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避難用作品投下スレ

1管理人:2006/11/11(土) 05:23:09 ID:2jCKvi0Q
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。

861一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:35:36 ID:wVtpPgvM0
「殺してやる……殺してやる……殺してやる……っ!!」
復讐の完遂を目の前にして、予想外の奇襲を受けた綾香の心は、ドス黒い殺意で埋め尽くされていた。
もう苦しめて殺すなどといった遊戯は止めだ。ささらを見つけるまで待ってなどいられるものか。
これだけ多くの憎たらしい連中が一堂に会しているのだ。これ以上の我慢など出来る筈が無い。
朝霧麻亜子も車に乗った襲撃者も春原陽平もルーシー・マリア・ミソラも、等しく死を与えてやる。
過程や方法なども、もう拘るまい。どんな手を使ってでも全員殺してやる。
この場にいる人間全てを殺し尽くさねば、この烈火の如き怒りを納める事は叶わない。
綾香は迫る車に背を向けて民家――春原陽平達が中にいるであろう建物に向かって駆けた。
程無くして民家の塀の前まで辿り着き、綾香は車に顔を向けて吼えた。
「さあ、近付けるもんなら近付いてみなさいよっ! 壁にぶつかってペシャンコになりたきゃね!」
あの車の運転手の狙いは単純にして明快。
車で距離を詰め、至近距離にてダイナマイトを投擲するというものだ。
ならば近付けさせなければ良い。障害物の近くにいれば、車は激突を恐れ距離を詰めれぬ筈だ。
前方から一直線に向かってくる車は、もうそろそろ方向を変えるだろう。
反転したその瞬間に……蜂の巣にしてやる。
車の奴を殺した後は陽平とるーこだ。ミサイルをぶちこんで、民家ごと潰してやる。
最後に麻亜子をズタズタに殺し尽くして、復讐は完了だ。
しかし――

862一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:36:36 ID:wVtpPgvM0
「な……死ぬ気っ!?」
車は方向を変えない。言い訳程度に速度を緩めながらも真っ直ぐに突っ込んでくる。
恐らくは自分の身の危険など顧みず、極限まで接近してくるつもりだろう。
綾香の誤算はただ一つ。車の運転手が神尾観鈴――自分と同じく、復讐鬼と化した人間であった事だ。
車は直進を続け、そのライトは焦りを隠せぬ綾香の顔を照らしていた。
(くそっ……ここは避け――いや、間に合わないっ……!)
綾香は回避動作に移ろうとしたが間に合わない事を悟り――土壇場で、ある作戦を思いついた。
綾香は素早く民家の塀を乗り越えて、そのまま庭へと侵入した。
接近する車の音に注意しながらも、一心不乱に駆ける。
車のエンジン音で距離を判断し、ぎりぎりのタイミングで傍に生えている木の裏に回りこむ。
それより少し遅れて、車が大きく孤を描いて塀の間近を通過し、窓からダイナマイトが放り投げられた。
白い閃光が夜の闇を切り裂き、巨大な爆発音が静寂を打ち破る。
巻き起こる爆風が周囲一帯にある全てを蹂躙してゆく。
煙が吹き上がり、辺り一帯が覆い尽くされ――やがて、景色が明瞭になってくる。
打ち上げられたコンクリートか何かの破片が、天より降り注ぐ。民家は庭を爆心地として、半壊状態になっていた。
民家を囲っていた塀のうち、爆風に巻き込まれた部位は完全に吹き飛んでいた。
民家本体も庭に近い部分は基本的な骨組みだけしか残っていない上に、その骨組みさえも真っ黒に焦げている。

863一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:37:39 ID:wVtpPgvM0


「……やったの?」
神尾観鈴は車を止め、窓越しに崩壊寸前の民家を眺め見た。
綾香が庭に飛び込む所までは視認出来たが、それから先は車の運転とダイナマイトの投擲で手一杯だった。
あれから綾香がどうなったかは分からない。
怪我は確実に負っているだろうが、もしかしたらまだしぶとく生きているかも知れない。
絶対にそんな事はあってはならない。往人の命を奪ったあの女は、ここで確実に殺す。
もう一度至近距離からダイナマイトを投げ込んで、中にいる者に逃れようの無い死を与えてやる。
観鈴はアクセルを軽く踏んで車をゆっくりと動かし、民家のすぐ傍まで近付いた。
そこで車を停車させて窓を開ける。塀は半分以上が崩壊しているので、庭の様子まで見て取れた。
綾香の姿は見当たらないが、散在している瓦礫の下に埋もれているかもしれない。
観鈴は窓から上半身を乗り出し、ダイナマイトに火を付けようとして――そこで爆発の影響で歪んだ玄関の扉が、鈍い音を立てて開いた。
中から出てきた桃色の髪をした少女が、冷たい眼でこちらを一瞥した後、躊躇う事無くH&K SMGⅡの銃口を向けてくる。
観鈴が頭を引っ込めるのとほぼ同時に、少女――ルーシー・マリア・ミソラの手元から火花が発された。
「あうっ!」
直撃こそ避けられたものの、防弾性である車の頑強さが逆に災いした。
銃弾は開け放たれた窓から車の内部に侵入した後、フロントガラスに跳ね返される形で跳弾と化す。
そのうちの一発が観鈴の腹部に鋭く突き刺さっていた。
フロントガラスにぶつかった時点である程度衝撃は弱められている為、即死にまでは至らない。
しかしそれでも皮膚を切り裂き、骨を砕き、鮮血を撒き散らす程度の威力は残っていた。

864一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:38:22 ID:wVtpPgvM0
――るーこ達が民家の中で捜索を行っていた時。
藤林杏らが向かった民家の方角から銃声が聞こえてきた。
るーこ達が銃声に反応し救援に向かおうとしたその時、今度は別の方向から物凄い爆発音がした。
るーこ達は一瞬どうすべきか悩んだが、考えている暇など無いとすぐに気付き玄関に向かう。
そして今度は家のすぐ近くで爆発が巻き起こり、るーこ達もその煽りを受けたのだ。
玄関が庭とは離れた所にあった為まだ損害は軽かったが、一歩間違えば死は免れなかっただろう。
るーこ達にとって先程放たれたダイナマイトは無差別攻撃以外での何物でもなく、その犯人である観鈴はゲームに乗った者と解釈されたのだ。


「……仕留め切れなかったか」
観鈴に攻撃を仕掛けた張本人――ルーシー・マリア・ミソラが、落ち着いた声で口を開く。
すぐにその後ろから彼女の仲間である、春原陽平が姿を表した。
「るーこ、さっきのはあいつの仕業か?」
「ああ。あのうーはダイナマイトを投げようとしていたし、間違いな……?」
そこでるーこの身体がぐらりと揺れ、陽平は慌ててその身体を支えた。
陽平は下に視線を落とした後、目を大きく見開いた。
「お、おい! 大丈夫かよっ!?」
るーこの左足から、赤い血が滴り落ちていた。陽平は素早い動作で、るーこの左足に突き刺さっていた瓦礫の破片を抜き取る。
それからキッと鋭い眼つきで、前方の車を睨みつけた。
「畜生、よくもるーこを! 誰だか知らないけど許せねえっ!」

865一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:39:34 ID:wVtpPgvM0
るーこが弾切れを起こしたH&K SMG‖に銃弾を装填するよりも早く、車は再び走り始める。
その背面に照準を合わせ、るーこが銃を連射したが、銃弾は全て防弾ガラスの前に阻まれた。
陽平が信じられない、といった表情を浮かべる。
「何だよアレ!?」
「く……うーの技術も捨てたものではないな」
るーこは軽く舌打ちした後、毒々しげに吐き捨てる。その間にも車は走り続け、どんどんと加速してゆく。
ライトのおかげで夜天の下でも車を見失う事は無く、遥か遠くで大きくUターンする姿まで見て取れた。
方向転換を終えた車が一直線にこちらへと向かってくる。
るーこはそのフロントガラスに向けて何度もH&K SMG‖を放ったが結果は変わらない。
全ての銃弾は金属音と共に、あっさりと跳ね返されてしまう。
車は速度を落とす所か、逆に加速してどんどん接近してくる。
「ヤベェよこれ……るーこ、一旦引こうっ!」
陽平が動揺の色を隠し切れない声で退避を訴えかける。
しかしるーこはぎゅっと口元を引き締めた後、静かに首を振った。
「無理だ……るーの今の足では到底逃げ切れない」
「そんなっ……!」
陽平はるーこを何としてでも守りたかった。銃弾なら自らの身を盾にして防ぐ事が出来る。
しかしダイナマイトによる広範囲攻撃は防ぎようが無い。
陽平がるーこを庇おうとした所で、二人揃って吹き飛ばされるのがオチだ。
「どうすりゃいいんだ……?」
これと言った打開策が思い浮かばず、陽平の顔が絶望に引き攣ってゆく。
しかしそんな陽平の頬に、るーこの白い手が添えられた。
「るーこ?」
「手はある。るーを……るーの力を信じるんだ。うーへいはるーを信じて、しっかりと支え続けていて欲しい」
あの銃弾の通じぬ鋼鉄の塊にどう立ち向かうのか、陽平には皆目見当も付かない。
しかしるーこは強がりを言うような性格でもないし、何より信頼すべき大切なパートナーだ。
だから陽平は何も聞き返さず、ただ力強く頷いた。

866一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:40:11 ID:wVtpPgvM0
   *     *     *

「往人さん、待っててね……あの人達をやっつけて……往人さんを殺した人も…………やっつけるから……」
息も絶え絶え、といった様子で観鈴が言葉を紡ぐ。
先程るーこの銃撃により受けた跳弾は、観鈴の身体に重大な損傷を与えていた。
ハンドルに巻きつけた服すらも血で真っ赤に濡れており、油断すれば手を滑らせてしまうだろう。
それでも観鈴は決して逃げようとしなかった。大切な人を奪い尽くされたこの世に最早執着は無い。
ならば残された道は一つ。この命を犠牲にしてでも、往人の仇を討つ。
立ち塞がる者は誰であろうとも容赦しない。
この命ある限りは戦い続け、目的を果たしてみせる。
この選択が間違いなのは知っている。往人が生きていれば、確実に自分を叱るだろう。
それが分かっていても観鈴はもう止まれなかった。
それ程までに、今の彼女は憎しみに支配されていた。
敵は、前方に見える民家の庭からこちらを睨んでいる。
何度か発砲してきたけれど、それは全てこの車が防いでくれた。
このまま直進して、民家の横を通過するその瞬間にダイナマイトを投げ込む。
たとえそれで仕留め切れなかったとしても、民家は確実に倒壊するだろう。
遮蔽物さえ無くなってしまえば、逃げ場の失った相手をこの車で轢き殺してしまえば良いのだ。
そこまで考えた時、観鈴は喉の奥から血を吐き出した。
「が……がお……。駄目……だよ……まだゴール…………しちゃ……いけないんだから……」
視界がぐにゃぐにゃと歪む。身体の何箇所は、もう感覚を失っている。
揺れる視界の中、目標の民家がすぐ近くまで迫ってきた。
敵は諦めたのか、もう銃を下ろしている。
観鈴は震える手で何とか窓を開け、ダイナマイトに火を点けた。
残る力を振り絞って、それを投げ込むべく振りかぶる。

867一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:41:01 ID:wVtpPgvM0
「――え?」
瞬間、敵と目が合った。
陽平にしっかりと支えられているるーこが、こちらに向けて銃を構えていた。
敵の狙いは単純明快――攻撃の為に窓を開け、本体が姿を晒したその瞬間を撃つ、というものだ。
それを観鈴が理解した時にはもう、るーこのH&K SMG‖が火を噴いていた。
今度ばかりは身を引くのも間に合わず、観鈴は荒れ狂う銃弾の嵐に巻き込まれていた。
夥しい鮮血が車内に飛び散り、フロントガラスが真っ赤に染まった。
(ゆき……と……さん……)
ダイナマイトを膝の上に取り落とし、観鈴は力無く座席に倒れ伏す。
もう体が殆ど動かない。数秒後にはダイナマイトの爆発に巻き込まれるだろう。
観鈴は自身に死が訪れる事を、認める他無かった。
しかし――憎しみに取り憑かれ、暴走していた観鈴だったが、最後に抱いた念は意外なものだった。
(あの……ひとたち……なかよさ……そうだった……な……)
支えあう陽平とるーこの姿を一目見て、彼らがお互いをどれだけ大切に思っているかが分かってしまった。
それは在りし日の往人と観鈴のようで――羨ましかった。
観鈴はポケットに入れてあった紙人形をしっかりと握り締める。

868一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:41:57 ID:wVtpPgvM0
その瞬間、奇跡かそれとも観鈴が見た幻覚か――紙人形が光を放ち、もうこの世に居ない筈のあの人が姿を表した。
銀色の髪、黒い服、鋭いけれど奥底に優しさを秘めた瞳、それは紛れも無く国崎往人その人のものであった。
「ゆ……きと……さん……?」
「観鈴、よく頑張ったな」
優しい声で、往人が語り掛けてくる。
「がお……でも観鈴ちん……やられ……ちゃったよ……」
観鈴がそう言うと、往人は表情を大きく歪め、悲し気な目になった。
「もう良いんだ。もう殺し合いなんてしなくても良いんだ……!」
往人は倒れ伏して観鈴の体を抱き上げて、優しく両腕で包み込む。
「もう止めてくれ。復讐なんて良いから……いつもの笑顔を見せてくれ……。俺はお前の笑顔さえ見られれば、幸せでいられるんだから……」
愛でるように、ぎゅっと観鈴の体を抱き締める。
その瞬間、動かない筈の観鈴の体が動くようになり、少女は往人の背中に手を回した。
「ああっ……往人さん……往人さあんっ……!」
往人の暖かさを感じながら、ぽろぽろと大粒の涙を零す。
泣きながらも、その顔には信じられないくらい幸せそうな笑みが浮かんでいた。
「ゴール、だよ……」
そこで光が大きく広がり、観鈴の体も意識も、強風を浴びせられた煙のように霧散していった。

869一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:42:36 ID:wVtpPgvM0




――前進を続けていた車は、陽平達の前方30メートル程の所で爆散した。
燃え盛る炎、鼓膜を痛めつける凄まじい爆音。
眩いその閃光は、生命の終わりと共に放たれた、最後の輝きのようであった。
陽平とるーこは肩を並べながら、その光景をじっと見つめていた。
「あの車に乗ってたの……僕達と同じ歳くらいの女の子だったよね……」
「……そうだな」
二人はやりきれない想いで一杯だった。どうして殺し合いなどしなくてはいけないのか。
どうして自分達と同年代の少女に命を狙われ、戦わなくてはならないのか。
日常生活の中で出会えてれば良い友達になれたかも知れないのに……どうして殺さなくてはいけないのか。
どれだけ考えても、答えは出そうに無かった。
「とにかく杏達が心配だ。様子を見に行こう」
杏達が向かった民家の方角より銃声が聞こえてきてから、もうだいぶ経ってしまっている。
間に合うかどうかは分からないが、それでも行かねばならない。
陽平はるーこの体を支えながら、くるりと横を向いて――大きく目を見開いた。
「随分派手にやりあってたじゃないか。 そろそろあたしも混ぜてくれたまへ」
陽平の視線の先には、Remington M870を手にした朝霧麻亜子が立っていた。

   *     *     *

870一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:43:48 ID:wVtpPgvM0
「……まずはあの車の奴が死んだか」
陽平達が麻亜子と対峙しているその頃。
来栖川綾香はすぐ近くにあった畑を区切る、あぜの影に身を潜めていた。
マシンガンは地面に置いて、唯一無事な左腕でレーダーを握り締めている。
左目は視力の大半を失ってしまっているので、右目だけでその画面を覗き込んでいた。
レーダーに衝撃を与え過ぎた影響か、遠くの光点までは映し出せなくなっている。
高速で動き回ってた――あの車の主のものであろう光点は、先の爆音と共に消失した。
それ以来エンジン音も聞こえてこないし、どういう手を使ったかは分からないが、車ごと破壊されたと考えるのが妥当だろう。
この近辺で残る光点は四つ。一つは麻亜子が向かった家のすぐ傍で止まっている。
残る三つ――恐らく、るーこ、陽平、麻亜子のものと思われる光点は一箇所に集中している。
麻亜子は当然として、陽平もるーこも気に食わない。出来れば三人とも自らの手で嬲り殺したい。
だがしかし――綾香はぎゅっと歯を食い縛った。

綾香が土壇場で敢行した、陽平達とあの車の運転手を戦わせるという作戦は、見事に実を結んだ。
車の運転手は死亡したし、きっと陽平達だってダメージを受けただろう。
だが代償はかなり大きかった。木の幹を盾としても爆風を防ぎきる事は叶わず、吹き飛ばされてしまった。
その時の衝撃の所為で綾香の左目は失明寸前まで追い込まれてしまったし、体の節々に新たな痛みも走る。
このような状態で三人を同時に相手するのは危険過ぎる。
勿論今も自分の心は溢れんばかりの憎悪で満ちているが、しかしだからこそ、ここで無茶をしてはいけない。
麻亜子を殺せず、逆に倒されるのだけは絶対に許容出来ない。
ここは耐えて、機会を待って――最高の好機が来たら、一気に勝負を決めるのだ。
「今はあんた達だけで潰し合っときなさい。最後に笑うのは……私よ」

871一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:44:39 ID:wVtpPgvM0
【時間:2日目・20:25】
【場所:g-2右上】

朝霧麻亜子
【所持品1:Remington M870(残弾数4/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:陽平・るーこと対峙、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:H&K SMG‖(17/30)、予備マガジン(30発入り)×3、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状況:麻亜子と対峙、綾香・主催者に対する殺意、左足負傷、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】

春原陽平
【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:麻亜子と対峙、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

藤林杏
 【装備:ワルサー P38(残弾数4/8)、Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品1:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×2(和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【所持品2:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【状態:失意、最終目的は主催者の打倒】

872一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:45:16 ID:wVtpPgvM0
ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中に入れられている】

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
【状態1:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷、疲労、体の節々に痛み】
【状態2:左目失明寸前。陽平達がいる民家の近くにある、あぜの影に身を潜めている】
【目的:付近にいる人間を、手段を問わずに全滅させる。麻亜子とささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

【神尾観鈴】
【状態:死亡】
観月マナ
【状態:死亡】

【備考】
車の荷物、観鈴の荷物は全て大破。
SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式、国語辞典は杏達が捜索していた民家の中に放置。

→782
→787

873貫いた信念:2007/04/04(水) 21:43:11 ID:H0vHhZJk0
急変した来栖川綾香の態度に、場にいる四人の誰もがすぐの反応を取ることができなかった。
その内の一人、吉岡チエが倒れゆく様の現実感の無さに長岡志保は呆然とするしかなかった。

「・・・・・・よっち!?」

渇ききった、自身でも驚くくらいの痛みが喉に走るが、それでも志保は喉を潤すことに優先事項を置かなかった。
すぐ隣、銃声、構えているのは来栖川綾香。倒れた彼女、その腕にはしっかりと青いリボンが握られていて。
咄嗟に手を伸ばすが次の瞬間肩を強い力で引かれ、前に進むことができない志保はそのまま後方へと引きずられた。

「アホッ! 何やってんやっ」

肩を竦ませる、耳元で怒鳴られ放心しかけた志保もはっとなる。
そんな彼女の肩を掴んでいたのは、綾香の危険性をいち早く認識していた保科智子であった。
智子はまだ機敏な動作ができあいであろう志保の手を取り、再び銃を構えてくる綾香から逃げるべくそのまま後方の茂みへと走り出た。
それと共に、耐えることなく連続して響き渡る銃声が綾香の容赦の無さを物語る。
志保を引いていては対策を考えることも出来ず、悪くなる一方の状況に智子も思わず舌を打った。

「逃げられると思うんじゃないわよ、クソがっ!」
「ひぃ!」

動く的に対し照準が上手く合わせられないのか、それは牽制の意味にしかなっていない。それだけが逃げ惑う三人にとっては救いだった。
後ろを振り向く余裕もなく、智子も志保もただただ必死に足を動かし続けていた。
と、その時突然後ろの方で綾香が上げたらしき悲鳴が二人の耳をつく。
思わず振り向いた智子の視界、そこにはブイサインを掲げながら追いついてきた花梨の姿を捉えていた。

「や、やった!」
「・・・・・・でかした、笹森さん! このまま一気に逃げ切るでーっ!」

様子から、花梨が何かやらかしたというのは一目瞭然である。
呻いている綾香が走っているこちらに追いつくのは厳しいであろう、今のうちにと智子は走る速度を上げ綾香との距離を伸ばそうとするのだった。

874貫いた信念:2007/04/04(水) 21:43:52 ID:H0vHhZJk0




「こ、ここまで来ればとりあえずは大丈夫かな・・・・・・」

はぁ、はぁと息を弾ませた花梨が小さく呟く。
木の幹に腰を降ろした彼女の近く、智子も背を低くし綾香含め他の参加者に気づかれないよう気を配った。
志保も、その輪の真ん中にてつられるように座り込む。
こうして静かな落ち着ける場所に辿り着いたことで、おぼろげだった志保の思考回路もやっと回復することができた。
頭の整理ができるようになったということ、しかしそれは彼女につらい現実を見せ付けることにしかならない。

態度を急変させた綾香は、いきなり牙を向いてきた。
そしてその中で失われたのが、吉岡チエの命であり。
彼女が何故このような強行に出たのかという経緯は分からない、しかしその結果に痛む胸を抑える志保の表情は苦渋に満ちていた。

「笹森さん、あんた来栖川さんに何したん?」
「ん、あーえっと・・・・・・ちょっと危ないかもって思ったんだけど、もうこっちがピンチだったからさ。警棒を、こうね」

志保の様子に気づかないのか、智子は先ほどの花梨の武勇伝に耳をすましていた。
振りかぶるアクション、それが物語る花梨の行為にしてやったりといった感じで、二人は顔を見合わせほくそ笑む。
志保を置いたまま、二人はしばらくそんな話で盛り上がっていた。

「うーん、でも上手い具合に顔に当てちゃったから・・・・・・傷ができたら可哀想かな」
「そんなこと言ってる余裕はなかったんや、それぐらいは自業自得と思ってもらわんと」
「そだね。ああ、でもこれであたしの持ち物は貝殻だけに・・・・・・って、え、長岡さん?」

ようやくと、言えばいいのだろうか。二人の視線が志保へと向けられた。
それと共ににこやかな空気は瞬時に掻き消える、智子も花梨も表情を改め彼女をじっと見つめた。
志保はただ唇を噛み締め、拳を握り締め、そして肩を震わせながら堪えるように地面を睨んでいた。
智子も花梨もかける言葉が見つからないのか俯くことしかできず、そんな中沈黙はしばらく続くことになる。

875貫いた信念:2007/04/04(水) 21:44:27 ID:H0vHhZJk0
逆に言えば、しばらくしか続かなかった。
足音が、草木を踏みつける微かなそれが三人の聴覚に一斉に伝わったのだ。
慌てて気配を潜めようとする三人、しかし嫌な予感ほど当たりやすいと言ったもので。
距離的にはまだまだある、しかし流れる黒髪がチラチラと視界に入ることから近づいてきた人物は彼女しかいなかった。

(くそっ、逃げ切れんかったんか・・・・・・っ)

智子の眉間に皺がよる、まともな武器がないのに相手が拳銃では全く勝ち目は望めないだろう。
いざという時のため、それでも装備をしておいた方がマシだろうと思い智子は自身の支給物である捕縛用ネット専用バズーカーを取り出した。
しかしネット弾の残弾が二発しかないという頼りなさに、思わず苛立つ気持ちも込み上がってくる。
そんな時だった。

「ごめん、保科さん。先行ってくれる?」

ぼそっとした小さな呟きを捉え、智子は声の主・・・・・・志保へと、視線を合わせる。
その表情には先ほどまでの憤りを耐え続けた色は全くなく、きりっと前を見据える瞳には意志の強さも伺えるようだった。
思わず絶句する智子、しかしそんな彼女の様子を気にすることもなく志保は言葉を続けてくる。

「逃げてってこと。あたしが足止めしてみる」
「あ、アホ抜かせ! そんなん無茶やろ」
「無茶でも何でもいいのよ、いいから私に任せて行っちゃって。ここじゃあ見つかるのも時間の問題だわ」

確かに、綾香の足取りは間違いなくこちらを経由する道のりを手繰っていた。
しかしそれとこれとは別である、智子からしても志保を犠牲にしてまで逃げ延びようと考えられる訳はなかった。
そう、彼女が次の言葉を吐くまでは。

「・・・・・・あのさ、あたしこれで二回目なのよ。もうこれ以上、自分のせいで誰かが死ぬ姿見るなんて真っ平なのよっ」

その言葉が、先ほど涙しながら打ち明けられた話に繋がると言うことを、頭の良い智子が気づかないはずがない。
だから、志保の台詞に対し。智子は、それ以上何も返せなかった。

876貫いた信念:2007/04/04(水) 21:45:06 ID:H0vHhZJk0
「ううん・・・・・・それ以前に。今度は、自分で後始末くらいはしなくっちゃ」

すくっと立ち上がる志保、最後のは自分に言い聞かせたものだったのだろう。
もう今の彼女は、隣にいる智子も花梨も視野には入れていなかった。

「長岡さん!」

智子が叫んだ時には、既に志保は駆け出していた。
デイバックから取り出したナイフを利き手に握り締め、まだこちらに気がついていない綾香へと向かい猛然と走りこんだ。

(住井君、悪いけど力を貸してくれるとありがたいわよ・・・・・・っ)

それは、志保が生前の住井護から譲り受けた投げナイフだった。
護身のためにと自らの支給品を分けて合った護と志保は、間違いなく仲間であり、かけがえのない絆を持っていた。

そんな護を、自身の不注意により失った志保。
そして、今度はチエさえも。
知り合いだからと気軽に声をかけたせいで、綾香という人殺しと接触する機会を作ってしまったということ。
そのせいで智子や花梨まで命の危機を脅かされているということ。
・・・・・・ケアレスミス、それらは全て志保が要因となって起こった事象だった。

時間は巻き戻すことなどできない、しかし志保が取り返しのないことをしてしまったのもまた事実。
だから、志保は蹴りをつけようとした。自身の手で。
カバーをしてくれた柏木耕一と川澄舞の二人はいない、いや、本当は山頂の件も二人に任せず志保が何とかいけないことであっただろう。
それが、彼女の責任だった。

そして今、その償いの時をする機会が現れたのだと。志保は、そう思うことにした。

「やってやるわよ、覚悟しなさい・・・・・・来栖川綾香ぁっ!」

877貫いた信念:2007/04/04(水) 21:45:47 ID:H0vHhZJk0
叫ぶ、それと共に静かな森に響いた木々のはせる物音により、綾香もこちらに瞬時に反応することができたようだった。
遠慮なく引かれるS&Wの轟音に対する恐怖心は隠せない、しかしそれでも志保は走ることを止めようとはしなかった。
綾香が引き金を引こうとすると同時に、足を動かしたまま志保もナイフを振りかぶる。
しかし速さでは綾香の方が圧倒的に有利である、放たれた銃弾はしっかりと志保の腰部分を貫いた。

「・・・・・・くっ!」

斜め前に跳ぶことで致命傷を避けること自体はできたが、それが原因となり志保の姿勢は著しく崩れることになる。
綾香も距離を詰め、正確な狙いを改めてとった上で改めてS&Wの引き金を引いてきた。
声は漏れずとも、焼き付くような痛みが肩に広がることで志保はダメージを判断するしかなかい。
さらに一発二発と撃ち込まれ、勢いの削がれたスピードのまま志保は膝をついてしまった。
手にしていたナイフも、いつの間にか取り落としてしまっている。

「あ・・・・・・ぐっ・・・・・・」
「武装の差は最初から分かってたことでしょ。・・・・・・無様ね」

余裕の笑みを湛えながらも、近寄ってくる綾香の姿。
・・・・・・しかし待った、志保はチャンスを待ち続けた。
勝利を確信した彼女なら、すぐに止めを刺さずこちらをいたぶってから殺そうとするに違いないとはずだと、そう思って待ち続けた。

「かっこつけようとしてんじゃないわよ、何、自己犠牲で仲間を救おうとするなんて反吐が出るわ・・・・・・」
「っ!!」

また銃声が鳴る、今度は志保の健康的な太股が赤く染められてしまった。
痛々しい傷跡が視界に入り思わず嘔吐感に襲われるものの、志保はなんとか堪えてそのまま機会を窺い続けた。

「どうせあんたも肝心な所で裏切られるわよ、どうせこの島の人間なんかほとんどが赤の他人なんだから。
 そうよ、そんな奴生かしておけるもんか、死ぬがいいわ弱さを憎みなさい、運を憎みなさい。
 私だってずっと憎み続けているもの、だから憎みなさい、それで・・・・・・」
「寂しい、人ね・・・・・・」
「っ、何よ?」

878貫いた信念:2007/04/04(水) 21:46:33 ID:H0vHhZJk0
綾香の呪詛を途中で止め、志保はしっかりと彼女を睨みつけながら言い放った。

「全部がっ、全部、悪い人間だって・・・・・・決め付ける、ことの方がっ、反吐が出るっつーのよ・・・・・・」
「まだ、そんな口聞ける余力が残ってたの? 中々の根性ね」
「うっさい、はぁ・・・・・・なか、まに恵まれなかったのはっ、残念・・・・・・だったわね、でも・・・・・・」

息継ぎをしながらの志保の台詞は聞きづらいものであったが、それでもそこには彼女の信念が詰まっていた。

「あたし等、は、こんな、短い間でも、信じられる大切な・・・・・・大切な、仲間ができたんだからああぁぁ!!」

瞬間、綾香の頬を裂く何かが志保の手から放たれた。
投げナイフ、もう一本あったそれを綾香の顔面に狙いをつけていたようだが、惜しくも掠れるだけで致命傷を与えることは叶わなかった。
しかし、それで何とか一本の糸にて繋がれていた綾香の堪忍袋の緒は、あっという間に断ち切られたことになる。

「なめんじゃ・・・・・・ないわよおぉ!!」

怒声、少女のものとは思えない凄みのそれが、志保が最期に耳にした音だった。





再び静けさが戻った森、そこで綾香は一人地団太を踏んでいた。

「クソがっ! この、この・・・・・・っ!!」

最後の最後でコケにされていたというのが、彼女のプライドを傷つけた。
踏みしめる、すっかり土で汚れてしまった彼女の靴は、そのまま今度は息絶えてしまった志保の体をターゲットに捉えた。

「クソが、クソが! 弱者が私に意見してんじゃないわよ、このっこのっ!!」

879貫いた信念:2007/04/04(水) 21:47:14 ID:H0vHhZJk0
いつしか綾香は、このぐにゃっ、ぐにゃっと足の裏に伝わる柔らかさに快感を覚えていた。
そして、踏みつける度に滑稽なダンスを披露する志保の体が、堪らなく面白く感じるようになっていた。

「きゃはっ! あはっ、このっこのっ」
「・・・・・・ええ加減に、せえよ」

夢中だった、だから彼女の接近にも綾香は気がつかなかった。
ぴたりと振り下ろしていた足を止め、綾香は声の出所を探ろうとする。
しかし顔を向けた瞬間、何かが張りつく感覚を得て綾香はそのまま尻餅をついてしまった。
何が起きたか、慌てて立ち上がろうとするものの邪魔をするものがある。
ネット。運動会の障害物競走などで味わうそれが、今綾香を閉じ込め彼女の身動きを封じていた。

「・・・・・・今の私等に、あんたを仕留められる武器はあらへんけど。ここに来て、初めて人を殺したいって思ったわ」

前方から人影が現れ、慌てて目を凝らす綾香。
暗闇の中から現れたのはバズーカーを手にした智子と、目に零れてしまいそうなほどの涙を湛えた花梨だった。

「間に合わへん、かったか」
「長岡さん・・・・・・」

バズーカーにネット弾を装着している間に、二人の攻防は終局してしまっていたということ。
その事実が、二人の心を影を落とす。

「こんなんやったら、形振り構わず援護に来るべきやったわ・・・・・・」

苦虫を噛み潰したような歪んだ表情の智子、花梨は見ていられないといった風に顔を覆って泣き出してしまっている。
そんな二人を、綾香はぼーっと見つめていた。
悔しそうな智子の様子も涙する花梨の姿も、綾香にとっては全て遠くの光景のように思えるものだった。
そう、それはまるで綾香の生きる場所とは全く違う世界。
しかし、かつては綾香のいた世界。
綾香も涙した、悔しさで心を痛めた世界。そこは『奪われた者』しか味わうことのない痛みが充満した、悲しい空気に満ちていた。

880貫いた信念:2007/04/04(水) 21:47:54 ID:H0vHhZJk0
・・・・・・奪う側に回った綾香が、今更何を言えた義理ではなかった。
しかし彼女とて最初は巳間晴香を奪われたのだ、残された者の痛みを理解できないわけではない。
ある種の葛藤が込み上げるが、ここで屈する訳にはいかないと綾香も自分に言い聞かせる。

「・・・・・・どうせ、最後は一人になるんだからいいじゃない」

ぽそりと。本心とはまた違うが、それでも自分で決めた道を進むには綾香はこう言わなければいけなかった。

「そのために躊躇して何になるのよ、全員殺してでも生きたいって思わなくちゃ残れる訳ないじゃない」

殺し合いに乗った、今更引き下がるわけにはいかない、そして・・・・・・必ず、奪わなければいけない命があるということが綾香の背に重く圧し掛かる。
智子にも花梨にも、そんな彼女の心が届くことはなかっただろう、二人は無言で去っていった。
綾香に止めを刺すこともなく、憤りだけを胸に抱き。

場に残されたのは捕獲ネットにかかった綾香と、土ぼこりにまみれた志保であった少女の遺体のみであった。
高ぶった精神は既に冷静さを取り戻していて、綾香には自分で起こした現状を受け入れなければいけないという苦悩に襲われる。
・・・・・・これで、綾香が手にかけた人間は四人。うち、知り合いは二人。

「大丈夫、もっと殺せば・・・・・・きっと何も感じなくなるわ」

流れる涙はもうないけれど。
痛む胸をどうすることもできないけれど。
それでも、綾香は前に進むしかなかった。
朝霧麻亜子を殺すために・・・・・・そして、自分を罠に嵌めた新しいターゲット、『春原陽平』を殺すために。

しかしその中で、綾香は新たな恐怖心に襲われることになる。
夢中で殺した、たった今止めを刺したこの少女の命を奪おうとしていた自分の欠損し過ぎている理性が。
熱くなっていたとはいえ、こうまでも残忍なことができたということが。
・・・・・・最後、亡者を弄ぶことで快感さえも生み出していた自身が。
綾香は、恐ろしくて仕方が無かった。

881貫いた信念:2007/04/04(水) 21:49:00 ID:H0vHhZJk0




無言が場を包む、そこはかつて志保達四人が彼女を見送った場所だった。
見送られた本人、川澄舞は目の前で横になったまま身動きを取らない少女のことを、呆然と見やっていた。

「・・・・・・よっち?」

白い顔、真っ赤なかつては黄色だったセーターと同じ赤が、地面の土にも染みこまれている。
よろよろと震える足で、舞はゆっくりとチエへの元へと近づいた。

「嘘だろ・・・・・・」

後方、柏木耕一もまさかの場面に気が動転してしまっている。
舞から聞いた話では、チエ達二人は志保の知り合いの元で保護されているはずだった。
しかし、二人が辿り着いた矢先に入った光景が、このチエの変わり果てた姿であり。

「そうだ、長岡さん!」

思い出したように叫ぶ、耕一は脇目も振らず志保の名前を呼び続けた。

「長岡さん、長岡さん! どこだよ、返事してくれよ、長岡・・・・・・」

四方八方、茂みの中を探し出す耕一。しかし、舞はそんな彼を置いたまま、ただじっとチエを見つめていた。
ぺたんと座り込み、まるで眠っているかのようなチエの頬に手を添える舞。
少し冷えてはいるが、それでもそこにはまだ温もりと呼べるものが残っていた。
視線を全身に這わす、すると何か大事そうに握り締めているチエの手が舞の視界に入る。
それは。

882貫いた信念:2007/04/04(水) 21:49:38 ID:H0vHhZJk0
「よっち・・・・・・」

別れる前に、舞が託した彼女のリボンだった。
どうしてチエが死んだのか舞が分かるはずもない、表情には浮かばないが舞の心は焦燥感で埋め尽くされていた。
ショックは体にも影響を及ぼしだす、頭がぐらぐらしだし頭痛とはまた違う感覚が突如舞を襲いだした。

「・・・・・・っ!」

受け入れがたい現実からくる不安、舞は縋りたい気持ちで徐に耕一の姿を探そうとする。
しかし舞は気づいていないが、今耕一は志保の姿を探しにこの場から離れていた。
つまり、どれだけ舞が求めようとも、耕一が彼女の元へと走りよってくることはないのだ。

「耕一、耕一・・・・・・」

呟きは暗い闇の中へと瞬時に掻き消えてしまう、舞の思いは届かない。
そんな時だった、一際強い衝撃が舞の頭の中を走り抜けたのは。
思わず目を瞑る舞、その瞼の裏に映し出される光景、何故か明確な映像がいきなり舞の中に流れ込んで来る。

それは、まだ舞と二人だけで牛丼を食べていた時のこと。
今では懐かしい思い出、しかし舞の知る『あの時間』ではなかった。



――倒れゆく、チエの姿

――女が手にしているのは、血の滴るバタフライナイフ

――挑発、女の顔は自信に満ちていた

883貫いた信念:2007/04/04(水) 21:50:25 ID:H0vHhZJk0
――そして。真っ赤な長い髪を揺らしながら、女は向かってくる



(誰に・・・・・・私に?)

生まれる疑問、しかしその問いに答えられる要素は舞の中に存在しない。
そして、そんな中途半端なシーンで映像はいきなり途切れるのだった。
目を開ける、先ほどと同じような月の光しか届かない暗い森が舞の視界に飛び込んでくる。
隣にはチエの死体、そう、そこは何も変わらない風景だった。

「今の、な・・・・・・に・・・・・・」

疑問は増すばかり、そのうち考えること自体を舞の体は拒否しだす。
おぼろげになっていく意識、霞む視界、頭がぐらぐらとした感覚は今もまだ連続的に襲ってくる。
舞が意識を失ったのは、それからすぐであった。





その頃耕一も、受け入れがたい現実に襲われ涙していた。
土に汚れた志保の体にはいくつもの銃痕があった、明るくはしゃぎ回った彼女の面影は皆無である。
すぐちかくには、ナイフか何かで裂かれた跡のあるネットが丸まっていた。
・・・・・・志保の身に何が起きたか、耕一が知る術はない。

初めて出会った時、変態扱いされ困ったのが懐かしかった。
後輩の子というのに襲われている彼女を助け、一緒に行動を取るようになったのも随分昔の事に思えた。

884貫いた信念:2007/04/04(水) 21:50:58 ID:H0vHhZJk0
そして、一緒に牛丼を食べたあの微笑ましい、和やかな時間が今では嘘のように幸せに思え。
ただただ、悲しみが耕一の中を満たしていく。

結局、あの五人の中で残ったのは舞と耕一だけであった。







【時間:2日目午前4時半】
【場所:E−5北部】

来栖川綾香
【所持品:S&W M1076 残弾数(0/6)予備弾丸22・防弾チョッキ・特殊警棒・投げナイフ×1・支給品一式】
【状態:ゲームに乗る、疑心暗鬼気味、腕を軽症(治療済み)。
    麻亜子とそれに関連する人物の殺害、『春原陽平(北川が名乗った偽名)』の殺害】

保科智子
【所持品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、支給品一式】
【状態:逃亡】

笹森花梨
【所持品:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)】
【状態:逃亡】

885貫いた信念:2007/04/04(水) 21:51:37 ID:H0vHhZJk0
柏木耕一
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(1/8)・500S&Wマグナム(残弾数0)・大きなハンマー・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:号泣、誰も殺さない、右腕軽症、柏木姉妹を探す】

川澄舞
【所持品:日本刀・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:気絶、誰も殺さない、祐一と佐祐理を探す】
【備考:髪を下ろしている】

長岡志保 死亡

チエの支給品はチエの死体傍に放置、
そこから少し離れた場所に、志保の遺体と支給品(新聞紙、他支給品一式)、投げナイフが放置されている

(関連・133・677・727)(B−4ルート)

886あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:32:53 ID:PMXO2Cjg0
――――――――本当はあの子と出会うのが怖かった…。



第三回定時放送より数十分、鎌石村のB-3民家ではそれぞれが悲しみに包まれ思い思いの時を過していた
北川潤と広瀬真希は夕食を作るために台所に古河親子と岡崎朋也とみちるは居間に。

(なんでみちるは生きてるんだろ…美凪はもういないのに…。)
居間の床に座っているみちるは目の焦点が定まらぬまま思考を張り巡らしていた
横に座っている岡崎朋也はどうすれば良いのか解らずただみちるを見つめることしか出来なかった。
遠野美凪が死んでしまえば自分は存在するはずが無い、しかし今自分が存在している
一体何のために自分は存在しているのか、誰のために存在しているのか…みちるには理由が解らなかった。
「……うにっ!」
みちるは一通り悩んだ末に結論はでなかった、
待っていても何も解らないとにかく自分が動くことが先決だ
…そう思い意を決してキッチンの方へと乗り込んでいく、この島で美凪が最初から最後まで一緒にいた二人の処に…。
(俺は…何をしているんだ…今までみちるのことを考えたことはあったのかよ…。)
キッチンの方へ走っていくみちるを見て朋也は呆然とし何も出来ない自分に無力を感じた、
(朋也くん…。)
落ちこむ朋也を見て渚はどうすれば良いのか解らなかった。

887あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:33:52 ID:PMXO2Cjg0
台所では割烹着の北川潤と広瀬真希が晩御飯を作っていた
幸いにも冷蔵庫の中には食材が一通り揃っており、窓の外にはみかん等を入れる赤いネットの中にタマネギが吊るしてあった。
道具にしても通販で流れている、万能包丁やフードミキサー、真空パック調理器等至れりつくせりだった。
ガスコンロの前では真希がテーブルの前では北川がそれぞれの作業をしてる

「……あたし達って、なにやってるんだろうね。」
真希は落ち込んでいた、無事にみちるに合えたしこうして美凪の願いであるハンバーグも作っている、事は順調に進んでいる…しかし何かが違う
真希は両の手でハンバーグの種をキャッチボールして空気抜きをし、
コンロでグツグツと何かを煮ている鍋の中を見ながら自分の相方である北川に話を切り出す
「う〜ん、そうだなぁ。」
不安になる真希の問いに北川は適当に相槌を打ちながら味噌汁の煮干のハラワタと頭を取り除く作業をしている
伝え方にも色んな方法がある、果たして真希にどう伝えて良いものかと脳内で検索している模様だ

真希が何を言いたいことは解るつもりだ、一日と少しの付き合いとは言え真希と美凪との付き合いは数年来の付き合いと代わらないものだった
何処かの誰かが【思い出に時間は関係ないです】と言った時の様に…。
「何かが違う…それにこんな所でこんな事していていいのかってことだろ?」
北川は料理の下準備の作業を止めず真希の問いかけに的確に答える、彼の持っている中鍋の中には昆布と煮干が少しづつ増えていく。
「うん……こんな所で御飯なんか作ってていいのかな…もっとみちるに色々と話さないと…。」
不安になり落ちこむ真希、まだみちるに美凪の事を謝ってもいない…
島での付き合いが長い北川だから解る事だが、普段は勝気だが真希はとても臆病である、心なしか真希は泣きそうだと北川は思う、
これは真希がこの島で合う前からの知り合いにも見せた事も無い言わば北川と美凪だけが知っている真希のもう一つの顔だった。

888あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:35:35 ID:PMXO2Cjg0
真希のもう一つの顔を知っているが故、北川はそっと手と昆布と煮干が入った中鍋を差し出しニッカリと笑みを見せて真希を励ます、
「そんな顔で色々と話してもしかたないだろ?お前がそんな感じだと美凪も悲しむし…みちるも落ちこむ、もちろんオレもだ。」
北川の顔を見て真希は元気を取り戻す、真希から見た北川は普段は頼りなく軽く見がちだが
彼は恐怖に立ち向かう決断力と行動力を持っている,柊勝平の時も、ことみの首輪が鳴り出した時も…。
【自分達にしか出来ないことをする】この北川のスタンスは依然に変わらなかった、それが真希が北川の魅力だと思った
そして北川の励ましに真希は応える、同じように白い歯を見せニッカリと笑みを返す真希
「そうね、とにかく料理作っちゃおう!!」
そう言って真希はハンバーグ種をバットに置いて、
煮上がった付け合せの茹でたジャガイモとラディシュとえんどう豆の湯切りをする

北川は真希の笑みを見て安心する、しかし真希への励ましとは裏腹に彼の心の中は不安だった…。
(次の手を打たないとな……。)
みちるが何をどう考えているのか解らない…それが北川の不安だった。
岡崎朋也と古河親子に対して自分達の今までの経緯を説明している最中に放送が始まった…これが問題だった。
その後に済崩し的に台所へ向かった自分と真希…事実みちるに対して説明責任も謝りの言葉も伝えてはいないからだ…。
(オレはともかく…真希だけは…。)
臆病な真希、彼女の心を護りたい…これは自分にしか出来ないことだ、かけがえの無い大切な人…北川はそう思う
そんな北川の不安を他所に自分達の居る台所に向かって足音がトコトコトコと近づいてくる、勿論真希も気が付いている
歩幅は短く早足…狭い日本家屋の構造上大人は走れない…どう考えても子供の足音――――みちるだ。
不慮の事態は突然遣って来る――――消防署の時も、ホテル跡の時も、工場の時も………美凪も殺された時も。
(……成る様に成れってかよ。)
みちるとの対面の段取りを整え切れなかった事に焦りを感じる、最悪の事態は避けたい…それが北川の本音だった。

889あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:36:29 ID:PMXO2Cjg0



「みちるちゃん、どうしたの?」
後ろを振り返った真希は台所の入り口にちょこんと立ってるみちるに問いかける
先ほどの放送と美凪の手前もあり真希は遠慮がちだった、対するみちるも多少なりともオドオドとしているように見えた。
「ごめんね…夕御飯もう少し時間がかかるから、もうちょっと待っててね。」
どう考えても拙くぎこちない会話、真希は何を如何話せばいいのか解らない…頭の中は真っ白と言うよりもグルグルと色んな事が回っていた。
いつもの彼女なら数時間前に七瀬彰の死体を見つけた時のように北川の行動を見て合わせるところだがそんな事も忘れている
一方の北川もいつもとは違い真希が会話の流れを先行してしまったので対処に追われている。
そんな二人を余所にみちるは口を開ける…。
「ねえ…おねえちゃん達…。」
おずおずと真希に近づいてくるみちる…二人にはどんな表情か読み取れなかった…。
真希は一旦作業を止めみちるに向き合う、どちらにせよ自分が臆している所をみちるに悟られるわけにはいかない。
「なあに…みちるちゃん…?」
自分の出しているたどたどしい口調を不甲斐なく感じる真希

(ちゃんとしなさいよあたし!こんなのいつものあたしじゃ無いでしょう!!こんなの美凪と出合った時と同じじゃない!!)
ゲーム当初の時の事を振り返る真希

―――この島に連れてこられ一方的に殺し合いを強制され全速力で逃げたあの頃…。

―――あの時に鎌石小中学校の通り道で美凪に出会えなければ…。

―――そして、鎌石村消防署で潤と出会えなかったら…。

ホテル跡で…平瀬村で多くの人たちと出会えなければ自分はここまで来れなかっただろう、
勇気が欲しかった…みんなと同じような踏み出す勇気を…。拳をギュッと握る真希

彼女に出会うのが真希は怖かった………怨み言を謂われても仕方が無いと思いつつも怖かった
出合った頃の美凪が楽しそうに嬉しそうに話していたあの子――――――みちる
想像するだけで怖かった…小さいあの子の口から呪詛の言霊が放たれるのが…。

そして向き合うふたり…北川は手が出せない

…先に口を開いたのは真希よりもみちるだった…。

890あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:37:42 ID:PMXO2Cjg0
「あのね………夕御飯、みちるもいっしょに作っていい?」
真希はみちるの一声を聞いたあとに小粒の涙を流す、鎌石村消防署で美凪と御飯を作った時のことを思い出す…
(なにを勘繰りしてるんだろ…あたし、みちるが…この子がそんな事を考えるはずないじゃない…。)
ポロポロと瞳から涙がこぼれ出る真希、自分のあたまの中で勝手にみちるを悪い方向へ考えていた自分を恥じる。
「大丈夫…?おねえちゃん、涙流してるよ…。」
涙を流している真希を心配するみちる、こうしてる間にも周りの空気は湿っぽくなっていく一方だった
(駄目よ!あたし…こんなので如何するの!やっと出会えたんじゃない。)
涙を拭いて自分を鼓舞し頭を切り替える真希、涙といっしょに臆病な心も拭き取る、そして少ししゃがんで身長差をみちると同じにしてに話しかける
「大丈夫よありがとうね、たまねぎの汁が目に入っただけだから。」
「にょわっ、そうだったのか、たまねぎめ〜!!」
バレバレの嘘で誤魔化して笑顔でみちるに語りかける真希、みちるも会話を続けるために真希に合わせていた。
「じゃあ手を洗おうか、でも服が汚れちゃうわね。」
「張り切って手伝うぞ〜!!」
水道の蛇口前までみちるを招く真希、空かさず、みちるのために椅子を持ってきて台座代わりにする
みちるが手を洗ってる間に真希はみちるの長い髪の毛を美凪の頭巾で纏める
そして割烹着を一枚脱いでみちるに着せる、かなりブカブカだったがその辺は腕まくりさせたりしていた。

(やれやれ…オレの出る幕は無いな・・・。)
そのやり取りを微笑ましく見ている北川、みちるに対して怖かったのは真希だけでは無い
真希と同じく北川は自分を恥じていた―――何でもかんでも自分がやればいいと思っていた事に
美凪が死んで取り乱した時の事を思い出す、あの時支えてくれたのは真希だった、―――お互いが支えあって行けることがとても嬉しかった
(大丈夫…真希は強くなった。)
そんな事を思いつつも、真希に対して特別な感情を持っている自分に気付く北川…。
時には落ち込んで、時には泣いて、笑って、怒って、喜んで、そんな真希の表情が一つ一つがとても愛しいと思った。
(真希はオレの事どう思ってるんだろ…。)
ふと疑問に感じる北川…すると!!


「ちょっと、家政夫!!いつまで手を休めてるの!!しっかり働きなさい!!!」
北川が呆けている間に、威勢の良い御姑さんの声が台所に響きわたるハッと気が付く北川
「い〜い?みちる…こいつはあたし達の家政夫だからね、ガシガシこき使っちゃいなさい♪」
「マキマキの家政夫、よろしくな〜!」
いつの間にか意気投合してる真希とみちる、いつの間にか真希はみちるを呼び捨てにしてみちるは真希をニックネームで呼んでる…
「ハイハイッ、久々にこのパターンかよっ!!」
そんな事を言いつつも、美凪といっしょにいた時も今にしてもこの三人の遣り取りが嫌いでは無かった。
「ハイは一回にしなさい…潤!!」
「そ〜だぞ!きたがわぁ〜!!!」
「はいっ!!」
とても微笑ましい光景だった。

891あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:38:54 ID:PMXO2Cjg0
何だかんだで楽しく料理をする三人、時間は少しずつ過ぎていった…。
真希は隣でハンバーグの空気抜きをしているみちるを見る、
みちるは最初は悪戦苦闘しながらキャッチボールをしていたが作業を重ねるにつれ、それなりに様にはなっていった…。
いつの間にか北川は台所からいなくなっていた、どうやら真希に気を利かせたみたいだ…台所は真希とみちるのふたりだけだった。
「…みちる。」
真希がみちるの名前を呼ぶ
「なあに真希。」
真希は一旦ハンバーグの空気抜きの作業を止めて、みちるの方を向く…みちるにこれだけは伝えておかないといけないからだ
みちるも一旦作業をやめて真希の方を向く、
「あたしも潤も…みちるに言わなければ成らない事があるの…聞いてくれる…?」
「…うん。」
真希は美凪のことを謝らなければならなかった、そのためにここまで来たのだから。
でもみちるに会って台所で一緒に料理を作ってる間に真希はみちるに対して色々と心が変わっていた。
だから伝えるべき言葉も代わっていた…謝罪の言葉から…。
「ありがとう」
みちるは真希の言葉を笑顔で返した。

892あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 01:39:44 ID:PMXO2Cjg0
時間:二日目・17:00】
【場所:B-3民家】

北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
 【状況:真希を手伝う。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:ハンバーグ作成中。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)他支給品一式】
 【状況:ハンバーグ作成中】



古河秋生
 【所持品:S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:情報を整理中、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流】
古河渚
 【所持品:包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:情報を整理中、朋也が心配、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
岡崎朋也
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:混乱。マーダーへの激しい憎悪、全身に痛み(治療済み)。最優先目標は渚を守る事】


備考
みちるに美凪の割烹着を渡しました。

関連
→778

893あのころと同じ光景:2007/04/05(木) 02:36:21 ID:PMXO2Cjg0
訂正お願いします
 
時間:二日目・17:00】
【場所:B-3民家】
   ↓
時間:二日目・19:00】
【場所:B-3民家】


感想スレ・避難場の356さん指摘ありがとうございます。

894女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:07:03 ID:s.8up3JE0
倉田佐祐理は、最早帰らぬ人となった藤井冬弥の亡骸に縋りつく七瀬留美を、眺め下ろしていた。
「うう……うううっ……」
留美の目からは大粒の涙がぼろぼろと零れている。
一度別れて以来、冬弥を捜し求めてきた。何回か死にそうな目にあったけど――それでも、再び逢えたのに。
初めて実った恋の余りにも早すぎる崩壊に、留美は酷く打ちのめされていた。
「どうしてよぉ……やっと……分かり合えたのに…………」
その悲痛に過ぎる嗚咽を聞き、佐祐理は胸が張り裂けそうな感覚に襲われた。
慰めてあげたかった。自分と同じく、目の前で大切な人を失ったこの少女を。
ずっと冬弥の遺骸の傍にいさせてあげたかった。せめて、泣き止むまでは。
それでも佐祐理は告げなければならない。非情な現実を。
「七瀬さん」
「…………何?」
留美が止め処も無く溢れる涙を拭おうともしないまま、視線をこちらに向ける。
佐祐理は覚悟を決める為に、一度だけ大きく深呼吸をした。
柳川は最強の敵にたった一人で立ち向かい、離れ離れになってしまった。
ここで留美に言葉を伝えられるのは自分しかいない。
ならばどれだけ疎まれようとも、心を鬼にして自分の役目を果たさねばならない。
この場で柳川ならどうするか――深い悲しみを乗り越えた、今なら分かる。
「私達は氷川村で何人かに、全てを話してしまいました。つまりリサさん達も、教会で行われている事に関する情報を、入手している可能性があります。
 事態は一刻を争います――もう、行きましょう。……泣いている時間なんてありません」
冷酷な宣告。確かに時間的な余裕は皆無と言って良いだろう。
何としてでもリサ達より先に教会へ辿り着き、仲間に危険を知らせねばならない。
しかしそれでも、留美の行為は本来咎められるようなものでは無い。
大切な者を失った人間が悲しみに暮れるのは当たり前であり、かつて佐祐理自身だって行った事だ。
だが佐祐理はそれを完全に否定した。ただ目的を果たす為だけに、少女の涙を否定した。
「…………?」
留美には分からなかった。今自分に浴びせられた言葉は、どのようなものだったのか。
呆然としたまま固まり――言葉の意味を理解した瞬間、佐祐理の胸倉を掴み上げていた。
「ふざけないで! 人事だと思って!」
激しい怒りで理性が消し飛び、脳内が真っ赤に埋め尽くされる。

895女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:08:11 ID:s.8up3JE0
――この女は何を言っているのだ?自分だって、冬弥に助けられた癖に。
冬弥が身を挺して行動してくれなければ、きっと一人残らず宮沢有紀寧に殺されてしまっていたのに。
その命の恩人たる冬弥の死に対して、事もあろうか涙を流す時間すらも無い、だと?

「……もう一度だけ聞いてあげる。本気でそんな事を言ってるの? そうじゃないわよね?
 ちょっと冗談を言ってみたくなっただけだよね?」
沸き上がる感情をぎりぎりの所で抑えながら、どうにかそれだけを口にする。
佐祐理は大切な仲間だ。出来る事ならば――憎悪の対象にはなって欲しくない。
しかし留美の願いも虚しく、佐祐理は縦に、首を振った。
「冗談なんかでこんな事言える訳がありません。理解出来なかったのなら何度でも言ってあげます。
 こんな所でこれ以上泣いてる暇は無いんです、早く出発しま……」
「――――!!」
最後まで聞いてなどいられなかった。
留美はもう憤怒の炎に抗おうとはせず、佐祐理の頬を張り飛ばしていた。
「あっ……!」
男勝りの膂力をモロに受けて、佐祐理はどすんと地面に尻餅をついた。
留美がわなわなと肩を震わせながら、大きな怒声を上げる。
「よくも……よくも、そんなふざけた台詞を吐けるわねっ! あんたは悲しくないのっ!?
 そりゃ佐祐理と藤井さんは、殆ど面識が無かったかもしれないけど……。でも藤井さんは、命掛けで私達を助けてくれたじゃない!
 それなのに、涙も流さず! 埋葬もしてあげないで! 藤井さんの事なんか忘れて、とっとと先に進めって言うの!?」
その言葉を聞いた瞬間、佐祐理の眉が吊り上り、口元がぎゅっと引き締められた。
怒りの表情を浮かべたまま佐祐理は立ち上がり、つかつかと留美に歩み寄り、そして――

896女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:08:49 ID:s.8up3JE0
「…………な?」
パチンッ、という軽い音が薄暗い森の中に響き渡る。
佐祐理は初めて人に――それも女性に、手を上げていた。
「ふざけているのはそっちです! 悲しくない訳がありません! 忘れろなんて言ってません!」
「だったらどうして! 藤井さんを放って行くなんて言うのよ! どうし……?」
そこで、留美は初めて気付く……佐祐理の瞳の奥に、たっぷりと涙が溜まっている事に。
「……佐祐理?」
留美は自分の中に巣食っていた怒りが、急速に醒めていくのを感じた。
もう泣かないって決めたから――佐祐理が必死に涙を堪えながら、言葉を紡ぐ。
「もし逆に七瀬さんが藤井さんを庇って死んでしまったとしたら、何を願いますか? 藤井さんにどうして欲しいと思いますか?」
「そ、それは……」
「……私なら助けた人には生き残って欲しいと思います。前を向いて、自分の分も生き続けて欲しいと思います!
 もしここで泣き続けた所為で! 希望が全てリサさん達に……摘み取られてしまったら! 藤井さんは……きっと……悲しみます…………!」
最後の方は、嗚咽が交じっていた。泣かないと決めていたのに、これ以上は無理だった。
堪え切れなくなった佐祐理は、両手で顔を覆って、堰を切ったように涙を流し始める。
「だから……早く……行きま……しょう…………」
そのまま佐祐理は、その場に力無く座り込んでしまった。
「さ……ゆり……」
留美の瞳からもまた、再び涙が溢れてくる。
そのまま崩れ落ちそうになるが――瞬間、留美は傍にあった木を殴りつけた。
拳より伝わる痛みが痺れた意識を回復させ、体に力を戻してゆく。
留美は血に濡れた手を伸ばし、佐祐理の腕を引き上げた。
「ごめん佐祐理……私が間違ってたわ……」
「七瀬さん……」
「そうだよね。ここで私達が無駄に時間を使って、その所為で全てが終わっちゃったら、藤井さんは絶対悲しむもんね」
話し終えると、留美はじっと佐祐理の顔を見つめた。
佐祐理が視線を返すと、留美の瞳の奥に――強い決意の色が宿っていた。

897女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:09:39 ID:s.8up3JE0
「さ、行きましょ。早く教会に行って、柳川さんや他の皆と合流しないとね」
「七瀬さん……もう平気ですか?」
佐祐理が服の袖でごしごしと涙を拭きながら尋ねると、留美は悪戯っぽく笑った。
「そう言ってるでしょ。それよりさ、敬語はもう止めてくれないかな。私の方が年下なんだし、堅苦しい事はナシにしましょ」
「え……でも……」
佐祐理が困ったような表情になり、言葉を濁す。すると留美がぽんぽんと佐祐理の右肩を叩いた。
「まあまあ、拳で……いや、この場合掌か……で、語り合った仲じゃない。ほら、とっとと行くわよ」
そう言うと留美は素早く動き、地面に置いていある荷物を次々と拾い上げた。
S&W M1076を鞄から取り出して、ポケットに入れる。
「ちょっと、待ってくださ……、待ってよ〜!」
佐祐理が慌てて自分の荷物を拾い上げるべく、走り出す。
「そうそう、その調子よ。チームプレイには必要以上の丁寧さなんて要らないんだから。
 二人で力を合わせて、柳川さんよりも活躍して、ビックリさせてやりましょ」
留美は冬弥の分も生きる為に、強く――せめて心だけは誰よりも強くあろうと、決意していた。
それだけの強さを、彼女は心の内に秘めていた。
そして留美は最後に視線を動かして、佐祐理に聞こえぬよう小さな声で呟いた。
「藤井さん、私本当に貴方が好きでした。藤井さんの事は一生……ううん、死んでも忘れません」

898女二人の語り合い:2007/04/06(金) 02:11:46 ID:s.8up3JE0
【時間:2日目19:45】
【場所:H−7】
倉田佐祐理
【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
【状態:左肩重症(止血処置済み)、教会へ急行】

七瀬留美
【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
【状態:決意。右拳軽傷、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無、教会へ急行】

→764
B-13,B-16,B-17

899人類の進化:2007/04/07(土) 12:40:05 ID:l8iKRVHU0
遠くから鳴り響いた銃声。それは断続的に聞こえてくる。
橘敬介は向坂環と共に、その銃声の出所目指して足早に進んでいた。
「橘さん……やっぱり走りましょう。もしかしたら英二さんや観鈴が襲われているかも知れないんです!」
「駄目だ。今は自分の身体を最優先に考えてくれ」
敬介は可能な限り早く歩いてはいたが、それでも環の身体を気遣い走ろうとはしなかった。
確かに環の言葉通りの事態が起こっている可能性もあるが、殺人者同士で殺し合いをしている事だって考えられる。
ならば不確実なものの為に、環に無理をさせるべきではないと考えたのだ。
焦る心を押し留め、冷静になれと自分に言い聞かせながら、行動していた。
しかしもう一度だけ銃声が鳴り響いた後辺りが静まり返り、暫く待ってももう何も聞こえてきはしなかった。
そして――
「……観鈴!?」
女の子の――血を分けた娘の泣き声が耳に届いた。距離的には聞こえる筈が無いのに、本能が感じ取っていた。
今度こそ理性が決壊し、敬介は猛然と駆けた。
環よりも観鈴の安全を優先するなどといった、打算的な考えの下に動いた訳では無い。
頭の中に、英二が……そして観鈴が、血塗れになっている光景が浮かび上がり、それを否定すべく勝手に足が動いていた。
「……!」
環も歩く事すら厳しい筈の体に鞭打って、懸命に敬介の後を追った。
足を一歩踏み出すたびに全身の傷が酷く痛んだが、気にしてなどいられない。
停止を訴えかける痛覚を無視して、手に汗を握り締め、走り続けた。
そんな中、今度はかなり近い場所から銃声が――何度も何度も、連続して聞こえてきた。
その後、鳴り響くクラクションとエンジンの音。それは弥生が乗っていたあの車によるものだろう。
「――――まさか!?」
ひょっとして弥生が戦いに勝利し、皆殺されてしまったのか?最悪の光景が敬介の頭に浮かぶ。
敬介達は多少道に迷いもしたが、どうにか音が聞こえてきた辺りの場所まで辿り着き――二人とも顔面蒼白となった。

900人類の進化:2007/04/07(土) 12:41:30 ID:l8iKRVHU0
赤黒い物体が……死体が二つ、赤く染まった地面の上に横たわっていた。
「え……英二さあああああんっ!」
環はよろよろとした足取りで、倒れ伏す英二の傍らに膝をつき、その身体を覗き込んだ。
英二の胸を中心に夥しい量の血が飛散しており、既に死亡しているのは確実だった。
「こっちも間違いなく死んでる。正直、見るに耐えない状態だ」
振り向くと、英二の知り合いであり、宗一を殺した犯人でもある篠塚弥生の死体と『思われる』物体が目に入った。
かつて弥生だったであろう肉塊は身体の至る所を破損しており、その姿はここで行われた戦いの凄まじさを如実に示していた。
「橘さん……。英二さんは……」
「ああ。篠塚君と戦って……やられてしまったんだろうね」
「……!」
環は悔しそうに、奥歯をぎりぎりと噛み締めた。こんな事になるのならば、消防署で弥生を殺しておけば良かった。
それなのにあの時の自分は、弥生を撃った英二を責めてしまい、能天気にも説得を提起するという体たらく。
自分の浅はかな考えがどうしようもなく恨めしくい。
結局自分は理想論でしか物事を語れない子供に過ぎず、現実に対応出来ていなかった。
環は精一杯の鬱憤を込めて、力の限り地面を殴りつけようとしたが――思い止まった。
英二が生きていればきっと、『こんな時こそ冷静になれ』と言う筈。
自分の身体は、はっきり言って満身創痍だ。浪費してよい体力など、欠片もありはしないのだ。
(でも……妙ね)
英二が弥生に殺されてしまったのなら、弥生は一体誰に殺されたのだ?
相打ちになったとは考え難い。
英二の荷物は残されていないし、弥生は明らかに致死量を越える攻撃を何発も浴びせられている。
英二を打ち倒した後に、弥生自身も第三者に襲撃され殺されてしまったのだろうか?
何が起こったか分からないが……考える必要など無いだろう。
その疑問が解消された所で、英二は生き返りなどしないのだから。

901人類の進化:2007/04/07(土) 12:43:56 ID:l8iKRVHU0
一方敬介は、何かを堪えるように肩を震わせながら、英二の手を握り続けていた。
目が湿りそうになれば、瞼を素早く開け閉めして、無理やり涙を押し戻した。
先程観鈴の泣き声が聞こえた気がしたが、幻聴かもしれない。英二が観鈴と合流出来ていたかは分からない。
だがとにかく、緒方英二は死んだ。自分の代わりに観鈴を探しに行って――死んだのだ。
敬介は、胸の奥底から湧き上がる感傷をどうにか抑え込み、両の足で直立した。
「こうなってしまった以上、もう氷川村を探し回っても仕方無い。僕達だけで教会に行こう」
「観鈴はどうするんですか?」
「放送で国崎君の死を知っただろうし、観鈴だっていつまでもこの村に残ろうとはしない筈だ。
 闇雲に動いても見つけられるとは思えないし、今はただ無事を祈ろう」
「……分かりました」
観鈴の事は勿論心配だったが、彼女が何処へ行ったか全く情報が無いのだから、今の自分達にはどうにも出来ない。
このまま教会に向かおうとも、氷川村をいつまでも探し回ろうとも、発見出来る可能性はさして変わらないだろう。
敬介はようやく現実を認め、冷徹とも言える判断力を身につけていた。
診療所で休息していた時には十人以上いた仲間が、僅か半日の間に二人だけとなってしまったのだ。
ここで自分まで感情に流され、倒されてしまっては――死んでいった皆に申し訳が立たない。

敬介はそのまま歩を進めようとしたが、そこで環が弱々しい声を投げ掛ける。
「橘さん。私達、一体何をしてるんでしょうね……? この村で私達はただ悪戯に、仲間を死なせてしまっただけだった」
環は途方も無い無力感に苛まれていた。この島では行動を共にした掛け替えのない仲間達の命が、次々と奪われてゆく。
どんなに頑張っても、力の限りを尽くしても、悲しみの連鎖は食い止められない。
だがそんな彼女に対し、敬介は強い意志の籠もった視線を送った。

902人類の進化:2007/04/07(土) 12:46:00 ID:l8iKRVHU0
「向坂さん、そんな事を言っちゃ駄目だ。確かに仲間が死んでしまったのは悲しいけれど、彼らは何も遺さず逝った訳じゃない。
 人の志は受け継がれてゆくものだよ。人間は、親から子へ、子から孫へ、技術と想いを伝える事で進化してきた。
 だから僕は、残された者が志を受け継いでいく限り、皆の死は無駄にならないと信じている」
敬介ははっきりとした口調で、まるで在りし頃の英二の如き口振りで言った。


そうだ――自分達は死んだ仲間の分も生きていかないといけない。魂を受け継がねばならない。
環は伏せていた顔を、ばっと上げた。それから、強い声で。
「なら思い知らせてあげましょう。人の想いを束ねれば、どんな理不尽な状況も打ち破れる、と。
 私、祐一や英二さんの命を奪ったこの殺し合いが……主催者が、許せません」
「同感だね。主催者は戯れに命を踏み躙り、人間の尊厳を否定した。絶対に倒さなくてはならない」
今度こそ、二人は歩き出した。
それぞれの決意、そして――死んだ仲間の想いを、胸に秘めて。

【時間:2日目19:35】
【場所:I−7】
向坂環
【所持品①:包丁、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)】
【所持品②:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:まずは教会に向かう、頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、疲労】
【目的:観鈴の捜索、主催者の打倒】
橘敬介
【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数0/20)、支給品一式x2、花火セット】
【状態:まずは教会に向かう、身体の節々に痛み、左肩重傷(腕を上げると痛みを伴う)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】
【目的:観鈴の捜索、主催者の打倒】

→773

903人類の進化・訂正:2007/04/07(土) 12:52:29 ID:l8iKRVHU0
>>902
>【時間:2日目19:35】
>【場所:I−7】
   ↓
【時間:2日目19:35】
【場所:I−6】

関連に→779 →787追加
に訂正お願いします。
お手数をお掛けして申し訳ございません

904終わる世界:2007/04/08(日) 11:41:36 ID:UOYWTSCU0
闇夜の下、ルーシー・マリア・ミソラ達の眼前に屹立する少女――朝霧麻亜子。
るーこと麻亜子は日常生活の時に、夜の学校で一度出会った事がある、いわば顔見知りだ。
そして河野貴明の情報により、麻亜子がゲーム乗っているのは分かっている。
麻亜子の言葉が、殺気が、武器が、避けようの無い闘いの到来を予感させる。
麻亜子は油断無くこちらへ銃口を向けたまま、しかし軽い調子で言った。
「あのさ、そこの君。その手に持ってるマシンガンをあたしにくれないかね?」
「……どういうつもりだ?」
るーこが怪訝な表情をする。彼女の疑問も当然だった。
何しろ麻亜子が声など掛けずに銃を放っていれば、自分は間違いなく殺されていたのだから。
決定的好機を捨ててまでわざわざ取引を持ち掛ける、その意図が分からなかった。
「ホントならここで君達二人とも死んでもらうトコだけど、あたしにはちょっと急用があってね。
 今は武器さえ手に入ればそれで良いのさ。……これ以上、余計な敵を増やしたくないしね」
「……それは本当か?」
「何だい何だい、同じ学校のよしみで聞いてあげてんだぞー。疑ったり断るんならこのままズガン!だ」
銃口をるーこの胸に向けて圧倒的優位を保っていた麻亜子だったが、その言葉に嘘は無い。

――麻亜子としては、綾香を倒すまでは必要以上に恨みを買いたくなかった。
記憶によればるーこはささらや貴明と面識があった筈だし、二人で行動をしている以上ゲームにも乗っていないだろう。
少なくともこの二人が貴明やささらを傷付ける、といった事は考え難い。
ならばわざわざここで、無意味な殺戮を行う必要は無いのだ。

   *     *     *

905終わる世界:2007/04/08(日) 11:42:56 ID:UOYWTSCU0
ここでマシンガンを失うのは非常に痛手だが、反抗した所で、怪我をしている自分がこの敵に勝利し得るのだろうか?
麻亜子の脅迫を受けたるーこが考え込んでいると、すぐ耳元で陽平の囁きが聞こえた。
「おい、るーこ……あの銃は杏のじゃ……」
敵が持っている銃を凝視すると、それは確かに藤林杏が持っていたRemington M870であった。
何故杏が持っている筈のRemington M870を麻亜子が持っているのか、答えはすぐに出た。
もう一件の民家から聞こえてきた銃声――あれはきっと、杏達が襲撃された時の音なのだ。
そして武器が奪い取られしまっている現状から、仲間がどうなったか想像するのは容易だ。
(……るーは皆戦士だ、非道なうーの脅しになど屈しない。るーは仲間と誇りを守る為ならば、命を懸けて戦ってみせる)
もうるーこは迷わなかった。武器を持っていない方の手で、ぎゅっと陽平の手を握り締める。
それだけで、るーこの意図は十分に陽平へと伝わった。二人の間には、それ程の信頼関係があった。

(るーこは今銃を向けられてる――僕がどうにかするしかないっ!)
陽平は即座に思考を巡らした。鞄の中から武器を取り出して投擲するような時間は無いだろう。
いざという時に信じられるのは使い慣れない武器よりも、長年鍛えてきた技術である。
「いっけぇぇっ!」
陽平は俊敏な動作で、足元に落ちている瓦礫の欠片を蹴り飛ばした。
元サッカー部によるシュートは、綺麗に麻亜子の手元へと吸い込まれ、大きな衝撃を生み出す。
麻亜子は痛みに顔を顰め若干身じろぎしたが、それでも先の一戦の反省からか、武器を取り落とす事は無かった。
だが隙としては十分――るーこがH&K SMG‖の銃身を素早く持ち上げた。
麻亜子が地を蹴り、その場を飛び退くのとほぼ同時に銃声が木霊する。
数発の銃弾が唸りを上げて麻亜子に迫り、その頬を軽く切り裂いていた。

906終わる世界:2007/04/08(日) 11:43:54 ID:UOYWTSCU0
「あうあう! 何だよ、俺にくれたって良いだろ!」
まるで駄々を捏ねる子供のように、非難の声を上げる麻亜子。
それはとても戦闘中とは思えないくらい、酷く間の抜けたものであった。
しかし忘れてはいけない――朝霧麻亜子は何人もの命を奪っている強力な殺人者だ。
その中学生のような外見と子供じみた言動に騙されてはいけないのだ。
「――俺のこの手が真っ赤に燃える!敵を倒せと輝き叫ぶぅっ!」
麻亜子は喚き散らしながらも、しっかりと体勢を建て直して、銃を構えていた。

「ヤベェッ!」
陽平は慌ててるーこの体を抱きかかえ、大きく横へ跳ねる。
だがRemington M870は散弾銃であり、その銃口から放たれる攻撃は広範囲に及ぶ。
それは熟練した者が扱えば俊敏な獣の動きすら捉える事が可能であり、例え素人が用いたとしても人を抱えて躱し切れる代物では無い。
「ぐあっ……」
叩きつけるような激しい衝撃と共に、脳に灼けるような激痛が伝達される。
散弾の幾つかが陽平の肩に突き刺さり、損傷した部位から溢れ出す血液が衣服を濡らす。
それでも陽平は、るーこを抱く手の力だけは緩めず、そのまま一直線に駆けた。
今度はるーこのH&K SMG‖が火を吹き、麻亜子は体勢を低くする事でそれを凌いだ。
るーこはそのまま引き金を絞り掃射を続けたが、程無くして銃が弾切れを訴える。
麻亜子はその隙を見逃さずに、すっと上体を起こしてRemington M870を構えようとする。
だがそれより早く陽平は足を振り上げ、地面に散在している瓦礫の破片を再び蹴った。

907終わる世界:2007/04/08(日) 11:44:32 ID:UOYWTSCU0
「はんっ、二度も同じ手は食わないよ!」
麻亜子は横方へと上半身を大きく傾け、迫る飛来物から身を躱していた。
その間にるーこがH&K SMG‖からマガジンを叩き落して、ポケットに入れておいた予備弾倉を急いで詰め込んだ。
陽平に抱きかかえられたままの体勢では正確な射撃など望むべくも無いが、それでも撃った。
敵に少しでも攻撃の時間を与えてしまえば、今度こそやられてしまうだろう。
自分達の状態では散弾銃を避ける事が出来ない以上、攻め続けるのが重要だった。
「うーへい、前へ!」
「オーケイ!」
るーこの要請に応え、陽平はがむしゃらに地面を蹴り、前方へと疾走した。
麻亜子がRemington M870を構えようとする度に、るーこのH&K SMG‖が吠える。
銃弾は相手の反撃を封じ込めていたが、驚く程軽やかな動きをする麻亜子の身体を捉えはしなかった。

少しの間戦っただけでも、嫌と言うほど思い知らされる――この敵は強い。
一対一の状況で戦っては、とても勝ち目は無いだろう。
だが自分達は二人いる。一人が怪我をしたのならば、もう一人が支えてあげれば良い。
自分達は二人で一つ。一人きりで戦っている相手になんて、絶対、負けない。
幾らなんでも至近距離でマシンガンの掃射を行えば、敵が誰であろうと命中する筈。
こちらの銃弾が再び尽きる前に、距離を詰め切れるかどうかで全てが決まる。
陽平は走った。自分が唯一、大抵の人間よりも優れていると自信を持てる、足だけが頼りだった。
肩が妙に熱っぽくなり感覚が薄れてきていたが、抱きかかえたるーこの身体は離さない。
今も前方で不規則にステップを踏んでいる麻亜子目掛けて、猛然と駆けた。
相手との距離は少しずつ縮まってきており、後十メートル程だ。
(いける……このまま走れば勝てる! るーこなら絶対に決めてくれる!)
るーこの体温を感じ取りながら、陽平がそう確信した、その時。
麻亜子はスカートのポケットに手を突っ込み、そしてその手を素早く振り上げた。

908終わる世界:2007/04/08(日) 11:45:37 ID:UOYWTSCU0
――銃はまず敵に向けて構え、それから引き金を絞る、つまり二段階の動作を必要とする。
るーこはその弱点を突き、先程から麻亜子が攻撃に移る済んでの所で遮っていた。
だが重量の軽い物を最小限の動きで投げるだけならば、一動作で済む。
振り上げざまに放り投げられた物体――投げナイフは正確に陽平の足へと突き刺さっていた。
右足に激痛と衝撃が跳ね、陽平は転倒こそしなかったものの、大きくバランスを崩してしまう。
その拍子に手の中からるーこの身体が零れ落ち、胸に伝わっていた温かさが消え失せた。

そこから先の出来事が、陽平の目にはスローモーションのように映っていた。
るーこが苦し紛れにH&K SMG‖を放つが、それは悠々と回避されてしまう。
麻亜子がまたポケットからナイフを取り出し、それを投擲する。
ナイフはるーこの左腕を捉え、鮮血を撒き散らし、H&K SMG‖が地面に落ちる。
「――もう容赦はしない。悪いけどここまでだよ」
麻亜子がゆっくりとRemington M870を構えようとする。
(るーこっ……!)
陽平は死に物狂いで足を振り上げた。右足を鋭い痛みが襲っているが、気にしてなどいられない。
サッカーの練習を止めてしまった自分程度が、今の状態でどれだけ出来るか分からないけど、やるしかない。
(途中で夢を諦めてしまった僕だけど――)
この一回だけで良い。二度と昔のようなシュートを放てなくなっても構わない。
「僕の足、もう一度だけで良いから昔のように動いてくれっ!!」
るーこさえ守り抜ければ、他には何もいらない。
陽平は全身全霊を以って、足元にある瓦礫の破片を蹴り上げた。

   *     *     *

909終わる世界:2007/04/08(日) 11:46:26 ID:UOYWTSCU0
――予測していた筈だった。怪我をしている相手の攻撃なんて、簡単に避けれる筈だった。
だが放たれた瓦礫の欠片は、これまでとは比べ物にならないスピードで飛来してきた。
「むわあっ!」
手元を強打された麻亜子は、躱す事も耐える事も叶わず、Remington M870を取り落とした。
麻亜子は慌ててそれを拾い上げようとしたが、その最中、背筋に何か冷たいものを感じた。
「――さらばだ」
聞こえてきた声に顔を上げると、るーこがこちらに向けて、凍りつくような視線を送ってきていた。
その手にはしっかりとH&K SMG‖が握られている。麻亜子にはその銃口が、冥府への入り口のように見えた。
それでも麻亜子は諦めなかった。こんな所でやられる訳にはいかない。
今が自分が死んだら誰が綾香を倒すというのだ。誰がささらを守るというのだ。
誰が平和だった頃の生徒会を取り戻すというのだ。
こんな所で死んでしまっては、今まで何の為に己の手を汚し、非道に徹してきたのか分からなくなる。
「こんちきしょうっ――――!!」
全力で、力の限り、地面を思い切り蹴り上げる。
だがあくまで冷静にその動きを読んでいたるーこの銃口は、その軌跡を完璧にトレースしながら銃弾を吐き出してゆく。
麻亜子の腹部にいくつもの衝撃が叩きつけられ、その身体は後方に吹き飛び、どさりと地面に倒れた。

   *     *     *

910終わる世界:2007/04/08(日) 11:46:59 ID:UOYWTSCU0
「やった……」
麻亜子が吹き飛ばされる一部始終を眺めていた陽平は、ぺたんと地面に腰を落としながら、ゆっくりと呟いた。
強敵だった。何か一つでもミスを犯していれば、確実に負けていた。
それに勝ったとは言え、自分達だってもうボロボロだ。これ以上の戦闘は無理だろう。
だがそれでも、とにかく自分達は生きており、敵は間違いなく死んだ筈。
恐らくはあの来栖川綾香や、今は亡き柏木千鶴にすら対抗し得る程の実力を持つ殺人鬼に、勝利したのだ。
「つうっ……」
「…………?」
耳に届いた呻きに視線を動かすと、るーこが血の流れ出る腕を押さえていた。
「るーこっ!」
陽平は血に染まった足を引き寄せて、よろよろと立ち上がった。
「大丈夫か、るーこ!」
陽平が必死の形相で叫ぶと、るーこは下目遣いで笑みを浮かべた。
「それはこちらの台詞だぞ、うーへい。うーへいもなかなかにボロボロじゃないか」
「……はは、違いねえや」
陽平は頭の後ろをぽりぽりと掻いて、それから苦笑いを浮かべた。
血塗れの身体だったけど、るーこと二人で笑い合っていた。
そのまま足を引き摺る様にして、るーこの方へと近付いてゆく。
るーこの身体を引き上げるべく手を伸ばそうとする。

911終わる世界:2007/04/08(日) 11:47:48 ID:UOYWTSCU0

――ぱらららっ、と音がした。
陽平の眼前で鮮血が飛び散り、るーこの身体がぐらりと揺れ、地面に倒れ込んだ。
「……へ?」
事態が理解出来ず、場違いなくらい間抜けな声を上げてしまう。
地面に倒れ伏するーこの身体から、赤い血飛沫が噴き出している。
その暖かい液体が、ぽたぽたと、陽平の足にも降りかかる。
まさか、これは、つまり――
「るーこぉぉぉぉぉぉっ!!」
陽平は無我夢中でるーこの身体を抱き上げた。大丈夫、まだ暖かい。
まだ呼吸をしている。まだ生きている、諦めなければきっと、助かる。
「るーこ、しっかりしてく……」
最悪の結末を否定しながら、懸命に呼び掛ける陽平だったが、突如その横腹に強烈な衝撃が奔る。
「くぁ……っ」
「――よくもやってくれたわね」
腹を押さえながら顔を上げると、そこには最も出会いたくなかった――来栖川綾香が、立っていた。
凄惨に焼け爛れた右腕、殆ど開いていない左目、だが左腕にはしっかりとIMI マイクロUZIが握り締められている。
陽平はそれでようやく何が起こったかを了解した。るーこは、この女に狙撃されたのだ。

912終わる世界:2007/04/08(日) 11:48:51 ID:UOYWTSCU0
「まさか……、まーりゃんがあんた達なんかにやられるとは思わなかったわ……。おかげで復讐しそびれちゃったじゃないっ……!
 今までずっと後を尾けてたのが、台無しじゃないっ……!」
綾香が怒りに震える声で、言葉を投げ掛けてくる。だが、どうでも良い。
普段なら恐怖で悲鳴の一つくらい上げてしまったかも知れないけど、今の自分にとってはどうでも良い。
陽平は綾香から視線を外し、再びるーこの身体を抱き上げた。
「るーこ、死ぬな! 僕が助けてやるから、死んじゃ駄目だっ!」
「う……へ…………い……」
るーこが半分光を失った目で、こちらに視線を返してくれる。
陽平はぎゅっと強くるーこの手を握り締めて、それから言葉を続けた。
「大丈夫! きっと助かるから! 教会に行けば皆が何とかしてくれるから! それまで頑張るんだっ!」
そうだ――るーこが死ぬ事なんて、ある訳が無い。これまでずっと自分達は一緒に行動してきたのだ。
これからも二人一緒に行動して、主催者を倒して、元の生活に帰るんだ。ずっと一緒に過ごすのだ。
だがそんな陽平に対して、るーこはゆっくりと首を振った。
るーこには分かっていた。自分の傷が、もう助からない程のものだと。
「るーは……もう、駄目だから……うーへい……だけでも……逃げ……て……生き……て……」
その言葉を聞いた瞬間、堤防が決壊したかのように、陽平の目から涙が流れ落ちた。
「駄目だ駄目だ駄目だ! 逃げるんなら二人だっ! 生きるんなら二人だっ!」
陽平は首をぶんぶんと横に振りながら、腹の底から叫んだ。
それを見たるーこは、とても悲しそうな顔をした後、また口を開こうとした。
「うーへ……」
そこで一際大きな銃声が聞こえた。るーこのこめかみ辺りに、赤い斑点が刻まれていた。
「……るーこ?」
握り締めたその手から力が失われてゆく。
「おいるーこっ!? 返事をしてくれよっ!」
大きく見開かれたその目は、もう陽平を映していない。
「るーこ! るーこぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
がくがくとその身体を揺すっても、何の反応も返ってきはしない。重力以外の力を感じ取れはしない。
それでようやく陽平は悟った。自分達二人の世界は、終わってしまったという事を。

913終わる世界:2007/04/08(日) 11:49:29 ID:UOYWTSCU0

「はいはい、茶番劇はこれにて終了よ。とっとと立ち上がって私を楽しませてみせなさいよ。
 こちとら勝手にまーりゃんを殺されちゃって、鬱憤が溜まってるんだから」
るーこの身体を抱きしめて泣きじゃくる陽平に、綾香が語り掛ける。
少なくとも陽平への復讐は十分過ぎる程に果たしたというのに、その表情には明らかな不快の色が浮かんでいた。
「どうしたの? 私が憎くないの? そこに落ちてある銃を拾い上げて戦おうとはしないの?」
綾香の言葉通り、陽平のすぐ傍にはH&K SMG‖が落ちている。
だがその事を指摘されても、陽平は全く動こうとはしなかった。
銃を拾い上げればるーこの仇に一矢報いれるかも知れないのに、ただただ涙を流し続けるだけだった。
綾香はそんな陽平の様子を暫く眺め見た後、心底呆れた、という風に大きな溜息をついた。
「……ハッ、相方が殺されたっていうのに、アンタどうしようもないへタレね。るーこもきっと、呆れてるわよ?
 まあ良いわ。私もいい加減疲れてるし、手早くるーこの所へ送ってあげる。せいぜいあの世で仲良くする事ね」
マシンガンの銃口をごりごりと、陽平の後頭部に押し付ける。
(ったく、最悪ね。勝つには勝ったけど、こんなんじゃ全然スッキリしないわ)
今更この男を痛めつけた所で、何の反応も帰ってきはしないだろう。
早くこんな下らない戦いは終わらせて、何処かで休憩しよう――綾香がそう思った時だった。
何かが風を切る音がしたのは。殆ど異能の域に達する反応で身を翻そうとした綾香の肩に、ボウガンの矢が突き刺さっていたのは。
「――あああぁぁっ!?」
綾香は突然受けた攻撃に混乱し、叫び声を上げながらもその場を飛び退いていた。
直後、それまで綾香がいた空間を粒弾の群れが切り裂いてゆく。

914終わる世界:2007/04/08(日) 11:50:33 ID:UOYWTSCU0
肩に突き刺さった矢を乱暴に引き抜きながら、銃声のした方を向くと、そこには。
死んだ筈の、あの女が。朝霧麻亜子が、Remington M870を構えて立っていた。
宿敵の綾香に手傷を負わせたというのに、その顔に笑みは一切無く、逆に苦痛に耐えるような表情をしていた。
その姿を見た綾香は一瞬で、どういう事か理解した。
自分は陽平達と麻亜子の戦いが終わった瞬間に復讐を果たすべく、秘密裏に距離を詰めていた。
その際に発光する物体を持っていては存在を察知されてしまうので、レーダーの電源を切っていたのだが、それが不味かった。
レーダーを用いれば確実に相手の生死を判断出来るが、この闇夜において肉眼ではそうもいかない。
つまり麻亜子は自分と同じく防弾系の装備を着ており、一命を取り留めたのだ。
表情が優れないのはいくら防弾性の装備を身に纏っているとは言え、衝撃までは殺し切れない為だろう。
綾香は笑った。一度は閉ざされた復讐の道が再び開かれた幸運に、これ以上無いくらい口元を歪めた。
「よくぞ……生きていてくれたっ……!」
それはとても重い、地獄の底から響き渡ってくるような声だった。
数多の戦いを傷付きながらも生き延び、麻亜子と綾香は三度対峙する。

【時間:2日目・20:30】
【場所:g-2右上】

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(19/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
【状態1:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷、疲労、体の節々に痛み】
【状態2:左目失明寸前、右肩負傷、麻亜子と対峙】
【目的:何としてでも麻亜子を殺害。ささらと、さらに彼女と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

915終わる世界:2007/04/08(日) 11:51:30 ID:UOYWTSCU0
朝霧麻亜子
【所持品1:Remington M870(残弾数2/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、ボウガン、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:綾香と対峙、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、頬に掠り傷、肋骨二本骨折、内臓にダメージ、全身に痛み、疲労】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:、予備マガジン(30発入り)×2、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状況:死亡】

春原陽平
【持ち物1:FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鉈、スタンガン・鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:深い絶望、号泣。右足刺し傷、左肩銃創、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

【備考】
・以下の物は地面に落ちています。サバイバルナイフ、投げナイフ、H&K SMG‖(5/30)

→788

916蛇と狂犬:2007/04/10(火) 00:59:32 ID:pPI3C.bE0
――希望と、より深い絶望を……かな。
それだけ言い残して、篁は久瀬との通信を終えた。
その一部始終を逃さず眺め見ていた醍醐が、訝しげな表情で口を開く。
「……総帥、何故あのような事を? このまま久瀬を泳がせておけば、良からぬ形で計画を妨害されるかも知れませんぞ」
醍醐は理解出来なかった。どうして久瀬に情報を与えたのか。
そもそも今回の殺し合いは、人間の想い――取り分け『絶望』という負の感情を集める為に行われた筈だ。
それならば、ダミーの情報により参加者達を爆死させた方が効率が良いのではないか。
わざわざ参加者に希望を与え、あまつさえ自分達に噛み付く可能性まで容認する意味があるのだろうか?
ギイ、という音と共に、篁の鎮座している超高級椅子が回転運動を起こす。
「まだ分かっておらぬようだな」
それから篁は目を細めて、醍醐に黒い眼光を送った。蛇の眼力の前では、狂犬は忠犬へと変貌を遂げる。
「のう、醍醐よ。初めから無理と分かっている状況で抱く絶望と、僅かな希望に縋った上での絶望。どちらの方が強いと思う?」
言われて、醍醐はハッとなった。そうだ――確実に成し遂げれぬ目標に対して、懸命に努力しようとする人間は殆どいないだろう。
人は希望があるからこそ頑張ろうとするし、その過程を経た上での挫折を味ってこそ、深い絶望の底に叩き落とされるのだ。
「クックックッ、理解したようだな。私が欲しいのはあの宝石に宿る『命』よ。『エネルギー』よ。そして……『想い』よ。
 生半可な『想い』では鍵としての役目を果たす事など出来ぬ。だからこそ少しでも多くの絶望を生み出すよう、工夫を凝らさねばならないのだ」
「ハッ、仰せの通りで! 私めの見通しが甘過ぎました、申し訳ありません」
取り繕うように、醍醐が深々と頭を下げる。
その様子を見て、篁は愉しげな笑い声を洩らしたが、やがて珍しく神妙な顔つきとなった。
「しかし前回のように、参加者が我らの意図を察知して、あの宝石を隠そうとしてしまうやも知れぬ。
 あまり悠長に構えているのも不味い。そこで、貴様に任務を与える」
「と、申されますと?」
「貴様に青い宝石の奪還を任せる。今は那須の宗一に懐いていた女が持っている筈だ」
その言葉に醍醐は即答出来ず、場が僅かばかりの間静まり返った。
本来ならば、ようやく訪れた戦闘の機会を、手放しで歓迎していただろう。
だが今回はそうもいかない。どうしても気になる事があった。

917蛇と狂犬:2007/04/10(火) 01:00:50 ID:pPI3C.bE0
「――よろしいのですか? 今青い宝石を取り上げてしまえば、十分な量の『想い』が集まるとは思えませぬが」
「問題無い。どういった原理かは分からぬが、あの宝石はどうやらポテトという獣と共鳴しておるようだ。
 放っておいても『想い』は獣に集まり、やがて時が来れば宝石へと流れてゆく筈だ」
「…………?」
醍醐は訳も分からず眉を顰めた。腹心の彼ですら、全てを知らされている訳では無かった。
しかしすぐに醍醐は、考える必要は無いという結論に達する。自分は雇い主の命令を、ただ忠実にこなすべきなのだ。
「承知致しました。その任務、必ずや成し遂げてみせましょう!」
そう言って、醍醐は興奮に筋肉を振るわせた。いずれ訪れるであろう、闘争に思いを馳せて。
しかし篁はクンと目を見開き、かなり強い諫めの色を含んだ声を出した。
「フフフ、随分と嬉しそうではないか。しかし、貴様自身の手で参加者を殺してはならぬ。
 あくまで参加者同士で殺し合いを行うからこそ、憎悪の念が膨らむのだからな」
「なっ……、それでは任務の遂行に支障が……!」
「心配せずとも必要な装備は、ちゃんと準備してやる。所詮相手は素人、貴様ならいくらでもやりようはあるだろう?」
「グッ……!」
醍醐は苛立った様子で、奥歯をぎりぎりと噛み締めた。敵を殺せない――それではとても、満足など出来ぬ。
だがそこは歴戦の傭兵。何とか己の感情を抑え込み、ゆっくりと首を縦に振る。
「……仰せのままに」
不満げな、しかし確かに承諾の意を含んだ返事を確認すると、篁は醍醐から視線を外した。

これまで傍観を強要されていた狂犬が、制約付きとは言え、とうとう殺戮の場に放たれようとしていた。

918蛇と狂犬:2007/04/10(火) 01:01:48 ID:pPI3C.bE0
【時間:二日目・19:05】
【場所:不明】


【所持品:不明】
【状態:健康】

醍醐
【所持品:不明】
【状態:苛立ち】
【目的:極力参加者を殺害せずに、青い宝石を奪還する】

→724
→758

919一筋の涙:2007/04/11(水) 00:47:31 ID:Jq.Kvs9U0
「んん……」
昼間に寝すぎた所為か、睡眠は約半刻程しか続かなかった。
視界が正常に機能する事を許容せぬ漆黒の闇の中、鹿沼葉子は目を醒ました。
意識を取り戻した葉子は、自分の頬に違和感を覚え、疑問を解決するべく手を伸ばす。
すると生暖かい液体の感触が、掌に伝わった。
「これは……涙……?」
葉子は困惑を隠し切れない声で呟いた。
どうして涙を流しているのか、その理由にはすぐに思い当たった。
とどのつまり、自分の心は――予想以上に、天沢郁未の死を嘆き悲しんでいたのだ。
「ふふ……まさか私がいつまでも泣いてるような、女々しい人間だとは思いませんでした」
僅かばかりの悲しみと、強い自嘲の念を込めて、言葉を紡ぐ。
本当に意外だった。
郁未は唯一心を開いて接する事の出来た存在ではあったが、まさかここまで自分の心に影響を与えているとは思わなかった。
それ程までに郁未の存在は自分にとって大きかったのだ。
この島で郁未と交わした約束を思い出す。
「郁未さんと私が最後まで生き残ったら決着をつけましょう、か……。馬鹿ですね、私。
 私が郁未さんを殺せる筈が無いのに。その時が来てしまえば、きっと私は黙ってこの命を差し出すしか無かったのに……」
すっと目を閉じて、郁未の顔を思い出す。もう素直に本心と向き合おう。
年相応の脆さと冷淡な強さを併せ持った郁未が、大好きだった。
自分に生きるという事を教えてくれた郁未が、大好きだった。
自然に目の奥から涙が溢れ出し、閉じた瞼の隙間から流れ落ちる。
でもこの一筋の涙で最後。もう泣かない。もう悲しまない。
ここで自分まで死んでしまっては、郁未がこれまで何の為に生きてきたか分からなくなる。
あの施設の仲間達も、もう死んでしまった。
だからこそ、郁未から掛け替えのない物を沢山教えられてきた自分だけでも、絶対に生き延びなくてはならない。
泥を啜ってでもこの島より生還し、外の世界で、郁未の想いを心の奥底に刻み込んで生き続ける。
ならばこれ以上感傷に浸っている暇など無いのだ。
まずはこれからの方針を、より具体的且つ効率的なものに絞ってゆかねばならないだろう。

920一筋の涙:2007/04/11(水) 00:49:34 ID:Jq.Kvs9U0
当然の事ながら、未だに痛みを訴え続けるこの足では、積極的に人を殺して回るのは下策に過ぎる。
クラスAの能力者である自分でも、能力を制限されている上に負傷している今の状態では、ただの一般人と大差無い。
そして何より自分には、銃が無い。それが致命的だった。
第三回放送によれば生き残りはもう、約三分の一程度まで減っている。
今もなおこの島で己が生命を堅持している人間達は、ただ幸運に守られて生き抜いてきたという訳では無いだろう。
ある者は心強い仲間に守られ、ある者は鍛え抜いた自身の能力に守られ、そしてある者は強力な銃火器に守られてきた筈。
今の自分がそんな連中を相手に、正面から勝利を得られるとはとても思えない。
となるとやはり寝る前に考えていた、主催者を斃そうとする者達と消極的ながらも行動を共にする、という方針の下に動くべきである。
他の人間達と行動を共にすれば銃火器を手に入れる機会もあるかも知れないし、ゲームに乗った者からも逃げやすくなるだろう。
だが冷静に考えてみれば一つ、大きな問題点があった。
自分がゲームに乗っている事を知っている人間が、ごく少数ながら存在するのだ。
自分と郁未に襲撃され、今もなお生き延びている人間、古河渚、古河秋生。
この二人と出会ってしまえばどのような弁明をしようとも、戦闘は避けられまい。
もしかしたら、芳野祐介に守られていた筈の、あの見知らぬ少女も生きているかも知れない。
そして――情報は時が経てば経つ程拡散してゆく。
こうして座している間にも、古河親子が葉子の悪名を吹聴して回っているかも知れないのだ。
噂が島中の人間に知れ渡ってしまえば、善意の参加者を装って他の人間に取り入るのは絶望的となる。
その前に何とかしなければならない。何とかして、自分の正体を知らない人間の信用を得なければならない。
逆に言えば先に信頼さえ獲得出来れば、その後で自分の正体を知る者達と出会ってもどうにかなる。
疑心暗鬼が各々の心に巣食うこの環境下では、どちらの言い分が正しいかなど分かりはしない。
何を言われようとも否定し、自分の正当性を訴え続ければ良いのだ。
少なくとも参加者達の矛先が、全て自分に向くのは避けられる。
これはスピード勝負なのだ。噂の拡散と、自分が偽りの仲間を手に入れるのと、どちらが速いかの。
となれば、今すぐに動くべきなのだが――何処に行けば良いのだろうか?
自分と郁未が古河早苗を殺害し、秋生と渚に正体を知られてしまったのは、氷川村の診療所に居た時だ。
そして先程氷川村では、大規模な戦闘が行われていた様子だった。
これらの事項を踏まえると、氷川村は自分にとって最も危険な場所であり、絶対に近付くべきでは無いだろう。
ゲームに乗った者達や自分の正体を知る者達と出会う可能性が、最も低い村は――氷川村とは間逆の位置にある、鎌石村だ。
まずは鎌石村に向かい、それからゲームに乗っていない人間と接触し、仲間として同行するのだ。

921一筋の涙:2007/04/11(水) 00:50:50 ID:Jq.Kvs9U0
社の床下より這い出て、葉子は鷹野神社を後にする。
足の痛みは若干ではあるがマシになっている。それでも険しい山道を早足で進むのは堪えるが、立ち止まってなどいられない。
「道は見えました……。郁未さん、どうか見守っていてください。貴女の想いは、私が引き継いで生きてゆきます」
人を騙してでも、殺してでも、生き延びる。それが自らに課した、絶対の使命なのだから。

【時間:2日目19:55頃】
【場所:G−6 】 
鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし、水は残り3/4)】
【状態:鎌石村へ急行。肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)。マーダー】
【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】

→765

922ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:54:42 ID:YHRu6UdM0

来栖川綾香が砧夕霧の軍勢と初めて遭遇したのは、午前十時を少し回った頃のことだった。
概ねの対策を練っていたこともあり、作戦の立案は迅速だった。
乱戦に向かない芹香は離れた場所に降ろし、セリオと綾香は夕霧の群れに仕掛けていった。
豊富な弾薬を背景にセリオを前衛に出して敵陣形を撹乱し、それを綾香が端から仕留めるという作戦は功を奏した。
そもそも砧シリーズの生産は来栖川重工で請け負っていたのだ。
運用面からその弱点まで、綾香に知らぬことはないといっても良かった。

「ったく、仕様書にない運用で無駄遣いして……」

正面の個体に銃弾を叩き込みながら、綾香が毒づく。
光学兵器である砧夕霧シリーズは砲兵として開発された個体だ。
基本的に人体ベースであり、装甲や防禦能力は無に等しい。
パワードスーツ着用の歩兵、あるいは機甲部隊が前面に展開してこそ、その真価を発揮するものだった。
自走はするが、単体で浸透突破を図るためのものではなかった。
銃底に新しいマガジンを叩き込み、綾香が掃射を再開する。
軽快な発砲音と共に、マズルフラッシュが閃いた。
前方に展開する夕霧の群れが赤い花を咲かせながら斃れていく。

「―――綾香様、あれを」

両手にそれぞれ掴んだ夕霧の頭部を同時に地面へと叩きつけながら言うセリオの声に、綾香が視線を向ける。
曇天の下、ぎらぎらと煌く眼鏡と額の集合の向こうに、周囲とは違う色があった。
群青色のブレザー。傍らに立つカーキ色は軍服だろうか。

「この距離じゃわかんない。そっちで確認できる?」

頭部バイザーによる視力補正は、明け方の少年との戦いの際に失われていた。
綾香の言葉を受けて、セリオが即座に応答する。

「―――照合完了。久瀬様に間違いありません。随伴は陸軍下士官章を着用。……照合、データ無し」
「久瀬大臣絡みの直衛……?」

一瞬訝しげな色を浮かべた綾香の表情が、すぐに引き締まる。

923ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:55:06 ID:YHRu6UdM0
「何にせよ、ようやく見つけたってわけね……」
「突破なさいますか」
「お願い」

セリオの短い問いに、同じく短く答える綾香。
間を置かず、セリオが駆け出していく。
奔る閃光を縫うように走り抜けるセリオの長い髪が、風を受けて靡いた。
夕霧の群れが割れ、閃光が明後日の方向へと乱舞しだすのを確認して、綾香もまた一気に加速する。

「……脆い」

楔として打ち込まれたセリオの突撃により、夕霧の統制は完全に乱れていた。
光学兵器としての夕霧の恐ろしさは、そのユニット戦術にある。
弱い光でも、数体で集まって反射を繰り返して位相を揃えることでレーザーとしての威力を確保し、
或いは増幅して撃ち出す。それこそが、量産体の基礎運用であった。
しかし、こうして肉薄した上で標的を絞らせないように素早い移動を繰り返せば、その運用は崩壊する。
統制の取れない夕霧など、単なる畸形の自走鏡でしかない。
無防備な身体に幾つもの穴を開けて、夕霧が死んでいく。

「―――久瀬ぇ……っ!」

綾香が声を張り上げる。
既に距離は縮まり、綾香の目でも久瀬の顔が判別できるところまで近づいていた。
しかし久瀬は振り返らない。
途切れずに響き続ける銃声を聞き逃しているはずがないのに、歩みを止めようとはしない。
人の波の向こうに見え隠れする久瀬の後ろ姿に、綾香は手を伸ばす。
その視界を、夕霧の一体が遮った。
一瞬の躊躇もなく、トリガーを引く。無数の弾丸を叩き込まれ、夕霧の顔が爆ぜた。
口元に垂れた返り血を唾と一緒に吐き棄てて、綾香が踏み出す。
セリオの切り開いた道が、またすぐに夕霧の群れに押し寄せられて塞がっていく。
久瀬の後ろ姿が遠ざかっていく。

「久瀬……っ!」

聞こえないはずがない。
それでも、久瀬は振り返らない。
それがどうにも許せなくて、綾香は引き金を引いた。
砧夕霧が、数体まとめて物言わぬ塊となる。

セリオが手近な夕霧の遺体を蹴り上げると、その足を無造作に掴んだ。振り回す。
人体同士の激突する鈍い音。血と、それ以外の体液が宙を舞って輝いた。
再び道が開く。そこを綾香は一気に走り抜けた。
距離が、縮まる。
手を差し伸べれば届きそうな近さで、だから綾香はもう声は上げずに、腕を伸ばした。
長く白い指が、久瀬の背に触れるかと見えた、そのとき。
音もなく、その僅かな隙間に割り込む影があった。

「―――届かんよ」

静かな、そして巌のように頑なな、それは声だった。

924ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:55:34 ID:YHRu6UdM0
綾香の目に、銀色が映る。
老爺の如き白髪をしたその男はしかし、未だ壮年としか見えなかった。
軍服の上からでもわかる、引き締まった屈強な肉体。
硬い意志を感じさせる面立ちの中で、夜の湖のような底知れぬ静謐を宿した瞳が、綾香を射抜いていた。
思わず気圧されそうになるのを感じて、綾香はそんな自分を張り倒すように声を上げる。

「……どけ、白髪頭っ!」

言いながら向けた左手の銃口は、だが男を捉えること適わない。
男の手が静かに銃身に添えられたかと思えば、どうしたことか、その射線が逸らされていた。
特に力を入れている風でもないというのに、押し負けている。
否、力の軸線を逸らされているのだ、と綾香が気づいたときには、その手から銃が取り落とされていた。
同時に男が身体を入れてくる。
頭一つ上背の違う男の圧力に、綾香が思わず距離を取ろうと退きかけた瞬間。
綾香の身体が、ふわりと浮いていた。

「―――ッ!」

引こうとしたその足を、絶妙のタイミングで刈られた。
同時にいつの間にか伸ばされていた男の手が、綾香の襟首を掴んでいた。
大外狩り。オーソドックスな柔道の技だったが、綾香の脳裏には最大級の警告音が鳴り響いていた。
国軍に制式採用されている柔は、スポーツ競技ではない。
格闘家としての知識が告げるそれは、殺人の技。投げを単なる投げでは終わらせない。
即ち、掴んだ襟首を離さず、その喉元に腕を捻じ込むようにしながら―――

(―――全体重で、相手の頸を潰す技……ッ!)

頭部バイザーのない今の状態で叩きつけられれば、怪我では済まない。
綾香の判断は迅速だった。
宙に浮かされた状態では、体を入れ替えることもままならない。
そしてまた、相手の男はそれを許すほど生易しい腕ではなかった。

「なら……!」

瞬間、綾香の纏った銀色の鎧、KPS-U1改が爆発するように弾け飛んだ。
強制パージ。胸部装甲が男の顔面を直撃し、背部装甲は接地の勢いを相殺する。
転瞬、緩んだ男の手を身を捩って引き剥がしながら、綾香が地面に手をついた。
逆立ちをするような格好。しなやかな脚が、ぐるりと回転しながら男の側頭部を襲う。
だが、

「外した……!?」

視界を塞がれたはずの男は、綾香の動きを読んでいたかのように身を沈めていた。
同時に地を這うような回し蹴りが来る。
体重は乗っていないが、綾香を支える腕を狙った動きだった。
咄嗟に腕に力を込め、ハンドスプリングの要領で飛び退る綾香。
彼我の距離が開いた。

925ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:55:54 ID:YHRu6UdM0
「ようやく思い出した。どっかで見たことあると思ったら……昼間パシリに使った強化兵」
「……」
「合気に柔、拳法もこなすって? 骨抜きの国軍にしちゃ随分と優秀じゃない」

身体のラインも露わなアンダースーツのまま、綾香が口を開く。
余裕のあるような口ぶりだったが、その表情には隠しようもない焦燥が浮かんでいた。
久瀬の背は、再び遠ざかろうとしていた。

「……戦は長く、歴戦の兵は多くが死んだ。だが俺は生き延びている。それだけのことだ」
「そ。ま、―――興味ないんだけどね、あんたなんかにはっ!」

言いざま、綾香が飛び出す。
だがKPS-U1改の補助を失ったその加速は、先刻までと比べて明らかに劣っていた。
身を沈めながら放たれる綾香の中段蹴りを、男は易々とかわしてみせる。
蹴り足の戻しよりも早く、男の拳が飛ぶ。
速いが、スウェー状態から打たれた拳には腰が入っていない。
ジャブ気味に放たれたそれを、綾香が軽く頭を振って回避しようとした、その刹那。
握られていたはずの男の拳が、突然に五指を開いた。

「なっ……!」

綾香の視界、その左半分が塞がれていた。
まずい、と思考するより早く、綾香は反射的に飛び退ろうとする。
左右は危険。死角からの蹴りを定石とすれば、その裏は向かって右、男の空いた左による突き。
どちらを選んでもリスクが大きかった。
ならば、と咄嗟にバックステップを踏もうとした綾香の視界が、唐突に揺れた。
まず感じたのは、首への衝撃。
そして頭部、否、頭皮からの激痛だった。

(髪を―――!)

流れた長い髪を掴まれたのだと理解した瞬間、意識が飛びかけた。
咄嗟に上げたガードの下。腹に、男の拳がめり込んでいた。
一瞬、モザイクをかけられたように歪んだ視界が戻ってくると同時、胃の内容物がせり上がってくる。
奥歯を食い縛って堪えると、綾香は必死に視線を上げる。
そこに男の姿はなかった。感じる気配は、背後から。
反射的に打った肘が正確にブロックされた。
舌打ちした綾香だったが、次の瞬間、目を見開かされていた。
呼吸が、できない。

926ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:56:13 ID:YHRu6UdM0
「か……ぁ……」

首に何かが巻きついている。
綾香自身の髪だと、すぐに気づいた。
長くしなやかな黒髪が、綾香の頚動脈と気管を的確に締め上げていた。

「型は正確だ。応用力もある。咄嗟の反応も悪くない。―――だが、道場拳法だ」

ぎりぎりと音がするほどに綾香の首を絞めながら、男が静かに言う。
頭蓋の中で脳がはちきれんばかりに膨張しているが如き激痛の中で、綾香の耳朶を打つその言葉は、
どうしてだかひどく鮮明に聞こえていた。

「髪を掴むは反則か。美しく相手を打ち倒すが道か。―――そうしてお前は死ぬのか」

苦痛が薄れていく。男の声だけが、脳裏に残響を残す。
落とされれば確実に死ぬと、それだけを綾香は理解していた。
最後に残った感覚の全てを、右腕に集中する。
ぐらぐらと揺れて、七色のノイズに侵蝕されていく視界の中で、綾香はその力を解放した。
振るう。ブチリ、と嫌な音がした。

「……ァァアアッ!」

振り抜いた。ブチブチと、音がする。
途端、視界が回復した。全身が酸素を要求し、肺が急速に収縮する。
盛大に咳き込みながら、綾香はその腕を背後に向けて裏拳気味に放つ。
空振り。男は既に、充分な距離をとっていた。

「……ほう。その腕―――固有種のものか」

眉筋一つ動かさず、男は綾香を見ている。
必死に呼吸を整えながら、綾香は男へと向き直った。
その右腕は漆黒の皮膚と真紅の爪を備え、曇天の林道に異様な存在感を放っている。
綾香が、痰混じりの唾を吐き棄てる。
はらはらと、何か黒いものが風に乗って舞い散った。
地面一杯に、まるで絨毯模様のように広がったそれは、綾香の黒髪であった。
己が爪で切り落としたその髪を踏みしだいて、綾香が鬼の手を握り、開く。
爛々と輝くその眼は、ただ男だけを睨み据えていた。
周囲を幾重にも取り巻く夕霧など、まるで存在しないかのようだった。
毛先のひどく不揃いな短髪を振り乱して、来栖川綾香は立っていた。

927ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:57:12 ID:YHRu6UdM0
「どけ」

短く、綾香が口にする。
応えるように口を開いた男は、どこか乾いたような声音で言った。

「……お前を囲んでいる者たちの名を知っているか」
「……」
「砧夕霧という」
「知ってる。私の会社が造った兵器だ」
「……いいや、いいや分かっていない。お前は、この娘の名を」

男は、哀しげとすら見える表情で続けた。

「―――それでは届かんよ。お前の拳も、声も」
「説教臭いんだよ、白髪頭……!」

鬼の腕を振りかざすように、綾香が駆ける。
奇妙な静けさの中で、男が静かに告げた。

「―――坂神蝉丸。覚えておけ、この名を」

転瞬、男の姿が掻き消えた。
否、その踏み込みを目で追いきれず、消えたように見えたのだ、と。
交錯の瞬間、鳩尾に男の提げた軍刀の柄頭を叩き込まれて意識を失う寸前に、綾香は理解していた。


******

928ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:57:43 ID:YHRu6UdM0

「……何故、殺さなかったのですか?」

傍らの少年が静かに訊ねるのに、男、坂神蝉丸はやはり淡々と答えた。

「殺すのは容易い。だが、あれには最後まで見届けさせたかったのだ」
「何を、ですか」
「己の造った者たちが選び取る、未来の形を」

蝉丸は、少年に寄り添うように歩く少女を見やり、そしてまた周囲を歩く無数の少女たちを見回しながら言った。

「あれを討つのは俺ではない。打ち棄てられた者たちの、歓喜の声だ。そうあるべきだと、俺は思う」
「……」

少年は無言のまま、眼前に聳える山の頂を見上げていた。
無数の足音だけが、蝉丸の言葉に応えていた。

「それより、君こそいいのか」

しばらくの間を置いて、蝉丸が少年、久瀬に問いかけた。

「あれは、君の昔馴染みだったのだろう」
「……構いません。あの人のことです、きっと僕を連れ戻そうとしてくれていたんでしょう。
 一緒に帰ろうとか、上手く取り成してやるとか、何なら自分の会社で使ってやるとか。
 ……そんなこと、できるはずがないのに」

久瀬が苦笑する。 
歳相応の少年じみた表情を、蝉丸は静かに見つめていた。

「僕は踏み出してしまった。―――あとはもう、進むことしかできないんですから」

決然と言った久瀬の表情は、既に少年のそれではなかった。
その顔を見て蝉丸は一つ頷くと、口を閉ざした。

死を齎す軍勢は、粛々とその行進を続けている。


******

929ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:57:58 ID:YHRu6UdM0

目を覚ました来栖川綾香が最初にしたのは、傍らのセリオに時刻を訊ねることだった。

「……一時間は経っちゃいない、か。まだ間に合うわね」

すっかり晴れ上がった青い空の眩しさに目を細めながら立ち上がり、振り返る。
夕霧の群れが歩いていた方向には、神塚山が聳えていた。
となれば、久瀬の目論見にも概ねの見当がつく。
制限時間は正午きっかりといったところか。

「坂神、蝉丸……。情けをかけたことを後悔させてやる―――」
「―――綾香様、」

呟き、歩き出そうとした綾香に、背後からセリオの声がかけられた。
眉を顰めて振り向いた綾香だったが、続くセリオの言葉に見る見る表情を変えていく。
驚愕と困惑、それらがない交ぜになった表情。

「何、ですって……? もう一度言ってみなさい……!」

震える声で促す綾香の言葉にも、セリオは動じない。
やはり淡々と、体温を感じさせない声でそれを告げた。

「―――芹香様が、どこにもいらっしゃいません」

930ラブハンターの敗北:2007/04/12(木) 16:58:34 ID:YHRu6UdM0


【時間:2日目午前11時前】
【場所:G−7】

来栖川綾香
 【持ち物:各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ】
 【状態:ラーニング(エルクゥ、(;゚皿゚)、魔弾の射手)、短髪】
セリオ
 【持ち物:なし】
 【状態:グリーン】
イルファ
 【状態:スリープ】

来栖川芹香
 【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐(首だけ)、蝙蝠の羽】
 【状態:盲目、行方不明】
 【持ち霊:うぐぅ、あうー、珊瑚&瑠璃、みゅー、智代、幸村、弥生、祐介】


【場所:G−5】

久瀬
 【状態:悲壮】
坂神蝉丸
 【状態:健康】
砧夕霧コア
 【状態:健康】
砧夕霧
 【残り26238(到達0)】
 【状態:進軍中】

→552 690 ルートD-2

931三度目の正直:2007/04/13(金) 14:28:50 ID:.b9r1E4o0
これまで既に何度も、大規模な戦いの舞台となっている平瀬村。
来栖川綾香と朝霧麻亜子が最初に出会ったのも、この村だった。
何の因果か――彼女達の三度目の、そして恐らくは最後となるであろう対決もまた、この村で行われようとしていた。
空を覆う暗雲に見守られ、二人の獣は実力行使の末に入手した銃器を構える。
綾香の暗い狂気を灯した瞳が、眼前の怨敵を射抜く。
その眼光の鋭さを前にしては、並の人間なら一目散に逃げ出すか腰を抜かしてしまうだろう。
しかし殺人を重ね狂気の世界に馴染んでしまった麻亜子は、半ば怪物と化した敵に対しても平然とした様子で口を開く。
「あやりゃん、駄目じゃないか。ストーカー行為は犯罪だぞう?」
「あら? 私はあんたみたいな小学生並のスタイルで、そんな派手な服を着てる方が犯罪だと思うけど?」
そう言って綾香は、多分に侮蔑の意を含んだ笑みを浮かべる。
すると麻亜子も同じように、自信たっぷりに唇の端を吊り上げた。
「チッチッ、甘いぞ。世の中にはこういったものを好む殿方がごまんといるのさ」
「へえ、頭のネジが飛んでる奴がそんなにいるとは知らなかったわ。あんたなんかを好む奴が多いんじゃ、世も末ね」
お互いに軽口を叩く。それは因縁の二人が出会ったにしては、余りにも静かな対話だった。
しかしそのような状態が、長く続く筈も無い。
復讐鬼と化した綾香が、いつまでも只の会話に甘んじていられる筈が無いのだ。
「……韜晦はここまでにしときましょうか。アンタなんかと長話をするつもりは無いしね」
綾香の声の調子が、これまでとは打って変わって重いものとなる。
「うん、それはあたしも同感だぞ、あやりゃん君」
それを感じ取った麻亜子の声もまた、殺気を包み隠さない鋭いものとなった。
距離にして約20メートル程である二人の間を、灼けつくような殺気が飛び交う。
これは殺し合いであって、正当なルールに則って行われる決闘などでは無い。
どんな手を使おうとも最終的に生き延びた側が勝者であり、死んだ者は等しく敗者として扱われる。
だからこそ、気勢を猛らせる二人の決戦は唐突に、何の合図も無しに、開幕の時を迎えた。

932三度目の正直:2007/04/13(金) 14:29:39 ID:.b9r1E4o0
「――――ッ!」
先に動いたのは麻亜子だった。
麻亜子は綾香の方へ顔を向けたまま、円を描くような軌道で走り回る。
その間、手元のRemington M870は沈黙を守り続けたままだった。
散弾銃という武器はきちんと照準を定めてから撃ちさえすれば、高確率で命中が期待出来る武器だったが、弾丸は無限にある訳では無い。
麻亜子がRemington M870の残弾を調べた時点で四つ――先程二発撃ってしまったのだから、今は二つしか残っていない筈だ。
ならば軽々しく使ってはならない。強力な切り札は、ここぞという時まで温存しておくべきだ。
傷んだ身体で大地を駆け回るのは少々堪えるが、ここは足を止めずに好機を待つしかない。

「ちょこまかと……鬱陶しい!」
綾香は苛立ちを隠せない様子で叫びを上げた後、手に握ったIMI マイクロUZIの引き金を絞った。
しかし連射された弾丸が、軽快な動きを見せる麻亜子に突き刺さる事は無く、空気を裂くに留まった。
綾香は地の上に仁王立ちしたまま、次なる一手はどうすべきか、思案を巡らす。
(――どうする。距離を詰めて一気に畳み掛けるか……いや、それはマズイわね)
マシンガンとは弾丸のシャワーであるので、近距離なら絶対に当たる武器だったが、敵も銃を持っている。
万全の状態ならともかく、今の消耗しきった自分にとって、散弾銃の存在は大きな脅威だ。
非常に広範囲に渡るあの攻撃は、防弾チョッキでも防ぎ切れるかどうか分からない。
それに敵はあの朝霧麻亜子なのだ、たとえ防弾チョッキで命を拾えたとしても、油断せずにトドメを刺しに来るだろう。
となれば、距離を保ったまま持久戦に持ち込むのが最良だ。
大丈夫、こと残弾数に関して自分が遅れを取る可能性は非常に低い。
まだ予備カートリッジだって二つある。焦らずじっくり、追い詰めていけば良いのだ。

933三度目の正直:2007/04/13(金) 14:30:47 ID:.b9r1E4o0
――麻亜子は完全な回避に、綾香は消極的な攻撃に、方針を絞った。
自然と二人の戦いは逃げ回る麻亜子に対して、綾香が断続的に攻撃を加える形へと収束してゆく。
綾香はIMI マイクロUZIの発射方式を単発へと切り替え、銃弾の消費を抑えていた。
不規則に、一発ずつ、闇夜の中で銃声が鳴り響く。
「わざわざ一発ずつ撃ってあげてるんだから、頑張って避け続けなさい。
 でも気を付ける事ね、あんまし派手に動き回るとすぐバテちゃうわよ?」
「…………っ」
狩りを愉しむハンターのように、綾香が余裕綽々たる面持ちで、狙撃を続ける。
綾香の身体は満身創痍の状態だったが、左腕だけは大した怪我を負っていない。
IMI マイクロUZIの引き金を絞る度に、銃身より伝わる衝撃が左肩の患部に響くが、十分耐えれるレベルの痛みだ。
敵が攻撃の意志を見せていない以上、こちらは足を止めたままで良いのだから、疲労の蓄積だって抑えられている。

対する麻亜子は余裕など一切無く、今にも息が上がりそうだった。
るーこと戦っていた時から続けてきた、過度の運動による疲労が負債となって、臓器に襲い掛かる。
このまま動き続ければ、いずれ体力が尽きる――そんな事は、麻亜子自身が一番良く分かっている。
それでも、弾丸を見てから躱すなどという芸当は不可能な以上、銃から放たれる攻撃を凌ぐ方法は一つしかない。
絶対に一箇所へと留まらず、銃口の先より身を躱すよう動き続けるしかないのだ。
麻亜子は相変わらず、綾香を中心として円状に走り回っている。
そしてその後を追うように銃弾が発射され、麻亜子の後ろ髪を掠めてゆく。
先程からその図式が続いていたのだが――綾香はいつまでも同じ攻撃パターンを繰り返す程、お人好しでは無い。

934三度目の正直:2007/04/13(金) 14:32:11 ID:.b9r1E4o0
「――――!?」
綾香の手に握られたIMI マイクロUZIの先端がすいと動くのを見て、麻亜子は戦慄した。
距離がある為何処を狙っているかなど分からないが、恐らく――
「ふぁいと、いっぱーつ!」
形振り構わず大地を踏み締めて、高速で移動していた体の勢いを押し留める。
直後麻亜子の眼前にある空間を猛り狂う弾丸が切り裂き、少し離れた場所にあった木の幹から木片が撒き散らされる。
巻き起こった風を肌で感じ取れる程、ぎりぎりの所で命を拾い、麻亜子の頬を冷たい汗が伝った。
綾香は、一定の方向へと走る麻亜子の動きを読んで、銃弾を『置いて』きたのだ。
それは驚くような事では無く、思考能力を持つ人間が相手である以上、寧ろ予想してしかるべき事態だ。
何も考えずに攻撃を続けてくれるような者はせいぜい、正気を失ってしまった者か、或いはよほど間抜けな者くらいだろう。
それに対策だってある。
相手が先読みしようとしても、不規則に方向転換を繰り返しながら動き回れば、予測を狂わせる事が出来る。
しかし――
「つうっ……」
麻亜子は顔を僅かに歪め、先程るーこに撃たれた部位である腹の辺りを押さえた。
銃口から逃れようと転進した反動で、腹部の傷が酷く痛む。
勢いのついた身体を急停止させて、進行方向を変えるのは、負担が相当に大きいのだ。


「ほらほら、休んでる暇なんか無いわよ? 弾はいくらだってあるんだから!」
綾香がにやりと凄惨な笑みを浮かべ、次々と新たなる凶弾を放ってゆく。
麻亜子は必死の思いで、損傷している体を酷使し、限界ぎりぎりの回避を繰り返していた。
(ぐぬぬぅ……調子に乗りおってからにぃ……)
一方的に攻め立てられる現状を腹立たしく思い、麻亜子がぎりぎりと歯軋りする。
ナイフはまだ一本残っているが、距離がある為に投擲するのは厳しいだろう。
綾香の攻撃は単発へと切り替わっている為、Remington M870を構える時間はあるが、残弾は残り僅か。
敵もこちらの銃だけは警戒しているだろうし、今使用するべきでは無いように思えた。
だがそこまで考えた時、麻亜子はとある事に気付いた。
途端に、地面を蹴り飛ばして綾香の方へ、Remington M870を構えながら疾駆する。

935三度目の正直:2007/04/13(金) 14:33:37 ID:.b9r1E4o0
「――――来たか!」
間もなく放たれるであろう粒弾の群れから身を躱すべく、綾香が素早く横方向へと跳躍する。
綾香からすればここで危険を犯して迎撃などせずとも、一先ず受けに回り麻亜子の弾切れを待てば良いだけだった。
「…………?」
しかし、聞こえてくるものは二人の足音だけ。いつまで経っても、銃声は鳴り響かない。
麻亜子が左右にステップを踏みながら前進を続け、二人の間合いが縮まってゆく。
麻亜子の狙いは至極単純――こちらがいつ弾を放つかなどバレる訳が無いのだから、とにかく銃口を向けて威嚇しようというものだった。
やがて綾香も敵の意図を悟ったが、だからといって銃口の前でジッと突っ立っている訳にはいかない。
そのような愚行に及んでしまえば、ここぞとばかりに麻亜子は引き金を絞るだろう。
かと言ってただ動き回っているだけでも、状況は不利になってゆくだけだ。
片目がほぼ塞がっている今の状態では、近距離まで寄られてしまえば麻亜子の姿を満足に捉えきれまい。
「クソッ……こざかしい!」
綾香は忌々しげに吐き捨てた後、IMI マイクロUZIの発射方式を連射へと切り替えた。
間髪入れずに引き金を絞り麻亜子の前進を遮ると共に、距離を取るべく足を動かし後退してゆく。
再び約20メートル程の間合いを確保した所で、銃が弾切れを引き起こす。
綾香は予備マガジンを左腕の小指と薬指の間に挟み込むと、その先端を口の前まで持ってゆく。
口で咥え込む事により予備マガジンの先端を固定し、その上からIMI マイクロUZIを叩きつける形で装填した。
装填している隙を狙われるかとも思っていたが、麻亜子は攻撃せずにボウガンへと新たな矢を補充していた。

936三度目の正直:2007/04/13(金) 14:35:06 ID:.b9r1E4o0
麻亜子は右腕にRemington M870を、左腕にボウガンを握る形で、息を整えつつ綾香と向かい合う。
綾香はすぐに攻撃へ移ろうとはせず、自分を落ち着かせるように一つ深呼吸してから、口を開いた。
「流石にやるわね……。この私をここまで怒らせたんだから、そうでなくっちゃ困るわ」
それは皮肉などでは無く、本心からの言葉だった。
綾香にとって麻亜子は絶対に許せない怨敵であるが、その卓越した実力だけは認めていた。
綾香の台詞を受けた麻亜子が、得意げに無い胸を逸らす。
「はっはっはっ、すごかろう」
「ホントにね。全く、そこでただ泣いてるだけのへタレとはえらい違いね?」
そう言って綾香は油断無く銃を構えたまま、視線だけを横に移した。
麻亜子が目でその後を追うと、そこでは先程戦った敵の片割れ――春原陽平が、少女の亡骸を抱えて泣きじゃくっていた。
「ううっ……るーこ……るーこぉ……」
弱々しく肩を震わせながら嗚咽を上げるその姿は、本当に先の勇敢な少年と同一人物なのか疑いたくなる程だった。
その様子は余りにも痛々しく、るーこと呼ばれた少女が、少年にとってどれだけ大事な存在だったのかを明確に物語っていた。
(違う……そいつはへタレなんかじゃない。もしさーりゃんが死んじゃったら、きっとあたしだって……)
そう考えると胸の奥がズキリと痛んだが、麻亜子はすぐに頭を振って思考を切り替える。
余計な事を考える暇があるのなら、その時間を消耗した体力の補充に充てなければならないのだ。
少しでも会話を引き伸ばし時間を稼ぐべく、麻亜子が口を開く。
「なかなかどうして、あやりゃんも修羅が板についてきたようだね」
「……私だって最初からこんな風に生きてた訳じゃない。皆と協力して、主催者を倒そうと考えてた時だってあった。
 でもアンタのお陰で、この島ではどう生きれば良いのか、嫌って程思い知らされたわ。
 所詮この世は弱肉強食、強い者が生き、弱い者が死ぬ。倫理観なんてとっとと捨てて、自分が備えた力を思う存分振るうべきなのよ」
まだ心の何処かに僅かながら罪悪感が残っていたのだろうか、言い訳するように綾香が自白する。
「そうだろう、勉強になったろう。礼には及ばないぞ、あやりゃん。でもどうしてもって言うんなら、そのマシンガンで手を打ってあげるぞ」
「ハッ、何言ってんだか……、――――ッ!?」
麻亜子の言葉を、綾香が一笑に付そうとしたその時、ジャリッと瓦礫の破片を踏み締める音がした。

937三度目の正直:2007/04/13(金) 14:36:27 ID:.b9r1E4o0
「動かないで!」
辺り一帯によく響き渡る、澄んだ叫び声。
麻亜子と綾香が聞こえてきた声の方に首を向けると、少女――藤林杏が、ワルサーP38を右腕で構えながら立っていた。
吊り上った眉、引き締められた口元、目には、強い怒りと悲しみの色が灯っている。
しかし綾香は杏の怒りにもまるで動揺せず、それ以上の怒気を以って睨み付けた。
「……すっこんでろ。誰だか知らないけど、今はアンタなんかに用は無い。
 殺されたくなかったら今すぐこの場から消えなさい」
静かな、しかし明確な殺意を籠めた警告。
怨敵との決戦を、こんなどうでも良い相手に妨害されるなど、到底許容出来なかった。
「言ってくれるじゃない。今あたしを狙ったら、あんたは麻亜子に撃たれちゃう筈だけど?」
「御託は要らない。もう一度だけ言ってやる……殺されなくなきゃ、今すぐ消えろ」

938三度目の正直:2007/04/13(金) 14:37:38 ID:.b9r1E4o0

(ヤバイわね……)
全てを凍りつかせるような殺気を一身に受け、杏が小さく舌打ちする。
ようやく失意の底から立ち直り、急いで陽平達の救援に向かったのだが、遅過ぎた。
杏が現場に辿り着いた時には、既にるーこは殺されてしまっており、二人の殺人鬼による激しい戦闘が繰り広げられていた。
朝霧麻亜子と対峙している女は、『あやりゃん』と呼ばれていた。会話の内容から察するに、来栖川綾香と考えて間違いないだろう。
数々の殺人を重ねてきたこの二人に、拳銃一つで対抗出来るとは露程にも思わぬが、敵はお互い潰し合っている。
その間隙を突けば場を制圧出来ると思い介入したのだが、綾香は予想以上に腹を立てている様子。
これでは下手な事をすれば、綾香は激情に身を任せ、こちらへの攻撃を優先してしまうかも知れなかった。
なら――
杏は口元に手を当て、暫しの間考え込んだ後、一つの答えを出した。
「じゃあ、そうさせて貰うわ。但し――陽平も、一緒にね」
そう言って、杏は今も泣きじゃくっている陽平へと視線を移した。
彼の手の中で横たわっているるーこは頭を打ち抜かれており、死亡している事は疑いようが無い。
自分がもう少し早く駆けつけていればと、後悔の念が湧き上がってくるが、それを喉元で押し留める。
後悔するのは後で良い――今はここで出来る事を精一杯やるべきだ、と自分に言い聞かせて。
しかし、陽平と禍根のある綾香が、簡単に杏の要求を受け入れる道理は存在しない。
「あんまり調子に乗るな。そいつには散々ムカつかされたんだから、逃がしてなんかやらないわよ」
鋭い声で、ぴしゃりと跳ね付ける。それから馬鹿にするような口調で続けた。
「さあ、一人でとっとと消えなさい。大体ね、アンタにしろ春原にしろ覚悟が足りないのよ。
 でも私やまーりゃんは違う。私なら間違いなく、声なんか掛けずに問答無用で銃をぶっ放してたわ。
 それが出来ない時点でアンタは負け犬なのよ。負け犬は負け犬らしく、尻尾を巻いて逃げてろ」

939三度目の正直:2007/04/13(金) 14:39:25 ID:.b9r1E4o0
言われて、杏は息を飲んだ――言い方こそ悪いが、綾香の言葉は的を得ている。
そもそも、こんな中途半端なタイミングで乱入する必要など無かったのだ。
声など掛けずに息を潜め、綾香と麻亜子の勝負が終わったその瞬間に、生き残った方を撃ち殺せばそれで全ては終わっていた。
それを出来なかったのは、結局の所自分はまだ何処か平和ボケしている為だろう。
手違いから柊勝平を殺してしまった時は本当に辛かった、苦しかった。
二度とあんな思いはしたくないし、出来ればこの場も人を殺さず済ませたいと考えている。
仲間が何人も死んでしまったこの状況ですらそう思うのだから、貶されても何の弁明もしようが無い。
「そうね。……あたしはあんた達みたいに、人を殺す覚悟は無いわ」
杏がそう言うと、綾香は心底馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
だからお前は何も出来ない、だからお前は誰も守れない――そう言いたげに。
だが杏は向けられた嘲笑をさらりと受け流し、真剣な面持ちで言葉を続ける。
「でもね、仲間の命が掛かってるなら話は別。陽平を置いていけってんなら、あたしは戦う。
 敵わないだろうけど、アンタだけを狙い続けて、傷の一つくらい負わせてみせる」
それが、杏の決意。自分に覚悟が足りないと言われれば、甘んじて受け入れよう。
しかし目の前で友人が危機に瀕しているのを見過ごす程、腐ってはいない。
たとえ命を落とそうとも、或いは殺人の罪悪感に再び襲われようとも、仲間を見捨てるという選択肢だけは断固拒否する。

「チッ……」
綾香は杏の台詞を軽んじる事が出来なかった。
こちらを射抜く目……強い光を灯したあの瞳は、橘敬介や国崎往人のソレと全く同じ類のものだ。
綾香や麻亜子とは異なる、しかし揺るがない強い決意を秘めた人間の瞳だ。
橘敬介とやり合った時も、国崎往人と戦った時も、手痛い一撃を被った。
どれだけ力量差があろうとも、決意を固めた人間だけは軽視してはいけないのだ。
その事を綾香は自らの体験により、十分に理解している。
だからこそ、ここで杏と麻亜子の二人を同時に相手すれば、間違いなくやられるという結論に思い至った。

940三度目の正直:2007/04/13(金) 14:40:28 ID:.b9r1E4o0
綾香は苛立たしげに一度地面を蹴りつけた後、呟いた。
「……仕方が無い。せいぜい残り少ない余生を満喫する事ね」
怒りに震えるその声を確認すると、杏は綾香から視線を外して、陽平の下へと歩み寄った。
「うううっ……ああああっ……」
「陽平……」
この世の終わりが来たかのように泣き続ける陽平を見て、杏は掠れた声を出した。
ここへ移動する最中に見た、陽平のとても頼もしい表情は、全てるーこによって支えられていたのだという事を実感する。
掛け替えのない存在を目の前で失ったショックは、きっと自分が勝平を殺してしまった時以上のものだろう。
あの時自分は取り乱してしまった――それ以上のショックを受けているのだから、陽平がこうなってしまうのも当然だ。
それでも自分達が生き延びるチャンスは、今を置いて他に無い。
杏は恐る恐る、陽平の背中に言葉を投げ掛けた。
「さ、今なら逃げれるから……行こうよ……」
「……放っといて……くれよ……」
どうやらかろうじて正気は保っているようで、陽平は短く言葉を返してきた。
「放ってなんて……いける訳、ないでしょ……」
途切れ途切れに、杏が言葉を搾り出す。
それでも陽平は、るーこの胸に顔を埋めて嗚咽を上げ続けるのみ。
杏はグッと奥歯を噛み締めた後、陽平の肩を掴み、自分の方へと振り向かせた。
「陽平、しっかりしなさい! アンタ男でしょっ!?」
「嫌だ……もう何もしたくない……!」
陽平がぶんぶんと首を左右に振り回し、その反動で涙が杏の頬にまで飛び散った。
杏は陽平の肩を掴む力を強め、ガクガクと勢い良くその身体を揺さぶった。
「何言ってんのよ! アンタはまだ動ける、まだ生きてる! だったら最後まで精一杯生き抜きなさいよっ!」
「もう嫌だ……もう嫌だ……るーこが居ない世界で、生きていくなんて……嫌だっ……!」
陽平はこの世界全てを拒むような様子で、杏の言葉を聞き入れようとはしない。
杏は表情を苦々しく歪めた後、大きく息を吸い込み、腹の奥底から力の限り叫んだ。
「――――もういい!」
言って分からないなら、強引に連れて行くまで――杏は陽平の後ろ襟を掴み、ズルズルと引き摺り始める。
反動でるーこの身体が、陽平の腕より零れ落ちる。それでも杏は、足を止めなかった。
綾香も麻亜子も、杏の背中を狙ったりはしなかった。そんな隙の大きい行動を取れば、次の瞬間、眼前の宿敵に撃ち抜かれるからだ。

941三度目の正直:2007/04/13(金) 14:41:32 ID:.b9r1E4o0
「ま、待ってくれ……るーこを置いていきたくないよっ……!」
悲痛な声で訴える陽平から目を逸らし、杏はゆっくりと、しかし着実に戦場から遠ざかってゆく。
そんな最中、背後から麻亜子の声が聞こえてきた。
「何だ、行っちゃうのか。あたしを放っておいて良いのかね?」
そうだ、朝霧麻亜子はマナを殺した張本人であり、許せない存在だ。
しかしそれでも、今は生きている仲間の方を優先しなくてはならない。
「……次に会ったら、絶対一発ブン殴ってやるからね」
悔しさと怒りをたっぷり籠めて、杏は返答した。
そのまま力任せに陽平の身体を引き続け、仲間達の死体が横たわる地を後にする。
心を、後悔と怒りと悲しみの感情で押し潰されそうになりながら。


杏の行き先は――教会では無い。何処に行くか決めてなどはいないが、教会だけは駄目だ。
このまま教会に向かい、万一綾香か麻亜子のどちらかに追跡されてしまえば、より多くの犠牲者が出るだろう。
ここは何としてでも自分達の力だけで、逃げ延びなければならなかった。
「るーこ……、るーこぉぉぉぉ……」
敵の姿も、るーこの遺骸も見えなくなってからも、陽平はうわ言のように少女の名前を繰り返していた。
「ごめんね……陽平」
一粒の涙と共に、少女は懺悔した。


【時間:2日目・20:35】
【場所:g-2右上】

942三度目の正直:2007/04/13(金) 14:42:50 ID:.b9r1E4o0
来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×1)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
【状態1:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷、疲労中、体の節々に痛み】
【状態2:左目失明寸前、右肩負傷、麻亜子と対峙】
【目的:何としてでも麻亜子を殺害。ささらと、さらに彼女と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

朝霧麻亜子
【所持品1:Remington M870(残弾数2/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、ボウガン(矢装填済み)、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:綾香と対峙、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、頬に掠り傷、肋骨二本骨折、内臓にダメージ、全身に痛み、疲労大】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】



【時間:2日目・20:40】
【場所:g-2右上】

春原陽平
【持ち物1:FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鉈、スタンガン・鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:深い絶望。右足刺し傷、左肩銃創、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

藤林杏
 【装備:ワルサー P38(残弾数4/8)、Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品1:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×2(和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【所持品2:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【状態:やり切れない思い、身体は健康】
 【目的:最終目的は主催者の打倒、まずは陽平を連れてもっと離れた場所まで逃げる】

ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中に入れられている】

【備考】
・以下の物は綾香達の近くに落ちています。
・サバイバルナイフ、投げナイフ、H&K SMG‖(5/30)、予備マガジン(30発入り)×2、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6
・ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)

→788
→793

943運命共同体:2007/04/14(土) 01:22:24 ID:YY8mK.Yc0
何もできなかったんだと思い知らされた。
唯一の武器はもう手放しちゃっていたから、そんないい訳であたしはただ事態を傍観する側に回ろうとしてたんだ。
加勢するのは全部保科さん任せにして、あたしにはもうできることはないんだと括ってしまっていた。
でもそんなことなかった、あたしにだって何かできたことがあったかもしれないのに。

例えば地面に転がる小石、木の枝。
投げつけるだけでも注意を引くことなら充分できたのに、あたしはそんなこともせずひたすら保科さんの準備が整うのを待っていた。

あたしは何もしなかった、そう。できなかったんじゃない。
安全な所でぬくぬくと、我が身を第一にして長岡さんを犠牲にしたんだ。
・・・・・・そう考えると、もう涙が止まる気配なんていつまで経っても訪れない気がしてきた。

「気を取りなおそ、な。長岡さんが伸ばしてくれた寿命なんやから、大切にしよ」

不意にかけられた言葉、いつの間にか足を止めちゃっていたあたしの顔を、保科さんが覗き込んでいた。
・・・・・・そんな風に気を使ってくれる、保科さんの言葉すら痛く感じる。
どうして、あたしが残っちゃったんだろう。

「あたし、何も・・・・・・ひっく、長岡さん、一人に・・・・・・あ、あた、し・・・・・・」
「・・・・・・」

長岡さんが、何か抱えてるのかもしれないっていうのは分かってたのに。
・・・・・・盗み聞きって訳じゃないけど、たまたま耳に入ったそれが何のことかあたしにはよく分からなかった。
でも、それでも前向きに行こうとする長岡さんの姿勢だけは分かった。
それに比べて、あたしには何もない。
ここに来て最初に出会ったのは由真だった、でも由真とは何かする前にあの変な男のおかげで分断されちゃって。
そんな時助けてくれたのが、保科さんで。
あたしは守られてばかりだった、それを痛感しちゃったことで吹き出る罪悪感をもうあたし自身止めることが出来なかった。
そんな、時だった。

944運命共同体:2007/04/14(土) 01:22:49 ID:YY8mK.Yc0
「いい加減にせよ、悪いけど、私そういうウジウジした考え方いらついて仕方ないんや」

かけられたのは、思いもよらない冷たい声。
さっきまでの気を使ってくれていた温かい空気が一瞬で冷やされた、反射的に顔を上げるとそこには無表情の保科さんがいて。
・・・・・・言葉が、出なかった。
でもその雰囲気は次の瞬間すぐとけた、ふっと困ったように保科さんは小さく微笑む。
そのまま右手を手を伸ばしてくる保科さん、思わずびくってなっちゃったけど保科さんは気にせず私の頭に手を伸ばした。
そして、そのまま何度か優しく撫でられる。
あたし、どんな顔してるんだろ。凄く間抜けな顔してると思う。

「あまり自嘲し過ぎるのは体に悪いで。とにかく生き残ったのは私等なんだから、前向きに考えなあかんやろ」

頭が、真っ白になる。
そんな真っ白な世界に、色をつけてくれるのは保科さんの声。あたしを導いてくれる、癒してくれる言葉の数々だった。

「第一笹森さん、最初にあの女怯ませてくれたやないか。・・・・・・それ言ったら何もできなかったんは私やないか」
「保科さん・・・・・・」

保科さん、苦い顔してる。
保科さんも耐えていた、保科さんも我慢していた。
でも、そんな弱みをあたしに一切見せようとせず・・・・・・保科さんは、ここまで引っ張ってきてくれた。
それは何のため? あたしのために決まってる。
泣いてぐちゃぐちゃになっていたあたし、それこそ気持ちの切り替えもできずずっと俯いていたあたし。
どうしてそんな優しくしてくれるんだろうね、あたしなんて庇って保科さんになんのメリットがあるんだろ。
・・・・・・その答えはあたしの中で見つけることは出来なかった、勿論保科さん自身に聞けるほどあたしも図々しくはなれなかった。

「でも、これだけは忘れたらあかん。私等は長岡さんの頑張りのおかげで逃げられたんや、せやからもうこの命は私等だけのもんやない」

前を見据えた保科さんがしっかりと言い放つ、だからあたしも合わせるように頷いた。

945運命共同体:2007/04/14(土) 01:23:11 ID:YY8mK.Yc0
「長岡さんのも、含まれるよね」
「そうや。私達が長岡さんの分も生き抜くんや・・・・・・まるで運命共同体みたいやな」

ぽそっと呟かれたのは、あたしに当てられたものじゃないかもしれない。ちょっとした独り言じゃないかって思う。
でも、それはあたしにとって本当に思いがけない言葉だった。
あたしは保科さんにとってずっとお荷物だったと思う、ここに来るまでも保科さんにはいつもリードしてもらってばかりだった。
でもでも、保科さんは言ってくれた。あたしとは運命共同体なんだって・・・・・・それは、あくまで同等の立場じゃないと言えない台詞ことだと思う。

それは絆だった。あたしと保科さんの間に生まれた、新しい関係を表す最高のうたい文句だった。
長岡さんという媒体を基にした、あたし達ただ二人だけにしか存在しない区分。
不謹慎かもしれない、でもすっごく嬉しかった。

「ほら、もう泣きやまなあかんで」

時に厳しく、でも時にこうやって保科さんは私のことを優しく励ましてくれる。
気がついたらまた緩くなっていたあたしの涙腺、でもこれは悲しみを表現しているわけじゃない。
伝えたいけど、言葉に出来ない。あたしの口からは漏れるのは嗚咽のみ。
そんなどうしようもないあたしに対して、親身になって面倒を見てくれる保科さんは本当にかけがえのない存在に思えた。

「あのね、保科さん。あんま笑わないで欲しいんだけど・・・・・・そのね、あたしってこんなだからあんま友達いないんよ」
「はぁ?」

何とか込みあがっていた感情を押し込めた後、あたしは今思っていることを素直に伝えようと思った。
保科さんとの絆を深くしたかった、何でそう思ったかは分かんない。
でも、受けとめて欲しくなった。あたしのことを。
そして、保科さんなら絶対受け止めてくれると思ったから。だからあたしは口にした、普段は絶対言えない弱音の類を。

「んーと、趣味が特殊っていうか。そういうのもあって、こう、凄く気にかけてくれる友達とか傍にいなかったんよ。
 なのに凄く焼きもちやきで、タカちゃん・・・・・・ああ、タカちゃんっていうのはミステリ研の男の子なんだけど、タカちゃんにもうざがられてる所とか凄いあって。
 あたしダメダメなんよ、でも保科さんはそんなダメなあたしをこんなにも気にかけてくれて、助けてくれて・・・・・・本当に、嬉しかったんだ」

946運命共同体:2007/04/14(土) 01:23:38 ID:YY8mK.Yc0
保科さんは黙ってあたしの話を聞いてくれていた、もしかしたら呆れちゃってるのかもしれないけど・・・・・・ここまで言って、途中で止めることなんてできない。

「だから、今こそ言わせて欲しい。保科さんありがとう」

そう言って頭を下げると途端に映らなくなる保科さんの表情、今それがどのようになっているか分からないのは凄く不安だった。
でも、不安だったけど・・・・・・大丈夫だと思った。その感情に後ろ盾はないけど、絶対、絶対大丈夫だと思った。

「何や、けったいなこと気にするんやな」

けろっと言い放たれるその台詞、ああ、保科さんだって思った。
そっと顔を上げる、やっぱり呆れちゃってるかもしれないけど、それでも保科さんの顔に軽蔑の色は全く浮かんでいない。
もう言葉はいらなかった、これからもよろしくの意味をこめて手を差し出すと、保科さんも次の瞬間ぎゅっと握ってきてくれた。
だからあたしも握り返す、ぎゅって、ぎゅーって握り返す。

「あたし、保科さんと運命共同体なんだよね」
「何や、聞こえてたんかいな。・・・・・・そうやな、まぁこれからもよろしゅうな」

保科さんの手はすらっとしていて、さわり心地もすっごいすべすべしてて気持ちよかった。
ちょっと長い握手は儀式と呼んでもいいかもしれない、離した後も消えないぬくもりが何だかくすぐったかった。
あたしと保科さんの絆、その証。この島で得た大切な関係を守っていきたいと、心の底から思った。





「来栖川綾香・・・・・・あの天化の来栖川財閥のお嬢様まで、こんな殺し合いにのるなんて皮肉やな」

947運命共同体:2007/04/14(土) 01:23:57 ID:YY8mK.Yc0
あれからまた歩き出したあたし達、ふと保科さんに話しかけられあたしもあの怖い人のことを思い出した。
来栖川、綾香。制服から見て寺女の人っていうのは一目で分かった。
聡明そうな人だったのに、何であんなことしてきたんだろ・・・・・・そんなのあたしに分かるわけないんだけど。

「それにしても気にかかるんわ、あの人の言ってた割烹着の男ってヤツや」
「え、そんなこと言ってたっけ?」

心当たりは全くなかった、驚いて聞き返すと保科さんはんーと口元に手を当てて何か考えるようにして・・・・・・。

「騙されたとか、してやられたとかそういう類のこと言ってたやないか。確か、すのはらようへい、とか・・・・・・」

呟き終わったと同時に、すかさずデイバッグから参加者名簿を取り出す保科さん。
ざっと目を通す保科さんの様子にあたしの入る隙間はない、とりあえず今は話しかけないほうがいいだろうし黙って隣で待ってみる。

「ん、ハルハラ? これでスノハラなんかな・・・・・・」

独り言かな、でも結論は出たみたいで保科さんは持っていた名簿を私の方に傾けてくれた。

「春原陽平、確かにおる。来栖川綾香は割烹着がどうのこうのって言うてたから、そういう風貌のヤツ見たら警戒した方がええな」
「う、うん・・・・・・」
「けど、まずはこれからどうしたらいいか。これを真面目に考えなあかんな」

あたし達の幸先は決していいものじゃない、でもきっと何とかなると信じてる。
保科さんならやってくれる、あたしも保科さんのために頑張りたい。
・・・・・・そろそろ朝焼けが見れそうなこの時間、でもとりあえずゆっくり休みたいっていうのが一番の望みかな。
さすがに疲れたんよ・・・・・・。

948運命共同体:2007/04/14(土) 01:24:26 ID:YY8mK.Yc0
【時間:2日目午前5時半】
【場所:D−5】

保科智子
【所持品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、支給品一式】
【状態:移動中、来栖川綾香と割烹着の男を警戒】

笹森花梨
【所持品:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)】
【状態:移動中、来栖川綾香と割烹着の男を警戒】

(関連・789)(B−4ルート)

949蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:30:56 ID:e4s/5ZJ20
ハンバーグの香ばしい香りが充満する、大きな居間。
岡崎朋也とその仲間達は、第三回放送で受けた衝撃よりようやく立ち直りつつあった。
一つのテーブルを皆で囲み、ゆっくりとハンバーグを食べながら、話し合いを進めてゆく。

「――教会へ行く?」
北川潤が確認するように尋ねると、古河秋生はコクリと頷いた。
「ああ。もう陽も完全に落ちちまったし、休憩も十分に取った。これ以上ここに留まる意味もねえからな」
それから秋生は気遣うような表情で、古河渚に視線を向ける。
「そういう事だが、渚――いけそうか?」
「はいっ、大丈夫です。まだ走るのは無理ですけど、歩くだけなら平気です」
気丈に返答した渚だったが、銃で撃ち抜かれた傷が一日やそこらで良くなるとは考え難い。
渚は口で大丈夫と言いながらも、無理をしてしまう女の子である。
それをよく理解している朋也が、渚の手を優しく握って語りかける。
「あんま無理すんなよ。いざとなったら俺が背負ってやるからさ」
「えっ、そんな……迷惑かけちゃいますから」
渚が申し訳なさそうに首を横へ振ると、朋也は手に込める力を少し強めた。
「今更何言ってんだよ。渚が無理して苦しむ方が、俺にとっちゃよっぽど迷惑だ」
朋也の真っ直ぐな視線を受けて、渚は少し微笑んでから、言った。
「……分かりました。どうしても駄目だったら、言います」
「ああ、そうしてくれ」
「でも、出来るだけそうならないように頑張りますっ」
自分を奮い立たせるようにぐっと目を瞑る渚を見て、朋也は苦笑しながら答えた。
「……そうだな、頑張る事も大切だもんな」

950蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:31:45 ID:e4s/5ZJ20
秋生は娘と朋也のやり取りを温かい目で見守った後、広瀬真希に問い掛ける。
「なあ、広瀬の嬢ちゃん。一つ聞いときたいんだが、おめえら工場は屋根裏以外調べてねえのか?」
「うん、ガソリン臭かったからとっとと屋根裏へ行ったわ。それがどうかしたの?」
工場で前回参加者の痕跡を見つけた事についてはもう全て伝えていたので、秋生が何を言いたいのか、真希には良く分からなかった。
「いや、工場なら何か使えるもんがあるんじゃねえかと思ってな。こんな状況なんだ、武器は一つでも多い方が良いだろ?」
「あ……そっか……」
秋生の言う通り――工場なら、一般の民家には置いてないような、貴重な物があるかも知れないのだ。
真希も、そして北川も、自分の迂闊さに気付き表情を曇らせた。
もしきちんと工場を全て調べていたら、そして何か有用な物を発見出来ていたら、美凪を救えたかも知れない――
「……ガソリン臭えって事は、少なくとも火炎瓶の材料くらいはありそうだし、そのうち調べてみっか」
二人の内心を察した秋生は、それだけ言うとこの話題を早々に切り上げた。
今後の方針は決まった――まずは、教会へ向かう事だ。
教会では今も姫百合珊瑚らハッキング班が頑張っている筈だ。
北川が珊瑚達と別れてからだいぶ時間も経っているし、何か新しい情報が入っているかもしれない。
今後どうやって主催者に対抗していくかは、珊瑚達と合流してから考えるべきだろう。

951蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:33:11 ID:e4s/5ZJ20
結論が出た後は各自、軽い雑談を交えながら食事を続けてゆく。
そんな中、朋也は周りより一足早く、ハンバーグを食べ終えた。
横へ視線を移すと、みちるが美味しそうにハンバーグを頬張っている。
みちるが元気になってくれて良かったと思う一方で、先程のあの言葉が気になった。
――みちるは美凪の夢なんだから
これは、一体どういう意味なのだろうか?
聞こうとすれば、遠野美凪の死に触れなければならないから、この場の穏やかな雰囲気を壊してしまうかも知れない。
しかし何故か朋也は、決して見過ごしてはいけない謎が、みちるの言葉に秘められている気がしてならなかった。
「……なあ、みちる」
「んに?」
みちるが屈託の無い笑顔を向けてくる。朋也は一度息を吸い込んだ後、言った。
「さっきお前が言ってた『みちるは美凪の夢なんだから』って、どういう意味だ?
 『美凪が死んだら……みちるも消えちゃう』って、一体何の事なんだ?」
途端に場がシンと静まり返り、みちると朋也を除いた全員が、訳も分からず怪訝な表情となる。
それでも朋也は、真剣な面持ちで言葉を続ける。
「言いたくないなら、言わなくたって構わない。でも、もし良ければ教えてくれないか?
 北川の話だと、『鬼の力』なんてもんを持ってる奴もいるらしいし、今俺達が置かれてる環境は現実離れし過ぎてる。
 そして、俺達にはまだまだ知らない事が多過ぎる。今は一つでも多くの情報が欲しいんだ」
「うにゅぅ……」
みちるはフォークを動かす手を止め、困ったような目で朋也を見た。
朋也もこれ以上質問を続けて良いものか分からず、じっとみちるの顔を見つめる事しか出来ない。
しかしそこで、朋也を後押しするように北川が口を開いた。
「……出来れば俺からも頼みたい。俺は美凪の想いを背負って生きていきたいんだ。
 アイツの分まで頑張りたいんだ。だから、頼む。もし美凪に関して何か知ってるなら、教えてくれ。
 真希もきっと、同じ事を思ってる筈だ」
北川が、そうだよな?と問い掛けると、真希は強く頷いた。
みちるは暫くの間、顔を下に向けて黙り込んでいたが、やがてゆっくりと言葉を搾り出した。
「うん……分かった」

952蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:33:51 ID:e4s/5ZJ20
   *     *     *

「――という訳なんだ。……信じてくれる?」
みちるが不安げな顔で尋ねてくるが、誰もすぐには返答出来ない。
説明を聞き終えた後。全員の頭は等しく混乱し切っていたからだ。
それ程に、北川達が聞かされた話は現実離れしていた。

――みちるは美凪の妹であったが、生まれてくる前に死んでしまった。
――しかし美凪の夢が、空にいる少女の魂を一部だけ分け与えられて実現する事によって、『みちる』という存在が生まれた。
――だから美凪が死んでしまえば夢は終わり、自分は消えてしまう筈だと、みちるは説明した。

にわかには信じ難い話だった。空にいる少女……夢の実現……いつもなら、笑い飛ばしてしまったかもしれない。
しかし、北川は思う。
『鬼の力』などという、常識では決して説明出来ない力が存在するのだ。
ならば、他にもそういったある種超常的な現象や力が有ったとしても可笑しくは無い。
既存の概念に捉われていては、とても大切な物を見落としてしまうかも知れないのだ。
何より話をしている時の、みちるの真剣な表情が、真っ直ぐな瞳が、嘘など一切吐いてないという確信を齎す。
だから北川は、いの一番に言った。

953蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:34:59 ID:e4s/5ZJ20
「俺は……みちるの話を信じるよ。正直まだ半分も理解出来てないけど、本当だと思う」
北川がそう言うと、渚も、朋也も、秋生も、そして勿論真希も、首を縦に振った。
するとみちるは、肩から力を抜いてにっこりと微笑んだ。
「……ありがとう」
続けて、落ち着いた表情で――見てて悲しくなるくらい落ち着いた表情で、言った。
「だからね、みちるには美凪が死んだってどうしても信じられないの。
 みちるはまだこの世界にいるし……それにね、美凪の『想い』を感じるの」
「……想い?」
北川が問い返すと、みちるはこくんと頷いた。
「うん。美凪がまだ何処かで見守っていてくれてるような――みちるの事を想ってくれてるような、そんな気がする」
「みちる……」
北川はみちるの瞳の奥に宿る、不安の色を見て取った。
みちるは自分の感覚を――美凪がまだ何処かにいるという感覚を、必死で信じようしているのだ。
だからこそみちるは、美凪の死を知っても泣かなかった。また会えるかも知れないという希望を持っていたから。
しかしそれは余りにも脆い希望であり、いつ崩れ去ってしまってもおかしくないものだ。
ほんの些細な切欠で霧散してしまう、儚い希望なのだ。
そう思うと居ても立ってもいられなくなり、北川はすくっと立ち上がった。
「……じゃ、決まりだな」
「え?」
北川は、とても強い意志を秘めた声で、言葉を続けてゆく。
「美凪の『想い』をまだ感じ取れるんだろ? だったら、俺と真希――そしてみちるがやるべき事は、一つに決まってる」
真っ先に北川の意図を理解した真希が、確認するように問い掛ける。
「……美凪の『心』を探しに行くのね?」
「そうだ。美凪は死んだ……これは間違いない。でもな、みちるが抱いてる感覚だって、嘘じゃないと思う。
 きっとこの島の何処かに……美凪の『想い』が、『心』が、残されてるんだよ。俺は、そう信じたい」
北川はゆっくりとした口調で、言葉一つ一つの意味を噛み締めるように言い切った。
美凪の『心』が残されている――科学的には決して有り得ない事だが、出鱈目な推論とも言い切れない。
美凪の夢があってこそみちるがこの世界に居られるというのなら、夢を見る為の心だって何所かにまだ存在する筈。
蜘蛛の糸のようなか細い希望に縋る論理ではあるが、可能性はゼロじゃない。

954蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:35:55 ID:e4s/5ZJ20
少しばかりの静寂の後、真希がみちるの顔を覗き込んだ。
「……みちるは、どうしたい?」
みちるの瞳が自分に向けられるのを確認した後、真希は言葉を止めた。
首に掛けた美凪のロザリオを引っ張って、みちるの手に握らせる。
「あたし達は出来れば美凪の心を探したい。もう一度会って、話がしたい。
 だから後はみちるの気持ちだけ。みちるが賛同してくれるなら、あたし達は全力で美凪を探すわ」
真希はこれからどうすべきか、迷わなかった。
まだ状況を理解し切れてはいないけれど、美凪の『心』を何としてでも探し当てるつもりだ。
これは【自分達にしか出来ないことをする】と同時に、【自分達がやらねばならないことをする】という事でもあるのだ。
勿論美凪と会えるものならもう一度会いたいというのもあるが、それだけでは無い。
死んでしまった人間の思念が残留するなどという不思議な現象があるのなら、そこに大きな秘密が隠されている気がした。
そう、もしかしたら全ての謎を解き明かす鍵となるくらい、大きな秘密が。
だが美凪の肉体は確実に死んでしまっている以上、恐らく結末はとても悲しいものとなるだろう。
徒労に終わる可能性だって十分ある。だから実行に移すには、みちるの承認が必要だった。
しかし直ぐに、自分の考えが浅はかだったという事を思い知らされる。
真希がはっと目を見開く――みちるの双眼が、じっとりと潤んでいた。
「マキマキは……馬鹿だなあ……」
息を飲む真希に構わず、みちるが言葉を吐き出してゆく。半ば、涙声で。
「そんなの、探したいに……もう一度美凪に会いたいに……決まってるよっ……!」
そうだ――こんな事、聞くまでも無かった。気丈に振舞っていた少女に、わざわざ返答を強いる必要など無かった。
みちるは、美凪の『想い』を感じ取れると言った。自身を美凪の『夢』であると言った。
美凪と一心同体であるこの少女が、何を望むかなど分かりきっている事だった。
真希は喉から転がり出そうになった謝罪の言葉を、必死に抑え込んだ。
ここで謝ってしまえば、きっとみちるは泣いてしまう。これ以上、この少女に悲しい顔をさせたくは無い。
「……そうだよね。じゃ、決まり。あたし達と一緒に美凪の心を探しに行きましょう」
真希がそう言うと、みちるは強く――とても強く、頷いた。

955蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:37:06 ID:e4s/5ZJ20


程無くして朋也達は出発の準備を終え、民家の門を出た所まで移動していた。
結局古河親子と朋也は教会へ向かい、北川、真希、みちるの三人は美凪の心を探す事になった。
合流の難しいこの島で別行動をするのは出来れば避けたかったが、渚の足では長い時間動き回るのは厳しいものがある。
だから朋也達は、真っ直ぐに教会を目指すしか無かったのだ。
朋也は膝を落とし、みちるの頭の上にポンと手を乗せる。
「みちる。北川達に迷惑を掛けないよう、良い子にしとくんだぞ」
「むむむ……」
すると、みちるの上半身がすっと下に沈み、
「子供扱いすんなーっ!!」
「ぐおっ!」
朋也の水月に、鋭い頭突きが叩き込まれた。
腹を押さえて悶絶する朋也を見下ろし、みちるが悪戯っぽい笑みを浮かべながら語り掛ける。
「岡崎朋也……あたしがいないからって、あんま寂しがっちゃ駄目だよ?」
「誰が寂しがるかっ!」
朋也はゲンコツを振り下ろしたが、手加減していたのもあってあっさりと避けられてしまう。
よろよろと起き上がる朋也に対し、みちるは一旦間を置いて、言った。
「――岡崎朋也」
「……あんだよ」
別れ際の挨拶で頭突きを見舞われるのは、流石に気分が良いものでは無い。
朋也は不満げな様子で、短く言葉を返す。
しかしみちるは珍しく、真面目な、そして少し寂しげな表情で、口を開いた。
「岡崎朋也に何かあったら、みちるはちょっとだけ悲しいから……。元気でね?」
朋也は目を丸くして、みちるを見つめていた。意地っ張りなみちるが、そんな事を言ってくれるとは思わなかった。
そして、思い出す。普段は生意気な態度を決して崩さぬみちるだったが、いざという時は違った。
放送で父の死を知った時も、由真と風子の死体を発見した時も、みちるは自分を気遣ってくれた。
本当は、みちるはとても心優しい少女であり、自分をずっと支えてきてくれたのだ。
朋也はどう返答するか迷ったが――自分達らしいやり取りを、最後まで続けようと思った。
「ああ。お前の方こそ元気にしとかないと、ゲンコツ食らわせるからな」
「なにをーっ……岡崎朋也の方こそ、次会った時に暗い顔してたりしたら、許さないんだから!」
出会ったばかりの頃と同じ、素直になり切れない、子供のような、友達のような、兄妹のような挨拶を最後に。
二人は、別れた。

956蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:38:07 ID:e4s/5ZJ20
時間:二日目・19:30】
【場所:B-3】

北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)他支給品一式】
 【状況:健康】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】


古河秋生
 【所持品:包丁、S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)】
 【目的:まずは教会へ移動。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者と合流、機会があれば平瀬村工場内を調べてみる】
古河渚
 【所持品:鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、少し痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
 【目的:まずは教会へ移動】
岡崎朋也
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:マーダーへの激しい憎悪、全身に痛み(治療済み)。最優先目標は渚を守る事】
 【目的:まずは教会へ移動】

→790

957名無しさん:2007/04/15(日) 00:39:19 ID:e2SCjcl.0
ttp://pie.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1173801422/23-

本スレ投下有り注意

958フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:33:26 ID:ap3uq7320
淀んだ空気、辺り一帯に充満した死の気配。
満身創痍の身体に残った力を振り絞って、対峙する二つの影――来栖川綾香と、朝霧麻亜子。
「……邪魔者も消えたし、いい加減決着をつけましょうか」
綾香の言葉通り、この地には自分達以外の人間は一人として存在しなかった。
ルーシー・マリア・ミソラも死んだ。
観月マナも死んだ。
神尾観鈴も死んだ。
それぞれがそれぞれの決意を胸に秘め、先立った仲間達の想いを背負っていたにも拘らず、死んでしまった。
彼女達が弱かった訳では無い。彼女達の想いが半端なものだった訳でも無い。
ただそれ以上に綾香と麻亜子が強く、凄まじい執念と決意を持ち合わせていただけの事――

いくら装備と元の実力で大きく上回るとは言え、綾香の怪我は麻亜子より遥かに酷い。
鍛えに鍛え抜いた片腕は焼け爛れ、尋常でない動体視力を誇った眼も片方は失明寸前で、小さな傷ならそれこそ無数に負っている。
最早余裕など欠片も無い筈なのに、それでも綾香は嘲笑うような声で言った。
「一つ予告しといてやるわ。私はアンタを殺した後、久寿川ささらも殺す。
 たっぷりと痛めつけて、生きたまま目玉をくり抜いてから殺してやる」
「……なるへそ。あやりゃんはまずあたしを殺してから、さーりゃんを虐めたいと、そういう事だね?」
麻亜子が確認するように質問すると、綾香は愉しげに笑いを噛み殺した。
「ええ。この世に生まれてきたのを後悔するくらい、ズタボロにしてやるわ。
 泣き叫んで必死に懇願してきても、絶対に許してやらない。ふふ、久寿川ささらも災難ね?
 アンタみたいな知り合いを持ったお陰で、そんな目に合うんだから」
語る綾香には、おおよそ人間らしい感情はもう殆ど見られない。
あるのは際限無く膨れ上がった復讐心と闘争心だけだ。
綾香の言葉を受けた麻亜子は、殺し合いの最中にも拘らず、そっと眼を閉じて言った。少し、哀しげな声で。
「……そうだね。あたしみたいな知り合いを持っちゃったさーりゃんは、不幸なのかもね。でも――」
麻亜子の眼が大きく開かれる。
「それでもあたしはさーりゃんが大好きなの! 生きていて欲しいの! あたしは刺し違えてでもお前を倒して、さーりゃんを守ってみせるっ!」
麻亜子は腹の奥底から絶叫した。最後の方は殆ど涙声だった。
それを受けた綾香は――

959フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:34:29 ID:ap3uq7320
「ク――――アハハ! アハハハハハハハハハハッ!」
堪えきれない、といった様子で狂ったような笑い声を上げた。
「やっと本心をぶち捲けたわね! 結局アンタも甘ちゃんだった訳だ……。良いわ、その甘ったれた考えごとアンタを粉砕してあげる!!」
IMI マイクロUZIの銃口が持ち上げられる。復讐鬼は、どこまでも愉しげに決戦の火蓋を切って落とした。

二つの疾風が闇夜の中に吹き荒れる。麻亜子はただひたすらに、前方へと駆けた。
ボーガンも散弾銃も、ある程度距離を詰めてこそ真価を発揮する武器。
何より麻亜子は体力を消耗し切っている。一刻も早く、勝負を決めなければならない。
ささらにとって最大の脅威である筈の来栖川綾香を、ここで何としてでも仕留めてみせる。
ささらに嫌われたって良い。悲しませたくは無いが、それも止むを得ない。
他の何を差し置いてでも、自分の命を犠牲にしてでも、ささらを生き延びらせる。

そして綾香も――怨敵目掛けて、かつてない程の狂気を湛えて疾駆する。
残弾数では大きく上回っているが、片目を失った事で、距離が近いと敵の姿を追いきれない。
この条件を考慮に入れれば、距離を保ち長期戦を挑んだ方が、綾香にとっては有利である。
しかし綾香は、もう止まれなかった。目の前にあれだけ憎い敵がいる。
自分にこの島での生き方を教えたあの女が、かつて屠ってきた弱者どもと同じ奇麗事を口にした。
自分と同類である筈のあの女が、『誰かの為に命を捨てる』などといった戯言を口にした。
反吐が出る、吐き気もする、今すぐこの世から抹消してしまわねば気が狂ってしまう。

960フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:36:27 ID:ap3uq7320
殺意を剥き出しにして噛み合う野獣達の戦いが、長引く道理は存在しない。
あれ程永きに渡り、他者を巻き込んで繰り広げられた二人の決戦は、終焉を迎えるまで長い時間を必要としないのだ。
両者の距離が10メートル程まで縮まった所で、綾香のIMI マイクロUZIが死の咆哮を上げる。
麻亜子は横に転がり込む事で、迫り来る銃弾を回避する。
連続して破壊を巻き起こす機関銃相手に、体勢を整えている時間などある訳が無い。
麻亜子は身体の勢いが止まらぬうちに、揺れる視界の中でRemington M870を放った。
放たれた散弾は麻亜子の狙った位置には飛ばなかったが、広範囲の攻撃、そしてこの近距離。
狙いを外してなお粒弾の片割れは綾香の右肩に食い込み、鮮血を撒き散らす。
続いて麻亜子はボーガンを構えようとするが、その瞬間綾香と目が合った。
綾香は先の一撃に怯む事無く、鬼のような形相で引き金を思い切り絞る。
近距離より放たれた弾丸のシャワーは、容赦無く麻亜子に牙を剥く。
放たれた銃弾は七発、そのうちの二発が麻亜子の身体を捉えていた。
防弾服の上からでも衝撃は伝わり、麻亜子の肋骨に皹が生成される。
そして完全に無防備な状態である左耳介は、跡形も無く消し飛び、その余波で鼓膜も破れた。
しかしそれでも、裂帛の気合を胸中に宿した麻亜子は止まらない。
未だかつて経験した事の無い痛みを受けても武器は取り落とさず、敵の姿を双眸に収め続ける。
ボーガンの銃身が振り上げられ、間を置かずに矢が放たれた。
矢は綾香の胴体目掛けて彗星の如く宙を突き進む。
綾香が咄嗟の反応で横に跳躍しようとするが、人体で最も的の大きい胴体を狙われた所為で躱し切れない。
しかし綾香は防弾チョッキを装備している。
橘敬介の、国崎往人の、るーこの、決死の攻撃を防いだ最強の防具で身を守っている。
矢の着弾点は綾香の脇腹であり、そこは防弾チョッキで守られている箇所だったが――
矢は今まで誰も破れなかった防弾チョッキを貫通し、綾香の脇腹に突き刺さっていた。


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