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避難用作品投下スレ3

1管理人★:2007/10/27(土) 02:43:37 ID:???0
葉鍵ロワイアル3の作品投下スレッドです。

383名無しさん:2008/03/12(水) 01:15:18 ID:JAd3em1s0


「早く立て。倒れている相手を追い打つのは、私の流儀に反するからな」

智代は敢えて追撃を仕掛けずに、岸田が起き上がるのを待っていた。
殺し合いの場であろうとも自分を曲げるつもりは無い。
あくまで自らの信念、自らの生き方を貫いたまま、目的を達成してみせる。
智代と茜の視線が注ぎ込まれる中、ようやく岸田がよろよろとした動作で立ち上がる。

「……調子に乗るな、雌豚がああああっ! もう後の事なんぞ知るか、コレでお前をぶっ殺してやる!」

岸田はそう叫ぶと、直ぐに鞄からニューナンブM60を取り出した。
高槻と戦う時まで銃弾を温存しておくつもりだったが、最早そんな事は考えていられない。
今この場で全力を出し切ってでも、この女達は八つ裂きにせねば気が済まない。

「さあ、パーティーは終わりだ! 死ね! 死んでこの岸田に逆らった事を後悔しろ!」

怒りも露に岸田が叫ぶ。
銃という凶悪な力を手に、智代達に死刑宣告を突き付ける。
だが智代は銀の長髪を靡かせながら、口の端に強気な微笑みを浮かべた。

「パーティーか。そうだな……仮にこれを、パーティーの中で行われる演劇とすれば――」

智代の腰が落ちる。
それに呼応するようにして、岸田の銃が水平に構えられる。

「――主役(わたし)が勝ち、敵役(おまえ)が負ける! それが演劇のフィナーレというものだ!!」

鳴り響く銃声、木霊する叫び。
それを契機として、最後の戦いが幕を開けた。

384名無しさん:2008/03/12(水) 01:15:58 ID:JAd3em1s0


「ハッ――――――!」

智代は凄まじい速度で横に跳躍して、岸田の初弾から身を躱した。
間を置かずして前進しようとするが、そこで再び銃口と対面する事になる。
智代が咄嗟に前進を中断した瞬間、ニューナンブM60が死の咆哮を上げた。
容赦も躊躇も無い銃撃が、必殺の意思を以って放たれる。

「ク――――」

全力で身体を捻る。
智代の頭上付近を、黒い殺意の塊が通過していった。
何とか危険を凌いだと思ったのも束の間、更に二連続で放たれる銃弾。

「……………っ」

態勢を崩したままの智代は、地面へと転がり込む事で、迫る死からどうにか身を躱した。
しかし、それで限界。
今の状態では、これ以上の回避行動を続けるなど不可能だった。

「そら、そこだ!」
「グッ……ガアアアアアアア!」

智代が起き上がるよりも早く、岸田のニューナンブM60が五発目の銃弾を放つ。
放たれた銃弾は智代の左肩へと突き刺さり、そのまま肉を抉り貫通していった。
迸る鮮血に、智代の服が赤く染まってゆく。

「ハーハッハッハッハッハッハ! 馬鹿が、素手で銃に勝てる訳が無いだろうが!」

先程から一方的に攻め立てている岸田が、勝ち誇った笑い声を上げる。
確かに現在の所、勝負は圧倒的に岸田が押している。
岸田が銃を持って以来、智代は一度も近付けてすらいない。

――だが、岸田は失念してしまっている。
銃という武器が持つ、最大の弱点に。
智代は無言で起き上がると、そのまま一直線に岸田の方へと走り出した。

「馬鹿が、真っ直ぐに向かってくるとは――、…………ッ!?」

迎撃を行おうとした岸田の表情が驚愕に歪む。
智代に向けてニューナンブM60の引き金を絞ったものの、銃弾は発射されなかった。
弾切れ。
銃器である限り、絶対に逃れられない枷。
圧倒的優位に酔いしれる余り、岸田は残弾の計算すらも忘れてしまっていたのだ。

385名無しさん:2008/03/12(水) 01:17:03 ID:JAd3em1s0


「オオオオぉおおおおおお―――――――!!!!」

敵の弾切れを確認した瞬間、智代は文字通り疾風と化した。
これこそが、智代の待ち望んでいた機会。
度重なる連戦で負った疲労とダメージは決して軽くない。
この好機を逃してしまえば、自分にはもう後が無い。
故に今この時、この瞬間に自分の全てを注ぎ込む――――!!


「――これは美佐枝さんの分!」
「ガッ、グ…………!」

智代は一息の間に距離を詰めて、岸田の腹部を思い切り蹴り上げた。
強烈な衝撃に、岸田の手からニューナンブM60が零れ落ちる。

「これは小牧の分!」
「っ――――ぐ、ふっ…………!」

智代の上段蹴りが、岸田の顎へと正確に突き刺さった。
激しく脳を揺らされた岸田が、完全に無防備な状態を晒す。

「これは私と茜の分!」
「あ、が、ぐ――――」

蹴る、蹴る、蹴る、蹴る。
叩き込まれた攻撃は実に十発以上。
皆の怒りを、皆の無念を籠めて、智代の足が何度も何度も振るわれた。
だが、未だ終わりでは無い。
銀髪を流星の尾のように引きながら、智代が更なる攻撃を仕掛けてゆく。


「そしてこれは――」


踏み込む左足が、力強く、大地を震わせた。
その勢いは前進力となって、完全に同軌したタイミングで右足が一閃される――!!


「お前に殺された人達の分だ――――――!!!」
「うごぁぁああアアアアアアアアア…………ッ!」


正に全身全霊、渾身の一撃。
交通事故にも等しい衝撃が、岸田の腹部へと叩き込まれる。
智代が放った蹴撃は、巨躯を誇る岸田洋一の身体すらも、優に十メートル以上弾き飛ばした。

386名無しさん:2008/03/12(水) 01:18:27 ID:JAd3em1s0



「ぐっ……糞、ど畜生が…………!」

岸田が何とか立ち上がって、鞄から電動釘打ち機を取り出したものの、その動きは目に見えて鈍くなっている。
とても、智代の攻撃を裁き切れるような状態では無い。

「これで、終わりだ…………!」

智代は勝負に終止符を打つべく、一気に踏み込もうとする。
次に智代が岸田を間合いに捉えれば、その瞬間に戦いは決着を迎えるだろう。
満身創痍となった岸田洋一は、碌に反撃すらも出来ず、意識を刈り取られる。



だが――その刹那。


もう少しで、智代の足が届く距離になるという時に。
追い詰められている筈の岸田が、あろう事か禍々しい笑みを浮かべ出した。


「……そうか。最初からこうすれば良かったんだな」
「――――え、」


智代の動きがピタリと停止する。
前方で、岸田の電動釘打ち機が水平に構えられていた。
智代に向けてでは無い。
岸田は咄嗟の判断で、智代では無く茜に釘打ち機を向けたのだ。
足を怪我している茜に、釘打ち機の発射口から逃れる術は無い。

「動けばどうなるか、分かってるよな?」

智代が下手な行動を起こせばどうなるか、考えるまでも無い。
殺人鬼・岸田洋一はそれこそ何の躊躇も無く茜を撃ち殺すだろう。
例えその後、自分自身が殺される事になろうともだ。
岸田は空いてる方の手で投げナイフを取り出すと、一歩も動けない智代に向けて構えた。

387名無しさん:2008/03/12(水) 01:20:05 ID:JAd3em1s0

「駄目です、智代! 私の事なんて良いから、戦って――」
「……じゃあな、雌豚」

茜の叫びも空しく。
冷たい宣告と共に、ナイフが容赦無く投げ放たれた。
鋭い白刃は正確に智代の腹を突き破って、中にある内蔵すらも破壊する。
智代は呼吸器官から湧き上がる血液を吐き出して、自身の服を真っ赤に染め上げた。

「……す、ま、ない。あか………ね―――――」

膝から力が抜けて、上体が折れる。
智代は最後に一言だけ言い残すと、冗談のような鮮血を流しながら地面へと倒れ込んだ。
倒れ込んだ智代に向けて、更に岸田が一発、二発と五寸釘を打ち込んだ。
衝撃に智代の身体が揺れたが、それも長くは続かない。
十数秒後。
そこにはもう、二度と動かなくなった亡骸のみが残っていた。

「と、智代…………!!」

茜が右足を引き摺りながら、懸命に智代の死体まで歩み寄ろうとする。
だが目的地に到着するよりも早く、背中に強烈な衝撃が突き刺さった。
茜は盛大に吐血すると、力無く地面へと崩れ落ちた。


「ったく、手間掛けさせやがって。身体中が痛むし最悪だ」

茜の背中からナイフを引き抜きながら、不快げに岸田が呟いた。
岸田は茜の肩を掴むと、強引に身体を自分の方へと向けさせる。

「何はともあれ、これで理解出来ただろ? 仲間なんて下らないモノに拘ってる連中は、馬鹿みたいに野垂れ死ぬだけだってな」

岸田はそう言い放つと、茜の胸にナイフを突き立てた。
生命の維持に欠かせない心臓が破壊され、夥しい量の血が飛散した。
だが、茜は尚も身体を動かして、智代の下に這い寄ろうとする。

388名無しさん:2008/03/12(水) 01:21:05 ID:JAd3em1s0


(せめて……智代の…………傍で――――――)

霞みゆく視界、薄れゆく意識の中で、懸命に這い続ける。
萎えてしまった腕の筋肉を総動員して、少しずつ距離を縮めてゆく。
せめて。
せめて最期は、智代の傍で。
残された唯一の望みを果たすべく、茜は尚も動こうとして。

「――しつけえよ。いい加減死ね」

そこで岸田のナイフがもう一度だけ振るわれて、茜の首を貫いた。
周囲の床に血が飛び散って、赤い斑点模様を形作る。
神経を遮断された茜は、最早指一本すら動かせない。


誰一人として守れないまま、大切な仲間の下にも辿り着けないまま。
里村茜の意識は暗闇へと飲まれていった。
見開かれたままの大きな瞳からは、血で赤く染まった涙が零れ落ちていた。

389名無しさん:2008/03/12(水) 01:24:39 ID:JAd3em1s0
【時間:2日目15:00】
【場所:C-03 鎌石村役場】

相楽美佐枝
【持ち物1:包丁、食料いくつか】
【所持品2:他支給品一式(2人分)】
【状態:死亡】

坂上智代
【持ち物:湯たんぽ、支給品一式】
【状態:死亡】

里村茜
【持ち物:フォーク、釘の予備(23本)、ヘルメット、湯たんぽ、支給品一式】
【状態:死亡】

小牧愛佳
【持ち物:火炎放射器、缶詰数種類、他支給品一式】
【状態:中度の疲労、顔面に裂傷、極度の精神的ダメージ、役場から逃亡】

七瀬留美
【所持品1:手斧、折りたたみ式自転車、H&K SMGⅡ(26/30)、予備マガジン(30発入り)×2、スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン】
【所持品2:デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、支給品一式(3人分)】
【状態:弥生の殺害を狙う、邪魔する者も排除、中度の疲労、右腕打撲、一時的な視力低下、激しい憎悪。自身の方針に迷い、役場から逃亡】

七瀬彰
【所持品:イングラムM10(16/30)、イングラムの予備マガジン×4、M79グレネードランチャー、炸裂弾×9、火炎弾×10、クラッカー複数】
【状態:右腕負傷(かなり回復。痛みはほぼ無し)。左腕に打撲、左腕に切り傷、疲労大、マーダー。役場から逃亡】

岸田洋一
【持ち物:ニューナンブM60(0/5)、予備弾薬9発、鉈、カッターナイフ、投げナイフ、電動釘打ち機6/12、五寸釘(5本)、防弾アーマー、支給品一式】
【状態:肋骨二本骨折、内臓にダメージ、身体中に打撲、疲労大、マーダー(やる気満々)。今後の方針は不明】


【その他:二階の大広間に電動釘打ち機(11/15)、ドラグノフ(1/10)が、一階に89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、予備弾(30発)×2、ペンチ数本、ヘルメットが放置】



→B-10


>まとめサイト様
タイトルは『激戦、慟哭、終焉/アカイナミダ』で御願いします。
また凄く長い話になってしまったので、二分割掲載を希望します(後編は>>377から)

390名無しさん:2008/03/13(木) 19:35:18 ID:QjCmsZtU0
>まとめサイト様
申し訳御座いません
幾つか矛盾点がありましたので、以下のように訂正お願いします


>>363
>そう言いながら姿を現したのは、制服姿の少女と、成熟した体型の女性。
           ↓
そう言いながら姿を現したのは、長い金髪の少女と、成熟した体型の女性。



>>367
>「そうだな、じゃあやる気になるような事を教えてやるよ。知り合いかは分からんが――少し前、お前と同じ制服の奴や、その仲間を殺してやったぞ」
>「私と同じ制服の人を……ですか?」
                       ↓
「そうだな、じゃあやる気になるような事を教えてやるよ。知り合いかは分からんが――お前と同じ年頃の女を二人、殺してやったぞ」
「私と同じ年頃の……ですか?」



>>387
>鋭い白刃は正確に智代の腹を突き破って、中にある内蔵すらも破壊する。
       ↓
鋭い白刃は正確に智代の胸部へと突き刺さって、中にある内蔵すらも破壊する。

391『激戦、慟哭、終焉/アカイナミダ』作者:2008/03/13(木) 19:35:51 ID:QjCmsZtU0
嗚呼……名前忘れました

392Intermission-1:2008/03/19(水) 03:40:59 ID:C1BCUMC.0
「…………」
「…………」
 何もしなくても時間は過ぎる。
 奥の部屋では珊瑚が独りでワームを作っている。
 あの部屋に到るまではたとえ何処からでも確実にこの部屋を通らなくてはならない。
 珊瑚と同じ部屋にいたままだんまりは宜しくない。その判断の元で一つ前の部屋に三人は集まっていた。
 やっていることはレーダーによる監視。
 誰かが首輪を外す手段を見つけていないなら確実にこれで捕捉出来るはず。
 起きている必要もない。寧ろ先を考えるなら寝ている方が良いだろう。独りで十分なはずなのに、そう思いながら珊瑚からレーダーを預かった瑠璃は目の前の男を見て溜息を吐く。
「寝たらどうや?」
「いや俺はまだ元気だから」
「後で足手まといになられても困るんやけど」
「じゃあ瑠璃が寝ればいい」
「ウチがさんちゃんから預かってるねん。そんなんできひんよ」
「…………」
「…………」
 これの繰り返し。
 みさきは既に布団の中。
 戦力になりうる二人がいざと言う時に戦えないのはどう考えても致命的なのだが、双方折れない。
 客観的に見れば今浩之は何もしていない。先程までは手分けして家中虱潰しに捜索し、食べ物以外にも役立つものもそれなりには見つけたのだが――そこまでだ。
 守勢に回る以上瑠璃がレーダーを抱えている限りやることもない。
 寝ていた方が百倍マシだろう。
 戦闘要員を差し置いてみさきが一番マシな行動をしているのも問題があるかもしれないが。

393Intermission-1:2008/03/19(水) 03:41:51 ID:C1BCUMC.0
 が、浩之にも浩之なりの理屈はあった。
「まぁ……俺よりは瑠璃の方がずっと疲れてるだろうからな。取り敢えず寝ておけよ」
「あかん」
 あの姉を連れ、守り、規格外に強力な武器を手に入れ、その割りにその武器は対峙した相手には使えず、漸く巡り合えた家族とは時を待たずに散り散り、挙句その命は……
 珊瑚は他に誰も出来ない事をやっている以上眠ってくれとは言えない。曲がりなりにも一応は安全と言える状況で道具も揃っている。又とない機会だ。これを逸する手はない。
 しかしその妹が休める状況があるのに休ませない手も又ない。
 集団で行動する時の速度は集団で一番遅いものに併せられる。
 流石にみさきと珊瑚より遅くなることはないだろうが、それでも疲れが溜まっているものから休ませるべきではあるだろう。
 と言う理屈もあるが、何より憔悴した目の前の娘が張り詰めた弦のように切れないようにしたいと言うのが一番の本音だった。
 それでも二人が起き続けるのが一番無駄なのだと言う事は二人とも分かっているのだが。
 その静寂がもう暫く続いた後、瑠璃が口火を切った。
「なぁ」
「ん?」
「さんちゃん頭ええやろ?」
「そうだな」
 掛け値ない本音だ。自分や自分の知り合い全てひっくるめても丸で敵わないだろう。正に規格外の天才だ。
「最高の天才だ」
「そうやねん。でも、ウチはアホなんや。さんちゃんと双子やってのが信じられへんくらい全然違う」
「瑠璃?」
「でもな、ウチ考えたんや。いっぱいいっぱい考えたんや。これからどうなるんか。どうするんか。イルファは……ウチのせいで……」
 涙を溜めて言葉を詰まらせる。が、それでも最後まで言い切った。
「ウチのせいで死んだ。ウチがさんちゃんが止めるの聞かずに勝手に行ったからや。その後さんちゃん連れて逃げたんは後悔しとらへん。ほんまはしとるかもしれへんけど……それでもしとらへん。ウチはさんちゃんが一番大事や。それはかわらへん。でも、ウチが行かんかったらイルファも死なんですんどったかもしれんのや」
「それは違うぜ」
 見過ごせないペテン。浩之は遮った。
「浩之?」
「それは違う。瑠璃。イルファって人が死んだのは瑠璃のせいじゃねー。そのイルファを殺した人のせいだ。そしてこの糞ゲームを開いた奴のせいだ。確かに瑠璃が行かなかったらイルファは死ななかったかもな。そこまでは事実だ。だが、断じて瑠璃のせいでイルファが死んだんじゃねーぞ。そこだけは履き違えるな」
 それでも納得は行かないのだろう。浩之の理論は一面では正しい。が、そうでない部分もある。
「いいな?」
「あかんよ」
「何?」
 哀しげに首を振る瑠璃は、なおも自分に断罪の杭を撃つ。
「あかん。それでもあかんねん。確かに直接殺したんはそいつやし、そうさせたんはゲーム開いた奴のせいかもしれへんけどな。そんな時に不用意に動いたウチが悪くないはずないねん。――――浩之。ここは戦場やで。戦場で散歩して撃ち殺されて。撃った奴が悪いゆってられへんやろ?」
「…………」
 それも又正しかった。でなくばこの世界に自衛なんて必要ない。
「だからイルファが死んだのはウチのせい。……でもある。それは間違いない」
 それでも訂正を入れてくれたのだ。陳情は無駄ではなかったのだろう。

394Intermission-1:2008/03/19(水) 03:42:24 ID:C1BCUMC.0
「でな。アホやけど考えてん。ウチがこの世で一番なんはさんちゃん。それだけはかわらへん。ずっとずっと。でも、この島は戦場や。ここもいつまで安全かはわからへん。レーダーあるから奇襲だけは……それでもないとは言えへんけど、そんなに気にせんでええ。でもウチらには武器があれしかないからな。家でも吹っ飛ばせるけど、先に撃たれておしまいや。やからこのままやと最初に戦闘する時にはどうしてもウチらが戦わなならん。さんちゃんもみさきも戦えへんからな。さんちゃんがウチより先に死ぬ事はない。ウチがさせへん。でも、ウチが死んだらここにはもう浩之しかおらんねん。浩之、そうなったらさんちゃん……守ってくれるか?」
「ったりめーだろ?」
 何を言い出すのかと思えば。考えるに値しない。
「ちゃう!」
 彼はそう思ったのだが。
「そうやない! 浩之はわかってへん! っ……ふ……浩之。さっき、ウチゆうたよな。『守る覚悟』って。その後も色々考えてん。でもな、最後まで考えると浩之が行った通り人殺しをする覚悟も必要になるんや。ウチがイルファ殺した人みたいなの殺すの躊躇してさんちゃんが殺されるのは絶対にだめなんや。イルファはそれが出来た。きっと出来た。そう言う相手を『殺してでも』さんちゃんとみさきを……守ってくれるんか?」
 瑠璃の問いは遥かに重かった。決まっていない覚悟を見せるな。その眼は言外にそう告げている。これが年下の少女が見せる眼だろうか。澄んで、燃えて、何処までも重い。
 浩之は暫し眼を閉じ、黙考した。
 瑠璃は解答を急かさない。
 手元のレーダーも、そこで寝ている少女も、今この瞬間はこの世界からは切り離されていた。
 何もしなくても時間は過ぎる。
 彼は漸く眼を開ける。
「……確かに、認識が甘かったな」
 穏やかに口を開き、彼は続けた。
「あいつは俺達を殺そうとした。川名は後少し、ほんの僅か俺が遅れるだけで死んでいた。間違いなく。あのデイバッグのように弾けていたんだよな」
 それは瑠璃に語っているのではないのかもしれない。
 ここまで来た幸運、悪運、不運。自分の認識の甘さ、覚悟の薄さ。
 それをただ確認しているだけなのかもしれない。
「そして俺は川名を連れて逃げ出した。そのこと自体は間違っているとは思わねー。現にこうして生きている。が、あの時はちゃんと武器もあったんだよな。反撃する為の武器が。それを捨てたから逃げられたんだけど、捨てなきゃ返り討ちには出来たかもしれないのか。――確かにここは戦場だわ。有無を言わさず殺しに来る奴がいる。そう言う奴らを殺せなかったせいで川名が死ぬのは……許せねえな」
 これは間違った認識なのかもしれない。しかしここは戦場だった。理想を抱いて周りの者を殺す選択肢を選ぶことは、彼には出来なかった。
「――瑠璃。守ってやる。川名も、珊瑚も、お前も。覚悟は決めたぜ。襲ってくる殺人鬼を殺さずに追い返す、なんて真似はしない。まぁ、逃げられる事はあるかもしれねーけどよ」
 最後は肩を竦めておどけてみせる。それでも瑠璃には十分過ぎた。貴明はここにはいない。イルファは自分のせいで亡くなった。自分が倒れた後他に頼る当てもなかった彼女にとって、浩之の誓いは何よりも有難いものだった。
「……あんがとな」
 呟かれる礼に、彼は無言を持って応えた。

395Intermission-1:2008/03/19(水) 03:43:20 ID:C1BCUMC.0
【時間:二日目午前10:00頃】
【場所:I-5】

姫百合瑠璃
【持ち物:デイパック、水、食料、レーダー、包丁、工具箱、携帯型レーザー式誘導装置 弾数3、缶詰など】
【状態:守る覚悟。浩之と共に民家を守る】

姫百合珊瑚
【持ち物:デイパック、水、食料】
【状態:瑠璃と行動を共に。ワーム作成中】

藤田浩之
【所持品:包丁、フライパン、殺虫剤、布、空き瓶、灯油、その他缶詰など】
【状態:守る覚悟。瑠璃と共に民家を守る】

川名みさき
【所持品:缶詰など】
【状態:特になし】

B-10

396Intermission-2:2008/03/19(水) 03:43:52 ID:C1BCUMC.0
「せや」
「?」
 瑠璃の唐突な呟きで先刻までの重い空気は破られた。
「もう一つ大事な事があったんや。忘れるとこやった」
「忘れてなかったか?」
「やかまし。浩之、うちらの事信じとる?」
 又も今更。当然だろう。
「あたりめーだろ?」
「ウチもや。浩之たちのことは信じとる。やけど、この先ずっと4人のままとはかぎらへんやん。誰かが来るかもしれんやろ?」
「まぁ、そうだな」
 その可能性は往々にして在り得る。偶然がなければこうして姫百合姉妹と出会うこともなかった。
「でも、そいつが本当に信じられるかはわからへんやん。騙そうと思って近付いてきとるのかもしれん」
「まぁ、そうだ」
 その可能性も十二分に考えられる。そしてこちらが油断した時に致命的な一撃を放つそう言う奴の方が始末に追えない。
「やから、ウチは絶対に信用できる奴以外は仲間に入れたくないんや」
「でもそれだと、本当に困ってる奴が助け求めてきたらどうすんだ?」
「見捨てる。と言いたいとこやけど、さんちゃんもみさきも反対するやろ。ウチかて本当はそんなんしたない。やから今の内に話しときたいねん。浩之。絶対に信用できる人間は誰がおる?」
「そーだな……あかり、雅史、……志保もまぁこんな馬鹿げたのにゃ乗らんだろ。後は来栖川センパイ、マルチ、理緒ちゃん辺りは何があっても平和主義者だろうぜ」
「ウチはイルファと貴明とさんちゃんだけやねん。でな、ウチは貴明は疑えへん。やから貴明が来たら浩之が警戒して。その代わり今浩之が言った人間はウチが警戒する」
「!!」
 信頼してる人に対しては警戒が甘くなる。ましてこの状況。疑心暗鬼より拒絶するのでなければ、どうしても仲間は求めたくなる。そして、この状況で正常を保っている保障は誰にもないのだ。
「で、どちらでもない人間が来たら二人で警戒する。完全に信用できるまで。ウチにはこれくらいしか思いつかへんねん」
 この目の前の少女はそこまで考えた。姉の為だけに。その事実に内心驚愕する。
「……や、頭悪いなんてとんでもねえな」
「? 何が?」
「いや別に。こっちの話。それでいいんじゃねえかな。ずっと4人でやってくんじゃなきゃどっかで妥協点は必要なんだし。まぁそれもなるべく信用できる人間ってのが最低条件だけどな」
「当たり前や」
 そう言って笑いあう。緊張がほぐれていくのを何とはなしに感じる。
「瑠璃」
「なんや?」
「寝とけ」
「……任せるわ」
 レーダーを渡し、瑠璃は床についた。
 間をおかず、安らかな寝息が布団から聞こえてきた。
「……無理しすぎだっつの」
 まぁ俺も言えたことじゃねえか、と自嘲しつつレーダーを見つめる。
 守るべき重責が圧し掛かる。が、彼はそれを心地良く感じた。
「――かったりぃ」
 封印したはずの日常が口を吐く。
 しかしその口元は笑っていた。

397Intermission-2:2008/03/19(水) 03:44:16 ID:C1BCUMC.0
【時間:二日目午前10:20頃】
【場所:I-5】

姫百合瑠璃
【持ち物:デイパック、水、食料、包丁、工具箱、携帯型レーザー式誘導装置 弾数3、缶詰など】
【状態:守る覚悟。浩之と共に民家を守る。睡眠中】

姫百合珊瑚
【持ち物:デイパック、水、食料】
【状態:瑠璃と行動を共に。ワーム作成中】

藤田浩之
【所持品:レーダー、包丁、フライパン、殺虫剤、布、空き瓶、灯油、その他缶詰など】
【状態:守る覚悟。瑠璃と共に民家を守る】

川名みさき
【所持品:缶詰など】
【状態:特になし】

B-10

398そして舞台の幕は開け:2008/03/19(水) 03:56:08 ID:C1BCUMC.0
 よく寝ている。
 本当に疲れていたのだろう。
 そして自惚れるなら、寝ている間のことを任せられる位には信用されたということだろう。
 その信頼には応えたい。
 あかり達を探したくもあるが、武器もないこの状況下。一手間違えれば最悪の場合即破滅。
 それに三人を巻き込むのは認められない。
 先ほどレーダーの電源が気になって珊瑚に見てもらいに行ったが、
「こんなん簡単やで」
 と言って本当に簡単に予備電池を作ってくれた。当面はその心配もないだろう。
 俺はまだ動ける。ただ、限界まで酷使はしない方が良いだろう。瑠璃が起きたら見張りを変わってもらうか。
 持ち物見ててなんとなく思い付き火炎瓶を作って見た。
 ビンに灯油を入れ、布で口を固定し、終了。これでいいのかは分からなかったが、多分使えないことはないだろう。空き瓶と灯油が続く限り作り続ける。
 作業の合間にぼーっとレーダーを見つめていると、端から……
「!?」
 新たな反応が。ついに来た。光点は……二つ? 三つ? 片方の点が時々ぶれて増えているように見える。速度は遅い。這う様な遅さだ。負傷か? それとも……
 もう少し寝かせてあげたかったが仕方ない。緊急時、独りで判断して失敗する愚行だけは避けなければ。
「瑠璃、川名」
「ん……」
「んー」
 ぐずる二人を何とか起こす。眼が覚めるや否や瑠璃が噛み付いてくる。
「敵!?」
「かもしれねえ。レーダーに反応がある」
 そう言ってレーダーを差し出す。受け取った瑠璃は慌てるでもなく、静かに言う。
「来たんやね……」
 暗く沈んでいく瞳が最悪のケースを浮かべているだろうことを容易に推察させる。
「さんちゃん呼んでくる」
 そう言って瑠璃は隣へ消えて行った。
「川名」
「何?」
「万一の時は」
「逃げないよ」
「何?」
「どうせこの島じゃ私独りでは生きてはいけないから。それならせめて浩之君と一緒に散るよ。私を助けてくれた貴方を見捨てることはしたくない。だから私を逃がす為に玉砕覚悟、なんてやめてね?」
「川名……」
「何?」
「聞いてたのか?」
「何のこと?」
 さっきの話。数時間前にした瑠璃との話。
「それと、さ。瑠璃ちゃんと珊瑚ちゃんは名前なんだから私もそれでいいよ」
 川名……みさきはくすくす笑ってとぼけやがる。全く……
「……かったりぃ」

399そして舞台の幕は開け:2008/03/19(水) 03:56:38 ID:C1BCUMC.0
 程なく珊瑚と瑠璃が現れる。なんとなく見分けがつくようになった気がする。
「どうだった?」
 紙を付き付けられる。
「よう、わからん。なんとか外に繋がらんかなーおもて色々やったんやけど、ローカルで繋がらんし。ちょっと寝てしもた」
『あるていど。HDDはもってきたけどできればまたもどってきたい。パソコンまではもってけへん』
 ミミズののたくった様な文字で書かれている。が、意味する内容は大きい。
「駄目か……」
 とんでもねえ。まさに掛け値なしの天才だ。この短時間でもう眼に見える程度の成果が出たというのか。
「レーダーは?」
「見た。なんか遅いみたいやけど……光も三つあるみたい。二つ重なってるんやと思う」
「どうする?」
「取り敢えず、様子を見てみない? どうするにしても相手を見なくちゃ始まらないと思うな」
 まぁ、正論だ。
 それなら家の中よりも外の森の方が良いだろう。何しろ武器が武器だ。瑠璃との会話を思い出す。相手によっては殺す覚悟で挑む。その時は先制攻撃でないと話にならない。
「じゃ、一旦出ようぜ。終わったら又ここでごろ寝だ」

400そして舞台の幕は開け:2008/03/19(水) 03:56:58 ID:C1BCUMC.0
「はっはっはっ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 全身が痛む。力が入らないとは言え、金属バットで滅多打ちだ。雄二に殴られた傷は決して浅くはない。七瀬と名乗るあいつにやられた傷もだ。場所がよくなかった。
 が、それだけ。身体は動く。絶対にタカ坊は私が守る。このみも守ってあげたかった。ごめんね。このみ。
 雄二はどうなっただろうか。あのこがあんなになるなんて正直考えもしなかった。あれで正気を取り戻してくれればいいんだけど。儚い望みなんだろうか。それでも血を分けた弟だ。どうしたら良いんだろう。どうすれば
「向坂」
「えっ……あ……何?」
 いつの間にか祐一が目の前に立ち塞がっていた。
 丸で気付かなかった。気付けなかった。いけない。こんな事では奇襲を受けた時瓦解してしまう。
「向坂。何を考えてるかは知らないけど、後にしようぜ。ぼろぼろの身体で考えてもいい事ないだろ」
 不覚。そんなにも外から見て丸分かりだったのか。
「ええ、そうね。ごめんなさい」
 気を付けなければ。祐一が観鈴を運んでいる以上、即対応出来る戦力は私しかいない。一瞬の油断が命取りになる状況でこれは度し難い行為だ。せめて、信頼できる仲間が出来るまでは止めておこう。
 だと、言うのに。
 いつの間にやら私は再び思考の螺旋に囚われて行き、
「そこの三人! 止まれ!」
「!!」
 最悪の形での奇襲を許す羽目となった。

401そして舞台の幕は開け:2008/03/19(水) 03:57:21 ID:C1BCUMC.0
「動くな。頭も動かすな。右の女、武器を全て捨てて手を上げろ。こちらはそちらを纏めて吹き飛ばせるだけの武器を持っている。こちらの質問に正直に応えてくれ」
「…………」
 観鈴の持ち物から勝手に借り受けたワルサーP5を捨てて、手を上げる。
 今すぐ殺すつもりはないらしい。取り敢えずは従うべきだろうか。この事態を招いたのは私の責だ。最悪、私が犠牲になっても二人を逃がす。
「質問に正直に応えてくれたら……無闇な危害は加えないことを約束する。まず、左の男。お前が背負っている女はどうした?」
「……撃たれたんだよ」
 苦虫を噛み潰したような声で祐一が応える。目配せをしたいが、微妙にこちらから祐一の顔は見えない。
「足手纏いと分かっていてもか?」
「! っ……そうだよ」
「今は眠っているのか?」
「そうだよ」
 仕方ない。祐一が何らかの行動を起こした瞬間に声の元へ行くしかない。今度こそ、集中するんだ。
「そうか……じゃあ、次だ。右の女。何処に向かっている?」
 来た。しかし、何処まで明かすべきだろうか。後ろから銃を突き付けているであろう男がどういうつもりで質問しているのかが読めない。出来る事ならあの紙のことは知らせたくない。妥協点は……
「……平瀬村。氷川村で襲われて、今逃げているの。撒いたつもりだけどもしかしたら追って来ているかも知れないから、なるべく早く質問を終わらせて欲しいわね」
 こんなところか? 怪しまれはしなかっただろうか。
「それだけか?」
 心臓が弾んだ。が、表には出ていないはず。どうする?
「……一応ね。出来ればその子の縫合もしたいんだけど」
「……そうか。次の質問だ。……君達は、この殺し合いに乗っているのか?」
「!!」
「んなわけねーだろ!」
 祐一が吼えた。
「誰がこんな糞ゲームに乗るか! いいからとっとと行かせやがれ! こっちは急いでんだ!」
 観鈴を背に抱えたまま、顔も動かせず、それでも背後の人物にその声は響いた。
「女の方もか?」
「ええ。勿論」
 躊躇する理由はない。そして、この質問の流れ。もしかすると彼は。
「そうか。分かった。じゃあ、最後の質問だ」
 心なしか背後の声が和らいだ気がした。
「手は下ろしてくれていい。落とした銃も拾ってくれていい。こちらはもう君達に武器を向けてはいない」
 銃を拾う。彼は、こちら側の人間なのだろう。きっと。
「安静に出来る場所とそれなりの食事を提供しよう。一方的に武器を突き付けた非礼も詫びる。俺達の……」
彼は砕けた口調で続けた。
「仲間にならないか? Yesなら――こっちを向いてくれ」

402そして舞台の幕は開け:2008/03/19(水) 03:57:45 ID:C1BCUMC.0
 遡る事尋問前の森の中。
「三人……だな」
「あのうち独りは知っとるよ。環や。貴明のお姉さんやで」
「本当のお姉さんちゃうけどな」
「一人は担がれてるが……怪我してんだろうな、多分。怪我人抱えて移動って無茶じゃねーか?」
「うん……下手すると傷も開くと思う」
「瑠璃ちゃん、助けてあげられへん?」
「……ちょっと待ってて。さんちゃん、みさき、耳塞いでてくれへん?」
「えー? 瑠璃ちゃん、ウチにナイショするん? つまらんなー」
「あう……さんちゃ〜ん……」
「珊瑚ちゃん、瑠璃ちゃん苛めちゃ駄目だよ」
「イジメてへんのにぃ〜」
 そういいながらも珊瑚は耳を塞ぐ。みさきも続いて塞ぐ。
「浩之、どないする?」
「んー、正直、乗ってるようにはどう見ても見えねーんだよなぁ。怪我人抱えて必死で移動して。自分自身もぼろぼろなのに、それを押して警戒して」
「ウチもそうやと思う。でもここで大丈夫やおもて駄目やったらさんちゃんが……」
「でも、いつかは渡んなきゃいけない橋なんだよな。……瑠璃、任せてくれるか? ちょっと芝居を打ってみる」
「芝居?」
「ああ。もし駄目だったらそん時は……二人連れて逃げてくれ。集合場所はその家だ」
「ちょっ……大丈夫なん?」
「四人とも信じられる人間だと思ったんだ。これ以上の条件もねーだろ。あの娘をなんで運んでるのか。怪我人でも見捨てられない仲間の為、ってんなら文句なしだろ。ただ、そん時は……仲間に引き入れてもいいか?」
「……そやね。ウチも出来るなら助けてあげたい」
「決まりだ。みさき、終わったぞ」
「さんちゃん、もうええよ」
 二人の手をとり、話し合いが終了したことを知らせる。
「さんちゃん、浩之が芝居してくれるんやて。それで大丈夫やおもたら助けてあげられる」
「ホンマ?」
「ああ」
「浩之君芝居出来るんだ。すごーい」
「いやメインはそこじゃなくてだな……いいや。行って来る」
「ウチらはどうする?」
「珊瑚はレーダー見ててくれ。瑠璃はロケット構えててくれ。みさきは……会話をじっくり聞いててくれ。俺からは見えない粗も見えるかもしれない。ただし、絶対に見つからないようにな。後レーダーに他に反応がでた時は即刻中断だ。すぐに出てきてくれ」
「はーい」
「んじゃ、行って来る」

403そして舞台の幕は開け:2008/03/19(水) 03:58:07 ID:C1BCUMC.0
 時は戻り、尋問後。
「仲間……?」
「祐一」
「向坂?」
 ここは覚悟を決めるべきだろうか。相手のことは殆ど分からない。でも、最後のあの声は信じたい。信じられると思う。あの七瀬と名乗った奴の時のような嫌な感じはしない。だから。
「私に任せてもらえないかしら。最悪……二人だけでも逃がすようにするから」
「ばっ……」
「一つだけ質問させて。何でこんな回りくどいことしてるの? 」
「仲間を守る為だ」
 私達と同じ。私達が乗っていた時、被害を自分だけに留める為。私達と同じだ。
「祐一。振り向いて、いい?」
 否は返ってこなかった。

404そして舞台の幕は開け:2008/03/19(水) 04:00:42 ID:C1BCUMC.0
「軍隊口調ってなむずかしーな」
「えー、上手だったよ。浩之君」
 森の中から三人が出てきた。
「姫百合さん!? 貴方もいたの……」
「ウチもおるよ〜」
「二人とも……」
「勘弁してくれよ。二度とやりたかねえ」
「ふふっ……」
「立ち話より落ち着いて話した方がええやろ。家にもどらへん?」
 自己紹介も終わり、情報交換。最優先は危険人物。
 巳間良祐、柏木千鶴、神尾晴子、篠塚弥生、朝霧麻亜子、岸田洋一。
 最も良祐と千鶴の名前は分からず身体的特徴に留まり、岸田は『七瀬と名乗った』が首輪をしていない事と日本人離れした大柄な身体、酷薄な眼で間違える事もないだろう。環は話している間に浩之と瑠璃の眼が暗く沈んでいくのをただ黙って見ていた。
 又、晴子が観鈴の母親であることも話した。晴子と名乗ったわけではないが、先ず間違いないだろう事も。
 豹変して姉を襲った向坂雄二、そして。
「マルチが!?」
 二人が同時に叫ぶ。
「え……ええ……」
「あのマルチが……っくそ! マジかよ!」
 浩之が両の掌を打ち合わせる。
「ウチも信じられへん……マルチがそんなになるなんて……」
「嘘じゃねえよ。そのせいで英二さんと離れ離れだしな」
「あ……信じてへんわけやないんで? ただ……」
「ただ、なんだよ」
「マルチはな、長瀬のおっちゃんが作り上げた友だちやねん。モデルベースやけど感情もちゃんとある。パターン反応言う奴もおるけど……それでもちゃんと生きとった。人を傷つけるなんてできひん子やったから……」
「俺の知ってるマルチは絶対そんな事はしねえんだよ。いっつも泣いて、笑って、頭撫でると嬉しそうにして……糞っ……」
「でも俺達は実際に襲われた! だからこそ今逃げてんだよ!」
「祐一」
「っ……すまん」
 豹変した弟と相対した環の言葉は重い。
「でも、本当よ。私達は元々どんなメイドロボだったかは知らない。でも、確かに雄二と一緒に襲ってきた。二人とも……壊れてたわ」
 その一言を紡ぐのに、どれだけの気力が要ったのだろう。肉体ではない。外見には一切分からない、精神が壊れている。それを認めることのなんと難しいことか。
「とにかく、私達のあった危険人物はそんなところ。……なんかこうしてみると相当沢山遭ってるわね」
 未だに未練を引き摺っているようだが、浩之と珊瑚の顔にも諦観の色が濃く見えた。
 こうやって心は削られていくんだろう。ここでは。
「弟がもしかしたら追って来るかもしれない。なるべくここを早く……」

405そして舞台の幕は開け:2008/03/19(水) 04:01:11 ID:C1BCUMC.0
 唐突に珊瑚が環の唇を塞いだ。
「あかんよ。三人ともぼろぼろやん。ここで少しやすまな。倒れるで?」
 そう言って紙を付きつける。
『ひつだん。りゆうは?』
 筆談? 何故そんな事を。
 わけも分からず呆けていると珊瑚が書き足す。
『くびわ、たぶんとうちょうされとるで』
「!!」
 環と祐一は声にならぬ声で驚く。
「さんちゃんの言う通りや。怪我人連れて道で襲われるよりずっとええ」
『ここにはパソコンがある。いまワームつくってるねん。できればここでさぎょうつづけたい』
「そう言えば、武器の確認してなかったわね。貴方達、何持ってるの?」
『ワームって何? パソコンが必要なの? それで何するの?』
「ウチらは……」
『ワームってのはな、』
 とまで書いたところで浩之がペンを取り上げた。
『相手の首輪爆弾を無効にするためのプログラムだ。それを使えば最後反旗翻す時首輪で吹っ飛ばされないですむ』
 珊瑚が睨んでくる。とは言え傍から見れば拗ねているようにしか見えないが。それを見た瑠璃が浩之を蹴っ飛ばしてやりたいのを我慢つつ会話を続ける。
「ウチらはこれと、これと、これと、これ」
 そう言ってレーダー、誘導装置、この部屋で拾った包丁、フライパン、殺虫剤。そして外の森に行った時に壁に立てかけてあるのを見つけた鉈。
「あー後暇だったから作って見た」
 浩之が火炎瓶を取り出す。
「こんなことしとったんか……火は?」
「見つからなかった」
「駄目やん……」
「あー……なんていうか……武器は強力なんだけどね……」
 丸で汎用性がない。レーダーは非常に強力な武器ではあるが、近接戦闘の役には立たない。誘導装置は威力は桁外れだが、威力が発揮されるまでには時間が掛かり過ぎる。包丁、フライパン、殺虫剤、鉈は中距離じゃ殆ど役に立たない。火のない火炎瓶は言うに及ばず。
 銃撃が適した距離だと何も出来ない。
 ならばこれが丁度いい。
「私達は、これとこれ。」
 ワルサーP5とレミントン。これを合わせれば、どの距離でも対応出来る。
 レーダーのおかげで先手を取られることも(現在確認している中では岸田以外)ない。
 装備だけ見れば島のグループの中でも最上クラスではないだろうか。
「つーか、さっきのあれハッタリだったのかよ」
 祐一が憮然と返す。
「中々迫真じゃなかったか?」
「のやろ」
 浩之と祐一がじゃれあう。相性が良かったんだろうか。祐一が漸く気を許せる人とあえたのもあるんだろう。上手く噛み合っているように見える。

406そして舞台の幕は開け:2008/03/19(水) 04:01:41 ID:C1BCUMC.0
「これがあれば奇襲を受ける事も早々あらへんし、急いで平瀬村行かんでもええんちゃう?」
 瑠璃が話を戻す。
「あっ……そういえば」
「どうかしたか?」
「ごめんなさい。あの時嘘ついたの。貴方達がどちら側か分からなかったから。これを見て」
 取り出された紙には『日出ずる処のなすてぃぼうい、書を日没する処の村に致す。そこで合流されたし』、『ポテトの親友一号』、『演劇部部長』とあった。
「もしかしたらこの紙を書いた人と仲間になれるんじゃないかって。多分これは平瀬村の事でしょ。暗号めいたモノを残す以上罠とは考えにくい。そう思ったの。この名前に心当たりは?」
 揃って首を振る。が、珊瑚だけは何かを考えるように俯く。
「姫百合さん?」
「あんな、このなすてぃぼういってもしかしたらエージェントのナスティボーイかもしれん」
「エージェント?」
「うん。名簿にも那須宗一ってあったし、多分そうやと思う。ただ……」
「いや待てそもそもエージェントって何?」
 珊瑚はきょとん、として黙り込む。そしてすぐに微笑みながら説明する。
「えーっとな、簡単に言うとお手伝いさんやねん。で、ナスティボーイってのがそれの世界一なんや」
「お手伝いさんの世界一位……」
 脱力。
「強いよー」
「珊瑚ちゃん、お手伝いさんの世界一位が強いの?」
「うん。お仕事頼んだら色々してくれるねん」
「強いお手伝いさん……」
 環の頭におたまとフライパンで戦うエプロン少女が浮かぶ。頭を振って消す。どう考えても不自然だ。齟齬がある気がする。
「姫百合さん。エージェントはどんなお仕事してくれるの?」
「何でもしてくれるよー。そやなぁ……留守番から戦争まで何でもって人もおったかな」
「ああ……」
 合点がいく。そういうものか。
「となると、味方になれば相当な戦力じゃないかしら」
「かもしれんけどな。ただ……」
『ここにはパソコンがある。いまワームつくってるねん。できればここでさぎょうつづけたい』
 言葉を詰まらせ、珊瑚は先ほどの紙を示す。瑠璃が会話を引き継ぐ。
「でも、そんな有名な人やったら、誰かがナスティボーイのまねっこしとるのかもしれへんやん。」
「まぁ俺達誰も知らなかったけどな」
「やかまし。取り敢えず環も祐一も休んだ方がええ。ウチが見とくから皆寝たらどうや」
「でも、本物だったら」
「そんなぼろぼろでどないすんねん。途中で倒れたらどうしようもないで」
「それはそうだけど……」

407そして舞台の幕は開け:2008/03/19(水) 04:02:06 ID:C1BCUMC.0
 膠着状態に陥りかけた時、環が声を上げる。
「あ」
「なんや」
「あーーーーーーーーーーっ!」
「!?」
 呆気にとられる。
「ど、どないしたんや」
「忘れてた! 姫百合さんがいたのに……姫百合さん!」
「ウチ?」
「違う。お姉さんの方!」
「ウチ?」
「ちょっと待ってて!」
 環は今は布団で安らかに寝ている観鈴のポケットを探る。
「これ!」
「フラッシュメモリ?」
「そう!」
「向坂、落ち着け」
「う……」
「で、これは?」
「パスワードが掛かってるんだよ。中に何入ってるかはしらん」
「さんちゃん、見てくれへん?」
「ええよ」
「まぁ、これで決まりだな。暫くここに逗留だ」
「しょうがないわね……」
 環と祐一は諦めてへたり込む。疲れが溜まっていたのは否めない事実だった。
「そうや」
「瑠璃ちゃん?」
「あ、さんちゃんフラッシュメモリの方頼むわ」
「任せて〜」

408そして舞台の幕は開け:2008/03/19(水) 04:02:31 ID:C1BCUMC.0
 珊瑚が奥の部屋に消える。それを確認して、瑠璃は環と祐一に向き直った。
 が、横にみさきがいるのを見て躊躇う。変わりに浩之が口火を切った。
「瑠璃。大丈夫だ、みさきは。向坂、祐一。二人に聞きたい。さっきお前達、弟の雄二とマルチに襲われたっていったよな」
「ええ」
「それでどうしたんだ?」
「雄二は私が、マルチは祐一と英二さんが相手したの。私が雄二を撃退して、英二さんが引き付けてくれている間に一緒に逃げてきたの」
「ふむ……なぁ、今なら雄二とマルチに負けることはないよな。飛び道具が石、武器がバットだけならさ。で、だ。二人には、雄二とマルチを殺せる覚悟はあるか?」
「浩之!?」
 祐一が立ち上がる。が、瑠璃が祐一を押し留める。
「ウチが言おうとしたのもそれやねん。ウチ、いっぱい考えたんや。ウチはさんちゃんを守る。その為にはどうすればいいか。いややけど、ここは戦場や。誰かを殺す人がいる限り、戦争はなくならへん。誰かを殺す人は誰かに殺されるまで誰かを殺す。誰かを殺す人を殺せるのに逃がして、誰かが死ぬかもしれへん。それはさんちゃんかもしれん。ウチはそれだけはいやや。やから、そういう人を殺す覚悟もした。守る覚悟をするなら、それもいるねん。ここでは、それも必要やねん。やから……やから……」
「瑠璃、もういい。そういう事だ。俺はみさきと珊瑚と瑠璃を守る。その為に無差別に殺す奴を殺す覚悟も決めた。だが、これがあかりや雅史になると俺だって殺せるかわかんねえ。正直、マルチだって……でもな、明らかに周りに害をなすんだったら誰かがやる必要がある。でもそれをやるのが辛い人がやる必要はねえ。守りたい人がそうなったら誰だって狂う。俺だって。だから、向坂。もし雄二とマルチが来たら、ここにいてくれ。俺達はお前の弟を殺す覚悟で臨む。俺達の邪魔だけはしないで欲しい」
「浩之……! お前……」
 祐一が激昂して掴みかかる。浩之は黙ってなすがままにさせる。祐一が腕を振り上げ、それを止めたのは。
「向坂……」
 環だった。
「そう……私が甘かったのよね。結局ここで雄二を追い返しても、別の所で誰かと殺し合いをするのよね……あの子が。それがタカ坊かもしれないし、もしかしたらこのみだったかもしれない。そして、最後には誰かに殺されるのよね。誰にも顧みられることなく、唯の殺人気として。浩之。不逞の弟の不始末は姉がつけるわ。手出しは無用よ。あの子の性根を……叩きなおす。絶対」
「向坂……いいんだな?」
「ええ。意味は分かっているつもり。武器は……これをかしてもらうわね」
 そう言って環は鉈を取り上げる。
「マルチは? 多分二人一緒にいるんだろ?」
「俺がやる。向坂にばっかりいい格好させられないしな」
「俺もいく。マルチは……俺が何とかすべきなんだと思うからな」
「…………」
 そしてだんまりを極めていた瑠璃を見る。
「瑠璃。留守番、頼めるか?」
 溜息をついて、諦めたように応えた。
「……ホンマはしたくないけどな。ええよ。さんちゃんたち守る人も必要やし。正直、正体まで分かってる相手ならレーダーで後ろからって言いたいけど……姉弟で戦うなんて、ウチには絶対無理やからな。そんなするくらいやったら……環は凄いで。その代わり、絶対生きて帰ってきてな」
「任せとけ」


 瑠璃以外が床に着いて暫く。レーダーに二つの光点が現れた。

409そして舞台の幕は開け:2008/03/19(水) 04:03:15 ID:C1BCUMC.0
【時間:二日目午前16:30頃】
【場所:I-5】

姫百合珊瑚
【持ち物:デイパック、水、食料、フラッシュメモリ、工具箱、HDD】
【状態:瑠璃と行動を共に。色々】

姫百合瑠璃
【持ち物:デイパック、水、食料、包丁、携帯型レーザー式誘導装置 弾数3、缶詰など】
【状態:守る覚悟。浩之と共に民家を守る】

藤田浩之
【所持品:レーダー、包丁、フライパン、殺虫剤、火炎瓶*3、その他缶詰など】
【状態:守る覚悟。瑠璃と共に民家を守る。睡眠中】

川名みさき
【所持品:缶詰など】
【状態:睡眠中】

向坂環
【所持品:支給品一式、鉈、救急箱、診療所のメモ】
【状態:頭部から出血、及び全身に殴打による傷(手当てはした)。睡眠中】

相沢祐一
【持ち物:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(12/15)支給品一式】
【状態:観鈴を背負っている、疲労、南から平瀬村に向けて移動。睡眠中】

神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(8/8)支給品一式】
【状態:睡眠 脇腹を撃たれ重症(手当てはしたが、ふさがってはいない)】

向坂雄二
【所持品:金属バット・支給品一式】
【状態:マーダー、精神異常。疲労回復。姉貴はどこだ!?】

マルチ
【所持品:支給品一式】
【状態:マーダー、精神(機能)異常 服は普段着に着替えている(ボロボロ)。体中に微細な傷及び右腕、右足、下腹部に銃創(支障なし)。雄二様に従って行動】

410そして舞台の幕は開け:2008/03/19(水) 04:06:58 ID:C1BCUMC.0
↑B-10

411誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:07:22 ID:C1BCUMC.0
 遡ること環達が逃げ出した後。
 雄二は環を追いかけるため数歩歩き、
「雄二様!?」
 倒れた。
 マルチは思う。
 問題。何故雄二様h倒れられたのか。解答。疲れていrしゃったのに私如きに教育しtくださる為にその手でな――ださったkらだ。問題。雄二様はこrからdうなさりたいのか。解答。雄二様は姉をouと仰られa。向坂たまkを追うヴぇきだrう。問題。何処に向坂環は――だろうか。解答。不明。但し、東は屑である私がiた。こちらではない。又、雄二様は――にいらっしゃ。エラー。リトライ。問題。何処に向坂環はいるだろうか。解答。不明。但し、東は屑である私がいた。こちらではない。又、雄二様は西にいらっしゃった。しかし、遺kんにも負けて。エラー。リトライ。何処に向坂環はいるだろうか。解答。不明。但し、東は屑である私がいた。こちらではない。又、雄二様は西にいらっしゃった。東のあのninげんはおとりdろう。では西方mんだろうか。問題。屑であr私はどうすbきか。解答。雄二様が疲れ――っしゃるのd、私gおtれしよう。起kしては向坂tまき殺gいに悪えい響をおよbすおそれあr。このままやうんdいたdこう。
 マルチは思考を止め、雄二を担ぎ上げ、雄二が行こうとした道を歩き出した。
 彼女の思考には、雄二が起きた時に自分がどうなるかと言う内容は全くなかった。

412誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:07:50 ID:C1BCUMC.0
「雄二様……雄二様……」
「ん……」
 雄二は眼を覚ます。目の前にはマルチがいた。
「おはようございます。雄二様」
「!!」
 雄二は飛び起き、辺りを見渡す。
「おいマルチ! ここは何処だ! 姉貴は何処だ!?」
「ここはI-05とI-06の境目の道路です。雄二様のお姉さんの場所は分かりません」
「ああ!?」
「分かれ道まで来ましたので雄二様に決めて頂こうかと起こした次第です」
「んだとぉ!? この糞ロボット! 何ですぐにおこさねえ! あのままならあの糞姉貴をぶち殺してやれたのによぉ! 分かれ道だ!? ふざけんじゃねえ! このっ! 屑が! 屑が! 屑がぁっ!!」
 マルチは黙って殴られるに任せる。感情プログラムは既に大半が逝かれている。それを悲しむ感情もない。唯雄二のする事は全て正しい。故に殴る雄二が正しい。
「はぁっ……はぁっ……糞……もう反応もしねえのかよ……」
「申し訳ありませんでした。雄二様」
 壊れかけたプログラムに則り、自らの過ちを悔い、詫びる。
 又も激昂し掛けた雄二だが、自身の体調が先程に比べて格段に良い事に気付き、姉を追うことを優先させた。
「ふん……あの糞姉貴が考えそうなこった……どうせこそこそ逃げてんだろ」
 雄二は南西の道を選択した。
「行くぞ。糞ロボット」
「はい。雄二様」
 歪な主従関係の二人は、それと知らずに望む道を選び、進んでいった。

413誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:08:05 ID:C1BCUMC.0
 レーダーに映る二つの反応。
 瑠璃は一人で考える。本当なら、先制攻撃して安全に終わらせたい。
 しかし姉弟である事を考えるとどうしてもそれは出来なかった。
 無論、珊瑚に被害が及ぶようなら即座にでも撃ち殺す覚悟はある。しかし、出来るなら環のいいようにさせてあげたい。
 ジレンマに悩まされるが、この場は動けない。まずは皆を起こすだけ。
「きたで」
 皆の体を揺すって静かに起こす。
「ん……」
「瑠璃、レーダーを」
「ん」
 浩之はレーダーを受け取って確認する。
「……二人。状況を考えると可能性は高そうだな。最初は隠れよう。向坂、祐一。相手を確認してくれ。違うようなら最悪やりすごす」
「ええ」
「任せろ」
「あ、そうだ。ちょっと待っててくれ」
 浩之がそう言って台所に消える。程なく帰って来た。
「なにしとったん?」
「や、相手がマルチなら包丁よりこっちのがいいかなって刃物よりは鈍器かな?」
「そんな暇あんのかよ……」
「瑠璃」
「うん」
 瑠璃がレーダーを受け取って一歩引く。
「ウチがここを守る。銃一つ貰うで」
 レミントンを拾い上げ、ドアからの死角に待機する。
「帰ってくる時なんか合言葉決めるか?」
「そうだな……ドアを開ける前に『努力・謀略・勝利』ってのはどうだ?」
「なんでそんな後ろ暗いのを」
「じゃあ『愛・友情・勝利』は?」
「どっちでもええ。……ちゃんと帰ってくるんやで」
 浩之と祐一は揃って言った。
「任せろ」

414誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:08:27 ID:C1BCUMC.0
 森の中から来客者を確認する。
「間違いないか?」
「ええ」
「じゃ、行くか」
「絶対生きて帰るぜ」
「応」
 森の影から歩み出る。
「お?」
 雄二の動きが止まった。横のぼろぼろのメイドロボの動きも。
「おおーーーーーーっ! 逢いたかったぜ糞姉貴! あんときゃ雄二様の全力出せなくてすまなかったな! 今度こそ雄二様大・復・活で塵のようにぶち殺してやるよ! はははははははははははっ!」
「…………」
 環は応えない。俯いているので雄二からは表情も見えない。唯右腕にぶら下がっている鉈が眼に入るのみ。雄二はぴたりと哄笑を止め、環をねめつけた。
「姉貴。俺に弱いって言った事を後悔させてやるよ。俺はつええ。誰よりつええんだ。それを分からせてやる」
「そう……」
 環は弟の陳情を聞くと、顔を上げた。
「もう、無理なのね……」
 その瞳からは涙が流れていた。
「ひゃーーーーーーっはっはっは! 姉貴、ぶるってやがんのかぁ!? ああ気分がいい! よし姉貴! 今なら土下座して『申し訳ありませんでした雄二様。貴方様が最強です。私が間違っておりました。下賎な環をお許しください』って三回言えたら慈悲深い俺様が許してやんぜ!? 勿論そっちの屑二匹は殺すけどなぁ!」
「この……馬鹿雄二っ!!」
 裂帛の気合が響き渡る。雄二は気圧され、気圧された事を帳消しにすべく怒鳴り返す。
「んだよ! せっかく許してやろうと思ったのによ! もういい! 俺が直々にぶっ殺してやらぁ! マルチ!!」
「はい」
 応えてマルチが一歩出る。
「お前は屑二匹だ! 近付けさせんじゃねえぞ!」
「はい。雄二様」
「マルチ!」
「?」
「マルチ! 俺が分かるか!」
「……浩之さん?」
「なんでお前はそいつに従う! 応えろ!」
「雄二様が正しいからです。全てにおいて雄二様が正義だからです。雄二さがっ」
 マルチは言葉の途中で横に吹っ飛んだ。主に蹴っ飛ばされて。
「この糞ロボット! 誰が屑と話せと言った!? 俺は殺せと言ったんだぜ!? 言われた事すらできねえのかこのガラクタがっ!!」
「! 手前なんて事を!」
「あー? なんか言ったか? 屑。この奴隷人形がどうかしたのか? このっ! スクラップがっ! どうか! したのかよっ!!」
 何度も吹き飛んだマルチに蹴りを入れながら雄二は応える。
「申し訳aりませんでした。雄二様」
「マルチ!?」
「あの屑共を殲滅してまいrます」
「マルチ! 何でそこまでしてそいつに従うんだよ! マルチ!!」
「よし、とっとと行ってこい」
「てめえっ!」
「浩之」
 祐一が諫める。
「あいつは、向坂が何とかしてくれる。何とかする。俺達はマルチを何とかするんだろ。そう、決めたはずだ」
「っ……ああ。畜生。そうだな。そうだった。向坂!」
 環に向き直って、親指を上げる。
「負けんなよ!」
「当然」
 環は地を蹴立てて雄二に向かって行った。
「さて」
 改めて浩之はマルチに向き直る。
「マルチ」
 最早何も応えはない。
「お前も、もう戻れないんだな」
 最早何も応えはない。
「マルチ」
 右手におたまを。左手にフライパンを。それらを打ち鳴らし、彼は吼えた。
「行くぞおおおおおおおおおおおおおっ!」

415誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:09:09 ID:C1BCUMC.0
「そろそろ、始まったんかな……」
 家の中で、彼女は一人ごちる。
「勝つよ……浩之君も。向坂さんも。祐一君も。きっと、負けない」
 みさきは観鈴の手を握りながら、独り言にそう返した。
「……そやね。きっと……そう……」
 銃とレーダーを見ながら、瑠璃は祈るように呟いた。


「でやあああああああああああああっ!」
 浩之がおたまでマルチに殴りかかる。はっきり言ってあのマルチ相手じゃかすりもしないだろう。切り札は二つ。一つは言うまでもなくワルサーP5 。立ち回る必要のある相手に狙撃中は使えない。まして浩之がマルチと近接戦闘をする状況。遠距離でぶっ放すなどとんでもない。俺も近付く必要がある。もう一つ。使えるかどうかは分からないが、一応は持ってきた。役に立つといいんだが。
 浩之がマルチに向かって行ったと同時に、俺は横手に回りこんだ。その間にマルチは石を拾って浩之に投げつける。相当な速度で、硬球よりも硬い石。大きいのをまともに食らえば洒落にならない。当たり所が悪ければ多分死ぬ。大当たり。ジャックポットでございます。脳味噌目玉の払い出し。冗談じゃねえ。
 浩之は飛んでくるその石を。
 フライパンで受け止めた。
 ガーン、といい音がした。
「っつー……やっぱ、重いな。手が痺れるぜ」
 マルチはそれを確認すると、今度は浩之の足元に石を投げる。
 浩之はそれもすんでのところでかわす。
「マルチよぉ……この運動神経がエアホッケーの時にあったらきっと楽しかったのになぁ……」
 浩之が近付く。マルチが投げる。受け止める。その間に俺はマルチの斜め後ろに回り込む。浩之には悪いが、こいつはやばすぎる。出来るんなら早急に止めを刺したい。なるべく誰かが傷付く前に。俺は、こっからだ。
 近付こうとした瞬間に、マルチが反応してこっちに石を投げてくる。っておい。なんだその反応は。あぶねえ。
 何とかぎりぎりの所でかわし、再び距離をとる。
 しまった。こんなことならレミントン持ってくりゃ良かったか。いや、無駄だな。斜め後ろにあんだけの反応する奴だ。俺程度じゃ構えてる間に銃を石で撃ちぬかれる。何とかして近付かなければ……

416誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:09:28 ID:C1BCUMC.0
 糞姉貴をぶち殺す。そうすりゃ俺は最強だ。姉貴を殺せば俺が最強だ。姉貴も俺に平伏するし、姉貴も俺に服従する。姉貴は俺に惚れるし、姉貴は俺のものだ。だから姉貴をぶち殺す。俺は最強だ。俺が最強だ。だから俺が最強なんだ。だから姉貴を殺す。だから姉貴は俺のモノだ。
「ぶっ殺してやるよ! 糞姉貴!」
「上等! かかってきなさいこの愚弟!」
 鋼で鋼を打ち鳴らす、甲高い音がする。打ち下ろしたバットは、打ち上げられた鉈と拮抗して弾けた。
「ハッ! 今度はちゃんと殺る気かい! いいぜ姉貴! それでこそ姉貴だ! いつもみたいに俺に得意のクローかけてみるか!? ええっ!?」
 再度、全力で一撃。
 上下が入れ替わり、同じように弾きあう。
 楽しい。糞姉貴を殺せる。今の俺なら殺せる。今の俺は最強だ。このバットで頭蓋を砕いて、姉貴の脳味噌を啜ってやる。姉貴を殺してやる。姉貴を食ってやる。なぁ、姉貴。俺ら仲のいい姉弟だもんな? 殺してやるよ。食ってやるよ。ずっと一緒だぜ? 有難いだろ。糞姉貴。はははははははは。ははははっはははあはははははっはははっはははは。
「ははははははははははははははははははははははははっ!!」

417誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:10:39 ID:C1BCUMC.0
 マルチが投げてくる石を弾く。フライパンはでこぼこだが、全然撃ち抜かれる気はしない。だが……
「これ以上近付けねえ……」
 余りに近付きすぎると反応しきれず石を食らう。
 一発食らったら後は石の雨に撃ち抜かれて御陀仏だろう。怪我したままかわしきれるほど甘いもんじゃねえ。
 正直今でもかなり……っと、ぐっ!
「かすった……あっぶねえ」
 腿にかする。後1cm左にいたらまともに歩けなくなるとこだ。
「くっそ……お前は全然駄目なメイドロボじゃねえじゃねえか……」
 一歩引く。さっきより少しは余裕が出来た。しかし。
「近付かなきゃ……話になんねえよな……」
 と、マルチは急に斜め後ろに石を投げた。祐一か!
 チャンス!
 一気に近付く、と、近付こうとするとマルチがこっちに向かって石を投げてきた。
「たわっ!」
 適当に翳したフライパンに偶然当たってくれる。
「やべっ!」
 大きくバックステップで一気に下がる。その隙に投げられた石はフライパンで弾く。
「くっそ……近付けねえ……」

418誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:11:11 ID:C1BCUMC.0
 目まぐるしく入れ替わる攻防。馬鹿な弟の哄笑。響き渡る鋼の音。
 この馬鹿雄二は。まだ気付かないのか。もう気付けないのか。そこまで壊れてしまったのか。
「このっ……馬鹿雄二っ! いい加減気付きなさい!」
 この子の中でそんなにも狂気は育っていったのか。この島の最も酷い暗部を目の当たりにし続けたのか。大好きだったメイドロボを奴隷と言い、こうして私を殺そうとし、他人を塵と認識し。塵の中であの子は何の王になるつもりなのか。同じものを見れば私もこうなってしまうのだろうか。雄二やタカ坊、このみに躊躇なく殺しに掛かれるように。でも。私は誓った。あの子の性根を叩きなおすと。私は約束した。あの子の始末は私がつけると。あの子が見知らぬ誰かと殺しあって、見知らぬ誰かを殺し、見知らぬ誰かに殺される。私はそれだけはさせない。正気に返るまで何度だって打ち合ってやる。何度だって叫んでやる。
「あんたは何がしたいの!? あんたが強い!? 馬鹿なこと言わないの! あんたは弱い! 何度だって言ってやるわよ! あんたは弱い! 前の雄二の方が兆倍強かったわよ!」
「んだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
 押して、引いて、撃って、合わせる。
 でも。それが叶わないのなら……
 鋼の噛み合う音が響く。
 姉弟の歪んだなダンスはまだ終わりそうになかった。

419誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:11:29 ID:C1BCUMC.0
 拾う。投げる。拾う。投げる。拾う。投げる。
 問題。このmま石を投げ続kれば――さんともう一人を殺せるか。解答。可能性は限定シミュrーションd計sんすると7.86%。エネrギー残ryyyう12%。不足。問題。そのtきの屑たる私の破損kkk率。解答。1.02%問題。問題。近接えん闘に持c込んだ時の勝りt。解答。限ていシミュレーsyンで計算srと72.21%問題。そn時の屑tるわたsssの破損確率。解答。51.39%問題。正しi雄二様の指示をまmる為には。解答。近sつ戦闘に持ちkむ。その際、前シmュレーションより……ロードエラー。リトライ。エンド。――さんを先に殺すべし。――さん? 雄二様のtきはヒトじyyyない。モノだ。モノに敬しょは不要。故に――さんは――さんではない。――さん? ロードエラー。リトライ。ロードエラー。リトライ。ロードエラー。リトライ。不許可。――さんを先に殺す。問題。――さんを殺すために最適な動作は。解答。前シ――ションより……ロードエラー。リトライ。エンド。パtーン32の形しkで近付く。
 拾う。投げる。拾う。投げる。拾う。投げる。

420誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:11:50 ID:C1BCUMC.0
「おっ? おおっ!?」
 いきなりこっちに沢山石が飛んできやがった。
 とっ……ほっ……駄目だこの距離じゃかわしきれねえ!
「つっ!」
 一つ貰った。足の甲だ畜生フライパン欲しいぜ。血が出てきたか? 骨は多分折れてねえ。とっさに距離をとったがまだ投げてきやがる。
 今だ。浩之。


 狙いを変えたのか? フライパンで防ぐ俺より先に祐一を潰す気か!
 近付くチャンス!
「っ――らぁっ!!」
 一気に走りよって、マルチに向けておたまを思いっきり振り落とす。
 その一撃をマルチは。
 左の腕で受け止めた。

421誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:12:07 ID:C1BCUMC.0
 回ひ失敗。s腕部23%はそn。制御かいふく。反撃かish。

422誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:12:24 ID:C1BCUMC.0
「くっ!」
 マルチに両腕を掴まれ、腹に蹴りを貰う。
「がはっ!」
 なんつー蹴りだおい。死ぬぞこれ。中身が出る。中身が。
「げっ!」
 もう一発。割れる割れる内臓割れる。あ、アンコがでるアンコが。やべ。おたま落とした。ええい。とっとと来いよ祐一。
「ごっ!」

423誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:12:41 ID:C1BCUMC.0
 浩之が捕まった。なるほどこの布石か。あのロボットやるじゃねえか。とか考えてる場合じゃねえよな。くそっ。足がいてえ。気にしてる場合か。急げ!
「ぐぅっ……!」
 浩之が血吐いてるのがこっからでも分かる。
「いい加減にしやがれ、暴走メイドロボ」
 届いた。
 ガンッ! ガンッ!
 左手と切り札その2を添えて、マルチの右肩にぶっ放す。よし! ついた!
「浩之! 離れろ!」
「無茶言うな! 糞っ……」
 右腕は逝ったが左手が離れてない。又一発浩之が蹴られる。ええい畜生。おたま! あった! 銃をしまって拾い上げる。
「いいから、逃げろっ!!」
 そして思いっきりマルチの左腕に振り下ろす!
 バキ、と鈍い音がする。しかし左腕は離れない。
「離せ、マルチいいいいいいいいいいいいいっ!」
 浩之が叫ぶ。
 足りないか。もう一度振り上げる。離れた!?
「離れろ! 浩之!」
「あ……」
「浩之!」
「お……応っ」
 浩之が驚いたように飛び退く。
 そして、マルチが動く前に、ノズルファイアで点火した火炎瓶を、投げつけるっ!

424誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:12:57 ID:C1BCUMC.0
 マルチが炎に包まれる。
 最後、あの時マルチはこっちを見た気がする。
 一瞬で握られていた手が離れた。
 マルチは俺の言う事を聞いてくれたんだろうか。
 それとも俺と祐一に殴られたせいであの瞬間に壊れたんだろうか。
 マルチが炎に包まれる。
 これで排熱は出来ないはずだ。周りの方が温度が高いんだから。
 すぐに焼け付いて動けなくなるだろう。
 これできっと俺達の勝ち。
「マルチ……」
 腹ん中がグルグル回る。
 マルチに蹴られた所がいてえ。
 畜生なんだこの遣る瀬無い気持ちは。
「浩之……」
 祐一が後ろに立つ。
「フライパンを。止めは俺がさす」
「……いや、そりゃあやっぱり俺の仕事だろ」
「浩之……」
 祐一を尻目に、燃えるマルチの所に歩み寄る。
「……じゃ、な。地獄で逢おうぜ。マルチ」
 フライパンを、思いっきり、叩きつけた。

425誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:13:19 ID:C1BCUMC.0
 もんdい。なぜわああああ離して――のか。かいtttう。ひだrrrうd通ddはんおうあr。ふめい。もんだい。なぜあの ――は」私をっをおをおyんだのkあ。解読エラー。リトライ。もんだい。なぜあの――は私をををよんだのkあ。kいとう。ふめい。mnだい。――はかあ。さ。j。解読エラー。リトライ。もnだい。――はdあrか。かいtu。ふmi。不許可。リトライ。もんだい。――はだrか。かいtう。ふmい。不許可。リトライ。問だい。――はだれか。かい答。ふめい。不許可。リトライ。問題。浩之さんは誰か。解答。――――――

426誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:13:37 ID:C1BCUMC.0
 一瞬で熱暴走を起こした機体は、一瞬で思考を止めた。


 最後に聴こえたマルチへの呼び声は、唯のバグだったのだろうか。


 砕けたチップにそれを確認する術はなかった。

427誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:13:52 ID:C1BCUMC.0
「!?」
 向こうで戦っていたマルチが燃え盛っているのが見えた。そして屑の一人にフライパンで頭をかち割られるのも。
「あの木偶人形!! 言われた事も出来やしねえのか!? 糞っ! ガラクタが!! 人間様の役にも立てないスクラップは工場から出て来んじゃねえ!!」
「雄二……」
「これで三対一か!? 上等だ! まとめてぶっ殺してやるよ! 俺は最強だ! 最強なんだ!!」
「ふざけんじゃねえっ!!」
 屑の一人が吼えやがった。フライパンで叩き割った方だ。
「手前みてえな屑の為に、どんだけマルチが頑張ったと思ってんだ!? っごほ……! 木偶人形? 人間様の奴隷? ふざけんな! どんだけ手前が偉いってんだ!! 生きてる……っぐ……生きてる奴に、人間もロボットもあるか!!」
「手前こそ何抜かしてやがんだ!? 屑が俺様に意見してんじゃねえよ!! その奴隷人形がどんだけ役に立ったってんだ!? ロボットが生きてる? 屑は頭ん中まで屑なんだな!! 手前が今砕いた頭ん中には何が詰まってたよ? 脳味噌か? 頭蓋骨か? ただの粗末なガラクタだろうがよ!!」
「てめっ……」
「二人とも!」
「向坂……」
「愚弟の始末は私がつける。手出しは無用。そう言ったはずよね?」
「ハッ! 上等だよ。糞姉貴! その度胸に免じて、殺した後犯してやるよ!!」
 姉貴の身体も悪くねえ。存分に楽しんでやるよ。

428誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:14:11 ID:C1BCUMC.0
 もう……無理なのね。私の声なんかまるで届かない所にまで行ったのね。
 雄二に従っていたメイドロボの死でも、この子を正気には戻せなかった。
 全てが雄二の狂気を後押しする。多分、私の死でも。
「馬鹿雄二」
「なんだ糞姉貴!?」
 もう、終わりにしましょう。貴方は他の人には殺させない。他の誰にも殺させない。
「一発。殴らせてあげるわ」
「向坂!?」
 自己満足は分かってる。それでも、私の手で蹴りを付ける。
「は? 姉貴、何言ってんだ? そんなに俺に犯されたいのか?」
「黙りなさい」
「っ……」
「その代わり、良く狙いなさい。貴方が一発で私を殺しきれなかったら、私が貴方を殺す。逃がしはしない。背を向ければその瞬間に貴方を切る。さあ。一発。殴りなさい」
 これはけじめ。私なりの、弟に対するけじめ。愚かなのは分かっている。これで皆に迷惑が掛かることも。それでも、これだけはどうしてもやっておきたかった。
「な……何言ってんだよ糞姉貴! ハッ! どうせ騙そうとしてんだろ!? 俺と真っ向勝負じゃかなわねえもんな! 俺が全力で打ち込んだのをかわしてカウンター食らわそうってんだろ!? その手に乗るかよ! さあ! 見破られたんだぜ!? 続きをやろうぜ!!」
 私は答えない。今言うべきことは全て言った。唯雄二の眼をじっと見詰める。この愚弟にはそれすらも歪んで見えるのだろうか。
「おい……糞姉貴……何言ってんだよ! そうじゃねえだろ! こっちだ! こっちで戦うんだ!! 違うだろ!? 姉貴はそうじゃねえだろ!?」
 私は答えない。雄二の瞳をじっと見詰める。
「俺は最強なんだよ! ちゃんと姉貴より強いんだよ!! そんな事しなくても姉貴より強いんだよ!! おい、手前ら! 手前らもなんか……」
 雄二は浩之たちの方を向き、言葉を詰まらせる。想像は付く。
「み……見るな! その目で俺を見るな!! そんな目で俺を見るな!! うわああああああああああああっ!!」
 私と同じ眼をして雄二を見ているのだろう。覚悟を見せろ、と。本当にあの二人には感謝しきれない。私の我侭でこれだけの被害を被っているのに。
「糞! 糞!! 畜生おおおおおおおおおおおおお!!」
 雄二は金属バットを振り上げ、振り下ろしてきた。それを見詰め……


 ――――――ゴッ

429誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:14:28 ID:C1BCUMC.0
「糞っ! 糞っ!! 畜生っ!!」
 違う! こんなんじゃねえ!! 俺は姉貴を実力で超えてこそ最強なんだ!! 糞っ! 糞っ! どいつもこいつも! 馬鹿にしやがって!! 糞! 糞! あの屑共のせいで姉貴との勝負が台無しだ! あの屑共を
「ゅうじ……」
「ひっ!?」
 なんだ!? なんなんだ!?

430誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:14:51 ID:C1BCUMC.0
 ……私は、死んでいない。左の耳が良く聞こえない。左の目もあまり見えない。でも、私は死んでいない。
「ゅうじ……」
 私は、死んでいない。目の前の弟を抱き締める。前に抱き締めた時より随分筋肉が付いている。タカ坊に比べて抱き心地はすこぶる悪い。
「ゅうじ……」
 さっきのあんたの一撃、効いたわよ。あんたも根性出せば中々の一発、出せるじゃない。ああ、目がかすむ。鉈が重い。でも、最後にやっておかなくちゃいけないことがある。それだけは、私の責任。
「ゅうじ……ごめんね……」
 最後の謝罪は弟に届いただろうか。
 丸太より重い右腕を上げて、抱き締めたまま、首筋を切り裂く。
「げぶっ……」
 それを見届けると、私の意識も拡散して行った。

431誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:15:10 ID:C1BCUMC.0
 ――俺は、負けたのか? あの糞姉貴に? 先に一発殴らせておいてもらいながら? 首筋から何かが抜け出して、身体が冷えていくのがわかる。あの姉貴、最後俺を殺す時に謝りやがった。泣きながらごめんとか言いやがったよ。あの姉貴が。傍若無人の、あの姉貴が。俺が姉貴を殺そうとしたのに、殺すつもりで殴って、事実死に掛けたのに。馬鹿じゃねーのか。あの姉貴は。自分を殺そうとした奴を抱き締めて、殺しながら、泣きながら謝って。なんで俺姉貴殺そうとしたんだっけ。あー、血が足りねー……ちくしょー……結局最後まで姉貴にはかなわねーんだな……あれ、マルチと新城と月島はどうなったんだっけ。ああ、そうか。新城は自殺して、月島は俺が間違って殺して、マルチは俺が壊したんだ。そん後に知らない奴を殺して、それから天野を犯して殺して。俺って最悪だな。なんでこんな事になったんだっけ? あー……もうどうでもいいや。それより最後に姉貴に謝りてーや。
「ぁねき……ごめんな……」
 声出たかな? あ、もう無理だ。手足の感覚がねえ。重いし。ん? 姉貴が乗ってんのか? 俺ちゃんと抱き締めてやれてるかなー……

432誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:15:24 ID:C1BCUMC.0
 二人の少年が抱き合うようにして折り重なる少年と少女に向かって駆ける。
 少年と少女を引き剥がし、少女の息を確かめ、早急に家の中に連れ込んだ。
 うち捨てられた少年は、奇妙に満足そうな顔を浮かべて死んでいた。

433誰が為の鎮魂歌:2008/03/19(水) 04:16:24 ID:C1BCUMC.0
【時間:二日目午前16:40頃】
【場所:I-5】

姫百合珊瑚
【持ち物:デイパック、水、食料、フラッシュメモリ、工具箱、HDD】
【状態:瑠璃と行動を共に。色々】

姫百合瑠璃
【持ち物:デイパック、水、食料、包丁、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(12/15)、携帯型レーザー式誘導装置 弾数3、救急箱、診療所のメモ、缶詰など】
【状態:守る覚悟。民家を守る】

藤田浩之
【所持品:レーダー、包丁、フライパン、殺虫剤、火炎瓶*2、その他缶詰など】
【状態:守る覚悟。腹部に数度に渡る重大な打撲】

川名みさき
【所持品:缶詰など】
【状態:待機】

向坂環
【所持品:支給品一式、鉈】
【状態:左側頭部に重大な打撲、左耳の鼓膜破損、頭部から出血、及び全身に殴打による傷(手当てはした)】

相沢祐一
【持ち物:ワルサーP5(8/8)、支給品一式】
【状態:右足甲に打ち身】

神尾観鈴
【持ち物:支給品一式】
【状態:睡眠 脇腹を撃たれ重症(手当てはしたが、ふさがってはいない)】

向坂雄二
【状態:死亡】

マルチ
【状態:死亡】

B-10

元々一つの話だったんですが、時系列飛んでるし糞長いんで分けてトウカ。

434pure snow:2008/03/21(金) 17:41:22 ID:8CMfG.sA0
 ねっとり、と。
 粘つくような視線が眼前の整備された道だけでなく、左右に広がる緑色の空間にも向けられる。
 何も動いていないことを確認すると、すぐに目を別の場所に移す。
 見つかるまでは常に定まることのない、獲物を追い続けることだけに終始した視線であった。

 変わらぬのは表情。
 変わらぬのは足取り。
 変わらぬのは思考。

 好きな人と、二人だけの幸せな世界を築くために、少女、水瀬名雪は全ての参加者を抹殺するために北上を続けていた。
 彼女は血に塗れている。
 それは決して比喩的な表現ではなかった。文字通り、名雪が着込んでいる防弾性の割烹着は腰から上の部分殆どが赤黒く、独特のムラを残しながら色づけされていた。
 無論それは名雪自身の血液ではない。これだけの血液が染み込んでいるなら通常では出血多量で失血死してもおかしくないほどのものであったからだ。
 この割烹着は広瀬真希の死と……つまり命と引き換えに手に入れた形見の品というべきものでもあった。それも防弾チョッキというにはお粗末な、9mm弾を数発防げるかどうか怪しいという性能だというのに。

 人の命を奪ったことに対して罪を感じる気持ちも、逆に殺戮を快楽と感じ得る狂気の情念も、あるいは自らを生存させるための自己正当化だとも考えることは名雪にはなかった。
 殺害というのは目的ではなく手段であり、それをどうこう思うだけの感情は既に無くなっている。歩くことが手段ではないように。
 成り行きとしては当然の事である。度重なる苦痛と恐怖、ストレス、ショック……そして友人の死などが積み重なり、名雪は崩壊した。
 自分が死ぬのが、大切な人を失うのが、裏切られるのが、怖かったから。
 だから、名雪は手からするりと逃げてしまう前に奪ってでも捕まえることを決意したのだった。

435pure snow:2008/03/21(金) 17:41:53 ID:8CMfG.sA0
 いつかの雪の日。
 ただ待っていたから、掴めなかった。
 ただ待っていたから、横取りされた。
 もう、待たない。
 手に入れる。手に入れる。しあわせ。しあわせ。
 もう、逃がさない。

 水瀬名雪の狂気は、止まらない。

     *     *     *

 名雪が歩を進めるのはゆっくりしていて遅い方であったため、そこについたのは昼を少し過ぎた時間になってからであった。
 菅原神社。
 つい先程までそこには天沢郁未が今後の方針についてうんうん頭を唸らせていたのだが、現在は彼女も去って無人の場所である。
 名雪がここに来たのも目立つ場所だから誰かがいるかもしれない、と判断してのことだったのだが、どうやら見当違いであったらしい。
 誰かがいたら射殺しようと、ポケットから取り出していたIMI・ジェリコ941を再び仕舞い直すと、今度はGPSレーダーを取り出してこの付近に誰かが潜んでいないかチェックを始める。

 このレーダーはコンパクトなサイズで重量も軽いのだが、捜索範囲がイマイチ狭い上に連続使用時間も短かったのでこのように隠れる場所が多いところ以外では使わない、と名雪は決めていた。
 光点は見受けられない。どうやら神社の内部にも何者かが潜んでいるわけでもなさそうだった。
 肩を落とすわけでもなく、ホッとするでもなく、名雪はレーダーを仕舞うと次の獲物がいそうな場所を見つけて移動するだけである。

 と、ふと地面に目を落とした名雪の目に、奇妙な跡が映った。
 石畳から少し離れた、柔らかい焦げ茶色の地面。そこに細長い楕円型の跡が、内部にミステリーサークルのような文様を残しながら転々と神社の裏側に続いていた。
 名雪はしゃがみこんで、その足跡に触れてみる。まだ柔らかい土の感触が、指に伝わる。
 いつごろ付けられたものかは定かではないが、この場には一種類しか見られないことを考えると単独、それも最近になってつけられたものだと、名雪は予測する。

436pure snow:2008/03/21(金) 17:42:23 ID:8CMfG.sA0
 そのまましゃがんだ体勢で地図を取り出し、広げて目安になりそうな建物を探してみる。
 ――ホテル跡。
 神社の裏側を通って、どこかに向かうとすればここしか在り得ない。
 とん、と。
 地図上の鎌石村を指で指す。考える。ここに向かうならわざわざ神社の裏側を抜けて山登りする必要はない。
 とん、と。
 同じように平瀬村を指す。考える。ここに向かうとしても同じ。真っ直ぐ行けばいいだけのこと。
 故に。ホテル跡しか考えられないということだ。

 地図を手早く折り畳むと、それをデイパックに入れ、元のように背負いなおしてからその足跡を――引いては、ホテル跡へと向けて、歩き出した。
 もちろん、道中で遭った人物も殺せるように、手はポケットの中に、視線は常に動かしながら。
 真っ黒な闇を含んだ瞳は、今は森の奥に向けられていた。


【場所:E−2】
【時間:2日目15:30頃】

水瀬名雪
【持ち物:ワルサーP38アンクルモデル8/8、防弾性割烹着&頭巾、IMI ジェリコ941(残弾13/14)、予備弾倉×2、GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア、支給品一式】
【状態:肩に刺し傷(治療済み。ほぼ回復)、マーダー、祐一以外の全てを抹殺。ホテルへ向かう】
【その他:足跡は郁未のもの。GPSレーダーの範囲は持ち主から半径50m以内ほど】

→B-10

437十一時十八分/Seifer Almasy:2008/03/26(水) 03:15:53 ID:IHprr5pU0
 
「―――決着がついたようだな」

銀髪の軍人がふと漏らしたような声に、久瀬はぼんやりとした視線を南側へと向ける。
そこには荒涼とした岩場を歩く、ひとつの小さな影があった。
来栖川綾香だった。
長く美しかった黒髪は短く切り揃えられていたが、その存在感を見紛うはずもない。
松原葵を制し、この頂へと歩む姿には、やはり一片の翳りもなかった。
遠く、その表情は見えなかったが、顔にはきっといつも通りの不敵な笑みが浮かんでいるのだろう。
強い女だ、と思う。いつだって人の二歩、三歩先を行き、振り返ろうともしない。
同じペースで歩んでいるつもりでいても、いつの間にか差が開いていく。
生き急ぐでもなく、焦るでもなく、ただ悠然と歩む彼女についていこうとした自分は、いつだって小走りに生きるしかなかった。
それは純粋に、存在としてのスケールの差なのだと、久瀬はそう理解していた。

その来栖川綾香が、迫ってくる。
距離にしてほんの数百メートル。
文字通り無人の野を往くが如く、綾香はその行く手を阻まれることなく歩んでくる。

「……陣を、組み直さないんですか」
「あの女の纏う雰囲気、最早夕霧では抑えきれまい。……俺が出る」

気負いも迷いもなく返す男に、久瀬もまた驚きを見せることなく静かに問いを重ねる。

「ここを、空けるんですか」
「指揮はお前が引き継ぐんだ」

間髪を入れぬ言葉。
予想通りの回答に、苦笑じみた表情を浮かべて久瀬が俯く。

「僕には無理ですよ」
「何故そう思う」
「理解できないからです」

短いやり取りの中、血と死臭に澱んだ空気が揺れる。
閃光と爆発。何かが焦げるような臭いを運ぶ風。
北と西では未だ激しい戦闘が続いているという、それは証左だった。
だが南側を向いてしまえば、それは単なる音でしかない。
人が死んでいく音。それだけのことでしか、なかった。

438十一時十八分/Seifer Almasy:2008/03/26(水) 03:16:51 ID:IHprr5pU0
「どうして、撃たなかったんですか」

座り込んだ尻に、屍から流れ出す血と体液が染みてじんわりと冷たい。
その冷たさを感じながら、久瀬が問う。
南側に音がしない理由。
南側で、人が死なない理由。

「いくらだって、機会はあったはずです。二人まとめて殺してしまえる機会が、いくらだって。
 ……どうして夕霧たちを退かせたんですか。それが僕には理解できない。
 それが正しい指揮だというのなら僕には無理だと、そう言ったんですよ、坂神さん」

一気に言い放つ。
淡々とした、しかし拭いきれぬ苦味を感じさせる、その声音。
その指示を聞いた瞬間の、愕然とした思いが久瀬の脳裏に蘇る。
松原葵と交戦に入った来栖川綾香に対し、坂神蝉丸は夕霧による狙撃を停止した。
幾度も膠着状態に陥り、あるいは互いに倒れ伏して動きを止めた二人を仕留める機会のすべてを、蝉丸は座視していた。
北側と西側で続く戦闘の指揮を執りながら、しかし南側に対してだけは何の対策も採らなかった。
久瀬が問うているのは、その理由だった。

「……」

一瞬の沈黙。
流れる風が、血の臭いと砂埃を運んでくる。
歩み来る綾香に視線を向けながら黙していた蝉丸が、ほんの僅かだけ視線を動かして、口を開いた。

「人が、その尊厳を賭ける闘いに水を差せば、我らは義を失う……それだけだ」
「矛盾ですよ、それは」

陰鬱な、しかし斬りつけるような久瀬の言葉。

「一方では死人を物みたいに扱っておきながら、一方では大義を口にする……。
 矛盾してるじゃないですか、そんなの」

439十一時十八分/Seifer Almasy:2008/03/26(水) 03:17:26 ID:IHprr5pU0
割り切れと、蝉丸は言う。
その通りだと、目的に至る最短の道を選べと、久瀬の理性は告げている。
しかしそれでは、それでは筋が通らないと、久瀬の中の少年は首を振っていた。
人の道を捨てろと命じた男が、同じ口で仁義を説くのか。
わかっている、分かっている、判っている。
今はそれを語るべき時ではない。一分一秒を稼ぐために命を磨り減らすべき時だ。
味方を詰ったところで何ひとつ益はない。
だが、口を閉ざすことはできなかった。
閉ざしてしまえば、何かが死ぬ。
それは心臓や、血管や、温かい血や、そういうものを持たない何かだ。
だがそれはきっと、ずっと長い間、久瀬の中に息づいてきた、大切な何かだ。
いま目を逸らせば、口を閉じれば、耳を塞げば、それは死ぬ。
だから、久瀬は言葉を止めない。

「じゃあ……、じゃあ夕霧たちは、何のために死んでいったんですか。
 綾香さんを食い止めるために死んでいった、沢山の夕霧たちはどうなるんですか。
 矜持がそんなに大切ですか。どれだけの命を費やせば、それに釣り合うんですか。
 あなたは矛盾に満ちている。あなたは勝利を目指していない。あなたは幻想に縋っている。
 あなたは何も願っていない。あなたは夕霧の幸せも、まして僕のことも、何とも思っちゃいない。
 あなたはただ、ありもしない何かに手を伸ばそうとしているだけだ。あなたは―――」

尚も言い募ろうとした久瀬が、ぎょっとしたように目を見開いて飛び退こうとする。
遅かった。宙を舞った大きく重い何かが、久瀬を押し潰すように覆い被さっていた。
小さな悲鳴を上げてそれを押し退けようとして、できなかった。
ぬるりとした手触りのおぞましさが、怖気の立つような冷たさが、それをさせなかった。
自らの上に乗ったものを正視できず、しかし目を逸らすこともできずに、久瀬は涌き上がる嘔吐感をただ必死に堪えていた。
背中から首筋にかけて露出した肌をケロイド状に焼け爛れさせた、それは砧夕霧の遺体だった。

440十一時十八分/Seifer Almasy:2008/03/26(水) 03:17:57 ID:IHprr5pU0
「死人は重いか、久瀬」

傍らに土嚢の如く積み上げられた骸の山の内から無雑作に一体を放り投げたまま、蝉丸が口を開く。
透徹した視線は遥か南を見据え、久瀬の方へは向けられようとしない。

「どうした。それは重いか。それとも抱いて歩けるほどに軽いか」

久瀬は答えない。
答えられない。
口を開けば、反吐ばかりが溢れそうだった。
ねっとりと絡みつくような手触りが、久瀬に圧し掛かっていた。

「三万だ。お前の肩には、それが三万、乗っている。既に喪われ、今また散りゆく三万の骸を、お前は背負っている。
 抗うと決めた、その時からだ」

組んでいた腕を静かに下ろして、坂神蝉丸が歩き出す。
カツ、と軍靴の底が岩肌を打つ音が響いた。

「将はお前だ。命じるのはお前だ。
 立って抗えと、座して死ねと命じるのはお前だ、久瀬」

震える手で遺体の肩を掴めば、それは冷たく、ぬるりと重い。
まるで生者の熱を奪おうとでもいうようなその温度に全身の毛が逆立つような錯覚を覚えながら久瀬が振り向けば、
蝉丸の姿は既に数歩を経て遠かった。

441十一時十八分/Seifer Almasy:2008/03/26(水) 03:18:31 ID:IHprr5pU0
 
「―――あなたはまるで、擦り切れた軍旗のようだ」

徐々に小さくなる蝉丸の後ろ姿を見ながら、久瀬が呟く。
それは先刻口にしようとしていた言葉、言いかけて止められた言葉の、その続きだった。
威風堂々と振舞う男。
何度も死線を潜り抜けてきた歴戦の勇士。
幾つもの勲章を胸に下げた肖像の中の英雄の如く少年の目に映る彼は、坂神蝉丸という男はしかし、脱走兵だ。

戦場にはためく紋章旗の空虚を、孤独を、滑稽さを、久瀬は思う。
絶えず舞う埃に塗れたその姿を。
何の前触れもなく日に数度降る雨に濡れたその姿を。
水溜りから跳ね飛ぶ泥に塗れたその姿を。
曲射砲の撒き散らす鉄片に小さな穴をいくつも空けられたその姿を、久瀬は、思う。

坂神蝉丸は擦り切れた軍旗だ。
ただ風を受けて己を示し続ける、薄汚れた、誇り高い布きれだ。
それは暗い密林で熱病を運ぶ蚊に怯える兵士の見上げるとき、あるいは砂漠で乾いた唇を摩りながら見上げるとき、
崩れかけた心に小さな火を灯し、清水を満たす紋様だった。
斃れた戦友の痩せこけた手を握るとき、それは遥か遠い故郷へと続く道標のように見えた。
そこにあるのは戦神の加護であり、散っていった者たちの魂だった。
その薄汚れたぼろぼろの布きれは、戦場にはためくとき、そういうものであれるのだった。
敗残の兵、軍務違反の脱走兵である坂神蝉丸という男は、つまりそういう男だった。

「あなたは戦う者たちの希望。あなたは抗う者たちの刃。そう在り続けられると、自身でも信じている。
 ……だけど同時に、恐れてもいるんだ」

そうして久瀬は、口にする。

「戦争が終わって、桐箱に仕舞われる日のことを」

442十一時十八分/Seifer Almasy:2008/03/26(水) 03:19:00 ID:IHprr5pU0
坂神蝉丸の、それはこの世界で唯一の恐怖なのだと、久瀬は思う。
思って、天を見上げる。
日輪は蒼穹に高く、しかし天頂には未だ遠い。
瞼を閉じてなお、陽光は眩しく瞳を灼いた。
大きな深呼吸を一つ。
目を開ければ、収縮した瞳孔が映す世界には蒼という色のフィルターがかかっている。

南に視線を下ろせば、男の背中が見えた。
寂寞と荒涼の骨格を矜持と凛冽によって塗り固めたような、遠い背中だった。

背中の向こうには、一人の女が立っている。
笑みの形に歪んだ顔を、動脈血と静脈血で赤黒く染め上げた女。

「―――」

何事かを小さく呟いて、久瀬は対峙する二人から目を逸らす。
それは訣別であり、また激励であったかもしれない。
いずれにせよ、踵を返した少年が振り返ることは、遂になかった。
山頂の南側にあるのは、坂神蝉丸と来栖川綾香の物語だった。


***

443十一時十八分/Seifer Almasy:2008/03/26(水) 03:19:33 ID:IHprr5pU0

向き直った少年が目にするのは、幾筋もの光芒。
爆音と焦熱の臭い、無軌道に蠢く無数の影。
それは血と苦痛と災禍と、消えゆく命に満ちた物語。
砧夕霧の物語が、そこにあった。

「僕の名前は、どこにも刻まれない」

少年が、一歩を踏み出す。

「だけど、決めた。抗うと決めた」

屍の山の只中に。

「それは意志だ。他の誰でもない、僕自身の意志だ」

散華する少女たちの王として、

「だから、もう一度だけ言おう。これが僕の、僕たちの答えだ」

高らかに、

「聞けよ、世界」

美しく。

「―――諸君、反撃だ」

開戦を、告げた。

444十一時十八分/Seifer Almasy:2008/03/26(水) 03:20:06 ID:IHprr5pU0
 
【時間:2日目 AM11:20】
【場所:F−5】

久瀬
 【状態:健康】
砧夕霧コア
 【状態:健康】
砧夕霧
 【残り6911(到達・6911)】
 【状態:迎撃】

坂神蝉丸
 【状態:健康】
来栖川綾香
 【所持品:各種重火器、その他】
 【状態:小腸破裂・腹腔内出血中、鼻骨骨折、顔面打撲、頚椎打撲、腰椎打撲、ドーピング】

→943 955 ルートD-5

445誰が為に:2008/03/26(水) 16:11:51 ID:we92bBF.0
「……ふむ、それで、バラバラになって逃げてきた、と」
 鎌石村小中学校内にある保健室。古い校舎故か八畳の広さもないと思われる狭い空間に、四人の男女(内一人は意識がないが)が輪になりながら話し合いをしている。
 消毒用のアルコールの匂いに紛れてはいるが、それでも染み付いた赤の汚れは飛散し、そこは決して安息の地などではないことを示していた。
 頼りなげに彼らの天井で光る照明も、それに拍車をかけている。チカ、チカと、彼らの命が儚いものだとでもいうように。

「ええ、ひょっとしたら、今にでもあの女がここに足を運んでいるかもしれません。目立つ場所だから、ここは」
「確かにな……」

 藤林杏の治療を終えてようやく折原浩平の話を聞く事ができた聖は、腰掛けた回転椅子の上で足を組み替えながら何事かを考えているようだった。
 その隣ではパートナーである一ノ瀬ことみが心配そうに杏の様子を窺いながらも、まずはこの会話に集中することにしたのか自分のデイパックから一枚の紙を取り出すと、それを浩平に渡す。
「私達は、今は人探しをしているんだけど……」
 それが本当の目的ではないということは、あまり考えるのが得意ではない浩平にもすぐに分かった。
 浩平に渡されたのは、先にことみが芳野祐介や神岸あかりと出会った時に書き綴った脱出計画のあらまし。そのために必要な材料の確保。これが現在の行動指針ということらしかった。恐らく、友人を探すのはそのついでなのだろう、と浩平は思った。

「私は佳乃という妹。ことみ君は岡崎朋也、古河渚、藤林椋、そして今ここにいる藤林杏……を探しているんだが、君に心当たりはないか?」
「……いや」

 割と数多くの人間と行動してきたつもりではある浩平だが、その人間については知らない。それよりも気になるのは、本当にこんなもので爆弾が、それも建物一つを吹っ飛ばせるものが作れるのか、ということだったが、だからといって浩平に別案があるわけでもなかったので信じるべきだろう、と自分を納得させる。

「あ、そうだ。さっき会った人達と情報交換をしてきたんだけど……」
「何? 初耳だぞ、ことみ君」

 いつの間にメモなんか書いていたのか、と思っていた聖だったが誰かに会って脱出計画の話をしてきたというのなら一応納得は出来る。ただ、その情報交換をした人間とやらが本当に信用できるのか、という疑問はあった。万が一にでも、この計画は主催者側には知られてはならないのだから。

446誰が為に:2008/03/26(水) 16:12:17 ID:we92bBF.0
「うん、芳野祐介って人と、神岸あかりって人と……別行動をしてるみたいなんだけど、長森瑞佳って……」
「長森!? 待て、詳しく聞かせてくれっ! オレの知り合いなんだ!」

 瑞佳の名前を聞いた瞬間、身を乗り出すようにしてことみに詰め寄る浩平を、「落ち着け」と頭を軽く叩いて椅子に座らせる聖。何はともあれまずは冷静に話を聞け、と付け加えて。
 いきなり形相を変えた浩平の様子に怖気づきながらも、ことみは話を進める。

「えっと、それと、柚木詩子って人もその長森瑞佳って人と別行動してて、今はそれぞれ分かれながら使えそうなものを探しているらしいの」
「柚木もいたのか……なら、いいが……」
「折原君、一ついいかな」

 瑞佳が知り合いと一緒にいると分かって少し安堵していた浩平に、今度は聖が問いかける。
「その長森君、とやらはどんな人物なんだ? ああ、それと柚木君、という方も知っているようだからそちらについても教えてくれると助かる」
 直接会ったわけではない聖は若干ながら疑いの念を持ってはいる。浩平の様子からそこまで危険視するほどでもないと考えてはいるが、一応尋ねておくべきだ、と思ったからだった。

「長森はオレの幼馴染だ。ガキんときからの腐れ縁だからあいつの性格はおつりが来るくらい知ってるさ。世話焼きで、まあしっかり者だよ。お人よし、とも言うかな……とにかく、あいつは絶対信頼できる。間違いないっす。柚木の方は……うるさい。やかましい。アホ。これくらいっす」

 瑞佳の評価に対して詩子のほうはおざなりだな、と聖は思ったが子供の時からの腐れ縁、だというならその性格に関しては問題ないだろう。
 残りは芳野祐介と神岸あかり、という人物だが……名前からして、芳野という方は男だろうし、ことみの言動から見ても、心配はないはずだ。
 いささか慎重になりすぎだろうか、と聖は自分を分析しながら「すまない、話の腰を折ってしまったな。ことみ君、続けてくれ」と話を促す。

「うん、それで、お互いの目的を確認し合って、芳野さん達には西を、私達は東を当たることにしたの」
 ことみは浩平の手から紙を取ると、鉛筆で『硝酸アンモニウム』の部分に横線を引き、上に小さく『芳野組、達成』と書き足した。
 つまり、既に芳野達は行動を開始している、ということになる。残すは軽油とロケット花火だった。

「ふむ、つまり、私達は当初の行動を変える必要はない……むしろその芳野祐介とやらが肩代わりしてくれているから手間が省ける、そういうことだな?」
「大正解なの」

 ぱちぱちぱち、とことみが拍手する。だがそれを遮るように、浩平が「もういいか?」と言いながら席を立ち、保健室の外へと向かおうとする。

447誰が為に:2008/03/26(水) 16:12:45 ID:we92bBF.0
「悪いが、オレは長森を追いかける。芳野とか神岸って奴がどんなのか知らないが、長森もオレを探してここまで来たはずなんだ。会ってやらないと」
「待て、折原君」
「……何すか、聖さん」

 扉に手をかけられたとき、聖が呼び止める。

「会って、それからどうする? 一緒に行くのか? それともここに戻ってくるか、それだけ聞かせてくれ。場合によってはこちらも行動指針を変えなければならないからな」
「……? どうしてすか?」
 一人がいなくなったところで何か変わるものなのか。かなり真剣な様子の聖の声に、浩平は疑問を抱かずにはいられない。それよりも早く瑞佳を追いたい、そればかりが浩平の頭の中を過ぎっていた。

「そんなことも分からないか?」
 やれやれという調子で肩をすくめる聖の挙動に、少しイラッとした浩平が声のトーンを上げる。
「もったいぶってないで、早く言ってくれませんか」
「……本当に分からんか」
 呆れたようにため息を吐き出すと、聖は立ち上がり保健室の奥にあるカーテンを引く。
「あ……」

 浩平が、呆けたように声を出す。
 それは患者を寝かせるベッドと聖達のいる応接間というべき部分を分かつカーテンだった。
 ミントグリーンの、柔らかな絹のそれに守られるようにして、ベッドで眠っていたのは、藤林杏。
 肩から上の部分しかその姿は確認できないが、穴が開き、赤と土色で無残に汚れた制服がハンガーにかけられていることから、恐らくは下着のみなのだろう。
 つまり、それだけの大怪我を負っていた。その事実を雄弁に物語っている。
 さらに時折聞こえる苦しそうな寝息が、彼女の命がまだ危ういものであることを証明している。

「――分かったか」
 数メートル先にいるはずなのに、聖の声は耳元で話しかけられたように、浩平には思えた。
 見せるべきではなかったんだがな、と呟いてから聖はカーテンを閉め直す。
「あんな怪我人を連れて行動なんてできない。いや、医者としてそうさせるわけにはいかない。これは私の意地だ」

448誰が為に:2008/03/26(水) 16:13:14 ID:we92bBF.0
 連れて行けるわけがない。そうだ、連れて来たのはオレなのに。どのくらい酷い怪我だったのかはオレが一番良く知っていたはずなのに。
 どうして失念していたんだろう。

 思いながら、そう、浩平は肩を落とした。
「彼女をここに置いておくとなると、当然護衛……というのは大げさにしても、付き人が必要だ。何せ抵抗もできないのだからな。となると、折原君が戻ってこなかった場合、私かことみ君のどちらか一人で探索に向かうことになる。それはそれでまた危険だ。だから君に答えを求めた」
 確かに、爆弾を作る材料を抱えながらの移動は危険極まりない。加えて聖……はともかく、ことみは女性だ。腕力的にも材料を持って運べるか、と尋ねられると……無理だろう、と浩平は考える。
 それに、二人のやろうとしていることは万が一にでも失敗が許されないものだということは浩平にも分かっている。万全を期すためにも危険は極力避けたいところなのだろう。

 つまり、今後どう行動するかは、浩平に委ねられている、と言っても過言ではなかった。
「どうなんだ、折原君」
 再度、聖が尋ねる。ようやく平静さを取り戻した浩平の頭が、この場の全員にとって、最善だと思える選択肢を、瑞佳にとって最良の選択肢となるように、論理を導き出す。

「……やっぱり、長森には会いに行きます。それで、もし聖さん側に連れて来れるようだったら、そっちに戻ってその後はついて行きます。ダメだったら……長森について行きます。その時は、その旨は必ず伝えるつもりですけどね。だから、オレが長森に会って答えを出してくるまでここで待ってて下さい」
 妥協できるのはここまでだった。何はともあれ、ずっと浩平と共に在った瑞佳の存在は、やはり大きなものだった。
 えいえんのせかい。
 そこに消えていくだけの浩平を連れ戻してくれたのは、瑞佳だったのだから。

「……どうだ、ことみ君」
「10分で済ませな。それまでは大人しく待っててやるぜベイベ、なの」
「何の真似だよ、そりゃ」

 一昔前の映画俳優のような渋い口調で提案を受け入れたことみと、そして聖に、浩平は呆れ顔で笑いながらも我侭を許してくれたことを感謝する。
 ぺこり、と一つ大きく頭を下げて。
「それじゃ、行ってきます」
 平凡な日常で、学校に行くときの挨拶のように。

449誰が為に:2008/03/26(水) 16:13:39 ID:we92bBF.0
 折原浩平は永遠から日常へと回帰するためにドアを開け放った。

     *     *     *

「芳野、さん……」
 瑞佳と詩子の身体を調べていた芳野は、黙って首を振る。もう手遅れだ、と付け加えて。
「畜生……なんで、俺はあんなことを」

 仏頂面ないつもの芳野祐介は、もうそこにはいなかった。
 突如瑞佳と詩子の命を奪った殺人鬼への怒りと、間違った判断を下してしまった自分への情けなさとが入り混じって。
 何度も何度も、歯を食いしばりながら芳野は拳を地面に打ち付ける。血が滲むほどに、芳野の手は土埃で汚れていく。

「くそっ……くそっ!」
 一際大きく拳を振り上げようとしたところで、芳野の異変を感じ取ったあかりが慌ててその腕を掴む。
 拳先から僅かにあふれ出していた血が、あかりの目に留まる。
 それは詩子の脳からあふれ出していたそれとはまた違う、土と赤が入り混じった絵の具のような汚い色だった。

「神岸、放せ」
「だ、だめです」

 ドスを利かせた暗闇の中からの声に一瞬力を緩めてしまいそうになるが、それでもあかりなりの意地を出して芳野の腕をがっちりと止める。
 ぎゅっ、と。抱きかかえるようにして。
「お願いです、自分だけを傷つけるようなことだけはしないでください……誰が悪いわけでもないんです。でも、みんなに責任があるんです。私も、長森さんも、柚木さんも……芳野さんにも」
 なお振りほどこうとする芳野だったが、殴り続けていたせいで力が入らずあかりの拘束を受け続ける羽目になる。
 力でねじ伏せることの出来なくなった芳野は、口先を武器に反論する。

450誰が為に:2008/03/26(水) 16:14:11 ID:we92bBF.0
「全部俺の責任なんだ。効率ばかりを重視して、こいつらの安全を確保しなかった。時間がかかってもいい、命はあってこそのものなんだ。それを、俺は……俺はっ!」
「違います! これは私たちが、自分で決めたことなんです!」
「何を!」
「反対ならいくらでも出来ました! 別れることの危険性や、デメリット……それくらい私にだって分かります。木偶人形じゃないんだから! 口には出さなかったけど、みんな、それを納得して芳野さんの意見に賛成した! だから責任は私たち全員にあるの!」

 芳野の怒りにも負けぬような、あかりの決死の反論。
 それは推測に過ぎない。本当にそれらを分かっていたかどうかなんて、今となっては知りようもない。
 けれども、別れるときに異論はないかと尋ねた芳野に、誰も異論は挟まなかった。それは事実だ。確かに、納得していたのだ。その時は。
 どんな人物に二人が殺害されたのかは、芳野にもあかりにも分かるわけがない。
 だがあかりは、今までの話から詩子も瑞佳もそれなりの戦闘を掻い潜ってきていることは知っている。警戒心が全くなかったわけではない。
 つまり、そこから考え出せる推論は、こうだ。
 二人は、してやられたのだ。狡猾に、隙を窺い、卑劣にも恥辱を与えるような、残虐で凶悪な人間に。
 それは誰かが悪かったわけではない。だが責任がなかったわけでもないのだ。そこまで最悪な事態を考慮できなかった、その思考に。

「仕方がなかったなんて言えないけど……でも、自分を傷つけたってどうにもならないよ……後悔しても、もう、戻ってこないから……」

 不用意な行動のせいで、あかりは自分を信じてくれた一人の人間を殺害したにも等しい行為をしてしまった。
 いくら謝罪しても、いくら泣いて喚いても時間は戻らない。
 だから、せめて。

「無理矢理にでも、先に進むしかないよ……長森さんや、柚木さんが探していた人と、会えるまで」

 一際強く、あかりは芳野の腕を抱きしめる。許しを請うわけではなく、贖罪をして、償っていくために、逃げることはあかりには許されていなかった。
 それが、国崎往人の拙い人形劇を見たときに決めたことだったから。

「逃げちゃ、いけないんです」

 ふっ、と。
 芳野の腕から、急速に力が抜けていく。握り締められていた拳は、いつの間にか開かれていた。

451誰が為に:2008/03/26(水) 16:14:38 ID:we92bBF.0
「……確かにな」
 自嘲するような、芳野の呟き。
「いつもそうだ。何もかも背負い込んだ気になって、一人で勝手に潰れて、逃げようとする。昔っから変わらない」

 遠い、今ではなく遥かな昔に、青かった時となんら変わらない自分に、芳野は辟易する。
 伊吹公子が優しく迎え入れてくれたあの時に、もうそんな真似はしないと誓ったはずだったのに。
 また、こうして叱ってくれるまで忘れていた。
 男だから。年上だから。
 そんなつまらないプライドのために逃げ出そうとしていたのだ。
 嘆いて形ばかりの責任を取るよりは、もう過ちを犯さないために彼女らの死を無駄にしないことの方が余程マシだ。

「ああ、そうだ。今は、やれることをやるしかない」
 石のように重たかった芳野の頭は、今は羽のように軽い。
 だから、空を見上げることができた。
「いつか、歌を贈らせてもらう。その時まで、今はまだ俺を許してくれ」
 題名は、そうだな。『永遠へのラブ・ソング』。

 目標を立てることで、芳野は新たに生き残る意思を固める。またそうすることで、少しは彼女らの意思を継げると思ったから。
「すまない。手を、離してくれ。長森と、柚木を弔ってやらなくちゃいけない」
「……はい。私も手伝います」

 あかりの腕が静かに離れる。手の甲についていた血は、すっかり乾ききっていた。力も、十分に入る。
「一人ずつだ。まずは……長森からだ。裸のままにしておくのは、忍びないからな」
「ですね……」
 近くにあった瑞佳の制服を取り、丁寧に包み込むように、贈り物を包装するように瑞佳の身体に包んでやる。これ以上、誰にも汚させぬように。
 芳野が、お姫様抱っこの要領で持ち上げ、埋葬に適した場所に連れて行こうとした、その時だった。

452誰が為に:2008/03/26(水) 16:15:07 ID:we92bBF.0
「……おい、あんた、何だよ、それ」
 一人の少年の声。
 信じられないというように、当惑するように、そして、怒りを隠しきれぬ声色を以って。
「あんた……長森に、柚木に何をしやがった!」
 ――折原浩平が、仁王立ちとなって、芳野とあかりの背後で叫んでいた。

 握り締められた包丁はカタカタと震え、一直線に進む視線からは明らかな殺意が見て取れる。いや、殺意だけではない。
 そこには絶望が、悲しみが、困惑が。大切な宝物を奪われた少年の顔が、そこにあった。
「お前……推測を承知で言うが、折原浩平か」
 見ず知らずの芳野に言い当てられたことに少々驚いた浩平ではあったが、すぐに表情を怒りのそれへと戻して返答する。

「ああ、そうだ。あんたが抱えてる……長森瑞佳の……幼馴染だよ。あんたが殺した、長森のなっ!」
 は、と唾を吐き捨てて浩平は芳野への罵倒を続ける。
「そうやって騙したんだろ? 善人の振りして、情報を引き出して、用済みになったから殺したんだろ?」
「ちが……」
 それは間違っている、と主張しようとしたあかりを、芳野は片手で制して止める。言わせてやれ、と浩平には聞こえないように、小声で言いながら。
「大事そうに抱きかかえやがって、そんな悲しそうな目をしてたって……オレには分かるんだからな。あんたは人殺しだ、殺人鬼なんだろ。全部演技なんだろ。無駄だからな、オレを騙そうったってそうはいかないんだからな……なあ、何とか言えよ! 図星なんだろっ!?」

 芳野は黙ったまま。言い訳もせず、ただ黙って目を伏せたまま、浩平の罵倒を受け入れていた。
 それくらいなら、いくらでも聞いてやる。そうとでも言うように。

「なあ、オレはな……」
 怒りだけだった浩平の声が、次第に転調を始める。
「長森のこと、どうしようもないアホで、お節介で、世話焼きで、鬱陶しいとか思ってたときもあったけどさ、でもオレにはいなくちゃいけないやつだったんだよ……あんたみたいなクソ人殺しには分からないに決まってるだろうけどさ、長森は、オレの支えだったんだ。いつだってオレを助けてくれてさ、いつだってオレのバカに付き合ってくれてさ、そんないいやつ、この世にいると思うか?
 いないんだよ、長森はたった一人なんだよ、他にどんなバカ正直なお人よしがいたとしてもさ、長森はたった一人で、オレがありがとうって言えるのは長森しかいないんだよ。なのに」

453誰が為に:2008/03/26(水) 16:15:34 ID:we92bBF.0
 一本の線が、浩平の頬を伝う。
 震えの原因は、怒りから、悲しみに。喪失感で溢れたものへと、変わっていた。
「なのに、もう、いないんだよ。言ってること分かるか? いなくなったんだ。もう、オレは長森に何もできない。できたとして、全部自己満足なんだよ。もう、あいつから、何も聞けないんだ。あいつには、いっぱい、しなきゃいけないことがあったのに」

 浩平には分かっていたのだ。芳野が、演技などではとてもできない本気の涙を流しながら、瑞佳を抱いていたから。
 何も言わず、言い訳すらせず、浩平のしようとしていることを受け入れようとしている。
 そんな奴が、長森を殺すはずがない。長森も、そんな奴じゃなきゃ付いていかない。だって、一番よく知ってるんだから。
 そんなこと、とっくの昔に分かってたのに。
 やり場のない怒りを、目の前の男にぶつけることで何とか発散しようとしている。
 なんて小さい男なんだ、オレは。
 だから、浩平は、泣き喚きながらそうするしかなかった。

「責任取れよ」

 包丁を捨てる。
 カラン、と卑小な音を立ててそれが地面に落ちる。
 ゆっくりと、浩平は芳野に向けて歩き出す。

「責任取りやがれよ」

 分かっている。こんな行動こそ、まさに自己満足でしかない。
 なのに、止まらない。止められない。
 ガキだから。聞き分けのないクソガキだからだ。

「長森と柚木がどんだけ苦しんで、どんだけ助けを求めたか、あんたには分かるんだろ! なら、お前もそれを味わえよっ! この……」

 ――走り出す。
 拳にやり場のない怒りを乗せて。
 まずは一発、いや、最初で最後の一発を放つ。

454誰が為に:2008/03/26(水) 16:16:01 ID:we92bBF.0
「――ダメぇっ!」

 ――つもりだった、のに。
 どん、と。
 浩平……いや、何故か芳野もあかりによって突き飛ばされていた。女の子とはとても思えないくらいの、全力で。

「うおっ……!?」
「ぐ……!?」

 2メートル。
 それくらいは離れただろうか。
 二人は尻餅をつく。二人とも、突き飛ばしたあかりを見上げる形になる。
 分からない。何が『ダメ』なのか。
 芳野は真意を、浩平は文句を、それぞれ唱えようとしたとき。

 たたた、と。
 どこか遠くで、でもすごく近い、そんなところから浩平には聞き覚えのある音がして。
「――!!」
 悲鳴を、必死に食いしばるようにして、神岸あかりが何かに貫かれ、くるくると回転しながら、赤いスプレーを、さながらスプリンクラーのように散らしながら。
 どさっ、と。
「……か、かみ、ぎし……!」
 倒れた。

     *     *     *

 多分、それは時間にすれば、ほんの一瞬で、今までの人間の歴史から――それどころか、私が生きてきた短い人生から見てもゴマ粒のように一瞬だったように思う。
 逆に言えば、それだけあれば人は死ぬんだなあ、って思う。長森さんや柚木さんも、こんな一瞬で、痛みを通り越して死んでしまったのかな?
 でも、やっぱり死にたくはなかったんだろうなって思う。だって、今の私がそうなのに。
 なんで、あんなことしちゃったんだろう。銃口に気付いて、切磋に突き飛ばす、なんて。

455誰が為に:2008/03/26(水) 16:16:28 ID:we92bBF.0
 いや、きっとそれで正解だったのだと思う。
 私一人が生き残って勝てない戦いをするより、芳野さんと、折原浩平、っていう人が一緒に戦ってくれれば。
 それに、あの人は、ほんのチラッと見ただけだけど……美坂さんを、殺した柏木千鶴――その人だったように思う。
 ああ、今にして考えれば、折原浩平くんのように、一発殴りたかったな。私らしくないけど、簡単に人の命を奪うような人を、私は絶対に許せない。
 殺された人にも、家族とか、友達とか、好きな人がいたはずなのに。
 ……けど、やっぱり柏木千鶴さんにも、人を殺してまで守りたかった人がいるのかもしれない。他人を切り捨てられるくらいに愛する人がいたのかもしれない。
 そう考えると……誰も悪くはないのかな、と思うようになってきた。ああ、でも、やっぱり、浩之ちゃんに会えなくなっちゃったのは、とても、辛い。

 浩之ちゃんも、折原浩平くんみたいに私を探してくれてるのかな。長森さんのように……とまではいかないけど、私が死んだら凄く悲しむのかな。
 それを想像すると、胸が痛んだ。でも、私の行動は間違っていなかったと思う。
 だって、人を見殺しにするなんて、浩之ちゃんなら絶対にやらなかっただろうから。分かるから。ずっと一緒にいた、幼馴染だったから。

 ……国崎さん。もし、もう一度国崎さんに会えたら、その時はあの人形劇を見せてもらいたかったな。あれは、元気と、勇気のでる、最高のおまじないだから。
 ……長森さん、柚木さん。少ししか一緒にいられなかったけど、とても楽しかった。どこかで、会えるといいな。
 ……志保、雅史ちゃん、レミィ、葵ちゃん、来栖川先輩、姫川さん、マルチちゃん、みんな、ごめんね。
 ……浩之ちゃん――

 ――大好き。

     *     *     *

 柏木千鶴が鎌石村小中学校にやってきたのは、ウォプタルがだんご大家族(100匹分)を全て平らげた後だった。
 来た道を戻ってきたのは、先の戦闘で、これ以上進んでも人間との遭遇は在り得ないと結論付けたからだ。
 加えて、それなりの武器は入手している。自身の戦闘力を踏まえれば大抵の戦闘は潜り抜けられる。
 乱戦の中に飛び込んでも勝利できるだけの自信はあった。

456誰が為に:2008/03/26(水) 16:16:53 ID:we92bBF.0
 そして、さらに幸運なことに、学校にやってきてみれば、二人の男が口論のようなことをしているではないか。
 あと一人女……と思われる人間がいるが、止める術を持たないのかただ傍観しているばかり。
 何を言っているかは分からないが、この機に乗じて全員抹殺することは容易だと、千鶴は考えた。
 一方の……少年と思われるほうが、今にも掴みかかりそうな勢いで、青年の方の男に迫る。
 二人の格闘が始まる瞬間が、千鶴にとっては好機だった。
 ウージーサブマシンガンを構え、始まると同時にウォプタルを駆けさせ、ウージーを乱射し一網打尽にする。
 それで終わりのはずだった。
 だが、少年が掴みかかろうとしたまさにその瞬間、女の方がこちらに気付く。

「あの子は……」
 前に一度見た事がある。いやそればかりか殺害寸前にまで持っていったことがある少女。
 偶然の再会に、千鶴のトリガーにかかった指が、一瞬だが止まる。
 それが結果的に未来を大きく変えてしまうことになる。
 千鶴の指が止まっている時に、少女――神岸あかりは二人の男――芳野祐介と折原浩平を突き飛ばし、彼らを千鶴の射線から外してしまったのだ。
 当然、指の動きを止めていたのは一瞬だったので、狙いを変えることは出来なかった。
 たたた、とウージーが弾を吐き出し終えても……
「――く、しくじった!」
 倒したのは、あかり一人だけという結果。いや、そればかりか。

「貴様ぁ……ッ!」
 芳野祐介が、千鶴に向けてサバイバルナイフを振るう。あかりが倒れた瞬間、芳野はその矛先を襲撃者――千鶴に向け、目にも留まらぬ勢いで疾走し、攻撃を開始する。
 悲しみでもなく、動揺するだけでもなく。ただ、あかりを倒した目の前の女が許せなかったのだ。そして、またもや気付けなかった芳野自身にも。

「キャウウウウゥゥゥゥッ!」

457誰が為に:2008/03/26(水) 16:17:18 ID:we92bBF.0
 避けきることの出来なかったナイフは、真っ直ぐにウォプタルの首筋を切り裂く。
 暴れ、もがくウォプタルの背中に乗っていられぬと判断した千鶴は素早く飛び降り、体勢を整えようとする。
 そこに、芳野の第二撃が迫る。
 順手ではなく、逆手でナイフを握っての斬撃。突くのではなく、振るうという目的で使うにはこちらの方がより効果を発揮する。
 回転するように振るわれた芳野のナイフは……当たらない。
 キィン、という甲高い音と共に、千鶴は日本刀の刀身で芳野の刃を受け止めていた。

「くっ……」
「くそ……」

 二人の力が、刃を通じて真正面からぶつかり合う。
 ギリギリと、お互いの意地と怒りを乗せて。
 芳野は引けない。
 千鶴はマシンガンを持っていて、少しでも後退しようものならそれで穴だらけにされて終わるだろう。
 千鶴は距離を取りたい。
 むざむざ相手の有利な距離で戦う必要性は皆無。その上戦う相手は芳野だけではないからだ。
 しかし……

「ぐ……」
 なんだ、この女の力は?

 少しずつ押される事実に、芳野は戸惑いを隠せない。
 日本刀が、徐々に芳野の顔面に近づいてきているのだ。押し返そうとするも、それ以上の圧力で跳ね返されてしまう。どう見ても、細身の女だというのに。

「どうしたの? 苦しそうだけど」
「あんたに、心配される筋合いは……ない……!」

 千鶴に、少し余裕が生まれる。
 このまま押し切っても距離を取っても、芳野に勝利できる公算は十分にある。むしろこのままジリ貧になってくれたほうが都合がいい。
「く、そっ……」
 日本刀の先が、芳野の髪の毛に触れる。
 もう少し――

458誰が為に:2008/03/26(水) 16:17:44 ID:we92bBF.0
 千鶴が、更に力を込めようとする。その真横から、新たに迫る人影があった。
「!?」
 気付いて避けようとしたが、既に遅かった。芳野と鍔迫り合いしていたから、というのもあった。
 折原浩平が、包丁を抱えて、突進してきていた。
 勢いをつけられた包丁の刃が、千鶴に突き刺さる。

「っ……!!」
 悲鳴を出すことは流石にしなかったが、日本にかける力が緩んでしまう。それを芳野が見逃すはずはなかった。
 一歩下がると、思い切り体勢を低くし、アッパーのようにナイフを振り上げる。
 しかし千鶴もさるもの、バックステップを利用しあっという間に数メートルの距離を取る。

「やって、くれるわね」
 憎々しげに、千鶴は浩平を見据える。刺された左腕からはとめどなく血が流れ出し、既にウージーは強く握れなくなっている。
 どうせ弾切れだ。
 千鶴はそれを地面に打ち捨てると日本刀を横一文字に構え、二人に対峙する。
 ちらりと横目で見れば、ウォプタルは苦しそうに呻いていて、足としての役割は期待できそうにない。
 いいわ。これはハンデにしておいてあげる。真っ向勝負で屈服させてあげるから。
 目が、細められる。それは紛れもなく、本気を出した『鬼』の様相を呈していた。

「……さっきは助かった」
「勘違いすんな、これはオレのリベンジなんだ。あいつは……オレが絶対に倒す。ちょっとした因縁もあるからな」

 浩平は七海を屠り、杏に大怪我を負わせ、今またあかりを殺害した千鶴に対して絶対的な敵意を向けていた。
 そして、またもや助けられ、何もできなかった自分への不甲斐なさ、無力さにも。

 どうして、オレはいつもこうなんだ。
 誰かに助けられて、理不尽にも当たり散らすだけで、また誰かに助けられて……
 ふざけんな。
 ここで決別する。
 オレは、オレで借りを返せる人間になるんだ。クソガキなオレは、今日で卒業だ。

 ――えいえんのせかいなんて、ブッ壊してやる。

459誰が為に:2008/03/26(水) 16:18:14 ID:we92bBF.0
 少年が、覚悟を決める。
 しかしただ熱くなっているだけではない。冷静に、浩平は状況を分析していた。
 柏木千鶴とは以前戦ったことがあり、その身体能力の差は歴然としていた。真っ向からの勝負では、とても勝ち目はない。
 ならば、勝機はどこにあるのか。
 答えは……

「――せあっ!」
「来るぞ!」

 芳野の声に弾かれるようにして、浩平が真横に飛ぶ。それまでいた空間は既に千鶴の日本刀によって貫かれていた。
 これで安心してはならない。
 浩平は包丁を縦に構え、受けの体勢を取る。果たして予測は外れなかった。
 甲高い音と共に、包丁は千鶴の追撃を跳ね返す。

「――!」

 千鶴は少々面食らった顔をしていたが、サッと刀を返すと真後ろから迫っていた芳野の斬撃を打ち払う。
 またもや押し負けた芳野が僅かにふらつくのを見逃すわけもなく、千鶴が追撃とばかりに芳野の腹部に横蹴りを放ち、クリーンヒットさせる。
 横転しながらもすぐに体勢を立て直す芳野に、二の矢が迫る。
 首ごと斬り飛ばすかの如き勢いで垂直に振り下ろされる刀。芳野は膝立ちの体勢から横に小さく飛んでごろごろと転がりつつ、辛うじて躱す。次にようやく立ち上がったかと思えば、水平に放たれた刃が迫る。慌てて動作をひっくり返ししゃがみの体勢を取る。相反する命令を下されながらも、ぎりぎりのところで刀を空振りさせた。
 それでも僅かに切れた髪の毛が、ぱらぱらと宙に舞う。ゾッとする怖気を感じながらも、芳野は懐に飛び込んだ今がチャンスだと即座に判断し、千鶴の胸元へと向けてナイフを振るう。

 しかし千鶴の反応はそれ以上であり、半歩引いたかと思うと刀身でナイフを弾き、完璧に防御する。
 だが一度懐に飛び込んだのだ、引けば即、死に繋がる。
 素早くナイフを順手に持ち替えた芳野が、縦、横、袈裟と次々に斬撃を繰り出して千鶴に反撃する隙を与えない。

460誰が為に:2008/03/26(水) 16:18:38 ID:we92bBF.0
「くそ、どうして当たらない!」

 様々な方向から斬り付けているはずなのに、全て防御されことごとく弾かれる。
 剣道の達人とでもいうのか。いやそれにしては太刀筋はそう変わらない。とにかく、手練れであることは間違いない。
 だが、徐々に押してはいる。流石にこうも連続して攻撃を加えられては引きながら戦わざるを得まい。追い詰めさえすれば。
 そう考える芳野の視界に、浩平があるものを拾い上げているのが写る。

 マイクロウージー。千鶴が捨てていたサブマシンガンだ。
 だが捨てていたということは弾丸は入っていないのでは? 弾丸のない銃など役立たずも同然。何を考えているのか。
 その時、芳野の脳裏にある推論が思い浮かぶ。そしてそれは、浩平がへたり込んでいるウォプタルに向かったことで、確信へと変わる。
 間違いない、あいつはあの恐竜みたいなのにぶらさがっているデイパックからマシンガンのマガジンを奪うつもりだ!
 身軽にするためと、自身に負担をかけさせないためにそうしていたのだろうが、それは荷物を放り出しているも同じ。それが奴の命取りだ。

(……だが、問題は予備のマガジンがあの中に入っているかどうかだ。可能性として本当に弾切れになったから捨てていたかもしれない。運否天賦、になるが……)

 実際はそうではない。浩平はPSG1が奪われたことも知っていたためたとえマガジンがなくとも銃を確保できるのは確実だった。だが、破壊力からすればウージーのマガジンが入っていることの方が遥かに望ましい。
 結果は――

「……よし!」

 ウォプタルにぶら下がっていたデイパックの中から、ウージーの予備マガジンが浩平の手中に納まる。
 これをはめ込み、千鶴に向かって乱射すれば命中は確実だった。

 浩平がマガジンを取り替える動作に入ろうとした、その時。
「……遅いのよ」
 ふっ、と芳野の視界から千鶴が消える。何が起こったか、一瞬理解できなかった。だが数瞬の後。
「な……」

461誰が為に:2008/03/26(水) 16:19:05 ID:we92bBF.0
 一歩分の距離はあったはずだった。密着などしていてはナイフは振るえない。
 なのに。
 千鶴の顔は、キスできそうなほどの近距離にあったのだ。
 次いで、ずん、と何か重いものを叩き込まれる衝撃。肘を打ち込まれたのだと分かった時には顎を刀の柄で突き上げられ、仕上げとばかりに回し蹴りで薙ぎ倒された。

「がは……っ」
 無様に地面を転がりながら、なお千鶴の追撃に備えようとしたが、それは間違いだと知ることになる。

「そうやって、交換する動作の時が……一番無防備なの。わざわざ遊んでやったのはこのため……甘ちゃんなのよ」

 芳野が目にしたのは、浩平の腹部が千鶴によって貫かれていた光景だった。
 背中から突き出した刃が、浩平の鮮血を啜って怪しく輝いている。待ち焦がれた、とでも言うように。
「く、そっ、そういう事か……」

 芳野は理解する。
 最初から、こうなるように仕向けていた。二人いっぺんの刃物を相手取るよりは銃を持たせ、マガジンを交換する隙に仕留める。
 一対一なら苦労するまでもなく、あっという間に倒せる。押されていたのではない。そうさせていたのだ。
 見取りが甘かった。最初の鍔迫り合いのときに普通の女ではないことは分かっていたはずだった。ナイフを全て防御されていたときに、おかしいと気付くべきだった。
 敗北か。俺達の――
 芳野は悔しさに歯をかみ締めようとした。

「甘ちゃん……? へへ、あんたの方が甘いぜ、大甘だ……!」

462誰が為に:2008/03/26(水) 16:19:30 ID:we92bBF.0
 それを嘲笑うかのように。折原浩平が、笑っていた。
「何が――ぐっ!?」
 いつの間にか、千鶴は刀ごと腕を掴まれているのに気付く。握られた手は石のように硬く、また刀が刺さっているのも相俟って、ビクとも動かない。
「は、刺された、くらいで、死ぬとか……動けなくなるとか思われたら、困るんだよ……こっちは、腹、くくってんだからな!」
 浩平は叫ぶと、更に刀を食い込ませるように、より引きにくくさせるかのように、一歩千鶴へと向けて進む。
 加えて、はまり切っていなかったウージーのマガジンを膝で叩いて無理矢理押し込む。

「撃てるぜ、おねーさんよ」
 それはいつもと同じ、下らないことを思いついたときの浩平の笑みである。だがそれは、今の千鶴にとっては悪鬼の笑みに他ならない。
 心臓が早鐘を打ち、訳もなく足が震える。
(嘘……? 鬼の、わたしが、怖がっている……?)
 ゆらり、と死刑を宣告するように浩平の腕が持ち上げられる。千鶴は何とか逃れようと全力でもがき、怪我をしている左腕で浩平の顔を殴りつけるもまるで応える様子がない。

「あんたの殺戮劇は……もう、閉幕なんだよっ!」
「こんな……! 耕一さ……!」

 千鶴の叫びは、五月蝿過ぎるくらいの銃声に飲まれ、消えた。
 大きな血の穴を開けながら、最期の最期まで家族のために戦った、哀しき鬼の末裔が――あっけなく、崩れ落ちた。

     *     *     *

463誰が為に:2008/03/26(水) 16:19:56 ID:we92bBF.0
 くそ、カッコよく決めたつもりだったけどさ、やっぱ、生き残れなくっちゃヒーローじゃあないよな。
 上手く立てたつもりだったのにな。見破られてたなんて思いもしなかったぜ。
 気合と根性! でどうにかしたけどさ。はぁ、やっぱオレってそんなのは似合わないよなぁ。
 七瀬あたりが見てたら何そのヒーローごっこ、みたいな感じで笑われてたかもな。
 ……いや、泣くだろうな。絶対泣く。漢泣きするね、きっと。

 ……。
 ふぅ、アホッ、とかまたバカなこと言ってる、とかそういうツッコミがないのは寂しいな。なんだよ、結局オレは一人じゃダメなんじゃないか。
 笑っちゃうよな、全く……
 本当、アホだわ、オレは。

 ……。
 何だよ、何か、体軽くなったな。ハハア。オレはこれから天国に連れて行かれるんだな? いや、一人殺したから地獄か? いやいやいや、情状酌量の余地は残ってるはずだぜ? だから考え直してよ閻魔さんよ。
 なんて、お願いしてみたけど、まあやっぱり地獄だよな。それでもいいか。長森たちと会えないのはちょっと寂しいけどな。
 ひょっとしたら誰か知り合いがいたりして。深山先輩とか。
 いやいや、冗談ですって。だからオレの頭に入ってこないで! イヤーン!

 ……。
 冗談はともかくとして、まだ茜や、みさき先輩、澪に、七瀬、住井に……まあ、広瀬もか。そいつらは生きてるよな。
 絶対こいつらなら生き残ってくれるさ。みんなオレなんかより強くていい奴らだからな。後は頼むぜ。

 ……。
 お、何か体が重くなったぞ。ひょっとしたら地獄にご到着なのかもな。なんだよ、誰もいないじゃないか。最近の地獄は人手不足なのか?
 まあいいや、のんびりさせてもらおう。ふはは、オレこそが地獄の閻魔大王だー、なんて。

 ……長森。
 本当に済まないと思ってる。
 お前がいなきゃ、今のオレはなかった。お前がいてくれたから、オレはオレであり続けられたんだ。
 けど……結局、何も出来なかった。せめて、最後に、お前に、触れてやりたかったのに……

464誰が為に:2008/03/26(水) 16:20:28 ID:we92bBF.0
 ――できるよ。

 ……え?

 ――できるよ。ほら、わたしはここにいるから、浩平。

 ウソ……だろ。何で、長森が、ここに……いや、恥ずかしいわけじゃないぞ。ちょっと驚いただけなんだからな。
 あー、その、触れてやるってのはだな、つまり、その……

 ――ね、お願い、していいかな?

 お? お、おう、どーんと来い! 長森ごときの願い事なぞオレに叶えられないわけないっ!

 ――じゃあ……


 ぎゅって、して……


     *     *     *

「いくらなんでも、遅すぎるな」
 浩平が出て行ってから早一時間近く経っている。学校や、外を探し回っているにしても遅すぎる。
「ことみ君、確かに間違いはないんだな?」
「うん、多分……」

 芳野祐介達に硝酸アンモニウムの運搬を任せ、そのまま島を西回りに材料を探してもらうという約束。
 硝酸アンモニウムを探してもらうところから始めてもらったというのだから、探索して、運び出して、仕舞う。このプロセスを辿るだけでも結構に時間がかかるはずだ。
 浩平が出遅れた、ということはありえない。
 だとすれば、何らかのトラブルに巻き込まれたという可能性が高い。

465誰が為に:2008/03/26(水) 16:20:49 ID:we92bBF.0
「様子を、見に行ってみるか。少し離れることになるが……杏くんはまあ大丈夫だろう」
「うん……私も、心配なの」
「よし、行こう」

 聖とことみは立ち上がると、保健室に鍵をかけて校舎内から、まずは外に硝酸アンモニウムを仕舞ってあるはずの体育倉庫へと向かう。
 ――だが、そこまで行く必要は、なかった。
 彼女らが外に出た時。

「……これ、は」
「芳野、さん?」

 横たわっているのは、幾つもの死体。幾つもの血溜まりが、グラウンドを塗りつぶしている。
 その中央では、一人の男が悲しげに佇んでいた。

「……俺には、こいつらを背負い込むには小さすぎる」
 芳野祐介。
 その足元には、二人の男女が折り重なるように――いや、芳野が折り重ねていたのだ――横たわっている。
「手伝って、くれないか」
 恨むでもなく、ただ死者に応えるようにと願うような口調で、芳野は二人に向き直った。

466誰が為に:2008/03/26(水) 16:21:18 ID:we92bBF.0
【時間:2日目午後15時00分ごろ】
【場所:D-06・鎌石村小中学校・駐車場】

芳野祐介
【装備品:サバイバルナイフ、台車にのせた硝酸アンモニウム】
【状態:左腕に刺し傷(治療済み、僅かに痛み有り)、腹部に鈍痛(数時間で直る)】
【目的:瑞佳とあかりの友人を探す。まずは死者たちを埋葬したい。爆弾の材料を探す。もう誰の死も無駄にしたくない】

神岸あかり
【装備品:包丁、某ファミレス仕様防弾チョッキ(フローラルミントタイプ)】
【持ち物:支給品一式(パン半分ほど消費)】
【状況:死亡】

柏木千鶴
【持ち物1:日本刀・支給品一式、ウージー(残弾18/30)、予備マガジン×3、H&K PSG−1(残り3発。6倍スコープ付き)、日本酒(残り3分の2)】
【持ち物2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図】
【状態:死亡】
ウォプタル
【状態:首に怪我。衰弱中(数時間は動けない)】

467誰が為に:2008/03/26(水) 16:21:42 ID:we92bBF.0
霧島聖
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式(保健室でいくらか補給)、乾パン、カロリーメイト数個、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)】
【状態:爆弾の材料を探す。死体の山に呆然】

一ノ瀬ことみ
【持ち物:暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯】
【状態:爆弾の材料を探す。杏ちゃんが心配。死体の山に呆然】

折原浩平
【所持品:包丁、フラッシュメモリ、七海の支給品一式】
【状態:死亡】

藤林杏
【所持品1:携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ほか支給品一式】
【所持品2:スコップ、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々】
【状態:重傷(処置は完了。回復までにはかなり時間がかかる)。うなされながら睡眠中】


【その他:付近には瑞佳の遺体(浩平の遺体と重なっている)と詩子の遺体があります】

→B-10

468電脳皇帝:2008/03/28(金) 01:14:25 ID:lyGUT/is0
 瑠璃ちゃんに渡されたフラッシュメモリを持ってパソコンのとこに戻ってきた。
「ふぅ……」
 瑠璃ちゃん達との会話が頭に浮かんでくる。
「瑠璃ちゃん……めぇかわっとったなー……」
 きっと、瑠璃ちゃんがフラッシュメモリのこと言い出したんはウチを殺し合いからのけるため。さっきの瑠璃ちゃんのあの眼。ウチを見るときの瑠璃ちゃんの優しい眼。ウチを見てないときの暗いキレイな瞳。あの五月二日、貴明がウチと瑠璃ちゃん、いっちゃんを助けてくれた日。瑠璃ちゃんはウチがすきやってゆうてくれた。瑠璃ちゃんは、この島でもずっとウチを守ってくれた。こんな足手まといなウチを連れて、ずっと守ってくれた。きっと、これからも瑠璃ちゃんはウチを守ってくれる。守るために頑張ってくれる。ウチも、そうしたい。でも、ウチは瑠璃ちゃんよりずっとトロいし、力もない。瑠璃ちゃんとおんなじことしようとしても、きっと瑠璃ちゃんの足引っ張る。瑠璃ちゃんがそのせいで動けんくなるんだけはあかん。ウチは瑠璃ちゃんが人質にとられたら何もでけへん。たぶん、瑠璃ちゃんも……
 もしホンマにどうしようもなくなったら……
 殺しあいんときウチに出来るんはみさきの手を引いて逃げること。弾除け。後は瑠璃ちゃんのミサイル。それくらい。
 でも、殺し合い以外やったらウチにもできる。首輪。ハック。クラック。できることはなんでもやる。瑠璃ちゃんが生きて帰るためにできることは。瑠璃ちゃんと生きて帰るためにできることは。
 首輪の爆弾なんかこわない。ここがウチの戦場。ウチが瑠璃ちゃんを守る場所。ぜったい、負けへん。

469電脳皇帝:2008/03/28(金) 01:14:42 ID:lyGUT/is0
 まずはフラッシュメモリの解析をする必要がある。
 HDDを取り付ける。
「あ……」
 取り落とした。
 割に盛大な音を立ててマザーボードにぶつかる。
 マザーボードは見た目壊れていないようだが。
「……」
 彼女は暫くHDDを見詰めて、ふと思いついたように異様な速度でHDDを分解し始めた。
「あれ……?」
 その手が止まる。
 眼はHDDの中にある見慣れない物質に止められている。
「……?」
 摘み上げる。
 暫し見詰める。
「……………………!」
 珊瑚は口に手を当てて漏れる声を抑え、深呼吸する。
「物理的な断線は……ない……みたいやね」
 そしてHDDを元通り組み立てる。直方体の物質も一緒に。
 改めてHDDを取り付けて、フラッシュメモリを差し込む。
『パスワードを入力してください』
「……こんだけ?」
 キーを撃つ音が僅か響く。
『パスワード認証しました』
「……あふれさせてしまいやん」
 彼女は溜息を吐き、フラッシュメモリを開いた。
「……!」
 と、同時に彼女は息を呑む。
 フラッシュメモリの中には『島内カメラの使い方』と言うタイトルのテキストと、その横にやたら大きいサイズのデータがあった。
「これ……使える……!」
 『島内カメラの使い方』を開き、猛烈な速度で文字を読む。
 今、珊瑚の頭は恐ろしい勢いで回り始めた。
 最初に引き当てたレーダー。
 同じく瑠璃が引き当てた携帯ミサイル。
 首輪に付いているであろう盗聴器。
 島の中に恐らく複数あるであろうパソコンとその中身。
 環たちの持ってきたフラッシュメモリ。
 その中身の示すもの。
 先ほどのHDDの中の直方体。
 それらがどうやって動いているのか。それらは何処から情報を得て正常に動いているのか。
 この島の支配者の心理。
 何故自分や那須宗一、そのナビであるエディ、リサ・ヴィクセン。そんな人間がいるにも拘らずパソコンを置いてあるのか。
 望外な幸運に晒されて、相当な情報が彼女の元には入ってきている。
 様々な点が一つの線になり、複数の線が一つの絵になる。
 珊瑚は一つの結論を出し、瑠璃の顔を思い出し、フラッシュメモリのデータを開き、インストールし始めた。
「これでどこに何があるか分かるな」
 主催者には思惑通りに進んでいると思わせる必要がある。
 珊瑚は先程まで作っていたワーム製作を放り投げ、フラッシュメモリの中身を調べ上げると共に新しいプログラムを作り始めた。

470電脳皇帝:2008/03/28(金) 01:15:06 ID:lyGUT/is0
 タン、とエンターを強く撃つ音が部屋に響く。
 プログラムは完成した。後は実験。
「そや。ろわちゃんねるどうなっとるんやろ」
 彼女は既にパソコンに入っていた全てのファイルは調べ上げていた。この状況で生死を握る鍵となるパソコンなのだから当然と言えば当然だが。
 ろわちゃんねるに繋ぐ。作ったプログラムからプロンプト上に文字列が排出される。
 実験は成功だった。
「あ……」
 が、珊瑚の頭からはそんなものは完全に抜け落ちていた。
「貴明……」
 その名が死亡者報告スレッドに載っていたから。

471電脳皇帝:2008/03/28(金) 01:15:21 ID:lyGUT/is0
「貴明……」
 どれくらい呆然としていたんだろうか。珊瑚は自分の呟きに引き摺られて現に戻ってきた。
「貴明……」
 が、その眼からは涙が止まらない。
「貴明〜……」
 椅子の上に膝を抱えて座り込み、溢れる涙を袖とスカートで拭い続ける。
「う〜……」
 五月二日が頭に浮かぶ。もう戻らない五月二日。もうイルファもいない。貴明もいなくなった。
「う……」
 しかし、珊瑚はそれ以上泣き続けることが出来なかった。
 まだ自分には妹がいる。この世で一番大切な妹が。そして、ここで泣き続けることは自分達の死を座して待つのと変わらない。
 上手く回らない頭でそこまで気付いてしまうと、それ以上泣き続けることは最早彼女には出来なかった。
「貴明……」
 だから、この眼から流れ続けるのは決して涙ではない。
「ぜったい、ウチら生きて帰るからな……」
 涙なんかではないのだ。

472電脳皇帝:2008/03/28(金) 01:15:39 ID:lyGUT/is0
 弱気、恐怖、混乱。悲哀、後悔、怒り。人の感情は容易く他人に伝播する。
 だが、伝播するのは負の感情だけではない。
 強大な敵に立ち向かうだけの覚悟と勇気は、彼女の娘から彼女の妹を通じ、いつしか彼女自身にも伝播していた。

473電脳皇帝:2008/03/28(金) 01:15:50 ID:lyGUT/is0
【時間:二日目17:00頃】
【場所:I-5】

姫百合珊瑚
【持ち物:デイパック、水、食料、フラッシュメモリ、工具箱、HDD】
【状態:対主催者情報戦争中】

474命を繋ぐか細い糸:2008/03/28(金) 01:16:24 ID:lyGUT/is0
【時間:二日目17:00頃】
【場所:I-5】
「努力・謀略・勝利!」
「愛・友情・勝利!」
 同時に叫んでドアを開く。
「おかえ環!?」
 瑠璃が俺達に抱えられた環を見て叫ぶ。
「どうしたん!? その頭……!」
「弟にバットで思いっきりぶん殴らせたんだよ……」
「なんで……」
「そんなことより手当てだ! 浩之、お前も横になれ!」
「お……」
「浩之もやられたん!?」
 瑠璃が眼を剥いてこっちを見る。
「まぁ、ちっと腹蹴られてな」
「血反吐吐くまで蹴られて何がちっとか。悪いけど先に向坂見るぜ」
「当然だ」
 腹より頭のが万倍やばい。
「もろに入ってたからな。……糞っ、血がとまんねえ!」
「ウチにかして!」
「瑠璃……?」
「祐一は浩之看とって!」
「あ……ああ……」
 瑠璃……?
「環? ウチが分かる? 環? 分かるんやったらまばたき二回して! 環? 頭おすで? ガマンしてな。環? 今から頭に包帯巻くで? 環? せや!」
 瑠璃は唐突にこっちを向いた。
「なぁ、環は頭殴られてから動ていた?」
「いや……最後に雄二を倒してすぐに倒れた」
「やったら、環動かした?」
「あ……ああ……ここまで運んでこなきゃなんなかったからな」
「でも、なるべく頭は動かさないようにして来たぜ」
「そか……」
「向坂は大丈夫なのか……?」
「わからへん……でも、かなりまずい……鼻から血が流れてきとる」
「やばいのか!?」
「わからへん! それより、浩之も腹蹴られたんやろ!? 動いたらあかん!」
「うっ……」
 瑠璃の気迫に負けてくずおれる。
 腹が痛むのもまた確かだ。俺が何しても向坂の助けにならないことも。
「祐一! さんちゃん呼んできて!」
「みさき?」
「浩之君」
 みさきが手を握ってきた。
「お腹を痛めた時は、ちゃんと寝てなきゃ駄目だよ。まして血を吐いたんなら、内臓か食道を傷つけてるかもしれないんだから」
「ああ……」
「畜生……! どうすりゃ……!」
「瑠璃ちゃん!」
「さんちゃん!」
 珊瑚が部屋の惨状を見て息を呑む。
 が、すぐに見た目に一番酷い環のところに行った。
「どうなっとるの?」
「頭バットで殴られたんやて……頭はあんま動かしてないらしい」
 珊瑚が環の口元に手をやる。
「息が……」
 珊瑚が環に躊躇うことなく口付けた。
「珊瑚!?」
 そのまま息を吹き込む。って人工呼吸かよ。馬鹿か俺は。
「ふー……ふー……はー……ふー……ふー……はー……」
「さんちゃん、大丈夫?」
「ふー……ふー……ぷわっ……瑠璃ちゃん、変わって」
「う、うん」
 そう言って珊瑚は俺の方に来る。
「さ、珊瑚?」
 どうしてもその唇に眼が行く。
「あんな、このままやと環死んでまうかもしれん。ウチらじゃ応急手当位しかでけへん」
「そんなに……酷いのか……?」
「わからへん……それも分からんねん」
「医者がいれば、何とかなるのか?」
 祐一が突然思い出したようにいった。
「それはわからへんけど……いないよりはいた方がええと思う」
「俺達は元々神尾を医者に見せる為に診療所に向かったんだ。もしかしたらいるんじゃないか、ってな。霧島聖って人が医者なんだって。神尾が言ってた。本当は寝かしときたかったが……怪我人が半分ならどうしたって医者はいるよな……」
 そう言って祐一は観鈴のいる布団へ行く。
「神尾、すまん。起きてくれ。神尾……」
「ん……」
 程なく、神尾は目を覚ます。
「あれ……ここ……」
「神尾、すまない。どうしても医者が必要になった。霧島聖、って人の詳しい説明してくれないか」
「あ……うん……」
「それやったら」
 珊瑚が観鈴の前に出る。
「誰……?」
「大丈夫だ。味方だよ」
「こっち来てくれん?」
姫百合珊瑚
【持ち物:デイパック、水、食料、フラッシュメモリ、工具箱、HDD】
【状態:対主催者情報戦争中】

475命を繋ぐか細い糸:2008/03/28(金) 01:17:25 ID:lyGUT/is0
 祐一に肩を借りながら観鈴はパソコンの前に座る。傍らには浩之とみさきもいた。
「あのフラッシュメモリな、この島のカメラを見れるプログラムはいっとった。画面切り替えてくから聖って人がでたら止めてな」
「うん……にはは、責任重大」
 先程作り上げたプログラムを使って、ネットに接続しているデータを主催者に送りながら珊瑚はカメラを立ちあげる。
「ほな、いくで」
 ディスプレイに大量のウィンドウが出る。
 その中でカメラの移動以外で動いているものを選び、順次拡大していく。
「どうだ、神尾?」
 観鈴は答えず、順に流れるカメラを見続ける。
「! これ! この人だよ!」
 流れるように切り替わっていたカメラが、一気に止まる。
「これ……D-6?」
「くっ……遠いな……」
 祐一が舌打ちをする。
「でも行かないわけにはいかねーだろ?」
「でも、環は動かされへんよ?」
「俺が行く」
「祐一?」
「誰かが行って連れてくるしかないだろ。だから俺が行く」
「わたしもいくよ」
「神尾?」
「馬鹿を言うな! お前だってまだ傷口塞がってないだろ!?」
「だいじょぶ。痛いけど、もう血は出てない。わたしがいないと、先生連れてこれないかもしれないよ」
「それは……いや、駄目だ! お前は怪我人なんだぞ!?」
「でももし先生連れてこれなかったら、みんな死んじゃうんだよね? 祐一くんが襲われて先生のところまで辿りつけなかったら……」
「う……」
「祐一。諦めろ。お前の負けだ」
「浩之……」
「そう言う事なら俺もついていく。観鈴よりは動けんだろ」
「黙れ怪我人二号。お前まで何言い出すんだよ。大体そんなことしたらここの守りは」
「瑠璃がいる。あいつなら大丈夫だ。きっとここを守りぬく。むしろ俺らの方がアブねーかもしんねーぞ?」
「じゃあ私も行こうかな」
「待て」
「私は浩之くんに付いていくって決めたから。皆が襲われて先生連れて帰れなかったら困るよね?」
「いや待てだからお前」
「それに私怪我してるわけじゃないから、荷物持ちくらい出来るよ。浩之くんも観鈴ちゃんもとても重い物を持つなんて出来そうにないけど?」
「う……」
「浩之。諦めろ。お前の負けだ」
「てめ」
「しょうがねえ。決まったんなら早めに行動しよう。向坂には時間がない」
「おう」
「まって」
 いざ、と言うところで珊瑚が止めに入った。
「これ。もってって」
 そう言って珊瑚は浩之にフラッシュメモリとメモを渡した。
「これ……?」
「パスワード消しといたで。それを使えばどのパソコンでもこのカメラみたいに出来る。この家のカメラだけはこわしといたけど、その他やったら全部見れる。やり方は同じ。パソコン消すときはデータちゃんと消しといてな」
 そしてメモを見る。
『いろいろやっといた。なるべくこのかみはウチらいがいのひとにはみせんといて。
もしホンマにだいじょぶそうやとおもうひとがいても、なるべくひろゆきがせつめいして。
ワームはだいたい8わりくらいできた。あと、しゅさいしゃだますてもふたつよういした。ここのネットワークのくみかたとくびわのはんべつしゅだん、たぶんしゅさいしゃのおくのて。さらにうらがないかこれからまたしらべる。こっちはなんとかする。やから、いしゃたのむわ。』
 恐ろしいほど主催者との騙しあいは進んでいるようだ。しかも珊瑚優勢で。
「浩之」
「あ……ああ……」
「みんなで、生きて、帰ってきてな」
「お……おう!」
 当たり前だ。誰一人として欠けさせるか。
 みさきと祐一と神尾を伴って部屋を出る。
「……ぅ、……ぁきみたいには……」
 だから、最後に珊瑚が呟いた言葉ははっきりとは聞き取れなかった。

476命を繋ぐか細い糸:2008/03/28(金) 01:17:52 ID:lyGUT/is0
「行くん?」
 環が布団に寝かされていた。瑠璃がやったんだろう。布団と毛布も掛けられている。呼吸は安定したんだろうか。瑠璃は俺達に背を向けたまま膝を抱えて座り込んでいた。
「ああ。ちゃんと連れて帰るから、安心しろ」
「……ウチは、さんちゃんが一番大事や。やから、ついてけん」
「分かってる」
「……危ないで」
「分かってる」
「浩之、怪我してるんやで?」
「そうだな」
「みんなでここにいた方が安全やけどな」
「でも、そうすると環が危ない」
 全部瑠璃も分かってる。そのはずだ。
「……浩之」
 瑠璃が身体全体でこっちを向く。
「あの覚悟、覚えてるな?」
「……たりめーだ……っと、そうだ。瑠璃。これ、餞別な。なんかあったら使ってくれ」
 瑠璃に火炎瓶を一本投げ渡す。
「っと……ええの?」
「ああ。どうせ数あったってしょうがねえ」
「分かった。もらっとく。……生きて帰ってくるんやで。みんな」
「おう」
「うん」
「にはは」
「ああ。いってくんぜ」
 大丈夫だ。腹は痛いがまだ動ける。戦える。絶対生きて帰ってやるぜ。なぁ、みさき?

477命を繋ぐか細い糸:2008/03/28(金) 01:18:07 ID:lyGUT/is0
【時間:二日目17:20頃】
【場所:I-5】
【備考:家に待機】

姫百合珊瑚
【持ち物:デイパック、水、食料、フラッシュメモリ、工具箱、HDD】
【状態:対主催者情報戦争中】
【備考:主催者の仕掛けたHDDのトラップ(ネット環境に接続した時にその情報を全て主催者に送る)に気付く。選択して情報を送れるプログラムを作成。ワーム製作約8割】


姫百合瑠璃
【持ち物:デイパック、水、食料、レーダー、携帯型レーザー式誘導装置 弾数3、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(12/15)、火炎瓶、包丁、救急箱、診療所のメモ、支給品一式、缶詰など】
【状態:守る覚悟。民家を守る】

向坂環
【所持品:なし】
【状態:左側頭部に重大な打撲、左耳の鼓膜破損、頭部から出血、及び全身に殴打による傷(以上手当て済み)、布団に移されている。昏睡】

【時間:二日目17:20頃】
【場所:I-5】
【当面の目的:聖を連れ帰る】

藤田浩之
【所持品:フラッシュメモリ(パスワード解除) 、珊瑚メモ、包丁、殺虫剤、火炎瓶】
【状態:守る覚悟。腹部に数度に渡る重大な打撲(手当て済み)】

川名みさき
【所持品:包丁、ぼこぼこのフライパン、支給品一式、その他缶詰など】
【状態:健康】

相沢祐一
【持ち物:ワルサーP5(6/8)、包丁、支給品一式】
【状態:右足甲に打ち身(手当て済み)】

神尾観鈴
【持ち物:なし】
【状態:脇腹を撃たれ重症(手当て済み、表面上血は止まっているが重態)】

478幸せな固執:2008/04/08(火) 23:21:38 ID:yrmGipuE0
頭に走る鈍い痛み、氷上シュンが目を覚ました原因はそれだった。
ぼやけるシュンの視界に緑が入り込む。頬を撫でる風で動くそれが、シュンの現在位置を表していた。

(ここは……)

深夜、シュンは太田香奈子と共に鎌石村小中学校を目指し移動をしていたはずだった。
しかし今シュンの目の前に広がる世界に、深夜特有の暗さは存在しない。
爽やかな空気が演出しているのは、間違いなく早朝を表す時間帯である。
……いつの間にか、眠っていたというその事実。
寝起きのシュンは、まずそれに自覚という物を持てずにいた。

「氷上君、起きた?」

寝っ転がったままのシュンの頭に被さるような形で、その影は落ちる。
逆行で面影を確かめることはできないシュンだったが、さらりと揺れる髪の動き相手を悟ることは出来るだろう。
ゆっくり瞬きを繰り返し視界を正常に戻した後、シュンは彼女の名前を呼んだ。

「太田さん……」
「びっくりしたわ。氷上君、走ってる途中でいきなり倒れちゃったんだもの」

ああそうかと、シュンはここでやっと今自分の身に起きた事態を想像することができた。
体の弱いシュンにとって、昨日一日で蓄積された疲労というのも決して少なくはなかったのだろう。
肉体面もあるが、精神面でのダメージも強かったかもしれない。
シュンは突然気を失ってしまう程弱っていた自身の状態の変化に、全く気づかなかった。
それで一番迷惑がかかったのはシュン本人ではない。間違いなく、同行者である彼女だ。

「ごめん、僕……」
「気にしないで。体が弱いっていうのは聞いていたことだから」

479幸せな固執:2008/04/08(火) 23:22:00 ID:yrmGipuE0
シュンの苦笑い混じりの言葉を、香奈子はしっかりとした声で遮った。
物怖じしないその様子には、本来は気さくなのであろう香奈子の性格が窺える。
必要以上の遠慮を拒む今の香奈子には、島に来た際にあった虚ろな空気は存在しなかった。
シュンを手伝うという明確な指針があるのも原因なのかもしれない、学園でも生徒会副会長を務めていた香奈子だ。
やり遂げなければいけない仕事というものが分かっている以上、彼女の本来の真面目さがそこに発揮されるのも至って自然なことだった。

「体、そんなに悪いの?」
「はは、お世辞にもいいとは言えないね」

ゆっくり上半身をもたげようとするシュンに、香奈子の手がすかさず差し伸ばす。
そっと柔らかな香奈子の手を握り返し、シュンはそのまま彼女の力も少し借りながら立ち上がった。

「あの、氷上君」
「何だい?」

おぼつかなくなりそうな足取りを気にし、シュンがつま先で地面を確かめている時だった。
何か言いたげにしている香奈子の表情は少し曇っている、ちょっとした彼女の変化にシュンは小首を傾げ言葉の先を促した。

「あなたが目を覚ます少し前……ちょっと、この辺りを見てきたの」
「一人でかい? 危ないよ、それは」
「そこまで離れていた訳じゃないわ、大丈夫。迂闊なことをする気はないもの」

シュンが眉をしかめた所ですかさず香奈子もフォローをかけるが、それでシュンの持つ全ての不安が拭われることはない。

「ちょっと、気になることがあって。あなたを休ませるにも、ここが本当に安心できる場所か確かめたかったのよ」
「太田さん……」

しかしそう言われてしまうと、シュンは何の意見も出せなくなってしまう。
シュンは、自分を気遣ってくれている相手の物言いを無下に扱えるような人格ではなかった。

480幸せな固執:2008/04/08(火) 23:22:21 ID:yrmGipuE0
「それで氷上君。その、ちょっと……来てくれる?」

言葉を濁しながらシュンの返答を待つことなく、香奈子は先導を切る形で歩き出そうとする。
置いていかれないよう、そのすぐその後ろをシュンがつけた。香奈子が振り返る様子はない。
……何か、あったのだろうか。
言葉を発しない香奈子の背中を見つめながら、シュンは無言で足を動かした。

香奈子の足が止まるのに、そう多くの時間はかからなかった。
ちょっとした繁みを抜け現れたのは歩道と思われる空けた場所、目立つ地に伏せているのは服装から少女だろうか。
少女は、先ほどのシュンと同じように寝転んでいた。
目に見える外傷等痛々しい姿を持った少女だが、その口の隙間から漏れる呼吸音は確かな命の証であり、生命が途絶えていないことだけはシュンにもすぐに窺える。

「この子は?」
「分からないわ。目立つ足音が聞こえて、気になって様子を見に来てそれで……」
「太田さんが来た時には、もう倒れてたってことかい?」

すかさず入ったシュンのフォローに、香奈子はこくりと頷き同意を表した。
前のめり、うつ伏せの状態で気を失っているらしい少女。
背格好からシュンや香奈子とも、そう歳は離れていないだろう。
シュンの隣、立ち尽くすような形で少女を見下す香奈子の顔に浮かんでいるのは、無表情に近いものだった。
目に入ったそれに内心驚くものの、シュンは特に言及せず一人屈み込み少女の様子を確かめだす。
……うつ伏せになっていた少女の体を仰向けにし状態を確認しようとしたところで、シュンは彼女の異変に気づいた。
いや、それは本来臭いなどの部分から察しなければ行けない事柄だったかもしれない。

刻まれた服、そこから覗く白い肌には赤や青などの痣ができている。
黒のブレザーにこびり付いた白い染み、べたつくそれは撫で付けるように彼女の体のいたる所にも付着していた。
拭われた形跡は見当たらない内股にも、それと同じような液体や血液が走り去った跡がある。

痛々しい暴行の痕跡は、少女の幼い容姿や体つきをさらに助長させるような厳しさを持っていた。
無言。シュンは少女に対しどう接すればいいのか分からず、思わずその動きを止めた。

481幸せな固執:2008/04/08(火) 23:22:43 ID:yrmGipuE0
「私はこんな子知らないわ。助ける義務もないと思ってる」

はっきりとそう口にしたのは、シュンの隣でいまだ立ったままである香奈子だった。
シュンが見上げた香奈子の表情は、彼が目覚めた時と同じように逆行が遮っていて窺うことはできなくなっている。
先ほどは無表情だった、香奈子のそれ。
しかしシュンは、そこに別の表情を思い描いていた。
香奈子の声色から想像するシュンの見た表情、それは ――

「でも、放っておけなかったのよ。無理なのよ、こんな……こんな状態、見せられちゃ……」

表情の見えない香奈子の髪が、ふわりと揺れる。
それは香奈子がシュンと同じよう、少女の傍に屈みこんだからである。
一気に近くなった香奈子との距離、隣にいるシュンの視界に彼女の横顔が入り込む。
見えなかったそれが、シュンの目の前に現れた。
目元を歪め苛立ちを噛み潰すよう強く唇を噛んでいる香奈子は、今にも泣きそうになっていた。
痛々しいそれの反面、そのままゆっくりと少女の太ももを撫でる香奈子の手つきは非常に優しいものである。

今、香奈子は陵辱された少女の体を見てかつての自分を思い出していた。
好きだから、受け入れたということ。
愛しているから、痛みさえも喜びに変えていこうと努力していたこと。
しかしそれでも、どこか拭えない虚無感は常に香奈子を襲っていた。
香奈子は見ない振りをしていた。
し続けていた。
それで縛れるものなら容易いことだと、そう思っていた。
思い込んでいた。

「太田さん、君はこの子を助けたいんだよね」
「……」
「僕も同じ気持ちさ。きっと、その思いには違いはあるだろうけどね。
 僕は君じゃない、だから君の思いは分からない。考えることはできても、それは憶測に過ぎない」
「……」

482幸せな固執:2008/04/08(火) 23:23:05 ID:yrmGipuE0
シュンの言葉を噛み砕きながら、香奈子はゆっくりと瞳を閉じた。
理解していくごとにどんどん温まっていく胸の内、まるでシュンの言葉は魔法のようだという錯覚すら、香奈子は覚えそうになる。
こんな気持ち、香奈子は初めてであった。
月島拓也と関係を持っていた時間、あの熱さを香奈子自身忘れた訳ではない。
しかしそれとは別種のこの温度は、あくまで優しく、柔らかく、そして一切の棘も存在しない。
こんな甘い世界に対し、香奈子はあまりにも不慣れだった。
不思議としか言いようがない。比べることすら違いすぎ、できるはずもないだろう。

「今は、それだけでいいと思う。太田さんは太田さんのやりたいように、すればいいんだと思う」

瞳を開け改めて見るシュンの表情に、香奈子は一瞬言葉を失った。
ばつの悪さすら感じてしまう邪気の無さ、シュンのそれに香奈子は戸惑いが隠せない。

「この子を拾っても、足手まといになることは目に見えているわ」
「それなら僕等がフォローすればいいじゃないか」
「……この子のせいでもし氷上君に何かあったら、私はこの子を殺すかもしれない」
「はは。なら太田さん、せっかくだし僕を守ってくれないかい?」

予測していなかったシュンの回答に、思わず香奈子も目を丸くする。
そんな香奈子が微笑ましかったのか、シュンも小さく破顔した。

「そして僕は太田さんを守る。この子も守る。ほら、これならいいんじゃないかな」
「何よ、それ……」
「あはは。いざ実際に何か起きないと分からないってことだよ、太田さん。
 それなら今やりたいと思うことを優先させた方がいい。後悔しないためにもね」

最後、引き締まったシュンの瞳には口先で述べている甘さが含まれていなかった。
氷上シュンは不思議な少年だ。
優しさや甘さが目立つ、この島で長生きするためには持つことが許されない性格のくせに、時々意味深なことを口にしたり世界の儚さを嘆くような物言いをする。
どこかミステリアスな所も垣間見れるシュンの隣に香奈子は約一日いたことになるが、それでも彼の全容を彼女は掴んでいなかった。
もっと彼のことが知りたいと。純粋に、香奈子はそう思っていた。
一言で表せば好奇心と呼ばれる感情、その奥底に存在する欲望が恋情に繋がるかはまだ香奈子自身図りかねている所がある。
それでもシュンの言葉を使い、香奈子が「今やりたいと思うことを優先させる」とするならば。


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