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あの作品のキャラがルイズに召喚されましたin避難所 4スレ目

1ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 13:53:15 ID:tnRMCI/M
もしもゼロの使い魔のルイズが召喚したのがサイトではなかったら?そんなifを語るスレ。

(前スレ)
避難所用SS投下スレ11冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1392658909/

まとめwiki
ttp://www35.atwiki.jp/anozero/
避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/9616/

     _             ■ 注意事項よ! ちゃんと聞きなさいよね! ■
    〃 ` ヽ  .   ・ここはあの作品の人物がゼロ魔の世界にやってくるifを語るスレッドよ!
    l lf小从} l /    ・雑談、SS、共に書き込む前のリロードは忘れないでよ!ただでさえ勢いが速いんだから!
   ノハ{*゚ヮ゚ノハ/,.   ・投下をする前には、必ず投下予告をしなさいよ!投下終了の宣言も忘れちゃだめなんだからね!
  ((/} )犬({つ'     ちゃんと空気を読まないと、ひどいんだからね!
   / '"/_jl〉` j,    ・ 投下してるの? し、支援してあげてもいいんだからね!
   ヽ_/ィヘ_)〜′    ・興味のないSS? そんなもの、「スルー」の魔法を使えばいいじゃない!
             ・まとめの更新は気づいた人がやらなきゃダメなんだからね!

     _
     〃  ^ヽ      ・議論や、荒らしへの反応は、避難所でやるの。約束よ?
    J{  ハ从{_,    ・クロス元が18禁作品でも、SSの内容が非18禁なら本スレでいいわよ、でも
    ノルノー゚ノjし     内容が18禁ならエロパロ板ゼロ魔スレで投下してね?
   /く{ {丈} }つ    ・クロス元がTYPE-MOON作品のSSは、本スレでも避難所でもルイズの『錬金』のように危険よ。やめておいてね。
   l く/_jlム! |     ・作品を初投下する時は元ネタの記載も忘れずにね。wikiに登録されづらいわ。
   レ-ヘじフ〜l      ・作者も読者も閲覧には専用ブラウザの使用を推奨するわ。負荷軽減に協力してね。

.   ,ィ =个=、      ・お互いを尊重して下さいね。クロスで一方的なのはダメです。
   〈_/´ ̄ `ヽ      ・1レスの限界最大文字数は、全角文字なら2048文字分(4096Bytes)。これ以上は投下出来ません。
    { {_jイ」/j」j〉     ・行数は最大60行で、一行につき全角で128文字までですって。
    ヽl| ゚ヮ゚ノj|      ・不要な荒れを防ぐために、sage進行でお願いしますね。
   ⊂j{不}lつ      ・次スレは>>950か480KBからお願いします。テンプレはwikiの左メニューを参照して下さい。
   く7 {_}ハ>      ・重複防止のため、次スレを立てる時は現行スレにその旨を宣言して下さいね。
    ‘ーrtァー’     ・クロス先に姉妹スレがある作品については、そちらへ投下して盛り上げてあげると喜ばれますよ。
               姉妹スレについては、まとめwikiのリンクを見て下さいね。
              ・一行目改行、且つ22行以上の長文は、エラー表示無しで異次元に消えます。
              SS文面の区切りが良いからと、最初に改行いれるとマズイです。
              レイアウト上一行目に改行入れる時はスペースを入れて改行しましょう。

107ウルトラ5番目の使い魔 65話 (2/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:01:27 ID:eipzXTp6
 ここもほかと同じで、目ぼしい手がかりはなかった。だがそれ以上に、憔悴しきった様子の両親の姿が痛々しかった。目を腫らして、恐らく子供がいなくなってからろくに寝ていないに違いない。
 しかし、捜査に進展がないというわけではなかった。彼女の手には、真新しい報告書の写しが握られていて、それには約一年半ほど前に解決したはずの、ある事件の顛末が記されていた。そして、その首謀者の名前に目をやったとき、彼女の眉が不快気に揺れた。
「やはり手口が似ている……今さら出てきて今度は何をしようというんだ。それともお前、まだあの頃の遊びの続きをしているつもりなのか……?」
 書類をしまい、彼女は歩き出した。まだ、どこの衛士隊も犯人の足取りさえ掴めていない。しかし、彼女の足取りには迷いがなく、やがて彼女の姿は真夏の陽炎の中に消えていった。


 
 そんなある休日のことである。才人はルイズやティファニアとともに、トリスタニアにある修道院の孤児施設を訪れていた。
「あっ、テファお姉ちゃんだ。おーいみんな、テファお姉ちゃんたちが来てくれたよーっ!」
 子供の元気な叫び声が施設にこだまして、たいして大きくもない施設から子供たちがわっと飛び出してきた。
「テファおねえちゃん!」
「わーい! テファおねえちゃんだ」
「みんな、ただいま。いい子にしてた?」
「はーい!」
 子供たちは、親同然に慕っているティファニアがやってきたことで、踊るように喜んで集まってきた。
 その子供たちに、ティファニアや才人は手にいっぱいに持ったお菓子やおもちゃなどのお土産を差し出した。たちまち群がる子供たちの手に奪われて、才人たちの手は空になる。
「みんな、久しぶりだな。元気してたかよ」
「うん、サイトおにいちゃんたち、ありがとう」
 クッキーを手にした子にお礼を言われて、才人はまとまりの悪い髪をかいて照れた。
 この施設の子供たちのほとんどは、才人やルイズにとっても見慣れた相手だ。彼らはウェストウッド村にティファニアといっしょに住んでいたが、ティファニアがガリアにさらわれた際に子供たちだけで村に残すのは危険だと判断してトリステインへ連れてきた。その後も、何もない森の中よりは人のいる場所で生活させたほうが子供たちの将来にとって望ましいということで、この施設に預けられたのである。

108ウルトラ5番目の使い魔 65話 (3/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:02:22 ID:eipzXTp6
 もちろん、子供たちはティファニアと離れ離れになるのはつらかった。しかし彼らは健気にも聞き分けて、慣れない土地での共同生活を受け入れた。そして、彼らが楽しみにしているのが、ときおりのティファニアの訪問なのである。
「オッス、サイトのあんちゃん。テファねえちゃんに手ぇ出してないだろうな」
「ようジム、お前も元気そうだな。前より背が伸びたか? てか太ったかコラ」
「やべっ、やっぱそう見えるかい。まじいなあ、最近メシがうまくってついつい……これじゃテファねえちゃんに見せられないよ」
 少年のひとりと憎まれ口を叩きあいながら才人は笑った。子供たちはみんな血色がよくて元気そうだ。ウェストウッド村で遊んだ時と変わらないわんぱくっぷりは、彼らがこのトリステインになじんだ証なのだろう。
 また、ルイズはこの修道院の管理人である老神父と和やかに話していた。
「ありがとうございます、貴族さま。遠路お越しいただきまして、おかげで子供たちもとても喜んでおります」
「かまわないわ。わたしにとっても浅い仲じゃないもの。あはは、サミィにマリー、後で遊んであげるから、今は神父様とお話があるから、ちょっと我慢してね」
 子供のパワーには、さすがのルイズもたじたじであった。そんなルイズに、しわだらけの顔をした老神父が穏やかに話しかけてくる。
「皆、元気で素直で、健やかに育ってくれております。よほど、あの子たちを育てたティファニア殿の教育がよかったのでしょうな。私共としても、あの子らが育つのを見るのが楽しくて仕方がない毎日なのです」
「そうね。この子たちが大きくなれば、きっとトリステインはいい国になるわ。それより、運営費のほうは大丈夫? もし足りないなら、女王陛下に上申してあげるけど」
 孤児院は主に教会の寄付などで運営されているため、正直安定しないのが実情だ。ほかにロングビルことマチルダも資金を出してはくれているものの、子供を育てるには本当に金がいくらあっても足りないものだ。幸い、ここは神父様がよくできた方なので子供たちの教育については心配ないけれど、金銭についてはロングビルが今でも不安を感じていることはルイズも知っていた。
 けれど神父様はにこやかに首を振った。
「いいえ、実は最近ゲルマニアのお金持ちの方が援助をしてくださるようになったので、今では子供たちにお腹いっぱい食べさせることができております」
「ふーん、ゲルマニアにも奇特な奴がいるのねえ。キュルケに爪の垢を煎じて飲ませたいものだわ」
 ルイズは素直に感心した。ゲルマニアの金持ちといえば守銭奴のイメージが強いが、中には例外もいるものだ。
 だが、これでアンリエッタに余計な心労をかけさせないですむのはありがたい。ルイズはたまにアンリエッタに送る手紙の中で、市政の様子を簡単でもいいから報告してほしいと頼まれていた。今回、ティファニアに付き合ってここに来たのもその一環で、トリステインの財政は現在安定しているけれど、あらゆる場所を満足させるのは不可能だ。当然、どこかでゆがみが生じるため、そこに民衆の不満が集まることになるのだが、どうやら次に出す手紙に心苦しいものを書かなくてもよさそうでほっとした。
 しかし、老神父は少し顔を曇らせると、ルイズにだけ聞こえる声で不安を口にした。
「ただ、心配なのは最近新聞を騒がせている誘拐事件です。もうかなりの数の子供が消えていると言いますし、我々も心配で」
 するとルイズも顔を曇らせた。
「そうね。どこの誰かは知らないけど、性根の腐った奴がいるものね。わたしが見つけたらトリステインから叩き出してやるところだけど、犯人が捕まるまでは子供たちから目を離さないほうがいいわね」
「おっしゃるとおりです。ですが、なにぶんみんな遊びたい盛りの頃。大人の我々では抑えきれないものがありましてなあ。よいことなのですが、複雑なことです」

109ウルトラ5番目の使い魔 65話 (4/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:03:50 ID:eipzXTp6
 確かに、子供たちのパワーはすごいものだ。真面目に考え込んでいたルイズの前で、才人が悲鳴をあげながら、あっちからこっちへと引っ張られていく。ウェストウッド村のときと変わりない光景に、ルイズの頬も緩んだ。
「あはは、あれじゃサイトが一番のおもちゃね。テファ、サイトを助ける必要なんかないわよ。無駄に頑丈だからその程度じゃ死にゃしないって」
「お、おいルイズ、そりゃねえって! いてて!」
「なに言ってるの。テファにいっしょに来ないかって誘われて、即答したのはあんたでしょうが。もうしばらくそこで遊ばれてなさい」
 にべもないルイズの言葉に、才人は悲鳴をあげながら子供の波の中へと消えていった。
 とはいえ、ルイズのほうもいつまでも高みの見物とはいかず、何人かの子供に誘われると仕方なくついていった。そこで、女の子に編み物を教えようとして毛糸玉を作り、逆に教えられて顔を赤くしているのはルイズらしいと言うべきか。
 しかし、子供たちに翻弄されながらもティファニアだけでなく、才人やルイズの表情は明るい。ちびっこと遊ぶのが大好きというのは全宇宙のウルトラマンたちの共通点かもしれない。
 
「つ、疲れた」
 しばらくしてやっと解放された才人は息をついた。下手な訓練やドンパチよりよほど体力を使う、これを日常的にやってるんだから子供というのはたいしたものだ。
 教会の古ぼけた椅子に座って才人が休憩していると、そこにとことこと一人の少女が寄ってきた。
「サイトおにいちゃん、大丈夫?」
「ん? おっ、アイちゃんか。元気そうだな、みんなと仲良くしてるか?」
「うん、男の子たちはアイの子分なんだよ。いつかアイの騎士団を作って、おじさんに見せてあげるんだ。えっへん」
 小さな胸をはる少女を、才人は優しく頭をなでてあげた。
 才人にとって、この幼い少女の成長を見届けるのは感慨深いものがある。今となっては懐かしい思い出になるが、自分がハルケギニアに来て間もない頃の事件で、彼女と彼女の育ての親であったミラクル星人をテロリスト星人の魔の手から救い出したことがある。その後、星に帰ったミラクル星人からこの少女、アイを引き取り、ティファニアのところに預けて成長を見守ってきた。
 アイは才人になでられて、うれしそうに笑った。それに釣られて才人も笑みを浮かべる。兄弟のいない才人にとって、アイは年の離れた親戚の子のような存在であった。
「おじさんと会えなくて、寂しくないか?」
「うん、少し……でも、アイが寂しがってるとおじさんが安心してお星さまに帰れないもの、我慢するの。それに、今はみんながいるし、サイトお兄ちゃんたちも会いに来てくれるもん」
「そっか、偉いねアイちゃんは。ほんと、ルイズもこれくらい素直なら可愛げがあるんだがなあ」
「あーっ、いけないんだいけないんだ。ルイズお姉ちゃんに言っちゃうぞ」
「げげっ、それは勘弁してくれ。ほら、飴あげるから」
「わーい」
 子供は意外とリアリストなもので、大人を出し抜く術をいくらでも知っている。才人は、冷や冷やしながらポケットの中に菓子を残していた自分の賢明さを褒めたたえていた。

110ウルトラ5番目の使い魔 65話 (5/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:07:35 ID:S9iHivT2
 教会の中にいるのは、休憩に入った才人とアイだけで、涼しい空気が流れてがらんとしている。掃除が行き届いているようで清潔なものだが、子供たちの遊び場にもなっているようで、ところどころの椅子が乱れていた。
「みんなといっしょに遊ばなくていいのか?」
「うーん、ちょっとくたびれちゃった。だってみんな子供なんだもの。でもアイは大人だから、サイトおにいちゃんをおもてなししてあげるの」
「はは、ありがとうな」
 才人はもう一回、アイの頭をなでてあげた。
 精一杯背伸びをする子供というのはかわいいものだ。才人にも、あまり思い出したいものではないがこういう時期があった。もっとも、今でも抜けきったわけではないが、人間は自分以外のことはよくわかるものだ。
 耳をすませば、子供たちの遊ぶ声がまだ教会の外から聞こえる。ティファニアはひっぱりだこだろうし、ルイズのヒステリーを起こす声が聞こえるところからすると子供に負けてむきになっているようだ。
「ありゃあ、今は近寄らないのが身のためだな」
「じゃあ、お兄ちゃん。こっちに来て、おもてなししてあげるから」
「おっ、なにかななにかな?」
 才人はアイに手を引かれて教会の裏手に入っていった。
 子供たちや職員はほとんどが庭のほうへ行ってしまったようで、人気のない廊下を走ってゆくと、そこには素晴らしい光景が広がっていた。
「ひゃあ、教会の裏庭はひまわり畑だったのか」
 驚く才人の前に、太陽の畑が広がっていた。
 夏の日差しに照らされて、背の高いひまわりが何百と空へ向かって伸びている。そのまぶしい光景を誇らしげに、アイは才人に語って聞かせた。
「むふん、ひまわりはね。そのまま売ってもいいし、種をとって油を搾れば売れるしで、教会のうんえーひになるんだって。ついでに、わたしたちのじゅーそーきょーいくにもいいんだって、神父様が言ってた」
「そうなのか。おれなんて、小学校の頃にハムスターのエサにしたくらいしかしてないのに、みんな偉いな。それで、これをおれに見せたいのがおもてなしかい?」
「ブッブー、こっちに来て。奥の小屋で、ひまわりの蜂蜜から作ったジュースを作ってるの。サイトお兄ちゃんにだけ、特別に飲ませてあげる」
「おっ! そりゃ楽しみだ」
 喉が渇いていた才人は一も二もなく飛びついた。
 ひまわり畑の中の道をアイに手を引かれてついていく。途中で何匹もの蜂とすれ違ったが、何百という花の中では人間なんかどうでもいい様子で八の字ダンスを踊っていた。
 目的の小屋は畑の奥にあり、人の背より高くなったひまわりにさえぎられて、近くに行かなければ見えないものだった。

111ウルトラ5番目の使い魔 65話 (6/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:20:54 ID:S9iHivT2
 アイはこっそり持ち出していた小屋の鍵を取り出し、待っててねと笑う。ところがである。小屋の影から、ひそひそと誰かの話し声が聞こえてきた。
「だから……よし……いいぞ」
「これで……終わり……やっと」
 野太い男の声。しかも二人……才人は一瞬、教会の職員の誰かかと思ったが、その身に沁みついた経験から無意識に警戒態勢に入り、そっと小屋の裏をうかがった。
「サイトお兄ちゃん?」
「しっ、ちょっと静かにしてて」
 何がとは言えないが、嫌な予感がしてならない。そして小屋の壁に隠れて、裏の気配をうかがうと、確かに人の気配がする。
 なんだ? ガサゴソという音がする。それに、「ずらかるぞ」という声も聞こえた。もう怪しいどころではない。才人は背中のデルフリンガーの存在を確かめると、一気に飛び出した。
 
「お前ら、そこでなにしてやがる!」
 
 飛び出した才人の大声に、隠れていた二人の男がびくりとなって振り返る。
 果たして、そこにいたのは教会の人間ではなかった。一般的な平民の服をまとっているものの、筋肉質の見るからに傭兵くずれじみた雰囲気を放つ男。ここは教会の敷地内、無許可の人間が立ち入ることはできないはずだ。
 だが、才人は二人の男が運び出そうとしていた荷物にこそ目がいった。ひとりが担いだ大きな麻袋から、子供の足がわずかに覗いていた。
「あの靴、マーちゃんだよ!」
「てめえら、最近噂の人さらいだな。覚悟しやがれ、ぶっとばしてやる!」
 激高した才人はデルフリンガーを抜いて切りかかっていった。男たちは、ここで人が出てくるとは予想外だったようで、才人の振りかざしたデルフリンガーにおびえて、担いでいた子供を麻袋ごと落としてしまった。
 とたんに、しまった、と声をあげる人さらいの男。それと同時に、アイも教会のほうへ向かって、「誰かーっ! 人さらいだよ! 早く来てーっ!」と、大声で叫ぶ。
 今の声は間違いなく届いているはずだ。すぐにルイズたちが駆けつけてくるだろう。
「ここが年貢の納め時だな。観念しろ、悪党ども!」
 才人はアイをかばいながら、うろたえている人さらいたちにデルフリンガーを突き付けた。
 だが、勝ったと思った才人はここで一瞬だが致命的な油断をしてしまった。

112ウルトラ5番目の使い魔 65話 (7/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:21:35 ID:S9iHivT2
「んだ? ね、眠い……?」
 突然、急激な眠りが湧いてきた。才人がなんとか目を凝らしてみると、もう一人の男が杖を握っていた。
「しまった。メイジがいたのか」
 催眠の効果を持つ魔法を使われたのだということに気づいたときには遅かった。才人は立っていることができず、ひざをついてしまう。
 起きて、とアイが叫んでくるが、魔法の力をまともに受けては才人も気を失わないだけで精一杯だった。
 そして、逆転に成功した人さらいの男たちはほっと息をついて話し合った。
「アニキ、やりましたね。まさか、こんなところに剣士がいるとは。こいつ、どうしやす?」
「バカ野郎、こいつらには俺たちの顔を見られてる。ガキは捕まえろ。小僧は俺が始末する」
 人さらいたちは冷酷だった。アイに子分の男が襲い掛かって、たちまち手を取って捕まえる。アイは離してと叫ぶが、大人の力には抗いようもない。
 対して才人には、メイジの男が魔法の矢を放ったが、そこでメイジは自分の目を疑った。
「なにっ! 魔法が吸い込まれた。マジックアイテムの剣か!」
 デルフリンガーの効力で、才人に向かった魔法は刀身に吸い込まれて消えてしまった。メイジの男は動揺し、さらにそこにひまわり畑の向こうから声が響いてきた。
「サイトーッ!」
 危急を知ってルイズや神父たちが駆けつけてきたのだ。大勢の足音が近づいてくることに、人さらいたちは焦る。
「アニキ、まずいですぜ!」
「くそっ! 仕方ない、こいつらの始末は後だ。そっちの小僧も担げ! 逃げるぞ」
 才人をすぐに始末するのは無理と判断した人さらいたちは、やむを得ずアイといっしょに才人も担いで走り出した。
 教会の裏庭の先は、塀を隔てて小道になっている。彼らは塀に空いた穴から抜け出ると、そのまま先に進んだ通りに止めてある馬車に飛び込んで御者台で待っていた男に怒鳴った。
「すぐに出せ! まずいことになった」
 御者の男はそれで事態を理解したようで、即座に馬車を出発させた。
 馬車は通りから大通りに出ると、何事もなかったかのように淡々と進んでいく。馬車の形はありふれたもので、もし追っ手が馬車を見たとしても大通りで別の馬車列に紛れてしまえば発見は困難になると思われた。
 ただし、通報されてトリスタニアの出口に検問を張られたら出られなくなる。昔と違い、今は役人も少々の賄賂では動いてくれなくなった。

113ウルトラ5番目の使い魔 65話 (8/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:24:17 ID:S9iHivT2
 しかし、人さらいたちは逃げ切れるという確信があるというふうに、悠々と馬車をある方向に走らせ続けた。
 
 そのころ、人さらいたちを見失ったティファニアやルイズたちは、やむを得ず衛士隊に駆けこんでいた。
「ああ、こんなことになってしまうなんて。サイトさん、アイちゃん、どうか無事でいて」
「落ち着いてテファ、衛士隊が動いた以上、どのみちもう犯人たちはトリスタニアからは出られないわ。サイトたちはまだ必ずトリスタニアにいる。あきらめずに探すのよ」
 必死に冷静になるように自分をはげまし、ルイズはなんとしても才人を助け出すと誓った。しかし広いトリスタニアのどこを探せばいいものか、皆目見当もつかなかった。
 教会では、神父様や子供たちが必死に二人の無事を祈り続けている。彼らにできることは、神に祈ることしかほかになかった。
 誘拐事件がトリスタニアのど真ん中で起こったことで、威信を傷つけられた衛士隊は全力で捜索を開始した。が、犯人につながる有力な情報は、日没を迎えても何一つ見つからなかったのだ。
 
 一体、才人とアイをさらった誘拐団の馬車はどこに消えたのか?
 その姿は、平民の住まうごみごみとした市街地ではなく、貴族の邸宅の並ぶ高級住宅街の中の、一軒の廃屋の中にあった。
 そこは、見捨てられてしばらく経つ廃屋。しかも買い手がつかなかったと見えて、外から見たら人がいるとはとても思えないような幽霊屋敷であった。
 馬車は門をくぐると、邸宅の庭から地下に向かって空いた入り口に入っていって姿を消した。どうやらこの家では、外観の保全のために車庫を地下に設置していたらしい。目立つ馬車を隠すには、もってこいの構造と言えた。
「おら、降りろガキども!」
 車庫の奥の倉庫で、才人とアイは乱暴に馬車から引きずり出された。
 才人は馬車に揺られていた間に魔法の効果が薄れ、ある程度は意識が戻っているものの、まだ体をまともに動かせないでいる。そんな才人に、人さらいの男は才人の手から奪ったデルフリンガーを突き付けた。
「へっへっ、余計なことしてくれたなクソガキが。おかげで俺たちは姉御に雷を落とされるのは確実だ。その前に、ぶっ殺してやるぜ、覚悟しやがれ」
「てめえら……ここは、どこだ?」
「あん? 兄貴の魔法を受けて、もう目が覚めてるとは驚きだぜ。だが、いくら助けを呼んでも無駄だぜ、ここは一族郎党フーケに皆殺しにされた貴族のお屋敷、薄気味悪くて誰も近寄りゃしねえからな」
 フーケの? なるほどと才人は理解した。ホタルンガによって皆殺しにされた貴族の邸宅を、こいつらは隠れ家にしてるわけだ。
 なんとかルイズたちに知らせないと。才人は思ったが、魔法の影響でまだ体が自由に動かない。アイが、やめて! と叫んで飛びかかったが、あっさりと振り払われてしまった。
「アイちゃん! てめえら、そんな小さな子に!」
「けっ、どうせこのガキどもも、もうすぐタダじゃすまなくなるんだ。てめえは珍しい剣を持ってるけどよ、だったらこいつで串刺しになるなら本望だろ? 死ねや!」

114ウルトラ5番目の使い魔 65話 (9/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:26:52 ID:S9iHivT2
 男がデルフリンガーを振り上げる。そしてそのまま才人の心臓を目がけて振り下ろそうとした、その瞬間だった。
 
「ああぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」
 
 突然、それまで黙っていたデルフリンガーが大声をあげた。
 当然、インテリジェンスソードなどと思っていなかった人さらいの男は仰天してデルフリンガーを手落としてしまった。
 乾いた音を立て、才人のすぐ前に転がるデルフ。デルフは意識混濁の才人にも容赦なく怒鳴った。
「相棒、早く俺を持て! 今しかチャンスはねえ!」
「デ、デルフ」
「早くしろ! 手を伸ばせ! そこの娘っ子がどうなってもいいのか!」
 はっとした才人は、渾身の力で手を伸ばし、デルフを掴み上げた。その感触で意識が完全に戻り、雄たけびをあげながら立ち上がって男に斬りかかっていく。
「うおぉぉぉぉっ!」
 どのみち体が本調子ではないので、力任せのチャンバラだ。男は迫ってくる才人に、懐からナイフを取り出して応戦しようとしたが、才人の気迫とスピードが一瞬勝っていた。
「でありゃぁぁぁーっ!」
 袈裟懸けの一刀が人さらいの男の体を切り裂き、血しぶきが飛んだ。
 やった。才人は確かな手ごたえを感じていた。その証拠に、男は悲鳴を上げながら崩れ落ちていく。
「ぎゃああっ、そんなっ……こんなガキなんかに」
 傭兵くずれの男は才人を若いとあなどって、自らの墓穴を掘ることになった。見た目だけはたくましい肉体を、ほこりまみれの床に倒れこませてのたうつ。致命傷には一歩及ばないが、戦闘不能なだけの傷は与えたようだ。
「や、やった……」
 才人はデルフリンガーを杖にしてひざをついた。まだ魔法の余韻で体がしびれて調子が戻らない。
 だがデルフは焦った声でさらに才人に怒鳴った。
「バカ野郎! まだ終わってねえ!」
 そのとおりだった。才人が緊張を解いた、その隙にもう一人の男が杖を抜いてアイに突き付けていたのだ。

115ウルトラ5番目の使い魔 65話 (10/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:29:25 ID:S9iHivT2
「動くんじゃねえ、さっさとその妙な剣を捨てろ。さもねえとガキの頭を吹っ飛ばすぞ」
「畜生、敵はもうひとりいたんだった……」
 まさに痛恨のミスだった。アニキと呼ばれていたメイジの男のことを忘れていたとは、自分のうかつさに歯噛みしてももう遅い。
 メイジの男の杖の先は、部屋の隅で倒れているアイにまっすぐ向いている。しかも才人から男に対してはざっと七・八メートル、アイに対しても五メートルはある。
 才人は頭の中で計算して絶望的だと思った。まだ自由に動かないこの体じゃ、男に飛びかかるのもアイをかばうのも、魔法が放たれるよりも確実に遅れてしまう。
「どうした! 早くしろ、俺は気が短いんだ」
 いらだった男が怒鳴った。メイジの男は周到にも、倉庫の唯一の出入り口のドアに背中を預けて陣取っている。車庫の入り口のほうは馬車でふさがれていて、これでは逃げ場がない。
 どうすればいいんだ? アイを度外視すれば、不自由なこの体でもなんとかメイジひとりくらいは倒せなくもない。だが、そんなことは絶対にできない。
 デルフが、相棒しっかりしろ! と、叫んでくる。せめてあと五分あれば体調も万全に戻って、アイをかばいつつ男も倒せるんだが……今はその五分が絶望的に長かった。
「畜生! 好きにしやがれ」
 才人はやけっぱちになってデルフを放り出した。デルフが、相棒! と叫びながら転がっていく。これで才人は完全に無防備になってしまった。
「いい心がけだぜ。じゃあ、死んでもらおうかい!」
 メイジの男が才人に杖の先を向けて魔法の呪文を唱える。なにを唱えているかは知らないが、まず確実に才人の命を奪えるシロモノだろう。
 だが才人は死に瀕しながらも、まだあきらめてはいなかった。あいつの魔法をなんとか一発耐えきる、そうしてデルフを拾い上げて第二撃が来る前に斬りかかる。普通に考えれば一撃目で死んでしまうか、よくて瀕死の可能性が高い。それでも、才人はあきらめだけはしていなかった。
「来るなら来やがれ! 俺はまだあきらめちゃいねえ」
「なら、死ね!」
「やめてーっ!」
 才人、男、そしてアイの叫びが倉庫にこだまする。
 しかし、男の杖から魔法が放たれることはなかった。なぜなら、男が魔法を放とうとしたその瞬間、男が背にしていたドアから鈍い音がしたかと思うと、ドアの板をぶち抜いてきた銀色の刃が背中から男の体を貫通したからだ。
「がっはっ? え、あ?」
 男は間の抜けた声を漏らすと、激痛とともに自分の左胸から生えた剣の先を見下ろし、そのまま眼球を反転させながら崩れ落ちた。
 才人やアイは、いったい何が起きたのかと訳が分からない。一本の剣がドアを貫通してきて男の心臓を貫いた。一体誰が? いや、才人はあの形の剣先を持つ剣に見覚えがあった、あれを正式装備にしている部隊といえば。
 ドアから剣が引き抜かれ、ノブが回されてきしんだ音を立てながら開いた。そして、その先から現れた青髪の剣士は。

116ウルトラ5番目の使い魔 65話 (11/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:31:14 ID:S9iHivT2
「姉さ、ミシェルさん!」
「サイト、なぜこんなところにいる?」
 現れたミシェルの姿に、才人は困惑を隠せずに叫んだ。対してミシェルも才人がなぜこんなところにいるのか不思議な様子で、才人は自分たち二人がさらわれてきた経緯を簡単に話した。
 そしてミシェルがどうして現れたのかについては、聞かなくても才人にもだいたい見当はついた。
「ミシェルさんは、この誘拐団を追ってここに?」
「……そういうことだ。それにしても、まったくお前という奴は、わたしがたまたまお前の声を聞きつけなかったらどうなっていたか」
 ミシェルは呆れた声で言った。
 そのとき、アイが才人のところに怯えた様子でやってきたので、才人は「この人は味方だよ」と告げてあげた。
「こ、こんにちは。わたし、アイです」
「はじめまして。わたしはミシェル・シュヴァリエ・ド・ミラン。サイトを守っていてくれたんだね、ありがとう」
 ミシェルが優しく微笑むと、アイも緊張が解けたようににこりと笑い返した。
 しかし、空気が和んだのもそこまでだった。最初に才人が倒した男が、倒れたままだが短いうめき声を漏らすとミシェルは血相を変えて再び剣を引き抜いたのだ。
「ちっ、そっちはまだ息があったか!」
「ちょ、ミシェルさん。あいつはもう身動きできないんだし、殺しまでしなくっても」
 確実に始末しようとするミシェルに、才人は慌てて割り込んだ。だがミシェルは躊躇を見せずに才人を押しのけようとする。
「そういう問題じゃない。今のうちに……ちっ、もう遅いか!」
「遅いって……えっ?」
 才人は人さらいの男のほうを振り向いて驚いた。
 なんと、それまで普通の人間の姿だった男の体が部分的ながらも変貌していっていたのだ。手は大きく鋭い爪のようなものに変わり、肉体も人間から怪人然としたものに変化していく。
 そして男は身もだえしながら断末魔のように漏らした。
「うあぁぁ、変わる、変わっちまうぅぅ! やめろ、助けて、タスケ。グアァァァッ!」
 ついに頭さえもでこぼことしたのっぺらぼうの完全な怪人体となってしまった男は、立ち上がるとその鋭い爪を振り上げてきた。

117ウルトラ5番目の使い魔 65話 (12/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:33:33 ID:S9iHivT2
「なっ、なんなんだこいつ!」
「話してる暇はない! 早く剣を拾え! 来るぞ」
 言ったとたんに、怪人は人間離れしたスピードで襲い掛かってきた。
 爪の連撃をミシェルが剣ではじき、突進をかわす。しかし怪人はひるんだ様子もなく、バーサーカーのように向かってくる。
 才人はその隙に、投げ出したデルフリンガーを拾い上げて構えた。幸い、もう体の不調はない。
「アイちゃん、部屋の隅でじっとしてるんだ。デルフ、行くぞ」
「おうよ!」
 才人はデルフを持ち、苦戦しているミシェルに加勢するために飛び込んだ。
「くらえっ!」
 怪人の爪と才人のデルフリンガーが激突して火花が散る。すごい強度とすごい力だと、一回のやり取りで才人は怪人の強さを理解した。
 こいつは、一回でも殴られたら人間なんかひとたまりもない。
「サイト! 油断するな。こいつはもう人間じゃない!」
「はい! この野郎めっ」
 才人も気持ちを切り替えて、化け物になってしまった男に容赦なく斬りかかっていく。
 こいつはなんだ? 見たこともないが、どこかの宇宙人なのか? いや、それを考えるのは後でいい。いや、考えている余裕がある相手ではなく、才人が加わったことで二対一になったにも関わらず、怪人は二人と互角の勝負を繰り広げていた。
 並の人間の動体視力ではとらえきれないほどの速さで繰り出される爪の攻撃を、才人とミシェルは力負けしながらもさばいた。部屋に、石と金属がぶつけ合ったような鈍い音が何度も響き渡る。
 そして一瞬の隙をつき、才人は怪人の胴を横なぎに斬り払った。が。
「硬いっ!」
 日本刀の刀身は怪人の皮膚を薄く切り裂いただけで、中の肉までは刃が通らなかった。
 怪人の青い血が刀身につき、才人は怪人が復讐の勢いで振り下ろしてきた爪をすんでのところで受け止めた。切れないわけではないが、威力が足りないのだ。
 これじゃ倒せない! 才人は怪人の攻撃を受け止めながら焦った、そのときだった。
「サイト、そのまま押さえつけていろ!」
 ミシェルが怪人の死角から、『ブレイド』の魔法をかけた剣を振り上げながら叫ぶのが見えた。

118ウルトラ5番目の使い魔 65話 (13/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:34:47 ID:S9iHivT2
 あれならいける! 才人は渾身の力で怪人の攻撃に耐え抜き、そのチャンスにミシェルは大上段から必殺の一刀を怪人の首に叩きつけた。
「であぁぁーっ!」
 魔法の光をまとった剣が怪人の首を直撃し、吹き飛んだ首が倉庫の壁に叩きつけられて転がった。
 いくら強靭な肉体を持つ怪物でも、首を切り落とされればどうしようもない。才人に押さえつけられていた胴体のほうも力を失って倒れ、解放された才人はほっとしてようやく息をつけた。
 見ると、ミシェルのほうも楽ではなかったらしく、軽くではあるが呼吸が乱れている。才人は床に倒れこんだ怪人の死体と、転がった首を交互に見下ろして、憮然としてミシェルに尋ねた。
「なんなんですか、この化け物は?」
「わからん。ここに来る前にも、誘拐団のひとりを捕らえて口を割らせるために痛めつけたらこうなった。瀕死にしても同じだ。どうやら、こいつらは極度の苦痛を感じると怪物に変貌してしまうらしい」
「気色わりい……」
 才人は不快気に吐き捨てた。それになにがなんだかわからないが、怪物になってしまったこの男は、自分が変貌してしまうことに恐怖していた。同情できる人間ではないが、かといってざまあみろと思うにも残酷すぎる。
 しかし、思慮に興じている余裕はなさそうだった。部屋の隅で怯えていたアイが、おにいちゃん……と、不安げな声をかけてきたことで、才人は自分たちが誘拐団の本拠地にいるのだということを思い出した。
「アイちゃん……よしよし、もう大丈夫だからね。ミシェルさん、ともかくここを離れようぜ」
 才人は、自分たちはともかくアイをこんなところに置いてはおけないとミシェルにうながした。ミシェルは、才人に抱かれながら慰められているアイを少しうらやましそうに見つめたが、すぐにうなづいて言った。
「サイト、誘拐団はわたしが始末する。お前はその子を連れて、早くここから逃げろ」
「えっ? わたしがって、アニエスさんや銃士隊のみんなは?」
「今回のことはわたしの独断だ。皆はまだ何も知らん。ともかく行け、ここはわたしだけで十分だ」
 才人は、そう言われてもと戸惑った。さっきの怪人の強さを思うとミシェルを一人で行かせるのは心配だ。が、かといってアイをこんな場所でほっておくわけにもいかない。
 だが、敵は待ってはくれないようだった。才人が答えを出す暇も与えられず、馬車が入ってきた車庫の入り口が突然鋼鉄のシャッターで閉じられてしまったのだ。
「出口が!」
「ちっ、気づかれたか」
 廃屋のはずなのに、この仕掛け。ミシェルが忌々しげにつぶやくと、天井から恐らくは魔法の仕掛けによって、若い女性の声が響いてきたのだ。
『ごきげんよう、素敵な戦士のお二方。二人がかりとはいえ、ヒュプナスを倒すとはやるじゃないの。見ての通り、もう逃げ道はないわ。すぐ始末してもいいけど、あなたたち面白そうね。私はこの屋敷の一番奥にいるわ、私を倒せたらあなたたちは外に出してあげる。そういうわけで、ご機嫌よう』
 一方的に言うだけ言うと、相手の声は途切れてしまった。
 才人は、まるで遊ばれているような感じに憤って、偉そうにしやがって! と地団太を踏んだ。

119ウルトラ5番目の使い魔 65話 (14/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:36:55 ID:S9iHivT2
「ミシェルさん、こうなったら二人でここのボスをぶっ倒してやろうぜ……ミシェルさん?」
「トルミーラ……やはり、あなたか」
 ミシェルはなぜか、声のしてきた天井を遠い目で見続けている。
 才人は何回かミシェルに呼びかけ、そしてミシェルは重い面持ちで答えた。
「そうだな、仕方ない。こうなれば、進むより道はないようだ。サイト、こうなったらしっかりその子を守ってやれ」
「はい……それとミシェルさん。さっきトルミーラって……誘拐団のボスを知ってるんですか?」
「……道すがら話そう。ここは意外と広いぞ、わたしからはぐれるなよ」
 ミシェルはそう告げると、すでに屋敷の見取り図を暗記しているらしく、迷いなく歩き始めた。
 ドアをくぐり、魔法のランプの明かりが照らすボロボロの廊下を三人は歩いていく。だが人の気配がどこからかする。誘拐団の手下が待ち伏せているのかもしれない。
 才人は、いつでもアイをかばえるよう左手でアイの手をつないで、右手でデルフを握りながら、正面の警戒を続けながら進むミシェルについていった。
 ギシギシと、不穏な音が足元から否応なく響く。才人が、こんなシチュエーションのホラー映画があったなと思ったとき、ミシェルは振り返らないまま話し始めた。
「去年の春のことだ。トリステインで、傭兵団が主犯の誘拐事件が起きた。だがその一味は通りがかったあるメイジに倒され、一味は全員逮捕されたことで解決した……はずだった。だが一か月前、一味はチェルノボーグの牢獄から脱走し、いまだに行方不明のままだ。そして、その一味の頭目の名前が、トルミーラという女メイジだ」
「って、牢獄から一味まとめて脱走って! そんな大ニュース、聞いたこともないですよ」
「当然だ。牢獄にとってはこの上ない大失態。所長以下看守たち揃ってで隠蔽され、明るみに出たのはつい最近だ。今頃は所長ら全員が捕縛されて、逆に牢獄に叩き込まれていることだろう。それも国の失態につながるから隠匿され、一般には公開されることはない」
 才人は呆れかえった。そんな馬鹿な役人たちのせいで誘拐団が野放しにされ、多くの子供が危険な目に会っている。
 ただ、才人はひっかかっていた。さっきのミシェルの口調は、単に知っているというだけではなさそうだった。すると、ミシェルは寂しそうな、あるいは忌々しげなふうにも見える複雑な表情で語り始めた。
「トルミーラは、元貴族だ。そして十三年前、わたしはトルミーラと会ったことがある。いや、世話になっていたことがあると言うべきか……短い間だったが、わたしにとってかけがえのない……そして、もっとも恥ずべき恩人さ」
 ミシェルは、周囲への警戒を続けながら、静かに過去の自分の因縁を語り始めた。
 人は過去を消すことは決してできない。そして、過去は時として残酷な刺客となって人に襲い掛かる。
 
 そして、変貌した誘拐団員。それが意味するものとは何か?
 単なる誘拐事件として発したこれが、途方もない狂気の一端であることを、このときはまだ誰も知らなかった。
 
 
 続く

120ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:42:01 ID:S9iHivT2
今回はここまでです。
久しぶりに本作のメインヒロイン登場です。そして初のセブンX怪獣登場です。

121ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/24(日) 00:06:27 ID:D5TtEua.
5番目の人、乙です。私の投下を行います。
開始は0:10からで。

122ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/24(日) 00:10:19 ID:D5TtEua.
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十七話「カルカソンヌの夜」
波動生命体プライマルメザード 登場

 ガタノゾーア率いる超古代怪獣軍団の撃退後、教皇ヴィットーリオは怪獣を操る黒幕たる
ガリアに対して“聖戦”を宣言。するとロマリアはまるで初めから準備が成されていたかの
ように――実際そのようになる手筈だった訳だが――瞬く間に部隊を編成し、たったの二週間
ほどでガリアの奥深く、首都リュティス目前にまで侵攻した。
 ここまでの速い進軍は、ガリア軍の分裂も理由にあった。元々気分屋で意味不明な勅命を
出しまくっていたため国内でも『無能王』と蔑称されて支持の低かったジョゼフであるが、
人類の敵である怪獣を操っているとして教皇から“聖敵”と認定されたことで、いよいよ
多くの人心が彼から離れた。特に理不尽な理由で不遇をかこち、王政府に不満と恨みを抱えて
いた多くの諸侯たちはロマリアに寝返り、結果ロマリア軍はほぼ無血でリュティスから西に
四百リーグ離れただけの城塞都市カルカソンヌまで踏み込んだ。
 しかしそこで進軍はストップした。カルカソンヌの北を流れるリネン川に向こうには、
それでも王政府に忠誠を誓うガリア王軍が防衛陣形を敷いているからだ。その勢力はおよそ
九万。対するロマリアの兵力は反乱軍を合わせてもせいぜい六万。国の半分が反旗を翻しても
ロマリア側を三万も上回るとは、さすがはハルケギニア一の大国である。聖戦の錦旗を掲げて
いるロマリアも1.5倍もある兵力差を前にしては、容易に攻め込むことは出来なかった。
 一方でガリア王軍の戦意も低かった。聖戦を発動した相手を敵に回すことの愚かしさも
加え、やはりジョゼフの求心力のなさが彼らにも少なからず影響していた。
 そのような事情が重なった結果、両軍は川を挟んでの硬直状態を既に三日も続けていた。

 リネン川では今日も、ロマリア軍の兵士とガリア軍の兵士が川を挟みながら罵詈雑言を
飛ばし合う。
「ガリアのカエル食い! お前の国は、ほんとにまずいものばっかりだな! パンなんか
粘土みたいな味がしたぜ! おまけにワインのまずさと来たら! 酢でも飲んでる気分だな!」
「ボウズの口にはもったいねぇ! 待ってろ! 今から鉛の玉と、炎の玉を食わせてやるからな!」
「おいおい! 怖気づいて川一つ渡れねぇ野郎がよく言うぜ!」
「お前たちこそ、泳げる奴がいねぇんだろ! いいからとっとと水練を習ってこっちに来やがれ! 
皆殺しにしてやる!」
 罵り合いはエスカレートしていき、やがて興奮した貴族の一人二人が川を渡り、中州で
一騎討ちを行う。勝利者はそこに居残り、己の軍旗を立てて、負けた陣営からは敵討ちの
ように別の挑戦者が現れる、というように軍旗の掲げ合いが延々と繰り広げられていた。
 そんな様子を、ミラーとともにいるルイズが呆れた目でぼんやりながめていた。
「全く、男ってのはよくあんな下らない諍いに熱心になれるものね。グレンだって、ミラー、
あなたが止めてなかったらいの一番に参加してたわよね」
 とぼやくルイズに、ミラーが言う。
「グレンはあんな性格だからですが、他の人たちは、こうでもしないといたたまれなくて
しょうがないからでしょう」
「いたたまれない?」
 聞き返したルイズにうなずくミラー。
「教皇の命令とはいえ、私たちですらまだガリアが怪獣を使役している動かぬ証拠を得ては
いません。だから今度の戦の大義について内心迷いがある。対するガリア側も、軍の半数が
ロマリアについている状態です。それで本気で戦える気分になれるはずがありません」
「まぁ確かにね」
「ですがここまで来てしまった以上は、お互い何もしないままでいる訳にはいかない。だから
こんな小競り合いでも戦の対面を保っていないことには、気持ちが落ち着かないのでしょう」
 説明を聞いたルイズが肩をすくめる。
「ほんと、軍隊って面倒なものね。まぁこっちからしたら、このにらみ合いが続く方が都合が
いい訳だけど」

123ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/24(日) 00:13:30 ID:D5TtEua.
 ルイズはガリアの領土に攻め入る前に、アンリエッタにヴィットーリオたちが才人を謀殺
しようとしたことを伝えた時のことを思い返した。
 アンリエッタも、人間同士の争いの防止と聞かされていながら、その実はガリアとの開戦が
目的だったことを思い知らされ、己の考えの甘さを悔いるとともにヴィットーリオへの反感を
強めていた。そこにルイズたちの報告を受けて、彼女は何かを決心したような顔になった。
 そしてアンリエッタはルイズと才人に「わたくしにお任せ下さい。わたくしは全生命を
賭けて、この愚かしい“聖戦”を止めてみせましょう」と宣言し、その準備として一旦
トリステインに帰国していった。同時に自分が戻るまでに決定的な会戦が始まらないよう、
時間稼ぎをしてほしいと頼んだのであった。そのため、下らなくとも均衡状態が続いている
ことはルイズにとっては願ったり叶ったりである。
 しかしミラーは残念そうに首を振った。
「ですが、いつまでもこのままでいられる保証はありません」
「え?」
「ここは敵地です。そこに留まる時間が長引くのに比例してこちらが不利になるものです。
更にそんな状態に陥れば、反乱を起こしたガリアの諸侯も再度寝返る恐れがあります。
そうなれば、均衡は一気に崩れ去るでしょう」
 ミラーの語った状況を想像して、渋い顔になるルイズ。
「また、ガリア王政府……はっきり言えば、ジョゼフ王がまたも怪獣を差し向けてくることも
十分ありえます。今はまだその兆候はありませんが……」
 それが一番恐れていることであった。ジョゼフが何を考えているのかは知らないが、虎街道
以来怪獣を刺客に送ってくることは起きていない。しかしその気になればいつでも出来るはずだ。
怪獣ならばウルティメイトフォースゼロが相手になれるが、その戦いの余波でロマリア側に打撃が
あったら、こんな均衡はすぐにでも崩れてしまうことだろう。そうなれば敗戦は必至だ。
「つまり、表面的には均衡が取れてるようでも、実際はこっちの旗色が大分悪いってことね。
ああ、姫さま、早く戻られないかしら。何をどうするつもりなのかは知らないけど……」
 祈るようにつぶやいたルイズは、はたとミラーに尋ねかける。
「ところで、サイトはどこに行ったか知ってる? 今日は朝から姿が見えないんだけど……」
「サイトならあっちの方で、ゼロと一緒にいますよ」
 ゼロと? ルイズはミラーの言動を訝しんだ。才人とゼロは再度融合したので、一緒にいる
なんてことはいちいち言わなくてもいいことのはずだ。
 ともかくミラーが指し示した方向へ向かってみると、そこで才人が誰かに剣の稽古をつけて
もらっていた。
「もっと自分の感覚を研ぎ澄ませ! 一瞬たりとも集中を切らすな! もう一度行くぜ!?」
「ああ! 頼む!」
 その相手とはランであった。ルイズは驚いて二人の稽古に割って入る。
「サイト! どうしてまたゼロと分離してるの?」
 ランの正体はもちろんゼロである。つまり才人は、再びゼロと一体化したというのにまた
分かれているということだ。どうしてそんなことをしているのか。
 ルイズに振り返った才人とゼロが順番に答えた。
「ちょっとな、ジョゼフの奴をぶっ倒す時のために備えて、少しでも鍛えてもらってたんだ。
こうして剣の相手をしてもらう方が一番効率いいからな」
「ジョゼフの正体が宇宙人の変身とかだったらともかく、人間だったら才人の純粋な実力で
戦わなきゃならねぇ。その時に確実に勝てるようにってな」
 ルイズはそんな二人に呆れ果てる。
「姫さまが武力による戦い以外で決着をつけようとなさってるじゃない。あんたたちは姫さまの
ことを信じてないの?」
「そうじゃないけど、ジョゼフだけはどうしても俺の手で直接引導を渡してやりたいんだ。
あいつがタバサにしたことは、ほんとに思い返すだけで腹が煮えくり返るからな!」

124ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/24(日) 00:16:32 ID:D5TtEua.
 憤りながらの才人の発言。ルイズは無駄に熱意を燃やす才人に肩をすくめるとともに、
ある意味でタバサに熱を上げる才人の様子が若干面白くなかった。
 そんなところに、マリコルヌたちオンディーヌの仲間が駆けつけてきた。
「サイト! こんなところにいたのか!」
「あッ! その男はこないだの!」
 マリコルヌたちはランの顔を認めると、険しい顔で彼に対して身構えた。彼らからしたら、
突然現れて才人の居場所を奪ったように見えるランは憎らしく感じるのだろう。その正体が
ウルトラマンゼロだと知ったら、一体どんな反応を見せるのだろうか。
 才人は苦笑しながらマリコルヌたちに取り成した。
「みんな、この人は俺の友達で、訓練をつけてくれた師匠でもあるんだ。だからそう嫌わないで
やってくれよ」
 その言葉は嘘ではない。才人はゼロの戦いぶりをすぐ側で見ていることで強くなった面もある。
 才人の言葉でオンディーヌの態度も変わる。
「えッ、そうだったのか?」
「何だ。それならそうと俺たちにも紹介してくれよな! 全く水臭いぜ」
「すいません。にらんだりなんかして」
 態度を軟化させて謝罪するマリコルヌたちに手を振るゼロ。
「いいんだ。それより才人に何か用があったんじゃないのか?」
「ああそうだった! サイト、ギーシュの奴を助けてやってくれないか」
 マリコルヌが才人に振り返って頼み込んだ。
「ギーシュを?」
「あの目立ちたがり屋、酔った拍子に中州の決闘に加わろうとしてるんだ。だけど相手が
こっちの貴族を三人も抜いてる奴でさ、ギーシュじゃあどう考えても荷が重いんだよ。
殺されるかも」
「あんの馬鹿」
 才人は急いで駆け出し、川原へと躍り出て今まさに出航しようとしていたギーシュの小舟に
上がり込んだ。
 それを見送ったルイズは大きなため息を吐いた。
「ギーシュの奴、相変わらず困ったものね。最近少しはマシになったかと思ったのに、やっぱり
問題起こすんだから」
「全くだな」
 ゼロも苦笑いして肩をすくめた。

 ガリアの騎士は相当な手練れであったが、才人とて数々の激戦に揉まれた猛者。無事に撃退し、
ギーシュを助けることに成功した。更にはガリア側の後続も次々返り討ちにし、オンディーヌは
才人が倒した騎士から身代金をせしめて大儲けした。才人は、そんなことをしに来たんじゃ
ないんだけど、とぼやいていた。
 しかし最後の相手となった、鉄仮面を被った男は、それまでの決闘が子供の遊びに思えるかの
ように強い戦士であった。さすがの才人もてこずり、緊張の汗を流したが……男は才人と鍔迫り合いを
しながら、こんなことを聞いてきた。
「シャルロット……いや、タバサさまを知っているか?」
 男はタバサの家系であった、オルレアン公派の人物だったのだ。彼はわざと才人に負け、
釈放金に紛れさせたタバサ宛ての手紙を才人に送ったのだった。
 その日の夜、才人はその手紙をタバサに渡しに行った。しかし“聖戦”が発動してからと
いうもの、自分やタバサにはどこに行こうともロマリアの見張りがついていて、内容如何に
よっては彼らの前で読む訳にはいかない。そこで才人はタバサとの逢引きのふりをして、
シルフィードに乗って空へと上がることにした。
 その間、タバサが妙に黙っているので、才人は少々気を揉んだ。
「……ごめん。嫌だったか?」
「……平気」
 タバサが黙っていたのは全く別の理由からだったが、幸か不幸か、才人にそれを察する
洞察力はなかった。
「……昼間、中州で俺たちガリア軍の貴族と一騎討ちをやってたんだよ」
「知ってる」

125ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/24(日) 00:19:16 ID:D5TtEua.
「最後の相手が、俺にこれを託した。タバサにこれを渡してくれって。お前の味方じゃないのか?」
 才人が預かった手紙をタバサに差し出した。タバサが封筒を破り、中から出てきた便箋を
杖の灯りで読み始める。
「カステルモール」
「やっぱり、知ってる奴か? 聞いたことがあるな。そうだ! お前を助け出した時に、
ガリア国境で俺たちを逃がしてくれた奴だ!」
 感慨深げにつぶやく才人。アーハンブラからの逃避行で、ガリアからゲルマニアへ逃れる際の
国境破りの際に、タバサを連れていると知りながら見逃してくれた男だったのだ。
「俺も読んでいいか?」
 タバサの許可を得て、手紙の内容に目を走らせる才人。そこには、ジョゼフに対して決起を
起こしたが返り討ちに遭ったこと、どうにか逃げおおせてからは傭兵のふりをしてガリア軍に
潜り込んでいること、そしてタバサに“正統な王として即位を宣言されたし”と書いてあった。
そうすれば、ガリア王軍からの離反者を纏め上げてタバサの元に馳せ参じると……。
 才人は厳めしい顔となってタバサに尋ねかける。
「難しいことになってきたな……。で、どうするんだ?」
「どうすればいいのか分からない」
 才人は考え込む。ガリア王軍のほとんどが忠誠を誓うのは、王家の血筋。今となっては
その血筋は、表向きはジョゼフの系列しか残っていないから、ジョゼフの下についているが、
そこにタバサが王権を主張して進み出れば、確かに王軍からも離反者が多く出ることだろう。
亡きオルレアン公は、ジョゼフとは反対に人望に厚かったからだ。
 しかしそうすることは、タバサの危険が大きい。タバサが国のほとんどを奪い取れば、
ジョゼフもいよいよ黙ってはいまい。本気でタバサの命を狙ってくる恐れが強い。才人は
そんなことは認めがたかった。
 才人は考えた後に、タバサに告げた。
「今、姫さま……アンリエッタ女王陛下は国に帰っている。この“聖戦”を止めるために、
何か策を練っている最中なんだ。俺たちはそれまで自重しろと言われてる。一騎討ち騒ぎとか
やっちゃったけど……。だから、タバサもとりあえずこの件は置いといてくれないか?」
「……分かった」
 タバサは素直に才人の頼みを聞き入れた。
 そして二人は、手紙の末尾の一行に、目を丸くした。
“ジョゼフは恐ろしい魔法を使う。寝室から、一瞬で中庭に移動してのけた。くれぐれも
ご注意されたし”
「タバサ、こんな魔法を聞いたことがあるか?」
 タバサは首を横に振った。彼女の豊富な知識でも、そんな魔法には覚えがなかった。
「となると……。未知の呪文。……まさか、虚無?」
「……その可能性は低くはない」
 緊張した声音でタバサが答えた。ジョゼフは四系統の魔法の才能がないことが、『無能王』と
呼ばれるようになった最大の理由なのだ。
「この話はここに留めておこう。ロマリア軍がどこで聞いているか分からないからな。全く、
空の上ぐらいしか落ち着いて内緒話が出来ないなんて」
 ため息を吐いた才人に、タバサが不意に寄り添ってきた。
「どうした? 寒いのか?」
 タバサはこくりとうなずいた。
「そっか……。夜だし、空の上だもんな」
 納得する才人だが、しかし風はシルフィードが上手くそらしてくれているから、才人が
寒いと感じていないならばタバサも同じはずなのだ。
 だが才人は疑わず、マントを広げてタバサの身体も覆った。
「……じゃあ、そろそろ帰るか」
 才人はそう言ったが、タバサは次のように告げた。
「もうちょっと」
「え?」

126ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/24(日) 00:21:30 ID:D5TtEua.
「……もうちょっとだけ、飛んでいたい」
 才人には、どうしてタバサがそんなことを言うのか見当がつかなかった。しかしタバサが
そう言うのならば、と従うことにする。
「そうか。それじゃあもう少しだけ……」
 と言いかけたのだが……その時に、ガリア側の陣地の上空に何やら怪しげなものが漂って
いることに気づいて言葉を途切れさせた。
「何だあれ?」
 才人のひと言にタバサも我に返って顔を上げ、そして硬直した。目に映ったものが理解
できなかったからだ。
 空に浮かぶ『それ』は、白く巨大なクラゲのようだった。しかし当たり前な話、クラゲは
空にはいない。そしてその輪郭はやたらとおぼろげであり、一体だけのようでありながら
複数いるように見える。どうにもはっきりとしないその光景は、幻覚も疑うところだ。
「空に……でかいクラゲ?」
 呆気にとられる才人たちだったが、やがてそれにばかり気を取られていられない事態が
発生していることに気がつく羽目になった。
 地上を見下ろすと、崖の裾野の平原を貫くリネン川をいくつもの点が横断していた。
 そしてその点の正体は……全員ガリア軍の兵士や騎士であった!
「何!? ガリアの夜襲か!?」
 色めく才人だったが、タバサが緊張した面持ちで否定した。
「……違う。様子がおかしい」
 高空からでは正確な様子は分からないが、川を渡るガリア軍は全員がてんでバラバラで、
隊列の概念すら成していない。しかも身分までがごちゃ混ぜであり、貴族が平民の中に平然と
混ざり込んでいる。普通ならば考えられないことだ。
 極めつけは、彼らの全員が正常な精神状態にないことだった。船も使わずに夜の川を泳いで
渡ろうなど、正気の沙汰ではない。
 才人はハッと、空に漂う巨大クラゲに目を戻した。
「まさか……あいつの影響かッ!」

 突然夜空に現れた怪物に注意を向けている才人たちは気づかない。いや、たとえそれが
なかったとしても悟ることはなかっただろう。一羽のフクロウが、才人たちの会話を拾える
ギリギリの距離を保ちながらシルフィードを尾行していたということに。黒いフクロウの姿は
夜空の中に紛れ込んでおり、また気配を完全に殺して夜の闇と同化していたのだ。

127ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/24(日) 00:23:35 ID:D5TtEua.
今回はここまで。
波動生命体ってドゴラを思い出します。

128ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/30(土) 21:34:02 ID:dTP6KUWI
こんばんは、焼き鮭です。今回の投下を行います。
開始は21:37からで。

129ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/30(土) 21:37:10 ID:dTP6KUWI
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十八話「悪夢の四重奏」
超空間波動怪獣メザード
超空間波動怪獣サイコメザード
超空間波動怪獣サイコメザードⅡ
超空間波動怪獣クインメザード 登場

 夜空での密会中、謎の空飛ぶ巨大クラゲとリネン川を横断しようとする正気を失ったガリア軍を
目撃した才人とタバサ。二人は眼下のガリア軍の様子を一瞥した後、前方のクラゲの方をにらみつける。
「あいつら、やっぱりただごとじゃねぇぜ……。あのクラゲが何かしたことは確実だ!」
 才人の言葉にこくりとうなずくタバサ。あの奇怪な生物とガリア軍の異常が偶然同時発生
したとは考えにくい。これもガリア王政府の悪だくみの一つだろうか。
「けど……あのクラゲは何なんだ!? 一匹なのか? それとも大量にいるのか?」
 才人たちは判別をつけられなかった。何故なら、クラゲは一箇所にいるように見えて、
次の瞬間には別の地点にただよっているようにも見えるからだ。一瞬たりとも、同じ場所には
留まっていない。これは一体どういう現象なのか。
 このことについてゼロが答えた。
『あれは一点にのみ存在してるんじゃねぇ……あの空域全体に同時に存在してるんだ!』
「へ? それってどういう意味?」
 ゼロの言葉は、聡明なタバサでさえ理解できなかった。ゼロが説明する。
『かなり難しい話になるから詳しいことは省くが、あのクラゲの身体は波みたいにゆらゆら
してて広い範囲に跨ってるんだ。人間の脳じゃそれを正しく認識することは出来ないから、
姿をはっきりと捉えられねぇんだよ。当然三次元の生き物じゃねぇ……いわゆる異次元怪獣だな』
「異次元怪獣……つまり掟破りって訳だな」
 一応は納得する才人。異次元に存在する怪獣は、時間と空間をねじ曲げるブルトンに代表
されるように、三次元世界の物理法則をあっさりと無視するものだ。
 そして目の前の巨大クラゲは、生物でありながら量子力学の観点における粒子の振る舞いを
するのである。通常の生物のように時空間の一点に連続して存在しているのではなく、広域に
確率的に存在している……いわば波動生命体なのだ。M78ワールドの怪獣では、ディガルーグが
近い性質を有している。
『ともかく今すべきことは、あの怪獣をどうにかしてガリア軍の侵攻を止めることだ』
「分かった。タバサはみんなのところに行ってガリア軍の接近を知らせてくれ!」
 手短にタバサへ指示する才人。こうして渡河するガリア軍の姿を事前に発見できたのは、
不幸中の幸いだ。向こうが渡り切る前ならば対処が間に合う。
 そして才人は自らシルフィードの上より空中へ投げ出し、大空で風を切りながらウルトラ
ゼロアイを装着した。
「デュワッ!」
 才人の身体が瞬時にウルトラマンゼロのものに変身。ガリア軍を操っている波動生命体
めがけ飛んでいく。
『でもゼロ、身体が波みたいな奴をどうやってやっつければいいんだ? 普通の攻撃が通用
するのか?』
『しねぇだろうな』
 即答するゼロ。肉体が100%の確率で存在していない状態では、如何なる威力の攻撃もすり抜けて
しまって何の効果も発揮しないからだ。
『けど案ずるな! 対処の方法はあるぜ!』
 才人に頼もしく応えながら、ゼロはルナミラクルゼロに変身。
「ジュアッ!」
 そして広げた両腕の間から波紋を飛ばし、波動生命体にぶつける。するとどうしたこと
だろうか。空に同時に存在しているように見えた波動生命体の身体が一点に集まっていき、
一個の存在として確立されたのだ。
『すっげぇ! 今のどうやったんだ?』
『あいつの波長と真逆の波長をぶつけることで、存在の確率を一点に収束させたのさ。これで
奴はもう波じゃねぇ』

130ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/30(土) 21:39:45 ID:dTP6KUWI
 ルナミラクルゼロの超能力によってなせる妙技。これによって波動生命体は攻撃を透過
することは出来なくなった。
 だが、これによってまた別の問題が発覚した。
『しかし……まずいな。あいつそもそも一体だけじゃなかったみたいだぜ』
『え?』
『見ろ、今の「奴ら」の姿を!』
 改めて確認すると……存在が収束されたにも関わらず、空に飛んでいるクラゲの数は何と四体。
 つまり、元から波動生命体は四体も存在していたのだ!
『ま、マジかよ!』
 さすがに動揺する才人。しかも波動生命体の群れは地上に降下すると、その姿をグロテスクな
怪物のものへと変化させたのだった。
「キャアオッ! キャアオッ!」
「ギャアァァァ!」
「キャアァァァ!」
 クラゲの傘から首が伸びたような怪物、それが二本の足で直立したようなもの、更にそれの
腹に人面が備わっているもの、更に更に顔が他と違って背面にも人面が並ぶものの、計四体が
カルカソンヌの市街地に出現した。
 波動生命体の正体、メザード。その一族であるサイコメザード、サイコメザードⅡ。そして
女王個体であるクインメザードの超空間波動怪獣軍団だ!
「ギャアァァァ!」
「キャアァァァ!」
 そしてガリア軍は、このメザードたちの発する電波によって脳神経を操作され、まるで
マリオネットのように意のままに操られているのだった。
「キャアァァァ! キャアァァァ!」
 メザードたちはクインメザードの指揮によって、四体がかりでゼロに襲い掛かろうとしている。
 しかし集団には集団だ。ゼロにも仲間はいるのだ!
『待ちな! 俺たちのことも相手してもらうぜぇ!』
『とぁッ!』
『ジャンファイト!』
 グレンファイヤー、ミラーナイト、ジャンボットが直ちにゼロの元へと集合した。怪獣軍団は
三人の登場に思わず足を止める。
『よっし! 頭数は同じだ! みんな、一気に行こうぜぇッ!』
 通常形態に戻ったゼロの号令により、ウルティメイトフォースゼロは怪獣軍団に正面から
ぶつかっていく! ここにカルカソンヌの人間たちの命運を分ける乱闘は開始されたのだった。

 メザードたちの力で理性を失い、操り人形にされているガリア軍だが、リネン川から
カルカソンヌの市街地の間にはおよそ百メイルの切り立った崖がそびえ立っている。さすがに
崖をよじ登ることは出来ないので、大半の兵士は長く続くジグザグの階段に押し寄せている。
 その階段の頂上には、タバサからの連絡によって緊急出動したオンディーヌやロマリア軍が
バリケードを築いたので、ガリア軍の侵攻はそこで食い止められていた。頭数ならばガリア軍が
圧倒的に上だが、階段を上れるのは限られた人数だけ。それならば止めるのも難しい話ではない。
メイジは“フライ”を使って飛んでくるが、基本的に高い場所にいる方が戦いでは有利。飛んで
くるメイジは魔法で各個撃退されていた。
「ふぅ、何とか壁が間に合ったな。これでガリア軍は街の中に入れない」
「タバサが報せてくれなかったら危なかったね」
 バリケードを構築して息を吐いたギーシュとマリコルヌがつぶやき合った。タバサの連絡が
なかったら、彼らはガリア軍の接近に気づくのが遅れ、侵攻の阻止が間に合わなかっただろう。
そうなったことを想像したらぞっとする。
 また、彼らはガリア軍の様子にも恐怖心を覚えていた。

131ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/30(土) 21:42:23 ID:dTP6KUWI
「しかし……今のガリア軍のありさまには、身の危険に関係なくおぞましい気分になるよ」
「分かるよ。それに正気じゃない相手を攻撃するのは気が引けるね……」
 今のガリア軍は虚ろな目でうめき声を上げながらバリケードに押し寄せており、何度押し
返されようとも自分のダメージも構うことなく這い戻ってくる。怪談に出てくるような動く
死体さながらだ。人間はこのような、常識から外れたものに恐怖を抱く。また、操られている
だけの相手を攻撃するのも騎士道にもとる。そのためロマリア軍は完璧な防衛態勢を築きながら、
士気は時間が経つ毎に衰えていた。
 士気が減衰していては勝てるものも勝てない。これに危惧したルイズは、崖の向こうで
波動怪獣軍団と戦っているウルティメイトフォースゼロに祈った。
「お願い、みんな……。出来るだけ早く片をつけて……!」

 グレンファイヤーはメザードに狙いを定めてパンチを繰り出す。
『おらぁぁぁッ!』
「キャアオッ! キャアオッ!」
 拳をまともに食らうメザードだが、殴り飛ばされながらも重力を無視したような動作で着地。
ゆらゆらと蠢く様子からは、さほどダメージを受けていないように見えた。
『何ッ!』
 メザードの肉体は柔軟性が高い。そのため衝撃を受け流しているのだった。
「キャアオッ! キャアオッ!」
 メザードは胴体部の傘の頂点から怪光弾をグレンファイヤーへ連続発射。
『ぐッ!』
 ひるませたグレンファイヤーに触手を伸ばして巻きつけ、電撃を流し込んだ。
『ぐわあぁぁぁッ!』
「キャアオッ! キャアオッ!」
 電流を延々と食らわし続け、グレンファイヤーをじわじわと苦しめるメザード。
『ぐッ、そうは行くかぁぁぁぁぁッ!』
 しかしグレンファイヤーが気合いを発すると、彼から生じたエネルギーによって電撃が逆流。
触手が焼き切れた!
「キャアオッ!!」
『そんなにふらふらなよなよしてんじゃねぇぜ! 男だったら腰に力入れなッ!』
 切れた触手を投げ捨てたグレンファイヤーが一喝。そして腕に炎のエネルギーを溜める。
『俺が根性焼き直してやるぜ! グレンスパークッ!!』
 灼熱の光弾が投擲さえ、メザードに直撃。たちまち爆発を起こし、メザードは全身に火が
点いて炎上していった。
「ギャアァァァ! ギャアァァァ!」
 サイコメザードは空中を滑空しながら、ミラーナイトへ腹より怪光弾を降り注がせる。
『何の!』
 しかしミラーナイトは頭上にディフェンスミラーを張って光弾を防ぎ切った。そして着地した
サイコメザードへミラーナイフを飛ばす構えを取る。
「ギャアァァァ!」
 だがこの時、サイコメザードが不気味に眼を細めた。
 すると対岸の街に残っていた兵士たちや元々のカルカソンヌの住民がわらわらと集まってきて、
サイコメザードの前方に展開。サイコメザードに操られているのだ!
『何ッ! 何と卑劣な……!』
 ミラーナイトは手を止めざるを得なかった。下手にサイコメザードを攻撃したら、操られて
いる人々が押し潰されてしまうかもしれない。
「ギャアァァァ! ギャアァァァ!」
 人間を盾にする卑怯千番なサイコメザードは、ミラーナイトが動けないのをいいことに
両腕を伸ばして彼を捕まえようとする。
 しかし腕がぶち抜いたのは鏡であった!
「!?」
『そういうことをするだろうと思ってました』
 サイコメザードの背後からミラーナイトが言ってのけた。彼は人間を操作するメザードたちの
やり口を事前に推測し、お得意の鏡像トリックを用いて逆に罠を掛けていたのだ。

132ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/30(土) 21:44:45 ID:dTP6KUWI
 ミラーナイトはサイコメザードが反応を起こす前に背後からがっしりと捕まえて、空高くへ
投げ飛ばした。
「ギャアァァァ!!」
『シルバークロス!』
 十字の光刃がサイコメザードを切り裂き、人間に被害を出すことなく打ち破ったのであった。
『むんッ!』
「ギャアァァァ! ギャアァァァ!」
 ジャンボットはサイコメザードⅡの腹部に鉄拳を入れる。重い一撃によたよたと後ずさる
サイコメザードⅡだが、指先から電撃を飛ばしてジャンボットに反撃。
『むおッ!』
 激しい電撃の嵐にジャンボットが体勢を崩したようであったが、それは一瞬だけで、
ジャンブレードで電撃を絡め取って相手の攻撃を無力化する。
「ギャアァァァ!」
『貴様たちのような卑怯極まる相手に、この鋼鉄の武人は絶対に屈さんッ!』
 正義の怒りに燃えるジャンボットには、小手先の攻撃など通用したりはしなかったのだ。
ジャンボットは頭部から銃身をせり出して必殺の光線を発射する。
『ビームエメラルド!』
 光線がサイコメザードⅡを貫き、そのまま炎上させて消滅させたのであった。
 そしてゼロはクインメザードと戦っているが、ボス格だけあってその実力は一番高く、
雷撃によってゼロの接近を防ぐ。
「キャアァァァ! キャアァァァ!」
『うおッ! こりゃ近づけそうにねぇな……。ならッ!』
 距離を詰められないのならと、ゼロスラッガーを飛ばす構えを取ったゼロだが、クインメザードは
不意に足元を触手でしたたかに叩く。
「キャアァァァ!」
 その場所から炎の柱が起こり……どういうことだろうか。ストロングコロナゼロが現れた
ではないか!
『何ッ!』
『ゼロ、あれはどういうことなんだ!? どうしてゼロがもう一人……!』
 動揺する才人に、ゼロは答える。
『奴の特殊能力によって作られた、俺の偽者のようだな……!』
 クインメザードには他のメザードにはない独特な能力がある。それは実体を伴った幻影を
作り出すことで、それを使って幻影のストロングコロナゼロを作り上げたのだ! ゼロには
ゼロをぶつけようという目論見だろうか。
「キャアァァァ! キャアァァァ!」
 幻影ゼロはクインメザードの指示により、本物のゼロに飛び掛かってくる!
『うおッ!』
 ゼロは幻影ゼロとがっぷり四つを組む。しかし相手の凄まじい筋力に押され気味になる。
『くッ……!』
 幻影とはいえパワーに優れたストロングコロナゼロ。通常状態のゼロでは勝ち目はないのか?
 ……と、思われたのだが、
『舐めんなよ! 幻影の俺をぶつけられるなんてのは経験済みだ! もう俺は、自分には
負けねぇぜぇぇぇぇッ!』
 啖呵を切ったゼロが腕に一層の力を込めると、本物のパワーが幻影を上回り、幻影ゼロの
足が地面から浮き上がった。
『どりゃあああッ!』
 この一瞬の隙に、ゼロは己の幻影を竜巻のような勢いで放り投げる!
「キャアァァァ!」
 この結果にたじろぐクインメザード。ゼロはこの絶好のチャンスを逃したりはしなかった。
「シェアッ!」
 ワイドゼロショットがクインメザードに炸裂! クインメザードは一瞬にして爆裂し、
メザード軍団はこれで全てが倒された。

133ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/30(土) 21:46:55 ID:dTP6KUWI
 同時にガリア軍の支配が解け、彼らはバタバタとその場に倒れ込んでいった。川の水の
中に突っ伏した者はいち早く目覚めて慌てて飛び起きた。
「終わった……」
「ふぅ、助かった……」
 ギーシュを始めとして、ロマリア軍はガリア軍の侵攻が停止したことに大きく息を吐いて
安堵したのだった。

 怪獣たちによる奇襲が防がれて、ゼロから戻った才人はロマリア側の陣営に戻ってきた。
周囲はまだ混乱と事態の後始末が終わっておらず、彼に構う暇のある者はいなかった。
「危ないとこだったけど、どうにか犠牲者を出さずに済んだな。姫さまの帰りまでに、こっちが
総崩れになるなんてことにならなくてよかった」
 と才人は安心を口にしていたが、ゼロは危惧の声を発する。
『だが、今回のことで多くの人間が精神的なショックを受けたことだろう。どんな経緯に
なるにせよ、これで今の均衡状態は長くは続かねぇことになるだろうな……』
「……そうなのか……」
 ゼロの指摘で才人は顔を曇らせる。ロマリア軍が、ガリアの防衛線が崩れたことにつけ込んで
渡河しようとするか、逆に別の場所に展開しているガリア軍がロマリアの動揺しているところを
狙って進軍してくるか、どちらになるかは分からないが、戦局に動きがあるのは才人たち的には
良くない。彼らはアンリエッタに、本格的な戦いにならないように約束しているのだ。
「姫さま、早く戻られないものか……」
 才人がここにいないアンリエッタに願っていると、彼の元にジュリオが駆けつけてきた。
「やぁサイト、ここにいたか! ずっと姿が見えないから心配したんだぜ」
 彼の顔を見ると、才人は一瞬にしてしかめ面となった。
「よく言うぜ。こないだは殺そうとしたくせに」
 ストレートに嫌味をぶつけるが、ジュリオはまるで意に介さなかった。
「そう言ってくれるなよ。ぼくたちも聖地の回復のために必死なんだ。別にきみが憎い訳
じゃない。この世界にいてくれるのなら、当然生きててくれた方がありがたいさ」
「はん、どうだか」
 ジュリオに冷めた目を送る才人。彼はこの食えない男がどうも苦手であった。自分たちの
非道さをそのまま理解した上で受け止め、こちらに誠実な態度を見せる。その分、逆に真意を
測りがたいのだ。
 と思っていたその時、才人の頬を何か鋭いものがかすめた。
「あいでッ!」
 一羽のフクロウであった。フクロウはジュリオの肩に止まる。
「おや、ネロじゃないか。お帰り」
「何だよそいつ……」
「ぼくのフクロウだよ。おや、いけない! 血が出てるぜ」
 才人の頬は、フクロウの爪がかすめて切れていた。ジュリオは何気ない仕草で才人の頬を
濡らす血をハンカチでぬぐった。
「よせよ。血なんかすぐ止まるよ」
 才人がなれなれしいジュリオの手を払うと、ジュリオは気を悪くした風もなくハンカチを仕舞った。
 才人はそんなジュリオに、重要なことを尋ねる。
「こんな大騒動になっちまったが、いつまでガリアとにらみ合いを続けるつもりなんだ?」
 ジュリオは両手を広げて思わせぶりな態度を取った。
「さぁね。でもまぁ、そう遠くない内に風が吹くと思うよ」
 そのまま才人に背を向けて、スタスタと歩み去っていく。
 ……その顔には、してやったりというような不敵な笑みが浮かんでいた。

134ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/30(土) 21:47:36 ID:dTP6KUWI
以上です。
ガリア編もいよいよ終わりが近いです。

135ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:02:07 ID:Xfy8vrRQ
ウルトラマンゼロの人、投稿おつかれさまでした。

さて、こんばんは。無重力巫女さんの人です。
後一時間程度で十月になりますが、八十七話の投稿を二十三時五分から始めます。

136ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:05:10 ID:Xfy8vrRQ
 チクントネ街から旧市街地の間を横切るようにして造られた一本の水路がある。
 この水路もまた地下への下水道へと続いており、人通りの少なさもあってか地下へと続く暗渠が他よりもやや不気味な雰囲気を醸し出している。
 また、水路と道路には三メイル以上の段差があるせいか通行人が落ちないようにと鉄柵が設けられている。
 普段は旧市街地と隣接している場所であるためか人気も無く、水の流れる音だけがBGМ代わりに水路から鳴り響いている。
 一部の人間の間では、王都で川の流れる音を静かに聞きたいのならこの場所と囁かれているらしいが冗談かどうか分からない。
 まぁ最も、すぐ近くには共同住宅が密集している通りがあるので完全に人の気配がしない…という日はまず来ないだろう。

 そんな静かで、活気ある繁華街と棄てられた廃墟群の間に挟まれた水路には、今多くの人間が押しかけていた。
 それも平民や貴族達ではなく、安い鎧に槍と剣などで武装した衛士隊の隊員たちが十人以上もやってきているのである。
 年齢にバラつきはあれど、彼らは皆一様に緊迫した表情を浮かべて柵越しに水路を見下ろしていた。
 彼らの視線の先には、水路の端に造られた道に降りた仲間たちがおり、彼らは一様に暗渠の方へと視線を向けている。
 暗渠の中にも既に何人かが入っているのか、一人二人出てくると入り口で待つ仲間たちと何やら会話を行う。
 そして暗闇の奥で何かが起こった――もしくは起こっていた?――のか、入口にいた者達も暗渠の中へ入っていく。

 衛士達が何人もいるこの現場に興味を示したのか、普段はここを訪れない者たちが何だ何だと押し寄せている。
 近くの共同住宅に住む平民や下級貴族たちが大半であり、彼らは衛士達が張った黄色いロープの前から水路を覗こうと頑張っていた。
 ハルケギニアの公用語であるガリアの文字で「立ち入り禁止」と書かれたロープをくぐれば、それだけで罪を犯した事になってしまう。
 ロープを挟んで平民たちを睨む衛士たちに怯んでか、それとも罪を犯すことを恐れてか誰一人ロープをくぐろうとしない。
 張られている位置からでは上手く水路が見れないものの、それでも衛士達の間から漏れる会話で何が起こったのか察し始めていた。

「なぁ今の聞いたか?地下水道の出入り口で白骨死体が見つかったらしいぜ」
「しかも聞いた限りじゃあ衛士隊の装備をつけてたって…」
 一人の平民の話に若い下級貴族が食い付き、それに続いて中年の平民女性も喋り出すす。
「殺人事件?…でも白骨って、じゃあ殺されてから大分経つんじゃないの?」
「いや…それがここの下水道近くに住んでるっていうホームレスが言うには、ここ最近死体なんて一度も見なかったらしいぞ」
 女性の言葉に旦那である同年代の平民男性がそう返し、他の何人かが視線をある人物へ向ける。
 彼らの目線の先、ロープの向こう側で一人の男性衛士から事情聴取を受けているホームレスの男性の姿があった。
 いかにもホームレスのイメージと聞かれた大衆がイメージするような姿の中年男性は、気怠そうに衛士からの質問に答えている。

 朝っぱらだというのに喧騒ならぬ物騒な雰囲気を滲ませている一角を、博麗霊夢は屋上から見つめていた。
 そこそこ良かった朝食の直後にここへ向かう衛士達の姿を見た彼女は、とある淡い期待を抱いてここまで来たのである。
 淡い期待…即ち自分のお金を盗んでいったあの兄妹の事かと思っていた彼女は、酷くつまらなそうな表情で地上を眺めていた。
「何よ?てっきりあの盗人たちが見つかったのかと思ったら…単なる殺人事件だなんて」
『単なる、と言い切っちゃうのはどうかと思うがね?お前さんたちが寝泊まりしてる場所からここはそう遠くないんだぜ』
 デルフの言葉で彼が何を言いたいのかすぐに理解した霊夢は口の端を微かに上げて笑う。

137ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:07:13 ID:Xfy8vrRQ
「どんな殺人鬼でも、あの店を襲おうもんならスグに襲ったことを後悔するわね」
『随分自身満々じゃないか…って言っても、確かにお前さんたちと遭遇した殺人鬼様は間違いなく不幸になるだろうな』
「んぅ〜…それもあるけど、何よりあそこにはスカロンが店を構えてるし大丈夫でしょ?」
 半分正解で半分外れていた自分の言葉を補足してくれた霊夢に、デルフは『あぁ〜』と納得したように笑う。
 確かに、どんなヤツが相手でも人間ならば間違いなく『魅惑の妖精』亭の店長スカロンを前に逃げ出す事間違いなしである。
 タダでさえ体を鍛えていて全身筋肉で武装しているというのに、オネェ言葉で若干オカマなのだ。
 見たことも無い容疑者が男だろうが女だろうが、スカロンが前に立ちはだかれば大人しく道を譲るに違いない。

 それを想像してしまい、ついつい軽く笑ってしまったデルフに気を取り直すように霊夢が話しかける。
「まぁ今の話は置いておくとして、普通の殺人事件でこんなに衛士が出てくるもんなのかしら?」
『確かにそうだな。…何か事情があるんだろうが、にしたって十人以上来るのはちょっとした大ごとだ』
 道路の上にいる人々と比べて、建物の屋上に霊夢の目には衛士達の動きが良く見えていた。

 その手振りや身振りからしても、自分たちと同じヒラか少し上程度の衛士が死んだ゙だげの事件とは思えない。
 道路の上から現場を指揮する隊長格と思しき隊員が、数人の隊員に人差し指を向けて急いで何かを指示している。
 少し苛ついている感じがする隊長格に隊員たちは敬礼した後、人ごみを押しのけて街中へと走っていく。
 暗渠へ入っていった隊員達の内二人が上から大きな布を掛けた担架を担ぎ、慎重に歩きながら出てきた。
 まるで大きくていかにも骨董的な割れ物を運ぶかのような慎重さと、人が乗せられているとは思えない程の凸凹が見えない布。
 きっとあれが、の中で死んでいたという衛士隊員の白骨死体なのだろう。
 入り口にいた隊員の内一人がその担架の方へ体を向け、十字を切っている。
 それに続いて何人かが同じように十字を切った後、担架は水路から道路へと出られる梯子の方まで運ばれていく。
 恐らく別の何処かに運ぶのだろう、隊長格の隊員が他の隊員と一緒に鉤付きのロープを水路へ落としている。

 そんな時であった、突如繁華街の方向から猛々しい馬の嘶きが聞こえてきたのは。
 何人かの隊員たちと野次馬が何事かと振り返り、霊夢もまたそちらの方へと視線を向ける。
 そこにいたのは、丁度手綱を引いて馬を止めた細身の衛士が慣れた動作で馬から降りて地に足着けたところであった。
『何だ、増援?…にしちゃあ、一人だけか』
「もう必要ないとは思うけど…あの金髪、どこで見た覚えがあるような?」
 地上にいる人々とは違い、霊夢の目には馬から降りたその衛士の背中しか見えなかった。
 辛うじて髪の色が金髪である事と、それを短めにカットしているという事しか分からない。
 それが無性に気になり、いっその事降りてみようかしらと思った彼女の運が良い方向へ働いたのだろうか。

 馬を下りたばかりの衛士は、別の衛士に後ろから声を掛けられて振り返ったのである。
 髪を少し揺らして振り返ったその顔は―――遠目から見ても女だと分かる程に綺麗であった。
 猛禽類のように鋭い目つきで後ろから声を掛けてきた同僚と一言二言会話を交えて、水路の方へと向かっていく。
 霊夢と一緒に見下ろしていたデルフが『へぇ〜女の衛士かぁ』ぼやくのをよそに、霊夢は少々面喰っていた。
 何故ならその女性衛士と彼女は、今より少し前に顔を合わせていたからである。

「あの女衛士、確かアニエスって言ってたような…」
 まさかこんな所で顔を合わすとは思っていなかった霊夢は、案外にこの街は狭いのではと感じていた。

138ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:09:09 ID:Xfy8vrRQ
 一波乱どころではない騒ぎに巻き込まれたアニエスが元の職場に戻れたのは、つい今朝の事である。
 軍部からの演習命令で一時トリステイン軍に入り、そのままタルブでの戦闘に巻き込まれた彼女は散々な思いをした。
 アルビオンとの戦いが終わった後もタルブやラ・ロシェールでの戦闘後の処理作業に追われ、
 更に戦闘開始直後に出現した怪物を間近に見たという事で、数日間にも渡って取り調べを受け、
 やっと衛士隊への復帰命令が来たと思えば、王都へ戻る際の馬車が混雑したり…と大変な目にあったのだ。

 そうして王都に戻れたのは今朝で、幸いにも書類に書かれていた復帰までの期日には間に合う事が出来た。
 彼女としては一日遅れる事は覚悟していたものの、早めにゴンドアを出ていて良かったとその時は胸をなで下ろしていた。
 駅舎の警備をしている同僚の衛士達と一言二言会話をした後で、手ぶらでは何だと思って土産屋で適当なモノを幾つか購入し、
 すっかり緑に慣れてしまっていた目で幾つも建ち並ぶ建物を見上げながら、アニエスは第二の故郷となった所属詰所へと戻ってきた。
 ふと近くにある広場にある時計で時刻を確認してみると丁度八時五十分。彼女にしては珍しい十分前出勤となる。
 いつもならばもっと早い時間に出勤して、昨日残した書類の片づけや鍛錬に時間を使うアニエスにとって慣れない時間での出勤だ。

 とはいえ立ちっ放しもなんだろうという事で彼女は玄関の傍に立つ同僚に敬礼し、中へと入る。
 そして彼女の目の前に広がっていた光景は―――慌てて緊急出動しようとする大勢の仲間たちであった。
 まるで王都に敵が攻めて来たと言わんばかりに装備を整えた姿の仲間数人が、急ぎ足で彼女の方へ走ってきたのである。
 彼らの鬼気迫る表情に思わずアニエスが横にどいたのにも気づかず、皆一様に外へと出ていく。
 いつもの彼女らしくないと言われてしまう程身を竦ませたアニエスが何なのだと目を丸くしていると、後ろから声を掛けて来た者がいた。

――あっ!アニエスさんじゃないか、戻ってきたんですか!?

 その声に後ろを振り向くと、そこには衛士にしては珍しく眼鏡を掛けた同僚がいた。
 彼はこの詰所の鑑識係であり、事件が起きた際に現場の遺品や被害者のスケッチなどを担当している。
 まだ鑑識になって日は浅いものの、若いせいか隊長含め仲間たちからは弟分のように可愛がられている。
 その彼もまた衛士隊の安物の鎧と鑑識道具一式の入ったバッグを肩から掛けて、外へ出ようとしていたところであった。
 アニエスは彼の呼びかけにとりあえず右手を上げつつ、何が起こったのか聞いてみることにした。

―――あぁ、今日が丁度復帰できる日なんだ。…それよりも今のは何だ?どうにもタダ事ではなさそうだが…
――――それが実は僕も良く知らないんですが、今朝未明に衛士隊隊員の死体が発見されたそうで…
―――――何だと?だがそれにしては騒ぎ過ぎだろ、こんなに騒然としてるなんて…隊長は何て?

139ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:11:10 ID:Xfy8vrRQ
 ふとした会話の中でアニエスが何気なく隊長の名を口にした途端、鑑識の衛士ばビクリと身を竦ませた。
 単に驚いただけではないというその反応を見て、アニエスは怪訝な表情を浮かべる。
 鑑識の青年衛士も、顔を俯かせて暫し何かを考えた後……ゆっくりと顔を上げて口を開いた。

―――実は、隊長はその…昨晩の夕方に退勤して以降、行方が分からなくて…自宅にもいないそうなんです…
――――な…ッ!?
―――――それで、発見された白骨死体が衛士隊員だという事で…みんな―――
――――――勝手な想像をするんじゃないッ!

 ちょっとどころではない死地から帰ってきて早々に、どうしてこんな良くない事が起きてしまうのか。
 アニエスは自分の運の無さを呪いながらも大急ぎで支度を整え、鑑識から現場を聞いて急行したのである。
 場所はチクトンネ街と旧市街地の間にある川で、既に何人もの衛士達が書けてつけているとの事らしい。
 本当なら応援はもういらないのだろうが、それでもアニエスはわざわざ馬を使ってまで現場へと急いだ。

 そうして現場へとたどり着いた時、既に件の白骨遺体は水路から上げられる所だったらしい。
 馬を降りて一息ついた所で、既に現場で野次馬たちを見張っていた同僚に声を掛けられた。
「おぉアニエス、戻ってきたのか?…すまんな、復帰早々こんなハードな現場に来てくれるとは」
「野次馬相手なら幾らいても足りなくなるだろう?それより、例の遺体はどこに……ん、あっ!」
 同僚と軽く挨拶しつつ、痛いはどこにあるのかと聞こうとしたところで彼女は群衆がおぉっ!声を上げた事で気が付いた。
 そちらの方へ視線を向けたと同時に、水路にあった被害者が引き上げられようとしていたのである。

 アニエスは失礼!と言いながら野次馬たちを押しのけてそちらへと向かう。
 何人かが押すなよ!と文句を言ってくるのも構わず進み、ようやく目の前に引き上げられたばかりの担架が見えた。
 野次馬を防いでいる衛士達が咄嗟に止めようとしたものの、同僚だと気づくとロープを持ち上げてアニエスを自分たちの方へと招いた。
「戻ってきたのかアニエス、大変だったらしいな」
「その話は後にしてくれ、それよりここの現場担当の隊長格は?」
 仲間たちの言葉を軽く返しつつそう言うと、水路に残っている部下たちにも上がる様指示していた上官衛士が前へと出てくる。
「俺の事…ってアニエスか!エラい久しぶりに顔を見た様な気をするが、よく帰ってこれたな」
「あっ、はい!奇跡的に傷一つ負わずに戻ってこれました。…それで、被害者の身元は分かったのですか?」
 彼女が良く知る隊長とはまた別の管轄を持つ彼の言葉にアニエスは軽く敬礼しつつ、状況の進展を探った。
 キツイ仕事から帰ってきたというのに熱心過ぎる彼女に内心感心しつつも、上官衛士は首を横に振りつつ返す。

「今の所俺たちと同じ服装をした白骨死体…ってだけしか分からんな。軍服と胸当てだけで身分証の類は持っていなかっ
 たから尚更だ。それに俺たちだけじゃあ骨で性別判断何てできっこないし、何より白骨死体にしては妙に綺麗すぎる。ホラ、見てみろ?」

 彼はそう言うと共に担架の上に掛かった布を少しだけ捲り、その下にある白骨をアニエスへ見せてみる。
 最初は突然の骨にウッと驚きつつも、恐る恐る観察してみると…確かに、上官の言葉通り洗いたての様に真っ白であった。
 まるで死体安置所で冷凍保管されていた遺体から肉を丁寧に落として、骨を漂白したかのように綺麗なのである。

140ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:13:32 ID:Xfy8vrRQ
 別に腐って乾燥した肉片とかついている黄ばんだ骨が見たいわけではないのだが、それでもこの白さはどことなく異常さが感じられた。
 思わずまじまじと見つめているアニエスへ補足を入れるかかの様に、上官は一人喋り出す。

「第一発見者の浮浪者がここら辺を寝床にしてるらしくてな、昨夜は濁流に飲み込まれないよう旧市街地にいたらしい。
 それでも、今朝見つけるまであんな綺麗な骨は絶対に無かった…と手振りを交えながら話してくれた。」

 上官の言葉にアニエスはそうですか…と生返事をした後、ふと気になった事を彼へと質問する。
「…それならば、この骨は昨夜の暖流で流れて来たのでは?」
「可能性は無くは無いが、それにしては変に綺麗すぎる。見てみろ、この白さなら好事家が言い値で買うかもしれんぞ」
 仮にも同僚であった者に対して失礼な例え方をしているとも聞こえるが、彼の表情は真剣そのものであった。
 茶化し、誤魔化しているのだろうとアニエスは思った。実際今の自分も冗談の一つぐらい言いたい気持ちが胸中にある。
 この骨が自分の管轄区の、粉挽き屋でバイトしていた自分を衛士として雇ってくれた隊長だと思いたくはなかったのだ。
 今のところは身元が全然分からないという事で安堵しかけているが、それでも不安は拭いきれない。

 もやもやと体の内側に浮かんでいるそれを誤魔化すかのように、アニエスは口を開く。
「それで、身元の特定作業はもう行っているのですか?」
「あぁ。今日欠勤している者を優先的に調べているが…ここは王都だ、全員調べるとなると明日の昼まで掛かる」
 アニエスからの質問に上官は肩をすくめてそう言うと、アニエスは仕方ないと言いたげにため息をつく。
 欠勤者だけではなく、非番の者まで調べるとなれば…文字通り街中を駆け巡らなければいけないのだ。
 これが単なる殺人事件ならばここまで大事にはならないが、殆ど傷がついていない白骨という奇怪な状態で見つかっているのだ。
 もはや衛士である前に、一介の平民である自分たちが対応できる事件としての範囲を超えてしまっている。

 持ち上げていた布をおろし、アニエスの方へと向いた上官は渋い表情を浮かべたまま言った。
「一応魔法衛士隊にも報告はしておいたが、正直今の国防事情では来てくれるかどうか…だな」
「確かに、平時ならばメイジが関与していると考慮して動いてくれますが…今はアルビオンと戦争が間近という状況ですし」
 上官の言葉にアニエスは頷く。彼女の言うとおり、今はこうした街中の事件で対応してくれる魔法衛士隊は別の任務に就いている。
 大半は新しく補充された新人隊員達に訓練を施し、更に有事に備えて軍や政府関連の施設の警備を優先するよう命令されている筈だ。
 となれば、いくら怪奇的な事件だとして出動を乞うても「今は衛士隊だけで対応せよ」という返事が返ってくるのは間違いないだろう。
 今はドットクラスメイジの手を借りたいほどに、王宮と軍が忙しいのはつい数日前までそこに所属していたアニエス自身が知っている。
 先の会戦で主な将校を何人も失った王軍と、戦力に余裕のある国軍を統合させた陸軍の創設及び部隊の再配置で更に忙しくなるだろう。
 それが本格的に行われる前に衛士隊へ復帰する事ができたアニエスは、思わずホッと安堵したくなった。

 ―――しかし、そこで彼女は胸中に秘めていた『願い』を思い出し、内心で安堵する事すら自制してしまう。
 もしも、この騒ぎに乗じて正式に軍に配備されていれば――――自分はもっと『王宮』へ近づく事ができたのでは、と。
 トリスタニアの象徴でもあるあの宮殿の中に眠るであろう『ソレ』へとたどり着ける、新たな一歩になっていたかもしれない。

 そこまで考えた所で彼女はハッと我に返り、首を横に振って今考えていた事を頭から振り払う。
(今はそんな事を考えている場合じゃないだろうアニエス。もう過ぎた事だ…今は、目の前の事件に集中しなければ)

 ひょっとすると、自分の体と頭は自分が思っている以上に疲れているのかもしれない。
「…少なくとも今できる事は情報収集です。可能ならば、私もお手伝いします」
 そんな事を思いつつ、それでも担架に乗せられた白骨の正体を知りたい彼女は上官に申し出た。

141ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:17:04 ID:Xfy8vrRQ

「できるのか?それなら頼む。今は猫の手も借りたい状況だ、是非ともお願いしよう。後、お前んとこの隊長と出会ったらボーナス給弾むよう言っておく」
 疲れているであろう彼女に上官は冗談を交えつつ許可すると、アニエスは「はっ!」と声を上げて敬礼する。
 直後に彼女は踵を返し、野次馬たちの向こう側で同僚が宥めている馬の所へ向かおうとした、その時であった。

 急いで馬の所へ戻ろうとする彼女の視界の端に、紅白の人影が一瞬だけ入り込んできたのである。

「ん?………何だ?」
 思わず足を止めて人影が見えた方向へ視線を向けると、そこにあるのは屋上付きの建物であった。
 個人の邸宅ではなく、一階に雑貨屋などがある共同住宅らしく窓越しに現場を眺めている住人がチラホラと見える。
 しかし窓からこちらを覗く人々の中に紅白は見えず、屋上を見てみるも当然誰もいない。
 だが彼女は確かに見た筈なのである。何処かで見た覚えのある、紅白の人影を。

「気のせいだったのか、それとも単に私が疲れすぎているだけなのだろうか…」
 納得の行かないアニエスは一人呟きながらも馬の所へ辿り着くため、再び野次馬たちを押しのける小さな戦いへと身を投じた。

『さっきの口ぶりからして知り合いだったらしいが、声かけなくても良かったのかい?』
「アニエスの事?別に良いわよ。知り合いだけど親しいってワケではないし、向こうも忙しそうだったしね」
 水路からの喧騒が小さく聞こえる路地に降り立ったばかりの霊夢へ、背中に担いだデルフがそんな事を言ってきた。
 昨日の雨で出来た水たまりをローファーで軽く蹴り付けつ道を歩く彼女は、大したことじゃ無いと言いたげに返す。
 建物と建物の間に出来ているが故に道は陽が遮られており、幾つもの水たまりが道端にできている。
 それをローファーが踏みつけると共に小さな水しぶきがあがり、未だ乾いていないレンガの道を更に濡らしていく。
「あんな事件は衛士に任せといて、今はあの盗人兄妹を捕まえて金を取り返すのが最優先事項なのは、アンタも分かってるでしょうに」
『オレっちは手足が無いから持ってても意味ねェけどな』
 鞘に収まった刀身を震わせて笑う彼に、霊夢は「アンタは良くても私達がダメなのよ」と返す。
 いくら子供であっても、あれ程の大金を一気に使おうとすれば大なり小なり人々のちょっとした話題になるのは明白である。
 そうであるなら楽なのだが、明らかに手慣れている感じからして常習犯なのは間違いないだろう。
 と、なれば…盗んだ大金で豪遊などせずに、小分けにして生活費にするというのなら探し出せる難易度は一気に高くなる。

「とりあえず昨日はルイズと大雨のせいで行けなかった現場に行って、アイツらを捜すかそれに関する情報を集めないとね」
『成程、容疑者が確認の為に現場へ戻るっていう法則を信用するのか』
 デルフがそう言うと共に陽の当たらぬ路地から出た霊夢は、目に突き刺さるかのような光に思わず目を細める。
 途端、まるで空気が思い出したかのように夏の熱気へと変わり彼女と服を熱し始めた。

142ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:19:01 ID:Xfy8vrRQ
「いくら私でも手がかりの一つか二つ無いと分からないし、何か収穫の一つでもあればいいんだけどねぇ…」
 ハルケギニアの夏の気候に慣れぬ彼女は未だ活気の少ない通りへと入りつつ、デルフに向けて呟く。
 霊夢としては、そう都合よくあの兄妹二人の内一人が現場へ戻っているとはあまり思ってはいなかった。
 ただ何かしらの証拠や、あの近辺にいる住民へ聞き込みをして情報が手に入ればと考えてはいたが。

 霊夢のそんな意見に、デルフはほんの一瞬黙ってからすぐさま口を開いた喋り出す。
『とはいってもなぁ、ソイツらが手練れの常習犯なら現場には戻らないと思うぜぇ?』
「それは分かってるよ。だけどこっちは明らかな情報不足なんだし、私が動かなきゃあゼロから先には進まないわ」
 諦めかけているようなデルフの言葉に彼女はやや厳しめに返事しつつ、通りを歩いていると、
 ふと三メイル先にあるベンチに腰かける、短い金髪が似合う見知り過ぎた顔の女性がいるのに気が付いた。
 その女はこちらをジッと睨んでおり、その瞳からは人ならざる者の気配を僅かにだが感じ取る事ができる。

『あの女…って、もしかしてあの狐女か?』
「その通りの様ね。アイツ、一体何用かしら」
 気配に見覚えがあったデルフがそこまで言った所で、バトンたったするかのように霊夢が口を開いて言った。
 敵意は感じられないが、昨日見た彼女の豹変ぶりをを思い出した霊夢は若干気を引き締めて女へ近づいていく。
 金髪の女は何も言わずにじっと霊夢とデルフを睨み続け、彼女と一本が後一メイルというところでようやく口を開いた。

「やぁ、盗人探しは順調に進んでるかい博麗霊夢よ」
「残念ながら芳しくない。…って言っておくわ、八雲藍」

 自分の呼びかけに対しそう答えた霊夢にベンチの女―――八雲藍もまた目を細めて睨み返す。
 それでこの巫女が怯むとは全く思ってもいなかったし、単に自分を睨む彼女へのお返しみたいなものであった。
 両者互いに力ませた目元を緩ませないでいると、霊夢の背にあるデルフが金属音を鳴らしながら喋り出す。
『おいおい堅苦しすぎるぜお前ら?…って言っても、昨日は色々あったから仕方ないとは思うがよ』
 昨日ルイズたちと一緒に、藍の豹変と何かに動揺する紫を見ていたデルフの言葉に霊夢が軽く舌打ちしつつ視線を後ろへ向ける。

143ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:21:08 ID:Xfy8vrRQ
「だったら少し黙っててくれない?ただでさえ暑いっていうのにそこにアンタの濁声まで加わったら参っちゃうわ」
『ひでぇ。…でもまぁ許す、今はお前さんが俺の使い手だしな。じゃあお言葉に甘えて少し静かにしておくよ』
 随分な言い様であったがそれで一々怒れる程デルフは生まれたばかりではなかったし、経験もある。
 背中越しに感じる霊夢の気配から、ベンチの狐女に昨日の事を聞きたいのであろうというのは何となく分かる事が出来た。
 デルフは彼女の剣として、ここは下手に口を出さすのはやめて大人しく黙っておくことにした。

 それから数秒、静かになったデルフを見てため息をついた霊夢は再び藍の方へと視線を向ける。
 特徴的な九尾と狐耳を縮めて人に化けた彼女もまたため息をつきき、自分の隣の席を無言で指さす。
 ―――そこに座れ。そう受け取った霊夢はデルフを下ろすとベンチに立てかけて、藍の横に腰を下ろした。
 太陽の光に照らされ続けた木製のそれは熱く、スカート越しでも容赦なく彼女の背中とお尻へと熱気が伝わってくる。
 せめて木陰のある場所に設置できなかったのか。そんな事を思っていた霊夢へ、早速藍が話しかけてきた。

「昨日の夜は悪かったな。まさか雨漏りしていたとは考えてもいなかったよ」
「……そうね。でもまぁ、そのおかけで昨日はマトモな部屋で寝れたし結果オーライって事で許してあげるわ」
「何だその言い方は?もしかすれば私に仕返ししてかもしれないって言いたいのかお前は」
「あら、仕返しされたかったの?何なら今この場でしちゃっても良いんだけど」
「やれるものなら…と言いたいがやめておけ、こんな所で騒げば今度こそ紫様の堪忍袋の緒が音を立てて切れるぞ」
「それなら遠慮しておくわ。アンタが怒るよりもそっちの方が十倍怖いんですもの」
 そんな短い会話の後、ほんの少しの間だが二人の間を沈黙が支配した。
 お互い本当に言いたい事、そして聞きたい事をいつ口に出そうか迷っているのかもしれない。
 いつもならば霊夢が先陣切って口を開きたいのだろうが、昨日久々に姿を見せた紫の動揺を思い出してか口を開けずにいる。

 これまで色んな所で彼女の前に現れては、色々なちょっかいを掛けてきた大妖怪こと八雲紫。
 並の妖怪なら名を聞いただけでも怯んでしまう博麗の巫女である彼女を前にしても、常に余裕満々で接してきた。
 ちょっかいを掛け過ぎた霊夢が激怒した時もその余裕を崩す事なく、むしろ面白いと更にちょっかいを掛けてくる事もあった。
 だからこそ霊夢は変に気にし過ぎていた。まるで世界の終わりがすぐ間近だと気づいてしまった時の様な様子に。

 ブルドンネ街では市場が始まったのか、遠くから人々の活気づいた喧騒が耳に入ってくる。
 一方で夜はあれだけ騒がしかったチクントネ街は未だ静かであり、時折二人の前を人々が通り過ぎていく。
 きっと市場へ買い出しに行くのだろう、手製の買い物袋を手に歩く女性の姿が多い。
 年の幅は十代後半から六十代までとかなり広く、何人かが集まって楽しげな会話をしているグループも見られる。
 そんな人たちを見ながら、霊夢と同じく黙っていた藍は意を決した様に一呼吸おいてからようやく口を開いた。
「やはり気になっているんだろう、私が急にお前へ掴みかかった事が」
「それ意外の何を気にすればいいっていうのよ。滅茶苦茶動揺してた紫の事も含めて、昨日から聞きたかったのよ?」
 藍の言葉に待っていましたと言わんばかりに霊夢は即答し、ジッと九尾の式を見据えた。

144ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:23:08 ID:Xfy8vrRQ
 それは昨日――霊夢たちの前に紫が現れた時の事。
 紫は言いたい事を言って、霊夢たちも伝えたい事を伝え終えていざ紫が部屋を後にしようとした時であった。
 何気なく霊夢は昨日見た変な夢の事を話した直後、まるで興奮した獣の様に藍が掴みかかってきたのである。
 突然の事に掴まれた本人はおろかルイズと魔理沙に橙も驚き、思わず霊夢は紫に助けを求めようとした。
 しかし、紫もまた藍と同様に―――いや、もしくは式以上におかしくなっている彼女を見て霊夢は目を丸くしてしまった。
 前述した様に、まるで世界の終わりを予知したかのように動揺している紫の姿がそこにあったのだ。

――――ちょっと、どういう事?何が一体どうなってるのよ…

 面喰った霊夢が思わず独り言を言わなければ、ずっとその状態のままだったかもしれない。
 まるで見えない拘束か立ったまま金縛りに掛かっていたかのように、数秒ほどの時間をおいて紫はハッと我に返る事が出来た。
 それでも目は若干見開いたままであったし、額から流れる冷や汗は彼女の体が動くと同時に更に滲み出てくる。
 紫はほんの少し周囲にいる者たちを見回して、皆が自分を見ている事に気が付いた所で誤魔化すように咳払いをした。
「…ごめんなさい。少し暑くてボーっとしていたみたい」
「ボーっと…って、貴女明らかに何かに動揺していたんじゃないの?」
 いつも浮かべる者とは違う、苦々しさの混じる笑顔でそう言った彼女へ、ルイズがすかさず突っ込みを入れる。
 ルイズは紫が『何に』動揺していたのかまでは分からなかったが、それでも暑すぎてボーっとしていた何て言い訳を信じる気にはなれなかった。
 あの反応は霊夢の言葉を聞き、その中に混じっていた『何か』を聞いて明らかに動揺していたのである。

 そんなルイズの突っ込みへ返事をする気は無いのか、紫は霊夢に掴みかかっている藍へと声を掛けた。
「藍、霊夢を放してあげなさい。彼女も嫌がってるだろうし」
「え――…?あ、ハイ。ただいま…」
 気を取り直した紫の命令で藍は正気に戻ったかのように大人しくなり、霊夢の両肩を掴んでいたその手を放す。
 九尾の狐にかなり強く掴まれてジンジンと痛む肩を摩る霊夢は、苦虫を噛んだ時の様な表情を浮かべて痛がっている。
 そりゃ式と言えども列強ひしめく妖怪界隈でもその名が知られている九尾狐に力を込めて肩を掴まれれば誰だって痛がるだろう。
 大丈夫なの?と心配そうに声を掛けてくれるルイズに霊夢は大丈夫と言いたげに頷くと、キッと藍を睨み付けた。

「アンタねぇ…、一体どういう力の入れ方したらあんなに強く掴めるのよ」
「それは悪かったな。…だが、こっちも一応そうせざるを得ない理由があるんだよ」
「理由…ですって?どういう事よソレ」
 霊夢の言葉に肩を竦めつつ、藍は若干申し訳なさそうな表情を浮かべつつもその言葉には全く反省の意が見えない。
 まぁそれは仕方ないと想おうとしたところで、彼女は藍の口から出た意味深な単語に食いつく。
 どんな『理由』があるにせよ乱暴に掴みかかってきたことは許せないが、それを別にして気になったのである。
 あの八雲藍がここまで取り乱す『理由』が何なのか、霊夢は知りたかった。
 早速その『理由』について問いただそうとした直前、彼女よりも先に紫が藍へ向けて話しかけたのである。

「霊夢、藍とする話が急に出来たから少し失礼するわね」
「え?あの…紫さ――うわ…っ!」
 突然の事に霊夢だけではなく藍も少し驚いたものの、有無を言えぬまま足元に出来たスキマの中へと落ちてしまう。
 藍が大人しく飲み込まれてしまうと床に出来たスキマは消え、傷一つ無い綺麗なフローリングに戻っている。

145ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:25:09 ID:Xfy8vrRQ
 正に神隠しとしか言いようの無い早業にルイズと魔理沙がおぉ…と感心している中、霊夢一人だけが紫へと食い掛かった。
「ちょっと紫、何するのよイキナリ。これから藍に色々聞きたい事があったっていうのに!」
 明らかに怒っている霊夢にしかし、先ほどまでの動揺がウソみたいに涼しい表情を見せる紫は気にも留めていない。

「御免なさいね霊夢。これから色々藍と話し合いたい事ができたから、今日はここらへんで帰るとするわ」
「ちょ…!待ちなさいってッ!」
 彼女だけは行かせてなるものかと思った霊夢が引きとめようとする前に、紫は右手の人差し指からスキマを作り出す。
 まるで指の先を筆代わりにして空間へ線を書いたかのようにスキマが現れ、彼女はそこへ素早く入り込む。
 たった数歩の距離であったが、霊夢がその手を掴もうとしたときには既に…スキマは既に閉じられようとしていた。
 このままでは逃げられてしまう!そう感じた彼女はスキマの向こう側にいるでうろ紫へ向かって大声で言った。

「アンタッ!一体何を聞いたらあんな表情浮かべられるのよ!?」
「……残念だけど、今回の異変に関さない情報は全て後回しと思いなさい。博麗霊夢」

 届きもしない手を必死に伸ばす霊夢へ紫がそう告げた瞬間、藍を飲み込んだモノと同様にスキマはすっと消え去った。
 後に残ったのは霊夢、ルイズ、魔理沙にデルフ…そして何が起こったのか全く分からないでいる橙であった。
 消えてしまったスキマへと必死に左手を伸ばしていた霊夢は、スキマが消える直前に中にいた紫が自分を睨んでいたと気づく。
 ほんの一瞬だけで良く見えなかったものの、いつもの紫らしくない真剣さがその瞳に映っていたような気がするのだ。
 まぁ見間違いと誰かに言われればそうなのかもしれない。何せ本当に一瞬だけしか目を合わせられなかったのだから。


 結局、あの後紫と話をしてきたであろう藍が何を言い含められたのかまでは知らない。
 昨日は屋根裏部屋やら雨漏りやらで聞くに聞けず、霊夢自身もその後の出来事で忙しく忘れてしまっていた。
 そして今日になってようやく、暇を持て余していたであろう彼女がわざわざ自分を誘ってきたのである。
 据え膳食わぬは何とやら…というのは男の諺であるが、出された料理が美味しければ全部頂いてお土産まで貰うのが博麗霊夢だ。
 だからこそ彼女はこうして自分を待ち構えていた藍の隣に座り、今まさに遠慮なく聞こうとしていた。

 昨日、どうして自分が夢の中で体験したことを口にしただけであの八雲藍がああも取り乱し、
 そして紫さえもあれ程の動揺を見せた理由が何なのか、博麗霊夢は是非とも知りたかったのだ。
「…で、教えてくれるんでしょう?私が見た夢の話を聞いて何で『覚えてる』なんて言葉が出たのか」
 霊夢の口から出たその質問に、藍はすぐに答えることなくじっと彼女の顔を見つめている。
 まるで言うか言わないべきかを見定めているかのように、真剣な表情で睨む霊夢の顔を凝視する。
 両者互いに睨み合ったまま十秒程度が経過した頃だろうか?ようやくして藍が観念したかのように口を開いた。

「私の口から何と言うべきか迷うのだが、…お前は夢の中で自分とよく似た巫女を見たのだろう?」
「えぇ、何かヤケに殴る蹴るで妖怪共をちぎったり投げたりしてような…」
 最初の一言からでた藍からの質問に、霊夢は夢の内容を思い出しながら答える。
 あの夢の事は不思議とまだ覚えていたし、細部はともかく大体の事は今でも頭の中に記憶が残っていた。
 彼女からの返答を聞いた藍は無言で頷いた後、ほんの数秒ほど間を置いてから再び喋り始める。
 そして、九尾の式の口から出たのは霊夢にとって衝撃的と言うか言わぬべきかの間の事実であった。

146ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:27:21 ID:Xfy8vrRQ
「要だけかいつまんで言えば、恐らくその巫女はお前の一つ前…つまりは先代の巫女の筈だ」
「…は?先代の…巫女ですって?」
 少し渋った末に聞かされたその答えの突然さに、霊夢は目を丸くする。
 思わず素っ頓狂な声を上げる霊夢に藍は「あぁ」と頷きつつ、雨上がりの晴れた青空を仰ぎ見ながらゆっくりと語っていく。
 それは人間にとっては長く、妖怪である彼女にとってつい昨日の様な出来事であった。

「今から二十年前の幻想郷での出来事か、今のお前より年下の少女が新しい博麗の巫女に選ばれた。
 霊力、才能共に十分素質があり、何より当時の先代が幼年の頃の彼女を拾って修行させいたのも大きかった。
 何よりあの当時は今と比べて雑魚妖怪共による集団襲撃が相次いでいたからな。なるべく早く次代を決めざるを得なかった」

 藍の話をそこまで聞いて、霊夢は成程と幾つもある疑問の一つを解決できた事に満足に頷いて見せる。
 つまりあの夢の内容はその先代巫女とやらが妖怪退治をしていた時の光景を夢で見たのであろう。
 そこまで考えたところでまた新しい疑問ができたものの、それを察していたかのように藍は話を続けていく。

「お前が言っていた人面に猿の体の妖怪の事なら、当時私も現場にいたから良く覚えてる。
 それで、まぁ…実はその当時既に幼いお前さんを紫様が少し前に拾って来ていてな、
 気が早いかもしれんが、何かあった時の跡取りにと二十二なったばかりの先代巫女にお前の世話を押し付けていたんだ。
 まぁ紫さま自身ようやく赤ん坊から卒業したばかりのお前さんの面倒を見てたり……後、妖怪退治にも連れて言ったりもしてたな」

 勿論、紫様がな。最後にそう付け加えて名前も知らぬ先代巫女の名誉を守りつつもそこで一旦口を閉じる。
 一方で、そこまで話を聞いていた霊夢はこんな所で自分の出自に関する事が出てきた事に少し衝撃を受けていた。
 放して欲しいとは言ったが、まさかこんな異世界に来てから幻想郷で告白するような事実を告げられたのであるから。
 藍も雰囲気でそれを感じ取ったのか、若干申し訳なさそうな表情を浮かべて彼女へ話しかける。
「流石に堪えるか?…すまんな、お前の出自に関してはお前が色々と落ち着いてから話そうと紫様と決めていたんだが…」
「…ん、まぁー大体自分がそうじゃないかなって思ってたりはしてたけどね?両親の事とか全然記憶にないし」
 今はここにいない紫の分も含んでいるであろう藍からの謝罪に、霊夢はどういう感情を表せばいいか分からない。

 確かに彼女の言うとおり、今現在も続いている未曾有の異変解決の最中にカミングアウトするべき事じゃなかったのは明白である。
 恐らく異変を解決した後で、更に自分が年齢的にも精神的にも大きくなった時に話すつもりでいたのだろう。霊夢はそう思っていた。
 最も霊夢自身は両親がいないという事実を何となく察していたし、一人でいて特に不自由する事もなかったが。
 しかしここでふと新たな疑問がまた一つ浮かぶ。霊夢はそれをなんとなく藍に聞いてみることにした。
「んぅ〜…でも私、その先代の巫女とやらと一緒にいた記憶がスッポリ抜け落ちたかの如く無いのよねぇ〜」
「……………まぁ大抵の世話は紫様がして、巫女はそういうのを面倒くさがって全部あのお方に任せていたからな」
 しかしこの時、霊夢の質問を――ー先代の巫女と一緒にいたという記憶が無い―と聞いて一瞬だけ表情が変わるのを見逃さなかった。
 それを見逃さなかった霊夢であったが、その内心を読み取ることは出来ずひとまず彼女に話を合わせることにした。

「…?……んぅ、まぁ例え私が紫にそういうのを押し付けられたとしても確かにそうするかもね」
「まぁオムツはやら離乳食は卒業したばかりであったし、大して世話は掛からなかった…とも言っておこうか」
「そういうのを、普通にカミングアウトするのやめてくれないかしら?」
 藍からしてみればほんの少し前の幼い昔の霊夢と、成長して色々酷くなった今の霊夢を見比べながら彼女は言う。
 そんな式に苦々しい表情を向けつつも、霊夢は昨日から悩んでいた事が幾つか取り除かれた事に対してホッと安堵したかった。

147ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:33:53 ID:Xfy8vrRQ
 どういう理由かまでは知らないが、どうやら自分は昔見たであろう血なまぐさい光景とやらを夢で見たのだという。
 そしてあの巫女モドキはこの世界の出身者ではなく、同じ幻想郷の同胞――それも自分の先代である博麗の巫女であるかもしれない事。
 何故今になって、こんな厄介かつ長期的な異変に巻き込まれている中でこのような事態が起こったのかは分からない。

 解決すれはする度に新しい疑問が湧きあがり、霊夢の頭の中に悩みの種として埋められてしまう。
 そして性質が悪い事にそれはすぐに解決できるような話ではなく、それでも異変解決を生業とする身が故に自然と考えてしまう自分がいる。
(全く…チルノや他の妖精たちみたいな能天気さでもあれば、そういう事に対して一々気にもせずに済んだのかもしれないわね)
 知性が妖精並みに低くなるのは勘弁だけど。…そんな事を思っていた霊夢は、ふと頭の中に一つの疑問を藍へとぶつける。
 それは、かつて自分の前に巫女もどき―――ひいてはその先代の巫女かもしれない人物についての事であった。

「じゃあ聞きたいんだけど、私とルイズ達が私とそっくりな巫女さんに会ったって言ったでしょう」
「あぁ、そういえばそんな事も言っていたな。確か夢の中に出てきた先代巫女と瓜二つだったのだろう?」
「だから聞きたいのよ。どうしてこんな異世界に、先代の巫女とよく似たヤツがいるのかについて」
「…………」

 意外な事にその質問を耳にして、藍は先程同様すぐに答える事ができなかったのだ。
 まるでとりあえずボタンは押したは良いものの、答えがどれなのか思い出そうとしている四択クイズのチャレンジャーの様である。
 それに気づいた霊夢が怪訝な顔を浮かべて彼女の顔を覗き込もうかと思った、その直後であった。
「―――悪いが…それに関しては私の知る範囲ではないし、紫様も同様に答えるだろうな」
「つまり、あの巫女もどきの存在は完全にイレギュラー…って事でいいのよね?」
 大分遅れて答えを口にした彼女に怪訝な視線を向けつつも、霊夢は念には念を入れるかのように再度質問する。
 藍はそれに対し「そうだ」と頷くと、もう話は終わりだぞと言うかのようにベンチからゆっくりと腰を上げた。
 彼女が立ち上がると同時に霊夢も視線を上げると、金髪越しの陽光に思わず目を細めてしまう。

「私が確認しない事には分からないが、生憎未だ見つかってない。最も、何処にいるか皆目見当つかんがな」
「そう…じゃあ私とルイズ達はいつもどおり異変解決に専念するから。アンタは巫女モドキを捜す…それでいいわよね?」
「それでいい。何か目ぼしい情報があれば教える、それではまた今夜にでも…」
 互いにするべき事と任せるべきことを口に出した後、藍は霊夢が歩いてきた道を歩き始める。
 市場へ向かう人の流れに逆らうように足を進める九尾の背中を、霊夢は無言で見つめていた。
 やがて通りの横に造られている路地裏にでも入ったのか、人ごみとと共に彼女の姿は掻き消されたかのように見えなくなった。
 霊夢はそれでも視線を向け続けた後、一息ついてから立ち上がり横に立てかけていたデルフを手に取る。
 太陽に熱されて程よく暖まった鞘に触れた途端、それまで黙っていた彼は鞘から刀身を出して霊夢に話しかけた。

『余計なお節介かもしれんが、お前さんあの狐の話を端から端まで信じる気か?』
 いつものおちゃらけた雰囲気とは打って変わって、ややドスの利いたその声に霊夢は無言で目を細める。
 ほんの数秒目と思しき物が分からないデルフと睨み合った後、彼女は溜め息をつきつつ「まさか」と返した。

148ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:39:40 ID:Xfy8vrRQ
「アイツといい紫といい、何か私に隠してるってのは分かってるつもりだけど…一番問題なのはあの巫女もどきよ」
『あの狐がお前の前の代の巫女と姿が一致してるって言ってたあの長身の巫女さんの事か』
 デルフもタルブで助太刀してくれた彼女の後姿を思い出しつつ、藍が言う前に霊夢より一つ前の巫女と似ているのだという。
 しかしここはハルケギニアであって幻想郷ではない。ならばどうしてこの世界にいるのか、その理由が分からない。

 文字通り情報が圧倒的に不足しているのだ。
 まだ親の顔すら分からぬ赤ん坊に、魔方陣を一から書いてみろと言っている様なものである。
 恐らく藍や紫たちも同じなのであろうし、この謎を解くにはもう少し時間が必要なのかもしれない。
 そしてデルフにとってもう一つ気になる疑問があり、それは今すぐにでも霊夢に問う事ができた。
 さてこれから何処へ行こうかと思っていた彼女へ、デルフは何の気なしに『なぁレイム』と彼女に話しかけたのである。

『アイツらは随分と一つ前の巫女を覚えてたようだが、お前さんの先輩だっていうのに肝心の本人は全く覚えてないってのか?』
「ん…?そりゃ、まぁ…そんな事言われても本当に物覚えがないのよねー。…まぁ私がこうして巫女やってるから何かがあったんだとは思うけど」
『何かって?』
 霊夢の意味深な言葉にデルフが内心首を傾げて見せると、彼女はお喋り剣に軽く説明した。
 博麗の巫女は継承性であり、基本は霊力の強い女の子を紫か巫女本人が跡取りとなる少女を探す…のだという。
 当代の巫女は跡取りの少女に霊力の操り方や妖怪との戦い方、炊事選択などの一人で暮らせる為の知恵を授けなければいけない。
 そして当代が何らかの原因で命を落とした場合は、一定の期間を置いて跡取りの少女が次代の巫女となるのだという。
「私の代で妖怪との戦いは安全になったけど…昔は一、二年で死んでしまう巫女もいたらしいわ」
『ほぉ〜…そりゃまた、随分とおっかないんだなぁ?お前さんの暢気加減を見てるとそうは思えんがね』
 一通り説明した後、暢気に聞いていたデルフが感心しつつも漏らした辛辣な言葉に彼女はすかさず「うっさい」と返す。
 まぁ確かに彼の言うとおり、スペルカードや弾幕ごっこのおかげで幻想郷全体がひとまず平和になり、自分もその分暢気になれる余裕ができたのだろう。
 時折そうしたルールを理解できないくらい頭が悪い妖怪が襲ってくる事はあるが、これまで余裕で返り討ちにしている。
 幻想郷で起きた異変で対峙してきた連中は幸いにも弾幕ごっこで挑んできてくれたし、それなりにスリリングな勝負を味わってきた。
(まぁ弾幕って綺麗だし避けるのも中々面白いけど…ハルケギニアの戦い方と比べれば何て言うか…命の張り合いが違うというか…)

 だがその反面、この世界での戦い方と比べれば幻想郷側である霊夢も多少相性の悪さを覚えていた。
 弾幕ごっこは基本被弾しても多少の怪我で済むし、当てる方が加減をすれば無傷で相手との雌雄を決する事ができる。
 だがその反面、最低怪我だけで済む命の保証された戦いはハルケギニアの血生臭い命のやり取りとは『真剣さ』に決定的な差がある。
 例えれば、鍛え抜かれた剣と槍を持った鎧武者相手に水鉄砲と文々。新聞を丸めたモノで勝負を挑むようなものなのだ。
 相手がキメラなら霊夢も容赦なしで戦えるが、ワルドの様な人間が相手ではそう簡単に命を奪うような真似は出来ない。
 もしもあの時、自分ではなく魔理沙がワルドの相手をする羽目になっていたら――――…そこで霊夢は考えるのをやめる。
 慌てて頭を横に振って考えていた事を振り払うと、そこへ間髪入れずにデルフが話しかけてきた。

『…それにしてもお前さん、結局一昨日の事はあの二人に話さなくて良かったのかい?』
 最初は何を言っているのかイマイチ分からなかったが゙一昨日゙という単語でその日の出来事を振り返り、そして思い出す。
 そう、一昨日の夜…自分たちのお金を盗んだ少年をいざ気絶させようとしたときに、何故か巫女もどきが突っ込んできたのである。

149ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:40:33 ID:Xfy8vrRQ
 おかげで気を失うわ、あの少年にはまんまと金を持ち逃げられるわで散々な目に遭った。
 さっきまでデルフ言った『暢気発言』のせいで変に考えすぎてしまっていたせいで、ほんの一瞬だけ忘れてしまっていたらしい。
 その時魔理沙の元にあったデルフが知っているのは、昨日他の二人が寝静まった後に顛末を聞かせてくれと頼んできたからだ。
 霊夢本人としてはあまり自分の失敗は話したくなかったものの、あんまりにもせがむので仕方なく教えたのである。
 その事を思い出せた霊夢はあぁ!と声を上げてポンと手を叩き、ついでデルフに喋りかける。
「まぁ説明しようかなぁ…ってのは思ってたけど、下手に一昨日ここで出会ったって言うのは何か不味い気がしてね」
『それは案外正解かもな?あの狐、あまり騒ぐのは良しとしてないようだがそれもあくまで『大多数の人が見ている前』だけかもしれん』
「……それってつまり、藍のヤツがあの巫女もどきを見つけ次第どうにかしちゃうって言いたいの?」
 霊夢の言い訳にデルフはいつもの気怠そうな声とは反対に、きな臭さが漂う事を言ってくる。
 やけに過激な発言なのは間違いないし、そこは霊夢も言いすぎなんじゃないかと諭すのが普通かもしれない。
 しかし、彼女もまたデルフの言葉を一概に否定できるような気分ではなかった。

 昨日、あの巫女もどきと似ているという先代の巫女が出てきた夢の話だけで掴みかかってきた藍の様子。
 物心つくまえの自分が見たという光景を夢で見ただけだというのに、あの反応は誰がどうも見てもおかしかった。
 とてもじゃないが、自分が昔の巫女を夢で見たというだけであんなに驚くのははっきり言って異常としか言いようがない。
 それを聞いて酷く動揺し、豹変した藍を無理やり連れて部屋を後にした紫も加えれば…何かを隠しているのは明らかであった。
 そして、その先代の巫女と姿が似ていると藍が言っていた巫女もどき。
 彼女が街にいるのなら藍よりも先に見つけ出して、色々彼女の出自について聞いてみる必要があるようだ。

 やるべき事を頭の中で組み立てた彼女はデルフを背負い、市場の方へと歩きながら彼にこれからの事を話していく。
「ひとまず金を盗んだ子供を捜しつつ、あの巫女もどきもできるだけ早く見つけ出して話を聞いてみないと」
『だな。お前さんのやるべき事が一つ増えちまったが…まぁオレっちが心配する必要はなさそうだね』
「まぁね。ついでにやる事が一つできただけなら、片手間程度ですぐに済ませられるわ」
 暗にルイズや魔理沙たちに相談する必要は無いという霊夢の意見に、デルフは一瞬それはどうかと言いそうになる。
 確かに彼女ぐらいならば、今抱えている自分の問題を自分の力の範囲内で片付ける事が出来るかもしれない。
 しかし知り合いに相談の一つぐらいしても別にバチは当たらんのではないかと思っていたが、彼女にそれを言っても無駄になるだろう。

 変に固いところのある霊夢とある程度付き合って、ようやく分かってきたデルフは敢えて何も言わないでおくことにした。
 ここで自分の意見を押し連れて喧嘩になるのもアレだし、何より今の彼女は自分を操る『使い手』にして『ガンダールヴ』なのである。
 彼女がよほどの間違いを起こさなければ咎めるつもりは無いし、間違っていれば咎めつつもアドバイスしてやるのが自分の務めだ。
 だからデルフはとやかく霊夢に意見するのはやめて、ちょっとは彼女の進みたい方向へ歩かせてみることにしたのである。
(全く、今更何だが…つくづく風変わりなヤツが『ガンダールヴ』になったもんだぜ)
 デルフは彼女に背に揺られながら一人内心で呟くと、霊夢より一つ前――自分を握ってくれたもう一人の『ガンダールヴ』を思い出そうとする。
 昨日、ふと自分の記憶に変調が生じて以降何度も思い出そうとしてみたが、全然思い出す事が出来ない。
 まるでそこから先の記憶がしっかりと封をされているかのように、全くと言って良い程浮かんでこないのである。

 少なくとも昨日の時点で分かったのは、かつて自分を握った『ガンダールヴ』も女性であった事、
 そして彼女と主である始祖ブリミルの他に、もう二人のお供がいた事だけ…それしか分かっていないのだ。
 しかも肝心の始祖ブリミルと『ガンダールヴ』の顔すら忘れてしまっているという事が致命的であった。
(それにしてもまいったねぇ。相談しようにも内容が内容だから無理だし、他人の事をとやかく言ってられんってことか)
 自分と同じように一つ前の巫女の顔を知らない霊夢と同じような『誰にも言えぬ事』を抱えている事に、彼は内心自嘲する。
 互いに多くの秘密を抱えた一人と一本はやがて人ごみが増していく通りの中に紛れ込みながら、ひとまずはブルドンネ街へと足を進めた。

150ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:42:38 ID:Xfy8vrRQ
 それから時間が幾ばくか過ぎて、午前九時辺りを少し過ぎた頃。
 『魅惑の妖精』亭の二階廊下、屋根裏部屋へと続く階段の前でルイズはシエスタと何やら会話をしていた。
 しかしシエスタの表情の雲行きがよろしくない事から、あまり良い話ではなさそうに見えるが…何てことは無い。
「…と、いうわけであの二人は外に出かけてるのよ」
「そうなんですか、お二人とも用事で外に…」
 今日と明日の貴重な二連休をスカロンから貰った彼女が、ルイズ達三人を連れて外出に誘おうと考えていたらしい。
 しかし知ってのとおり霊夢達はそれぞれの用事で既に外へ出ており、早くとも帰ってくるの昼食時くらいだろう。
 暇をしていたルイズが空いた水差しを手に階段を降りたてきたころでバッタリ出会い、そう説明したばかりであった。

「まぁマリサはともかく、レイムは泥棒捜しで忙しいだろうし断られたかもしれないけどね?」
「あっ…そうですよね、すいません。…レイムさん達に王都の面白い所を色々見せてあげようと思ってたんですが、残念です…」
 ルイズの言葉で彼女達の今の状況を思い出したシエスタハッとした表情を浮かべ、ついで頭を下げて謝った。

 どうやら彼女の中では色々と案内したい所を考えていたらしいようで、かなりガッカリしている。
 落ち込んでいる彼女を見てルイズも少しばかり罪悪感という者を感じてしまったのか、ややバツの悪そうな表情を浮かべてしまう。
 普通なら魔法学院のメイドといえども、貴族である彼女がこんな罪悪感を抱える理由は無い。
 しかしシエスタとは既に赤の他人以上の関係は持っていたし、何より彼女にとって自分たちは二度も我が身の危機を救ってくれた存在なのだ。
 そんな彼女が自分たちにもっと恩返しをしたいという思いを感じ取ったルイズは、さりげなくフォローを入れてあげることにした。
「ん〜…まぁ幸い明日も休みなんでしょう?アイツら遅くても夕食時には帰ってくるだろうし、その時に誘ってみたらどうかしら」
「え、良いんですか!でもレイムさんは…」
 途端、落ち込んでいた表情がパッと明るくなったのを確認しつつ、
 気恥ずかしさで顔を横へ向けたルイズは彼女へ向けて言葉を続けていく。

「アイツだって、一日休むくらいなら文句は言わないでしょうに。…案外泥棒も見つかるかもしれないしね…多分」
「ミス・ヴァリエール…分かりました。じゃあ夕食が終わる頃合いを見て話しかけてみますね!」
「そうして頂戴。まぁアンタが空いた食器を持って一階へ降りる頃には、安いワイン一本空けて楽しんでるだろうけどね」
 ひとまず約束をした後、ルイズは何気なくシエスタの今の食事環境と昨夜の苦い体験を思い出してしまう。。
 この夏季休暇の間、住み込みで働いている彼女の食事は三食とも店の賄い料理なのだという。
 賄いなので量は少ないのかもしれないが、少なくとも自分たちの様に余分な酒代が出る事は絶対に無いだろう。
 昨日は魔理沙の勢いに押し負けて安いワインを一本を頼んだつもりが、気づけばもう一本空き瓶がテーブルの上に転がっていたのである。
 安物ではあるが安心の国産ワインだった為にそれ程酷く酔うことは無かったものの、その時は思わず顔が青ざめてしまった。

 幸い王都では最もポピュラーな大量生産の廉価ワインだったので、大した出費にはならず財布的には軽傷で済んで良かったものの、
 あの二人がいるとついつい勢いで二杯も三杯も飲んでしまう自分がいる事に、ルイズは思わず自分を殴りたくなってしまう。
 ただでさえ金が盗まれた中で簡単にワイン瓶を二本も空けていては、一週間も経たずに財布が底をついてしまうのだ。
(本当ならこういう時こそ私がキチッと節制するべきだっていうのに…あいつらに流されてちゃ意味ないじゃないの)
「…?あ、あの…ミス・ヴァリエール?」
 霊夢が泥棒を見つけて、アンリエッタから貰った資金を取り返すまでは何としてでも少ない持ち金だけで耐えなければいけない。
 ある意味自分の欲との戦いに改めて決意したルイズが気になったのか、シエスタが首を傾げている。
 シエスタ…というか他人の目かから見てみると、ルイズの無言の決意はある意味シュールな光景であった。

151名無しさん:2017/09/30(土) 23:44:14 ID:Xfy8vrRQ
 その後、今日は霊夢達を外出に誘えなかったシエスタはひとまず私物等を買いに店を後にし、
 手持ち無沙汰なルイズは誰もいない一階で、旅行鞄の中に入れていた読みかけの本の続きを楽しむことにした。
 本自体は春の使い魔召喚儀式の前に買った魔法に関する学術書であり、霊夢が来てからは色々と忙しく集中できる機会がなかったのである。
 故にこうして屋根の修理で騒がしくなってきた屋根裏部屋ではなく、静かな一階で久々に読書を嗜もうと考えたのだ。
 藍の式である橙も用事なのか店にはおらず、ジェシカ達住み込みの数名は今夜の仕事に備えて就寝中。
 スカロンは起きているが、昨日の雨漏りを治す為に呼んで来てくれた大工数人と共に屋根の上に登って修繕作業の真っ最中である。
 丁度霊夢と魔理沙が外へ出た後ぐらいにやってきた大工たちに腰をくねらせてお願いし、難なぐ難のある゙助っ人として急遽加わる事になったのだ。
 本当なら手伝わなくても良い立場だというのに、わざわざ工具箱を持って意気揚々と梯子を上っていった彼はこんな事を言っていた。

「長年お世話になって来たんですもの、このミ・マドモワゼルが誠心誠意を込めて直してあげなきゃ店の名が廃るってものよ!」

 寝る前に様子を見に来たジェシカやシエスタに向けられた彼の言葉は、確かな重みがあった。
 最も、その大切な言葉も彼のオカマ口調の前では呆気なく台無しになってしまうのだが。
 ともあれ今の屋根裏部屋はその作業の音で喧しく、とてもじゃないが読書はおろか仮眠すら取れない状態なのである。
 故にルイズはこうして一階に降りて、作業が終わるまで暇を潰そうと決めたのだ。
 幸いにも店内は外と比べてそれ程暑くはなく、入口と裏口の窓を幾つか開ければ風通りも大分良くなる。
 水もキッチンにある水入りの樽から拝借するのをスカロンが許してくれたが、無論飲みすぎないようにと注意された。
 しかし外にいるならばともかく屋内ならそれほど汗もかかない為、ルイズからしてみれば余計な注意である。

 五分、十分と時間が経つたびに捲ったページの枚数を増やしつつ彼女は熟読を続ける。
 例えまともな魔法が使えなくとも知識というものは、自分に対してプラスの役割を付加してくれるものだ。
 逆に魔法の才能があるからといって学ぶことを怠ってしまうと、魔法しか取り得の無い頭の悪い底辺貴族になってしまう。
 かつて魔法学院へ入学する前に一番上の姉であるエレオノールが、口をすっぱくしてアドバイスしてくれたものである。
 普段から母の次に恐ろしく厳しい人であったが、ツンとすました顔で教えてくれた事は今でも記憶の中に深く刻み込まれていた。
 だからこそ入学した後も教科書だけでは飽きたらず自ら書店に赴き、底辺貴族なら見向きもしない様な専門書を買うまでになっている。

 霊夢を召喚する前の休日にする事と言えば専門書を開き、夕食の後はひたすら魔法の練習をしていた。
 今のルイズから見れば成功する筈の無い無駄な努力であったが、それでもあの頃はひたすら必死だったのである。
 その時の苦い思い出と努力の空振りが脳裏を過った彼女はページを繰る手を止めて、その顔に苦笑いを浮かべて見せる。
「思えばあの時の私から、大分成長した…というか変わっちゃったものねぇ」
 誰にも見られる筈の無い表情を誤魔化すように呟いた彼女は、ふと今の自分は読書に耽って良いのかと考えてしまう。
 今は親愛なるアンリエッタ王女――近々女王陛下となる彼女――の為に、情報収集を行わなければいけない時なのである。
 本当ならば霊夢達に任せず、自分が先頭に立って任務を遂行しなければいけないというのに…。

 折角貰った資金は賭博で増やした挙句に盗られ、更に平民に混じっての情報収集すら上手くいかないという始末。
 結局情報収集は霊夢の推薦で魔理沙に任してしまい、自分のミスで資金泥棒を逃がしてしまった霊夢本人が責任を感じて犯人探しに出かけている。
 それだというのに自分は何もせず、悠々自適に広くて風通しの良い屋内で読書するというのは如何なものだろうか。
 その疑問を皮切りに暫し悩んだルイズは読みかけのページに自作の栞を挟み込むと、パタンと本を閉じた。
 決意に満ちた表情と、鳶色の目を鋭く光らせた彼女は自分に言い聞かせるように一人呟く。
「やっばりこういう時は私も動かないとダメよね?うん、そうに決まってるわ…そうでなきゃ貴族の名が泣くというものよ」

152ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:46:16 ID:Xfy8vrRQ
 閉じた本を腕に抱えた彼女は一人呟きながら席を立ち、着替えや荷物のある喧しい屋根裏部屋へと戻り始める。
 まだ釘を打つ音や金づちによる騒音が絶え間なく聞こえてくるが、着替えに行くだけならば問題は無いだろう。

 今手持ち無沙汰な自分が何をすればいいのか…という事について既に彼女は幾つか考えていた。
 とはいってもそのどちらか一つを選ぶことがまだできてはおらず、一人呟きながらそれを決めようとしている。
「まずは…情報収集かしら?…それとも頑張って資金泥棒を捜すとか…うーんでも、うまくいくのかしら」
 傍から見れば変な人間に見えてしまうのも気にせず、一人悩みながら二階へと続く階段を上ろうとした…その時であった。

「おーい、、誰かいないかぁ?」
 階段のすぐ横にある羽根扉の開く音と共に、若い男性の声が聞こえてきたのである。
 何かと思ったルイズが足を止めてそちらの方へ顔を向けると、槍を手にした一人の衛士が店の出入り口に立っていた。
 気軽な感じで閉店中である店の羽根扉を開けてこっちに声を掛けて来たという事は、この近くの詰所で勤務している隊員なのだろう。
 外は暑いのか額からだらだらと汗を流している彼は、ルイズを見つけるや否や「おぉ、いたかいたか」と笑った。
 ルイズはこの店に衛士が何の様かと訝しむと、それを察したかのように二十代後半と思しき彼がルイズに話しかけてくる。
「いやーすまないお嬢ちゃん、少し人探しに協力してもらいたいんだが…いいかな?」
「お…お嬢ちゃんですって?」
「―――!…え、え…何?」
 いきなり平民に「お嬢ちゃん」と呼ばれたルイズは目を見開いて驚いてしまい、ついで話しかけた衛士も驚いてしまう。
 生まれてこの方、平民からそんな風に呼ばれたことの無かったルイズの耳には新鮮な響きであった。
 だが決してそれが耳に心地いい筈が無く、むしろ生粋の貴族である彼女にとっては侮辱以外の何者でも無い。
 本来ならば例え衛士であっても、不敬と叫んで言いなおしを要求するようなものであったが…

「う……うぅ……な、何でもないわよ」
 ついつい激昂しそうになった自分の今の立場を思い出すことによって、何とか怒らずに済んだのである。
 今の自分は任務の為にマントはつけず、街で買ったちょっと裕福な平民の少女が着るような服装で平民に扮しているのだ。
 だからここで無礼だの不敬だのなんて叫んで、自分が貴族であるという事を証明する事などあってはならないのである。
 故にこうして怒りを耐え凌いだルイズは怒りの表情を露わにしたまま、何とか激昂を抑える事が出来た。
 危うく怒ったルイズを見ずに済んだ衛士は「あ…あぁそうかい」と未だ怯みながらも、懐から細く丸めた紙を取り出した。
 一瞬だけそっぽを向いていたルイズが視線を戻すと同時に、タイミングよく彼も紙を彼女の前で広げて見せる。

 その紙に描かれていたのは、見た事も無い男性の顔のスケッチであった。
 年齢はおおよそ四〜五十代といったところか、いかにも人の上に立っているかのような顔つきをしている。
 自分の父親とはまた違うが、もしも子供がいるのならいつもは厳格だが時には優しく我が子に接する父親なのだろう。
 そんな想像していたルイズが暫しそのスケッチを凝視した後、それを見せてくれた衛士に「これは?」と尋ねた。

「ウチの詰所じゃあないが別の詰所担当の衛士隊隊長で、昨日から行方不明なんだ。
 それでもって…まぁ、今も所在が分からないうえに自宅の共同住宅にもいないからこうして探しているんだよ」

「衛士隊の隊長が行方不明ですって?」
「あぁ。…それでお嬢ちゃん、この顔を何処かで見た覚えはないかい?」
 丁寧にそう教えてくれた衛士はルイズの言葉に頷くと、改まって彼女に見覚えがあるかと聞いた。
 またもやお嬢ちゃん呼ばわりされたことに腹を立てそうになったものの、何とか堪えてみせる。

153ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:48:09 ID:Xfy8vrRQ
「み…!みみみみみ、見てないわよ、そんなへ―…男の人は」
 思いっきり衛士を睨み付けつつも、彼女は歯ぎしりしそにうなる口を何とか動かしてそう答えた。
 危うく平民と言いかけたが幸い相手はそれに気づかず、むしろ怒ってどもりながらも言葉を返してきたルイズに驚いているようだ。
 まぁ誰だってルイズのやや過剰気味な返事を前にすれば、思わず面喰ってしまうのは間違いないだろう。

「そ、そうかい…はは。まぁ、もしも見かけたんなら最寄りの詰所にでも通報してくれ」
 自分を睨み付ける彼女を見て後ずさりながらも、衛士は最後にそう彼女に言ってから踵を返し店を出ようとする。
 たった一分過ぎの会話であったというのに疲労感を感じていたルイズが落ち着きを取り戻すのと同時に一つの疑問が脳裏を過り、
 それが気になった彼女は自分に背中を見せて通りへ向かうおうとする衛士に再度声を掛けた。
「そこの衛士、ちょっと待ちなさい」
「え?な、何だよ?」
「ちょっと聞きたいんだけど、その行方不明になった隊長さんと言い…何か朝から事件でも起きてるのかしら?」
「え……な、何でそんな事聞きたいんだよ?」
 呼び止められた衛士は、単なる街娘だと思っているルイズからそんな事を言われてどう答えていいか迷ってしまう。
 振り返って顔を見てみると、先程まで腹立たしそうにしていたのが嘘の様に冷静な表情を浮かべているのにも気が付いた。

 これまで色んな街娘を見てきた彼にとって、ここまで理性的で意志の強さが見える顔つきの者を目にしたことが無かった。
 だからだろうか、彼女からの質問を適当にいなしてここを後にするのは何だか気が引けてしまう。
 今ここで忙しいからと無下にしてしまえば、それこそ彼女からの『御怒り』を直に受けてしまうのではないかと…。
 ほんの少しどう答えていいか言葉を選んでいたのか、難しい表情を浮かべていた彼は周囲を見てから彼女の質問にそっと答えた。

 今朝がたに浮浪者からの通報で、衛士隊の装備を身に着けた白骨死体が水路から発見されたこと。
 死体には外傷と思しき瑕は確認できず、また第一発見した浮浪者も発見の前日や数日前には目撃したことがなかったのだという。
 そして昨晩、先ほどのポスターに書かれていた顔の主である衛士隊隊長が行方不明の為、白骨の事もあって全力で探しているらしい。
 短くかつ分かりやすい説明で分かったルイズはルイズは「成程」と頷き、説明してくれた衛士に礼を述べる。
 今朝の朝食時に見た何処かへと走っていく衛士達が何だったのか、今になってようやく知る事ができたのだから。
「ありがとう、大体分かったわ。…じゃあ今朝見た衛士達の行先はそこだったのね」
「あぁ、何せ通報受けたのはウチの詰所だったしな、もう朝っぱらからテンテコ舞いさ。じゃあ、そろそろ…仕事の途中でな」

 本当にさっきまでの腹立たしい彼女はどこへ行ったのかと言わんばかりに、落ち着き払ったルイズに目を丸くしつつも、
 こんな所で油を売っていてはいかんと感じたのか再び踵を返し、今度はちゃんと羽根扉を閉めて大通りへと出る事ができた。
 思わずルイズも後を追い、羽根扉越しに見てみると今度は外――しかもこの店の屋根の上にいるスカロンへと声を掛けるところであった。
「おぉーい、スカロン店長ぉー!ちょっと聞きたい事があるんだが、降りてきて貰えないかぁー?」
「はぁ〜いィ!…御免なさいね皆さん、ミ・マドモワゼルはちょっと下へ降りるわよ〜!」
 その声が届いたのか、数秒ほど置いて頭上からあの低い地声を無理やり高くしたような声のオネェ言葉が聞こえてくる。

 そこで視線を店内へと戻したルイズは壁に背を預けてはぁ…とひとつため息をついた。
 危うく貴族としての『地』が出てしまいそうになった事を反省しつつ、結局これからどうしようかという悩みをまたも抱えてしまう。
 平民を装って話すだけでも自分にはキツイと言うのに、一人で街へと繰り出して情報収集などできるのかと。

154ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:50:07 ID:Xfy8vrRQ
 さっきの衛士はまだ良い方なのだが、街へ行けば確実に彼より柄の悪い平民にいくらでも絡まれてしまうだろう。
 そんな相手を前にして、自分は平民として装い続けられるのか?迷わず『はい』と答えたいルイズであったが、そうもいかないのが現実である。
「………結局、レイムの言った通り私はこの仕事に向いてないんだろうけど。…だからといっではいそうですが…なんてのは癪だわ」
 結局のところ、あの二人に任せっきりにするというのは、自分の性に合わない。
 先程はあの衛士のせいで上りそびれた階段目指して、今度こそ外へ出ようとルイズは壁から背を離す。

 その時であった、入口の方から階段の方へ向こうとした彼女の視線に『何か』が一瞬映り込んだのは。
 タイミングがずれていたなら間違いなく見逃していたかもしれない、黒くて小さい『何か』を。
 それはゴキブリともネズミとも言えない、例えればそう…縦に細く伸びた人型――とでも言えばいいのだろうか。
 一瞬だけだというのに本来ならお目に掛からないであろうその人型を目にして、思わずルイズは視線を向け直してしまう。
 しかし彼女が慌てて入口の方へ視線を戻した時、既にあの細長い影の姿はどこにも無かった。
「ん?………え?何よ今のは」
 ルイズは周囲の足元を見回してみるが、どこにもそれらしい影は見当たらない。
 それどころかネズミやゴキブリも見当たらず、開店前の『魅惑の妖精』亭の一階は清掃がキチンと行き届いている。
(私の見間違い?…いえ、確かに私の目には見えていたはず)
 またや階段を上り損ねたのを忘れているかのように、彼女は先程自分の目にしたものがなんだったのか気になってしまう。
 だけども、どこを見回してもその影の正体は分からず結局ルイズは探すのを諦める事にした。
 認めたくはないが単なる見間違いなのかもしれないし、それに優先してやるべきことがある。
 ルイズは後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、二階へと続く階段を渋々と上り始めた。
 外の喧騒よりも大きいスカロンと衛士のやり取りをBGMにして、ひとまずは何処へ行こうかと考えながら。

 ……しかし、彼女は決して目の錯覚を起こしてはいなかったのである。
 彼女が背中を向けている店の出入り口、羽根扉下からそれをじっと見つめる小さな影がいた。
 それは全長十五サント程度であろうか、小動物程度の小さな体躯を持つ魔法人形――アルヴィーであった。
 人の形をしているが全身木製であり、球体関節を持っているためか人間に近い動きもこなす事が出来る。

155ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:52:14 ID:Xfy8vrRQ
 何より異様なのは頭部。本来なら顔がある部分には空洞が作られ、そこに小さなガラス玉の様なものが収まっている。
 青白く不気味に輝くガラス玉はまるで目玉の様にギョロリと動き、ルイズの後ろを姿をじっと見つめていた。

 やがてルイズの姿が見えなくなると、アルヴィーは頭の部分を上げて周囲を見回してから、スッと店の出入り口から離れる。
 横では衛士とスカロンが会話をしているのをよそに、小さな体躯にはあまりにも大きすぎる通りを横断し始めた。
 人通りが多くなってきた為か、アルヴィー視点では巨人と見まがうばかりに大きい通行人達の足を右へ左へ避けていく。
 少々時間が掛かったものの二、三分要してようやく反対側の道へ辿りついた人形は、そのままそさくさと路地裏へと入る。
 日のあたらぬ狭い路。ど真ん中に放置された木箱や樽を器用に上り、陰で涼んでいる野良猫たちを無視して人形は進む。
 やがて路地裏を抜けた先…人気の全くない小さな広場へと出てきた所で、元気に動いていたアルヴィーがその活動を急に停止させる。
 まるで糸を切られた操り人形のように力なく地面に倒れた人形はしかし、無事主の元へとたどり着くことは出来た。

 人形が倒れて数十秒ほどが経過した後、コツコツコツ…と足音を響かせて一人の女性が姿を見せる。
 長い黒髪と病的な白い肌には似合わぬ落ち着いた服装をした彼女は、地面に倒れていたアルヴィーを拾い上げた。
 前と後ろ、そして手足の関節を一通り弄った後、クスリと微笑むと人形を肩から下げていた鞄の中へとしまいこむ。
 そして人形が通ってきた路地裏を超えた先――『魅惑の妖精』亭の方へと顔を向けて、彼女は一人呟く。

「長期戦を覚悟していたけど、まさかこうも簡単に見つかるなんて…全く、アルヴィー様様ね。
@to 人形ならば数をいくらでも揃えられるし、何より私にはその人形たちを自在に操れる『神の頭脳』があるんだからね」

 そんな事を言いながら、黒い髪をかきあげた先に見えた額には使い魔のルーンが刻み込まれている。
 かつて始祖ブリミルが使役したとされる四の使い魔の内『神の頭脳』と呼ばれた使い魔、ミョズニトニルンのルーン。
 ありとあらゆるマジック・アイテムを作り出し、そして意のままに操る事すらできる文字通り『頭脳』に相応しき能力を持っている。
 そしてこの時代、そのルーンを持っているのは彼女―――シェフィールドただ一人だけであった。

156ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:56:44 ID:Xfy8vrRQ
以上で八十七話の投稿を終わります。

気のせい…もしくは自分の住んでる地域だけかもしれませんが、
去年と比べて九月からグッに気温が下がって、あっと言う間に夜風が寒くなったような気がします。

それではまた来月末、今よりもっと肌寒くなってるだろう頃に。ノシ

157名無しさん:2017/10/03(火) 22:28:55 ID:O2FwYnhI
乙 めっちゃ応援してる!

158暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/11(水) 23:51:38 ID:u91fS3DU
こんばんわ皆さま。お久しぶりです。
よろしければ0時ちょうどあたりから22話の方を投稿させてください。

159暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:00:04 ID:RnTYwnAY
ここニューカッスルは、浮遊大陸アルビオンの端部に位置する王軍所有の城である。
陸から突き出た岬の先端に位置するこの城は、幾度もの戦乱のたびに強固な守りを誇る城塞とされてきた。
三方が雲海のため、陸上からは一方向のみしか攻められず、大軍による包囲が薄くなるのが理由の一つである。
しかし、その堅牢さも、そこに籠城する王党派も、もはや意味がなくなろうとしている。
たとえここが攻城の上での難所にあろうと、目前の地には、王軍勢力の数十倍の敵が終結するのだから。

暗の使い魔 第二十二話『仮面の下』


「少なく見積もっても、万以上ってとこか」
ニューカッスル目前、その大陸を埋める尽くす灯を見て、官兵衛が漏らした言葉がそれだった。
見通せる城壁によじ登り、身を屈めて目を凝らす。
あたりは闇夜。暗雲立ち込め、肌寒い風が彼の素肌をなぶる。
敵軍の全貌の把握は困難。だが、城前方の平地七割以上を敵軍が占めているのが見て取れる。
無数のかがり火がそこを埋め尽くす光景は、王軍にとっての逃れえぬ窮地を思わせる。
まさに圧倒的。
レコン・キスタの、一万を超す軍団がそこにいた。
「小田原の時以来か。こんな光景は」
「オダワラ?相棒の故郷か――……」
言い終わらぬうちにキンッ、とうるさい隣人を硬く鞘へ閉じ込める。
背中のこいつは油断すると途端に喋り出すので実に面倒である。
せめて隠密行動時には自重してほしいものだ、と官兵衛は内心ため息をつく。
(……しかしながら、こいつはどうにもならんな)
相手方の軍容を見て官兵衛は、ウェールズがパーティで話してくれたおおよその戦況を思い出していた。
数日前のことである。
王党派に与し抵抗を続けていた、最後の支城が落ちたのだ。物資も豊富で、まさに要ともいえる場所であったが、レコンキスタはそちらを重点的に叩いたらしい。
レコンキスタ本隊は現在、灰になったそこを後にしてこちらに合流しようと進軍の最中である。
(ここに、昨日支城を落とした本隊が合流すると約五万は下らず。本拠もろもろの戦力もあわせて――)
逆立ちしてもかなわないな、と官兵衛は思う。
物資も味方の大半も失い、この地において王軍は孤立した状態である。
そして、ニューカッスルに籠る軍は、王の手勢三百程度。そのうえ殆どがメイジで護衛の兵士は皆無。
王軍はその戦力で、やがて集まる数万の敵と戦うことになるのだ。


官兵衛は静かに息を吐くと、城壁備え付けの石段を下りて行った。
じゃらりと鉄球を引きずり、一段、また一段と下る。
その足取りは微かに鈍い。
(どこもかしこも、同じか……)
昔、そう、まだ自分が豊臣の陣営に居た頃だ。
自分は『あちら側』で、幾度も采配を振るった。
即ち現在でいう、包囲するレコン・キスタ側の立場だ。
(やっぱ小田原のときと同じだな……)
ウェールズ皇太子は差し詰め、北条殿と同じ立場になるのか。いや、むしろそれは現国王のジェームズか。
そして、立場はかなり違うが、自分は外国からの客人。
いわば第三者であり、手紙の交渉が終わった今では、この国の行く末とは無縁の傍観者である。
アルビオンが滅ぼうが、最悪ハルケギニアの諸国にそれがどう影響しようが、官兵衛には関係がないのだ。
だがなぜか、彼にはどうにもここが重苦しい。
足の裏が鉛になったように、歩が進まない。
枷の重みとは違う、身にかかる気だるげな重鈍さを、官兵衛は感じていた。

160暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:02:32 ID:RnTYwnAY
やがて、階段を下りきると、官兵衛は背中のデルフリンガーの鞘をずらしてやった。
「寝るか、おいデルフ」
「あいよーもう喋っていいかい」
解放された、とばかりに魔剣がくっちゃべる。
実にやかましいが、こんなんでも貴重な話し相手だ。たまには時間を作ってやろうとも思う官兵衛であった。
「で、忍びの偵察は終わりかい?」
妙にデルフは軽々しい。
官兵衛はやや面倒そうに言葉を交わす。
「無理そうだ。どーにもひっくり返せそうにない」
「アテが外れたかい」
音を立てて笑うデルフに、官兵衛は不満げに口を曲げた。
城内へ戻り、客室へ続く長い長い廊下を歩く一人と一振り。
「こうなりゃ王女様へ取り入る方法を――……いや待て。ルイズを上手く……」
ぶつくさ言いながら歩く官兵衛。その背中でデルフはこっそり呟いた。
「浅い悪だくみは足元すくわれるぜ?」
「だー!足まで使えなくなってたまるか!」
とっさに大声が出て、城の廊下に声が響く。それを、おいおいとデルフが咎める。
「相棒。叫ぶと聞かれちゃうから」
「ああっ!小生としたことが……」
とっさに口に手をやって黙り込む。きょろきょろと周囲を見回しながら、ほう、とため息をついて、官兵衛は肩を下した。
すべてが寝静まったかのようにしんと静まりかえる城内。
最期の宴も終わり、非戦闘員は出立の準備をしている。ウェールズ一行は明日のことで手一杯。
こんな敵陣営が望めるような、城の端には人はまばらだ。
したがって、幸いにも今この場には、二人の会話を耳にする者はいなかったのだ。
(危ない危ない、うかつなこと喋るんじゃないな。全部が水の泡だ)
ここに来て自分の思惑を他人に聞かれるのはまずい。そう考えると、官兵衛は余計なことを喋らないうちに、眠ることを決意した。
まっすぐ歩いて寝室を目指す。
先に見えるのは、人も明かりもない長廊下。
戦時中だから物資も少ないのだろう。灯りは申し分程度で、窓から差し込む薄青白い月明かりが、ほぼ頼りの光源になっている。
(そりゃこんだけ物がなければな……)
ふとしたことで、王軍の圧倒的窮地が連想される。まったく嫌なものだ、と官兵衛はげんなりした。
やがて角を曲がり、自分の客室がある廊下へさしかかろうとした、その時だった。
「――……っ。うっ……」
突然の音に硬直する。
不意に鼻をすするような音を耳にし、官兵衛は立ち止った。
「んなっ?」
少々びくびくしながら、官兵衛はあたりを見回す。
「どうしたね相棒」
「いや、何か聞こえたような……」
デルフの問いかけに落ち着かなそうに答える。
改めて周囲を確認するが、あたりは長い廊下と窓のみで何も見当たらない。
「なんもいないか?」
おそるおそる歩みながら官兵衛がデルフに尋ねる、すると。
「……相棒。よく見てやんな」
デルフが静かに促した。
「んん?」
官兵衛が目前をこらして見ると、そこには。
「……ぐずっ」
目前、長廊下の奥の奥。
薄暗いが、月明かりに照らされて小さな人影がそこにいた。
窓枠にもたれかかり、薄桃の長髪が良く映る。
「相棒、行ってやれよ」
再びデルフが言う。
言われるがまま、ずるずると鉄球を引きずって歩み寄る。
その聞きなれた音にハッとして、人影は振り返った。
「……カンベエ?」
「なんだ、お前さんか」
人気のない廊下にポツンと、ルイズがいた。

161暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:05:05 ID:RnTYwnAY
「……月見か?空模様は生憎そうだがな」
曇り空で隠れそうな月を見上げながら、官兵衛が言う。
立ち尽くしたままのルイズに、官兵衛が歩み寄る。
しかし、近づく官兵衛から表情を隠すかのようにルイズは顔を背けた。
「……こないで」
短くか細い声が、彼の耳に届いた。
「おい?」
「おねがい」
普段のルイズから想像もつかず、声は弱くふるえていた。
どこかすがるようなそれに、官兵衛は思わず立ち止まる。
二人の間に、しばしの静寂の時間が流れた。
「…………ひっく」
肩を引きつらせ、ルイズが背を向ける。
仕方なしに、ルイズがいる窓から反対の壁に寄りかかると、官兵衛は言った。
「お前さん、皇太子と話したのか」
しばしの間の後、ルイズはこくりと頷く。
それを見て、官兵衛は短くそうか、とつぶやくと言った。
「姫さんの願いは、届かなかったか」
「えっ……?」
その言葉を聞き、ルイズが驚きの顔で官兵衛を見やる。
なんでそれを、とでも言いたげな表情である。
官兵衛は笑いかけながら言う。
「おいおい、小生は二兵衛の片割れだぞ?あの時、手紙をしたためる姫さんの顔見りゃその程度察しがつくよ」
よっこいしょと鉄球に座り、じっとルイズを見る。
みればルイズの顔は涙の跡新しく、相当泣きはらした様相である。
官兵衛は静かな口調で続けた。
「異国の王子と姫君が、ってのはどこでも同じだな。たとえそれが実らなくても、そいつに生きて帰ってほしいって願うのは、皆そうだろうよ」
ルイズの自室で、ブリミルに懺悔しながら手紙に一文を付け足していたアンリエッタを思い浮かべる。
「姫さんは想い人に亡命をすすめた。『その恋文』を出すほどの愛の人にな」
ルイズが懐にしまってある、目的の手紙を指しながら、官兵衛は言う。
「だが奴さんはつっぱねたんだろ?」
官兵衛の言葉に、ルイズはぐっと唇を噛む。しかし耐えても、瞳から玉のような涙がこぼれた。
「……ウェールズ皇太子殿下は否定したけど、姫様は間違いなく手紙にその旨を記されていたはずよ。あの時、姫様からの手紙を見てた殿下の表情は……」
そこまで思い出して辛くなったのか、ルイズは再び背を向けた。
なるほど、と官兵衛は頷いた。
「ねえ、どうして?」
ルイズが涙交じりに官兵衛に問う。
「……っく、どうしてっ、ウェールズ殿下は死を、選ぶの?」
言葉に嗚咽が混じる。しかしルイズは続ける。
「姫様は逃げてって言ってるのに……。愛する人がそれをのぞむのに……」
ヒックヒックと泣きはらしながらなお続けるルイズに、官兵衛が歩み寄り肩を叩く。
しかし、ぽんぽんと肩にかかる優しい感触に、彼女の悲しみは膨れるばかりである。
そして、言うか言うまいかしばし悩んだが、官兵衛は静かに答えた。
「皇太子が姫を想ってるのは同じだ」
ついとルイズが官兵衛を見やる。
「だが、その想いがあるから、戦の火種を恋人の国に持ち込みたくないんだろうよ」
官兵衛が淡々と話し始めた。だがルイズは。
「なによそれ。意味わからない」
どうにも納得できないという顔である。
「愛してるなら、どうしてそばに行かないの?姫様のそばで一緒に……」
「おいおい」
官兵衛は再びなだめるようルイズに言う。
「貴族派の勢力を見ろ。あんだけ勢い付いちまったらもう止まらない。そしたらその矛先はどこに行く?」
アルビオンを制圧し、レコンキスタは次に何をするのか。それは、立地的に間違いなくトリステインへの進行だろう。
彼らが掲げるのは、ハルケギニアの統一そして聖地の奪還なのだから。

162暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:07:16 ID:RnTYwnAY
官兵衛の説明を、ルイズが黙って聞く。
「もしここで皇太子がトリステインに逃げこめばどうなる?」
静かに、言い聞かせるように。
「貴族派連中は、戦争の口実ができたとばかりに意気揚々と進軍してくるぞ」
官兵衛は続けるが、しかしルイズは俯いたまま微動だにしない。
「そして、トリステインがそんな爆弾を抱えたと知ったら、ゲルマニアは同盟をどうする?」
そう、トリステインは同盟を破棄され、孤立するのである。
そう官兵衛が締めくくる。
ルイズがぎゅっと拳を握る。
官兵衛はそこまで話して、ふうとため息をついた。
そして、目の前で俯くルイズを見て、少々話しすぎたかと頭を掻く。
「……まあなんだ。今日はもう寝たほうがいい」
ルイズからやや目をそらし、官兵衛は窓から外を見る。
「戦場の真っただ中だからな。部屋に籠ってねりゃあいい。そんで明日、お国に無事帰ることを考えとけ。今日のことはもう――」
――忘れろ。
そう付け加えながら、官兵衛はルイズに向き直った。しかし。
「――いやよ」
唐突にルイズが顔をあげて、言い放った。
「お願い!皇太子殿下を、王軍を説得して!」
なかば睨むようにしながら、ルイズが続ける。
「アルビオンは正当な王家の血筋よ!それを擁護する名目なら、問題にならない可能性だってあるわ!姫さまだってその可能性を信じて――」
それは、必至の形相である。嫌というほど伝わるそれには、どこか意地のようなものも見て取れた。
ルイズは言う。姫の個人的感情でなく、あくまで王家の血筋を保護する名目ならばいいだろうと。
官兵衛からしたらどうにも苦しい言い分に感じるが、未だハルケギニアの歴史や風土に疎い彼には、ありえないなどと否定はできない。
王家の血筋の尊さも何も、身に染みて解るわけではないのだ。
だが官兵衛は頷かない。
「お願いよ。皇太子殿下が首を縦にふればそれだけでトリステインへお連れできる。私からももう一度説得する。だから!」
お願い――その言葉に強い想いがこめられる。
しかし、官兵衛はかぶりを振って言う。
「そいつは無理だろうよ」
「なんでよ!」
「お前さんが思ってるほど、理屈だけで事は進まん」
官兵衛がぴしゃりと言い放った。
彼にとっては、亡命の名目や戦争の口実よりも、動かしがたい障害がある。
それは、ルイズも官兵衛も、先ほどまで目にしていた光景が物語っていた。
あの賑やかな光景を思い起こしてほんの少し、官兵衛は口を噤む。
しかし意を決したように口を開いた。
「見ただろうあの宴の様を。王軍連中の声を、表情を、眼を」
官兵衛が声を低める。
「あいつはな、もう後に引かない、退けない連中の眼だよ」
アルビオン万歳!そう声を張り、去っていく男たちのギラついた目を、官兵衛は思い出す。
敗北につぐ敗北。それを重ね、本土を守れなかった彼らにとっては最早、死ぬことでしか誇りを示す道はない。
自分たちが勇敢に死に、その様を誰かに残すことでしか未来を救う手立てがない。
そう信じているのだろう。
「意地と覚悟をもって、少しでも王家の精強さを見せつけるのが皇子の狙い。
それで少しでも貴族派が勢いを削がれりゃ、それも姫さんの助けになる」
それが、王軍が命を賭して全うする最後の使命だ。
官兵衛は続ける。
「皇太子はもう後には引かんよ。
少なくとも、昨日今日でここに来ただけの小生らが、連中の覚悟を曲げることはできん」
つながりの浅い自分たちが、彼らの最期を遮ることなど出来ない。
語調こそ静かだが、官兵衛は強く強く言い放った。

163暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:13:15 ID:RnTYwnAY
「……そんな」
官兵衛の厳しい様子に、ルイズは愕然とした。じっと官兵衛を見つめるルイズ。
「じゃあ、どうして?どうしてよ……」
一通りの官兵衛の言葉も、考えも、全て耳にした。
どうしようもない、状況は動かしようがない。
嫌というほど、十二分に理解できた。
しかし、しかしそれでも、ルイズは納得が出来なかったのだ。
今の官兵衛の言葉ではなく、『あの時』の彼そのものに。
「あんなに、ずっと殿下と話してて!どうしてよ!」
芯の底に響くよう、ルイズが言い放つ。
いきなりの悲痛な叫びに、官兵衛は押し黙った。
「まるで、いつもみたいに……」
宴の最中、ウェールズと酒を酌み交わし談笑していた官兵衛。一連のその光景を、ルイズは見ていた。
いつもと変わらない様子で食事をし、宴に参加する官兵衛を、彼女は会場の隅から見つめていたのだ。
ルイズが宴の空気にこらえきれず会場を飛び出す、その直前まで。
「どうして平気なのよ!みんな死にたがってるのをわかってて、なんであんなに楽しそうにしてるのよ!」
どう飲み込もうとしても、ルイズには理解ができなかった。
すすんで死地に赴く皇太子。王軍。
そして、そんな彼らと笑い酒を酌み交わす官兵衛。
いつもと変わらず、明るく振る舞うだけの使い魔なのに、その時に限っては彼が恐ろしく異様であった。
どこか恐ろしくもあった。
ともかく、ルイズにはすべてが歪に映ったのである。
「……ルイズ」
ルイズが内に抱えていた思いの一端に触れ、官兵衛はそれ以上言葉が出てこない。
「もういや……嫌いよ。この国はおバカな人ばっかり」
そう言うや否や、ルイズは官兵衛を睨みつける。
その瞳には、こらえきれない涙ばかりか、強い強い憤りが宿る。
「大っ嫌い!!」
悲鳴に近い声が廊下中に響き渡った。瞬間、バシンと何かがルイズから投げつけられる。
一瞬きらりときらめく何かが、乾いた金属音とともにぶつかった。
カランカランと響かせ床に転がるそれは、手のひらサイズの平たい缶。
それに一時視線を落とす。そしてふと前を見れば、そこにもうルイズは居ない。
暗い廊下の向こうへ走り去る靴音を耳にして、官兵衛はじっと目をつむった。

いつの間にだろうか、開けっ放された窓から、肌寒い空気が流れ込んでくる。
「なあ相棒」
「なんだ?」
そして、これもいつの間にか、鞘から出たデルフが官兵衛に話しかけた。
どっかり鉄球に座り込んで、話をきいてやるとばかりの様子の官兵衛。
「わかってやんな。あの娘っ子だってさ、色々理解はしてるよ」
床の缶を拾いながら、官兵衛はデルフの言葉に耳を傾ける。
「あんなでも貴族の娘さ。戦争ってのがどういうもんか知ってるし、犠牲だとか責任だとか身に染みてわかってるよ。
けどな、頭でわかってても気持ちがついてこないのさ」
ましてやあんな生々しい宴なんか見せられたらさ、と付け加えながらデルフが言う。
生々しい。
確かに、ルイズにとってはそうに違いない。

――どうして平気なのよ!――

ルイズの叫びが再び思い起こされる。
平気かどうか言えば違う。
官兵衛も乱世の住人だが、あの場で心が揺れぬほど冷徹でも、無関心でもない。
それが、たった一度とはいえ、酒を酌み交わした相手ならなおさらだ。
ただ、たとえ官兵衛の心内がそうだったとしても。
「……年頃の娘に見せるもんじゃあなかったか」
彼流の、ウェールズへの手向けは、ルイズにはさぞかし堪えただろう。
頭をかきながら官兵衛は立ち上がった。

164暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:15:55 ID:RnTYwnAY
「時にデルフ。こいつは?」
ふと官兵衛が、手の中の小さい缶を見て尋ねる。
よくよく見ると平らな蓋が外れるようになっており、開くと白い軟膏が詰まっている。
デルフがそれを見てしゃべり出した。
「そいつは薬だよ。たぶん打撲とか痛みに効くやつじゃねーか?」
「塗り薬か」
そっと指で軟膏をすくう官兵衛。なるほど、なにやら指先に感じる清涼感と、独特の臭いは薬の類に違いない。
「あの娘っ子、そいつを渡したかったんじゃないのかい?ほら、相棒ここまででずっと体張ってきただろ」
道中の襲撃の数々が思い起こされる。
いくら官兵衛が異常な頑丈さを備えるとはいえ、ルイズからしたら気が気でなかったに違いない。
加えて、長曾我部との激闘の末の昏倒。
城についてからもずっと気を回していたのだろうか。
皇太子と手紙のやり取りをする傍ら、倒れた使い魔に薬まで用意して。
「……よくばりな娘っ子だな」
親友から賜った任務も大事、しかしその想い人も救いたく、さらには使い魔も心配。
一体どこまで背負い込むつもりなのだろうか。
「無茶なご主人だ、まったく」
「ははは、相棒みたいだねぇ」
ため息交じりに言う官兵衛に、かちゃかちゃとデルフが愉快そうに応じた。
「で、どうすんだい?相棒」
ひとしきり笑ったデルフが、先ほどとは打って変わって真面目に問う。
官兵衛も、一仕事すべくと伸びをしながら答える。
「おう、とりあえずそろそろ敵さんも動き出す頃合いだろう。皇太子には悪いが、ひっくり返すのは厳しい。だったら――」
華々しく戦果をあげさせてやろう。
そう言うや否や、官兵衛が暗い廊下の奥を見据える。
「そろそろ出てきたらどうだ?」
官兵衛が腕を構え、ジャラリと鎖がこすれて球を引きずる。
「覗き見野郎」
そして、そう言い終わるのとほぼ同時であった。
ふっ、と全ての灯りが掻き消え、廊下が、周囲が、暗闇で閉ざされたのは。
「相棒!気を付けろ!」
「おう!」
全ての視界が遮られた空間で、デルフを引き抜き、周囲を探ろうと五感を研ぎ澄ませる。
音が、空気が不気味なほど静かだ。
しかし何らかの視線が自分に注がれるのだけはひしひしと感じる。ある種の殺気と言い換えてもいいだろう。
確実に何者かが、今この場で自分の命を狙っている。
「相棒みえるかい?」
「ハッキリとはわからんな」
暗がりで目を凝らしながら、官兵衛は言う。
月明かりも雲に隠れ、辺りはまさに黒一色。
光りない空間では一寸先も目視できない有様である。
そんな状況で命を狙われてるにかかわらず、官兵衛はなんとも落ち着いた様である。
「相手はメイジだね。こんな闇で襲撃するんなら『暗視』の魔法か、もしくは……」
デルフが言い終わらないうちに目前からそよ風が漂う。
何かが一直線に向かってくる、唐突な風のゆらぎ。
しかし、長期間の穴倉生活を過ごした官兵衛にとっては、闇でそれを感じ取るのは造作もない。
研ぎ澄まされた感覚で微妙な空気の揺らぎ感じ、官兵衛はデルフを横なぎに一閃する。
瞬間、ギン!と金属音が鳴り響いた。
剣先に確かな硬い感触を感じる。同時に、目前に確かな人の息遣いを感じとった。
「おらっ!」
すかさず、鉄球を前方へ向かって蹴り飛ばす。
重たい鉄球が鞠のように軽々飛ぶ。しかし、その威力は大砲のごとき重さ。
そんな一撃が、前方の何者かをとらえて吹き飛ばした。
「ぐっ!」
何者かのうめき声とともに、ドン!と手枷に伝わる確かな感触。
してやったり、と官兵衛は叫ぶ。
「どうだ!暗がりも襲撃も慣れっこでね!」
それを聞いてか聞かずかしてか、やや先で、カランカラン、と音が響く。
おそらく相手はメイジ。攻撃を食らい、手放した杖が床に転がる音であろう。
「そこか!とどめを喰らえ!」
全神経を耳に集中させ、音源へ駆ける。そして目前にうずくまる確かな気配をとらえた。
そして、全力でそれに鉄球を振り下ろそうとした、その瞬間だった。
「ほう、確かに闇は慣れているようだな」
官兵衛の耳に、愉快そうな声が届いたのは。

165暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:17:10 ID:RnTYwnAY
「だが真のメイジは。闇を制すことすら造作もない」
誰もいない、息遣いも空気の揺らぎも、何一つ感じなかったはずである。
穴倉で培われた官兵衛の五感が、武将の感覚が、それを見逃すはずもない。
にもかかわらず『そこ』から、囁くように声が届いた。
「なあ?ガンダールヴ」
官兵衛の、まっすぐ背後の場から。
「……なっ?」
バカな、と動きが固まる。そしてそれと同時に気づく。
たった今目前にとらえていた、今しがた鉄球を喰らわそうとした気配が無い。
「なんっ……だと?」
苦しそうに、呻くように、官兵衛は言葉をひねり出す。
それが、その場での彼の精いっぱいの声であった。
闇の中で突如現れた気配と、この旅で幾度も耳にした声。
そして、背中から腹にかけてを、抉られるような激痛。
それらが、官兵衛の表情を苦悶に歪めてた。
「がっ……」
体の内側から広がる激痛に、口から空気が漏れる。
ぼたりぼたり、と甲冑の隙間から液がしたたり落ちて、血だまりを作る。
背後の気配はそれを見て満足そうに笑むと、再び口を開いた。
「……死ね」
どす黒い、怨嗟を込めた呟きが耳に届く。
同じく、バチバチと空気が弾ける奇怪な音も。
デルフが叫ぶ。
「『ライトニングクラウド』だ!風系統の!まずい相棒!」
二人の周囲に電撃がスパークし、襲撃者の顔が照らされる。
首だけ振り返りながら、官兵衛は照らされるその顔を睨みつけた。
「てめぇ……!」
瞬間官兵衛を、背中から腹へと貫いた杖が、まばゆく輝く。
周囲を停滞していた雷がまっすぐ杖へと伸びた。
「死ね!ガンダールヴ!」
バリバリと、けたたましい轟音とともに、高圧の電流が官兵衛の体内へと炸裂した。

166暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:20:22 ID:RnTYwnAY
「来やがったぜ」
フーケはその唐突な呼びかけにハッとした。
ウトウト船をこいでいたが、あわてて周囲を見回し、次いで隣の長曾我部を見やる。
「……?なんだい、いきなり」
先ほどから貝殻のように口を閉ざす長曾我部が、いきなり話し始めたのだ。
フーケが何にか問いかけても、一向に返さなかったのに。
「来やがったって……?」
目を丸くしながら、フーケは長曾我部を見やる。
険しい表情の彼は、全身から張り詰めたような空気を作り出している。
そう、まるで自分が貴族相手に盗みを決行する、その直前のような、あの雰囲気だ。
「……まさか」
それに気づき、フーケは牢の外へと注意を払う。
ふと見ても、一見変わりはない岩壁の牢獄だ。獄中の薄暗さも静けさも、冷たい格子に揺れる灯もなにも同じだ。
ただ一つの違和感を除いて。
「(ちょっと、静かすぎるね)」
そう、今が皆が寝静まる深夜であることを除いても、まるっきり人の気配がないのだ。
普段囚人を監視する看守の息遣いさえ皆無。
戦時中で、今の牢獄にはフーケと長曾我部しか繋がれてはいないのだが、それでも牢番が持ち場を離れることなどあるはずはない。
「おい!牢番!おいっ!」
大声で呼びつける。
しかしつい先ほどまでなら、煩わしがる怒声の一つでも飛んできたのだが、まるで何もない。
「おい?どこいったんだい!」
「無駄だ」
尚のこと呼びかけるフーケに、長曾我部が言う。
「もう殺されてるぜ」
それを聞き、フーケの額に汗が浮かぶ。
そして、まさか、と口にしようとしたところでそれも遮られた。
突如聞こえ始めた、拍車の混じる足音に。
「……この足音」
聞き覚えている音だ。あのときチェルノボーグの監獄でも、状況は同じであったから。
長曾我部が、低い声で言う。
「もう下手な行動はとれねぇ」
それを聞き、フーケは浅く唾を飲み込んだ。
かつんかつん、と響く足音が真っすぐに近づいてくる。
そして、やがて足音は二人の牢獄にさしかかって止む。
鋼鉄の戸に開いた格子窓、その向こうに白い仮面が顔をのぞかせた。
「……ふむ」
仮面が短く呟く。
同時にガチャリと鍵が開き、思い軋みとともに扉が開く。
そして音もなく立ち入ると、男はスラリと杖を抜いて見せた。
「また会ったな土くれ」
その皮肉を込めたセリフに、フーケと長曾我部は苦い顔を浮かべる。
牢の戸が開いても、鎖で壁につながれた二人は自由が利かない。
何より、杖も碇槍も、仕込みの短剣も、すべて取り上げられた二人には成すすべがない。
それを十分わかった上で、仮面は実に愉快そうに言葉を続けた。
「ここまででずいぶん手を焼かされたぞ。本来ならチェルノボークで事が済んでいた筈が、よもやこんな雲の上まで来ることになるとはな」
なあ、と仮面はフーケを見下ろす。長い杖の先端が、彼女の顎に添えられ、ぐいと乱暴に顔を持ち上げる。
「……っ!」
彼女は白仮面を睨む。しかし、諦めと怯えが混じった顔には力が籠らない。
かすかな震えを隠すように添えられた杖を振り払うと、彼女は言い放つ。
「殺すならさっさとしなよ。つまらない前置きは時間の無駄だろ」
長曾我部も観念したように押し黙る。しかしその眼は鋭い。
仮面の男はそんな二人を見ると、微かに笑いながら言った。
「なんとも哀れだな。かつてトリステイン中を恐れさせた世紀の怪盗フーケが、こんな異邦人とつるみこそこそ逃げ回っていたのだからな」
「なんだと?」
異邦人――その言葉に、長曾我部がギロリと仮面を睨む。そんな視線を受け仮面は、今度は長曾我部を見下ろす。

167暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:22:21 ID:RnTYwnAY
「貴様だ。どこかは知らぬが、遥か彼方ヒノモトから来た、異国の者ども」
フーケも驚いたように長曾我部を見やる。
「あの時、『ライトニングクラウド』を喰らわせたにもかかわらず効果が薄かった、その時点で気づくべきだったな。
貴様らには、異常なまでに体躯や力に秀でたものがいる」
言い終わるや否や、仮面の杖先が魔力を帯びる。
空気の層が、形になった様に無数の矢に姿を変えて凝縮される。
「モトチカ!」
フーケが叫ぶ。無数の発射された矢が飛び、壁につながれた長曾我部へ降り注ぐ。
「チッ!」
短く舌打ち、急所を守るように咄嗟に体を捻る。
ざくざくざく!と腕が足が、胴体が、矢に穿たれ、壁に縫い付けられた。
「があっ!」
どうあっても避けきれぬ空気の矢は、突き刺さった後でも形を保ち、彼の動きを完全に封じる。
その痛みに、さすがの西海の鬼も声を上げた。
その様に、仮面は一層愉快そうに言葉を続ける。
「無様だな。忌々しい異邦の者も、こうなってしまえば赤子同然か」
クツクツと、笑い続ける男に、怒りの形相で長曾我部が言う。
「てめぇ、異邦だか異国だがしらねえが、ただで済まさねえぜ。鬼を怒らせたらどうなるか……!」
仮面がふと笑いを止め、ついと杖を振るう。新たに一本矢が追加され、長曾我部の脇腹へと打ち込まれる。
「かっは……!」
「黙れ賊が」
仮面が吐き捨てるように言う。
「これだけされてまだ口が利けるか。呆れた気力よ」
長曾我部の口から乾いた空気が漏れる。
しかし、全身を貫かれても意識を保つ彼に嫌気がさしたか、仮面は再びフーケと向き合った。
「さあ土くれ、最終通告だ。我々の仲間になれ」
脅す口調で、仮面はフーケに迫る。
そして今度は容赦しない、とばかりにフーケの喉元に杖が向く。
断れば魔法で首をはねる、とでも言わんばかりだ。
その杖先から仮面へと視線を映しながら、フーケは恐る恐る言う。
「な、なんだいまだアタシを諦めてないの?」
意外な誘いにフーケは動揺する。
これだけ逃げれば次は死だろうとたかをくくっていたが、どうにもそうではないらしい。
フーケの言葉に、仮面が続ける。
「我々の今後にはどうしても、裏に通じる人材が必要だ。特にお前のようなメイジは、上としても見過ごせぬらしい」
そして一応は、俺の評価も変わらぬ。
仮面はそう付け足した。
「さあ選べ、マチルダ・オブ・サウスゴータ。我らのもとに来て名誉を取り戻すか、それとも落ちぶれた盗賊として生涯を終えるか」
仮面が凄む。
改めて、かつての名を呼ばれ、フーケはやれやれとうなだれた。
「仕方ないね」
フーケは、観念することに心を決めた。
どうせここで意地を張って死んでも、何一つ得にはならない。
何より自分がここで死ねば、この大陸で帰りを待つあの子に申し訳が立たない。
鬱蒼と茂る森の奥で、誰にも知られないようひっそりと暮らす子供たち。
そして子供たちに囲まれ、あの娘がそこに――
「(今はまだこんな所で終われない)」
その光景を思い浮かべ、フーケは仮面に答えた。
「いいさ、手を貸してやるよ。ま、その分報酬ははずんでもらうけどね」
口元に笑みを浮かべながら、フーケは笑いかける。
「いいだろう」
仮面も満足げに頷いた。
即座に鍵を用いてフーケの枷を解除する。
じゃらりと鎖が外れると、彼女は立ち上がってうーんと背を伸ばす。
「はぁ〜窮屈だったよ」
軽口を叩きながらも、フーケは仮面の動向を探る。
相手はじっとこちらに注意を向け、佇む。
どこかこちらを見透かそうとしているような探る視線である。
そして、壁に魔法で縫い付けられた長曾我部には目もくれていない。
それに気づくと、フーケはわき目で長曾我部の様子を確認した。
四肢に喰らった魔法で、長曾我部は満身創痍。
傷口からの出血もおびただしく、早急な手当が必要だろう。
しかし目の前の仮面がそれを許すはずもない。
「(……悪いね)」
フーケは内心で詫びを入れる。
ここまで道中世話にもなった。
多少言動の非常識さに手も焼いたが、気の悪い男でもなかった。
だが、その連れ合いもここまでなのだ。
自分には死ねぬ理由がある。
さらには見ず知らずの荒くれと心中する気にもなれない。
そう思い、フーケは長曾我部に向き合った。

168暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:23:38 ID:RnTYwnAY
「……ま、道中世話になったわね。悪いけどあたしはこいつと行くよ」
息を切れ切れに、長曾我部がフーケを睨む。
しかしフーケは意にも介さず、長曾我部の顔を覗き込みながら言う。
「恨むんじゃないよ。有利な方につかなきゃ生き残れないだろ?」
こっちはお前とこれ以上付き合う気はない、と、暗に言い含める。
フーケはにやにやと作り笑いを浮かべてみせた。
長曾我部は傷が痛むのか、うめき声を上げながら俯く。
なんとも痛々しい様だ。
「……じゃあね」
フーケは静かに呟く。踵を返して、さあ牢を出ようとばかりに歩き出しす。
しかしその時だった。
「待て」
仮面が懐から杖を取り出してフーケに突きつける。
ここに来て取り上げられた、フーケの杖だった。
「あらあら、随分気が利くじゃない」
差し出された杖を、満足そうに受け取るフーケ。
しかし仮面は彼女の目前を塞ぐとこう言った。
「最初の仕事だ土くれ。こいつを殺せ」
仮面の重々しい口調が、フーケに投げかけられた。
「……は?」
一瞬、言葉を詰まらせて、フーケは聞き返した。仮面は変わらず繰り返す。
「この男を、この場で殺せと言ったのだ」
仮面の杖が、まっすぐ長曾我部を指す。
その動作と言葉の意味するところに、フーケは身を硬直させた。
「な、馬鹿だね。放っておきゃいいじゃないか」
唐突な殺しの命だった。意図も分からず、フーケは必死で言葉を取り繕う。
「もうじきここは軍勢が攻め入るんだろ?そうでなくともこんな虫の息なんざ長くもたないよ」
時間の無駄だ、とばかりに手を振ってみせる。
「それより早く行こうじゃない。長引くと兵士が感づくよ?」
フーケとしては、早めに逃げて身を隠したい意味もあった。かつて盗賊として仕事をしていた経験からいっても、時間の浪費は避けたいのだ。
ましてやここで殺しなど、何一つ得にはならないではないか。
「ほらどきなよ!さっさと逃げないと――」
「城の人間は皆殺しだ」
その言葉と同時にずいとフーケに杖が向く。同時に仮面の怨嗟の籠った声色に、フーケは言葉を遮られた。
「今頃城内では襲撃が始まっている。ここに人は来ない、いや来ても困ることはないだろう」
どのみち殺せば同じなのだから、と仮面は付け加える。
「だが困る事は別にあってな。貴様自身だ土くれ」
仮面は強い口調で続けた。
「我々は目的のためなら手段は選ばぬ。この地の統一と大いなる聖地奪還の為にはな。
だが貴様はどうにも違うようだ」
自分へ向けられた杖とその話から、フーケに冷や汗が流れる。
「これまで貴様の盗みの手口を見るに死人は出ていないようだ。たとえどれほど大掛かりな手口で、相手であっても、な」
それを聞き、フーケも反論する。
「そりゃあ、下手に殺したら大きく手配されるしね。それにアタシは宝を奪われてうろたえる連中が好きなのさ。死んじまったら――」
「慌てる事もできない、か?」
言葉の先を引き取られ、フーケは思わず押し黙った。
クックと含みをこめて仮面が笑う。
「我々にはその甘さが、何よりも不要なのだ」
その言葉で、フーケはここに来てようやく悟った。
目の前の仮面の組織、レコンキスタは、自分が思うよりも苛烈で残忍。
そして思うよりも、自分が取り入るのに適していない、イカレた集団だということを。

169暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:25:59 ID:RnTYwnAY
「甘さを捨てろ土くれ、いや……マチルダ」
再び仮面がその名を言う。
「貴様の家名が、名誉が、アルビオンの王家に取りつぶされたのはなぜだ?
それは貴様らの仕える暗愚な君主に、サウスゴータの太守が加担したからだ。
君主の愚行を見捨てられぬ甘さが、その破滅を招いたからだ」
「……暗愚、愚行?」
フーケは唐突に、目の奥底が熱く燃えるような感覚を覚えた。
「そうとも。詳細はともかく、貴様の家もそれに付き従い潰えた。なんとも愚かな話ではないか」
仮面が次々と言葉を並べる。
それを聞き、彼女の奥底に徐々に熱が広がり続ける。無意識に奥歯へと力が籠る。
目前の男に対して、ふつふつと、言い知れぬものが沸き上がる。
「今ここでこの賊を殺し、貴様の奥底から情を取り去るのだ。
そうすれば、お前を快く貴族派の一員と認めよう。出来ぬなら見込み無しとみなし、始末する。さあ――」
どうする?と仮面の促す言葉に、フーケは杖を構えた。
壁へつながれた長曾我部を前にして詠唱を始める。
途端、めきめきめき、と周囲の壁から岩が剥がれ、鋭く精製されていく。
そして鋭利なる岩のやりが空中へ停滞して、ピタリと長曾我部へと狙いを定めた。
仮面は動かずじっと、その様を監視する。
「悪いねアンタ」
フーケは呟く。
同時に杖を、真っすぐ己の背後へと振るった。
「あたしはあんたみたいな奴が、一番嫌いなのさ!」
岩槍が一斉に反転し、背後の仮面目がけて飛ぶ。
ガガガガッ!と乾いた衝撃音が炸裂して部屋中に土埃が飛び散った。
その中心で仮面は、淡々と言葉を紡いだ。
「残念だ」
フーケは即座に飛び退り距離を取ろうとする。しかし狭い獄中にそんな場所はない。
フーケは長曾我部と隣り合うよう壁を背に仮面に向き合った。
「太守と同じ道筋を辿るか。マチルダ」
「黙れ!」
フーケは激昂して叫んだ。
お前に何がわかる。わたしのこれまでを、あの娘の、何がわかるというのか。
侮辱の数々へ、怒りの言葉が浮かんでくる。
「気安く、人の名を呼ぶんじゃない!」
怒りに任せて、杖先から石礫が舞う。しかし仮面はたやすく杖ではじき返すと。
「安心しろ、もう呼ばぬ」
呟き、瞬間青白い杖が伸びてフーケの体を突き刺した。
「うがっ!」
即座に杖が引き抜かれ、腹部から血が噴き出る。仮面は続けざまに、フーケの手足を貫くと。
「そして会うこともない。賊が」
地面に崩れ落ちた彼女を、汚物を見るように見下し、言葉を投げかけた。
「あっ、ああ……」
フーケは倒れ伏し、杖を取り落とす。
四肢と胴体に力が入らない。昏倒しそうな痛みが襲うが、彼女の意地がかろうじて意識を保つ。
「くっ……うう。ちっくしょう……!」
「安心しろ、そう容易く殺さん」
床でもがこうとするフーケを見下ろし、仮面が言う。
「動けぬが、『まだ死なない』程度にしてやった。これからレコンキスタの総攻撃が始まる。ここには貴様の予想どうり、血に飢えた軍隊がなだれ込む……」
愉快そうなその言葉にフーケは青ざめる。
「思う存分、弄ばれよう。我らと敵対したことを悔い、恥辱と侮辱にまみれて死ぬがいい」
そういって短く笑うと、仮面は背を向けた。
「さて、向こうの始末は終わってる手筈だ。あとは計画の通り――?」
その時、仮面はついと動きを止めた。
一流の風の使い手の男には、場内の空気の動きをある程度把握できる。広範囲では精度も限られるが、人の動きも読むことが可能。
その仮面の感覚に見知らぬ、いや計画外の気配が飛び込んできた。
「……どういうつもりだ」
その気配の主が分かるや否や、仮面は怒りに顔を歪めた。
仮面で表情はわからないが、倒れ伏したフーケからも仮面の豹変ぶりがうかがえれるほどに。
「この計画は俺の……!おのれ忌々しい羽虫風情が、よくも邪魔を」
わなわなと手にした杖を震わせ、仮面は一人叫んだ。
沸き上がる怒りを抑えようともせず。
それが、その一瞬が、隙であった。

170暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:29:20 ID:RnTYwnAY
「おいっ……!」
突然の怒鳴り声が背後から響いた。怒りから返り、仮面ははっとして振り返る。
一瞬の感情の乱れが、彼にとって何より致命的だった。
仮面の眼前に迫りくる拳が広がる。
「……おのれ異邦人」
仮面は短く、静かに呟いた。気づくべきだったのだ。
あの時フーケが自分に放った魔法が、あろうことか長曾我部を開放すべく放ったものであったことを。
奴の戒めを解くべく、もう一方へ放たれた岩片があったことを。
目前に立つ長曾我部を見て、仮面はそれを悟った。
拳に仮面が打ち砕かれるのを感じながら舌打ちする。
「(……ここはもういい。フーケは始末した。こいつも長くはもつまい。問題は――)」
仮面が崩れ落ち、素顔が露になるが、男は気にする風もなく詠唱を始める。チェルノボークで放ったものよりも威力を込め、杖先から雷光を放つ。
まっすぐまっすぐ、雷が目前の長曾我部へ伸びた。しかし。
「……テメェか」
元親はそれを避けるそぶりも見せず、直立不動で身に受ける。
まばゆい光と身を焼く電撃。だが、その中で西海の鬼は微動だにしなかった。
ついと、自分の足元に倒れ伏すフーケをみやり、次いで目前の男を見据える。
そして、そのあらわになった仮面の下を見据えながら、静かに、はっきりと言い放った。

「落とし前は必ずつけさせるぜ」



「ここいらで落とし前つけさせてやる」

官兵衛は、内側を焼かれる感覚をおぼえながら、背後で笑うその顔に言い放った。
背後から押さえつけられ、体を貫く杖と電撃から逃れるすべは無い。
ばちばちと雷光も弾け続ける。
そして、これだけの騒ぎのはずが兵士の一人も駆け付けないあたり、辺りは敵の手中だろう。
つまりこの場に助けも来ない。背後の男もそれをわかって余裕の表情を浮かべているのだ。
だがそうであっても、たとえ窮地であっても、官兵衛は振り返ってその面を見据えた。

怒り憎しみとも違う、力のこもった瞳。

それぞれの二対の武将達の眼が、そのよごれた仮面の下の素顔を逃がすまいと捕らえて離さなかった。



                                                                つづく

171暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:34:25 ID:RnTYwnAY
今回は以上で終わりです。
なかなか筆が進まず申し訳ありません。
現状では結構先まで話は考えていますので、また次回もよろしくお願いします。
それでは。

172ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:31:38 ID:p5wSueKw
暗の使い魔の人、乙です。私の投下を始めさせていただきます。
開始は22:34からで。

173ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:35:20 ID:p5wSueKw
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十九話「破滅降臨」
破滅魔虫ドビシ
破滅魔虫カイザードビシ 登場

 ガリア王国の首都リュティスは、聖戦の開始以来ずっと、大混乱の坩堝に陥っていた。
 街には南部諸侯の離反によって、その土地から逃げてきた現王派の貴族や難民が溢れ返り、
それがなくとも国民はロマリア宗教庁より“聖敵”にされてしまったことで震え上がり、
連日寺院に救いを求める始末であった。華の都と呼ばれたリュティスは、たったの一週間で
終末がひと足先に訪れたかのようになってしまったのだ。
 王軍もまた、反乱を起こした東薔薇騎士団の壊滅から来るジョゼフへの恐怖心と外国軍への
嫌悪感からほとんどがジョゼフに従っていたが、その士気は最低であった。しかも本日未明に
もたらされた、カルカソンヌに展開していた最前線の部隊が怪獣に操られ、その末に全員が
捕虜となって文字通り全滅したという報せによって、これ以上下がらないと思われていた士気が
どん底になっていた。――ジョゼフは何も言わないが、怪獣が彼の仕業なのはどう見ても明らか。
つまり、かの王は自分たちですら捨て駒としか思っていないのだ。彼らが今もガリア王軍であり
続けるのは、最早何をしても自分たちの破滅は変わらないのだから、せめて最後まで王家への
忠義と誇りは捨てなかったという体裁は保ちたいという絶望的な願いだけが理由であった。
 常識家でただの善人だった宮廷貴族だけは、祖国をどうにか立て直そうと躍起になって
いたのだが、そんな彼らでも、東薔薇騎士団の反乱の際に崩壊したヴェルサルテイル宮殿の
一角……美しかった青い壁が今やただの瓦礫の山であるグラン・トロワの無惨な姿を見る度に、
自分たちの仕事が無駄になることを認識していた。

 ハルケギニア一の大国、ガリア王国をほんの一週間でこれほどの惨状に変えた張本人である
ジョゼフは、仮の宿舎とした迎賓館――語頭に「元」がつくのも遠い未来ではないだろう――で、
運び込んだベッドの上から古ぼけたチェストを見つめていた。それは中が見た目より広くされて
いるマジックアイテムであり、幼き頃にはシャルルとかくれんぼに興じていた懐かしい思い出の
品である。
 当時のことを思い返しながら、ジョゼフは独りごちる。
「一度でいいから、お前の悔しそうな顔が見たかったよ。そうすれば、こんな馬鹿騒ぎに
ならずに済んだのになぁ。見ろ、お前の愛したグラン・トロワはもう、なくなってしまった。
お前が好きだったリュティスは、今や地獄の釜のようだ。まぁ、おれがやったんだけどな。
それでも、おれの感情は震えぬのだ。あっけなく国の半分が裏切ってくれたし、残った奴らも
事実上捨ててやったが、何の感慨も持てん。実際『どうでもいい』以外の感情が持てぬのだよ」
 ジョゼフはため息を吐いた。
「何だか面倒になってしまったよ。街を一つずつ、国を一つずつ潰していけば、その内に
泣けるだろうと思っていたが……まだるっこしいから、纏めて灰にしてやろうと思う。
もちろん、このガリアを含めてな。だからあの世で王国を築いてくれ。シャルル……」
 そこまでつぶやいた時、ドアが弾かれるようにして開かれた。
「父上!」
 顔面蒼白で、大股でつかつかと歩いてきたのは、娘であり、王女であるイザベラだった。
王族ゆかりの長い青髪をなびかせながら、父王に向かって問うた。
「一体、何があったというのですか? ロマリアといきなり戦争になったと聞いて、旅行先の
アルビオンから飛んで帰ってきてみれば、市内は大騒ぎ! おまけに国の半分が寝返ったという
話ではありませぬか!」
「それがどうした?」
 ジョゼフはうるさそうに、たったひと言で返した。
「……“それがどうした”ですって? わたしには、父上のお考えが理解できませぬ! 
ハルケギニア中を敵に回しているのですよ!? 王国がなくなるのですよ!?」」
「だから、“それがどうした”と言っているのだ。おれにとっては、誰が敵に回ろうと、何が
なくなろうとも、どうでもよいことなのだ」
 冷たく突き放したジョゼフに、イザベラはわなわな小刻みに震えた。父に、恐怖を感じているのだ。

174ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:38:24 ID:p5wSueKw
 ジョゼフはそんなイザベラに、冷めた視線を返していた。ジョゼフは己の娘でさえ、愛した
ことは一度もなかったのだ。それどころか、魔法の才に恵まれない彼女に昔の自分の面影を見て、
嫌悪感すら抱いていた。彼女が何かわがままを言う度にそれを叶えてきたが、それは鬱陶しい
イザベラの声をさっさと黙らせたいからだけでしかなかった。成長してからもイザベラはその辺の
愚昧な人間と変わりなく、彼女に対して何の評価もしていなかった。
 だがしかし、次の瞬間、イザベラは彼の抱いている人物像に反する行動に打って出た。
「父上……どうかお考え直し下さいッ!」
 彼女は恐怖心を振り切り、必死な声音でジョゼフに改心を求めてきたのだ。
「何?」
「もう遅すぎるのかもしれませんが……何か変えられるものがあるやもしれませぬ! せめて、
この国の民の命だけは助かるよう便宜を図って下さい! 彼らには何の罪もないではありませぬか!」
 その声音には、保身や計算の色はなかった。王になってから散々聞いてきたので、それくらいは
分かる。だからこそジョゼフには信じられなかった。あのわがまま娘が、このようなことを口走るとは。
「……意外な言葉だな。誰からの受け売りだ?」
「ある者より教わりました。間違いは、生きていれば正せると。……わたしは、己というものを
省みたことがありませんでした。そのこと自体、どうとも思っていませんでした。ですが……
その者より教わって以来、そんな自分を変えたいと思うようになったのです」
 胸の辺りをギュッと握り締めるイザベラ。その懐には、アスカが置いていったエンブレムの
パッチがあった。
「そして父上にも、どうか過ちを正していただきたいのです! このままではどう考えても、
誰もが破滅する結末しか待っていません。それが正しいことのはずがありませぬ! どうかッ! 
どうか父上、お考え直しを……!」
 イザベラの強い訴えを一身に受け……ジョゼフは声を張りながら大笑いした。
「ワッハッハッハッ! ワッハッハッハッハッ!」
「ち、父上?」
「いやはや、おれは本当に人を見る目がないな。お前がそんなに立派な台詞を言う人間に
なっていたとは。今の今まで、全く知らなかった。実に驚かされたよ」
 ジョゼフの言葉に、イザベラは一瞬表情が輝いた。
「父上、では……!」
 だが、ジョゼフから向けられたのは杖の先端だった。
「え……?」
「だが、それもやはりどうでもよいことだ。おれは何も変えるつもりはない。お前が『正しい』と
思うことをしたいのなら、今すぐにここから出ていくことだな。さもなければ、出来ない身体に
なるかもしれんぞ」
 イザベラは再び、ガチガチと震え出した。先ほどよりも深い恐怖を、ジョゼフに感じている。
「とっとと去れ。身内を殺めるのはもうやった。同じことを二度やるのは下らんことだ。
だから見逃してやる。従わないのなら……いい加減鬱陶しいので、黙らさなければならんな」
 ジョゼフが自分を見逃す理由は、その言葉以外にないのは明白だった。結局、彼は自分の
ことをこれっぽっちも愛してはくれなかったのだ。
 イザベラはそれがとても苦しく、悔しく、そして悲しかった。感情とともに溢れ出た涙と
ともに、この寝室から飛び出していった。
 次いで現れたのは、ミョズニトニルン。彼女は集めた情報をジョゼフに報告する。
「死体の見つからなかったカステルモールの件ですが……。どうやら生きているようです。
カルカソンヌで捕虜となった王軍に紛れているとのこと」
「そうか」
「シャルロットさまと接触するやもしれませぬ。何らかの手を打たれた方が……」
「それには及ばぬ」
 ジョゼフは首を振った。

175ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:41:18 ID:p5wSueKw
「どうしてですか?」
「希望の中でこそ、絶望はより深く輝く。奴らは『おれを倒せるかもしれぬ』という希望を
抱いたまま、ただの塵に還るのだ。そんな深い絶望など、そうそう味わえるものではない。
羨ましいことだ」
 最後のひと言は、紛れもないジョゼフの本音であった。

 昨晩の事件によって、ロマリア軍はリネン川を渡り、がら空きとなった対岸へと歩を進めた。
しかしそこで進軍は一旦ストップとなった。捕虜の人数把握や整理などの処理に時間が必要
だったからだ。街の半分に陣を張っていた軍団を纏めて捕虜にするなど異例のこと。そのため
ロマリア軍も忙殺されているのだ。
 しかし進軍の停滞も、持って一日というところだろう。明日にはリュティスへ向けて進撃を
再開してしまうはずだ。リュティスはカルカソンヌの比ではない数の兵が守っているので、
さすがにすぐ激突とはならないだろうが……それでも本格的な戦闘はもう秒読み寸前という
ところまで迫っている。それまでにアンリエッタが間に合わなかったらアウトだ。
 そんな風にやきもきしているルイズは……才人がラン=ゼロに何か怪しげな特訓をつけられて
いるのを目撃した。
「まだだ! まだお前には集中力が足りねぇ! 極限まで精神を研ぎ澄ませッ!」
「おうッ!」
 傍から見たら昨日と同じ剣の稽古なのだが……才人の方は何と目隠しをしているのだ。
視界をふさいだ状態で剣を振るうなど、奇行としか言いようがない。
「サイト……あんた何やってんの?」
「その声、ルイズか?」
 才人たちは一旦手を止め、才人は目隠しを取ってルイズに向き直った。
「特訓さ」
「それは見たら分かるけど、あんた何で目隠しなんかしてるのよ。いくら何でもそれは危ないでしょ」
「いや、それが必要なんだよ」
 とゼロは証言する。
「目隠しが必要?」
「ジョゼフを討ち取るためにな。特に、今はこんな状況になっちまっただろ? だから最悪
今日中にこの特訓を完成させなきゃならねぇんだ。悪いが邪魔してくれるなよ」
「まぁそれはいいけど……昨日は目隠しなんかしてなかったじゃないの。どうしてまたそんな
ことを……。昨晩に何かあったの?」
 と聞かれて、才人たちはギクリとした。昨夜はタバサと密談していた。そこでカステルモール
からの手紙からジョゼフが正体不明の魔法を扱うことを知り、その対策をゼロと話し合ったのだが……。
 喧嘩をすることもあるが、才人は仲間であるルイズを信頼している。しかし、ロマリアの
手の者がどこでどうやって盗み聞きしているか分かったものではない。ガリアの者からタバサに
王として名乗り出てほしいと言われているなんて内容、ロマリアは諸手を挙げて喜ぶだろう。
そんなことはさせられない。
 だから才人たちは内心ルイズに謝りながら、ごまかすことにした。
「その、何て言うか……これはとっておきの秘策なんだ。決まればジョゼフの野郎はおったまげる
こと間違いなしの」
「ああそうだ。念には念を入れてな」
「そうなんだ……」
 ルイズは訝しみながらも、才人たちの引きつった顔から何かを察してくれたのだろう。
それ以上追及はしなかった。
「それだったらいいわ。特訓頑張ってね。じゃあわたしはこれで」
 当たり障りのないことを言ってルイズはこの場から離れていった。後に残された二人は
ふぅと息をつく。
「……それにしても、本当に俺がジョゼフを倒さなくちゃいけないって状況になってきてるな。
姫さまは明日には来てくれるかな……」
「信じるしかねぇな。この心配が杞憂になってくれるのが、一番いいんだけどな……」

176ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:44:40 ID:p5wSueKw
 と言い合う才人とゼロ。もしアンリエッタが間に合わなかったら、才人がジョゼフの元に
乗り込んで召し捕らなくてはならない。ジョゼフさえ倒せば、ガリア軍に抗戦の意志はあるまい。
戦争を止めるには、とにもかくにもジョゼフ打倒が必要なのだ。

 その日の夜……才人から王への即位を止められていたタバサだったが、シルフィードと
ハネジローが寝静まった頃に、才人がこっそりと部屋にやってきたのであった。
 タバサは驚くとともに、こんな夜更けに才人が一人で自分の元を訪れたという事実に少し
緊張を覚えながら、彼を中に招き入れた。
 才人は一番に、こう言った。
「昨日の夜の話……俺、真面目に考えたんだ」
「……え?」
「ほら、タバサが王さまになるって奴」
「それが?」
「やっぱり、正当な王位継承者として、タバサは即位を宣言すべきだ」
 昨日とは正反対の言葉に、タバサは顔を曇らせた。
「ロマリアに説得されたの?」
「違う。自分で考えたんだ。どうすれば、この戦は早く終わるのかなって。やっぱり……
これが一番だと思う」
 そう才人は語る。
「ロマリア軍が遂に川を渡っちまっただろう? それで、ガリア軍の総攻撃も始まるらしいんだ。
そうなったら、ほんとに地獄のような戦になっちまう。姫さまの帰りを待っている暇はもうないんだ。
だからタバサ……どうか頼む。みんなを救うために」
 と説得する才人に、タバサは……。
「……誰?」
「え?」
「あなたは、誰?」
 疑問で答えた。手を伸ばし、杖を手に取る。
「な、何言ってるんだよ。俺が誰かなんて……どうしてそんな変なこと聞くんだ?」
 顔が引きつりながらも聞き返す才人に、タバサは言い放った。
「あの人だったなら……仲間のことを信じない選択は取らない」
 アンリエッタも才人の大事な仲間だ。彼女が待っていてほしい、と言ったならば、才人は
ギリギリまで待ち続ける。仲間を信頼しているから、絶対にそうするはずだ。
 それが、ゼロたち仲間とともに戦い、成長してきた才人という人物だと、彼を熱く見守って
いたタバサには分かるのだ。
「そ、それは、俺にも事情が……」
 もごもごと言い訳する『才人』に、タバサは決定打となるひと言を投げかけた。
「ゼロの声を聞かせて」
 その途端、『才人』は身を翻して逃げ出そうとした。タバサはその背中にディテクト・
マジックを掛けた。やはり魔法の反応があったので、氷の矢を背に放った。
 みるみる内に『才人』の身体はしぼんで小さくなっていき……いつかの任務で自分も
使ったことのあるスキルニルの正体を晒した。血を吸わせた対象の姿に成り切る魔法人形だ。
 ロマリアの手の者が、密かに才人の血液を手に入れ、自分を利用するために差し向けて
きたのだ……と分析したタバサは、拾い上げた人形を握り潰した。その瞳には、強い怒りが
燃えていた。

「しまったなぁ……。失敗してしまったか」
 才人に化けさせたスキルニルがいつまで経っても戻ってこないことで、事の次第を把握した
ジュリオはやれやれと頭を振っていた。
「恋は盲目と言うから、あの聡い彼女も騙せると踏んだんだが……ぼくとしたことが読み
違えてしまったな。聖下に何と申し開きをしたらいいか……」
 うーん、と腕を組んでうなるジュリオだったが、すぐにその腕を解いた。
「でもまぁ、最終的に彼女が王位に就けばそれでいいんだ。そうすれば後は何とかなる。
幸い軍は渡河に成功してるし、後はどんな形でも、ジョゼフ王を王座からどかすだけだな……」

177ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:47:55 ID:p5wSueKw
 と算段を立てるジュリオ。聖地奪還のためにあらゆる手を投げ打つ彼らは、一度のミスで
その陰謀に歯止めを掛けるようなことはしないのだ。

 翌日、タバサはロマリアに聞かれることを承知で、昨夜のことを才人とルイズに知らせた。
どうせこれを仕組んだのもロマリアなのだから、聞かれたところで構いやしない。
「何だって!? 俺の偽者を、あいつらが……!?」
 スキルニルの仕組みを聞いた才人は、ジュリオのフクロウが自分の頬をかすめたことを
思い出した。
「あの時だな……! くっそ! 分かっちゃいたが、あいつらほんとに手段を問わねぇな……! 
油断も隙もねぇ……!」
「ほんとなのね!」
「パムー!」
 才人も憤慨していたが、シルフィードとハネジローはそれ以上にカンカンであった。
「おねえさまにこんな汚い手を使って! 絶対に許せないのね!」
「確かに、ロマリアのやり口は本当に卑劣極まりないものだけど……」
 ルイズも怒りを覚えながら、タバサのことをじっとにらんだ。
「どうしてロマリアは、才人の姿ならあんたが言うことを聞くと思ったのかしら」
 タバサはサッと顔をそらした。ルイズが追及するより早く、タバサは話題をそらした。
「今は、このことはもういい。それより、これからどうするか」
「それだったら、遂に朗報が来たんだよ!」
 才人がウキウキしながら言った。
「今朝方に、姫さまがガリアに到着したって報せが届いたんだ。なぁルイズ?」
「ええ。きっと今頃はジョゼフのところに面通りをしてるでしょうね。後は姫さまの交渉が
上手く行くのを祈るばかり……」
 とルイズが言った矢先に、窓から差し込んでくる日差しが急に途切れ、部屋の中がやおら
暗くなった。
「ん? 急に暗くなったな。もう夜か?」
 そんなまさかな、と才人が自分に突っ込みながら窓の外を覗き込んで、すぐに顔をしかめた。
「何だ、この空模様……。こんな曇り空、見たことないぞ……」
 見渡す限りの空が、厚い雲に閉ざされているのだ。急に夜が来たかのように暗くなったのも
そのせいだ。しかしあの曇り空は、何かが変だ……。
 ルイズたちも奇妙に空を見上げていると、ゼロが叫んだ。
『あれは雲じゃねぇッ!』
「え?」
『あれは……怪獣の群れだッ!』
「!?」
 ギョッとする才人たち。才人がゼロの力を借りて遠視すると……雲に見えたものが、体長
六十サントほどもある虫型の怪獣の集まりであることが分かった。
「ほ、本当だ! けどあの量……一体何万、いや何億匹いるんだよ!?」
 才人は戦慄していた。普通の虫よりもずっと大きいとはいえ、一匹一匹は一メイルにも
満たないサイズ。それが、広大な空を埋め尽くしているのだ!
 しかも虫の群れの各部が変形して、虫の塊がいくつも地上へと降ってくる。その塊は形を
変えていき……一つ目の異形の巨大怪獣となってカルカソンヌの中に侵入してきた!
「グギャアーッ! グギャアーッ!」
 虫型怪獣の名前はドビシ。それらが融合して巨大怪獣と化したものは、カイザードビシという! 
カイザードビシの群れの光景に、才人たちはアンリエッタの交渉がどのような結果になったのかを
自ずと察した。
「ジョゼフの野郎……とうとうやりやがったなッ!」
 ゼロが懸念した通りに、才人がジョゼフを討ち取らなくてはならない状況となってしまったのだ。

178ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:49:06 ID:p5wSueKw
以上です。
ガイアアグルに纏わりついてたドビシはほんとにきもい。

179ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 22:50:34 ID:f/842f2A
こんばんわ。ウルトラ5番目の使い魔、66話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

180ウルトラ5番目の使い魔 66話 (1/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:01:02 ID:f/842f2A
 第66話
 剣下の再会(後編)
 
 殺戮宇宙人 ヒュプナス 登場!
 
 
 ハルケギニアを騒がせている子供の連続誘拐事件。それがついにトリスタニアのど真ん中でも起こったということで、トリスタニアの治安維持を担う衛士隊は上へ下への大騒ぎになっていた。
 ともかく、女王陛下のお膝元で起こった事件で犯人を逃したら威信に関わる。隊長以下、非番の者まで呼び集められ、トリスタニア全域を封鎖しての大捜索網が広げられた。
 
 だが、その裏で、決して表には出せないある事件が起こっていたことを知る者は、少なくとも一般人レベルにはいない。
 重罪犯を収容するチェルノボーグの監獄。そこで、銃士隊が中心となって前代未聞の捕物が行われていた。
「隊長、牢番長までの職員をすべて捕縛しました。全員が罪状を認めています」
「ご苦労。さて、何か申し開きはありますかな? 所長殿」
 所長室で部下からの報告を受けて、アニエスは自分の前で縄で縛りあげられている小太りの男を見下ろした。
 彼はこのチェルノボーグの監獄の所長。罪状は、一ヵ月前に囚人の集団脱走を起こしながらも、それを職員と連帯して隠蔽したことである。
 すでに証拠、証人ともに十分な数が揃い、すぐにでも”元”の一字をつけて呼ばれることになるであろう所長は顔色がない。それでも彼は自分を待ち受ける破滅の未来を少しでも回避したい一心で弁明した。
「あ、あれは私の責任じゃない! 私はあの日まで、警備には何も手抜かりなく務めてきたんだ。だけど、固定化を施した壁がいともたやすく壊されて、駆け付けたときにはもう全員逃げた後だった。あんなのじゃ、誰だって脱走を防ぐのは無理だ。私が悪いんじゃない!」
「だが、囚人が逃げたことを報告せずに隠蔽したのは事実でしょう? それで、もう何人の被害者が出たと思ってるんですか?」
「あ、あれは出来心で。私は所長になってからこれまで、ずっと不正には手を出さずに来たんだ。頼む、信じてくれ!」
「一度魔が差したばかりに人生を台無しにする人間は世にごまんとおりますな。それらをすべて許していては世間はめちゃめちゃになるでしょう。酌量の余地はあっても罪は罪、その責任は後でじっくり負っていただきます。連れていけ」
 アニエスに命じられ、数人の隊員がわめきちらす所長を、これまで彼が支配していた牢獄の中へと連行していった。
 これで容疑者はすべて捕らえた。後は報告書にまとめて上に提出し、司法の手にゆだねれば自分たちの仕事は終わる。しかしアニエスは報告書を作るなどの事務仕事が大の苦手で、やれやれとため息をついた。
「これは早くミシェルに戻ってきてもらわないと大変だな。そういえば、あいつはまだ戻らないのか?」
「はい、脱獄したトルミーラ一味のことを伝書ゴーレムで送ってきてからは、まだ何の連絡も」
「そうか、あいつの情報のおかげでチェルノボーグでの隠蔽工作が露見したわけだから、今回は勲章ものなんだが……まあミシェルのことだから、また別の情報を探っているのだろう」

181ウルトラ5番目の使い魔 66話 (2/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:03:48 ID:f/842f2A
 アニエスは気持ちを切り替えると、逮捕した牢番の代わりに牢獄の見張りを配置するための指示を出していった。代わりの人員が派遣されてくるのはどう急いでも明日以降。それまで銃士隊で穴を埋めねばならない。
 だが、チェルノボーグに引きこもる形になった銃士隊に、才人たちがさらわれたという情報が届くのにはかなりの遅れを必要とすることになった。そしてその間に、今さらミシェルが独断で行動を起こしているとはアニエスも想像できなかった。
 夜の帳はまだ深く、夏の夜風は蒸し暑い。アニエスは窓から夜空を見上げ、明日になればまた忙しくなるなと未来に思いをはせた。しかしそれは、アニエスが予想したのとはまったく別の形で訪れることになる。
 
 
 所を移し、誘拐団のアジトとなっている幽霊屋敷。住人がいなくなって久しく、荒れ放題になっているその廃屋の廊下を、ミシェルは偶然出会った才人とアイをつれて歩いていた。
 銃士隊副長の大任にあるミシェルが、仲間たちの誰にも知らせずにたった一人でこんなところにやってきた理由。それは、ここを根城にしている誘拐団のボスであるトルミーラという女メイジを知っているかららしく、ミシェルは歩きながらその因縁を語り始めた。
「十三年前、わたしは両親を失って天涯孤独の身になった。そのあたりの事情は、前に話したとおりだ。だが、何も知らない貴族の子供がいきなり世間に放り出されて生きていけるわけがない。路頭に迷っていたわたしを拾ったのが、当時はまだそれなりに裕福な貴族の娘だったトルミーラだったというわけだ」
 ミシェルは、心の奥底にしまい続けてきた記憶をほこりを払って引き出しながら語っていった。
 才人は黙ってそれを聞く。以前、才人はミシェルからその悲しい過去を直接聞いたことがあったが、そのすべてを聞かされたわけではない。十三年にも及んだ悲劇のさらに一端……聞きたい話ではないが、耳をふさぐわけにはいかない。
「当時、十四歳くらいだった奴の実家は貧民を相手にした施しをやっていた。ロマリアなどでよくやる貴族の偽善行為だが、当時のわたしが食いつなぐにはそれに頼るしかなかった。行き倒れていたわたしに、おなかがすいているならうちへいらっしゃいと手を差し伸べてきた時のトルミーラの顔は、よく覚えている」
 それがなければ、恐らく自分はそこで死んでいただろうとミシェルは語った。
 しかし、彼女の言葉の感情からは懐かしさや親愛といったものは感じられず、それにひっかかった才人は尋ね返した。
「えっと……今回の事件の首謀者がトルミーラって元貴族で、ミシェルさんは恩人が悪事を働いてるのを止めに来たって、わけですか?」
「恩人……か。確かにそうだが、わたしはあいつに恩義や感謝を感じてはいない。サイト、人間というやつは一度歪んだらそうそう簡単に変わったりはしない。トルミーラはその典型のような女だ……サイト、一年前に起こった誘拐事件のことを、お前は聞いたことがあるか?」
「いえ、その頃のおれはルイズに召喚されたばっかで、自分のことだけで精いっぱいだったから世間のニュースなんてさっぱりで」
 才人は、その当時のことを思い出そうとしたが、思い出せるのはほとんど学院でのことしかなかった。それに、当時はフーケが世間を賑わせていたのもあり、小さなニュースなどは聞いたとしても、右から左に聞き流していた可能性が高い。
 アイは話の意味がわからずにきょとんとしており、するとミシェルは「そうか」と、つぶやくと、才人に質問した。
「サイト、誘拐というとお前はどんな目的でおこなうものだと思う?」
「え? いや、そりゃあ……親から身代金をとるとか、そういうもんじゃないですか?」
「それは貴族の子弟や、ある程度裕福な商家などを相手にした場合だ。それに、そういった誘拐はリスクが大きい。大規模な追っ手がかかるからな。一番簡単に誘拐で金を手に入れる方法は、平民の子供をさらって、他国で奴隷として売りさばくことだ」
 才人は首筋を蛇がはいずったような悪寒を覚えた。日本の常識が通じないハルケギニアの暗部、それをミシェルは淡々と説明していった。

182ウルトラ5番目の使い魔 66話 (3/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:09:04 ID:f/842f2A
「平民の子供が消えても、衛士隊が捜索の手をそんなに広げることはない。ましてや、国外に出てしまえば捜索の及ぶ可能性はほとんどなくなる。一年前、トルミーラの率いていた誘拐団は、トリステインで平民の子らをさらい、国外に運び出そうとしていたところで逮捕された。取り調べに当たった担当官によると、非常に手慣れた手口で子供を集めていたという……まるで、昔から人さらいをやり続けていたようにな」
「まさか……」
 才人は息をのんだ。それだけ言われれば、いくら才人が鈍くても察しはつく。
「そうだ。トルミーラの家は、貧民救済を建前にして、その裏では集めた人間を奴隷として売りさばいていたんだ。奴はそういう家で育ったから、その手口も慣れたものだったのも当然だ。去年に我々が撲滅したが、トリステインには同様の人身売買組織が少なからず存在していたよ」
「そういや、おれにも覚えがあるぜ。前に……」
 才人はそこで手をつないでいるアイを見て、言葉をつぐんだ。彼女の育ての親だったミラクル星人が星に帰らなければならなくなった際、預け先になった商家が裏で人買いをやっているとんでもないところだったのだ。
「どうしたの? サイトおにいちゃん」
「いや、なんでもないよ。大人の話さ」
「むーっ、大人はすぐそうやってごまかすんだもの。ずるいんだ」
 アイにとってはつらい思い出を蘇らせてはいけないと、才人は言葉を止めながらも考えた。人が人を売り買いするという、もっとも下種な行為。つまり、過去にトルミーラに拾われたミシェルもまた……と、思ったが。
「だが、トルミーラは親よりも悪質な性をその年齢でもう持ち合わせていた。奴は、手なずけた子供を使って盗みをやらせていたんだよ」
「盗みって……ミシェルさんたちに」
「ああ、商店から品物を盗ませる。すりや置き引き、ほかにも当たり屋や空き巣もあったな。それに成功しなければ食事を取り上げると脅されて、皆は泣く泣く従っていた。もちろん、わたしも……な」
「でも、トルミーラってのは裕福な貴族の娘だったんでしょう? なんでそんな、ケチな犯罪なんかを」
 解せないという才人に、ミシェルは忌々しさを隠さずに答えた。
「トルミーラはスリルを求めていたんだよ。奴は、他人を自分の思うがままに従わせる快感に酔いきっていた。従わなければ鞭を振るい、逃げ出して誰かに訴えたところで、浮浪児と貴族ではどちらが信用されるかは目に見えている。トルミーラは、そうしてわたしたちが必死になる様を見て楽しんでいた」
「最低のクソ野郎だな。んで、飽きたら奴隷にしてポイってか……久しぶりに心底胸糞が悪くなってきたぜ。おれがそこにいたらぶん殴ってやったのに!」

183ウルトラ5番目の使い魔 66話 (4/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:15:36 ID:f/842f2A
 ミシェルは憤る才人を見て目を細めた。
「サイトらしいな。だが、すんでしまったことを今さら言っても仕方がない。それに、皮肉な話だが、トルミーラの下で様々な悪事を働かさせられたことが、結果としてわたしの命をつなぎとめた。トルミーラの下にいた数か月の後、わたしは奴隷として売りに出されるはずだったのだが、寸前に逃げ出すことができた。そして、できるだけ遠くに逃げた後に、覚えさせられた盗みの技術でなんとか食いつないだ……まったく皮肉なものさ」
 自嘲げに笑うミシェルの横顔は、才人もこれまで見たことがない悲しさを漂わせていた。
「しかし、食いつないだはいいが、その後どうなったかはサイトも知ってるとおりさ……」
「ミシェルさ……いや、ミシェル。思い出したくないことを、無理に思い出さなくてもいいよ」
 才人はあえて敬語を使わず、自分にとっての特別を示すかのように名前のままミシェルを呼んだ。するとミシェルは、才人に顔を見せたくないというふうに向こうを向いて言った。
「ありがとう。しかし、その忌まわしい過去が連なったからこそ、サイトに会えた今にたどり着けた。だから、わたしは過去を消したいとは思わない……だが、恩義はなくとも、わたしは奴から受けた借りを返さなくてはならない。トルミーラは、わたしがやる」
「助太刀するぜ! まさか、いまさら遠慮はしないよな? 悪者たちをやっつけてやろうぜ」
「そう言うと思ったよ。だがそれはともかく、サイト……その子をしっかりかばっていろ」
「え?」
 才人が頭で理解するより早く、ミシェルは床を蹴って駆けだしていた。廊下の先の柱時計の物陰に向かってナイフを投げつけ、次の瞬間には抜いた剣を暗がりに向けて突き立てていた。
「ぐえぇぇ……」
 カエルをつぶしたような男の悲鳴が短く響き、次いで人間の倒れる音が続いた。
 才人は目を凝らし、今の瞬間になにが起こったのかをやっと理解した。暗がりの中にうっすらと、目にナイフが刺さり、心臓を剣で一突きにされた男の死体が転がっているのが見えたのである。
「ま、待ち伏せされてたのか」
「下手な隠れ方だったがな。もう少し近づけばサイトも気づいていただろう。だが、こいつらに下手に致命傷を与えると面倒なことになる。だからこうした」
 ミシェルは死体からナイフと剣を引き抜くと、男の衣類で血のりを拭った。その目は冷たく、見下ろす男の死体をすでにただのモノとしか見ていない。
 しかし、剣を戻すとミシェルはすぐに優しい表情に返り、あっけにとられている才人とアイにすまなそうに言った。
「お嬢ちゃん、驚かせてすまなかったな。けれど、悪い奴が狙ってたんだ、許しておくれ」
「ううん、お姉ちゃん、すっごくかっこよかったよ! まるでサイトおにいちゃんみたい」
 謝罪するミシェルに、アイはむしろうれしそうに答えた。するとミシェルは、「そうか、サイトみたいか」と、少し照れた様子を見せる。

184ウルトラ5番目の使い魔 66話 (5/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:22:10 ID:f/842f2A
 ただ、才人はアイがショックを受けるのではと危惧したのが杞憂に終わって、少しだが複雑な思いを感じていた。いくら幼く見えても、人が死ぬことへの抵抗感が薄いのはアイもハルケギニアの人間だということなのだろう。しかし、現代日本人の常識からすれば異常かもしれないが、それを問題にするのは傲慢でしかないだろうと思った。
 もっとも、才人がアイを見誤っていたのはそういうことばかりではなかった。
「ねえ、ミシェルおねえちゃんってサイトおにいちゃんのことが好きなの?」
「え?」
「い?」
 ミシェルと才人は、意表をつくアイの質問に思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
 さらに、アイはミシェルが図星と見るが早く、うれしそうに切り込んできた。
「やっぱり。だってミシェルおねえちゃん、サイトおにいちゃんと話すと楽しそうだもん。うちでもね、グレッグとメイヴがふたりだけになるといっつもイチャイチャしてるもん。サイトおにいちゃんも、”まんざら”でもないんでしょ」
 うっ! と、才人も言い返せなくなる。さらに才人が詰まると、アイは才人を指さして言った。
「あっ、でもサイトおにいちゃんはルイズおねえちゃんのものなんでしょ。だったら、それってふりんっていうやつでしょ! わー、いけない大人だ」
「ア、アイちゃん、そんな言葉どこで覚えたのかな?」
「ジム! 最近読み書き覚えたから、ごみ捨て場に落ちてる本を拾ってきてはいろんなこと教えてくれるんだ」
 あんのクソガキろくなことを教えねえ! 才人は心中で煮えたぎるような怒りを覚えた。顔は愛想笑いで固定しているが、帰ったら頭グリグリのおしおきをしてやろうと心に決めた。
「あ、あのねアイちゃん。不倫っていうのは、結婚してる人がよその人にデレデレしちゃうことで、おれたちはまだその……」
「えーっ、じゃあルイズおねえちゃんとは遊びだったってこと? でもしょうがないか、ミシェルおねえちゃんって美人だし、サイトおにいちゃんっておっぱい大きい人のほうが好きなんでしょう」
「そ、そりゃあまあ、男にとっておっぱいとは無限の桃源郷であり果てしないロマンであって。ミシェルのアレは大きさも形も絶妙で、まさにピーチちゃん……って、違う違う!」
 誰がおっぱいマイスターをやれって言ったんだよ? バカかおれ! 一人ノリツッコミをしながら慌てて否定したものの、アイは「ルイズおねえちゃんに言ってやろ、言ってやろ」という顔をしている。まずい、このままではマジで命がなくなると思った才人はミシェルに助けを求めようとしたが。
「サ、サイト……小さい子の前で、そんな破廉恥なことを言わないほうが……で、でもサイトがそんなに褒めてくれるんなら、わ、わたし」
 しまったーっ! 完全にいらんことを聞かれてしまったよ、おれの超ド級バカ!
 顔を赤く染めているミシェルを見て、才人は己のバカさ加減を心底呪った。

185ウルトラ5番目の使い魔 66話 (6/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:23:14 ID:f/842f2A
 ミシェルさん、自分の胸の谷間を見下ろしながら何か考えてるよ。もしかして、あの谷間でナニを……って、そういうことじゃないだろ! いやでもルイズじゃ絶対に不可能だしなあ。もし結婚したら、あれを毎日……だから違うだろ!
 才人は健全な青少年として、たくましく妄想を働かせていた。もしルイズに聞かれたら消し炭も残らなくされそうな心の声を叫びながら、ひとりで必死にもだえる才人の姿は滑稽を通り越して気持ち悪くさえあっただろう。
「ねえミシェルおねえちゃん、サイトおにいちゃんのどこが好きになったの?」
「それは……かっこよくて……や、優しいところかな」
「やっぱりそうだよね。サイトおにいちゃんはね、前にアイやアイのおじさんを悪いウチュージンから助けてくれたんだ。ほんとはアイがサイトおにいちゃんのお嫁さんになってあげたいけど、アイはまだおっぱいないもん。あっ、もしかしておにいちゃんってちっちゃいおっぱいでもアリ?」
「ないないないない! おれは断じてロリコンではないぞ」
 まったく子供は恐ろしい。羞恥心が薄いからとんでもないことを平気でやってくる。しかし、その反応はそれはそれで利用されてしまった。
「ミシェルおねえちゃん、聞いた? おにいちゃんはおっきいおっぱいの人のほうがいいんだって。よかったね、これでショヤでキセージジツってのを作ればサイトおにいちゃんと結婚できるよ!」
「ア、アイちゃん。順番が、その、間違ってるというか。ともかく、そういうことを人前で言ってはいけないよ」
 どうやらジムの奴にかなり偏った知識を植え付けられてしまったらしい。その孤児院には子供たちの情操教育について文句を言ってやらねばいけないなと、ミシェルも深く決心した。
 けれども、アイは年長者ふたりをからかいながらも、少し切なそうにつぶやいた。
「でも、うらやましいな。サイトおにいちゃんとミシェルおねえちゃんの子供はきっと、サビシイ思いはしなくていいんだろうな」
「アイちゃん……」
 才人とミシェルは、共に真面目な表情に戻って顔を見合わせた。
 アイをはじめ、孤児院には親を亡くした子供が何十人もいる。いや、トリステインだけでも何百、何千といるだろう。それに、才人も両親と会えなくなって久しいし、ミシェルも孤児だった。アイや孤児院の子供たちの心に秘めた寂しさはよくわかる。
 それでも皆、明るく前向きに生きているのだ。しかし、肉親を失う寂しさは消えることはなく、ここに巣食う誘拐団は多くの子供から親を、親からは子を奪おうとしている。断じて許すわけにはいかない。
「面倒ごとは後だ。サイト、ここの連中が我々をなめているうちに全滅させる。ひとりも逃さん」
「それと、さらわれた子供たちもどこかに閉じ込められているはず。探さなきゃな」
 才人とミシェルは顔を見合わせると、それぞれ剣を抜き放った。
 ここからは本気だ。敵は鉛の罪科の人でなし共、手加減はしない。

186ウルトラ5番目の使い魔 66話 (7/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:36:43 ID:f/842f2A
「サイト、ここからは走るぞ。屋敷の見取り図はわたしの頭の中に入っている。お前は一歩下がって来ながら、周辺に気を配れ」
「サポート役ってか、おれが二本目の剣になるわけだ。ツルク星人とやったときみたいだな。アイちゃん、ついてこられるか? それともおれがおんぶしようか?」
「心配いらないよ。アルビオンでは毎日森を走り回ってたし、今でも毎日教会の庭で鬼ごっこしてるもん。心配しないで、悪者をやっつけて」
 これで決まった。三人は、廃屋の中をこれまでとは別の速さで一気に駆けだす。
 ミシェルいわく、この屋敷は地上の建物よりも地下室が大きく、ちょっとした船の内部並みの広さと複雑さを持っているという。もちろん、地上へ上がる通路はすべてふさがれていて、地下に降りていくしかない。
「元の家主が大量のワインを貯蔵しておくために、この広大な地下空間を作ったらしい。つまりそれは、隠れ家や地下牢にするにも持ってこいというわけだ。トルミーラなら、そう考えるはずだ」
「そっか! つまりミシェルがこの屋敷がアジトだって突き止められたのは」
「そうだ、わたしがトルミーラの手口は知り尽くしているからだ。こんなふうにな!」
 ミシェルの投げナイフが物陰の伏兵に突き刺さり、もだえた伏兵は次の瞬間にはすれ違いざまの剣閃によって首を両断されていた。
「うわっ!」
「うろたえるな! こいつらに苦痛を与えたり瀕死にすると怪物になる。仕留めるなら、瞬時に確実に命を奪え。それがこいつらのためだ」
 才人は、先ほど倒した男が怪物に変貌したことを思い出した。自分とミシェルの二人がかりでも相当な苦戦を強いられたあれと伏兵の分だけ戦わされたのではたまったものではない。
 しかし、いくら生かしておくことが危険な相手で、しかも凶悪な犯罪者たちとはいえ、伏兵を次々と仕留めていくミシェルの戦いぶりには才人も背筋が冷たくなる感じを覚えていた。
「ハアッ!」
 曲がり角で待ち伏せしていた男の虚を突き、ミシェルの振り下ろした剣が頭ごと命を叩き潰す。
 さらに、前を進んでいたミシェルの姿がかき消えたかと思うと、横合いに隠れていた男の背後に回り込んだミシェルが男のあごを片手で押し上げて悲鳴を防ぎ、もう片手でナイフを内蔵に突き立てて即死させていた。
 すさまじい……まさにその一言だった。流れるように死体を次々と生産していく。いくら普段は優しい顔を見せることはあっても、銃士隊が本来はそういう組織だということを才人はあらためて思い出ささせられていた。
 地下二階から三階へ降り、一行は最深部となる地下四階に到達した。だがそこは、それまでのワインセラーの風景から一転して、信じられない光景が広がっていた。
「なんだこりゃ? まるで研究所じゃねえか!」
 三人は唖然として地下四階の光景を見まわした。
 魔法のランプの薄暗さから、電灯が真昼のように通路を照らし出し、通路は木に代わってコンクリートで覆われている。
 さらに数歩進んで通路から室内をのぞき込むと、中には科学実験室や手術室のような設備が整えられた部屋が連なって見えた。才人の漏らした通り、これは研究所か、さもなければ大学病院だ。
 もちろん、これはハルケギニアのものでは決してない。地球と同等……いや、それ以上の科学力を持った何者かの設備だ。

187ウルトラ5番目の使い魔 66話 (8/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:46:00 ID:f/842f2A
「サイト、これがなんだかわかるのか?」
「いや、おれにもさっぱり。まさか、宇宙人の……秘密基地?」
 そうでもなければ説明がつかなかった。こんな場所に小規模とはいえ超近代設備、しかも最近まで使われていた形跡がある。
 が、なにに使われていたのだ? 設備の複雑さからして、ハルケギニアの人間が扱うのは不可能だ。しかし内部には医者や研究員といったスタッフの姿は見受けられない。
「サイト、驚くのはわかるが、今は先に進むほうが先決だ」
「ええ。でも、てっきり大群で待ちかまえているかと思ったのに、まるで人の気配がしないな」
「あっ、今誰かの泣き声みたいなのが聞こえたよ!」
 はっとして、三人は奥のほうへと走り出した。
 通路の横合いの一室。そこは地下牢になっていて、大勢の子供たちが閉じ込められていた。
「ぐすっ、ぐすっ。おかあさぁん」
「さらわれた子供たちか。ようし、すぐに出してやるからな……くそっ、開かねえ!」
 牢の構造は頑丈で、鍵はデルフリンガーでおもいっきりぶっ叩いてもビクともしなかった。もちろん魔法対策も施されているようで、ミシェルの『錬金』や『アンロック』も通じなかった。
「こりゃ、壊すのは無理だぜ相棒。鍵を使わねえと」
 鍵と言ってもどこに? いや、親玉が持っているに決まっているか。
 そのとき、通路を超えて地下牢にけたたましい女の笑い声が響いた。
「アハハハ、なあにノロノロしてるのネズミさんたち。ゴールはここよ、早くいらっしゃい!」
「今の声は!」
「トルミーラ……」
 どうやらラスボス直々のお呼びらしい。ミシェルと才人は、顔を見合わせた。
 もう、ぐずぐずしている余裕はないようだ。これ以上じらしたら奴はなにをしでかすかわからない。才人はアイに、ここで待つように告げるとミシェルに言った。
「やろうぜ。ここまで来たら、最後まで付き合うよ」
「待っていろ、と言ってもサイトはどうせついてくるな。頼む、わたしの背中を守ってくれ」
「ああ、そんで帰って二人してアニエス姉さんやルイズに怒られようぜ」

188ウルトラ5番目の使い魔 66話 (9/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:55:03 ID:f/842f2A
 くすりと笑い合って、二人は牢屋を後にした。死んだら叱られることもできない。アイの「がんばって、おにいちゃん、おねえちゃん」という声が二人の背中を力強く押してくれた。
 
 地下通路のその終点。そこはダンスパーティが開けるほどの広間になっていて、トルミーラはその真ん中でひとりで待っていた。
「よく来たわね。勇敢な騎士とお坊ちゃん、まさか私の部下たちを皆殺しにしてくれるとは思わなかったわ。でも、そんなことはどうでもいいわ。久しぶりに狩りがいのありそうな獲物が来てくれたんだもの。ようこそ、私の武闘場へ、歓迎するわ!」
 興奮した様子を隠さずに、銀髪のメイジは高らかに宣言した。
 才人は、こいつがトルミーラか……と、相手のことを観察した。標準以上の美人のうちに入るだろうが、長い銀髪の下の目は鋭くも嗜虐的な光をたたえており、口元には好戦的な笑みが浮かんでいる。杖を持つ仕草こそ隙がないものの、それを好意的に見ることはできなかった。一言で言えば、いけすかないという感じだ。
「久しぶりだな、トルミーラ」
「うん? 騎士さん、私のことを知っているのかい。すまないが、あんたの顔には覚えがないんだけど、名乗ってもらえるかな?」
「ミシェル・シュヴァリエ・ド・ミラン。と、言っても貴様はわかるまい。だが、十三年前の一人と言えばわかるだろう」
 怪訝な顔のトルミーラに、ミシェルは無表情に答えた。するとトルミーラは腹を抱えて笑い出した。
「ぷっ、あっはははは! なるほどね。いやあ懐かしい。あのとき遊んでやったガキたちの生き残りかい! てっきりもう全員どっかでのたれ死んでると思ってたけど、まだ生きてる奴がいたとはね。それも、騎士に出世しているとは驚いたよ。で、私に復讐しにやってきたってわけかい?」
「復讐など、私はお前にそこまでの憎しみは持っていないさ。あのときお前に食わせてもらったおかげで、わたしはこうして生き延びてきた。だが、お前のことはわたしの心に亡霊のように残り続けてきた。わたしがここにやってきたのは……」
 ミシェルは剣を抜き、その切っ先をトルミーラに突き付けた。
「昔のよしみだ、一度だけ警告してやる。今すぐ武器を捨てて投降しろ。それが貴様にしてやるわたしからの恩返しだ!」
「あっはっはは! 恩返しとは言ってくれるねえ。では、つつしんで、最大の感謝を持って……お断りさせていただくわ!」
 呵々大笑したトルミーラは杖の先をミシェルに向け返した。
 明確な宣戦布告。両者の目に冷たい光が輝く。
 才人はごくりとつばを飲んだが、そこにトルミーラが笑いかけた。
「そこの坊やはどうするんだい? ニ対一でも、私はいっこうに構わないよ」
「ちっ、悪党が調子に乗るんじゃねえよ。おれはミシェルに加勢するぜ! そんでもって、さらっていった子供たちは返してもらうからな」

189ウルトラ5番目の使い魔 66話 (10/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:56:22 ID:f/842f2A
「あら、なかなかの度胸ね。あなたが貴族だったら決闘を申し込みたいくらいよ。私はね、昔から騎士ごっこが大好きで、都に出て伝説の騎士隊長みたいに活躍したいって言ったら親に大反対されて家を出たの。でも、そのおかげで楽しい生活ができているわ」
「うるせえよ! なにが騎士だ。弱い者いじめが好きなだけじゃねえか。本物の騎士っていうのは、誰かを守るために命懸けで戦える奴のことを言うんだ。お前なんかただの悪党だ」
「ははっ、青臭い青臭い青臭いねぇ。じゃあ、特別にお姉さんが教えてあげるわ。本当の闘いってものをね!」
 トルミーラが杖から魔法の矢を放ち、戦いが始まった。
 才人とミシェルはそれぞれ左右に跳び、トルミーラを挟み撃ちにする態勢に入った。打合せなどしなくても、見事な呼吸の連携だ。
 しかしトルミーラは笑いながら呪文を唱えた。
「いいわあ、あなたたち最高のプレリュードよ。では、私もユビキタス・デル……」
 その呪文は、と思った瞬間に才人の目の前にもう一人のトルミーラが現れ、ブレイドのかかった杖でデルフリンガーの斬撃を受け止めてしまった。
「くそっ、風の遍在かよ!」
「大正解! 博識ね坊や。でも安心して、五人も六人も増やすようなみっともないマネはしないわ。だって美しくないもの。決闘はあくまでも一対一が楽しいんだものね」
「なめやがって。後で慌てても出す暇なんかやらねえからな」
 才人はブレイドのかかった杖で斬りかかってくるトルミーラの遍在との戦いを開始した。
 だが、楽な相手ではないことはすぐわかった。アニエスやミシェルほどではないが、剣技も並ではないものを持っている。デルフの、油断するなという声に才人もわかったよと真剣に答えた。
 一方で、本物のトルミーラとミシェルの戦いもまた、剣戟で幕をあげていた。
「やるわねミシェル。いいわあ、あのとき私に鞭打たれて泣くばかりだった子供が、こんな歯ごたえのある獲物に成長してくれるなんて、運命ってサイコーね!」
「答えろトルミーラ。子供たちをさらって、いったい何を企んでいる?」
「あら? 無粋なこと。まあいいわ、冥途の土産に教えてあげる。チェルノボーグの牢獄に捕まってた私たちを解放してくれた人から依頼を受けたの。自由にしてやる代わりに、子供をさらいまくってこいってね」
「それは誰だ? いったいそいつは何を企んでいる?」
 質問をぶつけるミシェルに、トルミーラはひきつった笑い声を漏らしながら答えた。
「ンフフフ、すごい人よ。そしてとっても恐ろしい人……あなたも見たでしょう? ここに来るまでにあった手術台の数々。そして、あなたが殺した私の部下たちの末路を」
「貴様、まさか!」
 ミシェルは戦慄した。怪物に変貌した男たち、あれが人為的に埋め込まれたものによる作用だとしたら、子供たちを同様に。

190ウルトラ5番目の使い魔 66話 (11/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:58:26 ID:f/842f2A
「貴様、子供たちを怪物に変えるつもりか!」
「はい、大正解。そうよ、集めた子供たちに、これからあの手術室で怪物の因子を埋め込むってわけ。人間を改造できるかは、私の部下たちですでに実験済みよ。もっとも、部下たちはせっかく改造してもらえたっていうのに気に入らないみたいで、子供を必要分さらってこれれば元に戻してやるって言われて頑張ってたけど、あなたのおかげでタダ働きになっちゃったわね」
 剣と杖がぶつかり合う音に、トルミーラのいやらしい声が混ざって部屋に反響する。
 ミシェルは怒りと不快感で、腸が煮えくり返る思いを感じた。子供たちへの非道、そして部下たちへの感傷もまったく持ち合わせていないトルミーラという人間。こんな奴がこの世に存在していいものか?
 しかしミシェルは怒りを押し殺し、青髪の下の藤色の瞳を冷静に研ぎ澄ませて質問を重ねた。
「子供を怪物に変えてどうする? 昔のお前のように、兵隊にするつもりか?」
「いいえ、私の依頼主はとってもお優しいお方。私なんかと違って、子供たちを無下に働かせたりなんかしないわ。子供たちは手術が済んだら、みんなそれぞれのおうちに送り届けてあげるのよ。そう、ハルケギニア中の街や村へね!」
「なんだと! そんなことをしたら!」
「アハハ、わかったみたいね。大人は誰も子供なんかを警戒しないし、子供は自然と人の集まりの真ん中にいることになるわ。つーまーり?」
「鬼ごっこの最中に転んだり、病院で診察中に泣いたりすれば……」
 ミシェルの額に脂汗が浮かぶ。そしてトルミーラは、高らかに笑いながら言い放った。
「そう! 何も知らない人間たちのド真ん中に、いきなり殺人鬼が現れることになるのよ。油断しきった人間たちの阿鼻叫喚、そして正気に戻ったときに親や友達を自分の手で引き裂いたことがわかった子供の絶叫! それをお求めなのよ。あのお方は!」
「何者だ! 言え、その悪魔のような依頼人の正体を!」
 両者は同時に後方へ跳び、同時に杖を抜き放って魔法の矢を放ちあった。
 空中でマジックアロー同士がぶつかり合い、火花をあげて相殺し合う。
 強い。ミシェルはトルミーラの技量が自分と大差ないことを感じ取った。以前、トルミーラは通りすがりの名もないメイジにあっさり敗れて捕らわれたそうだが、その頃に比べて腕が上がっているようだ。
「ウフフ、意外そうねえ。私はあの日の屈辱から、監獄の中でも一日も鍛錬を欠かしたことはなかったわ。そして、この胸に渦巻く憎しみが、私の魔法を幾重にも引き上げてくれたのよ」
「威張るな、馬鹿が。貴様はしょせん、血に飢えた獣だ。それよりも、貴様らを解き放ち、こんな恐ろしい企てをさせている者は誰だ? 人間ではあるまい」
「さぁねえ、あなたも騎士なら勝って聞き出してみたら? タダで全部話してあげたら、いくらなんでも私親切すぎるし!」
 ミシェルを拘束しようと放たれた『蜘蛛の糸』の魔法がブレットの土の弾丸で引きちぎられて落ちる。しゃべりながらでも、どちらもまったく隙を見せずに渡り合っている。

191ウルトラ5番目の使い魔 66話 (12/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:59:50 ID:f/842f2A
 だが、ミシェルはトルミーラを観察しながら、その動きのクセを見切っていた。確かに強いが所詮は我流、強引にカバーしているが動きに明らかな無駄が見られる。
「勝って聞き出せと言うが、死人は口をきけまい。無茶を言ってくれるな」
「あら、そう? 私に勝てる気でいるんだ。あららっ?」
 その瞬間、ミシェルの剣がトルミーラの動きの一歩先をゆき、顔先をかすめた剣によって銀色の髪がパラパラと散った。
 体勢を崩して後方によろめくトルミーラ。だがミシェルはトルミーラに追い打ちをせず、遍在のトルミーラに向かって魔法を放った。
『アース・ハンド』
 土の腕が床から伸び、遍在のトルミーラの足を掴み取る。
「あわっ?」
「サイト、いまだ!」
「うおぉぉぉっ!」
 姿勢を崩して無防備となった遍在のトルミーラに、デルフリンガーが振り下ろされる。
 そして、頭から真っ二つにされた遍在のトルミーラは断末魔さえ残さずに空気に溶けて消滅した。
 これで、残るはトルミーラ本人のみ。才人はトルミーラの間合い近くでデルフリンガーを構えて、ミシェルと一瞬だけ目くばせをしあった。礼はいらない、この程度の連携は当然のことだ。
「さあて、もう遍在を作る隙はやらねえぞ。観念しろ、この悪党」
「あら、まあ。坊や、意外とやるのねえ。私の遍在を一撃で消しちゃうなんて。あなた、どこの子? それだけの腕前で、無名なんてことはないでしょ?」
「悪党に名乗る名前はねえよ」
「あらら、かっこつけちゃって、可愛いわねえ。もしかしてミシェル、あなたの旦那さん?」
「んっ!?」
 赤面するミシェルと、それから才人を見てトルミーラは愉快そうに笑った。
「あらら、あなたって年下好みだったんだ。それにしても、初心な反応ねえ。そっちの坊やもうろたえちゃって、男だったらその立派な剣でミシェルを女にしてやりなよ」
「う、うるせえ! 下品な言い方すんじゃねえ!」
「あら怖い。恋人同士なら当たり前のアドバイスをしてあげただけなのにひどいわ。もっと人生は好きなように生きないと損よ? いつ消えるかわからない命なんだから、今日を思いっきり楽しまなきゃ」
「それで、貴様の遊びのためにどれだけの無関係な人間が犠牲になっていると思っている。どうしてもしゃべらないならそれでいい。貴様の口以外のいらないところはすべて切り落としてから聞き出してやる。文句はあるまい?」
 これは脅しではない。必要とあらば銃士隊はためらいなくそれをやる組織だ。そういう相手を敵にするのが仕事の部隊なのだ。

192ウルトラ5番目の使い魔 66話 (13/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:07:47 ID:RJjVhhhM
 しかし、トルミーラはけらけらと笑いながら言った。
「おお怖い、私は痛いのは苦手じゃないけど、そこまでされるのは嫌だねえ。でも、二対一じゃさすがに分が悪いし……これは、あきらめたほうがいいかしら」
「降参する……わけがないな。何をまだ隠している?」
「あはは! ミシェルってばイジワルね。せっかく私もかっこつけるチャンスだったのにジャマしないでよ。そんな悪い子たちは、私が自ら引き裂いてあげるわ!」
 そう叫ぶと、トルミーラはなんと自らの杖を自分の腹へと突き立てたのだ。
「なっ!?」
 才人が思わずうめきを漏らした。ミシェルも愕然とした様子で目を見開いている。
 だが、トルミーラは腹から血を流しながらも、恍惚とした表情で叫んだ。
「アア、いいわあ。この痛み、サイッコウ! この感覚、今すぐアナタタチにも味わわせてあげるからネエ!」
 声が変質するのと同時にトルミーラの体が変わる。手に鋭い爪が生え、顔もマスクのような無機質なものとなり、先に才人とミシェルが倒したものと同じ姿の怪人へと変わり果てたのである。
「アアァァァー!」
 奇声をあげながら飛びかかってきた怪人の一撃を、才人とミシェルはとっさに剣でガードした。
 しかし、すごいパワーで受け止めきれずに、二人とも後ろへと弾き飛ばされてしまう。なんとか踏みとどまり、隙を見せることは防げたものの、何発もこらえることができないのは明白であった。
 こいつ、追い詰められてヤケを起こしたのか! だが才人がそう感じた瞬間、怪人がトルミーラの声で話しかけてきた。
「アハハハ、どう? 私のこの姿は。なかなかカッコイイと思わない?」
「トルミーラ、貴様、正気を保っているのか」
「もちろん、でなけりゃわざわざ変身なんかするものですか。この姿、ヒュプナスっていう殺戮本能の塊の野人らしいけど、なんでか私だけ変身しても正気でいられるのよね。ちょおっと興奮して、イイ気持ちになるだけなのに、みんなヘンよねえ」
「根っから邪悪な人間は凶暴化せずに馴染むというわけか。いよいよ貴様にかける情けがひとかけらもなくなったよ。サイト、もう生け捕りは無理だ。殺すぞ」
 ミシェルの決意に、才人も仕方ないというふうにうなづく。しかし、ヒュプナスとなったトルミーラは笑いながら杖を二人に向けた。

193ウルトラ5番目の使い魔 66話 (14/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:08:44 ID:RJjVhhhM
「だから、勝つ気なのかって言ってるのよ。ウィンド・ブレイク!」
 風の弾丸が杖から放たれ、とっさに回避した二人の横をすり抜けて壁を破壊した。
「魔法も使えるのかよ!」
「当然よ! なにせ私の頭は冴えに冴えまくっているですもの。さあ、痛みの倍返しの時間よ。遠慮しないで受け取ってェ!」
「丁重にお断りさせてもらう!」
 魔法と剣が交差し、火花が散って風圧が部屋の気圧を上げた。
 さっきとは段違いの強さだ! 一分にも満たないやり合いで才人とミシェルは感じた。部下が変身したヒュプナスは本能で暴れ狂うのみであったが、こいつは自分の意思で攻撃してくる上に魔法まで使う。
 ミシェルが間合いをとろうとした瞬間を狙って、エア・ハンマーが放たれ、寸前で割り込んだ才人がデルフリンガーで魔法を吸収する。しかし瞬時に間合いを詰めてきたヒュプナスの爪が才人の頭を薙ぎ払おうとした瞬間、ミシェルの放ったマジックアローが寸前でヒュプナスの爪をはじいた。
「やるわねえ! 仲がいいってステキよ。じゃあアナタタチの体をグッチャグチャにして、内臓までいっしょにしてあげるわ!」
「悪趣味なんだよ、このババア! てめえはまずお茶と生け花から始めやがれ!」
 才人も必死でやり返し、言い返すが、すでに息が切れ始めている。ミシェルも剣と魔法を併用し続けて疲労が目に見えてきている。それでも、二人がかりの全力で、やっと互角のありさまだ。気を抜いたら一発で殺されてしまうだろう。
 長引けば勝ち目はない。だが、どうすれば? せめてあと一人、アニエスがいれば三段攻撃の戦法が使えるのに。
 いや、ないものねだりをしても仕方がない。才人は必死で打開策を考えた。隣ではミシェルが額にびっしりと汗の粒を張り付けながら鋭い視線を巡らせている。向こうも必死で対抗策を考えているのだろう。
 だが前のヒュプナスと違って、トルミーラのヒュプナスには理性がある。下手な作戦や陽動は見破られるだろうし、複雑な作戦を打ち合わせている暇などない。
 そのとき、ミシェルが才人にぽつりと言った。
「サイト、わたしとお前が三回目に共闘したときのことを覚えているか?」
「えっ? 三回目というと……ワイルド星人とドラゴリーのとき、だよな」
「そうだ。お前はあのとき、危なくなったわたしを間一髪助けてくれたな。今度も、期待しているぞ」
 ミシェルは軽くウインクして見せると、剣を構え直してトルミーラに向かっていった。

194ウルトラ5番目の使い魔 66話 (15/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:13:42 ID:RJjVhhhM
 才人は一瞬、「えっ?」となったものの、記憶を掘り起こしてハッとした。そうか、あのときのことをここで……確かにミシェルならできる。となれば、自分のすべきことは。
「デルフ、ちょっと頼みがあるんだ。これから奴に切り込む、お前は中身のない大騒ぎをしてできるだけ奴の気を引き付けてくれ、得意だろ?」
「おいおい、なんか作戦を思いついたみたいだけどひでえ言い草だなあ。まあいいか、俺っちが魔法を吸うだけが取り柄じゃねえってことを見せてやるぜ!」
 才人は相棒に笑いかけて、ミシェルに続いてトルミーラに突撃した。
「お前の相手はおれだババア!」
「そうだこの年増の厚化粧女! 怪物のマスクにまでしわがはみ出てるぞ。俺っちの美しい刀身にブサイクなもん映させんじゃねえよ!」
「アナタたち、よほど早く死にたいようねえ!」
 才人とデルフの悪態に、トルミーラは激昂して殴りかかってきた。
 ヒュプナスの爪がデルフの刀身とかみ合い、才人は全身の筋肉を総動員してやっと受け止め、デルフも刀身がきしんで「折れる折れる!」と悲鳴をあげる。
 だが、おかげで一瞬だがトルミーラの意識がミシェルからずれた。その隙を逃さず、ミシェルは杖を持って全力の魔法を放った。
『錬金!』
 杖から放たれた光が部屋を照らす。トルミーラは、才人の行動が陽動であろうと読んでいて、背後から不意打ちにしてくるなら返り討ちにしてやろうと待ち構えていたが、予想外の魔法に戸惑い、動きを止めてしまった。
 その瞬間、錬金の魔法によって基礎構造を崩された部屋の天井が轟音をあげて崩落を始めたのだ。
「ミシェル!」
「サ、サイト……」
 精神力を一気に絞り出すほどのパワーで錬金を使ったことで脱力してしまったミシェルを助けようと、才人は倒れ掛かるミシェルを抱きかかえて全力で部屋の出口へと走った。
 もちろん、それを見逃すようなトルミーラではない。逃げ出すふたりを後ろから襲おうと、その鋭い爪を振り上げた。
「バァカねえ! これで部屋ごと私を押しつぶす気でしょうけど、私のスピードなら簡単に逃げられるわ。地の底に眠るのはアナタたちよぉ!」
 その通りに、才人の背中にヒュプナスの爪が迫り来る。だが、トルミーラが勝利を確信した、その瞬間だった。
「ウワッ! あ、足が動かな? これは、私の蜘蛛の糸!?」
 なんと、ヒュプナスの足にさきほどトルミーラが放ってミシェルが撃ち落とした蜘蛛の糸の魔法がからみついていたのだ。

195ウルトラ5番目の使い魔 66話 (16/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:15:06 ID:RJjVhhhM
 ミシェルは才人に抱きかかえられながら、慌てるトルミーラに向けて冷たく言い放った。
「そうだ、自分の放った魔法に足を取られて逝け。貴様には似合いの末路だ」
「ま、まさか、蜘蛛の糸が落ちている場所まで計算して! ワアアァァァーーッ!」
 崩れ落ちる大量の瓦礫がトルミーラに降り注いだ。いくら頑強なヒュプナスの体といえども、地下室を作り上げるための強固な構成材の数十トンにも及ぶ落下には耐えられない。
 間一髪、出口に滑り込んだ才人とミシェルに、大量の粉塵が追い打ちをかけてくる。ふたりは目を閉じてそれに耐え、粉塵が収まった後で部屋を見返すと、部屋は巨岩のような瓦礫にうずもれてしまっていた。
「や、やったぜ! さっすがミシェル。でも、一歩間違えればおれたちも瓦礫の下敷きだったってのに、すげえ無茶考えるぜ」
「フッ、サイトならあのときと同じようにわたしを助けてくれると信じていたよ。お前は誰かを救う時は、絶対に期待を裏切らない。わたしはそう信じている」
 信頼のこもった優しい眼差しがふたりの間で交差する。
 しかしそのとき、転がる瓦礫からごろりと岩が動く音がしたのをふたりは聞き逃さなかった。
「死いぃぃぃねぇぇぇーーっ!」
 瓦礫から飛び出してきたヒュプナスの爪が才人とミシェルを襲う。だが、ふたりはそれを見切っていた。
 満身創痍のヒュプナスに、二振りの剣が突き出された。
「ガハッ」
 動きが鈍っていたヒュプナスの左胸に、二本の剣が突き刺さり、ヒュプナスは青色の血を流しながらゆっくりと倒れた。
 これで本当に終わりだ。心臓の位置は人間と変わらないヒュプナスは致命傷を受け、トルミーラの姿に戻って口から血を漏らした。
「フ、ハハ……痛い、痛いわ。わ、私の負けね……まさか、あんたたちみたいなのに負けるなんて。ウ、フフ、ハハ」
 自嘲気な笑いを浮かべ、トルミーラは見下ろしてくる才人とミシェルを見上げ、視線が合ったミシェルはトルミーラに話しかけた。
「約束だ、わたしが勝ったから首謀者の正体を教えてもらおう」
「ふ、ハハハ。オシエナーイ! だって私、悪党でイジワルだから。ン、でも、気にすることはないわ。あの方は、いずれあなたたちの前にも現れるでしょうから、それまで楽しみにしてるといいわ」
「それは、ここと同じような悪事を、そいつは企んでいるということか?」
「エエ、そうよ。あの方は、このハルケギニアをメッチャクチャにするのが目的みたい。すぐにでも、次のナニカが新聞を賑わすでしょう……そして、実は私はホッとしているのよ」
「何?」
 生気を失っていくトルミーラの顔に、子供のように安堵した表情が浮かぶのをミシェルは見た。

196ウルトラ5番目の使い魔 66話 (17/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:16:14 ID:RJjVhhhM
「ミシェル……今度は私がお礼を言わなくちゃね。おかげで私は、あの方から解放される……そしてアナタたちは、私なんかとは比べ物にならないホンモノノ恐怖を味わうことになるわ。ウハハハ……」
「それは、どういう意味だ?」
「ウフフ……あの方こそ、本物の悪魔よ。もしココにあの方がいたら、今ごろ肉塊になっているのはアナタたちのほうだわ……恥を忍んで教えてあげる。あの方は、ヒュプナスになった私を、笑いながら軽々とねじ伏せてくれた。あんな屈辱……いえ、絶望はなかったわ……ウハハ、イヒヒヒ」
 ひきつった笑いを漏らすトルミーラを、才人はつばを飲み、冷や汗を流しながら見下ろしていた。
 まさか、この強さのトルミーラを恐れさせるほどの相手。それは、いったい……?
「吐け! そいつの名を!」
「む、無駄よ。知ったところで、あなたたちには何もできない。あの方を倒せる人間なんてこの世にいない。けど、これで私はやっとあの方から逃げられる……ウフ、ハハ……ミシェル、坊や……恋人ごっこができるのも今のうちよ……」
 それを最後に、トルミーラの呼吸は永遠に止まった。
 才人とミシェルは、トルミーラの死体からそれぞれの剣を引き抜く。そしてミシェルはトルミーラの死体のそばにひざをつくと、狂笑のまま死んでいるトルミーラの顔を直してやった。
「なあ、サイト……こいつはどうしようもないクズだったが、どうしてかわたしはこいつを憎む気になれないんだ……意識しなかったとはいえ、トルミーラのおかげでわたしは死なずにすんだ。それと、こいつもリッシュモンにはめられたわたしの家のように、かつてのトリステインの歪みの犠牲者なのかもしれないと思ってな」
「……」
「もしかしたら、元々はトルミーラもまともな奴だったのかもしれない。わたしだって、もしかしたらリッシュモンに騙されたまま、落ちるところまで落ちていたかもしれない。人間は変わってしまう……いつかは、誰でも」
 ミシェルの声からは、不安と寂しさが漏れ出していた。
 人は変わる。そして変わってしまったら容易に元には戻れない。それに対する恐れがミシェルを突き動かしてきたのだということを察した才人は、ミシェルを抱きしめて耳元でそっとささやいた。
「大丈夫、おれは変わらないし、どこへも行かないから」
「サイト……ありがとう」
 それが保証のない言葉だということはわかっている。いくら変わるまいと思っても、時間は人を変えていく。
 だがそれでも、ミシェルは才人の優しさに触れ、この一瞬のぬくもりを全身で味わった。
 物陰から見守っていたアイが、恥ずかしさのあまりに思わず顔を覆いかけるような光景を目にするのは、その数秒後のことである。
 
 
 この日、ハルケギニアを騒がせた連続誘拐事件は誘拐団の全滅という形で幕を閉じた。
 しかし、新聞の明るいニュースに喜ぶ人々は、その裏で進んでいた地獄を知らず、同じような狂気がなおも進行中であることを知らなかった。
 不可思議な平和を謳歌するハルケギニア。その中で起きた、この小さなイレギュラーが、やがて全てを食いつぶすガン細胞のほんのひとかけらであることを、正義も悪も、まだ誰一人として認識してはいなかった。
 
 
 続く

197ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:19:44 ID:RJjVhhhM
今回はここまでです。では、また来月に

198ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 21:59:36 ID:.xFHoMyw
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れさまでした!

さて皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
特に問題が無ければ22時03分から88話の投稿を開始します

199ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:03:41 ID:.xFHoMyw


 世間では夏季休暇の真っ最中であるトリスタニアはブルドンネ街にある巨大市場。
 ハルケギニア各国の都市部にある様な市場と比べて最も人口密度が高いと言われる其処には様々な品物が売られている。
 食料や日用雑貨品は勿論の事、メイジがポーションやマジック・アイテムの作成などに使う素材や鉱石、
 そこに混じって平民の子供向けの玩具や絵本、更には怪しげな密造酒が売らていたりとかなりカオスな場所だ。
 中には専門家が見れば明らかに安物と分かるような宝石を、高値で売っている露店もある。
 様々な露店が左右に建ち並び、その真ん中を押し進むようにして多くの人たちが行き来していた。

 市場にいる人間の内大半が平民ではあるが、中には貴族もおり、その中に混ざるようにして観光に来た貴族たちもいる。
 彼らは母国とはまた違うトリスタニアの市場の盛況さに度肝を抜かれ、そして楽しんでいた。
 見ているだけでも楽しい露店の商品を眺めたり、中には勇気と金貨を持って怪しげな品を買おうとする者たちもいる。
 買った物が使えるか役に立つのならば掘り出し物を見つけたと喜び、逆ならば買った後で激しく後悔する。 

 そんな小さな悲喜劇が時折起こっているような場所を、ルイズは汗水垂らして歩いていた。
 肩から鞄を下げて、右手には先ほど屋台で買った瓶入りのオレンジジュース、そして左手には街の地図を持って。

 思っていた以上に、街の中は熱かった。暑いのではなく、熱い。
 まるですぐ近くで炎が勢いよく燃え上がっているかのように、服越しの皮膚をジリジリと焼いていく。
 左右と上から火で炙られる状況の中で、ガチョウもこんな風に焼かれて丸焼きになるのだと想像しながら歩いていた。
「…迂闊だったわ。こんな事になるんなら、ちょっと遠回りするべきだったかしら?」
 前へ前へと進むたびに道を阻むかのように表れる通行人の間をすり抜けながら、ルイズは一人呟く。
 霊夢や魔理沙たちに負けじと勢いよく『魅惑の妖精』亭を出てきたのは良いものの、ルートが最悪であった。
 チクトンネ街は日中人通りが少ないので良かったものの、ブルドンネ街はこの通り酷い状況である。
 観光客やら何やらで市場は完全に人ごみで埋まっており、それでも尚機能不全に陥っていないのが不思議なくらいだ。
 
 普段からここを通っていたルイズは大丈夫だろうとタカを括っていたが、そこが迂闊であった。
 一旦人ごみの中に入ったら最後、後に戻る事ができぬまま前へ進むしかないという地獄の市場巡りが待っていた。
 人々と太陽の熱気で全身を炙られて意識が朦朧としかけ、それでも荷物目当てのスリにも用心しなければいけないという困難な試練。
 ふと立ち止まった所にジュース屋の屋台がなければ、今頃人ごみの中で倒れていたかもしれない。
(こんな事なら帽子でも持ってきたら良かったわ。…でもあれ結構高いし、盗まれたら大変ね)
 ルイズは二本目となるオレンジジュースの残りを一気に飲み干してしまうと、空き瓶を鞄の中へと入れた。
 鞄の中にはもう一本空き瓶と、もう二本ジュース入りの瓶が二本も入っている。
 幸いにもジュース自体の値段は然程高くなかった為、念のために四本ほど購入していたのだ。
 
 他にはメモ帳と羽根ペンとインク瓶、それに汗拭き用のハンカチとハンドタオルが一枚ずつ。
 そして彼女にとって唯一の武器であり自衛手段でもある杖は、鞄の底に隠すようにしてしまわれている。
 万が一の考えて持ってきてはいたが、正直杖の出番が無いようにとルイズはこっそりと祈っていた。
(私の魔法だと一々派手だから、一回でも使ったら即貴族ですってバレちゃうわよね)
 それでも万が一の時が起これば…せめて軽い怪我で済ませるしかないだろう。

200ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:05:23 ID:.xFHoMyw
 地獄とも言える夏場の市場めぐりにも、終わりというものは必ず存在する。
 自ら人ごみの中へと入ったルイズが歩き続けて数十分、ようやく人の流れが少なくなり始めたのに気づく。
 三本目のジュースに手を付けようかとしていた矢先の幸運。彼女ははやる気持ちを抑えて前へと進む。
 
 そして…―――、彼女はようやく地獄から脱出することができた。
「あっ…――やった。やっと、出る事が出来たわ」

 予想通り、人ごみの途絶えた先にあったのは休憩所を兼ねた小さな噴水広場であった。
 中央の噴水を囲むようにして日よけの為に植えられた樹と、その周りに設けられたベンチに平民たちが腰を下ろして一息ついている。
 ハンカチやタオルで汗をぬぐう者、近くにある屋台で買ったジュースを味わっている者や談笑しているカップルと老若男女様々。
 ザっと見回したところで二十数人近くがここで休んでいるのだろうか、市場を出入りする通行人もいるので詳しい数は分からない。
 それでも背後にある地獄と比べれば酷く閑散としており、涼むには丁度良い場所なのは間違いないだろう。
 ルイズはすぐ近くにあったベンチへと腰かけると、ホッと一息ついて肩の鞄をそっと地面へと下ろした。
 そして鞄からハンドタオルを取りだすと、顔と首筋からびっしりと滲み出てくる汗をこれでもかと吸い取っていく。

「ふうぅ…っ!全く、冗談じゃなかったわよ…夏季休暇で市場があんなに盛況になるだ何て、今まで知らなかったわ」
 先ほど潜り抜けてきた下界の灼熱地獄を思い出して身を震わせつつ、程よく湿ったハンドタオルを自身の横へと置く。
 鬱陶しくしても人ごみのせいで拭けに拭けなかった汗を拭えた事である程度気分も落ち着けたが、今度は着ている服に違和感を感じてしまう。
 この前平民に変装する為にと買った服も早速汗で湿ってしまったのだが、流石に服の中へタオルを入れる真似なんてできない。
 生まれも育ちも平民の女性ならば抵抗はないだろうが、貴族として生まれ学んできたルイズには到底無理な行動である。
 その為着心地はすこぶる悪くなってしまったものの、それもほんの一時だと彼女は信じていた。

(まぁこの気温ならすぐに乾くでしょうし、ほんのちょっとの辛抱よ)
 丁度木の陰が太陽を遮るようにしてルイズが腰かけるベンチの上を覆っており、彼女の肌を紫外線から守っている。
 周囲の気温はムワッ…と暖かいものの、それでも木陰がある分暑さは和らいでいる方だ。
 もしもこの広場に樹が植えられていなければ、こんなに人が集まる事は無かったに違いない。
 そんな事を思いつつも、ルイズは休憩ついでに鞄から三本目のジュースが入った瓶と携帯用のコルク抜きを取り出す。
「そろそろ飲み始めないと温くなっちゃうだろうし、冷たいうちに堪能しておかないと」
 一人呟きながらもT字型のコルク抜きを使い、手慣れた動作でルイズはオレンジジュースのコルクを抜く。
 そして抜くや否や最初の一口をクイッと口の中に入れて、そのまま優しく飲み込んでいく。
 オレンジ特有の酸味と甘みが上手く混ざり合って彼女の味覚に嬉しい刺激を、喉に潤いをもたらしてくれる。

 途端やや疲れていた表情を浮かべていたルイズの顔に、ゆっくりと微笑みが戻ってきた。
「んぅー…!やっぱり、こういう暑い日の外で飲む冷たいジュースっと何か格別よねぇ」 
 瓶を口から放しての第一声。人ごみの中で飲んだ時には感じられなかった解放感で思わず声が出てしまう。
 涼しい木陰に腰を下ろせるベンチと、殆ど歩きっぱなしでいつ終わるとも知れぬ市場めぐりとではあまりにも状況が違いすぎる。
 あれだけの人の中を今まで歩いた事の無かった彼女だからこそ、ついつい声が出てしまったのだ。
 しかし…それを口にして数秒ほど経った後でルイズは変な気恥ずかしさを感じて周囲を見回そうとしたとき…
「おやおや、随分と可愛らしい貴族のお嬢様だ。こんな所へ一人で観光しにきたのかい?」

201ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:07:26 ID:.xFHoMyw
 彼女の背後、樹にもたれ掛かって休んでいた青年貴族が突然話しかけてきたのである。
 思わずその声に目を丸くした後、バッと声のした方へ振り向くと思わず自分を指さして「…私の事?」と聞いてしまう。
 年齢はもうすぐ二十歳になるのだろうか、魔法学院はとっくに卒業している年の彼は貴族にしてはやけに安っぽい格好をしていた。
 一応貴族としての体裁は整えているものの、ルイズが今着ている服と比べても格が低いのは一目瞭然である。
 そして同じ貴族である自分に対しての軽い接し方からして、恐らく彼は俗にいう下級貴族なのだろう。

 貴族の家の子として産まれても、その全員が順調な人生を送れるとは限らない。
 とある家の三男か四男坊として生まれれば、親はある程度の教育だけ受けさせて家を追い出す事がある。
 金の無い貴族の家では全員を魔法学院に入れさせる金も無いし、彼らの一生を養える余裕も無いからだ。
 許嫁がいたり魔法の才能があれば別であるが、大抵は杖と幾つかの荷物を鞄に詰められて適当な街へ放り込まれてしまう。
 彼らは魔法も中途半端であれば王宮の仕事が出来るほど頭も良くなく、精々文字の読み書きと掛け算割り算ができる程度。
 王宮での勤めに必要なコネも知識もなく、ましてや宮廷の貴族達から一目置かれる程の魔法も使えない。
 故に彼らの様な低級貴族は平民たちと共に暮らしており、共に同じ職場で働いて日銭を稼いでいる。
 中には壊れた壁や床の修繕なども行っている者たちもおり、日々頑張って暮らしているのだという。

 幸い中途半端な魔法でも平民たちには重宝され、その日の食事に困るような事態は起こっていない。
 魔法学院へ入れる中級や上流階級の者たちは彼らを貴族の恥さらしと呼ぶ事はあるが、声を大にして批判することは無い。
 皮肉にも貴族の恥さらしである彼らが平民たちに力を貸すことによって、貴族全体のイメージ向上へと繋がっているからだ。
 井戸やポンプの修理をしたり、家の修理などのアルバイトも平民たちには好評なようである。
 下級貴族達も無茶な金銭要求をしたりはせず、時にワインや手作りの料理とかでも良いという変わり者もいるのだとか。
 
 きっと自分に声を掛け、あまつさえ貴族と看破してきた彼もその内の一人なのだろう。
 そんな事を考えていたルイズに向けて、背後に青年貴族はクスクスと笑いながら喋りかけてくる。
「そう、君の事だよ。市場から命からがら!…って感じで出てきた時の君を見てね。…お嬢さん、外国から観光に来たお忍びの貴族さんでしょう?」
 得意気になって勝手な事を喋ってくる下級貴族にルイズは苦笑いを浮かべつつ、

――――違うわよこの三、四流の間抜け!私はトリステイン王国の由緒正しき名家、ヴァリエール家の者よッ!!

 …と、叫びたい気持ちを何とかして堪えるのに必死であった。
 何の為にこんな暑い街中にまで繰り出し、そしてあの地獄の市場を超えて来たのか、彼女はその理由を改めて思い出す。
 ここで怒りにまかせて自分の正体を暴露してしまえば、ここへ来た意味自体が無くなってしまう。
 それだけは何とか避けようと必死になって、彼女は硬過ぎる作り笑顔を浮かべて下級貴族に話し掛けた。
「…そ!そそ、そうなのよ!この夏季休暇を利用して小旅行の…ま、まま真っ最中でしてねぇ…ッ!」
「……あ、あぁそうなんだ」
 半ばヤケクソ気味ではあるが、不気味な造り笑顔と震えている言葉に下級貴族も軽く怯みながらそう返してくる。
 ルイズ本人としてもあからさまに無理してると自覚していたので、すぐさま顔を横へ逸らしてしまう。
 
(何やってるのよルイズ・フランソワーズ。こんな所で爆発してたら本末転倒じゃないの…!)
 閉じている口の中で歯を食いしばり、相も変わらず激しやすい自分にいら立ちを覚える。
 そして気分を落ち着かせるように一回深呼吸した後、こちらを心配そうに見ていた下級貴族方へと振り向いた。

202ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:09:40 ID:.xFHoMyw
 相手は気配からして自分が怒りかけていたのだと薄ら分かっていたのか、その表情は若干緊張に包まれている。
 まだ笑みは浮かべていたものの、最初にこちらへ話しかけて来た時の様な軽い雰囲気はすっ飛んでいた。
 ルイズは気を取り直すように軽く咳払いすると、こちらの出方を窺っている下級貴族に申し訳程度の笑みを浮かべて言った。

「ごめんなさいね、何分こう暑いものですから…苛立ってしまったの」
「…え?あぁ、いや…その、それなら…まぁ」
 特別怒っているわけではなく、ましてや媚びているワケでもない微笑みに下級貴族は返事に困ってしまう。
 暫し視線を泳がしつつ、言葉を選ぶかのように口を二、三度小さく開けた後でルイズに言葉を返す。
「こ、こちらこそ悪かったよ。変に子供扱いしちゃってて…」
 当たり前じゃないの!…そう怒鳴りたい気持ちを抑えつつ、ルイズは言葉を続けていく。
「そうだったの。確かに私はまだ十六だけど、ご覧のとおり一人で旅できる程度には独り立ちできてましてよ」
 エッヘンと自慢するかのように薄い胸をワザとらしく反らす彼女を見て、下級貴族は「は、はぁ…」と困惑してしまう。
 しかし、どこの国から来たかまでは知らないが確かに留学を除いて十六の貴族が一人旅行などできるものではない。
 
 国境を超える為の書類や費用等を考えれば子供には大変であろうし、何よりまず親が許さないだろう。
 とはいえ例外もあり、将来自立する意思のある貴族の子なんかは率先して留学したり国外旅行へいく事もある。
 それを考えれば自分の様な下級貴族にも自慢したくなる気持ちと言うのは、何となくだが理解する事はできた。
 そりゃ安易に子ども扱いしたら怒るのも無理はないだろう。彼はそう納得しつつ改まった態度で彼女に言葉を掛ける。
「…にしても、この時期のトリスタニアへ遊びに来るとは…また随分と勇気があるようで」
「まぁね。本当は秋か冬にでも行こうって決めてたんだけど、どちらの季節とも大切な用事ができてしまったのよ」
 
 そこから先数分程、思いの外自分の゙演技゙に釣られてくれた彼とルイズは話を続けた。
 ガリアから来たという事にしておいて、国の雰囲気が似ているトリステインへ興味本位に遊びへ来たこと。
 その興味本位で市場に入ったところ揉みくちゃにされて、危うく倒れかけたこと。
 先ほどの市場はもう二度と御免であるが、リュティスと似ているようでまた違うトリスタニアが良い所だと熱く語って見せた。
 無論ルイズは生粋のトリステイン人なのだが、これまで一度もガリアへ行ったことが無いという事はなかった。
 リュティスには家族旅行で何度か行った経験もあり、それのおかげである程度のガリアの知識は頭の中にあったのである。
 幸いにも相手は母国から出たことが無いような下級貴族であり、よっぽど下手しなければバレる事は無い。

 ルイズは自分の言葉に気を付けつつも、顔は良いがタイプではない下級貴族の青年と暫しの会話を楽しんだ。
 家族旅行で訪れた場所を思い出しながらガリアの事を話し、相手はそれを楽しそうに聞いている。
 時間にすればほんの五分経ったころだろうか、黙って話を聞いていた下級貴族が口を開いて喋ってきた。
「いやぁ、貧弱な家の三男坊である自分がこうして君みたいな素敵な人から異国の話を聞けるとは…今日の僕はツいてるよ」
「あら、その顔なら街娘くらいはキャーキャー言いながら寄ってこないものなのかしら?」
 ルイズがそう言ってみると、彼は苦笑いしつつ両肩を竦めるとすぐさま言葉を返した。
「そうでもないさ。僕たち下級貴族の男子になんか、御酌はしてくれるがそこから先に全く進みやしないからね」
 何せ貴族は貴族でも。、金の無い下級貴族だからね。…若干自分をあざ笑うかのような言葉に、彼女も苦笑してしまう。

 そんなこんなで話が弾んだところで、ルイズはそろそろ自分の『やるべき事』を始めようと決意した。
 これまで以上に言葉を選び、かつ悟られない様に聞き出さなければいけない。

203ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:11:22 ID:.xFHoMyw
 夏の陽気に中てられて、活気づいた王都の中にジワリジワリと滲む…新生アルビオン共和国に対する反応を。
 ルイズは苦笑いを浮かべたままの表情で、ニカニカとはにかんでいる下級貴族へと話しかけた。
「それにしても、王都は本当に賑やかね。聞くところによると、あのアルビオンと戦争が始まりそうだっていうのに」
「アルビオン…?あぁ…ラ・ロシェールの事件でしょう、君よく知ってるねェ」
「トリステインへ行くときに、行商人から聞いたのよ。もうすぐこの国とあの国で戦が起こるって」
 突然話の方向が変わった事に違和感を感じつつも、彼は何の気なしにその話に乗る。
 ルイズもルイズで事前に考えていた『話の輸入先の設定』を言いつつ、聞き込みを続けていく。

「普通戦が起こるってなると王都でも緊張した雰囲気に包まれそうなものだけど…ここは真逆みたいね」
「まぁ時期が時期だよ。こんなクソ暑い季節の中で緊張したって、熱中症で倒れてたらワケないしな」
 彼の言葉にルイズはまぁ確かに納得しつつ、いよいよ本題であるアルビオンへの評価を聞くことにした。

「…ところで、トリステインの貴族の方々にとって今のアルビオンが掲げる貴族による国家統治はどう思ってるのかしら?」
「んぅ?失礼な事を言うね異国のお嬢さん」
 ルイズの質問に対し、まず彼が見せたのは薄い嫌悪感を露わにしたしかめっ面であった。
「いくら俺たちがこの先十年二十年生きられるかどうか分からん貧乏貴族だとしても、連中の甘言には乗らんさ」
「そうよね?私もアイツラの掲げる思想は嫌いだわ、王家を蔑ろにするなど…貴族がしてはならない行為よ」
「その通り。特にこの国の王家に関しては…たとえ奴らが金貨の山を差し出そうとも裏切るような事はしないつもりだ」
 平民と共に暮らす貧乏貴族とは思えぬ…いや、逆に貧乏だからこそ王家を並みの貴族以上に崇めているのかもしれない。
 近いうち女王となるアンリエッタの笑顔を思い出しつつも、ルイズはカンタンな質問を混ぜ込みつつ話を続けていく。
 アルビオンと本格的な戦争が始まったら志願するのか、今後トリステインはかの国へどう対応すればいいべきか等々…。

 ルイズなりに投げかけるそれを会話の中に自然に混ぜ込み、あたかも世間話のように見せかける。
 そうこうして数分ほど話を続けていた時、ふと下級貴族の背後から複数人の呼び声が聞こえてきたのに気が付いた。
「オーバン!俺たち抜きで何ナンパなんかしてんだよー!」
「えっ…!?あ、あぁビセンテ、それにカルヴィンにシプリアル達も!」
 何かと思ったルイズが彼の肩越しに覗いてみると、いかにもな若い下級貴族数人が少し離れた所から手を振っている。
 皆が皆オーバンと呼ばれた青年貴族と同じように、貴族用ではあるが比較的安そうな服を着ていた。
「あら、お友達と待ち合わせしてたのね。それじゃあ、私はここらへんで…」
「え?あっ…ちょっと…!」
 そんな集団が手をありながらこっちに来るのに気が付いたルイズは、話に付き合ってくれた彼に一礼してその場を後にする。
 鞄を肩に掛けてベンチから腰を上げるや否や、呼び止めようとする彼に背を向けて早足で立ち去っていく。
 オーバンも思わず腰を上げて追いかけようとしたものの、時すでに遅く名も知らぬ異国?の少女は人ごみの中へと消えて行った。

 所詮自分は底辺貴族、物語の様なロマンスなど夢のまた夢という事なのだろう。 
 自分の前にサッと現れサッと消えて行った彼女を口惜しく思いつつも――――…ふと思い出す。
 この広場で他の誰よりも目立っていた、あのピンクのブロンドウェーブに見覚えがあるという事を。
「あのピンクブロンド…うん?どっかでみた覚えがあるような、ないような…?」

 
 それから少しして、あの広場から十分ほど歩いた先にある十字路の一角。
 市場からの距離も微妙な為日中のブルドンネにしては人通りも大人しい、そんな静かな場所で景気の良い音が響いた。

204ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:13:35 ID:.xFHoMyw
 それはパーティなどで勢いよくシャンパンのコルクを開けた時の様な音ではなく、思いっきり拳で硬いものを殴った時のような気持ちの良い殴打音。
 何かと思って数人の通行人が音のした方へ視線を向けると、彼らに背を向けているルイズの姿があった。
 どうやら、右手に作った拳でもって十字路に建てられた共同住宅の壁を殴りつけた直後だったらしい。
 ギリギリと拳を壁にめり込まそうとばかりに力を入れている彼女の後ろ姿を目にして、人々は慌てて視線を逸らす。

 その洒落た服装からして彼女がタダの平民ではなく、商家の娘かお忍びの貴族令嬢だと察したのであろう。
 ――目があったら巻き込まれる。本能で゙ヤバイ゙と悟った人々は何も見なかったと言わんばかりに、早足でその場を後にしていく。
 そうして周囲の注意をこれでもかと引いたルイズは、はふぅ…と一息ついてそっと右拳を壁から放した。
「結構力は抜いたつもりだけど…イタタ、木造でもこんなに痛いモノなのね」
 後悔後先に立たずな事を呟きつつ右手の甲を撫でたルイズは、先程話に付き合ってくれた青年の事を思い出す。
 もう少し話を続けていれば、今頃食事なりお茶の誘いでも出されていたに違いないだろう。
 あの手の輩というものは大抵よさげな女の子に声を掛けて、さりげなく良い流れになったところで誘ってくるのだ。 
 そう考えるとあの友人たちの乱入は正にあの場を離れるには絶好のチャンスとも思えてくる。

 彼らのおかげで程よくアルビオンに対する情報を聞けたうえ、良いタイミングであの場を後にすることができたのだから。
 早速忘れぬ内にメモしておこうと鞄の中を漁りつつも、同時にルイズはほんの少し残念な気持ちを抱えていた。
「それにしても…案外私の髪の色を見ても、誰も私がヴァリエールの人間だなんて気づかないものなのねぇ」
 あの下級貴族と言い、周りにいた平民も含めてみな自分の髪の色を見てピン!と来なかったのであろうか。
 市場にいた時はともかく、誰かが一人くらい気が付いても良いはずである。少なくとも彼女はそう思っていた
 昨日もそうであった。御忍びの貴族だと街娘にはバレてしまったが、家の名前までは言われなかった。
 と、いうことは…ヴァリエール家は今の御時世民衆の間であまり知られていないのではないのか?
 そんな事を考えて落胆しそうになったルイズは、ふと思う。

「みんな知らない…っていうよりも、公爵家の娘がこんな所にいるワケないって思ってるのかしら?」

 自分で言うのも何だが、下々の者たちからして見れば正にそうなのだろう。
 確かに、名のある公爵家の人間――それも末の娘が一人で王都を出歩くなんて滅多に無い事である。
 そう考えてみると、確かに自分を目にしてもその人が公爵家の人間だなんて思わないに違いない。
 例えば王家の人間が平民に扮していても、誰もその人がこの国の中枢を担う人物だと気づかないのと同じだ。
「そうだとすれば…案外、私が立てた作戦も上手くいきそうな気がするかも…」
 鞄からようやっとメモ帳を取り出し、何回かページを捲って何も書かれていない空白の頁を見つける。
 そして何処かに落ち着いて文章を書ける場所が無いかと、しきりに辺りを見回した。

 ルイズが今口にした『作戦』というのは、アンリ得た直々に命令された民衆からの情報収集のことだ。
 これから一戦交える前に、人々はアルビオンに対しどのような反応を抱いているのかを調べるのである。
 早速それを行うとした昨日、散々な結果で終わってしまったルイズに代わって魔理沙がそれを肩代わりする筈であった。
 しかし、アンリエッタからの命令と言う事もあってこのままではいけないと感じた彼女は、自ら行動する事にした。
 元々責任感もあるルイズとしては、あの黒白に頼り切るというのに一途の不安を感じたという事もあったが…。
 とはいえ考えなしに行っても昨日の二の舞になるのは明白であり、そこで彼女はとある『作戦』を思いついたのである。

205ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:15:27 ID:.xFHoMyw
 生粋の貴族として育てられたルイズにとって、一平民として民衆の中に紛れ込むのは非常に難しい。
 ならば…敢えて彼女はその゙逆゙側―――ただのイチ貴族、それも国外から来た観光客として扮する事に決めたのである。
 今の時期、王都を観光しにあちこちの国から様々な年齢の観光客が大挙して押し寄せている。
 ルイズは敢えてその中に紛れ込み、アルビオンと戦争状態になった事をさりげなく民衆や下級貴族に聞き込む事にしたのだ。
 さっき聞き込みをしたのは下級貴族であったが自分がトリステイン貴族だと気づかれず、うまく聞き取りを終える事かできた。
 下級貴族ならば平民と同じ環境で暮らしているために彼らの世間話も耳にしているだろうし、情報に困る事も無い。
 ついさっきは、ものの試しにと話しかけてみたが思いの外相手は自分の話に乗ってきてくれた。
 
 とはいえ、流石に自分とは雲泥の差がある格下の貴族にああも気安く話しかけられたのは色々と大変だったらしい。
 先ほどルイズが壁を殴ったのも、あの若干チャラチャラとした貴族を殴りたくて我慢した結果であった。
 もしもあそこで我慢できずに暴発していたら、今頃すべてが台無しになっていたのは間違いない。
「よし…と!ひとまず一人目…とりかく今日は十人くらいトライしなくちゃね」
 十字路を西の方へと歩いた先、そこにあるベンチでメモに情報を書き終えたルイズはパタンとメモ帳を閉じる。
 そして取り出していたインク瓶と羽ペンをしまうとメモ帳も鞄の中に入れて、スッと腰を上げる。
 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの誰にも言えぬ秘密のミッションは、こうして幕を開けたのであった。

 最初に彼女が選んだのは、ブルドンネ街の中央寄りにある大きな通りであった。
 そこは通称『厨房通り』とも呼ばれている場所で、その名の由来である数多の飲食店が群雄割拠している場所だ。
 主な客層は貴族やゲルマニアで商人などをしている平民であり、皆それなりに裕福な身なりをしている。
 店のジャンルは基本トリステインで貴族が好んで食べる高級料理などであり、変化球の様にサンドイッチやデザート等の専門店もある。
 どの店も通りを少し侵食するようにしてテラス席を設けており、日よけのした設置されたテーブルで美味しい食事にありついている。
 無論平民や下級貴族など安くてお手頃な飲食店も規模は小さいものの存在し、市場に次いでかなりの人々が通りを行き交っていた。
 
 ルイズは市場での経験を生かしてかなるべく通りの端を歩きつつ、王都の地図を片手に話しかけやすそうな人を探していた。
 当然地図を持っているのは観光客を装う為であり、彼女自身王都で迷う心配など微塵もなかった。
 現に周囲を見回してみると、今のルイズと同じように地図を手に通りを不安げに歩く貴族の姿がチラホラと見える。
 若い者たちは地図と睨めっこしつつ歩いており、中には従者らしき者に道案内をさせている年配の貴族もいる。
 彼らは大小の差はあれど軽い手荷物と地図からして、本物の観光客だというのが丸わかりだ。
 そういう人たちに混じって、ルイズは大人しく…かつある程度物知りな平民か下級貴族に道を尋ねるついでに聞き込みをするつもりであった。
「…とはいえ、この人の流れだと上手く話しかけられるかしら?…って、あの平民ならいけそうかも」
 周囲の人々を観察していたルイズは、ふと目に入った中年の平民男性に狙いを定めてみる。

 どうやら人の流れから少し外れて、路地裏へと続く小さな横道の前で一休みしているらしい。
 中年になってまだ間もないという外見の男性は、手拭いで首の汗を拭いつつ燦々と輝く太陽を恨めしそうに見つめている。
 見た感じならば人もよさそうであるし、これなら少し会話した程度で揉め事が起こる心配は少ないだろう。
 ほんの少し足を止めて様子見をしていた彼女は、早速その平民に話しかけてみる事にした。

「そこのアナタ、休憩中悪いけれどちょっと良いかしら?」
「…お?…んぅ、マントは無いようだけど…もしかしてお忍び中の貴族様…でよろしいかと?」
「えぇ、今は気兼ねなく旅行するためマントは外してあるの。紛らわしくてごめんなさいね」

206ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:17:40 ID:.xFHoMyw
 マントを着けでおらず、しかしその居丈高な物言いと身なりで彼はルイズが貴族であると何となく察したらしい。
 物分りの良い男にルイズもやや満足気に頷いてみせると、平民の男は「あぁいえ!こちらこそ…」と頭を下げる。
 どうやら自分の目利き通り、貴族に対しての作法はある程度心得ているようだ。
 それに安心したルイズも「別に気にしていないわ」と返しつつ、最初に道を尋ねる所から始める。
「初めて王都へ来て道へ迷ってしまったのよ。ここからタニアリージュ・ロワイヤル座へ行くにはどうしたら良いかしら」
「あぁ、ここからそこへ行くんなら…」
 異国の貴族を装うルイズの尋ねに対し、平民の男もやぶさかではないという感じで説明を始めた。
 そりゃルイズは黙っていれば本当に綺麗であるし、本性を露わにしなければ淑女の鑑にもなれる。
  
 恐らくはルイズよりもこの街に精通している男の説明は、貴族である彼女でも感心する所があった。
 彼の案内があればどんな方向音痴でも、必ず目的地にたどり着けるに違いないだろう。
 丁寧な彼の道案内を聞いた後、ルイズは礼を述べてからいよいよ本題の聞き込みへと移った。
「ありがとう。…それにしても、この前あのアルビオンと一悶着あったというのにこの街は活気に満ち溢れているわね」
「んぅ、そうですか?まぁこことラ・ロシェールじゃあ距離があるし、第一もう終わった事ですしね」
「でも近いうちに戦争になるかも知れないのでしょう?怖くは無いの?」
「まさか!…というより戦争になっても、こっちまで火の粉が飛んでくる事は無いでしょうよ」
 まぁ確かにその通りだろう。平民と一言二言会話を交えたルイズは内心納得しつつも頷いていた。
 自分の『虚無』が原因でほぼ主力を失った今のアルビオンには、今更トリステインへ攻め入るだけの戦力は無いに等しいだろう。
 流石に艦隊が全滅したという事はないのだろうが、少なくとも今のトリステイン艦隊が圧倒される程強くはないに違いない。

 その後その平民に改めて礼を述べてその場を後にしたルイズは、転々と場所を変えながら聞き込みを続けた。
 話しかけやすそうな平民や下級貴族に声を掛けて道を尋ねて、そのついで世間話を装ってアルビオンについての反応を聞く。
 時には今のトリステイン王家に対する評価も耳に入れつつ、一時間ほど掛けて五人分の聞き込みを終える事が出来た。
 ルイズは一旦人気の多い場所から離れ、路地に接地されたベンチに腰を下ろして聞き込みの内容を記録している最中だ。
 遠くからの喧騒と、その合間へ割り込むように街路樹の葉と葉が擦れ合う音がBGМとなってて耳に入ってくる。
 この時間帯は丁度ルイズが腰かけるベンチ側の道が陰になっており、良い涼み場にもなっていた。
 
「とりあえず決めた目標まであと半分…だけど、結構この時点でかなり枝分かれしてるのねぇ」
 ルイズは羽ペンを傍へ置くと、書き終えたばかりの情報を確認し直してから一人呟いた。
 彼女の言うとおり、街に住む人々から聞いた今のアルビオンとトリステイン王家への評価は以外にもバラバラだったのである。
 ある下級貴族はアルビオンに対して徹底的な報復を唱え、その前にアンリエッタ王女はちゃんと玉座につくべきだと言ったり、
 また平民の商人はあの白の国に関しては後回しでも良いから、まずは国を盤石にするべきだと言う慎重論もあれば、
 いっその事この国をアルビオンに売ってしまえと言う、とんでもない爆弾発言まで出てきたのには流石のルイズもギョッとしてしまった。
 中にはアルビオンと同じように王政ではなく、有力な貴族達による統治を現実的に唱えている者もいた。
 
 それらを見返した後、彼女はこれらの情報を全てアンリエッタに見せるのはどうなのかと躊躇ってしまう。
 一応彼女からは嘘偽りなく、ありのまま伝えて欲しいという事は手紙には書かれていた。
 だがアンリエッタに伝える情報をルイズが吟味して、あまり過激なものは没にする…という事も不可能なことではない。


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