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避難用作品投下スレ

1管理人:2006/11/11(土) 05:23:09 ID:2jCKvi0Q
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。

889あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:36:29 ID:PMXO2Cjg0



「みちるちゃん、どうしたの?」
後ろを振り返った真希は台所の入り口にちょこんと立ってるみちるに問いかける
先ほどの放送と美凪の手前もあり真希は遠慮がちだった、対するみちるも多少なりともオドオドとしているように見えた。
「ごめんね…夕御飯もう少し時間がかかるから、もうちょっと待っててね。」
どう考えても拙くぎこちない会話、真希は何を如何話せばいいのか解らない…頭の中は真っ白と言うよりもグルグルと色んな事が回っていた。
いつもの彼女なら数時間前に七瀬彰の死体を見つけた時のように北川の行動を見て合わせるところだがそんな事も忘れている
一方の北川もいつもとは違い真希が会話の流れを先行してしまったので対処に追われている。
そんな二人を余所にみちるは口を開ける…。
「ねえ…おねえちゃん達…。」
おずおずと真希に近づいてくるみちる…二人にはどんな表情か読み取れなかった…。
真希は一旦作業を止めみちるに向き合う、どちらにせよ自分が臆している所をみちるに悟られるわけにはいかない。
「なあに…みちるちゃん…?」
自分の出しているたどたどしい口調を不甲斐なく感じる真希

(ちゃんとしなさいよあたし!こんなのいつものあたしじゃ無いでしょう!!こんなの美凪と出合った時と同じじゃない!!)
ゲーム当初の時の事を振り返る真希

―――この島に連れてこられ一方的に殺し合いを強制され全速力で逃げたあの頃…。

―――あの時に鎌石小中学校の通り道で美凪に出会えなければ…。

―――そして、鎌石村消防署で潤と出会えなかったら…。

ホテル跡で…平瀬村で多くの人たちと出会えなければ自分はここまで来れなかっただろう、
勇気が欲しかった…みんなと同じような踏み出す勇気を…。拳をギュッと握る真希

彼女に出会うのが真希は怖かった………怨み言を謂われても仕方が無いと思いつつも怖かった
出合った頃の美凪が楽しそうに嬉しそうに話していたあの子――――――みちる
想像するだけで怖かった…小さいあの子の口から呪詛の言霊が放たれるのが…。

そして向き合うふたり…北川は手が出せない

…先に口を開いたのは真希よりもみちるだった…。

890あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:37:42 ID:PMXO2Cjg0
「あのね………夕御飯、みちるもいっしょに作っていい?」
真希はみちるの一声を聞いたあとに小粒の涙を流す、鎌石村消防署で美凪と御飯を作った時のことを思い出す…
(なにを勘繰りしてるんだろ…あたし、みちるが…この子がそんな事を考えるはずないじゃない…。)
ポロポロと瞳から涙がこぼれ出る真希、自分のあたまの中で勝手にみちるを悪い方向へ考えていた自分を恥じる。
「大丈夫…?おねえちゃん、涙流してるよ…。」
涙を流している真希を心配するみちる、こうしてる間にも周りの空気は湿っぽくなっていく一方だった
(駄目よ!あたし…こんなので如何するの!やっと出会えたんじゃない。)
涙を拭いて自分を鼓舞し頭を切り替える真希、涙といっしょに臆病な心も拭き取る、そして少ししゃがんで身長差をみちると同じにしてに話しかける
「大丈夫よありがとうね、たまねぎの汁が目に入っただけだから。」
「にょわっ、そうだったのか、たまねぎめ〜!!」
バレバレの嘘で誤魔化して笑顔でみちるに語りかける真希、みちるも会話を続けるために真希に合わせていた。
「じゃあ手を洗おうか、でも服が汚れちゃうわね。」
「張り切って手伝うぞ〜!!」
水道の蛇口前までみちるを招く真希、空かさず、みちるのために椅子を持ってきて台座代わりにする
みちるが手を洗ってる間に真希はみちるの長い髪の毛を美凪の頭巾で纏める
そして割烹着を一枚脱いでみちるに着せる、かなりブカブカだったがその辺は腕まくりさせたりしていた。

(やれやれ…オレの出る幕は無いな・・・。)
そのやり取りを微笑ましく見ている北川、みちるに対して怖かったのは真希だけでは無い
真希と同じく北川は自分を恥じていた―――何でもかんでも自分がやればいいと思っていた事に
美凪が死んで取り乱した時の事を思い出す、あの時支えてくれたのは真希だった、―――お互いが支えあって行けることがとても嬉しかった
(大丈夫…真希は強くなった。)
そんな事を思いつつも、真希に対して特別な感情を持っている自分に気付く北川…。
時には落ち込んで、時には泣いて、笑って、怒って、喜んで、そんな真希の表情が一つ一つがとても愛しいと思った。
(真希はオレの事どう思ってるんだろ…。)
ふと疑問に感じる北川…すると!!


「ちょっと、家政夫!!いつまで手を休めてるの!!しっかり働きなさい!!!」
北川が呆けている間に、威勢の良い御姑さんの声が台所に響きわたるハッと気が付く北川
「い〜い?みちる…こいつはあたし達の家政夫だからね、ガシガシこき使っちゃいなさい♪」
「マキマキの家政夫、よろしくな〜!」
いつの間にか意気投合してる真希とみちる、いつの間にか真希はみちるを呼び捨てにしてみちるは真希をニックネームで呼んでる…
「ハイハイッ、久々にこのパターンかよっ!!」
そんな事を言いつつも、美凪といっしょにいた時も今にしてもこの三人の遣り取りが嫌いでは無かった。
「ハイは一回にしなさい…潤!!」
「そ〜だぞ!きたがわぁ〜!!!」
「はいっ!!」
とても微笑ましい光景だった。

891あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:38:54 ID:PMXO2Cjg0
何だかんだで楽しく料理をする三人、時間は少しずつ過ぎていった…。
真希は隣でハンバーグの空気抜きをしているみちるを見る、
みちるは最初は悪戦苦闘しながらキャッチボールをしていたが作業を重ねるにつれ、それなりに様にはなっていった…。
いつの間にか北川は台所からいなくなっていた、どうやら真希に気を利かせたみたいだ…台所は真希とみちるのふたりだけだった。
「…みちる。」
真希がみちるの名前を呼ぶ
「なあに真希。」
真希は一旦ハンバーグの空気抜きの作業を止めて、みちるの方を向く…みちるにこれだけは伝えておかないといけないからだ
みちるも一旦作業をやめて真希の方を向く、
「あたしも潤も…みちるに言わなければ成らない事があるの…聞いてくれる…?」
「…うん。」
真希は美凪のことを謝らなければならなかった、そのためにここまで来たのだから。
でもみちるに会って台所で一緒に料理を作ってる間に真希はみちるに対して色々と心が変わっていた。
だから伝えるべき言葉も代わっていた…謝罪の言葉から…。
「ありがとう」
みちるは真希の言葉を笑顔で返した。

892あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:39:44 ID:PMXO2Cjg0
時間:二日目・17:00】
【場所:B-3民家】

北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
 【状況:真希を手伝う。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:ハンバーグ作成中。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)他支給品一式】
 【状況:ハンバーグ作成中】



古河秋生
 【所持品:S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:情報を整理中、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流】
古河渚
 【所持品:包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:情報を整理中、朋也が心配、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
岡崎朋也
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:混乱。マーダーへの激しい憎悪、全身に痛み(治療済み)。最優先目標は渚を守る事】


備考
みちるに美凪の割烹着を渡しました。

関連
→778

893あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 02:36:21 ID:PMXO2Cjg0
訂正お願いします
 
時間:二日目・17:00】
【場所:B-3民家】
   ↓
時間:二日目・19:00】
【場所:B-3民家】


感想スレ・避難場の356さん指摘ありがとうございます。

894女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:07:03 ID:s.8up3JE0
倉田佐祐理は、最早帰らぬ人となった藤井冬弥の亡骸に縋りつく七瀬留美を、眺め下ろしていた。
「うう……うううっ……」
留美の目からは大粒の涙がぼろぼろと零れている。
一度別れて以来、冬弥を捜し求めてきた。何回か死にそうな目にあったけど――それでも、再び逢えたのに。
初めて実った恋の余りにも早すぎる崩壊に、留美は酷く打ちのめされていた。
「どうしてよぉ……やっと……分かり合えたのに…………」
その悲痛に過ぎる嗚咽を聞き、佐祐理は胸が張り裂けそうな感覚に襲われた。
慰めてあげたかった。自分と同じく、目の前で大切な人を失ったこの少女を。
ずっと冬弥の遺骸の傍にいさせてあげたかった。せめて、泣き止むまでは。
それでも佐祐理は告げなければならない。非情な現実を。
「七瀬さん」
「…………何?」
留美が止め処も無く溢れる涙を拭おうともしないまま、視線をこちらに向ける。
佐祐理は覚悟を決める為に、一度だけ大きく深呼吸をした。
柳川は最強の敵にたった一人で立ち向かい、離れ離れになってしまった。
ここで留美に言葉を伝えられるのは自分しかいない。
ならばどれだけ疎まれようとも、心を鬼にして自分の役目を果たさねばならない。
この場で柳川ならどうするか――深い悲しみを乗り越えた、今なら分かる。
「私達は氷川村で何人かに、全てを話してしまいました。つまりリサさん達も、教会で行われている事に関する情報を、入手している可能性があります。
 事態は一刻を争います――もう、行きましょう。……泣いている時間なんてありません」
冷酷な宣告。確かに時間的な余裕は皆無と言って良いだろう。
何としてでもリサ達より先に教会へ辿り着き、仲間に危険を知らせねばならない。
しかしそれでも、留美の行為は本来咎められるようなものでは無い。
大切な者を失った人間が悲しみに暮れるのは当たり前であり、かつて佐祐理自身だって行った事だ。
だが佐祐理はそれを完全に否定した。ただ目的を果たす為だけに、少女の涙を否定した。
「…………?」
留美には分からなかった。今自分に浴びせられた言葉は、どのようなものだったのか。
呆然としたまま固まり――言葉の意味を理解した瞬間、佐祐理の胸倉を掴み上げていた。
「ふざけないで! 人事だと思って!」
激しい怒りで理性が消し飛び、脳内が真っ赤に埋め尽くされる。

895女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:08:11 ID:s.8up3JE0
――この女は何を言っているのだ?自分だって、冬弥に助けられた癖に。
冬弥が身を挺して行動してくれなければ、きっと一人残らず宮沢有紀寧に殺されてしまっていたのに。
その命の恩人たる冬弥の死に対して、事もあろうか涙を流す時間すらも無い、だと?

「……もう一度だけ聞いてあげる。本気でそんな事を言ってるの? そうじゃないわよね?
 ちょっと冗談を言ってみたくなっただけだよね?」
沸き上がる感情をぎりぎりの所で抑えながら、どうにかそれだけを口にする。
佐祐理は大切な仲間だ。出来る事ならば――憎悪の対象にはなって欲しくない。
しかし留美の願いも虚しく、佐祐理は縦に、首を振った。
「冗談なんかでこんな事言える訳がありません。理解出来なかったのなら何度でも言ってあげます。
 こんな所でこれ以上泣いてる暇は無いんです、早く出発しま……」
「――――!!」
最後まで聞いてなどいられなかった。
留美はもう憤怒の炎に抗おうとはせず、佐祐理の頬を張り飛ばしていた。
「あっ……!」
男勝りの膂力をモロに受けて、佐祐理はどすんと地面に尻餅をついた。
留美がわなわなと肩を震わせながら、大きな怒声を上げる。
「よくも……よくも、そんなふざけた台詞を吐けるわねっ! あんたは悲しくないのっ!?
 そりゃ佐祐理と藤井さんは、殆ど面識が無かったかもしれないけど……。でも藤井さんは、命掛けで私達を助けてくれたじゃない!
 それなのに、涙も流さず! 埋葬もしてあげないで! 藤井さんの事なんか忘れて、とっとと先に進めって言うの!?」
その言葉を聞いた瞬間、佐祐理の眉が吊り上り、口元がぎゅっと引き締められた。
怒りの表情を浮かべたまま佐祐理は立ち上がり、つかつかと留美に歩み寄り、そして――

896女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:08:49 ID:s.8up3JE0
「…………な?」
パチンッ、という軽い音が薄暗い森の中に響き渡る。
佐祐理は初めて人に――それも女性に、手を上げていた。
「ふざけているのはそっちです! 悲しくない訳がありません! 忘れろなんて言ってません!」
「だったらどうして! 藤井さんを放って行くなんて言うのよ! どうし……?」
そこで、留美は初めて気付く……佐祐理の瞳の奥に、たっぷりと涙が溜まっている事に。
「……佐祐理?」
留美は自分の中に巣食っていた怒りが、急速に醒めていくのを感じた。
もう泣かないって決めたから――佐祐理が必死に涙を堪えながら、言葉を紡ぐ。
「もし逆に七瀬さんが藤井さんを庇って死んでしまったとしたら、何を願いますか? 藤井さんにどうして欲しいと思いますか?」
「そ、それは……」
「……私なら助けた人には生き残って欲しいと思います。前を向いて、自分の分も生き続けて欲しいと思います!
 もしここで泣き続けた所為で! 希望が全てリサさん達に……摘み取られてしまったら! 藤井さんは……きっと……悲しみます…………!」
最後の方は、嗚咽が交じっていた。泣かないと決めていたのに、これ以上は無理だった。
堪え切れなくなった佐祐理は、両手で顔を覆って、堰を切ったように涙を流し始める。
「だから……早く……行きま……しょう…………」
そのまま佐祐理は、その場に力無く座り込んでしまった。
「さ……ゆり……」
留美の瞳からもまた、再び涙が溢れてくる。
そのまま崩れ落ちそうになるが――瞬間、留美は傍にあった木を殴りつけた。
拳より伝わる痛みが痺れた意識を回復させ、体に力を戻してゆく。
留美は血に濡れた手を伸ばし、佐祐理の腕を引き上げた。
「ごめん佐祐理……私が間違ってたわ……」
「七瀬さん……」
「そうだよね。ここで私達が無駄に時間を使って、その所為で全てが終わっちゃったら、藤井さんは絶対悲しむもんね」
話し終えると、留美はじっと佐祐理の顔を見つめた。
佐祐理が視線を返すと、留美の瞳の奥に――強い決意の色が宿っていた。

897女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:09:39 ID:s.8up3JE0
「さ、行きましょ。早く教会に行って、柳川さんや他の皆と合流しないとね」
「七瀬さん……もう平気ですか?」
佐祐理が服の袖でごしごしと涙を拭きながら尋ねると、留美は悪戯っぽく笑った。
「そう言ってるでしょ。それよりさ、敬語はもう止めてくれないかな。私の方が年下なんだし、堅苦しい事はナシにしましょ」
「え……でも……」
佐祐理が困ったような表情になり、言葉を濁す。すると留美がぽんぽんと佐祐理の右肩を叩いた。
「まあまあ、拳で……いや、この場合掌か……で、語り合った仲じゃない。ほら、とっとと行くわよ」
そう言うと留美は素早く動き、地面に置いていある荷物を次々と拾い上げた。
S&W M1076を鞄から取り出して、ポケットに入れる。
「ちょっと、待ってくださ……、待ってよ〜!」
佐祐理が慌てて自分の荷物を拾い上げるべく、走り出す。
「そうそう、その調子よ。チームプレイには必要以上の丁寧さなんて要らないんだから。
 二人で力を合わせて、柳川さんよりも活躍して、ビックリさせてやりましょ」
留美は冬弥の分も生きる為に、強く――せめて心だけは誰よりも強くあろうと、決意していた。
それだけの強さを、彼女は心の内に秘めていた。
そして留美は最後に視線を動かして、佐祐理に聞こえぬよう小さな声で呟いた。
「藤井さん、私本当に貴方が好きでした。藤井さんの事は一生……ううん、死んでも忘れません」

898女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:11:46 ID:s.8up3JE0
【時間:2日目19:45】
【場所:H−7】
倉田佐祐理
【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
【状態:左肩重症(止血処置済み)、教会へ急行】

七瀬留美
【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
【状態:決意。右拳軽傷、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無、教会へ急行】

→764
B-13,B-16,B-17

899人類の進化:2007/04/07(土) 12:40:05 ID:l8iKRVHU0
遠くから鳴り響いた銃声。それは断続的に聞こえてくる。
橘敬介は向坂環と共に、その銃声の出所目指して足早に進んでいた。
「橘さん……やっぱり走りましょう。もしかしたら英二さんや観鈴が襲われているかも知れないんです!」
「駄目だ。今は自分の身体を最優先に考えてくれ」
敬介は可能な限り早く歩いてはいたが、それでも環の身体を気遣い走ろうとはしなかった。
確かに環の言葉通りの事態が起こっている可能性もあるが、殺人者同士で殺し合いをしている事だって考えられる。
ならば不確実なものの為に、環に無理をさせるべきではないと考えたのだ。
焦る心を押し留め、冷静になれと自分に言い聞かせながら、行動していた。
しかしもう一度だけ銃声が鳴り響いた後辺りが静まり返り、暫く待ってももう何も聞こえてきはしなかった。
そして――
「……観鈴!?」
女の子の――血を分けた娘の泣き声が耳に届いた。距離的には聞こえる筈が無いのに、本能が感じ取っていた。
今度こそ理性が決壊し、敬介は猛然と駆けた。
環よりも観鈴の安全を優先するなどといった、打算的な考えの下に動いた訳では無い。
頭の中に、英二が……そして観鈴が、血塗れになっている光景が浮かび上がり、それを否定すべく勝手に足が動いていた。
「……!」
環も歩く事すら厳しい筈の体に鞭打って、懸命に敬介の後を追った。
足を一歩踏み出すたびに全身の傷が酷く痛んだが、気にしてなどいられない。
停止を訴えかける痛覚を無視して、手に汗を握り締め、走り続けた。
そんな中、今度はかなり近い場所から銃声が――何度も何度も、連続して聞こえてきた。
その後、鳴り響くクラクションとエンジンの音。それは弥生が乗っていたあの車によるものだろう。
「――――まさか!?」
ひょっとして弥生が戦いに勝利し、皆殺されてしまったのか?最悪の光景が敬介の頭に浮かぶ。
敬介達は多少道に迷いもしたが、どうにか音が聞こえてきた辺りの場所まで辿り着き――二人とも顔面蒼白となった。

900人類の進化:2007/04/07(土) 12:41:30 ID:l8iKRVHU0
赤黒い物体が……死体が二つ、赤く染まった地面の上に横たわっていた。
「え……英二さあああああんっ!」
環はよろよろとした足取りで、倒れ伏す英二の傍らに膝をつき、その身体を覗き込んだ。
英二の胸を中心に夥しい量の血が飛散しており、既に死亡しているのは確実だった。
「こっちも間違いなく死んでる。正直、見るに耐えない状態だ」
振り向くと、英二の知り合いであり、宗一を殺した犯人でもある篠塚弥生の死体と『思われる』物体が目に入った。
かつて弥生だったであろう肉塊は身体の至る所を破損しており、その姿はここで行われた戦いの凄まじさを如実に示していた。
「橘さん……。英二さんは……」
「ああ。篠塚君と戦って……やられてしまったんだろうね」
「……!」
環は悔しそうに、奥歯をぎりぎりと噛み締めた。こんな事になるのならば、消防署で弥生を殺しておけば良かった。
それなのにあの時の自分は、弥生を撃った英二を責めてしまい、能天気にも説得を提起するという体たらく。
自分の浅はかな考えがどうしようもなく恨めしくい。
結局自分は理想論でしか物事を語れない子供に過ぎず、現実に対応出来ていなかった。
環は精一杯の鬱憤を込めて、力の限り地面を殴りつけようとしたが――思い止まった。
英二が生きていればきっと、『こんな時こそ冷静になれ』と言う筈。
自分の身体は、はっきり言って満身創痍だ。浪費してよい体力など、欠片もありはしないのだ。
(でも……妙ね)
英二が弥生に殺されてしまったのなら、弥生は一体誰に殺されたのだ?
相打ちになったとは考え難い。
英二の荷物は残されていないし、弥生は明らかに致死量を越える攻撃を何発も浴びせられている。
英二を打ち倒した後に、弥生自身も第三者に襲撃され殺されてしまったのだろうか?
何が起こったか分からないが……考える必要など無いだろう。
その疑問が解消された所で、英二は生き返りなどしないのだから。

901人類の進化:2007/04/07(土) 12:43:56 ID:l8iKRVHU0
一方敬介は、何かを堪えるように肩を震わせながら、英二の手を握り続けていた。
目が湿りそうになれば、瞼を素早く開け閉めして、無理やり涙を押し戻した。
先程観鈴の泣き声が聞こえた気がしたが、幻聴かもしれない。英二が観鈴と合流出来ていたかは分からない。
だがとにかく、緒方英二は死んだ。自分の代わりに観鈴を探しに行って――死んだのだ。
敬介は、胸の奥底から湧き上がる感傷をどうにか抑え込み、両の足で直立した。
「こうなってしまった以上、もう氷川村を探し回っても仕方無い。僕達だけで教会に行こう」
「観鈴はどうするんですか?」
「放送で国崎君の死を知っただろうし、観鈴だっていつまでもこの村に残ろうとはしない筈だ。
 闇雲に動いても見つけられるとは思えないし、今はただ無事を祈ろう」
「……分かりました」
観鈴の事は勿論心配だったが、彼女が何処へ行ったか全く情報が無いのだから、今の自分達にはどうにも出来ない。
このまま教会に向かおうとも、氷川村をいつまでも探し回ろうとも、発見出来る可能性はさして変わらないだろう。
敬介はようやく現実を認め、冷徹とも言える判断力を身につけていた。
診療所で休息していた時には十人以上いた仲間が、僅か半日の間に二人だけとなってしまったのだ。
ここで自分まで感情に流され、倒されてしまっては――死んでいった皆に申し訳が立たない。

敬介はそのまま歩を進めようとしたが、そこで環が弱々しい声を投げ掛ける。
「橘さん。私達、一体何をしてるんでしょうね……? この村で私達はただ悪戯に、仲間を死なせてしまっただけだった」
環は途方も無い無力感に苛まれていた。この島では行動を共にした掛け替えのない仲間達の命が、次々と奪われてゆく。
どんなに頑張っても、力の限りを尽くしても、悲しみの連鎖は食い止められない。
だがそんな彼女に対し、敬介は強い意志の籠もった視線を送った。

902人類の進化:2007/04/07(土) 12:46:00 ID:l8iKRVHU0
「向坂さん、そんな事を言っちゃ駄目だ。確かに仲間が死んでしまったのは悲しいけれど、彼らは何も遺さず逝った訳じゃない。
 人の志は受け継がれてゆくものだよ。人間は、親から子へ、子から孫へ、技術と想いを伝える事で進化してきた。
 だから僕は、残された者が志を受け継いでいく限り、皆の死は無駄にならないと信じている」
敬介ははっきりとした口調で、まるで在りし頃の英二の如き口振りで言った。


そうだ――自分達は死んだ仲間の分も生きていかないといけない。魂を受け継がねばならない。
環は伏せていた顔を、ばっと上げた。それから、強い声で。
「なら思い知らせてあげましょう。人の想いを束ねれば、どんな理不尽な状況も打ち破れる、と。
 私、祐一や英二さんの命を奪ったこの殺し合いが……主催者が、許せません」
「同感だね。主催者は戯れに命を踏み躙り、人間の尊厳を否定した。絶対に倒さなくてはならない」
今度こそ、二人は歩き出した。
それぞれの決意、そして――死んだ仲間の想いを、胸に秘めて。

【時間:2日目19:35】
【場所:I−7】
向坂環
【所持品①:包丁、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)】
【所持品②:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:まずは教会に向かう、頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、疲労】
【目的:観鈴の捜索、主催者の打倒】
橘敬介
【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数0/20)、支給品一式x2、花火セット】
【状態:まずは教会に向かう、身体の節々に痛み、左肩重傷(腕を上げると痛みを伴う)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】
【目的:観鈴の捜索、主催者の打倒】

→773

903人類の進化・訂正:2007/04/07(土) 12:52:29 ID:l8iKRVHU0
>>902
>【時間:2日目19:35】
>【場所:I−7】
   ↓
【時間:2日目19:35】
【場所:I−6】

関連に→779 →787追加
に訂正お願いします。
お手数をお掛けして申し訳ございません

904終わる世界:2007/04/08(日) 11:41:36 ID:UOYWTSCU0
闇夜の下、ルーシー・マリア・ミソラ達の眼前に屹立する少女――朝霧麻亜子。
るーこと麻亜子は日常生活の時に、夜の学校で一度出会った事がある、いわば顔見知りだ。
そして河野貴明の情報により、麻亜子がゲーム乗っているのは分かっている。
麻亜子の言葉が、殺気が、武器が、避けようの無い闘いの到来を予感させる。
麻亜子は油断無くこちらへ銃口を向けたまま、しかし軽い調子で言った。
「あのさ、そこの君。その手に持ってるマシンガンをあたしにくれないかね?」
「……どういうつもりだ?」
るーこが怪訝な表情をする。彼女の疑問も当然だった。
何しろ麻亜子が声など掛けずに銃を放っていれば、自分は間違いなく殺されていたのだから。
決定的好機を捨ててまでわざわざ取引を持ち掛ける、その意図が分からなかった。
「ホントならここで君達二人とも死んでもらうトコだけど、あたしにはちょっと急用があってね。
 今は武器さえ手に入ればそれで良いのさ。……これ以上、余計な敵を増やしたくないしね」
「……それは本当か?」
「何だい何だい、同じ学校のよしみで聞いてあげてんだぞー。疑ったり断るんならこのままズガン!だ」
銃口をるーこの胸に向けて圧倒的優位を保っていた麻亜子だったが、その言葉に嘘は無い。

――麻亜子としては、綾香を倒すまでは必要以上に恨みを買いたくなかった。
記憶によればるーこはささらや貴明と面識があった筈だし、二人で行動をしている以上ゲームにも乗っていないだろう。
少なくともこの二人が貴明やささらを傷付ける、といった事は考え難い。
ならばわざわざここで、無意味な殺戮を行う必要は無いのだ。

   *     *     *

905終わる世界:2007/04/08(日) 11:42:56 ID:UOYWTSCU0
ここでマシンガンを失うのは非常に痛手だが、反抗した所で、怪我をしている自分がこの敵に勝利し得るのだろうか?
麻亜子の脅迫を受けたるーこが考え込んでいると、すぐ耳元で陽平の囁きが聞こえた。
「おい、るーこ……あの銃は杏のじゃ……」
敵が持っている銃を凝視すると、それは確かに藤林杏が持っていたRemington M870であった。
何故杏が持っている筈のRemington M870を麻亜子が持っているのか、答えはすぐに出た。
もう一件の民家から聞こえてきた銃声――あれはきっと、杏達が襲撃された時の音なのだ。
そして武器が奪い取られしまっている現状から、仲間がどうなったか想像するのは容易だ。
(……るーは皆戦士だ、非道なうーの脅しになど屈しない。るーは仲間と誇りを守る為ならば、命を懸けて戦ってみせる)
もうるーこは迷わなかった。武器を持っていない方の手で、ぎゅっと陽平の手を握り締める。
それだけで、るーこの意図は十分に陽平へと伝わった。二人の間には、それ程の信頼関係があった。

(るーこは今銃を向けられてる――僕がどうにかするしかないっ!)
陽平は即座に思考を巡らした。鞄の中から武器を取り出して投擲するような時間は無いだろう。
いざという時に信じられるのは使い慣れない武器よりも、長年鍛えてきた技術である。
「いっけぇぇっ!」
陽平は俊敏な動作で、足元に落ちている瓦礫の欠片を蹴り飛ばした。
元サッカー部によるシュートは、綺麗に麻亜子の手元へと吸い込まれ、大きな衝撃を生み出す。
麻亜子は痛みに顔を顰め若干身じろぎしたが、それでも先の一戦の反省からか、武器を取り落とす事は無かった。
だが隙としては十分――るーこがH&K SMG‖の銃身を素早く持ち上げた。
麻亜子が地を蹴り、その場を飛び退くのとほぼ同時に銃声が木霊する。
数発の銃弾が唸りを上げて麻亜子に迫り、その頬を軽く切り裂いていた。

906終わる世界:2007/04/08(日) 11:43:54 ID:UOYWTSCU0
「あうあう! 何だよ、俺にくれたって良いだろ!」
まるで駄々を捏ねる子供のように、非難の声を上げる麻亜子。
それはとても戦闘中とは思えないくらい、酷く間の抜けたものであった。
しかし忘れてはいけない――朝霧麻亜子は何人もの命を奪っている強力な殺人者だ。
その中学生のような外見と子供じみた言動に騙されてはいけないのだ。
「――俺のこの手が真っ赤に燃える!敵を倒せと輝き叫ぶぅっ!」
麻亜子は喚き散らしながらも、しっかりと体勢を建て直して、銃を構えていた。

「ヤベェッ!」
陽平は慌ててるーこの体を抱きかかえ、大きく横へ跳ねる。
だがRemington M870は散弾銃であり、その銃口から放たれる攻撃は広範囲に及ぶ。
それは熟練した者が扱えば俊敏な獣の動きすら捉える事が可能であり、例え素人が用いたとしても人を抱えて躱し切れる代物では無い。
「ぐあっ……」
叩きつけるような激しい衝撃と共に、脳に灼けるような激痛が伝達される。
散弾の幾つかが陽平の肩に突き刺さり、損傷した部位から溢れ出す血液が衣服を濡らす。
それでも陽平は、るーこを抱く手の力だけは緩めず、そのまま一直線に駆けた。
今度はるーこのH&K SMG‖が火を吹き、麻亜子は体勢を低くする事でそれを凌いだ。
るーこはそのまま引き金を絞り掃射を続けたが、程無くして銃が弾切れを訴える。
麻亜子はその隙を見逃さずに、すっと上体を起こしてRemington M870を構えようとする。
だがそれより早く陽平は足を振り上げ、地面に散在している瓦礫の破片を再び蹴った。

907終わる世界:2007/04/08(日) 11:44:32 ID:UOYWTSCU0
「はんっ、二度も同じ手は食わないよ!」
麻亜子は横方へと上半身を大きく傾け、迫る飛来物から身を躱していた。
その間にるーこがH&K SMG‖からマガジンを叩き落して、ポケットに入れておいた予備弾倉を急いで詰め込んだ。
陽平に抱きかかえられたままの体勢では正確な射撃など望むべくも無いが、それでも撃った。
敵に少しでも攻撃の時間を与えてしまえば、今度こそやられてしまうだろう。
自分達の状態では散弾銃を避ける事が出来ない以上、攻め続けるのが重要だった。
「うーへい、前へ!」
「オーケイ!」
るーこの要請に応え、陽平はがむしゃらに地面を蹴り、前方へと疾走した。
麻亜子がRemington M870を構えようとする度に、るーこのH&K SMG‖が吠える。
銃弾は相手の反撃を封じ込めていたが、驚く程軽やかな動きをする麻亜子の身体を捉えはしなかった。

少しの間戦っただけでも、嫌と言うほど思い知らされる――この敵は強い。
一対一の状況で戦っては、とても勝ち目は無いだろう。
だが自分達は二人いる。一人が怪我をしたのならば、もう一人が支えてあげれば良い。
自分達は二人で一つ。一人きりで戦っている相手になんて、絶対、負けない。
幾らなんでも至近距離でマシンガンの掃射を行えば、敵が誰であろうと命中する筈。
こちらの銃弾が再び尽きる前に、距離を詰め切れるかどうかで全てが決まる。
陽平は走った。自分が唯一、大抵の人間よりも優れていると自信を持てる、足だけが頼りだった。
肩が妙に熱っぽくなり感覚が薄れてきていたが、抱きかかえたるーこの身体は離さない。
今も前方で不規則にステップを踏んでいる麻亜子目掛けて、猛然と駆けた。
相手との距離は少しずつ縮まってきており、後十メートル程だ。
(いける……このまま走れば勝てる! るーこなら絶対に決めてくれる!)
るーこの体温を感じ取りながら、陽平がそう確信した、その時。
麻亜子はスカートのポケットに手を突っ込み、そしてその手を素早く振り上げた。

908終わる世界:2007/04/08(日) 11:45:37 ID:UOYWTSCU0
――銃はまず敵に向けて構え、それから引き金を絞る、つまり二段階の動作を必要とする。
るーこはその弱点を突き、先程から麻亜子が攻撃に移る済んでの所で遮っていた。
だが重量の軽い物を最小限の動きで投げるだけならば、一動作で済む。
振り上げざまに放り投げられた物体――投げナイフは正確に陽平の足へと突き刺さっていた。
右足に激痛と衝撃が跳ね、陽平は転倒こそしなかったものの、大きくバランスを崩してしまう。
その拍子に手の中からるーこの身体が零れ落ち、胸に伝わっていた温かさが消え失せた。

そこから先の出来事が、陽平の目にはスローモーションのように映っていた。
るーこが苦し紛れにH&K SMG‖を放つが、それは悠々と回避されてしまう。
麻亜子がまたポケットからナイフを取り出し、それを投擲する。
ナイフはるーこの左腕を捉え、鮮血を撒き散らし、H&K SMG‖が地面に落ちる。
「――もう容赦はしない。悪いけどここまでだよ」
麻亜子がゆっくりとRemington M870を構えようとする。
(るーこっ……!)
陽平は死に物狂いで足を振り上げた。右足を鋭い痛みが襲っているが、気にしてなどいられない。
サッカーの練習を止めてしまった自分程度が、今の状態でどれだけ出来るか分からないけど、やるしかない。
(途中で夢を諦めてしまった僕だけど――)
この一回だけで良い。二度と昔のようなシュートを放てなくなっても構わない。
「僕の足、もう一度だけで良いから昔のように動いてくれっ!!」
るーこさえ守り抜ければ、他には何もいらない。
陽平は全身全霊を以って、足元にある瓦礫の破片を蹴り上げた。

   *     *     *

909終わる世界:2007/04/08(日) 11:46:26 ID:UOYWTSCU0
――予測していた筈だった。怪我をしている相手の攻撃なんて、簡単に避けれる筈だった。
だが放たれた瓦礫の欠片は、これまでとは比べ物にならないスピードで飛来してきた。
「むわあっ!」
手元を強打された麻亜子は、躱す事も耐える事も叶わず、Remington M870を取り落とした。
麻亜子は慌ててそれを拾い上げようとしたが、その最中、背筋に何か冷たいものを感じた。
「――さらばだ」
聞こえてきた声に顔を上げると、るーこがこちらに向けて、凍りつくような視線を送ってきていた。
その手にはしっかりとH&K SMG‖が握られている。麻亜子にはその銃口が、冥府への入り口のように見えた。
それでも麻亜子は諦めなかった。こんな所でやられる訳にはいかない。
今が自分が死んだら誰が綾香を倒すというのだ。誰がささらを守るというのだ。
誰が平和だった頃の生徒会を取り戻すというのだ。
こんな所で死んでしまっては、今まで何の為に己の手を汚し、非道に徹してきたのか分からなくなる。
「こんちきしょうっ――――!!」
全力で、力の限り、地面を思い切り蹴り上げる。
だがあくまで冷静にその動きを読んでいたるーこの銃口は、その軌跡を完璧にトレースしながら銃弾を吐き出してゆく。
麻亜子の腹部にいくつもの衝撃が叩きつけられ、その身体は後方に吹き飛び、どさりと地面に倒れた。

   *     *     *

910終わる世界:2007/04/08(日) 11:46:59 ID:UOYWTSCU0
「やった……」
麻亜子が吹き飛ばされる一部始終を眺めていた陽平は、ぺたんと地面に腰を落としながら、ゆっくりと呟いた。
強敵だった。何か一つでもミスを犯していれば、確実に負けていた。
それに勝ったとは言え、自分達だってもうボロボロだ。これ以上の戦闘は無理だろう。
だがそれでも、とにかく自分達は生きており、敵は間違いなく死んだ筈。
恐らくはあの来栖川綾香や、今は亡き柏木千鶴にすら対抗し得る程の実力を持つ殺人鬼に、勝利したのだ。
「つうっ……」
「…………?」
耳に届いた呻きに視線を動かすと、るーこが血の流れ出る腕を押さえていた。
「るーこっ!」
陽平は血に染まった足を引き寄せて、よろよろと立ち上がった。
「大丈夫か、るーこ!」
陽平が必死の形相で叫ぶと、るーこは下目遣いで笑みを浮かべた。
「それはこちらの台詞だぞ、うーへい。うーへいもなかなかにボロボロじゃないか」
「……はは、違いねえや」
陽平は頭の後ろをぽりぽりと掻いて、それから苦笑いを浮かべた。
血塗れの身体だったけど、るーこと二人で笑い合っていた。
そのまま足を引き摺る様にして、るーこの方へと近付いてゆく。
るーこの身体を引き上げるべく手を伸ばそうとする。

911終わる世界:2007/04/08(日) 11:47:48 ID:UOYWTSCU0

――ぱらららっ、と音がした。
陽平の眼前で鮮血が飛び散り、るーこの身体がぐらりと揺れ、地面に倒れ込んだ。
「……へ?」
事態が理解出来ず、場違いなくらい間抜けな声を上げてしまう。
地面に倒れ伏するーこの身体から、赤い血飛沫が噴き出している。
その暖かい液体が、ぽたぽたと、陽平の足にも降りかかる。
まさか、これは、つまり――
「るーこぉぉぉぉぉぉっ!!」
陽平は無我夢中でるーこの身体を抱き上げた。大丈夫、まだ暖かい。
まだ呼吸をしている。まだ生きている、諦めなければきっと、助かる。
「るーこ、しっかりしてく……」
最悪の結末を否定しながら、懸命に呼び掛ける陽平だったが、突如その横腹に強烈な衝撃が奔る。
「くぁ……っ」
「――よくもやってくれたわね」
腹を押さえながら顔を上げると、そこには最も出会いたくなかった――来栖川綾香が、立っていた。
凄惨に焼け爛れた右腕、殆ど開いていない左目、だが左腕にはしっかりとIMI マイクロUZIが握り締められている。
陽平はそれでようやく何が起こったかを了解した。るーこは、この女に狙撃されたのだ。

912終わる世界:2007/04/08(日) 11:48:51 ID:UOYWTSCU0
「まさか……、まーりゃんがあんた達なんかにやられるとは思わなかったわ……。おかげで復讐しそびれちゃったじゃないっ……!
 今までずっと後を尾けてたのが、台無しじゃないっ……!」
綾香が怒りに震える声で、言葉を投げ掛けてくる。だが、どうでも良い。
普段なら恐怖で悲鳴の一つくらい上げてしまったかも知れないけど、今の自分にとってはどうでも良い。
陽平は綾香から視線を外し、再びるーこの身体を抱き上げた。
「るーこ、死ぬな! 僕が助けてやるから、死んじゃ駄目だっ!」
「う……へ…………い……」
るーこが半分光を失った目で、こちらに視線を返してくれる。
陽平はぎゅっと強くるーこの手を握り締めて、それから言葉を続けた。
「大丈夫! きっと助かるから! 教会に行けば皆が何とかしてくれるから! それまで頑張るんだっ!」
そうだ――るーこが死ぬ事なんて、ある訳が無い。これまでずっと自分達は一緒に行動してきたのだ。
これからも二人一緒に行動して、主催者を倒して、元の生活に帰るんだ。ずっと一緒に過ごすのだ。
だがそんな陽平に対して、るーこはゆっくりと首を振った。
るーこには分かっていた。自分の傷が、もう助からない程のものだと。
「るーは……もう、駄目だから……うーへい……だけでも……逃げ……て……生き……て……」
その言葉を聞いた瞬間、堤防が決壊したかのように、陽平の目から涙が流れ落ちた。
「駄目だ駄目だ駄目だ! 逃げるんなら二人だっ! 生きるんなら二人だっ!」
陽平は首をぶんぶんと横に振りながら、腹の底から叫んだ。
それを見たるーこは、とても悲しそうな顔をした後、また口を開こうとした。
「うーへ……」
そこで一際大きな銃声が聞こえた。るーこのこめかみ辺りに、赤い斑点が刻まれていた。
「……るーこ?」
握り締めたその手から力が失われてゆく。
「おいるーこっ!? 返事をしてくれよっ!」
大きく見開かれたその目は、もう陽平を映していない。
「るーこ! るーこぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
がくがくとその身体を揺すっても、何の反応も返ってきはしない。重力以外の力を感じ取れはしない。
それでようやく陽平は悟った。自分達二人の世界は、終わってしまったという事を。

913終わる世界:2007/04/08(日) 11:49:29 ID:UOYWTSCU0

「はいはい、茶番劇はこれにて終了よ。とっとと立ち上がって私を楽しませてみせなさいよ。
 こちとら勝手にまーりゃんを殺されちゃって、鬱憤が溜まってるんだから」
るーこの身体を抱きしめて泣きじゃくる陽平に、綾香が語り掛ける。
少なくとも陽平への復讐は十分過ぎる程に果たしたというのに、その表情には明らかな不快の色が浮かんでいた。
「どうしたの? 私が憎くないの? そこに落ちてある銃を拾い上げて戦おうとはしないの?」
綾香の言葉通り、陽平のすぐ傍にはH&K SMG‖が落ちている。
だがその事を指摘されても、陽平は全く動こうとはしなかった。
銃を拾い上げればるーこの仇に一矢報いれるかも知れないのに、ただただ涙を流し続けるだけだった。
綾香はそんな陽平の様子を暫く眺め見た後、心底呆れた、という風に大きな溜息をついた。
「……ハッ、相方が殺されたっていうのに、アンタどうしようもないへタレね。るーこもきっと、呆れてるわよ?
 まあ良いわ。私もいい加減疲れてるし、手早くるーこの所へ送ってあげる。せいぜいあの世で仲良くする事ね」
マシンガンの銃口をごりごりと、陽平の後頭部に押し付ける。
(ったく、最悪ね。勝つには勝ったけど、こんなんじゃ全然スッキリしないわ)
今更この男を痛めつけた所で、何の反応も帰ってきはしないだろう。
早くこんな下らない戦いは終わらせて、何処かで休憩しよう――綾香がそう思った時だった。
何かが風を切る音がしたのは。殆ど異能の域に達する反応で身を翻そうとした綾香の肩に、ボウガンの矢が突き刺さっていたのは。
「――あああぁぁっ!?」
綾香は突然受けた攻撃に混乱し、叫び声を上げながらもその場を飛び退いていた。
直後、それまで綾香がいた空間を粒弾の群れが切り裂いてゆく。

914終わる世界:2007/04/08(日) 11:50:33 ID:UOYWTSCU0
肩に突き刺さった矢を乱暴に引き抜きながら、銃声のした方を向くと、そこには。
死んだ筈の、あの女が。朝霧麻亜子が、Remington M870を構えて立っていた。
宿敵の綾香に手傷を負わせたというのに、その顔に笑みは一切無く、逆に苦痛に耐えるような表情をしていた。
その姿を見た綾香は一瞬で、どういう事か理解した。
自分は陽平達と麻亜子の戦いが終わった瞬間に復讐を果たすべく、秘密裏に距離を詰めていた。
その際に発光する物体を持っていては存在を察知されてしまうので、レーダーの電源を切っていたのだが、それが不味かった。
レーダーを用いれば確実に相手の生死を判断出来るが、この闇夜において肉眼ではそうもいかない。
つまり麻亜子は自分と同じく防弾系の装備を着ており、一命を取り留めたのだ。
表情が優れないのはいくら防弾性の装備を身に纏っているとは言え、衝撃までは殺し切れない為だろう。
綾香は笑った。一度は閉ざされた復讐の道が再び開かれた幸運に、これ以上無いくらい口元を歪めた。
「よくぞ……生きていてくれたっ……!」
それはとても重い、地獄の底から響き渡ってくるような声だった。
数多の戦いを傷付きながらも生き延び、麻亜子と綾香は三度対峙する。

【時間:2日目・20:30】
【場所:g-2右上】

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(19/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
【状態1:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷、疲労、体の節々に痛み】
【状態2:左目失明寸前、右肩負傷、麻亜子と対峙】
【目的:何としてでも麻亜子を殺害。ささらと、さらに彼女と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

915終わる世界:2007/04/08(日) 11:51:30 ID:UOYWTSCU0
朝霧麻亜子
【所持品1:Remington M870(残弾数2/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、ボウガン、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:綾香と対峙、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、頬に掠り傷、肋骨二本骨折、内臓にダメージ、全身に痛み、疲労】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:、予備マガジン(30発入り)×2、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状況:死亡】

春原陽平
【持ち物1:FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鉈、スタンガン・鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:深い絶望、号泣。右足刺し傷、左肩銃創、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

【備考】
・以下の物は地面に落ちています。サバイバルナイフ、投げナイフ、H&K SMG‖(5/30)

→788

916蛇と狂犬:2007/04/10(火) 00:59:32 ID:pPI3C.bE0
――希望と、より深い絶望を……かな。
それだけ言い残して、篁は久瀬との通信を終えた。
その一部始終を逃さず眺め見ていた醍醐が、訝しげな表情で口を開く。
「……総帥、何故あのような事を? このまま久瀬を泳がせておけば、良からぬ形で計画を妨害されるかも知れませんぞ」
醍醐は理解出来なかった。どうして久瀬に情報を与えたのか。
そもそも今回の殺し合いは、人間の想い――取り分け『絶望』という負の感情を集める為に行われた筈だ。
それならば、ダミーの情報により参加者達を爆死させた方が効率が良いのではないか。
わざわざ参加者に希望を与え、あまつさえ自分達に噛み付く可能性まで容認する意味があるのだろうか?
ギイ、という音と共に、篁の鎮座している超高級椅子が回転運動を起こす。
「まだ分かっておらぬようだな」
それから篁は目を細めて、醍醐に黒い眼光を送った。蛇の眼力の前では、狂犬は忠犬へと変貌を遂げる。
「のう、醍醐よ。初めから無理と分かっている状況で抱く絶望と、僅かな希望に縋った上での絶望。どちらの方が強いと思う?」
言われて、醍醐はハッとなった。そうだ――確実に成し遂げれぬ目標に対して、懸命に努力しようとする人間は殆どいないだろう。
人は希望があるからこそ頑張ろうとするし、その過程を経た上での挫折を味ってこそ、深い絶望の底に叩き落とされるのだ。
「クックックッ、理解したようだな。私が欲しいのはあの宝石に宿る『命』よ。『エネルギー』よ。そして……『想い』よ。
 生半可な『想い』では鍵としての役目を果たす事など出来ぬ。だからこそ少しでも多くの絶望を生み出すよう、工夫を凝らさねばならないのだ」
「ハッ、仰せの通りで! 私めの見通しが甘過ぎました、申し訳ありません」
取り繕うように、醍醐が深々と頭を下げる。
その様子を見て、篁は愉しげな笑い声を洩らしたが、やがて珍しく神妙な顔つきとなった。
「しかし前回のように、参加者が我らの意図を察知して、あの宝石を隠そうとしてしまうやも知れぬ。
 あまり悠長に構えているのも不味い。そこで、貴様に任務を与える」
「と、申されますと?」
「貴様に青い宝石の奪還を任せる。今は那須の宗一に懐いていた女が持っている筈だ」
その言葉に醍醐は即答出来ず、場が僅かばかりの間静まり返った。
本来ならば、ようやく訪れた戦闘の機会を、手放しで歓迎していただろう。
だが今回はそうもいかない。どうしても気になる事があった。

917蛇と狂犬:2007/04/10(火) 01:00:50 ID:pPI3C.bE0
「――よろしいのですか? 今青い宝石を取り上げてしまえば、十分な量の『想い』が集まるとは思えませぬが」
「問題無い。どういった原理かは分からぬが、あの宝石はどうやらポテトという獣と共鳴しておるようだ。
 放っておいても『想い』は獣に集まり、やがて時が来れば宝石へと流れてゆく筈だ」
「…………?」
醍醐は訳も分からず眉を顰めた。腹心の彼ですら、全てを知らされている訳では無かった。
しかしすぐに醍醐は、考える必要は無いという結論に達する。自分は雇い主の命令を、ただ忠実にこなすべきなのだ。
「承知致しました。その任務、必ずや成し遂げてみせましょう!」
そう言って、醍醐は興奮に筋肉を振るわせた。いずれ訪れるであろう、闘争に思いを馳せて。
しかし篁はクンと目を見開き、かなり強い諫めの色を含んだ声を出した。
「フフフ、随分と嬉しそうではないか。しかし、貴様自身の手で参加者を殺してはならぬ。
 あくまで参加者同士で殺し合いを行うからこそ、憎悪の念が膨らむのだからな」
「なっ……、それでは任務の遂行に支障が……!」
「心配せずとも必要な装備は、ちゃんと準備してやる。所詮相手は素人、貴様ならいくらでもやりようはあるだろう?」
「グッ……!」
醍醐は苛立った様子で、奥歯をぎりぎりと噛み締めた。敵を殺せない――それではとても、満足など出来ぬ。
だがそこは歴戦の傭兵。何とか己の感情を抑え込み、ゆっくりと首を縦に振る。
「……仰せのままに」
不満げな、しかし確かに承諾の意を含んだ返事を確認すると、篁は醍醐から視線を外した。

これまで傍観を強要されていた狂犬が、制約付きとは言え、とうとう殺戮の場に放たれようとしていた。

918蛇と狂犬:2007/04/10(火) 01:01:48 ID:pPI3C.bE0
【時間:二日目・19:05】
【場所:不明】


【所持品:不明】
【状態:健康】

醍醐
【所持品:不明】
【状態:苛立ち】
【目的:極力参加者を殺害せずに、青い宝石を奪還する】

→724
→758

919一筋の涙:2007/04/11(水) 00:47:31 ID:Jq.Kvs9U0
「んん……」
昼間に寝すぎた所為か、睡眠は約半刻程しか続かなかった。
視界が正常に機能する事を許容せぬ漆黒の闇の中、鹿沼葉子は目を醒ました。
意識を取り戻した葉子は、自分の頬に違和感を覚え、疑問を解決するべく手を伸ばす。
すると生暖かい液体の感触が、掌に伝わった。
「これは……涙……?」
葉子は困惑を隠し切れない声で呟いた。
どうして涙を流しているのか、その理由にはすぐに思い当たった。
とどのつまり、自分の心は――予想以上に、天沢郁未の死を嘆き悲しんでいたのだ。
「ふふ……まさか私がいつまでも泣いてるような、女々しい人間だとは思いませんでした」
僅かばかりの悲しみと、強い自嘲の念を込めて、言葉を紡ぐ。
本当に意外だった。
郁未は唯一心を開いて接する事の出来た存在ではあったが、まさかここまで自分の心に影響を与えているとは思わなかった。
それ程までに郁未の存在は自分にとって大きかったのだ。
この島で郁未と交わした約束を思い出す。
「郁未さんと私が最後まで生き残ったら決着をつけましょう、か……。馬鹿ですね、私。
 私が郁未さんを殺せる筈が無いのに。その時が来てしまえば、きっと私は黙ってこの命を差し出すしか無かったのに……」
すっと目を閉じて、郁未の顔を思い出す。もう素直に本心と向き合おう。
年相応の脆さと冷淡な強さを併せ持った郁未が、大好きだった。
自分に生きるという事を教えてくれた郁未が、大好きだった。
自然に目の奥から涙が溢れ出し、閉じた瞼の隙間から流れ落ちる。
でもこの一筋の涙で最後。もう泣かない。もう悲しまない。
ここで自分まで死んでしまっては、郁未がこれまで何の為に生きてきたか分からなくなる。
あの施設の仲間達も、もう死んでしまった。
だからこそ、郁未から掛け替えのない物を沢山教えられてきた自分だけでも、絶対に生き延びなくてはならない。
泥を啜ってでもこの島より生還し、外の世界で、郁未の想いを心の奥底に刻み込んで生き続ける。
ならばこれ以上感傷に浸っている暇など無いのだ。
まずはこれからの方針を、より具体的且つ効率的なものに絞ってゆかねばならないだろう。

920一筋の涙:2007/04/11(水) 00:49:34 ID:Jq.Kvs9U0
当然の事ながら、未だに痛みを訴え続けるこの足では、積極的に人を殺して回るのは下策に過ぎる。
クラスAの能力者である自分でも、能力を制限されている上に負傷している今の状態では、ただの一般人と大差無い。
そして何より自分には、銃が無い。それが致命的だった。
第三回放送によれば生き残りはもう、約三分の一程度まで減っている。
今もなおこの島で己が生命を堅持している人間達は、ただ幸運に守られて生き抜いてきたという訳では無いだろう。
ある者は心強い仲間に守られ、ある者は鍛え抜いた自身の能力に守られ、そしてある者は強力な銃火器に守られてきた筈。
今の自分がそんな連中を相手に、正面から勝利を得られるとはとても思えない。
となるとやはり寝る前に考えていた、主催者を斃そうとする者達と消極的ながらも行動を共にする、という方針の下に動くべきである。
他の人間達と行動を共にすれば銃火器を手に入れる機会もあるかも知れないし、ゲームに乗った者からも逃げやすくなるだろう。
だが冷静に考えてみれば一つ、大きな問題点があった。
自分がゲームに乗っている事を知っている人間が、ごく少数ながら存在するのだ。
自分と郁未に襲撃され、今もなお生き延びている人間、古河渚、古河秋生。
この二人と出会ってしまえばどのような弁明をしようとも、戦闘は避けられまい。
もしかしたら、芳野祐介に守られていた筈の、あの見知らぬ少女も生きているかも知れない。
そして――情報は時が経てば経つ程拡散してゆく。
こうして座している間にも、古河親子が葉子の悪名を吹聴して回っているかも知れないのだ。
噂が島中の人間に知れ渡ってしまえば、善意の参加者を装って他の人間に取り入るのは絶望的となる。
その前に何とかしなければならない。何とかして、自分の正体を知らない人間の信用を得なければならない。
逆に言えば先に信頼さえ獲得出来れば、その後で自分の正体を知る者達と出会ってもどうにかなる。
疑心暗鬼が各々の心に巣食うこの環境下では、どちらの言い分が正しいかなど分かりはしない。
何を言われようとも否定し、自分の正当性を訴え続ければ良いのだ。
少なくとも参加者達の矛先が、全て自分に向くのは避けられる。
これはスピード勝負なのだ。噂の拡散と、自分が偽りの仲間を手に入れるのと、どちらが速いかの。
となれば、今すぐに動くべきなのだが――何処に行けば良いのだろうか?
自分と郁未が古河早苗を殺害し、秋生と渚に正体を知られてしまったのは、氷川村の診療所に居た時だ。
そして先程氷川村では、大規模な戦闘が行われていた様子だった。
これらの事項を踏まえると、氷川村は自分にとって最も危険な場所であり、絶対に近付くべきでは無いだろう。
ゲームに乗った者達や自分の正体を知る者達と出会う可能性が、最も低い村は――氷川村とは間逆の位置にある、鎌石村だ。
まずは鎌石村に向かい、それからゲームに乗っていない人間と接触し、仲間として同行するのだ。

921一筋の涙:2007/04/11(水) 00:50:50 ID:Jq.Kvs9U0
社の床下より這い出て、葉子は鷹野神社を後にする。
足の痛みは若干ではあるがマシになっている。それでも険しい山道を早足で進むのは堪えるが、立ち止まってなどいられない。
「道は見えました……。郁未さん、どうか見守っていてください。貴女の想いは、私が引き継いで生きてゆきます」
人を騙してでも、殺してでも、生き延びる。それが自らに課した、絶対の使命なのだから。

【時間:2日目19:55頃】
【場所:G−6 】 
鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし、水は残り3/4)】
【状態:鎌石村へ急行。肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)。マーダー】
【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】

→765

922ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:54:42 ID:YHRu6UdM0

来栖川綾香が砧夕霧の軍勢と初めて遭遇したのは、午前十時を少し回った頃のことだった。
概ねの対策を練っていたこともあり、作戦の立案は迅速だった。
乱戦に向かない芹香は離れた場所に降ろし、セリオと綾香は夕霧の群れに仕掛けていった。
豊富な弾薬を背景にセリオを前衛に出して敵陣形を撹乱し、それを綾香が端から仕留めるという作戦は功を奏した。
そもそも砧シリーズの生産は来栖川重工で請け負っていたのだ。
運用面からその弱点まで、綾香に知らぬことはないといっても良かった。

「ったく、仕様書にない運用で無駄遣いして……」

正面の個体に銃弾を叩き込みながら、綾香が毒づく。
光学兵器である砧夕霧シリーズは砲兵として開発された個体だ。
基本的に人体ベースであり、装甲や防禦能力は無に等しい。
パワードスーツ着用の歩兵、あるいは機甲部隊が前面に展開してこそ、その真価を発揮するものだった。
自走はするが、単体で浸透突破を図るためのものではなかった。
銃底に新しいマガジンを叩き込み、綾香が掃射を再開する。
軽快な発砲音と共に、マズルフラッシュが閃いた。
前方に展開する夕霧の群れが赤い花を咲かせながら斃れていく。

「―――綾香様、あれを」

両手にそれぞれ掴んだ夕霧の頭部を同時に地面へと叩きつけながら言うセリオの声に、綾香が視線を向ける。
曇天の下、ぎらぎらと煌く眼鏡と額の集合の向こうに、周囲とは違う色があった。
群青色のブレザー。傍らに立つカーキ色は軍服だろうか。

「この距離じゃわかんない。そっちで確認できる?」

頭部バイザーによる視力補正は、明け方の少年との戦いの際に失われていた。
綾香の言葉を受けて、セリオが即座に応答する。

「―――照合完了。久瀬様に間違いありません。随伴は陸軍下士官章を着用。……照合、データ無し」
「久瀬大臣絡みの直衛……?」

一瞬訝しげな色を浮かべた綾香の表情が、すぐに引き締まる。

923ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:55:06 ID:YHRu6UdM0
「何にせよ、ようやく見つけたってわけね……」
「突破なさいますか」
「お願い」

セリオの短い問いに、同じく短く答える綾香。
間を置かず、セリオが駆け出していく。
奔る閃光を縫うように走り抜けるセリオの長い髪が、風を受けて靡いた。
夕霧の群れが割れ、閃光が明後日の方向へと乱舞しだすのを確認して、綾香もまた一気に加速する。

「……脆い」

楔として打ち込まれたセリオの突撃により、夕霧の統制は完全に乱れていた。
光学兵器としての夕霧の恐ろしさは、そのユニット戦術にある。
弱い光でも、数体で集まって反射を繰り返して位相を揃えることでレーザーとしての威力を確保し、
或いは増幅して撃ち出す。それこそが、量産体の基礎運用であった。
しかし、こうして肉薄した上で標的を絞らせないように素早い移動を繰り返せば、その運用は崩壊する。
統制の取れない夕霧など、単なる畸形の自走鏡でしかない。
無防備な身体に幾つもの穴を開けて、夕霧が死んでいく。

「―――久瀬ぇ……っ!」

綾香が声を張り上げる。
既に距離は縮まり、綾香の目でも久瀬の顔が判別できるところまで近づいていた。
しかし久瀬は振り返らない。
途切れずに響き続ける銃声を聞き逃しているはずがないのに、歩みを止めようとはしない。
人の波の向こうに見え隠れする久瀬の後ろ姿に、綾香は手を伸ばす。
その視界を、夕霧の一体が遮った。
一瞬の躊躇もなく、トリガーを引く。無数の弾丸を叩き込まれ、夕霧の顔が爆ぜた。
口元に垂れた返り血を唾と一緒に吐き棄てて、綾香が踏み出す。
セリオの切り開いた道が、またすぐに夕霧の群れに押し寄せられて塞がっていく。
久瀬の後ろ姿が遠ざかっていく。

「久瀬……っ!」

聞こえないはずがない。
それでも、久瀬は振り返らない。
それがどうにも許せなくて、綾香は引き金を引いた。
砧夕霧が、数体まとめて物言わぬ塊となる。

セリオが手近な夕霧の遺体を蹴り上げると、その足を無造作に掴んだ。振り回す。
人体同士の激突する鈍い音。血と、それ以外の体液が宙を舞って輝いた。
再び道が開く。そこを綾香は一気に走り抜けた。
距離が、縮まる。
手を差し伸べれば届きそうな近さで、だから綾香はもう声は上げずに、腕を伸ばした。
長く白い指が、久瀬の背に触れるかと見えた、そのとき。
音もなく、その僅かな隙間に割り込む影があった。

「―――届かんよ」

静かな、そして巌のように頑なな、それは声だった。

924ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:55:34 ID:YHRu6UdM0
綾香の目に、銀色が映る。
老爺の如き白髪をしたその男はしかし、未だ壮年としか見えなかった。
軍服の上からでもわかる、引き締まった屈強な肉体。
硬い意志を感じさせる面立ちの中で、夜の湖のような底知れぬ静謐を宿した瞳が、綾香を射抜いていた。
思わず気圧されそうになるのを感じて、綾香はそんな自分を張り倒すように声を上げる。

「……どけ、白髪頭っ!」

言いながら向けた左手の銃口は、だが男を捉えること適わない。
男の手が静かに銃身に添えられたかと思えば、どうしたことか、その射線が逸らされていた。
特に力を入れている風でもないというのに、押し負けている。
否、力の軸線を逸らされているのだ、と綾香が気づいたときには、その手から銃が取り落とされていた。
同時に男が身体を入れてくる。
頭一つ上背の違う男の圧力に、綾香が思わず距離を取ろうと退きかけた瞬間。
綾香の身体が、ふわりと浮いていた。

「―――ッ!」

引こうとしたその足を、絶妙のタイミングで刈られた。
同時にいつの間にか伸ばされていた男の手が、綾香の襟首を掴んでいた。
大外狩り。オーソドックスな柔道の技だったが、綾香の脳裏には最大級の警告音が鳴り響いていた。
国軍に制式採用されている柔は、スポーツ競技ではない。
格闘家としての知識が告げるそれは、殺人の技。投げを単なる投げでは終わらせない。
即ち、掴んだ襟首を離さず、その喉元に腕を捻じ込むようにしながら―――

(―――全体重で、相手の頸を潰す技……ッ!)

頭部バイザーのない今の状態で叩きつけられれば、怪我では済まない。
綾香の判断は迅速だった。
宙に浮かされた状態では、体を入れ替えることもままならない。
そしてまた、相手の男はそれを許すほど生易しい腕ではなかった。

「なら……!」

瞬間、綾香の纏った銀色の鎧、KPS-U1改が爆発するように弾け飛んだ。
強制パージ。胸部装甲が男の顔面を直撃し、背部装甲は接地の勢いを相殺する。
転瞬、緩んだ男の手を身を捩って引き剥がしながら、綾香が地面に手をついた。
逆立ちをするような格好。しなやかな脚が、ぐるりと回転しながら男の側頭部を襲う。
だが、

「外した……!?」

視界を塞がれたはずの男は、綾香の動きを読んでいたかのように身を沈めていた。
同時に地を這うような回し蹴りが来る。
体重は乗っていないが、綾香を支える腕を狙った動きだった。
咄嗟に腕に力を込め、ハンドスプリングの要領で飛び退る綾香。
彼我の距離が開いた。

925ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:55:54 ID:YHRu6UdM0
「ようやく思い出した。どっかで見たことあると思ったら……昼間パシリに使った強化兵」
「……」
「合気に柔、拳法もこなすって? 骨抜きの国軍にしちゃ随分と優秀じゃない」

身体のラインも露わなアンダースーツのまま、綾香が口を開く。
余裕のあるような口ぶりだったが、その表情には隠しようもない焦燥が浮かんでいた。
久瀬の背は、再び遠ざかろうとしていた。

「……戦は長く、歴戦の兵は多くが死んだ。だが俺は生き延びている。それだけのことだ」
「そ。ま、―――興味ないんだけどね、あんたなんかにはっ!」

言いざま、綾香が飛び出す。
だがKPS-U1改の補助を失ったその加速は、先刻までと比べて明らかに劣っていた。
身を沈めながら放たれる綾香の中段蹴りを、男は易々とかわしてみせる。
蹴り足の戻しよりも早く、男の拳が飛ぶ。
速いが、スウェー状態から打たれた拳には腰が入っていない。
ジャブ気味に放たれたそれを、綾香が軽く頭を振って回避しようとした、その刹那。
握られていたはずの男の拳が、突然に五指を開いた。

「なっ……!」

綾香の視界、その左半分が塞がれていた。
まずい、と思考するより早く、綾香は反射的に飛び退ろうとする。
左右は危険。死角からの蹴りを定石とすれば、その裏は向かって右、男の空いた左による突き。
どちらを選んでもリスクが大きかった。
ならば、と咄嗟にバックステップを踏もうとした綾香の視界が、唐突に揺れた。
まず感じたのは、首への衝撃。
そして頭部、否、頭皮からの激痛だった。

(髪を―――!)

流れた長い髪を掴まれたのだと理解した瞬間、意識が飛びかけた。
咄嗟に上げたガードの下。腹に、男の拳がめり込んでいた。
一瞬、モザイクをかけられたように歪んだ視界が戻ってくると同時、胃の内容物がせり上がってくる。
奥歯を食い縛って堪えると、綾香は必死に視線を上げる。
そこに男の姿はなかった。感じる気配は、背後から。
反射的に打った肘が正確にブロックされた。
舌打ちした綾香だったが、次の瞬間、目を見開かされていた。
呼吸が、できない。

926ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:56:13 ID:YHRu6UdM0
「か……ぁ……」

首に何かが巻きついている。
綾香自身の髪だと、すぐに気づいた。
長くしなやかな黒髪が、綾香の頚動脈と気管を的確に締め上げていた。

「型は正確だ。応用力もある。咄嗟の反応も悪くない。―――だが、道場拳法だ」

ぎりぎりと音がするほどに綾香の首を絞めながら、男が静かに言う。
頭蓋の中で脳がはちきれんばかりに膨張しているが如き激痛の中で、綾香の耳朶を打つその言葉は、
どうしてだかひどく鮮明に聞こえていた。

「髪を掴むは反則か。美しく相手を打ち倒すが道か。―――そうしてお前は死ぬのか」

苦痛が薄れていく。男の声だけが、脳裏に残響を残す。
落とされれば確実に死ぬと、それだけを綾香は理解していた。
最後に残った感覚の全てを、右腕に集中する。
ぐらぐらと揺れて、七色のノイズに侵蝕されていく視界の中で、綾香はその力を解放した。
振るう。ブチリ、と嫌な音がした。

「……ァァアアッ!」

振り抜いた。ブチブチと、音がする。
途端、視界が回復した。全身が酸素を要求し、肺が急速に収縮する。
盛大に咳き込みながら、綾香はその腕を背後に向けて裏拳気味に放つ。
空振り。男は既に、充分な距離をとっていた。

「……ほう。その腕―――固有種のものか」

眉筋一つ動かさず、男は綾香を見ている。
必死に呼吸を整えながら、綾香は男へと向き直った。
その右腕は漆黒の皮膚と真紅の爪を備え、曇天の林道に異様な存在感を放っている。
綾香が、痰混じりの唾を吐き棄てる。
はらはらと、何か黒いものが風に乗って舞い散った。
地面一杯に、まるで絨毯模様のように広がったそれは、綾香の黒髪であった。
己が爪で切り落としたその髪を踏みしだいて、綾香が鬼の手を握り、開く。
爛々と輝くその眼は、ただ男だけを睨み据えていた。
周囲を幾重にも取り巻く夕霧など、まるで存在しないかのようだった。
毛先のひどく不揃いな短髪を振り乱して、来栖川綾香は立っていた。

927ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:57:12 ID:YHRu6UdM0
「どけ」

短く、綾香が口にする。
応えるように口を開いた男は、どこか乾いたような声音で言った。

「……お前を囲んでいる者たちの名を知っているか」
「……」
「砧夕霧という」
「知ってる。私の会社が造った兵器だ」
「……いいや、いいや分かっていない。お前は、この娘の名を」

男は、哀しげとすら見える表情で続けた。

「―――それでは届かんよ。お前の拳も、声も」
「説教臭いんだよ、白髪頭……!」

鬼の腕を振りかざすように、綾香が駆ける。
奇妙な静けさの中で、男が静かに告げた。

「―――坂神蝉丸。覚えておけ、この名を」

転瞬、男の姿が掻き消えた。
否、その踏み込みを目で追いきれず、消えたように見えたのだ、と。
交錯の瞬間、鳩尾に男の提げた軍刀の柄頭を叩き込まれて意識を失う寸前に、綾香は理解していた。


******

928ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:57:43 ID:YHRu6UdM0

「……何故、殺さなかったのですか?」

傍らの少年が静かに訊ねるのに、男、坂神蝉丸はやはり淡々と答えた。

「殺すのは容易い。だが、あれには最後まで見届けさせたかったのだ」
「何を、ですか」
「己の造った者たちが選び取る、未来の形を」

蝉丸は、少年に寄り添うように歩く少女を見やり、そしてまた周囲を歩く無数の少女たちを見回しながら言った。

「あれを討つのは俺ではない。打ち棄てられた者たちの、歓喜の声だ。そうあるべきだと、俺は思う」
「……」

少年は無言のまま、眼前に聳える山の頂を見上げていた。
無数の足音だけが、蝉丸の言葉に応えていた。

「それより、君こそいいのか」

しばらくの間を置いて、蝉丸が少年、久瀬に問いかけた。

「あれは、君の昔馴染みだったのだろう」
「……構いません。あの人のことです、きっと僕を連れ戻そうとしてくれていたんでしょう。
 一緒に帰ろうとか、上手く取り成してやるとか、何なら自分の会社で使ってやるとか。
 ……そんなこと、できるはずがないのに」

久瀬が苦笑する。 
歳相応の少年じみた表情を、蝉丸は静かに見つめていた。

「僕は踏み出してしまった。―――あとはもう、進むことしかできないんですから」

決然と言った久瀬の表情は、既に少年のそれではなかった。
その顔を見て蝉丸は一つ頷くと、口を閉ざした。

死を齎す軍勢は、粛々とその行進を続けている。


******

929ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:57:58 ID:YHRu6UdM0

目を覚ました来栖川綾香が最初にしたのは、傍らのセリオに時刻を訊ねることだった。

「……一時間は経っちゃいない、か。まだ間に合うわね」

すっかり晴れ上がった青い空の眩しさに目を細めながら立ち上がり、振り返る。
夕霧の群れが歩いていた方向には、神塚山が聳えていた。
となれば、久瀬の目論見にも概ねの見当がつく。
制限時間は正午きっかりといったところか。

「坂神、蝉丸……。情けをかけたことを後悔させてやる―――」
「―――綾香様、」

呟き、歩き出そうとした綾香に、背後からセリオの声がかけられた。
眉を顰めて振り向いた綾香だったが、続くセリオの言葉に見る見る表情を変えていく。
驚愕と困惑、それらがない交ぜになった表情。

「何、ですって……? もう一度言ってみなさい……!」

震える声で促す綾香の言葉にも、セリオは動じない。
やはり淡々と、体温を感じさせない声でそれを告げた。

「―――芹香様が、どこにもいらっしゃいません」

930ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:58:34 ID:YHRu6UdM0


【時間:2日目午前11時前】
【場所:G−7】

来栖川綾香
 【持ち物:各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ】
 【状態:ラーニング(エルクゥ、(;゚皿゚)、魔弾の射手)、短髪】
セリオ
 【持ち物:なし】
 【状態:グリーン】
イルファ
 【状態:スリープ】

来栖川芹香
 【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐(首だけ)、蝙蝠の羽】
 【状態:盲目、行方不明】
 【持ち霊:うぐぅ、あうー、珊瑚&瑠璃、みゅー、智代、幸村、弥生、祐介】


【場所:G−5】

久瀬
 【状態:悲壮】
坂神蝉丸
 【状態:健康】
砧夕霧コア
 【状態:健康】
砧夕霧
 【残り26238(到達0)】
 【状態:進軍中】

→552 690 ルートD-2

931三度目の正直:2007/04/13(金) 14:28:50 ID:.b9r1E4o0
これまで既に何度も、大規模な戦いの舞台となっている平瀬村。
来栖川綾香と朝霧麻亜子が最初に出会ったのも、この村だった。
何の因果か――彼女達の三度目の、そして恐らくは最後となるであろう対決もまた、この村で行われようとしていた。
空を覆う暗雲に見守られ、二人の獣は実力行使の末に入手した銃器を構える。
綾香の暗い狂気を灯した瞳が、眼前の怨敵を射抜く。
その眼光の鋭さを前にしては、並の人間なら一目散に逃げ出すか腰を抜かしてしまうだろう。
しかし殺人を重ね狂気の世界に馴染んでしまった麻亜子は、半ば怪物と化した敵に対しても平然とした様子で口を開く。
「あやりゃん、駄目じゃないか。ストーカー行為は犯罪だぞう?」
「あら? 私はあんたみたいな小学生並のスタイルで、そんな派手な服を着てる方が犯罪だと思うけど?」
そう言って綾香は、多分に侮蔑の意を含んだ笑みを浮かべる。
すると麻亜子も同じように、自信たっぷりに唇の端を吊り上げた。
「チッチッ、甘いぞ。世の中にはこういったものを好む殿方がごまんといるのさ」
「へえ、頭のネジが飛んでる奴がそんなにいるとは知らなかったわ。あんたなんかを好む奴が多いんじゃ、世も末ね」
お互いに軽口を叩く。それは因縁の二人が出会ったにしては、余りにも静かな対話だった。
しかしそのような状態が、長く続く筈も無い。
復讐鬼と化した綾香が、いつまでも只の会話に甘んじていられる筈が無いのだ。
「……韜晦はここまでにしときましょうか。アンタなんかと長話をするつもりは無いしね」
綾香の声の調子が、これまでとは打って変わって重いものとなる。
「うん、それはあたしも同感だぞ、あやりゃん君」
それを感じ取った麻亜子の声もまた、殺気を包み隠さない鋭いものとなった。
距離にして約20メートル程である二人の間を、灼けつくような殺気が飛び交う。
これは殺し合いであって、正当なルールに則って行われる決闘などでは無い。
どんな手を使おうとも最終的に生き延びた側が勝者であり、死んだ者は等しく敗者として扱われる。
だからこそ、気勢を猛らせる二人の決戦は唐突に、何の合図も無しに、開幕の時を迎えた。

932三度目の正直:2007/04/13(金) 14:29:39 ID:.b9r1E4o0
「――――ッ!」
先に動いたのは麻亜子だった。
麻亜子は綾香の方へ顔を向けたまま、円を描くような軌道で走り回る。
その間、手元のRemington M870は沈黙を守り続けたままだった。
散弾銃という武器はきちんと照準を定めてから撃ちさえすれば、高確率で命中が期待出来る武器だったが、弾丸は無限にある訳では無い。
麻亜子がRemington M870の残弾を調べた時点で四つ――先程二発撃ってしまったのだから、今は二つしか残っていない筈だ。
ならば軽々しく使ってはならない。強力な切り札は、ここぞという時まで温存しておくべきだ。
傷んだ身体で大地を駆け回るのは少々堪えるが、ここは足を止めずに好機を待つしかない。

「ちょこまかと……鬱陶しい!」
綾香は苛立ちを隠せない様子で叫びを上げた後、手に握ったIMI マイクロUZIの引き金を絞った。
しかし連射された弾丸が、軽快な動きを見せる麻亜子に突き刺さる事は無く、空気を裂くに留まった。
綾香は地の上に仁王立ちしたまま、次なる一手はどうすべきか、思案を巡らす。
(――どうする。距離を詰めて一気に畳み掛けるか……いや、それはマズイわね)
マシンガンとは弾丸のシャワーであるので、近距離なら絶対に当たる武器だったが、敵も銃を持っている。
万全の状態ならともかく、今の消耗しきった自分にとって、散弾銃の存在は大きな脅威だ。
非常に広範囲に渡るあの攻撃は、防弾チョッキでも防ぎ切れるかどうか分からない。
それに敵はあの朝霧麻亜子なのだ、たとえ防弾チョッキで命を拾えたとしても、油断せずにトドメを刺しに来るだろう。
となれば、距離を保ったまま持久戦に持ち込むのが最良だ。
大丈夫、こと残弾数に関して自分が遅れを取る可能性は非常に低い。
まだ予備カートリッジだって二つある。焦らずじっくり、追い詰めていけば良いのだ。

933三度目の正直:2007/04/13(金) 14:30:47 ID:.b9r1E4o0
――麻亜子は完全な回避に、綾香は消極的な攻撃に、方針を絞った。
自然と二人の戦いは逃げ回る麻亜子に対して、綾香が断続的に攻撃を加える形へと収束してゆく。
綾香はIMI マイクロUZIの発射方式を単発へと切り替え、銃弾の消費を抑えていた。
不規則に、一発ずつ、闇夜の中で銃声が鳴り響く。
「わざわざ一発ずつ撃ってあげてるんだから、頑張って避け続けなさい。
 でも気を付ける事ね、あんまし派手に動き回るとすぐバテちゃうわよ?」
「…………っ」
狩りを愉しむハンターのように、綾香が余裕綽々たる面持ちで、狙撃を続ける。
綾香の身体は満身創痍の状態だったが、左腕だけは大した怪我を負っていない。
IMI マイクロUZIの引き金を絞る度に、銃身より伝わる衝撃が左肩の患部に響くが、十分耐えれるレベルの痛みだ。
敵が攻撃の意志を見せていない以上、こちらは足を止めたままで良いのだから、疲労の蓄積だって抑えられている。

対する麻亜子は余裕など一切無く、今にも息が上がりそうだった。
るーこと戦っていた時から続けてきた、過度の運動による疲労が負債となって、臓器に襲い掛かる。
このまま動き続ければ、いずれ体力が尽きる――そんな事は、麻亜子自身が一番良く分かっている。
それでも、弾丸を見てから躱すなどという芸当は不可能な以上、銃から放たれる攻撃を凌ぐ方法は一つしかない。
絶対に一箇所へと留まらず、銃口の先より身を躱すよう動き続けるしかないのだ。
麻亜子は相変わらず、綾香を中心として円状に走り回っている。
そしてその後を追うように銃弾が発射され、麻亜子の後ろ髪を掠めてゆく。
先程からその図式が続いていたのだが――綾香はいつまでも同じ攻撃パターンを繰り返す程、お人好しでは無い。

934三度目の正直:2007/04/13(金) 14:32:11 ID:.b9r1E4o0
「――――!?」
綾香の手に握られたIMI マイクロUZIの先端がすいと動くのを見て、麻亜子は戦慄した。
距離がある為何処を狙っているかなど分からないが、恐らく――
「ふぁいと、いっぱーつ!」
形振り構わず大地を踏み締めて、高速で移動していた体の勢いを押し留める。
直後麻亜子の眼前にある空間を猛り狂う弾丸が切り裂き、少し離れた場所にあった木の幹から木片が撒き散らされる。
巻き起こった風を肌で感じ取れる程、ぎりぎりの所で命を拾い、麻亜子の頬を冷たい汗が伝った。
綾香は、一定の方向へと走る麻亜子の動きを読んで、銃弾を『置いて』きたのだ。
それは驚くような事では無く、思考能力を持つ人間が相手である以上、寧ろ予想してしかるべき事態だ。
何も考えずに攻撃を続けてくれるような者はせいぜい、正気を失ってしまった者か、或いはよほど間抜けな者くらいだろう。
それに対策だってある。
相手が先読みしようとしても、不規則に方向転換を繰り返しながら動き回れば、予測を狂わせる事が出来る。
しかし――
「つうっ……」
麻亜子は顔を僅かに歪め、先程るーこに撃たれた部位である腹の辺りを押さえた。
銃口から逃れようと転進した反動で、腹部の傷が酷く痛む。
勢いのついた身体を急停止させて、進行方向を変えるのは、負担が相当に大きいのだ。


「ほらほら、休んでる暇なんか無いわよ? 弾はいくらだってあるんだから!」
綾香がにやりと凄惨な笑みを浮かべ、次々と新たなる凶弾を放ってゆく。
麻亜子は必死の思いで、損傷している体を酷使し、限界ぎりぎりの回避を繰り返していた。
(ぐぬぬぅ……調子に乗りおってからにぃ……)
一方的に攻め立てられる現状を腹立たしく思い、麻亜子がぎりぎりと歯軋りする。
ナイフはまだ一本残っているが、距離がある為に投擲するのは厳しいだろう。
綾香の攻撃は単発へと切り替わっている為、Remington M870を構える時間はあるが、残弾は残り僅か。
敵もこちらの銃だけは警戒しているだろうし、今使用するべきでは無いように思えた。
だがそこまで考えた時、麻亜子はとある事に気付いた。
途端に、地面を蹴り飛ばして綾香の方へ、Remington M870を構えながら疾駆する。

935三度目の正直:2007/04/13(金) 14:33:37 ID:.b9r1E4o0
「――――来たか!」
間もなく放たれるであろう粒弾の群れから身を躱すべく、綾香が素早く横方向へと跳躍する。
綾香からすればここで危険を犯して迎撃などせずとも、一先ず受けに回り麻亜子の弾切れを待てば良いだけだった。
「…………?」
しかし、聞こえてくるものは二人の足音だけ。いつまで経っても、銃声は鳴り響かない。
麻亜子が左右にステップを踏みながら前進を続け、二人の間合いが縮まってゆく。
麻亜子の狙いは至極単純――こちらがいつ弾を放つかなどバレる訳が無いのだから、とにかく銃口を向けて威嚇しようというものだった。
やがて綾香も敵の意図を悟ったが、だからといって銃口の前でジッと突っ立っている訳にはいかない。
そのような愚行に及んでしまえば、ここぞとばかりに麻亜子は引き金を絞るだろう。
かと言ってただ動き回っているだけでも、状況は不利になってゆくだけだ。
片目がほぼ塞がっている今の状態では、近距離まで寄られてしまえば麻亜子の姿を満足に捉えきれまい。
「クソッ……こざかしい!」
綾香は忌々しげに吐き捨てた後、IMI マイクロUZIの発射方式を連射へと切り替えた。
間髪入れずに引き金を絞り麻亜子の前進を遮ると共に、距離を取るべく足を動かし後退してゆく。
再び約20メートル程の間合いを確保した所で、銃が弾切れを引き起こす。
綾香は予備マガジンを左腕の小指と薬指の間に挟み込むと、その先端を口の前まで持ってゆく。
口で咥え込む事により予備マガジンの先端を固定し、その上からIMI マイクロUZIを叩きつける形で装填した。
装填している隙を狙われるかとも思っていたが、麻亜子は攻撃せずにボウガンへと新たな矢を補充していた。

936三度目の正直:2007/04/13(金) 14:35:06 ID:.b9r1E4o0
麻亜子は右腕にRemington M870を、左腕にボウガンを握る形で、息を整えつつ綾香と向かい合う。
綾香はすぐに攻撃へ移ろうとはせず、自分を落ち着かせるように一つ深呼吸してから、口を開いた。
「流石にやるわね……。この私をここまで怒らせたんだから、そうでなくっちゃ困るわ」
それは皮肉などでは無く、本心からの言葉だった。
綾香にとって麻亜子は絶対に許せない怨敵であるが、その卓越した実力だけは認めていた。
綾香の台詞を受けた麻亜子が、得意げに無い胸を逸らす。
「はっはっはっ、すごかろう」
「ホントにね。全く、そこでただ泣いてるだけのへタレとはえらい違いね?」
そう言って綾香は油断無く銃を構えたまま、視線だけを横に移した。
麻亜子が目でその後を追うと、そこでは先程戦った敵の片割れ――春原陽平が、少女の亡骸を抱えて泣きじゃくっていた。
「ううっ……るーこ……るーこぉ……」
弱々しく肩を震わせながら嗚咽を上げるその姿は、本当に先の勇敢な少年と同一人物なのか疑いたくなる程だった。
その様子は余りにも痛々しく、るーこと呼ばれた少女が、少年にとってどれだけ大事な存在だったのかを明確に物語っていた。
(違う……そいつはへタレなんかじゃない。もしさーりゃんが死んじゃったら、きっとあたしだって……)
そう考えると胸の奥がズキリと痛んだが、麻亜子はすぐに頭を振って思考を切り替える。
余計な事を考える暇があるのなら、その時間を消耗した体力の補充に充てなければならないのだ。
少しでも会話を引き伸ばし時間を稼ぐべく、麻亜子が口を開く。
「なかなかどうして、あやりゃんも修羅が板についてきたようだね」
「……私だって最初からこんな風に生きてた訳じゃない。皆と協力して、主催者を倒そうと考えてた時だってあった。
 でもアンタのお陰で、この島ではどう生きれば良いのか、嫌って程思い知らされたわ。
 所詮この世は弱肉強食、強い者が生き、弱い者が死ぬ。倫理観なんてとっとと捨てて、自分が備えた力を思う存分振るうべきなのよ」
まだ心の何処かに僅かながら罪悪感が残っていたのだろうか、言い訳するように綾香が自白する。
「そうだろう、勉強になったろう。礼には及ばないぞ、あやりゃん。でもどうしてもって言うんなら、そのマシンガンで手を打ってあげるぞ」
「ハッ、何言ってんだか……、――――ッ!?」
麻亜子の言葉を、綾香が一笑に付そうとしたその時、ジャリッと瓦礫の破片を踏み締める音がした。

937三度目の正直:2007/04/13(金) 14:36:27 ID:.b9r1E4o0
「動かないで!」
辺り一帯によく響き渡る、澄んだ叫び声。
麻亜子と綾香が聞こえてきた声の方に首を向けると、少女――藤林杏が、ワルサーP38を右腕で構えながら立っていた。
吊り上った眉、引き締められた口元、目には、強い怒りと悲しみの色が灯っている。
しかし綾香は杏の怒りにもまるで動揺せず、それ以上の怒気を以って睨み付けた。
「……すっこんでろ。誰だか知らないけど、今はアンタなんかに用は無い。
 殺されたくなかったら今すぐこの場から消えなさい」
静かな、しかし明確な殺意を籠めた警告。
怨敵との決戦を、こんなどうでも良い相手に妨害されるなど、到底許容出来なかった。
「言ってくれるじゃない。今あたしを狙ったら、あんたは麻亜子に撃たれちゃう筈だけど?」
「御託は要らない。もう一度だけ言ってやる……殺されなくなきゃ、今すぐ消えろ」

938三度目の正直:2007/04/13(金) 14:37:38 ID:.b9r1E4o0

(ヤバイわね……)
全てを凍りつかせるような殺気を一身に受け、杏が小さく舌打ちする。
ようやく失意の底から立ち直り、急いで陽平達の救援に向かったのだが、遅過ぎた。
杏が現場に辿り着いた時には、既にるーこは殺されてしまっており、二人の殺人鬼による激しい戦闘が繰り広げられていた。
朝霧麻亜子と対峙している女は、『あやりゃん』と呼ばれていた。会話の内容から察するに、来栖川綾香と考えて間違いないだろう。
数々の殺人を重ねてきたこの二人に、拳銃一つで対抗出来るとは露程にも思わぬが、敵はお互い潰し合っている。
その間隙を突けば場を制圧出来ると思い介入したのだが、綾香は予想以上に腹を立てている様子。
これでは下手な事をすれば、綾香は激情に身を任せ、こちらへの攻撃を優先してしまうかも知れなかった。
なら――
杏は口元に手を当て、暫しの間考え込んだ後、一つの答えを出した。
「じゃあ、そうさせて貰うわ。但し――陽平も、一緒にね」
そう言って、杏は今も泣きじゃくっている陽平へと視線を移した。
彼の手の中で横たわっているるーこは頭を打ち抜かれており、死亡している事は疑いようが無い。
自分がもう少し早く駆けつけていればと、後悔の念が湧き上がってくるが、それを喉元で押し留める。
後悔するのは後で良い――今はここで出来る事を精一杯やるべきだ、と自分に言い聞かせて。
しかし、陽平と禍根のある綾香が、簡単に杏の要求を受け入れる道理は存在しない。
「あんまり調子に乗るな。そいつには散々ムカつかされたんだから、逃がしてなんかやらないわよ」
鋭い声で、ぴしゃりと跳ね付ける。それから馬鹿にするような口調で続けた。
「さあ、一人でとっとと消えなさい。大体ね、アンタにしろ春原にしろ覚悟が足りないのよ。
 でも私やまーりゃんは違う。私なら間違いなく、声なんか掛けずに問答無用で銃をぶっ放してたわ。
 それが出来ない時点でアンタは負け犬なのよ。負け犬は負け犬らしく、尻尾を巻いて逃げてろ」

939三度目の正直:2007/04/13(金) 14:39:25 ID:.b9r1E4o0
言われて、杏は息を飲んだ――言い方こそ悪いが、綾香の言葉は的を得ている。
そもそも、こんな中途半端なタイミングで乱入する必要など無かったのだ。
声など掛けずに息を潜め、綾香と麻亜子の勝負が終わったその瞬間に、生き残った方を撃ち殺せばそれで全ては終わっていた。
それを出来なかったのは、結局の所自分はまだ何処か平和ボケしている為だろう。
手違いから柊勝平を殺してしまった時は本当に辛かった、苦しかった。
二度とあんな思いはしたくないし、出来ればこの場も人を殺さず済ませたいと考えている。
仲間が何人も死んでしまったこの状況ですらそう思うのだから、貶されても何の弁明もしようが無い。
「そうね。……あたしはあんた達みたいに、人を殺す覚悟は無いわ」
杏がそう言うと、綾香は心底馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
だからお前は何も出来ない、だからお前は誰も守れない――そう言いたげに。
だが杏は向けられた嘲笑をさらりと受け流し、真剣な面持ちで言葉を続ける。
「でもね、仲間の命が掛かってるなら話は別。陽平を置いていけってんなら、あたしは戦う。
 敵わないだろうけど、アンタだけを狙い続けて、傷の一つくらい負わせてみせる」
それが、杏の決意。自分に覚悟が足りないと言われれば、甘んじて受け入れよう。
しかし目の前で友人が危機に瀕しているのを見過ごす程、腐ってはいない。
たとえ命を落とそうとも、或いは殺人の罪悪感に再び襲われようとも、仲間を見捨てるという選択肢だけは断固拒否する。

「チッ……」
綾香は杏の台詞を軽んじる事が出来なかった。
こちらを射抜く目……強い光を灯したあの瞳は、橘敬介や国崎往人のソレと全く同じ類のものだ。
綾香や麻亜子とは異なる、しかし揺るがない強い決意を秘めた人間の瞳だ。
橘敬介とやり合った時も、国崎往人と戦った時も、手痛い一撃を被った。
どれだけ力量差があろうとも、決意を固めた人間だけは軽視してはいけないのだ。
その事を綾香は自らの体験により、十分に理解している。
だからこそ、ここで杏と麻亜子の二人を同時に相手すれば、間違いなくやられるという結論に思い至った。

940三度目の正直:2007/04/13(金) 14:40:28 ID:.b9r1E4o0
綾香は苛立たしげに一度地面を蹴りつけた後、呟いた。
「……仕方が無い。せいぜい残り少ない余生を満喫する事ね」
怒りに震えるその声を確認すると、杏は綾香から視線を外して、陽平の下へと歩み寄った。
「うううっ……ああああっ……」
「陽平……」
この世の終わりが来たかのように泣き続ける陽平を見て、杏は掠れた声を出した。
ここへ移動する最中に見た、陽平のとても頼もしい表情は、全てるーこによって支えられていたのだという事を実感する。
掛け替えのない存在を目の前で失ったショックは、きっと自分が勝平を殺してしまった時以上のものだろう。
あの時自分は取り乱してしまった――それ以上のショックを受けているのだから、陽平がこうなってしまうのも当然だ。
それでも自分達が生き延びるチャンスは、今を置いて他に無い。
杏は恐る恐る、陽平の背中に言葉を投げ掛けた。
「さ、今なら逃げれるから……行こうよ……」
「……放っといて……くれよ……」
どうやらかろうじて正気は保っているようで、陽平は短く言葉を返してきた。
「放ってなんて……いける訳、ないでしょ……」
途切れ途切れに、杏が言葉を搾り出す。
それでも陽平は、るーこの胸に顔を埋めて嗚咽を上げ続けるのみ。
杏はグッと奥歯を噛み締めた後、陽平の肩を掴み、自分の方へと振り向かせた。
「陽平、しっかりしなさい! アンタ男でしょっ!?」
「嫌だ……もう何もしたくない……!」
陽平がぶんぶんと首を左右に振り回し、その反動で涙が杏の頬にまで飛び散った。
杏は陽平の肩を掴む力を強め、ガクガクと勢い良くその身体を揺さぶった。
「何言ってんのよ! アンタはまだ動ける、まだ生きてる! だったら最後まで精一杯生き抜きなさいよっ!」
「もう嫌だ……もう嫌だ……るーこが居ない世界で、生きていくなんて……嫌だっ……!」
陽平はこの世界全てを拒むような様子で、杏の言葉を聞き入れようとはしない。
杏は表情を苦々しく歪めた後、大きく息を吸い込み、腹の奥底から力の限り叫んだ。
「――――もういい!」
言って分からないなら、強引に連れて行くまで――杏は陽平の後ろ襟を掴み、ズルズルと引き摺り始める。
反動でるーこの身体が、陽平の腕より零れ落ちる。それでも杏は、足を止めなかった。
綾香も麻亜子も、杏の背中を狙ったりはしなかった。そんな隙の大きい行動を取れば、次の瞬間、眼前の宿敵に撃ち抜かれるからだ。

941三度目の正直:2007/04/13(金) 14:41:32 ID:.b9r1E4o0
「ま、待ってくれ……るーこを置いていきたくないよっ……!」
悲痛な声で訴える陽平から目を逸らし、杏はゆっくりと、しかし着実に戦場から遠ざかってゆく。
そんな最中、背後から麻亜子の声が聞こえてきた。
「何だ、行っちゃうのか。あたしを放っておいて良いのかね?」
そうだ、朝霧麻亜子はマナを殺した張本人であり、許せない存在だ。
しかしそれでも、今は生きている仲間の方を優先しなくてはならない。
「……次に会ったら、絶対一発ブン殴ってやるからね」
悔しさと怒りをたっぷり籠めて、杏は返答した。
そのまま力任せに陽平の身体を引き続け、仲間達の死体が横たわる地を後にする。
心を、後悔と怒りと悲しみの感情で押し潰されそうになりながら。


杏の行き先は――教会では無い。何処に行くか決めてなどはいないが、教会だけは駄目だ。
このまま教会に向かい、万一綾香か麻亜子のどちらかに追跡されてしまえば、より多くの犠牲者が出るだろう。
ここは何としてでも自分達の力だけで、逃げ延びなければならなかった。
「るーこ……、るーこぉぉぉぉ……」
敵の姿も、るーこの遺骸も見えなくなってからも、陽平はうわ言のように少女の名前を繰り返していた。
「ごめんね……陽平」
一粒の涙と共に、少女は懺悔した。


【時間:2日目・20:35】
【場所:g-2右上】

942三度目の正直:2007/04/13(金) 14:42:50 ID:.b9r1E4o0
来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×1)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
【状態1:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷、疲労中、体の節々に痛み】
【状態2:左目失明寸前、右肩負傷、麻亜子と対峙】
【目的:何としてでも麻亜子を殺害。ささらと、さらに彼女と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

朝霧麻亜子
【所持品1:Remington M870(残弾数2/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、ボウガン(矢装填済み)、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:綾香と対峙、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、頬に掠り傷、肋骨二本骨折、内臓にダメージ、全身に痛み、疲労大】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】



【時間:2日目・20:40】
【場所:g-2右上】

春原陽平
【持ち物1:FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鉈、スタンガン・鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:深い絶望。右足刺し傷、左肩銃創、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

藤林杏
 【装備:ワルサー P38(残弾数4/8)、Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品1:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×2(和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【所持品2:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【状態:やり切れない思い、身体は健康】
 【目的:最終目的は主催者の打倒、まずは陽平を連れてもっと離れた場所まで逃げる】

ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中に入れられている】

【備考】
・以下の物は綾香達の近くに落ちています。
・サバイバルナイフ、投げナイフ、H&K SMG‖(5/30)、予備マガジン(30発入り)×2、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6
・ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)

→788
→793

943運命共同体:2007/04/14(土) 01:22:24 ID:YY8mK.Yc0
何もできなかったんだと思い知らされた。
唯一の武器はもう手放しちゃっていたから、そんないい訳であたしはただ事態を傍観する側に回ろうとしてたんだ。
加勢するのは全部保科さん任せにして、あたしにはもうできることはないんだと括ってしまっていた。
でもそんなことなかった、あたしにだって何かできたことがあったかもしれないのに。

例えば地面に転がる小石、木の枝。
投げつけるだけでも注意を引くことなら充分できたのに、あたしはそんなこともせずひたすら保科さんの準備が整うのを待っていた。

あたしは何もしなかった、そう。できなかったんじゃない。
安全な所でぬくぬくと、我が身を第一にして長岡さんを犠牲にしたんだ。
・・・・・・そう考えると、もう涙が止まる気配なんていつまで経っても訪れない気がしてきた。

「気を取りなおそ、な。長岡さんが伸ばしてくれた寿命なんやから、大切にしよ」

不意にかけられた言葉、いつの間にか足を止めちゃっていたあたしの顔を、保科さんが覗き込んでいた。
・・・・・・そんな風に気を使ってくれる、保科さんの言葉すら痛く感じる。
どうして、あたしが残っちゃったんだろう。

「あたし、何も・・・・・・ひっく、長岡さん、一人に・・・・・・あ、あた、し・・・・・・」
「・・・・・・」

長岡さんが、何か抱えてるのかもしれないっていうのは分かってたのに。
・・・・・・盗み聞きって訳じゃないけど、たまたま耳に入ったそれが何のことかあたしにはよく分からなかった。
でも、それでも前向きに行こうとする長岡さんの姿勢だけは分かった。
それに比べて、あたしには何もない。
ここに来て最初に出会ったのは由真だった、でも由真とは何かする前にあの変な男のおかげで分断されちゃって。
そんな時助けてくれたのが、保科さんで。
あたしは守られてばかりだった、それを痛感しちゃったことで吹き出る罪悪感をもうあたし自身止めることが出来なかった。
そんな、時だった。

944運命共同体:2007/04/14(土) 01:22:49 ID:YY8mK.Yc0
「いい加減にせよ、悪いけど、私そういうウジウジした考え方いらついて仕方ないんや」

かけられたのは、思いもよらない冷たい声。
さっきまでの気を使ってくれていた温かい空気が一瞬で冷やされた、反射的に顔を上げるとそこには無表情の保科さんがいて。
・・・・・・言葉が、出なかった。
でもその雰囲気は次の瞬間すぐとけた、ふっと困ったように保科さんは小さく微笑む。
そのまま右手を手を伸ばしてくる保科さん、思わずびくってなっちゃったけど保科さんは気にせず私の頭に手を伸ばした。
そして、そのまま何度か優しく撫でられる。
あたし、どんな顔してるんだろ。凄く間抜けな顔してると思う。

「あまり自嘲し過ぎるのは体に悪いで。とにかく生き残ったのは私等なんだから、前向きに考えなあかんやろ」

頭が、真っ白になる。
そんな真っ白な世界に、色をつけてくれるのは保科さんの声。あたしを導いてくれる、癒してくれる言葉の数々だった。

「第一笹森さん、最初にあの女怯ませてくれたやないか。・・・・・・それ言ったら何もできなかったんは私やないか」
「保科さん・・・・・・」

保科さん、苦い顔してる。
保科さんも耐えていた、保科さんも我慢していた。
でも、そんな弱みをあたしに一切見せようとせず・・・・・・保科さんは、ここまで引っ張ってきてくれた。
それは何のため? あたしのために決まってる。
泣いてぐちゃぐちゃになっていたあたし、それこそ気持ちの切り替えもできずずっと俯いていたあたし。
どうしてそんな優しくしてくれるんだろうね、あたしなんて庇って保科さんになんのメリットがあるんだろ。
・・・・・・その答えはあたしの中で見つけることは出来なかった、勿論保科さん自身に聞けるほどあたしも図々しくはなれなかった。

「でも、これだけは忘れたらあかん。私等は長岡さんの頑張りのおかげで逃げられたんや、せやからもうこの命は私等だけのもんやない」

前を見据えた保科さんがしっかりと言い放つ、だからあたしも合わせるように頷いた。

945運命共同体:2007/04/14(土) 01:23:11 ID:YY8mK.Yc0
「長岡さんのも、含まれるよね」
「そうや。私達が長岡さんの分も生き抜くんや・・・・・・まるで運命共同体みたいやな」

ぽそっと呟かれたのは、あたしに当てられたものじゃないかもしれない。ちょっとした独り言じゃないかって思う。
でも、それはあたしにとって本当に思いがけない言葉だった。
あたしは保科さんにとってずっとお荷物だったと思う、ここに来るまでも保科さんにはいつもリードしてもらってばかりだった。
でもでも、保科さんは言ってくれた。あたしとは運命共同体なんだって・・・・・・それは、あくまで同等の立場じゃないと言えない台詞ことだと思う。

それは絆だった。あたしと保科さんの間に生まれた、新しい関係を表す最高のうたい文句だった。
長岡さんという媒体を基にした、あたし達ただ二人だけにしか存在しない区分。
不謹慎かもしれない、でもすっごく嬉しかった。

「ほら、もう泣きやまなあかんで」

時に厳しく、でも時にこうやって保科さんは私のことを優しく励ましてくれる。
気がついたらまた緩くなっていたあたしの涙腺、でもこれは悲しみを表現しているわけじゃない。
伝えたいけど、言葉に出来ない。あたしの口からは漏れるのは嗚咽のみ。
そんなどうしようもないあたしに対して、親身になって面倒を見てくれる保科さんは本当にかけがえのない存在に思えた。

「あのね、保科さん。あんま笑わないで欲しいんだけど・・・・・・そのね、あたしってこんなだからあんま友達いないんよ」
「はぁ?」

何とか込みあがっていた感情を押し込めた後、あたしは今思っていることを素直に伝えようと思った。
保科さんとの絆を深くしたかった、何でそう思ったかは分かんない。
でも、受けとめて欲しくなった。あたしのことを。
そして、保科さんなら絶対受け止めてくれると思ったから。だからあたしは口にした、普段は絶対言えない弱音の類を。

「んーと、趣味が特殊っていうか。そういうのもあって、こう、凄く気にかけてくれる友達とか傍にいなかったんよ。
 なのに凄く焼きもちやきで、タカちゃん・・・・・・ああ、タカちゃんっていうのはミステリ研の男の子なんだけど、タカちゃんにもうざがられてる所とか凄いあって。
 あたしダメダメなんよ、でも保科さんはそんなダメなあたしをこんなにも気にかけてくれて、助けてくれて・・・・・・本当に、嬉しかったんだ」

946運命共同体:2007/04/14(土) 01:23:38 ID:YY8mK.Yc0
保科さんは黙ってあたしの話を聞いてくれていた、もしかしたら呆れちゃってるのかもしれないけど・・・・・・ここまで言って、途中で止めることなんてできない。

「だから、今こそ言わせて欲しい。保科さんありがとう」

そう言って頭を下げると途端に映らなくなる保科さんの表情、今それがどのようになっているか分からないのは凄く不安だった。
でも、不安だったけど・・・・・・大丈夫だと思った。その感情に後ろ盾はないけど、絶対、絶対大丈夫だと思った。

「何や、けったいなこと気にするんやな」

けろっと言い放たれるその台詞、ああ、保科さんだって思った。
そっと顔を上げる、やっぱり呆れちゃってるかもしれないけど、それでも保科さんの顔に軽蔑の色は全く浮かんでいない。
もう言葉はいらなかった、これからもよろしくの意味をこめて手を差し出すと、保科さんも次の瞬間ぎゅっと握ってきてくれた。
だからあたしも握り返す、ぎゅって、ぎゅーって握り返す。

「あたし、保科さんと運命共同体なんだよね」
「何や、聞こえてたんかいな。・・・・・・そうやな、まぁこれからもよろしゅうな」

保科さんの手はすらっとしていて、さわり心地もすっごいすべすべしてて気持ちよかった。
ちょっと長い握手は儀式と呼んでもいいかもしれない、離した後も消えないぬくもりが何だかくすぐったかった。
あたしと保科さんの絆、その証。この島で得た大切な関係を守っていきたいと、心の底から思った。





「来栖川綾香・・・・・・あの天化の来栖川財閥のお嬢様まで、こんな殺し合いにのるなんて皮肉やな」

947運命共同体:2007/04/14(土) 01:23:57 ID:YY8mK.Yc0
あれからまた歩き出したあたし達、ふと保科さんに話しかけられあたしもあの怖い人のことを思い出した。
来栖川、綾香。制服から見て寺女の人っていうのは一目で分かった。
聡明そうな人だったのに、何であんなことしてきたんだろ・・・・・・そんなのあたしに分かるわけないんだけど。

「それにしても気にかかるんわ、あの人の言ってた割烹着の男ってヤツや」
「え、そんなこと言ってたっけ?」

心当たりは全くなかった、驚いて聞き返すと保科さんはんーと口元に手を当てて何か考えるようにして・・・・・・。

「騙されたとか、してやられたとかそういう類のこと言ってたやないか。確か、すのはらようへい、とか・・・・・・」

呟き終わったと同時に、すかさずデイバッグから参加者名簿を取り出す保科さん。
ざっと目を通す保科さんの様子にあたしの入る隙間はない、とりあえず今は話しかけないほうがいいだろうし黙って隣で待ってみる。

「ん、ハルハラ? これでスノハラなんかな・・・・・・」

独り言かな、でも結論は出たみたいで保科さんは持っていた名簿を私の方に傾けてくれた。

「春原陽平、確かにおる。来栖川綾香は割烹着がどうのこうのって言うてたから、そういう風貌のヤツ見たら警戒した方がええな」
「う、うん・・・・・・」
「けど、まずはこれからどうしたらいいか。これを真面目に考えなあかんな」

あたし達の幸先は決していいものじゃない、でもきっと何とかなると信じてる。
保科さんならやってくれる、あたしも保科さんのために頑張りたい。
・・・・・・そろそろ朝焼けが見れそうなこの時間、でもとりあえずゆっくり休みたいっていうのが一番の望みかな。
さすがに疲れたんよ・・・・・・。

948運命共同体:2007/04/14(土) 01:24:26 ID:YY8mK.Yc0
【時間:2日目午前5時半】
【場所:D−5】

保科智子
【所持品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、支給品一式】
【状態:移動中、来栖川綾香と割烹着の男を警戒】

笹森花梨
【所持品:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)】
【状態:移動中、来栖川綾香と割烹着の男を警戒】

(関連・789)(B−4ルート)

949蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:30:56 ID:e4s/5ZJ20
ハンバーグの香ばしい香りが充満する、大きな居間。
岡崎朋也とその仲間達は、第三回放送で受けた衝撃よりようやく立ち直りつつあった。
一つのテーブルを皆で囲み、ゆっくりとハンバーグを食べながら、話し合いを進めてゆく。

「――教会へ行く?」
北川潤が確認するように尋ねると、古河秋生はコクリと頷いた。
「ああ。もう陽も完全に落ちちまったし、休憩も十分に取った。これ以上ここに留まる意味もねえからな」
それから秋生は気遣うような表情で、古河渚に視線を向ける。
「そういう事だが、渚――いけそうか?」
「はいっ、大丈夫です。まだ走るのは無理ですけど、歩くだけなら平気です」
気丈に返答した渚だったが、銃で撃ち抜かれた傷が一日やそこらで良くなるとは考え難い。
渚は口で大丈夫と言いながらも、無理をしてしまう女の子である。
それをよく理解している朋也が、渚の手を優しく握って語りかける。
「あんま無理すんなよ。いざとなったら俺が背負ってやるからさ」
「えっ、そんな……迷惑かけちゃいますから」
渚が申し訳なさそうに首を横へ振ると、朋也は手に込める力を少し強めた。
「今更何言ってんだよ。渚が無理して苦しむ方が、俺にとっちゃよっぽど迷惑だ」
朋也の真っ直ぐな視線を受けて、渚は少し微笑んでから、言った。
「……分かりました。どうしても駄目だったら、言います」
「ああ、そうしてくれ」
「でも、出来るだけそうならないように頑張りますっ」
自分を奮い立たせるようにぐっと目を瞑る渚を見て、朋也は苦笑しながら答えた。
「……そうだな、頑張る事も大切だもんな」

950蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:31:45 ID:e4s/5ZJ20
秋生は娘と朋也のやり取りを温かい目で見守った後、広瀬真希に問い掛ける。
「なあ、広瀬の嬢ちゃん。一つ聞いときたいんだが、おめえら工場は屋根裏以外調べてねえのか?」
「うん、ガソリン臭かったからとっとと屋根裏へ行ったわ。それがどうかしたの?」
工場で前回参加者の痕跡を見つけた事についてはもう全て伝えていたので、秋生が何を言いたいのか、真希には良く分からなかった。
「いや、工場なら何か使えるもんがあるんじゃねえかと思ってな。こんな状況なんだ、武器は一つでも多い方が良いだろ?」
「あ……そっか……」
秋生の言う通り――工場なら、一般の民家には置いてないような、貴重な物があるかも知れないのだ。
真希も、そして北川も、自分の迂闊さに気付き表情を曇らせた。
もしきちんと工場を全て調べていたら、そして何か有用な物を発見出来ていたら、美凪を救えたかも知れない――
「……ガソリン臭えって事は、少なくとも火炎瓶の材料くらいはありそうだし、そのうち調べてみっか」
二人の内心を察した秋生は、それだけ言うとこの話題を早々に切り上げた。
今後の方針は決まった――まずは、教会へ向かう事だ。
教会では今も姫百合珊瑚らハッキング班が頑張っている筈だ。
北川が珊瑚達と別れてからだいぶ時間も経っているし、何か新しい情報が入っているかもしれない。
今後どうやって主催者に対抗していくかは、珊瑚達と合流してから考えるべきだろう。

951蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:33:11 ID:e4s/5ZJ20
結論が出た後は各自、軽い雑談を交えながら食事を続けてゆく。
そんな中、朋也は周りより一足早く、ハンバーグを食べ終えた。
横へ視線を移すと、みちるが美味しそうにハンバーグを頬張っている。
みちるが元気になってくれて良かったと思う一方で、先程のあの言葉が気になった。
――みちるは美凪の夢なんだから
これは、一体どういう意味なのだろうか?
聞こうとすれば、遠野美凪の死に触れなければならないから、この場の穏やかな雰囲気を壊してしまうかも知れない。
しかし何故か朋也は、決して見過ごしてはいけない謎が、みちるの言葉に秘められている気がしてならなかった。
「……なあ、みちる」
「んに?」
みちるが屈託の無い笑顔を向けてくる。朋也は一度息を吸い込んだ後、言った。
「さっきお前が言ってた『みちるは美凪の夢なんだから』って、どういう意味だ?
 『美凪が死んだら……みちるも消えちゃう』って、一体何の事なんだ?」
途端に場がシンと静まり返り、みちると朋也を除いた全員が、訳も分からず怪訝な表情となる。
それでも朋也は、真剣な面持ちで言葉を続ける。
「言いたくないなら、言わなくたって構わない。でも、もし良ければ教えてくれないか?
 北川の話だと、『鬼の力』なんてもんを持ってる奴もいるらしいし、今俺達が置かれてる環境は現実離れし過ぎてる。
 そして、俺達にはまだまだ知らない事が多過ぎる。今は一つでも多くの情報が欲しいんだ」
「うにゅぅ……」
みちるはフォークを動かす手を止め、困ったような目で朋也を見た。
朋也もこれ以上質問を続けて良いものか分からず、じっとみちるの顔を見つめる事しか出来ない。
しかしそこで、朋也を後押しするように北川が口を開いた。
「……出来れば俺からも頼みたい。俺は美凪の想いを背負って生きていきたいんだ。
 アイツの分まで頑張りたいんだ。だから、頼む。もし美凪に関して何か知ってるなら、教えてくれ。
 真希もきっと、同じ事を思ってる筈だ」
北川が、そうだよな?と問い掛けると、真希は強く頷いた。
みちるは暫くの間、顔を下に向けて黙り込んでいたが、やがてゆっくりと言葉を搾り出した。
「うん……分かった」

952蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:33:51 ID:e4s/5ZJ20
   *     *     *

「――という訳なんだ。……信じてくれる?」
みちるが不安げな顔で尋ねてくるが、誰もすぐには返答出来ない。
説明を聞き終えた後。全員の頭は等しく混乱し切っていたからだ。
それ程に、北川達が聞かされた話は現実離れしていた。

――みちるは美凪の妹であったが、生まれてくる前に死んでしまった。
――しかし美凪の夢が、空にいる少女の魂を一部だけ分け与えられて実現する事によって、『みちる』という存在が生まれた。
――だから美凪が死んでしまえば夢は終わり、自分は消えてしまう筈だと、みちるは説明した。

にわかには信じ難い話だった。空にいる少女……夢の実現……いつもなら、笑い飛ばしてしまったかもしれない。
しかし、北川は思う。
『鬼の力』などという、常識では決して説明出来ない力が存在するのだ。
ならば、他にもそういったある種超常的な現象や力が有ったとしても可笑しくは無い。
既存の概念に捉われていては、とても大切な物を見落としてしまうかも知れないのだ。
何より話をしている時の、みちるの真剣な表情が、真っ直ぐな瞳が、嘘など一切吐いてないという確信を齎す。
だから北川は、いの一番に言った。

953蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:34:59 ID:e4s/5ZJ20
「俺は……みちるの話を信じるよ。正直まだ半分も理解出来てないけど、本当だと思う」
北川がそう言うと、渚も、朋也も、秋生も、そして勿論真希も、首を縦に振った。
するとみちるは、肩から力を抜いてにっこりと微笑んだ。
「……ありがとう」
続けて、落ち着いた表情で――見てて悲しくなるくらい落ち着いた表情で、言った。
「だからね、みちるには美凪が死んだってどうしても信じられないの。
 みちるはまだこの世界にいるし……それにね、美凪の『想い』を感じるの」
「……想い?」
北川が問い返すと、みちるはこくんと頷いた。
「うん。美凪がまだ何処かで見守っていてくれてるような――みちるの事を想ってくれてるような、そんな気がする」
「みちる……」
北川はみちるの瞳の奥に宿る、不安の色を見て取った。
みちるは自分の感覚を――美凪がまだ何処かにいるという感覚を、必死で信じようしているのだ。
だからこそみちるは、美凪の死を知っても泣かなかった。また会えるかも知れないという希望を持っていたから。
しかしそれは余りにも脆い希望であり、いつ崩れ去ってしまってもおかしくないものだ。
ほんの些細な切欠で霧散してしまう、儚い希望なのだ。
そう思うと居ても立ってもいられなくなり、北川はすくっと立ち上がった。
「……じゃ、決まりだな」
「え?」
北川は、とても強い意志を秘めた声で、言葉を続けてゆく。
「美凪の『想い』をまだ感じ取れるんだろ? だったら、俺と真希――そしてみちるがやるべき事は、一つに決まってる」
真っ先に北川の意図を理解した真希が、確認するように問い掛ける。
「……美凪の『心』を探しに行くのね?」
「そうだ。美凪は死んだ……これは間違いない。でもな、みちるが抱いてる感覚だって、嘘じゃないと思う。
 きっとこの島の何処かに……美凪の『想い』が、『心』が、残されてるんだよ。俺は、そう信じたい」
北川はゆっくりとした口調で、言葉一つ一つの意味を噛み締めるように言い切った。
美凪の『心』が残されている――科学的には決して有り得ない事だが、出鱈目な推論とも言い切れない。
美凪の夢があってこそみちるがこの世界に居られるというのなら、夢を見る為の心だって何所かにまだ存在する筈。
蜘蛛の糸のようなか細い希望に縋る論理ではあるが、可能性はゼロじゃない。

954蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:35:55 ID:e4s/5ZJ20
少しばかりの静寂の後、真希がみちるの顔を覗き込んだ。
「……みちるは、どうしたい?」
みちるの瞳が自分に向けられるのを確認した後、真希は言葉を止めた。
首に掛けた美凪のロザリオを引っ張って、みちるの手に握らせる。
「あたし達は出来れば美凪の心を探したい。もう一度会って、話がしたい。
 だから後はみちるの気持ちだけ。みちるが賛同してくれるなら、あたし達は全力で美凪を探すわ」
真希はこれからどうすべきか、迷わなかった。
まだ状況を理解し切れてはいないけれど、美凪の『心』を何としてでも探し当てるつもりだ。
これは【自分達にしか出来ないことをする】と同時に、【自分達がやらねばならないことをする】という事でもあるのだ。
勿論美凪と会えるものならもう一度会いたいというのもあるが、それだけでは無い。
死んでしまった人間の思念が残留するなどという不思議な現象があるのなら、そこに大きな秘密が隠されている気がした。
そう、もしかしたら全ての謎を解き明かす鍵となるくらい、大きな秘密が。
だが美凪の肉体は確実に死んでしまっている以上、恐らく結末はとても悲しいものとなるだろう。
徒労に終わる可能性だって十分ある。だから実行に移すには、みちるの承認が必要だった。
しかし直ぐに、自分の考えが浅はかだったという事を思い知らされる。
真希がはっと目を見開く――みちるの双眼が、じっとりと潤んでいた。
「マキマキは……馬鹿だなあ……」
息を飲む真希に構わず、みちるが言葉を吐き出してゆく。半ば、涙声で。
「そんなの、探したいに……もう一度美凪に会いたいに……決まってるよっ……!」
そうだ――こんな事、聞くまでも無かった。気丈に振舞っていた少女に、わざわざ返答を強いる必要など無かった。
みちるは、美凪の『想い』を感じ取れると言った。自身を美凪の『夢』であると言った。
美凪と一心同体であるこの少女が、何を望むかなど分かりきっている事だった。
真希は喉から転がり出そうになった謝罪の言葉を、必死に抑え込んだ。
ここで謝ってしまえば、きっとみちるは泣いてしまう。これ以上、この少女に悲しい顔をさせたくは無い。
「……そうだよね。じゃ、決まり。あたし達と一緒に美凪の心を探しに行きましょう」
真希がそう言うと、みちるは強く――とても強く、頷いた。

955蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:37:06 ID:e4s/5ZJ20


程無くして朋也達は出発の準備を終え、民家の門を出た所まで移動していた。
結局古河親子と朋也は教会へ向かい、北川、真希、みちるの三人は美凪の心を探す事になった。
合流の難しいこの島で別行動をするのは出来れば避けたかったが、渚の足では長い時間動き回るのは厳しいものがある。
だから朋也達は、真っ直ぐに教会を目指すしか無かったのだ。
朋也は膝を落とし、みちるの頭の上にポンと手を乗せる。
「みちる。北川達に迷惑を掛けないよう、良い子にしとくんだぞ」
「むむむ……」
すると、みちるの上半身がすっと下に沈み、
「子供扱いすんなーっ!!」
「ぐおっ!」
朋也の水月に、鋭い頭突きが叩き込まれた。
腹を押さえて悶絶する朋也を見下ろし、みちるが悪戯っぽい笑みを浮かべながら語り掛ける。
「岡崎朋也……あたしがいないからって、あんま寂しがっちゃ駄目だよ?」
「誰が寂しがるかっ!」
朋也はゲンコツを振り下ろしたが、手加減していたのもあってあっさりと避けられてしまう。
よろよろと起き上がる朋也に対し、みちるは一旦間を置いて、言った。
「――岡崎朋也」
「……あんだよ」
別れ際の挨拶で頭突きを見舞われるのは、流石に気分が良いものでは無い。
朋也は不満げな様子で、短く言葉を返す。
しかしみちるは珍しく、真面目な、そして少し寂しげな表情で、口を開いた。
「岡崎朋也に何かあったら、みちるはちょっとだけ悲しいから……。元気でね?」
朋也は目を丸くして、みちるを見つめていた。意地っ張りなみちるが、そんな事を言ってくれるとは思わなかった。
そして、思い出す。普段は生意気な態度を決して崩さぬみちるだったが、いざという時は違った。
放送で父の死を知った時も、由真と風子の死体を発見した時も、みちるは自分を気遣ってくれた。
本当は、みちるはとても心優しい少女であり、自分をずっと支えてきてくれたのだ。
朋也はどう返答するか迷ったが――自分達らしいやり取りを、最後まで続けようと思った。
「ああ。お前の方こそ元気にしとかないと、ゲンコツ食らわせるからな」
「なにをーっ……岡崎朋也の方こそ、次会った時に暗い顔してたりしたら、許さないんだから!」
出会ったばかりの頃と同じ、素直になり切れない、子供のような、友達のような、兄妹のような挨拶を最後に。
二人は、別れた。

956蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:38:07 ID:e4s/5ZJ20
時間:二日目・19:30】
【場所:B-3】

北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)他支給品一式】
 【状況:健康】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】


古河秋生
 【所持品:包丁、S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)】
 【目的:まずは教会へ移動。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者と合流、機会があれば平瀬村工場内を調べてみる】
古河渚
 【所持品:鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、少し痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
 【目的:まずは教会へ移動】
岡崎朋也
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:マーダーへの激しい憎悪、全身に痛み(治療済み)。最優先目標は渚を守る事】
 【目的:まずは教会へ移動】

→790

957名無しさん:2007/04/15(日) 00:39:19 ID:e2SCjcl.0
ttp://pie.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1173801422/23-

本スレ投下有り注意

958フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:33:26 ID:ap3uq7320
淀んだ空気、辺り一帯に充満した死の気配。
満身創痍の身体に残った力を振り絞って、対峙する二つの影――来栖川綾香と、朝霧麻亜子。
「……邪魔者も消えたし、いい加減決着をつけましょうか」
綾香の言葉通り、この地には自分達以外の人間は一人として存在しなかった。
ルーシー・マリア・ミソラも死んだ。
観月マナも死んだ。
神尾観鈴も死んだ。
それぞれがそれぞれの決意を胸に秘め、先立った仲間達の想いを背負っていたにも拘らず、死んでしまった。
彼女達が弱かった訳では無い。彼女達の想いが半端なものだった訳でも無い。
ただそれ以上に綾香と麻亜子が強く、凄まじい執念と決意を持ち合わせていただけの事――

いくら装備と元の実力で大きく上回るとは言え、綾香の怪我は麻亜子より遥かに酷い。
鍛えに鍛え抜いた片腕は焼け爛れ、尋常でない動体視力を誇った眼も片方は失明寸前で、小さな傷ならそれこそ無数に負っている。
最早余裕など欠片も無い筈なのに、それでも綾香は嘲笑うような声で言った。
「一つ予告しといてやるわ。私はアンタを殺した後、久寿川ささらも殺す。
 たっぷりと痛めつけて、生きたまま目玉をくり抜いてから殺してやる」
「……なるへそ。あやりゃんはまずあたしを殺してから、さーりゃんを虐めたいと、そういう事だね?」
麻亜子が確認するように質問すると、綾香は愉しげに笑いを噛み殺した。
「ええ。この世に生まれてきたのを後悔するくらい、ズタボロにしてやるわ。
 泣き叫んで必死に懇願してきても、絶対に許してやらない。ふふ、久寿川ささらも災難ね?
 アンタみたいな知り合いを持ったお陰で、そんな目に合うんだから」
語る綾香には、おおよそ人間らしい感情はもう殆ど見られない。
あるのは際限無く膨れ上がった復讐心と闘争心だけだ。
綾香の言葉を受けた麻亜子は、殺し合いの最中にも拘らず、そっと眼を閉じて言った。少し、哀しげな声で。
「……そうだね。あたしみたいな知り合いを持っちゃったさーりゃんは、不幸なのかもね。でも――」
麻亜子の眼が大きく開かれる。
「それでもあたしはさーりゃんが大好きなの! 生きていて欲しいの! あたしは刺し違えてでもお前を倒して、さーりゃんを守ってみせるっ!」
麻亜子は腹の奥底から絶叫した。最後の方は殆ど涙声だった。
それを受けた綾香は――

959フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:34:29 ID:ap3uq7320
「ク――――アハハ! アハハハハハハハハハハッ!」
堪えきれない、といった様子で狂ったような笑い声を上げた。
「やっと本心をぶち捲けたわね! 結局アンタも甘ちゃんだった訳だ……。良いわ、その甘ったれた考えごとアンタを粉砕してあげる!!」
IMI マイクロUZIの銃口が持ち上げられる。復讐鬼は、どこまでも愉しげに決戦の火蓋を切って落とした。

二つの疾風が闇夜の中に吹き荒れる。麻亜子はただひたすらに、前方へと駆けた。
ボーガンも散弾銃も、ある程度距離を詰めてこそ真価を発揮する武器。
何より麻亜子は体力を消耗し切っている。一刻も早く、勝負を決めなければならない。
ささらにとって最大の脅威である筈の来栖川綾香を、ここで何としてでも仕留めてみせる。
ささらに嫌われたって良い。悲しませたくは無いが、それも止むを得ない。
他の何を差し置いてでも、自分の命を犠牲にしてでも、ささらを生き延びらせる。

そして綾香も――怨敵目掛けて、かつてない程の狂気を湛えて疾駆する。
残弾数では大きく上回っているが、片目を失った事で、距離が近いと敵の姿を追いきれない。
この条件を考慮に入れれば、距離を保ち長期戦を挑んだ方が、綾香にとっては有利である。
しかし綾香は、もう止まれなかった。目の前にあれだけ憎い敵がいる。
自分にこの島での生き方を教えたあの女が、かつて屠ってきた弱者どもと同じ奇麗事を口にした。
自分と同類である筈のあの女が、『誰かの為に命を捨てる』などといった戯言を口にした。
反吐が出る、吐き気もする、今すぐこの世から抹消してしまわねば気が狂ってしまう。

960フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:36:27 ID:ap3uq7320
殺意を剥き出しにして噛み合う野獣達の戦いが、長引く道理は存在しない。
あれ程永きに渡り、他者を巻き込んで繰り広げられた二人の決戦は、終焉を迎えるまで長い時間を必要としないのだ。
両者の距離が10メートル程まで縮まった所で、綾香のIMI マイクロUZIが死の咆哮を上げる。
麻亜子は横に転がり込む事で、迫り来る銃弾を回避する。
連続して破壊を巻き起こす機関銃相手に、体勢を整えている時間などある訳が無い。
麻亜子は身体の勢いが止まらぬうちに、揺れる視界の中でRemington M870を放った。
放たれた散弾は麻亜子の狙った位置には飛ばなかったが、広範囲の攻撃、そしてこの近距離。
狙いを外してなお粒弾の片割れは綾香の右肩に食い込み、鮮血を撒き散らす。
続いて麻亜子はボーガンを構えようとするが、その瞬間綾香と目が合った。
綾香は先の一撃に怯む事無く、鬼のような形相で引き金を思い切り絞る。
近距離より放たれた弾丸のシャワーは、容赦無く麻亜子に牙を剥く。
放たれた銃弾は七発、そのうちの二発が麻亜子の身体を捉えていた。
防弾服の上からでも衝撃は伝わり、麻亜子の肋骨に皹が生成される。
そして完全に無防備な状態である左耳介は、跡形も無く消し飛び、その余波で鼓膜も破れた。
しかしそれでも、裂帛の気合を胸中に宿した麻亜子は止まらない。
未だかつて経験した事の無い痛みを受けても武器は取り落とさず、敵の姿を双眸に収め続ける。
ボーガンの銃身が振り上げられ、間を置かずに矢が放たれた。
矢は綾香の胴体目掛けて彗星の如く宙を突き進む。
綾香が咄嗟の反応で横に跳躍しようとするが、人体で最も的の大きい胴体を狙われた所為で躱し切れない。
しかし綾香は防弾チョッキを装備している。
橘敬介の、国崎往人の、るーこの、決死の攻撃を防いだ最強の防具で身を守っている。
矢の着弾点は綾香の脇腹であり、そこは防弾チョッキで守られている箇所だったが――
矢は今まで誰も破れなかった防弾チョッキを貫通し、綾香の脇腹に突き刺さっていた。

961フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:37:48 ID:ap3uq7320
綾香の着用している防弾チョッキは繊維を用いたタイプであり、非常に軽量で動きも束縛しにくいというメリットがある。
だからこそ柳川祐也や古河秋生との格闘戦で、あれ程俊敏な動きが出来たのだが、良い事ばかりではない。
繊維を使用したものは先端が尖っている貫通力の高い銃器や、細身の刃物などは通しやすいというデメリットがあるのだ。
元より獲物を刺し貫く為のみに作られている非常に鋭利な矢を、この距離で防ぎ切れる筈が、無かった。

腹より血を迸らせ、たたらを踏んで後退する綾香に、Remington M870の銃口が向けられる。
Remington M870に残された銃弾は後一発、そしてその使い所は此処を置いて他に無い。
今の綾香の身体では横に跳躍する事も、身を屈める事も叶うまい。
だが、引き金にかけた麻亜子の指に力が込められたその瞬間、事は起こった。


――来栖川綾香はすぐ感情的になる性格の為、生き延びると言う事に関しては少々格が落ちるかも知れない。
綾香程の装備を、宮沢有紀寧のような狡猾な者が持ったのなら、もっと上手く立ち回っただろう。
分かりやすい例を挙げるなら、レーダーの使い方だ。折角、遠距離から敵の存在を把握出来るのだ。
本来ならレーダーは尾行などよりも、敵を避け自分の身を守る事に使うべきなのだ。
いくら強力な装備を持っていようとも、攻めるだけではいずれ限界が来るのは当然の事だ。
しかしどれだけ感情に任せて暴走しようとも――こと闘争に関しては、綾香は紛れも無く天才だった。
そう、腹を穿たれて尚、来栖川綾香は闘争の天才だったのだ。

962フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:38:52 ID:ap3uq7320


「――――!?」
麻亜子の目が、驚愕に大きく見開かれる。
綾香は上体を大きく逸らし、更に首を後ろへと曲げて、最小限の動作で被弾範囲を腹部のみに絞っていた。
防弾チョッキに守られている腹部を盾とする形で、剥き出しの頭部を守っていたのだ。
粒弾の群れの多くは綾香の身体を捉え、幾つかは防弾チョッキに守られていない生身の部分に突き刺さる。
防弾チョッキの届かぬ下腹部から血が噴き出し、右腕が千切れ飛び、地面に背中から叩きつけられる。
それでも即死には至らない。もう呼吸をしているかも怪しかったが、即死には至らない。
地面に倒れた綾香の上半身が起き上がり、麻亜子と一瞬視線がかち合う。
綾香はにやりと笑みを浮かべ、その時にはもうIMIマイクロUZIが銃声を上げていた。
麻亜子は咄嗟に頭部を腕で覆い、生身の部分を優先して守ろうとする。
連続して麻亜子の身体に衝撃が跳ね、その小さな身体が後方に弾き飛ばされた。
綾香は間髪入れずに起き上がり、怨敵の顔に残った残弾全てを叩き込むべく駆け出す。
両眼球の機能がどんどん低下してゆき、視界が霞んでいく為、小さな的を射抜くには距離を詰めるしかない。
ずるずると下腹部より臓器が漏れ出るが、最早それすらも意に介さない。
死に体である綾香に残された最後の動力源は、絶対の自尊心。

自分は凡人とは違う、言わば選ばれた人間なのだ。
名家に生まれ、尚且つ類稀な運動神経にも恵まれた。
欲しい物の殆どを難無く手に入れる事が出来た。
小学生の頃から何をやっても、他人に遅れを取ったりなどしなかった。
総合格闘技エクストリームのチャンピオンにだってなった。
ならばこんな何処の馬の骨とも知れぬ女になど、負けてはいけない。
良いように弄ばれて、利用され続けたままで終わるなど以っての他。
松原葵の――否、全国の女子挌闘家の目標である自分は、未来永劫勝者として君臨するのだ――!

963フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:39:42 ID:ap3uq7320
綾香は足を縺れさせながらも前進を続け、痙攣を起こし始めた左腕を上げ、銃口を麻亜子の顔に合わせる。
それとほぼ同時に麻亜子が身体を起こし、手に握った物を綾香に向けた。
半ば機能を失っている綾香の頭脳では、もう認識出来なかったが――麻亜子の手に握られていたのは、先の散弾銃では無い。
Remington M870は銃弾が尽きているし、ボウガンに矢を装填している時間も無かった。
麻亜子が握っているのは、かつて綾香に防弾チョッキの上から襲い掛かったH&K SMG‖だった。
構えたのはほぼ同時なのだから、後は引き金を絞る速度で勝負が決まる。
痙攣している綾香の指では、その勝負を制する事が出来る筈も無く、H&K SMG‖が一方的に火を噴く。
綾香の顔に幾つもの風穴が空き、脳漿が辺り一帯に飛散した。
頭部の大半を失い立ち尽くす肉体に、もう一度銃弾が打ち込まれる。
その衝撃で、最早肉塊と化した綾香の身体は地面に倒れ、もうピクリとも動かなかった。
今度こそ来栖川綾香の意識は消失し、完全に事切れていた。

修羅と復讐鬼。
純粋な実力では復讐鬼、来栖川綾香の方が数段上回っていた。
しかし綾香は己の感情に身を任せ続け、様々な人間の恨みを買い、結果要らぬ怪我を負ってしまった。
対する麻亜子は、極力自分の目的を遂行する為に動き、無駄な被害を最小限で抑えた。
その差が二人の戦力差を打ち消し、互角の勝負を展開させた。
そして最後に、二人の明暗を決定的に隔てたのは、僅かな運の差だった。
麻亜子が勝利を獲得し得たのは、吹き飛ばされた位置にたまたまH&K SMG‖が落ちていたからだ。
ともかく、多くの人間を犠牲にした二人の戦いは、修羅の勝利で幕を閉じた。

964フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:41:19 ID:ap3uq7320

「あ……」
冷たい感触が頬に伝わり、麻亜子が声を上げる。
「雨……」
戦いの終わりを待っていたかのように、雨が降り始めていた。
雨はどんどんと勢いを増し、耳障りな雨音が延々と響き渡る(もっとも、片方の耳は聴力を失っていたが)。
戦場跡に引っ切り無しに雨が降り注ぎ、傷付いた麻亜子の身体を、倒れ伏せる死者達の亡骸を、塗らしてゆく。
「雨って何だか涙みたいだよね……。この雨は誰の涙かな?
 さっきのるーこって奴か……あやりゃんか……それとも……あたし?」
答える者は全て死に絶えた残劇の地で、少女は静かに呟いた。

【残り34名】

965フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:42:51 ID:ap3uq7320
【時間:2日目・20:45】
【場所:g-2右上】
朝霧麻亜子
【所持品1:Remington M870(残弾数0/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、H&K SMG‖(0/30)、ボウガン、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態①:マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、肋骨二本骨折、二本亀裂骨折、内臓にダメージ、全身に痛み】
【状態②:頬に掠り傷、左耳介と鼓膜消失、両腕に重度の打撲、疲労大】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと】

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(12/30)・予備カートリッジ(30発入×1)】
【所持品2:防弾チョッキ(半壊)・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
【状態:死亡】

【備考】
・以下の物は麻亜子の近くに落ちています。
・サバイバルナイフ、投げナイフ、H&K SMG‖の予備マガジン(30発入り)×2、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6
・ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)
※20:45頃から雨が降り始めました。

→797

966かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:16:22 ID:PF3F1dlI0
このような死んだ目の少年を、柚原春夏は見たことがなかった。
年は馴染み深い河野貴明と同じくらいだろうか、見覚えのある学ランが月明かりに照らされ闇の中その黒を主張しているのが春夏の視界にそっと入る。
学ランなんてどこの学校でも同じようなデザインだ、しかしそれにしても似た形作りにしばし春夏が目を取られている時だった。

「……何で、こんなことになっちまったんだろうな」

声、乾いたそれは目の前の覇気のない少年のものに間違いはない。
付近に自分達以外の人間がいないのだから当たり前である、春夏はその生気を吸い取られたかのような濁った瞳をじっと見つめた。
虚空を見つめるそれが、一体何を求めているのか……春夏は、何故か無性に気になって仕方なかった。

「あーあ、こんなはずじゃなかったんだがな……」

少年は言う。
自らの頭をポリポリと掻きながら、心の底から不思議そうに。

「でも、俺。何か見たことがある気もするんだ」

少年は言う。
それが何のことなのか、勿論春夏が分かるはずなどない。

「どうしてだろうな。それとも、俺は……繰り返した、だけなのか」

もしかしたら自身の存在に気がつかれていないのだろうか、春夏も錯覚しそうになる。
ぼんやりとした外郭の独り言を聞き流しながら、春夏はこの少年を見つけたときの事を思い出した。

柏木耕一と川澄舞の二人から逃げた先、ふと耳についた人の声で春夏は即座に足を止めた。
静かな森の中ではちょっとした音でも響いてしまう。その中でもごく僅かな部類に入るそれを聞き取った春夏は、瞬時に身を隠し出所を探ろうとした。
視線を側面に当たる目立たない茂みの奥にやる春夏、ひっそりとしたその場所で木の幹に腰掛ける少年の上半身が春夏の目に入った。
跳ね上がった鼓動を抑えようとして、春夏は一つ深呼吸をした。
少年は脱力した体を背後の木に任せたままぼーっと虚空を見つめているだけだった、その正面では漆黒の髪を広げた少女がうつ伏せに寝転んでいる。
二人とも、身動きをとろうとする気配はない。

967かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:16:57 ID:PF3F1dlI0
そっと自身のデイバッグに手を伸ばし、残っていたもう一丁の銃……デザートイーグルを徐に取り出し、春夏はそっと利き手で構えた。
そのまま二人の元へと歩みだす、最低限音を立てないよう気をつけても静かな場では多少鳴ってしまうそれに対し春夏の中でも苛立つ思いが滲み出る。
場所が場所なので仕方ないと割り切るしかない、とにかく冷静さを失わないようにと春夏は改めて肝に銘じた。
その間もしその二人が逃げ出そうと背中を向けてくるならば、春夏はその場で発砲する気であった。
しかし二人がそのよう動きを見せることは一切無く、春夏が距離を詰める際に立ててしまう音にすらも全く反応を返さなかった。
あまりにもおかしすぎると、二人の様子に懸念を抱き始めたものの春夏が歩みを止めることは無い。

そして、ついにほぼ彼等の全身が見えるくらいまで近づいた時に、やっと春夏は気づいたのだった。
月光の中に浮かぶ漆黒の髪の少女の着用しているオフホワイトのセーター、背中にあたる部位を中心をどす黒く染めているものの正体が何か。
少年の足先まで漏れているかもしれない、おびただしい量の出血が物語る少女の状態……少女は、とっくの昔に息の根を引き取っていた。
はっとなる春夏、まさか少年の方も……と思ったが、確かにぼーっとしたままであるが僅かに上下する胸部を見た限り彼は無事なようであった。

死んだ目、まさに春夏がそう感じた少年の瞳の具合からして、もしや目を開けたまま眠っているのではないかと彼女の中でも疑問が生まれる。
だが、それでは春夏が聞き取った人の声という物の正体が分からなくなってしまう。
ごくりと一つ息を飲んだ春夏が、少年の状態をどう判断するか悩んでいた時だった……彼が、この不自然な独白を始めた、いや、再開したのは。

「あー、でもな。デジャヴって言えばいいのか? 何だろうな、こんなことに見覚えを感じるなんて最低だろうけど」

春夏がぽかんとしている際も、少年の語りは延々と続けられていたらしい。
彼女が少年の存在を思い出したかのごとく意識をそちらに戻せたのは、今まで前方にあった彼の顔がいつの間にか春夏の方に向けられていたからだ。
……ぞっとした、無表情のままいつからかこちらに対してぼそぼそと話していた少年の意図が、春夏に伝わるはずも無い。
そして、今までずっと独り言だと思っていたそれが、不意に……春夏に、投げかけられた。

「俺は前もこうして、崩れていくみさきに何もできなかった気がする。ああ、本当にそうなんだろうか……どう、思う?」

自信の無さそうな、しかし答えを求めている割には力の抜けたその言葉。
どう答えるべきか、むしろ答えていいものなのか春夏の頭はますます混乱しそうになった。
意味が分からなければ放置すればいい、その選択肢も勿論ある。
今の春夏には時間がない、さっさとこの少年を始末して次の獲物を探しに行くということの方が条理にも叶っていたかもしれない。

968かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:17:34 ID:PF3F1dlI0
だが、春夏はそれらを選ばなかった、否……選べな、かった。

「終わったことにグチグチ言わないの、男の子でしょ?
 それにその子を守れなかったっていうのもあなたの責任なら、そうやって他のことのせいにしようとする方がお門違いじゃないかしら」

ぐじゃぐじゃになりかけた頭の中で、春夏は少年の言葉の中から不明慮な点を除いた上で自分が思ったことを口にした。
言いたい台詞が固まった時、春夏はそれを絶対伝えなければと確信していた。
いや、春夏自身この少年に対し言いたかったのだ……起きた事象の責任を自分で取ろうとせず、さも自分は悪くないと言っているような彼に対し。

春夏が少年に突きつけたのは容赦のない現実だった、そこには一切の甘さすら残さない。
余程思いがけない言葉だったのだろう、、死んだ目の少年の表情にも多少の変化が生まれだす。
少年は物珍しそうに、春夏をまじまじと見だした。
そしてそのままじっと春夏の顔を見つめ、少年は……とても悲しい、悲しい笑みを浮かべるのだった。

「……きっと、あなたでも幸せになれる世界があるわ」

自虐に満ちたそれに邪気が削がれ、気がついたら春夏はそんな気休めにも似た言葉を彼に送っていた。
驚いたように目を見開くと、少年は少しだけ顔を綻ばせる……その表情は、大人びた容姿に比べ随分あどけないものだった。

「じゃあ、もういいかしら。それとも、やっぱり未練が残る?」

静かにデザートイーグルを構える春夏が、今度は少年に問いただす。
ふるふると小さく首を振って目を瞑る少年に、抵抗の色は皆無であった。

「次こそ、幸せになりたいもんだ」

先ほどまでの褪せた言葉とは比べ物にならないくらい、感情の込められたそれ。
少年は湛えた笑みを崩さなかった、そしてそのまま最期の時を待つかの如く一切の動きを止める。

969かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:18:02 ID:PF3F1dlI0
「さようなら」

贈られた言葉と銃声が鳴り響いたのは、ほぼ同時であった。





眉間に銃弾を撃ち込まれた少年は、背後の木に勢いよくぶつかるとその反動で前のめりに倒れこんだ。
……あくまで偶然であろうが、倒れこんだ少年はうつ伏せの少女の隣で動きを止めた。
そして彼の左手は、これまた偶然にも……倒れていた少女の手に、ゆっくりと重なった。
地面には混ざり合う二つの血液、放出されたばかりの生暖かいそれが渇いた少女の血を溶かす。
混ざり合う波紋から目を離し、春夏は一人呟いた。

「……これで、5人」

味気ない自分の台詞に自然と浮かぶ苦笑い、春夏に残された時間は決して多くない。
しかし、それは絶対にこなさなくてはいけない春夏の使命であった。

「諦めたら終わりだものね、頑張らなくっちゃ」

耕一に銃を突きつけられた時、春夏はもう自身の終わりを確信していた。
しかし実際こうして逃げ延び、新たな犠牲者を出すことで春夏は使命を全うしていた。

「私は諦めないわ。絶対、もう二度と……このみのためにも」

強い決意の言葉とともに、春夏はまた歩き出す。
疲れきった体を休めることなく、ただ愛する娘を生かすためだけに。

970かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:18:36 ID:PF3F1dlI0




「浩之、ちゃん…?」

寄り添うように黒髪の少女、川名みさきに手を伸ばす少年の姿。
地面を濡らす血液の量から二人とも既に絶命しているということは誰が見ても分かるだろう、神岸あかりはガクンとその場で膝をつき呆然と二人の遺体を見やっていた。
見覚えのある学ランが月明かりに照らされ闇の中その黒を主張する、学ランなんてどこの学校でも同じようなデザインだが覗き込んだ少年の面影はあかりの知る彼と間違いなく一致していた。
そう、あかりにとっては誰よりもかけがえのない存在であった、彼と。
あかりが見間違うはずも無い……前のめりに伏しかけた少年の横顔は、幼なじみである藤田浩之本人であった。

「え、どうして……え、浩之ちゃん? どうして、どうして」

尽きない疑問、慌てて駆け寄って触れた彼の体に温度がまだ残っていたことが、ますますあかりの悲しみを膨らませる。
何だか周囲が騒がしかった、何が起きているか分からなかった、そうしたら銃声がした。
銃声がした方面へと急いで掻けてきた、そんなあかりを待っていたのがこの光景で。
あかりの涙腺は既に破壊されていた、泣きながら無心にガクガクと浩之の肩を揺すり続ける彼女の心は消耗していく一方だった。

「おい、神岸……」
「どうして浩之ちゃんが、どうしてどうして……いや、いやぁ……」

溢れた涙があかりの頬を濡らしていく、しまいには頭を抱えだしいやいやをするように後ずさりを始める彼女の体を国崎往人は慌てて後ろから支えだした。
肩を掴む、それは往人が想像していたものよりもひどくか細いものだった。
確かに手当をしたことからあかりの体自体は往人も多少視野に入れたことがあった、だが改めて触れた彼女は紛れなく儚さに満ちた存在であり。
小刻みに振るえ続けるあかりの体、往人が手を離してしまえば簡単に崩れてしまいそうな脆さで作られたそれは、ただただ真っ直ぐな悲しみを訴え続ける。
それに対し往人は、もう何も言うことができなかった。

森に響く小さな叫び、あかりの中で希望と呼ばれていた欠片が粉々に砕けた瞬間だった。

971かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:19:04 ID:PF3F1dlI0
柚原春夏
【時間:2日目午前5時】
【場所:G−5】
【所持品:要塞開錠用IDカード/武器庫用鍵/要塞見取り図/支給品一式】
【武器(装備):デザートイーグル、防弾アーマー】
【武器(バッグ内):おたま/レミントンの予備弾×20/34徳ナイフ(スイス製)マグナム&デザートイーグルの予備弾】
【状態:このみのためにゲームに乗る】
【残り時間/殺害数:8時間19分/5人(残り5人)】

神岸あかり
【時間:2日目午前5時】
【場所:G−5】
【所持品:水と食料以外の支給品一式】
【状態:号泣、往人と知り合いを探す。月島拓也の学ラン着用。打撲、他は治療済み(動くと多少痛みは伴う)】

国崎往人
【時間:2日目午前5時】
【場所:G−5】
【所持品1:トカレフTT30の弾倉、ラーメンセット(レトルト)】
【所持品2:化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】
【状態:満腹。あかりと知り合いを探す】


藤田浩之  死亡


(関連・509・525・727)(B−4ルート)

972転機:2007/04/19(木) 21:47:54 ID:G5ws/RMU0
激しい雨が、大きな音を立てて村に降り注いでいた。
重い雨粒が身体を打ち、跳ねる水溜りが靴を塗らす。
坂上智代とその仲間達は鎌石村で同志を探していたが、成果は芳しくなかった。
薄暗い視界の中では効率的な捜索など望める筈も無く、ただ疲労だけが蓄積してゆく。
やがて痺れを切らしたように、里村茜が口を開く。
「雨の勢いが弱まるまで何処かで休みませんか? 雨音が邪魔で、どうしても周囲への注意が散漫となってしまいます」
「しかし私達がこうしている間にも、この島の何処かで殺し合いが起こっているかも知れない。
 全く怪我をしていない私達が、休んでいる訳にはいかないだろう」
智代が苛立ちを隠し切れない様子で、反論の言葉を紡いだ。
多くの人間が既に死んでしまった中、まだ自分達が五体満足で居られている事は本来なら喜ぶべきなのだろう。
だが――この島に来てから、まだ自分は何もしていない。
した事と言えば精々、的外れな推論で行動し時間を無駄にした程度だ。
あの陽平でさえ筆舌に尽くしがたい激戦を潜り抜けているというのに、仮にも生徒会長である自分がこの体たらく。
ただひたすらに空回りを続けている自分が、酷く滑稽で矮小な存在に思えた。
自分も何か成し遂げたかった。誰かを救いたかった。脱出への糸口を探り当てたかった。

しかし茜はそんな智代の内心を意にも介さず、淡々とした口調で言った。
「智代もあの放送を聞いたでしょう? 鎌石村役場に争いを止めに行った、藤田という方や川名先輩が死んだ……。
 ねえ詩子、川名先輩のチームは仲間割れしそうに見えましたか?」
聞かれて、柚木詩子は少し考え込んだ。浩之達とそう長い時間を共にした訳では無いので、即答出来なかったのだ。
やがて、考えた所で分かりはしないという結論に達し、自分が抱いた印象をそのまま話した。
「ごめん、あたしにははっきりと分からないから、見たまんまを言うね。川名先輩達は……少なくともあたしには、凄い仲が良さそうに見えたよ」
詩子の言葉を受けた茜は、隣を歩く智代を上目遣いで見上げた。
「……という事です。仲間割れを起こしたのでないなら、どうして死んでしまったかは明らかでしょう。
 川名先輩達は、別の人間に殺されたんです。殺し合いに乗った――そして三人を相手に出来る程、強力な人間に殺された。
 犯人はまだ鎌石村に残っているかも知れない。雨音で敵の接近を察知出来ないこの状況で、これ以上歩き回るべきではありません」
「うっ…………」
返す言葉が無くなった智代は、唇を噛み、悔しさを堪えていた。
智代がどれだけ焦っていようとも、今回は茜の言い分の方が完全に正論なのだ。
幾つもの死線を潜っている浩之達すらも打倒した殺人鬼に、突然奇襲を仕掛けられたらどうなるか……結果は火を見るより明らかだろう。
「そうだな……茜の言う通りだ。まずは休憩して英気を養うとしよう」
だから、智代はそう言うしか無かった。

973転機:2007/04/19(木) 21:49:35 ID:G5ws/RMU0


あれから三人は鎌石村消防署へと移動し、そこを休憩場所に選んだ。
床に付着していた血痕から、この場所で戦闘が行われたのは容易に想像出来たが、それなりに大きいこの建物でなら敵襲にも対処しやすいと考えたのだ。
そして現在一行は消防署内の一室でテーブルを囲み、智代が作ったカボチャのポタージュを食べ始めていた。
「どうだ、美味しいか?」
期待を籠めた目で智代が問い掛ける。
「……智代。なかなかやりますね」
「うん、美味しいわよコレ」
二人がそう答えると、智代は胸に右手を当てて満足げな笑みを浮かべた。
「そうだろうそうだろう。私は女の子だからな、料理くらいお手の物だ」
得意げなその様子には、探索を行っていた頃の焦れた感じはまるで見られない。
勿論、智代は自分の目標を忘れた訳では無いし、今この瞬間だって同志を探しに行きたいと思っている。
だが休むと決めた以上焦っても無駄に疲れるだけなのだから、今は休憩に専念すべきだと判断したのだ。
そう決めてからの智代は素早く行動し、自分より体力的に劣る二人を休ませ、一人で料理を作ったのだ。
まだこの島では何も成していない智代だったが、彼女の持ち味である前向きな精神だけは失っていなかった。

程無くして三人は食事を終え、今後の行動方針について話し合いを始める。
「これからどうするかだが……雨が止んだら同志の探索を再会する、という方向で良いな?」
智代が確認するように訊ねると、茜はコクリと頷いた。
「構いません。私だって時間は無駄にしたくありませんから」
「あたしもそれで良いよ」
そう言ってから、詩子はバッと地図を広げてみせ、これまで自分達が通ったルートに線を引き始めた。
「あたし達は島の外周沿いを回ってきた訳だから……この村でまだ行ってないのは、C-3とC-4のエリアね」
「そうか。じゃあ次はその二つのエリアを探してみよう」
このまま外周沿いに島を回り氷川村まで行くという選択肢もあったが、それでは余りに時間が掛かり過ぎる。
それよりは人がいる可能性の高いこの村で捜索を続けた方が良い、と言うのが三人の一致した見解だった。
そして三人が次の話題に移ろうとした、その時だった。
消防署の入り口付近から、物音が聞こえてきたのは。

974転機:2007/04/19(木) 21:51:37 ID:G5ws/RMU0
「「「――――ッ!」」」
智代達は例外無く息を飲み、すぐに各々の武器を拾い上げた。
智代は専用バズーカ砲を、茜は包丁を、詩子はニューナンブM60を深く構え、部屋の出入り口へと視線を集中させる。
彼女達が居る部屋の出入り口は一つなので、侵入者が来るとすればそこからに違いなかった。
「……どうします?」
茜が部屋の外に漏れぬよう、小さな声で問い掛ける。
「今から出て行っても鉢合わせになるだけだし、ここで待つしかないだろう」
智代がそう言っている間にも、足音は他の部屋には見向きもせず真っ直ぐに近付いてくる。
自分達は少し前まで声を抑えずに話していたのだから、恐らくそれを聞き取られ、居場所まで悟られたのだろう。
「くそっ……今近付いてきてる奴が殺し合いに乗ってるとしたら、最悪だぞ」
智代が苦々しげに呻いた。侵入者に気付くのが遅すぎた。
相手がゲームに乗っていないのならば全ては丸く収まるが、そうで無ければ状況はかなり厳しいものだろう。
先に智代達の存在を察知していて尚、正面から向かってきている――即ち、それだけの自信と実力を備えた殺人鬼が、自分達を殺しにきているのだ。
そしてこの場所では退路が無い以上、逃げると言う選択肢は選べない。
極限まで高まった緊張と重苦しい沈黙が、部屋の中を支配する。
智代は修羅場慣れしているつもりだったが、これは喧嘩などとは桁が違う。
紛れも無い、命の奪い合いなのだ――そう考えると、否が応にも背筋に冷たいものを感じる。
だがそんな智代の緊張は、扉の向こうから聞こえてきた声によって破られた。
「中に居る人達、聞こえていますか? 私は戦う気などありません……出来ればお話がしたいのですが」
その声は、智代達にとって全く未知の人物――鹿沼葉子のものだった。

975転機:2007/04/19(木) 21:52:36 ID:G5ws/RMU0
【時間:二日目・22:40頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】

坂上智代
【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(幸村)、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
【状態:健康、若干の焦り、葉子にどう対応するつもりなのかは後続任せ】
【目的:同志を集める】

里村茜
【持ち物1:包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱、食料二人分(由真・花梨】
【状態:健康、葉子にどう対応するつもりなのかは後続任せ】
【目的:同志を集める】

柚木詩子
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:健康、葉子にどう対応するつもりなのかは後続任せ】
【目的:同志を集める】

鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし、水は残り3/4)】
【状態:軽度の疲労、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)。マーダー】
【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】

→780
→795

976幕間・生まれざる仔ら:2007/04/20(金) 19:03:07 ID:cEU6LW9Q0

「さて、どうしたもんかなあ……」

静まり返った森の中、白いワンピースを纏った少女が、小さく呟いた。
目の前には横たわった何者かの影。

「千鶴さんも大概よね……攫ってこいの次は運んどけ、って。
 もう、可憐な女の子にどうしろっての」

ワンピースの少女の前にぐったりと横たわるその影の名を、来栖川芹香という。
身体に外傷は見当たらなかったが、その目はしっかりと閉じられている。
規則正しく上下する胸の膨らみが彼女の生存を物語っていた。

「まあ、約束は覚えててもらってるってことだから、いいけどね……」

ぶつぶつと呟きながら、少女は何気ない仕草で芹香の襟首を掴み上げる。
義務教育に入っているかどうかという年齢に見える少女だったが、自身よりも大きな芹香の体重を
苦にする様子もなく、ずるずると引きずりながら歩いていく。

「とりあえず千鶴さんの仕事場まで持ってくか……ちぇ、面倒だなあ、もう」

可愛らしく舌打ちしたときである。
少女の脳裏にノイズが走るような感覚が走った。
間を置かず、どこからともなく声が聞こえてくる。

『やっほー。ろうどう、ごくろう』
「あ、汐」

驚く様子もなく、少女が返答する。
声は少女にとって聞き慣れたものであった。

『なんかたいへんそうだねー。いりぐち、あけようか?』
「あ、そうしてもらえると助かるかな」
『りょうかーい。ちょっとまっててね』

声と共に、何かがさごそと探るような音。
少女は濡れた地面に座り込もうとして少し眉を顰め、辺りを見回して結局、横たわる芹香の身体の上に
ちょこんと腰掛けた。

977幕間・生まれざる仔ら:2007/04/20(金) 19:03:50 ID:cEU6LW9Q0
「そうだ、みちるちゃんはどうなった?」
『んー? いつもとおんなじ。さっき、あの子のところにもどってきたよ』
「なんだ、つまんない」

ぷう、と頬を膨らませる少女。

「結局、今回も何もできなかったんだ。口だけだなあ」
『うーん、でもしょうがないんじゃない?』

返ってきた声は、子供じみた口調に似合わない、どこか苦笑するような声音だった。

『これがはじまってるんだもん。みちるおねえちゃんがなにをやったって、もうおそいよ』
「ま、そうなんだけどね……」

嘆息してみせる少女。

「世界はもう、近いうちに終わる」

明日は晴れる、とでもいうような気軽な口調で、少女は世界の終末を口にする。

「けど、それでも何かできるかもしれないって、いつも言ってるからさ、あの子は。
 そのくせお気に入りの人たちに接触するのは怖がって。ああいうところ、嫌いだな」
『あはは、なかよくしなきゃだめだよ〜』

宥めるような声。

『わたしたちは……』
「分かってる。私だって別にあの子のぜんぶが嫌いだってわけじゃないよ」
『なら、いいけど。……それより、きいてよ〜』

話題を変えようとでもいうのか、声のトーンが唐突に高くなる。

978幕間・生まれざる仔ら:2007/04/20(金) 19:04:12 ID:cEU6LW9Q0
「どうしたの、そっちで何かあった?」
『あのね、ほしのゆめみがね』
「……?」
『ロボ』
「……ああ、ガラクタで作ってるって言ってたあれ」

呆れたような少女。
いくら消化試合のようなものだとはいっても、適当なものを放り込むのは感心しない。
自分たちは速やかに次に備えるべきであって、妙なハプニングを起こす必要などないのだ。
何度となく言ってはみたものの、お姫様はまるで悪癖を改める様子はなかった。

『でね、ほしのゆめみがね』
「……はいはい、ほしのゆめみが?」
『せっかくつくったのに、かんじんのなかみをどっかにおとしちゃった』
「……は?」
『なかみ、どっかのせかいにおとしちゃった』
「……そこで落としものなんかしたら、絶対見つからないよ」
『そうだよね……ざんねん』

世界の終わりの向こう側からの声に、少女は溜息で応えた。

「やっぱり、私がちゃんとしないとダメだね……」
『あ、いりぐちかいつうでーす』

声と共に、少女の眼前の景色が歪んでいく。
歪みはやがて小さな円を描き、安定する。
円の向こう側は見通せない。黒、という色だけがあった。

もう一度だけ嘆息して少女は立ち上がると、腰掛けていた来栖川芹香の身体を無造作にその歪みへと放り込んだ。
抵抗なく、その身体が歪みへと飲み込まれていく。
それを見届けて、少女は自らもまた歪みの中へと踏み込んだ。
小さな身体が歪みの中へと消えると同時。
歪みは、瞬く間に掻き消えていた。
後には、何一つとして残らない。
静まり返った森は、元より誰も存在しなかったというように、ただ梢を風に揺らしていた。

979幕間・生まれざる仔ら:2007/04/20(金) 19:04:49 ID:cEU6LW9Q0

【時間:2日目午前10時過ぎ】
【場所:H−7】

みずか
 【所持品:来栖川芹香】

来栖川芹香
 【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐(首だけ)、蝙蝠の羽】
 【状態:盲目、気絶中】
 【持ち霊:うぐぅ、あうー、珊瑚&瑠璃、みゅー、智代、幸村、弥生、祐介】

岡崎汐
 【時間:すでに終わっている】
 【場所:幻想世界】
 【所持品:不明】

→442 532 796 ⇔800 ルートD-2

980Road To Harmagedon:2007/04/21(土) 01:04:22 ID:HHzTl7Kw0


少し後。

綾香:「・・・あー、髪型ひでー・・・なおせないなー」

自分で斬った髪を、とりあえず小型の整髪剤やらなんやらで即興で整える。

「別に…どうせ切ろうと思ってたんだし。でもちょっとこれはないかなーって」

「・・・髪の毛・・・お直ししましょうか・・・」
とセリオが言ってきたが、速攻で
「いい」と断った。

 ただでさえ何の目的かわからないが機密情報を使おうとしていた形跡があるこのロボを
 どこまで信頼するかというのは、かなり疑問が出てくる。

 正直、あまり信頼できなくなってきている。
 てか目的は何だよ。

 セリオ側も少しそこらへんはわかっているのか、少しうつむき加減だ。

981Road To Harmagedon:2007/04/21(土) 01:05:13 ID:HHzTl7Kw0

ただ、事態は急を要している。
姉さんがどこに消えたのか、それはよくわからない。
元のかばん以外は何も落ちてなかった。ただ・・・

「ただ、少し離れた所に、首の無い狐の死体や犬の死体が落ちてました」とセリオが言う。

 何が目的なのか…あんまりよくわかんない。
 コレ(元沢渡真琴)以外に狐や犬が死んでた…
 何のために…

まあ・・・
「どうにかなるだろ・・・・・・あの人の事だから」

人一人余裕で生き返らせることのできる人間だからなー。
それにうぐぅとかのドラ○ンボールも持ってるんだろうし。

「……ただ、衛星が復活してるなら確認しておいて。沖木島の全参加者の動向は見れるでしょ?」
「はい」

「絶対にしろ」とセリオに念を押す。
この状況下でセリオが言うこと聞かないのは、死に直結する可能性もある。
というよりも、部下が言うこと聞かないのが一番嫌いだ。しかもロボが。

気を取り戻す。
「てか、……この羽、何に使うんだろ」
 1枚だけしかない蝙蝠の羽。
 ただでさえ姉の持ち物はよくわからないのが多い。
 そういえば、かばんの中身も少し減っているような気もする。

982Road To Harmagedon:2007/04/21(土) 01:05:52 ID:HHzTl7Kw0

ちょっと調べてみると、銀製?の星型のペンダントが出てきた。
『EVER YOURS』って書かれてるペンダント。

──EVER YOURS。ずっとあなたのもの。

「なんかそれ、芹香さまはずっと持ってましたよ」
「いつごろから?」
「お子様の時あたりからでしょうか・・・気がついた時にはすでにお持ちだったそうです」

 黒魔術かなんかのアイテムかね。

「3歳位にはすでにお持ちで、神さまから貰ったとかそんな事いってたそうです」

 またあぶねーことを・・・

「それ多分、星じゃなくてヒトデですよ」とイルファが言う。
・・・・・・・多分違う。

【場所:G−7】
【時間:2日目午前11時5分】 

セリオ
 【持ち物:なし】【状態:……】

来栖川綾香

 【持ち物:各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ(容量減り)
  サリン、プラリドキシムヨウ化メチル、炭素菌、ペニシリン系解毒剤、毒ガス用マスク
  都合のいい支給品、狐(首だけ)、蝙蝠の羽、
  霊が入った水晶玉とそうでなさそう水晶玉たくさん。区別はつかない
  『EVER YOURS』と書かれた星型の銀?のペンダント】
 【状態: 相反?何それ?】

イルファ【状態:おきる矛盾は強引にこじつけてくのがDルートですよね♪】

→442 532 796 800 805 ルートD-2

983失策:2007/04/21(土) 01:14:50 ID:nxhArExU0
――事の発端は三時間前に遡る。
吉岡チエと小牧愛佳はウォプタルの背に乗って、教会目指して突き進んでいた。
ウォプタルの速度なら敵と出会っても容易に逃げ切れる為、堂々と街道を往けるのもあり、そのペースは非常に速かった。
「いや〜、ウォプタル最高っスよ〜! 全身に風を受けて進んでいく感じが、もう堪んないッス!」
「う、う〜ん、そうかなぁ……。あたしはちょっと、速過ぎて怖いな……」
チエはテンション最高潮といった様子で、早口で喋りながら表情を綻ばせている。
逆に愛佳は少し怯えた顔をして、手綱にしっかりとしがみ付いている。
方向性は違えど落ち着きに欠ける二人だったが、移動自体は順調に進んでいた。
だがやがて、異変が訪れる。
「あれ……? 小牧先輩、なんだかおかしくないッスか?」
「どうしたの?」
愛佳が聞き返すと、チエは戸惑いの色を含んだ声で答えた。
「なんかびっみょ〜〜に、速度が落ちてるような……」
「……え?」
そこで愛佳はようやく気付いた。
チエの言葉通り、ウォプタルの速度がどんどん落ちてきているという事に。
そして――
「わ、わわっ!?」
「うわたたっ!?」
視界がガクンガクンと大きく揺れる。
唐突にウォプタルが急停止してしまったのだ。
二人は反動で振り落とされそうになるのをどうにか堪えた後、ゆっくりと地面に降り立つ。
一体どうしたのかと思い、ウォプタルを確認して、すぐ急停止の原因に気付いた。
「そっか……この子疲れてるんだ……」
ウォプタルは息を乱しており、心無しかその顔も疲れているように見えた。
朝から食事も与えられずに乗り回された上、今度は大量の荷物を乗せられてしまっていたので、とうとう体力の限界が来たのだ。

   *     *     *

984失策:2007/04/21(土) 01:15:44 ID:nxhArExU0
「困ったっスね……」
「そうだね……」
「クワァ……」
茜色の陽光が木々の隙間より差し込む森で、二人と一匹の沈んだ声だけが響き渡る。
二人は森の中に身を潜め、ウォプタルの回復を待つ事にしたのだ。
歩いて教会に向かうという選択肢も存在したが、それは止めておいた。
多少出発を遅らせてでもウォプタルに乗って移動した方が、安全であるとの判断からだった。
そこら中に生えている雑草を集めて食べさせたものの、ウォプタルはまだぐったりとしている。
「う〜ん、流石に荷物が多すぎたッスか……」
「ゴメンねぇ、無理させちゃって」
愛佳はウォプタルの頭にそっと手を伸ばして、優しく撫でた。
するとウォプタルがクワァと、力の無い鳴き声を返してきた。
「この様子だともう少し休ませてあげた方が良さそうだね」
「これじゃ藤田先輩の方が先に教会へ着いちゃいそうッスね。
 むむむぅ、先に出た癖に遅刻すんなって怒られちゃいそうッスよ」
チエがにかっと笑いながら冗談っぽく言ったその時、『ソレ』が始まった。
『――みなさん、聞こえているでしょうか?』

――絶望の到来を告げる第三回放送が。

20番、柏木千鶴。
その名前が読み上げられると、愛佳はがっくりと俯いて表情を大きく曇らせた。
千鶴を自らの手で殺してしまった――改めてその事実を突きつけられると、やはりまだ胸が痛む。
愛佳の胸中には強い後悔と、やるせない思いが渦巻いていた。
(千鶴さん、ごめんなさい。あたしは貴女に助けられたのに……貴女のおかげで立ち直れたのに、恩を仇で返す事しか出来ませんでした……)
少なくとも愛佳の知る千鶴は、優しい心を秘めている人物だった。説得は、可能な筈だった。
自分は一体何処で間違ってしまったのだろうか?
千鶴が詩子達を打ち倒したあの時、強引にでも引き留めていれば良かったのだろうか?
それとも役所で――あの完全に理性を失った千鶴相手に、捨て身の覚悟で説得を続ければ良かったのだろうか?
もう、分からない。

985失策:2007/04/21(土) 01:16:52 ID:nxhArExU0
一方チエも愛佳を慰める余裕は無く、何かを堪えるようにぐっと唇を噛み締めていた。
それも当然だろう……一緒に牛丼を食べた仲間達の名前が、一気に読み上げられたのだから。
もうあの仲間達と過ごした楽しかった時間は、永久に帰ってこないのだ。
場に沈痛な雰囲気が漂い、ただ放送だけが淡々と流され続ける。
そして彼女達へと追い討ちを掛けるかのように、告げられた。
『――89番、藤田浩之』
ほんの数時間前まで行動を共にしていた、浩之の名前が。
その名前を耳にした瞬間、チエは背中へと氷塊を押し込まれたような感覚に襲われた。
「え……藤田先輩が……? どういう……事ッスか……?」
浩之の名前が放送で呼ばれた――となると、結論は一つしか有り得ない。
混乱したチエが正解を導き出すより早く、愛佳が暗い声を洩らした。
「あの書き込みは島中のパソコンで見れる筈だから……多分役所に別の、殺し合いに乗った人が来て……」
「そ、そんな……」
そう、別の殺人鬼がやってきて、浩之は殺されてしまったのだろう。
よくよく考えてみれば、これは予測して然るべき事態だった。
ロワちゃんねるの書き込みに気付いた者が、全員時間通りにやって来るとは限らない。
敢えて遅めの時間にやってきて、漁夫の利を狙おうとする狡猾な輩だっているかも知れないのだ。
そのような危険な場所に気落ちした浩之を一人残してきたのは、明らかな失策だった。
「藤田先輩……ごめんなさい……」
チエは視線を足元に落とし、か細い肩を震わせた。
認めるしか無かった。自分達はまた一つ、取り返しのつかない間違いを犯してしまったのだという事実を。

986失策:2007/04/21(土) 01:18:10 ID:nxhArExU0
【2日目・18:10】
【場所:D−3】

吉岡チエ
 【装備:89式小銃(銃剣付き・残弾30/30)、グロック19(残弾数7/15)、投げナイフ(×2)】
 【所持品1:89式小銃の予備弾(30発)、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×14】
 【所持品2:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、救急箱(少し消費)、支給品一式(×2)】
 【状態:後悔、左腕負傷(軽い手当て済み)】
 【目的:ウォプタルの回復を待って教会へ】

小牧愛佳
 【装備:ドラグノフ(6/10)、包丁、強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)】
 【所持品:缶詰数種類、食料いくつか、支給品一式(×1+1/2)】
 【状態:後悔】
 【目的:ウォプタルの回復を待って教会へ】

ウォプタル
 【状態:疲労、休憩中】
 【備考】
  ※以下のものはすぐ傍の地面に置いてあります
   ・火炎放射器、支給品一式×4

→738

987オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:30:12 ID:fRxfNhwM0

「長瀬源蔵―――俺は、あんたを越えていく……!」

言葉と共に古河秋生の振り下ろした赤光が、長瀬源蔵の肩口に食い込み、薙ぎ斬った。
源蔵の身体を包んでいた黄金の光が薄れ、代わりに鮮血が噴き出してくる。
白いシャツが見る間に紅く染め上げられていく。

「ぐ……ぬぅ……」

斬られてなお倒れず、低い呻きをあげる源蔵をサングラス越しに見つめながら、秋生が静かに息を吐いた。
手にした銃から伸びていた赤光が呼気と共に薄れ、消えていく。

「終わりだ、爺さん」

そのまま、銃口を源蔵へと向けていく秋生。
どこか神妙な面持ちで言葉を紡ぐ。
山頂の強い風が、二人の間を吹き抜けていった。

「ガキの頃のヒーローをぶっ壊して、ようやく俺は女房のヒーローになれる」

悲しげにも、あるいは感慨深げにも見える表情のまま、秋生が口の端を上げた。
同時に引き金が引かれる。赤光が、奔った。

「―――」

ゾリオンの光弾が老爺の肉体を貫くのを見て、秋生は踵を返した。
だがその歩みは三歩ともたず、止まることとなる。
声が、響いていた。

「―――クク、」

背後から響くそれは、地の底で鳴動するが如く、重く低く、秋生の耳朶を打っていた。
それは笑い声だった。
撃ち貫いたはずの老爺の漏らす、蠕動の如き声。

「わしに信念が無いと、わしを越えていくと、そう言うたか……?」

戦慄に半ば凍りつきながら振り向いた秋生が見たのは、そこかしこで破れ、無惨な姿となった瀟洒なスーツを
それでも優雅に纏いながら、全身を覆う鮮血の真紅を気に留めることもなく笑う、一人の男の姿だった。

「クク……ハハハ、ハッハッハハハハ! よう言うた、よう言うてくれたわ……!」

そこにいたのは、老爺のはずだった。
だが、秋生の目に映るその男の容貌は、先刻までとは明らかに違っていた。

988オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:30:31 ID:fRxfNhwM0
「―――我が仕えるは来栖川」

男の、渋みのあるバリトンが山頂の風に乗って響き渡る。
隆々たる筋肉は鳴りを潜め、しかしシャツの破れ目から垣間見える細身の身体は実のところ、
鋼線を束ねたが如き一片の無駄もない肉付きを誇らしげに示していた。

「我が一敗地に塗れるは来栖川の恥辱」

老境を如実に現していた白髪は今や艶やかな黒髪へと変じ、風に靡いている。
蓄えられた豊かな髭もまた、その引き締まった口元を黒々と彩っていた。

「ならば、負けぬ」

肩口を裂いた刀傷からはいまだに血が流れていたが、それを気にした風もない。

「ならば、退かぬ」

男盛りの壮年が、襟元のタイを締め直す。

「それが、仕える者の矜持」

袖を、裾を、革靴についた汚れを、洗練された仕草で払っていく。

「主が誇る最高の従者たれと、わしはわしに命じる」

鷹の如き眼が、秋生を射抜いていた。

「教えてやろう、小僧―――。主がために戦うとき、我らに磨耗はあり得ぬということを……!」

そこには、長瀬源蔵という男の全盛期が、立っていた。


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