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避難用作品投下スレ2

1管理人★:2007/04/24(火) 01:55:07 ID:???0
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。
また、予約作品の投下にもお使いください。

219天空に、届け:2007/05/06(日) 05:13:11 ID:hwEAUQBA0

陽炎の揺らめく岩場に、二つの影があった。
ひとつは、一糸纏わぬ少女の人型。唄は、やんでいる。
山頂そのものを抱きすくめるように四つん這いになった、砧夕霧だった。
その巨大な濃灰色の眼球が、二つ目の影を映していた。
少女の体躯からすれば豆粒ほどの大きさのそれは、吐息で己を吹き飛ばしかねないその巨体を前にして
些かも動じた様子なく立っている。
小さな影、長瀬源蔵が、文字通り視界を埋め尽くす夕霧に向かって静かに言葉を紡いだ。

「来栖川の罪……恨みはあらねど、討たずば主名に傷がつく」

優しげにすら聞こえるその声が、再び戦いの幕が開いたことを告げていた。
ゆっくりとした動きで、夕霧が地面についていた手を振り上げる。
同時に源蔵が動いた。一歩めから全力をもって地を踏みしめる動き、疾走。
一瞬遅れて、源蔵の立っていた位置に影が射した。
続いて辺りを揺るがす、轟音と地響き。
夕霧の平手が叩き付けられた大地の引き裂ける悲鳴、そして衝撃だった。

一抱えほどもある岩塊が砂埃のように舞い上がる、その隙間を縫って源蔵が走る。
自身に近づくその小さな影を振り払うように、再び夕霧の手が大地を離れる。
大質量に引きずられて、風が渦を巻いた。
横殴りの暴風を伴った夕霧の腕は、何もかもを呑み込む津波の如く襲い来る。
飛び越すも左右に避けるもかなわぬ圧倒的な容積を前に、源蔵が疾走の方向を変えた。
夕霧の身体に向けた疾走から、迫る腕へと正対する動き。
風に巻き上げられた鋭い石の角が、源蔵の顔にいくつもの傷を作る。
血すら流れず肉を剥き出す傷を気にも留めず、源蔵が疾走のまま、右の拳を引いた。

「長瀬が伝えるは名に非ず、ただ志士の心意気―――」

言葉と共に、握り込んだ拳から黄金の霧が立ち昇りはじめた。
きらきらと光り輝きながら流れる金色が、源蔵の拳から腕を包み込む。
胸を反らし、左の腕を前に、右の腕を後ろに引いた、さながら槍投げの助走のような体勢。
防禦を、そして体の流れを無視した極端な姿勢のまま、源蔵が城壁の如き夕霧の腕に肉薄する。
食い縛られた歯の隙間から鋭い呼気が漏れた、その瞬間。
目一杯に引き絞られた弩から放たれる矢にも等しい、黄金の一撃が奔った。

一瞬の静寂と、爆発的な衝撃。
大地を抉る夕霧の巨腕が、金色の破城槌によって打ち破られ、跳ね上げられる。
反動で皮が破れ、肉が裂けて燻る右腕を省みることなく、源蔵が反転した。
夕霧の身体へ向けて疾走を再開する。
中空から、幾つもの影が山頂に落ちて弾けた。
片腕を砕かれた痛みに思わず立ち上がろうとする夕霧の巨躯、その腕を構成していた、
小さな夕霧たちの遺骸だった。
地に落ちて無数の赤い花を咲かせるそれらに、源蔵は視線すら向けない。
源蔵の目はただ一点、逆光に影を落とす夕霧の額へと向けられていた。
その額が、ぼんやりと光を放ち始めていた。

220天空に、届け:2007/05/06(日) 05:13:38 ID:hwEAUQBA0
源蔵が、跳ぶ。
立ち上がりかけた夕霧の、砕かれず残った左の掌が源蔵を叩き落とさんと迫る。
しかし崩れた体勢から振り回された腕に、先刻の津波のような勢いはない。
それを見て取って源蔵は空中で身を捻り、反転して足を向けた。接触。
膨大な質量に轢き潰されるかに見えた瞬間、源蔵の身体が弾丸のように飛び出した。
速度に劣る夕霧の腕をカタパルトと見立て、衝撃を受け流すと同時に莫大な慣性を加速力に転化していた。
飛びゆく方向は夕霧の足、膝関節。

「一心、以て打ち込めば牢固の巌、砂礫と帰し―――」

闘気の霧が、今度は源蔵の左腕を包んだ。
黄金の弾丸が、峰を大地に縫い止める杭の如き夕霧の脚を、撃ち貫いた。
着地。人体の限界を超えた速度を殺しきれず両の膝が砕けるのを感じながら、源蔵が身を引きずるように振り向く。
正面、夕霧の脚を構成していた小さな夕霧たちが源蔵の吶喊で崩れ、流星雨のように大地へと散っていく。
巨大な影が、片足を砕かれて傾いでいた。
凄まじい質量の偏重に耐え切れず、夕霧がその足元の岩盤を踏み砕きながらゆっくりと倒れこもうとする。

「―――万丈の山峰、悉く平らかならん」

爆発にも等しい烈風を巻き起こしながら傾いでいく夕霧の、その上半身が落ち行く先に、源蔵はいた。
見上げる視線の先に、光が射していた。
―――光。
巨大な夕霧の半身に抱きすくめられるような格好で倒れこまれ、陽光を遮られながらも、
しかし源蔵の周囲に影は落ちていなかった。
日輪をすら圧倒する光源が、源蔵の頭上にあった。
源蔵の全身を包む黄金の霧を霞ませる、膨大な光量。
源蔵に向けて倒れこむ巨大な砧夕霧の額が、光を放っていた。
辺りに散乱する小さな夕霧の遺体から飛んだ鮮血が、熱された岩に焦げて嫌な湯気を上げた。

「長瀬は終焉に臨みて屈せず、故に―――」

視界の意味を喪失させる莫大な光の中で、それでも源蔵は真っ直ぐに夕霧の方を見やり、言葉を紡ぐ。
全身を覆う黄金の闘気の下、皮膚がちりちりと焦げて捲れ上がっていくのを感じた。
白髪の先に、小さな炎が灯っていた。
膝の砕けた脚は既に大地に立つ用を為さず、両の腕はひしゃげている。
背に開いた穴からは折れ砕けた肋骨の先端と乾いた臓腑の切れ端が覗いていた。
力なく大地に斃れ伏す筈の長瀬源蔵は、しかし。

「―――故に生涯、不敗なり―――!」

その摂理の全部を無視して、立っていた。
地上に現れたもう一つの太陽が、大地を灼熱の炎で彩り、飾り立てる。
その中心、純白の光の中に、一筋の黄金が煌いた。

砧夕霧の頭部が、弾かれたように跳ね上がった。


******

221天空に、届け:2007/05/06(日) 05:14:05 ID:hwEAUQBA0

真っ白な光の中から、巨大な黒い影が飛び出していた。
青空の下、奇妙な咆哮を上げながら天空へと躍り出たそれは、紛れもなく砧夕霧の顔をしていた。

血で固まりかけた髪をはためかせる風の中、古河秋生は静かにそれを見ていた。
大地に片膝をついた、跪射の姿勢。
伸ばされた両手の先には真紅の光があった。
愛銃に灯った赤光を、秋生は深い呼吸の中で意識する。
光はふるふると震え、明滅を繰り返していた。

天空に舞った夕霧の顔が、その上昇速度を落としていく。
息を吐いた。
光が震える。
片目を閉じた。
光が震える。
じっとりと噴き出した汗が、風に吹かれて冷えるのを感じた。
光が、次第にその震えを鎮めていく。
大きく息を吸う。
光の明滅が、止まった。
呼吸を止めた。
赤光が、膨れ上がる。
心臓の鼓動が、両の手を通して銃へと伝わり、赤光と一つになる。
片目を開けた。
夕霧が放物線の頂点に達していた。
その運動が、ゼロになる。

古河秋生が風の中、トリガーを、引き絞った。

222天空に、届け:2007/05/06(日) 05:14:37 ID:hwEAUQBA0


雄々、と。
真紅の極大光を追うように、裂帛の気合が秋生の口から迸っていた。
その精根尽き果てる寸前の身体から何もかもを振り絞るような、それは轟きだった。

「ぉぉ―――ぉぉおおおおおオオオオオオオオォォォォッッ!!」

貫けと、ただそれだけの想いを乗せた絶叫に背を押されるように。
天空に伸びた赤光が、吸い込まれるように砧夕霧の頭部へと命中し―――撃ち貫いた。

音もなく、砧夕霧の巨大な頭部が、弾けた。
ほんの一瞬の間を置いて、中空を舞う夕霧の巨躯が、割れ砕けた。
手指の先から、幾体もの夕霧が欠け落ち、ぼろぼろと落ちていく。
残る片足が、頭部を喪った首が、腹が、乳房が、肩が、骨が、内臓が、砧夕霧を構成するありとあらゆる部位の、
そのすべてが、小さな砧夕霧の本来の姿へと戻り、落ちていく。

天空から雨となって降り注いだ砧夕霧は、その悉くが大地へと落ちて物言わぬ骸へと変じていった。
山頂を、山腹を埋め尽くす、真紅の絨毯。
その凄惨な光景を、秋生は息を殺して見つめていた。

「これで……、どうだ……」

知らず、手が震える。
もしも大地に落ちた少女たちの骸が、再び起き上がり、互いを喰い啜りあって復活したら。
そんな悪夢のような想像が脳裏をよぎるのを必死に押し殺しながら、秋生は固唾を呑んで夕霧の骸を睨んでいた。
一秒が過ぎ、二秒が過ぎた。
永遠にも等しいような何十秒かの後、堪えきれなくなって息をついた。
それを何度か繰り返して、そうして古河秋生はようやく、己が勝利を確信したのだった。

「は……はは……」

全身から、力が抜ける。
どうと地面に倒れ、大の字に寝転がって、深く息を吸い込むと、叫んだ。

「やった……! やったぞ、やってやったぞ、畜生め!
 俺たちの……勝ちだ、馬鹿野郎ッ!!」

223天空に、届け:2007/05/06(日) 05:15:17 ID:hwEAUQBA0
叫んで、笑う。
ひとしきり笑い終わると、秋生は腹這いになったまま、腕の力だけで移動し始める。
匍匐前進。足はもはや、何の感覚も返してこなかった。
遅々としたその移動の最中に、時折小さな愚痴が混じる。

「ぅ熱ィッ! ……くそったれ、鉄板焼きじゃねえんだぞ……」

進み行く先では、いまだ地面から陽炎が立っていた。
そこかしこで煙が上がり、小さな炎が燻っているところもあった。
ずるずると身体を引きずりながら、秋生はゆっくりと目的の場所へと近づいていく。
熱さは、すぐに感じなくなった。
尖った岩に顔をしかめ、焼けた斜面に血痰を吐きながら、秋生は進む。

「……ちったぁ、バリアフリーってもんを考えやがれ、ってんだ……なぁ?」

長い時間をかけてようやく辿り着いた目的の場所で、秋生はそう毒づいた。
上体を起こす。見上げた視線の先に、立ち尽くす人影があった。

「はン、ノーリアクションたぁ、冷てえな」

苦笑して、項垂れる。
身を起こしているのすら、ひどく億劫だった。
喉がひりつくのに苦労しながら息を整えると、傍らを見やる。

「まぁ、いい。……どうやら俺たちの勝ちみてえだぜ、爺さん。
 ……どうする? 勝負の続きと、洒落込むかい?」

言葉は、返ってこなかった。

「……おい、爺さん? おい……」

伸ばしかけた手が、止まる。溜息を一つ。
戻したその手で尻ポケットをまさぐると、秋生が何かを掴み出した。
くしゃくしゃによれた紙箱のような物から、細長い何かを一本、摘んで口に銜える。
それは、ぼろけた煙草だった。
銜え煙草のまま寝転がると、先端を焼けた地面に押し付けて息を吸う。
小さな炎が灯り、紫煙が立ち昇った。
胸一杯に紫煙を満たし、すぐに咳き込んで身を捩る。唾と一緒に血を吐いた。
たん、と小さな音がした。
秋生が、力なく地面を叩いた音だった。

「最後まで……小僧呼ばわりかよ……!」

風が、吹き抜けた。
細かな塵が舞う。
黒い粉塵は、秋生の傍らに立つ人影から、舞い散っていた。
右の豪拳を天空へと突き上げた格好のまま立ち尽くす人影。
膨大な熱量に焼き尽くされたその骸は、黒く炭化してなお、そこに立っていた。
それが、長瀬源蔵という人物の、最期の姿だった。


******

224天空に、届け:2007/05/06(日) 05:15:43 ID:hwEAUQBA0

源蔵の骸の傍らに寝転がったまま、秋生は空を見上げていた。
そうして、自分の命の炎が消えていくのを待つつもりでいた。

どれほどの時間、そうしていただろうか。
その瞬間、吹きぬけた風に小さな音が混ざったような気がして、秋生は視線だけを動かす。
脆くなった岩盤が崩れたか。
それとも、生き残った参加者の誰かが、先程の戦闘を目にして寄ってきたか。
派手な戦闘だった。夕霧の咆哮は島の全域に響いていた。
そこへ光と熱の乱舞だ。気づかないわけがなかった。

「だがよ……ちっとばかり、遅かったな……」

掠れた声で口に出し、小さく笑う。
この山頂では、既に何もかもが終わっていた。
ただ一人生き残っている自分すら、もうすぐに死ぬ。
誰だかは分からないが、この骸の山を目にして、己の登山が徒労に終わったことを知るのだろう。
少し底意地の悪い、悪戯めいた想像に僅かながら気分が良くなる。

「ざまあみろ、だ……」

言いかけたその言葉が、途切れた。
表情からも、笑みが消えていた。

吹き過ぎる風は今やはっきりと物音を伝えてきており、それが自然現象などではないことを主張していた。
寝転がった身体に、小さな振動が伝わってくる。
定期的に響くその振動は、どうやら足音のようだった。
神塚山の山頂に近づいてくる足音は、一つではなかった。二つ、否、三つ。
三つの足音が、地鳴りめいた音を立てて近づいてきていた。

―――風は、ル、と。
咆哮とも唄ともつかぬ声を、秋生の耳に届けていた。

225天空に、届け:2007/05/06(日) 05:16:13 ID:hwEAUQBA0
「……おい……おい、勘弁してくれよ、なぁ……」

心胆が、冷えていく。
青空の下、目の前が漆黒に染められていくような錯覚を覚える。
身を起こすだけの気力も体力も、残されてはいなかった。
寝転がったままの低い視界、その向こうに。
三つの、巨大な顔があった。

「爺さん、寝てる場合じゃないぜ……畜生……」

山頂に、咆哮が響き渡っていた。
その声は互いに共鳴し、奇妙に旋律めいて秋生の耳朶を揺さぶっていた。

『―――愛してください。私を。渚を。
 もっともっと、誰にも負けないくらいに、強く愛してください』

不意に、懐かしい声が聞こえた気が、した。
ほんの何日か前に聞いたはずなのに、ひどく懐かしく、遠く、いとおしい声。
ずっと傍にいた、声。
今の今まで戦闘にかまけ、思い出しもしなかった声。

「俺は、どうしようもねえ亭主だったな……」

山頂が陽光の下、白んでいく。
光源は三つ。
互いに反射し合い、増幅された光が、放射される前から山頂の気温を絶望的に押し上げていく。
霞む視界の中で、秋生は己が手の中に残された銃を見やった。
既に殆どの力を使い果たした愛銃。
眼前の脅威に抗すべくもない、ほんのひとかけらの力だけが残された、銃。
光と熱と、音の中で、秋生は目を閉じる。

「なあ、俺は……」

大切な笑顔を、思い浮かべた。
泣き、笑い、その命のすべてで抱きしめてきた、笑顔だった。

「―――俺は、お前のヒーローで、あり続けられたかよ……?」

小さく呟いて、古河秋生はその身に残されたただ一発の光弾を、白みゆく空へと、放った。
同時に閃光が、他のあらゆるものを圧していく。
岩を沸騰させる熱量すら、原初の光の前に膝を折ったかのように、感覚から消え去っていた。
そこには光だけが、あった。

「頼んだぜ……早苗と渚を、守ってやってくれよ……」

それが、最期の言葉だった。
遥か天空へと飛びゆく赤光を、その目に映しながら。
古河秋生は、その生涯を閉じた。

226天空に、届け:2007/05/06(日) 05:16:37 ID:hwEAUQBA0


 【時間:二日目午前11時すぎ】
 【場所:F−5、神塚山山頂】

古河秋生
 【状態:死亡】
長瀬源蔵
 【状態:死亡】

融合砧夕霧【3812体相当】
 【状態:死亡】

融合砧夕霧【1584体相当】
 【状態:到達】
融合砧夕霧【2851体相当】
 【状態:到達】
融合砧夕霧【1996体相当】
 【状態:到達】

砧夕霧
 【残り14892(到達0)】
 【状態:進軍中】

→810 ルートD-5

227偽りの希望:2007/05/07(月) 17:29:05 ID:h/HMDG.Q0
見渡す限り、白色で覆われた世界。
何処まで行っても何も無い、完全なる虚無の世界の中で、春原陽平は一人膝を抱えて座り込んでいた。
音も無い。闇も無い、光も、希望も、暖かさも無い。もう、終わってしまった世界。
だけど、それでも良いと思った。
これこそ今の自分が望んでいる世界だから。
ルーシー・マリア・ミソラを守り切れなかった時点で、彼女を失った時点で、全ては終わった。
もう何もせずに、ただ彼女との思い出をひたすら反芻して過ごしたかった。
敵討ち?主催者の打倒?そんなものは知らない。
どうせ何をやってもるーこは帰ってこない。馬鹿な自分でも『優勝者への褒美』が嘘だという事くらいは分かる。
だからもう、これ以上自分が出来る事もすべき事も、何も無いのだ。
だというのに現実世界は、また自分を呼び戻す。
もう自分は何もしたくないのに――

    *     *     *

そこで陽平の意識は覚醒した。
目を開けると、こちらを覗きこんでいる藤林杏が目に入った。
それから後頭部に暖かい感触を覚え、それでようやく陽平は、自分が膝枕をされているのだという事に気付いた。
「お早う、陽平――いや、この時間なら今晩は、かな?」
「……杏?」
続いて陽平はゆっくりと身体を起こして辺りを見渡し、自分が杏に連れられて、役場に来たのを思い出した。
陽平が寝惚け眼のままで、ぼんやりと杏の顔を眺めていると、次第に彼女の頬が赤く染まってゆく。
「な、なんか恥ずかしいね……」
「…………?」
意味が分からない。あの杏が何故、顔を見られた程度で恥ずかしがっている?
(……ああ、そっか。僕は杏とキスしたんだったな)
そうだ――自分は確かに杏と口付けを交わし、抱擁までし合った筈。
決して軽んじられるような行為では無いのに、簡単に忘れてしまうくらい、今の自分は現世に対して興味が薄れているのだ。
それでも杏が窮地に晒されている自分を救ってくれたのは事実だし、元より彼女は数少ない友人の一人である。
半ば同意の上での触れ合いはともかく、暴力を振るった事に関してはケジメをつけておくべきだろう。

陽平はもう一度きちんと謝り――それから、警告しておく事にした。
「杏……さっきは本当にごめん。ついカッとなって、お前に酷い事をしちまった」
陽平がそう言うと、杏は首をゆっくりと横に振った。
「ううん、良いの。あたしが無神経だった」
「…………」
二人は謝罪し合った後、僅かの時間、確かに微笑みを浮かべて見つめ合った。
しかし陽平は軽く息を吸った後、すぐに険しい顔付きとなって、言った。
「一つだけ注意しといてくれ。僕のるーこに対する気持ちは、他の奴に理解出来るようなレベルなんかじゃないんだ。
 それなのにさも分かった風に説教されたら、またとんでもない事をしでかしてしまうかも知れない……」
告げる陽平の、瞳の奥底に見え隠れする昏い影――恋人の喪失によって芽生えた、深い狂気。
先程までの抜け殻のような陽平とはまるで違う、禍々しい何か。
それを垣間見た杏は何も口にする事が出来ず、ただ静かに頷くしか無かった。

228偽りの希望:2007/05/07(月) 17:29:52 ID:h/HMDG.Q0
   *     *     *    *     *     *

それからまた暫く経った後。
膝の上に乗せたボタンを撫でながら、ヒーターで温まっていた杏が唐突に言った。
「ねえ陽平。あたし思ったんだけど」
「ん?」
「このまま此処にいてもどうしようもないし、一端教会に戻ろうと思うの」
それは確かにその通りで、役場に留まり続けた所で状況は何一つ改善しない。
これだけ時間が経っても自分達は無事であるのだから、殺人者に尾行されている心配も無いだろう。
しかし陽平は少し考えた後、軽く肩を竦めてみせた。
「うーん、でも教会にも敵が来ちまってるかも知れないじゃん」
正直な所陽平としては、何も考えずただ流れに身を任せたかったのだが、友人を無駄死にさせたくは無い。
だからこそ不安材料を述べるに至ったが、唐突に杏が得意げな笑みを浮かべた。
「ふっふっふ……」
「い、いきなりなんスか……?」
意味が分からず、陽平は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
すると杏はおもむろにポケットへ手を突っ込んで、長方形状の物体を取り出した。
「そこでコレの出番って訳よ」
「――携帯電話?」
「そ。コレを使えば安全に教会の状態を確認出来るでしょ」
杏が持っている携帯電話は、元は名倉由依の支給品であり、既に全施設の番号が登録済みであったのだ。



229偽りの希望:2007/05/07(月) 17:30:53 ID:h/HMDG.Q0
「じゃ、掛けてみるわね」
杏はそう言うと、携帯電話の電話帳を開き、教会への交信を開始した。
何か異変が無い限り、教会にはまだ河野貴明達が残っている筈。
しかしそう遠く無い位置であれだけ危険な殺人者達による死闘が行われていたのだから、戦火が教会にまで及んでいる可能性もある。
(お願い……皆、無事でいて……)
何度も何度もコール音が繰り返される中、杏はぐっと唇を引き締め、ただ願った。
そして無限にも思える十数秒間が過ぎ去った後、突如コール音が途絶えた。

『……もしもし』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、少女の控え目な声。
杏はその声に聞き覚えがあった。
「渚……? あんた、渚よね!?」
『――藤林さんですか?』
「うん、そうよ。渚……無事で良かったわ」
友人の無事を確認した杏は、胸を撫で下ろしながら、ホッと大きく息を吐いた。
既に多くの人間が死んでしまったこの過酷な環境で、身体の弱い古河渚が未だに生きていてくれたのは喜ばしい事だった。

「そっちは今どう? 河野達は元気?」
『……すいません、河野さんって誰ですか?』
「え? 教会にあたしの仲間達がいる筈なんだけど、見なかった?」
『はい。私が教会に着いた時には誰もいませんでした』
「そん……な……」
そこまで聞いた杏は、頭の中で嫌な想像が膨らんでゆくのを止められなかった。
教会に誰もいない以上、貴明達は全員で移動したと考える他無い。
拠点となっている教会を軽々しく放棄したりはしない筈だから、やはり敵の襲撃を受けてしまったのだろうか?
いやしかし、渚が今教会にいるのだから、敵などいない筈では――

230偽りの希望:2007/05/07(月) 17:31:57 ID:h/HMDG.Q0
『あのー、もしもし……?』
杏が考え込んでいると、訝しむような声が耳に入った。
「あ、ああ……ゴメン、ちょっと考え事してた。一応確認しておきたいんだけど、そっちに敵はいないのね?」
『はい』
「――それじゃあたしも陽平と一緒に、今からそっちに行くわ。色々と話もしたいし、急ぎの用事が無ければ待っててくれない?」
『……分かりました』
「ありがと。それじゃ、一旦切るわね――それと最後に忠告。平瀬村には危険な奴がウヨウヨしてるから、周りには十分注意しなさい」
手短に話を済ませると、杏は携帯電話の通信を切った。
教会に行って、現地で直接話をする――それで、間違いない筈だった。
首輪の解除方法が判明している事も可能ならば伝えたかったが、今は無理だろう。
主催者に盗聴されている以上、電話を用いての情報交換は最小限に留めたい。

杏は正面に座っている陽平へ視線を移し、言った。
「陽平――話は聞いてたわね? 早速準備して行きましょう」
陽平がこくりと頷くのを確認すると、杏は手早く荷物を纏め始めた。
(大丈夫……首輪の解除方法はある。河野達だってきっと無事よ。まだまだ何とかなる)
工具は役場内できちんと探し出しておいた。
貴明達だって、そう簡単にやられてしまうタマでは無いように思えた。

しかし今の杏には知る由も無いのだが――教会に居た仲間の半数は、既に激戦の末命を落としてしまっていた。
そして杏が頼りにしている首輪解除方法は、主催者の用意したダミーに過ぎない。
偽りの、壊れかけの希望を信じて、杏は前に進む。

   *     *     *    *     *     *

231偽りの希望:2007/05/07(月) 17:33:40 ID:h/HMDG.Q0
杏との通話を終えた後、照明を落とした礼拝堂の中、渚は独り地面に座り込みながら膝を抱えていた。
「朋也君……私はどうすれば良いんでしょうか……」

――宮沢有紀寧達が岡崎朋也を連れて立ち去った後、渚は古河秋生の死体を埋葬した。
体格の良い秋生が入るだけの穴を掘るのには苦労した。
冷たくなってしまった秋生に触れる度、気が狂いそうになる程に胸の痛みを覚えた。
完成した穴に秋生を入れて、土を被せてゆく度に――止め処も無く涙が零れ落ちた。
それでも父の遺体を野晒しになどしたくなかったから、やり遂げた。
降り注ぐ雨の中で二時間以上も掛けて、心と身体を痛めながらもやり遂げたのだ。

しかし渚にとっての悪夢はまだ終わりでは無い。
逃れようのない枷が自分にも朋也にも、有紀寧と主催者によって課せられているのだ。
「お父さん……お母さん……どうして……こんな事にっ……」
暗闇に包まれた礼拝堂に、渚のすすり泣く声だけが木霊していた。

232偽りの希望:2007/05/07(月) 17:37:22 ID:h/HMDG.Q0
【時間:3日目・1:45】
【場所:F-2平瀬村役場】
春原陽平
 【持ち物1:FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
 【持ち物2:鉈、スタンガン・鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式、工具】
 【状態:精神不安定、無気力。全身打撲(大分マシになっている)・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】
 【目的:流れに身を任せる(自分の命は軽視)。一応友人を死なせたくは無い】
藤林杏
 【装備:ワルサー P38(残弾数4/8)、Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品1:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×2(和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン】
 【所持品2:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、、支給品一式×2】
 【所持品3:工具】
 【状態:全身打撲】
 【目的:教会へ移動、主催者の打倒】
ボタン
 【状態:健康】


【時間:3日目・1:45】
【場所:g-3左上教会】
古河渚
【所持品:鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、包丁、S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)、支給品一式】 
【状態①:有紀寧とリサへの激しい憎悪、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、少し痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
【状態②:すすり泣き、精神肉体共に疲労、首輪爆発まで首輪爆破まであと20:50(本人は44:50後だと思っている)】
【目的:教会の留まり情報を集める、有紀寧に大人しく従い続けるかは不明】


【備考:秋生の死体は埋葬済み・礼拝堂の血痕は掃除済み】
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→838
ルートB-18、B-19

233邪神:2007/05/08(火) 22:06:04 ID:00vaK/rk0
孤島という名の牢獄で、様々な人々が己の持ち得る全てを懸けて、凄惨な殺し合いに没頭している。
その惨劇を引き起こした張本人である篁は、独り物思いに耽っていた。

長らく続いた愉快な遊戯も、終焉の時が近付いてきている。
ある者は親しき者を守る為に、ある者は己の信念を貫く為に、またある者はただ生き延びる為だけに、互いの命を奪い合っていった。
首輪をつけて少し脅しを掛けただけで、僅か二日足らずの間に大部分の人間が命を落とした。
参加者の大半が戦いとは無縁の生活を送っている、所謂一般人であるにも拘らず、だ。
結局の所人間とは、欲深く、姑息で、醜悪な生物。
幾ら普段は善人面をしていようとも、追い詰められれば平気で人を殺す、罪に塗れたどうしようもない存在なのだ。

しかし――追い詰められた鼠は猫を噛むというが、人間にも同じ事が言える。
この圧倒的な現実を前にしてなお抗い続ける者達は、確かに存在する。

殺し合いをより円滑に行わせる為、ジョーカーとして送り込んだ少年。
前回大会を圧倒的な強さで制した彼は、異能力を持たない者にとって逃れようの無い死神である筈だった。
しかし少年は、メンバーの大半が一般人で構成された集団によって倒されてしまった。
リサ=ヴィクセンがゲームに乗ったのは意外だったが、彼女に対してもまた多くの一般人が立ち向かった。
そして最後は、本来殺人鬼であった筈の異能力者によって引導を渡された。
その二人以外の積極的に殺人を行っていた者達も、殆どが命を落としてしまった。

まだ数人は優勝を目指す人間がいるようだが、最早ゲームの破壊を目論む者達は止めれまい。
過酷な戦いを経験してなお生き延びている人間達が、いつまでも内紛を続けるとは考え難い。
生き残った参加者達は、恐らく総力を結集して自分に歯向かおうとするだろう。
どのような形で来るかは予測出来ないが、必ず敵として肉薄してくる筈である。
しかし所詮は人間、『理外の民』である自分にとっては何の脅威にも成り得ない。
一般人は勿論として多少の異能力を秘めている者ですらも、世界そのものをある程度操れる自分の敵では無いのだ。
無力な人間共が死力を尽くして殺し合う様は実に愉快であったが、それがゲームを開いた目的な訳では無い。
参加者達との決戦も、殺し合いを眺めて愉悦に浸るのも、自分にとっては些事に過ぎぬ。
あくまで肝要なのは『想い』を集め、それによって『幻想世界』への扉を開く事だ。

234邪神:2007/05/08(火) 22:06:35 ID:00vaK/rk0
自分の最終目的は『根の国』を永久に消し去る事だが、執行者がこの世に存在する限り、それは成し遂げられぬだろう。
たとえ一時的に『根の国』を滅ぼした所で、執行者によって新たな世界を作り上げられてしまえば意味が無い。
そして『根の国』に侵攻するには執行者の覚醒が必要であるにも拘らず、自分では執行者に勝てぬという、絶対の矛盾。

――その矛盾を唯一解決し得るのが、半年程前に発見した『幻想世界』より漏れ出る特殊な力だ。
『幻想世界』への入り口に位置するこの地域一帯では、異能力の類が大幅に制限される。
それは『理外の民』である自分ですら例外で無いのだから、執行者が持つ『世界の生成と消滅を司る』などという馬鹿げた能力も押さえ込める筈。
『幻想世界』に侵攻して、異能を制限する力の元となる物を奪い取れれば――敵対する者共の異能力を自由自在に封じ、執行者も倒せるに違いない。
つまり、『幻想世界』の力さえ手に入れれば後は簡単、那須宗一に変わる執行者が現れるのを待って、『根の国』への復讐を成し遂げれば良いのだ。


準備はほぼ整った。
元は海であったこの地域で『想い』を集める為に、多大な費用を投じて人工島を建設した。
『幻想世界』の物質であったと思われる青い宝石と謎の獣により、『想い』の回収も容易だ。
僅か数日で90人以上の者が死んだこの島には、既に『想い』が十分過ぎる程蓄積している。
後は、最後の詰めを行うだけだ。

自分を追放した理会の者が住まう『根の国』――絶対に滅ぼしてみせる。
己の欲望のままに生きる、醜く脆弱な人間共――消えてなくなれば良い。
そしてそんな存在がのさばる穢れ果てたこの世界自体も、認めなどしない。
全てを滅ぼし、『理外の民』と『幻想世界』の力を用いて、自分が新たなる世界を創り上げる。
「……思い知るが良い、愚かな理会者共、取るに足らぬ人間共。神と呼ばれるに相応しいのは他の誰でも無い――この私のみなのだ」

235邪神:2007/05/08(火) 22:07:36 ID:00vaK/rk0
【時間:二日目・23:35】
【場所:不明】

【所持品:不明】
【状態:健康】
【目的:まずは『想い』を集めて『幻想世界』に侵攻する】

※ゲームの舞台となっている島は篁が造った人工島です(場所は幻想世界の入り口付近、地球上のどの辺りに位置するかは不明)
※能力制限は幻想世界から漏れ出る力の影響です

→794
→819

236義兄妹が交えし永遠の盟約:2007/05/10(木) 00:15:20 ID:dwGRruRA0
静まり返った鎌石村消防分署内で、長森瑞佳の息遣いだけが、ますます激しさを増していた。
顔は青く染まり、身体は僅かな時間の間で相当やつれたように見えた。
月島拓也は瑞佳の身体を抱き締めながら、深い後悔と自責の念に襲われていた。

(僕の所為だ……僕が優勝を狙うなんて言い出さなければ……!)
瑞佳の治療を行う為に鎌石村に向かう途中で、自分は優勝者への褒美などという戯言に騙されて無駄な揉め事を起こしてしまった。
あの時間の浪費さえ無ければ、もっと早くに瑞佳の治療を行えた筈である。
瑞佳は自らの命を狙われてもなお、庇ってくれたというのに――自分は瑞佳に対して何もしてやれなかった。
結局の所自分はどうしようもない位愚かな男に過ぎず、その所為で今瑞佳は危機を迎えている。
「瑞佳……」
拓也が瑞佳の冷たい手を握り締めると、微力ながらも確かに握り返してきた。
「おに……いちゃん……」
昏睡状態でもう意識など無い筈なのに、声まで返してきてくれる。
拓也は瑞佳をより一層強く抱き締めて、両目から涙を零し始めた。

「僕は馬鹿だ……。瑞佳はこんなにも僕の事を想ってくれているのに……」

「瑠璃子が死んで全てを失った僕を支えてくれたのに……その気持ちを踏み躙って」

「神様頼む……もう他には何も望まないから……瑞佳を助けてやってくれ……」

「もう二度と悪い事はしないから……ずっと瑞佳を守り続けるから……」

「瑞佳……瑞佳っ……」

237義兄妹が交えし永遠の盟約:2007/05/10(木) 00:16:19 ID:dwGRruRA0
必死の想いで唯只瑞佳の回復を祈り続けるが、容態は一向に改善の兆しを見せない。
拓也は奥歯をぎりぎりと噛み締め、途方も無い無力感に苛まれていた。
(クソッ……僕は瑞佳に何もしてあげられないのか!?)
救いたかった。苦しんでいる瑞佳を。
恨めしかった。何も出来ない自分が。

(何が毒電波だ……肝心な時に大切な人を救えない力なんて、何の意味も無いじゃないか!)
毒電波で出来る事といえば精々、苦痛を和らげてあげる程度だろう。
それすらも力を制限されている今では、どこまで可能なのか分からない。
何しろ自分は既に同じ手を試みて、失敗してしまっているのだ。
それでももう、他にやるべき事など見当たらなかった。
このまま何もせずに回復を願い続けても、瑞佳は衰弱していく一方だろう。
「長瀬君……瑠璃子……力を貸してくれ」
とうの昔に慣れてしまった作業を、かつてない真剣な面持ちで行ってゆく。
拓也は生まれて初めて、狂気の一切混じらぬ、純粋な感情の下で毒電波を生成したのだ。
しかし毒電波とは狂気が強ければ強い程力を増すものであり、『人を救いたい』という願いは寧ろ邪魔ですらある。
そんな条件下で無理に毒電波を生成する事は、拓也の精神と肉体を急激に疲弊させていった。
「くそ……諦めて……堪るもんかぁ……!」
それでも拓也はただ瑞佳を救う事だけを考え続け、電波を送り続けた。
瑞佳の身体に悪影響を与えぬよう微調整しながら、何十分にも渡り電波を放出する。
もう二度と電波の力が使えなくなっても良い、自分が壊れてしまっても良い――その代わり、せめてこの子だけは。

     *     *     *

238義兄妹が交えし永遠の盟約:2007/05/10(木) 00:17:00 ID:dwGRruRA0
深い深い闇の中、ぽつんと置かれているベッドの上に、一人の小さな少年が座っていた。
少年は体育座りの格好をしたまま、両の目から大粒の涙を流し続けていた。
その傍らに真っ白な服と長い髪を携えた小さな少女が現れて、優しく少年へと話し掛ける。
「……どうしたの? 何で君は泣いてるの?」
すると少年は服の袖で涙を拭って、嗚咽交じりの弱々しい声で答えた。
「瑠璃子が……僕の妹が……死んじゃったんだ…………」
「そう……。でも今の君には、新しい妹がいるじゃない」
少女がそう言うと、少年はゆっくりと首を横に振った。
「ううん、瑞佳ももう死んじゃいそうなんだ。結局僕は、妹一人すら満足に守ってやれないんだ……」
それから少年は背を丸めて、顔を両膝の間に埋めると、小刻みに身体を震わせ始めた。
そのまま先に倍する勢いで涙を流し、聞いてるだけで胸が張り裂けそうな嗚咽を上げ続ける。
「瑠璃子……瑞佳……ごめん、ごめん……! 僕がもっとしっかりしていれば、二人とも死なずに済んだ筈なのに……!」
少年――月島拓也は精神世界の中に閉じ篭り、ひたすら自分を責めていた。
かつて彼が抱いていた強大な狂気も憎悪も、今や全て自分自身に向けられている。
瑞佳は言うに及ばず、この島では出会う事が無かった瑠璃子だって狂気の世界に足を踏み入れていなければ、生き延びれたかも知れない。
そして瑠璃子を狂気の世界に叩き落したのは、他の誰でも無い拓也自身だ。
自分の心が弱かったばかりに誰も救えなかったという現実を、拓也はようやく認めたのだ。

しかし自責という名の鎖に捕らわれている拓也に対して、少女は言った。
「――お兄ちゃん、自分を責めないで。私はもう、お兄ちゃんを許しているんだから」
「え?」
拓也が聞き返すと、少女は胸にそっと手を当てて、言葉を繰り返した。
「大丈夫、私は死なないよ。永遠は此処にあるから……」
「君は……瑞佳?」
拓也がようやく少女の正体に気付くと、瑞佳はにこりと柔らかい笑みを浮かべた。
「お兄ちゃん。こんな暗い世界なんか捨てて――私とずっと一緒に生きていこうよ」
そう言って瑞佳は、拓也の目の前に小さな手を差し出す。
拓也がゆっくりとその手を握り締めると、それまで辺りを覆っていった闇が急激に薄れていった。

239義兄妹が交えし永遠の盟約:2007/05/10(木) 00:18:42 ID:dwGRruRA0
少女は少年を許し、救いの手を差し伸べた。
だから悪夢はここで終わり。後に残るのは永遠の盟約のみだ。

――永遠はあるよ。ここにあるよ

すっかり光に包まれた世界の中で、少女がそう呟いた。

     *     *     *

「――ほら、起きてよお兄ちゃん」
聞こえてきた声に、拓也はゆっくりと目を開ける。
いの一番に視界に入ったのは、座り込んだままこちらを覗き見る瑞佳の顔だった。
「……やっと起きた」
無理に電波を生成し過ぎた所為だろうか――気だるい疲労感を覚えたが、そんなものはどうでも良い。
拓也は弾かれるように上半身を起こすと、がっと瑞佳の肩を掴んだ。
「瑞佳!? 大丈夫なのか!?」
「わ……」
訊ねる拓也の凄まじい剣幕に瑞佳は一瞬戸惑いを見せたが、すぐに表情を柔らかくした。
「おかげさまでだいぶ楽になったよ、ありがとう」
言われて拓也は、まじまじと瑞佳の顔を観察した。
血色の良い顔、目に宿った強い光――拓也の記憶の中にあるどの瑞佳よりも、生命力に満ち溢れて見える。
続けて瑞佳の手を握り締めると、確かな暖かさが伝わってきた。
もう疑う余地は無い――瑞佳の容態は峠を越えて、快方に向かっているのだ。
「瑞佳ぁ!」
拓也は両腕で瑞佳の身体を包み込むと、思い切り抱き締めた。
その暖かさを噛み締めるように、強く、強く。
「ちょっと、お兄ちゃん……!?」
「良かった……本当に良かった」
突然の出来事に瑞佳が驚いたような声を出すが、拓也の耳には届かない。
拓也は肩を震わせ嗚咽を上げながら、ただ純粋に瑞佳の回復を喜んでいた。
「あはは……痛いよお兄ちゃん……」
瑞佳はそう言いながらも、上半身を傾けて、頭を拓也の肩に預けた。
二人はその体勢のまま、随分と長い間抱き合っていた。

240義兄妹が交えし永遠の盟約:2007/05/10(木) 00:19:49 ID:dwGRruRA0

だがしかし、やがて瑞佳が思い出したように言った。
「ねえ、お兄ちゃん。私行きたい所があるんだけど……」
「――え?」
拓也は目を丸くして、言葉の続きを待った。
「お兄ちゃんが眠ってる間に、近くの施設に電話を掛けてみたんだよ。それでね、一つ隣のエリアにある消防署に、私の知り合いが居るらしいの。
 出来れば早めに合流した方が良いと思うんだけど、どうかな?」

     *     *     *

鎌石村消防署の入り口から一番近い部屋で、坂上智代はニューナンブM60片手に、来客を待ち侘びていた。
長森瑞佳と名乗る人物から電話があったのは、今から三十分程前だ。
確か瑞佳という女性は柚木詩子の知り合いであった筈なので、電話を代わって確認して貰うと、間違いなく本人の声であるとの事。
此処から割と近くにある施設で休養を取っていると聞き、智代が合流を提案すると二つ返事で快諾して貰えた。
何か問題が起きない限りは、瑞佳の同行者が起床次第こちらに来てくれる筈である。

「ふふふ……やっぱり良い人ばかりじゃないか。殺し合いを望んで行う者など、もう死に絶えたんだ」
智代は口元を笑みの形に歪め、弾んだ声でそう呟いた。
自分がこの島で出会った人間は、皆善良な者ばかりだった。

里村茜は少々人を疑い過ぎるきらいがあるが、自分が落ち込んでいる時には叱咤激励してくれた。
電話が掛かってきた際に茜は起こさなかった為、まだ長森瑞佳が来る事を話していないが、彼女とは知り合いである筈だし問題無いだろう。

詩子は、性格の違いから衝突しがちな自分と茜を宥める、所謂緩衝材的な役目を果たしてくれている。

鹿沼葉子は――とても尊敬の出来る、素晴らしい人物だ。
落ち着いた物腰、人を惹き付ける不思議な雰囲気、そしてかつて自分が対峙した喧嘩自慢の者達などとは比べ物にならぬ威圧感。
彼女は自分達の中で最年長でもあるし、茜の誤解さえ払拭出来ればリーダーとなって貰うべきだろう。

そしてこれから更に二人、新たな仲間が加わる。
空回りし続けてた今までが嘘かのように、順調に物事が進んでゆく。
そう考えると智代は、こみ上げる笑みを抑え切る事が出来なかった。

――余りにも上手く行き過ぎる仲間集めに、今や智代の警戒心は致命的なまでに低下していた。

241義兄妹が交えし永遠の盟約:2007/05/10(木) 00:20:38 ID:dwGRruRA0
【時間:三日目・04:40】
【場所:C-06鎌石村消防分署】
月島拓也
 【持ち物:消防斧、支給品一式(食料は空)】
 【状態:両手に貫通創(処置済み)、睾丸捻挫、背中に軽い痛み、疲労】
 【目的:瑞佳を何としてでも守り切る、瑞佳の提案に対してどう行動するかは不明】
長森瑞佳
 【持ち物:ボウガンの矢一本、支給品一式(食料は空)】
 【状態:出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み、快方に向かっている)】
 【目的:拓也と一緒に生き延びる。まずは詩子達と合流したい】


【時間:三日目・04:40頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】
坂上智代
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(幸村)、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用、手斧、LL牛乳×3】
【状態:見張り中。健康、意気揚々、葉子を妄信、他人に対する警戒心が極度に低下】
【目的:同志を集める】
里村茜
【持ち物1:包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱、食料二人分(由真・花梨】
【状態:就寝中、簡単に人を信用しない、まだ葉子を信用していない】
【目的:同志を集める】
柚木詩子
【持ち物1:鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:就寝中、健康、葉子にやや懐疑心を持つ】
【目的:同志を集める】
鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし)】
【状態1:消防署員の制服着用、マーダー】
【状態2:就寝中、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、全力で動くと痛みを伴う)】
【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】

【備考1:ニューナンブM60と予備弾丸セットは見張り交代の度に貸与】
【備考2:智代、茜、詩子は葉子から見聞きしたことを聞いている(天沢郁未と古河親子を除く)】
【備考3:葉子は智代達の知人や見聞きしたことを聞いている(古河親子と長森瑞佳を除く)】

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242決戦を終えて:2007/05/12(土) 18:55:25 ID:f4Wz4vkI0
熾烈な決戦を終えた柳川祐也とその仲間達は、未だに工場から動かないでいた。
参加者中最も脅威であった宮沢有紀寧一派の殲滅には成功したものの、自分達が受けた損害もまた計り知れない程のものだった。
長らく行動を共にしていた七瀬留美は変わり果てた姿となっており、救援に来てくれたという橘敬介も後頭部を砕かれていた。
そして有紀寧を打ち倒したゆめみまでもが、その機能を完全に停止させてしまった。
柳川自身も満身創痍という言葉ですら足りぬ程に疲弊し切っており、とても戦闘出来るような状態では無い。
このゲームでは動き回れば動き回る程、他者と遭遇する可能性が高くなる――逆に言えば、敵と会いたくなければ極力動かぬ方が良い。
だからこそ柳川達は死臭に支配されたこの地に留まり、少しでも体力を回復させようとしているのだ。


「橘さん……」
柳川達から決戦の顛末を聞いた向坂環は、作業場に横たわっている敬介の傍まで戻ると、感情を押し殺した声で独り呟いた。
握り締められた拳、噛み締められた唇――それでも環は、今にも溢れ出しそうな激情の雪崩を懸命に抑え込む。
敵に対して不覚を取るのも、仲間を死なせてしまったのも、初めてでは無い。
騒いだ所で結果は変わらないのだから、ここで取り乱す訳にはいかなかった。
「人は意志を継いで生きていく動物……残された者が志を受け継いでいく限り、皆の死は無駄にならない。
 だから今度は私が橘さんの志を背負って生きていく番――そうですよね?」
問い掛けても、既に生命を失った敬介の口が開かれる事は無い。
それでも環には、強い肯定の意を含んだ言葉が返ってきたように思えた。
敬介と共に行動した時間は決して長くないが、彼がとても立派で尊敬すべき人物だったのは分かっている。
頑なに人を信じようとし、リサ=ヴィクセンが殺し合いに乗った時も敵と断定せずに、限界まで説得を試みていた。
そして致命傷を負った後も決して諦めず、仲間達を逃がす為に最後まで抗い続けたという。
環は思う――自分では敬介程人を信じ切れないし、今際の際まで強い意志を持ち続けれるかも分からない。
それでも理想を追い求めて生きた敬介の生き方は、とても素晴らしいものに違いないから。
少しでも敬介や英二に近付く為に、自分は彼らの背中を追い続けよう。
たとえそれが、どれだけ努力しようとも決して辿り着けない目標であったとしても。

   *     *     *    *     *     *

243決戦を終えて:2007/05/12(土) 18:56:17 ID:f4Wz4vkI0
一方柳川は倉田佐祐理や姫百合珊瑚と共に、屋根裏部屋で休息を取っていた。
目の前には、変わり果てた姿となった七瀬留美の亡骸が安置されている。
藤田浩之と同じように、彼女もまた極力殺人を拒み続けてきた。
どうして自分のような冷酷な男が生き残り、留美のような優しい者から死んでゆくのか――そんな事は分かっている。
このゲームでは他人に対する情けなど、自らの寿命を縮める要因に他ならない。
留美は岡崎朋也との戦いで手加減をした所為で、余計な手傷を負い有紀寧に敗北したのだ。
己の信念に従った結果命を落としたのだから、この結果は仕方ないと言えるだろう。
それでも柳川は、心の水面に波紋が広がってゆくのを禁じえなかった。
今更感傷に浸ったりなどはしないが、軋むように心が痛むのだけはどうしようも無い。

――自分は変わったのだと思う。
佐祐理との、浩之との、留美との付き合いを通じて、確実に変わった筈だ。
そしてその変化が無ければ、実力で自分を上回るリサ=ヴィクセンには決して勝てなかっただろう。
柳川は留美の頬を優しく撫でた後、ぼそりと一言だけ呟いた。
「……礼を言う、七瀬、藤田。お前達には色々教えられた」
それは奇しくも、浩之が川名みさきの遺骸に対して行った行為と酷似していた。
本人も自覚している通り、柳川は間違いなく浩之や留美の影響を受けているのだ。

柳川が留美の死体から視線を外し、身体を後ろに向けると、髪を弄っている佐祐理が目に入った。
「……倉田?」
佐祐理は両肩と両腕に重傷を負っており、身体を動かすだけでも激痛に襲われる筈。
事実その表情は苦痛に歪み、額には大きな玉汗が浮かんでいる。
柳川は眉を顰め訝しむような顔となったが――すぐに、事情を理解するに至った。
「倉田、お前……」
「少しでも多く、留美の分まで頑張りたいと思って付けてみたんですけど……ヘンですか?」
佐祐理は留美が使っていた赤いリボンを使い、髪型を所謂ツインテールに変えていた。
柳川は僅かばかりの間呆然とした後、取り繕うように答えた。
「――いや、良いんじゃないか。髪の長さも丁度合っているし、問題無いだろう」
佐祐理は確かに留美の死を受け止めて、前に進もうとしている。
舞の死を受け入れれずに泣き崩れていた頃とは、比べ物にならないくらい成長しているのだ。
戦いなど知らなかった筈の少女が、また一つ大きな悲しみを乗り越えた――柳川にはその事が嬉しくもあり、悲しくもあった。

244決戦を終えて:2007/05/12(土) 18:56:59 ID:f4Wz4vkI0

そこで、唐突に部屋の隅から呻き声が聞こえてきた。
「う……うぅ……」
「――――!」
それは有紀寧に脅迫されて佐祐理達を襲っていたという、朋也のものだった。
全ての元凶である有紀寧が倒れた以上、朋也が自分達を襲う理由は無い筈だが、万が一という事もある。
柳川は半ば反射的に手を伸ばし、日本刀を握り締めた。
瞬間、腹部に痺れるような痛みが奔り、思わず得物を取り落としてしまいそうになる。
(く……この身体で俺は戦えるのか!?)
極限まで消耗し切った体力は言い訳程度に回復したが、怪我の方はこんな短時間で癒す事など出来ぬ。
それでも傷付いた身体を酷使して、警戒態勢を取ろうとしていた柳川だったが、不意に横から手が伸びてきた。

「――姫百合?」
視線を横に移すと、珊瑚が両腕を広げて悠然と屹立していた。
「喧嘩したらあかんで〜。悪い人はもう倒したんやから、仲良くせな駄目やもん」
珊瑚は柳川に向けてそう言い放つと、つかつかと朋也に歩み寄った。



「ぐあぁっ…………」
目を覚ましかけた朋也が最初に認識したのは、左眼から伝わる鈍痛だった。
その痛みで一気に意識が覚醒した朋也は、慌てて上半身を起こした。
「――宮沢はっ!? あいつが持ってたリモコンはどうなったんだ!」
自分が留美によって倒された所までは覚えているが、そこから先の記憶が無い。
有紀寧は朋也が負けた瞬間に、渚を殺すと言っていた。
自分が気を失ってる間に、渚はもう殺されてしまったのでは――最悪の光景が、朋也の脳裏を過ぎる。

245決戦を終えて:2007/05/12(土) 18:57:40 ID:f4Wz4vkI0
我を忘れて周囲を見回している朋也に対し、珊瑚が静かな声で言った。
「大丈夫、有紀寧はもうやっつけたよ。それにリモコンの説明書を見たけど射程は三メートルまでらしいから、渚って人も無事やと思う」
「え……」
「はい、読んでみるとええよ」
朋也は差し出された説明書を受け取ると、その隅々にまで目を通した。
説明書に書かれていた内容は、以下の通り。

・首輪爆弾は作動してから24時間後に爆発する。また、同じ対象に向かって二度スイッチを押せば即座に爆発する。
・但しその射程範囲は半径3mに過ぎず、しかもきちんと先端を首輪に向けてから押さないと不発に終わる。
・作動の成否に拘らず、リモコンは六回までしか使用出来ない。
・一旦作動させると、このリモコンでは最早解除不可能である。

「クソッ、俺は騙されてたって訳か!」
真実を知った朋也は、心底忌々しげに吐き捨てた。
とどのつまり、自分は有紀寧の虚言によって踊らされていたに過ぎなかったのだ。
リモコンの射程が無限であるというのは嘘であるし、作動した首輪爆弾の解除も不可能だ。
これでは幾ら有紀寧に従おうとも、僅か1日程度の延命にしかならなかっただろう。
そして苛立ちの次に沸き上がる感情は、焦り――リモコンで首輪爆弾を解除出来ないのなら、どうやって渚を救えば良いのだ?
このまま何もしなければ、後一日足らずで渚と自分の首輪は爆発してしまう筈だ。
自分はともかく渚が死ぬのだけは絶対に避けたいが、打開策の足掛かりすら思い浮かばない。
「どうすりゃ良いんだ……」
絶望的な現実に頭を抱える朋也だったが、そこで新たな紙が差し出される。
「もしかしたら、何とかなるかも……詳しくはこれを読んでみてくれへんかな?」
「……分かった」
自分の力だけでは既に手詰まりである以上、人を頼る以外に選択肢など無い。
朋也は一も二もなく頷いて、次の紙を流し読みしていった。
そこには首輪解除に対する試みと、その経過が書かれていた。

246決戦を終えて:2007/05/12(土) 18:58:20 ID:f4Wz4vkI0
――珊瑚達は一度ハッキングを行ったが、ダミーの解除方法が得られただけで、実質失敗に終わった。
その後『放送者』と連絡を取って情報を集め、今は再度ハッキングを考えている所であるという。

色々と不確定要素の多い案ではあるが、勝機は十分有るように思えた。
「そうか……。あんたが北川の言ってた姫百合珊瑚だったんだな……」
朋也はまじまじと珊瑚を見つめながらそう言うと、入り口に向かってくるりと踵を返した。
珊瑚の作戦自体には不満など無いが、その前にやらねばいけない事がある。
「どうするん?」
「まずは渚――俺の知り合いをここに連れてくるよ。あんた達は何時頃まで此処にいそうなんだ?」
「ん〜と……」
訊ねられた珊瑚だったが、自分の一存だけで答える訳にもいかず、柳川の方へと目を移す。
「何時までも呑気に休んでいるつもりは無いが、俺達の状態ではすぐに動くという訳にもいかん。
 敵の襲撃がある可能性も考えられるし断言は出来んが、少なくとも次の放送までは此処にいるつもりだ。
 それと、武器も持たずに行くのは危険だろう――これを持っていくが良い」
柳川はぶっきらぼうにそう言い放つと、朋也にトカレフ(TT30)を投げ渡した。
「サンキュな。何時までも渚を独りにはしとけないし、ちょっと行ってくるよ」
父親を殺された渚は、今頃教会で独り心細い思いをしているに違いない。
朋也としては、まずは渚と合流して安心させてやりたかった。
「……無理矢理やらされた事とはいえ、あんた達は悪くないのに襲っちまって、本当にすまなかった」
最後に深く頭を下げてから、朋也は一目散に外に向かって駆け出した。

足を踏み出す度に全身の至る所に負った傷が酷く痛んだが、きっと渚の心はもっと傷付いている筈だ。
だから朋也は残された体力を振り絞って、一心不乱に駆けた。
秋生から託された約束を――最も大切な人を、今度こそ守り抜く為に。
深く刺し貫かれた自分の左眼は、きっと手術をしても完治しないだろう。
無事にこの島から脱出出来たとしても、自分は右肩と左眼の二箇所に障害を抱えて生きていかねばならないのだ。
それでも渚さえ傍に居てくれれば、何時の日かまた笑える気がした。

247決戦を終えて:2007/05/12(土) 18:59:20 ID:f4Wz4vkI0
【時間:3日目2:25】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】
 【状態①:左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み)】
 【状態②:内臓にダメージ大、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、疲労大】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事。まずはもう暫く休憩する】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:中度の疲労、留美のリボンを用いてツインテールになっている】
 【状態2:右腕打撲、左肩重傷(腕は上がらない、応急処置済み)、右肩・両足重傷(動かすと激痛を伴う、応急処置済み)】
 【目的:主催者の打倒。まずはもう暫く休憩する】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×3、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【状態:健康】
 【目的:主催者の打倒。まずはもう暫く休憩する】

【時間:3日目2:25】
【場所:G−2平瀬村工場作業場】
向坂環
 【所持品①:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、脇腹打撲】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、中度の疲労】
 【目的:主催者の打倒、今後の方針は不明】
※環は、珊瑚達が企てているハッキング計画についての情報を入手しました

【時間:3日目2:30】
【場所:G−2平瀬村工場付近】
岡崎朋也
 【所持品:三角帽子、薙刀、殺虫剤、トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)、風子の支給品一式】
 【状態①:疲労大、マーダーへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、腹部打撲】
 【状態②:背中と脇腹と左肩に重度の打撲、左眼球欠損(応急処置済み)、首輪爆破まであと20:10】
 【目的:最優先目標は渚を守る事、まずは教会へ行って渚と合流する】
※朋也は、珊瑚達が企てているハッキング計画についての情報を入手しました

【備考:留美・有紀寧・ゆめみの亡骸は屋根裏部屋に。敬介・リサの亡骸は作業場に置いてあります。それぞれが持っていた荷物は大半が回収済み、残りは放置】

→819
→838

248乳色の靄の彼方で:2007/05/12(土) 23:49:49 ID:bK2uJAV.0
外に出てみると雨は止み、霧がかかっていた。
日中とは違い肌寒さを覚えるほど気温は下がっている。
「僕が先行くよ。すまないが杏の銃貸してくれないか?」
「いいけど、あたしにも何か使えるも貸して」
平瀬村役場の玄関にて春原陽平と藤林杏は、装備品のワルサー P38とスタンガンを交換した。
陽平は懐中電灯の先を手で押さえ、光量を絞り足許を照らしながら歩く。
続く杏も気配を窺いながら粛々と行く。
道に迷わなければ三十分ほどで教会へ着きそうだ。
ひんやりとした空気が漂う中、二人の頬はじっとりと汗ばんでいた。
途中、朝霧摩麻子と栗栖川綾香のどちらかに遭遇することは十分あり得ることだった。

暫くして陽平は足を止め周囲の気配を窺う。と、背中に何かがぶつかる。
「いったぁー、どうしたの?」
鼻を押さえながら杏が泣きそうな声を上げる。
陽平は一歩下がり杏の耳元で囁く。
「この臭い、髪の毛というか、動物性脂肪が焼けたものだよな」
「そ、そうね。髪の毛が焼けた臭い……ガソリンも混じってるかしら」
風に乗って独特の異臭が二人の鼻をつく。
「霧で見え辛いな。杏も照らしてくれ」
「了解、って、なんか柔らかいもの踏んじゃった」
杏は急いで足許を照らす。その場所には拳ほどの大きさの肉が落ちていた。
「うまそうな肉だな。焼肉食いてぇー。教会行って古河と食べましょ……って、なんでこんな所に、イテテテ」
「あんた何寝ぼけてんのよ、ったく。そのうち「ひぃぃーっ」なんて言わないでね」
陽平の片頬を引っ張りながら付近を照らすと、乳色の靄の中から爆発で出来たものと思われる窪地が浮かび上がる。
その周囲には大小の肉片、手の指、靴、足首、壊れた銃器や水筒等が散乱していた。
肉片が人間のものであることに間違いはない。
「ねえ、杏さま。いい加減、手、放してくれませんかぁ〜? 痛いっス」
「ごめ〜ん、痛かったね。撫で撫でチュッと」
「ほえ〜、天国と地獄が織り成す摩訶不思議な世界ぃ〜ってやってる場合じゃなかった」
視界不良といつ襲撃を受けるかもしれぬという緊張の中、二人は捜索を始める。

249乳色の靄の彼方で:2007/05/12(土) 23:50:55 ID:bK2uJAV.0
ほどなく道から外れた茂みのところに燻る何かがあった。
近づくにつれ臭いはきつくなり、付近は強烈な火力により焼き払われていたことがわかる。
「この黒い塊、人間だぞ。格好からして生きながら焼かれたみたいだ。ひでぇー」
「性別がわからないけど、体格からして女の子みたいね」
「るーこかマナのどちらか……いや、違うな。俺達が襲われたのは民家があるところだった」
炭と化した主が小牧愛佳とは知る由もない。
「見て見て。使えそうな銃と食べられそうな缶詰が三つあるよ」
貴重な銃──ドラグノフを入手できたことは何よりも有難いことだった。

使えそうな遺品を回収し立ち去ろうとした直後、陽平は吉岡チエの遺体を発見した。
「チエちゃん……。なんということだっ。おまえ鎌石村役場へ行ったんじゃなかったのかよう」
「どういうことなの? 教えてよ」
陽平は昼過ぎに平瀬村での会議のあと別れた藤田浩之組の一人であることを説明する。
「あいつら、藤田達は鎌石村で壊滅したんだろう。で、生き残りのチエが戻って来て……そうだ、教会に行こうとしたに違いない」
「散々な目に遭って、ここで力尽きたのね。可愛そうに……」
涙ぐみながら杏はチエの手を胸に組む。
「チエちゃんいろんな物持ってるな。有難く頂戴して……行こうか。古河が待っている」
「待って。ここで複数の人が死んでるということは、まだ何か手掛かりがありそうよ」
「河野達のことを言ってるのか?」
杏は頷くと先ほどの窪地の周囲を調べることにした。

「来てっ、まだ生きてる! ささらよっ」
陽平は取るものも取りあえず杏の元へと走る。
途中卵のようなもの踏んだが気にしない。生存者がいたことは僥倖というものだ。
駆けつけると丸い明かりの中に、泥だらけになった久寿川ささらが倒れていた。
「ささらちゃん、しっかりして! 春原だ」
「何があったの? 河野君はどうしたの?」
「……春原君、杏さん……みんな、死んじゃった。みんな……」
ささらは薄目を開け陽平と杏を認めたものの、すぐに気を失ってしまった。

250乳色の靄の彼方で:2007/05/12(土) 23:51:54 ID:bK2uJAV.0
「みんなってことは、河野や珊瑚ちゃんやゆめみさんもだろうな」
「そうね。ここには生存者はもういないよ。行きましょう」
「えーと杏が先頭を行ってくれ。彼女を担ぐから」
陽平はささらを右肩に担ぐと立ち上がる。が、すぐに片膝をつく。
人一人を担ぐだけに左肩の傷の痛みが響いた。
「おんぶしてあげたら? なんならあたしがおぶってもいいけど」
「いや僕がやる。おまえ荷物重そうだから。ところでいい加減、どうでもいいような荷物捨ててかない?」
食材といい辞書などは必ずしも携行しなくてもよいのではないかと思う。
「うーん、そう言われてもねえ……。教会に着いてから考えるよ」
ボタンを外に出してやると開放感から嬉しそうに跳ね回っていた。

「銃の配分だけど、二つともあたしが持ってていいかな。教会に着いたら小銃の方をあげるよ、って、きゃあっ」
いきなり手を掴まれ、気がついた時には陽平の胸の中にあった。
突然のことに引っ叩くこともできず、杏はうろたえた。
「なあ杏。河野達が死んだとなるともう、残りは三十人そこそこのような気がするんだ。考え過ぎだろうか」
「考え過ぎよ。でも、時間が経つにつれて仲間が減っているのは確かよね」
「なんとしても生き延びよう、な。僕、杏を全力で守るから杏も俺に力を貸してくれ」
「うん、あたしも力の限り頑張るから……」
陽平の眼差しはいつになく優しいものだった。
惹かれるように杏は陽平と抱き合った。

「元の世界に帰れたら杏ん家でごはん食べたいなあ。ごはんの後は食後のデザート。甘くて美味しそうな杏の水密桃を──」
「桃の缶詰ならあるけど、それは置いといてさあ、夜が明けたらるーこやマナを弔ってあげようよ」
甘えた声で尋ねたものの、陽平は杏の瞳をじっと見つめたままである。
「……フフフ、本意は別にあると見た。実は投げた辞書を拾いに行きたいんでしょ?」
「……エヘッ、バレちゃったか。アレあたしの体の一部のようなものなんだから、ネ、いいでしょ? お願い〜」
杏は胸を押し付けながら甘い吐息を漏らす。
「あーあ、せっかくのロマンチックな気分がぁ〜」
溜息をつきながらも股間の怒張はしっかりといきり立っていた。

251乳色の靄の彼方で:2007/05/12(土) 23:52:55 ID:bK2uJAV.0
濃霧の中、舗装路と記憶を頼りに教会へ辿り着くことができたが、予定時間を大幅に過ぎていた。
暗闇に教会内部の明かりが漏れ出ているのが希望の糸のように見えた。
鈍い音を立てて扉を開くと奥の方──祭壇の前に彼女は虚ろな目をしてしゃがみこんでいた。
「春原さーん! 藤林さーん!」
目に涙を浮かべ、古河渚は足を引き摺りながら二人の元へ駆け寄る。だが──
「ひぃぃーっ、止まれぇーっ! 寄るなぁっ!」
「渚来ないでぇーっ! いやあぁぁぁっ!」
「そんなあ! わたしを見捨てないでください!」
再会の喜びも吹き飛び、礼拝堂に男女の絶叫が響き渡る。
渚を見るや陽平と杏は慌てふためき後ずさった。
彼女が一歩進む度に二人は一歩下がる。
首輪の異変がが何を意味するかを瞬時に理解していた。
本来親しい間柄のこと、助けてやらねばならないのに恐怖感が圧倒してしまう。
二人の視線は無情にも赤く点滅する首輪に注がれていた。

252乳色の靄の彼方で:2007/05/12(土) 23:53:55 ID:bK2uJAV.0
【時間:3日目・2:35】
【場所:G-3左上教会】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数8/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、首輪の解除方法を載せた紙、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:驚愕、渚の首輪に注目、全身打撲(大分マシになっている)・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】
藤林杏
 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×2(和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具】
 【状態:驚愕、渚の首輪に注目、全身打撲】
久寿川ささら
 【持ち物1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:陽平に背負われている、右肩負傷(応急処置及び治療済み)、疲労大 気絶】
古河渚
 【持ち物:鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、包丁、S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)、支給品一式】 
 【状態①:有紀寧とリサへの激しい憎悪、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、少し痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
 【状態②:戸惑い、精神肉体共に疲労、首輪爆発まで首輪爆破まであと20:50(本人は44:50後だと思っている)】
 【目的:教会の留まり情報を集める、有紀寧に大人しく従い続けるかは不明】
ボタン
 【状態:健康、杏の足許にいる】

253乳色の靄の彼方で:2007/05/12(土) 23:54:57 ID:bK2uJAV.0
【備考】
・陽平と杏はささらから事の顛末を聞いてない。状況から貴明、珊瑚、ゆめみの死亡を推定。
・チエと愛佳の使用(食用)可能な持ち物(グロック19、投げナイフ、ノートパソコン等)を回収。
・ワルサー P38に予備弾を装填。9ミリパラベラム弾はすべて陽平が所持。
・重量軽減のため以下の共通支給品は放置。陽平1、杏1、ささら1、チエ2

→827
→835
→841
ルートB-18、B-19

254乳色の靄の彼方で:2007/05/13(日) 01:48:06 ID:mmwz56sY0
訂正
>>249
>「るーこかマナのどちらか……いや、違うな。俺達が襲われたのは民家があるところだった」

正しくは「るーこかマナのどちらか……いや、違うな。僕達が襲われたのは民家があるところだった」

>>250
>「なんとしても生き延びよう、な。僕、杏を全力で守るから杏も俺に力を貸してくれ」

正しくは「なんとしても生き延びよう、な。僕、杏を全力で守るから杏も僕に力を貸してくれ」

255――渚――:2007/05/13(日) 14:37:35 ID:.Elvl7so0
――教会の照明を消灯させてしまっていたのは、古河渚の失策であるとしか言いようが無かった。
まともな武器を持たない自分では殺し合いに乗った人間に発見されれば死が確定してしまう、という判断からの行動だったが、渚は一つ大事な事を失念していた。
自分の首輪は今もなお紅く点滅を続けているという事実を。
点滅の強さは作動当初より遥かに衰えており、多少でも照明があれば傍目には分からなかったであろうが、完全な暗闇に包まれた環境下では話が違ってくる。
夜ならば月の淡い灯りですら大地を照らし尽くせるように、首輪から漏れる微弱な光も遠目から十分見て取れる程のものとなっていた。
自分自身の目からでも首輪が周囲を照らしているのは視認出来る筈なのに、それを不味いと判断出来ぬ程渚の精神は疲弊していたのだ。


薄暗い教会の中、渚の首に取り付けられた首輪だけが、紅い点滅を間断無く続けている。
その光景を目前とした藤林杏は、冷静な判断力を完全に奪い取られてしまっていた。
「な、渚……来ないで……」
仲間の為ならば命を捨てる覚悟など出来ていたが、今目前に居るのは文字通り『歩く爆弾』と化した存在。
実際には首輪の爆発まで時間的な猶予が随分とあるのだが、その事実を杏は知る由も無かった。
杏の脳裏を過ぎるのは、爆発の直撃を受けた勝平の凄惨な亡骸――今渚に近付けば、自分も同じようになってしまう!
心の奥底にまで深く刻み込まれた痕が、今になって杏の精神に牙を剥く。
杏は一歩、また一歩と後退を続け、やがて背中が壁とぶつかるに至った。
これ以上後ろに下がれなくなった杏に対して、渚が縋るように――幽鬼のように、歩み寄ってくる。
「待って下さい……もう貴女達しか頼れる人が……いないんです……」
「嫌っ……嫌ぁっ……!」
執拗に追尾してくる爆弾を止めるべく、杏はグロック19へと手を伸ばしそうになってしまう。
しかしそこで真横から手が伸びてきて、杏の腕は動きを封じられた。
「よ、陽平っ!?」
「……落ち着くんだ、杏。これは多分、宮沢の仕業だよ」

256――渚――:2007/05/13(日) 14:39:18 ID:.Elvl7so0
狂騒を打ち消すような、強く響き渡る、しかし落ち着いた声。
杏とは違い爆発に対してのトラウマを植え付けられていない上に、自分の命に然程執着心を持っていない春原陽平の立ち直りは早かった。
「……どういう事?」
事態を把握出来ていない杏が、未だ恐怖に震える声で尋ねる。
陽平は渚へと視線を移し、自身が導き出した推論を語り始めた。
「いきなり首輪が点滅してるなんて、おかしいじゃん。趣味の悪い主催者が無意味に参加者を減らすとは思えない……そうなると、後は一つしか考えられない。
 古河は宮沢のリモコンで首輪を作動させられちまった――そうだろ?」
「――――っ!!」

的確に図星を突かれた渚の身体がぴくんと大きく硬直する。
宮沢有紀寧の事を話したのが本人にバレてしまえば自分も朋也も命は無いが、最早言い逃れは不可能だ。
点滅し続ける、しかし何時まで経っても爆発しない首輪の存在が、陽平の言葉が真実である何よりの証だった。
「…………はい」
だから渚は、素直に頷くしかなかった。

    *     *     *

257――渚――:2007/05/13(日) 14:39:48 ID:.Elvl7so0
「そうだったんだ……」
電灯を点けて明るくなった礼拝堂の中、渚から全ての事情を聞き終えた杏が、がっくりと項垂れる。
とどのつまり、この教会を訪れた古河親子と岡崎朋也は、宮沢有紀寧一派の襲撃を受けてしまったのだ。
そして首輪爆弾を作動させられてしまった渚は、情報を集めるべくこの教会に独り残されたという事だった。
「ごめんね渚、取り乱してあんな事しちゃって……」
どうしてもっと冷静に行動出来なかったのだろう、どうして自分は何度も大きな過ちを犯してしまうのだろう――
友人を見捨てるような愚行に及んでしまった杏は、強い罪悪感に苛まれていた。
しかし渚はゆっくりと首を横に振ると、落ち着いた声で言った。
「いえ、良いんです。ちゃんと説明しなかった私が悪いだけですから」
「渚……」
普通の者ならば少なからず怨恨を抱くであろう行為をしてしまったのに、渚は一瞬で自分を許してくれた。
突如殺し合いの場に放り込まれて、自分はこんなにも捻じ曲がってしまったのに、渚はこの島に来る以前となんら変わらない心優しい少女のままだった。
融け落ちるような柔らかい優しさに触れた杏は、思わず涙ぐんでしまいそうになる。
しかし杏は何とかそれを堪えると、鞄から一枚の紙を取り出し、その上に文字を書き綴った。
『盗聴されてるのは知ってる?』
渚がこくりと頷くのを確認してから、杏は続けてペンを走らせてゆく。
『まずはもう一度謝っとく――本当にゴメンね。お詫びと言ってはなんだけど、首輪の爆弾なら何とかしてあげれるよ』
「えっ、それはどういう……!?」
杏は大声を上げそうになった渚の口を慌てて塞ぎ、唇の前に指を立てる仕草をしてみせた。
少し間を置いてから、説明を再開する。
『落ち着いて読んでね。あたし達は――もう首輪の解除が出来るのよ』

    *     *     *

258――渚――:2007/05/13(日) 14:41:00 ID:.Elvl7so0
全ての説明を行った後、陽平はワルサーP38を天井に向けて構えていた。
「と、突然何をするんですかっ!?」
「ごめん古河、やっぱりお前みたいな足手纏いとは一緒に行動なんてしてられねえよ。此処で死んでくれ」
切迫した叫び声を上げる渚に対して、冷たい声で告げる陽平。
「そうよ、あたし達は二人いれば十分なの。情報も十分引き出させてもらったし、あんたにはもう利用価値なんて無いわ」
杏もそんな陽平を咎めるどころか、臆面も無く肯定の言葉を吐き捨てる。

――勿論これは、事前の打ち合わせを経た上での偽装工作に過ぎない。
渚の首輪を解除さえすれば、爆弾の脅威は取り除けるが、一つ障害がある。
解除された首輪は、装備していた者が死んだという情報だけを主催者側に送り続けるのだ。
そして何も争いが起こっていないのに死亡判定が送られれば、確実に主催者は怪しむだろう。
だからこそ陽平達は一芝居打って、仲間割れを起こしたように見せかけていたのだった。

「でも安心してくれ、岡崎もすぐあの世に送ってあげるからさ。天国で仲良く暮らすと良いよ」
「そ、そんなっ……!」
非情な言葉とは裏腹に、陽平はこみ上げる笑いを抑えるのに必死だった。



渚と陽平が言葉上では緊迫したやり取りを交わしている間に、杏は素早く首輪解除作業を進めてゆく。
解除手順図通りにネジを回して首輪の外装の一部を取り外す。
剥き出しとなった複雑な内臓装置のうち、赤いコードに対してナイフの先端を押し当てる。
このコードを切りさえすれば、首輪の爆弾は機能を完全に失い、実質的に解除は終了する筈だった。
そこで杏は陽平に対して親指を立ててみせ、合図を送った。
その直後に大きな銃声が鳴り響き、天井に小さな穴が開けられる。
これでもう、渚の首輪が死亡判定を出したとしても可笑しくは無い。
音声上でしか情報を収集出来ぬ主催者達からすれば、渚は銃弾を受けて死亡したとしか思えぬだろう。
杏は余裕たっぷりの面構えのまま、赤いコードを切断し――大きく目を見開いた。

259――渚――:2007/05/13(日) 14:42:05 ID:.Elvl7so0
「な――――これはっ!?」
それは予測不能の事態、そして決して起こってはならない出来事。
「そんな……どうして……」
絶望的な光景を目の当たりにした杏が、引き攣った声を上げる。
コードを切断された首輪は、今までとは比べ物にならぬ程強く速く点滅をし始めていた。
そこから推測される答えは単純にして明快、解除は失敗。それどころか、爆弾の起動を大幅に早めてしまったのだ。
「こんな、おかしいよっ! あたしはちゃんと手順通りにやったのに! これで首輪爆弾は停止する筈なのに!」
盗聴されている事すら思考の中から消し飛んでしまい、杏が絶叫する。
杏達の作戦に手落ちは無かった――自分達の持っている解除手順図が、主催者の準備したダミーであり起爆手順図であったという一点を除けば。
その間にも渚の首輪は無慈悲に点滅のペースを早めてゆき、けたたましい電子音が礼拝堂に響き渡る。
「これ……ヤベえよ……。もしかしてすぐに爆発しちゃうんじゃ……」
どんどんと悪化していく現実に、陽平さえもが冷静さを失ってしまっていた。
だが狂騒に支配されたこの場の中に於いて、渚がただ一人、落ち着き払った様子で静かに口を開いた。
「失敗……だったみたいですね」
言い終えた渚はつかつかと歩を進め、杏達と距離を取ってゆく。
礼拝堂の逆端に辿り着いた後、身体の向きを杏達の方へと戻した。

「私は此処で一人だけで死のうと思います。爆発の規模がどれくらいになるか分かりませんから、お二人は私に近付かないで下さい」
自殺宣告に他ならないそれは、間違いなく正論であり、至極当然の結論。
渚の言い分は理解出来る――しかし杏は、素直に従う気になどなれなかった。
自分はこれまで何度も失敗を犯してきたし、多くの仲間を死なせてしまった。
そして今度もまた、大事な友人を救えなかった。
それどころかその死期まで大幅に早めてしまい、まだ残されていたかも知れない可能性を完全に摘み取ってしまったのだ。
「何馬鹿な事言ってんのよ! あたしの所為でこうなっちゃったんだから、あんたを見捨てれる訳ないでしょ!」
最早手の打ちようなど無い事態となってしまったのは分かっているが、このまま渚を一人で死なせたりなどしない。
どうやっても救えないのなら、せめて一緒に――そう考え、杏は足を踏み出そうとする。

260――渚――:2007/05/13(日) 14:42:38 ID:.Elvl7so0
しかしそこで、電子音を遥かに上回るとても大きな叫び声が聞こえた。
「来ないで下さいっ!!」
「――え?」
突如制止の声を投げ掛けられ、杏の歩みがぴたりと停止する。
それを確認してから、渚が言葉を続けた。
「此処で藤林さんが爆発に巻き込まれても、誰も救われません……違いますか?
 それに藤林さんや春原さんまで死んじゃったら、朋也君を支えてあげれる人がいなくなっちゃいます」
その言葉を聞いた瞬間、杏はがつんと頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。
そうだ――自分まで死んでしまったら、誰が窮地に陥っている朋也を救うというのだ?
朋也は今も何処かで、首輪爆弾により有紀寧への隷従を強いられているだろう。
貴明達が全滅してしまった今、朋也を救える者は知り得る限り自分達しかいない。
そして朋也の首輪が爆発するのはまだまだ先なのだから、救い出せる可能性はある。
ならば此処で、ただの自己満足に殉じて命を投げ捨てるような真似は許されなかった。

杏はぽろぽろと涙を零しながら、か細い嗚咽を漏らした。
「渚……ごめんね……ごめんねっ……!」
「クソッ……! 古河……ごめんな……」
陽平も、泣いていた。
自分達の手で友人を死に追いやってしまったというのに、間近で看取ってあげる事さえ出来ない。
余りにも悲しくて、余りにも申し訳なくて、余りにも悔しくて、身体の震えを止められなかった。
そんな二人に対して、渚が驚くくらい穏やかな声音で言った。
「大丈夫です、私はお二人を恨んでいません――けれど、一つだけお願いがあります。
 どうか朋也君だけでも、助けてあげて下さい。それからお二人とも私の大切なお友達ですから、絶対に生き延びて下さいね」
電子音の間隔が、更に短くなる。
渚は静かに――どこまでも静かに、呟いた。
「お父さん、お母さん、今そっちに行きます……」

261――渚――:2007/05/13(日) 14:43:23 ID:.Elvl7so0
そこで突然、教会の扉が開け放たれた。
「――――!?」
一同の視線がその先に集中する。
それは遅過ぎた再会――そこには有紀寧から解放された朋也が立っていたのだ。

「朋也く――」

そして、朋也と渚の目が合ったその瞬間。

礼拝堂を、眩い閃光が照らし上げた。




【残り24人】

262――渚――:2007/05/13(日) 14:46:19 ID:.Elvl7so0
【時間:3日目・3:00】
【場所:G-3左上教会】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数7/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:呆然、全身打撲(大分マシになっている)・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】
藤林杏
 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×2(和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:呆然、全身打撲】
ボタン
 【状態:健康、杏の足許にいる】
久寿川ささら
 【持ち物1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:礼拝堂の隅に横たえられている、右肩負傷(応急処置及び治療済み)、疲労中 気絶】
岡崎朋也
 【所持品:三角帽子、薙刀、殺虫剤、トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)、風子の支給品一式】
 【状態①:精神状態不明、疲労大、マーダーへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、腹部打撲】
 【状態②:背中と脇腹と左肩に重度の打撲、左眼球欠損(応急処置済み)、首輪爆破まであと22:40】
 【目的:今後の方針は不明】
古河渚
 【持ち物:鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、包丁、S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)、支給品一式】 
 【状態:死亡】

【備考】
・陽平と杏はささらから事の顛末を聞いてない。状況から貴明、珊瑚、ゆめみの死亡を推定。
・朋也は、珊瑚達が企てているハッキング計画についての情報を入手しています

→844
→845

263Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:37:31 ID:aFUxMf260

「―――大変! 大変なの……聖さん、助けて!」
「……何事かね」

振り向いた聖の顔に色濃く浮かぶ疲労にも気づかぬ様子で、志保は荒い息を整えようと膝に手をついていた。
全身の汚れや細かな傷も気にすることなく顔を上げると、涙目のまま口を開く志保。

「あたっ、あたし、がっ……美佐枝、さん……じゃ、なくって……!」
「落ち着きたまえ」

言って立ち上がると、キッチンへと入っていく聖。
戻ってきたその手には水をなみなみと満たしたグラスを持っている。
受け取るや、志保はその水を一気に飲み干してしまう。

「……ぷはぁっ」
「さて、落ち着いたようなら状況を整理して話してくれるとありがたいな。それと……」

言葉を切って間仕切りの向こうを見る聖。

「ここには重篤な怪我人がいる。もう少しボリュームを抑えてもらえれば、更にありがたい」
「あ……ご、ごめんなさい……」

表情を曇らせると、志保は肩を落とす。
感情の起伏が激しい。どうやらかなり追い詰められているようだ、と聖はその様子を見て取った。
ならば、と医師としての仮面を意識して、口を開く。

「……君と美佐枝の身に何かがあったようだね。それを、伝えたかったんだろう?」

優しげな、しかしその裏には何の感情も読み取れないような声音だった。
しかしハッと顔を上げ、聖の瞳を見つめ返した志保はあっさりとその誘導に乗って口を開いた。
目尻に溜まった涙の粒が、見る間に大きくなっていく。

「あ、あたしたち、診療所に行こうって、でも……変なのが、出てきて……」
「変なの? ……敵かね?」
「う、うん。眼鏡の女の子……おでこから、ビームが出るの。みんな同じ顔してて、いっぱい……」
「そうか、いっぱいいたんだな。……それで、君たちはどうしたのかね」

状況はまるで飲み込めなかったが、とりあえずそう聞き返す。
分身か、それとも光学系か、とにかく何らかの異能を持った敵と遭遇したらしい。
詳しく聞いておきたいところではあったが、接敵の恐怖を思い出したか、また志保の表情が不安定になってきていた。
決壊させてしまえば宥めるのに無駄な時間を要することになる。
そう判断し、聖は状況の推移確認を優先することにした。

「……うん。それで、美佐枝さんはあたしに、先に行け、って……」
「その場に留まったのかね」
「で、でも! すぐに追いつくからって! すぐ片付けるって言ってて!」
「そうだな、美佐枝はすぐに追いつくと言ったんだな」

幼児をあやすように、鸚鵡返しに返答する聖。
内心の苛立ちを表情に出すような真似はしない。

「それで、診療所に向かうはずの君が、何故ここに戻ってきたのかね」
「そ、そう! あたし、聖さんに助けてもらおうって……!」
「……私に?」

聖が怪訝な表情を浮かべた。

「美佐枝一人では心配だと思ったのかね? ……だが彼女にも戦うための力は、」
「違うの!」

唐突に、志保が叫んだ。
それは絶叫とも呼べるような、悲痛な声だった。
ただならぬ様子に、聖が眉根を寄せて訊ねる。

「……どういう、意味かね」
「あの、力……! 美佐枝さんがドリー夢って呼んでた、あれは……あれは、美佐枝さんの力じゃないの……!」
「何、だと……!?」
「あれは……あたしの、力……だったの……!」

振り絞るように口にして、その場に泣き崩れる志保。
絶句した聖の表情は、険しさに満ちていた。


******

264Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:37:53 ID:aFUxMf260

「……本当に、よかったの?」
「何がかね」

走りながら、短く返事をする聖。

「あの子のこと……放っておいたら、」
「……構わん。どの道、あそこで私にできることはもう何もない」
「そんな……」

志保の言っているのが片手を失った少女のことであると悟り、聖は簡潔に答える。
一面において、それは真実であった。
おおよそ医療行為と呼べるだけの処置は、可能な範囲ですべて施し終えていた。
器具も機材もない環境における最良の方策―――応急処置と消毒、そして放置。
それは延命とすらなり得ない、原始的な医術だった。

「生き延びるか、潰えるか……後は、あの子次第だ」

だが、小さく呟かれた聖の言葉には、もう一面の真実が含まれていた。
ムティカパ症候群に侵された人肉。それは間もなく、少女の体内で爆発的な効果を及ぼす。
その恐るべき生命力は少女の生命を救うだろう。おそらくは、人としての尊厳と引き換えに。
死を拒んだ少女が望んだのが、果たして生だったのか。

「……詮無いことだな」

益体もない思考を、首を一つ打ち振って掻き消す。
終焉から逃れた少女が何を得るのか、それを決めるのは自分ではない。
小さく溜息をついて、聖は足を速めた。


***

265Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:38:07 ID:aFUxMf260

志保が何かに気づいたような声を上げたのは、それから数分が経過した頃のことだった。

「あれ、何だろう……?」

立ち止まり、軽く息をつきながら志保の指差したそれは、聖にとっては割合と見慣れた、
しかし何気なく歩み寄った志保の表情を凍りつかせるには充分な代物だった。

「ひっ……!?」
「死体、か」

全裸に剥かれたそれは、どろりと濁った目を天に向けたまま事切れている少女の遺骸だった。
広い額が、木洩れ日を反射してきらりと光っていた。

「……こ、これ……」
「ふむ。君たちを襲ったのは、彼女かね」

白く、痩せぎすでありながらどこかぶよぶよとした印象を与えるそれを直視しないようにしながら
指差す志保に、聖が確認する。
歯の根の合わないまま頷く志保を見て、聖は少女の死体に視線を戻す。

「……さて、どういうことかな」

聖が鼻を鳴らした。
一糸纏わぬ姿を晒す少女の骸は、のどかな陽光の降り注ぐ林道にひどく不釣合いだったが、
しかしその物言わぬ肉体は更なる異様を誇示するように、そこに鎮座していた。
白い肌に引かれた、真紅のライン。
少女の死体、その腹部には大きく、矢印が刻まれていたのである。

「伊達や酔狂では……ないだろうな」

矢印は、真っ直ぐに林道の奥を指している。
背の高い木々に囲まれた薄暗い道は、まるで手招きをするようにさやさやと影を揺らしていた。

「……長岡君、君たちはこれの群れに囲まれたと言っていたね」
「う……うん……」

ならば、と聖は考える。
可能性はいくつかあった。
一つめはこの死体が相楽美佐枝と、ひいては聖たちの目的と何のかかわりもない
何者かによって置き捨てられた可能性。
二つめは、これが奇態な少女たちによる何らかの慣習、あるいは仲間割れによるものである可能性。

「……そして、」

と三つめの、最悪の可能性を、聖は眉間に皺を寄せながら思い浮かべる。
それは即ち、この奇妙な少女たちと、それからおそらくは美佐枝との交戦を苦にもしない何者かが、
この先で待ち受けているという可能性だった。

「ど……どうするの……?」
「どの道、向かう先だ。進むしかあるまい」

不安げな志保にそう答えて、聖はもう一度、林道の奥を見やる。
木々の影が、つい先程よりも色濃く行く手を覆っているように、思えた。


***

266Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:38:31 ID:aFUxMf260

「―――これで、七つめか」

聖が、重々しく息をつく。

「正確に百メートル間隔といったところか。まったく、ご丁寧なことだな」

見下ろした視線の先には、白く横たわる骸。
その裸の腹には、やはり大きな矢印が刻み付けられていた。

「……」
「大丈夫かね、長岡君」

蒼白な顔色をした志保は、既に遺骸を見ようともしていない。
俯いたまま黙り込んでしまっていた。
無理もない、と聖は内心で志保を慮る。
行く先々に転がる死体は、そのすべてが全裸に剥かれ、道標の如くに打ち捨てられていた。
ある者は貫かれた眼窩にまるで生け花のように小枝を詰め込まれ、またある者は切り取られた片腕を
己の尻穴に捻じ込まれたまま事切れていた。
明確な悪意によって弄ばれる、それは軽すぎる死のあり様だった。

「気分が優れないなら、この先で小休止といこう。走りづめで、私も少し疲れた」
「……ううん、大丈夫」

小さな気遣いはあっさりと無視される。
苦笑しながら、聖は言葉を接いだ。

「そんな顔色で何を言っている。医者としてはとても看過できんよ」
「―――あたしは、大丈夫だからっ!」

突然、志保が大声を上げた。向けられた視線が小刻みに震えている。
限界だな、と聖はその様子を診て取った。

「だ、だから早く美佐枝さんを……っ!」
「落ち着きたまえ、―――」

長岡君、と。
言いかけた聖を遮るように、静かな林道を、唐突な笑い声が満たしていた。

「……ッ!」

眉根を寄せて嘲るような、どこか残忍な響きの哄笑に、聖が慌てて辺りを見回す。
やがてふつりと笑い声が止み、入れ替わりとでもいうように響き渡ったのは、冷徹な声。

「―――心配しなくても大丈夫。ここが、終点よ」

言って、梢の影から姿を現したのは、波打つ髪も豊かな一人の少女だった。
ところどころに褐色の染みをつけたベージュのセーター。
片手には奇妙に時代がかった豪奢な槍。
そしてもう片方の手には、長い紐のようなものが握られていた。
紐の先は梢の影、茂みの奥へと続いている。

「貴様……は……!」

少女の姿を一目見るや、聖はその表情を一変させていた。
常に冷静を装う医師としての仮面をかなぐり捨て、白衣の懐に手を差し入れる。
取り出した極彩色のステッキが、見る間に禍々しい凶器へと変わっていく。
鈍色に煌く、それは爪状の手甲―――ベアークローと呼ばれるものだった。

「……久しぶりの相手に随分とご挨拶じゃない、キリシマ」

267Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:38:56 ID:aFUxMf260
凶器を手に鋭く己を睨みつける聖の視線を、微笑をもって受け止めながら少女が口を開く。
対する聖は無言のまま、重厚な爪を構える。

「し、知り合い……なの、聖さん……?」
「……敵だ。下がっていたまえ」

突然のことに状況を把握できず、おろおろと二人を見比べていた志保に、聖が短く答える。
しかし志保は聖の言葉を咄嗟には量りかねたか、その場に立ち竦んだままでいた。
そんな姿に苛立ちを覚え、聖は思わず厳しい声を上げてしまう。

「下がりたまえ、早く!」
「ひっ……!」
「……怒鳴ったりしたら可哀想じゃない、……ねえ?」

怯えたように肩をすくめる志保を見て、少女が目を細めた。
餌を検分する肉食獣のようなその視線から志保を庇うように、聖が少しづつ立ち居地を変えていく。

「……ここで何をしている、巳間晴香」

晴香と呼ばれた少女が、その問いに小さな笑みを漏らした。
鼠をいたぶる猫のような笑み。
僅かな間を置いて、少女は紐を持つ手で艶やかな髪をかき上げると、口を開いた。

「GLの騎士が出張ってまですることなんて、多くはないでしょうね。そうは思わない?」
「何をしているのかと聞いているっ!」

悠然と答える晴香の笑みを張り飛ばさんばかりの、峻烈な声音。
しかし晴香はそれを意にも介した様子なく、肩越しに背後の茂みへと目をやる。

「……昭和生まれは余裕がないわね」
「貴様……!」
「はいはい、わかったわよ。……鬼畜一本槍が動くなら、答えは一つ」

言って、その手の紐を強く引いた。
紐は茂みの奥で、何か大きなものに繋がっているようだった。
晴香がもう一度、紐を波打たせるように引く。

「いいわ、出てきなさい」

晴香の言葉に引きずられるように、がさごそと葉ずれの音をさせながら、何かがまろび出てきた。
白く、大きな、四つ足の何か。

「―――ッ!」
「……そん、な……、まさか……」

思わず息を呑んだ聖よりも先に声を漏らしたのは、志保であった。
がくがくと震える膝で身体を支えきれず、その場にへたり込んでしまう。
両腕で己の身体を抱きしめながら、搾り出すようにその名を呼んだ。

「……美佐枝……さん……」

震えるその声に、茂みから出てきたそれが、振り向いた。

268Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:39:20 ID:aFUxMf260
「……?」

応えはなかった。
とろんとした、蕩けるような瞳だけが、志保のほうへと向けられていた。
一糸纏わぬ姿で、尻を高く掲げた四つん這いになったそれは、紛れもなく、かつて
相楽美佐枝と呼ばれていた女性、その人であった。

「遅かったと……いうのか……」

あとは言葉にならなかった。
何か名状しがたい感情によって震えながら、聖は美佐枝の姿を見つめていた。
白い素肌のいたるところに、痣や傷、歯型が散りばめられていた。
真っ赤に腫れ上がった陰部から流れ出た血は既に固まりかけている。
だらしなく半開きになった口元からは絶え間なく涎を垂らし、首に巻きつけられた紐は
晴香の手元へと続いていた。

「どう? 私の新しいペットは。……可愛いでしょう?」

言い終えた瞬間、晴香の艶然たる笑みを、鋼鉄の爪が薙いでいた。
否、文字通りの紙一重で、晴香はその斬撃にも似た一撃をかわしている。
その代わりに、はらりと地面に落ちたものがあった。寸断されたロープである。
晴香が、使い物にならなくなったロープを握る手を、ゆっくりと開いていく。

「酷いわねえ、せっかく用意したのに……素敵な首輪」
「貴様ぁ……ッ!」
「あんたたちが遅かったから、ちょっとつまみ食いしただけよ?」

手にした槍の石突で地面を押し出すようにバックステップしながら、晴香が言う。

「ついでに調教までしておいてあげたのに、そんなに怒ることないじゃない」
「口を開くなっ!」

距離を詰め、下から抉るようなアッパー気味の一閃を繰り出す聖。
槍を構える前に仕留めようという動き。
しかし晴香はそれを見越したように微笑むと、唐突に聖の視界から消え失せていた。

「……!?」

慌てて左右に動かした視界の端に、ちらりと晴香の姿が映った。
自身の遥か頭上を飛び越えていく軌道。
棒高跳びの要領で槍を使い、宙を舞ったのだと気づいたときには遅い。
背に、強烈な一撃。

「が……ッ!」

晴香の革靴、その爪先がめり込んでいた。
つんのめりそうになるのを必死に堪え、右足を踏み出す。
間髪いれず、それを軸にして回転。体勢を崩しながらもバックブローを放った。
空振り。

「……あんよはじょうず、あんよはじょうず!」

嘲るような声。
裏拳の勢いを殺さずに振り向けば、その姿は遠い。
槍の間合いの更に外側にまで距離を開け、晴香はにやにやと笑っていた。

「オバサンって、歳取ると逆に幼児退行するのかしら?」
「……!」
「おお怖い、私も気をつけないと―――、」

晴香が言いつのりかけた、その瞬間だった。

269Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:39:44 ID:aFUxMf260
「ひどい……」

か細い声がした。
小さな、しかしどうしてか他を圧して耳朶を打つ、それは声だった。

「ひどい……! ひどい、ひどい、ひどい!」
「ん……?」

怪訝な表情で振り向く晴香。
相対する自分など眼中にないとでもいうようなその挙動に憤りを覚えながらも、聖もまた声の主へと目をやる。

「どうして……どうしてこんなこと、できるの……!?」

聖の視線の先で、長岡志保は泣いていた。
首輪の拘束から解き放たれながらも、四つん這いのままぼんやりと辺りを見回している美佐枝を抱きしめながら、
ぽろぽろと涙を流して泣いていた。

「あんただって……」
「んー……?」

志保の潤んだ瞳に睨みつけられて、晴香はようやくその声が自身に向けられたものだと悟ったようだった。
気だるげに見返す晴香と視線を交錯させた刹那、志保の、半ば叫ぶような声が静かな林道を揺らしていた。

「あんただって! 女の子でしょ!? なら……!」
「……」
「なら、自分がどれだけひどいことしたか、わかるでしょう……!」
「……」
「こんな……こんなことされたら、」

志保が、そこで言葉を止めていた。
ぞっとするような低音が、入れ替わりに響く。
それは、笑い声。巳間晴香の漏らす、奇妙に低い、歪な笑い声だった。

「な……何が、おかしいの……っ!」

志保の声音から勢いが失われていた。
それほどに晴香の笑い声は陰湿で、悪意と嘲りに満ちていた。

「女ぁ……? 女の子、ねぇ……」
「な、何よ……」

晴香の、紅を引いたような唇が弓形に反り上がっていく。
侮蔑と嘲弄を練り合わせたような笑みが志保を捉えていた。
槍が、地面に突き立てられた。
空いたその手がゆっくりと動き、晴香自身のスカートの裾を摘んだ。

「普通の女の子に―――こんなのは、ついてないわよねえ……?」

言葉と共に、ゆっくりとたくし上げられていく緑色の布地。
その下に履かれた橙色の薄布から突き出したモノを目にして、志保は思わず息を呑む。

「”鬼畜一本槍”巳間晴香……ね、これでも私……女の子なのかなあ……?」

舐るような、それは声音だった。
股間にそそり立つモノを誇示したまま、志保に向けて一歩を踏み出す晴香。
その姿に、聖はようやく我に返った。飛び出す。

270Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:40:14 ID:aFUxMf260
「……そのご立派な槍は、どうやらお嬢さんには刺激が強すぎるようだ。
 仕舞ってもらおうか」

志保の視界を遮るように立ち、爪を構えた。
明確な殺意を前に、しかし晴香は笑みを深くすると、己の逸物にしなやかな手指を這わせる。

「やだ、お医者さんが障害者差別……? そういうのって良くないと思うんだけど」
「戯言を……!」

鋼鉄の爪を振るい、聖が駆け出そうとした瞬間。
それよりも一足だけ早く、晴香の方へと歩み寄っていたものがいた。

「……美佐枝さん!?」
「な……行くな、相楽!」

志保の手を振り解いた、相楽美佐枝である。
ふらふらと、定まらない足取りで晴香へと近づいていく。
その締まりのない口元が、ぶつぶつと何事かを呟いているのが聞こえた。

「……もっとぉ……。もっと、くださぁい……」

腫れ上がった己の陰部に指を入れて掻き回しながら呟かれるその声音には、紛れもない色欲だけがあった。
血走った目は晴香の股間にそそり立つモノだけを見つめ、他の何物も映してはいないようだった。
空いた手は乳房を捏ね回したまま、涎を垂らす口が晴香の股間へと寄せられていく。

「あは……ください、あたしに……もっと、たくさぁん……」
「……鬱陶しいわ」
「えぇ……?」

声に、美佐枝が視線を上げる。
蕩けるような瞳が、晴香の凍てついた表情を映し出していた。

「―――いかん!」

叫んで、聖が飛び出そうとしたときには遅かった。
股間をまさぐっていた筈の晴香の手には、いつの間にか地面に突き立てられた長槍が握られていた。
円弧を描いた穂先が、閃いた。

271Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:40:30 ID:aFUxMf260
「え……、か……は……」

正確に心臓を貫かれ、口元から大量の血の泡を噴き出しながらも、相楽美佐枝の瞳から
情欲の色が消えることはなかった。
死に直結する苦痛すら、恍惚というように。
悦楽の笑みを浮かべたまま、美佐枝の身体が持ち上げられていく。
槍の穂先にぶら下がったままのそれは、百舌の早贄のようにも見えた。

「餌は餌らしく、用が済んだら消えなさいな」

びくびくと痙攣する眼前の肉体に向けて、晴香が冷たく言い放つや、長槍を大きく振るった。
ずるりと抜けた美佐枝の身体が、放物線を描いて宙を舞う。
晴香が、笑んだ。

「―――見るなっ!」
「え……?」

聖の険しい声に思わず振り向いてしまう志保。

「あ……」

その鳩尾に、強烈な当身が入っていた。
がくり、と膝から崩れ落ちる志保を支えた、聖の眼前。
長槍の一閃が、放物線を落ちてきた美佐枝の身体を、両断した。

「……」
「お優しいわねえ、……さすがは元BLの使徒」

血の雨の中、晴香が嗤う。

「古い餌はもういらない。新鮮な獲物の方が、使徒も喜んでくれるでしょうからね。
 ……観月マナとお前、どんな声で鳴いてくれるのかしら」

どさり、と。
二つに分かれた美佐枝の体が、地面に落ちた。
その音を合図にしたように、全身を真っ赤に染めて、鬼畜一本槍と呼ばれる女が疾走を開始した。

272Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:41:09 ID:aFUxMf260




 【時間:2日目午前11時すぎ】
 【場所:G−4】

霧島聖
 【所持品:ベアークロー(魔法ステッキ互換)、支給品一式】
 【状態:元BLの使徒】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:異能・ドリー夢、気絶中】

巳間晴香
 【所持品:長槍】
 【状態:GLの騎士】

相楽美佐枝
 【所持品:ガダルカナル探知機、支給品一式】
 【状態:死亡】

砧夕霧
 【残り14853(到達・6431相当)】
 【状態:進軍中】

※白虎の毛皮は民家に放置

→721 822 ルートD-5

273Necro Fantasia修正:2007/05/13(日) 17:47:42 ID:aFUxMf260
申し訳ありません、>>267において誤用がありました。
まとめサイト収録の際は

>餌を検分する肉食獣のようなその視線から志保を庇うように、聖が少しづつ立ち居地を変えていく。



餌を検分する肉食獣のようなその視線から志保を庇うように、聖が少しづつ立ち位置を変えていく。

と修正していただけますでしょうか。
お手数をおかけしてしまい、大変申し訳ありません。
感想避難スレの529氏、ご指摘ありがとうございました。

274広がる狂気:2007/05/15(火) 01:04:47 ID:aqb/.k2.0
はあはあと、断続的な男の荒い息が場に響く。
鬼のような形相で朝霧麻亜子達が去っていった職員室の扉を、緒方英二は今もまだ睨み続けていた。
ぽたぽたと地面に垂れていく自身の唾液も省みず、大きく肩を揺らす様はまるで獣のような野生染みたているという印象を他者に与えかねない。
支給されたベレッタを背を丸めた状態で握り締める英二は、いまだ自身の腰に抱きつき暴挙を止めるべくあがいていた相沢祐一を引き剥がそうともせず、ただ大きく肩を上下させながら前方だけを見つめていた。

「え、英二さん……落ち着きましたか?」

大人しくなった英二の様子に、彼が以前の落ち着きある状態に戻ったものだと想像したのか祐一は安堵の息を一つ漏らした。
しかしそんな彼に次の瞬間飛んできたのは、気の聞いた台詞でもなければ穏やかなあの笑みでもなく。
スナップの効いた握りこぶしが目の前にせまる光景を、祐一は他人事のように見るしかなかった。

「相沢君?!」

地面に叩きつけられるように殴り倒された祐一には、声を上げる暇すら与えられなかった。
そのままぴくりとも動かなくなったのは頭から落ちたことが原因だろうか、
頭から落ちたことが原因らしく、祐一は身動きを止め床に伏せ続けた。気を失ってしまったのかもしれない。
そんな居た堪れない様子は、は少し離れた場にいた向坂環にも伝わった。
愕然となる、つい先ほどまでこのようなことが起こるなんて予想だにできなかった環にとってもショックは大きいだろう。
殴られいまだ痛む頭を小さく振り、環はこうしてはいられないと慌てて祐一の下へと駆け寄ろうとした。
……しかしそれには、事の発端である英二の存在が邪魔をする。
環が少しでも近づこうとしただけで、彼は鬼の形相で彼女を見やった。

「邪魔をするな」

先ほどとは違い理性も感じられる台詞だが……その言葉の重みに、環は固まるしかなかない。

「大丈夫だよ、殺しはしないさ。そう、もう誰も殺させはしないよ僕が守ってみせる。 
 少年も観鈴君も環君も……そうさそうさもう誰も欠けさせたりなどさせないよ、守ってみせるんだ! 僕が! 皆を!!」

275広がる狂気:2007/05/15(火) 01:05:20 ID:aqb/.k2.0
半分しゃがれた声でまくし立てる英二の、奇妙に歪んだ表情の意図が環には全く伝わらない。
この台詞だけならば、彼は環達の敵ではなかった。むしろ自ら「ナイト役」を買って出るという、頼もしさすらも与える気迫が込められている。
しかし彼の足元にて気を失う少年を手にかけたのも英二彼自身であり、最中ではないことは容易に窺えた。
……今の英二の存在が、新しい争いの火種になることは目に見えている。
何とか対処しなければそれこそ祐一の身が危なくなるだろう、しかし今ここで自由に身動きができるのは環のみであり。
そしてそれこそ今最優先しなければいけない、少女の散りかけた命を助けることができるのも。環しかいなかった。

結局環は現状を変えることよりも、観鈴への応急処置を優先した。
腹を撃ちぬかれた観鈴の容態は、この間にも刻一刻とは悪くなっていく一方である。
止血のためにと何か布状の物がないか、英二を気にしながらも環は職員室内を確認した。
……目で見た範囲ではよく分からない、立ち上がり室内を散策しだすがその間も特に英二が何か仕掛けてくるようなことはなかった。
運がいいという言葉はおかしいかもしれない、しかし反抗さえしなければ攻撃性を見せないという意味では環は今の状況に対し感謝するしかなかった。
そう、あくまで彼女等は「仲間」であるから、排除の対象にはならないということであろう。

このまま時が過ぎ、英二にも心の余裕ができたのならば。また前のような聡明さが戻るのではないか。
環の脳裏に浅はかな願いが浮かぶ、そんな弱気になっている自分のらしくなさに自然と苦笑いも込みあがってくる。

(ダメね、しっかりしなくちゃ。……私が、やらなきゃね)

かぶりを小さく振り甘い考えを払いながら、環は黙々と作業に移った。



使えそうなハンドタオルを環が見つけたのは、それからすぐのことだった。
簡単な処置後、一応出血が止まったことを確認してから環は一端観鈴を部屋の隅へと移動させた。
視界には収まる範囲で、しかし英二が暴走してしまった際に的になってはいけないからと場所にもかなり気を配った。
祐一は、今だ英二の足元に転がったままである。
こうして見ると亡くなった名倉由依や春原芽衣達との違いがつかなくて、それがまた環の焦燥感に火を灯した。
ゆっくりと一つ深呼吸し、顔を上げた環の表情には覚悟を決めた意志の強さが込められていた。
今の英二に話が通用するとは環自身も思えなかった、しかしやらねばいけないという意気込みがそれら全てを上回る。
祐一を助けるために、そして英二自身を救うためにも今行動を起こせるのは環しかいないのだから。

276広がる狂気:2007/05/15(火) 01:05:42 ID:aqb/.k2.0
今の彼女の持ち物に武器と呼べるものはなかった、タオルを探しだした際こっそり漁った観鈴の鞄からもそれらしきものは発見できなかった。
物色した職員室内も、使えそうなものといえば教員の机らしき場所に放置された鋏くらいである。
……銃器を所持する英二に対しては気休めにしかならないだろうが、それでも実際牙を向かれたら環はこの唯一の武器で対処するしかなかった。

(願わくば、対話で事が終わって欲しいものだけどね……っ)

キッと視線に覚悟を秘め、環は一つ深呼吸をした後英二の名を静かに呼んだ。
しかしどろりとした瞳でこちらを振り返る彼といざ見合おうとした時、環にとっては最悪の事態が起こる。
廊下から、いくつもの人間の足音が響いてきたのだ。
瞬間英二の視線は開けっ放しにされた職員室の入り口に釘付けになる、そしていきなりぶつぶつと何か呟き始めた彼の視野にもう環の姿は入っていない。
呟きの内容まで環が上手く捉えることは出来なかったが、良くない兆候ということだけは彼女にも理解できる。
このままでは……まずい。

「駄目! ここに来ないで!!」

腹の底からの、ありったけの声を環は張り上げた。
しかしそんな彼女の思いが届くことなく、むしろその叫びを聞いたからか足音達は喧しさを増して。

「大丈夫か?!」

開けっ放しであった職員室の扉、そこから現れた青年の声が室内にかけられる。
次の瞬間その青年に対し英二がベレッタの引き金を引く姿を環は呆然と見やるしかなかった。





「おわっ!」
「きゃああ?!」
「な、何よ!」

277広がる狂気:2007/05/15(火) 01:06:08 ID:aqb/.k2.0
人の悲鳴を聞きつけ駆けてきた彼等を迎え撃つ銃弾、慌てて来た道を高槻は後退した。
その拍子に後ろを走っていた久寿川ささらや沢渡真琴にぶつかってしまい、三人はドミノ倒しの如く一緒になって後ろに倒れる。

「いたた・・・・・・ちょっとパーマ、何すんのよぅ」
「それ所じゃねーっつの! お前等、こっちくんなよ!!」

追撃が来たら危ないと、二人を遠のけ高槻は一人職員室へと乗り込もうとした。
しかしちょっと覗きこんだと同時にまた発砲されてしまう、そこに高槻のつけいる隙間はなかった。

「大丈夫ですか?!」
「く、来るんじゃねーっつの!」

思わず尻餅をついてしまった高槻に向かって駆け寄ろうとするささらを片手で制し、彼は一瞬だけ見えた中の状況を思い起こした。
そして、その光景から判断した一つの見解を導き出す。

「まずい、人質が取られてるかもしれん」
「ほ、本当ですか」

ささらの問いと同時に、部屋の中から男女のものと思われる言い合いが漏れてきた。
それが仲間割れなのか、捕らえられている者が牙を向いているかは今の彼等には判断はつかない。
事は急ぐかもしれなかった、しかしここで慌ててしまっても仕方ない。
そんな二つの感情に挟まれながらも、高槻は万が一職員室の中から人が飛び出してこないかを警戒しながら覚えている限りの中の様子を口にした。

「……立ってる人間が二人、あとつっぷしたまま動いてないのが二人か三人か」
「まさか、死んでたりする?」
「分かんねーよ」
「血とかそういうのは?」
「一瞬だったし判断できなかった」

278広がる狂気:2007/05/15(火) 01:06:31 ID:aqb/.k2.0
くしゃっと前髪を握る高槻。突然の事態に彼自身パニックになりかけているという所に、真琴は高槻の心情を知らずかストレートに疑問を矢継ぎ早に口にしていく。
真琴の求める解答を出せないことで高槻の中でも飲み込めない状況に苛立ちが沸いてきたが、やはりそれが彼女に伝わることはない。

「もう、使えないわね」
「んだと?!」

煽られるような発言を受け思わず大きな声を出す高槻、だがそこは次の瞬間口元に人差し指をあてたささらが二人を牽制しにかかった。

「あまり目立つことをするのは得策ではありません」
「わ、悪りぃ」
「ごめんなさい……」

項垂れる高槻と真琴の様子を確認した後、改めて今度はささらが高槻への疑問を口にした。

「高槻さん、立っている人はお二人、でしたか?」
「ああ」
「性別は分かります?」
「男と女一人ずつ、男が銃をぶっ放した方だ。ああ、女の方はお前と同じ制服を着てた気がする。
 ぶっ倒れてんのも女っていうかガキだったな。むー……女の方も仲間だった場合まずいな」

ちらちらと室内の様子を窺う高槻とささらの間には、まだ少し距離がある。
来るなといった高槻の言葉を守っているささら、会話はその一定の間隔を置いたまま続けられていた。

「さっきの悲鳴、女の声だったじゃない。ささらと同じ制服の人は味方じゃないの?」

一人置いていかれる形になった真琴が慌てて話に混ざろうと口を挟む、しかし高槻が答える前に隣のささらが小さく首を振った。

「……それは、今倒れていらっしゃる方の悲鳴かもしれませんから」
「成る程、そういう見方もできるか」
「そ、それじゃあどうするのよ」
「やるしかないだろ!」

279広がる狂気:2007/05/15(火) 01:06:55 ID:aqb/.k2.0
思わず上がる真琴の情けない声に対する結論を投げつけ、高槻は先ほど入手したコルトガバメントを構え直した。

「お前等、危ないから絶対こっち来んなよ!」

校舎の壁に埋め込まれた弾丸。
部屋の中の人間の装備が銃器であることから、貧弱な装備で勝てるような相手ではないことは否が応でも認識するしかない。
また、岸田を相手にした時のトリッキーさも通用しない。
既に、相手はこちらに敵意を形を持ってぶつけてきているのだ、明らかなそれの厄介さに高槻も自然と舌を打つ。
好戦的な相手を黙らせるには、こちらもそれに対抗する術を持って向かい合わなければいけなくなったということ。
高槻は二人を庇うよう自分だけ前進を図ろうとした、しかしそんな彼の行く手を阻むようささらが駆けて回り込む。

「待ってください!」

芯の通ったしっかりとした響きを含むそれは、高槻へとぶつけられた言葉。
ちょっとした気迫にさすがの彼も押し黙る、一呼吸を置いた後ささらは目元に力を込めるかのごとく、表情を整え言い放った。

「私と同じ制服ということは、知り合いの可能性もあるんです。もしこちらに敵対してこようとも、説得をしてみる価値があるのではないでしょうか」
「……だから、何だ」
「協力させてください、後ろで隠れているだけなんてもう嫌です」

ぎゅっと握りこむささらの手の中には、先ほど岸田洋一に襲われた際彼が落としていったカッターナイフあった。
ささらは手にするそれを今一度力強く握り締め、覚悟を声に表し出す。

「さっきは、高槻さんのおかげで無傷でいることができました。でも今度は違います、高槻さんに何かあったら後悔しきれません! ですからお一人だけで戦おうとしないでください」
「久寿川……」
「足手まといだということは百も承知です、ですがそれでもサポートくらいならやってみせますから」

言いながら、ささらは少しずつ高槻との距離を縮めていった。高槻もそれを止めようとしない。
二人の距離がどんどん近くなり、ついに手を伸ばせば届く頃になった時。
ささらは静かに彼のごつい手の平を、自身のそれで包み込んだ。

280広がる狂気:2007/05/15(火) 01:07:18 ID:aqb/.k2.0
「何でも一人で、なさろうとしないでください」

強い語気が、一瞬幼さを含んだものになる。
見つめ合うささらの瞳に混じるもの、決意の固さの裏には事に対する不安が垣間見れ高槻は言葉を失った。
このような形で他人にここまで心配されることなどない生活を送り続けていた高槻にとって、それは新鮮そのものだった。
ささらの持つ不安というのが、高槻自身を失ってしまうかもしれないということに対する恐怖なのだということ。
そんな風に思われることはとてもくすぐったく、そして、温かさに満ちていた。
熱く火照りだす頬が気恥ずかしく、思わず高槻は顔を逸らした。手は、まだささらに握られたままである。
柔らかいそれがささらの存在感を実証しているようで、尚更胸の奥を掻き立てた。

「ま、真琴だって! 真琴だって何かしたいわよう」

いつの間にか横に並んでいた真琴も、二人の間に割って入る。

「うー、そりゃ直接的な戦力になれるなんて思ってないけど……でも、真琴だって安全な所にいるだけなんてイヤよっ!」
「沢渡さん……」

子供染みた言葉だが、それでも真琴は必死に自分の思いを伝えていた。

「ははっ、その気持ちだけで充分だって」

ささらに手を取られていない左手を使って、高槻はちょっと乱暴気味に真琴の頭を撫でた。
「何するのよう〜」という反抗の声が上がるが、それすらも高槻は微笑ましく思えていた。
そして改めて二人を見やる彼の目に、彼女等は「守られるだけのお荷物」としては映っていなかった。

「それじゃ、後方支援を頼む。久寿川は後ろからあっち側にいる女が知り合いかどうかを見極めてくれ。
 その間男の方は俺が引き付ける、もし知ってるヤツだったら声かけでも何でもして注意を引き付けてくれればありがたい」
「真琴は?」
「もし女が襲ってきた場合、俺は久寿川を守りに行けるかどうか分からねぇ。お前は久寿川の護衛だ」
「分かった。ささら、安心して真琴に背中を預けてね!」
「いや、背後から襲われたとしたらそれは新手だろ……」

281広がる狂気:2007/05/15(火) 01:07:43 ID:aqb/.k2.0
そこで改めて、高槻達はお互いの装備を確認した。
ささらの持ち物は今だ用途の分からないスイッチに岸田の落としていったカッターナイフとトンカチ、それに電動釘打ち機から彼を守った小説本などだった。
一方真琴の鞄には、スコップや懐中電灯といった雑貨と食料が大量に詰め込まれている。

「おいガキ、これは寺に置いてきて良かったんじゃないのか?」
「何よう、大事な真琴の荷物だもん」
「……勝手にしろ。で、あとは久寿川か。ふむ、万が一あっちが接近してきたらまずいだろうし、これはお前が持っとけ」

そう言って高槻が差し出したのは、真琴に支給された日本刀であった。

「え、でもそれでは高槻さんが・・・・・・」
「ああ、代わりにトンカチでも貸してもらえたら構わない。
 第一コレがあるからな、刀みたいなでっかいもんと両方構えるにもつらいもんがある」

そう言ってコルトガバメントの残弾を確認すると、一発分だけ隙間が見え慌てて高槻はその分を補充した。
いざという時に弾が足りなくなっては危ない、万全を期さなければいけないという状況に改めて緊張感が走る。

「よし、じゃあ準備はいいか?」
「はい」
「完璧よ!」

高槻の声かけに、ささらも真琴もしっかりとした意思を返してくる。
気合は充分だ、後は悔いを残さず事を終わらせるのみである。

「頼りにしてるからな。ただ、無理はするんじゃないぞ。危なくなったらさっさと引っ込め」
「……はい」
「大丈夫よう」

確認は、以上である。
それでは進軍開始、そういった空気になるが……ふと、高槻は生み出た疑問を口にした。

282広がる狂気:2007/05/15(火) 01:08:06 ID:aqb/.k2.0
「あれ? そういえば、ポテトは……」





「ちょっと緒方さん、止めてくださいっ」

環の言葉に英二が反応することはない。ただ彼は前方、来襲者の現れた場所を見つめていた。
人が消えた気配はない、まだすぐ傍に隠れているのだろうということは環にも伝わっていた。
あまりのタイミングの悪さに頭痛が止まらなくなる、環は自らの頭に手をやりながら現状への対応を模索し続けていた。

……今の英二の攻撃で、相手が怯んで逃げてくれたのならば。それならそれで事は済んでいた。
しかし気配が消えていないことから、あちらもこちらの出方を窺っているのであろうことは簡単に想像つく。
幸い英二は自分から仕掛けるために教室を後にするような行為に出ることはなく、自分の立ち位置を変えぬまま構えたベレッタを真っ直ぐ職員室の入り口に向け佇んでいるだけだった。

これは、環にとってはチャンスかもしれなかった。
英二が侵入者に気を取られているうちに環自ら手を下す機会ができたという考え方もできるのだ、観鈴に祐一、守らなければいけない命のために彼女も手を汚す覚悟というのはできている。

(ふふ……本当は、朝まで一緒にいるってだけの約束だったのにね)

何故このようなことになったのだろうか、優先順位を間違えてはいないだろうかという疑問は環の中でも勿論ある。
それこそ、こうしている間にも先ほど英二に肩を撃たれてしまった弟分には危険がせまっているかもしれないのだ。

(仕方ないけどね、性分ですもの)

目の前に庇護する対象の者がいたとしたら放っておくことなどできる訳がない、それが環の答えである。
先ほどは邪魔が入り会話すらままならなかった、だが次に侵入者が現れるまで時間もある訳ではない。
悩む暇はない、環は鋏を握る手に力を込め、英二の下へと一歩踏み出した……の、だが。

283広がる狂気:2007/05/15(火) 01:08:35 ID:aqb/.k2.0
「ぴっこり」

またしても環のそれは、絶妙なタイミングで削がれてしまうのだった。
……白いモコモコしたわたあめのような生き物が、何故か今環の足元にて「おすわり」をしていた。
例えるならば某国民的アニメに登場するマスコットキャラクターだろうか、出しっぱなしの舌が愛らしい。

「ぴこ〜」

しかしいきなり披露された、謎の踊りのようなものは気持ちが悪いだけだった。
何が起こったか理解していない環の前、生物はしっぽ・・・・・・らしきものを、勢いよく振り続けていた。
いつの間にか職員室への侵入を成功させていたポテト。ベレッタを構える英二の視界には収まらなかったのか、今も英二はこちらの様子に気づいていないようである。

「ぴこ」

もう一度、ポテトが鳴く。その生き物が自分に愛想を振りまいているのだと、環が気づくことはない。
とにかくいきなり現れたそれに対し、どのような処置を取ればいいのか環には全く思いつかなかったのだ。
いや、思いつく暇もなかったといった方が正しいのかもしれない。

「ポテトォォ!!」

裂けんばかりの大声と共に銃を向けられているという事実を環が認識できたのは、纏った白衣をひらつかせながら先ほど侵入を図ろうとした人物が再びこちら側に顔を覗かせたからだった。
そして、それが開始の合図になる。
戦闘開始、飛び出した男に英二は容赦なく牙を向いた。

284広がる狂気:2007/05/15(火) 01:08:56 ID:aqb/.k2.0




一方朝霧麻亜子を見送る形になった河野貴明と観月マナは、再び校舎に戻っていた。
英二に撃たれた貴明の左肩を治療するためである、幸い銃弾が中に残ってはいないようで医療の知識の無い二人にもそれだけは運が良いとしか言いようがなかった。
まず校舎の見取り図で確認し、一階に所在する保健室の表記を見つけた二人は一目散にそこへと向かった。
幸い途中で誰かとすれ違うこともなく無事に辿り着くことはでき、手当ても簡単ではあるがきちんと行えた。

「これからどうするのよ」

余った包帯やちょっとした傷薬を自分の鞄にしまいながら、マナは手当てが終わり学ランを羽織直している最中の貴明に向かって問いた。
明確な展望などが築けない状態であるマナは、正直これから何をすれば分からないといった思いの方が強いのだろう。
麻亜子に脅されたこともあり、彼と別行動を取るなんていう選択肢もマナの中には無かった。
だから彼女は、こうして自分達の進むべき道を貴明に託した。

マナの言葉を受けた貴明は、何か考えがあるのかそのまま暫く押し黙っていた。
沈黙は場の緊張感を迫り上げるだけである、その感覚がつらく何でもいいから口をきいて欲しいとマナが思った所で、貴明はやっと口を開く。

「戻りたい」

ぼそっと。その漏れた呟きの意味を、マナが噛み砕くのにまた少し間が空く。

「戻るって……さっきの、あの場所に?」

信じられないといったマナの疑問に対し、貴明は小さく、だが確かに頷いた。
顔を上げマナと目を合わせた貴明の雰囲気にはどこかしっかりとした頼もしさが付加されていて、それがマナの心にさらに強い動揺を走らせる。
決意を秘めた貴明の瞳、言葉を失うマナを他所に彼はそのまま話を続けた。

285広がる狂気:2007/05/15(火) 01:09:17 ID:aqb/.k2.0
「やっぱりほっとけない、タマ姉を一人にするわけにはいかないんだ」
「そ、そう……」
「君はいいから、危ないし。俺一人で行く」

……正直、そう言われてマナは少しほっとしていた。
命を失う可能性のある現場を生で見てしまったということ、そして麻亜子からあのような脅しを受けたこともありマナはこの現実に対し確かな恐怖を植え付けられていた。
自分の置かれた『バトルロワイアル』という一種の舞台に対し、怖気づいていた。
かと言って後ろめたさが隠せる訳でもない、自分だけ安全な場所にいて貴明だけを戦地に向かわせるというモラル的観念で見た場合のちょっとした重圧が、マナの背にずしんと圧し掛かる。
どうしたものかとちらちらと貴明を横目で見るマナ、そんな視線を受け貴明はゆっくりとまた口を開いた。

「大切な、人なんだ」
「え……」

真っ直ぐな眼差しはマナを捕らえているわけではない。視線を上げた貴明が何を見据えているか、マナには伝わらなかった。
しかしそんなこと気にも止めることなく、貴明はそのままぼそぼそと語り始める。

「俺にとってなくてはならない存在で、絶対に失いたくない人で。
 こんな所でタマ姉を失くす訳にはいかないんだ、それで後になって後悔するだけなんて……俺には、耐えられない」

貴明の右手、握りこんだ手の指の色は真っ白であった。
それくらい力を込めていたのだろう。その肩は小さく振るえ、隠せない憤りは少し離れたマナにも伝わる。

少年の思いは一途であり、純粋であった。
ただただ、あの場にいた彼女の安否を祈るその姿。真剣な表情が頑なな自我を表している。

マナは他者に対してそこまで固執することのできる彼のことが、羨ましく思えて堪らなくなってきたようだった。
自らの危険をかえりみず、それこそ撃ちぬかれたその肩で何ができるかも分からないというのに貴明に怯んだ様子は全く見えない。
それでも大切な人を守るため、殺させないために覚悟を決めた少年はマナからしてとても眩しい存在に見えた。

「あたしもね……お姉ちゃんと、参加させられたのよ」

286広がる狂気:2007/05/15(火) 01:09:45 ID:aqb/.k2.0
マナの言葉は、自然と口から漏れでたものだった。
貴明との絡み合った視線はそのまま、マナは彼の瞳を見つめながら台詞を紡ぐ。

「お姉ちゃんって言っても従姉だったんだけどね。大好きだった、あたしにとって自慢のお姉ちゃんだった。
 でもね、そのお姉ちゃん……一回目の放送で、呼ばれちゃったのよ」

沈黙が生まれる。
哀れむような彼の視線を注がれるが、マナは頭をってそれを振り払った。
そしてマナは最高の笑顔を作り、この島に来て以来浮かべたことのなかったそれを貴明に向けた。

「良かったね、あんたのお姉ちゃんは無事で」

未来があるということ、マナは由綺と再会することは出来なかったが貴明は違う。
そう、居場所も分からずそれこそ死に目にも会えなかったマナと貴明は違うのだ。
貴明の守れる未来は、目の前にある。
一度大きく深呼吸し、マナは自分のデイバッグをしょい直すと一足早く保健室の外に踏み出した。

「行くわよ、こうしている間にもその人は危険にさらされてるんだから」
「え?」

呆けた声、今だぽかんとしたままである貴明に蔑んだような視線を送りながらマナは続ける。

「何ぼーっとしてんのよ、ほら。さっさと戻るって言ってるの」
「え、でも……いいの?」
「いいに決まってるじゃない!」

きっぱりと言い放つマナ目には、揺ぎない光が灯っていた。

「べ、別にあんたのためじゃないわよ。確かに、あそこにいる人達をほっとくわけにもいかなっていう……そういう理由なんだからね!」

287広がる狂気:2007/05/15(火) 01:10:07 ID:aqb/.k2.0
そしてその直後、まるで付け加えるかのごとく言い訳めいたことを口にするマナの頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
そのまま背を向け「先に行くわよ」と呟き駆け出していったことから照れ隠しなのだろう、貴明もそこでやっと置いていかれまいと動き出した。
遠ざかりそうになるマナの背中に慌てて駆け寄ってきた貴明が追いつき、二人は無言で走り出した。
先導するマナの横顔に、迷いはない。
もう彼女の中には、逃げだすという選択肢はなかった。





その頃職員室では、飛び込んで来た高槻と英二による攻防が繰り広げられていた。
鳴り響く銃声は英二の放つものだけではない、名も知らぬ侵入者がいきなり好戦的になった様子に環は愕然となった。
……確かにこの状況証拠だけでは、あちら側の人間が環や英二を「敵」だと認識しても仕方はないのかもしれない。
そこは環も割り切るしかない、最悪英二が倒れてしまってもという覚悟はある。
しかし床には、まだ気絶させられたまま放置され続けている祐一が、あの時のまま転がっているのだ。
このまま撃ち合いが盛んになった際、流れ弾が祐一に当たらない可能性なんて否定できるはずもなく。
環は何としても、彼を助けなければいけなかった。

先ほどまではきちんと整列して綺麗な並びになっていた教員達の机や椅子らは、既にあの二人によって乱雑に組みかえられている。
職員室というフィールドをフルに使って攻撃し合う彼等から身を隠すように、環もしゃがみ込んで場を窺っていた。
幸い二人とも、今の所はは当てずっぽうに撃ちあうだけの弾の無駄遣いのようなことはしていない。
お互いの隙をつくように一定の距離を取る高槻と英二、環はちょうど構える二人の真ん中辺りの場所にいた。
……下手に動けば的になる状況、右方には英二、そして左方には高槻と挟まれた形で身動きの上手く取れない現状は彼女を焦らせる原因にもなる。

下手に動いてこちらに意識を向けられたら堪らない、しかし祐一の身は確保せねばならない。
握る鋏に力を込めながら、環が悩んでいる時だった。

「向坂さん!」

288広がる狂気:2007/05/15(火) 01:10:28 ID:aqb/.k2.0
聞き覚えのある声が背中にかけられ、思わず環は入り口の方へと目を向けた。
見覚えのあるプラチナウエーブの髪、環と同年代の少女がそこから顔を覗かせ声を張り上げる。

「向坂さん何故です、何故あなたのような人が……っ」
「久寿川さん……?! え、な、何を言っているの!」

まさかの再会、予想だにはできなかったがお互いが無事であるというそれは環にとっては吉報のはずであった。
しかし破顔しかけた環に向けられるのは、明らかに含まれた動揺と困惑が表立っているささらの嬌声であり。

環は気づいていない、先ほどの白い小さな獣……ポテトが今だ彼女の足元に座っているということを。
そして、場を睨んでいた環の手にはしっかりと鋏が握られていた。
その鋏の切っ先は、見ようによってはポテトに向けられているものにも見える。
だがそんな自覚は環には全くないのだ、今、この瞬間でさえ。

「向坂さん止めてください、あなたはこんな殺し合いに乗るような人ではないはずですっ」

いきなりの誤解に戸惑うもののささらが何に対して苦言を零しているのか、やはり環には伝わっていなかった。
何と答えればいいのか言葉を詰まらせる環、しかし次の瞬間飛んできたのは思いがけない衝撃だった。

「ごちゃごちゃ五月蝿えんだよ、ポテトを離せっ!!!」

わき腹に走る突然の痛み、次の瞬間床に叩きつけられた衝撃も右半身を襲ってきて、環は思わず呻き声を上げた。
投げ出された体は転がって、入り口の方……それこそささら達の近くへと放られる。
突然の事に即座に対応できないものの、焦る気持ちを抑えた環は痛みで閉じていた瞳を無理矢理こじ開け周囲の状況を確認した。
ぼんやりとした環の視界に映し出されるのは、こちらに駆け寄ろうとするささらの腰にしがみつき、小さな少女が必死に彼女を抑えている様子だった。
振り返る、隠れていた場所から環を蹴りだした張本人である来襲者は、ポテトを抱き上げ環に対し睨みを効かせていた。

ささらに気をとられていたことで周囲に対する警戒が疎かになってしまったという結論が、環の中の疑問を打ち消す。
一瞬でも軽視することになってしまった高槻の存在、無様な自身に環は腹が立って仕方なかった。

289広がる狂気:2007/05/15(火) 01:11:00 ID:aqb/.k2.0
追撃を恐れ、床に打ち付けられたことにより軋む肩を庇いながらも痛む体をゆっくりと起こす環、目線は高槻へと固定されている。
背後になってしまったささらの様子を顧みる余裕を持てる訳もなく、環は抱き上げたポテトを乱暴に部屋の隅へと投げ捨てた高槻と睨み合った。
高槻の瞳には、明らかに敵意が込められていた。何故自分がこの男の反感を買わねばならないのかと、不条理な現状に環は悔しさを隠せなかい。
しかし、その憤りが環の口から吐かれることは無かった。

「……環君。君、敵側の人間としゃべっていたね」

絶対零度、それは男の湛える瞳の温度と同じくらい冷ややかな台詞だった。
はっとなる、もう一人軽視してしまった男の存在に緊張感が走り抜け、環はそのまま身動きが取れなくなった。
そう、環の背後にはささら達の他にももう一人外せない人物がいたということ。
それもこの中では一番危険に当たる輩が、今、環の真後ろに立っていた。

「環君環君、君は僕の仲間だろう、そうじゃないのかい?」

英二の問いかけに対し自然と鳴り出すガチガチといった雑音、環の歯が奏でるそれは押し付けられた恐怖に体が反応している証拠だった。
言葉のとおり次の瞬間ぐっと後頭部に硬い金属を押し付けられ、環の鼓動のスピードは跳ね上がる一方となる。
虚ろな瞳を湛える英二の視線の先、ヘビに睨まれたカエル状態の環はただただ彼の出方を窺っていた。
高槻も、ささらも、真琴も。いつしかただの外野になってしまった彼等も、この男の不気味さに圧倒されただ呆然と事を見るしかできなくなっていた。

「……そうか、分かった」

そして一人、場の中心にいた英二がついに結論を出す。
見開かれた瞳は確かに環を捉えていた、その濁った雰囲気の放つプレッシャーは計り知れないものとなる。

「君はスパイだったのか気づかなかったよ、そうだ君だ君の手筈で芽衣ちゃんも死んだのかそうなのか!!
 やっと分かった君だ、君が元凶か君が君が!!」

どんどん荒くなっていく語気に、その邪悪な呪詛に環の中で改めて恐怖が膨らんだ瞬間。
銃声が、また、鳴り響いた。

290広がる狂気:2007/05/15(火) 01:11:20 ID:aqb/.k2.0
それは、環にとって今までで一番大きく聞こえたものかもしれない。
それと同時に体から一瞬で力が抜けていく、再び床の固い感触が上半身に響くが環はそれを自覚できなかった。
肩の、わき腹の痛みなんて目じゃない。悲鳴を上げた痛覚だけが自分が存在している証とも思えるくらい、意識が希薄になっていく。

「タマ姉えぇぇーー!!!」

ふと、大好きなあの子の声が聞こえたような錯覚を環は受けた。
どこか遠くで聞こえるそれを感じると共に、環は意識を手放すのだった。





崩れゆく体は、まるでスローモーションだった。
再び訪れた職員室、その手前でささらという日常の中の知人に出会えた喜びが膨れ上がったのも束の間。
それは貴明が、ちょうど教室を覗き込んだタイミングだった。大切な、大切な彼女の鮮血が一帯に舞っていく

「タマ姉えぇぇーー!!!」

何かを考えるよりも速く、口が動いていた。
悲鳴。撃たれた肩の痛みなど吹っ飛んでいた、駆け出そうとするが片腕を捕られ前に進めなくなる。

「落ち着いてっ、下手したらあんたも撃たれるわよ?!」

だが、落ち着いてなんていられなかった。
こうしている間にも環の着用していたピンクのセーラーはどんどん赤く染まっていく、そんな様子を見るだけなんて耐えられない。
そんな中、けたけたと笑い続ける男の声が耳障りだった。
とても愉快そうに、楽しそうに。男は笑っていた。
芽衣ちゃんやったぞ、君の敵はとったぞ。そんな台詞が貴明の耳を右から左へと通り抜けていく。
瞬間貴明の中を走り抜けたのは、限界を通り越した怒りと彼女を助けられなかった自分に対する情けなさだった。
ほら、こうしている今も。少女に腕を掴まれただけで、進行を止めている。
そんな自分が、非常に嫌になった。

291広がる狂気:2007/05/15(火) 01:11:42 ID:aqb/.k2.0
『それがお前の限界なんだ』

声は、内側から響いていた。

『結局タマ姉助けられなかったなぁ、何でだろうな? あの女なんか無視して、中に入り込んでたら間に合ってたかもな』

――横目で、あまりの出来事に顔を覆って泣き出しているささらを見やる。

『肩撃たれちまったのは仕方ない。だけどな、その原因は何だ? 誰と合流したせいで、お前はそんな目にあったんだ?』

――脳裏に、スク水姿の麻亜子が浮かぶ。

『いやぁ、そもそも変に誰かと連るまないで、真っ先にここに来てたらさぁ……なーんにも問題なかったと、思わないか?』

――今も尚自分の腕を掴んだままの、マナを見やる。

『本当に大切なモノをお前は見間違えた、女従えて楽しんでる暇なんかなかったはずだぞ』

――別に、そんなことしていた訳ではない。楽しんでもいない。

『けど、それでタマ姉を守れなかったんだ……お前は、優先順位を、見誤った』

――……確かに、そうかもしれない。

現に環を守れなかったという事実は目の前にあり、それは自分の責任であると貴明は思っていた。
非常に重い闇が心を包んでいくのを実感する、いつしか視界さえもが黒に統一されていた。
その中でただ声だけが響き渡る、果たしてそれが誰なのか貴明には考える余力もなかった。

『絶望、したか?』

292広がる狂気:2007/05/15(火) 01:12:05 ID:aqb/.k2.0
――絶望した、この全く望んでいなかった展開に対し。
――絶望した。結局何もできなかった……いや、「しなかった」自分の存在に対し。

『力が、欲しいか?』

――欲しい、現状を変える力が。
――欲しい。どうすれば大切な、大切な存在を守れるのか。

その答えを、貴明は心の底から求めた。

待ち続けるが『声』は一向に返って来ない、しかし自分の中で新しい『感覚』が生まれ出ていることを貴明は何となく実感していた。
『感覚』が啄ばんでいく領域は次第に大きくなっていき、貴明の内部と混ざり合いながら浸透していく。
融合という言葉が貴明の脳裏を掠る、多分それがぴったり合うというくらい違和感というものは特になかった。

そんな中で新たに産み落とされたのは、目的を達成するために必要な強い意思だった。
次第に明確になっていくそれは、まるで貴明自身を導くように。
ゆっくりと、彼の中を満たしていくのだった





目を開ける、その間が数秒にも満たない現象であることは隣から聞こえてくるささらのものであろう悲鳴で貴明も理解することができた。
息を飲んでいるマナの気配も何となく伝わる、しかしそれに対し何かしようなどという思いは貴明の中で全く沸くことはなかった。
笑い声を上げ続ける男の向こう、呆然と立ち尽くしている男がいるが気に留める必要はないと貴明は即座に判断した。
そのまま、環が撃たれたという現状に対し慌てふためく周りの状況を一切無視し、貴明は手にしていたレミントンを迷うことなく身構える。

293広がる狂気:2007/05/15(火) 01:12:29 ID:aqb/.k2.0
……銃を持つということ、それを人に対し向けるということ。
貴明のような普通の少年が銃器を扱う機会などない、それこそ支給品として与えられても扱っていいかという迷いの方が出たくらいだった。
まして、貴明は争いごとを好まない性格である。それこそ人に対して銃を向けるこの行為ですら、「貴明」は胸を痛ませたであろう。

でもそれは、一瞬前の彼に当てはまることである。今の『貴明』ではない。
真っ直ぐ向けた銃身の先、今もまだ笑い続けている男を狙う貴明の目に迷いはない。
意図に気づいたマナがはっとなる、しかしもう遅い。何もかも遅い。

響き渡る銃声二発、止まる笑い声。
呆然。高槻も、ささらも、マナも、真琴も、皆。
一様に信じられないと言った視線を、赤い水溜まりを作り出す英二に向けていた。

「もっと早くこうしていれば、タマ姉は死なずにすんだのにな」

独り言、しかし聞こえてしまったのだろうかマナが貴明に目線を向けてくる。
貴明はそれを無視して、レミントンの反動で痺れる腕の感覚と、何物にも変えられない達成感に身を支配させるのだった。
……そして、妙な疲労感が彼の全身を包んでいき、銃を撃った反動だろうかは分からないが肩の痛みが再来してたことから貴明もそのまま気を失うのであった。
彼の表情には、事をやり遂げたという満足げな笑みが浮かんでいた。

こうして残された者にとってはどうすることも出来ないような状態を残し、事はあっさりと終息した。

294広がる狂気:2007/05/15(火) 01:13:02 ID:aqb/.k2.0
【時間:2日目午前2:30】
【場所:D-06鎌石中学校職員室】

河野貴明
【所持品:Remington M870(残弾数2/4)、ささらサイズのスクール水着、予備弾×24、ほか支給品一式】
【状態:気絶・狂気の存在が表に出る・このみを守る・左肩を撃たれている(治療済み)】

観月マナ
【所持品:ワルサー P38・包帯や傷薬など・支給品一式】
【状態:呆然】

高槻
【所持品:コルトガバメント(装弾数:7/7)、ガバメントの予備弾(12発)、カッターナイフ、食料以外の支給品一式】
【状況:呆然】

久寿川ささら
【所持品:日本刀、トンカチ、スイッチ(未だ詳細不明)、ほか支給品一式】
【状態:呆然】

沢渡真琴
【所持品:、スコップ、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
【状態:呆然】

相沢祐一
【持ち物:レミントン(M700)装弾数(4/5)・予備弾丸(15/15)支給品一式】
【状態:気絶、体のあちこちに痛み(だいぶマシになっている)、】

神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(8/8)フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:麻亜子に撃たれる。急所は外れている】

向坂環 死亡

緒方英二  死亡


【備考】
環の持ち物(鋏・支給品一式)は遺体傍に放置
英二の持ち物(ベレッタM92(0/15)・予備の弾丸(15発)・支給品一式)は遺体傍に放置
由依の荷物(下記参照)と芽衣の荷物は職員室内に置きっぱなし
   (鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)
    カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)
    荷物一式、破けた由依の制服

(関連458・469)(Jルート)

295Mad Dog:2007/05/15(火) 21:59:24 ID:aA5eec.E0
家の中からでも察知出来る程の殺気を放ちつつ接近してきた、謎の存在。
それは弛緩しきっていた高槻の意識を、再び引き締めるのに十分であった。
小牧郁乃を残して寝室から飛び出した高槻は、廊下で湯浅皐月と鉢合わせになった。
「湯浅、気付いてるかっ!?」
「ったりまえじゃん!」
皐月も高槻と同じく異変に気付いているようで、その手にはもうH&K PSG-1が握り締められている。
そして高槻達が現場に着くのとほぼ同時、派手な音と共に玄関の扉が蹴り破られた。
開け放たれた玄関、広がる闇。その先に、禍々しい殺気を放つ巨大なゴリラ状の男が立っていた。
「ファーーーーッハッハッハッハ!! 見つけたぞ、湯浅皐月!」
重く低い耳障りな濁声が、家中に響き渡る。

「あ、あんたは醍醐!?」
招かねざる乱入者――醍醐の姿を認めた皐月が、驚きの声を漏らした。
一人事態を飲み込めない高槻は、コルトガバメントを構えたまま皐月に語り掛ける。
「おい、コイツの事を知ってんのか?」
「うん、宗一から写真を見せて貰った事がある。この男は『狂犬』醍醐、戦闘狂の傭兵隊長よ。
 その実力は、数多い傭兵の中でも間違いなくトップクラスだって聞いた……」
言われて高槻は、眼前に立ち塞がる大男を凝視した。
ビリビリと肌にまで伝わってくる痺れるような殺気、一分の隙も見られぬ佇まい。
岸田洋一すらも上回る圧倒的な死の気配を放つこの男は、確かに尋常な敵では無いだろう。
しかし高槻には一つ、腑に落ちない事があった。
「だけど、どうなってんだ? 醍醐って奴はもうとっくの昔に死んだ筈じゃねえか」
そう、醍醐という名前は確かに第一回放送で呼ばれていた。
最早この世にはいない筈の男が何故、今頃になって自分達の前に現れるのだ?

296Mad Dog:2007/05/15(火) 22:00:49 ID:aA5eec.E0

高槻達の疑問を見て取った醍醐が、心底愉しげに口元を歪める。
「フッフッフッ……愚か者共が。こんな遊戯に放り込まれた所で、俺や総帥がそう簡単に死ぬ訳が無いだろう」
「何だと……?」
「おおっと――余計なお喋りが過ぎたな。本題に入らせ貰うとするか」
訝しげな表情を浮かべる高槻達にはもう構わずに、醍醐は懐から長く太い棒を取り出した。
参加者に支給された物とは桁違いの性能を誇る特殊警棒――太さはペットボトル程もあり、頑強な特殊合金で出来ている。
ゴリラ並の怪力によって振るわれるそれは、大きな岩をも砕いてしまうだけの威力を秘めている。
続けて醍醐は無感情且つ機械的に、言葉を吐き捨てた。
「一度しか訊かぬ……湯浅皐月、貴様の持っている『青い石』を大人しく渡せ。
 そうすればこの場は見逃してやらんでも無いぞ」
勿論これは建前上の警告に過ぎない――ただ篁に命令されたから、言っているだけだ。
戦闘狂である醍醐からすれば、高槻達には警告など受け入れずに抵抗して欲しかった。
那須宗一への復讐を成し遂げる事も出来ず、これまでずっと傍観者の立場を強いられてきた鬱憤を、此処で晴らしたかった。


一方醍醐の言葉を受けた皐月は、大きく息を飲んでいた。
前回参加者の残した手帳にあった遺言――宝石は    をひらくも  んや、これが鍵になっとる。
主催者の用意したジョーカーである少年の言葉――僕も『計画』の鍵である宝石を手に入れるという使命があるからね。
ある怪物の側近を務めている男が、主催者の『計画の鍵』である青い宝石を欲しがっているという事は、もう結論は一つだ。
鋭い瞳で醍醐を睨みつけながら、高槻にしか聞こえぬよう小さな声でゆっくりと言葉を紡ぐ。
「高槻さん、よく聞いて……醍醐はきっと主催側の人間。そして主催者はアイツの主人……篁財閥総帥よ」
「な……に……?」
それで、間違いない筈だった。そう考えれば全ての辻褄が合うのだ。
世界トップクラスのエージェントである宗一やリサ=ヴィクセンを拉致するなど、並の人間には――否、人間には不可能だ。
しかし確実に人間を凌駕している存在が、このゲームには一人参加している。
皐月もその全貌を知っている訳では無いが、リサの言によれば篁は『神の如き強大な力を操る』らしい。
リサにそこまで言わせる程の存在ならば、何が出来ても不思議では無いだろう。

297Mad Dog:2007/05/15(火) 22:01:51 ID:aA5eec.E0
「何をヒソヒソと喋っている、早く答えを出さんかァァ!!」
これ以上は待ちきれぬ、といった様子で怒号を上げる醍醐。
流石狂犬と言われているだけの事はある――この男は、ただ戦闘がしたいだけなのだろう。
そして此処でこの男と戦う事によるメリットは一つ。上手く生け捕りに出来れば、主催者の情報を大量に引き出せる。
しかしそれを成し遂げるのは、恐らく困難を極める筈だ。
曲がりなりにも宗一と互角に近い勝負が出来る程の男、負傷している今の自分達ではとても勝ち目が無い。
「高槻さん、此処は……」
「ああ、今は無茶すべきじゃねえだろうな。避けれる戦いは避けた方が良いだろ」
皐月の意図を理解した高槻は、極めて冷静な口調でそう呟き、銃を下ろした。
すると醍醐が心底忌々しげに舌打ちし、大きく地団駄を踏んだ。
「クソッ、腰抜けが! ……まあ良い、宝石を寄越せ」
こめかみに浮き上がった血管、大きく見開かれた瞳。
傍目にも苛立っているのは明らかだが、それでも主人の命令に背けない醍醐は大人しく警棒を仕舞い込む。

――このまま行けば交渉は成立、とにもかくにも自分達は危機を回避出来る。
皐月がそう考えた瞬間だった。高槻がにやりと口元を吊り上げたのは。
「……だが断る。この高槻が最も好きな事の一つは、自分で強いと思ってる奴に『NO』と断ってやる事だッ!」
「何だとっ!?」
全てはフェイク――敵を騙すにはまず味方から。
完全に油断し切っていた醍醐が驚愕の声を上げたその時にはもう、高槻が銃を構え直していた。
満を持して、コルトガバメントから必殺の一撃が放たれる。
「ぐぉぉっ!」
銃弾は間違いなく、反応が遅れた醍醐の腹部を捉えていた。
しかし主催側の人間ならば当然、防弾チョッキくらい装備しているだろう。
故に一撃入れた後も、高槻は攻撃の手を緩めない。

298Mad Dog:2007/05/15(火) 22:02:54 ID:aA5eec.E0
間髪置かず醍醐の頭部に銃口を向けて、引き金を思い切り絞る。
防弾チョッキ越しとは言え銃弾を受けた直後である敵は、すぐには動けないように思えたが――
「……何だとっ!?」
今度は高槻が驚愕に表情を歪める番だった。
醍醐はまるで何事も無かったかのように身を横へ傾けて、あっさり銃弾を躱していたのだ。
鋼の筋肉で身を包む醍醐からすれば、多少の衝撃など蚊に刺された程度にしか感じない。
「抵抗するか……ならばこちらとしても武力行使に出ざるを得んな?」
瞳に愉悦の色を浮かべながらそう告げた後、醍醐は前方へと疾駆した。
「くっ――!?」
予想を遥かに上回る速度で、左右へと小刻みに跳ねる醍醐。
巨体に似合わぬ俊敏な動きで迫る敵に対して、高槻は落ち着いて照準を定められない。
一発、二発と引き金を引いてはみたものの、弾丸は虚しく空を切るばかりだった。
そのまま両者の距離は詰まってゆき、あっという間に手を伸ばせば届く距離となる。
「ぐをおおおおおおっ!!」
醍醐は猛獣の如き咆哮を上げながら、両手で握り締めた警棒を振り下ろす。
最早鉄槌と化したそれは、どう考えても受け止められるような代物では無い。
「くそったれ!」
限界ぎりぎりのタイミングで、高槻は真横にスライディングする。
直後、響く炸裂音、飛び散る木片――高槻の背後にあった大きなタンスが、粉々に砕け散っていた。

299Mad Dog:2007/05/15(火) 22:04:05 ID:aA5eec.E0
(ち……冗談じゃねえぞっ!)
高槻は体勢を立て直しながら、ようやく自分の選択が誤りだった事を悟っていた。
この男は、今までの敵とまるで桁が違う。
この男に勝つ為には、身体を全快近くまで回復させた上で、十分な装備を持って挑む必要がある。
多少不意を付いた所で、重傷の身に拳銃一つでどうにかなるような相手では無かった。
高槻が体勢を整えるとほぼ同時、醍醐による返しの一撃が眼下より迫る。
咄嗟の判断で床を蹴り飛ばし、後方へ飛び退こうとする高槻。
だが醍醐の狙いは――高槻本人ではなく、コルトガバメントの方だった。
「ぐあっ……!」
僅か1センチ程先端が掠っただけにも拘らず、コルトガバメントは宙を舞っていた。
高槻が自ら銃を手放したり、わざと緩く握っていたという訳ではない。
尋常でない怪力によって振るわれる警棒は、掠めるだけでも十分過ぎる程の衝撃を伝えてきたのだ。
武器を失い無防備となった高槻に対して、醍醐が大きく踏み込みながら警棒を振り上げる。
「ヤベ――――」
高槻の背に氷塊が落ちた。
この距離、このタイミング、避け切れない。
大きな家具ですら豆腐のように砕く一撃を受けてしまえば、間違いなく死ぬ。

「――そこまでよ!」
間一髪の所で制止の叫びが上がり、醍醐の動きがピクリと止まる。
高槻と醍醐が声のした方へ首を向けると、皐月がH&K PSG-1を構えていた。
「……傭兵なら知ってるでしょ。防弾チョッキじゃ、狙撃銃のライフル弾は防げない。
 死にたくなければ大人しく武器を捨てなさい!」
皐月の言葉通り、H&K PSG-1から放たれる7.62mm NATO弾は、高い貫通力と衝撃力を誇る。
直撃を受けてしまえば、たとえ防弾チョッキ越しであろうとも致命傷になりかねない。
だがしかし、醍醐は余裕たっぷりの笑みを浮かべて言い放った。
「ハッハッハァッ! それで脅しているつもりか? 知っているぞ……その銃は弾切れなのだろう?」
「ど、どうしてその事を……」
あっさりと看破されてしまい、皐月の心に絶望が広がってゆく。
――主催者側の人間である醍醐は、標的についての情報を随時入手している。
当然、皐月と折原浩平が交わした『H&K PSG-1の銃弾は切れている』という旨の会話も、知っているのだ。

300Mad Dog:2007/05/15(火) 22:05:52 ID:aA5eec.E0
「おら、余所見してんじゃねえぞっ!」
未だに後ろを向いたままの醍醐の背中目掛けて、高槻が殴りかかる。
だが醍醐は振り返りもせず、背後へと鋭い裏拳を放った。
「があぁぁっ!」
腹の奥にまで響く重い一撃を受け、高槻が床に転がり込む。
「馬鹿が。肉弾戦で俺に勝てると思ったか」
醍醐は高槻を一瞥すらせずにそう吐き捨てると、ぎろりと皐月を睨みつけた。
愉しげに笑いを噛み殺しながら、告げる。
「さて……次は貴様だ、湯浅皐月」

【時間:二日目・23:40】
【場所:C-4一軒家】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光4個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:戦慄、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
高槻
 【所持品:分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:悶絶中、全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすとかなりの痛みを伴う)】
 【目的:最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、支給品一式】
 【状態:寝室で待機】
ぴろ
 【状態:就寝中】
ポテト
 【状態:就寝中】

醍醐
【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、他不明】
【状態:健康、興奮】
【目的:青い宝石を奪還する、戦いを楽しむ】

【備考①:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、支給品×3(食料は一人分)は家に置いてあります。高槻達の翌日の行動は未定】
【備考②:コルトガバメント(装弾数:2/7)は地面に転がっています】

→830

301戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:28:23 ID:2oIWKPFI0
夜の闇も深い山中で、二人の女性が戦っている。
一人は神尾晴子。愛する我が子を守る為、生き残らせるが為に殺し合いに乗ってしまった女。
一人は来栖川綾香。裏切られ、挑発された屈辱に煽られ、怒りのままに乗ってしまった女。
動機こそ違えど二者が二者とも殺人鬼である事には違いない。しかし各々の目的のために戦い、思いを迸らせる姿は美しくもあり。
そう、それはまさに、殺人舞踏会と言えた。
     *     *     *
「さぁ、このまま一気に押し切るで!」
初手のトンカチ投げのお陰で上手い具合に綾香を郁未と分断し、一対一の状況へ持ち込ませた晴子は前進しつつ木の陰から綾香を銃撃していた。
我ながらに上出来な判断だった、と晴子は思った。
二対一で戦い続ければ自然と敗北するのはこの自分に他ならない。ならばこの深すぎる夜を利用し、二人を分断して各個撃破していくのが最上の戦法と言えよう。
幸運な事にそれは見事成功した。だが問題が一つある。
(速攻で決着をつけなアカン、という事やな…)
この眼前にいる来栖川綾香を一刻も早く撃破しないと天沢郁未に合流され挟撃される可能性がある。銃声でこちらの位置は大体把握されているのだ。合流されれば不利になるのは火を見るよりも明らかだ。
だからこそ、自分は少々危険を犯してでも綾香に攻撃を叩き込む必要があった。
「そこやっ!」
晴子の姿を確認しようとして気の陰からちらりと顔を覗かせた綾香にまた晴子の銃弾が飛ぶ。しかし綾香は驚くべき反射力でまたサッと身を隠し飛んできた銃弾から身を躱す。それどころか素早く反転し、反対の木の陰から2発射撃してきた。
息をもつかせぬ一連の流れにギリギリで反応できた晴子は思い切り身を捻り地面に倒れながらも全弾、回避することに成功した。
「くそっ、思ってたより動きがええな、あのガキ…」
晴子は知る由も無いが、来栖川綾香はエクストリームの王者。普段から鍛え抜かれたその体は同じ世代の女性の身体能力を遥かに上回る。もちろん晴子もその例外ではない。
にも関わらず一応互角の戦いに持ち込めていたのは綾香の本分とするところの肉弾戦ではなく銃撃戦になっているからだ。銃に関しては、流石の綾香も素人に過ぎない(最もそれは晴子も同じだが)。ここでも晴子は幸運だった。
もし晴子が肉弾戦を選んでいたならば一対一でも軍配は綾香に上がっていた事だろう。綾香にしてみれば、得意な接近戦に持ち込めないのは歯痒い以外の何者でもなかったが。
さて、ここからどう討って出るか。
木に背を預け座り込む形で隠れた晴子は次の一手を模索していた。
僅かな戦闘だが、十分に敵の動きは良い事が判明した。悔しいが、身体能力に関しては恐らく、自分よりも上だろう。

302戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:28:55 ID:2oIWKPFI0
銃の命中精度を上げるには近づくのが一番なのだが、身体能力が劣っている以上無闇に近づくと手痛い反撃を受ける恐れがある。
だからといって、このままずるずると戦いを続けていてはもう一人の敵が来る。もう時間的余裕は無い。
不意の一撃が必要なのだ。相手の思いも寄らないような、完璧な騙し討ちが。
考えるが、いいアイデアは浮かばない。元々あれこれ考えるのは晴子の性に合ってないのだ。
煮詰まった挙句に、晴子は最も単純な攻撃を仕掛けることにした。
「ええいくそ、もうどうにでもなってまえ!」
デイパックを盾代わりにしつつ気の陰から飛び出し撃ちを行う。こうなった以上、もう勢いだ。勢いで突き崩すしかない。
地面を蹴りながら綾香の隠れている木へと向けて走りつつ連続で発砲する。2発、3発…そこまで撃ったとき、視界の下の方からぬっ、と人影が姿を現す。しゃがんでいた来栖川綾香だった。
「飛び出してきてくれてどうもありがとう、オバサン」
下方からのボディブロー。突き上げられる拳が暴風の如き勢いで繰り出される。
それに気づき、何とかデイパックでガードしようとした晴子だったが、綾香の方が明らかに早かった。
まともに腹部にめり込んだ拳が、晴子の体をくの字に折り曲げる。続けて綾香は晴子の顔面に向けて回し蹴りを放った。
「ありがとう…やとぉ!? 調子乗るんもええかげんにせんかい、クソジャリがぁ!」
拳がめり込みはしたがその直前に腹筋に力を入れていたのである程度ダメージは軽減できた。今度の回し蹴りも早い。が、蹴りは拳に比べて隙も大きい――!
体勢を屈めて丸くなり、肩から肘を突き出して綾香の方へと体重を乗せて体当たりする。
「がぁ…!?」
肘を胸部に突きこまれた綾香が身体のバランスを失い、2、3歩後ろへと後退する。
「くっ…」
追撃を警戒し身構える綾香だが逆に晴子も数歩後退し、体勢を整え直していた。少なからず晴子にもダメージはあった。ボディへの攻撃は一撃必殺ではなく後々ダメージを及ぼす蓄積型のものだ。その点で結果的に大きいダメージを受けていたのは晴子だった。
それを即座に悟って無理に攻撃に行かなかった事に、綾香は多少なりとも感心していた。
「へぇ…意外とやるじゃない」
「はっ、そんな余裕かましてると後悔するでぇ?」
腹を押さえながらも手をちょいちょいと動かして挑発する晴子にも、綾香は動じない。
「お生憎様、これくらいの距離でも一秒もかからずに詰められる自信はあるわ。貴女が銃を構える間に薙ぎ倒すことだって出来るわよ?」
両者の距離は、およそ4メートル弱。確かに、この程度の距離だと綾香ならば一瞬で詰められるだろう。だが、綾香は一つ見落としをしていた。

303戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:29:16 ID:2oIWKPFI0
「そうかい、んじゃやってみるんやな!」
構わずVP70を持ち上げる晴子。
一瞬、正気かと綾香は思った。さっきの反応を鑑みるにこちらの方が早い事はもうとっくに気づいているはず。にも関わらず無謀な銃撃をしようというのか。
(さっきはいい判断だと思ったんだけど…ただの偶然だったようね…! 所詮その程度か)
拳を握り、構える前に顔面を殴ってやろうと突進する、が晴子の行動は違った。
「引っかかったなアホが!」
構えるのではなくアンダースロウの要領で晴子はVP70を投げつけたのだ! 速さと重量を兼ね備えた黒い塊が綾香目掛けて飛来する。
「何っ!?」
まったく予測していなかった攻撃に綾香は攻撃を避けられない。肩口にVP70が当たり、骨から神経系へと鈍痛が伝わっていく。
「痛ぁ…!」
痛みに耐えかねて思わず走る速度を緩めてしまう。それを晴子がむざむざ見逃す理由はない。
「どりゃあああああ!」
猛スピードからの飛び蹴りが、弓矢の如き勢いを持って綾香の身体へと向かう。当然、これも綾香は避けられなかった。
体重の乗った蹴りは綾香の身体を大きく吹き飛ばし、受身を取らせる暇もなくその体に土をつける。しかもその際に手に持っていたS&W M1076を手放してしまった(最も、さっきの銃撃戦でとっくに弾切れになっていたが)。
綾香にとっては2度目の屈辱だった。こんな普通の女にしてやられたのだから。すぐに跳ね起きて攻撃態勢へと戻る。その顔に、怒りと敬意の色を宿して。
「…やるわね、さっきのはかなり痛かったわ」
未だに痛みが残る肩に目線を走らせながら、既に落ちたVP70を拾っていた晴子を睨む。晴子にも油断はなかった。今度はしっかりとVP70を固定し、いつでも撃てる状態にしている。
僅かながらに形勢は逆転していた。綾香はダメージを受けた上、既にVP70を構えられているのだ。これでは再び接近するまでに確実に撃たれる。
防弾チョッキがあるものの過信はできない。頭や足にはチョッキの効果は及んでいないからだ。足ならまだマシだが、頭に当たればそれは即ち、死を意味する。
二人の距離は先程と同じく4メートル弱。綾香が手放してしまった弾切れのM1076はちょうど二人の中間に落ちている。
まだ綾香の手元にはトカレフがあるけれども、それはスカートのポケットの中。取り出そうとすればそれより先に晴子は撃ってくるに違いなかった。となれば、この不利な状況を何とか出来るのは一時の同盟を結んだあの女しかいないのだが…
(ちっ、あのアホは何モタついてんのよ!)

304戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:29:37 ID:2oIWKPFI0
天沢郁未。何故か姿を現さない彼女に綾香は苛立ちを募らせていた。思っているほど時間が経過していないのかとも思ったが、それにしても何もなさすぎる。あるいは、高みの見物とでもしゃれ込んでいるのか。
『互いが互いを利用しあう』関係なのだ。郁未からすれば綾香と晴子が潰し合ってくれるのは願ってもない話であろう。
もう少し協力関係を築いておくべきだったと今更ながらに思った。だが、後悔しても晴子が生きて逃がす訳ではない。それが証拠に――
「とどめや、行くでぇ!」
――躊躇いもなく、引き金を引いたからだ!
「まだよっ!」
横っ飛びに地面を蹴り、銃弾が発射される前に回避運動に入り、ポケットに手を突っ込む。これはまだ回避できる。しかし、次は無い。
相手に余裕の無い事を知っている晴子は無駄撃ちはせず冷静に標準を切り替えて飛んだ直後、動けなくなった綾香に標準を合わせた。
やられる――!
ポケットの中で握っているトカレフはまだ外に出せない。撃ち返す事が出来ない。
これで終わりか、そう綾香が思い、目を閉じた時だった。
「うがぁああああああっ!」
悲鳴が轟く。もちろん綾香のものではなかった。恐る恐る目を開けてみる。そこには――
「ぐっ…ちくしょう! 何やこれ…! 後一歩やいうのに!」
VP70を取り落とし、右手からまるでよく成長した植物のように鉈を生やしていた晴子が額から脂汗を垂らしつつ苦痛に呻いていた。
そして、現れた人影、天沢郁未が高らかに声を上げる。
「残念ね、オバサン」
     *     *     *
綾香と晴子が森の奥へ消えていった後、分断された郁未はすぐに後を追おうかと思ったが、思いとどまって思考する。
(いや、あいつらが勝手に潰し合ってくれるならわざわざ飛び込む必要はないじゃない。あのオバサンも好戦的なようだし、どっちかが死ぬまで戦ってくれそうね)
それよりも、もう一人の奴を片付けるほうが先だ。
郁未は方向転換すると、瀕死状態になっている橘敬介にすがりついて泣きじゃくっている雛山理緒へと向かって歩き出す。
「橘さん、橘さぁん…しっかり、しっかりしてくださいよぉ…」
理緒は倒れている敬介の胸から溢れ出る血を一生懸命止めようとしていたが手で押さえたくらいでは血が止まるわけもなく、次第に目を閉じたままの敬介の顔色からは血の気が失せていっていた。

305戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:29:59 ID:2oIWKPFI0
諦めては駄目だ、諦めては駄目だ――理緒は心の中でひたすらにそう繰り返しながらどうにかして血を止めようとする。
やってきた郁未は、そんな理緒の姿を見てやれやれとため息をつく。
「無駄よ。その男はもうとっくに死んでるわ」
「…っ!」
背後からいきなり呼びかけられ、慄きながらも理緒は固く唇を結んで振り返った。
見上げたその先には悠然と構えている郁未の姿がある。そこには余裕と、絶対的な殺意が存在していた。
理緒は次は自分の番かもしれないという恐怖を持ちながらも郁未に言葉をぶつける。
「どうして…こんな事をするんですか…」
聞き飽きた質問に郁未は鼻で笑い、答える。
「どうしても何もないでしょ? このゲームから生きて帰れるのはたったの一人だけ…そしてそのための手段は殺し合い。私はルールに則って行動してるだけよ」
「っ! そんな理由で人を殺して…そんなことが許されると思ってるんですか!?」
「十分な理由じゃない? 人間誰だって死にたくないものよ。ここには法律も裁判所もない。暴力がこの島の全て。仲良しゴッコなんてしてるヒマないの…で、下らない質問はそれだけ?」
鈍い光を放つ薙刀の刃が、理緒に向けられる。再び垣間見る死の光景にまた震えそうになったが、理緒は逃げようとはしなかった。
思い出されるのは、名前も知らぬ少女の死とその遺品。
頼れる人間もいなくて怖かっただろう。
いきなり襲われて怖かっただろう。
どうして――どうして、あの時守ってやろうと思わなかったのか。自分だけ助かりたいと思ってしまったのか。
自分のせいで、あの少女は命を落としてしまったのだ。弟たちと同じくらいの年齢であるにも関わらず。
もう誰も見捨てたりはしない。それが雛山理緒の誓いであった。
理緒は無言で立ち上がると、両手を大きく広げて敬介を守るように立ちはだかった。
「あなたがそう言うのなら…もう何も言いません。ですけど…この人にだけは手を出させません。橘さんはまだ死んでいません。助けを呼んで、治療してもらうんです。だから…あなたなんかにこの人を殺させやしない!」
今にも泣きそうな顔のくせに、毅然とした理緒の態度は郁未にあの古河渚の事を思い出させる。
思い出した途端、腹が立ってしょうがなくなってきた。
「威勢がいいわね…ムカつくわ…なら、二人まとめて殺してやる!」
郁未が薙刀を振り上げる。数秒も経たない内に自分の命を刈り取るであろう凶器を目の前にしても、理緒は目を逸らさずじっと殺人鬼の姿を睨んでいた。
薙刀の柄が、頂点まで上がった。
「…ダ、メだっ…逃げる…んだ、り…お、ちゃん」

306戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:30:18 ID:2oIWKPFI0
「――え?」
かすれた声が聞こえたかと思うと、理緒の後ろで倒れていたはずの橘敬介がうっすらと目を開けて唇を震えさせながらも声を出していた。
「橘さん! 良かった、生きて…」
理緒が振り向いて言葉をかけている途中。郁未の振り下ろした薙刀が理緒の肩を砕き、肉と骨を破壊し、その刃を体の中心近くにまで食い込ませていた。
「余所見してるなんて…舐められたものね、私も」
ドスの利いた声で言うと、刃の部分をぐりぐりと回し、更に肉を削り取ってゆく。
「り…!」
敬介が悲鳴を上げそうになるが、それを制するように理緒が笑う。
「わた、しなら大丈…夫です。まってて…下さい。もうすぐに、人を、呼んで、きま、す…!」
痛くないはずがなかった。意識が飛んでもおかしくないはずの激痛を理緒は必死で耐えていた。
既に片方の腕には脳からの命令が届いていない。動かない腕をもどかしく思いながら、まだ動く片方の手で自分の体から生えている薙刀の刃を掴み、固定する。
掴んだ手から血が噴出するが、理緒に痛覚はなかった。おかしくなっているのかもしれない。
「なっ…この、離しなさい…! ぐっ!?」
薙刀を抜こうとする郁未だが、まるで金縛りにあったかのように動かない。押しても引いてもびくともしなかった。
背を向けたままの理緒が、掠れた声で言う。
「邪魔です…! さっさと武器を捨てて…どっかに行って下さい!」
「くっ…ええいもう、じれったいわね!」
業を煮やした郁未が今度は鉈を取り出して理緒の背中へと打ちつける。背中を深く裂かれた体から力が抜け、薙刀を掴んでいた手がだらんと垂れ下がった。それを好機と捉えた郁未がここぞとばかりに薙刀を引き抜く。
「う…くうぅ…」
引き抜かれた反動で前へと押し出される理緒。しかし彼女は最期の力を振り絞り、敬介の体に覆いかぶさるようにして倒れた。終わりの終わりまで、彼女は仲間を守ろうとしていたのだ。
「り…お、ちゃん…済まない…」
「いい…ん…です。たちばなさんは…わたし、私が…まも――」
ずんっ。
敬介と理緒、二人ともがその音を聞いたのを最後に、意識を深い闇の底へと沈めていった。
「済まないだの守るだの…ごちゃごちゃとうるさいわね…死ぬなら黙って死にゃいいのよ」
重なった二人に上から薙刀を突き刺した郁未が、苦虫を噛み潰すように呟く。
殺すこと自体は楽だったが、精神的に疲れた。理緒の言葉の一つ一つに苛々していたせいかもしれなかった。

307戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:30:38 ID:2oIWKPFI0
「ふぅ…さて、そろそろ様子見に行きますか」
そろそろ来栖川綾香とあのオバサン――神尾晴子――との決着もついた頃だろうと思うので銃声の聞こえていた方向へと足を進める。その途中で、また銃声や叫び声が聞こえた。
どうやら、まだ決着はついていないらしい。
「ちぇ、案外役立たずなのね、あの綾香ってコは…それとも、あのオバサンが強いのかな?」
暢気に死闘の結末を予想しながら少しだけ早足で現場に急ぐ。
聞こえた銃声や声の大きさから、さほど距離は離れていない。流れ弾に当たらぬようやや腰を低くして綾香らを探す。
程なくして、森の片隅で未だに戦いを続けている神尾晴子と来栖川綾香を発見した。
よくよく見れば綾香の方はどこかを痛めたのか肩を押さえており、対する晴子はしっかりと銃の標準をつけている。黙って見ていれば殺されるのは、綾香に違いなかった。
「何よ、オバサンが勝ってるじゃない…仕方ない、助太刀するかな!」
不可視の力は制限されていて使えない。しかし当ててみせる。
大きく振りかぶって、手に持った鉈を晴子目がけて投げつけた。
くるくると回転しながら肉薄した鉈は狙い通りとまではいかなかったが、拳銃の引き金を引こうとしていた右手に深々と突き刺さっていた。
「うがぁああああああっ! ぐっ…ちくしょう! 何やこれ…! 後一歩やいうのに!」
「残念ね、オバサン」
     *     *     *
「今頃のこのこと…遅いのよ、この役立たず」
憎まれ口を叩きつつ綾香も立ち上がる。
「あら、せっかく助けてやったのに何よその言葉は」
「誰も助けてくれだなんて頼んでないわ」
「あらそう、じゃあ放っとけば良かった」
「ちっ…そのうち殺す」
「その言葉、そのまま返すわ。けど今はそれよりも――」
言いながら郁未が振り向く。そこにはいっぱいいっぱいの表情で鉈を引き抜いた晴子の姿があった。苦痛に顔を歪ませながらも、その表情から戦意は失われていない。
「…ええ、まずはこのオバサンを片付けなきゃ、ね」
二人が並び、郁未は薙刀を、綾香はトカレフを持って晴子の前に出る。一方の晴子は鉈を引き抜いたものの右手からの出血が激しく、すぐにでも止血しなければ危ない状態であった。
「クソッタレが…どいつもこいつもオバサン言いおってからに…! 神尾晴子や、覚えとけやボケ!」
不利な状況ながらも晴子は弱腰になることはない。娘の、観鈴のためにも晴子に負ける事は許されないのだ。
出血を続ける右手で、晴子はVP70を構える。

308戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:31:01 ID:2oIWKPFI0
「へぇ、その根性は認めるけど…一対二じゃいささか分が悪いんじゃないかしら?」
郁未が自信たっぷりに言う。心中で晴子は、そんな事わかっとるわアホ、と毒づく。
確かに、一対二では現状勝ち目は無い。しかもこの怪我だ、一旦退いて体勢を立て直すしかない。そのために逃げる『策』を、既に講じている。後は、運を天に任せるしかなかった。
「かかってきぃや、ウチは負けへんで!」
一喝。風すら一瞬止まったように、音が森から消えた。
「それじゃあ…遠慮なくいかせて貰おうかしら!」
掛け声と共に郁未が走り、綾香がトカレフを構える。
来る!
晴子にとって、人生で一番長い数秒が始まる。
現れた新手。先程鉈を手にぶち当てた技量から考えるに実力も相当なものだろう。
だが奴には奴が知らない情報がある。
晴子は空いた左手で自分の尻の下にあるS&W M1076を素早く掴む。先の戦闘で綾香が手放したものだ。
銃弾がまだ入っているかどうか、晴子にも分からないがそれは目の前の郁未も同じである。
入っていればよし。そうでなくてもブラフをかけられる。要は郁未の足を一瞬でも止められさえすれば良かった。
残る懸念に綾香のトカレフがあるが、所詮素人。外るも八卦、当たるも八卦だ。
こればかりは神頼みである。
(…勝負!)
右手のVP70で綾香に銃口を、左手のM1076で郁未に銃口を向ける。
「二人とも、いてまえぇ!」
「!? くっ…!」
いきなり向けられたM1076に驚き、反射的に飛び退いてしまう郁未。
カチッ。虚しく響く弾切れの音。
(ち、ハズレかい!)
だがVP70の方は弾が残っている。こっちは撃たせてもらう!
逃げながら放たれた一発。だがこちらは怪我をしているせいか弾は明後日の方向へと飛んでいく。にやりと笑った綾香が反撃の一発を放つ。
トカレフから放たれた銃弾が、晴子の左肩へと直撃する。
「ぐ…っ、あぁ…!」
鉈に続く二度目の激痛にせっかく手に入れたM1076を手放してしまう。口惜しかったが、命を落とすよりマシだ。
痛みに足をもつれさせそうになりながらも晴子は走り続ける。
「くそっ、逃がさないわよ!」
郁未が後を追おうとするが、後ろから綾香が引き止める。

309戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:31:22 ID:2oIWKPFI0
「…? 何のつもり? あのオバサンに肩入れするの?」
首を振って綾香は答える。
「放っておけばいいじゃない? どうせ相手は死に掛け、そのうち死ぬわよ。たとえ生きていたとしても、あのオバサンも乗った奴みたいだから他の奴らと勝手に潰し合ってくれるのならそっちの方がいいでしょ?」
郁未はしばらく腕を組んで考えていたが、それもそうね、と納得すると落ちていたM1076を拾う。
トリガーを引いてみるが弾は出ない。
「弾切れ…」
クソッ、と悔しがって地団駄を踏む。一方の綾香はまた痛み始めた肩をさすりながら、いつか晴子を自らの手で屠ってやろう、と思うのだった。
     *     *     *
戦闘が終わった後、綾香と郁未は敬介や理緒が持っていた荷物の回収をしていたが、その所持品のあまりの貧弱さに呆れていた。
「何よコレ…アヒル隊長? 何の役に立つっての? …あ、説明書があった」
郁未が理緒のデイパックの奥底で眠っていた説明書を読み漁っている間、綾香はノートパソコンを起動し、何か役立つものはないかと探していた。
「殆どまっさらね…これ本当に支給品なのかしら…ん? 何かしらこれ? ロワ…ちゃんねる?」
気になったので中身を覗いてみる。そこには他の参加者が立てたスレッドと思しきものがいくつかあった。
「なになに? 私にも見せなさいよ」
横からアヒル隊長を持った郁未も顔を出し、パソコンの画面に見入る。
「どうやらこの島限定の掲示板みたいね。スレッドも立てられるみたい」
今現在あるスレは、
『管理人より』
『死亡者報告スレッド』
『自分の安否を報告するスレッド』
の三つ。一番上にあるのは注意書きのようなもので、特に重要ではないだろう。次の『死亡者報告』は見ておく必要がある。
生き残りの数を確認しておくことでこれからの方針を変える必要性もあるからだ。それと、この情報の発信される速さを確かめる上でも。
綾香は後ろを振り向く。そこには郁未が殺した敬介と理緒の死体がまだ新鮮な血の匂いを放ちながら横たわっていた。もし本当にこれが主催者側によって立てられたものならこの二人の名前もリストに載っているはず。確認のために、綾香は郁未に聞く。
「ねぇ、あそこの二人の名前は分かる?」
「ん? ああ、確か…『たちばなさん』とか『りおちゃん』とか呼び合ってたわ。多分名簿の…この二人で間違いないと思う」

310戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:31:43 ID:2oIWKPFI0
アヒル隊長で遊ぶのをやめ、名簿を取り出して『橘敬介』と『雛山理緒』の名前を探し出して指差す。この二人の名前が載っていれば、信憑性は格段に高まる。
クリックして内容を見てみる。順番に見ていくと、ある人物の名前がそこに記されているのに気づいた。
「姉さん…!」
挙げられている名前の中に、『来栖川芹香』の名がはっきりと書かれていたのだ。
郁未は苗字と反応から察して、「探してたの?」と聞く。
「…ええ、一応はね。そうか、姉さんも殺されちゃったのか…」
残念そうな声ではあるが、それほど気にしたそぶりもない。姉妹仲が悪かったのだろうかと郁未は思ったが、「ああ、勘違いしないでよ」と綾香が続ける。
「仲は悪くなかったし、むしろ殺されて腹が立ってるわ…けど、もう私は人殺しの部類に入っているからかどうか知らないけど、もう、悲しみも何も感じなくなってきてるのよね。慣れてきたというか。それよりも、あのまーりゃんとかいう奴を早く見つけ出して、殺す…そっちの方が優先なのよ。ああくそ、あいつの顔を思い出したらまたムカついてきた…早くブチ殺してやりたい…!」
よほど屈辱的な目に遭わされたらしい。肩をいからせて熱くなっている綾香を尻目に、郁未はそのすぐ側に載っている鹿沼葉子の名前をじっと見つめていた。
(生き残ってみせるわ…必ず)
決意を新たにして、その先を読み進める。その最後尾、追加された死亡者の中に『橘敬介』と「雛山理緒』の名前が確かにあった。
「100%確実ね。これで放送を聞く必要もなくなった」
このパソコンさえあれば常時死亡者の最新情報が得られる。生き残りの数を正確に把握できるようになるというのは案外大きい。
「さて残りは…『自分の安否を報告するスレッド』か。参加者同士で連絡を取り合うって目的なんでしょうけど…」
スレを開こうとして、その先に広がっているであろう『絶対に助かる』だの『諦めてはいけない』だのといった偽善や欺瞞の声を想像してしまい綾香はため息をつく。
「嫌でも見るべきよ。ひょっとしたら安易に、どこかで会おう、とかの連絡が書き込まれてる可能性もあるわ」
「んなこと分かってるわよ…うるさいわね」
文句を言いながらスレを開く。そこにはやはり予想通りの言葉が一番最初に来ていた。
『みんな、希望を捨てちゃ駄目よ。生き延びて、みんなでまたもとの町へ帰りましょう!』
希望的観測もいいところの言葉にげんなりする二人。このままパソコンを叩き割ってやったらどんなに気持ちいいだろうかと考えたが、まだ続きはあるのでそのまま読み進める。
レスはまだ最初のものも含めて二つしかなかった。
天野美汐なる人物によれば、

311戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:32:06 ID:2oIWKPFI0
2:天野美汐:一日目 18:16:21 ID:H54erWwvc

皆さん気をつけてください!
最初は友好的に近づいてきたのに、いきなり態度が急変して襲われました。
なんとか逃げることが出来て、今これを見つけて書いています。
確か名前は「橘敬介」って名乗っていました。
トンカチを隠し持っていると思います。
真琴、相沢さん、どうかご無事で。

と書かれていたが、郁未が先程の戦闘で敬介を倒してしまったためどうでもよい事柄になってしまっていた。
あるいは『橘敬介』が偽名を用いている可能性もあるし、そもそもこの『天野美汐』自体が嘘である可能性もある。
つまり警告を発している『天野美汐』が一概に危険人物ではない、とは言い切れないのだ。
ともかく、この名前を騙る人物が現れたら問答無用で攻撃したほうがいい、という結論に二人は達した。
見終えるとパソコンを終了させ、二人は荷物をまとめ始めた。途中で、綾香は疑問に思っている事を郁未に尋ねた。
「思ってたんだけど…そのアヒル隊長、結局何なの?」
「ああ、これ? 別に。ただの玩具。ハズレよ」
言うだけ言うとさっさとアヒル隊長をデイパックに仕舞い込む。ならどうして捨てないのかと不審に思ったが、すぐにどうでもいいかと思い直しこれ以上問わないようにした。
綾香はパソコンいじりで気づいていなかったが、郁未は残された説明書からこれが時限爆弾である事を知っていた。
しかも綾香が気づかなかったのをこれ幸いと、爆弾の秘密を隠すことにしたのだ。いざとなれば、郁未はこれで綾香を吹き飛ばすつもりであった。
最も、タイムリミットがあったから上手くいくかどうかは分からなかったが。
「さて荷物もまとまった事だし、どこか寝床を探さない? 一日歩いてくたびれたんだけど」
「そうね…そうしましょう。けど、寝首を掻くなんて考えないほうがいいわよ?」
まさか、と郁未は笑い飛ばす。今、協力者は一人でも多いほうが良い。むざむざそれを減らすような真似はしない。それは郁未の本心だった。
そして、その思いは綾香も同じであった。先程のは警告のために言っておいたまでだ。

二日目が始まった森の中で、まだ険悪な雰囲気を交えながらも二人は並んで歩き出した。

312戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:32:37 ID:2oIWKPFI0
【時間:2日目午前1時30分】
【場所:G−3】

神尾晴子
【所持品:H&K VP70(残弾、残り7)、支給品一式】
【状態:右手に深い刺し傷、左肩を大怪我、逃走】
雛山理緒
【持ち物:なし】
【状態:死亡】
橘敬介
【持ち物:なし】
【状況:死亡】
来栖川綾香
【所持品:S&W M1076 残弾数(0/6)予備弾丸28・防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(5/8)・ノートパソコン、支給品一式】
【状態:興奮気味。腕を軽症(治療済み)、肩に軽い痛み。麻亜子と、それに関連する人物の殺害。ゲームに乗っている】
天沢郁未
【持ち物:アヒル隊長(11時間後に爆発)、鉈、薙刀、支給品一式×2(うちひとつは水半分)】
【状態:右腕軽症(処置済み)、ヤル気を取り戻す】

【その他:鋏、支給品一式は放置。(敬介の支給品一式(花火セットはこの中)は美汐のところへ放置)。トンカチは森の中へ飛んで行きました】
→B-10

313タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:18:59 ID:G1gJI6DI0
静まり返った平瀬村工場作業場の中、環は独り、かつてない速度で思考を巡らしていた。
敬介や英二の志を継ぐと決めた自分は決して歩みを止めるつもりは無いが、道がまだ見えていない。
これから先の戦いを生き抜くには、自分が何を出来るのか、何をすべきかきちんと見定めなければならないのだ。

まずは戦闘面に関してだ。
自分は並の男など遥かに凌駕する運動能力を有してはいるが、この島に来てから既に何度も敗れている。
幾ら優れてるとはいえ自分は一般人の範疇を出ておらず、柳川祐也やリサ=ヴィクセンのような常識外れの存在とは比べるべくもない。
そしてあの宮沢有紀寧のように、どのような手段を用いてでも勝利してみせるといった、一種の覚悟も出来ていない。
特に銃器の扱いに秀でている訳でも無い自分は、こと戦闘に関しては中途半端な能力しか持ち合わせていないのだ。
それでも『集団の中の一人』としての役割程度なら十分果たせる筈であるが、一人で皆を守るといった芸当は到底不可能だろう。
……戦闘に関する考察は、これで終わりだ。
一日二日程度で銃器の扱いに熟達出来る訳が無いし、有紀寧のように卑劣な手段を用いるつもりもない。
これ以上この事で頭を悩ませても、時間の無駄だった。

次に思考能力の面で、自分は何を出来るのか。
(よく考えなさい向坂環……自分自身が秘めている可能性について……未来に残されている筈の希望について……)
これまで生きてきた中で、勉強で誰かに遅れを取る事は少なかった。
運動面に於いても知能面に於いても、常に学年トップクラスであったが――それだけだ。
所詮は『優れている』というだけであり、『桁外れ』と言えるような物は何も無い。
しかし逆に考えれば、一つに特化していない人間だからこそやれる事がある筈だ。
何事もソツなくこなせるという一点だけに関しては、自分は誰にも負けていない。
それこそが自分の秘めた可能性であり、現状を打ち破り得るものだ。
固定観念を捨てろ。
様々な視点と柔軟な思考により現状を見つめ直して、膨大な情報の山に埋もれている打開策を見つけ出せ。
考えろ。
考えるという誰でも出来る行為を、誰よりも上手くやってみせろ。
まずは要点を纏める事だ。
自分達の最終目標は主催者を打倒し、出来るだけ多くの仲間と共に生還を果たす事。
その為に必要な条件は、

314タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:20:12 ID:G1gJI6DI0
・戦力の増強
・ゲームに乗った人間への対処
・情報把握
・首輪の解除

この四点に絞られるだろう。
まずは一つ目、戦力の増強について。
主催者はたった一晩のうちに120名もの人間を拉致し、この孤島に集めてみせた。
それは決して少人数で行える事ではなく、多数の人員若しくはそれに匹敵する戦力を保持している筈である。
ならば必然的に、こちらも対抗出来るだけの戦力を集めなければならない。
しかしそこで問題になってくるのが、ゲームに乗った人間への対処である。
拡声器のような物でも探し出せば簡単に多数の人間を集められるだろうが、その中にやる気になっている者が紛れ込んでいる可能性もある。
勿論自分としては、そんな人間などいないと信じたいのだが……
(駄目ね。これは私一人で考えるべき問題じゃないわ)
これまでの失敗を省みると、そう判断するのが妥当と言わざるを得ない。
岸田洋一に騙されて不覚を取った自分が、この事に関して妥当な解決策を見出すのは不可能だろう。

次に三つ目、情報把握について。
自分達にはまだまだ色々と知らない事が多過ぎる。
まず、今自分達がいるこの孤島は何処なのか?
環が考えるに、少なくとも日本国内では無い――つまり、沖木島では無い。
これだけ人が住む環境が整っている島である以上、以前は人が住んでいたのだろう。
しかしゲームが始まって以来、参加者以外の姿など一度も目にしていない。
多くの住民を追い出したりしてしまえば、間違いなく表沙汰となる筈だ。
それに世界一治安が発達している日本の領土内で、こんな大規模な殺し合いを行うなど不可能。
そうなるともう、この島は日本でない何処かにあると判断しざるを得なくなる。
もし此処が海外ならば、安易な手段で脱出しようとするのは危険過ぎるだろう。

315タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:21:12 ID:G1gJI6DI0
仮にこの島が、太平洋の中央付近にあるとする。
その場合、泳いで脱出するという選択も、設備の整っていない船を用いるという選択も、ただの自殺行為でしかなくなるのだ。
最低でも自分達の現在地を把握する必要がある。
この島がある場所を知らされている参加者などいないだろうから、もう主催者側から情報を盗み出す――即ち、ハッキングを行うしかない。
主催者を打倒するのにも、もっと情報が必要だ。
孫子の兵法には『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』という言葉がある。
相手戦力の正確な把握、敵の居場所の把握、この二点は絶対に外せない。

しかしハッキングは姫百合珊瑚が既に一度試みたものの、主催者にバレてしまい失敗したという話だ。
機械が苦手な自分では技術的な事など分からないし、珊瑚のハッキングは完璧だったと仮定して考察を進めてみる。
前回参加者の遺したCDを用いたハッキングが、どうしてバレてしまったのか?
一つ目――『前回からセキュリティがまったく変わってないとは限らない』という珊瑚の主張。
この可能性も勿論無いとは言えないが、恐らく外れだろう。
政府の要人とも繋がりがある両親から聞いた事がある……数ヶ月前に起きた謎の集団失踪事件を。
それはほぼ間違いなく、前にあった殺し合いの事だろう。
そして前回から僅か数ヶ月しか経っていないのなら、セキュリティがそれ程向上しているとは考え難い。

二つ目――各施設内部を中心に設置されているカメラにより発見された可能性。
こちらが正解なように思える。
珊瑚達はハッキングがバレるまでカメラの存在に気付いていなかったのだから、主催者側に情報が筒抜けとなっていた筈。
ハッキングしている珊瑚達を特定出来たのは、カメラによる監視のおかげと考えるのが妥当だ。
ではカメラの存在を知った今、監視の目を逃れるにはどうすれば良いのか?
答えは簡単、周りにカメラを隠せるような物が一切無い場所で、ハッキングを行えば良いだけだ。
そうすれば今度こそ主催者の不意を突き、情報をあらかた盗み出せる筈だが――

316タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:22:18 ID:G1gJI6DI0
(本当に主催者の監視手段はこれだけなの……?)
何かが引っ掛かる。
主催者は絶対の自信があるからこそ、ハッキングに失敗した珊瑚を敢えて見逃した筈なのに、余りにも簡単過ぎるのだ。
こんな時こそ冷静に、様々な視点――例えば主催者側の立場から考えてみるべきだ。
もし自分が主催者だったとしたら、ハッキングに対してどのような対策を取るか?
カメラや盗聴機による監視だけでは足りない。
首輪に仕掛けている盗聴機は比較的容易に発見されてしまうし、カメラだって映せる範囲は限られている。
両方とも有効な防御策ではあるが、それだけでは絶対の安全など保障されないのだ。

……自分なら、そもそもノートパソコンを設置したりしない。
ハッキングに使える道具自体を支給しなければ、自ずと脅威は消滅する。
そうだ、どうして主催者はわざわざノートパソコンを設置したりのだ?
敢えて危険を冒してまでノートパソコンを準備したのには、必ず大きな理由がある。
敵の偽装には目もくれず、真実だけを追い求めろ。
どうして主催者は――そこで環は、ある結論に思い至った。
(そうか……そういう目的だったのね。それなら全てに説明が付く……これで、間違いないわ)
ようやく確信を得た環は、居ても立ってもいられなくなり、屋根裏部屋へと駆け出した。

   *     *     *    *     *     *

317タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:24:44 ID:G1gJI6DI0
一方、屋根裏部屋では倉田佐祐理が怪訝な表情を浮かべていた。
「…………?」
佐祐理の眺め見る先では珊瑚が、ほしのゆめみの亡骸を工具で弄っていた。
圧倒的な速度で作業を進める両手、鬼気迫るといった表現が相応しい顔付き。
しかしゆめみのボディーは損傷が酷く、とても修理出来るような状態には見えない。
専門的な設備があればまた別かも知れないが、少なくともこんな寂れた孤島では直せないだろう。
そしてそんな事は珊瑚自身が一番良く分かっている筈である。
まさか珊瑚は次々と仲間が死んでしまった所為で、冷静さを失ってしまっているのでは――
そんな疑問が、佐祐理の脳裏を過ぎる。

やがて珊瑚は手を止めると、ゆめみの内部からチップのような物を拾い上げた。
「ふぅ〜、やっと終わったぁ……」
「珊瑚さん、何をやってらしたんですか?」
佐祐理が訊ねると、珊瑚は視線を伏せて、寂しげな声を漏らす。
「これはな、ゆめみのメモリーやねん」
「え?」
愛しげにゆめみのメモリーを抱き締めながら、続ける。
「もし上手く帰れたら、ゆめみのメモリーを修理して、新しい体も造ってあげようと思ってん。
 ウチの知らない技術も使われてるから凄い時間が掛かるやろうけど……ゆめみは大事な友達やから、最高のボディーを造ってあげるねん」
「珊瑚さん……」
佐祐理はようやく、自分の判断が誤りであったと気付いた。
何の事は無い。
珊瑚は冷静に現実を受け止めた上で、希望を捨てずに最良の行動を取っていたのだ。

場に蕭やかな雰囲気が漂うが、そこで突然、背後から良く響き渡る澄んだ声が聞こえてきた。
「珊瑚ちゃん。お疲れの所悪いけど、もう一仕事頼めるかしら」
一同が振り向いた先では、環が腰に手を当てたまま悠然と直立していた。

318タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:27:03 ID:G1gJI6DI0
   *     *     *    *     *     *

『ノートパソコンを分解して欲しいだと?』
環の突拍子も無い提案を目にして、柳川祐也は眉を顰めながらも返事を紙に書き綴った。
環は強く頷いた後、珊瑚の方へと視線を移した。
『はい。これは機械に詳しい人――珊瑚ちゃんにしか出来ない事です』
『ええけど……分解なんてして、どないするん?』
事情が理解出来ぬのは珊瑚とて同じ。
しかし環はゆっくりと首を振って、紙にペンを走らせた。
『ごめん、それはまだ言えない……先入観を持ってしまうと、視野が狭くなってしまう。私の考えが間違っている可能性もあるから、思考を一方向に絞らない方が良いわ。
 悪いけど、珊瑚ちゃんは何も聞かないでノートパソコンを分解して頂戴』
論点の中心を覆い隠したその言い方に、珊瑚の疑問はますます深まってゆく。
しかし何も考えずにこんな事は言わぬだろうと判断し、珊瑚は大人しくノートパソコンの分解作業に取り掛かった。


佐祐理が肩の傷口から伝わる苦痛に表情を歪めながらも、何とか文字を書き綴る。
『佐祐理達も事情をお聞きしてはいけませんか?』
『順を追って説明していくから、佐祐理と柳川さんにはその事についてよく考えて欲しい。
 二人が私と同じ結論に到達するかどうか試してみたいの。二人が別の結論に達したら考え直さないといけないし、同じ結論に達したならますます確信が深まる』
『……ちょっと待て、主催者はカメラで各施設を監視しているのだろう? なら屋内で大事な話をするのは不味いんじゃないか』
『それは心配無いと思います。此処に監視カメラが設置してあるなら、前回参加者が遺してくれたCDも、とっくに撤去されてしまっている筈ですから』
柳川の懸念を解消してから、環は続けた。
『考えてみて下さい。どうして主催者は、わざわざノートパソコンを準備したりしたのでしょうか? 珊瑚ちゃんの機械に関する実力くらい知っていた筈なのに』
柳川は顎に手を当てて暫しの間考え込んでから、己の見解を書いた。
『主催者の事だ。俺達がどんな抵抗をしようとも叩き潰せる自信があるから、敢えて希望を持たせて嘲笑っているんじゃないか?
 ハッキングが発覚した後も姫百合を生かしておくのは、そういう事だろう』
主催者はやろうと思えば、いつでも珊瑚を殺しハッキングの危険性を排除出来た筈。
そうしないのは、絶対の自信があるからだとしか思えない。
柳川の意見を受けて、佐祐理がペンを握り直した。
『主催者は相当の自信家だとは思いますが、島中に監視カメラを設置したりする程慎重な方でもあります。
 ”ハッキングなどによる私たちに不利益を齎すもの”と明言していますし、警戒はしているんじゃないでしょうか』
それは確かに、その通りだった。
主催者が絶対の自信を持っているのは間違いないが、ハッキングを警戒しているのもまた事実だろう。
しかし、それでは――


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