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緊急投下用スレ

1謎のミーディアム:2006/10/21(土) 22:08:45 ID:yTGz5vT.
此処はニュー速VIPがサーバー落ちになった場合や
スレが立ってない場合などに使用するスレです
作品投下のルールは本スレと変わりありません

957謎のミーディアム:2009/04/02(木) 01:28:01 ID:PG2EnhmM
板別規制だから、なかなか解除されないね。
悔し涙を飲みながら、こちらに、ひっそりと投下。
 − − − − − −
 
  
「またまたぁ、ご冗談を」
 
私は、信じなかった。
だって、今日は一年の内でも、特別な日だから。
 
「いくら親友でも……私、マジギレしちゃうよ」
 
腰に手を当てて、ツンと唇を突きだす。眉毛は軽く吊り上げ気味に。
普段から、表情に乏しいと言われる私だけど、このくらいの演技はできる。
 
「エイプリル・フールだからって、吐いていい嘘と悪い嘘の区別くらいつくでしょ」
 
目の前に佇む彼女は、私に嘘を吐いた。
そう。嘘に違いない。嘘でなくては、ならない。
なぜならば、それは到底、信じられない戯言だったから……。
  
「お父さまの乗った飛行機が墜落しただなんて、冗談でも許せないよ」
 
確かに、私のお父さまは仕事の関係で、早朝の便でヨーロッパに発った。
今頃はファーストクラスのシートに身を預け、仮眠をとっているはずだ。
 
だから――
 
 
「嘘……なんだよね?」
 
問いかける声が震えている。顎や膝に、力が入らない。
どうして? たった今、嘘だと確信したばかりなのに。

958謎のミーディアム:2009/04/02(木) 01:28:27 ID:PG2EnhmM
>>957
 
自信が揺らいでいる。
いや……そもそも、自信の裏付けとなるものが、私にはなかった。
確信ではなく、希望的観測。
 
「……ねえ。答えて…………真紅」
 
名を呼ぶと、真紅は伏せていた顔を、ゆっくりと上げた。
そこに浮かぶ表情を、どう形容したらいいのか。
私には、その言葉を見つけられなかった。
 
「薔薇水晶」
 
歪められた唇が、私の名を紡ぐ。
潤んだ真紅の瞳が、私の瞳を射抜く。
そして――
 
「嘘じゃないのよ」
 
残酷な一句。それが真実であることは、真紅の目が語っていた。
「今さっき、私のお父さまから電話があったの」
 
真紅の双眸から、雫が流れ落ちた。
堰を切ったように、後から後から溢れてくる。
それを拭おうともせずに、真紅は涙声で続けた。
 
「飛行機の消息が絶えた付近では、雷雲が発生していたらしくて――
 もしかしたら、落雷による墜落かもしれない、と。
 乗員、乗客は…………全員……絶望的だって」

959謎のミーディアム:2009/04/02(木) 01:28:55 ID:PG2EnhmM
>>958
 
ありえない――
 
 
私の胸の奥で、ギュッと何かが押し潰された。
私自身が、押し潰したのかもしれないけれど……どっちでも構わない。
 
「どうして、そんな嘘を吐くの?」
「え?」
「おかしいよ、真紅。そんなお芝居までして、私を騙したいの?」
「そんな……私は……」
「言い訳なんか聞きたくないっ! 謝ってよ、真紅っ!」
 
自分の感情を、コントロールできない。
怒鳴るつもりなんかないのに、私の口が、勝手に罵声を生みだしている。
まるで――
そう。まるで、誰かに操られているかのように、私は目の前の親友を面罵した。
 
「お願い…………謝って、真紅。嘘だって、言ってよぉ……」
 
激情の嵐と共に、私の全身から力も噴き出してしまったらしい。
私は立っていられなくて、その場にへたりこんだ。
息が苦しい。頭がガンガンする。気持ち悪い。吐きそう……。
 
そう思った直後、私は嘔吐していた。
お気に入りの、すみれ色のスカートが、私の吐瀉物にまみれていく。
誕生日に、お父さまがプレゼントしてくれた靴も、穢れていく。

(お父さま、帰ってきて。早く、私を迎えにきて!)

960謎のミーディアム:2009/04/02(木) 01:29:30 ID:PG2EnhmM
>>959
 
そして、一緒に……おうちに帰ろ?
 
 
発作のように、苦い液を小刻みに吐く苦しみの中で、私は考えていた。
背中をさすってくれる真紅の手が、お父さまの手ならいいのに――と。
 
 
  ▼  ▲  
 
 
「お気づきになられましたか」
 
芽生えたばかりの意識に注がれる、柔らかくも明瞭な声。
促されるように、僕は覚醒へと芽を伸ばした。
 
 
瞼を開くと、水中にでもいるかの如くに、視界が滲んでいた。
けれど、それも瞬刻。目に映る世界は、急速に像を結んでいった。
 
「……ここは?」
 
問いかけてみて、口の中が乾ききっていることに気づいた。
どうやら、僕はベッドで眠っていたようだが、どのくらい眠り続けていたのか?
 
「私の家ですわ」
 
またしても、明瞭な声が届いた。
そちらへと顔を巡らせた僕は、唖然としてしまった。「……え?」

961謎のミーディアム:2009/04/02(木) 01:29:56 ID:PG2EnhmM
>>960

他人のそら似というのは、間々ある。
今、僕の視線の先に佇んでいる娘も、そうだ。 
 
「薔薇……水晶?」
 
違う。それは自信をもって言える。
自分の娘と、赤の他人を見間違えるようでは、親として失格だ。
しかし、それにしても、彼女は僕の一人娘に生き写しだった。
 
僕の呆けた様が可笑しかったのか、くすくす――
彼女は口元を手で覆って、笑みを零した。
 
「私は、雪華綺晶といいます。そんなに、お知り合いの方に似ていますか?」
「え、と……知り合いというか……娘にそっくりだな、と」
「お嬢さんが、いらっしゃるの?」
「薔薇水晶という名でね。君と、よく似ている。驚いてしまったよ」
 
なぜ、僕は暢気に、こんな話をしている?
何か、もっと大事なことが、あったのではないか?
暫し記憶を辿って、僕は思い出した。
 
「そう言えば、飛行機は……どうした」
 
僕の乗っていた旅客機は、墜落した。
墜落感や、シートに押し付けられる圧迫感、食い込んでくるベルトの痛み……
それら全てを、僕の身体は、はっきりと憶えている。
 
「僕は、どうして、ここにいる?」

962謎のミーディアム:2009/04/02(木) 01:30:22 ID:PG2EnhmM
>>961

解らないことだらけだが、とにもかくにも、師匠に無事だと連絡を入れるべきだろう。
それに、薔薇水晶にも。
あの娘のことだ。今頃きっと、心配で両眼を泣き腫らしているに違いない。
 
だが、取り出した携帯電話は、電源が入らなかった。
バッテリーが切れたのか、それとも墜落の衝撃で壊れてしまったのか。
 
「あの――」
「すまない。先に電話を貸してもらえないか」
「電話……ですか?」
「ああ、頼むよ。大至急、連絡したい人がいるんだ」
 
僕の慌てようは、仕種から伝わっているはずだ。
それなのに、雪華綺晶は眉を曇らせるばかりだった。
 
「どうしたんだい? まさか、この家には電話がないのか」
「いえ、あの……そのぉ……」
「ん?」
「電話って、なんですか?」
 
またまたぁ、ご冗談を。
僕は思わず、薔薇水晶の口癖を呟きそうになった。
21世紀の世にあって、電話という文明の利器を知らないだなんて、ありえない。
からかわれているとしか、僕には思えなかった。
 
「悪ふざけは、よしてくれないかな。本当に、急いでいるんだ」
「ですから、私は本当に知らないんです」
「……そんなバカな」

963謎のミーディアム:2009/04/02(木) 01:30:56 ID:PG2EnhmM
>>962
 
失笑が漏れる。ここは、どんなド田舎なのやら。
家の内装を見る限り、文明から隔絶された土地とも思えないのだが……。
 
「埒があかないな。もういい」
 
僕はベッドを抜け出した。
身体に痛みはない。あれだけの墜落で、怪我ひとつないのは不可思議だ。
……が、それよりなにより、帰りたい想いが勝っていた。
 
「どこか別のところで、電話を借りるよ。ベッドを貸してくれて、ありがとう」
 
そのまま玄関と思しいドアに向かいかけて、僕はふと、今日の日付が気になった。
確か、四月一日。エイプリル・フールだ。
と、言うことは――
 
「まさか、電話を知らないというのは、嘘なのかい?」
 
振り返って訊ねると、雪華綺晶は心外だとばかりに顰めっ面をした。
 
「私、嘘なんか吐いてません! どうして疑うんですか!」
「いや、だって、君……それは」
 
あまりの剣幕に圧されて、僕の口調が弱まる。「あまりに意外だから」
一人一台、携帯電話を持っているのが普通という感覚からすれば、疑って当然だ。
けれど、雪華綺晶の言動には、欺瞞の色など窺えない。
 
「君は本当に、電話を知らないのか」
「電話という言葉自体、初めて聞きましたわ」

964謎のミーディアム:2009/04/02(木) 01:31:30 ID:PG2EnhmM
>>963
 
これは、さすがにダウトではないのか。
よもや電話の存在しない時代でもあるまいし。
 
苦笑を堪えつつ、僕は今一度、室内をぐるり見回した。
そこに、文明の利器を探したのだ。テレビジョンぐらいは、あるだろうと。
ところが、テレビすらも、この家には存在しなかった。
 
ひょっとして、雪華綺晶はアーミッシュの類なのだろうか?
訊ねてみたが、答えはノー。テレビ? なにそれ美味しいの? といった具合だ。
僕の方が、頭が変になってしまいそうだ。
 
「どうなってるんだ、一体」
「さあ……どうなっているのでしょうねぇ」
 
のほほん、と。雪華綺晶は、危機感の危の字さえ見せずに相槌を打つ。
彼女のペースに合わせられるのなら、どれほど気楽か分からない。
 
「21世紀だと言うのに、まるで19世紀に来たみたいだよ」
 
僕は頭を抱え、吐息混じりに独りごちた。
すると、雪華綺晶が、急に笑いだした。
 
「嫌ぁね。エイプリル・フールだからって、ひどい冗談ですわ」
「え? なにを言っているんだい?」
「だって、未来からきたようなこと言うんですもの」
 
ちょっと待ってくれ。それこそ、ひどい冗談ではないのか。
だったら今は、何年だと言うんだ?

965謎のミーディアム:2009/04/02(木) 01:32:43 ID:PG2EnhmM
>>964

「ちなみに……」僕は微苦笑しながら、雪華綺晶に訊いた。 
「今日の日付は?」
「1800年4月1日ですわ」即答。
 
まさか、そんな。今日は2009年4月1日だろう?
僕は、腕時計に目を遣った。
しかし、日付を表示する液晶は真っ新で、時計の針は六時ちょうどを指していた。
午前なら6:00。午後なら18:00だ。偶然にしては、出来過ぎな気がする。
 
「本当に?」
「ええ、本当に。神さまに誓ってもいいですよ」
「……分かった。君を信じるよ」
 
便宜上、そうは答えたものの、僕は半信半疑だ。
なにがなんだか、さっぱり理解できない。
 
「僕は、どうしたらいいんだ」
 
ここが19世紀だとして、どうしたら21世紀に戻れる?
薔薇水晶の元に帰る術は、どこにある?
 
頭を抱えて吐息する僕を見て、不憫に思えたのだろうか。
雪華綺晶は、僕の背に手を添えて、言った。
 
「帰る場所がないのでしたら、ここに居ても構いませんわよ」
 
そこに慌てて、「もちろん、勤労奉仕はしていただきますけど」と付け加える。
なんだか大胆というか、純朴な感じの娘だ。僕が悪人だったら、どうするのか。

966謎のミーディアム:2009/04/02(木) 01:34:03 ID:PG2EnhmM
>>965
 
そんな雪華綺晶の持つ危うさが、僕を刺激する。
彼女が薔薇水晶に似ている点も、僕を迷わせる。
 
「……いいのかな。君の申し出に、甘えてしまっても」
「ええ、ええ。もちろんですわ。困ったときは、お互い様。
 それに、少々、独りで暮らすのにも飽きていたところですので」
「じゃあ……よろしく頼むよ。僕の名は、槐だ」
 
差し出した右手は、雪華綺晶の両手に包み込まれた。
「こちらこそ、よろしく。槐さん」
 
 
はたして、これが最善の選択だったのか、どうか――今は、まだ分からない。
けれど、薔薇水晶を迎えに行くための一歩には違いなかった。
 
僕は必ず、帰る術を見出してみせる。
だから、薔薇水晶……少しだけ、待ってておくれ。
 
 
 

 
 −プロローグ− 終わり
  

次回、第一話『明日に向かって』 に続くにょ〜。

967謎のミーディアム:2009/04/02(木) 01:35:48 ID:PG2EnhmM

な / ______
ぁ 訳/        ̄ヽ
ぁな /          \
ぁ い レ/ ┴┴┴┴┴| \
ぁ じ /   ノ   ヽ |  ヽ
ぁ ゃ> ―( 。)-( 。)-|  |
んぁ >   ⌒  ハ⌒ |  / 
!ぁ>  __ノ_( U )ヽ .|/
  ん  |ヽエエエェフ | |
  \  | ヽ ヽ  | | |
 √\  ヽ ヽエェェイ|/
    \  `ー― /ヽ

うん、お約束のネタなんだ。すまない。(´・ω・`)
日付が変わる前に投下したかったよ……悔しい。でも、ビクビクッ……。

968謎のミーディアム:2009/04/04(土) 23:20:05 ID:0L7BWlGk
>>967
いつも思うんだが、読ませる文章と魅力的な話を、よくもまあいくつもこう使い潰せるものだな。
尊敬するよ。

wikiにアンタの投下したウソ予告だけ別に纏めてくんないかなぁ・・・。

96920.【穏やかな】【微笑みを】:2009/04/08(水) 00:05:12 ID:KJPVofHI
できた できたよ できました〜♪
雨ニモ負ケズ 規制ニモ負ケズ 連続スレタイ物いきます。

 ― ― ― ― ― ―

「ひどい顔してるね」
 
私を見つめながら、蒼星石が言った。
だから、私も彼女の鼻先に、指を突き返した。「蒼星石だって、窶れてるですよ」
 
「目元にチカラが感じられないです」
「キミだって、他人のことは言えないでしょ」
 
その自覚はある。運営委員に選出されてからというもの、心身ともに憔悴気味だ。
不慣れな環境で、慣れない役目を全うしようと思えば、当前の反応だろう。
眉間になじみつつある縦皺が気になって仕方がない、今日この頃だ。
 
「でも……休むワケには、いかないです」
もう一人の委員である水銀燈先輩に、私の分まで負担をかけられない。
すべてを投げ出して逃げるなんて醜態を曝すのは、私のプライドが許さなかった。
蒼星石だって、私が無様な真似をすれば怒るに決まっている。
 
「なぁに、この程度のこと、余裕のよっちゃんイカですぅ」
口にしたのは、気持ちを奮い立たせるための空元気。
そんな私に、「そう言うと思った」と、蒼星石が微苦笑を投げかけてきた。
 
「強がるのもいいけど、あんまり無茶しないようにね」
「解ってますです。蒼星石、お姉ちゃんを見くびるんじゃねーですよ」
 
存続を訴える活動で入院なんかしたら、有栖川荘にとってマイナスイメージになる。
それに、もしそんなことになれば、私は実家に連れ戻されてしまうだろう。
だから、心配ない。そう言って笑いかけると、蒼星石も――鏡に写った私も、笑みを返してくれた。
 
くだらない独り芝居。重圧による心細さを誤魔化そうと、陳腐な演技をしただけ。
でも、本当に蒼星石とお喋りできた気がして、私は少しばかりの安らぎを覚えていた。

97021.【説得力、】【なし!】:2009/04/08(水) 00:06:26 ID:KJPVofHI
「はーい、ちょっと注目ぅ」
水銀燈先輩が切り出したのは、みんなが顔を揃えた夕食の席でのこと。
一同の注目を浴びながら、彼女はテーブルに両手を突いて、立ち上がった。
なにやら思惑があるようだが、はてさて……。
この人が率先すると、どうにも嫌な予感がするのは、私だけだろうか。
 
「私たち、ここの存続に向けて一致団結すべきよねぇ」
「なにを今更。もう既に、みんなの意見は合致していますわよ。ねえ?」
 
同意を求める雪華綺晶さんに、全員が頷いた。やっぱり、離ればなれはイヤだ。
越してきて日の浅い私ですら、そうなのだから、先輩たち古参組は尚更だろう。
水銀燈先輩は、我が意を得たとばかりに、ぼよよ〜んと胸を張った。
 
「オッケェ〜ィ! だったら、明確な団結力を示してやりましょうよ」
「いいけど……具体的には、どうするかしら?」
 
なるほど、これが本題か。ならば、もう答えは用意してあるに違いない。
案の定、カナ先輩に問いかけに、水銀燈先輩は間を置かず答えた。
 
「団体名を名乗るのよ。と言うワケでぇ、ここにSOS団の結成を宣言するわぁ。
 ちなみに、SOSは『水銀燈と おまぬけな しもべたち』の略称だから」
 
この人、脳ミソを乳酸菌に蝕まれてるのかも……。今度ばかりは非難囂々。
そんな名称では、学生たちが有栖川荘の占拠を画策していると、学園側に誤解されかねない。
悪い案ではないけれど、理事会を説き伏せるに足る説得力を持たせないと。
 
……で、みんなが知恵を出し合った結果――
『真紅さんに おかえりなさいと シャンパンぶっかける』SOS団、結成。

なぜなの、涙が止まらない。こんなことで、いいのかしらん?

97122.【諦めに】【行こう】:2009/04/08(水) 00:06:50 ID:KJPVofHI
困難に直面した時にこそ、その人の真価が問われるもの――
じゃあ、私はどうなのだろう?
 
床を雑巾がけしていた手を止めて、私はふと、庭へと顔を向けた。
今日は朝から雨模様。細かな春雨が、静かに窓を叩いている。
濡れたガラス越しに仰ぐ空模様は、一面の灰色。ああ……私の心と同じだ。
 
昨夜、白崎さんから連絡があった。理事会との会合は、ちょうど一週間後。
ちゃんと交渉役が務まるかな? 正直、憂鬱だ。不安に押し潰されてしまいそう。
会談の席で意見を求められても、しどろもどろになって終わりかもしれないし、
緊張のあまり、いきなり失神しちゃったりして。
 
できるものならば、真紅さんのように、泰然自若としていたい。
けれど、臆病で人見知りな性格が災いして、私はいつも二の足を踏むばかり。
直さなければ、とは思うものの、『三つ子の魂百まで』とも言うし……。
 
「はー、やれやれ。諺で自己弁護だなんて、情けないですぅ」
 
こういうネガティブな発想が、徒に状況を悪化させているのかもしれない。
いっそ、この機に勢いを借りて、自分を変えてみようか。
 
「――なんて、ね。思うだけで変われるのなら、とっくに変わってるですよ」
 
そう。私は変化を恐れている。これまでの緩い満足を失うのが怖いのだ。
ぬるま湯のような日常に浸って、ふやけてもなお微睡んでいたくて、
安らぎが欲しいばかりに、いつしか妥協する癖を身につけた、私――
 
今はまだ、無理に変わらなくてもいい。成り行きに任せておけばいい。
でも、諦めたのではない。闘う決意は、もうできていた。
それによって生じる変化を甘受する覚悟も……。

97223.【貴方への愛】【奏でる指】:2009/04/08(水) 00:07:26 ID:KJPVofHI
私は今、猛烈にドキドキしている。なぜなら、管理人室に立ち入っているから。
当たり前だけれど、ここには真紅さんの気配が、まだ濃く残っている。
ゆったりと余裕のあるソファに金糸のような抜け毛を見て、私は胸の奥に痛みを覚えた。 
正直、荒らしたくはない。このままドアに鍵をかけて、そっとしておきたい。
 
「なにボサッとしてるのよぉ。探すの手伝いなさい」
 
でも、そんな感傷に浸っていたら、水銀燈先輩に叱られてしまった。
先輩と私が、ここを訪れたのは、真紅さんの行方を探る手懸かりを求めてのこと。
彼女を連れ戻すことで、有栖川荘の存続に一応の目途を立てようとの算段だった。
 
「……やっぱり、勝手に触れるのは気乗りしないですぅ」
「私だって、そうよ。でも、仕方がないじゃない」
 
こうするしかない。先輩は自分に言い聞かせるように繰り返して、書架を眺めた。
実際には、別の方法だってあるのだけど、この人は意図的に無視している。
新しい管理人を置くのが、どうしても気に入らないらしい。
まあ、先輩の気持ちも、解らなくはない。私も、真紅さんに帰ってきて欲しいから。
 
本意ではなくとも、仕方がないこともある。有栖川荘のため、みんなのため。
私もまた胸裡で言い訳して、真紅さんの執務机に取りついた。
そして、引き出しから小冊子を見つけた私は、上擦った声で先輩を呼んだ。
 
もしかしたら――わき上がる予感が、否応もなく私たちの肌を粟立たせる。
けれど、それは日記とかメモではなく、五線譜を紐で綴じたもの。手書きの楽譜だった。
音楽は聴き専門の私だけれど、これが未完成曲らしいことは分かった。
 
彼女は、どんな気持ちで、この五線譜に音符を書いていたのだろう。
願わくば、未完成であることが、再帰の誓いであって欲しい。
そして、きっと真紅さん自ら演奏して欲しいと……本気で、そう思えた。

97324.【羽撃く】【硝子の鳥達】:2009/04/08(水) 00:07:55 ID:KJPVofHI
およそ半日を費やして探してみたものの、手懸かりは見つからなかった。
真紅さんの行方は、杳として知れず、理事会との会合だけが日一日と近づいてくる。
 
「問題は、代理の管理人ですわね」
 
例によって食事時に、その話題が取り沙汰された。切り出したのは、雪華綺晶さん。
大人しそうな見かけに寄らず、行動力に溢れた人だと、いつも感心させられる。
そこに、同じく行動派のカナ先輩が、言葉を添えた。
 
「それについては、カナに案があるかしら」
「どんなぁ?」
 
今や名実共に有栖川荘のトップである水銀燈先輩の瞳が、カナ先輩を射る。
くだらない冗談でも言おうものなら、ダーツの如く箸を飛ばさんばかりの気迫だ。
私なら言葉を呑み込んでしまいそうだけど、カナ先輩は気丈に水銀燈先輩と目を合わせた。
 
「新規で募集しても、期限までに見つけるのは難しいと思うかしら。
 だけど、のりさんに代理を頼むのは、さすがに申し訳ないでしょ」
 
今だって、賄い婦として、月曜から金曜まで勤めてもらっている。
管理人ともなれば、週休二日どころか、住み込みを要求しないといけない。
のりさんなら快諾してくれるだろう。でも、そこまで甘えたくはなかった。
 
……で、カナ先輩の策とは、有栖川荘の住人にして嘱託医でもある女性を担ぎ出すこと。
言われてみれば、なるほど。現状では、それがベストな選択かもしれない。
なにより、オディールさんは理事長に招聘され来日した人だ。信頼度は抜群。
ガラス細工のように脆く儚い私たちにとって、彼女は希望となり得る存在だった。
 
有栖川荘を――私たちと真紅さんの帰る巣を守るための、ささやかな抵抗。
願わくば、この決意の羽ばたきが、幸せな未来を招き寄せてくれんことを……。

97425.【また春が】【来たよ】:2009/04/08(水) 00:11:04 ID:KJPVofHI
はたして、オディールさんは、私たちのジャンヌ・ダルクになってくれるだろうか。
その夜遅く、ほろ酔い加減で帰宅した彼女に、みんなを代表して懸案を伝えた。
 
「なるほどね。落としどころとしては、悪くないと思うわ」
 
仕事で疲れているだろうに、オディールさんは嫌な顔ひとつせずに話を聞いてくれた。
彼女としても、私たち――殊に、身内である雛苺の住環境について案じていたのだろう。
そこに、この申し出。渡りに船の、持ちつ持たれつと言ったところか。
 
「でも……ね」
「なんです?」
 
でも、は反意の接続詞。思わせぶりな間の置き方に、つい、私の口調もキツ目になる。
深夜を憚り潜めた声と相俟って、ややドスが利いた感じだ。
それで怯んだワケでもなかろうが、オディールさんは形の良い眉毛で八の字を描いた。
 
「誤解しないでね。協力を惜しむつもりはないのよ。
 私も……みんなと暮らすここを守りたい。本当の家族みたいに思ってるから」
「たぶん、同じです。みんなも……もちろん、私も」
「貴女、けっこう献身的よね」
 
他愛ないお喋りで、いくらか気分が紛れたところで、「だけど――」
オディールさんが口を開いた。「ひとつ問題があるわ。他でもない、就業規則のことよ」
 
そう。彼女は嘱託とは言え、大学と正式な契約を交わした勤め人。
民間の物件である有栖川荘の管理人を務めれば、規則にある『副業の禁止』項目に抵触する。
強行すれば、私たちにも、オディールさんにとっても、嬉しくない結果となろう。
 
だけど、なんとかしたい。来年もまた、みんなで春の訪れを喜び合いたいから。
第二の我が家とも言うべき、この有栖川荘で……。

97526.【白い】【自転車】:2009/04/08(水) 00:11:40 ID:KJPVofHI
学園側との話し合いまで、残すところ、あと四日。
依然として、コレといった決定打を見出せないままだ。
気分転換でもすれば、なにか名案が浮かぶかしらと、庭いじりをしてるけど……
 
「そんな都合のいい展開になるのは、マンガくらいっきゃねーですぅ」
 
あぁもう! 真紅さんのどあほう! てるてるぼーず! にんじん! 
無性に悪態を吐きたくなって、それを呑み込めば、今度は涙が溢れそうになって。
 
「なに……植えるの?」
そう話しかけられるまで、私は唇を噛みながら、スコップで庭土を掘り返してばかりいた。
手を止めて振り返れば、自転車を押しながら門を潜ってくる娘と目が合った。
 
「ああ、ばらしーですか。どうしたです、その自転車?」
「お買い物とか……通学用。お姉ちゃんのお友だちに……譲ってもらった」
 
彼女が押していたのは、いわゆるママチャリと呼ばれる自転車。
白かったボディは薄汚れ、ところどころに錆も目立つが、中古にしては程度が良い。
元の持ち主が、どれだけ大事に使っていたのかが窺える。
 
「雨ざらしだと、すぐ痛んじまうですよ。玄関ホールにでも入れとくですぅ」
 
玄関ホールは二階まで吹き抜けになっていて、なかなかの収納スペースを誇る。
薔薇水晶は頷いたが、「綺麗にしてから」と言って、庭の芝生の上に自転車を停めた。
そして、屋内からバケツと雑巾を手にして小走りに戻り、車体を磨き始めた。
いつもは表情の変化に乏しい娘だけど、鼻歌混じりで、随分と上機嫌だ。
 
何気ない日常は、巡る車輪のよう。しかし確実に愛着を育んで、私たちを離れ難くさせる。
自転車を掃除する薔薇水晶の背中に笑みを贈り、私もまた、庭いじりに戻る。
将来への悲観ではなく、咲き乱れる花々で彩られた庭を想い描きながら。

97627.【同じ日を】【思い出して】:2009/04/08(水) 00:12:03 ID:KJPVofHI
朝から、南風の強い日だった。
お陰で気温もぐんぐん上がり、セーターなんか着ていたら汗ばんでくる。
いよいよ春一番かと思いきや、一緒にアフタヌーンティを楽しんでいた院生の桑田さん曰く。
 
「これで、もう春三番くらいよ」
「……それって異常気象じゃないです? なにかの前触れですかねぇ」
 
難問を抱えた身としては、こじつけたくもなる。気休めにもならないけれど。
 
「こう風が強いと、床や畳が砂埃でザラザラしちゃって嫌よね」
 
確かに、あれは気持ち悪い。窓を閉めていても、どこからか吹き込んでいるのだ。
風が止んだら、また雑巾がけしないと――なんて思ったところに、「思い出すわ」と。
桑田さんが、遠い目をして呟いた。「こんな風の強い日には……」
 
なんのことやら? 訊くと、桑田さんは照れくさげに教えてくれた。
高校の卒業式の日も、春の嵐みたいな日だったのだとか。
 
「いきなり突風に煽られて、転んでしまったの。バッグの中身も、ブチ撒けちゃって。
 その時、助けてくれた男の子がいたのよ。散らばった荷物を、一緒に拾ってくれた」
 
彼も今日みたいな日には、同じ場面を思い返しているのかしらね、なんて。
頬を両手で包み込んで語る桑田さんは、正真正銘、恋する乙女だ。
淡い片想いを、胸の中で大切に温め続けているなんて、実に奥ゆかしい。
 
ノックもなしに飛び込んできた恋に、私、あなたを離さないわ――
 
古い歌を、私は思い出した。祖母が針仕事をしながら、ラジオに合わせて歌ってたっけ。
桑田さんは、その彼とやらを離す以前に、捕まえてさえなかったみたいだけど。
理由は、敢えて訊かないままにした。

97728.【草桜柏】【...餅】:2009/04/08(水) 00:13:00 ID:KJPVofHI
柿崎さん、桑田さん、オディールさんらが、私たちを仇のように凝視している。
その鬼気迫る空気に呑まれ、私の身体も竦んでしまう。
 
決戦を明後日に控え、私たちは、食堂を会議室に見立ててディベートの練習をしていた。
事が事だけに、ぶっつけ本番とはいかないとの判断からだ。
この特訓が、どれほどの役に立つかは知れないけれど、備えあれば憂いなし。
 
「女は度胸! なんでも試してみるですぅ」
 
とは言ったものの、正直ここまでのプレッシャーだとは思わなかった。
顔見知りが相手だし、水銀燈先輩も味方だからと、甘く考えていたフシもある。
今からこんなコトでは、本番が思いやられてしまった。
 
憂鬱と絶え間ない圧迫感に否応なく曝されて、あわや失神しかけた、矢先――
玄関のドアが開かれる音がして、無駄に甲高い歓声が有栖川荘に谺した。
その声は、小走りの足音を伴い、食堂へと向かってくる。
 
「ただいまなのー。これ、おみゃーげよ。おんまじない、なのっ」
 
フランスの留学生、雛苺だ。短期間で、ここまで日本語に慣れたのは凄いと思う。
たまにアヤシイ発音をするけれど、日常生活には差し支えないレベルだった。
 
少し遅れて、雪華綺晶さんも顔を覗かせた。
地理に不案内な雛苺に請われ、同伴していたらしい。両手には買い物袋を下げている。
袋を膨らませていたのは、大福やら素甘など、いわゆる餅菓子のオンパレード。
どうして餅なのだろう? うにゅーっと粘り強く交渉に当たれ、とでも?
 
しかし、満面の笑みでイチゴ大福にかぶりつく雛苺を見ていると……
実は、お前が食べたかっただけじゃないのかと、小一時間、問い詰めたくなった。
でも、この休憩中だけは……おまじないとやらに、ちょっぴり期待しておこう。

97829.【もう】【春だよ】:2009/04/08(水) 00:14:23 ID:KJPVofHI
今日もディベートの練習を終えた夕方、私は心労から、自室に戻るや畳に横臥した。
ドアがノックされたのは、それから一分と経たない内だ。
水銀燈先輩が、明日のことで最終的な打ち合わせにでも来たのかしらん?
気怠い身体を起こして、ドアを開けると、そこには予期せぬ人物が……。
 
「ウソっ?!」 
「なにさ、嘘って。そんなに驚いたかい?」
心外だとばかりに、肩を竦める彼女。でも、すぐに人懐っこい笑顔になった。
 
「驚くに決まってるです。来るなら来るで連絡しやがれってんですよ、バカちん!」
「はは……変わりなさそうだね、姉さん。安心したよ」
「蒼星石こそ。……まあ、あがって休むです。今、お茶を煎れるですぅ」
「うん。それじゃ、お邪魔するね」
 
蒼星石の手荷物は少なかった。日帰り旅行のついでに、立ち寄ってみたとか?
IHクッキングヒーターでお湯を沸かしながら、私はチラチラと様子を窺った。
想像だけでは埒が開かないので、単刀直入に切り出す。「独り旅してるですか」
 
「急に思い立ってね。そうそう、来る途中、桜が早咲きしてたよ。すっかり春だねえ」
 
どこか白々しい口振り。この娘は不器用で、誤魔化すのが下手だ。
私が真っ直ぐに見つめ返すと、蒼星石は決まり悪そうに瞳を逸らし、鼻の頭を掻いた。
「ホント言うと、心配してたんだ。姉さんってば最近、メールで愚痴ばかり零してたから」
 
それでか。様子を見てこいと、祖父母にも背中を押されたのかもしれない。
私としても、学園側との会合を明日にして、勇気をくれる援軍を帰したくなかった。
「蒼星石っ! 今夜は泊まってくです。もっとお喋りするですぅ!」
ぎゅーっと抱きしめると、「仕方ないなぁ。よしよし」だなんて、髪を撫でられた。
これじゃあ、どっちがお姉ちゃんだか分からないけど……まあ、いい。
折角だし、妹になりきって、思いっきり甘えてみよう。たまには、ね。

979謎のミーディアム:2009/04/08(水) 00:17:59 ID:KJPVofHI
>>969-978
これにて連続スレタイ物 『今そこにある未来』 編 おわり

前スレのタイトル見て途方に暮れたのはナイショ。
そっか……ニンマリの意味だったんだ、アレ。

980謎のミーディアム:2009/04/26(日) 23:25:20 ID:5xX26HYY
「・・・ドイツ語って難しいな・・・」
昼休み、小難しそうな参考書を広げる君はそう呟いた。
「そのうえ高校生だから英語も一緒に勉強しなきゃならないんだから大変ね。とりあえず糖分補給するかしら!」
私はお気に入りの甘い卵焼きを君の口に近づける。「ありがと」そう言って口を開いたので卵焼きを入れてあげる。もう少し君の反応を楽しみたくて、つい「ジュンと間接キスしちゃったかしらー♪」なんておどけてみる。
慌てて周りのクラスメートに取り繕う君の姿は小学校上がりたての時とあまり変わっていない、ふふふ、改めて考えると私達の付き合いって長いね。初めて話したのは・・・もう11年も前になるのかな?
私がクラスの男子にからかわれてた時に助けてくれたんだっけ。結局からかってた男子たちが「おまえたちデキてんだろ」なんて言い出して今見たいに取り繕ってたよね。
「な、なに笑ってんだよ」
ちょっと不機嫌そうな声で現実にもどされる。
「ごめんね、ちょっと昔のこと思い出したらおかしかったのかしら」
「変なヤツ」
む、変なヤツはヒドくない?
「涙が出るほど面白かったのかよ」
・・・え?
・・・そっか・・・
「な、なんでもないかしら!ごちそうさま」
そう言って席を立つ
「どこ行くんだよ」
「ちょっとトイレかしら、ジュンのエッチ///」
「ば、ばか!」
私は少し意地悪して歩きだした。
「あ」
「どうした?」
「ドイツ語なら真紅に教わるといいかしら」
「真紅?分かった、サンキュ」


来年、高校を卒業したら君はすぐドイツに裁縫の勉強に行ってしまう。
当然私はついていけない。
君の話しでは7〜10年は戻って来れない。
戻って来たとき、君の中に本当に私の存在が残っているか、考えるのが怖い
そして、好きな人が遠い場所に行ってしまうこと自体がもっと怖い。
「泣いちゃだめ、だめかしら、今からこんなんじゃ一年なんて持たないわよ、金糸雀」
そっと自分を鼓舞する。
ねぇ、君の笑顔を焼き付けるために、君が忘れても私が覚えていられるように
ずっと君のことを見ていてもいいですか?

【貴方を】【見ているわ】

981謎のミーディアム:2009/04/26(日) 23:27:23 ID:YZ.5gI9o
書いたら落ちてて悔しかったのでこっちに投下しました。
だってスレタイを題材にしたからつぶしようがないんだもん

982【君の名に】【咲く】:2009/06/22(月) 22:00:09 ID:y1xLmmrY
書き込みボタンを押して初めて、アクセス規制に巻き込まれたことを知ったでござる。
なんとも、やるせない。
観念して●買えってことですかね。


とまあ、ここを使うのも久々ですが、連続スレタイ物の続きを投下します。

−−−−

なにはさておき、当初の用件を済ませてしまおう。
私は気を取り直して、居住まいを正すと、額が膝に届くぐらいに頭を下げた。
「先日は酷いことして、ごめんなさいです。火傷まで負わせてしまって――」
 
「ああ……話って、そのことか。謝らなくたっていいよ、別に」
こちらが拍子抜けするほど呆気なく、ジュンは言った。
「僕にも非があったしな。言い過ぎたと反省してる。悪かった」
 
あれ? なんだろう。この前のピリピリした感じとは、雰囲気が違う。憑き物が落ちたような穏やかさだ。 
訝しげな私の目つきを察知したらしく、ジュンは気まずそうに目を伏せた。
 
「なんて言うか……いきなり未知の領域に連れてかれたんで、テンパってたんだよ。
 あのアホ姉貴にしつこく勧められてて、苛ついてたのもあったけどさ」
「それなら、今日は違うですか?」
「住み慣れた家だからな。ホームグラウンドなら、気持ちにも、ゆとりが生まれるさ。
 もっとも、うるさいアホ姉貴がいるから、安息の地とは言い難いけどな」
 
なんとなく、得心がいった。たぶん、ジュンは他人より少しだけ理想家肌で、ナイーブなのだ。
高望みや社会的な名声を欲してはしても、傷つくのを恐れて一歩を踏み出せないタイプ。
もしくは、もう胸の奥に深い傷を負っていて、痛みのあまり動けないのか。
必死に虚勢を張って、自分の周りを防護壁で固めてしまおうとするあたり、後者のような気が、しないでもない。
 
「大学は、夜学だと聞いたです。そこは、居場所じゃねーですか?」
「違うな」電光石火の即答。
「それを期待して進学してみたけど、なにか違うんだよ。僕の居場所は、もう現実になんか存在しないのかもな」
 
その唾棄するような物言いに、私は危うさを感じた。極限まで引き延ばされ、切れる寸前のゴムを想って、胸が騒いだ。
よくないことが起きる予感。このまま、放置しておいたらいけない。
別に、ジュンなんて、どうでもいいけれど……こいつの名に不名誉な徒花が咲けば、のりさんが深く悲しむ。
だから――私は膝を進めた。のりさんのためにも。

983【お願い】【忘れないで】:2009/06/22(月) 22:00:37 ID:y1xLmmrY
「じゃあ、どこなら居場所になるですか」
 
訊いた私に返されたのは、言葉ではなく、無気力で弱々しい笑み。
ジュンは大仰に肩を竦めた。「樹海……とでも言って欲しいのかよ」
 
また、ひねた受け取りかたをする。いったい、なにが原因で、こんなにも性根が捻れてしまったのだろう。
それについて更に疑問を投げ返すと、今度は微かな怒りを孕んだ視線と声が、私にぶつけられた。
 
「なんなんだよ、おまえ。ウザイな……。もう、ほっといてくれよ。
 くだらない説教なんか聞きたくないね。用が済んだのなら、もう帰れって」
 
ジュンの陰湿な想念が、前のめりになっていた私を押し戻す。正直、近寄りがたい。
少しはマシな人かと見直しかけていたけれど、ただの誤解だったらしい。
根が腐ってしまった樹は、もう救いようがない。緩やかに枯死するのを待つだけだ。
 
「……そうですね。お邪魔したです」
ソファーから腰を浮かせる。しかし、そこで、私の中の負けん気に火が着いた。
帰れと言われて、素直に従うことへの反撥。多少なりとも言い返してやらないと、気が済まなかった。
  
「だけど――変わろうとする気持ちは、忘れないで欲しいです。
 いつか、居場所が見つかるといいですね。じゃあ……アバヨです」
「余計なお世話だっての。もう来なくていいからな」
 
背中に、弱々しい呟きが届いたけれど、私は振り返らなかった。
ジュンも、それは望んでいないだろうと思ったから。
そう。私は気づいていた。この人は、どこか私と似ている。
引っ込み思案な性格とか、ペースを乱されると弱い点とか、素直じゃないトコロとか。
もしかしたら……さっき感じた私のイライラは、同族嫌悪だったのかもしれない。
 
心の裡で、私は繰り返した。前に進もうとする気持ちだけは、忘れないで――と。

984【ヘドロが】【降り注ぐ】:2009/06/22(月) 22:01:09 ID:y1xLmmrY
桜田邸からの帰り道、私はジュンのことを考えていた。
どうして、あんなにも鬱ぎ込んでしまったのか……その理由が知りたかった。
彼は、なにから逃れようとして、小さな世界に閉じ籠もってしまったのだろう。
 
周りが優しくなかったから?
たぶん違う。そもそも、取り巻く全てが苛烈だったら、大学に行く気になどならないだろう。
のりさんを始め、家族は今でもジュンの味方なのだ。
 
――なんて考えつつも、的を外しているなとも思う。
優しいとか厳しいとかの単純な理由ならば、この問題は、とっくに解決していたはずだ。
しかしながら、今だにジュンは居心地の悪さの中で、悶々と生きている。
 
 
やおら、異臭に鼻を衝かれた。そよ風の不意打ちに、私の思考が中断される。
今更ながら、私はドブ川の側道まで戻っていたことに気づいた。有栖川荘までは、もう遠くない。
 
にしても、酷い臭いだ。春先でさえ窒息しそうなのに、真夏なんて、どうなるのかしらん。
フェンス越しに覗けば、毒々しいとしか形容し得ない澱みが横たわっていた。
両岸ばかりか、水底さえもコンクリートで固められてしまった小川の、死骸だ。
動きを止めた腐り水から、ぽこり、ぽこり……得体の知れない気泡が生まれている。
不気味に隆起するヘドロには、およそ生き物の息づかいなど感じられなかった。
 
ヘドロは、自然界が処理しきれなかった栄養分の、なれの果て――
ふと、私の中に閃くものがあった。彼を腐らせているのは、与えられすぎた優しさなのではないのか、と。
さっきの短い会話からも、彼が、のりさんを疎ましく感じている気配は伝わってきた。
 
ジュンは、気づいていたのかもしれない。
自分の居る場所が、消化しきれない愛情のヘドロに埋まりつつある事実を。
大学に進んだのも、ヘドロの溜まり場から逃れたいがためで……
その試みの達成を願いながら、私は、ヘドロが生み出すあぶくの群れを眺めていた。

985【あの橋の】【向こうで】:2009/06/22(月) 22:01:46 ID:y1xLmmrY
「こんなところで、道草を食ってらしたのね」
 
不意に間近で話しかけられて、私はビクンと身体を震わせた。
どうやら、ヘドロの溜まりを眺めている間に、すっかりドロロの脳髄になっていたらしい。
我に返ってみれば、雪華綺晶さんが腰に手を当てて、呆れ顔をしていた。
 
「暢気ですこと。先程から、白崎さんがお待ちですわよ」
「はい?」
「はい? じゃなくて――」むぎぎ……と、雪華綺晶さんに、頬を摘まれた。
「今日が、理事長に回答する期限の一週間でしょう。もしかして、忘れてましたの?」
 
言えない。すっかり忘れてたなんて、口が裂けても言えない。
けれど、沈黙は肯定と同じ。私は雪華綺晶さんに襟首を掴まれ、引きずられていった。
――が、ドブ川に架かる小さな橋を渡った、まさにその時。
 
「あ! ちょ、ちょっと待ってです! 待ってってば! お願い!」
 
慌てて雪華綺晶さんを止め、私は渡ってきたばかりの橋の向こうに目を遣った。
そこには、全速力で追いかけてきたのだろう、肩で息をするジュンが立っていた。
 
私たちを隔てる川。川や辻は昔から、現世と異界の境界とされてきた。
ふたつの世界を繋ぐのは、橋。川を渡る――かわる。もうダジャレでも言霊でも、どうでもいい。
私は、橋の向こう側へと、手を差し伸べていた。
 
「来るです、ジュン! 居場所は、きっと見つかるですよ! 私も手伝ってやるですから!」
 
ジュンが、僅かに後ずさる。表情にも、見る間に怖れの色が表れてくる。
でも、決して踵は返さなかった。気持ちを鎮めるように、暫し瞑目、そして……
双眸を見開くや、ジュンは走り出した。私たちの居る、こちら側へと。
繋いだ彼の手は、女の子の手かと思うほど柔らかく、しっとり潤っていた。

986【仲良く】【喧嘩しな】:2009/06/22(月) 22:02:10 ID:y1xLmmrY
私とジュンは、雪華綺晶さんに牽引されながら、有栖川荘への帰還を果たした。
取るものも取り敢えず、白崎さんの待つ食堂へと向かう。住民の全員が、顔を揃えていた。
 
「やあ、おかえりなさい。ふむふむ……そこの彼が、管理人代理ですか」
「え? いや、僕は――」
 
この期に及んで、まだキョドるか。こうなれば、回りくどいことは抜きだ。
余計なことを出さない内に、強引にでも話を進めてしまおう。
 
「ですぅ! 私とこいつで、ちゃちゃっと勤めちまうですよ、イーッヒッヒッヒ!」
「なっ?! おま――」 
「承知しました。それでは、早速こちらの契約書にサインしていただけますか」
「だから、僕――」
「はいですぅ! ほれ、おめーもサインしやがれです。変わるためですよ!」
 
安っぽい殺し文句に、どれほどの効果があったかは定かでない。
けれど、ジュンは渋々ながらもペンを取って、「契約します」と誓った。
 
「やば……ハンコ持ってこなかった」
「拇印で結構ですよ、拇印で。ああ、翠星石さん。胸のことじゃありませんからね。出さないでくださいね」
「なに言いだすですかぁ! そんな、おバカな間違いしないですぅ!」
 
……危なかった。素で勘違いしてた……ボイン。 
ともあれ、無事に契約は交わされ、ジュンは正式に有栖川荘の管理人代理として雇われることとなった。
学生だけどいいのかな、との疑問に、白崎さん曰く。
「大丈夫ですよ、学長は放任主義ですからね。よきに計らえとのことです。これにて一件落着」
 
この嬉しい誤算には、しかし、嬉しくない誤算もセットで付いていた。
契約書を熟読したところ、ひと回り小さなフォントで『管理人代理は住み込みに限る』との記述が!
そのことでジュンと言い合いになったが、後の祭り。暫くは口喧嘩が絶えそうもない……。

987謎のミーディアム:2009/06/22(月) 22:03:34 ID:y1xLmmrY
>>982-986
ここまで。

心をかさねて  編 おわり


どなたか、本スレに転載をお願いします。

988謎のミーディアム:2009/06/25(木) 14:20:19 ID:0wRe5pd.
久しぶりに来て久しぶりに描いて、久しぶりに貼ろうとしたときのテンションの、
アク禁で弾かれたときの下がりっぷりは異常。


真紅「ま……まさか!」
ttp://w3.abcoroti.com/~hina/files/2009062211260364.jpg



転載をお願いします。

989謎のミーディアム:2009/06/26(金) 01:08:52 ID:/uDjk.EU
>>988
ふとしんく萌えすなぁ

990謎のミーディアム:2009/07/05(日) 22:17:18 ID:QIScmkeM
>>雑談377
こちらこそツボなSSありがとうございます。

ところで、翠星石のしっぽは何のしっぽなんでしょうか…?
いや、伏線だったら無視してくださいなw



今日はスレが立たなかったのでこちらに。
次にスレ立ったときにどなたか貼ってもらえればと思います。
来れないかもなので。


ttp://w3.abcoroti.com/~hina/files/2009070514502912.jpg

991謎のミーディアム:2009/07/06(月) 21:18:48 ID:/hikBzVQ
>>990
甜菜しますた。

992謎のミーディアム:2009/07/07(火) 15:56:48 ID:TTv2Vm9s
>>990
またしても!?ありがとうございます!!!
書いている者です。
許可が貰えたのでwikiに真紅の絵を貼らしていただきました。

翠星石の尻尾は、大きくてふかふかで、嬉しいとブンブン動く、犬っぽい尻尾です。
伏線とか難しい事は一切考えてません。

あと、これまでの支援絵もwikiのページにまとめたいのですが宜しいでしょうか?

993990:2009/07/08(水) 01:10:12 ID:7uYq9xBA
あーいつの間にかスレが立ってて落ちてたw

>>992
なるほど理解>翠しっぽ

支援絵をwikiに貼るのはいくらでもどうぞ!
てかむしろ気に入ってもらえて嬉しいですw

994謎のミーディアム:2009/07/08(水) 18:10:38 ID:brgiftIw
去年書いた七夕用保守短編。投下し損ねたし、ちょっとあれだけど悔しいから投下

ねえ、知ってる?
天の川から地球の方を見るとね、そこにもやっぱり天の川があるんだよ。
そのなかの星屑の一つが太陽で、まわりを塵みたいな地球が回ってるんだ。
織姫と彦星は何光年を離れていて、たとえ光速でも翔けても会うのに何年もかかるんだ。
塵の上に乗っかってる願い事なんて見えるわけ無い。
光よりも早く翔けている二人が塵に気づくわけ無い。
だからね…。

「願い事を笹にかけるのをやめて、叶えるために最大限行動する事にしたんだ。」
「んー。なんだか凄まじく夢が無いけど、それはいい事なんじゃないか?」
「でしょ?だからね、ジュン君。」
「なんだ?」
「僕の恋人になってほしいんだ。」
唐突な告白に、僕は言葉を続けられなかった。
「だめかな?」
そしてダメ押しのその一言に、僕はあっけなく惚れてしまった。
ああ、本当に。天の川が遠くてよかった。
蒼星石の願いに、恋人達が気づかないぐらいに。

995謎のミーディアム:2009/07/12(日) 05:02:49 ID:49MvjLLs
 
 
「今年も、見れなかったね」
 
夜空を見上げながら、君は呟いたんだ。
つまらなそうに。でも、ちょっとだけ嬉しそうに。
そんな天の邪鬼ぶりが、いかにも君らしくて……
あの時、僕が浮かべた苦笑いを、君は気づいていただろうか。
 
 
「うん。結局、晴れなかったな」
 
僕も、隣に佇む彼女に倣って、想いを虚空に放った。
病院の屋上から、どんよりと曇った夜空へと。
 
「折角、ここまで天体望遠鏡を担いできたってのにさ」
「ごくろうさま」
 
彼女――柿崎めぐは、いつになく優しい笑顔を作った。
自然に生まれただろう微笑なのに、僕には、それが文字どおりの作り物に見えた。
やっぱり、天の川を見ることができなかったから、怒っているのかな。
そのときの僕は、まだ人間的に幼稚で、そんな野暮な見立てしかできなかった。
 
「ねえ、知ってる? ここ数年、七夕の夜は曇ってばかりなのよ」
「そうだっけ? 去年は曇ってたって憶えてるけどさ」
「去年も、一緒に見ようとしたものね」
 
そう。だから、はっきりと憶えていたんだ。
水銀燈を……共通の友人を介して知り合った僕らが、初めてデートっぽい事をした記念日だったから。
あれから、もう1年が経ってるなんて、つくづく不思議な気分がしたものさ。
 
 
「本当に、残念だよ」
 
僕は心から、口惜しく思っていた。めぐに天の川を見せてあげられないことを。
まあ、昨今の日本は夜空が明るすぎて、見える星の数は、高が知れてるけど。
 
吐息混じりに言った僕の左手を、君は、そっと握ってくれたよね。
そして、静かに肩を寄せてくれた。
冷えてゆく夜気の中で、君がくれた温まりを、この左肩はいまも憶えている。

996謎のミーディアム:2009/07/12(日) 05:03:24 ID:49MvjLLs
>>995
 
「でも……これはこれで、いいと思わない?」
「どうしてさ。めぐだって、楽しみにしてたじゃないか」
「そりゃあね、見られるに越したことはないわよ」
「だったら、なおさら――」
「言わないで」
 
繋いだ君の手に、ほんの僅か、力が込められた。
「もう、いいのよ。これで、いいの」
 
だって、と。君は嘲るように、鼻を鳴らした。
『類は友を呼ぶ』と言うけれど、その仕種は、水銀燈とよく似ていたよ。
いまなら解る。それが、センチメンタルなことを言う照れ隠しだったんだと。
 
「なにが、だって――なんだ?」
「1年に一度きりの、恋人たちの逢瀬だもの。そっとしておいてあげたいじゃない」
「……まあ、な。野次馬に邪魔されたくないだろうし」
 
恋人と呼べる人を得てから、めぐは変わったし、僕も変わった。
自分たちが幸せになって初めて、心から他人を思いやれる余裕が生まれたんだろう。
 
「織姫と彦星も、今頃は再会して、触れ合える喜びを満喫してるかな」
「その言い方……なんか、やらしいね」
「邪推しすぎだっつーの。って言うかさ、そういう発想自体、やらしいと思うぞ」
「あははっ。そうだよね……私、やらしいなぁ」
 
朗らかに笑う君を見ていたら、胸に募る想いを止められなくなって。
僕は、めぐを抱きしめて、その薄い唇を塞いでいた。
つきあいだしてから1年目にして、初めてのキスだった。
奥手すぎるにも程があるよな、まったくさ。
 
しかも、僕としては、文字どおりのファーストキスだったんだぜ。
正直、不安で胸が潰れそうだったよ。上手にできていたのか、解らなかったし。
それに……君はものすごく強く、僕の左手と服を握りしめていたからね。
まるで、全身全霊をもって、僕の想いを受け止めようとするみたいに。
 
 
「初めて……だったの」
 
めぐは、離れたばかりの唇を指でなぞりながら、はにかんだ。

997謎のミーディアム:2009/07/12(日) 05:03:55 ID:49MvjLLs
>>996
 
僕もだよ。そう言ってしまいたくなる衝動を、すんでの所で抑えつけた。
男が言うセリフじゃないよな、なんて……ケチなプライドかもしれないけど。
 
「桜田くんに逢えて、よかった」
 
君は、後に言ったよね。
いいムードなのに、恥ずかしがって気の利いたことも言えない僕に痺れを切らしたと。

まったくもって、弁明のしようがないよ。
僕は、君が水を向けてくれるまで、キッカケさえ見出せないほどウブだったんだ。
それにしては、いきなりキスだなんて、思い切ったことをしたもんだけどさ。
 
「僕も、そう思ってる。柿崎と出逢えて、よかったって。
 でも…………もう、やめないか」
「……なにを?」
 
僕が切り出すなり、笑っていた君の瞳に、険しい光が宿った。
君の想いの強さを測りたくて、誤解させるようなことを、わざと言ったんだ。
あのときは、ごめん。ちょっと意地悪が過ぎたよな。
 
僕は、焦らすように長い沈黙を並べた。
そして君も、黙りこくっていた。僕の瞳を、ぐっと睨み付けたまま。
見つめ合ったまま夜明けを迎えるのも悪くなかったけれど、僕は口を開いた。
 
「やめるっていうのは、その……そういう意味じゃなくてさ」
「じゃあ、どういう意味? はっきり言ってよ。ぐずぐずしたのは嫌いなの」
「つまり、他人行儀なのは、もうやめようってこと。
 恋人同士なんだしさ、名前で呼び合っても、いいんじゃないか」
 
そう告げたときの、君のポカンとした顔ったら、傑作だったよ。
どうしてカメラを持ってこなかったのかと、本気で悔やんだくらいさ。
だけど……結果的には、よかったのかもしれない。
呆気に取られた君の表情は、美しいまま、僕の記憶に焼き付けられたから。
 
「なぁに、今更。ばかみたい」
「ホントにね、我ながら、ばかみたいだって思うけどさ。やっぱりイヤなんだよ。
 親しみが感じられないって言うか、よそよそしいって言うか」
「ふぅん……そこ、拘るんだ?」

998謎のミーディアム:2009/07/12(日) 05:04:33 ID:49MvjLLs
>>997
拘るに決まってる。好きな女の子のことなら、なおさらじゃないか。
もはや開き直って、僕は君の痩身を掻き抱いた。
 
「大好きだ。柿…………めぐ」
 
人の習慣は、そうそう変えられるものじゃないらしい。
慌てて言い直したことで、却って、君の失笑を買ってしまった。
 
「まったく。そんな調子で、大丈夫なのかしら」
「あ、当ったり前だろ。いまのは練習だからノーカンな」
「ずるいのね」
「キニシナイったら、キニシナイ」
 
歌うように茶化して、仕切り直し。
僕は、抱きしめたままだった君の耳元に、そっと囁いた。
 
「大好きだ、めぐ」
「……私も。大好きよ、ジュン」
 
どうして、君は一度目でさらっと言えてしまったのかな。女の子だから?
それとも……独りきりのときは、僕を名前で呼んでくれていたのかな――なんて。
いまでもね、ちょっと自惚れては、独りでニヤついているんだよ。
 
 
   ▼   ▲   
 
あれから、ずいぶんと月日が流れたよ、めぐ。
君と僕が、とんでもなく遠く隔てられてから、もう7年が経ってしまったんだ。
17歳だった僕は24歳になって、駆け出しの社会人さ。
 
1年に一度、この七夕の夜に、僕はここを訪れる。
めぐが入院していた、有栖川大学病院の屋上に、天体望遠鏡を担ぎながら。
 
 
「よく続くものねぇ。ホぉント、呆れるわ」
 
僕の傍らで、腕組みしながら吐息するのは、めぐの一番の親友だった女の子。
いまでは立派な看護士になって、有栖川大学病院に勤務する水銀燈だ。
僕が、毎年こうしてここに来られるのも、彼女の協力あってのこと。

999謎のミーディアム:2009/07/12(日) 05:05:46 ID:49MvjLLs
>>998
 
「水銀燈には、感謝してるよ。言葉じゃ安すぎるくらいにね」
「あっそ。別に、興味ないわぁ」
 
まーた始まった。
昔から素直じゃなかったけれど、最近は、ひねくれ度合いが増してる気がする。
僕は苦笑しながら、水銀燈へと向き直った。
 
「今年は、すっきりと晴れて見られそうだよ、天の川」
「……そう」
 
水銀燈は、ふっと睫毛を伏せた。「めぐにも、見せてあげたかったわね」
それは、言わずもがな。だからこそ、言うべきではない。 
 
「一緒に見ないか」
「……えっ?」
「見て欲しいんだ、誰かに」
「私は――」
 
言い淀んだセリフをかなぐり捨てるように、水銀燈は望遠鏡を覗き込んだ。
そして、「綺麗ね」と。
同じ感想は、繰り返されたとき、湿り気を帯びていた。
 
三度目はなくて――
身を翻し飛び込んできた水銀燈を、僕はしっかりと胸で受け止めた。
それから、憚ることない彼女の嗚咽に紛れて、僕も少しだけ泣いた。
 
星の川が流れる夜空の下で。
僕たちは、涙の川を流し続けていた。
 
 
 
めぐ――
僕らもいつか、織姫と彦星のように再会できると、信じてるよ。
ただ……それは、断言できないけれど、まだずっと先の話になると思う。
もしかしたら、寂しさに負けて、君の親友と浮気をしてしまうかもしれないけどさ……
 
 
そのときは、赦してくれよな……めぐ。

1000謎のミーディアム:2009/07/12(日) 05:06:37 ID:49MvjLLs
>>999
 
 
   『七夕の季節に君を想うということ』
 
 
 
思いっきり時期を外した七夕ネタでしたが、これにて〆
ここも、めでたく>>1000と相成りました。
 
 
それでは皆様、ごきげんよう。




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