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避難用作品投下スレ2

1管理人★:2007/04/24(火) 01:55:07 ID:???0
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。
また、予約作品の投下にもお使いください。

132一つの思い出のカタチ:2007/05/02(水) 15:28:22 ID:lQeh.RIk0
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


作戦会議から一時間ほど外では雨がまだ降っていた、真希はみちるの寝顔を微笑ましそうに見ていた
いつまでもこうしていたいそう思った、そうしてる間にも時は刻一刻と過ぎていく、真希は想う…美凪の『心』は何処にあるのだろうと。
ふと横を向くと北川が自分の携帯の画面を懐かしそうな顔で見ていた、北川は自分を見ている真希に気付いて自分の携帯を見せる。
液晶の場面に映し出されたものを見て真希は微笑む、一見間抜けな様で―――大切な思い出のカタチだった。

―――消防署で北川と真希と美凪と一緒に撮った割烹着姿の写真だった

真希に見せるとボタンを押す北川、次に映し出されるのは先ほど消防署で撮った北川と真希とみちるの写真

―――同じ場所、同じ割烹着を着て撮った北川と真希とみちるの写真だった。

北川は真希に見せ終えると制服の胸ポケットに仕舞いこむ、今度こそ落とさないようにするためだ、そして口を開ける

133一つの思い出のカタチ:2007/05/02(水) 15:29:20 ID:lQeh.RIk0

「美凪の『心』…見つけないとな。」
真希は口を開ける、
「見つけよう…みちるの為にあたしたちの為に。」
真希は美凪がくれたロザリオをあたたかく握り締めていた、美凪と出会えたからこそ今までの自分があるからだった。
そんな真希を愛しく見つめる北川、真希は北川が見つめてるのに気付く…。
「………なあに、潤?」
自分を見つめる北川に問いかける。
真希は北川が何を思っているかは気付いてはいる、あの時B-3民家でみちるといっしょにハンバーグを作ったときに。
彼女は今までの事を振り返る、最初は頼りないと思ったがホテル跡の騒動の時に北川を意識し始めたのだろうと…。
北川は今までの事を振り返っていた、普段は勝気な女の子でも臆病な心を持っていた、普通の女の子…そんなところが好きだったのだ。

北川と真希は一緒に美凪のロザリオを握る…そして口を開ける。
「真希、いろいろあったしこれからもあると思う、頼りないかもしれないけど。」
北川は真希に顔を近づける。
「うん、そんなのなれた。」
真希は北川に顔を近づける。

「…オレは真希が好きだ。」
「あたしもよ…。」

何度と無く苦難苦楽を共にしてきた北川潤と広瀬真希、消防署でホテル跡で平瀬村でそして鎌石村で…。
色んな人に出会えた…だからこそみちるとも出会えた、そしてふたりはこれからも他の誰かの為に【自分達にしか出来ないこと】し続けるだろう。
そんなことを胸に秘め、ふたりの心と唇が重なる。

外は夜しかも生憎の雨、しかしふたりの心は清らかだった。

―――そして心なしか美凪のロザリオに温かみを感じられた瞬間だった。

134一つの思い出のカタチ:2007/05/02(水) 15:31:14 ID:lQeh.RIk0
時間:二日目・21:00】
【場所:B-5】の日本家屋


北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:インパルス消火システム スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)携帯電話 お米券】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、消防斧、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
みちる
 【所持品:包丁 セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)食料その他諸々(真空パックしたハンバーグ)支給品一式】
 【状況:健康】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】

関連
→799

135一つの思い出のカタチ:2007/05/02(水) 15:34:07 ID:lQeh.RIk0
備考
北川達が消防署に来たのは『804 転機』の里村茜達よりも先の話です
勝平戦で落とした北川の携帯電話と消防斧を追加
インパルス消火システムの性能と威力はググれば解ると思います
鎌石村消防署にはインパルスはもうありませんが消防分署等にはあるかもしれません
(飛び道具の無い月島の書き手さんまかせ)
北川が予測した沖木島の考察は、今まで出てきた話の総合性による憶測です。


他に矛盾やおかしい所があれば今晩中にでも書き直します

136POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:43:12 ID:O.RktH3w0
漆黒の闇が落ちた平瀬村。
焼け焦げた大地、地面に倒れ伏せる二つの死体。
そして、激しい雨が二人の戦士の間に降り注いでいた。
かつて同じ生徒会のメンバーであり、親しき仲であった二人だったが、最早彼らが元の関係に戻る事は不可能だろう。
何故なら朝霧麻亜子は河野貴明にとって――絶対に打倒すべき『仇』に他ならないのだから。

「まーりゃん先輩はもう多くの命を奪い過ぎました……そして、放っておけば更に沢山の人が犠牲になるでしょう」
あの復讐鬼来栖川とは違う、哀しみを奥底に宿した紅い眼で、貴明が睨みつけてくる。
麻亜子は貴明の姿を視野に入れたまま、棒立ち同然の状態で掠れた声を洩らした。
「たかりゃん……」
「ですから俺が、此処で貴女を裁きます。久寿川先輩には悪いけど、もう貴女を許す事は出来ません。
 さあ先輩、武器を構えて下さい――無抵抗の人間を殺したくは無いですから」
それは、明らかな宣戦布告。貴明は命を懸けた凄惨な戦いを挑むと言っているのだ。
だがその言葉を受けても、ステアーAUGの銃口を向けられても、麻亜子は然程驚かなかった。
寧ろ落ち着いた表情を浮かべ、寂しげな声で言った。
「そっか……。たかりゃんは真面目っ子だから、こういう事もあるかも知れないとは思ってたよ」
数々の激戦を潜り抜けてきた麻亜子は、自身に向けられる殺気に対して人一番敏感となっていた。
だからこそ、今の貴明は絶対の殺意を以って自分と対峙しているという事が、一瞬で理解出来たのだ。
そして『ささらを優勝させる』という最終目的を果たすには、こんな所で死ぬ訳にはいかない。
「分かってくれなんて言うつもりは無い。さーりゃんを守る為なら……どうしてもやるっていうんなら、あたしはたかりゃんだって殺すよ。
 あたしはさーりゃんを優勝させなきゃなんないからね」
「はい。こちらも殺すつもりでいきますから、そうしてください」
貴明の返事を確認すると、諦めにも似た哀しい微笑みを湛えて、麻亜子はH&K SMG‖を持った腕を振り上げた。
「たかりゃんは此処で死ぬ事になるけど、安心しなよ。あたしは最後まで絶対に負けないから――褒美の話が本当なら、たかりゃんも生き返られる筈だよ」
麻亜子に躊躇は無い――躊躇していられるような状況では無い。
貴明の紅い眼を直視する度に、膝が震えそうになる。恐怖と悲しみが、際限なく湧き上がってくる。
これまで自分が屠ってきた相手達とは、何かが決定的に違う。
真っ赤な色をした涙、重く響く声――自分が『修羅』ならば、この男はさしずめ『処刑人』といった所だろう。
『処刑人』は罪を犯した人間に対し、相応の厳罰を与える存在だ。
数々の人々を蹂躙し殺し尽くした修羅を、裁く為にやってきたのだ。

137POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:44:13 ID:O.RktH3w0


貴明は肩をわなわなと震わせながら、静かに口を開いた。
「人が生き返る――まだそんな馬鹿な事を信じてるんですね。失われた命は、決して戻ってこないのに……」
銃を握っていない方の拳を、はちきれん程に握り締める。
「俺が甘かったんです。前に会った時に貴女を殺しておけば、るーこも吉岡さんも小牧さんも、死なずに済んだんだ……」
そうだ――人を守る為には、時には自分の手を汚さねばならないのだ。
自分の甘さが、覚悟の無さが、多くの仲間を死なせる結果へと繋がってしまった。
でも、もう迷わない。それが救えなかった仲間に対する、唯一の償いだ。
「だから貴女は――貴女だけは! 俺が殺さなきゃいけないんだっ!」
壮絶な叫び声。それで、会話は終わりだった。
過酷な環境で生き抜いた末に再会を果たした二人の戦いは、両者共に何の迷いも抱かず、幕を開けた。

雄叫びと共に貴明の手にしたステアーAUGが号砲を鳴らし、5.56mm NATO弾が発射される。
防弾性の防具すらも易々と貫通する攻撃力を持つそれは、麻亜子の胴体を狙ってのものだった。
だが地面が弾け飛んだかと思った瞬間にはもう、銃弾を躱した麻亜子が攻撃態勢に入っていた。
「っ……!」
脳裏に奔った直感に従い、貴明は素早く上体を屈める。
激しい銃声が鳴り響き、貴明の頭上を凶暴な破壊の群れが通過してゆく。
特殊な防具を一切身に付けていない貴明からすれば、麻亜子のH&K SMG‖から放たれる弾丸は、一発で十分に致命傷となりうる。
一方で麻亜子にとっても、ステアーAUGによる特殊弾は防弾装備を以ってしても防ぐ事の出来ぬ、恐るべき脅威だった。
今貴明達は、人の身には過ぎた強大な兵器を用いて、互いの命を奪い合っているのだ。

また麻亜子の手元から銃弾が撒き散らされ、その内の一発が焼け焦げた木の幹に当たって極彩色の火花を散らした。
降り注ぐ銃弾の雨の中、貴明は突撃銃を抱え込みながら、身体を左右に揺すって前進してゆく。
恐ろしい程自分の集中力が高まっているのが分かる――麻亜子の攻撃の軌道がある程度読める。
とどのつまり銃による攻撃は一直線上に放たれるのだから、銃口の正面にさえ立たぬようにすれば良いのだ。

138POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:45:01 ID:O.RktH3w0
素早い貴明の動きになかなか照準を合わせる事が出来ず、麻亜子が苛立たしげに奥歯を噛み締める。
「ちょこまかと……たかりゃんの癖に生意気だぞっ!」
業を煮やした麻亜子は、H&K SMG‖の引き金を思い切り引き絞った。
案の定、貴明は尋常で無い反応の速さで、横に飛び退いたが――甘い。
麻亜子は引き金にかけた指に力を入れたまま、銃の向きを修正してゆく。
銃弾の列は貴明を追うように横に延びてゆき、そのまま標的に牙を突き立てようとする。
だが、そこでガチャッと乾いた音がした。
マガジンに込められた銃弾が切れたのだ。
その事に気付いた貴明が、ここぞとばかりに距離を詰めてくる。
「くっ――!」
「逃がさないっ!」
麻亜子は慌てて後退しようとするが、傷付いた身体では貴明程速く動けない。
見る見るうちに両者の距離は詰まり、僅か数メートル程度となった。
それは絶望的な距離。銃口から逃れるには、余りにも近過ぎる距離。
悲しみに満ちた貴明の双眸が、麻亜子を射抜く。
「さようなら――先輩」
ステアーAUGの銃口が麻亜子の脳髄に向けられ、その次の瞬間にはもう銃弾が放たれていた。

139POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:46:03 ID:O.RktH3w0
だが辺りに響き渡ったのは脳漿が飛び散る音ではなく、鈍い金属音。
「なっ――!?」
驚愕に貴明の目が大きく見開かれる――麻亜子は先の愛佳と同じように、デイパックに隠していた強化プラスチック製大盾で弾を防いだのだ。
「修羅を甘く見ない事だね、たかりゃん!」
「があっ!?」
麻亜子は手に握り締めた盾で、貴明を思い切り殴り付けた。
続いて麻亜子は軽やかに宙を舞い、地面に転がり込んだ貴明の頭部を踏みつけようとする。
だが凶器と化した足が標的を貫く寸前で、貴明の手が麻亜子の足首を掴み取っていた。
「このぉっ――!」
貴明は上半身を起こした後、両腕を用いて力任せに麻亜子の小さな身体を投げ飛ばす。
しかし麻亜子は曲がりなりにも校内エクストリーム大会優勝者。
たとえ怪我を負っていようとも、格闘戦でそうそう遅れは取らない。
空中に放り投げられた麻亜子だったが、くるっと宙で一回転し、華麗な動きで地面へと降り立つ。

140POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:46:51 ID:O.RktH3w0
続いて麻亜子は、よろよろと立ち上がる貴明に視線を送り、小さな声で呟いた。
「たかりゃん……一つだけ良いかい?」
「――何ですか?」
拾い上げたステアーAUGを握り締めたまま、訝しげな顔をして、貴明が問い返す。
何か企んでいるのでは無いかと警戒しての事だったが、すぐに無用の心配であったと判明する。
「さーりゃんは元気か?」
投げ掛けられた質問は何の目論みも感じられぬ、純粋な疑問だった。
今この瞬間においてのみ――否、ささらに関してのみ、麻亜子は後輩を気遣う心優しい先輩に戻っていたのだ。
「……やっぱり久寿川先輩には優しいんだね」
「何を今更。あたしがどうして殺し合いに乗ったか、たかりゃんはよぉく知ってるだろ?」
そんな事は知っている。本人の口から聞かされた事だ。
麻亜子は生徒会のメンバーを守る為にゲームに乗ったのだ。
だがそこには絶対の矛盾が存在する――優勝者は一人、即ち最終的には誰か一人を選ばなければならない。
そして第二回放送で、その矛盾を解決する方法が提示された
『優勝者は何でも好きな願いを叶えられる』という主催者の話を聞いた瞬間、きっと麻亜子の防衛対象はささら一人に絞られたのだ。
麻亜子にとって一番大切なのは、ささらに他ならない筈だから。
今でもまだ鮮明に思い出せる、麻亜子の卒業式での出来事。
麻亜子とささらは全校生徒に見られているにも拘らず、包み隠さずお互いに対する思いをぶつけ合った。
誰よりも強い絆で結びついている二人にとっては、世間体などどうでも良いのだろう。
ただお互いが傍にいれば、それで良いのだ。
「久寿川先輩は……肩を怪我してるけど、それ以外は元気だよ。でも、まーりゃん先輩」
きっと、麻亜子はささらに対してなら誰よりも優しくなれる。
だが、しかし――

141POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:48:00 ID:O.RktH3w0
貴明は思い切り地面を踏みつけて、絶叫した。
「どうしてその優しさを! 他の人にも分けてあげなかったんだよっ!!」
ささらが無事だと聞いて安堵していた麻亜子の顔が、途端に苦渋の表情へと変貌する。
貴明は大地を蹴って横に駆けながら、ステアーAUGを連射する。
「分かってるのかっ!? まーりゃん先輩に大切な人がいるのと同じで、他の皆にだって大切な人はいるのにっ!」
麻亜子は油断無く盾で防御している為銃弾が届く事は無いが、それでも貴明は攻撃の手を緩めない。
「貴女は他の人にとっての『久寿川先輩』を奪い取ってるんだぞ!」
焼け焦げた肉の臭いが漂う荒れ地に、間断無く銃声と絶叫が響き渡る。

麻亜子は盾に身を隠したまま、H&K SMG‖に予備マガジンを詰め込んで、叫んだ。
「仕方無いじゃないっ! たかりゃんだってもう分かってるでしょ――大事な人が死んだ後で後悔したって遅いんだって!」
麻亜子のH&K SMG‖から激しく火花が発され、駆ける貴明を追うようにして地面が弾け飛んでゆく。
絶叫と共に繰り出された連射は、かつてない勢いで貴明を追い立ててゆく。
「あたしには皆を救う事なんて出来ない。自分一人で出来る事なんて限られてるから、さーりゃん以外の子まで守ってあげられないのっ!」
それが、自ら修羅の道を選んだ少女の本心だった。

悲痛な気迫と感情が上乗せされた猛攻を受け、貴明は防戦一方となってしまい銃を構える暇すら与えられない。
荒れ狂う銃弾の群れに追いつかれる寸前に大きく跳んで、ギリギリの所で身を躱す。
その直後に麻亜子のH&K SMG‖が弾切れを訴えたが、これで終わりでは無い。
「たかりゃんだって守れなかったじゃない! このみんもゆーりゃんも守れなかったじゃない!」
麻亜子はH&K SMG‖を投げ捨てて、鞄の中からIMI マイクロUZIを取り出した。
「だからっ! 誰かを守りたいんなら、他の全てを捨てるしかないじゃない!」
「く――――がああっ!?」
貴明は咄嗟の判断で地面に滑り込んだが、遅い。
死に物狂いの回避行動が功を成して致命傷だけは避けられたが、罵倒と共に繰り出された銃撃の嵐は貴明の体を掠めてゆく。
銃弾のうち一発が貴明の左太股部の肉を抉り取り、もう一発が右脇腹の端を貫通した。
地に倒れ伏せた貴明を耐え難い激痛が襲い、鮮血が辺りに飛び散る。
普通ならば最早意識を失ってしまいかねない程の状態。

142POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:49:20 ID:O.RktH3w0
「く……そっ……俺は終われない……ん……だ――!」
だというのに、貴明はすぐに起き上がって、ステアーAUGを拾い上げた。
足に力を入れる度に傷口から血が噴き出すが、そんな事どうだって良い。
ここで倒れたら麻亜子の言い分が正しいという事になってしまう。
それだけは何があっても認める訳にはいかない。
死んでいった仲間達の為にも、自分の信念に懸けても、絶対に認めない。
一人でも多くの人を救いたいという願いは、絶対に間違いじゃないと信じているんだから。

「たかりゃん……」
IMI マイクロUZIに最後の予備マガジンを装填していた麻亜子が、か細い声を洩らす。
――守りたかった生徒会メンバーの一人が、こんなにも必死になって自分を殺しに来る。
ボロボロの風体を晒してなお向かってくる貴明に対して、麻亜子は生涯最大の悲しみを感じていた。

それでも貴明は真っ直ぐに麻亜子を見据えて、言った。
「確かに俺達は……一人一人なら非力だよ。俺はこのみも雄二も守れなかったよ。でも……まだ守るべき人達は残っている。
 まだ俺達にやれる事はある。自分一人で守り切れないなら――」
貴明がステアーAUGの銃口を振り上げるのに反応して、麻亜子は強化プラスチックの大盾を構える。
だが次の瞬間貴明はステアーAUGを捨てて、最後の切り札を取り出した。
「皆で力を合わせればいいだけじゃないかァァァー!!」
「――――ッ!」
かつてイルファが使用していた、フェイファー ツェリスカを。
麻亜子が本能的に危機を察知した時には、全てが手遅れだった。
規格外のサイズを誇るその銃身から放たれる攻撃の衝撃力たるや、ステアーAUGの三倍以上――!

143POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:50:26 ID:O.RktH3w0
「あああぁあぁぁあアァッ!!」
巨象すらも倒し切る衝撃力は、盾越しでもなお十分な破壊力を発揮する。
それは麻亜子の右手の骨を砕くだけでは飽き足らず、彼女の体を後方に弾き飛ばす。
麻亜子の身体は勢い良く地面を転がって、後方にあった大木に叩きつけられた。
これは貴明に到来した最初で最後、且つ絶対の好機。
「まーりゃん、先輩――――!」
「うっ……あああ……」
未だに起き上がれず、苦悶の表情を浮かべている麻亜子に対して銃を構える。
全てに決着をつける為に……少なからず自分の為にも戦ってくれた先輩を殺す為に。

ここで引き金を引けば――間違いなく、先輩は死ぬ。

生徒会のメンバー達の為に修羅の道を選んだ、先輩が死ぬ。

やり方は間違っていたけれど、あくまで人の為に戦い続けた、先輩が死ぬ。

この島に来る以前、ずっと自分とささらを支えてくれた、先輩が死んでしまう。

貴明は自分の心臓が、信じられないくらい大きく脈打っているのが分かった。
引き金が重い。
苦しんでいる麻亜子の顔を直視出来ない。
今撃たなければやられるのは自分だというのに、指に力が入らない。
「たか……りゃん…………」
麻亜子が哀しげな瞳で、こちらに視線を送っている。
自分と麻亜子には、忘れようのない思い出が幾つもあった。
麻亜子の底無しの明るさに、何度も救われてきた。
自分一人では、凍りついたささらの心は溶かせなかっただろう。
だが――

144POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:51:40 ID:O.RktH3w0
(俺は誰を守ると誓った……その為に何を捨てると誓った……)
自分は出来るだけ多くの人を救う為に、敢えて鬼となる道を選んだ筈。
麻亜子は最も危険な殺戮者の一人なのだから、殺さねばならない。
此処で麻亜子を殺しておかねば、また新たなる犠牲者が出るだろう。
それだけは、絶対に避けねばならない。
此処で自分が、引導を渡さねばならないのだ。
麻亜子を殺した所で、誰も生き返らないのは分かっている。
人を殺し続けた所で、その先に輝く未来など待ってはいない。
(それでも、俺は――)
どれだけ罪悪感に苛まれようとも、何を失おうとも、皆を守りたいから。
「わああああああああああああああっ!」
貴明は全てを振り払うように絶叫を上げ、フェイファー ツェリスカを構え直した。
大型動物を仕留める為のライフル弾を、たった一人の少女に打ち込むべく、引き金を、

145POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:53:19 ID:O.RktH3w0

「やめてえええええええええっ!!」


――引けなかった。
貴明が人差し指に力を込めようとしたその瞬間に、別の人間が麻亜子を庇うように飛び出してきたからだ。
「さーりゃん……」
「久寿川先輩……」
現れた人物――久寿川ささらの姿を認めた貴明と麻亜子が、同時に声を絞り出す。
ささらは両の手を横に広げて、貴明と麻亜子の間に立ち塞がっていた。

* * * * *

一方焼け残った近くの茂みに隠れながら、三人の様子を窺う人影が存在した。
「ククク……高槻の野郎が見付からないんでイラついてたが、面白そうな事をやってるじゃねえか」
朝霧麻亜子や河野貴明とは決定的に違う、ただ殺し合いを愉しんでいるだけの男。
殺人鬼、岸田洋一は歪な笑みを浮かべて、乱入の機会を待ち続けていた。
麻亜子と貴明が撒き散らした騒音は、この殺人鬼を呼び寄せるのに十分過ぎる程のものだったのだ。
そしてかつて高槻と同行していた久寿川ささらの登場は、岸田の邪心を大いに引き出した。
――あの女を犯せば、殺せば、高槻はどれ程悔しがるだろうか。
「前夜祭といこうか――なあ、高槻?」

146POP STEP GIRL:2007/05/03(木) 10:54:45 ID:O.RktH3w0
【2日目・23:15】
【場所:F−2右下】

朝霧麻亜子
 【所持品1:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
 【所持品2:サバイバルナイフ、投げナイフ、携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
 【所持品3:89式小銃(銃剣付き・残弾30/30)、ボウガン、バタフライナイフ】
 【状態①:呆然、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、肋骨三本骨折、二本亀裂骨折、内臓にダメージ大、全身に痛み】
 【状態②:頬に掠り傷、左耳介と鼓膜消失、左肩重傷(動かすと激痛を伴う)、両腕に重度の打撲、右手粉砕骨折(全ての指と甲)、極度の疲労】
 【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除(但しささら以外に襲われれば反撃、殺害する)。最終的な目標はささらを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと】

河野貴明
 【装備品:フェイファー ツェリスカ(4/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×10)】
 【状態:呆然、左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷(全て応急処置および治療済み)、右脇腹、左太股負傷、疲労大、マーダーキラー】
 【目的:麻亜子の殺害、ゲームに乗った者への復讐(麻亜子含む)、仲間が襲われていれば命懸けで救う】

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)、疲労小】
 【目的:何としてでも二人の戦いを止める。貴明を説得して連れ戻す、麻亜子を説得する】

岸田洋一
 【装備:電動釘打ち機(5/12)、カッターナイフ、鋸、ウージー(残弾25/25)、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾7/8)、特殊警棒】
 【所持品:支給品一式、ウージーの予備マガジン(弾丸25発入り)×1】
 【状態:肋骨一本完全骨折・二本亀裂骨折。胃を痛める・腹部に打撲・内出血(多少回復)、切り傷は回復、マーダー(やる気満々)】
 【目的:貴明達を殺害(ささらを優先的に狙う)、可能ならばささらを犯す。高槻を探し出して始末する】

【備考】
以下の物は貴明達の近くの地面に転がっています
H&K SMG‖(0/30)、IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)、強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)、ステアーAUG(3/30)

→768
→815
→827
ルートB-18,B-19

147埋葬:2007/05/03(木) 23:05:53 ID:dL3fp0HY0
暗い森の中、来た道を戻るようにイルファはとぼとぼと歩いていた。
結局朝霧麻亜子に追いつくことは叶わなかったようで、落胆と悔しさで顔を歪ませる彼女の表情に明るさは一切無い。
悪戯に時間を使ってしまったことも、イルファを苛立たせる理由の一つだったろう。
じわじわと広がる自己嫌悪、しかしそれに拘り続けていても仕方ないということはイルファ自身も理解しなくてはいけない現実である。

まずは目先の問題を解決しなくてはいけない、とりあえずは寺に戻り状況を確認するのが第一だとイルファは判断する。
何が起きたかなどの情報は件の張本人である麻亜子以外のもう一人の存在、ほしのゆめみに問いただすのが一番の近道であろう。
だがまだゆめみが寺に留まり続けているとう保障もない、その可能性が高くないであろうことも理解できないイルファではない。
……既に逃走している場合、どう対処するべきかは悩む所である。イルファの中のジレンマの色はますます濃くなるばかりだった。

移動の間、イルファの中には勿論テンションに身を流してしまったことに対し反省する思いが表面的には一番強かった。
しかしその奥、彼女の回路を一番に締めるのは、やはり大切な主君である姫百合瑠璃の安否に関することであり。

さっさと事を終えて主君を探しに行きたいというもどかしさも勿論ある、しかし放置してきた事態を無視することもできない苛立ち、歯がゆさがイルファにも確かに存在する心を痛ませた。
……小さくかぶりを振ることで何とか気を取り直そうとするイルファ、ネガティブな思考に身を任せるようなことだけは避けようとしているのかもしれない。
ただでさえ体の状態が万全ではないのである、内面まで負に捕らわれてしまうことをイルファは恐れた。
右手に握ったままであるツェリスカを落とさないよう腕を抱き込んだ所で、込みあがってきた苦笑いをイルファは隠すことができなかった。

(こんな状態で、私は瑠璃様をお守りできるのでしょうか……)

どんなに信号を送り続けても指先には僅かな握力しか与えられない、今イルファがツェリスカを取り落とした場合それを拾い上げることは不可能に等しいだろう。
もう撃つことも叶わない拳銃、宝の持ち腐れと言っていいかもしれないそれを所持し続けること自体にイルファも疑問を感じない訳ではない。
現在のイルファにとって、これは無用の長物そのものだった。
それにも関わらずイルファはツェリスカを手放そうとはしなかった、そこにはこのツェリスカ自体を守らなければという彼女の強い思いも関係していた。

148埋葬:2007/05/03(木) 23:06:16 ID:dL3fp0HY0
この大型拳銃は威力が威力であることから、常人が使いこなすにもそれなりの技術が必要不可欠である。
つまり、普通の参加者が使用を求めてもまともに扱えず不利になる可能性を増すだけなのだ。
それによって不利益を得る参加者が出てしまうかもしれないという悲劇を避けるためにも、イルファはツェリスカを監視する役目が義務だと納得している面はあった。
……ただ、本当に危機的状態になった場合、そんなことを気にかけ行動に支障が出てしまったら本末転倒にも程があるのだが。

そんなことを思いながら足を進め続けたイルファの視界に、ついに目的地である無学寺の姿が映る。
見覚えのある外観を確認したうえで、イルファはそっと建物に近づき自身が飛び出した例の部屋を探し出した。
土の上に散らばる破片が月の光を反射する、麻亜子が飛び出したことで舞ったガラスのおかげで部屋自体はイルファもすぐに発見することができたようだった。
建物自体は平屋の作りである、窓の位置もそこまで高くなく両腕が不自由な状態のイルファでも何とか進入することはできるだろう。
しかしイルファは、距離をあけたままじっと部屋の様子を窺い続けていた。
疑いの色を濃く表したイルファの瞳、彼女のセンサーが寺内から僅かに漏れ出した物音を拾い上げる。
出所は、例の部屋からだった。

(……逃げないで、残っててくださった? いえ、でもあの場にはまだ他にも倒れていた方がいらっしゃいましたし早計はできませんね)

またそれ以外の可能性も視野に入れなければいけないのだから、自然とイルファの中でも緊張感が膨らむことになる。
窓から覗こうにもこの距離では難しい、足音を立てないようイルファも歩みを再開させた。

「………っ」
「………!」

断続的に漏れてくる人の声、もう少し近づけば完全に聞き取れると判断しイルファはさらに気を配りながらも進んでいく。

「……ひっぐ、あううぅ〜」
「泣いてちゃ分かんないだろ、何があったんだ真琴……」

声は徐々に明確になっていった。行われているやり取りも把握できるようになった頃には、イルファと部屋の距離は目と鼻の先のものになった。
会話から察するに、中にいるのは最低でも二人であるのは確かである……しかしそのどちらの声も、イルファにとっては聞き覚えのないものだった。
すぐさま自身のメモリーに検索をかけるイルファだが、結果はやはり「unknown」である。

149埋葬:2007/05/03(木) 23:06:35 ID:dL3fp0HY0
ただ、様子からしてイルファと敵外する恐れがあるような存在でないとの予測はついた。
あくまでイルファ自身の状態が芳しくないことから気を抜くことは出来ないのだが、それでも安心する面というのは強いだろう。
掴んでいるのが精一杯のツェリスカを構えながら、イルファはゆっくりとまた足を踏み出した。
今の所彼女の中に逃げるという選択肢はない、とにかく今この部屋の中がどのような状況になっているか確認することがイルファにとっての最優先事項だった。

……しかし突如、それは起こった。

パリンッという甲高い雑音が静かなこの場に鳴り響く、それにより部屋から漏れていた会話も止み辺りには本当の無音が訪れた。
何故か。
即座にイルファが下方へと視線をやると、自身の靴が踏みしめているガラスの破片が目に入る。
明らかな原因、意識が部屋の中に集中してしまったイルファの起こしたケアレスミスだった。

「なっ……誰だ!」

放たれた怒声は部屋の中から発せられたもの、それは間違いなく外にいるイルファに向けられたものである。
これに対しどう対応するか、イルファの中で迷いが生まれる。
穏便に済ませなくてはいけないがそれでも武装を解くわけにはいかない、しかし脅迫にしか使えないツェリスカで本当に場を納められるかなんてイルファでも予測はできない。
どうするべきかイルファが諮詢している時だった……今度は鈍い木材などををこすり合わせたような、耳障りな音が響き渡る。
今はイルファの真横に存在するガラスの割れた例の部屋の窓、それがスライドされたことで発生したのだろう。
立ち尽くすイルファ、そんな彼女と目があったのは……窓から顔を覗かせてきた、学生服の少年だった。
多分イルファが踏みつけられたガラスの音の出所を確かめるために、外の様子を見にきたのだろう。
そんな少年が発見したのが、この暗闇の中唯一の光源である月光の下にて固まっているイルファだった。

生まれる沈黙、イルファは少年が攻撃的な態度を取ってきたらすぐさまツェリスカを向け威嚇を施すつもりであった。
しかし、少年がそのような強行に出る気配はない。
むしろ一体何を考えているのか、少年は無防備にもじろじろとイルファを見るだけで何のアクションも仕掛けてこようとしなかった。
これにはイルファも自身がどう対応すべきか、困惑する一方である。
そんな時だった。

「……あんた、もう動けたのか!」

驚きで見開かれた瞳、瞬間嬉しそうに少年が叫ぶ。
向けられた暖かな言葉、しかしそのようなことを言われる節のないイルファはただただ首を傾げるだけである。

150埋葬:2007/05/03(木) 23:07:00 ID:dL3fp0HY0
「心配したんだ。よかった、本当に壊れてなかったんだな」

ほっとしたのだろうか、少年の頬がイルファの目の前でどんどん緩んでいく。

「ちょっと待ってろ、今こっち何とかするから」

そう言って少年は開けた窓の面積をさらに広げ、イルファが部屋の中に入りやすいようにと誘導してきた。
……もしかして、自分を誰かと勘違いしているのではないだろうか。イルファの中で疑問が沸く。
しかし、とりあえずは攻撃される危険性が低いというのは目で見て理解できることである。
イルファは状況に甘えることにして、何とか動く右腕を駆使し体を庇いながら部屋の中へと飛び込んだ。

(これで罠だったら、なんて……疑心暗鬼、すぎますよね)

一瞬浮かぶ嫌な予想、しかし戻ってきたイルファを出迎えたあの部屋は、数十分前の様子とほぼ変わらぬ状態であった。
しいて上げる違いとすれば、やはり既に逃亡したであろうゆめみの姿がないことと、横になっていた少女一人が起き上がっていたことだろう。
そして……このどこから沸いて出てきたか分からない五体満足な少年の存在、これもイルファにとっては謎だった。
改めて少年を見つめるイルファだが、その容姿に見覚えは全くなく検索をかけても該当して出てくるものもやはりない。
それでも少年は、にこやかな笑顔でイルファを見つめ返していた。様子からして勘違いのケースではないらしい。

そう、こうして二人が向き合うのは確かに初めてだろう。
だが少年からすれば……イルファは、苦労してこの無学寺まで担いできたという過程がある。
それが少年こと、折原浩平の中で彼女に対する警戒心を緩ませている理由でもあり、今も好意的に接している原因だった。
事情を知らないイルファにとっては理解しがたい様子だというのも頷けることである、ただ心底ほっとしたような表情を浮かべる浩平に対しイルファも毒気を抜かれたというのもまた一つの事実だった。

「それにしても、何で外に行ってたんだ?」
「……人を、追っていました」
「人?」

不思議そうな浩平の様子、その台詞で窺えるのは事態を知らない第三者という一種の確証でしかない。
イルファ自身も件には途中から乱入した身であったため、やはり詳しい事情を知る訳ではなかった。
故に説明し難い事象について、イルファが浩平に対しどう答えようか迷っていた時だった。

151埋葬:2007/05/03(木) 23:07:21 ID:dL3fp0HY0
「う、あ……うあああああぁぁぁぁぁぁ!!」

いきなりイルファに向かって飛び込んで来たのは、顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫びだした少女だった。
少女はイルファの腰に体当たりとも呼べる勢いでしがみつき、そのままわんわんと泣き崩れてしまう。

「ま、真琴?」

何事かと浩平も慌てて駆け寄って行くが、少女はイルファの体に顔を埋めたままイヤイヤと頭を振るだけで彼とのコミュニケーションを拒否する。
これでは浩平も戸惑いの声を上げるしかない。そしてイルファもどうしていいか分からず、呆然と少女を見守やるしかなかった。
部屋に溢れる微妙な空気、音として響くのは少女の、沢渡真琴の泣き声だけだった。





「……ふぅ」

今、浩平はあの部屋を出た先の廊下に出ていた。
泣き喚く真琴に対しどうすることもできず、浩平はオロオロするだけだった。
そんな時、不意にイルファから浩平に向かってアイコンタクトが送られる。
真琴のことを任せろという意味だと解釈し、浩平は小さく頷いた後そのまま部屋の入り口へと足を向けた。
浩平の後ろからはイルファが真琴をあやしているのだろう、優しい声が聞こえてくる。
不安を取り除くことはできないが、それでも結局は場をどうすることもできない浩平がいつまでも居座っていても同じことだった。

部屋を出た浩平は、今何を自分がするべきなのかを考えた。
何をすればいいのか、何をしなければいけないのか。
あの部屋の惨状から何を見出すか。

「……駄目だ、さっぱり分からん。っていうか久寿川さん置いたままだったな……」

152埋葬:2007/05/03(木) 23:07:51 ID:dL3fp0HY0
要素が少なすぎて想像することすら難しい。それこそ浩平はイルファの持つヒントよりもよっぽど少ない、現状の証拠しか目にすることができなかったのだ。
とりあえずは見張としておいてきたままである久寿川ささらに話をするのが先決だと判断し、浩平は少し前も歩いた廊下を戻るように進みだした。
時間にすれば数分程度だろう、見覚えのある暗い門構えまではあっという間の距離である。
ちょこんと座っている少女の後姿、栗色の長い髪からそれがささらであることは間違い。
手を上げ、浩平が声をかけようとした所でささらも浩平の存在に気づいたらしく振り返ってきた。
ささらの表情は硬かった、横に立てかけていた刀を手に次の瞬間浩平の元までささらは慌てて掻けてくる。

「どうでしたかっ」

投げかけられたのは焦りも含まれているだろう必死な問い、そこには一人取り残されたという孤独から来る不安もあったかもしれない。
心配そうに見やってくるささらの不安定な様子に、浩平も何とか彼女を落ち着かせようと説明しようとした。
しかし浩平自身も思いがけない出来事だった上事情自体も分からない身の上では、やはり上手く伝えることなど叶うはずもなく。
それでも意図だけは伝わったようで、ささらもこの重い状況に対し改めて顔を強ばらせるのだった。

こうしていては時間も勿体無いと、ささらはすぐにイルファ達のいる例の部屋へ戻ることを提案する。
ただ、浩平としては先ほどの真琴の様子もあり、時間を置かずに向かうことに対しては抵抗が隠せなかった。
……結局はささらの勢いに負けた形で、同行することにはなってしまうのだが。

なので、実際浩平達が部屋の扉を開けた時には真琴の癇癪も既に収まっていたというのは本当に運が良かったのだろう。
落ち着きを取り戻したように見える真琴の姿は、焦りや不安で乱されかけた浩平の心をひどく安心させた。
イルファの膝の上で体を丸めている真琴の様子は、さながら小動物のそれをも彷彿させる。
浩平とささらが現れたと同時に一瞬肩を震わせるものの、イルファに優しく撫でられることでその表情は安堵のものへとすぐに変化した。
この短い間に二人がどのような関わりを持つようになったか、浩平が分かるはずもない。
だが、それでも自分ではなだめることができなかった真琴の信頼をこうまで得ているイルファの存在は、浩平からしても何だか輝かしいものに見えるのだった。

……そういえばこの部屋の惨状を見てささらはどう感じたのであろうか、浩平の中で疑問が浮かぶ。
気づかれないようにと、浩平はちらっと横目で隣に佇む彼女を見やった。
浩平自身先ほどこの部屋にやってきた時は、とにかくショックが大きすぎて上手く思考回路を働かせることができないでいた。
床や壁に埋まる銃弾、破壊された車椅子、そして……既に絶命してしまっている郁乃の姿。
月の光が差し込む薄暗い部屋の中で存在の主張をするそれらの痛ましさは、改めて見ることになる浩平でさえも負担を感じる。
しかしそんな浩平以上のショックを受けたであろうささらは、気丈にも取り乱すことなく真摯に現実を受け止めているようだった。
眉間に酔った皺が気持ちの高ぶりを表していているのが見て取れる、しかしささらはそれを周りにぶつけようとも吐き出そうともしなかった。
ただ、一筋だけの涙がささらの頬を濡らす。それに込められた悲しみの集大成に、浩平は絶句するしかなかった。

153埋葬:2007/05/03(木) 23:08:12 ID:dL3fp0HY0
「このままじゃ、可哀想ですよね……郁乃さん、埋葬してあげましょう」

ささらの提案、異論を上げるものはいない。
さしあたって場所をどうするかについてだが、無学寺の敷地の広さからここの庭に埋葬することになった。
一応唯一の男性人でもあるということで、浩平は特に誰にも告げることなく倒れる郁乃の傍へと近づいて行く。
勿論、外に運ぶためである。
場所的に月の明かりが上手く届いていないようで、郁乃の表情などを浩平が見て取ることはできなかった。
しかし痛ましい状態であるのはおびただしい量の血液で判断できる、そんな光景を認識した浩平が胸を痛めていた時だった。

「あたしが……やるっ」

どんっと肩に走るちょっとした衝撃、後方からいきなり浩平を追い抜いたのはまだ少し鼻声の残る真琴だった。
そのまま浩平からひったくるように、真琴は眉間を銃弾で撃ちぬかれた郁乃の体をを抱きしめた。頑なな様子に浩平も声が出せず呆然となる。

「その方の、好きなようにしてさしあげてはいかがでしょう」

気がついたら浩平の隣に立っていたイルファが囁く、その間も真琴は血塗れた郁乃の体を抱きしめたまま微動だにしなかった。
着用している上着に、黄色のタートルネックに黒く変色した血液がべたつこうとも、真琴は気にするような様子を見せず抱きしめる力を弱めようともしないでいた。
そこには、他者が入り込む隙間などない。

イルファと二人真琴の姿を見つめていた時だった、浩平はふと隣を誰かが通っていく感覚を得た。
慌てて視線をやると、ささらが部屋の隅に向かっている後姿が浩平の目に入る。
そこは、支給された荷物がまとめられている一角だった。
浩平だけ真琴にダンゴをつまみ食いされたこともあり用心して自分で持ち歩いていたが、他のメンバーの持ち物は皆ここにまとめられていた。
ガサゴソと、ささらは周りを気にすることなくそのまま荷物を漁りだす。
目当ての物はすぐに見つけられたようだった、すくっと立ち上がった彼女の手には……一つのスコップが、握られていた。

「穴を……郁乃さんが入られる場所を、作らなければいけませんからね」

154埋葬:2007/05/03(木) 23:08:30 ID:dL3fp0HY0
真琴が民家から持ってきたそれが、まさかこのような用途で使われることになろうとはささらも、そして当の本人である真琴も想像できなかっただろう。
重い空気が晴れる気配はなかった。





庭にあたる場所の土は浩平が思っていたよりも柔らかく、空洞を用意する作業もそこまで困難なものではなかった。
イルファとささらが見守る中、掘り終えた浩平が軒先にて腰を落としている真琴に合図を送る。
立ち上がる真琴の動作は、ひどくゆっくりとしたものだった。
抱き上げることはできなかったようで背負うことにしたらしい郁乃を、落とさないようにと細心の注意を払ってのことだろう。
ささらが手を貸そうと近寄ろうとするが、彼女の肩に右手を置きイルファはただ静かに首を振った。

真琴の額に脂汗が浮かび上がっていく、痩せている方とはいえ同年代の少女を一人背負う作業はつらいに違いない。
その上亡くなっていることも関係し、背中にかかる大きな負担は真琴のか細い体力をどんどん削っていくことになるだろう。
それでも、真琴は決して譲ろうとはしなかった。
周りのメンバーが見守る中、真琴はゆっくりと進みだす。
浩平も、イルファも、ささらも皆、誰も言葉を発さずただ黙って真琴のことを見守り続けていた。
ふらふらとした真琴の足取りは、いつ体勢は崩れてしまってもおかしくないことを表している。
転倒してしまうかもしれないという可能性、真琴は慎重に一歩一歩を踏みしめているがそのぎこちない足取りも彼等の不安を煽る要素だった。

距離としては遠いものではない、浩平は心の中でひらすら真琴にエールを送っていた。
何故彼女がこのようなことに固執しているか、浩平も想像の範疇で答えを出す訳には行かない。
真琴が何を求めているのか、何を拘っているのか。分からない、浩平には何も分からないがそれでも。
こんなにも懸命な彼女の姿を見ていれば、誰だって応援はしたくなるというのが、浩平の出した結論だった。
やり遂げて欲しいと思った、泣くだけで事を終えず何かのけじめをつけようとする真琴の姿に浩平の心は揺り動かされていた。

最初はただのガキだと思っていたこと、会った直後にブン殴られ気絶させられたという恨みが浩平の中で消えた訳ではない。
その後も荷物を勝手に漁られダンゴを食べられたりと、これまでの浩平は真琴に対し悪印象しか持っていなかった。

155埋葬:2007/05/03(木) 23:08:53 ID:dL3fp0HY0
そんな真琴を子供だからだと、幼いからだということで片付けられるほど浩平も達観できていない。
笑って済ませられる寛容性もない。
……でも今、そんな浩平の中での真琴の存在と言うのは、正に180度転回したといっても過言でないくらいの変容を遂げていた。

あと数歩、ついに真琴は浩平が掘った穴のある場所まで進むことに成功していた。
浩平は空洞の横にいた、そこでスコップを手に真琴の姿を見守っていた。
滴る真琴の汗が、道中の地面に垂れ落ちていく様まで浩平の目に入っていく。
荒い息遣いが、浩平の耳について離れない。
何度名前を呼ぼうと思ったか、何度イルファに止められたささらのように手を貸そうと思っただろうか。
それでも握りこぶしに力を込め、浩平は自分を押し止めていた。
見ていて可哀想、そんな同情で彼女の道を妨げてしまう方が失礼なことなんだと、浩平は自分に言い聞かせる。

一歩。足が上がらないのか、擦る様に真琴は右足を踏み出す。
二歩。後ろ足を痛めている訳でもないのに、やはり擦るようにして真琴は左足を右足の横に揃えた。
三歩。もう一度右足を前へ、とにかく前へ。
四歩。ゆっくりとした動作で、左足を揃える真琴。そして、ついに。


「ご、ごーる……」


―― ついに真琴は、掘られた穴の前まで辿り着いた。

「ごめ、はぁ……ごめんね、郁乃……あ、あたし、今これくらいしかしてあげられい、けど……」

―― 途中途中でブレスが入る、鼓動の早まりのせいだろう。

「もう、逃げたり、しない、から……あう、約束、するもん、だか、ら……」

156埋葬:2007/05/03(木) 23:09:26 ID:dL3fp0HY0
―― ゆっくりと膝をつき、背中を掘られた空洞に向ける真琴。

「……おやすみ、郁乃」

―― そしてそのまま、優しく遺体を穴に向けて降ろすのだった。





顔を上げた真琴の目に、もう涙は浮かんでいない。
泣くだけの受身体勢でいた自分と、真琴が決別した証である。
浩平はそんな彼女へとゆっくり近づき、その隣に腰を降ろした。
そのまま少し乱れ汗に濡れた真琴の髪をくしゃっと撫でる浩平、文句を吐くことなく真琴は黙って愛撫を受けていた。
駆け寄ってきたささらも、勢いのまま真琴を後ろから抱きしめる。
浩平の、そしてささらの体温が真琴を包んでいく。先ほどまで背負っていた冷たい彼女の体とは違ったそれが、真琴はせつなくて仕方なかった。
穏やかなひと時、その価値の大きさを真琴は心から実感する。
失ったことでその大切さに気づいたというのもあるかもしれないだろう。
噛み締めた甘い優しさを胸に、真琴はもう一度だけ小さく彼女に別れを告げた。

「さようなら」

157埋葬:2007/05/03(木) 23:10:29 ID:dL3fp0HY0
【時間:2日目午前2時半】
【場所:F−9・無学寺】

沢渡真琴
【所持品:無し】
【状態:決意表明】

折原浩平
【所持品:スコップ、だんご大家族(だんご残り95人)、イルファの首輪、他支給品一式(地図紛失)】
【状態:普通】

久寿川ささら
【所持品:日本刀】
【状態:普通、見張りを続けている】

イルファ
【持ち物:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、他支給品一式×2】
【状態:首輪が外れている・右手の指、左腕が動かない・充電は途中まで・珊瑚瑠璃との合流を目指す】

・ささら・真琴・郁乃・七海の支給品は部屋に放置
(スイッチ&他支給品一式・食料など家から持ってきたさまざまな品々&他支給品一式・写真集二冊&他支給品一式・フラッシュメモリ&他支給品一式)
【備考:食料少し消費】

・ボーガン、仕込み鉄扇は部屋の中に落ちています

(関連・816)(B−4ルート)

158埋葬:2007/05/03(木) 23:12:34 ID:dL3fp0HY0
すいません、ささらの状態表を変更するのを忘れていました。
申し訳ありませんが、まとめに載せていただく際は下記のものでお願いします・・・

久寿川ささら
【所持品:日本刀】
【状態:普通】

159最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:52:36 ID:oMm5HmoI0
前回のゲームが行われた時と同じく、決戦の地と化した平瀬村工場の屋根裏部屋。
その場所で宮沢有紀寧は、予測し得なかった事態に目を見張り、驚きの声を洩らす。
「こんな……有り得ない……」
自分が手を下すまでも無く、岡崎朋也一人で鼠共を掃討出来た筈である。
それをより確実にする為に、敢えて朋也の事情を敵に教え、同情を誘う作戦だって実行した。
事実敵は朋也に対して、殺すつもりでは攻撃を仕掛けていない。
あくまで相手を殺さぬよう加減して戦っている女子高生と、死に物狂いで敵を殺しに掛かっている大柄の男。
そんな二人の戦いの勝敗なんて、決まりきってる筈なのに――


「――――ハッ!」
「があっ!?」
日本刀の背で左肩を思い切り殴打され、朋也が苦痛に喘ぐ。
少女――七瀬留美は体格差を物ともせず、完全に朋也を圧倒していた。
日本刀と薙刀のリーチ差も相俟って、本来ならば朋也の懐に入るのは困難を極める。
しかし既に留美は六回、朋也の薙刀を払い除けて、至近距離で剣戟を叩き込んでいた。
「このっ――――負けるかっ!」
朋也が声を上げながら、身体を横回転させ、それに合わせるように薙刀を横薙ぎに振り回した。
全体重を乗せたそれは、並の相手に対してなら、十分に勝負を決め得る程の一撃。
「無駄よ!」
だがそれも留美には通じない。
留美は日本刀の刀身で迫る剣戟を受け止めると、その衝撃に身を任せて後退した。
埃を巻き上げながら床を踏み締め、六メートル程距離を取った所で身体を止める。
それから留美は凛とした顔付きで、朋也に視線を送った。
「結構粘るわね……でも、もう止めといた方が良いわ。あんたじゃあたしには、絶対勝てない」
すると息を乱した朋也が、焦りの表情を浮かべながら、苦々しげに口を開いた。
「何でだっ……! どうしてこんな一方的に……」
朋也は理解出来なかった。
確かに自分には右肩の古傷によるハンデもあるし、相手は相当剣の扱いに慣れている様子。
だがそれでもここまで手も足も出ないのは、流石に有り得ない。
男女の体力差もあるし、何より自分は相手を殺すつもりで躊躇無く戦っている。
にも拘らず繰り出す攻撃の悉くが、一切通用しないのだ。

160最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:53:33 ID:oMm5HmoI0
そんな朋也の疑問を見透かした留美が、鋭い声で告げる。
「分かってないわね――そりゃまともにやったら、あたしだってもっと苦戦しちゃうと思う。
 でもね、今のあんたには『迷い』がある。嫌々やらされてるだけの奴に負ける程、あたしは弱くないわ」
朋也と違って、留美には一切の迷いは無い。
やるべき事は分かり切っている。
邪魔する者は全員叩き伏せて、此処で有紀寧を倒す。
勿論戦力的に相当劣る現状では、ゆめみの改造が終わる事や柳川の救援に期待したい所ではある。
だが人任せの甘い希望に縋り続け、自分に出来る努力を放棄する気など毛頭無い。
自分達を庇って死んだ藤井冬弥のように、今自分がすべき事を全身全霊で遂行する。
一人一人が諦めずに自分達の出来る事をしてゆけば、きっと道は開ける筈だ。
男相手に挑んでいる今の自分の姿は、かつて目指した『乙女』とは程遠いものとなっているだろう。
だがそれでも構わない――此処で有紀寧を倒せず、冬弥のおかげで繋げた希望を断ち切られるよりはずっと良い。
仲間を守り有紀寧を倒す為なら『乙女』としての自分などかなぐり捨てて、戦士と化してみせよう。

161最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:54:02 ID:oMm5HmoI0

「ぐっ……」
対する朋也は、徐々に戦意が萎えつつあった。
元々望まぬ戦いである上に、今この瞬間においての実力差は明らか。
これでは何度挑みかかっても、ただ一方的に痛め付けられるだけのように思えた。
しかしその時、後方より有紀寧が威圧するような声を投げ掛けてきた。
「――岡崎さん」
朋也の背中がピクリと反応するのを確認してから、有紀寧が続ける。
「分かってますよね? 此処で貴方が敗れれば、その瞬間に渚さんが死ぬという事を」
いつもの嘲笑うような調子では無い、明らかな苛立ちの色が混じった声。
それは紛れも無く最終警告であり、失敗すれば情けを掛けるつもりなど一切無いという事が分かった。
(そうだ――俺がここで負けたら……渚がっ……!)
確かにゲームに乗っていない者を殺すのに『迷い』はあるし、勝ち目があるようにも思えない。
それでも此処で自分が敗北すれば、確実に渚は殺されてしまう。
それだけは絶対に許容出来ない。
秋生に託されたのもあるし、何より自分には絶対渚が必要なのだから。
どんなにこの手を汚したって良いし、間違った事に全生命を注ぎ込んだって良い。
自分の全存在を懸けてでも、渚だけは――

162最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:54:29 ID:oMm5HmoI0

「う、あああああ――――ッ!!」
「えっ!?」
留美の顔が、この戦いにおいて初めて驚愕の色に染まった。
これまで終始迎え撃つ形で戦い、防戦一方だった朋也が突如攻めに転じてきのだ。
朋也は先程までとは違う、獣のような瞳を湛えて一直線に突撃してくる。
しかしすぐに留美は気を取り直し、これは逆に好機だと自分に言い聞かせて刀を構え直す。
肩口を狙って振り下ろされた朋也の一撃を掻い潜った後、素早く横に腰を捻る。
その勢いを活かして、横薙ぎに日本刀を思い切り振るう。
「っ――――ぐ、かはっ……」
一発。峰打ちによる剣戟が命中する。
「いい加減諦めなさいよっ!」
裂帛の気合と共に、次々と剣戟を繰り出す。
一瞬にして放たれた四発の旋風は、その全てが朋也の身体に直撃した。
微かに呻いて後ろに下がる朋也に対して、留美が彗星の如き勢いで踏み込む。
「これでぇぇ――――ラストォォォォッ!!」
工場全体に響き渡る程の咆哮を上げて、トドメの一撃を振り下ろす。
狙いは朋也の頭部だ。
この一撃で相手の意識を刈り取り、勝負に終止符を打ってみせる。
それはこれまで朋也が避け切れなかった剣戟をなお上回る、文字通り必殺の一撃。

163最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:55:09 ID:oMm5HmoI0
「――――え!?」
「ぐっ……おお……」
だが鈍い音がして、刀は振り切られる前に動きが止まった。
朋也は左腕を盾にして、叩き込まれる一撃を受け止めていたのだ。
朋也からすれば、相手が殺す気で来ていない以上意識さえ飛ばさなければ良かった。
即ち――頭部に来る攻撃にのみ最大限の警戒を払っていれば、逆転の好機は訪れる。
朋也は千載一遇の機会を活かすべく、留美の右腕を掴み取った後、片手で薙刀を振りかぶる。
「オオオオぉぉぉ――――!!」
「しまっ――」

留美の胸目掛けて、猛り狂う白刃が一直線に迫る。
留美は必死に逃れようとするが、純粋な力比べではどうしようもない。
右腕を固定されたまま、上半身を傾かせる程度が限界だった。
「あぐうっ!」
留美の左肩に衝撃が跳ね、赤い色の霧が宙に舞った。
続いて激しい痛みが襲ってきたが、留美はそれよりも寧ろ、目前の光景に意識を集中させなければならかった。
朋也が間髪置かずに第二撃を振り上げていたからだ。
(やられる――――ッ!?)
留美の顔が戦慄に引き攣った。
回避はもう無理だ。今度こそあの刃は、自分の心臓を捉えるだろう。
反撃するしかない……だが、日本刀を握り締めた右腕は封じられている。
ならば――

164最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:55:50 ID:oMm5HmoI0
留美は激痛に苛まれている左腕を無理やり動かして、ポケットの中に手を突っ込んだ。
「このぉぉぉぉっ!」
「ぐっ、があああああああああああっ!?」
想像を絶する程の悲鳴が、周囲一帯に響き渡る。
留美はポケットの中に入れておいた――麻酔薬付きの青矢を、朋也の左目に突き刺したのだ。
吹き矢用の青矢は、細い針程度のサイズだったが、それでも眼球を貫くには十分過ぎる程だった。
「うあっ、ああ、ああああっ……!」
朋也が背を丸め、地面に膝を付き、顔を覆ってもがき苦しむ。
だがすぐに麻酔薬の効果が発揮され意識を失い、ぐったりと地面に倒れ伏せた。

留美は血に染まった左肩を抑えながら、ぎゅっと唇を噛み締めた。
「……ごめんね」
出来れば後々にまで障害が残るような倒し方はしたくなかったが、他に選択肢が無かった。
一撃で相手の動きを止めれる箇所以外を狙えば、麻酔の効果が出る前に殺されてしまっていただろう。
……ともかく、今は他の事に気を取られている暇無い。
全ての集中力を――あの悪魔との対決に注ぎ込まねばならない。


留美の鋭い視線を一身に受けた有紀寧が、大きな溜息をついた。
「……やれやれ、長瀬さんといい岡崎さんといい、本当に使えませんね」
有紀寧はそう呟くと、すいと水平に電動釘打ち機を構えた。
それから静かな殺意を湛えた目で、留美を睨み付ける。
「どうやら私自身の手で、鼠退治をするしかないようですね」
ここに来てようやく有紀寧は、少々のリスクには目を瞑って戦う覚悟を決めていた。
自分自身で戦闘を行えば少なからず危険が生じるが、今回は優勝の為の必要経費だ。
この圧倒的有利な状況下で留美達を殲滅しておかねば、後々より厳しい状況に追い込まれるだろう。
ならば此処で確実に、不安要素を断ち切っておかねばならない。

165最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:56:23 ID:oMm5HmoI0

有紀寧が初めて見せる、混じり気の無い純粋な殺意を一身に受けて、留美はごくりと息を飲み下した。
「これからが本番ね……」
そう、留美にとって先の一戦はあくまで前座に過ぎぬ。
朋也は所詮傀儡であり、その主である有紀寧を倒さねば決戦は終わらないのだ。
しかし、はっきり言って勝機は限りなく零に近い。
「七瀬さん、随分お辛そうですね。ではその身体でどれだけ逃げ回れるか、試してみましょうか」
「ぐっ……」

留美は憎悪に満ちた目で有紀寧を睨み返したが、状況は変わらない。
飛び道具を持っている有紀寧相手では、身体が満足な状態ですら勝ち目が薄かったというのに、今や自分は満身創痍だ。
絶対に負ける訳にはいかないが、きっと勝負になどならない。
一方的に追い立てられ、攻撃する機会も与えられず、すぐに全身を撃ち抜かれてしまうだろう。
最早自分一人では有紀寧の打倒も、時間稼ぎも絶望的だった。
留美は背後に目を移したが、まだ改造作業が終わっていないのだろう――姫百合珊瑚は苦々しい表情を形作っていた。
その事を確認した留美はもう、背筋が薄ら寒くなるのを止めることが出来なかった。
命を落とすのはある程度覚悟しているが、有紀寧を倒せずに終わる事が何よりも悔しく、恐ろしかった。
だがそこで足音が聞こえたかと思うと、留美の横に倉田佐祐理が並び掛けていた。
「佐祐理……?」
「……留美は自己犠牲が過ぎるよ。死ぬなら一緒に、ね?」
留美が訝しげな顔で尋ねると、佐祐理は儚げな笑みを浮かべて答えた。
その笑顔に秘められた強い決意を見て取り、留美は何も言えなかった。
最早戦闘能力の有無などで後方支援に徹していられる状況ではないのだ。
戦えば死ぬと分かっていても、一秒でも長く時間を稼いで、逆転の好機が訪れるのを待つしかない。
佐祐理と留美は武器を構えて、結果の見えている勝負に身を投じようとする。
二人の様子を眺め見た有紀寧が、馬鹿らしい、と言わんばかりに溜息を吐いた。
「お涙頂戴の友情劇を演じるのは結構ですが、鼠が二匹に増えた所で何も変わりませんよ?」
有紀寧は電動釘打ち機を構えたまま、あくまで涼しい顔をしている。
――そんな時である。
ザッと床を踏みしめる音が、留美達の絶望を切り裂いたのは。

166最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:56:58 ID:oMm5HmoI0
「――待たせたな」
屋根裏部屋の入り口に、あの男が立っていた。
氷川村で別れて以来連絡が取れず、そしてリサ=ヴィクセンとの決戦を行っていたという――柳川祐也が。
柳川の姿を目にするや否や、佐祐理は希望に満ち溢れた顔で叫んだ。
「柳川さん!」
続いて半ば涙目で、掠れた声を絞り出す。
「無事……だったんですね…………」
勿論待ち望んでいた救援が現れたというのもあるが、それ以上に柳川が生きていてくれた事が嬉しかった。
不安だった――あの最強の雌狐に、柳川が殺されてしまうのではないかと。
会いたかった――ずっと自分を支え続けてくれた柳川と。
「倉田……良く頑張ったな……」
佐祐理の無事を確認して、柳川もまた安堵の表情を浮かべる。
だが柳川はすぐに強烈な眩暈を感じ、身体がぐらりと揺らいだ。
「柳川さんっ!?」
投げ掛けられた佐祐理の声を聞いた柳川は、飛びかけた意識をどうにか押し留めて、体勢を立て直す。
リサとの死闘を経た柳川は、この場の誰よりも消耗し切っていたのだ。
「く……心配は無用だ。後は俺に――任せておけ……」
口ではそう言ってみせたものの、柳川に一切の余力が残されていないのは明白だった。
その事を確認すると、有紀寧は凄惨に口元を吊り上げた。



167最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:57:29 ID:oMm5HmoI0
(――――計画通り!)
有紀寧は腹を抱えて大笑いしたい衝動を抑えるのに必死だった。
自力で立ち続ける事すら困難に見える柳川は、最早脅威でも何でもない。
そして柳川が此処に来たという事は、つまり――
既に確信を持っていた有紀寧は、皮肉気に柳川へと笑いかけた。
「大体想像は付きますが、一応聞いておきます。柳川さん――リサさんはどうなりましたか?」
「……奴は死んだ。俺がこの手で、殺した」
柳川が静かに、そして微かに憂いの混じった声で答える。
すると有紀寧は笑みを一層深め、とても愉しげに口を開いた。
「フフフ、そうですか。あの方は長瀬さんや岡崎さんとは違って、非常に役立ってくれました。
 少し心の傷を突いただけで馬鹿みたいにあっさりと騙されて、私の思い通りに動いてくれましたよ」
「貴様は……そうやってこれまで、どれだけ多くの人間を苦しめてきたっ……!」
柳川が眉を鋭く吊り上げ、双眸に紅蓮の炎を宿らせる。
その目より放たれる怒気を受ければ、並みの胆力しか持たぬ人間ならば例外無く腰を抜かしてしまうだろう。
しかし有紀寧は向けられた殺意を一笑に付し、とんでもない事を言ってのけた。
「――貴方は今まで食べたパンの枚数を覚えているのですか?」
それは絶対の余裕があるからこそ可能な、度の過ぎた挑発。
死に体の柳川が激昂して飛び掛ってきたとしても、確実に撃退する自信が有紀寧にはあった。
だが柳川は寧ろ怒りの矛を納め、とても静かに――鬼の力を解放しながら、言った。

168最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:58:42 ID:oMm5HmoI0
「もう良い――貴様は死ね」
「――――ッ!?」
部屋の温度が数度下がった程にも思える圧迫感。
有紀寧の舞い上がっていた意識が一瞬にして凍り付いた。
掛けられた声はとても静かなものだったのに、有紀寧の本能が全力で警鐘を鳴らしていた。
全身の表面には鳥肌が立ち、喉は呼吸を忘れてしまったかのように動かない。
細胞の一つ一つまでもが、今すぐ逃げなければ殺されてしまうと叫んでいる。
「う…………ああ…………」
それは長瀬祐介やリサとは違う、本物の怪物に対してのみに抱いてしまう、本能的な恐怖心。
全世界の生態系から逸脱した異常な存在を前にして、有紀寧の身体が竦み上がる。
そこで柳川が日本刀を握り締めて、一歩足を踏み出した。
その瞬間有紀寧の理性は完全に崩壊し、身体が勝手に電動釘打ち機の引き金を引いていた。

「アアアアッ!!」
作戦など無い――迫り来る絶対の恐怖を少しでも遠ざけようと、釘を放つ。
だが柳川は先程までの疲弊し切った姿が嘘かのように、刹那のサイドステップでそれを躱した。
人間では決して有り得ない速度、常識外れの反射神経。
その余りにも馬鹿げた動きは、有紀寧の心に植え付けられた『異能への恐怖心』を、際限無く増大させてゆく。

「来るな……」
今度は左右に大きく釘を撒き散らすべく、電動釘打ち機を乱暴に振り回した。
横への移動では決して避け切れぬ、広範囲に及ぶ一斉射撃。
しかし柳川は一瞬の判断で身を屈めてその攻撃を凌ぐと、素早く前方に駆けた。

「来るな……来るな……」
有紀寧がすぐに次の釘を放った為に、柳川の前進は一瞬で止まる。
だがその一瞬の間だけで、両者の距離は驚く程縮まっていた。
残る距離は、約5メートル。
有紀寧の絶対に死守すべき生命線は、たったそれだけしか残されていなかった。

169最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 10:59:26 ID:oMm5HmoI0
「どうして、当たらないっ……!」
間断無く電動釘打ち機の引き金を絞ってゆくが、放たれた釘はどれもが虚しく空を切るばかり。
ある時は上体を逸らし、ある時は横に跳び、またある時は身体を斜めに傾ける。
そんな予測不可能の動きを見せる柳川に対しては、照準を定める事すら困難を極めた。
そうしている間にも徐々に間合いが縮まってゆき、逃れようの無い恐怖が迫ってくる。
人間とは決定的に違う正真正銘の怪物が、じりじりと近付いてくる。
自分の目では、飛んでいく釘の姿は殆ど捉えられない。
にも拘らず、何故この怪物はこちらの攻撃が全て読めているかのように、最小限の動作で身を躱せるのだ――!

「来るな、来るな、来るなぁぁぁぁっ!!」
肉食獣を上回る獰猛さを秘めた眼光、口から血を垂れ流しながらも前進を止めない頑強な意思。
今の有紀寧にとっては、柳川の全てが恐ろしかった。
ただ恐怖心から気を紛らわせる為だけに、がむしゃらに釘を乱射する。
その数実に7本――これ迄に放った中でも最大の一斉射撃。
だが次の瞬間大きな音が有紀寧の耳に届き、柳川が天高く舞っていた。
人間の限界を超越した跳躍力による飛翔は、易々と二メートル近い高さにまで達した。
当然それ程の高度に向けての攻撃は行われていなかったので、全ての釘は柳川の下を通過するに留まった。

ドスン!と大きな音を立てて、柳川が有紀寧の眼前に降り立つ。
そして降り立った時にはもう、日本刀を大きく振り上げていた。
「あ………」
有紀寧はトリガーを引く事すら出来ない。
最早手を伸ばせば届く距離であり、何をやっても、それより先に殺されてしまうだろう。
死にたくなど無いが、どう考えても怪物の振るう豪刃の方が早い。
一秒後には確実に、自分の身体が両断されているに違いなかった。
これ以上の恐怖を感じる暇すらない。
回避も反撃も不可能な圧倒的暴力により、自分は破壊し尽くされるのだ。
だから有紀寧は思考を放棄して、ただゆっくりと目を瞑った。

170最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 11:00:15 ID:oMm5HmoI0
しかし一秒が経過しても、二秒が経過しても、変化は無い。
いつまでも訪れぬ死に有紀寧が目を開けると、予想外の事態が起こっていた。
柳川の――あの怪物の動きが、ピタリと止まっていた。
「く……そ……」
忌々しげにそう洩らした後、柳川はゆっくりと地面に崩れ落ちていった。
この場誰もが、助かった有紀寧自身も、何が起こったのか理解出来ない。
こちらの攻撃は一発も当たっていない筈なのに何故――

有紀寧は頭の中に充満した恐怖という名の霧を吹き飛ばし、恐るべき速度で思考を巡らしてゆく。
そしてすぐに、答えは出た。
とどのつまりこの怪物は、リサとの戦いで力の殆どを使い果たしていたのだ。
先程見せた異常な動きは桁外れの気力によるものだろうが、それも遂に底を尽きた。
やはりリサと柳川を潰し合わせるという自分の作戦は、これ以上無いくらいの名案だった。
「柳川さん……柳川さああああああんっ!」
悲痛な叫び声を上げる佐祐理に顔を向けて、有紀寧は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「流石に今回ばかりはもう駄目かと思いましたが――どうやら私の勝ちのようですね?」

171最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 11:01:20 ID:oMm5HmoI0
【時間:2日目23:45】
【場所:G−2平瀬村工場】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【状態①:極度の疲労と数々のダメージの影響で気絶中。左上腕部亀裂骨折、肋骨三本骨折、一本亀裂骨折】
 【状態②:内臓にダメージ大、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、極度の疲労】
 【目的:有紀寧と主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
 【状態:呆然、中度の疲労、右腕打撲、左肩重傷(止血処置済み)】
 【目的:珊瑚と柳川の防衛、有紀寧の打倒】
七瀬留美
 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
 【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
 【状態:呆然、疲労大、腹部打撲、左肩重傷、右拳軽傷、ゲームに乗る気、人を殺す気は皆無】
 【目的:珊瑚の防衛と有紀寧の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
 【状態:軽度の疲労、ゆめみの改造中】
 【目的:まずはゆめみの改造を終わらせる】
ほしのゆめみ
 【所持品:無し(持てる状態で無くなった為に廃棄)】
 【状態:電源オフ、胴体に被弾、右肩に数本の罅、左腕右腕共に動く】
 【目的:不明】

宮沢有紀寧
 【所持品①:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【所持品②:ノートパソコン、ゴルフクラブ、コルトバイソン(1/6)、包丁、電動釘打ち機(27/50)、ベネリM3(0/7)、支給品一式】
 【状態:精神肉体共に軽度の疲労、前腕軽傷(治療済み)、腹にダメージ、歯を数本欠損、左上腕部骨折(応急処置済み)】
 【目的:敵の殲滅。自分の安全を最優先】
岡崎朋也
 【所持品:・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態①:麻酔薬の効果で気絶中。極度の疲労、マーダー、特に有紀寧とリサへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、腹部打撲】
 【状態②:背中と脇腹と左肩に重度の打撲、左眼球欠損、首輪爆破まであと22:55(本人は46:55後だと思っている)】
 【目的:有紀寧に大人しく従い続けるかは不明、最優先目標は渚を守る事】

→819
→825
ルートB-18,B-19

172最後に笑う者は――:2007/05/04(金) 11:12:09 ID:oMm5HmoI0
すいません、お手数ですが
>【場所:G−2平瀬村工場】

【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
に訂正お願いします

173さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:51:54 ID:ecAvMqnI0
私はずっと一人ぼっちだった。
いつも冷静な振りをして、心には蓋をして寂しさを忘れようとしていた。
ううん、寂しいとか思っちゃいけない、辛いとか思っちゃいけないと思っていた。
それが私の幸せなんだって。
一人でいることなんか全然平気。
傷つくことなんて何も無い、そう思いこもうとしていた。
でも、そんな私を否定した人が二人いた。

――まーりゃん先輩。
どこからともなく現れて、私の意思なんかまるでお構いなしに心の中に入ってきて、私に新しい世界を教えてくれた。
やることすべてが私の想像なんかはるか上を行っていて、慌しくて、それでいて新鮮で楽しくて。
彼女と過ごしていると、自分の抱えた悩みがすごいちっぽけで、下らないものに思えた。
何よりも私と言う人間を理解してくれていた。
彼女と過ごした時間はいまや何にも変えられない私の宝物。
……私の一番大切な人。

――河野貴明さん
私が一番辛い時に、私を励ましてくれた人。
まーりゃん先輩とは別の意味で私の中に入ってきて、正直あの時は戸惑っていた。
あの時はまーりゃん先輩の存在だけが私の全てだったから。
彼女と別れてしまうなんて考えたくも無かったのに、過ぎていく時がその残酷さを私に叩きつけていて。
だから全てを忘れようとした。彼女との思い出を全て。
自暴自棄になっていたのかもしれない。出会いは本当に偶然だった。
彼は彼女とは違う方法で。それでも私に対する想いは同じくらい真摯で。
彼の純粋な心は、暗闇に投げ出された私の心を明るく灯してくれた。道を指し示してくれた。
……私の一番大好きな人。

174さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:52:29 ID:ecAvMqnI0
自惚れているつもりはなかった。
二人が私を好きでいてくれると同時に、私も二人が大好きだったから。
二人がいれば私は他には何もいらない。
ずっとそう思っていたのに。

私の目の前には貴明さんが。
私の背中にはまーりゃん先輩が。
二人とも満身創痍で。
それは私を守るために。
同じ目的なのに違う道を選んだ二人の物語。
耐えられない。
片方だって失いたくない。
ささらは悪い子だから。とても我侭な子だから。
二人が私のために争うなんて見たくない。
ねえ、貴明さん。
そんな目でまーりゃん先輩を見ないで。
まーりゃん先輩は悪くないの。
悪いのは全部私。
私がいなければまーりゃん先輩はきっとこんなことをしなかった。
これは私の罪なの。
だからまーりゃん先輩とお話をさせて欲しい。
きっとわかってくれる。
まーりゃん先輩のしたことは絶対誰も許してはくれないのかもしれないけれど、それは私の罪でもあるのだから。
私が一緒に罪を償うから。
だから、その銃を下ろして。

でも私の口はまったく開かず、目から大粒の涙があふれるだけだった。

175さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:53:05 ID:ecAvMqnI0
「久寿川先輩、そこをどいてください」
貴明さんがゆっくりと口を開く。
飛び出た言葉は、私の思いを打ち砕くように耳から脳へと伝えられた。
「どうして……どうしてまーりゃん先輩を殺さなくちゃいけないの」
「久寿川先輩だってわかっているはずでしょう? まーりゃん先輩は人を殺した。人を殺されて悲しむ人がたくさんいるはずなのに」
「貴明さんも同じ事をしようとしているのよ」
「……」
貴明さんは答えない。
「まーりゃん先輩が死んだら私はとても悲しい」
「……」
勝手な事を言ってるのはわかっていた。
「それでも貴明さんは、まーりゃん先輩を撃つの?」
私はなんてずるい女……。
「……久寿川先輩に恨まれても構わないと思ってるよ。俺にはもうこうすることしか出来ないから。みんなを守るためにはここでまーりゃん先輩を止めないといけないから」
「撃たなくったって! 私がちゃんと話すから! わかってもらうから!!」
「――たかりゃんを困らせちゃダメだよ……さーりゃん」
まーりゃん先輩が私に声をかけた。
たしなめるような、厳しいけどやさしい口調で。
「――っ!」
「さーりゃんが何を言っても、あたしはこの道を変えない。さーりゃんが困るのだってわかってる。
でもね、私は馬鹿だから。こうするしか思い浮かばなかったんだよ。
たかりゃんみたくみんなで力を合わせるとかね、出来なかったんだよ。今更止まれないんだ。だから私を止めたいなら……」
そしてまーりゃん先輩貴明さんの瞳をじっと見詰めて――
「――撃ちなよ、たかりゃん。撃たないと私はまた人を殺す。たかりゃんを殺して、たかりゃんの仲間を殺して。それ以外の人間もみんな殺して。さーりゃん以外の人間はみんな殺す。
最後に私が死んで、さーりゃんが優勝。もしも願いが嘘だったとしても、これでさーりゃんだけは生きていられる」
そう告げていた。

176さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:54:00 ID:ecAvMqnI0
「私そんなの望んでいない! まーりゃん先輩が死ぬなんて、まーりゃん先輩がいないなんて、そんな世界望んでないの!!」
「うん、わかってる。けしてさーりゃんが望んだことじゃない事だって事は。
こんなあたしのことを恨んでくれていいよ。ごめんね我侭な先輩で。身勝手でいつもさーりゃんを困らせてたよね。
そんなさーりゃんを見ていつもあたしは笑ってたっけな。ああ、ホントにダメダメな先輩だったね」
「そんな事無い、そんな事無いの! まーりゃん先輩がいたから私は……私は!」
私はどうしたいんだろう。我侭ばかり言って二人を困らせて。
どうしたいかなんて決まっているけれど、どうすればそれが叶うかなんてわからなかった。
だからあふれ出る感情だけを吐き続けた。
でもそれはかなわなくて……
「さあ、お喋りの時間はもう終わりにしようか。たかりゃんを待たせすぎるのもアレだしね」
まーりゃん先輩は貴明さんに向かってはっきりと遺言であろう言葉を紡ぎ出した。

「待たせてゴメン、たかりゃん。もういいよ」
「……まーりゃん先輩」
「何も考えなくて良いから。その引き金を引くだけ。ちょっと指に力を入れるだけでたかりゃんは自分の意志を貫ける。
さーりゃんを、仲間をまた一つ守れるんだ。あたしと言う殺人鬼からね」
「本当にダメなんですか。今の久寿川先輩の言葉を聞いても、本当にそうするしか道は無いんですか!」
「自分で言ったろ、あたしを許すことは出来ないって。ちみの覚悟はそんなものか? さーりゃんを守るって覚悟はそんなものか?」
まーりゃん先輩が全身を震わせ、その瞳はまっすぐと彼に向けられたまま強く強く、貴明さんに向かって感情を搾り出すように吼えていた。
「今更泣き言を言ってあたしを失望させるなよ……。あたしを安心させてくれ。さーりゃんを任せてもいいって確信させてくれ!
自分が正しいと思うなら覚悟を見せろ! 手を汚しても道を示せ! さぁやれっ! 河野貴明っ!!」
「うぐ……う……うあ……うあああああアアアァァァッッ!!!!」

絶叫とともに、銃を握る手に力がこめられたのがわかった。
貴明さんだって先輩を殺したいはずがあるわけが無い。
でも、私たちの間に作られた壁は見上げても見上げても終わりは見えなくて。
それが私には崩すことは出来ないんだって言う事がわかってしまって。
止める言葉が出てこなくて。
そして――

177さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:54:51 ID:ecAvMqnI0
パンッと、まるで花火にも似た音が大気を揺らし私の耳に届いた。
飛び散る鮮血が私の身体に降り注ぎ、私の世界は紅く染まる。
私は直視したくもない現実から目をそむけることも出来ず、呆然と立ち尽くしていた。

目の前の貴明さんは右胸から血を撒き散らしながら。
握ったフェイファー ツェリスカが貴明さんの手を離れ地面に落ち、それに続くように貴明さんの身体もゆっくりと、とてもゆっくりと地面に吸い込まれるように倒れていった。
何が起こったのかわからなかった。
引き金を引こうとしたのは貴明さんで。
そして今倒れているのも貴明さん。
声を出すと言う簡単な事すら出来ないほど、私の頭は混乱してしまっていたらしい。

「さーりゃん!!」
先輩の叫びが聞こえ、そして私の手が勢いよく引かれた。
その勢いに地面に叩きつけられて思わず呻き声を上げてしまう。
同時に私をかばうように地面に伏せると、まーりゃん先輩は叫びながら89式小銃を取り出しあたりに向かってやみくもに撃ち始めた。
「誰だ!」
先輩の叫びに返ってる言葉は何もなく、一瞬の間とともに再び銃声が響き私たちの地面の土を勢いよくえぐった。
「くそぉぉっ!」
ボロボロの身体のどこにそんな力が残っていたのか、まーりゃん先輩は勢いよく跳ね起き身体を起こすと、私の腕を引く。
銃を撃ちつづけながら向かう先に見えたものはひしゃげた強化プラスチックの大盾。
それに向かってまーりゃん先輩が跳ねたと同時に、再び響いた銃声が彼女の右足を貫いていた。
「アアアアァアアァァッ」
89式小銃が手から零れ落ち、悶絶しながらまーりゃん先輩が苦悶の声を上げる。
「まーりゃん先輩!!」
盾に身を隠しながらまーりゃんの先輩の右足を見ると……肉が飛び散り白い骨が半分欠けながら、かろうじて繋がっていると状態になりながら血が噴出していた。
「……ハァハ……ァ……さーりゃん……怪我……は……ない? ……撃たれ……てな……い……?
「私は平気……でも、先輩は!」
ボロボロと零れる涙が私の視界を塞ぐ。
「こん……なのたい……した……怪我じゃ……」
刹那鳴り響く銃声は、まーりゃん先輩の言葉を邪魔するように盾ごと私たちの身体に衝撃を与える。

178さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:55:28 ID:ecAvMqnI0
1発…2発…3発…そこでようやく銃声は鳴り止んだ。
「んなとこに隠れてないで出てこいよ」
止まった銃声の変わりに出てきたのは笑いをかみ殺したような、下卑な男の声だった。
どこかで聞いたことのあるような声に私は反射的に盾から顔を出しそうになるのを、まーりゃん先輩に慌てて推しとどめられる。
「ククク、なんだつれないな。せっかくの再会だってのによぉ」
再会…?
「別の男を引き連れて女王様気取りか? 高槻はどうした、捨てちまったのか? ククククク……」
高槻さんの事を知ってる人……?
「なんだぁ忘れちまったのか? 昨日は学校で世話になったよなあ。わざわざお礼に来てやったんだぜ、寂しい事言うなよな」
再び盾に響き渡る衝撃に、まーりゃん先輩の身体が大きくふらついた。
支えるようにまーりゃん先輩の身体を抱きすくめ、横目からちらりと見えたその人物は――確かに昨日学校で高槻さんと戦っていた人物、岸田洋一だった。





弾切れのデザートイーグルを興味も無く投げ捨て岸田は小さく呟いた。
「まったくよぉ、高槻も可哀想なやつだよな」
バックからウージーを取り出すとそれに構えなおし岸田はゆっくり歩を進める。
「俺様を怒らせちまったばっかりに、仲間がどんどん死んでいくんだからよ」
侮蔑するように地面に倒れこんだ貴明の姿を見やり、近づくと同時に彼のわき腹を蹴り上げた。
ピクリとも動かなかった貴明の身体が、小さな呻き声とともに痙攣した。
同時に咳き込む声とともに大量の吐血を巻きちらすと共に、宙に浮いた血は重力のままに彼の顔を覆い尽くしていく。
うっすらと目が開かれ、目の前の男を睨み付けるものの、そんな彼の行動を見て岸田は割れんばかりの大声で笑っていた。
「まだ生きてやがったのか、なかなかしぶといじゃねえか兄ちゃん」
ウージーを貴明の右足に向け、軽く引き金を絞る。
パラパラといった無機音と共に、右足の肉がはじけ飛ぶ。
「がアアァあアァぁッッ!」
「ぎゃはははは、もっと鳴け、もっと鳴けよ!!」
身体の制御も聞かず襲いくる衝撃のなすがままに全身が跳ね上がり、貴明の悲鳴と岸田の歓喜の叫びが場に木霊した。

179さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:56:03 ID:ecAvMqnI0
「たかりゃん!」
「貴明さん!」
岸田は哀れむような目で貴明を見下ろして笑う。
「ったく、素直に死んでおけば苦しまなくてすんだってのによ。難儀な身体してるな、兄ちゃん」
言いながら地面に野ざらしにされたフェイファー ツェリスカを拾い、貴明の顔面に狙いをつけ
「――じゃあな」
絶対的な余裕の中で、もう自分の勝ちは確定的だという状況の中で。
岸田の注意が貴明に集中していた油断の中、麻亜子が動いた。
引き金が指にかけ、まさに弾が飛び出そうとした瞬間。
「うぐぁっ!」
右肩に焼けるような熱さが走り、直後訪れた鋭い痛みにフェイファー ツェリスカが再び地面へと落ちる。
岸田の腕に生えていたのは一本のサバイバルナイフ。
まーりゃんが取り出し投げつけたそれは、的確に岸田を貫いていた。
「たか……りゃんは……殺……させない……よ。さーりゃ……んを……守れ……る……のは、もう……たかりゃんだ……けなんだ……か……ら……」
最後の力を全て使い果たしたのか、麻亜子はそのまま倒れこむ。
「うぜええええっっ!!!」
怒りのままに麻亜子に駆け寄ると、その胸倉をつかみ挙げ、岸田は麻亜子の顔面を殴りつける。
一発ごとに麻亜子の口から嗚咽と鮮血とがはじけ飛び出していた。
「やめて! やめて!!」
哀願するように叫びながら岸田の足にささらはしがみつく。
だがうっとおしいと言わんばかりにしがみつかれた足を跳ね上げ、ささらの身体は弾き飛ばされていた。
「邪魔しなくても次はおまえの番だから安心しろよ。高槻が悔しがるように楽しませてもらってから殺してやるからよぉぉ」
ささらの目に恐怖の色が浮かぶ。
「そん……なこと……は……させな……い」

180さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:56:44 ID:ecAvMqnI0
岸田の背後から上がった声。
「んなっ!」
全身から血を流し、右足はほぼ原形をとどめてない状態にもかかわらず貴明はフェイファー ツェリスカを握りなおして立ち上がっていた。
口からは絶え間なく血が零れ落ち、襲いくる痛みに意識が飛びそうになる。
それでも貴明は、立ち上がっていた。
大事な人達を守るために。
この島から出て、再び笑いあうために。
岸田が貴明に向かって身構える間もなく、向けられていたフェイファー ツェリスカの銃口から岸田へと向かって弾は発射された。





181さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:57:13 ID:ecAvMqnI0
「く……そ……」
貴明の身体は力なくその場に倒れこんでいく。
今出せる自分の最後の力。
だがそれは暴れるフェイファー ツェリスカを抑える事は叶わなくて。
引き絞られた銃弾は、岸田の身体を捕らえることも無くその脇の木へと突き刺さっていった。
「けっ……死にぞこないが驚かせやがって!」
岸田の言葉に反応する力も無かった。
先輩が悲痛な叫びを発しながら駆け寄り、俺の身体を抱きすくめてくれていた。
全てを使い果たしたような脱力感に覆われ、声を出そうにも出てこない。
俺はここで終わるのか。先輩も、珊瑚ちゃんも、誰もまだ守りきれてないのに。
先輩が泣いている。
泣かせたいわけじゃないのに。笑わせたいはずだったのに。
生きてこの島から出て、元の生活になんかけして戻れないけど、悲しみを乗り越えた先にきっと笑い会える日々がくると信じてたはずなのに。
全身から力が抜けていって、先輩の声が遠くなってきた。
ああ、俺は死ぬんだな。
そう思った。
悔いが無いはずが無い。
でも、もうだめなのがわかった。
だから最後だけでも先輩に笑って欲しくて。
笑顔の久寿川ささらでいて欲しくて。
俺は口を開こうと、全ての力を口にまわした。
「久寿川……先輩……ご……めん……。やくそ……く……守れ…な……かった」
「――!!」
ああ先輩が何かを言っている。そんな泣かないでよ。
わかってる、言いたい事はわかってるさ。
それでも俺は先輩に笑って欲しいんだ。
だから――

182さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:57:50 ID:ecAvMqnI0
「たかりゃん!」
声が聞こえた。
もう機能を果たしていないはずの俺の耳に。
岸田につかまれたままのまーりゃん先輩の声。
まーりゃん先輩だって、もう限界のはずなのに、聞こえた声は今まで出一番力に溢れていて。
「ぐああああああああ!!」
同時に聞こえたのは岸田の声と思しき絶叫。
「たかりゃん……は、……そこ……終わ……のか!? 違うだ……ろう。さーりゃん……守……だろ……。あた……を……させるなよ!」
あはは、まーりゃん先輩、無茶言わないでくださいよ。
本当にいつもいつも無茶苦茶を言う人だ。
指一本動かす動かす力が無い俺にこれ以上何が出来るって言うんだ。
でもその言葉が、俺に本当に最後の最後の力をくれた。
あの人に言った言葉は嘘じゃないから。
それは絶対に証明してみせる。
「くす……がわせ……んぱい……にげて……、必ず追いつくから……みんなの下へ……。そして高槻さんを探して……みんなで脱出するんだ……」
言葉が口を出ていた。
目の前の先輩は泣きじゃくりながらかぶりを振っている。
「絶対に……すぐに行くから……だ……から……」
これが最後だ。
出し惜しみなんてしない。
細胞の全てを集中させろ。
抱き抱えられた身体を起こし、先輩を跳ね除けると俺は岸田に向かって駆け出した。
岸田の身体にはもう一本ナイフが刺さっていた。
右肩にはさっき投げつけられたサバイバルナイフ。
左肩にはそれとはまた別のバタフライナイフ。
そしてまーりゃん先輩も欠けた足をかばい、ふらふらになりながら右手にまた別のナイフを構えていた。
俺のことなんて気にも止めていなかったであろう岸田は、俺の渾身の体当たりを防ぐ間もなくくらいもんどりうって倒れた。
身体がばらばらに引きちぎれそうな痛みに襲われる。
倒れてなどいられるものか。
だが意思とは裏腹に倒れこみそうな身体。

183さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:58:27 ID:ecAvMqnI0
ちくしょう、ちくしょう。
だが、そんな俺を支えてくれた人はいた。
傷だらけの身体で。
俺よりもずっと小さな小さな身体で。
ちょっと体重を乗せただけでもつぶれてしまいそうなその身体で。
道は違ってしまったけれど、目指すものは一緒だったはずの……大好きだった先輩。
……もしも真っ先に出会っていれば。
……もしも学校で止めることさえ出来ていれば。
止めよう。もしもなんて言葉はもう要らない。

――久寿川ささらを守る
すれ違った二人の心は、同じ目的の元にようやく一つになっていたのだった。

起き上がろうとする岸田に向かってまーりゃん先輩がボーガンを打ち込み、再び岸田は絶叫を上げた。
同時に二人で走る。一直線に。俺"達"の敵に向かって。
俺は倒れこんだ岸田に馬乗りになって、そしてまーりゃん先輩はポケットから何かのスイッチを取り出すと、ためらいもせずにそのボタンを押した。
自爆装置でももっていたのか?
ははっ、一体この人は幾つ武器を持っているんだ。
思わず笑いがこみ上げてきた。
そしてまーりゃん先輩も岸田にしがみついてその身体を押さえ込む。
「離せ、この糞餓鬼ども!」
岸田が必死に抵抗しているが、近づいてみるとこいつもかなりの傷を負っているのがわかり、俺達をはがすまでの力が無いようだった。
そりゃそうだ。俺の最後の力をそう簡単に跳ね除けられてたまるものか。
(たかりゃん、もうすぐここにミサイルが飛んでくるから逃げて)
必死に岸田を押さえつける傍らで、先輩が息も絶え絶えに俺の耳元でそう呟いた。
「なんだとっ!」
同時にその言葉が聞こえてしまったらしい岸田は全身を激しく揺らし暴れ始める。
少し黙ってろよ、今おまえと話してる暇は無いんだ。

184さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:58:57 ID:ecAvMqnI0
必死に身体が離れないようにしがみつき、まーりゃん先輩にへと言葉を返す。
(無理でしょう、俺の身体はこんなだし、俺が離れたらきっとこいつに逃げられる。俺もいっしょにこいつを止めます)
(そんなことしたらさーりゃんはどうなる。守ってくれるんじゃなかったの。あれは嘘だったのか?)
痛いことを言う……でも、俺はもう覚悟を決めたんだ。
(嘘じゃないですよ。俺に出来ることは何でもします。そしてこれが、俺に残された久寿川先輩のために出来る最後の仕事なんです。だから、許してください)

頭上で何かが光ったのが見えた。
殺すとか、殺されるとか。
そんなのはやっぱりくだらないことでしかないんだ。
でもそんなくだらないことをもう一回だけ。
許してくれ、先輩。
最後まで守れなかった俺達を許してくれ。
珊瑚ちゃんも高槻さんも約束守れなくて、本当にごめん。
そして、後は任せたから。
絶対に死なないで、俺達の分まで、きっときっと、笑っていてくれることを信じてるから。

(そんな言葉だけじゃ許さないぞ。あの世であったらたっぷりとお仕置きしてやるからな)
(ははは、お手わらやかに)

「ちくしょぉォォ!!! たかつきいいいいいイイイイィィィッ!!!」





185さらば!屋上生徒会:2007/05/04(金) 11:59:33 ID:ecAvMqnI0
岸田の絶叫があたりに響き渡り、誘導装置により舞い降りたミサイルが爆音と共にあたりを焼き尽くす。
貴明と麻亜子は最後にゆっくりと手をつなぎ、そして笑った。
約束を果たすことは出来なかった。
でも最後の一瞬までささらを守ったことは確かだったから。
やり遂げた顔を浮かべ、二人は岸田と共に爆風の中へと消えていったのだった。

爆風に飛ばされながら、ささらの目に映ったのは、自分に向けられた二人の笑顔。
悲しみも全て忘れさせるように、ささらの意識は遠く深く闇へと落ちていた。


【2日目・23:30】
【場所:F−2右下】
久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)、疲労大 気絶】


朝霧麻亜子【死亡】
河野貴明【死亡】
岸田洋一【死亡】

【備考】
ささらの持ち物以外は全て爆発により大破
→832
ルートB-18,B-19

186星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:06:14 ID:p7rYmdAA0
次々と仲間が倒されてしまった。
駆けつけてくれた向坂環も橘敬介も、圧倒的な戦力差の前に蹂躙された。
そして遂に――数々の敵を屠ってきた柳川祐也すらもが、力尽きてしまった。
勿論、自分達だって何もせずにただやられていた訳では無い。
凄まじい激戦を経て、敵側の人間も倒れていった。
リサ=ヴィクセンも、岡崎朋也も既に地に倒れ伏せている。
だが諸悪の根源にして、主催者以上の狡猾さを誇る悪魔――宮沢有紀寧は電動釘打ち機を手にしたまま、未だ健在だった。
対する倉田佐祐理達は最早全員が満身創痍で、飛び道具も持っていない。

「それではフィナーレと行きましょうか、皆さん?」
そう言って、有紀寧が愉しげに笑いを噛み殺す。
一方、佐祐理は覆しようの無い圧倒的な絶望を、その身に感じ取っていた。
「柳川さん……」
床に横たわる柳川はピクリとも動かない――その姿は、呼吸をしているかどうか不安になってくる程だ。
だが今柳川に駆け寄って安否を確認するなど、出来る筈が無い。
そんな大きな隙を晒せばその瞬間に、有紀寧に殺されてしまうだろう。
自分達が倒れれば、有紀寧は確実に倒れている者達にもトドメを刺してゆく。
柳川を救いたいなら此処は決戦を挑んで、有紀寧を打倒するしかないのだ。
――どうすれば、この圧倒的な絶望に侵食された状況を打開出来る?

187星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:07:27 ID:p7rYmdAA0
「……珊瑚さん、ゆめみさんの状態はどうですか?」
注意は決して有紀寧から外さずに、背中を向けたままで問い掛ける。
すると後ろから謝罪の意を多分に含んだ、か細い声が聞こえてきた。
「アカン……」
「…………」
「みんなゴメンッ……作業は全部終わったのに……ゆめみが……動かへんっ……」
距離も離れており、背中越しだというのに、珊瑚が抱いてる絶望と無力感が造作も無く感じ取れる。
元々無茶な作戦だった。
イルファとはまるで仕様の違うロボットであるゆめみに、OSの移植が成功する保証は何処にも無かった。
それにゆめみの機体は岸田洋一に撃たれた銃創や、先程リサから受けた攻撃により、既に相当痛んでいる筈。
何時故障しても――そう、強引な改造が原因で故障しても、何も可笑しくは無かったのだ。

とにかく、これで残されていた逆転のカードは全て潰えてしまった。
一体これからどうすれば――
そこで佐祐理は、服の袖を横から引っ張られている事に気付いた。
ナイフを構えたまま視線だけ送ると、七瀬留美が悲壮な決意を込めた瞳でこちらを見ていた。
「……留美?」
「とても危険だけど……一つだけ作戦を思いついたわ」
「――え?」
「失敗すれば、間違いなく死ぬ。でももう、他に手が無いの。お願い佐祐理、貴女の命をあたしに――預けて頂戴」



188星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:08:17 ID:p7rYmdAA0
「…………?」
こちらに聞こぬ程度の小声で話をしている佐祐理と留美に対して、有紀寧が訝しげな顔をする。
この期に及んで、まだ何か小細工を弄するつもりなのだろうか?
しかし生憎これはドラマや映画では無いのだから、敵の作戦会議が終わるまで待ってやる義理など無い。
「誰がお喋りをして良いと言いましたか? いい加減貴女達の顔も見飽きました――そろそろ死んでください」
無機質な声でそれだけ告げると、有紀寧は容赦なく電動釘打ち機の引き金を絞った。
唸りを上げて、宙を奔る鋭く尖った釘。
動きの鈍った人間では、とても躱しきれない勢いで飛来するそれを――佐祐理は、デイパックで受け止めていた。
「――――ッ!?」
有紀寧が目を見開くのとほぼ同時に、佐祐理と留美が縦一列に並んで、一斉に前方へと駆ける。
前を行く佐祐理は三つのデイパックで身体の大部分を覆い隠し、その背後に隠れるようにして留美が日本刀を構えながら疾駆してくる。

「く――そう来ましたか!」
敵の狙いは至極単純――佐祐理がデイパックで釘を防ぎながら間合いを詰めて、後ろにいる留美が攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。
言うなれば佐祐理は弾除けの盾であり、留美は敵を仕留める為の剣だ。
有紀寧は二発目、三発目の釘を連続して放ったが、それらは全てデイパックに遮られてしまう。
電動釘打ち機による攻撃は、生身の人間に対してなら十分な殺傷力を発揮するものの、障害物を貫通する程の威力は持ち合わせていないのだ。
「アンタだけは……絶対に許せないッ……!」
深い憎悪がたっぷりと籠もった声が、佐祐理の後ろより聞こえてくる。
留美の姿は完全に佐祐理に覆い隠されており、有紀寧の位置からではその表情までは伺い知れない。
「フン……そんな小細工でどうにかなると思っているんですか」
どんどん間合いが詰まってゆくが、有紀寧にはまだ余裕があった。
確かに電動釘打ち機ではデイパックを貫けないが――ならば他の部分を狙えば良いだけの事。
それに――



189星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:08:53 ID:p7rYmdAA0


「ぐぅっ!」
左太股に走った激痛に、佐祐理が呻き声を上げる。
有紀寧は狙いを変えて、佐祐理の無防備な部分――剥き出しの足に攻撃を仕掛けてきたのだ。
3つあるデイパックは腹や首といった急所を覆うのに使っている為、足や肩を守る物は無かった。
「ほらほら、どんどん行きますよ?」
嘲笑うような声と共に次々と釘が発射され、それが佐祐理の肩や足に容赦無く突き刺る。
その度に肉が引き裂かれ、鮮血が噴き出し、身体が言う事を聞かなくなってゆく。
だがそれでも佐祐理は、倒れはしなかったし、走る足も決して止めなかった。

電動釘打ち機による連激の嵐の中、言い訳程度の盾を用いて正面突撃を敢行する。
それは余りにも無謀な作戦であったが、これが正真正銘最後の博打にして、最後の勝負なのだ。
最早新たな救援には期待出来ぬ以上、ここで敗れれば本当に後が無い。
今この瞬間に於いては、自分一人がどれだけ耐えれるかに、仲間全員の命運が懸かっているのだ。
ならば自分の生命全てを注ぎ込んででもこのまま駆け続け、敵に肉薄してみせる。
鬼気迫る様子で突撃し続ける佐祐理を前にして、次第に有紀寧の表情が焦りの色に染まってゆく。

「く……ああああっ!!」
佐祐理は両足と両肩に何本も釘が突き刺さった状態で、痛みを誤魔化す様に大きく叫びながらなお突き進む。
その後ろでは既に留美が、衝突の瞬間に備えて刀を振り上げていた。
もう有紀寧は目前、後数歩足を進めるだけで、こちらの射程に入るだろう。
予想外の佐祐理の粘りに、烈火の如き気合を以って攻撃を仕掛けようとする留美に、有紀寧の顔が狼狽に歪む。
「っ……やられ――」

190星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:09:46 ID:p7rYmdAA0
だが更に間合いが詰まり、留美が刀を振り下ろす寸前に。

有紀寧は口元を緩ませて、本当に愉快そうに微笑した。

「……る訳が無いでしょう。貴女達は馬鹿ですか?」
「――――え?」

佐祐理達がその言葉の意図を理解出来ないうちに、有紀寧は素早く横へ飛び跳ねた。
二人並んで突き進む形であった佐祐理達は急激な方向転換が出来ない為に、その後を追う事は適わない。
有紀寧はそのまま佐祐理達の横に陣取ると、三度続けて電動釘打ち機の引き金を絞った。
横方向から――角度的に、遮蔽物の無い状態で狙撃を受けた留美の腹に、次々と釘が突き刺さる。
急所を貫かれた留美はヘッドスライディングをするように、前のめりに地面を滑ってゆく。
やがて派手な音を立てて前方にあった机にぶつかり、留美の身体は停止した。

力無く横たわる留美を見下ろしながら、有紀寧が呆れたように吐き捨てる。
「その下らない猿知恵を見せて貰った時は、笑いを堪えるのに苦労しましたよ? 貴女達の作戦は、二人三脚の状態で戦うようなものでした」
それでようやく佐祐理は自分達の過ちと、敵の狙いを理解して、掠れた声を絞り出した。
「そ……んな……」
自分達の作戦には、余りにも致命的な欠点があった。
縦に二人並んでの突撃が有効なのは、あくまで正面から動かない敵に対してのみ。
そんな戦術では横からの攻撃を防げぬし、機敏に動き回る相手を追尾する事も出来ぬのだ。
有紀寧はそれを分かっていたからこそ、敢えて追い詰められた振りをして、佐祐理達を引き付け――必殺の一撃を叩き込んだ。

191星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:11:01 ID:p7rYmdAA0
「留美さん、貴女には一番手間を掛けられました。ですが、それもこれまでです」
そう言うと有紀寧は素早く移動し、足元に転がる留美の腹を思い切り踏みつけた。
「がっ……あああっ……!」
負傷した腹部を圧迫され、留美は耐え難い痛みに悶え苦しむ。
体重を掛けられる度に、腹のより深くへ釘がめり込み、流れ落ちる赤い血が勢いを増す。
有紀寧は拷問を続けながら、顔だけを佐祐理の方へと向けた。
「佐祐理さん、どうしたんですか? 早く助けないと、留美さんが死んでしまいますよ?」
余りにも無慈悲な、誇らしげな、そして嘲笑うような声。
それを聞いた佐祐理は、弾かれたように飛び出した。
「留美ぃぃーっ!!」
既に何本もの釘が突き刺さった足で、それでも懸命に駆ける。
その最中、唐突に、もう生命力の大半を失った留美と目が合った。
留美は弱々しく首を振ってから、震える声で言った。
「だ……め……に……げ…………て…………」
そこで有紀寧がすいと、電動釘打ち機を下に向ける。
「……仇は討てませんでしたね、留美さん」
有紀寧はそのまま何の躊躇も無く、まるで虫を殺すかの如く平然と、引き金を引いた。
釘が二本、三本と、留美の首に吸い込まれてゆき、鮮血を撒き散らす。
眼前の光景を目の当たりにした佐祐理が、喉が張り裂けんばかりの悲痛な絶叫を上げた。
「い……嫌あああああああぁぁぁっっ!!」
友の死に、佐祐理の中で既に限界まで感じていた筈の絶望が、より深くより大きく肥大化してゆく。
――何をやっても通じない。どれだけ頑張っても、この悪魔からは誰も救えない。

「これで詰まらない友情劇も終わりですね。ですがご安心下さい……すぐに貴女も、あの世にお送りしてさしあげますから」
有紀寧は正しく悪魔のように禍々しく口元を歪め、全てを嘲笑っていた。
その足元で、光を失った留美の瞳孔が急速に散大していった。

192星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:11:45 ID:p7rYmdAA0


「る……留美ぃ……」
屋根裏部屋の最深部では、珊瑚が奥歯を噛み締めながらその光景を眺め見ていた。
唯一ハッキングをし得る技術力を持った自分が、主催者の打倒に於いてどれだけ重要かは自覚している。
だからこそどれだけ戦いが激化しようと、あくまでも後方支援のみに徹した。
しかし自分がそうやって守られている間に、仲間が一人、また一人と倒されていった。
そしてその間に、自分が唯一行ったゆめみの改造すらも――失敗してしまった。
「ゆめみ……動いてよ……」
何度もゆめみの肩を揺さぶるが、何の反応も返っては来ない。
節々に未知の技術が用いられているゆめみを改造するなど、無謀な行為だったと悔やんでももう遅い。
イルファのOSを取り付けられたゆめみは、まるで死んでしまったかのように、ただ眠り続けている。
「今動かへんと……みんなやられてまうよ……お願いだから……動いてよ……」
どれだけ呼び掛けても、一向にゆめみが目を覚ます気配は無い。
それでも珊瑚は呼び掛け続ける――もうそれくらいしか、自分に出来る事は残されていなかった。
「ウチは……いっちゃんにも瑠璃ちゃんにも守られっぱなしやった……今回だってそうや……」
イルファも姫百合瑠璃も、命懸けで自分を守り抜いて死んでいった。
それなのに、自分はまだ何も出来ていない。ただ仲間の足を引っ張り続けているだけだ。
仲間達の死に報いれるような事は、何一つ、成し遂げれていない。
「ウチが役に立てるのは機械の事くらいやのに……それさえ駄目やったら……死んじゃった皆に会わせる顔があらへんやん……。
 もうウチはどうなってもええ……でもせめて他の皆だけでも、助けてあげてっ……!」
悲しみに満ちた涙の雫がぽたりと、ゆめみの頬に零れ落ちた。

すると声が――とても懐かしい声が、聞こえてきた。

193星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:12:53 ID:p7rYmdAA0
「泣かないで下さい……珊瑚『様』」
「え?」
唐突に、奇跡でも起こったかのように、何かの魔法のように。
珊瑚が気付いた時には、それまで何をやっても決して動かなかったゆめみが、目を開いていた。
ゆめみはゆっくりと上半身を起こし、優しく珊瑚の身体を抱き締めた。
まるで在りし日の、イルファのように。
「遅れて申し訳ありません……。ですが後は私が何とかしますから、どうか泣き止んでください」
「貴女はゆめみ……? それともいっちゃん……?」
珊瑚が訊ねると、ゆめみはすくっと立ち上がった。
胸を穿たれ、右肩に罅が入った小柄な少女の姿はしかし、とても美しく感じられた。
こちらを眺め見る瞳の、水と油が混ざり合ったような反射は、光学樹脂独特のものだった。
「私はゆめみです――けれど、イルファさんの記憶もあります」
「え……?」
OSを移植しただけなのに何故――訳も分からず、珊瑚が呆然とした表情になる。
続けて絶望の霧を消し飛ばす凛と透き通る声で、ゆめみが言った。
「――事情は分かっています。宮沢有紀寧さんを、倒せば宜しいんですね?」
珊瑚がはっきりと頷くのを確認すると、ゆめみはくるりと向きを変えた。
その先にはとても冷めた目をした有紀寧が、電動釘撃ち機を構えながら立っていた。

新たなる敵の出現を受け、有紀寧が不快そうに言葉を洩らす。
「……スクラップが起きましたか。ですが武器も持たずに、一体何をなさるおつもりで?」
有紀寧からすれば、留美と柳川の両者を倒した時点でもう勝負はついている。
残る敵は全て問題にもならぬ矮小な存在であり、後は簡単な事後処理を行えば良いだけだった。
だからこそ勝利の余韻に浸っていたというのに、それを取るに足らない存在に邪魔されたのは堪らなく不愉快であった。
しかしゆめみは有紀寧の怒りを意にも介さずに、凍て付くような声で告げた。
「申し訳ありませんが――貴女を倒します」
そして、イルファよりは少し薄い水色の髪を靡かせながら、ゆめみが疾駆した。

194星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:13:26 ID:p7rYmdAA0

「な――――」
渦巻く突風、迫る強大な圧力。
有紀寧は目前の光景が信じられなかった。
取るに足らぬ筈の人形が、数人掛かりですらリサの相手になっていなかったスクラップが、凄まじい勢いで突撃してくる。
だがその動きは柳川やリサのような、明らかに別次元の存在である『怪物』程ではない。
(予想外ですが……この程度なら!)
有紀寧は電動釘撃ち機の引き金を引いた――『怪物』が相手でなければ、十分に勝機はあると信じて。
しかしそれは、時間稼ぎにすらならなかった。

――ゆめみは攻撃を避けずに、ひたすら直進してきたのだ。
生身の人間相手ならともかく、ロボットが相手では釘の一本や二本など致命傷とは成り得ない。
「馬鹿なっ……そんな馬鹿なっ……!」
狼狽した有紀寧は、残弾数が残り少なくなっているのも忘れて、闇雲に釘を連打する。
何度も鈍い音がしてゆめみの胸に、腹に、次々と釘が突き刺さってゆく。
突き刺さった箇所を中心として、ゆめみの胴体に何個も円状の罅割れが形成される。
だがすぐに、カシャ、カシャという音がして、電動釘撃ち機が弾切れを訴えた。
そしてその時にはもう目の前でゆめみが、大きく拳を振りかぶっていた。

195星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:14:08 ID:p7rYmdAA0
「珊瑚様には――」
イルファの声で。

「お客様には――」
ゆめみの声で。

「指一本触れさせませんっっっ!!!」
裂帛の気合を乗せた叫びと同時に、怒りの鉄槌が有紀寧の腹に叩き込まれた。

「があああああああああっ!!」
凄まじい衝撃を受け、有紀寧の身体が猛烈な勢いで後方へと吹き飛ばされる。
そのまま有紀寧は背中から壁に叩きつけられて、ずるずると地面に滑り落ちた。
そしてその直後――ゆめみもまた、糸が切れた人形のように力無く床に倒れ伏せた。
有紀寧から受けた攻撃だけが原因ではない。
相性の悪いOSを搭載し、『リミッター』まで解除して戦うのは負担が余りにも大き過ぎた。
その事をゆめみ自身が一番分かっていたからこそ、短時間で勝負をつけるべく、あんな無茶な戦法を取った。
それでもゆめみはやり遂げた。
柳川も、留美も、どうしても叩き込む事の出来なかった一撃を、完璧なまでに決めてみせたのだ。



196星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:14:53 ID:p7rYmdAA0


「ぐっ……あああっ……」
脇腹の骨という骨を砕かれた有紀寧は、途方も無い激痛に喘ぎ苦しんでいた。
折れた骨の何本かが内臓を傷付けたらしく、喉の奥底から血が湧き上がってくる。
それでも未だ有紀寧は諦めずに、倒れた姿勢のままで床を這っていた。
(くぅ……こんな所で……死ぬ訳には…………!)
死にたくない――唯一にして恐るべきその執念だけが、有紀寧に最後の活力を与えていた。
どれだけ無様でも良い。どれだけ滑稽でも良い。
何としてでも逃げ切って、怪我を癒し、生き延びてみせる。
自分の怪我は致命傷では無い筈だから、この場さえ凌げればきっと何とかなる。
死んでしまっては全てが無意味なのだから、逃げ切った後は復讐に拘らず身を潜めよう。
階段まで、後もう少しで辿り着く。
(あそこまで……あそこまで行けばっ……!)
あそこまで辿り着ければ、敵の前から姿を眩ませれれば、きっと――

「――逃がすと思うか?」
そこで、殺意に満ちた底冷えのする声が聞こえた。
声のした方に首を向けると柳川と佐祐理が、お互いに支え合う形で立っていた。
柳川は横に視線を移し、少々困惑気味に訊ねた。
「倉田……本当にお前もやるのか?」
「はい。佐祐理も罪を背負います」
「……そうか」
迷いの全く見られぬ佐祐理の返答を前にして、柳川は頷くしかなかった。
そして二人は片方ずつ手を伸ばし、一本の武器を――留美が使用していた日本刀を握り締めた。

197星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:15:44 ID:p7rYmdAA0
訊ねるまでも無くこれから起こる事が理解出来、有紀寧は必死に声を絞り出した。
「ま、待ってください……!」
柳川達がピクリと反応するのを確認してから、有紀寧は続ける。
「私は首輪爆弾を解除する方法を知っていますよ? 主催者の居場所だって把握しています」
――知らない。当然だが、そんなものは知る筈が無い。
出鱈目でも何でも良いから、ただ助かりたかった。
「此処で私を殺したら、主催者を倒せなくなりますよ? それでも良いんですか?
 それに私なら主催者の裏を突く作戦だって幾らでも思いつくし、ゲームに乗った人間の殲滅も簡単です」
相手に余計な思考を挟む時間を与えぬよう、有紀寧は怒涛の勢いで言い連ねる。
最後に有紀寧は、長瀬祐介や柏木耕一を騙した時と同じ、柔らかい笑みを浮かべた。
「今までの事は謝りますから、これからは協力しましょう。主催者が人を生き返らせる力を持っているのなら、これまで死んだ人だって蘇らせれます。
 ですから過去の遺恨は捨てて、私と一緒に戦って皆さんを生き返らせましょうよ、ね?」
その言葉を最後に、数秒の、しかし有紀寧にとっては永遠にも感じられる沈黙が続いた。

やがて柳川が、全く表情を変えずに、冷淡な口調で吐き捨てた。
「……一つだけ言っておく。たとえ天と地が割けようとも、俺達が貴様を許す事は有り得ない」
柳川や佐祐理からすれば有紀寧は主催者以上に憎い敵であり、交渉の余地など初めからある筈も無い。
その事実に気付いた――否、ただ単に現実から目を逸らしていただけの有紀寧は、突き付けられた死刑宣告に、呻いた。
「うああ……ああああっ…………」
顔の向きを前方に戻し、形振り構わず階段に向かって這い続ける。
「嫌だ……嫌だ……死にたくない…………死にたくないっ…………!」
服が埃塗れになるのも、地面に擦れる腹部の傷口が痛むのも、些事に過ぎない。
死より――完全なる無より怖い物など存在しない。
『死を恐れる』という生物の本能に従って、有紀寧は最後まで生を望む。
「死にたく――」
だがそこで、ズンという音がして、有紀寧の意識は唐突に途切れた。
背後から追い付いた柳川と佐祐理が、有紀寧の首に刀を突き立てたのだ。
貫かれた首筋から赤い血が噴き出し、柳川が少し横方向に力を加えると、首から先が千切れ落ちた。

――この殺し合いに於いて最も手段を選ばず、最も多くの人間を不幸の底へと叩き落した悪魔。
宮沢有紀寧は最期の瞬間まで己の生のみを渇望し続けて、その生涯を終えた。

198星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:16:43 ID:p7rYmdAA0
    *     *     *

凄惨な決戦に終止符が打たれた後。
最早自力で立ち上がる事も出来なくなったゆめみは、珊瑚に抱きかかえられていた。
後ろでは佐祐理と柳川が黙ってその様子を見つめている。
「ゆめみ……」
「珊瑚様……」
ぐったりとしているゆめみの姿は、数分前に鬼神の如き戦い振りを見せた者とは、とても同一人物に見えなかった。
しかしゆめみは確かにその小さな身体で戦い、誰も倒せなかったあの有紀寧に勝利したのだ。
死にゆく運命にあった仲間達を、救ってみせたのだ。

ゆめみはぼそりと、とても静かに呟いた。
「珊瑚様――ロボットの私でも……皆さんと同じ天国に行けるでしょうか? 天国でまた、皆さんと会えるのでしょうか?」
「絶対……行けるよ……だってゆめみには……、『心』がちゃんとあるんやから……誰よりも暖かい人間の心が、ちゃんとあるんやから……」
珊瑚が涙ながらに、途切れ途切れで言葉を返す。
そうだ――ゆめみには、汚れた人間達などよりもよっぽど素晴らしい、純粋な『心』がある。
珊瑚がゆめみと一緒に過ごした時間は決して長く無いが、それでも彼女がとても優しい『心』を持っている事だけは、十分に理解出来た。

続けてゆめみは柳川と佐祐理の方へと首を向ける。
その動作に合わせて、羽虫がたてるようなジジジという音が聞こえた。
「皆さん……どうか珊瑚様を、宜しくお願いしますね……」
柳川と佐祐理が強く頷くのを確認すると、ゆめみは視線を天井に移した。
――機材無しでは、屋内では、雨空では、見える筈が無い星空の景色を思い浮かべて。
それから誰に向けてでもなく、独り語り始める。
コンパニオンロボとしての、プラネタリウム解説員としての、本来の役目を果たす為に。

199星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:17:21 ID:p7rYmdAA0
「プラネタリウムは……いかがでしょう?」

「どんな時も決して消えることのない、……美しい無窮のきらめき」

「満天の星々が……みなさまを、お待ちしています……」

「プラネタ……リウムは…………いかが……でしょう?」

「……どんな時も…………決して…………」

「…………消える…………こと、の………………な………い………」

そこで、言葉は途切れ、ゆめみの動きも止まった。
しかし完全に機能が停止したゆめみの頬を、一筋の涙が伝っていた。
ゆめみは、本来ロボットでは流せる筈の無い涙を流していたのだ。

『神様、どうか――天国をふたつに、わけないでください』

――『心』を手に入れた彼女なら、涙を流せた彼女なら、絶対に見れる。
――仲間達に看取られて見る、穏やかな夢。
――天国でお客様達と見る、幸せな夢。
――それはきっと、小さな小さな、ほしのゆめ。


【残り25人】

200星めぐりの歌:2007/05/05(土) 10:18:55 ID:p7rYmdAA0
【時間:3日目0:00】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【状態①:やり切れない思い、左上腕部亀裂骨折、肋骨三本骨折、一本亀裂骨折】
 【状態②:内臓にダメージ大、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、極度の疲労】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート、日本刀】
 【状態:悲しみ、疲労大、右腕打撲、左肩重傷(腕は上がらない)、右肩・両足重傷(動かすと激痛を伴う)】
 【目的:主催者の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具】
 【状態:軽度の疲労、涙】
 【目的:主催者の打倒】
岡崎朋也
 【所持品:・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態①:麻酔薬の効果で気絶中。極度の疲労、マーダー、特に有紀寧とリサへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、腹部打撲】
 【状態②:背中と脇腹と左肩に重度の打撲、左眼球欠損、首輪爆破まであと22:40(本人は46:40後だと思っている)】
 【目的:最優先目標は渚を守る事】


七瀬留美
 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
 【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
 【状態:死亡】
ほしのゆめみ
 【所持品:無し】
 【状態:機能停止】
宮沢有紀寧
 【所持品①:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【所持品②:ノートパソコン、ゴルフクラブ、コルトバイソン(1/6)、包丁、電動釘打ち機(0/50)、ベネリM3(0/7)、支給品一式】
 【状態:死亡】

→834
ルートB-18,B-19

201憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:17:33 ID:ZVI98tr.0
「ちくしょうっ! 弥生さん…何て早まった事を!」
消防署を飛び出した冬弥は全力疾走のまま森の中へと逃げ込んだ。
こちらはほぼ丸腰、対する弥生はほぼ新品同様のP-90が手元にある。はっきり言って戦力差は絶望的だ。反撃するなんてとんでもない状況だった。
七瀬留美や折原浩平と見解の相違があったとはいえ別れてきてしまったのは大失敗だったのだ。それと、安易に余計な事を話してしまった自分の愚かしさにも。
いつ如何なる時でも冷静に、現実を把握して理にかなった行動を起こす弥生ならば、そんな与太話なんて信じないと決め付けていたのだ。
今さらながらに、冬弥はこの島に巣食う狂気と言う名の悪魔の恐ろしさを理解できたような気がした。
「く…しかし」
今は腐ってる場合ではない。何とかして目の前の脅威から逃げ切る必要があった。相手はアサルトライフル。一度でも止まってしまえば、いやそれどころか一直線上に並ばれただけで終わりだ。今はまだ森の中にいるし、ジグザグに走っているから易々と当たりはしないはず。
弥生もそれを理解してか、見失わない程度に後ろにぴったりとマークしている。今は、安全。だが――
体力のあるうちは、まだいい。だが所詮冬弥は一般人…限界は必ず来る。いかに弥生が女性だとは言ってもジグザグに走っている冬弥と見失わない程度に直線上に尾けてきている弥生では体力差など簡単にひっくり返されてしまうはずだ。
寧ろ、弥生はそれを狙っていると冬弥は思った。この殺し合いに時間制限なんて概念はないのだ。即ち、走り疲れて足の止まったところを一発、軽く撃ち込めばいい。
P-90が高性能でも銃である以上弾切れという事を忘れてはならない。冬弥一人を倒すためだけに全弾を使い切るほど、弥生は頭が悪くない。
だからこそ、今こうして冬弥は生きているのであるが――それは『生かされている』に過ぎない。
そう思うと、冬弥はまるで、囲いの中を走り回る野ウサギのような気分になった。どんなに逃げてもいずれ追いつかれるのではないか――
そう考えた次の瞬間、冬弥の足が何かに掬われ大きく体がバランスを崩す。余計な事に気を取られ、足元への注意を怠ったせいだった。
足を掬ったものが木の根だと気づいた時には既に、冬弥の体が地面に打ち付けられていた。同時に、まるで死神の鎌が振り下ろされるような感覚が冬弥を覆った、いや、覆いきる前にもはや本能だけで体を叩き起こした。
しかしそれでも遅く――P-90の銃声が数発聞こえ、放たれた銃弾という矢が冬弥の足に突き刺さった。
「あぐっ!」
起こしかけた体が再び倒れる。二度地面と熱い抱擁を交わした冬弥の服は見るも無残に汚れる事となった。

202憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:18:04 ID:ZVI98tr.0
ああ、これ結構高かった服なんだよな――
いや、と冬弥は思う。こんなときに服のことを気にしてる俺ってば余裕のある人間だな、おい。
失笑ともとれる声が漏れ、今度こそ殺されるんだろうな、と冬弥は思った。
まさにミイラ取りがミイラになったって感じだ。それだけじゃない、由綺や理奈、はるかの敵を討てないままこうして一人で死んでいくのだ。
殺し合いの結末としてはあまりにありふれた、しかし無常な結末だった。
「鬼ごっこはここまでのようですね」
天から見下ろすような弥生の声がして、ぐりっと硬いもの(P-90に間違いない、というかそれしかないな)が頭に押し付けられた。外さないためだろうが、そんな事をしなくてももうこっちには逃げ切るだけの体力が残っていないというのに。
相変わらず、念には念をいれる人だった。
そんないつも通りの弥生を前に、冬弥が息も絶え絶えに返答する。
「ええ…ですがもう、俺に逃げる役は回ってこないんでしょうね」
「はい、残念ですが。そして、追いかける役も」
平板な声。どこまでも事務的な、黙々と仕事をこなすような感情のない声だ。情にすがる、なんてのは持っての外だろう。
「ですが、安心して下さい。由綺さんの敵は必ずこの私が取ってみせます」
平板な声に隠れて見え辛いが、きっと心の奥底では復讐の炎が燃え盛っているのだろうな、と冬弥は思う。いっその事、このまま理奈やはるかの敵討ちも頼もうか、とも考えたが元々由綺以外には無関心な弥生の事だ。きっと断られるだろう。
「…弥生さん、最後に一つ忠告しておきます」
だから、これからも無慈悲な殺戮を続けるであろうこの女性にきっとこれも聞き入れられないんだろうなと思いつつアドバイスをする。
「無闇矢鱈と人は襲わない方がいいですよ。恨みを買って、何人もの人間をたった一人で相手にすると勝ち目はありませんから」
恐らく、弥生は味方を作る気はないだろう。ならばせめてこの人には一人でも殺す人数を抑えて欲しいと思ったからだ。
お人好しだなと今度は自嘲する。こんな調子だからこんなところで殺されるのかもしれない。
弥生は「…考慮に入れておきます」と少しだけ間をおいてから言った。
言葉だけかもしれない。だがきっぱりと断られるよりはまだ救いがあった。だから冬弥は「ありがとうございます」と謝辞を述べた。
後は引き金が引かれるのを待つだけ――そのはずだった。
「あ…あなた! 藤井さんに何してるのよっ!」
つい何時間か前に聞いた声。けれども、とても懐かしく感じられる声。姿を確認できないまでも、冬弥には声の主が誰だか、ハッキリと分かってしまった。
「な…七瀬、さん?」

203憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:18:32 ID:ZVI98tr.0
銃口で頭を地面に押し付けられたまま、冬弥は言った。そう、幸か不幸か、そこにいるのは。
七瀬留美、その人だった。
     *     *     *
遡ること数十分前。七瀬留美と柚木詩子のコンビは自転車を二人乗りしつつ平瀬村へと向かっていた。
沖木島は十分に道が整備されていないため、疾走を続けている自転車は上下に激しく揺れる。当然の事ながら、後部の荷台に乗っている詩子はただでは済まない。
「お、おうっおうっ! お、お尻、お尻痛い! 七瀬さん、もうちょっとマイルドに走ってよ」
「仕方ないでしょ、急いでるんだから。これくらい我慢して」
「いや、キツいんだってホントに! あ、あうあうっ! 痔が!痔ができるぅっ!」
絶叫とともに恥ずかしい言葉が虚空へと飛ぶ。七瀬は心中で「よく素でそんな事が言えるなあ」と思いながら仕方なく速度を落とした。
振動が緩やかになり、ようやくの安息を得た詩子が肺の中の空気を全部吐き出すようにため息をつく。
それにしても随分漕いで来たように思うが今自分達はどこにいるのだろう、と七瀬は思ったので後部にてリラックスしている詩子へと向けて自転車を漕ぎながら声をかけた。
「ねえ柚木さん、もう結構進んできたように思うけど今どのあたりにいるのかな?」
ん、と返事して詩子はデイパックから支給品の地図を取り出す。それからたっぷり時間をかけて見回した後、逆に七瀬に問うた。
「七瀬さん、あたし達ってホテル跡って通り過ぎたっけ?」
「ホテル?」と自分で言って、それらしいものは見つけても通ってもいない事に気づく。真っ直ぐ下れば平瀬村へ着けるのではないかと思っていたのだが…
「うん、道なりに進むんだったら必ずホテルの前は通り過ぎるはずなんだよね。けど…」
「…通ってない」
シーン、と静まり返る二人。きこきこという自転車のペダルを踏む音だけが不規則に響く。
「あの、七瀬さんさ、あまり言いたくないんだけど…ひょっとして、あたし達…」
詩子の声が、自信なさげなものへと変わる。もちろん、その先など言わなくても七瀬には分かる。方向を間違えたのだ、自分達は。
それはある意味、仕方のない事でもあった。土地勘がまったくない上、冬弥云々の件で心に焦りがあった七瀬たちが道に迷ってしまうのは当然とも言える。
「…どうしよう?」
七瀬の口から出てきたのはそんな言葉だった。よくよく考えてみれば、道なりに進んできたと言ってもほとんど舗装などされておらず悪路を通り越して獣道に近い道を通ってきたのだ(だからこそ自転車があんなに揺れたのだが)。
しかもこの地図だって大まかな道が描かれているだけで細かい道までは網羅していない。ここに描かれていない道を通ってきている可能性だって、十分にあった。

204憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:18:59 ID:ZVI98tr.0
言われた詩子は、「どうするったって…」と自分も困ったように顔をしかめると「戻るしかないんじゃない?」と提案した。
「戻るったって、どこから出発したのかも覚えてないんだけど」
七瀬たちと美佐枝たちが別れた地点は森の中。目印なんてあるわけないし、あっても覚えてない。つまり、七瀬たちは完全に立ち往生。もちろん誰かに道を聞くなんて事も出来ない。あらあら、待ちぼうけですか、かわいそうに。
「ま、まあ、下ってけば取り敢えずどこかの麓には出られるよね? うん」
誤魔化すように詩子がぽんぽんと七瀬の肩を叩き、あははと大げさに笑った。
「そうね、そうよね…うん、黙って突っ立ってるよりはまず行動よね! よし、行こう柚木さん!」
「おっけーべいびー!」
無理矢理にテンションをあげて再び自転車に乗り込む二人。勢いのままにペダルを漕ぎ出そうとして、七瀬の耳にたたた、という軽い音が聞こえてきた。
「!? 止まるわよ柚木さん!」
「はい?」と詩子が疑問を投げかけるまでもなく勢いのついた自転車を急ストップさせる七瀬。
「のわーっ!」
いきなり自転車の勢いが削がれたせいで慣性をもろに受けバランスを崩す詩子。そのまま七瀬の背中に顔をぶつけ、自転車から転落した。
「いった〜…ちょ、いきなり何なのよ七瀬さん!」
怒る詩子だが、七瀬の顔はそれ以上に険しい顔つきであった。その雰囲気に、詩子の怒りはすぐに削がれてしまう。その七瀬は音の聞こえてきた方向を指して、
「ねえ、今あっちから銃声みたいなのが聞こえてこなかった!?」
言われて、ようやく詩子はああ、そう言えばそんな音が聞こえたような聞こえなかったような、と間抜けな答えを返した。
「いや、あれは銃声よ、間違いなく! それに…あの音、以前聞いたことがあるような気がするの」
銃声の種類なんて分かるのだろうかと詩子は思ったが、今はそんな事を気にかけている場合ではない。
「け、けどさ、銃声ってもあたし達を狙ってるんじゃないでしょ? だったらこのまま無視しても…」
「気になるのよ」
そう言うが早いか、七瀬は一人で自転車に乗り込むと音のしたと思われる方向へと漕ぎ出した。
「あ! ちょ、ちょっと七瀬さん! 危ないし、平瀬村はどうすんのよ! 行かない方がいいって!」
慌てて追いかける詩子だが七瀬に止まる気配はない。まったく訳が分からなかった。
今の詩子と七瀬にとって優先するべき事項は平瀬村へと向かう事だ。わざわざ危険に身を晒す必要性はないのだ。
さっきの銃声の張本人が七瀬の探している藤井冬弥だという可能性もなくはないが、その考えは詩子の頭には無かった、というより、思いつかなかったのだ。
詩子にとっての第一目的は親友の里村茜や折原浩平の探索であり、冬弥や柏木千鶴の説得はその次に過ぎない。

205憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:19:26 ID:ZVI98tr.0
けれども、こうして七瀬を追いかけている詩子は、やはり冷たくなりきれぬ人間であった。それを分かっているのか純粋に早く行きたいためか、七瀬は振り向かずに叫ぶ。
「柚木さんは先に村に行ってて! 誰がやりあってるのか確認したらすぐに追いつくから!」
「だ、だから、それが危ないんだって〜! ぜぇ、ぜぇ…」
懸命に走る詩子だが足と自転車では速度が違う。次第に二人の距離は離れていく。
「ごめん柚木さん、これは勘だけど…ものすごく嫌な予感がするの! だから私、行かなくちゃいけない!」
そう言い残すと、七瀬はさらにスピードを上げて詩子との距離を離した。これではいかな俊足の詩子でも追いつくことなど到底不可能である。それでも走る詩子だったが、息切れと共に七瀬の姿が森の中へと消えていった。
完全に見失ってしまうと、詩子は額から汗を流しながら荒い呼吸を何度も吐き出した。そして、またポツンと一人、森の中で立ち往生することになった。
「…七瀬さん、バカだよ」
それはわざわざ危険に飛び込んでいったものに対してか、一人で行ってしまった事に対してなのかは、詩子本人にも分からなかった。
さて、詩子を一人残してきた七瀬は彼女の事を気にかけながらも思考を銃声の主について切り替えていた。一体、犯人はどこに?
全力で漕いでいるからか、息が荒い。動悸が激しい。女性とはかくもこのように体力が無かったのかと七瀬は落胆する。
かつての剣道部が、このざまか。
半ば吐き捨てるように自らに毒を吐く。し、同じような風景が続く森を血眼になって見回す。半分余所見しているようなものなので転んでも文句は言えない。けれども、そんな事を気にしてはいられない。
これは詩子にも言った通り、勘だ。勘にしか過ぎないが、確かに、あの時聞いた銃声は以前冬弥がたった一発だけ放ったP-90――かつての七瀬の支給品――のように思えた。
当然の事ながら、それが間違いである可能性は大いにある。むしろ間違いである可能性の方が遥かに大きいのだ。
しかし、それでも七瀬は確かめずにはいられなかった。それが冬弥に繋がるものならばたとえ1%でも可能性のある限りそこへ向かわねばならないのだ。
そして、その想いが生み出した奇跡か偶然か、七瀬の耳がある言葉を捉えた。
「…弥生さん、最後に一つ忠告しておきます」
「…! 今の声は、藤井さん…間違いない、藤井さんよ!」
しっかりと聞き取れた。懐かしい声。しかし、ついさっき聞いたような声。
俄に七瀬の心が昂る。ようやく見つけたという喜び。人の死を招く銃弾が二人を合わせたというのは皮肉な事であるが、けれども、とにかく、見つけることが出来たのだ。

206憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:19:47 ID:ZVI98tr.0
だが聞こえた言葉から推測するに、冬弥は今この瞬間、誰かを殺そうとしている。それも名前を呼んでいた事から、知人だ。
冬弥が見せたゲームに対する姿勢から、能動的に無抵抗な人間を攻撃しているとは考えにくい。だとすればすなわち、冬弥は知人が『乗って』いるのを確認してしまい、已む無く射殺しようとしているのだ!
「駄目…そんなの、私が許さないからね、藤井さん!」
出会った時に、共に行動している時に見せてくれたあの優しさは嘘偽りなんかじゃない。
優しいから、こんな事をしているんだ。
七瀬は冬弥にこれ以上の過ちを犯させないため、勢いをそのままに自転車で冬弥の方向へ突っ込んだ。
だが、しかし――そこには七瀬が予想していたような光景とはまったく逆で…
見えたのは…
「あ…あなた! 藤井さんに何してるのよっ!」
倒れている冬弥に銃口を突きつけ、すぐにでも引き金を引かんとしている女の姿があった。
「な…七瀬、さん?」
地面にうつ伏せになっている冬弥が、苦しげに声を吐き出す。よくよく見れば足元からは赤い血溜まりが形成されている。きっと、さっきの銃声の所為だろう。
あまりにも想像と違う光景に困惑しながらも、七瀬は怒りを包み隠すことなく言葉をぶちまける。
「藤井さんから離れなさいっ! 離れないと…撃つわよ」
自転車から飛び降り、大型拳銃であるデザート・イーグル(.44マグナム版)を構える。だが銃口を向けられているはずの長髪の女、篠塚弥生はまったく臆する事無く、それどころかいきなり目の前に現れ、冬弥の名前を呼んだこの第三者を鬱陶しくすら思った。
弥生にしてみればいざ止めを刺す段階になって水を指したこの七瀬留美は邪魔者以外の何者でもない。たとえ藤井冬弥の知り合いだろうが何だろうが、邪魔をすれば殺すのみ。
幸いにして冬弥の足は奪ったも同然であるしその上丸腰だ。殺すのを後回しにしたところで問題など無い。
寧ろ武器、それも銃を持っているのだ。殺して装備を奪い、生存確率を高めるのは当然。
いち早く思考を切り替えた弥生はP-90の銃口を無言で七瀬に向ける。
弥生の合理的な性格をよく知っている冬弥は、すぐさま静止にかかった。
「やめて下さい! その女の子は無関係です!」
だが当たり前のように弥生は聞く耳を持たない。ならばどうすればいいか。答えは――身体を張る、それしか無かった。
指が引き金にかかる寸前、冬弥が上半身の力だけで起き上がり弥生に組み付いた。
「七瀬さん! 逃げてくれっ! この人はもう誰にも容赦しないんだ!」
言い終わると同時に二人の体がバランスを崩しごろごろと地面を転がっていく。
思わぬ反撃に僅かながらに苛立ちの表情を見せた弥生が底冷えのするような冷徹な声で囁く。

207憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:20:11 ID:ZVI98tr.0
「藤井さん…邪魔をするならあなたから先に殺しますよ」
上等だよ。冬弥は心中で啖呵を切る。どうせ殺される予定だったのだ、なら女の子の一人くらい助けたっていいじゃないか?
「ふ、藤井さんっ! やめて! 殺されちゃうよ!」
七瀬が悲鳴に近い声を上げる。未だにデザート・イーグルを向けているが冬弥と弥生はかなり密着しているのだ。撃てば間違いなくどちらにも当たる。
「頼む、逃げてくれよ…俺なんかのために七瀬さんが死ぬことはないんだ!」
弥生がP-90を振り上げようとするのを必死で押さえつける。だが体勢がまずい。今の体勢は弥生が冬弥にマウントを取っているような格好だ。これでは力が入らない、それに下半身も力が入らない。
弥生の拘束が解けるのに時間はかからないはずだ。P-90を握っている腕を放せば――肉塊になるのは火を見るより明らかだった。
クソ、牛か豚かの解体ショーだ、まるで。ご覧ください、世にも珍しい人間の挽き肉です――
一瞬想像して、冬弥は吐き気を覚えた。
いや、それよりも七瀬留美だ。七瀬留美は、もう逃げたのだろうか?
視線だけを七瀬のいる方向へ向ける。だが、冬弥の思い通りにはいかず七瀬留美はまだデザート・イーグルを構えて立ち止まっていた。
どうしてなんだ、と冬弥は落胆を越して怒りさえ覚える。どうして逃げてくれないのか。
だが、七瀬にとって、藤井冬弥はこの狂気に包まれた島でよくしてくれた数少ない人間であり――本人はまだ気づいていないが――想いを寄せている人間だったからだ。
「だめ…だめ、逃げることなんて出来ないよ、藤井さん――」
どうしていいのか分からず、ただただ立ち尽くすだけの七瀬。だがこんなことをしていても喜ぶのは篠塚弥生ただ一人だけ。逃げてもらわなければ意味が無いのだ!
「…そろそろ、終わりにしましょう? 藤井さん」
弥生の腕に更に力が入る。冬弥の筋肉が悲鳴を上げ、今にも千切れんばかりの苦痛が走った。
ああ、もうちょっと鍛えておくんだったな、と後悔する。しかし後悔したところで何が変わるわけでもない。今出来る事を、自分一人に出来る事をするしかないのだ。
この膠着をどうにかしたいのは冬弥とて同じ。もはや冬弥一人の体力ではどうにもできない。
何とかできるものはないか。弥生の銃を掴むのはそのままに、少しでも突破口を開けそうなものは無いかと周囲の地形を見渡す。
ふと、冬弥は視界の隅で、地面が途切れているのを見つけた。違う、途切れているのではない。崖か、あるいはそれに近い形の地形になっているのだ。
という事は、一度落ちてしまえば上ってくるのには苦労するはず。いや、そんなに高さはなくとも七瀬が逃げるのには十分な時間が稼げる。
七瀬さんが迷っているのは、俺がまだ生きているからなのだ、たぶん。
俺のようなどうしようもない奴を、七瀬さんは助けようとしてくれている。それはとても嬉しい事だ。

208憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:20:40 ID:ZVI98tr.0
だから、と冬弥は考える。
その優しさを、他の助けを必要としている奴に向けさせてあげなければならないのだ。
七瀬留美はここで死なせるべき人間ではない。
ここで死ぬのは、藤井冬弥という恨みに取り憑かれた馬鹿な男一人で十分なのだから。
「そうですね、もう俺達の殺し合いを終わらせましょう…弥生さん!」
冬弥が雄叫びを上げる。次の瞬間、もう動くことの無いはずの、P-90に撃ちぬかれた冬弥の両足が弥生に牙を向いた。まるで、テリトリーに侵入され敵を追い払おうと必死になる野犬のように。
「ぐっ!?」
真下からガード不可能な蹴りが弥生の腹部に突き刺さる。その魂を込めた槍が弥生の力を緩め、同時に冬弥の足にも更なるダメージを与える。
諸刃の剣。そんな言葉がぴったりだと冬弥は思う。そんな武器を装備して戦っているのだ、負け犬の自分は。
間髪入れず手の力を真横に傾けて弥生を巻き込みながらあの向こう、途切れた道の向こうへと転がっていく。
「あ…っ!」
転がっていく二人の、その先を見た七瀬が慌ててそれを止めに行こうとしたが、一歩遅かった。
二人の身体が転がり落ちていく。
     *     *     *
「藤井さん…あなた…!」
弥生の顔が驚きと怒りで歪む。初めて、弥生の顔色が変わった。それは英二でさえも中々出来ない事であろう。
「このまま二人で心中っていうのもちょっとロマンチックじゃないですか、弥生さん?」
「冗談を…!」
たまったものではない、と弥生は思う。落ちる直前にチラリと確認したが高さはそれほどでもない。
だがまともに受身も取れずに落ちたならば少なからず傷を負う。
英二に一度手傷を負わされているのだ、傷口が開かないとも限らない。
緒方英二。
藤井冬弥。
どうして揃いも揃って邪魔をするのか。
冗談じゃない。
このまま冬弥の思い通りにさせてたまるものか。手傷の一つも…このような一度死んだ男に負わされてたまるものか!
生き残って、由綺さんを生き返らせて、スターダムにのし上げるのは…この篠塚弥生だ!
弥生の執念が、腹を括った冬弥の底力を捻じ伏せる。
「死ぬのは貴方一人で十分です…ぉああっ!」
誰もが聞いたことのない弥生の叫び。森の木々をも震わすような裂帛の雄叫び。それに僅かながら冬弥の力が緩んだのを、それでいてなお冷静な弥生が見逃すはずも無い。

209憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:21:02 ID:ZVI98tr.0
時間にして1秒もなかっただろうが、それは決定的な1秒になってしまった。
力任せに身体を捻り、空中で冬弥の上を取って、無理矢理にP-90の銃弾を下――即ち冬弥の身体に――ぶちまけていった。
「がはっ……!!」
乱射気味だったとは言え、超至近距離から発射された銃弾が本当の、決定打を与える。
ほとんど即死だった。内臓の殆どをぐちゃぐちゃに荒らされた冬弥の体が、急速にその機能を失う。それに伴い、意識も散大してゆく。まるで、砂糖が水に溶けてゆくように。
最後の声を上げることすら出来ず、感覚がなくなりつつある中で冬弥が感じたのは。
地面に落ち、また同時にその体が弥生のクッションとなり残っていた内臓が醜く散らばる、グチャリという汚い音だった。
――ゲームセットだ、青年。
そんな英二の声が、聞こえたように思った。
     *     *     *
「…ふぅ」
服と顔を血に染めて、見るも無残な死体と化した冬弥から立ち上がったのは、篠塚弥生。
血まみれではあるが、傷は一つも負ってはいなかった。
だが冬弥の死は無駄ではない。結果として一方的な弥生の勝利であるが、七瀬留美を仕留める事は出来そうになかった。
それどころか、上から狙撃される恐れすらあるのだ。口惜しいが、ここはひとまず退散して次に備えるべきだ、と弥生は判断し素早く森の奥へと駆けていった。
それから数分が経った頃だろうか。ぼろ布のようになってしまった、かつて藤井冬弥と言われた男の目の前で一人の少女が呆然と立ち尽くしていた。
七瀬留美。この絶望しか存在しない島で冬弥と出会い、しばらくの間ではあるが行動を共にし、そして少しづつ心惹かれていた少女。
そんな七瀬にとって、今目の前に広がるこの光景はまさに地獄としか言いようがなかった。
「ウソ…ウソでしょ…どうしてこうなっちゃったの?」
やっと逢えたはずなのに、もういなくなってしまったという絶望。
本当は助けてやれたはずなのに、何も出来なかったという無力感。
そして、その原因である篠塚弥生への怒りと憎しみ。
その全てがミキサーで掻き回されたように、感情が七瀬の頭でぐるぐると回転を繰り返している。
これがただの悪夢であってくれたら――何度そう、切に願っただろうか?
まばたきさえもする事を忘れた目から止め処なく涙が溢れてくる。
「…どうして?」
反芻する。答えはない。
「…ねえ、教えてよ藤井さん」

210憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:21:24 ID:ZVI98tr.0
地面に膝をついて、今にも千切れそうな冬弥の体を必死に揺さぶり答えを求める。けれども、答えはない。
狂乱して、七瀬は冬弥の体を叩きつけるように持ち上げては落とす。しかし気味の悪い水音がするばかりで何も反応はなかった。
「いや…いやよ、そんなの、何でこんなことにならなくっちゃいけないの? だって、わたしも、藤井さんだって、何も」
ぶちっ。
そんな音がして、冬弥の千切れかけていた体が今度こそ二つに分かれる。下半身は地面に。そして上半身は、七瀬の腕の中に。
「あっ、あ、ああああああああああああ…」
覗いた肉から赤い染みが広がる。生々しい鮮血の匂いが新たに作られていく。
そのべったりとついた冬弥の血が。
七瀬の鼻腔をくすぐるかつての生者の名残が。
目を閉じて死ぬことさえ叶わなかった、虚ろな瞳が。
彼女を、二度と戻れぬ闇の世界へと誘った。
「…そうか、そうよ、それしか…ないのよ、私には」
答えは得られない。ならば自分で答えを導き出すしかなかった。
未だに涙を滴らせながら、だがそれは悲しみの涙ではなく。
「殺す…殺してやる…! あの女…絶対に! 優勝なんかさせやしない!」
憎悪の涙を湛えて。
「この私を殺さなかった事を後悔させてやる…! なめないでよ、七瀬なのよ、私はっ!」
藤井冬弥の願った彼女の優しさは、もう誰にも向けられる事はない。
充血した目は、まるで鬼のよう。
食い縛った歯は、まるで吸血鬼のように尖っていて。
浮き上がる血管には、夜さえも染めるような赤黒い血が流れて。
「誰にも邪魔はさせない…それでも邪魔する奴がいたら…片っ端からブッ殺してやるわ!」
そう、その姿を、何と表現すれば事足りるだろうか?

それは――悪鬼。

211憎しみを呼ぶ音:2007/05/05(土) 19:22:02 ID:ZVI98tr.0
【時間:2日目8:00】
【場所:E-05】

篠塚弥生
【持ち物:支給品一式、P-90(34/50)】
【状態:ゲームに乗る。一時撤退。脇腹の辺りに傷(痛むが行動に概ね支障なし)】

藤井冬弥
【所持品:支給品一式】
【状態:死亡、支給品は崖の上に放置】

柚木詩子
【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、包丁、他支給品一式】
【状態:置いてけぼり。とりあえず平瀬村へ向かおうかな?千鶴と出会えたら可能ならば説得する】

七瀬留美
【所持品1:折りたたみ式自転車、デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン】
【所持品2:支給品一式(3人分)】
【状態:弥生の殺害を狙う、邪魔する者も排除、激しい憎悪】

→B-10

212天空に、届け:2007/05/06(日) 05:09:38 ID:hwEAUQBA0

ル、と。
奇妙な音が、神塚山山頂に響いていた。
耳を劈くような轟きが、びりびりと大気を震わせる。
文字通り天を仰ぐような大きさにまで膨れ上がった、砧夕霧の咆哮だった。
丸太を束ねたような指で大地を握り締め、四つん這いになった巨大な夕霧は太陽を見つめ、鳴いている。
解放への歓喜にも、哀切に満ちた慟哭にも聞こえる、それは朗々と響く唄だった。

やがてふっつりと、唄がやむ。
四つん這いの格好のまま、夕霧がゆっくりと眼下に広がる沖木島の光景を見渡した。
その巨大な額が、次第に光を帯びていく。
直視を許さぬほどに光量を増した額から、爆発的な光条が迸った。
雲間から射す陽光とも見える白光は、そのまま音もなく島の西側、菅原神社の辺りに着弾し、
そして一帯を薙ぎ払った。

少なくとも着弾の瞬間において、火の手は上がらなかった。
ただ、大地を抉る漆黒の帯だけがそこに残されていた。
草木は燃焼を許されず、一瞬にして炭化させられていたのである。
ほんの少しの間を空けて、爆風の吹き戻しがくる。
赤熱した炭が充分な酸素を得て、そうして改めて炎が噴き上がった。
荒れ狂う風に乗った火の粉が、延焼を拡げていく。
砧夕霧の作り変える世界の、それが最初の領土であるとでも主張するかのように、
そこには炎熱の地獄が現出していた。

ル、と。
再び咆哮が響いた。


******

213天空に、届け:2007/05/06(日) 05:10:03 ID:hwEAUQBA0

時は数分を遡る。

「―――仕掛けるぞ小僧、遅れるな」
「自分の心配してろ、爺さん!」

山頂に顔を覗かせた巨大な人型、砧夕霧に向けて、古河秋生と長瀬源蔵は走っていた。
踏み出した足の下で砂礫が舞う。機先を制し、畳みかける狙いだった。
それを逃せば勝機は薄いと、二人は状況を正しく理解していた。
消耗戦に持ち込むだけの余力など残されているはずもなかった。
もはや傷口から流れ出す血液すら、殆どありはしなかった。
矜持と意志、そして魂と呼ばれるものだけが、二人を突き動かしていた。
皹の入った骨、断裂した筋肉、破れた臓腑。そのすべてを無視して、駆ける。

夕霧の巨体が迫る。
山頂付近の同胞をも喰らい尽くし膨れ上がった巨躯の、膨大な質量に耐え切れず、
地面のそこかしこに亀裂が走っていた。
亀裂を飛び越して走る源蔵に、夕霧が重々しく腕を伸ばす。
長い年月を経た大木の如き重量と容積をもった腕が、さながら小さな嵐のような暴風を
巻き起こしながら源蔵を叩き潰そうとする、その動きを阻止したのは赤い閃光である。
伸ばされた夕霧の肘を、外側から撃ち抜く一撃。
夕霧の巨大な眼球が、己に痛打を与えた原因を探すべく、ぎょろりと左右を睨んだ。
一瞬だけ動きが止まる、その隙を逃すことなく源蔵が夕霧の足元へと辿り着いた。

大地に突き立てられた長大な槍の如き脚は、身じろぎ一つで半径数メートルにクレーターを穿つ。
常軌を逸したその威容にも表情を動かすことなく、源蔵が握った拳を解き放った。
まずは左、ジャブ気味に放たれた一発で距離感の補正と手応えを測る。
得られた感触は人間の皮膚。但し重量は無限大。
刹那の間を挟んで、源蔵の拳が輝いた。
食い縛られた歯の隙間から苦しげな呻き声を上げる源蔵。
限界を超えて搾り出された闘気を乗せて、電光石火の右が唸った。

衝撃。
轟音と共に、地響きが辺りを揺るがす。
踝を打ち抜かれた夕霧が、大きくバランスを崩したのだった。
確かな手応えに、続けざまの一撃を叩き込もうと踏み込む源蔵。
しかしその表情は、次の瞬間、驚愕に歪んでいた。
眼前に、怪異があった。

214天空に、届け:2007/05/06(日) 05:10:25 ID:hwEAUQBA0
「ぬぅ……!?」

源蔵の拳は、夕霧に確かな傷を与えていた。
人ひとりがすっぽりと入れるほどの裂傷。
しかしその傷痕から、鮮血は流れ出ていなかった。
代わりとでもいうように、皮膚の裂けた踝からずるりと何かがまろび出ていた。
まるで魚の鱗が剥がれ落ちるように大地へと零れたそれは、小さな人型。

「死んでおる……のか……?」

細く、小さな身体。それは山頂に向けて犇いていた、砧夕霧と呼ばれる少女の、本来の姿。
まるで何かに轢き潰されたかのようにひしゃげ、青黒い痣に全身を覆われた、それは遺骸であった。
怪異は続く。
同胞の亡骸を放り捨て、ぽっかりと空いた皮膚の裂け目が、ぐにゃりと歪んだ。
傷痕に向けて、周りの皮膚がぐずぐずと寄り集まっていく。
瘡蓋の如くおぞましくも醜く膨れ上がった傷痕が、刹那、ざわりと融けあった。
水泡とも肉芽とも見えるその醜悪な塊の表面に、一瞬だけ無数の夕霧の顔が浮かび上がり、消えた。
まるで欠損した古い細胞を取り替えるが如く、巨大な夕霧の傷は、癒えていた。

「―――爺さん、何をボヤッとしてやがる!」
「……ッ!」

我に返ったときには遅かった。
あまりに醜悪、あまりに奇怪な夕霧の異様に、足が止まっていた。
見上げた源蔵の眼に、全天を埋め尽くすようにして、巨大な顔が映っていた。
端から端まで、視線を動かさなければ視界に入らないほどの広い額が、光を帯びていた。

「ぬ……ッ!」
「馬鹿野郎……!」

秋生の舌打ちと共に赤光が数発、宙を翔ける。
視界を埋めた巨顔に対していかにも細い赤光はしかし狙い違わず、夕霧の顔面に吸い込まれていく。
嫌気するように、夕霧が小さく首を振った刹那。
極大の閃光が、神塚山山頂に閃いた。


******

215天空に、届け:2007/05/06(日) 05:10:57 ID:hwEAUQBA0

ル、と。
咆哮が響いていた。
島が燃えている。

「畜生……好き勝手、やりやがって……!」

咆哮に掻き消されそうな呟きが漏れる。
途端に咳き込んだその口元から、濁った血が零れた。

「……最近の若造は、辛抱が足りぬの」

応えた声にも張りがない。
土気色の肌に、生気はなかった。

「くたばりぞこないの爺いに言われちゃあ、おしまいだな……」
「……ふん」

岩陰に凭れるようにしていたのは、古河秋生と長瀬源蔵である。
乾きかけた血と泥に塗れたその姿は、ややもすれば骸のようにすら見えた。

「小僧、貴様の弾……あとどれだけ撃てる」
「……くだらねえこと聞くなよ。日が暮れるまでだって、……撃ち続けてみせるぜ」

こみ上げてくる喀血をどうにか飲み下しながら応えた秋生の言葉に、しかし源蔵は静かに首を振った。

「……あの、とっておきとやらのことを聞いておる」
「何だと……?」

秋生が表情を険しくする。
源蔵の指しているものが何であるか、悟った表情だった。
先刻の一騎打ちの際、極大の威力をもって放たれた一撃。

「無茶言うなよ、爺さん……あいつは」
「泣き言は聞かん」

断じられ、秋生が二の句を継げずに口を閉ざした。

216天空に、届け:2007/05/06(日) 05:11:26 ID:hwEAUQBA0
「豆鉄砲で埒が開かんことは、貴様にも分かっておろう」
「……」

小さく舌打ちをして黙り込む秋生。源蔵の言葉は事実だった。
先程の超回復。否、巨体を構成する無数の夕霧を細胞と見立てた、欠損修復能力。
現状において相対するには最悪に近い能力といえた。
消耗戦に持ち込まれれば、勝機は完全に潰える。

「……何か、考えでもあるのかよ……?」
「うむ……」

秋生が苦々しげに口を開くのに一つ頷いて、源蔵が掠れた声で言う。

「気づいておるか、小僧? あれの傷の治り方……」
「時間がねえんだ、さっさと本題を頼むぜ」
「……これまで、あれに与えた打撃は三箇所。腕、脚、そして……」
「顔だろ……それがどうした」
「……それぞれの傷の治りに、差があるようだの」
「どういうことだ……?」

岩に凭れたまま、秋生が怪訝な顔をする。
記憶を辿るが、源蔵の言葉を追認することはできなかった。

「……あれの顔は完全には治りきっておらん。傷痕が残っておった」
「ん? そいつぁ……」

言外に問い返す秋生に、源蔵が首を縦に振ってみせる。

「頭が弱点なのか、さもなくば……あれの回復にも、限りがある」
「かもしれねえ、って話だろ」
「他に掛札は残っておらんからの」
「違えねえ、がよ……それで、俺のとっておきか」

納得したように頷く秋生。
手の中の銃を見る。

「細かく当てて傷が残る、ってえんなら―――」
「一度に消し飛ばしてしまえば、さて、どうなるかの」
「なるほど、確かに面白え」

傷だらけの顔で悪戯っぽく頷く秋生。
しかし僅かな間を置いて口を開いたときには、その表情は苦々しげなものへと変わっていた。

「……面白えけどよ、そいつはちっとばかし望み薄かもしれねえな」
「……今、何と?」

217天空に、届け:2007/05/06(日) 05:12:13 ID:hwEAUQBA0
秋生の口から出た言葉に、源蔵が瞠目する。
厳しい視線を前にして、秋生が苦笑した。

「おいおい、怖え顔すんなよ爺さん。……どうもこうもねえ。
 あんたの考えにゃ、幾つか無理があるんじゃねえかって話さ」
「……聞こうかの」
「まず、第一に」

割れたサングラスの奥で目を細めながら、秋生が人差し指を立ててみせた。

「俺のとっておきは、撃ててあと一発。……そいつも厳しいかもしれねえ。不発ならそれまでだ」
「……」
「で、第二に」

中指を立てる。

「アレは意外とじゃじゃ馬でな。狙ってから撃つまで、時間がかかっちまう。
 ほんの何呼吸分か……化け物姉ちゃんがレーザーぶっ放す方が、確実に早ぇな。
 この時間をどう稼ぐか、ってことだがよ……そいつに絡んで第三の、ついでに言やぁ
 こいつが一番ヤベえ、ってえ問題がある」

薬指を立てた秋生が、胡坐をかいて岩に凭れた姿勢のまま、苦笑の色を濃くした。
空いた手で、滲んだ血が乾き、ごわついたズボンの上から、組んだ脚を軽く叩く。

「……実はよ、さっきので足をやっちまった。たぶんもう、動かねえ」
「小僧……」

途端、源蔵の表情が険しさを増す。
思い起こしたのはつい先程の出来事。巨大な砧夕霧の、最初の砲撃であった。
発射の瞬間に夕霧が顔を振ったことで源蔵への直撃こそ避けられたものの、逸れた閃光は
災厄を撒き散らしながら山頂を駆け巡っていた。
膨大な熱量と爆風、崩落する岩盤と乱れ飛ぶ瓦礫が恐るべき凶器と化す中、
源蔵と秋生がどうにか逃げ込んだのがこの岩陰だった。

「……だからよ、ま、ちっとばかし苦しいな」
「……」

自嘲気味に笑う秋生の顔を、しかし源蔵はこ揺るぎもせずに見据えていた。
土気色の顔で、眼だけは爛々と輝かせたまま源蔵が口の端を上げる。

「つまり小僧、貴様はこう言いたいわけだの―――問題ない、と」
「な……!?」

あまりにも堂々と言い放たれた源蔵の言葉に、秋生が気色ばむ。

「耄碌してんじゃねえぞ爺さん、人の話を聞いてなかったのか……!?」
「やかましい」

一言で斬り捨てられ、思わず言葉の継ぎ穂を失う秋生に、源蔵が
骨と皮ばかりの指を立ててみせた。

218天空に、届け:2007/05/06(日) 05:12:47 ID:hwEAUQBA0
「第一に」

狼狽する秋生を嘲笑うかのように、源蔵が先程の秋生の仕草を真似てみせる。
放たれる言葉はしかし、奇妙な威厳に満ちていた。

「一撃あれば事足りると胸を張れ。それが、男子というものだからの」
「ぐ……」
「第二に、そして第三に―――」

言葉に詰まる秋生。
源蔵が、皺だらけの中指と薬指、二本をいっぺんに立てた。

「時間と射界は、わしが作る。貴様はそこで座っておればよい。
 ただ引き金を引く程度なら、腰の抜けた小僧にも務まると考えて構わんの」
「む……無茶苦茶言ってんじゃねえ!」

秋生が、ようやく言葉を発した。
三本の指を立てたままの源蔵を睨みつける。

「何を言い出すかと思えば……ボケたかよ、爺さん!
 時間を作る? ……あの化け物相手に、一人どうしようってんだ! それに、」
「―――誰に」

冷ややかな声に、秋生の言葉が途切れる。
夕霧の咆哮だけが響く奇妙な静けさの中、源蔵が真っ直ぐに秋生の目を見据えながら、言う。

「誰に口をきいておる、小僧」

空気が張り詰める。
それは、聞く者を総毛立たせるような声音だった。

「来栖川が大家令、長瀬源蔵がそれを為すと言っておる。―――ならば、それは成るのだ。必ず」

瞬間、秋生は己の目を疑う。
ひどく霞む視界の中、既に力を失い、歳相応の老体へと戻っているはずの源蔵の姿が、ひどく大きく見えていた。
白髪と、刻まれた皺と、整えられた髭はそのままに、しかし先ほど拳を交えた全盛期の姿をすら超える、それは
長い長い道の果て、遂に結実した一人の男の姿のように、見えた。

「……仕損じるなよ、小僧」

それだけを秋生の耳に残し、源蔵が動いた。
ゆらりと、一見覚束なげな足取りのまま、岩陰から歩み出る。

「お、おい、爺さん……!」

秋生の声にも、振り返らない。
ただ、静かに歩いていく。
その先には、いまだ唄ともつかぬ咆哮を上げ続ける、砧夕霧の巨躯があった。


******

219天空に、届け:2007/05/06(日) 05:13:11 ID:hwEAUQBA0

陽炎の揺らめく岩場に、二つの影があった。
ひとつは、一糸纏わぬ少女の人型。唄は、やんでいる。
山頂そのものを抱きすくめるように四つん這いになった、砧夕霧だった。
その巨大な濃灰色の眼球が、二つ目の影を映していた。
少女の体躯からすれば豆粒ほどの大きさのそれは、吐息で己を吹き飛ばしかねないその巨体を前にして
些かも動じた様子なく立っている。
小さな影、長瀬源蔵が、文字通り視界を埋め尽くす夕霧に向かって静かに言葉を紡いだ。

「来栖川の罪……恨みはあらねど、討たずば主名に傷がつく」

優しげにすら聞こえるその声が、再び戦いの幕が開いたことを告げていた。
ゆっくりとした動きで、夕霧が地面についていた手を振り上げる。
同時に源蔵が動いた。一歩めから全力をもって地を踏みしめる動き、疾走。
一瞬遅れて、源蔵の立っていた位置に影が射した。
続いて辺りを揺るがす、轟音と地響き。
夕霧の平手が叩き付けられた大地の引き裂ける悲鳴、そして衝撃だった。

一抱えほどもある岩塊が砂埃のように舞い上がる、その隙間を縫って源蔵が走る。
自身に近づくその小さな影を振り払うように、再び夕霧の手が大地を離れる。
大質量に引きずられて、風が渦を巻いた。
横殴りの暴風を伴った夕霧の腕は、何もかもを呑み込む津波の如く襲い来る。
飛び越すも左右に避けるもかなわぬ圧倒的な容積を前に、源蔵が疾走の方向を変えた。
夕霧の身体に向けた疾走から、迫る腕へと正対する動き。
風に巻き上げられた鋭い石の角が、源蔵の顔にいくつもの傷を作る。
血すら流れず肉を剥き出す傷を気にも留めず、源蔵が疾走のまま、右の拳を引いた。

「長瀬が伝えるは名に非ず、ただ志士の心意気―――」

言葉と共に、握り込んだ拳から黄金の霧が立ち昇りはじめた。
きらきらと光り輝きながら流れる金色が、源蔵の拳から腕を包み込む。
胸を反らし、左の腕を前に、右の腕を後ろに引いた、さながら槍投げの助走のような体勢。
防禦を、そして体の流れを無視した極端な姿勢のまま、源蔵が城壁の如き夕霧の腕に肉薄する。
食い縛られた歯の隙間から鋭い呼気が漏れた、その瞬間。
目一杯に引き絞られた弩から放たれる矢にも等しい、黄金の一撃が奔った。

一瞬の静寂と、爆発的な衝撃。
大地を抉る夕霧の巨腕が、金色の破城槌によって打ち破られ、跳ね上げられる。
反動で皮が破れ、肉が裂けて燻る右腕を省みることなく、源蔵が反転した。
夕霧の身体へ向けて疾走を再開する。
中空から、幾つもの影が山頂に落ちて弾けた。
片腕を砕かれた痛みに思わず立ち上がろうとする夕霧の巨躯、その腕を構成していた、
小さな夕霧たちの遺骸だった。
地に落ちて無数の赤い花を咲かせるそれらに、源蔵は視線すら向けない。
源蔵の目はただ一点、逆光に影を落とす夕霧の額へと向けられていた。
その額が、ぼんやりと光を放ち始めていた。

220天空に、届け:2007/05/06(日) 05:13:38 ID:hwEAUQBA0
源蔵が、跳ぶ。
立ち上がりかけた夕霧の、砕かれず残った左の掌が源蔵を叩き落とさんと迫る。
しかし崩れた体勢から振り回された腕に、先刻の津波のような勢いはない。
それを見て取って源蔵は空中で身を捻り、反転して足を向けた。接触。
膨大な質量に轢き潰されるかに見えた瞬間、源蔵の身体が弾丸のように飛び出した。
速度に劣る夕霧の腕をカタパルトと見立て、衝撃を受け流すと同時に莫大な慣性を加速力に転化していた。
飛びゆく方向は夕霧の足、膝関節。

「一心、以て打ち込めば牢固の巌、砂礫と帰し―――」

闘気の霧が、今度は源蔵の左腕を包んだ。
黄金の弾丸が、峰を大地に縫い止める杭の如き夕霧の脚を、撃ち貫いた。
着地。人体の限界を超えた速度を殺しきれず両の膝が砕けるのを感じながら、源蔵が身を引きずるように振り向く。
正面、夕霧の脚を構成していた小さな夕霧たちが源蔵の吶喊で崩れ、流星雨のように大地へと散っていく。
巨大な影が、片足を砕かれて傾いでいた。
凄まじい質量の偏重に耐え切れず、夕霧がその足元の岩盤を踏み砕きながらゆっくりと倒れこもうとする。

「―――万丈の山峰、悉く平らかならん」

爆発にも等しい烈風を巻き起こしながら傾いでいく夕霧の、その上半身が落ち行く先に、源蔵はいた。
見上げる視線の先に、光が射していた。
―――光。
巨大な夕霧の半身に抱きすくめられるような格好で倒れこまれ、陽光を遮られながらも、
しかし源蔵の周囲に影は落ちていなかった。
日輪をすら圧倒する光源が、源蔵の頭上にあった。
源蔵の全身を包む黄金の霧を霞ませる、膨大な光量。
源蔵に向けて倒れこむ巨大な砧夕霧の額が、光を放っていた。
辺りに散乱する小さな夕霧の遺体から飛んだ鮮血が、熱された岩に焦げて嫌な湯気を上げた。

「長瀬は終焉に臨みて屈せず、故に―――」

視界の意味を喪失させる莫大な光の中で、それでも源蔵は真っ直ぐに夕霧の方を見やり、言葉を紡ぐ。
全身を覆う黄金の闘気の下、皮膚がちりちりと焦げて捲れ上がっていくのを感じた。
白髪の先に、小さな炎が灯っていた。
膝の砕けた脚は既に大地に立つ用を為さず、両の腕はひしゃげている。
背に開いた穴からは折れ砕けた肋骨の先端と乾いた臓腑の切れ端が覗いていた。
力なく大地に斃れ伏す筈の長瀬源蔵は、しかし。

「―――故に生涯、不敗なり―――!」

その摂理の全部を無視して、立っていた。
地上に現れたもう一つの太陽が、大地を灼熱の炎で彩り、飾り立てる。
その中心、純白の光の中に、一筋の黄金が煌いた。

砧夕霧の頭部が、弾かれたように跳ね上がった。


******

221天空に、届け:2007/05/06(日) 05:14:05 ID:hwEAUQBA0

真っ白な光の中から、巨大な黒い影が飛び出していた。
青空の下、奇妙な咆哮を上げながら天空へと躍り出たそれは、紛れもなく砧夕霧の顔をしていた。

血で固まりかけた髪をはためかせる風の中、古河秋生は静かにそれを見ていた。
大地に片膝をついた、跪射の姿勢。
伸ばされた両手の先には真紅の光があった。
愛銃に灯った赤光を、秋生は深い呼吸の中で意識する。
光はふるふると震え、明滅を繰り返していた。

天空に舞った夕霧の顔が、その上昇速度を落としていく。
息を吐いた。
光が震える。
片目を閉じた。
光が震える。
じっとりと噴き出した汗が、風に吹かれて冷えるのを感じた。
光が、次第にその震えを鎮めていく。
大きく息を吸う。
光の明滅が、止まった。
呼吸を止めた。
赤光が、膨れ上がる。
心臓の鼓動が、両の手を通して銃へと伝わり、赤光と一つになる。
片目を開けた。
夕霧が放物線の頂点に達していた。
その運動が、ゼロになる。

古河秋生が風の中、トリガーを、引き絞った。

222天空に、届け:2007/05/06(日) 05:14:37 ID:hwEAUQBA0


雄々、と。
真紅の極大光を追うように、裂帛の気合が秋生の口から迸っていた。
その精根尽き果てる寸前の身体から何もかもを振り絞るような、それは轟きだった。

「ぉぉ―――ぉぉおおおおおオオオオオオオオォォォォッッ!!」

貫けと、ただそれだけの想いを乗せた絶叫に背を押されるように。
天空に伸びた赤光が、吸い込まれるように砧夕霧の頭部へと命中し―――撃ち貫いた。

音もなく、砧夕霧の巨大な頭部が、弾けた。
ほんの一瞬の間を置いて、中空を舞う夕霧の巨躯が、割れ砕けた。
手指の先から、幾体もの夕霧が欠け落ち、ぼろぼろと落ちていく。
残る片足が、頭部を喪った首が、腹が、乳房が、肩が、骨が、内臓が、砧夕霧を構成するありとあらゆる部位の、
そのすべてが、小さな砧夕霧の本来の姿へと戻り、落ちていく。

天空から雨となって降り注いだ砧夕霧は、その悉くが大地へと落ちて物言わぬ骸へと変じていった。
山頂を、山腹を埋め尽くす、真紅の絨毯。
その凄惨な光景を、秋生は息を殺して見つめていた。

「これで……、どうだ……」

知らず、手が震える。
もしも大地に落ちた少女たちの骸が、再び起き上がり、互いを喰い啜りあって復活したら。
そんな悪夢のような想像が脳裏をよぎるのを必死に押し殺しながら、秋生は固唾を呑んで夕霧の骸を睨んでいた。
一秒が過ぎ、二秒が過ぎた。
永遠にも等しいような何十秒かの後、堪えきれなくなって息をついた。
それを何度か繰り返して、そうして古河秋生はようやく、己が勝利を確信したのだった。

「は……はは……」

全身から、力が抜ける。
どうと地面に倒れ、大の字に寝転がって、深く息を吸い込むと、叫んだ。

「やった……! やったぞ、やってやったぞ、畜生め!
 俺たちの……勝ちだ、馬鹿野郎ッ!!」

223天空に、届け:2007/05/06(日) 05:15:17 ID:hwEAUQBA0
叫んで、笑う。
ひとしきり笑い終わると、秋生は腹這いになったまま、腕の力だけで移動し始める。
匍匐前進。足はもはや、何の感覚も返してこなかった。
遅々としたその移動の最中に、時折小さな愚痴が混じる。

「ぅ熱ィッ! ……くそったれ、鉄板焼きじゃねえんだぞ……」

進み行く先では、いまだ地面から陽炎が立っていた。
そこかしこで煙が上がり、小さな炎が燻っているところもあった。
ずるずると身体を引きずりながら、秋生はゆっくりと目的の場所へと近づいていく。
熱さは、すぐに感じなくなった。
尖った岩に顔をしかめ、焼けた斜面に血痰を吐きながら、秋生は進む。

「……ちったぁ、バリアフリーってもんを考えやがれ、ってんだ……なぁ?」

長い時間をかけてようやく辿り着いた目的の場所で、秋生はそう毒づいた。
上体を起こす。見上げた視線の先に、立ち尽くす人影があった。

「はン、ノーリアクションたぁ、冷てえな」

苦笑して、項垂れる。
身を起こしているのすら、ひどく億劫だった。
喉がひりつくのに苦労しながら息を整えると、傍らを見やる。

「まぁ、いい。……どうやら俺たちの勝ちみてえだぜ、爺さん。
 ……どうする? 勝負の続きと、洒落込むかい?」

言葉は、返ってこなかった。

「……おい、爺さん? おい……」

伸ばしかけた手が、止まる。溜息を一つ。
戻したその手で尻ポケットをまさぐると、秋生が何かを掴み出した。
くしゃくしゃによれた紙箱のような物から、細長い何かを一本、摘んで口に銜える。
それは、ぼろけた煙草だった。
銜え煙草のまま寝転がると、先端を焼けた地面に押し付けて息を吸う。
小さな炎が灯り、紫煙が立ち昇った。
胸一杯に紫煙を満たし、すぐに咳き込んで身を捩る。唾と一緒に血を吐いた。
たん、と小さな音がした。
秋生が、力なく地面を叩いた音だった。

「最後まで……小僧呼ばわりかよ……!」

風が、吹き抜けた。
細かな塵が舞う。
黒い粉塵は、秋生の傍らに立つ人影から、舞い散っていた。
右の豪拳を天空へと突き上げた格好のまま立ち尽くす人影。
膨大な熱量に焼き尽くされたその骸は、黒く炭化してなお、そこに立っていた。
それが、長瀬源蔵という人物の、最期の姿だった。


******

224天空に、届け:2007/05/06(日) 05:15:43 ID:hwEAUQBA0

源蔵の骸の傍らに寝転がったまま、秋生は空を見上げていた。
そうして、自分の命の炎が消えていくのを待つつもりでいた。

どれほどの時間、そうしていただろうか。
その瞬間、吹きぬけた風に小さな音が混ざったような気がして、秋生は視線だけを動かす。
脆くなった岩盤が崩れたか。
それとも、生き残った参加者の誰かが、先程の戦闘を目にして寄ってきたか。
派手な戦闘だった。夕霧の咆哮は島の全域に響いていた。
そこへ光と熱の乱舞だ。気づかないわけがなかった。

「だがよ……ちっとばかり、遅かったな……」

掠れた声で口に出し、小さく笑う。
この山頂では、既に何もかもが終わっていた。
ただ一人生き残っている自分すら、もうすぐに死ぬ。
誰だかは分からないが、この骸の山を目にして、己の登山が徒労に終わったことを知るのだろう。
少し底意地の悪い、悪戯めいた想像に僅かながら気分が良くなる。

「ざまあみろ、だ……」

言いかけたその言葉が、途切れた。
表情からも、笑みが消えていた。

吹き過ぎる風は今やはっきりと物音を伝えてきており、それが自然現象などではないことを主張していた。
寝転がった身体に、小さな振動が伝わってくる。
定期的に響くその振動は、どうやら足音のようだった。
神塚山の山頂に近づいてくる足音は、一つではなかった。二つ、否、三つ。
三つの足音が、地鳴りめいた音を立てて近づいてきていた。

―――風は、ル、と。
咆哮とも唄ともつかぬ声を、秋生の耳に届けていた。

225天空に、届け:2007/05/06(日) 05:16:13 ID:hwEAUQBA0
「……おい……おい、勘弁してくれよ、なぁ……」

心胆が、冷えていく。
青空の下、目の前が漆黒に染められていくような錯覚を覚える。
身を起こすだけの気力も体力も、残されてはいなかった。
寝転がったままの低い視界、その向こうに。
三つの、巨大な顔があった。

「爺さん、寝てる場合じゃないぜ……畜生……」

山頂に、咆哮が響き渡っていた。
その声は互いに共鳴し、奇妙に旋律めいて秋生の耳朶を揺さぶっていた。

『―――愛してください。私を。渚を。
 もっともっと、誰にも負けないくらいに、強く愛してください』

不意に、懐かしい声が聞こえた気が、した。
ほんの何日か前に聞いたはずなのに、ひどく懐かしく、遠く、いとおしい声。
ずっと傍にいた、声。
今の今まで戦闘にかまけ、思い出しもしなかった声。

「俺は、どうしようもねえ亭主だったな……」

山頂が陽光の下、白んでいく。
光源は三つ。
互いに反射し合い、増幅された光が、放射される前から山頂の気温を絶望的に押し上げていく。
霞む視界の中で、秋生は己が手の中に残された銃を見やった。
既に殆どの力を使い果たした愛銃。
眼前の脅威に抗すべくもない、ほんのひとかけらの力だけが残された、銃。
光と熱と、音の中で、秋生は目を閉じる。

「なあ、俺は……」

大切な笑顔を、思い浮かべた。
泣き、笑い、その命のすべてで抱きしめてきた、笑顔だった。

「―――俺は、お前のヒーローで、あり続けられたかよ……?」

小さく呟いて、古河秋生はその身に残されたただ一発の光弾を、白みゆく空へと、放った。
同時に閃光が、他のあらゆるものを圧していく。
岩を沸騰させる熱量すら、原初の光の前に膝を折ったかのように、感覚から消え去っていた。
そこには光だけが、あった。

「頼んだぜ……早苗と渚を、守ってやってくれよ……」

それが、最期の言葉だった。
遥か天空へと飛びゆく赤光を、その目に映しながら。
古河秋生は、その生涯を閉じた。

226天空に、届け:2007/05/06(日) 05:16:37 ID:hwEAUQBA0


 【時間:二日目午前11時すぎ】
 【場所:F−5、神塚山山頂】

古河秋生
 【状態:死亡】
長瀬源蔵
 【状態:死亡】

融合砧夕霧【3812体相当】
 【状態:死亡】

融合砧夕霧【1584体相当】
 【状態:到達】
融合砧夕霧【2851体相当】
 【状態:到達】
融合砧夕霧【1996体相当】
 【状態:到達】

砧夕霧
 【残り14892(到達0)】
 【状態:進軍中】

→810 ルートD-5

227偽りの希望:2007/05/07(月) 17:29:05 ID:h/HMDG.Q0
見渡す限り、白色で覆われた世界。
何処まで行っても何も無い、完全なる虚無の世界の中で、春原陽平は一人膝を抱えて座り込んでいた。
音も無い。闇も無い、光も、希望も、暖かさも無い。もう、終わってしまった世界。
だけど、それでも良いと思った。
これこそ今の自分が望んでいる世界だから。
ルーシー・マリア・ミソラを守り切れなかった時点で、彼女を失った時点で、全ては終わった。
もう何もせずに、ただ彼女との思い出をひたすら反芻して過ごしたかった。
敵討ち?主催者の打倒?そんなものは知らない。
どうせ何をやってもるーこは帰ってこない。馬鹿な自分でも『優勝者への褒美』が嘘だという事くらいは分かる。
だからもう、これ以上自分が出来る事もすべき事も、何も無いのだ。
だというのに現実世界は、また自分を呼び戻す。
もう自分は何もしたくないのに――

    *     *     *

そこで陽平の意識は覚醒した。
目を開けると、こちらを覗きこんでいる藤林杏が目に入った。
それから後頭部に暖かい感触を覚え、それでようやく陽平は、自分が膝枕をされているのだという事に気付いた。
「お早う、陽平――いや、この時間なら今晩は、かな?」
「……杏?」
続いて陽平はゆっくりと身体を起こして辺りを見渡し、自分が杏に連れられて、役場に来たのを思い出した。
陽平が寝惚け眼のままで、ぼんやりと杏の顔を眺めていると、次第に彼女の頬が赤く染まってゆく。
「な、なんか恥ずかしいね……」
「…………?」
意味が分からない。あの杏が何故、顔を見られた程度で恥ずかしがっている?
(……ああ、そっか。僕は杏とキスしたんだったな)
そうだ――自分は確かに杏と口付けを交わし、抱擁までし合った筈。
決して軽んじられるような行為では無いのに、簡単に忘れてしまうくらい、今の自分は現世に対して興味が薄れているのだ。
それでも杏が窮地に晒されている自分を救ってくれたのは事実だし、元より彼女は数少ない友人の一人である。
半ば同意の上での触れ合いはともかく、暴力を振るった事に関してはケジメをつけておくべきだろう。

陽平はもう一度きちんと謝り――それから、警告しておく事にした。
「杏……さっきは本当にごめん。ついカッとなって、お前に酷い事をしちまった」
陽平がそう言うと、杏は首をゆっくりと横に振った。
「ううん、良いの。あたしが無神経だった」
「…………」
二人は謝罪し合った後、僅かの時間、確かに微笑みを浮かべて見つめ合った。
しかし陽平は軽く息を吸った後、すぐに険しい顔付きとなって、言った。
「一つだけ注意しといてくれ。僕のるーこに対する気持ちは、他の奴に理解出来るようなレベルなんかじゃないんだ。
 それなのにさも分かった風に説教されたら、またとんでもない事をしでかしてしまうかも知れない……」
告げる陽平の、瞳の奥底に見え隠れする昏い影――恋人の喪失によって芽生えた、深い狂気。
先程までの抜け殻のような陽平とはまるで違う、禍々しい何か。
それを垣間見た杏は何も口にする事が出来ず、ただ静かに頷くしか無かった。

228偽りの希望:2007/05/07(月) 17:29:52 ID:h/HMDG.Q0
   *     *     *    *     *     *

それからまた暫く経った後。
膝の上に乗せたボタンを撫でながら、ヒーターで温まっていた杏が唐突に言った。
「ねえ陽平。あたし思ったんだけど」
「ん?」
「このまま此処にいてもどうしようもないし、一端教会に戻ろうと思うの」
それは確かにその通りで、役場に留まり続けた所で状況は何一つ改善しない。
これだけ時間が経っても自分達は無事であるのだから、殺人者に尾行されている心配も無いだろう。
しかし陽平は少し考えた後、軽く肩を竦めてみせた。
「うーん、でも教会にも敵が来ちまってるかも知れないじゃん」
正直な所陽平としては、何も考えずただ流れに身を任せたかったのだが、友人を無駄死にさせたくは無い。
だからこそ不安材料を述べるに至ったが、唐突に杏が得意げな笑みを浮かべた。
「ふっふっふ……」
「い、いきなりなんスか……?」
意味が分からず、陽平は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
すると杏はおもむろにポケットへ手を突っ込んで、長方形状の物体を取り出した。
「そこでコレの出番って訳よ」
「――携帯電話?」
「そ。コレを使えば安全に教会の状態を確認出来るでしょ」
杏が持っている携帯電話は、元は名倉由依の支給品であり、既に全施設の番号が登録済みであったのだ。



229偽りの希望:2007/05/07(月) 17:30:53 ID:h/HMDG.Q0
「じゃ、掛けてみるわね」
杏はそう言うと、携帯電話の電話帳を開き、教会への交信を開始した。
何か異変が無い限り、教会にはまだ河野貴明達が残っている筈。
しかしそう遠く無い位置であれだけ危険な殺人者達による死闘が行われていたのだから、戦火が教会にまで及んでいる可能性もある。
(お願い……皆、無事でいて……)
何度も何度もコール音が繰り返される中、杏はぐっと唇を引き締め、ただ願った。
そして無限にも思える十数秒間が過ぎ去った後、突如コール音が途絶えた。

『……もしもし』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、少女の控え目な声。
杏はその声に聞き覚えがあった。
「渚……? あんた、渚よね!?」
『――藤林さんですか?』
「うん、そうよ。渚……無事で良かったわ」
友人の無事を確認した杏は、胸を撫で下ろしながら、ホッと大きく息を吐いた。
既に多くの人間が死んでしまったこの過酷な環境で、身体の弱い古河渚が未だに生きていてくれたのは喜ばしい事だった。

「そっちは今どう? 河野達は元気?」
『……すいません、河野さんって誰ですか?』
「え? 教会にあたしの仲間達がいる筈なんだけど、見なかった?」
『はい。私が教会に着いた時には誰もいませんでした』
「そん……な……」
そこまで聞いた杏は、頭の中で嫌な想像が膨らんでゆくのを止められなかった。
教会に誰もいない以上、貴明達は全員で移動したと考える他無い。
拠点となっている教会を軽々しく放棄したりはしない筈だから、やはり敵の襲撃を受けてしまったのだろうか?
いやしかし、渚が今教会にいるのだから、敵などいない筈では――

230偽りの希望:2007/05/07(月) 17:31:57 ID:h/HMDG.Q0
『あのー、もしもし……?』
杏が考え込んでいると、訝しむような声が耳に入った。
「あ、ああ……ゴメン、ちょっと考え事してた。一応確認しておきたいんだけど、そっちに敵はいないのね?」
『はい』
「――それじゃあたしも陽平と一緒に、今からそっちに行くわ。色々と話もしたいし、急ぎの用事が無ければ待っててくれない?」
『……分かりました』
「ありがと。それじゃ、一旦切るわね――それと最後に忠告。平瀬村には危険な奴がウヨウヨしてるから、周りには十分注意しなさい」
手短に話を済ませると、杏は携帯電話の通信を切った。
教会に行って、現地で直接話をする――それで、間違いない筈だった。
首輪の解除方法が判明している事も可能ならば伝えたかったが、今は無理だろう。
主催者に盗聴されている以上、電話を用いての情報交換は最小限に留めたい。

杏は正面に座っている陽平へ視線を移し、言った。
「陽平――話は聞いてたわね? 早速準備して行きましょう」
陽平がこくりと頷くのを確認すると、杏は手早く荷物を纏め始めた。
(大丈夫……首輪の解除方法はある。河野達だってきっと無事よ。まだまだ何とかなる)
工具は役場内できちんと探し出しておいた。
貴明達だって、そう簡単にやられてしまうタマでは無いように思えた。

しかし今の杏には知る由も無いのだが――教会に居た仲間の半数は、既に激戦の末命を落としてしまっていた。
そして杏が頼りにしている首輪解除方法は、主催者の用意したダミーに過ぎない。
偽りの、壊れかけの希望を信じて、杏は前に進む。

   *     *     *    *     *     *

231偽りの希望:2007/05/07(月) 17:33:40 ID:h/HMDG.Q0
杏との通話を終えた後、照明を落とした礼拝堂の中、渚は独り地面に座り込みながら膝を抱えていた。
「朋也君……私はどうすれば良いんでしょうか……」

――宮沢有紀寧達が岡崎朋也を連れて立ち去った後、渚は古河秋生の死体を埋葬した。
体格の良い秋生が入るだけの穴を掘るのには苦労した。
冷たくなってしまった秋生に触れる度、気が狂いそうになる程に胸の痛みを覚えた。
完成した穴に秋生を入れて、土を被せてゆく度に――止め処も無く涙が零れ落ちた。
それでも父の遺体を野晒しになどしたくなかったから、やり遂げた。
降り注ぐ雨の中で二時間以上も掛けて、心と身体を痛めながらもやり遂げたのだ。

しかし渚にとっての悪夢はまだ終わりでは無い。
逃れようのない枷が自分にも朋也にも、有紀寧と主催者によって課せられているのだ。
「お父さん……お母さん……どうして……こんな事にっ……」
暗闇に包まれた礼拝堂に、渚のすすり泣く声だけが木霊していた。


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