴様の家名が、名誉が、アルビオンの王家に取りつぶされたのはなぜだ?
それは貴様らの仕える暗愚な君主に、サウスゴータの太守が加担したからだ。
君主の愚行を見捨てられぬ甘さが、その破滅を招いたからだ」
「……暗愚、愚行?」
フーケは唐突に、目の奥底が熱く燃えるような感覚を覚えた。
「そうとも。詳細はともかく、貴様の家もそれに付き従い潰えた。なんとも愚かな話ではないか」
仮面が次々と言葉を並べる。
それを聞き、彼女の奥底に徐々に熱が広がり続ける。無意識に奥歯へと力が籠る。
目前の男に対して、ふつふつと、言い知れぬものが沸き上がる。
「今ここでこの賊を殺し、貴様の奥底から情を取り去るのだ。
そうすれば、お前を快く貴族派の一員と認めよう。出来ぬなら見込み無しとみなし、始末する。さあ――」
どうする?と仮面の促す言葉に、フーケは杖を構えた。
壁へつながれた長曾我部を前にして詠唱を始める。
途端、めきめきめき、と周囲の壁から岩が剥がれ、鋭く精製されていく。
そして鋭利なる岩のやりが空中へ停滞して、ピタリと長曾我部へと狙いを定めた。
仮面は動かずじっと、その様を監視する。
「悪いねアンタ」
フーケは呟く。
同時に杖を、真っすぐ己の背後へと振るった。
「あたしはあんたみたいな奴が、一番嫌いなのさ!」
岩槍が一斉に反転し、背後の仮面目がけて飛ぶ。
ガガガガッ!と乾いた衝撃音が炸裂して部屋中に土埃が飛び散った。
その中心で仮面は、淡々と言葉を紡いだ。
「残念だ」
フーケは即座に飛び退り距離を取ろうとする。しかし狭い獄中にそんな場所はない。
フーケは長曾我部と隣り合うよう壁を背に仮面に向き合った。
「太守と同じ道筋を辿るか。マチルダ」
「黙れ!」
フーケは激昂して叫んだ。
お前に何がわかる。わたしのこれまでを、あの娘の、何がわかるというのか。
侮辱の数々へ、怒りの言葉が浮かんでくる。
「気安く、人の名を呼ぶんじゃない!」
怒りに任せて、杖先から石礫が舞う。しかし仮面はたやすく杖ではじき返すと。
「安心しろ、もう呼ばぬ」
呟き、瞬間青白い杖が伸びてフーケの体を突き刺した。
「うがっ!」
即座に杖が引き抜かれ、腹部から血が噴き出る。仮面は続けざまに、フーケの手足を貫くと。
「そして会うこともない。賊が」
地面に崩れ落ちた彼女を、汚物を見るように見下し、言葉を投げかけた。
「あっ、ああ……」
フーケは倒れ伏し、杖を取り落とす。
四肢と胴体に力が入らない。昏倒しそうな痛みが襲うが、彼女の意地がかろうじて意識を保つ。
「くっ……うう。ちっくしょう……!」
「安心しろ、そう容易く殺さん」
床でもがこうとするフーケを見下ろし、仮面が言う。
「動けぬが、『まだ死なない』程度にしてやった。これからレコンキスタの総攻撃が始まる。ここには貴様の予想どうり、血に飢えた軍隊がなだれ込む……」
愉快そうなその言葉にフーケは青ざめる。
「思う存分、弄ばれよう。我らと敵対したことを悔い、恥辱と侮辱にまみれて死ぬがいい」
そういって短く笑うと、仮面は背を向けた。
「さて、向こうの始末は終わってる手筈だ。あとは計画の通り――?」
その時、仮面はついと動きを止めた。
一流の風の使い手の男には、場内の空気の動きをある程度把握できる。広範囲では精度も限られるが、人の動きも読むことが可能。
その仮面の感覚に見知らぬ、いや計画外の気配が飛び込んできた。
「……どういうつもりだ」
その気配の主が分かるや否や、仮面は怒りに顔を歪めた。
仮面で表情はわからないが、倒れ伏したフーケからも仮面の豹変ぶりがうかがえれるほどに。
「この計画は俺の……!おのれ忌々しい羽虫風情が、よくも邪魔を」
わなわなと手にした杖を震わせ、仮面は一人叫んだ。
沸き上がる怒りを抑えようともせず。
それが、その一瞬が、隙であった。

170暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:29:20 ID:RnTYwnAY
「おいっ……!」
突然の怒鳴り声が背後から響いた。怒りから返り、仮面ははっとして振り返る。
一瞬の感情の乱れが、彼にとって何より致命的だった。
仮面の眼前に迫りくる拳が広がる。
「……おのれ異邦人」
仮面は短く、静かに呟いた。気づくべきだったのだ。
あの時フーケが自分に放った魔法が、あろうことか長曾我部を開放すべく放ったものであったことを。
奴の戒めを解くべく、もう一方へ放たれた岩片があったことを。
目前に立つ長曾我部を見て、仮面はそれを悟った。
拳に仮面が打ち砕かれるのを感じながら舌打ちする。
「(……ここはもういい。フーケは始末した。こいつも長くはもつまい。問題は――)」
仮面が崩れ落ち、素顔が露になるが、男は気にする風もなく詠唱を始める。チェルノボークで放ったものよりも威力を込め、杖先から雷光を放つ。
まっすぐまっすぐ、雷が目前の長曾我部へ伸びた。しかし。
「……テメェか」
元親はそれを避けるそぶりも見せず、直立不動で身に受ける。
まばゆい光と身を焼く電撃。だが、その中で西海の鬼は微動だにしなかった。
ついと、自分の足元に倒れ伏すフーケをみやり、次いで目前の男を見据える。
そして、そのあらわになった仮面の下を見据えながら、静かに、はっきりと言い放った。

「落とし前は必ずつけさせるぜ」



「ここいらで落とし前つけさせてやる」

官兵衛は、内側を焼かれる感覚をおぼえながら、背後で笑うその顔に言い放った。
背後から押さえつけられ、体を貫く杖と電撃から逃れるすべは無い。
ばちばちと雷光も弾け続ける。
そして、これだけの騒ぎのはずが兵士の一人も駆け付けないあたり、辺りは敵の手中だろう。
つまりこの場に助けも来ない。背後の男もそれをわかって余裕の表情を浮かべているのだ。
だがそうであっても、たとえ窮地であっても、官兵衛は振り返ってその面を見据えた。

怒り憎しみとも違う、力のこもった瞳。

それぞれの二対の武将達の眼が、そのよごれた仮面の下の素顔を逃がすまいと捕らえて離さなかった。



                                                                つづく

171暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:34:25 ID:RnTYwnAY
今回は以上で終わりです。
なかなか筆が進まず申し訳ありません。
現状では結構先まで話は考えていますので、また次回もよろしくお願いします。
それでは。

172ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:31:38 ID:p5wSueKw
暗の使い魔の人、乙です。私の投下を始めさせていただきます。
開始は22:34からで。

173ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:35:20 ID:p5wSueKw
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十九話「破滅降臨」
破滅魔虫ドビシ
破滅魔虫カイザードビシ 登場

 ガリア王国の首都リュティスは、聖戦の開始以来ずっと、大混乱の坩堝に陥っていた。
 街には南部諸侯の離反によって、その土地から逃げてきた現王派の貴族や難民が溢れ返り、
それがなくとも国民はロマリア宗教庁より“聖敵”にされてしまったことで震え上がり、
連日寺院に救いを求める始末であった。華の都と呼ばれたリュティスは、たったの一週間で
終末がひと足先に訪れたかのようになってしまったのだ。
 王軍もまた、反乱を起こした東薔薇騎士団の壊滅から来るジョゼフへの恐怖心と外国軍への
嫌悪感からほとんどがジョゼフに従っていたが、その士気は最低であった。しかも本日未明に
もたらされた、カルカソンヌに展開していた最前線の部隊が怪獣に操られ、その末に全員が
捕虜となって文字通り全滅したという報せによって、これ以上下がらないと思われていた士気が
どん底になっていた。――ジョゼフは何も言わないが、怪獣が彼の仕業なのはどう見ても明らか。
つまり、かの王は自分たちですら捨て駒としか思っていないのだ。彼らが今もガリア王軍であり
続けるのは、最早何をしても自分たちの破滅は変わらないのだから、せめて最後まで王家への
忠義と誇りは捨てなかったという体裁は保ちたいという絶望的な願いだけが理由であった。
 常識家でただの善人だった宮廷貴族だけは、祖国をどうにか立て直そうと躍起になって
いたのだが、そんな彼らでも、東薔薇騎士団の反乱の際に崩壊したヴェルサルテイル宮殿の
一角……美しかった青い壁が今やただの瓦礫の山であるグラン・トロワの無惨な姿を見る度に、
自分たちの仕事が無駄になることを認識していた。

 ハルケギニア一の大国、ガリア王国をほんの一週間でこれほどの惨状に変えた張本人である
ジョゼフは、仮の宿舎とした迎賓館――語頭に「元」がつくのも遠い未来ではないだろう――で、
運び込んだベッドの上から古ぼけたチェストを見つめていた。それは中が見た目より広くされて
いるマジックアイテムであり、幼き頃にはシャルルとかくれんぼに興じていた懐かしい思い出の
品である。
 当時のことを思い返しながら、ジョゼフは独りごちる。
「一度でいいから、お前の悔しそうな顔が見たかったよ。そうすれば、こんな馬鹿騒ぎに
ならずに済んだのになぁ。見ろ、お前の愛したグラン・トロワはもう、なくなってしまった。
お前が好きだったリュティスは、今や地獄の釜のようだ。まぁ、おれがやったんだけどな。
それでも、おれの感情は震えぬのだ。あっけなく国の半分が裏切ってくれたし、残った奴らも
事実上捨ててやったが、何の感慨も持てん。実際『どうでもいい』以外の感情が持てぬのだよ」
 ジョゼフはため息を吐いた。
「何だか面倒になってしまったよ。街を一つずつ、国を一つずつ潰していけば、その内に
泣けるだろうと思っていたが……まだるっこしいから、纏めて灰にしてやろうと思う。
もちろん、このガリアを含めてな。だからあの世で王国を築いてくれ。シャルル……」
 そこまでつぶやいた時、ドアが弾かれるようにして開かれた。
「父上!」
 顔面蒼白で、大股でつかつかと歩いてきたのは、娘であり、王女であるイザベラだった。
王族ゆかりの長い青髪をなびかせながら、父王に向かって問うた。
「一体、何があったというのですか? ロマリアといきなり戦争になったと聞いて、旅行先の
アルビオンから飛んで帰ってきてみれば、市内は大騒ぎ! おまけに国の半分が寝返ったという
話ではありませぬか!」
「それがどうした?」
 ジョゼフはうるさそうに、たったひと言で返した。
「……“それがどうした”ですって? わたしには、父上のお考えが理解できませぬ! 
ハルケギニア中を敵に回しているのですよ!? 王国がなくなるのですよ!?」」
「だから、“それがどうした”と言っているのだ。おれにとっては、誰が敵に回ろうと、何が
なくなろうとも、どうでもよいことなのだ」
 冷たく突き放したジョゼフに、イザベラはわなわな小刻みに震えた。父に、恐怖を感じているのだ。

174ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:38:24 ID:p5wSueKw
 ジョゼフはそんなイザベラに、冷めた視線を返していた。ジョゼフは己の娘でさえ、愛した
ことは一度もなかったのだ。それどころか、魔法の才に恵まれない彼女に昔の自分の面影を見て、
嫌悪感すら抱いていた。彼女が何かわがままを言う度にそれを叶えてきたが、それは鬱陶しい
イザベラの声をさっさと黙らせたいからだけでしかなかった。成長してからもイザベラはその辺の
愚昧な人間と変わりなく、彼女に対して何の評価もしていなかった。
 だがしかし、次の瞬間、イザベラは彼の抱いている人物像に反する行動に打って出た。
「父上……どうかお考え直し下さいッ!」
 彼女は恐怖心を振り切り、必死な声音でジョゼフに改心を求めてきたのだ。
「何?」
「もう遅すぎるのかもしれませんが……何か変えられるものがあるやもしれませぬ! せめて、
この国の民の命だけは助かるよう便宜を図って下さい! 彼らには何の罪もないではありませぬか!」
 その声音には、保身や計算の色はなかった。王になってから散々聞いてきたので、それくらいは
分かる。だからこそジョゼフには信じられなかった。あのわがまま娘が、このようなことを口走るとは。
「……意外な言葉だな。誰からの受け売りだ?」
「ある者より教わりました。間違いは、生きていれば正せると。……わたしは、己というものを
省みたことがありませんでした。そのこと自体、どうとも思っていませんでした。ですが……
その者より教わって以来、そんな自分を変えたいと思うようになったのです」
 胸の辺りをギュッと握り締めるイザベラ。その懐には、アスカが置いていったエンブレムの
パッチがあった。
「そして父上にも、どうか過ちを正していただきたいのです! このままではどう考えても、
誰もが破滅する結末しか待っていません。それが正しいことのはずがありませぬ! どうかッ! 
どうか父上、お考え直しを……!」
 イザベラの強い訴えを一身に受け……ジョゼフは声を張りながら大笑いした。
「ワッハッハッハッ! ワッハッハッハッハッ!」
「ち、父上?」
「いやはや、おれは本当に人を見る目がないな。お前がそんなに立派な台詞を言う人間に
なっていたとは。今の今まで、全く知らなかった。実に驚かされたよ」
 ジョゼフの言葉に、イザベラは一瞬表情が輝いた。
「父上、では……!」
 だが、ジョゼフから向けられたのは杖の先端だった。
「え……?」
「だが、それもやはりどうでもよいことだ。おれは何も変えるつもりはない。お前が『正しい』と
思うことをしたいのなら、今すぐにここから出ていくことだな。さもなければ、出来ない身体に
なるかもしれんぞ」
 イザベラは再び、ガチガチと震え出した。先ほどよりも深い恐怖を、ジョゼフに感じている。
「とっとと去れ。身内を殺めるのはもうやった。同じことを二度やるのは下らんことだ。
だから見逃してやる。従わないのなら……いい加減鬱陶しいので、黙らさなければならんな」
 ジョゼフが自分を見逃す理由は、その言葉以外にないのは明白だった。結局、彼は自分の
ことをこれっぽっちも愛してはくれなかったのだ。
 イザベラはそれがとても苦しく、悔しく、そして悲しかった。感情とともに溢れ出た涙と
ともに、この寝室から飛び出していった。
 次いで現れたのは、ミョズニトニルン。彼女は集めた情報をジョゼフに報告する。
「死体の見つからなかったカステルモールの件ですが……。どうやら生きているようです。
カルカソンヌで捕虜となった王軍に紛れているとのこと」
「そうか」
「シャルロットさまと接触するやもしれませぬ。何らかの手を打たれた方が……」
「それには及ばぬ」
 ジョゼフは首を振った。

175ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:41:18 ID:p5wSueKw
「どうしてですか?」
「希望の中でこそ、絶望はより深く輝く。奴らは『おれを倒せるかもしれぬ』という希望を
抱いたまま、ただの塵に還るのだ。そんな深い絶望など、そうそう味わえるものではない。
羨ましいことだ」
 最後のひと言は、紛れもないジョゼフの本音であった。

 昨晩の事件によって、ロマリア軍はリネン川を渡り、がら空きとなった対岸へと歩を進めた。
しかしそこで進軍は一旦ストップとなった。捕虜の人数把握や整理などの処理に時間が必要
だったからだ。街の半分に陣を張っていた軍団を纏めて捕虜にするなど異例のこと。そのため
ロマリア軍も忙殺されているのだ。
 しかし進軍の停滞も、持って一日というところだろう。明日にはリュティスへ向けて進撃を
再開してしまうはずだ。リュティスはカルカソンヌの比ではない数の兵が守っているので、
さすがにすぐ激突とはならないだろうが……それでも本格的な戦闘はもう秒読み寸前という
ところまで迫っている。それまでにアンリエッタが間に合わなかったらアウトだ。
 そんな風にやきもきしているルイズは……才人がラン=ゼロに何か怪しげな特訓をつけられて
いるのを目撃した。
「まだだ! まだお前には集中力が足りねぇ! 極限まで精神を研ぎ澄ませッ!」
「おうッ!」
 傍から見たら昨日と同じ剣の稽古なのだが……才人の方は何と目隠しをしているのだ。
視界をふさいだ状態で剣を振るうなど、奇行としか言いようがない。
「サイト……あんた何やってんの?」
「その声、ルイズか?」
 才人たちは一旦手を止め、才人は目隠しを取ってルイズに向き直った。
「特訓さ」
「それは見たら分かるけど、あんた何で目隠しなんかしてるのよ。いくら何でもそれは危ないでしょ」
「いや、それが必要なんだよ」
 とゼロは証言する。
「目隠しが必要?」
「ジョゼフを討ち取るためにな。特に、今はこんな状況になっちまっただろ? だから最悪
今日中にこの特訓を完成させなきゃならねぇんだ。悪いが邪魔してくれるなよ」
「まぁそれはいいけど……昨日は目隠しなんかしてなかったじゃないの。どうしてまたそんな
ことを……。昨晩に何かあったの?」
 と聞かれて、才人たちはギクリとした。昨夜はタバサと密談していた。そこでカステルモール
からの手紙からジョゼフが正体不明の魔法を扱うことを知り、その対策をゼロと話し合ったのだが……。
 喧嘩をすることもあるが、才人は仲間であるルイズを信頼している。しかし、ロマリアの
手の者がどこでどうやって盗み聞きしているか分かったものではない。ガリアの者からタバサに
王として名乗り出てほしいと言われているなんて内容、ロマリアは諸手を挙げて喜ぶだろう。
そんなことはさせられない。
 だから才人たちは内心ルイズに謝りながら、ごまかすことにした。
「その、何て言うか……これはとっておきの秘策なんだ。決まればジョゼフの野郎はおったまげる
こと間違いなしの」
「ああそうだ。念には念を入れてな」
「そうなんだ……」
 ルイズは訝しみながらも、才人たちの引きつった顔から何かを察してくれたのだろう。
それ以上追及はしなかった。
「それだったらいいわ。特訓頑張ってね。じゃあわたしはこれで」
 当たり障りのないことを言ってルイズはこの場から離れていった。後に残された二人は
ふぅと息をつく。
「……それにしても、本当に俺がジョゼフを倒さなくちゃいけないって状況になってきてるな。
姫さまは明日には来てくれるかな……」
「信じるしかねぇな。この心配が杞憂になってくれるのが、一番いいんだけどな……」

176ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:44:40 ID:p5wSueKw
 と言い合う才人とゼロ。もしアンリエッタが間に合わなかったら、才人がジョゼフの元に
乗り込んで召し捕らなくてはならない。ジョゼフさえ倒せば、ガリア軍に抗戦の意志はあるまい。
戦争を止めるには、とにもかくにもジョゼフ打倒が必要なのだ。

 その日の夜……才人から王への即位を止められていたタバサだったが、シルフィードと
ハネジローが寝静まった頃に、才人がこっそりと部屋にやってきたのであった。
 タバサは驚くとともに、こんな夜更けに才人が一人で自分の元を訪れたという事実に少し
緊張を覚えながら、彼を中に招き入れた。
 才人は一番に、こう言った。
「昨日の夜の話……俺、真面目に考えたんだ」
「……え?」
「ほら、タバサが王さまになるって奴」
「それが?」
「やっぱり、正当な王位継承者として、タバサは即位を宣言すべきだ」
 昨日とは正反対の言葉に、タバサは顔を曇らせた。
「ロマリアに説得されたの?」
「違う。自分で考えたんだ。どうすれば、この戦は早く終わるのかなって。やっぱり……
これが一番だと思う」
 そう才人は語る。
「ロマリア軍が遂に川を渡っちまっただろう? それで、ガリア軍の総攻撃も始まるらしいんだ。
そうなったら、ほんとに地獄のような戦になっちまう。姫さまの帰りを待っている暇はもうないんだ。
だからタバサ……どうか頼む。みんなを救うために」
 と説得する才人に、タバサは……。
「……誰?」
「え?」
「あなたは、誰?」
 疑問で答えた。手を伸ばし、杖を手に取る。
「な、何言ってるんだよ。俺が誰かなんて……どうしてそんな変なこと聞くんだ?」
 顔が引きつりながらも聞き返す才人に、タバサは言い放った。
「あの人だったなら……仲間のことを信じない選択は取らない」
 アンリエッタも才人の大事な仲間だ。彼女が待っていてほしい、と言ったならば、才人は
ギリギリまで待ち続ける。仲間を信頼しているから、絶対にそうするはずだ。
 それが、ゼロたち仲間とともに戦い、成長してきた才人という人物だと、彼を熱く見守って
いたタバサには分かるのだ。
「そ、それは、俺にも事情が……」
 もごもごと言い訳する『才人』に、タバサは決定打となるひと言を投げかけた。
「ゼロの声を聞かせて」
 その途端、『才人』は身を翻して逃げ出そうとした。タバサはその背中にディテクト・
マジックを掛けた。やはり魔法の反応があったので、氷の矢を背に放った。
 みるみる内に『才人』の身体はしぼんで小さくなっていき……いつかの任務で自分も
使ったことのあるスキルニルの正体を晒した。血を吸わせた対象の姿に成り切る魔法人形だ。
 ロマリアの手の者が、密かに才人の血液を手に入れ、自分を利用するために差し向けて
きたのだ……と分析したタバサは、拾い上げた人形を握り潰した。その瞳には、強い怒りが
燃えていた。

「しまったなぁ……。失敗してしまったか」
 才人に化けさせたスキルニルがいつまで経っても戻ってこないことで、事の次第を把握した
ジュリオはやれやれと頭を振っていた。
「恋は盲目と言うから、あの聡い彼女も騙せると踏んだんだが……ぼくとしたことが読み
違えてしまったな。聖下に何と申し開きをしたらいいか……」
 うーん、と腕を組んでうなるジュリオだったが、すぐにその腕を解いた。
「でもまぁ、最終的に彼女が王位に就けばそれでいいんだ。そうすれば後は何とかなる。
幸い軍は渡河に成功してるし、後はどんな形でも、ジョゼフ王を王座からどかすだけだな……」

177ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:47:55 ID:p5wSueKw
 と算段を立てるジュリオ。聖地奪還のためにあらゆる手を投げ打つ彼らは、一度のミスで
その陰謀に歯止めを掛けるようなことはしないのだ。

 翌日、タバサはロマリアに聞かれることを承知で、昨夜のことを才人とルイズに知らせた。
どうせこれを仕組んだのもロマリアなのだから、聞かれたところで構いやしない。
「何だって!? 俺の偽者を、あいつらが……!?」
 スキルニルの仕組みを聞いた才人は、ジュリオのフクロウが自分の頬をかすめたことを
思い出した。
「あの時だな……! くっそ! 分かっちゃいたが、あいつらほんとに手段を問わねぇな……! 
油断も隙もねぇ……!」
「ほんとなのね!」
「パムー!」
 才人も憤慨していたが、シルフィードとハネジローはそれ以上にカンカンであった。
「おねえさまにこんな汚い手を使って! 絶対に許せないのね!」
「確かに、ロマリアのやり口は本当に卑劣極まりないものだけど……」
 ルイズも怒りを覚えながら、タバサのことをじっとにらんだ。
「どうしてロマリアは、才人の姿ならあんたが言うことを聞くと思ったのかしら」
 タバサはサッと顔をそらした。ルイズが追及するより早く、タバサは話題をそらした。
「今は、このことはもういい。それより、これからどうするか」
「それだったら、遂に朗報が来たんだよ!」
 才人がウキウキしながら言った。
「今朝方に、姫さまがガリアに到着したって報せが届いたんだ。なぁルイズ?」
「ええ。きっと今頃はジョゼフのところに面通りをしてるでしょうね。後は姫さまの交渉が
上手く行くのを祈るばかり……」
 とルイズが言った矢先に、窓から差し込んでくる日差しが急に途切れ、部屋の中がやおら
暗くなった。
「ん? 急に暗くなったな。もう夜か?」
 そんなまさかな、と才人が自分に突っ込みながら窓の外を覗き込んで、すぐに顔をしかめた。
「何だ、この空模様……。こんな曇り空、見たことないぞ……」
 見渡す限りの空が、厚い雲に閉ざされているのだ。急に夜が来たかのように暗くなったのも
そのせいだ。しかしあの曇り空は、何かが変だ……。
 ルイズたちも奇妙に空を見上げていると、ゼロが叫んだ。
『あれは雲じゃねぇッ!』
「え?」
『あれは……怪獣の群れだッ!』
「!?」
 ギョッとする才人たち。才人がゼロの力を借りて遠視すると……雲に見えたものが、体長
六十サントほどもある虫型の怪獣の集まりであることが分かった。
「ほ、本当だ! けどあの量……一体何万、いや何億匹いるんだよ!?」
 才人は戦慄していた。普通の虫よりもずっと大きいとはいえ、一匹一匹は一メイルにも
満たないサイズ。それが、広大な空を埋め尽くしているのだ!
 しかも虫の群れの各部が変形して、虫の塊がいくつも地上へと降ってくる。その塊は形を
変えていき……一つ目の異形の巨大怪獣となってカルカソンヌの中に侵入してきた!
「グギャアーッ! グギャアーッ!」
 虫型怪獣の名前はドビシ。それらが融合して巨大怪獣と化したものは、カイザードビシという! 
カイザードビシの群れの光景に、才人たちはアンリエッタの交渉がどのような結果になったのかを
自ずと察した。
「ジョゼフの野郎……とうとうやりやがったなッ!」
 ゼロが懸念した通りに、才人がジョゼフを討ち取らなくてはならない状況となってしまったのだ。

178ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:49:06 ID:p5wSueKw
以上です。
ガイアアグルに纏わりついてたドビシはほんとにきもい。

179ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 22:50:34 ID:f/842f2A
こんばんわ。ウルトラ5番目の使い魔、66話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

180ウルトラ5番目の使い魔 66話 (1/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:01:02 ID:f/842f2A
 第66話
 剣下の再会(後編)
 
 殺戮宇宙人 ヒュプナス 登場!
 
 
 ハルケギニアを騒がせている子供の連続誘拐事件。それがついにトリスタニアのど真ん中でも起こったということで、トリスタニアの治安維持を担う衛士隊は上へ下への大騒ぎになっていた。
 ともかく、女王陛下のお膝元で起こった事件で犯人を逃したら威信に関わる。隊長以下、非番の者まで呼び集められ、トリスタニア全域を封鎖しての大捜索網が広げられた。
 
 だが、その裏で、決して表には出せないある事件が起こっていたことを知る者は、少なくとも一般人レベルにはいない。
 重罪犯を収容するチェルノボーグの監獄。そこで、銃士隊が中心となって前代未聞の捕物が行われていた。
「隊長、牢番長までの職員をすべて捕縛しました。全員が罪状を認めています」
「ご苦労。さて、何か申し開きはありますかな? 所長殿」
 所長室で部下からの報告を受けて、アニエスは自分の前で縄で縛りあげられている小太りの男を見下ろした。
 彼はこのチェルノボーグの監獄の所長。罪状は、一ヵ月前に囚人の集団脱走を起こしながらも、それを職員と連帯して隠蔽したことである。
 すでに証拠、証人ともに十分な数が揃い、すぐにでも”元”の一字をつけて呼ばれることになるであろう所長は顔色がない。それでも彼は自分を待ち受ける破滅の未来を少しでも回避したい一心で弁明した。
「あ、あれは私の責任じゃない! 私はあの日まで、警備には何も手抜かりなく務めてきたんだ。だけど、固定化を施した壁がいともたやすく壊されて、駆け付けたときにはもう全員逃げた後だった。あんなのじゃ、誰だって脱走を防ぐのは無理だ。私が悪いんじゃない!」
「だが、囚人が逃げたことを報告せずに隠蔽したのは事実でしょう? それで、もう何人の被害者が出たと思ってるんですか?」
「あ、あれは出来心で。私は所長になってからこれまで、ずっと不正には手を出さずに来たんだ。頼む、信じてくれ!」
「一度魔が差したばかりに人生を台無しにする人間は世にごまんとおりますな。それらをすべて許していては世間はめちゃめちゃになるでしょう。酌量の余地はあっても罪は罪、その責任は後でじっくり負っていただきます。連れていけ」
 アニエスに命じられ、数人の隊員がわめきちらす所長を、これまで彼が支配していた牢獄の中へと連行していった。
 これで容疑者はすべて捕らえた。後は報告書にまとめて上に提出し、司法の手にゆだねれば自分たちの仕事は終わる。しかしアニエスは報告書を作るなどの事務仕事が大の苦手で、やれやれとため息をついた。
「これは早くミシェルに戻ってきてもらわないと大変だな。そういえば、あいつはまだ戻らないのか?」
「はい、脱獄したトルミーラ一味のことを伝書ゴーレムで送ってきてからは、まだ何の連絡も」
「そうか、あいつの情報のおかげでチェルノボーグでの隠蔽工作が露見したわけだから、今回は勲章ものなんだが……まあミシェルのことだから、また別の情報を探っているのだろう」

181ウルトラ5番目の使い魔 66話 (2/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:03:48 ID:f/842f2A
 アニエスは気持ちを切り替えると、逮捕した牢番の代わりに牢獄の見張りを配置するための指示を出していった。代わりの人員が派遣されてくるのはどう急いでも明日以降。それまで銃士隊で穴を埋めねばならない。
 だが、チェルノボーグに引きこもる形になった銃士隊に、才人たちがさらわれたという情報が届くのにはかなりの遅れを必要とすることになった。そしてその間に、今さらミシェルが独断で行動を起こしているとはアニエスも想像できなかった。
 夜の帳はまだ深く、夏の夜風は蒸し暑い。アニエスは窓から夜空を見上げ、明日になればまた忙しくなるなと未来に思いをはせた。しかしそれは、アニエスが予想したのとはまったく別の形で訪れることになる。
 
 
 所を移し、誘拐団のアジトとなっている幽霊屋敷。住人がいなくなって久しく、荒れ放題になっているその廃屋の廊下を、ミシェルは偶然出会った才人とアイをつれて歩いていた。
 銃士隊副長の大任にあるミシェルが、仲間たちの誰にも知らせずにたった一人でこんなところにやってきた理由。それは、ここを根城にしている誘拐団のボスであるトルミーラという女メイジを知っているかららしく、ミシェルは歩きながらその因縁を語り始めた。
「十三年前、わたしは両親を失って天涯孤独の身になった。そのあたりの事情は、前に話したとおりだ。だが、何も知らない貴族の子供がいきなり世間に放り出されて生きていけるわけがない。路頭に迷っていたわたしを拾ったのが、当時はまだそれなりに裕福な貴族の娘だったトルミーラだったというわけだ」
 ミシェルは、心の奥底にしまい続けてきた記憶をほこりを払って引き出しながら語っていった。
 才人は黙ってそれを聞く。以前、才人はミシェルからその悲しい過去を直接聞いたことがあったが、そのすべてを聞かされたわけではない。十三年にも及んだ悲劇のさらに一端……聞きたい話ではないが、耳をふさぐわけにはいかない。
「当時、十四歳くらいだった奴の実家は貧民を相手にした施しをやっていた。ロマリアなどでよくやる貴族の偽善行為だが、当時のわたしが食いつなぐにはそれに頼るしかなかった。行き倒れていたわたしに、おなかがすいているならうちへいらっしゃいと手を差し伸べてきた時のトルミーラの顔は、よく覚えている」
 それがなければ、恐らく自分はそこで死んでいただろうとミシェルは語った。
 しかし、彼女の言葉の感情からは懐かしさや親愛といったものは感じられず、それにひっかかった才人は尋ね返した。
「えっと……今回の事件の首謀者がトルミーラって元貴族で、ミシェルさんは恩人が悪事を働いてるのを止めに来たって、わけですか?」
「恩人……か。確かにそうだが、わたしはあいつに恩義や感謝を感じてはいない。サイト、人間というやつは一度歪んだらそうそう簡単に変わったりはしない。トルミーラはその典型のような女だ……サイト、一年前に起こった誘拐事件のことを、お前は聞いたことがあるか?」
「いえ、その頃のおれはルイズに召喚されたばっかで、自分のことだけで精いっぱいだったから世間のニュースなんてさっぱりで」
 才人は、その当時のことを思い出そうとしたが、思い出せるのはほとんど学院でのことしかなかった。それに、当時はフーケが世間を賑わせていたのもあり、小さなニュースなどは聞いたとしても、右から左に聞き流していた可能性が高い。
 アイは話の意味がわからずにきょとんとしており、するとミシェルは「そうか」と、つぶやくと、才人に質問した。
「サイト、誘拐というとお前はどんな目的でおこなうものだと思う?」
「え? いや、そりゃあ……親から身代金をとるとか、そういうもんじゃないですか?」
「それは貴族の子弟や、ある程度裕福な商家などを相手にした場合だ。それに、そういった誘拐はリスクが大きい。大規模な追っ手がかかるからな。一番簡単に誘拐で金を手に入れる方法は、平民の子供をさらって、他国で奴隷として売りさばくことだ」
 才人は首筋を蛇がはいずったような悪寒を覚えた。日本の常識が通じないハルケギニアの暗部、それをミシェルは淡々と説明していった。

182ウルトラ5番目の使い魔 66話 (3/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:09:04 ID:f/842f2A
「平民の子供が消えても、衛士隊が捜索の手をそんなに広げることはない。ましてや、国外に出てしまえば捜索の及ぶ可能性はほとんどなくなる。一年前、トルミーラの率いていた誘拐団は、トリステインで平民の子らをさらい、国外に運び出そうとしていたところで逮捕された。取り調べに当たった担当官によると、非常に手慣れた手口で子供を集めていたという……まるで、昔から人さらいをやり続けていたようにな」
「まさか……」
 才人は息をのんだ。それだけ言われれば、いくら才人が鈍くても察しはつく。
「そうだ。トルミーラの家は、貧民救済を建前にして、その裏では集めた人間を奴隷として売りさばいていたんだ。奴はそういう家で育ったから、その手口も慣れたものだったのも当然だ。去年に我々が撲滅したが、トリステインには同様の人身売買組織が少なからず存在していたよ」
「そういや、おれにも覚えがあるぜ。前に……」
 才人はそこで手をつないでいるアイを見て、言葉をつぐんだ。彼女の育ての親だったミラクル星人が星に帰らなければならなくなった際、預け先になった商家が裏で人買いをやっているとんでもないところだったのだ。
「どうしたの? サイトおにいちゃん」
「いや、なんでもないよ。大人の話さ」
「むーっ、大人はすぐそうやってごまかすんだもの。ずるいんだ」
 アイにとってはつらい思い出を蘇らせてはいけないと、才人は言葉を止めながらも考えた。人が人を売り買いするという、もっとも下種な行為。つまり、過去にトルミーラに拾われたミシェルもまた……と、思ったが。
「だが、トルミーラは親よりも悪質な性をその年齢でもう持ち合わせていた。奴は、手なずけた子供を使って盗みをやらせていたんだよ」
「盗みって……ミシェルさんたちに」
「ああ、商店から品物を盗ませる。すりや置き引き、ほかにも当たり屋や空き巣もあったな。それに成功しなければ食事を取り上げると脅されて、皆は泣く泣く従っていた。もちろん、わたしも……な」
「でも、トルミーラってのは裕福な貴族の娘だったんでしょう? なんでそんな、ケチな犯罪なんかを」
 解せないという才人に、ミシェルは忌々しさを隠さずに答えた。
「トルミーラはスリルを求めていたんだよ。奴は、他人を自分の思うがままに従わせる快感に酔いきっていた。従わなければ鞭を振るい、逃げ出して誰かに訴えたところで、浮浪児と貴族ではどちらが信用されるかは目に見えている。トルミーラは、そうしてわたしたちが必死になる様を見て楽しんでいた」
「最低のクソ野郎だな。んで、飽きたら奴隷にしてポイってか……久しぶりに心底胸糞が悪くなってきたぜ。おれがそこにいたらぶん殴ってやったのに!」

183ウルトラ5番目の使い魔 66話 (4/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:15:36 ID:f/842f2A
 ミシェルは憤る才人を見て目を細めた。
「サイトらしいな。だが、すんでしまったことを今さら言っても仕方がない。それに、皮肉な話だが、トルミーラの下で様々な悪事を働かさせられたことが、結果としてわたしの命をつなぎとめた。トルミーラの下にいた数か月の後、わたしは奴隷として売りに出されるはずだったのだが、寸前に逃げ出すことができた。そして、できるだけ遠くに逃げた後に、覚えさせられた盗みの技術でなんとか食いつないだ……まったく皮肉なものさ」
 自嘲げに笑うミシェルの横顔は、才人もこれまで見たことがない悲しさを漂わせていた。
「しかし、食いつないだはいいが、その後どうなったかはサイトも知ってるとおりさ……」
「ミシェルさ……いや、ミシェル。思い出したくないことを、無理に思い出さなくてもいいよ」
 才人はあえて敬語を使わず、自分にとっての特別を示すかのように名前のままミシェルを呼んだ。するとミシェルは、才人に顔を見せたくないというふうに向こうを向いて言った。
「ありがとう。しかし、その忌まわしい過去が連なったからこそ、サイトに会えた今にたどり着けた。だから、わたしは過去を消したいとは思わない……だが、恩義はなくとも、わたしは奴から受けた借りを返さなくてはならない。トルミーラは、わたしがやる」
「助太刀するぜ! まさか、いまさら遠慮はしないよな? 悪者たちをやっつけてやろうぜ」
「そう言うと思ったよ。だがそれはともかく、サイト……その子をしっかりかばっていろ」
「え?」
 才人が頭で理解するより早く、ミシェルは床を蹴って駆けだしていた。廊下の先の柱時計の物陰に向かってナイフを投げつけ、次の瞬間には抜いた剣を暗がりに向けて突き立てていた。
「ぐえぇぇ……」
 カエルをつぶしたような男の悲鳴が短く響き、次いで人間の倒れる音が続いた。
 才人は目を凝らし、今の瞬間になにが起こったのかをやっと理解した。暗がりの中にうっすらと、目にナイフが刺さり、心臓を剣で一突きにされた男の死体が転がっているのが見えたのである。
「ま、待ち伏せされてたのか」
「下手な隠れ方だったがな。もう少し近づけばサイトも気づいていただろう。だが、こいつらに下手に致命傷を与えると面倒なことになる。だからこうした」
 ミシェルは死体からナイフと剣を引き抜くと、男の衣類で血のりを拭った。その目は冷たく、見下ろす男の死体をすでにただのモノとしか見ていない。
 しかし、剣を戻すとミシェルはすぐに優しい表情に返り、あっけにとられている才人とアイにすまなそうに言った。
「お嬢ちゃん、驚かせてすまなかったな。けれど、悪い奴が狙ってたんだ、許しておくれ」
「ううん、お姉ちゃん、すっごくかっこよかったよ! まるでサイトおにいちゃんみたい」
 謝罪するミシェルに、アイはむしろうれしそうに答えた。するとミシェルは、「そうか、サイトみたいか」と、少し照れた様子を見せる。

184ウルトラ5番目の使い魔 66話 (5/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:22:10 ID:f/842f2A
 ただ、才人はアイがショックを受けるのではと危惧したのが杞憂に終わって、少しだが複雑な思いを感じていた。いくら幼く見えても、人が死ぬことへの抵抗感が薄いのはアイもハルケギニアの人間だということなのだろう。しかし、現代日本人の常識からすれば異常かもしれないが、それを問題にするのは傲慢でしかないだろうと思った。
 もっとも、才人がアイを見誤っていたのはそういうことばかりではなかった。
「ねえ、ミシェルおねえちゃんってサイトおにいちゃんのことが好きなの?」
「え?」
「い?」
 ミシェルと才人は、意表をつくアイの質問に思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
 さらに、アイはミシェルが図星と見るが早く、うれしそうに切り込んできた。
「やっぱり。だってミシェルおねえちゃん、サイトおにいちゃんと話すと楽しそうだもん。うちでもね、グレッグとメイヴがふたりだけになるといっつもイチャイチャしてるもん。サイトおにいちゃんも、”まんざら”でもないんでしょ」
 うっ! と、才人も言い返せなくなる。さらに才人が詰まると、アイは才人を指さして言った。
「あっ、でもサイトおにいちゃんはルイズおねえちゃんのものなんでしょ。だったら、それってふりんっていうやつでしょ! わー、いけない大人だ」
「ア、アイちゃん、そんな言葉どこで覚えたのかな?」
「ジム! 最近読み書き覚えたから、ごみ捨て場に落ちてる本を拾ってきてはいろんなこと教えてくれるんだ」
 あんのクソガキろくなことを教えねえ! 才人は心中で煮えたぎるような怒りを覚えた。顔は愛想笑いで固定しているが、帰ったら頭グリグリのおしおきをしてやろうと心に決めた。
「あ、あのねアイちゃん。不倫っていうのは、結婚してる人がよその人にデレデレしちゃうことで、おれたちはまだその……」
「えーっ、じゃあルイズおねえちゃんとは遊びだったってこと? でもしょうがないか、ミシェルおねえちゃんって美人だし、サイトおにいちゃんっておっぱい大きい人のほうが好きなんでしょう」
「そ、そりゃあまあ、男にとっておっぱいとは無限の桃源郷であり果てしないロマンであって。ミシェルのアレは大きさも形も絶妙で、まさにピーチちゃん……って、違う違う!」
 誰がおっぱいマイスターをやれって言ったんだよ? バカかおれ! 一人ノリツッコミをしながら慌てて否定したものの、アイは「ルイズおねえちゃんに言ってやろ、言ってやろ」という顔をしている。まずい、このままではマジで命がなくなると思った才人はミシェルに助けを求めようとしたが。
「サ、サイト……小さい子の前で、そんな破廉恥なことを言わないほうが……で、でもサイトがそんなに褒めてくれるんなら、わ、わたし」
 しまったーっ! 完全にいらんことを聞かれてしまったよ、おれの超ド級バカ!
 顔を赤く染めているミシェルを見て、才人は己のバカさ加減を心底呪った。

185ウルトラ5番目の使い魔 66話 (6/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:23:14 ID:f/842f2A
 ミシェルさん、自分の胸の谷間を見下ろしながら何か考えてるよ。もしかして、あの谷間でナニを……って、そういうことじゃないだろ! いやでもルイズじゃ絶対に不可能だしなあ。もし結婚したら、あれを毎日……だから違うだろ!
 才人は健全な青少年として、たくましく妄想を働かせていた。もしルイズに聞かれたら消し炭も残らなくされそうな心の声を叫びながら、ひとりで必死にもだえる才人の姿は滑稽を通り越して気持ち悪くさえあっただろう。
「ねえミシェルおねえちゃん、サイトおにいちゃんのどこが好きになったの?」
「それは……かっこよくて……や、優しいところかな」
「やっぱりそうだよね。サイトおにいちゃんはね、前にアイやアイのおじさんを悪いウチュージンから助けてくれたんだ。ほんとはアイがサイトおにいちゃんのお嫁さんになってあげたいけど、アイはまだおっぱいないもん。あっ、もしかしておにいちゃんってちっちゃいおっぱいでもアリ?」
「ないないないない! おれは断じてロリコンではないぞ」
 まったく子供は恐ろしい。羞恥心が薄いからとんでもないことを平気でやってくる。しかし、その反応はそれはそれで利用されてしまった。
「ミシェルおねえちゃん、聞いた? おにいちゃんはおっきいおっぱいの人のほうがいいんだって。よかったね、これでショヤでキセージジツってのを作ればサイトおにいちゃんと結婚できるよ!」
「ア、アイちゃん。順番が、その、間違ってるというか。ともかく、そういうことを人前で言ってはいけないよ」
 どうやらジムの奴にかなり偏った知識を植え付けられてしまったらしい。その孤児院には子供たちの情操教育について文句を言ってやらねばいけないなと、ミシェルも深く決心した。
 けれども、アイは年長者ふたりをからかいながらも、少し切なそうにつぶやいた。
「でも、うらやましいな。サイトおにいちゃんとミシェルおねえちゃんの子供はきっと、サビシイ思いはしなくていいんだろうな」
「アイちゃん……」
 才人とミシェルは、共に真面目な表情に戻って顔を見合わせた。
 アイをはじめ、孤児院には親を亡くした子供が何十人もいる。いや、トリステインだけでも何百、何千といるだろう。それに、才人も両親と会えなくなって久しいし、ミシェルも孤児だった。アイや孤児院の子供たちの心に秘めた寂しさはよくわかる。
 それでも皆、明るく前向きに生きているのだ。しかし、肉親を失う寂しさは消えることはなく、ここに巣食う誘拐団は多くの子供から親を、親からは子を奪おうとしている。断じて許すわけにはいかない。
「面倒ごとは後だ。サイト、ここの連中が我々をなめているうちに全滅させる。ひとりも逃さん」
「それと、さらわれた子供たちもどこかに閉じ込められているはず。探さなきゃな」
 才人とミシェルは顔を見合わせると、それぞれ剣を抜き放った。
 ここからは本気だ。敵は鉛の罪科の人でなし共、手加減はしない。

186ウルトラ5番目の使い魔 66話 (7/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:36:43 ID:f/842f2A
「サイト、ここからは走るぞ。屋敷の見取り図はわたしの頭の中に入っている。お前は一歩下がって来ながら、周辺に気を配れ」
「サポート役ってか、おれが二本目の剣になるわけだ。ツルク星人とやったときみたいだな。アイちゃん、ついてこられるか? それともおれがおんぶしようか?」
「心配いらないよ。アルビオンでは毎日森を走り回ってたし、今でも毎日教会の庭で鬼ごっこしてるもん。心配しないで、悪者をやっつけて」
 これで決まった。三人は、廃屋の中をこれまでとは別の速さで一気に駆けだす。
 ミシェルいわく、この屋敷は地上の建物よりも地下室が大きく、ちょっとした船の内部並みの広さと複雑さを持っているという。もちろん、地上へ上がる通路はすべてふさがれていて、地下に降りていくしかない。
「元の家主が大量のワインを貯蔵しておくために、この広大な地下空間を作ったらしい。つまりそれは、隠れ家や地下牢にするにも持ってこいというわけだ。トルミーラなら、そう考えるはずだ」
「そっか! つまりミシェルがこの屋敷がアジトだって突き止められたのは」
「そうだ、わたしがトルミーラの手口は知り尽くしているからだ。こんなふうにな!」
 ミシェルの投げナイフが物陰の伏兵に突き刺さり、もだえた伏兵は次の瞬間にはすれ違いざまの剣閃によって首を両断されていた。
「うわっ!」
「うろたえるな! こいつらに苦痛を与えたり瀕死にすると怪物になる。仕留めるなら、瞬時に確実に命を奪え。それがこいつらのためだ」
 才人は、先ほど倒した男が怪物に変貌したことを思い出した。自分とミシェルの二人がかりでも相当な苦戦を強いられたあれと伏兵の分だけ戦わされたのではたまったものではない。
 しかし、いくら生かしておくことが危険な相手で、しかも凶悪な犯罪者たちとはいえ、伏兵を次々と仕留めていくミシェルの戦いぶりには才人も背筋が冷たくなる感じを覚えていた。
「ハアッ!」
 曲がり角で待ち伏せしていた男の虚を突き、ミシェルの振り下ろした剣が頭ごと命を叩き潰す。
 さらに、前を進んでいたミシェルの姿がかき消えたかと思うと、横合いに隠れていた男の背後に回り込んだミシェルが男のあごを片手で押し上げて悲鳴を防ぎ、もう片手でナイフを内蔵に突き立てて即死させていた。
 すさまじい……まさにその一言だった。流れるように死体を次々と生産していく。いくら普段は優しい顔を見せることはあっても、銃士隊が本来はそういう組織だということを才人はあらためて思い出ささせられていた。
 地下二階から三階へ降り、一行は最深部となる地下四階に到達した。だがそこは、それまでのワインセラーの風景から一転して、信じられない光景が広がっていた。
「なんだこりゃ? まるで研究所じゃねえか!」
 三人は唖然として地下四階の光景を見まわした。
 魔法のランプの薄暗さから、電灯が真昼のように通路を照らし出し、通路は木に代わってコンクリートで覆われている。
 さらに数歩進んで通路から室内をのぞき込むと、中には科学実験室や手術室のような設備が整えられた部屋が連なって見えた。才人の漏らした通り、これは研究所か、さもなければ大学病院だ。
 もちろん、これはハルケギニアのものでは決してない。地球と同等……いや、それ以上の科学力を持った何者かの設備だ。

187ウルトラ5番目の使い魔 66話 (8/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:46:00 ID:f/842f2A
「サイト、これがなんだかわかるのか?」
「いや、おれにもさっぱり。まさか、宇宙人の……秘密基地?」
 そうでもなければ説明がつかなかった。こんな場所に小規模とはいえ超近代設備、しかも最近まで使われていた形跡がある。
 が、なにに使われていたのだ? 設備の複雑さからして、ハルケギニアの人間が扱うのは不可能だ。しかし内部には医者や研究員といったスタッフの姿は見受けられない。
「サイト、驚くのはわかるが、今は先に進むほうが先決だ」
「ええ。でも、てっきり大群で待ちかまえているかと思ったのに、まるで人の気配がしないな」
「あっ、今誰かの泣き声みたいなのが聞こえたよ!」
 はっとして、三人は奥のほうへと走り出した。
 通路の横合いの一室。そこは地下牢になっていて、大勢の子供たちが閉じ込められていた。
「ぐすっ、ぐすっ。おかあさぁん」
「さらわれた子供たちか。ようし、すぐに出してやるからな……くそっ、開かねえ!」
 牢の構造は頑丈で、鍵はデルフリンガーでおもいっきりぶっ叩いてもビクともしなかった。もちろん魔法対策も施されているようで、ミシェルの『錬金』や『アンロック』も通じなかった。
「こりゃ、壊すのは無理だぜ相棒。鍵を使わねえと」
 鍵と言ってもどこに? いや、親玉が持っているに決まっているか。
 そのとき、通路を超えて地下牢にけたたましい女の笑い声が響いた。
「アハハハ、なあにノロノロしてるのネズミさんたち。ゴールはここよ、早くいらっしゃい!」
「今の声は!」
「トルミーラ……」
 どうやらラスボス直々のお呼びらしい。ミシェルと才人は、顔を見合わせた。
 もう、ぐずぐずしている余裕はないようだ。これ以上じらしたら奴はなにをしでかすかわからない。才人はアイに、ここで待つように告げるとミシェルに言った。
「やろうぜ。ここまで来たら、最後まで付き合うよ」
「待っていろ、と言ってもサイトはどうせついてくるな。頼む、わたしの背中を守ってくれ」
「ああ、そんで帰って二人してアニエス姉さんやルイズに怒られようぜ」

188ウルトラ5番目の使い魔 66話 (9/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:55:03 ID:f/842f2A
 くすりと笑い合って、二人は牢屋を後にした。死んだら叱られることもできない。アイの「がんばって、おにいちゃん、おねえちゃん」という声が二人の背中を力強く押してくれた。
 
 地下通路のその終点。そこはダンスパーティが開けるほどの広間になっていて、トルミーラはその真ん中でひとりで待っていた。
「よく来たわね。勇敢な騎士とお坊ちゃん、まさか私の部下たちを皆殺しにしてくれるとは思わなかったわ。でも、そんなことはどうでもいいわ。久しぶりに狩りがいのありそうな獲物が来てくれたんだもの。ようこそ、私の武闘場へ、歓迎するわ!」
 興奮した様子を隠さずに、銀髪のメイジは高らかに宣言した。
 才人は、こいつがトルミーラか……と、相手のことを観察した。標準以上の美人のうちに入るだろうが、長い銀髪の下の目は鋭くも嗜虐的な光をたたえており、口元には好戦的な笑みが浮かんでいる。杖を持つ仕草こそ隙がないものの、それを好意的に見ることはできなかった。一言で言えば、いけすかないという感じだ。
「久しぶりだな、トルミーラ」
「うん? 騎士さん、私のことを知っているのかい。すまないが、あんたの顔には覚えがないんだけど、名乗ってもらえるかな?」
「ミシェル・シュヴァリエ・ド・ミラン。と、言っても貴様はわかるまい。だが、十三年前の一人と言えばわかるだろう」
 怪訝な顔のトルミーラに、ミシェルは無表情に答えた。するとトルミーラは腹を抱えて笑い出した。
「ぷっ、あっはははは! なるほどね。いやあ懐かしい。あのとき遊んでやったガキたちの生き残りかい! てっきりもう全員どっかでのたれ死んでると思ってたけど、まだ生きてる奴がいたとはね。それも、騎士に出世しているとは驚いたよ。で、私に復讐しにやってきたってわけかい?」
「復讐など、私はお前にそこまでの憎しみは持っていないさ。あのときお前に食わせてもらったおかげで、わたしはこうして生き延びてきた。だが、お前のことはわたしの心に亡霊のように残り続けてきた。わたしがここにやってきたのは……」
 ミシェルは剣を抜き、その切っ先をトルミーラに突き付けた。
「昔のよしみだ、一度だけ警告してやる。今すぐ武器を捨てて投降しろ。それが貴様にしてやるわたしからの恩返しだ!」
「あっはっはは! 恩返しとは言ってくれるねえ。では、つつしんで、最大の感謝を持って……お断りさせていただくわ!」
 呵々大笑したトルミーラは杖の先をミシェルに向け返した。
 明確な宣戦布告。両者の目に冷たい光が輝く。
 才人はごくりとつばを飲んだが、そこにトルミーラが笑いかけた。
「そこの坊やはどうするんだい? ニ対一でも、私はいっこうに構わないよ」
「ちっ、悪党が調子に乗るんじゃねえよ。おれはミシェルに加勢するぜ! そんでもって、さらっていった子供たちは返してもらうからな」

189ウルトラ5番目の使い魔 66話 (10/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:56:22 ID:f/842f2A
「あら、なかなかの度胸ね。あなたが貴族だったら決闘を申し込みたいくらいよ。私はね、昔から騎士ごっこが大好きで、都に出て伝説の騎士隊長みたいに活躍したいって言ったら親に大反対されて家を出たの。でも、そのおかげで楽しい生活ができているわ」
「うるせえよ! なにが騎士だ。弱い者いじめが好きなだけじゃねえか。本物の騎士っていうのは、誰かを守るために命懸けで戦える奴のことを言うんだ。お前なんかただの悪党だ」
「ははっ、青臭い青臭い青臭いねぇ。じゃあ、特別にお姉さんが教えてあげるわ。本当の闘いってものをね!」
 トルミーラが杖から魔法の矢を放ち、戦いが始まった。
 才人とミシェルはそれぞれ左右に跳び、トルミーラを挟み撃ちにする態勢に入った。打合せなどしなくても、見事な呼吸の連携だ。
 しかしトルミーラは笑いながら呪文を唱えた。
「いいわあ、あなたたち最高のプレリュードよ。では、私もユビキタス・デル……」
 その呪文は、と思った瞬間に才人の目の前にもう一人のトルミーラが現れ、ブレイドのかかった杖でデルフリンガーの斬撃を受け止めてしまった。
「くそっ、風の遍在かよ!」
「大正解! 博識ね坊や。でも安心して、五人も六人も増やすようなみっともないマネはしないわ。だって美しくないもの。決闘はあくまでも一対一が楽しいんだものね」
「なめやがって。後で慌てても出す暇なんかやらねえからな」
 才人はブレイドのかかった杖で斬りかかってくるトルミーラの遍在との戦いを開始した。
 だが、楽な相手ではないことはすぐわかった。アニエスやミシェルほどではないが、剣技も並ではないものを持っている。デルフの、油断するなという声に才人もわかったよと真剣に答えた。
 一方で、本物のトルミーラとミシェルの戦いもまた、剣戟で幕をあげていた。
「やるわねミシェル。いいわあ、あのとき私に鞭打たれて泣くばかりだった子供が、こんな歯ごたえのある獲物に成長してくれるなんて、運命ってサイコーね!」
「答えろトルミーラ。子供たちをさらって、いったい何を企んでいる?」
「あら? 無粋なこと。まあいいわ、冥途の土産に教えてあげる。チェルノボーグの牢獄に捕まってた私たちを解放してくれた人から依頼を受けたの。自由にしてやる代わりに、子供をさらいまくってこいってね」
「それは誰だ? いったいそいつは何を企んでいる?」
 質問をぶつけるミシェルに、トルミーラはひきつった笑い声を漏らしながら答えた。
「ンフフフ、すごい人よ。そしてとっても恐ろしい人……あなたも見たでしょう? ここに来るまでにあった手術台の数々。そして、あなたが殺した私の部下たちの末路を」
「貴様、まさか!」
 ミシェルは戦慄した。怪物に変貌した男たち、あれが人為的に埋め込まれたものによる作用だとしたら、子供たちを同様に。

190ウルトラ5番目の使い魔 66話 (11/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:58:26 ID:f/842f2A
「貴様、子供たちを怪物に変えるつもりか!」
「はい、大正解。そうよ、集めた子供たちに、これからあの手術室で怪物の因子を埋め込むってわけ。人間を改造できるかは、私の部下たちですでに実験済みよ。もっとも、部下たちはせっかく改造してもらえたっていうのに気に入らないみたいで、子供を必要分さらってこれれば元に戻してやるって言われて頑張ってたけど、あなたのおかげでタダ働きになっちゃったわね」
 剣と杖がぶつかり合う音に、トルミーラのいやらしい声が混ざって部屋に反響する。
 ミシェルは怒りと不快感で、腸が煮えくり返る思いを感じた。子供たちへの非道、そして部下たちへの感傷もまったく持ち合わせていないトルミーラという人間。こんな奴がこの世に存在していいものか?
 しかしミシェルは怒りを押し殺し、青髪の下の藤色の瞳を冷静に研ぎ澄ませて質問を重ねた。
「子供を怪物に変えてどうする? 昔のお前のように、兵隊にするつもりか?」
「いいえ、私の依頼主はとってもお優しいお方。私なんかと違って、子供たちを無下に働かせたりなんかしないわ。子供たちは手術が済んだら、みんなそれぞれのおうちに送り届けてあげるのよ。そう、ハルケギニア中の街や村へね!」
「なんだと! そんなことをしたら!」
「アハハ、わかったみたいね。大人は誰も子供なんかを警戒しないし、子供は自然と人の集まりの真ん中にいることになるわ。つーまーり?」
「鬼ごっこの最中に転んだり、病院で診察中に泣いたりすれば……」
 ミシェルの額に脂汗が浮かぶ。そしてトルミーラは、高らかに笑いながら言い放った。
「そう! 何も知らない人間たちのド真ん中に、いきなり殺人鬼が現れることになるのよ。油断しきった人間たちの阿鼻叫喚、そして正気に戻ったときに親や友達を自分の手で引き裂いたことがわかった子供の絶叫! それをお求めなのよ。あのお方は!」
「何者だ! 言え、その悪魔のような依頼人の正体を!」
 両者は同時に後方へ跳び、同時に杖を抜き放って魔法の矢を放ちあった。
 空中でマジックアロー同士がぶつかり合い、火花をあげて相殺し合う。
 強い。ミシェルはトルミーラの技量が自分と大差ないことを感じ取った。以前、トルミーラは通りすがりの名もないメイジにあっさり敗れて捕らわれたそうだが、その頃に比べて腕が上がっているようだ。
「ウフフ、意外そうねえ。私はあの日の屈辱から、監獄の中でも一日も鍛錬を欠かしたことはなかったわ。そして、この胸に渦巻く憎しみが、私の魔法を幾重にも引き上げてくれたのよ」
「威張るな、馬鹿が。貴様はしょせん、血に飢えた獣だ。それよりも、貴様らを解き放ち、こんな恐ろしい企てをさせている者は誰だ? 人間ではあるまい」
「さぁねえ、あなたも騎士なら勝って聞き出してみたら? タダで全部話してあげたら、いくらなんでも私親切すぎるし!」
 ミシェルを拘束しようと放たれた『蜘蛛の糸』の魔法がブレットの土の弾丸で引きちぎられて落ちる。しゃべりながらでも、どちらもまったく隙を見せずに渡り合っている。

191ウルトラ5番目の使い魔 66話 (12/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:59:50 ID:f/842f2A
 だが、ミシェルはトルミーラを観察しながら、その動きのクセを見切っていた。確かに強いが所詮は我流、強引にカバーしているが動きに明らかな無駄が見られる。
「勝って聞き出せと言うが、死人は口をきけまい。無茶を言ってくれるな」
「あら、そう? 私に勝てる気でいるんだ。あららっ?」
 その瞬間、ミシェルの剣がトルミーラの動きの一歩先をゆき、顔先をかすめた剣によって銀色の髪がパラパラと散った。
 体勢を崩して後方によろめくトルミーラ。だがミシェルはトルミーラに追い打ちをせず、遍在のトルミーラに向かって魔法を放った。
『アース・ハンド』
 土の腕が床から伸び、遍在のトルミーラの足を掴み取る。
「あわっ?」
「サイト、いまだ!」
「うおぉぉぉっ!」
 姿勢を崩して無防備となった遍在のトルミーラに、デルフリンガーが振り下ろされる。
 そして、頭から真っ二つにされた遍在のトルミーラは断末魔さえ残さずに空気に溶けて消滅した。
 これで、残るはトルミーラ本人のみ。才人はトルミーラの間合い近くでデルフリンガーを構えて、ミシェルと一瞬だけ目くばせをしあった。礼はいらない、この程度の連携は当然のことだ。
「さあて、もう遍在を作る隙はやらねえぞ。観念しろ、この悪党」
「あら、まあ。坊や、意外とやるのねえ。私の遍在を一撃で消しちゃうなんて。あなた、どこの子? それだけの腕前で、無名なんてことはないでしょ?」
「悪党に名乗る名前はねえよ」
「あらら、かっこつけちゃって、可愛いわねえ。もしかしてミシェル、あなたの旦那さん?」
「んっ!?」
 赤面するミシェルと、それから才人を見てトルミーラは愉快そうに笑った。
「あらら、あなたって年下好みだったんだ。それにしても、初心な反応ねえ。そっちの坊やもうろたえちゃって、男だったらその立派な剣でミシェルを女にしてやりなよ」
「う、うるせえ! 下品な言い方すんじゃねえ!」
「あら怖い。恋人同士なら当たり前のアドバイスをしてあげただけなのにひどいわ。もっと人生は好きなように生きないと損よ? いつ消えるかわからない命なんだから、今日を思いっきり楽しまなきゃ」
「それで、貴様の遊びのためにどれだけの無関係な人間が犠牲になっていると思っている。どうしてもしゃべらないならそれでいい。貴様の口以外のいらないところはすべて切り落としてから聞き出してやる。文句はあるまい?」
 これは脅しではない。必要とあらば銃士隊はためらいなくそれをやる組織だ。そういう相手を敵にするのが仕事の部隊なのだ。

192ウルトラ5番目の使い魔 66話 (13/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:07:47 ID:RJjVhhhM
 しかし、トルミーラはけらけらと笑いながら言った。
「おお怖い、私は痛いのは苦手じゃないけど、そこまでされるのは嫌だねえ。でも、二対一じゃさすがに分が悪いし……これは、あきらめたほうがいいかしら」
「降参する……わけがないな。何をまだ隠している?」
「あはは! ミシェルってばイジワルね。せっかく私もかっこつけるチャンスだったのにジャマしないでよ。そんな悪い子たちは、私が自ら引き裂いてあげるわ!」
 そう叫ぶと、トルミーラはなんと自らの杖を自分の腹へと突き立てたのだ。
「なっ!?」
 才人が思わずうめきを漏らした。ミシェルも愕然とした様子で目を見開いている。
 だが、トルミーラは腹から血を流しながらも、恍惚とした表情で叫んだ。
「アア、いいわあ。この痛み、サイッコウ! この感覚、今すぐアナタタチにも味わわせてあげるからネエ!」
 声が変質するのと同時にトルミーラの体が変わる。手に鋭い爪が生え、顔もマスクのような無機質なものとなり、先に才人とミシェルが倒したものと同じ姿の怪人へと変わり果てたのである。
「アアァァァー!」
 奇声をあげながら飛びかかってきた怪人の一撃を、才人とミシェルはとっさに剣でガードした。
 しかし、すごいパワーで受け止めきれずに、二人とも後ろへと弾き飛ばされてしまう。なんとか踏みとどまり、隙を見せることは防げたものの、何発もこらえることができないのは明白であった。
 こいつ、追い詰められてヤケを起こしたのか! だが才人がそう感じた瞬間、怪人がトルミーラの声で話しかけてきた。
「アハハハ、どう? 私のこの姿は。なかなかカッコイイと思わない?」
「トルミーラ、貴様、正気を保っているのか」
「もちろん、でなけりゃわざわざ変身なんかするものですか。この姿、ヒュプナスっていう殺戮本能の塊の野人らしいけど、なんでか私だけ変身しても正気でいられるのよね。ちょおっと興奮して、イイ気持ちになるだけなのに、みんなヘンよねえ」
「根っから邪悪な人間は凶暴化せずに馴染むというわけか。いよいよ貴様にかける情けがひとかけらもなくなったよ。サイト、もう生け捕りは無理だ。殺すぞ」
 ミシェルの決意に、才人も仕方ないというふうにうなづく。しかし、ヒュプナスとなったトルミーラは笑いながら杖を二人に向けた。

193ウルトラ5番目の使い魔 66話 (14/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:08:44 ID:RJjVhhhM
「だから、勝つ気なのかって言ってるのよ。ウィンド・ブレイク!」
 風の弾丸が杖から放たれ、とっさに回避した二人の横をすり抜けて壁を破壊した。
「魔法も使えるのかよ!」
「当然よ! なにせ私の頭は冴えに冴えまくっているですもの。さあ、痛みの倍返しの時間よ。遠慮しないで受け取ってェ!」
「丁重にお断りさせてもらう!」
 魔法と剣が交差し、火花が散って風圧が部屋の気圧を上げた。
 さっきとは段違いの強さだ! 一分にも満たないやり合いで才人とミシェルは感じた。部下が変身したヒュプナスは本能で暴れ狂うのみであったが、こいつは自分の意思で攻撃してくる上に魔法まで使う。
 ミシェルが間合いをとろうとした瞬間を狙って、エア・ハンマーが放たれ、寸前で割り込んだ才人がデルフリンガーで魔法を吸収する。しかし瞬時に間合いを詰めてきたヒュプナスの爪が才人の頭を薙ぎ払おうとした瞬間、ミシェルの放ったマジックアローが寸前でヒュプナスの爪をはじいた。
「やるわねえ! 仲がいいってステキよ。じゃあアナタタチの体をグッチャグチャにして、内臓までいっしょにしてあげるわ!」
「悪趣味なんだよ、このババア! てめえはまずお茶と生け花から始めやがれ!」
 才人も必死でやり返し、言い返すが、すでに息が切れ始めている。ミシェルも剣と魔法を併用し続けて疲労が目に見えてきている。それでも、二人がかりの全力で、やっと互角のありさまだ。気を抜いたら一発で殺されてしまうだろう。
 長引けば勝ち目はない。だが、どうすれば? せめてあと一人、アニエスがいれば三段攻撃の戦法が使えるのに。
 いや、ないものねだりをしても仕方がない。才人は必死で打開策を考えた。隣ではミシェルが額にびっしりと汗の粒を張り付けながら鋭い視線を巡らせている。向こうも必死で対抗策を考えているのだろう。
 だが前のヒュプナスと違って、トルミーラのヒュプナスには理性がある。下手な作戦や陽動は見破られるだろうし、複雑な作戦を打ち合わせている暇などない。
 そのとき、ミシェルが才人にぽつりと言った。
「サイト、わたしとお前が三回目に共闘したときのことを覚えているか?」
「えっ? 三回目というと……ワイルド星人とドラゴリーのとき、だよな」
「そうだ。お前はあのとき、危なくなったわたしを間一髪助けてくれたな。今度も、期待しているぞ」
 ミシェルは軽くウインクして見せると、剣を構え直してトルミーラに向かっていった。

194ウルトラ5番目の使い魔 66話 (15/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:13:42 ID:RJjVhhhM
 才人は一瞬、「えっ?」となったものの、記憶を掘り起こしてハッとした。そうか、あのときのことをここで……確かにミシェルならできる。となれば、自分のすべきことは。
「デルフ、ちょっと頼みがあるんだ。これから奴に切り込む、お前は中身のない大騒ぎをしてできるだけ奴の気を引き付けてくれ、得意だろ?」
「おいおい、なんか作戦を思いついたみたいだけどひでえ言い草だなあ。まあいいか、俺っちが魔法を吸うだけが取り柄じゃねえってことを見せてやるぜ!」
 才人は相棒に笑いかけて、ミシェルに続いてトルミーラに突撃した。
「お前の相手はおれだババア!」
「そうだこの年増の厚化粧女! 怪物のマスクにまでしわがはみ出てるぞ。俺っちの美しい刀身にブサイクなもん映させんじゃねえよ!」
「アナタたち、よほど早く死にたいようねえ!」
 才人とデルフの悪態に、トルミーラは激昂して殴りかかってきた。
 ヒュプナスの爪がデルフの刀身とかみ合い、才人は全身の筋肉を総動員してやっと受け止め、デルフも刀身がきしんで「折れる折れる!」と悲鳴をあげる。
 だが、おかげで一瞬だがトルミーラの意識がミシェルからずれた。その隙を逃さず、ミシェルは杖を持って全力の魔法を放った。
『錬金!』
 杖から放たれた光が部屋を照らす。トルミーラは、才人の行動が陽動であろうと読んでいて、背後から不意打ちにしてくるなら返り討ちにしてやろうと待ち構えていたが、予想外の魔法に戸惑い、動きを止めてしまった。
 その瞬間、錬金の魔法によって基礎構造を崩された部屋の天井が轟音をあげて崩落を始めたのだ。
「ミシェル!」
「サ、サイト……」
 精神力を一気に絞り出すほどのパワーで錬金を使ったことで脱力してしまったミシェルを助けようと、才人は倒れ掛かるミシェルを抱きかかえて全力で部屋の出口へと走った。
 もちろん、それを見逃すようなトルミーラではない。逃げ出すふたりを後ろから襲おうと、その鋭い爪を振り上げた。
「バァカねえ! これで部屋ごと私を押しつぶす気でしょうけど、私のスピードなら簡単に逃げられるわ。地の底に眠るのはアナタたちよぉ!」
 その通りに、才人の背中にヒュプナスの爪が迫り来る。だが、トルミーラが勝利を確信した、その瞬間だった。
「ウワッ! あ、足が動かな? これは、私の蜘蛛の糸!?」
 なんと、ヒュプナスの足にさきほどトルミーラが放ってミシェルが撃ち落とした蜘蛛の糸の魔法がからみついていたのだ。

195ウルトラ5番目の使い魔 66話 (16/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:15:06 ID:RJjVhhhM
 ミシェルは才人に抱きかかえられながら、慌てるトルミーラに向けて冷たく言い放った。
「そうだ、自分の放った魔法に足を取られて逝け。貴様には似合いの末路だ」
「ま、まさか、蜘蛛の糸が落ちている場所まで計算して! ワアアァァァーーッ!」
 崩れ落ちる大量の瓦礫がトルミーラに降り注いだ。いくら頑強なヒュプナスの体といえども、地下室を作り上げるための強固な構成材の数十トンにも及ぶ落下には耐えられない。
 間一髪、出口に滑り込んだ才人とミシェルに、大量の粉塵が追い打ちをかけてくる。ふたりは目を閉じてそれに耐え、粉塵が収まった後で部屋を見返すと、部屋は巨岩のような瓦礫にうずもれてしまっていた。
「や、やったぜ! さっすがミシェル。でも、一歩間違えればおれたちも瓦礫の下敷きだったってのに、すげえ無茶考えるぜ」
「フッ、サイトならあのときと同じようにわたしを助けてくれると信じていたよ。お前は誰かを救う時は、絶対に期待を裏切らない。わたしはそう信じている」
 信頼のこもった優しい眼差しがふたりの間で交差する。
 しかしそのとき、転がる瓦礫からごろりと岩が動く音がしたのをふたりは聞き逃さなかった。
「死いぃぃぃねぇぇぇーーっ!」
 瓦礫から飛び出してきたヒュプナスの爪が才人とミシェルを襲う。だが、ふたりはそれを見切っていた。
 満身創痍のヒュプナスに、二振りの剣が突き出された。
「ガハッ」
 動きが鈍っていたヒュプナスの左胸に、二本の剣が突き刺さり、ヒュプナスは青色の血を流しながらゆっくりと倒れた。
 これで本当に終わりだ。心臓の位置は人間と変わらないヒュプナスは致命傷を受け、トルミーラの姿に戻って口から血を漏らした。
「フ、ハハ……痛い、痛いわ。わ、私の負けね……まさか、あんたたちみたいなのに負けるなんて。ウ、フフ、ハハ」
 自嘲気な笑いを浮かべ、トルミーラは見下ろしてくる才人とミシェルを見上げ、視線が合ったミシェルはトルミーラに話しかけた。
「約束だ、わたしが勝ったから首謀者の正体を教えてもらおう」
「ふ、ハハハ。オシエナーイ! だって私、悪党でイジワルだから。ン、でも、気にすることはないわ。あの方は、いずれあなたたちの前にも現れるでしょうから、それまで楽しみにしてるといいわ」
「それは、ここと同じような悪事を、そいつは企んでいるということか?」
「エエ、そうよ。あの方は、このハルケギニアをメッチャクチャにするのが目的みたい。すぐにでも、次のナニカが新聞を賑わすでしょう……そして、実は私はホッとしているのよ」
「何?」
 生気を失っていくトルミーラの顔に、子供のように安堵した表情が浮かぶのをミシェルは見た。

196ウルトラ5番目の使い魔 66話 (17/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:16:14 ID:RJjVhhhM
「ミシェル……今度は私がお礼を言わなくちゃね。おかげで私は、あの方から解放される……そしてアナタたちは、私なんかとは比べ物にならないホンモノノ恐怖を味わうことになるわ。ウハハハ……」
「それは、どういう意味だ?」
「ウフフ……あの方こそ、本物の悪魔よ。もしココにあの方がいたら、今ごろ肉塊になっているのはアナタたちのほうだわ……恥を忍んで教えてあげる。あの方は、ヒュプナスになった私を、笑いながら軽々とねじ伏せてくれた。あんな屈辱……いえ、絶望はなかったわ……ウハハ、イヒヒヒ」
 ひきつった笑いを漏らすトルミーラを、才人はつばを飲み、冷や汗を流しながら見下ろしていた。
 まさか、この強さのトルミーラを恐れさせるほどの相手。それは、いったい……?
「吐け! そいつの名を!」
「む、無駄よ。知ったところで、あなたたちには何もできない。あの方を倒せる人間なんてこの世にいない。けど、これで私はやっとあの方から逃げられる……ウフ、ハハ……ミシェル、坊や……恋人ごっこができるのも今のうちよ……」
 それを最後に、トルミーラの呼吸は永遠に止まった。
 才人とミシェルは、トルミーラの死体からそれぞれの剣を引き抜く。そしてミシェルはトルミーラの死体のそばにひざをつくと、狂笑のまま死んでいるトルミーラの顔を直してやった。
「なあ、サイト……こいつはどうしようもないクズだったが、どうしてかわたしはこいつを憎む気になれないんだ……意識しなかったとはいえ、トルミーラのおかげでわたしは死なずにすんだ。それと、こいつもリッシュモンにはめられたわたしの家のように、かつてのトリステインの歪みの犠牲者なのかもしれないと思ってな」
「……」
「もしかしたら、元々はトルミーラもまともな奴だったのかもしれない。わたしだって、もしかしたらリッシュモンに騙されたまま、落ちるところまで落ちていたかもしれない。人間は変わってしまう……いつかは、誰でも」
 ミシェルの声からは、不安と寂しさが漏れ出していた。
 人は変わる。そして変わってしまったら容易に元には戻れない。それに対する恐れがミシェルを突き動かしてきたのだということを察した才人は、ミシェルを抱きしめて耳元でそっとささやいた。
「大丈夫、おれは変わらないし、どこへも行かないから」
「サイト……ありがとう」
 それが保証のない言葉だということはわかっている。いくら変わるまいと思っても、時間は人を変えていく。
 だがそれでも、ミシェルは才人の優しさに触れ、この一瞬のぬくもりを全身で味わった。
 物陰から見守っていたアイが、恥ずかしさのあまりに思わず顔を覆いかけるような光景を目にするのは、その数秒後のことである。
 
 
 この日、ハルケギニアを騒がせた連続誘拐事件は誘拐団の全滅という形で幕を閉じた。
 しかし、新聞の明るいニュースに喜ぶ人々は、その裏で進んでいた地獄を知らず、同じような狂気がなおも進行中であることを知らなかった。
 不可思議な平和を謳歌するハルケギニア。その中で起きた、この小さなイレギュラーが、やがて全てを食いつぶすガン細胞のほんのひとかけらであることを、正義も悪も、まだ誰一人として認識してはいなかった。
 
 
 続く

197ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:19:44 ID:RJjVhhhM
今回はここまでです。では、また来月に

198ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 21:59:36 ID:.xFHoMyw
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れさまでした!

さて皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
特に問題が無ければ22時03分から88話の投稿を開始します

199ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:03:41 ID:.xFHoMyw


 世間では夏季休暇の真っ最中であるトリスタニアはブルドンネ街にある巨大市場。
 ハルケギニア各国の都市部にある様な市場と比べて最も人口密度が高いと言われる其処には様々な品物が売られている。
 食料や日用雑貨品は勿論の事、メイジがポーションやマジック・アイテムの作成などに使う素材や鉱石、
 そこに混じって平民の子供向けの玩具や絵本、更には怪しげな密造酒が売らていたりとかなりカオスな場所だ。
 中には専門家が見れば明らかに安物と分かるような宝石を、高値で売っている露店もある。
 様々な露店が左右に建ち並び、その真ん中を押し進むようにして多くの人たちが行き来していた。

 市場にいる人間の内大半が平民ではあるが、中には貴族もおり、その中に混ざるようにして観光に来た貴族たちもいる。
 彼らは母国とはまた違うトリスタニアの市場の盛況さに度肝を抜かれ、そして楽しんでいた。
 見ているだけでも楽しい露店の商品を眺めたり、中には勇気と金貨を持って怪しげな品を買おうとする者たちもいる。
 買った物が使えるか役に立つのならば掘り出し物を見つけたと喜び、逆ならば買った後で激しく後悔する。 

 そんな小さな悲喜劇が時折起こっているような場所を、ルイズは汗水垂らして歩いていた。
 肩から鞄を下げて、右手には先ほど屋台で買った瓶入りのオレンジジュース、そして左手には街の地図を持って。

 思っていた以上に、街の中は熱かった。暑いのではなく、熱い。
 まるですぐ近くで炎が勢いよく燃え上がっているかのように、服越しの皮膚をジリジリと焼いていく。
 左右と上から火で炙られる状況の中で、ガチョウもこんな風に焼かれて丸焼きになるのだと想像しながら歩いていた。
「…迂闊だったわ。こんな事になるんなら、ちょっと遠回りするべきだったかしら?」
 前へ前へと進むたびに道を阻むかのように表れる通行人の間をすり抜けながら、ルイズは一人呟く。
 霊夢や魔理沙たちに負けじと勢いよく『魅惑の妖精』亭を出てきたのは良いものの、ルートが最悪であった。
 チクトンネ街は日中人通りが少ないので良かったものの、ブルドンネ街はこの通り酷い状況である。
 観光客やら何やらで市場は完全に人ごみで埋まっており、それでも尚機能不全に陥っていないのが不思議なくらいだ。
 
 普段からここを通っていたルイズは大丈夫だろうとタカを括っていたが、そこが迂闊であった。
 一旦人ごみの中に入ったら最後、後に戻る事ができぬまま前へ進むしかないという地獄の市場巡りが待っていた。
 人々と太陽の熱気で全身を炙られて意識が朦朧としかけ、それでも荷物目当てのスリにも用心しなければいけないという困難な試練。
 ふと立ち止まった所にジュース屋の屋台がなければ、今頃人ごみの中で倒れていたかもしれない。
(こんな事なら帽子でも持ってきたら良かったわ。…でもあれ結構高いし、盗まれたら大変ね)
 ルイズは二本目となるオレンジジュースの残りを一気に飲み干してしまうと、空き瓶を鞄の中へと入れた。
 鞄の中にはもう一本空き瓶と、もう二本ジュース入りの瓶が二本も入っている。
 幸いにもジュース自体の値段は然程高くなかった為、念のために四本ほど購入していたのだ。
 
 他にはメモ帳と羽根ペンとインク瓶、それに汗拭き用のハンカチとハンドタオルが一枚ずつ。
 そして彼女にとって唯一の武器であり自衛手段でもある杖は、鞄の底に隠すようにしてしまわれている。
 万が一の考えて持ってきてはいたが、正直杖の出番が無いようにとルイズはこっそりと祈っていた。
(私の魔法だと一々派手だから、一回でも使ったら即貴族ですってバレちゃうわよね)
 それでも万が一の時が起これば…せめて軽い怪我で済ませるしかないだろう。

200ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:05:23 ID:.xFHoMyw
 地獄とも言える夏場の市場めぐりにも、終わりというものは必ず存在する。
 自ら人ごみの中へと入ったルイズが歩き続けて数十分、ようやく人の流れが少なくなり始めたのに気づく。
 三本目のジュースに手を付けようかとしていた矢先の幸運。彼女ははやる気持ちを抑えて前へと進む。
 
 そして…―――、彼女はようやく地獄から脱出することができた。
「あっ…――やった。やっと、出る事が出来たわ」

 予想通り、人ごみの途絶えた先にあったのは休憩所を兼ねた小さな噴水広場であった。
 中央の噴水を囲むようにして日よけの為に植えられた樹と、その周りに設けられたベンチに平民たちが腰を下ろして一息ついている。
 ハンカチやタオルで汗をぬぐう者、近くにある屋台で買ったジュースを味わっている者や談笑しているカップルと老若男女様々。
 ザっと見回したところで二十数人近くがここで休んでいるのだろうか、市場を出入りする通行人もいるので詳しい数は分からない。
 それでも背後にある地獄と比べれば酷く閑散としており、涼むには丁度良い場所なのは間違いないだろう。
 ルイズはすぐ近くにあったベンチへと腰かけると、ホッと一息ついて肩の鞄をそっと地面へと下ろした。
 そして鞄からハンドタオルを取りだすと、顔と首筋からびっしりと滲み出てくる汗をこれでもかと吸い取っていく。

「ふうぅ…っ!全く、冗談じゃなかったわよ…夏季休暇で市場があんなに盛況になるだ何て、今まで知らなかったわ」
 先ほど潜り抜けてきた下界の灼熱地獄を思い出して身を震わせつつ、程よく湿ったハンドタオルを自身の横へと置く。
 鬱陶しくしても人ごみのせいで拭けに拭けなかった汗を拭えた事である程度気分も落ち着けたが、今度は着ている服に違和感を感じてしまう。
 この前平民に変装する為にと買った服も早速汗で湿ってしまったのだが、流石に服の中へタオルを入れる真似なんてできない。
 生まれも育ちも平民の女性ならば抵抗はないだろうが、貴族として生まれ学んできたルイズには到底無理な行動である。
 その為着心地はすこぶる悪くなってしまったものの、それもほんの一時だと彼女は信じていた。

(まぁこの気温ならすぐに乾くでしょうし、ほんのちょっとの辛抱よ)
 丁度木の陰が太陽を遮るようにしてルイズが腰かけるベンチの上を覆っており、彼女の肌を紫外線から守っている。
 周囲の気温はムワッ…と暖かいものの、それでも木陰がある分暑さは和らいでいる方だ。
 もしもこの広場に樹が植えられていなければ、こんなに人が集まる事は無かったに違いない。
 そんな事を思いつつも、ルイズは休憩ついでに鞄から三本目のジュースが入った瓶と携帯用のコルク抜きを取り出す。
「そろそろ飲み始めないと温くなっちゃうだろうし、冷たいうちに堪能しておかないと」
 一人呟きながらもT字型のコルク抜きを使い、手慣れた動作でルイズはオレンジジュースのコルクを抜く。
 そして抜くや否や最初の一口をクイッと口の中に入れて、そのまま優しく飲み込んでいく。
 オレンジ特有の酸味と甘みが上手く混ざり合って彼女の味覚に嬉しい刺激を、喉に潤いをもたらしてくれる。

 途端やや疲れていた表情を浮かべていたルイズの顔に、ゆっくりと微笑みが戻ってきた。
「んぅー…!やっぱり、こういう暑い日の外で飲む冷たいジュースっと何か格別よねぇ」 
 瓶を口から放しての第一声。人ごみの中で飲んだ時には感じられなかった解放感で思わず声が出てしまう。
 涼しい木陰に腰を下ろせるベンチと、殆ど歩きっぱなしでいつ終わるとも知れぬ市場めぐりとではあまりにも状況が違いすぎる。
 あれだけの人の中を今まで歩いた事の無かった彼女だからこそ、ついつい声が出てしまったのだ。
 しかし…それを口にして数秒ほど経った後でルイズは変な気恥ずかしさを感じて周囲を見回そうとしたとき…
「おやおや、随分と可愛らしい貴族のお嬢様だ。こんな所へ一人で観光しにきたのかい?」

201ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:07:26 ID:.xFHoMyw
 彼女の背後、樹にもたれ掛かって休んでいた青年貴族が突然話しかけてきたのである。
 思わずその声に目を丸くした後、バッと声のした方へ振り向くと思わず自分を指さして「…私の事?」と聞いてしまう。
 年齢はもうすぐ二十歳になるのだろうか、魔法学院はとっくに卒業している年の彼は貴族にしてはやけに安っぽい格好をしていた。
 一応貴族としての体裁は整えているものの、ルイズが今着ている服と比べても格が低いのは一目瞭然である。
 そして同じ貴族である自分に対しての軽い接し方からして、恐らく彼は俗にいう下級貴族なのだろう。

 貴族の家の子として産まれても、その全員が順調な人生を送れるとは限らない。
 とある家の三男か四男坊として生まれれば、親はある程度の教育だけ受けさせて家を追い出す事がある。
 金の無い貴族の家では全員を魔法学院に入れさせる金も無いし、彼らの一生を養える余裕も無いからだ。
 許嫁がいたり魔法の才能があれば別であるが、大抵は杖と幾つかの荷物を鞄に詰められて適当な街へ放り込まれてしまう。
 彼らは魔法も中途半端であれば王宮の仕事が出来るほど頭も良くなく、精々文字の読み書きと掛け算割り算ができる程度。
 王宮での勤めに必要なコネも知識もなく、ましてや宮廷の貴族達から一目置かれる程の魔法も使えない。
 故に彼らの様な低級貴族は平民たちと共に暮らしており、共に同じ職場で働いて日銭を稼いでいる。
 中には壊れた壁や床の修繕なども行っている者たちもおり、日々頑張って暮らしているのだという。

 幸い中途半端な魔法でも平民たちには重宝され、その日の食事に困るような事態は起こっていない。
 魔法学院へ入れる中級や上流階級の者たちは彼らを貴族の恥さらしと呼ぶ事はあるが、声を大にして批判することは無い。
 皮肉にも貴族の恥さらしである彼らが平民たちに力を貸すことによって、貴族全体のイメージ向上へと繋がっているからだ。
 井戸やポンプの修理をしたり、家の修理などのアルバイトも平民たちには好評なようである。
 下級貴族達も無茶な金銭要求をしたりはせず、時にワインや手作りの料理とかでも良いという変わり者もいるのだとか。
 
 きっと自分に声を掛け、あまつさえ貴族と看破してきた彼もその内の一人なのだろう。
 そんな事を考えていたルイズに向けて、背後に青年貴族はクスクスと笑いながら喋りかけてくる。
「そう、君の事だよ。市場から命からがら!…って感じで出てきた時の君を見てね。…お嬢さん、外国から観光に来たお忍びの貴族さんでしょう?」
 得意気になって勝手な事を喋ってくる下級貴族にルイズは苦笑いを浮かべつつ、

――――違うわよこの三、四流の間抜け!私はトリステイン王国の由緒正しき名家、ヴァリエール家の者よッ!!

 …と、叫びたい気持ちを何とかして堪えるのに必死であった。
 何の為にこんな暑い街中にまで繰り出し、そしてあの地獄の市場を超えて来たのか、彼女はその理由を改めて思い出す。
 ここで怒りにまかせて自分の正体を暴露してしまえば、ここへ来た意味自体が無くなってしまう。
 それだけは何とか避けようと必死になって、彼女は硬過ぎる作り笑顔を浮かべて下級貴族に話し掛けた。
「…そ!そそ、そうなのよ!この夏季休暇を利用して小旅行の…ま、まま真っ最中でしてねぇ…ッ!」
「……あ、あぁそうなんだ」
 半ばヤケクソ気味ではあるが、不気味な造り笑顔と震えている言葉に下級貴族も軽く怯みながらそう返してくる。
 ルイズ本人としてもあからさまに無理してると自覚していたので、すぐさま顔を横へ逸らしてしまう。
 
(何やってるのよルイズ・フランソワーズ。こんな所で爆発してたら本末転倒じゃないの…!)
 閉じている口の中で歯を食いしばり、相も変わらず激しやすい自分にいら立ちを覚える。
 そして気分を落ち着かせるように一回深呼吸した後、こちらを心配そうに見ていた下級貴族方へと振り向いた。

202ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:09:40 ID:.xFHoMyw
 相手は気配からして自分が怒りかけていたのだと薄ら分かっていたのか、その表情は若干緊張に包まれている。
 まだ笑みは浮かべていたものの、最初にこちらへ話しかけて来た時の様な軽い雰囲気はすっ飛んでいた。
 ルイズは気を取り直すように軽く咳払いすると、こちらの出方を窺っている下級貴族に申し訳程度の笑みを浮かべて言った。

「ごめんなさいね、何分こう暑いものですから…苛立ってしまったの」
「…え?あぁ、いや…その、それなら…まぁ」
 特別怒っているわけではなく、ましてや媚びているワケでもない微笑みに下級貴族は返事に困ってしまう。
 暫し視線を泳がしつつ、言葉を選ぶかのように口を二、三度小さく開けた後でルイズに言葉を返す。
「こ、こちらこそ悪かったよ。変に子供扱いしちゃってて…」
 当たり前じゃないの!…そう怒鳴りたい気持ちを抑えつつ、ルイズは言葉を続けていく。
「そうだったの。確かに私はまだ十六だけど、ご覧のとおり一人で旅できる程度には独り立ちできてましてよ」
 エッヘンと自慢するかのように薄い胸をワザとらしく反らす彼女を見て、下級貴族は「は、はぁ…」と困惑してしまう。
 しかし、どこの国から来たかまでは知らないが確かに留学を除いて十六の貴族が一人旅行などできるものではない。
 
 国境を超える為の書類や費用等を考えれば子供には大変であろうし、何よりまず親が許さないだろう。
 とはいえ例外もあり、将来自立する意思のある貴族の子なんかは率先して留学したり国外旅行へいく事もある。
 それを考えれば自分の様な下級貴族にも自慢したくなる気持ちと言うのは、何となくだが理解する事はできた。
 そりゃ安易に子ども扱いしたら怒るのも無理はないだろう。彼はそう納得しつつ改まった態度で彼女に言葉を掛ける。
「…にしても、この時期のトリスタニアへ遊びに来るとは…また随分と勇気があるようで」
「まぁね。本当は秋か冬にでも行こうって決めてたんだけど、どちらの季節とも大切な用事ができてしまったのよ」
 
 そこから先数分程、思いの外自分の゙演技゙に釣られてくれた彼とルイズは話を続けた。
 ガリアから来たという事にしておいて、国の雰囲気が似ているトリステインへ興味本位に遊びへ来たこと。
 その興味本位で市場に入ったところ揉みくちゃにされて、危うく倒れかけたこと。
 先ほどの市場はもう二度と御免であるが、リュティスと似ているようでまた違うトリスタニアが良い所だと熱く語って見せた。
 無論ルイズは生粋のトリステイン人なのだが、これまで一度もガリアへ行ったことが無いという事はなかった。
 リュティスには家族旅行で何度か行った経験もあり、それのおかげである程度のガリアの知識は頭の中にあったのである。
 幸いにも相手は母国から出たことが無いような下級貴族であり、よっぽど下手しなければバレる事は無い。

 ルイズは自分の言葉に気を付けつつも、顔は良いがタイプではない下級貴族の青年と暫しの会話を楽しんだ。
 家族旅行で訪れた場所を思い出しながらガリアの事を話し、相手はそれを楽しそうに聞いている。
 時間にすればほんの五分経ったころだろうか、黙って話を聞いていた下級貴族が口を開いて喋ってきた。
「いやぁ、貧弱な家の三男坊である自分がこうして君みたいな素敵な人から異国の話を聞けるとは…今日の僕はツいてるよ」
「あら、その顔なら街娘くらいはキャーキャー言いながら寄ってこないものなのかしら?」
 ルイズがそう言ってみると、彼は苦笑いしつつ両肩を竦めるとすぐさま言葉を返した。
「そうでもないさ。僕たち下級貴族の男子になんか、御酌はしてくれるがそこから先に全く進みやしないからね」
 何せ貴族は貴族でも。、金の無い下級貴族だからね。…若干自分をあざ笑うかのような言葉に、彼女も苦笑してしまう。

 そんなこんなで話が弾んだところで、ルイズはそろそろ自分の『やるべき事』を始めようと決意した。
 これまで以上に言葉を選び、かつ悟られない様に聞き出さなければいけない。

203ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:11:22 ID:.xFHoMyw
 夏の陽気に中てられて、活気づいた王都の中にジワリジワリと滲む…新生アルビオン共和国に対する反応を。
 ルイズは苦笑いを浮かべたままの表情で、ニカニカとはにかんでいる下級貴族へと話しかけた。
「それにしても、王都は本当に賑やかね。聞くところによると、あのアルビオンと戦争が始まりそうだっていうのに」
「アルビオン…?あぁ…ラ・ロシェールの事件でしょう、君よく知ってるねェ」
「トリステインへ行くときに、行商人から聞いたのよ。もうすぐこの国とあの国で戦が起こるって」
 突然話の方向が変わった事に違和感を感じつつも、彼は何の気なしにその話に乗る。
 ルイズもルイズで事前に考えていた『話の輸入先の設定』を言いつつ、聞き込みを続けていく。

「普通戦が起こるってなると王都でも緊張した雰囲気に包まれそうなものだけど…ここは真逆みたいね」
「まぁ時期が時期だよ。こんなクソ暑い季節の中で緊張したって、熱中症で倒れてたらワケないしな」
 彼の言葉にルイズはまぁ確かに納得しつつ、いよいよ本題であるアルビオンへの評価を聞くことにした。

「…ところで、トリステインの貴族の方々にとって今のアルビオンが掲げる貴族による国家統治はどう思ってるのかしら?」
「んぅ?失礼な事を言うね異国のお嬢さん」
 ルイズの質問に対し、まず彼が見せたのは薄い嫌悪感を露わにしたしかめっ面であった。
「いくら俺たちがこの先十年二十年生きられるかどうか分からん貧乏貴族だとしても、連中の甘言には乗らんさ」
「そうよね?私もアイツラの掲げる思想は嫌いだわ、王家を蔑ろにするなど…貴族がしてはならない行為よ」
「その通り。特にこの国の王家に関しては…たとえ奴らが金貨の山を差し出そうとも裏切るような事はしないつもりだ」
 平民と共に暮らす貧乏貴族とは思えぬ…いや、逆に貧乏だからこそ王家を並みの貴族以上に崇めているのかもしれない。
 近いうち女王となるアンリエッタの笑顔を思い出しつつも、ルイズはカンタンな質問を混ぜ込みつつ話を続けていく。
 アルビオンと本格的な戦争が始まったら志願するのか、今後トリステインはかの国へどう対応すればいいべきか等々…。

 ルイズなりに投げかけるそれを会話の中に自然に混ぜ込み、あたかも世間話のように見せかける。
 そうこうして数分ほど話を続けていた時、ふと下級貴族の背後から複数人の呼び声が聞こえてきたのに気が付いた。
「オーバン!俺たち抜きで何ナンパなんかしてんだよー!」
「えっ…!?あ、あぁビセンテ、それにカルヴィンにシプリアル達も!」
 何かと思ったルイズが彼の肩越しに覗いてみると、いかにもな若い下級貴族数人が少し離れた所から手を振っている。
 皆が皆オーバンと呼ばれた青年貴族と同じように、貴族用ではあるが比較的安そうな服を着ていた。
「あら、お友達と待ち合わせしてたのね。それじゃあ、私はここらへんで…」
「え?あっ…ちょっと…!」
 そんな集団が手をありながらこっちに来るのに気が付いたルイズは、話に付き合ってくれた彼に一礼してその場を後にする。
 鞄を肩に掛けてベンチから腰を上げるや否や、呼び止めようとする彼に背を向けて早足で立ち去っていく。
 オーバンも思わず腰を上げて追いかけようとしたものの、時すでに遅く名も知らぬ異国?の少女は人ごみの中へと消えて行った。

 所詮自分は底辺貴族、物語の様なロマンスなど夢のまた夢という事なのだろう。 
 自分の前にサッと現れサッと消えて行った彼女を口惜しく思いつつも――――…ふと思い出す。
 この広場で他の誰よりも目立っていた、あのピンクのブロンドウェーブに見覚えがあるという事を。
「あのピンクブロンド…うん?どっかでみた覚えがあるような、ないような…?」

 
 それから少しして、あの広場から十分ほど歩いた先にある十字路の一角。
 市場からの距離も微妙な為日中のブルドンネにしては人通りも大人しい、そんな静かな場所で景気の良い音が響いた。

204ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:13:35 ID:.xFHoMyw
 それはパーティなどで勢いよくシャンパンのコルクを開けた時の様な音ではなく、思いっきり拳で硬いものを殴った時のような気持ちの良い殴打音。
 何かと思って数人の通行人が音のした方へ視線を向けると、彼らに背を向けているルイズの姿があった。
 どうやら、右手に作った拳でもって十字路に建てられた共同住宅の壁を殴りつけた直後だったらしい。
 ギリギリと拳を壁にめり込まそうとばかりに力を入れている彼女の後ろ姿を目にして、人々は慌てて視線を逸らす。

 その洒落た服装からして彼女がタダの平民ではなく、商家の娘かお忍びの貴族令嬢だと察したのであろう。
 ――目があったら巻き込まれる。本能で゙ヤバイ゙と悟った人々は何も見なかったと言わんばかりに、早足でその場を後にしていく。
 そうして周囲の注意をこれでもかと引いたルイズは、はふぅ…と一息ついてそっと右拳を壁から放した。
「結構力は抜いたつもりだけど…イタタ、木造でもこんなに痛いモノなのね」
 後悔後先に立たずな事を呟きつつ右手の甲を撫でたルイズは、先程話に付き合ってくれた青年の事を思い出す。
 もう少し話を続けていれば、今頃食事なりお茶の誘いでも出されていたに違いないだろう。
 あの手の輩というものは大抵よさげな女の子に声を掛けて、さりげなく良い流れになったところで誘ってくるのだ。 
 そう考えるとあの友人たちの乱入は正にあの場を離れるには絶好のチャンスとも思えてくる。

 彼らのおかげで程よくアルビオンに対する情報を聞けたうえ、良いタイミングであの場を後にすることができたのだから。
 早速忘れぬ内にメモしておこうと鞄の中を漁りつつも、同時にルイズはほんの少し残念な気持ちを抱えていた。
「それにしても…案外私の髪の色を見ても、誰も私がヴァリエールの人間だなんて気づかないものなのねぇ」
 あの下級貴族と言い、周りにいた平民も含めてみな自分の髪の色を見てピン!と来なかったのであろうか。
 市場にいた時はともかく、誰かが一人くらい気が付いても良いはずである。少なくとも彼女はそう思っていた
 昨日もそうであった。御忍びの貴族だと街娘にはバレてしまったが、家の名前までは言われなかった。
 と、いうことは…ヴァリエール家は今の御時世民衆の間であまり知られていないのではないのか?
 そんな事を考えて落胆しそうになったルイズは、ふと思う。

「みんな知らない…っていうよりも、公爵家の娘がこんな所にいるワケないって思ってるのかしら?」

 自分で言うのも何だが、下々の者たちからして見れば正にそうなのだろう。
 確かに、名のある公爵家の人間――それも末の娘が一人で王都を出歩くなんて滅多に無い事である。
 そう考えてみると、確かに自分を目にしてもその人が公爵家の人間だなんて思わないに違いない。
 例えば王家の人間が平民に扮していても、誰もその人がこの国の中枢を担う人物だと気づかないのと同じだ。
「そうだとすれば…案外、私が立てた作戦も上手くいきそうな気がするかも…」
 鞄からようやっとメモ帳を取り出し、何回かページを捲って何も書かれていない空白の頁を見つける。
 そして何処かに落ち着いて文章を書ける場所が無いかと、しきりに辺りを見回した。

 ルイズが今口にした『作戦』というのは、アンリ得た直々に命令された民衆からの情報収集のことだ。
 これから一戦交える前に、人々はアルビオンに対しどのような反応を抱いているのかを調べるのである。
 早速それを行うとした昨日、散々な結果で終わってしまったルイズに代わって魔理沙がそれを肩代わりする筈であった。
 しかし、アンリエッタからの命令と言う事もあってこのままではいけないと感じた彼女は、自ら行動する事にした。
 元々責任感もあるルイズとしては、あの黒白に頼り切るというのに一途の不安を感じたという事もあったが…。
 とはいえ考えなしに行っても昨日の二の舞になるのは明白であり、そこで彼女はとある『作戦』を思いついたのである。

205ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:15:27 ID:.xFHoMyw
 生粋の貴族として育てられたルイズにとって、一平民として民衆の中に紛れ込むのは非常に難しい。
 ならば…敢えて彼女はその゙逆゙側―――ただのイチ貴族、それも国外から来た観光客として扮する事に決めたのである。
 今の時期、王都を観光しにあちこちの国から様々な年齢の観光客が大挙して押し寄せている。
 ルイズは敢えてその中に紛れ込み、アルビオンと戦争状態になった事をさりげなく民衆や下級貴族に聞き込む事にしたのだ。
 さっき聞き込みをしたのは下級貴族であったが自分がトリステイン貴族だと気づかれず、うまく聞き取りを終える事かできた。
 下級貴族ならば平民と同じ環境で暮らしているために彼らの世間話も耳にしているだろうし、情報に困る事も無い。
 ついさっきは、ものの試しにと話しかけてみたが思いの外相手は自分の話に乗ってきてくれた。
 
 とはいえ、流石に自分とは雲泥の差がある格下の貴族にああも気安く話しかけられたのは色々と大変だったらしい。
 先ほどルイズが壁を殴ったのも、あの若干チャラチャラとした貴族を殴りたくて我慢した結果であった。
 もしもあそこで我慢できずに暴発していたら、今頃すべてが台無しになっていたのは間違いない。
「よし…と!ひとまず一人目…とりかく今日は十人くらいトライしなくちゃね」
 十字路を西の方へと歩いた先、そこにあるベンチでメモに情報を書き終えたルイズはパタンとメモ帳を閉じる。
 そして取り出していたインク瓶と羽ペンをしまうとメモ帳も鞄の中に入れて、スッと腰を上げる。
 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの誰にも言えぬ秘密のミッションは、こうして幕を開けたのであった。

 最初に彼女が選んだのは、ブルドンネ街の中央寄りにある大きな通りであった。
 そこは通称『厨房通り』とも呼ばれている場所で、その名の由来である数多の飲食店が群雄割拠している場所だ。
 主な客層は貴族やゲルマニアで商人などをしている平民であり、皆それなりに裕福な身なりをしている。
 店のジャンルは基本トリステインで貴族が好んで食べる高級料理などであり、変化球の様にサンドイッチやデザート等の専門店もある。
 どの店も通りを少し侵食するようにしてテラス席を設けており、日よけのした設置されたテーブルで美味しい食事にありついている。
 無論平民や下級貴族など安くてお手頃な飲食店も規模は小さいものの存在し、市場に次いでかなりの人々が通りを行き交っていた。
 
 ルイズは市場での経験を生かしてかなるべく通りの端を歩きつつ、王都の地図を片手に話しかけやすそうな人を探していた。
 当然地図を持っているのは観光客を装う為であり、彼女自身王都で迷う心配など微塵もなかった。
 現に周囲を見回してみると、今のルイズと同じように地図を手に通りを不安げに歩く貴族の姿がチラホラと見える。
 若い者たちは地図と睨めっこしつつ歩いており、中には従者らしき者に道案内をさせている年配の貴族もいる。
 彼らは大小の差はあれど軽い手荷物と地図からして、本物の観光客だというのが丸わかりだ。
 そういう人たちに混じって、ルイズは大人しく…かつある程度物知りな平民か下級貴族に道を尋ねるついでに聞き込みをするつもりであった。
「…とはいえ、この人の流れだと上手く話しかけられるかしら?…って、あの平民ならいけそうかも」
 周囲の人々を観察していたルイズは、ふと目に入った中年の平民男性に狙いを定めてみる。

 どうやら人の流れから少し外れて、路地裏へと続く小さな横道の前で一休みしているらしい。
 中年になってまだ間もないという外見の男性は、手拭いで首の汗を拭いつつ燦々と輝く太陽を恨めしそうに見つめている。
 見た感じならば人もよさそうであるし、これなら少し会話した程度で揉め事が起こる心配は少ないだろう。
 ほんの少し足を止めて様子見をしていた彼女は、早速その平民に話しかけてみる事にした。

「そこのアナタ、休憩中悪いけれどちょっと良いかしら?」
「…お?…んぅ、マントは無いようだけど…もしかしてお忍び中の貴族様…でよろしいかと?」
「えぇ、今は気兼ねなく旅行するためマントは外してあるの。紛らわしくてごめんなさいね」

206ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:17:40 ID:.xFHoMyw
 マントを着けでおらず、しかしその居丈高な物言いと身なりで彼はルイズが貴族であると何となく察したらしい。
 物分りの良い男にルイズもやや満足気に頷いてみせると、平民の男は「あぁいえ!こちらこそ…」と頭を下げる。
 どうやら自分の目利き通り、貴族に対しての作法はある程度心得ているようだ。
 それに安心したルイズも「別に気にしていないわ」と返しつつ、最初に道を尋ねる所から始める。
「初めて王都へ来て道へ迷ってしまったのよ。ここからタニアリージュ・ロワイヤル座へ行くにはどうしたら良いかしら」
「あぁ、ここからそこへ行くんなら…」
 異国の貴族を装うルイズの尋ねに対し、平民の男もやぶさかではないという感じで説明を始めた。
 そりゃルイズは黙っていれば本当に綺麗であるし、本性を露わにしなければ淑女の鑑にもなれる。
  
 恐らくはルイズよりもこの街に精通している男の説明は、貴族である彼女でも感心する所があった。
 彼の案内があればどんな方向音痴でも、必ず目的地にたどり着けるに違いないだろう。
 丁寧な彼の道案内を聞いた後、ルイズは礼を述べてからいよいよ本題の聞き込みへと移った。
「ありがとう。…それにしても、この前あのアルビオンと一悶着あったというのにこの街は活気に満ち溢れているわね」
「んぅ、そうですか?まぁこことラ・ロシェールじゃあ距離があるし、第一もう終わった事ですしね」
「でも近いうちに戦争になるかも知れないのでしょう?怖くは無いの?」
「まさか!…というより戦争になっても、こっちまで火の粉が飛んでくる事は無いでしょうよ」
 まぁ確かにその通りだろう。平民と一言二言会話を交えたルイズは内心納得しつつも頷いていた。
 自分の『虚無』が原因でほぼ主力を失った今のアルビオンには、今更トリステインへ攻め入るだけの戦力は無いに等しいだろう。
 流石に艦隊が全滅したという事はないのだろうが、少なくとも今のトリステイン艦隊が圧倒される程強くはないに違いない。

 その後その平民に改めて礼を述べてその場を後にしたルイズは、転々と場所を変えながら聞き込みを続けた。
 話しかけやすそうな平民や下級貴族に声を掛けて道を尋ねて、そのついで世間話を装ってアルビオンについての反応を聞く。
 時には今のトリステイン王家に対する評価も耳に入れつつ、一時間ほど掛けて五人分の聞き込みを終える事が出来た。
 ルイズは一旦人気の多い場所から離れ、路地に接地されたベンチに腰を下ろして聞き込みの内容を記録している最中だ。
 遠くからの喧騒と、その合間へ割り込むように街路樹の葉と葉が擦れ合う音がBGМとなってて耳に入ってくる。
 この時間帯は丁度ルイズが腰かけるベンチ側の道が陰になっており、良い涼み場にもなっていた。
 
「とりあえず決めた目標まであと半分…だけど、結構この時点でかなり枝分かれしてるのねぇ」
 ルイズは羽ペンを傍へ置くと、書き終えたばかりの情報を確認し直してから一人呟いた。
 彼女の言うとおり、街に住む人々から聞いた今のアルビオンとトリステイン王家への評価は以外にもバラバラだったのである。
 ある下級貴族はアルビオンに対して徹底的な報復を唱え、その前にアンリエッタ王女はちゃんと玉座につくべきだと言ったり、
 また平民の商人はあの白の国に関しては後回しでも良いから、まずは国を盤石にするべきだと言う慎重論もあれば、
 いっその事この国をアルビオンに売ってしまえと言う、とんでもない爆弾発言まで出てきたのには流石のルイズもギョッとしてしまった。
 中にはアルビオンと同じように王政ではなく、有力な貴族達による統治を現実的に唱えている者もいた。
 
 それらを見返した後、彼女はこれらの情報を全てアンリエッタに見せるのはどうなのかと躊躇ってしまう。
 一応彼女からは嘘偽りなく、ありのまま伝えて欲しいという事は手紙には書かれていた。
 だがアンリエッタに伝える情報をルイズが吟味して、あまり過激なものは没にする…という事も不可能なことではない。

207ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:19:49 ID:.xFHoMyw

 しかし彼女としては、それを――情報に゙色゙をつけるという行為にほんの少し抵抗があった。
 街の人達のありのままの反応を知りたいアンリエッタの気持ちを、裏切る事になるのではないかと。
 顔を俯かせたルイズは暫し頭を悩ませた後、情報を吟味するか否かの二者択一にぶつかってしまう。

「んぅ〜…こういう時にレイムかマリサがいてくれれば、私の背中を押してくれそうなもんだけど…でもアイツラを頼るのもなぁ」
 今はこの街のどこかにいるであろう二人の事を思い出した彼女は、一人悔しそうに呟く。 
 自分たちの世界が危機に陥っているというのにどこか暢気で、それでいてヤバい時には頼りになるあの二人。
 良くも悪くもこの世界の常識が通用しない彼女たちなら、どう考えるのであろうか。
 それを考えそうになっていたルイズは慌てて首を横に振り、今はそれを余所へ置くことにした。

「今はそんな事を考えてる場合じゃないわ。姫さまに送る情報の事も…もう半分を集めてからの方がいいかも」 
 ルイズはひとまずそれで納得すると羽ペンとインク瓶、そしてメモ帳を鞄の中へとしまい込む。
 まだ自分で決めた目標の半分にしか達していない今考えても、仕方の無い事である。
 忘れ物が無いかのチェックをした後、ルイズは残り半分を片付ける為に人気の多い場所への移動を始めた。


「…じゃあそろそろ私はこれで。道案内、感謝いたしますわ」
「うん、君も気を付けるんだぞ」
 それから更に一時間と少し掛けて、八人目となる下級貴族の男性から話を聞き終えたルイズはその場を後にする。
 今まで目にしてきた者達より少し年を取っているのであろうか、変にフランクな彼は背中を向けている自分に手を振ってくれている。
 彼女もまた手を振って別れつつ、残り二人までとなった情報収集に終わりが見えてきた事にホッと一息ついてしまう。
 一応聞き込み自体は何とかこなせてはいるものの、街中を移動するのにかなりの時間を要している。
 場所によっては時間帯で人ゴミができることはあるし、通行禁止となってしまい遠回りせざるを得ない事が度々あった。
  
 ルイズが今いる場所は最初の前半の五人に聞き込みをしたブルドンネ街から、チクトンネ街へと移っている。
 まだ人の少ない場所と言えどもそこは王都、道を尋ねる封を装って聞き込みをするには充分な数の人はいた。
 とはいえ世間話を装って聞き込むために人によって話が長引く事もあり、結果として今の様に一時間以上かけてようやく八人目なのである。
「何だかんだで意外と時間が掛かっちゃったわね…」
 ポケットに入れていた懐中時計の短針と長針を睨みながら呟くと、すぐ近くにある建物から美味しい匂いが漂ってくるのに気が付いた。
 丁寧に煮込んでいる最中のトマトソースと炒った玉葱から漂う甘い匂い、そして焼きたてのパンから漂うバターの香り。
 時計の短針ば12゙を指しており、長針ば1゜を少し過ぎた所まで進んでいる。
 
 どうやら既に御昼時へと突入しているらしい、そこらかしこの家から食事の匂いが通りに漂っている。
 ルイズは自分の臭覚と舌を刺激する匂いに中てられてか、思わず空っぽになっている自分の腹を抑えてしまう。
「そういえば、朝食以降で口にしたのってジュースだけだったわね…」
 程よくお腹が空き始めた自分の腹を哀しそうに撫でつつ、彼女はここから先はどうしようか悩んだ。
 資金泥棒を追っている霊夢と情報収集をしてくれてるだろう魔理沙には十二時になったらなるべく『魅惑妖精』亭へ戻るようには言っている。
 とはいえ゙なるべぐである為、もしかすればシエスタに話したように夕食時まで帰ってこないという可能性もある。
 特に魔理沙は自分でも調べたい事があると言っていたので、霊夢と二人…もしくは一人で食べる事になるかもしれない。
 何なら昼飯代くらいは捻出できるだけの余裕はあったが、それでも今あの二人に金を貸すのは心配であった。
 だから一度お昼になったら『魅惑の妖精』亭で合流できるなら合流して、どこか程よく安くて美味い店を捜そうと考えていたのだ。

208ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:21:20 ID:.xFHoMyw
 トリスタニアなら平民向けの大衆食堂であっても、そこそこ美味い料理にありつける。
 これが外国とかだと量さえあればいいだろうという事で味が二の次になってしまうが、そこは食に煩いトリステイン人。
 例え手持ちの少ない平民であっても、食事は万人の娯楽であれと言わんばかりに食べる方も作る方も味に拘る。
 食材は無論、調味料や器具にも手を抜かずそれでいて誰にでも手が出せる安い値段で提供するのがこの国の流儀だ。
 美食に飽きた外国の貴族が一番美味しいと言った食べ物が、トリステインの平民向け食堂で出されているサンドイッチだった…なんて逸話があるくらいなのだから。
 それ程までにこの国はロマリア、ガリアと肩を並べるほどに食い物に関しては煩い国なのである。

「う〜ん、あとちょっとだけどお腹減って来たし…軽く腹ごしらえした方がいいかもね」
 ルイズ自身そろそろ何か口にしたいと思っていた矢先に、昼食時というタイミングには勝てなかった。
 幸いチクントネ街にいるので店へ戻るのは然程時間はかからないしだろう。歩いたとしても十分程度であろう。
 思い立ったら即行動…というほどでもないが、湧き上がってくる食欲に勝てるほどルイズは食に無頓着ではなかった。
 すっと踵を返した彼女は『魅惑の妖精』亭のある通りへと向かってスタスタと軽快な足取りで歩き始める。
 まだ任務の事が頭にはあったものの、今すぐにでも自分の目標を成し遂げなければいけないというルールは課していない。
 少し昼食を取って、時間を改めれば良いだけと納得しつつ、何処で食事をしようかという事で頭がいっぱいになり始めていた。

 ブルドンネ街ならば日中でも労働者向きの食堂なら営業しているし、何なら移動販売式の屋台でも良いだろう。
 外で食べるには流石に暑すぎるが、お持ち帰りにして『魅惑の妖精』亭の一階で頂くのも悪くは無い。
 サンドイッチかパスタ、それか選べるのは限られるだろうが思い切って肉料理でガツンと攻めてみるか?
 牛肉より値段の低い豚肉か鶏肉のローストを厚めにスライスしたものと安いチーズをチョイスして、そこに弱い酒の肴にしよう。
 酒をそのまま飲むのは苦手だがジュースやハチミツに割れば、強くなければ快適に飲める。
 そんな事を考えて楽しく歩いていると、ふと彼女は右の方から誰かが走り寄ってくるような音に気が付いた。
 気づくと同時に足を止めて、そちらの方へ振り向いた直後――その走ってきた人影がすぐ目の前にまで近づいてきていた。
 既にぶつかるまで数秒も無いという瞬間の中、ルイズとその人影は当然のようにぶつかり―――小さく吹き飛んだ。

「え…?――キャッ!」
 
 キョトンとした表情を浮かべた直後、突如右肩に伝わる痛みと共に両足が地面から離れたのに気が付き、
 そう思った矢先には、勢いよく地面に尻餅をついてしまったルイズは悲鳴を上げて地面に倒れてしまう。
 幸い鞄はしっかりと絞めていたおかげで中身が散乱、するというヘマをせずに済んだのは幸いと言えるだろう。
 しかし右肩、臀部から背中にまで伝わる鈍い痛みはとても耐えられるものではなく、暫し仰向けになったまま呻くしかなかった。
 陽の光ですっかり熱くなった地面の熱と痛みの両方を受けつつも、ルイズは何とか頭を上げて人影の方を見てみる。
 ぶつかってきた人影の方は然程大丈夫だったのか、地面に尻餅をつきつつも何とか起き上がろうとしている最中であった。

 人影はこんな真夏日和だというのに全身を隠すようなローブを身にまとっており、見てるだけでも暑苦しくなってしまう。
 丁度フードの部分が顔と頭を隠している為に性別は判別できないものの、身長や体格だけ見ればルイズよりも二回り大きい。
 いかにも『怪しい』という言葉を練りに練って人型に仕上げた様な人間であったが、ルイズは怖気もせずにその人影へと怒鳴る。
「イタタァ…ちょっと!そこのアナタ、何処に目を付けてるのよ!?」
「悪い…!少し急いでたもので…」
 ルイズの抗議に対し口を開いた人影の声を耳にして、ルイズは少し驚く。
 その声色は間違いなく女性、それも体格相応ともいえる二十代くらいのものであった。
 てっきり男だと思っていたルイズは更に言おうとした抗議を止めて、思わず彼女の顔を見ようとしてしまう。

209ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:23:21 ID:.xFHoMyw
 丁度自分より一足先に立ち上がった彼女を見上げる形となったルイズは、フードの下にある顔を目にする。
 やはり声色から想像したよりも少し上程度の若い女性が、気の強そうな顔と薄いサファイアの様な碧眼で見下ろしていた。
 流石に顔と瞳の色だけではどんな人間なのかまでは判断つかないものの、貴族に向かって「悪い」とは何て言い草だろうか。
 お昼の事を考えてウキウキしていたところを水に差されたルイズが思わず怒鳴ろうとした直前女はスッと右手を差し出してきた。
 突然目の前に突き付けられたその手に驚きつつ、掴めという事なのかと察した彼女はスッと女の手を握る。
 すると予想通り。女は自分の右手に力を入れて、地面に倒れていたルイズを腕力だけで立ち上がらせる事が出来た。
 
 まさか腕一本で自分を起こした女の腕力に、ルイズは思わず驚いてしまう。
 一体どんな仕事に就けば、女であってもここまでの腕力が育ってしまうのだろうか?
 目を丸くして感心している最中、女はフードを被ったまま頭を下げて謝罪の言葉を述べてくれた。
「申し訳ない、何分急いでいたモノで前を見ていなかったよ…」
「え?いや…ま、まぁ!幸い怪我は…してないし別にいいわよ。次はこういう事にならないよう気を付けなさいよ」
 思いの外丁寧であったフードの女の謝罪にルイズは怒るタイミングを失ったことを苦々しく思うほかなかった。
 てっきり自分を倒したまま「急いでいるから」といって逃げるのを想像していただけに、変な肩透かしをも喰らっている。
 
 ひとまず女の謝罪を受け入れつつも、暫し苦みのある雰囲気を二人が包んだものの…それは長くは続かなかった。
 女の背後―――先ほど暑苦しいローブの姿で走り抜けてきた路地裏から複数の足音が聞こえてくるのにルイズは気が付いた。
 バタバタと喧しい靴音を響かせて近づいてくるその音にルイズが何かと思った直後、フードの女はそっと彼女に囁く。
「私はここを離れる。急で悪いが、お前も何も見なかった風を装ってここから歩いて立ち去るんだ」
「え?それってどういう――――…あ、ちょっと!」
 制止する暇もなく、女は言いたい事だけ言うとそのままルイズが歩いてきた道の方へバッと走り去っていく。
 思わず追いかけようとした彼女はしかし、路地裏から近づいてくる足音の主達がもうすぐで通りに出てくるのに気が付いた。
 
 ―――お前は何も見なかった風を装ってここからに立ち去るんだ
 
 とてもふざけているとは思えない雰囲気が感じられた言葉にルイズは咄嗟に従う事にした。
 どうしてか…と問われれば返事に困っていたかもれしないが、恐らくは「本能的に」という答えを出していたかもしれない。
 そうしてフードの女とは反対方向の道――『魅惑の妖精』亭へと続く道を再び歩き始めたルイズの耳に聞き慣れぬ男たちの声が聞こえてきた。
「…クソ!あの女どこ行きやがった?」
「通りに出たんなら容易に見つけられると思ったが…身のこなしの速いヤツ!」
 聞こえてきた二人分の男の声は聞いただけでも、相当に柄の悪い連中だと判別できるほどの言葉づかいである。
 例え平民であっても、一体どんな教育を受ければあんなオラついた気配が濃厚に漂う声色が出せるのであろう。
 それが気になったルイズが一瞬だけ顔を後ろに向けようとしたところで、新たに二人分の男の声が聞こえてきた。

「慌てるな、ここからそう遠くへは行ってない筈だ。手分けして探そう」
「この路地裏から出たのなら市街地方面に行ったかもしれん。あそこの路地は結構入り組んでいるからな。…俺とお前はあっちだ」
 最初に聞こえてきたチンピラ風の声とは違い、明らかにちゃんとした教育を受けているかのような言葉づかいであった。
 まるで軍でしっかりとした訓練を受けて来たかのような喋り方で、部下で露合う最初の二人に指示を飛ばしている。
 それに対し最初の二人が「あ、はい!」だの「わかりました」と返事を返している事から、後の二人はリーダー格なのであろうか?
 思わず一瞬だけ後ろを振り向こうとしたルイズはしかし、二人分の足音がこちらの方へ向かってくるのに気が付く。

210ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:25:29 ID:.xFHoMyw
 
 動かそうとしていた頭を咄嗟に止めたところで、自分の横を二人の男が駆け抜けていくのが見えた。
 先頭を走るのは先ほどガラの悪そうな喋り方をしていた奴であろうか、いかにもチンピラと言えるような恰好をした平民だ。
 対してその後ろについて行っているのは彼よりかは多少の身なりの良い平民の男だ。年は前の奴より少し上であろうか。
 幸い二人はルイズの事は横目で一瞥しただけで話しかける事も無く、彼女が進む方向へパタパタと走っていく。
 ルイズは気づかれぬようじっと彼らの背中を見つつ、あの女の言葉が間違いのない忠告であったと理解した。
 
 やがて残っていた二人は女が走っていった方向へと向かって行き、通りから物騒な気配が消えていく。 
 道の端っこで世間話に興じていた人々は何事も無かったように話しを再開しており、一見すれば平和そのものである。
 しかし、ついさっきまで只者ではない平民の男連中がいたことには気づいているのか、何人かがその話をしていた。
 無論、彼らの横を通り過ぎるルイズの耳は微かではある物のその話を聞きとっている。
 しかし、大して面白くも無いのでしっかりと聞き流しつつも彼女ははぼそりと独り言を呟く。

「全く、姫さまからの任務と言い、資金泥棒といい、ヤクモユカリとその式達といい、さっきの女や男達といい…夏季休暇になっても休む暇がないのね」
 一学生とは思えぬほどの多忙を前にして、彼女はどうしても愚痴を零したかった。
 誰に聞かせるワケでもないし、ただ呟くだけなら罪にはならないだろうと思いながら。


「―――…で、その愚痴やら相談が混ざってごっちゃになった話を私達に聞かせたかったワケ?」
 ルイズから今に至るまでの経緯を聞いた霊夢は終わるやいなや一言述べた後、一口分に切り分けた豚肉を口の中に入れた。
 アップルソースの甘味とオーブンで皮をカリカリに焼いた豚バラ肉の旨味が上手い事マッチして、未だ洋食慣れしていない彼女の口内を刺激する。
 ただ不味いと問われれば、間違いなく首を横に振る程度には美味しい料理だ。付け合せのパンもソースとの相性が良い。
 そんな事を思いながら、未知なる組み合わせの料理を堪能する彼女の傍に置かれたデルフがルイズに話しかけてた。

『お前さんも色々苦労したんだねぇ。てっきり店で踏ん反り返りながら、オレっち達が帰ってくるのを待ってたと思ってたが…』
「アンタ達の前でそんな事してたら、速攻で弄られるから言われても絶対にしないわよ」

 刀身をカタカタ揺らして笑うデルフにそう言って、ルイズも頼んでいたオムレツ・サンドウィッチを頬張った。 
 表面を軽くトーストしたパンで薄焼きのオムレツを挟んだもので、マヨネーズとトマトソースがパンに塗られている。
 オムレツも薄焼きながらベーコンやジャガイモ、玉葱を刻んだものが入っていて中々面白くて美味しい。
 何でもロマリア方面で良く作られる卵料理らしく、フリッタータと呼ばれるものだという。
 早口で言うと舌を噛みそうな名前であるが、その名前に勝るほどに美味いオムレツである。
 早速一つ目を平らげたルイズは、他にも頼んでいた厚切りベーコンのグリルを待ちつつジュースを一口飲んだ。
 鞄の中に入れていた最後の一本ですっかり温くなっていたが、それでも捨てるには惜しい程にはまだ美味しかった。
「ずるいわねぇ、私とデルフ何て炎天下の中日陰を捜して情報収集してたってのに…アンタだけジュース買ってたなんて」
「私の場合は自分の口座に入ってたなけなしの金で買ったのよ。…っていうか、そこら辺に飲料用の井戸とかポンプがあるでしょうに」
 ジト目で文句を言う霊夢にそう返しつつ、ルイズはチラリと店の外を一瞥する。
 御昼時とあって多くの人が出入りしているが、未だあの黒白の少女――霧雨魔理沙は姿を見せずにいた。

211ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:27:40 ID:.xFHoMyw
「…ホント、魔理沙のヤツどこほっつき歩いてるのかしらねえ〜」
「あんな服だから日射病でやられた…って事は無いと思うけど」
 ルイズの目線で何となく察した霊夢は一言呟いて、料理と一緒に頼んでいたアイスティーに口を付ける。
 彼女に言葉にルイズもなんとなく続けきながら、温いオレンジジュースをゴクゴクと飲み続けていた。

 ルイズに霊夢、そしてデルフの二人と一本が今いる場所はチクトンネ街にある平民向けの大衆食堂である。
 『向日葵畑』という何の捻りもない看板を掲げているこの店は、平民の他に下級貴族達も足を運んでいるのだという。
 確かに店の中にはこんなに暑いのに丁寧にマントを付けた貴族たちが安い料理を美味しそうに食べている姿がチラホラと見える。
 まぁシーリングファンが乃割っているおかげで外と比べれば涼しいのだが、こんな平民向けの店では酷く目立つ格好なのは間違いない。
 更に目を凝らしてみれば、足元にバックパックを置いている貴族の客もいる。恐らく少ない金で旅を満喫しようと計画しているバックパッカーだろう。
 外国から来た彼らからしてみれば、ある程度貴族の舌に合う料理をこんな店で食べれるのはさぞや嬉しい事であろう。
 
 そんな店の隅っこ、すぐ傍に開きっぱなしの裏口があるおかげでそれなりに涼しいテーブル席でルイズと霊夢は食事を楽しんでいる。
 最も、本来ならこの場に来ている筈の魔理沙が来ないために半ば待っている状態なのだが。
 一応『魅惑妖精』亭の出入り口にメモを残しておいたのだが、果たして店の場所が分かるかどうか。
 本人も今朝出ていく時には遅くなるかもと言っていたので、最悪来ない事だってあり得る。
 まぁあそこから歩いて十分くらいの場所だし、余程の方向音痴か間抜けでなければ迷う事もないだろう。
 店の人にも一応知り合いがもう一人来るとは伝えてあるし、既に自分たちは万全を尽くしたとしか言いようがない状態だ。
 後は魔理沙の気分次第…という事なのである。

 瓶入りのオレンジュースを飲み終えたルイズがウェイターにアイスティーの追加注文をしたところで、
 付け合せのパンを食べようとした霊夢が何を思ったか、彼女に話を振ってきた。
「それにしても、アンタってやる時はやるわよねぇ」
「…?何の話よ」
「さっき話してたじゃない、自分も動いて情報収集したって話を……ハグッ」
「ちょ…アンタ!パンは手でちぎって…ってもう手遅れかー」
 一瞬だけ分からず首を傾げたルイズにそう言うと、パンを手に持ってそのまま齧り付いた。
 パンを千切らずそのまま口にしたところでルイズが顔を顰めたものの、霊夢は気にすることなく口で千切る。
 こんな店だというのにバターの風味と甘みがしっかりとあるパンの味に、思わず笑いかけてしまう。
 そんな彼女に呆れてため息をついたルイズへ、今度はデルフが話しかけてくる。

『まぁ方法としてはお姫様からの命令通り…ってワケじゃないが、情報収集のし方としては間違っちゃあいないね。
 最も、娘っ子。お前さんの場合は平民に成りきるのは無理だって分かってたから、その方法しか手段が無いだろうし』 

 デルフからの評価にルイズは一瞬だけ口を閉じた後、小さなため息をついた。
「それ褒めてくれてるんだろうけど、アンタに言われると小馬鹿にもされてるような気がする」
『まぁ半々だね…っと、いきなり蹴るのはやめてくれよ』
 ルイズからの指摘に彼が素直に返すと、刀身がおさまる鞘を彼女の靴で小突かれてしまう。
 鞘越しとはいえ割と威力のある足に文句を言いつつ、デルフはカチャカチャと金具部分を鳴らして喋る。
 思っていたより効いていないようなデルフの様子を見てルイズは二度目のため息をついて、コップに入ったお冷を飲んだ。

212ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:29:42 ID:.xFHoMyw
 
 大きめの氷が幾つも入っている冷水が口内を潤し、喉にとおっていく時の爽快感。
 暫し喉に残る清涼感にほんの一瞬浸る中、デルフに続くようにして霊夢も口を空けて話しかけてきた。
「まぁ私は別に良いとは思うわよ。それで情報が集まるんなら、むしろ良く考えたって褒めてあげるわ」
「…一応言っておくけど、褒めても何もあげないからね」
「じゃあ褒めるのはやめておくわ、けどまぁアンタもアンタで頑張ってくれるってのは私としても助かるし」
 そんな会話の後で、先ほど口で千切って残り三分の二ほどになったパンをもう一口齧って見せる。
 ハルケギニアの作法など知ったこっちゃないと言いたげな彼女の食べっぷりに、ルイズは頭を抱えたくなってしまう。
 もしもここが平民向けの大衆食堂でなくてブルドンネ街のレストランだったら、追い出されても文句は言えなかっただろう。
 
 その後、ルイズの頼んでいたアイスティーをウェイターが持ってきた所で霊夢も飲み物を頼んだ。
 メニューの文字が分からないために他の客のドリンクを指さしての注文であったが、無事に伝わったらしい。
 ウエイターは彼女の指さす先を見て「アイス・グリーンティーですね?」と確認した後、厨房へと戻っていった。
「グリーン・ティー…って、アンタがいつも飲んでる゙お茶゙の事?」
「そうよ。こっちの世界にも冷茶の類があっただけでも私としては結構助かってるわ〜」 
 指さしていた客が美味しそうに飲む氷の入った『お茶』を見つめながら、彼女は嬉しそうに言う。
 それを見ながらサンドイッチを食べようとしたルイズはふと、あの『お茶』に関しての事が思い出す。
「そういえば昨日スカロンも言ってたわねぇ、最近あの『お茶』のせいでお店の売り上げがどうとかって…」
「あぁ、確かそれを専門に出してる『カッフェ』っていう店のせいとか言ってたわね」
 二人とも、街中を移動しているときには確かにそれらしきお店をチラホラと見かけている。
 レストランや他の店に混ざってテラス席を出して紅茶や『お茶』、それに軽食などを提供していた。
 スカロンが言っていた通り、確かにここ最近あぁいう店が貴族、平民問わず話題になっているのをルイズは知っている。
 茶類専門の店という新しいジャンルという事もあって、以前ルイズも何度か足を運んだことはあった。
 春が来る前の季節なうえにまだまだ寒い外のテラス席だった為、結構寒い思いをしたのは今でも記憶に残っている。
 まぁその分頼んだ紅茶とクッキー、それにポテトポタージュが中々美味かったので悪い思い出ではなかった。
 
 その事を思い出しつつ、ルイズはカッフェに対しての素直な評価を述べていく。
「まぁ彼には悪いけど、これからはあぁいう店が主流になるかもね。手軽に紅茶や軽食を楽しめるって意味では」
「そうよねぇ、私の神社にもあぁいう洒落た店があれば人が寄ってきそうな気がするわ」
「いやぁー、お前さんの神社の場合はそれよりも先に片付けるべき問題が山積みだろうに」
「うっさいわねぇ、アンタに注意される筋合いは…って、魔理沙!アンタいつの間に…」
 自分の提案に横槍を入れてきた声がこの場にいない者のモノだと気づいた霊夢が声のした方へと顔を向けた時、
 裏口から顔だけ出して覗いていた魔理沙にようやく気が付き、思わず大声を上げてしまった。
 霊夢の声にルイズも気が付き、ニヤニヤと自分たちを見つめる黒白を見つけると席を立ち、彼女の傍へと近づいていく。

「マリサ!やっぱり来たか…って今までどこほっつき歩いてたのよ?」
「おぉルイズ。悪いねぇ、ちょいと人助けしたついでに色々ともてなしを受けててな…戻るのが少し遅くなったぜ」

213ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:31:24 ID:.xFHoMyw
 若干怒っているルイズに対して、魔理沙はいつも通り悪びれてないような笑みを浮かべて返事をする。
 相変わらずの霧雨魔理沙であったが、霊夢としてはあの黒白が人助けをしていたという言葉がにわかに信じ難かった。
「アンタが人助けですって?いっつも人の神社に来たらタダ飯頂きにくるアンタが?」
「ひどい事言うなぁ。お互い独り身なんだから、飯時くらいわいわいしながら楽しみたいだけさ?…まぁそれはさておきだな」
 霊夢の辛辣な言葉に対しても笑みを崩さずそう返してから、彼女はここに至るまでの経緯を説明し始めた。

 …要約すればこうだ。 
 朝食の後、ひとまず情報収集のためにブルドンネ街にでも足を運ぼうとした所で、一人の少女に出会った事。
 少女の名はジョゼットと言い、ロマリアという国から出張してきた青年たちの付き添いのシスターである事。
 彼女が道に迷っていたと言うので出会ったのも何か縁という事で、彼女の情報を頼りに泊まっているホテルを探した事。
 歩いていくうちにブルドンネ街へと入り、川沿いにある一軒のホテルが彼女たちが泊まっているホテルだと知った事。
 流れるようにしてそのまま中に入ってしまい、結果的に彼女の保護者らしい青年二人と知り合いになった事。
 
「…まぁ後はその二人にも経緯を快適な部屋で話してたら昼から用事があるって言うんで、私も一旦戻ってきたワケさ」
 霊夢の隣に腰を下ろした魔理沙は最後にそう言って話を終えると、ナイフで切り分けたばかりのチキンステーキを口の中へと入れた。
 ハチミツをベースに作ったソースを塗って焼かれた鶏肉は甘味と旨味が上手い事混ざり合い、美味しさを形作っている。
 溢れ出る肉汁は付け合せのマッシュポテトにも合う。ここに白飯でもあれば束の間の付合わせに浸れたに違いない。
 そんな事を思いながら、何故か一仕事終えたつもりになっている彼女は一緒に頼んでいたプチパエリアへと手を伸ばそうとする。
 しかし、それよりも先に呆れた表情を浮かべるルイズの言葉によってその手は止まってしまう。

「なーにが一旦も出ってきたワケよ?…つまりアンタだけ美味しい思いしてたって事じゃないの」
「おいおい酷いこと言うなよルイズ。私がいなかったら今頃ジョゼットのヤツはまだ迷ってたと思うぜ?」
「まぁ実質辛い思いしてたのは私だけだから、精々アンタ達だけでいがみあってなさい」
 お互いテーブル越しに辛辣な意見をぶつけあう光景に、デルフは面白さを感じているのか刀身を震わせている。
 まぁ彼からしたら、相も変わらず仲が良いか悪いかの間を行き来する三人の姿はさぞ面白いのであろう。

『お前ら相変わらずだねぇ?…でもまぁ、これで娘っ子のやってた事は無駄に終わらなかったな。
 何せレイム直々に指名した黒白がサボってたんだからねぇ。…マジメさで比べれば、娘っ子に軍配が上がったって事さ』

 デルフの的確過ぎるる言葉を聞いて、魔理沙が初めて「むむ?」と声を上げて怪訝な表情をルイズ達に見せたものの、
 すぐにまた元の笑みに戻すと、自分と霊夢の間にあるデルフの柄をポンポンと左手で軽く叩いて言った。

「そいつは言葉が過ぎるってもんだぜ、デルフリンガーよ。
 昼飯を食べ終わったら、午前の分も含めてキッチリ情報収集するつもりなんだから」

「私は「これからする」って言ってるアンタよりも、「ここまでやってきた」っていうルイズの方が偉いと思うんだけど」

 午前いっぱいまで実質的にサボっていた魔理沙への容赦ない霊夢の突っ込みは、相変わらず切っ先が鋭い。
 ルイズがそんな事を思いながらアイスティーを一口飲もうとした所で、突っ込まれた魔理沙が彼女の方へと顔を向けたのに気が付く。
 何か言いたい事があるのかと同じく顔を向けたところで、キョトンとした表情を浮かべる魔法使いがメイジに質問してきた。

214ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:33:33 ID:.xFHoMyw
「ちょっと待てよ?ルイズ…霊夢の言葉通りなら、もしかして外で色々何かしてたのか?」
「今頃気づいたの?…って、そういえばその事を話し終えた後でアンタが来たのよね」
 霊夢に午前中の事を話していたルイズは、その時にはまだ魔理沙がいなかった事を思い出す。
 
「折角だから話してやりなさいよ。そしたらコイツだってやる気になるだろうし」
「ほぉ〜、言ってくれるじゃないか?そこまで言うのなら、さぞや凄い事を成し遂げたんだろうな」
「…あまり期待しないでくれる?アレは私なりに考えた苦肉の策のようなものなのだから」
『いいねぇ、娘っ子の涙を誘う努力をもう一度聞けるなんて…俺が人間なら酒の肴にしたくなる』

 三人と一本がそれぞれ一言ずつ喋った後に、ルイズは魔理沙へ向けて午前の中の事を説明し始めた。
 昨日の件で情報収集は魔理沙に任せようとしたものの、結局納得がいかず自分の足で情報収集に挑んだ事。
 そして昨日の失敗を元に考えた結果、平民ではなく国外から旅行でやってきた貴族に扮するという作戦を考え付いた事。
 考えた本人自身がうまくいくかどうか分からなかったものの、思いの外うまくいき道を尋ねる振りをして情報収集ができた事。
 ひとまず八人分程の情報が集まっているところまで話し終えた所で、興味津々で聞いていた魔理沙がニヤリと笑った。
 それは事あるごとに浮かべているような、誰かを小馬鹿にする嘲笑ではない。じゃあ何かと問われれば…ルイズは言葉を詰まらせていただろう。
 
 そんな彼女の心境を余所にニヤニヤと卑しくない笑みを浮かべる魔理沙は隣の霊夢に話しかける。
「なぁ霊夢よ、お前さんの言ってたルイズがこの手の仕事に向いてないって言葉は…見事に外れたな?」
「そうね。…こんな事なら、アンタに頼るより彼女に頭を使うようアドバイスしとけばよかったわ」
 笑みを浮かべる黒白とは対照に、紅白は苦虫を噛んだかのような表情を浮かべて氷入りの『お茶』を一口啜る。
 『虚無』という強大な力を持っていても、貴族のお嬢様ゆえに何処か不器用だと思っていたルイズは自分から動いたのだ。
 霊夢本人はてっきり店で大人しくしているかと思っていたからこそ、彼女の行動力にはある程度感心したのである。
 それと同時に、それを見抜けなかった自分と情報収集をサボっていた魔理沙に頼んでしまった事を悔しく思ってもいたが。

「え?…何?…これって、つまり…私が褒められてるって事?」
『何でそんな事をオレっちに聞くんだよ。そんな事しなくたって答えはとっくに出てるだろうに』
 思いの外良い反応を見せた魔理沙と霊夢を前にして、思わずルイズはデルフに話しかけてしまう。
 デルフもデルフでそっけなく返しつつ、戸惑うルイズの背中をそっと押し出す程度のフォローくらいはしてやった。
「あ…そう、そうなんだ。…なんか、我ながら上手く行ったと自分を褒めたくなってきたわ」
「平民に扮する…っていうのは失敗してるけど、まぁ情報収集はできたんだから結果オーライってヤツよ」
「そ、それは言わないでよ!…ワタシだって、できるならそれで収集してたわよ」
 剣に背中を押されたおかげか、なんとなく自信がついてきたところで魔理沙の余計な一言が脇腹を突いてくる。
 それを余計な一言だと思いつつ、まだまだ冷たいアイス・ティーの残りをクイッと飲み干し、ウェイターにおかわりを頼んだ。

 その後、ルイズと魔理沙はそれぞれ頼んだ料理の味を楽しみつつも次は霊夢が何をしていたのか気になっていた。
 他の二人は既に話していた分、彼女だけが何も喋らないでいるというのは不公平なのであろう。
 料理をつつきながらも泥棒捜しはどうなったのかと聞いてくる魔理沙に、若干の鬱陶しさを覚えつつも霊夢は喋り始めた。
「残念だけど、特に進展はないわよ?…まぁ、ここ最近街中で子供が犯人と思われるスリが起きてるって話はチラホラ聞いたけどね」
「と、いうことは…まだこの王都に潜んでいるって事なの?」
 ルイズの言葉にそうかもしれないわねぇと答えつつね霊夢は冷たい『お茶』を一口啜る。

215ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:35:20 ID:.xFHoMyw
 盗まれた場所から通った道を含めてくまなく探してみたものの、お金を盗んだ子供たちの姿は見当たらなかった。
 一応隠れられそうな場所も探しては見たが、いかんせん街全体が大きすぎるせいできりがない。
 人が多いという事もあったが、何より太陽から降り注ぐ熱気と目が眩むほどの輝きが彼女の集中力を奪うのである。
 いくら水を飲んだとしても、もつのは精々十分程度でそれ以上に時間が掛かれば気怠さと身体に纏わりつく汗でイヤになってくる。
 しかも下手に空を飛べないので、霊夢はあの子供たちがいないかと街中を歩き回っていたのだ。
 幻想郷の知り合いがその時の彼女の姿を見ていれば、きっと指を指して笑っていたに違いないだろう。

「全く…外は暑すぎるわ盗人どもはないわで、イヤになってくるわよホント」
 ここへ来たばかりの春と比べてあまりにも暑いハルケギニアにうんざりしながら、霊夢は言った。
 二杯目になる『お茶』の中を浮かぶ氷を眺めつつそんな事を呟く彼女へ続くようにして、ルイズも口を開く。
「確かに、今年は去年と比べて気温が高い気がするわねぇ…」
『そうだな。オレっちは剣だが鞘越しでもムンムン暑かったからな』
 彼女の言葉にデルフも相槌を打ちつつ、そこへすかさず魔理沙も話しに割り込んでくる。

「ま、この街にいるならいずれ霊夢に尻尾を掴まれるのは問題だし、後は本人の頑張り次第だな」
「午前中サボってお菓子御馳走になってたアンタに言われなくても、絶対に捕まえて見せるわよ」
「なーに、午後からは見事名誉挽回を果たして見せるぜ」
 自分の鋭い一言にも狼狽える事の無い魔理沙のポジティブさには、ある種見習わなければいけないのだろうか?
 二人のやりとりを眺めていたルイズはそんな事を思いつつ、半分ほど減ったサンドウィッチにかぶりついた。

 そんなこんなで話は続き、次第に話題は街中で何か面白いものがなかったかどうかに移っていった。
 何処そこの通りで芸を披露していた者がいたとか、面白そうな店があったとか他愛の無い世間話の数々。
 それに時折相槌を打ちつつついついデザートを頼もうとしていたルイズは、ふとシエスタの事を思い出す。
 確か彼女は言っていた、明日のお休みにでも霊夢達と一緒に王都を歩き回ってみたいと。
 その願いが叶うかどうかは分からないが、今その事を話して二人の反応を探る事はできそうだ。
 
 結構楽しそうに話している二人へ割り込もうとしたところで、ルイズはふと思いとどまる。
 …果たして、本来ならシエスタ自身が彼女らに聞くべきことを自分が代わりに言っていいものなのか?
 やろうとした寸前でそんな考えを抱いてしまった彼女は、無意味としか思えない悩みを抱えてしまった。
 自分が先に問えば二人の意思をあらかじめ確認して、それをシエスタに伝える事が出来る。
 しかし、それをやってしまうと夕食時に再開するであろう彼女をガッカリさせてしまうのではないだろうか?
 
 他の貴族からしてみれば、ルイズが今悩んでいる事は大変どうでもいいいことなのは間違いない。
 平民…それも学院で奉仕するメイドの事で、どうして自分たち貴族が頭を悩ませる必要があるのかと誰もが呆れるであろう。
 ルイズとしてもそういう風に考えていたし別に先に言おうが言わまいかという迷いなど、どうでも良い事なのである。
 しかし、一度考え込んでしまった悩みを頭から振り払うという事ができる程ルイズは器用ではなかった。
 シエスタには霊夢や魔理沙たちの分を含めて、双方ともに大小区別なく貸し借りを作ってしまっている。
 ルイズは一貴族としてしっかりと借りは返したいし、シエスタだって霊夢たちに受けた恩を返しきれてないと思っているに違いない。

 だからこそ貴重な休日を、自分たちと一緒に過ごしたいと言っていたのであろうし、
 それを考慮してしまうと、どうにもルイズは迷ってしまうのだ。

216ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:37:38 ID:.xFHoMyw
(私が気を利かせて聞いてみる?…それとも、サプライズっていう事でシエスタに言わせた方が良いのかしら…)
 おおよそ一般的な友達づきあいのしたことのないルイズにとって、その選択肢はあまりにも難しいものであった。
 中途半端に残ったアイスティーを、その中に浮かぶ氷を眺めながらルイズは二つの選択肢を延々と比べてしまう。
 聞くか?それとも言わせるか?―――誰にも聞けぬままただ一人ルイズは考え続け、そして…。
「―――…ズ?…ちょっとルイズ!」
「ひゃあ…っ!」
「お…っと」
 突然霊夢に右肩を叩かれた彼女はハッと我に返ると同時にその体をビクンと震わせた。
 そのショックでおもわず倒れそうになった中身入りのコップを魔理沙が掴んで、零れるのを何とか阻止してくれた。
 
 驚いてしまったルイズは暫し呆然とした後で、再びハッとした表情を浮かべてテーブルへと視線を向けて、
 飲みかけのアイスティーがテーブルに紅茶色の水たまりを作っていないの確認して、安堵のため息をついた。
 そして、自分の肩を急に掴んできた霊夢の方へキッと鋭い視線を向け、抗議の言葉を口に出す。
「ちょっとレイム、いきなり肩なんかつかまれたら驚くじゃないの」
「そりゃー悪かったわね、まぁその前にアンタには二、三回声を掛けたんですけどね」
 負けじとジト目で睨み返す霊夢の言葉に、魔理沙もウンウンと頷いている。
 どうやら声を掛けられたのに気付かない程考え込んでしまったらしい、そう思ってから無性に恥ずかしくなってきた。

 思わず赤面してしまうものの、気を取り直すように咳払いしてから霊夢の方へと向き直る。
「…で、私に声を掛けたって事は…何か聞きたい事でもあったの?」
「別に。ただアンタが何か考え込んでるのに気が付いたから、何してるのかって聞こうとしただけよ」
「あ、あぁ…そうなんだ」
 てっきり大事な話でもあるのかと思っていたルイズは肩透かしを喰らってしまう。
 薄らと赤くなっていた顔も元に戻り、ため息と共に残っていたアイスティーを飲み干して席を立った。
 それを見て店を後にするのだと察した霊夢と魔理沙もよいしょと腰を上げて、忘れ物がないか確認し始めた。
 最も、二人してルイズと違って荷物と呼べるものは持っていないので、身に着けているものチェック程度であったが。
 霊夢はデルフを一瞥しつつ何となく頭のリボンを整え、魔理沙は膝の上に置いていた帽子をそっと頭に被っている。
 テーブルの端に置かれた伝票を手に取り合計金額を確認し始めた所で、今度はデルフが話しかけてくる。

『ん?何だ、もうお勘定か?』
「えぇ。いつまでも長居できるわけじゃないしね。……あれ?結構値段を抑えられたわね」
 伝票の数字と睨めっこしつつもルイズはデルフにそう返し、次いで予想していたよりも食事が安く済んた事に喜んでしまう。
 いつもならそんな事はしないのだが、使える金が限られている今は伝票に書かれた金額で一喜一憂してしまう。
 目の前にいる二人と一本はともかく、こんな姿をツェルプストーや学院の生徒に見られたら後日を何を言われるのやら…
 同級生たちに指差されて嘲笑される所を想像して憂鬱になりながらもルイズは足元に置いていた鞄を肩にかける。
 少し重たくなったような気がするそれの重量を右肩に掛けたベルト伝いに感じつつ、霊夢達を連れて外を出ようとした。
 その時であった。ルイズと霊夢が入ってきた本来の出入り口の前に立つ、二人の衛士を見つけたのは。

「ん?ちょっと待って二人とも」
 先頭にいたルイズがそれに気づき、彼女と共に店を出ようとした霊夢達を止めた。

217ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:39:23 ID:.xFHoMyw
 右手に短槍、左手には何やら巻いて棒状にした何かのポスターを持っており、腰には剣を差している。
 どうやら近くにいた店長である中年男性と、何やら会話をしているらしい。
 お互いの表情は、今いる位置からでも血生臭い事は起こらないと確信できるほど平穏である。
 一体何を話しているのだろうかと気になった時、霊夢と魔理沙もルイズの肩越しから彼らの姿を目に入れた。

「おや、衛士さんじゃあないか。こんな店に何の用なんだ?食事か?」
「そんな感じには見えないけど、近づいて何を話してるのか盗み聞きしてみる?もしかしたらあの盗人の事かも…」
「やめときなさいよアンタ達、下手にちょっかいかけて目ェつけられたら任務に支障が出るかもしれないじゃない」
 二人の提案を即座に却下しつつも、内心ルイズも少しばかり何を話しているのかは知りたかった。
 王都を守る衛士等もこういう店には来ることはあれど、基本的にそれは非番の時か食事を外で済ます時だけだ。
 しかし今店長としているであろう会話は、控えめに考えても何か聞き込みをしているようにしか見えない。
 もしかすれば霊夢の言うとおり、自分たちのお金を盗っていったあの少年の事について話している可能性も…無くはないだろう。
 
「ひとまず勘定はあそこで支払うから、もう少し…ってアレ?」
「もう少し待つ前に、もうどっかに行っちゃうらしいわね」
 とりあえず彼らが去ってから勘定を支払おう…と提案しかけた直前に、衛士達は手を振って店を手で行った。
 それに手を振りかえす店長らしき男の左手には、衛士の一人が持っていたポスターを握っている。
 一体何だったのかと思いつつ、まぁいなくなったのなら気にすることも無いだろうとルイズは歩き出した。
 彼女の後に続くようにして霊夢達も足を動かし、三人そろって店長のいるカウンターへと移動する。

「ご馳走様、お勘定を払いに来たわ」
 手に持っていた伝票をカウンターに置くと、五十代半ばの店長はルイズに頭を下げた。
「おぉ旅の貴族様、どうもウチでお食事いただき誠にありがとうございます!では…」
 店長が礼を述べて伝票を受け取ってから、ルイズは腰に下げている袋から食事代の金貨を出していく。
 今はまだまだ袋は重いが、今残っている金額では王都で外食しながら泊まるのは一週間…切り詰めても二週間ももたない。
 これが底をつけば自分のお小遣いは文字通りゼロになるし、最悪ドブネズミやら蝙蝠を捕まえて調理する必要に迫られてしまうのだろうか?

 そんな冗談を想像しつつも、それが現実になるまで後一週間程度しかないという事にルイズはゾッとしてしまう。
 脳裏に浮かんだネズミ料理のイメージを振り払いつつ、店長が金貨を数えている間を待つ霊夢を一瞥した。
(私と魔理沙も気を付けなくちゃだけど、霊夢には早いところアイツを捕まえて貰わないとね…)
「…よし。金額に余分がありますので、五十スゥと七三ドニエの御釣りですよ貴族様」
「え?…あ、あぁそうなの。有難うね」

218ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:41:21 ID:.xFHoMyw
 危うく店主の言葉を聞き逃すところであった彼女は慌てて返事をすると、店主がカウンターの下を漁り出した。
 何をするかと思いきや、取り出したのルイズの顔よりもやや大きい鉄の箱であった。
 取っ手と頑丈な錠前がついているのを見るに、どうやら御釣り用のお金が入っているらしい。
 一緒に持っていた鍵で錠前を外して蓋を開けると、十秒もかからず店長は御釣り分の銀貨と銅貨をカウンターの上へと置いた。
「え〜と、ひーふー…一応貴族様も御釣りが合っているかどうか確認をお願いしますよ」
 箱の蓋を閉じた店主にそう言われて、ルイズはすぐにその二種類の硬貨を数えはじめる。
「…確かにさっき言ってた金額通り、それじゃあこのまま頂戴しておくわね」
「毎度ありです。今後近くを通った時はウチの店を御贔屓に」
 貴族様からのお墨付きをもらった店長は満面の笑みで頭を下げて、いそいそと箱に鍵をかけ始める。
 ルイズも袋に銅貨と銀貨を入れていき、最後の一枚となる銀貨を入れた所で、後ろにいた霊夢が声を上げた。

「あの、ごめんなさい。ちょっと良いかしら?」
「んぅ?何でございましょうか」
 てっきりルイズの従者と勘違いしている店長が敬語でそう聞き返すと、彼女はある物を指さしてみせる。
 それは先ほどやってきた衛士達が彼に渡していった、巻いたままにしているポスターであった。
「そのポスター…さっきまで来てた衛士達が置いていったけど…ちょっと気になってね」
「ん、あぁ…これですかい?」
 霊夢の指差は先にあったポスターを見た店主がそう言ってポスターを手に取ると、
 丁度真ん中の辺りで括っている紐を解きつつ、質問をしてきた彼女へ手短かに説明しはじめた。
「何でも、王宮の方で指名手配犯が出たからそれの似顔絵ってんで持ってきたんですよ」
「指名手配…ですって?」
「それまたエラく物騒で今更過ぎるな?この街で指名手配される奴なんて、それこそ星の数ほどいるだろうに」
 解いた紐を足元のゴミ箱に捨てた店主の口から出た単語に、ルイズと魔理沙も反応する。
 指名手配のポスター自体は別に珍しいものではないが、少なくともそういうモノが貼られるという事は滅多に無い。
 
「指名手配とはそれまた御大層じゃないの?」
 流石の霊夢も聞き慣れぬ言葉に素直な感想を漏らすと、店長は「まぁ事情が事情ですしな」と返しつつ、
 巻かれていたポスターを両手で広げながら更に衛士達から聞いた情報をそのまま彼女たちに伝えていく。

219ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:43:21 ID:.xFHoMyw
「今朝こっちの方で衛士姿の白骨死体が見つかった事件があって、それに関しての容疑者候補が一人上がったらしくてね、
 それがどうやら…身内の衛士さんらしくて、しかも昨日から行方不明っていうだけで白骨死体を作った張本人扱いされてるらしいんですよ」
 
「何ですって?」
 今朝、その現場の近くにいた霊夢は、下水道にたむろしていた衛士達やアニエスの姿を思い出した。
 確かあの時、先に現場にいた人々は皆衛士姿の白骨死体がどうとか言っていたのは覚えている。
 それから後の進展は全く聞いていなかったが、まさか今になってその話が出てくるとは思ってもいなかった。
 しかし、彼の口から語られるその情報に違和感を感じたであろう彼女が一つ質問をしてみる。
「容疑者候補…?それって何か証拠とか…詳しい情報はないの?」
「さ、さぁ…そこまでは言ってませんでしたが。…あぁ、そうだ!これが容疑者候補とかいう衛士さんの似顔絵らしいですよ」
 霊夢からの質問に店長は首を傾げつつも、自分の方へと向けていたポスターの表面を彼女たちの方へと向ける。
 丁度ルイズの顔より少し大きいポスターに書かれていた似顔絵は、どうみても女性のそれであった。
「へぇ〜…女性の衛士が犯罪ねぇー?何か色々ワケありそうだけど…」
 ポスターに描かれているその顔を見て色々と勘ぐってしまう霊夢に、魔理沙がすかさず続く。
「きっとセクハラしようとしてきた同僚をうっかり……って、どうしたんだルイズ?」
 しかし、自分たちの前にいるルイズがそのポスターの似顔絵を見て、様子が変なのに気付いてその言葉は止まってしまう。
 店長も「貴族様、どうかしまして…?」と気遣うものの、彼女はそれを無視してじっと似顔絵を見続けている。 

 いかにも男の職場の中で働き、鍛えて来たかのような鋭い目つきに似合う厳つい表情。
 青い髪に碧眼という、平民出とは思えぬ整った顔つきは下手すれば貴族と見紛う程の綺麗さ。
 美しくさと強さを兼ね備えたかのような戦乙女のような女性の似顔絵を、ルイズは知っていた。
 ここへ来る前―――そう、『魅惑の妖精』亭へと戻る道すがら、彼女はこの顔とそっくりの女性と出会ったのである。
 時間にすればほんの一瞬であるが、突然通りに出てきたぶつかった記憶は今もはっきりと頭の中に残っていた。
「私の記憶違い?…ううん、違うわ…私、この顔の女性(ひと)と通りでぶつかって…―――……?」
 独り言をぶつぶつと呟きながらポスターを見つめていた彼女は、ふと似顔絵の下に文字が書かれていたのに気が付く。
 何かと思って視線をそちらのほうへ向けると、こんな文章が書かれていた。

―――○○○○○○詰所所属衛士隊員『ミシェル』
―――――同僚殺害及び軍事機密情報の売買に関わった疑いあり!
――――――この顔にピン!ときた方は、すぐに最寄りの衛士詰め所か警邏中の衛士に声を掛けてください

220ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:45:38 ID:.xFHoMyw
以上、これで88話の投稿は終了です。
ではまた来月末にお会いしましょう、それでは!ノシ

221ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:54:46 ID:6C7Q66hI
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、67話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

222ウルトラ5番目の使い魔 67話 (1/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:56:35 ID:6C7Q66hI
 第67話
 未知が風の銀河より
 
 奇機械竜 ギャラクトロン 登場!
 

「やあや皆さん、どうもどうもご無沙汰しております。悪い宇宙人さんでございます」

「おや? せっかく正しくあいさつして差し上げたのに怒らないでください。毎回そんなに邪険にされると傷つきますねえ。別に私はあなた方には危害は加えませんから、もっとフレンドリーにいきましょうよ」
 
「フフ、まあ話を進めましょう。ハルケギニアの人たちのおかげで、私の目的はまあまあ順調に進んでおります。一部例外もありましたが……って、そこ笑わないの!」
 
「オホン。ともかく、私の目的は順調に進んでいます。このハルケギニアという世界の人々は感情豊かで、私が手をかける必要が少なくて助かっていますよ」
 
「この調子でいけば、ハルケギニアからサヨナラする日も遠くないと思っていました……ですが、どうも私以外にもこの世界には第三者的な何者かがいるようなのですよ……」
 
「私としても愉快なことではありませんですねえ……いったいどこの悪い子でしょう? というわけで、今回は少々趣向を変えてみました。はてさて、それがどういう結果になったのか、これからご報告させていただきましょう」

 不敵に笑った宇宙人の声とともに画面は暗転し、彼が記録した映像が映し出され始める。
 宇宙人の作りだす演目の舞台として選ばれたハルケギニアで、すでに数々の悲喜劇が演じられ、彼は舞台を作り出すプロデューサーとして辣腕を振るってきた。
 次にお披露目されるのは悲劇か喜劇か? だが、彼の脚本に生じたイレギュラー。呼び出したブラックキングが何者かによって改造されるという事態が、彼に危機感を抱かせた。
 一流の戯曲は一流の舞台と一流の演者によって作られるという。その点、このハルケギニアは一流とまでは呼べなくとも、十分に観客を楽しませるだけの地力と演技力を有していると言えよう。

223ウルトラ5番目の使い魔 67話 (2/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:57:43 ID:6C7Q66hI
 だが、せっかくの演目に舞台外から飛び入り参加しようとしている輩がいる。プライドの高い脚本家はこの無粋な横入りを許さず、罠を仕掛けて待ち受けることにした。
 
「ああ、言い忘れておりました。実は私、この世界にやってくる前に次元のはざまで面白い拾い物をしましてね。どうもロボットらしいんですが、私も見たことのない技術で作られていて……いやあこれに襲われたときは苦労しましたよ」
 
 
 それは、彼がハルケギニアにやってくる直前。マルチバースを渡る次元のはざまでのこと、彼は突如として謎のロボット怪獣に襲われて、やむなく自分の怪獣を出してこれを迎撃していた。
「今です。とどめを刺しなさい!」
 弱った敵に対して、彼は自分の配下の怪獣に命令を下す。すでに敵のロボット怪獣は大きく動きを鈍らせており、苦し紛れに虹色の光線を放ってきたが、配下の怪獣はバリアーを使ってそれをはじき、そして彼の怪獣は主の指示に従って、謎のロボット怪獣に強烈な一撃を放った。
 爆炎が上がり、直撃を食らったロボット怪獣は白色のボディを焦げさせて停止する。そして彼は、ロボット怪獣が完全に沈黙したのを確認すると、近寄ってしげしげと見下ろした。
「フゥ……肝を冷やしましたよ。まさか、この子をここまで手こずらしてくれるとは。しかし、誰かが操っていた様子もないですが、どこかの宇宙からのはぐれですか? まったく迷惑な……」
 並行宇宙の壁を超えることは強大な力を必要とするため、普通はマルチバースの間は平穏なものだが、ごく稀にこうしてどこからか漂流物が流れ着くことがあるのだ。しかも、その漂流物は次元の壁を突破してきたことから危険な性質を持っている場合が多い。
 今回も、相当手こずらされてしまった。幸い、自分の連れてきた怪獣がさらに強かったから事なきを得たが、一歩間違えれば危なかったかもしれない。
 しかし、いったいどこの誰がこんなものを送り込んできたのだろう? ドラゴンに酷似したスタイルは自分の知るいかなる惑星のメカニックとも似ていない。彼はしばし考えたが、ぱちりと指を鳴らして言った。
「とりあえず拾っておきますか。人生、貪欲なほうがいいってチャリジャさんもおっしゃってましたしねえ。どうせタダです」
 そうして彼は回収したロボットを連れてハルケギニアにやってきた。

224ウルトラ5番目の使い魔 67話 (3/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:58:36 ID:6C7Q66hI
 壊れたロボットの修理自体はそんなに難しくはない。ただ、このロボットは元々はよほど大掛かりな目的に使われていたのか、パワーがものすごすぎて適当な使い方が見つからないでいた。
 
「ですが、今回は別です。考えてみてください? 私も興味を持ったものを、それなりの人が見たらどう思うか? フフ、今回はこのことをよーく覚えておいてくださいよ」
 
「いやあ、それにしても私の知らないものがまだ宇宙にあるとは。次元のはざまは無限のかなたに通じていますから、もしかしたらはるかな過去か遠い未来からやってきたのかもしれません。なかなか興味深いことです」
 
 補足説明も終わり、今度こそ戯曲は再開される。
 舞台は変わらずハルケギニア。そのどこかで、複数の演者が踊らされ、複数の観客が見せさせられる。
 そう、空虚に向かってナレーションする語り手はいない。観客として、姿を消したあの二人も世界のどこかでこれを見せられていることだろう……そして、彼らも。
 今度の舞台で、踊るのは誰か、踊らされるのは誰か、踊らせるのは誰か。そして……踊りたがっているのは誰か。
 ハルケギニアの運命を乗せて、また新たな運命の一幕が上がる。
 
 
「火事だーっ! 早く火を消せ。爆発するぞーっ!」
「ダメだ、もう間に合わん! 全員逃げろ、この船はもう助からん!」
 
 轟音を響かせ、一隻の軍艦が紅蓮の炎をあげて炎上している。
 ガリア王国、サン・マロン港。ここでは数週間前に、奇怪な事故が多発していた。それは、まるで火の気のない軍艦内でいきなり火の手が上がり、そのままなすすべなく火薬庫に引火して轟沈するといった事態が連続して起こったことであり、艦隊上層部は両用艦隊への何者かによる破壊工作と見て、調査を開始した。
 しかし、事態は思わぬ方向へと推移していった。
 原因不明の火災発生事故。それはサン・マロン港でぷっつりと途絶えたかと思うと、今度はガリア各地で起こり始めたのである。

225ウルトラ5番目の使い魔 67話 (4/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:59:15 ID:6C7Q66hI
「火事だぁーっ! お城が燃えているぞぉーっ!」
 あるときは貴族の屋敷、あるときは商人の邸宅、あるときは荘園の畑、あるときは湖に停泊中の遊覧船、さらにあるときは関所の駐屯地。
 なんの前触れもなく、ただ目立つ大きな建物や施設といったこと以外は共通点のない犯行に、ガリアの官憲はきりきり舞いさせられた。
 犯人の目的や正体はまったくの不明。ただ、事件は数日に一回のペースで、同時に別の場所で起こることはなかったことから単独犯によるものと思われた。
 ガリアでは、いつどこに現れるかわからない放火魔に、人々は貴族と平民の別なく怯える日が続いた。
 だがそんな日々は、ある日に終わりを告げることになる。放火魔が国境を越えて、隣国トリステインへと入ったからである。
「火事だぁーっ! 火を消せ、水のメイジはどうした!」
「もう遅い、すでに火勢は全体に回ってしまった。くそっ、あと少しで完成だったってのに!」
 トリステインの造船所で、ある日、建造中の軍艦から突然火の手が出て全焼するという事故が起きた。
 火災の原因は不明。船大工は皆ベテランで、火種を持ち込むようなバカはいないし、作業に使う火種は厳重に管理されていた。
 残された可能性は、何者かによる放火しかない。この結論にいたったとき、誰もが今ガリアを騒がせている連続放火犯のことを思い出した。
 そして、建造中だった軍艦のスポンサーは即座に決断した。そのスポンサーの名はクルデンホルフ大公家。その実働の一部を任されているベアトリスは魔法学院でこの一報を受けると、ただちに腕利きの配下に命令を下した。
「手段と犯人の生死は問わないわ。クルデンホルフの名に泥を塗った者がどうなるのか、なんとしてでも犯人を探し出して、二度と我が家へ手出しができないようにしてやりなさい」
「仰せのままに。報酬さえはずんでいただければ、ぼくらは期待に必ず応えますよ。元素の兄弟は、こういう仕事は得意分野ですからね」
 憤懣やるかたないベアトリスに、不敵な笑みを浮かべる少年が答える。
 元素の兄弟。裏稼業で、報酬次第でいかなる汚れ仕事でも完璧にこなすことで有名な一味のリーダーであり、兄弟の長男でもある彼、ダミアンは、久しぶりに自分たちらしい仕事が舞い込んできたことに喜びを覚えていた。
 相手はハルケギニアを震撼させている大犯罪者。相手にとって不足はなく、高い報酬をもらうだけの価値は十分にある。それに、先に独断専行で汚名を作った愚弟と愚妹に名誉挽回をさせるチャンスでもある。
 
 ダミアンはさっそく兄弟を集めると、簡潔に指示を下した。
「ジャック、ドゥドゥー、ジャネット、よく来てくれたね。さて、仕事の話だが、トリステインから一人の人間を探し出して亡き者にしてほしい。手段は問わないが、できるだけ早くとのことだ。わかったね?」
 概要を聞くと、まずは次男のジャックがうれしそうに口元を歪ませた。
「うれしいですね。久しぶりに狩り出しがいのありそうな獲物の依頼じゃないですか、腕が鳴るってものさ」

226ウルトラ5番目の使い魔 67話 (5/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:00:05 ID:6C7Q66hI
 すると、三男のドゥドゥーが意外そうに、しかしやはりうれしそうに言った。
「珍しいね、ジャック兄さんがそんなに依頼をうれしそうに受けるなんて。そういうので喜ぶのは、だいたいぼくの受け持ちじゃないかな?」
「お前と一緒にするな、といつもなら言うところだが、俺も実は最近退屈していてな。運動不足を解消するにはいいチャンスだ」
「ターゲットを探し出すのはちょっと骨かもしれないけど、これだけのことをしでかす奴なんだから、きっと腕利きのメイジに違いないものね。さあて、じゃあ今度も競争にしようか、誰が先にターゲットを見つけて始末するかって」
 ドゥドゥーは兄たちを出し抜く気満々で宣言したが、妹と兄から厳しく釘を刺された。
「ドゥドゥー兄さま。兄さまがそうして無駄に張り切るたびに、わたしが余計な苦労をさせられてるのを忘れないで欲しいですわ」
「ジャネットの言うとおりだ。ドゥドゥーは少し、自重というものを覚えたほうがいい。どうやら前の失敗であまり懲りていないようだから、今回はぼくといっしょに行動してもらうよ」
「そ、そんなぁーっ!」
 厳しい兄に四六時中そばで見張られることに、すっかり精気を失ってしょげかえったドゥドゥーが哀願してもダミアンは一顧だにしなかった。
「そういうわけで、ジャックは今回ジャネットといっしょに行動してくれ」
「わかった。だがドゥドゥーよりはましとはいえ、ジャネットも気が散りやすいタイプだからな。俺も今回は厳しくいくぞ、いいなジャネット」
「はーい、ですわ。はぁ、これはターゲットが可愛い子でないと割に合わないかしら」
「ジャネット、ダミアン兄さんにも我慢の限界ってものがあるのを忘れるなよ。払いのいいスポンサーを怒らせた時の兄さんに俺まで灸をすえられるのはごめんだ。ターゲットは確実に始末する、わかったな」
「はいはい、仕事は楽しみつつ任務は堅実に、ね。でも、心を壊して人形にするならいいよね? もちろん、おじさんだったら首はジャック兄さんにあげるわ」
 裏稼業の人間らしく、言葉使いは軽くても標的に一片の生存権も認めていない。彼らはこうして一見ふざけているように見えつつも、数多くの人間を闇から闇へと葬ってきたのだ。
 ダミアンは、可愛い弟や妹たちがやる気を出したのを見ると、最後に見まわして締めた。
「ようし、では今回は二組に分かれて行動しよう。競争などは考えず、仕事を片付けることを第一に考えるんだ。どちらがターゲットを始末しても、終わった後はみんなでゆっくりスープを飲んで祝おう。楽しみにしているよ」
 四人兄弟は二手に分かれ、いまだトリステインのどこかに潜んでいるであろうターゲットの情報を探るために地下に潜っていった。
 蛇の道は蛇。いかに犯人が巧妙に世間に潜伏しようとも、犯行を繰り返すためには必ずどこかに足跡を残していくはずだ。それが表に表れなくとも、普通でない情報が集まる場所はある。元素の兄弟はそれらに精通しており、あらゆる手段で目標を追い詰めては仕留めてきた。
 我らに追われて逃げ切れた人間はいない。ガリアに居た頃は王家の命を受けて、辺境に逃げ延びた貴族を探し出して始末したこともある。それに比べれば楽なものだ……もっとも、そのときみたいに証拠品としてターゲットの生首を持参するのはやめておいたほうがいいだろうが。

227ウルトラ5番目の使い魔 67話 (6/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:01:02 ID:6C7Q66hI
 しかし、意気揚々と出発した彼らは知らなかった。これの裏に、甘い予測の通じない恐ろしい相手が隠れているということを。
 
 
 そして数日後……
 所は変わり、ここはトリステインのラグドリアン湖に通じる大河の港町。
 造船と修理で活気に満ちるこの街の一角で、ひときわ目を引く巨大船が修理を受けている。それはもちろん東方号のことで、以前の戦いで半壊したその船体を修復する作業は活気に満ちて続いていた。
 そして、その修理作業の一角で、コルベールが満足そうな様子で作業を見物していた。
「ふう、しばらくぶりに見に来ましたが、だいぶ修復が進んだようですねえ。工員の方々の技量も上がってきておりますし、これはもう私がいなくともあまり問題はなさそうですね」
 コルベールの見ている前で、作業員たちが汗を拭きながらテキパキと動いている。魔法学院の連休を利用して様子を見に来た彼だったが、以前は自分があれこれ指示してやっと動いていた工員たちが、今では立派に自分で動いているのを見ると感慨深いものがあった。
 東方号に開けられた無数の損傷口は新しい鉄板で埋められ、地球製の装備は再現は無理なので全体的にのっぺりした印象になりつつあるものの、東方号はかつての威容を着々と取り戻しつつある。
 まだ出港できるほどには遠いものの、やはりハルケギニアでは作れない巨艦の威容は何度見ても飽きることはない。
 ハンマーで鉄を叩く音や、威勢のいい男たちの掛け声が響き、作業場はまさに男の職場という雰囲気に満ち満ちて、コルベールには魔法学院とは違う意味で心地よかった。ただ周りを歩き回るだけでも、工員たちがすっかり慣れた手つきで鉄を扱っている姿を見るのは、トリステインに新たな”進歩”が訪れているのを感じ取れてうれしかった。
 それでもやはり、コルベールの助力や助言を必要とするところから求められて、コルベールはハゲ頭を光らせながらそれらに応じていった。魔法学院と立場は違えども、コルベールはやはりここでも教師なのであった。
 そうしているうちに、町全体に教会の尖塔から大きなベルの音が響き渡った。
「おや、そろそろお昼ですね」
 忙しく動き回っているうちに時間が過ぎてしまったらしい。コルベールは気づくと自分の腹も悲鳴を上げていて、区切りをつけて船を降りようと考えた。
 ところが、船を降りようと甲板に上がってきたとき、作業現場の片隅で膝をついてお祈りをしているシスターが目について立ち止まった。

228ウルトラ5番目の使い魔 67話 (7/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:03:22 ID:6C7Q66hI
「もし、そちらのシスターさん。そんなところで何をお祈りされているのですかな?」
 コルベールが尋ねると、シスターはふっと気が付いて振り返ってきた。
 軍艦に聖職者とは一見合わないように見えて、実は欠かせない存在である。平時は兵士の精神面のケア、戦時は戦死者の弔い。とかく生死に関わる軍人とは切り離せない存在で、実際に従軍牧師や従軍僧侶などが存在する。ここハルケギニアでも、戦列艦以上の大型艦には神官が乗船するのが基本であった。
 しかし工事中のところにとは珍しい。立ち上がってこちらを向いたシスターは、フードをまくって顔を見せた。
「こんにちは、実は先日こちらのほうで数人が怪我をする事故が起こりまして。そのお祓いのためにと頼まれてお祈りを捧げておりました」
 若いな。コルベールは意外に感じた。長い金髪を結い上げた大人しそうな娘で、年のころは二十代中ごろであろうけれど、どこか儚げな不思議な雰囲気をまとっていた。
「失礼しました。お仕事ご苦労様です。私はこちらで技術主任をしているコルベールという者です。見かけないお顔ですが、最近こちらにやってこられたのですかな?」
「はい。わたくし、名をリュシーと申しますが、修行のためにあちこちを回りながら祈りを捧げております。こちらの偉いお方だったのですね。ミスタ・コルベール、わたくしに神と神の御子に奉仕する場を与えてくださり、感謝いたします」
 リュシーと名乗った女性はぺこりとおじぎをし、澄んだ瞳でコルベールに微笑みかけてきた。
 思わずどきりとするコルベール。技術者一本で堅物に見えるコルベールだが、彼とて人並みの感性は持ち合わせている。学院でその気配がないのは、単に教え子に手をかける趣味がないだけだ。
「では、わたしはこれで」
「あ! ちょっと、その」
「はい?」
 立ち去ろうとしたリュシーをコルベールは呼び止めた。リュシーは相変わらず優しげに微笑んでいる。
「その、よろしければいっしょに、昼食をいかがでしょうか? 各国を回られてきた貴女のお話は、大変興味深く思いまして」
 照れくさそうにしながらも、コルベールは思い切って誘ってみた。するとリュシーはにこりと笑い。
「ええ、喜んで」
 その瞬間、コルベールは心の中で万歳三唱した。しかし表情には出さないよう気を配りつつ、ふたりは並んで歩きだす。
 やった! ダメ元だったけど言ってみるものだ。人間、生きてたら何かいいことがあるものだなあとコルベールはしみじみ思った。

229ウルトラ5番目の使い魔 67話 (8/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:04:33 ID:6C7Q66hI
「ミスタ・コルベール」
 リュシーが話しかけてきた。垂れがちの眼は柔和な面持ちを作り、少し遠慮した声色は尖った心を溶かしてくれる。
「ああ、私のことは呼び捨てでかまいません。私は軍属ではありませんし、堅苦しいことは好みませんので」
「わかりました。ではコルベールさん……いえ、コルベール様とお呼びいたしますね。わたしのような一介のシスターに目をかけていただけるなんて、コルベール様はお優しい方なのですね」
「い、いやいやそんな! あなた方聖職にある方々は日夜、万民のために働いてくれています。ないがしろになんてできませんよ!」
 すまなそうなリュシーに対してコルベールは慌てて取り繕うのといっしょに、まるで天使だ! と、心の中で快哉をあげた。
 出会いの少ない仕事をしているコルベールは、自分の将来についてはなかば絶望視していた。ずっと前にはミス・ロングビルにアタックしたこともあるのだが、それは玉砕に終わり、学院には他に若い女性の教員もいないことから、もう自分に出会いはないものとあきらめていた。
 しかし、出会いがあった! しかも若いシスターである。始祖ブリミル、あなたのお導きに心から感謝いたします。コルベールは心の中で号泣するとともに、このチャンスを逃してなるものかと決心していた。細かいことはとうに脳内から消し飛んでしまっている。
「と、ところでミス・リュシー。あなたほどお若い方が、修行のために旅をなさっているとは、素晴らしい信仰心ですね」
「いえ、わたくしはそんな敬虔な信徒ではありません。わたしは生まれはガリアの貴族でしたが、家が没落して一族は散りじりになり、わたくしは出家して尼となったのです」
「そうだったのですか。私も、物心ついたときは親はなく、ずっと家族なく育ちましたので、お気持ちは少しわかる気がします。あなたも、苦労なされたんですな」
 コルベールがしみじみとつぶやくと、リュシーは悲しげに顔を振った。
「コルベール様もですか。本当に、この世は無情なものですね。神は、いったいどれだけの試練を人にお与えになるのでしょうか」
「それはまさに、神のみぞ知るというものでしょうね。ですが、神はこうして出会いをお与えになられました。ミス・リュシー、今日は私がごちそうしましょう。美味いものを食べる幸せは、万民に共通ですからね」
「えっ、いえそんな悪いですわ。それに私は神に仕える身、貪るわけにはまいりません」
 遠慮するリュシーだったが、コルベールは彼女を元気づけるように、その頭頂部のような明るさで彼女を押していった。
「心配いりません。働いた分の糧を得ることは神の御心に逆らわないはずです。それに、私にも聖職の方に尽くす功徳をさせてくださいよ。さあさあさあ」
「あ、あらあらあら!?」
 リュシーは強引に押されながらも、嫌がって逃げようとはしなかった。そのまま中級士官用の食堂に案内されて、コルベールと向かい合って座らされる。
 コルベールはウェイターにチップを持たせ、いい具合に見繕ってくれと頼んだ。ほどなくして、テーブルに豪華とまでは言わないがこじゃれた料理の数々が並べられ、リュシーは喜びの声を漏らした。
「こんなに……わたくし、こんな手のかかったお料理を見るのは本当に久しぶりです。ほんとに、よろしいんですか?」
「もちろんですとも。その代わりに、あなたが旅をして見聞きしたことを話してください。こういう仕事をしていますと、どうも世界が狭くなってしまいますので」

230ウルトラ5番目の使い魔 67話 (9/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:05:35 ID:6C7Q66hI
「喜んで。ですが、わたくしも世間を巡る修行中の身。代わりにコルベール様もいろいろお話を聞かせてくれたら幸いです」
「もちろん喜んで! ですが、私の話などは機械のことばかりで、とてもあなたに喜んでもらえるとは思えませんが」
「いいえ、熱心に働く人は皆が神の使途です。そのお話を聞くことの、なにが不満でありましょうか」
 コルベールはまさに天にも昇る心地になった。まさか、ほとんどの人にスルーされるばかりの自分の話を聞いてくれる女性がこの世にいようとは。
 優しく微笑んでいるリュシーの姿は、まさに天使にコルベールは見えた。苦節ン十年、年齢が彼女いない歴と同じ彼は、この出会いの奇跡に感謝した。
 料理に舌鼓を打ちながら、二人は話に花を咲かせた。
「あの船、東方号というのですが、あの船は私の誇りなのです。いつか、あの船でハルケギニアを巡り、そして誰も見たことのない東方の地や、そのまた向こうにある未知の世界を見に行きたい。よく笑われますがね」
「そうですね、わたしにはコルベール様のお話は大きすぎて正直イメージが追いつきません。ですがわたしも諸国を巡るごとに、あの山の向こうにはどんな街があるのだろう? あの川を越えた先にはどんな出会いがあるのだろうと思います。どこまでも先へ進もうとするコルベール様の夢は、とても素敵なものだと思いますわ」
 真剣に聞いてくれるリュシーに、コルベールの機嫌はますますよくなる。
「ミス・リュシーはとても広い心をお持ちなのですな。ですが、巡礼の旅という苦行を選ばずとも、故国でもじゅうぶんな修行はできたでしょうに。なぜ、危険な一人旅を選ばれたのですか?」
「はい、わたしも最初は教会で住み込みで働いていました。ですが、ある人に、迷いや悩みを断ち切るためには世界でいろいろな体験をしたほうがいいと忠告を受けて、旅立つことにしたのです」
「そうだったのですか。それでも、お一人で旅を続けるのはさぞ苦労されたのではありませんか?」
「はい、確かに楽なものではありませんでした。けれど、敬虔な神の信徒の方はどこにでもいらっしゃるものです。ゲルマニアで、ささやかですがわたしの旅を援助してくださる素敵な方に出会えまして、路銀くらいならばまかなえています」
「それは……その、男性の方ですか?」
 どきりとしたコルベールが問いかけると、リュシーは笑って首を振った。
「いいえ、女性の実業家ですわ」
「あっ、いやそうでしたか! これはこれは私としたことがお恥ずかしい」
「まあ、コルベール様ったら。うふふふ」
 コルベールが笑ってごまかすと、リュシーもコルベールの気持ちを知ってか知らずか笑った。
 本当に天使のような人だ……コルベールは心の中で涙した。こんな清純な女性を相手に下心を持ってしまった自分が恥ずかしい。そして、だからこそ心の中で炎が赤々と燃えてくるのを感じていた。

231ウルトラ5番目の使い魔 67話 (10/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:06:45 ID:6C7Q66hI
 その後、ふたりは他愛のない話を続け、やがて昼休憩の時間の終わりを告げる鐘が響き渡った。
 
「あら、もうこんな時間ですか。残念ですが、お祈りを依頼されているところはまだありますので、そろそろ行かねばなりません。コルベール様、ご馳走をどうもありがとうございました。このお礼はいずれ……」
 
 鐘の鳴る中、椅子から立ち上がったリュシーを見て、コルベールは時間の残酷さを呪った。
 だが、彼は申し訳なさそうに席を立とうとしているリュシーを黙って見送ることはできなかった。勇気を振り絞って、その背を呼び止めたのである。
「ミ、ミス・リュシー! 今回はとても有意義な話を聞かせていただき、こちらこそ感謝いたします。こちらには、まだおられるのでしょうか?」
「はい、こちらは大きい街なので、しばらくのあいだは滞在しようと思っております。それが、何か?」
「い、いいえ、その……それならば……そこでなのですが、よろしければ今夜もう一度お会いしていただけませんか!」
 コルベールは半生分の勇気を振り絞って言ってみた。自分の容姿が貧相なのは自覚している。女ウケする性格でもなく、さらに夜に女性を誘うことがどれほど難易度の高いことなのかも理解している。
 正直に思って、成功の確率はないに等しい。ここまでこれただけでも奇跡に等しいことなのだ。
 しかし、それでもコルベールは言ってみた。なぜなら、彼の魂が言っていたのだ、自分が”男”になる機会はここしかないのだと!
 緊張し、返事を待つコルベール。瞬きをする時間さえもが永遠に思える中を過ごし、ついにリュシーが口を開いた。
「今夜、ですか? はい、わたくしでよろしければ」
 笑顔で会釈して答えるリュシー。この瞬間、コルベールは人生の勝利者になったと心の中で喝采した。
 ジャン・コルベール、人生苦節四十ン年。ついに生まれてきた意味を味わえる日がやってきたのですな。始祖ブリミルよ、この罪深き仔羊に人並みの幸せを与えてくださったことを感謝いたします。
 感激で、心の中でコルベールはむせび泣いた。周りの客からは、なんだあのオヤジと、冷たい視線を向けられているがコルベールには届いていない。
 しかし、よほど感激で我を忘れていたのだろう。「コルベール様?」と、声をかけられてはっとすると、視線の先には怪訝な様子のリュシーがいた。
「どうなさいました? どこか、お体の具合でも」
「い、いいえ、なんでもありません。それより、夜のことですが、日が暮れたらまたこの店で落ち合うというのはいかがでしょうか?」
「はい、わたしはそれでよろしいです。うふふ、夜が楽しみですわね」
 この瞬間、コルベールの心が有頂天に登りつめたのは言うまでもない。生徒以外では若い女っ気のない職場で働き、暇があれば研究に打ち込む日々。もちろん出会いなんかからっきしだし、若い頃から仕事一途でその手の店に行く趣味もなかったから、今日まで経験は皆無といってよかった。

232ウルトラ5番目の使い魔 67話 (11/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:07:56 ID:6C7Q66hI
 そんなナイーブなコルベールに、ようやく春の風が吹いてきたのだ。しかも、優しく美しいシスターときている。舞い上がるなというほうが酷というものだ。
 コルベールははやる心を抑えると、お仕事がんばってくださいと、月並みな台詞で彼女を見送った。去っていくリュシーは、後姿だけでも美しかった。
 そして、リュシーが見えなくなると、コルベールはすっと振り返り、走り出した。それはもう、全力で走り出した。
「うおおおおお! 生徒のみなさーん! わたしはやりましたぞぉぉぉぉーっ!」
 彼は走った。走らずにはいられなかった。まだスタートラインに立ったばかりでも、コルベールにとっては長年夢見ながらも訪れなかったチャンスなのである。
 聖職者とは結婚がどうたらこうたらという理屈は頭から消し飛んでいた。今の彼は己の火の系統のように燃え滾る情熱の愛の戦士であったのだ。
 
 しかし、人が幸せに浸っているときでも、性格の悪いお邪魔虫は悪だくみを続けている。
 街を見下ろす丘の上。そこで、黒幕の宇宙人はいやらしい笑いを浮かべていた。
「いやあ、活気があっていい街ですねえ。こういう街を見ていると、いたずらをしたくなりますねえ。うーん、私ってばなんて悪い子なんでしょう」 
 いたずらというには度が過ぎていることを考えているのが明白な声を漏らしながら、なんらかの意図を持った目で街を見下ろす宇宙人。
 だが、その宇宙人以外には誰もいないはずの丘の上に、突然姿を現した人影があった。
「とうとう見つけたぞ」
「おや? あなたは、おやおやウルトラマンヒカリさんじゃないですか」
 手を叩いて迎えた宇宙人の前に現れたのは、ウルトラマンヒカリことセリザワ・カズヤだった。
 丘の上の展望台で、数メートルの間隔を挟んで睨み合う両者。沈黙を破って口火を切ったのはセリザワだった。
「もう、いいかげんにこの世界への干渉をやめろ。この星の人間の心をこれ以上もてあそぶな」
「はいはい、そう言われると思っていましたよ。正義の味方にやめろと言われてやめていたら宇宙警備隊はいらないでしょう? 定型句、大変ですね」
「戯言はいい。お前のやっていることは、この世界への立派な侵略行為だ。見過ごすことはできない」
 厳しい眼差しを向けてくるセリザワに対して、宇宙人はあくまで余裕の態度を崩さずにいた。
「侵略ですか。まあ、そう見られても仕方ないとは思いますが、何度も言いますけれど私はこのハルケギニアを壊してしまおうとかは考えてませんよ。むしろ、私のおかげで恩恵を受けていることも多いじゃないですか。そこのところ、なくなってもいいんですか?」
「お前はそれを永遠に与え続けるわけではないだろう。長くお前の与える空気に慣れすぎると、それが失われたときにショックが大きい」

233ウルトラ5番目の使い魔 67話 (12/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:09:21 ID:6C7Q66hI
「ほぉ、さすが光の国でも有数の頭脳派ですね。あなたが我々の星に生まれなかったことが残念です」
 大げさに残念ぶる宇宙人。だがセリザワは、宇宙人のそんな芝居じみた態度には構わず、断固として言った。
「いつまで猿芝居を続けるつもりだ。俺がここにやってきたことが、偶然だと思うか?」
「ええ、もちろん。あなた方ウルトラマンの方々が必死で私を探し回っているのは知ってますよ。いずれ、すぐに見つかるようになるでしょうね。それに、あの少女の行方もね」
「貴様……」
「おっと、何度も言いますが、私は人質をとろうとか考えてはいませんよ。ただ、彼女たちとはwinwinの関係なだけです。返せなんて言わないでください。それに、私もまだこの世界を離れるわけにはいかないのですよ!」
 交渉は決裂だとばかりに、宇宙人が指を鳴らすと同時に街の空に時空の歪みが生じた。そして、その中から現れて街の中に降り立つ、ドラゴンを模したような白色のロボット怪獣。
 悲鳴や困惑の声が街からあふれ出す。ロボット怪獣は一見すると洗練されたスタイルのせいで悪役に見えなかったこともあり、人々は最初は正体をいぶかしんだが、すぐに建物を踏みつぶして破壊活動を始めると、すべては悲鳴に統一された。
「貴様!」
「勘違いしないでください。私だって、こんな手段はとりたくないのですが、力づくで来られるならこっちもそれなりの手で対抗させてもらいますよ。では私は逃げますが、追いかけてくるか、それとも街を助けに行くかはご自由に」
 そう言い捨てると、宇宙人はさっと宙に飛び上がった。セリザワは、異変の元凶をここで逃してはと苦心したものの、ロボットは人口密集地域に落ちたらしく、無数の助けを求める声が彼を引き止めた。
 ここで行かなければ大勢の人間が死ぬ。命だけは失われたら取り返しがつかないと、セリザワは決意してナイトブレスを輝かせた。
 
「シュワッ!」
 
 青と緑の輝きの中から、群青の光の戦士がロボット怪獣の前へと降り立つ。
 ウルトラマンヒカリ、彼は大勢の人々の命を守るため、白銀のロボットの前に立ちふさがったのだ。
「おおっ、ウルトラマンだ!」
「た、助かったぁ」
 今まさにロボットに踏みつぶされようとしていた人々から涙交じりの歓声があがり、救われた人々は瓦礫のあいだを縫って這う這うの体で逃げていく。
 さすがは何度も怪獣の襲撃を生き延びてきた人たちだ、命さえあればやるべきことは体に染みついている。しかし、本当に危機を拭うためにはこいつを倒さなくてはならない。

234ウルトラ5番目の使い魔 67話 (13/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:10:06 ID:6C7Q66hI
「デヤッ!」
 速攻! 先制攻撃に放った回し蹴りがロボットのボディに当たり、わずかだが押し返した。
 だが、それによってロボットもヒカリを敵と認識して攻撃態勢をとってくる。ヒカリは、ロボットの注意を自分に向けることで、人々が逃げる時間を稼ぎながら、同時にロボットを注意深く観察した。
〔見たことのないロボットだ。いったい、どこの星で作られたものだ?〕
 ヒカリはセリザワとして、またウルトラマンとして、おおむねの宇宙人のロボット兵器は頭に入れてあるものの、このロボットはそのどれとも似ていなかった。
 どこかの星の新兵器? もしくはまったく知らない宇宙で作られたものか? ともかく、知識が通じない以上は油断禁物だ。
 ロボットはサイレンのような稼働音を響かせながら向かってくる。体格はヒカリの倍近い巨体だ。それでもヒカリはひるむことなく迎え撃つ!
「シュワッ」
 ヒカリは懐に飛び込んで、下からロボットの頭を突き上げた。
 硬い!? だがあごを突き上げられ、ロボットがのけぞる。ヒカリはさらにボディにパンチを打ち込み、休むことなく追撃を仕掛ける。
 しかし、ロボットの強固なボディはほとんどダメージを受けていなかった。ロボットの左腕についている巨大なブレードがヒカリを狙って一文字に飛んでくる。
「シャッ!」
 ヒカリはバック転してブレードの一撃をかわした。インペライザーの大剣ほどではないにせよ、あのロボットのブレードはまるで斧だ。まともに食らうわけにはいかない。
〔やはり接近戦には強いか。それに中距離戦でも……〕
 ロボットの巨体からして接近戦でのパワーは予想していた。今のブレードの一撃をもらうわけにはいかなかったのでやむなく距離をとったが、離れても安心はできない。なぜならこういうやつは飛び道具も豊富なのが常だからだ。
 そして案の定、ロボットの目から赤色の光線が放たれてヒカリを襲った。
「ハッ!」
 とっさにかわしたヒカリのいた場所をすり抜けて、その先にあった建物を爆発の炎に包んだ。
 けっこうな威力だ。こいつを作ったのは、相当に兵器開発に長けた宇宙人だったに違いない。ここで倒してしまわねば大変なことになると、ヒカリは冷たいものを感じた。
 しかしロボットはさらに右腕の巨大なクローからもビームを放ってきた。これの威力もものすごく、街からはさらなる火の手と悲鳴があがる。
〔まずい、戦いが長引けば街が壊滅してしまうぞ〕
 ヒカリは、ロボットの強烈な火力がもたらす被害の大きさを見て焦った。こいつはとんでもない破壊兵器だ、野放しにしておけば、あっというまに星中を焼け野原にしてしまうだろう

235ウルトラ5番目の使い魔 67話 (14/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:11:16 ID:6C7Q66hI
 破壊されつくした星……ヒカリの脳裏に、かつてボガールによって滅ぼされてしまった神秘の惑星アーブの荒野が浮かんでくる。
〔そんなことは、絶対にさせん!〕
 意を決したヒカリは、ロボットにビームを使わせないために、あえて不利を承知で接近戦に打って出た。
 近接し、ロボットのブレードを回避しながらわき腹にエルボーを食らわせる。ヒカリは科学者ではあると同時に宇宙警備隊一流の戦士でもある。いくら相手が未知の超兵器だとしても、そう簡単に後れをとりはしない。
 パンチの連打を浴びせ、体当たりで跳ね飛ばされてもなお向かっていく。そんなヒカリの戦いを、街の人々も声をあげて応援した。
「青いウルトラマン、がんばれーっ!」
 人々の願いを背負って戦う者こそ、ウルトラマンだ。その背の先の人ひとりひとりに人生があり幸せがある。それを守らなくてはならない。
 しかしロボットはヒカリの猛攻を強固な装甲で受け止め、まるでダメージを受けない。そればかりか、胸部の赤い宝玉を輝かせると、不気味に輝く極太のビームを放ってきた!
〔な、なんだこの光線は?〕
 ヒカリは寸前でかわせたものの、ビームが着弾した場所を見て愕然とした。なんと、破壊はされずにビームを浴びた場所が宝石のようにキラキラと輝く結晶と化している。それこそ、建物から立ち木、つながれていた馬や犬までである。すべてが元の形のまま結晶化してしまっていた。
 こんなものを食らえばウルトラマンでもひとたまりもない。恐るべき即死兵器の出現に、さしものヒカリも戦慄して足を止めた瞬間、ロボットの目から放たれた光線がヒカリを直撃してしまった。
「ウワァァッ!」
 体から火花をあげ、大きくのけぞるヒカリ。一瞬ひるんだ隙を突かれてしまった。
 まずい。ロボットは冷徹に結晶化光線の発射態勢に入っている。避けなければやられる! 街の人々も、ウルトラマン危ない、と叫ぶ中で、ロボットから光線が放たれようとした、そのときだった。
 突然、ロボットが止まったかと思うと、「ガガガ」「ギギギ」と、聞き苦しい機械音がけたたましく鳴りだしたではないか。
 なんだ!? いったいどうした? ヒカリや街の人々はロボットの異変に困惑する。それを、あの宇宙人は空の上から見下ろしていたが、やれやれとばかりに肩をすくめた。
「あらら、やっぱりちゃんと直ってませんでしたか。めんどくさいんでテキトーに復元しただけですからね。まあ完璧に直して暴走されたらそれはそれで困ったんですが……この場合はむしろ、うふふ」
 意味ありげにつぶやく宇宙人の声を聞けた者はいない。
 しかし、誰から見てもロボットが故障を起こしていることは明らかだ。ヒカリはこのチャンスを逃すまいと、ナイトビームブレードを引き抜いた。

236ウルトラ5番目の使い魔 67話 (15/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:12:01 ID:6C7Q66hI
「デアッ!」
 棒立ちになって震えているロボットに向け、ヒカリはナイトビームブレードを振りかざして突進した。
 すれ違いざまの一閃! 鋭い斬撃が放たれ、次の瞬間ロボットの右腕の巨大クローがひじの部分から寸断されて、地響きをあげて地面に落ちた。
「やった!」
 歓声があがった。ロボットは重量級の右腕が切り落とされて、体のバランスを崩してよろめいている。今なら倒せる、誰もがそう思った。
 だがしかし、ダメージを受けたロボットはそれで完全に狂ってしまったようで、よろめきながら後進を始めた。
 どこへ行くんだ!? 酔っ払いのような足取りで後退していくロボットを、ヒカリも街の人々もなかば呆然として見送る。
 そして、ロボットはとうとう港の桟橋まで来ると、そのまま河中へと転落していったのだ。
「おい、沈んでいくぞ!」
 川岸に集まった人々は水中に泡を立てながら沈んでいくロボットを指さして叫んだ。
 この河は大型船の港にも使えるほど水深が深く、ロボットの巨体さえもずぶずぶと飲み込んでいく。
 やがて、ロボットの姿は完全に水中に消え、河は何事もなかったかのようにまた流れ始めた。
 終わったのか……? 人々は、あまりにあっけない完結が信じられずにしばし立ち尽くした。そしてヒカリも、これで終わったのかと納得しきれない思いが残っていたが、ウルトラマンとしての活動限界時間が迫っていた。
〔あの正体不明のロボット、本来ならこの程度で破壊できる代物ではないだろう。これで済めばいいのだが……〕
 できるなら完全に破壊したかったが、河ざらいをしている余裕はない。今は半壊させて、街の被害を防いだだけでも良しとするしかない。ヒカリは満足できないながらも、人々の感謝の声と視線に見送られながら飛び立った。
「ショワッチ!」
 戦いは終わり、街には一応の平和が戻った。
 
 しかし、最小限で済んだとはいえ街には被害が出た。
 破壊された建物からはまだ煙がくすぶり、衛士の怒鳴る声があちこちから響き、医師や水のメイジが方々を駆け回っている。
 痛々しい光景。それも、もうハルケギニアの人々からすれば慣れたものであろうが、そんな中でリュシーは結晶と化してしまった犬の前にひざまずいて祈っていた。
「……」
 犬は吠えようとした姿勢のまま固まってしまっていた。それはよくできた彫刻のようであり、今すぐにでも動き出しそうであるが、その体は冷たく冷え切っていて鳴き声ひとつ出すことはない。

237ウルトラ5番目の使い魔 67話 (16/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:12:45 ID:6C7Q66hI
 廃墟の中で、じっと祈り続けるリュシー。そんな彼女を、心配して探しに来たコルベールは後姿を見つけていたが、一心に祈る彼女の姿を見て、声をかけることができずにいた。
「可哀そうなワンちゃん。せめて、その魂は迷わずに始祖の下へ行けるよう、お祈りいたします」
 元は小汚い野良犬であったろうに、そのためにリュシーは心から祈っている。
 コルベールは、すべての生き物は始祖の子だというふうに慈愛を注ぐリュシーに、改めて深い感動と尊敬を感じていた。
「ミス・リュシー、あなたはまさにこの世の天使です。お邪魔してはいけませんな。ディナーに誘うのは、また今度にいたしましょう……」
 そっと、足音を立てずにコルベールはリュシーのそばを立ち去った。
 
 
 だが、その夜。宿屋で休むリュシーの部屋に、土足で踏み込む者たちがいた。
「どなたでしょう? わたくしは一介の旅の尼僧です。お金になるようなものは何も持ち合わせていませんよ」
 侵入者たちに、恐れることなく諭すように語り掛けるリュシー。しかし、侵入者二人はふてぶてしくもリュシーに杖を突きつけながら言った。
「お嬢さん、シラを切っても無駄だ。調べはもうついている。だが安心してもいい。俺たちは別にあんたを捕まえに来たわけじゃないんだ。まあ、あんたはある方面を怒らせちまったって言えばわかるかな」
「ウフフ、でもわたしたち元素の兄弟にも情けはあるの。あなた、とっても可愛いわ……ねえ、人間をやめてわたしのお人形にならない? そうすれば、毎晩たっぷりかわいがりながら生かし続けてあげるわ」
 事実上の死刑宣告を言い渡し、問答無用と迫るジャックとジャネット。
 対してリュシーは言い訳すらすることなく、静かに二人の目を見据え……そして。
 
 
 続く

238ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:14:34 ID:6C7Q66hI
今回はここまでです。
劇場版オーブ、よかったですよねえ(何周遅れだ)

239ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:44:05 ID:u1PouLhI
今更ながらウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
特に問題がなければ、22時47分から88話の投稿を始めたいと思います。

240ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:47:04 ID:u1PouLhI
 時間が午前から午後へと移り変わってから一時間が経ったばかりであろう時間帯。
 一行に人の減らぬ王都の建物や掲示板などに、衛士達がなにかを貼っている光景を多くの人々が目にしていた。
 何をしているのとかと気になった者たちが率先して調べてみると、それは女性の似顔絵が描かれてたポスターであった。
 似顔絵の女性はやや強気な表情であったが、十人中何人かは確実に一目ぼれするであろう綺麗な顔立ちをしている。
 青い髪に碧眼という特徴にも男たちは興味を示しつつポスターを見直して―――そして愕然した。
 
―――○○○○○○詰所所属衛士隊員『ミシェル』
―――――同僚殺害及び軍事機密情報の売買に関わった疑いあり!
――――――この顔にピン!ときた方は、すぐに最寄りの衛士詰め所か警邏中の衛士に声を掛けてください

 そのポスターは、似顔絵の元となったであろう女性の指名手配ポスターだったのである。
 一体このミシェルと言う名の美人衛士は、何の理由があってそんな重犯罪を犯したのだろうか?
 多く男達がそんな反応を抱きつつポスターに釘点けになり、通りがかった他の平民たちも何だ何だとそちらの方へと足を運ぶ。
 やがてポスターの貼られている場所には大きな人だかりが出来、多くの人々の目と記憶に『ミシェル』の名と顔が焼きついて行く。
 似顔絵自体の出来も非常に良かった事が仇となったのか、ポスターに書かれた絵だけでも見に来る者たちも何人かいる。
 そして人が集まればそれだけで幾つもの意見が生まれる、つまるところ、街中で人々の議論が始まったのだ。
 ある者は彼女を見て是非ともお近づきになりたいと願い、ある者は彼女を捕まえて賞金にありつこうと企み、
 またある者はこんな綺麗な人が同僚殺しなんかの重犯罪を犯すワケはない、これは何かの陰謀だ!と騒いでいる。

 終わりの見えない議論は延々と続き、それだけでも元から喧しい王都は更喧しくなっていく。
 そんな耳に良くない場所なりつつある街中を歩きながら、ルイズ達は人だかりのできている場所へと目を向けていた。
 彼女、そして霊夢や魔理沙達の視線に先にあるのは、ブルドンネ街にある小さな広場の――中央に建てられた情報掲示板である。
 普段は王宮から発布されたお知らせや、近所にある本屋が品切れしていたモノや新品の本などが入荷してきた時、
 同じく近くにあるベーカリーなどが焼き立てのパンを店に出す時間帯などをポスターに書いて貼り出している掲示板だ。
 しかし今は、それらの情報がかすんでしまう程綺麗な指名手配犯のポスターを一目見ようと多くの人々が訪れている。

 そんな騒がしくなりつつある広場を通りから眺めていると、それまで黙っていた魔理沙が口を開いてこう言った。
「…にしたって、指名手配犯が出たってだけでこうも賑わえるモンなのかねぇ?」
「まぁ指名手配自体王都で出るのは珍しいかも。地方だと色んな犯罪者が手配されてるそうだけどね」
 魔理沙の言葉にルイズがそう返すと、先ほど昼食を頂いた店で見せて貰ったポスターの事を思い出す。
 中央にデカデカと書かれていた青い髪の女性『ミシェル』の顔と、その下に添えられた罪状と指名手配のお報せ。
 そしてあの似顔絵とそっくりの顔を持ったフードの女と、彼女を追っていたであろう謎の男達。

 彼女はひょっとすると、あのポスターに描かれている『ミシェル』だったのではないのだろうか?
 と、すれば…あの男たちは何だったのであろうか?少なくとも、そこら辺の平民よりまともな人間ではなさそうだった。
 彼らが探していたのは間違いなくあのフードの女性だったのであろうが、彼女は何故逃げようとしていたのだろうか。
 そうして幾つもの疑問が脳裏を過り続け、またもや思考の渦に足を突っ込みそうになったルイズは慌てて頭を振った。
 突然そんな行動した彼女に霊夢と魔理沙が首を傾げるのをよそに、ルイズは余計な事を考えようとした自分を叱る。
(何を考えてるのよルイズ。私の記憶違いなのかもしれないし、第一彼女か『ミシェル』だったとして、私に何ができるっていうの?)

241ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:49:05 ID:u1PouLhI
 ただでさえ厄介な事案を複数抱え込んでいるルイズにとって、これ以上の厄介ごとは正直ゴメンであった。
 スリの犯人はまだ見つかっていないし、情報収集は今になって始めたばかりで手紙一通すら送れていない。
 そこへ更に重ねるようにして厄介ごとであろうモノに首を突っ込んでいては、やるべき事もやれなくなってしまう。
 第一、通りでぶつかっただけの自分がこの広い王都で彼女と何とか再会し、追われていた理由を問うべき道理など全くない。
 気になるのは気になるが、これ以上の問題を抱えることをルイズはしたくなかったのである。
(…所詮ただ道でぶつかっただけ、私が首を突っ込んでも仕方ない事よ)
 ポスター前に集まっている人々の姿を見つめながらそう自分に言い聞かせていた時であった、魔理沙が声を掛けてきたのは。

「どうしたんだルイズ?そんないつも以上に悩んでいる様な表情見せるなんて」
「魔理沙?…別に、何でもないわよ」
 恐らく、自分が『ミシェル』と思しき女性に出会ったことを一番話してはならないであろう黒白の呼びかけに、彼女は平静を装って返す。
 しかし、それに対して普通の魔法使いは「えー、そうか?」と怪訝な表情を浮かべて首を傾げて見せる。
「私にはなーんか色々考え事してるように見えたんだけどな?」
「…ふ、ふん!考え事や悩み事ならもう十分足りてるわよ」
「んぅ〜そりゃそうか、今の私達って色々と問題を抱えちゃってるしな。主に霊夢のおかげで」
「うっさい、この黒白」
 本当に霊夢より勘が鈍いのか、割と鋭い指摘をしてくる魔理沙のルイズの平静さに若干罅が入りかける。
 幸い余計な一言のおかげで霊夢が横槍を入れてくれた為、魔理沙の話し相手も勝手に彼女へと移っていく。

 二人の喧嘩混じりの会話を聞きながら、ルイズは内心ホッとため息をついた。
 もしも魔理沙に今日通りでぶつかった女性が指名手配された女衛士と似ていたと言っていたら、大変な事になってたかもしれない。
 霊夢曰く、自分よりも面白く厄介な事に首を突っ込みたがるらしい彼女ならば、真っ先にその女性を捜そうと言っていた事だろう。
 そうなったら情報収集どころの話ではなくなるし、下手すればこの王都にいられなくなっていたかもしれない。
 ひとまずは回避できた未来を想像していたルイズは、ホッと安堵のため息をついた。
 ふと霊夢達の方を見てみると既に静かな口喧嘩は終わっており、お互い平穏な買いをしている。

「…そういやアンタ、道に迷った女の子が泊まってるっていうホテルの部屋ってどれくらい綺麗だったのよ」
「そうだなぁ、アソコを普通とするならスカロンの店は間違いなく倉庫レベルになっちゃうだろうなー」
『失礼な事言うなぁお前さん、ちったぁ無料で泊めさせてもらってる恩義くらい感じろよ?』
「魔理沙、それ本気で言ってるワケ?…実際今は倉庫で寝泊まりしてるようなものだから洒落になってないわよ」
『いやいや、突っ込むところが違うだろ』
 途中からデルフも混ざった二人と一本の会話を聞いて、ルイズも何となく霊夢の言葉に頷いてしまう。

 今日はスカロンが雨漏りを直してくれたものの、確かにあそこはどう見ても…少なくとも今は倉庫であるのは間違いない。
 正直言って彼女自身もイヤなのではあるが手持ちの金が限られている今、一番費用が掛かる宿泊代が浮くのは嬉しいのである。
 だから今の所ルイズも我慢はしているのだが、この二人は自分の気持ちをすぐに口に出してしまうようだ。
 まぁスカロンや『魅惑の妖精』亭の人間がいないこの場所でなら確かに言いたい放題だろう。
 とはいえ流石に本音を垂れ流して貰っては困る為、ルイズはほんの少し注意してあげることにした。

242ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:51:07 ID:u1PouLhI
「全く、アンタ達…倉庫なのは本当の事だけどスカロン達の前でそんな事いわないでよね?」
「それはわかってるわよ。だけどあんな場所に押し込んでおいて、文句を言うなってのは無理な事じゃない」
「まぁそれはそうよね。…っていうか、押し込んだのはアンタん所から来たあの狐なんじゃないの」
『そういやそうか、本人はスカロンに許可取ったっていうが…多少の悪意はありそうだよなぁ〜』
 デルフの言葉に霊夢がそれはあり得ると思った。その時であった――――

「ふぅ〜ん?中々言ってくれるじゃないか、剣の癖して口も達者とは恐れ入る」

 ルイズ達の進む方向から、その狐の声が聞こえてきたのは。
 突然の声にまずはルイズが足を止め、次いで霊夢がルイズに向けていた顔を前へと向ける。
 そのにいたのは案の定…何処から姿を現したのか、自分たちの前へ立ちはだかるようにしてあの八雲藍が佇んでいた。
 九尾と耳を限界まで縮めた人の姿にラフな服装という出で立ちで両腕を組んで、呆れたと言いたげな表情を浮かべている。
 今も尚多くの人の往来が激しい通りの真ん中であるのにも関わらず、その存在感はイヤにハッキリとしていた。
 霊夢は咄嗟にルイズの前へ――無論相手がやる気ではないのは理解していたが――出て、彼女へ話しかける。

「アンタ…一体何時からいたの?私でも気づかなかったんだけど」
「修行不足が目立つな霊夢。少しお遊び程度で、お前たちが昼食を終えた時から後を追っていただけだ」
「式の仕事だけじゃなくてストーカーまでこなすとは…流石は九尾狐といったところだぜ」
 霊夢の問いかけに藍はあっさりと自白し、そこへ魔理沙がすかさず茶々を入れる。
 こんな時にそんな冗談は…と言おうとしたルイズは、黒白の顔を見て思わず口をつぐんでしまう。
 魔理沙がその顔に浮かべているのは笑みであったが、それはいつも見せているような人を小馬鹿にしたような笑みではない。
 まるで張りつめたピアノ線の様に緊張を露わにし、一度力を入れればすぐにでも歯をむき出して笑う一歩直前の笑顔。
 そして霊夢も構えてはいないものの、相手が『下手に動けば』すぐにでもその袖の中へと手を伸ばすであろう。
 
 さっきまでお昼ご飯を食べて、とりあえず『魅惑の妖精』亭に戻ろうかと歩いていた最中だというのに…。
 たった一人――彼女たちと同じ世界から来た藍が現れただけで、二人はその気配がガラリと変わってしまった。
 指名手配がどーだの屋根裏部屋がどーたらと話していたのが、つい直前の事だと想えなくなってしまう。
 多くの平民、そして貴族が往来する通りのど真ん中で睨み合う三人に囲まれたルイズの喉は、潤いを求めてしまう。
 言葉が噤んでしまったついでに、開きっぱなしだった口から空気が入り込み、中途半端に喉が乾いてしまったのである。
 ルイズは慌てて口を閉じて唾液で潤そうとするが、自身が一番緊張しているためか中々うまくいかない。
 それでも何とか痒みすら訴えてくる乾きを消すことができた彼女は、霊夢の背中に差したデルフへと話しかけようとする。

「で…デルフ…」
『まぁそう焦るなって娘っ子、ここでバカ起こせばどうなるかぐらい…コイツらだって理解してるさ』
「ふぅー、全くだな。…失礼な事を言っていたから少し怒っただけだというのにでこうも身構えられてしまうとはな」
 緊張するルイズを宥めるデルフの言葉に藍はため息をついてそう言うと、組んでいた腕をすっと下ろした。
 途端、自分達に向けられていた存在感が薄れ、彼女もまた通りを歩く人々の中に混ざり込んでしまう。
 それを察知して霊夢もため息をついて構えを解き、魔理沙はいつもの人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ直している。
 二人も楽な姿勢になったのを確認してから、藍は彼女たちへ近づきつつ肩を竦めながら話しかけてきた。
「それにしてもお前らまだ構える事は無いだろう。てっきりここで弾幕ごっこを仕掛ける手来るかとおもったぞ?」
「バカ言わないでよ。…第一、アンタなら手を出さなくても幻術やらの類で私達をどうにでもできるでしょうに」
 お互い言葉の端々に刺々しい雰囲気を漂わせるものの、すぐに争いが始まるという雰囲気は全くない。
 魔理沙との会話もそうであるのだが、幻想郷の住人達は会話だけでも刺々しいのが文化なのであろうか。

243ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:54:48 ID:u1PouLhI
 何はともあれ、物騒な事にはならないだろうと理解したルイズはついつい安堵のため息をついてしまう。
「はぁ〜…何でこう、昼食が終わったばかりのタイミングでヒヤヒヤさせられちゃうのよ」
「全くだな。まぁお互い好戦的な性格なうえに戦る時は戦るから正直私も冷や汗かきそうだったぜ」
 安堵すると同時に出た自分の文句にそう言いつつ、魔理沙がルイズの傍へと近づいた。
 さっきまで自分の前に出てきた霊夢同様、ただならぬ緊張感のこもった笑みを浮かべていた普通の魔法使い。
 それなのに今はいつもの人を小馬鹿にしそうな笑顔でもって、他人事のようにさっきの出来事を語っている。
 ルイズはそれに腹立たしい気持ちを抱いたのか、ニヤニヤする彼女へ向かって「アンタもアンタよ」と非難言葉を向けた。

「まぁそう怒るなよルイズ。流石のアイツらだってここで暴れるなんて事をしないなんて想像がつくだろう」
「そりゃそうだけど…だったら、何でアンタも霊夢に混じってあんな野獣みたいな笑みを浮かべてたのよ」
 ルイズの言葉に一瞬キョトンとするもすぐに思い出したのか、暫しう〜ん…と唸った後で彼女はこう答えた。

「まぁ何というか…その場のノリだな。格好良かっただろ?」
「…アンタ、本当に最高な性格してるわね」
「その言葉、お前さんの口から出た私への最良の賞賛として覚えておくよ」
 ある意味霊夢とは別方向で厄介な彼女に呆れつつも、最高の皮肉を込めた言葉をルイズは送る。
 しかしそれでも魔理沙は気にしてもいないのか、逆にお礼まで言われてしまったのだが。


 その後、自分たちを追跡していた藍と合流してルイズ達はそのまま『魅惑の妖精』亭へと戻ってきた。
 既に朝から取りかかっていた屋根の修繕は終わったのか、店の屋根には人影は見えない。
 後一、二時間もすれば店の開店準備が始まるだろうと思いつつ、ルイズが羽根扉を開けると、
「あっ、ミス・ヴァリエールにレイムさんと魔理沙さん…それにランさんも!」
 ちょうど開けてすぐ近くにあるテーブルの上に大きく膨らんだ紙袋を下ろしたシエスタと鉢合わせる事となった。
 どうやら見たところ、彼女も時同じくして帰ってきたところなのは一目瞭然である。
 ルイズは店に入ってすぐ近くにいたシエスタに若干驚きを隠せないでいるのか、おっ…と言いたげな表情を浮かべている。
「あぁ、シエスタじゃないの。…ただいま、で良いのかしら?」
「見れば分かるでしょうに。どこをどう見てもただいまで合ってるじゃない」
「…こういう時。、どんな顔すれば良いか分からないんだけど」
 とりあえず口にしてみた自分の言葉に突っ込んでくる霊夢にそう返しつつ、シエスタの元へ近づいていく。

 彼女もあの暑い炎天下の中で、私物やら何やらを購入してきたのであろう。
 額や顔には汗が滲んでおり、目の錯覚か平民向けの安い服が汗で薄らと透けているようにも見える。
 次にテーブルに置いた紙袋の中身を一瞥しようとしたところで、ふと話しかけられてしまう。
「それにしても奇遇ですよね。…まさか三人一緒だけじゃなくて、ランさんも一緒にいるだなんて」
「え?え、えぇまぁね。ちょっと昼食終わった街中歩いてた時にバッタリ鉢合わせちゃったのよ」
 すぐにシエスタの言葉に返事しつつも、ルイズは袋の中身が気になったのかそれを聞いてみることにした。
「そういえばシエスタ。結構重そうな紙袋だけど何買ってきたのよ?」
 人差し指をテーブルの上の紙袋に向けてそう聞いてきたルイズに、シエスタは「これですか?」と袋の口を開けた。

244ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:56:09 ID:u1PouLhI
「特に貴族様が気になるような物は買ってないのですが、そうですねぇ…例えばコレとか」
 そんな事を言いつつ、音を立てて紙袋を漁るシエスタが取り出したのは一本の歯ブラシであった。
 木製の持ち手に歯磨き用に調整された馬の尾の毛を組み合わせてつくられている小型ブラシである。
 一昔前までは少しお高くついたものの、今では王都にも工房がいくつも出来ているため平民たちの間でも普及し始めている代物だ。
「前使ってた歯ブラシが少しバカになってきたので、思い切って新品を買ってみたんですよ」
 まるで新しい玩具を買ってもらった子供の様に微笑みながら歯ブラシをルイズに見せつけてくるシエスタ。
 普及し始めた値段が低くなってきたとはいえ、値段的に平民が歯ブラシをそうそう何度も買い替えるのは難しいのだ。
 
 シエスタが袋から取り出した歯ブラシに興味をしめしたのか、ルイズの後ろにいた霊夢達も彼女の近くへ集まってくる。
「へぇ、一体どこへ行ってのかと思いきや…新しい歯ブラシを買いに行ってたのねぇ」
「つまり…あの袋の中は新品の歯ブラシで一杯という事か」
「いやいや、そんなワケないでしょうに」
 霊夢に続き、阿呆な事を言った魔理沙にルイズはすかさず突っ込みを入れてしまう。
 それを見たシエスタも苦笑いを顔に浮かべつつ歯ブラシをテーブルに置くと、話を続けながら袋を漁っていく。
「ははは…まぁ歯ブラシだけじゃなくて、学院生活で使う日用品とか色々新調しようと思って…ホラ、例えばこういうのとか」

 そう言いながら紙袋からスリッパやクシ、紅茶用のマグカップなど数々の品をテーブルに並べていく。
 これには貴族であるルイズもおぉ…と驚きの声を上げてしまい、霊夢達と一緒にその様子を眺めてしまう。
 結果…一分と経たず丸テーブルの上は、彼女が購入して来た日用品で占領されてしまった。
「うわぁ、これは圧巻ねェ」
「今までは古くなってきた物を誤魔化して使ってた来たから、自分でも変な新鮮感を覚えちゃいますよ」
 思わずそう呟いてしまったルイズに、シエスタは自分の子ながらエッヘンと胸を張ってしまう。
 平民向けといえど、これほどピカピカの新品を前にすれば気分が良くなるのも無理はないだろう。
 
 流石魔法学院で働くメイド。微々たる程度だが、そんじょそこらの平民よりかは金回りが良いのだろう。
 そんな事を思いつつも、魔理沙はシエスタの新しい日用品を見下ろしながら何気なくこんな事を言った。
「まぁ本となると別だが、こういうモノはある程度使い古したら思い切って新品に変えるのもアリだしな」
「えへへ…。さすがにこれだけ買い揃え目るのにお給金一月分の五分の二ぐらい使っちゃいましたけどね」
「アンタのお給金がどれくらいが分からないけど、そこまでしたら気持ち良いだろうに」
「そうですね。思い切ったところまでは良いんですが、何か今になってやりすぎたかなーって思う所もありまして…」
  
 霊夢の問いかけに嬉しさ反面、若干の後悔が滲み出てる彼女の言葉にルイズは変に納得してしまう。
 確かにお金があり過ぎると、購買意欲が薄いものにまでついつい手が出てしまい、後で何故買ったのかと自問してしまうのだ。
 最もルイズ自身はそういう経験は少ないものの、魔法学院ではそれで後悔している生徒を良く目にすることがある。
 下手に親から大量の仕送りを貰う生徒程無駄遣いをして、次の仕送りの日まで地獄を見ることになるのだ。

(まぁぶっちゃけ、私も人の事を指させる立場じゃあ無いのよねぇ)
 とはいえルイズも、つい先日までは大量に貰った資金で情報収集を兼ねたバカンスに繰り出そうとしたのだ。
 平民と貴族とでは贅沢のハードルに差があり過ぎるものの、今になって考えてみると後悔してしまう。
 高くていいホテルに泊まらず、そこら辺のそこそこ良い宿に泊まっていれば、スリに遭わずに済んだかもしれな いというのに。
 アンリエッタから貰った資金をむざむざ盗まれてしまった資金の事を思いだそうとしたところで、彼女は首を横に振った。

(…後悔後先に立たず。過ぎた事を今になって悔やんでも仕方のない事よルイズ)

245ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:58:04 ID:u1PouLhI

 その後、テーブルに広げた日用品を紙袋に戻し終えたシエスタと共にルイズ達は二階へと上がった。
 会話に参加してこなかった藍は既に厨房で今夜の仕込みを初めており、一階からそれらしい音が聞こえている。
「でもまだ誰一人起きてきて無いよな?アイツ、よっぽど暇してるようだぜ霊夢」
「少なくとも迷子を案内した後でそのままやるべき事サボってたアンタにそれをいう資格は無いとおもうけど?」
 怪談を上った後、誰もいない二階の廊下を見て魔理沙が呟き、霊夢がそこへ突っ込みをいれる。
 まぁ彼女の突っ込みは何も悪くないだろうとルイズが思った所で、シエスタが声を掛けてきた。

「じゃあ私、これから買った物の整理があるのでことまずこれで…次は夕食の時にでも」
「ん?…えぇ、また夕食時にね」
 両腕で紙袋を抱えつつ、器用にドアを開けたシエスタからの言葉に霊夢が顔を向けて左手を振る。
 それに対し手を振る代わりに笑顔を送った後、彼女はスッと寝泊まりしている部屋へと入っていった。 
 ドアが閉まりきるところまで見て再びルイズ達の方へ向いたところで、彼女は一人呟き始める。
「夕食時って言ってもねぇ、今夜も盛況になりそうだし大変よねぇ〜…こういう所で働くっていうのは」
「流石博麗の巫女とかいう自由業やってるだけあるな。お前の言葉には全力で納得できないぜ」
「それをアンタが言っても全然説得力ないわね?…それと、シエスタは今日と明日休み貰ってるらしいから平気よ」
 ルイズは他人の事を言えない魔理沙に容赦ない突っ込みを入れつつも、
 下げっ放しになっていた三回への隠し階段を上りながら彼女たちに今日のシエスタの事を話していく。

「それは初耳だな。恥かしがらずに言ってくれれば良かったのに」
「その前に私達がどっか行っちゃったから言うに言えなかったんじゃないの?」
 シエスタが休暇を取っていた事にそれぞれ反応を見せつつ、ルイズに続くようにして階段を上っていく。
 見た目同様、やや細めながらもしっかりとした造りをしていると感じさせてくれる階段を軋ませて屋根裏部屋へと入る。
「ただいまー…ってのは何か変な感じだけど……って、あら?」
 階段を先に上っていたルイスズは、部屋に入った所ですぐ目の前に置かれていた道具に気が付いた。
 それはやや使い古した感じのある部屋掃除用の大きな箒と塵取り、それに一枚のメモ用紙が箒に下に置かれている。
 
「ほうき…?」
 目の前に置かれている掃除道具の名前を呟きながらそこまで歩いていく彼女の背後から、
 続いて部屋に入ってきた霊夢もその箒とメモ用紙に気が付き、キョトンと首を傾げた。
「どうしたのよルイズ…って、なんなのその箒?…とメモ?」
 疑問が聞いて取れる霊夢の言葉と同時に箒の下のメモを手に取ったルイズは、ざっと書かれいた文章を読んでみる。
 文章を追うようにして目を左から右へ、右から左へと目を走らせて速読していくる

 その時になって、一番後ろにいた魔理沙も何だ何だとやや急ぎ足で屋根裏部屋へと上ってきた。
「おぉ、どうしたんだルイズのヤツ…って、何だその箒?私達が起きた時には無かったような…」
「多分そのメモ用紙に何か書かれてるんだ思うんだけど…どんな内容なのかしらねェ?」
 魔理沙の言葉に霊夢はそう返しつつ>、ルイズがメモを読み終えるのを待っていた。
 本当ならば肩越しに覗いて自分も読みたいのだが、生憎この世界の文字は全く分からないのだ。
 隣にいる黒白なら解読ぐらいしてそうなものだが、霊夢本人からしてみれば蛇がのたくったような記号にしか見えないのである。
 だからこうしてルイズが読み終えるのを我慢して、終わったら何が書いてあったのか聞こうと思っていた。
 まぁ聞かなくとも読む相手がルイズなら、そのまま素直に教えてくれるだろうが。


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