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避難用作品投下スレ5

1管理人★:2009/05/28(木) 12:49:59 ID:???0
葉鍵ロワイアル3の作品投下スレッドです。

298感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:02:14 ID:w7rQ/C/M0
「笑えるかーっ!」

 セルフ突っ込みを大声で叫んでしまったがために周囲の人達がぎょっとしてあたしを向く。
 特に高槻っちはジロリと睨む目を寄越しおったが、すぐに目を逸らした。気に入らないんだろーね。
 そりゃ、さーりゃんやたかりゃんがあれほど大事だって言ってたのに、今こうしてるんじゃね。
 あたしが夢で見たことを言ったって納得できることじゃないだろうし。

 でも、別にいいんだ。あいつはあたしを殺さなかった。生きてる。だからそれでいい。
 後はちょっとずつ進んでけばいいんだ。生きてれば、きっとまだやりようがあるはずだよ、ね?

 これまで逃げっぱなしで誤魔化しの連続でしかなかったあたしの人生。
 自分の居場所は学校にしかないんだって諦めてて、醜くしがみつくことしか出来なかったあたしの人生。
 でも皮肉なことに、間違ったことをして、『あたしの学校』から追い出される羽目になって、初めて色々なことを考えることができた。
 あたしを殺さなかった高槻っちがいるように、あたしが生きることにただ黙って頷いてくれた往人ちんやまいまいがいるように、
 世界は厳しくても、案外見捨てはしないってこと。
 その気さえあれば、白紙には戻せなくてもページの続きを埋めることはできるんだってこと……

 ただ、あたしはまだまだ一人でしかない。往人ちんに寄り添うまいまいしかり、バカップルななぎそーいちしかり。
 やさしさを分けてもらったように、やさしさを返してあげられる相手がいない。まだ、伝えるどころか見つけることだってできてない。
 多分、あたしは怖いんだろうな。一度間違ったからそんな資格はないのかもってどっかで思ってて、
 昔みたいにバカやって、とりあえず取り繕うくらいのことしかやれていない。
 のほほんとして、何様のつもりだ、って感じなんだよね。まじでまじで。
 臆病だな、あたしはさ……

「おい、本当に大丈夫なのか」

 むつかしい顔でもしてたんだろね。隣からるーの字が心配そうに声をかけてくれましたよ。
 どーやら一番後ろの方を歩いているみたいで。前では往人ちんを中心に高槻っちが軽口を叩いてたり、
 宗一っつぁんが横から口出してたり、チビ助が色々聞いてたりしてたね。

299感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:02:37 ID:w7rQ/C/M0
 そーいやチビ助にはお兄さんがいるそうで。ここにいるみたいだし、安否が気になってるんだろうな。
 きれーなメイドロボさんは黙ってそいつらの話を聞いてる。このコが高槻っちを止めたんだよね。
 今から思えばうっそまじ、って感じの可愛いメイドロボさんだ。いいなー、あたしもこれくらいスタイルよけりゃーなー。
 まあおっぱいはそれほど大きくもないし? 別に嫉妬しないけど。これでおっぱいが大きかったら噛み付いてたね。
 相手がメイドロボだって話は聞かない、聞こえない、聞き流す!

「モーマンタイ!」
「ならいいが」
「あ、突っ込みナシっすか」
「それだけ軽口が叩けるなら大丈夫だろう? それでこそ、お前だよ」
「むむ」

 励まされた。それに、取り繕っているだけのはずなのに、それでもいいと認めてくれてるやさしさが切ない。
 どうしてみんな、こんなに自然にやさしくなれるんだろ。あたしは、一番身近な人にだってやさしくなれなかったのに……

「ところで、結局渚と川澄は見なかったが」
「そういやそうだね。……まーいいんじゃない? まいまいがいりゃ何とかなるっしょ」
「それは分かってるが……場所、分かるだろうか?」

 誰かが残った方がいいんじゃないか、と言下に告げるるーの字だけど、あいつらだって迷子になるような方向音痴でもなし。
 るーの字は案外心配性なんだな。口調はぶっきらぼうだけどさ。

「あれだよ、ちょっと往人ちんと会わせたくないじゃんよ」
「あー……そうだな。どうせ会わせるならゆっくりと話させてやる機会を設けた方がいいだろうな」
「おっ、分かってるじゃないの」
「馬鹿にするな。これでも私だって、恋のひとつやふたつは……いや、ひとつはある」

 なぬ? あまりの驚愕の事実にあたしは声にならない声でなんだってー!
 あ、あたしはこのトウヘンボク朴念仁みたいな外人に負けていたというのかっ! クソックソッ美人さんめ!
 これでおっぱいが大きかったらちゅーちゅーしていたぞっ!

300感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:02:52 ID:w7rQ/C/M0
「もっとも、失恋だけどな」

 そう続けたるーの字の背中を、あたしはぽんぽんと叩いてやった。
 苦笑するのがあまりに女らしかった。いい女だ。誰だこんないい子を振ったのは。出て来い成敗してやろうぞ。
 はぁ、それにしてもなんと砂糖の多い時代であろうか。こんな殺伐としたところで恋愛なんて。

 お決まりの吊橋効果っていやあそーなんだろーけど、それにしたってあちきは寂しくなるわけですよ。
 なんつーか、あたしは半端者の偏屈者だったかんね。学校にしか居場所を見出せなかった女だし。
 学校じゃあ権力振りかざして色々やれたから。今にして思えば、楽しくしようと思う反面、
 自分だけの世界にして人が従ってきたのを楽しんでた優越感ってのも確かにあった。
 人より上に立ってる。あたしがいなくちゃ成り立たない。誰かに必要とされたいって、そんな幻想を欲望に変えて……
 今でも、そうなんだろうけど。

「まーそれはそれとしてだ。あちきとしてはドキッ! ゆき×まいラヴラヴ大作戦☆のひとつでも立案したいところなのさ」
「お前のネーミングセンスはともかくとしてだ。中途半端なままでこの先まで進めたくない、というのでは私も同じだ」

 お節介だろうけどな、と続けたるーの字には、恋愛先達者としての余裕があるような気がした。
 なんとなく悔しい気分を味わいながら、あたしたちはどうすれば二人っきりで話し続けられる機会ができるか話し合った。
 のうのうとこんな事にうつつをぬかしてられるあたしは、やっぱ馬鹿なのかもしれない。
 でも、俯いてばかりよりは……ほんの少しだけマシな気がした。

     *     *     *

 伊吹風子です。ここ最近まーりゃんさんに弄られっぱなしで風子の体は汚されっぱなしです。
 もうお嫁に行けないと嘆いていたところに吉報が飛び込んできました。

 なんと、祐介さんがここにいるそうです。国崎さんからの情報です。
 おねぇちゃんの婚約者のひとです。風子のお見舞いに何度も来てくれてたりしてました。
 当時風子はシャイだったのであまり話しませんでしたが、おねぇちゃんが選んだ人です。悪い人じゃないはずです。
 今の風子にとってはたった一人の家族です。だから、いっぱいいっぱい話し合って、今の風子を余すところなく伝えるつもりです。

301感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:03:09 ID:w7rQ/C/M0
 それで約束するんです。
 全部が終わったら、二人でおねぇちゃんのお墓参りに行きましょう、って。
 実は皆さんには内緒の話なのですが、風子にはこれから先の人生設計図があるのです!

 まずここから出たら一生懸命勉強します。
 大学に入ります。
 びゅーてふるなキャンパスライフの後に教職員の免許を取ります。
 学校の先生になります。
 もちろん教科は、美術です。

 志望としては小学校か中学校がいいです。
 理由は、まあそうですね、高校生に風子の大人の魅力にメロメロになってイケナイ道を歩まぬようにさせるためです。
 きっと将来はぼんきゅっぼんのナイスバディになっているでしょうし。
 なかなか完璧な人生設計だとは思いませんか?

 教科は美術といっても絵画とかではなく彫刻専門という手もありますし、
 このリアルなヒトデを彫る技術を習得済みの風子なら案外美術大学にすんなりと入れるかもしれませんし。
 もちろん、教職員になるために猛烈な勉強をする必要がありますが。

 ですがこれはおねぇちゃんも通った道! 姉にできて風子にできないはずはありません!
 その気さえあればいくらだって勉強できるだけの時間はありますし、祐介さんだって応援してくれるでしょう。
 しばらくは祐介さんに御厄介になりそうですが、出世払いということで許してもらいましょう。

 おっと。そうこうしているうちに職員室までついてしまったようです。
 国崎さん曰くもうここには渚さんと川澄さん以外の人全員が集まってるらしいです。
 すごいです、大集合ですね。
 三人寄れば文殊の知恵という言葉がありますから、今は大体ダイアモンドくらいの輝きの知恵になっていることでしょう。

302感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:03:25 ID:w7rQ/C/M0
 風子も人生設計モードから真面目モードに切り替えましょう。
 あ、いえ、いつだって風子は本気の真面目ですけど。

     *     *     *

「ことみっ! なにやってんのよ、この天然っ!」
「きょ、杏ちゃんだって似たような状態なの」

 私の姿を確認するやいなや、杏ちゃんは目を見開き、怒りと心配の両方を含んだまま抱きついてきた。
 抱きしめる力が強くって結構痛かったけど、それ以上に私の身を案じてくれてることが心地良く、また申し訳ない気持ちにもなる。
 当然かも。久々に会ったと思ったら、大怪我しての再会なんだから。

「全く、もう……あんたはいつもいつも心配させて……無茶しないでよね」
「生きてるから、問題ないの」
「あんたは……」

 呆れたように苦笑して、杏ちゃんは私の頭をぽんぽんと叩いてくれた。
 生きて、それなりに体が動かせるなら何だってできる。
 杏ちゃんもそれを理解してくれているのか、必要以上に私のことを心配することもなかった。

 向こうも向こうで、私と離れていた間にまた少し変わったなにかがあるのだと思う。
 どこか楚々とした芳野さんの顔もそうだし、凛々しさを増した杏ちゃんだってそう。
 私だって自分の進むべき道を見出し、やるべきことではなくやりたいことを見つけ、そのために一歩を踏み出せる程度の勇気を手に入れた。
 払った代償は大きく、私の中にも大きな傷を作ってしまったけど、言い換えれば一生忘れられないものを刻んだとも解釈することができる。

 曖昧で、何に支えてもらっているのか、何を支えているのかも分からない宙ぶらりんよりはその方がいい。
 聖先生だって、自分の人生は腐ってるって言ってたけど、本当はやりたいことだっていっぱいあることを分かってたはず。
 資格を失ったっていってたけど、そんなことはないって言ってもらいたかっただけなんだと思う。

303感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:03:44 ID:w7rQ/C/M0
 だから、私が引き継ぐ。霧島聖の弟子として。
 私の『やりたいこと』には、聖先生の『やりたかったこと』も含まれているんだから。
 無理なんてしてないの。だから笑って、ね? 先生……

「うん、私は大丈夫。聖先生から、パワーを貰ったから」
「……そうなんだ」

 深くは何も言わず、杏ちゃんはただ私を肯定してくれた。
 この懐の広さ。ある意味では無責任さと表裏一体になったやさしさがあるから、人は依存せずに人と付き合ってゆけるのだと思う。

「一ノ瀬」

 会話が終わったのを見計らったようにして芳野さんが呼びかける。「はいな」と応じて、私は一旦杏ちゃんの元を離れる。
 一瞥すると、杏ちゃんは笑って私を見送ると、暇そうにしていた浩之くんと瑠璃ちゃんへと寄っていった。
 闊達な杏ちゃんのこと、きっと挨拶と自己紹介を済ませておくつもりなのだろう。

 私が来るのに合わせてリサさんも合流する。私達の間にある匂いを敏感に感じ取ったのかもしれない。
 リサさんに聞かれて支障のある話ではないし、そろそろ聞かせても構わないはず。カードをいつまでも取っておいても仕方がない。
 芳野さんもちらりと横目でリサさんを見たが、私が無言でいると意図を理解したのか、そのまま話を始めた。

「こちら側は指定されたものは全部揃えた。そちらは?」
「こっちも全部集めたの。……これで下ごしらえはできたかな」
「何の料理かしら?」
「とびっきりのスパイスを利かせた、激辛大爆発料理」

 鋭いリサさんのこと、それだけで私達の計画を悟ったようで、ニヤと口元を歪める。
 私も笑い返すと、「材料はいまどこにあるの?」と重ねた。

「体育倉庫に保管してある。……この分だと、全員集めた後に話したほうがいいかもしれんな」
「少なくとも、宗一は混ぜて欲しいところね」
「高槻……俺の仲間だが、あいつもな。一応科学者だし、頭も切れる。言動に少々問題があるが」
「マッドサイエンティスト?」
「当たらずも遠からずだ。役に立つのは間違いないところなんだが」

304感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:04:02 ID:w7rQ/C/M0
 嘆息を含ませながら言う芳野さん。そんな人がいるんだ……
 半ば冗談で言ったつもりなのに。マッドドクターだった先生といい、世の中には不思議がいっぱいなの。

「ことみも是非参加して欲しい、というか、人材不足のこの状況じゃ参加してもらわなきゃ困るけど……
 いいかしら? 友達とかと積もる話もあるだろうけど」
「うん。まあ、ちゃちゃっと済ませればいいだけだし」

 本当は杏ちゃんとかといっぱいお話したかったけど、今はそれより大事なことがある。
 杏ちゃんだって、私が仕事を投げ出すのをよしとしないだろうし。それに時間なら、まだたくさんあるから。

「頼もしい言葉ね」
「リーダーシップは大人の方々にお任せなの」
「頼むぞリーダー」

 会って間もないはずのリサさんにさらりと押し付ける芳野さん。意外と図々しい。
 予想外の無茶振りだったのか、リサさんは「あなた、いい根性ね」とにこやかな……聖先生の浮かべる笑いの形にしていた。
 怯むことのない芳野さんは「世の中は男女平等だ。なら実力のある奴に任せるまでだ」と軽やかに受け流す。
 ……本当に図々しい。こんな人だったっけ?

 都合のいいことを、と呆れ果てていたリサさんだったが、結局断ることをしなかった。
 ひょっとしたら最初からその気で、芳野さんで遊びたかっただけなのかもしれないと、
 車の中で交わした会話を思い返して、私はどっちもどっちだと苦笑した。
 ふと耳をすますと、扉の向こう側から声が聞こえてくる。どうやら外で待機していた人たちを連れて戻ってきたらしい。
 さて、ここにどれだけの人数が揃うのかな。

     *     *     *

305感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:04:20 ID:w7rQ/C/M0
「ということで、藤林杏です、よろしく」

 藤林、という名字の響きに、ウチは心臓が凍りつきそうになった。多分、顔も硬直してたと思う。
 すぐに反応できへんかったウチに代わって、浩之が先に名乗りをあげてくれたのが嬉しかった。

「で、こっちが姫百合瑠璃だ」

 言った瞬間に、ちらりと浩之が目配せする。せやけど、ウチは何も応えられへんかった。
 きっとその時には、ウチ自身も言わなきゃあかんいうことは直感的に理解してたんやと思う。
 あなたの妹を殺したのはウチです、って。

 目の前の藤林さん……杏さんは、真っ直ぐで、少し大人びた微笑を浮かべてる。
 きっと『この中の誰かが自分の妹を殺した』て疑ってるんやないんやと当たり前のように信じることができて、やからこそ言い出せへんかった。
 あまりにも真摯でありすぎる目の前の人に対して、ウチは後ろめたいものが多すぎたから……
 敵討ち、無念を晴らす。そんな綺麗な言葉で語れるほど殺人は正当化できるもんやないし、復讐や恨みという言葉で塗り潰すのともまた違う。
 ただ、どうしようもなくって、どうしようもなかった。
 それをはっきりと伝えられる自信がなくって、今はただ事実しか告げることしか出来ひんような気がして、口が開かんかった。

「いや、あっちのゴツイのとは大違いだな。あっちは自己紹介は後回しにしやがってさ」
「ああ……そうなんだ。なんかおっかないって思ってたけど」
「怖いっつーより、合理的って感じの人だったな。言い方がストレート過ぎてちょっとだけムッと来たけどさ」
「あはは。その点あたしは合格ってところかな……いつつ」

 笑った拍子にどこか傷が痛んだのか、杏さんが笑いに苦痛を滲ませてよろける。
 ウチが咄嗟に支えると「ありがと」という素直な言葉が耳に入って、またウチの心を揺らした。

「……ひどい怪我。大丈夫なん?」
「まあ生きてるわよ。ひどいって言うなら、ことみなんてもっとひどいわよ」

306感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:04:36 ID:w7rQ/C/M0
 杏さんが一ノ瀬さんを指差す。確かに、全身を包帯で巻きながら大人組と何事かを話している一ノ瀬さんの方が一見ひどく見える。
 せやけど一ノ瀬さん独特のあののんびりした口調やと、そうは思えへんのやけどなあ……不思議や。

「でもあの子、なんかケロッとしてるし」
「あ、そりゃ同感ね。何かネジがずれてるというか」

 随分と遠慮のない言い方だったが、杏さんと一ノ瀬さんの会話を聞く限りやとそのくらいの関係なんやって改めて思うことが出来た。
 ウチなんてさんちゃん以外にはこれといった付き合いもあらへんしなあ。あの頃はさんちゃんだけおればええって思とったし。
 ……そんなことを思えるくらいには、ウチも成長したんやなって思ってええんかな。

 そうやないのかもしれへんか。今は浩之がいて、浩之がいない人生なんて考えられへんし。
 極論で言えば、『浩之だけおればええ』って奥底では思てるのかもしれへんな。

 せやけどそうだとして、ここからツケを支払ったるって気持ちも確かにあるんや。
 ウチに限らず、人はひとつの気持ちだけ抱えて生きとるわけやない。
 恨む気持ちも許す気持ちも、憎む気持ちも好きになる気持ちも、時と状況によっていくらでも持ち合わせるし、変わる。
 免罪符にするわけやないけど、今のウチだって浩之だけが今のウチの全てやない。
 どれだけの割合を占めてたって、100%やない。

 そうでも思わんかったら、ウチはきっと、ウチを許せなくなる。さんちゃんやイルファとの誓いを破ってまう。
 せやからこうする。精一杯やってこれかもしれへんけど、な。
 少しずつ強張った気持ちが薄れてきて、自然と頬を緩めることが出来た。

「ま、あれでも頭良さそうやしな……人は見かけによらへんなぁ」
「頭良いってか……全国模試で一番、外国の大学からもお呼びがかかってるらしいわよ。物理学のなんたら研究とかで」
「「……は?」」

 ウチと浩之が同時に声を上げ、一ノ瀬さんの方をバッと振り向いた。そして同時に言うた。

「嘘や」「嘘だ」
「天才となんたらは紙一重って言うけどねえ」

307感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:04:53 ID:w7rQ/C/M0
 さりげなく三人ともひどいことを言うてるような気ぃしたけど、本物の天才を目にすれば口も軽くなってまうのは、しゃーないことやった。
 それくらいビックリ仰天や。世界って不公平なんやな。
 しばらくウチらは、公式天才の一ノ瀬さんの話題で盛り上がった。多分聞こえてはなかった思う。
 ここにたくさんの人が集まったのは、驚くくらいすぐのことやった。

     *     *     *

 私は、これからどうしよう。
 通い慣れた夜の校舎。渚の手をとって、二人で廊下を進んでいる。
 職員室から光が見えたので、今はそこを目指している。遠くもないから、すぐ着くはず。
 私にとって考えるべきことは……何だろう。

 私には戦うしか能がない。でなければ、待ち続けることしかできない。
 いつだって受け身でいることしかできない。
 でも、どうして……? 私は、なんで、待ち続けていたんだろう。

 ずっと待って、夜の校舎を歩き続けた日々、白いティーカップのような月光を浴びながら眺めた校舎の外を、私は覚えている。
 でも、始まりが分からない。なぜ、どうして、私は何を、誰を待っているのか、思い出せない。
 すっぽりと何かが抜け落ちてる。それは、何……?

「あの、舞さんっ」

 ぼんやりとしていたからか、渚の声に気付くまでに数秒の時間をかけてしまっていた。
 もし戦いなら、取り返しのつきかねないミスだったかもしれない。
 反省を覚えながら振り向いた私の顔は、ちょっと固かったのだろうか。渚は苦笑していて、言葉を続けた。

「ええと、きっと、話し合いがあると思うんです。宗一さんとか、他の人とかで」
「うん」
「だから、わたし達はですね、ちょっと休憩もあると思うんです」
「うん」
「ええっと……」

308感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:05:16 ID:w7rQ/C/M0
 渚が口ごもる。頬のあたりがほんのりと熟れた果物みたいになってて、美味しそうだ、とか思ってしまった。
 そういえば美味しいもの食べてない……

「み、皆で過ごしませんか? いえ別にその、遊ぼうとかサボろうとかそういうんじゃなくて」

 渚の言葉の内容はあやふやで、具体的にどうしたいのかよく分からなかったが、渚もよく分かってないんだろう。
 きっとのんびりしたいんだと勝手に納得して、私はこくりと頷いた。そういう時間、嫌いじゃない。
 渚のはにかんだ顔がいい表情で、こうして良かったと思える。

 勿体無いって言う人もいるかもしれないけど、私は何もしていない時間というのが一番安心できる。
 遊ぶのも悪くはないけど、それ以上に誰かと一緒にいられるというのが、直に感じられるから。
 でもそれは二人以上ありきだということにも気付いて、私は案外孤独が苦手らしいとも気付き、心の中で苦笑した。

 人との距離の取り方も知らないくせに、いないと安心できない。
 このジレンマは、果たして生来持っていたものなんだろうか。
 それとも、私が知らないどこか。すっぽりと抜け落ちた期間で形作られたものが原因だったりするのかもしれない。
 自分でも知らない自分いることが恐ろしいと感じる部分もある一方、それを知りたいと強く願う自分も生まれている。
 或いはそうしなければ往人とこれ以上距離を詰められないと本能が分かっているからなのかも。

 どうであるにしても、私は以前に比べて色々なことを指向するようになっていることは真実だった。
 待っていても、望むようにはならない。そう理解できているからなのだろう。
 私はようやく人並みの欲望を持つようになって、それを埋め合わせるだけの努力を怠ってきたから苦しんでいる。

『そういうときは、話してくれればいいんですよ』

309感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:05:28 ID:w7rQ/C/M0
 佐祐理の声が虚空から聞こえたような気がして、私はきょろきょろと周りを見回した。
 渚がどうしたんですかと尋ねてくる。いや、と首を振って、そういう選択肢もあったんだ、と意外な気持ちで佐祐理の言葉を受けた。
 誰かといられればいい。
 それは私の一つの望みでもあるけど――望みは、一つじゃない。

 だって私も、人並みに欲望を持っているのだから。
 渚と一緒に、辿り着いた職員室の扉を開ける。実に何分の遅刻だろうか。
 開けた先では、実に十三もの面々が雁首揃えて私達を待っていた。

 思えば。

 待たせるのは初めてだったかもしれない、と。

 そんなことを考えた。

310感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:05:47 ID:w7rQ/C/M0
【時間:3日目午前03時00分ごろ】
【場所:D−6 鎌石小中学校】

川澄舞
【所持品:日本刀・投げナイフ(残:2本)・支給品一式】
【状態:同志を探す。往人に付き従って行動。強く生きていたいと考えている。額から出血。両手に多少怪我(治療済み。支障は全くない)、肩に浅い切り傷】
【その他:往人に対して強い親近感を抱いている。剣道着を着ている】
その他:舞の持ち物(支給品に携帯食が十数個追加されています。)

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン(32/36)、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:鎖骨にひびが入っている可能性あり。軽い打ち身。往人・舞に同行】
【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、パン人形、38口径ダブルアクション式拳銃(コルトガバメントカスタム)(残弾4/10) 予備弾薬35発ホローポイント弾11発、スペツナズナイフの柄、支給品一式(少年、皐月のものを統合)】
【状況:強く生きることを決意。人形劇で誰かを笑わせてあげたいと考えている。全身にかすり傷。椋の捜索をする】
【その他:左腕に文字を刻んだ。舞に対して親近感を抱いている(本人に自覚なし)】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数0/20)、防弾チョッキ、SPAS12ショットガン8/8発、投げナイフ1本、鉈、H&K SMGⅡ(30/30)、ほか水・食料以外の支給品一式】
【所持品2:S&W M1076 残弾数(6/6)とその予備弾丸9発・トカレフ(TT30)銃弾数(0/8)、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾4/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、S&W、M10(4インチモデル)5/6】
【持ち物3:ノートパソコン×2、支給品一式×3(水は全て空)、腕時計、ただの双眼鏡、カップめんいくつか、セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、何かの充電機】
【状態:全身にかすり傷】
【目的:渚を何が何でも守る。鎌石村小学校に移動し、脱出の計画を練る】 

311感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:06:05 ID:w7rQ/C/M0
古河渚
【持ち物:おにぎりなど食料品(結構減った)、支給品一式×2(秋生と佳乃のもの)、S&W M29 1/6、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱】
【状態:心機一転。健康】
【目的:人と距離を取らず付き合っていく。最優先目標は宗一を手伝う事】

伊吹風子
【所持品:サバイバルナイフ、三角帽子、青い宝石(光四個)、グロック19(0/15)、イングラムM10(0/30)、イングラムの予備マガジン×1、M79グレネードランチャー、炸裂弾×2、火炎弾×9、Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×17、スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、SIG(P232)残弾数(2/7)、仕込み鉄扇、ワルサー P38(0/8)、フライパン】
支給品一式】
【状態:泣かないと決意する。全身に細かい傷、及び鈍痛】

ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(20/30)・予備カートリッジ(30発入×4)、支給品一式×2】
【状態:生き残ることを決意。髪飾りに美凪の制服の十字架をつけている】
【目的:とりあえず渚にくっついていく】 

リサ=ヴィクセン
【所持品:M4カービン(残弾15/30、予備マガジン×3)、鉄芯入りウッドトンファー、ワルサーP5(2/8)、コルト・ディテクティブスペシャル(0/6)、支給品一式】
【所持品2:ベネリM3(0/7)、100円ライター、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、フラッシュメモリ(パスワード解除)、支給品一式(食料と水三日分。佐祐理のものを足した)、救急箱、二連式デリンジャー(残弾1発)、吹き矢セット(青×4:麻酔薬、黄×3:効能不明)】
【所持品3:何種類かの薬、ベレッタM92(10/15)・予備弾倉(15発)・煙草・支給品一式】
【状態:車で鎌石村の学校に移動。どこまでも進み、どこまでも戦う。全身に爪傷(手当て済み)】

312感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:06:19 ID:w7rQ/C/M0
姫百合瑠璃
【所持品:MP5K(18/30、予備マガジン×8)、デイパック、水、食料、レーダー、携帯型レーザー式誘導装置 弾数2、包丁、救急箱、診療所のメモ、支給品一式、缶詰など】
【状態:浩之と絶対に離れない。浩之とずっと生きる。珊瑚の血が服に付着している】
【備考:HDD内にはワームと説明書(txt)、選択して情報を送れるプログラムがある】

藤田浩之
【所持品:珊瑚メモ、包丁、レミントン(M700)装弾数(3/5)・予備弾丸(7/15)、HDD、工具箱】
【所持品2:フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、折りたたみ傘、鋸、支給品一式】
【状態:絶望、でも進む。瑠璃とずっと生きる】

一ノ瀬ことみ
【持ち物:H&K PSG−1(残り0発。6倍スコープ付き)、暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯、ポリタンクの中に入った灯油】
【持ち物2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、フラッシュメモリ】
【持ち物3:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式(保健室でいくらか補給)、乾パン、カロリーメイト数個、カメラ付き携帯電話(バッテリー9割、全施設の番号登録済み)】
【持ち物4:コルト・パイソン(6/6)、予備弾×13、包帯、消毒液、スイッチ(0/6)、ノートパソコン、風邪薬、胃腸薬、支給品一式】
【状態:左目を失明。左半身に怪我(簡易治療済み)】
【目的:生きて帰って医者になる。聖同様、絶対に人は殺さない】

ネゴシエイター高槻
【所持品:日本刀、分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、鉈、電動釘打ち機12/12、五寸釘(10本)、防弾アーマー、89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、予備弾(30発)×2、P−90(50/50)、ほか食料・水以外の支給品一式】
【状況:全身に怪我。主催者を直々にブッ潰す】

313感情の摩天楼/へっぽこ楽団:2009/09/23(水) 04:06:39 ID:w7rQ/C/M0
ほしのゆめみ
【所持品:忍者刀、忍者セット(手裏剣・他)、おたま、S&W 500マグナム(5/5、予備弾2発)、ドラグノフ(0/10)、はんだごて、ほか支給品一式】
【状態:左腕が動くようになった。運動能力向上。パートナーの高槻に従って行動】

芳野祐介
【装備品:ウージー(残弾30/30)、予備マガジン×2、サバイバルナイフ、投げナイフ】
【状態:左腕に刺し傷(治療済み、僅かに痛み有り)】
【目的:休憩中。思うように生きてみる】

藤林杏
【所持品1:ロケット花火たくさん、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
【所持品2:日本刀、包丁(浩平のもの)、スコップ、救急箱、ニューナンブM60(5/5)、ニューナンブの予備弾薬2発】
【状態:重傷(処置は完了。激しすぎる運動は出来ない)】

ウォプタル
【状態:待機中】

ポテト
【状態:光二個】


その他:宗一たちの乗ってきた車・バイクは裏手の駐車場に、リサたちの乗ってきた車は表に止めてあります。

→B-10

314インターセプト2:2009/09/25(金) 19:19:16 ID:D27maBM60
「……っ、きゃああああ!!!!!!」

上がった甲高い悲鳴は、恐らく広瀬真希のものだろう。
しかしそれも、すぐ銃声によってかき消されてしまう。
誰よりも反応が遅かった相沢祐一は、この騒音で今の異常にやっと気づいた。
はっとなった祐一の嗅覚を、火薬の嫌な臭いが満たしていく。
それは花火を遊んだ直後の様子を彷彿させるが、勿論そんな暢気な現場であるはずがないことはさすがの祐一もすぐに理解できた。

祐一は保健室の中でも奥まった場所である、少し埃臭いベッドに腰掛けている。
ベッドの内側を隠すように立て付けられたカーテンは開いているものの、やはり視界を狭めている感は否めない。
中々に広い保健室、争いは入り口付近で行われているらしく、その様子を祐一が正確に読み取ることはこの場所だと難しそうだった。

「うわっ?!」

身を乗り出そうと腰をあげたタイミングで、祐一は側面から強い打撃を受けた。
祐一を押し出そうとする力は、思いのほか強い。
突き飛ばされたような形で、祐一は受身も取れぬまま座っていたベッドの上から、転がるように落とされる。
肩口から床に放り出された衝撃は祐一の背中にも容赦なく襲い掛かり、その鈍痛は彼の負った腹部の傷にも走り抜けた。
臓腑を鷲掴みされたような圧迫感は想像以上で、祐一はちかちかする視界から逃げるように目を瞑ると静かに激痛と戦おうとする。

自然と伸ばしてしまった患部は傷が開いている様子もなく、恐らく異常はないだろう。
ただじくじくとした違和感だけは拭えず、その気持ち悪さに祐一は吐き気を覚えていた。
思わず身じろぐ祐一の手に、暖かくも柔らかな感触が伝わる。
それが何なのか確かめようともせず、祐一はその熱をまるで焦がれるかのように、ごく自然と強い力で掴んでいた。

「っ!」

ふにゃふにゃと気持ちの良いそれに触れているだけで、祐一の心はどんどんと静まっていく。
思いがけない心地良さ、その感覚に酔うような形で祐一は痛みに歪んでいた瞳をもとろんとさせてしまう。
この正体は、一体何なのだろう。
そっと開いた祐一の目に広がったのは、鮮やかな赤だった。

315インターセプト2:2009/09/25(金) 19:19:55 ID:D27maBM60
「こう、さか……?」

見覚えのあるピンクのセーラー服が、今祐一の目の前に存在する。
祐一が掴んでいたのは、そのセーラー服を着用していた人物の二の腕に当たる部位だった。
そこで祐一は、自分を庇うように覆いかぶさっていた人物がいたことにやっと気づく。

「馬鹿、ぼーっとしてたら死ぬわよ!」

祐一を見下ろすような体勢のまま、向坂環が叱咤する。
彼女の表情は厳しかった。
事態の大きさをそこまで認知していない祐一は、その環の様子にまず呆気にとられてしまう。

「それと。腕、力抜いて。痛いから」

四つん這いになっている環は祐一の顔の横に手を置き、そこで自身の体重を支えている。
彼女の二の腕にしっかりと自身の指が食い込んでいたことに気づくと、祐一はそっとその戒めを解いた。

その間も誰かがベッドの向こうで争っているとしか思えない、不穏な物音は断続的に続いている。
人の声もする。あれは誰の声だろうか、祐一は上手く捕らえることができなかった。
音声は、祐一が発せられた言語の意味を噛み砕く前に、光の速度で彼の右耳から左耳へと抜けていってしまう。
勿論それは錯覚だ。
しかし実際、祐一の処理能力が追いついていないのが現状である。

祐一の頭には、まだ様々な混乱が渦巻いたままであった。
読めない現在の状況、それに加え先ほど環から聞いた現実に対するショック。
藤林杏が、神尾美鈴が。柊勝平が。
感覚的にはさっきまで同じ時を過ごしていたはずの仲間に、何があったのか。
祐一にはそれが、全く分からない。分かることができていない。

316インターセプト2:2009/09/25(金) 19:20:29 ID:D27maBM60
二手に別れることになり、杏と勝平に手を振り一端離れたこと。
腹部をカッターナイフで刺され、ボロボロになった少女に観鈴を連れ去られてしまったこと。
薄れる意識の中、再会した勝平と話したこと。

結果を知ってしまったから故の、後悔。
精神を侵す闇は祐一の気力を削ぎ、彼の思考回路を鈍くさせていた。

「ちょっと。相沢君!」

環がまた叫ぶけれど、祐一の視線は虚ろなままだ。
環の声が正しく伝わっているのか、それすらも怪しいものがある。
苛立たしげに小さく舌を打つと、環は姿勢を崩しながらも祐一の右肩を掴み、再び声を荒げ力強い言葉を放つ。

「しっかりしなさい! 藤林さん達の二の舞を起こしたいの?!」
「?!!」

ビクンと。
大きく体を震わせた祐一が、ゆっくりとした動作で環に恐る恐ると視線を合わせる。
祐一の揺れる瞳を射抜くよう、環はしっかりと彼を睨み付けていた。
ただでさえ鋭い目の環には、拍車がかかった迫力がかかっていただろう。
そうして環の意志はしっかりとした主張となり、祐一の脳髄を駆け抜けていく。
彼の混乱も、じわじわと収まっていた。
自分が取り乱していたことをここに来てやっと自覚した祐一は、自分が作ったロスタイムを一人恥じる。

「悪い……俺、こんな時に……」
「御託はいいわ。まずは、ここを切り抜けるわよ」

先に体を起こした環に手を差し出され、祐一も慌てて起き上がる。
と同時、横になっていた体勢では全く確認できなかった光景が、祐一の視界に広がった。
唖然となる。
至近距離で行われていた争いは、祐一の予測を裏切る勢いがあった。

317インターセプト2:2009/09/25(金) 19:20:52 ID:D27maBM60


     ※   ※   ※


「……っ、きゃああああ!!!!!!」

続けざまに放たれた銃弾は、扉に最も近かった真希達二人を狙っていた。

「真希さん!」

真希の隣に寄り添っていた遠野美凪が、抱きつくような形で真希にタックルをかける。
二人して床に倒れ、そのまま扉とは逆方向へと転がっていく様を一ノ瀬ことみは冷静に見ていた。

「そのまま窓から逃げろ!」

二人に向かって霧島聖が叫ぶと同時に、乱入者である一人の少年が保健室の中に躍り出る。
その手に握られた黒光りする凶器は、保健室を照らしている蛍光灯の光を反射しながら、恐ろしい程の存在感を主張していた。
窓を開け逃走を図ろうとする真希と美凪を狙おうとする少年だが、ふと何かに気づいたように視線を逸らすと、そのまま視点を固定する。

「やあ。さっきは世話になったね」
「……」
「どうやら、僕の弾は誰にも当たらなかったみたいらしい。勿体無い、無駄弾を使っちゃったよ」

彼の目線の先には、相変わらずぽーっとはしているものの、しっかりと自身への支給品である十徳ナイフを握ったことみの姿がある。
にこにこと笑みを絶やさない少年の表情は、躊躇なく引き金を引くことができる彼の性分とはどこか遠い印象を受けるものがあった。
少年の静かな残虐性に、ことみが困ったように眉を寄せる。

318インターセプト2:2009/09/25(金) 19:21:10 ID:D27maBM60
一方、聖は少年の放ったその言葉で、彼が先程ことみが話していた怪しい相手だと察知する。
ことみの勘は当たったということだ。
一見人のよさそうな容姿をしているにも関わらず、こんなにも大胆なことを仕出かす少年の度胸に、聖は部の悪さを実感するしかなかった。
そもそも飛び道具を所持している以上、少年の方が優勢なことに変わりないのだ。

ちらりと。
目だけを動かし、聖はこっそり外に続く窓の様子を確認した。
どうやら真希と美凪は、無事に脱出を果たしたらしい。
血の跡なども見当たらなかったため、多分二人は大きな怪我を負ってないはずだ。
もし少年がこうしてことみに気づかなかったならば、彼は逃げようとする真希と美凪を集中的に狙っただろう。
その場合彼女達二人が大事に至らない可能性というのも、限りなく低くなってしまう。

照準をことみに固定させたままであるとはいえ、少年が発砲する気配がないということは、聖達にとっても幸いなことだった。
今在るこのロスタイムは、聖に与えられた反撃に出るチャンスである。
視線を戻し少年の様子を窺うとする聖の瞳には、まるで捜し求めていた獲物見つけられたと言ったような溢れる歓喜が眩しく映っている。
聖はそれに、おぞましさが隠せなかった。

やろうと思えば、今この場で彼はことみの命を奪えるはずである。
しかし少年は、そうしない。
ことみの動きを封じ、楽しそうに笑っている。
そこには一種の、弄ぼうとするような色すら垣間見えるようだった。

これは、少年からの完全な宣戦布告なのかもしれない。
少年の心に火をつけたのはことみだけれども、当の本人はその事実など知る由もないだろう。
聖もだ。
ただ、聖だって黙ってこのまま狩られる気はない。毛頭ない。
だから彼女は、少年にとって蚊帳の外であろう立ち位置にいるにも関わらず、ずけずけと彼の敷居を跨いで行こうとする。

「君か。ことみ君がパソコンルームで会った少年というのは」

319インターセプト2:2009/09/25(金) 19:21:39 ID:D27maBM60
一つ大きく深呼吸をし、、そう言って聖は少年とことみの間にゆっくりと割って入って行った。

「そういうあなたは、その前に彼女と一緒にいた人だよね」
「……見ていたのか」

まぁね、と鼻で笑う少年に対し、聖の脳裏を虫唾が素早く走り抜けていく。

「目的は何だ。私達の殲滅か?」
「勿論それもあるよ。でも僕は、彼女に興味があるんだ」
「……?」

聖の後ろ、少年に指を差されたことみが軽く首を傾げる。
彼の様子を見ていれば、ことみのことを気にかけているというのは一目瞭然だろう。
それでも自覚が生まれていないのか、ことみの様子は相変わらずであった。

「ひらがなみっつでことみちゃん、だっけ。彼女みたいなタイプ、ここに来て初めて見たからびっくりしたよ」
「何が言いたい」
「こうして僕が乗り込んできても、飄々として悲鳴も上げないし。どこにでもいる、ただの学生だと思ったら大間違いだったみたい」
「……」

関心するように言葉を紡ぐ少年は、やはり笑顔を湛えたままである。
敵意を剥き出しにし、視線で刺し殺そうとする聖のそれをいなしながら、ぽつりと少年は呟いた。

「でもね、思い出したんだ。君、ブラックリストに載ってるよ」
「何?」
「?」

ブラックリスト。
分かりやすい単語ではあるものの、しかしこの場では何を指しての言葉なのか、聖にもことみにも伝わっていない。
醸し出されている微妙な空気を理解しているのかしていないのか、少年はそれを無視したまま解答を口にした。

320インターセプト2:2009/09/25(金) 19:21:55 ID:D27maBM60
「下手な動きしたら、殺されるかもねってこと。それこそ、首輪でも何でも使われて」

少年のストレートな言葉に、場が凍る。
絶句。リアクションを取ることもできなければ答えを返すこともできず、聖はぽかんと口を開けた。
さすがのことみもぱちくりと数回の瞬きを繰り返し、その驚きをそこはかとなく表面に出している。

「ほんとはこういうの、言っちゃいけないんだろうけどさ。惜しいんだよ、君が」

さすがに後で怒られるだろうけどね。
嘲笑を交える少年の言い回しは、至って軽い。
何気ないその様子こそが不自然であるにも関わらず、さも当然といった少年の態度の不気味さに聖は辟易した。

「悪いが……私もことみ君も、君の言ったことが理解できていないのだが。説明してもらおうか」
「時間の無駄じゃない? 説明しても、分からないよ。きっと」
「ことみ君を狙っているのは誰だ、答えろ! ……貴様、何者だ。ただの参加者でじゃないな」
「君に伝える義理はないかな」

生まれた隙を帳消し、再び攻撃的な姿勢を取った聖の声色には、さらなる警戒が含まれている。
しかしそんな怒気を孕んだ聖の声にも、少年は余裕を崩そうとしない。
いや、彼はここに来ても聖をまず見ていなかった。
目の前を聖を透過させじっとことみだけを見つめている少年の作った空間に、聖が漬け込む余地はない。

「ことみちゃん。君、何か神的な凄い力を持ってるんだってね。見てみたいな」
「……?」
「藤林椋って、分かる? 君とその子を絶対引き合わせるなって指令が降りてるんだよ」
「椋ちゃん?」
「見てみたいなぁ、僕は話でしか聞いていないから。そして」

321インターセプト2:2009/09/25(金) 19:22:13 ID:D27maBM60
一つ。少年が、息を吐く。
仕草で影になった面に再び光が当たった時、そこにはぞくっとするぐらいの禍々しさが存在していた。
びりりと震える大気の螺旋が、聖の背中に突き刺さる。
悪意ではない。ではそれが何なのか。
聖が認識する前に、少年が言葉を紡ごうとする。
口を開こうとする。
そこに良い予感というものを、聖は一切感じなかった。
だから、その前に。

「本気で、君を潰してみたくなったんだ。ことみちゃん」

少年の唇が再度開かれ、その台詞が言い終わる前に。
聖は世界から、姿を消した。





瞬間凪いだ風の流れに沿うように、長い聖の髪が這っていく。
それは彼女が残した、確かな軌跡だ。
ベアクローが装着された自身の右手に勢いを乗せ、聖は少年に向けてその拳を振り下ろす。
狙うは、少年の顔面だった。

「おっと」

鋭い爪は、少年の取った最低限の動きでかわされた。
鼻先すらも掠らない。
揺れる柳を髣髴させる、軽やかさが垣間見える小さなステップを踏む少年の目は、そこでやっとことみから離れることになる。
ことみに向けられたいた銃口も、ずれる。
聖からすれば、それだけで充分だった。

322インターセプト2:2009/09/25(金) 19:22:36 ID:D27maBM60
続けざまに突きを放ち、聖はさらに少年とことみの距離を開けようとした。
聖の攻撃に迷いはなく、彼女の爪は明らかに少年の急所を狙っている。
手加減なんてできない。
手加減をしたら、どうなるか分からない。
本気で、相手を傷つけるぐらいの勢いでいかないと、こちらがどうなるかたまったものではない。
聖の持つ最上級の警戒は、しっかりと彼女の行動に反映されていた。

しかしそんな聖の猛攻にも、少年が動じる気配はない。
先程とは違い素早く後ろに下がった少年の前方を、聖の気迫が通り過ぎた。
連続で繰り出されていた聖の突き、ちょうど彼女の腕が伸びきった瞬間を狙って少年が手套を放つ。
水平に振られた掌は、空気を切り裂きながら聖の顔面……いや。聖の首に、向かっていった。

(ふざけた真似を!)

肩をずらし半身を回すことで、聖も回避を試みる。
聖と同じく一撃で相手を地に静めることも可能であっただろう少年の手套は、よけ損なった聖の右肩に食い込んだ。

「ぐっ……!」

致命傷を外すことができたと言っても、側面からの打撃では体勢が崩れやすい。
そのまま薙ぎ倒れ、マウントを取られてしまったら少年の思う一方になってしまうという不安が、聖の脳をちりちりと焼く。
痺れる半身にふんばりをかけ、聖は腰に体重を乗せるよう意識しながら少年との距離を作ろうとした。
そんな聖の目に、銃を持ち変えようとする少年の様子が入る。

……ここで飛び道具を出されたら、ひとたまりもない。
少年の準備が整うまでの刹那に何かをしなければいけないという焦りが、容赦なく聖を襲った。

「せんせ、伏せて」

そんな暗雲立ち込めかけていた聖の脳裏に、一筋の光が差し込む。
聖にとって、最早聞きなれたと言ってもいいことみの声は、相変わらずゆったりと、ボソボソとしたものだった。
それでも今は、無条件でそれを頼りに思う自分が在ることを聖はじんわりと自覚する。
迷う暇などない。迷う気持ちもない。
ことみの指示に反射的に従った聖は、地へ伏せるよう保健室の床へと自ら転がり落ちていく。
聖が床に辿り着いたのと、彼女の頭上を火がついた小瓶が通り過ぎたのは、ほぼ同時だった。

323インターセプト2:2009/09/25(金) 19:22:59 ID:D27maBM60


     ※     ※     ※


「なっ?!」

背後を襲う爆発音に、祐一は反射的に振り返った。
聖達が少年の足を止めている間に保健室を脱出した、祐一を含む四人の少年少女の目に驚愕が宿る。
それは広いトラックが描かれている校庭の先、緑の多い中庭からでもよく見く分かった。
少し距離はあるものの、確かに保健室は轟々と赤い炎を咲かせている。

「そんな、先生達がまだ……っ」

うろたえる真希を支えている美凪も、戸惑いが隠せないらしい。
彼女もいい案を思いつくことがないのだろう。美凪は俯き、しょんぼりと眉を寄せている。
今、保健室で何が起こっているかを彼女等は全く理解していない。
どのような争いが繰り返されているかも、分かっていない。
それに真希も美凪も、丸腰に近い状態だった。
喧嘩慣れしているわけでもない彼女等が、あの場に戻っても囮くらいにしかならないのは明白だ。
それはここにいる参加者の半数以上が当てはまるだろうが、それでも真希や美凪が脆弱であることには変わりない。

「美凪」
「……」

そんな、人と争うのに達したレベルを保持していない二人が、小さな目配せを軽くする。
二人の表情には、同じ意志があった。

「行こう。先生とことみ、フォローしなくちゃ」
「はい……」

324インターセプト2:2009/09/25(金) 19:23:16 ID:D27maBM60
怯え、震えるだけのか弱い乙女に成り下がることを認めない決意がそこにはある。
短い間だが馴れ合ったメンバーだ、そんな仲間を放置できる程彼女等は非常ではない。
それに。
彼女等は、まだ殺し合いという大前提の恐ろしさを理解していない。

「何をしようって言うのかしら」

駆け出そうとする二人の前、立ちはだかったのは環だった。
長身の環から見下ろされ、怯んだように真希が一歩下がる。環の目は冷たい。

「あなた達二人が行っても、足を引っ張るだけじゃないの?」
「な、何よその言い方!」
「守る人間が増える分、残った人達が動けなくなるんじゃないかってことよ」

言い返そうとする真希だが、それもある意味難なく想像できる事実故ぐうの音も出なくなってしまう。

「それでも放っておける訳ないでしょっ!」

苦し紛れの真希の台詞を、環は一笑する。
鼻につく環の動作で頭に血が上る感覚に翻弄されかける真希だったが、隣の美凪の大人しさを察知すると自身の鼓動も落ち着かせようと努力した。
激情家で力任せの言葉を吐きやすい真希にとって、いい意味で美凪はストッパーになっている。
その様子は、自己紹介をし合うこともなくこの状況に巻き込まれた環にも、すんなりと伝わっていた。

「残ったあの人達が、何のためにあなた達を先に逃がしたと思ってるの?
 巻き込まないためでしょ。これであなた達に何かあったら、悲しむのはあの人達よ」
「で、でも……っ」
「死ぬわよ」
「え?」
「断言してあげる。戻ったら、あなた達死ぬから」

325インターセプト2:2009/09/25(金) 19:23:31 ID:D27maBM60
きっぱりとした物言いの迫力、環のそれに真希が固まる。
死ぬという表現は、あまりにも大げさだ。
少なくとも、真っ先に真希が思ったのはそれである。
多少の怪我なら覚悟の上、それを言葉にするのは真希にとっても容易いはずだろう。
しかし。
何か口にしようとした時、真希の記憶が数時間前の現実を呼び起こす。

―― それは、血に塗れた一人の少年の姿だった。

フラッシュバックしたその光景は、すぐにまた真希の瞼の裏に還って行った。
掠れる真希の喉から、声は生まれない。
あの時浴びたショックが、再び真希の後頭部を殴り倒していく。

その少年、祐一はと言うと、環のすぐ後ろで黙ってこの場を見守っていた。
命に別状はない。
それは医者である聖も口にしていたことだから、確かであろう。
確かである。
それでもあのグロテスクな場面は、真希にとって一種のトラウマとしてこうして残ってしまっている。

「真希さん……」

そっと、隣で静かに佇んでいた美凪が、真希の片手に自分のそれを合わせた。
軽く汗ばんだ真希の左手を、なんの嫌な顔もせず包み込む美凪の仕草はあくまで優しい。

「真希さん」

もう一度、真希の名前を美凪が口にする。
その囁きには、真希を裂く棘というものが存在しない。
抉れてしまった傷の上を、柔らかな羽が撫ぜていくような心地よさを真希が実感した所で、彼女の高鳴っていた鼓動のスピードも平常なものに戻っていた。

326インターセプト2:2009/09/25(金) 19:23:52 ID:D27maBM60
「ありがと、美凪」
「いえ」

ふるふると首を振る少女に申し訳なさ気な笑みを浮かべた後、真希は改めて環と目を合わせた。
堂々と仁王立つ環は、先程と同じ姿勢のまま真希達に阻みをきかせている。

「あんたの言う通り、確かにあたし等は足手まといね。それは認めるわ」

一つ息を吐き、真希は自虐交じりの事実を口に出した。
腕っ節が強くもなければ、役に立つ武器も所持していないということ。
ことみのように頭が切れるわけでもない、真希も美凪もごくごく普通の女の子だ。
そんな真希に対し環はと言うと、一度ぴくっと眉を揺らしただけで、後は特にリアクションを取っていない。
だんまりのまま、真希が出すであろう言葉の続きを待っているらしい。

「でも、だからと言って先生やことみが見殺しになっちゃうかもっていうこの状態は、耐えられないから。無理、絶対無理」

ぎっと、強くなった真希の睨みが鋭い環の視線と交錯する。
凄む環の迫力はさらに増したものの、それでも真希は引こうとしなかった。
それだけではない。
にやりと口を歪め生意気さを顔の表情全体で表した真希は、環を挑発するようにその言葉を口にした。

「死んでもお断りね」

環の眉がぴくりと震える。
嫌味がたっぷり含まれた挑発には、底意地が決して良くはない真希の性格がよく現れていた。
してやったりとさらに口角を上げる真希、これで先ほどの返しは出来たようなものであろう。

対峙する両者の間、ぴんと張られた緊張の糸が緩む気配は全くない。
どちらも譲る気がないのか視線を逸らそうともしないため、傍にいる美凪や祐一も手が出せなかった。

327インターセプト2:2009/09/25(金) 19:24:17 ID:D27maBM60
それがどれくらい続いたのか。
ふっと、表情を取り戻したのは、環の方が早かった。
ため息をつき、ふるふると頭を揺すった環が顔を上げると、そこには呆れたような笑いが浮かんでいる。
それは悪意というものが秘められているようには到底見えない、朗らかなものだった。
環の豹変、真希もそれが不思議だったのだろう。
環の様子を探るよういぶかしげに見やってくる真希に対し、環はその笑みを湛えながら口を開いた。

「お人よし」
「はぁ?」

まるで友達をからかうような、環のその口調。軽さ。
真希の口からはストレートな疑問符が飛び出ていた。

「随分と優しいのねって。そう思っただけよ」
「べ、別にそんなんじゃないわよ! ただ、あたしはことみと先生が……」
「天邪鬼。でも、嫌いじゃないわ」

環の語尾には、先程あった冷徹さはすっかり抜けている。
いきなり向けられた好意の言葉に、さすがの真希も戸惑いが隠せなかった。
どうすればいいのか分からないといった様子で、真希は慌てたように隣の美凪へとアイコンタクトを送る。

「……?」
「ちょっと、首傾げてないで美凪も一緒に考えてよ!」
「考える……?」
「そう! この人が何企んでるのか、一緒に考えるのっ」

わたわたとする真希の姿が余程ツボに入ったのか、環は大きく肩を震わせ声にならない笑いを上げている。
環の一歩後ろで佇む祐一も訳が分からないようで、ひたすらきょろきょろと彼女達のやり取りを見やっていた。

「ふふ……ごめんなさい、からかったとかそういうのではないの。
 ほら、私あなた達のこと知らないから。どういう子なのかなって、気になっちゃって」
「な、何よ。それ」
「まぁ、余計な心配だったみたいだけど」

328インターセプト2:2009/09/25(金) 19:24:37 ID:D27maBM60
そう言って髪をかきあげながら真希達二人に背を向けた環の目線が、祐一のそれとぶつかる。
勢いに飲まれ言葉が発せないままである祐一にウインクを一つ投げると、環はそのまま彼の横を通り抜けた。
つかつかと、迷いのない環の足取りが進む先。
そこに赤い教室が待ち構えているのは、周知の事実である。

「向坂、どこに……?」
「ちょっとあんた、待ちなさいよ!」

真っ先に気づいた祐一が、思わず声を張り上げる。
そのすぐ後、はっとなった真希は一直線に環へと駆け寄り、自分より少し高い位置にある彼女の肩に手をかけた。
瞬間響いた、乾いた打撃音。真希の瞳が見開かれる。
力が込められていなかったためか鋭い痛みや腫れ等と言った症状は出ていないものの、環は容赦なく真希の手を叩き落としていた。

「痛かった? ごめんなさいね」

思ってもみなかったのだろう。
余程ショックだったのか、すぐさま入った環の謝罪にも真希はすぐの反応が返せなかった。
軽くじんじんとしている部分に自身のもう片方の手のひらを重ね、困惑で塗り固まった真希が呆然と立ち竦む。
それでも環は、真希を見ようともしない。ひたすら前だけを向いていた。
真希に向かってすかさず駆け出した美凪の足音を気にすることもなく、環はそのままの状態で口を開く。

「さっきのだけど」
「ぇ……?」
「あなた達が死ぬっていうのは、はっきり言って本気のつもり。
 あの二人を助けたいって気持ちは分かるけど、実際に何ができるかを明確な上で行動しない限り……やっぱり、邪魔なのよ」

環の言葉は、真希達の誠意にきっぱりとした否定を突きつけている。
それが侮辱に取れたのだろう、真希の形相が再び険しくなった。
悔しさで思わず握りこぶしを作り指を赤と白に変色させる真希の頭、そこでふと、ピンとひらめいたことがあった。

329インターセプト2:2009/09/25(金) 19:24:55 ID:D27maBM60
それならば、戦場である保健室に向かおうとする環には一体何が出来るのか、である。
自分に比べれば確かに体格は良いものの、一介の女学生である環が何故ここまで自分達をこけにするのかが、真希は気になった。
そこが、環への効果的な反論に値するヒビの一種とも、考えられる。

これはしめたと、浮いた疑問をすぐさま聞くために真希が唇を震わせる、しかし。
そこから声は、生まれなかった。
問う前に、真希は結果を目にしてしまっていた。

いつの間にやら真希達を無視する形で歩を再開させていた環は、ごそごそとスカートのポケットに手をつっこんでいたのだ。
そこから彼女が取り出したのは、彼女自身への支給品であった一丁の銃器である。
コルトガバメント。
重い鉄は朝陽に反射し、キラキラと輝きを放っている。
その凶器のリアルさに、真希の視線は釘付けとなった。
軍用の大型自動拳銃の持つ殺傷能力は、真希にとって未知数だろう。

「下がってて。援護には私だけが向かうから」
「そんな……っ」
「勘違いしないで。別にあなた達を守ってあげるとか、そういう訳でもないの。
 ……少しでも関わりがあった人が死ぬなんて、もう真っ平なのよ。私が嫌なの」

一瞬だけ俯かせた瞳に暗い藍色を光らせた環が、独り言のように小さく呟く。
後半、それは真希達に向けられたのか、それとも本当に環にとってはただの独り言だったのか。
真希が問おうとする前に、環はもう走り出していた。

「相沢君をお願い、腐ってもその子怪我人だからね」
「ま、待ちなさいよ!」

環も今度は止まらない。一晩熟睡し休んだ結果、彼女の体調は万全に等しかった。
このように全力疾走しても保健室までの距離くらいだったら息が上がることはないだろうと、環自身自負できる。
恵まれた体調に、恵まれた支給品。
生き残るための知恵も、賢い環には備わっていただろう。

330インターセプト2:2009/09/25(金) 19:25:08 ID:D27maBM60
しかし彼女は失った。
大切な仲間を喪った。
妹分に、共に宿を取っていたはずの明るい少女達。
そして。淡い恋心を抱いていた、一人の少年。

誰もが優しい人間だった。
そんな優しい人間達が、たった一夜で掻き消えた。
それも環の知らない時に。環の知らない場所で。
環にはそれが、耐えられなかった。

冷静さを奪う勢いで構成された秘めたる激情、それは彼女の内にびっちりとこびりついてしまっている。
刺激された環の正義感は、どのような状況に陥っているか読めることができない保健室へと一心に向いていた。





そんな、だんだんと遠くなっていく環の背中を、真希は黙って見つめ続ける。
真希は動けなかった。
動くことが出来なかった。ただそれを見送ることしか、出来なかったのだ。

「真希さん……」

美凪が再び、優しく真希の手を自身のもので包みこむ。
ずっと作られていた真希の握りこぶし、痛々くも頑なな固い拘束を美凪は一本ずつ解いていく。
そっと解かれた戒めに、美凪は真希を安心させるようにと彼女の指と自身のを絡め合わせた。
温い人肌に少女特有の柔らかい肉質、本来それは心を穏やかにさせる成分が含まれているはずであろう。

「……じゃない」

331インターセプト2:2009/09/25(金) 19:25:33 ID:D27maBM60
真希の口から零れた言葉、気づいた美凪が面を上げる。
真希の表情は、険しい。
噛み締められた彼女の唇には、きっとしっかりとした跡がついてしまうだろう。
真希は震えていた。
全身に力を込め、とめどなく溢れ出てしまう感情に翻弄されてしまっていた。

「結果は一緒じゃない!」

小さくなっていく環の背中を見やりながら、真希が低い叫びを放つ。それはまるで呪詛だった。
結局真希は、守られたのだ。
環の動機というものなど関係なく、結果として真希は戦場から隔離された。

「何よ、何なのよ! あの女、あの女……っ」

美凪の慈愛に気がつかないのか、真希は先ほどまでと同じ調子で手に力を入れてしまっている。
それに気づく様子も、今の真希にはない。

(せんせい、ことみ……っ!)

泣きそうな顔で保健室を睨み付ける真希の横顔を、美凪は心配そうに見つめている。
立てられた真希の爪は彼女の柔肌にきつく食い込んでいったが、美凪は何も言わなかった。
敢えて、何も口にしなかった。

332インターセプト2:2009/09/25(金) 19:27:45 ID:D27maBM60
【時間:2日目午前7時50分】
【場所:D−6・鎌石小中学校・一階・保健室】

一ノ瀬ことみ
【持ち物:主催側のデータから得た印付の地図、毒針、吹き矢、高圧電流などを兼ね備えた暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯、お米券×1】
【状態:少年と対峙】

霧島聖
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式、乾パン、カロリーメイト数個】
【状態:少年と対峙】
【状況:少年と対峙・右肩負傷】

少年
【持ち物1:強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)、注射器(H173)×19、グロック19(15/15)】
【持ち物2:支給品一式、レーション2つ、・MG3(残り10発)・予備弾丸12発】
【状況:ことみ、聖と対峙・効率良く参加者を皆殺しにする】




【時間:2日目午前7時55分】
【場所:D−6・鎌石小中学校・中庭】

向坂環
【所持品:コルトガバメント(残弾数:20)・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:保健室へ戻る】

相沢祐一
【所持品:S&W M19(銃弾数4/6)・支給品一式(食料少し消費)】
【状態:鎌石中学校制服着用(リトルバスターズの男子制服風)、腹部刺し傷あり(治療済み)】
【備考:環を見送る・勝平から繰り返された世界の話を聞いている】

広瀬真希
【持ち物:消防斧、防弾性割烹着&頭巾、スリッパ、水・食料、支給品一式、携帯電話、お米券×2 和の食材セット4/10】
【状況:環を見送る】

遠野美凪
【持ち物:消防署の包丁、防弾性割烹着&頭巾 水・食料、支給品一式(様々な書き込みのある地図入り)、特性バターロール×3 お米券数十枚 玉ねぎハンバーグ】
【状況:環を見送る】

(関連・1041・1064)(B−4ルート)

333FOR OUR MUTUAL BENEFIT:2009/10/02(金) 15:05:39 ID:xbN82L8I0

『FOR OUR MUTUAL BENEFIT AND UNDERSTANDING (Who stealed "The Card" ?)』


 
ゆらり、ゆらりと。
金色の光が立ち昇り、闇の中に浮かぶ小さな日輪へと吸い込まれていく。
ぼんやりとそれを眺めながら、来栖川綾香は岩壁に背を預けている。

ぐずぐずと爛れたように桃色の肉を晒す四肢は既に崩壊を始めていた。
肉の糸は弱々しく絡み合い、しかしその殆どは癒合できずに力尽きて赤い血潮へと還っていく。
息を吸い込めば焼けつくように熱く、吐き出せば血と痰と、或いは何かの塊とが混ざり合った
どろどろとしたものが喉の奥からまろび出てくる。

拳は砕け、立ち上がる足もなく、だから綾香はぼんやりと光を眺めていた。
柏木千鶴の躯から立ち昇る金色の光は、中空に浮かぶ小さな日輪へと吸い込まれていく。
光を吸い込むたびに、日輪はその輝きを増していくように思えた。
その光景がまるで死者の魂を喰らって肥え太る冥府の獣のように見えて、小さく笑った瞬間、
光が消え、闇が落ちた。

否。
そうではない、と綾香はすぐに理解する。
消えたのは、日輪の光ではない。
光を受容する、瞳だ。
爆ぜたのは眼球か、視神経か。
既に痛覚も触覚も失われて久しく、故に損傷の箇所も程度も認識できず、
しかしいずれ日輪は今も視線の先に輝いているのだろう。
単に目が見えなくなっただけだ。

334FOR OUR MUTUAL BENEFIT:2009/10/02(金) 15:06:03 ID:xbN82L8I0
 
―――これが、最期か。

大きく息を吸い込んで、咳き込み、しかし綾香は笑う。
暗闇の中、浮かぶのは幾つもの煌きだった。
それは、たとえば松原葵の、命の向こう側で立ち上がった瞳の奥の、透き通った炎。
それは、柏木初音の漏らした、猛るような息遣いに潜む悦楽の色。
それは、坂神蝉丸の、日輪に照り映える白銀。
それは、柏木千鶴の爪刃の、光と霧とを裂いて奔る、真紅の軌跡だった。

幾つもの煌きが、視界を覆った一面の暗闇に散りばめられて星空のように輝いていた。
それはきっと、坂下好恵が高度二十五メートルの鉄柵を越えた先で目にした光景と、よく似ている。

それは充実。
それは快。

それは、完結だった。

そこに付け加えることはなく。
そこから差し引かれるものもなく。
それは正しく、来栖川綾香の望んだ、終焉だった。


それでいい。
それが、最期なら。
それでいい。



***

335FOR OUR MUTUAL BENEFIT:2009/10/02(金) 15:06:25 ID:xbN82L8I0

 
 
 
 
 
それでいい―――はずだった。






***

336FOR OUR MUTUAL BENEFIT:2009/10/02(金) 15:06:41 ID:xbN82L8I0
 
 
来栖川綾香の世界から、暗闇が払われていく。
代わりにそれを満たしていたのは、ゆらゆらと揺れる光だった。

「―――」

その目に映るものが、中空に浮かぶ金色の光の坩堝であると気付くまで、僅かに間が空いた。
ぼんやりと光が映るのは、視界の半分、左側。
綾香の身体に残った治癒の力の、その最後の意地がせめて片目だけを癒したものか。
切断された視神経か、割れて砕けた水晶体か角膜か、或いはその全部かが修復されて、
薄ぼんやりとした視界が、綾香に戻っていた。

「―――」

ゆらり、ゆらりと。
光の坩堝は、輝いている。

「―――、」

輝いて、淡い光で辺りを満たし、
来栖川綾香の安息を、侵していく。

「―――あ、」

ゆらり、ゆらりと。
淡く輝く光の中に、音もなく降りてくるものがある。

「ああ……」

金色の光を練り固めて、人の形の鋳型に流し込んだような。
長い髪をさらさらと揺らし、ゆらゆらと、金色の羽衣を纏ったように輪郭を揺らしながら、
何かを抱き寄せるように大きく手を広げた、それは。

「姉、さん……」

来栖川芹香と呼ばれていた女の、形をしていた。


***

337FOR OUR MUTUAL BENEFIT:2009/10/02(金) 15:07:07 ID:xbN82L8I0
 
「来るな……」

じり、と。
後ずさろうとした綾香の背を、岩壁が阻む。
見上げれば、そこには光。
来栖川芹香が、手を伸ばしている。

誘うように、導くように。
ゆらり、ゆらりと。
降りてくる。

「来ないで、姉さん……!」

懇願するように、首を振る。
来栖川芹香は、止まらない。
ただ綾香の記憶にあるのと同じように、ほんの微かな笑みだけを含んで凪いだ表情のまま、降りてくる。

「あんたはもう、関係ない……!」

それは、一点の光明だった。
来栖川綾香の最期を満たす暗闇の、そこに映る星空のような煌きを侵す、ほんの小さな滲み。
しかし光は次第に強くなる。
点のようだった光明はすぐに面へと変じ、面は空間となって、瞬く間にその領土を拡げていく。
代わりに喪われていくのは、闇だった。
目映い光に照らされて、居場所をなくした暗闇が、そこに映る星々が、一つ、また一つと、消えていく。
来栖川芹香の齎す、それは無情な夜明けだった。

「あんたの居場所なんて……どこにもない……!」

夜が明けて、星が消えていく。
煌きが、見えなくなっていく。
松原葵が、霞んでいく。
柏木初音が、坂神蝉丸が、薄れていく。

「これは私の世界なんだ……!」

柏木千鶴が、光に呑まれて消えていく。
日輪の輝きに照らされて、夜の闇は、もう見えない。
坂下好恵の目にした高度二十五メートルの残像が、もう、見えない。

「これは私の戦いなんだ……!」

夜を穢し。
闇を踏み躙って。
来栖川綾香を満たそうと迫るのは、光。


「これは……!」


来栖川芹香の形をした光が手を伸ばし、
拒むようにそれを払った綾香の、砕けた拳が硬く握られ、
光が抱き締めるように綾香を包み、


「これは私の……」


嗚咽を堪えるような言葉と、
咽び泣くような拳とが、


「私だけの物語だ―――」


来栖川芹香を、貫いた。




******

338FOR OUR MUTUAL BENEFIT:2009/10/02(金) 15:07:31 ID:xbN82L8I0

 
 
 
理の外にある護りを穿ち貫く、魔弾の拳が、
光の坩堝を、撃ち砕く。

どこかで、何かの、底が抜けるような、音がして。


光が、溢れた。




******

339FOR OUR MUTUAL BENEFIT:2009/10/02(金) 15:07:55 ID:xbN82L8I0

 
 
 
網膜を灼くような目映い光が、広い岩窟の隅々までを照らしていた。
それはまるで、金色の坩堝を逆さに振って蓄えられていた中身の全部をぶち撒けるような、光の爆発。
その、闇の存在を赦さぬかのような光の中で、来栖川綾香は一つの声を聞いていた。

「―――   、」

ほんの微かな、そよ風にもかき消されてしまうような、か細い声。
来栖川芹香の、紛れもない、それは声だった。

「え……?」

綾香の耳は、確かにその声を捉えていた。
聞き取って、しかしその意味が、すぐには分からず。
聞き返そうとしたときには、来栖川芹香の姿は薄れかかっていた。

「姉さ……、」

思わず引き止めようと伸ばした手をすり抜けるようにゆらりと揺れた芹香が、
胸に空いた穴から、辺りを満たした光に融けて、薄れていく。
やがて、ふつりと。
音もなく消える、その最後の瞬間。
綾香の目に映ったのは、その生涯で一度も見せたことがないような、満足げな笑顔だった。

「は……はは……」

乾いた笑いが、漏れる。
けふりと吐いた咳には、もう混じる血も薄い。
流れ尽くして、癒えもせず。

「何だよ、それ……」

ぐるぐると回るのは、芹香の言葉。
姉のかたちをした光の遺した、最後の言葉。
来栖川芹香の、来栖川綾香に遺した、遺すべき、言葉。

それは、ありがとう、でも。
或いは、さようなら、でもなく。
ただ一言、

―――よくできました―――

と。

「何なんだよ、それ……」

燃え尽きた。
やり遂げた。
何もかもに、満足していた。

「畜生……」

燃え尽きた、筈だった。
やり遂げた、筈だった。
何もかもに、満足していた、筈だった。

「畜生……畜生……」

来栖川芹香の光に満たされて、夜が明けて。
目を閉じても、暗闇はもう、どこにもない。
星空のような煌きは、もう、見えはしない。


―――これが、最期か。


来栖川芹香の望んだ何かに侵されて、
来栖川綾香の望んだ終焉は、訪れない。

大きく息を吸い込んで、咳き込み、

「畜生―――」

光を見上げて呟いた、その瞬間。
来栖川綾香の心臓が、爆ぜた。

.

340FOR OUR MUTUAL BENEFIT:2009/10/02(金) 15:08:25 ID:xbN82L8I0

【時間:2日目 ***】
【場所:***】

来栖川綾香
 【状態:???】


→1093 ルートD-5

341(パルチさん、会議中)/agitation:2009/10/04(日) 17:27:04 ID:M3ANcTgY0
 壮観だ。
 ぞろぞろと居座っている十四人、自分を含め十五人の姿を眺め、那須宗一は感嘆の息を漏らした。

 いざこうして生存者が全員揃うと見ものだ。
 敵対する相手が出なくて良かったという安堵よりも、こうなるだろうと予感していた自分があるということに気付き、
 宗一は案外人を信じるようになってきているのかもしれない、と思った。

 不思議と、この中に欺こうとする者がいるとは思えなかった。
 おかしな話だ。つい先程まで、自分は疑うことを常としているはずだったのに。
 この場に漂う連帯感を纏った空気、皆一様に同じ一点を目指す指向を感じたからこそ、理性も納得しただけのことなのかもしれない。
 どちらでもいい、と宗一は断じた。直感が信じていいと言ったのなら、別にどちらでも良かった。
 少なくとも、人の悪意のみを信じて生きているのではないということが分かったのだから。

「さて、と。まずは何から言うべきなのかね、リーダー」

 じろ、と隣に立っているリサ=ヴィクセンが睨んだ。
 話を纏める分には年上の格があるリサがいいという判断で言ってみたのだが、なぜ不機嫌そうにされるのか分からず、
 宗一は曖昧に笑い返すことしかできなかった。
 短い溜息がリサの唇から漏れ、仕事用のそれに切り替わった声が場に響いた。

「皆さんに、聞いてもらいたいことがあります」

 珍しい。敬語だ。任務でも滅多に聞かない口調に、宗一は思わず口笛を鳴らしていた。
 十三人の目がこちらを向く。教卓の上に立たされ、何かを喋らされているときに似ていた。

「ここに私達が集まったということは、大よそその目的は掴めているかと思います。
 顔見知り同士もいれば、初めて顔を合わせる方もいます。そこで、まずは名前を公表してもらおうと思います。
 ここから先、協力してゆく者同士、最低限のことですから」

 そう言うと、リサは背後のホワイトボードに自分の名前を書き連ねた。
 宗一も続くようにして自分の名前を記す。それがスイッチとなり、前に座っていた者から順番に名前が書かれてゆく。
 約、一名を除いて。

342(パルチさん、会議中)/agitation:2009/10/04(日) 17:27:24 ID:M3ANcTgY0
「……あなたは?」

 リサの目が、メイドロボらしき少女へと向けられた。

「わたしは、正規の参加者ではないようなのです。支給品として、ここにいます」
「支給品……?」

 何人かが呆気に取られた声を出した。一斉に視線がメイドロボへと向くと、隣から高槻と名前を書いていた男が手を上げた。

「そいつは事実だ。俺はこの目で見たわけじゃないが、仲間からそうだと聞いてる。もっとも、今は全員この世にはいないが」
「支給品だと証明できる手段は?」

 リサが質問を重ねた。支給品だということが事実だとすれば、確実に主催者の手が入っているということになる。
 盗聴装置、監視装置。本人にその自覚がなくても設置されている可能性もあれば、
 主催者からの命令で参加者に偽装しているとも考えられる。リサが疑うのは当然のことで、最悪の場合分解、という措置もあり得る。
 しかしここで反論したのは意外にもメイドロボだった。

「USBメモリの中に、支給品一覧というものがあるはずです。その中に、わたしが含まれているはずですが」
「USBメモリね。持っている人は」

 二つの手が上がった。姫百合瑠璃、一ノ瀬ことみだった。
 ことみが補足するように発言した。

「多分、私が持ってるのがそれだと思うの。杏ちゃんが持ってたのを、預かったから」
「ああ。私の持ち物、元は高槻たちのものも含まれてるから。間違いないと思うわ」

 証拠はあるということになる。ならば支給品の線は濃厚だが、主催者からの刺客という疑念は晴れたわけではない。
 だがそれを払拭するかのように、芳野祐介が口を開いた。

343(パルチさん、会議中)/agitation:2009/10/04(日) 17:27:46 ID:M3ANcTgY0
「ちなみに、こいつがクロだという線は薄い。こいつは自ら主催者の一派を知っていることを口にした。
 口外したところで主催者にとっては百害あって一利なし、だ。
 何も喋らなければ、そもそもの情報が足りない俺達には何もやりようがないからな。
 疑われる理由を増やしたところでどうにもならん」
「その主催の一派、って何だ?」

 メイドロボへの疑いよりも、主催者のことを知っていると口にしたことの方が気になった。
 情報源が少なすぎる今、些細な情報でも貴重なところだ。
 芳野祐介の言う通り、これが偽情報だろうが本当だろうが、こちらとしては裏切り者の可能性があると疑う要素になりうるわけだから、
 わざわざ喋る必要性がない。裏が全く取れない以上、喋らないことほど隠匿に最適なことはないからだ。
 そういう意味では、すでにメイドロボへの疑いは晴れていた。リサも同じ結論を得ていたのか、その話題の方が気になっていたようだった。

「俺と高槻、このほしのゆめみで、主催者の手駒と思われる、ええと、何だったか」
「『アハトノイン』だ。ちなみに、こいつが戦利品。逃がしたのが惜しすぎるがな」

 高槻がデイパックからP−90、そしてロボットのものらしき腕を取り出して机の上に置く。
 敵もロボット、という認識が瞬時に広がり、頭にあるリストが検索をかけはじめていた。

「アハトノインはわたしの同型機です。戦闘用にモデルチェンジされたのが、彼女達です。
 もっともわたしは、彼女達の詳細なデータベースを保持していないのですが……」
「どうして?」

 宗一が考える一方、リサは再び質問を始めていた。

「わたしの型番はSCR5000Si/FL CAPELII.で、アハトノインについてのデータは当時開発中ということで殆どインプットされていませんでした」
「SCR5000Si/FL CAPELII.……どこかで聞き覚えがあるわね」
「例の盗難事件だ。覚えてるか」
「……アレね」

344(パルチさん、会議中)/agitation:2009/10/04(日) 17:28:09 ID:M3ANcTgY0
 宗一達エージェント界隈では割と有名になっていた盗難事件で、
 日本で開発されていた新型コンパニオンロボットのデータが何者かによってハッキングされ、盗まれていたという事件だった。
 手口が俊敏かつ手際がよく、巧妙に隠蔽されていたがために発見が遅れ、今でもその足取りは掴めていない。
 また同時期に、海外ではロボットの開発会社が相次いで倒産することがあり、関連性は薄いものの何かしらのきな臭さを忍ばせるものがあった。

「だとするなら、この事件の犯人はロボットに関連する誰か……?」
「リサ、ひとつだけ引っ掛かりがある。篁財閥が最近ロボット開発をしているって噂があったろ」
「そういえば……最近、そういう事業部が設立されたわね。主任はデイビッド・サリンジャーって天才プログラマーだったけど……
 彼、以前に日本の学界で小さな騒ぎを起こして以来、特にこれといって目立ったようなことはしてこなかった。だけど……」

 リサは篁財閥へのダブルスパイとして潜入していた、という情報はここに来る直前、宗一の耳にも伝わっていた。
 サリンジャー、という名前には聞き覚えはある。ドイツの大手ロボットメーカーに鳴り物入りで入社した天才プログラマーだったが、
 ある日を境に退社。その後篁財閥に招聘されたという情報だった。
 そして、そのロボットメーカーはサリンジャーが退社した後に倒産している。

「……篁も、ここにいた」

 リサの小さな呟きが、それまで欠けていたピースを埋め合わせる材料となった。
 盗まれたロボットのデータ。篁財閥。相次いだロボットメーカーの倒産。そして、デイビッド・サリンジャー。
 殆ど確信に近い推論が生まれたが、ひとつだけ、そして決定的に引っかかる部分があった。

「だけど、篁は既に死んでる。醍醐もな」

 篁財閥総帥である彼が既に死亡していること。そしてその側近だと言われている醍醐も既に死亡しているのだ。
 仮にあの事件に篁が関わっているのだとすれば、この顛末はどういうことなのだろうか。
 まだ何か、自分達に大きな情報の不足があることは明らかだった。
 知る由もない、この殺し合いが開かれた、真の理由を――

「で、おい。勝手に盛り上がってないで、いい加減結論を出して欲しいんだが」

345(パルチさん、会議中)/agitation:2009/10/04(日) 17:28:28 ID:M3ANcTgY0
 いつの間にか近寄っていた高槻がずいと横から口を挟んだ。

「あ、ああ。悪かった。とりあえずええっと、ほしのゆめみさんのことは分かった。信じるよ」
「ええ。こっちもこっちで分かったこともあるし」

 あくまでも推論の域に過ぎないが。
 高槻は訝しげな視線で睨んだが、納得を得られたらしいと分かって引き下がった。
 ほしのゆめみもことの次第を了解したらしく、ぺこりと頭を下げていた。
 悪いことをしたかもしれない、と思いつつ、宗一は返礼した。

「よし。ゆめみさんのお陰で大分話がし易くなったわね。次なんだけど……これから呼ぶ人たちで少し会議を開きたいと思うの」
「全員でやらないんですか?」

 古河渚が手を上げて聞いてきた。

「これだけ人数がいると、却って進行が遅くなるの。それよりは少人数で決めるだけのことを決めて、後から伝えた方が早いわ」
「仲間外れにするようで悪いが……一つの役割分担だと思ってくれないか?」

 宗一がそう言うと、渚は納得して素直に引き下がった。
 その様子を見ていたリサが、肘で脇腹をつついてくる。

「なんだよ」
「彼女、宗一に素直ね」
「……元からああいう奴だよ」
「そうかしらね? 宗一が言った途端完全に納得したみたいだったけど」
「俺の説明の仕方が良かっただけだ」
「ふーん……」

 渚が首を傾げるのが見えたが、何でもないと手を振ると、いつものような柔らかい微笑が返ってきた。
 リサの素直ね、という言葉が頭の中で繰り返され、宗一の中で奇妙な波紋を広げたが、無視することに務めた。

346(パルチさん、会議中)/agitation:2009/10/04(日) 17:28:45 ID:M3ANcTgY0
「それじゃ名前を呼ぶわね。私、宗一、ことみ、高槻、芳野。この五人で会議するわ」
「ついでにUSBメモリも持ってきてくれ。後は……俺がノーパソを持っていく」
「要はPC関連のものがあったら持って行けばいい?」

 ことみの分かりやすい質問に「ナイス。そういうことだ」と親指を立たせて応える。
 その一言で何人かがデイパックからそれらしきものを取り出し、机の上に置いた。

「高槻。お前は俺と一緒に来い。取りに行くものがある」
「へいへい。気安く呼ぶなってんだ」
「あ、私も行くの」
「会議はここでやるからな」

 職員室から出て行こうとする高槻、芳野、ことみに呼びかけると、三人は手を上げ、無言で応えた。
 どこか別の場所に置いてきたものがあるらしい。ことみが行くことから考えると割と重要なものなのかもしれない。

「他の人たちは自由にしてていいわ。あんまり学校から離れすぎないように。会議が終わるまでに結構時間もかかりそうだから、
 リラックスしておいて。欲を言えば、荷物の整理もしておいて欲しいかな」

 ごちゃごちゃになった荷物にはどれだけの武器弾薬があるか分からない。
 120人分の支給品があるとして、数は十分だろうが、分からないことにはどうしようもない。
 大雑把にでも分けて貰えれば後々こちらも楽になるというものだった。
 残っていた連中は頷くと、各々の近くにあるデイパックを取って、ぞろぞろと職員室を後にしていった。
 そうして職員室には、リサと宗一だけが残される。

「お見事な采配で」

347(パルチさん、会議中)/agitation:2009/10/04(日) 17:28:58 ID:M3ANcTgY0
 ノートパソコンのプラグを電源に繋ぎつつ、宗一は賞賛の言葉を贈った。
 以前グダグダな話し合いを展開していた我が身の経験からすれば天と地の差だった。
 これが大人の貫禄かと感心していると、台車に何かを載せた芳野達が帰ってきた。
 随分と早い。少し息を切らせていることから考えると、走ってきたのだろう。

「早いところおっぱじめようぜ。時間はいくらあっても足りないんだからな」

 時間が足りない、という高槻の言葉は、次の放送で主催者が動いてくるのを予想しての言葉なのかもしれなかった。
 殺し合いを続ける者がいなくなったことで、確かに次がどうなるのかが見えてこない。
 朝までに早急な手を打つ必要があった。

「それじゃあ、会議を始めましょうか。書記、そこの二人で頼むわね」

 宗一とことみが指名され、お互いに苦笑しながら席についた。
 書記という名目ではあるが、この会議に筆談の要素も備えている以上、主要な会話はこちらで行われそうだった。

 会議といっても卓を囲むという仰々しいものではなく、ノートパソコンの周辺に人が群がるという暑苦しい構図だった。
 ここまで泥臭く生き延びてきた自分達にはお似合いの構図なのかもしれなかった。
 宗一はニヤと笑いながら、メモ帳を開いたのだった。

348(パルチさん、会議中)/agitation:2009/10/04(日) 17:29:21 ID:M3ANcTgY0
【時間:3日目午前03時30分ごろ】
【場所:D−6 鎌石小中学校】

『自由行動組』何を、誰とするかは自由。小中学校近辺まで移動可

川澄舞
【所持品:日本刀・投げナイフ(残:2本)・支給品一式】
【状態:往人に付き従って行動。強く生きていたいと考えている。額から出血。両手に多少怪我(治療済み。支障は全くない)、肩に浅い切り傷】
【その他:往人に対して強い親近感を抱いている。剣道着を着ている】
その他:舞の持ち物(支給品に携帯食が十数個追加されています。)

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン(32/36)、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:鎖骨にひびが入っている可能性あり。往人・舞に同行】
【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、パン人形、38口径ダブルアクション式拳銃(コルトガバメントカスタム)(残弾4/10) 予備弾薬35発ホローポイント弾11発、スペツナズナイフの柄、支給品一式(少年、皐月のものを統合)】
【状況:強く生きることを決意。人形劇で誰かを笑わせてあげたいと考えている。全身にかすり傷】
【その他:左腕に文字を刻んだ。舞に対して親近感を抱いている(本人に自覚なし)】

古河渚
【持ち物:おにぎりなど食料品(結構減った)、支給品一式×2(秋生と佳乃のもの)、S&W M29 1/6、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱】
【状態:心機一転。健康】
【目的:人と距離を取らず付き合っていく。最優先目標は宗一を手伝う事】

349(パルチさん、会議中)/agitation:2009/10/04(日) 17:29:37 ID:M3ANcTgY0
伊吹風子
【所持品:サバイバルナイフ、三角帽子、青い宝石(光四個)、グロック19(0/15)、イングラムM10(0/30)、イングラムの予備マガジン×1、M79グレネードランチャー、炸裂弾×2、火炎弾×9、Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×17、スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、SIG(P232)残弾数(2/7)、仕込み鉄扇、ワルサー P38(0/8)、フライパン】
支給品一式】
【状態:泣かないと決意する。全身に細かい傷】

ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(20/30)・予備カートリッジ(30発入×4)、支給品一式×2】
【状態:生き残ることを決意。髪飾りに美凪の制服の十字架をつけている】
【目的:とりあえず渚にくっついていく】 

姫百合瑠璃
【所持品:MP5K(18/30、予備マガジン×8)、デイパック、水、食料、レーダー、携帯型レーザー式誘導装置 弾数2、包丁、救急箱、診療所のメモ、支給品一式、缶詰など】
【状態:浩之と絶対に離れない。浩之とずっと生きる。珊瑚の血が服に付着している】
【備考:HDD内にはワームと説明書(txt)、選択して情報を送れるプログラムがある】

藤田浩之
【所持品:珊瑚メモ、包丁、レミントン(M700)装弾数(3/5)・予備弾丸(7/15)、HDD、工具箱】
【所持品2:フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、折りたたみ傘、鋸、支給品一式】
【状態:絶望、でも進む。瑠璃とずっと生きる】

ほしのゆめみ
【所持品:忍者刀、忍者セット(手裏剣・他)、おたま、S&W 500マグナム(5/5、予備弾2発)、ドラグノフ(0/10)、はんだごて、ほか支給品一式】
【状態:左腕が動くようになった。運動能力向上。パートナーの高槻に従って行動】

藤林杏
【所持品1:ロケット花火たくさん、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
【所持品2:日本刀、包丁(浩平のもの)、スコップ、救急箱、ニューナンブM60(5/5)、ニューナンブの予備弾薬2発】
【状態:重傷(処置は完了。激しすぎる運動は出来ない)】

350(パルチさん、会議中)/agitation:2009/10/04(日) 17:30:17 ID:M3ANcTgY0
『会議組』色々話し合う。爆弾の材料一式は職員室に持ち込まれている。職員室には入室不可

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数0/20)、防弾チョッキ、SPAS12ショットガン8/8発、投げナイフ1本、鉈、H&K SMGⅡ(30/30)、ほか水・食料以外の支給品一式】
【所持品2:S&W M1076 残弾数(6/6)とその予備弾丸9発・トカレフ(TT30)銃弾数(0/8)、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾4/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、S&W、M10(4インチモデル)5/6】
【持ち物3:ノートパソコン×2、支給品一式×3(水は全て空)、腕時計、ただの双眼鏡、カップめんいくつか、セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、何かの充電機】
【状態:全身にかすり傷】
【目的:渚を何が何でも守る。鎌石村小学校に移動し、脱出の計画を練る】 

課長高槻
【所持品:日本刀、分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、鉈、電動釘打ち機12/12、五寸釘(10本)、防弾アーマー、89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、予備弾(30発)×2、P−90(50/50)、ほか食料・水以外の支給品一式】
【状況:全身に怪我。主催者を直々にブッ潰す】

芳野祐介
【装備品:ウージー(残弾30/30)、予備マガジン×2、サバイバルナイフ、投げナイフ】
【状態:左腕に刺し傷(治療済み、僅かに痛み有り)】
【目的:休憩中。思うように生きてみる】

351(パルチさん、会議中)/agitation:2009/10/04(日) 17:30:37 ID:M3ANcTgY0
一ノ瀬ことみ
【持ち物:H&K PSG−1(残り0発。6倍スコープ付き)、暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯、ポリタンクの中に入った灯油】
【持ち物2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、フラッシュメモリ】
【持ち物3:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式(保健室でいくらか補給)、乾パン、カロリーメイト数個、カメラ付き携帯電話(バッテリー9割、全施設の番号登録済み)】
【持ち物4:コルト・パイソン(6/6)、予備弾×13、包帯、消毒液、スイッチ(0/6)、ノートパソコン、風邪薬、胃腸薬、支給品一式】
【状態:左目を失明。左半身に怪我(簡易治療済み)】
【目的:生きて帰って医者になる。聖同様、絶対に人は殺さない】

リサ=ヴィクセン
【所持品:M4カービン(残弾15/30、予備マガジン×3)、鉄芯入りウッドトンファー、ワルサーP5(2/8)、コルト・ディテクティブスペシャル(0/6)、支給品一式】
【所持品2:ベネリM3(0/7)、100円ライター、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、フラッシュメモリ(パスワード解除)、支給品一式(食料と水三日分。佐祐理のものを足した)、救急箱、二連式デリンジャー(残弾1発)、吹き矢セット(青×4:麻酔薬、黄×3:効能不明)】
【所持品3:何種類かの薬、ベレッタM92(10/15)・予備弾倉(15発)・煙草・支給品一式】
【状態:車で鎌石村の学校に移動。どこまでも進み、どこまでも戦う。全身に爪傷(手当て済み)】

ウォプタル
【状態:待機中】

ポテト
【状態:光二個】


その他:宗一たちの乗ってきた車・バイクは裏手の駐車場に、リサたちの乗ってきた車は表に止めてあります。

→B-10

352(パルチさん、行動中)/Theme of WLO:2009/10/08(木) 05:06:40 ID:P99wcgic0
 自由行動、と言われて放り出されたのはいいが、果たして始めに何をするべきなのだろう、
 という疑問はここにいる全員が持つ考えのようだった。

 言葉少なく廊下に立ち尽くす十人からの集団を眺めながら、朝霧麻亜子は廊下の薄暗い天井を見渡していた。
 材質は古そうだが、年代を感じさせない、どこか光沢を残している塗料の色。
 汚れていない蛍光灯、曇りの一片もないガラス窓、埃の少ないサッシを見て思うことは、
 老朽化した部分はほぼないのだろうということだった。

 以前やってきたときには半ば通り過ぎるような形であるがために、
 細かくは目を配っていなかったが、こうして確認してみると簡単に確信が持てた。

 学校という施設は案外何だってできる。人が集団で暮らせる程度には衣食住の要素が揃っているからだ。
 なるほど、ここを拠点に選んだのも頷ける。立て篭もるにも便利だから、万が一誰かが攻撃してきてもあっさり撃退できる。
 守る分には最適な施設というところだろう。

 そこまで考え、いつの間にか殺しあうことを前提とした考えに辿り着いている自分がいることに気付き、
 麻亜子は胸が暗くなる感覚を味わった。こんなことを考えさせないために自由に行動していいと言ってくれたはずなのに。

 学校にいると、無条件に身構えてしまう。
 自分の唯一の居場所でしかなかった昔がそうさせているのだろうか。
 これまで度々感じてきた寂寥感がまたはっきりとした形になって現れるのを感じた麻亜子は、無闇に明るい声を出すことで追い払った。

「せっかくの自由時間なんだしさ、やること済ませて後はぱーっとやっちゃわない? とりあえず、上の教室とかでさ」
「そうだな。種類を分けて選別した方がいいだろう。銃器、刃物、医療品などにな」

 隣にいたルーシー・マリア・ミソラが同調して、話を進めてくれた。
 夜明けまではそれほど時間はない。これだけの人数がいたとしても、一朝一夕に終わる物量ではなかった。
 何をするかはともかく、さっさと終わらせておきたいというのは皆が同じ気持ちだったようで、
 近場にいる人同士で組んで、何を集めるかを決める形となった。

353(パルチさん、行動中)/Theme of WLO:2009/10/08(木) 05:06:57 ID:P99wcgic0
 グループは四つ。一つは麻亜子・ルーシー。一つは古河渚・藤林杏・伊吹風子の同じ学校組。一つは国崎往人・川澄舞の気付いてない同士。
 一つは藤田浩之と姫百合瑠璃のどう見ても以下略同士。そして……一人、いや一体が余った。
 特に何もせず眺めていたがために取り残されたほしのゆめみというロボットである。

「……ゆめみさん、あたし達のところに入る?」
「ロボットさんですか。風子とても興味がありますっ」
「わたしもお話してみたいです」

 言われると、ゆめみは頷いてとことこと入っていった。つまりは声をかけられなかったのではなく、かけなかったのだろう。
 高槻についているときの彼女はいかにも人間らしく、拳を振り上げたのを抑えたときの彼女の視線には、
 自律した意思すら感じられる鮮やかな虹彩にドキリとした感覚を味わったものだが、
 命じられて動く彼女にはロボットである、という感想以外のものを持ち得なかった。

 逆を言えば、高槻にだけは心を開くロボットなのかもしれない。まさかという反論がすぐに浮かび上がったが、
 自分が変質したように、ゆめみというロボットのプログラムにも何らかの変質が起こっているのかもしれなかった。

 とにかく、グループが決まり、次に何を整理するかもトントン拍子で決まる。
 ある程度銃知識(とは言っても俄かの素人程度だが)のある麻亜子が銃器担当。
 一番その手の種類が多そうな刃物、鈍器などの直接攻撃系の武器を渚達が。
 用途不明の品、及び医療品や生理用品などを残りが担当することになった。

 とは言ってもまずデイパックの中身を全部ひっくり返さなければならないことから、結局は全員同じ部屋で作業をすることになるので、
 特に分かれることにもならず、皆で固まって一階上の教室に赴くことになった。

「るーの字よ」
「ん?」

 ひそひそ話の要領で、麻亜子はルーシーに耳打ちする。内容は大体分かっていたのだろう、「アレか?」と言うのに「うむ」と続けた。

354(パルチさん、行動中)/Theme of WLO:2009/10/08(木) 05:07:18 ID:P99wcgic0
「オペレーション・ラブラブハンターズの件でおじゃるが」
「……作戦名が変わってないか」
「細かいことは気にするない」
「まあいい。それで」
「やっぱりね、男女の仲を深めるには裸の付き合いというのがいいと思うのだらよ」
「親父臭い」
「んがっ」

 何が悪い、と全力で反論したくなった麻亜子だったが、ここで顔を真っ赤にしてマジレスしたところで、
 クールビューティーを絵に描いたような外人顔負け、クレオパトラも裸足で逃げ出す……とまではいかなくても、
 そこいらの美人よりは美人なルーシーにはダイヤモンドを握りつぶす努力をするが如く無意味であろうし、
 真っ赤な茹蛸るーるーを想像することはどうしても麻亜子にはできなかった。失恋を経験した彼女には陰がよく似合う。

「で、でも正論でしょ?」
「分からなくもないが……古典に頼るのはな……」

 古典というほど古臭いのだろうか。一応、漫画やアニメにも手は出している麻亜子だが、最近のアニメ漫画事情には疎かったりする。
 理由? 就職活動と学校の成績維持と先生へのおべっかに時間を使ったからに決まっておろうが。
 真面目にやるときゃやるからね、あたしは。……不安だらけで、できるだけ引き伸ばしにかかってたけど。

 とにかく時代の移り変わりは速いのだとしみじみ思いつつ、
 さりとて今さら脳内で三十秒を使って練り上げた計画をひっくり返すわけにもいかず、
 「これでいいのだ」と無理矢理判を押したのだった。

「……場所は? ここは学校だが」
「実はだね、ある場所にはあるのさ。いいかね? 学校は職員が寝泊りできるように、ごく一部にそういう部屋があったりする」
「ほう」
「整理が終わったらさ、そこにあの二人を呼び出すんだよ。あとはごゆっくりぃ〜」
「で、あるのか? その部屋とやらは」
「……さぁ?」
「おい」
「な、なかったらなかったで何とかするよ。例えばプールに突き落とすとか」

355(パルチさん、行動中)/Theme of WLO:2009/10/08(木) 05:07:36 ID:P99wcgic0
 どうやって、という類の目がルーシーから発せられたが、そんなこと知るかと麻亜子は思うしかなかった。
 麻亜子のアイデアは常に行き当たりばったりなのであった。
 こういう癖も治っていないらしいということに思い至り、あははと苦笑いするしかなく、ルーシーも苦笑して首を振った。

 そうこうしているうちに目的の場所に辿り着いた麻亜子は、全員に荷物整理の旨を伝えると部屋の中央にデイパックを積み、
 さっさと中身を漁り始めた。浴場があるかどうか調べるためにも、早いうちに済ませておかなければならなかったからなのだが、
 周囲の面々は麻亜子に意外な真面目さに感心しつつ、それぞれ雑談しつつも整理に取り掛かるのだった。

     *     *     *

 久しぶりに会ってみても元気そうな渚の姿を目にして、杏は良かったという感想を素直に抱いた。
 それどころか以前より明るくなり、俯いていることの多かった渚は今でははっきりと面を上げ、自分から話題を振ってくることもあった。

 過酷な環境を生き延びてきただけではこうはならない。誰かに守られ、自らは殺しに加担していなかったのだとしても同じことだ。
 何かが渚の中で化学変化を起こし、不確かで先の見えない未来でも、恐れずに一歩を踏み出せる切欠を与えたのかもしれなかった。
 同時に杏自身の不甲斐なさ、真実を知ろうと決めてなお最初の一歩を踏み出せずにいることがより鮮明となり、
 あたしは何をやっているんだろうという気持ちが焦りとなって知覚されるのを感じた。

 ここには十人からの人間がいて、妹の死に関わった人だっているかもしれない。いや、いるはずだった。
 声を出して確かめられないのは、きっと怖いからだ。
 楽に逝けたのか。満足に逝けたのか。それとも想像さえ出来ないくらいに恐ろしい死に方をしてしまったのか。
 またそれを知ったときの自分が、本当に納得することができるのだろうか。
 もし知ってしまえば、自分でも制御できない負の情念、敵を追い求める本能とが渾然一体となって、
 安定したこの場を崩してしまうのではないか。いらぬ諍い、いらぬわだかまりを生み出してしまうことにはならないか。
 それらに対する恐怖、また自らへの自信を喪失していたことが、杏の決意を少しずつ鈍らせていた。

「杏ちゃん。これって、武器……でいいんでしょうか」
「え?」

356(パルチさん、行動中)/Theme of WLO:2009/10/08(木) 05:07:52 ID:P99wcgic0
 物思いに耽っていたからか、渚の声を聞き取ることができずに、杏は聞き返してしまっていた。

「えっと、ですから、これ」

 とんとんとフライパンを指差され、杏はようやく何を尋ねていたのかを理解した。

「あ、ああ。もうそれ、武器にしなくてもいいんじゃない? 元々、調理器具なんだし」

 そうですよね、と微笑した渚の言葉尻には、こういうものを武器として使いたくはなかったのだろうという意思が汲み取れた。
 隣の組にフライパンを渡す渚の表情は、共同作業をしているという嬉しさがあるのかてきぱきとしていて、自分とは大違いだった。
 再び、何をしているんだろうという感想が溜息となって吐き出され、以前より逞しくなったように見える渚の横顔をぼんやりと眺めた。

 しっかりしなければいけないのに。

 今は余計なことを考えている場合じゃないと理性が言い聞かせても、それは逃げではないのかと訴える部分もある。
 どちらの言い分も正しいだけに、結局はどちらにも引っ張られ、
 わずかなりとも体の機能を停止させてしまっているのが杏の現状だった。

「……大丈夫ですか?」

 戻ってきた渚が、そんな自分の様子に気付いたのだろう、ぱっちりとした鳶色の瞳を向けていた。
 やさしさの中にも自分の意思を忘れない、渚の性質を如実にしたような目が杏を射竦め、
 隠していても仕方がないかという諦めにも似た感情を生み出させていた。

 確かに怖い。真実を知ってしまうのは時として知らない以上の恐怖と絶望を喚起させることもある。
 柊勝平を、自らの手で殺害してしまったことを自覚したときのように。
 けれども知らずにいるということは、自分に対して嘘をつき続けていることに他ならない。

357(パルチさん、行動中)/Theme of WLO:2009/10/08(木) 05:08:07 ID:P99wcgic0
 嘘を、突き通したくはない。
 杏は周囲を見回し、今の自分の近くにいるひと達の姿を確認した。
 ここには渚も、ゆめみも、今しがた友達になった(というか認定された)風子もいる。
 もしも自分の感情を制御できずに壊れそうになったとしても。
 彼女達が止めてくれる。そうだと信じたかった。

「ずっと、気になってたことがあって」

 ただならぬ気配に気付いたのか、それまでゆめみを質問攻めにしていた風子と、
 それに追従するようにゆめみも耳をそばだてて話を窺っていた。

「あたしの妹……ひょっとしたら、この中に、死ぬのを見届けた人がいるんじゃないかって」

 渚の顔が一瞬硬直し、風子も顔色を変えるのが分かった。あらかじめ内容を知っているゆめみだけ顔色を変えなかった。

「でも、聞くに聞けなくってね。怖くて、言い出せなかった」
「……杏ちゃん」

 戸惑いの色を持った渚に、この子は嘘をついていないんだ、と素直に思うことが出来た。
 きっとこの人達なら見ず知らずのふりをしないだろうという確信が生まれ、それに安心している自分を俗物だと感じる一方、
 恐怖に慄く気持ちも薄れてきている感覚に、これが仲間意識なのだろうと直感した。

 自分は今だって不甲斐ない。こうして誰かに背中を預けなければ問題を解決しようとする意識だって持てない。
 けれども、それは『借り』だ。時間をかけて返すことの出来る『借り』なのだ。
 それを受け入れてくれるだけのものが、目の前にはある。
 ようやく一歩を踏み出せそうだという気持ちが波のように広がり、微笑の形を取って表せることが出来た。

「ごめん、おんぶに抱っこさせるかもしんないけど……もし壊れそうになったら……」
「分かってます。ね、ふぅちゃんも、ゆめみさんも」

358(パルチさん、行動中)/Theme of WLO:2009/10/08(木) 05:08:22 ID:P99wcgic0
 渚の声は小さかった。自分に合わせて小さくしてくれていたのだと気付けた瞬間、
 無条件の感謝が生まれ、また一も二もなく頷いてくれた二人に、
 もう頭が上がらないなという結論に達した杏は、困ったような笑いを浮かべるしかなかった。
 この『借り』を返せるのは、遠い未来になりそうだった。

「……ありがとう。とりあえず、聞く人は絞れたから。後は自分で確かめてみる」

 杏は顔を横に向け、浩之と瑠璃の顔を窺った。
 渚達の一団が知らなかったことを踏まえると、確率的には残りの組が知っている可能性は高い。
 もちろん黙っている可能性もないではなかったが、そのときはそのとき。確かめに行けばいいだけだった。

 そこまで考えたとき、例の二人と目が合った。
 表情が僅かに揺れ動き、何らかの意思疎通を果たしたのだろう、浩之の方が立ち上がる。
 どうやら、自分の憶測は外れてはいなかったらしいと確信した杏は、
 同時にこれから起こりうることに体が強張り、唾が石となってゆくのも知覚していた。
 体に力が入らず、立ち上がったときには殆ど自分に接近していた浩之が、ゆっくりと、酸を飲み下すようにしながら言った。

「……後で、話があります。時間をくれませんか」
「あたしも、そう言おうと思ってたところでした」

 互いに丁寧語であったのは、自分も浩之も、本当の現実に直面することを分かっていたからなのかもしれなかった。
 杏が踵を返し、元の作業に戻ったときには、もう作業工程の殆どが終わろうとしていた。

359(パルチさん、行動中)/Theme of WLO:2009/10/08(木) 05:08:39 ID:P99wcgic0
【時間:3日目午前03時50分ごろ】
【場所:D−6 鎌石小中学校】

『自由行動組』何を、誰とするかは自由。小中学校近辺まで移動可

川澄舞
【所持品:日本刀・投げナイフ(残:2本)・支給品一式】
【状態:往人に付き従って行動。強く生きていたいと考えている。額から出血。両手に多少怪我(治療済み。支障は全くない)、肩に浅い切り傷】
【その他:往人に対して強い親近感を抱いている。剣道着を着ている】
その他:舞の持ち物(支給品に携帯食が十数個追加されています。)

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン(32/36)、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:鎖骨にひびが入っている可能性あり。往人・舞に同行】
【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、パン人形、38口径ダブルアクション式拳銃(コルトガバメントカスタム)(残弾4/10) 予備弾薬35発ホローポイント弾11発、スペツナズナイフの柄、支給品一式(少年、皐月のものを統合)】
【状況:強く生きることを決意。人形劇で誰かを笑わせてあげたいと考えている。全身にかすり傷】
【その他:左腕に文字を刻んだ。舞に対して親近感を抱いている(本人に自覚なし)】

古河渚
【持ち物:おにぎりなど食料品(結構減った)、支給品一式×2(秋生と佳乃のもの)、S&W M29 1/6、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱】
【状態:心機一転。健康】
【目的:人と距離を取らず付き合っていく。最優先目標は宗一を手伝う事】

伊吹風子
【所持品:サバイバルナイフ、三角帽子、青い宝石(光四個)、グロック19(0/15)、イングラムM10(0/30)、イングラムの予備マガジン×1、M79グレネードランチャー、炸裂弾×2、火炎弾×9、Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×17、スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、SIG(P232)残弾数(2/7)、仕込み鉄扇、ワルサー P38(0/8)、フライパン】
支給品一式】
【状態:泣かないと決意する。全身に細かい傷】

360(パルチさん、行動中)/Theme of WLO:2009/10/08(木) 05:08:55 ID:P99wcgic0
ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(20/30)・予備カートリッジ(30発入×4)、支給品一式×2】
【状態:生き残ることを決意。髪飾りに美凪の制服の十字架をつけている】
【目的:とりあえず渚にくっついていく】 

姫百合瑠璃
【所持品:MP5K(18/30、予備マガジン×8)、デイパック、水、食料、レーダー、携帯型レーザー式誘導装置 弾数2、包丁、救急箱、診療所のメモ、支給品一式、缶詰など】
【状態:浩之と絶対に離れない。浩之とずっと生きる。珊瑚の血が服に付着している】
【備考:HDD内にはワームと説明書(txt)、選択して情報を送れるプログラムがある】

藤田浩之
【所持品:珊瑚メモ、包丁、レミントン(M700)装弾数(3/5)・予備弾丸(7/15)、HDD、工具箱】
【所持品2:フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、折りたたみ傘、鋸、支給品一式】
【状態:絶望、でも進む。瑠璃とずっと生きる】

ほしのゆめみ
【所持品:忍者刀、忍者セット(手裏剣・他)、おたま、S&W 500マグナム(5/5、予備弾2発)、ドラグノフ(0/10)、はんだごて、ほか支給品一式】
【状態:左腕が動くようになった。運動能力向上。パートナーの高槻に従って行動】

藤林杏
【所持品1:ロケット花火たくさん、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
【所持品2:日本刀、包丁(浩平のもの)、スコップ、救急箱、ニューナンブM60(5/5)、ニューナンブの予備弾薬2発】
【状態:軽症(ただし激しく運動すると傷口が開く可能性がある)】

→B-10

361手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:55:55 ID:5Yr44Sw20
 作業の全てが終わるのに、それほど時間はかからなかった。
 整理整頓された荷物が列を成して教室の隅に並べられており、ご丁寧にも分類わけされている。
 よくもまあここまで道具があるものだと感心するが、汚れていたり傷があったりしているのを見ると、
 ここまで酷使してきた体と同じく道具もそうなのだろう、と国崎往人は思っていた。

 教室の中に人はまばらで、朝霧麻亜子の解散の一声と共に、全員が自由な行動を取り始めた。仕切っていた麻亜子も。
 今ここにいるのは四人。

 古河渚と、彼女と雑談しているほしのゆめみ。
 彼女達は荷物の中にあった食べ物をつまみつつ(麻亜子の号令一つ、決戦までに所定の量を食べておけというお達しが出た)寛いでいる。
 もっともゆめみはロボットであるから、食べているのは渚一人だけで、量も殆ど減っていなかったが。
 いくらか別に分けられているのは、恐らくは那須宗一への差し入れなのだろう。

 今頃は議論が白熱している最中だと思いたかった。
 なぜ自分が呼ばれなかったのかについては、多少の不満はあれど納得するしかない部分が多く、妥当なのだと言い聞かせた。
 まず会議に混じっても有意義な意見を出せないであろうことがひとつ。
 大人として成熟しきっていないことがひとつ。

「ふん、どうせ俺は免許も取れない住所不定の放浪人さ……」
「……?」

 往人の呟きに、隣でおにぎりを頬張っていた川澄舞が視線を移してきた。
 もしゃもしゃと白米を咀嚼しつつ、既にかなりの量を平らげている彼女には、
 余程腹が減っていたのだろうという感想よりも一生懸命の一語が浮かんだ。

 目の前の一つ一つに全力であり、一途で、物怖じしない健気さがあった。
 それは元々舞が持っていた性質なのか、ここに来てから変容を始め、この形に落ち着いたものなのかは分からなかった。
 ただ言えるのは……そんな彼女を、少なくとも自分は好意を以って見ていられるということだった。
 妥協を重ね、一度は目的を見失うまでに落ちぶれていた往人には、純粋で真っ直ぐな舞が羨ましくもあった。

362手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:56:16 ID:5Yr44Sw20
 いや、と苦笑して、往人は配給された乾パンをつまんだ。
 好意を抱いていることを自覚して、舞の顔を見続けられないと感じたからだった。要するに、照れていた。
 視線を逸らしたことを不思議そうに首を傾げながらも、舞も往人と同じように乾パンを食べ始めた。

 ぽりぽり。
 ぽりぽり。

 乾パンを噛み砕く音だけが聞こえる。奇妙なことに、他の音は遠くのざわめき程度にしか聞こえなくなっていた。
 心頭滅却すれば火もまた涼し。悟りの境地に入ったのだろうと意味もなく納得して、
 往人はこれからどうしよう、とようやく考えることができた。

 飯を食べた後の予定はない。どうももうしばらく時間はかかるようだし、一眠りするのが利口というものだ。
 事実心身共に疲れ切っていて、満腹になれば横になってしまいそうなほどには意識が浮ついていた。

 ああ、なるほど。悟ったのではなくて眠くなってきたというわけか。

 幸いにしてここにはどこかから持ち込んだらしい毛布がたくさんあるので眠るのには困らない。
 雑魚寝は往人の得意技の一つ。どこでも眠れて体力回復を図れるようにしておくのは、
 往人がこれまでの人生で培ってきた、生きるための方法の一環だった。

 よし決めた。寝よう。

 そう思うと体も頭もその体勢に入るもので、元々ぼーっとしていた意識が更にぼーっとしてきて、
 惰性的に手を伸ばしていた、乾パン入りの皿が空だったのにも気付かず、手を彷徨わせていた。

「……いる?」

 ん、と横を見ると、舞が乾パンを一枚握っていた。ようやく、そこであれが最後の一枚なのだと気付いた往人はうん、と首を縦に振った。
 旅では食べられるときに食べられるだけ詰め込んでおけというのを教訓にしてきた旅芸人の頭が自動的に頷かせたのだった。
 ひょいと受け取り、ぱくりと一口。微妙に湿った感覚があったが、別段気になるものでもなかった。

363手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:56:34 ID:5Yr44Sw20
「ごちそうさま」
「……ごちそうさま」

 往人が言うのに合わせて舞も手を合わせた。声が小さく、また頬に赤みが差しているのはどうしてだろうとも思ったが、
 徐々に押し寄せてくる眠気の前にはどうでもいいことか、と思い直し、毛布を持ってこようと腰を上げた瞬間、騒がしい台風がやってきた。

「よーっ、頼もうたのもー!」

 まーりゃんこと朝霧麻亜子だった。この深夜にも関わらずハイテンションなのには一種の感服すら覚える。
 無視して毛布を取りに行こうとしたが、その襟首をぐいと掴まれた。振り向く。麻亜子が満面の笑顔で待っていた。嬉しくなかった。

「放せ」
「やあやあお兄さん。寝るのはまだ早いと思わないかね」

 麻亜子が騒がしいのはいつも通りとばかりに、周囲の面々は構わず喋り続けている。
 舞に救いの視線を投げかけてみたが、何をやっても無駄、という風に目が伏せられた。
 こうなると早く眠りたい往人にとっては逆らっても時間の浪費だという思考が働き、とっとと用件を済ませようという結論に落ち着いた。
 麻亜子のことだからきっとくだらないものなんだろう、と考えながら。

「話だけなら聞いてやる」
「さっすが往人お兄さんはお目が高い! いよっ色男!」
「いいから話せ」
「お風呂入らない?」
「は?」

 予想もしない方向に話が振られ、往人は思わず素っ頓狂な声を上げてしまっていた。
 まーりゃんとか、なんて言葉が浮かびそうにもなり、往人は自分が激しく疲れていることを改めて自覚させられた。
 風呂と聞いて男の欲望が出てくるあたり、きっと限界手前なのだと感じた往人は、ここが学校なのだということも忘れていた。

364手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:56:50 ID:5Yr44Sw20
「お風呂があるんですか?」

 往人の代わりに尋ねたのは渚だった。

「そだよ。へへへ、あたしが探して見つけたんだ」

 得意げにない胸を反らす麻亜子。ああ、そういえばここは学校だったという遅すぎる事実を思い出した往人は、
 ならばどうしてまず自分を誘うのか、という疑問に突き当たった。

「お前は入らなかったのか。まだ入ってないようだが」

 麻亜子の肌身の部分(膝とか腕とか)にはまだ土の汚れがついており、風呂に入ったとは考えられなかった。
 嬉しさの余り自分が入ることも忘れ、吹聴しながらここまで来たのだろうとは予測できても、何故自分を誘うのかやはり分からない。

「あたしはまだ仕事があるのさ」
「寝ろよ」
「そうもいかんのだよ。くふふ」

 何を企んでる、と聞こうと思ったが、ひねくれ者の麻亜子が正直に答えるはずもない。
 ならば自分から目標を反らせばいいだけだと断じて、往人は周囲に声をかけた。

「俺は後でいい。他に先に入りたい奴はいないか?」
「わたしは今すぐお風呂が入用でもないですから……」
「わたしはそもそも入る必要がないですね」
「私は……」

 どうすればいい、という類の視線。
 他の二人に速攻で断られてしまった以上もう舞を当てにするしかなく、往人は頼む、と無言のうちに伝えた。

 許せ舞よ。俺の安らかな就寝のために今回は犠牲となってくれ。南無。

365手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:57:03 ID:5Yr44Sw20
 麻亜子に付き合うとロクなことはないと半日にも満たない付き合いで理解しきっていた頭は、
 好意を持った女の子よりも自分の保身を優先したのだった。
 無論そんな往人の思惑に気付くはずもなく、分かったと頷いた舞が律儀にも麻亜子に申し出てくれた。

 ありがとう勇者。さようなら勇者。そしてこんにちは俺の就寝タイム。

「……お風呂に入りたい」
「むぅ。そかそか。ならしょうがないね。まいまい女の子だし」

 にひひ、と気味悪く笑う麻亜子は、既に目標を舞へと変えたようだった。
 ちょっぴり罪悪感が芽生えたが、朝を目前にしては国崎往人は本能に忠実だった。

「まぁさ、後で他の皆も入るといいよ。お風呂は心の洗濯だって言いますからねぇ。狭いけどさ」

 他人にも勧めておくのは、彼女なりのちょっとした気配りなのだろう。
 こういう憎めない部分があるのだから、単に騒がしいだけの人間だと思えないのが麻亜子だった。
 なんだかんだで仕切ってくれてもいるし、本能的に人にお節介をはたらくタイプなのかもしれない。
 そこに個人の思惑を働かせ、面倒事に巻き込んでくれる性質さえなければもっと好意を持てるのだが。

 だが今のままでも嫌いではないというのも確かなことだったので、苦笑を浮かべながら往人は見送った。
 台風一過。これでようやく休めると判断して、今度こそ毛布を取りに行こうと荷物の山まで足を向けたとき、次の台風がやってきた。

「国崎はいるか」

 ルーシー・マリア・ミソラだった。
 今日は厄日だ。いや、殺し合いに巻き込まれる以上の厄なんてないのだけれども。
 どうやらどう足掻いても眠れるのはもう少し先のことらしいと諦めて、溜息と一緒に「なんだ」と応じた。
 少しばかり機嫌が悪い風に装いつつ。

366手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:57:24 ID:5Yr44Sw20
「悪いが、物を運ぶのを手伝って欲しいんだ。会議の連中から持ってくるように頼まれてな」
「何をだ?」
「さあ、そこまでは……置いてある場所を指定されただけで」

 会議の連中は、どうも秘密主義的なところがあった。
 情報を漏らすとまずいことがあるのだろう。積極的に殺し合いに乗った連中が全滅したとはいえ、
 殺し合いの元である主催者から監視されていないとは言いがたいのだ。
 極力こちらの動きは悟られたくないということなのだろうと納得して、「分かった」と往人は頷いた。

「あの、わたしたちも行きましょうか?」

 会話を聞いていたらしい渚達が申し出たが、「ああ、いい」とルーシーは制した。

「男手一つあれば十分な数らしい。まあダンボール一箱分くらいだろう」
「ですけど……」
「構わない。どうせすぐ済む話だ」

 往人がそう言うと、他に反論のしようもない渚は「分かりました」と言って引き下がる。
 多分これは舞を犠牲にしてしまったツケなのだろうと思う部分もあり、なるべく自分一人でやりたかった。
 疲れてはいるが、まあ何とかなるだろうと考え、往人は教室から出てゆくルーシーの後に続いた。

     *     *     *

「なぁ、さっきまーりゃんが来たんだが」
「それで?」
「あいつも何か頼まれてたのか」
「そんなこと言ったのか」
「いや……知らないならいい」

 そうか、と答えると、ルーシーはさっさと足を進めていく。
 他にやることがある、と言っていたのはひょっとするとこのことなのかもしれなかったが、
 今さら詮索するべきことでもないと考え、往人は黙ってルーシーについてゆく。

367手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:57:39 ID:5Yr44Sw20
 しかし、風呂、か。

 あのときはまーりゃんの企みがあるのかと疑って断ったが、よくよく考えてみれば魅力的な話だ。
 往人自身は旅をする立場であり、風呂はその辺の公園で体を洗うか、収入が良かった日に銭湯に入るくらいが精々で、
 毎日のように風呂に入ったことはない。神尾家に居候しているときは流石に毎日入っていた(というより入らされていた)が、
 ここに連れてこられてからというもの、久しく湯船の感覚を味わっていない。
 何より、風呂で体もさっぱり洗い流せばより快適な睡眠が得られることだろう。

 そう思うと無性に風呂に入りたくなってくるのだから、現金なものだった。
 これが終わったら戻って、タオルを取って風呂にでも入るか。その頃には舞も戻っているだろう。
 そんな想像を働かせているうちに、どうやら目的の場所についたらしい。

 ここだ、と言って扉を開けたルーシーに先んじて部屋の中に入る。
 どうやら元々は学校の職員が寝泊りに使う部屋らしく、手狭なアパートよろしく、数畳の居間には簡素な机が中央に置かれ、
 部屋の隅には小さな布団が綺麗に畳まれている。この布団、持って帰ろうか……いやいや。

「で、持っていくものはどこにあるんだ。ここにはそれらしきものは見当たらないが」
「ああ、悪い。この小部屋にある」

 ルーシーが入ってすぐ横にある扉を指した。なるほど、物置か何かだろうか。
 管理を厳重にしておくのは流石に用心深いといったところか。
 扉を開け、中に入る……が、どうも段ボール箱のようなものは見当たらない。それどころかここは物置ではなさそうだった。
 洗面所の近くには小さな脱衣籠があり、その奥にあるもう一つの扉からは明かりが漏れていて、時折水音にも似た音が聞こえる。

 ぽりぽりと頭を掻く。はて、ここには何をしに来たのだったか。そうだ、荷物を取りに来たんだ。
 随分と変な場所に置くんだなと無理矢理頭を納得させつつ、奥にある扉を開ける。
 広がる湯気。鼻腔をくすぐる湿気。そしてどう見ても浴槽に浸かっているひとがひとり。

「……」
「……」
「すみません、間違えました」

368手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:57:56 ID:5Yr44Sw20
 ぱたん。

 おかしいな。どうして風呂と思しき場所に人がいるんだ。しかも舞にそっくりだったな。ははっ。

「っておい! ちょっと待てぇっ!」

 我を取り戻した往人が入ってきた扉に張り付く。だがドアノブを捻ってもびくともせず、
 何かつっかえでもされているのか何をしても開かない。
 嵌められた、と理解した頭に血が上り、往人は力の限り扉を叩きながら叫んだ。

「おいルーシー! どういうことだこれは!」
「はっはっは。愚かなり往人ちん」

 くぐもった声は間違いなく麻亜子のものだった。何となく全てを悟った往人はこめかみに血管を浮かせつつ、
 何故自分がこのような状況に置かれなければならないのかということを嘆きながら話しかけた。

「お前の差し金か」
「あちきの罠は隙を生ぜぬ二段構えよ」
「すまん。許せ」

 全然悪びれてもいなさそうなルーシーの声が続き、どうしてグルだと疑わなかったのかと、往人は心底恥じ入る思いだった。
 あんな都合のいいタイミングで二回も呼び出すこと自体がおかしいと気付くべきだったのだ。
 それを自分は、舞を身代わりにした安心感と、真面目一徹だと思い込んでいたルーシーがこのようなことをするとは思わず、
 油断してホイホイついて行ってしまったというわけか。
 そういえば麻亜子とルーシーが何か喋っていたな、と今さらのように思い出して、往人は溜息をつくしかなかった。

369手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:58:11 ID:5Yr44Sw20
「まぁそういうわけでまいまいとゆっくりしていってね! 二人で一緒に心の洗濯ってね!」
「ああ。ここは私達が見張っておくから安心していいぞ。任せておけ」

 嬉しくない気遣いだった。
 物置もとい浴室は完全な密室であり、どう考えても脱出できそうにない。
 ここで待つという手もあった。だがじっと待って舞が上がってくるのを見計らって出て行ったところで、
 風呂に入ってないことを素早く嗅ぎ分けるであろう麻亜子は無理矢理にでも自分達を風呂に入らせようとするに違いない。

 お節介にも程がある。確かに舞とは一緒にいる機会も多かったし、麻亜子も大体のことは知っているということは承知だったが……
 一体何だってんだよ、と往人は心中に吐き捨てる。
 ここで二人きりになって、一体何を話せというのか。話すようなことなんて何も……

「何も……なんだ?」

 いつの間にか自分が舞の全てを知っているかのような考えに至っていることに気付き、どうしてという言葉を浮かび上がらせる。
 確かに一緒にいたし、好意を持っているという自覚もある。しかし自分が、舞の何を知っているというのか。
 生まれ、生い立ち、何をしてきたのか……何が好きなのか、何が嫌いなのかも分からない。
 考えてみれば全然、彼女のことは何も知らない事実を突きつけられ、往人は愕然とする思いを味わった。

 ひょっとすると、無意識に全てを分かっていると思い込んで、かえって距離を離してしまっていたのではないのか。
 舞はそれを麻亜子に相談していて、その解決のために一計を案じた。
 考えすぎだろうと否定する部分はあっても、自分が舞のことを分かった風なつもりでいることは事実だった。
 くそっ、と頭を掻く。どうにもこうにも分からないことだらけだった。

 こうして国崎往人という人間は他人を傷つけてきたのかもしれない。
 金と生活のことだけを考え、人との交わりを疎かにしてきた結果なのだろう。
 人の意思も汲めず、理解もしようとしない人間が誰かを笑わせられるものか。

 往人は、人を笑わせたいと思ってる?

370手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:58:32 ID:5Yr44Sw20
 母の言葉が思い出され、単に自分はそうしなければいけないという使命感に囚われていたのではないかと思い至り、
 失笑交じりに自分の不甲斐なさを改めて認識していた。
 どうも根本から、国崎往人という人間は駄目であるらしい。
 まずはそこを変えなければいけなかった。
 諦め半分反省半分の気持ちを交えながら、往人は風呂場に通じる扉をノックした。

「あー……その、舞」
「……なに?」

 いつもの口調で返されるのが微妙に息苦しい。ふと足元の脱衣籠を覗いてみると、舞が着ていた胴衣が折り畳まれて入っていた。
 一瞬見えた舞の裸体が思い出され、俺は何をしようとしているんだという呆れが生まれたが、
 こうなってしまえば勢いに任せるしかなかった。ほんの僅かに興奮し始めているのには気付かないふりをしながら。

「生きてここから出られたら、どうするつもりなんだ?」

 そつのなさ過ぎる話題だと思ったが、コミュニケーション能力の欠如している往人にはこれが精一杯だった。
 沈黙が重苦しい。そもそも、こんな話題は風呂越しにする会話でもなかった。
 ひょっとすると自分は変態一歩手前の領域まで来ているのかもしれないという不安が、往人の頭を重くさせた。
 まずここにいる理由から説明すべきではなかったかという後悔が鎌をもたげ始めたころ、何かを決心したような声が聞こえてきた。

「入って」
「は?」

 その返事が怒らせることになるかもしれないと思ったが、往人はそう言わずにはいられなかった。
 つまり、普通に解釈すれば彼女は混浴しようと言っているわけで。
 男と女。密室でふたりきり。

371手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:58:48 ID:5Yr44Sw20
 往人とて男であることには間違いなく、その手の知識も人並みにはあった。
 数年前、道端で拾った、薄汚れた雑誌を開いたときの何とも言えない、未知との遭遇の感覚を思い出す。
 それからしばらく、一生懸命金を稼いだ。本屋に入って、雑誌コーナーのとあるジャンルを目指した。
 あのときの緊張感は警察に追いかけられるときのものと同等だったことは心に強く刻み付けられている。
 その本はボロボロになって、風雨で読めなくなるまで往人の夜の相棒だった。プレイルームは便所の個室。
 しみじみとした思い出にトリップしかけた往人の意識を引き戻したのは、先程よりか細くなった舞の声だった。

「その、扉越しだと、よく聞こえない、から」

 くぐもっていても恥ずかしさの余り声が詰まっているのは明らかだった。
 初心すぎる反応に、却って往人の煩悩は霧散した。
 女にここまでさせておいて自分が安全圏に引っ込んでいるとは何事か。
 自らを叱咤激励し、大きく息を吸い込み心頭滅却して、往人は服を脱いだ。
 全部脱いだその瞬間、マジでやっちゃうの? と冷えた部分が囁いたが、やる。と言い返して勢い良く風呂へと侵入した。

「……よう」

 まずは普段通りに挨拶。いつもの声が出せていることに、往人は少し安心する。
 浴槽に体育座りの形で鎮座していた舞の頭が動き、ちゃぷ、と音を立てた。

 顔色が熟れた林檎のようになっているのは、きっとお湯のせいだけではないのだろう。
 硬く石のようになった舞を横目にしながら、それでも思うことは色白でふくよかな体つきをした舞が綺麗だという感想だった。
 水に濡れ、髪を下ろした彼女の姿は神秘的であり、普段の凛々しさを含んだ気高さとはまた違う艶のようなものがあった。
 自分は意外と面食いなのかもしれないと思いながら、往人はシャワーで体を流す。

「生きて、出られたら……」

 会話を再開したのは舞からだった。

「学校を卒業して、その後は……分からない」
「そうか。俺も同じだ」

372手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:59:02 ID:5Yr44Sw20
 翼を持つ少女を自分の代で諦めてしまった以上、当面の目的などなかった。
 人を笑わせる。そう決めてはいても、それは人生の目的ではなかったし、
 生活していくに当たってはまるで関係のないことだったからだ。

「元々定住してるような身分でもなかったしな。いつだって行き当たりばったりだったさ。
 それに今となっちゃ、旅をする目的なんて失ったようなもんだ。どうしようかって、本気で考えてる。何かいい案はないか?」
「……働く」
「厳しいな」

 往人は苦笑した。住所不定の男を雇ってくれるところなどある方が珍しい。
 生きて帰ったとして、辛い生活が続くのには変わりがないのかもしれないと自覚したが故の苦笑だった。

「でも、そういうことを考えてる往人は凄いと思う。私は今までも、今でも、待ってることしか出来なかったから」
「待ってる……か。何を?」
「実は、自分でも分からない」

 舞の声がひとつ落ちて、沈むのが分かった。何かを待っているらしい彼女。
 ただ正体が分からず、あやふやなまま現在を過ごし、自分が何をしようとしているのか、何をしたいのかも分からない。
 きっと辛いことから逃げている。逃げたまま、解決しようともしないのが今の自分なのだと舞は語った。
 正体不明のものを待ち続ける感覚。翼の少女というあるかも分からないものを追い続けてきた往人にも、その感覚は理解できた。

「俺は、逃げてもいいんじゃないかって思う」

 どうして? という気配が伝わる。
 逃げることを許容した往人が信じられないようでもあり、また逃げることそのものを悪だと断じる意思が感じられ、
 それも間違いではないと往人は思ったが、人の一生から見れば半分も生きていない自分に真に正しいことが言える自信はなかった。
 往人が示せるのは正しさではなく、選択から生まれる可能性だけだった。

「逃げるってことは、一つの区切りなんじゃないかって考えてるからだ」

373手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:59:17 ID:5Yr44Sw20
 旅をやめ、新しい目的を探して生きるようになった自分がそうであるように、逃げたからといって全てが終わるわけではない。
 ただ逃げるからには相応の代償が必要であるし、やってきたことも無意味だったと認めなければならない。
 けれども往人だって悪戯に逃げることを選択したわけではないし、今こうしていることにも新しい意義を感じている。
 だから良かった。本気で良かったのだと、往人は素直に思えていた。

「待たなくてもいいんじゃないか」
「……」

 舞の目が伏せられ、私には無理だという無言の思いが伝えられた。
 しかし諦めるように閉じられた目は拒絶ではなく、押し殺した怯えから来ているのだと分かる。
 往人は最後にシャワーを頭から被ると、スッと立ち上がり、湯船の中の舞に聞いた。

「少し開けてくれないか?」

 浴槽の中央にいた舞がもぞもぞと動き、端の方に寄る。
 往人は動いたのを見計らって、背中合わせになるようにして浴槽へと入った。
 狭かったがために往人一人が完全に入れるだけのスペースはなく、舞の背中に体を押し付ける形になる。
 想像以上の柔らかさ、女性特有の質感にドキリとしながらも、逆に人間らしさも感じて安心させられる思いだった。
 無表情の中に全てを押し込んで、強く在った彼女の偶像が潰れ、自分と同じ種類の人間なのだと納得させられるなにかがあった。

「まあ俺のようなろくでなしの意見だ。聞き流してくれてもいい」
「そんなこと……」
「ただな、もし逃げたいと言うのなら、一つ特典がつくぞ。……俺も、一緒に逃げてやる」

 背中越しに絶句する気配があった。素直に「ずっと一緒にいたい」と言えないあたり情けないと思わないではなかったが、
 口に出して言い切れただけマシだというものだった。だから自分は、舞を必要としているのかもしれなかった。

「ちなみに、期限は無期限だ」

 固まっていた体が揺れるのが分かった。押し殺した笑いが聞こえ、往人の口元も自然と緩んだ。

374手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:59:30 ID:5Yr44Sw20
「笑うなよ。割と真剣なんだぞ」

 伝わる振動が大きくなった。また同時に、背中から聞こえる心臓の鼓動が早まったような気がしていた。
 往人はようやく、初めて笑わせることができたと確信していた。人形を使って、ではないのが悔しくもあったが、
 ろくでなしの自分にはこれくらいが丁度いいと解釈して取り敢えずは満足することにする。
 互いに笑いが収まる頃には、堅さもなくなり、可能な限り体を密着させるようになっていた。
 それぞれを必要としていることを自覚し、この先を共にする意識が出来上がっているのかもしれなかった。

「そろそろ、私は上がる」

 振り向くと、はにかんだ舞の顔があった。

「渚たちと約束してるから」
「ああ。俺はしばらくここにいる。……風呂はいいもんだな」
「浸かりすぎてのぼせないように」
「分かってるさ」
「それと」
「ん?」
「……後ろ、向いてて」

 躊躇いがちな舞の言葉を理解したのは、数秒経ってからのことだった。「あ、ああ」と頷いて壁際の方を向く。
 その間に舞は湯船から上がる気配があったが、ちらりと、横目で見てしまう。
 しなやかで贅肉のひとつもない、絶妙なバランスの取れた均整な肢体だった。
 やはり男の性はそう簡単に抑えられないものらしいと苦笑して、往人は湯気の立ち昇る天井を見つめていた。

375手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 03:59:53 ID:5Yr44Sw20
【時間:3日目午前04時30分ごろ】
【場所:D−6 鎌石小中学校】

『自由行動組』何を、誰とするかは自由。小中学校近辺まで移動可

【刀剣類:日本刀×3、投げナイフ(残:4本)、バタフライナイフ、サバイバルナイフ×2、カッターナイフ、仕込み鉄扇、包丁×3、忍者刀、忍者セット(手裏剣・他)、鉈×2、暗殺用十徳ナイフ、ベアークロー】

【銃器類:デザート・イーグル .50AE(1/7)、フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬4発、
     コルトガバメントカスタム(残弾10/10)、S&W M29 5/6、グロック19(10/15)、SIG(P232)残弾数(2/7)、
     S&W 500マグナム(5/5)、ニューナンブM60(5/5)、S&W M1076 残弾数(6/6)、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾8/8)、
     S&W、M10(4インチモデル)5/6、コルトガバメント(装弾数:7/7)、コルト・パイソン(6/6)、ワルサーP5(2/8)、
     二連式デリンジャー(残弾1発)、ベレッタM92(15/15)】
【サブマシンガン・ライフルなど:イングラムM10(30/30)、IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)×2、MP5K(18/30)、
     レミントン(M700)装弾数(5/5)、H&K SMGⅡ(30/30)、89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、
     P−90(50/50)、M4カービン(残弾15/30)】
【ショットガン:Remington M870(残弾数4/4)、SPAS12ショットガン8/8発、ベネリM3(7/7)】
【爆発物系:M79グレネードランチャー、携帯型レーザー式誘導装置(弾数2)】
【弾切れの銃:ワルサー P38(0/8)、ドラグノフ(0/10)、H&K PSG−1(残り0発。6倍スコープ付き)、
     FN Five-SeveN(残弾数0/20)、コルト・ディテクティブスペシャル(0/6)、トカレフ(TT30)銃弾数(0/8)】

【弾薬:38口径弾31発+ホローポイント弾11発、炸裂弾×2、火炎弾×9、12ケージショットシェル弾×10、
    9mm弾サブマシンガンカートリッジ(30発入り)×14、.500マグナム弾×2、7.62mmライフル弾(レミントンM700)×5、
    10mm弾(M1076専用)×9、5.56mmライフル弾マガジン(30発入り)×6、マグナムの弾(コルトパイソン)×13、
    】

【その他間接武器:ボウガン(32/36)、電動釘打ち機12/12、五寸釘(10本)、吹き矢セット(青×4:麻酔薬、黄×3:効能不明)】

【その他近接武器:トンカチ、スコップ、鉄芯入りウッドトンファー、フライパン×2、おたま、折りたたみ傘、鋸】

【防具:防弾チョッキ、分厚い小説、防弾アーマー】

【医療器具等:救急箱×4、包帯、消毒液、何種類かの薬、治療用の道具一式(保健室でいくらか補給)、風邪薬、胃腸薬】

【工具等:ロープ(少し太め)、ツールセット、工具箱、はんだごて】

【食料など:支給品のパンと水たくさん、おにぎり、缶詰、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、携帯食、
      カップめんいくつか、セイカクハンテンダケ(×1個&4分の3個)、乾パン、カロリーメイト数個】

【その他:三角帽子、青い宝石(光四個)、スイッチ(未だ詳細不明)、レーダー、懐中電灯×2、ロウソク×4、イボつき軍手、
     ロケット花火たくさん、ただの双眼鏡、何かの充電機、100円ライター×2、スイッチ(0/6)】

【会議室にあるもの:診療所のメモ、珊瑚メモ、HDD(HDD内にはワームと説明書(txt)、選択して情報を送れるプログラムがある)、
    ノートパソコン×3、腕時計、ことみのメモ付き地図、ポリタンクの中に入った灯油、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、
    要塞見取り図、フラッシュメモリ、カメラ付き携帯電話(バッテリー9割、全施設の番号登録済み)、
    参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、フラッシュメモリ(パスワード解除)】

376手を取り合って/Let Us Cling Together:2009/10/17(土) 04:00:12 ID:5Yr44Sw20
川澄舞
【状態:往人に付き従って行動。強く生きていたいと考えている。両手に多少怪我(治療済み。支障は全くない)】
【その他:往人に対して強い親近感を抱いている。剣道着を着ている】

朝霧麻亜子
【状態:鎖骨にひびが入っている可能性あり。計画通り】
【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている】

国崎往人
【所持品:スペツナズナイフの柄】
【状況:強く生きることを決意。人形劇で舞を笑わせてあげたいと考えている】
【その他:左腕に文字を刻んだ。舞に対して親近感を抱いている】

古河渚
【状態:健康】
【目的:人と距離を取らず付き合っていく。最優先目標は宗一を手伝う事】

ルーシー・マリア・ミソラ
【状態:生き残ることを決意。髪飾りに美凪の制服の十字架をつけている】
【目的:とりあえず渚にくっついていく】 

ほしのゆめみ
【状態:左腕が動くようになった。運動能力向上。パートナーの高槻に従って行動】

→B-10

377終演憧憬(1):2009/10/19(月) 12:13:14 ID:EcYFC0rI0
 
それは、塔と呼ぶより他になく、しかし塔と呼ぶにはひどく躊躇いを覚える、そんな代物である。
俯瞰すればそれは空と大地とを繋ぐ、黒く捻れた蜘蛛の糸とでも感じられただろう。
煉瓦造りのようにも、鉄板が張り巡らされているようにも見える外観には窓一つない。
一様に黒く、奇妙に捻じくれながら空へと伸びるそれは明らかな人工の建造物であった。
見上げてもその頂が目に入らないほどに高い、雲を越えて遥か蒼穹の彼方へと続く
その常軌を逸した全高に比して、ほぼ真円形の横幅はしかし、あまりにか細い。
ものの一分もかからずに周囲をぐるりと回ってこられるほどの構造が、如何なる技術をもって
恐るべき荷重を支えているものか。
決して自然のものではあり得ず、さりとて人がそれを造り得るのか。
思考に答えは返らず、故にそれを見る者は押し並べてそれを塔と呼ぶことに躊躇する。
だが彼らの目に映るその漆黒の構造物の、ただ一つ外壁とは異なる部分が、それを人工物であり、
また塔と呼称されるべき何かであることを誇示していた。
扉である。やはり見上げるほどに大きな、両開きの扉。
重々しくも冷たい金属の質感に隙間なく彫り込まれた精緻な紋様は幾何学的で、
全体にどこか儀式めいている。
ノッカーはなく呼び鈴もなく、しかしぴったりと閉め切られた大扉を前に、ふん、と。
小さく鼻を鳴らす者がいた。

「呼ばれて来たってのに、いい態度じゃない」

天沢郁未である。
ところどころが焼け焦げた襤褸雑巾のようなブレザーの成れの果てを申し訳程度に纏い、
全身を返り血と自身の血の乾いた赤褐色に染め上げて、表情を動かすたびにぽろぽろと
その欠片を落としながら手にした薙刀を弄んでいる。

378終演憧憬(1):2009/10/19(月) 12:13:33 ID:EcYFC0rI0
「で、どうしようか。ぶっ壊す?」
「待て待て待てっ」
「……?」

背後からの慌てたような声に振り返った郁未が眉根を寄せる。
立っていたのは背の高い、鋭く眼を光らせた男である。
一歩前に出た男が、郁未に食って掛かった。

「いきなり無茶なことを言うなっ」
「何が無茶よ」
「初手から『ぶっ壊す』が無茶以外の何だというんだ!」
「うーん……、日常?」
「……」
「……」
「……とにかく、だ」

深い溜息をついた男が、呆れたように首を振って言う。

「相手は突然湧いて出た、山より高い代物だ。こんなわけの分からんものにはもっと慎重になれ」
「……つーか、さっきから思ってたんだけどさ」

男の言葉を聞いてか聞かずか、郁未が手にした薙刀の柄をくるくると回しながら口を開く。

「そもそも、あんた誰」

ぐるりと見渡した、郁未の視線の先には男の他にも幾つかの人影がある。
名を知る者も、知らぬ者もあったが、しかしそのすべてが、郁未にとって見知った顔であった。
男の顔だけに見覚えがない。
その身に着けた飾り気のないシャツにも皺こそ寄っていたが、郁未たちのように
激戦を物語るような痕跡は見当たらない。
この島で終戦まで生き延びながら長瀬源五郎との戦いには加わらず、しかし帰還便の船着場ではなく
何処へ続くとも知れぬこの塔の前に立っている。
目付きの悪さも相まって、胡散臭いことこの上ない男であった。

379終演憧憬(1):2009/10/19(月) 12:14:02 ID:EcYFC0rI0
「俺か? 俺は……」
「―――その薄汚い男性の言う通りです、郁未さん」
「薄汚い!?」

名乗りを遮るように、声が上がった。
声の主をちらりと横目で見て、郁未が口を尖らせる。

「えー……だってさ、葉子さん」
「だって、じゃありません」
「薄汚いって!?」

たしなめるような口調は鹿沼葉子。
郁未と同じく全身を乾いた血に染め、長く細い金髪も見る影もなく傷めていたが、
表情には常日頃の静謐が戻っている。

「けど、開かないんだもん、このドア」
「だからといって壊そうかはないでしょう。そもそも郁未さんは……」
「まあ、お説教は後回しにして」
「おい、薄汚いって何だ!?」

男の悲鳴じみた抗議は揃って無視。
脱線しかけた葉子の肩を掴んで、扉の前へと向ける郁未。

「はい、バトンタッチ」
「まったく……」

話の腰を折られ、僅かに渋面を作った葉子が背丈の倍はあろうかという鉄扉に歩み寄る。
重々しく鎮座する扉を前に、葉子が振り返った。

「いつものように、郁未さんの開け方が悪かったのでしょう」
「いつもって何よ」
「いつもはいつもですよ、郁未さんは何事も大雑把ですから」

肩をすくめてみせる葉子。
汚れ破れた布地の隙間から時折白い肌を覗かせるその姿がひどく艶かしい。

380終演憧憬(1):2009/10/19(月) 12:14:44 ID:EcYFC0rI0
「いちいち棘があるよね……まあいいや、ならやってみせてよ」
「言われずとも」

呟いて扉へと向き直った葉子が、己の胸の高さ辺り、漆黒の扉に据え付けられた、
一見して紋様のひとつとも見紛いそうな円形の引き手を、掴む。
掴んで、固まった。

「……」
「……」

その背が、腕が、微かに動いている。
押し、引き、捻り。
色々と試行錯誤しているように、郁未には見えた。

「……」
「……」

暫くの間を置いて、郁未が何度目かの欠伸を漏らそうとしたとき、葉子が唐突に振り返った。
郁未と視線を合わせ、ひとつ頷いて、おもむろに口を開く。

「破壊しましょうか」
「お前もかっ!」
「よーし、んじゃ葉子さん、ちょっとそこどいて」

葉子の言葉を受けて、郁未が手の中で弄んでいた薙刀を宙へと放り投げてぐるりと腕を回す。
落ちてきた薙刀をぱしりと受け止め、構えは大上段。
横に一歩移動した葉子に口の端を上げて見せると、すう、と息を吸い込んだ。
日輪を映してギラリと輝いた刃が微かに震えた、そこへ大音声が響く。

「―――人の話を聞けっ!」
「……?」
「不思議そうな顔をするなっ」

完全に無視されていた男が、郁未の切っ先を塞ぐように両手を広げながら前に出る。

「邪魔なんだけど」
「邪魔してるんだっ」

そう郁未へ言い放った男が、横目でぎろりと睨んだのは葉子だった。

「お前の慎重論はどこへ行った!」
「……」
「不思議そうな顔をするなっ」

言われた葉子は郁未と目配せをひとつ。
溜息をつくと、大儀そうに口を開いた。

381終演憧憬(1):2009/10/19(月) 12:15:12 ID:EcYFC0rI0
「開かないのなら、開けるまでです」
「……」
「……まだ何か」
「もういい……ってこら、薙刀を振りかぶるなっ」
「だって、もういいんでしょ」
「いいわけあるかっ! お前らも見てないでこいつを止めろ!」

男の呼びかけた方に振り向いた、郁未の視界に映る影は二つ。
その全身を獣のものともつかぬ奇怪な白銀の体毛に包み、手には抜き身の一刀を提げた少女、川澄舞。
もう一人もまた、少なくともその外見においては少女である。
笑みとも嘲りともつかぬ、どこか掴みどころのない表情を浮かべたその名を水瀬名雪といった。
どちらもが、見知った顔である。
といっても直接に交わした言葉などほんの二、三に過ぎない。
つい先刻終結した、神塚山頂での長瀬源五郎との決戦において一時限りの共闘に及んだという、
それだけの間柄だった。

「……」
「……」
「無視されてるし」
「うるさいっ」

男の声にも、舞と名雪は指先一つ動かさない。
ただ思い思いの方を見つめたまま、何事かを思案しているようだった。

「お前らは少し協調性という言葉を理解しろ……」
「で、もういい?」
「だから得物を振りかぶるな! いいからそれを下ろせ!」

大袈裟な身振りで郁未に向けて腕を振ってみせた男が、険しい顔で振り返ると塔の方へと向き直る。
そのまま一歩、二歩、扉の前へと歩み寄ると、漆黒の鉄扉を見上げた。

「そもそも本当に開かないのか?」
「ずっと見てたでしょ」
「女の細腕で試しただけだろう」

小さく鼻を鳴らすと、男は見るからに重そうな円形の引き手を掴む。
僅かな間を置いて、思い切り引いた。

「細腕って、少なくともあんたよりは……って、……え?」



******

382終演憧憬(1):2009/10/19(月) 12:15:32 ID:EcYFC0rI0
******






ぎぃ、と。
錆び付いた音を立てて、扉が開く。

その奥には漆黒の闇だけが拡がっている。




******

383終演憧憬(1):2009/10/19(月) 12:16:03 ID:EcYFC0rI0
******

 
 
「……俺よりは、何だって?」

振り向いた、男の得意げな視線を郁未は見ていない。
その瞳は男の背後、漆黒の外壁と鉄扉との間に顔を覗かせた、細く深い闇へと吸い寄せられている。

「嘘っ!?」
「嘘も何もあるか。ごく普通に開いたぞ」

思わず目線を送れば、葉子もまた僅かに目を見開いている。
と、郁未の視線に気付いた葉子が、無言のままに頷く。
確かに先刻は開かなかったのだと、その瞳は語っていた。

「……」

原因は分からない。
何かの仕掛けがあるのか、男が見かけによらず並外れた膂力の持ち主だったのか。
それとも、ただの偶然か。

「……そりゃ、ないよねえ」

呟いた郁未が口の端を上げてみせる。
眼前に開いた闇からは今にも何かが零れ落ちてきそうだった。
どろどろとした、冷たくて粘つく薄気味の悪い何か。
この塔の中にはきっと、そういう何かが詰まっている。
その扉が、偶然などで開くものか。

384終演憧憬(1):2009/10/19(月) 12:16:24 ID:EcYFC0rI0
「面白いじゃない。……行こ、葉子さん」
「お、おい……!」

考えるのは、相方の役割だ。
そして自分の役割は、前に進むこと。
二人はそうしてできている。

「はい」

短い返事を確認。
手の薙刀をくるりと回すと、郁未は細く隙間を覗かせる扉を一気に引き開ける。
目に映るのは闇の一色。
恐れることもなく、踏み出した。

「―――」

背後から響く足音はひとつ。
耳に馴染んだ鹿沼葉子の歩調。
その向こうからは、場にそぐわぬ呑気な会話が聞こえてくる。

「そういえばお前、あの、アレ……どうした?」
「渡した」
「……」
「……」

僅かな沈黙。
会話が微かに遠くなる。

「……って、誰に渡したんだ」
「佐祐理」
「誰だそりゃ……」
「……」

再び、沈黙。
目に映る闇に融けるように、声が段々と聞こえづらくなっていく。

「お前、友達いないだろ……」
「いる。佐祐理」

三度の沈黙の後に聞こえたのは、深い溜息である。

「はあ……もう、いい……」


それを最後に、音が消えた。



******

385終演憧憬(1):2009/10/19(月) 12:17:02 ID:EcYFC0rI0
******



声が響く。
高く澄んだ、変声期を迎える前の少年の声だ。

「……開くわけがない、はずなんだけどね」

応えるように、もうひとつの声が響く。
まだ幼い、童女の声だった。

「けど、あいてるよ」

星のない月夜の下。
声だけが、天を仰ぐ白い花を揺らしている。

「はあ……汐、もしまた生まれたらお母さんに戸締りはきちんとするように言っておいて」
「なんで」

汐、と呼ばれた幼い声が尋ねるのに、少年の声が呆れたように響く。

「何でって、君のお母さんが作った入り口じゃないか」
「そうだっけ」
「そうだよ。中途半端なことしてさ、忘れてちゃ世話ないよ」
「ごめん、ごめん」

悪びれない謝罪。
小さく溜息を漏らした少年の声が、ふと何かに気付いたようにトーンを落とす。

「ん、いや待てよ……」
「……?」
「この場合は戸締りよりも……むしろ身持ちを固く、かな?」
「みもち……?」
「男に限ってあっさり開くんだから、困ったものさ」
「ねえ、何のはなし……?」

幼い声に、少年の声が笑みを含んで響く。

「だって、あれは臍の緒だろう。すっかり干からびてしまっているみたいだけれど」
「へそのお……?」
「うん、ならやっぱり、その先に口を開けているのは……」

そこまでを語って、少年の声が不意に途切れた。

「まあ、いいや。子供に聞かせる話じゃあない」
「……?」
「いいんだってば」

どこか照れたような少年の声が、こほん、と咳払いを一つ。

「ふうん。へんなの」

つまらなそうに呟いた幼い声が、やはりつまらなそうに続ける。

「でも、かんけいないでしょ。どうせ―――」
「まあ、そうだけどね」

少年の声が、幼い声の言葉を引き取る。

「―――どうせここまで、道は続いていないんだから」

風のない花畑に響いた、その声に。
一面に咲いた白い花が、ざわ、と揺れた。



******

386終演憧憬(1):2009/10/19(月) 12:17:39 ID:EcYFC0rI0
******





闇を抜けると、そこは海だった。

広い、広い海には、

波間に浮かぶ小さな島々のように、

白い羊が、浮かんでいる。



.

387終演憧憬(1):2009/10/19(月) 12:18:45 ID:EcYFC0rI0

【時間:2日目 3時過ぎ】
【場所:I−10 須弥山入口】

国崎往人
 【所持品:人形、ラーメンセット(レトルト)】
 【状態:法力喪失】

川澄舞
 【所持品:村雨】
 【状態:健康、白髪、ムティカパ、エルクゥ】

水瀬名雪
 【所持品:くろいあくま】
 【状態:過去優勝者】



【時間:すでに終わっている】
【場所:世界の終わりの花畑】

岡崎汐
【状態:――】

少年
【状態:――】



【時間:すでに終わっている】
【場所:???】

天沢郁未
 【所持品:薙刀】
 【状態:重傷・不可視の力】

鹿沼葉子
 【所持品:鉈】
 【状態:健康・光学戰試挑躰・不可視の力】

→692 1068 1071 1080 ルートD-5

388断ち切る:2009/10/21(水) 23:17:39 ID:9uSh9wRc0
 人殺しの目、とはどのようなものなのだろうか。
 姫百合瑠璃は、平静さを装いながらも笑い出してしまいそうになる体を抑えるのに必死だった。

 言ってしまえば流されるがままで、なにひとつとして明確な意思も持てずここまで来てしまった自分。
 拠り所を他者に求めるばかりで、自らのためにやれることはやれてもそれを別の方向に向けることもできない自分。
 抱える弱さが渾然一体となって押し寄せてきているからこそ、これほどまでに怯えているのかもしれなかった。

「……もう、分かってるかもしれませんけど」

 滅多に使わない丁寧語そのものが逃げの象徴のように思えて、瑠璃は息を詰まらせた。
 そんなことは許されないのにと分かっていても、誤魔化すことに慣れきってしまった体が反射的にさせたのかもしれなかった。
 目の前にいる、身じろぎもせずに胸の前で腕を抱えている藤林杏は何も言わない。
 眠っているのではないかとさえ思えるくらいに、彼女は整然としていた。

 そんな杏の姿を眺め、何を待っているのだろうと自問した瑠璃はいつもの自分になりかけていることに苛立った。
 冗談じゃない。ここまで来て怖気づいて、何がツケを支払う、だ。
 黙りこむのは簡単だが、そうして失ったものは絶対に取り戻せない。
 取り戻せるのだとしても、その時はいつだって自分が後悔する時だ。

 だから今ここにいるのではないか、と瑠璃は半ば呆れる思いで己を叱咤した。
 情けないという思いが込み上げてきたが、そんなことに拘れるほど人間ができていないのが姫百合瑠璃だった。

「あなたの妹の……椋さんは、ウチが殺しました」

 倒すでも、戦ったでもない。確かに殺意を持って椋に、名前も知らなかった少女にミサイルを撃ち込んだのだ。
 ぴくりと杏の指が動き、手が飛んでくるのではないかと予感したが結局何もされることはなかった。
 けれども「なんで、殺したの」と続けられた杏のひどく冷静な声が瑠璃の胸を締め付けた。

「椋さんが殺し合いに乗ってた正確な理由は、分かりません。でも、多分、杏さんのために殺してたのは……確かです」

389断ち切る:2009/10/21(水) 23:17:57 ID:9uSh9wRc0
 偽りの笑顔、偽りの優しさを向けられ会話していたときでさえ、椋が話題に挙げた姉のことに関しては心底事実だと思えた。
 格好良くて、面倒見のいい、自慢の姉。どこで歪んでしまったのかは分からなかったが、
 少なくとも姉に対する思いだけは死ぬ直前まで変わらなかったと確信させるだけのものが椋にはあったと思っていた。

「殺したの? 椋は、誰かを」
「……ウチの、姉を。それに友達を、仲間を、たくさん」

 珊瑚の姿を思い出した瞬間、やり直しだと告げた姿がフラッシュバックして瑠璃は目尻に涙を浮かべそうになった。
 服に滲む黒ずんだ血の色の中に何も出来なかった自分の姿が映った気がした。
 いけないという意思の力でどうにか抑えたものの、声を詰まらせたことは杏に伝わってしまったらしかった。
 杏はすぐには何も言わず、顔を俯けていた。瑠璃も耐え切れず、床に視線を落とした。
 互いが互いの家族を奪い合った現実の重さ。負債と言うには重過ぎる、過酷な事実が声をなくさせたのだった。

「ごめん、なさい」

 出し抜けに紡がれた声に、瑠璃は呆然として視線を杏に向けた。
 唐突に過ぎる謝罪の言葉に「どうして」と詰問の口調で言ってしまっていた。

「謝る必要があるのはウチだけです。だって、あのとき確かに……ウチは椋さんを憎んでた。
 死ねばいいって思ってた。許されなくって当然なんです」

 動転していたからなのかもしれない。瑠璃は率直に己の内面を伝えていた。
 今の自分には様々な感情が交錯し、絡み合っている。憎む気持ちは確かにあった。そのことに関しては弁解する余地もない。
 なのにこれでは、痛み分けを促し、自分が負債を踏み倒してしまったみたいじゃないか。
 だから自分が負債を少しでも請け負う――そんな気持ちで言い放った瑠璃の言葉を「違うの」と杏は返した。

「妹の代わりに謝ったんじゃない。あたしは……妹があなたのお姉さんを殺したのを聞いても、
 それでも生きてて欲しかった、って思ったの。そんな、自分がバカらしくて……」

390断ち切る:2009/10/21(水) 23:18:15 ID:9uSh9wRc0
 杏の返答に瑠璃は絶句した。身勝手ともとれる杏の考えに失望したのではなく、実直に過ぎる言葉に触れ、
 自分は本当に取り返しのつかないことをしてしまったという実感から絶句したのだった。
 姉妹の絆を引き裂いてしまった。家族のかけがえのなさを知っているのは自分もなのに。

「だから……ごめんなさい。自分だけが慰められればいいって考えてて、ごめんなさい」

 瑠璃はこれに返せるだけの言葉を持てなかった。そうしてしまえば自分が赦されたがっているような気がして、
 みじめになってゆくのが簡単に想像できたし、杏の人格を傷つけてしまうことが分かってしまったからだった。
 甘かった。このツケは人が一生をかけたところで払いきれるものではない。
 生きている限り罪を実感し続けてゆかなくてはならないものなのだ。
 瑠璃は代わりに「いいんです」と告げた。

「間違ってないって、思います。ウチも……杏さんの立場ならそう思っただろうから」

 他の関係を全て押し退けて、無条件に愛し、守ろうとできるのが家族。
 だからこそ何の遠慮もなく、瑠璃もそう言うことが出来た。
 そこには何のしがらみもなかった。強すぎる想いが引き起こした、一つの悲劇なのかもしれない。
 周りから見ればそれだけで片付けられるものではないと言及されそうだったが、瑠璃にはそうとしか思えなかった。
 椋の見せた表情を知っていれば。

「椋、笑ってた?」
「……はい。杏さんの話をしてるときは、ずっと」

 瑠璃の言葉を聞くと、杏は「あのバカ」と言って天井を仰いだ。
 死に目に会えなかった妹の表情を必死に手繰り寄せているのかもしれなかった。

「あたし、簡単に死ねなくなっちゃったわね」

 瑠璃に目を戻した杏は苦笑していた。寂しさと心苦しさ、自分には推し量れない何かを抱えた顔だった。

「軽率だったかな。瑠璃は、もうそんなのとっくに過ぎてるのにね」
「え……」

391断ち切る:2009/10/21(水) 23:18:34 ID:9uSh9wRc0
 そうなのだろうか、と自問する声がかかり、やはり明確な答えを出せずに瑠璃は沈黙した。
 流されるままで、他人には死んで欲しくないとは思えても自分のことになると頓着するものなど殆どなかったこと。
 償うことばかり考えていて、自分自身のことなんて思いつきもしなかった。

「だって、そうでしょう? 簡単に死ねないって分かってて、ずっと内側で黙り込んだままなんて出来ないもの。
 吐き出して、どっかで楽にならなければ人って生きられないから……それこそ、聖人君子でもなければ、ね」

 人の持つ芥を理解し、自分本位で動くことも是と受け止めた顔があった。
 緩やかに曲線を描いた口元は笑っているようでもあり、諦めているようにも思えた。

「多分あたしもあなたも、どっかで絶対許せないところがあるのよ。でもそれだけじゃ寂しいでしょう?
 だから少しでも本音を吐き出しておけば、あたし達なりにも理解することができるようになる。
 理解できないとね、思い込みで憎んだり疑ったり、軽蔑するだけになるから。……自分にも」

 杏は椋のことを忘れられないし、その生を奪われたことも許せない。
 瑠璃も珊瑚のことを忘れられないし、奪われたことを絶対に許せない。

 でもそれでいいのだ、と杏は言ってくれた。ちゃんと互いに吐き出して、自分なりの納得さえ得られれば。
 それはある意味では自分達の善意を信じての言葉だった。
 善くなっていけるだろうと信じられるからこそ、杏は許せなくてもいいと言ったのだろう。

「ありがとう……」

 だから瑠璃が言ったのは謝罪でもなく疑問を差し挟むことでもなく、自分達の在り様を肯定してくれたことに対しての感謝だった。
 無論これだって自分を保つための論理なのかもしれない。でもそれでもいい、と瑠璃は率直に思うことが出来た。
 手を出しだした瑠璃に、何の躊躇いもなく杏も手を握り返してきた。

「お互い、死ぬまで生きましょう」
「うん。絶対に」

 辛酸を自分で洗い流すことを覚えた女二人の手が離れる。
 毅然として歩く杏の後に続きながら、瑠璃は話していた空き教室の前で待っているであろう藤田浩之の姿を思い浮かべる。
 今晩は彼と話しつつ、一緒に過ごしてみよう、と思った。
 初めて自分のことだけを考えている自分を、自覚しながら。

392断ち切る:2009/10/21(水) 23:18:55 ID:9uSh9wRc0
【時間:3日目午前04時00分ごろ】
【場所:D−6 鎌石小中学校】

『自由行動組』何を、誰とするかは自由。小中学校近辺まで移動可

姫百合瑠璃
【状態:死ぬまで生きる。浩之と絶対に離れない。珊瑚の血が服に付着している】

藤田浩之
【状態:瑠璃とずっと生きる】

藤林杏
【状態:軽症(ただし激しく運動すると傷口が開く可能性がある)。簡単には死ねないな】

→B-10

393終演憧憬(2):2009/10/23(金) 03:33:56 ID:IOL2TXto0
 
「―――ふうん。それじゃ、さっきの白いのがおまえの言ってた子だったんだ」

ずずぅ、と癇に障る音を立ててマグカップの茶を啜りながらしたり顔で頷く春原陽平を
ちらりと横目で見て、長岡志保は頬杖をついたまま口を開く。

「だから、おまえっていうのやめてよね。あたしには志保ちゃんって立派な名前があるんだから」
「……へいへい」

突き放すように言われた春原が、露骨に顔を顰めながら言い直そうとする。

「で、その志保ちゃんは―――」
「あんたに志保ちゃんとか呼ばれたくないんですけど。キモい」
「ムチャクチャ言いますねえっ!?」

口から唾と茶とを飛ばしながら抗議する春原に、心底面倒そうな表情を作って志保は視線を外す。
実際、心底から面倒くさかった。
甲高くて喧しい声は、どんよりと澱んだテンションにざくざくと突き刺さってひどく鬱陶しい。
今はただ、窓の外に広がる景色と静寂だけに身を委ねていたかった。
目をやれば、四角く切り取られた空は、青の一色からだいぶ趣を変えている。
傾きかけた陽射しの黄色みがかった色合いが、森と山と小さなリビングとを、薄いヴェールで覆うように
やわらかく染め上げていた。

394終演憧憬(2):2009/10/23(金) 03:34:15 ID:IOL2TXto0
「白い子……って、川澄さんのことですか?」

背後でなおも不満そうにぶつぶつと抗議の声を上げ続けている春原を見かねたか、
困ったような顔の渚が会話に入ってくる。
ここで目が覚めてからほんの数時間。
その間に、同じようなことが何度もあった。
場に険悪な空気が流れること自体が嫌なのだろう、と思う。
古河早苗がこの場にいれば、空気が悪くなるより僅かに手前で自然に軌道修正するような一言を放って、
一瞬にして和やかな雰囲気を取り戻していただろう。
それは一種の天賦の才で、しかし早苗は今キッチンに立っている。
だから渚は仕方なく、どこか必死さを滲ませながらぎこちなく、対立に介入しようとしているのだろう。
ともすればそれは優しさではなく、手前勝手な心情の押し付けだった。
しかし穏やかな口調と下がった目尻は、春原のそれと違ってささくれ立った志保の心を刺激しない。
それはどこまでも薄く、軽く、やわらかい身勝手だった。
仕方ないかと内心で苦笑した志保が、窓から視線を離すと渚の方へと向き直る。

「そ。あたしと美佐枝さんが何とかしようとした子」

本人には言えなかったけどね、と苦笑交じりに呟く。
あんた、何で生きてるのよ。
言えるわけがない。
長岡志保を知る誰もが理解しているように、流れに乗れば志保は誰に対しても、何についても口に出す。
出してしまう、或いは出せてしまう。
そうしてまた、これは誰もが誤解していたが、流れに乗ることができなければ、志保は怯えて動けない。
一線を踏み越えることのリスクを過剰に考えすぎてしまうのが、長岡志保という少女の一面である。
酔った勢い、という言葉がある。
流れに乗るというのはそれに近いのかもしれない、と志保は自己を分析していた。
但し酩酊するのはアルコールに対してではない。
長岡志保を酔わせるのは、空気と呼ばれるものだった。
場に流れるテンションの総量が、志保を大胆にする。
言わなくてもいいことや言えなかったはずのことや、しなくてもいいことやすべきでないことをさせる。
踏み出した足が一線を越えた、そのこと自体がテンションを押し上げて、志保自身を加速させていく。
それが好循環であるのか、それとも悪循環であるのかを志保は評価しない。
ただ自分自身がそういうものであると、それだけを理解していた。
温まらない場では動けない。
人見知りをしないくせに、一度でも苦手意識が芽生えた相手の前では口も出さない、笑えない。
それが長岡志保で、そして志保にとっての川澄舞は、明らかに苦手な相手だった。

395終演憧憬(2):2009/10/23(金) 03:34:38 ID:IOL2TXto0
「何とかしようとして、何ともならなかった子だろ」

ずぅ、と茶を啜りながら春原が言う。
返事をするのも面倒だった。
代わりに、春原が少しづつ啜っているマグカップの底を、思い切り指で押した。

「ぶあつぅーっ!?」
「ひゃ!? だ、大丈夫ですか春原さん! わ、わたしタオルとお水、持ってきます!」

椅子から転げ落ち、大きな腹を抱えたままごろごろと床をのたうつ春原を無視して、
志保は窓の上に据え付けられた壁掛け時計を見上げる。
短針は右真横、九十度。
時刻は間もなく三時になろうとしていた。

「……だから、もう少ししたら出よっかな。船が出るのは六時だっけ」

何が、だから、なのか。
口にした志保自身が、そのことを疑問に思う。
何とかしようとして、何もできなかったから、だからここを出て、船に乗って、本土へ帰るのか。
舞が蘇って、すべきことが何もなくなったから、だから悪夢の一日を生き延びたことに感謝して。
何かをしようと決意して、何ができたのかも分からないまま放り出されて、だから家路に着くのか。
夢と現の狭間で、何かを見出したつもりだった。
誰もが戦っていたあの山頂を見上げていたとき、心の中には確かに何かが存在していたはずだった。
ぐにゃりと歪んだ世界の中で、ずるずると纏わりつく無数の想念に貫かれながら膝を屈さずにいたとき、
志保の中の一番声の大きな何かは、必死で叫んでいたはずだった。
だがこうして、温かいお茶とうららかな陽射しと穏やかな景色とに包まれていると、そのすべてが
夢か幻であったように思えてくる。
掴んだはずのものが、するりと手の中から零れ落ちていくような感覚。
開いてみれば、手のひらの上には何も残っていない。
小さく、無力な手が傾きかけた陽に照らされて黄金色を帯びている。
転んだときの細かな傷の幾つかが血が滲んでかさぶたになっていて、そうして、それだけだった。
船に乗って家路について、日常に戻ればすぐに消えてしまうような、そんな傷。
それだけが志保に残されたもので、傷が消えてしまえば、この島の全部が消えてしまうような、
そんな錯覚が、ぼんやりと志保を包み込んでいく。

396終演憧憬(2):2009/10/23(金) 03:35:02 ID:IOL2TXto0
「はあ……」

深い溜息と共に、テーブルに突っ伏す。

「あたし、何やってたんだろうなあ……」

頬に当たる飾り板の冷たい感触と篭った溜息の生温さが、ほんの一呼吸、二呼吸の内に混じり合っていく。
腕で覆った瞼の内側は暗く、狭く、簡素で、心地いい。

「何にもできてない」

小さな壁の内側の空虚に甘えながら呟けば、愚痴じみた言葉はひどく自然に耳に馴染んで、
それはきっと本音なのだろうと思えた。

「ずっと誰かに助けられてて、なのに恩返しもできなくて。だけど……」

濁った声が溶けていく。
溶けて乾いて、残らない。
それでも、口にして、思う。
だけど、は優しい言葉だ。
曖昧で、緩やかで、言葉が続かなくても、許してくれる。
だけど、の後に何を言おうとしたのか、もう自分でも分からない。だけど。
だけど、仕方ない。
きっとそれは、仕方ないことだったのだ。
即席の闇の中、だけど、が大きくなっていく。
だから、を侵して、だけど、が言葉を濁らせる。
濁った言葉は吸い込んだ息と一緒に肺の中で血に混ざって、体中を這い回る。
這い回って、いつかの、思い出せないほど遠くの自分が傷だらけになりながら手を伸ばしていた理由や、
手段のない目的や、原因の見つからない衝動や、そういうものを砂糖菓子みたいに包み込んでくれる。
それは疲れきった身体に染み込んで、甘い。
それは弱りきった精神に沁み渡って、軽い。
それは長岡志保を満たし、覆い、溢れて、

「……だけど、なんだよ」

そういうものに包まれた自分は、ひどく言い訳じみていて。
醜く、くすんでいる。

397終演憧憬(2):2009/10/23(金) 03:35:31 ID:IOL2TXto0
「―――」

春原陽平の声が、冷水のように、或いは無遠慮に響く足音のように、志保を打つ。
打たれて剥がれた砂糖菓子のコーティングの下から、剥き出しの衝動が顔を覗かせていた。
それは疲れきり、弱りきって、しかし、だから何だと、叫んでいた。
ずっと誰かに助けられていて、なのに恩返しもできなくて。
だけど、ではないと。
それは、叫んでいた。
だから、だ。
だから、お前はどうするのだと、真っ直ぐに、心臓の裏側に爪を立てるような眼差しで、問いかけていた。

「……わよ」

ぎり、と噛み締めた歯の隙間から、声が漏れた。

「はあ? 何だって?」
「―――あんたには、分かんないわよ……!」

眼差しから視線を逸らし、傷口から漏れ出した問いを塞ぐように、必死に己を抑え込みながら、
志保が声を絞り出す。
理不尽だと分かっていた。
ただの八つ当たりだと、理解していた。
それでも、言わずにはいられなかった。
顔を上げて睨んだ先に、

「何、それ」

底冷えのするような目が、待っていた。


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